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【オリスタ】FullBlackHabit 【SS】

1 名無しのスタンド使い :2015/03/09(月) 22:36:50 ID:d154izBE0
 初めに、断っておくことがいくつかあります。
 
□テーマは「部外者から見たジョースター家の姿」です。
 しかしジョースターの一族は主人公ではありません。争うのも関係のない奴らです。
とんでもない与太話がたくさん出てきますが、
 あくまでも噂話や適当な調査、推測に基づくものであり、事実とは限りません。
 

 □原作から老ジョセフ、静・ジョースター、徐倫の三名が登場します。
 うち静・ジョースターの青年期は原作で描写されないため、オリジナルとなります。
 三名とも物語には関わりますが、基本的に戦闘には距離を置き、スタンド・波紋は一切使用しません。
 あくまでもオリキャラとオリスタの攻防が中心となります。
 
□主な舞台は2020年のニューヨーク州南東部が中心です。
 また、特殊な設定として「徐倫逮捕後、ジョンガリ・A等の陰謀が上手く行かず、承太郎とSPW財団が脱獄を手伝わなかった」場合を描いています。
 これにより、1.プッチはメイドインヘブンを完成させておらず、そもそも脅威が認知されていません。
2.徐倫(28歳)は現在もフロリダの刑務所に収監中で、スタンド能力を得ておらず、精神的にも未熟なままです。
 3.つまり第六部の出来事の大半が起こっていません。
  
□ジョースター家とSPW財団が知っている「幼児のスタンド使い」が、静・ジョースターのみとなっています。
 マニッシュ・ボーイは認知されていません(緑色の赤ん坊は存在さえしていません)。
 花京院が誰にも伝えることなく死亡したか、DIO討伐後、財団が行方を追えなかったのかは想像にお任せします。
 
□最初の戦闘までがめっちゃくちゃ長いです。あと最初だけちょい古めな政治的話題が出てきますが、そのあとは特に出てきません。

2 d154izBE0 :2015/03/09(月) 22:38:32 ID:d154izBE0
1. アイゼンハワー記念公園にて
 
 時差ボケのせいで動き回るには体力が足りず、新聞が読めるほどの集中力もなかった。
 しかしジョセフ"ランドバロン"ジョースターとの面会まで、二時間近い暇があった。動きまわるには長すぎるし、昼寝をすれば確実に寝過ごしてしまうような時間。
 腹も空いていなかった。コーヒーは三十年間近く、毎日のように飲み続けたせいで、ついに一昨年、カフェイン中毒と診断され、それから飲むたびに吐くようになってしまっていた。
 
 正午過ぎ。天気は良好。無風。木々は真緑。日々の飯で五十ドルは使ってそうな金持ちがiPhoneを片手に、不細工なフレンチ・プードルを連れて公園の中を忙しなく歩きまわる。
 その辺のガムと犬のクソがへばり付いたアスファルトの上でさえ、夕方まで寝れそうなほど穏やかな昼下がりだったが、寝るわけにはいかなかった。
 芝と木……ではなく、このあたりの金持ち共の税金で造られたアイゼンハワー公園のベンチに座っているのは、別に心地がいいからでも興味があったからでもなかった。
 地下鉄で寝過ごし、目的地であるクソ忌々しいガーデンシティを幾らか通り越した時点で、何時間もの暇があったからで、さらに言えば、
 睡眠不足から来る吐き気をぶちまけるための茂みが近くにあって、二、三十メートル先で警察官と野次馬が小さな石碑を囲み、何やら騒ぎを起こしていたからでもある。
 
 だが何より好都合だったのは、同じベンチで女の子が、中華料理屋のメニュー表みたいな薄っぺらい本を読んでいたことだった。
 
 若くて綺麗な女の子だ。二十代くらいだろうか。褐色の肌だが……丸っこくて、扁平で、アニメみたいな可愛らしい顔立ちはアジア系のそれ、だろうか。
 ピンバッチだらけの、真っ黒で、ゆったりとしたジーンズ。ジャケットの下は際どめなチュートップが一枚だけ。
 いい匂いがした。長い髪の艶か、それとも押しつぶれた黒い胸から漂ってくるのだろうか……そうだといいのだが。
 とにもかくにも美人だ。だが美人だからといってガードが堅いというわけでもないだろう。露出度を考えれば、尚更だ。
 薄っぺらな本は頭の悪いティーン向けのラブロマンス? コミックにしては小さいか? 少なくとも、普段、俺が手に取るタイプの本ではない。
 
 いい状況だ。どのみち、今夜の予定をデートで埋められなかったとしても、会話さえできれば寝落ちずに済む。
 会話が出来なければ、この娘との「情事」の想像で興奮を保ち続け、二時間ばかり、空でも眺めているだけだ。

3 d154izBE0 :2015/03/09(月) 22:40:02 ID:d154izBE0
 そして俺は声をかける。ねえ君……とか、ヘイ、とか、適当に。勇気や作戦はいらない。取っ掛かりが失敗しようが、相手が反応し続ける限りは会話は続くのだ。
 なあなあ、随分と変な形の本を読んでるな。そういうの、最近流行ってるの?
 女の子が長い髪を後ろに流して、俺をちらりと横目で見る。アーモンド形の細い目。薄めの唇がニコリと笑う。ナイスだ。予想以上にヴェリー、ナイスなセクシーさだ。
 反応も悪くない。クソニューヨークのクソ高級住宅街でも、こんな若い子と夜を過ごせればクソ最高なんだが……。
 流行ってないですよ、と女の子は甘めな声で呟き、カバーの外れた本の表紙を見せる。
 
 『バベルの図書館 ボルヘス
    アメリカ編 ホーソーン 地球の大燔祭』
 
 お、おお……参った。クソ厳つい本だ。まともな教育を受けていれば誰でも名前だけは知っていて、実際には絶対に読まない、そんな作家の名前が二つもこびりついている。
 知ったかぶりもできるが……それを続けるのは無理だ。たぶん知ったかぶりをすれば突っ込まれるだけだろう。それだけでナンパ野郎を追い払えるのだから。
 
 あ、ああ……随分と立派な本だね。変な形をしているもんだから、冷蔵庫のマニュアルかと思ったよ。
 立派な本かどうかはわかりませんが、まあ……冷蔵庫のマニュアルよりかは立派かもしれませんね。
 立派だよ。いかにもブンガクってカンジだ。学生さんかい?
 ええ。大学生です。
 へえ、じゃあ、アタマがいいんだ。やっぱりブンガクを学んでるの?
 いえ、史学を勉強しています。
 ヴェリー、ナイスだ。どこともしれぬ野郎の与太を、無難な態度で付き合ってくれている。就職面接みたいな雰囲気でもあるが。寝るチャンスはなくとも会話は出来そうだ。
 ふうん。歴史か……どんなことを勉強してるの?
 ああいうのですよ。

4 d154izBE0 :2015/03/09(月) 22:40:54 ID:d154izBE0
 
 二、三十メートル先の小さな石碑は茶褐色で薄っぺらく、適当に石を積み上げただけのように見えた。陽に当たっているのに薄暗い。いかにも低予算なヘボい公共事業といった体だ。
 その周りを、「警告」が並んだ立入禁止ゾーンと、それを守る警察官と、警官に唾を吐き、どこともしらぬ言葉でわめき続ける連中がぐるりと囲んでいた。
 ああ、ああいうのね……なにアレ?
 知らないでこの辺にいたんですか。
 用事があってね、今朝、ロサンゼルスから飛行機で来たばかりなんだ。
 はあ、それなりに大きなニュースだったはずですけど……日本人の活動家が、石碑の文章を削ってしまったんですよ。
 ふうん。日本人が、ね。へぇ。それだけ?
 それを見つけた近隣住民の黒人夫婦が日本人に声を掛けて、大喧嘩になりました。まあ、言葉が通じなかったせいでしょうね。
 ……で、警官だった旦那さんの方が日本人を中東のテロリストと勘違いして、撃ち殺してしまいました。
 そりゃあ酷いな。それであんなウルサいことになってるのか。
 いや、殺人云々はあまり関係ないですね。この辺りの人たちは、外国人が殺されたくらいでは見物に来ませんから。あれは石碑を削ったせいです。
 そんなに大事な石碑だったのか。あの小さいのがねえ。アイゼンハワーの石碑?
 外国人慰安婦の石碑です。それで今、韓国とか北朝鮮とか、ポリネシア諸島の民族主義の人たちとか、あとオランダ人とかかな? とにかく活動家が詰めかけているんです。
 
 注視すれば、警察の声が大きくなるたびに、野次馬たちはより声を張り上げる、といった小競り合いが少しずつ激しさを増しているように思えた。
 ふうん、じゃあ、君も活動家なのか。
 えっ?
 君はアジア系だろ、と俺は言う。人種差別的に聞こえないように、出来るだけ冗談に聞こえるように。そう見えたんだけど、違うかな?
 えっと、はは、確かにアジア系かもしれませんけど……私は根っからのニューヨーカーですよ。近代史が専門なので、ちょっと様子見に来ているだけです。
 
 迷うところだ。この可愛い娘が俺のアバンチュールの相手役となってくれることに賭けるか、それとも興味のない事件のご高説で眠気を誤魔化すか。
 だが迷っているだけで、実際は殆ど選択肢などない。この娘は見た目より賢くて堅そうな感じだ。近代史なんて立派な単語まで使う。どこぞの馬の骨には靡く可能性なんて……。
 なあ、学者先生、もうちょっと詳しく教えてくれない? 俺、あまり教養がなくてさ、何がなんだかさっぱりだ。
 えっ……。
 嫌なら別にいいんだけどさ。
 嫌じゃあないですけど……本気で言ってます?
 本気も本気だよ。勉強熱心だからね。

5 d154izBE0 :2015/03/09(月) 22:42:18 ID:d154izBE0
 
 女の子は少し考えるそぶりをしたあとで、ゆっくりと話し始めた。甘ったるく、眠気を誘うような……。
 ううん……とりあえず全体をざっくり話してしまうと、第二次世界大戦中に日本は外国人女性を性奴隷化していなかった、って考えている日本人が、あの像を壊したって話です。
 ふうん。使ってないの?
 えっと、はは、まあ、どうでしょうね。東洋の神秘的な力のどうこうで代用していたのかもしれませんけど、一定数の性奴隷を使っていた、というのが一般的な見解です。
 一般的な見解、ねえ……真実よりも真実っぽいカンジだな。じゃあ、日本人が嘘吐いてるってわけだ?
 ええと、そうともいえるし、そうともいえないんですけどね……。
 煮え切らないね?
 
 それは、そうですよ……どんな「事実」にも「異なる側面」がありますからね……。
 それに、極端な話、何が真実で何が嘘かなんていうのは、私にとっては、あまり重要じゃないんです。歴史は過去のことなので、確かめようもない部分もありますし……。
 重要なのは、真実や嘘が、どのように語られたのか……どうして現れたのか、そしてどうなったのか……。
 そういうところじゃないですか? 「事実の異なる側面」の探求こそ、文系学問の真髄ですよ。それが私の仕事なんです。
 
 ……「事実と異なる側面」かあ、カッコいいね。で、あれの「異なる側面」って?
 何年か前から、日本政府は「政府」や「軍」としては性奴隷の運用はともかく、徴用に関わってはいなかった、という見解を前面に押し出すようになりました。
 ああ、なるほど。政府主体じゃなくて「民間」がやった、ってことにしたわけだ、と俺が言うと、女の子は訝しげな顔を向けた。
 ……知らないんじゃありませんでした?
 いやいや! そりゃなあんも知らないさ。日本のことなんてな。このまあるい地球のどこにあるのかもしらんよ。
 ただ、仕事の関係でね、「何々」としては関わっていなかった、って言葉はよく聞くのさ。下請けに責任を押し付ける時の定型句だな。
 なるほど。まあ……あなたの言う通りで、外地から売春婦を徴用するメソッドを持っていなかった日本は、民間を利用していたんです。
 ポン引きみたいなものか?
 そうですね。具体的には、ヤクザとか。それから……各現地の業者もです。特に韓国では、既に現地の女性を性奴隷として活用できる団体がいましたから……。
 ……自分の国の女を売ったのか? 韓国人が?
 「自分の国の女」という概念があったのかは疑問ですが、そうですね。当時の――そして今でも少しだけ――韓国は女性を人間として扱っていませんでしたから。
 別に珍しい話ではありませんよ。何千年も遡れる伝統でもありますからね。特に貧しい地域なら、妻や娘を売ってしまえば、それなりの纏まったお金になるわけですし……。
 なるほど。ということは、あの石碑っていうのは……韓国から日本への責任転嫁?
 あはは、それは違いますよ。仮に一部を韓国の民間が受け持っていたとしても、発注主は間違いなく日本です……そもそも性奴隷化の被害にあったのは韓国だけではないですし。
 じゃあ、いったい何が問題なんだ? 誰が悪い?
 
 うーん、問題……誰が悪いのか……ですか。たいして重要なことではありませんが……あえて言うなら……「負の遺産」の受け継ぎ方の問題ですね。
 
 「負の遺産」? 何が?
 もちろん「歴史」ですよ……人間が次の世代に遺せるものは、モノやカネだけではありません……例えば「教育」がそうでしょう?
 でも「教育」とか「愛情」のような良いモノばかりが受け継がれていくわけでもないですよね。「しがらみ」「恨み」「トラウマ」「偏見」……それから「宿命」。
 日本は、かつての帝国から「遺産」だけではなく、「負の遺産」を受け継ぎ、それの扱いに困り、何もなかったことにしようとしている……あそこに集まっている人たちもそうです。
 もちろん、簡単に「負の遺産」が消えるはずもありませんが……。
 もしも消えたとしたら、両方の国に虐げられた女性たちも、「負の遺産」として、どこか暗い闇へ消えていくんでしょうね……。
 
 ふうん……なんだか先行きの暗い話だなあ。
 そうですね。ただ、誰にだって、忘れたい過去とか、やり直したい過ちとか、扱いに困る問題の一つや二つは、あるものでしょう?
 誰もが上手に……恨み辛みのたまった「遺産」を使えるわけでもありませんからね、と褐色の彼女は手早く荷物を纏めると、ベンチから立ち上がる。
 俺は高く高く空へ登っていく彼女の横顔を見ている……細長く見える肢体から滲む、大理石の柱のような力強さも。

6 d154izBE0 :2015/03/09(月) 22:46:41 ID:d154izBE0
 
 彼女の全身を視界に入れようとすると、世界の尺度が狂い始める。180? 190センチ? 2メートルあるかもしれない。とにかくデカい。
 その途端に、腕や手足も突然に太くなったように見える。腹筋も見事に割れている。バランスの都合で細く締まって見えるだけで……ダイエット程度の鍛え方ではないのは明らかだ。
 君……随分とデカいんだな! 一緒に座ってたのに、気付かなかったよ。
 よく言われますよ。最近、190センチを越えました。もう2、3センチは欲しいところですが……。
 190! 相当だね……と俺は彼女の胸元を見る。190だぞ! ハグをすりゃ、ちょうど胸の所に顔が来るじゃないか! なんてロマンチックな……。
 お祈りしなくたって、神様の顔が拝めそうなくらいデカいな。どうしたらそんなにデカくなれるんだ?
 さあ、どうでしょうね。栄養抜群の食事と、十分な睡眠と、適度な運動と……運じゃないですかね?
 
 それじゃあ、失礼します。この騒動も、これ以上は大きくならなそうですし……大学に戻って、やることもありますから。
 おお、そうか、なんだかすまないね。こんな野郎の話に付き合わせてしまって。と、俺は心のなかで舌打ちをする。
 寝れることまで期待はしていなかったが、あと三十分は潰したいところだし、何なら夜にでも暇があれば……。
 いえいえ。あ、そうだ。私は『スージー』です。あなたのお名前は?
 俺? ああ、俺の名前か……俺は……。

7 d154izBE0 :2015/03/09(月) 22:54:03 ID:d154izBE0

 ……というところで「1」はここまで。今見直すとへんな表現もありましたね。頑張りましょう。
 ここからは「1」の註釈です。読み飛ばして「2」へ行って結構。


 ・アイゼンハワー記念公園
  ニューヨーク州ナッソー郡にある大きな公園。軍人や愛国者にはちょっとした人気スポットだが、ただの市民公園。
  日本では「聖なる場所」とする誤報もあったが、せいぜいハチ公像くらいの神聖さである。アイゼンハワーの名を冠した、金持ちが通うゴルフコースも近くにある。
  さて、アイゼンハワーは第二次世界大戦の英雄にして、34代大統領。日本では嫌われ者のトルーマンと人気者のケネディに挟まれているせいで、知名度がいまひとつない。
  コナー、マッカーサー、マーシャルといった有能な(マッカーサーは別)軍人に師事する中で、外交とリーダーシップの才能を開花させ、ノルマンディー上陸作戦を成功させた人物。
  大統領時代はパッとしない、とされることが多い。しかし、高速道路の共通規格、インターステイト・ハイウェイの建設などの重要な業績がある。
  アメリカ国内の物流の大半はハイウェイを走る大型トラックによるものなので、現在のアメリカの物的繁栄の基礎は、彼の事業にあると言ってもいい。
 
 ・ガーデンシティ
  日本語では「田園都市」と訳され知られている。田畑のある田舎ではない。
  19世紀のイギリス都市、具体的には産業時代以降のロンドンの状況(遠距離通勤が基本、高密集高人口、劣悪な環境、高い家賃と失業率)を反例として、
  職場と住居の近接、低密集、自然が多く、賃貸による低家賃と低人口を目指した都市群のこと。
  実態としては、美麗な環境があるだけのベットタウンや、高級住宅街がガーデンシティを名乗ることが多い。このナッソーのガーデンシティもそう。
  アメリカには同名の都市が山ほどあるし、ニューヨーク内だけでも、もう一つある。
 
 ・バベルの図書館
  アルゼンチンの作家で、幻想文学の名手、ボルヘスの短編小説。
  ……ではなく、その短編小説の舞台である架空の図書館の収蔵書、という体でボルヘスが編纂した、各国各地域別の名作短篇アンソロジー。
  ホーソーンはアメリカ文学の創始者である偉大な作家だが、生半可な読者をはね退ける迷宮じみた作品が多い。代表作は「緋文字」と「ウェイクフィールド」。
  普通、ホーソーンの読者はナンパの相手には適さない。ライトノベルに出てくるようなフィクション風テンプレ文学少女でさえ義務的に読むような作家だ。
 「地球の大燔祭」は世界中の遺物(流行の衣服から兵器、酒や煙草、歴史的資料や本、習慣や伝統や過去etc)を全て「世界の中心の大平原」に集めて燃やしてしまう、という話。
 
 『「心」、「心」そこにあるのは微々たる球体だが、しかし無限の球体なのだ。そして「心」のなかにこそ原初の悪が存在し、外の世界の罪や悲惨さなど単なるその類型に過ぎない』
 
 ・石碑
  日本で少しだけ(そして"愛国者"たちの間で大いに)話題になった「慰安婦(性奴隷)の碑」のこと。
  拗れまくりな概要は本文にある通り。しかし、"彼女"が話していないことはたくさんある。書籍はたくさんあるので、自分で勉強するのもいいだろう。
  ただ、資料が多すぎるのも困りもの。(日本語で読める)慰安婦問題の古典である秦郁彦の著作でさえ問題や難点や盲点は多く、全貌や理解に辿り着くのは難しい。
  個人的には、あまり触れられることのない第二次世界大戦とヤクザの関係から辿ることをオススメする。日本の大戦期は、ヤクザの時代の始まりでもある。
  ただし、「しがらみ」や「謎」を解くのは公文書でも統計でも証言でも資料でもなく、人間であることを忘れないように。
  さて、石碑がアイゼンハワー公園に建てられた経緯は謎だが、妥当性については色々と考えられる。
  アイゼンハワーは朝鮮/ベトナム戦争時代の大統領だとか、彼の指揮したノルマンディー作戦の際、アメリカ人がフランス人を「慰安婦(としている)」として扱ったから……とか。
  いずれにせよ、戦争の苦さを噛み尽くし、改善に努めたアイゼンハワーのことなので、こうした"冷水"自体は険しい顔をしながらも受け入れるのではないだろうか。

8 d154izBE0 :2015/03/09(月) 22:54:49 ID:d154izBE0

 ・ニューヨーカー
  ニューヨークに住んでいる人のこと。
  ……というわけではなく、「アメリカ人」でも「アジア系」でもなく「ニューヨークに住んでいる人」であるということ。大きな主語を嫌った表現。
  アメリカやイギリスのような連邦制国家で、愛国心(ナショナリズム)と郷土愛(パトリオティズム)を別けて考える地域では、こうしたアイデンティティの表明が多い。
  アメリカのような多様な地勢や人種、四千万人を超える移民で構成されているので、「我が国」や「我が国民」という大きな枠は意味不明なのだ。
 (実のところ日本も風土は豊かで、人種にしても琉球民族やアイヌがいて、茨城県民と東京都民とでは同じ「関東人」とさえ言えないのが実情なのだが)
  基本的に「アメリカ人(の誇り)」を口にするのは田舎者(アメリカの大部分は本当に田舎なのだが)か、戦争やスポーツ、政治などのイベントサポーターだと考えた方がい。 
 
 ・性奴隷
  特にヨーロッパの流れを組む軍事において「慰安婦」と「性奴隷」は明確に区別される(ことがわからないと混乱する)。
  どちらにせよ「使う」とかセクハラじみたことを言ってはいけない。このヨーロッパ発の従軍慰安婦のメソッドと国際的な規約が慰安婦問題をわかりにくくしている。
  ざっくばらんに言えば、ほぼ陸続きで文化的に親しい国同士、政府主体で女性を融通したヨーロッパ式の従軍慰安婦を、
  海を挟んでいるうえに交流も浅い侵略したての隣国や遠方の国で民間任せでやったら大問題になった、というだけの話なのだが。
  ちなみに、そのアメリカも上記のノルマンディー作戦や朝鮮戦争、そして韓国と共に、ベトナム戦争で日本と同じ過ちを犯すことになる。
 「距離」は人間の思いやりを蝕むものだ。唯一の救いは「引かれ合う力」だが……。
 
 ・東洋の神秘的な力
  今でも(そして2020年もきっと)オリエント=東方は神秘的な力に満ち溢れた奇妙で後進的なテンプレを通して見られている。ジョジョ本編とも無関係ではない話だ。
  文学では「カモメのジョナサン」がわかりやすい。中国人っぽい名前のカモメがジョナサンの「師(グル)」となって、彼に神秘的な超能力を与えるのである。
  東洋の神秘的な力と性愛の関係でいえば、欧米圏では道教の房中術が有名で、現代思想や精神医学にも多大な影響を与えている。その極意は要約すると「イクな」である。
  では日本ではどうかといえば、道教の人気や知名度が低いので、ヒンドゥー教のカーマ・スートラがつとに有名だ。
 
 ・どこにあるのかもしらんよ
  "彼"は嘘を吐いているだけかもしれないが、日本がどこにあるのか、どころか、自分がこの地球上のどこにいるのかさえ知らない人間が、世界にはたくさんいる。
  筆者も今だに関東以外の地理がよくわからない。大学に入るまでは、韓国がどこにあるのかも知らなかったのだ。北朝鮮や中国や台湾の場所は知ってたのに……。
 
 ・何千年も遡れる伝統
 「男尊女卑」は主に慣習的な問題(つまりそういう制度の国家ばかりが巨大化したから)で「女尊男卑」よりも根深い現代の大問題だ。既にナプキンの取り方は決定している。
  有名な例だと古代ギリシア。ギリシア男性の多くは女性を同じ人間と見做さなかったので、恋愛は男性同士で「した」のだ。で、女性はといえば産むペットみたいなもの。
  こうした問題は現代世界でもジェンダー・ジェノサイドという形で生き残っており、「女として生まれた」というだけで毎年百万人以上の幼児が「行方不明」になっている。
  で、儒教文化の根強い韓国の話をすると(李氏朝鮮時代より改善したが)現在でもOEDC加盟国の中ではダントツの女性差別国家で、男女の経済格差は40%近くのワースト一位。
  差別の少ない日本に産まれてよかった、と思うかもしれないが、実は日本の男女経済格差はワースト二位で、一位との差は微々たるものだ。
ちなみに経済格差ベスト一位はハンガリーで、その格差は10パーセント以下。女性の方が男性よりも優位な事例はイタリアの富裕層のみで、その差は4%。

9 d154izBE0 :2015/03/10(火) 00:38:59 ID:NqxraH260

2. ジョニー"リザード"オブライエン二世
 

 俺は考える。ちょっとでも心に隙間が出来ると、余計なことを考えてしまう。病気みたいなものだ。
 小さい頃からいつもそうだった。英語の時間に数学のことを考え、喧嘩が始まれば晩のテレビドラマについて考え、
 自動車を運転している時に女のことを考え、親父が死んだ時は、もうずっと前に死んだ母親のことを考えていた。
 心に隙間があれば、いつも何かを考えていた。いつも、その時に考える必要のないことばかりを。
 
 俺はジョニー"リザード"オブライエン二世。
 53歳で独身ジジイ。服はカルバン&クライン。腕時計はハリー&ウィンストン。銀行の防犯アドバイザーだ。
 日給二十五ドルで突っ立ってる銀行警備員ではない。銀行員でもない。経済についてはデリバティブが何なのかをギリギリ知っている程度だ。
 カリフォルニアの若手成金(俺より二十も三十も若い奴ら)の財務状況と、そいつらのカネの脅威になりそうなシステムの欠陥や、人物の調査で飯を喰っている。
 だから、宇宙を少しずつ汚染しながら暮らしているように感じる瞬間がある。
 たまに、自分の銀行からカネを少々盗む。影のように真っ黒なカネだ。持ち主が盗まれたことに気付いても、気付いていないフリをするしかないカネ。
 そしてカネの殆どはホームレスが近くにいないという理由だけで値の張る高級マンションのローンと、ハードコア・ポルノの請求書の山に消える。コカインは少しだけ。
 ずっと独身だし、結婚なんて考えたこともないが、路上に溢れる綺麗な売春婦たちのお陰で孤独ではない。
 もしも死ぬなら、愛車のダットサンで地球のカマを掘って死にたいと思っている。
 ……まあ、そんなところだ。
 それから、俺はトカゲ(リザード)じゃない。

10 d154izBE0 :2015/03/10(火) 00:40:16 ID:NqxraH260

煙草が親父の肺細胞を一つ残らず殺した時、俺は15歳で、43度の高熱を出した。体中の細胞がジワジワと焼けていく臭いがわかるほどだった。
 死ぬのかと思ったものだ。16歳になることよりもずっと恐ろしかった。
 医者は最後まで、原因がわからないといった。
 何事もなく治った時も、医者は原因がわからないといった。インフルエンザの亜種か何かじゃないか、と言い換えもしたが、要するにわからないということだ。
 両親が死んで天涯孤独の身となった俺の行く末も、高額な治療費をどこから捻出すればいいのかもわからないといった。
 俺だけに見える"幽霊"についても、わからないと言った。つまり、俺のことは、俺にしかわからないということだ。
 
 熱で倒れている間、俺は朦朧としながら、二日間もの間、病床で自分のちんぽこ(リザード)をイジってたらしい。
 見舞いにきた友人たちは、生死の縁でシコり続ける俺を見て、俺を"リザード"と呼んだ。
 人間に限らず、男は死ぬ段になると射精するという。最後の一絞りだ。しかし俺はといえば、緩い速度でいつまでもちんぽこをイジリ続けていた。
 なぜ? 医者はわからないと言った。もしかしたら、オナニーが君を原因不明の病から救ったのかもしれないな。
 親父の肺癌、俺の病、性のリズムとエネルギーの流れ。意味不明なことばかりな人生の中で、俺が唯一納得できたことだ。オナニーがすべての鍵だったのかもしれない。
 
 俺は、ちんぽこをイジっている間に特別な人間になった。
 だから、友人は幾らかいなくなったが、俺は"リザード"という呼び名が嫌いじゃない。

11 d154izBE0 :2015/03/10(火) 00:48:40 ID:NqxraH260
 
 はっ、"ちんぽこ"とは、大した愛称じゃのう。
 ジョセフ"ランドバロン"ジョースターの銀色の義手が、ショットグラスを二つ、器用に摘み上げる。
 そして俺の心を読む。そうした特技を隠そうともしない。フェア精神な持ち主なのか、バレても気にしないのか、面白がっているのか、それは図りかねる。
 社交界のちょっとした……。
 社交界のちょっとした魔術師になろうとしているのかもしれない?
 ……魔術師になろうとして……ああ、クソ。
 ランドバロンは伸びすぎた真っ白い顎鬚を撫でながら、俺に好機の目を向ける。なあにが社交界の魔術師なんじゃか。お前は口より心の方が雄弁じゃのう?
 
 ナッソーは全体として、昼間から多忙と貧困と野良犬で渋滞していたが、"ランドバロン"の住むガーデンシティの豪邸と、その立派な大窓は、喧騒を一つも通していなかった。
 銀色の柱、緑の絨毯と紫の壁紙、純白の家具、シャンデリア、大型のレコードプレイヤーにデカいステレオ、コミックのコレクション、ビリヤード台……。
 絵に描いたようなセレブの生活というやつだ。住む場所を探すことにすら苦労する奴にとっては。
 
 その男は御年ぴったり百歳。いまでも二本の脚で散歩し、義手の痛みを気にかけ、老眼でカートゥーンを眺め、酒と煙草を嗜み、自分の領土を持っている。
 ジョセフ"ランドバロン"ジョースター。ニューヨークの不動産王。ジョースターの帝国の実質的な支配者。
 合衆国の金持ちでは例外的に精力に欠けるところがある。名簿上の唯一の実子は日本のクージョウ家へ。
 そのクージョウ家の人間も大概は一男あるいは一女で血を継ぎ続け、彼の曾孫にしておそらく最後のジョースターであるジョリーンは、フロリダの刑務所で懲役十五年を喰らっている。
 他には養女が一人。愛人は一人いたが関係は長続きせず、その愛人との子どもは非認知のまま。妻をずいぶん前に亡くしているが、新しい女の影は見当たらない。
 だがその眼は確かに、世界の中心地、合衆国の経済を担う男のものだ。
 
 俺は"ランドバロン"の緑色の眼に映る俺を見る。グリースで寝ぐせを固めた短い髪、"ランドバロン"の金庫からくすねたカネで買った眼鏡と、白に近い灰色のスーツ、
 時差ボケが滲み出る、犬のクソのように不健康な顔色のせいで若作りは台無しだ。

12 d154izBE0 :2015/03/10(火) 00:49:27 ID:NqxraH260
 
 すまんの、本来ならこちらから出向くのが筋というものだが、ニューヨークからカリフォルニアまで飛行機はちょっとなあ、事情がなあ。
 飛行機が落ちるのを気にしているなら、仕方ないでしょう。
 ほお、君も心が読めるのかね。
 あんたじゃあるまいし、と俺は思うが、口には出さなかった。
 だが口に出さないというだけで、思ったことはすべて"ランドバロン"に筒抜けになっているのだろう。

 読唇術ならぬ読心術。噂では、かつて第二次大戦中のイギリスが、ナチのオカルト戦術に対抗するイギリス流のオカルトとして研究していたものだとか……。
 資本家が得てして持つ異様な能力のひとつでもあるが……この老人に限れば、この手の如何わしいオカルト術をいくつ持っていることやら……。
 
 ま、それはともかく、俺は言う。あなたの飛行機嫌いは有名でしょう。調べただけです。金持ちの素行を調べるのが俺の仕事ですから。
 特に……雇い主がナチと関わりがある場合とか。

13 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:00:37 ID:NqxraH260
 
 実を言えば、"ランドバロン"の経歴については、かなりのところまで調べがついていた――というか、真偽がわからなくなるほどに、参照可能な情報に溢れていた。
 合衆国の主要な資本家の中でも、この英国移民、ジョセフ"ランドバロン"ジョースターが、とりわけユニークな影を持つ人物であることは間違いない。
 
 父・ジョージ二世はイギリス空軍の戦闘機乗りだったが、事故で死亡。その直後に、彼の上官である空軍司令官が母・エリザベスによって殺害されている。
 1921年。"ランドバロン"は一歳に満たなかった。エリザベスはいまだに逮捕されていない。動機も不明なままだ。
 父親の「事故」も不明な点が多く、エリザベスの犯行を疑う報道が大多数を占めていた――少数派は、女性特有の「ヒステリー」にスポットを当てていた。
 
 だが、何より重要なのは、エリザベスによる殺人事件と、台頭前夜のナチスとの関連を疑う声が多かったことだ。当時の世相を考えれば、とびきりの大きなニュースだったに違いない。
 名前ばかりで財産のない貴族が、その名前すら失うほどのニュースに。
 
 1938年。ミュンヘン会談の直後に、十九歳の"ランドバロン"は祖母と共にイギリスから合衆国へ渡る。正式な移住は後になるが、時期や経緯を見れば亡命と考えてもいいだろう。
 大手NGO団体に名を残し、第二次世界大戦にも奇妙な影を落とすことになる、アメリカの石油王ロバート・E・O・スピードワゴン氏の手引であることは明白だった。
 "ランドバロン"の祖母・エリナとの恋人関係を噂されていたスピードワゴン氏は、たびたびメディアを通じてジョースター家を擁護していたし、財政援助も繰り返している。
 結果的に、ジョースター家は第二次世界大戦の災禍から免れることになるが、"ランドバロン"がそれを望んでいたのかはわからない。
 というのも、合衆国への正式な移住後、"ランドバロン"は度々戦地を訪れるようになる――ただし、ナチスの占領地帯ばかりであるが。
 
 英国のスパイだったのか、それともナチスのスパイだったのか? そのどちらでもないのか?
 間違いなく言えることは(時期は不明だが)"ランドバロン"が特殊な諜報術を幾つか身につけていたことだ。

14 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:06:39 ID:NqxraH260

 移住前夜の"ランドバロン"の動向や、その特殊な性質の幾つかについて、かなりの点で信憑性のある情報があった。
 
 二度の大戦に渡り、英国は発展途上にあった心理学とオカルティズムを掛けわせた特殊な諜報・工作技術を研究していた。
 その主要研究部門は、PISCES(降伏促進のための心理学的情報戦計画 Psychological Intelligence SChemes for Expediting Surrender)と呼ばれている。
 
 スピードワゴン財団は英国のPISCESに(そして後年にはナチスの同部門にも)多額の投資を行っていた。
 PISCESは精神に関わる事柄なら、あらゆることを科学的に研究した。各派閥の心理学、精神医学、心霊現象、降霊術、読心術、未来予知、超能力……。
 それから"波紋"と呼ばれる、チベット仏教徒に伝わる神秘的な技術。特殊な呼吸法。性質で言えば、現代では"氣(ki)"と呼ばれるものと同じだろうか。
 そちらの方なら、馴染みがある。
 
 "ランドバロン"がPISCESの研究資料に直接登場することはない。しかしスピードワゴン財団の影や、後年の幾つかの超人じみたニュースやゴシップを考えると……。
 
 覗き趣味は関心しないが、よく調べてはいるようじゃな、とランドバロンは髭を擦る。だが、わしはナチではないぞ、友人にナチがいたことは否定せんがな。
 弾劾してはいませんよ。雇い主がナチだろうがネオナチだろうが、金払いがいい限りは気にしません。
 スコッチの琥珀色が、ショットグラスの縁から、クリスタルガラスのテーブルへダラダラと零れ落ちる。
 後出しになるが、スコッチでよかったかのう、"ちんぽこ"君。それとも、ジョニーと言った方がいいかのう。
 構いませんよ、お好きなように、ミスター"成金(ランドバロン)"。
 しかし、100歳で飲酒とは、自殺行為では? 泡吹いても人工呼吸はしませんからね、俺は……。
 げっ、なんだ、イヤミな奴じゃな。

15 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:12:26 ID:NqxraH260
 
 ジョセフ"ランドバロン"ジョースターは貴族(ランドバロン)じゃない。
 元から没落貴族じみた英国の貴族家系ではあるが、彼の曽祖父の代で完全に財の流れが途絶え、血だけが存続している。
 だが合衆国の地主(ランドバロン)ではある。この老人は第二次世界大戦中、亡命ナチスから得た金で、合衆国の貴族たる証、ドルの山を築いた。
 成金。引退した不動産王。ナチの奇妙な友人。フロリダの沼地を黄金に変えた詐欺師。老獪な英国人。俺の雇い主の雇い主の雇い主。
 
 まあ、なんだ、どうやって調べたのかわからんが、やたらわしに詳しいのはわかった。
 一応、"ランドバロン"の資本で造られた会社の人間ですからね……末端でしょうけど。ただ、基本的には、仕事に必要な範囲内でしか知りませんよ。
 例えば?
 銀行口座は八つ。うち三つが節税対策、別の三つが税対策外の「いかがわしい」口座で、そのうち二つの出納が激しい。
 おもしろいのは、その八つの口座に含まれていない、「既にない」二つ口座――いや、片方は金庫ですね。どちらもある時期に使われ、同じ時期に全くなくなった。
 はあ、暇じゃのう。時期なんぞ気にしたこともなかったぞ。
 開設や閉鎖の時期に気をつければ、もっと上手くカネを隠せますよ。もっとも、上手く隠した所で、そこに何があったのかを敏感に嗅ぎつける者は多いですが……。
 ま、それはともかく、その金庫に何があったのかといえば……死蔵金(デッドマネー)ですね。仕事上、俺がよく扱う品ですが……というか、ほとんどそればっかりですが。
 
 デッドマネー?
 カネというのは交換したり、運用することで初めて価値を持ちますよね。使わなければ意味がないというか……。デッドマネーは、その真逆の性質を持つものです。
 そう、使わなければ意味がない……しかし使おうとすれば全てを失う。かといって維持することにもリスクとコストをともなう。簡単に捨てることもできない。それがデッドマネーです。
 例えば……ナチス、第三帝国の遺産。ユダヤ人が奪われた貴金属や美術品。持っていても、使っても、イスラエルの狩人に嗅ぎつけられるような品々。
 
 またナチ絡みか。しつこいのう。
 鼻がいいもので。ただ、妥当な推測でしょう? 第二次世界大戦終結直前、あなたは少なくとも十二名のナチ高官や親衛隊、その家族の亡命に関わりましたよね。
 超国家的な医療活動を行っていたスピードワゴン財団を通じて。その亡命が無償で行われた、と考えるのは無理があるでしょう。
 ……鼻がいいというのは問題じゃないが、人の名誉をしょうもないゴシップで傷付けるのは関心できんな?
 ゴシップ? ナチス相手とはいえ、人助けが不名誉とは思いませんが……。証拠もそれなりにあります。
 ただまあ、なんというか、別にあなたのガラスの心を傷付けるつもりはないんですよ。
 俺がどれくらい仕事が出来る人間かというのを自慢したかっただけで。あなたのことを尊敬していますから、俺は。

16 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:14:59 ID:NqxraH260
 
 "ランドバロン"に限らず、資産家のゴシップは巷にあふれている。ビバリーヒルズに誰が百万ドルの家を買ったのか?
 節税しようと必死こいていると共和党支持者は誰か? 誰がタイの幼女のケツを掘りたがっているのか?
 あらゆる噂話と疑問に対する答えが、広大なアメリカのあらゆる場所に散らばっている。
 だが聞くまでもないこともある。俺や俺の同僚は、それを「伝説」と呼んでいる。
 
 いずれの世界であれ、権威を認められた者のみが持つ物語は「伝説」と呼ばれる。
 ……そして「伝説」は、伝説の人間と同じくらいの権威を持つ。誰もがそれを真似ようとするが、誰も真似ることができない。それが「伝説」だ。

17 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:33:26 ID:NqxraH260

 では"ランドバロン"の伝説とは?
 
 1950年、世界の中心はアメリカの両海岸にあって、人々はロックンロールとバカンスに憧れていた。とりわけ東側のフロリダは誰にとっても夢の土地だった。
 "ランドバロン"は、当時三十代。精力的で、やり手の土地ブローカーだが、早い者勝ちの大手不動産業の領域には食い込めないでいた。
 それでも細々と食っていくことは出来ただろう……ホワイトワーカーのように、あくせくと働く、名誉なき労働がイヤでなければ。
 
 あくまでも噂ではあったが……"ランドバロン"はナチスの遺産を、何かしらの方法で換金し、フロリダの土地の購入に充てた。
 ただし、バカンスや老後の別荘に適した場所ではなく、タダ同然の――しかし恐ろしく広大な沼地だ。
 
 もちろん、ナチスの遺産が本当に存在するのであれば、だが。
 その噂話を裏付ける証拠は幾らかあるし、少なくとも、"ランドバロン"の懐に、突如として出処不明の大金が現れたのは事実だ。
 
 "ランドバロン"の金儲けのアイディアは至極単純だった。
 広大な沼地のあちこちに、"ランドバロン"は百万ドルのカジノや、世界最長のハイウェイや、エッフェル塔のレプリカの「建設予定地の看板」を建てた。
 沼地の売り文句はこうだ。「フロリダの土地を買いませんか? 周辺には八車線のハイウェイや、パリに似た市街地や、ベガス顔負けのカジノが誕生します!」
 
 この時は、すべて合法だった。水面下の土地を売ることも、永久に建設されることもない、そもそもクルマさえ入れないような沼地に建設予定地の看板を立てることも。
 そして彼は西海岸の連中にフロリダの沼地を売りつけた。インフラが未熟な時代だ。誰がアメリカの反対側へ実際に足を運び、自分が買う土地をその目で確認するだろうか?
 テレビではなく、広告やチラシ、ラジオで不動産を選んでいた、最後の時代だった。
 人も、企業も、投資家も、溢れたカネを"ランドバロン"の架空の楽園に突っ込んだ。
 格安でフロリダの広大な土地を買おうとした連中は、揃いも揃って"ランドバロン"に騙され、人の住めない沼地と、ジョースターの帝国にカネを払ったのだ。
 
 "ランドバロン"が始めた沼地詐欺は――それが詐欺と言えるならだが。なにせ彼は全ての裁判で勝利していた――全国の詐欺師達の尊敬を集めた。
 誰もが彼を真似ようとした。そして誰もが真似ようとするたびに、人々の警戒心と慎重さ、報道と、法律に対する抗議デモという名の火に油を注がれることになった。
 "ランドバロン"のあとに勝者はいなかった。合衆国は何年もかけて「水の中の宅地」の売買を禁止する法律を作ったが、そうするまでもなかった。
 芸術は「アイディアの創始者」ではなく「アイディアが一般化された瞬間の代表者」が最も儲かる仕組みになっているというが、詐欺という名の芸術は、常に創始者に有利だ。
 
 そして合衆国に新しい領主が生まれる。金利や為替を握るものが「王」であるなら、土地と資本を握るジョースター家は「貴族」であると言っていいだろう。
 たとえ、その土地と資本が、ナチスの財宝と、詐欺被害者という木から摘み取った真っ黒な果実であったとしても、「貴族」には違いない。

18 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:34:40 ID:NqxraH260
 
 人聞きが悪いの。
 あなたが悪いとは言ってませんよ。実際の土地を確認せずに買う連中にだって非があるでしょう。
 あなたの曾孫だって……おっと、彼女は土地を買ったわけではありませんでしたね。そのフロリダの沼地の刑務所に収監されたんでしたっけ?
 お……お前、本当にイヤミなやつじゃな!
 
 勘違いしないで欲しい、と俺は言った。ランドバロンの不快感に満ちた眼が俺に突き刺さっている。
 勘違いしないで欲しい、俺はランドバロンを心底から尊敬している。金持ちでクソ閑静なデカい豪邸に住んでいるからじゃない。

19 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:38:17 ID:NqxraH260
 
 俺は俺の先祖について、たまに考える。悪夢みたいなものだ。夢であることを祈るが、実際には夢ではない。それが本当の悪夢との違いだ。
 俺の先祖も俺と同じで中途半端で、考えが至らない奴らばかりだった。
 俺の偉大なる(何代前か考えるのも面倒くさいほどの)先祖ジョン・オブライエン一世はアイルランド系のイギリス人で、
 元ユダヤ教徒のピューリタン改宗者で、石工で、要するに社会の外側で土を食って生きているようなやつだった。
 彼は十七世紀末に、後発組のピューリタンとしてアメリカ大陸の東海岸、プリマスにやってきた。
 多くの"アメリカ人"は、早々にプリマスを見限った。そこには大理石はあっても、金山がなかったからだ。
 移動だ。絶えず動き回る人間にとってアメリカ大陸は豊穣な土地だった。
 西だ。西に行けば金が見つかるさ、と"アメリカ人"達は西へ旅立った。だが先祖たちはゴールドラッシュの時期も、大理石を採掘し続けた。
 偉大なる先祖は、やっとなることのできた"イギリス人"以外になるつもりはなかった。当然"アメリカ人"になるつもりもなかった。与えられたものだけで満足していた。
 
 そして曽祖父ジョニー・オブライエンの代で大理石は尽きた。財産は広大な森林。そこがオブライエンが築いたささやかな帝国における、唯一の領土だった。
 森は紙となり、土地はドルとなって、オブライエン家に財産を齎し続けることもできた。
 しかし祖父ジョナサン・オブライエンの代になり、不動産バブルが始まった時も、終わった時も、まだ手付かずの土地と森を持ち続けていた。それが紙くず同然になっても。
 それがオブライエン家というやつだ。
 
 親父はニュージャージー州の安っぽい一軒家(それがオブライエン家の帝国の末路だ)で生まれ、主婦になるために生まれてきたような学のない母と結ばれた。
 よく親父は俺に、愛国心を口にした。合衆国を愛することなしに、合衆国に愛されることなどないのだと。
 なるほど。親父は先祖からよく学んだらしい。だが親父も先祖も、「国家」とは何なのかなど知りもしなかった。ただ心を「国」に縛り付けられていた。
 そしてベトナム戦争のいんちきな騒ぎが終わる直前に、親父は軍隊に入った。
 軍人であることが愛国心の証である時期が終わり、合衆国の愚かさと恥の象徴となった頃に。
 まさにオブライエン家はアメリカン・ドリームの歴史だ。寝ている人間ではなく、起きている人間にとっての。

20 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:38:42 ID:NqxraH260
 
 多くの人は、"ランドバロン"の歴史は漆黒の歴史だと言う。ナチスに関わり、多くの人を騙して財を築いたのだと。
 正義や公平といった理念とは程遠い、アメリカ人らしからぬ男なのだと。
 だが俺には”ランドバロン”の歴史が黄金に見える。合衆国が隠し続けたフロンティアの原理が、彼の歴史にはある。自分こそが、唯一の自分の主であり守り手であるという理念。
 開拓者、植民地、インディアン、ゴールド・ラッシュ、詐欺師達の、勝つためには手段を選ばないという精神。騙しの手口こそが黄金そのものであるという思想。
 ジョセフ"ランドバロン"ジョースターの「伝説」とは、俺の一族がついに成し得なかった、自分自身の帝国を創りあげた、アメリカ人の「伝説」なのだ。

21 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:44:41 ID:NqxraH260
 
 ふん! 悪事を褒められたところで嬉しくはないの! 服のセンスを褒められた方がいいわい……。
 おっと、だいぶ話がズレ……たというよりは、何も始まってなかったな! 失礼。さて"ちんぽこ"君よ。どうして今日、ここに呼ばれたかわかるかの。
 ……。
 ……わかったわかった。"リザード"じゃな?
 え、あ、いや。なぜ呼ばれたのか、考えていただけです。すみませんね、ぼーっとしちゃって。
 ……あっそ。
 
 なぜ、呼ばれたか、か……そうですね……。
 俺の専門は銀行の防犯で、その一環としてデッドマネーの管理もしていますが……呼ばれた理由といえば、ジョセフ"ランドバロン"ジョースターの金を盗んだからでは。
 お、おお……随分とはっきりしとるの。
 俺だけが直接に呼ばれる理由といえばそのくらいかと。俺に口座の話をせずとも、もっと"ランドバロン"の口座に詳しい連中はいくらでもいると思いますし……。
 そうかね? で、どうなると思う?
 何も。
 クビにされるとは思わなかったのかね。
 クビにするためにわざわざニューヨークの私邸に呼びますか、フツー。
 それに、うちの銀行にある"ランドバロン"の金、あれはジョースター家のものではないでしょう。
 おそらくは、あなた個人が、日本の愛人と、その息子に残そうとした遺産だ。

22 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:47:52 ID:NqxraH260
 
 これもあくまでも噂話だが……。
 1980年代、バブルの真っ最中、日本が児童売春のメッカだった頃に、"ランドバロン"は娘と孫に会うため、日本へ旅行へ……。
 という建前で、"ランドバロン"は当時、最盛期を迎え、アメリカの土地や不動産を買い荒らしていた日本のヤクザたちとの争いの調停の場へ赴いた。
 もっとも、話し合いは事前に済んでいた。あくまでも形式的な調停。要は「仲直り」の儀式で、ヤクザたちはそうした「しきたり」を重要視していた。
 
 ヤクザは停戦の「お祝い」に「娘たち」と、トチ狂ったような「サービス」を振る舞おうとした。
 どれも十代そこそこから、二十代になりたての少女たち(一部はレディボーイだったそうだが……)。
 彼女たちが……当時のアメリカ人では想像もつかないような「サービス」をしてくれるという現実に、ランドバロンは怒りを露わにした。
 ヤクザたちが、彼女たちが「奴隷」ではなく、小遣い目的の「アルバイト」だということを説明しても、"ランドバロン"は納得しなかった。
 今となってはどこでも味わえないような「サービス」だが、"ランドバロン"は(よせばいいのに)娘たちに手を出さず、ヤクザから法外な価格で買い取り、家に返してしまったらしい。
 ……妙な道徳心と、同情と、恩と愛を混ぜこぜにしてしまった若い女子大学生、ヒガシカタ以外は。
 
 "ランドバロン"にとって誤算だったのは、ヒガシカタの娘が若く、魅力的で、事後避妊せず、子を産んだあともあなたの名前を出さなかったことだろう。
 そして今から二十年以上前に、"ランドバロン"と女子大生の一夜の情事はジョースターの遺産問題となり、"ランドバロン"希望に反してヒガシカタ家へ財産が渡る可能性は潰えた。

23 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:55:51 ID:NqxraH260

 ……とまあ、どこまでが事実かはされおき、その時点では、財産をヒガシカタに遺せなかったことは、特に問題ではなかったでしょう。
 浮気、隠し子、遺産問題……アメリカの資産家にとっては、どれも日常茶飯事……色々な方法で、結局は、一部であれば遺産を渡すこともできる。
 ふん、では問題は?
 問題は……あなたの血族の、おそらく"唯一の"曾孫であるクージョウ・ジョリーンが犯罪者となってしまったこと。
 
 あなたは素行不良の多いクージョウ家ではなく、ヒガシカタ家の嫡男、あなたの一人息子であるヒガシカタ・ジョースケにメインの遺産を継いで欲しいと考えて初めているのでは?
 それも、なるべく他の一族には内密に。
 
 だから「黒い金」に強くて、あなたの金を堂々と盗めるくらいの胆力と、技術と知識を持っていて、
 いちおう「企業」基準で言えば身内である私を呼んだ。遺産をどうにかして、今以上に、ヒガシカタに遺すために……。
 ま、自分で言ってて悲しくなりますが、俺は身よりもなければ地位も何もないですからね。グレーゾーンを渡らせるには最適ですよ。
 ……あと、俺は"ランドバロン"の金に結構手をツケてしまいましたからね。ついでに隠し財産の返還要求、ってカンジですか。

24 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:58:32 ID:NqxraH260
 
 ふむ、なかなかじゃな。と"ランドバロン"は言った。
 なかなか良い線をツいとるが、間違ってる部分もある。
 というと?
 確かに、お前のところの隠し財産は、ヒガシカタ家に渡す予定の財産じゃが……今となっては、これから頼む仕事の報酬として、お前に全部渡してもいいと思っている。
 だから、わしは盗まれたとは考えん。報酬の前払いと思って、引き出したカネはそのまま持っておけ……ま、既に消えておるかもしれんが。
 は?
 それはともかくじゃ! もう一人、ジョースター家の「遺産」を継ぐことのできる人物というか、系列があるじゃろ?
 養女のシズカ・ジョースター? 何の問題が? 隠し子はともかく、養子に財産を分割されることを嫌うほど、クージョウ家との仲が険悪だとは思いませんでしたが……。
 もちろん! そういうことじゃないんじゃ。財産問題は大したことじゃない。問題は……そう……「遺産」と「資質」じゃな。

25 d154izBE0 :2015/03/10(火) 01:59:19 ID:NqxraH260
 
 富は富を呼ぶ。富は無限に増え続ける。国家よりも大きくすることができる。宇宙最強の力は複利である。ただし、正しい使い道を知るものにとっては、だ。
 "ランドバロン"は言った。問題は「遺産」と「資質」だ。
 リザード、お前の言うとおり、ジョースケはわしの「遺産」を継ぐに足る存在だと思っているのだが……、少しばかり「アタマ」が足りん。いや、「狡猾さ」と言ったほうがいいな!
 日本という平和な地に育ちすぎたこと……それから日本の連続殺人事件が影響しておるかな。本人はそうとは思っとらんだろうが、邪悪に対して過敏に反応しすぎる。
 とかく優しく育ちすぎた。合衆国の富さえも似合わん男だ。
「狡猾さ」? ちょっと待ってください、なんの話をしているんです?
 ……案外鈍いやつじゃな。まあよい。例えばじゃ、ただのドル札でさえそうなんじゃが、資産を有効利用するには「資質」がいるじゃろ?
 生活に必要なものを買う、大学の学費に使う、夢のスポーツカーを買う、ギャンブルで一発逆転を狙う、投資する、税金としてほとんどを奪われる、ドブに捨てる……。
 カネの使い道は自由じゃが、そのカネが莫大で、しかも自分の死後に残される「遺産」であるならば、願わくば「資質」あるもの手に渡ってほしいと思うのは自然じゃろう?
 ただのカネでさえ、「資質」のない人間は無駄にしてしまう……「資質」があれば、沼地を黄金に変えることもできる。
 高額納税者リストの頂点にいるような金持ちのカネを継いだ馬鹿息子が、数年で財産を使い潰して路頭に迷う、なんてのもよくある話じゃ。
 
 わしの財産、カネの大部分はクージョウ家に、それからシズカに、僅かばかりをヒガシカタ家が継ぐことになるじゃろう。そのカネは扱いが優しい。
 だが扱いの難しい「遺産」はどうする? 例えば土地、不動産や動産、証券、人脈、名声……世間に誇れはしない品々は?
 ……「亡命ナチスのリスト」ですか。
 ま、それも「遺産」の目玉商品じゃな。お前の言葉をそのまま使えば、これもまたデッドマネーといえる。

26 d154izBE0 :2015/03/10(火) 02:18:52 ID:NqxraH260

「亡命ナチスのリスト」。それは百年近く経った今となっても、世界最悪と呼ばれる犯罪者達の賞金首の在処が示された地図だ。
 もっとも、彼らの殆どは死に絶えているだろうが……それでもユダヤ人の狩人や、ネオナチにとっては、その腐り果てた遺体でさえ、輝く奇妙な果実に見えることだろう。
 なにせ彼らの血統自体が、一つの負の歴史遺産なのだ。リストから、もっと具体的な意味での財宝……ユダヤ人が奪われた文化遺産に辿り着ける可能性だってある。
 たが、それは……"ランドバロン"がナチス高官、超A級の戦争犯罪者たちの亡命に関わったという証拠にもなりうる。
 
 ……それが事実なら、「狡猾さ」の足りない者では、ただの爆弾に過ぎない「遺産」ですね。
 だが「正義感」がないものには決して渡せないものでもある。例えば、ジョリーンは血筋と資質の点で申し分ない。
 が、教育には失敗してしまったな。知性や体力はともかく、精神的に幼く、犯罪者の道に堕ちてしまった。
 更生や成長の可能性がないわけではないが……もう十年近くも刑務所にいるんじゃ。「歪み」や「病み」を抱えているかもしれん。望み薄じゃろうな。
 そんなわけで、悲しいことに、今のところは「リスト外」じゃの。犯罪者に「遺産」が渡るのは危険だし、「信用」がなければ使えない財産だってあるじゃろう?
 ジョウタロウも考えた。ジョリーンの父親、わしの孫じゃな。精神力はジョースターでも随一じゃし、アタマも切れる。
 だが……わしの「遺産」を快くは思うまい。その場で何もかも燃やしてしまいかねん。「正義感」が強すぎるのも問題じゃな。
 娘のホーリィは論外じゃ。あいつは良い子じゃが、少々純朴に育ち過ぎたのう。わしの「遺産」の使い道など考えもしないだろう。
 倉庫に眠らせたまま、特に考えもせずに孫のジョリーンに渡してしまう、なんて事態が目に見えておる。

27 d154izBE0 :2015/03/10(火) 02:21:15 ID:NqxraH260
 
 別の選択肢としては、スピードワゴン財団ということも考えたんだがの……。
 あなたとの間に財の繋がりのある医療系のNGOですね。黒い噂も絶えませんが……。
 どの噂かによるが、その通りじゃな。今は亡きロバート・E・O・スピードワゴン氏の経歴と組織の性質を関連付ける噂については、事実とは言いがたいが……。
 ま、ともかく、この財団とジョースター家は友情で繋がっておってな。お互いに無理を言い合える互助的な関係と言える。
 だから決してマズい組織とは言えないのじゃが、なにせ個人ではなく団体だからの。しかも……、
 善良とは言えない。
 ……知っとるのなら、勿体ぶらずに言えばいいじゃろうが。
 十年以上前の話ですね。原因はわかりませんが、スピードワゴン財団はイタリア系の犯罪組織と……密なコネクションを作り始めた。財の流れも含めて。
 ……残念ながら、その通り。説明困難な問題なんじゃが、さっきも言ったかな?
 スピードワゴン財団は恒久的にジョースターと「盟約」を結んでおってな。ジョースターの親族ならば、誰であれ財団の手厚い支援を受け取れる。
 ……妙なゴシップですね。
 どう受け取ってもらっても構わんが、わしを怒らせたくないなら「癒着」ではなく「友情」であると考えることじゃな。
 で、厄介なことに、そのイタリアの犯罪組織の頂点の椅子に座っておるのが、ジョースターの親族にあたる男でな。ジョリーンとは違う、完全な職業犯罪者じゃ。
 わしも直接に会ったことはないのじゃが、ま、ゴミ箱からゴミというやつか……すごぶる厄介な出自の、すごぶる厄介なマフィアだと覚えておけばいい。
 ははあ、それは知りませんでしたね。資産家の隠し子を探すことにかけては、それなりに自信があるつもりでしたが……。
 わしの隠し子じゃあないぞ。それ以上のことは説明できんし、知る必要もない。一つだけ付け加えておくと、奴は親族ではあるが家族ではない。
 とにかく、その男は「遺産」相続の「リスト外」じゃ。だが奴は財団と深く繋がりすぎている。
 よって財団に、わしの「遺産」の運用も任せることはできん。全てが失われたわけではないが、財団の善良さは蝕まれつつある。
 はっきり言って、奴の影響は……癌細胞みたいなものじゃな。信用することはできん。

28 d154izBE0 :2015/03/10(火) 02:30:28 ID:NqxraH260
 
 というわけでじゃ、遺産を受け取る権利があるものは六名。ジョリーンとホーリィ、そしてイタリアンマフィアは今のところ選択肢には入っておらん。
 犯罪者に渡すにはあまりにも危険な「遺産」も含まれておる。そして無欲ゆえに「遺産」の価値を理解しないものに渡すのも憚られる。
 それからジョースケとジョータロウじゃ。こやつらは「資質」を持っておるが、良い意味で「狡猾さ」や「正義感」に不安がある。わしの「遺産」を無駄にしかねん。
 重要になるのは悪用もせず無駄にもしないこと、「負の遺産」を飲み込める度量を持つ者。そんな人物こそがジョースターの……わしの遺産を継ぐにふさわしい。
 
 そして、いまのところの最有力候補者が、
 シズカ・ジョースター、"ランドバロン"の養子。コロンビア大学の学生。
 うむ! 彼女のことは知っておるよ。今はフランスに……あー……よく出来た自慢の次女じゃ。思った通りの美人に育ったしの。
 何より、ホーリィと違って、シヅカはわしらしく育てた。ジョースター家の「正義感」と、ニューヨークの資産家顔負けの「狡猾さ」を併せ持つ、遺産を継ぐに相応しい人物にな。
 ふん。「ジョースター家の正義感」ねえ……金持ちの道楽だな、と思いかけたところで、"ランドバロン"はため息を吐いた。
 ……と、言いたいところじゃが、問題があってな。
 というと?
 ジョースターではないかもしれんのじゃ。
 そりゃあ、まあ……養子っていうのは、そういう面も……。
 いやいや! そういうことじゃなくてな! ちゃあんとジョースターの家族としてワシらは彼女を歓迎しておるよ。だがなんというか、シズカは……底か知れんところがある。
 はぁ……?
 
「狡猾さ」とかなんとか言ってるわしがいうのもあれじゃが、ジョースターの一族は由緒正しい。我が一族は正義と勇敢と誠実を尊ぶ。
 そして俺の方を見る。"ちんぽこ"君。勝手に君の頭を覗いて悪いが、君が金持ちの道楽だと思おうがなんだろうが、我々はそれを誇りとして生きているんじゃよ!
  ……ま、わしとジョリーンは、ちょっとばかり、一族の面汚しだがな。ほら、なんというか、教育ってのは何事も完璧には行かないものじゃから、それはそれとしてだ!
 ともあれ、このジョースターの性質……宿命は、「血」というよりは……これまた「遺産」として受け継がれていくものじゃ。
 我が一族は教育、行動、友人をもって、ジョースターのなんたるかを学ぶ……大事なのは「血」ではなく「受け継がれていく意思」だとワシは思っている。
 
 だがシヅカは……わしはシヅカを誰よりもジョースターらしく育てたつもりだった。だが教育が悪かったのか?「血」の問題なのか? それとも本人の「意思」なのか?
 シヅカがジョースターの一族として相応しいのか、わしには、わからないのじゃ。客観視できん。むしろ我が一族の宿敵にも似て……「狡猾さ」を超えた「邪悪」を感じることさえある。
 それで俺に人物調査を? 確かにそういったこともしますが……。
 しかし俺の仕事の基本は財の流れを調べたり、守ったり……たまにちょろまかすことであって、相手の心情を推し量ることは専門外で……。
 ま、それもわずかながら期待しているが、無駄に終わるじゃろうな。シズカには「心を隠す術」を心得ておるからの。
 はあ、じゃあ……?
 一番の問題は……シズカが「スタンド」を隠していることじゃ。
 
 「スタンド」?
 呼び名は多々あるがの……「サイ」、「ウゥンド」、「エックスファクター」、「幽波紋」……。
 だがまあ、わしやわしの友人達、そしてスピードワゴン財団は「スタンド」と呼んでおる。
 "リザード"、お前の「超能力」なんかも、一応の括りとしては「スタンド」に入る。

29 d154izBE0 :2015/03/10(火) 02:34:21 ID:NqxraH260
 
 ……というところで「2」はここまで。
 何故かリザードの一人称が私だったり俺だったりしてますね。なぜだか私には皆目わからんね。馬鹿なのかな?
 ここからは「2」の註釈です。読み飛ばして「3」へ行って結構。
 
 ・デリバティヴ
 例えばエルメェスのパンティはマックイイーンにとってさえ無価値だが、将来的にエルメェスがハリウッド女優になった場合、そのパンティにはプレミアが付くことになる。
 ざっくり言うと、こうした市場価値が変動しやすいものを扱う金融商品がデリバティヴである。

 ・世界の中心地
 ディエゴが遺体を安置した甲斐もあって、アメリカ合衆国は無事に世界の中心地となりましたとさ……。
 近年や、これから先にどうなるかは別として、つい最近までアメリカが世界の中心であった、という考え方はそんなに極端なものではないだろう(異論は歓迎だ)。
 まあ何を「世界の中心」の条件とするのかという定義の問題でもある。文化力・経済力だけなら日本も候補に上がるが、個人的には「アイディアにNOと言わない場所」だと思う。
 ニューヨークの真反対、カリフォルニアはまさにそんな場所だ。中央政府から距離があり、自由な気風で、ゴールドラッシュ以来の野心や新鮮味を歓迎する伝統があり、
 金も潤沢で、地理もよく、人種・文化・価値観の多様性に富み、血気盛んな若者と、彼らを支援する設備に溢れている……近年は中国やインドにお株を奪われつつあるが。

 ・ミュンヘン会談
 第二次世界大戦の前触れの一つ。昨今のロシアとウクライナの関係よろしく、ナチスが武威でオーストリアとチェコスロバキアの一部を併合して戦争勃発……。
 かと思いきや、前大戦の反省が身に沁みている各国は戦争を回避すべく、この会談を設定。チェコスロバキアを説得(というか供物に)してナチスと戦うことを避けたのである。
 しかしナチスは速攻で譲歩を反故にし、チェコスロバキアを全部解体。更にポーランドの領土を求めたので、話し合いの甲斐も虚しく、戦争が始まるのである。
 ジョジョ本編第二部は、このミュンヘン会談の直後のアメリカで始まる。戦争を避けつつも、そこはかとなく時代が香る舞台設定だ。

 ・PICSES
 戦中に実在した機関で、ナチスにも似たような機関があった。ジョジョ本編でいえば、シュトロハイムの部隊が近い存在だ。石仮面や柱の男達を「科学的に」調査するのだ。
 人間の心理に関する研究が主であったが、その派生として超能力も研究対象となっていた。戦争も末期になってくると神だろうが仏だろうがなんでも頼る、というだけではなく、
 研究の過程で得られた(科学的)結論によって、信心深く偏差値の低そうな人々の心を凹ませて厭戦空気を作り出す、という実利的な目的があったのだ。
 有名な例だとノストラダムスの予言書がある。久しく忘れられていた予言書だったが、双方の機関が「これによればナチス(イギリス)が負けると予言されている」というビラを、
 敵地にばら撒いたので、1999年から21世紀が始まるまでの間、誰もが彼のことを忘れられなくなった。

30 d154izBE0 :2015/03/10(火) 02:39:02 ID:NqxraH260

 ・フロリダの土地
 実在の詐欺事件(もちろんジョセフがやったわけではない)で、法案も実在する。よくあるタイプの詐欺だが、沼地を高値で効率よく売りさばいた点で伝説的。
 ジョセフの「不動産王」という謎設定は、時期的・資産的・経歴的にもジョセフが実現するのは無理なのではないか、という点で荒木先生自体が持て余している節がある。
 1.ナチスの資産流用。2.エイジャの赤石の売却。3.SPW財団の資産運用etcなどを元手にした不動産業もありえるが、資産があっても不動産王になれるわけではない。
 
 ・死蔵金(デッドマネー)
 「死蔵」は「活用せずにしまい込む」という意味。これが「死蔵品」となると、使われることなく駄目になった品や、陽の目を浴びなかった美品の在庫を意味するようになる。
 デッドマネーは様々な意味で使われるが、元はポーカーの用語。ゲームに負ける可能性の高い(あるいは負けが確定している)プレイヤーによって賭けられているカネのこと。
 このカネは場に存在している限りはコスト(掛け金)であり、投資であり、自分のものだ。しかし勝負が始まっても負けるだけだし、降りても失う、そういう扱いの難しいカネである。
 良いポーカープレイヤーは、相手がより多くのデッドマネーを生み出すように、掛け金を釣り上げる。そして雑魚は負けるわけにはいかないと思い、よりカネを無駄にする。
 デッドマネーを持つプレイヤーがとりうる戦略は二つ。ゲームを降りて全てを失うか、高額な掛け金を支払い続け、相手が負けて"くれる"ことを祈ることである。
 
 ・プリマス
 アメリカの原点。ニューヨークの東、マサチューセッツ州にある。1620年、メイフラワー号に乗った清教徒たちがこの地に辿り着き、大陸初の街を築いた。
 ……というのが「白人」や「アメリカ人」の見方だが、当然、この地には既に「国家」があり「街」があり人が住んでいた。我々が「インディアン」と一括りに呼ぶ人々である。
 彼らから見れば「アメリカの原点」とは即ち「虐殺と侵略の開始地点」なのだ。白人たちは、ここからは西へ西へと「侵略」を続けるのである。
 今日でもアメリカでは、毎年のように「メイフラワー号上陸記念日」を執り行われている。まるでそれが誰にとっても素晴らしい出来事であったかのように。
 
 ・児童買春のメッカ
 Rule 34「あらゆる妄想は既にネットに投稿されている」がある今でさえ、日本の性産業の豊かさは現在も世界最高レベル。しかし、1980年の基準で言えば宇宙最高レベルだった。
 例えば電車の車内や学校の教室を再現した店内で、痴漢を楽しむことができる、という性的サービスを思いついて実行した民族は、この時点では日本人だけだろう。
 ただ、こうしたサービスの過剰さの負の側面として、日本は緩すぎる規制や、犯罪組織と政治・警察組織との深刻な癒着、なにより児童買春ツアーの起点として有名だった。
 昨今の児童ポルノ法案と、それに関する外的な圧力も、この時期の日本のイメージが強く残っていることに原因を求められるだろう。
 
 ・一族の面汚し
「正義の一族」ジョースター家の主人公たちは不良揃いだが(ディオが邪悪過ぎて目立っていないが、ジョナサンでさえパイプ吸っていた)、
 徐倫やジョルノ、極端過ぎる性格が災いした承太郎や、要領のよくないジョナサンや馬鹿なところがある仗助に比べると、ジョセフの不良化のバックグラウンドはかなり分かりにくい。
 
 ・超能力
 サイ(サイキック)は言葉通り。「エックスファクター」は漫画「X-MEN」の超能力で、他のマーベル・コミックのヒーロー漫画と比べると、呪いや差別対象と言った意味合いが強い。
 ウゥンド(WOUND)は「ジョージ・ジョースター」に出てくる用語で、文字通り「傷」が原因となる超能力。スタンドが隕石が運んできた病気か何かという説の延長線上にある。

31 名無しのスタンド使い :2015/03/10(火) 03:44:06 ID:z7ZdUQ1c0
出版物として世に出ている文章を込みとしても、これは僕が読んできた中でも指折りの『読ませる』文章だ
文体の癖は強いけれど、書きたいものを書いているが故の勢いみたいなものを感じる
果たして作者がどのような戦闘を見せてくれるのか、又この物語がこれから何処に行くのか
いやはやホンットに期待してます

32 名無しのスタンド使い :2015/03/10(火) 09:20:13 ID:Sm4BYL0k0
投下乙です!
こ、これはすごい…もはやSSの域を越えてるんじゃあないのか…
すごい情報量と密度。濃い。とっても濃ゆい。
時代背景とか、世界情勢とか、社会の暗部の色々な事情とか、
よくここまで緻密に描けるものですなぁ…素直に感心してしまう
最初の断りがなければ、全てが事実なんじゃあないかと思ってしまうくらいのリアリティ
とても面白くなりそうな予感!期待してます!

33 名無しのスタンド使い :2015/03/10(火) 10:18:03 ID:zY.HNIYE0
先ずはお疲れ様
色んな意味で今迄のオリスタSSとは毛色が違うように感じる
文体や本編キャラの扱い方時代設定そしてノリ
凄く新鮮さを感じる
それ故にどんな方向になるのかわからなくて楽しみでもあり不安でもある
でも今は取り敢えず続き楽しみにしてます

34 d154izBE0 :2015/03/11(水) 21:33:14 ID:HQmj2qm.0
 
 3. スタンド!
 
 随分と昔の話だ。銀行の防犯アドバイザーではなく、ただの銀行強盗だった頃。
 銀行強盗仲間だった奴に、死にかけるってどういう気持ちか、と質問されたことがある。
 今でいうところの「専門的な知識」が必要なく、才能と根性と、破綻した人格さえあれば幾らでも金庫から盗み放題だった、それくらい昔のことだ。
 俺は三十代を目前に控えていた。身の振り方を考えなければいけない時期はとうに過ぎていた。持っているのは、金庫破りの知識と技術だけ。
 
 アーカンソー州の小さな銀行で、まあまあ完璧な計画をそこそこ完璧に実行し、なかなかの稼ぎを得た俺達は、幾つものクルマを乗り捨てながら逃げ回っていた。
 銀行強盗仲間だったそいつは、なあ、リザード、死にかけるってどういう気持ちだ、と言った。何が見えるんだ?
 友達でもなんでもないそいつは、「ヒーロー気取り」のちっちゃなピストルから飛び出した豆粒の破片が、顔中に突き刺さっていた。
 死にかけてはいなかったし、病院に行けば助かる怪我だったが、重症には違いなかった。両目を破片に切り裂かれ、見るからにお先真っ暗、といったところだ。

35 d154izBE0 :2015/03/11(水) 21:43:04 ID:HQmj2qm.0
 
 銀行強盗には幾つかの「やり方」がある、が、大まかに言えば二つだけ。手っ取り早いやり方と、周到なやり方だ。
 みんな好きなのは手っ取り早いやり方だろう。俺も大好きだ。
 トンネルなんか掘らない。ピストル一丁で突入、バーン! 動くな! 金庫はゴミみたいな月給で働く支店長にでも開けさせればいい。
 あとはカネを持って逃げるだけ。簡単だ。王道、正統派、安心安全ってやつだ。
 このやり方の長所は、とにかく安く済むことだ。安手の銃、少ない仲間、単純な逃げ道、短い日数、くだらない計画……。
 必要な能力も少ない。とにかく素早く動くこと。それから、思いっきり怒鳴り散らして、誰であろうが抵抗しようって気を欠片も残さないこと。
 短所は、遊んで暮らせるほどの実入りは期待できないこと。そして……予定外の事態がたびたび起こること。
 
 特に厄介なのは「ヒーロー気取り」と俺らが呼んでいた人間だ。ほら、いるだろう。「バカ」ってやつだ。
 何故か知らないが、ガスコンロの火に触ろうとする奴……。火傷してから、やっと、そいつが危ないということに気付く手合だ。
 「ヒーロー気取り」は警備員にも、客にも、店員の中にもいる。こいつらには脅しもなにも効かないのだ。頭のネジが弾け飛んでいるものだから……。
 
 とかく「ヒーロー気取り」に変身しがちなのは金庫番、店長だ。
 その中に入っているのは自分の金ではないというのに、妙な責任感から、命に代えても金庫を開けようとはしない。
 笑い事ではなかった。全国の同業者達の多くが、この「ヒーロー気取り」の意気を挫くことに手間取って、監獄へ直行していた。

36 d154izBE0 :2015/03/11(水) 21:45:01 ID:HQmj2qm.0
 
 この時は、齢九十にもなろうかっていう年金暮らしの婆さんが「ヒーロー気取り」だった。予測なんて出来るはずもない。少なくともスケジュールにはなかった。
 信じられるだろうか? 今時のスマートフォン並に小さな護身用のピストルをぶっ放してきたのだ。
 距離から言っても、アタマに直撃したって死ぬかどうかわからないような弱さだ。
 だが手元のショットガンの銃身に当たり、砕けた小さな小さな弾丸の鋭い破片が、まるで散弾銃のように顔面に降り注いだら?
 
 そいつは言った。死にかけるってどういう気持ちなんだ? 血塗れの顔面がぴくぴくと痙攣しているのがわかる。
 俺は、先に逝ってしまった両親が花畑の向こうで、仲良く手を振っているのが見えた、と言った。
 
 もちろん嘘だ。暇さえあればおふくろの鼻をブチ折っていた親父が、おふくろと仲良く手を振っているわけもないし、お花畑にいるわけもない。
 だが、どういうわけか俺は嘘を吐いた。後悔もしていないし、良いことをしたとも思っていない……ただ、何故かそう言いたくなった。
 
 ああ、そりゃあよかった、とそいつは言った。リザード、俺は何も見えない。
 クソお花畑も、クソ親父もな。お先真っ暗だ。死にかけてないってことだよな?
 そうかもしれないな。俺はポンティアックのゴミみたいなワゴン車にそいつを置き去りにして、次のクルマに乗った。
 十秒もしないうちに、別の仲間が、そいつのアタマに、ちゃんとした銃弾をぶち込んだ。婆さんの豆粒なんかじゃなくて、ちゃんとした、立派な銃弾を。
 取り分が増えることは期待していなかった。ただ、病院に行く暇などなかったし、失明したての男ほど捕まりやすい人間もいない。
 クソみたいなやつだったし、クソみたいな死に方だと俺は思った。
 
 そして俺は銀行強盗を辞めた。別にそいつの死を悼んだわけではない。ただ、辞めるきっかけを探していて、それが「不運な死」だっただけだ。
 いい時期に辞めたと思う。
 何もかもがデジタル化され、万引きのやり方さえわからないようなインテリのカス共が仰々しい金庫を造る前に、俺は自分の金庫破りの腕を銀行に売ることができたのだから。

37 d154izBE0 :2015/03/11(水) 21:47:13 ID:HQmj2qm.0
 
 ま、それはともかく……。
 どうして俺が「死にかける気持ち」を訊ねられたのかといえば、俺が超能力者だからだ。
 
 少なくとも、仲間の銀行強盗からは、俺は超能力者と思われていた。
 俺は金庫の心臓を簡単に握ることができた。そういう力を持っていた。つまり、金庫を開く最も簡単で正しい方法……解錠の番号や、鍵の在処を「カン」で当てることができた。
 俺は仲間たちにそう説明していた。何やら「カン」が働くのだ。八桁の暗証番号を「カン」で当てることだってザラにある。理屈では説明できないが……と。
 俺は酒の席で、何度も話した。親父が死んで、俺も熱に魘されてからというもの、そうした「カン」がやたらに働くようになったのだ、と。
 仮に店長や鍵番が「ヒーロー気取り」だったとしても、まかせてくれ。俺がいれば金庫は開く。「ヒーロー気取り」は撃ち殺してくれてかまわない。
 
 そして俺は金庫を次々と開いた。どんなに頑丈な金庫だろうが、解錠に何人必要だろうが関係ない。鍵を壊す必要さえない。ただ正しい方法で開ければいいだけだ。
 そうして俺は銀行強盗達の間で、金庫をあっという間に、それもカンで開けてしまう「超能力者」として伝説となり……。
 控えめな財産を手に、金にならない伝説のまま、金庫を守る側になった。
 
 仲間達は俺を雇い、金庫を開き、肩を叩きながら言ったものだ。お前の「カン」は、お前の親父が死に際に遺してくれたものだったのかもしれないな?
 
 もちろん違う。確かに俺は超能力者だったが、俺の能力は「カン」なんかじゃなかったし、親父が残してくれたものでもなかった。
 少なくとも、唯一のものではなかった。
 それもこれも、15歳の、あの謎の高熱に見舞われた時に手に入れたものだった。花畑など見えず、ただただマスを掻いていた、あの病室で……。

38 d154izBE0 :2015/03/11(水) 21:48:39 ID:HQmj2qm.0
 
 何の話かわかりませんね、か? と"ランドバロン"が俺よりも先に口走った。俺の声を真似ているのか、やたらに低くおどけたような調子で。
 そして続けざまに俺が言う。何の話かわかり……ああ、またか、と。
 気味の悪い輪唱をあと何度体験することになるのかわからないが、心を読まれることも、読まれていることを知らされることも苦痛だった。
 ついでに言えば、やたらと頭にくる声真似も。
 
 何の話かわからないなら、何の話か見えるようにしてやろう、と"ランドバロン"は義手の甲を俺に向けた。
 
 "ランドバロン"の大きな義手の、磨きぬかれた銀色が、途端にバラバラと音を立てて剥げ落ち、その「内側の闇」へ吸い込まれていく……という「演出」だった。
 義手の中にブラックホールがあるのかと思ったが、なんということはない。豪勢なことに、"ランドバロン"の義手の甲側は液晶のディスプレイとなっていたのだ。
 カッコイイじゃろう? と皺だらけのランドバロンの顔がニヤリと笑った。まるで「ロボコップ」みたいだと思わんかね?
 スマートデバイスを埋め込んどるんじゃ。家中の家電が動かせるし、テレビも映画も見放題。電話に万歩計にカメラ、iTunesも入ってるし、テレビゲームも出来るぞ!
 ……ま、片手でしか操作できないと気付いちまってからは、ぜんぜん遊んでないけどな、ゲーム。そもそも老眼じゃからよく見えんし。
 
 ん……まあ……カッコイイんじゃないですかね。その起動演出は?
 この起動演出も最高じゃろう? ハリウッドに伝手があってな、そこの……えと、なんとかベイって映画監督に頼んでCGを作ってもらったんじゃ。ン百万もカネかけちまったがな。
 ……だが、次の「これ」は、映画監督の演出じゃあないぞ。

39 d154izBE0 :2015/03/11(水) 21:51:08 ID:HQmj2qm.0
 
 "ランドバロン"の義手の関節という関節から、あるいは袖口から、おぞましいほど鮮やかな紫色の植物の細い蔦が……いや、捻くれた刺だらけの茨が這い出る。
 言われなくとも、それがスクリーンに映る画像でないことはわかった。蔦は植物や……蛇のような生き物ですら不可能な、気味の悪い滑らかな素早さで義手を覆い尽す。
 
 直感的に、俺は目の前の異様な出来事を頭で拒否するよりも先に、自分の首筋の無事を確かめた。
 あの気味の悪い茨は、昔、何かの本で読んだ、南部の黒人の首を吊るためのロープに似ていたのだ。人間の死体が生る、奇妙な植物に……。
 
 そして俺は……これが"ランドバロン"に確実に「読まれる」ことを知っていてもなお、どうしても考えを止めることができなかった。
 これは、俺の「超能力」に似ている、と。
 
 いかにも、わしの「スタンド」はお前の超能力と同じ類のものだ。と"ランドバロン"は、自分の腕に巻き付く茨を一瞥もせずに、俺の目を睨み続けた。
 俺の心を少しも逃さないように、見張っているのだ。
 だが「スタンド」というのは……「系統」の名に過ぎない。動物という系統に「ライオン」や「シカ」がいるように、「スタンド」という系統にも個別の……個性的な種がある。
 そしてわしの「スタンド」、『ハーミット・パープル』は……。
 
 ディスプレイが、機械が苦痛のあまり「痙攣」するならば、こんな音を立てるだろう、と思えるほど凶悪なノイズを立てた。
 そこに映っているのは……俺だ。俺の後ろ姿。そして俺と向かい合って、義手のスマートデバイスを見せつけている"ランドバロン"。
 
 思い切り振り返る。だがそこには、何もない。厳密に言えば、色々な家具やら壁やらが、離れた場所にあるのだが、そこにも、あるべきはずのものがない。ビデオカメラだ。
 どうしても、どこかの調度品の中に小型カメラが隠されているのではないか、と考えてしまうが……防犯アドバイザーとしてのキャリアが叫ぶ。それはありえない。
 ありえないのだ。"ランドバロン"のスマートデバイスの映像の位置関係を考えれば……何もない空中にカメラがなければおかしいのだ。
 
 再び振り返って、"ランドバロン"の義手を見る。ディスプレイ越しに、半端に振り返った俺の姿が見える……動悸の震えまで見える。
 試しに腕を振り上げてみれば、ディスプレイに映る俺も腕を振り上げる。事前に準備した映像ではなさそうだ。いや、リアルタイムで処理しているのかも……。
 ううむ、と"ランドバロン"は言った。なんとなく察してはおったが、お前は「戦闘」には向いてないのう。不慮の事態に対する適応力と、疑り深さのバランスが悪い。
 しかし、お前の疑う気持ちはわからんでもない。だが、こうすれば、わしの能力に対する疑いも晴れるじゃろう?
 
 "ランドバロン"のディスプレイの映像が、グン、と俺の横顔に近づく様子を、俺はディスプレイで見ている。
 そして映像は……俺の側頭部にめり込み……一瞬だけ、ブラックアウトした。
 だがすぐに、ディスプレイは、ぐちゃぐちゃと脈動する赤い何かを映し出す。奇妙な光沢と、微細な痙攣を繰り返す、おぞましい赤い何かを。
 俺は、肉だ。と思った。まだ生きている赤い肉。これは、これはまさか……。
 
 ふむ、"ランドバロン"は言った。お前は「動くところ」ばかり気にしすぎじゃな。うじうじ動いている赤いところが、そんなに気になるのか?
 ダメな奴じゃなあ。本当に大事なのは、動いていない、ディスプレイの下半分なんじゃけどなあ。これがなんだかわかるかね?
 俺は言う。わからない。わかりたくもないぞ……。
 ま、そうじゃろうな。人間は、自分が思っているほど自分のことが見えていないと言うしな。
 だから、これは貴重な経験じゃぞ。今後、一生見ることはないだろうから、よおく見ておくがいい。
 これはお前の「脳ミソのド真ん中」じゃよ、リザード君。

40 d154izBE0 :2015/03/11(水) 21:53:17 ID:HQmj2qm.0

 強烈な吐き気を感じて、体中の力が抜けた。俺はテーブルに手を付き、ぶっ倒れないように突っ張ったが……長くはもたないだろう、という予感がした。
 "ランドバロン"は老人特有の不気味な笑みを浮かべた。このちょっと白っぽいところが「脳梁」というド真ん中部位じゃ。
 うじうじ動いているのが、我々が脳ミソを思い浮かべた時に、真っ先に思い描く「大脳」部分じゃな。大雑把に言えば。
 
 じゃが安心していいぞ。我が『ハーミット・パープル』の能力は『遠隔霊視(tele-spook-vision)』。
 たとえ地球の裏側だろうが、この世に起きたあらゆる事象を「何か」に「映す」ことができる。
 ……「何か」に掛ける負荷がデカいのが欠点じゃがの。あんまりやり過ぎると、この超頑丈な義手でも「ギシュギシュ」っと音を立てて壊れちまう。
 我ながら素晴らしい「スタンド」じゃが……戦闘という点では無力でな。リザード、お前の首を吊るすこともできんよ。

ところでリザード、お前はわしの『遠隔霊視』ではなく『ハーミット・パープル』が発現した段階で動揺しておったな。
「スタンド」は同じ「スタンド使い」でなければ見ることができない。故に、お前を「スタンド使い」であると断定してもいいのじゃが……。
 言い逃れができんように、お前が「スタンド使い」である証拠を見せてやろう。今度は大画面でな。
 
 "ランドバロン"の義手から生えた、色から形から何もかもが気味の悪い茨が、床や壁を這い周り、チェストテーブルから花瓶を落とし、
 模造絵画をビリビリに引き裂き、壁紙を刳りながら、何インチかを考えるのも面倒な、デカいソニー製の壁掛けテレビへと伸びていく。
 ああっ、くそっ。歳をとってからっちゅーもの、こいつらもボケてきとるんかのーお。うまくコントロールできんわい。
 
 ずるり、と茨が壁掛けテレビへ潜り込んだ瞬間、義手のディスプレイの悲鳴とは比べ物にならないほど大きな断末魔が鳴り響いた。

41 d154izBE0 :2015/03/11(水) 21:56:09 ID:HQmj2qm.0

 今度こそ、完全に頭がイッてしまったのかと思えたが、明らかに現実だった。
 頭がイッてしまった方がマシだ。
 
 壁掛けテレビに映る俺は、通路を歩いている。傍らには俺が務めている銀行の支店長と、本社から派遣されてきた本部長がいる。
 黄色がかった模造大理石の通路。壁も大理石風だが、実際には分厚いコンクリートの表面に貼り付けられているだけ。
 見慣れた風景だ。アメリカ有数のメガバンク。ランドバロンの資本によって運営されている、ニューヨーク・ミューチュアル社ロサンゼルス支店の……金庫へ向かう通路。
 それも、特別な上客だけが利用する、貸金庫への通路だ。
 
 そしてカメラは俺と「並走」する……。
 言うまでもなく、ありえないことだ。俺はこの店の監視カメラの位置や性能を全て知っているし、自分を追うカメラなどないことも知っている。
 これは……「過去を『遠隔霊視』した映像」だ。
 
 いかにも、とランドバロンが言う。詳細はあとで説明してやるが……このあと、どうなるのかはわかるな?
 ああ、と俺は言う。もちろん、わかるとも。
 
 ニューヨーク・ミューチュアル社に限らず、現在の銀行金庫は恐ろしいほど強固なセキュリティによって保護されている。
 うんざりするほどの数の監視カメラとセンサー、入り組んだ長い通路、分厚いコンクリと鉄板に覆われた部屋、物理的に破壊不能な鍵、訓練された元軍人の警備員……。
 だが単純な話をすれば、最も強力な金庫とは、その場に鍵が存在しない金庫だ。ミューチュアル社の金庫は、そうした強力な金庫の一つだった。
 
 その金庫は、普通に入ることさえも困難だ。その金庫の中に入るだけでも、三人の人間が必要となる。
 一人が支店長。ロサンゼルス支店を任されているハゲ野郎で、自分の嫁が息子の家庭教師(女)と浮気しているのを見て見ぬふりしているし、興奮してさえいる。
 もう一人が本部長。こいつは普段、支店にはいない……というか、ロサンゼルスにさえいない。普段はニューヨークの淫売を買ってSMに興じている。もちろん責められる側だ。
 そして最後にセキュリティ責任者……この銀行では、俺だった。自分の強盗のカラクリを見せつけられている、とんでもないアホ野郎だ。
 優良顧客向けの(要は中に何があるのか知られたくない富裕層の)金庫に入るには、この三人が金庫の前集まり、指紋、網膜スキャン、声紋認証、
 三十以上のランダムな質問に対する解答パスワードを、視覚のない監視カメラの下で「同時に」入力しなければならなかった。
 
 そして当然、金庫の中にも(外ほどではないが)厳重管理された金庫があり、開けるには顧客のセキュリティカード、パスワード、鍵が必要だった。
 弱点らしい弱点といえば、秘密を持ちたがる顧客が対象であるという都合上、金庫の中に監視カメラの類がないことであったが、それでも無敵だった。
 そして俺にとっては、セキュリティなど存在しないも同然だった。
 
 超絶敏感な振動センサーを無視して、金庫のコンクリと鉄板をブチ抜く? 三十分、居場所がわからなくなるだけで大騒ぎになる人間を、誰にも気付かれずに、三人も誘拐する?
 馬鹿馬鹿しい。強盗は映画ではない。本気で盗みたいのであれば……ただ正しい行程を踏んで、真正面から、金庫を開ければいいだけの話だ。
 
 壁掛けテレビに映る俺と冴えない面々は、金庫のセキュリティを要領よく解除した。このセキュリティが完成した時に、何度も練習した行程だ。
 強く意識していた。少しでも間違えば、優良顧客の財産が閉じ込められる、ということを。間違えるはずもない。
 "ランドバロン"の「スタンド」が開いた金庫の中へ、するりと滑りこむ。
 
 止めてくれ、と俺は思った。頼むからミスってくれと。銀行の警備員どもは何をしているんだ? 何のために監視カメラの映像をガン睨みしている?
 だが止められることはない。この銀行の人間、それもセキュリティの担当者、支店の責任者、本部の執行役員が金庫を開けているのだ。理由など知らなくとも、止めるわけがない。
 
 ここからじゃ、とランドバロンは言う。お前ならわかるよなあ、自分の能力なんじゃから。

42 d154izBE0 :2015/03/11(水) 21:58:29 ID:HQmj2qm.0
 
 俺と冴えない面々は、金庫の中へ入る。二百八十五個の、厳重に施錠された銀色の貸金庫が、ずらりと並ぶ。
 これら一つ一つに、あらゆる贅沢と悪徳とが詰め込まれている。盗まれた美術品、麻薬で築いたカネの山、本物のスナッフ・ビデオ、愛人を殺した証拠の銃……。
 監視カメラのない空間だ。何を持ち込んでも罪に問われることはない……。しかし、"ランドバロン"の能力は俺を告発しようとしていた。
 
 壁掛けテレビに映る俺が、支店長と本部長の肩に触れる。ご協力に感謝します、と。ここまでくれば、監視カメラはありませんからね。
 帰るときは、またよろしくお願いしますよ。
 
 次の瞬間……支店長と本部長が、パンッ、と破裂した。タイヤがパンクするかのような、一瞬の出来事だ。そして……薄っぺらな、二人の「何か」だけが残った。
 
 "ランドバロン"の密偵が、二人の「何か」に近づく……その「何か」が、二人の「皮」であることがわかる位置まで……。
 
 壁掛けテレビに映る俺は、二人の「皮」を洗濯物を畳むかのように、何度も、何度も、素早く、器用に、、慣れ親しんでいるかのように折り曲げて……。
 やがてそれは、ほんの小さな、ほんの少しだけ分厚い、クレジットカード程度のサイズにまで小さくなった。
 
 間抜け面した俺は、それを上着の右ポケットに収めると……左ポケットから、違う「皮」を取り出した。
 
 それが何なのか、俺は既に、頭のなかで、何度も考えてしまっていた。"ランドバロン"に心を覗かれていることを知っていながら。
 それは、ジョセフ"ランドバロン"ジョースターが……ロサンゼルス支店の貸金庫のセキュリティを設定しているときに奪った「皮」だった。
 そして俺は、"ランドバロン"の「皮」を……。
 
 その瞬間、壁掛けテレビが、ぶつり、と音を立て、ブラックアウトした……ひび割れたディスプレイから、真っ黒な煙を吹き出す。
 のわあ! と"ランドバロン"が叫び声を上げる。いいところじゃったのに! じゃない! わしのテレビが!

43 d154izBE0 :2015/03/11(水) 22:00:09 ID:HQmj2qm.0

 はあ、と壁掛けテレビを見つめる"ランドバロン"が、枯れた溜め息をつく。
 ま、これでわかったじゃろう。これが「スタンド」。そしてリザード、お前のも同じ「スタンド」じゃ。
 ……俺をどうするつもりなんです? あんなの、何の証拠にも、
 馬鹿じゃのう! 盗みなんか気にせんと言っておるじゃろ。盗むのは勝手にしろ。これからも気にせんよ。
 それに、お前の言うとおり、スタンドによる犯罪や調査なんぞ、なんの証拠にもなりはしないしな! あ……。
 何を言いたいのか忘れかけてしまったじゃないか、馬鹿者め。
 
 "ランドバロン"は煙を上げ続ける壁掛けテレビの前で、ぐるぐると回り始めた。
 うーん、重要なのは……なのは……なんだっけなあ……うむ……そう、そうじゃ! リザード、お前の「スタンド」じゃ。お前に頼み事があるんじゃよ。
 
 リザード、お前の「スタンド」に深入りはしない。「スタンド」は我々の精神に関わるもの……非常にデリケートで、ナイーヴなものじゃ。
 だが察するに……お前の「スタンド」は、他人の精神……いや、そうじゃな。例えば「習慣」「思考」「行動履歴」「記憶」……そうしたものを、奪うものじゃないか?
 
 それは……と俺が言おうとした瞬間に、"ランドバロン"の茨が、俺の頬を、極々弱い力だが……確かに引っ叩いた。
 言わんでいい、と"ランドバロン"は言った。あまり、そういうのは他人に知らせるべきではないと思うんじゃよ……そうじゃろう?
 
 それはつまり、と俺は考える。言わなくていい、ではなく、言ってはいけないということなのだろうか?
 俺の脳裏で、いくつもの映像が巡った。銀行、監視カメラ、セキュリティ、"ランドバロン"の『遠隔霊視』……。
 ランドバロンは頷いた。そういうことじゃ。お前は自分のことを明かさんでいい。
 
 重要なのは、お前が必要だということじゃ。お前に似たスタンドを持つものを、わしは二人しか知らん。それも、片方は資料だけでしか知らん男じゃ。
 一人は日本の漫画家で、他人の過去や情報を覗き見る「スタンド」を持っている。だが彼は……まあ、これは、あとで話そう。重要だからな。
 もう一人は、イタリアのギャングだった男で、過去の出来事を再現する能力を持つ「スタンド」を使うことができた……死んでしまっているがの。
 
 どちらも強力な「スタンド」じゃ。「時間」や「精神」に関わるからのう。だが、お前ほど適任ではない……諸事情あってな。
 特に片方は死んでるからのう。死人では、わしの頼み事は果たせんじゃろ?
 
 俺は震える手で、スコッチを零しまくりながら啜ると……やっと尋ねる気になった。
 頼み事。頼み事って、いったい、頼み事ってなんですか。正直、もう俺の頭にこれ以上は詰め込めませんよ……。
 
 頼み事は一つ。と、ランドバロンは言った。わしの娘……シズカ・ジョースターの「スタンド」を暴いてほしい。
 完全でなくともいい。シズカの「スタンド」の部分的な情報だけでも構わん。傷付けることは許容できないが……程度によっては、黙認してもいい。
 報酬や費用は要相談じゃが、少なくとも、お前のところにある金庫……あの中身は全て持っていけ。これからは、ちまちま盗む必要がなくて、楽じゃろう。
 報酬としても十分なはずじゃ……六百万ドルは。
 もちろん、断ってもいいがのう……だが、説明くらい聞いておいても損はないんじゃあないか? リザード君。

44 d154izBE0 :2015/03/11(水) 22:25:05 ID:HQmj2qm.0
 ……というところで「3」はここまで。引っ越しの時期だね。大変だね。終わらせる気あんのかな?
 ここからは「3」の註釈です。読み飛ばして「4」へ行って結構。
 
 ・"ランドバロン"
 ご指摘あった通り、当SSは本編キャラであるジョースター家扱いが、数あるジョジョのSSや小説版とかなり異なっている。具体的には、ジョースターを「良く」書いてはいない。
 ただ「悪く」書いているわけでもない。ただ、筆者はジョースター家が主人公でない以上、ジョースター家が「正義の一族」であるという認識の方がおかしい、と考えている。
 DIOや柱の男、吉良、ディアボロ、プッチなどの悪との戦いを知らない人々にとって、ジョースター家は不良揃いで、不気味な能力や繋がりを持った、奇妙な一族に過ぎない。
 ただ、あくまでもこうした設定は当SSのみのものであるため、原作やファンへの配慮を考え、本編キャラを出来る限り本名で呼ばないようにしている。
 故に、なんとなく原作のイメージを壊されるのが嫌だなあと思う人は、これはジョセフではなく"ランドバロン"という別人の話なのだと考えて欲しい。
 ただし、シズカ・ジョースターは壊される原作のイメージがほぼないので、「シズカ」と呼ぼうかと考えている。異論があれば、仇名も考えてあるので、そちらにする。
 
 ・『ハーミット・パープル』
 遠隔透視(remote viewing)は様々な解釈があるものの、一般的にはテレパシーと透視を混ぜたような超能力と考えられている。
 しかし『ハーミット・パープル』は遠隔透視能力ではなく、遠隔透視の結果を何かしらの物体に受像させる能力なので、どう表記するか、随分と悩まされた。
 そこで、当SSでは「遠隔透視」にtelevision(受像機、いわゆるテレビ)とspookの英語をあてた。spookは幽霊やスパイ、奇妙で不気味な、といった意味合いがある。
 透を霊に置き換えたのは、spookの漢訳でもあるが、透視というよりはスタンド(幽波紋)の諜報活動の結果報告、というイメージがあったからだ(イエロー・テンパランス戦のように)。
 
 さて、ハーミット(隠者)は大アルカナでは七番目のカード。六番目は力(トート版では調整、あるいは正義)、八番目は運命の車輪。
 それぞれの意味合いは個々人でググってもらうとして、ここでは物語的な解釈を。タロットカードは一つの物語でもあり、前後との関連が重要なのだ。
 六番目の力(あるいは調整)は原始的かつ非合理的な権力体制や法整備――前文明を意味している。まさに若い暴力が権威を学び、利害関係の調整を考える時期である。
 七番目の隠者は、死と暴力が渦巻く洞窟という暗黒時代の中で、老成した人物が文明の光をもって皆を導く――文明の誕生を意味している。
 そして八番目の運命の車輪は文明の流転、つまり帝国の勃興や没落などの栄枯盛衰を意味する。車輪(戦車)がもたらした文明間の衝突がモチーフだろう。
 
 ・人間の死体の生る……
 National Recording Registryに保存もされている歴史的名楽曲、ビリー・ホリディの「奇妙な果実」と、それの題材となった多数の黒人首吊り処刑事件のこと。
 アメリカにおける黒人差別は今日も、明日も、明後日もおそらく続いていく。世界一有名な差別と言っていいだろう……差別は世界のどこであれ、悲惨なものだが。
 この事件、ジョジョ本編にも登場している。第六部のウェザー・リポートの過去だ。
 首吊りというものは権威の点で効果的な処刑法である。誰もがそれを見る。異を唱えれば、自分も吊られるかもしれないから、誰も死体を降ろさない。
 ということは、誰もが処刑に「同意している」ということである、と。
 
 ・ニューヨーク・ミューチュアル社
 非実在。モデルにしたワシントン・ミューチュアル社は実在していたが、2007年のリーマン・ショック、サブプライムローン問題に対処できず、経営破綻した。
 ミューチュアル(Mutual)は相互的、互助的、といった意味。今日では使わない人の方が珍しい銀行だが、その役割を知らない人は意外と多い。
 その基本的な機能は国家や企業と同じで、
 (1)顧客から金を搾り取る。(2)絞り取った金を事業・投資・運営に使って儲ける。(3)そのアガリを顧客に支払う。である。
 あなたも儲かる。私はそれ以上に儲ける。ミューチュアルでしょう?

45 d154izBE0 :2015/03/11(水) 23:06:05 ID:HQmj2qm.0
>>31-33
遅くなりましたが、ご感想ありがとうございます。
SSを書くのは初めてで、色々と戸惑っておりますが、どうにかこうにか形に出来るように頑張ります。
少なくとも、戦闘シーンまでは頑張ります。

46 名無しのスタンド使い :2015/03/12(木) 10:52:48 ID:WtKjQMLE0
早くも3話投下乙です!
なるほど、本名で呼ばないように"ランドバロン"なんですね
でもシズカはシズカでいいんじゃあないでしょうか
言ってしまえばオリスタSSは全て非公式のパラレルワールドですから

今回はリザードのスタンド能力の片鱗がでましたね
やっぱり主人公はリザードなんですかね?
オッサン主人公って珍しい。自分はそういうの好きですが
あとジョニーって呼ぶべきか、リザードって呼ぶべきか迷う
個人的には"ちんぽこ"のインパクト強すぎてリザードと呼びたい派w

しかしこのクオリティで初SSとは…めっちゃ読書家とか?

47 名無しのスタンド使い :2015/03/12(木) 14:03:19 ID:of7biB0g0
すげー、アメリカの探偵小説みたいだ
(おもしろそう)期待して待ってる!

48 名無しのスタンド使い :2015/03/12(木) 19:26:47 ID:bpAX52rc0
乙です!
このSSが最近の楽しみです

49 名無しのスタンド使い :2015/03/12(木) 23:59:02 ID:kbq1fPiY0
情報量の蓄積がすごい、無論いい意味で
練りこまれた世界観ってそれだけで読んでいて楽しい
映画の字幕、あるいは洋書の邦訳? を彷彿とさせる独特の語り口が実に
ジョジョの世界観に合っていてすごく引き込まれるね

応援してます、乙

50 d154izBE0 :2015/03/17(火) 01:32:26 ID:qmKff0Fk0
>>46-49
ご感想ありがとうございます! 励みになります。
少々更新が滞っておりますが、次回の原稿は書き上がっております。
アップロードのタイミングが図りかねておりますが、まあ今週の平日中には……。
この文章のサイズでいうと、次回までが前振り、その次が戦闘準備、そして戦闘となります。
もう少し細切れにしてアップデートしてもいいかもしれない、とも思っています。
 
>>46
主人公はリザードです。
"ジョニー"ですが、ジョがあるからといっても、特にジョジョとは関係ありません。
ありがちな名前ですからね。
むしろちんぽこの方が大事なので、基本的にはリザードと呼んでいきます。

SSは(書き方もそうですが)今でも読み方さえわからない感じです。
あんまり行間や人間の想像力を信じていないので、読んでいて画も出来てきません……。 
読書はする方ですが、エッセーというか人文書を読むことが多いですね。

51 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:36:58 ID:EJRcmofA0
 4. 要注意児童
 
『アクトン・ベイビー』と"ランドバロン"は言った。ドイツ語混じりの奇妙な英語だ。その意味は……「要注意児童」。

52 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:37:34 ID:EJRcmofA0
本当に面倒なことじゃが、リザード、掻い摘んで話そう……珍しいわけではないが、お前は特に「スタンド」に疎いようじゃしな。
 だが、そこが気に入っているところでもある。余計なことは考えんでもよい。どうせ……そのうちわかる。
 
 例のイタリアのクソマフィアが絡んでくるずっと前から、スピードワゴン財団は「スタンド使い」の研究を行ってきた。
「スタンド」や「スタンド使い」は、どんな性質を持つのか? どんなふうに生まれてくるのか?
 得られた結論は幾つもある。「スタンド」と病原菌の関係、「スタンド」と人間の関係、分類と類型、その対処法……。
 いまだに詳しくわかっていないこともある。「スタンド」の変化に関するものじゃ。
 
「スタンド」が性質を変える、という現象は、長い間、スピードワゴン財団を悩ませてきた。
「スタンド」は人間の心の奥底から湧き出る力を具象化したもの……というのが、研究当初のスピードワゴン財団やわしらの認識だった。
 人間の性質が変われば、その人間の表象であるスタンドが変わるのも道理というもの……直感的には正しいじゃろう?
 だが、よくよく考えればおかしな話じゃ。「スタンド」がまるっきり変わってしまうほど、人間の精神が根っこから変わることなど、そうそうことじゃろうか?
 もしもコロコロ変わるとしたら、心の表面部分と「スタンド」が呼応しているのか?
 しかし気分で「スタンド」が変わるというほど、多くの「スタンド」はそれほど変化しない……。
 せいぜい「テンション」によって強くなるとかそんなところじゃが、これは人間の肉体も同じじゃからなあ……。
 
 わしの『ハーミット・パープル』も、元々はカメラでしか使えない能力だった。過去を覗き見ることもできん。操縦も十分ではなかった。
 わしの何が変化したのか? 能力の根っこは変化していない。
 そこで、これは「スタンド」が変化したのではなく「熟練」したのではないか、と我々は判断した。
 
 では本物の変化はどうか……スピードワゴン財団は、特に若年層の「スタンド使い」に、そうした変化が少なくないことを確認しておる。
 ある若い「スタンド使い」は「音を操るスタンド」から「重力を操るスタンド」へ「変化」した。
 それから、わずかばかり二つの能力を所有していたが……、やがて、「音のスタンド」は消滅した。脱皮のようなものかのう。
 だが、確実に「変化」するわけでもない。多くのスタンドは……「変化」ではなく「熟練」する傾向がある。

53 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:40:14 ID:EJRcmofA0

 長話にヘトヘトになった俺は、訊ねる。あの、ミスター"ランドバロン"、話が見えないんですが……。
 そして"ランドバロン"は応える。おお、奇遇じゃな。わしも話を見失ったところなんじゃよ。
 ……ボケてんのかよ。
 声に出とるぞ、"ちんぽこ"君。
 別にもう、同じじゃないですか。声に出そうが、どうだろうが!
 ま、そうなんじゃけどねえ、とランドバロンはすっとぼけたような笑みを浮かべた。

54 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:40:55 ID:EJRcmofA0
 
 わしがシズカと出会ったのは日本。彼女は一歳にも見たなかったが、既に強力な「スタンド使い」でもあった。
 その能力は『透明化』……我々はその「スタンド」を『アクトン・ベイビー』と名付けた。
 自分だけではなく、周囲のあらゆるものを「透明」にする「スタンド」じゃ。
『透明化』ですか。ぱっと聞くだけでも、そうとう恐ろしいですね、と、とりあえず俺は口に出しておいた。
 ……頭に浮かんだのは、衣服の局部だけが透明になった美女たちだったが。
 
 "ランドバロン"の茨が、再び俺の頬を打った。おい、ナメてんのかコラ。ひとの娘でなんちゅー想像を……。

55 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:42:29 ID:EJRcmofA0

 まあともかく、古来から「透明人間」の恐ろしい物語が多くあったように、直感的に考えれば、コレは恐ろしい能力じゃろう。
 率直に言ってしまえば、かなり「犯罪向きの能力」じゃ。
 ……それで、その「スタンド」のせいで、シズカ・ジョースターは捨てられていた、と?
 ふむ、と"ランドバロン"は少し考え込むような様子を見せる……まるで昔を懐かしむような、潤んだ目で。
 意外と感傷的なのだろうか?

 あくまでも想像に過ぎんが、わしは逆だと思う。捨てられたから「スタンド」使いになったのでは、と。
 想像してみろ、寒空の下、母親も父親もなく、そのへんの道端に捨てられている赤ん坊じゃ。
 野犬、酸性雨にダイオキシンに放射能に人さらいにロリコンどもがうようよじゃ。
 ……なるほど、自然と『透明化』の能力が欲しくなりますね。「環境」がスタンドを決めることも、ありえるんですか?
 なんともいえんな。人間の心をどう定義するかという問題でもある。砂漠とジャングルでは、人間の心の在り方が異なる。
 環境が全てではないが、環境も重要じゃろう? 我々の心は、環境に育まれるのじゃからな……。

56 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:43:58 ID:EJRcmofA0
 
 ああ、と俺はやっと目が覚めたような気持ちで言った。なるほど。なんとなく見えてきましたよ。
 ある赤ん坊が、恐怖から、自分の身を守るために『透明化』の能力……その場しのぎの「スタンド」を身につける。
 だが、そうした事情に即応する形で誕生した「スタンド」が、二十代になった今となっても、そのまま残っているとは考えにくい、という話ですか。
 うむ。と"ランドバロン"は頷いた。その通り。
「スタンド」は人間の心を拠り所にする……「身を守るために透明になりたい」と、ずっと思い続けるなど、無理があるじゃろう。
 
 実際、シズカの『アクトン・ベイビー』は当初、「ストレス」によって暴走状態にあったんじゃ。
 ちょっと、待ってください、と俺は話を遮る。メモをとっても? 情報の整理が追いつかないんですが……。
 ううむ、構わんが、あんまり人に見せるのは歓迎できんな……「スタンド」という個人的な問題である以上に、頭のオカシイやつだと思われかねんからな。
 はあ、どうも、と俺は上着の内ポケットからメモ帳を取り出し……今までの情報を、思い出せる限り書き起こしていく。
 お、おお、凄い速度で書くのう……、とランドバロンは言った。なんて書いてあるのか、ちっともわからんが。
 真っ当な教育を受けていないもので、と俺は応える。良い字が書けないんですよ。ま、俺が読めて、速く書けるなら、それで問題無いと思っています。
 本当はといえば、銀行強盗のキャリアから身につけたスキルだった……暗号に速記、地図の記法……。俺の仲間たちにしか通じない強盗言語だが……。
 
 で、だ。「ストレス」じゃな。わしと出会った当初の、赤ん坊のシズカは、ちょっとしたショックで何でもかんでも「透明」にしていた。
 わしの息子は「矛盾」していると言っていたな……「不安」のあまり『透明化』の「スタンド」を身につける。しかし、そのために親からの保護を受けることができん。
 だが、そうした「スタンド」の暴走も半年ほどで落ち着いてな。「スタンド」による『透明化』を確認できたのは七歳くらいまでじゃ。
 それも、子どもにありがちな嫌なものや怖いもの、ホラー映画とか、ピーマンとか、吠える犬とかクローゼット、
 ま、そうしたものを「透明」にしてしまう、といった具合じゃな。
 しかし分別がついたというか……わしも色々と「スタンド」の危険性について教育したからな。自然と『透明化』の能力は使わんようになっていった。
 ま、自然な流れじゃろう。強力な「スタンド」とはいえ……使わんにこしたことはない。常用するものでもないし、人生に役立つとも限らん。

57 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:45:45 ID:EJRcmofA0
 
 ふむ……横道にそれてしまいますが、赤ん坊の「スタンド使い」の他の事例とかはないんですか。
 これがな、ないんじゃ。現在のところ、確認されている「スタンド使い」の幼児は、シズカだけじゃ。
 へえ、それまたどうして……。
 それについては、はっきりしておる。死んじまうんじゃよ。
 えっ?
 スタンドは病だと言ったかの? 言ってなかったかもしれんな……。
 
「スタンド」は、ある病原菌が原因で発現する……非常に珍しい菌じゃ。ある種の石の中にいる菌で、紫外線にすごぶる弱い。
 そして感染時に、身体が拒絶反応を起こすことがある。
 何も起こらないよりかは、何かが起こる確率の方が高いかの。
 死ぬような事例は、大人の場合だと珍しいが……幼児だと、ありふれた高熱でも死んでしまうからな。
 それにだ、仮に拒絶反応を乗り越えて「スタンド」を身につけたとしよう……『アクトン・ベイビー』のような「矛盾」を孕んだ「スタンド」だったら?
 あるいは、炎を操る「スタンド」だったとしたら? 自分の世話をやいてくれる親を切り刻んでしまうような「スタンド」だったら?
 多くの「スタンド使い」は、自身を「生まれながらのスタンド使い」としているが、これは事実とは少し違うというのが、財団の見解じゃ……。
 概ね四歳から五歳、せいぜい三歳程度なんじゃよ、「スタンド」という超常現象に耐えられる子どもというのはな。
 シズカはな……おそらくは拒絶反応を起こさなかった。類まれな幸運の星の下に生まれついた子どもなんじゃよ。
 
 ……ま、大富豪に拾われているという点に関していえば、その「幸運の星」は間違いではなさそうですね。
 少なくとも、片田舎のあばら屋に住んでいた俺なんかよりは、随分と恵まれている。
 では、更に質問。その幸運なご子息の現在の「性質」から「スタンド」を類推することはできないんですか?
 例えば、相変わらずホラー映画が苦手だとか、引っ込み思案だとか、窃視症か、回避性の人格障害をお持ちだったりとか……。
 ないね。ないない。我ながらパーフェクトな娘じゃよ。独りで『呪怨』も見れるし、社交性も高く、カウンセラーのお世話にもなっておらん……。
 むしろ、わしの知るシズカは、もっと良い意味で自己主張の強い、年頃の女の子じゃよ……化粧もするし、ボーイフレンドを作るし、将来の夢を話したりもする。
 そんな人間が『透明化』を選び続けるとは、考えにくいじゃろう? なんのメリットもない。だが、確信があるわけでもない。

58 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:47:31 ID:EJRcmofA0

 なるほどね、と俺も頷く。まあ、不安と意図は、わかりました。
 ……では、核心の部分を……なぜ俺が? ご家族の問題でしょう? 何かトラブルでも?
 
 むろん、なぜお前が、かといえば、お前の「スタンド」がこの事態に対して有効だから、じゃ。
 お前に辿り着いた経緯は教えられん。なんらかの「伝手」があったのだと覚えておけばよい。
 で、トラブルについてだが……あるような、ないような、と言いたいところじゃな……。
 そこをはぐらかされても困るんですが……。じゃあ、聞き直しましょうか? なぜ直接、ご息女にスタンドについ聞かないんです?
 む……じゃあ、言い直そう。トラブルは「あった」。が、家族間のトラブルではない。仕事を受ける気になったら、教えよう。
 
 それから……シズカから「スタンド」については聞き出すことはできんかった……なんだかんだと嫌がってな。
 ま、「スタンド」は尻の穴のようなものじゃ……誰かれ構わず見せようとは思わんじゃろ?
 その喩えはどうかと思いますが、わかりますよ、と俺は応える。俺も、ずっとバレたら実験施設送りだと思ってましたから。
 失礼じゃな。スポンサーであるわしが自信を持っておすすめしておくが、実験施設は、いいところじゃぞ。
 それはさておいて、とランドバロンは言った。一般的に言えば、「スタンド」は見せろ、と強要できるものでもない。
 むしろ、出来る限り使うな、と教えるのが普通じゃ、とわしは思っておった……今も、そう思っておるくらいじゃ。
 それじゃあ、なぜ? なぜご息女の「スタンド」に拘るんです? そこのところ、なんだかずっとはぐらかしていませんか?
 
 ううむ……出来れば話したくない、というか、話せないというかな……。
 ……はあ?
 お、お前さんが考えていることはわかるよ……胡散臭い、じゃろ? だが、どうしてもなあ……どうにかならんかのう?

59 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:51:04 ID:EJRcmofA0

 フム、と俺は考える。メモの枚数がひたすらに嵩んでいく……。
 
 フムフム……クソ胡散臭いな。「動機」がわからないとは……「キーワード」はそれなりだが……。
「デッドマネー」に「スタンド」……『アクトン・ベイビー』か……この二つがきっと「鍵」なのだろう。
 ……どっちも、事実なら、という前提が必要だが。伝聞だからなあ……信用していいのか?
 
 ……いや、馬鹿か。"ランドバロン"も俺と同じなんだ。『ハーミット・パープル』の能力をバラしただろう。
「スタンド」という名前こそ知らなかったが、自分の能力については、よくわかっている。
 似たような能力を持つものが何人いるのだろうかと考えたこともある。しかし肝は変わらないだろう。
 非人間的な存在にとって、「どんな能力」なのか、が最も価値を持つ危険な情報だ。
 秘匿すること、想像さえ及ばないような力を隠し持つこと自体が、超能力の究極の力なのだから……。
 自分の能力をバラしておきながら、こんなところで嘘をつくのか?
 それに、俺を騙したってしょうがないじゃないか。俺が盗った金なんて端金だし……奪取、あるいは報復が目的なら、こんな手の込んだ方法はとらないだろう。
 ……これは考えるだけ時間の無駄だな。信頼するために、信頼性を確かめるなんて、堂々巡りで意味がない……。
「動機」を考えなければ……。

60 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:51:17 ID:EJRcmofA0

「動機」か……「デッドマネー」関連なのは間違いないだろう……というか、今のところ、それ以外に情報がない。
 
「デッドマネー」の中にシズカの「スタンド」が『透明化』でなければ上手く扱えない「遺産」があるのか?
 まあ、「何か都合の悪いものを隠す」という点にかけては『透明化』は最強の能力に違いない。
 特に「ナチスの遺産」ならな……ヤバい「絵画」に「骨董」に「宝飾品」の「盗品」のオンパレードだ……。
 もちろん「自分自身」も……『透明化』すればこの上なく安全に「デッドマネー」を「換金」「所持」もできる。
 
 ……いや、限定的すぎるな。それにスピードワゴン財団がいる……。
 あれほどデカくて黒い組織なら、「換金」に関しては「スタンド」なんていらないはずだ。
 ネックとなるのは、スピードワゴン財団と関わりのあるイタリアンマフィア……確か「パッショーネ」。
 話題になってはいたが……凶暴とはいえ、たかだか二、三千人の弱小組織だろう?
 スピードワゴン財団の構成員より断然少ないぞ。幾らか「パッショーネ」にワイロが渡るとしても、「換金」で得られる金に比べりゃあ……。
 
 ……これも違う。そもそも財団はジョースターと縁が深いんだろう? 「パッショーネ」だけではなく、ジョースターの内通者だっているはずだ。
 ワイロが必要な状況くらい回避できるはずだ。というか、ジョースター家にこれ以上の金なんて、いるのか?
 
 それに、ジョースターは「実験施設のスポンサー」だと言っていた。
 ……くそ、たぶん俺も、スピードワゴン財団の伝手で見けられたんだろうな。
「スタンド使いを探せるスタンド」か、「装置」があるのかもしれないな……「実験」しているくらいなら、そのくらい、あるだろうな……。
 "ランドバロン"ならまず間違いなく、「パッショーネ」に「俺を探した」ことを知られずにことに当たったはずだ。
 そうでないなら、クソほど危険過ぎる仕事になる。
 
 しかし「パッショーネ」と医療系NGOに、何の関係がと思っていたが……。まさかトップがジョースター家とはな。
 与太臭いが……あとでどこかのゴシップ屋にでも売るか……?
 
 ……あ、そうか、逆なのか? スピードワゴン財団やマフィアに渡ってはマズい品があるのか? 「スタンド」関連の……。
 あるいは……ジョースターの他の「スタンド使い」……ジョータロウやジョースケの「スタンド」ではマズい?
 逆にシズカの『透明化』が、他の候補者と違って「遺産」には何の効き目がないから遺したいのだ、とか……。
 
 ……だがジョータロウやジョースケのスタンドがわからないことには、なんともな……。
 かといって"ランドバロン"は二人の能力は絶対に教えないだろう。
「スタンド」の最大の力は「秘匿性」だからな。自分ならともかく、家族の弱点など明かすわけがない。
 ううむ……超能力が関わると「何でもありに」なっちまうからな……推理も役に立たないな……。
 
 そして俺は"ランドバロン"の老けた顔を見る。ハエが集りそうなほど歳をとった男だ……書類上では。
 しかし実際には、三十歳ほど若く見える。老人には変わりないとはいえ、他の老人から見れば若造に見えるだろう。
 話によれば、ここ二十年で"ランドバロン"はむしろ若返っているらしい。杖も椅子も必要ない、三桁の生活だ。
 
 ……くそ、こういうときに限って、心なんてちーとも読めませんよおーなんてツラしやがって……。
 確実に隠された情報を知るためなら……俺の「スタンド」でどうにか出来るが……。
 俺に「スタンド」があることを知ってるやつに、仕掛けたことなんてないからな……。
 しかも『ハーミット・パープル』……殺傷力はないとか言っていたが、事実かどうか……。
 
 少なくとも、俺の「スタンド」は殺傷力皆無だからな。抵抗されたら終わりだ。
 ……ああ、くそ、また余計なこと考えて……。

61 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:52:13 ID:EJRcmofA0
 
 すまんのう……と"ランドバロン"は言った。全部は話せんのじゃ。
 ほら、『地獄耳』の「スタンド」とか、いるかもしれんからな……。
 だが、嘘は吐いていないつもりじゃ……どうかの、仕事、受けてくれるかの……?
 
 ……どうにもなりませんねえ。今のところ、モチベーションは二割くらいですか。
 ただ、「目的」と「状況」と「対象」と「報酬」はわかりました。
 あとは……「動機」と「地勢」と「リスク」、「コスト」次第ですね……。
 本当は「バックアップ」……つまり協力者が知りたいところですが、内容を考えると期待できませんね。
 
 そうじゃな……「バックアップ」はわしだけじゃな。それから、スピードワゴンの手のものを何人か……表には出せんがな……。
 ま、仕方ないでしょう。大っぴらに動くとなると、マフィアに悟られるでしょうし……ついでに、「動機」は教えられない、と……。
 んぐ、まぁ……そういうことで……。
 ううん、じゃ、「地勢」と「リスク」、「コスト」だけでも教えてもらいましょうかねえ。
 それがないと交渉も計画も無理ですから。つーか、もう、それ次第ですね。
 
 "ランドバロン"は大きな溜め息をついた。仕方ない。ちょっとは前向きに考えるかの。
「地勢」と「リスク」と「コスト」は一気に教えてしまおう。
 まず「地勢」はフランス、パリの「ディドロ」。シズカはそこの「パリ第七大学」、別名「ディドロ大学」に留学しておる。
 ……海外じゃないですか。モチベーションが一割くらいになりましたね。
 ええ! なんでじゃ! ちょっとした観光だと思えばいいじゃろ!
 観光って……フランス語なんてちいとも話せませんよ、俺は。どうしろというんですか。
 いやあ、そりゃそうかもしれんが、逆に考えるんじゃ!
英語しかできないんで困ってる、っていうアホな観光客のふりをすれば、シズカと自然に接触できるじゃろ。
それに、海外派遣じゃからの。「コスト」も当然ながら十分な幅を持たせておる。期間は長めにとって半年……延長もありじゃ。
 当然ながら、その間にも金は払う。向こうでの衣食住、必要なものがあればクルマからオンナまで全て保証しよう。
 これも当たり前じゃが、ニューヨーク・ミューチュアル社にはナシをつける。特別有給休暇じゃぞ。
 しかも、わしの頼みじゃからのう。仕事を休んでおきながら、会社からの評価は大幅にアップするだろうなあ。
 いいよなあ。働かずして楽々と稼げるぞう。うらやましいのう。
 ……失敗した場合は?
 無論、どのように失敗したのかが重要……つまりサボってもらっては困るが、そうでなければ会社の評価と、ついでに十万ドルを保証してやろう。破格じゃろ?

62 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:53:54 ID:EJRcmofA0
 
 ……俺の他にアテがないという状況を差し引いても、そこまで条件がいいと、なおのこと「動機」が気になりますけどね……。
 失敗しても十万ドル? いくらなんでも、危険な臭いが……。
 
 ……ゴホン。で、「リスク」じゃ、と"ランドバロン"は聞こえていないふりをする。モチベーションは下がる一方だ。
 基本的に「リスク」は「ない」と思ってもらっていいが……何事にも例外がある。
 ……というと?
 さっき話したと思うが、お前に似た……とはいわずとも、近いスタンドを持つ日本人の漫画家がいてな。
 知人ということもあって、先に彼に仕事を頼んだんじゃ。お前と違ってフランス語も堪能だったしのう。
 彼はたいそう、わしの娘に興味を持っていたよ。無論、そういう意味ではないが……。
 ……ちょっと待って下さい。そういう大事なことは先に言ってくださいよ。
 その漫画家は俺より先にやって、失敗したということでしょう?
 どうして失敗したんですか? ご息女と面識があった? それともなにか……。
 
 まあまあ、落ち着け、全部話すから、な。
 まあ、なんというか、彼はこの手の仕事に非常に向いておった。スタンドも彼の「人となりを知りたい」という好奇心に端を発していたしのう。
 ……だが、好奇心がありすぎるというのも問題だったのう。
 ……で、多少なりとも彼と面識があったせいかもしれんが、わしの知る限り、シズカは彼の「スタンド」を知らなかったと思う。
 しかし、わしの娘はどういうわけか、彼の「スタンド」の攻撃から逃れ続けた。
 
 ま、攻撃というのは比喩で、要するに「能力」で、シズカの秘密を捕えようとしていたんじゃがな。
 ……だが『透明化』を使っているわけでもないというのに、シズカは捕まらなかった。
 で、とうとう本格的な「攻撃」に彼は踏み切った……わしの娘を「ちょっとばかり傷付けるかもしれない」と言っていたが、まあ、ちょっと、ではなかったかも。

63 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:54:54 ID:EJRcmofA0
 
 ……で、その結果がコレじゃ。
 
 "ランドバロン"は再び俺に、義手のディスプレイを見せつける……白が多く、発色が眩しい。
 それは一件の無題メールだった。送り主の名前は中国語っぽくて何かわからないが……おそらくは「シズカ」を意味する「漢字」なのだろう。
 本文は極めて短く、たった三行に収まっていた。いわく……。

64 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:55:22 ID:EJRcmofA0

「おじいちゃん
 
 小ぶりなエッフェル塔を見つけたので、写真を送ります。このくらいのサイズが好みかも。
 
                                       シズカ」

65 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:55:57 ID:EJRcmofA0

 こっちが問題の写真じゃ、と、"ランドバロン"は俺にはよくわからない義手の動きで、画面を下へ下へとスクロールする。
 それ自体が「スタンド」に思えるようなギミックだった。
 
 それは写真だった。ただしエッフェル塔の写真ではない……ジョークを解さない人間にとっては。
 写真には二人の人間が写っていた。男と女だ。真ん中に男、その傍らに女。伝統的な構図とは、少しばかり違っていた。
 
 真ん中に写る男の方は異様だった。東洋人だ。白と緑のツートンの妙な上着を着ていた。
 男は「逆さま」に、落ち葉で根本の埋まったプラタナスの木に、プラスチックのインシュロックで縛り付けられていた。
 ……ズボンとパンツを完全にひん剥かれた状態で。なるほど、小ぶりなエッフェル塔だ。
 しかし東洋人にしては大きなビルではなかろうか? 偏見かもしれないが……。
 男は目覚めているようで、真っ青な顔色と冷や汗が克明に見えるほど狼狽えていたが、どうにも身動きが取れない、といった様子だった。
 
 問題なのは女の方だ。美しく、若く、それでいて、資産家特有の欲深そうな輝く目をした女の子だった。
 写真の左半分に、大きく写っている……右手は画面の外に大きく飛び出す。
 そのポーズや構図から、写真がスマートフォンのインナーカメラから撮られていることがわかる。
 これは彼女の自撮り写真なのだ。
 少々寒いのか、セーターの袖を手のひらの半分ほどまで伸ばし、口元を隠している……明らかに笑っている口元に。
 
 俺は、彼女に見覚えがあった。
 肌こそは焼けておらず、黄色人の肌だが……アーモンド型の瞳、長く美しい黒髪、アジア人特有の、丸みをおびた可愛らしい顔立ち……星形のピンバッチ。
 
『スージー』だ。
 ……これは、なんてこった……。

66 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:56:32 ID:EJRcmofA0

 恐ろしいじゃろ? 我が娘がこんなおもし……恐ろしい諸行をするとは思いもせんかったわい。恐ろしすぎて孫のジョースケに転送してしまったほどじゃ。
 いや、そうじゃなくて……て、転送? いま「面白い」って言いかけませんでしたか? こんなえげつないことしてるのに。
 いやあ、まあ、恐ろしいことかもしれんが。年頃の娘じゃし、こういうこともあるじゃろ。
 わしも若い頃は警官のズボンを狩るのが趣味じゃったからなあ。
 あれ? 不良の肋骨を折ることじゃったかな? サボテンに貼り付けてたかなあ。うーん……。
 
 まあそれはそれとしてだな、問題は、ミニエッフェル塔の彼はすごぶる「強いスタンド使い」だったってことじゃ。
 何が「強い」の基準なのかはさておいて、彼は戦闘向きの「スタンド」から変則的な「スタンド」まで、多様なタイプとの戦闘経験を積んだ男だ。
 その辺の「スタンド使い」や、ただの人間に負けるようなやつじゃあない。その男が「気づいたら恥をかかされてた」というんじゃからな。
 その上、スピードワゴン財団の監視の目も、しっかりと外されておる……。
 このことから……シズカの「スタンド」は『透明化』ではないとしても、すごぶる強力な「スタンド」であることが予想できるかもしれんな。
 わしからのアドバイスとしては、とにかく「戦闘」には持ち込まないことじゃ。
 本格的な「攻撃」をされるまでは、シズカは彼に危害を加えなかったというからな。
 それから、出来る限り正体を悟られずに、隠密行動で、出会い頭に「スタンド」で「攻撃」すべきじゃ。接触を最小限に……。
 
 冷や汗が止まらなかった。偶然なのか? それとも計画されていた何かなのか……?
 ミスター"ランドバロン"、問題ですよ。クソヤバイです、汗が止まりませんね……。
 俺は、もう、「会って」いますよ、彼女と……「シズカ・ジョースター」と……。
 は? なんじゃって?
 つい二時間くらい前に……アイゼンハワー公園で。
 な、なんでそんなところに。いるわけないじゃろ。別に楽しい所じゃないぞ? それに、まだパリにいるはずじゃ……。
 知りませんよ、そんなこと。『透明化』でもしてバレずに帰ってきたんじゃないですか。
 しかも……ああ、くそ、普通に会話も、自己紹介まで……。
 
 まずいな、と俺は思っていた。散々行き渋っておいてアレだが、パリ休暇のついでに、ちょろっと仕事をしてしまおうと思っていたのに……。
 こんな都合のいいことが、あるはずない。このタイミングで"ランドバロン"にも報せずに帰ってくるなんて、ありえるのか?
 "ランドバロン"と同じように、シズカにも密偵が? 俺のことを知っていた? 俺の「スタンド」能力については?
 考えたって仕方もないが、「リスク」が更に増えてるのは間違いない。
 "ランドバロン"のシズカに対する評価は過剰だとしても、あの写真、まともな人間が相手ではないのは間違いない。
 
 俺は訊ねる。もう殆ど、仕事を完了させる見込みはいまのところないが、あるとしたら、一つだけだ……。
 ……その彼、日本人の漫画家とのコンタクトは取れないんですか。
 一度は「シズカ」を追った人間でしょう。情報だけではなく、協力までしてもらえれば……。
 それは「無理」じゃ。彼は完全にこの件から手を引いている。あの写真のせいでな……。
 ……何故です? 普通は逆でしょう? あんな写真を撮られたら、普通は報復しようと思うでしょう?
 いや、もちろん、そうだったんじゃが、シズカが「もう一度、密偵を送り込んだら写真をネットにバラ撒く」って脅したもんじゃからな……。
 う、なんて酷い……なるほど……それで……。
 そこで、わしは一席設けて、二人を和解させたんじゃよ。シズカは素直に写真を消してくれたぞ。
 ま、実のところはすぐに消してたらしんじゃがの。優しい子じゃのう。
 えっ。じゃあ……報復できるじゃないですか。

67 d154izBE0 :2015/03/18(水) 14:59:36 ID:EJRcmofA0

 聞いてなかったのか。わし、息子のジョースケに、例のハズカシー写真を転送したんじゃよ。
 でなあ、このジョースケがバカでなあ。町中のバカな友達にハズカシー写真を送っちまったんじゃ。
 あ、言い忘れてたけど、漫画家の彼とジョースケは同じ町の住民な。
 んで、ジョースケの友達の中でも特にバカな子がいてな、オクヤスっていうんじゃが、こいつがツイッターとやらに写真を載せてしまってな。
 もぉー彼のエッフェル塔が広まっちゃって広まっちゃって……。
 その漫画家の彼、ぷっつーん、ってきてしまってな。いやあ、怖かったのお。
 で、ビビったバカ息子とバカが泣きついてくるもんだから、財団の伝手で中国に逃してやったがの……。
 情報が漏れるのに時間はかからなかったな。そういう情報収集に特化した「スタンド」じゃし。シズカ相手に発揮してほしかったがのう。
 そういうわけで、いま、その漫画家の彼は、わしのバカ息子とバカな友達を殺すために、中国を飛び回っておる。
 そんなわけでなあ、当然じゃが、お前に今回の仕事を打診するまえに、彼に連絡はとっておいたんじゃよ、ちゃんと。。
 協力してくれないかとな。ひでーことに、「ふざけるな」と言われたわい。「僕はあんたの息子を殺すのに忙しい」と。
 もともとジョースケと仲が悪かったとはいえ、殺すほど憎しみ合うようになるとは、やれやれじゃのう……。

68 d154izBE0 :2015/03/18(水) 15:06:10 ID:EJRcmofA0
 
 ……というところで「4」はここまで。やっとこさ前座が終わったな―。
 ここからは「4」の註釈です。読み飛ばして「5」へ行って結構。
 さらにスタンド使用案も付記しておきます。

 
 ・変化
 漫画と違い、文章では「事態に対する即応」の表現が難しい。
 敵や味方の「スタンド」の「変化」は面倒になるので、当SSでは採用しません。
 そしてAct1と2には犠牲になってもらいました。
 
 ・『透明化』
 「モノが見える」とはつまり「光が当っている」ということ。
 理論的には空気と同じような光の当たり方をする(光の屈折率が同じ)であるとか、
(かなり無茶だが)光を迂回・回折させることによって透明になれる。
 よく聞く「光学迷彩」は原理が違う。迷彩はカメレオンのように周囲に同化することによって「見えにくくする」技術だ。
 最も有名な透明人間はH・G・ウェルズのグリフィンだろう。人間に戻る薬品を開発する前に、透明になる薬を使ってしまった男だ。
 彼の場合は、モノを食べたら胃の中で飯が消化されてるのが丸見えになる。『アクトン・ベイビー』の方が便利だろう。
 
 ・漫画家
 初めの断り書きの通り、基本的に当SSではジョセフ、静、徐倫の三名を、主に登場させる原作キャラとしている。
 しかし話の流れの上で、少しだけ言及する必要のあるキャラもいる。特にロハン、ジョースケは、主線からの排除が必要不可欠だった。
 ロハンは性質上、かなり強硬な手段で追い払わねばならなかったことを謝罪しておきます。
 ファンのみなさまには申し訳ない。
 
 ・パッショーネ
 イタリアのギャングは日本の暴走族と同じで、マフィア(ヤクザ)の予備軍、未成年部門だ。実在するかどうかは不明だが……。
 そして、どう考えてもパッショーネはギャングではなくマフィア(このあたりが色々込み入っているが)少なくとも組織犯罪グループだろう。
 規模が二、三千人というのは犯罪組織としては少ない部類だが、"リザード"はアメリカ大陸の犯罪組織とマフィアを同一視している。
 マフィアは秘密主義・少数精鋭型・懲罰の制度が徹底しており、「見えない恐怖」でしのいでいるので、「数の恐怖」は必要ない。
 少なくともご当地であれば二、三千人は立派な規模である。
 
 ・パリ第七大学
 ドゥニ・ディドロは「百科全書」の父である。説明する必要もないほど、彼に関する著作はたくさんある。
 ここでは、彼の生きた時代の背景を。
 
 十五世紀から十七世紀、大航海時代が見出した数々の発見と自然科学の知識は、十八世紀に二つの遺産を残した。
 「ネイチャー(nature)」と「人間主義(humanism)」である。
 「ネイチャー」は、自然物――人類の発見物を、総合的・合理的・科学的に体系付ける学問の取り組み、概念だ。
 同じ緑色の石というだけでエメラルドとマラカイトを、貴重であるという理由で金と銀を似たものとしていた迷信・錬金術の時代は、これによって終わりを告げる。
 「人間主義」は「人間中心主義」であり、「神との関係」ではなく「人間の視点」で物事を考えるという取り組み方だ。
 これは特に芸術に対する影響が大きい。それまでのキリスト教圏における宗教画の人物の「サイズ」は、物理的な距離感ではなく、神聖さによって決定されていたからだ。
 このような素地に、ルネサンス以来の「天才(何かに秀でているのではなく、文理芸体全てに秀でる人物)」への憧憬が加わり、
 ディドロの素晴らしい、広範かつ客観的な知的関心に基いて作られた「百科全書」が誕生したのである。
 
 パリ大学は、パリ第一大学から第十三大学までの大学郡を指す。有名なソルボンヌもこの一部である。
 十三で一つの大学というわけではないが、切り離されているわけでもない。
 第七大学はパリ大学の中では唯一の総合大学。ディドロの名にふさわしいだろう。
 文系学部としては、歴史学だけではなく、東洋学(日中韓等)という珍しい学部もある。

69 d154izBE0 :2015/03/18(水) 15:15:57 ID:EJRcmofA0
 
 次回以降のスタンド使用案

No.7286 モンスター・マグネット
 これはリザードのスタンド。かなり「使いにくいスタンド」に変えるつもりですが、まあ自分の案だし、いいでしょう……。
 
 No.3179 ナポレオン・ソロ
 対戦相手。シズカではない。かなり面白いスタンドだと思う。
「スタンド能力」をもっと「バレにくい」ようにするために、スタンドと本体を調整しようと思っています。
 変えないでほしい、とか、そもそも使うな、とかあったら連絡をお願いします。

70 名無しのスタンド使い :2015/03/19(木) 00:28:10 ID:QVbYXBuw0
おつでし!
いよいよ動き出す感じっすかね!

71 名無しのスタンド使い :2015/03/19(木) 01:11:29 ID:LysO9N6g0
乙です!
シズカただもんじゃねぇ…
露伴先生のくだりは笑わせてもらいましたw
リザードのスタンドはそれでしたか、確かに設定そのままですね
これは使い方難しそうですが、同時に面白そうでもありますな
ナポレオン・ソロは第一回トナメにも出てましたね
でも被っても問題なし!
戦闘は次の次のようですが、期待してます!

72 d154 :2015/03/20(金) 17:08:09 ID:ItYOUs2k0
皆様に謝罪しなければいけません。前文で原作キャラはスタンド•波紋を一切使用しないと言っていたにも関わらず、老ジョセフにハーミットを使わせてしまいました。

嘘をついたわけではなく、普通に間違いです。オリスタ同士の戦闘に焦点を当てるための制限なので、今回は戦闘ではなかった、ということで……。

以降、ハーミットも出番がないので、原作キャラのスタンド•波紋の描写はほぼ無くなります。少なくとも活躍はしません。

73 名無しのスタンド使い :2015/03/22(日) 07:18:41 ID:87DKo/cU0
ということは、ここからバトルものになるんかな?
こりゃ楽しみやで!

74 名無しのスタンド使い :2015/05/09(土) 15:51:45 ID:SfqvJzjA0
4. セブンス・ハウス ( vs ナポレオン・ソロ 1 / 4)

 
4時半。コロンビア大学の古ぼけた講堂に、真っ白い太陽が傾いでいくのを眺めていた。俺より何万倍か頭が良い十代、二十代の学生どもが、俺の横を、一瞥もせずに通り過ぎていく。虚しくならないといえば嘘になる。こいつらはこれからも俺と目を合わせないだろう。ありきたりなことを言えば、住む世界が違うのだ。食うものも見ているものも違う。
 
 俺は大学に行ったことがない。そういう年頃の全てを犯罪と、愛も実りもないセックスに費やしてしまった。核分裂を研究したり、砂漠に雨を降らせるような未来を選ぶ余地などなかったのだ。そして友達も少なく、恋人もいないまま、今は死ぬのをのんびりと待っている。
 
 だが、今以上に幸せな人生が存在するのかといえば、そうでもないような気がする。人生の代案がないのだ。
 それなりにやっているつもりでもある。

75 名無しのスタンド使い :2015/05/09(土) 15:53:50 ID:HDoFfW3s0

冴えない話だな、とスマートフォン越しに“フィータス”は言った。
なにが? 何の話だ?
金に目が眩んで、神聖な学び舎に侵入だもんなあ。立派な変態だろ。
 ああ、なるほど、と俺は言う。まあ確かに。でも、ちょうど学問に興味があったんだよ。経営修士が必要でさ。
冗談だろ?
もちろん、と俺は言った。経営修士を取ったところで、銀行の防犯アドバイザーの肩書にハクが付くわけではない。ただ、挑戦だけで十万ドルだ。経営修士なんかより、ずっと素敵な響きがするだろう。
金の響きだ。バサバサとドル紙幣が舞い散るような……。

76 名無しのスタンド使い :2015/05/09(土) 15:54:32 ID:SfqvJzjA0

でもジョースターの暗くて静かでロックなほうの娘が相手だろう?
暗くて静かでロック? そんな印象はないが、まぁ、そう、それが問題なんだ。俺は彼女のことをよく知らない……それを調べるのが仕事なんだが……。

77 d154izBE0 :2015/05/09(土) 15:55:48 ID:SfqvJzjA0

世界には数多くの秘密がある。うんざりするくらいある。知りたくもないほどだ。こうした秘密を盗む技術が、いわゆる「諜報」だ。しかし現代ではジェームズ•ボンドよろしく、武力と秘密兵器と変装術で「諜報」するような無粋なマネは殆ど行われていない。相手だってこちらを「諜報」しているのだから、隠れても意味が無いし、当然、暴力に訴えれば必ず報復されるのだ。
現代では、秘密を手に入れるために秘密を渡す、という「取引」の代行者たちこそがジェームズ•ボンドに代わる現実的なスパイだ。特に、特定の機関に属さず、あらゆる国や企業や有名人たちの有象無象の秘密を掻き集めては垂れ流す、人種国籍無差別のスパイたちの集まり、秘密の高速取引機関、「サーキット」は、スパイネットワークの中でも最高の存在とされていた。

俺の強盗時代の数少ない友人、“フィータス”は、この幸運で優秀なチクリ屋ども、「サーキット」の一員だった。古参の情報屋といえば聞こえはいいが、要するに、尻に毛が生える前から記憶力と好奇心とモラルが破綻した男で、金か情報かクスリを渡せば、どんなことも喋るような奴だった……どの銀行に、いつ頃、大金を積んだトラックがやってくるのか、とか……。
つまりはクソ野郎だ。だが使える男でもある。

78 d154izBE0 :2015/05/09(土) 15:56:56 ID:SfqvJzjA0
富豪の娘なんてのは、スパイたちの格好の餌だ、と”フィータス”は言った。親の金以外に取り柄のないような馬鹿が乱痴気騒ぎを起こすたびに、スパイたちは富豪の両親をゆする材料を手に入れる。
だが、シズカ•ジョースターに関しては、正直に言って大した情報がない。
異性関係もか? 万引きしたとか、飲酒運転だとか……。
犯罪歴も補導歴もない。異性関係については……まぁなんともいえない。
なんだよ? 勿体振るなよな。
別に勿体振ってるわけじゃないぜ。ただ、説明しにくいんだ。なかなか見かけないタイプだからな……シズカ•ジョースターは、性的にドライなんだ。いわゆる「彼氏」がいた形跡はない。だがセックスの相手には事欠いてないし、かなり頻繁に男と遊んでいるみたいだ。奔放と言ってもいいが、別に浮気だとか、不倫だとか、金で男を買ってるわけでもないし、逆に何かをもらっているわけでもない。相手を選んでいないわけでもないし、特殊な性行為をしている様子もない。誰にも隠していないし、誰にも強要していない。野郎どもも、それを分かってシズカと「交遊」してるのさ。
よくわからんが、売女ってことだろ? それはスキャンダルに入らないのか?
お前んとこの田舎ならそうかもしれんが、ニューヨークじゃなんの価値もない情報だぞ……なあ経営修士を目指すリザード君よ、一つ教えてやろう。経済とセックスはな、自由化が進めば進むほどに貧富の差が激しくなるものなんだよ。貧乏人がいて金持ちがいる。生涯童貞のやつもいれば、毎日のようにヤってる奴もいる……あーだこーだ言ったが、要は単にセックスしてるってだけの話だからな。処女信仰の連中くらいにしか意味が無いスキャンダルだろ。

79 d154izBE0 :2015/05/09(土) 15:58:35 ID:SfqvJzjA0
  
 ふぅん。腑に落ちない話だ……まあいい。で、その「暗くて静かでロックな」ってのはどういう意味だ?
 言葉通りさ。「暗くて静かでロック」なんだよ。
 パッと見では、そうは見えなかったけどな。
 ハイスクール時代から交友関係は、性的なものを除けばかなり限定的というか、まあ全くないな。いわゆる「ガリ勉(Nerd)」だ。誰とも交わらないから、ブランド品にウン百万突っ込んだとか、パーティーで未成年飲酒をやらかしたとか、そういうくだらねえ話が降って湧いてこないのさ。大学時代の情報が過小なのも、こういう人付き合いの薄さが続いているせいだな。

80 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:00:20 ID:SfqvJzjA0
  
「暗くて静か」なのはわかったよ。じゃあ「ロック」ってなんだ? バンドでもやってたのか?
 いや、そういうわけじゃない。別に当たり前の話だとか、俺がそういう人間だって誤解してほしくはないけど……。金持ち白人の養子で、キレイ目なアジア人の「ガリ勉」で、ボーイフレンドを山ほど使い捨てるよーな性生活をしてるときたら、本人が望もうが望まなかろうが、周囲からの「絡み」があるもんだよな? つまり陰険でカスみてえな「絡み」がさ……。
 よくはわからないが、まあ、言いたいことはわかる。女の「嫉妬」とかそういうのだろ。
 
 学がないのが丸見えだな、リザード。学園生活だと、そいつは「イジメ」という形になるんだよ。性別なんぞ関係ない。窃盗に暴力に恐喝にセクハラ、ヒドけりゃレイプ沙汰だってあるだろうな。魂がヒネくれてブチ折れられるまでヤられちまうんだよ、自分のステイタスに似合わない振る舞いをしている奴は。
 ……はあ、それで? 何がいいたい?
 
 シズカ・ジョースターみたいなイケ好かないステイタスを持った奴は、かならず打ちのめされるもんなのさ。板から飛び出した釘みたいにな。で、実際に確認できる限りでは、シズカ・ジョースターという釘を打とうとした連中が二十二人もいたんだ。同級生に上級生、地元の不良連中にパパラッチ共……。
 二十二人か。随分と多いな。しかも気持ち悪くなるほど具体的な数字だ。どうかしてるんじゃないか? お前ら「サーキット」は。
 いやいや、俺らだって、よほど重要人物でないなら、普通は誰彼の敵が何人いるなんて数えねえよ。そして、シズカ・ジョースターは重要人物じゃない。でもこれはイレギュラーなケースなんだ。いいか、なんで俺らがシズカ・ジョースターのイジメっ子の数を把握しているかというとな、そいつら全員が「行方不明」になっているからなのさ。
 はあ?
 
 あと、勘違いするなよ、と”フィータス”は言った。
 俺の業界じゃ、「行方不明」ってのは「ちょっと家出した」とか「海外にとんずらした」とかじゃない。「死体が見つかってない」って意味だ。めちゃくちゃに「ロック」だろう? しかも、モグワイの曲みたいに暗くて静かな「ロック」だよ。金持ちの子女の周りでポンポンと人が消えてるっていうのに、誰も何も騒がないし、何も見つからないし、本人だって静かに暮らしているんだから。

81 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:02:50 ID:SfqvJzjA0

 なるほど、やる気の失せる話をありがとうな。
 なあ、マジな話、止めておいたほうがいいぞ。ベテランのパパラッチも二人「行方不明」になってるんだ。クソな仕事だとは言わないけど、十万ドルじゃワリに合わねえよ。

 もちろん、十万ドルじゃワリに合わないだろうな。と俺は言った。”フィータス”に明かしていない”ランドバロン”の隠し金庫を合わせても、ワリには合わないだろう。だが、俺はこの話を受けた時点で「二つのこと」を決めていた。
 
 ワリに合わない仕事から、採算を引き出す「二つのこと」を。

82 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:03:25 ID:SfqvJzjA0
 
 なあ”フィータス”。”ランドバロン”のデッドマネーの噂は知ってるか?
 あのナチから騙し取ったとかいうお宝の噂だろ?
 あの噂はな、と俺は言う。これが「一つ目の決定事項」だ。あの噂は本当だ。ナチから盗ったものが何なのか、全貌こそはわからないが、もしも中身がわかったら、その情報の取引相手が欲しい……ユダヤ人の狩人の取引相手が。

……リザード、お前、ジョースターに楯突くつもりなのか?
ああ? なんだと? 楯突くだと? そもそも俺はジョースターの味方じゃないぞ……ちょっと待て、着いちまったからな。また後で連絡する……おっと、やっぱり、まだ切らないでくれ。

83 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:04:18 ID:SfqvJzjA0

 コロンビア大学はマンハッタンの街に組み込まれている……もしくは、マンハッタンがコロンビア大学を侵しているのか……それは知ったことではないが、ともかく大学と街との境界は酷く曖昧で、ニューヨークの住民、タクシードライバー、浮浪者、犬猫、そして大学生たちが一緒くたになって蠢いていた。
 だが、そんな曖昧模糊に入り組んだマンハッタンでさえ、シズカ•ジョースターの住処は見間違いようがなかった。無駄に広大な駐車場に並ぶ無駄に高級な車の列、エントランス前に陣取るヒスパニック系の屈強な警備員が二人、そして街の色に合わせてはいるが、隠しようのない豪華さを誇る7階建ての、アールデコ調のマンション。
 
 ダンジグ通りのセブンス•ハウス(第七宮)。金持ちの子息向けの寮だ。

84 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:05:29 ID:SfqvJzjA0
 
 その背の高い赤煉瓦と青銅柵の門の前で、妙な服装の女がうろうろと歩き回っていた。何が妙なのかは説明し難いが、とにかくアンバランスで、カラフルで、安っぽい格好だ。観光客向けの土産服を適当に見繕っているかのようだった。
若い。十代の後半といったところだろう。
醜くはないが、とりたて美人でもない。作りは悪くないが、なんとなく憐れみを誘うような野暮ったさもあった。化粧っ気のない顔に、脂汗の球がぽたぽたと線を引いていた。それから……ピストルを片手で弄んでいた。
 
 なんてことのないピストルに見えた。俺みたいな無精者が、まぁ50ドルやら60ドル程度で買う安い、装飾性の欠片もない、小さな護身用のピストルだ。
 俺の昔の仲間を眼を切り裂いた、あのクソババアの豆鉄砲に似ていた。

85 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:07:50 ID:SfqvJzjA0

 なぁ、マンションの前で妙な女がピストル持ってうろついてるんだが……。
 なんだ? なんかの隠語か? と”フィータス”が笑う声がした。フロイト式の判断をしてやろうか? そりゃあ、お前、女子大生と一発ヤりたいっていう深層意識がな……。
 例え話じゃねえよ、マジにピストル持ってうろついてるんだって。大学の中だっていうのに、クソみたいな治安だな……。
 普通に考えりゃあカリフォルニアだって治安悪いけどな。ジョースターの子女が住んでるマンションなんだから、警備員くらいいるだろ? そいつらが出張ってないんだったら、モデルガンかもしれないぜ? 学生演劇の練習とかやってるんじゃないか? まぁとにかく、奇妙な奴には関わるなよ。奇妙さってのは”あっちの世界”への入り口なんだ。”あっちの世界”に踏み入れた奴が、現実の世界に戻ってくる大変さは、お前も知ってるだろう?
 もちろん、よく知っている。
 
 だがイカれ女はますます落ち着きをなくしたかのように、門の前を早足で歩きまわる。どうにもこうにも近付き難いが、いつまでも待っているわけにもいかない。学生演劇の役者ならすぐにでもいなくなるかもしれないが、本物の病人なら丸一日をああやって過ごすのかもしれないのだから。
 どうしようもない。

86 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:10:14 ID:SfqvJzjA0
 
 まるで番犬のようだった。
 門に近づくと、少女はぴたりと歩みを止め、俺を見た。
 恐怖に満ちた眼だった。生温い、粘り気のある疲労性の脂汗を額に浮かべていた。
 そして俺も、その恐れに満ちた顔を見て、ギクリとして、歩みを止めた。それをこのイカれ女はどう解釈するだろうか。関わり合いにならないで済むはずもない。笑顔でやり過ごすか? 何事もなかったかのようにまた歩き始めるか? 正直に言えば、俺は何故こんな対応を取ったのかわからない。
 
 だが俺の頭に浮かんだ言葉は、「シズカ•ジョースター」しかなかった。

87 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:11:01 ID:SfqvJzjA0
 
 やぁ、と俺はイカれ女に話しかける。殆ど聞き取れないほど小さな声で。
 あの、シズカ•ジョースターの住処って、ここかな……探してるんだけど……。
 
 すぐさま悪手だと思った。 この少女とシズカ•ジョースターに何か関係があるのか? それはわからないが、女の眼が一瞬、潤んだのを見た。恐怖? 悲しさ? とにかくまずい事態になってもおかしくなかったが、少女はマンションの四、五階の高さを指差して言った。 シズカ•ジョースターはいる、あそこに、と。声が小さいだけではなく、酷い訛りと適当な文法で、少しばかりイライラした。外国人に違いない。きっとろくでもないところから来たのだろう……。 
 そして、恐れていたような酷い事態は、何も起こらなかった。

88 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:12:02 ID:SfqvJzjA0
 
 セブンス•ハウスの4階は、それ以外の階と違って、いくらか横に細長い窓が貼られていた。おそらくは共有スペースなのだろう。なんとはなくだが、そんな感じがした。そして誰かはわからないが……レースカーテンの奥に、確かに、人影が見えた。その不気味な影がシズカ・ジョースターだとは限らない。だがシズカ・ジョースターであるように思えた。
 俺の中で、どんどん彼女の存在が大きくなっていく。
 奇妙である以上に、不気味だ。
 
 警備員にいくらかの金を渡して(彼は”ランドバロン”から一切の連絡を受けていないと言い張った。真実はわからないが、彼は金払いの良い奴に対して良心的だ)、シールで大理石っぽく見せてあるリノリウム張りのエントランスを抜けた。エレベーターをパネルの前で、しばらく考え込んだあと、俺は4階を選ぶ。
 シズカの住処は最上階。7階だ。だが部屋は逃げたりしないだろう。
 
 そしてシズカ・ジョースターも逃げてはいなかった。
 4階は予想通りの共同スペースだったが、予想外に立派な作りだった。木製の床に水色の壁紙。シャンデリアにグレープフルーツの香り。BOSSのクソ立派な立体サウンドシステムに、クソデカいテレビに、プレイステーション。アルバイトとカヌーサークル会員の募集ポスター。ラタン織りの立派な背もたれがついた椅子と、ここの大学生たちが侃々諤々の議論をするためにつかいうであろう大きな机。「談話室三大ルール。1. 汚すな 2. 汚したら片付けろ 3. 汚すな 4. 絶対に汚すな」とだけ書かれたホワイトボード。とにかく広い。
 大窓のそばには、なにやら立派な本が山ほど詰まった立派な本棚と、コーヒーテーブル。そして読書するシズカ・ジョースターがいた。4時55分。

89 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:16:13 ID:SfqvJzjA0

 ……というところで「4」はここまで。仕事忙しくて遅れちゃったゴメンネェ!
 ここからは「4」の註釈です。読み飛ばして「5」へ行って結構。
 
 ・コロンビア大学
 アメリカ屈指のエリート私立大学。バラク・フセイン・オバマの母校といえば、どことなく凄そうに思えるだろうか? 日本人にとっては、いわゆるマンハッタン計画発祥の地、原爆の母校といった方がイメージしやすいかもしれない。

・経営修士
 MBAの名で知られる経営学の学位。経済学との違いは、マクロ・ミクロな金の動きだけではなく、人材管理、財務会計、オペレーションやマーケティングなどの物流、統計やITサービスなどの情報技術など、会社を実際に運営することを前提とした、実践的なカリキュラムが組まれていることだ。主に事業者や事業者志望、起業家向けだが、「ステイタスにはなるけど使えない」との声もある。

90 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:17:28 ID:SfqvJzjA0
 
・フィータス
 和訳すると「胎児」。ここでは同名のイギリスのインダストリアル•ミュージックに分類されるアーティストについて説明。
 ロックミュージックは当初「騒がしい」音楽として不快に思われていたが、やがて市民権を得る。しかし、それでもなお「ノイズサウンド」は大抵の人間にとって不快なものだった。初期のインダストリアルは、この不快さを悪用した実験音楽、要するに芸術という名の悪趣味な嫌がらせだった。
 しかし八十年代。工業化、人口増加、自動車、テレビの普及による騒音の拡大、そしてメタルミュージックの興隆に伴い、ノイズもまた市民権を得るようになる。フィータスこと、在英オーストラリア人のジム•サルウェルは、この時期のインダストリアルミュージック再生の先駆者だ。彼の破壊的な多文化主義の音楽は、現代の観点でも斬新でカッコいい。だが全く売れなかった。現在も活動中だが、知名度に反して赤字は膨らむばかり。代表曲は「need machine」「wash it all off」等。個人的には「street of shame」などが好みだ。
 
・スパイ、サーキット
 世界で二番目に古い職業と呼ばれるスパイだが、現代でも典型的スパイは諜報•情報戦に必要な人材である。しかし、有用性は日々低下している。理由としては(1)インターネットテクノロジーの発達(2)マスコミによる情報の過剰報道(3)外交術の洗練(4)文系学問の興隆である。このような状況においては秘密や情報は「いずれ盗まれるもの」であり、問題はいかに見つからずに盗むかではなく「どれだけ早く盗み、利用できるか」という高速化の問題となる。
 ここに出てくる秘密の高速取引機関「サーキット」はあくまでも非現実的な存在だが、既に近いシステムは存在している。それが外国人記者クラブとウィキリークスであり、サーキットもこの2つをモデルにしている。
 余談ではあるが、スパイには四種類のタイプがあり、フィータスのようなチクリ屋は伝統的にはエゴタイプ、自身の知的欲求や承認のためにスパイをするもの(実際には、させられるものの方が多数だが)と分類されることが多い。

91 d154izBE0 :2015/05/09(土) 16:35:10 ID:SfqvJzjA0
 
・ナード
「おたく」と訳されることが多いので、日本では馴染みのある概念だろう。
 しかし実際には今日における日本の「おたく」のような、サブカルチャーに浸る人間というよりは、アメリカの学校社会におけるアウトサイダー、理想的でない、あるいは理想を目指さない・敬意を払わない人間がナードと呼ばれる。理想というのは、スポーツで活躍できる程度に運動ができ、社交性が高いということだ。ゆえに「おたく」の非ナードも存在するし、運動神経のよい、美男美女のナードもいる。要は節度や社会適応の話なのだ。そのため、「節度のないやつ、周りが見えないやつ」という意味でもナードは使われる。
 ここでは「ガリ勉」と訳しているが、勉強好きではなく、勉強にしか興味のない人間、という意味で受け取ってほしい。

・ダンジグ通りのセブンス•ハウス
 非実在。元ミスフィッツのボーカリスト、ダンジグの曲から採った。この手のアーティストの中でも非常にゴスいというか、いわゆる「中二病」的な存在なので聞き手を選ぶが、「7th house」は彼のファンサイトのタイトルにもなっている程に出来がいい曲だ。ちなみに7th houseとは歌詞中では直訳すると「(道沿いに)七軒目の家」のことだが、正しいニュアンス、また黄道十二宮においては「宝瓶宮(水瓶座)」のこと。
 色々とややこしいのだが、1980年~90年頃に、約2000年かけて黄道を移動し続けていた春分点が「うお座」から「みずがめ座」へ移動した。一部の占星術師達やニューエイジ(新時代)活動家達は、その移動日からの2000年を「宝瓶宮時代(アクエリアンエイジ)」と名付けた。「うお座」はキリスト教(キリストは魚に喩えられるため)を意味し、「みずがめ座」はキリスト的価値観からの解放=自由を意味するようになった。東側の日本に住む我々はともかくとして、西洋世界では意外と重要な概念である。

92 名無しのスタンド使い :2015/05/10(日) 16:27:20 ID:lIMC9Z2E0
乙です!
ついにシズカと接触、ここからどうなっていくか楽しみです!

93 名無しのスタンド使い :2015/05/11(月) 05:07:10 ID:8I4DSfDs0
情報量すげー
どうやったらこんな細密なんを頭の中でまとめられるんすかね!?
続き楽しみにしちょります!

94 d154izBE0 :2015/08/03(月) 17:50:17 ID:MRu.bgz60
5. 禍 ( vs ナポレオン・ソロ 2 / 4)
 
 _________
 
 ……あまりにも恥ずかしいというか、いわゆる「みんなの想像する年頃の女の子」っぽいという理由で、誰にも話したことはないけれど、あたしは「運命」についてよく考える。

 ……良い結論に辿り着くことはない。

95 d154izBE0 :2015/08/03(月) 17:50:51 ID:MRu.bgz60
 初めて銃を持ったのは十六歳だった。特に理由はない。映画やドラマやゲームの影響というわけでもない。強いて言うなら、それはあたしにとっては当たり前のことだった。私の家庭にとって、銃は日常を維持するための時計のようなものでもあり……破滅から身を守る聖書であり……周囲との関係を繋ぐ絆だった。

 ある時、父はあたしを廃工場の駐車場へ連れて行った。風も雲も当たり障りもない休日だった。駐車場に放置された英国車の残骸には、中身の詰まった安ワインが三本、無造作に立っていた。父は一丁のピストルを私に渡した……それは私の憧れていたような西部劇風のリボルバーではなく、払い下げ品の安い、スウェーデン製のピストルだったが。

96 d154izBE0 :2015/08/03(月) 17:51:22 ID:MRu.bgz60
 父は、あたしの才能を知りたいと言った。

 あたしも父に才能を見せたかったが……何十発と撃っても、弾丸は英国車の存在しないフロントウィンドウを通り過ぎて、空を切るばかりだった。どれほど辛かったか……才能のなさが、指から頭へ伝わり、目頭を熱した。妄想と違って、あたしの指は私が思うほど精密な動きをしてくれなかった。その時の父の顔をよく覚えている。失望でも悲しみでもなく、その顔には疑問符を浮かべていた。
 いったいお前は何をしたんだ、アイラ、と。

97 d154izBE0 :2015/08/03(月) 17:51:56 ID:MRu.bgz60
 初めて人を殺したのも十六歳だった。
 父がマフィアだった。それも上級幹部。短気で荒っぽくて無茶苦茶で親切。母を大切にしていた。家を訪れる大人たちの誰からも敬意を持たれていた。十代の初め頃から、私の自慢は母から受け継いだしなやかな指から、父の権威に代わっていた。あたしも父のようになりたいと思った。何かおかしいだろうか。血の掟も何も気にならなかった。人を殺すこともなんてことはない。

98 d154izBE0 :2015/08/03(月) 17:52:37 ID:MRu.bgz60
 よく覚えている。初めて殺した人間は中南米から来た黒人で、あたしと一、二歳しか変わらなかった。話によれば、同じ地域からイタリアへ出稼ぎに来た自称恋人を追ってきたのだという。そしてネアポリスの魚屋の”お相手”をしていた自称恋人と、魚屋と、人のいい男だったマフィアのポン引きをナイフで刺し殺して、逃げて、捕まった。もちろん、自称恋人は恋人ではなかったし、無理やり連れ去られた娼婦というわけでもなかった。何にせよ、何のてらいもなく殺せる相手だった。彼は善人でもなんでもないのだから。

 しかも、あたしが慣れ親しんできたマフィアたちはみな怒り心頭だった。殺されたポン引きは、相当に好かれていたのだろう。あたしの「試練」が始まる前には、たくさんの拷問が加えられていた。両足の骨は粉微塵に砕かれ、両方の「玉」が切り取られ詰め込まれた状態で、口が縫い合わされていた。
 にも関わらず、彼は怯えていた。生への執着が見てとれた。あたしに哀願していた。殺さないでくれと。

99 d154izBE0 :2015/08/03(月) 17:53:06 ID:MRu.bgz60
 あたしはアイラ。マフィアの家庭に生まれた。
 その父が、あたしには才能があると言った。実際、あたしもそう思った。あたしの「スタンド」は父よりもずっと荒事に向いていた。尊敬する父よりも、あたしの方が才能があり、そして強い。当然、あたしもマフィアになるものだと思った。運命は明白だった。
 
 それなのに、あたしは後悔している。

100 d154izBE0 :2015/08/03(月) 17:55:09 ID:MRu.bgz60
 ___________
 
 最初の印象とは随分と異なっていた。いや、そもそも最初に出会ったシズカ・ジョースターは、「その辺の大学生のフリ」をした女だったのだ。こちらが本物のシズカ・ジョースターなのかもしれない。
 
 ハロー、ジョニー。とシズカが声を掛ける。甘ったるい、諭すような声だ。
 焼けた肌も、ピンバッジだらけのジーンズも、際どいチュートップも、少しばかり長めに伸ばした黒髪も、眩い若さも、見てくれはアイゼンハワー記念公園で会ったときと何も変わらなかった。しかし目つきだけは、全く異なっていた。睨みつけているわけではなかった。しかし恐ろしくギラついた、圧力を持った眼光が、黒い瞳の奥から滲み出ていた。


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