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【オリスタ】メゾン・ド・スタンドは埋まらない【SS】

1 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:03:21 ID:vIyspCZI0
SSを「ぶっ書いた」!

※注意※
このSSには以下の成分が含まれていません。
・上手な文章・構成
・ジョジョらしさ
・早くて定期的な更新

そんな感じで何卒よろしくお願い致します。それでは本編スタート。

2 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:05:12 ID:vIyspCZI0
〜門北町(もんほくちょう)〜

 関東・K県の東端にある門北町はそれはそれは寂れた町でございます。

かつては好景気の波に乗り大型ショッピング施設やホテルが次々に建ち、多くの人で

賑わったと聞きますが、現在は殆どの建物が姿を消し、人々の喧騒は10年以上の

時を経てすっかり静まり返ってしまいました。

交通の便も良いとは言えません。何せ電車も地下鉄も通ってないのですから。

(最盛期には駅を作る計画も何個かあったようですが、全て中止となっています)

一応バスが走っていますが、正直本数が多いとは言えず、日々の足として使うには

かなり厳しいでしょう。この町で暮らすなら自家用車は欠かせません。

名産品も特に無く、さらに―――――――――


「……本当にロクな情報がないな」

 スマホの画面に映る「門北町」に関する様々なネガティブな情報の数々。
最後まで読むのも億劫になり、スマホをポケットにしまうと
青年・藤鳥天(ふじどり てん)は深く溜息を吐いた。

3 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:06:39 ID:vIyspCZI0
この春から社会人になるにあたり、就職先の近くにあるアパートの一室を借り
一人暮らしを始めようとネットで賃貸物件を探し始めたのは一週間前のことだ。


「……ココだ!ココに決めた!永住する!早速契約しよう!」

自宅のパソコンで賃貸情報サイトにアクセスし、会社近くのアパートで検索して
一件目のアパートのページを見た瞬間に発した言葉である。
まだアクセスしてから5分も経っていない。
たまたま遊びに来ていた天の彼女はそのあまりにも早すぎる決断っぷりに驚いたという。

「ちょ、ちょっと天!まだ何も見てないじゃない!もっと詳しい情報も見なきゃ!」

「えーっと、この手のサイトってすぐ契約とかって出来ないのな、
一度不動産屋に問い合わせなきゃダメらしい」

「当たり前でしょ、ちょっと見せて……ってここ門北じゃない!
陸の孤島で有名な場所よ、アンタが一番嫌がりそうな場所だからよしたほうがいいって」

アパートがある場所があまり評判の良くない所だと知っていた彼女は天に警告するが。

「問題ねーよ、住めば都って言うだろ」

彼女に言われた言葉を天は全く気にしていなかった。
彼が生まれ育った町もあまり人で賑わった場所ではなく、「何も無い町」という言葉に
慣れているというか一種の耐性のようなものを持っていたからである。
何も無いといってもコンビニ位はあるだろうし、暇なら電車で繁華街に行けばいいのだ。

とはいえ、町が賑わってるに越したことはなく、就職先の近くにあり家賃も手頃な物件など
他に沢山あったわけだが、天は頑なにこの門北のアパートがいいと言って聞かなかった。

「アンタって本当に言い出したら聞かないわね……どうせ『コレ』に釣られたクチでしょ?」

天の彼女は「まったく」と言わんばかりの溜息をつくと、サイトのある部分を指差した。

「ギクッ!いやぁーあはははははは…(なんで分かったんだコイツ!?あれか、読心術か!)」

「んなもん分かるわよ、何年アンタと付き合ってると思ってるの?」

(人の心を読むんじゃあない!そんなに顔に出やすいのか俺!?)

実際、天はページを見た瞬間、一目惚れに近い感情をこのアパートに起こしていた。
彼の心を射止めたのは素晴らしい景観でも広々とした間取りでもない。
ページに書かれてあったとある一文、たった一行の言葉に天は度肝を抜かされたのだ。



【敷金・礼金不要 家賃も『一切頂きません』。※要面接 メゾン・ド・スタンド】



(敷金礼金家賃不要……ってタダで住めるのかココ!?住む住む!ここに決めた!)

…単に住むのに金のかからない所が気に入っただけの話である。

4 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:07:55 ID:vIyspCZI0
メゾン・ド・スタンドは埋まらない

episode 01 「MIRACLE MEETS」


「家賃が不要というのは本当ですよ、大家さんに何回も確認しましたから。実際我々も
調査をしましたが欠陥住宅では無いですし、外観も綺麗なものですよ。写真見ますか?
こんな新築のような綺麗な所、門北じゃなけりゃ月8万は取れますよ、本当勿体無い。
正直言いますとここに住みたいって人は毎年かなりいるんですよ。でもページにもあったように
大家さんと一度面接して頂き、合格した人だけが住む事を許されているそうです。
ですのでまずは現地のアパートへ行く必要があります。その時に町の雰囲気も
実際に確かめてみたらいかがでしょう、住むかどうか決めるのは
それからでも遅くはありませんよ」

奇跡の出会い(天曰く)から数日後、問い合わせた不動産屋から貰った言葉である。
これは所謂「入居審査」というもので、通常は申込書類を元に審査をしたり
不動産屋を訪問した際の服装や人柄等の情報で判断することが多いが、
最近では大家と直接会って面接する形が増えてきているという。

面接の予約を入れてもらい次の日曜日、天はそのアパートに行く事になったのだが。


「まず電車に乗ってY駅まで行き、その後バスに乗って……何番系統のバスだっけ?」

天は持っていたカバンから賃貸情報サイトの画面を印刷して作った簡単な資料をを取り出し
ルートを再確認する。現在地点は天の実家の最寄駅の改札口前、まだ電車にも乗っていない。

「フムフム、6番系統のバスに乗ればいいのか……どこのバス停で待てばいいんだ?」

資料の再確認はこれで12回目である。そしてバス停に関する情報が資料には
載っていないということを再確認するのはこれで4回目である。

「何度見ても載って無い……仕方ない、スマホで調べるか」

5 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:09:24 ID:vIyspCZI0
 藤鳥天という男は「事前の下調べ」というものをあまり……いや、全くしない。
就職活動をしていた時もこれから受ける会社がどんな業種でどんな仕事をするのか、
筆記試験や面接の傾向は……といった基本的な下調べを一切せず
勢いだけで受ける会社を決め、ぶっつけ本番で試験や面接に挑んでしまう。
良く言えば決断力があり、悪く言えばいきあたりばったり、後先を全く考えない性格が災いし
就職先は全く決まらず、大学卒業ギリギリになってようやく内定が一つ貰えたのであった。

 門北へ向かう際も、不動産屋の資料やプリントした賃貸情報サイトに載っている
最低限の情報や簡単な地図に頼りきりで、行き先までのルートをネットで調べる等の
詳細な情報収集を一切行ってこなかったから、いざ当日になって行き方もわからず慌てるのである。


「……このバス停で待てばいいはずなんだけど、待てど暮らせど来る気配がないぞ?」

電車に乗り、K県で一番賑わっているY駅に到着した天は
スマホの情報を頼りに目的のバス停に着いたわけだが、どういうわけかバスが来ない。
かれこれ2時間は待たされている。

退屈なので天はバス停の時刻表に目を通した……が、汚れていてどうにも字が読みにくい。
どうやらかなり古いバス停のようだ。辛うじて分かる情報はこの時刻表はやたら空白が多く
バスは滅多にここに来ないのだろうというネガティブなモノだけある。
天はは電車内で見たネットの情報を思い出した。

(バスは走ってるが本数は少ない、暮らすなら自家用車は必須……か)

バスが滅多に来ない。一昔前ならともかく今は21世紀、それも関東の中でも
比較的栄えてるはずのK県でまさかこんな目に遭うとは思いもしなかった。

バイクの免許は持っているから中古の安い奴でも買って使うかと考えていた時である。
遠方から一台の古びたバスがこのバス停に向かって走ってきていた。

6 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:10:38 ID:vIyspCZI0
【6系統 門北車庫】

間違いない、目的のバスである。
バスは停留所に止まるとプシューッっと大きな音を立てて入口の扉を開ける。
天はバスに乗り込むと定期入れに入っている交通用電子マネーを
使おうとした……が、肝心のカードリーダーらしき物が
どこにも見当たらない。

(あれ?どこにカードをタッチすればいいんだ?……もしかして無かったりする?)

運賃箱には小銭を入れる所と千円札を入れる所の2つしかなく、
昔あった乗車カードを入れる箇所すらない。現金払いのみである。

いつもの習慣が使えず戸惑っていると、運転席に座る男が天に向かって
いきなり話かけてきた。暗くて良く見えないがヒゲを生やした40代くらいの男だろうか。

「おう兄ちゃん見ない顔だね、ボロっちいバスだけどゆっくりしていきな」

「えっ!?ど、どうも(急に話かけてきた、何だコイツ!?)」

「悪いな、見た通りのオンボロバスだから電子マネーとか使えねーんだ、現金で頼むわ」


天はようやく支払いが現金オンリーだという現実を知り仕方なく小銭を入れた。
久しぶりに現金払いで乗車した気がしたが、そんなことより天はこの気さくな運転手に
圧倒されかけていた。この男、初対面のはずなのにやたら気軽に話しかけてくる。

「新顔なんて数ヶ月ぶりじゃねーの、門北に何の用だい?」

「……近々引っ越す予定で。客の顔を覚えているんスか?」

「このバスは滅多に客が乗らないからよ、乗る客の顔は自然に覚えちまうんだぜ。
しかしそーか、門北に引越しかぁ……ケケケッ」


運転手の最後の笑いが、天には意地悪く聞こえた。
「あんな所に引っ越す物好きがいるのか」そんな意味が含まれている……ような気がした。

「まぁこれから何度か顔を合わせるかもしれんから覚えといてくれ。俺は村上、アンタは?」

「(いきなり名乗られてしまった)えーっと、藤鳥です」

「そーかそーか、よろしくな藤鳥の兄ちゃん!それじゃ出発するぜ!」

7 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:11:49 ID:vIyspCZI0
 村上なるオッサンに顔と名前を覚えられてしまい、門北に着く前に
町の洗礼を受けた気がした天であったが、ようやくバスが動き出そうとしていた。
天はバスの一番後ろの席に座るとようやく一息つく。
運転手によれば、目的の停留所「門北町」へは30分くらいかかるそうだ。
「安心しな、着いたら起こしてやるから寝ちまってもいいぜ」と親しげに言われたので
天はその言葉に甘えることにした。

その時である。


「……って、待ってぇ、そのバス乗るから待ってくれえぇぇぇ!」

後方から女性の声が聞こえた。後ろを振り向くとこのバスに向かって叫んでいることが
わかった。バス停に向かって必死の形相で走っている。

どうやらこのバスに乗ろうとしていたらしい。しかしバスはプシューッっと大きな音をたて
既に入口の扉を閉めてしまった。まもなく動き出すだろう。
一方、女性はバス停に辿り着くまでにあと数秒はかかる。普通ならもう間に合わない。

(運の悪い女だ、これじゃあバス停で2時間待ちコース確定だな……ん?)

天は窓ガラス越しに女性の顔を見た。10代後半、高校生くらいだろうか。ショートヘアの
髪にはウェーブがかかっていて、ハッキリと見えないが顔立ちも悪くないように見える。

(結構可愛い方……かな?遠くでハッキリしないから近くで見てみたいな)

 天はゆっくりと動き出しているバスの中でもう会う事はないであろう少女に
少しだけ興味を持った。あの子がどんな顔か見てみたいという、彼女持ちの身分にしては
あまり関心しない動機ではあるが、少女に対してある気持ちを起こしていたのは確かであった。


(……あの子を『助けてみるか』)

8 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:12:55 ID:vIyspCZI0
 天は後部座席の右端に座り直すと、右手をバスの窓ガラスの前にそっとかざした。
瞬間、掌からロボットの手のような『何か』が飛び出し、窓ガラスに貼り付いた。
「これで良し」天はニヤリと笑い『何か』を窓から離した。窓ガラスには
『何か』が貼りついてた場所にバーコードのような縦線模様が浮かび上がっていた。

 
異変が起こったのはそれからすぐの事である。
本来なら速度を上げY駅から離れる筈のバスが、一向に速度を上げようとしない。
いつまで経っても時速10キロ未満のノロノロとしたスピードのままなのだ。

「あれー、おかしいな?遂にエンジンがイカれちまったかぁ?」

運転手も異変に気が付いたらしく、アクセルを必死に踏んでいるようだが、
それでも速度は上がる気配すら無い。天はスマホを弄りつつこの光景を眺めていた。


そうこうしている内に先程の少女がバス停に到着、バスに気付くと今度はバスに向かって走り
そのままバスに追いついてしまったのだ。
少女に気付いた運転手は「しょうがねーな」と言うと入口を開ける。
女性はそのまま勢いよくバスに乗り込んだ。

「ハァハァ…良かった、間に合ったぁ……フェーッ!」

「全く、誰かと思えば『コネコ』じゃねーか。乗り遅れるたぁ珍しいな」

「買い物してたら……遅くなったんだよゼヒゼヒ……、でも……バスに追いつけて
本当に良かったあハァハァ」

9 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:14:32 ID:vIyspCZI0
 運転手に「コネコ」と呼ばれていた少女は息を切らしながらも無事乗車することに
成功したようだ。小銭を入れると息を整えながら天の座る後部座席の方に進んで行く。


(ほぉーっ、やっぱ中々可愛い……けど何か色々とキャラが濃いなこの子)

天はようやく少女の顔を間近で拝むことが出来た。が、この少女中々に個性が強い。
ウェーブがかかってると思っていた髪はよく見るとボサボサの寝癖だし、目の下には
クッキリと濃いクマが出来ている。見た感じ、化粧の類もしていない。
オマケに走ってきたせいか汗だくで、焦っていたのか表情も少々変顔になっていた。
それでいて可愛いと思ってしまうのは素材がいいからか、単に天の好みの問題だろうか?

(中々面白い顔だな、でも可愛いから良いか。何よりあの子も嬉しそうだし……な)

天は一人納得すると掌から出ていた『何か』に視線を向け、一瞬目を見開いた。
すると『何か』は天の掌に吸い込まれるように戻っていった。
掌に完全に戻ると手をポケットにしまい、何事も無かったかのように目を閉じた。

「でもよ、今エンジンが壊れたかもしれないから運行出来ないかも……うぉッ!?」

運転手は先程の要領でアクセルを踏み込んだ。するとバスは踏み込みに合わせて
スピードを上げ急発進した。少女は転びそうになる。

「あれ、戻った?悪い悪い、エンジン直ったみたいだ、そんじゃ改めて出発だぜぇー!」

バスはようやく本来のスピードを取り戻し、Y駅から離れていく。
窓ガラスにあった縦線模様はいつの間にか消えて無くなっていた。


天は門北町に着くまで眠るつもりで、目を閉じたまま夢の世界へ行くつもりだった。
完全に眠りにつく直前、天は2つの音を聞いた。
一つは自分のすぐ隣に誰かが座る音。もう一つは自分に向かって発せられた高めの声。


「あ、あの……先程は『ありがとうございました』……って寝てんのかい」

10 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:15:50 ID:vIyspCZI0
奇妙な夢を見た。

深夜、ひと気の無い路地を俺は一人歩いている。足音以外の音は無い。

突然響き渡る銃声。俺は音がした方へ走った。

しばらく走るとそこは公園。犬を連れた人が倒れていた。

頭から血を流している。近づくと何かに頭を『撃ち抜かれた』痕がクッキリと残っていた。

さっきの銃声の元はコレだったのか?そう思うと後頭部に硬い物が当たったことに気付く。

「^^^^、;;;;?」

背後で誰かが俺に語りかける……が、日本語ではないのか、何を言っているか全く分からない。

直後、後頭部の硬い物から放たれたモノが頭に、脳味噌に入っていくのがわかった。

それが「銃弾」だとすぐ気付けたのは、先程の銃声と同じ音が響いたからだろう。

本来なら既に死んでしまっているはずだが、なぜか俺は死ぬこともなく
「ああ、頭に当たってたのは拳銃だったのか」と他人事のように考えていた。
その後俺はスローモーション映像の如くゆっくりと地面に倒れこんだ。

「***、%%%。」

背後にいた奴はまた理解出来ない言葉を並べると、俺の頭を掴み上げ
後頭部に空いた小さな穴を見つめた。すると脳に残っているはずの銃弾が
ひとりでに動き出し、頭の穴から外へ飛び出していったのだ。

銃弾は俺を撃った奴の掌に戻るとそいつの持つ拳銃の中にひとりでに入っていった。

拳銃を懐にしまったソイツは、俺の頭を掴んだまま語りかける。

相変わらず終始何を言ってるかわからない奴だったが、最後に放った言葉だけは理解できた。



「$$$!”””、>>>……『オメデトウ』!」

11 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:17:10 ID:vIyspCZI0
『次は【門北町】、【門北町】でございます。』

「……!!」

夢の中の人物の言葉を聞いた直後、天はバスのアナウンスに起こされる形で目を覚ました。
腕時計を見るとあれから30分経ったようで、バスは予定通りの時刻に目的地に着いたようだ。

「……またこの夢か」

天が『銃で撃たれる夢』を見たのは今回が初めてではない。
最初に見たのが1ヶ月前。目を覚ました時、彼の体は恐怖で大量の汗をかいていたという。
それからというもの、週に一度のペースで全く同じ内容の夢を見るようになった。
深夜に響く銃声、公園の死体、直後に撃たれる自分、謎の人物からの賛辞。
自分の死を見せられる奇妙で不快な夢を見続け天の精神は疲弊していた。
先程の少女程ではないが、彼の目にもクマが出来ている、少々寝不足気味であった。

眠い目をこすりながらバスを見渡すと、先程の少女の姿はなかった。
どうやら寝ている間に別の停留所で降りたようだ。天はもう会う事はないであろう
少女の姿を思い出す。眠る直前、天に話かけてきた声は少女の物で間違いないだろう。
少女の言葉に返事をしないまま眠ってしまったが、折角お近づきになった手前、
会話の一つでもしたほうが良かったのだろうかと天は少し後悔した。


(まあいっか……ようやく門北に到着か、どんな場所かな……って何だコレ!?)


バスの窓から町の景色を見ようとした天が見たものは、文字通りの「何も無い町」であった。
彼が思う何も無い町とは家やマンションばかりで店や遊ぶ所が少ない、所謂『住宅街』なのだが
門北町は違った。店はおろか、家もマンションも無い…というか建物が全く無い『無の世界』。
アスファルトの道路と平行して流れる大きな川以外に存在するものは遠くを見ても無い。
いや、よーく見ると遥か遠くの方に小さく四角い建物が数個建ってるが、
それでもあまりに寂しすぎる。

寝ている間に異世界にバスごと飛ばされたのだろうか?
目を白黒させている天に気付いたのか運転手が話しかけてきた。

「どーよ兄ちゃん、本当に何も無いだろ!よく言われるよガハハハハ!」

「運転手さん……何スかココ!元の世界に帰りたいんですけど!?」

「ところがドッコイここが現実なんだな!バブルの頃はビルとかがアホみたいに建ってたけど、
バブルが弾けて全部キレイに無くなって、ついでに店や家も殆ど無くなったらしいぜ!
今あるのは僅かな家と商店街だけさ、ガハハハハ!」

ネットで見たネガティブな情報は、恋人の言ってた事は正しかったのだ。町は寂れ、人はいない。
こんな場所が現代にあるのか。超が付く程の楽天家の天も流石に頭がクラクラしてきていた。

12 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:18:55 ID:vIyspCZI0
そうこうしている内にバスは停留所に到着してしまった。

このまま終点まで乗って、降りずY駅に戻ろうかと考えたが、せっかく来たのにアパートを
見ずに帰るのも勿体ないと思った天は席から立ち上がり、無人の異世界に
足を踏み入れようとしていた。


バスを降りる直前、天は運転手からアドバイスを貰った。

「兄ちゃん、バスを降りたら目の前にデカい橋があるからまずは橋を歩いて川を渡りな!
渡りきったら左に曲がって後はそのまま真っ直ぐ行けば目的地だぜ!」

「?目的地って何スか?」

「兄ちゃん『なんとかスタンド』って所に行くんだろ?毎年何人もその場所目当てに
バスに乗る奴がいるから自然に道案内出来るようになっちまってな!違ってたら悪いな」

天もその場所目当ての一人なので問題ない。運転手に礼を言うと天はバスを降りる。
バスはそのまま次の停留所へ向かい走り去っていった。

(……あの運転手とはまた会いそうな気がするぞ?)

停留所に降りた天は辺りを見渡す。
本当に何も無い所だ。目に映るのは遠くまで続く道路と大きな川。
そしてその川に架けられたこれまた大きな鉄の橋。運転手が言っていたのはコレだろう。
これが門北の唯一の名所なのだろうか。

 橋を渡ってる間にスマホで周辺の地図を検索した。何か希望は無いか、せめてコンビニでも。
希望は意外と直ぐ見つかった。コンビニ大手のオーソンがこの近くにあったのだ。
しかもこの橋を渡り左に曲がってすぐの所にある。進行ルートと重なった幸運に
天は感謝した。良かった、コンビニさえあれば多少の不便も目を瞑れる。

(とりあえず肉まん!オーソンのジャンボチーズ肉まん食おう!俺の大好物!)

橋を渡りきった天は左に曲がると軽い足取りでオーソンに向かった。

13 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:20:05 ID:vIyspCZI0
「確かにオーソンはあった……あったけどよぉ……!!」

 天はようやく見つけたオアシスこと『オーソン・門北町店』の前で
跪き項垂れていた。

 あれから数分で店が見えたのは良かった。しかしどうも店内が薄暗い。
不審に思った天は駆け足で店の前まで近づく。真っ暗だ。店内は電気が点いていなかったのだ。
これはどういうことだろうか。答えは入口のドアにはっきりと書かれていた。

オーソン 門北町店
営業時間 AM9:00〜PM:10:00
定休日 日曜


「何でコンビニに定休日があるんだよォォォォォ!しかも日曜日!」

コンビニは24時間営業が当たり前と思っていた天に突きつけられる容赦の無い現実。
しかも営業日でも9時開店10時閉店と、そこらのスーパーと変わらない営業時間ときている。
要するに人がまるで来ないから無駄に長く営業しててもしょうがないという事なのだろう。

「ああ……チーズ肉まん食いたかった……希望は絶たれた」

生まれて初めて血涙というものを流した気がした天は立ち上がると重い足取りで
本来の目的地へ歩き出した。

14 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:21:41 ID:vIyspCZI0
ネットによると目的地『メゾン・ド・スタンド』はここから歩いて10分の所にあるらしい。
道を歩いているとオーソンを境にちらほらと建物らしきものが確認できるようになった。だが
殆どが住宅で、店もたまに在るが既にシャッターが下りて数年以上営業していないようだ。

運転手が言うには僅かな住宅の他に商店街があるとのことだが、今のところ
それらしき施設は見当たらないし、この先の道にもそんな物がある気配はない。
もっとも、こんな無人の町の商店街なんてたかが知れている。
TVでよく見る「シャッターだらけの商店街」を見せられるのがオチだ。


静かな道路を歩いている間、天は目的のアパートについて考えていた。
アパートの名前である「メゾン・ド・スタンド」。「メゾン・ド(maison de)」は分かる。
フランス語で家とか建物って意味の言葉だ。deは英語のofに位置する言葉だったはず。
だが「スタンド」という言葉はフランス語ではない。STAND……英語である。
複数の言語が混ざったこのアパート名を直訳すると「スタンドの家」となる。
……スタンドとは一体何だろうか?

STANDという単語には様々な意味がある。基本的には「立つ」という意味だが
他の単語を組み合わせることで色々な言葉が生まれる。
stand by meで「側にいる」いう言葉になるし、stnad up toだと「困難に立ち向かう」
という文章になる。ガソリン「スタンド」といった馴染みの言葉もあるし
映画や音楽CDのタイトルなどにも使われる非常にポピュラーな英単語だ。
だが何故アパート名に使われたのかは天には結局わからなかった。

(もしかして何か元ネタがあるのか?面接で聞かれたら厄介だな、どうしよう……?)

15 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:22:47 ID:vIyspCZI0
 それにしても人の気配が無い。今まで結構な時間を歩いてると思うが、未だに
通行人に出会ってないのだ。そういえば横の自動車用道路に車は一切走っていない。
ここいらの住民は何処へいってしまったのだろうか。宇宙人にでも連れ去られたかと
馬鹿馬鹿しいことを考えながら空を見ると不思議なモノが目に飛び込んできた。

「……お?UFO(未確認飛行物体)か?」

…といっても映画や漫画に出てくる銀色の円盤ではない。object(物体)というより
human(人間)と言ったほうがいいだろう。



UFH(未確認飛行人間)、人が空を飛んでいた。地上から遠く離れた上空で宙に浮いていた。



しかも良く見ると単に宙に浮いているわけではない。何かに座ってるように見える。
目を凝らして見ると、箒(ほうき)のような棒状の『何か』に座り浮いていたのだ。
絵本に登場する魔法使いのような存在はしばらく宙に浮いているとやがて動き出し
北の方へ飛んで行き消えてしまった。

16 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:24:23 ID:vIyspCZI0
「……何だ、『化け物』かツマラン。てゆうかこの町にも化け物っているんだな」

飛行人間を呆然と眺めていた天だったが、別段驚くことも恐怖を感じることもなく
何事も無かったかのように再び歩き出した。


「銃で撃たれる夢」を見て以来、天の目には「化け物」が映るようになっていた。
そいつらは常に人の側に立っている。恐らく人間にとり憑いているのだろう。
そいつらは明らかに人ではない。基本的に人間のような形をしているが
容貌は人間のそれではない。獣のような奴もいたし、目が何百個もある奴もいた。
他人には言っていないが、そいつらが別の人間に危害を加えている光景を見たこともある。

初めて見た時はあまりの恐怖に体が震え、数日家に篭り外出できなかった天だが、
次第に化け物に対する恐怖は薄れ、今では遭遇してもあまり興味も持たなくなっていた。
頻繁に町中で見かけて慣れていったということもあるが、恐怖を克服できた一番の理由は、

「自分自身に化け物が取り憑いた」という一点に尽きるだろう。

「そいつ」は天の右手から飛び出してくる。明らかに人のモノではない三本指の手が
自分の体から出て来る様を初めて見たときはショックで数時間ほど失神してしまった。
だが天に取り憑いたソイツは意外と物分りが良いことが分かった。「出てくるな」といえば
素直に自分の体に引っ込むし、逆に出てこいといえば掌から飛び出るのだ。
今では言葉にしなくとも心の中で思えばソイツは思った通りになってくれた。

取り憑いた化け物が不思議なチカラを持っている事も不思議と愛着を沸かせた。
化け物の腕を何かに触れさせると、触れられた物が皆「ポンコツ」になるのだ。
車はスピードがメチャクチャ遅くなるし、屈強な男も途端にケンカが弱くなる。
天はこのチカラを「呪い」と呼び、いたずら感覚で色々な物を呪って遊んでいた。


先程のバスで起きた一連の奇妙な現象、
あれは全て天に取り付いた化け物の「呪いのチカラ」が引き起こした出来事である。
天の右手から飛び出した化け物はバスの窓に触れ、バス全体を呪ってみせた。
呪われたバスはポンコツになり、スピードが全く出ないガラクタになってしまった。
窓に浮かび上がった縦線模様は対象を呪った証なのだと天は解釈している。
呪いは天の意志で解除することが出来る。方法は戻せと心の中で思うだけと容易だ。
呪いを解かれたバスは元に戻り、本来のスピードも出せるようになった、という訳である。


話を戻そう。呪いのチカラで遊んでいた天、しかし遊びに飽きた彼は
自分の中の化け物をあまり呼び出さなくなる。
(実際、今日バスの中で化け物を呼び出したのも一週間ぶりの事であった)
化け物は得体の知れない存在ではなかった。人の言う事も聞いてくれる、
良く見ると化け物達の姿はどこか可愛らしかったり格好良かったりする事に気が付いた。
故に化け物達を見ても天は以前のような恐怖の感情を抱かなくなっていた。
空を飛ぶ魔法使いという『普通の人間の姿をした化け物』など論外だったというわけだ。

17 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:25:37 ID:vIyspCZI0
Y駅からバスで30分、停留所から歩いて15分弱。
天の長いようで一時間以内に収まった短い旅もようやく終わりを迎えることとなった。

天はカバンの中から不動産屋から貰ったアパートの写真や資料を取り出した。
白く塗られた2階建てのアパートは正に新築と言っても過言ではない程非常に綺麗である。
アパート自体は20年前から存在しているが、3年前に建て直して耐震性も備わってるらしい。
室内も良い。間取りは1LDK、ネット環境も光回線を導入済、生活に必要な家具も付いている。
写真に写っているテレビなんか天の部屋にある物より遥かに高性能で大画面だ。
風呂とトイレが別々なのも地味に嬉しい。

不動産屋が勿体無いと言うのも分かる。こんな綺麗で家具付きの1LDK、なのに家賃はタダ。
車やバイクを持っていれば30分くらいでY駅近くの繁華街に行けるのだ。

その代わり地元の環境は「異世界」というに相応しい劣悪さを持っているが。
バス停からここまで、まともに営業してそうな店はオーソン以外見当たらなかった。
この町では買い物はどうするのだろうか?まさかネットで買えというのだろうか。



日曜の午後1時。晴れ渡った青空の下、藤鳥天はメゾン・ド・スタンドの前に立っている。
旅の最終目的地、家賃無料の夢のようなアパートの前。


外国の城を思わせる巨大な門が天とアパートの間に立ち塞がっていた。

18 1話前編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:28:06 ID:vIyspCZI0
「……何よこれ」

天が門北を歩いている頃、天の彼女・大河原咲良(おおかわら さら)は自宅で
恋人が住もうとしているアパートについてネットで調べていた。
門北については事前に知っていたが、アパートに関しては全く知らなかったので
ネットで耳寄りな情報を見つけて天に電話で教えてあげようと考えていたのだが。

【あのアパートはやべぇよ、マジで『出る』からなユーレイが】

【地元じゃ有名な心霊スポットだよね、俺なら金貰っても住まねーwwwww】

【あんな所に住んでる奴の気が知れないよなー、絶対呪われるって!】

門北について語るマイナーなネット掲示板にて、メゾン・ド・スタンドについて話す人がいたのだが
どの人も口を揃えてこのアパートを「化け物が出るアパート」と評していたのだ。
このアパートを良く言う人などこの掲示板にはいなかった。
ここに住もうとしてるのは何も知らないよその人間か家賃に釣られたバカか
肝試し好きのバカしかいないのだと。そんな書き込みで埋まっていた。


(天……アンタ今とんでもない所に行こうとしてるわよ!?大丈夫なの!?)

19 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/10(水) 23:32:20 ID:vIyspCZI0
今回はここまで。

長くなってしまったので3回に分けて投稿したいと思います。

20 名無しのスタンド使い :2016/08/11(木) 17:20:42 ID:OrqckyyI0
新連載乙ですん
期待しちゃう!

21 名無しのスタンド使い :2016/08/11(木) 17:41:10 ID:1sJAONyU0
乙!
続き楽しみにしてます

22 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 15:46:30 ID:MwGJlJZ60
>>20
>>21
乙ありがとうございます。励みになります。

1話中編をお送りいたします。
何卒よろしくお願い致します。

23 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 15:51:26 ID:MwGJlJZ60
なんでアパートにこんな大きな門が必要なのだろうか?と天は思った。

門には「Maison de STAND」と書かれた銘板が取り付けられている。場所はここで間違いない。
だが門が無駄に大きいせいか、大量の落書きが門戸や銘板に描かれていた。
中には天が見かける化け物みたいな絵もある。

門は閉ざされていて入る事は出来ない……と思いきや施錠はされていないらしく、
入ろうと思えば門の中へ入れるようだが、門戸には「関係者以外立入禁止」と書かれた
紙が貼り付けられている。あまり気軽に入れない空気が漂っていた。

(関係者以外立入禁止か……面接に来たんだから関係者として入っていいんだよな?)

そんな空気を感じながらも天は門戸を強めに押すと、門はゴゴゴと大きな音をたてて開いた。
天はそのまま中へと入っていった。


門の先には広大な敷地と二つの建物があった。

門を入って右側の建物が写真にもあったアパートだろう。
二階建ての綺麗なアパート。よくみると屋上があるらしい。屋上には白い小屋が建っている。
実際に見ると本当に美しい。そこらの安アパートとは違う上品ささえ感じられる。


では門から見て左側の建物はなんだろうか?
こちらの建物は一階建てだがアパートの数倍は大きく、寧ろこちらがメインの建物に見える。
入口と思われる場所の自動ドアには「毎週日曜日休館」と書かれた看板が掲げられていた。
この町の施設はどうも休日に休みたがる。しかし古くない看板だ。
恐らくこの施設は今でも営業しているのだろう。休館の文字の横に施設の名前があった。


『門北地区センター』


「地区……センター?何でアパートの隣にこんなモノが?」

天は地区センターの中を見てみたいと思ったが、生憎今日は休館日、中には入れない。
どうにか中を見れないものか……ならば窓から覗いてみるか。
天は入口から離れると窓を探すため建物の外周をぐるっと一周して見て回る。
広い建物だから一周回るのも一苦労だったが、丁度いい高さの窓を見つけた。
窓の所まで行くと、窓が開けっ放しだということに気が付いた。
無用心だなと窓を閉めるために手を伸ばしたしたその時であった。


「ちょっとそこのアンタ、ダメだよ泥棒みたいに窓から侵入しちゃあ!」

24 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 15:59:09 ID:MwGJlJZ60
野太い女性の大きな声が後ろから聞こえてきた。

(ブヒョアッ!びっくりした、何だ今の声!?)

驚きのあまり、心の中で変な叫び声を上げてしまった天は後ろを振り返る。
パンチパーマの髪、年季を感じさせる顔、ふくよかな体型、両手にはスーパーの袋。
典型的、テンプレート通りの「おばちゃん」が其処にはいた。

「……いやいやいや、誰も侵入しようなんて思ってませんよ!中を見ようとしただけで」

「そんな品定めをするような嫌らしい目をした人間に言われても説得力無いよ!……もっとも、
ウチの『食堂』のレジは今日は空っぽなんだけどね、残念ながら」

「俺に変なキャラ付けをしないで下さい!って『食堂』?ここは地区センターでしょ?」

天は窓から中を見渡す。食事するための白いテーブル、箸などの食器を入れる箱、レジ等がある。
奥には調理場があり、フライパンや業務用の冷蔵庫が見える。確かに食堂だ。

「地区センターの中の一室を食堂として使わせてもらってるんだよ。
アンタ見た感じこの町の人じゃないから知らないだろうけどね、ここは数年前に隣の
アパートの管理人さんが建てて、町の人のために施設内の空き部屋を提供してるのさ。
施設にゃ小さな売店や図書館も入ってるからアンタも泥棒のしがいがあるわよ〜。
まあセキュリティがしっかりしてるから一円も盗らせないけどね」

「だから何も盗りませんし中にも入りませんっての!もう!
(いやはや、本当に立派な施設だなあ、アパートのすぐ隣にこんなモノがあるなんて)」

天は知らなかった。そんな情報はサイトに載ってなかったし、不動産屋も言って無かった。
娯楽も店も無い町、ならば自分の土地に娯楽や店を作ればいい……凄い発想である。
アパートの数倍の広さの建物の建設費用など、一体いくらかかるか想像もつかない。
そもそもこの施設とアパートを建ててもまだ余裕がある広々とした敷地は何処で手に入れたのか。
…一体ここの大家さんは何者なんだろうか?




「……ああ分かった!アンタ隣のアパートに用があるんだろ?面接とかで」

あの後何分か「泥棒だ」「泥棒じゃない」の泥沼の言い争いを経て、
おばちゃんはようやく天が泥棒目的で来た訳ではないと理解したようだ。

「どーりでちゃんとした身なりしてる訳だわ……『スーツ』に『眼鏡』だもんね」

「どうも(良し、反応は上々だな。やっぱりこの格好で来て正解だったみたいだ)。」


入居のための審査がある。ネットでそれを知った天は珍しく脳内で作戦会議を開いていた。
つい最近まで就職活動で苦労してきたのに、なんでまた面接なんかせにゃならんのか。
だがタダで住めるとあっては従わざるを得ない。面接には絶対合格しなければ。

そのために天は就職活動用に買ったスーツを着てここまで来た。
アパートの面接とはいえ第一印象は大事だという事を天は知っていた。
「私服でおこし下さい」と言われて本当に私服で面接にいった弱き者は問答無用で落とされる
運命と知っていた。それほどスーツは「何か知らないけどちゃんとして見える」のだ。

メガネを掛けているのも同じ理由だ。普段はコンタクトレンズを付けているが
就職活動中はずっとメガネを掛けて過ごしてきた。「何か知らないけど知的に見える」からだ。


※(上記の戯言は全て天の歪んだ価値観によるものです。実際の印象とは関係ありません)


これで面接の掴みはバッチリだろうと天は考えているが、まだ油断は出来ない。
たとえ服装は良くても、肝心の質疑応答次第では試験に落ちてしまう事も天は知っている。

だからこそ天は作戦を練ってきた。面接に確実に受かるための『必勝策』を……!

25 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 16:07:47 ID:MwGJlJZ60
「面接なら屋上のあの小屋でやってるよ。そろそろ終わるんじゃあないかね」

「え?『終わる』ってもう面接始まってたんスか!?夜以外なら何時来てもいいって聞いてたんスけど」

「違う違う、アンタが来る前に面接に来た子がいたんだよ。その子の面接がそろそろ……」


ガシャーン!!!
「ふざけんじゃないわよッ!!!!」


敷地内に何かが壊れる音と甲高い声の怒号が響き渡った。

(ガヒョアッ!!何だ何だ、またスゲー怒鳴り声が!)

驚きのあまり、心の中で本日二度目の変な声をだしてしまった天。
声はアパートの方から聞こえて来た。それも上の方、丁度屋上の辺りからだ。

「…どうやら終わったみたいだね。次はアンタの番だよ」

「え?今の怒鳴り声は一体……?」

「面接を受けた人だよ、正確には『面接を受けたけど合格しなかった人』」

「え、この面接ってその場で合否出しちゃうんスか!?後日結果を連絡とかじゃなくて」

「ウチも詳しくは知らないんだけど、どうもそうらしいねぇ。ここに面接に来る人は
2種類に分類されてね、『合格したと喜んで帰る人』と『不合格で落胆もしくは憤怒の表情
で帰る人』。今の声は後者だろうねー、可愛そうにケケケ」

「……そんなに難しい面接なんスか、ここで行われるのって」

「だと思うわよ。ウチは地区センターができてからずっとここで働いてるけど
あのアパート、全部で10部屋あるのに今まで『満室になったことが一度も無い』のよ?」

「満室になった事が無い?ここって毎年入居希望者が沢山居るって聞きましたけど……まさか」

「そのまさかよ。毎年面接しに人がワンサカ来るけど殆ど……いや、ほぼ全員不合格。
去年は一人も受からなかったってアパートの管理人さん言ってたから相当なモンだわよありゃあ」

「去年は合格者無し!?何スかその狭き門!」

天は戦慄した。たかがアパートの面接と侮っていたら超難関面接でしたという
洒落にならない事実を知ってしまい、その顔には汗がダラダラと流れていた。



(これは何としてでも、確実に『必勝策』を決めなければ…失敗したら面接に落ちる!)

26 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 16:13:41 ID:MwGJlJZ60
数分後、アパートの階段を降りる一人の女性を見た。年齢は天と同じ位だろうか。
金髪で化粧は濃く、服装もかなり派手目だ。顔は怒りに満ちているといった感じだ。
女性は天に気付いたのか、階段を降りきると天に向かって声を上げた。

「アンタも面接?だったらやめときな!あの女、変なことばっか聞きやがるし
適当に答えたら『貴方はここには住めない』って言って聞かないんだ、クソが!
後で覚えてろってんだ!」

そう言い放つと女性は足早にアパートを去っていった。


とうとう自分の番になった天はというと緊張で体がガチガチになっていた。

「さあアンタの番だね…って大丈夫かいアンタ、物凄い汗よ?」

「だだだだ大丈夫ででです、大学ではサークルのリーダーをしてましたたた」

緊張のあまり声が震え、うっかり面接用のPRを喋ってしまう天。
ちなみに大学時代はサークルのリーダーなぞ勤めた経験なんかない。

「受ける前からそんなんでどーするのよホレ、覚悟決めて行ってきな!」

おばちゃんに背中を押され、半ば強制的にアパートの階段前まで来てしまった。

こうなったら腹を括るしかない。天は階段の一段目に足を乗せ、そのまま階段を上り始めた。

「もし受かったらこれから食堂でご飯大盛サービスしてやるよ、頑張りなー」




午後1時15分。階段を上り、屋上に通じるドアの前まで来た天の緊張は頂点に達していた。

(おおおお落ち着けけけけ、おお俺は出来るるるる、趣味はボランティアですすすすす)

心の声まで震えだし、面接用のPRが勝手に心の中で流れてしまった。
ちなみに彼はボランティアなど一回もしたことがない。

(そそそ素数を数えるんだ…4、8、16、28、144…よし、少し楽になった)

2で割りきれる素数とは無縁の数字を羅列して心を落ち着かせた天は
ドアの真ん中に一枚の紙が貼ってあることに気が付いた。紙にはこう書かれていた。


『この先 幻想花園・管理人室』


(…?何だこれ、げんそう……はなぞの?)

屋上に建っていた小屋が管理人室だと分かるのだが、幻想花園とは何だろうか。
ドアを開けたら一面に花畑でも広がっているのだろうか。

(…まあ気にしてもしゃーない…行くぜ!)

天は意を決して屋上のドアを開けた。

27 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 16:20:56 ID:MwGJlJZ60



ドアを開けると、そこには幾多の花が咲き乱れていた。



正確にいうと幾多の花が植えられた植木鉢が沢山置かれていた。
色とりどりの花が沢山咲いてとても美しい。花の良い匂いもする。
幾何学的というか、規則的に配置された植木鉢は芸術の域に達していると言っていいだろう。

(……アパートの屋上に凄いモンがあったな、まさに幻想的だ…おや?)

完璧に見えた植木鉢の中に、一個だけ粉々に砕けてしまった植木鉢があった。
天は先程の出来事を思い出す。屋上から聞こえた怒鳴り声の直前、何かが壊れる音がしていた。
おそらく音の正体はこの植木鉢だろう。先程の女性が壊してしまったのだろうか。

しかし植木鉢の中に入っていたであろう花は無くなっていた。何処へいったのだろう?
その疑問はすぐに解消された。屋上を見回すと、植木鉢の花園の先に白い小屋がある。
ここが管理人室だろう。その小屋から、真新しい植木鉢を持った女性が出て来たのだ。


「痛かったねサクラちゃん、もう大丈夫だからね」


ピンクのチャイナ風の服に白いスカートを履いた女性は新しい鉢に植え替えられた花
『サクラちゃん』に話しかけながら壊れた植木鉢の側に近づいて行った。

「はい、これで元通り。良かったわね……あら」

壊れた鉢の欠片や土を片付け、新たな植木鉢を置いて幾何学模様を修復した女性は
天に気付くとニコっと微笑みこちらに近寄ってきた。

「こんにちは。貴方も面接にいらしたのですか?」

「は、はい、藤鳥です(うわあ、綺麗な人だなぁ。もしかしてこの人が……?)」

「初めまして。私、このアパートを管理しています足柄真由美(あしがら まゆみ)
と申します。どうぞよろしくお願いしますね」

随分若い人だな、と天は思った。広い敷地に大きい地区センター。これらから想像する
管理人はかなり資産を持つ人であり、年齢も60を過ぎ、人生と財に余裕が出てきた……
そんな人なのだろうと思っていたが、実際は違っていたようだ。
年齢は天より少し上だが25歳前後といった感じで全く老いておらず、雰囲気も
金持ちには見えない、何処にでも居る「キレイなお姉さん」といった印象の女性だった。

28 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 16:29:37 ID:MwGJlJZ60
管理人の真由美は挨拶をした後、天に右手を差し出した。握手を促しているのだろう。
天もそれに応え、自分の手を差し出す。

「(…ここだ!)こちらこそよろしくお願いします」スッ

「ハイ……ってごめんなさい、土を片付けてたから手が泥んこだわ。洗わないと…」

握手する直前、管理人は自分の手が汚れているのに気付き、手を引っ込めてしまった。

(ああーッ、握手が出来なかった!俺の『必勝策』があああああッ!!!)

天が差し出した右手。そこから「人のモノではない手」が出てきていた。


天が考えた必勝策、それは化け物のチカラを借りることにあった。

作戦はこうだ。まず天が管理人に理由をつけて握手をしてもらう。
握手をする二人、しかし天の手からは既に化け物の手が飛び出している。
化け物とも握手をする管理人。すかさず管理人呪いをかけ、ポンコツにしてしまう!
こうなれば後は楽であり、ポンコツ管理人のポンコツな質問に適当に答えていけばいい。
後はポンコツな判断力で天を合格にしてくれるだろう!多分!という
あまりにもいい加減で適当な作戦といっていいのか分からない最低の代物であった。

実をいうと大学時代に内定を貰った唯一の会社、そこの面接を通過したのも
この策のおかげなのだ。勿論選考は一人で行うものではないが、呪いをかけた面接官が
自分を猛プッシュしてくれたらしい。天はこれで味をしめたのだが、今回は失敗してしまった。


そして天の必勝策には致命的な欠点がもう一つ。

(どうする…握手できなければ万策が尽きてしまう!何としても管理人に触れなければ)

『呪いのチカラ』以外の面接対策を何も練っていないのだ。
つまり、この策が不発に終われば超難関面接を予備知識無しで挑まなければならない。
天の下調べをしない性格がまた失敗を引き起こしてしまうかもしれないのであった。




「ごめんなさい、手を洗うんで部屋に入って待っててもらえますか?」

管理人はそう言うと天を先程いた管理人室へと案内する。
天はそれに付いて行き管理人室の中へ入っていった。

中は意外と「住居」になっていた。一見すると木製の小屋だから、ドアを開けるとすぐ
広い空間があり木の椅子・机やストーブが置いてある「山小屋」のイメージがあったのだが、
実際はドアを開けると玄関や廊下があり、部屋やリビング、キッチンや風呂もあったりと
普通の「アパートの一室」がそこにはあった。

リビングに案内され食事用テーブルの椅子に座ってお待ち下さいと言うと、管理人は
手を洗うために洗面所に行ってしまった。戻ってきたらすぐ面接が始まるだろう。

(結局触れなかった……オワタ、俺の新生活オワタ)

秘策が不発に終わったせいで、天の気分はすっかり消沈してしまっていた。
チャンスは何回かあった。管理人の直ぐ後ろを付いていったので、ゴミが付いてるとか言って
肩にでも触れればよかったのだが、この管理人、意外と……というか全く隙が無い。
肩に手を伸ばそうとすると即座に振り返っては天に話しかけてくる。
まるで天の気配を、化け物の気配を察知しているかのようだった。


「お待たせしました、紅茶を淹れたので良かったらどうぞ」
数分後、手洗いを終えた管理人さんが戻ってきた。お菓子や紅茶を乗せたお盆を持っている。
テーブルを挟んで向かい側の席に座ると、お盆の上の紅茶やお菓子をテーブルに乗せる。
勧められるまま紅茶を飲む天。不動産屋から貰った書類に目を通す管理人。
こうして和やかな雰囲気の中面接は始まった。

「えーっと、藤鳥天くんだったわね。国立電ちゅみ大学を卒業して一人暮らしを……」

29 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 16:38:46 ID:MwGJlJZ60

面接は意外とすんなり進んでいった。
会社は何処にあるのとか、大学は何を勉強していたかとか、付き合ってる彼女の話とか。
幽霊は本当に居るかなんて話題で盛り上がったりもした。
面接というより歓談といったほうがいいだろう。初めは緊張でガチガチだった天も
次第に打ち解け、管理人さんとの会話を楽しんでいた。

面接らしいやり取りは一切ないまま時は過ぎていった。
このまま面接は終わるのではないか、チョロイなと舐めたことを考えていたその時、
管理人さんの口からこんな言葉が発せられた。

「……ところで藤鳥くん、これから2・3、『奇妙な質問』をしたいんだけどいいかしら?」

奇妙な質問という言い回しが気になった天だが、
先程面接を終えた女性が口にしたある言葉を思い出した。

『あの女、変なことばっか聞きやがるし
適当に答えたら「貴方はここには住めない」って言って聞かない』

変なことを聞かれる……恐らくここからが面接の本番なのだろう、と天は思った。
この質問に正しく答えられなかった者が面接に落ちる、と直感した。

「はい、お願い致します!」天は気を引き締め、本番を迎えた面接に備えた。

(どんな質問が来ても、とにかくボランティアやサークルのリーダーをアピールすりゃあ
大丈夫だろう、さあかかってこい!)


「それじゃあ聞くわね…藤鳥くん、矢で体を貫かれたことはないかしら?」





「はあ?」

管理人の質問に思わず面接ではありえないリアクションを取ってしまった。
この管理人は何を言っているのだろう、天の頭の上には無数の?マークが浮かんでいた。
今まで沢山の会社で面接を受けてきたが、射られた体験の有無を聞いてくる会社は無かった。
というかこの問の正解とは何なのだろうか。真剣な表情で「はい、貫かれたことがあります」
とでも言えばいいのだろうか?「いいえ、持ち前のリーダーシップで華麗に避けました」
のほうが正しいのか?少なくともリーダーシップ云々でどうにかなる物でもなさそうだが。

「ごめんなさい、そうよね、矢なんかで射られたら死んじゃうものね」

天が答えを考えてる内に管理人さんに謝られてしまった。
しまった、時間制限があるのか。天はこの面接のシステムを理解すると同時に後悔もした。

管理人さんは次の質問に入っていた。

「それじゃあ次ね、アリゾナ砂漠で遭難した経験は?」

「はあ?」




管理人さんの「奇妙な質問」はとどまることを知らない。

矢・砂漠の次は何だ、俺は何回死にかけるんだ、と身構えていたら
「家族や親戚に超能力者はいますか?」とこうだ。

家族の素性が気になる程俺は変な人と思われているのかと天は疑った。
天の父は普通のサラリーマンだし、母も何処にでも居る専業主婦。
妹が一人居るがそんな大層な才能は無い、ただの女子大生のはずだ。
親戚にもそんな逸材はいない……と思う。天はそう答えた。
管理人も「そうよね、そんな人、滅多に居る訳ないわよね」と言い、次の質問へ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから質問が3つほど流れた所で天は気付いた。今までの質問に対する天の答えは
全て「不正解」だったということに。その証拠に先程まで穏やかな表情だった
管理人の表情が段々と曇ってきていたのだ。今までの質問に天は全て
「いいえ」に属する答えを言っていた。
恐らく先程面接に落ちた女性も同じ答えを言ったのだろう。
というかソレ以外の答えを言う人など居たのだろうか。親や親戚の話はともかく。

この質問を通じて分かったことは、このアパートには矢で射られても死なない者、
砂漠で遭難しても生還出来る屈強な体の持ち主以外は住めないということだ。

(…合格者が出ない理由が分かった。居るわけないだろ、そんなアメコミヒーローみたいな奴!)

天は既に合格を諦めていた。たかがアパートでそんな物要求されても困る、と
心の中で悪態を吐いた。もう早く不合格を告げてくれ、帰ったらネットで探し直しだ。
そんな事を考えてながら紅茶を啜っていると次の質問が来た。
もう真面目に聞くつもりも無い…はずだったが。


「それじゃあ最後の質問ね…『頭を銃で撃たれた経験はあるかしら?』」

30 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 16:43:32 ID:MwGJlJZ60
口の中の紅茶を盛大に吹き出してしまった。ついでに思い切り咳き込んでしまう。
他の人なら鼻を指で穿りながら「無い!」の一言で終わる質問だっただろう。
だが天は違った。頭を撃たれた経験があったのだ。夢の中での話だが。

「頭を……ですか、夢で見たとかそういうことではなくて」

「現実世界での話よ、頭を撃たれて生きているって体験…無いわよねぇ?」

天は無いと言うしかなかった。夢なら兎も角、現実で頭を撃たれたら死んでしまう。

(……もしかしてあの夢は現実で起こった本当の出来事だったりして。いや、そんなまさか)

この人の求めているモノがますます分からなくなっていた。
不死身のモンスターでも探しているのだろうか。生憎天は人間である。
化け物に取り憑かれてるけど。


結局最後の質問にも「いいえ」と答えた天。恐らくもう不合格なのだろう。
管理人は失望というか、ガッカリしたような寂しげな表情を浮かべていた。

(仕方ないだろう…そんなモンスター何処にも居ないっての)

「……『もしかしたらこの人は』と思ったんだけどね。それじゃあ結果なんだけど……
ごめんなさい藤鳥くん、貴方はここには住め



ピンポーン
「管理人さ〜ん!ご注文の『牛タンの味噌漬け』買ってきてやったぞ〜!!」

31 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 16:48:42 ID:MwGJlJZ60
予想通りの不合格通知が来る直前、部屋に玄関のチャイムが鳴り響いた。
同時に管理人を呼ぶ女の子の大声が玄関から聞こえてきた。

「ちょっと失礼しますね」管理人は嬉しそうな声で玄関に向かっていった。
どうやら来客のようだ。次の面接の人ではない、話の内容から推測すると
二人は知り合いといった所だろう。


「そうそうコレコレ!ありがとうねコネコちゃん!でも結構時間がかかったのね」

「買い物の後学校に居る弟に差し入れ持っていったからな、アイツもそろそろ帰るってよ」


(ん?この声…何処かで…)

天は玄関から聞こえてきた声に聞き覚えがあった。それもつい最近聞いた覚えが。
それに先程、管理人さんが来客者を「コネコ」ちゃんと言っていた。

(コネコ……コネコ……あれ?何処かで聞いたことある名前だぞ?)


「へぇ、面接してたんだ。どんな人が来たか少し見させろよっと」

「ダメよコネコちゃん、部屋に入っちゃ!」

玄関の声の主は大きな足音を立ててこちらに向かって来ていた。
その時、天は声の主をはっきりと思い出した。

(そうだ、さっきバスで乗り遅れそうになったあの女の子……運転手にコネコって呼ばれてた!)


「フヒヒ、お顔を拝見……ってアレ!?貴方さっきバスに乗ってた!」

今日、ほんの数時間前に会った顔を忘れるわけがなかった。
ボサっとした寝癖だらけのショートヘア、目の下の濃厚なクマ。この顔は先程会ったばかりの。


「ああっ!(やっぱり!あの時のバス女の子だ!)」

32 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 16:56:56 ID:MwGJlJZ60
「あらコネコちゃん、藤鳥くんとお知り合い?」

「知り合いっつーか、さっきバスで一緒になったんだ。そっかぁ、ここに来てたんだぁ」

意外な形で再会した少女・コネコは天の顔をジロジロと見ると、自分も椅子に腰掛けた。
管理人が飲み残した紅茶を平気な顔で飲み干すと、ニヤけ面で天に話しかけた。

「……どうやら面接は終わったみたいだな。どーよ、アホな質問されなかったか?」

「まあコネコちゃん、アホな質問だなんて失礼ね。アレもちゃんとした面接の質問よ?」

「矢で射られたり砂漠で遭難する奴がいるか!もっとマシな質問考えろよなぁ」

コネコと管理人は面接内容についての議論を始めてしまった。
どうもコネコはこの面接の内容を知っているようだ。この子も面接を受けたことが
あるのだろか。管理人とはかなり親しい間柄のようだが、もしかすると面接に合格したのだろうか?

(この子が武器や砂漠をものともしない現代のスーパーマン……ゴクリ)

議論に置いてけぼりになりアホなことを考える天。なんとか会話に入りたいが、
中々上手い切欠が掴めない。


「んで、この人いつココに越してくるの?これで満室御礼まで残り一部屋だな」

コネコが残っていたお菓子を食べながら管理人に訊ねた。
どうやら天を合格者だと思っているようだ。
しかし先程管理人が言いかけた「結果」はどう考えても不合格のようだが。

「……それについてなんだけどね、藤鳥くんは残念だけどここには住めないの」

(うん、知ってた)二杯目の紅茶を飲み干すと天は帰り支度を始めた。
不合格と知った以上、長居は無用である。紅茶とお菓子のお礼を言って
席を立とうとしたその時。


「なに言ってんだこの管理人さんは。合格だぜこの人。」


このアパートの管理人ではなく、数時間前に知り合った女の子に合格を貰ってしまった。

「……コネコちゃんが合格あげてどうするのよ。例の質問も全部いいえだったのよ藤鳥くん」

「例のアホ質問なんかどーでもいいわ、藤鳥さんだっけ?この人『スタンド使い』だよ」

33 1話中編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 17:06:45 ID:MwGJlJZ60
(…今何て言った?「スタンドつかい」?何のこっちゃ)

聞きなれない…というか聞いた事もない言葉に戸惑う天。
だがこの言葉を聞いた管理人は表情を一変させた。

「……どういうことかしら、コネコちゃん?」

「この人にはバスに乗るときに世話になってね。藤鳥さん、スタンドを出して
バスを『遅くしてくれた』んだよ。おかげでギリギリだけどバスに乗れてさあ。そんで
バスに乗った時この人の手からスタンドが出てるのをハッキリ見たんだ」

「確かなの?」

管理人は面接では見せなかった真剣な表情でコネコの言葉に食い付いていた。
どうやらこの面接は『スタンドつかい』というワードが鍵になっていたようだ。
そういえばここのアパートの名前も「メゾン・ド・スタンド」だった。
それほどこのアパートにとってスタンドというモノは非常に重要な意味があるらしい。
しかし天は肝心の「スタンド」とやらがどんなものか分からずにいた。
コネコはバスの中で天が「スタンド」を出した姿を見たと言っている。
天はバスの中の出来事を振り返り、スタンドとやらの正体を突き止めようとした。

(『バスの中』…『バスを遅く』…『手から出てくる』…ああっ!?)

思考の末、一つの結論に辿り着いた天は自分の右手を凝視した。
あの時、コネコを助けようと天は右手をかざし、『化け物』を呼び出した。
『化け物』はバスに触れ、バスをポンコツにし、結果コネコはバスに乗ることが出来た。

(『化け物』……お前のことか、「スタンド」ってのは!)

天は心の中で「出てこい」と念じた。すると右手から化け物の手が飛び出してきた。
正体不明の異形達をどう呼べばいいのか分からず、とりあえずその見た目から「化け物」と
呼ぶことにしていた天だったが、どうやらこの化け物にも正式な呼び名があったようだ。


「だから前から言ってるだろ、単刀直入にあなたはスタンド使いですかって聞けって……
!!ほら見て管理人さん、藤鳥さんの右手!」

「え、右手?……まあ!」

コネコと管理人は天の右手を見るとキャーキャーと歓喜の声を上げた。二人は手を取り合い
喜びを分かち合い、終いには管理人がコネコに抱きついてしまう始末であった。
管理人は即座に天にも抱きついてしまい、天の顔を真っ赤に染めて見せた。

「ちょ、管理人さん!?そんなに見れて嬉しいんスかこの化け……スタンドってのが」

「嬉しいに決まってるわ!二年ぶりですもの、ここに来た『スタンド使い』なんて!」

どうやら化け物改め「スタンド」という奴らは意外と貴重な存在らしい。
天の実家周辺では結構な数のスタンドが人間に取り憑いていたのだが、
どうやら地元が例外だったようだ。この人は2年間、この場所でスタンド使いとやらに
会っていなかったという。つまり面接者の中にここ数年
スタンド使いが全くいなかったということだ。

「な、言ったろ、スタンド使いだって!もう合格だろ!?」

コネコは管理人に合格を促す。どうも選考基準がいまいちわからないなと天は思った。
第一、スタンドとやらが取り憑いていた所で面接とどう関係があるのか?

「そうね……でもスタンドの『全体像』を見てみたいわね。ねえ藤鳥くん」

「はい」

「その右手のスタンド……全部出してもらえるかしら?」

「!?ぜ……全部?」

「そう全部。これも質問に入れちゃいましょう。スタンドを全部出して見せて欲しいの」

(スタンドを『全部』!?右手しか見たことないんだけど、どうしよう)

スタンドが様々な形をしているのは天も知っている。人の形が殆どだが、
獣の姿をした者や機械の姿をした者もいる。
天の場合、右手だけしか出て来ない一風変わった姿であった。
いや、単に「右手しか出していない」だけなのかもしれないが……。


天が返答に困っていたその時であった。


ガシャーン!

「オラァッ!!責任者出てこいッ!!」



外から男の怒号と何かが壊された音が響いた。
天はこの音に聞き覚えがあった。これは植木鉢が壊れる音だ。

「管理人さん……俺の他に面接の予定は?」

「……今日の面接は藤鳥くんが最後よ、一体誰かしら」

「ここの住人の声じゃあねーな」

三人は顔を見合わせると、玄関に移動し恐る恐るドアを開け、外の様子を伺った。

34 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/13(土) 17:09:23 ID:MwGJlJZ60
今回はここまで。

後編では色々なスタンドが結構出てきます。バトルもしちゃったりします。

35 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/22(月) 23:23:39 ID:xE/ZQtNc0
1話後編をお送り致します

何卒よろしくお願い致します。

36 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/22(月) 23:27:42 ID:xE/ZQtNc0
先程まであった幻想的な花園は無くなっていた。

代わりにあったのはかつて植木鉢だったモノの欠片と撒き散らされた土、
そして無残にも踏み潰された花の数々だった。

「オラオラァ!早く来ねぇと全部壊しちゃうぞゴルァ!」

花園を壊した犯人は一目で分かった。
金髪かつ長髪、色黒で筋骨隆々、タンクトップにハーフパンツ姿の男が一人。
ソイツは残っていた最後の植木鉢を掴むとそれを高く掲げ、地面に叩きつけようとしていた。

「……藤鳥さんの付き添いかアレ」

「俺の知り合いに金髪のゴリラなんかいませ……ってうおッ!?」

天の言葉が終わる前に玄関の扉が開け放たれた。扉にくっつき様子を見ていた天とコネコは
体勢を崩し、転がる形で玄関の外へ出てしまった。
扉を開けたのは管理人だった。彼女は悲痛な叫び声をあげながら凶行の主に駆け寄った。

「やめて!なんでこんな酷い事をするの!?」

「おおっと、ようやく責任者サマご登場ってわけか」

金髪の大男は管理人に気付くと植木鉢を持った腕を止め、管理人に凄んでみせた。

「初めまして責任者サン。さっきは俺のカスミを散々いじめてくれたみてぇじゃねえか。
お礼をしに来たぜ……たっぷりとなァ!」

パァン!
男は管理人の頬を思い切り引っ叩いた。管理人はその場に倒れこんでしまう。

「「管理人さん!!」」

天とコネコは管理人の元に駆け寄った。管理人の頬は真っ赤に腫れていた。

「大丈夫スか管理人さん!?血は出てませんか!?」

「うん……私は大丈夫よ、でも……みんなが……」

管理人は無残に壊された植木鉢を見て涙を流していた。
先程まであった芸術的な花園はもはや見る影もない。

「ん?なんだお前ら、この女のツレがいたのか?」

「てめぇ……初対面の女性に何手を上げてんだこのクソゴリラ!」

「なッ!誰がクソゴリラだこの餓鬼がぁ!」

コネコが怒りの形相で男に怒鳴りつけた。天は思った。

(さっきから思ってたけど、このコネコという子はどうにも荒っぽいなぁ。
男のような口調だし、おまけ怒ると口も悪くなるみたいだ。
髪も短いから後ろから見ると毒舌持ちの男子にしか見えねぇぞコリャ)

37 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/22(月) 23:32:43 ID:xE/ZQtNc0
「コウく〜ん、あの女ぶっ飛ばしてくれたぁ〜?」

屋上の入口から女の声がした。天はこの声にも聞き覚えがあった。
入口のほうに目を向けると金髪の厚化粧の女が不機嫌そうに管理人を見ていた。

(あの人、俺の前に面接受けた人じゃあないか……成程、こいつがカスミって訳か)

天は今の状況がなぜ起こったのかを把握する事が出来た。
要するにあの女性が面接に落とされた腹いせにコウくんとやらをけしかけたようだ。
おそらくコウくんは彼女の恋人かなにかだろう。
天は入口にいるカスミの方へ早足で近づいた。カスミも天に気付いたようだ。

「あれ、さっきの人じゃん、あんたも落とされたんでしょ?あのバカ女に!」

「あんたの差し金かこの有様は!何てことさせてんだよ彼氏に!」

「すごいでしょ!コウくんは私の言う事なら何でも聞いてくれるんだよ!
さっきも私があの女にボロクソ言われたって泣きついたらこうだもん、いい気味よ!
……ってあの女、あんまりケガしてないじゃない」

カスミは管理人を見るとコウくんという名のゴリラに不機嫌そうに命令した。

「ちょっとコウくん、手緩いわよ!その手に持ってるやつでその女やっつけなさいよ!」

「わかったよカスミ〜!…オラ、どけっ!」

「きゃっ!」

コウくん(以下コウ)は管理人に視線を戻すと、目の前にいるコネコを手で払いのけた。
コネコは横に飛ばされ倒れてしまう。

(あのゴリラ、何をする気だ?『手に持ってるやつ』…まさか!?)

天の脳裏に最悪のシナリオが浮かんだ。瞬間、天は管理人の元へ走り出した。
コウは倒れたままの管理人に蹴りを入れると、ニヤリと笑いこう言い放った。

「本当は賠償金でもふんだくってやろうかと思ったが…今日はこれくらいにしてやらぁ!」

コウは手にしていた植木鉢を持ち上げると、管理人めがけて勢いよく振り下ろした!
土がギッシリと入った植木鉢、直撃すれば大怪我は免れない!


「管理人さんッ!!」


振り下ろされる直前、天は管理人と男の前に勢い良く割り込んだ。

ひとりでに身体が動いていた。管理人を理不尽な暴力から守ってやりたい。ただその一心で。

管理人に当たるはずだった植木鉢は割り込んだ天の顔面に直撃した……


はずだった。

38 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/22(月) 23:37:46 ID:xE/ZQtNc0
植木鉢は天に当たる直前に粉々に砕け散った。
コウからしてみれば『何も無い所で壊れた』ようにしか見えないだろう。
だがそれは違う。

天の肩から出てきた三本指の拳と腕。それが植木鉢を壊したのだ。

(コイツ…右手以外からも出てくるのな、それに『腕』がここまであったとはね)

今まで化け物と呼んでいたモノは右手からしか出てこなかった。
それも掌と手首しか出なかったので、こうしてスタンドの腕が肘までハッキリ見えたのは
今回が初めてだった。

(…もしかしたらコイツにも本当に『身体』があるのかもしれないな……でも)

天は自分の肩から出たスタンドの腕を見た。
どうやらスタンドという存在は中々頑丈な体を持っているようだ。
勢い良く振り下ろされた植木鉢へ攻撃しても骨が折れている様子はない。
しかし植木鉢の砕けた破片が手を傷つけたらしく、スタンドは痛そうな動きを見せている。

そして視線を自分の右手に移す。植木鉢を殴ったのはあくまでスタンドのはずである。

(取り憑かれた者の呪い…なのかなぁ?何で俺まで『痛い』んだろうなぁ?)

何故か天の右手から血が流れていた。良く見ると何かで皮膚を裂いたかのよう傷が出来ている。
さらに手に激痛が走った。まるで何か硬い物を思い切りぶん殴ったような、そんな痛み。

まるで天とスタンドの手の感覚が共有されているかのようだった。

39 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/22(月) 23:49:43 ID:xE/ZQtNc0
「……!藤鳥くん、その手!?」

管理人は天の手の異変に気付いたようで、身体を起こすと顔を青くして天に近寄った。

「ハハ…何か痛いッスねコレ、自分が殴ったわけじゃあ無いんスよ?マジで」

「そんな……!私の事を庇ったばっかりに……!」

管理人は目に涙を浮かべ、ごめんねごめんねと天に謝り続けた。

「いいんスよ、勝手に間に入っただけですし、管理人さんも無事でなにより……イテテテテ」

「本当だよなァ〜、何勝手なマネしてくれてんだァ?おい」

「え?」天は声がした方を向いた。コウは青筋を立てていた。これは相当キレている。
コウという名のゴリラは小さな声で何かを呟いていた。

「カスミの機嫌が悪くなってるじゃあねえか……こりゃあご褒美のチューは無しだな……
こいつさえ邪魔しなければ……少なくとも偉いねって褒めてくれたのによぉぉぉぉぉぉ……」

獣の唸り声がコウの口から漏れ出る。
恋人の唇や褒め言葉如きでこんな酷い事が出来るこの男、まさに猿並みの知能の持ち主のようだ。
天は嫌な予感がして残った左腕で顔面をガードしようとしたが遅かったようだ。


「雑魚が偉そうにしゃしゃり出てくんなダボがァ!!!!!」


コウの固く握り締められた拳がガードが間に合わない天の顔面に直撃した。
ぶん殴られた天は鼻から大量の血液を噴出して後方にぶっ飛ばされ地面に倒れこんだ。




「ッ!?おい、大丈夫か!?」

管理人とコネコが慌てて駆け寄ると、そこには鼻の骨をへし折られ、
顔が醜く歪んだ血塗れの天がいた。

「……!!藤鳥くん!顔が!?」

「ゲボッ!ベボッ!痛えええええええ……ゲボァ!」

今まで味わったことの無いような激痛。鼻から血がとめどなく流れ顔が真っ赤に染まる。
不幸中の幸いか、歯は折れていないが前歯含む何本かの歯にヒビが入っていた。

「ガハハハハ!会心の一撃って奴だな!格好つけようとするからこうなるんだよバーカ!」

「てめぇ……マジで最低のグス野郎だな」

コネコは怒りの篭った声を吐き捨てる。コウはそれがどーしたと言ってゲラゲラ笑う。
管理人は天の血を止めようと必死にハンカチで鼻を拭うが、血はとめどなく溢れてくる。

天は大怪我を負いながらも、意識はハッキリしていた。
顔の激痛で気が変になりそうだったが、天の脳内は痛みとは別の感情で埋まっていた。

怒りである。

何故面接に来ただけの自分がこんな目に合わなければならないのか。
なぜ管理人さんがこんな酷い事をされなければならないのか。
なぜ都会のアパートにゴリラが出没しているのか。

無性に腹が立ってきた。

先程は「管理人やコネコを獣から守りたい」という気持ちでいっぱいだったが、
次第に思いは目の前に立ってるコウに向けられた。


『このバカをやっつけたい。ふっ飛ばしたい』

この思いが天の脳内に満たされた時だった。どこからともなく奇妙な声が聞こえて来た。

40 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/22(月) 23:55:53 ID:xE/ZQtNc0
『……マスター……ジブンヲ『ダセマスカ』……?チュミミーン』

甲高く、機械的な声だった。合成音声というか、ロボットが喋りそうな声がした。

天はこの声の出所が直ぐに分かった。

自分だ。
声は自分の体内から響いてきていたのだ。

天はこの声の主が誰なのかも理解できた。
あの『銃撃の夢』以来天に取り憑き、今まで右腕までしか姿を見せなかった奴。
つい数時間前まで化け物と呼んでいた存在……スタンドの声だ。

(へへ……結構おかしな声してるのなコイツ…)

最後のチュミミーンが何を意味するか不明だったが、こいつの言いたいことは
なんとなくだが分かっていた。

コイツは俺の中から出たがっている。外に飛び出したがっている。

(そうだよなァ…俺の中は窮屈そうだもんなぁ…そうか、外に出たいか?)

気が付くと、ひとりでに身体が立ち上がっていた。相変わらず顔や手の出血は止まらないし
痛みも引く気配がない。下を見ると、真っ白な筈のYシャツも血で赤く汚れていた。

「…!ダメよ藤鳥くん立ち上がっちゃ!」

「ん?このガキまだ立ってきやがるのか」

心配そうな声を上げる管理人と、再び立ち上がった天に近づくコウ。
ゴリラの表情から察するに、どうやら天にトドメの一撃をお見舞いするつもりらしい。
一方カスミはというと、天に再度攻撃しようとしている彼氏に相当いらついているようだ。

「ちょっとコウくん!そいつはもういいからさあ、さっさと隣の女やっつけてよ〜!」

「さっきからコイツが邪魔すんだよ、でも直ぐに全員片付けるから!しかし……」

ゴリラは天のいる方へ顔を向ける。コウは目の前の光景に苦笑いを浮かべた。

鼻は折れ曲がり、メガネは割れ、顔面とシャツが血塗れの男が満身創痍で立っている姿。
ゴリラは呆れたと言わんばかりの口調で天に話かけた。

「しかしお前さぁ〜、相当のバカだろ」

41 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 00:04:55 ID:pVUuRgmo0
「俺はただカスミを貶したそこの女さえやっつければ良かったんだよ。
お前が女の前に立たなきゃ女を倒してすぐにココから立ち去るつもりだったんだぜ?
お前やそこのメスガキなんざ別にどーでも良かったんだよ、予定にもなかったしな」

「…………」

「お前もカスミと同じでここに住むための面接とやらに来たんだろ?つまりお前とその女は
出会って数時間も経ってない殆ど『赤の他人』って訳だ。そんな奴のことを
お前は何故庇う?」

「…………」

天はコウの言葉に何も返さなかった。コウは続ける。

「しかも庇ったばっかりにてめえは鼻の骨を折っちゃって。まあアレだ、本当にバカだな。
お前のために言っておく、『そこをどけ』、次はどうなるかわからねえぞ?」

コウは天に引き下がるよう要求した。従わなければまた攻撃するぞという脅し付きで。

「……よく言われるよ」

「あ?」

脅しから十数秒経って、ようやく天の口が開いた。口の中に入った血を吐き出し、
新たに血が口に入らないように口に手を当てながら喋り出した。

「昔から似たようなことを散々言われてよォ……喧嘩も出来ねー癖にいっつも誰かを庇って
代わりにボコれて大怪我をしてさあ…両親や彼女からいっつも怒られてたよ、
『何でアンタはいつも考えなしに行動するの!?』ってさ」

「何言ってんだコイツ?いいからさっさと…」

「でもよ、別にハッキリとした理由なんか無いわけよ。だって実際何も考えてなんかねーもん。
助けてーから守るし、むかつくから楯突く……それだけだよ。
後の事とか考えたことない。要するにさ、俺って無計画(ノープラン)なんだよ……
今に限らず何事もさァ」

「さっきから訳のわかんねーことを…いい加減にどきやがれ!!」

堪忍袋の緒が切れたコウは拳を天の顔面に向けて降り下ろそうとした…が。
拳が天に直撃する寸前、拳は「見えない何か」に当たり、軌道が変わって
コウの拳は空を切った。

「今、俺が考えてることはただ一つ…『テメーをぶちのめしたい』…それだけだよ」

42 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 00:17:42 ID:pVUuRgmo0
(まただ!さっきの植木鉢と同じ、何もない所で『何かに当たった』!一体何が起きた!?)

コウからしてみれば怪奇現象以外の何物でもない筈だ。
天の顔面に当たる筈の拳が途中、『何か』が横からぶつかり、そのせいで拳は横に逸れ
天の顔を掠りもしなかった。コウの拳は何かに当たった衝撃で痺れていた。

だがそれはコウが何の変哲もない「常人」であったからである
一ヶ月前、弾丸に撃たれた夢を見て化け物を視認出来るようになった天には
全て理解出来ていた。


天の前に立っている『奴』がコウの拳を軽くだが殴ったのである。


「俺が考えるより先にまた攻撃したな…初めまして、俺と同じ無計画(ノープラン)くん」

天の目の前には、今まで見た事もない異形が立っていた。


『近未来のロボット』というのが天の第一印象だった。
背丈は身長180cmの天より低い150cmといった所だろうか。
腕は見慣れた三本指。足は無く代わりに移動用のタイヤが複数ある。
胴体は白くツヤツヤした素材で出来ていて、胸にはQRコードが大きく描かれている。
顔には胸のQRコードよりも大きな縦線模様……バーコードが描かれていた。


「そう…これが藤鳥くんのスタンドって訳ね…中々洒落てて可愛いわ」

「どうもそうみたいッスね…こんなんが俺に取り憑いてたのか」

管理人は珍しそうに天のスタンドをまじまじと眺めている。

スタンドはその目線に気付いたのか、ニコっと笑みを浮かべると管理人に向かって声を出した。

『……ハジメマシテ、マドモアゼル。チュミミーン』

「まぁ、お喋りが出来るのね……!この子、自我を持ってるわ!」

「自我……?まあ化け物なんてみんな自我を持ってて当然……ってアレ?」

管理人と話をしている間にコウの姿は天の視界から消えていた。
辺りを見渡すと、いつの間にか管理人の背後に移動しているコウの姿が!

「あんな奴を一々相手にしてたらいい加減カスミがキレるからな!
本来の目的をさっさと果たして帰るとすっか!!」

「!!管理人さん、危ねぇッ!!」

「えっ?」

コネコの声を聞いた管理人はすぐさま後ろを振り返る。しかしその瞬間、
コウの拳は管理人の頬を目掛けて勢いよく振り下ろされていた。

43 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 00:28:41 ID:pVUuRgmo0
ポコンッ

屈強な男の拳には全く相応しくない音が響く。
頬に攻撃を受けたはずの管理人もポカンとした表情を浮かべ、頬を不思議そうに摩った。
その表情に苦痛の類は全く感じられない。

「……何かミョーに弱く殴られた音がしたんだが…大丈夫かぁ?」

「うん、全然痛くないわ…まるで空気の詰まったゴム風船で叩かれたような、そんな感じ」

コネコの心配をよそに、全くダメージを受けていない管理人。
コウは目の前の光景を全く理解できずにいた。

(今確かにこの女の頭に直撃したはずなのに……!?クソッ、もう一回!)

コウは拳を握り締めると今度は管理人の頭に拳を叩き落とした。


ペコンッ


またしても拳にしては軽すぎる音が出る。手応えも全く無かった。
当の管理人もコウの顔を見て「どうしたの」と言わんばかりの表情を見せた。

(何でだ!?あの男は確かに倒せたのに……ええい、手がダメなら!)

拳ではなく脚ならと、コウは管理人の顔を目掛けて蹴りをお見舞いする。


ペチッ


結果は同じだった。厚さの無い段ボールで叩いたような音。まったく痛がらない管理人。
ヤケになったのか、蹴りと殴りをメチャクチャに繰り出すコウだったが
管理人は全く痛がる様子はない。

「もう、さっきからペシペシと叩くのやめなさいッ!」

痛くないとはいえ何回も執拗に攻撃され頭にきたのか、管理人が
コウの身体を掌で軽く押した。だがコウは思いっきり殴られたかのように
後方へ吹っ飛び倒れてしまった。

(へ……変だッ!女に押されただけなのに!足の踏ん張りが効かねぇ!体が痛ぇッ!)

コウは己の身体の異変の数々に恐怖した。この体はさっきまでの自分のモノではない。
まるで別の誰かのモノに変わってしまったかのような違和感をひしひしと感じていた。

44 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 00:40:11 ID:pVUuRgmo0
「あの屈強なゴリラがあんな弱々しくなって……これ、アンタの仕業だろ?」

敵ながらすっかり情けなくなったコウを尻目に、コネコは天に尋ねた。
天は顔をニヤつかせて答えた。

「あの猛獣の知能じゃ永遠に分からんだろうな……さっき拳を殴られてたろ?
奴は既にスタンドに『呪われている』」

「ヒケケ」

天の言葉の後、天のスタンドが意地悪そうに笑う。
コネコはゴリラの腕を見た。

コウの拳にはバーコードのような縦線模様が刺青の如くクッキリと描かれていた。

「へぇ……『そういう能力』なのか、藤鳥さんのスタンドって……
バスの時もそうだったけど、結構使いこなしてるじゃん」

「今回はスタンドが勝手にやったんだけどね……もうあのゴリラは戦えないよ」

この事態がスタンドのよるものだと理解したコネコは管理人に近寄ると
ヒソヒソと耳打ちをした。恐らくこのことを伝えているのだろう。

「そう……殴った物や人を弱体化させる事が出来るのね……ありがとうコネコちゃん」

管理人も事態を把握できたらしく、一息入れ立ち上がるとコウの元に近づいていった。
彼女の顔からは恐怖の感情は消え、ニコニコと穏やかに微笑んでいるように見えた。
……天にはその笑みが恐ろしく見えた。

一方コウはというと。

「ああー右手が痛ぇ……何故か知らんが鼻や顔も凄く痛ぇ……何が何だか……あ」

45 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 00:46:40 ID:pVUuRgmo0
「ちょっとコウくんどうしちゃったのよ!?急に弱くなって、ちょっと変よ!」

カスミが彼氏の異変に気付いたが時既に遅し。
管理人がコウの目の前まで接近すると、コウは小動物のように震え出した。

「ヒィッ!く、来るな!お前、なんか微笑んでるけど凄く怖い!」

恐怖のあまり腰を抜かしたコウは必死に後ずさりする。とても先程まで暴れていた人間と
同一人物とは思えない。しかし管理人はコウとの距離を詰め、
あっという間に追いついてしまった。

「わ、悪かった!花や鉢は全部弁償するから、な!許して……!」

「もう抵抗なんてしないとは思うけど……念のため、ね」

管理人はそう言うと静かに眼を閉じ、一呼吸入れると、ある言葉を発した。


「パストアンド・プレゼンツファンタジー」


その言葉を発した瞬間、管理人の側に一体の異形が現れた事に天は気付いた。

赤とオレンジのチェック柄の奇妙な肌。
黒のコルセットをつけ、白い日傘を差したソイツは天が地元で散々見てきた―


「『化け物』ッ!管理人さんにもスタンドが『取り憑いている』なんて!!!」

驚愕の声を上げる天。それを聞いたコネコはようやく気付いた。天がスタンドというものを
あまりよく理解していないということに。スタンドを幽霊や物の怪の類と思っている天に
コネコは説明を始めた。

46 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 00:55:12 ID:pVUuRgmo0
「取り憑く?違うぜ藤鳥さん、あれは化け物じゃなくってスタンド……像(ヴィジョン)だよ」

「ヴィ、ヴィジョン?」

「そう、その人の生命エネルギーが造り出した力を持ったヴィジョン……
もう一人の自分って言えばいいのかな、自分の意思で出し入れ出来て、自分の意思で操れる」

「化け物じゃあなくってもう一人の自分のような存在……だって?」

天は自らのスタンドが出しっぱなしになっていた事を思い出し、スタンドの方を見た。
スタンドは先程の場所から一歩も動いておらず、その場で「チュミミーン」と鳴いていた。

(……よし、こっちへ来い)

天の思考を合図にスタンドは天に向かって近づいてきた。これが『自分の意思で操れる』
ということだろう。思えば天は以前から自分の意思でスタンドの手を出し入れしてきた。
天はこれを「化け物が『言う事を聞いてくれる』」と解釈していたが、
「自分の体の一部を自分の意思で動かしている」と考えた方がが正しいのだろう。
天は次に『戻れ』と念じた。瞬間、スタンドはその場から消え去った。

「初めはぎこちないかもしれねえけど、練習すればマジに手足の如く動かせるぜ。
『スタンド使い』はみんなそうだ」

「スタンド使い……スタンドを操れる人達の事をそう呼ぶんだろうな……
随分とスタンドに詳しいんだね、コネコちゃん……だったよね?」

「白石子猫(しらいし こねこ)。子猫でいいぜ、ちゃんはいらねぇ。
まあ一応詳しいつもりだぜ……スタンド使いは皆自然と覚えちまうからな……
管理人も『私も』いつの間にか頭に入ってた」

「『私も』?それってどういう……!!!???」

私もという言葉の真意を問おうとしたその時。
子猫の右肩から右腕とは違う『二本目の右腕』が現れたのだ。

「〜〜〜〜〜〜!!!???」

言葉になっていない声を発しながら天は理解した。この子猫という少女もまた
『スタンド使い』なのだと。

「……この町自体もそうたけど、何かとんでもない世界に来た気分だよ……アイツらも」


「う、うわああああああああああ!助けてくれええええええ!」

「コウくんどうしちゃったのよ!嫌アアアアアア!」


(アイツらも気の毒になあ)

天は悲鳴に遮られた言葉を脳内で呟いた。

47 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 01:04:58 ID:pVUuRgmo0
「わ、わかんねぇッ!暗くて何も見えない……『何か』に縛られて動けねぇッ!!
瞼が開かねぇ!何も見えねぇッ!」

コウは地面に仰向けになったまま動けないでいた。本人には何も見えていないらしいが、
天にはコウの動きを封じている原因がハッキリと見えていた。

「なあ子猫ちゃ…いや子猫、どうしてあのゴリラにはスタンドや『花』が見えていないんだ?」

天と子猫がスタンドについて話している間に屋上の姿は再び一変していた。
植木鉢の破片と散乱した土以外何も無かったはずの地面から、複数の『花』が咲いていたのだ。

特徴的な花弁の形状からそれが『アサガオ』だと分かるのだが、問題は花ではなく蔓(つる)のほうだ。
アサガオの蔓が鉢に取り付けた支柱に巻きついている姿はよく見かけるが、
この蔓は支柱ではなく人間であるはずのコウに巻きついていたのだ。
しかも動けないようにか頑丈に巻き付いている。
それが屋上に咲いたアサガオの全ての蔓がコウにキツく巻きつかれていれば
流石の猛獣でも動けないというものだ。中にはコウの目の周りに巻きついて
目隠しをしている花もあった。これがただのアサガオではないことは天にもすぐに分かった。

「スタンドを持っていない人にはどういうわけかスタンド自体が見えないらしいんだよ……
詳しい理屈はわからないんだけどね。だからアイツには藤鳥さんや管理人さんのスタンドが
全く見えていない。あ、花が見えないのは蔓で目隠しされてるからだな。
瞼を閉じた状態でキツく巻き着いてるから瞼を開けることも出来ねえ」

「あの花は一体……もしかして管理人さんのスタンドが関係しているのか?」

「まあそういう『能力』だからねェー……あ、スタンド能力については後でいいか?
管理人さんったらマジで怒ってるじゃあねーか、ヤバいぜコリャ」

「スタンド能力?『呪い』みたいな物か。花を咲かせる呪い……ってうぉッ!?」

天と子猫がそこで見たモノは、この世の生き物ではなかった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・・・・・


初めて出会った時から顔は変わっていない、穏やかで優しい笑顔だった。

だが、その顔から・体からは「闘気」というか「覇気」というか、

そういう類の赤黒くおぞましいオーラのようなものが地響きに似た轟音と共に

止め処なく煙のように湧き出ていた。現世のアパートの屋上に

『鬼』が君臨していた。今ここに居るのはあの優しい管理人では無い!!

48 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 01:11:32 ID:pVUuRgmo0
「あらあら、動けないのですか?だったら……起こして差し上げますわッ!!」

管理人はコウの髪を掴むと、思い切り引っ張り巨体を無理矢理持ち上げた。
そのままコウを地面に置き、沢山の蔓に体を縛られたまま立たせた。
コウはこれからとてつもなく恐ろしい事が起きそうな予感がして体を震わせた。

(なんでこの女俺の体を片手で楽々持ち上げられたの!?ヤバい、この女マジで怖い!)

その一方で天と子猫はこのある意味奇妙な光景について会話を始めた。

「なあ子猫……あれもスタンドの能力って奴なのか?」

「いや、スタンドは関係ないと思う。あれは単純に……管理人さん自身の……」


コウを無事に立たせることに成功した管理人は恐ろしい笑顔のままゴリラに語りかけた。

「人の花園をメチャクチャにして、人に平手打ちして、大事なお客様に大怪我を負わせて…」

「ヒ、ヒィッ!何だよ急に改まって……怖いから瞼開けさせろォ!」

「私って何でもお手伝いしたい主義でして……貴方の罪を代わりに数えておきましたわ」

天や子猫からは見えていないが、管理人の顔には沢山の血管が浮き出ていた。
所謂「青筋を立てる」という奴である。しかし表情は優しい笑顔のまま。

「そこのメスガキの命令だか知らねえですけど、人の縄張り(シマ)に入ってきて
スタンド使いじゃなさそうだからとおとなしくしてりゃあつけ上がって
こんな酷い行いの数々をしやがったド畜生を、このまま無傷で帰すとお思いですか……?」

(何か管理人さんの口から物凄い言葉が飛び出してる!?)

「管理人さん抑えて!色々漏れ出してきてるからー!クールダウン!」

子猫の警告も空しく、管理人の中の『スイッチ』は既に入っていた。
右拳を強く握り締め、子猫に先程より若干ドスの効いた声で返事をした。

「安心して子猫ちゃん、一撃だけだから。ほんの一撃で終わるからね」

「……ダメだこりゃ、絶対一撃じゃあ済まねぇ。あのゴリラ、再起不能になっちまうかも」

「ちょっと待て!なんだよ再起不能って!一体俺に何を……」

コウは最後まで喋ることが出来なかった。

管理人の拳がコウの顔面に深々とめり込んでいたからだ。

49 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 01:19:50 ID:pVUuRgmo0
拳が顔面にめり込む。ギャグマンガでしか見た事の無い光景を天は目撃した。
管理人が腕を引っ込めると、コウの顔は陥没しているかのように思い切りへこんでいた。
そのダメージは天の比では無いだろう。鼻の骨はおろか、頭蓋骨も砕けているかもしれない。
だが次の瞬間には管理人の左腕がコウの右頬を思いっきりぶん殴っていた。
鼻や口から血が拭き出る。それと一緒に口から白くて四角い物体が何個も飛び出した。

「あの〜子猫サン、彼の口から出ているアレって……もしかして『歯』というものでは?」

「これで驚いちゃあいけないぜ藤鳥サン、これから沢山飛び出るだろうから……ニャハハ」

青ざめた表情で会話する天と子猫。だがこれから起こる光景はもっと凄まじいものであった。

右頬を殴った直後、右の拳で左頬を殴り、瞬時に左拳のアッパーが炸裂し……
顔の次は胸、腹、下腹部の急所と次々にパンチ・キックを繰り出し
攻撃の手を緩めることはない。ゴリラの口からは噴水の如く血が拭き出ていた。
砕けた歯の欠片も次々と外へ飛び散っていった。

管理人の暴走を目にした天は真っ青な顔で子猫に訊ねた。
「何コレ、何この地獄絵図!?やっぱりスタンドって悪霊の一種だろ、怖いよ管理人さん!」

「だからスタンドは関係ねえっての!あの人、昔レディースの総長だったらしいから……」

「レディース?……ってそれ女性版暴走族じゃないか!そんな過去あったのあの人!?」

「何でも昔たった一人で敵対してたチームを壊滅させたらしいからなぁ……
多分世界で一番怒らせちゃいけない人……ってどうした藤鳥さん、耳なんか塞いで?」

「ごめんなさいそれ以上聞きとうないですそんな裏設定いりませんですはいブツブツブツ…」


天の心が見事に折れた頃、スーパー管理人さんタイムは終わりを迎えようとしていた。

「ふぇええええ!ひゃふふぇふぇふりぇええええ!(たすけてくれええええええ)!!」

管理人の猛攻により、歯の大半が吹っ飛んでしまったコウは血の混じった涙を流し
許しを請う。最早何を言っているか分からないが、コウが可哀想なのは一目瞭然であった。
カスミも涙を流し感情が全く無い笑い声を上げ、おまけに失禁もしていた。
多分心も半壊してしまっていると思うのでとても悲惨だなと思いました(by天)。

「あらあら……『今日は』この辺にしておきましょうか……戻りなさい、パスト」

管理人さんは攻撃の手を止め、スタンドに目線を送った。スタンドは消え、
コウを縛っていた花と蔓も消えていった。管理人はコウの服を掴むと
カスミに向かってコウを放り投げた。片手で。

「……さっさとこの(ピー)を連れて帰りやがれこの(ピー)がッ!
今度ここに来たらその(ピー)な(ピー)を(ピー)してやるからな!!」

無残な姿の彼氏を投げつけられ怯えるカスミに、トドメと言わんばかりの
放送禁止用語てんこ盛りの脅し文句を浴びせる管理人。
カスミはボロ雑巾と化したコウを連れて精神的満身創痍になりながら屋上を後にした。

50 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 01:26:12 ID:pVUuRgmo0
「……ごめんなさい!私ったらついヤキ入れるのに夢中になってて!子猫ちゃん達大丈夫?」

正気に戻った管理人は子猫の元に駆け寄った。子猫の方はコウに突き飛ばされただけなので怪我はないが。

「私の方は大丈夫……でも……藤鳥さんが……」

「……!そんな、藤鳥くん!?」


「藤鳥さんが……『帰ろうとしてる』」


天は足音をたてないように、忍び足でアパートから去ろうとしていた。
本当は大急ぎで屋上を降りたかった。さっさと逃げ出したかった。
アパートの主である管理人の秘密を知ってしまった以上、この地に留まる訳にはいかない
というか居たくないというのが天の本音であった。
コウとカスミが去った直後から、血を出しすぎたせいか頭が上手く働かず、視界もぼやけて
きてしまっていた。痛みも相変わらず引かないが、それでも必死に出口へ向かう。

が。

(あんな鬼の住まう地にこれ以上いられるか、俺は家に戻るぞ!やべぇフラフラしてきた……)

ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
「こんな所にいたのね藤鳥くん、ケガは大丈夫?」

管理人は天の肩に手を置き優しく声をかけたつもりなのだろう。
しかしその体から溢れる赤黒いオーラとドスの効いたボイス(両方無自覚)は
心の折れた天を怯えさせるのに十分な代物であった。

「あああああアワワワワワワ」

「知らなかったのか…?管理人からは逃げられない…!」
この光景をニヤニヤしながら眺めていた子猫は天の心配をする管理人にある提案を持ち掛けた。

「管理人さん、やっぱり藤鳥さん凄い怪我だから、タカナシさんの所に行かせようよ」

「そうね……藤鳥くん、今そのケガを『治してくれる人』の所に案内するからね」

そう言うと管理人は天に肩を貸した。女性に肩を借りるなんて天はしたくはなかったが、
頭がフラついて倒れてしまいそうな状況だったのでここは素直に借りることにした。
最も、仮に天が元気だったとしても断れないだろうが(実力からして)。

(治してくれるってどういうことだろう?病院に連れて行かれるのか?)

51 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 01:37:40 ID:pVUuRgmo0

3人は屋上の階段を降り、1階に到着するとアパートの右端の部屋の前に向かった。

「え……?ここってアパートの部屋スよね?医者でもいるんスか?」

「この101号室はね、アパートの一室を改造して喫茶店を作った人が住んでるのよ」

101の前に到着すると、ドアの横に木製の看板が掛けられていた。
『喫茶店 Jack【Open】』
ドアの前にはメニューの書かれたブラックボードが置いてありと中々本格的だ。


管理人がドアを開けると其処には正に町で良く見かける純喫茶店が広がっていた。
四角いテーブルとソファが複数置かれており、カウンター席も5つほどあるだろうか。
室内はランプの光で淡く照らされていて、雰囲気はとても良い。

「タカナシさーん、いますかー?頼みたいことがあるのー!」

管理人さんがタカナシさんという人を呼ぶと、キッチンの奥から一人の男が出てきた。

「いらっしゃいませ……って管理人さんじゃあないですか、どうしましたか?」

「今面接を受けた人が大怪我をしちゃってね、悪いけど『お砂糖』を一つ分けて欲しいの」

「大怪我を?……!!これはいけない!すぐにお出ししますので、その方をテーブルに」

天を見た男は直ぐに容態を把握したようで、天を入口近くのソファに座らせた。
男はキッチンの奥へ向かい姿は見えなくなった。どうやら何かを持ってきてくれるらしい。

(ああマズい、意識が朦朧としてきた、下手すりゃ死ぬんじゃねーかこれ、最悪だな……)

間もなく、先程の男が人の顔のような模様が入った壺と水の入ったコップを持って
天のいるテーブルに戻ってきた。壺と水をテーブルに置くと、壺の中から
角砂糖を一個取り出した。どうやらこの壺はシュガーポットのようだ。
しかしこの角砂糖と怪我がどう関係あるのだろうか。と天は思っていた。

「本来ならコーヒーにでもお入れするべきなのですが、熱いコーヒーだと飲めない可能性もありますので。
……お客様、お口を失礼」

そういうと男は天の口を掴み、半ば強引に開かせた。そして角砂糖を口の中に放り込んだ。

「オゴッ、何をする!?」

「申し訳ありません、そのお怪我だと自力で飲み込むのも困難かと思いましたので……
今度はお水を」

男は次に水の入ったコップを手にすると、中の水を天の口の中へ流し込んだ。
勢い良く入った水は口内の角砂糖を喉の奥へと強引に流す事に成功した。

「アバババババ!ゴクンッ!いい加減にしろ!子供に苦い薬を飲ませるような真似しやがって!
一体何様の……つもりだ……あれ……?」

男に悪態をつこうとしたその時、天の視界は急に暗くなった。
意識も先程より一層無くなりかけていた。

死が近づいてきた訳では無い。
眠気が天を襲ってきたのだ。視界が暗くなったのは眠気で瞼が重くなったせいである。

「お前……さっきの壺の砂糖だな……砂糖に……何を混ぜや……がっ……た……」

「お客様……『六時間』です……砂糖(シュガー)一個につき六時間、
貴方は『眠る』のです……眠っている間に全て終わっていますのでご安心を……」

天の意識はこの言葉を最後に眠気に食い尽くされた。意識は無くなり、夢の世界へ誘われる。
程なく、天の口からは静かな寝息だけが発せられるようになった。

52 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 01:48:08 ID:pVUuRgmo0
「ありがとうタカナシさん、これで一安心ね」

天が眠った事を確認すると、管理人は安堵の表情を浮かべる。
屋上での一件を知らない男、小鳥遊匠(たかなし たくみ)は会ったばかりの
天について率直に聞いた。

「管理人さん、彼には私の『壺』が見えていました……もしかして彼は」

「そうよ。藤鳥天くん、彼はスタンド使い……2年ぶりの『合格者』よ」

「そうでしたか……面接に来たと言ってましたものね、何故か大怪我をしていますが」

「ちょっとしたトラブルがあったものですから。すみませんがしばらく彼の事を」

管理人は天の方に視線を向けた。意図を察した匠は軽く頷く。

「分かりました。今日は早めに店じまいをしましょう」

そう言うと店の外に出て、扉の横の看板を手で裏返した。
「喫茶店 Jack 【Closed】」という表記になった看板を横目に匠は店内に戻る。

倉庫にあった毛布を天に被せると匠は管理人室に戻るという管理人と子猫を見送り
自身も店のキッチンの奥へと消え、店内は眠っている天一人だけとなった。




PM 8:00
「ウーン、もう目玉は食べれないよ、なんか脚生えてきたしこの目玉……ハッ!」

天が妙な悪夢から目を覚ました時、外は日が落ち真っ暗になっていた。
天は自分が先程の男(匠)に眠らされた事を思い出し、直ぐに戦闘態勢に入った。

(あんの野郎、俺に変なモノ食わせやがって、次会ったらスタンドで呪って……ん?)

ふと目の前のテーブルを見ると、コーヒーとサンドイッチが置いてある事に気付いた。
コーヒーから湯気が立っており、カップに触れると熱い。どうやら淹れたてのようだ。
サンドイッチもパンが焼きたてで美味そうだ。

「きっかり『六時間』……よく寝られましたか、藤鳥くん?」

キッチンの奥から例の男(匠)が出てきた。
先程は頭が働かずあまり顔は覚えていなかったが、今ならハッキリと分かる。
長髪を後ろで束ねた、アゴヒゲの渋いナイスガイ。こいつが俺に不審物を飲ませた張本人だ。
天は仇敵を発見するとすぐさまスタンドを出して対抗しようとするが。

「ああッ!見つけたぞこのアゴヒゲ!さっきはよくも、出てこいスタン」

グゥ〜〜
天の腹の虫の情けない鳴き声が響いた。

「……そのコーヒーとサンドは管理人さんからです、お代は頂きませんのでご安心を。
それよりいかがですか、お鼻は『治りましたか』?」

「鼻ァ?んなもん治ってるわけ……あれ?」

天は先刻まで自分の鼻から生じていた痛みが完全に無くなっていることに気付いた。
右手で鼻を触ってみるが痛みはない。それどころかへし折れているはずの鼻が
まるで何事も無かったかのように元に戻っていたのだ。
顔の血は拭き取られ、いつの間にか血塗れのスーツも別の服に着替えさせられていた。
舌で歯を舐めて見るがヒビが入っているようには全く感じられない。
右手を見れば皮膚を裂いた傷が無くなっていた。

完治。先程の怪我が全て治っていたのである。

53 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 01:57:48 ID:pVUuRgmo0
「……どうやら全て治っているようですね。着ていたYシャツは血の汚れが酷かったので
勝手ながら今洗濯をしている最中です、その点はお許し下さい」

「いや構わないッスよ、あんな血塗れのシャツはどっちにしろ洗う必要あるでしょうし
ムシャムシャゴクゴク」

匠は天の鼻を触診し、鼻が折れていないことをその手で確認した。

天は怪我が完治していることに安心したのか、机のコーヒーとサンドイッチを
夕食代わりに食べていた。匠への敵意はすっかり消え去っていた。

「しかしあれッスね、まさか寝ただけで何もかも治っているとは思いませんでしたよ。
……あの砂糖に何を仕込んだんスか?強力な治療薬か何か混ぜたんでしょう?」

天はあらかた食べ終えると匠に今回の一件について尋ねた。
先程6時間で治ると匠は言っていたが、常識で考えればそんなことはありえない訳で、
しかし現実に鼻が治った以上、何らかのカラクリがあったことは明白である。
もっとも、薬でどうにかなる物でもないと心の中でうすうす感付いていたのだが。
人の力を越えた、超常的な力を天は再び見れるのではないかと思っていた。

「『混ぜた』という表現は正しくありません。砂糖(シュガー)自体に秘密があるのです。
……貴方になら見せてもいいでしょう、私の『ワン・シュガー・ドリーム』を」

匠はそういうと指をパチンと鳴らした。刹那、カウンターに置いてあった
壺がひとりでに宙に浮きあがった。浮遊した壺はフワフワとシャボン玉のような
ゆるやかな速度で天に近づき、机の上に着陸した。
壺の蓋がひとりでに開く。中には沢山の角砂糖が入っていた。

「なるへそ。つまりアナタもスタンド使い……壺の中の砂糖を食えば怪我が治る。
そういう呪いって訳ッスか、このスタンドが持ってるものは」

「ほう……白石さんから『藤鳥さんは飲み込みが早いから安心して』と聞かされていましたが、
もうスタンド能力についても理解していたとは」

「まだハッキリと分かった訳じゃあないんスよ。でも千差万別の姿を持つスタンドですから、
そいつらが持ってる呪いもそれぞれ全く違っているんじゃないかと思いましてね。
俺のは人をポンコツにして、貴方のは人を癒す。本当に違うんだなって驚いてますよ」

天はそういうと頭を少し掻いた。今日だけで自分の力の真実を知り、同じ力を持つ者に
複数知り合う。それも一人や二人ではない、三人もいっぺんに。
幻の生物であるツチノコの大群を見たような気分に天は陥っていた。

そんな天に匠は拍手を送る。最近スタンド使いになったばかりと
聞かされていたので、匠はスタンドについて一から説明するつもりであったが、
ここまで理解しているとは手間が省けて助かるというものだ。

「お見事です藤鳥さん、スタンドはそれぞれ違った能力を持つのです。いやぁ良かった、
流石管理人さんが合格を出しただけある」

「よしてくださいよ、そんな大したこと言ってませんって……って今なんと?『合格』?」


「はい、管理人さんは貴方をこのメゾン・ド・スタンドに迎え入れたいと言っています」

54 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 02:02:36 ID:pVUuRgmo0

合格。そのワードを理解し、受け入れるのに少々時間がかかった。

天は顔が徐々にニヤけているのを自覚していたが、心の中では少々引っ掛かることがあり
あまり手放しで喜んで良いのか分からないでいた。

そもそも何を基準に自分は選ばれたのだろうか。
面接の最後に聞いた管理人の出した合否。あれは紛れもなく
不合格を告げるものだった。

だがあの直後に子猫が訪ねてきて、自分がスタンド使いだと知った時の管理人の表情、
スタンドの手を初めて見たときのあの喜びよう。管理人が面接者に何を望み、天の何が
管理人の心を動かしたのか?天はなんとなくだが分かっていた。

だが何故。

「何故スタンド使いというだけで合格出来たのだろうか、ですか?」

「ベヌサァ!?人の心を読まないで下さい!」

匠に思っていたことを見抜かれ本日3度目の変な声を出してしまった。
やはり自分は顔に出やすい人間なのだろうかと天は思った。

「あまり深く考えないほうが良いと思いますよ。この面接に合格した人は
皆同じ疑問を持つのです……『そもそもスタンドとアパートって関係あるのか?』とね。
私を含めて全員そうでしたから」

「……!貴方を含めた『全員』!?ということは、まさか!?」



「そうですとも藤鳥くん。私を含め、このアパートに住む者全員が『スタンド使い』、
その身にスタンドという奇妙な能力を宿した者達なのです」

55 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 02:09:31 ID:pVUuRgmo0
もし先程のコーヒーが残っており、それが天の口の中にあったのなら、
盛大にこぼしていただろう。天は無自覚に口を大きく開け呆然としているのだから。

アパートに住む人が皆スタンド使いという事実。どうやらここはツチノコの巣だったようだ。
そりゃあ地元では結構な数のスタンドを見てきたが、まさかこれから知り合いになるかも
しれない人が皆スタンドを持っていたとしたら流石に気味が悪いというか
いささか尋常では無い。

しかしこれでようやくこのアパート名の由来が分かった。
スタンド使いだらけのアパートだからメゾン・ド・スタンド(スタンドの家)という訳だ。

「……ここの管理人さんは自分の周りにスタンド使いを多く住まわせたいと
お考えのようです。ご存知かと思いますが白石さんも此処の住人ですよ」

「あーやっぱり、あの子もここに住んでたんスね」

「『面接はさっぱりだったけど、スタンド見せたら合格貰った、チョロイぜ』って
言ってましたよ。でも藤鳥くんを見ると面接もだいぶ変わったみたいですね」

「俺を見て?」

「ええ、酷い怪我をしてましたから、要するに『コレ』でしょ?」

そういうと匠はファイティングポーズを取った。どうもこの人は勘違いをしている。

「……いやいや!別に管理人さんとタイマン張った訳じゃあないですから!」

「あれ違うんですか!?てっきり実技試験で生き残ったから合格貰ったのかと!
管理人さんの『得意分野』をとうとう面接に取り入れたぞ可哀想にと思ってました」

「あの怪我は面接関係ありませんから!……しかし何故管理人さんは周りにスタンド使いを?」

「……理由は話してくれません、しかし私はあまり詮索はしないようにしています。
無料で住ませてくれて、部屋を喫茶店に改装した時も嫌な顔をせず
快諾してくれた方ですから。彼女に恩を感じてると言えばいいんでしょうかね?
その恩をつまらぬ事で返したくないのですよ」

匠の言葉を切欠に、天はこのアパートが家賃0円という事実を思い出した。
そうだ、ここは家賃がタダで自分の家よりいい家具が付いて隣に大きな施設が
あるじゃあないか。町の環境は壊滅的だが、そこは車で30分のY駅で我慢しよう。
そう考えると天のニヤけ面はますます酷くなっていった。

管理人が何を考えているか、今日会ったばかりの天に分かる筈もない。
ならば今は管理人の誘い文句を甘受するとしよう。
『何か』あったらその時はその時だ。
管理人の本性も見なかった事にしよう。思い出すと決断も揺らぐから。天は軽く身震いをした。

56 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 02:16:49 ID:pVUuRgmo0
「こんばんは、藤鳥くんのお体はいかがですか?」

「どうも管理人さん。おかげさまですっかり治りましたよ」

匠との会話の後、管理人が店にやってきて天は契約書等の書類を貰った。
必要事項を記入して後日郵送するよう言われると匠がコーヒーを二つ持ってきた。
匠や管理人と歓談をしている内に時間が経ち、現在夜の8時30分。
今日は帰ると管理人に伝えると天は洗い終えたシャツに着替えると店の外に出た。

門は開け放たれていた。外を見ると町は昼とは違う顔を見せていた。
誰も通っていなかった道路には車が何台か走っていて、誰も住んでいないと思っていた
建物からは光が漏れていた。通行人の姿も確認できる。
気が付くと管理人も店から出てきて天を見送りに門まで来てくれていた。

「夜になると活動的になるんスねこの町は」

「門北って何もないから、昼間はみんな町の外に行くか家で過ごすかで外には誰もいないのよ。
夜になると門北に帰ってきたり家の電気を付けるからそこそこ賑わって見えるの。
住居は少ないけど典型的なベッドタウンなのよねこの町は」

「……このアパートって無人の荒野に建ってると思ってましたけど、
それを聞いて安心しました。それじゃあ自分はこれで」

門北は無人の異世界ではない事を確認すると天は帰路に就こうとした。
その時、管理人からこんな質問が。

「そういえば藤鳥くんってバスで此処まで来たの?6系統の門北町よね、最寄の停留所」

「そうッスけど、それが何か?」

「あらあら……そのバスだけどね、もう最後のバスが出ちゃったかも」

「……はい?」

何を言ってるのかと天は思った。夜中とはいえまだ8時半である。
天の表情からそれを察知した管理人はスマホを操作すると画面を天に見せた。

「これ、6系統バスの時刻表なんだけどね。ほら、最終のバスが7時半で」

スマホの画面を見た天は目を白黒させた。

休日の6系統のバス、【Y駅前行き】は7時30分を最後にもう来ないという。

つまり喫茶店で目を覚ました時、既に最終のバスは出てしまっていたのだ。

57 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 02:25:21 ID:pVUuRgmo0
「えー!?参ったな、明日彼女とデートなのに!」

本当なら面接を終えてバスに乗って家に帰るという流れを夕方までに済ませる予定だったが、
ゴリラの襲撃と6時間の睡眠で予定が狂ってしまった。
もっとも、時刻表すら事前に確認をしない天だから予定は何かしら
狂う運命なのかもしれない。何せ行きですらバス停で2時間も無駄に待ったのだから。

「どうしましょう、私のバイクがあれば駅まで送ってあげるのに、今友達に貸してて
ここに無いのよ……あら!」

管理人が困っていたその時である。管理人何かに気付き空を指差した。その方向を見ると
暗闇を照らす一筋の光と宙に浮かぶ奇妙な箒、それに乗る一人の人間がいたのだ。

(あ!あれは昼間いた魔法使い!)

このアパートの上空を箒に跨って飛んでいた一人の
未確認飛行人間(UFH)はこちらに気付いたのか、天と管理人のすぐ側に降りてきた。
天は魔法使いの正体を知ろうと試みたが、これが中々奇妙だ。

箒は木製ではなく、鉄と機械で構成された箒というよりバイクに似た代物で
先っぽにはドクロの装飾が施してあり、中々いい趣味をしている。
乗っている人は大手運送会社「シマウマ通運」の白黒縦縞模様の制服を着ている
黒髪の女性だった。頭にはヘッドライトが付いたヘルメットを被っている。
先程の明かりはこれだったのだろう。

「ただいま真由美っち!って見ない顔がいるね、どちらさん?」

「ちょうどよかったわヒバリ、こちら新しくここに住む方なんだけど、最終のバスに
乗れなかったのよ、悪いけどY駅まで送ってくれない?」

「マジで!?新入り!?数年ぶりじゃん、あたしもここに住んでんだよろしくな!」

そういうとヒバリなる女性は天の両手を握り締め縦にブンブン振り出した。
恐らく天を歓迎しているのだろう。テンションの高い人だと天は思った。

ここに住んでいるということはこの人もスタンド使い。
恐らくあの箒もスタンドなのだろう。空を飛ぶ箒のスタンドとはメルヘンチックだ。

「んで何だっけ?この人をY駅まで?お安い御用さ!ささ、乗って乗って!」

ヒバリは箒に跨ると天に後ろに乗るよう促した。天はそれに従い後ろに乗る。
最初は乗れるのかと不安だったが、鉄の姿をしているのか折れる気配はない。

「それじゃあ浮くよ、しっかり捕まってな!」

ヒバリの言葉を合図に、箒からはエンジンのような音が鳴りだした。
刹那、箒は二人を乗せて宙へと舞い上がった。

「おおーすげぇ!初めて箒で空を飛んだ!もうアパートよりも高く!」

天が初めての浮遊を楽しんでいる時であった。

ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

乗っている箒から突如すごく大きい音が鳴り始めた。どうしたことかと後ろを向くと
箒の穂先が眩しいくらいに光り輝きだしていた。
まるで光がそこにチャージされていくかのように。音もさらに大きくなっていく!!!

「藤鳥くーん!聞こえる?言い忘れてたことがあるんだけど」

箒の下、管理人が天に聞こえるように大声で叫んでいた。

「しっかり捕まって、振り落とされないように気を付けてねー!ヒバリのスタンド、
『ジェット機』並のスピードだから」

「え?今なんて!?ジェット機……え!?」

今管理人の口からとんでもないワードが聞こえた気がした。
どうもこの箒、絵本に出て来るファンタジーな箒ではないようだ!

「Y駅なんてすぐすぐ!30秒で着くからね!はいヘルメット」

「30『秒』!?分じゃなくて!?あと何スかこのフルフェイスヘルメット!?」



「箒から落ちて命まで落とさないようにっていう配慮よ!さあ行くよ、音速の彼方へ!
『スター・キャスケット』!!!」



「ちょ、まだ心の準備が!ヘルメットもまだあああああああああああああああ!!!???」


天が言葉を言い終える前に箒は穂先の光を一気に放出し、
一瞬で天を門北の夜空の向こうへ連れ去ってしまった。

58 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 02:27:22 ID:pVUuRgmo0
「……バカじゃないの、これ」

天が予想外の絶叫マシンを堪能している頃、天の彼女・大河原咲良は
先程のネット掲示板に再度アクセスしていた。

先刻、天の行っているアパートが心霊スポットだと知った咲良は
掲示板に【どんな幽霊が出るの?】と書き込んでいた。
数時間経った今、返信が来ていないか確認しにきたのである。

返信はきていた。だが彼女の想定していた怪奇現象とは違う答えが書き込まれていた。

【ユーレイは住人に取り憑いているんだ。住人全員に!】

【アパート内の喫茶店ではシュガーポットがポルターガイストの如く宙を舞う!】

【アパート内で鬼の目撃情報有り!】

【あそこの上空には魔女がいて箒で空を飛んでるんだ!】

鬼だの魔女だの、出て来る話が揃いも揃って幼稚なのだ。
漫画の読みすぎ・テレビの見すぎという言葉があるが、
こいつらの場合は絵本の読みすぎといった所だと咲良は思った。

これ以上調べるのもバカバカしくなった咲良は画面を閉じると
明日の天とのデートに向けて何を着ていくかを考え始めた。

59 1話後編 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 02:31:50 ID:pVUuRgmo0


「行っちゃった。ショックで気絶しなければいいんだけど……」

門北に静寂が戻る。管理人は空を見上げ天(の安否)を想った。


「やれやれ、ここもまた賑やかになりそうですね……」

喫茶店の中、箒の音と天の悲鳴を聞いていた匠は新たな日常の到来を予感していた。



201X年春。静かな町のとあるアパートで繰り広げられる、奇妙でおかしな物語。
これはそのほんの序章。不思議な力を持った青年とアパートの奇跡の出会いのお話。


【メゾン・ド・スタンドは埋まらない episode 01 END】



数日後。
アパート内にある掲示板に一枚の紙が貼り付けられていた。
筆者は管理人。天が面接に合格した事と、来週の日曜に引っ越してくる旨が書いてあった。
その日、掲示板の周りにはちょっとした人だかりが出来ていた。

「へぇ、新しく越してくる人か……どんな人かな」

「凄い久しぶりッスねー、最後に入ってきたの誰でしたっけ」

「私の記憶ではケント君だったはずです。あれからもう2年ですか」

「合格できたんだねえあの子、ごはん大盛サービスしなきゃね」

「スタンドは……詳細は不明か、ならば我輩が」

「藤鳥天か……面白い。その力、我が『組織』に相応しいか確かめてやろう」

「お坊ちゃま、その役目は私にお任せください」

「ニャーン(フン、くだらない……)」



「すげえ注目されてんな藤鳥さん。でも大丈夫かな」

掲示板の人ごみを遠くから子猫が心配そうに見ていた。


「一癖も二癖もある連中だからなー。何も起きなきゃいいけど、ニャハハ」

子猫はこれから起こる春の嵐を微かに感じ取っていた。


⇒TO BE CONTINUED...

60 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 02:41:54 ID:pVUuRgmo0
【今回登場したスタンド】

No.3894
【スタンド名】パストアンド・プレゼンツファンタジー(今昔幻想郷)
【本体】足柄真由美(管理人さん)
花が大好きなお姉さん。花壇を荒らしてはいけない
【タイプ】近距離型
【特徴】白い日傘を差した女性型 全体的に赤のチェック模様
【能力】様々な花を咲かせる能力
普通ならありえないような花も咲かすことが出来る
(種子を弾丸のように飛ばす花、ベッドに出来そうなくらい巨大な花など)
咲くまでの時間は、複雑さや巨大さにあわせて長くなる
別に光線は撃てない

破壊力-A スピード-E 射程距離-E(能力射程-D)
持続力-A 精密動作性-C 成長性-A

No.469
【スタンド名】ワン・シュガー・ドリーム
【本体】小鳥遊匠
喫茶店のマスター 渋い
【タイプ】遠隔操作型
【特徴】砂糖の入った壺
顔のような模様がある
【能力】壺に入っている砂糖を口に入れると強烈な眠気に襲われる
眠っている間は自然回復力が驚異的に増し、欠損した部位以外は元通りになる

破壊力-なし スピード-なし 射程距離-喫茶店の敷地内
持続力-A 精密動作性-なし 成長性-完成

No.4107
【スタンド名】スター・キャスケット
【本体】ヒバリ(フルネームは次回にて)
真っ直ぐだが傍若無人な少女。
全体的に白黒な服装
【タイプ】装備型
【特徴】メカメカした箒、穂先の中には砲塔のようなものがある
【能力】穂先からジェットを噴射する
またがって飛行も可能だし、噴射を利用して攻撃も可能
ジェットはかなりの破壊力を誇る

破壊力-B スピード-A 射程距離-A
持続力-C 精密動作性-C 成長性-C

No.???
【スタンド名】???
【本体】藤鳥天
【タイプ】???
【特徴】顔や胴体にバーコードやQRコードがある
【能力】詳細は不明
天曰く、『触れた人をポンコツにする呪い』
バスのスピードを遅くしたり屈強な男を弱くしてみせた。

No.???
【スタンド名】???
【本体】白石子猫
【タイプ】???
【特徴】???(右腕の存在は確認済)
【能力】???



天のスタンドと子猫のスタンドについては名前・能力が全て判明してから
改めてこちらのコーナーに載せたいと思っています。


1話目から非常に長くなってしまいましたが、
ここまで読んで下さった皆様に感謝を。
本当にありがとうございました。
次回 Episode02でお会いしましょう。

61 名無しのスタンド使い :2016/08/23(火) 04:15:00 ID:RIGtD.rA0
おお、最初にちょろっ出てきたとき「スタキャスちゃんみたいだな」って思ったら本当にスタキャスちゃんだった!

更新乙です!
話広がってきましたねー

62 ◆PprwU3zDn2 :2016/08/23(火) 19:41:04 ID:pVUuRgmo0
>>61
乙ありがとうございます!
スタキャスちゃん出しちゃいましたwだって大好きなんですものスタキャスちゃん。
自分がSSを書こうと思ったのも「スタキャスちゃんが登場するSS書きたい」って考えがあったからです。
そう考えてから2年くらい経っちゃいましたが、やっと思いが叶いました。

今後とも当SSをよろしくお願い致します。

63 次回予告的な何か ◆PprwU3zDn2 :2016/09/01(木) 22:31:35 ID:x56xLDBI0
【次回予告】引越前夜のお話

咲良「さあ明日はいよいよ引越しよ……って全然準備出来てないじゃない!」

天「だってあっちに家具とかみんな揃ってるからそんなに荷物いらないんだよ」

咲良「だからって服と段ボール一箱だけってのは少なすぎよ、この箱何入ってるの?」

天「ノートパソコンだろ、ゲーム機だろ、クマちゃんだろ、本にDVDに……」

咲良「クマちゃんってこのクマのぬいぐるみの事!?いらないでしょこんなデカいの!」

天「あれ?段ボール箱がギュウギュウで閉まらないぞ。しゃーない、ゲーム機置いてくか」

咲良「クマちゃん置いていきなさい!大体どこに飾るのよぬいぐるみなんか」

天「飾る用じゃない!一緒におねんねする用のクマちゃんだ!(断言)」

咲良「……何でこんな奴と付き合ってんだろ私???」


⇒NEXT EPISODE「この子の引越しのお祝いに」
近日投稿予定

64 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 22:18:55 ID:DcRCOCzg0
第2話をお送り致します

何卒よろしくお願い致します。

65 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 22:22:44 ID:Gg47xBXU0
――――関東・K県のどこか


パァン!


AM 2:05
その夜、K県Y市にある閑静な住宅街に一発の銃声が鳴り響いた。

誰もいない暗闇の道路、銃声の元となった弾丸を頭に入れられた犠牲者は
額から血を噴き出しながらコンクリートに倒れた。

犠牲者は数秒もしない内に……地面に倒れる前に物言わぬ屍となった。
屍の前には拳銃を持ったスーツ姿の人間が立っていた。

「……残念、貴方モ『持ッテイナカッタ』」

『そいつ』は死体に向かって片言の日本語で語りかけると、死体に空いた穴を見つめた。
すると額の穴から弾丸が飛び出し、ひとりでに『そいつ』の手に持つ拳銃の中に戻っていった。

「……コノ町モ潮時デスカネ」

拳銃を懐にしまうと『そいつ』は死体に興味を無くしたのか(或いは始めから無かったのか)、
死体から離れると持っていた方位磁石を片手に真東に歩き始めた。

夜空を見上げながら『そいつ』は呟く。


「コノ先ハ確カ……何処デシタッケ?マアイイカ、ドコデモ……」


『そいつ』は町の暗闇に溶け込み、この町から消えていった。

66 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 22:30:07 ID:Gg47xBXU0


藤鳥天が初めてアパートを訪れてから一週間後の日曜。

雲一つ無い快晴の空の下、メゾン・ド・スタンドの門戸は大きく開け放たれていた。
車とバイクで来るという来訪者を迎え入れるためである。

アパートの外には管理人や喫茶店の主・匠が来訪者が来るのを今か今かと待ちわびていた。

「そろそろ時間ですね……おや、あれは」

「……来たわ!」

匠の腕時計の針が10時を指し示した時、一台の車と一台のバイクが門をくぐりアパートに
入ってくるのが見えた。

匠の案内で駐車スペースに車とバイクを止めるとバイクから運転手が降りる。
フルフェイスヘルメットを脱ぐと運転手・藤鳥天は管理人や匠に挨拶をした。

「一週間ぶりの御無沙汰でした。管理人さん、匠さん」

「フフ。ようこそ、メゾン・ド・スタンドへ!藤鳥くん!」

管理人は歓迎の挨拶と共に天に右手を差し出した。天もそれに応えて握手をした。


メゾン・ド・スタンドは埋まらない
episode 02 「この子の引越しのお祝いに」


「お元気そうで何よりです藤鳥くん。今日はご友人と一緒に来たとか」

「ええ、大学時代の仲間ですよ匠さん。引越しの手伝いなんて言ってますけど、
本当はどんなアパートか見たいだけだと思いますよ。おーい!」

天は駐車している車に向かって手招きをした。すると車から数人の男女が降りてきて、
天のいる所まで駆け寄ってきた。

「おいおいおいおいおいおいおいおい!何だこのアパートは!?
俺の住んでるとこの数倍は綺麗じゃあないか!羨ましいぞ天!」

大学時代の友人の一人はアパートを見るやいなやこう叫び、天に近づくと関節技をかけた。
どうやら一目見てこのアパートを気に入ってしまったらしい。

「ちょっと、咲良から聞いたわよ。ここ家賃タダなんですって!?面接有りらしいけど
どんな汚い手を使ったのかしら?大学で一番最後に就職先を決めたアンタが!」

天と恋人・咲良の共通の友人である女性は天の靴を脱がすと足の裏をくすぐりだした。
抵抗しようにも間接技を極められ動けない!

「しかもこの人が管理人さんなんだろ?超美人じゃねーか!羨ましいぞウリャー!」

こいつに至っては動けない天の顔面目掛けて飛び蹴りをかましてきた!

その後、友人達がこんな調子で「羨ましいぞポイント」を見つけては天に次から次へと
攻撃を仕掛けてきて、天は引越し作業の前に満身創痍になりかけていた。

「ギブギブギブギブギャハハハハ!痛いしくすぐったいし、助けて管理人さん!」

「あらあら、仲が良くって微笑ましいわ。でもね……」

管理人はにこやかに微笑んでいた。が、体から赤黒いオーラを噴出すると
穏やかな表情はそのままに友人達を優しく諌めてくれた。

ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
「その辺にしておきましょう……ね?」


「「「はいッ!」」」

友人達は天への攻撃を止め、一列に並んで正座した。何故か匠も一緒に正座をしている。

(いやー助かった。流石元レディースの総長さん、暗黒オーラがまじパねえ)

天は非常に頼りになる管理人に心から感謝をした。何故か天も友人と一緒に正座をしているが。

67 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 22:36:59 ID:Gg47xBXU0
「みんな何やってんの?正座なんかしちゃって……あ、ここの管理人さんですか?」

友人達より数分送れて車から降りてきた天の彼女・咲良はダンボール箱を抱えながら
皆が正座をしている場所に来た。管理人(のただならぬオーラ)に気付いたのはその時だった。

「はい、管理人の足柄です。……もしかして貴方が咲良さん?」

「は、はい。そうですけど、私の事をご存知なんですか?」

「面接の時、藤鳥くんが話してましたから。『茶髪ショートへアが可愛い俺の嫁』ってね。
フフ、素敵な彼女さんを持って羨ましいわ藤鳥くんも」

管理人は咲良の顔をじっと見つめると手を咲良の頭に乗せ髪をそっと撫でた。咲良は顔を真っ赤に染める。

「そ、そんな!お上手ですわ管理人さんったら!ほら、さっさと作業始めるわよ天!
つーか面接で俺の嫁なんてアホワード平然と使ってんじゃないわよこのバカ!///」

咲良は赤くなった顔を誤魔化すかのように天の頭を叩き、作業の開始を促した。

「お、おう、そうだったな。それじゃあ移動すっぞおめーらも!」

「「「あいよー」」」

天は立ち上がると友人もそれに続き、車に戻ると車内から荷物を取り出し始める。
本当は引越しの応援など呼ぶつもりはなかったが、咲良がアパートの話を友人にしたらしく、
何だよ俺達にも見せろよとあちら側から要請があったため急遽応援を呼ぶ事となった。
(まあ当日になって荷物が増えてきたので丁度よかったのだが)

天達が荷運びを始めると分かった管理人は天に5枚のカードを渡した。

「はい藤鳥くん、貴方の部屋は203号室……2階の真ん中の部屋よ。これは部屋の鍵」

「鍵?このカードみたいのがですか?」

天は管理人から貰ったカードを見た。
四角い名刺サイズの厚いプラスチックのカードには片方に明朝体で「Maison de STAND」、
もう片方にはゴシック体で大きく「203」と書かれていた。

「最近夜中なると勝手に敷地内に入り込む悪い子が多くてね、去年から用心のために
セキュリティを強化したのよ。鍵もその時カードにしたの、合鍵を含めて全部で5枚あるからね」

「すげえ、カードキーなんてホテルみたいで格好いいッスね!」

天は嬉しそうにカードキー眺めると、無くさないようにと財布のカード入れにしまった。

その後、友人にお前の荷物なんだからお前も持てよと言われたので
段ボール箱を2つほど受け取るといざ自分の住処となる部屋に移動しようと管理人の元を離れ、
友人達と共に階段に向かおうとした。

「……あら?藤鳥くんちょっと待って」

「はい?」

その時、管理人が天の顔を見て何かに気付いたらしく、天に近寄ると顔を、特に
右目周辺をじっと見つめ出した。

「藤鳥くんの目の下……引っ掻き傷かしら、何かが『出来てる』わよ?」

68 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 22:44:02 ID:Gg47xBXU0
管理人は天の顔に1週間前には無かったおかしなものが出来ていることに気付いた。
右目の下に猫に引っ掻かれたような十数本の縦線があったのだ。
しかしよく見ると引っ掻き傷にしては色が黒過ぎる。しかも線は定規で書いたかのように
綺麗な直線になっており、一つとして曲がってはいなかった。……これは傷ではない。

荷物を持つ時に汚れたのかしらとハンカチで拭こうとしたが、線は全く消えなかった。
強めに拭くと段々と肌が赤くなってしまったので中断する。汚れでも無い。

管理人はこの縦線に見覚えがあった。普段買い物している時に必ず目にしている物。
太さのそれぞれ違う縦線の下に小さく13ケタの数字があり、特別な機械で読み取ると
商品の値段が表示されることでお馴染みの……


「これ……『バーコード』だわ!藤鳥くんの目の下にバーコードが!!」


「どうしたんですか管理人さん、天の顔なんか見つめちゃ……ってああ!思い出した!」

天の顔をじっと見つめる管理人に咲良は天のある『愚行』を思い出した。
天に近寄ると持っていた箱で天の頭を思い切り引っぱたいた。

「管理人さんも天を叱ってよ!このバカ、来週入社式なのに目の下にタトゥーなんか入れたのよ!」

「まあ……じゃあこのバーコード、刺青なの?何でまたバーコードなんか?」

「痛てて……相変わらず怒りっぽいぜ咲良はよ。まあ『リスペクト』ッスよ、
このイカしたバーコード顔に対する俺なりのね」

天は小声でそういうと自身の横にスタンドを発現させた。顔に大きくバーコードが描かれた
ロボット型のスタンドがチュミミーンと高い声を発する。

「流石に顔全体にタトゥーを入れる訳にはいかないので少々小さくなりました。本当は左目の下に
QRコードのタトゥーを入れるつもりだったんスけどね、咲良に猛反対されちゃって」

「あらあら……藤鳥くんって行動力あるわよねぇ、思い立ったが吉日を地で行くというか」

管理人が関心しているとすかさず咲良が反論に入る。

「単に後先を考えて無いだけですよ!去年も就活中だってのに髪を緑に染めちゃったんですから!」

「まあ!藤鳥くんってばロックね!見てみたかったわ緑髪の藤鳥くん」

「面接官へ印象を与える狙いがあったんスよ。十社ほど落ちたから元に戻したけど」

「単に非常識な就活生を落としただけよこのアンポンタン!さあ部屋に行くわよ!!」

咲良は天の耳を引っ張るとアパートの方へと引き摺っていった。
天は痛がりながらも渋々従う。「ではまた」と管理人に別れを告げその場を去った。


騒動を見ていた匠が口を開く。

「……結構真面目な方だと思っていましたけど、かなり奔放なのですね藤鳥くんは。
これならアパートの皆さんとも仲良くなれそうだ……ねえ『皆さん』?」

匠はアパートの方を見た。部屋の扉から、廊下から、階段から、屋上から……
アパートの様々な場所から幾多の人影が見える。人影の視線は匠の方に向けられていた。
まるで先程まで匠の側いた新たな住人を観察するかのようであった。

69 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 22:53:41 ID:Gg47xBXU0
2F 203号室前

「すごーい、ここにカードキーをタッチすれば鍵が開くのね!凄いハイテクじゃない!」

部屋に入る扉、そのドアノブの上に長方形の機械が取り付けられていた。
機械にはオレンジ色で大きく【TOUCH!】と書かれている。おそらくココに先程のカードを
かざせば解錠する仕組みなのだろう。
咲良や友人達は鍵が開く姿を早く見たいのでカードキーを持っている天を呼ぶが。

「凄いわよ天、早速開けてみましょう……って大丈夫?顔色がゾンビみたいに悪いけど」

「ゼェゼェ……ここの階段ってこんなに段数多かったっけ……ハァハァ」

咲良達の横では顔を青紫色に変色させ、息を切らし大量の汗を流した天が死にかけていた。
一応立ってはいるが、いつぶっ倒れてもおかしくない位足がふらついていた。
持っていた段ボール箱も汗でふやけかけていたので、中の電子機器等が壊れない内に
友人に箱を渡す。その直後、天はその場に倒れてしまった。

友人の一人が呆れた表情で天を見下し話かける。

「お前って相変わらず体力ないよなあ。重い荷物を持ってたとはいえ、階段を上っただけで
死にかける奴なんて天だけだと思うぜ」

「ゼヒゼヒ……何とでも言え……とにかく誰か水をくれぇ……」



藤鳥天という男は同年代の男性が持っているであろう体力を全くといっていいほど持っていない。
運動神経もない。言うなれば「貧弱な男の見本」というべき男である。

痩せこけている訳ではない。見た目こそ一般男性と同等の体つきをしているが、
いざ運動をしてみるとすぐにその化けの皮が剥がれる。軽くジョギングをすれば
一分もしないうちに息が切れるし、野球をすれば全打席三振、
奇跡的にバットに当たってもすぐにアウトになってしまう。
喧嘩なんてもってのほか、何せ飼い犬のチワワにさえ一度も勝ったことがないのだから。

このことは恋人や友人にも周知の事実で、天が面接に受かったことを咲良に報告した時も
朗報を聞いた咲良が発した第一声は「凄い!よく倒れずにアパートまで行けたわね!」
であった。咲良から見た天は長時間の移動すら満足に行えない体力の持ち主のということだ。
もっとも、天自身も我ながらよくアパートまで息を切らすことなく
辿り付けたものだと当時を振り返り感心していたのだが。
(町の視察を兼ねた休憩を何度も行っていたおかげである)


――閑話休題

友人から貰った水を飲み干し体力を回復させた天は立ち上がるとカードキーが入った財布を
扉に取り付けられた機械にくっつけた。するとピコンという音と共に
鍵がガチャリと開く音がした。「駅のホームみたいだ」と友人達は口々に喜ぶ。
天はドアを開け、新たなる生活拠点への第一歩を……


「うわ、すっげー広いじゃん!新築みたい!」


……第一歩を踏み出す前に友人達が先に部屋に入ってしまった。

70 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 22:59:49 ID:Gg47xBXU0
部屋に着いた天達は段ボールを開封すると中の荷物をそれぞれの場所に配置し始めた。
その様子をダイジェストでお楽しみ下さい。


バイーン!バイーン!
友人A「このベッドすげー!俺ん家のベッドよりでけー!布団も羽毛じゃねーか!」

天「お前らベッドで飛び跳ねるな!小学生じゃねーんだから!」


ザアアアアアア……
友人B「何これ、お風呂超広いんですけど!お湯を張るのもボタン一つなんだ!」

天「まだ入る予定ないからお湯を張るボタンを勝手に押さないでくれ!」


モグモグモグモグ
友人C「お前なんで魚肉ソーセージを何十本も持ってきてんだ?まあ美味いからいいけど」

天「俺の好物なんだよ!冷蔵庫に入れろ、お前の胃袋に入れるな!」


ゴソゴソ
友人D「なあ天よぉー、このエロ本やAVはどこに隠すのかってギャアアアアア!!!」

天「良い子だから少し黙ろうなこの野郎……咲良に見つかったら酷い目に遭うだろーが!」

ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
咲良「ほほう(赤黒いオーラを放出しながら)」


ガサガサ
友人E「なんだこのデカい熊のぬいぐるみは?どこに飾るんだこんなの?」

天「ああ、それはベッドに置いてくれ、一緒に寝る用だから(断言)」

友人E「乙女かお前は!」


ゴトンッ
咲良「そうそう、『それ』はそこに置いちゃって。今は開けなくていいから」

友人A「フェーッ!この箱メチャクチャ重かったぞ!石でも入ってるんじゃあないか!?」



引越しを手伝いにきた友人という名の悪魔共の猛攻に苦しみながらも
一時間後、ようやく全ての荷物を各部屋に配置し終えることが出来た。
天達はリビングに集まると家から持ってきた缶ジュースで乾杯をした。

「いやー、意外と早く終わったな!まあ大体の家具は既にあったから当然か」

「まあなー、この後みんなで引越し祝いするんだろ?この辺に飯屋でもあるのか天?」

天達は引越し作業が終わったら引越し祝いという名の豪勢な昼食を食べに行くと
前もって決めていた。発案者は天なので早速食事する所を天に尋ねる友人達だったが。


「飯屋?そんなもの ココにはないよ…」


あっさりと否定されてしまった友人達であった。

71 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 23:09:25 ID:Gg47xBXU0
「無いのかよ!」「天が言いだしっぺなのに!」
「『俺のために祝えこの愚民共』とか言ってたくせに!」

友人達の猛抗議を受ける天。すかさず反論を入れる。

「ここじゃなくってY駅まで行くつもりだったんだよ!Y駅の中にある
カメユーデパート、あそこの6Fのレストラン街で食う予定だけど別に問題ないだろ?
あと愚民共なんてセリフ、言った覚えはないぞ!」

しかし、天のこの案もあっさりと却下されてしまう。問題はY駅までの距離だ。

「嫌だよ、Y駅まで車で30分もかかるんだぜ?遠すぎる、この辺で済ませられないのか?」

天にとっては「たったの30分」だが、友人達にとっては「30分もかかる」場所なのだ。
友人達との認識の差に苦しみながらも、天は門北の悲惨さについて語った。

「お前らも車で町の中を見たろ?食事する場所どころかまともに開いてる店なんか
全くと言っていいほど無かっただろ、そういう場所なんだよここは。諦めなさい」

「そりゃあそうだけどよォ〜……しょうがないからピザでも注文するか、天の奢りで」

「何で祝われる側の人間が金を払うんだよ……って何だこの音は?」

昼食をどーするか議論をしている時だった。リビングのどこかでプルルルルという
電子音が鳴り響いた。天たちはその音が電話の着信音だとすぐに分かった。

「……スマホの音じゃあないな、この部屋って電話もついてるのか?」

「確かさっきゲーム機置いた時に見かけたわよ……あった。はい天」

咲良は電話を見つけるとコードレス型の受話器を取り、天に手渡した。

「サンキュ咲良、はい藤鳥です……おや管理人さん」

電話の相手は管理人だった。管理人は引越しの様子を聞きに電話をしたようだ。


『……そう、引越しは無事終えたのね、良かったわ』

「おかげさまで予定より早く済みました。……!そうだ、丁度いい時に電話をくれました。
管理人さん、この辺で美味い店とか知りませんか?これから皆で昼食を食べに行く
予定なんスけど」

これはチャンスと思った天は管理人に地元の情報を聞き出そうとした。
この地に長く住んでいるであろう管理人ならその手の話も知っているだろうと。

『これからお昼なの?なら丁度良いわ藤鳥くん、オオバさんから伝言を預かってるの』

「オオバさん……ですか?知らない名前ッスね、どんな方ですか?」

『隣の地区センターの中で食堂をやってる方よ、面倒見が良くてで明るいおば様』

「……ああ!あのおばちゃんスか!面接前に会って色々あった人!」

『藤鳥くんの引越しを記念して今日は特別に地区センターを開けてるの。
オオバさんたら藤鳥くんを相当気に入ってるみたいね。引越し蕎麦を打ったから
みんなで食べにいらっしゃいって』

「引越し蕎麦!マジスか、行きます行きます!伝言確かに受け取りました!」

管理人に聞いて良かったと天は思った。食事処は地元どころかアパートの隣にあったのだ。
本来引越し蕎麦は引っ越してきた側が隣近所に振舞うものだが、細かい事は気にしてはいけない。
天は友人達にこのことを伝えると皆嬉々として部屋を飛び出していった。
天や咲良もそれに続き、全員で部屋を出て隣の地区センターへと向かった。

72 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 23:25:40 ID:Gg47xBXU0
部屋を出てドアを閉めると自動的に鍵が閉まった。オートロック式のドアに感心していると
階段の方からドシンと何かが倒れた音が聞こえた。天と咲良が階段の方へ行ってみると
友人の一人が仰向けに倒れていた。友人の側には何故かバナナの皮が落ちている。
これを踏んで転んだのだろうか?さっきまでこんなものはなかったはずだ。

「痛ええええ……誰だよこんな所にバナナの皮なんか捨てた奴は!」

「……バナナの皮で実際に滑る奴なんて初めて見た、危ねえな」

そういうと天はバナナの皮を摘んだ。地区センターに行けばゴミ箱くらいあるだろう。
そこで捨てるかと考えると友人が起きるのを待ち、皆で階段を降りた。


その様子を一部始終見ていた人影があった。
203号室の隣、202号室の扉が僅かに開いており、その隙間から2つの顔が出て
外の様子を覗きこんでいたのだ。

「……転んだのは藤鳥天ではないな、一緒に来た奴らの一人か」

「申し訳ありませんお坊ちゃま。やはり大人数だと特定の標的を狙うのは少々難しいですね」

「フン、まあいい……バナナがダメなら次の手を打つまでだ。トキタ、Act2へ移行するぞ」

「はい、お坊ちゃま」

二つの影が部屋の中に消えると扉も閉まる。202号室の扉には
黒い星のマーク(★)を逆さにしたような絵と、その星の中に書かれたアルファベットのDという
奇妙なシンボルマークのような物が大きく描かれていた。



門北地区センター 入口

先週来た時にあった休館の看板は無く、代わりにあったのは入口の自動ドアに貼り付けられた
「藤鳥天くん引越し記念・特別開館日」と書かれたポスターであった。
誰が描いたのか、天を少女漫画チックに描いた無駄に美男子な似顔絵付きポスターを見た天は
あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にした。友人達はポスターを見て大笑いしていた。

「ギャハハハハ!なんだこのイケメン、天にそっくりじゃねーかwwwww」

「てゆーか周りに薔薇描かれすぎ!服もフランスの貴族みたい!」

「……誰だこんなポスターを描いたのはあああああ!!!/////」

天が血涙を流していると、後ろから管理人がやってきた。
どうやら彼女も食堂で昼食をとるつもりらしい。管理人は例のポスターを見ると
嬉しそうに話し出した。

「上手でしょうこのポスター!ヒバリってば昔から絵が上手かったから頼んでみたの!」

「そうスか、ヒバリさんとやらが犯人スか……ってあの魔法使いか!」

先週、天を箒という名の絶叫アトラクションに乗せたあの白黒の女性。
テンション高めの豪快な性格や言動から体育会系の人だと想像していたが、
ああ見えてピュアというか乙女な心の持ち主なのかもしれない。


「それにしても自分のために特別開館だなんて、何か照れますねこういうの」

「門北の人達は皆行事やお祭りが大好きだから、何かあれば何でも祝っちゃうの。
近くにオーソンあったでしょ、あそこも今日は特別に開いてるはずよ、貴方の引越し記念でね。
地区センターも何かある度にイベントやセールをやるから時々チェックしてみてね。
特に何もなくっても月に1度は『何でもない日記念』って名目で特別開館してるけどね。
さあ皆さん、食堂まで案内するわ」

そういうと管理人は一足先にセンター内へ入って行った。友人達もそれに続く。


「……門北ってヘンテコな所よね、全国チェーンのオーソンまでこんなノリだなんて」

「門北だからなあ。異世界というか不思議の国だぜ、ある意味」

残った天と咲良は言葉を交わした後、センターの中へと入っていった。

73 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 23:56:16 ID:Gg47xBXU0
門北センター内 食堂

食堂まで案内された天一行を待っていたのは食堂と大きく書かれた暖簾と木製の門、
それと割烹着を着たおばちゃん、大葉三津子(おおば みつこ)であった。

「あら皆さんいらっしゃーい!待ってたわよ〜天ちゃん!すぐお蕎麦作るからね!」

「て、天ちゃん!?ってグェーッ!」

おばちゃんは天を見るや否や両手を広げて駆け寄り、ギューッと抱きしめた。
天はおばちゃんにギューッと締め付けられて苦しそうな声を上げた。
この方、年齢の割には力がある!食堂経営で鍛えられた抱擁に天は身動きすらとれない!
……どうもこのアパートの女性は皆パワフルだなと天は(薄れゆく意識の中)思った。

「……あらヤだ私ったら!ごめんね天ちゃんって大丈夫!?顔がゾンビみたいに真っ青よ!」

おばちゃんは天の異変に気付くと直ぐに解放するが、解き既に遅し。
天の口からは魂のような白い煙のような何かが飛び出しかけていた。



「ごめんなさいねぇ〜天ちゃん、もう体は大丈夫かい?」

「三途らしき川の向こうでご先祖様らしき人が手を振ってましたがもう大丈夫ですハイ」

天の蘇生に成功した面々は食堂に入ると近くにあった団体用の長テーブルに座った。
三途の川から生還した天は早速お祝いの蕎麦を注文する。

「お蕎麦を7人分ね。今日はお祝いだからお代はいらないわ。サイズは普通と大盛があるわよ」

「前言ってた大盛スね、じゃあ俺は大盛で。みんなは?男衆全員大盛?じゃあそれで」

注文を承ったおばちゃんは調理場へ戻る。どうやら一人で食堂を切り盛りしているようだ。
蕎麦がくる間に天は店内の様子をざっと見回した。

天とその友人達、管理人やおばちゃんの他にも食事をしに食堂に来てる人が何人かいた。
まず目に付いたのは隅っこのテーブルに座るフードを被った青年。
彼は誰かと電話をしているようで、陽気な声でペチャクチャと何かを話していた。
その電話が終わると今度は箸でコップを楽器のようにチャカチャカ叩き出した。
「腹減った」「まだか」という言葉が頻繁に出て来る歌詞を歌っていたので
どうやら注文の品が遅れていると推測出来る。だか少々喧しい。
その音は友人達にも感染したらしく、天のすぐ横でコップをチャカチャカ叩き出したが
速攻で女性陣に怒られ演奏は中止となった。

次に見つけたのは中学生くらいの少女だった。眼鏡をかけ、セーラー服にショートパンツ姿の
物静かな少女は机の上の蕎麦を小さい口にチュルチュルと入れていた。
少女はこちらの視線に気付いたようで、天に軽く会釈をした。天も会釈を返す。
それを見た少女は机の蕎麦に目を向けると再び食事に集中しだした。

「ここにいる人達って皆アパートの方ですか?」と管理人に聞いてみた。

「地区センターは近隣の住民さんも利用するからそうとは限らないわ。
フードを被った彼はアパートの人で、名前は天下原国綱(あまがはら くにつな)くん。
あの女の子はここをよく利用する近所の子よ。ナルミちゃんって言ったかしら」

食堂には他にも客が何人かいたが、どれも皆近所の方々だと管理人は言った。
他の住人……匠は自分の店で忙しく、子猫は弟の部活の試合を見に行ってて不在だそうだ。
その他の住人も部屋にいたり出かけていたりとそれぞれ思い思いの休日を過ごしているようだ。
ヒバリは今日は非番だから酒飲んで寝てるんじゃあないかしらと笑いながら語っていたから
管理人とヒバリは親しい間柄なのだろうと天は思った。

74 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/08(木) 23:58:17 ID:Gg47xBXU0
最後に目に付いたのは人ではなく猫だった。店の外、入口の手前でエサを美味そうに
食べている。首輪をしているから飼われているのだろう。真っ白な毛並みの可愛らしい猫だ。
「あの白猫は食堂で飼ってるんスか?」天は管理人に尋ねた。

「ああ、シャロンちゃんね。201号室のモチヅキさんの所の飼い猫よ。人懐っこくて可愛いのよ」

管理人はそう答えると、その言葉に咲良が反応を示した。

「ええ!?このアパートってペットもOKなんですか!?いいなー!私の所はダメなのにー!」

「ハムスターや熱帯魚みたいに小さな生き物はOKよ。猫や犬も『条件』さえクリアすれば
飼うことが出来るわ」

「いいないいなー!私も越してこようかしら、エンジェルちゃんと一緒に!」

咲良はアパートに羨望の眼差しを向けていた。天はすかさず止めに入る。

「エンジェルちゃんって実家のドーベルマンだろ確か!あんなの許可下りないっての!」

「ちぇー」咲良は唇を尖らせた。天は管理人さんの所に近づくと小声で尋ねた。

「さっき『条件』って言ってましたど、その条件ってのはやっぱりアレですか」

「そういうこと。シャロンちゃんは小さいけど立派な『スタンド使い』よ」

「なるほどねえ……動物もスタンドを使えればここに住める、と」

天は店の外に目を向ける。シャロンは食事を終えたようで、満足そうに地区センターの外へ
歩き出していった。

75 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/09(金) 00:14:40 ID:YvCbu4cA0
「そういえば藤鳥くん、咲良さんはスタンドは見える人なの?このアパートに
興味を持ってくれてるみたいだけど」

「ああー、それなんスけどねえ」

天は自分の横にスタンドを出すと、咲良に近づき目の前でスタンドの腕を
ブンブン振ってみせた。しかし咲良は何も無かったかのように女友達と雑談をしている。
女友達や男性陣も、誰も天のスタンドには一切気付いている様子はない。

「ご覧の通りです。両親や妹にも試したんスけどねえ、だーれも気付いてくれないんスよ、
悲しいことに」

「あら残念。スタンドを使える人って意外と少ないから、もし知り合いに
スタンド使いの方がいればこのアパートの事を教えてあげてね」

管理人は残念そうな表情を浮かべた。『スタンド使いは意外と少ない』と管理人は言うが、
これは実家周辺で沢山のスタンドを見てきた天には少々違和感を感じる言葉だ。

「……スタンド使いって全部でどれくらいいるんスか?地元やこのアパートを見てると
みんなスタンドを持っているイメージがあるんですけど」

「そうねえ、確か―――」


「確認されているだけで8000人以上。未確認の方を含めると20000人といった所でしょうか」

管理人の言葉を遮るような男の声が後ろから聞こえた。振り返ると長身のスーツ姿の男が
すぐ真後ろに立っていた。目には片眼鏡(モノクル)を掛けている。
ルックスもイケメンだ。

「モチヅキさん、いらしてたんですか」管理人は後ろの男ににこやかに話かける。
どうやらこの人が白猫の飼い主・モチヅキさんという人のようだ。

「新しく来た人がこちらにいると聞いたもので……どうも、初めまして」

男はそう言うと天の手を握った。天も握り返し、握手の形となる。

「僕は望月薫(もちづき かおる)、大学で准教授をしている傍ら、海外の専門家と共に
スタンドに関する様々な研究を行っています」

「へえー!スタンドの『研究』ッスか、なんか格好いいスね!」

「数ある超能力の中でもあまり知られていないマイナーな分野だからあまり堂々とは
言えませんけどね。スタンドの事で何かあったら相談に乗りますよ」

薫は天に名刺を差し出した。受け取った名刺には「日本スタンド学会・関東支部長」と
書かれている。どうやら彼は高い地位にいる学者さんのようだ。
薫は管理人の近くの席に座ると「僕もそば大盛で」と注文をして、スマホを弄りだした。
天も友人達のいる席へ戻った。

注文が来るまでの間、天は薫の先ほどの言葉を思い出していた。
『確認されているだけで8000人以上、未確認を含めて20000人』。
確かに意外と少ないな、と天は思った。これは国内だけでなく世界中のスタンド使いの
総数なのだろう。日本の人口が約1.2億人、地球全ての人口が約72億人なのだから、
スタンド使いが2万人いるとして単純計算で大体世界の36万人に一人がスタンド使い……
数字だけ見ると非常に少ない……と思う(他に超能力者がいればの話だが)。

だがそんな希少な力を天は地元で複数目撃しているし、門北では既に4人のスタンド使いに
出会い、今住んでいるアパートにもまだ見ぬ複数人のスタンド使いがいるのだという。
随分と出現場所が偏ってるな、と天は思った。

76 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/09(金) 00:16:32 ID:YvCbu4cA0
スタンド使いは実は日本だけにしか存在しない地域限定の能力なのかもしれないと
考えていると、調理場からおばちゃんがざる蕎麦を2つ持ってこちらの席へやって来た。
咲良達女性陣の分(並盛)だ。

「はいお待ちどうさま!大盛も今もってくるからね」

おばちゃんは調理場に戻る。咲良達のざる蕎麦は海老の天ぷら付きで実に美味そうだ。
そしておばちゃんが大盛を持って調理場から現れた……が。

流石大盛、量が多い。多すぎる。
おばちゃんが持ってきたざるの上には蕎麦で作られた「山」が出来ていた。
並盛の数倍はあるであろう大量の蕎麦が砂場で作った山のように高く盛られていた。
横には並盛同様天ぷらが付いていたが、その数は見るかぎり20本以上はある。
問題はこれが一人分だということだ。

「お、おい天……これは大盛の範疇に入れていいものなのか?特盛だぞこの量は」

「いや特盛とも違う……これはアレだ、『デカ盛』という奴だ、ウン」

「何分で食えばタダになるのかなコレ、って最初からタダか」

男性陣の顔を青くした超大盛ざる蕎麦が次々にテーブルに乗せられる。
程なく団体用の長テーブルは巨大蕎麦5つと天ぷら100本を乗せた皿で埋め尽くされた。

「若い子はお腹いっぱい食べなきゃ!私の食堂の大盛は大体こんな感じよ!ハハハハハ!」

おばちゃんは満面の笑みでそう言っていたので分量を間違えた訳ではなさそうだ。
他の席を見てみると大盛を注文した客は皆平然とした表情で蕎麦を平らげていた。
どうやら皆この量に慣れているようだ。(誰一人として驚いている様子は無い!)
天と男友達は諦めてこの圧倒的蕎麦の山を食べることにした。

77 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/09(金) 00:20:31 ID:YvCbu4cA0
蕎麦は美味い。喉越しが良い。天ぷらもサクサクで最高だ。だが量が多い。多すぎる。

天は1時間かけてようやく蕎麦の山を胃袋に収めることに成功した。胃袋は破裂寸前であった。
大盛に挑んだ友人達は腹を風船のように膨らませてギブアップの意志を表明していた。
咲良達女性陣が大丈夫かと心配そうに聞いてきたので一応大丈夫だと天は答えた。
他の男性陣は苦しさで声を出せる状態ではなかったようだが。

天と仲間達はおばちゃんに礼を言うと食堂をあとにした。この後の予定は特に決めていなかったが
男性陣がご覧の有様だったので男達を車に乗せて家に帰すこととなった。
咲良も一緒に車に乗るという。天は死にかけの友人達を車に乗せ、
そのまま車を見送ることにした。エンジンがかかり車が発進する直前。車の窓が開き
助手席に乗っていた咲良からこんなことを言われた。

「天、『例の箱』は寝室に置いといたから!ちゃんと『配る』のよ!」

「おうわかった!じゃあな咲良、また後で電話するから!」

咲良を乗せた車は門をくぐり、アパートを去っていった。


例の箱というのは天の両親が引越し当日になって天達に渡してきた段ボール箱である。

両親曰く、「引越しをしたらご近所さんにはちゃんと挨拶をしておきなさい。
粗品はお父さんが用意したから、アパートの皆様に配るのよ」だそうだ。

粗品は普通タオルや洗剤の詰め合わせ等を送るものだと天は思っていたが
両親が渡してきたのは大型テレビが入りそうな大きな段ボールであった。
しかも中に何が入っているのかは分からないがとにかく重い。
大きな鉛でも詰め込んでるんじゃあないかという位の重量だったので
部屋に運びこむ際も男衆に数人がかりで何とか運んでもらったのであった。

(親父はカメユーデパート勤務、昨日デパートから在庫品を嬉しそうに持って帰ってきたから
嫌な予感がするんだよなあ……何入ってるんだあの箱……?)

78 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/09(金) 00:28:51 ID:YvCbu4cA0
天は粗品に不穏な空気を感じつつ、箱のある自室に戻ろうと階段を上ろうとしたその時。
階段の3段目あたりに何かが転がっていることに気付いた。
上って確認してみると空き瓶が転がっていた。もし踏んでいたら階段を転げ落ちてしまう
所であった。先程のバナナの皮もそうだが、このアパートの人々はマナーに疎い所があると天は思った。
だが、よく見てみると階段のあちこちに同様の「踏めば転げ落ちるぞポイント」が
あることに気付いてしまった。ある段にはビー玉が散らばっていて、ある段には
バナナの皮が10個も置いてあった。上から2段目に至っては油だかローションだか知らないけど
そんな感じのヌルヌルした液体でビショビショに濡れていたのだ。

(さっき降りた時はこんな物なかった……!これは明らかにわざと置かれた物!
誰かを滑らそうと『悪意』を持って用意された物!誰がこんなことを!?)

天はこれらを踏まないように慎重に階段を上ると、急いで自分の部屋の前まで戻った。
カードキーを使い部屋に入ろうとしたその時!

天は足に何か柔らかい物を踏んだ感触を覚えた。
それが本日3度目のバナナの皮だと気付いた時には既に足は滑り体が大きく傾いていた。
このままでは転んで頭を打ってしまう!天は頭の怪我を覚悟した。


『油断大敵、オキヲツケテ。チュミミーン』


天の目の前にスタンドが出現、天の腕を掴みバナナを踏んでいない方の足を踏んづけると
天の体はピタリと止まりその身をコンクリートに叩き付けずに済んだのだ。

「フー、助かったぜ相棒……しかしまたひとりでに出現したな。これが自我って奴なのかな。
あと相棒、タイヤに踏まれると地味に痛いんだなコレが」

『チュミ?……コレハ失礼』

スタンドは天が足を踏まれて痛がっていることに気付くとすぐにタイヤの足をどけた。
天は体勢を戻すと部屋の鍵を開け、バナナの皮を掴むと部屋に戻っていった。



「フン、あれがアイツのスタンドが……小癪な」

「お坊ちゃま、Act2もクリアするとは敵もさるもの……ここは私にお任せを」

「……いいだろう。トキタ、Act3はお前に任せる。藤鳥天の素質を見極めろ」

「かしこまりました。この時田潮(ときた うしお)、あの者を『ぶれさせて』みせましょう」



203号室の隣、202号室の扉の隙間からまたしても2つの影が203号室を覗いていた。

79 第2話 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/09(金) 00:35:59 ID:YvCbu4cA0
「なんで粗品の一つ一つがこんなにバラバラなんだよ親父の奴……」

自宅の寝室に戻った天は例の大きな箱を見つけると、カッターナイフで
段ボール箱を開封した。中には熨斗(のし)が貼られた箱が10個ほど入っていた。
が、箱の大きさがどれもバラバラで、重さも片手で持てる軽量のものから
持ち上げるのも一苦労な重たい物まで千差万別のふざけた代物であった。

天は思った。親父の奴、デパートの売れ残りを適当に粗品に入れやがったな、と。
自分が小さいころ、誕生日プレゼントにお中元の売れ残りを貰ったことがあるから
今回も同じノリで箱に無差別に詰めたんだなと直感した。箱は綺麗にラッピングされており
一度開けたら元に戻すことは天には出来ない。故に中身を調べることも出来ない。

いくら配れと言われても、こんな中身もわからない粗品ロシアンルーレットに
アパートの面々を参加させるわけにはいかない気がしてきた。
かといってこんな物を部屋に置いてても邪魔なだけだ。

配るか、放置か。ダメ究極の二択に悩んでいるとリビングの電話が鳴り響いた。
リビングに向かい受話器を取ると管理人の声が聞こえてきた。
管理人曰く、この電話機は内線でアパートの住人と電話が出来る機能があるらしく、
部屋番号を押すだけで簡単に住人同士で通話が可能とのこと。
電話の横に内線番号を記したカードが置いてあるから確認してねと告げられた。

確かに電話の横には内線番号と住人の名前らしき文字が書かれたカードが置いてあった。


301(管理人)

206(黄頭)205(霧島)203(藤鳥)202(我修院)201(望月)

106(安達)105(天下原)103(白石)102(空室)101(小鳥遊)

門北地区センター
001(地区センター受付) 002(食堂) 003(図書館)004(売店)


カードを見た天はようやく住民全員の苗字を把握することが出来た。
内線はアパートだけではなく地区センターへもかけることが可能らしく、
わからないことがあれば受付に電話を入れれば色々教えてくれるらしい。
内線を使っての電話は料金はタダだから積極的に利用してねと管理人は言った。

「そういえば管理人さん、これから皆さんにご挨拶しに行くんですが……お聞きします。
『大きい箱』と『小さい箱』、どちらが好みッスか!?」

『まあ藤鳥くんったら、舌切り雀みたいなことを聞くのね。そうねえ……
やっぱり小さい箱の方がいいかな。大きいのを選んでお化けが入ってたらいやですもの』


管理人は小さい箱でいいと言ってくれた。ならばこの中で一番小さい箱……
サイコロキャラメルと同じ大きさのキューブ状の箱を渡そうと思った。
……流石に小さすぎやしないかと少し思ったが管理人さんのご要望だからと
天は自分に言い聞かせた。残りの箱を数個手に取ると、天は部屋を出て
アパートの住人に引越しの挨拶回りを開始した。

「まず最初は知ってる人がいいな……匠さんの所へ行くか」

80 ◆PprwU3zDn2 :2016/09/09(金) 00:38:18 ID:YvCbu4cA0
今回はここまで。

次回、第2話その2「粗品を配りに行こう」をお送り致します。

81 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/09/19(月) 01:06:33 ID:eTXpyN4Y0
101号室 喫茶店Jack

喫茶店の扉を開けると店内には数人のお客さんが席に座っていた。
どうやら昼の書き入れ時に来てしまったようで、匠は客にランチやコーヒーを運んでいたりと
忙しそうだ。今はタイミングが悪いと思った天は店を出ようとしたが
匠に気付かれてしまい、カウンター席に案内されてしまった。
天はカウンター席に座ると、砂糖たっぷりのコーヒーを一杯注文した。
「すいません、こんな時に来ちゃって」と謝ると匠は構いませんよと言ってくれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「分かりました。これは引越しの挨拶として遠慮なく頂くと致しましょう」

「これからどうぞよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ」

粗品を匠に渡すと天は深々と頭を下げた。匠も頭を下げる。
そこへ、店の常連客と思わしき初老の女性が天の肩に手を置き匠に話しかけた。

「あらぁ匠ちゃん、もしかしてこの子が例の新入りさぁん?」

「ええ。彼が今日越してきた藤鳥くんです」

女性客は天の顔をジロジロと値踏みするように眺めると、口元をニヤリとさせた。

「フーン、中々面白そうな子ね。縁があったらこの子に『頼んでみる』かもしれないわ。
じゃあね匠ちゃん、また来るからね」

女性客はそう言うと匠に1万円札を渡して店を後にした。
おつりを受け取らずに出ていってしまったが、これが彼女の支払い方だと匠は言う。
中々太っ腹な方でしょう?と笑っていたが、そんなことより天は
女性客の最後の言葉が気になって仕方がなかった。

「……?『頼んでみる』って何の事スか?」

「ああアレですか、私と彼女の個人的なお話なのでお気になさらず……それより藤鳥くん、
これから1階の方々にご挨拶を?」

「一応そのつもりです。終わったら2階へ行って、最後に屋上の管理人さんの所へ」

「そうですか……ですが生憎今の時間、1階の方々は部屋にいないと思いますよ?」

「ああ、子猫ちゃんのことスか。管理人さんから聞いてますよ、弟さんの所に行ってるとか」

「ええ。白石さんもそうですけど、他の方々も今日は出かけているはずです」

その言葉を聞くと天はポケットから内線番号が書かれたカードを取り出した。
住人の名前と顔を覚えるためにと自室から持ってきたものである。

(えーっと、確か102号室は空室だったから残りは……)

1階の住人は匠と子猫を除くと二人。食堂にいた天下原国綱というフードの青年と
まだ会った事の無い安達という人だ。

「安達さんはとある劇団の団長をしている方で、今日はその劇団の公演で
東京に行ってしまっているので不在です。国綱くんは近くの商店街へ行ったみたいですよ」

「なるへそ……それじゃあ先に2階へ行ったほうがいいですね、そういえばヒバリさんも
2階に住んでいるんですよね」

天はカードを見て部屋を確認しようとしたが、よく考えたらヒバリがどんな名字なのか
知らなかった。自分と望月を除けば残りは『黄頭』か『霧島』か『我修院』の3つ。
ヒバリの名字はどれなのだろうか。

だがその疑問は匠によって直ぐに解消された。

「そうですよ、霧島雲雀(きりしま ひばり)さんは205号室……藤鳥くんの隣ですね」

「霧島さんっていうんスねヒバリさん。それじゃあ次は2階へ挨拶に回ればいいッスね。
お忙しい所を失礼しました、自分はこれで失礼します」

天はコーヒー代を払うと席を立ち店を出ようとした。最後に客席のほうを何気なく見たが、
客席にいた数人の客は全員スヤスヤと寝息を立て熟睡していた。

「砂糖(シュガー)1つで6時間、例外なく眠るのです……またのご来店お待ちしております。
結構評判いいんですよ、この『サービス』」

82 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/09/19(月) 01:22:30 ID:eTXpyN4Y0
「普通のお客さんにもスタンドを使うのな匠さん。まあどんな怪我でも治っちゃうから
商売として利用しない手はないか。評判いいらしいし」

店を出た天は先ほどみた光景を思い出しながら階段を目指して歩いていた。
途中、アパートや門北町に関するお知らせが貼られる掲示板や緑色の公衆電話が
設置してある箇所を抜けると階段にすぐに辿り着いたが、天は階段を上らず
アパート横の駐車スペースに止めてある自分のバイクに向かうと、バイクに取り付けた
リアボックスの中からフルフェイスヘルメットを取り出した。
今日アパートに来る時に着けていた物だが、これは天のヘルメットではない。
先週、雲雀から渡された安全用のヘルメットである。

本来なら先週Y駅に連れて行ってもらった時に返せばよかったのだが、駅に向かうまでの
道中でどうやら気絶してしまったらしく、気が付いたら天は駅構内の医務室のベッドに運ばれ、
雲雀は先に帰ってしまったらしいのだ。なので今日までヘルメットは天が保管していた。

天は粗品の件が無くとも、ヘルメットを返すために雲雀の部屋に行くつもりでいた。
粗品は彼女の部屋を訪れるいいきっかけになったなと天は考えていたのだ。
持っていた粗品の上にヘルメットを置くと、改めて階段に向かい2階へ行こうとした。


1F 階段前

階段の前に誰かがいる。フードを被った茶髪の青年……国綱だ。
彼はスマホで誰かと話している。手には大きな紙袋を持っていた。
どうやら商店街から帰ってきたばかりのようだ。丁度よかった、挨拶に行こう。だが
相手も袋を持っている以上、今粗品を渡すのも悪いと思った天は国綱が部屋に戻るのを待った。

「はい…今帰ってきた所ッス…はい…屋上ッスね…わかりました、今からそっち行くッス、
それではまた後ほど」

国綱は電話を切ると部屋には戻らず階段を上り出した。屋上に行くと言っていたが
管理人に用でもあるのだろか。天は国綱が部屋に戻らないと知ると、当初の予定通り
2階の雲雀の部屋に行こうと自分も階段を上ろうとした…その時。


「うん?……!?なんだこのヌルヌル!ああマズイ、落ちる!ああああああ!!」


上の方から男の声が聞こえた。見上げると国綱が何かに足を滑らせ、今にも倒れそうな格好で
手足をバタつかせて無理矢理バランスを取っていた。
よく見ると階段には先ほどの数倍の数の「バナナの皮」やら「ローション的液体」等の
トラップが至る所に設置されていた。そのトラップに国綱が見事に引っ掛かってしまったのだ。

「危ないッ!」天は階段を上るとスタンドを出し、国綱の真後ろに陣取った。
国綱の体はスタンド目掛けて倒れてきたので、スタンドの手で国綱の背中を押さえる。

ズシッ!

スタンドで国綱を押さえた途端、天の体にも衝撃が伝わった。先日の屋上での戦いでも
感じたことだが、どうやらスタンドが受けた衝撃やダメージはそのまま本体である
天にもフィードバックされるようだ。天は自分も倒れないように足を踏ん張り
衝撃を受ける。が……

ズルッ
足の踏ん張りが全く効かない。足に力が入らない、むしろ足が滑る。
まるでバナナの皮を踏んでいるような感覚を覚えていた。


『アノーマスター、「踏ンデイルヨウナ」デハナク、実際ニ踏ンデイルンデスヨ、バナナの皮ヲ』

「ああ?何を言って……ゲッ!!」

天は目線を足元に向ける。天の足の下には無数のバナナの皮が敷いてあった。
階段トラップに引っ掛かってしまい、天の体は衝撃を受けきれず後方に倒れかけてしまう。


「クソッ!俺はこうなったが、スタンドがしっかりと受け止めてくれればっておい!」

スタンドの足元にも大量のバナナの皮。スタンドもしっかり踏んでいた。

スタンドの足も見事に滑る。スタンドは国綱の体を離さないように後ろから抱きしめると
そのまま本体諸共後ろへ倒れこんでしまった。

83 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/09/19(月) 01:35:32 ID:eTXpyN4Y0
天とスタンドは一番下の段まで落ち仰向けにぶっ倒れた。固い地面との激突による
痛みを覚悟していたが、いくら経ってもその痛みが訪れることは無かった。
代わりに得た感触はバランスボールに背中を乗せたようなグニグニとした柔らかいものだった。

何が起きたのか分かりかねていると次の瞬間。天の体は背後の柔らかいものに
跳ね飛ばされるかのように宙を舞った。スタンドや国綱も同様に飛ばされていた。

何が起きたのかと首を回して背後を見ると、そこにあったのは巨大で透明な球体だった。
天と階段の間に現れたコレがクッションになり、落下時のダメージを防いだのだが、
そもそもこれは何なのか、何時の間にこんなモノがと思っていると、
スタンドに抱かれていた国綱が口を開いた。


「いやーお互い危なかったッスねえ兄さん、後はそちらで上手く着地してほしいッス」


天の体は一メートルほどの高さまで飛ばされると球体の横の地面に落下していく。
何とか体を捻らせて着地しようと試みるが上手くいかず、結局地面に足から落ちてしまった。
スタンドの方は何とか綺麗に着地できたようで、国綱も無事のようだ。

足の骨が折れていない事を確認すると、天達の体を守った透明な球体を確認する。
綺麗に透き通っていて、表面に薄いマーブル模様、よく見ると完全な球体ではなく
地面にくっつき半球体の形になったこれは『シャボン玉』であることが分かった。
よく見ると表面にはマーブル模様とは違う色で目の形が描かれている。

「これ……ただのシャボン玉じゃあないな、第一『頑丈すぎる』」

成人男性二人が倒れこんでも割れないシャボン玉に興味津々の天はシャボン玉に恐る恐る
腰を掛けてみた。シャボン玉は割れる気配はなく、天を座らせることに成功した。
「どうなってるんだ」と疑問に思っている次の瞬間、天は座ったままの姿勢で
宙に飛ばされてしまった。といっても数センチほどしか浮かなかったので今回は着地に成功した。
どうやらこのシャボン玉、力を加えるとその力をそのまま押し戻す…というか跳ね飛ばす能力を
持っているらしい。こんな大きくて不思議なシャボン玉、普通なら存在するはずがない。
となれば答えは一つしかない。

「国綱さん……でしたよね、面白い『スタンド』を持ってますね、割れないシャボン玉なんて」

「へへへ、お褒めに預かり光栄ッス、新顔(ニューフェイス)さん」

国綱は天に向かって手を伸ばした。すると彼の手から、大小さまざまなシャボン玉が
大量に飛び出してきた。シャボン玉は天の周囲に集まり、周りをグルグルと回り始めた。
こんなメルヘンチックなスタンドもあるのかと目を奪われる天であった。


「決して割れないシャボン玉『ヘブンリー』の使い手、天下原国綱ッス!以後よろしくッス!」

84 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/09/19(月) 01:51:46 ID:eTXpyN4Y0
「いやー汚い部屋で申し訳ないッス、座布団持ってきたんで空いてる所に敷くッス!」

「いえいえお構いなく。……しかし物凄い数の機材ッスね、どういう仕事してるんスか?」

105号室、国綱の部屋に案内された天はリビングらしき場所に案内された。そこで見たのは
部屋中に設置されたパソコンと10台以上あるモニター、さらに部屋を埋め尽くす大量の段ボール箱
であった。あきらかに普通ではない部屋に天は目を大きく開いた。

「ネット関連の仕事をで幅広くやってるッス!通販サイトや小さなSNSを運営したり
株やFXで資金を稼いだり、最近じゃあオンラインゲームやスマホ用ゲームを何個か作ってるッスよ。
これが結構儲かって……」

「いえもう結構ッス、国綱さんがその道のエキスパートなのはよくわかりましたハイ」

国綱は褒められたのが嬉しいらしく、光栄ッスと頭を掻いて照れくさそうに笑った。
昔からパソコン弄りが好きで、趣味でゲーム制作や株の投資をしている内に
才能を開花させ、今では一人で年収数千万円の稼ぎがあるらしい。
部屋の段ボールは通販サイトの商品とのことだ。


出されたお茶を飲み干し、引越しの挨拶を一通り済ますと
先ほどのトラップを仕掛けた奴ついて心当たりがあると国綱が言い出した。

「アレは我修院っていうワルガキの仕業ッスよ!いつも住民にイタズラを仕掛けては喜んでる
タチの悪い奴ッス!自分も今まで何度も奴に泣かされてきたッス!」

天は先ほど自室の前にバナナの皮を置かれた事を思い出す。これも我修院とやらの仕業らしい。

「我修院骸(がしゅういん むくろ)なんて名乗ってますけど、あんなの絶対偽名ッス!
顔に仮面なんか着けて芝居がかった台詞を口にするキザな野郎ッス!こないだも階段に……
ああもう我慢できん!兄さんこれから各部屋に行きますでしょ、奴の部屋に行くときは
自分に一声かけて欲しいッス!一緒に抗議しに行くッス!てゆうか今すぐ行くッスよ!!」

興奮して鼻息を荒くする国綱。行動力の高さや年齢の近さ、語尾にやたらと「ッス」をつける
所がどことなく自分に似ているなと親近感を覚える天だったが、抗議のために勢いのまま
部屋を飛び出そうとする国綱を天は引き止めた。

「まあまあ落ち着いてください国綱さん!とりあえずその人の部屋は最後に回すんで
国綱さんはここで待ってて下さい!必ず連絡入れますから!」

「絶対ッスよ!一緒に奴を懲らしめるッス!……しかし何で最後ッスか?
抗議だけなら時間はかからないッスよ?」


「抗議『だけ』ならね。あの手の輩が相手だと抗議だけで済むはずが
無いんスよ、絶対ロクでもないことが起こる……相手はトラブルメーカー、
それに『スタンド使い』ですから。それに国綱さん、屋上に予定があったはずでは?」

「え?屋上……ああッ!すっかり忘れてたッス!悪いけど兄さん、その時が来たら
ここじゃなくって屋上に来て欲しいッス!お先に部屋を出るッス!」

国綱は先ほど持っていた紙袋を手に部屋を飛び出してしまった。急ぎの用だったらしい。
色々と忙しい人だなと思いながら天は苦笑いを浮かべた。

85 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/09/25(日) 01:46:49 ID:8/yk5AmY0
天は国綱の部屋を出てトラップを踏まないように慎重に階段を上り2階へ着くと、
顔を知っている顔の雲雀と薫の部屋を訪ねる事にした。

2F 205号室前

ピンポーン
チャイムを押しても反応は無かった。管理人の言う通りやはり雲雀は寝ているのだろうか。
そう思っていると部屋から微かに音が聞こえて来た。天はドアに耳を当てると
雲雀の寝言らしき声が聞こえてきた。

「ウーン……これ以上運べませんよ……有給休暇と残業代ください……ムニャムニャ」

どうやらあまり良い環境で働けていないようだ。運送業は兎に角体力を使う仕事だと聞くが
夢にまで出て来るようなキツい所で働いているとは知らなかった。
せっかくの睡眠を邪魔してはいけないと思った天は雲雀の部屋を後にして、
201号室に住む学者の薫の部屋へ向かった。

(ヒバリさんの部屋は後に回そう)


201号室 望月薫の部屋

「ようこそいらっしゃいました。ささどうぞ、コーヒーをご馳走しますよ」

薫はそう言うと天を部屋に入れた。今日は熱い飲み物をよく飲む日だ。
通された部屋は本棚に囲まれた部屋だった。本棚には分厚い洋書が数多く並んでいる。
流石大学の准教授、国綱の部屋もそうだったが、天とは住んでる世界がまるで違う。
天が本棚を見ているとコーヒーを持ってきた薫が嬉しそうに語り出した。

「この部屋にあるのは全てスタンドに関する文献です。スタンド研究の第一人者、
ジョン・オリスター博士が書かれた素晴らしい著書の数々はスタンドという存在を……」


望月薫という男は語り出したら止まらない性分らしい。最初は本棚の書籍について
話していたのだが、次第にスタンドの概念について語り出し、スタンド能力の多種多様さ、
それが現代社会にどう影響を及ぼすか……といった小難しい講義が始まってしまった。
(まあこの手の長話は大学で慣れてるからいいけど)と話しを聞きながら天は思った。


講義の途中、天は聞いた。薫さんは今どんな研究をしているのかと。


薫は答えた。スタンドの『誕生』にまつわる研究です、と。


「藤鳥くん、スタンド使いは如何にしてスタンドを得たかご存知ですか?」

天は知らないと答えた。スタンド使いになったばかりの天に分かるはずもない。

「スタンド使いになる方法は様々です。生まれた時からスタンド使いだったり
強いスタンドを持つ親族の影響で力を得たり、ある分野を極めた方が発現する場合もあります。
特定の地域に立ち入ることでスタンドを手に入れる人もいますが、私の研究している分野は
それ以外の方法……即ち『人工的にスタンド使いを作り上げる』というものなのです」

天は管理人との面接のやりとりを思い出していた。親族に超能力者はいるか、アリゾナ砂漠で
遭難した経験……これらの質問は受験者がスタンド使いかどうかを判別する
質問だったのだろう。てゆうかアリゾナ砂漠にそんなパワースポットがあったのか。


しかしスタンド使いを『人工的に作る』とはどういうことだろうか。そもそもそんな事が可能なのか。
天は薫に聞くと、薫は別の部屋に消え、すぐに出てきた。その手には一対の
『弓』と『矢』が持たれていた。これは何かと天が聞くと薫は再び語りだした。


「この矢は地球に落ちてきた隕石を加工して作られたものです。とある財団から
研究のためお借りしたものですが、これこそ先程話した『人口的にスタンド使いを生む』
ことのできる代物なのです」


「この古めかしい矢がですか……?『矢』ということは、やはりこう……体に」

「その通りです、この矢に体を貫かれた者は『才能があれば』怪我は直ぐに治り、その後
スタンド能力を得る事が出来ます」

先週管理人が言っていた「矢で射られる」とはこういうことだったのかと天は思い返していた。
天は矢を眺めながら考える。隕石……宇宙から飛来してきた物を体内に入れると
超常的な力を得る。オカルトめいた力だと思っていたスタンドに実は宇宙の神秘が
大きく関わっていたとは。怪奇モノから一気にSFの分野に行ってしまったなと天は矢を眺め思った。

86 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/09/25(日) 02:22:55 ID:8/yk5AmY0
「ん?『素質があれば』ということは、もし素質の無い奴がコレで射られたら……」

「残念ながらその人は亡くなってしまうでしょう……現にこの矢は過去に多くの人の命を
奪っています。今から十数年前に……」

「ちょっと、そんな曰く付きの矢なんスかコレ!?怖い怖い!うっかり手で持っちゃった!」

先ほどまで素手で矢を持ちジロジロ見ていた天は顔を青くするとすぐさま矢を薫に返した。


「呪いの類は無いと思いますよ……それで僕の研究の話に戻りますが、具体的に言うと
『どんな人にでも100%スタンド能力を与えられる道具』の研究を進めています。
もっと言えば『スタンド使い製造機』を作るための研究です」

そこまで聞くと天は大きく咳き込んだ。あまりにもぶっ飛んだ話にコーヒーを思わず気管に入れてしまったようだ。
「スタンド使い製造機ぃ!?本気ですか薫サン、食品の製造みたく簡単に言ってますけど!?」

「本気ですとも藤鳥くん。この研究は世界規模の一大プロジェクトで、世界中から名のある
科学者が集っています。ここだけの話すでに試作機が完成していて、動物実験にも
成功しました。あとは人間を使っての実験を行うだけでしたが、あまり上手くいかなかった…
というより失敗しました。現在改良のため、弓と矢を調べてスタンド誕生のメカニズムの
更なる解明を進めている所です。……ああ、勿論実験失敗による死者は一切出ていませんよ?」

「動物実験に成功って……その動物はどうなったんスか、スタンド使いになったんでしょう?」


「ニャーン」
廊下から猫の鳴き声が聞こえて来た。ハート柄の首輪を着けた白猫・シャロンである。
シャロンは薫の足元に近寄るとゴロゴロと喉を鳴らして薫に擦り寄り甘え出した。

(もしかしてこの猫が?)

薫はシャロンを抱っこするとシャロンの頭を撫でる。

「野良猫だったこの子には才能があったのでしょう。中々面白い能力を得る事ができました。
実験後は僕が引き取り、経過の観察も兼ねて一緒に暮らしています。後は人体実験で
成功すれば完璧だったのですが……」

「上手く行かなかったんスよね?スタンド使いにはなれなかった……」

天がここまで言うと薫は首を横に振った。彼曰く、スタンドは被験者の体に確かに宿った。
しかし肝心のスタンドに難があり、数人の被験者全てに同じ傾向が見られたため、
開発は一旦白紙に戻し研究のしなおしとなったそうだ。


難があったとはどういうことですかと聞くと薫は「実際に見た方が早い」と言って
椅子に腰掛けた。その瞬間、薫の体から水色の透き通ったオーラのようなものが
沸き出て来るのが見える。
薫の言動から天は何となくだが状況を察することができた。


「……自分自身が実験体になったんスね……スタンドを持ってなかったんスか?」


「『どんな人にも平等に素晴らしい力を』がこの研究の合言葉でしたから
スタンド使いではない学者もあえてメンバーに入れられていました。
私なんかは元々スタンドの存在に否定的でした。高額の給金目当てに参加していたのです。
非スタンド使いの僕の元に実験の話が持ち込まれたのも計画の一部だったのでしょう。
失敗しても後遺症は無し、参加すれば多額のボーナスが出ると聞かされましたから
『出来るもんなら俺を超能力者にしてみろ』と半信半疑で実験に臨んだのです。
そんな私にもスタンドは与えられました……失敗作でしたが。完全な装置の開発には
まだまだ時間がかかりますけど、いつの日か藤鳥くんにも見せられるでしょう……出てきなさい、
『ロン』」

薫が声を掛けると、薫の膝元に一匹の子犬らしきスタンドが現れた。
子犬らしきというか、見た目はまんま可愛らしい子犬だ。

「ほォ〜ッ、愛くるしいワンちゃんスタンドッスね、よしよし」

天は薫の膝で気持ちよさそうにくつろぐ子犬の頭を撫でた。ロンは尻尾を振って
喜んでいる。まさに犬だなと実家に犬を飼っている天は思い、ロンに癒された。

「ああー可愛い。部屋にも一匹欲しいくらいだ……んでこの子はどんな呪いを?」

「キミはスタンド能力のことをそう呼ぶんですね……ハッキリ言うと『ありません』」

「……はい?」

「ロンにはスタンド能力と呼べる特別な力は無いんですよ……これが実験失敗と言われる
一番の理由です。被験者全員が私のような『スタンド能力を持たないスタンド』を
持ってしまったのです」

87 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/09/26(月) 02:21:19 ID:wq6fXtug0
「ダメじゃないッスか!」

「ええ、ダメです。スタンドの中には能力は持たずともパワーや速度に長けたスタンドや
遠くまで動かせるスタンドもいますが、実験で生まれたスタンドにはそれすらありません。
力は赤ちゃんにも劣り、動かせる範囲も1m程度と狭いです。
ロンは噛む力も全く無いんです、まさに可愛いだけの『無能力』なスタンドですよ。
強いていうならキャンキャン吼えるくらいでしょうか」

「本当にただの子犬のスタンドなんスね……」

薫は少し寂しそうに頷いた。いい思い出話のように語っているが、本心は悔しそうだ。
超能力者になれると謳っておいてこれでは救うに救えない話である。


薫は天からの粗品を受け取ると最後にお願いがありますと言い天に近づいてきた。
どうやら薫の参加している研究プロジェクトに協力してほしいようだ。

このプロジェクトでは『スタンド使い製造機』の他に、世界中のスタンド使いの情報を網羅した
データベースの開発も行っていて、天のスタンドの情報もその中に収めたいという。

「アパートの方々にも何人か協力をしてもらっています。といっても難しいことを
要求する訳ではありません……まずはスタンドを出してその姿を見せて欲しいのですが」

「相棒をッスか?どうぞどうぞ。研究のために役立てて下さい」

天がスタンドを出すと、薫は胸ポケットからデジタルカメラを取り出しパシャパシャと
スタンドを撮り始めた。藤鳥くんも一緒にどうぞと言われたのでスタンドの側で
適当なポーズをとる。「スタンドってカメラで撮れるんスか?」と聞くと、
これはスタンドを写せる特別なカメラで、研究の一環で発明されたものだという。
科学の力ってスゲー!と感心していると無事撮り終えたようで、次は天に三つほど
スタンドに関する質問をしたいと言ってきた。

「スタンドのお名前を聞かせてください。先程『アイボー』と呼んでいましたが」

「アイボー?……いやいや!それは仮に呼んでるだけで正式な名称ではありません!
てゆーかスタンドの名前か……そういえばあれから考えてなかったかも」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

話は一週間前に遡る



喫茶店Jackにて管理人と歓談をした夜のことである。
管理人曰く、スタンドは各々『名前』が付けられていて、天のスタンドにも
ぜひ名前を付けてあげてね。と自分のスタンドに命名をすることを薦められていた。

確かに管理人や匠のスタンドには洒落た名前があり、二人ともスタンドを出すときに
その名前で呼んでいた。他のスタンドにも同様に名前があるのだという。

「名前の付け方は人それぞれよ。見た目や能力にちなんだ名を付ける人もいれば
好きなバンドやアーティストの名前をそのままスタンド名にしちゃう人もいるの。
これから先、長い付き合いになる唯一無二の『相棒さん』なんだし、
適当な名前をつけちゃダメよ?」

「相棒ッスか……、まあ何も無いよりはずっとマシっすね。どんな名前にしようかな……」

「まあ期限とかは無いからじっくり考えて、素敵な名前をつけてあげてね」

『イイ名前ニシテクダサイネマスター。チュミミーン』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

88 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/10/02(日) 00:09:08 ID:kKvda4CQ0
『マスター結局名前付ケテクレマセンデシタネ。チュミミーン』

スタンドは怒ってた顔になっていた。少なくとも天にはそう見えた。仕方ないので苦笑いで
ごまかす天だったが、それでスタンドの顔が穏やかなものになるわけがなく。


名前が決定するまでの間、スタンドの事は仮称として『相棒』と呼ぶ事にしたのはいいが
天はその呼び名に満足してしまい、そのまま今日に至るまで正式な名を全く考えなかったのだ。

かといってスタンド名を『アイボー』と正式決定するのもどうかなと思っている。
このメカメカしい姿にその名は相応しくないだろうという考えがあるからだ。

(これは今日中に名前考えとかないとなァ〜)

薫はスタンド能力についても聞いてきた。だが天のスタンドはそれすら曖昧な物であった。
「触れた物をポンコツにする」とは言うのは簡単だが、具体的ではない。
天はスタンド使いとしての『経験』が足りていなかった。スタンドを行使したのは
イタズラしていた時と就活の時、それとアパートを訪れたあの日だけだったのだから。
スタンド使いを自覚してから1週間、天は自身のスタンドの事をまだ何も知らなかったのだ。


「名前が決まったらまたここに来て下さい」と薫に言われると、天は部屋を後にした。
次に向かったのは隣の例の悪ガキ、我修院の部屋だが国綱との約束もあるため
ドアや表札を軽くみた後部屋を通過した。


(しかし悪趣味な部屋だな)と天は思った。
まず入口の扉からして変だ。扉に黒い星が大きく描かれている。凄く怪しい。
何らかの怪しい宗教にでものめり込んでいるのではないかと勘ぐってしまう。
表札もおかしい。我修院の名字の横に大きく『ディザスター本部』と書かれてある。
親の会社か何かだろうか?だとすると扉の星は社章の類か?
疑問は尽きないが、国綱なら何か知っているかもしれないと思いながら最後の部屋、
黄頭という人の部屋に行ってみたが、生憎この人も留守のようだった。
この人に至っては素性も性別も名前の読み方も分からない。『きがしら』でいいのだろうか?
金魚みたいな名前だ。


留守中の人を除けば大体のアパートの住民の顔と名前は覚えることに成功した天は
粗品の補充と休憩を兼ねて一旦部屋に戻る事にした。

89 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/10/02(日) 00:30:03 ID:kKvda4CQ0
粗品は残り6つ。まだ渡していない人は管理人含めて5人。一つ余ってしまった。
残った一つは食堂のおばちゃんにあげようかと考えていたその時である。

ピンポーン
チャイムの音が部屋に響く。どうやら来客のようだ。
天は玄関まで行くとドアの覗き窓から来客の顔を確認した。が、天は
覗き窓の向こうの相手に見覚えが無かった。

年齢は天と同じくらいで長身、茶髪ショートヘアの女性でかなり肌の白い女性だ。
Tシャツにジーンズとかなりラフな格好だが、覗き窓越しでも美人だと分かる。

(…もしかしてアパートの方か?……ああ分かった。黄頭って人だな多分)

まだ顔も性別も分からない人は三人。その内一人は東京に行ってて不在だし
一人はまだ子供だと国綱が言っていた。ならば彼女は残る一人、206号室の黄頭さんという訳だ。
天がドアを開けると彼女はたどたどしい言葉で話し出した。

「あの、ここ、てんの、おうち?」

「……へ?は、はい。ここ、てんの、おうち」

彼女につられて天の言葉も少々たどたどしくなってしまう。
初対面の女性に名字ではなく名前で、しかも呼び捨てで呼ばれてしまった。
どこか幼い声というか、アニメの声優のような可愛らしい声に戸惑っていると
彼女は手に持っていたヘルメットを天に押し付けてきた。
よく見るとこれは雲雀のヘルメットだ。

「あれ?ヒバリさんのヘルメット……何で」

「あなた、かおるのへや、これ、わすれた。わたし、これ、かえす」

どうやら薫の部屋に行ったとき、うっかり置き忘れてしまったようだ。
天は女性に礼を言うが、一つ疑問が残る。なぜ黄頭さんが薫の部屋の忘れ物を
わざわざ持ってくるのだろうか?普通なら薫が持ってくるか
天に連絡を入れて部屋に取りにこさせるものだろうと天は思った。

「わざわざありがとうございます、黄頭さん……ですよね?」

「?わたし、そのひと、ちがう」

彼女は首を横に振った。どうやら天の思い違いだったようだが、だとしたら
この人は誰だという話になる。少なくとも薫とは親しい間柄だということは分かるが、
薫の部屋にはこんな人はいなかった。同居人がいるなんて話もなかった。

天が女性のことを聞こうとしたが、その前に女性は天の部屋を後にしようとしていた。

「ちょ、ちょっと貴方!せめてお名前を」

「……あ、そうだ。てんに、いいたいこと、ある」

女性は立ち止まると体を天の方へ向け、最後にこう言い放った。


「……あまり、かおるに、なれなれしく、しないで」


「……はぁっ!?」


先程の可愛らしい声とは違う、ドスの効いた声。
「言いたい事」を天にぶつけ満足したのか、女性は軽い足取りで部屋を後にした。
いきなり変な事を言われ呆然としていた天だったが、状況を理解すると
つい変な声を出してしまう。やはり薫の関係者、それもかなり親しい…というか
恋仲に近い間柄なのだろう。しかし異性ならともかく薫と同性の天に対して
その嫉妬のような捨て台詞は如何なものか。それに結局彼女の名前も聞けていない。

「待って下さい!俺は……っていない」

天は廊下に出て辺りを見渡すが、彼女の姿はどこにもなかった。
廊下には猫が一匹歩いているだけだった。
彼女が視界から消えてから数秒も経っていないのに、何処へ行ったのだろうか?
……幽霊の類だったのだろうか。先日、このアパートの悪い噂を咲良から聞かされていた天は
少し身震いをした。あまり信用しなくていい情報だと咲良は言っていたが、こうもハッキリと
目撃してしまうと昼間でも寒気を覚えてしまう。忘れ物を届けてくれる親切な霊だったが、
それでも気味が悪い。


(後で薫さんに教えなきゃな、アンタに惚れてる幽霊がいますよって)

90 名無しのスタンド使い :2016/10/14(金) 18:47:39 ID:9YnfDwOg0
ジョン・オリスターの名がここでもw
そしてまさかのロン!
住人達が個性的で魅力的で面白い!
乙です!

91 ◆PprwU3zDn2 :2016/10/14(金) 19:54:43 ID:Ep4YA5w20
>>90
ありがとうございます。
これからも変な住人達が登場しますのでお楽しみに。

92 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/10/14(金) 23:36:30 ID:Ep4YA5w20
「……ふぅ」

天はリビングに戻り、一息ついた。
中々に個性の強い面々が住んでいるアパートだなと天は先程までの事を思い返していた。
喫茶店の主・IT企業経営者・スタンド研究家・イカれた悪ガキ・元レディース・あと……幽霊?
スタンド使いというのは皆「ああ」なのか?と疑問に思うほど濃いメンツだ。
比較的まともそうなのは雲雀と子猫だが、天が知らないだけで彼女達も相当に
イカした人生を送っているのかもしれない。

「あの二人もとんでもない秘密を抱えててもおかしくないからなぁー、俺だけじゃね?
こんなに地味な人生送ってる住民って……よっと」

そうボヤきながら天はテレビの電源を入れた。画面の向こうでは厚化粧のアイドルが
お笑い芸人と他愛の無い会話を路上で繰り広げていた。旅番組のようだ。

「……休日はニュースやってないんだよなぁー、まあいっか、『ホタテさん』始まるまで
これでも見るか……おや」

ソファに座りテレビ画面をしばらくボーッと眺めていると、画面上段に<ニュース速報>の文字が
現れたことに気付く。何事かと思っているとニュースの詳細が流れてきた。


<K県Y市中央区でまた銃殺死体 連続銃撃事件の被害者であると警察発表>


「……おいおい、『また』このニュースか?これでもう20人くらい死んだろ?」

天は怪訝そうな顔をしてペットボトルのジュースを口に流し込んだ。
天のスマホに咲良からのメッセージが届いたのはその直後だった。


【咲良:ニュース見た?また『ガンマンK』よ!今度は門北の近くの町だって!】

どうやら咲良もこのニュースを今知ったらしい。天は咲良に返信した。

【天:今見た。『ガンマンK』この近くに来てるのか。冗談じゃあないぞ全く】

93 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/10/14(金) 23:37:28 ID:Ep4YA5w20
K県で一人目の『銃殺死体』が発見されたのは去年の暮れの事だ。
被害者は某中小企業の社長で、額には弾丸で撃たれたような丸い穴があった。当初は
暴力団絡みの事件として捜査が始まったが、その僅か2日後。同じ町で
同じく頭を撃たれた死体が発見されたのだ。しかも被害者は高校生だったこともあり
新聞やテレビで大きく報じられることとなった。しかし悲劇はこれで終わる事は無く、
それから1週間も経たない内に3人の死者が同じ町で見つかってしまう。

事件の起こった町は大パニックとなり、子供の外出を一切禁じ
登下校の際も親が送り迎えをする姿が多数見られた。
町から荷物を纏めて逃げ出す人が後を絶たなかったという話もあったほどだ。
だがこの町で新たな死者が出ることはなかった。
次の死体は隣町で発見されたからだ。犯人は次の獲物を探しに移動を始めたのだ。

それから年は明け3月現在―――
犯人は捕まることなく移動を続け、その道中・罪の無い人々を次々に弾丸の餌食にしていった。
その数、判明しているだけでも『21人』……いや、今入った速報で22人か。

いまや日本のニュース番組でこの事件の事が報じられない日は無かった。
K県では警察官による厳重警戒が敷かれていて、人の少ない天の実家周辺ですら
いたるところに警察官が配備されている有様であった。
(そんな中、門北は警官が一人もいないという有様だったのだが)

警察の捜査は難航していた……というより暗礁に乗り上げていたといっていいだろう。
犯人の手掛かりが全く無いのだ。まず誰も犯行の瞬間を見ていない。
事件は深夜の人通りの少ない路上・又は公園で起きていた。其処には監視カメラの類はなく、
カメラが設置された場所や警備中の警察官が居る所には決して現れない。
だが事件現場周辺の住民が銃声を聞いたと証言している。これが銃撃事件と呼ばれる由縁だ。
誰も犯人の顔を見ていない……人相はおろか、男か女かも未だに分かっていない。

証拠品も無かった。銃撃事件且つ頭部に穴が開いているのだから銃弾があるはずなのだが、
被害者の頭部からは銃弾の欠片さえ見つからないのも捜査を難航させる一端を担っていた。
弾丸さえ残っていればどの拳銃から撃たれたか特定することも可能なのだが、前述の通り
銃弾の破片すら体内から検出されなかった。
被害者から犯人を絞り込もうにも共通点は何一つなく、年齢・性別・職業……
何もかもがバラバラで、犯人を特定するには至らなかった。

犯人に繋がる証拠が何一つ見つからない。ネット上でもこの事件は常に話題に上っていた。

『ガンマンK』はそんなネットの海でどこからともなく湧いて出た「犯人を指す呼称」だ。

事件の犯人を神出鬼没、正体不明の『怪人』のように扱っていたネット界隈の住人は
初出不明のこの名称を直ぐに使い始め、今やマスコミ界隈でも使われ出している。
K県に出没する銃撃犯という意味の安直すぎるネーミングだが、ネット上の人々は
どういうわけかこのセンスの無い名称を気に入ってしまい、現在に至る。

そしてこの事件にはもう一つ、他の事件には無い奇妙な特徴があった。

94 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/10/18(火) 01:32:54 ID:y9zMyofM0
天はスマホを弄りニュースサイトにアクセスすると、事件の詳細が載ったページを見つけた。

(事件があったのは門北の隣町・釜戸(かまど)か……)

事件現場を確認すると今度は日本最大の匿名掲示板にアクセスした。
様々な話題の中からY市中央区の話題を扱うスレッドに行くと、案の定スレの話題は
この事件の事で持ちきりであった。天はスレを始めから読み始める。

【銃撃事件、今度は釜戸だってよ。俺ん家の近所じゃんオワタ\(^o^)/】

【Y市も物騒になったよなー俺も隣のK市に逃げるか】

【銃で20人以上死んだんだろ?K県マジ西部時代wwwww】


事件について様々な言葉が飛び交う中、ある書き込みを切欠に
スレの流れは妙な方向に行くことになる。



【俺の友達がこないだから『俺も頭撃たれた』と言って聞かないんだがこれは……】



【で、でたー!『エア被害者』!】

【続報が来る度に出て来るよなこいつらwww勝手に死んでろってのwww】

【ウチの中学でも同じ事言ってる奴いたよ、マジおかしいよなこの事件】

【↑リアル厨房乙】


事件が起こる度、被害者が増える度……
『自分も頭を銃で撃たれた』と名乗り出る者が後を絶たないのだ。

「自分が犯人かもしれない」という妄想に駆られて自首をしてしまう人間は
このような大きな事件では珍しいものでは無いが、自分が被害者だと名乗るケースは、
ましてや殺人事件の被害者だと言うのは非常に珍しく、それが一人や二人ではないとなると
いささか穏やかではなくなってくる。

『報告者』の大半はこのような匿名の掲示板やSNSで自分や友人等の被害を書き込むに留まり
ネット界の住民の笑い者になっているだけで済んでいるが、中には実際に警察や病院に
行ってしまう人も存在するようで、ニュースでも小さいながらも存在を取り上げられていた。


ネットユーザーは彼らを嘲笑と侮蔑の意味を込めて『エア被害者』と呼んで笑っていた。


【ニュースじゃずっとこの事件の話だからなー、夢でも見たんじゃないのそいつらw】

天はこの書き込みを見終わるとスマホの電源を消し、ソファに寝転がって目を静かに閉じた。


「……夢、か」

95 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/10/24(月) 00:57:16 ID:y3zZPXwY0
――1ヶ月前 2月下旬

「うーん……ハッ!?」

天が雀の囀りで目を覚ますと、そこは自室のベッド……ではなく、自宅の外、
玄関の扉の前だった。何故か外で眠っていた天の体は汗でグッショリと濡れ、
来ていた服をビショビショにしていた。2月の冷たい気温はそんな天を容赦無く冷やし、
その体を見事に風邪にしてみせた。天は思いきりクシャミをすると鼻水を啜った。

「……!?何で俺こんな所で寝てるんだ?それになんだ、あの変な『夢』は……?」

目が覚める前に見た夢は非常に不快な物であった。
公園で頭を銃で撃たれて、何故か犯人に褒められる……そんな夢だった。

夢で見た光景、聞いた音、撃たれた痛み……全てが妙に生々しく、目が覚めた今も
ハッキリと覚えている。天は頭を両手で触り、何処か怪我をしてないか確かめるが
穴が開いていたり血が大量に出ている様子はなくひとまずホッとした。
そうなると当面の問題は自身の体調の悪さだけになる。相変わらず頭は痛いが、
これは風邪と二日酔いによるもので、銃撃の痛みでは無い。
頭がフラフラとして気持ち悪い。どうやら熱もあるようだ。

「ハークショイ!!あーしんど……早く部屋に戻って寝よう」


鍵を開け家に入ると、リビングから母親が真っ青な顔をして出てきた。
母親は天の顔を見るなり心配そうな声で怒鳴った。

「ちょっと天!今まで何処ほっつき歩いてたんだい!?」

「どこって、家の前で酔い潰れてたんだよ。昨日飲み会だったから……」

「呑気だねえ!今ニュースで大騒ぎになってるっていうのにさ!」

「はぁ?ニュース?」

涙目でリビングの方向を指差す母親に誘われる形で天はリビングに向かった。
リビングでは天の父親が真剣な表情でテレビを見ていた。

「……帰ったか。無事でなによりだ」

「無事って大袈裟な……何か変だぞ二人とも?……ニュースってこれか」


画面には「K県でまた銃殺死体 銃撃事件の被害者か」とテロップが出ていた。
昨年から話題になっている「K県連続銃撃事件」である。

天はまたこの事件の話かと思いながら番組を眺めていた。
画面ではリポーターが現場近くの道路に立ち、事件の概要を説明していた。

異変に気付いたのはその時であった。


「あれ?ここって家の近くの公園じゃね?」


天は画面に映る場所に見覚えがあった。毎日最寄の駅へ向かう途中に通る道路、
その横にある小さな公園。ピンク色のカバの形をした滑り台がある、見慣れた風景が
テレビに映っていた。

「嘘だろ!?家の近くに来てたのかよコイツ……うええ」

「昨日お前が帰って来なくて心配してたらこのニュースだ。母さんかなり心配してたぞ?」

「そうだったのか……悪かったよ」

天が申し訳無さそうに頭を掻く。ニュースは事件の被害者について語られていた。

「殺されたのはY市の会社員・○○××さん30歳、犬の散歩中に被害に遭ったということで…」


寝る前の朝食を食べながら天は直前に見た夢について考えていた。
……そういえば夢の中で撃たれた場所もこの公園だった。
毎日みかける場所だから夢に出てきたのだろうけど、まさか現実世界でもこの公園で
撃たれた人がいるとは……。天は気味の悪い偶然だと頭を横に振った。


そう、ただの偶然だと否定したかった。天の脳内に沸いたある『邪念』を振り払いたかった。

96 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/11/06(日) 21:07:55 ID:exDqiRTU0
「○○さんか……この辺の人かな、親父知ってる?」

天はトーストと牛乳を口に入れながら父親に尋ねた。

「ああ……名前は知らなかったけど、顔写真見たらこの辺でよく見かける人だったよ。
確か別の番組で写真出てたな……ああ、これだ」

天の父親はリモコンを手にすると別のニュース番組に切り替えた。
何個かのニュースを伝えた後、再び銃撃事件について報じ出した。

「えー先程からお伝えしています通り、K県の連続銃撃事件で新たな被害者が出ました。
被害に遭ったのはY市に住む○○さん30歳……」

「……この人だ、よく犬の散歩をしている所を見かけるから……」

「!!!!!ゲホッ!ゲホゲホッ!」

「ど、どうした天!?牛乳が気管に入ったか!?」

父親の話は天の凄まじい咳の音と(食べ物を詰まらせたのか)胸をドンドンと叩く音で
掻き消された。


アナウンサーが被害者の名前を読み上げるのと同時に被害者の顔写真が画面に映る。
その顔は紛れも無く、夢の中で見たあの『死体の男』のモノであった。


「大丈夫か天、顔が真っ青だぞ」

「……外で寝てたから風邪ひいたっぽい、部屋で寝てるよ……」

天はそういうと、フラフラと自分の部屋に戻っていった。
両親はそんな天を心配そうにみつめていた。

「……どうしたのかしら天、急に様子が変になっちゃったけど」

「うむ……チャンネルを変えた途端にああなってしまった。何かとんでもないものを
見てしまったかのような、そんな顔だったが……?」



―天の部屋

天は部屋に戻るや否や、ベッドに飛び込み毛布に包まってしまった。
体は震え、歯はガチガチと音を鳴らしていた。

夢の中で見た光景。毎日見かける公園で、近くに住む人が銃で撃たれて死んでいる。

現実世界で起こった事件。毎日見かける公園で、近くに住む人が銃で撃たれて死んだ。

天の頭に浮かんだ邪念は確信に変わりつつあった。


【夢だと思っていたあの光景は、実際に天が目撃した『現実の出来事』である】


そんな邪念を無理矢理振り払うかのように、天はある言葉を念仏のように唱えた。

(あれは夢だあれは夢だあれは夢だあれは夢なんだ……)

97 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/11/07(月) 01:13:39 ID:nskFkaFA0
―現在 メゾン・ド・スタンド

(……そう、あれは夢のはずなんだ。現に俺は未だに『生きている』)

眼を閉じたまま、天は先月起きた事を振り返っていた。

夢で見た出来事が現実でも起きた。この事実は天を震え上がらせたが、
結局天はその事を誰にも言わないでいた。理由は複数あるが、色々考えた結果
『言っても無駄である』という結論に至ったから黙っていたのだ。

あの時見たことを警察に言おうかと考えたが、そもそも天は夢の中で
「犯人の姿」を見ていない……撃たれた時も犯人は天の背後にいたのだ。
あの中で得た犯人の手掛かりは男か女かも曖昧な言語不明の声だけ。
誰に、どんな銃で撃たれたのかも分からないのに何を話せばいいのだろうか?
警察は犯人の「姿」の目撃情報を求めていただろうから、性別もよく分からない声の情報等
必要としていないだろうと天は思ったのだ。

……いや、そもそも「あれはやはり夢で現実とは無関係」だと思いなおしたのも大きいだろう。
何せ「自分も拳銃で頭を撃たれてしまった」のだから。

本来ならば、頭を銃で撃たれれば藤鳥天という男はもうこの世にはいないはずである。
しかしどういう訳か夢でも死なず、現実でもこうして生きている訳で。
これがあの光景を夢だと決定付けるモノである。バカ正直に人に言えば笑われるのがオチだ。

それに、数時間後には天の目に化け物(スタンド)が映るという大問題が起き、
夢どころではなくなったのだが。(これが最大の理由なのかもしれない)


(あんな夢を見たのは俺だけだと思ってたけど、ネットには『頭を撃たれた』奴が何人もいる……
ネットじゃバカにされてるけど偶然とは思えない……どうも変だぜこの事件……
何かとてつもなく『ヤバい』予感がプンプンするぞ……クソッ)


そう考えながら次第に夢の世界へと行きかけていたその時である。

カコンという音が玄関からした。何事かと起き上がり玄関ドアの前まで行き辺りを調べると
ドアの郵便受けに一通の封筒が入っていることに気が付いた。取り出してみると……


封筒には星(★)を逆さにしたような絵と「ディザスター」の文字が書かれていた。

「……!あの悪ガキからだ!」

98 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/11/11(金) 00:16:16 ID:BPJEMbqI0
藤鳥天へ

お前は新入りのクセに偉そうだからぶっ潰してやる

日時と場所を指定しろ お前を倒して我が組織の名を皆に知らしめてやる

我は逃げも隠れもしない だが今日は忙しいからダメだ 別の日にしろ

出来れば火曜日と木曜日も避けてくれると良い その日は塾だ

Dizastar BOSSS 我修院骸


P.S. 天下原とかいう男が我らを疎ましがってると聞くから奴も誘うといい

一緒に潰してやろう 見た感じ弱そうだし



「なんだこれ。挑戦状のつもりか?」

天は封筒の中に入っていた安っぽい紙切れを眺めながら呆れた顔で呟いた。
まあ最初のぶっ潰し宣言はいい(偉そうにした覚えなど無いが)。だが後がダメだ。
日時をこちらで指定しろという割に結構予定入ってるし(中身も庶民的だ)、
弱そうだからという理由で国綱も誘えとか言ってるし、
そもそもディザスター(Disaster)のスペル違うしBOSSに至ってはSが一つ多いし……

「英語が苦手なんだろうなぁ骸って奴は……上等だよ、受けて立とうじゃあないの」

天は封筒をポケットにしまうと部屋を出て屋上へ向かった。屋上には国綱がいるはずである。
国綱にこの事を知らせ、共に対策を練らなければ。何せ相手はスタンド使い。
どんな手を使ってくるか本当に分からないのだから。


屋上

先週あったあの植木鉢の残骸は綺麗に無くなっていた。
代わりに現れたのは幾多の花が綺麗に咲く広い花壇だった。どうやら花達を花壇へ
移し変えたらしい。レンガが綺麗に積まれた花壇の側にはエプロンを着けた管理人と
シャベルを手に花を植えていた国綱がいた。

「ふぅ、これで『幻想花壇』の出来上がりッスよ真由美さん。いやぁ本当にキレイだ」

「レンガや土の買出しから花の移し変えまで、今日は朝から本当にありがとうね国綱くん!
貴方がいてくれて本当に大助かりよ」

どうやら国綱はこの花壇作りのために買い物をしていたようだ。
丁度作り終えた所のようだしと声を掛けようとした天だったが。

「い、いやぁ〜大したことしてないッスよぉ〜デヘヘヘヘ」

そこには管理人の言葉に顔を真っ赤に染め、デレデレとニヤけ体をくねらせる男・国綱がいた。

「そんなことないわ国綱くん!花の配置のアドバイスまでしてくれて本当に感謝してるわ!
今日は無理言ってごめんなさいね、お茶とお菓子あるから一緒に部屋で食べましょう」

「お菓子を!一緒に!いやぁまいったな、それじゃあお言葉に甘えてエヘヘヘヘ」

管理人のお誘いに国綱の顔は更に赤くなり、ニヤけ面もますますだらしなくなっていた。

「ははあん」
天は状況を察すると、国綱に声をかけることなく屋上を後にした。

国綱に関して天は少々疑問に思っていた。いくら家賃等がタダだからといって
IT企業を経営している(それも結構儲かってるらしい)人間が何故
あまり便利ではない町のアパートの一室なんかに住んでいるのだろうか?
何故もっと広く便利で立派な所に住まないのだろうか?と。

しかしこれで謎が解けた。要するに国綱は「惚れている」訳だ。アパートではなく管理人に。
あの二人がどうやって知り合ったのかは分からない。面接の時かそれより前か……
ともかく二人が親交を深める過程で国綱は管理人に心を奪われ、彼女の側にいたいが故に
このアパートにずっと住んでいるのではないか、と天は推測した。

(……二人きりの時間を邪魔しちゃ悪いし、時間を置いて出直すか)

99 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/11/12(土) 04:04:40 ID:OstJoRyE0
メゾン・ド・スタンド 敷地内

国綱と管理人のティータイムが終わるまでオーソンにでも行こうと思った天は
階段を降りるとアパートの外へ出た。空は赤く染まり、日が落ちようとしていた。
肉まんでも買うかと門の方を向くと、門の外から軽やかにスキップをしながら
アパートに入ってくる学校の制服を着た女の子を見つけた。あの特徴的な顔は覚えている。
先週色々とお世話になった少女、子猫だ。

子猫は上機嫌に歌を歌いながらこちらに向かってきていた。手にはスーパーに行ったのか
買い物袋を2つも持っていた。

「……ったかったかったかったかったかった♪…ってアレ?藤鳥さんだ!」

子猫は天に気付くと袋を地面に置き、軽快なスキップを踏みながら天に近づいた。
何事かと戸惑っている天に近づいた子猫は天の両手を握ると、そのまま
グルグルと回りだした。状況を全く把握できない天はただただ目を白黒させたまま
自分も回転させられるしかなかった。

「ほれ、藤鳥さんも歌え!かったかったかったかったかった♪」

「は、はあ?か、かったかったかったかった何だ何だ何だこの歌は?♪」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なるほど、弟くんの所属するサッカー部が今日の試合で『勝った』と」

「そう、それも決勝戦!しかも決勝点を決めたのがウチの弟なんだよ!
いやー姉としてこんなに誇らしいことはない!ウン」

あの後しばらく子猫とグルグル回っていた天は子猫の買い物袋を1つ持つと
子猫と一緒に地区センターへ向かった。天の目は少々回っていた。

子猫は今日の試合での弟の活躍を鼻息を荒くして語っていた。まるで自分の事のように、
本当に嬉しそうな顔で語る子猫を見て、仲の良い姉弟なんだなと天は思った。
二人の話題はサッカーの試合から次第に弟自身のことに変わっていた。


「へぇ、じゃあ今は弟と二人で暮らしてるんだ」

「そう。犬人(けんと)っていうんだけどね、元々一人暮らしをしてた私の部屋に
いきなり転がり込んできてな、おかげで部屋が狭くなったから管理人さんに頼んで
部屋を少し広くしてもらったんだ。二人で住んでもいいようにって」

「弟のために改修工事したのか?大胆なことをするねキミも管理人さんも……
ん?てことは弟くんも?」

「そう、スタンド使い。あの野郎、いつの間にかスタンドを身に付けやがってな、
一体どこで発現しやがったのやら……あ、いたいた」

地区センターの前まで歩いていくと、子猫は入口に立っている女性に声をかけた。
先程まで寝ていたと思われる雲雀である。

「おかえり子猫っち。頼まれてたポスターできたぞ、こんな感じでどうだ?」

「どれどれ……おおー格好いい!早速貼っちゃおう!」

雲雀から貰ったポスターを見た子猫はそれを地区センターの入口にセロテープで貼りつけた。
そこに書かれていたのは『祝☆白石犬人県大会優勝』の文字と、やたら少女漫画チックな
フランス貴族風美少年のイラストだった。

「……これが弟くんかい?」

「本物はこれより劣るがな。ああそうだ、今日は食堂の厨房を借りてカレー作るから
藤鳥さん達も食べてけよ。材料は沢山あるからな」

そう言うと子猫は持っていた買い物袋を高く掲げた。どうやら中身はカレーの材料のようだ。

「マジで?それじゃあご馳走になろうかな」

「食ってけ食ってけ!優勝祝いにリンゴとハチミツ入りのカレー振舞ってやんよ」

そう言って天から袋を貰うと子猫は上機嫌で食堂へ向かっていった。思わぬ形で夕飯にありつくことが出来た。
リンゴとハチミツってことはバー○ンドカレーかなと考えていると
横から雲雀が天に一枚のポスターを渡してきた。見ると昼食の時に貼ってあった
自分(美少年チック)のポスターだった。

「これやるよ。部屋にでも貼ったらどうだ?」
雲雀は満面の笑みでコレを指し出してくる。余程の自信作のようだ。

「自分の絵入りポスターなんて自室に貼れませんよ……そういえばこれ、ヒバリさん作でしたね」

「そうだよ、趣味でよく描いてるんだ。それは10分で描いた奴だけどなかなかの出来だろ?」

「いやぁ本当にお上手で……って10分スか!?こんな繊細な絵を、しかもカラーですよね!?」

「『速く』描くのは得意だからね!ちなみに犬人っちのポスターは5分で描いた」

「はぁっ!?」
天は入口のポスターを見直した。少女漫画特有の繊細な絵は自分の絵と殆ど変わらない。色もフルカラーだ。
これを5分で描いてしまうなんて……。天は昔見た「漫画を超高速で描く漫画家に密着した
ドキュメンタリー番組」を思い出していた。

(……確か岸辺露伴だったっけか、その時出てた漫画家の名前。どーでもいいけど)

100 粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2 :2016/11/24(木) 00:38:27 ID:ZQY8Rt5g0
地区センター内 食堂

雲雀と天は同じテーブルに座っていた。
天は先週借りたヘルメットについて、後で返しにいきますと雲雀に言ったのだが……

「え?あの時のヘルメット?いいよいいよ返さなくて!元々あげるつもりだったんだよ!
引越しのお祝いって奴?まあ取っといてよ、お近づきの印にさぁ!ウ〜イ」

雲雀はそう笑うと持っていたジョッキの中のビールを呷り、ジョッキを空にした。
アルコールが回ってるのか顔は赤く染まり、先程よりも陽気な声で喋っていた。

「そうッスか、じゃあヘルメットはありがたく頂きます……って大丈夫ッスか?
そんなに沢山飲んで?」

天は雲雀の前に置かれた5杯の空ジョッキを目にし、心配そうに雲雀に尋ねた。
しかし雲雀は既に6杯目のビール入りジョッキを手にして「へーきへーき!」と言いながらビールを口にしていた。
酒豪とは彼女の事を言うのだろうな思っていると、直ぐに6杯目の空のジョッキが
雲雀の前に置かれた。

「早ッ!?」と天が驚いている間に雲雀は7杯目のビールを食堂の冷蔵庫から
勝手に取り出していた。これは『酒豪』ではなく最早『酒乱』の域だ。

「やっぱカレーとビールって相性が良いと思うんだ!プハーッ!」
雲雀は満面の笑みでそう言うと、

「まだカレーできてねーよ!!!」
厨房から子猫の大声が聞こえて来た。



十数分後……
「うひゃーっ、美味そうな匂いッスねぇ!」

「優勝おめでとう!犬人くんが帰ってきたら盛大にお祝いしなきゃ!」

「ほう、優勝祝いはカレーですか。僕らもご馳走になっていいですか?」
「ニャーン」

食堂はカレーの良い匂いで満たされていた。この匂いに釣られたのか、アパートの住人が
ぞろぞろと食堂に入ってきた。

「おう食え食え!丁度出来上がった所だからな、ニャハハ」

厨房からカレーの乗った皿を両手に持った子猫が出てきた。
大きく切られた具が沢山入った、食べ応えのありそうなカレーだった。

食堂に入って来る住人を見ていた天は管理人とのティータイムを終えた国綱を
見つけると、手招きしてこちらへ来るよう国綱に促した。

国綱もそれに直ぐに気付いたらしく、管理人と一緒に天の居るテーブルに座った。


「……!とうとう来たッスねあの悪ガキからモグモグ!当然受けて立つッスよムシャムシャ!」

挑戦状のことを伝えると国綱はカレーを食べながら憤った。少々行儀が悪い。

「火曜と木曜がダメなら水曜会いに行ってやるッス!そこなら自分も時間あるッスから!」

「相変わらずねえ骸くんったら、ウフフ」

決戦の日時を水曜の朝に決めた天と国綱。それを隣で見ていた管理人はクスクスと
笑っていた。折角の機会だからと骸のスタンドの情報を聞き出そうとした天だったが、
管理人もどんな能力を持っているのかよく知らないらしい。
面接の時も頑なに能力について語るのを拒んでいたという。

「我修院くんは僕の研究にも一切協力してくれません。恐らく彼の能力は
誰も知らないでしょう。でも自分の能力を他人には絶対教えないという人は結構いますよ。
裏社会の人間など『味方がいつ敵になるか分からない人達』にとってスタンド能力は
『強力な武器』である一方、敵に知られれば死に繋がる『弱点』のようなものですから
よほど信頼している人間以外には秘密にするのです。我修院くんも
彼らに倣っているのでしょうね。形から入るタイプの人間ですからあの子は」

そう語るのは管理人の向かいに座っている薫。今夜は皆、天のいるテーブルに
集まっているようだ。恐らく子猫もこのテーブルにくるだろう。

「賑やかなのはいいけど私のカレーも食ってくれよ、冷めちまう」

厨房にいる子猫の言葉を聞いた天は目の前のカレーをスプーンで掬うと、
そのまま口に運んだ。

「どれどれ、いただきますっと……モグモグ」


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