■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 ZONE2
-
わかっております。みんなわかっております。
わかっていても人は鬼になるのでございますよ。
憎しみや哀しみを癒すどのような法も、この人の世にない時、もはや、人は鬼になるしか術がないのでございます
――夢枕獏、陰陽師
.
"
"
-
――第二の情報が開示されました
.
-
◆
【……友よ。一つだけ、我に良い方策がある】
死が、再び訪れようとしていた。
いや、再びと言う言い方には語弊があろう。正しくは、それまで停止していた、『死への時間』が進み出した、と言うべきか。
時間神殿において与えられた、致命的かつ、不可逆の滅び。それが、ついに作動した。この世界は、『ブネ』にとって延命に都合の良い世界であった為、
今の今まで死を後回しにする事が出来たが、遂に彼は、耐えられなくなってしまったのだ。
「……それは、何だね」
審判の名を与えられた、白い猫が、聳え立つ肉の柱目掛けて唸りを上げた。
柱は、此処に来た当初から既に痛み切っていたが、今は特に、その痛みが酷い。……と言うよりは、完全に消えかけていた。
柱を構成する何らかの材質の物質、それが細やかな粒子となって虚空に立ち昇って行き、遂には空気に溶けるように見えなくなる。そんな現象が、至る所で起っているのだ。
【……我が命は最早長くない。五分と、もう持たぬだろう。だから、友よ。お前に話しておきたい。叡智と悪魔学、そして……死霊術(ネクロマンス)を司る者として。我が望みを果たしてくれた者に、知恵を授けると言う形で報いたい】
ジャッジの目線は、百m以上もあろうかと言う、不気味な柱に注がれていた。
【――その方策の名を、『聖杯戦争』と言う。それを以て、この世界のルーラーの片割れたる浄化者に滅びを与えるのだ】
滔々と、ブネが語り始めた瞬間、この魔神柱の総身に瓦解の予兆が走った。身体の至る所に、亀裂が入り始めたのだ。
藤丸立香と、彼の所属する組織・カルデア。そして、彼の縁に寄りて、あの宇宙にも等しい空間に馳せ参じた幾多の英霊。
それらによって齎された損壊ではない。この虚無の海を跳梁する、一人の浄化者の手によって齎された傷によって、今まさにブネは滅ぼうとしていたのであった。
-
◆
ジュデッカ 血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
解放された世界 Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
総ての乙女の敵
不死の罰
日ノ本斬殺
久遠の赤
-
◆
ZONE20――『日ノ本斬殺』
要するに其処に、万象を裏から操る者が張った蜘蛛の糸めいた伏線と策謀の積み重ねと言うものも、ドラマティックな運命と呼ばれる縁も、存在しなかった。
偶然である。偶然だけが、その事象を支配していた。あまりにも唐突な偶然。それが、全ての始まりであった。
何て事はない。
ある一組の主従が、他の主従を葬らんと、夜の冬木を彷徨していたら、同じ目的で町を歩いていた主従に出会ってしまった。結論を述べれば、事の起こりはそんな所である。
聖杯戦争の参加者と出会えない。
『アテルイ』だけじゃない。そのマスターである『クロエ・フォン・アインツベルン』が思ったのは、昨日の事。
冬木は広い。効率の良い探し方をしなければ、数組しか存在しない参加主従を発見する事は、通常不可能である。
しかし、サーヴァントには、同じサーヴァントを探知出来る機能がある種の生態のように備わっており、これにより相手が現在どこにいるのか、
その大まかな位地を察知出来るのであるが、その機能がまるで封印でもされているかの如く働かない。ただ単に、サーヴァントが知覚範囲内にいないからと言えばそれまでだ。
サーヴァントが絡んでいると見る細やかな事件は、確かに見られる。此処最近紙面を賑わせている、女性を狙ったバラバラ殺人などその典型だ。
間違いなく、町にはサーヴァントは潜んでいる。潜んでいるが、出会えない。アテルイは待って勝つ、凌いで勝つサーヴァントではない。
本人の性情を色濃く反映しているかのように、そのステータスもスキルも宝具も、攻めに強い。
だから此方から攻めて行くべきだ、と言う彼の意見に、クロエは反対はしなかった。……本心を語るのであれば、このサーヴァントが動けば要らぬ人的被害が増えそうであった為、自ら積極的に動くのはクロエとしては嫌なのであるが。
サーヴァントとの交戦の為、先ずは彼らを捜索する。
そう思い立った日の翌日に、二名は見つけたのである。場所は、此処冬木が誇る一大レジャー施設。わくわくざぶーん。
その駐車場の入口と面した道路で、彼らは出会ったのである。自分達と同じ事を考え、夜の冬木をさ迷い歩く、恐るべき、たった一人で構成されたワイルド・ハントに。
「テメェも同じクチか」
剣呑そうな笑みを浮かべ、その笑みが示す通りの感情を言の葉に乗せ、アテルイが言った。
自分の目線の先に佇む、背後で怯える銀髪の女性を匿う、顔面に奇怪な刺青を刻んだ黒髪の青年にだ。
「そのようだな」
アテルイの威圧的な風貌と、恵まれた体躯、そして、磨き上げられた身体つきを見ても、その男は臆した様子すら見せはしない。
生地と、縫製技術。そのどれもが最高級の物である事を余人に知らしめる、ダンヒルのグレーのスーツを身に纏ったその男は、冷めた瞳でアテルイを見やる。
春を意識したスーツの下からでも、アテルイには解る。その下に隠れた、見事なまで筋肉の数々を。ただ人に見せる為だけの、ハッタリの筋肉ではない。
使える筋肉である事は間違いなかろう。それも、人の限界を遥かに超えて、である。
「俺が言うのもナンだがよ――もう少し、隠せよお前」
そうとアテルイが言ったのと同時に、彼の右脇に、灰色の剣身を持った直剣が突き刺さり、それを彼は引き抜いた。
アスファルトに深々と突き刺さったそれを、味噌に刺さった釘でも抜く様な容易さを以ってアテルイは抜き取り、それを肩乗せするように構える。
誰が見たって、バレバレだろうとアテルイも、彼の背後で険しい表情を浮かべるクロエも、そして恐らくは、刺青の男を駆るマスターですら思っているだろう。
スーツを着て、人間社会に溶け込もうにも。身体から発散される、只ならぬ気風が。彼がただの人間ではない事を、如実に証明していたのであった。
"
"
-
◆
ジュデッカ 血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
解放された世界 Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
総ての乙女の敵
不死の罰
久遠の赤
-
◆
ZONE21――『不死の罰』
『カイン』は霊体化が出来ない、と言う、聖杯戦争を勝ち進む上で無視出来ぬ程致命的なハンデを負っていた。
そんな欠点を有したサーヴァントに命を預けねばならない『オルガマリー・アニムスフィア』ではあるが、怒るに怒れない。
カインが恐ろしいと言う事もある。何せオルガマリーが駆使出来る――いや、神代から現代に掛けて地球上に存在して来た如何なる魔術で在ろうとも、カインには通用するまい。
令呪の絶対命令権ですらカインは無効化するのだ。魔術をチラつかせて言う事を聞かせるなど出来はしない。魔術師であり、何より生来小心者の彼女が恐れるのも無理はない。
だが、カインが恐ろしい以上に、霊体化の仕組みを知っているオルガマリーは、カインが霊体化出来ない理由を、仕方のない物だと捉えていた。
霊体化は、現在の時間軸から過去に遡ったある点(ポイント)で『死亡している』存在が行う事が出来るのだ。英『霊』、と言う言葉が指し示す通り、
サーヴァントは基本的に霊体、既に死亡した人物であり、過去に存在していた人物の影であり、英霊の座に登録された本体の幻影なのだ。故に、霊体化が可能なのである。
だがカインは、今この瞬間にも、神が用意した世界の裏側の荒野、ノドの地に生きていて、その地で死ぬ事を今も待ち望んでいる。
存命中の人物は、霊体化出来ない。当然の理屈である。そしてそもそも、存命中の人物はサーヴァントとして召喚出来ない。
霊、既に死亡した人物の情報を召喚するのが英霊召喚だ。今も生きている人物を、如何なる業を以ってか召喚出来る、この冬木の聖杯戦争がそもそも異常なのである。
霊体化出来ないからと言って、拠点に引きこもってばかりでは事態は進展しない。
だからオルガマリーは、苦肉かつ、苦しい策ではあるが、実体化していてもサーヴァントだと直には看破されない方法でこのハンデを埋めようとした。
早い話が、現代的な服装を着せようとしたのである。それが、カインが身に着けている、ダンヒルのスーツにシャツ、アクセサリーや革靴であった。
スーツである理由は、オルガマリーから見て現代に即していると思われる服装であったからであり、
全部合わせて百数十万を超す程の高級品でファッションを統一させているのは、イギリスが発祥の超大手外資系企業の子女と言うロールを与えられた、
オルガマリーの側近に相応しいと余人に思わせる為でもあった。だが、どんなに身形を整えようとも、身体に刻まれた、宝具でもある刺青は誤魔化せない。
この刺青を見せてしまえば一瞬で怪しまれるのは自明の理。其処でオルガマリーは更に、認識阻害の魔術をカインに掛け、刺青が刻まれてないと誤認させようとしたのだ。
幸いにもこの宝具、カインにとって都合の悪い攻撃や害意、身体に何らかの異常を示そうとする類の術を完全に無効化するのであり、
自身にとって都合の良い魔術は受け入れると言う物であったのが救いだった。認識阻害の魔術は見事受け入れられ、今日までカインがサーヴァントであると露見せずに過ごす事に成功した。
――だが、サーヴァント相手にはバレる。卓越した魔術の技量の持ち主にも、だ。
【ランサー、敵よ、敵!!】
【黙ってろ小心者が。解ってる】
イラついた声音で、カインが返す。とてもマスターに対する態度ではないがしかし、何とかしろ、と言うオルガマリーの本音だけは汲み取ったらしい。
嘗てカインが農夫であった証。即ち、鍬或いはフォークであった物が、ランサークラスでの召喚により三叉の槍(トライデント)に変質した得物が、
水面に小石を投げ入れた様な波紋を虚空に生じたと同時に、その波紋の真ん中から出現。それを、カインは引き抜いた。
【か、勝てそう? 勝てるわよね?】
自分を本気で殺そうとする者が放つ、殺意の放射。オルガマリーは未だにこれに慣れていなかった。
根が小心と言うせいもあるが、それ以上に放っている相手が悪すぎる。カインに勝るとも劣らぬ鍛え上げられた肉体に、褐色の肌。
己の肉体美を恥ずかしげもなく男は曝け出しており、肩に羽織られた唐草模様の風呂敷と黒い褌を除けば、殆ど裸も同然で、何処かの国の蛮族を思わせる。
加えて、其処に刻まれた不気味な刺青はどうだ。植物の根っこをモティーフにした様な、黒色に明滅するその刺青は、カインのそれとは似て非なる印象をオルガマリーに与える。
それに、オルガマリーを値踏みする瞳だ。何処となくいやらしい感情が混ざっているように彼女には思えてならなかった。負けた時の未来……想像もしたくない。
だがそれ以上に、目の前のサーヴァントは、嫌でも『強い』と認識させる程の気風を、自慢でもするかの如くに発散させている。そして、その気風から連想させる強さが嘘ではない事は、彼女の身体の震えが雄弁に物語っている。瞬きの間にこちらを塵屑同然にする程の力を誇る相手からの、敵意と殺意。怯えぬ筈がなかった。
-
加えて――マスター自身も強いのだ。
見た目は、自分の年齢の半分も生きているのかどうかと言う程の、年端も行かない少女だ。エレメンタリー・スクールもまだ卒業してはいるまい。
これがマスターなら、如何とでも打てる手段がある。ただの人間にはそう思うだろう。だが、優れた魔術師であるオルガマリーは解ってしまった。
日焼けた肌が魅力的な愛くるしい少女にしか見えぬこの人物はその実、人間とは思えぬ程に卓越した魔術と『技術』を駆使出来る、優れた存在であると言う事を。
自身が本気で戦っても、目の前の少女を相手に勝ちが拾えるかどうか。それ程までに、戦力差に水が空けられていた。だから、オルガマリーは聞いてしまったのだ。勝てるのか。性格を除けば、当たりに近しいレベルの実力を誇る己のランサーに、である。
【勝つ。俺の目的を、邪魔させない】
暗い情念が渦巻く声音で、カインが言った。
死ねない自分に、聖杯の力で死を齎させる。それがこの、人類最初の殺人者の目的。殺してしまったが故に、その罰として死ねなくなった男が聖杯にかける願い。
大切な人物だと思っていた人物に裏切られ、その故に死と再生を繰り返す羽目になったオルガマリーの、『生きたい』と言う願いとは鏡合わせ。
だが二人は、己の願いに掛ける本気の度合いと、聖杯を求める切実さと言う点で意見の一致を見ている。だから、負けられない。
カインの言っている事はとどのつまり、その程度の事に過ぎない。死にたいから、戦ってかつ。何とも歪んでいるが、男の目的はそれである。その男の捻じ曲がった意思の強さで、オルガマリーも我に返る。そうだ、負ける訳には行かないのだ。人理も守れてない、まだ褒められてもない、もっとやりたい事もあるのだ。それを果たせずして、こんな異境の地で死ぬ訳には――
「貴様ッ」
そうカインが呟いた瞬間、ガキンッ、と言う金属音が、オルガマリーのすぐ手元で鳴り響いた。
腕時計を落としたか、と思ったが違う。それを付けている方の腕ではない。令呪が刻まれた側の右手から音が聞こえた。その方角に顔を向けても、何も目立ったものはない。
しかしすぐに、上空に気配を感じ、其処を見上げると――いた。明らかに崩されて不安定の姿勢のまま、空中数mを回されている、アテルイのマスターである、クロエ。
色々と、奇妙な点がクロエにはあった。可愛らしいスカートが特徴的だった、年相応の少女らしい服装から、流れる様な紅い外套と言った、
露出度の高い服装に変化していると言う点もそうである。だがその服装以上に、彼女の両手に握られた、湾曲した剣身が特徴的な短剣が目に映った。
刃渡りは四〇〜五〇cm程か。刃の鋭さより寧ろ、刃渡りの長さに明白な殺意が感じられる。その短刀を見た時、オルガマリーは悟ってしまった。
今あの少女は、自分の令呪が刻まれた腕を、斬り落とそうとしたのだと。そしてそれを寸での所で、カインが槍でクロエを弾き飛ばして防いだのだ、と。
カインが上空を睨みつけ、今も隙だらけの姿勢で中空を回されているクロエ目掛けて槍を放擲しようとするが、
それよりも早くクロエの姿が、オルガマリーは愚かカインの視界からも消え失せた。槍を投げようとした姿勢のまま、カインが固まる。
空間転移、と言う言葉がオルガマリーの脳裏を過る。馬鹿な、と彼女は焦る。あれは現代の魔術ですら再現は不可能を極る、魔法級の業であると言うのに。
【あれを使ってお前まで距離を詰め、令呪の刻まれた右手を斬り落とそうとした。注意しろ】、カインから注意喚起の念話が送られてくる。
噴き出た汗が途端に冷気を帯びる。冗談じゃない。空間転移を使って距離を詰めて殺しに掛かるマスターを相手に、どうやって対処をしろと言うのか。眦に涙が溜まって行くのを、オルガマリーは感じて行く。
「勝手な真似してんじゃねーぞ、ガキ」
苛立った声音で、アテルイがクロエを威圧する。
いつの間にかクロエは、アテルイの背後まで転移。この恐るべきセイバーの、恫喝めいた口調に背筋を冷やしながらも、気丈を保ちながらこう答えた。
-
「貴方が勝手したら、あんな魔術師、一瞬で粉々でしょ? 出来るサーヴァントは、令呪だけを奪ってサーヴァントを無力化させ、令呪を使って逆にこっちに有利なように働かせるものよ」
「馬鹿が、そんな事は後でも出来るんだよ」
オルガマリーの方に目線を送りながら、アテルイは言った。彼の感情に呼応してか。刻まれた黒い入れ墨が、淡い光を放った。
「利き腕落としたら、犯した時に抵抗されなくてつまんねぇだろうがよ。無理やり犯してんのに、拳の一つも振るわれないのは面白くねーだろ? 全然犯してる気になれねぇ。んでよ、散々犯して意識も糞もなくなった時にでもよ、腕でも斬って令呪を奪えば良いんだよ、ちったぁ頭回せガキ」
その言葉の意味を理解した瞬間、羞恥で頭に血が上った。耳まで熱い。
きっと今自分の顔は、熟れた林檎の如く真っ赤に染まっているのだろうと、頭の中のいやに冷静なオルガマリー・アニムスフィアが考えていた。
「最低のクズね……!!」、と、心底から軽蔑したような目線と語気で、アテルイを睨みつけるクロエ。どうやら彼女は、自分のカインよりも厄介なサーヴァントと共に、
聖杯を得ねばならないらしいと今になってオルガマリーは知った。お互いに、ツキから見放されているようである。
「つっても――其処にいる金魚の糞を殺さない限りはレイプは勿論、令呪を奪う事すら出来ねぇみてーだがよ」
酷薄な笑みを浮かべ、目線をオルガマリーの方からカインの方にアテルイは向ける。
主を侮辱されても、不死の罰を刻まれたこの男は何処吹く風。自分の目的の達成以外、本当に興味がないらしい。
聖杯獲得の妨げや障害になると考えた事以外には、何らの関心も示さない。オルガマリーが犯さて処女を散らそうが、それによって実害がない限りは間違いなくこの男は放置をするのだろう。そんな確信めいた感情が、オルガマリーにはあるのであった。
「おい、邪魔だから退けや」
「馬鹿か? 令呪を奪うと口にした奴相手に、マスターを差し出す真似をしろとでも?」
「そうした方が幸福だぜ? 俺と戦わずに済むんだからよ」
自身の実力に、絶対の自信があるようだと、クロエは勿論、カインもオルガマリーも実感した。
そしてアテルイが、その自惚れを振り切った強烈な自負心に恥じぬ、凄まじい力を秘めたサーヴァントである事も、肌で感じ取っている。
「戦わずに事を済まそうとする程、強さに自信がないのか?」
アテルイが強いと解っていての、挑発の言葉。表情は普段通りの、やや陰気そうな空気を醸す無表情気味のそれであるが、
発される言葉には明白にアテルイを小馬鹿にするようなものが内在されている。
――そして、その言葉を受けた瞬間の事だった。
アテルイの表情から笑みが消えたのである。今彼の顔付きは、磨かれた石のような無表情へと変じて行き、
体中からそれまで徒に放たれていただけの殺意が、冷たい物を孕んだ、指向性を伴う物へと変化。しかし、殺意の総量は、先程と比して段違いに高い。
放ち続ける殺意の全て、それを、アテルイはカインたった一人へと放射し続けていた。ゾワ、と、体中が粟立つのをオルガマリー感じる。
露出が多い服装のせいか、艶やかで張りのある褐色の肌に、ポツポツと鳥肌が立ち始めている事が、オルガマリーにも理解見る事が出来た。
「向こうで遊んでやるよ。行くぞ」
顎だけをクイッ、と。誰の車も停まっていない、文字通り無人・無車の状態にある、わくわくざぶーんの駐車場に向けてしゃくるアテルイ。
「戦っている間、空間転移や他の魔術を警戒しろ」、自身のマスターにそう告げてから、先ず最初にカインの方が駐車場の中へと歩んで行く。
-
――そしてこの瞬間に、アテルイが動いた。
カインの背中をそれまで棒立ちで見送っていたアテルイは、彼我の距離が四m以上空いた瞬間、残像を伴う程の速度で右手に握った直剣の間合いにまで一歩で踏み込み、
それを横薙ぎに、音の速度で振るった。完全な不意打ちだ。そもそも、まともに戦おうとすらアテルイはしなかった。
背中を見せた瞬間に、抵抗すら許さず、相手を斬殺すると言う卑怯な手段で、カインを下そうとしたのである。
不穏な気を感じ取ったカインが、急いでアテルイの方へと振り返り、振るわれ始めた直剣を見て、即座に反応。
手に持つ三叉槍でアテルイの攻撃を防ごうと試みる。だが、剣身が槍の柄と衝突した瞬間、カインの瞳が見開かれた。
柄の硬さが、相手の剣の硬さに秒の抵抗すら出来なかったのだ。まるで、バターをナイフで切る様に、アテルイの振るった剣は槍の柄に食い込んで行き、そのまま、割断。
槍は見事に中頃から横に真っ二つになり、破壊されてしまう。その事に気付いたカインが、殆ど反射的に後ろに飛び退き、剣の間合いから逃れようとする。
スタッ、とカインが六m程後方に着地。痛みはない。血が流れている感覚も、身体を伝う衝撃もない。
辛うじて攻撃を回避する事は出来たが、今の一撃で上着とシャツに、切れ込みが入ってしまった。尤も、服などカインにとっては瑣末な物であるのだが。
「やってくれたな」
敵意で双眸を漲らせ、カインが言葉を紡ぐ。眦から、火の粉が今にも飛び散りそうな程の怒気がスパークしていた。
「人に背ェ向ける何て、斬られたいのかなって思ってよ」
ナハハ、と笑うアテルイだったが、全く言葉からは反省の色が窺えない。と言うより、表面上は笑っているが、その瞳が全く笑っていない。
いやそれどころかこの男は、そんな冗談を口にしていながら、殆ど何の動作も見せずに、次の攻撃へと移っていた。
魔力の収束して行く感覚、これを感知したカインは急いで左にサイドステップを刻んだ。果たして、この場の誰が、何が起こったのかその仔細を理解出来ていたろうか。
ステップを行うまでカインが佇んでいた場所の地面に、縦横無尽に溝が入り始めたのである。まるで一枚の紙に、デタラメに切れ目でも入れたかのように、
アスファルトの地面に刻まれていく断裂。アテルイが放つ、真空の刃であった。切れ味だけならC〜Bランク相当の宝具に匹敵するそれは、生半なサーヴァントならそれだけで必殺となる程の威力を誇る。
アテルイの放つ攻撃を見届けたカイン。彼は、冷めた目をしながら、履いていた黒い革靴を後方に脱ぎ捨て、更に靴下もポイポイと手で脱いで放った。
裸足になったと思った刹那、カインの纏っていたダンヒルのスーツが、バリッ、ととても小気味の良い裂音を響かせて、大小の布片となって中空を舞った。
筋肉を布の張力を超えてパンプアップさせ、スーツをダイナミックに破き捨てた、と気付いたのはアテルイだけである。
見事、と言う他ない肉体美であった。余分な贅肉が何処にもなく、首から足のつま先まで余す事無く鍛え上げられ、脂肪の総量も最小限。
普通の人間がどれだけ過酷な鍛錬を経た所で、こうも完成された肉体には至るまい。天より与えられた、完成された肉体へと至る資質。
それを生まれた時から天稟として保有した上で、身体を鍛え上げていなければこうも見事な肉体には至るまい。正に、天性の肉体。
カインはその肉体を霰もなく外気に晒していた。腰に布を巻き、その下にパンツを穿いていると言う服装は、この身体であるからこそサマになっている。
男女共々魅了されようと思わせる程に、厳しく引き締まった肉体であるからこそ、蛮族さながらの今のカインの恰好でも、恥かしい所がないのであった。
-
だが――その総身に刻まれている、幾何学的なモティーフを感じさせる、赤黒い刺青の、何たる禍々しさか。刺青が刻まれていたのは、顔面だけではなかったのだ。
タトゥーとは今日ではファッションとしての側面もあるのだが、古の昔においては罪人を識別するマークとしての機能もあったと言う。
カインに刻まれた刺青とは、まさにその罪人に対して刻まれる痕としての向きが強い。カインのものは正しくそれなのだろう。
それ自体はただの模様に過ぎぬのに、この刺青を見た瞬間クロエとアテルイは、カインと言うランサーが過去に、
決して赦されぬ大罪を犯したのだと言う事を即座に認識してしまった。引いてはそれは、カインが『悪』である事も意味する。
クロエが息を呑む。罪人であると識別出来る刺青を視認した事もそうだが、それ以上に、その刺青が発散させる、謎の威圧感に圧倒されてしまったからだ。
この男に手を出してしまえば、殺される。そうだと確信せざるを得ない程、カインに刻まれた刺青――またの名を、『ノド』と呼ばれる宝具のデザインが、完成されていたからである。
「ハッハ!! 良いな、オイ。そうだよな、喧嘩つったらよ、裸だよなぁ!?」
しかし、アテルイは流石に違う。カインの刺青を見ても、寧ろ滾るだけ。罪人であるのならば、斬り殺しても咎めがない。そうだとすら思っている程だった。
アテルイが謎の持論を叫ぶや、彼は地を蹴り、カインの下へと駆け抜ける。十m以上の距離を一瞬にしてゼロにまで縮める程の、恐るべきスピード。
アテルイ自身が有する、『嵐』を操り、放出する力。それを推進力として一切利用していない、素の身体能力を用いただけの移動速度で、これだった。
オルガマリーは勿論、クロエですら目で追う事が困難なスピード。クロエが気付いた時にはアテルイは既に、
右手に握った、鬼の骨を削って作った直剣の間合いにまで移動していた。鉄の刀を千本束ねても藁束の如く叩き斬り、巨大な岩塊も一振りで切断し、稲妻すらも防ぎ切る大結界すら木の板の如くに割断する、宝具にも等しい恐るべき妖剣が今、カインの下へと迫る!!
――それをカインは、あろう事か、右腕一本で防いだ。
それも、剣を振うアテルイの、剣を握った側の腕を弾いたりいなしたり、と言うのではない。『骨剣の剣身にわざと腕を配置させ、生身で剣を防いだ』のだ。
右腕一本、どころか、命すら頂いた、とアテルイが思い、勝利を確信したのは刹那のような一瞬であった。
音すら立つ事なく、刺青の刻まれたカインの右腕と、鬼の骨で拵えた剣が衝突。それだけ、だった。
――俺が、見誤った!?――
アテルイが瞠若する。この男程の戦士が、相手を叩き斬る際に必要な力加減を間違える等、天地が引っくり返ってもあり得ない。
だが現実として、アテルイの骨剣の剣身は、カインの皮膚より先から移動する気配を見せない。
正に、皮膚一枚で、アテルイの膂力と骨剣の切れ味の全てを防いでいる状態なのだ。それが、考えられない。
地上の何処に、俺の斬撃を皮膚の一枚で防御出来る怪物がいるのだと、アテルイは本気で考えていた。
「ああ、お前の言う通りだ」
剣を防いでいない側の左手で拳を作り、カインはゆっくりと語り始めた。
「喧嘩は裸でやるものだ。そして――」
告げた。
「殺し合いも素手でやるものだ」
其処で、アテルイの顔面に、痛みと衝撃が走った。
衝撃が突き抜けた方角に、直立した姿勢のまま水平に吹っ飛ばされて行くアテルイ。
アテルイの顔面があった高さに、カインの左腕が伸びていた。左拳によるストレートを、アテルイに放っていた事は、カインの今のポーズからも明白であった。
アスファルトに両足を接地させ、殴り飛ばされた勢いを殺し切るアテルイ。
それと同時に、先程の意趣返しだと言わんばかりに、カインが拳の間合いへと接近。事態を瞬時に認識したアテルイが、魔力を嵐の形態で放出。
無数の真空刃でカインの五体をバラバラどころか、挽肉にしようと試みるが、カインには傷一つ付くどころか、髪の毛の一本すら切断出来ていない。
真空で出来た刃は確かにカインの身体に直撃しているにも拘らず、だ!! 攻撃が通じてない、とアテルイが認識した瞬間、カインが右腕を振り被った。
アテルイの防御が、遅れてしまう。右腕はアテルイの鳩尾に容易く突き刺さり、カインが拳を伸ばした方角に、再びアテルイがゴムボールの如く吹っ飛んで行った。
-
パンチ一つで、八〇kg近いアテルイを十数m以上も吹き飛ばせるのは、カインに備わった『怪力』のスキルの故であった。
真っ当なサーヴァントであれば、このパンチ一発でダウンどころか、耐久のステータス次第では殴った所から身体が千切れ飛ぶ程の威力を誇るのである。
そんなレベルの腕力で殴られても、アテルイは意識を失う事はない。殴られたと言う事実に目を血走らせながら、カインの方を睨みつける。
壁際まで、追い詰められてしまった。わくわくざぶーんの外壁だった。動こうと思った瞬間、もう既にカインはアテルイに近付き、
悪逆のセイバーの腹筋目掛けて強烈な右前蹴りを叩き込んでいた。腹部に蹴りを受けたアテルイは、蹴り足の伸びている方角、即ち後に吹っ飛ばされようとするも、
鉄筋コンクリートの外壁がすぐ背中にある為飛びようがない。……風に思われたが、何とカインの蹴りは、その壁をぶち破り、破壊する程の威力を有していた。
「セイバー!!」
そう叫び、クロエが施設の中に転移、事態の変化を目に焼き付けようと移動する。
遅れてオルガマリーも、歩き難そうなハイヒールで必死に、己がサーヴァントであるカインが空けた穴の方に走って行く。
営業時間を過ぎた為、水を抜かれて数時間が経過した、カラッポのプール。穴は、其処に繋がっていた。
プールの上空を、カインに蹴られた影響で舞っているアテルイが、即座に体勢を整え、嵐の力を用いて気流を急激に操作。
気流を高速で自身にぶつけ、殆ど直角に近い角度で急降下。オリンピックサイズ・プールに膝立ちで着地する。
それと同時にカインも、プールの底に降り立った。彼我の距離は、四十m程も離れている。
「――ちょづいてんじゃねぇぞコラァッ!!」
手鼻をかみ、鼻の穴に溜まった粘性の血塊を噴き捨ててから、アテルイが口角泡を飛ばしながら叫んだ
瞋恚に血走る瞳で飛び出た怒号は、頭上十数m程の高さを覆うガラスの天井をビリビリと揺らす。それだけではない。
怒りの感情の発露と同時に、アテルイは全方位に己の怒りの感情を嵐として放出。突発的に起こった無色の風は、彼を中心とした直径十mの範囲で巻き起こり、その範囲内のプール底を粉々にした。
「何だ、怒ってんのか。存外、小さい器だな。雑魚」
カインの切り返しと同時に、アテルイの姿が掻き消えた。
掻き消えた、としか見えぬ程の速度での猛ダッシュだった。地面を蹴り抜いた際の力と、アテルイ自身が有する鬼の膂力。そして、嵐の放出の推進力。
これらを全てを、接近の為の道具として用いたその瞬間、アテルイは時速三〇〇㎞の速度でカインへと突撃する弾丸となった。
カインがアテルイの姿を次に認識した瞬間には、悪逆非道のセイバーは骨剣を袈裟懸けに振り下ろしている最中であった。
カインが身体を動かそうとするよりも早く、アテルイの剣が、刺青の刻まれた肩を捉えた。
やはり、斬れない。常ならば肩から腰に掛けて斜めに叩き斬れ、贓物を飛散させられる筈なのだが、肩の皮膚一枚で。神域にまで達している程のアテルイの斬撃が食い止められる。
アテルイの持つ宝具、天十握剣とは、記紀神話における三貴神の一柱であるスサノオノミコトの持つ側面の一つ、
荒ぶる武神・戦神としての面がフィーチャーされた宝具である。つまりこの宝具は、『武神としての権能』を指すのである。
スサノオから強制的に分離された『悪』の側面であるアテルイは、オリジナルの持つスサノオの権能の百分の一程度の力しか発揮出来ない。
武神の権能にしてもそれは同じ。本来のスサノオであれば、『武器を握った存在と対峙した瞬間、強制的に相手よりも武器の習熟度が高くなる』と言う効果の他、
『ただの斬撃一つで遍く万象や概念を其処に在ると言う事実ごと叩き斬る』と言う効果にまでなっていた筈だが、
スサノオから抽出されて廃棄された残滓に過ぎないアテルイの場合は、本来想定されていた効果よりも遥かに性能が劣る。
劣る、が、腐っても武神の権能。アテルイの斬撃は、物理的な干渉力の他に『相手が其処に存在していると言う事実』をも切断する為、事実上の防御は不可能。
強度にもよるが概念や宝具すらも彼の斬撃は破壊しうるし、これが生身の存在に直撃しようものなら、生半な加護や防御スキルなど一方的に貫通して相手を斬る事が出来る。そして、斬られた先に待っているのは、『死』なのである。
-
なのに、カインの身体には傷一つ負う気配がない。
如何に落魄した権能とは言え、アテルイの剣による攻撃は真実の意味で神の領域にまで片足を踏み入れている程の一撃なのだ。
素肌で防ぐ事など間違ってもあり得ない。アテルイの宝具を軽快に上回る程、神秘の格で勝る加護が刻まれていると考えるのが妥当だろう。
そう、その加護こそが、カインに刻まれている奇怪な刺青の正体なのだろう。其処までは、アテルイも導き出せた。
導き出せたが、其処から先をどうするのかがポイントだ。そしてアテルイは、此処から何をするべきなのか、血が上った頭で導き出せていた。
――簡単だ。相手が折れるまで、殴って斬りまくれば良いだけなのだから。
「貴様の攻撃など蚊に刺された程も効かんな」
「じゃあ効くまで斬り刻んでやるよ」
その一言を契機に、アテルイの斬撃の速度が、カインの反応を凌駕する程の超速と化した。
一秒間に二十回にも及ぶ程の速度で殺到する、アテルイの神速の斬撃。音を超えて神の域、神の域を超えて魔の境地へと逸脱したそのスピードの攻撃に、
カインの反射神経が追い付かない。腕を動かして、辛うじて秒間数発程度までの攻撃はガード出来る。だが、それ以上の攻撃はモロに肉体に直撃してしまう。
強がりで、カインは蚊に刺された程も、と言った訳ではない。真実カインには、攻撃が殆ど通じていない。
カインと言うサーヴァントを象徴する宝具である、神によりて刻まれた呪いである『ノド』は、本来ならばカインに死を許さない、不死を約束させる宝具である。
勿論聖杯戦争に際して不死を再現する事など不可能であり、ダメージを極めて大幅に削減する程度にまで性能が劣化している。
だが、不死にする、と言う効果の断片はある程度は再現されている。『ノド以上の神秘或いはノドを刻んだ神と同格の神性の持ち主の攻撃』でなければ、
正しくその効果が発揮されないと言う効果によってだ。つまり、この効果がある以上、『十全の状態から突然カインを即死させる事は出来ない』。
『其処に存在すると言う事実を斬り裂く』アテルイの斬撃は、上に上げた二つの効果にモロに引っかかってしまい、その真の効果を真っ向から無効化されてしまっただけでなく、斬撃本来の物理的な干渉能力すら十分の一を遥かに下回る威力にまで低下させられてしまっている。そう、真実本当にカインの身体には、大したダメージはないのである。
だが、こうまで常軌を逸した速度で攻撃を受け続けていれば、流石に話は別になる。
塵も積もれば何とやらだ、ダメージは蓄積する。アテルイの取った、直ちに大ダメージを与える方策はないが、小さいダメージを与え続けていればいつかは倒せる、
と言う作戦は、一見乱暴に見えて実際にはこれしか突破する方法がないのである。一分後か、それとも十分後か。兎に角、続けていればいつかは膝を折る。その考えの下、アテルイは鬼の骨を削って作った剣を、あらゆる角度からカインに殺到させていた。
攻撃が、まるで途切れる気配がない。
頭に、首に、肩に、腕に、胴に、脚に。アテルイの斬撃が直撃して行くが、カインは堪える様子もない。
眼や股間に攻撃を受けてすら、平然としている程である。だが、如何にアテルイの神髄である『事実の切断』が無効化されていると言えど、
身体に舞い込む衝撃までは完全に殺し切れない。これ以上攻撃を貰うのは得策ではないと思ったカインは、アテルイの攻撃を受け続けながらも、
右拳を握り、それを魔王の顔面目掛けて突き出した。これを、軽く頭を横に傾けて回避したアテルイは、即座にカインの右手首を掴む。カインの瞳が、カッと見開かれた。
「どうした。何驚いてんだ? そう何度も同じ所殴ってたら見切られるに決まってんだろ」
得意気に口にするアテルイだったが、言っている事は事実だった。カインの攻撃には、技巧と呼ばれる物を感じないのである。
それもその筈。カインには目立った武功や、名高い戦場を生き残ったと言うエピソードがない。人類最初の殺人者、と言うエピソードが最も有名な男だ。
全く互角かそれ以上の実力と強さの人物と、命を賭けて戦ったと言う経験がない。それはつまり、戦闘に対する練度の低さを意味する。
実際卓越した武錬を持つアテルイは、冷静に攻撃を観察出来る状況に立ってしまえば、カインの攻撃は三騎士のクラスの割に練度が低い事をもう見抜いてしまった。
この男の戦いの勝ち筋は、埒外の耐久力で相手の攻撃を耐え、耐えながらカウンターを行うか、耐えて相手が疲れた所を攻勢に出る、と言うのが定石なのだろう。
成程、腹が立つ。その程度の実力しかない男に、今まで攻撃を貰っていたと言う事実に。アテルイは、腹を立てていた。それは、自分自身に対する怒りであった。
-
手首の骨を外そうとして見たり、腕を枯木みたいに圧し折ろうと力を込めてみるも、そのどれもが失敗。やはり、打撃を叩き込むしかないようだ。
カインが急いで攻撃に転じるよりも早く、アテルイが動く。即座にカインの腹部に、右の鋭い膝蹴りを叩き込み、動きを一瞬止めさせる。
不死のランサーが渇いた息を吐き出したと同時に、片腕の力だけでアテルイは、体勢の崩れたカインを、頭上へと放り投げた。
時速百㎞を超える程の速度で垂直にブン投げられたカインは、プール場を覆うガラスの天井に直撃。鼓膜が斬り裂かれる様な高音を立てて、天井の六割近くが破砕される。
今も空中に放り出された状態のままのカイン目掛け、嵐の形態を伴った魔力放出をアテルイが見舞う。
嵐どころか風すらも発生する条件にない空間に、突如として巻き起こる暴風。人体を真っ二つにするどころか、粉々にする程の密度の真空刃を搭載した嵐が、
宙に投げ出され無抵抗その物の状態であるカインの身体を斬り刻む。嵐の直撃を受け、ガラスは更に千々と砕け、粉末に等しいレベルにまで砕かれる。
更にその嵐は、カインから遥か十数m下で、両名の戦いを眺めていたクロエとオルガマリーにも、尻もちをついてしまう程の強さの突風と言う形で影響を与えていた。
アテルイの顔面に、青筋が浮かび上がる。
それも、詮方ない事かも知れない。アテルイが放り投げた際の力が限界を迎え、引力と重力とに従い落下を始めたカイン。
両腕を交差させて顔を覆いながら、プールの底へと落ちて行くカインに、傷らしい傷がついていないのを見てしまえば。機嫌も悪く、なろうと言う物だった。
スタッ、と着地するカイン。しっかりと両足からの着地であり、不様に倒れ込むようなものではない。ダメージを受けていない事の何よりの証左である。
顔の前で交差させた腕を、カインが解く。顔に傷はない。勿論、身体にもであった。ギラリと輝く意気軒昂たるその瞳に、ダメージを負った事に対する気持ちの萎えがない。
いやそもそも、ダメージすら負っていないのだ。心の昂ぶりに翳りが差す筈もなかった。
「は、ハハ……」
両手で拳を作り、ボクシングのサウスポーに似た構えを取り始めるカインを見て、アテルイが不敵な笑みを浮かべ始める。
「――ッハハハハハハハハハハハァッ!!」
そして突如、躁病の患者の如き、破裂するような哄笑を上げたと見るや、アテルイの姿が再び、掻き消えてしまう。
消えた、としか見えぬ程の、超高速での移動である。真正面から一直線に相手に向かって行っている、と言う軌道の筈なのに、
相手はアテルイが眼前に現れて、初めてこの男がどんなルートで接近したのかを知るのだ。それ位移動速度と、不意打ちの練度に優れていた。
現にこのアプローチが二度目であると言うのに、またしてもカインは虚を突かれてしまった程である。
間合いに入るや、右手で握った鬼骨剣を大上段から振り下ろすアテルイ。狙いは、カインの脳天だった。
これを、右腕を剣の軌道上に寝かせるように置く事で、防御するカイン。武神の権能の欠片を宿した一撃は、
『神』が手ずから刻んだ刺青の祝福(カース)によって防がれてしまう。そんな事などお構いなしとでも言わんばかりに、アテルイは再び剣を上段から振り下ろす。
反撃に転じる間もなく、再びカインが防御。動こうとするも、アテルイの方が素早く動く為、攻勢に出れない。またしてもこのセイバーは上段から剣を落とす。
防ぐ、落とす、防ぐ、落とす。まるでアテルイは癇癪でも起こしたかのように、骨剣を上段から何度も何度も振り下ろしまくり、カインはこれを防ぎ続ける。
アテルイが余りにも埒外の膂力で剣を振り落としまくるせいで、攻撃の衝撃がカインを伝い、それがオリンピック・プール全体に亀裂が生じさせてしまった。
嵐を操る魔王の、気違いじみた哄笑を伴っての振りおろし、その一撃ごとに、生じた亀裂から砂煙が巻き起こり、会場全体が微かに揺れ始めて行く。恐るべきは、これだけの腕力を誇るアテルイか。それとも、無傷でこの攻撃を防ぎ続けるカインか。
-
――これが、本当に……――
聖杯戦争の戦いなのだろうかと、クロエは、二名の凄惨な戦いぶりを見て戦慄を憶える。
聖杯戦争の為に生存理由(レゾンデートル)をチューニングされた彼女は当然の事、聖杯戦争の主役とも言うべきサーヴァントの知識を理解している。
人類史に刻まれた万夫不当の英雄達、遥か遠くの御伽噺と化した神代の世界の綺羅星、人の歴史と未来を変革せしめた偉人達。
これらが人類の想念によりて磨き上げられ、高次元の霊となった存在。それこそがサーヴァント、つまり、英霊と言うべき存在なのだ。
一人で万軍を打ち倒す武勇を誇る英雄と、勇気と知略と武力を以って竜種を打ち倒す勇者の戦いは、どれ程胸躍るものだったであろう。
時を経る毎に人類が忘れて行った古の時代の言の葉を操る大魔術師と、空を舞う飛燕の眼球すら撃ち抜く程の弓術を誇る弓兵の戦いは、手に汗握るものだっただろう。
嘗ては主従関係、王と騎士、主君と臣下の関係にあった者達が、聖杯戦争と言うシステムの妙の故、争わざるを得なくなると言う運命の悪戯は、興奮すら隠せなかったろう。
聖杯戦争。それはifによって編み上げられた一枚のベルベットと言っても良かった。
誰もが憧憬を抱き、誰もが心を惹かれ、そして誰もが同一化や自己模倣を志す、そんな者達どうしによる戦いは。
果たしてどれ程眩くて、キラキラしていて、修辞法では表現のしようがない程に縹渺とした神韻で溢れていたのであろうか。
二名の戦いには、それがなかった。
アテルイとカインの戦いは、暴虐を極る悪鬼共の戦いそのものだった。蛮族共の凄惨な闘争そのものだった。
目を奪われる程の幻想性がない。あるのは目を覆いたくなる程現実的(リアリスティック)な暴力だ。
呆然とするほどの眩い光輝がない。あるのは何処までも有り触れている、鉄血の飛沫である。
心を白紙にする程に美しい神韻がない。あるのは――この戦いの果てには死と荒廃が待ち受けていると言う確かな予感だけだ。
カインの右フックを、スウェーバックの要領で簡単に回避するアテルイ。
避け様に、風の塊を超高速で放出させ、それをカインの身体に直撃させる。サッカーボールのような勢いで、後方十mに吹っ飛ばされるカイン。
スタッ、と着地し、動こうと思った時には、埒外の移動速度でアテルイがもう接近してしまっていた。
鬼の骨を鍛えて作った剣を横薙ぎに振るうが、カインはやはり、避けない。素肌による防御を実行し、攻撃を防いだと言う実感を肌身で感じた瞬間、
反射的にアテルイに蹴りを見舞うが、積み重ねてきた戦闘経験と武術の経験が違い過ぎる。身体を軽く捻る事でアテルイは容易に攻撃を回避した。
猛禽のように指を曲げたまま拳を開き、その状態でカインの顔に掌底を放つアテルイ。この時、曲げた人差し指と薬指が、カインの眼球に刺さった。
刺青の影響は、このデリケートな眼球にまで及ぶらしい。視力こそ奪われなかったが、突如としての舞い込んだ目への攻撃で、
一瞬カインの意識を完全な空白にする事は出来た。この瞬間を狙い、掌底を放った側の腕を高速で引き、カインの心臓目掛けて正拳突きをアテルイは一閃。
拳の突き出された方角に、矢のようにカインは素っ飛んで行き、ターンを行う側の側壁に激突。蜘蛛の巣めいた亀裂が、壁に衝突の勢いで生じた。
嵐を背中から放出させ、これを推進力に時速三一三㎞の速度で抹殺対象に迫るアテルイ。
それを見たカインが、左方向にステップを刻み、其処から移動。ザクッ、と言う音を立てて、骨剣が側壁に突き刺さった。先程までカインがいた場所であった。
アテルイが剣を引き抜いているその隙に、カインは跳躍、プールサイドに着地。それを追おうと自分も跳躍し、同じ土俵に降り立とうとするアテルイ。
しかしカインは着地を許さない。飛び上がったアテルイが落下を始めようとしたのと同時に、カイン目掛けて左拳による一撃を放つが、骨剣の腹で攻撃を軽く防がれてしまう。だが、地に足付いてない空中での防御だ。成す術もなく、カインの左拳が伸びた方角に吹っ飛ばされてしまい、強制的に距離が離れてしまった。
-
相手が言った通り、技術の差が如何ともしがたいレベルにまで水を空けられている。
このまま戦って倒せるか、とカインは考える。異様なまでに、攻撃の威力が低下させられており、十全の状態のダメージを与えられない事に既に彼は気付いていた。
怪力のスキルを乗せた一撃を顔面に喰らって、あそこまで無事の状態でいられる事など通常あり得ない。アテルイが頑丈過ぎると言う事もある。
だが、それだけではない筈だ。アテルイは何か、こちらの攻撃の威力を強制的に低下させる『術』を持っている。そのせいで、決定打が与えられない。
――マスターを攻撃するか――
そう、カインは考えを改めた。サーヴァントが難物なら、マスターを殺して勝利を拾うのもまた、聖杯戦争においては当然取られ得る選択と言えた。
アテルイのマスターは瞬間移動と言う極めて高度な術法を使うにも拘らず、このプールに来てから行っている事は、固唾を呑んで両名の戦いを見守ると言う見の一手。
戦いと言う行為に向かないオルガマリーを狙わないのは正直有り難いが。アテルイのマスターであるクロエは、ひょっとしたらオルガマリーを殺したくないのかも知れない。
根が善良なのだろう。そうでなければ、アテルイの野卑極まる発言に嫌悪感を示したりはしない。
しかし、持って生まれた技術をフルに使わない時点で、マスターとしては二流だ。もしもクロエが本当に善良なマスターである、と言うのなら、容赦なく其処を突かせて貰う。
全ては、数千年もの時を無辺の荒野で生き続けなければならぬ、と言う生き地獄からの解放の為に。作物の一つも育たず、人一人いない荒野で、飢えも乾きもなくただ時が行き過ぎるのを待つ、と言うあの虚無の辺から、死を以って今こそ救われるのだ。
クロエの方に、目線を向けるカイン。
それまでアテルイ達の戦いを見守っていただけのクロエが、送られて来た目線が異質なものになっている事に気付いたらしい。
そしてアテルイも、カインが何を狙っているのか、その意図に気付いた。ダッ、と地を蹴ってカインを止めようとした――その時だった。
突如として響き渡ったアテルイやカインのものとは違う、コンクリートの破壊音。
その音の方向に、カインがバッと振り返る。アテルイの方は方角的にその音の正体を視界に収められる位置であったので、身体を当該方向に向けなくても済んでいた。
――そして、カインが振り返った時にはもう遅い。凄まじいまでの衝撃が、体中に叩き込まれ、丸めた紙のようにカインが素っ飛んで行った。
この場にそぐわぬ音が、プールに響き渡る。ある種の排気音だった。
内燃機関(エンジン)が生じさせた排気ガスを外部に放出する為の装置、即ちマフラーと呼ばれるものからガスが排出された時の音に、それは良く似ていた。
音の正体は正に、先程までカインが構えていた地点に、書き割りを変更する様な唐突さを以って現れた大型バイクであった。
厳めしさすら感じさせる、鎧めいた黒色の板金。自動車の物と比べても何ら遜色のない大きさのタイヤ。そして、うるさ過ぎにも程があるエンジン音。
この世の如何なるメーカーの過去の販売記録を漁ったとしても、、この車両を過去に流通させたと言う事実は見当たらないだろう。
試作品、限定品と言う括りで探しても、同じ事であろう。それ程までに、類を見ない車両であった。
「車の前に出てきたら危ないと言う事も知らんのか? あの低能は」
五〇m以上も吹っ飛ばされたカインを見てケラケラと笑うのは、大の男ですら扱えるか如何かすら解らないモンスターバイクに跨る女性だった。
川流れのようにサラサラとした、煮溶かした金を植え込んで見せた様な金髪に、突けば骨が折れそうな程華奢そうな体躯。
そして何よりも、可憐さの代名詞として扱っても問題がない程に整った顔立ち。常ならば、そんな美女が斯様なバイクを乗り回していれば、そのギャップがさぞや、
良い『絵』になった事だろう。だが現実は、違った。女性から発散される鬼風が、そのバイクに搭乗していると言う事実をスンナリ受け入れられる物にしているのだ。
見た目は確かに人間であると言うのに、その本質は、自分と同じ位の『ワル』である事にアテルイが気付いた。そうと気付いた瞬間、成程、あのバイクに騎乗していると言う事実にギャップを感じない。あの女性が跨るバイクは――彼女の残酷さを示す記号(シンボル)として機能するのであるから。
-
◆
ジュデッカ 血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
解放された世界 Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
総ての乙女の敵
久遠の赤
-
◆
ZONE22――『総ての乙女の敵』
「馬鹿が雁首揃えておるな」
わくわくざぶーんの外観を眺めながら、その女性は言った。
染み一つない白のワンピースを纏い、後ろ髪を長く伸ばした金のロングヘアを風の任せるがままにしたその姿の、何と女性的な姿か。
胸の大きさは、男子の欲情を煽る程ではない。それどころか平坦で、スレンダーな体系とすら言えた。だが、女性として完成されていた。
細身で、華奢そうなその外見は『優美さ』の一つの完成形とも言えるもので、世の男性を虜にするには十分過ぎる程の威力を有しているのだった。
――だがその、虫も潰せぬ様だと余人に知らしめる愛くるしげで麗しい顔立ちに浮かぶ、嗜虐の笑みは何なのか。
口角は吊り上げられ、胡粉もかくやと言う程の白さの歯を見せ付ける様な笑みには、愛くるしさの欠片もない。
獰猛さ。そう、肉食獣が草食獣を仕留め、これからその臓腑を喰らい尽くそうと言う段に浮かべる笑みに、彼……いや、彼女、『アスモデウス』が浮かべる笑みは良く似ていた。
「見えるか、我が主。中で二組。それも、共に三騎士のクラス共が勝手に争って自滅しようとしておる。吾輩らが出るまでもない、このままここで高見の見物と洒落こむか?」
アスモデウスは色欲を司る大魔王であるのと同時に、人間界の知識の殆どに通暁している知恵者としての側面を持つ。
力学、数学、幾何学、天文学、地質学、哲学、政治学に経済学、機械学や電磁気学等々、およそ人類が学びうるありとあらゆる知識を、その小さな頭蓋の中に収めている。
それらの知識をフル活用して、この魔王は、この冬木の聖杯戦争の参加者に配られていると言う星座のカードのカラクリを見抜いた。
極めて高度な科学的技術と魔術的な措置によって、サーヴァントの気配をマスターは愚かサーヴァントにすら悟らせず隠匿する機能。これをこのカードは有していたのだ。
サーヴァント同士の小競り合いと思しき情報が、やけに少ないのはこのせいだった。そもそもサーヴァントの知覚機能が著しく制限されているのだから、
小競り合いを行う最初のプロセスである『出会い』が起る筈もない。この機能を何を以って、運営が搭載したのかは知る由もないが、解る事は一つ。この機能が解かれたその時こそが、聖杯戦争の開催と言う事だ。
そして今、アスモデウス及び、そのマスターである『藤丸立香』は、サーヴァント同士の小競り合いを実際に目の当たりにしていた。
アスモデウスは現在、己が保有するスキル・『魔境の叡智』によって、極めて高ランクの千里眼をその目に宿している状態にある。
今の彼女は、過去或いは未来すらも見通す程の状態にある。勿論、遠隔視や透視などもお手の物。
千里眼の透視を以ってすれば、たかが人間が建築した建物の内部を見る事など、たといどんなに分厚い壁で隔てていようがガラスの箱の中身を見る事に等しい。
手に取るように、中での様子がよく解る。誰と誰が戦っていて、そしてどのサーヴァントを誰が従えているのかも、である。
だが、アスモデウスは兎も角、マスターである立香が、わくわくざぶーん内部の様相を外から見れるものなのか?
彼は間違いなくただの人間であり、サーヴァントが有する様な千里眼は愚か、魔術の才能すら初心者なのである。千里眼の真似事は、出来る筈がない。……通常は、だが。
アスモデウスの魔境の叡智は、一部のスキルに限られるが、己が保有する技術や叡智を一瞬で譲渡する事が可能なのである。『千里眼も、その対象』。
だから、見れる。アスモデウスの保有する千里眼と全く同質のものを、今の立香は宿している状態にあり、それを以て、わくわくざぶーん内部の様子が窺えるのであった。
-
別段アスモデウスは、戦いに興味はない。『無論、戦えば勝つのは吾輩だ』、と言う強烈な自負心を抱いてもいるし、事実それに恥じぬ力を彼女は持つ。
だが、この聖杯戦争での一番の関心事、それは聖杯の獲得及び、目下最も気に入っている人間、藤丸立香の心を堕とす事。
聖杯の獲得の為、自ら剣を振ってやっても良いが、それで自分が痛手を負い、マスターを誘惑出来ぬようになってしまうのは本末転倒であるし、
何よりもアスモデウス程の者が契約者を外的要因で死なせてしまうなど、悪魔の名折れに他ならない。要するに、立香自身も傷つけたくないのだ。
だからアスモデウスは、戦わず、つまりは自分の手を汚さずして勝負に勝ちたいのである。見た所、今戦っているサーヴァント達は相当な強さを誇る者達だと、
この色欲の魔王は見抜いた。勝手に戦って消耗し、弱った所を自分が殺す。だから乱入の必要性はない。マスターである立香共々、安全圏からサーヴァント同士の死闘をケラケラ笑いながら眺めるか? そう提案しながら、身体を立香の方に向けたその時だった。
「……所、長……」
サーヴァント同士が戦っている光景が繰り広げられている方角に続く外壁を、驚愕の表情で見つめる立香。
ただならぬものを感じたか、アスモデウスの表情が怪訝そうなそれに転じて行く。
「どうした、我が主よ」
「……元の世界の知り合いが、いる」
「――ほう……?」
アスモデウスの黒い瞳に、光が宿った。剣呑さがギラリと輝く、危険な光が。
立香の驚きは、二つある。
カルデアに協力してくれている、クロエと呼ばれる少女がいる事もそうである。
だがそれ以上に驚きだったのは――既に故人となってしまっていた、フィニス・カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィアが確かに存在していると言う事実であった。
何故、彼女が此処にいるのか、と言う驚きもあるがそれ以上に、喜びもあった。オルガマリーは、生きていたのだ!!
オルガマリーと一緒であった時期は、カルデアに編入されてからゲーティアを倒すまでの時間全体で考えれば、瞬きのように短い一瞬の時間であった。
立香は、オルガマリーの人となりも良く解らない。今となってはカルデアに所属しているスタッフの話を断片的に纏め、その人物像や過去を想像するしかない。
そんな人物でも、立香にとっては大事な人物であった。会話を交わして居ながら、共に特異点の一つを旅していながら、救えなかった人物。
それでいて、立香の知らない所で、想像を絶するプレッシャーとストレス、罪悪感と戦い続け、身も心も限界に等しかった女性。それが、オルガマリーであった。
生きていて良かったと、本心から思う。そして、次はもう死なせたくないと言う思いも本物である。
クロエ共々、この世界から脱出させてやりたい。そう思うと、オルガマリーの生存で笑みの浮かんだ表情が、強く引き締まって行く。
「そうか、主よ。お前は、あの中にいるマスターを救いたいのだな?」
「解るのか……?」
「解りやす過ぎるのだ。何も特別な事をしないでも、手に取るようだ」
表情に出てしまっていた事に、立香は今更ながらに気付いた。
ある程度の事はポーカーフェイスには出来るつもりではいたが、その死を見届けた人物が実は生きていた事を知ったら、無表情など維持出来る筈がない。
-
しかし――救うにしても、どうやって救う?
伊達に、数多くのサーヴァントと契約して来た立香ではない。両手の指では足りない程のサーヴァントと契約し、その人となりを見て来た彼は、
史上最も多くのサーヴァントと縁を結び、そして同時に使役出来る稀有な人間である。故にこそ、解る。そのサーヴァントがどう言った性格の持ち主なのか?
それがざっくばらんではあるが、直感的に導き出せるのである。オルガマリーが引き当てたサーヴァントが、剣を握っている方のサーヴァントか、
素肌で剣を防御するサーヴァントなのかは解らない。だが、解る事がある。両名共に、『腹に一物』を隠した凶悪なサーヴァントであると言う事が。
そう言ったサーヴァントは御す事も、打ち解ける事も難しい。まして此処はカルデアとは違い、性善な性格を持った他のサーヴァントがいない為、
仮にその凶悪なサーヴァントが暴走したとて、自衛の手段が令呪しかない。要するにサーヴァントを従えていると言う状況の危険度は、カルデアより上なのだ。
立香の従えるアスモデウスは、正直な所カルデアにいた危険に分類されるサーヴァントと比してもなお凶悪な性情の持ち主であるが、
まだ自分に対しては友好的な性格である為付き合いやすい――それでも油断は出来ないが――。問題はクロエとオルガマリーの従えるサーヴァントだ。
あの場で戦う二騎のサーヴァントは、付き合ってみたら意外と話が解るか、そもそも大して凶悪ではない可能性もあるが、それは理想論が過ぎる。
二名の戦いぶりの凄惨さを見るに、極めて厄介であると言う前提で対応する方がこの場合正しいだろう。
オルガマリーを救うと言う事は、彼女が引き当てたサーヴァントを説得する事も意味する。
つまり、『そのサーヴァントには聖杯を諦めて貰うしかない』のであるが、これがどれ程困難な事かは説明する必要すら最早存在しない。
当たり前だ、聖杯に掛ける願いがあるからこそ、彼らは聖杯戦争に馳せ参じるのだ。如何にマスターの知り合いであったとは言え、サーヴァントからすれば赤の他人。
そんな人物に、マスターを元の世界に戻したいから聖杯は今回ご縁がなかったと思って、と遠回しに説明した所で、待っている未来は交渉の決裂である。
そもそも、交渉のテーブルに座って貰えるか如何かすら最早怪しい。難易度がかなり高いどころか、無理に限りなく近い。
「主よ、お前の悩み、叶えてやれるかも知れんぞ」
「え?」
ニヤリ、と言う笑みを浮かべるアスモデウスの方に、間の抜けた表情を向ける立香。
「お前さんの悩みの種は大体わかる。マスターを無事に助け出したいが、それにはサーヴァントが邪魔なのだろう?」
「邪魔、って言い方はあれだけど……まぁ、やり難いとは思う」
「なら話は簡単だろう。そのサーヴァントのみを葬れば良い」
アスモデウスの余りの提案に、立香は目を見開いてしまう。
余りにも乱暴過ぎる発想だと思うが、流石にそう思われる事はアスモデウスも織り込み済みか。間髪入れずに言葉を紡ぎ、立香の反論を封殺しようとする
「なぁ主よ。お前も本当は理解しているのではないか? あそこで戦っているサーヴァント共、マスターの危機の方を優先して、自分の願いを諦めてくれるような殊勝な心掛けを持った奴らに見えるか?」
正直な話、見えない、と言うのが本当の所であった。
「なら、排除するしかあるまいよ。交渉に横やりを入れてきそうなものがおるのなら、それを入れぬ奴がいない時に話を進めるのが常套手段ではあるが……それがいつも、つきっきりであるなら、葬るしかあるまいて」
肩を竦め、アスモデウスは更に言葉を続ける。
「それに、解っておるじゃろうに、主。サーヴァントは本体ではない。英霊の座に登録されている本物の英霊から派遣された影武者、人類史に刻まれた影よ。我らがこの世界で滅んだ所で、座にいる我らに実害など何もない」
「……仮にそれをやるとしても、だ。セイバー、本当にあの二名を倒せるのか?」
「フハハハハ、心配性だな我が主。お前の引き当てたサーヴァントは――狡知と強さに関して、右に出る者はおらぬのだぞ」
それは、何となく立香も理解出来る。
アスモデウスが油断も隙もあった物じゃないサーヴァントである事は良く解るが、彼女を弱いと思った事は立香は一度もない。
倒す事は、出来るかも知れない。立香はそう思い始めていた。
「……解った。任せるよ、セイバー。だけど、約束してくれ。二人のマスターは、ちゃんと助けて欲しい」
「おう、おう。よーく解っているよ。それが主の望みならな」
-
その言葉を言い終えるや、何もない空間に手を伸ばすアスモデウス。
瞬間、伸ばした右腕が虚空に埋没。肘から先が見えなくなった、と思ったのもつかの間。其処から腕を引き抜くと、一本の抜身の直剣が現れた。
刃渡りが九〇cm程もあるロングソードであり、悪魔が振う剣とは思えぬ程、まっすぐで洗練された剣身だった。月光を浴びて微かに光り輝く、
その鋼色とも銀色とも取れる剣身は、妖しさよりも神聖さすら感じ取る事が出来た。魔境の叡智スキルによって習得した高ランクの道具作成スキルで、
己の宝具であるシャミールで生み出した神秘的性質を帯びた霊鉄を加工して作り上げた長剣だ。切れ味だけなら、Aランクの宝具にも匹敵する上に、片手で振るえる程軽く、その癖敵に与える重量感は通常のロングソードの剣による一撃以上と言う、下手な宝具よりも宝具らしい魔剣であった。
この剣を手にするや、壁際まで歩み寄って行くアスモデウス。
瞬間、彼女の右腕が茫と霞始めた。とは言え、それも一瞬の事。直に右腕が、立香にも見えるよう停まり始めた。
だが、立香にも長剣を握る腕が見えるようになったのと殆ど同時のタイミングで、真正面の壁が無数のカットされた建材となって、
音を立てて地面に崩れ落ちて行く。アスモデウスは数多の異名や綽名を有すると言うが、その内の一つに剣の王なる呼称がある。成程、その名に偽りも何もない。
眼にも止まらぬ速度で腕を動かし、邪魔な壁を切り崩したと言う事は立香にも解る。これを人間やサーヴァントにやろうものなら、きっと相手は、斬られて殺された事にすら気付かず死んでいるのではないか。そう思わせるだけの技量を窺わせるに足るものが、今の動きにはある。
「主よ、貴様に授けた千里眼、少々返して貰うぞ」
剣を先程と同じ要領で、空間に没入させ、しまい込みながらアスモデウスが言った。
「え、どうして?」
そう立香が疑問を呈した時には、既に彼から千里眼が失われていた。
どんなに壁を睨みつけても、その先で繰り広げられているサーヴァント同士の魔戦が、これにより一切見えなくなってしまう。
「外からずっと中の光景に注目していては、外部からの攻撃に疎かになってしまおうが? 敵は何も、この施設の中の者達ではない。施設の外から、お前を怪しいと思って攻撃する者もいよう?」
「……わくわくざぶーんはセイバーに任せて、俺は外に注目してろ、と?」
「そう言う事さ。案ずるな、この吾輩、召喚者に満足を与えず、吾輩自身も満足せず、召喚者を死なせてしまうなどと言う恥も極まる真似は犯さん。危険を感じたら、吾輩を呼べ。勝手は、解ろうな?」
言われて立香は、カルデアの制服から、ビー玉に似た小さくて透明な球を取り出した。
シャミールで生み出した特殊な水晶である。同じような球をアスモデウスも持っており、この水晶が共鳴する事で、遠距離にいてもその心の声が届くようになる。
詰まる所、念話の範囲の拡大がキモなのであるが、その真価は空間・距離的に隔絶された結界や異世界の内外にいても、念話が届くと言う点にある。
これにより、不意に連絡や通信を遮断される機構が発動されたとしても、問題なく意思疎通が出来ると言う訳だ。立香の満点の解答に、うむ、と満足げに肯じてから、アスモデウスは斬って開けた穴から内部へと入って行く。
【心配するな、五分で終わらせてやる】
頼もしくもあり――恐ろしくもあり。
その念話にそら寒いものを、立香は感じているのであった。
-
◆
先ず以って、悪魔とは嘘吐きである。卑金属を金に変える製法を教えると言って、毒素が噴き出る金属の製法を教え、召喚者を死に至らしめる悪魔がいる。
不老長寿を約束する水を作ったと言っておいて、ただの毒水を作る悪魔もいる。実験を手伝うと言いつつ、ラボを爆発させ召喚者を爆死させる悪魔だっていた。
悪魔とは、召喚者を殺す者である。だが、ただ人間と単純な力比べをして殺すのではない。己が有する特異な力と、召喚者の有する力と知恵。
それによって行われる化かし合い、生き馬の目を抜く読み合いの果てに、悪魔は人を殺し、人は悪魔を出しぬくのである。
悪魔と召喚者との関係とは即ち、極めてハイ・レートのポーカーの勝負に似ている。人が負ければ待ち受けるのは破滅。
だが、勝てばそのまま悪魔を使役した事によって得られた諸々の利益や、彼らの知恵を独占出来る、ハイリスクハイリターンの勝負だ。
嘘を吐き、真実を時に語り、時に直截的な暴力をチラつかせたり、時には友好的に酒でも飲み交わして見たり。悪魔と召喚者は、破滅を押し付けたり、生き残ろうとするのに必死になるものである。
アスモデウスは聖杯戦争自体を、召喚者との壮大な騙し合いと化かし合いだと考えていた。
このセイバーが自ら設定した、聖杯戦争の勝利の条件は二つ。一つは、聖杯の確保。
アスモデウスは聖杯によって、己の今の姿の元となった女性、サラの愛を独占しようと考えているのだ。
そしてもう一つこそが、マスターである藤丸立香の心を『堕とす』事である。アスモデウスは立香を殺そうなどとは、更々思っていない。
自らに忌まわしい労働を化した、人間未満の人間、生きると言う実感を楽しめぬ不能者であるソロモンを、英霊の座から抹消させる一助を担った藤丸立香を、
アスモデウスは最大を遥かに超えるレベルで高く評価していた。あれより優れた魔術の腕を持つ者は、幾らでもいる。喧嘩や、口の上手さだって彼以上の者はいる。
だが、あそこまで強い目を持ち、あそこまで優れた天運を有し、そしてあれ程までに輝ける魂の持ち主は、早々いない。数多の英霊が惹かれるのも、頷ける人間だ。
加えて、あの男は余りにも、悪の素質がなさ過ぎる。本質的な属性が、善なのである。善だから、堕とそうと言うのではない。
善でありながら、悪を憎まず、その在り方を肯定しようと努力する。藤丸立香は、悪を憎まず・怒らず、解り合おう・救おうと思いながら倒す事の出来る人間なのだ。
恐らくは、自分自身とすらそう思いながら接しているのだろう、と言う事はアスモデウスも理解している。だからこそ、彼女は彼に惹かれた。
成程、ソロモンも彼の為を思い、消滅を選ぶ筈だとアスモデウスは思った。過去と未来を視れる賢王の選択は、賢王に恨み骨髄の悪魔の目から見ても正しかったのである。
憎きソロモンを間接的に滅ぼし、そして人間性や魂があまりも魅力的な人間。悪魔としての、血が騒ぐ。
藤丸立香は殺すには余りにも惜しい。その魂を悪魔の側に堕として、魔道に誘わせたいのである。
こうする事で藤丸立香を己の物と出来るだけでなく、あのソロモンが己の命を擲ってまで守った善を汚せるのである。
生粋の悪魔であるアスモデウスにとっては、正に一石二鳥。爛熟した悪の果実の味を覚えた藤丸立香が見たい。殺しの愉悦に目覚める立香を眺めていたい。略奪の喜びを知った時の立香と達成感を共有したい。それは魔王アスモデウスの心の内で、女を犯し凌辱すると言う欲望よりも肥大化している、彼女の確かな願望であった。
-
――だがそれを成す為には、邪魔な者を排除しなければならない。そしてそれは、今わくわくざぶーんで交戦しているサーヴァント二名ではない。
その『マスター』であった。アスモデウスは、藤丸立香を殺したりはしない。それどころか望みさえすれば、知恵も与えるし、不思議の道具だって気前よく分け与える。
だが、彼以外の存在。即ち、自分の目的である聖杯と、藤丸立香の堕落を妨害する要素には、慈悲はない。全力で罠に陥れる、あらゆる手段を以って抹殺する。
悪魔であるが故に、己の悦楽を妨害する要素は全力で排除する。そしてそれは、今回の場合クロエ・フォン・アインツベルンと、オルガマリー・アニムスフィアなのだ。
聞けば立香と彼女らは、元居た世界で知り合いであったと言う。知己である、と言う事実がこの場合重要だ。
さぁもうすぐ立香の心が悪に染まる、と言う段になって、彼女らの必死の呼び声で彼が善性を取り戻す!! などと言う『寒い』展開は、
アスモデウスの望む所ではない。こんな下らない三文芝居で自分の計画をスポイルされては堪らない。だが、その可能性もゼロではないのだ。
最も優れた対策とは、事故がそもそも起らないような工夫の事を言う。妨害の可能性を予め排除しておく事こそが、一番の策なのである。
ならば、殺す事が最善なのだろう。立香はオルガマリーとクロエを助けろと言ったが、あんな口約束反故である。そもそも、自分が殺した事がバレないよう、立香から千里眼を奪っておいたのだ。これで思う存分、あの女狐共の腸をぶちまけさせる事が出来ると言う物だった。
「こんなもん、か」
壁に付けていた手を離しながら、アスモデウスが独り言を口にする。
手を離した所には、何を接着元にしているのか。黒い機械状のボックスに覆われた装置が取り付けられており、ピッ、ピッ、と静かな機械音をそれは響かせていた。
準備を終えた、と同時に、アスモデウスは、先程空間から長剣を取り出した時と同じ要領で、左腕を空間に埋没させ、力を込めて左腕をゆっくりと引いた。
スムーズに引き抜くと言うよりは、何かを牽引している風に余人には見える。二秒程経過した後で、彼女が何を取り出そうとしたのか。その正体が露になる。
バイクである。重量一tは容易く超えていそうな、モンスターバイクだった。一見するとビッグスクーターに見えるが、よく見れば全くの別物である事が解る。
総身が黒光りする鎧めいた板金で覆われた、余人に二輪版の装甲車とはこんな物なのだろう、と思わせる程のグロテスクな一騎であった。
横転してしまえば、誰も車体を引き起こす事など出来まい。これをアスモデウスは、その細腕で簡単に引っ張っていた。
これもまた、魔境の叡智によって獲得した道具作成スキルと、アスモデウス自身が保有する機械学の知識を応用して作り上げられた代物であった。
その車体や内燃機関に使われている金属に限らず、バイクを構成する物質及び燃料であるガソリンですらが、
『シャミールによって特別に創造された素材』で作られており、人界に存在する既存のオートバイを超越する程の性能を発揮する事が出来るのだ。
バイクに限らず、藤丸立香に召喚されてから、シャミールで生み出した素材で作った様々な道具が、アスモデウスが手を突っ込んだ、魔術によって作り上げた疑似亜空間の中に収められている。壁にアスモデウスが張りつけた装置についても、同じであった。
「さて、挨拶にでも行ってやるか」
一方向に目線を定めながら、慣れた様子でバイクに跨るアスモデウス。
アスモデウスの優美な外見でバイクに騎乗すると、身の丈よりも遥かに大きな荒馬に跨る淑女のようなイメージを見る者に幻視させる。
だが、騎乗するバイクは荒馬ですら愛くるしく見える程の怪物的機体である。その柔らかな肉に覆われた、細い腕で、荒れ狂うバイクを操れるのかどうか。
-
キックを蹴り上げ、エンジンを始動させるアスモデウス。かなり手慣れているようであるらしく、一発でエンジンスタートに成功した。
マフラーが黒い排気ガスと一緒に、バリバリと、鼓膜を直に裂かれる様な錯覚を味わう程の爆音を放出。何時でも走る準備は出来ていると、
バイク自身が雄々しく叫んでいるかのようであった。その期待に応えるように、アスモデウスは思いっきりアクセルを回した。
バイクも自動車も、車体の重さが加速度に影響する。バイクで一t以上の重さなど、加速度も燃費も最悪の一言に尽きる……筈なのだ。
――あり得ない程の加速度だった。たった十m移動するだけでもう時速百㎞の加速を得たそのバイクは、コンクリの壁に勢いよく激突。
すると、衝突した壁が粉々に、豆腐の如く砕けて吹っ飛んだ。バイク自身の強度が余りにも高く、重量も埒外であったからだ。
このままアスモデウスは、気にする事なく一直線。壁を破壊し、バイクの移動ルート上に存在するロッカーやテーブルなどを吹っ飛ばしながら、目的へと移動。
遠回りをしていない、目的地までの最短距離を一気に移動している。三十m程は、もう移動したろうか。既にバイクのスピードは、時速四百㎞にまで達していた。
五枚目の壁を粉砕した、その先。其処が目的地だった。
至る所に砕かれたガラス片が散らばった、亀裂の生じたオリンピック・プールが広がる空間。
即ち、褐色の肌を持った筋骨隆々のセイバー・アテルイと、総身に独特な刺青を刻んだ完璧な肉体美のランサー・カイン。
そして、それぞれのマスターであるクロエ・フォン・アインツベルンと、オルガマリー・アニムスフィアの四名が一堂に集まっていたスペースの事を指す。
――サーヴァントの一人でも殺した、と言うアリバイ作りでもしておかんとな――
そう思いながらアスモデウスは、更に加速を続けるバイクのブレーキを入れる事もなく、そのまま直進。スピードメーターの針は、『600』を指示していた。
移動ルート上には、生身でアテルイの攻撃を防御し続けてきたランサー、カインが直立しており、このまま行けば直撃――した。
凄まじいまでの重低音が生じたと同時に、カインの身体は矢のように吹っ飛んで行き、コンクリの壁に思いっきりぶつかり、其処に背中がめり込んだ。
アスモデウスが騎乗するバイクにしても、衝突の際のエネルギーで大きく震えた。しかし、その程度の事で動じる彼女ではない。
見事なまでの腰捌きで衝撃を吸収させながらブレーキを掛け、バイクを完全停止させる。
アクセルから一切手を離す事もなく、激突の際に生じた衝撃を全て殺し尽したのであった。
『あの男は生きていまい』と、アスモデウスは推理。何せ一t半もの鉄の塊が、時速六二四㎞の速度で激突したのである。生存出来る、筈がない。
「車の前に出てきたら危ないと言う事も知らんのか? あの低能は」
カインの方を軽く一瞥しながら、ケラケラと笑うアスモデウス。それを見て、アテルイもクツクツと笑った。
「中々面白ぇ姉ちゃんだな。……何者だ、オメェ」
獰猛な笑みを浮かべながら、恫喝する様な声音でアテルイが言った。
千里眼で遠くから窃視した時はそうは思わなかったが、その目で直に見て、解る事もある。
この男は、強い。この世全ての悪の配下であった神霊・アエーシュマであった時の自分なら容易く捻り潰せただろうが、
魔王アスモデウスにまで存在が落魄した自分では、僅差で勝てるか否かだろう。直接戦う事は、アスモデウスとしてもなるべく避けたい所であった。
「ああ、その質問に答える前に吾輩の質問に答えてくれ」
尤も、如何に相手が強かろうが、それに動揺する素振りを見せるアスモデウスではない。
平然とした態度を崩さず、アテルイの質問を無視。それどころかアスモデウスの覇風を叩きつけられてもなお、自分の事情の方が優先と言った態度を外部に示せるのは、鋼の心臓と言う他がなかった。
「ら、ランサー!!」
事此処に至って漸く、オルガマリーは事態を認識したらしい。
自分のサーヴァントがバイクで撥ね飛ばされたのを見て、顔面を蒼白にしながら、金切り声にも似た叫びを上げた。
「何だ、お前がさっきの奴のマスターか。良かったな、其処の偉丈夫。答える手間が省けたぞ」
オルガマリーの方に目線を送りながらアスモデウスは空手の右手を空間に突き入れ、其処にしまっていた道具の一つを取り出した。
黒光りする金属のフォルムが美しい――機械学と道具作成スキル、そしてシャミールで生んだ金属で製造した、『拳銃』であった。
「とっとと死ねや、泥棒猫が」
-
一切の躊躇もなく、拳銃を発砲するアスモデウス。
響き渡る銃声は、バイクの喧しいまでのエンジン音に掻き消され、音だけでは発砲されたと言う事実すら認識出来ないだろう。
拳銃から弾丸が放たれたのが、誰の目から見ても明らかなものだと確信出来るようになったのは――オルガマリーの腹部に空いた赤黒い穴と、其処から流れる血液のせいであろう。
「あっ……えっ……ぎ……ぃ……!?」
一瞬、己の身に起った変化が理解出来なかったオルガマリーだったが、腹部に走った、火箸を突きいれられたような、熱を伴う痛みに漸く覚醒。
腹部を抑え、両膝をプールサイドに付きながら、肩を弱々しく上下させる。両目からは壊れた様に涙が流れ出し、食いしばられた歯からはヒューヒューと、弱々しい呼気が流れて行く。この程度で痛いらしいと、アスモデウスは嘲弄した。特別な細工もない、ただの銃弾を放っただけだと言うのに。
「何をしてるの!?」
「今からお前にもやる事だよ」
そう叫んだクロエに目線を向ける事もなく、アスモデウスが銃口を彼女の方に向け、発砲。
音の速度で迫る弾丸、その弾道上にアテルイが移動。そのまま行けばクロエの脳天を撃ち抜いていた銃弾を、骨剣の一振りで弾き飛ばす。
怒気も露な表情を向けるアテルイと、昏い笑みを浮かべるアスモデウス。
一瞬で、アスモデウスと言う存在がどう言った本質の持ち主なのかを、アテルイが悟る。要するに、どちらも根っからの悪党であり、大嘘吐きであると言う事だ。
「見事」
「テメェは服ひん剥いてから、達磨にして便所にでも飾っといてやるよ、クソ女が」
アテルイが今まさに、アスモデウスを葬るが為に動こうとした、その時だった。
凄まじい勢いで此方に接近してくる、殺意の塊の存在を認知した二名が、それが向かって来ている方角に顔を向けた。
カインであった。なんと、ほぼ音速の半分程に等しい速度でぶつけられた、一t超の金属塊の衝突を受けても。軽く血を吐いただけで、
骨の一本すら折れていないのである。それは、短距離走のフォーム的に完璧とも言える姿勢で、一直線に此方に走って来る様子からも、容易に知る事が出来た。
一呼吸するよりも速い速度でアスモデウスの方に迫ったカインは、そのままバイクの車体を蹴り上げた。
これを見た彼女は、急いでペダルを蹴って跳躍。二m程上空を舞ったと同時に、太い木の幹のようなカインの右脚が、モンスターバイクにぶち当たった。
凄い音と同時に、一tを軽くオーバーするバイクが、二十m以上もの上空を舞い飛び、最高度に達した瞬間バラバラに分解。
誰が見たって二度と走行は出来ないだろうと思わせる程、バイクは破壊されてしまう。一方難なきを得たアスモデウスは、空中で後方に三回転しながらスタリと着地。アテルイとカインの二名に、交互に目線を向けながら、彼女は口を開いた。
「無駄に頑丈だな? 貴様」
「殺す」
「会話を続ける努力位見せろよ下郎」
そう言っているアスモデウスも、その努力を見せない。眼にも止まらぬ速度で空間に左腕を突き入れ、右手に握る拳銃と同型のそれを取り出し、
照準をオルガマリーとクロエに合わせ、乱射。拳銃の外観から予測出来る弾丸の装填数を、大幅に超える程の弾丸が両名に殺到する。
だが、二度目はない。マスターの前に立ちはだかったアテルイとカイン、アテルイの方は骨剣を高速で横回転させて銃弾を弾き飛ばして、カインの方はその身体を肉の盾とさせる事で防御していた。
「ハッハ!! チャチなオモチャじゃ死なんか、そりゃそうか」
弾切れを起こしたか、或いは、拳銃では殺し切れないと悟ったか。
両手に持った拳銃を後ろに放り捨て、素早く疑似亜空間から、わくわくざぶーんの外壁を斬り崩すのに使った長剣を取り出し、それを構えた。
「残念だったな小童ども。気の毒だが、銃はもう使わん。この意味が解るか?」
一秒程の、沈黙。やれやれと言った風に、口を開くアスモデウス。
「まぁ、馬鹿だから解らぬだろうし教えてやるよ。吾輩にとっては銃を使うと言うのは、相手を気遣ってやってるのと同じ事なのさ」
「んで、その剣を振うのが、お前の本気って訳かよ」
「ああ、これか」
剣に一瞬目線を送るアスモデウス
-
「この剣はな、生き残りが万一いた場合、そいつらの首をシッカリと刎ねる為の物さ」
口角が、三日月のように釣りあがった。邪悪さを香らせる、悪魔の笑み。金髪が眩しい可憐な淑女のような外見の対極にあるような、悪しき笑みを浮かべて、アスモデウスは口尾を開いた。
「お前達の命を奪うのはこれさ」
そう言ってアスモデウスは、長剣を構えると同時に、剣を握っていない側の左腕で、ワンピースの胸元を弄り、その谷間からあるものを取り出した。
バイクのグリップに似た形状の、ボタンが一つだけ付いたリモコンだった。
リモコンを取り出した瞬間、アスモデウスは皆の目線がまだ剣に集中している、その瞬間を狙ってボタンを躊躇いなく押した。
その瞬間、凄まじいまでの轟音が、わくわくざぶーんの施設内で上がった。いや、轟音ではない。これは、爆発音だ。
施設全体が激震する程の、何らかの爆発。何が起こった。そう思ったアテルイとクロエ、カインが、音のした方向に身体を向けたその時。壁を突き破って、オレンジ色の波が怒涛の勢いで迫って来た。それが爆風であると認識出来たのは、アテルイとカインのみ。
「うおおおおああああッ!!」
その雄たけびを上げたのは、アテルイだったか、それともカインだったか。或いは、その両名であったのかも知れない。
単体であれば、この程度の爆発等二人は簡単に凌ぎ切れるが、マスターも一緒であるとなるとそうもいかない。
況してカインのマスターであるオルガマリーなどは、アスモデウスの凶弾によって大ダメージを負わされてしまっているのだ。
尚の事、サーヴァントである彼がサポートしなければ、オルガマリーは死んでしまうし、オルガマリーが死んでしまえば彼も消滅する。
それだけは、防がねばならない。だからカインは、オルガマリーを抱き抱えたままプールの底へと移動、其処で押し倒し、彼女よりも大きな体で覆い被さる事で、爆風をやり過ごそうと考えたのだ。
……だが、アスモデウスは、そんな浅知恵を読んでいたらしい。
プールの底にはいつの間にか、アスモデウスがばら撒いていた手榴弾が三つ、既にピンを抜かれた状態で転がっており――
-
◆
一方、瞬間移動をマスターが行使出来る、クロエとアテルイの主従は、危なげなく状況を切り抜けられていた。
クロエは爆発の届いていない、わくわくざぶーんのロビーへと転移して。アテルイの方は嵐を纏う事で爆風を逸らす事で。それぞれ危機を切り抜けていた。
何が起こったと言うのか、クロエは考える。
普通に考えれば、あの時アスモデウスが出したスイッチは、何らかの起爆装置であったのだろう。
とは言え、何が爆発したのかまではクロエには解らない。だが、今までのアスモデウスの行いから、解る事が一つあった。
それは、あのサーヴァントは、サーヴァントらしからぬ攻撃を得意とする事である。銃も、リモコンを用いて遠隔操作する類の爆発物も、何よりもバイクも。
真っ当な英霊が扱う攻撃の手段とは言い難い。余りにも、攻撃が現代的過ぎるからだ。かなり異端なサーヴァントである事は間違いないし、手の内も全部披露していないだろう事も確実だ。しかも、勝つ為には手段を選ばぬクチでもあるので、非常に厄介と来ている。つくづく、アテルイと言う難物を従えねばならない現状では、戦いたくない相手であった。
「何処に逃げるつもりだ?」
声のした方向に振り向いたのは、殆ど反射的な行動であった。
ひょっとしたら、肉体の反射の他に、恐れ、と言ったものがあったのかも知れない。
フォークやナイフよりも重い物を持った事がなさそうな、華奢に見える外見をしていながら、その内奥に悪魔の心とコンキスタドールの如き残虐性を宿す、あのサーヴァント。アスモデウスの声がすれば、その方向を振り向こうと言うものであった。
「あの小物を殺すより、お前を殺した方が早かったか。誤算だったよ、瞬間移動を使えるとはな」
嘘ではない。アスモデウスにとってそれは、最大の誤算であった。
極限定的であるとは言え、聖杯の能力を有するが故に、瞬間移動の能力もその発露として行使出来るクロエであったが、
本来的には瞬間移動を扱えると言う事自体が、、あり得ないのである。瞬間移動はそも、魔法級の御業に近い技術である。
神代の時代ですら名を馳せた名うての魔術師ですら、漸く扱えるかと言う技術を、現代の人類が扱える。アスモデウスが誤算と言うのも無理はない。
この悪魔は、バイクでカインを轢くその前に、わくわくざぶーんの随所に、ある種の爆弾を設置していたのである。
壁にくっつけるように設置していた機械の正体が、正にこれであった。アスモデウスは、自身が設置した爆弾の爆風から逃れる主従がいる事を、当然想定していた。
していたが、それにしたって、サーヴァントの力による物か、マスターが習得している魔術を以って爆風をやり過ごす、位のものだと思っていた。まさか、瞬間移動で逃げられてしまうとは、さしもの知恵の悪魔と言えど夢にも思わなかった。彼女自身が言う通り、オルガマリーを撃つよりも、クロエを撃った方が早かったのである。
「何で、ここにいるの……」
クロエの呆然とした言葉に、クツクツと笑った。
「言い方が違うな、小娘。お前を追って吾輩がやって来たのではない。吾輩が『お前を此処に来るよう』仕向けておいたのだ」
クカカ、と笑ってから、アスモデウスは言葉を続ける。
「爆発の被害に此処があってないのが、不思議に思わなんだか?」
ハッとした表情のクロエ。
無秩序にアスモデウスは爆弾を仕掛けた訳ではない。このロビーが無事になるように仕向けたのだ。
つまり、爆風でロビーを破壊されないような配置で、アスモデウスは爆弾を事前に設置していたのである。
何故かと言われれば簡単だ。そこにマスターやサーヴァントが逃げるよう仕向けたかったからだ。つまりは、爆風で縦しんば生き残ったとしても、
逃げる場所を限定させ、其処で追い込みをする為である。仮に外に逃げたとしても、同じ事。そもそもアスモデウスはあのオリンピック・プールがあったフロアで、爆弾を炸裂させた時、真っ先に外に逃げていた。あの場で外に逃げたとしても、即座に追撃が出来ていたのである。つまりどう足掻いてもクロエは、アスモデウスの張った蜘蛛の巣に、引っかかる運命にあったのだ。
「ま、あの世でとくと、その淫らで扇情的な姿を晒して来いや、小娘。地獄の悪魔が、お前の穴と言う穴を犯したがってるぞ?」
言ってアスモデウスは、空間に腕を埋没させ、この施設を爆破させるのに使った爆弾と、全く同じ形状の爆弾を取り出し、それをチラつかせた。
クロエも、今目の前の女魔王が手にしている物体が、わくわくざぶーんを襲った爆発の正体であると、勘付いたらしい。
-
「ここで爆発させたら、アンタも一溜りもないんじゃない?」
「普通ならな。が、吾輩が今持っているこの爆弾に限っては、内部の火薬が魔術的な措置で生成されたものと同じでな。対魔力の値がB以上であれば、掠り傷程度で済む。お前は如何かな?」
ここで言葉を切って、アスモデウスが爆弾を放り投げた。
それに呆気にとられたクロエが、瞬間移動を行おうと意識を集中させるが、外套の襟首を思いっきり掴まれてしまい、意識が霧散。
どの道、誰かに身体を掴まれたその時点で瞬間移動は出来なくなる。「どうした、吾輩はお前の奇術を見てみたいのだが?」、と、囁く様な女の声が、背後から。
アスモデウスは、爆弾を投げられて意識を漂白されたクロエの、その意識の間隙を縫って一瞬で背後へと回っていたようである。
そしてそのまま、クロエを押し倒した。この性質の悪い悪魔は、クロエが今瞬間移動が出来ない事を理解していた。理解していて今の言葉であるのだから、性格が捻じ曲がっている。
この距離で爆弾を爆発させられてしまえば、クロエは即死する。
万事休すかと思ったその時、ロビーの天井を突き破って何者かが、アスモデウスが製造し、彼女が放った爆弾のほぼ真上から落下。
アテルイであった。あの爆風の中にあって彼の身体には火傷の一つも付いていない。彼もまた、高い対魔力の影響と、身体に纏わせた嵐で爆風を無傷でやり過ごしていたのである。
眼にも止まらぬ速さで骨刀を振り抜き、爆弾を十字に割断。
爆発が、起らない!! アテルイの宝具である天十握剣による、存在している事実を斬り裂く絶技の影響で、爆弾が爆発する為に必要なエネルギーをバラバラに切断されてしまい、炸裂が起きなくなってしまったのである。
「おっと、動くなよ偉丈夫。臆病な性質の故な、ビックリしてこの小娘の首を叩き斬ってしまうかも知れん。といっても、吾輩の驚く姿は可愛いと評判でな、見たいと言うのなら存分に一歩踏み出すが良いぞ」
言ってアスモデウスが、空間に腕を没入させ、即座に長剣を取り出し、クロエの首筋に剣身を当てた。
冷たく鋭い感覚が首の皮膚から肉に伝わったのを感じた時、アスモデウスに後頭部を掴まれたまま、俯せに倒された状態のクロエの身体が小刻みに跳ねた。
殺意もなければ敵意もない。皿に出されたステーキを、食べやすいようにナイフでカットする。そんな程度の感覚で、アスモデウスは人を殺せるのだ。良心の呵責など抱く事もなく、その程度の気持ちで人一人の命を冥府に突き落とせるのだ。余りの死生観の違いに、クロエは、己の身体が生きたまま石にされて行くような感覚を覚える。
「ま、動かんでも殺すがな」
そう言って長剣に力を込めようとした、その時。
-
――【セイバー!! 敵が!!】
突如として脳裏に響いて来た、アスモデウスの主(マスター)である、藤丸立香ののっぴきならぬ念話に、カッとアスモデウスが目を見開く。
それと同時に、一瞬ではあるが、クロエの首を刎ねようとしていた、長剣を握る右手の動きが止まる。その、一秒にも満たぬ一瞬で、アテルイには十分だった。
一足飛びに、骨剣の間合いに突入したアテルイが、横薙ぎに剣を振って、アスモデウスの首を逆に刎ね飛ばそうとする。
だが、流石にアスモデウスも最優のクラスで召喚されている事はある。後手を押しつけられはしたものの、殆ど紙一重とも言うべきタイミングで、
長剣でアテルイの攻撃を防ぐ。これと同時に、アテルイの剣が振われた方向に横っ飛びに飛び退く事で、彼が攻撃に使った際の力も借りられ、一瞬で彼から距離を取る事にも成功。
だが、攻撃を防御した事の代償か。
アスモデウスの長剣に、それが鋸であると言われても納得が行く程の、ギザギザの刃毀れが生まれてしまっていた。
シャミールが産んだ霊鉄を鍛造して作り上げたこの長剣、切れ味と強度だけで言えばAランクの宝具と比肩しうるものがあったのだが、
こうまで酷い刃毀れを、ただの一合の打ち合いで起こすとは。次打ち合った時には、剣身が折れている事だろう。
アテルイの持つ剣が余程強度に優れているのか、或いはあの剣自体が宝具なのか。アスモデウスは考えるが、今はそれ所じゃない。
ここでクロエ達を殺せなかったのは惜しいが、今は、マスターである藤丸立香の下へと馳せ参じねばならない。此処で主を殺してしまっては、本当に笑いものだからだ。
「じゃあな!!」
魔境の叡智によって習得した魔術スキルで、己の身体能力を強化。強化された脚力で、急いでその場から逃走。
当然、これを許すアテルイではない。急いで追跡しようとアスモデウスを追うが、これが読めぬ彼女ではない。
置き土産と言わんばかりに、彼女はロビーに、七個ものスタングレネードと、二十個以上の手榴弾をばら撒いていたのである。
「――次出会ったら殺してやる」
そう呟いた刹那、目が潰れんばかりの光と、三半規管が破裂せんばかりの炸裂音が、ロビー中に奔流となって荒れ狂った。
-
◆
ジュデッカ 血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
解放された世界 Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
久遠の赤
-
◆
ZONE23――『ジュデッカ』
わくわくざぶーんの近辺を歩いていたのは、全くの偶然と言っても良かった。
『カナエ=フォン・ロゼヴァルド』は『喰種』である。食性が人肉にのみ限定された、極めて偏食的な亜人種と換言出来る。
ステーキやハンバーガー、サラダにシチュー、ラーメンや餃子、ケーキにチョコレート等。人間が広く好物とする様々な料理を、喰種は受け付けない。
食べられない、と言う事はない。だが、その味は人間が感じるそれとは全く異なり、汚物や吐瀉物を噛んでいるような物であるのだ。
カナエとてこれは例外ではない。いや、喰種である以上これは最早避けられぬ宿命なのである。
人間社会で広く食べられている一般的な食物が、食べられない。これは想像以上のディスアドバンテージだ。
人間との付き合いで必然的に発生する食事の席において、食べている振りを常に行わねばならず、其処から自分が人間ではない事が割れる可能性がとても高い。
だが何よりも深刻なのは、栄養の摂取元が、喰種は人間より致命的に少ないと言う事である。人間を食べられる機会と言うのは、権力のある喰種でも限られる。
栄養を取り続けねば、餓死の可能性だってゼロではないのだ。一度人間を喰らってしまえばある程度は活動出来るが、事はそう簡単ではないのはこの冬木でも同じ事。
CCGと言う、喰種達にとって不倶戴天の天敵とも言える組織が存在しないこの世界と言えども、人一人を喰らってしまった事が露見してしまえば大事件だ。
いや、なまじ喰種と言う存在が認知されていないこの世界で人を喰う事の方が、リスクが大きい。喰種、つまり、人に似た姿をした亜人が、
人間を喰らうと言う事について市民が慣れていないのである。事が露見してしまえば、たちまちパニックに陥る事であろう。
何せ外見上は、カナエの姿は完全に人である。誰が人喰いの怪物なのか、と言う疑心暗鬼が人の心に芽吹いてしまえば、流石にカナエも動き辛くなる。
だから、人を喰らうと言う事についてはカナエは最大限の注意を払っている。時間帯は夜で、――少々品がないが――喰らったという事実が解らない程惨たらしくバラバラにすると言う殺し方を選び、殺す相手は自分のサーヴァントが文句を言わない程の悪人に限る。この条件で探しているが、やはり中々見つからない。この世界に来てからカナエは、人を喰らっていない。元居た世界で喰らった人間で獲得した、栄養の『貯金』で、何とか飢えを凌いでいるに過ぎない。
聖杯戦争が終わるまでに持つだろうかと思いながら、夜の冬木を徘徊し、カモを探していたその時に。わくわくざぶーんの異変をカナエは察知した。
そこに異常を感じた彼女は、急いでその場所に向かい――落ち着かない様子をした青年を発見したのである。
わくわくざぶーんの施設から少し距離を置いたその場所で、心配そうに施設を見つめている事もそうであるが、何よりも、まだ野次馬が一人も集まっていないと言う現状にあって、この青年が一人ポツンとこの場所にいる事がおかしい。確実に、何かある。そう思った時、カナエは動いていた。
「――なっ!?」
と、男、藤丸立香が声を上げるのも無理はない。
人間の身体能力の限界を遥かに超える程の速度で接近され、これまた、万力の如き握力で不意に両手を拘束され、行動不能にされてしまえば。
死線を潜って来た立香と言えど、驚きの声を上げるのは当たり前の物であった。
立香の手首を掴んだカナエは、彼の両手に付けられた指貫の黒い手袋を無理やり破き捨てる。
その結果は、カナエの予期していた通り。案の定、とも言う奴で、赤く淡く輝くトライバル・タトゥーが刻まれていた。令呪である。
つまり、このパッとしない風貌の青年は、聖杯戦争と言う非現実的かつ非日常的な催しの渦中に立たされている、一人の登場人物と言う事になる。成程、解らない。カナエのように人目を引く姿をしている者のみで聖杯戦争の参加者が攻勢されているのならまだしも、立香のような特徴のない普通人まで聖杯戦争に関わっているとなると、マスター探しと言うのは相当難航する事であろう。
-
カナエは、己の引いたバーサーカーと次のような契約を交わしていた。
彼女が人を喰う事自体は、バーサーカーは己のドグマが反対していた。だが、喰種が人を喰うのは趣味趣向ではなく生きる為なのである。
肉食獣に肉を喰うなと言うのは土台無理な話。説いても意味がない。だからバーサーカーは、度し難い悪人に限っては、喰らっても良いと妥協したのである。
そして、契約は一つだけではない。もう一つの契約は――マスターに限っては、喰らっても良いと言う事。聖杯……バーサーカーが憎んでいるものの力を借りてこの世に現れた霊。それを操る者の存在を、バーサーカーは許していない。マスターの粛清を、バーサーカーはカナエに一任していたのである。
「――Sterben(死ね)」
その言葉と同時に、白い風船に赤い色水を注入でもしたかの如く、カナエの眼球が赤く染まった。
赫眼。喰種がその本性や能力を露にする時に発生する、状態の変化である。つまりこの瞬間、カナエは、人間世界に溶け込む時の仮の姿と性格を捨て――喰種としての本性を曝け出した事になる。
カナエの腰の辺りから、艶やかな質感をした、螺旋状の何かが飛び出して来た。
赫子。喰種の武器であり捕食器官。血液の様な流動性と、歯を超える頑丈性と言う水と油のような特質を兼ね備えた、ある種の液体筋肉。
一薙ぎで人体をバラバラにし、一刺しで人体にバスケットボール大の風穴をも空けるカナエのこの赫子。発現させた理由は、今更語るまでもなく。藤丸立香を、喰い殺す為であった。只ならぬ物を感じた立香がもがくが、もう遅い、彼は、蜘蛛の巣に捕らえられてしまっていた。
赫子を奮い、立香の身体の結合を、血肉を撒き散らさせて無理やり解こうとした、その時だった。
スルリ、と彼の手首を掴んでいた手が、油を掴むが如くに滑って行くばかりか、握っていた指も勝手に開き始め、彼の身体が自由になってしまう。
いやそれどころか、振われた赫子ですら、立香の身体から逸れて行く。殺すと言う意思を込めて奮われた鱗赫が、彼の身体に触れるまで後一m程、
と言う所で、見えない壁にでも阻まれているかの如く、変な軌道を描いて明後日の方向に向かって行ってしまうのだ。カナエの表情に驚きが刻まれるのも、無理はない。
カナエが目を見開いて驚くと同時に、立香は慌てて距離を取る。
カルデアのマスターに支給される、制服状の魔術礼装。それに備わる機能の一つである緊急回避を、『藤丸立香自身に適用させた』。
これが、カナエの赫子を防いだカラクリであった。これは本来の使い方ではない、サーヴァントの補助の為に用いるのが普通の使い方だが、
マスター自身にも緊急回避の機能は問題なく使用する事が出来る。とは言えこの機能、並の本数の魔術回路を保有している魔術師ならまだしも、
回路を全く持たないただの人間である立香が使うと、一瞬で魔力切れを起こしてしまう。サーヴァントのマスターとしての立香は、此処まで才能がないのだ。
カルデアのバックアップがあった時は、機能一つ発動しただけで魔力切れを、と言う余りにも情けない心配は無用であった。
だが、カルデアのバックアップが見込めないこの世界で、どうして立香は、命の危機とは言えこの切り札を発動出来、そして魔力切れを起こした様子もないのか。
その答えは単純明快、彼の引き当てたセイバーのサーヴァント、アスモデウスの力があったからだ。
結論を言うと、このサーヴァント、魔力が枯渇すると言う心配が絶無に等しい。と言うのも、宝具のシャミールは『魔力すらも産み出せる』からだ。
この魔力を、彼女は立香にも充てている。アスモデウス自身が現界出来る量の魔力と、立香がカルデアの魔術礼装の力を引き出しても問題がない量の魔力。
これを彼女は予め生み出していたのである。必然、魔力切れを起こさない。緊急回避の機能を一回使った程度では、立香の魔力は切れないのである。
-
「無駄だ、マスター。其処の男は、何か特殊な力を使っている。お前のカグネ、とやらでは最早傷の一つも付けられん」
赫子を振おうとするカナエの動きが、止まる。背後から感じる、ゾッとする程の寒気を感じたのは、彼女だけでなく、立香もそれに含まれていた。
裏地の紅い黒マントを羽織った、深い隈の刻まれた赤髪の男。荒れた髪質、荒れた肌。日頃の不摂生が目に見えて解る形で、身体に現れている。
それなのに、男の立ち居振る舞いから発散される威風は、およそ健康な男性が放出出来るそれが比較にならない程だった。
鍛え上げられた肉体、射竦める様な鋭い目線を放つ、くすんだ碧眼。これが、カナエのサーヴァントである事は立香も即座に理解出来た。そして彼が、強いと言う事も、一瞬で。
名を、『イスカリオテのユダ』。
世界で最も有名な裏切り者、いやそれどころか、その名自体が今日では裏切り者を表す言葉にまで昇華された、地上・史上最も有名なサーヴァントの一人であった。
「善い目をしている。無償の愛と献身の素晴らしさを知り、窮地において勇気を振り絞れ、善と悪を平等に噛み分けられる者のみが宿す、澄んだ空のように透明な瞳。名を、教えてはくれまいか」
「……藤丸、立香」
名乗らない方が、本当は良いのだろう。真名程ではないが、マスターの名前も割れては拙い事に繋がるのは、想像に難くない。
だが、これは癖であった。サーヴァントに名を問われれば、自分も答える。ケルトの英雄が、力と引きかえに課さねばならぬ誓い(ゲッシュ)のようであるが、立香はそんな誓いを立てている訳ではない。それなのに答えてしまうのは、彼の生来の人の良さの、現れでもあった。
「リッカか。よくぞ名乗った。その目と魂、そして心の誠実さ。『あの人』の事を、思い出したぞ」
カナエの前に立ち、ユダは、腕をダランと下げた。自然体の構えである。
それは、誰がどう見たって、これから激しい運動を行うのに適した構えでない事は解る。
だが、立香も、そしてカナエも、ユダの今のポーズを見た瞬間に、理解させられた。これは、この男の『型』の一つなのだ。
ユダは、この構えから、サーヴァント・獣・人間、そして――悪魔や死霊に至る、あらゆる存在を葬る奥義を習得している。
この構えは、リラックスの為のそれでは断じてない。これから相手を打ち倒し、打ち殺す為の、歴とした『殺しの技術に移る為の技』の一つなのである。
「恐れていないな? リッカよ」
「あぁ……」
本心だった。今の状況より、恐るべき状況に立たされた数など、立香は一度や二度ではない。
敵意を持ったサーヴァントの殺意を、目の前で受け続ける今の状況は、危険であるとは思いつつも、恐れてはいない。
事がこの状況に至っても、立香は、自分の運を信じて、ある種の狂的な磁力を宿すユダの目線を、真正面から受け止めるだけであった。
「痛みもなく、苦しみもなく。俺に甚振る趣味などない。我が拳はお前に苦痛の一つも与えず、大いなる神の懐にお前を導く事だろう。喜びのみが満ちる、光の国へと」
――来る。立香の身体に、力が入る。
「――ハレルヤ!!」
ユダが、アスファルトを蹴った。
その気でユダが震脚を行えば、一m程度のアスファルト等、真っ二つである。だが、今回に限って、それはなかった。しかし、それ程の力で地を蹴ってはいる。
体重移動、力の掛け方に工夫を入れたからだ。■■■から倣った古の拳闘技術、ヤコブの手足を学んだユダにとっては、この程度の芸当、今更誇る程の物ですらなかった。
地面を滑るように移動するユダ。軌道は、真正面にいる立香目掛けて真っ直ぐ一直線。
地を蹴るだけで、時速五十㎞の加速を得たユダは、まだ事態を認識していない立香の心臓目掛けて、ストレートを放った。
鉄の塊すら粉砕する威力が、その右拳には内包されている。この威力で相手の身体を粉々にする事も出来るが、今回は立香に敬意を払い、心臓のみに衝撃を集中。
これにより、心臓の鼓動を一瞬で停止させ、苦しむ暇もなく即死させようとユダは考えていた。
拳が、逸れた。
確かに真っ直ぐ拳は突き出された筈なのに、油の塊でも殴った様に、腕がスルリと、藤丸立香から大きく外れた所に伸びて行ってしまう。
成程、これが、マスターのカグネを防いだのかとユダは認識。そして、事態を漸く認識し始めた立香は、慌ててユダから飛び退く。
緊急回避を発動させた事は言うまでもないが、その一回辺りの持続時間は短い。十秒しか持たないのだ。カナエの赫子を防いだのと、ユダの拳を防いだのとで、
立香は二度も今の状況でこれを発動させている。アスモデウスから与えられた魔力は無限ではない。連発していれば、当然貯金は底を尽きる。その時こそが、立香の死であった。
-
攻撃を続けていれば、勝つのは自分であると、ユダが認識していたかどうかは定かではない。
だがどちらにしても、矢継ぎ早に攻撃を繰り出し続けると言う方向性でユダが行く事は事実であった。
嵐の如き勢いと速度、そして手数で、彼は攻撃を繰り出し続ける。拳で殴る、肘で打つ、膝で撃ち、脛で蹴る。
亜音速にすら達する程の速度でユダは拳足を放つ。そのどれもが立香にとっては一撃必殺、そのどれもに武練の冴えが瞬いている。
サーヴァントですら直撃を受ければ膝を折る一撃を、立香は必死に緊急回避を発動し続けてやり過ごす。全く、動けない。
動かない方が、正解だった。下手に動けば、ユダの拳に当たる可能性が高い。そして、その一撃に掠ってしまえば、立香は殆ど一撃で戦闘不能に陥る。反応出来ない、と言う事実がこの時命を確かに救っていたのだった。
――拙い……ッ――
急激に魔力が減って行くのを立香は感じる。
実に三十秒以上も、緊急回避で状況をやりくりしているのだから、この異常なまでの魔力消費ペースは当然の事である。
ユダは、全くインターバルを挟まない。三十秒間もずっと、パンチとキックの連打を続けている。間に呼吸すら挟まない。
無呼吸で、此処までの連打を維持出来る等、尋常の事ではない。立香は確信していた、自分の魔力が減るよりも先に、ユダの息が上がる事など、先ずあり得ないのだと言う事を。
持って、後一回。これを凌がれれば、後はない。死ぬだけだ。
そう思った立香の瞳が、鋭く引き絞られ、ユダの瞳を真正面から見据えた。「次が最後なのだな!!」、相手は、立香の虚勢が通用しなかった。
この十秒の賭けに耐える前に――立香は、この賭けに勝利した。
「――!!」
バッと、身体の向きを立香の方から、背後に向けるユダ。
この動作と同時に、両手で挟み込むように、パンッ、と柏手を打った。掌と掌の間に、長剣の剣身が挟まっている。
真剣白刃取り。この、講談の中の世界ですら神技と称される技術を、ユダは容易く再現していた。それも、素人の剣ではない。
剣の王とすら称され、その名に恥じぬ剣の技前を持ったサーヴァント――アスモデウスの一撃を防いだのである!!
「我が主に毒を混ぜるな、殺すぞ」
「毒を混ぜているのはどちらだ、この悪魔(デーモン)めが」
アスモデウスの表情は、嘗てない程の怒気に彩られていた。
身体中からは、歴戦の悪魔祓い(エクソシスト)ですら後ずさるであろう程の激しい怒りを放射しており、彼女の内に抱く感情がどれ程の物かが窺い知れる。
だがそれ以上に特徴的なのは、アスモデウスの目だ。喰種の赫眼めいて、真紅の色をしているのだ。
紅に染まった眼球はまるで、彼女が悪魔である事の証明であると言われても納得が行く程強い説得力と、見る者に恐怖とは何かを知らしめる威力を有しており、一瞬で彼女が、正当な人類から生まれたサーヴァントではない事を理解せしめる何よりの証であった。
悪魔としての地を出すか、激しい感情を表面に顕在化させると、今のように、アスモデウスの眼球は紅に染まる。
それは即ち、彼女が本気になったと言う事を意味する。マスターである藤丸立香を殺そうとし、横取りしようとした、不届き者。
それだけは、許さない。これと決めた対象を堕落させる事に命を賭ける、悪魔と言う生き物の沽券に係わる行為を、ユダは犯そうとしたのだ。
この男は、色欲の魔王の逆鱗に触れてしまった。生かして帰さない。この場でユダは、マスターであるカナエと同時に殺されねばならない。それも、ただ殺されるのではない。惨めに、無惨に、辱めを与えて。屈辱の限りと残虐の限りを尽くし、じっくりゆっくり殺してやるのだ。
長剣の柄から手を離し、距離を取るアスモデウス。長剣は、ユダにでもくれてやる。あの程度の代物、後で幾らでも彼女には作れるのだ。
剣身を白刃取りしている影響で両手の塞がった状態のユダ。この隙を狙い、ワンピースの懐から、一本のナイフを取り出し、その先端をカナエの方に向けた。
そして、握り手に搭載された小さなボタンを掌で、ギュッとプッシュ。すると、剣身の部分が音もなく、グリップから分離。そのまま超高速でカナエの下まで射出された。
時速五百㎞程の速度で放たれたそれの不意打ちを、モロにカナエは喉仏に受ける形となる。剣身はグップリと根本近くまで、カナエの喉に突き刺さり――その時の痛みを以って、今自分の身体に何が起こったのかカナエが知ったのは、アスモデウスが使ったスペツナズ・ナイフの刀身が刺さってから一秒程経ってからだった。
「AAAAAAHHHHHHHFFFFFFAAAAAAAA!!!!!!??????」
呼吸をするだけで体中に走る、鉄の味と火箸の熱を伴う痛みに、カナエが咆哮を上げた。
不意に与えられた激痛と、不意に喉元までせり上がって来た鉄血の液体。その二つのファクターに、彼女は甚く混乱していた。
-
「ハッハハハ!! ほらほら如何した!? 随分苦しそうじゃあないか、お前の主の売女はよ!! 女の危機に戻らなくても良いのか、あぁん!?」
全力で嘲るような声音を上げ、アスモデウスがユダを挑発する。
常人なら気死する程の殺意を秘めた瞳で、アスモデウスを睨むユダであるが、状況は此方に有利だと確信している為か。アスモデウスは臆しもしない。
寧ろユダの瞳に内在されている悔しさの感情で、多少溜飲が下がっていた位であった。尤も、この程度で満足する彼女ではない。まだまだ、彼女が行う凌辱は続くのだ。
白刃取りしていた長剣を放り捨て、構えを取るユダ。顎を引き、右腕を地面と垂直にしたその構えは、ボクシングのフォームに似ていた。
目に見えて、攻撃的な構えになった事が解る構えである。ユダの実力で、攻撃を主体とした構えを行えばどうなるかは、想像するのはある意味容易いが。
一方アスモデウスの方にも油断はない。悪魔らしく、敵対者を扱き下ろすような言葉は忘れないが、彼女も理解していた。ユダが強いと言う事位は。
そうでなければ、笑みを浮かべながらも、その実全く笑っていない瞳をしながら、様々なアイテムを収容させている亜空間から長剣を取り出して構える、と言う真似はしないだろう。
手負いの獣は怖い。
マスターに死が避けられない程のダメージを与えたのである。もうユダの消滅は免れまい。ならば、形振り構わず全力で此方を葬りに来るだろう。
一人で大人しく消滅するのならば良いが、こう言った場合大抵は、窮状にある存在は『死なば諸共』の自爆精神を発動させる。
これに付き合って、アスモデウスも立香も死ぬ義理はない。勝手に一人だけで死んでしまえるような立ち回りを、志すだけであった。
――だが、アスモデウスには誤算があった。
殺したと思った、ユダのマスター、カナエ=フォン・ロゼヴァルト。それが実は、生きていると言う事実に。
「Berserk!! そいつを殺せ!!」
血液がゴボゴボと泡立つ音と同時に紡がれた、女のその叫びに、愕然としたのは立香とアスモデウスだ。
カナエは、生きていた!! 首に刺さった、スペツナズ・ナイフの剣身を摘まんで引き抜き、首から大量の血を流しながら、である!!
アスモデウスは、ましてや立香は知るまい。誰が見ても人間としか思えぬカナエはその実、人間を遥かに超える身体能力と代謝、再生能力を誇る喰種であり、
その中でも、作家の殻を被って活動していたある女の手によって喰種の中でも異常とすら言える再生力を身に着けた個体であるなど。知る訳がないのだ。
魔境の叡智で千里眼を獲得し、カナエの秘密を剔抉した事で漸く、彼女が人間ではない事をアスモデウスが認識。
この認識する際に使った時間、これによって生じた隙をを狙って、ユダが地を蹴って魔王の下まで移動。彼女の胴体目掛けて重いストレートを放った。
これを、身体を半身にする事でアスモデウスが回避。避け様に剣を跳ね上げさせて彼の腕を肘から斬り飛ばそうとするが、何とユダはこれを、
握り拳を開いてそのまま、長剣の刀身に手刀として振り降ろし、逆に剣身の方を切断し返すと言う荒業を以ってやり過ごした。
生身で刃を破壊したにもかかわらず、男の拳には傷跡一つついていない。このような芸当もまた、ヤコブの手足を極めたればこそ。この防ぎ方には、アスモデウスも目を見開かせる。
――拙いな、優先順位を変えねばならんか――
カナエとユダは、アスモデウスとしても直ちに抹殺したい程憎たらしい主従ではある。
だが、カナエの方がただの人間ではない、怪物であると言うのなら話は別だ。千里眼を駆使して、カナエと言う生き物の構造を見て解った事だが、
ただの人間の身体能力を彼女は軽快に上回る。少なくとも、下手なサーヴァントよりも彼女はよっぽど動けるのである。
ユダに気を取られて、その間にカナエに立香が殺されると言う事態は最悪であるし、何よりも面白くなさ過ぎる。
となれば、取れる手段は一つである。喰種に備わる常軌を逸した自然治癒力で、スぺツナズ・ナイフの傷を癒しながら、立香とアスモデウスを交互に睨めつけている、
カナエを重点的に狙うのである。彼女は、ユダのクラスを叫んでしまっていた。それが、この女悪魔の行動を決定づけた。マスター、つまり魔力供給元を断たれた後、世界に存在を保てるスキルが存在しないクラス、それがバーサーカーだ。アーチャーでもなければ、大抵の場合マスターを殺せばサーヴァントもそれに牽引して消滅する。ならば、マスターを狙うのは、当然の帰結でもあった。
-
風の様な速度で、カナエの方に駆けて行くアスモデウスと、悪魔の意図を読み、それに追随する堕ちたる使徒。
十五mの速度が攻撃の間合いへと変貌するまで、両者共に一秒も掛からない。しかし、ユダの方が速かった。カナエの前に立ちはだかる事に、彼は成功。これで、如何なる攻撃が来ても、多少であれば対処は出来る。
移動の最中、アスモデウスは亜空間からM1887に似た散弾銃を取り出しており、これを彼女は、カナエとユダから五m程離れた所から、発砲。
女性のみならず大の男の腕力ですら、片腕での発射など出来はしない衝撃が、発砲の際に腕に伝わると言うのに、この悪魔は易々と、片腕での連射、
それも、フォルムから推察出来る弾丸の装填数を超えて高速で撃ち続けていた。放たれ続ける弾丸の雨霰を、ユダは、防いでいた。
ただ防いでいるのではない。羽織っているマントを、洗礼詠唱を用いて黒鍵の剣身に変じさせ、これを翻させる事で弾き飛ばしたのである。
「――貴様、『そっち』のサーヴァントだったかよ」
魔術にも堪能なアスモデウスである、ユダが如何なる技術で、散弾銃から放たれた弾丸の雨を防いだのかを理解した。
と言うより、アスモデウスが忘れる筈もなかった。これこそは、アスモデウスとサラを引き剥がした憎き大天使が信仰の対象として組み込まれている、
聖堂教会が行使する秘儀であり秘術、洗礼詠唱だ。これを行使するサーヴァントと言う事は必然的に、目の前のバーサーカーはあの宗教の関係者と言う事になる。
ハッキリ言って、致命的なまでにアスモデウスと相性の悪い相手だった。洗礼詠唱はその特質上、霊や悪魔、死徒と言う物に対して絶大なる影響力がある。
高い対魔力を誇るアスモデウスは、洗礼詠唱への防御力も有しているが、ユダは彼女の対魔力を貫通する程の洗礼詠唱の持ち主である事を、彼女は看破してしまった。
彼女は悪魔である。対魔力が高かろうが、洗礼詠唱を完璧に無効化すると言う事は出来ない。
受ける事になる洗礼詠唱の効果や威力は、倍以上にまで跳ね上がる。直撃すれば、確実に大ダメージを負う。
その上相手の武術の腕前は、アスモデウスに匹敵すると来ている。戦いたくないと彼女が思うのも、無理からぬ相手であった。
「堕落の仔、神の生み出した愚昧なる被造物よ。地の底に戻る時が来た」
「抜かせよ!!」
そう叫び、ショットガンを構えようとした、その時だった。
二組の主従が戦っている所から最も近い所にある、わくわくざぶーんの壁が、粉々に爆ぜた。
アスモデウスは意識の半分を、爆ぜた壁の方向に向ける。もう半分は、ユダの方である。彼にしても、半分の意識を彼女に、もう半分を壁に向けていた。
全部の意識を其方に集中させてしまえば、不意打ちを貰ってしまうからだった。この辺りの意識の高さが、二人を優れたサーヴァントだと定義させる理由でもあった。
あそこに爆弾を仕掛けた記憶はない、と思うのはアスモデウスだ。当たり前だ。今戦っている所は、マスターである立香がいる所に近いのだ。
自分の仕掛けた爆弾の余波でマスターを殺す愚など、彼女は犯さない。必然的にこの近辺は、無事な形状を保てているエリアの筈なのだ。
となれば、壁を砕いた現象は、人為的なものである可能性が高く――そして、その現象の正体が、露となる。
「しょ、所長!!」
立香が反応する、小さくアスモデウスが舌打ちする。
壁に空いた穴の先には、上着を巻き付けて撃たれた所を止血したオルガマリーを横抱きにする、カインがいた。
生きていたとは。アスモデウスが思う。
彼らが、わくわくざぶーんに仕掛けた爆弾をやり過ごすとしたら、プールの底以外にないと、この悪魔は考えていた。
だからこそ彼女は、彼らの行動を読み、ピンを抜いた状態の手榴弾を複数個、予め移動先にばら撒いていたのだ。
そして事実、彼らは手榴弾の洗礼を受けた。受けた、が。カインによる肉の盾の影響で、何とかマスターであるオルガマリーは、
手榴弾の破片で即死と言う事態には至らずに済んだ。が、相変わらずアスモデウスの銃撃でのダメージは癒えていない。
一方でカインの方は、手榴弾の直撃を受けても、軽度の擦過傷しか身体に見当たらないと言うのであるから、その差は残酷であった。
ここで、あわや三つ巴の戦いになるか、と思われたが、アスモデウスはその戦いに加わるつもりはない。
寧ろ、ユダとカインが互いに争いあい、自滅するよう仕向けるかとすら考えていた。そして、アスモデウスにはこれが出来る。
色欲の悪魔、乙女の敵。これらの字は伊達ではない。アスモデウスは、女と言う性別を持った存在と戦う時、絶大なアドバンテージを得られるのだ。
この場に女のサーヴァントはいない。だが――『女のマスター』なら、いるではないか。
-
カインの異様な風貌を見てしまった事で、ユダの心の中に生じた空隙。此処を狙って、アスモデウスがカナエを睨んだ。
カナエが、この悪魔と目線を合わせてしまった瞬間だった。カナエの脳を、強く揺さぶるような衝撃が走り始めた。
頭の中と意識に、霞が掛かる。徹宵何かしらの作業を続けた後のように、頭が回らない。
目線を、オルガマリーを抱いているカインの方に向けるカナエ。
その様子に不穏なものを、ユダが感じ取ったと同時に、彼女はカインの方に駆けだして行く!!
「何ッ!?」
驚きの声を上げたのはカインよりも、寧ろユダであった。
余りにも、行動が突拍子的過ぎるからだ。ユダとアスモデウスが戦っている間、藤丸立香を倒しに行く、と言うのならばまだ納得が行く。理に適っているからだ。
だがここで、突如として現れた素性の知れないサーヴァント、つまりはカインの方に駆けて行く意味が解らない。
オルガマリーを抱いている事で両手が塞がっているから狙いに行ったのかもしれないが、だとすれば余りにも浅慮だ。
ユダから見ても解るのだ。総身に刺青を刻んだ、腰布だけを身に纏うあのサーヴァントは、かなりの手練であると言う事が。
「待て、よせ!!」
ユダが叫んでも遅い。
カナエは既に、カインから六m程離れた所まで接近、鱗赫を恐ろしいスピードで彼目掛けて伸ばしていた。
一瞬、カナエが放ったこの攻撃に目を見開くカインではあったが、リアクションはそれだけである。
殺到する四本の赫子を、オルガマリーを持っている状態とは言え、軽々と二本を回避。残った二本を、回し蹴り一発で両方とも破壊する。
カナエの身体から、動揺の気が発散される。素手で赫子を破壊するような事が、短期間で二度も起るとは、思わなかったのだ。
――まさか、あの悪魔めが!!――
バッと、顔をアスモデウスの方に向けるユダ。立香を守れるよう、彼の前にポジションを取ったアスモデウスが、邪悪な笑みを浮かべている。
「今頃気付いたのか、馬鹿め」、と。見てくれだけは美女である悪魔が、その様な態度を隠しもしない。
恐らくは、魅了(チャーム)の呪いをカナエに掛けたのであろう。そうでなければ、あの突拍子もない行動に納得が行かない。
ユダのこの推論は完璧に正しい。性別を判別し辛い服装でカナエはこの場に参じてはいたが、千里眼でカナエが喰種である事を見抜いたアスモデウスは、
これと同時にカナエが女性である事も看破していた。だから、魅了の魔術を以って彼女を操った。色欲の魔王は、相手が女性であるのならその意識を操れるのである。
対魔力を持ったサーヴァントですら、余程の事がなければその意識を深い催眠状態にする事が出来るのである。如何に身体能力は人間を超える喰種とは言え、魔力に対する耐性を持たない生物如きに、抗える筈もなかった。
-
操られて攻撃を行っている、と言う事実だけでもユダにとっては最悪なのに、その攻撃が余りにも単調で、見切られやすいと言う素人めいた軌道のそれなのも、
全てはアスモデウスの作戦であった。要するに彼女は、赫子でオルガマリーをあわよくば殺して欲しいとも思っているし、赫子を見切ったカインに殺されて欲しい、
とも思っているのだ。理想は同士討ちであるが、仮に理想が達成出来ずとも、オルガマリーかカナエのどちらかが死ぬのだ。良い事尽くめ、である。
更にこの作戦の悪質な点は、『藤丸立香から見ればカナエがオルガマリーを狙って攻撃している風に見える』、と言う点である。
今この状況が、アスモデウスが全て裏で糸を引いている事に立香が想到出来ない、と言う事が、この悪魔にとってのメリットなのである。
彼が見ている前で、彼の知人であるオルガマリーを殺しに、アスモデウス自らが動けば立香からのイメージは最悪になる。この早い段階で、それは避けたい。
要するに、カナエに全ての濡れ衣をおっ被せる為であった。カナエがオルガマリーを殺してしまった。しかし自分はそれを防ぎたかったのに防げなかった!!
アスモデウスは、これを演出したいのである。実際にはアスモデウスに、オルガマリーを救う気概など更々ない。死ねば良いとすら思っている。仮に、殺せなくとも問題はない。何せ、カナエが死んで自分の溜飲が下がるのだ。結局は、どう転んでもアスモデウスにとっては、得なのだ。
地面を蹴り、カナエの下まで近づいたカイン。負傷したオルガマリーを抱えた状態ではあるが、それだけでは問題にならない。
何せオルガマリー自体が軽い為、全く移動を阻害する要因足り得ない上――何よりも、両脚が自由であると言う事は、蹴り技が普通に健在である事を意味する。
蹴り足の間合いに近付いた瞬間、カインは、カナエの腹部に鋭い横蹴りを叩き込む。うめき声を上げるよりも早く、カナエは地面と水平に三十m程も吹っ飛ばされ、
守衛室の壁に激突。壁を砕いて、その内部へとカナエが転がった。この建物がなかったら、もっと先まで飛ばされていた可能性もあったろう。
げに恐るべき、カインの筋力よ。蹴りの威力の方も、想像を絶する。喰種の頑健な肉体など物ともせず、蹴りの一発だけで、カナエの大腸や小腸を断裂させ、磨り潰してしまったのであるから。
カインの追撃からカナエを守るべく、急いで彼女と彼を結ぶ直線のルート上に割って入るユダ。
そしてユダは、カイン目掛けて、ヤコブの手足を極めた者のみが放てる拳を放つ。
「グローリア!!」、と言う叫びを上げながら突き出された右拳が、白色に激発していた。洗礼詠唱の効力を拳に纏わせているのだ。
これを纏わされた拳は、物理的な干渉能力の他に霊体にも強烈な干渉を及ぼす必殺の一撃となる。サーヴァントが喰らえば、一溜りもない。――常ならば、だ。
鳩尾目掛けて放たれた、ユダの裂帛の右ストレートを、左膝を大きく上げ、膝の皿で受ける事でカインは防御。
ユダの表情に驚愕が刻まれる。防がれたと言う事実にではない、洗礼詠唱が通用していないと言う事実にでもない。『己の宝具が侵食して行く感覚がない』事に、ユダは驚いていた。
二の手を放つべく、拳を引こうとするカインであったが、敵は彼だけではない。カナエを操った張本人たる女悪魔も、健在なのだ。
立香からは、この悪辣なセイバーの表情は見えない。それを良い事に浮かべている彼女の笑みは――狡知と言う概念を水に溶かして刷毛でぬったような、邪悪な微笑み。
これを浮かべたまま、彼女はユダ目掛けてショットガンを乱射。カインとユダは、距離を大きくとる事で、放たれた散弾を無事にやり過ごした。
-
ショットガンの弾を避けてから、ユダは考えていた。何故、自分の宝具が通用しないのか。
ユダの宝具は、彼の拳が生身に触れるか、彼自身が対象に、或いは対象の方から彼自身に触れる事が発動条件である。
『絆を知らぬ哀しき獣よ(イーシュ・カリッヨート)』。この宝具は触れ続ける事で、相手の霊基に『裏切り』と言う概念を刻み付けさせる。
そして、裏切りが成就してしまえば最後。そのサーヴァントは当該聖杯戦争で、二度と宝具を使えず、二度と魔術も発動出来ず、そして、マスターとサーヴァントの関係に、
修復不可能な亀裂が走る。裏切り者の代名詞として史上最も有名になったが故に、己を構成する霊基自体が裏切りの概念その物に等しくなったユダに相応しい、
凶悪な宝具である。だが、これがカインには何故か、一切通用しないのだ。裏切りが霊基に浸透しない。ビニールに水でも落とした様に、裏切りの概念を弾いて行く。
そう、通用しなくて当たり前なのだ。何せカインに刻まれた刺青の宝具、ノドは、ユダの裏切りの宝具すらも超越する。
ユダが信じる神が、手ずから刻んだ不死刻印。この刺青はカインに対する罰である。死ぬまで世界の裏側で孤独に生きさせる為に、神が刻んだ制裁なのである。
制裁である故に、この宝具は外れない。罪を償い終えるまで、罪人が牢獄から出られず、手錠や足枷の類が外せないように。
カインは己の意思でこの宝具を排除する事も出来ず、また、誰の如何なる宝具によっても、この宝具を彼から分離させる事は不可能なのである。
これが、ユダの宝具が通用しない理由の全てであった。神秘の強さからしてもノドは桁違いであるのと同時に。そもそもユダや、彼が尊敬していたあの男も信じていた神が、罰を与える目的で刻んだ刺青を、たかが神を信じる一信徒に過ぎぬユダが、如何して解除できるのだろうか。
――全て、吾輩の手の内よ――
事の推移が、正に自分の理想とする方向に、方向に。
面白い位に順調に進んでいくので、ほくそ笑む表情を隠せない。順当に行けば、此処で二名が脱落するかも知れないのだ。
恐らく、外套を纏った褐色の少女と、少女が従える同じく褐色の偉丈夫は、もうここから逃げ果せただろう。殺せなかったのは惜しいが、
最低一組は此処で脱落する。どちらも厄介な主従である為に、これは大きい事であった。
「嬉しそうだね、セイバー……」
「そんな事ないよ」
流石は多くのサーヴァントと繋がりを持って来た立香である。
顔を見ずとも、アスモデウスの今の感情が解るらしかった。が、其処で嬉しいと答える彼女ではない。
真率そうな声音で否定するだけであった。と言っても、猿芝居である事は立香も解っていようが。
「所長を助けられるのか? セイバー」
「無理だろ。出来ても、相当難しいぞ」
これは事実だ。何せカインがオルガマリーを死なせないよう目を血走らせているのだ。
彼の目が黒い内は、オルガマリーは先ず助けられまい。尤も、彼が此処まで神経質にならざるを得なくなったのは、他ならぬアスモデウス自身のせいであるのだが……。
ああ、困った、と言う態度を醸し出しながら、ユダとカインの牽制をアスモデウスが眺めていた――その時だった。
真実、アスモデウスから放出される気風が、困惑と当惑のそれへと変貌する。当たり前だ。
爆破されたとは言え、外観がまだ建物としての体裁を保てているわくわくざぶーんの施設を隔てた向こう側に、恐ろしく巨大な怪物が現れたとなれば。
アスモデウスも、そして、藤丸立香も。唖然とするのは、至極当然の話なのだ。
-
◆
血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
解放された世界 Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
久遠の赤
-
◆
ZONE24――『解放された世界(The World Set Free)』
よくよく目を凝らして見れば、生物ではない事は明らかだった。
月の明かりに照らされながら突如として現れたと言う登場の仕方で面を喰らっただけで、冷静になってみれば、あれは生き物ではない。
実際、夜の薄暗さの中でよく見ても、あれが器物の類であるのは明白であった。先ず以って、生物的なフォルムではなさ過ぎる。
三本の円柱の上に、円盤が乗った何か、と言うのがそれの外観である。だが、その円柱も円盤も、全てが大きい。
円柱の長さは優に五十mを越え、直径百mは優に超す巨大な円盤を簡単に支えられている事からも推察するに、円柱の半径は十五m程はあろう。
わくわくざぶーんの天辺よりも、遥かに高いあれの正体を、アスモデウスは知らない。千里眼で確認した所、機械の類である事は辛うじて解った。
だが、あんな機械が過去、地球上に存在し、そして現在作成されていると言う事実は何処にもない。いやそもそも、書き割りを変更する様に突如として現れた所からも、あれがサーヴァントの手による物である事を、先ずは疑うべきだった。
アスモデウスのみならず、ユダもカインも、突如として現れた正体不明の大機械の存在に、気付いたらしい。
両名共に、白痴か間抜けのようにポカンとした表情で、それを眺めていた。アスモデウスですら、あれが何なのか解らないのだ。ユダとカインが、解る筈もない。
「敵か……?」、と立香が言うが、それすらもアスモデウスには解らない。つくづく、不気味な何か。
……だが少なくとも、敵か味方か、のスタンス自体は、直に解った。
円盤の裏……つまり、三本の脚と円盤の接合点側から、遠目から見ると触手のようにも見える物が現れたからだ。
それは、金属で覆われたある種のコードのようなものに近いと、アスモデウスは理解した。金属で覆われているにしても、恐ろしく柔軟性に富んだ金属であった。
何か来る。アスモデウスのみならず、ユダとカイン、そして立香すらそう思ったのは、伸ばした触手状の何かの先端を、あのマシンが此方に向けたからだった。
――そして其処から円盤機械が、緑色のレーザーを射出して来た。
レーザーは堅牢なわくわくざぶーんの施設を屋根から貫き、そのまま地下の基礎部分まで貫通。
その瞬間、施設全体を、アスモデウスが設置した爆弾の発破を容易く上回る程の規模の爆発が覆った!!
「なっ!?」
これには、超常の見本市そのものであるサーヴァント達も驚きを隠せない。熱線の威力よりも、この突拍子もない行動に皆は驚いていた。
荒れ狂う爆風と熱風、そして叩き付けらんとしている衝撃波を、三組は思い思いの方法でやり過ごそうとする。
カインは、己の宝具をフルに駆使してオルガマリーを庇いながら、全速力でその場から遠ざかる事で。
ユダは、アスファルトに貫手を突き刺し、それを引き上げて盾にし、爆風や衝撃波を防御。その後、守衛室で気絶しているカナエの下まで駆け抜け、彼女を回収してから。
アスモデウスは、魔境の叡智スキルで獲得した魔術で、ある種のバリケードの様なものを作り、爆風諸々を立香共々凌ぎ切ってから、逃走。
-
防ぎ方は様々であったが、三主従全員、共通して言える事は一つだった。
それは、このわくわくざぶーんであった施設から急いで逃走、遠ざかろうと言う事。三組全員、思い思い、別々の方向へと、距離を取る。
野次馬が集まるのをよしとしないと言う思惑や、これ以上の戦闘に益を見なかったからと言う理由や、あの巨大な機械と戦う事を忌避すると言う戦略的な意味。
思いや理由はそれぞれだが、どちらにしても、嘗てわくわくざぶーんを思うがままに蹂躙し、そして、神韻の欠片もない戦いを繰り広げていた張本人達はこれで、この場からやっと去って行ったのである。
「――と、まあ。少々荒療治の感は拭えないが、この事件はこうして俺達が収束させたって訳だ」
三組が去った後のこの場に響く、若くて軽い、男の声。
その声と同時に、空間の一部が、人型に歪んだ。蜃気楼や薄紙越しに立つ人影のような、そのシルエットは、時を一秒刻む毎に、輪郭と濃さを増させて行く。
『二人分』のシルエットは、五秒後程立ってから漸く、月明かりの下でも誰が誰だか解るように、その姿を明白な物にした。そしてそれとは正反対に、わくわくざぶーんを瓦礫の堆積に変えた巨大な機械は、そんな物は蜃気楼か何かであったとでも言うが如く、煙のように消えてなくなってしまった。
「ブエノス・ディアス、親愛なるプレイヤー諸君。しっかし見なよ、この光景を。この作品がPCゲームだって事を――あぁいや、違うか。これ確か、フリーゲームじゃなかったんだ。リレー小説、だっけか。つい普段の癖でプレイヤーって言っちまった。『読者』って表現が正しいんだよな、これ」
訂正訂正、とかぶりを振るう男。
言われなければそれが、カエルを模したものだとは到底伝わらない程、元の生物が何であるのか解らなくなるまで崩して見せた、
へたくそなデフォルメのカエルの仮面を被った、黒髪の男だった。ハートのマークが刺しゅうされた白いセーターに、緑色の長ズボン。そして、黒色のショートカット。
体格と服装だけを見れば、市井の何処にでも見られる普通人。被った仮面以外、彼の何処にも神秘性はなかった。逆に言えば、仮面一つで、人は此処まで神秘を帯びるのだ。
「ブエノス・ディアス、親愛なる読者の皆々様。フォトグラフやムービーでこの光景を伝えられないのが残念だが……取り敢えず、想像してごらん。この光景を。所々でせせこましく燃えている炎、足場の踏み場がない程敷き詰められた瓦礫、立ち込める砂煙……。どうだ、少しはイメージしやすくなったかい?」
「……敢えて聞くまいと今までは思っていたが……。誰に話しているのだ、お前は」
狂人や、知的水準が自分よりも遥かに劣る人物と接するインテリの様な声音と態度で、もう一人、この場に現れた男が言った。
カエルの仮面の男が時たま今のように、何処かの誰か――と言うより、虚空に話しかけている様子を目撃した数は、一度や二度ではない。
他人の目には見えない幻覚に話しかけ、他人の耳には聞こえない幻聴の意見を尊重する男。それを、男はこう定義する。『気違い』、と。
シャドーストライプの柄が見事なベージュのスーツを纏い、ストライプのネクタイを巻いた、紳士然とした恰好の男だった。
仮面の男とその年齢を比べてしまえば一目瞭然。圧倒的に、紳士の方が若くない。年齢にして、三十代の半ばであろう。中年であった。
瞳に煌めく知性的な輝き。発散されるインテリジェンス。男が俗にいう知識人、と呼ばれる人種に該当する事は殆ど間違いないだろう。
誰が見ても、その紳士は賢そうな人種、と思うに相違ない。思うであろうが、同時にこう言うイメージも抱くだろう。神経質で、気難しそうだ、と。
眉間に寄せた皺、への字に曲がった口。険を想起させる表情である。そのような表情でこの中年男性は、仮面の男の方を見つめていた。
「この世界の観測者と言うか、まぁ、奇特な皆々様に、だな。キャスター先生」
真面目に答えるつもりはないのか。それとも、これが真面目に答えた結果なのか。
キャスターと呼ばれた男には解らないが、どちらにしても彼には理解出来ない返答であり、そしてこれ以上仮面の男は言及するつもりもないらしいので、紳士は、追求する事を諦めた。
-
「これで、良かったと思うのか?」
目線を、嘗てわくわくざぶーんであった残骸が散らばる所に向けるキャスター。
「俺はまぁ、悪くない判断だったと思ってる。が、それが正しいと決めるのは、未来の何某さんだぜ」
「詭弁としても、言い訳としても、全く酷いな。建物を破壊して戦いを強制的に収束させる? これを悪くない判断だと思うお前の頭はどうなっている? どう考えても、悪手以外の何物でもなかろうが」
「それを言われちゃ俺も弱いな。だが、あのままあいつ等を戦わせてたら、被害はもっと広がったかも知れないし、何より聖杯戦争が始まる前に計画が台無しになっちまうかも知れない。んで何よりも、俺らが仲裁に入った所で殺されるのがオチだ。よく解ってるだろ、先生? 俺達二人とも、戦う力はゼロだぜ?」
「……闘争を終わらせる為に、より恐ろしく、凄い闘争を用いる、か」
つくづく度し難いな、と、地面に唾でも吐き捨てかねない程の勢いで、キャスターが歯噛みした。
この場所で戦っていた、アスモデウスと藤丸立香、カインとオルガマリー・アニムスフィア、ユダとカナエ=フォン・ロゼヴァルトの三組。
彼らをこの場から散り散りに、蜘蛛の子散らすかのように逃走させたあの巨大な機械は、キャスターの手による物だった。
この二人は、わくわくざぶーんでの戦いを収束させる為の作戦を練っていた。その作戦とは、より強大な武力と暴力性を持った脅威をキャスターが創造し、
それによってあの三組を今まさに滅ぼそうとする、と言う演出を行う事によって成そうとしたのだ。結果は、成功であった。
キャスターの生み出した巨大自律侵略兵器――この世界においては『トライポッド』と言う名前で有名なそれは、三組に脅威の二文字を刻みつける事に成功したのである。
そうして、三組が去った後に、こうして彼らはこの場に姿を現した。彼らはずっと、このわくわくざぶーんで待機し、機を窺っていた。
何故、アスモデウスらはその存在に気付けなかったのか? 況してあの女悪魔は、千里眼すら使えたと言うのに!!
答えは、単純明快。『見えなかった』からだ。キャスターが創造した、『透明人間薬』。これを用いる事で真実彼らは、千里眼でも認識困難な透明状態を維持。これにより、歴戦のサーヴァント達の目をまんまと掻い潜ったのである!!
「見事な働きぶりだったな、我が友よ」
グルル、と言う唸り声。
その声のした方向に二名が顔を向けると、其処には、一匹の白猫がいた。
毛並みは薄く、毛色自体もそうであるが、体表自体も上質紙のように真っ白な事もそうだが、剥き出しの牙がどうにも獰猛な印象を与える。
凡そ、誰にも愛される可愛げな猫、と言う概念の対極にいる様なその猫は、間違いなく人語を喋っていた。
――猫の後ろにいる、泰然自若とした雰囲気の男が話しているのではない。確かに、人の言葉を喋っていたのである。
「よう、『パブロ』」
パブロと呼ばれた猫……またの名を『ジャッジ』と言う名を持つ猫に対し、カエルの仮面の男――『ザッカリー』は、軽く会釈を投げ掛けた。
声は気さくなそれであるが、仮面の奥で浮かべる表情は、果たして――
-
◆
血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
久遠の赤
-
◆
ZONE25――『革者』
ジャッジの意向としては、聖杯戦争の本開催の前に、なるべくサーヴァントの脱落者は出したくなかったのだ。
この場で戦っていたサーヴァントが、碌でもない存在であると言う事は、既にジャッジも、この猫の従えるサーヴァントも理解している。
理解していてなお、であった。いや寧ろ、このような性格のサーヴァントであるからこそ、ジャッジが練った計画を成就する為のキーなのである。
とびっきり悪いサーヴァントが四名。その四人がいきなり、開催前に脱落すると言う事実は、ジャッジにとっては一番避けるべき事柄であった。
だからこそ、己の協力者であるザッカリーの力を借りた。なるべく脱落者も死傷者も出させる事なく、この場を丸く収めろ、と言う旨の事を、
ザッカリー達はリクエストされ、彼らは忠実にこれを果たしたのである。結果は成功。誰一人脱落する事無く、誰一人聖杯戦争とは無関係の冬木の住人も殺される事もなく。
この場は丸く収まったのである。……わくわくざぶーんと言う建築物の破壊及び、此処で働く様々な従業員達の仕事や雇用を奪ってしまった、と言う事実を無視すれば、ザッカリーらは最良を選択したと言えよう。
「好ましいやり方とは思えんな」
億千万の瓦礫の堆積及び、広がりとなったわくわくざぶーんの跡地を見て、美男が言った。
背中の中頃まで伸ばした緑色の後ろ髪が特徴的な、端正な顔立ち。そして、インドの民族衣装であるところの、ドーティに似た白色の衣服を身に纏うこの男こそ、
白い猫、ジャッジの呼び出したサーヴァントであった。クラスを、ルーラー。つまりは他の参加者が言う所の、今回の聖杯戦争の裁定者であった。
「滅ぼしたい相手がいる、と言うマスターの思いは俺も理解している。だが、その為に無益な破壊を振り撒くのは、やがては滅ぼしたい相手と同じ罪業を背負い、そして同じ応報を受ける事になるぞ」
「それでも、なのだよ。偉大なる気取り屋くん」
ジャッジの決意は固かった。そして、自分の言葉が届かない事を再認し、ルーラーは肩を竦めた。
「気を悪くしないでくれよ、ルーラーの旦那。パブロの奴、猫だってのにこう言う所は頑固でね。」
ルーラーが怒っている、と思ったのだろう。宥めるような口調で、ザッカリーはルーラーの機嫌を取ろうとする。
「このような事をして、ジャッジ……我がマスターよ。本当に、お前の宿敵は来るのか?」
「来る」
断固とした口調で、ジャッジは即答した。
「何故だ」
「この世界が、虚無の海の上に浮かぶ異物であるからだ」
「それは、どう言う意味だ?」
「この世界を包含する宇宙は、我が敵である浄化者の手によりて、白い闇に堕ちた。一度は、神が『光あれ』と宣言した直後の、無の宇宙が広がっていたのだ。その宇宙に、形ある世界が一つポツンとあるのだ」
「当然、そいつは怪訝に思う。部屋を綺麗さっぱり掃除して、散らかす人間もいないってのに、また勝手に散らかってれば、誰だってそう思うさ」
と言う、ザッカリーの補足に、ルーラーは得心が言ったらしい。
「この戦いが終われば、私も報いを受けるだろう。分を弁えずにはしゃぎ過ぎた猫はいつだって、撃ち殺されるが定めだからな。そして私の運命は、それでいい」
緑髪の美男子の顔を見上げ、ジャッジが言った。
「君とて、それに異存はないのだろう? 君の望みは、聖杯による受肉であった筈だ。私には聖杯など無用だ。君の願いの為の道具として利用するが良い」
「願いについては事実だが……マスターが死ぬのを黙って見ている、と言うのも複雑な気持ちではあるのも事実だよ」
-
喧騒の波が、徐々に近付いて来るのが伝わってくる。
轟音と騒音を聞き付けたか、また少なからず、あの巨大な機械・『トライポッド』を目撃した者もいたであろう。
市井の真ん中で、あれ程大騒ぎしたのである。人が集まらない訳がなかった。
「俺の真の願いは、『転輪聖王(チャクラヴァルティン)』に至る事だ」
「転輪聖王とは何かね」
初めて聞く言葉であったのは、ジャッジにしてもザッカリーにしても同じ。
だが、初耳の言葉であると言うのに何故か、ルーラーの言った言葉には不思議な神韻が染みる様な語感があった。
「善行と秩序(ダルマ)によって、世界は廻る。車輪のようにな。だが、永久に回り続ける車輪はない。いつかは調子が狂い、回る事のない状態に近付いて行く」
ルーラーは言葉を続ける。
「正義と法のない世界において、世界は淀みながら停滞し続ける。これを俺達の世界では悪徳の蔓延る時代……『カリ・ユガ』と言う。だが、永久に回り続ける機関がないように、永久に停滞し続ける機関もまたない。善と徳が失われた世界からは、新芽が芽吹くようにそれらが回復して行き、やがては、繁栄の時代が生まれるのだ。世界は、悪の笑う時代と、善が喜びを分かち合う時代を繰り返し続けるのだ。水車が回り続けるがようにな」
「そう」
「その繁栄の時代に生まれるのが、転輪聖王だ。至悪を滅ぼす力を持ちながら、それを滅ぼす力を用いる事無く世界を統べる覇王。法の力を悉皆理解し、殺生や邪淫、窃盗を過去の物とする聖君。人類の真なる敵である、四苦八苦を越える術を万民に広める理想王。……だと、俺は思っているよ」
最後の言葉は、やや弱々しかった。疑問気な色が、ジャッジのギョロリとした瞳に宿る。
「俺とて、これが本当に転輪聖王としての姿なのかの確証はない。だが、善き王である事は、間違いないのだろう。なら俺は、それを目指すのだ。嘗て『私』が挑もうとした、全ての人間に優しさを刻む為の戦い。俺はこれに、『私』が選ばなかった道で挑むのだ」
「だがそれだと、アンタは戦う事にならないか? ルーラー。聖杯戦争で聖杯を勝ち得てチャクラ何たらになろうとするんだったら、至悪を滅ぼす力を持ってるのにそれを使う事無く、って所と矛盾するぜ」
「『戦いを終わらせる為の戦い』だ」
その言葉に一瞬だけ反応を示したのは、ザッカリーが引き当てた、中年のキャスターであった。
「この戦いで、可能なら全ての苦しみを終わりにしたい。葬るべき悪がいるというのなら、石を呑む思いでその悪を斬ろう。だが、無軌道な破壊や殺しは、俺の求める所ではない」
わくわくざぶーんだった瓦礫から朦々と立ち込める砂煙に目線をやりながら、ルーラーは言葉を続ける。
「今回は、それが最善であると言う理由から多くは言わなかったが、俺はこの聖杯戦争を、勝ち残るべき戦いとしてだけでなく、『転輪聖王としての統治の資質を見極める試金石』としても見ている。聖杯戦争を無事に、かつ、聖杯戦争の関係者以外の血を流させないで終わらせる事が、転輪聖王へ至る為の階段であると思っている。そう思っているからこそ、俺は……ルーラーとして呼ばれたのだろうな」
「解った。君の意思を尊重しよう、ルーラー。無意味な荒事は、本来的には私も好むものではない。猫は獅子のように血腥い争いを好まぬものだからね」
尻尾をゆらゆらと陽炎の如くに揺らしながら、ジャッジは、ザッカリー達に背を向けて歩いて行く。
「私は、ZONE0の残滓に戻っていよう。ルーラーの啓示が正しければ、奴は確実にこの世界に、近い未来足を運ぶ。その時こそが、この狂った聖戦の始まりだ」
「……そうだな、パブロ」
沈黙を置いてから、ザッカリーが言った。
「――我が瞋恚、とくと味わえ。『バッター』。共に、無明の闇に堕ちる時だ」
一際大きな鳴き声を、ジャッジは夜空目掛けて上げて見せる。
山彦のように響き渡るその声は、千里万里にも届こうかと言う程に大きな鳴き声であったと言うのに――何処か哀しげで、寂しげで。
これ以上と無い痛切さを感じさせる物であったと気付いたのは、この場に於いてザッカリーのみ。鳴き声を上げ終えたと同時に、ジャッジの姿は忽然と消え失せ、
それに付随する様に、ルーラーの姿から濃さが消えて行き、時間が経つ毎にその姿が透明さを増させて行くではないか。
-
「パブロを頼むぜ、お釈迦様よ」
ザッカリーは、消えゆくルーラーに対しそんな言葉を送った。既にルーラーの身体の透明さは、身体の向こう側の風景すら見えるようにまでなっていた。
「その名は、『俺』ではなく『私』に呼ぶべきだ」
苦笑いを浮かべ、ルーラーは言った。
「今の俺は『私』の在り得た未来。歴史上存在すらしなかった幻影(マーヤー)。『私』が歩んだかもしれない可能性の『ゴータマ・シッダールタ』、さ」
「パブロはすっかりイカれちまったよ。タチの悪い熱に魘されたみたいにな。アンタのお言葉と行動で、少々冷まさせてやってくれよ、ルーラー」
「『覚者』だった『私』なら、出来たろうな」
寂しげな笑みを浮かべ、シッダールタが言った。
「今の俺は、世界を平和に導く変『革者』……としてこの世界に馳せ参じている。だが……世界を変えるその前に……あの哀れな子猫に絡みつく蜘蛛の糸、払える物なら、払ってみたい、な」
其処で、シッダールタの姿が消えてなくなった。
後には、仮面を被った一人の青年と、スーツを纏った中年の男が一人、残されるだけであった。
◆
――何が、お前には不服だと言うのだ……?
玉座に座る男が、実に弱弱しい光を宿した瞳で俺に言った。
油でも塗った後のように光り輝く褐色の肌を誇っていた、俺の父上の、何と老いて、憔悴しきったことか。父はこの数日で、めっきりと老け込んでしまっていた。
――見捨てると言うのですか!? 私を……この子を!!
生まれて間もない、それこそ一年と経っていないだろう赤子を抱きながら、涙を流して叫ぶ女がいた。
ヒマヴァットに堆積する万年雪のような、淡雪を思わせる白い肌。教養の高さを窺わせる、理知的な顔立ち。女は、クシャトリヤの者だった。
そんな女が、鬼を宿したような顔つきで、俺の事を睨んでくる。その手に抱いた、彼女と、俺の子供だけが、この場に在って無垢を保っていた。
無邪気な瞳で、俺の子供が、俺の方を見つめてくる。見捨てるのが、心苦しくなかった訳じゃない。
邪気も、慈悲も、善も悪もない、無垢のままの瞳は、俺の心を動かした。だが、『俺/私』は、それでもこの子の試練を乗り越えなければならなかったのだ。
――だから俺は、この子に障害を意味する名を与えて、その未練を断ち切ろうとした。
そんな事をしなくとも。愛する妻と子供に囲まれ、臣民から慕われながらも、得られる真理があったと言う事実を。この時のゴータマ・シッダールタは、不幸にも知らなかったのだった。
-
◆
――第三の情報が開示されました
-
◆
【元ネタ】仏教説話、ヒンドゥー教
【CLASS】ルーラー
【真名】ゴータマ・シッダールタ(オルタ)
【性別】男性
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力:A 耐久:A 敏捷:A 魔力:B 幸運:A+ 宝具:EX
【クラス別スキル】
対魔力:EX
セイバークラスの対魔力に加え、揺るぎない自負心と自尊心、そして神々の加護によって、埒外の対魔力を誇る。
回避や防御行動を取る必要もない程度の魔術は、ルーラーに届く前に雲散霧消。ルーラーに少しでも傷が行く可能性が高い魔術は、神々の加護によって攻撃が逸れて行く。但し、仏教の秘術や法術・法力にはこのスキルは対応しない。
啓示:A++
“直感”と同等のスキル。直感は戦闘における第六感だが、“啓示”は目標の達成に関する事象全てに適応する。
いわば、目標の達成に関する事象全てに最適な展開を“感じ取る”能力。神々の加護スキルによって、埒外の値になっている。
神明裁決:B
ルーラーとしての最高特権。聖杯戦争に参加した全サーヴァントに二回令呪を行使することができる。他のサーヴァント用の令呪を転用することは不可。
【固有スキル】
カラリパヤット:EX
古代インド武術。力、才覚のみに頼らない、合理的な思想に基づく武術の始祖。攻撃より守りに特化している。
目覚めた人:A+++
求道の果ての悟りの境地。いかなる環境・状況にも左右されない不動の精神。あらゆるものを見通し、客観視し、自身を制御する。
このランクになると、令呪による縛りやアンリマユによる汚染すらも判定次第で制御する。精神に干渉し、掻き乱す一切の魔術や現象・宝具にスキルを一切無効化する。
カリスマ:A+
大軍団を指揮・統率する才能。ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。
理想の王の姿である転輪聖王としての側面で召喚されたルーラーは、このスキルを最高ランクで有する。
神々の加護:A++
ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァと言ったトリムルティ及び、ヒンドゥー由来の様々な神格による加護。
攻撃、防御の両面においてこのスキルは発動され、ルーラーの与える一撃は素手による攻撃でもAランクの対人宝具相当に匹敵し、反対にルーラーに対する攻撃はその威力が半分にまで減じられる。また命の危機に瀕した際には、因果を捻じ曲げる程の破格の幸運が優先的に呼び寄せられる。
【宝具】
『転輪聖王(チャクラ・ヴァルティン)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
転輪聖王として現れているルーラーが有する権能が宝具となったもの。ルーラーが握った棒状の得物は、空色に激しく光輝する。
この状態になった棒状の武器は、宝具ランクより低い防御スキル、防御宝具を一切貫通し、斬られた相手は対魔力や防御力を一切無視され、
『相手の最大HPと同量のダメージを受ける』。つまる所、この宝具が発動した状態の武器で殴られる、斬られるなりした相手は『即死』する。
世界の繁栄を維持し、これを乱す者を調伏する為に、ヴィシュヌ神とシヴァ神より貸し与えられた平定の権能。秩序と法の満ちる世界に、敵と悪はいらないのである。
但し、この宝具はルーラーが『徳性』を発揮している場合にのみ発動が出来、彼自らが『平和を乱すような行為を犯した場合』には、この宝具は発動しなくなる。
『神霊変性・至高維持神(ヴィシュヌ・アヴァターラ)』
ランク:EX 種別:対粛清宝具 レンジ:- 最大補足:-
ヒンドゥーの神話に於いて、ヴィシュヌ神のアヴァターラとして世界に現れた、と言うエピソードが宝具となったもの。
発動するとルーラーの霊基は急速に進化、発展を遂げ、神霊・ヴィシュヌの物へと変化。大宇宙の維持と発展を司る、至高の全能神を、転輪聖王の名の下に運用する宝具。
現世に対して絶大な権限と干渉力とを降臨させるこの宝具は、発動時点から評価規格外(EX)としてランク表記されるレベルの神秘行使が可能であり、
それこそ英霊やサーヴァントでは不適格なほどの力の利用ができるが、現在の霊格及び霊基では、十全な運用どころか神霊状態を二秒維持する事すら不可能。
そもそも発動して全能性を発揮しようとした瞬間、霊基がその全能性に耐え切れず、爆散、消滅してしまう。事実上この宝具は、最後の悪あがき、自分の命と引き換えにヴィシュヌの全能性を用いて行う自爆宝具、位の使い道しかない。
【Weapon】
無銘・曲刀:
ルーラーが所持する武器。クシャトリヤ(武家)の象徴とも言えるアイテム。普段はこの武器に宝具・転輪聖王の力を乗せて戦う。
-
◆
「『戦いを終わらせる為の戦い』……か」
シッダールタが口にした、その一言を聞いてから、キャスターは、気難しい表情を隠せずにいた。
普段より輪を掛けて、その表情は渋そうで、そして、険の色が強い。余程、あのルーラーの口にした言葉が気に喰わなかったようである。
「不服そうじゃないか」
「この上なく不愉快だ」
歯噛みする様に、キャスターが言った。
「俺程の世に作品を提供して来た書き手となるとな、過去の作品を誇りに思う一方で、なかった事にしたい作品と言うものも断然多くなるものだ。作品単体だけじゃない。過去に使って来た表現や修辞法にもこれは同じ事が言えるのだ」
「ほほう。それじゃ、『戦いを終わらせる為の戦い』ってのは……」
「なかった事にしたい程、腹の立つ表現だ。俺の考えた表現だと言う事実が余計に癪に障る。過去の自分を絞殺したい位だよ」
一息吐いてから、キャスターは言った。
「戦争を終わらせる為に戦争を用いると言う事は、だ。万象を収斂させるのに最も適した方法が『戦争』である事を認めているようなものだ。覚えておけマスター。この世からはな、『良いものは決して滅ばない』。愛や友誼がこの宇宙から滅ばないのもこの真理の故であり、戦争と言う愚かしい行いが滅ばないのも、偏に物事を解決する方策としては良いものであるからなのだ。解るか? この世から戦争を滅ぼしたいのなら、戦争とは割の合わないものだと誰もが思わねばならないのだ。この世界において徹底して非合理で採算の合わないものは、遅かれ早かれ淘汰されるのが宿命だからな」
「それを――」
「あのルーラーを名乗る聖人気取りは、理解すらしなかった。戦争と言う武力を以って世界に平和を齎すのだと、それ以外の方法を端から諦めていた。フン、信用も出来ん。あのようなペテン師に、この世界の命運が掛かっていると言うのだから、世も末だな」
「アンタならそれは出来るかい? キャスター……いや、『ウェルズ先生』」
ククッ、と中年は笑った。暗い笑みだった。
「以前と同じ事を言わせるなよ。『宇宙は人を見棄て、人は闘争と破滅に美を見出した』。……それが、『H・G・ウェルズ』と言う一人の哀れな物書きが導いた結論だよ」
懐から、二粒の錠剤を取り出し、その内の一粒をザッカリーの方に放るウェルズ。
「去るぞ。人が集まって来た」
「あいよ」
示し合わせたように二人はその錠剤を噛み砕く。
と、二人の身体が全く同じタイミングで、肉体は愚か、纏う衣服ごと透明になってしまった。
喧騒が、もう目と鼻の先にまで近づいてくる。砂糖に群がる蟻のように集って行く、冬木市民の瞳には、透明になったザッカリーとウェルズの姿は、見えなくなっていたのであった。
-
◆
「剣は悪しき物ではない。シャラディムがそう言った。善のために使えると……」
「それは剣だ。武器だ。殺戮のためのものだ」
ゆがんだみじめな微笑みが、腐りかかった顔にのぼった。
「では、どうやって善をなせる……」
「剣が砕かれたときだ」
――マイケル・ムアコック、剣のなかの龍
.
-
◆
――第四の情報が開示されました
.
-
◆
【クラス】キャスター
【真名】H・G・ウェルズ
【出典】史実(イギリス:AC1866年9月21日〜1946年8月13日)
【性別】男性
【身長・体重】173cm、63kg
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力:E 耐久:E 敏捷:E 魔力:E 幸運:D 宝具:C++
【クラス別スキル】
道具作成:E+++
キャスターは魔術的な道具の一切を作成出来ない。
その代わり、キャスターが生前書き上げた作品の中に登場させたあらゆる技術、あらゆる道具の作成が可能。
透明人間薬や、遠方を監視する水晶の卵、自分の行動速度を数万〜数十万倍まで加速させる加速剤、トライポッド、宇宙船等々が作成可能となる。
陣地作成:E
執筆に有利なアトリエの作成が可能。
【固有スキル】
空想科学:EX
夢想し、空想される、科学と言う技術の果てや可能性。それを想像する空想力。
キャスターは魔術の類を一切行使出来ぬ代わりに、キャスターが起こす全ての攻性の現象は『未知の科学現象』として扱われる。
キャスターが発動する攻性現象には、魔力の類が一切含まれない為、彼の攻撃は対魔力スキルを貫通する。
SFと言う概念を確立、築き上げた巨匠の片割れであるキャスターは、このスキルを規格外とも言えるランクで誇る。
思想の開拓者:A
人類の歴史ではなく、人類の思想や観念に、どれだけの影響を与えて来たかのスキル。
人類史におけるターニングポイントとなった思考及び考え方を齎した者に、このスキルは与えられる。類似するスキルに、星の開拓者がある。
あらゆる机上の空論、砂上の楼閣が、“不可能なまま”“実現可能な理論”になる。
キャスターは、上記の空想科学スキルで新しい着想を得てから、この思想の開拓者スキルを利用し、道具作成スキルを行使する事で、現代の科学では到底作成不可能な物品の数々を創造する事が出来る。
-
【宝具】
『神秘は科学の明かりに照らされて(Science Fiction)』
ランク:C++ 種別:対概念宝具 レンジ:- 最大補足:-
キャスターが築き上げた、一大ジャンル、『SF』と言う概念自体が宝具となったもの。
キャスターが認識した神秘的、空想的事象・現象は、その全てが『科学的に、そして論理的に説明出来る事象・現象』へと格落ちさせられる。
即ち、相手の放つ諸々の行動から、『神秘』と呼ばれる概念が一切剥奪される。
宝具・礼装・聖典の類は全て、その貴さや理想、幻想や神秘、歴史的価値や文化的価値すら封印され、物質的な実体そのものの素材・加工から、
科学的・論理的に想定され得る威力まで規定されてしまう。相手がどんな魔術を放とうとも、それは神秘も何もない科学的な超能力に置換され、
相手が核兵器並の威力と古から積み上げて来た神秘を誇る宝具を持とうとも、その宝具から神秘性が剥奪されれば、核兵器並の威力を誇るそれにまで貶められる。
また、キャスターが認識した事象に、科学・論理的に説明出来ない『エピソード由来型の宝具』であった場合には、宝具の神秘性にもよるが殆どの場合発動不可となり、
常時発動型、或いは特攻や異常付与等の追加効果を齎すものがあった場合については、キャスターが『論理・科学的に可能』と思わない限りは全て封印される。
この宝具はあくまでも神秘が剥奪されるだけに過ぎず、形を伴った宝具や武器については、神秘こそ奪われど、攻撃や防御自体は問題なく行える。
但し、神秘が奪われると言う事は即ち、世界にしっかりと実体を伴っている物質で対処が可能になってしまうと言う事である。
神秘と追加効果・付与効果を奪われた結果銃弾と同程度の威力しか持たなくなった宝具は、防弾チョッキで対処可能となり、
刺さった瞬間に相手を体内から炸裂させる弾丸や矢であろうとも、ただの弾や矢に準拠する程度の威力しかもたなくなる。
追加効果や発動する効果が凄まじければ凄まじい宝具であればある程、この宝具は最大限の威力を発揮する事が出来、効果は凄いが元の威力はそれ程でもない宝具など、この宝具の前ではただの風車と化してしまう。
『時空機械(タイム=スペース・マシン)』
ランク:EX 種別:対時宝具 レンジ:1〜∞ 最大補足:1〜2
またの名を、タイムマシン。
キャスターが著した作品の中で最も有名、かつ、キャスターが作中で登場させた発明の中で最もその名の知られている装置が、宝具となったもの。
その正体は、擬似霊子転移、疑似霊子変換投射。人間を擬似霊子化させ、異なる時間軸、異なる位相に送り込み、これを証明する空間航法。
タイムトラベルと並行世界移動のミックス。つまるところ、カルデアによって行われている『レイシフト』と呼ばれる技術と限りなく近い。
この宝具の最大の特徴は、存在証明をする人物と、渡航出来る時間の範囲。この宝具使用における存在証明は、『タイムマシン』と言う概念を知っている人物、
或いは『タイムマシンの存在と実現を信じている』人間が『世界の何処かに一人でも存在するだけ』で達成される。
この宝具の発動を完全に妨げたいのであれば、それこそ人理の焼却、或いは惑星中の人間を全員殺し尽しでもしない限りは殆ど不可能に等しい。
そしてもう一つの、渡航出来る時間範囲であるが、それこそ遥か数万年先の未来、数万年前の過去にですら、この宝具は渡航出来るだけでなく、
更に並行世界及び、全く異なる世界にですらこの宝具を用いれば移動する事が可能。また、原作タイム・マシンに於いて、この宝具は空間的な移動能力を持っていなかったが、現在はキャスターの改造によって、ある程度までは自律移動する事が可能となっている。
――この宝具は通常、聖杯戦争においてマスター自身は愚かキャスターですら『ないもの』として扱っている宝具である。
時間渡航、及び並行世界への移動と言う第二魔法にかかずらうこの宝具は、発動するだけで莫大な魔力を消費し、並大抵の魔力保有量の魔術師では、
十分前の過去、先の未来に移動するだけで殆どの魔力を消費してしまう、と言う致命的なまでの燃費の悪さを誇る。
タイムマシンの使用とは即ち、マスターの破滅であり、キャスター自身の消滅とイコールであり、それ故にこの宝具は通常では使われない。
……だが、今回のキャスターのマスターである男は、ある『反則技』及びズルを用いて、このタイムマシンを利用し、聖杯戦争の参加者達に十二星座のカードを配ったと言うが……?
-
◆
血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
久遠の赤
-
◆
ZONE26――『久遠の赤』
――わくわくざぶーんで、超常の力を保有したサーヴァント共が鬼畜の宴に熱を入れているその頃、
実はある一騎が、わくわくざぶーんの施設目掛けて凄まじい速度で向かって行っている事に気付いた者は、誰も存在しなかった。
施設で行われていた戦いが、凄まじい規模の物だったから混ざりたかったからではない。男は、戦いが三度の飯より好きな戦闘狂の類ではない。
男にとっては戦闘や戦争は常態のそれ。戦争そのものたるこの男には、今更どんな激しい戦闘が隣で起こった所でその心は動かされない。
その施設の近くにいた、ある男。その姿を、自身が有する戦況把握で認識した瞬間、男の理性は沸騰した。
藤丸立香は、ある意味でこのライダー、『レッドライダー』と呼ばれるサーヴァントの産みの親であった。
このサーヴァントは本来姿形を持たぬばかりか、人格や己の意思すら持つ事がない。何故なら彼の本質は、人類……いや、この世に命が三つ以上あるのなら、
避ける事など先ず不可能な、『戦争や闘争』と言う概念その物。立香は知る事はないだろうが、特異点を股にかけた嘗てない戦争によって、
『戦争』というシステムそれ自体に、莫大な負荷を与えた。人理修復の不安定な状態に、このような負荷が掛かったせいで、
元来地球上の『戦争や闘争』を観測するシステムに過ぎなかったレッドライダーだった何かに、バグが発生。そのバグとは、即ち人格であった。
レッドライダーとは、黙示録にその名の示された、地上の四分の一の人類を戦争によって滅ぼす事が神によって赦されている、恐るべき騎士とは全く関係がない。
この地上で最も新しく、そして最も古い歴史を誇る、存在そのものがイレギュラー、存在そのものが矛盾(とくいてん)そのもののサーヴァントなのである。
普段からレッドライダーは、状況の観測をしている訳ではない。
サーヴァントとしての使命を忘れている訳ではなく、彼は普段、自身のマスターである『光本菜々芽』の護衛を彼は主な仕事としていた。
と言うのも、戦況の観測は極少量とは言え、魔力を消費してしまうのだ。並のマスターであれば問題にならない程度の魔力消費なのではあるが、
魔術回路の一本も持たない菜々芽には、その少量が後々に影響を齎しかねない。仕方なくこの男は、今の今まで菜々芽に配慮して霊体化を行って過ごしていたのだ。
しかし、全く戦況を把握しようとしないのも、問題である。何せレッドライダーの戦況把握スキルは、例外こそあれどこの冬木全土であれば、
何処で何が起こっているのか容易く彼に理解せしめる反則その物のスキルなのである。これを利用し、サーヴァント達の動向を探っていたその時――彼の瞳は零れ落ちんばかりに見開かれた。
藤丸立香が、この冬木に招かれていたと知ったのはこの時であった。
堂々とした態度で、見るからに悪辣そうな女狐のサーヴァントに命令を下すその様子は間違いなく、あの藤丸立香であった。
遭いたいと心の底で願っていたが、この世界では会えまいと、心の何処かで諦めていた存在と、同じ世界にいる。
いや、考えてみればあの男がこの世界にいるのは当たり前の事なのかも知れなかった。この冬木は、立香達カルデアの人間が言う所の、特異点とニアリーイコールだ。
ならば、いる可能性もゼロではない。特異点の解決にこの世界に乗り出していた可能性だって、あり得たのである!!
立香の姿を認識した瞬間、宿題を終えてさあ眠ろうとして微睡んでいた菜々芽を、レッドライダーはベッドから叩き起こし、
服を平時のそれへと早くしろよあくしろよと急かして着替えさせて、半ばキレ気味の菜々芽の目線をガン無視。
二階の窓から道路へと飛び降り、時速七十㎞程の速度で彼女を抱えたまま目的地へと向かおうとしていた。
「戦士(マスター)よ、お前に以前言った藤丸立香……もうすぐ出会えるぞ!!」
「あなたが会いたいだけでしょ……!!」
全くの正論である。
「そうだ、俺が会いたいだけさ!!」
開き直り。
「産みの親に会いたくない子供が何処にいようか!! 人は誰しも、己のルーツに触れたくなるものさ!! だがな、戦士。奴に会う事は、少なくともお前にもメリットがある!!」
-
レッドライダーの知る藤丸立香は、お人好しの権化のような存在であった。
底抜けのお人好しで、底抜けの善人。そして、悪を赦し、必要とあれば悪と手を結ぶ事も視野に入れる度量と器量の広さを誇る、筋骨の通った一般人/英雄/狂人。
それが、レッドライダーから見た藤丸立香だ。そんな存在である、自分と手を結ぶ事は解り切っていた。それは即ち、立香との同盟だ。
あの男と同盟を組む事をレッドライダー自身が望んでいると言う事も勿論あるが、それ以上に、菜々芽自身の安全も保障される。
立香の事だ。自身よりも遥かに無力で、機転と勇気だけが取り柄のこの少女を彼は守ろうとするだろう。それをレッドライダーは狙っているし、その姿を見たいのである。
レッドライダーの言う事に、嘘はない。藤丸立香と組む事は、寧ろメリットの方が多い。あの男は強い。あの男程、多くのサーヴァントを使役し、多くのサーヴァントと鎬を削ったマスターなど他にいるまい。彼は間違いなく、この冬木の聖杯戦争の優勝候補の一人であった。
光本菜々芽を御姫様抱っこの要領で抱えながら走り続けるレッドライダー。
ステルス戦闘機を己の宝具で招聘させ、それに乗って一っ飛びしても良かったのだが、魔力消費の観点からそれは取りやめた。逆に言えば、魔力が足りてたらやってた。
もどかしいと思いながらも走り続けるレッドライダーだったが、遂に彼らは冬木大橋に差し掛かった。此処を越えれば、わくわくざぶーんと呼ばれるレジャー施設まで、もう少し。「遂に遭えるのだな、藤丸立香!!」そう思いながら橋の上を駆けようとした、その時だった。百m上空にまで――太陽が降りて来たような、白色の輝きが彼らを照らしたのは。
「――!!」
慌ててレッドライダーは立ち止まり、菜々芽を庇った。
彼女も慌てて目を閉じるが、突如世界を照らした白光に、網膜を焼かれた。後三〜四分は、目を見開かせてもまともに物も見れまい。
――見れない方が、良かったかもしれないと、レッドライダーは思っていた。
流石にサーヴァントだ。あの光を目の当たりにしても、視界は明瞭なものであった。だからこそ、よく見える。車の一台も通っていない、冬木大橋の車線の上。
その上に佇む、体高三m、全長四mは優に超すであろう、白く光り輝く機械鎧で鼻先から臀部を隙間なく覆った白い巨馬と、
その上に跨る、同じく白い機械鎧を纏った、白バイザーで顔を覆った赤髪の戦士の姿。この太陽の如き輝きは――馬と騎乗者の肉体や鎧から、そんな生態であるかの如くに発散・放出される、聖光こそがその正体なのであった。
「……ふむ」
その姿を見て、レッドライダーは軽く、首を縦に振るう。菜々芽を地に下ろし、己の背後に匿った。
「この殻(レッドライダー)を被っているからか。そう言った存在が、人類の未来を記したとされる、黙示録なる書物に登場している事も理解している。だからこそ、問おう」
白騎士を見上げながら、レッドライダーは言った。
「お前は、『勝利』か?」
その問に、眼前の存在が答えるまで、一秒の時間を要した。
「……余の真名は、そのような名前ではないが――」
身体から発散される光輝が、爆発的に強まった。視力を奪われた菜々芽にすら、その強さが指数関数的に跳ね上がった事が伝わる。
光が、肌を刺すように伝わるのである。いや、違う。伝わるのは光ではない。遍く不浄を浄化すると言う万斛の意思の強さと、その聖性であった。
「お前に滅びを齎す存在であると言うのは、事実だ」
「……ハハッ」
くつくつと笑うレッドライダーの横に生じる、赤い断裂。
それが、赤黒い火花を散らしながら、大量の血液を刷毛で塗った様に真っ赤な刀身が吐き出され、地面に突き刺さる。
これを引き抜き、その剣尖を、白騎士のバイザーに突き付けた。赤騎士の感情に呼応するように、赤く細い電流が、刀身に螺旋に纏われた。
「貴様に勝利し、戦士(ふじまるりっか)の供物にでもしてやるよ」
刹那、両名の姿が音もなく掻き消えた事を、光本菜々芽は知らない。
-
投下を終了します。続きは今月中にUPします(前回の約束を反故)
-
投下乙
所長の不幸が止まらない
-
投稿お疲れ様です
ぐだは相変わらず鯖からの好感度が高い(白目
-
やっとOP(大嘘)を投下し終える目途が立ちました。多分来週の月曜には全編UP出来ます
その途中までを今からUPしたいと思います
-
月と、そこに掛かる薄い灰色の浮浪雲。
そして、針で刺した穴の如くに夜の空で小さく瞬く満点の星々。その三つだけが、地上で繰り広げられる魔戦の観客だった。
場所は、冬木大橋の車線上。栄えた地方都市とは言え、田舎の域をまだ出ぬ都市で、もうすぐ深夜を回ろうとする時間だ。行き交う車や通行人は、一人たりともいなかった。
星や雲は、語るであろう。こんな戦いを観る事が出来ない何て、そんな人間もいたものだと。だが、月と違う星は、こう語るであろう。観れなくて、良かったのだと。
このような凄惨で恐るべき戦い、何が起こっているのかを理解出来る程に近い所で見ようものなら、命など、幾つあっても足りはしないのだから。
音が、聞こえる。
冬木の町の端から端、この地球(星)が纏う空気の鎧の遥か外にまで届かんばかりの、戛然たる戦音は、光によって視力を奪われた光本菜々芽の耳に、
痛い程に響き渡るのである。何が起こっているのか、何を繰り広げているのか。戦っているのは我がサーヴァントであると言うのに、この幼気(いたいけ)でありながら燃える鉄の如き心を宿す少女は、戦う模様を一切知る事がないのである。
戦いの演者は、二人の戦士であった。騎士(ライダー)、とも換言出来ようか。
一人は、赤い男であった。被る軍帽も、纏っている軍服に似たデザインの服装も、腰に差した刀の鞘も、その髪も――その瞳でさえも。
大きな桶に零れそうな程なみなみと満たした血液、それを頭から被った後のように、彼は真っ赤であった。
きっと、目に見える所だけが、赤い訳ではないのだろう。きっとその心ですら、血で浸されたような褪紅色をしているに相違ない。
それも、死体から流れる不浄の血ではない。凄愴かつ熾烈な死闘、剣林が立ち並び弾雨が降り注ぐ戦場で流れ落ちた戦士の血で浸されているのであろう。
その証拠に、見よ。赤い騎士は、笑っていた。笑いながら、――案の定とも言うべきか――赤い刀身が美しい軍刀を、音を超過する速度で、幾度となく振るっていた。
戦闘自体を楽しんでいるのか。それとも、勝利の美酒の味を妄想しているのか。それは、彼――レッドライダーの心に聞いてみねば解らぬだろう。
赤騎士と対するは、白い騎士だった。
白だった。その男を表現するのに、余計な修飾など無用。その一言で、全てのカタが付いてしまう。纏うものの全てが、白いのだ。
その身に鎧っている、メカニカルな意匠を凝らした……と言うよりは、機械そのものをその形に拵えた様な、機械鎧も。
騎士が騎乗する、騎乗者と同じく機械の鎧で馬体の覆われた巨馬、馬自体の体表も鬣も、そして当然纏われている鎧の方も。
纏うものの全てが、純白のそれ。墨を垂らそうが、汚泥を投げつけようが。墨は弾かれ、汚泥は汚してはならないと意思を持ったようにこの騎士と馬から逸れてしまおう。
唯一例外なのが、騎士が被っている、やはり白いバイザーが顔面を覆っているデザインの機械兜から伸びる、紅蓮の長髪であった。
月の光の下でもなお、艶やかで美しい事が窺える、その赤髪。兜の下に隠された素顔は、大層な美男子であろうと勝手に連想させるだけの力を、その髪は有していた。
純白のバイザーに阻まれて、白騎士の表情は窺えない。この戦いを楽しんでいるのか、疎んでいるのか。表情は愚か、剣を振う挙措からすらもそれが解らない。
白騎士の心情を忖度する事は、誰の目から見ても不可能だ。だが、確かな事が一つだけある。
音の二倍程の速度で振るわれる、レッドライダーの猛攻を、白の騎士(ホワイトライダー)は余裕綽々で、馬に乗りながら剣で弾いていると言う事だった。そう、この戦い。誰が見ても、白騎士が苦戦しているようには見えないのである。
――一撃が遠いな――
-
笑みを浮かべながら、レッドライダーは考える。
『私には奥の手があるし、その奥の手を開帳すれば、お前なぞ瞬きの間に粉々だぞ』。暗にそう言っているような、腹に短刀でも隠し持っているような笑みだ。
これは、半分は正解である。確かにこのライダーには、戦争と闘争の具現であり歴史、そしてその嵐を直撃させる、凄まじい切り札を有してはいる。
これを使えば確かに白騎士は打ち倒せよう。だが、この奥の手があると言う言葉。半分は間違いであった。結論を言うと、おいそれと披露出来るものではない。
言うまでもなく、彼のマスターである光本菜々芽のせいであった。強力な宝具程、魔力消費が大きいのはサーヴァントと言う存在全てを貫く黄金律(ゴールデンルール)。
レッドライダーとて例外ではない。魔術回路の一本も持たぬ菜々芽では、白騎士を滅ぼせるレベルでその宝具を開帳してしまえば、自身も消滅しかねない。
それは避けたい。自分の死に頓着する赤騎士ではないが、この世界に藤丸立香がいるとなれば未練も執着もありありだ。顔も合わさず、言葉も交わさず。
無念の内に消滅すると言う事態だけは何としてでも避けたい。本人が思う程有利であるどころか、不利に近い状況であるのに、どうしてレッドライダーは笑ってられるのか?
単純な話だ。この世界に立香がいると言う事実の余韻が消えないのである。要するに、立香が冬木に住んでいると言う事実に、にやけ面を隠せないのだ。馬鹿なサーヴァントであった。
宝具を使わずサーヴァントを倒したいと言うのであれば、素のステータスによる行動で押し切るしかない。
レッドライダーのステータスはかなり高く纏まっている。並大抵の相手ならば、力技で押し切る事も出来たであろう。
不幸だったのは、相手もまた力技で押し切れぬ程ステータスの高いサーヴァントであった事であろう。
全く、レッドライダーの攻撃が当たらない。
速度に物を言わせた攻撃も、白騎士の方が反応が速い事と、赤い騎士の攻撃を見切っているように攻撃が放たれた瞬間から防御に移っているせいで尽く弾かれる。
ではと思い、フェイントを交えた攻撃も、こちらの心が見透かされているように白騎士は対応する。
レッドライダーの攻撃が一撃たりとも当たらないばかりか掠りもせず、それ所か巻き上がった埃や塵を鎧に付着させるどころか、
赤い軍刀から迸る赤い電光で鎧に一点の焦跡を産み出させる事すらままならない。そう、白騎士は、全く赤騎士の攻撃を問題にしていないのである。
「余を供物とするには、汝の剣捌き。役が足りぬと見えるが」
抜身の長剣を振いながら、白騎士は言った。スピーカーのような物を通しているのか、独特の曇りがその声にはあった。男のものである。
歳を経た中年の声音にも聞こえるし、ひょっとしたら十代半ばの若造の声であるかもしれない。いやはたまた、性別すら違って、女のものである可能性もゼロじゃない。
確かなのは、空に輝く恒星を剣身の形に練り固めた様に白く激発する長剣を振う騎士の声音に、一切の焦りも疲れもなく、同時に、赤騎士に対する侮りもないと言う所であった。
「何だ? 望みとあらば、早くその身、腑分けする事も訳ではないが」
軽い調子でレッドライダーは言った。そう口にしながらも、剣を振う事は止めない。
そして、赤い魔刀の一撃は何一つ、白騎士に届く事がない。騎乗者自身は元より、騎乗している馬自体も、その場から微動だにしない。
白騎士が動かしているのは、万魔を祓う朝の光の如く、白く輝く抜身の曲刀を振う右腕のみ。鎧を断ち、肉を裂く感覚が一向にレッドライダーの腕に伝わらない。剣と剣の衝突した音と、防がれたという虚しい実感だけが、その腕に去来する。
「時間の無駄だと言いたいのだ」
冷淡に白騎士がそう告げた瞬間、馬と騎士の鎧から、一際強い光が煌めいた。陳腐な言葉だが正に、『太陽』の如し、と言う言葉が相応しい輝きであった。
それがただの光ではない事は、レッドライダー自身がよく理解している。宝具・人は皆戦士なり、故に理性は殲滅に終わる(レッド・ライダー)。
これを持たぬ左腕で、軍服に付けられた紅色のマントを翻し、レッドライダーは光――いや、白騎士の放った『攻性の聖光』を防いだ。
防刃、防弾、耐熱などあらゆる防御仕様を施していたマントだったが、白騎士の放った聖なる光の熱には耐え切れなかった。ガソリンを染みさせた布の如く、面白い様に燃え上がっていた。
「時間の無駄とは、こっちの台詞だ」
炎上するマントを脱ぎ棄て、レッドライダーが吐き捨てるように言った。
立香に会いに行く用事があると言うのに、それを邪魔しているのは白騎士の方である。そっくりそのまま、レッドライダーは白に対して言い返した。
-
レッドライダーから六〇m程前方に、白い騎士は佇んでいた。
聖光を身体から放ち、赤騎士を焼却させようとしながら、後方に移動した事は彼も知っている。だが、その移動の仕方が凄かった。
馬を使って移動した事は間違いないのだが、その時、『馬の脚は一本たりとも動いていなかった』。
レッドライダーの猛速の攻撃を防いでいた状態のまま、馬は身体の何処も動かさず、直立不動の状態のまま地面を滑るように凄まじい速度で下がって行ったのだ。
高速で動くベルトコンベアに乗せられているかのようなその移動法は、第三者の目でみればシュールなそれに見えたろうが、当のレッドライダーには全く笑えない。
本気であの馬が四本の脚を動かし、明白に移動する動作に移行してしまえば、どうなってしまうのか。それを想像するだに、恐ろしくなってしまうからだ。
「悪しき万軍をたった一度の吶喊で焼き祓う、我が白馬の突進。その一撃で、消え失せるがいい。戦争を司る者、平和と人命の簒奪者よ。余が打ち立てる理想界に、末世(カリ)の残滓である汝の存在は欠片も赦さぬ」
「人の本質にして、神の狂気から生まれ出でた気まぐれ。その大いなる要素の一つである私(戦争)を、貴様如きが滅ぼすだと? 思い上がりも甚だしいが、良いだろう。逆に興味が湧いた」
軍刀を自然体に構え直すレッドライダー。上、中、下段。何れの型にも属さない。
刀を持ってただ自然に直立すると言う構えではあるが、此処から相手を斬り殺す術を、この騎士は幾つも知っている。
「来いよ」
「いざ」
その一言と同時に、白騎士の馬の前脚が、地を蹴った。カッと、レッドライダーの両目が見開かれた。
あの馬が何かしらの宝具である事は勿論レッドライダーも推察していた、そして今、その推察が確信に変わった。あれは間違いなく宝具だ。
馬が宝具である以上、当然、その移動に何かしらの効果がある事は予測出来る。恐らくは、今白騎士が騎乗する機械鎧を纏う馬は、その効果の一端を見せている。
――加速度が、異常過ぎる!! ただの地面の一蹴りで、時速八〇〇㎞に近い速度を叩き出したといえば、どれだけそれが異常なのかは解るであろう。
この世の物理法則の桎梏の外に、如何やらあの白馬は君臨しているらしかった。重挽用としか思えぬ馬体の大きさでかつ、纏ってしまえば一歩も動けないような重量感の機械鎧を装備してこそいるが、そんな物、あの白馬にとっては何の意味も成さないようだ。
更に恐ろしい事には、速度がまだ上がる!!
車道を一蹴りする毎に、その速度は100〜200km/h程跳ね上がって行き、このまま行けばレッドライダーの下へと到達する頃には音速を超えているであろう!!
「――いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)!!」
.
-
軍靴の踵で地面を蹴り抜きながら、レッドライダーがそう叫ぶと、彼の真正面一m先のアスファルトが、真っ赤に変色。
其処だけ、血で出来た水溜りにでもなったかのようであった。此処から勢いよく、トビウオが水面から急浮上する様に、
円形の何かに、ケルト十字のような物を装着して見せた様な意匠の物体が飛び出して来た。円形の物質も、十字の物質も、人一人を後ろに隠せる程大きい。
赤黒い液体に濡れたそれは、良く見ると藍色とも紺色とも取れる色味に金属光沢を内包しており、少なくとも有機物で構成された物質ではない事が窺える。
その何かが、カッと輝いたと同時に、アクリルに似た透明感の障壁のようなものがレッドライダーの前面に展開され、其処に、白騎士の乗馬が激突。
衝突の際に発生した衝撃波が、冬木大橋全体を橋脚ごと激震させ、衝突の際に生じた大音が、目が一時的に見えなくなった菜々芽から、聴覚すらも奪った。
「ライダー、なにが起ってるの!!」、と言う、悲鳴とも怒号とも取れる叫びが上がったのを、ライダーは果たして、この状況の最中聞けたかどうか。
ともすれば菓子を包む薄紙よりもなお薄いと見えよう、その透明な壁は、如何にも脆そうな外観とは裏腹に、壊れるどころか亀裂一つ生じてなかった。
兜に包まれた馬の額を、頼もしく壁は防いでいる。強い感情のうねりが光る、巨きい駿馬の瞳は、壁を壊せなかった事への怒りすら感じられた。
「その、壁は」
「私としても使いたくなかったのだがな。使う事もないと誓っていたが……宗旨替えをさせてからに」
この宝具は、レッドライダーが強く意識する藤丸立香、と呼ばれる青年の傍にいつも寄り添っていた、ある少女の使っていた宝具であった。
長く苦しい旅路の中で、少女は、当初は上手く御す事の出来なかったこの宝具を、オリジナルのそれとはまた違った形にまで昇華させ、
遂には、カルデアと言う組織に所属するサーヴァントの多くが強く頼りにする程の宝具へと完成させるに至った。
レッドライダーは、地球上で過去に起こった闘争や戦争で使われた諸々の兵器を使う事が可能である。
必然、藤丸立香が辿った特異点を巡る『戦い』、これを観測していた赤騎士は、その旅の中で発動された宝具の多くを我が物として使える。
盾は、古の昔戦争や闘争と切っても切られない関係の道具であった。使えない筈がない。例えそれが、立香の頼もしい相棒であった、マシュ・キリエライトの宝具であろうとも。問題なく、レッドライダーは行使する事が出来る。
とは言えレッドライダーは、この宝具を使いたくなかった。
と言うのもこのライダーは、将来的には嘗てのマシュのポジションに、『自分が収まろう』と考えていたからだ。
言ってしまえばマシュは、レッドライダーにとってのライバルなのである。そのライバルの宝具を使う等、彼のプライドが許さない。
だが今回は、そんな事も言っていられない状況であった為、地球上で過去勃発した戦争、その中で使われた盾の中でレッドライダーが強力だ、
と思えるものを彼は一時的に呼び寄せて行使したのである。――成程、戦士(藤丸立香)が頼りにするのもよくわかる。レッドライダーは使ってみて初めてそう思った。
立香が全幅の信頼を寄せるのも無理からぬ程、この宝具は盾として優れている。流石は、憐憫の獣の放った回帰の光帯を数秒とは言え耐えただけはある。悔しいが、マシュと言う少女は、その宝具も含め、大変有能だったようだ。
ラウンドシールド部分に取り付けられた、巨大なケルト十字の意匠。その下端部分を、ガッと地面に叩き付けるレッドライダー。
すると、固いアスファルトである筈の地面に、まるでビーチの砂浜のように十字の下部が突き刺さり、其処から火柱めいた物が白騎士目掛けて噴き上がる!!
これを白騎士は、右手に握る白光剣を横薙ぎに一閃。剣先が火柱を掠めた瞬間、レッドライダーの攻撃は一瞬で散り散りになった。
しかし、赤い騎士は怯まない、重量にして三十kgは下らなそうな大盾を構え、勢いよくこれを突き当てる。
瞬間、白騎士の姿が、盾の軌道上から消えた。バッと構えようとするレッドライダーであったが、頭上に清らかな気配を感じた為、バッと其処に顔を向ける。
居た。剣を振り抜いた姿勢のままの白騎士と、マシュの宝具が展開した薄壁に額を押し当てたままの姿勢の馬が。『高度三十m程の所』で、姿勢をそのままに浮遊していた。
――厄介な馬だな――
-
やはり、あの馬は相当な曲者の様である。
これまで、白騎士が騎乗とする白馬の挙動を見て解った事が一つある。あの馬は、この世の物理法則を無視した軌道と速度で動く事が出来る。
重力、空気抵抗、慣性……凡そ、移動の際に邪魔となる全ての要素を、白騎士が駆る白馬は無視出来ると見て間違いない。
そして、これに騎乗している間は白騎士自身もその恩恵に与れる。だとしたら、極めて厄介である。もしも直線軌道で、上に挙げた三つを無視して加速をし続ければ、
理屈の上では殆ど光速と同じ速度にまで到達出来る事を意味するのであるから。
空中で白馬が、何かを蹴った。いや、蹴ったのは、何もない『空間』だ。あの馬は、無を蹴る事で、何もない空中でも、宇宙空間の中でも。
地面を蹴って走るが如く、加速度を得る事が出来るのだ。白馬は白騎士を乗せ、空中を、あり得ない軌道で動きまくる。
縦横にジグザグに動く、上下にカーブを描いて動く、上に横にと楕円形に一回転するように移動する。このようなあり得ない、不気味で不可解な軌道で、
亜音速で動いていると言うのだから脅威と言う他がない。レッドライダーは、その攪乱する様な動きに惑わされず、白騎士の姿を追うだけで、かなりの体力を使っていた。
夜空をカンバスに、白い絵の具で一筆描きした様な、光の軌跡となっている白騎士の姿を、堪えず注視する。
白騎士達が移動した際の残滓である、帯状の光とは違う光輝が、夜空に星の如く煌めいた。
その光目掛けて、マシュが使っていた盾を構えたのは、殆ど反射であった。盾を構えてからゼロカンマ一秒程後に、レッドライダーの腕に伝わる、凄まじい震動と轟音。
己のスキルである戦況把握を用い、何が起っているのか悟ろうとした瞬間、再び先程と同じ轟音と震動。何が起っているのか、漸く理解した。
――俄かに信じ難い話であるが、如何やらレッドライダーは、自分が防いでいるものは『小型のミサイル』であると認識した。
それが本当にミサイルであるのかどうかは、解らない。円筒状の物体が、底部から放たれる光の奔流を推進力に此方に向かって来ている様子から、
ミサイルと形容したに過ぎない。一つ確かなのは、白騎士が放っているこの小型ミサイル上の何かが着弾した際に生じる小爆発は、
サーヴァントであっても大ダメージを負う程の威力と神秘を内包した恐るべき兵器であると言う事だった。
盾でミサイルを防ぎ続けるレッドライダー。
次第に盾に伝わる物が爆発の衝撃だけでなく、何かの衝突する様な感覚まで混じり始めた。戦況把握を用いているので解る。銃弾や砲弾であった。
機械で鎧った姿からある程度想像は出来ていたが、此処まで近代兵器を駆使する英霊であるとは、さしもの赤騎士も想像していなかった。
とは言え、この攻撃を行っているのは白騎士当人ではない。正確に言えば、白騎士が騎乗している巨馬が、これらの攻撃を行っていた。
白馬が装着している機械装甲の一部がパカリと展開され、其処から無尽蔵とも言える量のミサイルや弾丸が掃射されているのである。
しかも明らかに、鎧の外観からして考えられる搭載数を超越して放たれていると言うのだから、理不尽の極みとしか言いようがない。
さてどうするか、と思うレッドライダー。誰がどう見たって、今の彼は攻めあぐねている状態以外の何物でもない。
手はある。だが、菜々芽に余波が及ぶ事を考えると、最善手とは言えない。魔力の消費量も然る事ながら、白騎士を本気で滅ぼす手段となると、
攻撃の余波で菜々芽が即死しかねないからである。それ程までの威力の攻撃でなければ、あれは、倒せない。
「賭けるか」
そう呟き、レッドライダーは、マシュの宝具を頭上に展開させたまま、菜々芽の下まで駆け出し、彼女を左腕で抱き抱える。
突如として訪れた浮遊感と、己の身体が風になったような移動感覚と、ミサイルによる爆撃と砲弾の衝突による衝撃の伝播。
誰だって正気を保つのが難しい三つの要素が、いきなりその小さな体に、盾越しとはいえ伝わって来たのだから、当惑するのも無理はなかった。
「ら、ライダーなの!?」
「無論。お前を守る戦士である」
その言葉と同時に、レッドライダーは宙に身を投げた。冬木大橋から彼は、菜々芽を抱えた状態で海浜公園の方へと着地。
突如として身体に舞い込んできた、身体の浮遊感に、菜々芽は強く歯を食いしばる。此処まで立て続けに起こるアクシデントの数々に、
全く臆した風も見せない。やはり、本当の意味で戦士であるらしいと、レッドライダーは菜々芽を強く評価する。
-
此処にいろ、と、菜々芽を地面に立たせてから、レッドライダーは、遥か頭上で浮遊する、白騎士の方に目線を送った。
今は、レッドライダーを攪乱する為の、滅茶苦茶な軌道の移動は行っていなかった。素の状態だ。その状態のまま、彼の事を見下ろしている。
やはりな、と赤騎士は考える。光本菜々芽を抱き抱えている間、白騎士は『全く攻撃を行ってこなかった』。
言葉の端々から伝わってくる感覚からもしや、と思ったが、これで疑惑は確信に変わる。あの白騎士は、誇り高い性格の持ち主のようだ。
それも、年端の行かない少女を無暗に殺さない程度には、だ。菜々芽を抱き抱えた状態のレッドライダーを、ミサイルやら銃弾やらで攻撃しなかったのは、彼女への被害を勘案して、だったのだろう。どちらにしてもレッドライダーは、『菜々芽を抱いている間は攻撃の手を緩めるだろう』、と言う賭けに、見事打ち勝ったのである。
そうと解れば、菜々芽を抱いたまま攻撃を、と思われるだろうが、そうは問屋が降ろさない。
その程度の猿知恵で、あの恐るべきサーヴァントと戦うのは愚策も良い所である。即座に対応され、菜々芽に被害が行かないよう、
赤騎士の身体に一撃を叩き込まれるのがオチである。しかも、彼女を腕に抱き抱えている以上、攻撃のパターンも狭められてしまうので、良い事など一つとしてない。
海浜公園に降りたのは、本気で白騎士を迎撃する為である。ただ、本気で迎え撃つだけなら、冬木大橋の上でもする事は出来た。
橋が破壊される事を危惧したのである。そうなると、無力な少女である菜々芽は余波に巻き込まれる事は勿論、橋の崩落で地面なり川なりに叩き落とされ、
そのまま転落死か溺死の運命を辿る可能性が高くなる。それを防ぐ為に、こうして地面へと、レッドライダーは降り立ったのである。
「こうして見ると、まるで太陽の如し、だな」
空に浮かぶ白騎士を見上げ、誰に言うでもなくレッドライダーは呟いた。
白騎士の身体から発散される光は、地上から四〇〜五〇mも離れた所であっても眩しいと感じられる程で、その様子はまるで、人の形をした太陽を目の当たりにしているかのようだった。
「よかろう、太陽を気取る者には、それに相応しい軍勢で答えねばなるまい」
言って、仰々しい、芝居染みた態度で菜々芽から離れて行き、上空の白騎士に目線を送るレッドライダー。
今から攻撃に移るぞ、と言う合図でもある。だが逆にこの行為は、白騎士の側からも攻撃を放たれる事をも意味する。被害を勘案するべき菜々芽が傍にいないのだから、巻き添えの心配がないのだから。
レッドライダーは、血に浸した様に赤い軍服の懐から、サラッとした砂状の物を取り出した。
葡萄の表皮に似た紫色のその砂は、この冬木を彷徨っていた、実体化には成功したが宝具を持って来れなかった、サーヴァントの成り損ない。
俗にいうシャドウサーヴァントを斬り殺した際に強奪した、虚影の塵と呼ばれる物であった。これを彼は、奪っておいたのである。
常ならば目もくれぬ様なその砂粒を後生大事に保管しておいたのは、これがサーヴァントの霊基を強めるのに必要な物品である事を、立香を通じて知っていたからである。
即ち虚影の塵とは、それ自体が魔力の集積体だ。魔術回路を持たぬ菜々芽にとっては僥倖の代物、来るべき局面まで温存するべきだとレッドライダーも考えてはいたが、
この手札を今切らねば嘘である。出し惜しみしては本当に葬られかねない。この塵を以って今こそ、レッドライダーは己が宝具の神髄を見せ付けようとしていた。
「これなる軍勢を覚えて逝け。これこそは、太陽を落とした女(テメロッゾ・エル・ドラゴ)の率いる、無敵の艦隊を海の藻屑に変えた狂える悪霊共の群れ」
マシュの宝具たる、『いまは遙か理想の城』を持たぬ左手に握った虚影の塵を握り潰したその瞬間、レッドライダーの身体に魔力が漲り――。
そして、その充填された魔力が一秒立たずして消失する。ただ、意味もなく失われた訳ではない。彼が望むものの現界と引きかえに、消滅したのである。
白騎士が驚いていたのか、それとも無反応だったのか。
宙に浮かび、微動だにもしないその姿からは窺うべくもない。だが、意表を突けた事は間違いないとレッドライダーは思っていた。
突けなければ、塵を潰した意味がない。――『未遠川に浮かべられ、白騎士が浮遊している高さと同じ所に現れた、大量のガレオン船』。
これに何も思わぬサーヴァントなど、肝が太いを通り越して最早鈍感の域にあるであろう。
「――ワイルドハントの御目通りだ。蹂躙されて、潰れて死ね」
-
この一言と同時に、レッドライダーが現出させた、二十隻から成る大量のガレオン船。
その内の、浮力不明の、空中で揺蕩う七隻。その七隻の中で更に、白騎士を東西南北から取り囲む四席が、船底からマストの上端に至るまで、完全に燃え上がり始めた。
そして、その炎上した状態のまま、空中を滑り、白騎士の下まで四隻が殺到!! これを白馬の騎士は、右手に握った白光剣を、一振りする事で迎撃する。
ただ迎撃したのではない。剣を振った際に生じた刃風、そして衝撃波で、北側と西・東側から迫る、三隻のガレオン船を粉砕させたのである。
白騎士の振う剣の恐るべき衝撃波を受け、三隻は全く同じタイミングで大爆発を引き起こす。残った南側の一隻、あわや白騎士に激突するかと見えた、刹那。
これまで緘黙を貫き、およそ生物らしい動きを一秒たりとも見せず、機械の様に徹していた機械鎧の白馬が、上半身を大きく引き起こさせて嘶いた。
この時、白馬の馬体から超新星爆発染みた極光が迸り始め、それが南側のガレオン船を呑み込んだ。
光に呑まれたガレオン船は、爆発するエネルギーごと、白光が内包した高エネルギーに併呑されたか。塵一つ残さず、音一つ立たせずこの世から消え失せてしまった。
嘶いた姿勢のままの白馬目掛け、未遠川に浮かぶ十三隻、未だ空中に浮かぶ残り三隻の側面に取り付けられた砲熕が、火を噴いた!!
俗に『カルバリン砲』と呼ばれる大砲である。人体に直撃すれば、如何なサーヴァントとて一溜りもない。
蟻の這い出る隙間もない程の密度で放たれた、カルバリンの砲弾の雨霰。だが、いつまでも大人しくしている白騎士ではなく。
その砲弾が放たれた速度よりも『速く』、弾幕の薄い方角へと白馬が突進。しかし弾幕が薄いとは言え、砲弾そのものがゼロである訳ではない。
この無数の弾丸を白騎士は、神速とすら形容され得る程の速度で剣を振い、そのまま行けば命中が確約されているカルバリンの弾丸だけを、一つ残さず割断。斬り払った。
弾幕の集中砲火を逃れ切った先は、未遠川に浮かぶガレオン船の内一隻であった。
その一隻目掛け急降下した白騎士は、船体に激突するか、と言うタイミングでカーブを描いて急浮上。
音速を超過する程の速度での移動によって生じた衝撃波で、一隻は無数の破片となり、即座に船としての体を成さなくなってしまった。
完膚なきまでに破壊されたその一隻の両隣の二隻も、衝撃波のあおりを受け、船体の殆ど半分近くが吹き飛んだ。正に、半壊状態であった。
そのまま急上昇した白騎士は、空中に浮かぶ残り三隻のガレオン船へと向かって行くが、何時までも棒立ちの状態のレッドライダーではない。
彼の回りの空間に突如赤黒い亀裂が走ったと見るや、其処から、ハリネズミのようにカルバリン砲の砲身が伸び始め、白騎士目掛けて砲弾を発射。
事此処に至って、砲口から放たれる弾体が、物質的な質量を伴った砲弾から、黄金色のレーザーに変貌。レッドライダー付近の空間から伸びる砲体から放たれる弾体は皆、
一直線に白騎士へとのびて行くレーザーと変貌した。そしてこれを契機に、ガレオン船のカルバリン砲からも攻撃が発射される。放たれる弾丸は皆、レーザーへと変化していた。
これを認識した白騎士が、鐙を蹴って跳躍。機械鎧を纏った巨馬から離れ、空中に躍り出た。
レッドライダー達が放った、白騎士に本来ならば当たる筈だった砲撃が皆、この白い戦士の思わぬ行動でスカを喰わされてしまう。
騎手の軛から放たれた瞬間、白馬は、白色の光の軌跡としか映らぬ程の超高速移動を以って、宙に浮かぶガレオンの内一隻に突進。
そのまま船首から船尾までを貫通――貫通された船が、橙色の爆発となって、空に消えた。
そのまま地面へと落ちて行く白騎士であったが、その間を無防備とレッドライダーは考えたらしい。
引力と重力に従い、未遠川に向かって落下する彼目掛けて、カルバリン砲の照準を合わせた。
「対呼風制御兵装・ヴァーヤヴィヤーストラ、機動」
白騎士の言葉はレッドライダーには良く聞こえた。そしてその言葉の後に、カルバリンから黄金色の光芒が瞬いた。
何かを仕掛けて来るか、と思ったその時には、相手は既にそれを行っていた。空中を、地上を走るのと全く同じ要領で、白騎士が移動を始めていたのだ。
空中を実際走っているのではない。何かの機構を発動させたのは間違いないだろう。原理不明の浮力を駆使し、まるでトンボかカワセミのような器用さで空中を移動。
そして、放たれたレーザーの合間を縫って白騎士が地上へと向かって行く。ただ、向かって行くのではない。恐ろしく、早い。
今、空に残った二隻のガレオン船の内一隻が行った、船内に積んだ火薬を炸裂させ自爆させてからの特攻を超高速の移動で回避しているあの白馬の速度とは比べるのは酷ではあるが。それでも時速四百㎞程は平気で白騎士は叩き出していた。
-
タッ、と船首に降り立った白騎士。先程白馬に騎乗していた際に、衝撃波で半壊させたガレオン船であった。
これを感知した瞬間、半壊した船の何処に、積んであったのか。内部に残留させていた火薬をレッドライダーが炸裂、白騎士を爆殺させようと試みる。
――だが、爆風が、逸れて行く。まるで爆風自体が礼節と言う概念を憶えたが如く、白騎士に迫った瞬間、爆風自体が真っ二つに割れて、彼を害そうともしないのだ。
半壊状態であったから、爆発の威力が弱かったからとかそう言う次元の話ではない。レッドライダーはそう考えた。恐らくは、空中から地上に落ちる時に起動させた、ヴァーヤヴィヤーストラなる機能が影響しているのだろう。
ヴァーヤヴィヤーストラ……戦争を観測し続けたレッドライダーには憶えがある。
ヒンドゥーの神々が混ざり合う前のインドで隆盛を誇っていた、ヴェーダの神々。その中でも特に強壮な力を持つ風の神・ヴァーユが所持している弓矢であったか。
アグニの力の具現であるアグネヤストラや、創造神ブラフマーが持つ投擲武装ブラフマーストラと同じ、神が認めた者しか扱えぬ神造兵装だ。
レッドライダーがこの武器の事を知っているのは、地球上で勃発した戦争で、このヴァーヤヴィヤーストラが使われた戦いがあった事を知っているからだ。
一度放たれれば、千軍を粉微塵にし、万軍を地殻ごと天空へと巻き上げるこの神矢と同じ名前をした機能――偶然ではなかろう。
恐らくは、あの地からの出身であるサーヴァントなのだろうが……全くレッドライダーには、このサーヴァントに『覚えがない』。
これ程の力を誇る英霊だ。先ず、過去地球上の何処かでその勇名を馳せさせた事は間違いない筈なのに、記憶の何処を洗っても、白騎士が活躍したと言う過去がないのだ。
すわ、物語の中の英霊か、とも考えたがそれにしては実力の濃さが違う。このサーヴァントの正体が全く掴めない。掴めないが、レッドライダーのやる事は一つだ。どうあれ、潰す。これ以外にはない。
未遠川に浮かぶガレオン船の一つが、恐ろしい程の速度で水面を滑り、空中に浮かぶ白騎士目掛けて特攻。
その際中、ガレオン船が燃え上がり始める。これぞ、『太陽を落とした女』と呼ばれるある英霊が、スペインが誇る無敵艦隊を海底に沈めた戦いであるところの、
アルマダの海戦で用いた、火船と呼ばれる戦法だ。火薬を積んだ船を燃え上がらせ、それを敵艦に突っ込ませるある種の特攻。
だが、レッドライダーの用いるこの戦法は、生前の『彼女』が使った戦法よりもずっと悪辣だ。何せ、積んでいる火薬が当時の性能の低い火薬ではないのだ。
レッドライダーの宝具を使って産み出した、大量のTNT。これを船にギッシリと詰め込ませている。炸裂させれば、サーヴァントであろうとも一溜りがない筈なのだ。そう、それは、命中すればの話。
白騎士は空中を滑り、迫り来る火船の特攻及び、今も放たれ続けるカルバリン砲の弾丸を回避。
白馬に騎乗していた時に起こした衝撃波で半壊した一隻に着地した同時に、握った光剣を白騎士が一閃。
火薬を炸裂させるよりも早く、半分だけしか船体が残らなかったガレオン船をバラバラに分解させ、炸裂させるだけの力を奪ってしまった。
これと同時に、空中で再び爆発音が響いた。白馬が、空中に残った最後の一隻を、馬体を鎧う機械甲冑から展開させた機銃による弾幕で、蜂の巣にし、爆散させた音だった。
地上に雨の如くに降り注ぐ、火を纏ったガレオン船の破片。これよりも早く、巨馬は地上へと急降下。
だがこれに合わせるように、白騎士に特攻をしかけるも、避けられたままだった火船が、独りでに浮き上がり、物理法則を無視したような速さの初速で白馬目掛けて吶喊!!
白馬はそのまま速度を上げ、迫る火船と、自分に対して放たれているカルバリン砲の雨霰を縫うように回避しながら、無事の状態のガレオン船に着地。
だが、凄まじいスピードの勢いを乗せた着地の影響で、白馬の蹄を受けたガレオン船はバラバラに砕け散り、千々に砕け散った破片が虚空を舞った。
今度は逃がさぬとばかりに、白馬に躱された火船が空中から、船首を下に向けた状態で勢いよく急降下。狙いは勿論、白騎士が駆る白馬であった。
「――対悪賊解脱浄化兵装・羅刹を裁く不滅(ブラフマーストラ)、限定解除」
宙に浮かびながら、右手に握った剣一本でカルバリンの光線を弾き続ける白騎士が、そう呟いた。その瞬間。
剣を持たぬ左腕、其処を覆う機械装甲のパーツの一つ一つが、音もなくかつ、スムーズに。展開と変形を繰り広げて行き、遂には一つの形に纏まった。
それは、カルバリン砲に似たような、大砲の砲口であった。白鳥や蓮、数珠の意匠を凝らした彫刻が取り付けられたばかりか、
梵語によるマントラが砲身全体に芳一話のように刻み込まれた、白銀の砲口であった。
-
白馬目掛けて落下している、炎上したガレオン船の船体の真横を、円柱状の白い光線が貫いた。
それは、白騎士の変形した左腕、つまり、砲身と化した腕から放たれていた。貫かれた所から、内部に搭載していた筈の火薬が引火、誘爆を引き起こし、
そのまま船は、夜の空を染め上げる橙色の光と静寂を切り裂く大音響と化した。
「ブラフマーストラ、か」
展開させたガレオン船が、二分と経たぬ内に半分以上も潰されて尚、レッドライダーの顔から笑みが消える事はない。
ブラフマーストラ、その名は彼も良く知っている。彼の地で信仰されている創造神・ブラフマーが、世界の秩序を乱す悪しき敵を滅ぼす為に、
人界の英雄に与えるとされる至高かつ究極の武器である。この武器を用いたとされるラーマ、ラクシュマナ、カルナ、そしてアルジュナ。
この四名は嘗てブラフマーストラを振った英傑であり、そしてその何れもが、人理にその名を刻んだ綺羅星の如きトップサーヴァントである。
では目の前のサーヴァントは、この四名の内誰かなのか?その可能性も、捨てきれない。断定は出来ないのだ。
そもブラフマーストラは上に挙げた振るった存在達の名を見れば解る通り、特定の誰かを象徴する武器と言う訳ではない。
その御心に沿った相手に、創造神ブラフマーが貸し与える神造兵装なのである。役目を終えた後、ブラフマーストラは元の創造主の下へと戻る。
つまりは、こう言う事だ。創造神が作り上げたこの兵装を振った英霊の中で突出して有名なのは上の四名であり、『過去彼ら以外にこの武器を駆使した英霊がいた』、
と言う可能性もあると言う事だ。その、名の知れぬ誰かの可能性が、大いにある。レッドライダーですら観測出来なかった所で、世界の平和を脅かす羅刹を撃ち滅ぼした、名もなき英霊の可能性が。
そもそもあれが真実本当の、創造神謹製の兵装なのか、と言う疑問も当初はあったが、そんな事は瑣末な事であろう。
別行動している白馬共々、カルバリン砲のレーザーを回避しながら、次々にガレオン船を、左腕から放つレーザーで破壊して回る様子を見せられてしまえば。
鎧が変形して出来上がったあれが、ブラフマーストラであると信じてしまおうと言う物だった。
アルマダの海戦を限定的に模して、あの戦いで使われたガレオン船及び戦術を当世風にアレンジして再現してみせたが、こうまで痛痒を与えられていないと、
怒るとか絶望とかを通り越して最早笑えてくる。いや、レッドライダーは今に至るまで、笑みの気風を白騎士と出会った当初のそれから崩して等いないのだが。
幾度かの爆音が鳴り響き、アレだけ海浜公園を賑やかせていた砲音も、誰が聞いても明らかな程少なくなっていた。
当然だろう。二十隻あったガレオン船は既に残り四隻を切っているのだから。三秒に一隻、物言わぬ木端と鉄片となっている計算だ。
ブラフマーストラと言う名をした、左腕の砲口で、次々にガレオン船を爆散させる白騎士と、身体から放出させる光や高速度の突進で船体を破壊する白馬。
その光景は、白騎士の味方をする者からすれば、劣勢を一時に挽回させる英雄の輝かしい姿にも映ろう。
だが、白騎士の敵対者からすれば、夢魔が演出する想像する事すら憚られる悪夢そのものとしか映らないだろう。それ程までに圧倒的な、蹂躙の風景であった。
これを見てもなお、レッドライダーは笑みを崩さない。これすらも、このライダーにとっては想定内の出来事であったからだ。
無論理想は、この船で白馬の騎士を殺す事ではあったが、軍刀で打ち合った経験から、それは難しい事だろうと言うのは端から予測が出来ていた。
本命は、これとはまた別に用意していた。そしてそれは、最後のガレオン船を白騎士が破壊した瞬間に、行おうと決めていた。
-
瞬きの間に、残りのガレオン船は最後の一隻を数え、その最後の一隻を、白騎士が放ったブラフマーストラが貫いた、その瞬間だった。
マシュの宝具である大盾の後ろで、隠すように取り出していた、一本の槍を、レッドライダーが構えた。
――兇悪な、槍だった。長さにして優に二mをそれは容易く超えるその槍の色が血を吸った海綿の様に赤いのは、きっと赤騎士がそうあるべく作ったからではないのだろう。
きっと、元からこの槍は、見る者に血を想起させる様な赤さであったに相違ない。ある者は、この得物を見てこうも言うであろう。この槍は、呪われていると。
色がそんな物である事もそうである。だが何よりも、その形状がまた、悍ましい。槍を槍足らしめているその穂先は、下手な長剣よりも遥かに長く、
常人は愚か槍術に堪能な者ですら何処を握って良いのか解らない程、ナイフの刃よりも尖った棘が柄全体に生えているのである。
これでは下手に握れば手が切れてしまう為に、槍を振う事は勿論、そもそも柄を握って持ち上げる事すら出来ないであろう。
狂った鍛冶が、持ち手の都合など一切考えずに作ってみせた様な、変態的で悪辣なフォルムのそれを、レッドライダーは握った。
途端に、掌の筋肉が切れ始め、凄まじい痛みが腕全体を伝播する。想像通りの感覚だった。
――こんな物をどうやって握っているのだあの狂王は……――
苦笑いを浮かべながら、この下手物を振っていた本来の担い手の事を思い出すレッドライダー。
この槍を小枝の如く振う戦士は、誰も観測出来なかった幻の英霊である。観測出来なかった理由は、単純明快。『レッドライダーと同じく存在しなかった』からだ。
コノートの女王が聖杯の力を借りて、『在る』事を願った狂える王。刃向う相手を殲滅し、その果てに王となる為だけに存在する魔王。
王になった後の事など、何も考えていない。ただ戦い、殺し尽くす戦闘機械。これが嘗て、光の御子だなと呼ばれていたアルスター屈指の戦士の側面だなどと、
誰も夢には思うまい。当たり前だ、先述の通りこの英霊はそもそも存在しない。こんな側面など、存在すらしないのだ。
言ってしまえばこの槍の担い手は、杯に注がれた麦酒の泡の如く儚い、泡沫の存在なのである。存在の朧さを言えば、幻霊に限りなく近い。
人理焼却を阻止するべく、特異点を旅していた藤丸立香。その彼が五つ目の特異点で観測し、その縁(よすが)を築いた事で、初めて座に登録された英霊。
彼もまた、レッドライダーと同じく最新の英霊としての定義を満たすサーヴァントなのだろう。この狂王と、藤丸立香達の死闘を、戦争と言うシステムであるレッドライダーはしっかりと観測していた。
そして勿論――彼らの宝具を扱う事も出来るのだ。
「――抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)!!」
笑みを浮かべ、槍を取り出す事を悟られないように立てさせていたマシュの盾を勢いよく蹴り飛ばしてから、レッドライダーがその槍を投擲した。
ゲイ・ボルク。アルスター伝説が誇る最強の戦士であるクー・フーリンが振う魔槍であり――その英霊が聖杯の力で在り方を歪められた際に、同じくその形状も性質も変化した禍槍。それが、今レッドライダーの握る槍の正体であった。
槍がレッドライダーの手を離れた瞬間、槍を投げる際に用いた右腕の指先から肩の付け根までが、ズタズタに引き裂かれた。
軍服の袖の布片は空中を舞い、血飛沫に混じって細やかな肉片が空中にスプレー状となって飛び散った。あり得ない程の激痛だ。骨にまで響く。
やはり、本来の担い手の様には行かないかと、笑みを崩さずレッドライダーが考える。この槍を握る方のクー・フーリンですら、このような痛みからは逃れられない。
我が身が自壊し、腕が千切れ飛ぶような痛みとダメージを覚悟で、あの狂王は槍を投擲しているのである。そして、投げた傍からその傷をルーン魔術で回復させている。
それが、この馬鹿みたいな槍を幾度も投擲しても平然としていられる理屈の正体であった。似たような事はレッドライダーも出来なくはないが、あの男程即座に傷の回復を、と言う訳には行かないだろう。ある程度時間を置く事は、覚悟の上か。
-
レッドライダーの腕に負わされたダメージを推進力にでもしているかの様に、投げ放たれた槍の速度は凄まじかった。
柄から噴き出る赤黒い魔力を推進力に暴力的な加速を得ているせいか、槍全体が大気圏に突入した隕石めいて赤熱しているのだ。
赤と白の騎士の彼我の距離は、百m以上離れている。槍が二十m程進んだ頃には、既にその速度は音の二倍を越え、半分の五十mを切った頃には、超音速を超える程。
その穂先が白騎士に到達するまで、残り二十m。この破壊的な速度の槍に、正義の体現とすら言われても信じるであろう威容と聖性の持ち主たる騎士が反応。
光の剣を構え、対応しようとしたその時。槍の穂先から柄の石突に至るまで、ゲイ・ボルク自体が砕け散った!!
本来のクー・フーリンも、ゲイ・ボルクをこのような芸当で使う事が出来る。寧ろ彼にとってこの使い方は本当の奥の手、切り札であり、奇を衒った使い方では断じてない。
原理としては手榴弾と同じだ。槍の穂先が砕け散り、その破片が音に倍する速度で相手に向かって飛来する、対軍宝具としての使い方。
これと同じ使い方を、狂った方のクー・フーリンも使う事が出来る。但し、本来ならば穂先『だけ』が分裂するのに対し、狂王のそれは、槍『全体』が砕け散る。
柄から伸びている恐ろしい棘は、伊達でも飾りでもない。これらの棘は、大軍を相手取った際に、効率よく相手を殺戮出来るように取り付けられているのだ。
穂先だけでは、攻撃出来る数が少ない。ならば、柄の方にも、穂先に負けない程の鋭さの棘を付けておけば、炸裂させた際の殲滅効率が高められる。理屈としては理に適っているが、槍の扱い難さと引きかえにする程のメリットではない。だがこれを、本気でやったのがクー・フーリンのオルタなのだった。
殺到する槍の破片に、白騎士は対応。そして破片は、彼だけにではない。その愛馬たる、白い巨馬の方にも向かって行っている。
空中を浮遊する白馬の方は、何もない空間を一蹴り、その力だけで音の速度を突破し、槍の追跡から逃れようとする。
しかし、破片はそれ自体が誘導弾であるらしく、白馬同様、地上の物理法則など嘲笑うかのようなふざけた軌道を描き、白馬を追跡しているではないか!!
破片を振り切ろうと、異次元染みた軌道を描いての移動と加速を繰り返し続ける巨馬。一方、その主たる白騎士の対応はハッキリとしていた。
簡単だ、抜身の剣で、破片の一つ一つを弾き飛ばして無害化させているのだ。優にその迎撃速度は、極超音速を超える程にまで達し、レッドライダーですら、
肘から先の動きが朧に見える程であった。破片を弾く音が、遥かに遅れて聞こえる程の速度で、白騎士は攻撃に対応を続けて行く。
超音速を超える速度で向かって行く破片に対応出来るのだ。きっと今の彼には、彼以外の全ての動きが、時間が止まっているような程のスローに見えているのだろう。
達人を超えて、最早怪物の域にある反射神経で、飛来するゲイ・ボルクの破片を弾き飛ばして行く白騎士。
自身に向かって当初飛んで来ていたそれら全てを無力化させた――その瞬間。それまで白馬を追っていた、ゲイ・ボルクの破片が咄嗟にUターン。
なんと背後から、白騎士目掛けて超音速で向かって行く!! バッ、と背後を振り向いたその瞬間、破片は、白騎士の被る兜に取り付けられた白いバイザーに直撃。
ピシッ、と言う音が響いたと同時に、白騎士は頭の向きを破片が迫っている方向と同じ方向に回転させる。
すると破片は、バイザーを突き破って白騎士の顔に命中する事無く、そのままあらぬ方向へと素っ飛んで行く。
直に軌道を修正して、再び白騎士の方に向かって行こうとするも、二度目はない。光を纏った剣で弾き飛ばされて、無害化された。
-
今も白馬を追う破片目掛けて、変化した左腕のブラフマーストラを連発。
放たれた純白の光線を命中させ、ゲイ・ボルクの断片を余す事無く消滅させてから、白騎士は、赤騎士の方へと向き直った。
バイザーに、蜘蛛の巣めいた亀裂が走っていた。当初は凹凸のない滑らかさを持ち、汚れもざらつきもなかった事を思い起こすと、酷く不格好なものとなっていた。
「一矢報いた、とは行かんか」
憮然とした態度でレッドライダーが語る。右腕のダメージと引きかえに、相手に与えたダメージがバイザーの損壊とは、全く以って割に合ってないではないか。
ゲイ・ボルクを投擲した際に損壊した右腕は痛いには痛いが、彼の身体は変化スキルにより可塑性が恐ろしく高い。
肉としての性質を持つ一方で、彼は液体としての性質も多分に有する。治る速度に関して言えば、他のサーヴァントよりも比較的早い。明日になれば、治っている傷だった。
未遠川の水面に、不思議な力で浮上していた白馬の戦士が、岸に歩み寄り、着地。
それと同時にバイザーに右手を当て、それをベキベキ音を立たせて剥がし取り、バイザー部分を地面へと投げ捨て、その顔を露にした。
「――む? お前は……」
バイザーを外した白騎士の顔に見覚えがあったらしく、一瞬反応を示すが、直に向かいの白騎士の顔が瑣末な事となる。
単純な話だ。白騎士と一緒に動向を窺っていた光本菜々芽の下に――恐るべき殺意と気風を発散させる、サーヴァントとも異なる『怪物』が迫っていたからだった。
-
◆
光本菜々芽の視界に、光と色が取り戻されたのは、突如目の前に白色の光が満ちた瞬間から四分経過して漸くと言った所だった。
レッドライダー達が戦っている所から、二百m以上も離れた所。其処が、菜々芽の今いるポイントであった。
視界を奪われ、光を取り戻すまでに、色々な事がこの小さい身体に叩き込まれた。金属と金属が激しく、速く打ち合わされる音。
この戦いが終わったら、難聴になるのではないかと言う程の爆発音と衝突音。身体に舞い込んだ落下の感覚。
そして、戦争映画やドキュメンタリーでもこうは生々しくないと思う程の爆発音と砲音。これらが一体、何を示していたのか。菜々芽は知る事も出来なかったのだ。
だが、これで漸く戦線を見る事が叶う。
所詮自分が、何の力もない女子小学生に過ぎない事は、菜々芽自身がよく解っている。自分も混じって戦う、などと言う馬鹿はしない。
せめて、何も出来ないのなら、見届けるべきであろう。あの赤いサーヴァントは救いようのない馬鹿なのは間違いないし、
割とノリで暴れ回るじゃじゃ馬なのもさっき知ったが、それと同時に、誠実な性格の持ち主ではある。
ある程度手綱を握りつつ、余計な戦火を広げさせるわけにも行かない。戦争と言うシステムそのものに等しい相手に、
戦略や軍略の素人である自分が細かい指示を飛ばせるとは菜々芽も思ってはいないが、それでも、ある程度動向を見ておかねば確実に、レッドライダーは拙いサーヴァントである。あれを視界に入れ続けると言うのはある種の義務であるのと同時に、戦えない自分が彼に示せる菜々芽なりの誠意でもあった。
そして、見極めるべきものはもう一つあった。
その名前を、光本菜々芽が通っている小学校であるところの、穂群原で見かけた時は、驚くと同時に、まぁあり得る事だろうとは思った。
この世界の菜々芽のロールを取り巻く人間関係は、不気味な程元の世界での彼女のそれに近しかった。
4年2組と言うクラス自体もそうである、そのクラスにいる多くのクラスメイトが彼女の知っている人物で構成されている事もそうである。
ならば、この世界にもいておかしくはないのだ。天使の姿をした悪魔。蝶を騙った女王蜂。菜々芽の元居た世界の、4年2組と言う箱庭の世界を狂わせたクラスメイト。
『蜂屋あい』。彼女もまた、この世界を構成する小さな歯車の一つであったのだ。だが、この世界に来てすぐに、冬木市及び其処に生きる人物が、
元の世界での自分の人間関係と比較的相似の関係にある事は、菜々芽も気付いてはいた。だが、あくまでも比較的似ていると言うだけ。
この世界の2組にはいじめもなかったし、そもそも故人であった曽良野まりあも生きていた。細かい所で違う所があるらしいが、その細かい所が良い方向に働いている。それだけならば、良かったのだ。
――ここ最近、『蜂屋あい』の姿が見えない。不登校らしく、三日程彼女は穂群原に姿を見せていない。
この世界でもあいは成績優秀眉目秀麗の優等生として通っているらしく、ズル休みを行う姿など教員は勿論クラスメイトですら想像出来ない程の『出来た子』だった。
それが、学校に姿を見せないばかりか、教員や学校からの電話にも出ないのだから、誰もが心配に思うのも無理はない。
教師が心配するのは職務上当然の事であろうが、冬木における4年2組でも、蜂屋はアイドルとして通っている。男子のみならず、女子からも気に掛ける声が上がっていた。
風邪か、それともグレたか。良くて皆が想像出来るラインは、此処までであろう。だが、菜々芽は違った。聖杯戦争の関係者である彼女だから、解る。
いきなり彼女が学校に来なくなる、と言う可能性は絶無に近い。彼女にとって学校とは、聖域。通っていて楽しい楽園なのである。来なくなる事はあり得ない。
となれば、考えられる可能性は二つ。聖杯戦争に巻き込まれたか、と言うのが一つ。そしてもう一つ……これが、一番最悪の可能性である。
――『蜂屋あい自身が、聖杯戦争の参加者』か。サーヴァントは見方を変えれば、簡単に人を殺せる力を持った、人間と同等の自由意思を持つ兵器である。
それも、銃やミサイルみたいな、ただの兵器ではない。それ自体が、常人には及びもつかぬ力を持った、だ。
これを、あいが持てばきっと何か、悪い事に使ってしまうだろうと言う確信すら菜々芽にはあった。サーヴァントを従えるマスターになって、あの少女が、大人しくしていると言う可能性。そんな事は、先ずあり得ない。
-
蜂屋あいを、見つけねばならない。そして、本当にマスターになっていたのなら、止めなければならない。
今レッドライダーが戦っているサーヴァントのマスターが、あいである、と言う可能性もなくはないのだ。
こちらはこちらで、レッドライダーを注視しながら、あいを探そうか。そう思った、その瞬間。自分の後ろに、只ならぬ気配を感じ取った。
その方向に、バッと振り返る菜々芽。果たして其処には、一人の男がいた。
「……暗いのは怖いか」
それは、野球のユニフォームをピシッと着こなす、大人の男だった。
黒い野球帽、白いユニフォームに黒のアンダーシャツ。右手に握った金属製のバットは、使い込まれているらしい。新品に特有の輝きがなく、雲っていた。
「誰……っ」
目深に被った野球帽で、表情は窺えない。
だが、常人の纏う雰囲気ではない。と言うより、常人ではない事は明らかだった。当たり前だ、右手の甲で、紅蓮に光る令呪が輝いていれば。
警戒の閾値が、マックスを振り切るのは、当然の帰結であった。
「俺は『バッター』。穢れた世界を洗い流し、聖法を再び敷かんが為にこの地にやって来た」
速攻で、これは拙い人間だと思った。狂人である。
凡そ正気の人間が口走る類の言葉ではない。会話自体はこなせるが、その内容は余りにも『イッて』いた。
「……ガーディアン(守護者)が聞いて呆れる。己のエゴの為に、見込みがあればこんな少女も虚無に招くか」
その抑揚のない言葉に、微かな怒りの念が混じった事に、菜々芽は気付いた。
バッターを名乗る男の顔を見上げる菜々芽。男の瞳と、目が合った。――背筋が凍りつく程、生気を感じさせない、底冷えする様な瞳だった。
感情を司る脳の部位が、死んでいるとしか思えない程、男の顔に感情はなかった。まるで、石で出来た仮面。表情を作る筋肉が、纏めて死んでしまったような男であった。
「せめて痛みもなく、苦しみもなく。明るい所に送ってやろう」
その一言と同時に、バッターは、そのバットを上段に構え始めた。
彼の言っている事は、菜々芽は全く以って理解していない。だが、確かな事が一つある。バッターは明白に、自分を殺そうとしている。
それだけは間違いない。やられてたまるか、と言わんばかりに逃げ出そうとした、その時であった。
バッターは構えていたバットを、菜々芽の方向に振り降ろした、『のではなく』。
竜巻のような勢いで菜々芽に背を向けるや、そのままあらぬ方向にバットを横にスウィング。……あらぬ方向、と見えたのは一瞬だった。
即座に、バットの真芯が、何かを捉える音が響き渡る。金属と金属がぶつかった音。
すると、殆ど斜め四十五度の角度で、巨大な塊めいた物が素っ飛んで行き、遂には夜空の星と消えたのを、菜々芽は音が響いてから三秒程経過してから漸く気付いた。
――少女、光本菜々芽は気付く事は永遠にない。
バッターがその華麗なバッティングで吹っ飛ばした物が、彼女の使役するサーヴァントであるレッドライダーが呼び寄せた、
二次大戦期に大英帝国が運用し、傑作とすら謳われる名機である『戦闘機・スピットファイア』を、遥か上空三〇〇mまで打ち上げた等。
気付く事はなかったし、そもそも気付いた所で、説明した所で、信じろと言う方が無茶であろう。
時速六〇〇㎞弱の速度で迫る、二tを超す鉄の塊を、ゴムボールをホームランする様な感覚で打ち返すなど、幾らなんでも戯画的染みている。
だが、これをバッターはやってのけたのである。身体一つ、バット一本、そしてフォームは一本足。正に、Batter(打者)と言う名前は、比喩でも揶揄でもなかった訳である。
……だがそれ以上に、光本菜々芽は気付かなくて幸福だったかも知れない。
バッターが打ち返していたから良かったものの、もしもバッターがスピットファイアのルート上から退避していれば、
この六〇〇㎞/hスレスレの速度で迫る金属塊は、間違いなく菜々芽と衝突。その小さい身体をグチャグチャの挽肉に変えていた事であろう。
レッドライダーとしては菜々芽をバッターから守る為にやった世話焼きだったのかも知れないが、バッターの選択肢次第ではその世話焼きで菜々芽は死んでいたのである。
余りにも馬鹿、いや、馬鹿と言う言葉を使う事すら、馬鹿に対する毀誉褒貶。レッドライダーはこの余りにもあんまりな対応のレベルで、藤丸立香にとってのマシュ・キリエライトのポジションを奪おうとしていると言うのだから、お笑い草と言う他はなかった。
-
「……」
バッターがある方向を眺めていると、二つの物影が、急速に此方に迫って行くのを彼は認めた。
一つは、赤熱する――いや、血を塗られたが如く赤い軍刀を、己が手足の如く器用に振う、チグハグな印象を見る者に与える、赤い軍服を纏った男。
一つは、纏っている機械の装甲のみならず、まるである種の生態のように、露出された顔からすらも光を発散させる、後ろ髪を長く伸ばした赤髪の男。
レッドライダーと、白騎士である。彼らは、己が振う得物で打ち合いを続けながら、高速でバッターと菜々芽の方まで接近しているのである。
バッターが横に飛び退く。その方向に白騎士も移動し、彼の傍に立った。
菜々芽はそのまま動けない。いや、動けないと言うべきか。どちらにしても、彼女を庇うように、レッドライダーが立ちはだかった。
顔に刻まれた笑みは、相変わらず、藤丸立香への逢瀬を期待して、喜んでいるようなそれ。菜々芽を殺しかけた事に対する悪びれ等、何処にもない風であった。
「四騎の『死』、その内の一騎か」
レッドライダーの方に、目線を向けながら、バッターが言った。
「この世界に貴様の居場所も、果たすべき使命もない。お前が神より与えられた任務を果たすよりも早く、俺達がこの世界を『浄化』するからだ」
バッターの言葉に、熱はなかった。ただ冷淡かつ単調に、しかしそれでいて、レッドライダーを攻めて立てる意気の混じった言葉を紡ぐだけ。
「奈落の冥府に堕ちる時が来た、赤き騎士よ。聞こえるか。お前の権限で命を落とした戦死者が、冥府でお前を八つ裂きにする事を心待ちにしている、歓喜の声が」
「狂者の譫言、聞くに能わず」
蔑むような笑みを浮かべ、レッドライダーが言った。赤騎士の目には、野球のユニフォームを纏ったこの男は、筋骨の通った気違いにしか見えていなかった。
「私の真名を知っている事は、まぁ良いとしよう。だが、二つ程、訂正をしておかねばなるまいな」
「……」
「一つに、私は私だ。神など知らん。使命など、狗に喰わせた。私は、私の信ずる信条と情熱のみに従い、その力を奮う」
「そしてもう一つは」
「此処でお前に命を差し出すような真似はしないと言う事さ」
レッドライダーが言った瞬間、バッターはバットを構え、白騎士はその身体に微かに力を込めた。
「まぁ、なんだ」
スタスタと歩き始めるレッドライダー。菜々芽の右横に並ぶや、彼女の肩に手をかけた。
「――逃げるからな」
言った瞬間、眼にも止まらぬ早業で、光本菜々芽を持ち上げ、肩車にするや、一気に地を蹴り、逃走。
バッターと白騎士。二名が呆気にとられている頃には、レッドライダー達は未遠川を一足飛びにジャンプで飛び越え、深山町方面へと逃げ出していた。
「人界を惑わし乱す要因の一つ、この場で葬れるかと思っていたが、そうも行かぬか」
白騎士は、去りゆく赤騎士を追う気配を見せない。バッターすら、追えと言わない。
本気で赤騎士を滅ぼそうとなれば、深山町全土が灰燼となる事すら覚悟をせねばならない。これを、二名は控えていた。
だが、己を勇者、救世主と定義している白騎士は、斯様な愚行を犯す事を許さない。本気になれば、この場で赤騎士を葬る事も出来たであろう。
それをやらずに、それまで行っていた攻撃の数々を極めて限定的かつ出力を抑えていた訳は、周囲の被害を勘案したが故であった。
「何れは相見え、浄化する敵だ。今逸る事はない。それより、『もう一方』はどうなっている」
「問題ない。余の駆る駿馬を向かわせた――だが」
白騎士が全てを言い切るよりも速く、今現在自分達がいる所から、また更に離れた所で、稲妻が閃いた。
場所は、此処よりも一㎞近くも離れた、日本海側。もっと言えば、港の方面。雷鳴が、此処まで轟いてくる。その音の中にあって、白騎士の言葉は、鈴の如くに良く通った。
「相手も強い。余の指示なく、打ち倒す事は出来ぬだろう」
-
.
血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
.
-
◆
ZONE27――『血塗られた献身』
無理に宝具を弄り、クラスを詐称したとは言え、彼を彼足らしめる視力の良さは健在である。
弓働きをしていた時のような千里眼は失ったとは言え、遠方を見る程度は全く問題ないようだと。
ランサーのサーヴァント『ラクシュマナ』は安堵した。たかが一㎞先の光景すら目視出来ぬようでは、恐るべき羅刹(アスラ)共との死闘を潜り抜けた戦士の在り方から廃ってしまうと言う物だった。
「見えるか、マスター」
「よゆー」
額に手を当てる、と言う、如何にも自分は遠くを見ています、と言うようなポーズを取りながら。
ラクシュマナを引き当てた、二十代前半程の女性――『隼鷹』は軽い調子でそう答えた。
貨物船から降ろした荷物を一時的に保存しておく為の、冬木市の湾港倉庫。その屋根の上であった。
嘗て帝国海軍で運用されていた、軽空母・隼鷹の化身、或いはその魂を宿す女性である『艦娘』。それが彼女、隼鷹であった。
海が、彼女は好きであった。勿論、嫌な思い出だってある。姉妹である飛鷹を、何処を見渡しても島も陸も見当たらない、大海原の真ん中で失った記憶は、消せはしない。
だがそれでも、隼鷹は海が好きであった。戦場としての思い出もあるがそれ以上に、海の上を往く道具である艦船の魂を宿す女性としての宿命であった。
時に無慈悲に、人や艦娘、そして深海棲艦に至るまで。等しく命を呑み込み砕く海ではあるが、海は、仲間の艦娘と喜びを分かち合える、出会いと育みの場所。
そして何よりも、飛鷹や提督と多くの時間を過ごし、時に笑いあえ、時に結束を確かめ合えた場所。嫌いになど、なれる筈がなかった。
時折、隼鷹は海に来た。艦娘としての習性もあろうし、海が好き、と言う事。どちらも正解である。兎に角、時間があれば足を運ぶ。
冬木の海は、平和だとつくづく彼女は思う。波も穏やかな事もそうである。五月の薫風が運ぶ潮風の心地よさもそうである。
だが何よりも、この世界には深海棲艦がいないと言う事実が、特に素晴らしい。港を行き交いする船は、物々しい砲口を搭載し、
相手を撃滅する為の弾薬や砲弾を積んだ軍艦ではない。ただの交易船・商船だけ。平和な世界ではないか。海を我が物顔で支配する、海賊の如き深海棲艦もおらず、
在るがままの海が広がる世界。艦娘や提督が嘗て取り戻そうとした、平和な海が、この世界には存在するのである。
そう言う世界の海を見ながら口にする酒は、果たしてどれ程美味かったろうか。残念ながら今の隼鷹には、冷えた酒が渇いた喉にぶつかる心地よい感覚を楽しむだけの感受性も、明瞭な頭に酔いと言う名の桃色の雲霞に惑わされる程の知性もない。姉の死から、あれだけ好きだった酒が全然美味くない。それどころか、酒を美味いと思う感覚すら死んでしまっていた。こんな海を、三人で眺めるのが嘗ての夢であったと言うのに。どうしてその夢を、自分だけが叶えてしまっているのか。隼鷹には、その運命が呪わしくてしょうがなかった。
埠頭に打ち付ける、夜の日本海の静かな波を眺めながら、従業員のいなくなったコンテナ倉庫の立ち並ぶ港を歩くのは、今の隼鷹には好きな行為であった。
昔ならばどんちゃん騒ぎも好きであったが、今は静かに海を眺めていたかった。その心情もラクシュマナも汲んで、彼女の我儘に付き合っていたのである。
――そんな折に、ラクシュマナが遥か遠方一㎞先に、不穏な『気』を感じ、急いで隼鷹を抱えてコンテナ倉庫の屋根の上まで跳躍。
不穏な気配の正体を探るべく、遥か彼方の光景を目視しようとして……見つけたのである。遥か彼方で、激しい光輝を撒き散らし、此処まで響き渡る程の大音声を静かな夜の情緒を崩さんばかりに轟かせながら戦う、サーヴァント達の姿を、だ。ラクシュマナの言った「見えるか」、と言う言葉は、正にその戦いぶりが見えるか、と言う意味でもあった。
-
隼鷹は艦娘、つまり戦艦としての力を保有する、人に限りなく近い肉体と意思を持った、ある種の兵器とも換言出来る。
戦艦にとって数百m程度等、離れた内にも入らない。寧ろその程度の距離では、砲弾、空爆用の戦闘機、魚雷の格好の餌食である。
数㎞の距離でも、場合によっては安心が出来ない。それ程までの超ロングレンジで戦う事を余儀なくされる艦娘にとって、視力の良さとは必須のステータスだ。
偵察機での敵探知が重要なのは当然だが、肉眼での目視も疎かにしてはならない。最終的に一番信頼出来るものは、自分の目で見た物。
これは、艦娘の世界にとっても同じ事なのである。普段はちゃらけて軽い雰囲気の隼鷹であるが、一度戦闘となれば、途端に艦娘としての姿を披露する。
遠方を注視する、彼女の瞳のなんと鋭き事か。艦娘の御多分に漏れず、視力が良い。遮蔽物のない殆どない直線距離で、一㎞先の風景やもの・ことを見る事位何て事はない。
だから見る事が出来た。遥か彼方で、戦艦や重巡洋艦をモティーフにした艦娘・深海棲艦の戦いを想起させる様な、大規模な戦いが繰り広げられているのを、だ。
「……ガレオン船?」
流石に、『艦』娘である。遥か彼方で戦っているものの正体に、一発で勘付いた。
あれは、世界史の区分に於いて中世と呼ばれる時代に活躍し、大航海時代もたけなわの時勢に大いに活躍したとされる船ではないか。
勿論、今は使われていない。隼鷹の元となった戦艦が活躍していた時代ですら、最早旧時代の骨董品、列強と称される国では軍用目的で運用すらされなかった船である。
そんな旧時代の遺物が、戦艦の艦娘の砲撃もかくやと言う程の勢いで砲撃を放ち続けるばかりか、独りでに浮かび上がり、勝手に炎上し、
駆逐艦の最高速よりも遥かに速い速度で空を飛んでいるのだ。自分の見ている光景が、夢魔の織りなす悪夢なのかと疑いたくもなろう。流石の隼鷹も唖然としていた。
成程、あれがサーヴァントの戦闘。あまりにも戯画的で、一歩間違えればシュルレアリズムの領域に片足を踏み込んでいるあの光景は、この世の物なのだ。
見れて良かった。神話や御伽噺の住民が、伝承通りの身体能力と、あらゆる戦士が憧れた理想の武器を振う幻想譚。それが、サーヴァント同士の戦い。
そうと思っていた隼鷹の思い込みを、一瞬でぶち壊すだけの力が、一㎞先で繰り広げられているあの光景にはあった。
要するに、サーヴァント同士の戦いとは、何でもありなのだと認識するべきなのだ。次に何が出て来るのか、全く予想出来ない戦い。
聖杯戦争とは、要するにそんなイベントなのである。鬼が出るか蛇が出るかは解らないが、解らないと予め理解しているだけでも、次への身の振り方が大分絞られてくる。これは、大きな収穫であった。
「――マスター、見ろ」
そう言ってラクシュマナは目線を、轟音と爆発の原因と思しきサーヴァントの方から、其処よりもっと手前に移した。
そこに何がある、と思う隼鷹であったが……、直に自分のランサーが、何を言いたかったのかを理解した。
野球のユニフォームを着た、白人系の男性が、見るからにか弱い少女にバットを構えている。
異常な風景としか、余人には映らないだろう。だが、ラクシュマナと隼鷹にはそうは映らない。
まさかあの男性と少女が、サーヴァント同士が熾烈な死闘を繰り広げ、その余波を蒙らないとも限らない程の距離で、勝手に凶行に及び・及ばれている、
サーヴァントとは全く接点のない赤の他人である訳がなかろう。十中八九、遥か彼方で戦うサーヴァント達のマスターであろう。
ラクシュマナも隼鷹も、聖杯を狙っている主従である。
サーヴァントは勿論消滅させるし、マスターであっても場合によっては殺す事だって辞さない。
だが本質的に、ラクシュマナも隼鷹も、正義の人である。結局この二名は聖杯戦争に於いて、正義を本質としていながら、己の核となる性格に目を背け、聖杯戦争で人を、
サーヴァントを殺すぞ、と。意気込んでいるだけに過ぎない。だから、年端も行かない子供や、ただ巻き込まれただけの無力な人物に、二名は極めて弱い。
心の底から敬服し、尊崇する偉大なる王・ラーマと共に正義と善の為に戦ったラクシュマナ。
地上に生きる人々が安心して過ごせ、海の上を往けるように力の限りを尽くして提督と一緒に戦った隼鷹。
彼らはラーマや提督と言った人物を強く意識する者達でこそあれ、同時に、民と人の為にある存在でもあった。だから、手に掛けられない。あんな少女であるのなら、猶更だ。
-
聖杯戦争に於いてサーヴァントを殺すよりもマスターを殺す方が速いのは当然の理屈だ。
当たり前だ、何せ神秘もマナも薄い現代に生きる人間と、神霊や妖精・幻想種が息吹き根付いていた時代に生きた人間とを比べるのは酷である。
だから、マスターを殺した方が断然早い。魔力の供給元が切れれば、サーヴァントなどこの世に形を保つ事が出来ず、消滅してしまうのであるから。
だがそうと言って、あの少女をラクシュマナも隼鷹も殺せるかと言えば、殺せない。先に言った、無力で、年端も行かない子供の条件を満たしているからだ。
少女のマスターは確かに殺せない。あれは、サーヴァントを葬って無力化させる必要があるだろう。
――だが、少女を殺そうとしている、野球のユニフォームのマスターなら、どうか?
普通の人間は、子供を殺そうとする際には良心の呵責に苛まれる。甘いと言う意見もあろうが、それが当たり前なのだ。
あのユニフォームの男には、それがない。殺すのが当たり前であると言わんばかりに、バットを構え、それを振り降ろそうとしている。
聖杯を勝ち取りたい。その為にはマスターを殺した方が速い。だが、無力な少女と、狂的なまでのドグマを裡に秘めているであろう大人の男。
どちらを殺した方が、信義と正義に反さないか? その答えは、最早明らかであろう。
「――勝ち星をあげよっか、ランサー」
「ああ」
そう言ってラクシュマナは、虚空に向かって腕を横に伸ばす。その瞬間、彼の右手に獲物が握られた。
彼の身長程もある、飾り気のない長槍であった。槍の穂先に、稲妻の意匠と、柄の握り手より少し上の方に、白鳥の羽に包まれた蓮華の彫刻が彫られている所以外に、
目立ったものは何もない。豪華な宝石が付いている訳でもなく、溶かした黄金を纏わりつかせていると言う訳でもない。
これは他の槍とは違うと言う主張は、あくまで最低限。ただそれだけでも、サーヴァントは、ラクシュマナの握るこの獲物が、サーヴァントにとっての切り札。
即ち、宝具であると知るだろう。隼鷹ですら解る。オーラが違う。その飾り気も色気も何もない外観とは裏腹に――この武器が宿す神韻は、筆舌に尽くし難い物があった。悪鬼に対してこの武器を翳そうものなら、それだけで蜘蛛の子散らすが如く逃げ去って行くだろうと言う、言語不能の力強さがそれにはあった。
距離にして、一㎞と一五m。問題ない。
この距離ならラクシュマナの投げた雷鳴を払う不滅(ブラフマーストラ)は、初速の段階で時速六〇〇㎞を超え、五十m進んだところで、
槍に内包された稲妻の魔力を解放しそれを推進力に更なる加速を得、其処から更に二百mを進んだ所でマッハ三に達し、あの野球のユニフォームを着た男の心臓を穿つ。
勿論反応のしようがない。直撃してしまえば、その時点で勝負あり。貫かれた際の衝撃で即死するだろうし、罷り間違って生き残ったとしても、槍から放電される数千万〜数億Vの電気が一瞬で肉体を炭化させる。当たれば死、掠っても死。悪鬼羅刹を調伏する為に神々によって与えられ、その神意に応えるかのように生前多くの悪魔を撃ち滅ぼして来た神器・ブラフマーストラ。それが今、バッターの身体を穿とうとしていた。
槍を構え、いざ投げんとした――その時である!!
「!!」
途端に、ラクシュマナの表情が険しくなった。
と見るや、急いで投擲の姿勢を解き、隼鷹の服の襟を引っ掴み、コンテナ倉庫の屋根から跳躍。
「なんなの!?」と、隼鷹が訊ねるよりも遥かに速く、二名が先程まで佇んでいた、湾港倉庫の屋根。其処を、光の筋が貫いて行った。
見えなかった。次第によっては銃弾や弾丸すら肉眼で捕捉せねばならない、人間を超える動体視力を持った隼鷹が、その姿を追う事すら叶わなかった。
-
タッ、と。隼鷹を持った状態でラクシュマナは、埠頭の方まで飛び退き、着地。
垂れ目がちで愛嬌のある瞳を、今は鋭く吊り上げ、その顔に険を塗った状態で、彼は上空の方を睨めつけていた。その方向に、隼鷹も目線を送った。
――馬である。そんな物を纏ってしまえば、重さで馬体が潰れてしまうであろうと言う程の重量感がある、機械の鎧を身に纏った、巨大な白馬。
それが、重力と言うこの宇宙のルーラーにも等しい要素を無視して、空中に浮いている。機械製の兜から覗く瞳で、その馬は此方を見下ろしている。
背骨が凍結したような恐怖を隼鷹は憶える。桁違いに、強かった。艦爆を絨毯の様に仕掛けた所で、あの白馬にはどうあっても対抗出来ないと言う確信すらあった。
此方が死を認識するよりも早く、相手は此方に死を与えられる。彼女と白馬との戦闘力には、それ程までの差があった。
一体、どれ程の怪物が、この馬を使役していると言うのか。想像するだに、隼鷹は恐ろしくなった。
「隠れていろ。あの白馬……見た目こそ当世風の技術で拵えた様な鎧で身を覆っているが……香る神韻は、明らかに此方側だ。何処の何様の駿馬やら……神々の駆る騎乗物(ヴァーハナ)にも匹敵するぞこれは……」
そう言ってラクシュマナは隼鷹を下ろし、適当な所に行けと顎で合図する。
それを受け、隼鷹は足早にその場から去って行く。白馬の方も、用があるのは隼鷹よりもラクシュマナであったらしい。
彼女の事など、眼中にもないとでも言うように、目線をジッと、緑髪の戦士の方に向け続けていた。
「出来る」、とラクシュマナが思った。少しでも意識を隼鷹の方に向けていれば、この烈士はブラフマーストラを投擲、その機装ごと、白馬の首を貫いて殺していたのだから。
「言葉を解さぬ人や羅刹でないのなら、口上など必要あるまい」
雷霆の力を宿す槍を中段に構えると同時に、白巨馬は、地上に降りて来た。
双方共に、目線が交錯する。改めて見て、恐ろしい程巨大な馬だとラクシュマナは思った。これを手足のように操るサーヴァントとは、果たして誰か?
この馬に相応しい、巨人の如き荒武者か。それとも、細い優男の身体に戦神の力を宿した麗しい戦士か? 解らないが、一筋縄で行く相手ではあるまい。
「――いざっ」
その言葉と同時に、白馬が地を蹴った。
初速にして亜音速、直撃すれば粉微塵。それだけの威力を内包した吶喊を、白馬はラクシュマナにぶちかまそうとする。
馬体と鎧の重さ、合わせて『トン』は下るまい。それだけの速度での突進に直撃すれば、如何な彼とて一溜りもない。
幸いなのが、直線軌道の攻撃であった事。ラクシュマナはそれこそ、宙を舞う薄紙のようにヒラリと、白馬の突進を回避した。
すれ違いざまに、衝撃波も突風も、彼の身体を叩く事がなかった。あれだけの速度で移動すれば、衝撃波も風圧も不可避の筈。
どうやら、この世の物理法則に囚われないらしい。それが核心に至ったのは、行き過ぎて背後に回った白馬が、亜音速どころか既に音速に達したスピードで、
殆ど直角に折れ曲がるような軌道でラクシュマナの方向にUターンならVターンをかまして来た瞬間の事だった。
あれだけのスピードで、此処まで無茶苦茶な軌道で戻って来る事などありえない。しかも当然のように白馬は、海面よりも上を飛行していると来ている。どうやらこの馬にとって、空も陸も、同じような物であるようだった。
驚異の軌道に、呆気にとられはしたラクシュマナだったが、対応出来ない程ではない。
白馬が此方に向かって来るのと同時に、彼がブラフマーストラの穂先を空に掲げた、刹那。ラクシュマナの周囲に、白色の稲妻が、バリアめいて轟いたではないか!!
これを、埒外の反射神経で認識した白馬が、慣性を無視した急ブレーキをかけ、稲妻の範囲内に突っ込む事を逃れる事で防いだ。
しかし、その止まった瞬間を逃さない。即座に槍の穂先を白馬に向け、その先端から稲妻をレーザー状に束ねて放射する!!
これを巨馬は機械の鎧――いや、身体からだったかも知れない。どちらにしても、その馬体或いは機械鎧から、眼球が潰れんばかりの強さの極光を迸らせ、
稲妻を相殺してきた。出力を絞ったとは言え、ラクシュマナの放った雷は、ヴェーダの神々から讃えられ、羅刹からは畏怖されたインドラのそれ。
これを防いだあの極光の、何と恐るべきエネルギー量か。一目見た時から、神に連なる者の駆る馬であろうとは思っていたが、この馬を操る馬主は、さぞや名高い神の血を引いた英霊である事だろう。
-
如何やら白馬が放つ光は、瞬間的にしか放てない物ではないようらしい。
ブラフマーストラから放たれた稲妻を破壊出来るだけの出力とエネルギーを保持したまま、恒常的に放出し続けられるらしい。
成程、厄介だ。厄介だが、策が無い訳ではない。余人の耳には高速でどもっているとしか思えぬ程に、声を小さくそして言葉を速く。マントラを紡ぎ始めた。
小さい梵語が幾つもラクシュマナの周囲を旋回したと見るや、彼は地を蹴り、白馬の下へと接近。十mの距離が、『あ』の一音口にするよりも早くゼロに狭まった。
槍を投げる速度も音を超えるなら、槍を振う速度も、ラクシュマナは容易く音の壁を突破する。一秒の間に十回を容易く超える程の回数、
彼はブラフマーストラを振い続ける。突き、薙ぎ、払い、振り上げ振り降ろし。これらの動きを、巧妙かつ絶妙に身体と腕を動かし秒の間に紡いでみせる。
達人の中の達人、人の技巧の域を超え神域に達した槍の業を、回避し続ける白馬も白馬だ。
首や頭に直接衝撃が来そうな攻撃は、これらの部位を巧みに動かし回避し、直撃こそするが急所に至るような攻撃ではない時は、
衝撃を分散させるように予め身体を動かして攻撃を貰いつつ、ダメージや衝撃を鎧に吸わせる、と言った方法でダメージを防いでいた。
このやり取りが続く事、十秒程。
埒が明かぬとばかりに、馬は飛び退く。一瞬で三十mもの距離を取る白馬。海面の上を、不可思議な力で浮遊しているようだが、関係ない。
ラクシュマナは槍を振り降ろし、稲妻を束ねた光線を白馬目掛けて発射。海面を割りながら迫るそれを、馬は、攻撃のおこりを見る事で対応。
身体の部位を一切動かす事無く、佇立したままの姿勢で垂直に、エレベーターの様に急浮上し攻撃を回避。
上空五十m程の所まで飛び上がると、巨馬の纏う白い機械装甲のあらゆる部分が、展開。脚部を覆う鎧から、首を覆う所、胴体を防護する所など。
様々な所がパカリと開いて行き、其処から銃口のような物が顔を出す。そしてそれは、真実銃口であった。
銃口は火を噴くや、大量の弾丸を正に驟雨の如き勢いでラクシュマナに掃射。その光景を見て、倉庫に隠れた隼鷹が息を呑む。
あんなもの、艦娘は勿論、深海棲艦の上位種でも防げない。反応すら出来ずに、文字通りの蜂の巣になっている事だろう。
だが、白馬の突進を躱した所からも解る通り、ラクシュマナの反応速度は、艦娘のそれを遥かに超越していた。
槍の穂先で弾を砕き、柄で弾を弾き、いなす。いやそれどころか、放たれている銃弾の内二割から三割を、逆に白馬の方へと弾き飛ばして、
細やかなダメージを蓄積させに行っていると言う、神業と言う言葉ですら生温い芸当を平気でやっている。
勝てる。
この馬がサーヴァントのものである以上、これは間違いなく宝具かそれに準ずる存在である事は確実であろう。
此処でこれを倒しておけば、本来の持ち主は宝具を失った事になり、致命的なまでの戦力の低下が見込める。
この場で欲張らずに、何処で欲を張れと言うのか。自分に弾丸が効かないと馬が学習し、弾幕を弱めたその瞬間に、槍を放擲して仕留める。
そう考えたその瞬間、弾幕が弱まった――否。弾幕そのものが、『展開されなくなった』。
好機。誰もがそう思うだろう。だが、実際には違った。ラクシュマナはこれを絶好の機会だと認識しなかった。
……もしかすれば、剣も弓矢も手にした事のない、平和な市井で慎ましげに日常を送る普通の民々ですらが、そうと認識しなかったろう。
背後から、とてつもなく恐ろしい物の気配が近付いて来るのを、ラクシュマナは感じ取ってしまったのだ。相手の顔はまだ見れていない。
だが、桁違いに強い。体中に、毒を塗られた剣を次々刺し込まれて行くような感覚を、彼は肌身で感じ取っていた。感覚化された、強者の気風。ラクシュマナの感じているものは、それであった。この感覚はもしかしたら、生前死闘を繰り広げた恐るべき悪鬼・メーガナーダのそれよりも……。
-
位置関係から言って、白馬が真っ先に、近付いてきた者の正体を把握出来る所にいるのだが、白馬の畏まった様子から察するに、如何やら主君が御出ましになったようだ。
主が来たから、攻撃を止めた。理屈としては、道理である。となるとこの後予測出来る展開は、馬に変わって主君自らが。
或いは、主君があの巨馬にのって戦う、と言う道であろうか。二つめの選択肢程怖い未来はない。主の指示がないと言うのに、白い巨馬はあれだけの強さを発揮したのだ。
あれに、馬主の的確な指示と、馬主自身の力が相乗するとなると、想像するのも嫌になろうと言う物だった。
どちらにしても、振り向かない事には始まらない。
此方が背を向けている状態であると言うのに、相手は全く攻撃する素振りを見せない。
公正明大な勇者の心の持ち主か、それとも、不意打ちを仕掛けるまでもなく余裕で此方を倒せるだけの力があるのか。
どっちにしても、攻撃を仕掛けて来ないのは有り難い。攻撃を仕掛けて来ない意図が解らぬままに、ラクシュマナは背後に振り返り――
インドラの稲妻で身体を撃たれたようなショックを、その身体に受ける事になる。
「馬鹿……な。あり得ん……!! 嘘だ嘘だ嘘だ!!」
衝撃を、隠し切れないと言うような、愕然とした表情で、ラクシュマナは言葉を紡ぎ続ける。呼吸と、瞬きを忘れる程、今の彼の身体は驚きに支配されていた。
「貴方であられる筈がない……!! 私が信ずる貴方は、マスターが子供を殺す様子を看過する様な方ではなかった筈だ!!」
なおも、ラクシュマナは言葉を続ける。
「答えてくれ!! その貌(かんばせ)、その長く伸びたルビーの如き赤髪――」
そして、叫んだ。
「貴方は、兄上……『ラーマ様』ではないのか!?」
口角泡を飛ばしながら、ラクシュマナが言った。
白いバイザーを剥ぎ取り、露になった白騎士のその顔は――ラクシュマナが敬愛し、敬服して止まなかった、コサラの聖王。
即ち、ラーヴァナが統率する羅刹(ラクシャーサ)の軍勢を相手に一騎当千の活躍を演じて見せた、二十代半ばの時の『ラーマ』の顔つきに、瓜二つであったからだ。
-
◆
流離の子
ソルニゲル
Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
.
-
◆
PURIFIER――『回帰の白』
「ラーマ?」
その言葉をラクシュマナから聞かされた時、白騎士は、怪訝そうな顔を浮かべた。
「それは、余の大本である大神ヴィシュヌが地上に遣わせた、七番目の化身(アヴァターラ)。王(ラージャン)としての宿命を背負って生きた者であろう」
「――それでは、貴方は、もしや……」
「然りだ。同郷の者。猛き士族(クシャトリヤ)の血を引く勇者よ」
神話に曰く――。
宇宙の繁栄と維持を目的とした神格であるヴィシュヌは、宇宙の均衡を保つ秩序が失われようとしている時、化身の姿を借りて地上に君臨し、これを正すと伝えられている。
この化身を伝説は、アヴァターラと呼称する。自分の分身を指し示す、『アバター』と言う単語の語源でもある。
地上に知られるヴィシュヌの主たる化身は、全部で十体。その内九体は、過去に地上に来臨し、世界の維持に努めたと言う。
嘗て地上に現れたという化身は、以下の通り。
黄金魚(マツヤ)。
大亀(クールマ)。
巨猪(ヴァラーハ)。
侏儒(ヴァーマナ)。
人獅子(ナラシンハ)。
復讐者(パラシュラーマ)。
王(ラーマ)。
牧童(クリシュナ)。
覚者(ブッダ)。
以上九体が、古の昔地上に姿を見せたとされるアヴァターラである。
だが、地上に伝わっている化身が十体であると言うのに、九体しかこれまで現れていないのは、何故なのか。
答えは、簡単だ。その化身は、『未だこの地上に現れていない』。その化身が現れるのは、人の黄昏の時代、人類最期の瞬間。
西暦四十二万八千八百九十九年に降臨し、遍く地上の悪を滅ぼし人類を救済すると言うその化身は、五十六億七千万年後の世界に於いて人類を救うと言う、
仏教でいう所の弥勒菩薩(マイトレーヤ)の伝承とよく似ていた。そう、最後の化身が現れるのは、遥かな未来。千年、二千年後などと言う次元ではない。それこそ、人類が存続しているか如何かすらも疑わしい未来世なのである。
「余は救世主。停滞する時間に息吹きを与え、停まった時の針を動かす者。諸悪が、汚物を漆喰にして築いた砦を余す事無く破壊する者」
英霊の座に登録されている存在は、過去に死んだ者だけではない。
全ての過去、全ての未来に根を伸ばしている座は、遥かな未来に活躍したとされ、未だ人類が見ていない存在ですらも、カバーしていると言う。
時間すらも意味を成さない概念からの召喚であるのならば、成程。ヴィシュヌが有する最後の化身が、聖杯戦争に召喚されるのも、理屈としては何もおかしくはない。
-
「余の名は『カルキ』。堕落した世界(カリ・ユガ)を終わらせ、黄金世界(クリタ・ユガ)を開闢させんが為にこの地に馳せ参じたる者である」
カルキ。それは、ヴィシュヌ神が有する十番目の化身。
精神的な退廃が世を覆い、真理が失われ、不正と堕落が市井に蔓延り物欲が社会を支配する、赤錆の付いた鉄の時代。これを、カリ・ユガと人は言う。
人類の終焉期であるカリ・ユガに、ヴィシュヌはこのカルキの姿を伴って現れる。そして、悪徳と闘争を至上とする世界を浄化。
その後、理想郷、即ちクリタ・ユガ、或いはシャンバラを築くのだと言う。
「……兄上が、ヴィシュヌ様の化身である事は、私も知っている。そして、兄上の他にもヴィシュヌ様が化身を遣わし、世界の平和を保つ為に尽瘁していた事も」
「汝の言う通りだ、無限蛇(シェーシャ)。余もまた、世界の平和と維持を願う大神ヴィシュヌの在り方の一つであり、地上を救いたいと微睡むヴィシュヌの夢が、現世に形をとった物の一つである。であるのならば、当世を救う事に何の疑問も余は抱きはしない」
シェーシャ。その言葉を聞いた瞬間、一瞬ではあるがラクシュマナは驚いた。
シェーシャ、と言う名前はある意味自分の真名に近かったからだ。だが、今この世界に存在している、この緑髪のランサーの真名は、ラクシュマナ以外の何物でもない。
では、シェーシャとは何か。それは、ラーヴァナを打ち倒すと言うミッションを遂行しようとした時、ヴィシュヌが地上に化身を派遣する際、
共に化身を寄越せと命を下した従者の名前。それこそが、シェーシャ――高次元空間で瞑想を行うヴィシュヌを防御・防護する、ナーガ達の王であった。
これが、ラクシュマナと全く縁も接点もない存在に、自分がシェーシャだと言い当てられてしまえば真実彼も驚いたろう。
だが、何分相手はヴィシュヌの化身、それも、かの神霊の意思をラーマ以上に強く濃く引き継いだ存在である。成程、ラクシュマナが彼のナーガの王と同一に近しい存在であると見抜けるのも、むべなるかなと言う物だった。
「貴殿が本当にカルキその人であるのならば……納得が出来ない」
「ほう?」
疑問気にそう口にするカルキであったが、表情は、彫刻の様に動かない。
「貴殿はヴィシュヌ様から、然るべき時機に現世に現れて世界を救う任を託された化身である事は解った。だからこそ、理解しかねる所がある。今の時代は、貴殿が姿を現す時ではない筈だ」
そう。ラクシュマナの疑問とは正しく此処であった。
このカルキが現世に姿を見せる時代は、西暦換算で『428899年』。その時期が来るまで、残り四二万年以上を平然と残しているのである。
幾らなんでもこれは、早く来臨し過ぎである。これではせっかちの謗りを受けても、全く反論が出来ないであろう。
……だが。ラクシュマナのこの痛烈な指摘は、カルキに一切の痛痒も与えなかったようである。
彼の表情は、動かない。まるで、心と言う、肉体の内に宿り感情に波動を与える何かを、生み出される過程で誰かに抜き取られてしまっていたかのように。
「確かに、汝の言う通りだ。通常の時空であれば、余はまだ来臨出来ない。時が満ちていないからだ。余が世界に君臨する時とは、最悪の魔王がこの世界を支配しているその時である。今の世界は世の理想たるクリタ・ユガには程遠いが、まだ正義の煌めきが消えてはいない。余の出る幕では、ないだろうな」
「では――」
「しかし、だ」
ラクシュマナが全てを言い切る前に、彼の言葉をカルキが遮った。
「今言った事は、『通常の時空』であればの話。通常の時空でないこの世界であるからこそ、余はこの世界に来臨し、正義の光で聖善を照らし悪を祓うと誓った」
「まるで、この世界が、嘗て私が生きた世界ではないと言うような口ぶりじゃないか」
「その通りだ。千の頭を持つ蛇よ」
今まで沈黙を貫いていた、カルキの背後で佇んでいた野球のユニフォームを着た男が言葉を口にした。
カルキは言葉遣いや立ち居振る舞いに、人間味を感じさせない、どちらかと言えば機械的な印象を受けたが、カルキのマスターと目される男は、それ以上だった。
人間性にも佇まいにも、全く人間らしさを感じない。ある種のシステム、無機質なAIと会話しているような錯覚すら、ラクシュマナは憶えていた。
「この世界は、お前が生きていた時空を支配する法とは全く異なる法に支配された世界であると言っても良い」
「異世界、とでも言うのか」
「違う。別の宇宙だ。お前達が生きる世界を模して生み出された世界を、その宇宙の内部に配置した空間。それが、この世界、この町だ」
-
言っている意味が、ラクシュマナにはさっぱり解らなかった。
別の宇宙とは、どう言う意味なのか? そして、ラクシュマナの知る世界を模した世界を創造したとは、文字通りに解釈しても良いのか?
世界の創造など、それこそトリムルティの一角であるところの、創造神ブラフマーの領分ではないか。ラクシュマナの生きていた時代ですら、世界の創造は最上位の秘法。それを、神秘の褪せた現代でやり遂げる事など、不可能なように思えるが……?
「異なる宇宙であるからこそ、余は召喚に応じた。この世界は、カリ・ユガである、と言う次元の問題ではない。輪廻する四つのユガは、世界の摂理。だが余や汝が今いる世界は、全ての摂理と真理の外に存在する異物――『特異の点』である」
カルキが今度は、バッターの代わりに説明を担当した。
「来たるカリとの戦いに備え、余はこの世界で力を奮って我が身を慣らすと同時に、余や汝が生きる世界に多少ならぬ影響を与えるやもしれないこの世界を、余は浄化すると決意した」
「浄化……!? この世界を、更地にでもするつもりか!!」
「然り。この世界が虚像だと見抜けぬは、無限蛇、汝のヨーガの鍛錬が足りぬ証左と知れ。真なる瞳でこの世界を見据えれば、この世界が幻影(マーヤー)に過ぎぬと理解出来ようが」
スッと、カルキはラクシュマナに対して手を差し伸べた。
プラチナよりも輝き、ダイヤよりも美しい煌めきを持つ機械鎧に覆われた右腕は、生身を一切露出させていないにも関わらず、その鎧の下にはさぞ鍛えられた筋肉が隠されているのだろうと確信を見る者に与える。
「大神の瞑想を護る天蓋であり、大神の微睡を心地よくする為の寝台である世界蛇としての使命、よもや忘れた訳ではあるまい。至高の維持神にして、我らの祖であり師(グル)であるヴィシュヌの名代として命ずる。余と共に来い、シェーシャよ」
無感動無表情そのものとも言うべき鉄面皮、何と大胆な提案だろうか。
カルキは、ラクシュマナを調略・懐柔し、此方側に引き込もうと考えたのである!! 相手が、一流の英雄であると理解してなお、この態度と行為。
大本であるヴィシュヌが、ラクシュマナの大本であるシェーシャの主である、と言う根拠だけで、カルキはスカウトに踏み切ったのである。
これに対して気が気でならないのが、ラクシュマナのマスターである隼鷹だ。
コンテナ倉庫に隠れ、事の始終を手に汗握って注視していた彼女であったが、此処でラクシュマナがカルキの提案を呑んだら、どうなってしまう?
結論を言えば、隼鷹とて予想出来ない。ただ、聖杯の獲得と言う目的達成が、遠退きそうなのは確実であった。
ラクシュマナからは、自分の主であったラーマと言う男がどれ程偉大であったかを隼鷹は既に聞かされている。
そして同時に、彼がこの聖杯戦争に現れれば、自分の命令以上にラーマの命令を優先するであろう事も、心で理解した。
やめて、と叫ぶのは容易い。だが、叫んだ所でどうなろう。果たして、ラクシュマナは自分の言う事を聞いてくれるのか? 令呪を切らねばならないのではないか?
早鐘を打つ心臓で、事の顛末を見つめ続ける隼鷹。たっぷり十秒。ラクシュマナは、沈黙を保っていた。
スタスタと、カルキが伸ばす右腕の方に近付くラクシュマナ。
見れば見る程、同じ釜の飯を喰らい、同じ不幸と幸運を噛みしめた、兄にして同胞、そして地上の誰よりも尊敬する聖王に、カルキはよく似ている。
ラクシュマナはそう思いながら、カルキの瞳を見つめる。身長差がある為、見上げる形になってしまう。その状態でラクシュマナは、口を開いた。
「……貴殿が、私の大本である世界蛇、シェーシャの主であるヴィシュヌ様のアヴァターラである事は、最早疑いようがない。であるのならば、私は貴殿の提案を呑み、これに従う事が道理であるのだろう」
「その通りだ」
「だが――」
其処でラクシュマナは、伸ばされたカルキの右腕を勢いよく払い飛ばし、温和な光を湛えていたその瞳に、強い瞋恚を宿させて、更に言葉を紡いだ。
「勘違いするな。私はシェーシャのアヴァターラではあれど、シェーシャではない。魔王ラーヴァナを倒した勇者、コサラの光たる聖王であるラーマ様の為に、身を粉にして働き、肺肝を砕いて奉仕すると決めた一人のクシャトリヤ。それが私だ……ラクシュマナだ……!!」
「余の反目に回るか。シェーシャよ」
ラクシュマナとは対照的に、カルキの瞳は冷めていた。そして、その言葉ですらも。
-
「三つ。貴殿について、気に喰わぬ点があった。故にこそ、私は敵対の道を選んだ」
「赦す。その三つ、申して見よ」
「一つ。兄上の顔をしていた事」
これが理由では、ラクシュマナはカルキに与する事など、最初からあり得ないではないか。
「二つ。私をシェーシャと呼んだ事。兄上は、私がシェーシャのアヴァターラであると解っても尚、私の事をラクシュマナと呼んでくれた。その時の喜びを、忘れた事はない」
ラーマが、己が何の為に世界に産まれ落ち、そして如何なる神に連なる存在だったのか。
その宿命を理解したのと連鎖して、ラクシュマナも、自分が何者であるのかも理解した。ラーマはそれを知っても、ラクシュマナを無二の弟にして親友、そして、
従者として扱った。一度として、彼をシェーシャとして扱った事はなかったのである。高次の霊的世界では、ヴィシュヌとシェーシャは主と従者の関係。
これは間違いないのだろう。だが、そんな物はラーマとラクシュマナとの関係には不要。今まで通りの関係でありたい。そう願ったラーマの心と精神に、心の底からラクシュマナは感動したのだ。目の前のサーヴァントは、ラーマの顔をして、自分の事をシェーシャと呼んだ。それは、ラクシュマナが尊いと感じた思い出に、泥を塗るような行為なのだった。
「そして最後の理由は――兄上の顔を取って現れておきながら、幼気な少女を殺そうとした其処の蛮族(ムレーチャ)の悪逆を、止める事すらしなかったと言う事だ!!」
ビッと、バッターの方に指を指しながら、ラクシュマナが一喝する。
三つ目の理由。これが、ラクシュマナの怒りを買った最大の行為であった。
彼が尊敬する本物のラーマは、正義と善を誰よりも愛する男だった。故にこそ、彼は聖王にして英雄であったのだ。
本物のラーマであれば、理由はどうあれ、マスターが幼い子供を殺そうとしているのを見たら、身を挺してそれを止めたであろう事は想像に難くない。
カルキは、これを止めなかった。マスターであるバッターが、子供――光本菜々芽――を殺そうとしたのを、無視、咎める事すらしなかった。
誰よりも尊敬する男の顔と姿を借りていながら、その尊敬する男の本質や在り方に瑕疵を付けた、目の前の男を、ラクシュマナは断じて許さなかった。
「ヴィシュヌ様の名代であるからと自惚れるな、救世主!! 私は……俺は、兄上の為であるのならば……彼と非業の別れを遂げた義姉上の為であるのならば!! 己が無限の闘争が支配する修羅道にも、浅ましい獣共が跋扈する畜生道に堕ちる事をも覚悟の、『血濡れた献身』を是とする者であると知れ!!」
タッと、バックステップを刻み、七m程距離を取った所で、ラクシュマナは今まで手にしていた稲妻の槍・ブラフマーストラを構え、一層鋭くカルキを睨んだ。
「俺は聖杯を手に入れ、これを以って兄上と義姉上に忠を尽くす。その目的には、救世主。貴様の存在が厭わしい。だが、俺の言い分が気に喰わぬと言うのであれば、どう振る舞うべきかは知っていよう。互いに我を譲らぬ士族(クシャトリヤ)が、どちらかの我を貫き通させる為に神が定めた、士族のみに赦される正しい道理の選ぶ権利。それを以て、救世主。お前の我を貫いてみろ!!」
「決闘か」
その言葉を受けて、カルキの傍に佇んでいた白馬が構え、バッターもまた、その身体に力を漲らせる。
が、カルキはこれを、ラクシュマナに払われた右腕を水平に伸ばして制止させた。
「目の前の男は、士族としての流儀に則って、余と戦おうと言うのだ。決闘で、他の者の力を借りては余の名も地に堕ちよう。余一人で、目の前の男は対処するとしよう」
言い切った瞬間、白馬とバッターを制止させていた右腕を下ろすカルキ。いつの間にかその右手に、抜身の剣が握られていた事に、胸中で驚くラクシュマナ。
やや剣身が湾曲したその曲刀は、白く激しく刀身が光り輝いており、正に救世主の振う武器として申し分ない程の説得力を醸し出していた。
「シェーシャとしての生き方を捨て、ラクシュマナと言う名のアヴァターラとしての生き方を優先した、か」
「悪いか?」
「いや、悪くはない。だが、余に曙光剣を抜かせておきながら、無事にこの場を丸く収められると思わぬ事だ」
槍術における中段の構えを取るラクシュマナとは対照的に、カルキの構えはリラックスとしたそれ。自然体の立ち居振る舞いだ。だが、それが恐ろしい。
武芸に通じる身であるラクシュマナだからこそ解る。カルキはあの構えから、こちらを如何様にも斬り崩せる力量の持ち主である事が。
「汝の覚悟で余の機装と肉体を穿てるか、試してみるが良い、ラクシュマナ。出来ねば直ちに、その首がシェーシャの下に還るものと知れ」
「聖杯を手にし、兄上に献身を尽くすのだ。その為の踏み台になるがいい、救世主!!」
-
その一言と同時に、カルキの姿が霞の様に消えた。
いや、消えたのではない。目にも留まらぬ超スピードで、カルキとラクシュマナとの間の距離をゼロにまで詰めたのである。
自身が曙光剣と呼んでいた抜身の剣を、音の速度を容易く凌駕する程の速度で縦に振り降ろすカルキ。
これを軽く、ラクシュマナが雷神の力を内包した神槍・ブラフマーストラで受け流し、相手が体勢を崩した所で石突による一撃を見舞おうとする。
だが、白い機装を纏った救世主の身体は、全く微動だにもしていない。抜身の剣を受け流した際に、槍から伝わった力は、龍すら屠れんばかりの威力を内包したものだった。
それだけの力で攻撃しておきながら、受け流されてもこの男は全く姿勢に綻びを見せない。平衡感覚が優れているか、はたまた、今の一撃ですら挨拶代りであったのか。恐らく、両方なのだろうとラクシュマナは考えた。
曙光剣を左中段から横薙ぎに振るうカルキ。攻撃の速度も然る事ながら、先程の振り降ろしから今の攻撃に移行する速度も、迅雷のそれであった。
攻撃を防御し続けていれば、一生攻勢を相手に譲る事になると考えたラクシュマナは、今放たれた一発を防御すると同時に、後ろに飛び退く。
そして飛び退きざまに、ブラフマーストラの尖端をカルキに向け、其処から稲妻を、放射する。
放たれた稲妻に、電瞬の速度でカルキが反応。稲妻目掛けて白光の剣を振り上げる。ブラフマーストラから伸びる白い放電に剣身が触れた瞬間、
稲妻は竹の如くに真っ二つに裂かれ、カルキの鎧を焼かぬままに通り過ぎて行く。俗にいう、雷切伝説。これを救世主は、当たり前のようにやってのけたのである。
その程度の事は、出来ようなと、ラクシュマナは考えていた。驚くに値しない。
散々カルキを扱き下ろしはしたラクシュマナであったが、目の前のサーヴァントは低く見積もってもラーマと同等だ、と推測しているのも事実。
この評価はラクシュマナが下すものとしては最上のそれであると言っても過言ではない。ラーマもまた生前、メーガナーダの放つ魔雷を斬り裂いて防御した事があった。
カルキがこれを出来ても、何もおかしい所はない。心を掻き乱される程の事ではない。それに、まだ手はあるのだから焦る必要もラクシュマナにはなかった。
真言を唱え、己の回りに梵字の障壁を展開させるラクシュマナ。これで、一度か二度は、攻撃を喰らってもセーフティであろう。
そしてこの状態のまま、再びカルキ目掛けて接近。先程、カルキの乗る白馬を追い詰め、攻撃にすら転じさせなかった程の速度と勢いの、槍の連撃を見舞わせる。
槍を振った際の刃風と衝撃で、海面が弾け、泡だって行く。槍の直撃を受けずともこの副次物で、並の戦士など粉微塵になってしまうかも知れない。
だが、相手もさる者。夥しい数の連撃と、それを淀みなく紡がせる技術の粋を凝らしたようなコンビネーションの妙。
並の英霊であれば防ぐ事で精一杯の、ラクシュマナの猛攻を、涼しい顔をして防ぎ続けているのである。
突きが剣身で弾かれる。薙ぎに合わせて攻撃を行われて防がれる。払いを軽くいなされる。
残像が空間に軌跡として色濃くクッキリと残る程の攻撃の数々をカルキは、弾き、払い、防ぐ。
一撃が余りにも遠すぎる。一撃与えて有効打を与えられるか如何かすらも解らない、相手はそれ程までの怪物である。
であると言うのに、その一撃すらも当てられぬと言うのは何と言う残酷な事柄か。間違っても、ラクシュマナの技量が劣っていると言う話ではない。
カルキの技量が、ラクシュマナの想像を遥かに超えて『達している』だけなのだ。まるで、ラーマ様の武錬の冴えを見ているようだとすら、ラクシュマナは思っていた。
-
攻撃を続けながら、ブラフマーストラの力を限定的に展開させる。瞬間カルキの頭上から落雷が閃くも、これすらも、彼には到達しない。
剣を振り上げるカルキ。ラクシュマナの攻撃を弾くのと、落雷を真っ二つに斬り裂いて無力化させるのを、カルキは振り上げの一動作で完結させてしまう。
そして、白光剣を振り上げ終わり、剣を掲げる様な姿勢から、直にカルキは剣を振り降ろしに掛かる。一秒たりとも、カルキは止まらない。
攻撃が終われば、また次の攻撃に転じられるような、流れるような動作とコンビネーションを彼は旨としていた。
カルキの攻撃にラクシュマナが、ブラフマーストラの穂先を合せた。穂先と剣身が、激突。
「――使うではないか」
その言葉をカルキが口にするのと同時に、彼が曙光剣と呼ぶ剣が、回転しながら中空を舞った。
白い光を散らしながら、縦に回転するその剣にカルキは目もくれない。そこに目を向けている間に、ラクシュマナの振う槍の穂先が首を穿つからだ。
シェーシャの化身たるこの男は、稲妻の放射や落雷でカルキが葬れるとは欠片も思っていなかったらしい。
本命はあくまで、槍の業。ラクシュマナは落雷を発生させ、カルキの意識を若干落雷に向けさせる事で、本命。
即ち、『ブラフマーストラの穂先に内在させていた稲妻の力』に注意が行く事を防いだ。つまり、カルキが振り上げで斬り裂いた稲妻は、囮だったのだ。
そしてその囮作戦は見事に成功。振り降ろしを槍の穂先に当てた瞬間、内部で荒れ狂わせた稲妻の力を放出。
ブラフマーストラの放つ稲妻は、直撃すればカルキとてダメージを負う。槍の穂先と打ち合い、不穏な電気が己の指先まで走り掛けたその瞬間、
この救世主は反射的に稲妻を放っていた。何たる、反射神経か。電流が身体を伝うよりも早く、それを伝える伝導体を放り捨てる等、並大抵の技ではない。
カルキが凄い芸当を披露したのは事実だが、今剣を手放した事で、ラクシュマナに千載一遇のチャンスが巡って来ているのもまた事実。
この機を逃さじと、即座にカルキの鼻頭目掛けて上段突きを放つラクシュマナ。反応しなければ、勝てる。
ラーマ王子と共に武辺を示した戦士が、そう確信したその時だった。初めから其処にいた男は幻であったかの如く、カルキの姿がラクシュマナの視界から消えた。
「!!」と反応した時には、もう遅い。最高のタイミング、最高の速度、最高の威力を以って放たれたラクシュマナの突きは、スカを喰っていた。
何が、と思ったその瞬間。
低ランクの攻撃宝具ですら一方的に遮断し防ぎ切る、ラクシュマナが展開していたマントラの梵語障壁が、薄氷の様に砕け散った。
それについてレスポンスを示すよりも早く、ラクシュマナの腹腔にインパクトが叩き込まれ、そのベクトル方向に彼の身体が素っ飛んで行く。
ラクシュマナは背面から、閉められたコンテナ倉庫に激突。金属製の壁を突き破って内部に吹き飛ばされるだけでは飽き足らず、倉庫の中に配置されていた、
空のコンテナにも衝突する。ラクシュマナのクッションにされた空コンテナが、滅茶苦茶にひしゃげて破断。破壊されてしまった。
ひしゃげた金属の破片同然にまで破壊されたコンテナの残骸から、ラクシュマナが急いで復帰する。
シェーシャのアヴァターラであるラクシュマナは、元となった龍王の権能をある程度は引き継いでいる。
再生を司るナーガであるシェーシャは、∞とすら形容される程埒外の再生力を誇る。オリジン程とは行かないがラクシュマナもこの性質を持つ。
少なくとも、心臓や脳を破壊された程度では死亡すらしない程度の再生力と耐久力はある。だがそれにしても、凄い衝撃だった。
倉庫の壁に空いた穴から見れる、カルキのポーズ。右膝立ちの状態で、手を開いた状態で右腕を伸ばした姿勢から推理するに、
掌底で自分を吹っ飛ばした事はラクシュマナにも解る。上段突きを放った時、視界から消えたとラクシュマナが錯覚する程スムーズかつ高速度で、
カルキは低姿勢の状態で突きを掻い潜り、避けたと同時に掌底を放ったのであろう。それにしても、この威力は驚異的としか言いようがない。
鎧の重量を乗せての掌底とは言え、シェーシャのアヴァターラたるラクシュマナにダメージを継続させる程の力は、並の事ではなかった。
-
「初めて見る技術でもなかろう。余は、お前が初めて目の当たりにしただろう技を使った覚えはない」
腕を引き、ゆっくりと姿勢を戻すカルキを見て、ラクシュマナは口を開いた。
「……『カラリパヤット』」
「然り」
その名前は、ラクシュマナも知っている。と言うより、使う事も出来る。
生前に、弓矢や剣、槍の他に素手で戦う術も学んでおけと、ラーマが手ずからラクシュマナやハヌマーンに教えていたのである。
守りを神髄とするカラリパヤットであるが、その守りにはカウンターと言う意味も込められており、この格闘技を極めた者の攻撃は極点に達する。
ラクシュマナが知る限りでは、案の定、と言うか当たり前ではあるが、今まで見て来たカラリパヤットの使い手の中で、ラーマが一番冴えていた。
守勢に回れば相手の皮膚は勿論髪の一本にですら相手の攻撃は掠る事も許さず、攻勢に回れば成す術もなく相手は打たれ続け地に伏せる。
素手による攻撃で、ラーマもハヌマーンも、そしてラクシュマナも。生前は羅刹を打ち殺して来たものであった。
ヴィシュヌの化身であるラーマがカラリパヤットを使えるのであれば。
同じくヴィシュヌの化身であるカルキが、カラリパヤットを使える事に何の矛盾もない。寧ろ使えて当たり前、道理とすら言えた。
そしてその練度の方は、最早語るに及ばず。技の上達や達成度を測る演武を、見るまでもない。今の一撃で解った。
カルキのカラリパヤットは、ラクシュマナの扱えるそれよりも遥かに高い習熟度で習得されている上に、カラリパヤットの始祖たるラーマに匹敵する程の域にまで達している。殴り合いで、勝てる相手では断じてなかった。
曙光剣を拾おうとしたか。目線と意識を若干、地に横たわる抜身の剣に向けたその瞬間を縫って、ラクシュマナが駆けた。
正に弾丸の如きスタートダッシュで、十数m以上もの距離を詰めた彼は、ブラフマーストラに稲妻を纏わせ、これをカルキ目掛けて叩き落とす。
身体を僅かに半身にする事で、槍の穂先を回避したカルキ――回避した、と思っていた。ブラフマーストラの穂先は、カルキの頭蓋を弾け飛ばすまであと三十cmと言う、
寸止めどころか全く命中させる気のない所で停止していた。寸止め、と言う言葉が脳裏を過った時、これがラクシュマナのフェイントである事を今カルキは知る。
フェイントに対して回避行動を取ったカルキの姿を認めるや、ラクシュマナは、槍に纏わせていた稲妻を発破させ、全方位に放電現象を迸らせる。
金属すら蒸発させる程の熱量を秘めたこれをカルキは、天性の武才を以って、ラクシュマナが行うであろう次の行動を予測。
放電が起こる前にバックステップを刻む事で回避。そして、放電が終わったその瞬間を狙って、機械鎧を纏った救世主が地を蹴った。
ミサイルの如き勢いで接近、退いた分の間合いをゼロにしたカルキが、ラクシュマナの胸部に殴打を放とうと試みる。
此処までの行動を、ラクシュマナは計算していた。
放電が避けられる事も、此方の攻めが終わるや相手が即座に攻撃を仕掛けて来るであろう事も、織り込み済み。
ラクシュマナの狙いはカウンターであった。格闘技である以上、自分から攻める技もカラリパヤットには勿論ある。
だがカラリパヤットの神髄は守勢にある。相手の攻撃に合わせて、此方が攻撃を叩き込む。相手が攻撃を仕掛けた筈なのに、何故か攻撃した側が打ち倒される。
つまりはカウンターだ。カラリパヤットを極めた者のカウンターは、余人に見切れるものではない。攻めているのに殺された、と言う現象が往々にして起こる。
槍の技ではない。ラクシュマナは、カルキよりも練度の劣るカラリパヤットのカウンターで、救世主の顎(あぎと)を破壊しようと試みた。
ラクシュマナがカラリパヤットを習得している事までは知っていようが、これで攻撃してくるなどとは夢にも思うまい。当然だ、カルキに比べて練度が拙いのだから。
だからこそ、不意打ちとして機能する。絶対にしてこないであろう手を、意識の外から放つ。背後や暗所から攻める、卑怯な手段だけが不意打ちではない。士族(クシャトリヤ)に相応しい、正統なる不意打ちと言うものが、この世には存在するのだ。
-
カルキの殴打に合わせて、身体を勢いよく半身にして攻撃を回避するラクシュマナ。
それだけに留まらない。半身にした時の勢いをそのままに、ラクシュマナはそのまま身体を横に一回転。
この時の回転力を乗せて、裏拳をカルキの顔面に叩き込もうとする!!
トン、と。裏拳に用いている右腕、その肘に何かが軽く触れた。少なくとも、手の甲がカルキの顔面を捉えた感覚ではない。
親しい間柄の人間の肩を、背後からぽんぽんと叩く様なそれと、意味合いに大差はないだろう。
――その叩かれた所を支点に、ラクシュマナの身体が裏拳を放つ方向とは逆方向に、勢いよく回転を始めた。勿論、裏拳はカルキに当たらない。
それどころか彼の身体は勢いよく回転を続けたまま、カルキから数mも遠ざかって行き、回る勢いが止まったのと時同じくして、地面に仰向けに倒れ伏してしまった。七回。これは、ラクシュマナが回転した回数であった。
「ぐ……お……っ!!」
急いで立ち上がるラクシュマナ。肘を基点に腕が折れてはいけない方向に折れ曲がっているだけでなく、筋肉と皮膚を突き破って橈骨が露出しているではないか。
何故、こんな現象が起っているのかはその身を以って理解している。ラクシュマナを殴るべく伸ばした、右手。
これを以てカルキは、ラクシュマナの肘に軽く触れたのだ。これだけでラクシュマナは思いっきり吹っ飛ばされただけでなく、腕を折られてしまったのだ。
無論、ただ触れただけではない。攻撃してきた相手を、相手の攻撃時の勢いを乗せて吹っ飛ばす特殊な接触法である。これもまた、カラリパヤットの奥義だ。
攻撃の勢いを乗せると言う性質上、相手の攻撃の威力が高ければ高い程、この接触法の効果は強まって行く。ラクシュマナの今のダメージは正に、彼自身の筋力ステータスの高さが招いた禍なのだった。
「見事な反撃である。余も少し、肝を冷やしたぞ」
平時の調子でこう言う物だから、本気で焦ったのかどうか全く疑わしい。
これでは猜疑心が強い、疑い深い人間でなくとも厭味と受けとってしまおう。そう言うのであれば、冷や汗の一つでもかくのが礼儀であろうが、勿論、カルキは汗を流してなかった。
腕が折れた程度では、ラクシュマナの心は折れない。骨折程度は、シェーシャの権能で五秒あれば元通りになる。
現に、露出した部分の骨を圧し折り、無理くりその骨を筋肉の中に埋もれさせた時には、粗方回復していた程だった。
それよりも何よりも、ラクシュマナが意図したカウンターが通じなかった事である。
カルキのやった事は、ラクシュマナが行った『カウンターに対してカウンターで返した』と言う事に等しい。
まさか合わせて攻撃していたつもりが、あちらの反撃に合わせるよう攻撃させられていたのである。これ程滑稽な話もなかった。
カルキの口ぶりから察するに、彼の行ったカウンターは初めから意図していたものではなさそうではあるが、あれ程スムーズに行われていては、寧ろ初めから計算済みの事柄ではなかったのか、と。邪推もしたくなるものであった。
「傷の治りが速いな。流石に、無限蛇の化身の事はある」
本来なら完治に数ヶ月以上も要するであろう骨折を、ものの四、五秒程で治して見せたラクシュマナを見て、嘆息するカルキ。
これを見て、間違いなく攻め方を変えて来るであろうと言う確信がラクシュマナにはあった。具体的には、自身の再生が追い付かない、より高威力のものを見舞って来る、と言う事だ。
そして、その攻撃は放たれない、と。ラクシュマナは考えていた。
「此処では滅ぼせまい?」
-
此処まで追い込まれても、ラクシュマナは、カルキに殺される可能性は極めて低いと言う確信があった。
ラクシュマナの耐久ステータスの高さは、再生能力の高さ……と言うよりは、シェーシャの化身であるが故に彼が持つ、守りに特化した権能に由来している。
彼を一撃で滅ぼそうと言うのであれば、それこそ、冬木港どころか、冬木市の数割以上がこの世から消える程の威力の宝具を放つ位しかない。
それ程までに、このラクシュマナと言う男の再生速度および、素の頑健さは常軌を逸している。恐らくカルキは、自分を滅ぼせるだけの威力の宝具を、
間違いなく有してはいる。だが、ラクシュマナ一人を滅ぼす為にその宝具を開帳する事は間違いなくないであろうし、仮にその宝具を彼を滅ぼす為に使うと決めても、
おいそれと放てるものではないのだろう。そのような考えに想到した理由は、簡単だ。この世界の浄化が己の目的だと、カルキは言った。
だがそれが、この世界にカルキがやって来た理由なら、『召喚されたその時点でその手段を発動してなければおかしいのである』。
その手段を実行していないと言う、現在の疑いようのない事実。ここから導かれる可能性は一つ。その手段は現状使えないのだ。
仮に使えたとしても、場が煮詰まり切ってない聖杯戦争の序盤も序盤で、その手段を開帳する訳には行かないだろう。
よって、以上の理由から、カルキは自分を滅ぼせない。電撃戦ではカルキの方に分があろうが、シェーシャの権能を引き継いだ自分が持久・耐久戦で負けを見る訳がない。ラクシュマナは強く、固く、そう信じていた。逆に言えばそれは、粘り勝ちでしかカルキには勝ちえない、と言う事をも意味するのであるが。
「確かに、余の真の権能は、今此処では放てない。汝の言う通りではある」
「――だが」
「真なる力に頼るまでもなく、汝を討つ術はある」
ハッタリでは、ないのだろう。
他の武器があるのか、他の宝具があるのか。はたまた、カラリパヤットの秘められたる技があるのか。
どちらにしても、湾港倉庫周辺に甚大な被害を与える事を避けつつ、自分を倒す手段となると、相当限られてくるであろうと言う確信がラクシュマナにはある。後はそれをどう見切り、どう反撃するか、だが。
白い具足に包まれたカルキの両脚に、力が漲り出したのを、ラクシュマナは見逃さなかった。
来る、そう思った瞬間、カルキは垂直に十m以上も跳躍。一直線に向かって来るか、高速移動を利用した攪乱を初めに行って来るかと思っていたラクシュマナは、
カルキの取ったこの行動に当初は面喰った。だが、飛び上がればその分、行動の自由が利かなくなる。好機である。人は空を飛べないのだ。
勿論、無理やり魔力を放出しての移動と言うものがあろうが、これは無理やりと言う言葉が指し示す通り魔力を相当消費する。
生前であればいざ知らず、魔力と言うリソースを自前で有する分のそれかマスターからの供給によってでしか頼る事が出来ないサーヴァントの身の上では、
この移動方法は無駄極まりなく、いたずらに現界時間を短くしてしまうだけだった。
攻撃を打ち込むならば、今。ラクシュマナがこう考えたのも無理はない。ブラフマーストラに稲妻の力を漲らせ、迎撃しようとする。
だが、彼は知らなかった。カルキは明白に、ラクシュマナを討ち滅ぼそうとするべく、飛び上がったと言う事を。
そしてその攻撃を放ってしまえば、無駄に被害が拡大してしまう為、あえて空を飛んだのだと言う事を。言ってしまえばこの跳躍は、被害を最小限度に抑える為の角度調整に過ぎないのだ。
「カラリパヤット、ヨーガ、苦行(タパス)。それら全てを修めた人間には最早、相手を打ち倒すのに、武器も技も不要」
ラクシュマナがブラフマーストラを構え終えたのと、カルキが口上を言い切ったのは、殆ど同時だった。
「覚えておけ、無限蛇のアヴァターラ」
槍を放擲しようと、身体全体に力を漲らせるラクシュマナ。
「――真の救世主(えいゆう)は眼で殺す」
.
-
その言葉と同時に、カルキの紅蓮の瞳から、純白の光条(ビーム)が伸びた。
槍をその手からラクシュマナが放つよりも早く、両目から放出された二本のレーザービームは、ラクシュマナの肺腑を穿った。
そのまま光条は彼の背中を貫通し、埠頭の地面に直撃。――それと同時に、着弾地点を中心として、今まで二名が戦っていた船着場全体に亀裂が生じ始めた。
固いコンクリで出来ていた筈のそれが、風化して脆くなったように亀裂から崩壊を始めて行き、破片が一つ残らず海へと沈んで行った。
しかしラクシュマナは、海に落ちる事はなかった。気合と根性を発揮し、コンクリの船着場に亀裂が入ったその瞬間に彼は飛び退き、亀裂の生じていない所まで退避。溺れる事だけは防いだ。
眼から、光線を放つ!!
同郷の地に、その優れた眼力を矢よりも鋭く尖らせ、視覚化させる事で、相手を撃ち殺す者がいた事はラクシュマナも風の噂で聞いていた。
さぞや、優れたヨーガと苦行、カラリパヤットを修めたのであろうと当初は思っていた。カルキも、使えるのか!!
口から血を吐き悶絶しながら、今まさに空中から海上に落下しようとしている彼を見上げるラクシュマナ。頭上にいる救世主の恐るべき強さに、蛇のアヴァターラは戦慄していた。
二度目を放たれたら、拙い。今ラクシュマナの肺は完全に炭化し、肺と隣接している臓器は焦げ付いている。
これすらも、シェーシャの権能に掛かればどうとでもなるのだが、立て続けに連発されてしまえば流石のラクシュマナと言えど、危険極まりない。
どうする、と。彼が思案を巡らせていた、その時であった。自分の背後の方角から、何かの気配が近付いて来るのを、ラクシュマナに備わる超感覚が感じ取った。
ラクシュマナは勿論、カルキでもなく、況して彼の駆る白馬でもなければ、救世主の主たるバッターの物でもない。
何か小さい、ミニチュア程度の物が高速でこっちに飛来して来ているのだ。飛来、と言う言葉からも解る通り、それは空を飛んでいた。丁度、高度二十m程の所だ。
落下をしているカルキや、ダメージにあえいでいるラクシュマナ、そして、離れた所で戦闘の模様を見守っていたバッターや白馬。
全員が全員、近付いてきている物の正体を判別した。飛行機型の、ラジコン……のような物だった。
プラモデル相応のそれが、凄い速度で此方に近付いてきているのだ。誰かが此処で遊んでいるのか? そうと考える者は、誰もいない。
この場にいる三名と一匹の中で、三名に属する者の一人、ラクシュマナだけがこの怪しいラジコンの正体を掴んでいた。そして、これを放った者が誰なのか、どんな意図でこれを放ったのかも。悉皆理解していた。
ラジコンめいたそれは、速度をそのままに、カルキの方ではなくバッターの方へと向かって行き――。
そのラジコンが、突如としてバッターの方へと急降下、するのと同じタイミングで、円筒状の物を彼目掛けて産み落とした。
「避けよ!! 浄化者!!」
カルキが海面に『降り立つ』のと、彼自身が叫んだのは同時であった。
彼に言われるよりも早く、バッターは後ろに飛び退いており、まだ足りぬと白馬は判断したか。
その口でバッターの服の襟を噛み、そのまま急浮上。七十m以上もの距離を、ラジコンが吐き出した円筒状の何かから取った。
それが地面に着弾した、次の瞬間。空気を震わせ、鼓膜が破裂せんばかりの大音と同時に、埠頭で円筒が爆ぜた。
爆発、だった。オレンジ色の炎が着弾地点から燃え上がり、衝撃波や爆風がコンテナ倉庫をねっとりと炙る。この爆発の威力だ。直撃していれば、人間の体など粉微塵であったろう。
-
バッと、ラジコンが飛来した方向に顔を向けるラクシュマナ。
今の今まで、コンテナ倉庫の影でひっそりと身を隠していた隼鷹が、脱兎の如く逃げ出しているのを認めた。
一緒に逃げよう、と言う意味である事を、彼は受け取る。この場で決闘を放棄し、背を見せて逃走するのは、士族に有るまじき卑怯な行いである。
ほんの一瞬だが、逃げるのを躊躇った。だが、此処で死んではラーマに忠を尽くせない。今回の聖杯戦争でラクシュマナ、ラーマにシータを遭わせてやりたいのだ。
であれば、此処はいったん退却し、身を整える事が重要であろう。逃げる事は、恥ではない。そう自分に言い聞かせ、ラクシュマナは、
隼鷹の放った九九式艦爆に一瞬カルキらが目を奪われている隙に駆け出し、その場から逃走。
これを追跡しようとカルキはするが、その時彼は、眼から放った光線で艦爆を射抜き、爆破させている時であり、追いすがるのが遅れてしまった。
その一〜二秒程の遅れを許したせいで、ラクシュマナとカルキの距離は、八十m以上まで離されていた。
追っても良い。だが、敵もさる者。わざと密集地帯を選んで逃げている。これでは無駄に建造物を破壊してしまう。それでは面白くない。カルキは結局、ラクシュマナを追うのを諦めた。
「……あれ程の戦士が、逃げを選ぶとはな」
見損なった訳ではない。寧ろ、評価している。
己が勇名と強さを誇り、それによって得られた戦果や勲章・勝利を尊ぶクシャトリヤにとって、戦いからの逃走を選ぶ事は、自決よりも勇気がいる。
自分がその強さで得て来た全てを、放擲するに等しい行為だと思っているからだ。だが、市井で平凡に生きる平民にとっても、民草を統治する王侯にとっても、
戦いを生業とする戦士にとっても、濁った眼をした奴隷(シュードラ)にとっても、決して変わらぬ不変の真理と言うものが存在する。
人は『死ねば終わり』。これは、どんな身分の人間は勿論、神をも屠る強さの戦士にとっても同じである。死ねば、今生きている何某と言う人物はお終いなのだ。
戦いの中で死ぬ事を誇りに思う戦士でも、その場で死にたくないと思ったのなら逃げれば良いのだ。恥ずべき事ではあるかも知れないが、人として、何もそれは間違ってはいない。
ラクシュマナ。カルキの目から見ても、優れた戦士であった。
あの戦士の本質は、高潔かつ高邁、秩序と善とに価値の重きを置く、英雄の名に恥じぬ男なのだろう。
それ程までの男が、逃げを選ぶ。心が読めるカルキではないが、其処には葛藤の一つや二つ、あっただろう事は想像に難くない。
士族の恥だと罵られる事を覚悟で、叶えたい願いがあるのだろう。それが、カルキの大本であるヴィシュヌが嘗て使ったアヴァターラ、
ラーマに対して忠を尽くすと言う物なのは明らかだ。戦士としての誇りに泥を塗ってまで、あの男はラーマに尽くしたいのである。
献身の姿勢としては、素晴らしい。クシャトリヤとしては褒められた行為ではなかったのかも知れないが、その在り方は、カルキの目から見ても尊いものだった。だから、これ以上追う事をカルキは止めた。
だが、今回追うのを止めただけに過ぎない。次出会えば、力の全てを尽し、あの男を葬るとカルキは決めていた。
技術の全て、能力の全てで此方が秀でていると言う事を知らしめながら、ラクシュマナを浄化すると決意した。
改心の余地がある人間に幾ら殺意や敵意を向けられた所で、カルキはそれを歯牙にもかけない。
だが此方に明白に敵意を示した相手がクシャトリヤ、それも、恐るべき強さを誇る上に、極めて頑迷な性格の持ち主であると言うのなら容赦はしない。
末世を正す救世主として、己の穢土救済の道を阻もうとする思い上がった者は、今生からの解脱と言う形でその愚かさを知らせしめるのである。
「何故追わない」
-
ある一方向を眺めながら、バッターがそう言った。
コンテナ倉庫が複雑に入り組んでいる為、隼鷹とラクシュマナがどう言うルートで逃げているのか、普通は見えない。
だが、バッターの霊感は、あの二名がどう逃げているのか彼に明白に告げている。そして恐らくはカルキも、どう逃げているのか解っているのだろう。
解っていて、追わない。止めを刺しに行かない。バッターが不快に思うのも、無理からぬ事であった。
「あれは敵ではあるが、悪ではないからだ。敵と悪とは、同じ括りに纏められない。余に刃を向けた報いは何れ受けさせるが、世界を乱す悪でない以上、躍起になる必要もない」
「あれは……いや、奴らは『亡霊』だ。嘗て死んだ者、そして、これから死ぬべき者の魂魄が、現世に未練と憧憬を抱いた末に現れる、正しい時空に存在するべきではない影だ」
「サーヴァントをそう呼称する者は、汝以外を於いて他におらぬだろうな。その定義では、余もまた、お前の言う穢れた亡霊になる」
「その通りだ」
淡々と続けるバッターの瞳が、カルキを捉えた。無感情ながらも、確かな決意を内奥に秘めたカルキの瞳とは違い、バッターの瞳は本当の虚無で満ちていた。
感情がない、情動がない。その癖、冷たい意気に満ちたその瞳は、ガラス球のそれとも違う。
過去に起こった凄絶な体験の末に、心が壊れた人間では、バッターは断じてない。心が確かにある筈なのに、心が壊れた人間以上に、『心が初めから存在しないと余人に思わせしめる』この男は――誰の目から見ても、明白な異常者であった。
「本来浄化されるべき亡霊を用いて、亡霊を浄化するなど、神聖な任務に矛盾する事柄だが……こうでもしなければこの世界に潜り込めなかった、と言うのが腹ただしい」
空に浮かぶ月を見上げ、バッターは尚も言葉を紡ぎ続ける。
「猥雑な色を浴びせた世界。混沌で満ちた宇宙。この穢れた宇宙を、俺の墓標にするつもりらしいが、そうは行かない」
月が、バッターを見下ろしている。
少年の夢と青春が詰まった、白い野球のユニフォーム。これを纏った狂人を見下ろす、雌黄色の月の気持ちとは、果たして。
「覚悟しろ、ジャッジ。奴隷の名を冠した亡霊の全てを討ち滅ぼした後、二度と戯言を口に出来ぬよう貴様の顎と牙とを我がバットで砕いてくれる」
「だがその前に――」
「この世界には雑音が多すぎる。行くぞ、アドオン……いや、『ライダー』、だったな。紛らわしい」
そう言葉を切ってから、バットを肩にかけ、その状態のままバッターはカルキに背を向けて、一人スタスタと歩いて行く。
騒ぎを聞きつけた、港の関係者及び、此処を巡回している警備員が走り寄ってくるのを、自身の超感覚で捉えたからだ。
カルキもまた、バッターに従いその場を後にしようとするが、それを行う前に、白馬が拾ってくれた曙光剣を手に取り、邪魔な蜘蛛の巣を払うが如く、
これを高速で虚空に一閃。それが、単なるデモンストレーションだったのかは、カルキにしか解らない。どちらにしても彼は、剣を振い終えたその後に、白馬と一緒に霊体化を行い、バッターに追随。港から去って行く。
……あれだけの騒ぎを起きていた港が、嘘のように静かだった。
波が打ち付ける音、潮騒が奏でるバラード、潮風の心地よい香り。カルキとラクシュマナの血で血を洗う死闘によって、極限まで褪せていた、冬木の海な平和な様相が今、復活を始めていた。
「……これで主役が揃い踏み、ってか」
平和な風景であったからこそ、青年の声は良く聞こえた。
先程カルキがラクシュマナを吹っ飛ばした事で穴があけられた、コンテナ倉庫。その穴からニュっと、カエルの仮面を被った男が姿を見せた。
顔に、冷や汗を張りつけさせているこの男は、ずっと隠れていた。自らが使役するサーヴァントが産み出した、透明人間薬。これをずっと服用したまま、戦闘の余波で死ぬんじゃないかと冷や冷やしながら、だが。
「にしても……あのこわーい旦那に相応しい、おっかないサーヴァントだったな。……本当に勝算があるのかね……パブロの奴」
名を、ザッカリー。この聖杯戦争を運営している白猫・ジャッジの盟友であり、浄化者・バッターをこの世界に招き入れた、張本人でもある男であった。
「そんじゃま、後は噂の流布に務めますかね。あのアヒルちゃんに試練を与える為のな。……OFFのゲームじゃしがない物売りだったが、俺だってレギュラーキャラになれば結構働くんだぜ? 読者の皆様方」
あらぬ方向にウィンクを決めながら、ザッカリーは、おちゃらけた調子でそう口にしたのであった。
-
◆
――『白い騎士』がやって来る。
冬木の街に、こんな伝承(フォークロア)が語られるようになったのは、果たして何時の事であったろう。
一年前どころか、インターネットが普及する以前、それこそ、世の人々がまだテレビやラジオを主な情報源としていた時代。
いやそれどころか、千年・二千年もの昔から、古文書・口伝と言った方法で細々と伝えられてきたかの如き、時の重みすら、この伝承からは感じられた。
――『白い騎士』がやって来る。
噂の担い手たる人間達の年齢に、纏まりはなかった。
多くの老若男女がその噂を認識していた。無論、手放しに皆が信じている訳ではない。
馬鹿げた話だと切り捨てる者もいる。頭から全て信じ込んでいる者もいる。話の何割かが嘘ではあるが、残りの部分に真実が隠されていると推理する者もいる。
何れにせよ、言える事は一つである。多くの者達がこの伝承を、形はどうあれ、耳にしていると言う事。これだけは、揺るぎのない真実だった。
――『白い騎士』がやって来る。
多くの者達がこの噂を認識しているにも拘らず、その形式(フォーマット)は余りにも各人でバラバラ過ぎた。
噂とは一種の伝言ゲームであり、話し手や聞き手の人間性や知性次第で、幾らでも尾鰭が付くもの。
我が国においては、口裂け女、と言う都市伝説こそがまさに、人の話す内容とは上から下に下るにつれて変化して行く、と言う事の一例とも言えようか。
――『白い騎士』。
それこそが、噂の核、骨子である。伝承を語る人物が誰であろうと、この部分だけは絶対に変わらない。これを変えてしまえば、全く別の伝承になる。
問題は、この白い騎士の各人の捉え方、解釈の仕方であった。『白い騎士』を、『正義の担い手』であると信じる宗教者もいる。
『白い騎士』を、『白馬の王子様』と呼ぶ夢見がちもいる。『白い騎士』を、『諸悪を裁く審判者』だと確信する者もいる。
『白い騎士』が現れるその時こそ、『世界の終末である』と認識する破滅主義者もいる。『白い騎士』は、『勝利の上に更に勝利を重ねる者』だと恐れる宗教者もいる。
『白い騎士』が果たして誰で、何の為にこの世界に現れ、そして現れれば何を行うのか。それを正確に理解出来ている者は、一人たりともこの街にはいるまい。
そして、各人のどんな白騎士論が、真実のそれであるのか、と言う事も勿論、誰も理解していまい。
真実に到達しようがするまいが、どうしようもなく、人々を取り巻く事情は刻一刻と変化して行き、水車が回る様に時間も廻り、星も自転し、月も秤動する。
つまり、『白い騎士』の伝説など、人々がどう認識しようが、所詮は伝説。伝説とは、歴史と化した嘘である。
遥かな古に、何をルーツに興ったか解らない伝説など、現代(いま)の激動を生きる人間には、慰みにしかならない。
「ああ、そんな話があるのか」、そうと認識しながら、人々は、今日を生きるしかないのである。結局は、この白い騎士の伝説も、人々の知識に彩りを与える程度の小話に過ぎなかった。
――『白い騎士』が、やって来る。
空を自在に飛ぶ『白馬』に跨り、宇宙の真理が完全に保たれた『黄金の時代』を再び築き上げるべく。
『白い騎士』が、やって来る。その手で勝利を得、そして築いた勝利の上に、更に勝利を築く為に。
『白い騎士』が、やって来る。
苦諦に満ちた世界を過去の物とするべく。
跳梁跋扈する悪霊共を祓うべく。聖なる光を煌めかせながら。白い騎士は、今日も往く。
-
◆
――ブエノス・ディアス。
猛き少年、ピュアな少女、気取った紳士に麗らかな淑女の皆様方。
待たせて悪かったな。三か月ぐらい待たせた気もするが、気のせいだろ。まぁ兎に角、審判の時とやらがようやく始まるんだ。
ま、気取った言い方をしないで言うと、聖杯戦争って奴がこの瞬間を以って始まる。はは、嬉しいか、怖いか? ちなみに俺は嫌だぜ、仕事が増えるからな。
さて、聖杯戦争の基本的なルール自体は、お前さん達が持ってるこの星座のカードに『オッケーグーグル!!』って感じで念じれば確認出来る。
だから今更伝える事は特にはない。新しく増えたルールって奴も特にはない。だが、それとは別に、極めて重要な伝達事項って奴を伝えなくてはならない。
まぁ、古風かつ差別的な言い方をしちゃうと、『お尋ね者』、って奴だな。んで、聖杯戦争の開始と同時に、お前さん達にはクエストって奴を提示しなけりゃならん。
ヘヘ、何かRPGっぽくてワクワクするよな!! こう言う本筋と逸れたクエストばかりクリアしちまうとこっちが強くなり過ぎてバランス壊れるとかザラだよな!!
だがま、これからやって貰いたいクエストってのは、バリバリ聖杯戦争の本筋に関わるし、最悪身の危険がある奴だからな。無視って言う選択肢もアリだ。
その分、報酬は凄いぜ。詳しい事は下の方に記してあるから、取り敢えず見といてくれ。このクエストを、落ちてる金を拾うもんだと思うのも良し、乗るに値しない物だと思うのも良し。それじゃ、諸君らの良い健闘と検討を祈ってるぜ!!
討伐クエスト:バッター及びライダーの討伐
討伐事由:極めて重度かつ深刻な危険思想の持ち主かつ、運営側への反逆行為
開示情報:バッター及び、ライダーの顔写真及び身体的特徴を映した写真の開示
備考:主従共に消滅が報酬達成条件。
報酬:令呪10画+希望者は元の世界への帰還
――星座のカードを通じて、五月三日の深夜0:00に投影されたホログラムより
-
◆
――第五の情報が開示されました
.
-
◆
【クラス】ライダー
【真名】カルキ
【出典】ヒンドゥー教終末論
【性別】男
【身長・体重】178cm、72kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力:B++ 耐久:A+ 敏捷:A 魔力:A 幸運:A 宝具:EX
【クラス別スキル】
対魔力:A
A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではライダーに傷をつけられない。
騎乗:A+
騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。ただし、竜種は該当しない。
【固有スキル】
維持神の加護:EX
ヒンドゥーの神話体系におけるトリムルティ(三位一体)を成す神霊、ヴィシュヌによる加護。
ライダーの行う敵対者の殲滅行動、及び『悪』を滅ぼすと言う行為は、ヴィシュヌによって成功が高い確率で保障されている。
ライダーが敵と認識した存在と交戦する際、戦局を有利に進めるありとあらゆる行動の判定に上方修正が掛かる。
属性が『悪』の者に対しては、更にその上方修正に補正が掛かるものとする。
また、ライダーはヴィシュヌの加護により、悪の誘惑及び精神干渉を一切跳ね除ける。ランクに関わらず精神攻撃の全てを無効化する。
堕落した世界を善の満ちる世界に変革する救世主が持つ権能。善は悪に勝利すると言う、当然の最終的結実を意味するスキル。勇者とは、常に勝利する者である。
但し、ライダーの交戦する相手が『善属性』、或いはライダーが『善』と認識した者、或いはAランク以上の神性を保有する者については、このスキルによる上方修正機能は発動しない。
魔力放出(光):EX
膨大な魔力はライダーが意識せずとも、悪党(ダスユ)と蛮族(ムレーチャ)を滅ぼす眩い光明として総身から発せられる。
尽きぬ程に溢れ出るこの光は、規格外の熱量を保有する聖光。ライダーが赦した、或いは『善である』と認識した存在には、
眩くはあるが柔らかな光に過ぎないが、一度敵と認識した存在には肉体を焼き滅ぼす程の熱光と爆光になる。
また、『悪』の属性を内包した者に対しては、その光の威力が倍加する。可視化されたカリスマその物。このスキルは常時発動しており、攻撃力・防御力を共に埒外の値としている。
神性:A++
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
維持神・ヴィシュヌが地上に降臨する際に用いるアヴァターラの一つであり、役目を終えた後ライダーは神の座に還る。
地上に伝えられる十の化身の中でも、ライダーは特にヴィシュヌ本来の性質が色濃く反映されており、その神霊適性はサーヴァントとしての枠を超え、神霊一歩手前の状態である。
武の祝福:A+
最悪の魔王・カリが支配する末世、カリ・ユガを浄化、清めた後理想の精神世界クリタ・ユガを打ち立てる運命にあるライダーは、
剣術だけでなく武術全てに秀でている。心眼や軍略、圏境・戦闘続行・カラリパヤットなど、多くの戦闘系のスキルを内包した複合スキル。またこのスキルにより、ライダークラスでありながら宝具に近い威力の弓や槍等を持ち込める事が可能となっている。
カリスマ:A+
大軍団を指揮・統率する才能。ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。ライダーの姿は、『悪』には恐るべき審判者に見え、無辜の民には『救世主』に見えると言う。
-
【宝具】
『偉大なる者の腕(トリムルティ・バージュー)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1〜50(武器により可変) 最大補足:500
同じヴィシュヌのアヴァターラであるパラシュラーマ、及び、ヴィシュヌ、そして、彼と同じトリムルティを形成するシヴァ神から、
あらゆる神魔に対抗するべくディーヴァの神々より授けられた数多の武器。投擲武器である円盤や投槍シューラヴァタ、棍棒モーダキーにシカリー、
シヴァ神の持つ三叉槍トリシューラに、シヴァの象徴たる第三の目の眼光の具現化であるハーシュパタ等、その数は圧倒的。
神性が高ければ高い程ヴィシュヌ神に近い存在とみなされ、持ち込める武器の数が多くなる。
ランクA++は、最早サーヴァントシステムにおけるクラス制限があってないも同然のレベル。ライダーでありながら、三騎士のクラスでも平然と活躍する。
但し、本来のクラスではない武器を用いていると言う弊害か、クラス違いの武器を振う場合には、平時の魔力消費量に、本来のクラスで扱われる筈だった武器の魔力消費量を増大させた値がプラスされる。
『朝日よ、希望を照らせ(スティティ・テージャス)』
ランク:A++ 種別:対人〜対城宝具 レンジ:1 最大補足:1〜500
ライダーの騎乗する、白い翼をその背に宿し、白く輝く機械の鎧を装着する白い巨馬。その正体は、それ自体が高い神性スキルを保有する神獣。
一説に曰く、騎乗者ではなく、この宝具こそがヴィシュヌ本体であると言う説もあるが、その真実は不明。
確かなのは、この宝具、つまり白馬は、ライダーと思考が同期されており、ライダーが思考した瞬間その思考通りに動く事が可能と言う点。
重力・慣性・空気抵抗の無視、空間座標の固定と言った能力をフルに利用した超加速移動を可能とし、装備している機械の鎧から弾丸や砲弾を射出する事も出来る。
騎乗状態で真名を解放すると、ライダーと白馬の存在がシンクロを引き起こし、維持神ヴィシュヌが有する『維持』の権能を限定的に解放。
過去・現在・未来から迫り来るありとあらゆる危機的状態が、ライダーに害を及ぼす直前で停滞。
あらゆる物理干渉をシャットアウトし、5つの魔法、神霊級の魔術や攻撃や宝具・害意すら寄せ付けず、何者の侵害も許さない、究極の防御が此処に完成する。
また白馬は、ライダーと同等の魔力放出(光)スキルを持ち、単体でも恐るべき戦闘能力を誇る。素の突進がA+ランク相当の対軍宝具レベルの威力を誇り、魔力放出スキルを発動させた状態ならば、A+ランク相当の対城宝具レベルの威力へと変貌する。
-
『天地開闢・三界救世(クリタ・ユガ)』
ランク:EX 種別:対界〜対星宝具 レンジ:100〜星全体 最大補足:1000〜地球総人口
末世を終わらせる勇者・救世主たるライダーが保有する、悪を滅ぼすと言う力、その根源。
その正体は、悪の殲滅と善の繁栄と言う、救世主に求められる使命達成の為、神々が地上に齎す破壊権利。
終末世界及び、悪の居る世界を浄化(破壊)する為に必要な力を必要なだけ、ヴィシュヌ・シヴァ・ブラフマーから借り受けるのがこの宝具。
発動すると天空から、莫大な熱量を誇る光柱が一切の逃げ場もなく降り注ぎ、地上に存在する悪と敵を全て浄化する。
この宝具は一度発動すれば、ライダーが敵と認識した存在が消滅するまで発動し続け、発動中に敵が抵抗すればする程、その威力が上昇し続ける。
対粛清防御すらも貫通して打倒するに足る一撃である為、生半なスキルや宝具では防御は勿論一秒の対抗すら不可能。
対抗するには最低でも同等出力の対界宝具か、同じく同等出力の防御宝具が必須。極めて強力な宝具だが、使用には莫大な魔力が必要であり、かつ敵が滅びるまで宝具が続くと言う都合上、戦いが長引けば長引く程、ライダー及びマスターに与えられる魔力負担は凄まじいものとなる。
上記の説明は、この宝具の最初のステップ、つまり『破壊』のそれに過ぎない。
この宝具には続きがある。この宝具の真の本質は、『世界を次のステージに移行させる』と言うもの。
この宝具を真実最大出力で放つと、現実の物理法則によって成り立つ世界が剥がれ落ち、過去のものとなった幻想法則が現れる。
つまり、『神代に逆戻りしてしまう』。当然、この宝具は発動自体が抑止力の対象であり、尋常の手段ではそもそも魔力自体が足りず、発動は絶対的に不可能。
――但し、聖杯があるのならば話は別。聖杯の力があれば、この宝具は真実の姿で発動する事が可能。
ライダーの真の目的は、『聖杯の魔力を用い、この宝具を完全状態で発動させ、聖杯戦争の舞台たる世界を浄化する事』である。
【weapon】
曙光剣・バイラーヴァ:
ライダーが保有する、シヴァ神の異名の一つの名を冠する、白く輝く抜身の長剣。
これ自体がAランクの宝具に相当する代物であり、此処に魔力放出(光)による熱光を纏わせて行う剣術を、ライダーは戦闘の基本骨子としている。
一見するとセイバークラスの宝具に思えるが、実際にはライダーを象徴する武装の一つであり、宝具・偉大なる者の腕による魔力消費増大の対象外。
-
投下を終了します。今日か明日にでも投下できるよう努力します
-
あと三組か
-
投稿お疲れ様です
予想はしてたけどやっぱり来ましたねカルキ
ジャッジとしてはバッターどうにかできれば後はどうとでも
って感じで此処まで豪華な討伐令の褒美もそうそうない
-
長らくお待たせしました。マジでOPで三か月以上掛かってるとかアホの極みですが、企画だけは這う這うの体で書けたらなって思います
投下します
-
◆
流離の子
ソルニゲル
Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木
物語の王
餓狼伝
.
-
◆
ZONE28――『ソルニゲル』
「ありゃ、なんてぇ奴なの。アポリオンを破壊しやがった」
壁掛け式の巨大モニターに流れていた映像が、突如として切れたのを見て、中年にも老人にも見える男は驚いた。
見た目から推察出来る年齢からは想像もつかない程、この男は調子が普段から軽く軟派で、道化の如くおどけた様子を隠さないふざけた男であった。
よく言えば少年の心の持ち主、悪く言えば、幼稚。今の言葉も、てっきりその延長線上から出た言葉なのかと誰もが疑おうが、実際には違う。この男は本気で驚いていた。
錬金術師・『フェイスレス』の放った超小型自動人形・アポリオンは、人間の手が織りなせる超精密作業の限界にまで到達したような、フェイスレスの傑作だった。
人を殺す人形を作る事など、フェイスレスにとっては造作もない事柄である。十秒で五人以上の人間を殺せる人形だって、この男の手に掛かれば朝飯前であった。
見てくれだけ美しい人形だって思いのまま、人間の様に闊達に言葉を喋れ、動作もスムーズな人間だってフェイスレスは自由自在なのだ。
そんな彼が、アポリオンを傑作だと感じている理由は単純明快。小さいからだ。ただ小さいと言っても、米粒程の大きさと言う訳ではない。『それよりも小さい』。
人間の体内、毛細血管の中にまで侵入出来る程アポリオンは小さく、そしてその小ささの故に、人の身体のみならずこの世の遍く精密機械の中に侵入が出来る。
アポリオンはその小さい身体を駆使して、機械の回路に致命的なエラーを引き起こさせ、破壊させる事が出来る。そしてそれは勿論、人間に対しても。
最も小さい人形であるにも拘らず、最も効率よく人間を死に至らしめるこの人形。人を殺すのに、マッハ数十の弾丸を射出する銃も、圧倒的な範囲を面破壊するミサイルも不要。それを如実に証明して来たアポリオンは正に、傑作の名に相応しい自動人形であった。
人間の体内に、当人に気付かれずに侵入出来ると言う特徴からも解る通り、アポリオンは大変小さい。
人間の肉眼で捉える事はほぼ不可能。活動を停止させた上で、専用の拡大鏡や顕微鏡を通して見る事や、アポリオン自体が存在を知らせしめると言う行為でもしない限り、
その認知は不可能に近い。アポリオンを冬木に来てから幾つも創造していたフェイスレスは、冬木全土にアポリオンを撒き、
冬木全土の動向をこの小型自動人形に搭載されたピンホールカメラを通じ、冬木新都の屋敷にいながらしてリアルタイムで把握していたのである。
流石に、元いた世界程時間が有限ではなかった為、アポリオンの作成数にも限界があった。今の所百体、冬木には監視用のアポリオンが潜んでいる。
それでも、冬木市程度の町であるのならば、全く不自由しない程広範囲を監視出来る。このように情報面においてフェイスレスは、非常に抜きん出たアドバンテージを有していた。
――そのアポリオンが、『破壊された』。
白い鎧を纏った、美丈夫だった。ルビーの様に美しく煌めく赤髪と、恒星を練り固めた様に光り輝く白色の機械鎧を身に纏った男。
その男が手にした、白く輝く抜身の剣の一閃で、二体のアポリオンが一緒に割断され破壊されてしまったのである!!
あの男の姿は、眼を瞑ってもフェイスレスには鮮明に思い出せる。
白馬の王子様と言われても納得する程の、御伽噺の住人めいた美形は、フェイスレスから見てもサーヴァントだと一目で『理解』させる程のそれ。
一方で、あの纏っている現代的であるどころか、遥かな遠未来風のモティーフの鎧は如何だ? SFの世界から飛び出して来たようなデザインそのものではないか。
古の時代から連綿と伝わる神話や伝説の中の存在めいた美男子が、今日日のSFを思い起こさせるような機械鎧を身に纏う。
そのアンビバレンツさに、久方ぶりに忘れていた、人形使いとしての白金の魂を揺さぶられた気がした。
ああいうデザインの人形を作るのも、悪くはないかも知れない。閃き(インスピレーション)は彼のような物作りに凝る人間には重要である。
作図などを一から丁寧に書き上げてから作り上げた作品よりも、閃きと情熱の赴くがままに作成した作品の方が、時に優れていると言う事が往々にしてあるのだ。あの白騎士から作られた人形。時間があれば、テストしてみるのも、悪くはない。
-
アポリオンが破壊されていると言うのに、フェイスレスは全く動揺していない。
アームチェアに腰を下ろし、余裕そうな態度で、巨大モニターのチャンネルを切り替えている今の様子に、狼狽の香りは欠片も感じられない。
このような態度を貫き通せているのは、単なる強がりではない。諦観でもない。『過去に今と同じく、アポリオンが破壊された事例があった』からだ。
要するに開き直りだ。人の目には捉えられない程の小ささのアポリオン。これは事実である。だが、英霊相手には必ずしもそうは行かない。
人間には備わりようのない超感覚で、アポリオンの微かな羽音を捉え、これを破壊すると言う事も出来るであろう。
結局アポリオンは、ただの人間相手には極めて有効な手段だが、人間の範疇を超えたサーヴァント相手には通用しない事もあると言う事をフェイスレスは痛い程思い知っている。最初はアポリオンを破壊されたら大いに驚いたが、最近は壊されてもまぁ良いかと思い直す事にした。何故なら、アポリオンが誰の手による物なのかなど、フェイスレスの関係者でもない限りは知る由もない。自分の身元がバレない限りは、まるでセーフティなのだ。
当たり前の事柄であるが、アポリオンを破壊した存在はフェイスレスも要警戒している。何せ通常気付けない存在を認知して破壊するのだ。
マークしない手はなかった。何せアポリオンの存在を認識出来ると言う事は、フェイスレスの切り札である『ゾナハ病による病死』を、
一方的に無効化させるに等しいのだから。アポリオンを破壊、或いは無力化させたサーヴァント達は、以下の通りである。
白いワンピースを身に纏った、金髪の美女。彼女はアポリオンの存在に気付くなり、口汚く此方を罵りながら、手に持った剣でこれを割断した。
黒いフロックコートとスラックスを身に纏った、灰色の髪の美青年。アポリオン越しに此方を見るフェイスレスに、青年が笑みを浮かべたその瞬間、映像が途絶えた。
白金として生きていた時代の中国ですら旧時代の産物であった、旧い時代の中国の礼服を纏った青年。彼は持っていた弓で、アポリオンを叩き落とした。
浅黒い肌色をした、眉間に眼球が生じている角の生えた青年……ではなく、従えていると思しき白衣を纏った、総白髪で初老の男。彼は高いテンションでサーヴァントに命令を下し、アポリオンを正体不明の攻撃で破壊した。
黄色いフード付きローブを纏った、正体不明の男。この男の姿を捉えた瞬間、突如として突風が巻き起こり、アポリオンはそのボディをバラバラにされた。
『謎の狗』。超感覚でアポリオンを喰われ、その状態が数十秒程続くや、急に酷いノイズがモニターを支配。そのまま映像は映らなくなった。
この地球上の国家で採用されたそれのデザインをパッチワークケルトにして見せた様な、赤い軍服を纏う青年。彼に認識された瞬間、モニターが鮮血に染まった。
日本の僧侶が身に纏うような法衣を纏う、禿頭の美男子。その手から光が瞬いたと同時に、アポリオンからの映像はシャットアウトされた。
とたとた、と言う効果音が似合いそうな程軽やかに、何処かの屋敷の廊下を走るプラチナブロンドの髪をした少女。「めっ、です」とカメラ目線に少女がそう言うや、同時にスクリーンが黒く染め上げられた。
銀色のファーコートを身に纏った、紫色の髪の美女。「悪いヘイムダルもいたもんだな」、とヘラヘラ笑いながら、手を動かしてアポリオンを砕いた。
……、実を言うとこれから言う存在はフェイスレスも確認出来なかった。「あぁん、遂にワタクシの事を見て下さったのねェ。お慕いしておりますわフェイスレス様ァ」と、何故かディアマンティーナの声音がアポリオンがそう拾うや、カメラにドアップで黒い男性器とアナルが映し出され、その後スクリーンにノイズが走った。……この後フェイスレスが吐きそうになったのは、言うまでもなかった。
上の十一体をなるべく避けるように、フェイスレスはアポリオンを放っていた。
それはそうだ、これ以上彼らに深追いをすれば、自分の身下まで割れかねない。それは防ぎたいと思うのなら、アポリオンの存在を看破したサーヴァントの下に、
これを派遣するのは馬鹿のやる事だ。癪に障る話だが、無視するしかなかった。勿論これは、先程アポリオンを割断した機械鎧の戦士にも言える事だった。
「凄いんですね、他のサーヴァントの方々も。私にはこの、『あぽりおん』……全然見えないですのに」
-
そう言ってフェイスレスの背後で、手をゆらゆらと動かして、虚空に向かって勢いよく手を伸ばし、ギュッと何かを握る動作を繰り返す少女がいた。
墨に浸けた様な黒い和服を身に纏った、毛先だけ緋色の黒髪を持ち、紅色の瞳が美しいこの少女は、ランサーのサーヴァント、『空亡』。
フェイスレスが従えるサーヴァントであり、百鬼夜行図の最後列で妖怪達を追いたてる聖なる太陽が、人々の信仰(迷信)によりて妖怪と化した存在。
現代のフォークロアが産んだ、最新にして最強を宿命づけられた怪異。それが彼女であった。
そんな彼女は何故、この奇妙なパントマイムを披露しているのか。単純な話。フェイスレスがこの部屋に放っているであろうアポリオンを捕まえようとしているのだ。
実際にはフェイスレスはこの部屋にアポリオンなど放っていない――と言うか放つ必要性すらない――のだが、彼のついた嘘を空亡は信じ、これを捕まえよう、小一時間位ずっとこんな仕草を続けているのだ。見ている分には、フェイスレスとしては楽しくてしょうがない。
「凄いよねぇ、サーヴァントって奴はさ。僕の傑作アポリオンを容易く認識して、容易く破壊する。解るかい、ランサー? 『地獄の機械』は、こんな世界でですら、僕を虐めるんだ……」
椅子から立ち上がり、芝居がかった仕草で空亡の方に向き直るフェイスレス。
泣いていた。その瞳から滂沱の涙を流し、カーペットに水溜りを作りながら、オンオンとフェイスレスは泣いていた。
その様子を見て空亡も、グスンと一言口にしてから、着物の袖で瞳を拭う仕草をして見せた。勿論涙など流していない。
自分のマスターである、六歳児が精神年齢をそのままに大きくなったような老人・フェイスレスにノリを合せているだけに過ぎない。この老人は自分の仕草に一々反応してくれると喜ぶのである。
「僕の願いなんてちっぽけさ、好きな女の人と、一緒に暮らして、その女の人に微笑みかけられて欲しいだけ。それなのに、地獄の悪魔は僕の事を恋路を邪魔するんだ〜〜〜〜!!」
科学を極め、錬金術の秘奥を見たフェイスレス。
ありとあらゆる構造物を『分解』し、命なき人形に一つの意思ですら構築させられるそんな彼ですら、分解も出来ず構築も出来ないものがあった。
運命。フェイスレスは、自分を取り巻く運命を『地獄の機械』と表していた。
フェイスレスの願いは、正真正銘今彼が口にした通りのもの。好きになった女に笑みを投げ掛けられて欲しい。一緒にその女と過ごしたい。
世の男の誰もが夢想するだろう、ありふれた願い。世界を支配する悪の魔王を倒す強さが欲しいだとか、世界の危機を救うだけの奇跡が起きて欲しいだとか。
そんなスケールの大きい願いなどでは断じてない。本当に、些細な願い。本人の努力次第で如何様にも軌道修正が効くであろう、小さなそれ。
その願いが、フェイスレスはずっと叶えられないでいた。その年数、優に二百年。オリジンとなった白金、白金の記憶を引き継いだ二代目の身体、
そして二代目の身体に『ガタ』が来た為機械化そ重ね補強を行った今の身体。以上三つの身体で、三つの異なる顔で、同じ女に恋をして見たが、その恋が全く実らない。
科学を極めた男が、唯一その手に握ったドライバーで分解出来ないもの。それは、地の底で跳梁跋扈する悪魔共が構築した地獄の機械。
きっと悪魔達は、僕がフラれて失恋する姿を肴にして、酒でも飲んで楽しんでるんだ。フェイスレスは腹の底から、そう思っていた。
人の恋路を邪魔する地獄の機械。フェイスレスは、自分の運命は正にこの機械に操られているんだと、考えている。
その機械が分解される時とは正に、エレオノールが此方に微笑みを投げ掛けてくれたその瞬間を於いて他にない。
-
この世界なら、地獄の機械など及ばない。
自分が聖杯を掴めると思っていたのに、地獄の悪魔の魔の手はこんな世界にすら及ぶらしい。一度は絶望だってフェイスレスはした。
だが――男は諦めない。挫けない。そして、自分を信じ続ける。
「なぁ、ランサー。絶対に諦めちゃいけないよ。夢から目を背けちゃいけないよ」
そう言ってフェイスレスは、今まで自分が座っていた椅子の手すりに手を掛ける。
「自分の夢を一番信じてやれるのは……励ましてやれるのは、自分だけなんだ。その自分が諦めて、目を背けちゃ、夢なんか絶対に叶わない」
手すりを握り、フェイスレスが椅子を軽く上に放る。そして、左腕が掠んだ、その瞬間。
椅子は、座部、背もたれ、手すり、脚部。その全てが一つ残らず丁寧に分解され、まるで組立前の段階に戻ったかのように、
カーペットの上にボトボト音を立てて落ちて行く。よく見るとフェイスレスの左手からは、細かい+-ドライバーの他、コルク抜きのようなバネ状の細い鉄棒、
鉗子のような物が指と指の間から差し木の様に生えているではないか。そう、これを以ってフェイスレスは、座っていた椅子をバラバラにしたのである。
「どうか僕を照らしておくれよ、太陽のお嬢さん。そして僕の旅路に立ちはだかる、地獄からの敵を分解しておくれ。丁度――」
「この、椅子の様にですか」
フェイスレスの足元に散乱する、嘗て椅子だったもののパーツを見つめた後、ニッコリと、年相応のあどけない笑みを浮かべ、空亡は言った。
「ええ、勿論です。私は、善も悪も照らす太陽/大妖。全ての物を等しく、差別なく照らす太陽とあれかし。そう思っているのです。私の一番お傍にいるマスターを、照らさないわけが御座いません」
「……あっははは!! いいじゃないかいいじゃないか、流石は僕のサーヴァント。僕の気持ちを忖度出来るサーヴァントで、僕嬉しいよ〜ん!!」
言ってフェイスレスは、ピョンと空亡の下まで近づいて行き、彼女の両手を握った後、ブンブンと上下にシェーク。
「わ、わ」、と困惑する空亡ではあったが、別段嫌ってはいなかったらしい。
「きっと僕達が勝ち抜けば、僕達の後ろで卑怯にも、僕達を遮っていた地獄の機械を分解出来る筈さ。もうすぐ、もうすぐだ。それまで一緒に頑張ろうぜい!!」
先程流していた涙は何処へやら。
笑みを浮かべて、フェイスレスは声高らかにそう口にする。――但しその笑みは、口の両端を三日月の如く吊り上げた、陽性の欠片もない、邪悪なそれであったのだが。
そんなフェイスレスが浮かべる、醜怪な笑みを、子供らしいにこやかな笑みで迎えている空亡。その絵面は酷く、アンバランスな物だった。
――そんな二人の様子を中断させるように、ビーッ、と言うアラートが部屋中に鳴り響く。
おや、これは。一瞬で真顔になったフェイスレスが、スッと空亡から手を離し、モニターの方に目線を向けた。
これは、この世界で試験的に作成した自動人形が、意図的に第三者の手によって危機的状況に陥らされている際に鳴らされる、緊急警報だ。
何だ何だと思いながら、モニターのチャンネルを、今しがたアラートを鳴らした粗忽物に搭載させているカメラレンズが録画しているそれに変更。
フェイスレスが見た映像は酷いノイズと砂嵐が支配する中にあって、カメラ越しでも息が止まる程の威風を放つ、朱色の外套の男だった。
完全破壊寸前の自動人形が何かを叫び、そして、映像が途絶えた。外套の男の威容に、完全にやられたようにしか、フェイスレスには見えなかったのだった。
-
◆
流離の子
Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木
物語の王
餓狼伝
.
-
◆
ZONE29――『餓狼伝』
その自動人形は結論を述べれば、活動停止の危機に陥らされていた。
造物主であるフェイスレスから下された、冬木市の探索及び、令呪と呼ばれるトライバルタトゥーの刻まれた人間の抹殺の任務。
これを、十二世紀の偉大なる大王であるところのアラゴン王の系譜に連なり、七つの爵位を欲しいままにし、代々軍団長としてフェイスレスに仕えていた彼は、忠実に実行。
冬木市を探しに探しては見たのだが、結果の方は芳しくない。だから彼は、探索場所を新都と呼ばれる所から遥か西、国道沿いの森林に移した。
森閑とした夜の森には人の気配は一つとしてない。時間帯も、中途半端に明るい時間ではなく完全な夜であった為、獣と虫の天下の時間と化していた。
自動人形が人の気配を感じたのは、森に入って二十分程経過した時の事だった。
気配はそれも、一人。行き倒れか、それとも遭難者か。その正体を探ろうと、気配のする方向に近付いたその時であった。その人物が現れたのは。
「人の言葉を囀り、人の如き自我を持つ傀儡(くぐつ)。下らぬ発明よ。物相手では、いくら俺が威風を発揮しようとも、臆する事もしない。何より、俺の真名(な)を口にしても何の反応も示さぬからな」
低く、そしてよく通る声だった。一陣の風が吹き、落ち葉と落ち葉が擦れあう音響。
それが問題にならない程、目の前の男の声を、自動人形に備わる音感センサーに類する機能は拾って来る。
男の意識としては、ただ普通に喋っているだけなのだろう。それなのに、何故か男の声はよく響く。支配者、独裁者として、理想的な声質の持ち主であった。
だがそれ以上に目を瞠るのは、その尊大な物言いに相応しい、男の威風であろう。
遥か昔に世界を支配したモンゴルの騎馬民族、その上流階級が纏っていたと思しき朱色の民族衣装の上に、灰色のマントを纏った黒髪の壮年だった。
ただの上流階級と言う訳ではない。民族衣に刺繍された物々しく厳めしい紋様、そして羽織るマントの分厚さ。
一部族の酋長を飛び越え、騎馬族全体を支配する王と呼ばれても納得するだけの説得力を、身に纏う衣服は醸し出していた。
しかし、その圧倒的な威風を放つのは衣服だけでは断じてない。纏う着衣物だけは立派なのに、それに包まれた男は貧相な中年。そんな情けない姿では断じてなかった。
丸太の如き分厚さを誇りながら、限界まで引き締められた四肢の筋肉。大蛇がとぐろを巻いているかの如き胸筋。恐ろしく太い首。
そして――自動人形の身長よりもなお大きいその巨躯と、餓えた狼を連想させる鋭い瞳。
厚みのある筋肉で構成されたその身体は、男が並々ならぬ鍛錬と人生を経て来た事を如実に証明する何よりの証であった。
この男が遥かな過去の住人であれば、この男をモデルにした彫像や絵画が今も現存しているであろうと言う確信すら余人に与える程の、大偉人。そんなイメージを、見る者は抱くであろう。
そんな男の周囲を、獣臭を香らせる獣(けだもの)が二匹、侍っているではないか。
蒼みがかった灰色の毛並みを持つ、体高一m、全長二m程にも達する大きい狗。同じような毛並みを持った、体高二m近く、全長二.五m程の筋肉質な馬。
それらの動物は共通して、血色に燃え上がる瞳と、体中の至る所から赤黒いフレアーめいた物を噴き上がらせており、この世の生命でないと言う事を、
一瞬で理解せしめる程の力を有していた。宛ら彼らは、地獄や冥府の支配者が従える、死者の魂を喰らって餌にする魔獣その物であろう。
斯様な恐るべき魔物が、民族衣装の男の周囲に佇み、壊れかけの自動人形の方に睨みを効かせている。どうやら王の気風を放つこの男が、二匹の魔物を従えているようであった。
「おのれ、悪魔(デモン)!! 穢れた血の流れる悪しき狼めが!! 彼の十字軍遠征の御代から軍人の血筋、名誉の武門に連なるこの私を愚弄するか!!」
グルル、と、男の右横に侍っていた狗と、左横に侍っていた駿馬の瞳が、激発する様に輝いた。
グニャリと、身体の周りを取り巻く空間が歪む。怒りの放射であった。主君である男を悪罵された、と言う事実に、この二匹の魔獣は激昂しているらしかった。
今まさに飛び掛かり、体中から銀色の液体を血液の代わりに流している自動人形を破壊しようとする魔獣達であったが、これを男は、ただの一瞥で制止する。
-
「よい、よい。控えていろ、ボロクル、ジェルメ。お前達は時折俺を喜ばせようと、想像以上に目覚ましい活躍をするから困る。主君に武勲を立てさせる事も、よき部下の務めと知れ」
男の言葉を受け、狗と馬は、瞳から迸らせる瞳を若干弱めさせ、一歩二歩後ろに下がった。
「我が手足たる、四駿四狗を煩わせるまでもない。此処よりは貴様は、誰に剣を向けたのか。その身を以って思い知り、無に堕ちるが良い」
その自動人形が、今いる森に入って時間がある程度経過した所に、この男は現れた。そして同時に、ただの人間ではない事も理解した。
自動人形たる彼にも解る。この男は、余りにも血腥く――そして何よりも、身体の組成が蛋白質や水分ではなく、一種の高次エネルギーである事を見抜いたのである。
これこそが、造物主たるフェイスレスが口にしていた、サーヴァント。造物主はサーヴァントを倒したいのなら、マスターと呼ばれる相棒の人間を狙えと言っていた。
自分の強さを信頼していないのか、とこの自動人形は疑問に思った。フェイスレス程の男が、一九八二年のファイナル・ムーヴ戦での自分の活躍を忘れる筈がない。
あの戦いで一万人もの人形破壊者を斬り殺した自分の実力を知っていながら、フェイスレスはサーヴァントとは交戦するなと口にしたのだ。
己の強さを再認して貰うべく、自動人形は、目の前の男と交戦した。自分の勲の為に戦ったと言うのもあるが、それ以上にマスターの気配を感じられなかった上、相手も此方を逃す気がなかった為、戦わざるを得なくなったとも言う。
その結果が、現状である。
正義の剣スパヴェンダによる猛攻は、自らの身体を『防具』に変形させる能力を持った馬によって防がれ、
自動人形ですら目で追跡するのが困難な速度で動き回る狗によって、此方の身体が尽く破壊されて行く。
今や自動人形が身に纏う羽根つき帽や軍服はズタボロの状態の上、狗によって左腕は付け根の辺りから食いちぎられ、胴体の三割が狗の前脚による一撃で吹き飛ばされている。
このまま行けば間違いなく自分は、活動不可能なレベルで疑似体液を失い、機能停止に陥る。人間が終局的に体験する所の、『死』は最早避けられぬだろう。
ならせめて、勇敢なる騎士の誉れである『相討ち』にまで持って行くしかない。そうすれば、フェイスレスも自分の事を高く評価し、盛大にその死を悲しんでくれるであろう!!
「ならばお前は知るであろう、薄汚れた毛並みの狼め!! そして、お前を葬る騎士たるこの私が、貴様のような悪賊を討つにどれ程相応しい男なのかとくと知れ!!」
そう言って自動人形は手にしたサーベルを強く握り、足につけられた、体内に搭載している燃料を噴出させそれを推進力にして移動するジェット機構を発動。
凄まじい勢いで男の方へと向かって行き、サーベルを振り被った!! 男はその様子を、冷めた目で見ている。
「今を去る事七七六年前、私の二十代前の祖先にして勇猛果敢な騎士、そして勇者であったハインリヒ・フォン・バッセンハイムは、
彼の悪しき餓狼の群れにして正統なる騎士と聖職者の敵たるモンゴル軍が集ったあのリーグニッツにおいて、五千兆人もの大軍を僅か
な寡兵で打ち倒した烈士である!! バッセンハイムはその手に握った御佩刀でモンゴル軍が放った鉄砲をいなし、駄馬に乗ったモン
ゴル兵を馬ごと次々に斬り崩し、あの悪魔の如き一群を忽ち恐慌に陥れさせ、自軍には勝利への核心を抱かせた、正に悪しき竜を討つ
大天使ミカエルの再来を思わせる騎士の鑑、悪しき狼が恐れる猛き獅子の如き男であったと口伝のみならず遍く歴史書に於いてその勇名を――――――――――」
-
凄まじい早口で、そう捲し立てながら、自動人形は男へと接近、手にしたサーベルで首を刎ね飛ばそうとするが、それよりも速く。
彼は自動人形の首をガッと引っ掴み、そのまま地面に背面から押し倒した。首を掴んだまま、男と自動人形が見つめ合う。
この程度の状態であれば、自動人形は抵抗出来た筈だが――何故か、抵抗出来なかった。いや、違う。しなかったのだ。
造物主たるフェイスレスが手ずから制作した秘密の箱。己の身体を自己改造で無限大に強めさせて行く自動人形が、唯一弄る事の出来ないブラックボックス。
人間で言う所の心臓や脳にも匹敵する、自動人形が自律行動を行うのに必要なその箱が、徐々に『侵食』されて行く感覚をこの人形は味わっていた。
自分の主は、フェイスレス。……いや、そうだったか? 確かに、そうだった筈だ。
いや、もしかしたら自分の首を掴んでいる男のような気がして来た。違う、この御方は敵だった筈だ。御方……? 敵に対してその言葉の選び方はおかしいだろう。
記憶が混乱している。今の身体の酷い状態のせいだろうか。この御方が真の君主、造物主であったような気がする。
となれば、何故彼は己の首を掴んで、此方を睨みつけている? もしかしたら、自分に何かしらの粗相があったから、それを咎めているのかもしれない。
そうだ、この御方は何も間違っていない。今自分が地面に叩き付けられたのも、今の身体の状態も。目の前の御方、天地を掌握される覇王の不興を買ったが故の、当然の帰結なのだ。
「早口過ぎて何を言っているのか聞き取れなかったが、辛うじて聞こえた所だけ、反応してやる」
そう男が言った瞬間、彼の回りの空間が歪み、其処から鏃が顔を現した。
矢である事は解る。そして、軍人としての知識を予め搭載されたこの自動人形は、それが弩(コンポジットボウ)のそれである事を理解した。
「流石に五千兆人もモンゴルにはおらぬわ、この大法螺吹きめが」
矢が、自動人形の額に突き刺さり、嘗て元気に偽りの伝統を口にしていた人形は、動かなくなった。
パクパクと動く人形の口を、読唇術に堪能な者が見れば、何と言っていたか理解出来たであろう。
この人形は、「申し訳ございません、『チンギス・ハン』」と口にしていた。
-
◆
「化物が」
鉄製のヘルメットの奥で、怯懦の光が瞬いている。
桁違いの、怪物だった。外面は間違いなく人間の姿をしているのに、その戦闘能力は人間のそれを超越していた。
北斗神拳の辛い修行に中途で脱落する事も、弱音を吐いて逃げ出す事もなく、最終的に四人の伝承者候補まで残り、
拳法の武練が常人の遥か上を行く『ジャギ』だからこそ解った。自分が引き当てたサーヴァントであるライダー、チンギス・ハンは桁違いに強い。
ジャギですらその名も、その功績も良く知っている、世界史を語る上で避けて通れぬ、星のターニング・ポイントそのものの人物。
遥か数百年も昔の人物であるのに、現代にまで影響を及ぼす偉人である事はジャギとて百も承知だが、所詮は皇帝。統治が専門の人物であると何処かでは思っていた。
だが――違う。あの男はその気になれば、北斗神拳の先人達とも渡り合える。いやもしかしたら、ケンシロウですら彼に掛かれば……?
勝つ為には弓も銃も火薬も使い、遣い魔たる狗と馬も駆るなど、戦いに関するスタンスはジャギとある意味良く似ていた。
だが、その強さが違い過ぎる。その体躯から容易く想像出来る程腕っぷしが強いのも勿論だが、あれ程の巨漢なのに身のこなしも軽捷そのもの。
そして何よりも、身体に宿る拳才も、凄まじい。恐らくチンギスは、学ぶ機会も必要性もなかったから会得してなかっただけで、その気になって拳法を学べば、
一週間で極め切れる程の才覚を有している。生まれついての拳法への天稟、そして、蒼天(かみ)より授けられた肉体。全てが全て、ジャギが嘗て欲した物を、チンギスは保有していたのである。
そしてチンギスをチンギス足らしめる、大ハーン特有の威風に至っては、ジャギと比べる事すらが最早失礼に当たる程のレベルであった。
世紀末の世界で燻っていたジャギとは、比にならぬ程の圧倒的なカリスマは、見るだけで降伏をしたくなる程の威圧感で溢れている。
これだけのカリスマを敵意に変換してしまえば、幾千幾万もの餓狼に睨みつけられているヴィジョンを錯覚してしまうのも、当然の話。
初めてチンギスと邂逅した時に、何か一つ選択肢を違えていれば、恐らくチンギスは聖杯が手に入ると言う千載一遇の機会を投げ捨てても、ジャギを殺していただろう。それ程までに気高く、猛々しい気性の持ち主であった。
そんな存在と戦わされる、あの人型の絡繰は、さぞ不幸な事であったろう。
遠目から見ても、呼吸もせず瞬きもする所が確認出来なかった事から、あれが人間ではないと言う事はジャギも勘付いていた。
だがまさか、自分の意思を持ち、自由に言葉を喋れるある種のロボットのような物だとは流石に思わなかった。
稲妻に似たエネルギーを纏わせたサーベルを操るその技量は並ではない。寧ろ達人以上の動きを、機械であそこまで再現出来るとは思わなかった。
ジャギですら、真正面から戦っていれば不覚を取っていたかも知れない。だが、あの人形はツキに見放されていた。
戦っていた相手がよりにもよってチンギスだったからだ。チンギスが四駿四狗と呼ぶ獣、それが人形の攻撃を防ぎ、人形の攻撃は一撃たりとも主に到達させない。
それでいてチンギス側の攻撃は、面白い様に人形に叩き込まれて行く。その結果が、半壊状態に等しい人形のザマであった。
最早自分の活動限界を悟った人形の捨て身の特攻を、チンギス自身が、眼にも止まらぬ動きで無効化させ、引導を渡すその様子の何と恐ろしい光景か。
初めからあの狗と馬を出すまでもなく、チンギス自身が動いていても勝っていただろう。部下の動きを、試していたのかも知れない。彼自身に付き従う、あの四駿四狗を。
「下らぬ時を過ごしたわ」
-
今までジャギが、自身のサーヴァントと自動人形の戦いぶりを眺めていた、石造りの古城の入口。
其処にまで近づくや、チンギスは実に退屈そうな口ぶりで、四駿の一匹ボロクルと、四狗の一匹ジェルメを従えながらそう言った。
ボロクルとジェルメの、鬼灯の如き赤い目とジャギの目線があった。鋭い瞳で、睨みつけられた。どうやらジャギは、『主君の主君』と思われていないようだった。
「天地が、騒がしい。采配を誤ったな、屑星め」
「な、何ィ!?」
屑星。その言葉がジャギにとっての怒りのツボだと理解していてなお、チンギスはジャギの事をそう呼称する時がある。
その言い方を止めろ、と言って素直に聞くような人物ではチンギスは断じてない。言う事を聞かないと、と言って暴力に訴えかけても、実力の差は先述の通り。
結局ジャギは、顔を真っ赤にしてチンギスの不遜を我慢するしかないのである。
「駿馬を魂とし、幼子の頃より裸で馬に乗り弓の扱いを学ぶ我ら遊牧の一族に、元来籠城など向かぬ。魔王(アター・オラーン)を御する術がこの世にないように、この俺が今の今までこの下らぬ豚小屋で無聊を慰めていた事を、奇跡と思え」
チンギスには、ジャギが拠点としているこの石造りの古城がお気に召してなかった。
時の重みがそのまま城の形を取って現れた様なこの城は良い意味でクラシックで、大抵の人間には受け入れられようと言う外観であったが、
チンギスの趣味趣向に合うような城ではなかったようである。この城に住むくらいなら、まだ城の外の森林の方がチンギスには落ち着く。
現に城内で常に構えるジャギとは違い、チンギスは常に森の一角で胡坐をかき、来るべき『時』を部下である四駿四狗と共に待っていたのである。
「テメェ、何がいいてぇのかハッキリしやがれ!!」
四狗・ジェルメが唸りを上げた。
数t以上の重さの岩塊を前脚の一振りで粉砕する膂力と、弾丸すら見てから回避する悪魔の狗に唸られ、ジャギも冷や汗をかく。
ボロクルの方は、静かにジャギの方に注視している。この馬の主な仕事はチンギスの防護であるが、その気になれば攻撃にも移行出来る。その突進に直撃すれば、ジャギなど即座に蛋白質と骨の破片であった。
「ジェルメ。今は良い。好きに囀らせてやれ」
静かにそう口にするチンギス。ジェルメが大人しくなった。今は、とはどう言う意味だ。後で殺すとでも言うのか。
「俺達があのガラクタと戦っている間、この都市を西と東とで分けるあの未遠川と呼ばれる川及び、新都の方で争いがあった。サーヴァント同士の、大規模なだ」
「んだ、と? だってテメェ、此処からあの川まで……」
ジャギの疑問は尤もだ。そう口にした理由は単純明快。遠すぎるのだ。
戦術上における地理の重要性を、戦の天才であるチンギスが知らぬ訳がない。この街の地理と地図を真っ先に頭に叩き込んでいたチンギスだったが、
同じようにジャギも、冬木市の地図は粗方頭に叩き込んでいた。だから解る。未遠川まで遠いのだ。如何贔屓目に計算して、二十㎞以上はあるではないか。
仮に未遠川や新都で争いがあったとして、如何してチンギスは其処で戦いがあった事を知っているのか。
「遠い、と言いたいのか? それは確かに事実であろうな。だが、然るべき手段を講じれば、その程度の距離、遥かな草原に生きる俺達にとっては目と鼻のそれよ」
その手段を、チンギスは敢えて口にしない。だが、如何にチンギスとはいっても、遥か数㎞先で何が起っているのか。
その仔細をリアルタイムに感知するスキルは持ち合わせていない。出来たとしても、斥候としても抜群の適性を持つ四駿四狗を野に放ち、
彼らが見て感じている事をチンギスと同期させると言う手段であった。だがチンギスはつい最近、相手の監視に打って付けの物を偶然手に入れた。
それ自体は、チンギスの瞳には見えない。四駿四狗の超感覚と超視力を以って初めて見えるそれであるらしく、彼らから聞いた所それは、
『機械で出来た小さな虫』らしい。面白い、と思ったチンギスは、スキルである『文明侵食』を発動させて虫にふれ、道具の支配権を本来の持ち主から自分へと移行。
小型の虫の用途を悟った。この、驚くべき技術で作られたそれはサーヴァントの手による物ではなく、明白に当世に生きる人間のそれらしい。
しかも、あの小ささで監視と暗殺・抹殺を兼ねているという優れものだ。殺傷方法は、相手の体内に侵入させ、身体の中に毒素めいた物を蔓延させ病死させる、
と言うもの。恐らくは運が悪ければジャギは、この虫に殺されていただろう。ジャギは知らなかっただろうが、チンギスは間接的にジャギの命を救っていたのである。
-
この機械虫を利用しないチンギスではない。
戦略上有効な手段であるのならば、それが例え不倶戴天の仇敵が使っていた手法や道具であろうとも使えるようでなければ、世界征服は出来ない。
小さな機械虫――即ちアポリオンと呼ばれているそれの支配権を奪ったチンギスは、これを野に放ち、逆に監視目的に使った。
おかげで、ジャギの下らない籠城に付き合いながらも、深山町や新都の情報をある程度収集出来た。その収集作業中に、新都と未遠川で起こった戦いを、アポリオンが拾った。とどのつまり成り行きはそう言う所であった。
――尤も、あくまでもアポリオンは『新都と未遠川で何が起っているのか』を精確にチンギスに伝えると言う手段だけを果たしたに過ぎない。
実際チンギスは、アポリオンを利用するまでもなく、遊牧の民としての優れた直感……もとい、略奪の乱世に生きた戦国人の勘で、理解していた。
近い内に、戦いが始まる。世界(テンゲリ)が震え、引き締まって行くのを感じる。血臭と暴力、犯される女子供の絶叫と、それを見て打ちひしがれる男共の絶望。
それが近い内に、この冬木でも起こるのであろうか。起って欲しい、物だった。男の一番の喜びとは、略奪。その真理を年若き頃にチンギスは思い知らされた。
命を奪う、住まいを奪って財を得る。相手の手足の腱を切り裂き、動けなくなった男を眺めながら、その男の妻や娘を犯す事は、至上の悦楽であった。
この国には蜘蛛の子散らして逃げる、と言う言葉があるようであるが、それをチンギスは許さない。逃がさないからだ。
徹底的に殺しつくし、恥辱を与え、奪い尽くす。彼(モンゴル)に敵対した者の末路とは、とどのつまりはそう言う事だ。
さぞ、奪い甲斐のある宝具を持った男共がいるのであろう。その全てを命ごと奪い、俺(モンゴル)の血肉にする。
さぞ、犯し甲斐のある美しい美貌の女共がいるのであろう。その命を、腹の中の子供ごと、俺(モンゴル)の一部にしても良い。
世界の全てを平らげ、己の一部とする。チンギスの理想とする世界征服はそう言う事だ。世界と己を同化させるのだ。
己の身体を邪険にする者はいない。誰だって己の身体の管理には本気を出す。ならば世界を己の身体としたのなら、当然世界=チンギスは、その管理に全力を尽くす。
それ、見た事か。ついでとは言え、世界は平和になるではないか。世界は俺が健在の限り平和であり続け、俺の死と同時に夢のように消え失せる。何とも、素晴らしい。物や人ではなく、世界を奪うなど、略奪の理想とすら言えるだろう。
四駿も四狗も、チンギスの薫陶を強く受けた爪牙である。彼らもまた、チンギス同様奪いたいのであろう。おうおう、少し落ち着け暫し待て。
忘れて何ていない、直にお前達にも略奪の機会を与えてやろう。だから今は、大人しく牙と蹄を磨いていろ。
「お前も俺の奪う得物の恩恵に与りたいのであれば、北斗七星の名を冠したその拳で俺の役に立ってみるが良い。同胞に対しての嘘は好かん。勝利の暁には――俺と同じ視座で世界を視る事を、許してやる」
其処で、クツクツとチンギスは忍び笑いを浮かべ、其処で、爆発した様に哄笑を上げた。
その様子を、引いた目でジャギは見ている。奪う、殺す、と言う事への執着が、余りにも自分とは異質過ぎる。この男にとってはそれが全てに等しいのだ。
チンギスの狂的で、躁病の患者そのもののような笑みに呼応するように、チンギスの両足から、夜の闇より尚暗くて濃い影が伸びて行く。
左側の三つの影は狗のそれに似て、右側の三つの影は馬のそれに似ていた。その影に、幾つもの赤色の目が浮かび上がり始め、其処から血色の液体が流れて行く。悲しんでいるのではない。喜んでいるのだろう。血涙を、流す程に。
餓えた蒼色の狼の伝説が、此処より再び始まろうとしている。
現在の世界を形作ったと言っても過言ではない、嘗て中央アジアの乾燥地帯で生まれた一人の狼の仔。
今の世界を暴力と略奪とで創造し、多くの諸民族諸国家を殺し破壊したその恐るべき力を以って今、餓狼は伝説を作り上げようとしていたのだった。
だが、この時哄笑を上げているチンギスは、果たして気付いたかどうか。
未遠川と今監視しているアポリオン、そのカメラの死角で、高層ビルまでテレポートを行い、その屋上からサーヴァントの戦った後の模様を眺めようとした人物が、居た事に。
-
◆
流離の子
Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木
物語の王
-
◆
ZONE30――『流離の子』
月が、よく見える。
東京よりも星が綺麗なのは、この冬木が東京と比べ夜間に照らされる明かりが少ないからなのだろう。
都会で星が見えないのは、空気が汚れているからと言う理由よりも、夜に付けられる電灯や照明が明るくて見え難いからだと言う。
してみると、まだ地方都市の域を出ぬ冬木では星空も月も、綺麗に輝いて見えるのは当たり前の話で。
況して其処が、東京に比べて空気が清浄な地であると言うのなら、成程。頭上の夜空で瞬く星々が、砕いた宝石を鏤めたが如く輝いているのは当然の帰結であるのだろう。
自分には聞こえないが、きっとこの町の植物は、今の環境に満足し、喜ぶ声を上げているのだろうか。
この町ならきっと、ありすは喜ぶのだろうなと、少年は思った。この町であるのなら、伸び伸びと、友達付き合いも合唱も、楽しめた事であろう。
「……見ないのか? 輪くん。貴重な情報になるぞ」
既に実体化を始めている、少年が使役するサーヴァントがそう言った。
白い五分袖のワンピースを身に着けた、黒髪で角髪を結った少女だった。歳にして、小学校低学年程。彼女のマスターと年齢的には大差がない。
紫色の髪をした少年と、黒髪の少女とでは、性別も髪の色も違うが、共通している所が一つある。どちらも酷く、大人びている。
朝の熱に充てられ今にも溶けそうな初雪の如く、儚げなイメージを見る者に与える少女と、気難しそうな瞳をしている少年。
どちらも、同じ年の子供達と比較して、とても大人びて、達観していた。老成している、とも言うのかも知れない。どちらにしても、並の子供では二人はなかった。尤も一方はサーヴァントである以上、並の子供と言う言葉を使う事自体が、間違っているのだが。
「見たところで、な。オレ達が此処に着た頃には、祭りの後だったじゃないか」
「それでも、あの様子を目にしておく事は必要だよ。サーヴァント同士の戦いとは、ああいう物だ」
全く、生真面目な性格だ。この性格は、ギョク=ランやヒイ=ラギの事を連想させるから、勘弁して欲しかった。
尤も、こっちの方は十歳になる前に水に身を投げた悲劇の子供の天皇であり、正真正銘の神としての性格を持つと解っているから、あの二名程鼻持ちならない訳ではないのだが。
この世界の地球――KK=101――の月には基地がない。いやそもそも、嘗て隆盛を誇り、そして滅んだシアの星系は愚か、サージャリムすら存在しない。
つまりこの世界……いや宇宙は、嘗て『小林輪』や、月基地の前世の記憶を引き継いだ多くの人物を振り回した概念がそのまま存在しない事になる。
不思議な、気持ちだった。この世界にはあれ程輪や、彼の前世であるザイ=テス=シ=オンが執着していた月基地も存在しないのだ。
当然、こんな世界でキィ・ワードを集めたって、露程の意味もない。月基地のメンバーとの思い出が、思い起こされるだけに過ぎない。
命を賭す思いで身を捧げた行いや理念が、全て意味を成さなくなる世界。昔の輪/シオンであれば、狂っていたのかも知れない。
-
だが今は、いい。もう、よかった。キィ・ワードを全部集めても意味がない事は、元の世界で確認済み。
婚約者のモクレンに、シオンが初めて見せた……いや、婚約者が死んでから、初めて見せた優しさ。その発露たる、立体映像投影装置。
その中のモクレンが思う存分歌って、思う存分草木や花々を伸ばし、キィ・ワードを送る電波を遮断しているのだ。
朽ちて骸になったシオンを包む繭の様に包む、歌によって健やかに伸びる植物。それはあたかも、地上での諍いによってシオンの眠りが妨げられないように、と、モクレンが配慮しているかのようであった。
月基地も、シア星系もない。
良い事なのか悪い事なのか、一概には何とも言えない。
ただ確かなのは、疫病に掛かったが故に起こった、人間的な醜さに溢れたあの騒動もなかった。
シアの星系がなかったが為に、シオンと言う人物も存在せず、従って故郷テスで戦災孤児になって心を荒ませる彼もいない。
輪やシオンを不幸にする諸々の要素が、初めからない。だから、苦しみようがない世界。其処を、理想郷と捉えるかどうかは、難しい所であった。
「……慣れし故郷を放たれて、夢に楽土求めたり」
「うん?」
戦場となった冬木大橋周辺と、わくわくざぶーん、そして港の方面を真面目に眺めていた少女が、疑問気に輪の方に向き直った。
「婚や……いや、ボクの好きな人が気に入ってる歌でね。流浪の民って言うんだ」
もっと言えば、シウの奴も好きな曲だったなと輪の中のシオンの記憶が考える。何せ、キィ・ワードに選ぶ程のフレーズだったのだから。
流浪の民。ドイツが産んだ天才音楽家・シューマンが作曲した歌曲である。今日本人が合唱などで聞く機会が多い歌詞は、石倉小三郎と言う日本の音楽家の訳による。
名訳、と言う評価が名高い。成程、モクレンもシウも、そしてありすも気に入る筈だった。輪やシオンは、それ程琴線には触れなかったが、フレーズだけは憶えている程だった。
「ま、慣れ親しんだ故郷を離れて、遠い所にある楽園を求めたよ、って意味さ」
口にしながら、何とも重い話だと思った。実際には楽土は、眼と鼻の先にあったのだ。
母星が跡形もなく消滅し、故郷を失った月基地のメンバーは、すぐ近くの惑星である地球に移住する事が許されなかった。
誰もが皆、疫病に苦しみながら、死んでいった。何で、如何して、と、地球の人間の思考で考えれば思うだろう。
星間飛行すら達成出来る技術を持った人間なら、月と地球程度の距離、容易く行き交い出来よう。だが、しなかったのだ。
いや、時と場合によっては許されたかもしれない。だが、グズグズしている内に、伝染病と言う蜘蛛の巣に捕らえられ、道が断たれた。
地球に、病原菌を持って行く訳には行かない。だから、月基地で皆、運命を共にする事を選んだのだ。
十分も宇宙船を走らせれば、酸素も真水も確認出来ている星があったと言うのに、狭い月基地で運命を共にする事になる事の苦痛は、どれ程の物だったろう。
すぐ近くに逃げ道があったと言うのに、其処に足を踏み入れる事すら許されず、疫病に苦しんで死ぬと言うのは、どれ程悲惨な事だったのだろう。
そして――一人だけ疫病のワクチンを打たれ、自殺すら許されぬまま、皆の骸が転がる月基地で九年も苦しみ続けたシオンの気持ちは、想像だに出来ない。
結局シオンは、あれ程降りるべきだと主張していた地球に降り立ちはしたが、この星は予め観測していた通り、争いの絶えない星だった。
この世界も、楽土ではなかったのだ。そしてシオンは、この世界を本当に楽土にしようと足掻いたが、結局全ては徒労に終わった。
-
輪やシオンの事を、前世の復讐を持ち込もうとするパラノイアだと悪罵した男が嘗ていた。冷えた頭で考えれば、その通りだった。
今、自分が冬木の町にいるのは、それに対する罰なのか? 或いはこの世界の神とやらは、この世界をこそ楽土とでものたまうつもりなのか?
後者だとすれば――成程、ふざけている。余計なお世話にも程がある。此処こそが、地獄ではないか。
サーヴァントなる超常の存在を操り、戦いを強制させる催し。嘗てモクレンが、『大気になりたい』と笑みを浮かべて口にした星で行われるには、余りにも醜い戦争。この世界で一番最小限度で、最も人間の業を詰め込んだ、地獄の縮図そのものではないか。
「流れに流れて、こんな世界じゃ、全く報われんね。流離った先が、地獄だなんてえのは、笑い話にもなりはしない」
「だからこそ、輪。君はあの戦いの跡を見るべきなんだ」
――少女の目の色が変わったのを、輪は見逃さなかった。
セイバーのサーヴァント、『水天皇大神』こと安徳天皇を召喚出来たのは、偶然ではない。凛と安徳は、似ていた。
彼女もまた、その心の中に輪同様、もう一人の人格のような物を持つ。壇ノ浦に身投げした、幼い悲劇の天皇。
その夭折を慰めるべく、安徳天皇は神へと祀り上げられた。そしてその折、彼女は記紀神話におけるとある神。
不具の身体が原因で、芦の船に乗せられて流された神。人はこれを『蛭子命』と呼ぶが、安徳はこの神と習合させられた。
これが理由で彼女の体には、蛭子としての人格と権能が住みついている。そして彼の神は、輪の中のシオンとは違い、明白にもう一つの人格なのだ。輪のそれは、シオンの記憶。故に、蛭子の人格が顕在化している間は、明白に立ち居振る舞いも在り方も変わる。そして今、輪と会話している人格は、蛭子神そのものなのだ。
「君も、そして私も、今この瞬間にも流され続けている流離の者なのだろう。その流れに逆らう事は、もう不可能なのかも知れない」
「もう、サーヴァントである君が呼ばれたからな」
「そうだ。だが……ボロの船で急湍な川の流れを下らなくては行けなくても……必死に漕いでもがき続ければ、岸辺の位地を変える位の真似は、出来る筈だろう?」
そうなのかな、と輪が口にし、そうなんだろうな、と思い直した。
ありすは、輪も、そしてシオンも救おうと必死だった。少女は輪と違い、攻撃的なサーチェスを持たなかったが、それでも、
振り子の落ちる先を変えようと頑張っていた。その事だけは、今も覚えている。
「……オレにも、……ボクにも、できるかな」
「出来るんじゃなくて――」
「するんだろ、か。はは、尤もな話だ」
基地も何もない、きっと、兎が餅でもついてるであろう黄金色の月から目線を離し、
ズタボロの状態になったレジャー施設・わくわくざぶーんと、冬木大橋周辺、そして、冬木の港の三方向を、輪はマークする。
「全く、改めてみると酷いな」
「だから、よく見とけと言っただろ言仁は」
苦笑いを浮かべながら輪は、月に見降ろされながら被害の爪痕を眺めた。
そして、思うのだ。もうすぐ、聖杯戦争とやらは、幕を開ける。あれは、これから始まる熾烈な戦いの、序章なのだ、と。
――張り終えられた黒い蜘蛛の巣を、蜘蛛が這いまわる瞬間なのだと。
-
◆
.
-
◆
.
-
◆
.
-
◆
――さて、準備は良いかな? アイ
――できてるけど……これ、する必要あるの? クモのお兄さん
――いいや、あるさ。何だって、初めの挨拶が肝心だよ、クイーン
――うーん、よくわからないけど。いいよ、やろう? セリフも、バッチリ覚えたよ
――うん、偉い偉い!! それじゃ、僕が最初に台詞を言うから、しっかりと決めようね
-
◆
.
Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木
物語の王
.
-
◆
QUEEN――『物語の王』
バッ、と、多方向から浴びせられる、スポットライト。
上から、下から、横から、斜めから。あらゆる方向から眩いばかりのライトを浴びせられる、二人の人物がいた。
縁日で売っているようなデフォルメされたクモのお面を被った、まだら模様が綺麗な朱色のスーツを纏う青年。
そして――フリルがいっぱいついた、黒色の妖艶なドレスを着こなす、桜色の髪の少女。
二人は互いに手と手を繋ぎ、此方の方に向かって、深く一礼を投げ掛けた。どっちも全く同じタイミングだ。練習を、前もってしていたのか。
いやそれとも、青年の方が、少女の礼にピッタリ合わせる術を持っているのか。
「開演のベルが、鳴り響く!!」
男の声が、石造りの地下室に良く通った。
少女から手を離し、小さな桟敷で周囲を囲んだ小さい舞台の上で、音吐朗々と口にする。
「血濡れた運命が、切り落ちる!!」
次に少女の声が、男の声がまだ反射する地下室に跳ね返った。
舞台慣れしているのか、それとも大声を出すのに抵抗感がないのか。男の声に負けぬ、声の元気さだ。
「始まりまするは星々の刻まれたカードに導かれた、三十二名の勇者と愚者の大冒険」
蜘蛛のお面の男が言った。
「紡がれまするは星々の導きで世に現れた、人理の影絵。三十二名の英霊達の大奮闘」
次に言うのは少女の方。
「そして待ち受ける結末は、喜劇か悲劇か、はたまた虚無(更新停止)か、全ては神の掌(たなどころ)!!」
此処で二人は互いに向かい合い、自分達の後ろの方。
即ち、石造りの陰鬱な壁が広がる灰色の壁であるが、その壁際から十数cm離れた所の空間に、切れ目が入りだし、それがベロンと捲り上がる。
すると其処に、砂嵐のような物が刻まれ初め、其処に映像が流れ出す。そしてそれを見て、最初に口を開いたのは、蜘蛛のお面の男であった。
-
「堕落の道が、拓かれて――」
その言葉に呼応するように、空間の傷を思わせるような所に流れる砂嵐の映像が、二人の人物の映像を映す。
白い制服を着用する青年――藤丸立香と、彼が従える金髪の女性のセイバー、アスモデウスの会話の模様であった。
「魔王が日輪、斬り裂いた!!」
次に言葉を口にしたのは、少女の方だった。
これに合わせて、映像が切り替わる。褐色の肌の少女、クロエ・フォン・アインツベルンと、それに従う悪逆非道のセイバー・アテルイのトラブルの模様。
「無痛の刃が、閃いて――」
蜘蛛のお面の男が言う。どうやら、男と少女が、交互に台詞を口にするようだった。
流れるのは、修道女の服を纏う鮫歯の女性と、その女性を困ったように眺める初老の神父の映像。
「二つの魂、搏動す!!」
ビルの上で、何かを眺める二人の子供。小林輪と、水天皇大神の映像。
「砕けぬ意思が、固くなり――」
私室でゲームをやる東方仗助と、一日当たりのゲームのプレイ時間を咎められ、ゲーム機本体を破壊するナイチンゲールの映像。
「黄金の意思が、輝き出す!!」
自室で、自分の家族の事を話す空条徐倫と、それを真剣に聞く、ドレスを着た美女。エリザベス1世。
-
「神魔が全て、無に還り――」
修道服の女性、クラリスを横抱きにしながら空を飛ぶ、フロックコートを纏う堕天使・アザゼルの映像。
「無償の愛が、芽吹き出す!!」
涙を流し、ユリアへの思いを叫ぶシンと、不動の面持でそれを耳にするゲイ。
「因果の謎に、指を掛け――」
焼きプリンを大仰そうに口にするディスティ・ノヴァと、それを自分も食べてみているメーガナーダ。
「停まった時計が、動き出す!!」
銃弾を討たれ瀕死の体のオルガマリー・アニムスフィアを負んぶしながら駆けている、カイン。
「地獄の機械が、回り出し――」
何かの自動人形を手ずから制作するフェイスレスと、今も空中に手を伸ばし何かを掴む仕草を続けている空亡。
「愛した者に、命賭す!!」
ぜいぜいと苦しそうに肩を上下させ、荒い息を吐く隼鷹と、今も自分が戦ったカルキへの思いで険しい顔をするラクシュマナ。
-
「救済の時、訪れて――」
圧倒的な実力で、シャドウサーヴァント共を消滅させて行くバッターとカルキの映像。バットで殴られ、曙光剣で斬られた傍から虚影の塵が堆積して行く。
「淀んだ風が、荒れ狂う!!」
沈んだ顔をしてベッドに仰向けに寝ている琴岡みかげと、家の外を風となって偏在しているハスター。
「嘗ての星が、煌めいて――」
一緒に冬木の夜空を眺め、星を観測している瞳島眉美と、宇宙服を纏ったガガーリン。
「嘗ての戦が、幕開く!!」
ベラベラと藤丸立香の冒険譚を話し続けるレッドライダーと、それを無視して自習を続ける光本菜々芽。
「餓えた魔王が、胎動し――」
古城に置かれた椅子に座るジャギと、森の中で瞑想のような物を続けるチンギス・ハン。
「最後の戦に、鬨上がる!!」
星座のカードを持ち、これについて何かしらの講釈を続けているロキと、それを聞いている、ぐだ子と呼ばれる少女。
-
「最後の時間を、巻き戻し――」
銀の盆に乗った、伊藤誠の首とヨナカーンの首を眺める、桂言葉とサロメ。
「問の答えを、導きだす!!」
図書館で何かの本を読むデュフォーと、当世の漫画本を面白そうに眺める空海。
「平和の仕組に、哲学し――」
拙そうに銀色の肉を食べるザッカリーと、ウェルズ。
「剣の身体で、山を往く!!」
鮮やかな包丁捌きに拍手を送るケイと、それに少し照れながら料理を続ける衛宮士郎。
「迷える頭で、剣を取り――」
プラチナブロンドの髪の少女、パドマサンハヴァが、メロダークの口を両手で掴みびろーんと伸ばしている。
「迷わぬ思いで、腕振う!!」
アスモデウスの奸計でダメージを負ったカナエを、イスカリオテのユダは鋭い瞳で見張っていた。
-
「悪なる蛇が、蠢動し――」
岸辺颯太が変身する魔法少女、ラ・ピュセルの余りにも性癖の塊な姿に爆笑している八岐大蛇。
「善なる狂者が、騒ぎ出す!!」
コーヒーを作る香風知乃と、自分の忠告が聞いて貰えなくて騒いでいるアリス。
「無垢なる思いで、奉仕をし――」
トゥワイスこと、分倍河原仁に、タバコに火を付けてほしいと命令され、手にした100円ライターを指で圧壊してしまい怒られるガラティア。
「善なる統治を、夢想する!!」
白い部屋を一瞬映し、其処を猫が一瞬横切るが、この瞬間映像が理不尽に中断された。「気を取り直して」、と小声でクモの
「不滅の覚悟が、固まりだし――」
マシュ・キリエライトにウィラーフが、盾の使い方を教えている。マシュの方は真剣に、それに耳を傾け、練習を続けていた。
「不退の決意が、世を燃やす!!」
どうだい、一緒に親交を深めて見ないかい? と言って、藤丸立香が風呂に入っている現場に入って来て、水をぶっかけられているアレイスター・クロウリー。
-
後一人、残していると言うのに、スクリーンは閉じてしまう。最後に残った相手は、相当蜘蛛のお面の人物にとって嫌いな人物であるようだった。
スクリーンが閉じたその瞬間、蜘蛛のお面の男は、自身のマスターに当たる少女を抱え、お姫様抱っこの状態にするや、スポットライトの光が、
更に強まったばかりか、グルグルと彼らの回りを旋回しだしたではないか。
「そして――」
「そして――」
その言葉と同時に、スポットライトが二人に集中。舞台の下からスモークが噴き上がり、パンパン、とクラッカーが鳴り響いた。
「「物語が、紡がれ出す!!」」
二人同時に唱和する。二人とも満面の笑みで、蜘蛛の男も、口元だけでも良い笑顔を浮かべている事が解る程だった。
何処から兎も角、誰の物とも知れぬ歓声が響き渡り、二人を祝福する。誰もいない陰鬱な地下室で行われるには、余りにも異常な風景だった。
「儚く散るは、何が定めか。星か、世界か、人の世か。それとも僕達、蜂と蜘蛛?」
「それでも全然、構わない!! 面白くなくちゃ、生きてるイミなし!!」
「ヒゲ生えちゃう!!」
其処で蜘蛛のお面を被った男は、トッ、と少女を上に放り投げるが、彼女は器用に舞台の上に着地し、にこやかな笑みを浮かべた。
「最後/最期に笑うの、私達――」
此処で、全てのスポットライトが、蜘蛛のお面の男に集中。彼が佇んでいる所以外の空間が、暗くなる。
「――アサシン・『アナンシ』」
スポットライトが今度は、少女の方に集中する。
「『蜂屋あい』」
ニコリと笑みを浮かべ、少女――蜂屋あいは、一礼をした。
「間もなく解かれる地獄の門。間もなく轟く破壊劇。我らが主従、何処まで喰らい付けるか疑問ではありまするが、蜘蛛の糸は既に張られております」
「それでは――愉快で無惨な聖杯戦争、私共と共に、お楽しみ下さい」
其処で、緩やかに、レーンすらないのにカーテンが動き出し、二人の間の空間を仕切ってしまう。
「完璧じゃないか、アイ!!」と言う声と、「お兄さんばかり普通のテンションでずるいなぁ、大声出してばかりで喉痛めちゃった」と言う声が聞こえて来たのは、また別のお話。
-
◆
――第六の情報が開示されました
.
-
◆
【クラス】アサシン
【真名】アナンシ
【出典】西アフリカ伝承、各種絵本、童話
【性別】男性
【身長・体重】188cm、67kg
【属性】混沌・善
【ステータス】筋力:B 耐久:C 敏捷:B 魔力:A+ 幸運:A++ 宝具:EX
【クラス別スキル】
気配遮断:A
サーヴァントとしての気配を絶つ。完全に気配を絶てば発見することは不可能に近い。ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。
【固有スキル】
トリックスター:EX
秩序にして混沌。賢者にして愚者。善にして、悪。神の法や自然秩序を無視し、世界を引っ掻き回す悪戯者。
このランクになると、2つまでなら、特定のサーヴァント独自のユニークスキルを除いた如何なるスキルであろうとも、Aランク相当での模倣がいつでも可能。
また、このスキルは極めて高ランクの叛骨の相を保有しているのと同じであり、アサシンのスキルランクの場合であると、
カリスマや皇帝特権等、権力関係のスキルを無効化し、逆に弾き返す。令呪についても具体的な命令であれ決定的な強制力になりえなくなる。
アサシンのトリックスタースキルは規格外かつ評価不能のそれであり、観測する人間や、その時々の状況で、己の姿形は愚か、
魂の本質や属性ですら意のままに変貌させられる。更にアサシンは、呼び出されたマスターの人格に応じて、『高ランク固有スキルを二つ習得する』。
今回のアサシンは、自身を呼び出したマスターの性格や本質によって、『策謀型』のそれに傾倒させられている。
文化英雄:A+
武ではなく智によって人類の生存に貢献した者の持つスキル。旱魃・疫病・虐殺などの効果を持つスキル・宝具に対するとき、有利な補正を得る。
神性:B
天空神ニャメと豊穣の女神アサセ・ヤとの間に生まれたアサシンは、本来は紛う事なき正統なる神の一柱であり、規格外の神霊適性を誇っていたが、
聖杯戦争に際しては、生来の魔獣・魔蜘蛛としての適性と、文化英雄的な側面を押し出しての召喚の為、神性スキルがランクダウンしている。
高速思考:A
物事の筋道を順序立てて追う思考の速度。アサシンの場合は機転の良さや、悪戯を考える速度、そして計画を練る為のスピードである。
特に、謎解きや策略・謀略において、アサシンの高速思考スキルは高い効果を発揮する。
蜘蛛糸の果て:A+++
構築した計画や策謀、それに人を同担・加担させられる力。ランクが高ければ高い程、人は、アサシンの練り上げた計画に無意識の内に加担して行く。
このランクになると、余程勘に優れたサーヴァントでもない限りは、アサシンの描いた計画に自分も加担している事に気付く事は不可能な他、
その計画を練り上げたアサシン自体の存在にも、彼自身がその存在を暴露しない限りは気付く事は不可能となる。トリックスターによって獲得された、一つ目のスキル。
邪知のカリスマ:A
通常のカリスマスキルと違い、このスキルは大軍団ではなく個人単位で人間を大きく引き付ける才覚を表す。言ってしまえば、人間的魅力、人を惹きつける力。
このランクになると『混沌』及び『悪』属性を持った存在に対して非情に強いカリスマを発揮させられるだけでなく、『秩序』や『善』属性を持った存在にさえ、
その魅力が作用、悪の道に引きずり込ませる事だって不可能ではない。トリックスターによって獲得された、二つ目のスキル。
-
【宝具】
『知恵の瓢箪(スパイダーズ・ポット)』
ランク:A 種別:対知宝具 レンジ:- 最大補足:-
アサシンが腰の辺りに巻き付けている、砂色の瓢箪。武器に使える物では勿論なく、中に液体が入っている訳でもない。
その正体は、アサシンと対峙した、或いはアサシンに近づいている存在の保有する記憶や知恵をコピー、複製させて、内部に溜め込んでおく不思議の瓢箪。
瓢箪の中に溜め込まれた知識を、アサシンは自由に閲覧する事が出来、これを利用して、相手の真名の把握や弱点、及び、どんなスキルと宝具を持っているのか、
と言う事を理解する事が可能。瓢箪の中に収められる記憶や知恵の総量は無限であり、自由にどんな知識も収容可能。
但し、アサシン以上の神性スキル及び、特殊な加護を内在したスキルや宝具を持っている相手には、情報に掠れが生じ、閲覧がやや困難になる。
また、溜めこんだ知恵を『放出』すると言う芸当も可能で、この場合、任意の相手に瓢箪の口部分を押し付け、解放させる事で、
相手の脳内に瓢箪内の全情報が炸裂。脳の処理速度を大幅に上回る情報の波濤で、ダメージを与える事が可能。溜めこんだ情報次第では、致命的な一撃になり得る。
『人世、全ての話(アナンセ・セム)』
ランク:EX 種別:対物語宝具 レンジ:∞ 最大補足:∞
ひとよ、すべてのはなし。
『物語の王』と言う名を持ち、その名の通り、世界中の様々な所に形を変えて己を伝えて行き、行く先々で時に悪役、時に主役、時に悪、時に善として
様々な活躍を見せて来たアサシンと言うサーヴァントの在り方が、宝具となったもの。
その神髄は、この世界を一種の物語として認識する事によって行われる『第四の壁』を破る事による『世界へのメタ視』及び観測者への語り掛け。
そして、メタ的に世界を認識する事で行われる『意図的な運命干渉』。つまりこの宝具の真価とは、『自身を主人公とし、俗にいう主人公補正を』発動させる宝具。
この宝具を利用する事で、己の死をなかった事にして即自的に復活を遂げたり、そもそも攻撃を透過させたり、
本来ならば致命傷に至らないような小技の攻撃で、十全の状態の耐久力に優れたサーヴァントに宝具・スキルの効果を無視して消滅寸前の大ダメージを与えたり、
およそ考えられるあらゆる不条理を手繰り寄せる事が可能。物語の王、つまりは、ある種の『神』の視座から行われる、物語の奴隷(キャラクター)への制裁。但し、引き起こす運命干渉の度合いによって、魔力の消費量が乱高下する。
物語の王としての生来のサガとして。そして、アサシンを召喚したマスターの魂の属性に引きずられたせいで。
『悪役』としての側面をクローズアップされて召喚されたアサシンは、『主役(主人公)の属性を持つ者』、或いは『星』の属性を持つ者に対しては非常に弱く、極めて高い確率でこの宝具の失敗率が跳ね上がってしまう。
【weapon】
自己改造で生やした蜘蛛の手足:
アサシンは己の身体から蜘蛛の脚を生やす事が出来、これを高速で振るう事でアウトレンジからの攻撃を行う事が可能。
-
◆
――最後の情報が開示されました
.
-
◆
Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木
.
-
◆
.
Fate/Bloody Zodiac 浄滅海底都市冬木
.
-
◆
スイッチは ON になった
.
-
投下を終了します。引き続きルール説明を行います
-
説明しないの?
-
此方がルールとなります
【ルール】
①:舞台はジャッジ(出典:OFF)によって、何らかの手段で再現された偽りの冬木です。が、電脳世界と言う訳ではなく、れっきとした本物の世界です。
基本的な建造物については原作に則っておりますが、参加者と関係ある施設があるかも知れません。但しその場合は、時代感に即したものでお願いします
②:冬木の外側への移動は不可能です。力場に防がれ、移動は出来ません
③:令呪の喪失或いは全消費、後述する契約者の鍵の喪失で、マスターはマスターたる資格を失いません。マスターがその権利を失うのは、『サーヴァントを失った時のみ』とします
④:冬木のNPCには、マスター側の出典作品のキャラクターがいるかもしれませんが、彼らは皆その世界で振るえた筈の力を封印されています。
また、NPCを殺し過ぎたり、建造物の破壊を行っても『討伐令の発布はありません』。『ルーラー自体が粛清に来ます』。
⑤:以降星座のカードは、ザッカリー(出典:OFF)のサーヴァント、H・G・ウェルズの手によって加えられた機能が発動し、ある種の『サーヴァント検索機能』が発動する物とします。
サーヴァントの真名及び宝具名、スキルや特徴を絞り込ませる事で、『ステータスシートをそのまま閲覧が可能になります』。
【此処からは本編に向けてのルール】
①:念話は原則『全ての主従が行える』物とします。但し、『主従共に魔術に疎い場合は、自分から50m程離れた範囲でしか念話は出来ません』。
主従のどちらかが魔術やそう言った知識に長けている、或いはこれらを補助するスキルを持っていた場合、念話範囲が上がります。念話可能範囲を超えての念話は、ノイズや声の掠れが発生するものとします。
②:サーヴァントが自分以外のサーヴァントを知覚出来る範囲は、『自身を中心とした直径3000mの円内』とさせていただきます。
但し、サーヴァントが知覚に関わるスキルや宝具を持っている、或いはそう言った魔術に長けている場合、知覚可能範囲は上がります。
③:本選の開始日時は、『5月3日水曜日深夜0:00』からスタートです。参加者はこの情報を、星座のカードが投影したホログラム経由で知る事が可能です。
④:通達はその日の深夜0:00に行う物とします。但し、ルーラー及びジャッジ、ザッカリーサイドに緊急連絡があった場合、時間外に通達が来るかもしれません
⑤:シャドウサーヴァントはバッター(出典:OFF)とライダーの主従の手により『全消滅』しました。また、簡易令呪の代わりとなる虚影の塵を、
実は戦って奪っていたと言う設定も可能としますが、その最大保有数は『2つ』までとします。
⑥:予約は今日からとします
-
投下おつかれさまです。光本菜々芽&戦争、 藤丸立香&アスモデウス予約します
-
以上で、3か月も執筆してた狂った長さのOPは終了です。
本編みたいなOPを書こうと思ったらこの体たらくになってしまい、本当に反省してますし、
今最もエターなりそうな企画のマジックランプがついてるので企画主として反省する次第です。
一応虚無らない程度に頑張りますので、応援して下さる方がいらっしゃれば、陰ながらの応援をお願いいたします
-
投下乙ですよ 割と予想が外れた
桂言葉&アサシン(サロメ)、セイバー(ジャック・ザ・リッパー)を予約します
-
投下お疲れ様でした。大作となるOPに圧倒されつつ、早速ですが
智乃&アリス、ぐだ子&ロキで予約します。
-
予約期間は何時迄になるんでしょうか
イスカリオテのユダを追加予約します
-
アホ企画主ですので今更大事な情報を載せ忘れました。
時刻区分と状態表、予約期間を上げたいと思います
【時刻の区分】
深夜(0〜5)→この時間からスタートとします
朝(5〜8)
午前(8〜12)
午後(12〜17)
夕方(17〜19)
夜(19〜24)
【状態票のテンプレート】
【地区名(建造物及び場所の名前)/○日目 凡その時間帯】
例:【新都(わくわくざぶーん跡地)/1日目 午前11時】
※建造物や場所名において、特徴的な場所につきましては名前を入れて頂くようお願いします
【名前@出典】
[状態]
[令呪]残り◯画
[虚影の塵]有か無と記入。有の場合は残り総数を記入していただくようお願いします
[星座のカード]有か無と記入。また、奪ったものにつきましても此処に、かつ、誰から奪ったのかも記入をお願いします
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]
【予約期間】
延長なしの一ヶ月
-
亀ながら乙
トリックスターが3人もいて戦争成り立つかと思いきや
やらかしたら即ルーラー登場とは
-
漸く疲れの方も取れましたので、さっそく企画主自身も予約の方をば。
クロエ・フォン・アインツベルン&セイバー(アテルイ)
オルガマリー・アニムスフィア&ランサー(カイン)
の方を予約いたします
それとこれは修正ですが、>>144のルール説明、サーヴァントの知覚範囲の桁がおかしいですね。3000mは流石に有り得ないので、300mに修正します
-
所長のライフは今幾つ?
-
フェイスレス&ランサー(空亡)、予約します
-
投下します
-
ゴールデンウィーク到来!
毎年、この休暇期間を利用して旅行・観光会社が稼ぎ時だと言わんばかりに、神経を研ぎ澄ましている。
一方の観光客は、日ごろの疲れや鬱憤を晴らす為に勤しむ。
無論、冬木市も観光収入を確保するために、集中期間。観光客へのサービスに惜しみなく。
中央の未遠川を挟んだ東に位置する新都の方では、様々な施設に観光客から
周辺住民まで人が押し寄せていた。
本来、室内型ウォーターリゾート『わくわくざぶーん』も足を運ぶ人々が居たであろう。
しかしながら、理不尽な戦闘によって叶わなくなった。
一つの『お楽しみ』を奪われた人々は、一つの彷徨う亡霊が如く新都で買い物などで時間潰し。
漠然としたゴールデンウィークとなるに違いない。
一方の古き町並みが残る西側・深山町は、残念ながら静寂だ。
むしろ、ゴールデンウィークだからこそ新都へ快楽を求める人々ばかりで、ある種。
静寂のひと時を味わうには絶好な場所、なのかもしれない。
そんなここ・深山町に一人の少女が居る。
朝日を迎え、絶好の快晴日和となったゴールデンウィークにも関わらず酷く浮かない表情をして、
まるで受験勉強か何かに追い詰められたみたいな。険しいまで達しなかったが、眉間にシワを寄せている。
痛快に彼女の名前を紹介したいが、無理だった。
何故なら、彼女は記憶喪失。もとい記憶があやふやなのだ。
仮名をぐだ子とする。
彼女はアテなく自宅周辺である深山町の商店街――マウント深山商店街に足を運んでいた。
聖杯戦争の関わりを探る為ではない。漠然とした感覚。理由はない。
しかし、所持品はしっかりと。魔術礼装も上着の下に着用した万全の態勢は整えていた。
ぐだ子は、聖杯戦争がどこか長い期間を経て無事にクランクインを迎えた錯覚を覚えつつ、
突如として通達された『討伐令』に対し頭を悩ましている。
以前、彼女のサーヴァント・アサシンのロキとある程度の推察・予想を語り合っていた。
聖杯戦争が開始されないのは、運営側にトラブルが発生していたからではないか。
トラブルの原因が間違いなく『討伐令』にかけられた主従だ。
……と、断定するのは早計過ぎる。否、状況証拠だけで判断しては……な刑事ドラマの御法度紛いの躊躇じゃなく。
例えそうだとしても、自分はこれらにどう対処するべきか。
『討伐令』にかけられた主従。彼らの存在を。
最低でもぐた子は一つの結論に至っていた。
「討伐令には参加しないよ」
【えー? このヤケクソ気味な報酬差し出す運営のスタイル。一周回って好きなんだけどな〜〜】
-
重労働を経て、ふらふらの状態ながら帰宅するなりベッドへ身を投げて発する声量のぐだ子と、
念話ながらニヤニヤとチェシャ猫じみた顔を作ってそうな声色のロキ。
【面白くないポイントに一つ加算してもいい?】
「冗談でもやめて!」
思わず大声を上げてしまったぐだ子は、慌てて周辺を見回す。
彼女は適当に商店街を放浪しているのだが、所によってはシャッターを締め切り[本日はお休み]等の張り紙がつけられ
格別、観光客が足運ぶものではない庶民の場では、ゴールデンウィーク中。
不思議にも活気失われてしまうようだ。安堵の溜息をついて、ぐだ子が続ける。
「相手の実力も何も分からない状態なんだから。少し情報を集めないと……」
【おいおい。このボクを引き当てておいて、ソレはないだろ!】
「十分過ぎるほど、アサシンの能力は理解しているよ。でも、実戦となったら――」
サーヴァントの使役には、魔力が必要不可欠だ。
ならばこそ、ロキほどのサーヴァントの運用にも、相応の魔力消費を要求される。
=ぐだ子がロキを長時間戦闘させ続けられない。戦闘のタイミングを慎重に見極めなければ………
ロキに関しては、ノリでやからし「面白い」の一言で赦されると自意識を負う道化だ。
ぐだ子は違うと意志を持つ。
だからこそ、討伐令にホイホイと従って流されるのは御免だ。
ロキは、ぐだぐだなマスターに呆れる矢先。
手番と言わんばかりに、前触れなく実体化したのはマスターを驚かせる魂胆じゃない。
「ちょっと!? 誰も居ないからって―――」
「ん? いやだなぁ。まさか『聖杯戦争を勝ち抜く』って嘘?」
皮肉籠ったロキの不敵な態度にまさか、とぐだ子は焦る。
だって、さっきまで自分を脅しからかい続けて、前兆らしき素振りも一切なく。
『周辺にサーヴァントがいる』――なんて。
ぐだ子が緊張感を味わいながらも、腹立つ。絶対、ロキは『分かっていて黙っていた』のだろう。
如何にも平凡で。まだ聖杯戦争の無い平和が続いていると錯覚させ、ぐだ子をこのような状況に追いやる為に。
ケラケラと笑いつつ、ロキは緊迫で歪んだ顔のぐだ子を向き、一点を指さした。
「すんごい顔だよ! ぐだ子。変に肩の力入れちゃってさ! ほら、アレだよアレ。流石に分かるだろう?」
-
アレ。
ぐだ子が視認したものに、嗚呼。成程、確かにと脱帽するほど納得せざる負えない。
何故なら、相手は包み隠さず。だが堂々した振舞いはなく。控えめな主張はせずとも、存在感が際立った。
金髪碧眼。青ワンピースと白のエプロンドレス。靴は紐付きのフラットシューズ。
幼さを残したが、さほど成長を迎えただろう少女。
生生しい一文字の傷がある首筋。を除けば、世界中で彼女を知らぬ人間はおるまい。
否。果たして、彼女の真名を看破出来ぬ人間が居るのだろうか!
ロキに「サーヴァントだよ」と指摘されずとも、ぐだ子自身がサーヴァントと判別できるレベルである。
しかも、だ。
その少女はブツブツと深刻そうな様子と一人言を続け、商店街の喫茶店前でうろうろ。
向こうはロキやぐだ子に気づいていない。
このまま倒してしまっても構わないだろう? フラグを立てても生存可能な状況だった。
「そんじゃ、さくっと倒しちゃお」
「ストーーーーーーーップ!!!!!」
やっぱり叫んでしまった。
抵抗感は確かにあったのかもしれない。ぐだ子は正々堂々勝負する流儀を胸に刻んじゃいないと自身を思うが
だからとはいえ、躊躇なく攻撃・襲撃……今回に至っては呆れるほどの不意打ち。
ぐだ子の判断は誠実であっても、聖杯戦争においては愚行だった。
サーヴァント一騎をリクスなく倒す千載一遇のチャンスを棒に振ってしまったのだから。
鈍感だった『例の少女』も顔をあげて、ぐだ子とロキの存在を認識する。
「あーあ」とつまらなそうな表情をするロキに対し、少女の方はムスっと憤りを露わにしていた。
「ちょっと! あなたたち……非常識だわ!!」
困惑するぐだ子。倒そうとした相手に
ぐだ子としては「倒すつもり」もなかっただけに、何をどう返したら。
途方に暮れていると、少女の方が一方的に話を続けるのだった。
「まるで私が可笑しい子みたいな反応ね! ここの聖杯戦争は主従まで狂ってるのかしら!!
ここは商店街よ? 少し離れたら住宅街だってあるわ! いくら休日で誰もいないだろうって
ここの人達の生活を無茶苦茶にする真似をする非常識さは、本当にどうかしてるわ!!」
「あ……うん。そう、だよね……?」
どきまぎしながらぐだ子は、ゆっくりと頷いてしまう。確かに正論なのだが、平然とロキの方は嘲笑する。
「ズレッズレだね! まるで頑固な油汚れだ!!」
「まあ酷い! 毎日お風呂に入っているし、お洋服だって清潔よ!!」
「そーいう意味じゃないってば。ねえ?」
-
う、うーん。ぐだ子は唸ってしまった。ロキの言葉が悪いのは言わずもがな。
けれども、この少女。ぐだ子達に問答無用で攻撃を仕掛けない辺り、戦意はないのだろうか。
思い悩んで、文字通り『ぐだぐだ』していたらロキに脅されかねない。
一つ決断を下そうとした瞬間。
喫茶店の中から、銀髪の少女が飛び出して来たのだ。
無縁な一般人ではなく、聖杯戦争のマスターだと誰もが予想だにしない風貌。
「バーサーカーさんがご迷惑をかけてすみません! あ、あの、戦わないでくだぱい!!」
必死になって言葉を噛んだ少女に注目が集まって静寂が訪れた。
◇
ラビットハウス。
冬木市の深山町にある商店街にポツンと佇む喫茶店。
西欧風が日本の、古き町に溶け込める訳がないのだが、だからと言え。他にも不釣り合いな佇まいの店が
際立って建築されるのは、珍しい事じゃない。
故に、ラビットハウスも変に悪目立ちの印象が残らないのだ。
今日の、午前中だがラビットハウスの扉に[CLOSED]の看板が下げられていた。
他の店とは違い。ゴールデンウィーク中だが、店内に人影はある。
が。
巨乳あるいは爆乳なのか、尋常ではない豊満な胸を持つ女性と
こんな田舎の方で『不思議の国のアリス』のコスプレをやってるのか?な少女。
以上の存在を匿う隠れ家としては機能しているだろう。
客席に腰掛けていたぐだ子の元に、喫茶店の看板娘・香風智乃ことチノが「どうぞ」とコーヒーを差し出せば
「どうも」とぐだ子が会釈し、コーヒーを口に含んだ。
さて。
一触即発から逆転できたものの、これからどうすれば……
ぐだ子としては、あんな口ぶりと態度のバーサーカーと戦意の欠片もないチノを目にして。
勿論、この主従と戦う気力は皆無なのだが。
ぐだ子と向かい合うように座っていたロキが、今でもゲラゲラ笑いそうな顔。
「何?」
「いやいや。それに毒入ってたら、君。死んじゃってるの分かってる???」
まさか毒が!?ではなく、ぐだ子としては。
自分たちの脇にまだ立っているチノに失礼だろう!な意味合いで、コーヒーを吹き出しかける。
ぐだ子が、ロキに対して文句を告げるより早く。
大人しめな雰囲気のチノが「入ってませんから」と怒りや厭きれが混じりで返答した。
-
お客様に提供するコーヒー。喫茶店に勤める身で、コーヒーを穢す所業はしない。
一種の誇りを示す。
最も、チノが毒を入手すること自体、困難を極めるのに。
チノの隣で見守っていたアリスも、相変わらずの口ぶりで言う。
「本当に失礼な人だわ! 私と同じ英霊なのに……」
「バーサーカーさん、落ち着いて下さい。実際、戦わないでくれたんですから」
「それはそうだけど」
納得いかないアリスの態度を傍らに「そうそう」とロキが問う。
「ボクたちにどういう用件なのさ?」
申し訳なさそうにチノから話を始めた。
「あの、バーサーカーさんがとんでもない事を言い始めて……それででして」
「とんでもないですって? マスターは私の話、ちゃんと聞いていたでしょう!?」
「聞いてます。聞いたうえで『とんでもない』と判断したんです」
先ほどに似た憤りのアリスと
頑固に譲らない態度の主張のチノ。
癇癪じみた物言いが始まりそうな気配だったので、ぐだ子がコーヒーを飲み込み尋ねた。
「バーサーカーちゃんは一体何を……?」
アリスはパッと、表情を明るくして教えてくれた。
「私―――ライダーさんの協力がしたいの!」
はい?
ライダー? どのライダー? いや、違う。サーヴァントのライダー。
でも、彼女はライダーと邂逅を果たしたのだろうか。ぐだ子ですら他の主従と、今日これまで関わりなかったのに。
分かりやすい『ライダー』なら。
討伐令が発表された『例のライダー』しかありえないのだが……
まさかなーとぐだ子は恐る恐る問う。
「ライダーって……ひょっとして、討伐対象になってる―――」
「ええ! 彼らは良い人たちよ! そうね。同盟関係になれると思うわ!!」
「…………………………………………………………………」
-
何を言っているのだろう?
ぐだ子はポカンと思考停止し、チノは胃痛を堪えてそうな青い顔。
不気味に静寂を保っていたロキ。
彼女に関しては『必死に笑いを堪える』意味で静寂だった。
何ゆえ、バーサーカー・アリスはライダーを『善』と判断したか?
原因は討伐クエストの通達。切っ掛けも同様だった。
アリスは、冬木市にいる人々を救おうと空回りの正義で行動し続けた。
聖杯戦争が開幕されれば、途方もない被害が及ぶのは彼女自身が理解しているうえ。
新都方面で、サーヴァントが戦闘を行った形跡が残されている。
時間は少ない。どのような手段を用いても、第三者の被害だけは赦されない。
そして、運営からの通達をチノから聞かされた時。アリスは途方もない自らの愚かさに涙が溢れそうだった。
単純なことだ! 聖杯戦争を発足した運営が実在するのは明白だったではないか!!
だったら、運営に冬木市民の避難を要求すればいいのだと!!!
否!
前提として、冬木という町で聖杯戦争を行う自体が間違いだろう!
『悪』と疑った運営に反逆したライダーに討伐が発令されている。
ならば、対峙するライダーは『善』だ。
と、以上がアリスの途方もない空回りな思考回路の全貌である。
「運営はハートの女王と同じ! 気に入らなければ全員死刑にする無茶苦茶な人達よ。
でも、ライダーさんと協力すれば、問題なく聖杯戦争を続けられるわ!」
ん? あれ?
アリスの身勝手な妄想とロキの合いの手を聞き流す構えのぐだ子が、一つの綻びを発見する。
意外……いいや。それこそ、自分自身が思いこんでいただけなのか?
ぐだ子がアリスに問う。
「バーサーカーちゃんは聖杯が、欲しいの?」
「? 欲しいわ。どうしても必要なの」
「でも、ライダーと同盟を組むって」
「町中で聖杯戦争をするのは駄目よ! それをどうにかしたいの!」
-
あの。と、チノもオドオドしく会話に加わる。
「そこは私も賛同したいです。巻き込まれた以上、戦いからは逃れられないのは理解しています。
出来る事なら。町を破壊したり、人を巻き添えにしたくありません」
慌てて「でもライダーさんとは関わりたくないです!」と必死に主張したチノ。
自分も同じだ。ぐだ子は思う。
聖杯戦争を勝ち抜く。特異点を解決する。加えて、他者を巻き込まない。
全てを貫き通すには限度があるのだと。
その為に、運営を説得する。大分無理で無謀な話でもあるが……勿論、ぐだ子もライダーと同盟を組むなんて事は。
「いいね! 面白い!!」
しないが、例外がここにいる。
ロキは呆れるほどの満面の笑みで叫んだ。
ぐだ子もワンテンポ遅れた事に後悔するも、時すでに遅し。
チノは一層顔色が悪く、アリスは予想外の反応――彼女の場合は『望んだ通りの反応』で目を丸くさせる。
こんな馬鹿馬鹿しく、意固地な狂気にロキが興味を示さない訳がないのだ。
「討伐対象が善人だと思い込んで、運営にクレームする前提。それに加えて聖杯が欲しいって!!
最高じゃないか! 君を、頭の痛い可哀想な子だと思って悪かったよ!」
「え、ええっと???」
「あーボクも乗るってことさ! ライダーの協力をする事に!!」
「まあ、本当!?」
「待ったーーーーーーー!!!!」
ドンドン話を展開する話を、ぐだ子は必死に制した。
焦りを隠せないマスターに対して、やれやれと言わんばかりなロキ。
「だって、こんなぶっ飛んだ行動しようとするの放っておくのが勿体無いだろ?」
割り切る方向性がぶっ飛んでいる時点で、狂っているのに。
どうして、自分まで乗りを合わせなければならないのか!?
自棄気味にぐだ子は、賭けを決した言葉を告げる。
「『探す』! 私も一緒にライダーを探す!!」
「ええ……」
-
どんよりとした失意のチノに、ぐだ子が付け加える。
「私は彼らを探して―――それから判断したいの」
「な、成程……?」
「私たちが把握している情報は、あまりにも少ないし……もしも。もしもだけどね?
ライダー達が『危険』な存在だった場合を考えると、二人の事が心配なの」
ライダー主従を疑う発言だが「心配」との言葉が加えられると、バーサーカーのアリスも躊躇した。
彼女は、ある種の狂気を露わにした状態だ。
言語を失っている訳でも、幻覚・幻聴に苛まれたり、唐突に癇癪を起こすものじゃない。
秩序的に狂っているだけだった。
不可思議にも、このように対話が叶う相手であり。
何よりも。アリスは『少女』である。
英霊の座より召喚されしサーヴァントだが、精神の根本は外見に相応しい少女なのだ。
「ごめんなさい。あなた、良い人だったのね。だって私達、敵同士なのに……心配だなんて」
敵同士。ぐだ子はアリスが口にした言葉に、動揺していた。
特異点を解決するために、聖杯戦争を勝ち抜く。最終的にはアリスも倒す……
漠然としたまま、ぐだ子はロキに宣言してしまった。彼女は面白いと承諾した以上。
今更撤回させる訳にもいなかった。
しかし、だ。
マスターのチノや、冬木市にいる人々や、サーヴァント以外の命すら放り捨てるとは宣言しちゃいない。
ぐだ子は手元で手を握る。
「とにかく、私もライダー探しを手伝うよ」
ぐだ子は「まるで詐欺師になった気分」と複雑だった。
良いように丸めこまれた事を自覚しないアリスが哀れで……いっそのこと、これが最善なのかも?
と錯覚した方が良さそうな。
チノも、どういう形であれ味方が増えた事と。
ぐだ子のサーヴァント・アサシンも、面倒な人物なのだと理解したから共感を覚えた所だった。
「分かりました……」
チノは渋々、ではない。一つの覚悟を持った。
-
「ぐだ子さん達に協力していただけるなら、私もライダーを探します」
「お、ノリ気になったんだね?」
「違います、アサシンさん。このまま何もしない訳にはいきません。可能な限り手を尽くしたいです」
多少の無理があっても。
戦争が恐ろしくとも、チノは新都のわくわくざぶーん倒壊の事件や猟奇殺人事件を含め。
他人事じゃなくなると危機感を肌身で味わっている。
ハメ外れた思考回路のアリスは置いておき、チノも一歩踏み出したのだ。
少女の決心を試す訳ではないが、ぐだ子は言う。
「でも、討伐令がある以上、最悪――私達は『ライダーを狙う主従に敵視される』かもしれない」
ぐだ子の心情を余所に、アリスはアッサリとした態度で答える。
「大丈夫よ! 私も武器を持っているから、ホラ」
突如として虚空から手元に出現させた剣をかがるアリスに、チノはぎょっとした。
「バーサーカーさん! お店でそんなもの出しちゃ駄目です!!」
「もう、マスターったら。取り扱いに気をつければ、心配及ばないわ!」
アリスの口ぶりでは、危険な薬品を心得をしっかり記憶したような、不安を感じさせるものじゃなく。
剣――ましてや、サーヴァントの宝具とソレを同じに扱うべきではない。
不釣り合いな対応に突っ込むべき場面だ。
ぐだ子が即座に指摘もとい突っ込みの一つをかけなかったのは、アリスの剣に意識を奪われていたから。
格別、剣自体に魅了の呪いが添付された様子じゃなく。
白銀の、少女が振るうには似合わない。奇天烈な装飾の柄が独特だが、真っ直ぐと綺麗な。
形としては面白みの欠片無し。存在力は無し。
だが。『アリスが剣を所持している』事にぐだ子は首を傾げた。
不思議の国を彷徨っていただけの彼女が、剣を握る場面は中々印象にない為、意表をつかれている。
「あ!」と声を上げるのは、ロキだった。
まるで、これがお目当てだったかのようにロキが興奮するのに、ぐだ子はポカンと驚く。
「アサシン?」
「コレを使えば、ちょっとした面白い事になるのさ。微粒子程度の期待がある位にはね!」
不敵な様子で『面白い』とウキウキなロキを見るに、悪い意味でしか捉えられない。
第一、ぐだ子は剣の正体に検討がつかず。
チノの方も、半信半疑でロキに問いかけた。
「どういう意味か、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
「そーだね。『剣はペンより強し』――で、どう?」
「全然わかりません……」
-
【C-3/マウント深山商店街 ラビットハウス/1日目 午前8時】
【ぐだ子@Fate/Grand Order】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]魔術礼装・カルデア
[道具]スマホ
[所持金]そこそこ(十万以上は所持していない)
[思考・状況]
基本行動方針:特異点の解決。聖杯戦争を勝ち抜く。
1. ライダー(カルキ)の捜索をする。
2. チノを含めたマスターや冬木市民を死なせたくは無い。
[備考]
※チノ組と協力関係になりました。
ライダー(カルキ)の捕捉を目的とし、発見後の方針は現時点で確立しておりません。
※バーサーカー(アリス)の宝具を視認しましたが、正体を分かっていません。
※自宅は深山町周辺にあります。
【アサシン(ロキ)@北欧神話】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:面白ければ全て良し。
1. ライダー(カルキ)の捜索をする。
[備考]
※バーサーカー(アリス)の宝具を把握しました。何かに利用しようと企んでいます。
【香風智乃@ご注文はうさぎですか?】
[状態]胃が痛い
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]少ない(こづかい程度)
[思考・状況]
基本行動方針:生き残り、どうにか元の世界に戻りたい。
1. ライダー(カルキ)の捜索をする。
2. 出来る限り市民を巻き込みたくない。
3. バーサーカー(アリス)の動向が不安で胃が痛い。
[備考]
※ぐだ子組と協力関係になりました。
ライダー(カルキ)の捕捉を目的とし、発見後の方針は現時点で確立しておりません。
【バーサーカー(アリス)@不思議の国のアリス】
[状態]健康
[装備]『言語の秩序を齎す剣』
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、家族の元へ帰る。
1. ライダー(カルキ)さんは良い人だと思うわ! 探さないと!
2. 町で聖杯戦争を始める運営が悪い人なんだわ!
[備考]
※ライダー(カルキ)は善良だと思い込んでいます。直接当人と対峙するまで訂正はしません。
※ぐだ子組を勘違いしていたとし、善良な人だと判断しております。
-
投下終了します。
続いてマシュ&シールダー、ラ・ピュセル&バーサーカーを予約します
-
ノヴァ&アーチャー(メーガナーダ)、李衣菜&ウォッチャー(バロン・サムディ)を予約します。
-
>>ネバーランドの迷子たち
ロキの軽口もそうなんですが、刹那的で享楽的、面白い事があればそれ優先、と言う彼女のスタンスと、
これに振り回されるぐだ子が上手く表現出来ていて非常に面白い。それと、あの激長OPの何気ないセリフも拾っていてくれて、書き手として冥利に尽きる次第です。
一方アリスの方は、『秩序的に狂っている』と言う表現が成程と言う程的を射たキャラクター性で面白い。
悪い運営に反旗を翻してるから、指名手配されているライダーは善に違いない、と言うアクロバティック解釈には脱帽すると同時に草が生える。
智乃と言いぐだ子と言い、共にアクが強い自身のサーヴァントに振り回されている、と言う共通項がありますが、この二人が手を組むと一体どうなってしまうのか。
それが気になると言う点でも、投下されたSSは滑り出しとして満点に近い出来じゃないかなぁ、と自分は思っております。大変面白いお話でした。
ご投下の程、ありがとうございました!!
此方の方も投下いたします
-
腸が煮えくり返る、とは正にこの事を指すのだろう。
成程、よく出来た言葉だ。怒りとは先ず胴体に溜まるもの。腹腔、胸部。主に溜まるのはその辺りだ。
そして、胴に溜まった怒りは、手足に伝わって行き、ボルテージが頂点に達した瞬間、本人の意思とは無関係に怒気と力が込められて四肢が振われるのである。
だが今、アテルイに蓄積された怒りは、腸に溜まっているどころの話ではなかった。胴体は元より、その四肢、その頭蓋、そしてその心の中にですら。
煮立たせた水の如くブクブクと泡を立たせて、彼の身体全身を沸騰させていた。
聖杯戦争が既に幕を開けた事は、既にアテルイも、そしてそのマスターであるクロエも理解している。
今まで不自然に鈍っていた、霊や魔の探知能力が、アテルイは取り戻した。どうやら、意図的に運営側からサーヴァントの察知能力を封印されていたらしい。
それに気付かなかったと言うのだから、日本を転覆させかけた大魔縁の名が廃ると言う物である。尤も、だからと言って、一昨日の事件で負った負債の弁疏にはならないが。
寝ても覚めても思い起こされるのは、あのわくわくざぶーんでの一件だった。
思い出すとむかっ腹が立つので意図的に忘れようとしているが、全く忘れられない。寧ろふとした拍子で思い出して、かえって怒りを増長させてしまうので逆効果だ。
「――クソがっ!!」
悪態を吐きながら、ブンと左腕を振い、その手の甲で、近くに佇立していた樹木を叩いた。
殴打の際の衝撃を受け、幹の太さだけで二m近く、高さにして六〜七mは下らないその樹木が、横にではなく縦に、梢から稲妻の直撃を受けた様に真っ二つに裂けた。
ズズン、と。樹木が地面に倒れ、それに対して地面が緩く応えた。つくづく、ただの無造作な攻撃だけで、あれ。クロエはつくづく背筋が凍った。自分が呼び出したサーヴァントは疑いようも何もない程チンピラ染みた男であるが、その強さだけは、孫う事なき本物のそれなのだ。
アテルイの事をフォローするつもりは更々ないが、それでも、相手が悪かったとしか言いようがない。
クロエの目から見ても、わくわくざぶーんでアテルイが戦った二騎のサーヴァントの強さは、英霊全体を見渡してもトップランカーのそれに当たる事は間違いない。
存在しているという事実を切断するアテルイの斬撃を生身で防御する、刺青の男。近代兵器の数々をどこからか取り出し、それを以て相手を追い詰める狡猾な金髪の女性。
思い出すだけで、震えが走る程強いサーヴァント達だった。呼び出したサーヴァント次第では、クロエは今頃聖杯戦争の開催が告げられるよりも速く、
黄泉の旅路を歩いていたかも知れないのだ。この恐るべきサーヴァント達を相手取って、アテルイは平然としているばかりか、クロエに傷一つ付けさせず生還させている。
アテルイが機転も利き、実力についても申し分ない、一線級のサーヴァントである事もまた、疑いようがない。
これだけの力を秘めたサーヴァントを召喚出来たと言う事実。この天運に、一割程の感謝をクロエは抱いていた。……残りの九割は、どうしてこのような素行最悪のサーヴァントを自分の下に寄越したのか、と言う不平不満なのであるが。
わくわくざぶーんから生還し、聖杯戦争が正式にスタートするまでの一日間余りの時間。
アテルイはずっとこのような調子だった。憤懣やる方ない、と言うのは今のアテルイの状態をこそ指すのであろうか。
あの二名のサーヴァントを葬れなかったから、憤っている。クロエはそう考えていた。事実、惜しい所まで行っていたように、クロエには思えるのだ。
時代錯誤な一人称を用いる、あの金髪の美女が乱入と妨害がなければ、刺青の男は倒せたかも知れない。
その美女にしたって、一切の迷いもなく逃走を彼女が選んでいなければ、アテルイは勝ち星を得ていた可能性だって多分に考えられる。
成程、アテルイの気性を考えれば、悔しく思わぬ筈がない。理解の余地は、確かにある。倒せたサーヴァントを倒せなかった。それは、マスターにとっても悔しいだろう。だから、今のアテルイの態度は、至極当然のもの。クロエはそう考えていた。
-
だが、クロエのこの解釈は、半分は正解で、半分は間違いであった。確かに、大きな魚を逃したと言う悔しさはアテルイにある。
しかしそれ以上に彼の思考を焼いているのは、カインから言われたある一言であった。
――何だ、怒ってんのか。存外、小さい器だな。雑魚――
此方の怒りを引出して、攻撃の軌道を鈍らせる為に口にしたとしか考えられない、カインが何の気なしに口にしたこの言葉。
この言葉は確かに、アテルイの怒りの要点を抉っていた。それはもう、適確と言う言葉が、過ぎる程に。
アテルイは弱いと言われる事が腹の底から嫌いな男だった。精神面で弱い、と言われても腹を立てはしない。言った相手を、暴力で叩き伏せれば良いのだから。
だが、肉体面・強さの面で弱いと言われる事には、我慢が出来なかった。アテルイの事を生前そう蔑んだ鬼や妖物・幻想種達を彼は、己の力で惨たらしく殺して来た。
二度と、そんな事を誰もが口にしないように、見せしめの意味も込めて、だ。アテルイの事を弱いと口にしてなお、命のあった存在は史上ただ二人。
坂上田村麻呂と、その伴侶であった魔王の娘――アテルイに言わせれば尻軽の女狐――・鈴鹿御前位の物であった。
アテルイが此処まで弱いと言われる事を嫌う理由は、単純明快。この男は、自身が『強い』と言う絶対の自負を抱いているからだ。
現在のアテルイの強さは、先天的に備わった『スサノオ』としての権能がある事も勿論だが、それは精々一割、二割。今の彼の実力の八割から九割は、
後天的な努力によって得られた物だ。己に残された、なけなしのスサノオの力を駆使して、アテルイは生き延びた。
幻想種を不意打ちで殺し、鬼や妖魔を殺し、その死肉を喰らい、命を繋ぎ続けてきた。気が付いたら、嘗て自分をスサノオから分離させ、高天原から追放した天津の神々は、
何処とも知らない世界の裏側に隠れていた。神々の黄金時代は、終わっていたのだ。終わってなお、アテルイはしぶとく生き延びていた。
オリジナルのスサノオですら世界の裏側に隠れねばならなかったと言うのに、その遥かなデッドコピーであるアテルイは、生存。
誰しもが認める脆弱だった身の上で、自分を世界から追放した神々よりも長く生き延びたばかりか、鬼や幻想種を喰らって力を蓄え、遂には国をも脅かす力を得た大魔王。
それが、アテルイと言う男なのだ。そんな俺の、何処が弱いと言う? 弱かった俺が力をつけ、神々をも脅かす力を会得した。何処に、弱いと言われる余地がある?
この考えこそが、アテルイが抱く強さへの自負だ。弱者から成りあがって力を得、自分を弱者に叩き落とした神々が逃げ出した世界に、彼らよりも長く君臨した。
弱い筈がない。誰もが想起する、強者の定義を、最高に近い水準で満たしている。アテルイは本気でそう考えているのだ。
アテルイにとって己の強さとは誇りなのだ。払える努力と時間を全て払って獲得した、何物にも代えられないプライドなのだ。
それを、あの刺青の男はコケにしてきた。断じて、許してはならない。あの男は、殺さねばならない、葬らねばならない。
次に出会った時が、刺青のサーヴァントの最期である。そして、あれを従える小娘にも、恥辱にまみれた死をくれてやらねば腹の虫が収まらない。
アテルイは、子供だった。怒りの沸点が余りにも低く、余りにも身勝手で、精神的に幼いを通り越して幼稚の域。
マスターであるクロエとの、外見上の年齢の差異は明白であるが、その精神性の在り方は、クロエの方が遥かに達観している、と言う有様であった。
「……おい、ガキ」
「なによ」
凄味を利かせながらそう口にするアテルイに、クロエはぶっきらぼうに返した。
「良い方策の一つや二つ、思い浮かんだのかよ」
「無茶言わないで。そう簡単に思い浮かぶんだったら、苦労はしないわよ」
「敵指差して『殺せ』って言うのと、マスターとサーヴァントを探す方法を考えるだけ二つがお前の仕事なのに、そんな簡単な仕事もこなせねぇかい。大した軍師サマもいたもんだな」
「そうね。一人じゃ敵も探せないサーヴァントに代わって仕事を引き受けはしたけれど……私『も』役立たずみたいね。『役立たず』、みたいね」
役立たず、の部分を特に強調して、クロエはそれはそれは、当てつけそのものの嫌味を口にする。
クロエの余りにも生意気な態度に、アテルイは強く眉を顰めたが、此処で怒りを発露させる事だけは、さしものアテルイも拙いと思ったらしい。
地面に唾吐き、虚空を眺めると言う態度を取る事で怒りを宥めだした。
-
アテルイは強さこそ申し分ないが、サーヴァント自体の索敵能力には優れない。
それはそうだ、サーヴァントを探す能力に優れるのは、アサシンやキャスタークラス等、小回りが利いたスキルや宝具を持っている連中ぐらいのもの。
三騎士の仕事は、敵を見つけたら戦い、倒す事。機を先んじる事が重要なのは三騎士クラスでも同じであるが、アサシンやキャスターは彼ら以上に機先を制する事に、
深刻な意味を持つ。魔術なり、使い魔なり、遠見の技なり、隠形の術なり。何かしらの手段で此方を捕捉出来る術を持つのは、この二クラスが殆ど。
対してアテルイは、こと戦闘・実戦に関してはこれ以上を求めようがない程高い水準をクリアしているが、サーヴァントを探すと言う一点においてはからっきしだ。
サーヴァントがこんなザマであるから、クロエが何かしらの知恵を練り、アテルイが実力を発揮出来る条件は思い浮かばないかと思案するも……結果はご覧の通りだ。
その身がある種の願望器の発露に等しいクロエは、生身の人間以上に、サーヴァントの気配については敏感である。
見れば大体は、『もしかして』、のセンサーが反応する。だが、それだけ。肉眼で捉えられる範囲にサーヴァントらしき存在がいれば、あれはもしかしたら、
と思えるだけの察知能力は確かに備わっている。だが、自分の視界の範囲外、つまり、全く自分が感知出来ない何処かにいる、何らかのサーヴァントの気配までは、
さしものクロエも探知出来ないのだ。探す術をアテルイに考えろと言われても、この冬木でのクロエのロールは、単なる女子小学生に過ぎない。
権力や金に物を言わせて、と言う作戦を使おうにも、そんな物はない。必然的に、足でサーヴァントを探さざるを得ない、と言う訳だ。
更に厄介なのが、自分達もその責任の一端を担う、一昨日のわくわくざぶーんでの事件である。あれが大きい。
あの事件、ハッキリ言って誰が関与しているのかが露呈するのは時間の問題なのではないかと、クロエは考えている。
それはそうだ、あれだけ大規模な事件なのだ。自分の知らない所で、自分達が戦っている所を目撃した人物がいる可能性だって、大いにあり得る。
冷静になった頭で考えれば思い描ける事であるが、あれだけ大規模な施設、幾ら営業時間を過ぎたからと言って、中が無人である筈がないのだ。
何処ぞの警備会社と契約し、その夜間警備員が巡回している事は勿論、監視カメラで絶えず映像が警備会社や警備室に送られ、それが保存されている筈。
となれば、クロエやアテルイ、刺青のサーヴァントとその主である気弱な女性、そして、あの悪魔のような金髪の女性の姿を映した映像が、
重要な証拠として残されている可能性が極めて高い。つまり、サーヴァント達を探そう以前に、自分達が警察達のお尋ね者になっているかも知れないのだ。
これではサーヴァントを探す所ではない。そもそも自分達が探される側なのだ。しかも、その意味合いは極めて厄介なもの、大事件の重要参考人として、だ。
端的に言ってしまえば、クロエ達は有名人になっている可能性が高い。それも、悪い意味で。となれば、行動の自由が著しく制限されてしまうのは無理からぬ事であった。
――もっと言えば、彼女ら……特に、クロエの方は、あんな事件が起こる前から既に有名人である可能性が高い。
結論を言えば、クロエは聖杯戦争の舞台である冬木に招かれた事に際し、この町でのロール上住む事になっている、イリヤ達の家から家出していた。
遠くヨーロッパの国からやって来た、イリヤ・フォン・アインツベルンの従姉。それが、クロエの冬木でのロールであった。
それを捨ててまで、家出を決行した理由は……例えこの世界でのイリヤ達が、クロエの生きる世界での彼女らと全く違う存在であったとしても、だ。
いや、違う存在であると言うのなら、猶更、聖杯戦争の塵埃に巻き込まれる事は、嫌なのである。
夢幻召喚も出来ない、聖杯戦争についての知識が欠片もない。そんなイリヤやアイリ達を、如何して聖杯戦争に巻き込めよう。
せめて彼女らは、聖杯戦争の戦火が及ばぬ平穏な日常で生きていて欲しい。その願いと思いから、クロエはイリヤ達の住まいから家出したのである。
-
今頃は、捜索願でも出され、警察などが自分の身柄を確保する為仕事をしているのかも知れない。
その可能性を考えた場合必然的に都市部の何処かに拠点を置く事は、好ましいとは到底言えない。
かと言って廃墟に身を隠すと言うのも、危険性が高い。ボロボロの状態とは言え、家と言う形を曲りなりにも取っているのであれば、『先客』がいるかも知れないのだ。
其処で無用なトラブルを起こす訳には行かない。よってクロエらは、郊外の森林地帯に現在身を隠している。
この冬木が、自然を色濃く残す地方都市である、と言うのが幸いした。これが完全に栄えている都市部などであったら、こうも上手く今の今まで隠れられなかったかも知れない。
とは言え、だ。
「遅かれ早かれ、こうしてこの森に隠れてさえいれば、サーヴァントにぶつかるわよ」
「なんでだよ」
「ありふれた作戦だもの、他の主従が思いつかない筈がないわ」
そう、クロエが思い浮かぶ、『追跡を逃れる為に森に隠れる』、と言う手段は全く特別なそれではない。
誰でも思い浮かぶ事であろう。『見つかりたくない人間がいる』、『サーヴァントと交戦したくない』。
だから、人目が付かず、俗世との繋がりの薄い森に立て籠もる。作戦としては実に理に適う、合理的なものであると言えよう。
だがこの作戦は同時に、誰もが普遍的に考えつくという側面も有している。況して、聖杯戦争の参加主従であるのならば尚の事だ。
恐らくは何組かの主従は、人目につく事を恐れて、或いは、サーヴァントの特性上、森を拠点に選んでいる、と言う者は確実にいよう。
そして、そう言った主従を叩くべく外からやって来るサーヴァント達も、ゼロではあるまい。それを、叩くのである。
それにクロエとしても、此処にサーヴァントやマスターがやって来て貰わねば、少々困る。
何故なら彼女は、余人よりも魔力の消費が速い。その体質と存在の故に、常に現界の為の魔力を供給していなければならないからだ。
この世界では魔力の消費が元居た世界に比べてやや薄いとは言えど、流石にアテルイ程のサーヴァントを維持しながらだと魔力の目減りも加速する。
そう、魔力消費をし過ぎれば今度はクロエ自身が消滅しかねないのだ。その余りにもつまらない結末だけは、クロエとしても避けたい。
家出する前にイリヤにキスをしては見たが、イリヤの在り方からして既に違う為か、全く魔力を得られなかった。だから、マスター……もとい、魔力を奪えるだけの対象が、イリヤとしては欲しい所なのだ。
「こっちにノコノコやって来たサーヴァントを葬る事。それは貴方の仕事よ。まさか、それすら私にさせるんじゃないでしょうね」
「……見くびられたモンだな」
鋭くクロエの方を睨みつけ、アテルイが言った。
「安心しろよ。サーヴァントの相手位テメェで出来る。欲望の捌け口にしとけば聖杯が手に入るんだから安いモンよ。お前はお前でマスターの相手をしてろよ」
そう言ってアテルイは再び、緘黙の状態に移行し、虚空を眺めると言う状態に移った。
クロエの方も、これ以上は何も言うまいと、一息吐いてから空を見上げた。
五月とは言え、夜の零時を回った深夜の森は、まだ薄らと、冬の名残のような物を残しているのであった。
-
.
【D-5(森林内部)/1日目 深夜0:00時】
【クロエ・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]健康、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[虚影の塵]有(残数1)
[星座のカード]有
[装備]アーチャーのクラスカード
[道具]
[所持金]一万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。場合によっては、聖杯戦争自体に勝利する
1.アテルイは信用が出来ない
2.現状は森林内での籠城戦を主にする
[備考]
①セイバー(アスモデウス)、オルガマリー&ランサー(カイン)の存在を認識しました
②わくわくざぶーんでの一件から、自分達の存在が世間に露呈したのではと疑ってます
③冬木でのロールは、ヨーロッパからやって来たイリヤ家の居候と言う事になっていますが、現在は家出中で家の方に帰っていません
【セイバー(アテルイ)@史実】
[状態]肉体的損傷、魔力消費(共に極小)、ランサー(カイン)に対する激怒
[装備]骨剣
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝利し、日本転覆
1.この国をぶっ壊す
2.あのランサー(カイン)とセイバー(アスモデウス)は絶対殺す
3.セイバーの方はついでに犯す
[備考]
①セイバー(アスモデウス)、オルガマリー&ランサー(カイン)の存在を認識しました
②カインに対して並々ならぬ怒りの感情を抱いています
-
.
◆
――こちらはこちらで、もっと大変だった。
車椅子に乗った女性と、それを押す男がいた。
車椅子に乗せられている女性は、小心者と言う言葉がこれ以上となく似合いそうな、弱々しい雰囲気を常に発散させる銀髪の女性。
それを面倒くさそうに押している男性は、見るからに仕立ての良いスーツを着こなす、恐ろしく体格の良い黒髪の人物だった。体格が恵まれていると、スーツは映える。切れ者のビジネスマンとすら、思われるであろう。……総身に刻まれている刺青さえなければ、だが。
わくわくざぶーんでの一件から逃れてから、オルガマリー・アニムスフィアは、腹を狙撃されたと言う最悪に近いコンディションにも拘らず、
多方面に根回しを行わねばならなかった。いや、正確に言えば、行わざるを得ない程追い詰められた、と言うべきか。
あの場から退散するなりオルガマリーは、優先して二つの課題をクリアした。
先ず彼女が解決したのは、金髪のサーヴァントが放った凶弾の直撃を受けた、腹部の治療だった。
腹部は心臓や頭部程の急所ではないが、其処に銃弾を受けると腸内に溜まった糞便が飛び散り、細菌による感染症のリスクが極めて高くなる。
それがあるから早めに治療した方が良い……と言う事実を、オルガマリーが知っていたとは思えないし、事実彼女は知らなかった。
では何故早めに治療したのか、と言えば、単純な話で、『銃弾のダメージを放置したままだと歩けない』からだ。
聖杯戦争で、マスターが歩行困難など、常識で考えればリスク以外の何物でもない。自由度が著しく制限されるからだ。
それだけは避けたい。だからこそオルガマリーは、カインに連れられ屋敷に戻るや直に、この冬木で彼女が全うするべきロール、それに与えられた権力をフル活用。
早い話、腕の立つ医者を秘密裏に病院に招聘させ、緊急手術を急いで施したのである。
世間一般では知られない事であるが、一般人にはまず行われない、死なれては拙い要人に行う施術と言うものが有る。
一般人にその治療がされないのは、当該患者に並ならぬ財があるからこそ成せる、保険対象外の治療法であるから、法外そのものの治療費が掛かると言う事も勿論ある。
だが死なれてしまうと、経済や社会、ひいては国益や国交にまで影響を齎す程の人物であるからこそ、この治療は行われるのである。
つまりは、国にとって有為の人物だ。そう言った人物にこそ、それらの一般人には公表も公開もされない、秘密の治療法と言うのが適用されるのだ。
そしてオルガマリーは、その治療の条件を満たす人物であった。それはそうだ、今の彼女のロールは、『イギリスが発祥の超大手外資系企業の子女』である。
彼女に死なれてしまえば、経済や国家間の関係に多大な影響が生じてしまう。だから、無理にでも生かす必要がある。
オルガマリーは、この世界における自分の権力の強さと、これをどう利用するべきなのかをよく理解していた。だからこそ、わくわくざぶーんから抜け出したあの時、朦朧とする意識で病院に連絡を入れ、緊急の手術を行ったのである。その甲斐あって、腹部のダメージは粗方回復していたのだった。
「つくづく面倒の掛かる女だ」
「うるさいわよ、一蓮托生の運命共同体でしょ!? もう少し気遣った言葉でも投げてみなさいよ!!」
カインの、心底からの本音が漏れ出た発言に、オルガマリーが食って掛かる。
当たり前の事だが、腹部を銃弾で撃たれて、一日で完治、と言う訳には行かない。
サーヴァントが行う治療処置であるのならばいざ知らず、現代の人間社会の医療技術で、銃弾による傷をものの一日で完治せしめると言うのは、
如何に技術の最先端を行くものであってもどだい無理な話である。それでも、オルガマリーに施された施術と言うのは、
現代医学が施せる最大限度の物であった。一般人が同じ治療を望んでも先ず施される事はないであろうし、仮に施される事になっても、億の金が平気で動こう。
そんな大層な治療を施した甲斐もあり、オルガマリーは、撃たれてから一日以上経った現在、動けるレベルにまで回復していた。
-
――動ける、レベル? そう思うであろう。そう言うのであればどうしてオルガマリーは、車椅子に乗り、カインに押されて移動しているのか?
その答えは単純明快。いかに動けるレベルにまで回復したと言っても、激しく動けば傷も開く。現にまだ、腹の辺りにオルガマリーは痛みを残しているのだ。
無理な運動は厳禁である。だがそれ以上に車椅子で移動する最大の理由は……オルガマリー・アニムスフィアが思いついた、ささやかな戦略の故であった。
簡単な話だ。今のオルガマリーを聖杯戦争の参加マスターが見れば、どう思う。簡単だ、サーヴァントに車椅子を押して貰えねば移動すら満足に出来ない、
役立たずの女としか映らないだろう。ではその後、そのマスターに生まれる感情とは、何なのか? これも答えを導く事は容易い。『油断』だ。
相手は間違いなく、オルガマリーの事をナメてかかるであろう。だがその時点で、既にオルガマリーの策にハマっている。
丹念に築き上げてきた彼女の魔術回路は、依然として機能している。相手を魔術で殺す事位、――オルガマリーに殺す勇気があるのかどうかは別だ――訳はないのだ。
つまりこの車椅子は、相手の増上慢や油断を誘い出す為の、一種の誘蛾灯であり、ブラフなのだ。
本当は動けるし、本当は無力でも何でもない。今のオルガマリーにとっての最大の武器は、『不自由そうに見える外見』である。言ってしまえば、出来ない事を演じられるに不測のないコンディションだから意味があるのだ。出来る事を出来ない風に装い、隙を見せれば相手を殺す。それが、オルガマリーの構築した戦術である。
「お前の姑息な戦略に付き合う俺の身にもなって欲しいもんだな」
姑息、と言われ、羞恥と怒りに顔を真っ赤にするオルガマリー。全く、否定が出来ない。
喧嘩らしい喧嘩何て生涯一度としてした事のない、優等生そのものの人生を歩んで来た、オルガマリー・アニムスフィア。
そんな彼女の頭で、精一杯考えた作戦が、上述した姑息さとせせこましさの塊のようなそれなのだ。当人とて、この作戦がせこいにも程があるとは重々承知している。
承知しているのだから、態々口にする必要もないだろう、と、恨めし気に彼女はカインの事を睨むが、全く彼は堪えない。
それもそうだろう。本当の所オルガマリーも、自分の作戦に付き合って車椅子を押す羽目になっているカインの方がもっと厄介な事位解っているのだ。
とは言え、彼女の作戦は一応有効性のある作戦なのだ。聖杯が是が非でも欲しいのであるのなら、もう少しノってくれても、良いじゃないかとオルガマリーは思うのだった。
「それより、俺が気になるのはもう一方の作戦だ。そちらの方はどうなっている」
カインにしては珍しい、オルガマリーの考えを肯定し、その推移が気になると遠回しに口にしているような発言。
それは、そうだろうとオルガマリーも思う。何故ならカインが言う、もう一方の作戦の方が、遥かに戦略性が高く、有用性の方も車椅子を用いたそれよりも遥かに高いからだ。
「今日の昼を狙って、報道される予定よ。……絶対に、逃さないわ。あの連中」
恨めし気に、怒りを込めてオルガマリーがそう呟いた。並々ならぬ決意が、カインにも伝わってくる。
この殺意にも覇気にも似た感情は、本物であろう。後はこれを、有事の際に維持出来る程の胆力さえ備わってくれれば、カインとしては言うまでもないのだが。
オルガマリーがクリアした課題の二つ目。それは、わくわくざぶーんで戦っていた主従らの孤立化であった。
カルデアの所長でもあったオルガマリーは、魔術師でありながら科学及び、現代社会の世故に一定の理解があった。
俗世の塵埃に塗れていた事について、他の魔術師連中から非難された事が、父であるマリスビリーにもその娘である彼女にもあったが、今はその非難された経験が、
最大限まで活きている。そう、オルガマリーは確信していた。わくわくざぶーんに設置されていた筈の、監視カメラ。
間違いなく其処には、褐色の少女や下品な刺青の男、金髪の美女達の戦いの模様が映っているだろうと言う事を。
わくわくざぶーんを抜け出し、病院で治療を受けていた時に、もう一つの方面に根回しを行っていた。
それが、わくわくざぶーんの警備を担当していた会社及び、各種マスコミ方面である。オルガマリーはこの二つを駆使して、あの時わくわくざぶーんにいたであろう聖杯戦争の参加主従を、表社会から排除しようと考えたのだ。
-
やろうとしている事は、言語化してしまえばシンプルなもの。
警備カメラに映っていた戦いの模様をニュースなどで放映させ、『これらの人物がわくわくざぶーんを破壊させた犯人、危険人物』だと言う印象を植え付けるのである。
その為には先ず、警備会社に問い合わせてその映像を確認する必要がある。これこそが、『警備会社』にコンタクトを取った理由である。
そして結果は、オルガマリーの睨んだ通り。案の定カメラには、褐色の少女と刺青を刻んだ褐色の肌の男、そして金髪の女性の姿が映っていた。
だが此処で、一つの疑問が生じる。あの場で戦っていた主従はもう一組いた筈だ。他ならぬオルガマリーらの主従だ。
事実、映像には確かにオルガマリー達の姿も映っており、その時の映像をこのまま用いてしまえば、自分達すら聖杯戦争の参加主従だと割れてしまおう。
――此処に今回の作戦の本質がある。オルガマリーは此処でも、自身の権力を最大限に発揮しようとしていた。
覆せぬ事実として、オルガマリー達はわくわくざぶーんで交戦していたし、映像も証拠として残っている。
これらの事実を、彼女は金と権力の力で握り潰した。警備会社に金を握らせ、監視カメラの映像の一部、つまり、自分達が戦っていた箇所を編集して削除。
丁度、褐色の少女や褐色の肌の男、金髪の美女が戦っている箇所だけを証拠として残させ、これをマスコミに流そうとオルガマリーはしていたのだ。
尤も、金髪の美女の方はサーヴァントである為に、霊体化や隠密行動でどうにでもなるだろうが、褐色の肌のサーヴァントの方は、
マスターの方がキッチリと監視カメラに映っているのだ。最早逃れようがない。これを表社会に流してしまえば、この主従は著しく自由を制限されたも同然。この時点でオルガマリーらは、大幅に有利に立ち回れる事となる。
わくわくざぶーんでの事件の翌日。
つまり、事件が起こった日と聖杯戦争の開始日の間の中日であるが、このたった一日の間に。
オルガマリーは、自分の腹の治療と上述の警備会社とマスコミへの根回しをやってのけたのだ。勿論、恐ろしい程忙しかったのは言うまでもない。
何せ通常なら一週間以上はかかるであろうこれらの作業を、急いだとは言ってもたったの一日と言う、時間が局所的に加速しているのではと思う程の速度でやってのけたのだ。
持つべきものは、権力と金である。オルガマリーは潤沢な資金と、自分のロールで運用出来る人員。これらを用いて急ピッチで、シチュエーションを整えた。
そう、全ては聖杯戦争に勝つ為である。その為であるのならば、オルガマリーもカインも、持てる力の全てを出し尽す。それが例え金でも、権力でも、だ。
――後は、聖杯戦争が開催されたのと同時に、星座のカードを用いて通達された、運営からの諸々の情報を確認するだけ。
これを以ていよいよ、オルガマリー達の聖杯戦争が始まるのである。
「貴方の知見も聞きたいの。一緒に見るわよ、ランサー」
「言われるまでもない」
昨日の一日を、多方面への根回しで慌ただしく動いていたオルガマリーは、仕方のない事ではあるが疲労困憊の状態であった。
だから彼女は、医者の制止を振り切って自分の邸宅に戻るや、自分のベッドで爆睡。深い眠りに着いたのが、夜の十時の事だ。
それ故に、彼女はその瞬間に立ち会えなかった。この冬木の聖杯戦争のキーアイテムになる、星座のカード。それが、聖杯戦争の開催を告げた時に、だ。
オルガマリーが起床したのは、朝の七時の事だった。
起床し、使用人から伝えられた警備会社及びマスコミからの連絡を聞いた彼女は、車椅子を押すカインと共に、執務室へと移動。
そうして、現在に至ると言う訳だ。今まで忙しくて見れなかったが、此処で初めて、星座のカードの情報を彼女らは確認しようとしていた。
執務室の窓から溢れる、GWの朝の光は、オルガマリー達を包み込んでいた。
それが意図するものは、彼女らの未来は希望に溢れている事を指し示すメタファーか。
或いは、この朝の光が、この主従らの最初で最後の輝きである事を指し示す、不吉な啓示か。種明かしは、まだ早い。
-
【C-10(アニムスフィア邸)/1日目 朝7:30】
【オルガマリー・アニムスフィア@Fate/Grand Order】
[状態]移動困難状態、腹部にダメージ(小)、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]車椅子
[所持金]大富豪
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝ち残り、聖杯の獲得
1.勝つ為なら金でも権力でも総動員
2.痛いのは嫌!!
[備考]
①セイバー(アスモデウス)、クロエ・フォン・アインツベルン&セイバー(アテルイ)の存在を認識しました
②昼のワイドショーで、クロエとセイバー(アテルイ)、セイバー(アスモデウス)達の戦いの模様を映した映像を公開する予定です。その映像には、オルガマリー達は映っていません
③冬木でのロールは、イギリスを発祥とする超大手外資系企業の子女です
④セイバー(アスモデウス)のマスターである藤丸立香の姿を認識していません
⑤現在車椅子で移動していますが、ブラフであり、実際には動けます。但し、動くとまだ痛いので、実質的な行動力は低いです
【ランサー(カイン)@旧約聖書】
[状態]肉体的損傷(ほぼ無に近い極小)、魔力消費(極小)
[装備]三叉の槍
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝利し、自身に死を齎す事
1.勝利する
[備考]
①わくわくざぶーんで負ったダメージは、ほぼないです
-
投下を終了します
-
投下乙
森が聖杯戦争の炎に包まれるトキは近い
-
投下します。
-
.
【……だ、そうですよ。アーチャー。あなたはどうしたいですか? 討伐に行きます?】
五月三日、深夜零時。冬木市新都にある、そこそこ立派な大学教職員の宿舎マンション。その一室。
冬木市の大学に客員教授として、近年アメリカはミズーリ州カンザスシティから招聘されたことになっているディスティ・ノヴァは、ここで暮らしている。
ナノマシンを完全に制御する「業子力学」という、五百年以上未来の太陽系世界でも難解極まる高々度な学問を、現代日本の大学生ごときに教えろとは、なんたる猫に小判、豚に真珠か。
基礎の基礎だけでも、この世界ではオーバーテクノロジーの塊だ。それをナノテク企業に切り売りするなどして、なんとかやっている。
それでも、ノヴァの講義を受ける学生は意外にもいる。彼のような超天才は、妙な才能や奇人変人を引きつけるカルマ、カリスマがあるのだろう。
自分やジム・ロスコーのような天才は、自然界には少なかろうと思っていたが、こちらにはデュフォーという麒麟児がいた。
ノヴァがいた世界の人々と較べても、彼の天才ぶりは全く異常。ならば、単純な推測であるが―――彼もきっと、この世界に招かれた異世界人、マスターの一人であろう。
無論こちらがそう思うということは、あちらがこちらをそう思っている可能性も高い。幸いに善良な性格のようだから、今のところ敵対する確率は高くなさそうだ。
まあ、こちらが邪悪と言えば邪悪なので、手を結べるかは微妙だが……。彼の従えるサーヴァント次第だろう。
さて、星座のカードを通じて投影されたホログラムは、討伐令を伝えてきた。おそらくは「わくわくざぶーん」を粉砕した、あの事件を起こした張本人。
そうでなくとも、それぐらいは平気でする、元気いっぱいの危険なコンビというわけだ。後者の場合、アレをやった連中が討伐対象とは別にいることになるが。
またどちらにしろ、彼らが戦闘したために破壊が起きたのであれば、彼らに匹敵する戦闘能力の主従がいるということでもある、のだろう。そちらにも討伐令が出る可能性はある。
その件について、ノヴァは早速、霊体化したままの自分のサーヴァント・アーチャーと対話している。パジャマ姿で、暗い自室の床の上で坐禅し、互いに念話を用いてだ。
【無理だな。おれでは勝てそうにない。放置するのが一番だ】
あっさりと答えるアーチャーに、ノヴァは呆れ気味に鼻を鳴らす。
【おやおや、早速運命の力、行為を放擲する気ですか。まあそれも良いでしょう、あなたのエゴが選んだ道、ひとつのカルマだ。
ですが、なぜあなたはそう判断したのです? どちらかと、お知り合いで?】
アーチャーは、これにも即答する。無感情な思念の声の中に、驚きが混じっている。
【ああ、マスターのバッターとやらは知らんが、ライダーの方の顔にな。とても見覚えがある。此奴は―――『ラーマ』だ】
ノヴァが、ぴくりと眉を動かす。小惑星衝突と文明崩壊を経た未来世界にも、彼の名と神話は知られている。
【ほう。あなたの父を打倒した、大神ヴィシュヌのアヴァターラ、英雄ラーマですか。そんな方まで英霊として喚ばれていたとは!】
【否。本人ではない。身体的特徴といい、雰囲気といい、別人だ。とは言え、無関係なはずもない。とすれば……】
【ラーマの異母弟、ラクシュマナやバラタ、シャトルグナであるとか?】
【いや、違うな。他は知らぬが、少なくともラクシュマナではない。つまり、ヴィシュヌめの息がかかった奴ということよ】
【ヴィシュヌのアヴァターラ、ですか。ええと、少なくともマツヤやクールマ、ヴァラーハやナラシンハではないのですね。特徴からすれば】
【ヴァーマナでも、ラーマでも、パラシュラーマでも、ブッダでもないな。結論は】
むむむ、とノヴァが呻く。ライダーということは、まさか、そんな者までも。
【未来の救世主、『カルキ』ですか……】
なるほど、悪を滅ぼす白馬の王子様。最近噂で聞くソレが、そんな物騒な存在であったとは。
試しに、通達どおり星座のカードに『カルキ』と思念入力し、ステータスシートを確認してみる。確かにカルキだ。そして、とんでもない強さだ。
ましてや我がサーヴァント、アーチャー『メーガナーダ』にとっては、天敵のようなものだろう。しかし。
-
【……ひょっとして、マスターの方だけなら、なんとかなるのでは?】
【ライダーが、それを易易と許すと思うか。それにカルキをサーヴァントにするような男だ。サーヴァントよりは弱くとも、並大抵の者ではなかろう】
【もっともです。論理的に考えて、いきなり彼らに戦いを挑めば、返り討ちにされるのがオチでしょうね。
しかも彼らを苦労して倒したところで、聖杯そのものが手に入るわけではない、と】
討伐報酬は、令呪10画。希望者には、元の世界への帰還。
10画もの令呪はサーヴァントを凄まじく強化してくれるだろう。だが、聖杯そのものではないし、確実に聖杯が手に入るチケットでもない。
疲弊しきってボロボロになったこちらを、残りの強力なサーヴァントたちに狙われるか、ライダーたちより危険だとして討伐令を出されるか。
ノヴァにも、聖杯を得ずして元の世界に帰還するなどという、つまらぬ望みはない。
【要するに、運営側が戦いをバリバリ進めるために用意した駒。トーナメント戦で言えばシード枠みたいなものですね。
放っておいて、欲に釣られた愚か者どもを適当に処分してくれるのを待ちましょう。遠くから戦闘を観察し、疲れたところを叩けば、チャンスはあるやも】
【そうだな。万が一我らを襲って来たら、マスターを攻撃しつつ逃げるのが一番だ。そして、誰か強力なサーヴァントにぶつければいい。
もしも奴らが善良であって、無力な人間どもを巻き込むのが嫌いだというなら、群衆の中に紛れ込めばよかろう。期待はせんがな】
納得した。この聖杯戦争の運営者は、蜘蛛のように狡猾でしたたかな胴元ということだ。アーチャーがこう答えることも見越して討伐令を出したのだろう。面白い。
【では、この件についてはそんなところで。で、あの微小機械についてですが】
ノヴァが少し語気を強くし、アーチャーが苦笑する。
【まだ根に持っているのか】
【ええ、嘆かわしい。私は『捕まえて下さい』と命令したはずですよ。破壊しては元も子もない。私自慢の業子力学でも、おぼろげにしかモデルが再生できないじゃないですか】
【すまんな。だがまあ、何であったか見当はつく。誰かがあれで、この戦場を監視しているのだろう。宝具でもなさそうだが】
【ですね。あれは、ナノマシンの一種ですよ。正確にはナノメートルより遥かに大きい、1マイクロメートルほどですので、マイクロマシンと言うべきでしょうが……】
ノヴァのゴーグル眼鏡は、ただの眼鏡ではない。ナノマシンを作成し、量子や業子の動きを観察・解析・計算するための特殊マシンであり、凄まじい倍率でものを観ることもできる。
それゆえ、透徹した視力を持つアーチャーよりも先に、マイクロマシンの存在に気づくことが出来たのだ。
【なんにせよ、ナノマシンやマイクロマシンの技術がお世辞にも発達しているとは言い難いこの世界で、あんなものを見るとは!
一体誰が、どう作ったのか。突き止めねばならないでしょう。今度見かけたら、絶対に無傷で捕獲して下さいね。頼みましたよ】
興奮するノヴァに、アーチャーは再び苦笑する。こう言うとは思っていたが、まるで子供だ。気紛れで頑固で、恐ろしく自己中心的な生き物だ。
早朝に発電所に行こうとした時も、こいつの気紛れで取りやめた。いや、気紛れではないが。
『いずれ必要にはなるでしょうが、序盤に重要拠点を作ると怪しまれますし、襲われた時に面倒です。あなたもそうしてやられたんでしょう』
そう言われてしまったのだった。『論理的に考えた上でのことです。私がどんな気紛れを起こすかなんて、私にだって予測不能ですよ』とも。
振り回されてばかりだが、面白い奴ではある。退屈はせずにすみそうだ。
言い終えると、ノヴァは坐禅を解き、軽くストレッチをした。デュフォーの件については既に伝えてある。
【では、私は寝ます。夜更かしは心身の健康によくないですし、念のため脳チップの記憶バックアップを取っておかねばなりませんから】
【ああ。夜間の護衛は任せろ。……本来ラークシャサにとって、夜こそ活動すべき時なのだがな】
そう言って、アーチャーは窓の外を見た。一瞬とはいえ、マイクロマシンで我らの姿を視られたなら、その記録映像を公開して……というやり方もあろう。
そうされる前に居場所を突き止め、始末するのがよい。あれが一つというはずもなし、他の主従も写っている可能性は高い。情報が得られる。
―――近くの高層ホテルの窓の幾つかに、深夜だというのに光が灯っている。もしかしたら、どれかにマスターがいるのかも知れない。
-
【B-9/大学教職員宿舎/1日目 午前0時】
【ディスティ・ノヴァ@銃夢】
[状態]健康(睡眠)
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]ゴーグル眼鏡、自己修復&再生用ナノマシン(体内・体外)
[道具]スマホ、PC数台(自室)、大学の理工学部程度の研究施設(休日でも大学へ行けば利用可能)
[所持金]そこそこ(現金十万円程度+カード、客員教授として預貯金はそれなり)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得し、研究する。聖杯戦争自体も業子力学的に興味深い。
1.ライダー(カルキ)は泳がせておく。襲われれば逃げる。
2.あの奇妙なマイクロマシンを再発見し、詳しく解析する。利用価値があれば複製して利用したいし、作成者にも興味がある。
3.デュフォーがマスターの一人ではないかと推測。向こうがこちらをそう推測している可能性も推測。
4.都市機能を掌握し麻痺させる程度のハッキング能力もあるが、今のところ様子見。ネット情報をある程度観察しており、ウイルスプログラムも幾つかは用意がある。
[備考]
※ライダー(カルキ)の真名を解明、ステータスシートを確認しました。
※ゴーグル眼鏡の機能の設定は、OPでの描写を踏まえた私的解釈です。
【アーチャー(メーガナーダ)@ラーマーヤナ】
[状態]健康
[装備]弓矢(矢は宝具)
[道具]同上
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。聖杯そのものより、獲得の過程で何かが掴み取れることを期待する。手段は問わない。
1.ライダー(カルキ)は泳がせておく。襲われれば逃げる。遠くから戦闘を観察できればしたいところ。
2.あの奇妙なマイクロマシンを早めに再発見し、無傷で捕獲する。また、その作成者を突き止める。
3.デュフォーがマスターの一人ではないかとのノヴァの意見に同意。観察対象に加える。
[備考]
※ライダー(カルキ)の真名を解明、ステータスシートを確認しました。
※基本的に霊体化しています。幻術により姿を隠したまま自在に行動できますが、攻撃時には一瞬だけ姿を現してしまうようです。
※幻術で別の姿に変化することも、幻影を呼び出して操ることも自由自在。ただマスターが魔力に乏しいため、大規模な術には電力を必要とします。
-
◆
同時刻。冬木市新都、ハイアットホテル。その一室に、とある少女が泊まっている。
日本有数の芸能事務所『022プロダクション』所属のアイドル、多田李衣菜だ。この連休中、彼女はプロデューサーと一緒にお仕事なのである。
当然ながらプロデューサーとは別の部屋。明日のこともあるため、早めに寝たいところだが、彼女のサーヴァント・ウォッチャーが煩すぎて眠れない。
そうこうするうち、星座のカードからホログラムが現れ、聖杯戦争の開始と討伐令を告げてきたというわけだ。あの事件の張本人であろうことは、言われずとも推測出来る。
李衣菜は真剣な表情で、独り言を呟きながらタブレット端末(ありすちゃんが持ってるような奴)をずっと操作しているウォッチャーに問う。
「ねえウォッチャー。この討伐令、どうする?」
「ア? ほっとけそんなもん。ウォッチしてみたが、バカみてーなチート野郎だぜ。どこの中学生の妄想ノートから出てきやがった。
マスターの方ならいけそうだが、オレ様だって相手するのめんどくせえよ。(どーせ蜘蛛野郎の上位存在が適当に動かしてくれるだろ。あ、これオフレコね)
他にもクソチートどもがわんさかいやがるんだ。オレは詳しいんだぜ。欲ボケどもが食いついてミナゴロシになるのを、ドリトスでも食いながら見物してな」
「ドリトスって何?」
「真の男の食い物だ。ググれ」
彼女とウォッチャーは、念話ではなく肉声で会話している。ウォッチャーは霊体化せず、実体化しっぱなしだ。
だが、誰もその会話を聞くことは出来ず、ウォッチャーの姿を見ることも出来ない。他人が見れば、李衣菜は寝ているように見えるはずだ。彼の高度な術ゆえである。
「だいたいオレ、忙しいんだ。他人とリレーするような協調性もねえし。あっちで一人でイタズラ仕掛けてる方が、手っ取り早くて愉しいまである」
「あっちって、どこ」
「メキシコ東部、ユカタン半島。そこでだな……ああ待って、まだ見ちゃダメん、恥ずかしい」
李衣菜がすっと近づき、ウォッチャーのいじるタブレット端末を覗き込む。
結構育ちのいい李衣菜は、目上・年上の人には基本的に敬語なのだが、ウォッチャー相手には初対面からタメ口で話してしまう。何かが近いのかも知れない。
それに、彼は品性下劣なド変態だが、別に李衣菜を肉体的に暴行したり、風呂やトイレを覗いたりはしない。あくまで変態という名の紳士なのだ。
慣れ、あるいは精神の摩耗により、付き合い方、知識の引き出し方が少しはわかってきた。代償に軽くSAN値が減少し、少し目が死んでしまったが……。
「へー、web小説なんか書いてるんだ。平和な趣味もあるんだね」
「そーそー、オレ様レゲエでパンクロックな平和主義者だから。バトルロワイヤルの序盤はゴロゴロしてりゃいいのさ。勝手に数が減ってくって」
-
他人事のように話すウォッチャーの口ぶりに、李衣菜もこれが現実でない、妙な夢に過ぎないのでは、と思い始めた。
しばらくは精神衛生のため、そう思い込んでいよう。パジャマ姿の李衣菜は、ごろんとベッドに倒れ込んだ。ため息を天井にひとつ。
「―――ああ、疲れた。プロデューサーさん、私より疲れてそうだったなあ……」
「ありゃ長くねーな。過労と寝不足と、ドリンクの飲み過ぎだ」
「縁起でもないこと言わないでよ。もし近くで戦いがあったら、プロデューサーさんも護って欲しいんだけど」
「マスターのお前さんが最優先だろ。ありゃお前、元の世界のプロデューサー本人じゃあねえぜ。違うなんかだ。街に時々いた、お前さんの知り合いもだ」
そう、違う。彼は自分のプロデューサーに似た、この世界で彼に相当するNPCだ。自分が所属していたプロダクションも『022』という名前ではなかった。
「それでも、だよ。これからまだ仕事もあるし……この街の人たちだって、これからファンになってくれる人たちだよ!」
それでも。自分は多田李衣菜だ。本人だ。クールでロックなアイドルだ。支えてくれるプロデューサーやスタッフ、ファンなくして、アイドルがやっていけるか。
李衣菜の瞳に、光が再び灯る。アイドルとは、ロックとは、なんぞや。そう問うかのように。
「ワオ、ロックンロール。ひとつ教えてやろう、ロックの核心はエゴと反抗。反体制、反権力だぜ。カート・コベインがそう書き残して自殺した。良い奴だった」
いつの間にか、ウォッチャーのタブレット端末がエレキギターに変わっている。フェンダー・ジャガーだ。左手でバララン、と弦を撫でた。
「けどよ、ロックは死んだ。普及しすぎて、体制側になっちまったんだ。それでオレ様は、お陀仏したロックを蘇らせた。ゾンビとしてな!」
ケキャキャキャキャ、とウォッチャーが嗤い、ギターからギュャイィンと不快音を響かせる。同時に何十体ものゾンビや亡霊が部屋の中を飛び交い、踊り、嗤う。
李衣菜は歯を食いしばり、堅く目を閉じている。知った事か、やるなら小梅ちゃんにやれ。無理やり話題を変えよう。
「……そう言えば、プロデューサーさんが言ってた『トップアイドルの器』って、結局誰なの? どこにいるのかとか、いい加減教えてよ」
「えーめんどーい。それよりさぁ、オレすんげぇ面白い名前のサーヴァント見つけたんだよね」
「え?」
ウォッチャーは、それこそ凄まじい「観測眼」を持つ。この街に喚ばれた主従の全員を、主催者すら、彼は知っていると嘯く。全然教えてくれないが。
「そいつの名前が傑作すぎてさぁ。いや、あんまり名前でいじるの、オレだってどうかと思うよ?
親御さんが大切なお子さんの為に考えてつけたんだろうしさ。でもさ、心の中に秘めておくのが辛くてさ……」
「だ、誰?」
李衣菜は目を開く。もうゾンビや亡霊はいない。彼の気紛れなお告げを受けられるのは、大きなアドバンテージだ。ウォッチャーは真剣な顔を近づける。
「そいつの名は――――」
-
「『ゲイ』」
……………沈黙が部屋を満たす。李衣菜の目が点になる。ゲイ。GAY。芸?
「アハッ、アハッ、あはははーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーやべぇ、滑った? ごめん」
残念ながら彼女に、その名から中国神話の英雄を思いつけるような知識はない。大きく大きくため息をつき、布団をかぶって再び目を閉じた。
「……冗談はこのぐらいでいいかな。じゃ、おやすみ。夜の間も見張りを頼むね」
「ん、おやちゅみ、ハニー。オレ様が添い寝して、夢の中でも愛を囁いてあげ……ああ、睨むなって。おやすみ」
ウォッチャーが指を鳴らすと、部屋のライトがふっと消える。
◆
ぐりん、とウォッチャーの首が180度真後ろを向いて、こっちを見る。ニッ、とスマイル。お待たせしました、レディ・ゴー。
さ、レディース・エン・ジェントルメン、エン、ジョッチャン・ボウチャン! 右や左の旦那様。蜘蛛野郎が紹介しやがらなかったので、改めましてご挨拶。
この二組、ディスティ・ノヴァ&メーガナーダ、多田李衣菜&バロン・サムディを、ご採用頂き恐悦至極。……マジでいいの? この企画がどうなっちゃっても知らないぜ?
ともあれ、よろしくお願い申し上げ候。ズガンとか噛ませにしなけりゃ、ぜひ好き勝手絶頂(エレクト)に書いてちゃぶ台。OPで書かれたような感じでいいぜ、OK。
そしてラブ・リスペクト・ラブをお忘れなく!ぜひ。オレ様はいつでも視ているよ。
銃夢(ガンム、と読むんだぜ)シリーズを集めるのがめんどい? そーねー、古い漫画だもんね(ゴタゴタもあったし)。
でも電子書籍があるんだよ、超面白ぇからぜひ読んであげて。無印だけでも大丈夫。LOも羅姦とかが出て凄い。OVA版もどっかにあると思うぜ、ノヴァ出ねえけど……。
あ、カンペだ。ノヴァのプロフィールちょっと訂正。LO8巻じゃなくて10巻だったわアレ。めんごめんご。だってさ。
しかしメーガナーダ、インドや仏教系の鯖には天敵ばっかりだし、アーチャーズの中でも最弱っぽくて河合荘。もうちょっと盛ってあげりゃ良かったなぁ。
まあチートな相手を知略で下してこそ面白いわけでさ、ここは作者様がた、ユーの頭脳と腕の見せ所なのよ。あとオレ様にロキ野郎のおっぱいを揉ませてくれ。
で、今回のタイトルの元ネタは、あー、アドレス貼っていいか分かんねぇからYouTubeで探してくんな。ぜひウォッチしなさいユー!
こんなところでいいッスかね。それじゃ皆様、サヨ・オナーラ!(尻の穴をカメラに向ける)
――どくしゃは めのまえがまっくらになった――
-
【B-9/ハイアットホテル/1日目 午前0時】
【多田李衣菜@シンデレラガールズ】
[状態]精神的に少し疲労(睡眠)
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]ギター&ヘッドホン(私物)、アイドル衣装(スタッフが管理)、十字架のアクセサリ(ウォッチャーがくれた)
[道具]スマホ、エナドリ&スタドリ各1本(プロデューサーやスタッフも所持)
[所持金]少ない(こづかい程度。プロデューサーはそれなりに持っているが、必要以上には出さない)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰る。誰も殺さない。戦闘などはウォッチャーに任せる。自分はアイドルだ。
1.寝れる時にしっかり寝る。
2.討伐令は無視する。
[備考]
※「ゲイ」の名を知りましたが、半信半疑です。星座のカードにも未確認。誰のサーヴァントかも知りません。
※連休中はプロデューサーと共に行動し、冬木市でアイドルの仕事をする予定。カメラや衣装、メイクなどのスタッフも数名います。
【ウォッチャー(バロン・サムディ)@ヴードゥー教】
[状態]健 of the 康
[装備]ステッキ&ピストル
[道具]タブレット端末(なんか執筆中)
[思考・状況]
基本行動方針:気の向くままにやりたい放題。まあ一応マスターは護ってやるよ。
1.エピロワの次の展開どうしよっかなー。
2.オレはノヴァ&メーガナーダ組を支援してもいいし、しなくてもいい。
3.ロキ野郎のおっぱいを揉みたい。
4.討伐令は無視する。バトルがあったら観察してみる。
[備考]
※この聖杯戦争に集った全てのマスターと、そのサーヴァントの真名を知っています。相手が死者なら、その全生涯を。
※聖杯戦争中にどこでどう動き、何を喋ったかまでは、意識して「観測眼」のスキルを発動しないとわかりません。
※スキル「観測眼」は、過去・現在・未来・メタ視点について観測できます。観測により量子もつれが生じて事象が変化する危険もあります。
※観測した事象を誰かに伝えるか否かはご機嫌次第です。あなたはラム酒と葉巻とハッパを捧げて機嫌を取りなさい!
※意識して姿を現そうとしない限り、基本的に目に見えません。ロキの前にはわざと姿を現し、M字開脚をしてみせました。
※下半身は丸出しです。
-
投下終了です。
-
投下お疲れ様です
此方も投下しようと思います
-
『…これはこれはみなさま、当サーカスに再びお越しいただきありがとうございます』
『こうして再び皆様の前でショウを演じられる事こそ、この道化至高の喜びで御座います故』
『さて、今宵紡がれる演目は役者変わらず、二つの暗黒の太陽が織りなす『感染』の物語』
『怪奇なる物語は感染し、この冬木の都市は狂気に浸食されて行くのでございます』
『では、開幕ベルと参りましょう…』
▼ ▼ ▼
才賀グループ。
家電、時計、コンピューターに加え、この世界では医療分野にまで事業を展開、牽引している、押しも押されもされぬ大企業。
その影響力は絶大で、工学界は勿論、医学や財界、政界にも強固な基盤を有する。
冬木で才賀グループに迫る企業があるとすれば、近年人材派遣コンサルタント企業として頭角を表してきた『KING』位のものである。
そして、その社長、才賀貞義。
元の世界で以前まで得ていた、表向きの肩書と変わることなく、
それこそが、この聖杯戦争で、白金/ディーン/フェイスレス指令に与えられた役割(ロール)なのであった。
「まぁ、大変ではございませんか?マスター、二足の草鞋を履く何て…」
「慣れてるからダイジョーブダイジョーブノープレブレムだよ〜ん
社長って言っても、この邸宅からたまーに電話で指示を飛ばすくらいだし、
目下僕自身がやらなきゃいけない仕事はKINGの社長さんとの談合位だしねェ」
くるくると数十万は下らぬであろう回転式ルームチェアーに腰掛け、才賀貞義の顔でフェイスレスは己の従僕に答える。
彼の従僕であるランサーも子供用ルームチェアーに正座で座り、己のマスターに倣うようにくるくる回る。
その顔はコーヒーカップを楽しむ年相応の子供の様で、楽しそうだった。
-
「それよりも重要なのはさ、コイツだ」
ぴた、と回転していた椅子が静止する。
示し合わせていたかのようにランサーの椅子もほぼ同時に停止し、二人は向き合った。
ランサーの視界の先にいるフェイスレスの手で輝くのは、彼をこの街に連れてきた乙女座のカード。
そして今、そのカードは聖杯戦争の開幕と、討伐令の発令を告げている。
「ランサー、単刀直入に言ってさ、連中に勝てそうかい?」
「……私も当代最強を背負う妖ゆえ、簡単に遅れを取るつもりはありません、ただ死力を尽くしても単独では敗走は免れぬかと」
「素直でよろしい。
うーん、やっぱりアポリオンで見たバッターとライダーってのがアイツらなら、
まともにかち合うのは御免だよなァ、それに報酬がデカすぎるのも気になるし」
令呪十画、と言うのは通常、マスターに与えられる初期令呪三画を考えれば正に破格の報酬だ。
もし消費なしで報酬を得られればその総数は十三画、初期値の四倍以上である。
そうなれば優勝は確実…とまでは行かずとも、それにグッと近づくのは間違いない。
トランプで言えば、ジョーカーを複数枚手に入れられるのだから。
加えて、希望者は元の世界へ送還することも可能だという。
もしこの聖杯戦争に乗り気でない、巻き込まれただけの人間がいたとしても、帰還を目指してこの討伐令に乗ってもおかしくない。
運営に対する反逆者とは言え裁定者達は、余程この野球選手のユニフォームというとぼけた恰好をした男と、男のサーヴァントを排除したいらしい。
「まぁそりゃどうでもいいとして…問題はボク達がどー振る舞うかだよねぇ、まともに鉾を交えるのは避けたい。
でもただ報酬を見逃すのは惜しい―――となると、だ。やはり正義の人形破壊者フェイスレス司令の路線と行こうか」
「?」
主の言葉の真意を測りかね、頭上に疑問符を浮かべるランサー。
そんな彼女に「何、難しい事じゃない」と相変わらずの笑みでフェイスレスは続ける。
「つまりは同盟さ。できるだけ他のマスター君達に火中の栗は拾ってもらう、
その代わりボク達はアポリオンや才賀グループ、場合によっちゃあ君の力も使って全力で情報、資金、人払い何かのサポートをするって事だよん」
「成程…それならばマスターの選定は重要で御座いますね」
「それなんだよねェ〜悩ましいところさ」
できる限り”しろがね”達のように使命に燃えており、御しやすいか、それでいてバッターの主従に抗しうるだけの主従が良い。
それを考慮すればアポリオンを跳ねのけた十騎余りのサーヴァントは除外だ。
実力は折り紙つきであろうが、彼らはまず間違いなく操り人形(マリオネット)の器では収まらないであろうから。
操り糸を断たれ、その曲者揃いの矛先を此方へ向けられれば間違いなく苦境へと立たされるだろう。
例え御しやすくとも、弱すぎる主従も除外だ。生半可な実力では返り討ちに会うのがオチだろうし、その返り討ちにされた主従から自分達の情報が洩れれば待ち受けるのはバッター達の粛清である。
あのアポリオンを一息で破壊して見せたライダーは勿論、そのマスターであるバッターもただの野球選手でない可能性が高い。
仮にただの野球選手でもライダーの圧倒的な力のせいでアポリオンが近づけないのだから、ゾナハ病での制圧も望めない。正しく難敵であった。
-
「とは言え、ボクもマスター全員を補足できてるワケじゃあない」
通常、多くのサーヴァントは戦闘時以外は霊体化している。
彼等の多くは歴史に名を刻んだ英傑達だ。ただでさえ存在感のある彼等が装いそのままに出歩けば間違いなく目立ちすぎてしまう。
そこで霊体化しておけば実体化時にかかる魔力の節約ができ、不可視の霊体であるため肉眼やカメラも気にする必要はない。
アポリオンはこの冬木全域を監視カメラの様に撮影、記録しているが、霊体化したサーヴァントまで捉えられるものではないのだ。
逆にアポリオンを処理してのけたサーヴァント達の大まかな位置は掴めるが、上述の通り今はフェイスレスの方から積極的に関わるつもりはない。
と来れば、後は地道にアポリオンから伝わる映像を吟味するほかなく。
『ハイッ、この吉岡、何としてもこの大口契約纏めて見せます!』
『プロデューサーさん!カワイイボクの次の仕事は何ですか?』
『ハー、ダる。この後のバイトバックれない?』『お姉ちゃんマジダウナー』
『もげ!もげ!チチを――』
『ヒャア!汚物は消毒だぁ〜!』
『どぼぢでごんなごどずるのぉぉぉ!?』
画面に広がる光景は目まぐるしく切り替わっていく。
リアルタイム映像だけではなく、フェイスレスが社長業や自動人形作成のため外出していた昼の時間の映像もあった。しかし、目当てのサーヴァントの姿は確認できず。
本選開始に伴いどの主従も慎重になり、今は凪の時間とも言うべき時なのかもしれない。
これはサーヴァントを見つけるまで中々大変そうだ―――そう思った時、ランサーの脳裏に一つのひらめきが走る。
「マスター、画面を切り替える事はできますか、
出来るだけたくさん、人が映っていて一時停止した状態で。後、電話をお借しいただけるでしょうか」
「ん。いいけどさ、どうするの?」
「私が百鬼を統べる妖である、と言う証明を致しましょう―――正し、私流の百鬼ですけれど、ね」
黒の喪服じみた和装の少女はにこりと、静かに微笑み、切り替わったモニターを横目で見ると、
フェイスレスの差し出したスマートフォンを受け取って、
ひたすらに『0』のキーパッドを、打ち込めるだけ打ち込み、通話のボタンを押す。
――――――そして、その瞬間音が消えた。
ぷつりと、スイッチを切ったかのように、ブレーカーを落としたかのように、分厚いカーテンを閉めたかのように、だけれど何の前触れもなく。
称して、無音円錐域(コーン・オブ・サイレンス)。
UFOの接近、タイムスリップ、異界存在との遭遇時など幾つかの怪奇現象の発生時に起きると言われる異常現象。
そこでは、一切の音が消え失せる。雑音など存在すら許されない。
完全に無音となった空間で、少女の声だけが朗々と、響く。
「時に、こんな話を知っているでしょうか?マスター。
電話には今も、異界へと通じている番号がある―――――」
ランサーが博物館の学芸員(キュレーター)の様に語るのは、
電話が普及しだした時代から、現在に至るまで、語り継がれる不朽の、しかし取るに足らない子供騙しで信仰などとは縁遠い都市伝説(フォークロア)。
通常なら、繋がるまい。繋がるはずもない。
しかし、かけているのは人ではない。ランサーは、百鬼を統べる化生であり、そんな現代の取るに足らない噂話が生んだ英霊だ。
彼女の訪れとともに末路わぬ者共の時間は終わる、百鬼一体の例外もなく。
故にこそ、妖達の支配者。そして、そんな彼女が存在しない番号に電話をかければ、
桜色の唇に人差し指をあて、ランサーは呪文のように囁く。
「信じようと、信じまいと――――」
-
―――――おぎゃあああ。
『空』が、鳴/亡いた。
かくして、子供たちの悪夢は泡と溢れ、子供達の悪夢(フォークロア)は現実のモノとなる。
「――アンサーくんですか?」
どうやら本当に、かかるはずのない番号は、何某か――否、ナニカにかかったらしい。
ランサーは一時停止し、画像の様になったモニターに映る大勢の人々に向かって指を突き出す。
「はい討伐令に……はい、…四段目の…右側……一番下と…その上も、はい、はい。
後…左……二段目……はい、はい……はい。分かりました。ありがとうございますね。アンサーくん」
少女が白磁のように細く白い指でモニターをなぞった後、通話は切られる。
「マスター、この中に四人、別のマスターいらっしゃった様です」
ランサーが通話を切るのとほとんど同時に、モニターが切り替わった。
勿論、フェイスレスは操作などしていない。
映っていたのは、少女の文言通り四人、男性が一名に女性が三名。
ラバーマスクを被ろうとしている成人男性。
額に脂汗を浮かべて何かから逃げ延び、安堵した様な顔の、左右に跳ねた紫がかった長髪が印象的な女性。
モヒカンの暴漢をぶちのめしている、お団子頭の意志の強そうな女性。
その女性にお礼を述べている様子の紫がかった髪色の眼鏡少女。
「こちらがマスターの案に協力して頂けるカモシレナイ…方々になります」
そりゃ、かもしれないなら可能性が1%でも99%でも同じだよなと思いつつフェイスレスは尋ねる。
「そりゃ、さっき電話してたヤツに聞いたのかい?」
「えぇ、アンサーくん…別の名前では『さとるくん』『怪人アンサー』とも呼ばれておりますね。
彼に電話をかければ一晩に一度、知りたいと思う事を教えてくれるのです
外れた事は、私の記憶ではございません」
「へぇ、そりゃ凄いや」
ふふんと鼻を鳴らしてランサーは得意げに平たい胸を張る。
表情豊かな少女であった。
「妖数多くとも、百鬼を統べる妖である私以上にこう言った事を得手とするのは、
夜だけではなく、日中でも力を振るえる本家本元のフォークロア/都市伝説(おとさま)位のものですよ」
とは言え、マスターの「あぽりおん」が無ければここまで簡単には行きませんでしたけれど、
そう言うランサーの顔は相変わらず微笑んでいて。
フェイスレスも胡散臭い笑みを返す。
ランサーの言う通り自分の用意したテクノロジーとランサーの能力を組み合わせることで全く労さずして四人のマスターの顔を割り出すことができたのだから。
フェイスレスは口を開き、賞賛の言葉の一つでも吐こうとする。
そして、気づく。静かすぎるのだ。先程よりも。
「マスター。頭を下げていただけますか?」
瞬間。
-
「――――ぉぎゃ唖ぁ唖嗚呼!!!」
叫声と共に、奇妙な侵入者が部屋へと押し入ってきた。
同時にランサーの手のひらに光が満ち、
紅い瞳と毛先、煌いて、
…
……
…………
「……これが先ほど話したアンサーくんに御座いますよ
彼はやんちゃで脳みそしかなく、質問に答えた相手の四肢を貰おうとするのです、困ったものですね」
「なーんだ。腕や足の一つや二つ、作ったげたんだけどなぁ」
「ふふ、マスターならそれもできたでしょうね」
脳だけの胎児の様な怪物のバラバラ遺骸。その前で主従は朗らかに語り合う。
一瞬、であった。
ランサーの放出した光の槍は、振るう事すらなく、フェイスレスですら呆気に取られる速さを以て、襲い来る異形をバラバラに解体したのだ。
速度を測れば、本当に光の速度に匹敵していたかもしれない。
「錬金術師のマスターにあやかって、○ン・ライト・○ートとでも改名しましょうか」と本人は頬に手を当てホホ、とふざけていたが、
現代最強の妖怪を自称するのは伊達ではないらしい、男は満足げに顎の髭を撫でようとして、今は貞義の顔であることを思い出した。
「さて、いかがなさいましょうかマスター。お望みなら、今すぐにこの四人の元へと参れますが」
「今すぐにぃ?」
「えぇ、ただし夜明けまでの間でこの方々がベッドで寝ていなければ、ですけれど。
聞いたことがありませんか?『ベッドの下の殺人鬼』」
曰く、顔さえわかればその人物のベッドの下へ赴くことができるそうで。
「……く、くくあっははははは!そりゃあ面白い!!」
勿論、リスクもある。
アポリオンを退けた主従とはあべこべで、マスターの顔は分かれど、サーヴァントは未知数なのだから。
会いに行くとしても残念ながらこの身は一つだ―――今はまだ。
だから本当なら全員一遍に会いにいたいけれど、誰にコンタクトを取るか、選ばざるを得ない。
あえてコンタクトを取らず、アポリオンや今も製造を続けている自動人形たちに暗殺を命令するという手もある。
「あぁ―――それとマスター。こちらの方も準備は終わりました」
ランサーの手からスマートフォンが返される。
その画面は先ほどまでのキーパッドではなく、いわゆるSNSの画面であった。
『夜の冬木に表れる奇妙な人形達』
『真夜中のサーカス』
『喘息をともなった奇病』
SNSにはこの冬木に広まりつつある噂話が集約されていた。
マッチポンプ的に、ランサーやフェイスレスが雇った者達が急速に広めているのだ。
「こうやっていれば、すぐにマスターのお作りになられた人形も私の眷族として神秘が付与されていくでしょう」
「おーう。いいねぇ、仕事が早い。じゃあ僕も根回しが終わったら動くことにするよ〜ん」
安っぽい噂話、同じ都市伝説でも真に伝説めいた『白い騎士』のものとは比べるのもおこがましい。
しかし、そんな安っぽい信仰、質の悪いフォークロアこそ、彼らの使い勝手のいいサブウェポンだ。
直ぐに自動人形たちの噂は広まるだろう、何せ、実際にいるのだから。
邪悪な笑みを浮かべて、フェイスレスはランサーと手を取り合った。
策謀の糸は垂らされ、噂は広がる。
狂気の錬金術師の聖杯戦争は、今ここに、真に幕を開けたのだ。
-
【D-6/フェイスレス邸/1日目 午前3時】
【フェイスレス司令@からくりサーカス】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]自動人形作成中
[道具]邸宅の地下を工房に改造している
[所持金]大富豪
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得し、フランシーヌを手に入れる
1.補足したマスターと今すぐコンタクトを取るか思案中
2.同盟してもらえるかは余りアテにしていない、してもらえなければアポリオンや自動人形で暗殺方向に切り替える。
3.稼働できる自動人形を増やしたい
4.アポリオンを退けた主従とも頃合いを見て接触する。
[備考]
※冬木でのロールは『才賀グループ社長・才賀貞義』です。
※トゥワイス、隼鷹、徐倫、マシュの主従を捕捉しました。
※昼に『KING』との会合を予定していますが蹴るかもしれません。
【ランサー(空亡)@真珠庵百鬼夜行絵巻】
[状態]魔力消費(極小)
[装備]光槍
[道具]無
[所持金]同上
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに勝利を
1.頑張りましょうね、マスター
※ランサーのスキル『百鬼夜行』により、妖怪や都市伝説の怪異を眷族として召喚できます。
※人形や奇病の噂が広まれば人形達や『ゾナハ病』もランサーのスキルによって神秘を帯びるかもしれません。
-
▼ ▼ ▼
『…いかがでしたでしょうか現代が生んだ矛盾の妖と、地獄の機械が織りなす怪奇なる物語は』
『運命の歯車が回りだす、終わりと始まりのプロローグ―――しかし今宵は残念ながら閉幕の時間がやってきた様です』
『そしてこの名も無き道化の仕事もどうやら此処までのようで…蜘蛛の後身に任せ、ここから先は一観客として見守らせて頂くことになるでしょう』
『では、今宵満足いただけたお客さまも、満足いただけなかったお客さまも、次お会いした時に、蜘蛛の彼の手によってより満足頂けることを祈りつつ、一時閉幕となります…』
-
投下終了です
-
クラリス&アザゼル、瞳島眉美&ガガーリンで予約します
-
投下乙
どぼぢて鬼威惨がいるのおおおおおおおお!!
フェイスレスと空亡……チートな組み合わせだぜ
-
投下します
-
マシュ・キリエライトは戸惑いを隠せなかった。
ついに聖杯戦争が開始のベルを鳴らし、討伐令なるものが届いた事や。運営の存在が明らかになり。
いよいよ――な状況にも関わらず。
マシュは、拠点として深山町方面に点在するエーデルフェルトの双子館を選んでおり。
彼女のサーヴァント、シールダー・ウィラーフが一先ず拠点の修復を行い。
在る程度の結界の補強も多少添付する事が、今日までの成果である。
即ち、マシュは比較的万全の体勢を整えている部類だ。
しかし。
マシュの目的は聖杯の獲得ではなく、この聖杯戦争―――彼女は特異点と称した事態の解決。
冬木市に導かれているだろうオルガマリー所長と『先輩』の捜索・合流だ。
【マスター?】
困惑気味の主を落ち着かせようとシールダーが声をかけたのに、ハッと我に返ったマシュ。
慌てて「いえ」と呟き、しばしの間を作ってから話し出す。
「色々、私なりに考えていたんです。討伐令に関して」
【そうでしたか】
「私はライダーに接触『しなければならない』。そう考えていました」
シールダーもやや思考を巡らせてから納得した。
【彼らの存在こそ、特異点に関係がある。可能性は十分ありえますね】
「はい……他にも注視するべき点は幾つかあります。報酬の『元の世界への帰還』についてです」
令呪よりも際立った報酬がコレだ。
最悪、マスターはこれを用いれば温かな家族・元あるべき世界に逃避が叶う。
否。だからこそ、マシュは『違和感』を覚える。
「恐らく討伐令の役割として、聖杯戦争へのモチベーション高揚の効果を狙っている筈……
しかし。報酬の内容は非常に『相応しくない』ものです。
聖杯戦争の目的は、奇跡の願望機を獲得する事。聖杯戦争からの離脱を促すのは妙です」
むしろ……マシュは確信めいた事を口にした。
「聖杯戦争から逃れたいマスターが、居るように感じます」
運営ならばマシュを含めた全主従の動向を、最低限監視しているのだろうか。
全て憶測に過ぎないものの。あえて魅了なる報酬を釣り下げただけで、確固たる事実に思える。
更に考察するならば。マシュは口を開く。
「もし、そうであれば運営側はマスター候補を『適当に寄せ集めた』でしょう。
シールダーさんにお話した『先輩』も、魔術とは無縁の一般公募から選出されたマスターです。
魔術師以外でマスター適正を有する可能性は0ではありません」
-
例外として―――マシュ自身がそれだった。
彼女はマスター適正はあれど、聖杯を渇望した訳でも、現在まで聖杯を求める欲求は皆無である。
何より、彼女は生死を彷徨う最中から『特異点』とされた冬木の聖杯戦争の『マスター』として選出された。
異常だった。
これが『特異点』であればなおさら。
彼女は『本来の冬木市に存在しない』のだから。
残酷な表現で例えるなら――マスターは『誰でも良かった』という事。
【そうして寄せ集めた結果。聖杯戦争に意欲のないマスターが多く選出されてしまった、と】
「あくまで私的な推測に過ぎません」
結局のところ、運営の思想心理を把握したのではない。
彼らと関わりがあるであろう存在は、討伐令をかけられたライダー主従のみ。
そのライダー主従が行ったという、運営への反逆行為も不明。
冷静に考えて『重度かつ深刻な危険思想』なるものも、意味が分からない。
反逆行為や思想を含めれば、特異点の解決を目的とするマシュ達も最悪『反逆者』と見なされる可能性も……
ただ。シールダーには一つ、心中に抱え込んだ勘があったのだ。
【私は並々ならないものを感じるのです】
「それは一体?」
【いえ。正直な話……私の『勘』です】
「直感、ですか」
サーヴァントとしてのスキル『直感』。
悪寒や予測、高ランクに至れば未来予知に等しいほどになる代物。
シールダーが兼ね備えているスキルのランクは、高いものではないのだが。何となく。
彼女は、討伐令に対する並々ならないものを感じ取っていた。
ライダーを喪失する事によるデメリットか、運営側の企みに込められた悪意か。
【マスター。一先ずお休みになって下さい】
「……はい」
時刻は深夜だった。
恐らく他の主従も討伐令等を確認している頃合いだろう。
何より、本格的な聖杯戦争が開始されるのだから、休息は必要不可欠である。
明日こそ。所長たちの手掛かりが掴めれば……マシュはそう願いつつ、瞼を閉じた。
-
◆
マスターの一人、岸辺颯太も討伐令を確認していた。
謎の星座のカードを配布したのも、この『運営』であって聖杯戦争を開催した張本人。
颯太にとって『元の世界への帰還』が重要かつ魅力的に感じられた。
ライダーさえ打ち倒せれば、颯太の願望は直ぐ様叶えられる。聖杯戦争ともおさらば。
だが……魔法少女の殺し合いで無害無知を装ったマスコットキャラがフッと連想する。
颯太が自宅の自室にて、ベッドに腰掛け、サッとクラムベリーの恐怖を脳裏に過らせた。
その時。バーサーカー・八岐大蛇の念話が響いた。
【まあ、無理やろ】
「無理って……急にどうしたんだ?」
まだ魔法少女に変身しておらず、ある意味では丸腰の状態だったので。
何か恐怖しながら、颯太は手元の星座のカードを握りしめる。
一方、バーサーカーの口調は、悠長な余裕あるもの。
【討伐令にかけられたんは、簡単に打ち倒せへんちゅうこった】
「え? バーサーカーはこのライダーを知って………」
【知らん。ただ、わざわざ倒す呼びかけとる時点で英霊一騎で勝ち目ない言うてるもんやろ】
確かにそうだ。
報酬も破格な代物。全主従に呼びかけ、討伐を促すかのような物言い。
果たして、バーサーカーに勝ち目ない存在なのだろうか? 少なくとも、自分達だけで討伐しようなど愚かだ
と、颯太は理解する。一通り、星座のカードでルールに目を通してから尋ねる。
「バーサーカー。『やるべき事』ってあるのか」
【ん〜〜〜?】
「準備とか心構えとか、そういうのじゃなくて」
【せやなあ。しいてあげるとするなら町はずれを洗いざらい見るくらいやな】
「潜伏中のサーヴァントを捕捉する為に?」
【それもあるけど『きゃすたー』言う奴はそないな場所で陣地張っとったりしてな。例えば結界とか、式神作るとか】
-
それこそ聖杯戦争に対する『準備』。
キャスターのスキル。陣地作成や道具作成。能力の具合は、英霊当人次第とはいえ。
序盤に叩き潰せば、アッサリと対処は可能だが。
放置しておけば取り返しのつかない結果を招く恐れがある。
バーサーカーが、不敵に笑みを浮かべそうな語りで颯太に言う。
【心配せんでもええ。探す時にな、大将があの乳デカに変身し……】
「一々言うなよ!」
【まあまあ。魔法少女になっとれば魔力が困る事ないし、オレも現界し放題や】
やれやれと呆れを抱く颯太。
バーサーカーが一つ、思い出したかのように付け加えた。
【なに。オレが現界すれば他の奴らも魔力を感知して、ひょこひょこ現れるで】
「てことは。危険じゃないか」
暗く低いトーンの颯太の声色に対し、バーサーカーは極めて太陽の如く煌びやかな様子である。
【しゃーないわ。どないな相手も餌ばらまかんと顔は出さへん。まずは適当にここら走って、そんで森辺りに行こうや】
「………」
颯太は冷静に考えた。まだ時間は残されている。
危険な賭けではあるが、確実サーヴァント側からのアクションが望める策だ。
例え、敵たる相手が現れようとも。森林地帯に逃げ込めば、少なくとも町の被害は抑えられる。
町……
思えば他のマスター達が、颯太のように生活を送っているなら。
最悪、町中での衝突が発生する可能性も……
颯太の脳裏には、魔法少女同士の『殺し合い』が再現されていた。
わくわくざぶーんの事件からして、英霊同士の戦争も変わりない……更に被害は悪化しかねない。
(駄目だ。しっかりしろ!)
颯太は生じた不穏を落とすかのように、首を大きく横に振った。
気持ちが駄目で、ネガティブで、聖杯戦争は実質『殺し合い』に変わりないせいで。
かつて敗北を知った颯太は、姫を守る正義の騎士からはほど遠い精神と化してしまった。
自覚はある。
どうにか気持ちを立て直そうと前向きだ。
けれども『決心』に自分の全てが追いついていないのである。
「わかった。サーヴァントが現れたら、真っ直ぐ郊外に誘導しよう」
返事をすることで前進したのだと、颯太は信じたかった。
-
◆
マシュは己のサーヴァント・シールダーに起こされた。
物騒に叩き起こされた訳ではなく、穏便だが、シールダーの言動は真剣。
聖杯戦争の開幕を体現するかのような緊迫と威圧が漂う。
「マスター。サーヴァントの魔力を感知しました」
「! まさか、戦闘を……!?」
まだ日が昇っているかも怪しい時間帯に関わらず。マシュの表情は険しくなる。
ここらだって、流石に住宅街が点在する。密集地帯とまでは言わないが、まだ微妙に人気のある場所だ。
既に宝具の盾を握りしめるシールダー。
実戦への恐怖は計れないが、彼女は経験がある故だろうか、しっかりとした言葉で告げる。
「いえ。どうやら他の主従を炙り出す魂胆のようです」
「つまり……罠」
「マスター、相手方は移動を開始しました。距離は……こちらから遠ざかっております」
「私たちに気付かなかったのでしょうか?」
「あるいはおびき寄せる為かもしれません。ここは慎重にご決断を」
「………」
少なくとも……シールダー・ウィラーフの存在は感知されているのだろうか。
マシュは困惑していた。最低限、相手は町近辺から距離を置こうとしている時点で、まだ善良な部類なのだろうか?
分からない。全く、相手の意図を読むほどマシュは優れていない。
むしろ、外の世界に対し無知に近い。
情報が無い。
彼女の使命たる特異点の解決や、所長や『先輩』の安否すら。
聖杯戦争に巻き込まれている時点で、逃れられないなら、少しでも何か―――
「シールダーさん。追跡しましょう。拠点から離れるのは、惜しいのですが。
他の主従の方々と接触しなければ事態も動きに通じません」
「――わかりました。まだ追跡可能です、マスター。行きましょう」
「はい」
『先輩』や所長、特異点、聖杯戦争の運営。霧かかったように霞む存在たち。
実在しているものから、そうではないものまで。何一つサッパリなのだ。どうにかするしかない。
拠点も、敵と応戦するには相応しくも。安全地帯として引きこもる場所じゃない。
前進しなければならない。
マシュにとって、これが前進なのか実感が湧かないほど漠然とした一歩だが。
きっと『何もしない』よりもマシだ。何もしなければ、死んでるような様ではないか。
-
◇
結果を知り颯太―――現在、変身をしている為『ラ・ピュセル』となっている彼は、安堵をしていた。
「良かった」
と。
何が良かったのだろう。不安な作戦に上手く引っかかった相手に申し訳ないではないか?
別に、現時点ではラ・ピュセルに戦闘の意志は無い。
相手次第だ。相手が聖杯を求める為、ラ・ピュセル達に攻撃をしかける可能性もある。
しかし、既に攻撃は仕掛けられても違和感を感じられない。
相手は純粋無垢な子供のように、ラ・ピュセル達の誘導に従ってるのだから。
不安・不穏を連想して当然の筈。
向こうも出方を伺っているのだろうか?
否。住宅街から離れるのが先決だ。
聖杯戦争関係者ではない人々を巻き込まないで済む。良い状況に違いない。問題は―――……
ラ・ピュセルの剣を握りしめる手に震えがあるのを実感する。
いよいよ実戦だと分かれば、大丈夫だと平静を保っていたのとは裏腹に恐怖が込み上げた。
安心を自己暗示するのは容易だ。現実は違う。
「ほな。マスター、オレについて来いや」
戦闘に展開されるかもしれない状況下でひょうひょうとする、ラ・ピュセルの傍らに居るバーサーカー。
初見では衝撃的だった中性的なポニーテールの童子の姿。
何だか、久しぶりに出会ったようにラ・ピュセルは感じた。
無論、マスターのラ・ピュセルが魔法少女という人間より優れた身体能力を有する存在であっても。
サーヴァントに並べる訳はない。
タンタンと住宅の屋根を飛んで跳ねて往くバーサーカーは、速度も考えているだろう。
バーサーカーに恐怖はなかった。
元より、バーサーカーは所謂『妖怪』『怪物』『人外』の類なのだから、人間とは感覚が異なるかもしれない。
緊張感すら無いのだ。
まあ、一緒にするのは駄目だよな。
ラ・ピュセルも諦めている。
彼もまたバーサーカーに警戒するべく一言かけようかと躊躇していたのだ。
むしろ。無駄に緊張をする愚か、手の震えで剣を落としてしまいそうな自分に対して手一杯だった。
どうなってしまうのだろうか。
戦闘にならなければいいのだけど……無意識にラ・ピュセルは思っていた。
◆
「………」
シールダー・ウィラーフは、確固たる悪寒を感じていた。
即ち正真正銘『直感』に関わるもの。
現在、追跡しているサーヴァントが非常に危険なものか……もしくは、この行く先に罠が仕掛けられているのか。
抱えているマシュに対し、ウィラーフは言う。
「マスター。どのような事態であっても、私から離れないでください」
「は、はい。私も必要であれば魔力のバックアップや令呪の使用の準備を」
朝の住宅街を駆け抜けるウィラーフが抱えるマシュの体は、非常に強張っていた。
最悪戦闘になりうる状況だ。
決して恥ではない。
誰だって恐怖があるのだから、むしろ恐怖を持たず戦場に立つ事こそが問題なのである。
彼らが一般人を巻き込まないよう、住宅密集地から距離を置こうとする行為。
非常に賢明であろう。
彼らは深山町の方面におり。もしかすれば、他のサーヴァントも彼らに気づくかもしれない。
そして、彼らが向かう場所。
都市部とも町とも無縁の――森林地帯なのだが。
そこに何が居るのか。
少なくとも、悪寒を感じ取っているウィラーフ以外にはまだ予想だにしていない……
-
【深山町郊外に移動中/1日目 午前6時】
【ラ・ピュセル (岸辺颯太)@魔法少女育成計画】
[状態]健康、魔法少女に変身中
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]こづかい程度
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界への帰還。
1. 郊外周辺の調査。
2. 出来れば協力者を探したいが……
3. ライダーの討伐は保留。少なくとも協力者が得られるまでは避ける。
[備考]
※本人は克服しようと前向きですが、戦闘関係になると恐怖が悪化します。
【バーサーカー(八岐大蛇)@日本神話】
[状態]実体化、健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1. 郊外周辺の調査。
[備考]
【マシュ・キリエライト@Fate/GrandOrder】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:特異点の解決とカルデアへの帰還。
1. サーヴァント(八岐大蛇)の追跡。
2. 所長と『先輩』の捜索。
[備考]
※エーデルフェルトの双子館(西)を拠点にしております。
【シールダー(ウィラーフ)@叙事詩『ベオウルフ』】
[状態]実体化、健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守り抜く。
1. サーヴァント(八岐大蛇)の追跡。
[備考]
※双子館(西)の修復等の作業は終えております。
<その他>
・深山町の住宅街を実体化したウィラーフと八岐大蛇が駆けた為、他のサーヴァントが感知するかもしれません。
・ラ・ピュセル達の移動先は地図上のD-6、D-5辺りになります。
-
投下終了します。
-
セイレム終了したので
琴岡みかげ&ハスター、藤丸立香&アレイスター・クロウリー、隼鷹&ラクシュマナで予約します
-
すみません。間に合いそうにないんで破棄します
-
投下します
-
空気の澄んだ夜だった。
元より多数の人が家で過ごす夜は夜気が澄んでいるが、今日はいつもより静謐で、塵芥も少なかった。
最近多発している連続殺人事件に加え、わくわくざぶーんの崩壊が止めとなって、多くの人間が夜間の外出を控えているのだろう。
「はぁ…良い夜だ」
金髪の修道女。その名は在れども実体は存在しない英霊、ジャック・ザ・リッパーは鼻を鳴らし、愉快気に周囲を見回す。
夜気に乗って漂う花の香りが心地良い。
彼女の生前の記憶にある十九世紀倫敦は “霧の都”などと呼ばれていたが、実態はそんなロマンチックなものでは無い。
工場から出る塵芥が空気中の水蒸気の核となる事によりできた代物でしか無かった。吸い込んだら肺の中まで黒く染まりそうな大気だった。
何しろ燃料といえば石炭の時代である。半端無い大気汚染が濃霧という形で常に空を覆い、死者を量産していた時代だ。
そんな倫敦の大気しか知らぬジャックにとっては、汚染されていないとは到底言えない冬木の大気も充分に澄んだものであるし、星が煌めく夜空も新鮮だった。
「こんな良い夜なのに、誰も出歩かないなんて勿体無い」
心からそう思う。こんなに良い夜なんだから、浮かれた人間の1人や2人いたって良い。
それが女性─────それも好みの女ならば理想的だ。
大気を構成する原子の一つ一つにまで血臭が染み込む程に、汚(バラ)し、穢(バラ)し、陵辱(バラ)し─────。
昼間に見た幻想種(ヤマトナデシコ)を解体し尽くす様を思い描いてジャックは鮫歯を剥き出して嗤った。
美人、と称しても良い顔が凶悪無惨な殺人鬼のそれに変わる。
それにしても─────とジャックは思う。
人を捜して殺すというのがこんなにもかったるいとは思わなかった。
基本的にジャックの殺しは行きずりのものだ。
女が一人で居るところを襲って解体(バラ)す。
理想は昼に見た幻想種(ヤマトナデシコ)の様な女だが、19世紀倫敦の下町で、夜間に外にいる女なんて場末の娼婦しか居やしない。
仕方ないから適当に解体していたが、誰も彼もこの時代で解体した女とは比べようが無い。
-
「やっぱ良いもん喰って、良い水飲んで、良い空気吸ってると違うワ」
シミジミと呟く。こんな事なら手当たり次第殺(バラ)さずに、もう少し吟味しても良かった。
即座に解体(バラ)さずに、もう少し愉しんでも良かった。
何しろ何奴も此奴も無防備に出歩いていたのが、ここ数日は警戒心も露わになり、今日に至っては一人もお目に掛かれない。
意中の相手との逢瀬が叶わぬ場合、適当な相手を見繕う事も出来そうに無かった。
かったりぃなあ。そう思いながらジャックは堤防の上を走る道へと出ようとして─────。
そして二人は邂逅した。
ジャック・ザ・リッパーは狂喜した。昼間見た幻想種(ヤマトナデシコ)にいきなり遭遇するという幸運に。
鮫の様な葉を剥き出し、歓喜に打ち震えながら言葉に向かって早足で歩み寄る。
早く解体(バラ)したい。早く陵辱(バラ)したい。
しかしこの逢瀬を僅かでも長く楽しみたいという思いがが、通常の速度で歩む事を許さず。駆ける事も許さなかった。
ジャックは緩やかに、確実に、幻想種(ヤマトナデシコ)との距離を詰めていく。
いきなり方向転換し、駆け足で河川敷に降りた時には、気付かれたかと思ったが、堤防の上から伺えば、目当ての幻想種(ヤマトナデシコ)は、川縁に立って闇色の川面をじっと見つめていた。
ジャックは口を嗤いの形に歪めて河川敷へと歩き出す。人気の無い処へ自ら足を運ぶとは好都合。
残り五歩、標的は動かない。
残り三歩、近づいて仔細に見れば、正しくジャックが生前に─────死んだ後も巡り逢う事が叶わなかった理想の乙女。
残り二歩、後ろに向き直った標的が、ジャックを見て瞳を見開く。
「サヨウナラ。お嬢さん」
残り一歩、両手に握るは二振りの巨大な鉈。突如として虚空に出現した鋸、手斧、メス、サーベル、肉切り包丁、ボウイナイフ、日本刀。
今回は愉しもう。直ぐには終わら(バラ)さない。
まず喉を潰し、腹を殴って、声を封じてからゆっくりと切り刻む。
悲鳴を聞けないが、苦痛に乱れ、恐怖に震える息遣いが、雄弁に獲物の心と身体の状態を告げる事だろう。
無数の刃を従えたジャックの全身が、芒と立ち尽くす幻想種(ヤマトナデシコ)を汚(バラ)し、穢(バラ)し、陵辱(バラ)し、解体(バラ)し尽くすべく動き出そうとしたその時。
「会えて嬉しいです。ジャック・ザ・リッパーさん」
獲物が、ジャックを見据えて微笑んだ。
驚愕に固まったジャックの身体が、緩やかに旋回しながら宙へと浮いた。
-
柳生宗矩が主君徳川家光に、能見物の際に、こう言われた事があるそうな。
「観世太夫の所作を見て、斬れると思ったなら申せ」
宗矩あ太夫の動きを仔細に観察し、太夫が隅を取ったときに笑みを浮かべた。
のちに家光に下問された時。
「流石に名人、隙が全くありませんでしたが、隅を取った時、心が緩んで隙が生じました。あの時ならば斬れるでしょう」
と、答えたという。
桂言葉はこの逸話を知らなかったが、武や闘争に纏わる逸話を全く持たぬサロメが、少なくとも言葉の眼には隙を捉えられない動きの主だと把握していた。
流石に行住座臥の全てに於いてとはいかないが、舞うサロメの動きに隙を見出す事は言葉には出来なかった。
だが、まあ、それでもサロメに正面戦闘をさせるのは、今のままでは無理だろう。
確かにサロメの舞う姿に隙は無い、そしてその舞技は、世の常の武技と異なる動きであり、初見で見切ることは難しい。
更には熟達した舞い手であるサロメの攻撃は、緩急を自在に変えながら途切れることなく連綿と続く。一度サロメに主導権を握られれば、取り返すのは難しいだろう。
だが、それだけだ。
そもそもサロメは独り(ソロ)の舞い手。それ故に守勢に脆い。
一人でも磨ける攻撃の技術と異なり、元来防御の技術とは、攻撃を繰り出す相手が居て初めて習得が可能となるもの。
一人で舞い続けたサロメは当然の様に防御に応用出来る技術を持ち合わせていない。
間合いを計る、機を掴む、動きを読む、相手を自分の思惑に沿って動かす。
これらの技術もまた、サロメは有していない。
攻めに回れば強いが、一旦主導権を渡して仕まえばどうにもならない。しかも攻撃力が低い。
一応、言葉が居合を学んで知り得た戦いの機微について教えたが、やはり心許ない。
練習する余裕などロクに無く、練習相手も居ないのだから、実戦で習得するより他にない。
だが、そんな手頃な相手は居ない─────とは思わないが、遭遇できるかはまた別だ。
深夜の街を徘徊して居た影と一度戦ってはいるが、やはり経験は不足している。
聖杯への道程は長く、そして困難に満ちていた。
だが─────それがどうした?胸に抱いた想いの前では、困難など何の意味を為さない。
二度と無いと思っていた誠との語らい、生きた誠と過ごす日々がそこにあるのだ。
存在すらしなかった理想郷への道が、突如目の前に現れたのだ。高々道程が険しいぐらいでは、足を止める理由にはならない。
聖杯への道が如何に嶮しかろうとも歩み切る。道が閉ざされれば切り開くだけの事。
-
【マスター……まだ……気配は掴めません………】
【そうですか】
サーヴァントの念話に、簡潔に答える言葉。
実際今やっている事は人捜しである。その目的は、至極簡単もので、言って仕舞えば経験値稼ぎだった。
あの謎の影か、若しくは言葉がこの地に居るだろうと推測している、”ある“サーヴァントを二人は捜しているのだった。
尤も、出会う可能性は低いだろうが、恐らく探す相手のクラスはアサシン。気配を断つことに長けたサーヴァントを探す技能は、サロメには備わっていない。
それでも言葉に諦めはない。
─────出逢えれば良いけど。
そう思いながら堤防の上の道を言葉は歩いていく。
言葉が通り過ぎた後、言葉が歩いている堤防上の道に合流している路地から出て来た修道服の女は、真っ直ぐに言葉目掛けて歩き出してきた。
【サーヴァントでしょうか……?魔力を全く感じませんが………】
【河川敷に降りましょう】
この時間帯、新聞配達もジョギングに励む者も、活動し出すのはまだもう少し先になる。
それでも車が時折走る。人目につかない様にする為には河川敷に降りた方が都合が良かった。
【降りてきましたね………マスター】
川面を見つめて─────修道服の女に背を向けて立つ言葉に変わって、女を監視していたサロメが告げる。
いつもの陰鬱な口調ではあるが、その声にははっきりと嫌悪感が感じられた。
二人の間の距離は、歩数にして五
言葉は闇を湛えた川面を見つめている。
二人の間の距離は、歩数にして三歩。
美女と呼んで良い顔立ちの女は、醜悪な笑みを浮かべて緩慢な動きで近づいて来る。
二人の間は、距離にして二歩。
振り向いた言葉は女の顔をマジマジと観察した。広がった鼻の穴、荒い息、開いた瞳孔、唇の端から僅かに溢れた涎。サロメが嫌悪感を表すのも無理はない。
端整だった顔立ちの面影など、微塵も感じさせない醜悪な顔。肉欲に狂った野獣の顔だった。
その顔は言葉に否応無く文化祭の日を─────言葉の意思も想いも無視して力尽くで事に及んで、恋人同士などと言い放った男を思い出させた。
「サヨウナラ。お嬢さん」
獰悪な笑みを浮かべて女が告げる。大勢の人間が海水浴を楽しむ海水浴場に発見した人喰い鮫が、笑みを浮かべるとすればこんな顔になるだろう。
その周囲に出現する無数の物体。鋭利な切っ先を言葉に向けた刃の群れ。両手には女の細腕には到底持てぬ巨大な鉈。
【サーヴァント………ああ…やはり……あの御方が…導いて下さいました】
脳裏に響くサロメの声。その声は歓喜に満ちて─────。
修道服の女の欲情に粘ついた声に、限り無い嫌悪を抱きながら言葉は返す。
「会えて嬉しいです。ジャック・ザ・リッパーさん」
無力な獲物に真名を言い当てられ、驚愕に固まったジャックを、実体化したサロメが両腕のベールを巻きつけ、宙へと放り投げた。
-
「ぬあああああああ!!!」
緩やかに右方向に旋回しながら堤防の方向へとジャックの身体は飛翔し、後方宙返りをした、受身を取ろうとするまでもなく、ジャックの体勢は整い、
幻想種(ヤマトナデシコ)及びその側に立つ七つの薄いヴェールで体を覆っただけの少女と向かい合う形で足から着地した。
─────サーヴァント⁉マスターかよこの女!!!
無力な獲物が自身を殺し得る牙を隠し持っていた事を知り、ジャックは即座に逃走を決断する。
サーヴァントとしては有り得ない選択だが、元よりジャックは只々好みの女性を汚(バラ)し、穢(バラ)し、陵辱(バラ)したいだけの殺人鬼。
闘って覇を競う等という精神など微塵も持ち合わせておらず、会敵して一合も交えず即座に逃げる事を恥とする様な価値観もまた持ち合わせていない。
「〰〰〰〰〰〰〰⁉」
駆け出そうとしたジャック驚いた。脚に生じた異常、膝から下が異様に重く痺れている。その癖痛みは全く無い。
あの緩やかで苛烈さも激しさもない投げの成果か。あまりにも奇怪な攻撃を使う少女だった。
少女の右脚が弧を描き、ジャックの頸部目掛けて脚を覆うヴェールを振るう。これをジャックは地に膝を着く事で回避。
そこへ最初から放たれていたかのように、左脚のヴェールが伸び、ジャックに顔面を強かに打ち、状態を仰け反らせた。
サロメの艶舞は止まらない。左の後ろ回し蹴りを放った勢いを殺さず、右腕のヴェールを上段から振り下ろす。
断頭の刃の如く落下する薄布を切断せんと、ジャックの両腕が茫と霞む。それと同時にサロメの右足のヴェールがジャックの下方から伸び上がり、後頭部に直撃。
後頭部を打って短く息を吐いたジャックだが、右に転がる事で顔を狙ったヴェールを回避。更に大きく後ろに後方宙返りして間合いを取る。
が、ジャックの動きを見透かしていたかの様に、サロメがジャックの後ろに跳んだ距離だけ前に出ていた為には間合いは変わらず、
着地に入ったジャックの足めがけて、サロメが左腕のヴェールを薙ぎつけてきた。
「チィィッ!」
咄嗟に宝具『真紅より来る遍く刃』を発動。日本刀を出現させて握り、薄布を切断しようとするも、振るった刃に薄布が巻きつきジャックの身体を引っ張った。
まるで熟練の舞手二人が舞っているかの様な動きだった。
「うおおおおおおお!?」
緩やかな曲線を描いてジャックは地へと叩きつけられる─────直前に刀から手を離し、激突させられる事を回避。
なんとか着地を決めると、出現させた複数のメスを投げつけながら後退する。
当たった気配が全く無いがどうでも良い。追撃を妨げられればそれで良い。
10mも間合いを離して、改めて相手の方を見る。“狩りに出たつもりが狩られる側だった”なんてシャレにもならない。
ここは逃げの一手。あの幻想種(ヤマトナデシコ)は大いに惜しいが、仕切り直してまた機会を伺おう。
ジャックはクラスこそセイバーだが、そのスキルも宝具も思考も在り方もアサシンのそれ。『正々堂々たる一騎打ち』などと聞けば、鼻で笑うのがこの女の性分だ。
逃げる隙を伺う為に、敵手の方を見たジャックは、そのままの形で硬直した。
-
「は─────。」
惚けた声。現にジャックは惚けていた。只人でしかない言葉でも、今のジャックに一撃を見舞う事は容易くできるだろう。
「は─────は、はは、ハハハハ、あははははははハハハハハはハハハハハ!!!!」
狂笑。心底よりの歓喜と欲情が篭った笑声。あまりにも悍ましい笑い声。
ジャックは狂喜していた。ジャックは驚喜していた。ジャックは狂気の只中にあった。
ジャックの投げたナイフ悉くを見に纏ったヴェールで撃ち落とし、ジャックと対峙するサーヴァントのその顔その身体。
僅かに吹く風に靡く、最上級の黒絹を織り合わせても猶及ばぬ艶やかな黒髪。夜の闇を溶かし込んだかの様な憂いを帯びた黒瞳。
流麗という言葉すら霞む美しい線を描く鼻梁、口づけをすればそれだけで天にも昇ると思える蠱惑に満ちた朱唇。
指で僅かに触れただけでも吸い付いて離れぬだろう柔らかな肌は“処女雪が黒ずんで見えるほどに白く”。
触れれば折れそうな程繊細で儚げな線(ライン)の身体にも関わらず、女性である事を強調してやまない胸の盛り上がりは、煩悩を捨て去った聖人ですらもが、我を忘れて揉みしだこうとするのでは無いだろうか。
一目で貴人と判る気品と、万人の脳髄を蕩けさせる淫靡さとを併せ持つ、清楚可憐な妖娼。
─────嗚呼!殺したい!!
脳が欲情で煮え滾る。
─────裂いて!刻んで!突いて!斬って!抉って!断って!穿って!
─────惨く、酷く、悍しく、苛んで!辱めて!殺したい!
もしもジャックが男だったなら、限界以上にいきり勃たせた股間から、派手に射精していた事だろう。
それ程の情欲。それ程の歓喜。このサーヴァントを解体(バラ)せば、きっと感じたことのない絶頂が味わえる!!
何しろ此方に向けている視線を感じるだけ絶頂(イキ)そうなのだ。触れ(斬っ)て、挿れ(刺し)て、抉り廻して、血と臓物をぶちまけた時の悦楽はどれだけのものか!!
「ああ神様!!神様!!私は今!あんたの存在を信じることにしたよ!!!!」
歓喜極まるこの刹那。最早逃亡など思考のどこにも存在しない。
只々、眼前の至高の獲物を切り刻む。
見たものすべてが目を背ける凶相を浮かべて、ジャックはサロメ目掛けて走り出した。
-
意味を為さぬ喚き声とともにジャックは無数の刃を繰り出す。
鋸で薙ぎ、肉切り包丁で斬り、メスで突き、手斧で打ち、ボウイナイフで穿ち、鉈で断ち割る。
眩惑も陽動も無い、只々真っ直ぐに突き進み真っ直ぐに刃を振るう。その様は正しく血に狂った獣。
聖杯戦争の華とも言うべき三騎士。その中でもセイバークラスで現界しようが、ジャック・ザ・リッパーの本質は只の殺人鬼。
サロメの宝具”幻想恋愛組曲(ファンタズマゴリー・ロマンシア)“の効果を跳ね除けること も、宝具によりその効力を増した魅了と被虐体質のスキルの効果に抵抗する事も出来はしない。
殺人鬼の本質に基づいて、只ひたすらに凶刃を振るい、振るい、振るいまくる。
元来ジャックの持つ殺意の炎を、欲情が油の如くに、否、液体爆薬の如く燃え上がらせ、今のジャックの精神と理性はBランク相当の狂化スキルを発揮した状態に等しい。
只闇雲に突撃しては、サロメの繰り出すヴェール打たれ、投げられ、締められ、極められ、飛ばされ、転がされ、引き摺られ、振り回される。
少し離れた場所で見守る言葉には、二人の動きは全く見えないが、もし見えれば熟練の闘牛士が、猛り狂った牛を翻弄している様にも見えただろう。
だが、言葉に両者の動きを見ることができたならば、奇妙なことに気づいて眉を顰めただろう。
“ジャック・ザ・リッパーの動きが、明らかに速くなっている”のだった。
ジャックが狂化状態に有るのは思考と精神のみで、ステータスには何ら影響していないにも関わらず、ジャックの動きは最初よりも速い。
これは至極単純な訳で、向上したのはジャックの“身体能力”では無く“身体運用”。
要するに身体の使い方が加速度的に向上しているのだった。
サロメを切り刻みたい。際限無く増大する殺意はジャックの理性を消し飛ばしたが、元より殺人鬼という概念であると言っても良いのがジャック・ザ・リッパー。
殺意が高まれば高まる程に、その本質─────人を殺すだけのモノへと純化していく。
動きから複雑さが無くなり単純に。
描く奇跡は曲線を一切帯びず直線と化し。
結果、一合ごとにその動きが加速する。
今のジャックは、無駄というものを一切廃し“殺す”という目的のみに、身体と精神と思考とを動員する、戦闘者としての理想の境地に到達しつつあった。
-
ヴェールの下でサロメは笑みを浮かべていた。
言葉の発案に端を発するこの遭遇戦。サロメは最初から目当ての殺人鬼に遭遇することも、殺人鬼が逃げずに戦いになることも、己が経験を積めることも疑わなかった。
殺人鬼に遭遇しなければ、徒労に終わる行為だが、サロメには必ず遭遇すると確信していた。
己と永劫共に在る愛おしい男の齎らす幸運が、言葉と己の求める結果へと必ず導くとサロメは信仰して疑わず。そして信仰は現実に形となって報われた。
愛おしい愛おしいヨカナーンの加護か齎したこの結果。ならば己も全霊を以って応えるのみ。全てを捧げた男から格好の練習相手を用意して貰ったのだ。只実戦の経験を積みました。では意味がない。より高みをこの一戦で目指さなければならなかった。
─────あの御方が……私の舞に…更なる技巧と変化を求めている………。
そう思うだけで、心は昂り、思考は研ぎ澄まされ、四肢が限界を忘れて躍動し、新たな動き、新たな形を心と思考と身体が求めて動き出す。
弱年にして、サロメを比類無き舞手とした、類い稀な舞手としての資質と、修練の成果を余さず貪り尽くした集中力が遺憾無く発揮される。
内腿を薙いでくる鋸にヴェールを巻きつけ、引っ張って狙いと態を狂わせ。
頚動脈を斬りつけてくる肉切り包丁に対し、一歩を踏み込んで躱し、手首を掴んでジャックの勢いを利用して投げ飛ばし。
肝臓へのメスの突きに対し、身体を半身にして回避しながらカウンターの掌打を胸に撃ち込み。
脳天を打ってくる手斧を回転しながら後ろに下がって回避、回転の勢いを乗せたヴェールで横面を殴り飛ばし。
心臓を穿ちに来たボウイナイフを持った手に両腕のヴェールを巻きつけ、手首と肘の関節を極めて投げる。
頭蓋を断ち割る鉈の一撃を鉈を持った手首をサマーソルトキックで蹴り抜く。
一撃ごとに速さを鋭さを増し、狙いも精確になってくるジャック・ザ・リッパーの凶襲を躱し、捌き、凌ぎ、反撃する。
徐々に徐々に、加速していくジャックの動きに、サロメの舞は一層冴え渡り、変幻の妙を深めて対抗する。
しかし、である。サロメの舞は全て曲線からなるもの。その動きは武技としては変則的。言って仕舞えば無駄が多い。
二人のステータス上の敏捷は+分を別とすれば互角。にも関わらず無駄な動きをするサロメが、死の最短直線を描き続けるジャックを翻弄できるのは何故なのか。
サロメはジャックを物理的な速度で上回っている訳では無い。
ジャックの目線。呼吸。踏み込み。腕を動かす角度と方向。これらを始めとする雑多な情報を読み取りジャックの動きを予測。
予測を元に、ジャックを上回るリーチの差を活かして迎撃若しくは逆撃を見舞う。
例えジャックの速度に及ばずとも、予め解っている動きに対して此方も動くのであれば少なくとも結果は五分。
狂乱の極みに在るジャックにはフェイントを用いるという思考は無く。一合ごとにサロメがジャックとの距離を離している事にも気付けない。詰まりは‘’サロメの様な戦闘の素人でも何とか手筋を読むことが出来る”のだ
動く方向自体を完全にサロメに把握されているのでは、いかに身体運用の効率を向上させようとも、思考と時間に於いて常にサロメが上回る以上、ジャックの刃はサロメには届かない。
-
─────良かった。
言葉は安堵を覚える。二人の動きは全く見えないが、サロメがジャックを圧倒している事は理解できる。
技量はそこそこ有るが、実戦の経験が皆無のサロメに経験を積ませる為に、態々殺人鬼を探した甲斐があったというものだ。
そう─────“捜していた”。言葉はこの聖杯戦争に、ジャック・ザ・リッパーが居ると確信して、夜の街を歩いていたのだった。
根拠は、己がサーヴァントのサロメである。只々己が恋心に殉じただけの少々。一人で万軍を破った訳でもなければ、一国を容易く滅ぼす龍を屠った訳でもない。
その行為自体は有名でも、闘争とは全く無縁な少女。そんな少女が英霊として召喚されたのだ。
この事から言葉は、“高名でさえあれば、どんな人間でもサーヴァントとして呼ばれるのではないか”という推論を出し、
最近噂の殺人鬼の正体を、誰かが召喚したジャック・ザ・リッパーと推測。
釣り出すべく夜の街へと出たのだった。
只の殺人鬼であるならば、サロメに実戦を経験させるのには丁度良い手合いだった。
只の殺人鬼ならば戦闘技術はおろか、殺しの際に狙いを隠す技巧も意図も無いだろうから。つまりは‘’意図を読み易い”
西園寺世界を殺した時がそうだった。ポケットの中に包丁を仕込んでいたが、あんな風に手を入れて確認していては、「何か仕込んでいる」と言っている様なもの。
包丁を取り出した右手を抑えられた時に驚いた表情を浮かべていたが、言葉からすれば当然の結果でしか無かった。
─────後はこのまま撃ち倒す。そして聖杯へと歩を進める。
ジャック・ザ・リッパーが修道女の格好をしている事から、教会にマスターが居るのでは?等と言葉が考えたその時─────。
-
ユダは夜の街を一人彷徨っていた。昨夜の一戦で、マスターであるカナエが悪魔(デーモン)に魅了された挙句、総身に刺青を施したサーヴァントに蹴り飛ばされて重傷を負った為である。
複数の臓器が潰れるという、人間ならば棺桶に入る事も覚悟しなければならない傷も、喰種であるカナエの能力からすれば、時間経過で治る傷でしか無い。
しかし、元々が栄養失調気味だった時に、これだけの傷を負ったのである。早急に、栄養を─────つまりは人間を─────摂らなければならなかった。
その為にユダは一人夜の街を霊体化して探索していた。
昨日見たマスターか、新たなるマスターか、何方でも良い。巷で噂になっている殺人鬼でも良い。
邂逅すればサーヴァントを屠り、マスターを捕らえてカナエに与える。
だが、出来得る事ならば、昨日見た青年とは逢いたくはなかった。従えるサーヴァント(悪魔)は必ず滅ぼすと決めているが、善性であると一目で判るあの青年は殺す事に気が進まない。
新たなマスター、それもその性が悪である。その様な手合いに出会う事を祈りつつ、ユダは当て所なく彷徨い、そして─────獣の咆哮の如き狂声が聞こえたのだった。
「あの女は─────」
堤防の上から公園を見下ろしたユダは、砕けるのではないかと思う程に歯を噛みしめる。
視線の先にあるのは、悪夢の産物とでもいう様な凶相を浮かべて、無数の刃を繰り出す修道服の女と、七つのヴェールを纏い、優美華麗に舞う少女。
修道服の女は知らぬ。だが、もう一人は知っている。直接会った事はないが、その真名も宝具も知っている
「サロメ!!!」
知っていて当然だ。同じ時代、同じ土地に生きた者同士。
色欲を司る魔王アスモデウスと対立しするとされ、‘’あの男”に洗礼を授けた洗礼者─────ヨハネ・パプテスマの首を欲した妖女。
色に狂っ洗礼者の命を奪い‘’’あの男”に涙を流させた狂女。
愚行の報いを受けて惨めに死んだ女が、今更何を血迷って迷い出てきたのか。
あの修道服のサーヴァントの狂態も、あの愚女に惑わされてのものに違いない。
瞬時に怒髪天を衝いたユダは、路面どころか堤防の一部までもが砕けるほどの勢いで跳躍。
空中でサロメ目掛けて拳を振り上げた。
-
伝説の殺人鬼と妖舞の舞手の戦いは、未だ勝者が確定していなかった。
悉くを防がれ躱されているとはいえ、ジャック・ザ・リッパーの一撃は全てが必殺。決まればそこでサロメは致命の傷を負う。
対してサロメはこの戦いを即座に終わらせる意思がない。
ヨカナーンが用意した練習相手をそう直ぐに使い潰すなど許されない。
その為、もとより低い攻撃力は一撃一撃が更に軽くなり、致命には至らない。
そして、徒らに長引かせれば、狂乱により痛みと疲労を感じないジャックに利がある。
現状ではサロメが優勢に見えるが、その実ジャックの一撃で勝敗は決する。
そんな戦いが今暫く続くと思えたが─────。
「エエエエェェェェェェイィィイメエエエェェェェェンンン!!!!」
咆哮─────。丁度堤防の方を向いていたサロメは、咄嗟に言葉の側へと跳躍、ヴェールを翻し、高速で旋回し出した。
一方の狂乱状態のジャックは気づく事なくサロメのいた位置へ吶喊。
直後、サロメの立っていた位置へと派手に着弾した‘’ナニカ”により生じた爆風を至近で浴びて、遥かく後方へと吹き飛ぶ羽目となった。
飛来した瓦礫をサロメのヴェールが悉く撃ち落とし、引っくり返ったジャックを掠めて、コンクリ片が飛び去る。
直径十数mに及ぶクレーターの中心部から、肘まで埋まった右腕を引き抜いた男が立ち上がる。
「貴様……何を血迷って迷い出た」
凄まじい殺意がサロメに対し放射される。常人ならば、否、猛り狂う飢虎でさえもが怯えて平伏しそうな程の殺意。
だが、サロメは怯む様子もない。サロメの心も魂もヨカナーンの事以外は意に介さない。他者から向けられる殺意など、意識する事など全くと言って良い程にない。
「私…貴方と……逢ったことが………ありましたか…?」
「貴様の様な毒婦と縁を持つ様な生を送った覚えなど無い」
目を瞬かせて尋ねるサロメにユダが極大の蔑みと殺意を乗せた声で応じる。
サロメの声音が淡々としたものだけに、ユダの声に声の篭った感情はより際立った。
「死ね」
簡潔に殺意を言葉にすると、ユダはサロメ目掛けて地を蹴った。
体幹を揺らさず、頭部を上下動もさせず、脚を殆ど動かさず、高速で地を滑る様にサロメとの間合いを詰める歩法は、予備動作と呼べるものが無い為に、非常に見切り難い。
だが、伝説の舞手であるサロメには、この歩法は既知のもの。舞踏においてもユダの用いた技術は存在している。
驚きに目を見張ったのも束の間、サロメも同様の歩法で距離を離しつつ、前に出しているユダの右脚目掛けて左腕のヴェールを剥ぎつける。
これに対してユダは、左脚に体重を預けた上で、左脚の力を抜く。この動きにより自然と左膝は屈折し、右脚は浮く。
そして、右脚を浮かしたまま、体が沈んだ反動を利して左足で地を蹴り、一気に間合いを‘’右脚を全く動かさずに、右脚でサロメを拳打で捉え得る間合いへと踏み込んだ”。
薄いヴェールの向こうで、驚愕にサロメが眼を見開いたのがユダには見えた。
-
「Kyrie eleison!」
男を誑かす為にある脂の塊を四散させ、心臓を微に砕くつもりで放った拳の軌道を変え、横合いから飛んで来たクレイミアを撃砕する。
次いで、クレイミアの死角に隠れて接近、ユダ目掛けて左右の端を振るおうとしていたジャックを蹴り飛ばす。
「うぼおぉぉ!?」
咄嗟に鉈を交差させて受け止めるも、蹴撃の凄まじい勢いに鉈が砕け、衝撃でまたもジャックの身体は後方に飛んで行った。
ユダに飛ばされて、少しばかり勝機に返り、乱入したユダを、サロメを解体する障害物と判断して、排除しに行った結果がこれであった。
「今の…動き……貴方は…私を見ても…版とも思わないのですか……」
「戯言を、俺の胸中を占めるのは、‘’あの御方”への献身のみ。貴様などに向ける心の動きなど存在しない」
「まあ……………」
感極まったサロメの声。それを一切意に介さず、即座に放たれる前蹴り。洗礼詠唱の篭った蹴撃は、掠っただけでもサロメには致命の傷となるだろう。
その爪先にサロメは右掌を当てがい、時計回りに回転。回転運動に巻き込まれたユダの身体を、回転の勢いとユダの蹴撃の威力を利して放り投げる。
追撃にサマーソルトキックの動きから放たれた右脚のヴェールを、ユダは宙で身を捻り、左腕で掴み取った。
そのまま左腕の力だけでサロメを宙へと引っ張り上げ、腹部目掛けで右拳を撃ち込む。
サロメは首を振って、胴を覆うヴェールで右手首を薙ぎにいくことで、ユダに拳を止めさせ、右腕のヴェールでユダの顔面を、左腕のヴェールで腕を打って拘束を解く。
宙で分かれた二人は同時に着地。地に足が着くや距離を詰めて洗礼詠唱の籠められた拳打を見舞ってくるユダに対し、サロメは右に半歩移動しながらで逆時計回りに回転する。
サロメが右半身になった所で、ユダがサロメが先刻まで立っていた位置を通過。無防備なユダの背中に、回転運動の勢いを乗せたサロメの右掌が直撃、ユダは緩やかな弧を描いて10mも飛翔し、縦に回転して膝立ちの形で着地した。
-
「貴様…………!!」
憤怒そのものの声。
サロメの攻撃を受けてみて理解できた。緩慢かつ優雅そのものの動きからは想像もつかない奇怪な威力。
痛みはないが衝撃が全身に伝わり、骨という骨、筋肉という筋肉がバラバラに外れそうだった。
サロメの筋力が低い為に致命傷とはならないが、それでも尚、この結果。
だが、それがどうした?当たらなければ意味など無い。
ユダが完全に全身の力を脱力した立ち姿を取る。その体のどこを見ても、指先に至るまで力みが無い。
現代スポーツでも重要な脱力を、この男は完璧に行なっていた。
そして、前進。只の一歩、初速の段階で最高速に達したその歩法は、武に秀でたサーヴァントといえども棒立ちのまま間合いを奪われる事になるだろう。
それをサロメは、‘’予め知っていたかの様に”絶妙なタイミングで両腕と胴のヴェールを翻す。
胴のヴェールに視界を遮られ、たたらを踏んだユダの頭部を、上下から挟み打つようにヴェールが襲う。
視界を遮っておいて、何らかの攻撃をしてくると予測していたユダは、この攻撃に反応。
右半身になって攻撃を回避すると、再度地を蹴り、突進の勢いと体重を乗せた右拳をサロメの顔面に見舞おうとするが、
最初からユダがそう動くことを知っていたかの様に、ユダの顔面に右脚のヴェールが直撃。仰け反ったユダの全身に、サロメが両手足のヴェールを用いて乱撃を見舞う。
サロメが人体の急所について未知である為に、有効な攻撃を今ひとつ行えていないとはいえ、受け続ければユダの耐久力を以ってしても無視できないダメージを負うだろう。
だが、ユダは粗無傷で耐えていた。空手の三戦(サンチン)立ちに似た立ち方で、唯サロメの攻撃を、防ぐことなく受けているだけだったが、その立ち方が最上の防御方法だと、サロメは知っていた。
「……ああ…やはり…あの御方の………」
サロメの歓喜に満ちた声。己の乱打を耐えるユダの立ち方。あの立ち方は知っている。牢の中でヨカナーンが行なっていた演武を見た事が有るのだから。
そう、獄に繋がれていたヨカナーンを毎日見ていた。その挙動の全て、息遣いに至るまで、今もこの脳裏に焼き付いている。
「成程…妙に俺の先を行くと思えば、洗礼者の技を盗み見たのか……」
ならば分かる。‘’あの御方”の誕生を人々に告げた先駆者にして、‘’あの御方”に洗礼を授けた洗礼者。彼こそが‘’あの御方”にヤコブの手足を授けた者なのだから。
いわばサロメは、ユダの師の師に当たる人物の技を知っている事になる。ユダの動きを読めるのは当然だった。
謎は一つ解けたが、もう一つの謎がある。
─────何故、俺の宝具が効果を発揮しない!?
洗礼詠唱が通じない事は予測していた。サロメがおそらく持っているであろうヨカナーンの首。
イコン画に於いて聖母マリアと同列に描かれる洗礼者の首を所有するサロメに、洗礼詠唱など通じる筈もない。
ユダがサロメに洗礼詠唱を用いたのは、いわば念押し。サロメが洗礼者の首を持っているかを確認する為だった。
だが、宝具が通じない理由にはならない。この宝具は其れこそ、三位一体を成す父と子と聖霊の三者で見ない限りは効果を発揮する。
通じない理由など存在しない─────筈だった。
「私の‘’呪い”を…受けても何も無い………。それに…貴方の用いる体技………まるで…あの…御方の様……………………」
-
ならば分かる。‘’あの御方”の誕生を人々に告げた先駆者にして、‘’あの御方”に洗礼を授けた洗礼者。彼こそが‘’あの御方”にヤコブの手足を授けた者なのだから。
いわばサロメは、ユダの師の師に当たる人物の技を知っている事になる。ユダの動きを読めるのは当然だった。
謎は一つ解けたが、もう一つの謎がある。
─────何故、俺の宝具が効果を発揮しない!?
洗礼詠唱が通じない事は予測していた。サロメがおそらく持っているであろうヨカナーンの首。
イコン画に於いて聖母マリアと同列に描かれる洗礼者の首を所有するサロメに、洗礼詠唱など通じる筈もない。
ユダがサロメに洗礼詠唱を用いたのは、いわば念押し。サロメが洗礼者の首を持っているかを確認する為だった。
だが、宝具が通じない理由にはならない。この宝具は其れこそ、三位一体を成す父と子と聖霊の三者で見ない限りは効果を発揮する。
通じない理由など存在しない─────筈だった。
「私の‘’呪い”を…受けても何も無い………。それに…貴方の用いる体技………まるで…あの…御方の様……………………」
凄艶な気配。サロメの纏う情欲の気配が、息が詰まるほど濃密になった。
それでもなお、‘’あの御方”への献身以外胸中に存在しないユダには何の効果も及ぼせない。
サロメの手が、顔を覆うヴェールに掛かる。
「情欲に…囚われる様な者には……決して見せませんが………貴方になら見せても……あの方は良しとするでしょう」
サロメの呪い。‘’人を惑わす妖美なる妖女”という衆人のイメージが、サロメに齎した宝具とスキル。
ジャック・ザ・リッパーを狂乱させたソレは、サロメにとっては只の呪いでしかないらしかった。
「これが………私の…素顔…。今の私は……呪いから解き放たれ…………祝福されている……。私の呪いにも影を受けない貴方には…………私と…あの方の繋がりを…見せ……ても良い
膨れ上がっていた凄艶な気配が消失。変わって周囲を満たす気配。
ユダは無言のまま、緊張した身体の力を抜く。
死者であるサーヴァントならば誰もが知る死の気配。それこそがサロメの纏う気配の正体だった。
今のサロメは七つのヴェールを身に纏い、洗礼者の首を欲して舞う妖女に非ず。
銀の大皿に乗せられた、鮮血滴る洗礼者の首に口付ける狂女だった。
狂気と死の偶像(ァイドル)それが今のサロメだった。
このときユダは、宝具が通じなかった訳を理解した。
「この宝具は…私があの方の運命だったと……世の人々に認められている証………。私とあの方の繋がりが……人々に知れ渡っている証……。この宝具こそ…私とあの方の愛の証……。私とあの方を繋ぐエンゲージリング」
恍惚と呟くサロメの瞳には何も映ってはいない。否、サロメの瞳には確かに見えているのだろう。
己がヨカナーンの運命の女(ファム・ファタール)だったと世界中に人間に祝福されている姿が。
衆人がサロメに抱くイメージ。聖者に死を齎し、その首を銀の大皿に乗せた狂女。
ヴェールと共に羽織っていた妖艶な美女の相の下には、総身に死を漲らせた断頭の呪いを帯びた乙女の姿があったのだ。
この呪いが、おそらくはユダの呪いと相殺しあい、サロメに何らの効果も及びさなかったのだ。
「世迷い言を吐くな狂女」
脱力し終えたユダに対してサロメも、同じく脱力した態で立つ。
傍目には、双方ともに弛緩の極みにあると見えようが、少なくとも側で見つめる言葉には、二人が互いに相手を必殺する状態にあると理解できた
サロメのヴェールが舞い。ユダの拳と接触した処に白い火花が散った。
無音のまま散った火花が、二人の帯びた巨大な呪いが激突した結果と誰が知ろう。
裏切りと断頭と─────異なる呪いを帯びた男女が対峙する。
-
【C-6/河川敷公園1日目 午前0時20分】
【桂言葉(岸辺颯太)@School Days(アニメ版】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]一つ
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]不明。境遇が元いた世界と同じなら、結構なお金持ちなので、活動資金を得られるかもしれない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得。
1. サロメに実戦経験を積ませたい
2.セイバー(ジャック・ザ・リッパー)を確認しました。真名をジャック・ザ・リッパーと推測しています
3.バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました
4.セイバー(ジャック・ザ・リッパー)の格好から、マスターが教会にいるのでは?と考えています
[備考]
※討伐例は未確認です
【アサシン(サロメ)@新約聖書及びオスカー・ワイルドの戯曲。】
[状態]実体化、健康
[装備]七つのヴェール
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1. 実戦経験を積む
2.この敵(ユダ)を殪す
3.セイバー(ジャック・ザ・リッパー)を確認しました
4.バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました
[備考]顔を覆うヴェールを外しています。
【イスカリオテのユダ @新約聖書、及び関連書籍
[状態]ダメージ(小)
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の破壊
1. マスターへの栄養(人間)確保
2. サロメの殺害
[備考]
サロメの真名を知っています
「どうしよっかなあ〜」
少し離れた暗がりに潜み、ジャック・ザ・リッパーは思考する。
あのサーヴァントが宝具で自分を誑かしてくれた事には非常に腹が立つ。だが、報復するにも、あの幻想種(ヤマトナデシコ)を愉しむにも、あのオッサンは邪魔だ。
「まあ、機械が来るまで待つさ。この私が、殺す機を測り損ねるなんて無いんだから」
何しろ確保はジャック・ザ・リッパー。殺人鬼の代名詞でもある彼女は、『殺し』に於いては己がトップだろうと自負している。
全身が痛むがそんな事は問題にもなりはしない。
あの乱入者が隙を見せたその時は─────。
【セイバー(ジャック・ザ・リッパー)@史実(19世紀 ロンドン)】
[状態]ダメージ(中)
[装備]宝具から手にした両手の鉈。修道服
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:好みの女性を汚(バラ)し、穢(バラ)し、陵辱(バラ)し─────。
1. 幻想種(ヤマトナデシコ)の殺害
2.邪魔になるサーヴァントの排除
[備考]
河川敷公園の何処かに潜んでいます
<その他>
・河川敷公園に、直径十数mのクレーターができまました。
-
投下を終了します
-
現予約にレッドライダー(戦争)を追加します。
-
亀ながら色々乙です
森がイカれた時代になるのは秒読みですな
-
投下します
-
不気味な静寂が立ちこめていた。
聖杯戦争が開幕であると運営側から通達せずとも、隼鷹とラクシュマナの主従は動きを取っている。
何故ならば、彼らはいづれ討伐令のかけられるライダー・カルキの陰謀を、現時点で知る数少ない立場の存在。
この世界。
即ち、聖杯戦争の舞台とされている『冬木市』の浄化。
最終的に至るだろうカルキの宝具――神代への逆行・世界の移行・善の繁栄・悪の衰退。
結果が最良であれ、結末が最悪たるソレを回避するには、撃ち滅ぼさなければならなかった。
結局のところ、逃亡した隼鷹達をカルキが追跡しなかったのは幸運でもあるが。
何か違和感を覚える。僅かな綻びに似た不穏を醸している。
そうこうしている間に、朝日が昇り、平穏な日常が始まりを告げた。
聖杯戦争が開幕する頃合いは、世間で言うゴールデンウィーク。
観光客やショッピング、レジャー施設等に有象無象に群がる人々の姿は至って平穏に違いない。
だが、何も起きなかった。
サーヴァント同士の交戦により無残に崩落した『わくわくざぶーん』には立ち入り禁止のテープが貼り巡らされる。
廃墟愚か、災害じみた被害を覆い隠すかのようなテープとブルーシート。
まるで蜘蛛の巣を彷彿させる光景に、通りすがりの一般人はスマートフォンで撮影し、SNSに投稿するかもしれない。
けれども、格別何も起きなかった。
そう何も起きないのである。それが『異常』だった。
カルキが確実に、明確に世界の浄化を目論んでおきながらも、それを実行するべくアクションは皆無なのである。
律儀に聖杯戦争の開幕を待ち構えている訳でも。魔術の隠蔽を心がけている訳でも。
カルキに関しては、それを忠実に倣い。聖杯戦争へ挑むだろうか。
「マスター。これだ。最悪の事態に発展するかもしれない」
ラクシュマナが指摘した物は毒々しい紫を放つ塵だ。
隼鷹の手元にあるソレは、偶然はち合わせた『シャドウサーヴァント』の残骸。
『虚影の塵』と称されるものは、令呪に劣るがそれなりの魔力源となる。
隼鷹は顔しかめて、あの時。シャドウサーヴァントに襲撃された時の記憶を蘇らせた。
「アレが複数存在するならば、あの救世主が『塵』を利用する」
「うん?」
成程。これで戦闘を優位に進める。
あの恐ろしい強さで、戦場を圧倒するために……隼鷹が関心したように気味悪い塵を観察した。
一方のラクシュマナの表情は険しい。最も、カルキとの邂逅から彼の様子は、以前と比較するまでもなく荒い。
-
「『浄化』を実行するべく蜘蛛の巣を張るよう、策を講じるのだろう」
「浄化って、あの、この場所をまっさらにしちまうって――アレ?!」
「完全なる『浄化』でなくとも、酷似的な破壊を齎す宝具の発動を企んでいるに違いない。
最も……現段階において、発動条件は整っていないと見て良い」
「だ。だよな?」
むしろ、そうあって欲しいと悲鳴をあげたくなる隼鷹。
ラクシュマナやカルキの口ぶりから、冬木市もとい『世界』規模の破壊を可能とする宝具の存在は明白だ。
スイッチ一つで発動可能な類ならばとっくの昔にやってる。
必要なものは『動力源』。謂わば『魔力』。
『虚影の塵』とマスター全員に支給される『令呪』、全回復の魔力を以て強力な宝具を発動させる……下準備中。
ならば、阻止しない訳にはいかない。
しかし――以上の素材だけで、災厄宝具の発動条件が整っているかは怪しい。
何らかの魔力源を糧とし、発動を強行する……
水面下の陰謀を阻止しなければならない。
理解しても、恐ろしいほどに手掛かりはなかった。
シャドウサーヴァントとて、倒されれば塵状となり、それが回収されれば痕跡すら残らない。
わくわくざぶーん近辺で発生した戦闘が夢のように思えるほど、穏やかな時間が過ぎる。
最終的に。
時刻は深夜を回りかける頃で、隼鷹とラクシュマナは捜索をし続けていた。
だが、成果はまるで無かった。
一先ず。被害規模が最悪になるだろう新都方面を様子見程度に捜索をし、成果は0だった。
逆に『異常』極まりない。何故こうもあのカルキの存在が希薄と化したのか?
何らかの術を用いて隼鷹達の目から逃れているとしても。
やるせないもどかしさが積み重なる。
彼らが場所を変え、到着したのは深山町の高台だ。
見通しが良く。新都の明かりすら宝石のように輝かしい。
あのように町明かりを宝石に例えて、美しいだの何万カラットに相当すると表現した場所があった気がする。
最悪、戦闘が起きても。ここら一帯は比較的住宅は疎らで、安全な方だろう。
-
「ここには居ないんじゃね?」
適当な高台で、隼鷹が周囲を見回してから彼方より帰還を果たす偵察機を回収し。
チラリと隣に佇むラクシュマナを伺う。
彼は風に髪を靡かせつつも、どこか一点を眺め沈黙している。
決して、彼はノリが悪ければ。隼鷹と険悪な関係でもなかった。
ただ。カルキの存在が彼の中で、深刻な衝撃を与えたのだ。
隼鷹で例えれば――姉妹艦の飛鷹と瓜二つな存在が、世界を滅ぼそうと凶行する悪夢染みた展開。
彼女はまるで想像が出来なかった。
絶対にありえない事だ。
途方も無い悪意がない限り飛鷹は、そのような所業をしようとも。
いいや……ラクシュマナの場合。最悪が起きてしまった事後なのだ。
例えで登場した飛鷹の死を胸に焼き付けつつ、隼鷹が少しでも気の効いた言葉をかけようとした矢先。
突風が吹きぬける。
土地の構造で、高台に集中する現象なのだろう。
そう隼鷹は受け流そうと慢心するほど、些細な変化。
だが。不自然ではない状況下ながら、ラクシュマナは槍を手元に出現させていた。
隼鷹は、強風に煽られない様に堪え。槍の矛先は上空へと向けられている。
ラクシュマナが構えた。
「マスター、伏せろ!」
刹那。自然現象たる雷が槍の先端より発生し。奇怪なほど精確な軌道を描いて、深夜の上空を走る。
光は音よりも早い。
どこかで耳にした知識通りに、雷光が放出。僅かに遅れて、おどろしい轟音が流れた。
隼鷹も肌身で実感した。暴風の塊が自分たちに襲いかかっているのだと。
色彩や形を視認出来る訳がないが、風が頭上で集束するかのような感覚を理解した。
◇
-
琴岡みかげは自宅の自室で、ぼんやり漠然と存在し続けていた。
不自然な事じゃないが、聖杯戦争のマスターなのにアクションの一つも起こさない。否、起こせなかった。
彼女は、万国ビックリショー人間じみた非現実的能力や、聖杯戦争に関われる能力を保持していない。
良くも悪くも、普通の一般人でしかなかった。
普通。
みかげは自分が『普通』でないと理解している。
同性の女の子を好きでいる。世間体の基準では『普通』ではない感性・性癖……何故だろう。
魔法が使えたり。戦闘能力があったり。裏社会と関わるような大した人生送っていないのに。
それでも『普通』じゃなくなる事が出来てしまえるのだ、と。
どうしよう。少女は途方に暮れていた。
折角のゴールデンウィークだから、出かけるべき。それこそ『友達』と遊ぶとか……
だが、聖杯戦争に関与する以上。尚更『友達』との接触は避けるべきだった。
二人を巻き込んだら。二人が自分に関わっている以上、最悪の場合。人質にされて――
……考え過ぎじゃない。
馬鹿みたい。魔法とか聖杯とか、ファンタジーに浸り過ぎたせいで、飛躍しちゃってさ……
みかげは大きく溜息をついた。
お守りのように握りしめているのは、愛用のスマホではなく。星座のカード。
コレを手にしたところで、どう変わる事は無い。戒めのつもり。
その時。
自室の窓より「ブウン」と独特な効果音と小さな影が、露骨なまでに認知する。
ビクリ。大げさな反応で飛びあがる少女。
恐る恐る伺うが、それ以上の事は起きない。安堵のひと時が訪れる。
「人工機器が近隣周辺を飛来している」
独特な耳につく声で語るのは、みかげのサーヴァントだった。
彼女が気付いた時には、実体化し。カーテンの向こう側。月明かりによりシルエットが浮かんでいる。
己の象徴たる黄衣の形状が、影ながらハッキリする。
冒涜的な概念そのものをわざわざ直視する愚行に躊躇し、みかげはそのまま問う。
-
「あんた、どうしてこう。回りくどい表現する訳?」
「俺は人ではないからな。人特有の砕けた文字列は些か難しい」
言語は通じるのに、それが難しいとはまるで外国人……いいや。遥か遠くの銀河か惑星より飛来したと云うのだから。
人間的に例えれば『宇宙人』そのものなのか。
面倒くさい。みかげは、負の感情を胸に話を続けた。
「飛んでる機械ってドローンでしょ? ラジコンは……今時古過ぎるし」
「それだ。あれはラジコンであろうよ」
「ラジ……はあ?」
ドローンならまだしも――この時代、こんな時間に飛ばす非常識な人間が居るのか、さておき――さっきのがラジコン?
何故か、みかげのサーヴァント・ライダーは酷く関心あるようだ。
みかげ自身、心底どうでもいい。
不安で全く寝付けない、この状況を改善して欲しい。
「主君よ。監視の為、席をはずす」
「目立つ格好してるんだから、自重はしてよね」
「心配には及ばない」
言葉が聞こえた矢先。突拍子もない風が発生し、窓ガラスを激しく振動させた。
あともう少し強ければガラスにヒビが入るのではないかと、疑うほどに。
ライダーの気配が途絶えた事で、みかげの緊張感が解けて行くのを実感する。
(結局……どうしよ)
何もしないで家に居続ける? 本当にそれが安全?
最低限。みかげは、ゴールデンウィーク中に友人達を誘ってはいない。連絡もしてない。
二人から連絡も来ていない……現時点では。
彼女らの誘いを断ったところで、彼女らは新都方面には行かずとも。どこか気晴らしに出かけて……もしかしたら。
不安ばっかりだった。
みかげはもう一度溜息をつき、ベッドの上で体育座りの状態で蹲った。
■
-
ラジコンめいた隼鷹の偵察機は、一部地域ながら広範囲で確認された。
油断すれば深山町の一部を空襲し、最悪荒野にしてしまえる。
暴挙を行わないのは、隼鷹が悪と対峙する正義であるから。元より隼鷹の精神性が『善』に属するものだから。
されど。
時と場合によって、善意も誤解を受けてしまいかねない。
零式艦戦52型。九九式艦爆。九七式艦攻。
念には念を。
深山町の一角でそれらを観測する一騎のサーヴァント。
既に落ちた夕暮れを溶かしたような色合いの赤を全身で露わにするレッドライダーが居た。
しかし、偵察機の群衆を率いるのが隼鷹であることは既に捕捉済みだ。
彼とて白馬のライダー・カルキから戦線離脱した際。その後の、カルキの動向を警戒して当然。
レッドライダーは、観測によりラジコン並の小型戦闘機を扱うマスター・隼鷹と、彼女のサーヴァント・ラクシュマナ。
彼らとカルキの戦闘を、さほどではないが観測した。
偵察機は文字通りの役割だけを担っており、空襲が如く奇襲目的のフライトじゃない。
まるで、何かを捜索しているような…………
無難にマスターかサーヴァントが候補に挙がるだろうが。
ひょっとすれば、カルキを警戒し。重点的に警戒をしている可能性も考慮される。
レッドライダーのマスターの居るエリア一帯の奇襲が狙いでなければ、現段階で無理にアクションを起こす必要もない。
だが。
隼鷹達の位置を把握するのは損じゃあるまい。
そう、観測の範囲を拡大したところで、レッドライダーは驚愕せざる負えない事態に陥る。
―――何と『藤丸立香』を発見したのだ。
産みの親たる、戦士たる藤丸立香の存在をレッドライダーが無視しないだろう!
けれども、この時ばかりはレッドライダーが躊躇する。
どういう事だ? と思考停止した。
確かにレッドライダーは『藤丸立香』を観測したのだが、それは以前の『藤丸立香』でない。
全く別の『藤丸立香』だからである。
何を言っているのやら。非常にややこしいが事実なのだ。
-
分かりやすく区別すると、以前の『藤丸立香』は少年であり、色欲纏った女性のサーヴァントを従えていた。
今回確認された『藤丸立香』は少女であり、獣の残留を漂わせる黒犬と男性のサーヴァントを従えている。
半周至り、レッドライダーも不思議と冷静に困惑している。
何故ならば。紛れも無くどちらも『藤丸立香』で、それそれが別個人として存在すると証明されたのだから。
「………………………………………………………………くく、そうか」
しばし沈黙をし。レッドライダーは不敵な笑みを浮かべた。
悪戯を思いついた子供のように。
□
深山町方面に居る藤丸立香は、再び発生するであろうサーヴァント同士の戦闘に警戒していた。
実際に現場を確認した少女だからこそ。聖杯戦争の被害を想定し、最低限。無関係の人々を巻き込まないように心掛ける。
そのつもりだ。
魔術礼装を隠すロングコートを羽織り、傍らでは彼女のサーヴァント・アルターエゴが既に実体化している。
魔力を感知されれば格好の的だが、自分が的になれば。
誘導なり対処なり、自ら選択が叶う。一向として構わない。
古き自然が残される深山町の静寂を味わう立香に、ふとアルターエゴが言う。
「マスター。エセルドレーダが見つけたらしい」
エセルドレーダ。
一見、黒犬の形状をしているが以前、立香が対峙したのと同類『獣』の泥より生まれし、
アルターエゴの使い魔的な存在なのだが。無論、立香も完全な信用を抱いてはおらず。
周囲を巡回した黒犬が任務を全うするのだろうかと、住宅街の奥より駆ける獣を見届けていた。
小型犬ほどの体格を保つエセルドレーダが加えるのは――ラジコン?
マニアで流通しそうな、立香も実に精巧なデザインと感じさせる戦闘機。
無論。ラジコンほどの大きさで、幾ら細部に拘りが施されても本物のソレと比較にならない。
ご丁寧に、立香の前で座り込んだエセルドレーダ。
彼女?が咥えるラジコンを、立香がしゃがみ回収する。
ずると立香は「おや」と丁度。操縦席の部分に何か蠢いているのを確認出来た。
引っ張り出してみると……
小人!?
>妖精!?
-
兎に角ソレは小さな少女だった。
涙目を浮かべてプルプル震えている様子からして、恐らくエセルドレーダによる襲撃で怯えているのだろう。
予想外の奇襲だ。
仮にラジコンが上空を飛行し、エセルドレーダが軽く跳躍をしてフリスピーの如く空中キャッチしたら納得せざる負えない。
そんな様子である。
とてもじゃないが危険性高いと思えない小人に、立香が無く。むしろ落ち着かせる為に宥めようと試みる。
アルターエゴの方は、ラジコンに注目していた。
「どうやら『本物』のようだね」
>本物?
「実際にそこの妖精が操縦し、飛行が可能で……攻撃だってしようと思えば出来た筈だよ」
確かに。
小型でパッと見、おもちゃ程度の代物に見えないが、所謂戦闘機……空襲紛いの行為だって。
けれども、驚くほどに深山町は静寂に包まれており、平和に思える。
無差別の襲撃だって、とっくの昔に行われているに違いない。
つまり……攻撃が目的じゃない。
立香は、改めて小人に注目したのだった。
●
ライダー・黄衣の王ことハスターが隼鷹の偵察機に興味を持ったのは、当然だろう。
みかげとの会話では『ラジコン』と称したが、アレには小さいながら本物の武装が施された。
最小の戦闘機に違いない。
ハスターは、そのまま偵察機を風に騎乗しながら追跡。結果として隼鷹とラクシュマナを捕捉。
距離を計算する必要性無く、本拠地――即ち、みかげの家から大分離れている。
ならばこそ戦闘を実行して問題はない。例え宝具を発動しても、みかげに支障は来さない。
しかし、隼鷹は?
異形の怪物でありながらも、人間に敬意を抱くハスターは人の形をした存在であれ、隼鷹を巻き込み。
ましてや隼鷹を殺し、勝利する結果は気分の悪い物だった。
故に手傷を負わせない暴風だけを、手始めに発生させる。
回避せず、槍を構える英霊たるラクシュマナを横に。
隼鷹は上空にいるハスターを視認した為か、冒涜的異形から逃れるかの如く走る。
正直。速度はサーヴァントからすれば大したスピードじゃない。
ハスターにとって重要なのは、隼鷹を巻き込まない一点のみであった。
-
にしても。
挨拶代わりの威力とは言え、ラクシュマナは結果としてハスターの暴風に微動だしない。
逃れる様子もなく。真っ向から立ち向かう姿勢を前提に、槍を握っている。
『紛い物』の怪物とは異なり、本物の英霊の形だ。
ポッカリと深淵が広まるフード下の暗黒と、衣服に酷似される皮膚を揺らし、地上へ降下する相手に。
ラクシュマナは何ら不満も語らない。
「マスターの方は逃れただろうか。人間の安否に関し問答するのは不釣り合いに感じられるかもしれないが、……いや」
ここまで語っておいてハスターは「何でも無い」と付け加える。
回りくどいのは良くないと主君たるみかげに指摘されていた、と思い。
「申し訳ない。紛い物であれ、他の犠牲を必要としない。正当な決闘を申し出に参った」
やっぱり独特な言い回し。つまるところ、普通に聖杯戦争の戦闘を行うべく現れたという事。
沈黙を保っていたラクシュマの口がようやく開かれる。
「成程。ならば――良い。相手となろう」
ラクシュマナはカルキの件で憤りを募らせていたのは、最早説明する必要はないだろう。
現時点で、その感情を胸の内から消失する呆気なさなど在りはしない。
だが、異形の風貌と冒涜的な概念たるハスター。
黄衣の王がカルキですら成しなかった無益な命を搾取・マスターの隼鷹に手をかけなかった『善行』を見せた。
故に十分だった。
例え人ならざる類でも『善行』は可能なのだ、と。
そして、ハスターも何故だか酷く安堵した。
決闘を受けた。即ち、紛いものであれハスターを倒すべき英霊だと認められたようなもの。
自我の核ですら不穏だったハスターに、光が差し込まれたようだった。
○
-
サーヴァント達の抗争から逃れた隼鷹は、息を整えながら式神に戻した戦闘機を手に。
彼らの姿が目視出来ない事を確認してから溜息つく。
最早、人ですらない異形の怪物を前に、隼鷹は少し取り乱してしまった。
聖杯戦争の予兆を味わったにも関わらず、油断していた訳ではないが。
少なくとも、あの怪物が隼鷹らを攻撃するまでラクシュマナも反応らしいものを見せていない。
優れた索敵能力で自分達を捕捉したのでは?
ふと、隼鷹はポツリポツリと周囲の情景に外灯が目につく郊外に到着したところで気付く。
飛ばした偵察機の一つが、まだ戻ってきていない。
数をキチンと確認したものの。やはり一つ足りなかったのだ。
深夜とはいえ偵察機が、彼のサーヴァントが自分達を捕捉した原因だったか。
もしかして。他のサーヴァントにも捕捉されているのかも?
カルキの捜索に必要不可欠だったが、現に発生した状況を隼鷹は予測していた。
素直に戦闘を仕掛ける、良くも悪くもハスターのような英霊であれば。聖杯獲得を目的とする隼鷹達にとって問題にならない。
仕方なしとはいえ偵察任務中の機体を一つ失ったのは、聖杯戦争の状況下じゃ割と問題な損失である。
『艦娘』に必要不可欠な燃料等を、この現実世界に忠実な冬木で補えるかは怪しい。
現時点で代用可能な代物を、隼鷹は目につけてすら無いのだから。
異形のサーヴァントに壊されたんだと隼鷹が諦めた時。
獣の唸り声を聞いた。
ウゥゥ、と地の底から響く亡者のような呻きに近い声色に、隼鷹も慌てて周囲を見回す。
獣も、獣の主も。平静に、仰々しさの欠片無く、隼鷹の前に現れている。
遠く。少々季節に似合わないロングコートを靡かせ、ラジコンっぽい大きさの戦闘機を抱え、郊外を駆ける少女が一人。
その傍らには小型犬ほどの黒い犬。
予想外な展開に隼鷹もラクシュマナに念話をしようか悩む。
犬は犬でサーヴァントっぽくはない……のでスルー。問題は少女がマスターか否か。
-
いや。
そもそも、少女は何故自分のところに現れたのだろう?
偵察機からも一報の一つや二つ無いのも違和感が。
少女が躊躇せず隼鷹に接近すると、本来操縦席に居る妖精が少女の掌に座っていたのだ。
>この子を返しに来ました
「えぇ? えっと……アリガトウ」
戦艦金剛っぽいカタコトの口調で返事をしてしまう隼鷹。
妖精と戦闘機をあっさり返却されたのは、意外よりも怪しい。細工とかされているのだろうか。
不穏に感じつつ。隼鷹がそれらを式神に変換する。
少女は、それらが式神に戻ったのに目を見開いたが、話を切り替えた。
>ここまでは、さっきの小人が案内してくれました。
驚くほど少女が冷静に説明を始める。
彼女は、どうやら聖杯戦争のマスターである事は間違いなく、隼鷹達に戦闘を仕掛けるのではない。
前提として、聖杯獲得を方針に固めていない。
ならば、狙いは何か?
>特異点の解決です
>言い方を変えると、この場所――冬木の調査です
一見、調査などと科学者めいた探究心に忠実な空気の読めない行動方針に聞こえてしまう。
聖杯戦争を全うする主従には、不愉快な話だ。
相手次第じゃ、話に聞く耳すら貰えないだろう。
しかし。しかし……だ。
隼鷹の場合は、異なる。別の――それこそ他の聖杯戦争に参加する主従には無縁の、少女が口にしたもの。
―――全ての摂理と真理の外に存在する異物――『特異の点』である
「とくいてん……あー! それ、それ!! 『特異の点』って奴!?」
>『特異の点』?
-
覚えがあり、引っ掛かりがあった単語。
以前、カルキが口にしていた……この世界の事。カルキがここを浄化するに至った点?
隼鷹も、正直ラクシュマナにも、意味を理解出来なかったもの。
まさか少女が知っているというのだろうか!?
少女は困惑気味に言う。
>多分、同じ意味だと思います
「じゃあさ! ……どーしよ。何から話せばいっかな」
カルキの件。駄目だろう。前提としてラクシュマナに伝えないのは、しかし彼も戦闘中の筈。
第一。少女を信用するべきなのか?
躊躇する隼鷹。
彼女の思案などおかまいなしに、傍らで男が一人。突如として姿を現す。
サーヴァントだと焦る前に、現れた少女のサーヴァントが告げた。
「マスター。それと大和撫子の君。どうやら『僕達の方』がつけられていたようだ」
無駄にギザったらしい異名で隼鷹を呼ぶ胡散臭いサーヴァントに
少女は思わずオウム返しする。
>私たちが? でもサーヴァントの気配は
「僕やエセルドレーダの感知範囲外から……ひょっとしたら、僕達と同じで戦闘機の方を捕捉したかもね。
とにかく。二人とも僕の後ろに下がって欲しい」
エセルドレーダと呼ばれる犬やサーヴァントの警戒する方向。
夜の深淵より現れたのは――『あか』。
赤や朱、紅や銅(アカ)に塗りたくられた赫の騎士は、時刻外れの夕暮れより現れし擬人化のよう。
突拍子もないほど派手な容姿を、何かの歴史に刻まれた英霊であれば即座に判るだろうに。
見当が皆無どころか、赤軍服のサーヴァントは猟奇的な笑みを浮かべつつ。
「戦士(藤丸立香)、これもまた『運命』だと受け入れるべきなのさ」
>―――?!
何故。
あらゆる状況は奇妙である。しかしながら、少女――藤丸立香が驚愕を露わにする通り。
初対面である筈の。
ましてや、人理修復の過程で巡り会ってすらいない未知のサーヴァントが、どうしてか少女の名を知っていた。
『赤』のサーヴァントの宝具かスキルによる情報だろうか?
この場にいる誰も彼もが赤きサーヴァントに不信を露わにする最中。
相手は堂々と言ってのけた。
「私はお前の味方になると決めた。藤丸立香」
対する立香を含めた全員の反応がイマイチだったからか、少々首を傾げながら赤塗装されたかのようなサーヴァント。
戦争の化身たる――『レッドライダー』が告げる。
「まあ、なんだ。そういう訳だから、これからよろしく頼む」
>……ええ?
-
★
レッドライダーは以前に述べられた通り、藤丸立香とマスター・光本菜々芽を邂逅させたい想いは確かにある。
が。藤丸立香に同盟を持ちかける――この場合、同盟を組んだ前提での接触をしたも同然。
何故、このような行為に至ったのか?
一つの理由。
それは――『藤丸立香』が『二人』存在していたから。
間違わぬ正真正銘の『藤丸立香』が二人いる。二人と一人じゃ話は大いに変貌するのだ。
ここが特異点だったり、イレギュラーが発生してり、異世界で平行世界で、様々なあれこれが原因で
『藤丸立香』が二人も存在する事は割とどうでも良い。
同一人物が同じ聖杯戦争に参戦する、は格別些細な問題だし。
レッドライダーの観測結果に疑念を覚える事、それが間違いであり。『藤丸立香』を間違う事などあり得ないし。
それぞれの事情も大した事ではなく。性別が異なる点も、少女少年での異なる性別の『藤丸立香』を
既に把握しているレッドライダーにとって、全く異常ではなかった。
偶然にも『藤丸立香』が『二人』も同じ聖杯戦争に居合わせる奇跡が、金輪際ありえなさそうな。
夢のような現実を、レッドライダーがタダで済ます訳にいかない。
レッドライダーは自ら特異点を産み出し、そこに藤丸立香を招こうと目論んでもいいと思った。
つまるところ『藤丸立香』に戦争がしたく。『藤丸立香』の敵としてありたい衝動だ。
逆に『藤丸立香』の『味方』。仲間として在りたくないのかと問われれば否である。
むしろ。処女召喚。
己の『初めて』を『藤丸立香』に捧げたいと最初は願っており。
もう叶わなくなってしまったが――当然。『藤丸立香』をマスターとし、『藤丸立香』の味方に成りたくもあった。
ここまで説明すれば分かるだろう。
レッドライダーの渇望たる願望を『同時』に叶えられる事に!
一方は『藤丸立香』の味方であり、もう一方では『藤丸立香』の敵である。
それらを両方味わえる矛盾めいた状況。
ならばこそ。嗚呼――これこそレッドライダーが描く『真の狙い』なのだが――
『藤丸立香』同士の戦争を実現させたい。
どちらも本物の『藤丸立香』なのだ!
二人が敵対し、聖杯戦争を繰り広げた瞬間。どうなってしまうのか。どのような結果へ至るのか。
想像しただけでレッドライダーは居てもたってもいられなかった。
最初に観測した少年の藤丸立香を味方にし、少女の藤丸立香を敵とするのも悪くは無かった。
単純な巡り合わせの問題。
ひょっとしたら、ありえたかもしれない可能性。
しかし、それを定められたのだから『運命』と呼ぶには相応しいのだろう。
まだ。ここに集う者達は、レッドライダーの陰謀に気付いていない。
☆
-
【B-2 郊外の住宅街/1日目 午前0時】
【藤丸立香(女)@Fate/GrandOrder】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]魔術礼装・カルデア(それを隠すロングコートを着用)
[道具]
[所持金]年相応の所持金
[思考・状況]
基本行動方針:カルデアへの帰還
1. まずはレッドライダーの対処から
2. この冬木市が特異点であるとして調査
3. 隼鷹から事情を聞きたい
[備考]
【アルターエゴ(アレイスター・クロウリー)@史実(20世紀・イギリス)】
[状態]実体化
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:全人類の根源接続を願う――最優先はマスターを幸せにする事
1. 何故マスターの名前を気安く呼ぶんだ? ストーカーって奴かい?
[備考]
【隼鷹@艦隊これくしょん】
[状態]疲れ(小)
[令呪]残り3画
[虚影の塵]有
[星座のカード]有
[装備]艦載機の装備
[道具]
[所持金]普通に暮らしていける程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1. 藤丸立香を信用する?
2. カルキの捜索と討伐
[備考]
※新都から深山町に至るまで軽く偵察を行いましたが、ライダー(カルキ)を発見できませんでした。
※藤丸立香(女)の主従を確認しました。
※ライダー(カルキ)が虚影の塵などを利用し、擬似的な浄化を試みるのではと推測しています。
【戦争(レッド・ライダー)@世界中全ての戦争の記録/黙示録?】
[状態]魔力消費(微)
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターである菜々芽の護衛
1. 藤丸立香に菜々芽と会って貰いたい
2. 藤丸立香の味方であり、藤丸立香の敵でありたい。
3. 願わくば『藤丸立香』が対峙しあう戦争を起こしたい。
[備考]
※『藤丸立香』が二人いる事を観測しました。異常ではないかと疑念を抱いてはおらず。
むしろ夢みたいな状況で割とどうでも良く思っています。
-
【ライダー(ハスター)@クトゥルフ神話】
[状態]実体化
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1. ランサー(ラクシュマナ)との決闘。
[備考]
【ランサー(ラクシュマナ)@ラーマヤーナ】
[状態]実体化
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得。しかし、現状はカルキの討伐が最優先。
1. ライダー(ハスター)との決闘。
[備考]
※ライダー(カルキ)が虚影の塵などを利用し、擬似的な浄化を試みるのではと推測しています。
【B-3 住宅街/1日目 午前0時】
【琴岡みかげ@ななしのアステリズム】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]年相応の所持金
[思考・状況]
基本行動方針:まだ決めてない
1. 親友が巻き込まれるのが怖い
[備考]
※現時点で白鳥司と鷲尾撫子からゴールデンウィーク中、遊びに誘われていません。
-
投下終了します。大分遅くなってすみませんでした。
-
これは隼鷹に補給のアテが出来たと言うことか?
-
上げてしまってすいません
-
あけましておめでとうございます(激遅)
桂言葉&サロメ、イスカリオテのユダ、アザゼル、ジャック・ザ・リッパー
以上を予約します。
-
ガガーリン組とアザゼル組で予約します
-
あー! アザゼル予約されてましたね! やっぱキャンセルで!
-
予約分投下します
-
深夜の静寂をかき消すように野蛮性のある鈍い効果音は、冬木市の河川敷公園でサーヴァント二騎の戦闘を示すものだ。
片やアサシン・サロメ。
片やバーサーカー・イスカリオテのユダ。
双方、共に互角。否、サロメがユダの動きを見切り、確実な一手を決めようと隙を伺う。
ユダも、己が技術の拳を振るい、悪女たるサロメを討ち滅ばさんとしていた。
サロメに関しては、ユダより前に交わした殺人鬼との戦闘も経て、着実に舞を武術に近しい技巧へと成長する。
英霊でありながらも、まだ技術を会得する。変貌し――進化しえる。
サロメの舞が、いくら隙がなくとも。ひょっとすれば武術に変換しえるとしても。
それを現実に実現させる。
思惑通りに、闘争の演武に進化するには宝具のサポートでも、練習相手と巡り合える幸運でもない。
結局、突き詰めればソレは『才能』だった。
サロメの才能の開花に成功した言葉は、一つの賭けに勝ったのだろう。
しかし……問題がない訳ではなかった。
目的である殺人鬼との戦闘じゃない。第三者――新手のサーヴァントからの介入。ユダの存在が予想外なのだ。
当然、他サーヴァントの介入を考慮せず、楽観視してはない。
実際にサロメは、ユダからの猛攻を凌げている。
連戦の効果で、更なる技の磨きが叶うチャンスだ。
戦闘が長引く欠点を除いては。
長期戦により一番に支障を来すのは、マスターの言葉である。
幾ら、サロメの技術が成長をし続けても。宝具・スキル・基礎的な実体化だけでの魔力消費だけでも、言葉には厳しい。
彼女自身、マスター適正があっても魔力が優れていない。魔術とは無縁。
それに加えてサロメ自身も魔力がさほど良くない。
キャスターや魔力の優れた逸話のある英霊と異なるから仕方ない話。
「………………………………」
言葉は念話で何も伝えない。
彼女もサロメより魔力の都合に関する情報を会得はしている。どことなく、フツフツと自身に蓄積していく感覚が
魔力消費の影響を受けたものなのだと。だが、状況が拮抗状態にある。
サロメがユダの隙をつけ、仕留められるかもしれない。
彼女には戦闘に集中し、確実に一騎。本来の目的と異なる相手だが、サーヴァントならば倒す。着実に。
ふと。言葉は顔を上げた。
ジャック・ザ・リッパーは?
周囲を見回しても、ユダに一蹴され。吹き飛ばされてから、彼女の姿は幻の如く溶けた。
ユダの存在に、仕切り直しを狙い。退散してしまったのだろうか。
とは言え。
言葉には修道服の切り裂き魔に、教会との関係性を見出している。
例え、見逃したとしても――――
一瞬。
言葉が戦闘から目を離した、刹那の間に事態は急変した。
-
爆音に似た衝撃音。言葉が咄嗟に様子を伺えば、先ほどサロメとユダが技と呪いを衝突し合った場所から。
砂煙が止めどなく立ちあがっていた。
ボッ、と。煙から細いサロメの肉体が吹き飛ばされてる。
言葉の視線は到底間に合わず、サロメの状態を確認する余裕はなく。
続け様に煙から飛び出したユダが、覇気の込められた声と共に竜すらも砕かんとするラッシュを繰り出した。
「グロオオオオオオオオオオオオオオオオリア!!!」
サロメの動きは打って変わって鈍い。
ユダから、一撃喰らい。瀕死に陥っているのではなく、単純に自身の肉体がコントロール出来なかったのだ。
何故?
ユダはサロメとの戦闘を埒が明かないと考え、突破口を探っていた。
そして……サロメが唯一。
ユダが咄嗟に仕掛けた奇襲攻撃で、飛来した瓦礫によってヴェールが落とされた光景が脳裏に蘇る。
成程。――ユダは、言葉が視線を逸らした際。
サロメに対し、奇襲攻撃以上の威力――渾身の威力の足蹴りを彼女へ振りかざす。
ユダの目論み通り。サロメは、ユダの攻撃に対応しようと肉体を揺らめく。
しかし、攻撃が届かない。
サロメはユダの足の長さを感覚で判断すると、舞で攻撃を受け流す必要はないと瞬時に理解する。
狙った動きか、故意による動きか。
流石のサロメも迅速な結論には至れなかった。それこそ『長年の勘』が必要である部分に当たるだろう。
サロメは、ユダが攻撃を空振りしたのだと。数歩下がる事で体勢を整え、流れを掴もうとした矢先。
空ぶった足蹴りにより、再び地面にクレーターが生じると同時に、風圧が発生。
無論、サロメは体を硬直させたが、ユダが目論んだ風圧に持ち上げられた地面の『破片』。
大小異なるものの内、手ごろな大きさの破片がサロメへ的中。
ほんの少し。
僅かな隙だったが、ユダには十分過ぎる。
破壊的な拳によってダメージに不満はあるものの、サロメの華奢な体は吹き飛んだ。
ジャック・ザ・リッパー同様。
思わぬ隙に、サロメが困惑しつつもラッシュに対応するべく、どうにか体勢を整えようとサロメは肉体を捻った。
「これは……水………?」
またもや予想外の光景。
どういう事か。サロメと、そしてユダも水面の上に体があった。
否。二人とも吹き飛んでいる最中だから、正確には水面に落ちる手前の状態だ。
戦闘に夢中でスッカリ忘れていたのだろう。ここが河川敷付近である事を。
いつの間に、ここまで戦闘場所が移動していた事にすら。
(……水の……水深は…………このままだと………)
サロメは宙で体勢を整える無謀な試みを捨て、あえて川への潜水へと方針を切り替えたのである。
深夜。墨に染められたかのような闇の広がる水面は、潜ればサロメの服も美貌も、瞬時に覆い隠す事だろう。
これも賭けだ。
なるべく潜らなければ、ユダのラッシュを受ける。
ドドドド―――水中にて爆発が巻き起こったかのような水しぶきが、幾つも立つ。
ユダは、サロメの呪いと自らの呪いが交差し合う。独特の感覚。
手合わせし続け、嫌なほど身で味わったソレが拳に伝わらなかった事から、サロメに攻撃が届いていないのに確信を得た。
攻撃が空ぶりに終えたところで、ユダの体も凍てつく水に落ちる。
水中からの奇襲を警戒するも。どうやらサロメは逃走を優先したと魔力を探り、ユダが追跡を試みる。
……しかし。
-
ユダは『視線』を感じた。
第三者に戦闘を目撃されている。サロメのマスター、あるいはどこかへ追いやった女性サーヴァント?
漆黒の水面より這いあがったユダは、警戒心を心がけていたが。
ハッと息を飲む。
――アレは何だ? 否、どうして自らの眼を疑うのか。
俄かに信じ難い光景にユダの強靭な肉体ですら、ワナワナと震えた。
ユダがアクションに移るより前に、ソレは遠ざかり、闇の彼方へ溶けて消えて行く。
つまり、ユダが視認したのは凶器を手にサロメを攻撃していた修道女。セイバーではない。
新手のサーヴァント。
敵対者たる存在。
……にも関わらず、である。ユダは狼狽している。
「……『天使』……?」
あの翼。遠目からでもハッキリと、正確に、闘争心の高ぶりで興奮状態だったとしても見間違えようのない!
恐怖するほど凛と輝いていた光の翼を。
ユダは記憶に焼きつく。天使だ。あの十二枚の翼!!
天使が――自分の行いを見守っていたと云うのか……!?
あの天使を召喚したマスターが『ここ』に居るというのか……!!?
「嗚呼……■■■よ………」
ユダがしばしの間、その場を動けず仕舞いだったのは説明するまでもなかった。
□
修道服のセイバー、ジャック・ザ・リッパーにとって重要なのは殺人による快楽。でない。
殺人衝動の解消だったら、女性じゃなくたって構わない。
ジャック自身の『性癖』に値する女性を惨たらしく、残虐に、穢す。一種の人間三大欲求に匹敵するルーチン。
趣味趣向に関する拘りは『どのようなものであれ』(例え殺人であったとしても)人それぞれだ。
創作活動を行うのに、必要な道具。常に取る行動。
もしくは、独特なタッチ。手癖。あえて不利益を付け加える等。
少なくとも、ジャックは殺害現場に第三者の眼は必要としなかった。
勿論。犯行を目撃されるから、が理由に含まれてる。推測する犯罪心理学者はごまんと居るだろうが。
性行為をじろじろ眺められるような、見せ物にする類も世界に存在するとしても。
ジャックは見られたくない性格だった。気が散って集中力が途切れる。
反面。
女性を殺した後は別にどうだって良いのである。
死体に芸術性を求めてはいない。他人に見せびらかせたい訳でもない。
むしろ。ジャックは、警察と関係者が自分の後始末をやってくれているものと考えていた。
彼女が求めているのは、好みの女性を殺害する行為『のみ』。
「……そろそろ終わらないかしら」
サーヴァントらしくない言葉を漏らすジャック。
それこそ、ユダがサロメを殺してしまえば宜しくはないのだが、かといってジャックはユダを殺したくは無い。
ユダの返り血を浴びようものなら、スグ教会に戻って風呂に直行する以前に。
『戦わない』選択肢を躊躇せず選ぶ。
何故なら――ジャックは聖杯を求めていないからだ。この一点が、聖杯戦争において重要思考なのだ。
-
彼女はただ殺戮を、好みの女性を殺害したいが為。
他の英霊やマスターとは違って、願望機を求めるほど何か困ったものは一つもない。
無理なら無理で妥協する。ジャックは存外サバサバした性格だった。
ユダとサロメが離れれば単独になる言葉を殺害できれば良いか。密かな殺意を巡らせていたジャックは顔を上げる。
遠くからサイレン音。
つまりパトカーなのだが、どうやらこちら側に接近しているように思える。
あっ、と。ジャックは察した。
恐らく、ユダのやらかした騒音で誰かが通報した事に。
言葉が機転を利かせて行った筈はない。他のマスターが行った訳でも。冬木市内に居る住人の誰かだ。
誰だって良い。
事実としてユダとサロメの戦闘被害は大胆なもので。
サーヴァントの犯行でなければ、爆弾でも仕掛けられたと勘違いするレベルの器物損害だ。
殺人鬼にも関わらず、ジャックは呆れ、踵を返した。
「ったく! 後先考えないで馬鹿やるからよ。これだから男ってイヤだわー……
ま、こんな状況じゃ。おじゃんになってドッチも退くでしょ」
ツカツカと早足で、ベラベラと卑屈な表情を浮かべながら語るジャック。
しかし、彼女の前にパトカー特有の赤色の発光とは異なる。正常な光が現れる。
当然。
『他サーヴァントが出現する可能性』は否定出来ない、聖杯戦争の舞台下なのだが………
確かにジャックは清楚な修道服を着ていたものの。
中身は殺人鬼おろかレズビアンだ。正当な宗教には縁遠い思想人種にも関わらず。
どこからどう見ても、背にある美しき翼は人ならざる――そして『天使』たる象徴を掲げた美男子が登場したのである。
ロックコートとスラックスを纏う紳士たる雰囲気を漂わす彼の美貌を、果たして無視する人間は居るだろうか?
ジャックは無視した。
サロメの場合は、女性だったから。
この『天使』の場合は、男性だったから。
単純かつ決定的な差で区別している。天使の登場に「はあ?」と溜息混じりの困惑を漏らす。
一方の天使は、ジャックに何ら警戒をする愚か。不思議なほど落ち着いた姿勢で言う。
「貴方に一つ、尋ねます」
「………」
ジャックの心情は苛立っていた。今も尚、パトカーがこちらに向かっているのに。
サーヴァントなのだから、霊体化すれば問題ないにしろ。殺人鬼の身の上、どうしても警察には敏感な性分で。
派手にやらかす殺人でも証拠らしい証拠は、残さないほどの気配りをジャックは行っていた。
対して、天使は気にも留めず。
「その『服』はどこで手に入れた物ですか」
「……あ?」
「私の記憶が確かならば、冬木の教会にあったものです」
-
どうやら『ジャックが修道女ではない』事は察していたらしい。
故に、修道服を着ていたからこそ声をかけたのか。ジャックは少し気が楽になって、返事をしてやった。
「あたしの悪趣味なマスターが着ろってうるさいのよ! 女の子殺したら返り血浴びるし、服を消費しまくるからって。
ホント、動きずらいし。修道服ほどつまんないセンスの塊はないわよ。
はーあ! よくよく考えれば、さっき殺せなかったの服のせいだわ」
修道服は無論『戦闘する前提の代物ではない』。
スカートの丈等、動きにくさがある。本来激しい動きを必要とする身分の女性が、着るものではないから。
仕方ないで終わる問題だ。
思い返せば、確かに修道服でなければジャックの戦闘スタイルは格段に機敏だったろう。
対して天使は不可思議なほど微動だにしなかった。
ジャックの背徳塗れな人間性を把握しているのかも怪しい位に平静さを保つ。
顔色一つ変えない天使に、ジャックは言う。
「そうだわ。アナタ、強面神父知ってるんでしょ? アイツ、頭おかしいから説教垂れるなりやっても良いわよ」
「何故でしょう」
「察し悪いわねー! 天使でも、やっぱ男は男だわ」
顔面を代無しにするような呆れを浮かべるジャックに対し、首傾げる天使は答えた。
「いいえ。彼が貴方のマスターである事は理解しました。しかし、彼の不利益に成りえる情報を私に与えるのは理に反するのでは」
「天使サマに説教された方がいいのよ。アイツはさ。だってアタシの事を『天使』呼びすんのよ?」
天使の微笑に僅かな曇りがかかる。
ジャックの行為は、天使の指摘通り。彼女のマスターに不利益な情報だ。
だが、彼女が不満をぶちまける内容もまた真実である。
神父という立場上、あれやこれやと厳格な部分を口にし、されどイカレた歪んだ思想を併せ持つ。
兎に角面倒な性格のマスターが、少しばかり大人しくなってくれればいい。
嫌がらせ程度の感覚で、天使に打ち明けたのだ。
「厳ついツラ構えのクセして神サマになりたいとか、中学生か! ってーの。
あーいう拗れてる男の願い叶えるのは駄目なの、アタシでも分かるわ」
「…………」
-
殺人鬼の癖してマトモな通りを語る。
否、殺人鬼だからこそ経験や勘まがいな感覚で掴んでいるのか。
「成程」と呟いた天使の様子に父性を彷彿させる神聖に、混沌が含まれた情が含まれた。
ただしそれは決して、血に穢れた殺人鬼に向けられた個人的な類ではなかった。
声色の印象をかき消すよう。天使は微笑を浮かべた。
「然るべき情報を私に与えた礼として、貴方を見逃しましょう」
「は―――」
天使は「すぐにでも殺してやれる」と脅迫しているかのような、回りくどい殺気を忍ばせていた。
眉を潜めるジャックだったが、彼女が言語の意図を汲まないほど無能じゃない。
逆に。
殺人鬼を見逃すなど、コイツこそ天使にしちゃ堕ちたものだ。と嘲笑を内心吹っ掛けていた。
だから彼女は、腹立たしさも。苛立ちもなく。
不敵に天使を笑いかけて「あっそ」と素っ気ない態度で天使の脇を通り抜けようとする。
天使は去り際に「ですが」と一言加えた。
「貴方の行いをしかと『監視』します。貴方が仮にその手を血に染めるのならば、この限りではありません」
「……え? なに? キモイ」
監視ってなんだよ。
素でドン引きするジャックの様子に、天使に対する優越感の欠片は一つもなかった。
奇天烈なものを目撃し、無関係を装うかの如く。
天使を翼の先端からつま先までジロジロと幾度も眺めながら、ジャックは渋々とその場を後にした。
■
天使――アザゼルが主とする事は、己のマスターであるクラリスの護衛。彼女を元あるべき世界へ帰還させる事。
聖杯戦争の勢力図が明確でない現状、まず行うべきは他主従の捕捉。
何も無暗に接触する必要は皆無なのである。アザゼルに関しては。
通常、交渉や戦闘が不可欠な状況下とさせる戦況の序盤。
方針として、聖杯獲得を主に置かないと――それを基本にするとクラリスに誓ったアザゼルだからこそ。
まずは、彼女が拠点に置く自宅周辺に近い位置で、戦闘が行われている場所へ向かった。
警戒を巻いていたからこそ、即座に反応する。
しかし、アザゼルはただ戦闘を行っていたサロメとユダ。マスターの言葉を視認しただけで終える魂胆でいた。
彼の宝具『天より俯瞰せし人の業』。
監視を本質とした対人宝具は、まさに監視の一点では脅威。
僅かの間だが、就寝中のクラリスから離れ『られた』のも宝具により現在彼女を監視『し続けている』からこそ。
そして――……
アザゼルは幸運にも更に一騎のサーヴァントを捕捉した。
噂に聞く、連続殺人鬼のジャック・ザ・リッパー。
彼女の恰好が、クラリスと共に訪れた教会にあった修道服のソレだったのを、アザゼルは注目し、あえて接触したのである。
きっと。
クラリスが気休めで教会に足を運び、職務の手伝いをしなければ気付かなかっただろう。
-
堕天使の称号を得たアザゼルですら、彼のジャックは酷く珍しい部類の『人間』と感じられた。
彼女は人殺しだが、鬼でも獣でも、悪魔ですらない。
精神と性癖は大分歪んで特殊だったが、それでも『人間』の枠組みからはみ出さずにいる者。
ジャック・ザ・リッパーは『あらゆる側面』『あらゆる可能性』のある英霊。
中でも『セイバー』のジャック・ザ・リッパーは『正当かつ全うな猟奇殺人鬼』としての側面である。
彼女の話をしかと信用するかは、普通の人間は宜しくないと判断する。
一方で、アザゼルは悪い意味で彼女を信用した。
ジャックは本心から、マスターがどうかしている人間だと陰口を叩き。
修道服なんて悪趣味だしつまらないと一蹴する。
堕天使や悪魔が知恵を授けずとも、自ら化粧やお洒落に勤しみそうな女性だとアザゼルは理解した。
彼女がマスターだと主張する神父……幸か不幸か。アザゼルは既に彼を視認している。
もし、仮にジャックの情報通りの人間であれば当然、無視してはおけない。
神父に聖杯を得る意志があるか否かの前に、神父の深層心理が重要だ。
宇宙の果てまで『監視』出来たとしても『心』は見通せないのだから――……
◇
サイレン音を聞き流し、言葉は早足で河川敷より距離を取る様に移動し続けていた。
彼女一人だけに見えるが、傍らには霊体化しているサロメが実在している。
念話でサロメは、壊れたオルゴールみたいに途切れ途切れに話す。
『ああ……成果も………肝心の殺人鬼ですら……見逃してしまいました………』
声色だけでもサロメの申し訳なさがヒシヒシと伝わる。
対して、言葉は酷く冷静で。淀んだ、死んだ瞳に光を宿すこと無く、淡々と答えた。
『大丈夫ですよ。あの乱入者は想定外でしたし、彼から無事逃れられた事を考慮すれば十分な結果だと思います』
言葉としては、あれからユダの追跡も。ましてやジャックからの追跡すらも、途絶えている事に違和感を覚えるものの。
自身の魔力やサロメのダメージ。一般市民からの通報により駆けつけた警察など。
一刻も早く現場から立ち去るのを優先しなければならなかった。
疑問は、二の次に回す他ない。
けれども。
言葉の目論み通り、サロメにそれ相応の戦闘経験を積ませられた結果は、最良である。
十分な休息を取ってから、ジャックに関係があるかもしれない教会へ足運ぶのは悪くない。
『サロメさん。あのサーヴァントに記憶はないのでしょうか?』
ふと、改めて言葉は問いかける。
どうやら。奇襲を仕掛け、戦闘に割り込んだ彼のサーヴァントには決定的な『私怨』が明確だった。
様子を鑑みるに、本来。戦闘目的で現れた訳でもなさそうな。
そもそもユダはマスターを引きつれていない事が、言葉には少し気がかりだった。
サロメは「いいえ」と答えながらも、こう返答する。
『彼の体技……私の記憶に………しかと刻まれている、あの方の「舞」でした………間違える事など、出来るでしょうか……』
サロメが理解したのは、ユダの体術こそヨカナーンの舞。
牢獄でヨカナーンが怠らなかった演武。彼と出会った場所。そこで恋した彼女が、忘れるはずもない。
ヨカナーンの動作。彼の表情。切り取られた絵画の如く、サロメの中では鮮明な思い出(記憶)だった。
-
【C-6/河川敷公園1日目 午前1時】
【桂言葉@School Days(アニメ版)】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り3画
[虚影の塵]有(一つ)
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]不明。境遇が元いた世界と同じなら、結構なお金持ちなので、活動資金を得られるかもしれない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得。
1.サロメに実戦経験を積ませたい。
2.休息を取ってから、教会を探りに向かう。
[備考]
※討伐例は未確認です
※セイバー(ジャック・ザ・リッパー)を確認しました。真名をジャック・ザ・リッパーと推測しています
※バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました。
※セイバー(ジャック・ザ・リッパー)の格好から、マスターが教会にいるのでは?と考えています
【アサシン(サロメ)@新約聖書及びオスカー・ワイルドの戯曲】
[状態]霊体化、ダメージ(中)、魔力消費(小)
[装備]七つのヴェール
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1.実戦経験を積む。
[備考]
※顔を覆うヴェールを外しています。
※セイバー(ジャック・ザ・リッパー)を確認しました。
※バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました。
【バーサーカー(イスカリオテのユダ)@新約聖書&関連書籍】
[状態]ダメージ(小)、魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の破壊
0.■■■よ………
1.マスターへの栄養(人間)確保
2.サロメの殺害
[備考]
※サロメの真名を知っています。
※サロメのマスター(桂言葉)の姿を確認しました。
※一応、セイバー(ジャック・ザ・リッパー)を確認しましたが、戦闘中僅かな視認だった為、曖昧です。
※遠目でアーチャー(アザゼル)の姿……正確には『翼』を確認しました。
一瞬の事だったので本物の天使と勘違いしております。
【セイバー(ジャック・ザ・リッパー)@史実(19世紀 ロンドン)】
[状態]ダメージ(中)、魔力消費(小)
[装備]修道服
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:好みの女性を汚(バラ)し、穢(バラ)し、陵辱(バラ)し─────。
1.幻想種(ヤマトナデシコ)の殺害
2.やっぱり服を着替える
3.アイツ(アザゼル)新手のストーカー????
[備考]
※現在、桂言葉にターゲットを絞っています。
※バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました。
※アサシン(サロメ)を確認しました。
※アーチャー(アザゼル)を確認しました。印象のせいもあり彼に対し若干、引き気味です。
【アーチャー(アザゼル)@新約聖書&関連書籍】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:クラリスの護衛
1.グレイの思考を見極める。
[備考]
※セイバー(ジャック・ザ・リッパー)を確認しました。また、彼女のマスターがグレイであることも把握しました。
※バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました。
※桂言葉&サロメの主従を確認しました。
-
投下終了します
-
東方仗助&ナイチンゲール、衛宮士郎&サー・ケイで予約させて頂きます
-
隼鷹&ラクシュマナ
ハスター
ジャギ&チンギス
藤丸立香&クロウリー
レッドライダー
予約させて戴きます
-
期限を大分過ぎてしまい申し訳ありません
投下させていただきます
-
「それで、一体君は何者だい?マスターのストーカーかな」
隼鷹と立香を背後に庇い、クロウリーが問いかける。
その姿はいつも通りの立ち方に見えるが、武の心得が有るサーヴァントならば、重心の位置や脚の開き方から、レッドライダーの返答如何では、即座に距離を詰めて拳を叩きこめる姿勢にある事を見て取れるだろう。
「お前に変質者呼ばわりされる謂われは無いぞ。『ジェームズ・ボンド』気取りが」
『ジェームズ・ボンド』をやけに強調した返し。挑発としては妙だと思った立香は驚いた。
どんな時でも泰然自若とした態度を崩さないアルターエゴが、明らかな動揺の色を浮かべていたのだ。
「君は………、本当に何者たい」
クロウリーの声は、驚愕に彩られていた。
『ジェームズ・ボンド』。元諜報部員だった作家、イアン・フレミングが創造し、名優ショーン・コネリーが演じて世界的な知名度を持つに至った、スパイの代名詞とも言うべきキャラクターだ。
だが、クロウリーにはその名は世の人々とは異なる意味を持つ。
第二次世界大戦。クロウリーは政府の要望に応じて、ドイツ第三帝国副首相ルドルフ・ヘスの思考を操り、単身渡英させて虜囚の身とするなどの様々な魔術行使を行った事がある。
この工作にクロウリーを引き出したのがイアン・フレミングだった。
例え歴史の裏側の行為であれ、戦争に関わっていれば、戦争そのものであるレッドライダーは観測する事が出来る。
つまり、レッドライダーが『ジェームズ・ボンド』という名を不自然に強調したのは、''お前の事を知っている"と暗に告げる為だった。
レッドライダーの言葉にクロウリーが驚愕したのは、生前に会った事もない男から、自分の素性を言い当てられた事に対するものだった。
-
「一体何の話をしているんだよ」
驚愕して固まっているクロウリーに戸惑っている立香を余所に、隼鷹は油断無くレッドライダーを見据えて、問う。
元々立香はまだしも、クロウリーに対しては胡散臭い男程度の認識しか持っていない隼鷹だ。
新たに現れたクロウリーに負けず劣らずの胡散臭さのレッドライダーから、立香を庇う様に立ち、いつでも艦載機を放てる様に構えている。
「………………?」
自分に鋭い視線を向けてくる隼鷹を、レッドライダーは胡乱な者を見る目で見返し、妙に歯切れの悪い口調で答えた。
「ああ…、つまりはだな…こういう事だ、『橿原丸』」
「んな………」
『橿原丸』。艦娘隼鷹の前身である軽空母隼鷹の本来の名前。
大平洋戦争が起きなければ、軽空母隼鷹では無く、豪華客船橿原丸として大平洋を旅していた、隼鷹の有り得た可能性。
この名で隼鷹を呼ぶという事は、隼鷹の事を熟知しているという事を意味する。
隼鷹はクロウリーが驚愕した理由を理解した。
戦争そのものであるレッドライダーは、当然の事ながら、大平洋戦争を戦った軍艦を知っているし、宝具から取り出す事も出来る。
艤装から隼鷹の名を当てるのは、そう難しい話では無かった。
人の姿をしている事についても、自分の事を鑑みればおかしくない。
ただ疑問に思うのは─────。
「身構えるな戦士(橿原丸)。私はお前と敵対する意図は無い。お前が藤丸立香と共に在る限りはな。
それよりも一つ聞きたいのだが………………。お前は何故女の姿をしている」
レッドライダーには解せない。隼鷹の本来の名である橿原丸。隼鷹の姉の飛鷹の本来の名である出雲丸。
双方共に''丸"と着く事からも分かるように、日本に於いては、船は男として扱われる。
ならば何故隼鷹は女の姿をしているのか。男の姿をしているのが当然ではないか。
-
「はい⁉︎」
予想もしていなかった質問に、頓狂な返事を返してしまう隼鷹。
気まずい雰囲気が流れ出した時。
「君の正体…何となくだが理解したよ」
クロウリーが爆弾発言を投下した。
「ほう」
レッドライダーは笑顔を崩さない。強がりでも偽りでもなく。
その笑顔は常に浮かべている笑顔より楽しそうだった。
「伊達に『獣』を名乗っていないさ」
「成る程。私の正体に気付ける訳だ」
その時、風が吹いた─────。紅い色が着いていてもおかしくない程に、血生臭い風が。
「俺にも語って聞かせるが良い」
その風は狗と馬を従えた一人の男が放っていた。
─────────────────────────
ジャギが森に篭っていたのは正しいと言えば正しかった。
何しろジャギの姿は目立つ、世紀末ですら目立つあの鉄仮面で街中を歩きまわれば、即座に警官に職質を受けるだろう。
素顔に至っては更に論外だ。暴力に首まで浸ったて生きるモヒカンですらが、一目見ただけで「ごわっ!!きゃああ〜〜〜〜〜。トワッタッ!!ワヒィィ!!」
となるのだ。こんな姿のジャギは現代社会で活動するには不向きな事極まりないのだ。
この事実を認識する度に、ケンシロウへの憎悪を燃やして発作起こして喚いては、チンギスや四駿四狗に睨まれたりしたのはどうでも良い話。
そんなジャギだが、聖杯戦争が始まったからには森に篭ってばかりもいられない。
討伐令の通達にチンギスが乗ったのだ。
報酬に釣られての事では無い。無論報酬も動機の一つではある。10画の令呪は報酬として破格。こんなものをみすみす他人に渡すのは愚というものだった。
だが、チンギスが討伐令に乗った本質的な理由にはなっていない。
討伐令の出たサーヴァントの姿からチンギスが感じ取ったもの────死と勝利。
地を骸で埋め尽くし、地表を血潮で赤く染めるほどに死を撒き、その殺戮を以って勝利とし、新たな時代を築き上げる。
討伐令の対象になったのは、己の同類たるサーヴァント。己を無二のものと断じるチンギスには、到底許容できる相手ではなかった。
だが、同類なればこそ判る。このライダーはチンギスですらが勝ちを収める事が困難な敵であると。ならばどうするか?常の者ならば同盟を以って当たるだろうが、チンギスは違った。
手頃なサーヴァントを捩伏せ、マスターを屈服させて駒として使い潰す。
それは過去にモンゴル帝国が被征服者を戦奴として酷使したのと何ら変わらぬ思考だった。
-
「………こんな処に敵が居るのかよ」
現在ジャギはチンギスに連れられ住宅街に居る。
無論お散歩している訳では無い。チンギスが斥候として放っておいた四駿四狗の内の一つ、スブタイが見つけた、サーヴァントの手が入った廃屋へと赴く道中だった。
連続殺人事件に続いてのわくわくざぶーん崩壊により、人気の絶えた夜道は、ジャギが歩き回っても問題は生じない。
「俺の最も信を置く部下を疑うか」
疑問でも皮肉でも恫喝でも無い只の呟き。だがその呟きを放ったのがチンギスともなれば話は別だ。ジャギは全身の筋肉が鉛と化したかの様に重くなったのを感じた。
だが、チンギスにはジャギに対して重圧など与えたつもりは無いらしい。拳王様がドブネズミを見る様な眼でジャギを一瞥すると、それ以上ジャギを顧みることなく歩みを進める。
スブタイ。四狗の一人であり東は華北から西は中欧までユーラシアを駆け、その生涯に経験したほぼ全ての戦を勝利で彩った百戦錬磨の武人である。
南斗の軍死………もとい軍師と比べても知略武功共に冠絶する将だった……というより比較対象にして良いものか。
そのスブタイを疑う様な発言をして、指一本たりとも無くすことのなかったジャギはかなりの幸運に恵まれていた…今の所は。
「ハッ、高々あばら屋に手を加えただけで我等を防げるわけも無い」
チンギスの声に応じて、チンギスの影に潜む四駿四狗が妖しく揺らめく。心なしか獣の咆哮が、夜気を圧する魔獣の戦意が、感じられた気がした。
狼と四駿四狗は、城を落とした時の暴戻を、街を降した時の暴虐を、思い出して歓喜に震えているのだ。
その鼻は倒れ臥す骸から立ち上る死臭と、地を染める紅から香る血臭を嗅ぎ。
その肌は街を焼き、人を生きたまま火葬する炎の熱を感じているのだろう。
拠点に立て籠もるサーヴァントを攻略する事は困難であるというのが聖杯戦争の常識だが、ことチンギスにはそのセオリーは通じない。
回回砲を始めとする攻城兵器と、四駿四狗を駆使するチンギスにとって、籠城して動かぬ敵は最も楽な相手となる。
チンギスは騎馬の王。その戦い方は騎兵の運用に準ずる。突撃衝力と機動力に優れるが、防御力が無い騎兵の運用は、静より動、後よりも先を取る、つまりは主導権を取ることが求められる。
そして、拠点に立て籠もって動かぬ敵など最初から主導権をチンギスに献上しているに等しい。
四駿四狗で陽動し、攻城兵器を以て拠点を破壊し、内部の敵を引きずり出して''喰らう"。
既にチンギスの脳裏には、どの様に攻城兵器を配置し、どの様に四駿四狗を動かすかが、幾通りにも描かれていた。
「なんだ………?」
その時、遥か頭上を飛び去った影に気がついたのは、地の敵に意識を向けていた餓狼とその配下では無く、気もそぞろに宙を見ていたジャギだった。
ジャギの声に反応してチンギスも空を見上げる。
「ほう」
宙を行く機影を認めてチンギスの眼の色が変わる。見てくれは只の玩具。さりとてその実態は強力な戦闘兵器、おそらくは何者かの宝具である事を、戦争に長けたチンギスの眼は看破した。
だが、チンギスが機影に関心を持ったのはその攻撃力では無い。 上空からの監視による高い索敵能力。高速で空中を飛ぶ事による機動力。チンギスの知る軽騎兵の上位互換と呼べるその能力。
航空機が戦争に用いられてから現代に至るまで担い続ける役割の一つを、チンギスは機影を一目見ただけで理解したのだ。
「行くぞジャギ。あの飛行体を追う」
「は………?この先にいる奴等は!?」
身を翻したチンギスにジャギの問いが飛ぶ。
「巣の位置は把握している。何時でも’喰らえる"相手よ」
チンギスの目的は、敵が篭る拠点の蹂躙から、今後の闘争の為に必要な人材の確保へとシフトしていた。
-
────────────────────
「お前は………」
最初に反応したのはレッドライダー。現れた男の顔は確かに知っている。
聖杯戦争なれば在ってもおかしくは無いその姿。人類史上最大の征服者を前に、その笑みが更に深くなる。
「チンギス・ハン………。クハッ、戦争の相手として申し分無し」
チンギス・ハン。その名を聞いて他の三人も眼色を変える。
だが、クロウリーと他の二人では反応が異なる。
クロウリーは''チンギス・ハン''という名そのものに驚いたのだが、隼鷹と立香はレッドライダーがサーヴァントの真名を看破出来る事に驚いたのだ。
「俺の真名(名)を知るか、有象無象の馬の骨とはいえ、多少は見るべきところがあるらしい」
応えたチンギスがレッドライダー以外の三人を見回すと、改めて隼鷹に目を向けた。
目線が合った刹那。隼鷹の顔から一気に血の気が引き、全身から力が失われる。
チンギスが意を込めて送るその視線の凄まじさよ。打ち倒し、奪い、犯し、殺し、喰らう。それらの意志が視線を介して直接隼鷹の精神に叩きつけられてくるのだ。
人類史に名を刻んだ偉大な王や半神半人を数多知る立香ですらが、視線を向けられていないにも関わらず、怯えて竦んでしまった程だ。歴戦の艦娘である隼鷹といえど、一瞬我を喪ったのは仕方のない事だった。
それでも立ち直り、艦載機を放てる様に構えたのは、百戦を経た艦娘故か。
「俺の視線を受けて気死せぬばかりか構えるか。気に入ったぞ女。飛行体を操るだけでなく、戦士の気質を有するか。それにマスターときては好都合。クク…中々運に恵まれている」
犯し捩伏せ屈服させる悦びの前に、打ち倒す悦びを得られると、チンギスの口元が吊り上がった。
笑みには到底見えない、屠った獲物の肉を貪ろうとする凶狼の顔を隼鷹に向けたままチンギスが二歩進んだ所で、レッドライダーが赫剣を抜き、クロウリーがその行く手を阻んだ。
-
「俺の前に立つか」
見事なセミ・クラウチで眼前に立つクロウリーに、チンギスが嵐の様な殺気を纏う。
「君みたいな凶悪な顔のサーヴァントを大和撫子に近づけるわけにはいかないな」
「ハッ、雌(女)の前でイキがるか。相手を選ぶのだな塵(ゴミ)」
言葉と共にチンギスが踏み込み拳を振るう。
直撃すれば歴戦の武人の英霊すらが只では済まぬと見ただけで判る剛拳。
武技など一切無い単純な暴力とは思えぬ拳撃、その拳はいつの間にか純白の手甲に覆われている。
「言って─────」
唸りを立てて顔目掛けて放たれたチンギスの剛拳を。
「くれるね!」
クロウリーは僅かに顔を傾けて回避すると、踏み込んで強烈無比なアッパーを顎を狙って放つ。
「がっ!?」
アッパーを受けて大きくチンギスがよろめき、数歩後退する。
世界に名だたる覇者とはいえ、肉体を直接用いた近接戦闘はやはり一流とはいえぬ。そう判断したクロウリーは、迎撃に出た狗と馬をエセルドレーダに押さえさせ、地を滑るような動きで追撃する。
今の一撃。己を蝕む’獣’の齎すモノ─────欲望・破壊・捕食衝動を魔力放出として上のせしたもの。
会心の当たりならば耐久に秀でたトップサーヴァントといえでも戦闘続行に支障をきたすほどの深刻なダメージを受ける。
つまり、チンギスが未だに立って戦闘を続行する事が出来る道理がない。
例えインパクトの瞬間に顎を引き、後ろに飛んでいたとしてもだ。
だが、クロウリーは理解(わか)っていた。
チンギスの持つ気質が己を蝕む獣ときわめて近しいものであり、通常の英霊なれば防ぎ得ぬ己の魔力を大きく減衰させてしまった事を。
凡そ人の持ち得て良い気質では無い。正しく世界を喰らい尽くそうとした餓狼の本質。
現世に在るには余りにも危険な英霊。いまここで打ち倒し、座に返さねばならぬ存在だった。
制止するレッドライダーの声を無視し、百分の一秒にも満たぬ速度で距離を詰め、呵責ない右ストレートで顎を撃ち抜く。
この時クロウリーは見た。チンギスがまるで鏡に写したかの様に、先刻のクロウリーの構えを取っている事を。
クロウリーの右ストレートを身体を僅かに右に傾けて回避、そのまま一歩を踏み出し、クロウリーの右腕に被せる様に放たれる左掌打。
掌打がクロウリーの顔面を捉えたと同時に、クロウリーの顔面を鷲掴み、頭部が埋まる勢いで、クロウリーの後頭部を地面に叩きつけた。
レッドライダーには理解(わか)っていた。チンギスの後退はモンゴル騎馬軍団の基本戦術。釣り出しの為の偽退。
釣られて前に出れば逆撃を受け、各個に分断されて撃破されるという事を。
更に相手がチンギスであり、狗と馬を繰り出して来るという事は、この獣達の名は四駿四狗。つまりは後六頭居る残りの獣を警戒しなければならなかった。
レッドライダーがクロウリーに追随して動かなかったのは、滾る殺意を抑え、牙に蹄に力を漲らせ何処かに潜む獣を警戒してのことだった。
宝具である赤剣を手に、チンギスと立香及び隼鷹の間にレッドライダーが立つのと、レッドライダーに二頭の馬が襲い掛かるのは同時。
「クビライ、ムカリ。征くぞ」
更にその後ろに狗(スブタイ)と馬(ムカリ)を従えたチンギスが続く。その間隔は正に絶妙。先触れの獣を撃ち払っても、その際に生じた隙をチンギスに突かれる事になる。この二段構えの攻勢は単騎で防ぐ事は極めて至難。
チンギスを追うべく立ち上がったクロウリーは、チンギスが最初に率いていた二頭が動きを封じる。
-
「流石─────」
思わず賞賛の言葉を呟くレッドライダー。
率いる覇軍が無くとも、戦ともなればチンギスはやはり強い。二騎の優れたサーヴァントを相手取って、当然の様に瞬時に優位に立つ。
この窮地を覆すにはやはり─────。
「約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)!!」
魔力の消費が惜しいが、宝具を使わざるを得まい。
それになによりも─────藤丸立香の前で良いところを見せたい!!
つまりは、ここで宝具を用いない理由は存在しないッッ!
真名を解放と共に無数の戦車(チャリオット)かレッドライダー・隼鷹・立香の周囲を囲み、防壁となってチンギスを阻む。
「騎兵の時代はとうに終わったと知れ!騎馬の王ッッ!」
防壁だけでは終わらない。騎兵という兵科に終止符を打った組み合わせ。 '強力な火力を装備した堅牢な陣地''を見るが良い。
視線をチンギスに向けつつ、全神経を集中させた背中で立香の反応を感じ取りながら、レッドライダーは攻撃の為の宝具を取り出す。
「三千世界に屍を晒せ!天魔轟臨ッッ!三千世界(さんだんうち)ッッ!」
戦車(チャリオット)の城塞を突破する方法を考えていたチンギスが驚愕に目を見開く。
レッドライダーの周囲に出現した火縄銃か、それぞれ六十ずつの銃口を、チンギスと四駿四狗に向けている。
「ジェルメ!クビライ!俺の周りに寄れ!!」
レッドライダーの宝具を見るなり、その危険性に気付いて対処するチンギスに、改めて賞賛の念を抱きつつ、レッドライダーは火縄銃を召喚。間髪入れずに一斉に火を噴いた。
放たれた火線が殺到するまでの間に、三頭の馬が一つに組み合わさり巨大な防壁を形成。チンギスと二頭の狗を覆い隠す。
耳をつんざく銃声と、銃弾が防壁に当たる音が間断無く響き、立香が耳を抑えた。
「戦士(橿原丸)!艦載機で攻撃しろッッ!」
弾雨を見舞いながらレッドライダーが叫ぶ。
元より隼鷹の攻撃でチンギスがどうにかなるとは思っていない。
だが、生前に見た事の無い航空攻撃だ。きっと隙を晒す。その時こそ三千世界(さんだんうち))で仕留める好機だった。未だ見えぬ四狗の半分とマスターが気掛かりだが、約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)を突破できるとは思えない。
三千世界(さんだんうち))でチンギス共々動きを封じられたクロウリーが何もできなかったのと違い、己はチンギスを撃破、少なくとも追い払う所を見せられる。
藤丸立香に人理修復の旅で絆を結んだサーヴァント達にも負けないとPR出来るッッ!
レッドライダーの脳裏には薔薇色の未来が描かれていた。
─────結論から言うと、レッドライダーの思惑は完全に外れる事となる。
-
「よーし、攻撃隊!発艦しちゃってー!」
レッドライダーに応えて隼鷹が艦載機を放つ。チンギスの防壁が金剛不壊であったとしても、天蓋は無い為上空からの攻撃には脆弱。
放たれた艦載機は必ずや戦果を挙げるだろう。
そう信じて最初の一機を放つ直前。地を揺るがして隼鷹の前に舞い降りる鉄仮面!!
驚愕に固まった隼鷹の腹に鉄仮面の右拳が吸い込まれる。
「グハッ!ガァッッ!」
胃の内容物を吐き出しそうになるのを何とか堪え、距離を取ろうとする隼鷹の首筋を鉄仮面の手刀が撃ち。隼鷹の意識を断った。
「やけに頑丈なオンナだ」
言いながら隼鷹を担ぎ上げた鉄仮面は、チンギスのマスターであるジャギだった。
ジャギの唐突な出現には当然の様にタネが有る、
至極単純なタネであり、この場に居ない四狗のジェベとスブタイが合体して作成した回回砲を用いてジャギを飛ばしたのだ。
元よりチンギスの動きそれ自体は陽動。本命はジャギによる、飛行体を操るサーヴァントのマスターの拉致である。
結局飛行体を操っていたのはマスターである隼鷹だったが。
複数のサーヴァントを確認したチンギスは、自身がサーヴァントを引きつけている間に、ジャギが強襲して拉致する作戦を立てたのだ。
チンギスがジャギを伴ったのは、マスター相手ならば充分すぎる能力を有する為だったが、まさか初戦でこうも役に立つとは思っていなかった。
ジャギが居なければレッドライダーとクロウリーという優れた二騎のサーヴァントを相手にかなり梃子摺ることになっただろう。
ジャギをマスターの前に運べばその時点で狙いは達成できる。そして百戦錬磨という言葉すら及ばなぬ戦歴を持つスブタイが、ジャギを飛ばすタイミングを誤る訳が無く。
サーヴァントとして聖杯戦争に召喚されれば、アーチャーのクラスで現界するであろうジェベが、ジャギを飛ばす距離と方向を誤る訳が無い。
当然の様に、最高のタイミングで現れたジャギは、瞬く間に隼鷹を制圧した。
「チィッ!」
立香の前で良い所を見せられると思ってすっかり忘れていたが、チンギスの狙いは最初から隼鷹だったのだ。
ここで隼鷹を連れ去られると立香に良い所を見せるどころか無様を晒す羽目に陥る。
急ぎジャギを抑えようとしたレッドライダーは、クロウリーの声に振り返った。そしてその先にあるモノを見たレッドライダーの目が見開かれる。
振り返ったレッドライダーの視界に映るのは、二頭の馬と戦うクロウリーと、二頭の馬を従えて己を真っ直ぐ睨みつけるチンギス。
そしてチンギスの視線を形にしたかの様な、巨大な弩砲と据え付けられた巨大な矢だった。
レッドライダーが弩砲を認識するのと、矢が放たれるのが同時。
矢はレッドライダーが咄嗟に自身の身体と弩砲の間に並べた五輌の戦車戦車を撃砕し、レッドライダーのかざした赤剣に激突。レッドライダーを大きくよろめかせた。
「この女は貰っていくぞ!!」
立て直したレッドライダーが見たものは、それぞれ馬に乗って走り去るチンギスとジャギ。そしてチンギスの脇に抱えられた隼鷹。
追撃するクロウリーとエセルドレーダを交互に牽制しながらチンギスに続く二頭の馬と狗だった。
-
B-2 郊外の住宅街/1日目 午前0時20分】
【藤丸立香(女)@Fate/GrandOrder】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]魔術礼装・カルデア(それを隠すロングコートを着用)
[道具]
[所持金]年相応の所持金
[思考・状況]
基本行動方針:カルデアへの帰還
1. まずはレッドライダーの対処から
2. この冬木市が特異点であるとして調査
3. 隼鷹から事情を聞きたい
4.隼鷹を助けないと
[備考]
レッドライダーおよびチンギス・ハンの存在を認識しました。
【アルターエゴ(アレイスター・クロウリー)@史実(20世紀・イギリス)】
[状態]実体化 ・ダメージ(軽微)
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:全人類の根源接続を願う――最優先はマスターを幸せにする事
1. 何故マスターの名前を気安く呼ぶんだ? ストーカーって奴かい?
2.さて、どうしようか
[備考]
レッドライダーの正体に勘付きました。
ライダー(チンギス・ハン)の存在を認識しました。真名は知りません
【隼鷹@艦隊これくしょん】
[状態]気絶中・疲れ(小)
[令呪]残り3画
[虚影の塵]有
[星座のカード]有
[装備]艦載機の装備
[道具]
[所持金]普通に暮らしていける程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1. 藤丸立香を信用する?
2. カルキの捜索と討伐
[備考]
※新都から深山町に至るまで軽く偵察を行いましたが、ライダー(カルキ)を発見できませんでした。
※藤丸立香(女)の主従を確認しました。
※ライダー(カルキ)が虚影の塵などを利用し、擬似的な浄化を試みるのではと推測しています。
※気絶してチンギスにより運ばれている最中です。
レッドライダーに対して胡散臭を感じています。
チンギス・ハンの存在を認識しました。
【ライダー(戦争)@世界中全ての戦争の記録/黙示録?】
[状態]魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターである菜々芽の護衛
1. 藤丸立香に菜々芽と会って貰いたい
2. 藤丸立香の味方であり、藤丸立香の敵でありたい。
3. 願わくば『藤丸立香』が対峙しあう戦争を起こしたい。
[備考]
※『藤丸立香』が二人いる事を観測しました。異常ではないかと疑念を抱いてはおらず。
むしろ夢みたいな状況で割とどうでも良く思っています。
アルターエゴ(アレイスター・クロウリー)の存在を認識しました。
ライダー(チンギス・ハン)の存在を認識しました。
【ジャギ@北斗の拳】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]あまり無い
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1. 取り敢えず拠点に戻る。
【ライダー@チンギス・ハン(11世紀モンゴル】
[状態]魔力消費(小)
[装備] 四駿四狗
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針
1.拠点に戻る
2.隼鷹を己の傘下に加える。
[備考]
※隼鷹を抱えて移動中です。
※ライダー(レッドライダー)の存在を認識しました。 真名は知りません。
※アルターエゴ(アレイスター・クロウリー)の存在を認識しました。真名は知りません。
※藤丸立香(女)の存在を認識しました。
※討伐令を認識しました。
-
投下を終了します
タイトルは【蒙古人間砲弾】でお願いします
予約しておいてラクシュマナとハスターが全く出てこず申し訳ありません
-
チンギスの状態表をこちらに変更します
【ライダー@チンギス・ハン(11世紀モンゴル)】
[状態]魔力消費(小)
[装備] 四駿四狗
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針
1.拠点に戻る
2.隼鷹を己の傘下に加える。
3.サーヴァントを傘下に加えて戦力とする。
[備考]
※隼鷹を抱えて移動中です。
※ライダー(レッドライダー)の存在を認識しました。 真名は知りません。
※アルターエゴ(アレイスター・クロウリー)の存在を認識しました。真名は知りません。
※藤丸立香(女)の存在を認識しました。
※討伐令を認識しました。
※エーデルフェルトの双子館(西)を拠点にしている主従の存在に気付きました。
-
光本菜々芽&ライダー、予約します
-
投下します
-
ぐー。ぱー。ぐー。ぱー。
カーテンの開かれた窓から月光が差し込む光本菜々芽の自室にて、レッドライダーは右手を閉じたり開いたりしていた。
何度か繰り返しそうした後、赤騎士は一体何の動物の革を使っているのか、と誰もが疑問に思う程に赤い革手袋を、右手に嵌めていた片方だけ外した。
露わになった右手には、傷一つ付いていなかった。
これが二日前には魔呪に満ちた鏖殺の槍(ゲイ・ボルグ)を使用した代償で、挽肉もかくやな状態を晒していたのだと言われても、それを信じられる者は居まい。
ささくれすら残っていない右手を暫く観察した後、赤騎士は革手袋を嵌め直し、その手で、腰に提げていた軍刀を抜いた。血を刷毛で塗ったかのように赤い刀身が、月光を浴びて光を放つ。
赤騎士の抜刀と時を同じくして、彼の傍の空間に、赤い亀裂が生じた。
血に塗れた地獄へと通じているかの如き赤い亀裂に、空いてる左手を躊躇なく突っ込む赤騎士。
すぐに亀裂から抜かれた左手には、弾丸がひとつ摘まれていた。
薬莢は付いておらず、弾頭だけ。赤い亀裂の向こう側には、使用済みの弾丸がそこら中に落ちている、銃撃戦の空間でも広がっているのだろうか。その亀裂も、赤騎士が銃弾を取り出した直後には、空間に罅一つ残さずに消えていた。
レッドライダーは、ひょいと軽い動作で弾丸を宙に投げ上げた──次の瞬間。
霞と消えたと見紛う程の高速で、赤騎士は軍刀を振るった。それも、何度も、連続で。
振るわれた刃は、全て空中を飛ぶ弾丸を通過する──その回数、およそ三十と二回。
二秒と経たずに床に落ちた弾丸は、砂利と区別が付かない見た目へと変わり果てていた。
「ふむ、ようやく完治したか」
床に散らばった弾丸の残骸を、再び発生させた赤い亀裂で呑み込みながら、赤騎士は呟いた。
二日前の白騎士との戦いで右腕に負った重傷の完治を確かめるために、彼は弾丸の微塵切りという曲芸をやってみせたのである。
見た目に異常はなく、動きの速度と精度も文句が付けられないほどに高い──赤騎士の右腕の状態は、ベストなそれであった。
「──意外」
レッドライダーの一連の行動を目にしていた菜々芽の口からは、そのような言葉が漏れた。
「ライダーの事だから、右腕の怪我なんて気にせずに、すぐに藤丸立香の元に向かうかと思ってた」
菜々芽がそう思うのも仕方のない事である。
何せ、この赤騎士が藤丸立香に向けている紅焔の如き熱烈な感情は、異常という言葉でなお表せないほどに異常なのだ。
寝ようとしていた菜々芽をわざわざ起こし、道中にて遭遇した白騎士をも斬り伏せようとしてまで会いたかった藤丸立香──彼の元に向かうのを、怪我の治療という理由だけで、これまで待っていたのである。
光本菜々芽がこれまでの数日間を経て抱いたイメージ通りのレッドライダーならば、
「右腕が千切れ、血塗れだ? ──くっくっく! それがどうした! 戦士(ふじまるりつか)に会えるという期待で今にも張り裂けそうな心臓に比べれば、腕の一本や二本がミンチになっている事など、些細な事なのだよォッ!」
とでも言って笑って、白騎士からの逃亡のついでに、藤丸立香の元に向かっていたはずである。
だが、実際は違った。
赤騎士は、白騎士からの逃亡の後、菜々芽の家へと帰り、霊体化して右腕の治療に努めていたのである。
「戦士(マスター)が意外に思うのも無理はない。私も出来る事なら、あの時すぐにでも戦士(ふじまるりつか)の元に行きたかったのが本音だ。──だが」
ここで一旦言葉を切り、チャキッ、と軍刀を鞘に戻す赤騎士。
彼をモチーフに人物画を描き、それを歴史に名だたる軍人であるナポレオンやカエサルの絵画と並べても、少しも見劣りしないだろうと確信できるほどに、その姿はサマになっていた。
彼の人格(キャラクター)がこの世に生を受けて、まだ一年も経っていないとは、とてもではないが思えない。それほどまでに、軍服を着て、軍刀を握る赤騎士が纏う雰囲気は、数多の戦場を越えた『経験者』のみが放つ事を許される、大人びたそれであった。
「戦士(ふじまるりつか)に、初対面からあんなみっともない姿を晒すわけにはいくまいよ」
「…………」
赤騎士が続けた言葉は、そんな感情的なものだった。
好きな人の前では良い格好をしたがる子供のようである。
呆れたような顔をしている菜々芽を気にもせず、赤騎士は更に言葉を続けた。
-
「それに、治療の為に篭っていても、腕の完治以外に得られたものがあっただろう?」
その台詞を聞き、菜々芽は思い出す──この二日の間に、新たに得られた情報を。
何も、赤騎士は白騎士からの逃亡から今に至るまで、ただ休んでいたわけではない。
『戦争』という概念が『レッドライダー』の殻を被っている彼だからこそ持つ事を許された、聖杯戦争の舞台全てを把握出来るユニークスキル『戦況把握』。
これによって、彼は既にいくつかの情報を得ていたのである。
その中でも菜々芽が真っ先に思い出したのは、彼女の宿敵とも言える存在、蜂屋あいに関するものであった。
この冬木市にも存在し、そして急に学校に来なくなった、蜂屋あい。
彼女を怪しんだ菜々芽は、療養中のライダーに、彼女に関する情報を調べるよう求めていた。冬木市という戦場に転がる空き缶の総数から、土地の魔力の流れまで一瞬で見抜けられる『戦況把握』の能力をもってすれば、少女一人に関する情報など、大した魔力も消費せずに知られるはずだった。
けれども、結果から言えば、レッドライダーは、蜂屋あいの情報を一つも得る事が出来なかった。
個人情報、現在地、状態、果ては生きているのかどうかさえ──そのどれもを知る事が叶わなかった。まるで、この世界には元から蜂屋あいという存在がなかったかのようである。
レッドライダー曰く、蜂屋あいに関する情報には『蜘蛛の巣』のような靄がかかっており、把握する事が不可能なのだという。
元から、冬木市の各所に赤騎士でも把握不可能な領域がいくつか存在するらしいのは分かっていたが、その中でも特に、蜂屋あいに関する情報の隠蔽ぶりは異常であった。大抵の隠蔽は無効化出来る『戦況把握』の眼を持ってしても把握が不可能であったことから、その異常性は窺えるだろう。
この事実を知った事で、菜々芽があいに向けていた疑惑は、確信へと変わった。あいは間違いなく、聖杯戦争のマスターだ。それも、レッドライダーの眼から逃れられるほどの力を持つ危険なサーヴァントを従えている。
今はまだ現在位置すら分からないが、いずれ相見えたら、必ずや彼女を止めてみせる、と菜々芽は改めて決意した。レッドライダーはレッドライダーで、自分の『戦況把握』の眼から隠れられる戦士(サーヴァント)に感心し、興味を持ったが、彼が興味を持たない戦士(サーヴァント)などまずいないので、そこはあまり大した話ではない。
そして、赤騎士たちが得た他の情報の中でも、特に重要だったもの──聖杯戦争の主催を名乗る者から、星座のカード越しに送られてきた通達も、彼らの興味を大きく引いた。
通達に討伐クエストの対象として、先日遭遇したバッターと白騎士の姿が載っていたからである。
忘れようと思っても忘れられないインパクトを残した極光の白騎士と狂人のバッターは、聖杯戦争の枠を大きく超えた力を持つ存在だった。言うならば、ボートレースに一艇だけ軍艦が参加しているようなものである。
詰まる所、白騎士たちの存在は聖杯戦争のバランスを大きく乱しかねない。
彼らが討伐の対象となっているのも、頷けるというものである。
バッターとライダー──彼らと戦い、情報を持っている赤騎士は、他の参加者と比べれば、幾分有利に立っていると言えるだろう。
愛しの藤丸立香との同盟が成功する確率もぐっと上がるはずだ。
討伐のターゲットとなった主従に関する情報を持ち、その上それと戦って生き延びているほどの実力を持つサーヴァント──それは、他の参加者からすれば、是が非でも手を組みたい相手なのだから。
「──というわけで、だ。そろそろ戦士(ふじまるりつか)の元に向かおうではないか」
赤騎士の言葉に菜々芽は驚かなかった。
腕が完治した赤騎士が、次に何を言うかなど、小学校低学年の算数の問題の答えよりも分かりきっていたのだから。
無論、赤騎士は『戦況把握』により、藤丸立香が今どこで何をしているかまで完璧に察知出来ている。
菜々芽からすれば、危険なサーヴァントを従えている事が確定した蜂屋あいを探したい気持ちが強かったが、居場所が分からない宿敵を探すよりも、先に居場所が分かっている相手の元に行き、同盟を結んだ方が良いというのは当然の理屈である。
現在の時刻は真夜中。人通りの少ないこの時間帯ならば、外で他主従と接触し、戦闘になる、という事態も起こり得まい。
まあ、赤騎士達が白騎士と遭遇したのは、今晩と同じく真夜中の時間帯だったのだが。
しかし、それはともかくとして、聖杯戦争が本格的に開幕し、赤騎士のコンディションが回復した今、動かずにいる理由はない。
「では行くぞ、戦士(マスター)よ! 我らの聖杯戦争の素晴らしき一歩を、改めて踏み出そうではないか! 」
-
くっくっく!──と。
最早お馴染みとなった笑い声が響くであろうことを予想していた菜々芽だが、しかしいつまで待っても赤騎士が笑い声をあげることはなかった。
見てみると、彼は何やら神妙な顔をしつつ、窓の外に広がる冬木の光景に黙って目を向けている。相変わらずテンションの振れ幅が激しすぎる。
普通のマスターならば『なんだこいつは』と驚き呆れるべき場面であろうが、赤騎士との付き合いもそろそろ一週間に差し掛かろうとしている菜々芽は大した事は思わなかった。
一方、レッドライダーは「全く異なる同一人物?」「完全に同一な別人?」と意味不明な単語をブツブツと呟いていたが、暫くすると
「…………くく、そうか」
と何やら納得したような顔をしつつ、いつもの顔に戻った。
「マスター! 戦士(ふじまるりつか)に会いに行く用事は後回しだ! たった今、行くべき所が見えた!」
この発言には、流石の菜々芽も驚かされた。
この赤騎士がこの世に存在する何よりも──きっとマスターである菜々芽以上に藤丸立香という個人の方を慕い、恋い焦がれているのは、これまでの短い期間で嫌という程思い知らされていた。
だと言うのに──だと言うのに、だ。
今、赤騎士は「藤丸立香に会うのは後回しだ」と言ったのだ。
それはつまり、愛しの彼に会うよりも優先すべき用事が出来たと言っているのとイコールである。
そんな、天地がひっくり返るよりもありえない事態に、菜々芽は驚き放心するよりも前に、どうしても確認せざるをえなかった──赤騎士がそのような決断をしたのは何故か?
「くっくっく! そんな理由は決まっているだろう!」
お馴染みの笑い声。
「戦士(ふじまるりつか)に会いに行くのだ!」
そんな訳の分からない事を叫びながら、赤子のような赤い騎士は、外へと飛び出して行った。
◆
-
「戻ったぞ戦士(マスター)!」
赤騎士は三十分ほどで帰ってきた。
一体どこで何をしていたのかは分からないが、その服にはあちこちに傷や汚れが付いている。だが、二日前の白騎士との戦闘で負った傷に比べれば遥かに軽微であった。その証拠に、赤騎士がマントをはためかせただけで、それらの傷は瞬く間に修復されていった。
「決めたぞ! 私は戦士(ふじまるりつか)の味方になる!」
「それは何度も聞いたわ」
「そして、戦士(ふじまるりつか)の敵にもなるぞ!」
「だからそれは何度も…………んん?」
藤丸立香の敵になる?
初耳どころか完全に予想外だった発言を耳にし、菜々芽はらしくもない反応を見せてしまった。
「……とりあえず、行った先で何があったのかを教えて」
「いいとも! 頼まれずとも語ろうではないか! 私と戦士(ふじまるりつか)、その他多くの戦士達の濃密な戦闘の記録を!」
女である二人目の藤丸立香が居たこと。
それを見た赤騎士が、二人の藤丸立香による戦争の実現を夢見たこと。
女の姿をした船が居たこと。
クロウリーにチンギスと、小学生の菜々芽でも知っている、教科書レベルに有名な偉人がサーヴァントとして召喚されていること。
そして、彼らの戦いが、本来ならば静寂な深夜を過ごすはずだった冬木の街を騒がせたこと。
「──最終的に戦士(チンギス)に戦士(橿原丸)が拐われ、戦士(クロウリー)が追って行った」
戦士戦士戦士とやけにうるさい説明がようやく終わった。聡明な菜々芽でなければ、聞いている途中で頭がこんがらがり、意味が分からなくなっていただろう。
「ライダーもチンギスを追わなくてよかったの」
「いいわけがないさ!」
片手で顔を覆い、嘆くようなポーズを取る赤騎士。
つくづくオーバーなアクションをする男である。
舞台役者にでもなってみたらどうだろうか。いや、戦場というシチュエーションを意のままに操る災厄という彼の本質は、舞台上で演じる役者よりも、舞台を描く劇作家の方が近いのだけれども。
「本音を言えば、戦士(クロウリー)と共に戦い、そして彼以上に活躍し、戦士(ふじまるりつか)に良いところを見せたかったとも!」
思いっきり私欲にまみれた本音である。
レッドライダーの行動の主軸は、藤丸立香だけなのだ。
拐われた橿原丸とかいう少女をこれっぽっちも心配していないあたり、感情豊かに見えるこの騎兵は、根本的な部分で人間から逸したメンタルをしている。
「だがな、これ以上私が片側に付いて行って、戦士(ふじまるりつか)対戦士(ふじまるりつか)のパワーバランスを崩すわけにもいかん。それに、味方となる戦士(ふじまるりつか)を見つけたのだから、次はもう一人の戦士(ふじまるりつか)とも会わねばならんのさ」
成る程、一理ある。しかし、それはライダーが掲げる理想の戦争計画を前提とした上での『一理』だ。
彼ほどの強力なサーヴァントが抜けた状態で、女の藤丸立香は無事でいられるのだろうか。
「戦士(チンギス)達が去り、戦士(ふじまるりつか)の安全は取り敢えず守られた。戦士(チンギス)を追った戦士(クロウリー)も、戦士(橿原丸)の戦士(サーヴァント)と合流すれば、まあ、大丈夫だろうよ。完全勝利とまではいかなくとも、死ぬことはあるまい」
それまでいくつもの戦局を見つめてきた炯眼を赤く煌めかせながら、そう語るレッドライダー。
「それに、戦士(ふじまるりつか)との連絡手段を手に入れたからな。彼女に何かあれば、すぐさま飛んでいけるのさ」
言って、彼は懐から何かを取り出した。
赤いカバーのスマートフォンだった。
「見ろ! ラインを交換したぞ! 『戦況把握』で見続ける、というわけにもいかないからなぁ!」
嬉々とした様子で画面を菜々芽の眼球の五ミリ前まで近づけるレッドライダー。
何故サーヴァントなのにスマートフォンを持っているのかと疑問に思った菜々芽だが、そもそも情報を行き来させる通信機器は戦争に必要不可欠なものである。
ならば、戦争の具現とも言えるレッドライダーがラインアプリの入っているスマートフォンの一つや二つ持っていてもおかしくないのだろう──おかしくないのだろうか? いや、おかしいかもしれない。
イマイチ自信が持てない推論だが、そもそもこの存在自体が異例にしてイレギュラーであるサーヴァントにおかしいおかしくないの話をすべきではないのだ──それにしても。
-
(実は二人いたとはいえ、アレだけ好いていた人の敵になれるなんて……)
しかもその上、藤丸立香対藤丸立香の戦いを夢想しているのだ。まるで、クラスの男子が『戦隊ヒーローと仮面ライダーが戦ったらどっちが勝つかな?』という話をするような感覚で。
きっと、レッドライダーは、究極的にいえば、藤丸立香が自分の敵になろうと味方になろうとどっちでも良いのかもしれない。
藤丸立香が戦士(ふじまるりつか)であること。
それが、彼が望みなのだから。
それが、戦争の望みなのだから。
敵になろうと味方になろうと、戦争が藤丸立香を好み、憧れ、焦がれる気持ちは変わらないのだ。
寧ろ、自分と同じ存在との戦いという歴史上のどんな英雄でもやれなかった戦いに挑む彼らが見せる輝きを、楽しみにしているのかもしれない。
赤騎士が藤丸立香に抱いている感情に名前をつけるならば、それはおそらく。
愛。
なのだろう。
それもたった一人──いや、二人の個人(じんるい)に向けられる愛だ。
菜々芽はそれを恐るべき脅威だと感じたし、いつかは止めねばならないものだとも思った。
狂える獣の如き愛が本格的に暴走する日は、まだ遠い。
-
【B-4 郊外の住宅街/1日目 午前0時30分】
【ライダー(戦争)@世界中全ての戦争の記録/黙示録?】
[状態]魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターである菜々芽の護衛
1. 藤丸立香に菜々芽と会って貰いたい
2. 藤丸立香の味方であり、藤丸立香の敵でありたい。
3. 願わくば『藤丸立香』が対峙しあう戦争を起こしたい。
[備考]
※『藤丸立香』が二人いる事を観測しました。異常ではないかと疑念を抱いてはおらず。
むしろ夢みたいな状況で割とどうでも良く思っています。
アルターエゴ(アレイスター・クロウリー)の存在を認識しました。
ライダー(チンギス・ハン)の存在を認識しました。
※スマートフォンを作成し、藤丸立香との連絡手段を手に入れました。
※次はもう一人の藤丸立香の元に行くつもりです。
【光本菜々芽@校舎のうらには天使が埋められている】
[状態]
[令呪]残り3画
[虚影の塵]有
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]普通に暮らしていける程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの生還
1. 鉢屋あいを止める
2. ライダーを危険視
[備考]
※バッター、ライダー(カルキ)を把握しました。
※戦争(レッドライダー)からライダー(チンギス・ハン)とアルターエゴ(クロウリー)について教えられました。
※藤丸立香が二人いることを知りました。
※戦争(レッドライダー)の藤丸立香対藤丸立香の戦争計画について危険視しています。
-
投下終了です
-
<削除>
-
午睡から目覚めた(イヴァンⅣ世)ので初予約です。感想は絶対に書きますのでもう少し待って下さい
クロエ&セイバー(アテルイ)
小林輪&セイバー(水天皇大神)
彼女いない歴200年&ランサー(空亡)
岸辺颯太&バーサーカー(八岐大蛇)
マシュ・キリエライト&シールダー(ウィラーフ)
予約します。計画性がガバガバなので予約キャラが減ったり増えたりするかも知れません
-
投下します
-
見てくれは東京にも匹敵する程の都会でも、数分、十数分車を走らせれば、田畑と山の稜線の原風景。
そんな都市の存在は、此処日本においては何も珍しくない。一時間車を走らせてもまだ都会の風景が連続している、東京とその近隣の県が例外なだけなのだ。
地方都市としてその名が広まっている冬木市とて、例外ではない。
と言うより、『地方』都市と言うその名前の時点で、都会の風景の連続は望むべくもないと言う事実が約束されてしまっている。
冬木で最も栄えている新都ですら、車を十分以上走らせるだけで、狸や猪が当たり前に出てくる森林地帯が見えてくるのだ。
いわんや、昔日の街並みを残す深山町の方面をや、と言う奴だ。あの辺りは少し動けば田園地帯、シーズンになればカエルのオーケストラだった。
だからこそ、聖杯戦争の舞台としてやりやすいと言う側面が、あるのかも知れない。
これがもし端から端まで完全なる大都会であったのならば、神秘を纏った兵器その物であるサーヴァントを本気で運用しようものならそれこそ、
人の百や二百、平気で巻き添えとなっていただろう。それはつまり、おいそれと大一番に打って出れないと言う事を意味する。
こうなってしまうと他の参加者が取れる戦法など待ちか、他の主従の不手際やミス、弱り目を叩くように追撃を仕掛けると言った事しかなく、
聖杯戦争の展開は遅々として進む事はなかっただろう。ある程度閑散として、人の立ち入る事のないエリアの存在は、必要なのである。
そう言ったエリアでなら、人目を憚る事無くサーヴァントを戦わせて、消耗させる事も出来る。
つまり聖杯戦争に於いて人目の少ないエリアと言うのは寧ろ、危険域。それはそうだ、戦闘力に秀でたサーヴァントを引き当てても、
マスターの性格や性能を発揮出来る場所次第では何も出来ずに無為に時を過ごす、と言う塩漬け以下の結果すら引き起こしかねない。
実力を発揮出来る空間、森林地帯など良い例だが、此処は接敵の可能性が極めて高い場所なのだ。当然だ、同じような考えの主従がいても、おかしくないのであるから。
「目標まで、近付いてます」
事務的な響きすら感じられる声音で、黒髪の少女、ウィラーフは言った。
マシュを負んぶにした状態で、舗装された道路を、人間の身体能力では不可能とも言える程の速度で駆けている。時速二十、三十㎞は出しているであろう。
それをするだけの力が何処に、ウィラーフにはあるのか? 女性美に溢れると言うよりは、どちらかと言うよりも機能美の方を感じ取る事が出来る、
女性の一流アスリートに近い引き締まった身体をしているのは事実だが、それでも、彼女ウィラーフにそんな体力があるとは誰もが思えまい。
流石にサーヴァントとも言うべき身体能力だとマシュは思う。サーヴァント、詰まる所英霊と呼ばれる存在は種々様々だ。
それはそうだ、英霊と言う括りを用いると、召喚され得るのは人類史及び、人類が紡いできた創作物に登場する、華々しく、そして禍々しい経歴を持った存在達。
詰まる所サーヴァントの召喚とは、大量の、しかも一粒一粒色も形状も大きさが違うビーズが詰まったサラダボウルから、一粒だけを取り出すのに似ている。
ハズレ、スカのサーヴァントだって、勿論いるとは聞いている。だが、マシュが召喚した、自分と瓜二つの容姿のこのサーヴァントがハズレとは思えないし、
並一通りの人間など一笑に付すような特技絶技を習得しているサーヴァントにそもそもハズレの概念がある事自体が、間違いなのではないかと考えてしまう。
見た目は自分と同じ少女のそれでも、発揮出来る身体能力は常識を逸脱したそれ。座学で学んだ、想定され得るサーヴァントの身体能力。
マシュはそれを理解しているが、それを実際に体験するのは初めてだった。こんな凄いサーヴァントが、自分の志の為に戦ってくれる。
嬉しいし、頼もしい。そして――恐ろしくもある。
-
「勝てない可能性を、想定して下さいね」
ウィラーフは、優れた戦士だった。だからこそ、彼女は真っ先に考えるのだ。自分が敗北するかも知れないと言う想定を、だ。
そして、勇壮さで鳴らしているウィラーフがそんな事を念押す事実に、マシュは震える。どれだけの怪物の存在を、ウィラーフは認知したと言うのか?
勝利しか念頭にない、負けた後の事など考えすらしない。彼女からすれば、それは勇気ではない。
況して、マスターであるマシュ・キリエライトを守りながら戦わねばならない聖杯戦争。自分が消滅すれば、彼女はサーヴァントと言う怪物が跳梁跋扈するこの冬木に一人。
ウィラーフのクラスは、シールダー。盾のクラスの英霊だ。妥当なクラスだと思うし、自らの誇りと矜持に相応しいクラスだとも思う。
守る為のクラス。それは嘗て、ウィラーフが敬愛していたあの王との戦いで、なけなしの勇気を彼に見せた時の逸話が関わっているのだろう。
結局、あの戦いで王は死んでしまった。それは、自分の不手際だったのではないのかと思う事が彼女にはある。
自身の活躍を記したと言うあの叙事詩には、決してそうではないとフォローされているが、当人は少なくともそう思っている。
王――ベオウルフは確かに、あの火竜に殺されてしまったのであり、そしてあの戦いで事もあろうに生き残った人物が、主を守る事を本懐とし、時と次第によりては主を守って砕け散らねばならない、『盾』の自分であったのだから。
戦う以上は勿論、勝つ。当然の心構えだ。だが、負けた後の事も考えねばならない。
それが、マシュ・キリエライト――この世界に於けるシールダー・ウィラーフが、志しの為の盾とならんと決めた少女を守る責務を負った者の務めだからだ。
負けてしまえば、どうなるのか? その恐れを抱きながら戦う人物が発揮する勇気は、桁違いに強靭な物となる事をウィラーフは知っている。
だからこそ、恐れを抱くし、その恐れを主と共有する。マスターは不安に思うかも知れないが、それでも、絶対に考えていて欲しい事柄だ。
戦闘と、その敗北が齎す結果は重い。勝ち続けられる者などあり得ない。現にウィラーフは、最も勝たねばならなかったあの戦いで、負けている。
万全、盤石、不変。そんな物は戦いでは夢その物だと、マスターは理解してくれているだろうか。ウィラーフはそれが不安だった。
……が。悩みながらも「はい」と答えたマシュの声音を聞いて、ウィラーフは安堵した。
これならば、問題ない。戦いである以上、負けもある。いや、負けるだけならどれだけ良い事か。実際は死ぬ事の方が殆どである。
それを認識して立ち回れるのなら、より良い結果を得られる可能性が高くなるだろう。後は、自分の頑張り次第。ウィラーフが気を引き締めさせる。
サーヴァントの気配が近くなるのをウィラーフは感じる。ウィラーフが相手を追っているのではない。相手の誘いに乗った形になる。
それが誘いであるのかは解らない。素早いスピードで動くサーヴァントの気配を感じ取り、その気配を移動したルートを辿っているだけに過ぎない。
だが十中八九、相手サーヴァントはこっちを挑発した事は明らかだ。簡単な話で、相手は『逃げていない』。ある地点まで到達した瞬間、全く動かなくなった。
意味する所は二つ。移動できない程のダメージを負ったかだが、これは見通しが甘すぎる、真っ先に除外される考えだ。
本当の所は、もう一つの理由。自分にとって都合の良い場所まで移動を終えたので、後は待つだけ、か。
敵に有利なフィールドで戦うのは愚策だが、同時に、待っているだけでは戦局は有利にもなり得ない。相手の領域に足を運び、ナシを付ける事もまた、戦局を動かす重要な一手であった。
追跡を開始してから、二分半程。目的のエリアに、ウィラーフ達は到着した。
「ようおこしやす〜……ってかぁ?」
ウィラーフの目に映ったのは、小柄な――彼女自身の評である――自分よりも更に小さい、童子のような存在だった。
サーヴァントである事は、ウィラーフにもマシュにも解る。ウィラーフの方は気配と魔力で、マシュの方は可視化されたステータス画面で。
だが両名とも、目の前の童女を『人間』のサーヴァントだとは、欠片程も思わなかった。
目の前に佇む白装束の子供の腰の辺りから伸びる、蛇の尻尾に似た何かを見てそう判断した事も勿論ある。しかし、もっと根源的な要素が、違う。
元は人間だったが、後天的な要因でそうなったとか、死後に人類の誤った想念のせいで付与された属性であるとか、そう言う次元の問題ではない
ウィラーフも、マシュも。一目見ただけで解った。目の前の童は、人間とは根本を異にする怪物である。人に良く似た魔物なのだ、と。理解するのに時間はいらなかった。
-
特にウィラーフは明白に、目の前のバーサーカーに一つのイメージを垣間見た。
蛇だ。巨大な蛇の姿を、一瞬ではあるが目の前のサーヴァントを見た時に、その姿がチラついた。
東洋では竜(ドラゴン)は龍と表記され、その姿はトカゲではなくヘビのそれに近い姿をしている事が多いとは聞いている。
如何して、ドラゴンの姿が脳裏を過ったのか? ウィラーフの人生で最大最凶の敵、それがあの火竜だ。もう二度と、戦いたくない、悪夢の具現のような存在。
それと同じ種族の姿を何故、目の前の童子に重ねてしまったのか。……もしや、と思うウィラーフがいる。そして、そう言う嫌な直感程……当たる事も、よく知っている。
「……マスターの姿が見えませんが」
それまで負んぶしていたマシュを下ろし、ウィラーフが言った。
言っては見たが、サーヴァント同士の戦いの火の粉を被らせない為に、マスターをサーヴァントから遠ざけると言う判断は至極自然なもの。
ただ、いないのならいないで、ある程度その性質を判別しやすい。自らの引き当てたサーヴァントの戦いに顔を見せないマスター。
それは小心者か、策を弄するタイプかの二つ。どちらも悪とは言えない。だが、心証は悪くなるタイプなのは、間違いはない。
「知らん、大方恥かしいから出られんとちゃう? ま、おもろい奴やで? 格好とかな」
「……バーサーカー。素直に出るからハードルを上げないでくれ」
言って、バーサーカー・八岐大蛇の背後十数mに生えている、適当な樹木の一本。その梢から誰かが跳躍。スタッ、と。オロチの傍に、それは着地した。
「まるで、騎士みたいな姿をした人ですね」
忌憚のない、純粋無垢な意見をマシュが口にする。
物心ついた時からずっと、外界の様子を知る事もなく、外界の娯楽に触れる事もなく。
あらゆる楽しみから遮断された、ある種の座敷牢とも呼べる空間で生涯の殆どを過ごして来た彼女の目には、目の前の女性はそう言う風に見えるのだ。
女性的で優美な身体つきを持った、軽鎧を装着する、アイシャドウを引いた目元と、頭頂部から角めいた何かと臀部から尻尾に似た物を生やす、個性の塊のような女性。
キラキラとした瞳でマシュは、目の前の女騎士、ラ・ピュセルの事を見ているが、同時に、警戒もしている。ウィラーフもまた、同じだ。
凄まじいまでの身体能力だ。二十m以上も離れた所から、しかも梢と言う高所から一足飛びに飛び降りた、その運動能力。
正味の話、サーヴァントに匹敵すると言われても、全く異論を挟めない。見た目こそユニークだが、十分過ぎる程の脅威だ。魔術の世界の住民である蓋然性は、多分にある。
「騎士、騎士……クハハハッ……」
顔を抑えて、オロチが笑い始める。「バーサーカー!!」と、ラ・ピュセルが叱り付ける。やり取りの意味を、マシュもウィラーフも、知らない。
「ええやんけ大将。望み通りの『ふぁーすといんぷれっしょん』やん? 痴女とか言われるよりは絶対マシやで、そのデカ乳ぶら下げた胸張っときや」
「こいつは……!! もういい、話が進まない、黙っててくれ……」
一瞬怒りに顔を歪ませかけるラ・ピュセルだったが、何を言っても無駄だと、思ったのだろう。
オロチの言葉を、急な突風のような物だと思う事にし、やや疲れたような顔で、マシュとウィラーフの方に向き直った。
「ラ・ピュセル、僕の名前だ」
偽名だ、と思ったのはマシュだ。世故に疎いマシュでも、おかしいと解る。
その名前はフランス語で乙女とか、使用人を意味する言葉である。彼のジャンヌ・ダルクを指し示す異名としても機能する。
ただのフランス語の一単語が、本当の名前であるなど流石のマシュでも思わない。名を明かせぬ理由があるのか、と疑るのは自然な成り行きであった。
「マシュ、です」
正直に、マシュの方は答えた。コクリ、と。乙女が頷いた。
-
「もう大体解ってるとは思うけど、君達を此処におびき寄せる為にわざと気配を強めさせた」
案の定か、とウィラーフは考える。やはりと言うべきか、無策に動き回っていた訳ではなかったようだ。
それもそうだろう。そうでなければ、こんな御誂え向きとしか思えない森の中まで距離を取る事はしない。
誰かの目に触れる事を警戒し、有事の際にはサーヴァントが全力を振るうのに適した場所。今四人がいる場所はそんな所だ。
良い感じに樹木が生えている為遠目からでは誰がいるのかすらも解らず、そもそも人の立ち入る事が少ない所の為に、サーヴァント同士で戦える要件も満たしている。
ウィラーフらはオロチ達に誘い出されたと言うより寧ろ、自分からこの場所に向かって行った、とも換言出来よう。
「戦う事が目的……と言う訳では、なさそうですね」
ラ・ピュセルに従うバーサーカー・八岐大蛇は兎も角とし、ラ・ピュセル当人からは、ウィラーフは敵対する意志と言う物を感じ取れなかった。
「僕の目的は、この世界から脱出する事だ。戦って殺す事が、目的じゃない」
本心から出た言葉かどうかは、挙措と言葉からでは解らない。が、例えそうであってもマシュには賛同出来る方針だった。
彼女にもまた、この冬木での行動指針に、聖杯戦争が開催されている此処冬木市からの帰還と言う物があるからだ。
勿論、その為には前提となる条件として、特異点の解決或いは、聖杯戦争を仕組んだ存在が設定した討伐令の対象サーヴァントを葬らねばならないのだが。
「だけど……今の状態じゃ、戦って事態を進展させる以外に、如何やら、僕がこの世界から元の世界に帰還する手段は、なさそうなんだ」
「ラ・ピュセルさんは、それについてはどう思っているんですか?」
マシュの問いに、騎士が思い悩んだ。
「勿論、駄目だと思ってる。けれど、今の時点ではそれ以外に考えられる作戦がないし、そもそも僕らが平和的な手段に出ても、向こうもそれに合わせてくれるとは限らない」
蓋しの正論である。
此方に戦う意思がなくとも、そもそも自分達が巻き込まれている戦いは、どんな願いでも叶うと言う聖遺物を掛けて最後の一人になるまで勝ち進むと言うもの。
これだけ破格の景品が最後に待っているのだ。必然、戦いに積極的な主従の存在も当たり前のように予測しなければならない。
そうでなくとも、聖杯など度外視で、戦いを求め、破滅的な混沌を齎す存在だって当然のように予測出来る。
と言うよりラ・ピュセルこと、岸辺颯太はその戦いを求める上に破滅的な結果をも齎していた魔法少女の手で、あのデスゲームを脱落させられたのだ。警戒して、当たり前。
そんな存在を相手に、無抵抗による良心への訴求など、欠片の意味も持たない。餓えた狼は、痩せた羊に何の慈悲も掛けないのと同じである。
「だから、僕としては、ある時期まででも良い。一緒に戦ってくれる協力者の存在が、欲しい」
元居た世界でラ・ピュセル、もとい颯太が行っていた魔法少女達の殺し合い。
それに輪を掛けて、この聖杯戦争は激しい殺し合いの様相を示すであろう事を予測していた。
簡単な話で、聖杯と言う万能の願望器の存在が余りにも大きい。生き残れる枠が予め決まっていて、その枠を掛けた椅子取りゲームの範疇をあくまでも越えなかった、
あの魔法少女同士の殺し合いですら凄惨な殺し合いや戦いが繰り広げられたのだ。どんな願いでも叶えられる打出の小槌、それを振える席一つを掛けた戦い、
と言う事が本質であるこの聖杯戦争が、激しい戦いの模様にならない筈がない。聖杯を欲しがる主従の方が、マジョリティと言う可能性だって多分にある。
ならどうすれば、誰も殺す事無く元の世界に帰還すると言うラ・ピュセルの願いが成就出来るのか? 実はその道筋は、大いに簡単に導き出せる。
それは、協力者……もとい、同盟相手を探せばよいのだ。つまり、彼女自身と同じように、元の世界に戻る事を目標とした主従。
或いは、この聖杯戦争自体を快く思わない相手を見つけ出し、彼らをスノーホワイトと同じ様な相棒として困難を切り抜ければ良いのである。
-
言うだけならば、それは確かに簡単だ。だが、実際そんな都合の良い主従を探せるかとなると別問題。
仮に同盟を結んでくれる相手を見つけられたとして、その相手が最終的に聖杯を欲していた場合、最終的に、或いはその前段階で、ラ・ピュセルとオロチが敵になる。
つまりラ・ピュセル達にとってベストな同盟相手とは、聖杯自体を欲していないか、自分と同じく帰還をマスター・サーヴァントの両名共に望む主従。
それが、難しい。ともすれば絵空事とも言えるだろう。当のラ・ピュセルの主従だって、サーヴァントのオロチが聖杯を欲する側なのだ。
そう、ベストを求めるラ・ピュセル主従からして、既にベストから一番遠い位置にある主従なのである。
自分達が出来ていない事を、相手に求める。都合もムシも、良過ぎるにも程がある。ラ・ピュセルが行う同盟者探しは、早くも暗雲が立ち込めていた。
「シールダーさん……」
マシュが意見を求めるような目線を送る。
ラ・ピュセル達からすれば、マシュ達の主従はさぞ良識のありそうな、同盟を組んでも差支えのない良い主従に見えた事だろう。
マシュ達からしても、それは『半分は』同じ。ラ・ピュセルが戦いその物を忌避し、可能な限りそれを避けようとする性格で、それに加えてマスター自身も強いと言う、
同盟を組むにはこれ以上と無い当たりの物件である事を理解している。但しそれは、『マスターであるラ・ピュセルに対しての』評価。
マシュも、そして特にウィラーフも。ラ・ピュセルではなく、そのサーヴァントである八岐大蛇の方に強い警戒心を抱いていた。
ウィラーフの直感が告げる。ラ・ピュセルは恐らく嘘を言っていない、本心からこの冬木から帰還したいという思いが強い、性善な人物なのだろう。
オロチは、違う。人間の善性など嘲笑える類の悪だ。恐らく、このバーサーカーの真名を知っていたのならば、マシュは絶対に同盟を組もうとなどしなかったろう。
当たり前だ、八岐大蛇と言えば、西欧の魔術師達にですらその名が轟いている、世界で最も有名な多頭のドラゴンである。マシュも当然知っている。
八岐大蛇は、当然のようにマシュは知っている。知ってはいるが――目の前の童子がそうだなどと、夢にも思っていないのだ。
考えてみれば、当たり前だ。神話に於いて山より大きな身体を持つとされているあの大蛇が、こんな小さな子供の姿の筈がなく、そもそも、
八岐大蛇程の大怪物が英霊の括りで召喚される筈がないのだ。人の身体に、蛇の特徴。マシュはオロチの姿を見て、この子供のバーサーカーの真名が、
『清姫』或いは『辰子姫』なのではないのかと本気で考えていた。どちらも難物であるのは事実だが……まだ付き合える範疇の英霊なのではないか。
そんな思いがふつ、ふつとマシュの胸中に湧き上がってくる。……実際には、その二名の英霊が可愛く見える程、オロチは強大で、そして、悪辣な蛇神なのであるが。
「元の世界に帰還する。それを主目的とするのなら、討伐令に出ていたサーヴァントを倒す事で、足りる筈です」
ウィラーフの指摘は、その通りだ。
真っ当なサーヴァントであるのならば、星座のカードから投影される、聖杯戦争の運営側が通達した情報。
即ち、バッターと名付けられた男と、その男が従える白甲冑のライダー。彼らを倒せと言う、運営の達し。
それに目を通していない聖杯戦争の参加者はいない筈だ。いるとすれば、それは相当なうっかり屋か、聖杯戦争へのモチベーションが著しく低いかのどちらかだ。
そして、その通達を見た瞬間、誰もがこう思うだろう。『無茶苦茶』だ、と。令呪十画に、望みならば元の世界への帰還すら約束されると言うその成果報酬。
令呪十画も凄いが、特にヤケクソなのが、後者の『元の世界への帰還』だ。ラ・ピュセルを見れば解る通りこの報酬は、聖杯戦争の参加マスターの最終的な着地点にもなり得る、
極めて大きなものでもあるのだ。聖杯戦争の参加者の中には、この魅力的な報酬に惹かれ、目的達成の為のショートカットとして、挑む者もいるだろう。
マシュ達ですら、そう考えている。この冬木での聖杯戦争を仕組んだ黒幕と現状考えられる、星座のカードから討伐令を発布した存在。
その存在から直々に、倒せと言われている主従である。太い糸で、運営側と討伐対象主従が紐付けられている事は想像に難くない。
ならば、バッターと彼の従えるライダーとコンタクトを取れば、この特異点の解決と、カルデアへの帰還まで大きく進歩する。彼女らがそう考えるのも、無理はないだろう。
-
「そう簡単に捻り潰せるんなら討伐令なんて回りくどい方法なんて取るかいや」
不意に口を挟んで来たのは、ラ・ピュセルやマシュ達のやり取りを、退屈そうに、欠伸をしながら自身の髪を弄って聞いていたオロチである。皆の目線が、この蛇の化生に集中する。
「さっきも大将……ああ間違えた、今は『女将はん』やな? まぁ兎に角女将には言うたが、何でたかが一参加者相手にムキなって討伐令発布したか、その裏をちいと考えや」
女将、と言われて眉と目元をヒクヒクさせているラ・ピュセルがどうにもマシュには気になるが、今は彼女よりも、オロチの方を優先するべきだ。
少々、このバーサーカーと会話するのは怖い所があるが、それでも、聞いておかねばならない。
「このバッターさん、或いは、彼の召喚したライダーは、聖杯戦争の運営側と何かしらの怨恨に近い関係があるのではないのですか……? 討伐令に掛けられたのも、これなら自然なのではないか、と……」
「勿論、そっちの眼鏡のお嬢ちゃん……魔酒とか言う名やったな、それも正しいわ。やがな、もしもこの主従が聖杯戦争に参加した一参加者の域を出ないんやったら、わざわざ討伐令に掛ける必要もあらへんわ。勝手に蠱毒にぶち込んで、勝手に争わせれば、如何とでも処理出来る」
「……つまり、あの……?」
混乱気味のマシュ。
「解らんやっちゃな。殺して欲しい主従を、名指しで、しかも餌までぶら下げさせて殺して欲しいと頼み込む。つまりは、『餌に目ぇ眩んだ奴らが共闘して数で殴らんと勝てない程強い』って事やろ?」
その可能性は、ウィラーフも想定していた。
討伐令の対象となったバッター主従について予測出来る事は、三つ。一つは先程マシュが言ったように、彼らこそがこの冬木――特異点――のキーマンである事。
二つ目には、討伐されるに足る理由がバッター達にあると言う点。即ち、討伐令を発布されるに相応しい凶悪性を持っていると言う事だ。
そして三つ目が、オロチの言った事その物。つまり、バッターらはサーヴァント複数騎分に相当する程の強さを誇る存在である事。
接触しようにも、バッターらが何処にいるのかも解らないし、そもそもをして本当に話し合いに応じてくれる存在であるのかも解らない。マシュ達からしても、バッター達とコンタクトを取る事には、危険な不確定要素が多すぎるのである。
「討伐令敷かれたこの賞金首のサーヴァントを倒せば、女将の目的は達成される。無論、オレとしてもこいつを倒せるのなら倒したい。当然やな、聖杯が奪るなら避けて通れん相手やし、何よりも令呪が沢山手に入る。今じゃなくても良い、倒す価値は十分ある」
「不確定要素の塊である、と言う事を除けば……ですか」
「そういうこっちゃ」
とは言え、それを承知で挑むメリットが、バッター達の主従には存在する。
確実に、今回の事態である聖杯戦争に深く関わっている上に、敵として倒した場合の報酬も、絶大。
あらゆる不確定かつ危険な要素を想定して、この主従とはコンタクトを取った方が良いだろう。その要素を排除出来る手段として最たるものは、やはり同盟か。
指名手配の主従と接する為以外でも、同盟は、あらゆる危難に於いて有効な対抗手段となる。但しそれは――同盟を組む相手が安心であると言う担保があっての話。
目の前のサーヴァント――八岐大蛇は、ともすればバッター達より危険な可能性すらあり得る、と言う予感がウィラーフにはあった。
迫り来る危難を一緒に潜り抜ける為の同盟相手に内部から喰らわれました、と言うのは全く笑えない。返事を心配そうに眺めるラ・ピュセルと、彼女とは対照的に、
面白そうに返事を待つオロチを交互に眺めるウィラーフ。
-
オロチとしては、同盟を結べようが結べまいが、どちらでも良い。
結べるのなら、自分も楽を出来るしそれで良い。何よりも、腹が減った時の非常食が二人増えるのは、良い事である。
結べなかったのなら、この場で殺せばよい。オロチは、兎に角身体的な特徴が目立つ。白装束から伸びる蛇の尻尾の時点で、先ず記憶から薄れる事はあり得まい。
その蛇の特徴が余人に与える印象通りだ、オロチは蛇ないし竜としての特徴を併せ持ったサーヴァントである。その特徴上、竜を退けた逸話を持つ英霊には極めて弱い。
そして何より、竜を退けた事で竜殺しのスキルを得た英霊も、竜に対する特攻が内在された宝具を持った英霊も、座においては全く珍しくない、メジャーな存在だ。
自分の正体が知られて、自分に有利な英霊を後で連れて来られては非常に拙い。交渉の決裂の仕方次第では、直ちにウィラーフらを殺す必要が出てくる。
オロチから見たウィラーフは、取るに足らない小娘。しかも、過食部位も胸の分少なく、筋肉質で肉も堅そうと来ている。
どちらかと言うと喰らうのなら、同じ背丈と顔付きでも、マシュの方が好みである。ただ彼女も彼女で、柔らかそうな肉付きではあるが、少々薬っぽい臭いがする。
気乗りはしないが、腹は膨れる。サーヴァントになって空腹感は薄れたし、酒も昔以上に呑めるようになったが、やはり肴のない酒は味気ない。
モツを喰らい、中落ちをしゃぶりながら酒でも飲むか、と思いながらウィラーフ達を眺めていた――その、刹那であった。
「!!」
「ッ!?」
オロチと、ウィラーフ。上空から迫る、新手のサーヴァントの気配を、彼ら自身に備わる知覚能力が察知。
尻尾を振い、ラ・ピュセルの腹部を打擲し、彼女を吹っ飛ばすオロチ。「ぐっ!?」と言う苦悶の声を上げ、矢のような勢いで魔法少女が吹っ飛んで行く。
急いでマシュの前に立ち、表面に何らの意匠を刻み込んでいない、ただ攻撃を防げれば良いと言う強い意思が感じ取れるツルリとした鋼の大盾を地面に叩き付けるウィラーフ。
その瞬間、盾の縁の部分から透明な、しかし確かに存在している事が解る無色のエネルギーが噴出。透明なバリケードを形成。
盾の表面積の数倍に相当する大きさをしたそのバリケードが、ウィラーフの真正面に塀のように展開された。無数の騎馬の吶喊すら耐えられそうな頼もしさが、ガラス板とも比較される薄さのその障壁には見る事が出来た。
両名が思い思いのやり方で、自身のマスターを危難から遠ざけた、その瞬間。
頭上から物凄い、まるで超高高度から鉄の塊でも落ちて来たかのような勢いで、その人物は着地した。
地面に降り立つと同時に、地面がすり鉢のように陥没――するだけならば、まだ良かった。その男が地面に両足を付けた瞬間、両サーヴァント目掛けて、
宛ら風の津波とも言うべき烈風が叩き込まれたのであるから。しかも、ただの風ではない。触れれば皮膚どころか、筋肉を骨ごと切断する真空の刃が内在されていると言う、悪辣なおまけつきだ。
ウィラーフはこの攻撃を踏ん張って盾と、其処から延長された透明な障壁に力を込める事で防御。
凄い勢いと力だった。馬の吶喊など話にならない。彼女が敬愛するあの王、ベオウルフが若かった頃の、拳の一撃。
実際に受けた事はない、ウィラーフが生きていた頃には既に伝説と化していて拝むべくもない一撃だったが、それを、彼女は連想した。
一方オロチの方は、いつの間にか取り出した刀を一閃。スルリと、この童子が持っている水晶もかくやと言うべき透明な刀身が抜けた、瞬間。
風の津波自体が、初めから存在しなかったように消滅、散り散りになって空気に溶けて行った。斬ったのは、風に非ず。その風が孕んでいた、黒い線と、点。それを視たオロチは、これのみを的確に斬り裂いたのである。
-
「ハッハァーッ!! 早起きってのは本当に得らしいなオイ!! 女、女、女ァ!! より取り見取りじゃねーの!!」
現れたのは、この場に於いて唯一と言っても良い男性だった。
非常に恵まれた身体つきを持った、褐色の肌に茶色の髪の男で、驚く程の特徴の塊である。
肩に掛けられた唐草模様の風呂敷に、黒色の褌一丁と言う露出の多すぎる服装だが、それが、余りにも完成された筋肉美のせいでサマになっている。
そして、その身体に刻まれた、和彫りとも違う、大樹の根が絡まり合ったような意匠の黒い入れ墨ですらも、男を形成する要素の一つとして、完成されていた。
品のない叫びを上げるその男を見た瞬間、ウィラーフの身体が強張る。
悪と言うものにも、種類があるし、品格がある。オロチのそれは、得体の知れない、しかし、時と次第によっては善なる者にも取り入ろうとする風なのに対し。
目の前に現れたサーヴァント、セイバー・アテルイは、誰が見ても解る『悪』。欲望のままに、破滅的な意味での混沌を振り撒く、悪性の塊。
殺し、犯し、そして滅ぼす。欲望と悦楽のままに振る舞い、己の力を振るわんとするその様子はまるで、そう。
ベオウルフ王が語っていた、彼の一生涯に於いて最悪の敵であったと言う、悪鬼グレンデルの事を、ウィラーフは思い出してしまった。
一方、アテルイの事を眺めていたオロチからは――表情と言う表情が一切、消え失せていた。
瞳はまるで、ガラス球。口元はまるで、定規で引かれたように、何も感じ取る事が出来ない一文字。
今まで酷薄なイメージを見る者に与える薄い笑みを浮かべてはいたが、今はもう、それすらない。
まるで、虚無そのもののような表情で、アテルイの顔を見上げるだけ。オロチのその様子の異様さに、「あ?」と言いながら、アテルイはこのバーサーカーを見下ろした。
「……見た目は悪くはないが、ヘビの尻尾と目が邪魔だな、あと八重歯は、しゃぶらせた時に邪魔になるから好きじゃねぇ。この世から失せて見るか? ガキ」
「お前、オレの事覚えてるか?」
腹を抑えながら立ち上がろうとするラ・ピュセル。吹っ飛ばされた先にあった木の幹がクッションになっていなかったら、もっと吹っ飛んでいただろう。
文句を言おうとするラ・ピュセルこと、岸辺颯太だったが、その意気が、吹っ飛んだ。この場に現れた謎のセイバーもそうであるが――オロチが発する、その声音。
余りにも、冷たかった。氷で出来た刃で身体を貫かれるような、痛みをも伴うその悪寒に、ラ・ピュセルや、マシュの身体に、震えが走る。
一方、アテルイの方は、ハッ、と。オロチの言葉を鼻で笑ってから、一言。
「知らね」
その言葉と同時に、オロチの顔面目掛けて、蹴り上げが飛んできた。
丸太のような太さのアテルイの脚部、その、岩肌よりごつごつとした脛が、オロチの整った顔面目掛けて迫り来る。
動じないオロチ。それどころかこの童子は、刀を持たぬ左腕、その肘で、その蹴りを迎撃。
果たしてアテルイは、如何なる膂力を以てオロチを攻撃しようとしたのか。衝撃波がドーム状に発生し、地面に敷き詰められていた落ち葉が、
周囲の樹木の梢の高さまで舞い上がり始める。それだけの威力の攻撃を防いでも、その場から微動だにもしないこの童子もまた、異質な世界の住民だった。
攻撃を防がれた事に気付いたアテルイ。その彼の態度を見たオロチは、笑みを浮かべた。八重歯がまるで、短剣にしか映らぬ程に、剣呑で、殺意を極限にまで伴わせた、凄愴な笑みを。
「ビビッて損したわ、単なる味噌ッカスの雑魚やんかお前」
其処でオロチは、竜としての性質を受け継いだ事による、見た目を大きく裏切る程の筋力を発動させ、力尽くでアテルイの体勢を崩そうとする。
狙いは、覿面。オロチの力など、と。たかをくくっていたせいで、その実際上の膂力に反応が遅れ、そのまま姿勢を崩され、背面から地面に倒される形となる。
逃がさない、と言わんばかりに、オロチはアテルイに飛び掛かり、マウントポジションを取る。実に、迅速な行動だった。蛇が得物に巻き付き、その骨を砕いてから、捕食に掛かるかのように。
-
「櫛女とハメ外し過ぎて、頭も力もカスになったようやな。そんな体たらくじゃ、もう生きとる価値ないな?」
ヘラヘラ笑っていたオロチだったが、此処で、表情の一切が再び消え失せた。
無慈悲とも違う、冷酷とも違う。石ですらがまだ幾許かの感情を湛えていようか、と言う程、何も感じ取れない顔で、オロチは口を開く。
「そんな脳みそ――もう要らんやろ。掻き出してオレが厠にでも捨てて来てやるよ」
マウントポジションからオロチは、竜種として備わる怪力を発動させた状態で、左拳をアテルイの顔面に叩き付けようとした!!
だが、アテルイは――右腕を動かしてオロチの拳を掌で受け止め、そのまま、グッ、と握り締めた。
グシャリ、と言う、硬い果実が砕ける様な、嫌な音が響いた。アテルイに備わった、鬼種の力。
それによって齎される人外の握力が、オロチの拳を砕き、骨を外部に露出させ、筋肉を赤くぬめった襤褸のようにしてしまった事による音だった。
「テメェ、もう一度言って見ろやコラ」
「ざーこ」
晴れやかな笑みを浮かべそう口にするオロチ。それを聞いた瞬間、アテルイの双眸は、火花でも飛び散らんばかりに血走りだす。
マウントを取っていたオロチ目掛けて、局所的な真空刃の牢を展開させ、その五体をズタズタにしようとするが、そうはさせじ、と。
後方宙返りの要領で真空の牢から逃れる。……だが、空中をまだ待っている状態からでも、アテルイは容赦なく攻撃を叩き込む。
烈風を叩き込ませ、霊基を粉砕しようと目論むが、湧水をそのまま刀身の形にでもしたような透明さの刀身が特徴的な、あの刀を器用に振い、その風自体を逆に破壊。
そして、風による攻撃が叩き込まれる事もないままに、スタリと着地するオロチ。これと同時にアテルイも、背面の筋力だけで、一m程も仰向けの状態を維持したまま浮上。タッ、と再び直立して構え始めた。
「へぇ、自分の足で立てるんやね〜。偉いえら〜い、あんよが上手あんよが上手。飴ちゃんやろか?」
「ぶっ殺すぞクソガキが!! その皮剥いで、塩塗して喰ってやんよ!!」
「――お前に喰らわれる位なら、糞喰って自分から死んだ方がマシじゃボケが」
砕かれた左拳等意にも介さず、宝具――天叢雲剣を構えてから、瞋恚に塗れたアテルイとは正反対の、虚無的な表情で彼を見据えながら。
アテルイはチラリと、ウィラーフ達の方を一瞥した。「どっちに着くんや?」、静かにそう呟いたオロチの言葉、その意味を理解した瞬間。
ウィラーフは敵意を発散した。いや、敵意を一点目掛けて放ったと言うべきか。アテルイの方へと、だが。
「邪を護る盾を持った覚えは、ありません」
「せやって、坊主」
「丁度良いハンデだ。テメェを殺して良い汗かいてから、此処にいるメス全員ブチ犯してぶっ殺すッ!!」
虚空から、鬼の凶骨を削って磨いて作った骨刀を取り出し、それを構えてアテルイが叫んだ。意図せぬ消耗をしてしまうが、それでも良いか、とオロチは思っていた。
昔自分を酔わせて殺した、憎んでも憎み切れないあの悪童を、この場で縊り殺せるのなら。丁度良過ぎるどころか、御釣が来るほどの思い出になる。オロチの口角が、異様に釣りあがる。
「死ねや」
その一言にどれだけの情感が込められていたのか。アテルイも、ウィラーフも。知る由はない。
-
前半部の投下を終了します
-
>>297
前半投下お疲れ様です。
戦争始まって早々に勃発した因縁バトル。
自分を殺した相手の一側面と遭遇して色を失うも、一合の打ち合いで実力を看破した途端にいきりだすオロチちゃん好き。
しかし、アテルイの設定的にガチで生前オロチちゃんとは面識ないから、一方的に文字通りに因縁つけられてる状況になっているのも面白いなあ。
オロチ&ウィーラーフタッグ、ウィーラーフの盾が普段なら心強いもののアテルイの宝具が盾鯖殺しなところに不安が残りますね。
-
この後まだセイバーとランサーが控えてるんだよなあ
セイバーはアテルイと大蛇への特効薬持ちだし
>>284
レッドライダーがカルキと共倒れになるのが世界にとっての最前だね
-
投下おつかれさまです。
神話再演の題に相応しい壮絶な戦いでしたね。どこが劣化やねん、と思わされるほどに凄まじい因縁バトルでした。この後にまだセイバー組とランサー組の登場が控えているというのだから恐ろしいですね。それにしても、アテルイから犯し殺す女の一人としてカウントされてそう(そりゃ当たり前だ)なそうちゃんは辛そうですね、頑張って欲しいです。
瞳島眉美&ライダー、クラリス&アーチャーで予約します。
-
<削除>
-
投下お疲れ様です。
八俣大蛇の怪物っぷりが地の文や登場人物達の言動から滲み出ていて、氏の技量の高さを感じました。
アテルイくんは楽しそうだったり怒ったり忙しい。でも人違い(厳密には人違いではない)でボロカスに煽られてるの可哀想、でも何か面白い。
後半は今回登場しなかったキャラも絡んでくるバトル回になりそうで楽しみです。
予約期限が切れてそうなので
東方仗助&セイバー(フローレンス・ナイチンゲール)
衛宮士郎&キャスター(サー・ケイ)
トゥワイス&バーサーカー(ガラティア)
予約します。問題あれば取り下げます
-
すみません、ちょっと勘違いをしていたので衛宮士郎&キャスター(サー・ケイ)を予約から外します
-
予約分を投下します
-
「れ――」
朝。
「――令呪十画、だとォ〜〜〜ッ!?」
自身の持つ星座のカードより聖杯戦争運営からの通知を確認した東方仗助少年が漏らした第一声はそんな復唱であった。
だが、無理もないだろう。驚く彼がおかしいのではない。あくまでも、この討伐クエストの内容がおかしいのだ。
実のところ、聖杯戦争という儀式に例外は付き物である。イレギュラーなサーヴァント、監督役の不正、聖杯の欠陥、等など枚挙に暇がない。
それを差し引いても、この報酬の内容は破格に尽きた。令呪十画というのもそうだが、問題はそのついでのように記された文言。
「希望者は元の世界への帰還」。これに飛び付く人間が山のように居るだろうことは、仗助の脳味噌でも十分に理解することが出来た。
一体どれだけのイレギュラーが起こったならこんな内容になるのかは見当も付かないが――
「……セイバーさん、こいつぁ……」
「ええ」
仗助のサーヴァントである白翼の彼女も、彼と全く同じ感想のようだった。
彼女の表情はいつも通りの鉄面皮。凪の水面のようにそこに揺らぎはない。
その両眼はじっと、開示された件の主従に向けられている。
彼女にしては珍しく、この時向けられた瞳は看護婦としてのものではなかった。
一人の英霊――聖杯戦争に名を連ねた人類史の影法師の一人としての視線が、そこにはあった。
「相当な手練れなのでしょう。いえ、手練れ程度で済むなら易しい。
恐らくは、存在そのものが聖杯戦争を揺るがしてしまうような"規格外"の英霊なのだと思われます。
詳細なステータスまでは開示されていないようですが……マスター。貴方にも分かりますね。語るまでもなく」
「そうスね……俺にも分かりますよ」
燃えるような赤髪の男。それとは対照的に、綺麗すぎて潔癖症かと疑いたくなるほど見事な白一色で染め上げられた機械の鎧。
誰が見たって、尋常な存在じゃないと一目で分かる。人の枠を越え、ともすれば神の領域にさえ達した超常存在――サーヴァント。
この英霊こそが今回の、この馬鹿げた討伐令の槍玉に挙げられた"ライダー"だ。ゴクリと、仗助は生唾を呑み込み口を開く。
「こいつは、"ヤベぇ"。上手く言えねーッスけど、俺の中の『本能』みたいなもんがガンガン訴えてきやがりますよ。"近付くな""関わるな"って!!」
感覚としては、ナイチンゲールと初めて邂逅した瞬間のそれによく似ていた。
自分は人ではないもっと上の存在と相対しているんだ、と直感的に理解させてくる相手。
しかし体感では、ナイチンゲールの時に感じたものより何倍も上だ。
彼女を侮っているわけでは断じてないが、あの時とは比にならないと断言出来る。
その理由は明快であった。――仗助は一目見ると同時に確信してしまったのだ。こいつと手を取り合うことは絶対に出来ないだろう、と。
――彼にそれは何故かと問うても、曖昧な答えを返す以外のことは出来ないだろう。
が、東方仗助という少年の身体を流れる血、その血脈の意味を考えれば自ずと理由が浮かび上がってくる。
偉大なるジョナサン・ジョースターよりも遥か以前から受け継がれてきた正義の血。
どんな巨大な悪を、闇を前にしても決して陰ることのない"黄金の精神"。
一方で討伐令を通じ大々的に発布されたライダーのサーヴァント『カルキ』もまた、陰ることのない眩い輝きをその魂に湛えている。
両者はよく似ているが、しかし同一では有り得ない。重なり合うことは絶対にない。
"黄金の精神"は人を惹き付け、時に高め上げ、導くもの。その道には朋が、理解者が必ず居る。
対するカルキの精神――言うなれば"清浄の精神"はどこまでも単一で完結している。聖杯戦争という土俵でなければ、その隣にはきっと誰も居ない。
隔絶された救世主。民に救いを運ぶ者。されど、誰にも理解されぬ者。浄化という概念が擬人化されたような存在。
故に似て非なるものであるのだ、双方は。そしてその事をジョースターの血は……それを宿す仗助は、運命的とも呼ぶべき直感で悟ったのである。
だから彼は震えた。恐怖に背筋を凍らせた。それは間違いなく、前人未到の巨峰に挑む登山家が抱く恐れと同種のものだった。
-
「極めて重度かつ深刻な危険思想の持ち主かつ、運営側への反逆行為」
討伐事由の項に記された文章を読み上げるナイチンゲールの声に仗助はハッと我に返る。
何をぼさっとしているのですかと叱られるかと一瞬恐れたが、どうやらそれは免れたらしい。
仗助も同じ文面へ目を向け、反芻する。フム、と声が零れた。
「街の人を……『魂喰い』っつーんでしたっけ? そういう薄汚ねえ動機で虐殺したとかじゃあないんスね。
正直、"極めて重度かつ深刻な危険思想"なんて人様に指摘出来た身分かよって思いますけど。同じ穴のムジナもいいとこだぜ」
ケッ、と吐き捨てる仗助。
様々な世界から承諾もなしに人を呼び寄せて殺し合いに専念させるような連中がよく言ったものだと心底思うが、それはそれとして。
そんな危険思想を体現したような運営共をして"極めて重度"と言わしめる思想とは一体如何なるものであるのか、気にならないといえば嘘になる。
相容れるものでないことは、前述の通り既に薄々、理屈とはかけ離れた部分で察しているのだったが。
そんな仗助をよそにナイチンゲールは、ゆっくりと目を伏せ口を開く。
「漠然とした物言いではありますが、見当は付きますね」
「マジスか? 教えてくださいよ、セイバーさん!」
「聖杯戦争そのものを破綻させかねない手の思想。
月並みですが――この地に存在する全ての物体を破壊したいだとか、そういう考え方の持ち主なのではないでしょうか。
無論それだけならただの愚かな参加者で済む話です。出る杭は打たれる。聖杯戦争そのものを敵に回して生き残れるような英霊は存在しません」
一度は閉じられた瞼が、またゆっくりと開いた。
「本来ならば、ですがね」
度を越した危険思想は大衆の敵意ばかり買って味方を増やすということがない。
これは仗助が先程口にした聖杯戦争における最もオーソドックスな討伐令……目に余る魂喰いについても同じことが言える。
運営直々に討伐令を発布されるほど向こう見ずに暴れ回る連中は余程の自信家か気違いかのどちらかだ。
そして大半の参加者は後者と判断し警戒する。距離を取る。報酬を求めて討伐クエストに乗る。
「ペナルティを恐れないこいつらは強い。同盟を組みに行こう」などと考える人間がもし居るのだとすれば、それもまた気違いであろう。
だから所謂性根の危険な主従というのは、聖杯戦争において基本長生き出来ない。
だが――そこに"明らかに常識の範疇を越えた"力が介在しているのならば、話はまた変わってくる。
気違いに刃物という諺があるが、まさにあれだ。
いや、それでもまだ生易しい。
サーヴァントという存在が持つ力の大きさを加味して形容するのなら、災害――という表現以上のものはないだろう。
自律思考して襲い掛かる災害。道理を無理で通し、針の穴を押し広げながら糸を通してくる存在。
運営が排除しようと躍起になるのも分かる。……しかし本当にそれだけなのか? そんなありきたりな失敗が、この大規模な討伐クエストを招いたというのか? ナイチンゲールは、そうではないと考えていた。
「マスター・東方仗助。貴方はこの無機質な文字列を見て、何か感じませんか」
「……? いえ、特に何も感じないスけど……?」
「私には感じるものがあります。ひしひしと、伝わってくるものがある」
フローレンス・ナイチンゲールという女は、ある種の狂人である。
人を癒やすこと、救うこと。病みを取り払うことに比喩でも何でもなく全身全霊を費やした鋼の女。
一言"地獄"以外に形容の余地がないかのクリミア戦争において、ただ一人――ただの一瞬も諦めなかった"人間(てんし)"。
彼女にだけは感じ取ることが出来た。無機質に記された討伐事由、過剰なほどの報酬量。その裏に覗く、何者かの深い深い情念を。
昏く濁ったドブ川のように底の見えない、しかし理解不能なほど淀んでいることだけは分かる"こころ"を。
「確信しました。この聖杯戦争は――病んでいる」
かつてナイチンゲールは己がマスターに言った。
この聖杯戦争における自分の役目は"看護"であると。
自分が召喚されたということは即ち、この聖杯戦争に病める者が多く居るか、聖杯戦争自体が病んでいるかのどちらかだと。
そしてこの時、ナイチンゲールの中で心当たりの片翼が満たされた。闇を通じて病みを見たのだ。底知れない復讐心の一端を垣間見たのだ。
-
「聖杯戦争を止めましょう、マスター。この病みは、必ずや多くの嘆きと多くの犠牲を生み出します。
そうなれば、最早誰にも救えない。何一つとして拾い上げられない。そんな正真の地獄が顕現する前に、必ず」
「……言われるまでもねェッスよ〜! 第一その約束はもう今更でしょ、セイバーさん!!」
不敵な笑顔と共に、ガシッとナイチンゲールの両手を握る仗助。
そんなあまりにも青く若々しい反応に、思わず鋼の天使も笑みを零してしまう。
彼らの聖杯戦争はあくまでも守るための戦い。恩寵を求めず、見返りも求めない。守りたいから、救いたいから拳を握り、命を懸けて戦うのだ。
斯くして、彼らの聖杯戦争は真にその幕を開ける。
他の数多の主従と同じく、今日という日を迎えた彼ら。
その行く末は果てしなく、艱難辛苦に満たされている。
これより人外魔境と化していくだろうこの冬木を彼らが無事生き延びられるかどうかは、誰にも分からない。
誇り高い守護の戦意は、何も為すことなく芥のように砕け散るかもしれない。
この舞台に、明確な主役というものは存在しない故に。
されども、彼らは見失わないだろう。抱いた想いを、その誇りを。ダイヤモンドのように煌めく、その魂を。
「ああ、そうそうセイバーさん。朝飯食ったらですけど、パトロールにでも出掛けないスか? 受け身でいるよりかはよっぽどいいと思うんスよねェ〜ッ!」
「反対する理由はありませんね。ただしあまり無茶をするようであれば――」
「わ、分かってますよ〜ッ。耳にタコが出来るほど聞きましたって!」
先日の事件のこともあり、今の冬木市はお世辞にも治安がいいと呼べる状況にはない。
だというのに世間はゴールデンウィーク。町は今、歪な賑わいを見せている。そこで聖杯戦争絡みの剣呑な騒動が起こればどうなるか……論ずるまでもないだろう。
だからこそのパトロール。未来の犠牲者を少しでも減らすための社会奉仕(ボランティア)だ。
朝食を平らげ終えた仗助はいつも通りの学ラン姿で、意気揚々と外へ繰り出していくのだった。
――そして、その三十分ほど後のことであった。
仗助達が初めて自分達以外のサーヴァントの存在を感知したのは。
隠す気も何もなく、周囲に発散された気配――それはまるで誘蛾灯のように。
憚ることもなく都市のド真ん中で、傍迷惑なサーヴァントが一騎、暴れる相手を待っていた。
-
◆
「この上ッスね、セイバーさん!?」
「ええ。あちらも我々の接近に気付いてはいるのでしょうが、動く気配はありません。……接敵狙いか、同盟狙いか」
「どっちにしろ傍迷惑なことには変わりねえッスよ〜……!」
サーヴァントを誘い出して戦いたいというのなら、言わずもがな。
もし他の主従と接触し、同盟なり交渉なりするのが目的だとしても――場所が悪すぎる。
今仗助達が居るのは新都のド真ん中だ。連休を利用して冬木にやって来た観光客や休日を謳歌する市民が行き交う往来だ。
正しくはそれを見下ろせる高所……現在はテナントの入っていない七階建てのビルの屋上ではあるが、サーヴァントの戦いから民間人を守る安全保障としてはこの程度、余りにも心許ない。
無いも同じだ。もしもその手の事情に頓着しない輩同士がかち合ったなら、否、片方だけでもそういう手合いだったなら、確実に下の往来に被害が及ぶ。
果たして狙ってやっているのか、それとも無自覚なのか。未だ当の本人達と対面していない以上断言は出来ないが、しかし。
「恐らく、全て承知の上でしょうね。狙いが何であれ、この場所を選んだ理由は"戦いにくい状況"の構築にあるのでしょう」
ほぼ間違いなく前者であろうと、ナイチンゲールも仗助もそう踏んでいた。
神秘の秘匿は魔術師であれば誰もが気にかけること。そして真っ当な倫理観の持ち主であれば、一般人を巻き添えにする事は避けたいと思う筈。
良識のない主従であれば知ったことかと無視して暴れ回るだろうが――逆に言えば、良識や分別があるのなら否応なく民間への飛び火を意識させられてしまう。
要するに縛り付きの戦いを強要されるようなものだ。万一の時のペナルティや悪目立ちするというリスクを除けば、成程理には適っている。
「ムカっ腹の立つ野郎ッスね……! 足下見やがって、タコ助がよォ〜……!!」
尤も東方仗助個人としては、それはいけ好かない、卑怯者の考え方であった。
人質を取っていい気になっているゲスな小物。どんな理由があったとしても、断じて好感の抱ける姿勢ではない。
使われなくなってだいぶ経っているらしい、埃の積もっている階段を駆け上がりながら、仗助は己が拳を固く握り締めた。
そのまま息を切らすこともなく階段を上り切り、屋上へと続く扉をバン! と乱暴な音を立てて蹴り開ける。
すると開けた視界の先には――怒り心頭の仗助をして毒気を抜かれてしまうようなシルエットが、ちょこんと佇んでいた。
……少女。少女である。
真っ黒なゴスロリ衣装に、首には所有物の証を意味する銀のチョーカー。
顔立ちにはあどけなさが残る……年頃は人間に換算したなら中学生か、高くても高校生程度だろう。少なくとも仗助よりは年下に見える。
だが年頃を推定することは、彼女が気配の主――サーヴァントであるということを加味しても無意味に違いない。
何故なら露出した脚部、その関節は人間では有り得ない形をしていたからだ。
お高いドールなどでよく見られる、俗に言うところの球体関節。
その身体特徴は、彼女が人でも神でもない、"被造物"の英霊であることを如実に物語っていた。
「……、あんたが――」
一体どんなゲス野郎なのだと怒りを燃やしていた仗助は思わず呆気に取られ、一瞬硬直してしまう。
一人佇むその少女人形があまりにも幻想的で、非現実的な可憐さを湛えていたからだ。
ドールだの少女趣味だのそういった領域とは全くの無縁である仗助ですら、心の中でこの人形を生み出した造物主に称賛の念を送ってしまう程。
-
それほどまでに、この少女人形は――ガラティアというサーヴァントは、美しかった。
それもその筈だ。元を辿れば彼女は、キプロスの王が女神アフロディーテを模して彫刻した珠玉の逸品である。
神の視界に届くほどの神域の腕前で仕上げられた、最美の女神のイミテーション。
静止していても美しかった彫像は神の温情で命を吹き込まれ、今や静止物では絶対に辿り着けない領域の美を湛えている。
この美に瞠目しない方が異常なのだ。仗助少年が思わず目を奪われてしまったのは普通のことであり、故に誰にも責められない。
責める権利があるとすれば、それは美を持つ張本人――バーサーカー・ガラティア。仗助達を此処まで誘き寄せた象牙人形のみである。
「――下がりなさい、マスター!」
ナイチンゲールが叫び、仗助を押し退けて前に出る。
その次の瞬間だった。扉の真横、仗助達から見て左側の空間より、巨大な彫像の右腕が押し寄せてきたのは。
全長は仗助の身長を数倍した程のサイズ。人間の身で直撃すれば忽ち圧殺死体が出来上がるだろう巨腕である。
それをナイチンゲールは受け止めるべきか否か一瞬逡巡したが、仗助の手を掴んで拳を共に躱すことで難を逃れた。
確証が、持てなかったのだ。象牙の巨腕を己が翼で受け止め切れるかどうかは怪しいものがあると、彼女の直感が警鐘を鳴らした。
「セイバーさんッ、怪我は!」
「私の心配は結構です。それよりもマスターは自分の身を護ることに専念していなさい!」
手で仗助を後方へ押しやりつつ、ナイチンゲールはその鋭い目線を象牙人形へと向ける。
ガラティアは既に地面を蹴り、吶喊を開始していた。速度はかなりのものだ。間違いなく、自分よりも速い。
だが攻めるよりも受け手に回る方が、この霊基のナイチンゲールとしてはやり易い。
バーサーカーとして現界した彼女ならば受けて立つとばかりに攻め込んだろうが、セイバーの彼女は待ちを取る。
されどそれは決して積極性の欠如を意味しない。それが最も効率的だから、そうしているだけのことだ。
「砕けなさい」
ガラティアの口が、妖精の囀りめいた甘美な音を紡ぎ出す。
"音"として見るならば至上の音色に等しかったが、"言葉"として見るならば余りにも冷徹な台詞であった。
そこにはあらゆる感情が宿っていない。道に転がっていた障害物が邪魔だから退ける、その程度の感慨だけが申し訳程度に乗せられている。
振り上げられた拳は小さくか細い。にも関わらず仗助はそこに、己のクレイジー・ダイヤモンドや空条承太郎のスタープラチナ、吉良吉影のキラークイーンの拳を幻視した。
あの見てくれはカモフラージュもいいところ。姿形こそ可憐だが、その実中身は猛獣の類だ。仗助の理解が事ここに至ってようやく目の前の現状に追い付く。
拳は一寸の乱れもなくナイチンゲールの胸板目掛けて突き進み、天使と呼ばれた女の心臓を粉砕する――かに思われた。
「――あら?」
しかしながら象牙の鉄拳は、精微な細腕諸共に純白の繊維によって絡め取られていた。
繊維は他でもないナイチンゲールの翼の片方から伸び、ガラティアの右腕を蜘蛛か何かのように絡め取っている。
『天使の執刀(エンジェル・オペ)』。ナイチンゲールの第一宝具。縫合と切除を一度に兼ねた"手術用双翼武装"だ。
遠目から見ればその光景は皮肉にも、天使が少女を抱擁している風に写ったろう。
ガラティアは未だ自由を保っている左腕で糸の戒めを引き千切ろうとしたが、思考し、実際に身体を動かすまでのコンマ一秒以下の時間が致命的だった。
「甘い。そして、遅い」
ナイチンゲールの片翼が鳥の羽ばたきめいた素早さで振るわれ、ガラティアの左腕を肩口から切断……もとい、切除したのである。
ガラティアが次の行動を起こそうとする前に、染み一つない純白繊維がその両足にまでも絡み付き、ギッチリと戒め身動きを封じる。
ぁ、とガラティアの口からか細い声が漏れた。何か言おうとしたところを遮られた為だった。ナイチンゲールの手が、グッと首筋に押し当てられたことで。
体重を乗せそのまま押し倒し、ナイチンゲールが象牙人形にマウントを取る。そして素早く抜き出したペーパーボックスピストルを、彼女の口に勢いよくねじ込んだ。
ガラティアの腕が地に落ちてから此処まで三秒にも満たない。驚くほど手際よく、ナイチンゲールは象牙の彫像を完全に無力化してしまった。
仮に何か奥の手を使おうとしても、ナイチンゲールの指が引き金を弾き、銃に内蔵されたメスを射出して脳幹を撃ち抜く方が速い。
早い話が、王手。チェック・メイトだ。屋上の決闘は拍子抜けするほどあっさりと、白衣の天使の勝利で決着した。
-
ナイチンゲールが顔を上げ、周囲を見回す。
ガラティアのマスターらしき人影がないことを察すると、彼女は声を発した。
姿の見えない――しかしこの場を何らかの手段で監視しているであろう敵のマスターへ向けて。
「貴方のサーヴァントは無力化しました。姿を現しなさい、象牙人形のマスター!
五秒以内に何らかのアクションがなければ、このまま引き金を引きます」
仗助が固唾を呑んで見守る中、秒数だけが経過していく。
一秒、二秒。三秒、四秒、五秒。
指定した時間が経つと同時に、ナイチンゲールは一切の躊躇なく引き金を引いてガラティアを銃殺した。
その迷いのなさは人を救う者らしからぬ者だと驚く者も居るだろう。しかしその驚きは、ナイチンゲールという人物を理解しない者の抱く感情だ。
彼女はあらゆる物事に対して、決して容赦というものを持ち込まない。ハッタリや虚仮威しなど用いない。
五秒以内に行動を示せという最後通牒を蹴り飛ばしたのだからそれはそちらの落ち度だと言わんばかりに、象牙人形の現界に幕を下ろす。
――メスで射抜かれたガラティアの口奥には、向こう側が見えるほど綺麗な孔が空いていた。
脱力した人形の孔に、ナイチンゲールの瞳の焦点が合う。
……孔からどろりと何かが溢れてくるのが見えた。
いや、違う。孔からではない。その証拠に繊維で隙間なく拘束した足や腕、可憐なロリータ服までもがその泥のような流動体に包まれていく。変わっていく。氷菓子が急速に溶けるように。
刹那、カッとナイチンゲールの両眼が見開かれた。その瞬間、仗助が何事かを叫ぶ声が彼女の鼓膜を叩く。
「――ナイチンゲールさん、避けろッ!!」……と。
「――――遅えのはお前だよ、バ――――――カ!!」
ハイテンションな男の声がまず最初に届いて。
それから一拍を五つに分割した程度の短い間を置いて、ナイチンゲールの脇腹と太腿を冷たい固形物が貫通した。
口から溢れてくる血潮。激痛に動作を鈍らせることもなく翼を奮って迎撃に移るが、そこに今度はあの巨腕が炸裂する。
ナイチンゲールは繊維の翼を巧みに操って巨腕を受け止めんとするも――力及ばなかった。
衝撃(インパクト)を殺し切れずに痩身が吹き飛び、壁面に叩き付けられて小規模なクレーターを生み出す。
口から先程以上の量の血を吐き出しながら、ナイチンゲールは猛禽類を思わせる鋭い視線で、"先程殺した筈の"象牙少女と、そのマスターらしき奇妙な風体の男を睥睨した。
「やったなバーサーカーちゃん! めちゃくちゃスマートに決まったぜ!? 『もっと上を目指せたね!』」
「お褒めに預かり光栄ですわ、お父様」
……明らかに成人しているであろう背丈のマスクマンが、自分よりずっと小さな人形少女に抱えられて登場するというのは、何とも間抜けな絵面であったが。
だからこそ今しがた起きた現象の異様さが際立った。殺した筈のサーヴァントが泥のように溶けて消滅するという現象。そして、再登場。
彼らにとってはまさに"作戦通り"であった。これほど上手く行くもんかねと、マスターの怪人に至っては自身の幸運を噛み締めてすらいた。
そう、これはなんてことのない手品だ。
華々しく世に君臨する英雄(ヒーロー)等には及びもつかない、三流の手品。
ただそれが、聖杯戦争という舞台の特性と異様なほど噛み合った結果生まれた実戦戦法。
――その要はガラティアに非ず。彼女を従える怪人、分倍河原仁の持つ異能である。
-
◆
分倍河原仁。
敵(ヴィラン)名を『トゥワイス』という彼の住まう世界は、総人口のおよそ八割に及ぶ人間が"個性"と呼ばれる異能を所持しているという、超特異体質社会であった。
そうなるに至るまでの経緯や社会的事情については割愛するが、何しろそんな異能者の巣窟だ。
"個性"を持たずして生まれた人間はそれだけで絶大なハンディキャップを被ることになる。就職であれ、人間関係であれ。
"無個性"は不幸とイコールだ。世を儚んで自ら命を絶つ者も少なくないくらいには、彼らは強いコンプレックスを抱えていることが多い。
しかしながら――このトゥワイスという男に限って言えば、持たざる者として生を受けた方が幸福であったと言えよう。
彼が正道を踏み外し、万民の敵として追われるまでに落ちぶれた原因は……他でもない、その"個性"にあるのだから。
『二倍』。一つのものを二つに増やす能力。
それが、分倍河原仁ことトゥワイスの"個性"である。
かつて彼はこの"個性"に胡座を掻いて悪事を働き、その果てに重篤な精神異常を抱え堕落するに至った。
そうなる以前から悪党ではあったものの、そうなったことで彼が引き返せない道にまで転げ落ちていったのは確かな事実である。
――閑話休題、ナイチンゲールを襲った手品の種は至極簡単だ。
もうお解りだろうが、この"個性"を用いてトゥワイスがガラティアを二体に増やした。
増やしたガラティアはオリジナルのスペックには数段劣るものの、一応は正式なサーヴァントと同等の気配や情報を持つ。
それを利用して、偽のガラティアをわざとこれ見よがしに配置。誘き寄せた敵に順当な勝利を獲得させる。
そして勝ちを確信した瞬間に、本物の――贋作よりも遥かに強力な力を持った真作のガラティアが奇襲攻撃を行う。策としては、これだけだ。
そもそも存在そのものが規格外魔術に等しいサーヴァントを型落ちとはいえ人の手で複製する等、魔術の世界では超級の絶技に違いない。
だが"個性"は魔術に非ず。魔力など用いない。道理など知ったことではない。ただそういうものだからというそれだけの理屈で不条理を引き起こせる。
結果としてトゥワイスの"個性"は鋼の天使を欺くに至った。象牙の巨腕でその羽ばたきを捩じ伏せるに至ったのである。
-
◆
「『クレイジー・ダイヤモンド』ッ!! ドラララララララァ――――ッ!!!」
仗助の怒声が響き、その背後に人型の奇妙奇怪な像(ヴィジョン)が浮かび上がった。
ガラティアに向け放たれるラッシュの速度は凄まじく速い。人間の目では、目視することすら困難であろう。
「速すぎだろ! バケモンか!?」と仰け反るトゥワイスとは裏腹に、ガラティアは努めて冷静だった。
宝具――『彫刻師の接吻(アガルマトフィリア)』を限定展開。再び彫像の巨腕を出現させ、仗助のラッシュを一発残さず防ぎ切る。
驚くべきことに、ガラティアの呼び出す巨腕はクレイジー・ダイヤモンドの猛攻を受けて尚傷一つ付いてはいなかった。
限定展開とはいえ高ランクの宝具であるというのも理由の一つ。だがそれ以上に、純粋に強度が異常なのだ。
仗助が連想したのは怨敵・吉良吉影のシアーハートアタック。これの硬さは少なく見積もってもあれと同等だ。以下ということは、絶対にない。
「お掃除致しますね、お父様」
ニコリと笑ってガラティアが細腕を真横に動かせば、それに連動して巨腕が仗助をスタンド諸共薙ぎ払う。
比較的密着していたからか、スタンドで防御することで生じるフィードバックの衝撃はそう大きなものではなかったが。
問題は腕の質量だ。もしこのまま軌道通りに薙ぎ払われたなら、仗助の身体はフェンスを突き破って上空十数メートルの足場なき世界を浮遊することになる。
そうはさせじと仗助は、戦いの中で飛び散ったコンクリート片の一つをクレイジー・ダイヤモンドで殴り付け、"修復"。
元あった場所に戻っていく欠片をスタンドで掴むことで自らも素早く移動、どうにか自由落下の定めを回避する。
「えらく不気味な個性だな!? 『俺は好きだけどよ!!』」
「だあってろッ、この変態野郎ッ!!」
怒鳴り付ける仗助だが、言葉を返している余裕があるのかと言われると怪しかった。
ガラティアが突撃して来ているからだ。ロリータ服をふわりと浮き上がらせながら、手刀でクレイジー・ダイヤモンドを打ち砕かんとする。
尤も、マスターが危険な戦いを強いられている状況を黙って見守っている程、鋼の看護婦は軟な女ではない。
衝突の衝撃で凹んだ壁面をスプリング代わりにロケットスタート。仗助とガラティアの間に、暴走車両もかくやの勢いで割って入った。
「……下がっていなさいと言った筈ですよ、マスター」
『天使の執刀(エンジェル・オペ)』の片翼から繊維を伸ばし、ナイチンゲールは瞬く間にガラティアの痩身を絡め取る。
だがこれは焼き直しだ。ナイチンゲールにとっても、そしてガラティアにとっても、既に一度見た流れ。特にガラティアがナイチンゲールの手の内を知っているのが、大きい。
身を戒める糸を素早く引き千切り、鋭い拳でその頬へ一筋の傷を刻む。流石にこの至近距離では翼の動きの方が数段速いが、そこへの対処は簡単だ。
束縛が追い付く前に自由のままの腕を動かして、再び巨腕を召喚。圧倒的な質量から成る膂力で以って繊維を完全に断絶させる。
ナイチンゲールが地を蹴り、空中でふわりと軽やかなバック転を決めつつ後退する。そこで、仗助が唾を飛ばしながら叫んだ。
「そいつぁ無理な話ッスよセイバーさん! 『クレイジー・ダイヤモンド』……!!」
馬鹿な奴め、とトゥワイスはマスクの内でほくそ笑んだ。
超人社会に生まれ様々な"個性"を見てきたトゥワイスからしても、東方仗助の異能は見事なものであった。
あのNo.1ヒーローにさえ匹敵するラッシュの速度。敵の意表を突ける応用の幅の広さ、土壇場で目の前の選択肢に気付ける視野の広さ。
全て一級品だ。プロヒーローの世界でも十分に通用するだろうと、お世辞抜きでそう思う。だが悲しきかな、此処は聖杯戦争。少年の敵はサーヴァントなのだ。
あの程度ならガラティアの宝具で問題なく圧殺出来る。仗助の圧殺死体を幻視するトゥワイスだったが、しかし。
「ドラララララララァ!!」
「――はァ!?」
仗助がスタンドの拳を向けた先は、ガラティアではなくナイチンゲールの方。
既に一度クレイジー・ダイヤモンドの性質を目視しているトゥワイスだが、それでもこの使い方には一瞬理解が追い付かなかった。
クレイジー・ダイヤモンドの能力は修復。傷付けるのではなく治す能力。多少見た目は荒療治になるが――当然このような使い方も可能である。
拳を浴びた場所からナイチンゲールの負傷が癒えていく。それはまるで、逆回しにしたかのように。
-
「アリかよそんなん!? 躊躇なすぎだろ! 怖えーな今時の若者! 知ってたけど!!」
「……マスター、貴方という人は――」
大仰に身を反らせて驚くトゥワイスと、静かに困ったような微笑を浮かべるナイチンゲール。その次の瞬間、戦況は大きく動いた。
ナイチンゲールの頚椎を粉砕せんとガラティアが踏み込み、蹴撃を放つ。
それに対しナイチンゲールは、これまた一度見せた手。銀製のメスで構成された片翼を振るっての迎撃に打って出た。
ガラティアにしてみれば予想していた展開の一つだ。故に当然これをいなす手段も、狂化していながら奇妙に理性を保ったその脳髄に浮かばせている。
――バーサーカーならではの並外れた身体能力に任せ、一度放った蹴りを高速で引き戻し、翼の斬撃を空振らせて隙を突けばいい。
過度の負担で脚部が多少罅割れるかもしれないが、その程度の損傷は考慮するにも値しない。
故に迷いなくガラティアは弾き出した返し手を行使し、ナイチンゲールをまた一歩追い詰め返さんとするのだったが――。
「もう一度、同じ言葉を使いましょう」
足を引かんとしたその時、既に象牙製の脚はガラティアの支配下を離れていた。
最初からそう造られていたのではと錯覚するほど美しい切り口で以って、太腿の半ばほどで断ち切られていた。
「"甘い。そして、遅い"」
違う。ガラティアが遅いのではなく、ナイチンゲールが速いのだ。
贋作の分身に戦わせた際に見せたそれよりも数段上。これに反応出来なかったガラティアを責めるのは酷というものだろう。
そのカラクリは単純だ。早い話、ナイチンゲールは交渉の余地なしと判断したのである。
対話は拒絶された。更に敵は頭も回る。マスターまでもを手に掛けるつもりこそないが、サーヴァントはその限りではない。
――ナイチンゲールが持つスキルの一つ、"人体理解"。人がどこを斬れば死亡するか、どこを斬れば生存するかを彼女は知り尽くしている。
人間の形さえ持っているのならば種別が人間である必要など存在しない。神域技術で造られた象牙人形であろうが、理論通りに切除出来る。
そしてこのスキルが機能している場合、ナイチンゲールがその宝具によって行う攻撃の威力と速度にはボーナス補正が与えられるのだ。
ナイチンゲールは荒療治に出ると決めた。ならば切り落とす部位に配慮など不要。正確無比に、最高効率で、手術(オペ)を遂行するまで。
-
「バーサーカーちゃん!?」
「問題ありませんわ、お父様。修復可能な範疇の傷ですから」
片足で大きく飛び退き追撃を躱したガラティアは、狼狽するトゥワイスに笑顔でそう答える。
それは強がりでも何でもない。寸断された筈のガラティアの脚は全員の見る前で、切断部から再生し始めていた。
彼女はあくまで被造物だ。元を辿れば象牙の彫像。自己修復のスキルで造り直せば、四肢の欠損程度負傷の内にも入らない。
……しかしそれにも限界はある。彼女のスキルで直せるのは、あくまでも霊核の損傷を伴わない範囲の手傷だ。
仮に首を落とされたり、心臓ごと割断されたりしようものならば、スキルが機能する間もなく消滅する羽目になるだろう。
そして――人の形をしたモノの構造について深い見識を持つナイチンゲールが、その弱点に気付いていないとは思えない。
「セイバーさん、気ぃ付けて下さいよ! あの『宝具』、どうも呼び出せるのは手足だけじゃあねえ……!」
「マスターも気付いていましたか。私を射抜いた、最初の攻撃の正体に」
「ええ――ありゃ『指先』だ。『指先』が出たところで腕の呼び出しを中断して、飛び道具として使いやがったんだッ!!」
仗助の分析は当たっていた。
ガラティアはあの時、『彫刻師の接吻』で巨腕の限定展開の、そのまた更に限定展開を行ったのである。
腕のみの召喚を敢えて最初の段階で中断。指先だけ中途半端に呼び出して、本来発揮される筈だったスピードだけを持ち越させた。
結果生まれるのは象牙の散弾である。敵手の能は近接だけに非ず。遠巻きの戦闘も可能なのだ、その気になれば。
「心配は要りません。長引かせはしない」
「こちらの台詞ですよ、お医者様」
「その呼称は不適当ですね。私はあくまで、一介の看護婦に過ぎません」
ごく短いやり取りの後、再び戦闘の世界へと両者は回帰する。
振るわれる翼の軌跡。銀と白。それをいなすゴスロリ衣装の象牙人形。白と黒。
誰かの空想が現実にそのまま投影されたみたいな景色だった。
少女人形と天使。本来静かに愛で、信仰されるべき存在同士が殺し合う人外魔境の一丁目。
互いに狙うは急所のみ。一瞬でも気を抜けばそれで終わる、達人の死合と見紛う無情さがそこにはあった。
ガラティアが巨腕を召喚する――今度は両腕を。片腕だけでの展開に比べて魔力の消費量は当然上がるが、神経質になるほど大きな変化ではない。
ナイチンゲールもこの巨腕ばかりは如何ともし難かった。巨体に似つかわしくない俊敏さも厄介なのは確かだが、それだけならば対処は出来る。
問題は単純に、その質量が齎す破壊力。巨腕の一挙一動にエンチャントされる超重量である。
メスでは切除出来ず、繊維で絡め取るには大きすぎ、両翼で受け止めるには重すぎる愚直極まった"強さ"。
(……ならば――)
ナイチンゲールは声を出すことはなく、唇だけを小さく動かした。
ガラティアの瞳にもその所作は写っていた。しかしそれに首を傾げる暇は、彼女には与えられなかった。
二対の巨腕を前に回避に徹するしかない様子だったナイチンゲールが突如前に踏み込み、吶喊に打って出たからである。
「それは愚策というものですよ、看護婦さん」
来ると言うのならば、望み通り叩き潰す。
巨腕が高速で駆動し、ナイチンゲールへと迫っていく。
さながらそれは指向性を有したプレス機だ。
ナイチンゲールは地を蹴り、そのまま――飛翔。
正真の天使のように空へと逃れる。尤も、これは翼という身体特徴を見た瞬間に誰もが想起する一手だ。
当然ガラティアも予測していた。空に逃れるなら空まで追い掛ければいい。『彫刻師の接吻』はガラティアの意思で動く第三・第四の腕である。
空へ舞う天使。
それを迎え撃つ巨腕。
幻想を通り越して神話の一頁。
上空にてナイチンゲールの打った"手"は、急降下であった。
カワセミの類を思わせる迷いなき急降下。
巨腕はその掌で以って、自ら地へ墜ちる天使を挟み潰さんとする。
――ごぉぉんと、轟音が轟いた。空気がビリビリと震える。
言葉なくただ見守るしかなかった仗助もトゥワイスも、思わず目を瞑ってしまった。
そして、その目が開いた時。そこには――
-
「愚策では、ありませんでしたね」
「……驚きました。命が惜しくはないのですか?」
巨腕の挟撃を、翼の端を僅かにもぎ取られながらも"挟まり切る前に"乗り越え。
着地し、地を蹴り、ガラティアという敵への処置を締め括らんと猛るナイチンゲールの姿があった。
ガラティアは慌てふためいてこそいないものの、窮地であることは誰の目から見ても明らかだ。
巨腕が如何に速くとも、この間合いではナイチンゲールの翼が振るわれる方が速い。
よってガラティアにとっては避けられるか避けられないか、それだけの勝負になる。
防ぐことは不可能だ。象牙人形の肢体は、仮に両腕を重ねても"切除"の銀翼を阻めない。
「この天使(わたし)を形作ったあの戦場では、そんな感情を抱く暇さえありませんでしたから」
勝負の結果は――ガラティアの敗北であった。
後退しようとするも遅い。その胴を袈裟懸けに銀翼がなぞり、象牙の身体が罅割れる。
しかし奇妙なことに。ガラティアの顔には笑みが浮かび、ナイチンゲールの顔には苦いものが浮かんでいた。
そう、仕留め損ねたのである。ガラティアは回避することは出来なかったものの、一命を取り留めることには成功した。
翼が切り裂いたのは霊核に到達するほんの数センチ前。
それも決して浅い傷ではないが、修復機能を持つ人形にしてみれば取り返しが付くという時点で僥倖である。
「今のは、流石に肝を冷やしました」
礼儀とでも言わんばかりに一言言いながら、フェンスに手を掛け軽やかに登って跳躍。
ナイチンゲールから距離を取りつつ、象牙の巨腕を収めてガラティアは己の胸に刻まれた亀裂をなぞる。
修復は始まっているが、片脚を落とされた時に比べて明らかにその速度は遅い。
とはいえ数十秒もあれば完全に傷は塞がろう。通常の観点での致命傷はこの少女人形には一概に適用出来ない。
「でも次はありません。お父様をこれ以上失望させるわけにはいきませんもの」
「…………」
語る言葉はない。
ナイチンゲールは静謐を湛えたまま再び翼を構える。
ガラティアは構えないが、彼女は狂気宿せしバーサーカー。
平常であることが、即ち構えを取っているのと同義である。
――どちらが動くか。緊迫した膠着を切り裂いたのは、ラバーマスクの敵(ヴィラン)・トゥワイスの軽薄な声だった。
「頑張れ頑張れバーサーカーちゃん! お父様は超、君のことを信じてるぜ!! 『なんて言うと思ったか、お前はまだまだだ!!』」
どっちなんだよと突っ込みたくなるような矛盾した物言いは、しかしガラティアにとっては最早慣れたもの。
愛しい愛しいお父様(アガルマト)の声援に、象牙の人形は精微な顔貌を天使のように綻ばせて片手を振る。
何とも微笑ましい、まさに授業参観の一幕のような光景だった。
-
――トゥワイスは高揚していた。
翼がガラティアを一閃した瞬間は心臓が止まったかと思ったが、蓋を開けてみればこの通り。
危険域には入ったがアウトゾーンには届くことなく、自分のサーヴァントは未だ元気に笑っている。
ツイてる、と心からそう思った。今日は俺の日だ! と、俗なギャンブル依存症患者じみた台詞を零しそうになった。
彼は敵ではあるが、そう非凡な人格の持ち主ではない。
どちらかと言えば、理解しやすい部類の思考回路を持っている。
彼が所属する"敵連合"の狂った少女や焼殺魔、悪に寄り添う黒霧。そして首領である"後継者"の彼と比べれば、凡庸の一言に尽きる。
だからこそこのように目の前の出来事一つ一つに一喜一憂するのだ。
浅いと笑う者は逆に笑われる。その通りだ、この男は底が浅い。
元を辿れば小悪党。そこに精神障害が上乗せされただけの、言ってしまえば"ありふれた"敵の一人。
こと戦場において、浮ついた心で歩み出したなら果たしてどうなるか?
その答えは、決まっている。
「そんな腐った焼きそばパンみたいな頭したガキのサーヴァントに負けるバーサーカーちゃんじゃねえよな!? ハハハハ!!」
――地雷を、踏むのだ。有形無形の違いはあれど、盛大な爆発を浴びる羽目になるのだ。
バッ、とナイチンゲールが己のマスターの方を見た。
ガラティアにはその動作の意味が理解出来ない。
むしろ好機と判断する。意味は分からないが、わざわざ自ら注意を外してくれたのだ。
隙あり。笑みを浮かべて吶喊し、一撃を放つ。それは受け止められたが、戦いのペースを握ることは出来た。
ならば後は押し切るのみ。さっきの傷のお返しを、その頭か心臓を使ってたっぷりしてやろうと細腕を振り上げて――
「おい、あんた……」
-
◆
「――――今、この俺の頭の事なんつった?」
◆
-
――東方仗助には『地雷』がある。
それこそが、彼の最大の特徴であるその髪型……リーゼントヘアーだ。
1999年の時点でも古臭かった髪型。それより更に時が流れたこの冬木市では最早天然記念物にも等しい。
違和感なりおかしさなりを感じるのは当然だ。むしろ突っ込まれたくて、弄られたくてやっているのだなと思われても文句は言えまい。
しかし厄介なことに。彼は自分の頭が馬鹿にされたり揶揄されたりすることが、どうしても我慢出来ない。
憧れの恩人を真似たこの髪型を笑われると途端に心の火山が噴火する。そういう意味では、地雷という形容すらまだ生易しいか。
髪型を貶された仗助の怒りは爆発どころではない。
現代のワイルドハントと言っても過剰ではない程――激しく荒れ狂う。
だからナイチンゲールは、もしそういう暴言を吐く者が現れたなら任せろと言ったのだが……
それで堪えられるならば、地雷とは呼ばれない。
まして状況が状況だ。搦手で翻弄してきた、いけ好かない怪人とそのサーヴァント。
それが自然であるとはいえ、傍観者の立場に甘んじなければならないことへのフラストレーション。
鬱憤が溜まっていたところに、トゥワイスのあの言葉。
……これからどうなるかを語る必要が、果たしてあるだろうか? いやない。
「誰の頭がコッペパンみてえだとッ!? もう一度言ってみろこの田吾作がッ!!」
「えっ、そんな怒るか名も知らぬ少年!? あと俺はコッペパンじゃなく焼きそばパンって――」
「『クレイジー・ダイヤモンド』ォォォォォォ――!!」
困惑するトゥワイスだが、彼は直感的に「まずい」と感じその場を飛び退いた。
社会の敵としてヒーロー達や見習い共と相対した、或いはその戦いを間近で見た経験が此処で生きた。
"個性"……もといスタンドのラッシュが来ると、仗助が吠える前に気付くことが出来たのだ。
トゥワイスは戦闘屋としては三流以下だ。お世辞にも強いとは言い難い。
人並み以上ではあっても、あの馬鹿げた速度のラッシュをいなせるようなスペックも経験もない。
よって此処は逃げるが勝ち。ガラティアに助けて貰おうと人頼みの考えに至り、声を発そうとした――が。
「ドララララララララララァ!!」
コンクリートの地面を砕くクレイジー・ダイヤモンドの拳。
破片と粉塵が舞い、トゥワイスをゴホゴホと咳き込ませる。そして、その視界を封じに掛かる。
堪らず飛び出したトゥワイスの目の前で待っていたのは仁王立ちするクレイジー・ダイヤモンドの像と、青筋を何本も立てた東方仗助。
「お父様!?」
事ここに至ってようやく、ガラティアの思考が追い付く。
父の危機だ。すぐに助けに入らねばならない――そう感じた刹那、しかしその両腕が銀翼によって寸断された。
言うまでもなく、ナイチンゲールである。彼女はマスターである仗助に無茶をさせたくはないと思っていたし、可能なら戦わせたくもないと考えていた。
が、此処で彼を止めに行けばガラティアに隙を与えるだけでなく、仗助がガラティアやトゥワイスの逆襲に遭う可能性がある。
故に此処は仗助ではなくガラティアを止めるのに専念することにした。
ガラティアの注意が自分から外れたのだ。今度は此方がその隙を突く番。
――もう、さっきのように仕留め損ねることはしない。
-
「チッ……!」
トゥワイスが舌打ちをして、懐から取り出したのは拳銃。
此処に来る前、巡回中だった警官を気絶させて奪い取ったものだ。
流石に敵連合の一人。何の躊躇もなく仗助の顔面に銃口を向けると即座に発砲する。此処まで何秒もかかっていない。
(――おいおい嘘だろ!? 此処まで速ぇのかよ、こいつの"個性"……いや、"魔術"か!?)
しかしどこまでも相手が悪かった。
クレイジー・ダイヤモンドの指先は、トゥワイスが放った弾丸をあっさりと掴み取ってしまったのである。
続けて二発、三発と撃つも結果は同じ。彼我の距離はないに等しいというのに、驚くべき精密性で仗助のスタンドはトゥワイスの足掻きを摘んでいく。
「妙ちくりんなマスク付けやがってよォ〜、人のこと言えた義理かテメーッ!! 剥ぎ取ってからブチのめしてやるッ!! ドラァッ!!」
「ッ!?」
クレイジー・ダイヤモンドの腕が勢いよく突き出され。
ラバーの張り裂ける嫌な音が、響いた。
トゥワイスの特徴的なマスクの右上部が引き千切られ、彼の――分倍河原仁の人相が露出する。
「あ――、あああああああああああああ!? やめろ、やめ、やめろやめろやめろやめろ!!
裂ける、裂ける裂ける! 分裂する! ああああ返せ返せ返せ返せ!! 早く俺を包ませろ!!」
「……あぁ!? 何をワケの分かんねーことを――」
ラバーを剥がれた怪人。その中身はごく普通の、どこにでもいるような草臥れた男であった。
異様なのは、その反応である。許しを請うでも罵詈雑言を撒き散らすでも、自分のサーヴァントに助けを求めるでもなく。
まるで発狂したように脂汗を浮かべて叫び散らしているのだ。
仗助は一瞬疑問符を浮かべたが、しかし怒り心頭の彼はそんな些細なことに気を取られはしない。
何も関係なく、宣言通り自分の頭を貶したいけ好かない男をブチのめそうとした――自分自身が今したことの意味に、気付かぬまま。
――こと戦場において、浮ついた心で歩み出したなら果たしてどうなるか?
その答えは、決まっている。
では、こと戦場において、怒りに支配された心で歩み出したならどうなるだろうか?
その答えもまた、決まっている。
地雷を、踏むのだ。有形無形の違いはあれど、盛大な爆発を浴びる羽目になるのだ。
-
「……な……!?」
ガラティアを絡め取り、いざ唐竹割りにせんとしたその時。
彼女の力でも引き千切られないよう厳重に、何重にも施した筈の拘束が――ギチ、ギチ。ビリ、ビリと音を立て始める。
立て始めてから、事が起こるまでほぼ一瞬だった。繊維がちり紙のように破かれ、ナイチンゲールの脇腹をガラティアの回し蹴りが強く打ち据える。
今回反応出来なかったのは、ナイチンゲールの方であった。明らかに、速度が跳ね上がっている――先程まで見せていたそれとは比べ物にならないレベルまで。
「――よくも」
ポツリと、ガラティアの口から声が漏れる。
とても綺麗な音。天上の管楽器で奏でたような音。
けれどそこには、死神のそれかと見紛う程冷たくドス黒い、怒りの念が凝縮されていた。
――ガラティアはバーサーカーにしては理性的で、意思疎通をするのが比較的容易な英霊である。
しかし彼女の狂化スキルのランクはC。
EX(規格外)でもE(最底辺)でもない、十分な暴力の供給が約束された位階。
彼女に宿る狂気の力が発露するのは、まさしく彼女にとってのとある地雷を、何者かが踏み付けた瞬間だ。
分倍河原仁。トゥワイス。ガラティアの愛する父――そうであると彼女が思い込んでいる、傷物の心を持った小悪党。
彼が傷付けられた時、ガラティアは真の恐ろしさを発揮する。怒りと狂気のマーブル模様にその思考を染め上げて……
全身全霊で、父の敵を排除する。
父を泣かせる者を、虐める者を排除する。
それがアガルマトのための乙女、ガラティアの愛/狂気。
「――よくも、私のお父様に……その汚らしい手を掛けたな――!!」
仗助による制裁が始まろうかというちょうどその時。
ナイチンゲールを知ったことかと置き去ったガラティアの鋭い飛び蹴りが、仗助を貫かんとした。
「!? 『クレイジー・ダイヤモンド』ッ!!」
とっさに気付いた彼はスタンドで迎撃するが――敵はサーヴァント。それも、バーサーカー。
ミシ、と腕が軋む。その感覚に顔を歪めた時には既に、ガラティアは仗助の目の前から消失していた。
「――『上』か……!!」
クレイジー・ダイヤモンドの繰り出した殴打の威力を利用して、そのまま上に跳躍したのだ、ガラティアは。
仗助がそれに気付く頃には全てが遅かった。
仗助の周囲を覆い隠す影。それは言うまでもなく、真上のガラティアが呼び出した巨人の一パーツ。
彫像の巨大な脚が、害虫を踏み潰すように仗助へと襲い掛かる。奇しくもそれは、彼を非日常の世界に導いた甥と邪悪の権化たる吸血鬼が繰り広げた激闘の一幕に酷似していた。
潰れろ。潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ――ひしゃげて壊れて消えてしまえ、父を害する蛆虫め。
仗助はクレイジー・ダイヤモンドを通じて分かるその重量から、ガラティアの煮え滾るような昏い怒りの念を感じ取った。
彼が髪型を貶された時に抱く怒りが嵐のような激情だとすれば、彼女のそれはただ只管に昏く、粘っこい、鬼女の怨念だ。
-
「う、おおおおおおおおおおおおおおおォォォォッ――――!! ドララララララララ――――」
全力のラッシュを受けても崩れない頑強な巨体。
重機などとは比べ物にならない硬さと重量を併せ持つそれは、当たり前に仗助の全力を押し返していく。
だが、仗助にはナイチンゲールが居る。最低限の抵抗で脚の到達を遅らせることさえ出来ていれば、彼女の援護が必ず到着する筈だ。
サーヴァントとはいえ女性頼みで物を考えるというのは普段の仗助ならば癪に思うところだったろうが、今はそんなプライドなど軽んじるべき状況だ。
目が血走るほど意識を集中させて、全身全霊のクレイジー・ダイヤモンドを撃ち込むものの――
全速力で駆け出したナイチンゲールが到着する、まさにそのコンマ数秒前。
東方仗助の身体が突如くの字に折れ曲がり、ノーバウンドで宙を舞った。
ナイチンゲールは咄嗟にそれを受け止めるも、マスターである彼の意識はその一撃で完全に吹き飛んでいる。
口からは喀血が溢れている――息はあるようだが、決して少ないダメージではないらしい。
ガラティアは、巨脚を囮に使ったのだ。
『彫刻師の接吻』によって召喚された巨像のパーツは全て、対応するガラティアの身体部位と連動して動作する。
その為普通であれば、呼び出した手や脚を攻撃に使いながらガラティア自身も攻め込むというのはなかなか難しい。
しかしながら空中であるなら話は別だ。像の持つ重量はそのまま暴力となり、重力の影響を受けてビルの倒壊にも等しい圧力で仗助を襲う。
脚の巨大さも相俟って、仗助がガラティアの狙いを目視して気付くというのはまず不可能だ。
怒れるガラティアは脚の上から悠々と飛び降り、狂化が乗って跳ね上がった身体性能を遺憾なく発揮して彼の懐へ侵入。
骨も筋肉も内臓も全て潰す勢いで、象牙製の健脚の一撃を見舞ってみせたのだった。
仗助はすんでのところで自分が"嵌められた"ことに気付き、着弾の一瞬前にクレイジー・ダイヤモンドの片腕を防御の為に構えつつ、自らも身体を折り曲げて衝撃を逃がす体勢を取った。
それが幸いし、致命的な負傷にこそ至らなかったが――その意識はインパクトの瞬間に耐えられず、電気の紐を引くが如く断絶してしまったのだった。
「……マスター」
ナイチンゲールは己の不甲斐なさに奥歯を噛み締める。砕けんばかりの勢いで。
全て自分の落ち度だ。敵手の爆発力を見抜けなかった。対応し切れなかった。
これでよくも偉そうなことをマスターに言えたものだ――己の弱さに脳髄が沸騰しかける。
ぐっと意識を手放した主を抱き留める腕に力を込めて、それからナイチンゲールはその視線を敵の主従へと移した。
マスター・東方仗助を傷付けた憎き敵。
しかしナイチンゲールが彼らに向ける視線は、怨敵へ向けるべきそれではなかった。
硬く強い意思の込められた双眸。それは彼女が幾度となく、とある立場の人間に向けてきた目だ。
「ああ、ああ。
お父様、お父様。可哀想なお父様。
どうぞご安心下さいませ……。あなたの娘が今、お父様の不安を取り払って差し上げます……」
「ぐっ、はっ、はっ、バ、バーサーカー、ちゃん……」
歪な姿であった。
人形の少女に頭を撫でられながら、素顔の一部露出した顔で麻薬中毒者めいた言動を覗かせるトゥワイス。
彼がマスクを剥がれた時に見せた反応。それを視認した時から、ナイチンゲールの彼らに対する認識は変わっていた。
彼女は東方仗助のサーヴァントだ。だが、それ以上に――『癒やす者』、なのである。
-
「貴方は病気です。バーサーカーのマスター」
毅然とした声色で、ナイチンゲールはトゥワイスへ告げた。
その言葉に、荒い息を吐いていたトゥワイスの目玉だけが動き、彼女の方を見る。
ガラティアは殺意の籠もった瞳を向けてきたが、そんなものに怯むクリミアの天使ではない。
バーサーカーのマスター・トゥワイスは……分倍河原仁という男は病んでいる。
肉体ではなく心を。極めて重篤に、今すぐにでも癒やすべき深度で冒されている。
最早目の前の主従はナイチンゲールにとって打ち倒すべき敵ではなかった。
無論、"過程"でそうすることが必要ならば躊躇なく切除を敢行するが、認識が変わったのは事実である。
――即ち、治療すべき患者へ。処置を施し、癒やし、病を克服させるべき庇護の対象へ。
「そのマスクへの極めて強い精神的依存。依存対象の損壊に伴う精神恐慌。
明らかなパラノイアの症状が出ています。早急に治療の必要があると判断しました」
「……あ……? 治療、だと……?」
「――殺してでも。貴方を癒やします。貴方という病人の存在を、私は看過出来ないわ」
「ッざけんじゃねえ……! 勝手なことを言いやがって……!!」
トゥワイスが、目をひん剥いて叫んだ。
彼が現在のようになってからもう何年も経つ。
元は些細な悪事だった。自分の"個性"を利用して甘い汁を吸う、ありふれた行い。
が。彼の"個性"は彼自身に牙を剥いた。手が付けられなくなった――日常が崩れ落ちた。
トゥワイスの話を聞いた人間は誰であれ彼を病気と言って笑った。
何せ情報社会の全盛期だ。そういう本やらサイトやら、目にしなかったと言えば嘘になる。
ではその高尚なアドバイスが実を結んだのか否か。それは今のトゥワイスの有様を見れば分かることだ。
見当違いな分析、知ったような言葉。役に立った試しはないし、クソ食らえと悪態すら吐いてきた。
聖杯戦争に来てまで、こういう輩が現れるのか。病人だと? そんなこと、俺自身が一番知ってるよ。
「……帰るぞ、バーサーカーちゃん……気分が、悪ぃ……」
「いけませんわお父様。お父様を傷付けた汚らしい虫を、きちんと退治しなくては。
心配ありませんよ? 手短に終わらせますので。手足を千切って、目玉を抉って、皮を剥いで肉を潰して神経を編んで骨を―――」
「……バーサーカー!!」
愛する父の口から突然発せられた怒鳴り声に、ガラティアはびくりと身体を反応させる。
ガラティアの狂気はトゥワイスの、父の負った"傷"の大きさに依る。
仮にトゥワイスが仗助によって完全に制裁されきっていたなら、それこそ令呪でも使わねば抑えの効かない狂鬼が生まれていただろうが――
今は幸い、そこまで深い狂気に支配されている訳ではなかった。強く呼び掛ければ意思が通じる。だからこの時、トゥワイスの声はしっかりと届いた。
「……許しません。絶対に、次は殺して差し上げます」
ギリ、と鋭い憎悪の目をナイチンゲールへ向ける少女人形。
それからすぐに彼女は治りかけの腕でトゥワイスを抱えると、フェンスを飛び越えて隣のビルにまで飛び移っていった。
ナイチンゲールは逃すまいと白翼から繊維を放ち、拘束を試みるが――失敗。
ガラティアの呼び出した巨腕によってあっさりと引き千切られ、逃走を許してしまう。
追い掛けようかと一瞬逡巡したものの、腕の中の仗助の感覚がそれを断念させた。
命にこそ別状はないようだが、負傷はある。恐らく肋骨か、どこかの骨が折れている筈だ。
優先順位を間違ってはならない。まずは目の前、手の届く範囲の患者を癒やしてやらなくては。
-
戦いが終わると、下の方から喧騒の音色が聞こえ始めていることに気付いた。
無理もない。あれだけ派手に戦えば、幾ら舞台が地上から離れた高所であろうと気付く者も出てこよう。
ナイチンゲールは仗助を抱えたまま階段を一フロア分降り、人目に付かないだろう裏路地方面の窓から飛び出した。
初戦の結果は痛み分け。だが――分かったこともある。この聖杯戦争はやはり、病みで満ちている。その事を確と理解出来た。
「……此方の台詞です。バーサーカー」
バーサーカーの最後の言葉を思い返し、鋼の看護婦・セイバーは小さく呟いた。
そこにはやはり鋼鉄のような、何事においても揺さぶられることのない、非常に強固な意思が宿っているのだった。
「絶対に、次は治療を受けていただきます。貴方のマスターには、それが必要だ」
【C-8 新都・繁華街/一日目 午前8時30分】
【セイバー(フローレンス・ナイチンゲール)@史実】
[状態]疲労(小)、脇腹にダメージ(大)、『天使の執刀』に損傷(極小)
[装備]『天使の執刀』
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に巣食う病巣の切除。対象が聖杯であろうと、例外ではない。
1. この場を離れ、マスター(仗助)に然るべき処置をする。
2. バーサーカーのマスター(トゥワイス)は完全に病気。次に会ったなら然るべき処置をする。
[備考]
※バーサーカー(ガラティア)の宝具(限定展開時)について認識しました。
※『二倍』の異能がトゥワイスのものであることには気付いていません。
※現在病人判定されたのは以下のキャラクターです。
・聖杯戦争の運営(人物特定までは出来ていない)
・分倍河原仁(トゥワイス)
【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]気絶、腹部にダメージ(大)、肋骨数本骨折
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]学ラン姿
[道具]
[所持金]普通の高校生程度
[思考・状況]
基本行動方針:冬木市を守る。
1. …………。
2. 誰の頭が腐ったコッペパンだコラァ!!
[備考]
※バーサーカー(ガラティア)の宝具(限定展開時)について認識しました。
※『二倍』の異能がトゥワイスのものであることには気付いていません。
※ナイチンゲールとガラティアの戦闘の一部が目撃され、繁華街がそこそこな騒ぎになっています。
-
◆
「……悪いな、バーサーカーちゃん。怒鳴っちまってよ」
「お気になさらず、お父様。お父様の苦しみを理解してあげられなかった、この私が悪いのですから」
トゥワイスが借りている格安家賃のボロアパートに、ガラティアの可憐な姿は完全に不釣り合いというものであった。
この聖杯戦争にて、トゥワイスが最初に目覚めた場所は郊外の廃病院だった。
人の手の入っていないそこに申し訳程度の電気が外付けしてある、とてもではないが健康的な生活が送れるとは思えないような場所。
元は浮浪者の一団が住んでいたらしいが、トゥワイスが目覚めてからはすっかり寄り付かなくなっていた。ひょっとするとこのガラティアが何かしたのかもしれない。
――大まかな事情を理解して、目的を立てたトゥワイスはすぐに拠点を変えた。
衛生環境を気にするほど潔癖になったつもりはないが、あんな場所で誰かに見つかったり噂が立ったりすれば、あまりにも怪しすぎる。
とっとと御暇するが吉だろうと踏んだ。幸い、この世界の分倍河原仁に犯罪歴だとか、そういう面倒なものはなかったし。
そうして行き着いたのがこの、審査も何もあったものじゃない格安アパートだ。
お世辞にもいい部屋とは言い難いし、何なら過去に住人が自殺している曰く付き物件らしいが、今更幽霊なんて恐れる柄でもない。
何せ幽霊より遥かに恐ろしい英霊様を連れているのだ。わざわざ避ける理由もない。
トゥワイスは先の戦いを述懐する。
そうでもしていないと、マスクの破けた部分から自分が張り裂けてしまいそうだったから。
――敵のサーヴァントは、強かった。敵のマスターも、冗談みたいな強さだった。『いいや、思ったほどじゃなかったぜ』
ヒーロー二人を同時に相手取ったような気分だ。分かっちゃいたが、この聖杯戦争という儀式を勝ち抜くのは並大抵のことじゃないらしい。『初耳だね』
討伐クエストに対する身の振り方も考えておく必要がありそうだ。後先考えない立ち回りをしようものなら一瞬で詰みかねない。ヤバい難易度だ。『イージーモードさ』
この世界には死柄木弔も、トガヒミコも、荼毘も、Mr.コンプレスも、スピナーやマグネもいない。……マグネは元の世界にももういないか。『今は実家に帰ってるだけだよ』
あの無能ヤクザ共やいけ好かないオーバーホールでもいいから味方が欲しいと、トゥワイスは本心からそう思う。『いらねえよボケ!』
自分の"個性"がもっと戦闘向きであったならと、そんな無意味なIFに思いを馳せずにはいられなかった。『同じことだよ』
と、その時。
「失礼しますわ、お父様」
「うおっ!?」
いきなりガラティアがトゥワイスの前に座ったかと思うと、ラバーマスクに手を当ててくる。
ただでさえ過敏になっているトゥワイスは、思わず声をあげてしまった。
見ればガラティアの傍らには何やら裁縫道具のようなものが広げられている。
まさか、とトゥワイスが言うと。
ガラティアはにこりと、先の怒り狂った姿からは想像も出来ないほど穏やかに微笑んでみせた。
-
「こんな事もあろうかと、お店から拝借しておきました。
傷付いてしまったお父様を優しく包むのも、ガラティアの役目ですから」
「……バーサーカーちゃん……」
「はい?」
「君は天使だ。結婚しよう……」
「ふふ、喜んで」
――聖杯戦争においても、敵(ヴィラン)は敵(ヴィラン)。
されど彼ら、彼女らにも悪党なりの日常というものがあるのだった。
たとえそれが歪んでいても。社会の敵もまた、人間なのだ。
【B-9 安家賃のボロアパート/一日目 午前8時50分】
【バーサーカー(ガラティア)@ギリシャ神話】
[状態]胸にわずかな痛み(極小)
[装備]裁縫セット
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:全てはお父様の為。お父様と永遠に生きる為。
1. お父様のマスクを直してあげる。
2. セイバー(ナイチンゲール)とそのマスターは必ず殺す。許さない。
[備考]
※セイバー(ナイチンゲール)の宝具(『天使の執刀』)について認識しました。
※東方仗助のスタンドについて、その性質を認識しました。
【トゥワイス(分倍河原仁)@僕のヒーローアカデミア】
[状態]精神疲労(小)、魔力消費(小)、ラバーマスク修繕中
[令呪]残り3画
[虚影の塵]有
[星座のカード]有
[装備]コスチューム姿
[道具]
[所持金]普通の高校生程度
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、『俺』を取り戻す。
1. 結婚しよ『犯罪だぜ!?』
2. 病人? そんなことは俺が一番分かってる。『俺は健康さ』
[備考]
※セイバー(ナイチンゲール)の宝具(『天使の執刀』)について認識しました。
※東方仗助のスタンドについて、その性質を認識しました。
-
投下終了です。
何かあればお願いします
-
投下乙です
翼のギミックを駆使して戦うナイチンゲール、全てを押し潰す巨腕を操り応戦するガラティア、どちらも描写が巧みで素晴らしい
特に婦長の翼が手術用双翼武装と表現された所はカッコいいですね!高機動で強力なのが伝わってきました
そんな婦長を出し抜いたのがトゥワイスの『個性』なのもクロスオーバー感があって好きですね
トゥワイス自身もヴィランとしての存在感を示し、その結果仗助の地雷を踏んで手がつけられなくなるという流れも面白かったです
トゥワイスを癒すべき病人としてロックオンした婦長と婦長をにくい敵として認識したガラティア…これから楽しみになる話でした
-
感想ありがとうございます。
wiki収録の際にトゥワイスの所持金欄の変更忘れに気付いたので、編集しておきました。
-
婦長の治療あとなれば時代的に額にノミが連想される
-
エイブラハム・グレイ&セイバー(ジャック・ザ・リッパー)
シン&アーチャー(后ゲイ)
予約します。
-
クッッッッッッッッソクソな労働スケジュールのせいで分割投下せざるを得なくなりました(嘘、本当はもとから分割するつもり)
投下します
-
◆
――人は上辺によらぬもの。そんな言葉が世にはある。
真理である。人は、その身を包む薄皮一枚剥がすだけで、全く別の側面、別の在り方が露出される、地球上で唯一の生き物と言っても過言ではなかろう。
男なのに、料理が上手い、裁縫が得意。女性であるのに、力仕事に従事している。一礼を上げてしまえば、枚挙にいとまがない、と言うレベルではない程であろう。
そしてその法則は勿論、サーヴァントにすら適用される。いや、サーヴァントであるからこそ、見かけで全てを判断してはならない。
それは、死に最も簡単に近付く事の出来る、余りにも辿ってはならない近道であるからだ。
この場にいるセイバー・アテルイ、バーサーカー・八岐大蛇、シールダー・ウィラーフ。三者全員が、見た目とは裏腹の何かを、詐欺同然のレベルで保有していた。
八岐大蛇と、ウィラーフはそれが解りやすい。非力な女子その物と言ってよさそうな外見、特にオロチの方など、米の入った袋すら持てなさそうな童(わらし)の姿だ。
そんな二人が、誰もが目を剥く程の格闘戦をその小さな体で繰り広げていると言うのだから、驚愕と慄然を憶える他ない。
左腕に青緑色の焔を纏わせて、右手に盾を握り、その盾の縁や防御面で時に殴打し、時に焔を纏った左腕を振わせて殴りつけたり等。
外見からは想像もつかない程荒々しい、武骨そのものとも言える戦いを繰り広げるのは、ウィラーフ。
綺麗な黒髪に、可愛らしい童顔。そんな女性が行うには、彼女の戦い方は余りにも、華や『魅せ方』と言うものを削ぎ落した、割り切ったそれだった。
一方、水晶のように透き通った透明感の刀を手にし、枝のように振って攻撃を行い続けているのは、白装束の子供だった。
外見だけでは、性別が判別できない程中性的な容姿のサーヴァント。確かなのは、臀部から伸びる蛇の尻尾から、この子供が純然たる人間のサーヴァントではない事が、
解ると言う事位か。どちらにしてもこの子供もまた、尋常の力の持ち主ではない。何故ならば、鍛錬を積んでいなければ振るうどころか、
逆に振り回されてしまう程に、刀は本来重いのだ。これをいともたやすく、小枝を振うが如き感覚で。
しかも、音に達する程の速度でこの子供は振い続けているのだ。幼き矮躯に、達人の拙速。これらを両立させたこのサーヴァントの名前は、八岐大蛇。記紀神話に於いてその名が畏怖を以て書き綴られている、日本の神話体系における最大の化生の一柱であった。
「んだよテメェら、ガン首揃えて出来る事は素人丸出しのリンチかよォ!?」
ウィラーフとオロチが、格闘戦を繰り広げていると言うと、この両名が死闘を演じていると錯覚するが、実際には、違う。
その格闘の技量を以て葬る対象は、ギリシャ様式の彫像がそのまま動き出したかのような、理想の肉体美を誇る褐色の肌の偉丈夫。即ち、アテルイに対して向けられているものであった。
ともすれば毒々しい色味とも取れる色の焔を纏った拳で、ジャブを放つウィラーフ。
それと全く同タイミングで、下から跳ね上げるように振り上げられたオロチの草薙剣。
――これらをアテルイは、当たるか当たらないか、放たれた攻撃が掠るか否かと言うギリギリの距離感を保たせて回避し続けていた。
声音は、全く余裕である。強がり、ブラフ、そんな物は微塵も感じられない。本当に、二名の波状攻撃を、余裕綽々に対応している事が窺える。
盾自体を振い、縁で相手の肉と骨を破壊する、ウィラーフの攻撃。そして喉目掛けて放たれた、草薙剣によるオロチの刺突。
これらを、舌を伸ばせば地面の下草まで舐められる位の低姿勢になる程に、身体を屈ませる事でアテルイは回避。
そしてそのまま、左手を地面に設置させ、地に付けさせたその腕一本を軸として、グルンと身体全体を横に一回転。
ただ回転したのではない、右脚を伸ばした状態でだ。足払いである。アテルイの足払いは見事に、ウィラーフとオロチの踝に直撃。
余りの勢いでアテルイが蹴った為か、二名は足払いで転んだのではない、『宙を舞った』。二名が優れたサーヴァントだからこそ、この程度で済んでいた。
これが一般人であったのならば、足払いで転ぶどころか、脚が膝の下から吹っ飛んでいただろう。アテルイの蹴りには、それだけの威力があるのだ。
-
「うあっ!?」
「チィ、クソガキ……!!」
ウィラーフに、オロチ。両名は共に、五〇〜六〇cm程の高さの所まで、背面を下向きにした状態で、倒れるように浮き上がっている。其処を、アテルイは突いた。
低姿勢の状態から直立の状態まで、スムーズかつ凄まじいスピードで移行するアテルイ。瞳が鋭くなるのとは対照的に、アテルイの口角は、嗜虐的なまでに釣り上がっていた。
「アマチュアが!!」
今も空中で無防備な状態でいる二名目掛けて、稲妻の如き速度の前蹴りを交互にお見舞いするアテルイ。
自分の身長と同じ大きさの岩どころか、鉄の塊すら砕く、鬼の膂力から繰り出される蹴りである。内臓の破裂で済めば、儲けものとすら言われる程の威力が其処には在る。
防御しなければ、次の戦闘に支障が来たすどころか、今のこの戦いの時点ですら支障を及ぼす。防がねばならない。そして、防ぐだけの技量があるのは、ウィラーフだった。
シールダー――盾の英霊としての象徴である、火竜のブレスを防ぎ切ったあの鋼盾を、蹴り足の軌道上に素早く、空中に投げ出された状態で配置するウィラーフ。
其処に、アテルイの痛烈無比な蹴りが炸裂。盾が変形しかねない程の勢いの蹴り、それを空中と言う支えのない所で受けたせいで、蹴り足の伸びた方向へと、
文字通り矢の如き速度で彼女は素っ飛んで行く。吹っ飛ばされながら、空中で体勢を整えるウィラーフ。クルッ、と宙で器用に身体を一回転。
地面に足を着地させ、其処で踏ん張り摩擦の力を借りて、アテルイの蹴りの勢いを減殺。ガリガリ、ギャリギャリ、凄い音を立てて、
地に足付けた状態のまま彼女の姿は意志とは裏腹に、スライドするように後方に移動して行く。
土に、ウィラーフのグリーヴの底の形が溝となって刻まれる程の力で、彼女は踏ん張っていた。
彼女レベルの筋力で本気で抵抗しても、二十m程も吹っ飛ばされたのである。恐るべきは、アテルイ、鬼の膂力よ。
受け損ねたのは、オロチの方だった。
草薙剣で防御をしようと試みたようであるが、剣身が細く、防御可能な面積が絶対的に足りなかった上に、アテルイが絶妙に剣身を避けて蹴りを放った為、
モロに腹部に蹴りが直撃。痛みを味わうよりも速く、脚の伸びた方向へとオロチが、子供が小石を投げるが如き勢いで素っ飛んで行った。
――果たして誰が、信じられよう。
アテルイがウィラーフとオロチの攻撃を屈んで回避してから足払いを行い、そのまま二名に蹴りを放つまでに経過した、その時間。
それが、一秒を下回る速度で行われた、一瞬間の出来事であったと言う事をだ。スローモーションカメラを用いてシャッターを連写でもしない限り、何が起こったか等誰にも判別出来ないであろう。凄まじき、アテルイの暴威であった。
「ど〜〜〜〜よ皆様!! この俺様の強さ、身体で覚えてくれて何よりだ、次はテメェらの下半身に嫌と言う程教えてやるから待ってな!!」
下品極まりない言葉を口にしながら、凶悪な目線をアテルイは、オロチを除いた一同に送り付ける。言葉の意味を解っていないのは、マシュだけだった。
人は見かけによらぬもの。ウィラーフとオロチの場合は、外見と実際の強さの不一致が該当する。
アテルイの場合は、その言動と立ち居振る舞いだ。益荒男と言う概念を絵にしてみせたような、男性的な偉丈夫。その姿を見れば、弱いと思う人間は先ずいないだろう。
アテルイの言動は、余りにもチンピラ然とし過ぎていた。挙措・言動に品位がなく、実際上の思想も余りにも野蛮で俗的。
サーヴァントと言う括りで考えた場合、こんな男が強いだなどと思う魔術師も、そして英霊も、存在する筈がない。
-
――だが、この男は強かった。それがアテルイの厄介な点だった。
実際に干戈を交えるまで、本当の強さは解らない。当然の事である。だが、それでも。ある程度の範囲までは、普段の行いや言葉で解るものなのだ。
アテルイ。この男は落ち着きがなく、英霊としては余りに俗物、そして何より、宝具と言う油断ならぬ切り札を持っている事が公然の事実であるサーヴァント達を、
徹底的に見下し、女とあれば犯す為の穴がある肉の塊としか思っていないその思想。誰が見たって、この男が強いなどとは思わないだろう。当然の反応でもある。
だが実際には、この男は強いのだ。ウィラーフは確信した。アテルイは、戦闘についての技量だけならば自分や、共闘しているオロチの遥か上を行く。
それもその筈、神代の只中から千年以上もの間生き続け、しかもその半生で戦った殆どの相手が、自分よりも格上で技倆を磨かねば勝てぬ者達ばかり。
そして、殺した相手――即ち、鬼種と呼ばれる存在や幻想種そのものたる化生を喰らってその力を我が物として来たアテルイが、弱い筈がない。
彼は、自分より格下の相手を虐殺しただけの男ではない。血で血を洗う死闘を幾度となく繰り広げ、最後の坂之上田村麻呂と鈴鹿御前との戦い以外、
全て勝利して来た本物の戦闘者なのである。潜り抜けて来た死線、演じた駆け引きの数……どれをとっても、この場にいる二名を超越している。
だからこそ、厄介。アテルイ本人は意図など欠片もしていないが、普段の言動や行動が、彼の実際上の強さを巧妙に隠すヴェールとなっているのだ。それのせいで、ウィラーフもオロチも出鼻を大幅に挫かれた。
盾を構え、鋭い目線をアテルイに送るウィラーフ。
蹴りを盾で防御しきったにも関わらず、多足の昆虫でも這いまわっているかのような、不気味な痺れが彼女の両腕に走っている。
相手が強いと言う事実を、厳として受け止める。それは、これからウィラーフは格下相手に行うような戦い方ではなく、自分より上手の相手に対するそれ。
つまり、自分をも身の危険に置く戦い方をしなければならない。そうしなければ、絶対に、アテルイを相手に勝利どころか、彼自身を退けさせる事すら出来ない。
幸いにもマシュは、非常に潤沢な魔力を持っている。マスターとしてこれ程まで優秀な少女もいないだろう。
それにウィラーフの宝具は、本質を言えば単なる自己強化の域を出ないそれである。しかし、それ故に『燃費が良い』。燃費の効率が良い為、継戦能力に長ける。
持久戦にこれ以上となく向いた宝具であり、それはつまり、盾の英霊の欲する宝具でもある。粘り、勝機を虎視眈々と待ち続け、機を見て一気に勝ち取る。
それが、この場に於いて、ウィラーフがアテルイを相手に設定した、太い勝ち筋だった。
【マスター、宝具の開帳の許可を】
【お願いします!!】
元よりマシュは、実戦経験はない。取っ組み合いの喧嘩ですら、生まれてこの方した事も、そして許された事もない、文字通りの箱入りだった。
だからこそ、素人の生兵法は危険だと考え、このような有事に陥った場合、その全権をウィラーフに一任する事にしていた。
その判断は正しいし、ウィラーフとしても有り難い。変に気取ったマスターに前線に出られ、己の動きに要らぬ制限を掛けられる位なら、そちらの方が遥かにマシである。
「念話してんじゃねーぞタコ!!」
ウィラーフとマシュが黙っている事から、念話で作戦会議を行っている事を読んだらしい。
地面を蹴り、疾風か、射られた矢か、としか見えぬ程の速度で、自身が振う『剣』の間合いへとアテルイは到達。手に握った骨刀を、ウィラーフ目掛けて振るおうとする。
それに対するウィラーフの対応は勿論、盾で防ぐ事。それはシールダーと言うクラスとか関係なしに、盾を持った者ならば、して当たり前の対応だった。
-
◆
――この国には、矛と盾と言う言葉を組み合わせて、矛盾(むじゅん)と読む故事成語がある。
中国戦国時代の諸子百家の一人、法家の韓非が著した韓非子なる書物に出て来た一遍に基づいていると言う、古い由来の言葉である。
矛盾と言う言葉も有名なら、その故事成語のエピソードもまた非常に有名だ。どんな矛をも防ぐ盾と、どんな盾をも貫く矛とを啖呵売していた所、
それを聞いていた町人に『その矛で盾を突いたらどうなる』と聞かれ、商人が返答に窮する、と言う笑い話である。今日日は、小中学生でも知っている程有名な話だ。
本人達は一切与り知らぬ事であろうが、そのエピソードが期せずして、この冬木の森林で成就されようとしていた。
絶対に壊れぬ盾を持つのは、ウィラーフと言う英霊だ。彼女の盾は賢王ベオウルフから継承した、鋼で出来たそれである。
国をも滅ぼす程の力を持っていた名もなき火竜。その暴威に対抗するべく、ベオウルフが若かりし頃に屠ったと言う悪鬼グレンデルが隠していた不思議な力を持っていた財宝。
その一部を煮溶かし、鋼に混ぜ込んだこの大盾は、文字通り『絶対に壊れない』。嘘偽りではない、岩石ですら瞬く間に蒸発させる、
火竜のブレスを防ぎ切ったこの盾は、ウィラーフが死に絶えるその瞬間まで、如何なる勇士の如何なる一撃でも、表面を欠けさせる事すら出来なかったのだ。
正しく、無敵の盾。どんな矛でも貫けぬ、矛盾の内の『盾』だった。
アテルイの骨剣による一撃が、ウィラーフの盾と激突する。
凄まじい大音が、森林中に鳴り響く。それは、アテルイの膂力と、ウィラーフが持つ盾の頑健さが如何程の物であったのか。如実に証明する何よりの証であった。
――これは……!!――
伊達に、盾の英霊としてウィラーフは召喚されていなかった。
剣を振う英霊が自分の剣の刃毀れや切れ味に敏感なように、槍を撓らせる英霊が自分の槍の重さに神経質なように、弓矢を扱う英霊が弦の張り具合にうるさいように。
ウィラーフ、もとい、盾の英霊は盾の『耐久力』が手に取るように解る。
この位の攻撃までなら、受け止められる。あの攻撃をどれだけ受ければ、この盾が破壊されるのか。今表面に負った傷は、盾の破壊に繋がる致命的なそれなのか。
特に、盾で攻撃を受けようものなら、より多くの情報をシールダーは受け取る事が出来る。攻撃した際の力から、相手の放てる一撃のマックス・ミニマムの威力を類推する事などお手の物。相手の疲労度や心理状況だって解るのだ。勿論、防いだ一撃が、盾に与えた影響なども、正に、手に取るように、だ。
そんな、ウィラーフ……シールダーのサーヴァントだからこそ、理解出来た。アテルイの攻撃を、絶対に盾で防いではいけないと言う事実を。
「あ? テメェ、その盾……」
アテルイが怪訝そうな表情を浮かべる。
如何やら彼の方も、今の一撃を防がれたと言う事態を、異常だと認識しているらしい。
つまり、彼自身はこう思っていたのだ。自分の放った一撃は、絶対に防げる筈がない、と。
盾の英霊であるウィラーフは誓った。アテルイの攻撃は、絶対に『盾で防いではならない』、と。凡そ、シールダーらしくない考えに見えるだろう。
そして、素人目には、ウィラーフはアテルイの恐ろしい一撃に、見事に対応している……風に見えるだろう。
だが、違う。ウィラーフには解るのだ。今のアテルイの一撃は、ウィラーフが持つ盾(宝具)に、決して受けてはならない亀裂を生じさせていた。
外から、と言うより、彼女の盾の外面にはそんな亀裂は何処にもない。斬られたのは、宝具、と言うものを構成する極めて重大な『内的要素』なのだ。
内的要素、と言う表現はある種間違っているのかもしれない。人間で言うのならば、魂。サーヴァントで言うのならば、霊核。
アテルイの一撃は、宝具にとっての魂或いは霊核に相当する何かに、凄まじいダメージを与えているのである。
アテルイの剣撃を防ぎ続ければ、宝具自体が死ぬ。二度と、この聖杯戦争で使えなくなる。そんな確信が、ウィラーフにはあった。
外部からインパクトを与えて破壊するのではなく、それ自体を構成する重大な何かを裂く一撃。これを、絶技と呼ばずして何と呼ぼう。その絶技は確かに、ウィラーフが持つ鋼盾に、看過不可の損傷を与えていた。
次の直撃には、耐えられないかも知れない。
そしてアテルイは、自身の放った攻撃が如何なる性質を帯びた物であるのか、勿論の如く理解していた。そして、ウィラーフの宝具に、致命に至る傷を与えている事も。
-
「どいつもこいつも、とっととぶっ壊れろやぁ!!」
苛立ちを内在させた声音で再び骨剣を振い始めるアテルイ。
一度は防げても、次は突破出来るかも知れない。そう判断し、連続で攻撃を仕掛け盾を破壊するつもりだ。そして、その通りの未来になるだろうとウィラーフは確信。
横薙ぎに振るわれたアテルイの一撃を、電瞬の速度でバックステップする事でウィラーフは回避。剣先が、衣服の腹を掠める。
スパッ、と言うオノマトペでも浮かび上がろうかと言う程、見事な切れ目が生まれ、白磁に似た艶やかさの肌が、其処から露出した。間一髪だ、傷がない。
「真名、開帳――」
人を徹底的に見下すきらいのあるアテルイでも、流石にこの一言だけは見逃せなかった。
宝具の発動。その予兆である。宝具の行使を指を咥えて待っている程、アテルイは悠長な性格をしていない。
ウィラーフのいる場所に真空の刃を生じさせ、彼女の身体を寸断させようとした、その時だった。
彼の背後から、膨大な殺意を伴わせた何かが、凄まじい速度で接近してくるのを察知。見るまでもない。それが何かを、アテルイは知っていた。
真空の刃をウィラーフのいる場所に放たせてから、勢いよく後ろに振り返るアテルイ。そして振り返りざまに、骨の直剣を振り下ろす。
響き渡る、戛然たる大音。それは、アテルイの剣を、オロチの振う草薙剣が防いだ音でもあった。
「お呼びじゃねーンだよ、失せろ!!」
――プッ!! と、其処でオロチは頬を膨らませた、と見るや、口腔から勢いよく霧状に何かを噴出した。
血である。アテルイに足払いされて空中を回された後に受けた、前蹴り。その時に吐き出す筈だった吐血を喉元辺りで溜めておき、これをアテルイに噴出したのだ。
これには意表を突かれたらしい、顔にオロチの血が付着、一瞬ではあるが、アテルイの思考は忘我のそれへと誘われた。
一方ウィラーフは、見えざる真空の刃の位置を直感で割り出し、盾で防ぐ。どうやらあの内的要素を斬り裂く攻撃は、剣の攻撃にしか該当しないらしい。
成程、如何やらあの剣もしくは、アテルイが手にした何かしらの武器が、件の恐るべき力を内包するようだと、ウィラーフは即座に看破。看破しながらも、続けて、自身の宝具の性能を引き出そうとした。
「忍耐は、我が足より伸びて張る根となりて。勇気は、裡より湧き出る怯懦を燃やす炉火となりて!!」
アテルイを睨めつけるウィラーフ。
その目に、怨念はない、憎悪もない。純然たる、怒り。目の前の敵を挫き、そして、彼が与える暴威から全てを守り抜く。
そんな不退転、不撓不屈の光を宿した怒りの瞳に、雑念も邪念もなかった。アテルイを、斃す。その純粋な思いが、ウィラーフの瞳から光となって煌めき零れ落ちるかのようだった。
「王よ、多くは望みません。私に、一欠片の勇気と、一握りの力を!!」
「させっか、馬鹿が!!」
「それオレの台詞」
ダッと、その小柄な体格を利用し、アテルイの懐に入り込んだオロチが、彼の腹腔に草薙剣を突き立てようとするが、真正面から見える位置からの不意打ちを、
そう易々と喰らうアテルイではない。骨剣の腹で刀を防御するが、その頃には既に、ウィラーフの宝具は発動していた。
「――継承闘争(ロード・ベオウルフ)!!」
その言葉と同時に、ウィラーフの身体に力が滾り始める。
盾は地味な武器だ。いやそもそも、防ぐと言う行為自体に、華がない。多くの人間は、攻め手に回る者を見て、華々しさの何たるかを見る。
守勢に回り、窮地を凌ぐと言う行為は、とても泥臭く、そうでなくとも、一歩判断を間違えれば簡単に死へと至る危険な行為でもある。
だが同時に、守勢に回らねばならない瞬間と言うのは、戦いを以て勲を上げる者であるのなら、誰しもに絶対に訪れる。
窮地を凌ぎ、チャンスを物にする才能なくして、人は英雄になり得ないのだ。シールダーとは正に、防ぐ英霊、凌ぐ英霊――機会を誰かに繋ぐ才能に長けた英霊である、とも換言出来よう。
-
拮抗する、オロチの草薙剣の剣先と、アテルイ自身が振う骨剣の腹。
退いたのは、アテルイだった。演じていた競り合いをすぐに止め、バックステップ。オロチとウィラーフの両名から距離を取り、二名に交互に睨みを利かせる。
「……決めた」
その言葉と同時に、ウィラーフとオロチが、駆けた。アテルイの方に、ではない。自身のマスターの方に、だ。
ウィラーフはマシュの下まで即座に現れるなり、大盾を構え始める。そしてマシュをも巻き込んで発生する、真空刃。
これを次々に、盾、及び、腰に差した剣を引き抜いて粉砕して行くウィラーフ。
同じ様な事は、オロチとラ・ピュセルの主従にも起こっていた。
此方の対処もまた、ウィラーフに負けず劣らず、鮮やかなものだった。草薙剣を巧みに振い、空気の刃を割断して行く。
ただ、彼らの場合問題は此処からだった。簡単な話で、アテルイがこっちに向かって接近して来ているのだ。
如何やらこの男は、ウィラーフよりもまず、オロチの方を先に抹殺する算段を立てていたらしかった。確実に、序盤のオロチの挑発を根に持っていた。
骨剣を振り下ろすアテルイ、其処に草薙剣を配置し、直撃すれば頭をスイカのように割断する一撃を防御。
今度は、自分の番とばかりに、オロチも剣を振おうとするが――それよりも速く、アテルイが剣を引き、攻撃を打った。中段左からの薙ぎ払い。
またもそれを受け止めるが、オロチが攻撃に転じようとするよりも速く、アテルイはまた攻撃を叩き込み、反撃の隙をオロチに全く見せない。その機会を、与えない。
彼我の間に隔たる、埋め難いほどの武錬の差だった。オロチの持つ草薙剣は掛け値なしに強力な宝具だが、それを効果的に扱える技量がこの怪物に備わっているのか、
と言われれば答えは否だった。振るえるだけの身体能力や腕力はあるし、真なる力を発揮出来る権限だってオロチにはある。
だがこのサーヴァントには――刀を巧みに振えるだけの実戦経験と、卓越した技量だけが備わっていなかった。
当たり前だ、竜種の中でも最上位に相当する怪物であった八岐大蛇であるこのバーサーカーにとって、技など無用。
そうなるのも当然の帰結。八岐大蛇にとって、刃向う相手は並べて雑魚、尾っぽの一つ振り抜けば山ごと敵対者を鏖殺する大化生である彼にとって、
技の類などいる訳がない。備わる事も、ない。故に、この光景は必然のものだった。超絶的なまでの剣の技を持つアテルイと、それを持たぬオロチ。一方的なまでに前者に攻撃され続ける今の情景に、何の不思議もなかった。
「バーサーカー!!」
「とっとと退いてろガキ、邪魔じゃボケ!!」
オロチの身を案ずるラ・ピュセルの叫びを、ボケで一蹴するオロチ。オロチを責めるのも、酷な事かも知れない。
何故ならばこのバーサーカーは現在進行形で、アテルイの猛攻に対して防戦一方の状態なのだ。判断ミス一つで、オロチの首は吹っ飛び、直にラ・ピュセルに類が及ぶ。
余裕がないのも当たり前だし、そもそもアテルイの攻撃が彼女に及んでいない事自体が、既に奇跡の域なのである。
オロチの言葉の意味を理解したラ・ピュセルは、直にアテルイ達から飛び退く。一足飛びに十数m程も距離を離したラ・ピュセルだが、これでもまだ安全圏とは言えない。
その倍以上、百m以上離したとて、アテルイはラ・ピュセルを殺せる手段を無数に持っている事であろう。
突き、払い、袈裟懸け、振り上げ、振り下ろし、薙ぎ。
アテルイによって行われる、優に音の数倍の速度に達するそれらの攻撃を、防ぎ続けるオロチ。
表情に全く余裕がない。対照的にアテルイの余裕の表情。ギアはまだ残している、と言うような思いが、釣り上がった口角と、其処から覗く歯から見て取れた。
対照的に、どんどん表情が険しい物となって行くオロチ。その様子を見ると、アテルイの嗜虐的な笑みが更に強まって行く。
――オロチが攻撃を受け続ける事、更に一秒弱。
化生の笑みが、反転した。固く引き絞られたへの字口から、アテルイの物と同じく、両口角がつり上がった酷く残酷なそれに。
-
「は?」
と、アテルイが口にした瞬間、オロチの周囲から、パンジー色の液体が噴き上がった。
違う、噴き上がったのではない。オロチが自らの意思で、放出させたのである。
触れれば何が起こるかわからないが、少なくとも、命を損なう程の何かが齎される、と直感的に理解させる程の圧に満ちたその液体は、局所的かつ小規模な津波となり、
アテルイの下へと迫り来る。後ろに飛び退きつつ骨剣を振り下ろし、これを両断するアテルイ。
波は真っ二つに割れ、彼を避ける様に進んでいくばかりか、斬られた傍から、スポンジを細かく千切って見せたかのように細かい泡の塊のような物になり、空気に溶けて消滅して行った。
この時、剣が振り降ろされきった隙を縫って、ウィラーフが地を蹴って駆けだした。
アテルイと、オロチ、二人は目を見開いた。両名の見解が一致した。『速い』……いや。『速くなった』、か。
ウィラーフの移動速度が、先程彼女が攻撃の間合いを詰めた時のそれと比較して、倍以上とも呼ぶべき程の幅で上昇している。
盾の英霊、字面を見れば鈍重そうなイメージを連想しようが、今のウィラーフはその浮かんだイメージを大幅に裏切る程、速い。疾風の如きスピードであった。
これまでの戦闘から、ウィラーフが発揮出来る諸々の速度を計算していたアテルイは、今彼女が披露している移動スピードに目を瞠った。そして、余りの速度差に、対応が遅れた。
両腕に、青緑色の焔を纏わせるウィラーフ。驚くべき事に、腕全体を覆う焔の勢いすらも、倍加していた。
さっきまではそれこそ文面通り、腕が燃えていると言った程度に過ぎなかったのだが、今はもう、腕全体が火の柱となっている、としか見えぬ程の勢いである。
腕の姿が、シルエットですら窺えない。燃え尽きて消滅しているのでは無いのだろう。ウィラーフの両腕は健在で、そしてこの状態から、相手を殴る事も出来る。
そう見るのが、当たり前だ。そして現にウィラーフは、アテルイの胸部目掛けて非常に鋭いストレートを放って来た。
パンチのスピードですら、信じられない程倍加している。以前までなら見てから、頭を掻きながらでも回避出来る程スローだったのが、アテルイが真剣に目を凝らさねば、
捉える事が困難なレベルの速度にまで達している。宛ら、弾丸。いや、それすらも越えた速度であろう。
アテルイに出来た対処は、肘をウィラーフの右拳に合わせて迎撃する事だけだった。普段であれば、剣で手首を切断し返す事だって出来たろう。それが出来ぬ程、彼は面喰っていたのだ。
拳と肘が、激突。衝突の影響で衝撃波が駆け抜け、足元の下草がゆらと揺らめく。
攻撃を受けた腕が痺れる、どころの話ではなかった。何せウィラーフの腕は、燃えているのだ。当然、熱によるダメージも付随される。
ただ熱いだけならば、まだ良かった。やはり見た目が雄弁に語っている通り、ウィラーフの炎はただ熱いだけでなく、熱にプラスさせる形で更にダメージを与える、
と言う二段構えだったらしい。アテルイの腕から身体全体に、剣で刺されるのとも、矢で射られるのとも違う。磨り潰した毒草を、傷口から直に塗られるような、
蝕むようでそれでいて後を引くような痛みが走っていた。歯を軋ませるアテルイ。痛くない、と、強がれる筈もなかった。
何せ今アテルイに継続して痛みを与えているものの正体とは、嘗てウィラーフがベオウルフ王と共に協力して倒した、火竜のブレス。
それを生前に不覚にも防御し損ね、体内に刻印されてしまった毒炎のブレス、その名残を魔力で活性化、炎上させたものが、ウィラーフの纏う炎の正体だ。
竜種が吐き出す毒の炎。如何にアテルイの対魔力が高かろうとも、これを一方的に防御する事は出来ない。精々が、ダメージの低減までだ。
それでも、ウィラーフには、持久戦を旨とするシールダーにはこれで十分だ。継続してダメージを与え続ける、と言う事は、戦いが長引けば長引く程不利であると言う事。
ならば相手の根が尽きるまで、耐えきれば良いのである。ウィラーフには、それが出来る。それを行うだけの、自信がある。
「ルァアアアアアアアアアアァアアァッ!!」
数百m先まで、均質に響き渡りそうな程の怒号を上げ、ウィラーフの手首を引っ掴み、彼女が反応するよりも速く腕の力だけで、彼女をオロチの方に投げ飛ばした。
受け止める、何て真似はオロチはしない。そんな義理もない。普通に横に跳ぶ事で、迫り来るウィラーフを回避。
投げられながらも、空中で一回転し、体勢を整えてから地面に足を点け着地。踏ん張り、摩擦を生み出して投げられた際の勢いを急速に殺すウィラーフ。完全に停止した頃には、アテルイとの距離は四十m以上も離されていた。
-
「なんや、余裕ないで〜? そういう時は胸を大きく開いて深呼吸するんやえ〜」
血走らせた瞳で荒い呼気を吐くアテルイを見て、ラジオ体操の要領で深呼吸の真似事をするオロチ。
勿論、アテルイを慮る意図などこれっぽっちもない。単なる挑発だ。それを視て、更に怒気を露にするアテルイだったが、自身の剣を地面に突き指し、深く息を吐き出した。
呼吸に、胸の中に蟠っていた諸々の雑念を溶かし合わせ、それを一気に吐き出すかのような。そんな儀式めいた物が男の動作にはあった。
「落ち着け……落ち着け……俺は強ェ……、こいつらよりも格上だ……冷静にやれば勝てる……」
譫言の様に、ブツブツと小声で、自分を鎮める言葉を呟き続けるアテルイ。
傍から見れば、不気味な光景だろう。凶暴さの権化、荒れ狂う嵐の擬人化、としか思えないようなアテルイが、このような日陰者めいた真似をして、心を落ち着かせるとは。
瞑想は終わったのか、骨剣を引き抜き、静かに中段に構え始めるアテルイ。剣道などでも良く見られる、最も基礎的な構えだ。
こうなられると困るのが、オロチとウィラーフだ。
それまで片手で保持していた草薙剣を、両手で握り始める。――そう、両手。アテルイに破壊された筈の左手は、既にそんな事実など初めから存在しなかったように。
裂けた皮膚、砕かれた肉や骨に至るまで、完全に回復していた。八岐大蛇としての力である、並の英霊では及びもつかぬ程の自己再生能力。
それが、ものの一分で回復してしまうのだ。驚異的、とすら言える程の代謝・再生力であった。……そんなオロチですらが、アテルイに冷静かつ本気になられたら、拙いのだ。
落魄した身とは言え、八岐大蛇そのものであるこのバーサーカーですら、こんな調子なのだ。ウィラーフなど、もっと苦戦を強いられる。
しかも彼女に至っては、アテルイとの戦いを円滑にする為に、シールダーのクラスでありながら宝具である『盾を封印』しなければならなかったと言う有様である。
対等の土俵に立つ為に彼女は切り札を捨てねばならなかった上に、真名判明の為の大いなるヒントを、自分から暴露せざるを得ない程追い込まれていたのである。
宝具の影響であらゆる能力が10倍のそれに達したとは言え、それでもまだ、アテルイに喰らい付けるか如何か危ういのだ。
アテルイの構えに、隙を見出そうとするウィラーフ。具に眺めるが、全く付け入る間隙がないと言うのが正直な感想だ。
中段自体、攻防一体の構えと言うバランスの良い構えなのもそうであるが、其処にアテルイの冠絶的な技倆が合わさると、文字通りそれは、
蟻の這い出る『隙』間もない程になってしまうのだ。何処をどう攻めても、アレの構えは崩せないだろう。
――しかしそれでも、攻めねば何も始まらない。大蛇の権能の一つ、水に纏わる魔力放出。それに『毒』の属性を織り交ぜた物をオロチは放った。
先程、アテルイを襲ったパンジー色の津波の正体こそが、これである。今回の放出の形態も、先程同様津波に寄せたそれ。
アテルイの身長数倍分もある高津波が、水一粒ない筈の地面から、せり立つ壁の様に立ち上がり始め、凄いスピードで彼の下へと迫る。
これを冷静な表情で対応するアテルイ。骨剣を上段から、まるで剣道の素振りの様に振り下ろし、津波を真っ二つ。
斬られた津波は二つに分かれるのではなく、斬られた傍から泡がはじける様に消滅して行き、完全にこの世から消滅した。
ただ、剣を振り下ろしたのではない。その事をオロチと、視力すらも強化されたウィラーフは認識していた。
アテルイは上段からの振り下ろしと、薄く引き伸ばした真空の斬撃をオロチ目掛けて剣先から射出させる、と言う行為を両立させていたのだ。
これを、大きく左にステップを刻む事で回避するが、悪鬼はこれを読んでいた。バーサーカーがステップから着地するよりも速く地面を蹴り、一直線に距離を詰めるアテルイ。
オロチの無防備な腹部に前蹴りを叩き込もうとするが、直にこれを中断。後方宙返りの要領で勢いよく跳躍。
高速で此方に接近して来たウィラーフの放つ、毒炎を纏った左ジャブを、宙返りで回避して見せた。
-
馬鹿が、と言うような表情を見せるオロチ。
空中に飛び上がれば動きが制限される、そう思ったのだろう。頬を膨らませるオロチ、プリプリと怒っていて可愛らしい風に見えるだろう。
何も知らない物から見れば。実際その愛らしい仕草から、このバーサーカーが次に繋げた行動は、ウォーターカッターの要領で、
凄まじい水圧を持った水の細線をアテルイ目掛けて放出すると言うものであった。触れれば樹木所か岩すら、滑らかな切断面を残して真っ二つにするばかりか、
内包された高密度の呪毒によって掠っただけでも溶け落ちると言う二段構えである。対魔力を保有していても、ランク次第では貫通する程の毒の強さだ。
勿論、触れればアテルイだって無事では済まない。……但しそれは、水の放射が、アテルイを捉えられれば、の話だが。
ウォーターカッターが弧を描き、アテルイの身体を避けて行く。一瞬驚くオロチであったが、すぐに、さもありなん、と思い直す。
アテルイ、もとい、スサノオとは元来、様々な側面を持った荒ぶる神。根の国、つまり、黄泉・冥府と呼ばれる領域の神でもあるが、
海洋や雨風、嵐等の権能をも司る、記紀神話における強壮な神なのである。その劣化コピーであるとは言え、アテルイもこれらの権能を少し齧ってても、おかしくない。
オロチの読み通りアテルイは、己の魔力を嵐の形で放出し、自身の身体に暴風の鎧を展開。風防の要領で、オロチの水鉄砲を逸らして見せたのである。
地面に着地するアテルイ、それと同時に、弾丸の如き勢いでウィラーフらの下へと接近。
手にした骨剣をこれ見よがしに見せつけながら、接近して行くその様は、傍から見れば馬鹿か何かとしか見えないだろう。
しかしそれが、今は非常に効果があった。何故ならウィラーフもオロチも、アテルイの剣による一撃が、威力が高いとか低いとか言うレベルとは、
別次元のそれだと知っているからだ。回避以外に取れる対処法がない程、恐ろしい剣技をアテルイは発揮出来るのである。
これから剣による攻撃を行う、と予告すれば、当然彼らは厳戒態勢を取らざるを得なくなる。アテルイがわざとらしく剣を目立たせているのは、示威の意味合いもあった。
脅威となる攻撃に警戒する相手が取る行動は二つ、回避か、防御だ。防御と言う選択肢は少なくともウィラーフは取る事は出来ない。
よって、回避以外の選択肢を選ばざるを得ない。ウィラーフはアテルイから飛び退こうと、脚部に力を込める。
しかし、これから攻撃を回避すると解っている相手に対して追撃を仕掛ける事は容易い。そしてこれこそが、アテルイの狙いでもあった。
ウィラーフが跳躍し、地が足から離れたその瞬間。アテルイの横蹴りが、彼女の下腹部に飛んで来た。
何かしらの攻撃を仕掛けてくる事は、ウィラーフも織り込んでいた。アテルイは自分達に攻め手を与えない為に、わざと剣を目立たせていた事も、勿論把握済み。
それまで彼女が背負っていた鋼の大盾、これをウィラーフは引き抜き、蹴り足に向かって配置。凄い衝撃が、盾を通じて伝わって来る。
衝撃の叩き込まれた方角に吹っ飛ばされるも、盾を通じて衝撃を吸収していた為、先程の時みたいな距離を吹っ飛ばされる事はなかった。それでも、十m程も、彼女は強制的にアテルイから距離を離されてしまったが。
蹴る、と言う行動の後であるのだから、当然のように隙が生まれる。
その空隙を狙って攻撃を叩き込むのは、素人から見れば当然の様に思うだろうが、オロチはそうしなかった。
余りにも、此方の攻撃を誘発しようとしているのが見え見えだったからだ。アテルイは確実に、ウィラーフに対して余力を残して攻撃した。
その余力とは詰まる所、オロチの反撃に対応、迎撃が出来る位の余裕と言う事である。不用意に攻撃を仕掛ければ、オロチは痛手を負うと判断したのだ。
だから、草薙剣での攻撃を控えた。だが、攻撃を控えた所で、アテルイが攻撃を止めないと言う事実は変わらなかった。
殆ど棒立ちの状態に近かったオロチ目掛け、骨剣を振り下ろすアテルイ。攻撃を仕掛けてくる等当たり前だ。戦いは基本、攻める側が有利なもの。
オロチとウィラーフが攻める事に二の足を踏んでいる状況、どんな英霊であろうとも、攻め手に回るのは当たり前であった。
岩に叩き付ければポッキリと折れてしまいそうな程細い、草薙剣の剣身で、山がそのまま落ちて来たような勢いのアテルイの攻撃を防御するオロチ。
剣と刀の接合点から生じた衝撃が、全方位に駆け抜けて行く。即座にオロチも反撃を仕掛けようとするが、そうするよりも速く、アテルイの膝蹴りが飛んでくる。
バッと、それに合わせてオロチは跳躍、アテルイの膝頭部分にトッ、と。着地。軽い。人一人膝の上に乗っているのに、まるで羽毛のようにアテルイは重さを感じなかった。
そして、アテルイの膝を足場として、オロチが更に其処から跳躍、高度十数m地点まで、鳥の如くに舞い上がった。
-
これに合わせて追撃を仕掛けようとするアテルイだったが、直に思い直した。
己の背後、ウィラーフを先程蹴り飛ばした方角から、高速で何かが飛来してくるのを感じたからである。
その方向に振り返るのと合わせて剣を振い、飛来する何かを切断、己の宝具である天十握剣で完膚なきまでに破壊する。
切り裂いたものの正体は、青緑色の炎の塊であった。ウィラーフが纏う毒炎と同じそれである事を既に見抜いている。
その通り、アテルイの身体を焼きつくそうとしたものの正体は、ウィラーフの炎だった。マスターであるマシュを自分の背後に回らせる、
と言う位置取りを保たせ、その状態で毒炎を飛び道具として両腕から射出させたのである。纏わせて、殴るだけではない事をアテルイは知った。
ウィラーフを、背後のマシュごと嵐で粉砕しようとするが、それを中断。地を蹴り、其処から飛び退いた。
ステップを刻んだと同時に、先程までこの暴虐のセイバーが立っていた地点。其処を、人一人を呑み込んで余りある大きさをした、紫色の液体の柱とも言うべき物が穿った。
頭上から降り注いだこの液体の正体は、オロチが放つ呪毒の水。これを円柱状にして、高速で射出させたのである。
その威力は、深さ数m以上にも及ぶ、地面に刻まれた泥穴を見て推して知るべし。サーヴァントであろうとも、直撃していれば全身の骨が砕けていた事は想像に難くない。
ザァッ、とステップから着地。十数m地点まで距離を離し終えるアテルイ。その二秒後程に、タッ、と地面に降り立つオロチ。
酷く冷静な目で、アテルイがウィラーフとオロチ、そして、そのマスターであるマシュとラ・ピュセルを値踏みする。
家畜を屠殺しようとする者のような目だ。四名を、解体されるだけの肉の塊としか見ていない。
先程の時の様に、瞋恚に燃え、憎悪に猛る風な様子が、今のアテルイからは欠片も感じられない。
戦いが長引けば長引くだけ、アテルイは冷静になって行き、頭も冴える。適切な場面で適切な技を適確に行い、相手にイニシアチブを与えない。
そんな立ち回りを行って行く。つまり、本来アテルイが有する超絶的な技量、其処から発揮出来る真の力に近付いて行くのだ。今の状態が正しく、それだった。
ウィラーフの身体能力なら、喰らい付けもしよう。そして、オロチが有する切り札を発揮すれば、アテルイを逆に葬り返す事だって出来るだろう。
だがオロチの場合、その切り札が余りにも強力かつ影響が広範に及ぶものの為に、滅多な事で開帳が出来ないと言う弱点がある。
いざとなれば『バーサーカーだからしゃーないやろ』理論を持ち出し、無理くり開帳するつもりでいる。そうでもしないと、アテルイはオロチとしてもしんどい相手なのだ。
如何に劣化しているとは言え、この日本に於いて一・二を争う程強力な力を誇る神霊が大本の存在、それがアテルイだ。
オロチも同じ条件で劣化している以上、勝ちの目は絶対にこっちに転がり込む、とは言えない。少なくとも、八岐大蛇の力を出し惜しんで、勝てる相手ではない。
「服脱いで、全裸になってから土下座するってェんなら、痛くせずに殺してやるぜ?」
「賽子が丼の中まだ回ってる段階で、勝ち確信するんやなぁ。エラい博徒でおわしますなぁ?」
正に、売り言葉に買い言葉。ヘラヘラとした薄笑いを浮かべ、互いに挑発するその姿に、ウィラーフも、マシュも、ラ・ピュセルも。
寒い物を感じてしまう。この、遊びと称して一つの命を簡単になかった事に出来るであろうし、するであろう、二人の怪物達。
ウィラーフとマシュは、その怪物の一人と手を組む事を視野に入れねばならないし、ラ・ピュセル――岸辺颯太に至っては、そのバーサーカーを制御せねばならないのだ。
この戦いを無事にやり過ごしても、前途に山と谷が多すぎる。が、今は目の前に立ちはだかる山を如何にかせねばならない。
ウィラーフが構える、オロチも構える。アテルイが鷹揚とした態度で一同を眺め、どう料理してくれようか、そう考えていた、その時である。
一同が一斉に、何かに気付いたような、ハッとした表情を浮かべ始めたのは。三人とも、気付いたのである。この場に、新手のサーヴァントが、凄いスピードで接近している事を。
-
ギィンッ、と響く金属音。
それは、アテルイが骨剣の腹に当たる部分で、細身の直剣。これが、ライフル弾と見紛う程のスピードで、この暴虐の剣士の下に飛来して来たのだ。
これに反応したアテルイは、この剣を危なげなく防御していたが――その対応の余裕さと裏腹に、アテルイの表情は、愕然としたそれになっていた。
そして、その表情は半秒経つや、オロチに小馬鹿にされた時以上の怒りを湛えたそれに変化し、剣が飛来して来た方角に、血走った瞳を向け始めた。
果たせるかな、其処には、剣を投げ放った当の張本人がいた。アテルイの目線の先、五十m程先。
ウィラーフとオロチの目には、それは鎧に見えた。だが、ウィラーフのよく知るような西洋式の甲冑とも、オロチがよく知るような具足とも違う。
聖杯から与えられる知識は、必ずしも全てをカバーする訳ではない。二名はその鎧の名前をよく知らないが、マシュとラ・ピュセルは知っている。
そも、あれは鎧ですらない。宇宙服、と呼ばれるその名の通り、宇宙空間での活動を保証する為の、現代科学技術の粋を凝らした衣服である。
ヘッドグラスが暗いせいで、表情が窺えない。グラスの奥の顔が解らない以上、性別も年齢も解る筈もない。
「ッ、敵か!?」
と、ラ・ピュセルが叫ぶが、今の所はまだ解らない。解らないが、一つだけ確かな事がある。
その姿を、いや――あの宇宙服のセイバーが投擲した剣を見た時から、アテルイの身体から発散される怒気が、指数関数的に跳ね上がっていると言う点。
彼は、あのセイバーの事を、この場にいる誰よりも憎悪すべき、葬るべき大敵として認識している事の、何よりの証左だった。
「――ろ……」
呟く様な声音。誰もがその言葉を正しく聞き取れなかった。何を言おうとしたのか、ウィラーフとオロチが聞き耳を立てようとする。
が、直にその必要がなくなった。アテルイが、件の人物の名を、落雷の如き声量で雄叫んだからである。
「――田村麻呂オオオオオオオオオオオオォオオオォォォォォオオォォオオオオォォォッッ!!!!」
その言葉と同時に、アテルイは弾丸となってセイバー、水天皇大神こと、『安徳天皇』目掛けて特攻していた。
そう、この男が見間違える筈もなかった。第四天魔王の娘である天魔・鈴鹿御前と共に、現代に於ける東北の様々な鬼種達を討ち滅ぼした、征夷大将軍・坂上田村麻呂。
その田村麻呂が振っていた剣を――『自分を殺した相手が振っていた自分にとどめを刺した剣』を。アテルイが見間違える筈など、あり得ない話なのだった。
-
中編を投下終了します
-
投下乙です
身体能力と武器が有る大蛇は技量が足りず
技量と経験があるウィラーフは武器と身体能力が無い
こうして見るとアテルイの強大さが分かりますが………, 新手のセイバーがアテルイに対する特攻持ちなのが何とも
-
投下します
-
瞳島眉美という、『美観のマユミ』という通称を持っていながら、しかし、およそ美観ならぬ欠陥しか見当たらない少女に、それでも強いて長所を見出すとするならば、それは超人的な視力に他ならない。
超人的な視力──人を超えた、視力。
単純に視力がいいどころか、物体を見透かし、放射線や赤外線のような常人の可視範囲外の光すら捉える彼女の目は、マサイ族をも超えたそれである。
頭の悪そうな言い方をすると、視力100.0なのだ。
サーヴァントのスキルには『千里眼』というものがあるが、それを彼女に当てはめた場合、ランクは文句なしのA+++となるだろう。
千里眼ならぬ万里眼といってもいいレベルの超視力。
現代を生きるただの人間の身でありながら、そんな規格外の異能を持つ少女──瞳島眉美。
だからこそ彼女は、規格外の存在ばかりが集う、この星座の聖杯戦争へと招かれたのかもしれない。
そして、聖杯戦争の本戦が始まって間もなく眉美が遭遇したサーヴァントが『彼』だったのも、やはり彼女が驚異的な視力を持つが故の運命的な必然だったのだろう。
なにせ、『彼』は宇宙の果てにすら届く『目』を持つ堕天使──ひょっとすれば、ガガーリンと同等、あるいはそれ以上に眉美と相性がいいかもしれない英霊なのだから。
▲▼▲▼▲▼▲
-
雲ひとつない夜空に散らばる星々が光り輝く光景は、その名に『黄金』を意味する単語を含む大型連休の始まりに相応しいそれである。
しかし、そんな夜空をも超えるほどに眩い輝きを放つ存在が、冬木の町の一角に存在していた。
輝きの正体の名は、アザゼル。
既に堕天した身でありながら、白く輝く翼を有する弓兵である──否。
輝きを放っているのは、何も彼の背の翼だけが原因ではない。
月や星々の光を反射する肌は、比喩表現抜きの白い輝きを放っているし、人類の成長を見届けんと期待する瞳は、中にもう一つの夜空が広がっているのではないかと思わされるほどに昏く、そして輝いていた。
つまるところ、アザゼルは『美しさ』の点においても、己の翼に劣らぬほどの輝きを有しているのである。
天の使いに相応しきその美貌──そんなものを目にして平気でいられる者がいるとすれば、『たとえ美形であろうとも男には全く興味がないレズビアンの殺人鬼』か。
あるいは。
『毎日のように五人の美少年に囲まれる生活を送っているので美形への耐性がある根暗な男装少女』──瞳島眉美くらいだろう。
現在アザゼルがいるC-6地点からだいぶ離れたA-6地点に、眉美はいた。
しかし、それほどまでに離れた地点にいながら、彼女はアザゼルの姿を目にしていた。
その視認は、全体像がぼんやりと分かる──程度ではない。
眉美が所属する美少年探偵団の団員の一人に、およそ芸術といえる分野の全てにおいて、天才的な実力を発揮する『美術のソーサク』こと指輪創作という少年がいるが、もし彼女がソーサクほどの画力を有していれば、アザゼルのスケッチを写真と遜色ないクオリティで描きあげることが出来ていただろう。
それほどまでに、眉美の目は遥か遠くに位置するアザゼルの姿を詳細に捉えていた。
顔に浮かべている表情から、十二の翼を構成する羽の一枚一枚に至るまで。
詳しく、細かに、捉えていた。
己が天使に属する者であることを隠そうともしない、自己主張の激しいアザゼルの姿に、探偵団の団員の一人にして、『天使長』のような美しさを持つ少年、『美脚のヒョータ』こと足利飆太を思い出しながら、眉美は己のすぐ近くに控えていたライダー、ガガーリンの方へと振り向く。
「ライダーさんライダーさん、見てください。めっちゃ綺麗な天使がいますよ」
「見てください、と言われてもだねえ、マスター。宇宙飛行士になり、英霊になっても、わたしは所詮ただの人間。君のように数キロ先まで見渡せる視力を有してはいないのだよ」
「鎧にそういう機能は付いてないんですか? 見たところ、いかにもSFで多機能な近未来って感じですけど」
「付いてないさ。聖杯戦争の為に作られた、攻撃・防御用の鎧だからね。……まあ、『宇宙空間から地球の全てを見た』というエピソードと魔力を用いれば、遠隔視に近い機能をこの鎧──『祖国は聞いている、英雄よ強くあれ(ロゥディナ・スリシット)』 に追加できるかもしれないが、マスターの君に出来ることをするために、わざわざ魔力を消費する必要はないだろう」
それもそうである、と眉美は納得し、天使に視線を戻した。
彼女の視界に、天使の姿に重なるようにして『アーチャー』というクラス名と基本的なステータス情報が、文章の形で表示される。なにも、この現象は眉美の目があまりにも良すぎるがために起きたものではない。
いくら赤外線を視認することで見つめた対象の温度をおおまかに把握できたり、目にした料理の成分を分析できたりする彼女の目にも、流石に見ず知らずの相手のステータスを一目で看破できるような能力は備わっていないのである。
聖杯戦争のマスターには、視認したサーヴァントのクラスや基本的なステータス情報を獲得できる能力が与えられている。彼女は、マスターなら誰でも有しているその能力を使っただけなのだ。
アーチャーのステータスをガガーリンに伝える眉美。
三騎士の内の一つの弓兵であることに加え、神話上の存在である天使の姿をしていることから想像出来ていたが、アーチャーのステータスは高めであった。宝具のランクに至っては規格外を意味するEXである。
「まあそれを言うならライダーさんの宝具もEXランクなんですけどね」
「私の場合は『多数の人間の心象風景の集合体』や『神の園という最上位の神秘の否定』という点が評価不能であるが故のEXランクなのだがね。それとは違い、そのアーチャーの宝具ランクが純粋な強さで規格外だからこそのEXだという可能性はあるだろう──なにせ、天使なのだから」
天使──神秘の最上位とも言える神に仕える者。
それが振るう力は果たしてどのようなものなのだろうか。
そんなことを考えながら、ガガーリンは眉美から受け取った情報を整理した。
-
──ここまで書けば読者の方もお分かりになると思われるが、現在、眉美はその超視力を活かすべく、視力抑制用の眼鏡を外し、数キロ離れた地点にいる他主従を発見、観察するという全く動かずにする索敵をおこなっていた。今冬木各地で火花を散らしている他主従達も、まさか数キロ離れた場所から自分たちを観察している存在が──しかも、サーヴァントどころか、視力強化の術を扱う魔術師ですらない、只人のマスターがいるなどとは、夢にも思うまい。
眉美の超視力が聖杯戦争のような情報収集がものを言う場においては、非常に重宝すべきものであることは最早言うまでもないことであるが、しかし、視力はあくまで視力。
『使いすぎると、目に疲労がかかる』という当然のリスクがある。
しかも、眉美の場合のそれは、『使い過ぎれば、ちょっと頭がクラクラしてくる』みたいな、生易しいものではない。
よくて近い未来に失明、悪くてすぐに失明──所持する能力に比例した、重すぎるリスクなのだ。
まあ、視力を抑制する眼鏡をかけている今でさえ、目にかかる疲労を少ししか軽減出来てないのだから、彼女がそう遠くない未来に光を失うことは最早決定づけられた事項なのだけれども。
ともあれ。
そういう理由があり、長い間裸眼でいるわけにはいかないので、偵察をさっさと終わらせる為にも、天使のアーチャーから視線を外し、次なる観察対象を探そうとした──しかし。
「え……?」
『信じられないものを見た』とでも言いたげな声を漏らす眉美の姿に、ガガーリンは確かな異変を察知した。
次の瞬間、眉美は青ざめた表情で振り返り、
「ライダーさん! 今すぐここから──」
「逃げて」と叫ぼうとしたが、彼女がそう言うよりも早く、ガガーリンは彼女を片腕で抱き抱え、鎧に備え付けられたジェット噴射装置を起動させ、高速で飛行し、その場から退避していた。
マスターの指示が出るよりも早く起こしたこの的確な行動は、サーヴァントや宇宙飛行士である以前に一人の軍人であった彼だからこそ出来たものである。
ただの人間である眉美が耐えられる範囲内で最速のスピードを出しつつ、ガガーリンは眉美にいったい何を見たのか尋ねようとする。
しかし、彼が口を開くよりも、『超高熱のエネルギーを孕んだ、白い光の帯』が、先ほどまで眉美達が居た地点を消しとばすのが早かった。
何者かが眉美達を狙って放った攻撃であることは疑うべくもない熱線の襲来──これには流石のガガーリンも絶句せざるを得ない。
「あの天使のアーチャーからの攻撃です……」
良すぎる視力に強烈な光は文字通り目に毒なのだろう、目を細めながら眉美はそう呟いた。
「ほら、わたしって赤外線も見れるから、サーモグラフィーみたいに空間の温度もだいたい分かるんですよね」
「で、あの熱線が放たれる前兆を、温度の急激な上昇という形で視認できたと」
「そういうことですね」
今更ながらに、先程眉美が見たものを確認したガガーリン。
どうして眉美の観察が気づかれたか分からないが、今たしかに言えることがあるとすれば、それは天使のアーチャーが放ったという熱線が、まさか一発で終わるはずがない、ということだけだ。眉美達が避けたと知れば、二発目、三発目を撃ってくるはずである。
ならば、逃走の足を緩めず、飛行を続けるべきである──とガガーリンは考えた。
しかし、彼が進行方向に意識を向けた瞬間、行く手を遮るようにして、一人の男が立っていた──否。
ガガーリンがいるのは空中。ならば、彼の行く先に何かが『立って』いるというのはおかしい。
なので、正確に言えばこうだ──一人の男が浮いていた。
一体の天使が飛んでいた──と。
「……美しき顔貌に輝く翼。成る程、まさに神話で聞くところの天使そのものだな」
まさか、光線に意識を奪われていた僅かな間に、追いつかれるとは思わなかったのだろう。ガガーリンは、天使のアーチャーの飛行スピードに脅威を感じた。
そんな彼の呟きに対し、アーチャーは微笑みを浮かべながら、
「天使? いいえ、私は既に天使であることを辞めた身です」
続けて、
「貴方方の言葉でいうところの『堕天使』と言った方が正しいのでしょうね。己の手で神の寵愛をかなぐり捨てた、不良のようなものと、お思い下さい」
と。
かつて、自身のマスターであるクラリスにしたのと同じ自己紹介をしたのであった。
▲▼▲▼▲▼▲
-
いくらこの世の全てを支配下ならぬ視界内に収められるアザゼルであっても、サーヴァントとなった今では、数キロも離れた場所から己を見つめる目に気づくのは困難である。
困難であるが、不可能ではない。
数多を観察する権能を持つ彼だからこそ、逆に自身に向けられた視線には他サーヴァントよりも遥かに敏感だし、何より、数日前にあったとある出来事が、彼の警戒意識を格段に高めていた。
とある狂気の錬金術師が作り上げた非常に小さな自動人形『アポリオン』──それさえなければ、眉美の監視は気づかれなかったかもしれない。
しかし現実に起きたこととして、彼女の視線は感知され、そして彼女とガガーリンは襲撃を受けたのだ。
「不良……」
眉美は、アザゼルの自己紹介にあった『不良』という単語に反応した。
彼女にとって『不良』といえば、指輪学園における巨大派閥のひとつである番長グループのトップにして、美少年探偵団においては『美食のミチル』の異名を持つ美少年、袋井満に他ならないのだが、『風紀』の『ふ』の字も感じさせないほどに不良然とした言動と格好を常としていた(例外があるとすれば、調理中くらいだろう)満に対し、不良を自称した目の前の堕天使はいうと、不良のイメージとは真逆の紳士然としたビジュアルをしていた。
どこをどう見ても似ていない。同じ『不良』でも、こうも違うものなのだろうか。同じ点があるとすれば、どちらも人並みはずれて美しい、くらいだろう。
むしろ、満よりも『美声のナガヒロ』こと咲口長広に似ているのかもしれない──生徒を導き、生徒を守るべく学園側と対立していた『生徒会長』に、よく似ている。
「その不良さんにお願いなんだけど、ここは見逃してもらったりできませんかね?」
「無理です」
堕天使は微笑みを崩さず、眉美の要望を即座に却下した。こういうつれない態度をしれっとやってのける所も、実に長広によく似ている。
「マスターである貴方はともかく、貴方が従える鎧のサーヴァントにはここで必ず退場してもらいま……す?」
眉美から、彼女を抱き抱えるガガーリンの顔へと視線を移しながらそう言うアザゼルであったが、その台詞の語尾は何故か疑問形であった。
見ると、先ほどまで微笑百パーセントだった顔には僅かながらに疑問と当惑の感情が混ざっている。
まるで、信じられないものを見たかのようであった。
そして、アザゼルが晒した隙を見逃さないガガーリンではなかった。
眉美を抱き抱えていない方を腕を上げ、指先をアザゼルに向ける。
指先には直径一.五センチほどの穴がそれぞれ開いており、そこから小型のミサイルが次々に、何十本も飛び出した。
何を意外なことがあるだろうか。そもそも、ガガーリンが乗ったロケットとは、ミサイルのような軍事兵器の開発や研究の隠れ蓑であったのだ。ならば、彼が搭乗したロケットに対し全人類が向けた夢と希望の結晶であるこの鎧に、ミサイルが飛び出すギミックが一つや二つ付いていても、不思議ではない。
「──ッ!?」
まるで『ガガーリンがミサイルを発射することを予測出来なかった』かのようなリアクションを見せるアザゼル。
彼は咄嗟に己の羽根を撒き散らし、それらでミサイルを防御する。
着弾──耳を聾するほどの轟音を鳴らしながら、ミサイルは爆ぜた。
ガガーリンの攻撃があっけなく防がれた形になるが、しかし、どうやら彼の目的は攻撃ではなかったらしい──ミサイルが着弾したそばからもうもうと煙が広がり、アザゼルの視界を灰色に染める。煙幕弾だ。
「──無駄なことを」
聞く者に絶対に逃れられぬ危機を確信させるほどに冷ややかな声で、アザゼルはそう呟いた。
いかなる妨害も幻術も隔絶も無視し、全てを見つめる目を持つアザゼルにとって、この程度の煙幕は無色透明も同然である。
現に、彼の『天より俯瞰せし人の業(アンリミテッド・アイズ・エグリゴリ)』 は、一目散に逃げ出しているガガーリン達の姿をしっかり捉えていた。
成る程──マスターを抱えた状態で戦闘になるのは不利だと考えたガガーリンは、闘争ならぬ逃走を選んだわけだ。賢い戦り方である。
「その逃走、相手が私でなければ成功したでしょうね」
つい、と片手を翳すと、それが合図であったかのように、アザゼルの背の十二の翼は全開し、それぞれの中央に眩い光が集中した。アニメやゲームで見るビーム砲の『溜め』みたいなモーションである。
狙う先にあるのはガガーリンと眉美。たとえ煙幕に遮られていようとも、遠隔視の宝具がある限り、堕天の弓兵が彼らを撃ち外すことはありえない。
あとは翳した手の指先を、ピアノを弾くように躍らせれば、それだけで十二条の光線は放たれ、少女と騎兵を消滅させるだろう──しかし。
-
「…………」
しかし、ここでアザゼルの胸中に迷いが生じた。このまま彼らを撃っていいのだろうか、という迷いが。
なにも、サーヴァントや一般人の少女を殺すことに忌避感を抱いているわけではない。人類を神から自立させるために聖杯を手に入れてみせると決意したその時から、己の手を血で汚す覚悟は出来ている。
では、何故、そんな彼がガガーリン達への攻撃を躊躇ったのかというと、その理由はガガーリンが纏う鎧──宝具『祖国は聞いている、英雄よ強くあれ(ロゥディナ・スリシット)』 にあった。
(あの鎧はいったい……)
アザゼルは、武器の作り方の知恵を人間に与えた逸話から、宝具級の武器すらも投影できる宝具『人よ、強く逞しく生きよ(アンリミテッド・リビング・ワークス)』を所持しており、およそ『武器』の分野においては何者にも引けを取らない飛び抜けた知識を有している。
剣に弓矢、槍に鎧と、多岐に渡る武器の情報が、その小さな頭に収まっているアザゼル──そんな彼にとって、対峙した英霊の真名を、その装備から推測することなど、呼吸をするよりも簡単に出来ることなのだ。
だと言うのに──だと言うのに、だ。
先程、眉美を抱えるガガーリンを見た時──正確には、彼が纏っている『鎧』を見た時、アザゼルにはそれが何なのかが全く分からなかった。
その鎧が、なんて名前なのか。
いつのものなのか。
どこのものなのか。
どのような機能があるのか。
所有者の名前はなんなのか。
その全てが、一つも分からなかった。
かの英雄王、ギルガメッシュ以上に、この世全ての武器の祖であるといえるアザゼルが、対峙した武器の情報が分からない──これは信じ難き事態である。
これにはアザゼル本人が一番困惑したし、だからこそ、彼は、ガガーリンのミサイル発射を許してしまうような隙を晒してしまったのであった。
(もしや、神造兵装だったのか?)
アザゼルの知らない武器があるとすれば、それは人の手で作られていない武器──すなわち星が鍛え上げた神造兵装くらいである。
そのため、そんな考えが頭に浮かんだが、即座に否定する。たしかに、あの鎧からは、未知なる何かしらの『力』を感じ取ることが出来たが、しかし、それは神霊や星に類するものではなかった。むしろ、逆に神霊のような存在を打ち砕く力すら感じられた。かつて神に仕えていたアザゼルがそう判断したのだから、間違いない。
彼がガガーリンの鎧の正体を看破できなかったのは当然のことである。
なにせ、その鎧は実際に地球上にあった武器ではなく、ガガーリンの宇宙上での偉業に対し、人々が向けた想念から生み出された、一種の概念礼装なのだから。
武器ではなく、人の想いなのだから。
聖杯戦争用に作られた、オーダーメイドの特注品である。
しかし、そんなことは知りもしないアザゼルは、未知なるガガーリンの宝具を危険視していた──そして、それと同時に有望視もしていた。
天から与えられた知恵から外れた武器を持つ英霊──それは、人類の神からの脱却に、大いに参考になる存在なのではないか?
それが聖杯戦争という試練を乗り越えた先に、人類の可能性の答えが見えるのではないか?
だからこそ、アザゼルはここでガガーリン達を退場させるのを躊躇したのである。
「…………」
暫く経ち、アザゼルは翳した手を下ろした。それと同時に、十二の翼に収束していた高エネルギーの光は無力な粒子に分解され、空気中に霧散していく。
結局、堕天使が宇宙飛行士達を撃ち抜くことはなかった。
「ここは一先ず逃がしてあげましょう──しかし、見逃しはしません」
誰の耳にも届かない呟きを零すアザゼル。
「既に目をつけましたからね──ええ、文字通り『目をつける』です……貴方が聖杯戦争をどう生き抜くのか楽しみにしていますよ、名前も知らない白銀鎧のサーヴァント」
彼を取り囲む煙幕は、既に風に流され消えていた。
「ああ、それと」
と、彼は思い出したかのように続けて語る。
「あのサーヴァントを従えていた眼鏡の少女──視力強化の魔術も、神霊からの加護も、ましてや私のような権能も用いずに、遥か遠くを見つめる『目』を持つ彼女もまた、興味深い存在でしたね。……ふふ、あの主従からは目が離せそうにありません」
いつも通りの微笑みを浮かべたのち、彼は元いた教会方向に向かって飛んで行った。
-
【A-6/1日目 午前1時半】
【アーチャー(アザゼル)@新約聖書&関連書籍】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:クラリスの護衛
1.グレイの思考を見極める。
2.瞳島眉美&ガガーリンの主従に注目。
[備考]
※セイバー(ジャック・ザ・リッパー)を確認しました。また、彼女のマスターがグレイであることも把握しました。
※バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました。
※桂言葉&サロメの主従を確認しました。
※瞳島眉美&ガガーリンの主従を確認しました。自分にとって未知の宝具を持つガガーリンに特に強い関心を抱きました。
▲▼▲▼▲▼▲
-
「あれ? わたしたちとは全然違う方向に飛んでいきましたよ、あのアーチャー」
「まさか煙幕が効果絶大だったとは思えないが……まあ、良い。逃げ切れたことを喜ぼう」
アザゼルが教会方向へと飛んで行ったのを確認した眉美たちは、飛行による逃避行をやめ、着地した。
「それにしても……ふふっ、マスターから聞いてはいたが、実際に見てみると、びっくりするぐらいに美しい天使だったな。アレで聖杯戦争で競う相手じゃなかったら、一日中眺めていたいくらいには芸術的に完成された美があったよ」
逃走が成功し、若干気が緩んだのだろう。ガガーリンは冗談めいた口調でそういった。
「いやいや、ライダーさんも負けず劣らずに綺麗な顔をしていると思いますよ? 霊基再臨が待ち遠しいです」
「霊基再臨ってなんだよ」
そもそもガガーリンの鎧と彼の身にかかっている呪いの性質的に、脱ぐタイプの再臨は無いとは思うが、それはさておき。
「で、これからどうするかね、マスター?」
「うーん──こういう判断は軍人のライダーさんの方が得意だと思うんですけど──とりあえず、一旦家に戻りましょう。知らないことだらけのこの冬木市において、比較的安心できる場所ですから」
ベースキャンプみたいなものですし──と。
眉美はそう提案した。
ガガーリンもそれに賛同する。
アーチャーの脅威が去った今。一旦拠点に戻り、集めた情報を整理する必要があるように思われたからだ。
帰りも飛んでいくのかと思った眉美だが、緊急時でもない限りあのような目立つ移動手段は控えるべきだとガガーリン。
なので、帰りは徒歩になった。
霊体化したガガーリンと共に夜道を歩きながら、眉美は考える──先ほど遭遇したアーチャーのことを。
初っ端から眉美達に殺意の高い攻撃を放ってきたことから、彼が聖杯狙いのサーヴァントであるのは間違いないだろう──つまり、彼、あるいは彼を従えるマスターには聖杯を手に入れる理由が、願いがあるわけだ。
(願い、か……)
一方、眉美達の主従には聖杯を手にしなければならない理由はない。
本来ならば、こんな聖杯戦争に呼ばれるのがおかしい主従なのだ。先ほど他主従を観察するフィールドワークを行なっていたのも、身の回りの安全を守るために、情報を仕入れておこう程度の意味しか持っていない。
これは、何も眉美が願望一つない無欲な人間だからではない。たとえば、良すぎる視力をどうにかしたいとは常々思っているし、小さな願いもあげればキリがないだろう。彼女は欲深い人間なのだ。
では何故、聖杯に託すような願いはないのかというと、ただ単に人を殺してまでして叶えるような願いは美しくないと思っているからである。
(『願いを叶えるために努力するのは美しい。ただし、そのために流すべきなのは血ではなく、光り輝く汗と涙であるべきだと思うよ』──きっと、団長だったらそう言うのかな)
団長──美少年探偵団の美少年たちを束ねるリーダーにして『美学のマナブ』のことを思い出す眉美。
探偵団には、四つの団則がある。
一、美しくあること。
ニ、少年であること。
三、探偵であること。
四、団(チーム)であること。
たとえ見ず知らずの世界に連れてこられたとはいえ、団則の一つである『美しくあること』から外れるような真似は──美しくない行為をするわけにはいかないのだ。
(まあ、団則を守るというならば、『団(チーム)であること』からしてもう守れてないんだけどね。ここにいるのはわたし一人だけだし)
隣で霊体化しているライダーを含めても、団(チーム)ではなく組(ペア)だし。
(『少年であること』は……うーん、まあ元から限りなくアウトに近いグレーだったようなものだったしね)
ちなみに、今現在の眉美のファッションは男側──つまり男装した状態である。
これは普段通りの格好をしていた方が落ち着くからというのもあるが、もう一つ別の理由がある。それは、男装することによって、もしも他主従と遭遇した際に己の性別を誤認させるというものだ。
何ヶ月もやり続けているだけあって、眉美の男装は結構クオリティが高い。服が濡れて下着が透けでもしない限り、どこぞの吸血鬼擬きの青年から女子だと気づかれないくらいである。
(そしてもう一つの団則は『探偵であること』──ん?)
探偵──探り、偵う者。
事件を解決する者を指すその言葉に、眉美はある気づきを得る。
-
『……ライダーさん』
そして、その気づきを伝えるために、己の従者に念話で声をかける。
『どうかしたかね、マスター』
『あのアーチャーの光の攻撃って、狙われたのがわたし達だったから避けられましたけど、他の主従……ましてや、一般人だったらそうもいきませんよね?』
『ああ、そうだな』
『それだけじゃありません。一昨日の事件を例にあげるまでもなく、この町では破壊や、殺人や、失踪が──事件が起きています』
だったら、と眉美は言葉を続ける。
これまで曖昧なままだった聖杯戦争における己のスタンスがようやく固まったことを実感しながら、言葉を、紡ぐ。
『だったら、事件に対するカウンターが──探偵という存在が必要ですよね。今の冬木市で起きてる大小様々な事件──それら全てをひっくるめた『聖杯戦争』という謎を解き明かす存在が』
聖杯という特上の美を持つ謎を、美しく解決する存在が必要である──と、彼女はそう考えたのだ。
眉美の考えを受け、ガガーリンは暫く黙った後、口を開いた。
『……つまり、聖杯戦争で勝ち抜く勝者ではなく、イベントそのものに秘められた謎を解き明かす探偵に、自分がなると──君はそう言いたいのだね?』
『はい!──と力強く言いたいところですけれど、わたし一人じゃとても無理ですよね』
『私が付いていても無理だろうな。なにせ、『参加者たちには戦争をもって潰しあってほしい』という主催側の期待を大いに裏切ることに──イベントの意義そのものを台無しにすることになるのだ、下手をすれば討伐令を出されるかもしれんぞ?』
『ですよね。だからそのためにも、まずは協力してくれる人を探すのはどうでしょう?』
まさか、聖杯に託す願いらしき願いがろくにないのに、冬木に呼ばれた参加者が眉美一人だけであるとは考え難い。きっと、他にも似たような境遇の者は居るはずだ。もしかすれば、もう既に聖杯戦争を解決すべく動き出している者だっているのかも……流石にそれは楽観視が過ぎるかもしれないが。
『そういう人を探してチームを組み、聖杯戦争を解決する……そういうスタンスって、どうですかね?』
みんなで協力して、誰も死なずに万事解決のハッピーエンド。
そんな、夢物語みたいな展開など、常識のある大人なら、考えすらしまい。
しかし眉美は大人ではない──常識になんて目もくれず、美しいものを追い求め、見続けんとする、美少年探偵団の一員である。
だからこそ、彼女が提案したその意見は、彼女が取れる行動の中で、もっとも美的で、もっとも少年的で、もっともチーム的で、そしてもっとも探偵的な意見なのであった。
(続く)
-
【A-6/1日目 午前1時半】
【瞳島眉美@美少年シリーズ】
[状態]魔力消費(小)、眼球疲労(中)
[令呪]残り3画
[虚影の塵]有(一つ)
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]年相応。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の解決
1.情報の収集。
2.自宅に戻る。
[備考]
※同時刻に目立つ戦闘をしていた主従は大体視認し、外見とステータスを把握しましたました。ただ、途中でアザゼルの乱入があったので、全部見れたわけではないと思います。どれくらい確認できたかは後の書き手さんに任せます。
※A-6から離れたエリアに移動し、自宅に戻って居る途中です。どちら側に飛んでたのかや、自宅の位置は後の書き手さんに任せます。
【ライダー(ガガーリン)@史実】
[状態]霊体化、魔力消費(小)
[装備] 『祖国は聞いている、英雄よ強くあれ(ロゥディナ・スリシット)』
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの護衛
1.マスターの家に戻る。
[備考]
※アーチャー(アザゼル)を確認しました。
-
投下終了です
-
投下します
-
「マジで何だったんだよ、あの天使もどきは」
この兇悪な女には珍しく怪訝なものを貼り付けて、ジャック・ザ・リッパーは丑三つ刻の冬木市を闊歩していた。
ジャックの身体には未だ鈍い痛みが残っている。先の戦いは彼女にとって芳しい結果を齎さなかったが、その辺りはとっくに割り切り済みだ。
"過ぎたことには固執しない"性格は間違いなくジャックの強みの一つであった。……取り逃した麗しの幻想種(ヤマトナデシコ)には依然未練タラタラなのだが、それは一旦置いておく。
人類史上最も有名な殺人鬼である彼女の背筋を現在進行系で寒からしめているのは、舐めた真似をしてくれたサロメでも、不躾に乱入してきたイスカリオテのユダでもない。戦いを終えた彼女の前に現れ、意味深長な言葉を残した"天使"であった。
当代風なのは服装だけ。背中には十二枚の白翼を隠そうともせず、表情の端々に時折笑みを覗かせる。筋金入りの無神論者が相対したとしても神の実在を信じるだろう、天上のものとしか思えぬ男。
顔立ちは余人を忘我の境地に至らせる程整っていたが、ジャックの目にはさして特筆すべきものとは映らなかった。この地球に性懲りもなく生まれ落ちては死んでいく愚かな野郎共と殆どイコールだ。
男の身体造形などジャックに言わせれば滓ほどの価値もない。天が斯くあれかしと作り出した神霊だろうが、河川敷でワンカップの酒を呷る小汚い浮浪者だろうが、男性であるという時点で興味の対象には遠い。倫敦の悪霧。無限の可能性を持つジャック・ザ・リッパーの形の一つであるこの女の心を射止められるのは女だけだ。穢すに足る女だけ。男根などに用はないのである。
「天使もどき……堕天使か。堕天使、ねぇ」
鮫歯状の突起が突いたナイフをくるくる片手で弄びながら、ジャックは呟き考える。
これまでの奔放な振る舞いを見れば瞭然の話だが、この女は聖杯に興味などないし、マスターであるところのエイブラハム・グレイに忖度してやる心遣いも毛頭持っていない。
ジャックにとって此度の現界の意味は即ち倫敦の再演。否、それよりもっと軽い意味合いだ。欲望のままに殺し、汚し、穢して弄ぶ。モデルケース通りのシリアルキラーである彼女には大義もなければ義理堅さもない。この冬木聖杯戦争において、最も救えない英霊の一体であると言えよう。
そんな彼女も、腐っても一端の英霊だ。聖杯戦争にまつわる知識、ひいては人類史に関連した膨大な情報量が、当然のようにその軽い脳味噌にインストールされてこの現世へ顕れている。
それを乱雑に引っ張り出して、ジャックは暇潰しに先の天使の素性について考えてみることにした。要するに嫌がらせだ。自分に粉をかけてきた気色悪い男のパーソナルデータを暴いて悦に浸ってやろうというしょうもない気紛れ。次の獲物が見つかれば即座に脳内から蹴り出されるような、ただ一時の手慰みに過ぎない。
「えーと? マスティマ、ベリアル、アザゼル、ベルゼブブ、ルシフェル、めっちゃ居んのね堕天使って。一人くらいTSしてねーかな」
ぶつぶつと呟きながら刃物片手に夜道を往く姿は完全に不審者のそれだ。もし彼女に秀麗な顔立ちという長所が欠けていたなら即座に通報されて然るべき絵面が真夜中の冬木に確かにあった。
だが恐るべきは、こんなにも分かりやすく前後不覚な状態にあって尚、自分の横を獲物が通りかかったなら瞬時に断割してみせるだろうと誰もに悟らせるジャック・ザ・リッパーの残忍性、殺しの技だろう。事実今ジャックは油断こそしているが、無防備ではない。何らかの敵意が向けられたならコンマ一秒以下で思考をスイッチ。戦闘態勢に移行することが出来る。それが彼女のデフォルトだ。
「グリゴリとかいうアホ集団の誰かか? やたら偉そうだったし、シェムハザって奴辺りかしら。どうでもいいけど」
彼女は真性の魔である。悪霊の集合体でも伝説の具象化でもない、ただどこまでも明確で分かりやすい殺人鬼。
故にこその魔性。人間を超越した身体能力は当然として、暗殺者としての技術も本能的に高い水準のものを持ち合わせている。
それはジャック・ザ・リッパーの名が持つ別の可能性。アサシンのクラスで喚んだ際に顕れる呪わしき少女と全く同じ強みだ。存在の基盤も魔の文字が持つ意味合いも本質的にはまるで被っていないのに、結果だけを見れば似通った魔獣の素養を秘めている。……ヒトの悪徳が文字通りこの世に産み落とした悪霧の少女にしてみれば心外もいいところであろうが。
-
尤も、救いようのない、同情の余地の存在しない悪党の中の悪党だからこそ分かることもある。
ジャックは、確信していた。記憶の中に残る天使の面、捨て置けば必ず数多の犠牲を生み出す自分を野放しにするという選択。何よりあの胸焼けするような神々しさの端々から漂う臭い。それらを一つとて見逃さず感知し、その上で確信に至ったのだ。
――アレは、ロクでなしだと。少なくとも敬虔な修道女に拝み倒される天使様とは一線を画した、文字通り"堕ちた"結果の成れの果てだと。邪悪さしか存在しないシリアルキラーの脳内サーモグラフィーはそう断言していた。望まれて生まれた悪夢故間違いなどある筈もない。
「ん、いや。そういやあの変態、アタシを何するって言ったんだっけ―――」
せっかくだから思い出してみるかと、パズルの失くしたピースを探るように己の記憶を辿っていく。
かつん、かつん。夜道に響く殺人鬼の靴音。当然のように周囲は無人で、草木も眠る、という丑三つ刻の文句に相応しい情景が広がっていた。
冬木は地方都市。都心部からも距離のあるこの辺りでは散歩やジョギングに勤しむ市民の姿もない。まして先日物騒な事件があったばかりなのだ。こんな時世に好き好んで夜間外出する者など、余程平和ボケしているか自殺志願者か、怖いもの見たさの阿呆のいずれかだろう。そういう手合いも零とは言えないだろうが、今日この時は姿が見えなかった。
静かな夜。此処だけ見れば平和な夜。喧騒がなく、思考も捗るというものだ。
――故にこそ。倫敦という水桶に沈殿した悪霧は今丸裸であった。
「――あん?」
ジャックの眦が不機嫌そうに釣り上がる。恨み節を吐くよりも先にその細脚が動き、一メートルほど左方へと飛び退かせた。
次の瞬間。つい一瞬前までジャック・ザ・リッパーが歩いていた地点に、一本の矢が刺さった。あくまでも、矢だ。銃と砲が戦の主流となった現代では骨董品でしかない型落ちの飛び道具。
にも関わらず――その鏃がアスファルトの表層に触れた瞬間、比喩でも何でもなく、大地が弾けた。水面に砲丸を落としたみたいに地面が陥没して、僅かに遅れて衝撃波が吹き抜ける。ジャックは為す術もなくそれに巻き込まれ、痩身でもって宙を舞った。体操選手もかくやといった身のこなしで受け身は完璧に取るも、しかし安堵など出来よう筈もない。
ジャックが着地した場所にまた矢が降ってくる。流石に二射目ともなれば正しい認識に改められるが、彼女は最初、これを矢であると認識出来なかった。流れ星が降ってきたのだと見紛った。
それほどまでにこの射撃は隔絶した技であった。剛柔内包、双方の間に一辺の差異も存在しない。地を割る力と針穴を射る技、頭抜けた霊格と底知れぬ研鑽あっての絶技。
「チッ、ちょっとは休ませろっての!」
星が降る。地を穿つ。爆音を伴わず、ただただ破砕音のみを奏でながら一方的に降り注ぐ破壊の弓射は端から見れば神話の一頁めいた圧巻のそれであるが、獲物の側に立たされているジャックにしてみれば堪ったものではない。避けてもその瞬間には次の星が戸を蹴飛ばしながら訪問するのだ、矢継ぎ早とはまさにこのことか。
おまけに一発でも貰えば詰みが確定する親切設計だ。よしんば一発耐えても喰らった隙に次、その隙に次、次次次次と終わりなく降り注ぐ流星群の前にあっという間に彼女の体はこの世から消滅するだろう。
散弾のように弾けたアスファルトの残骸を両手の刃物で器用に弾き落として星を躱す。受け止めるのは言わずもがな不可能だ。理屈は先の文で語った通りだし、人を殺すための刃如きで天より降る星を止められると夢想する程、ジャックの想像力は豊かではなかった。
しかし驚くべきは射手の腕もそうだが、一撃も貰わず、且つ受け止めもせず、殆どインターバルなく訪れる全弾を全て躱し切れという無理難題を九割五分の精度で完璧にこなしているジャックの手際も然りだ。流石に掠り傷程度のダメージや至近距離で衝撃波を受けることによる全身へのダメージまでは避けられないため十割ではないものの、それでもこれだけ上手くやれる殺人鬼など人類史を逆さにしても一体どれだけ居るか。
-
「聞いてんのかこの陰キャがァ! あーもう、アタシが何したってのよマジで! いや腐るほど色々してきたけども!!」
とはいえそれにも限界がある。サーヴァントは人智を超えた、存在自体が超兵器に等しい活動する幻想だが、決して無敵ではない。
殴られれば痛いし、無茶をすれば疲れる。何かしらの特殊な曰くがない限り、その辺りは人間とそう変わらないのだ。
ジャックは殺人鬼、正真正銘先天性のシリアルキラーだ。今更痛みに音を上げ膝を折ることはないが、だとしても後者の問題は避けられない。
超絶の技量から間断なく連打される超威力弓撃はたとえ躱したとしても無慈悲にジャックの体力を奪い、体に疲弊を蓄積させていく。拙いなと、ジャックはらしくもない真剣な危惧に唇を噛んだ。
(このまま続けたら間違いなくハメ殺されるし、消耗がちょっとエグ過ぎだわ。冗談抜きに袋小路だな、こりゃ)
或いはそれも含め、射手の想定内なのだろうとジャックは踏む。
そしてその通り。ジャック・ザ・リッパーを今まさに狩り殺さんとしている彼方の弓手は、二射目を殆ど完璧に躱された時点で戦略を変えた。数を用立てて封殺する。荒れ狂う獣を捕らえる時、人は鋼鉄の檻や籠を罠として用いるが、あれを己の矢でやっているのだ。
永遠に射たれ避けられを繰り返せばいつか必ず避ける側に限界がやって来る。ならば後はイージーゲーム。限界に到達するまでミスなく単純作業をこなすだけで構わない。ジャックとしては気に食わない、人を舐め切ったやり口だが、しかし利口ではある。確実に勝とうと思うなら最善手だ。それも含めて何から何まで苛立ちづくめの現状だった。
尤も――詰め将棋と化したことを認識して尚不服な現状に甘んじ続ける程この殺人鬼は消極的な性格をしていない。負けの確定した安牌より勝ちの目が一つある危険牌だ。
(しゃあない。一つ、博打をやるか――)
思うが早いか、ジャックは自身が不可能と断じた一手を躊躇なく繰り出した。
『深紅より来る遍く刃』で取り出した刃を五本も束ね、歪な形になることも構わず両手で構える。
よっぽど退屈しているか、大して唆らない獲物でもなければこんなふざけた持ち方は絶対にしない。
何故か。意味がないからだ。ただ徒に殺しにくくなるだけで、その上苦しみが増すわけでも特にない。
今この時も意味があるかないかで言えば後者寄りなのは間違いない。それでも、気休めで構わなかった。大博打を打つのだから負けた時のリスクを軽減出来るよう備えるのは至極当然のことである。
星が降る。天より来たりて地を、人を惑わす悪霧を射抜く裁天の星が降る。
あろうことかジャックはそれを、重ねた刃物で以って真正面から受け止めた。
当然、無謀もいいところ。ジャックの刃は陶器みたいに砕け散って、鏃が腕を深く抉り、尚且つ衝撃波でその痩身を紙切れみたいに吹き飛ばす。
ほら見たことか、失敗しただろうと嘲笑うのは見当違いだ。その証拠にジャックは桃色の唇を苦痛に歪めつつも吊り上げて笑っている。死ななかった時点で儲けものなのだ。
星の矢を受け切り、負傷しつつも耐え、その上衝撃で吹き飛ばされること。此処まで全て予想通り。"負傷しつつ耐える"ことが出来るかどうかが鍵だったが、そこの賭けには殺人鬼が勝利した。
駄目元で重ねた刃がクッションの役割を果たしたかはかなり疑わしいが、一本目の刀身が砕ける音はジャックの良い判断基準になってくれた。弓撃の範疇を逸した兇悪極まるインパクトから逃れるためには素早く身を引き少しでも直撃から遠ざかるしかない。
などと書けば容易く聞こえるが無論、これはジャック・ザ・リッパーが魔人であるからこそ可能な芸当である。並の英霊がやろうとした日には、そもそも粉砕音を聞き分けることすら困難。よしんばそこまで出来たとしても、身を引く間もなく剛矢の直撃で四散している筈だ。良くて片腕欠損、普通で半身の喪失、悪ければ全身が弾けた水風船のようになったっておかしくない。
恐るべきは殺人鬼の中の殺人鬼、蛮性の魔。民衆にとっての恐怖そのもの、ステレオタイプの究極系よ。ただ殺すという在り方も、突き詰めれば神域の技を凌ぐに至るのか。
-
「ざまあみろッ」
吹き飛ぶや否や空中で体勢を立て直し、片腕の痛々しい傷など構わず野獣の如く地を駆ける。
長々と書き記したが、要するにジャックの取った選択肢は撤退だ。敵に背を向けて逃げ出そうというのだ。
だが賢明である。断言するが、この間合い、この状況でジャック・ザ・リッパーが素性不明の神域弓手に敵う道理は一切存在しない。
所詮ジャックの武器は人を殺すための刃物だ。下手をすればキロ単位で離れた相手に切っ先を届かせるとなれば、それはもう人殺しの所業ではない。故にどこまでも殺人鬼であるジャックは門外漢だ。結果の分かり切った戦いにこれ以上頓着する理由も見当たらない。
大変ムカついたし、落とし前を付けたいとも思うがどうにもこいつには勝てそうにない。少なくとも今は。なら仕方ないから、この苛立ちはどこかの可愛い、出来れば高潔な女の子で晴らすとしよう。ジャックは、こういうドライな思考の出来る英霊である。無駄に意固地にならないその柔軟さも、スコットランドヤードの熾烈な追跡を掻い潜った秘訣の一つである。
……とはいったものの、当然これだけで逃げ切れる程敵も容易い相手ではない。
流星を思わせる剛矢はジャックの背に向けて抜群の精度で放たれる。その正確さたるや、現代において最新最優とされる長距離狙撃銃を持ち出しても相手にならない次元だ。完全に人の理解を超えている。
それをジャックは、殺し殺す魔性としての山勘と鋭敏な聴力で辛うじて回避。
飛び散った二次災害の散弾が背中に何発か突き刺さるが、致命ではないので放って置く。重要なのは一刻も早くこの場を離れること。射手に見つからない場所まで逃げ遂せること。
――そんなことが果たして可能なのか、敵は超越的な技巧の持ち主だというのに。その問いに対しては、明確にこう答えることが出来る。"可能だ"、と。
角を曲がり、地形を活用し、逃げる、逃げるは殺人鬼。
これぞジャック・ザ・リッパーの犯行の鏡写し。追う側追われる側の反転したカリカチュアだ。
されどジャックは笑みを浮かべたままで、血の軌跡を作りながら決死の逃亡を続ける。足が止まることはない。
そうして逃げて、逃げて逃げて――角を五つほど曲がった先、ジャックは遂に目当ての光景を見つけた。目も腕も馬鹿みたいに良い、脅威なんて言葉が生易しく思えるくらい質の悪い襲撃者から逃れ得る"避難先"を、大博打の末に見つけ出すことに成功した。
殺人鬼は斯くして今宵も生を繋ぐ。手傷は大きかったが命さえあれば何とでもなるのがサーヴァントだ。傷などマスターの魔力を食い潰せばどうとでもなる。生きてさえいれば望みは果たせる。
生憎アタシの願いは、現界した時点で叶ってるんだよね。苦渋或いは混乱の境地に居るであろう敵手にアカンベーをしながら、ジャック・ザ・リッパーは獰猛さを隠そうともせず、笑ってみせた。
-
◆
【済まぬ、KINGよ。どうやら仕損じた】
日本が誇る大企業の一つ。特に人材派遣という分野においては誰もが一目置く新進気鋭の一社、『KING』。
その主がおわすに相応しい高層ビルの一室にて、己のサーヴァントから失敗の報告を受け取った男は会社と同じ、王を意味する名で自身を呼ばせていた。会社(KING)の中の王(KING)たる彼の真なる名は、シンという。シンが自身の英霊より芳しくない報告を受けた際、最初に口にした言葉は叱責ではなく驚きであった。
【おまえほどの男が、か。一方的な奇襲と聞いていたが……何か、想定外の事があったと見える。言ってみろ】
【宝具かスキルか、その両方か。兎角、何らかの固有の異能を使われたようだ。直前までは確かに奴を視界に収めていた筈が、群衆と合流された途端に視えなくなった。……否、溶け込まれた、というべきか】
シンの喚んだアーチャーが放つ矢にはたかが矢と切り捨てられない威力が込められている。そのことは今更語るまでもないだろうが、弓撃の強さがいつ如何なる時も長所として働くとは限らない。
要するに目立つのだ。英霊を確実に一射で仕留めようと思えば当然相応の威力になる。具体的に例を挙げて例えるならば、対戦車砲程度の威力は最低でも必要になってくる。
そんなものを皆が寝静まった深夜とはいえ連発していれば、何かただならぬ事態が起きていると気付く者は当然出てこよう。アーチャーが獲物と定めた刃物使いのサーヴァントが目を付けたのは、そういう人間が集い出来上がった群衆……野次馬の群れであった。
ただ人混みに紛れるだけなら造作もない。アーチャーの技は何も愚直な破壊のみに非ず。剛柔のウェイトを調整し、只でさえ異次元レベルに高い精密性を更に更にと高め上げて放てば、周りに何の犠牲も出すことなく標的だけを確殺するのは容易いことだ。
だが――あれはその"紛れる"という行為の極致と言ってもいいだろう。千里眼を持つアーチャーの視界から、直前まで確かに捕捉されていたにも関わらず逃れてみせるなど尋常ではない。
【優位に胡座を掻いたな、アーチャー。そこまで逃げられる前に仕留めることの出来ないおまえではあるまい】
【傲ったのは事実だ。故返す言葉もない。宝具解放は過剰としても、より積極的に仕留めに掛かるべきだったな。今後精進しよう】
精進する、という言葉は口先だけのそれではない。この滅私英雄は決して誤魔化さず、嘘を吐かない。
今回は仕損じた。しかしアーチャーは今も目を瞑れば鮮明に、不覚を取った刃物使いの一挙一動を思い出すことが出来る。
回避の所作も、思考パターンも、集団に溶けて気配を完全に断つという固有の異能も。然とその硬い脳髄に刻み込んだ。
故に次はない。もしも次、あの女に対して弓を射る機会がやって来たなら、同じ手は食わないし次は回避すら許さない。
千里を見通す眼を持った、人類史上最高峰の腕を持つ射手を敵に回すとはそういうことだ。
ともすれば冠位の霊基を持つ英霊に選定されても何ら不思議のない、太陽すら撃ち落とす英雄に不覚を取らせたとはそういうことだ。
-
――時に。アーチャーこと后ゲイは、何もジャック・ザ・リッパーを仕留められなかったわけではない。
仕留める気になれば見失ってからでも可能だった。あの場に集った群衆の全てをその矢で鏖殺すればいずれは見つけ出せるのだから当然だろう。
にも関わらずそれをしなかったのは、一体どれだけの殺戮が運営による粛清措置を招くか判然としなかったから。
少なくとも、運営を敵に回すリスクを押してまで一騎のサーヴァントを仕留めることが利口だとは、ゲイには到底思えなかった。
森の奥に消えた鹿を深追いしないように、潔く諦めた。しかし、もしも具体的な粛清基準が定められていたとして、ジャックを隠す群衆の総数がそれに達していなかったとしても、ゲイはきっと鏖殺の弓を振るうことはしなかっただろう。
ゲイは此度の聖杯戦争において、シンというマスターの願いを叶えるための走狗に過ぎない。
なればこそ希求するべきは勝利の二文字。サーヴァントの脱落は勝利に近付くのだから、許される範疇の非道は寧ろ戦いを効率的にしてくれる。
だがそれ以前に――后ゲイというサーヴァントは英雄なのだ。恐らくは、その根幹から。
欲を持たず、人を恨まず。そのために人に理解されず、自分が何故破滅に至ったのかも未だ理解出来ない素晴らしくも愚かな男。
他者の願いを叶える程度しか願いらしい願いを持たない筋金入りの英雄に、無辜の民を虐殺する選択はあまりに不似合いだ。たとえそれが必要な一手であったとしても、それを取った瞬間彼は英雄ですらなくなってしまう。滅私のままに殺戮する、理解不能の何かに成り果てる。
そしてシンはその事を理解出来ない程情緒に乏しい男でもなければ、それを居丈高に指摘する程厚顔無恥な男でもなかった。
己のサーヴァントを、己と共に願いの果てを見ると誓った英雄を、理解するが故に否定しない。
そこには確かに、無言の礼儀があった。王と従者の間柄にあろうとも、お互いへの敬意なくして、盤石の体制など成り立たないのであった。
【B-9・KING本社ビル最上階/1日目/午前2時】
【シン@北斗の拳】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]有(2つ)
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]膨大。一つの会社を動かせる額
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を入手し、ユリアの体を癒やす
1.持てる力の全てを尽くし、聖杯戦争に勝利する
[備考]
※セイバー(ジャック・ザ・リッパー)の外見特徴を聞きました
【アーチャー(后ゲイ)@中国神話】
[状態]魔力消費(極小)
[装備]無銘・弓
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:KINGの願いを叶えるため、聖杯戦争に勝利する
1.引き続き索敵を続け、必要とあらば攻撃する。
2.刃物遣いのサーヴァント(ジャック・ザ・リッパー)は次があれば必ず討伐する
[備考]
※河川敷公園の一連の戦いを千里眼で視認しました。
※これにより、セイバー(ジャック・ザ・リッパー)、アサシン(サロメ)、バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しています。
※バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました。
-
◆
「それにしても」
厳かな声が真夜中の教会にポツリと響く。
「随分と派手に暴れ、そして派手にやられたようだな。セイバー」
「まったくよ。とんだ貧乏クジ引かされちゃったわ、マジで」
最初の指摘は華麗なまでにスルーして、驚く程の被害者面をしてのけるこの女の面の皮は一体どれだけ厚いのだろう。
そんなコミカルな一幕であるが、ジャックの片腕はこれで随分と悲惨な有様に成り果てていた。手首から肘の手前に掛けてぱっくりと裂け肉が覗き、部分的には骨さえ覗いている。修道服は最早血塗れだ。表情一つ動かしていないのが不思議なくらいの様である。
だが贅沢は言えない。状況と相手を思えば腕が繋がっているだけでも奇跡的だ。命あるだけでも、と言ってもいい。
スキル『倫敦の沈殿』――"人口密集地であればあるほど、己を霧のように薄くする"能力がなければ、一体どうなっていたことか。
「今夜はとにかくツイてなかった、こんな日もあんのね聖杯戦争って。変な堕天使野郎にも絡まれるしさあ」
それに、真の意味で貧乏くじを引かされたのはこの難儀なサーヴァントを従えている聖職者、エイブラハム・グレイに他なるまい。
命じてもいないのに勝手に出歩き暴れてくるのはいつものこととしても、これほど重傷を負わされて帰ってくるとは流石に予想の範疇を過ぎていた。聖杯戦争のステージが明らかに一段上がったことを実感せずにはいられない。もし生半な魔術師だったならヒステリックに喚き散らすか、この狂った女との訣別を真剣に考え始める頃だろう。
しかし無論、エイブラハム・グレイはそんな俗物に非ず。何ら責めるでもなく、口を開いた。
「堕天使? サーヴァントか、それは」
「そうそう。アタシを監視するだとか何だとか、キモいっつの。ありゃ完璧ロクでなしね。
でもま、腐っても天使だって言うから、アンタに説法でも垂れてくれるようお願いしといたわ」
「ほう」
繰り返すが、ジャックが行っているのは真っ当なマスターであれば鉄面皮を保つなど到底不可能な暴挙である。
もしも本当にジャックの言うサーヴァントが天使であったなら、サーヴァント規格にまで零落していたとしても間違いなく勝負にならない。ジャック・ザ・リッパーは確かに悪名高い反英霊であるが、天の御遣いたる彼らにしてみれば虫螻もいいところだ。応戦出来れば上々、最悪何の抵抗も許されずに鏖殺される可能性さえ存在する。
そんな危険な相手に己のマスターの情報をベラベラ明かすなど完全に気が違った者の言動だ。いや、そうなのであったが。
「お前の目には逸れ者に写り、その上で"監視"を為す天使か。
……驚いたな。グリゴリの天眼め、大人しく穴底で呆けていればいいものを」
聖職者であるグレイに言わせれば、ジャックの持ち帰ってきた情報は殆ど天使の素性を示す答えのようなものだった。
見張る者たちの統率者であり、人に過ぎた知恵を授けた罪状で放逐された堕天使のメジャーネーム。アザゼルという天使の存在を知らない聖職者など、十中八九詐欺師の類に違いない。
-
しかし、さて、どうしたものか。
かの者が聖杯戦争に対しどんな展望を見ているのかは定かではないが、棚から牡丹餅が如く降ってきた敵の情報を有効活用しない程愚鈍ではよもやあるまい。今か、それとももっと先か。時期は動いたとしてもいつかは必ずこの視界に天界の御光が射す瞬間が訪れる筈だ。
交戦の選択肢は現時点では論外。交渉か、或いはもっと別な手段で躱すか。いずれにせよ、断崖の縁を歩くような苦境になるのは確実だろう。踏み外せば、誇張抜きに全てがその場で終末しかねない。逆に上手く扱えたなら恩恵は当然莫大なものとなるだろうが、さしものグレイも堕ちたとはいえ天界の者であった光輝をそう上手く転がせるとは思わない。
「ま、バチが当たったと思って頑張れば? あとこの服流石に着替えるわ、べっちょべちょで気持ち悪くなってきたし」
「それは返り血か?」
「ん? ああ、そうよ」
ひらひらと傷付いていない方の腕を揺らす。そこには真新しい肉片のこびり付いたサバイバルナイフが握られていた。
「あんまりにもババ引かされまくったもんだから、流石に少しくらい発散したくてさ。サクッと楽しんできたの」
……さて、どう歓待したものか。
人も草木も神さえ眠った午前三時の聖堂で、エイブラハム・グレイは小さく呼気を吐き出すのだった。
【D-10・冬木教会/1日目/午前3時00分】
【エイブラハム・グレイ@殺戮の天使】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]裕福と言えるレベル
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯が如何なるものか見極める。
1."監視"する堕天使――か。
[備考]
※セイバー(ジャック・ザ・リッパー)から河川敷公園での戦闘と天使との遭遇、アーチャー(后ゲイ)との戦闘について聞きました。
※セイバーの語る天使の真名をほぼ確信しています。
【アサシン(ジャック・ザ・リッパー)@史実】
[状態]ダメージ(大)、右腕に損傷(大、回復中)、失血(中度、回復中)、魔力消費(小)、全体的に血塗れ
[装備]修道服
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:好みの女性を汚(バラ)し、穢(バラ)し、陵辱(バラ)し─────。
1.幻想種(ヤマトナデシコ)の殺害
2.さっさと服を着替えるもう我慢ならん
3.アイツ(アザゼル)新手のストーカー????
4.陰険なアーチャー(后ゲイ)がムカつく。
[備考]
※現在、桂言葉にターゲットを絞っています。
※バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました。
※アサシン(サロメ)を確認しました。
※アーチャー(アザゼル)を確認しました。印象のせいもあり彼に対し若干、引き気味です。
※アーチャー(后ゲイ)から逃れた後普通に人を殺しました。アーチャー(アザゼル)の言い付けは頭から吹っ飛んでいたようです。
-
投下を終了します。何かあったらお願いします
-
只の殺人鬼でしかないとはいえ、殺し合いの場では殺人の業がものをいう。
それでもなお只の殺人者では闘争者の絶技には抗し得ない
ゲイの神技とジャックの業の描写が素晴らしかった
です
そしてこれからアザゼルと言葉がやって来るグレイの苦難よ
最悪シンもやって来る
-
アーチャー(メーガナーダ)
キャスター(パドマサンバヴァ)
キャスター(空海)
ウォッチャー(バロン・サムディ)
予約します。
-
投下します。
-
草木も眠る、丑三つ時。雲が沸き起こり、月や星の光を隠す。
闇の中を、影が進む。闇夜の鴉。誰にも見られず、気づかれず。音を立てず、臭いも立てず、百鬼夜行が進む。
百鬼夜行の主ならば、実はこの冬木市にいるが―――この百鬼の長は、それではない。
今、仮に読者諸君に霊的な眼を授け、その様を見せよう。直視すれば眼が潰れ、肝が潰れる、恐ろしい有様を。
悍ましき影絵芝居、光なき夜のワヤン・クリを。
眼が一つの、大きな耳の、耳がない、先の尖った耳を持つ、鼻先が上へ突き出た、上半身が異常に大きな、首が細長い、縮れた髪の、全身が毛に覆われた、
耳が垂れ下がり額の大きな、乳房と腹が垂れ下がった、唇が垂れ下がった、唇が顎にくっついた、顔が長い、膝が長い、背が低い、背が高い、せむしの、こびとの、
恐ろしい黒色の、いびつな顔の、銅色の眼の醜悪な顔の、怒りっぽい、喧嘩を好む、鉄の大きな投槍や斧などの凶器を持つ、猪顔、鹿顔、虎顔、水牛顔、山犬顔、
象足、駱駝足、馬足、胸に顔がめり込んだ、一本腕の、一本足の、騾馬耳、馬耳、牛耳、象耳、獅子耳、大鼻、曲鼻、無鼻、象鼻、額まで鼻が盛り上がった、
大足、牛足、足に鶏冠めいた毛の房がある、大頭、大胸、大腹、大眼、長舌、山羊顔、象顔、牛顔、馬顔、駱駝顔、驢馬顔、このような羅刹たちがいた。
羅刹(ラークシャサ)。インドの悪鬼。闇夜に疾行し、四辻に立ち、血肉を飲食し、人畜を害するものども。
ブータ、プレータ、ピシャーチャ、クンバーンダ、プータナー、ダーキニー、ヴェーターラ。低級なものは亡霊と変わらぬが、高級なものは神々をも脅かす。
これらはみな、幻影だ。闇の中、影の中を彷徨する妖怪変化、魑魅魍魎。
街中に散らばり、路地裏を這い回り、ゴミ箱を漁り、下水道をのたくり、ドブ川を進み、低空を飛行し、電線を伝い、家屋に入り、跳梁跋扈する。
彼らが探すのは、英霊たち。その戦闘の痕跡。そして、小さな機械。
鬼の長、羅刹の王、アーチャー『メーガナーダ』は―――彼らから遠く離れた一室で坐禅し、瞑想し、三昧に入っている。
マスターが魔力にやや乏しいため、部屋のコンセントから多少の電力を吸う必要はあるが……この程度の街ならば、夜の間なら幻で覆える。
この程度の街ひとつ、その気になれば皆殺しに出来る。それでもよいが、そうも行くまい。天敵とも言えるカルキ、それに……先程見つけたが、ラクシュマナがいる。
シヴァより授かり、己がものとした「闇(ターマシー)の魔術」。カルキならともかく、ラクシュマナには見つかるまい。
見つけたところで、数が多すぎ、範囲が広すぎる。一網打尽にしようとすれば、術者を殺すか、街中を壊し尽くさねばなるまい。
-
この夜の間にも、街ではいくつかの戦があった。
羅刹女の如き女ども。狂信者の男。有翼の天人。黄色い風。赤い戦神。狗と馬を連れた王。
カルキ、ラクシュマナ。それぞれの主人ども。闇の中を這い回る羅刹らを介して、羅刹王は多くの情報を得ていた。
手強そうなものも多いが、容易く殺せそうなものもいる。見た、知った、覚えた。
小さな機械は、すぐに見つかった。それも、いくつか。やはり眼や耳がついているが、幻力によって惑わす事はできる。
羅刹らに回収させ、速やかに持ち帰らせる。おれの失態を責めたマスターも、夢の中でこれらの成果を知ることができよう。
あとは、これを用いておる奴を見つけねば。
川の西、街の南。虱潰しに闇の中を這い回ってきた幻影の羅刹たちが、妖の気配を感じ取る。
人ではない。神ではない。自分たちと似ている。しかし……これは、闇ではなく、光。羅刹の嫌う光のにおい。
どうにせよ、サーヴァントがいることに間違いない。おそらく、そのマスターも。
羅刹たちは躊躇いつつ、その気配の方へ―――館へと近づいていく。
【B-9/大学教職員宿舎/1日目 午前2時】
【アーチャー(メーガナーダ)@ラーマーヤナ】
[状態]健康
[装備]弓矢(矢は宝具)
[道具]同上
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。聖杯そのものより、獲得の過程で何かが掴み取れることを期待する。手段は問わない。
1.ライダー(カルキ)やラクシュマナは泳がせておく。襲われれば逃げる。遠くから戦闘を観察できればしたいところ。
2.マイクロマシン(アポリオン)の作成者を突き止める。
3.デュフォーがマスターの一人ではないかとのノヴァの意見に同意。観察対象に加える。
[備考]
※ライダー(カルキ)の真名を解明、ステータスシートを確認しました。
※基本的に霊体化しています。幻術により姿を隠したまま自在に行動できますが、攻撃時には一瞬だけ姿を現してしまうようです。
※幻術で別の姿に変化することも、幻影を呼び出して操ることも自由自在。ただマスターが魔力に乏しいため、大規模な術には電力を必要とします。
※街中に羅刹の群れの幻影を放ち、「アポリオン」数体を確保。マスターであるノヴァのもとへ送りました。
※羅刹を通じて、夜間に戦闘した主従をいくつか確認しました。
-
◇
【もしもし、聴こえますか?】
【よく聴こえますし、観えますぞ。先輩】
【確かに百年ほど先輩なのですけど。れんげちゃんとでも呼びやがりなさいなのです、遍照金剛さん】
同時刻。同じく坐禅を組む者たちが、念話で会話している。互いに英霊、『キャスター』のクラスであり、宗教を同じくする僧侶だ。
サーヴァントたちの気配が感じ取れるようになってすぐ、両者は互いの存在に気づいた。
マスターたちは就寝しているが、夢の中で念話を伝えることはできよう。
対話する両者には、互いの姿がありありと見える。
呼びかけた方は、プラチナブロンドの長髪の幼女。金色の袈裟と小豆色の法衣を、少しぶかぶか気味に羽織っている。
こんななりだが、霊格は高い。彼女こそはチベット密教ニンマ派の開祖『パドマサンバヴァ(蓮華生)』。グル・リンポチェ(如意宝珠師)とも。
チベットの王ティソン・デツェンによって北西インドより招かれ、西暦775年頃、チベット最初の仏教寺院「サムイェー寺」を建立したことでも名高い。
応えた方は、一見二十代の剃髪した青年僧。宝亀五年(西暦774年)に讃岐国に生まれた、弘法大師『空海』その人。
彼については贅言を要すまい。日本に真言密教をもたらした男であり、真言宗の開祖だ。
【……で、気づいていますね。アレ】
【はて、アレとは】
【いろいろです。白馬の騎士とか微小な機械とか、龍王とか羅刹とか。なんか制限されてて、全部は観えませんけど】
【こちらもです。分霊とはいえ、蓮華生菩薩や私に制限をかけるとはね】
この空海は、分霊とはいえ「生きている」。
史実としては荼毘に付されたはずだが、10世紀以後は「肉身を保って入定状態にある」、と信じられている。
否、この空海は―――海の彼方のウェールズの大魔術師マーリンの如く、生きながらに世界の外側へ、仏神らにより「遷された」存在だ。
パドマサンバヴァもまた、死んでも死なぬ身。こちらは遷された者ではなく、自ら世界の外側に赴き、世界を見守る者となっていた。
-
【我々でも逆らえぬものはいくつもあります。それこそ、正法(ダルマ)に逆らう事は出来ません】
【然らば、この聖杯戦争を主催しておる存在は、何処の如来でしょうな。仏が地獄を創るとは、ちと捨て置けません】
にこやかにそう語る空海に、パドマサンバヴァは笑って小首を傾げる。
【おや、あなたらしくもない。全ては空、幻、因縁生起。実体なきものです。これもなにかの仏縁であり、仏の思し召しでしょう。勘ですが】
【六神通を保ち、悟りを開かれた方の直感ならば、そうであろうとしか。自分もそう思いますが、止めたいという気持ちも嘘ではない】
【たとえマスターの影響であっても、それはあなたのカルマであり、仏縁です。やりたくばおやりなさいなのです】
しばしの沈黙。互いの気心は知れた。これも仏縁。このような場でなくば、百年でも語り合いたい相手ではあるが。
【……さておき、どうなさる。白馬の騎士を討つおつもりか。それとも龍王や羅刹を退治なさるか】
【今のところ、どちらも放っておこうかと。龍王や羅刹を討つのは比較的容易そうですが、だって、アレでしょ。
まして白馬の騎士は、アレじゃないですか。流石に私でも手に余る、と思うのです】
【まあ、そうですな。聖杯戦争を止めるには、白馬の騎士をどうにかするのが一番手っ取り早いとは思うのですが】
【主催者は、白馬の騎士をどうにかできてます。つまり、アレによってさえ倒せないとしたら?】
【方法を探ります。なにせ、先が見えないことは久しぶりなもので。愉しみながらやっていますよ】
二人の僧侶は情報を共有し、互いに敵対せぬことを約束する。協力関係になれるかどうかは、状況次第だ。
――――対話の中、パドマサンバヴァは、ふと呟く。蓮華の開くように咲(わら)いながら。
【あの羅刹には、仏縁があります。そこに緒(いとぐち)があるやも】
【ほう。魔を討滅するより、済度したいと仰るので】
【それが仏門の徒のつとめでしょう】
【???/1日目 午前2時】
【キャスター(パドマサンバヴァ)@8世紀後期チベット】
[状態]健康
[装備]金剛杵&錫杖
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:?
1.とりあえず戦闘は避ける。ふりかかる火の粉は払う。
※六神通によって市内の様々なことを見抜いています。
※キャスター(空海)とは互いに敵対しないと約束しました。
※羅刹王(メーガナーダ)に仏縁があることを見抜きました。
【キャスター(空海)@平安初期日本】
[状態]健康
[装備]飛行三鈷杵
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.まずは白馬の騎士(カルキ)をどうにかする方法を探る。
※千里眼によって市内の様々なことを見抜いています。
※キャスター(パドマサンバヴァ)とは互いに敵対しないと約束しました。
-
◇
冬木市上空。痩せた半裸の黒人の男が、タブレット端末を操作しながら。
YOメン。消えぬ桂の春団治、D.J.ウォッチャーです。おひさ渋谷凛、様子見に来たよ。
まったくもー毎日暑くて暑くて、太陽が十個出てるか日本がメキシコ化してんじゃあねーの?って感じ。真っ黒に日焼けしちゃうわほんとに。
いや、今はまだゴールデン・ウィークですけどもね。(支離滅裂な思考・発言)
そんで、えーと。(ポチポチ)おお、だいぶ投下があるじゃないの。まだ脱落者は出てないみたいね。
これで本編未登場は……主催者側を除けば、あと数組ってとこか。鯖だけ出て鱒が出てないのもあるけど。
しかしまあ、この手の企画はなんとも話が進まねえな。こんなシケた街、気軽に爆発炎上させちまってもいいし、愚かモブを暴れさせてもいいのにさあ。
オレ様が動かせって? いやあ、あっちでも忙しいんだよね……。気軽に僕らを動かしてご覧?
あ、さて。メタい与太話ばかりもなんですから、景気づけに街の一角にゾンビ・ゾーンを作ってみよう。リーナには内緒ね。
英霊を誘き寄せる餌場になったりしなかったりするかもしんないじゃない。カルキとか来たら? そりゃその時よ。
今回のサブタイは、The Prodigyの曲からでした。夏場はほんと、太陽は敵!夜が好き!って感じさ。
ほんじゃ諸君、台風に気をつけてね! シーユーアゲーン!
【B-9/ハイアットホテル/1日目 午前2時】
【ウォッチャー(バロン・サムディ)@ヴードゥー教】
[状態]健 of the 康
[装備]ステッキ&ピストル
[道具]タブレット端末(なんか執筆中)
[思考・状況]
基本行動方針:気の向くままにやりたい放題。まあ一応マスターは護ってやるよ。
1.エピロワの次の展開どうしよっかなー。
2.オレはノヴァ&メーガナーダ組を支援してもいいし、しなくてもいい。どっちかと言えば守護りたい。
3.ロキ野郎のおっぱいを揉みたい。
4.討伐令は無視する。バトルがあったら観察してみる。
[備考]
※この聖杯戦争に集った全てのマスターと、そのサーヴァントの真名を知っています。相手が死者なら、その全生涯を。
※聖杯戦争中にどこでどう動き、何を喋ったかまでは、意識して「観測眼」のスキルを発動しないとわかりません。
※スキル「観測眼」は、過去・現在・未来・メタ視点について観測できます。観測者効果で事象が変化する危険もあります。
※観測した事象を誰かに伝えるか否かはご機嫌次第です。あなたはラム酒と葉巻とハッパを捧げて機嫌を取りなさい!
※意識して姿を現そうとしない限り、基本的に目に見えません。ロキの前にはわざと姿を現し、M字開脚をしてみせました。
※下半身は丸出しです。
※街のどこかにゾンビの群れを召喚してみました。李衣菜には認識出来ません。
※ヴォーパルの剣が効くかどうかは不明。キャロルさんも「剣が何かなんて説明できない」つってるしさ。蜘蛛野郎やロキ野郎には効くんじゃない?
-
投下終了です。
-
隼鷹&ランサー(ラクシュマナ)
ジャギ&ライダー(チンギス・ハン)
ライダー(ハスター)
アルターエゴ(アレイスター・クロウリー)
衛宮士郎&キャスター(ケイ)
予約させてもらいます
-
すみません予約を破棄します
-
企画主ですが池沼過ぎてトリップ忘れました(池沼)
本人何ですが証明する術がないので本編UPして証明します(絶対強者)(ティガレックス2頭クエスト)
-
◆
何処でも最大限の力を発揮した状態で戦える、と言う能力が、優れた戦士である事を証明する資質である事に誰も疑いを挟む事はしないだろう。
だがそうは言っても、個々人によってやりやすい所と、そうでない所が別れているのもまた事実。水辺、平原、斜面に海上。此処での戦いが特に優れている。そんな英霊は、座においても珍しくない。
一般に聖杯戦争において最優のクラスと称されるセイバークラスで召喚されておきながら、安徳帝は、悲しい程に戦う力の低いサーヴァントだった。
戦えない訳ではない。この少女は有する宝具の強力さ、そして、彼女自身と契約、身を共にする存在は、聖杯戦争どころか座全土を見渡しても屈指の格を持っている。
戦闘となれば、花の茎すら手折れないのではと心配したくなる程儚げな姿からは想像もつかない程の力を発揮する。
が、それはあくまで宝具や、彼女と共に在る蛭子の存在があってこそ。安徳帝は元々、御伽草紙や軍記に出てくるような武者や将軍のような武功を持たない。
十歳にも満たぬ身空で夭折した、悲劇の天皇。平清盛の傀儡として死んだ少年の天皇。それが、一般的な安徳天皇のイメージであり、そして、事実の姿だ。
宝具の力を借りないで行う直接的な戦闘では、安徳の実力は底辺に等しいと言っても過言ではない。見た目から誰もがイメージするであろう程度の戦闘力しかないのだ。
そんな安徳だ。多少なりとも、自分に有利なフィールドで戦おうと判断するのは、当然の事である。
彼女の場合その有利な環境とは、池や川、湖沼である。つまりは、水場だ。其処で彼女は、十全以上の力を発揮出来るのだ。
これは、安徳の運命共同体である蛭子が、水と『流れ』に深い関係がある神霊と言うのもそうだが、安徳自身もまた、生前の最期から、水に纏わる逸話に事欠かない。
入水の一件と紐付けられた個性は、安徳としても複雑なものではあるが、それが有用な物である以上、利用しない手はなかった。その有用性も明白な物であるのだから、猶更だ。
安徳と、そのマスター、小林輪は、未遠川上流をその拠点としていた。
未遠川及び、その上流である事には訳がある。一つに、冬木に於いて安徳の力を発揮出来る大規模な水場が其処以外に少ないと言う事。
そして、上流である事の理由は、人目だ。未遠川は日本海に向かって流れる川であり、その出口は冬木港に近い所にある。
今現在冬木港は、今日の未明に起こった謎の破壊活動の調査の為県警及び施設関係者でごった返しており、とてもではないが拠点にするにはリスクが高い。
そうでなくとも未遠川は両サイドを土手に囲われた、散歩コースにも選ばれる程の場所である。つまり、下流〜中流にかけては、何かしらの人の目があるのだ。
つまりどうしたって彼らの拠点は、滅多に人の入り込まない、いや、入り込めない位自然の手が強い上流以外にならざるを得なくなる。
「……結構我慢強いな、輪」
「ま、慣れてるからな」
上流になれば、川の勢いも強くなる。
せせらぎを超えて、奔流の域に達しかけている川の流れの音を聞きながら、輪は座るのに適した岩に腰を下ろしていた。
我慢強い、と言うのは、この環境での生活に不平不満を言わない事を言っているのだろう。
何せ現状の二名を取り巻く環境は、家は勿論雨風を防ぐ為の壁や天井すら存在しない屋外。しかも、放っておけば虫にも喰われ放題の森のど真ん中である。
大の大人だってキツい状況だ、しかも、食料の供給すら不安定。そんな所を拠点にしていると言うのに、輪は一切弱音を吐かない。
こんな生活に慣れているからだ。シオンとしての我を取り戻してから、輪は、家出少年のような生活を送る事の方が多かった。身一つ頼りの外での生活。
そのノウハウを彼は知っているのだ。だからこそ、安徳を召喚してから今の今まで、嫌な顔一つせず此処で生活を送れているのだ。
-
「今はサーヴァントだから何も不自由は感じていないが……生前のわたしなら、こんな生活、不満の一つ覚えていたかも知れないな」
六歳と言う若さでこの世を去った安徳は、傀儡であったとは言え、生涯の殆どを何に不自由する事もない生活を送れていた。
それはそうだ、如何に平家の操り人形としての側面が強かったとは言え、彼女は時の帝だ。平民同様の生活を送らされる筈がなかった。
だからこそ、源氏に追われ、壇ノ浦でその命脈を断たれるまでの生活は、幼いながらに苦痛であった。その生活に慣れる事もないまま、彼女は世を去ったのだ。
輪は、見た所安徳とさして年齢に差がない。違ったとしても、数歳程度の差しかなかろう。そんな少年がこの環境で見せる予想外のタフさに、安徳は、少しだけ尊敬を憶えていた。
「キャンプの延長線上みたいなものさ、出来るからって偉ぶれるもんじゃーないぜ」
尤も、輪としては特に誰かに尊敬される物でもなかった。精神的に参っていた時期に培った程度の経験、そんな認識だった。
「……それより、目下の問題を片づけるとしよう」
言って輪は、聖杯戦争の参加者である事の証に等しい、星座のカードを取り出し、其処からホログラムを投影させる。
文字が、光のスクリーンに表示される。軽妙で洒脱な訳にすれば良いと考える二流の翻訳家が考えた様な映画の字幕を思わせる、軽い語り口の文面。
それは即ち、聖杯戦争の始まりを告げるアナウンスであった。それは良い、語り口こそイラっとするものの、言いたい事は伝わる文章だからだ。
問題は、その文章が告げる、要警戒の危険サーヴァントと、そのマスターの情報だ。ただ注意喚起をするのであれば、「そうか」、で終わる。
それで終わっていなかった。聖杯戦争の運営が警戒しろとアナウンスしたこのサーヴァント、何と倒せば令呪十画ばかりか、望めば元の世界への帰還すら可能と言う、
凡そ大盤振る舞い以外に表現出来る言葉がない程破格の懸賞を掛けられているのだ。
「聖杯戦争の運営ってーのは馬鹿らしい」
輪から見た、此処冬木の聖杯戦争、その運営を司る者は、端的に言えば馬鹿であった。
余りにも、私怨が見え透き過ぎているのだ。討伐される理由こそ、運営に対する反逆とあるが、要するにこのサーヴァントとマスターは、
運営側にとって生きられていると困るサーヴァントなのだ。いや、ともすれば、『この主従を倒した瞬間運営側の目標は達成される』、
と考えられる程重要な意味を持つ主従の可能性もある。どちらにしても、一方ならぬ因縁がある事は容易に想像がつく。
そして同時に、もう一つ考えられる可能性としては、この主従は他主従と一線を画する強さの持ち主であると言う事。
その事実を雄弁に語るのは、その余りにも大きすぎる討伐報酬だ。特に、元の世界への帰還など多くの主従にとっては魅力的な提案と言えるだろう。
何せ多くのサーヴァント達を打ち倒した末に手に入る聖杯に望まねば叶わないような願いが、サーヴァント一騎倒せば成立するのだ。これ程光り輝いて見える提案はない。
だが、そんな報酬を設定すると言う事は、この主従は並々ならぬ強さの持ち主であるのだろう。詰まる所、この報酬は『こませ』だ。
餌につられた馬鹿な魚達を集め、数の利で叩かせる為に、こんな報酬に設定したのだろう。少し考えれば容易に想像が出来る。その想像すら出来ない馬鹿を釣る為の設定、それが、令呪十画と元の世界への帰還、と言う事か。
「……流石に向こうも、怪しいと思われる事位織り込み済みだと思うが」
安徳の話しぶりが、輪を掛けて落ち着いた理知的なそれに変わる。人格の方をバトンタッチしたのだろう。
彼女に宿るもう一つの人格……いや、敢えて言うなら神格か。蛭子神、記紀神話における流離の神である。
「牽制の為、ってか? まぁ、そう言う意味じゃ成功だろうな、このアナウンスは」
特定主従を叩かせる、と言う目的でなら、この討伐令の主従の告知は悪手も良い所だが、参加者にインパクトを残すと言う点では大成功だ。
警戒して見よう、叩いてみよう、コンタクトを取って見よう。思う所は皆様々だろうが、それでも、何かしらの指針を強制的に立たせるだけの力はある。
それが運営の狙いであると言うのなら、輪が思う程、向こうも馬鹿ではないかも知れない。
「君は如何する、輪。この主従を相手に何をする」
「様子見」
無難な判断だが、実際それしかない。
判断材料が余りにも少ない今の段階で、御近づきになってみよう、と考える方がどうかしている。
況して理由はどうあれ、討伐令の対象に選ばれる程の曲者なのだ。そんな判断になるのも、むべなるかな、と言うものであろう。
-
安徳は輪の判断を尊重、現状の待ちの姿勢をそのまま継続しようとして――固まった。
「どうした」
怪訝そうな表情を浮かべ、輪が言った。その反応も当然だ。
ノミを当てたように険しい表情を作りながら、木々が密集していて十m先すら見通す事が難しい方向を、幼帝は睨み付けているのだ。良からぬ事を予期したのか、以外に解釈の仕様がない。
「……此処から離れた所で、サーヴァント達が戦っている可能性が高い」
安徳の語調が変わった。声音自体は平時の彼女のそれであるが、輪には解る。人格を変えた。
これは、蛭子の言葉であろう。勤めて発散させないようにしているがまだまだ甘い。隠し切れない、神特有の、上から目線風の気配が香るのである。
「何でそんな事が解るんだい?」
「音だ。輪、君の耳には捉えられないかも知れないが、私は捉えた。金属同士が高速でかち合う戛然とした、戦場の音を」
神とは、常に一つ。絶対的な支配権を持つ事を許される事象・現象・物が存在する。
それは通常『権能』と呼ばれ、それを振るう事を許可された時空や世界に於いて、当該神霊はことその事象を操作すると言う点では、他の追随を絶対に許さぬ存在と化す。
安徳の中に住まう蛭子の神にとっての権能とは、『流れ』である。即ち、『運動』と呼ばれる概念の上位に当てはまる事象を彼は支配出来る。
蛭子が神として力を発揮する事が出来る時空に於いて、彼は時間にすら容易く干渉する程の力を有する事が出来るが、神秘が急速に失われた現代では、
其処までの全能性を発揮する事は出来ない。だが、彼を彼足らしめるこの力は、劣化する事こそあれど失われる事はない。
そう、この流れを支配する力を利用し、蛭子は音を捉えたのである。音とは即ち空気を媒介として伝播し、『流れ』行く物。
流れを支配する蛭子の聴覚から完全に逃れたいと言うのであれば、たかが一km・二km距離を離した所で、何の意味にもならないと言う事である。
「……」
考え込む輪。その様子を見て蛭子が付け加える。
戦っている、顔も知らぬ誰からは、此方に気付いている様子は聞いた所ない。戦闘に専念している事が伺える。
だが、その戦闘の規模が激しい。これは確実であると言う。少なくとも、物見遊山気分で見物しに行き、五体満足で情報だけを持ち帰って来れる、
と言った甘い考えは到底通用しない程のレベルであると言う。大なり小なりのリスクは、必ず背負って貰う事になる訳だ。
「輪。君がその火事場に近づく、その必要性を感じ取れないと言うのなら、此処で待機するのも良いだろう。私は君の意見を汲み取ろう」
-
◆
小林輪は偵察の実行及び、状況次第によっては交戦をも辞さない考えを示した。
状況次第と言ったのは、漁夫の利狙いである。こちらでも倒せそうな相手、或いは此方が仕損じる可能性が低い相手なら、倒しにかかると言う手筈だ。
勿論、輪の目から見ても善良な相手であると、心が痛む。此方が心を鬼にしたとて、安徳が良い顔をしない事もあるだろう。それだけが、彼らにとっては気がかりだった。
結論を言えば、その気がかりは杞憂だった。
大盾を持った戦士である少女・ウィラーフ。蛇の尻尾を持った、何故か安徳帝に似た容姿で刀を振るうバーサーカー・八岐大蛇。
彼らと大立ち回りを繰り広げるセイバー・アテルイは、消滅させても何の後腐れも『しこり』もない悪漢であった。
気兼ねなく消滅させられる。殺す事が出来る。そう思った瞬間、輪は、安徳にアテルイ達の戦闘への横槍を入れるよう頼んだ。
恩を売っておきたかったからだ。輪が積んだ経験、シオンとしての記憶。それらの経験知を合算させて考えた結果、あの二名のサーヴァントのマスター。
その両名共が、善良な性格の持ち主だと見抜いたからだ。あれならば、自分の子供としての容姿が機能する。輪は打算的にそう考え、行動を実行に移した。
「――田村麻呂オオオオオオオオオオオオォオオオォォォォォオオォォオオオオォォォッッ!!!!」
――唯一にして最大の誤算は、攻撃を仕掛けた人物である安徳の姿を目の当たりにした瞬間、凄まじいまでの怒気と殺意の火花を瞬かせながら、アテルイが彼女の方向へ猛進してきた事であろう。
――何ッ――
勿論安徳も蛭子も、不意打ちを仕掛けた側である。アテルイの持つ殺す対象への意識。卑賤な言い方をすれば『ヘイト』だ。
その何割かは此方に向けられる事位は当然のように予測していた。だが、誤算があった。彼らはその憎悪は分散される物だと思っていたのだ。
即ち、自分、ウィラーフ、オロチ。この三体の間で憎悪と殺意の比率は分割され、状況次第で攻撃の対象を逐次アテルイは変えるのだと、予測していたのである。
予測は頭から、完全に裏切られた。
アテルイは安徳の姿を見た瞬間、それまで蓄積させていたウィラーフやオロチへの敵意の全てを、安徳の方へと一点に集中。
そのベクトル方向に突き動かされるが如く、アテルイは、それまで戦っていた両名に目もくれず特攻を仕掛けにいった。
それまでずっとアテルイと戦っていて、多少なりとも会話も交わしたであろうウィラーフとオロチ達ですら、アテルイの突如の行動に目を丸くしているのだ。
中途でこの場に現れて、少し人となりを観察した程度にしかアテルイの事を知らない安徳達が、混乱状態に陥らぬ筈がなかった。
五十m近い距離を、瞬きの速度で、己の持つ骨剣の間合いにまで短縮させたアテルイは、感情の赴くまま――しかし。
確かな技巧を感じさせる軌道で、自らの得物を振り抜く。それに、安徳の身体が反射的にでも動いて、反応出来たのは一生に一度と言うべきレベルの奇跡だった。
防御したのではない。攻撃されたのだ、と感じ、慌てて手にしていた形代の剣を、アテルイの骨剣の軌道上に配置しただけだ。
アテルイの攻撃と、安徳の持つ形代の剣が衝突。鼓膜が破裂するどころか、目がグルリと回転しかねない程の巨大な金属音が響きわたるのと、
宇宙服状の戦闘服で身を鎧った安徳の身体が、丸めた紙のように吹っ飛んだのは全く同じタイミングだった。
「あぐっ……!!」
だが、アテルイの霊基が有する身体能力と、安徳の霊基が有する身体能力とでは、天と地ほどの開きがあった。
そもそもをして、幼い子供に毛が生えた程度の身体能力しかない安徳が、鬼神もかくやと言う程の身体能力のあるアテルイの攻撃を凌ぐと言う事が無理な筋なのだ。
必然、吹っ飛ばされる。アテルイが剣を振るった方向へと。十数m、矢の如き勢いで吹き飛ぶ安徳だったが、幹の太い一本の樹木に背面から衝突し受け止められた事で、漸くその勢いが止まったのだった。
-
「田村麻呂、テメェ田村麻呂か!? ハハ、妙にチンチクリンな姿になったじゃねぇかオイ死ねッ!!」
情緒が余りにも安定していない。心の中に浮かんできた泡のような言葉や思いを、スピーカーのようにアテルイはぶちまけているようだった。
死ね、と言う言葉の後に、真空刃を安徳の周りに展開させ、彼女の幼い肢体を輪切りにしようとした、その瞬間。
先ほど安徳がアテルイ目掛けて投擲した、宝具・坂上宝剣が、窮地に現れるヒーローめいて、主である少女の目の前まで高速移動。
真空の刃を独りでに、悉く切り裂いて破壊して周り、安徳を危機から救ってみせる。この剣を本来振るっていたある大将軍、その魂が宿っているかのような、高潔な剣であった。
急いで安徳は木の幹に背を預けて倒れている体勢から立ち上がり、形代の剣を構えて見せる。
怒気も露な表情で、安徳の事を眺めていたアテルイだったが、宇宙服を纏うそのセイバーの構えを見た瞬間、毒気を抜かれたような顔をし始める。
余りにも急激な表情の変化だったので、表情を窺わせぬヘッドグラスの向こう側で、安徳は困惑してしまっていた。アテルイの感情の触れ幅が大きすぎる。そう言う作戦なのかと邪推してしまう程であった。
「……んだ? テメェ、その素人同然の構えは」
ぽかんとした表情を塗りつぶす様に、アテルイの表情が不機嫌そうなそれに変わって行く。構え。間違いなく、安徳の形代の剣の持ち方、構え方を言っているのだろう。
言われるのも当たり前だ。何せ安徳は生まれてこの方喧嘩らしい喧嘩すらやった事のない子供であり、よりにもよって彼女と共にある蛭子ですら、そんな逸話が存在しない。
早い話が、戦いと言う概念から最も遠い所にいるのだ。宝具にもなっている坂上宝剣を持てば、ある程度田村の技量をトレース出来る為不恰好なそれではなくなるが、それを抜きにした場合の安徳の剣術の腕前など、最底辺も良い所だった。
「お前さては、田村のクソじゃねぇな?」
当たり前だと、安徳も蛭子も思う他ない。どの世界に、こんな奇妙な出で立ちの坂上田村麻呂が存在すると言うのか。
しかし、まこと見当外れと言う訳でもない。そもそも安徳が振るっている坂上宝剣、いわゆる『そはやの剣』と呼ばれるこの宝具は事実、
生前坂上田村麻呂が振るっていた大業物その物であるからだ。田村麻呂本人では勿論有り得ないが、ゆかりの者ではある、と言う意味ではある意味正しい。
――そして此処で問題となるのは、一つ。
――あのサーヴァントは誰だ……?――
安徳から見た目の前のサーヴァントが、自分の振るうそはやの剣から、自分を田村と誤認したのは明白だ。
では、この男は一体何者なのか? と言うのが最大の疑問となる。田村に恨みを抱いているフシがありありと伝わってくる、その言動。
田村麻呂が征夷大将軍として東北の地へと遠征しに行った際に討伐して来た、荒ぶる鬼達。その伝説は寝物語で安徳も生前良く聞かされてきた為知っている。
あの下品な言動のサーヴァントは、田村麻呂に征伐された鬼の誰かなのだろうかと安徳は考えたが、思い当たる節が多すぎる。
悪路王、高丸、大嶽丸に八面大王、鬼ヶ城の大鬼達に、由加山を根城とした阿久良王など。有名所でこんな所か。
流石は後世の武士の理想像、戦う者達の尊崇を集める神霊とも同一視された男なだけある。田村麻呂が征した鬼の数は限りなく、だからこそ、『類推が出来ない』。
上に挙げた鬼達は皆、田村麻呂憎しの念を抱いていても全くおかしくはない連中である。それに田村麻呂程の男だ。
安徳が知らないだけで、伝説には記されていない、東北への遠征中に倒して来た他の猛き鬼達の存在も当然あるのだろう。彼らであった場合、今度こそ誰なのか解らない。
田村麻呂に恨みの念あり。これだけでは、彼――アテルイと言うサーヴァントの真名には、誰も辿り着けないのであった。
「まぁテメェが誰なのか何ざぁ知った事じゃねぇ。その剣を持ってる以上、テメェは俺の敵だ。今すぐその甲冑ごと、テメェの身体を俺の剣がぶった斬ってやる」
言ってアテルイが意識を集中させた、刹那。
安徳の意識の外から、攻性の何かが高速で飛来して来た。自分に向かってではない。アテルイの方へと。
その方向に彼は目もくれず、目線だけを安徳に投げかけた状態のままで。骨剣を器用に片腕の力だけで音のスピードで振るい、迫り来る物を破壊する。
ウォーターカッター状に高圧縮された紫色の水と、青緑色の焔の塊。これをアテルイは、ただの骨剣の一振りで斬り裂き雲散霧消させてしまったのである。
「お前達の存在だって忘れてねぇからよ!! 事が済んだらぶっ殺してやるから覚悟しな!!」
-
アテルイがそう言い切ったと同時に、安徳が動いた。
「つむをかれ」、独特の韻律でそう呟いた瞬間、彼女の持つ形代の剣が反応。簡素な両刃の剣身全体に、淡く水色に光る筋が描かれ始める。
すると、その光の筋を基点として、剣身全体が分離、展開して行く。分離した剣身のパーツはそれぞれ、一mmあるかないかと言う極細のワイヤーめいた物で連結されており、
それが魔法の様にスムーズかつ激しく動いて行き、他の剣身パーツとそれぞれ合体してゆき、一つの形を形成して行く。常軌を逸したカラクリ振りであった。
合体に掛かった時間は、一秒を大幅に下回るゼロカンマ四秒。その一瞬の間に、安徳の持っていた形代の剣の刃部分が、
鳥の羽めいた左右非対称の、紡錘状をした両刃のそれへと変形していた。変形が完了した証なのか、剣身に刻まれた光の筋から蒸気が噴出し、これと同時に筋がスッと消えてなくなった。
これぞ、安徳の持つ宝具である形代の剣の変形機構の壱の形、『都牟刈大刀(つむかりのたち)』。
葦原中国に君臨していた蛇龍・八岐大蛇の体内から発見された当時の形を再現した状態である。
狼藉を働く荒ぶる御魂を、その命ごと『鎮め/静め/沈め』させる力を持つこの業物は、まさにその名の通り『つむ(罪)』を刈る剣なのである。今のアテルイを相手するには、これ以上となく相応しいチョイスであった。
全くのノーモーションでアテルイは、自身を中心とした直径25m圏内に、風の刃を無数に生み出させ、それを高速で旋回させる。
その範囲内は例えて言うなら、ミキサーの中。一度足を踏み入れようものなら高速で旋回する無数の真空刃に切り刻まれ、原形を留めぬ程バラバラにされてしまうだろう。
そしてそのミキサーの中に、安徳はいた。勿論対策はしている。蛭子の持つ、流れる物を支配する権能である。
生前の様な支配力こそ褪せてしまったがしかし、こと『水と風』の支配については、蛭子は高い適正を誇る。
これは帆すらない葦の船に乗せられながらも、自前の流れを支配する力で風と水とを操作し何とか生き残った事に由来する。
如何にアテルイの起こす風の力が凄かろうが、風が流れる物である以上、蛭子の支配からは逃れられない。
真空刃は安徳に当たるその直前で、殆ど直角に近い角度で折れ曲がり、彼女を避けてゆく――どころか。
この現象を生み出した当の本人であるアテルイ目掛けて、無数の刃が殺到して行くではないか!!
「んだと!?」
空気の刃は不可視だが、流石にアテルイは何らかの力で自分が生み出したこれらを察知出来るらしい。
急ぎ骨剣を振るい、迫り来る真空刃を悉く破壊――その隙を縫って、安徳のみならず、真空のミキサーのせいで右往左往していたウィラーフとオロチですらが彼目掛けて急接近。
「チッ、上等だクソ共が!! 纏めてクソミソにしてやるよ!!」
常ならば、嵐の形態をとる魔力の放出で三者纏めて粉微塵にする所なのだが――。
アテルイは今の一瞬で、自分の繰り出す嵐は、安徳がこの場に健在な限り彼女の支配下に置かれ、逆に此方が痛手を負う事に気付いていた。
無論、癪である。俗な言葉で言うのなら、ムカついている。だが、これが事実の以上、魔力の放出を用いない戦い方をせざるを得ない。
そして、それを持たぬアテルイではない。ステゴロ、剣術。そのどちらにもアテルイは卓越した技量を示す。これらで相手を圧倒する事もまた、アテルイにとっては造作もないのである。
此方に向かって高速で飛来する、ウィラーフの放つ毒炎の塊を骨剣で真っ二つにし破壊した後で、
時間差で放たれた呪毒のウォーターカッターを、スウェーバックでアテルイは回避。そしてそんな彼へと追いすがろうとする安徳と、その周囲を旋回するそはやの剣。
ライフル弾もかくやと言う勢いで、彼の首を喉仏から穿とうと迫るそはやを、右足によるハイキックで剣の腹を蹴り抜く事で軌道を大幅にずらさせ回避。
-
体勢が、かなり崩れている。素人目から見ればそう見えるだろう。
現に、この場に於いてアテルイに次ぐ戦闘経験を持つウィラーフにですら、今の彼は無防備そのものとしか映っていなかった。
安徳がアテルイに追いすがり、手にした都牟刈を胴体目掛けて振り下ろす。この際、足りぬ技量を速度と言う形で、安徳は補っていた。
彼女もまた、魔力の放出を可能としているのだ。斬らない側の刃部分から、魔力で構築した真水をジェット噴射の要領で噴出させており、その勢いを借りてスピードを増させ、斬ろうと言う算段だった。幼い身体故の身体能力の低さ、これを補う安徳の知恵だった。
「そ、ら、よ、ッ!!!」
――そんな努力と知恵では埋められぬ程、安徳とアテルイの技術と身体能力には、差があった。
そはやを蹴り抜いたその右脚だけを器用に動かし、何と、振り被る前段階のそはやの剣、坂上宝剣の刀身を足の親指と人差し指だけで挟んで、白刃取りしてしまったのだ。
ヘッドグラスのその奥で、愕然の表情を浮かべる安徳。彼女の身体に宿る蛭子にも、動揺が走る。
この余りにも曲芸師染みた動きで攻撃を防がれた事もそうだが、足指の力だけで、此方の攻撃の勢いを完全に殺しきるアテルイの凄まじい力。
万力にでも挟まれたかのように、ビクともしないし、動かない。認めたくない事実だが、本当に、渾身の一撃が防がれているのだ。
足の指で都牟刈を挟んだ状態のまま、アテルイは左足の力だけで地面を蹴り、軽く跳躍。
その、都牟刈の剣身を指で挟みながら宙に浮いた、その状態からグンッ、と、安徳の握る業物越しに全体重を込める。
筋力Aを上回る上に、其処に加えて鬼の怪力を込めた加重である。当然、耐えられる筈がない。
そのまま地面に背面から勢い良く押し倒される形となる。宇宙服状の戦闘服自体がかなり強固かつ内部の衝撃吸収機構が優れている為、
倒された時のダメージは絶無だ。だが、これからアテルイがもたらす行動如何では、一瞬で首が飛びかねない。
何故ならアテルイは今、仰向けの状態の安徳の首元に骨剣の刃を当てた状態のまま、彼女の事を見下ろしているのであるから。
「殺す前に、面見せろテメェ!!」
言ってアテルイは、安徳が纏う宇宙服のヘッドグラスを蹴り抜く。
ガラスの割れるような、儚い音と同時に、破片が雲母の様に煌いて宙を舞う。
踵の先にある安徳の素顔を見て、苛立ちを露にするアテルイ。舌打ちが、盛大に響き渡る。
「チッ、何処が田村麻呂だ。唯のクソガキじゃねーか」
記憶の中の田村麻呂と安徳の顔は、当然の話だが全然違った。そもそも性別からして異なるのだ。
田村麻呂だと思っていたこのセイバーは、素顔を隠すヘッドグラスを破壊して見れば、年端も行かない少女だった。
僅かに除く素顔の幼さから類推出来る体格を考えるに、少女の纏う宇宙服は彼女自身の体格と合致していない。早い話、宇宙服の方が遥かに大きい。
宇宙服の手足に相当する部分に、これでは少女の手足は通らないだろう。通らなくても問題ない機構を有している事は想像に難くない。
だからこそアテルイは騙された。宇宙服自体の大きさと、田村麻呂の背格好が合致していたのだ。これが、中の少女相応の大きさだったら見間違える事は有り得ない。
この年端も行かぬ小娘を、田村麻呂だと誤認して一人騒いでいた自分に、アテルイは心底腹が立っていた。そして、自分を騙していた上に、しかし、
田村の振るっていたそはやの剣を操る安徳自身にも、無限大の憎悪を彼は抱いていた。
-
「もう良い、とっとと死ね」
骨剣を振り上げ、即座に安徳の頭を縦にカチ割ろうとした、その時。
意図せぬ衝撃が骨剣その物に舞い込み、思わず体勢がよろめきそうになる。そうなるよりも早く、アテルイは飛びのき、安徳事態から距離を離した。
風や水の塊をぶつけられたのとも違う、明白に物質的質量と実体を伴う何かが、高速で勢い良くぶつかって来たような衝撃であった。
剣に叩き込まれた衝撃の正体を知ったのは、飛びのき終えてからすぐだった。
スタッ、と言う音を立てて、倒れている安徳の隣に着地するオロチ。
如何やらこの化生が高速でアテルイの所まで接近し、その剣にドロップキックを仕掛けたらしかった。
「このクソガキが」、凶暴な顔で、オロチの方を睨めつけるアテルイ。
「悪いなクソザコ、このガキはオレの獲物なんよ」
そう口にするオロチの言葉には――例えようもない情感が宿っていた。
その感情の名は、怒り。アテルイにではない。立ち上がろうとしている安徳帝自体に、抱いているようであった。
-
◆
-
◆
――一言で言えば、その一族は滅びつつある者達だった。
オレは人間如きの一族、門閥に何ざ欠片も興味がない。人間が、アリの集団の敵対関係や同盟に興味を抱かないのと同じ事や。
オレがあの、言仁っちゅう幼い子供に憑依したのは、入念な下調べの末に、そのガキが後に天皇――オレの身体より生まれ出でた叢雲に、
最も近づける大王になる事が確定していたからだ。時の帝になる事が定められた赤子と、それに連なる一族達。
栄耀栄華の運命は約束されている筈なのに……そいつらが歩む道筋は、紛う事なき滅びの道だった。
趨勢が滅びに傾きつつある奴と言うのは、直感で解る。ツキがないのだ。
悪い情勢を引っ繰り返せるだけの余力を感じない。そして、余力を培うだけの時間もなく、それを恵んで貰うだけのツキもない。んなもん、滅ぶ以外に道がない。
後に、オレが取り憑いた赤子は、『平家』と呼ばれる一族に属する奴だと解ったのだが、こいつらは正に、死と滅びの終着に向かいつつある一族やった。
まるでそれは……人の諸々の意思からも滅ばれる事を期待され、それに呼応するように、歴史や時間と言う大いなるものからも、
滅べ滅べと言わんばかりに急かされ、今後の歴史から剪定される事が約束されてるような……。それが平家……ほんの数年前までは、『平氏でなければ人にあらず』とすら言われた一族の今だった。
オレは別に、こいつらと馴れ合う心算もなかった。
取り憑いた子供の意思を乗っ取って、平氏を操って贅の限りを尽くす、と言う真似もない。
神々ですら畏れ慄いたこのオレが、人を騙って栄華を満喫するなど誇りにかけて許さない。目標は唯一つ。
八首の龍王として君臨していた時代のオレの骨と腱とが変異して生まれた、人間共が『天叢雲剣』だとか『草薙剣』だとか呼ぶあの剣だ。
アレは明白に、全盛時のオレの力を保有し、オレの力を増幅させる装置だ。それを葦原中国の奴らは、王威の証だとか何だと言って尊んでいるのだからお笑い草や。
――一言で言えば、オレの取り憑いた赤子は、孤独な奴になった。
折角人間に取り憑いたのだ。話して惑わしたりして無聊を慰めたりもしてみたが、所詮は子供。大した反応は期待出来ん。
成長するにつれそいつは、オレの良く知るガキとは違う方向に育って行きよった。
生まれた時から天皇足る事を望まれたこの小僧に求められる資質と、それを培う為の教育は、そんじょそこらの馬の骨とは違う。
宮中でのクソ下らない作法や、帝として当然求めれる歌や歴史、神話の知識などなど。馬鹿馬鹿しいにも程がある。そんなもん学んでも、じきに滅ぶっちゅーんに。
そう言った事を学んで行く内に……と言う訳でもなかったか。
言仁は、ガキなりの嗅覚で感じ取っていた。自分の所属する一族を覆い包む、不穏な気……死の匂いを香らせるツキのなさを。
清盛とか言うジジイの天命が尽きかけるその時点で、平氏の運命は崖から転がり落ちるよう。実際言仁だけじゃなく、他の奴らもその予感を感じ取っていたらしい。
一国の頂点に最も近い位置に君臨する一族でありながらしかし、あいつらには余裕がなく、緊迫した雰囲気を常に纏わせていた。
時の帝に言仁が即位した際も、当然奴らは敬った。形だけ。
一国の頂点に近しい者として、接する人間も増えていった。亡霊の如くに印象のない奴だらけやった。
言仁の周りにいる大人は皆、言仁を敬っていたのではない。言仁と言葉を交わしていたのではない。
連中らが敬っていたのは、言仁という傀儡を操る清盛であり、連中らが会話をしていたのは、時平の纏う帝の御衣。本心では、安徳……言仁の事はどうでも良かった。
天皇はただ、機能としてそこにあるだけやった。必要なのは、あの衣装。あの椅子――そしてその外見。天皇と言う機能が宿らせるのは、誰の肉体でも良かったのではないか? オレはそう思った。
言仁を人間として見ていた人間は少なかった。いなかった訳やない。極少数ではあったがいた。
……皮肉な事に、オレもその一人だった。叢雲を取り戻す為の道具、今しばらくの共存関係。オレと奴の関係は、そんなもの。
その程度の関係未満だったのだ。オレと、言仁を敬う有象無象共の関係など。
――寂しい奴やね、お前は――
都を逃れ、行く先々を転々としていたある時期に、オレはそんな事を奴に言った記憶がある。
皮肉をたっぷりに、嘲るような声の調子。奴を馬鹿にするような感じでオレは言った。
――……そうだね――
普段オレが馬鹿にするとムキになる言仁は、その時だけは肯定した。
言ったオレが面白くなくなる程の素直さ。言ったオレが……面白くなくなる程の、寂しい声音。
屋島での合戦を追え、次の場所へと逃げ惑っている時の、一幕やった。
-
◆
安徳は実は、この場に於いてアテルイ以上に警戒していた相手がいた。
アテルイを侮っている訳ではない。彼の戦闘技術の恐ろしさを加味した上で、彼より得体の知れない相手がいたと言う事だ。
――蛇の尻尾を持つ、自分と同じ位の年齢と背格好の童子。それが、安徳が一番警戒していた相手だった。
この場に集うサーヴァントの中では、――人の事を言えた義理ではないが――正直一番侮られてもおかしくない姿をしているあのバーサーカーを、
安徳が不気味だと思っていた理由は単純明快。似ているのが、何も歳と背丈だけじゃなかったからだ。
顔立ちすら自分のそれと瓜二つであれば、怪訝に思うのもむべなるかなという物だ。そう、サーヴァント・八岐大蛇と安徳帝は、鏡写しのようにそっくりだったのだ。
影法師(ドッペルゲンガー)……或いは、双子。
そんな言葉が頭を過ぎったが、前者は兎も角、後者については覚えがない。
意図的に何者かが安徳の姿を模倣したのかもしれないが、それにしたって、理解不能だ。自分を真似て意味などあるのか? 卑下する訳ではないが、真剣にそう考えていた。
「アァン……? 何だこの出来損ないのクソ蛇が。子供のやわこいお肉がお好みかよ」
「この小僧には怒鳴り付けたい事が山程あるんでな、お前如きカスの剣の錆にはしてやれんのよ」
目を見開かせる安徳。驚いた理由は、簡単である。自分の事を小僧と呼ぶ存在――それは、彼女の記憶の中で一人しかいないからだ。
漸く、解った。聖杯戦争におけるサーヴァントの仕組み、それを考えた上で、一部の特異な身体的特徴を除いて自分とそっくりな姿をしたこのバーサーカーが、自分を小僧と呼ぶ事実。もしやこのサーヴァントは……。
「まさかお前は……」
「積もる話は後や。今気ぃ張らんと死ぬぞ言仁」
よろっ、と。安徳が立ち上がろうとしたその瞬間、風めいた速度でアテルイが接近。
安徳の方に左のローキックを叩き込もうとするが、即座にオロチがこれに反応。蹴りが迫る方向にすぐに移動し、脛目掛けて左の掌底を叩き込み、迎撃。
キックの勢いを完全に殺しきり防ぎきった刹那、水晶のように透明な剣身をした刀――天叢雲剣をアテルイの首目掛けて振るうオロチ。
勿論、技量の差は天と地ほどにも離れている。攻撃は速いが、所詮は拙速。技術を伴わない速度など、アテルイの脅威とはならない。
ギリギリ引き付けるように、それこそ、一cmも離れていないと言うギリギリの間合いで身体を反らして回避する。
最小限度の動きで回避したのは、次への反撃へと繋げ易くする為。避けざまに、オロチの頭を骨剣で叩き割ろうとするアテルイだったが――。
振り下ろそうと動かした骨剣を急速に、オロチとは見当違いの方向に向きなおしたのだ。瞬間、骨剣越しに腕に伝わる衝撃!!
「チィ、このクソが!! 剣だけになってもイラつかせる奴だ!!」
アテルイの出鼻を挫いた物。それは、劈頭の段階で安徳が投げ放った坂上宝剣であった。
この宝具の本来の持ち主である坂上田村麻呂程、安徳はこの剣を上手く扱えない。剣術の腕の差自体も然る事ながら、彼程場数を踏んでいないからだ。
しかしそれでも、この宝具の基本の使い方の一つである、『自らの手から離れても自動的に、田村の技量を記憶したこの剣が勝手に攻撃してくれる』、
と言う機能は問題なく扱う事が出来る。その機能を以って、この宝剣はアテルイの攻撃を未然に挫いてくれたと言う訳だ。
これ幸いと言わんばかりにオロチが口腔から、呪毒を孕んだ紫色の水を細い線状にして、射出。
超高水圧のそのカッターで、アテルイの首を跳ね飛ばそうとする、が。これをアテルイは勢い良く屈む事で回避。
その隙を縫って、都牟刈を持った安徳がアテルイ目掛けて斬りかかろうとし、それに合わせる形で坂上宝剣も、超絶の技量と速度で以ってアテルイに上段からの振り下ろしを見舞おうとする。
-
身体を屈ませきったこの状態から、アテルイは両膝の力だけで勢い良く後方に飛びのく。
安徳の攻撃をこの動作で避け、今も自動的に動き回り、アテルイに追い縋って致命傷を与えんと迫るそはやの剣を、骨剣の腹で吹っ飛ばす。
タッ、と距離を離し終え、着地するアテルイ。この瞬間、彼は背後から迫る敵意を感じ取る。徒に放出するのではない、特定の相手にのみ狙って放出する、鋭い殺意。
歴戦の戦士のみが放てるその、磨き抜かれた殺意。これを感じる方角を振り向かぬまま、アテルイは後ろ手に骨剣を自らの背中に持って行く。
骨の剣が、鋭い衝撃を捉えた。一点に高速で、鋭い角度で強いインパクトを与えたようなこの感触。拳だった。
そしてそれは、アテルイの読み通り。叩き込まれた一撃を放った者、その正体はウィラーフだった。
此方の存在に気付いていないとアタリをつけた彼女は、なるべく気配を殺し、己の存在を悟らせないように、しかし、素早くアテルイの元へと接近。
毒の炎を纏わせた右拳によるストレートを叩き込もうとしたのだが、流石にシールダークラスの彼女に、本職のアサシンの様な真似は出来なかった。
不意打ちは、ウィラーフが放ってしまった僅かな敵意を察知したアテルイによって防がれ、失敗に終わってしまったのだから。
己の身体が健在な時に限り、戦闘に際して有効的に活用出来る選択肢や手段を『技術』と呼ぶのなら、それにこの場において最も優れているのはアテルイだろう。
技術を有効的に活かす事の出来る、極めてハイスペックな身体能力を保有している戦士もまた、この場においてはアテルイであろう。
間違いなく戦闘面では、彼はこの場に於いて安徳帝・オロチ・ウィラーフの三名を上回っているであろう。
一対一での戦いならば、この三名を相手にアテルイは余裕綽々で勝利出来るかもしれない。但し――条件はあくまで、一対一と言うものに限る。
三人全員で襲い掛かられれば、如何な彼とて苦戦は必至である。それはそうだ、この三名は、『弱くはない』のだ。
一人は記紀神話に於いてその名が記されている上に、神秘の世界は勿論神秘とは無縁の表の世界に於いてもその名が畏怖を以って知られる大化生である、八岐大蛇。
一人は彼のベオウルフ王に仕えた若き騎士、老いた拳王に仕え、彼が火竜を打ち倒す決定打を身一つで生んだ勇ましき戦士、ウィラーフ。
そして一人は、歴史上最後の草薙剣の所有者だった者。六歳と言う若さで壇ノ浦にて夭折した、悲劇の幼帝。その身に不具の神を宿す者、安徳天皇。
勿論三者とも強さは一様ではない。宝具一つ、身体能力一つ、スキル一つとっても個々人に差がある。しかし、皆が皆、一癖も二癖も難敵ばかり。
その三人が、互いの邪魔にならないレベルの連携を組めば、どうなるのか。脅威にならない筈がない。現にアテルイは、攻撃するだけの十分な時間が与えられていない。
常ならば嵐の魔力放出で三名とも粉微塵にするところであるが、安徳の持つ権能がある以上、それも出来ない。確実に、防戦一方を強いられていた。
誰かが思う。勝てる可能性が、見えてきたと。
オロチも、安徳も、ウィラーフすらも。目の前の難物を、この早期に落とせるのだと確信していた。
――戦いとは、水物。
生き物のように千変万化する、怪物のような存在である。アテルイが苦境に陥るであろう事は、彼ではない。
彼の『マスター』が織り込み済みであった。そう、アテルイ達の目的は、サーヴァントを倒して消滅させる以外に、もう一つあった事を、彼らは知らなかった。
このまま押し切ろうと決め込んでいたオロチ。
その身体に貯められた魔力のプールが、ガクン、と。栓を抜かれた風呂の様に抜け始めるのを感じた。
膝がガクンと抜け、一瞬体勢をよろめかせてしまうオロチ。一体何がと思い、目線を一瞬主であるラ・ピュセルの方に目線を向け、その訳を知った。
これまで見た事もない人物が、ラ・ピュセルやマシュがいる方向へと乱入。
何らかの手段で、マスターである彼から魔力を奪い取っている瞬間を、目撃したのであった。
-
◆
この調子なら、勝てる。
そう思ったのは何もサーヴァントだけではない。アテルイと大立ち回りを繰り広げるオロチとウィラーフのマスター。
ラ・ピュセルと、マシュもまた、召喚したサーヴァントの頼もしい戦いぶりを見てそう思っていたのだ。
無論、懸念するべき要素は他にもある。
突然この場に現れ、済し崩し的に加勢し始めた謎のセイバー。宇宙服を纏ったあのサーヴァントが現状、どう言うスタンスの下で動いているのかは未だ解らない。
もしかしたらこの戦いが終われば、敵として相対する可能性もなくはなかろう。だが今は、アテルイと言う敵を滅ぼすと言う利害の一致を見て、戦っている。
オロチ自身の意向は解らないが、ラ・ピュセルとしては、避けられる戦いは避けるべきと言う、よく言えば穏健。悪く言えば弱気のスタンスである。
自分達に加勢してアテルイを叩いているのも、そうした方が利があったからだと判断したからなのかも知れないが、それでも、
常識で考えて明らかに利があるのはどちらか? と言う事が判断出来る程度の理性と知性がある事を、この事実は証明している。
後のがんばりで、敵対の道はなくせるかも知れない。そんな希望的観測を、この魔法少女は抱いていた。
油断なく、アテルイやオロチ達との戦いに目を向けるラ・ピュセル。
だからこそ、気付かなかった。それまではずっと、彼らとの戦いに意識を向けつつも、他にいるであろう、謎のセイバー――安徳と、
アテルイのマスターの動向にずっと警戒、気を張っていた。しかし、四名のサーヴァント達の戦いが激化する内に、意識は、彼らの戦いにのみ集中してしまっていたのだ。
「余所見はだ、め、よ?」
――ラ・ピュセルの聴覚が捉えた、マシュのものともウィラーフのものとも、と言うより、この場にいる如何なるマスター・サーヴァントとも違う声音。
それが、自らの背後から、この魔法少女の耳元を撫で上げた。バッ、と振り向いたその瞬間、彼の唇に、ぬめりを帯びた、ぬるい熱の塊のようなものが差し込まれる。
「む、ぐ……っ!?」
当然、その謎の何かに口を塞がれるものだから、一気に呼吸という物を封じられる形となる。
余りの自体に焦るラ・ピュセル。口に入れ込まれている物の正体が判別つかない事も然る事ながら、自分よりも幼そうな、褐色の肌をした少女の顔が、
異様に近い位置に存在すると言う事もまた、混乱に拍車を掛けていた。熱の塊はまるで生きている物の様に、ラ・ピュセルの舌や歯を舐って行き――。
それが一秒程続いたのと、少女の顔が近い位置にあると言う相対関係から、自分が今何をされているのか、彼は漸く理解した。
――もしかして僕……キスされてる!?――
戦闘中にされる行為としては、余りにもラ・ピュセル……岸辺颯太の意表を突いたものであった事から、彼は自分が何をされているのかてんで解っていなかった。
だが、理解してしまえば明白だ。自分は唇を奪われ、口腔を蹂躙されている。自分よりも幼く見える、小悪魔的な愛くるしさに満ちた目の前の少女に。彼は、成すすべなくファーストキスを奪われていた。
「――ご馳走様。中々美味しかったけど、もう少し舌を動かす練習した方がいいわよ?」
舌を抜き、ぷはぁ、と一息吐いてから、褐色の少女――クロエは言った。
ラ・ピュセルの口と、クロエの口は、泡立った唾液の橋で繋がっており、ほんの数秒前の行為の熱烈さを雄弁に物語っていた。
それを人差し指で絡め取るように巻きつけ、プツン、と彼女は切って見せる。外気に当てられ冷えた唾液の一部が、ラ・ピュセルの身体に当たる。それによって、彼の意識は覚醒した。
-
「っ、何をするんだ!!」
行為の意味を理解し赤面しながら、懐に差した鞘から剣を引き抜くラ・ピュセル。
その、剣を抜く速度が思いの他素早かったので、面食らったクロエは、慌てて瞬間移動を行い、魔法少女の背後に数mに回った。
この神技に驚きながらも、ラ・ピュセルは即座に気配の濃厚な背後に振り返り、中段の構えを取り出す。何時の間にかクロエはその両手に、それぞれ白と黒の剣身が特徴的な、二振りの剣を両手に持っていた。
改めて見ると、凄いコスチュームの少女だと――いや、それは自分も同じかとラ・ピュセルは思い直す。
彼女なりのファッションなのだろうか、年季を感じさせる色合いと擦り切れが特徴的な、赤く長い外套に、それとは対照的に手入れの行き届いた艶やかな黒いプロテクタ。
これだけみればヒーローの衣装のように感じさせるが、女性的な魅力をわざと相手に伝えさせるかの如くに、そのコスチュームの露出度は全体的に高い。
戦隊・特撮ヒーロー的な意匠を凝らした魔法少女めいた服装だと、ラ・ピュセルは思った。そして、同類なのかとも。
「驚いたわね……凄い恥ずかしい格好の割には、結構優秀なマスターなのね貴女。魔力、全然まだ残ってるじゃない」
「何を……!?」
クロエのこの言葉で、ラ・ピュセルは気付いた。彼自身に備わる魔力が、明らかに奪われている。二割半ば程も、今の一瞬で、消えてなくなっている。
元が魔法少女であるラ・ピュセルは、通常のマスターと比しても潤沢な魔力を保有する、サーヴァントの側から見ても当たりにラベル訳される人物だ。
それは、オロチレベルのサーヴァントを多少贅沢な運用をしてみても無茶が利くと言う事でもあるのだが――今回オロチは、その無茶な使い方をしていない。
つまり、今のクロエとのキスに掛かった僅か数秒の間に、彼は、魔力をクロエにドレインされた以外に考えられず、そしてそれは真実、その通りであった。
クロエとしては魔力を今の数秒で奪い尽くし、自分の活動リソースに当てようとしたのだが……如何やら吸いが足りなかったようだ。
これぐらいで相手は骨抜きだろうと、そう思っていたら、実はまだまだ全然魔力を残していたのである。ラ・ピュセルというマスターを過小評価し過ぎていたのである。それは同時に、千載一遇のチャンスをみすみす逃してしまった事をも意味するのだが。
過小評価していた点は、魔力量だけじゃない。その戦闘能力についても、見誤っていた。
ラ・ピュセル、かなり奇矯な姿の割には、かなり強い。身体能力についても、自分となんら遜色は無いだろうとクロエは踏んでいた。
尚の事、先程の判断ミスが響く。あそこでもっと魔力をドレインしていれば、趨勢は此方に傾いたやも知れないのに。余裕そうな笑みとは裏腹に、内心でクロエは強く歯噛みしていた。
仕掛ける、と言うタイミングで、クロエは一瞬で、ラ・ピュセルの背後に回ったような空間転移の応用で、彼の前から消える。
「!?」とラ・ピュセルが驚いたのもつかの間、凄い速度で、先程までクロエが佇んでいた地点を、紫色のウォーターカッターが通り過ぎて行く。
オロチだった。彼が、自らのマスターを害するであろう敵対者を抹殺せんと放った一撃が、目標を失ってスカを食ってしまったのである。
「な、何が……!?」
漸くマシュも、ラ・ピュセルに起こった異変に気付いたらしい。慌てて、サーヴァント達のいる方向と、ラ・ピュセルのいる方向を交互に見比べ始める。
如何やら魔力を奪われる決定的瞬間は目の当たりにしていなかったらしい。それはそれで幸福だったのか、不幸だったのか。よく解らない。
一本の木の枝の上に佇立するように転移したクロエは、マシュとラ・ピュセルの双方を見下ろす。
ラ・ピュセルは、正直難敵だ。戦うとなると、此方も多少の骨を折る事になるだろう。だが、マシュならば、簡単に倒せるし、殺せる。
出来る……が、おっちょこちょいな妹分との出会いを経た今となっては、そんな手段に出れる筈も無い。弱く、甘くなってしまったと内心で自嘲するクロエ。
そんな彼女の感傷をぶち壊すように、凄い速度でアテルイが、クロエの構える杉の木の下まで接近。
どうやら、クロエがアテルイのマスターだと当にオロチは気付いていたらしい。気付けば、この蛇の化生は樹木の根元まで近づいていた。
急いでクロエを抹殺しようとするオロチであるが、それを許すアテルイではない。この蛇のバーサーカーに追随する形で、この場に現れた、と言うのが正解であるらしかった。
-
クロエのいる杉の木、その近くの地面を勢い良く踏み抜くオロチ。
すると、間欠泉の要領で、地面から勢い良く呪毒の水が吹き上がり、彼女を飲み込もうとするが、やはりこれを、オロチが地面を踏みつける前段階で、
空間転移を行う事で回避する。間欠泉は杉を飲み込む程の直径と高さを誇っており、まともに食らっていればクロエの耐久力では即死は免れなかったろう。
呪毒の間欠泉が噴出するのと同時に、アテルイは背後からオロチ目掛けて斬りかかるが、目にも留まらぬ速さで彼の方を振り返り、
振り返りざまに草薙剣を、アテルイの振るう剛剣の軌道上に配置。凄まじい大音と同時に、衝撃波が周囲を駆け抜ける。
オロチが攻撃を行うよりも早く、アテルイは左足によるミドルキックを放っており、これに対応したオロチは、一足飛びに後方に飛びのく事で、蹴りの範囲内から逃れ出る。
「どう言う事だクソマスターがよ!! 全然魔力奪えてねぇじゃねぇか!!」
「これでも善処はしたのよ!!」
アテルイのすぐ近くにクロエが転移し終えるや、烈火の如くこの褐色の少女に対し激怒し始めるアテルイ。
これでクロエとアテルイが互いに主従の関係にある事が白日の下に晒された訳であるが、マシュもラ・ピュセルも、そしてオロチもウィラーフも安徳も。アテルイが自身の主に対して怒っているのか理解が出来ていなかった。
上位サーヴァントの例に漏れず、アテルイの魔力の燃費は悪めのそれである。
魔力放出と言う、魔力と言う活動リソースを攻撃に当てるスキルを多用する事もそうだが、秘している第二宝具と言う切り札の存在などもある。
加えて自身の出自が神と鬼のハイブリッドと言う物であるが故に、平時の段階でも通常サーヴァントと比較して消費される魔力が高く設定されている。
だが、魔力放出と第二宝具を使わずとも、アテルイは強い。剣を握れば自動的に発動する、天十握剣の性能が破格の故である。
だから当初は、魔力の放出と第一宝具・天十握剣を駆使した戦闘でサーヴァントを圧倒しようと試みていたのだが、不幸な偶然が重なり続け、
遂には三対一と言う極めて悪い状況にまで陥ってしまった。しかし、それもまた、クロエは織り込んでいた。
彼女の打ち立てた作戦は、簡単な陽動である。
アテルイがサーヴァントを押さえ込んでいる内に、クロエが自前の魔力供給(強奪)手段でマスターから魔力を奪い、無力化。
そして奪った魔力をアテルイの――そして、クロエ自身の活動リソースに充てる。自分は持久戦への布石に持ち込めて、相手は早期脱落の伏線を張られる。
極めて利に適った作戦であり、事実クロエの魔力は見違えるように回復してはいたのだ、ラ・ピュセルの魔力量を見誤っていたせいで、要らぬ危機に陥ってしまったと言うのもまた、疑いようの無い事実。
アテルイとしては、自身を小馬鹿にした憎たらしいサーヴァントのマスターから魔力を奪いきれていないと言う現状と、
クロエの判断ミスで彼女自身が命の危機に陥ったばかりか自分にまで面倒を掛けさせている。この事実に、むかっ腹が立っていたと言う訳だ。
風が殺意を伴ってスライドするのを、アテルイは知覚する。振り向かずとも、解る。
凄い速度で、超低姿勢の状態でこちらに向かって駆け抜けているウィラーフと、此方に向かって迫り来る、憎き田村麻呂の剣。これをアテルイは認識したのだ。
ウィラーフが、理想的としか言いようが無い程に見事なタックルを披露し、音に倍する速度で自動追尾するそはやの剛刀がアテルイの心臓に突き立たれようとする。
この二つを、クロエの外套を掴んだ状態で、バッ!! と、左方向に大きくサイドステップを刻む事でアテルイは回避。逃げの一手しか、選ぶ事が出来ない。
苛立ちにアテルイの顔が歪む。切り札……そうでなくとも、嵐の魔力放出が出来れば、と苦悶する。いっそクロエの意向を無視して、第二宝具を発動するか? と決めかけた、その時だった。
-
「セイバー、此処は引くわよ」
「ふざけんなよコラァッ!!!」
クロエが提示した次なるプランは、逃げ、だった。
当然これに対し、煮え湯を飲まされ続けているアテルイが許容出来る筈が無い。
オロチにもウィラーフにも、そして安徳にも。等しく苦い思いを味わされているのだ。自分が受けた苦痛を、万倍にして返さない事には、この男の気は晴れない。
そんな単純な男である事は、クロエもよく解っている。解っていて、この計画だった。今は余りにも状況が悪過ぎる。
ただの三対一の戦いなら、アテルイの持つ暴力で蹂躙し尽くせたかもしれないが、此処にいるサーヴァント達は皆余裕綽々では屠れない者達ばかり。
持久戦に持ち込むか、切り札たる宝具を発動すれば勝てる可能性もゼロではないが、こと魔力の消費のし過ぎは、クロエの場合冗談抜きで死に直結する。
電撃戦が、彼女らの場合理想なのだ。戦闘を長引かせた時点で、いわば彼女らの戦いは失敗。寧ろ失った分以上の魔力を奪えたばかりか、
サーヴァント三名の情報を知れたこの時点で、十分過ぎる程のリターンは既に得られているのだ。……但し、アテルイにとってリターンとは、気持ちの良い勝利のみ。そこに、双方の着地点の違いがあるのであった。
「一回の攻撃で、サーヴァント三名。全員纏めて倒せる手段があるのなら良いわよ。但し、『アレ』は抜きで」
「んな都合の良い方法あるわけないやろ」
ケラケラと嘲笑うようにオロチが告げる。
アテルイの実力については疑いようも無いが、一時に纏めて三騎ものサーヴァントを葬り去れる手段。
それはもう、広範囲に渡り甚大な破壊を齎す宝具でも開帳しない限り有り得ない。そしてそれをアテルイは、有しているのだろう。
だが、その手段或いは宝具こそが、クロエの言う『アレ』なる手段であろう事は明白だ。それを使わないのなら、もう少し粘っても良い。そうクロエは言っている。
そしてその方策は、ないのだ。つまりこれは、アテルイを諦めさせる為の方便である事を、オロチとウィラーフは看破した。
ウィラーフは盾を構えながら、ジリジリと、主であるマシュの方へと距離を詰めて行く。
最優先すべき防衛対象はマスターであるマシュであるのだから、この判断は正しいものと言える。
そして安徳の方はと言うと、都牟刈を構えながらも、あらぬ方向に意識を向けていた。この場にて唯一姿を現していない、しかし実在する筈の事物が、
この安徳のマスターである。意識を向けている方角に、そのマスターがいる事は、確実であった。
そう、普通ならばある筈がない。
それにクロエは知らないが、今のアテルイは嵐を伴う魔力放出と言う手段すら封じられている。
尚の事、三人纏めて倒し得る方法など、無い筈なのだが――。
「あの奇妙な形の剣を寄越せ」
アテルイはゾッとする程冷静だった。声音や、発散される気風からも、普段のから放っている荒ぶる気風が感じられない。
冷静に、状況(シチュエーション)と動き(プラン)を構築し、どうすればオーダーを達成出来るのか? それを計算し、それが実現可能だと解った時のような。
問に対する解を求め終えた数学者のような口ぶりで、彼はクロエに対し注文をする。奇妙な形の剣、それはもう、クロエの中では一つしかなかった。
-
◆
――『天十握剣(ほろぼされるいのち、とおではきかず)』。
それは、セイバーのサーヴァント、アテルイが保有する第一宝具。そして、彼の戦闘における骨子となる、常時発動形の宝具。
手にした剣状の武器に、『存在していると言う事実を切り裂く効果』を付与させるこの宝具は、例え握ったものが刀だろうが西洋における剣であろうが、
最悪斬れない木刀や、魚や肉を切る為のテーブルナイフだって構わない。兎に角、刃を携えた物品であるのなら、それに上記の効果を付随させる絶技なのである。
だが、この宝具の本質は其処にはない。
この宝具は言ってしまえば、アテルイに残されたスサノオの権能の残滓。
即ち、嘗てスサノオが有していた武芸の権能と超絶の絶技の体系、それらをひっくるめてこの宝具なのである。
事実を切り裂くと言う効果は、上記の権能・絶技と言う括りが包含している中で、最も強力な要素の一つに過ぎない。
アテルイは、この権能の残り滓を徹底的に磨き上げ、残った滓に経験値と努力量を、薄皮を張り合わせるかの如くに積み重ねた末に、
坂上田村麻呂と鈴鹿御前に死をも覚悟させる程の鬼神へと至ったのである。故に、今のアテルイの強さには本人の血の滲む程の努力があった事に異論の余地はない。
ないが……それを理解した上で、残り滓とは言え、彼に残されたスサノオの権能の残滓は強力な物であった。
では、武芸の権能とは、何か? それは文字通り、戦う為に必要な技術を支配する権利。
この権能を持つ者は、戦闘と言う行いに必ず勝つ。何故ならばこの権能を有する者自体が、戦いを支配する者だからである。
剣・銃・弓矢に棍。これらを握れば、確実に対峙した相手よりも遥かに上の技量であったと自動的に設定される。
初めて握る、そもそも自分達が生きるテクスチャ外から齎された武器であっても、十全の状態で扱う事が出来る。
放つ一撃が全て、最小限度の労力で、最高速、最高威力、最高のタイミングと最高の軌道で、常に放たれる。
攻撃が必ず当たる、空間を遮断したとてそれを撃ち抜く、そもそも相手の攻撃自体が当たらない、一撃で相手を討ち滅ぼせる。
武の権能とは凡そこう言った物であるが、アテルイには勿論、其処まで強力な物は宿っていない。いないが、これだけ強力な力なのだ。残滓の時点で強力なのも、むべなるかな。
アテルイは、『握った武器はどうやって扱えば最適なのか』と言う事が解る。上に上げた力の中で、アテルイにも出来る技術の一つである。
こう言った力があるものだから、彼は、クロエの能力で投影出来る武器を粗方彼女に作らせ、自分で軽く握り、その使い方を予習していた。
そのどれもが、アテルイ好みの武器ではなかった。刃渡りが長く、そして大きく、壊れにくい剣を好む所とするアテルイにとって、
クロエの投影する武器は余りに小振りで脆弱過ぎた。特に、脆弱さが問題であった、彼女の投影する武器が、アテルイの余りの暴威に耐えられないのだ。
サーヴァントの戦いで用いようものなら、数分と立たずに自壊してしまうだろう事は、アテルイもクロエも理解していた。
だから、クロエの投影した武器は、有事の際の緊急避難の時に用いる事とする、とアテルイ自身は決めていた。――が。
一つだけ、アテルイの眼鏡に適う武器があった。頑強さと大きさはこの際捨て置くとして、何よりも、フォルムと、広範囲に渡る破壊を齎せる。その二点が気に入った。
アテルイが伸ばした左腕に、武器が投影される。彼が握ったそれは――男が普段振るう、鬼の骨を削って作った骨剣に比べれば、ずっと小振りな武器だった。
骨剣をボートの櫂とするのなら、クロエの投影してやったその武器は、まるで園芸に使うような小振りなショベル。それ程までに、大きさには差があった。
剣身もまた、特徴的である。剣と言うのは究極的に言えば、斬るか突くかしか使い方はない。その剣は形状だけを見るのなら、『突く』事を目的としているのだろう。
だが、その形が極めて異質だった。螺旋状に捻じくれているのだ。現代の語彙に倣うのであれば、その形は掘削用のドリルに近い。
形だけを見れば確かにこれは、突く事を前提とした得物であるのだろうが、この奇妙な形状の故に、これでは相手の身体に突き立てる事自体に、妙錬の技術が必要になる。
-
――クロエと、彼女の拠り代となっているクラスカードの元となった英霊は、弓矢に番えてこれを放つ事で、必殺の一撃とした。
この名剣の本来の主……正しい形と正しい性能(スペック)で振るう事の出来るケルトの大英雄は、これを地面に突き刺す事で、地形破壊兵器として利用していた。
――アテルイは、後者の方。
即ち、フェルグス・マック・ロイと呼ばれる英霊が好んで使う方法で、三体の英霊を纏めて消し飛ばそうとしていた。
「テメェらにホンモノの殺戮って奴を御披露してやるよ」
そう告げた、刹那。
クロエが、『偽・偽・螺旋剣(カラドボルグⅢ)』と呼ぶ投影宝具が、凄まじい轟音を立て始める。
悲鳴と、ある者は思った。軋み、とも思った。断末魔、そう思った者もいる。そのどれもが、正しかった。
アテルイはこの投影された宝具に、自身の有する魔力を嵐の形で流入させているのだ。到底、投影したに過ぎない劣化宝具が耐えられる魔力量ではない。
この調子では良くて数秒で、忽ち自壊を始め、広範に渡る程の爆発を発生させる、極めて危険な時限爆弾と化す。
これは正に、悲鳴、断末魔、軋み。壊れた幻想(ブロークンファンタズム)に怯える、泣き叫ぶ螺旋剣の哀れな姿であった。
武器に黒味がかった緑色の亀裂が入り始め、其処から光が漏れ始めた瞬間、クロエは驚きに目を見開かせながら、空間転移でこの場から距離を取った。
ウィラーフはマシュの正面に即座に移動し、大盾を構えて踏ん張り始めた。「私の腰に組み付いて!!」、そう叫んだウィラーフ、慌ててマシュが彼女の腰に抱きついた。
『大将、その剣で防げやぁ!!』オロチがそう叫んだと同時に、引き抜いていた剣を、ラ・ピュセルは巨大化させる。
声を発する事もなく、慌ててその場から退散し始める安徳。逃げたのではない。離れた箇所にいる、輪の事が心配であったからだ。
-
.
テ メ ェ ら 全 員 ぶ ッ 殺 し て や る ! ! ! ! ! !
「偽 ・ 偽 ・ 螺 旋 剣 ! ! !」
.
-
そう大渇し、螺旋の剣を地面に勢い良くアテルイが突き立てたその瞬間、彼を中心とした直径百五十m範囲内の地面に、
深緑色の亀裂が生じ始め、其処から地面及び、其処の植生、地上に伸びる樹木の全てを巻き上げ、粉砕する程の風刃が生じ始め、荒れ狂い出す。
凄まじい勢いで飛び交う樹木の破片、土の欠片、小石に岩の破片。それらは全て、風に煽られ高速で飛来する凶器と化しており、
掠めただけで致命傷を負う凄まじく危険な代物と化している。これが、クロエの投影する宝具を、自分が最も有効活用する方法。アテルイはそう考えていた。
破裂寸前なまでに嵐の魔力を流入させ、自壊寸前の状態で地面に突き刺し、地面から風の爆発を発生させ、範囲内の相手を悉く塵殺する絶技。
余りに範囲が広い為、クロエですら巻き添えを食う可能性があるが、彼女は空間転移を使える為容易く範囲外に逃れる事が出来る。
嵐を防ぐ為の風除けの加護がある英霊でも、無傷でやり過ごす事は出来てもそのマスターだけは護れない。そもそも風を防げる手段がない英霊ならば、
成す術もなくアテルイの生み出す烈風に斬り刻まれ、死に至る。正に、合理的な攻撃手段であった。
勃発する風の爆発が、土煙を巻き起こし、範囲内の生態系を破壊し尽くし――。
遂には、朦朦と立ち込める砂と土の塵煙で、何も見えなくなったのを見計らって、アテルイは、クロエの転移したであろう方角目掛けて走り出す。
仕留められたかどうかは、もうこの際どうでも良い。まだまだ業腹であるのは変わりないし、溜飲も全然下がってはいない。
だが、無傷ではないだろう。何かしらの手傷は負わせたかもしれない。良いさ、次殺せば良い。生前もそうやって来た。
強い鬼や魔獣が相手なら、しつこく、何度も、寝込みを襲ったり飯時を狙って不意打ちを仕掛けたり。こうして勝利を拾って来た。
それを、この世界でもやるだけだった。……それを、まさか強くなってからの自分がやる事になるとは、さしもの彼も思っても見なかったが。
そう思うと余計に腹が立つ。もう何も考えない。クロエの元に戻る事のみを考えながら、彼は駆け抜ける。そうしないと、怒りで頭がおかしくなってしまいそうだったからだ。
【D-5(森林内部)/1日目 朝6:30】
【クロエ・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[虚影の塵]有(残数1)
[星座のカード]有
[装備]アーチャーのクラスカード
[道具]
[所持金]一万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。場合によっては、聖杯戦争自体に勝利する
1.アテルイは信用が出来ない
2.現状は森林内での籠城戦を主にする
3.なるべくならマスターを見つけ魔力を無理やり供給して貰い回復する。なるべく女性が良い
[備考]
①セイバー(アスモデウス)、オルガマリー&ランサー(カイン)の存在を認識しました
②ラ・ピュセル&バーサーカー(八岐大蛇)、マシュ・キリエライト&シールダー(ウィラーフ)、セイバー(安徳天皇)の存在を認識しました
③わくわくざぶーんでの一件から、自分達の存在が世間に露呈したのではと疑ってます
④冬木でのロールは、ヨーロッパからやって来たイリヤ家の居候と言う事になっていますが、現在は家出中で家の方に帰っていません
⑤ラ・ピュセルを女だと思っています
【セイバー(アテルイ)@史実】
[状態]肉体的損傷、魔力消費(共に極小)、激怒しっぱなし
[装備]骨剣
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝利し、日本転覆
1.この国をぶっ壊す
2.あのランサー(カイン)とセイバー(アスモデウス)は絶対殺す
3.セイバーの方はついでに犯す
4.あのバーサーカー(八岐大蛇)は殺す
5.■■■■■■■■■■(安徳帝の剣を見て発狂する程の怒りを抱いている)
[備考]
①セイバー(アスモデウス)、オルガマリー&ランサー(カイン)の存在を認識しました
②カインに対して並々ならぬ怒りの感情を抱いています
③バーサーカー(八岐大蛇)殺す
④セイバー(安徳天皇)殺す
⑤基本的に、クロエの投影する武器は全部知っており、これを利用した戦法も立てる事が出来ます
※現状クロエはどこかに転移し終え、アテルイはそれに向かっている形となります。何処に向かっているのかは、後続の書き手様に一任します
.
-
◆
「死ぬ思ったわ」
あっけらかんとした様子で、耕運機で耕された後の如き様相となった場所に佇みながら、オロチは言った。
其処が果たして、つい数十秒前までは、何の変哲もない森林地帯であったと誰が信じられようか。
ツングースカで昔起こったとされる、謎の大爆発。その冬木版と言われても、皆信じてしまうだろう。それ程までに、凄惨な様相だった。
何せ見渡す限りが破砕された植物と小石ばかり、よく目を凝らすと、野生動物の内臓の破片や、獣毛のついた肉片が地面にこびり付いている所もある。
本当に、巨大な鋤か鍬で、何度も何度も地面を執拗に耕した後としか思えぬ程、悲惨な状況。それが、オロチらを中心とした直径百m以上にも渡り広がっているのだ。
「み、皆は……?」
「おう、よう生きとったな大将」
けほけほ、と、粉塵に噎せながら何とか言葉を紡ごうとするラ・ピュセルを労うオロチ。
ラ・ピュセルの方からは、このバーサーカーの姿は見えやしない。それ程までの色濃さの土煙であったからだ。
オロチの指示通り、自分の能力である、剣を巨大化させる能力、それで剣と鞘を凄まじく大きくさせ、バリケードを展開させて正解だった。
これがなければ今頃、風に斬り刻まれ、飛来物に激突して戦闘不能になっていたかのどちらかであったろう。
無論、バリケードを超えるような勢いと大きさの飛来物や風は、彼自身で対処しなければならなかったが、それが必要最小限度で済んだのは、
オロチの指示に従ったお陰である。いけ好かない面もあるバーサーカーなのは事実だが、今回は命を救われた形になった。大きな借り一つであろう。
「サーヴァントの気配はまだ残っとる。つっても、あの褌のガキはどっか行ったみたいやがな」
「じゃあ、この場にいるのは……」
「さっきの魔酒っておぼこと、アレが従えてる筋張った盾持ちの女。後は……言仁やろうな」
「と、トキヒト……?」
聞き慣れぬ言葉に、きょとんとした様子を示すラ・ピュセル。それについて、オロチは答えもしなかった。
「此処煙いやろ、大将。こんな場所で話しとっても互いにウザいだけや。とっとと河岸変えるで」
明らかに話題を逸らされたが、此処が話すのに適さない場所である事は間違いない。
魔法少女としての身体能力と、各種五感の鋭さを以ってしても、この土煙では何も見えない状態なのだ。
「あっちやで」、とオロチが言う。声のする方向にラ・ピュセルが歩を進める。多分オロチが示したその方向に、マシュ達はいるのだろう。
確固とした足取りで進み、しかし、何が起きてもおかしくないよう剣だけは構えた状態のまま、ゆっくり、ゆっくり歩き出し――。
遂に、立ち込める土煙を抜けた。空気が此処だけ違う。綺麗だ。抑えていた呼吸をめい一杯行い、肺の中の空気を換気する。
「あ、お二人とも!! ご無事でしたか!!」
抜けた先に、マシュとウィラーフがいた。驚く事に、両名共に傷一つない。最初にその姿を観測したままの姿である。
彼女らはきっと、ウィラーフが有する驚異的な防御宝具、その防衛力で、風の爆発と、それに煽られて生じた飛来物を防ぎきったのだろう。盾の英霊、シールダー。その面目躍如であろう。
「そっちも、無事で何よりだ」
ラ・ピュセル。
「……アンタらが無事なのは、まぁ解りきってた事やが……もう一方のセイバーは如何した?」
やや低めの声音で、オロチが訊ねる。オロチの態度が異なる物に変わった事を認識出来たのは、鋭い直感を持ったウィラーフだけだった。
「あの方は、近くにいるのは解りますが……見えませんね。かなり遠くまで離れた様子で……」
「いや――もう良い。近づいて来よったわ」
-
言ってオロチもウィラーフも、身体を横に向け始める。
果たせるかな、其処には、アテルイによってヘッドグラスを破壊された宇宙服を纏ったセイバーと、この場にいる誰よりも幼い――
それこそ、外見的な特徴だけは幼く見えるオロチは例外として、兎に角、誰が見ても小学校低学年としか思えない程の年齢の男子が、セイバーの後ろを追う様に歩いていた。
――この子が、聖杯戦争のマスター……?――
うっとなったのは、ラ・ピュセルだ。
下手した自分の年齢の半分近くも年下の男の子じゃないか。しかも特別、喧嘩慣れしている風にも見えない、か弱そうな男子。
そう思ったのはマシュのみならず、ウィラーフとて同じ事。時が進めば、こんな子供とも争わねばならないのか……。
ウィラーフは内心で憂鬱になって行く。魔獣や火竜、アテルイのような戦士と戦うのであれば勇猛の一つや二つ、示して見せるが、流石にこんな子供を相手に、威を示せる程、ウィラーフの精神性は未熟なそれではなかった。
「――これは、私に敵意がない事を示す意思表示だと思ってくれると有難い」
そう、目の前のセイバーが告げた瞬間、空気の流れに分解され、溶けて行くかの如く、彼女の纏う宇宙服状の戦闘服が消えて行く。
――宇宙服の中身の戦士は、もっと幼かった。それこそ、皆が驚きに目を見開かせる程に。
白い五分袖のワンピースを着用したその姿は、輪よりも幼い姿の女児。風にあおられれば、その風に身体が崩されて消えてしまうのではないか。
そうと思わずにはいられぬ程の、悲しい程の儚さに溢れた子供だった。こんな少女が、何もかもが対極の存在としか言いようがないアテルイと、死闘を演じていたのか。
そう思うと聖杯戦争の異質さ、そして、サーヴァントなる存在の超常さを、改めて認識せざるを得ないと、マシュもラ・ピュセルも思うのであった。
「……久し振りやの、言仁」
「……私の中の言仁が言っているよ、久しぶりだね、オロチ、と」
「テメェみてぇなカタワの神に興味ないんじゃクソボケが、言仁と話ししてんねんぞこっちはよ!!」
ラ・ピュセルですらが未だに聞いた事もない様な裂帛の気迫で、オロチが叫んだ。
そして叫びながら、手にしていた透明な剣身の刀、天叢雲剣を、安徳――もとい、今安徳の身体を借りて話している蛭子の首筋に触れさせ、威圧する。
「バーサーカーッ!?」と、焦るのは彼を御すラ・ピュセルだ。マシュも、そして安徳のマスターである小林輪も。
いくらなんでもこれは、突拍子もない行動過ぎるし、後先を考えていなさ過ぎる。何を意図して、彼がこんな行動に出ているのか。ラ・ピュセルはてんで理解していなかった。
「どうした、オレが怖くて話も出来んか? んな訳ないやろ。どうや今のオレの愛くるしい姿はよ。貴様に取り憑いたせいでこーんなちんちくりんな姿になってしもうたわ」
「……ごめんよ。私が不義理だった。君と話すのなら、私以外に適任はいないね」
安徳の声のトーンが、先程と比べ幾分か柔らかい――と言うより、年相応の子供の物に戻った。
先程の声は年の割には老成した、と言うか、達観した雰囲気を感じさせるそれであったのだが……今は幾分か、
言葉のイントネーションが独特な事を除けば、普通の、外見から想起される位には歳幼い風の声色であった。
「……久しぶりだね、オロチ」
いろいろな状況が重なり過ぎて混乱していたラ・ピュセルだったが、今になって漸く気付いた。
ウィラーフは前から気付いていたし、遅れてマシュや輪も気付き始めた。安徳が目の前のバーサーカーの真名らしき物を語っている事もそうである。
だが何よりも、その格好だ。服装の違い、そして、蛇の尻尾と言う目立ち過ぎる特徴のせいで判別がつきにくいが――。
安徳とオロチの姿は、殆ど相似のそれと言っても過言じゃない程に、瓜二つ、鏡写しであったのだ!!
「取り合えず、この刀は下ろして欲しい。私は兎も角――『私』が許容出来ない」
「チッ、けったいな悪霊に身体を貸してるようやな、言仁」
言ってオロチは、手にしていた叢雲を下げ、面白くないように安徳を一瞥。
その後、ラ・ピュセルとウィラーフ達に目線を送り、深い溜息を吐いてから、一言。
「嵐は去ったんや。落ち着ける場所で話そうや。……其処行ってから、賽を振るうのも悪ないやろ」
それはつまり、其処での話し合い次第で、血を見る事になると言っているのに等しかった。
縋るように、ウィラーフの方とラ・ピュセルの方に目線を送るマシュ。ウィラーフは緊張感を秘めたまま肯んじ、ラ・ピュセルの方は、
「助けて欲しいのはこっちの方だよ……」と言う態度を隠しもしなかった。そしてそれは……輪にとっても、同じ事。
当分、嵐は止みそうになさそうだった。
-
.
【D-5(森林内部)/1日目 朝6:30】
【小林輪@ぼくの地球を守って】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]不明
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]こづかい程度
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界への帰還
1.こんな奴(オロチ)と話し合うのか……
2.NPCとは言え、元いた世界の知り合いを模したNPCに危害は加えたくない
3.安徳の陣地確定を急ぐ
[備考]
①安徳と共に、未遠側上流であるD-6エリアを拠点としています
②クロエ&セイバー(アテルイ)、ラ・ピュセル&バーサーカー(八岐大蛇)、マシュ・キリエライト&シールダー(ウィラーフ)の存在を認識しました
【セイバー(安徳天皇)@史実】
[状態]実体化(宇宙服状態解除)、魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:輪の意向を尊重
1.オロチ……君もいたんだね
2.ごめん、あのセイバー(アテルイ)は誰?
[備考]
【ラ・ピュセル (岸辺颯太)@魔法少女育成計画】
[状態]健康、魔法少女に変身中、魔力消費(中)
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]こづかい程度
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界への帰還。
1.郊外周辺の調査。
2.出来れば協力者を探したいが……
3.ライダーの討伐は保留。少なくとも協力者が得られるまでは避ける。
4.キスか……いや、魔力奪われたんだから駄目だって!!
[備考]
①本人は克服しようと前向きですが、戦闘関係になると恐怖が悪化します
②クロエのキスによって魔力を二割半ば程を奪われました
③クロエ&セイバー(アテルイ)、マシュ&シールダー(ウィラーフ)、小林輪&セイバー(安徳)の存在を認識しました
【バーサーカー(八岐大蛇)@日本神話】
[状態]実体化、肉体的損傷(極小)、魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1.言仁め……
2.あの褌小僧は如何でも良いわ
[備考]
【マシュ・キリエライト@Fate/GrandOrder】
[状態]健康、魔力消費(極小)
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:特異点の解決とカルデアへの帰還
1. 所長と『先輩』の捜索
2.先ずは皆と話し合いましょう
[備考]
①エーデルフェルトの双子館(西)を拠点にしております。
②クロエ&セイバー(アテルイ)、ラ・ピュセル&バーサーカー(八岐大蛇)、小林輪&セイバー(安徳)の存在を認識しました
【シールダー(ウィラーフ)@叙事詩『ベオウルフ』】
[状態]実体化、健康、魔力消費(極小)
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守り抜く
1.マシュの護衛
[備考]
①双子館(西)の修復等の作業は終えております。
<その他>
・深山町の住宅街を実体化したウィラーフと八岐大蛇が駆けた為、他のサーヴァントが感知するかもしれません。
・現在D-5エリアは、アテルイの放った広範囲の破壊攻撃によってかなり目立つ規模の破壊が巻き起こりました
・現在上記三組はどこかに移動しています。移動先は後続の書き手様に一任します
-
投下を終了します
-
蜂屋あい&アサシン(アナンシ)
多田李衣菜&ウォッチャー(バロン・サムディ)
予約します
-
投下します
-
ピアノの音で、目が覚めた。
ショパンの、夜想曲第2番。曲名は知らずとも、CMやゲーム、ドラマや音楽の授業で、聞いた事はある。そう答える者も、多かろう。
世に広く膾炙された名曲であり、夜想曲の立役者たるショパンの作曲した曲の中でも、秀でて有名な一曲である。
目を瞑っていると、黄金色の光の螺旋が立ち昇り、消えて行く様なイメージを連想するような、美しい旋律だった。
ショパンの作曲したこの曲自体が美しい事もそうだが、曲の主役とは、これを演奏する奏者本人である。
高い技量を持っている事がすぐに解る程に、優れた演奏者であった。間(リズム)の取り方、指運び、ペダルを踏む加減。
実際に演奏している姿を目の当たりにはしてないが、見ないでも、解る。どれを取っても、超が着くレベルの一流のそれ。
どのピアノコンクールに出場しても、首位の座は確実であろう。そうと断定出来る程に、冠絶的な腕前であった。
シワの一つもない白色のシーツが、セッティングした人物の几帳面さを伺わせる、ダブルサイズのベッドから、蜂屋あいは立ち上がる。
ストロベリーブラウンの髪には寝癖の一つもなく、その顔立ちにも、寝起き特有のむくみも何もない。平常時のそれのままだった。
天使の美は常に、最高の水準が保たれる。いついかなる時でも、それこそ、今のような寝起きの状態でもそれは揺らぐ事はない。と、言われても信じてしまうだろう。
それほどまでの崩れてなさだ。あるかなしかの微笑みを浮かべながら、あいはスリッパを履いて、パジャマのままスタスタと歩き出す。
寝室を出、廊下に出ても、そのノクターンは流れ続ける。窓から注がれる、爽やかな緑の香りすらが溶けていそうな五月の光と、このピアノ曲とは良くあっていた。
このピアノ曲が弾かれてから、何分が経過したのであろう。あいは思う。2番、とあるように、1番も勿論存在する。
それを弾いてから、この曲に移行したのだろうか。はたまた、この曲から弾き始めたのか。解らない。
ひょっとしたらこの希代のピアニストが演奏を始めてから、数十分もの時間が経過し始めているのかもしれない。こんな、朝の六時半と言う早朝から弾き始めるのも近所への迷惑があろうが、この技量では、文句を挟む余地もあるまい。寧ろ快適な目覚めの提供者として、持て囃される可能性のほうが、高いであろう。
蜂屋あいの屋敷に於いて、ピアノを置いている部屋は一つしかない。リビングだ。
家族が皆揃っていた時は、母親か、自分がピアノを弾いて、皆を楽しませていた……らしい。この冬木で刷り込まれた記憶であるが、実感は湧かない。
そのリビングに近づくにつれ、当然の事ながら、音は大きくなって行く。母親が帰ってきたのか等とは、あいは思わない。
ロールの都合上、母親も父親も海外での仕事が多い……と言う事になっており、現在屋敷にはあいの家族はいない。
今この屋敷にいるのは、あいと、蜘蛛。そして、幾人かの使用人である。但しその使用人達は邪魔になるので、暇を出した。永遠に。
リビングへと繋がるドアを開ける。開放的なまでに広いリビングだ。年頃のはしゃぎ盛りの子供が数人、遊びまわってもおつりが来る程の広さ。
其処に置かれたグランドピアノを、蜘蛛は弾いていた。縁日で売られているような、安っぽくデフォルメされた蜘蛛のお面を被った、まだら模様のスーツの男が。
「おはよう、アイ」
「おはよう、お兄さん」
譜面から目線をあいに移し、蜘蛛――アナンシは語った。白く輝く歯を見せて、笑っていた。
仮面で顔は伺えないが、きっと満面の笑みを浮かべている事だろう。性善とは程遠い、悪辣そのものの笑みであろうが。
「ピアノ、上手だね」
「腕を八本生やせばもっと上手くなるよ?」
「二本の腕の方がステキだと思うよ、お兄さん」
「そりゃ残念、カッコいいとこ見せたかったな」
-
ふぅ、と。残念そうに一息吐くアナンシ。
あいはアナンシの方を視界に納めながら、テーブルの上に置いてある二枚のジャムトーストと、カップに注がれたアイスココアに目線を送る。
いや、それだけじゃない。パンフレットと思しき長方形の紙束が何枚も、トースト乗った皿の横に扇状に広げた状態で置かれている。
「朝食だ、僕の演奏を聞きながら食みたまえ」
「いつもありがとうね、お兄さん」
「なんのなんの。まったく、僕の料理を食べられるなんて君は幸せ者だよ、アイ。画面の前の彼らは、食べたくても食べられないのに」
あいは、アナンシのこう言った戯言を、彼の強い個性の一つなのだと認識する事にし、受け流す術を覚えた。
もう、こう言った何処の誰について言及しているのか解らない言葉については、以前に比べて反応が薄い。
苺のジャムが塗られたトーストを口にするあい。サクッとした食感と、ふんわりとした噛み心地が実に良い。
良い食パンを使っているのだろう。それに、トースト自体もまだ暖かい。作られてから間もないと見える。或いは、放置していても冷めない『業』を用いたか。
「お兄さん、旅行に行きたいの?」
パンを一枚食べ終えてから、あいは言った。演奏を続けながら、アナンシは口を開く。
「またどうしてそう思ったんだい?」
「テーブルの上のパンフレット、全部旅行のものだよ」
あいの言った通りだった。
これ見よがしに、あいに見て欲しげに広げられたパンフレットの全てが、レジャー関係の物。
北海道や東北、九州に四国に沖縄などの国内の観光地についてのパンフレットもあれば、海を隔てた向こう側、中国や韓国、アメリカに中南米、
モルティブ諸島にエジプトなど。近場で手頃な所が紹介されている物から、奮発して観光する所が紹介されている物など。
様々な需要に応えた観光パンフレットもあるではないか。しかもその全てが、ご丁寧にGW仕様のレイアウトだ。日本においてGWは旅行会社の掻き入れ時、繁忙期である。長期休暇の要素を全面に押し出すのも、当然の流れと言えるだろう。
「なぁ、アイ。人間って奴はさ、休みが二日以上連続している時は、旅に出るべきなんだよ。そう思うだろ?」
「友達と遊ぶのも楽しいよ?」
「おっと、それもそうだ」
口元だけで、一本取られてしてやられた、と言うような苦笑いを表現してみせるアナンシ。
「だけど、友達と一緒に旅行に行く事はもっと楽しいと思わないかい? アイ」
「じゃ私とお兄さんと一緒に行けば楽しいね」
「エクセレント!!」
其処でアナンシは、それまで演奏していた夜想曲第2番をめちゃくちゃなスピードで速弾きし始めた。凄まじい速度だ、肘から先が霞んで見えない。
余りに演奏するスピードが速いので、それは最早メロディと言うより同時に一斉に音の塊を浴びせかけられたような……言ってしまえば雑音にしか聞こえない。
ものの五秒で、それまで演奏していた曲目を終えたアナンシは、ピアノから指を離すと同時に、椅子に座ったまま空中に跳躍。
椅子に座ったままアナンシは空中で二回転、三回転――そのままアナンシは、あいが座って朝食を摂っているテーブルの向かい側に椅子ごと着地。
その際に、音はなかった。絨毯の上であったとは言え、到底有り得る現象ではない。どんな魔法を、使ったと言うのか。
-
「折角のゴールデンウィークなんだ。僕らの思いでも黄金色に彩られるべきじゃぁないか」
「でも聖杯戦争が起きてる間は、冬木の町から外には出られないね」
少し残念そうな声音で、あいは言った。
モルティブ諸島の青い海、エジプトのピラミッド、歴史の重みが視覚から伝わってくる地中海の街並みから、日本とはまた異なる形で現代的なアメリカの大都会。
そう言った外国の国々は愚か、新幹線でいけるような国外の観光スポットにすら、今のあい達は赴く事が出来ないのだ。それを知らぬアナンシではない筈だが……。
「旅行の目的は、美味しいものや観光地だけじゃないんだよ、アイ」
「そうなの?」
「そうさァ。人との出会いや逢瀬もまた、旅の醍醐味。冬木でも、それが出来る」
何時の間にか、パンフレットの一枚があいの手元から消失する。
気付いたら、それはアナンシの左手に収まっていた。中国旅行のパンフレットだった。
「こんなご立派な所に行かなくてもさ、冬木の市内だけでも楽しめるんだぜ? アイ。君も僕も、外に出なさ過ぎだ。どんなに従順なサーヴァントでも、外に行動に出ないマスターには良い顔をしないものだぜ」
「うーん、そうだね。私も、ずっとお家ばかりにこもってて飽きちゃった」
「そうだろうそうだろう!! 怠け者と言うのは実に良くない。童話や寓話でも、何時だって奴らは割を食うからね。兎にも角にも、行動する事が大事さ、アイ」
アナンシの声音はどこか遠い。思うところがあるような、思わせぶりな語り口だ。経験者にしか、出せぬ声の調子であった。
「アイ、君は何処に いき/イキ/行き/生き/逝き/ たいんだい?」
「お兄さんにお任せするね。素敵なエスコート、期待しちゃうな」
「おおっと、デートのプランは僕に決めさせてくれるのかい!! 良いだろう、素敵な旅路を乞うご期待!!」
パンッ、と拍手を打つアナンシ。
その様子は、傍目から見れば引く程に楽しそうに、あいには見えた。……悦しそうに、見えた。それは、あいにとっても同じだった。
見蕩れる程艶やかな黒い焔が、アナンシの身体を包み込んでいるのが、あいにだけ見える。自分とは方向性の違う黒は、何時間見ていても飽きが来ない程に、美しかった。
-
◆
Hey Yo!! 見てるか俺を投下した◆nY83NDm51Eさん!!(一応投稿者にとっては他人なのでさんづけはする)
遂にアンタ以外の書き手が本編でオレを動かしてくれてるんだぜ!! 作中時間じゃ全然経ってないが、そっちの時間じゃ実に一年以上振りだ!! 遅ぇよ!!
オレがこうして本編に、他の誰かに動かして貰うまでに長い時間が経過した。
エピックオブレムナント(スペルが解らない)は終わってしまったし、何時の間にか第二部なんて物が巷じゃ始まった始末だ。
後なんか、相変わらずキャスタークラスには人権級のサーヴァントが新しく実装されたらしい。スカディってアレだろ?
だっこちゃんみたいに肌が黒くて、マハブフダインとか使いそうな奴だった気がするんだが……まいっか!! 消費税が10%になる前に登場させて貰えたしオレも嬉しい!!
勿論このオレ、ウォッチャーこと、バロン・サムディは現在時刻までに起こったあんな事やこんな事も全部知ってる。
知ってるから、書き手にとっちゃ煩わしい、何が起こったのかと言う反芻の描写も考察の描写も既読スキップする事が可能だ。Wow!! 負担の少ねぇなんて優しいサーヴァントなんだ!!
FGOに出てくりゃ人権どころかストーリークリアの配布にしなきゃ最早公平じゃないってレベルで基本的人権級のこのオレを引いたにも関わらず、
リーナの顔つきはさてもまぁシケたモンだった。お前の引いたサーヴァントって、オレのソウルプレイス足るアフリカの魔術使いや呪術師共が、
どんな供物や上物の葉巻やラムをダースで用意しても現れる事はないってぇレベルの超大物なんだぜ? もう少し喜んでくれよな〜。
【……何かやけに静かじゃない?】
不審そうな声音で、リーナの奴がオレに念話を送って来る。
大方オレが地の分でマシンガントークしてるせいで、台詞の方が疎かになってておとなしめになってるのを疑問に思ったんだろう。
馬鹿野郎、台詞と地の分で言葉の洪水を浴びせ掛けたら読み難い文章になるだろ!! 大人の配慮って奴だ。
「まぁ久々の登場だからな、緊張しちゃってた」
聡明な読者さんなら凡そお分かりだろうが、【】は念話を表すクレバーな表現方法だ。
オレ様は念話なんて通さずベラベラと実体化して口にしているわけだが、NPCは勿論下手なマスター、サーヴァント共ですらオレの姿は認識出来ないぜ。
アフリカ由来の呪術や、ブードゥー発祥の魔術――実を言うとあんましこいつらの魔術は好きじゃねぇ。聖堂教会の流れを若干汲んでやがるからな――を掛け合わせて、
認識阻害を行ってるからな。ペニス……じゃなかった、ペニーワイズみたいなもんだと思えば良い。オレ様の姿はマスターであるリーナと……オレ様でも対面がイヤな野郎共にしか見えないって事。これだけはハッキリと伝えておきたかった。
「て言うかリーナさぁ……お前さんその、仙台市の給食みたいな貧相な朝食はなんだい?」
【な、何ってそりゃ普通の朝ごはんだけど……】
「ホテルのバイキングはよ、リーナ。ヴィーガン共に唾吐き掛けて屁コキ散らすレベルで喧嘩売るレベルでタンパク質タンパク質&タンパク質を摂るモンだろうがよ。それをお前、なんだお前(低語彙)。その、上品な朝食は!! オレはそんな奴のサーヴァントになった覚えはないゾ!!」
【私はアンタに育ててもらった覚えないから……】、くそう……突っ込みすら上品過ぎる……。
朝のホテルのバイキングだけあって、重めの物はない。要するに、牛や豚とかの肉々しい物とか、後油物だな。そう言った奴らは夕食に回される。
代わりに用意されてるのが、焼き立てのロールパンやそれに塗る為のジャム、焼き魚に白米、後スクランブルエッグとか目玉焼きやら、納豆や味付け海苔。
汁物にはポタージュやら味噌汁、中華風のスープ等も用意されていたりする。優等生過ぎる品揃えだが、手堅すぎて面白くねぇ。
-
リーナの食ってる物の、まぁ何と慎ましやかな事か。
ロールパンに苺のジャム、目玉焼きに炊き立ての白米に焼き魚、味付け海苔、後は軽いサラダに氷水と。
オレのマスターらしからぬ、バランスの良い山本選手並にバランスが良い食事だった。アッ、でも目玉焼きにケチャップを塗るのは中々ロックだ。悪くない。ちなみにオレは黒蜜をかける。
アイドルのスケジュールって言うのはタイトだ。人気が上がれば猶更だな。
仕事の予定に拘束されるなんざ、聖杯戦争をする上じゃデメリット以外の何モノでもない。だって自由じゃないもんな。
リーナはその辺り育ちが良いから、律儀に従おうとする。ロッカーとしては中途半端だな。
はっきり言ってこの冬木の聖杯戦争は、舞台としては笑っちまう位に儚いし、その上……おっと、これ以上は言わない方が良いかね。種明かしには早すぎるか。
どっちにしろ、仮初の世界に敷かれたレールの上を律儀に走る必要はないだろ。もっと予定をスッポかせ。あのMステをスッポかしてパパ・タモリをガチ困惑させたt.A.T.uみたいにな。そうしないとオレが退屈で死ぬ。ロキのパイオツ揉みたいもん。
「煮詰まるのは相当先か……」
【? 何が?】
「黒豆がだよ。昨日から強火で茹でっ放し」
【消そうよ!!】
純粋かこいつ。
どちらにしても、このオレ様が本格的に動き出すのは、まだまだ先の事になるかも知れんな。
今状況を動かすのは、後先考えず動きまくるお馬鹿さん達だ。ブチ切れ金剛して見せたオグンの奴見たいに暴れまわって、状況を大回転させれば良い。
そしてそれは、オレの仕事じゃない。低質かつ下等なクソサーヴァント共の仕事だ。オレはそれ見て笑うだけサ。ヘヘ、オレみたいな大物がこんな初っ端から因縁消化する訳ないだ――――――。
「……クソが。つくづく空気を読まないスパイダーマンだ」
【? ウォッチャーもアメコミ好きなの?】
「グリーンランタンの映画クソだったゾ。まぁそれは兎も角、そっちのスパイディじゃないんだな」
【もう、訳解らないなぁ!! 一体全体何なの!?】
「いや。……説明する手間が省けた」
-
◆
声のトーンが、明白に変わった事に私は気付いた。
ウォッチャーは何時だって不真面目だ。言ってる事も訳が解らない上に、その意味不明さもおふざけの延長線上で、その上……私を含めた全てを見下してる感が否めない。
……そんなウォッチャーが初めて、私にも解る位明らかに、マジメな声音で言葉を紡いだ。
思わず、えっ、と、間抜けな顔と声で口にする私。髑髏が笑っているモチーフの、顔に塗られた白塗りのボディペイント。
本来ペイントに過ぎないそれが、不愉快そうに歪んでいるように見えたのは、私の見間違いなんだと信じたい。連日の仕事疲れのせいだと思いたい。
でも……そうじゃない。ウォッチャーは――何時だって軽薄な笑みを浮かべていた彼の顔は今確実に、冷たい何かを放つ真顔に変じていた。
「そこにいてチョーダイ」
と、何処かの中古ピアノのCMみたいなトーンでそう言うウォッチャー。
声の方は聞いての通りだったけれど……顔に遊びが全くない。その様子はまるで、プロデューサーが仕事先の偉い人達と話す時のそれにそっくりだった。
スタスタと、目線を向けた方向に歩いた時、私は気付いた……気付いてしまった。
――ズボン穿いてる!!――
私は決して狂っていない。先ず、それだけは伝えて置きたい。
ある種の感動すら覚えている。あのウォッチャーが、タキシードの下を穿いていると言う事実に!!
そう、あのウォッチャーは普段は穿いてない。パンツの類すらも。だから、その、えぇと……普段はアレを丸出し……あぁこの話題やめやめ!! 言ってて恥ずかしい!!
兎に角、あの裸族がズボンを穿いている何て異常事態そのもの!! 私がどんなに穿いてって頼んでも、
「フルチンは全ての男の理想。男として生まれたからには無限の富とキリマンジャロの山より高い地位、そして何時だって裸でいられるライセンスを求めねばならない」と言って取り付く島も与えなかったアイツが、ズボン穿いてるなんて有り得ない!! それこそ、どんな風の吹き回しなのか。アイツでも萎縮する程の偉い奴を目に――。
そこで私もハッとした。
あの天衣無縫の具現みたいなウォッチャーが、タキシードの上下……つまり、『フォーマルな格好』に着替え直したと言う事は。
そうしなきゃ不味い相手の姿を見たからなんじゃ、そう思ったのだ。
バッと目線を、ウォッチャーが歩いて向かっている方向に合わせると――そこには、いた。
「……」
一言で言えば、それは、浮いていた。有り得ない程の、存在感だった。
見事な朱色にまだら模様の刻まれたスーツを身に纏い、口元だけを曝け出すように、縁日などで売られてそうなチープさの、蜘蛛をデフォルメしたようなお面を被る、
黒髪褐色の男の人。背は、高い。きらりみたいにだ。だから、際立つ。彼の隣で、キャリーバッグをよいしょよいしょと位置調整させている、
夜空を切り取った様に綺麗な漆黒の服装が特徴的な、ストロベリーブラウンの髪が特徴的な女の子がだ。頭何個分の、頭身差があるのだろう。親と子とか言う次元じゃない。
「さ、サーヴァント……」
声が掠れる程の緊張を私は覚える。私の視覚には、明らかにあのお面の男の人の実力を指し示すある種のパラメーターが映り込んでいる。
ウォッチャーを見ても、同様の物が映り込むのはとっくに確認している。兎に角、アレが出てくると言う事は、あのお面の人は……そう言う事なのだろう。
緊張のメーターを示す針が、限界値に達し過ぎて、如何でも良い思考が混乱気味に私の頭の中に挿入されて行く。
誰もあのお面を被ってる人の存在に気付いていない事とか、そもそもあのストロベリーブラウンの女の子の着ている衣服が喪服である事だとか、
そんな、重要性の低い事だけを考え始めるようになる。命の危機であると言うのに、如何でも良い事に思案する。そしてそのテンパってると言う事実を冷静に俯瞰して、どうしたものかと考える私もいる。どうしていいのか、わからない。
-
ステッキをクルクルと、人差し指に引っ掛け回転させながら、ウォッチャーはお面の男の人に近づいて行く。
「あ、あのステッキの先端……」、そう言ってお面の人の隣にいる女の子は、ポッと赤面し困った顔をする。
すぐに彼は、懐からハンカチーフを取り出し、それを少女の頭に垂れ掛けた。ハンカチは絶妙に彼女の目を覆い、視界の前面を見えなくさせてしまう。
ウォッチャーが持っているステッキの先端についたアレを見る事もないと言う訳だ。ナイスフォロー。
ウォッチャーと、お面の人との距離は遂に、三mを切った。
もう、普通に会話を交わせる距離だった。そして……何が原因で喧嘩……ううん、殺し合いが起きてもおかしくない距離にもなった。
喉が急激に渇いていく。舌から唾液が消え失せる。口内の体液が全部、私の皮膚と言う皮膚から冷や汗として吹き出ているんじゃ、と思わずにいられないぐらいだった。
変な事はしないで……!! 私はそう祈り、目を瞑るが――。
「――エピロワ二作完結おめでとう〜〜〜〜!!!!!! #エピロワ」
「サンキューマイフレーンズ!!!!!! #エピロワ」
蜘蛛の男の人が陽気な声音でそう告げるや大きく両腕を広げ、ウォッチャーもそれに応えるようにそう告げながら両腕を広げた。
そしてそのまま男二人はハグしあい、互いの頬を摺り合わせている。…………あれ、え、うん?
「ユカタンと殷周まだ見れてないんだけど、終わった事だけは人伝にね〜〜」
「何だよ先輩、両方とも終わってから随分時間があったのにまだ見れてねぇのかい!? しっかりしてくれよ〜」
そう言ってウォッチャーは旧来の友達にでもするかのような肩パンを、お面の人に行ってみせる。ちょ、それは不味いって!!
でも、お面の人はにこやかな笑みを口元だけで浮かばせて見せながら、ごめんごめんと、叩かれた左肩を払って見せる。
「同郷のよしみだ、一緒に食べようぜ先輩!! カラバル豆を炒ったコーヒーで良いかい?」
「おっ、良いねぇ。早速ご馳走になろう。行こうよ、アイ」
「お兄さん、ハンカチ」
「おっと、僕とした事が」
ワハハハハと二人で大笑いするウォッチャーと、お面の人。
……雰囲気が弛緩したのを見て、私はホッとした。そして、蒸発しきった口の中を潤すように、コップの中の水を口に含め始めた。
-
短いですが前半部の投下を終了します
-
一体何が始まるんです!?
-
大惨事聖杯戦争だ
隠す気のないダイマにワロタw
早速読みに行きました
何はともあれ乙です
-
<削除>
-
<削除>
-
すごいの一言しか言えません!普通の人にはこんな文章は絶対に書けないと思います!
-
ジャギ&ライダー(チンギス)
ライダー(ハスター)
隼鷹&ランサー(ラクシュマナ)
アルターエゴ(クロウリー)
衛宮士郎&キャスター(ケイ)
予約します
-
本スレッドは作品投下が長期間途絶えているため、一時削除対象とさせていただきます。
尚、この措置は企画再開に伴う新スレッドの設立を妨げるものではありません。
"
"
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■