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少女性、少女製、少女聖杯戦争 二章

1 : ◆PatdvIjTFg :2015/06/13(土) 18:22:47 8CcOjq0k0






         少女達がいるのは天国にいちばん近い地獄






wiki:ttp://www41.atwiki.jp/girlwithlolipop/
前スレ:ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1426526993/


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2 : ◆PatdvIjTFg :2015/06/13(土) 18:23:06 8CcOjq0k0
【ルール】
版権キャラによる聖杯戦争を行うリレー小説です。
参加者の内、マスターは必ず少女でなければなりません。

【設定】
舞台はとある架空の街です。
マップの外も街や海が続いていますが、透明な壁に阻まれて脱出することは出来ません。
後述するNPCは壁の存在には気づいていませんし、平然と脱出することが出来ます。
参加者である少女たちは、この街で過ごすことに矛盾がないように偽の記憶を植え付けられて、同日同時間に、皆この街へとやってくる運びとなりました。
一般的なパロロワにおける、気が付くとOP会場にいた感じをイメージしていただければ幸いです。
少女たちは、何らかの切っ掛けで、あるいは何の前触れもなく、自分はこの街の住人ではないという真実の記憶を取り戻します。
そして、身体の何処かに三画の令呪が刻まれ、少女聖杯戦争参加の運びとなります。
同時に、少女は聖杯戦争に関する知識を手に入れます。
少女達が記憶を取り戻すまでの猶予は一週間です、早くに記憶を取り戻せば、キャスターならば陣地を作成しておく等、本番に備えて準備をしているかもしれません。
また、本番までに記憶を取り戻した少女同士で戦いが行われている可能性があります(俗に言う一話死亡【ズガン】枠です)(ズガン枠はオリキャラ且つ少女に限ります)
聖杯から夜の0時にメールによって『通達』が行われます。
携帯電話、あるいはPCを持っていない少女に対しては、手紙、テレビ、ラジオ、モールス信号、ラブレター、ルーラーによる直接的な伝言などを用いて行われます。
架空の街内には記憶を取り戻せなかった少女達と、少女達の家族や知人を模した偽物達がNPCとして存在しています。
NPCは特殊能力やサーヴァント等を持ってはいません。

【サーヴァント】
サーヴァントは記憶を取り戻すと同時に、召喚される英霊です。
マスターは皆少女ですが、サーヴァントが少女である必要はありません。
サーヴァントがマスターを失った場合、サーヴァントは消滅します。
ただし、消滅するまでに令呪を持ったサーヴァントのいないマスターと再契約を行うことで、消滅をまのがれることが出来ます。

【マスター】
サーヴァントを失ったマスターは消滅しませんが、原作における教会のような安全地帯はありません。
それどころか、ルーラー雪華綺晶は積極的にサーヴァントを失ったマスターを殺しに行きます。
マスターが令呪を失ってもサーヴァントは消滅しませんが、サーヴァント次第では裏切っちゃおっかな―チラッチラッとなるかもしれません。

<時刻について>
未明(0〜4)
早朝(4〜8)
午前(8〜12)
午後(12〜16)
夕方(16〜20)
夜(20〜24)


≪状態票テンプレ≫

【X-0/場所名/○日目 時間帯】

【名前@出典】
[状態]
[令呪]残り◯画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]

【クラス(真名)@出典】
[状態]
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]

【予約期限】
一週間です

【開始時刻】
早朝


3 : 名無しさん :2015/06/13(土) 20:23:47 Ie8W0.Hc0
スレ立て乙です
それから、前スレの投下も乙でした!
二次聖杯で原作のキャラを上手く再現して描くことも当然難しいと思うのですが、今回の話は+αで二次ならではの延長線上を描き切っている感じがして凄いと思いました
原作の台詞がそれぞれ二人にとっての楔みたいなものになってるのも好きです


4 : ◆2lsK9hNTNE :2015/06/13(土) 23:59:28 .ey8ZSeQ0
皆様投下乙です
ためっていた作品感想を書いていきます

『ガール・ミーツ・ジンチョ・ゲーザーズ・ネクロマンス』
投下乙です
少女聖杯の初バトルはバーサーカー同士の対決ですね。武器がチェーンソーとバズソーというのもなんとなく似ていますね
絵理ちゃんは、聖杯戦争のことをろくに知らなそうで心配です。ただでさえサーヴァントがアレですし、結構辛い状況ですよね。
最初にあったマスターが危険人物じゃなかったの幸いですね
しかし忍殺文体上手いですね。私は書くのが精一杯で誰かの文章の真似なんて出来る気がしないです
ちなみ個人的に一番好きシーンは小梅が酒を拾ってるとこです

『開幕/きらりん☆レボリューション』
アイエエエ!? 忍殺!? また忍殺ナンデ!?
メルヘンチックな雰囲気もありながら不気味な夢が印象的です
図書館にヤクザがいるのもあるいみ不気味ですがそれとは違う意味で不気味です
雪華綺晶の独特の話し方も素敵です
しかしきらりは精神的にも状況的にも追い詰められていてこの先大丈夫なのでしょうか

それとスレ立ても乙です
だけど何もしてないフェイトちゃんはあの二人と混ぜられるのは可哀想なので、サーヴァントを使って学生を殺害したきらりに変えましょう

『空と君のあいだに』
最初の「ごちそうさま」が、書いていた話と丸かぶりしていたのでどうしようかと思いました
だけどこの話の「ごちそうさま」は明るいので、むしろ対比っぽくなっていいかなーと思ってそのままにしましたが
なのははやっぱりフェイトを探すんですね。しかしフェイト捜索に乗り出す人はわりといるのに、ルーラーに突き出そうって人は未だにいませんね
『……申し訳ありません、マスター』のセリフは何だか寂しですね
マサキの探す予備のマサキ候補も、ちょうどいい感じに条件に当てはまる人がいてどうなるか。
まあ原作でいえば残したところで結局本人の意思に負けてるんですが
しかし現状はなのはを完全に手のひらの上で動かしていますし、スキルの存在もあって木原マサキ自体が一筋縄ではいかなそうです

『Because,I miss you/逢いたくて』
この話については上手く言えないんですが文章がいいと思いました
話しては飼育小屋と葬儀を繋げたところや、お互いへの理解を深めながら現状に満足にできない二人が素敵でした
こういうキャラの心情を語るための話って地味ですけど好きです
そして四つ書いた感想のうち三つが同じ作者なことに驚くきです。皆様っていったけど二人しかいない


5 : 名無しさん :2015/06/14(日) 07:17:08 PwFfkBTc0
個人的まとめ
なぎさちゃんはD-4って書いてたけど中学校だからD-2ってことで

6月18日くらい
◆PatdvIjTFg 木之本桜&セイバー(沖田総司)、蜂屋あい&キャスター(アリス)、高町なのは、大道寺知世&アサシン(セリム・ブラッドレイ)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)

未登場
中原岬&セイバー(レイ/男勇者)
玲&エンブリオ(ある少女)

登場済

[早朝]
【B-5】桂たま
【B-4-B-5】アサシン(ゾーマ)、偽アサシン(宝具『まおうバラモス』)
【C-2】星輝子&ライダー(ばいきんまん)
【C-3】大井&アーチャー(我望光明)
【C-4】輿水幸子、クリエイター(クリシュナ)
【D-2】江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
【D-3】ララ、アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド/ジャック・ザ・スプリンガルド)
【D-3】双葉杏&ランサー(ジバニャン)
【D-7】シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)

[午前]
【B-1】海野藻屑
【D-1】アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
【D-2】山田なぎさ&アサシン(クロメ)

場所確認用のやつ
ttp://download1.getuploader.com/g/hougakurowa/4/%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%9C%B0%E5%9B%B3.png


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6 : 名無しさん :2015/06/14(日) 18:49:41 PwFfkBTc0
【C-2】白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)、雪崎絵理
【C-3】キャスター(木原マサキ)
【D-2】諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)、ルーラー(雪華綺晶)
【????】バーサーカー(チェーンソー男)

抜け分追加


7 : 名無しさん :2015/06/14(日) 21:54:17 o3hpjte20
wikiでミスを見つけたので報告します
マップの学校の裏山の位置が間違ってます。正しくはD-1です


8 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/15(月) 03:25:05 eSsJvZos0
新スレ乙です!
まずはためてた分の感想をこの場を借りて書かせてもらいます!


>開幕/きらりん☆レボリューション
投下乙です!
開幕/なんだこれ。1レス目の衝撃。そして続く2レス目からも衝撃。なんてことだここはネオサイタマだったのか……
そこはかとなく忍殺風味ですが中身は実際重厚。
核心をついているようで煙に巻く、雪華綺晶らしいいかにもな話し口。
そしてこっそり明かされている重要ワードが「マスターがフェイトを気に入れば聖杯戦争は終わる」というもの。
そうか、きらきーが平行世界の娘としか言ってないからアリシアかもしれないと思ってるのか。もし気に入ってもらえれば……(なのは本編とフェイトの登場話を見る限り)駄目みたいですね(落胆)
そしてこの話の主人公でもあるきらり。選択の一つ一つが優しくて、彼女らしい。他人思いないい子です。
メンタルズタボロになりながらも、前を向くことを忘れないきらりんはアイドルの鑑ですね。
こんな他人思いなきらりをいじめないでください。きらりは何も悪いことをしていません。
もう一度、投下お疲れ様でした!


>燃えよ花
投下乙です!
さくらちゃんいい子や……特にキャラクターをよく表してるのが「無視してしまったら、仮に帰れたとしても、きっと前のようにみんなと笑えない」の一文。
まっすぐ前向きないい子。でも本文中でも触れられてるようにクロウカード相手とはワケが違う。
出会ってしまったのがなんと最悪の森の音楽家クラムベリー、そうだよ、そういやこいつ生前GMやってたから魔力の多い人間見つけるの得意なんだよ……こういう細かい設定をうまく使うところには感嘆です。
しかしやっぱクラムベリー強いな……能力の幅がかなり広い上に本人が使い方を熟知してるからやっかいこの上ない。
百戦錬磨のはずの桜セイバーだけど、クラムベリー相手+病弱発動じゃ分が悪いなんてもんじゃない。
結局はアリスの横槍で勝負はおあずけ。不完全燃焼のクラムベリーは更に戦いを求めて流浪の旅続行。
しかし、その結果すごく不穏なことに……
さくらちゃん……おそらく企画内でも最上位クラスの危険人物に気に入られてしまって……
死神様事件の主犯の子に心を許してしまい、友だちになって、それからどうなるかって……こりゃあもう……こりゃあもう……!!
今入ってる大型予約の転がり方次第ではそのまま急転直下もありそうな予感。
もう一度、投下お疲れ様でした!


9 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/15(月) 03:29:51 eSsJvZos0
次に諸修正の報告です

・空と君のあいだに …… 投下後に話したなのは→マサキの口調の修正、なのはの状態表に死神様事件についての記述を追加(不要ならば削除可)、木原マサキの名前修正
・匿名希望のアガパンサス …… スレッドタイトルが間違っていたのを修正
逢いたくてでもスレタイが間違っていますがwikiに繋がらないのでまた折を見て修正しておきます


そして、遅くなりましたが>>1氏がやっていたように把握に関する情報をまとめました
分からないキャラクターなどがあったら参考にしてください!

桂たま …… 天国に涙はいらない(全12巻)の第1巻終盤から参戦。基本1巻だけ読んでればいいです。

ゾーマ・バラモス …… ドラクエ3の各戦闘シーン前後のみ、往年の名作なのでセリフまとめとか戦闘シーンのみの動画とかが出回ってます。
                実機プレイが不可能な場合はこれらを参考にしていただければ問題ないかと。

大井 …… アニメ艦これ全話です。全話見てください。全話です(念押し)。アニメ艦これを! 全話です!!

我望光明 …… 仮面ライダーフォーゼ全話です。本格参戦する41話くらいからでもいいかもしれません。

星輝子 …… わりとふわふわなソシャゲ出典なのでセリフまとめとかでも結構です。

ばいきんまん …… 紹介した二作でわりとOKだと思います。必要に応じて他の作品も見てみてください。

諸星きらり …… こちらはアニメ版です。第二話(紹介)、第十話(凸レーション)、第十二話(合宿)、第十三話(ライブ)とかであらかた抑えられるはずです。

悠久山安慈 …… 単行本9巻、13巻の二冊です。他にも必要なら(おそらく全く役に立たないけど)PSゲームの十勇士陰謀編の隠しエピソードとか裏舞台本とかで。


10 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/15(月) 03:34:15 eSsJvZos0
ついでに


大井&アーチャー(我望光明)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
星輝子&ライダー(ばいきんまん)
アサシン(クロメ)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
輿水幸子&クリエーター(クリシュナ)
ルーラー(雪華綺晶)


自己リレーも含みますが予約します

もし自己リレーに関して何か制限があればご指摘ください
また、もしかしたら途中で捌ききれずに数キャラ破棄することがあるかもしれません、その時はご容赦ください


11 : 名無しさん :2015/06/15(月) 08:52:57 i7w.JPjI0
おお、大型予約がまた…!!すげえ楽しみです


12 : ◆PatdvIjTFg :2015/06/18(木) 16:28:49 X3MxZ.gs0
現予約を一旦破棄させて頂きます、再予約までの間にキャラの予約がなければ予約と同時に投下になります。


13 : ◆ACfa2i33Dc :2015/06/20(土) 17:40:44 kc2Q0l.2O
玲&エンブリオ(ある少女)
アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)
キャスター(木原マサキ)
予約します


14 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/22(月) 03:00:24 sN09Ub7.0
さすがにちょっとメンツ欲張りすぎました
時間が間に合いそうにないので一旦破棄させていただきます


15 : 名無しさん :2015/06/22(月) 19:05:51 /BpCLPfI0
お、玲と春奈にもようやく予約が来たな


16 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/25(木) 22:22:01 WiDp3jVE0
>>10のメンツ再予約です
目算あと2レスくらいなんで早けりゃ明日くらいには投下できると思います


17 : ◆ACfa2i33Dc :2015/06/27(土) 15:12:13 j1wYh6/2O
2時間後には間に合いそうにないので一旦予約を破棄します
遅くても月曜くらいには投下できるとは思います


18 : 名無しさん :2015/06/28(日) 00:12:11 3A0aQUaw0
了解です
待ってます


19 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:36:22 jQoTyjZU0
宣言した時間からは大いに遅刻しましたが

大井&アーチャー(我望光明)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
星輝子&ライダー(ばいきんまん)
アサシン(クロメ)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
輿水幸子&クリエーター(クリシュナ)
ルーラー(雪華綺晶)

投下します


20 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:37:51 jQoTyjZU0
―――二枚の手紙と招待状。
     宛先不明の交換日記。
     無人の家で受け取る電話。
     学生服と地縛霊。
     握った左手に刻まれた呪い。
     食べたお菓子はどこまで響く?
     あなたはいつまで気づかない?
     踊る町並み人の影。
     笑う三つのお人形。

     一人は一人のままだけど、
     一人は二人でいるらしい。

     一人が二人に出会い、
     一人が一人と出会い、
     二人が一人と一人に出会い、
     最後に二人の神様が生まれた時の話。


21 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:38:16 jQoTyjZU0

  ◇◆◆


  商店街を、外ハネが揺れる。
  あっちにゆらゆら。こっちにゆらゆら。ぴょこぴょこぴょんぴょこ、ゆらゆらゆら。
  まるで波間を漂う木切れのように、不規則に揺れる。

  外ハネの主、輿水幸子は途方に暮れていた。
  諸星きらりを探すと啖呵を切ったはいいものの、彼女がどこに居るのか皆目検討がつかない。
  聖杯戦争の舞台は広い。歩き回っていては一週間あっても足りないだろう。
  更に(なぜだか知らないが)きらりの携帯番号もメールアドレスも携帯からすっぽり抜け落ちていた。
  ドコに行けばいいのかわからない。なにから探せばいいのかわからない。
  まったく行く宛なしの打つ手なし。

  ただ、だからといって立ち止まってはいられない。
  こうしている間にも、聖杯戦争は続いていく。
  放っておけば、彼女のサーヴァントであるクリエイターは必ず行動を起こすだろう。
  放っておけば、きらりは誰かの悪意によってひどい状況に追いやられてしまうだろう。
  そんなことさせるもんか。
  こんな聖杯戦争なんて、やらせてたまるもんか。
  そのためにも、幸子は動かなければならなかった。
  何かが起こるより先に、なにか打開策を見つけなければならない。

  幸子はきらりのことをよく知っている。
  身体は人より大きいし、愛情表現が人より過激で、たまに舞台のセットを壊したりもする人だけど、誰かを殺すなんて、そんな悪人なんかじゃない。
  彼女は人のことを思いやれるし、人のことを心配できるし、人を傷つけるのを何より嫌がるような人だ。
  事件なんていうのも誰かがでっち上げたに違いない。

  幸子を突き動かしているのは、なにより、アイドルであり良き友であるきらりへの信頼だった。

  行く先の見えない不安に押しつぶされそうになりながら、それでも自慢の虚勢で胸を張り。
  とりあえず人の多そうな場所から探してみようと思って商店街(C-2)に来たはいいが。

「な、なんですか、これ……」

  あまりの現実離れした状況に、目眩を起こしかける。

  商店街はまるで嵐か何かが通り過ぎたあとのようだった。
  壁面一面に刻まれた無数の傷跡。
  同じくコンクリートにも走っているこれまた無数の傷跡。
  看板が切り落とされ、商店街のゲートに飾られている人形はちょんまげが綺麗に刈り上げられている。
  改装だとしたら思い切った趣旨替えだ。

「……て、んなわけないでしょう!」

  一瞬現実逃避しそうになった自分に喝を入れる。
  現実から逃げたところで何も変わらない。
  これは、間違いなく戦いのあとだ。
  誰かにとっての聖杯戦争が、もう始まっているのだ。


22 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:38:37 jQoTyjZU0

  聖杯戦争。
  殺す力を持った者同士の争い。
  それをそのまま表したような商店街の惨状に身震いする。
  クリエイターの能力はあまりに現実離れしていて恐怖感が薄かった。
  あの世界を見続ければ精神が崩壊する、と言われても、リアリティがなかったから虚勢を張れた。

  だが、この戦場には、この商店街で起こったような生々しい戦いがある。
  引き裂き、斬り捨て、粉々に砕く。周囲の建物すらも破壊する、実際の戦争のように泥臭い戦いが。
  遠く離れた異国の戦場なんかじゃなく、この世界の、幸子のすぐ側で、そんな戦いが起こっている。

  もし、こんな戦闘に巻き込まれてしまったら、カワイイ以外に武器がない幸子なんてそれこそ、蟻ん子を踏みつけるように簡単に殺されてしまうだろう。
  幸子じゃなくたって、普通の人だったら誰だって巻き込まれたら無事じゃすまない。
  無数の傷跡の先に血が通っていなかったのが幸いだ。

  胸を撫で下ろそうとして、はっと気がつく。
  彼女の親友と言っても過言ではない二人、星輝子と白坂小梅。
  彼女たちの家は、この商店街から遠くない場所にある。
  彼女たちがもし巻き込まれていたら……

  そう思うと、居てもたっても居られなくなった。
  小梅に電話をかける。留守電だった。
  輝子に電話をかける。こちらも数回の呼び出し音のあと、留守電に繋がった。
  最悪の状況が頭をよぎるが、ぶんぶんと頭を振ってその考えを吹き飛ばす。
  まわりの店の人が喋るのを聞く限りでは、被害者はゼロだということ。
  単に都合が合わなくて電話に出られないだけ。きっとそのはず。

  三回深呼吸をして、携帯に向き直る。
  もう一度、連絡を取る。
  今度は留守電じゃなくて、開いた瞬間にメッセージが伝わるようにメールで。


23 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:39:40 jQoTyjZU0

  ◇◇◇


「ふ、ふ、ふー……フフフー」

  中学校、三年生の教室。
  机に突っ伏して足をぶらぶらさせる少女が一人。
  少女・星輝子は時間を持て余していた。
  宿題も終わってるし、予習も終わってる。ノートの清書もばっちり。
  聖杯戦争が始まったと聞いたが、それもまだ特に関係ない。

  クラスではあまり交友関係を築いていない彼女にとってホームルームまでの十数分や授業合間の短休憩などは特にやることもないので、いつも通りぐだぐだしながら過ごしていた。
  手持ち無沙汰に携帯を取り出すと、着信を知らせるライトが点滅していた。

「……?」

  何かあったのかと思い携帯を見ると、電話着信と、ついでにメールも来ている。
  どちらも幸子からのものだった。

  慣れない手つきでぽちぽち携帯を操作してまずはメールの方を確認する。



【from:幸子ちゃん
 件名:無題
 本文:ボクは今日は調子が悪いので欠席させてもらいます。
     ところで、商店街が騒がしいのですが大丈夫ですか?
     二人に何もないようならいいのですが。

     追伸
     きらりさんを見かけたら、ボクが話したいことがあって探していたと伝えておいてください。】


24 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:40:40 jQoTyjZU0

  絵文字や顔文字などで飾られていない。
  カワイイ見た目からは想像出来ないほど簡素な文章。
  いつも通りの丁寧な、幸子らしい文章だった。

「そっか……今日は、来ないのか」

  少しだけ寂しくなる。
  輝子はだいたい、友達というものが少ないので、数少ない友人である幸子・小梅と一緒にいる時間がとても大好きだった。
  それがなくなるというのは、とてもつらい。

「ま、まぁ……そんな日も、あるよね……」

  でも、わがままは言えない。
  調子が悪い時は休むべきだ。無理をシてもいいことなんてない。

  そう割り切って、返信の文章を打とうとして、不意に不思議な感覚に陥る。
  今日のこれはそれを差し引いても少しおかしな文章だ、という感覚、
  調子が悪いから欠席するのに、きらりも探している。
  なんとなくおかしな気がする。なにか隠し事でもしているんだろうか。

「……ふ、フフー……フフフー」

  でも、幸子は確かに輝子の友達だけど、友達だからって全部を全部知っているわけじゃない。
  いつか知れればいいなぁと思うけど、今根掘り葉掘り聞こうとも思わない。
  そうして輝子は、特に深く探るようなことは書かないことに決めた。

  ぽちぽちとボタンを操作して幸子に返信メールを打つ。
  そして、少し考えて、ぽち、ぽち、ぽちと追記を打つ。

  送信ボタンを押し、数秒の沈黙の後、席を立った。
  授業開始まではもう少し時間がある。
  今からなら、手短に済ませれば大丈夫だろう。

  ふらふらと風が吹けばこけてしまうんじゃないかというような足取りで女子トイレに入り。
  個室のドアを閉め、鍵も閉め、携帯を取り出して電話帳から目当ての番号を探す。

「おお、あった……」

  開いたアドレス名は『自宅』と書かれていた。


25 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:41:25 jQoTyjZU0

  ◇◇


  マンションの一室に呼び出し音が鳴り響く。
  無人のはずの部屋の奥、きのこの山の向こう側。
  ともすれば『工房』とも呼べそうな、不思議な生物とエンチャント用の機材で埋め尽くされたマンションらしくない空間。
  その中心に座していた、火花避けのゴーグルに白衣という科学者らしい格好をしたミニサイズの使い魔(のようなもの)が声をあげる。

「かび!」

  その使い魔の声に、同じように白衣を着て瓶底眼鏡をかけたチリ毛アフロの英霊が振り向き、電話の方へと近づいて受話器を取った。

「もしもし」

『ライダー? わ、私……』

「うん? ああ、マスターか。なんだ」

『もしかしたら、幸子ちゃんが、そっちに行くかもしれないから……よろしく』

「はぁ? お、おい、いきなりなにを……」

『じゃあ、授業始まるから……ばいばい、頑張って』

  聞くよりも早く、電話が切られてしまう。
  電話を取った英霊―――ばいきんまんは、顔の色が紫から赤に変わるんじゃないかというくらいぷりぷり怒った。

「まったく、あいつってば、また俺様になぁーんも言わずに勝手に決めて!」

  受話器を叩きつけ、更にぷりぷり怒りながら自身の『工房』に戻った。


26 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:42:28 jQoTyjZU0

  ライダーは輝子にはついていかず、自宅にこもって自身の宝具のエンチャントを行っていた。
  ついていったところで戦力になれないのは決まりきっているのだから、まずは二人は別行動。非常時には令呪で呼べばいい、ということで。
  輝子側からも特に苦情はなく、するすると序盤の方針は決まった。

  現状、ライダー自身にこの聖杯戦争における目標のようなものはないので輝子の方針通りにエンチャントを行っている。
  準備期間中に『バイキンUFO』と『もぐらん』搭乗員枠を最大数まで拡張してある。
  現在は『バイキンUFO』に逃走用の加速機能と、地面に居るNPCを拾えるように『掃除機ノズルアーム』を作成中だ。
  さらに午後になれば『もぐらん』を(気配遮断効果が得られる)地中でエンチャントを行うつもりだった。

  だというのに、来客があるとなると、その計画が狂ってしまうじゃないか。
  やれやれと大きく溜息をついて、かけていた瓶底眼鏡をクロスで拭きながら側のかびるんるんの一体に命令を言い渡す。

「写真を取ってきてくれ」

「かび!」

  言われたかびるんるんがタンスの一番上の引き出しから一枚の写真を取り出して運んでくる。
  写真を一人+無数のかびるんるんで覗きこむ。
  その写真に写っていたのは、薄い髪色の少女、淡い金髪の少女、そして彼らのマスターである輝子。
  いつもよりきらきらとした衣装を着たマスターを少し興味深げにしげっと眺めたあと、輝子と仲の良いかびるんるんたちに尋ねた。

「で、サチコってどっちだったっけか。お前ら知ってるか?」

「「「「「かび!」」」」」」

  かびるんるんが一斉に薄い髪色の少女の方を指す。

「こっち? 本当にこっちであってるのか?」

「かび!」「かび? かび〜」「かびかび?」「かび!」「かびかび!!」

「そうか、こっちか」

  輝子とかびるんるんが仲良くしてたのは、こういった自体に備えての部分が大きい。

  ライダー自身がエンチャントにかかりきりであると、どうしても情報交換が疎かになる。
  かびるんるんはこう見えても知能が高い。
  ライダーの宝具である三種のメカのうち、『もぐらん』の操縦をライダー不在時代わりに行うことだって出来る。
  エンチャントに関する指示を出せば従うし、与えられた作業はだいたいそつなくこなす。特殊能力も含めて、実に優秀な使い魔だ。
  さらに、彼らはかびかびとしか喋れないが、彼らの言葉がわかるライダーとは会話が可能だし、逆にライダーの言葉(一般的な人間の言語)を理解できる。
  かびるんるんが輝子の話をすべて聞いていれば、ライダーはエンチャントにかかりきりでもあとあとその情報を聞き返すことが可能となる。
  もちろん、かびるんるんは楽しいことが大好きだし輝子がかびるんるんとライダーを気に入っている、という事のほうが大きな理由だが。

  ライダーとかびるんるんの一部がエンチャント。残りのかびるんるんが原木を腐らせてキノコの育成+魔力供給(微)をしたり輝子と話したりをする。
  ライダーはディフォルメチックな見た目にそぐわず、実に理にかなった使い魔運用を行っていた。


27 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:43:31 jQoTyjZU0

  事前打ち合わせで、マスターが三人で取った写真をもらっておいて正解だった。
  保護対象がはっきりしているのは、ライダーとしてもやりやすい。
  不意な来客の場合も、この写真に写っている人物ならば輝子の知り合いであると判断できる。

「……しかしなぁ……こいつ、信用できるのかぁ?」

「かびぃ?」

「俺様どーもマスターの方針ってやつがよくわかんないんだよなー」

「かびかび」

「なにぃ? 『なにか考えがあるはず』だってぇ? そうは思えないがなぁ。
 単に仲良しだからって……聖杯戦争中なんだぞ、今!」

  白衣を脱ぎ、チリ毛のカツラを外し、タオルで汗を拭きながらつぶやく。
  まぁ、確かにあのマスターの友人なら悪いやつではないのだろうが。
  ライダーは知っている。戦いは何があるかがわからないんだ。
  勝負はなにかのきっかけで逆転されるし。仲間はすぐに裏切るし。どれだけ確率を100%に近づけようと不確定要素は絶対に紛れ込んでくる。
  ライダーの思い通りに行くことなんてせいぜい宝具の向かう先とかびるんるんへの指示くらいしかない。
  輝子はその辺をどうも甘く見てる、とライダーは思う。
  その分ライダーが少し過剰なくらい警戒しておいて損はない。

「信じろって言ってるから多少は信じるが、だからってすぐに入り込ませるもんか!
 もし襲ってきたら、そんときゃ俺様容赦しないかんなぁ!!」

  もしその幸子とかいう少女が輝子の優しさにつけこんでライダーに襲い掛かってくるようなら容赦はしない。
  ぎったんぎったんのめったんめったんに踏み潰してやればいい。
  友人と戦うのは輝子はあまり喜ばないだろうが、生け捕りにすれば怒りもしないだろう。

「だとすると、トリモチバズーカなんかも作っておいたほうがよさそうだな」

  ライダーは広げた設計図にさらさらと図を書き足していく。
  その行為には一切の淀みがない。

「よぉし、かびるんるん! 新しい設計図だ!」

「「「「「かび!!」」」」」

  壁に改定図が貼りだされる。
  そこには数十秒前までは影も形もなかったトリモチバズーカの設計図と組み立て図が書き加えられていた。
  その改定図をしっかり確認して、作業員かびるんるんたちは再び作業に取り掛かった。


28 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:45:01 jQoTyjZU0

  ◇◇◆

  幸子の携帯がメロディを奏でる。
  着うたは当然『To_my_darling…』。カワイイ歌声で着信がすぐわかる。実際便利。
  慌てて中身を確認する。

【from:輝子さん
 件名:Re.無題
 本文:私は特に変わりないぞ
     最近物騒だから、なにかあったら私の家に来るといい。安全だ】

「輝子さんの方はひとまず無事みたいですね……」

  あまりそんな印象は持てないだろうが、輝子と小梅でマメな方は意外にも輝子だ。
  小梅の方はわりとマイペースなので、返信は気が向いた時になるだろう。

「まったく! こっちの気も知らないで!」

  ぷりぷりと怒りながらも輝子の文章を再確認する。
  後半のちぐはぐな気遣いにも、なんとなく輝子らしさを感じる。
  危ない時があったら寄っていいよと書いてあるが、輝子が居ないのに上がるのは無作法じゃないだろうか。
  まあ、輝子はそういうところに無頓着な部分があるから追求してもしょうがない。
  だから、まぁ、本当に危なくなったら。
  絶対にないと思っているが、本当に危なくなったら寄らせてもらおう。

「……小梅さんの返信は、いつ頃になるでしょうね」

  一度溜息をつく。小梅のことだから、確認を忘れていた
  携帯をポケットに仕舞おうとして今朝のやりとりを思い返す。
  携帯で見た通達、そして掲示板。
  そういえば、あの掲示板はどうなっただろう。
  4レス目以降ぱったりと書き込みが途絶えて、画面の向こうの相手になにかあったのかと心配していたが、きらりの事もあってそこで幸子は確認せずに。

  もしかしたら、謝罪の言葉が書き込まれているかもしれないと思い掲示板を開いてみると、スレッドが一つ増えていた。
  タイトルは「きらりさん、見てますか」
  慌てて中身を確認する。
  しかし、中身は今朝のものとは違い、心の底からきらりを心配した文章。
  幸子は心の中に春風が吹いたような心地だった。
  こんな戦争でも、友人のことを心配する優しい人物が居るという事実を認識して、暗い気持ちが少しだけ明るくなる。

「クリシュナさんはああ言ってましたけど、皆が皆やる気なわけじゃないんですね! 安心しました!」

  自身を鼓舞するように口に出す。
  あまりの嬉しさに、掲示板に喜びのレスをしようとして、とある事実に気付き指が止まる。
  この人が、きらりを知っているということは……?

「ひょっとすると、ボクの知り合い……かもしれませんね」

  きらりはそのキャラクター性と大きな体躯とたっぷりな愛嬌で(幸子には少し及ばないがそれでも凄く)カワイイアイドルだ。
  ファンは男女問わず多数存在するだろうから、そんなファンの一人が書き込んだのしれない。
  でも、もしかしたら、仕事仲間のアイドルの誰かが書き込んだのかもしれない。
  幸子ときらりのプロダクションには単なる顔見知りも含めれば、200人近くのアイドルが在籍している。
  共通の知り合いも多い。

「……とりあえず、確認してみないと始まらないですよね!」

  そう決めて、メールアドレスをタップする。
  でも、誰かわからない相手にいきなり『お久しぶりです!カワイイボクですよ!』なんてメールを送るほど無作法ではない。
  幸子は少しだけ考えたあと、文章を打ち込み、メールを送った。
  少し間を置いて、再び『To_my_darling…』が流れる。
  今度の着信は、未登録アドレスから。でも、見覚えはある。先ほど送ったアドレスからだ。

  メールには意外な内容が書かれていた。

【from:SUPER_Kitakami_sama@
 件名:Re.掲示板の件について
 本文:あなたが誰かはわからないので、名前だけ名乗らせていただきます。
     私はエノシマといいます。きらりさんと同じ高校に通っていた者です】

「『エノシマ』……?」

  聞き覚えのない名前を一度口ずさむ。
  その声は、商店街の雑踏の中に消えていった。


29 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:45:49 jQoTyjZU0
【C-2/商店街周辺/1日目 午前】

【輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、怒り、恐怖(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:この聖杯戦争をカワイイボク達で止めてみせる
1.諸星きらりに会う
2.『エノシマ』とメール。
3.商店街で起こった事件が気になる。
4.何かあったら輝子の家に避難……?
[備考]
※商店街での戦闘痕を確認しました。
※小梅と輝子に電話を入れました。
※大井のスレを確認してメールを送信しました。
 また、小梅と輝子に「安否の確認」「今日は少し体調がすぐれないので学校を休む」「きらりを見かけたら教えて欲しい」というメールを送りました。


【D-2/中学校 三年生の教室/1日目 午前】

【星輝子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]多機能携帯電話
[所持金]一人で暮らせる程度にはある
[思考・状況]
基本行動方針:幸子ちゃんと小梅ちゃんを守る。
1.学校で小梅ちゃんを待つ。
2.フェイト・テスタロッサが気になる。
3.緊急時にはライダーを令呪で呼ぶ。
4.きらりちゃんを探す。
[備考]
※掲示板を確認していません。
※念話は届きませんが何かあったら自宅に電話をかけます。


【C-2/マンション/一日目 午前】

【ライダー(ばいきんまん)@劇場版それいけ!アンパンマン】
[状態]平常、魔力消費(小)、魔力回復(微)
[装備]宝具『俺様の円盤(バイキンUFO)』、『地の底に潜む侵略者(もぐらん)』、『踏み砕くブリキの侵略者(だだんだん)』
[道具]カワイイボクと142'sの写真、白衣+チリ毛カツラ+瓶底眼鏡の発明家コス
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:宝具を改造して、準備を整えてから行動したい。
1.『俺様の円盤』をエンチャント中。午前中には加速機能と掃除機ノズルアーム・トリモチバズーカが完成。
2.午後には人目につかない場所(地下)で『地の底に潜む侵略者』をエンチャント予定。加速機能と索敵レーダーを開発。
3.輝子緊急時には見られることを気にせず宝具で逃亡。
4.幸子が来たらどうするかな……
[備考]
※マンションの一室をエンチャント部屋として使用中(作中表記は『工房』ですが陣地ではありません)。
※原木にかびるんるんをとり付かせることで魔力回復(微)の効果を得ます。星家の原木がキノコパラダイスになれば効果がなくなります。
※現在の宝具エンチャント。
『俺様の円盤』……搭乗員数最大拡張
『地の底に潜む侵略者』……搭乗員数最大拡張
『踏み砕くブリキの侵略者』……搭乗員数最大拡張
※輝子の素質上の問題で念話は届きませんが星家に電話がかかってくると応対を行います。


30 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:46:14 jQoTyjZU0
  ◇◇◆◇


【from:Boku_is_kawaii@
 件名:掲示板の件について
 本文:あなた、誰ですか? きらりさんの知り合いっていうの、本当ですか?】


  学校につく少し前、大井のスマートフォンにこんなメールが届いた。
  掲示板の書き込みを見てのメールだろう。
  今朝以来、再び自身の幸運と神の計らいに感謝する。
  早速効果があったようで、内心ガッツポーズを握る。
  しかし、少し喜んだあとで、考える。
  この送り主はどういった立ち位置からメールを送ってきたのだろう。
  この本文では、送り主の情報がまったくわからない。
  もしかしたらきらり本人かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
  友好的な相手なのか、敵対目的の相手なのか。
  それともただのカマかけなのか。
  どれにしろこちらの情報は渡さないにこしたことはない。


  じゃあどうすればいいか。
  簡単だ。バレてもいい名前を使えばいい。
  大井は丁度、都合のいい名前を知っている。
  聖杯戦争の参加者であり、きらりのことを探っていた人物であり、高校にかよっている人物。
  『エノシマ』。
  彼女にすべての泥を被ってもらえば、大井の払うリスクは最低限で済む。

  大井は特に躊躇せずにその名前を騙って返信を出した。
  相手がそうしてきたように、こちら側の情報も名前以外は一切をひた隠しにして。

  これで、次は彼女のほうが手の内を明かしてくる。
  その情報からまた新たな作戦を立てて、初日最大の目標である『参加者衝突』へと向かわせる。
  もし、メールを送ってきたのが『エノシマ』本人だったとしたら……その時は、『お前のことを知っている』と仄めかしてやればあっちは勝手に混乱してボロを出してくれるだろう。

  大井は左手で器用にスマートフォンをいじりながら他者より優位に立っているという実感を手にしていた。
  今日の大井は、過去一番に冴えていると言っていいかもしれない。
  これなら、あと数日の内に北上を取り戻せるかもしれない。
  いや、取り戻せる。確実に。
  スマートフォンを持っている左手の代わりに、右手で北上の愛情のこもったお守りを握りしめる。
  ほんのり暖かい気がした。

「ねえ、そこの人」

  そんな愛に溺れかけていた時、不意に背後から声がかけられた。

「はい?」

  大井が振り向くと、まるで妖精のように小さな女の子が立っていた。


31 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:47:14 jQoTyjZU0

  ◇◇◆

  朝の日差しが眩しい。というよりも、痛い。
  全体的にさわやかで黄色めいた空気がくすぐったい。
  道行く人々の活気に酔いそうになる。
  ニート特化型のニフラムがあるとすれば、それは朝の通学路だ。

  双葉杏は、そんなことを考えながら頭に叩き込んだ地図を思い出しながら道を歩いていた。

『どこに向かってるんだニャン?』

(学校。高校)

  杏は今朝、あのスレッドを見てから、少しの身支度を整えてすぐにタクシーを呼んだ。
  タクシーに乗って、(そのまま敷地内まで乗り込むのはあまりに目立ちすぎると思ったので)学校の近くまで乗り付け、そこから少しの距離だけ徒歩で移動。
  その道すがら、杏とランサー・ジバニャンは他愛もない話をしていた。

『きらりちゃんって子を探すんじゃなかったニャン?』

(そうだよ)

『でもマスター、オレっち、きらりちゃんって子は高校に居ないと思うニャン』

(知ってるよ。ていうか、居るわけないじゃん)

  一切間を置かずに肯定する。
  その返答を聞き、ランサー・ジバニャンは信じられないと声を(念話だけど)荒げた。

『言ってることとやってることがむちゃくちゃニャン!!』


32 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:48:19 jQoTyjZU0

(ん、そーでもないよ)

  杏の目指す道は常に最短距離だ。
  闇雲とか手探りなんてのは彼女の信条から最も遠い場所にあると言ってもいい。
  だから、真っ先に切り捨てたのは『どこに居るかわからないけどとりあえず探す』だった。

(高校に行くのは、きらりの情報が知りたいから)

  電話番号もわからない。メールアドレスもわからない。住所も別の場所になっている。
  でも、確実にきらりはこの舞台にいる。
  ということはこれまた確実に、きらりの情報がどこかに存在する。
  杏に与えられた情報の中できらりの情報が確実にある場所と言ったら、事件発生まできらりが通っていたという学校しかない。
  だからこそ、ニートは重い腰を上げ、無意識のニフラムが飛び交う通学路を歩くことを決めた。

(できれば、家の場所とかケータイの番号とか聞ければいいんだけど、そう上手くいかないだろうなぁ。
 聞き込みが上手くいかなかったら、忍び込んで盗んできてね)

『万引きかニャン!? 嫌だニャン! そんなことしたら、オレっち可愛いから事務所に呼び出されてなんでも言うこと聞かされちゃうニャン!!』

  霊体化していて見えないが、今きっとランサーはものすごく面白い動作をしていることだろう。
  生意気な奴めぇと叩いてやりたかったが人前で、霊体化したジバニャン相手にそんなことしたら確実に杏のほうが変人扱いを受けてしまう。
  だから話半分で聞きながら、道行く少女たちを物色する。
  きらりの事件はインターネットサイトでニュースとして纏められているくらいには有名だ。
  校内に知っていない人が居ないとまでは言わないが、石を投げればきらりのことを知っている人に出会えるんじゃないだろうか。

  だが、その少女が杏の欲しているきらりの情報を知っている可能性はどれほどか。
  そして、知っているとして、杏に教えてくれる可能性はいかほどか。
  おそらく、かなり低い。
  手っ取り早く盗めば早いが、このおっちょこちょいでマイペースなランサーが完璧に仕事が出来るとは思えない。
  見つかったらきらりを探すどころじゃない。杏のほうが先に刑務所送りになってしまう。

  だからといってここであまり時間を割くわけにもいかない。
  きらりの情報はすでに参加者たちに向けて拡散されてしまっている。事態は急を要するのだ。

「三人駄目だったら盗んできてね」

『……当たれー、当たれー……』

  ランサーの呪詛めいた念話をBGMに、手始めに目についた少女に声をかける。

「ねえ、そこの人」

「はい?」

  亜麻色のロングヘアの少女は、スマートフォンをいじっていた手を止めて振り向いた。
  なかなかの美少女なんじゃないだろうか、というのが杏の彼女に対する第一印象だった。


33 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:50:03 jQoTyjZU0

「諸星、さん?」

「そ。知らない?」

「聞いたことがありませんね。その人に何か御用なんですか?」

「……んん? ……んー……いや、そういうわけじゃないんだけど」

「そうですか……」

  少女が右手に持ち変えたスマートフォンをポケットにしまい、そのままその右手を顎に添えて少し考える素振りをする。
  杏の目が少しだけ細くなる。

「いや、わからないならいいんだけどさ」

「……少し待っててもらえますか? 先生に聞いてきますので」

「……いいの?」

「はい。せっかく来ていただいたのに何もなしで突っぱねるのは気が引けますので」

  礼をして少女が立ち去る。
  それを確認してから、霊体化していたランサーが杏に念話で話しかけてきた。

(いやぁ、最初からいい人に会えてよかったニャン。これでオレっちもワルに手を染めることなく……)

  浮かれるランサー。
  しかし、最初の難関をクリアしたというのに、杏の方はかなり釈然としない顔をしていた。
  そして、たっぷり間をとったあと、ランサーに念話でこう伝えた。

(ランサー。ちょっと動ける準備しといて)

『どうしてニャン?』

  杏はニートだ。
  だが、愚鈍ではない。
  むしろ常人と照らし合わせれば聡明の部類に入るだろう。

  その杏の目から見て、亜麻色の髪の少女は、どうもちぐはぐだった。
  おかしい、と思う部分が幾つもある。
  杏を見たあとで少し霊体化したジバニャンの方に目を向けたとか。
  左手でスマートフォンをいじっていたのに、杏が声をかけてから右手に持ち替えて左手をポケットに入れたとか。
  きらりのことを知りたいと尋ねた杏に即座に協力を申し出たこととか。
  なにより、きらりの事件について一切知らないふうに振舞っていたこととか。


34 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:50:40 jQoTyjZU0

  きらりのことを『知らない』『聞いてくる』というのが、杏にとってはどうも咬み合わない返答だった。
  高校に通っていてあんな凄惨な事件を知らない人物が居るだろうか。
  そのことについて調べようとした人間に対して快く協力を申し出る人間が居るだろうか。
  なんとも腑に落ちない。

  そこまで考えて、杏の脳内にある推理が組み上がった。

  あの詳しく書き込まれていたスレ。
  あのスレには当然立てた人物がいる。
  あそこまで詳しく情報を集められるということは、高校の内部にマスターが居る可能性は高い。
  
  その少女はなぜスレを立てたのか。
  その少女が目指すところはどこなのか。
  それはもしかすると、きらり個人の破滅以外にもあるんじゃないだろうか。

(……これは、とんだ大当たりを引いちゃったかな)

『言ってる意味がさっぱりだニャン! もっとオレっちにもわかるように説明するニャン!!』

  ぽりぽりと頭をかく。
  日光に当たりすぎたせいでいつもより頭が活発に動いたんだろうか。
  こんな立ち回りは杏っぽくないのになぁと思う。
  杏は小さく溜息をついて、こう答えた。

(なんとなくだよ。なんとなく)

  言ってしまえばなんとなく。
  双葉杏は、なんとなく、かの亜麻色の髪の少女―――大井のことをかなり警戒していた。


35 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:51:17 jQoTyjZU0

  ◆◆


「はい。せっかく来ていただいたのに何もなしで突っぱねるのは気が引けますので」

  自分でも気持ち悪くなるくらい朗らかな笑みを浮かべ、頭を下げる。
  そして少女に背を向けたまま、大井は内心ほくそ笑みながら校舎の方に向かって歩いた。
  鴨が葱を背負って来るとはこのことだ。
  まさかサーヴァントを霊体化させた状態でお供に従えて来るとは思っていなかったが、おかげで手間が一気にはぶけた。

  あの金髪の少女の方は隠してるつもりだろうが、大井はすべてお見通しだった。
  彼女は掲示板を見て諸星きらりの情報を探りに来たのだろう。
  なんとも愚かだ。馬鹿なマスターが針の見えてる餌に引っかかって大井の大願成就のためにのこのこやってきたのだ。
  出来ることならばこの場でアーチャーに命じてぶち殺してやりたいところだったが、それはさすがにやめておいた。
  通学時間で人目につきやすいし、この学校には本物の『エノシマ』が居る。
  『エノシマ』に存在を知られてしまうと、大井の立ち回りはそうとう厳しくなる。

(アーチャー、聞こえますか)

『なんだろう』

(校門のところに聖杯戦争の参加者と思わしき少女が居ます。監視していてください。
 もし逃げるようならば連絡をお願いします)

  簡潔なやりとりを終える。
  これでもし、あの少女が逃げるようなことがあってもこちらの優位には変わりない。
  むしろ、人目につかない場所に逃げてくれればこちらとしては非常にやりやすい。

  先ほどのメールを確認する。
  返事はまだ届いていない。
  もしもメールの相手が好戦的な人物なら、人目につかないところにこいつを誘導した後でぶつけてやればいい。
  順序が逆になってしまうが、それでも交戦が引き起こせるならよしだ。  

  どう捌くか。
  どう操るか。
  どう戦局を動かしていくか。
  さあ、ここからは大井の腕の見せどころだ。
  この二人を利用しつくして、一日目で望める最大限の戦果をあげる。
  せっかくの機会だ。あの無能が服を着て歩いているような脳筋長門よりも上手く戦況を動かしてやろう。
  これも北上への土産話になる。
  艦隊に帰った時にあの木偶の坊の鼻をあかすいい経験になる。
  まったく、神様は粋な計らいばっかりしてくれる。

  大井は、今朝以来、再び神の思し召しに感謝した。




  ―――大井自身自覚はないことだが、彼女は割と自信過剰なタチだった。


36 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:52:15 jQoTyjZU0
【D-2/高等学校来客口側/1日目 午前】

【双葉杏@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、焦燥感
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]携帯ゲーム機×2
[所持金]高校生にしては大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:なるべく聖杯戦争とは関わりたくなかったが
0.諸星きらりに会う
1.そのために高校で諸星きらりの住所について調べる
2.少女(大井)を警戒。どうするべきか。
[備考]
※大井と出会いました。大井を危険人物(≒きらりスレの>>1)ではないかと疑っています。

【ランサー(ジバニャン)@妖怪ウォッチ】
[状態]健康
[装備]のろい札
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:なんとなく頑張る
1.双葉杏に付いて行く


【D-2/高等学校来客口側/1日目 午前】

【大井@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]満腹、健康
[令呪]残り三画
[装備]北上の枕の蕎麦殻入りお守り
[道具]通学鞄、勉強道具、スマートフォン
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上さんへの愛を胸に戦う。
0.聖杯戦争に北上さんが居る可能性を潰す。
1.諸星きらりとエノシマという女子高生、各種噂を警戒。
2.メールを送ってきた人物をどこかしらに集める。
3.2.の場所に少女(双葉杏)も上手いこと誘導する。
4.メールの件が片付いたらしばらくはNPCとして潜伏する。
[備考]
※双葉杏を確認しました。魔力反応から彼女をマスターではないかと疑っています。
※北上が参加者として参加している可能性も限りなく低いがあり得ると考えています。北上からと判断できるメールが来なければしばらくは払拭されるでしょう。
※『チェーンソー男』『火吹き男』『高校の殺人事件』『小学校の死亡事件』の噂を入手しました。
 また、高校の事件がらみで諸星きらりの人相・性格、『エノシマ』という少女が諸星きらりを探っていたことを教師経由で知りました。
※フェイト・テスタロッサの顔と名前を把握しました。
※輿水幸子からメールが届きました。


37 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:54:03 jQoTyjZU0
  ◆◆

  ぽり。
  ぱりぽりぱり。
  しゃくしゃく。
  ぱき。

  いくら気をつけても、音が鳴るものはしょうがない。
  だからいっそ気をつけないことにした。
  音を鳴らさないように気をつけて、お菓子の量を減らして、いざ戦闘って時に全力が発揮できなければ本末転倒もいいところだ。
  それに、お菓子を食べている自分に気付けるサーヴァントは、お菓子を食べていようがいなかろうが最初から見抜いてくる。
  逆に気づかないサーヴァントは音を聞いていても木々のざわめき程度にしか感じない。
  気配遮断はだいたいがそういうスキルだ。
  アサシン・クロメは楽観でもなく驕りでもなく、冷静に自分の能力を判断してそう結論づけた。


  なぎさから指示があって十数分後。
  中学校の屋上の上でお菓子をいつものペースで食べ続けているが、未だにアサシンが誰かに見つかった様子はない。
  それもNPCだけでなく、至近距離に突然現れた、英霊と思わしき男にも、だ。

  クロメがぽりぽりとお菓子をかじっていると、突然向かいの高等学校の校舎の屋上に男が現れた。
  音もなく、まるで手品のように。『居ない』から『居る』に切り替わるように。
  考えるまでもなく、サーヴァントだ。
  霊体化して屋上まで登ってきて、ここで霊体化を解除した、というところか。

(殺せればいい人形なんだろうけど……そう甘くはいかないよねぇ)

  相手は油断している。
  油断している、が。
  ここで斬りかかることはできない。
  一撃で殺せると確定しているのならまだしも、彼の戦闘能力の一切わからない。
  今こそ近代的な服装の壮年の男性の格好をしているが、装いなんてどうとでもなる。
  武器だってアサシンの八房のように出したり消したりが自由自在なら見てくれなんて一切有益な情報足り得ない。
  更に油断しているのだってアサシンの持つスキル:気配遮断の賜だ。
  不用意に斬りかかってもこちらに利はない。
  案外、この男は最初から『襲ってくる相手の返り討ち』を狙って姿を表しているのかもしれない。


38 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:55:18 jQoTyjZU0

(……分かりづらくて、面倒な戦争)

  ぽり、ともう一口クッキーをかじる。
  相当の自信があるか、規格外の馬鹿か。
  英霊として名を残している以上前者の可能性が遥かに高い。
  そんな自信満々なサーヴァント相手に、非力なアサシンにどれほどの勝機があろうか。

(『これ』が上手く働いてくれるってことが分かっただけでもよし、かなぁ)

  『気配遮断』。
  最初に記したとおり、クロメの存在を隠すスキル。
  かつ、個体によって不確定要素の強いスキル。
  彼女の持つ気配遮断のランクはB、すなわち『気配を絶していれば他者からの発見は免れる』というもの。
  気配を消すというのがどの程度のものかは分からなかったが、男性サーヴァントの反応を見るに息を潜めて目立つ場所に居なければまあよし、ということらしい。
  実際現在、貯水タンクの影に隠れて息を潜めているだけでも見つかっていないのだから。
  直接戦闘で勝ち目がなかろうと、このスキルを上手く使いこなすことができれば格段に『人形』が集めやすくなる。

(汚く、あざとく、みっともなく。今は襲うのはやめ。完璧な隙を見せたら、その時で)

  視界の中に居てくれるならこれ以上のことはない。
  じっと好機を待ち続ける。
  相手が完全に意識を一点に集中した時、他者への攻撃態勢に入るようなことがあれば、その時に斬ってかかる。
  英霊対英霊の華やかさなどみじんもない、根気比べの泥仕合。
  分があるのは、相手の存在を一方的に感知できているアサシンの方だ。
  この有利を消さないためにも、じっと様子を探り続ける。

(今回ばっかりは逃げられるのも仕方ない。手広くいって、楽そうなのから仕留めていこう)

  すでに数人のマスターの目星は付いている。
  現在校門前に居る地面に着くほどに伸びきった金髪の二つ結びの少女。
  先ほど図書館の方からふらふらと遊園地方面へ歩いて行った背丈の高い少女。
  どちらの少女も、魔力による歪みとでも呼ぶべき何かが付かず離れず側に漂っていた。
  あれがきっと『霊体化しているサーヴァント』なんだろう。

  同じく先ほど図書館方面に向かって全速力で走ってきたピンクブロンドの少女。
  その隣に付き従う、絵本の中に出てくる『魔法少女』のような格好をした少女。
  魔法少女の方には、遠目ながらはっきりと魔力反応を感じる。

(幸先いいね。このままさくっと何体か殺れればいいけど)

  少女たちの顔を覚え、だいたいの魔力の強さも(分かる範囲で)覚えておく。
  危険人物は背丈の高い少女と魔法少女を従えた少女だ。この遠目で見てもわかるくらいには魔力の強いサーヴァントを携えている。
  小さい方は、かすかに感じるかどうかくらいだ。
  魔力消費量が少ないのか、それとも魔力の察知を極限まで抑えるスキルを持っているのか。
  どちらにしろ、戦闘になるとするならば先の少女や魔法少女よりも後の少女のほうが狙い目だろうか。

  ぱく。
  今度は音がならない、饅頭のような菓子。
  アサシンはいろいろなお菓子を食べながら、じわじわと動き出した大局を眺めていた。


39 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:56:44 jQoTyjZU0
【D-2/中学校の屋上/1日目 午前】

【アサシン(クロメ)@アカメが斬る!】
[状態]実体化(気配遮断)中
[装備]八房
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.現状、マスターに不満はない。
2.アサシンらしく暗殺といった搦手で攻める。その為にも、骸人形が欲しい。
3.とりあえずおとなしく索敵。使えそうな主従を探す。
4.男(我望光明)の隙を伺う。
5.見つけたマスター候補の情報を山田なぎさへ。
[備考]
※諸星きらり、双葉杏、マスター(仮)として記憶しました。諸星きらりはほぼ確定かつ強いサーヴァントを携えていると考えています。
 江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。ランサーはスノーホワイト状態だったため変身前の姿は知りません。
 側にサーヴァントの居なかった大井・星輝子はスルーしています。
※アーチャー(我望光明)を確認しています。戦力が不明なため、こちらから斬りかかることは今はまだありません。
※八房の骸人形のストックは零です。
※気配遮断が相まってかなり見つけられにくいです。同ランクより上の索敵持ちで発見の機会を得られます。


【D-2/高等学校の屋上/1日目 午前】

【アーチャー(我望光明)@仮面ライダーフォーゼ】
[状態]実体化
[装備]サジタリウスのゾディアーツスイッチ
[道具]理事長時代のスーツ姿
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を得る
1.大井との距離を保ちつつ索敵。双葉杏の監視。
2.フェイト・テスタロッサが現れた場合、大井に連絡を入れる。
[備考]
※双葉杏=マスターであるとしています。時間の前後により諸星きらりと江ノ島盾子は見てない可能性が高いです。
※アサシン(クロメ)と近い位置に居ますが存在に気付いていません。(菓子の咀嚼音も距離のこともあり届いていません)
 ただ、アサシンが不用意に近づいたり、臨戦態勢に入ったりすれば気配遮断の効果が切れて気づきます。


40 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:57:04 jQoTyjZU0

  ◇◆◆◇



『どうしよう』



『どうすればいいんだろう』



『バーサーカーを助けたいのに』



『元居た世界に帰りたいのに』



『方法がわからない』



『どうしよう』



『どうすればいいんだろう』



  少女の頭のなかに、招待状が、鳴り止まず届き続けていた。


41 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:57:55 jQoTyjZU0

  ◇◆◆◇


  どうしよう。
  どうすればいいんだろう。
  とろけたような頭。おぼつかない足取り。ふわふわとした、悪夢の続きのような感覚に陥る。

  諸星きらりは図書館を出て、そんな気分の悪い夢心地で道を歩いていた。
  どうすればいいのか、まったく分からない。
  フェイト・テスタロッサを捕まえれば、聖杯戦争が止まるかもしれない。
  でも、それはきらり自身がフェイトを追い回す側にまわるということを意味している。
  苦い思い出が、胃の痛みとともに蘇ってくる。
  何の理由もなく追い回すなんて、そんなことだけは、したくなかった。
  たとえわがままだとしても、きらりはフェイトを捕まえて、ルーラーが言ったように『誰か』に渡すなんてしたくなかった。

「どうしよっか……」

  バーサーカーは何も言わない。
  きらりのわがままに、ただついてきてくれる。
  何も言わずについてきてくれる。
  それはありがたいことでもあったし、少しだけ、心細くもあった。
  行く場所がない。
  帰る場所もない。
  この広い世界で、やっぱりきらりはひとりぼっちなんじゃないか。
  そんな気がして、少しだけ泣きそうになって、それをこらえてを繰り返していた。

  図書館の近くに居るのは嫌だった。
  あの場に居続けると、あの、不気味な世界に飲み込まれてしまいそうな気がした。
  学校も近いから、できれば離れたい。
  そう思って、とりあえず(地図上D-3に位置する)小道を歩いていた。

  おぼつかない足取りで、なんでもない段差に足をつっかけて転んでしまう。
  べたんとみっともない音を立てて少女は道路に倒れこむ。
  足音。
  足音。
  足音。
  すれ違う声と声。
  起こしてくれる人はいなかった。

  じっと見つめたアスファルト。
  きらりの眼前に影が落ちて深い灰色を更に濃く染める。
  地面がきらりからあたたかさを奪っていく。
  まるで、きらりのまわりにだけ雨が降っているみたいに、目の前は薄暗く、心は冷たくなっていくようだった。


42 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 00:59:16 jQoTyjZU0

「諸星、さん?」

  転んだまま立ち上がれず、俯いていたきらりの遥か後方から。
  来た道の道から、名前を呼ぶ声がする。

  声の主に覚えはない。
  この世界に来て、きらりと友好的に接する人なんて数えるほども居なかった。
  じゃあ、悪い人だろうか。
  おっかなびっくり顔をあげると、街路樹が添えられたなんともない道路の奥に、眩しいピンクブロンドの髪を両サイドで纏めた少女とふわふわきらきらした少女が立っていた。

  どちらも、見覚えのない人だった。
  ピンクの方の人はこの聖杯戦争の舞台に来るより前に、カリスマギャルモデルとして紹介されていた城ヶ崎美嘉に似ているような気がしたが、別人だった。
  そもそも、城ヶ崎美嘉ときらりは知り合いじゃないから名前を呼ばれることなんてない。
  ふわふわとした服の人は、言葉じゃ言い表せないくらい、可愛らしい女の子だった。
  ただ、気のせいかもしれないが、文字が重なって見えるような気がした。

「だ、だぁれ……?」

  きらりがおずおずと、尋ねる。
  顔も見えないピンク髪の少女はすこしばかり身を震わせると。

「諸星さん!!」

  叫びながら、きらりの方に走ってきた。
  突然の出来事に、すこしだけ身構える。
  しかし、その少女がもたらしたのは、この舞台に来てからずっときらりを苛み続けた悪意ではなかった。

「よかった、よかったよぉ!!」
「諸星さん、なにかあったんじゃないかって!」
「よかったぁ、諸星さん、諸星さん!」

  へたり込んでいるきらりに、見知らぬ少女が抱きつく。
  抱きすがり、おいおいと泣きながらきらりの名前と、安堵の言葉をこぼし続ける。

  きらりの大きな身体と小さな心が、優しいぬくもりに包まれる。
  久々に感じた誰かの優しさは、じんわりと心まで染み込んでくるようだった。
  泣くまいと決めていたけど、やっぱりきらりには無理だった。
  きらりはその少女を抱きしめて、決して怪我させないように優しく、だけど暖かさを逃がさないように力強く抱きしめて。
  誰かもわからない女の子と声を合わせておいおい泣きじゃくった。


43 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:00:07 jQoTyjZU0

  そうして、少し二人で泣きに泣いて。
  道を行き交う人々が怪訝な瞳で見つめているのに気付いて。
  とりあえず場所を移そうということになった。
  道中、なんとなく気恥ずかしくなって話すきっかけを掴みあぐねていたが、それでもなんとかきらりの方から切り出せた。

「……あの、あなた、だれ? きらりのこと知ってゆの?」

「覚えてない? 私、高校で、諸星さんと同級生で……」

  高校で、と言ったところで少女が慌てて口をつぐむ。
  そして小さく『ごめんなさい』と言った。

「高校のこと、思い出したくないよね……ごめんなさい、私ったら……」

「あ、あっ、いいよ、いいよぅ! 気にしないで!!」

  謝罪する少女にぶんぶん手を振ってみせる。
  確かに、きらりにとって高校でのあれこれはほとんどすべて思い出したくないことだ。
  でも、他の人に気を使わせちゃうのはよくないことだ。きらりもそこはしっかりわかっている。
  
「あの事件、もしかしたら、サーヴァントが関わってるんじゃないかって思って……
 それで、諸星さんが、諸星さんが誰かに襲われちゃったんじゃないかって」

  今にも再び泣き出しそうな少女の口から飛び出した『サーヴァント』という単語に、きらりの心臓が跳ね上がる。
  その単語を知っているのは聖杯戦争の参加者以外に居ないはずだ。
  まさか、目の前の少女は参加者で、きらりと戦いに来たのだろうか。
  どうしようどうしようとぐるぐる頭のなかで問いを回していると、きらりの様子を見て察したのか、少女の方からそのことについて切り出してくれた。

「あ、心配しないで! 私、そんな、戦ったりとかできないし……
 それに、私のサーヴァントはこの子で、なんにも悪いこととかしないから!! そこは大丈夫!! オッケー! 超安心! 絶望的非暴力不服従って奴? うぷぷ」

  紹介されたサーヴァントは、何故か苦虫を噛み潰したような顔をしている。
  ステータスが見える。どうやらランサーのサーヴァントらしい。
  襲ってくるような様子はない。少女の言うように友好的な人なんだろうか。

「あ、あの、諸星きらりです!!」

「……どうも」

  怯えた心を吹き飛ばすようにきらりが力強く会釈をすると、ランサーと呼ばれた少女も会釈を返してきた。

「とにかく、こんなところにいたら目立っちゃうから、とりあえず移動しよう」

  ピンク色の少女がきらりの手を引いて歩き出す。
  つないだ手を通じて、暖かさが胸の内側に流れ込んでくる。
  きらりは、ほんの少しだけ、彼女にばれないように、小粒の涙を流した。


44 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:01:07 jQoTyjZU0

  ◇◆◆◇

  先ほどまで這いつくばっていた道をしばらく急ぎ足で進み。
  大通りから路地に入り込み、メインストリートからは少し離れた、細く狭い道を歩きながら声を掛け合う。

「どこに行こっか。きらりちゃん、どこか行きたい場所、ある?」

「んーとね……きらりはね、この聖杯戦争の舞台よりもね、もっともぉーっと、遠いところに行きたいの」

「それは……今はちょっと無理じゃないかな。ひとまずそれは最後の目標にして、いまからどこかに行きたいとかってない?」

「……あ、じゃあ、きらりのお家、くる? きらりのお家、ここをまーっすぐ行ったところにあるんだにぃ☆」

  和気藹々としたやりとり。
  今が戦争中だということを忘れさせてくれそうな、綺麗なガラス球のような日常。
  光を取り込んでプリズムが輝くように、きらりの心は名も知らぬ少女という光のお陰で輝きを取り戻せていた。
  そこで気付き、足を止める。

「……どうしたの、諸星さん?」

「ねえ、あのね。えっとね」

  おずおずと切り出す。

「もし、もし、もう聞いてるのにきらりが忘れちゃってたんだったら、ごめんね……?
 お名前、なんて言うのかなって、思って……」

  ようやく聞けた。
  いつまでも『あの女の子』『ピンク色の少女』じゃ格好がつかない。
  せっかく友だちになれたのだから、名前はもちろん知っておきたい。
  きらりの問いかけを聞いた少女は、待ってましたとばかりにこう答える。

「私? 私の名前は―――」

  少女が手を払って、くるりと一回、踊るように回ってきらりの方に向き直る。
  そして、満面の笑みで名乗った。

「―――エノシマ。江ノ島盾子ちゃんだよ」

  にいっと、口の端を吊り上げて作り上げられる、今までに見たことないほどの快笑。
  きらりはその笑みを見て、久しぶりに、心の底から暖かくなるような感覚を覚えた。
  たまらず、元気な声で自己紹介を返す。

「そっか! きらりはねーぇ、諸星きらりだよぉ! よろしくね、盾子ちゃん!」

「うん、よろしくね、諸星―――ううん、きらりちゃん!」

  二人で笑い合う。
  涙の跡なんか消し飛ばしてしまえるくらい力強く笑い合う。
  きらりは久しぶりに、笑顔になれた。

  一人ぼっちだと、辛かったけど。
  二人なら、頑張れる気がした。
  きらりの心に少しだけ、希望が湧いてきた。


  ◇◆◆◇


  横並びに道を歩く三人の少女。
  左端の少女の涙のあとに浮かぶ明るい笑顔。
  真ん中の少女の突き抜けたような朗らかな笑顔。
  右端の少女の■■を■■■■■■■■■ような、■愉快そうな表情。

  ■■は砂糖の右側に。

  少女はまだ、気づかない。
  空欄をまだ埋められない。


45 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:02:05 jQoTyjZU0
【D-3/諸星きらりの家への道/1日目 午前】

【諸星きらり@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ版)】
[状態]精神的疲労(軽)、魔力消費(中)、希望(微)
[令呪]残り二画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカーを元に戻し、元の世界へと戻りたい
1.盾子ちゃん!
2.いったん家に帰ろうかな……?
[備考]
※D-4に諸星きらりの家があります。
※江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。そして、江ノ島盾子を信用しています。
※三画以上の令呪による命令によって狂化を解除できる可能性を知りました(真実とは限りません)
※フェイト・テスタロッサの捕獲による聖杯戦争中断の可能性を知りました(真実とは限りません)
※ルーラーの姿を確認しました
※掲示板が自分の話題で賑わっていることは未だ知りません


【悠久山安慈@るろうに剣心(旧漫画版)】
[状態]霊体化
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
[備考]
※雪華綺晶の存在を確認しました、再会時には再び襲いに行く可能性があります。
※江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。
 スキル『こころやさしいひと』の効果できらりの精神の安定に江ノ島盾子&ランサーが役に立っていると察知しイレギュラーが発生。狂化中ですが敵意を向けられない限りこの二人を襲いません。


46 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:03:47 jQoTyjZU0

  ◆◇


  諸星きらりを発見する数十分前。
  家を出る直前に、江ノ島盾子はランサーに唐突にこう言った。

「その魔法さ、ほんと極悪だけど、無敵じゃないよね」

  言いたいことが分からない、とランサーが言うと江ノ島盾子はそれはもう楽しそうに口を釣り上げて笑った。
  その笑顔と来たら、人助けに尽力してきたランサーが見たこともないほどの満面の笑みだった。

「気になるなら、ついてくれば? ただし、条件が一つ」

  提示された条件は『魔法少女状態で実体化すること』。
  他者に発見されて戦闘に巻き込まれることを期待しているのか。それとも別の狙いがあるのか。
  どちらにせよ、実体化していられるというのはランサーにとっても願っても見ない条件だった。
  ランサーはその魔法によってかなり広範囲の困った人の声が聞こえる。
  江ノ島盾子の知らない情報を手に入れられる、というのはそれだけでこの絶望少女を出し抜けるアドバンテージになる。
  そのことに気取られないよう気のない素振りをしながら、ふいとランサーは問いかけを返した。

「……どこに行くつもりですか?」

「諸星きらりに会いに行くに決まってんじゃん!!! きらりんをきらきらいっとうしょー☆の一番星にしてあげるのが私達の役目でしょー?」

「……諸星きらりの居場所がわかるんですか」

  実体化し、魔法少女に変身して尋ねる。
  江ノ島盾子はどこからか取り出した伊達眼鏡をかけて流れるように説明を始めた。

「いいでしょう説明しましょう。諸星きらりの行動は三つほど予測できます。
 まずいちばん可能性が高いのは籠城の可能性。これは場所が割れない限り他者に襲われないという利点があります。
 諸星きらりの性格を考えた結果、掲示板、それも私様のスレを確認していた場合、。
 そういった条件を鑑みればこれが一番可能性が高いというのは自明の理だとわかるはずです。
 次に可能性が高いのが『図書館に向かう』という行動。これには『ルーラーの所在地が明かされた』+『掲示板の書き込み』という環境の変化が起因しています。
 所在地の明かされたルーラーに掲示板の書き込みの削除を申し込みに行く可能性。所在地の明かされたルーラーに殺人事件の隠蔽を申し込みに行く可能性。
 これもまた、諸星きらりの性格を考えれば同じくらい可能性が高いと言えます。
 そして最後が聖杯戦争が始まったにもかかわらず街をぶらつく可能性。この選択肢を選ぶ時点で諸星きらりは自分の立場を理解できていないと判断できます。
 この場合は学校以外の場所を虱潰しに歩きまわる、ということになるので今後の行動を考える上での優先度は最下位と考えられます」
「以上を踏まえて、私様が考えた行動は一つ。まずは一番近い図書館に行き、不在を確認した後でD-3地区にある諸星きらりの自宅へ向かうというものです!」
「……これなら、二つの可能性を……一気に試行出来るし……一挙両得……ふふふ」

  2秒弱で言い切って、おどおどした言い方をしながらもふんぞり返る。
  少々呆気に取られたランサーを見ながら、更にふんぞりがえって、そりゃもうブリッジの体勢になるんじゃないかというくらいふんぞりがえった。

「あれwwwww聞き込みってもしかして事件について話聞いて回るだけだと思っちゃったの?wwwwマジウケるwwww」
「先生騙くらかして住所聞き出したり、クラスメイトそそのかして連絡網ゲットしたり、そういうのもちゃあああああんと調査済みに決まってんでしょ!!」
「せっかく面白そうなネタなのに、なんで中途半端で終わらせる必要があるんですか。あたりまえだよなぁ?」

  どうやら、そこまで手回しをしていたらしい。
  抜け目のない少女だ。
  廻るのは口だけではない、ということか。

  江ノ島盾子ころころとキャラを変えながら、玄関の戸を開ける。
  定まらないキャラクター性とは裏腹に、その動作には一切のゆらぎも感じない。

  ランサーは多少警戒しながらも、条件通り実体化してついていくことにした。


47 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:04:43 jQoTyjZU0

  ◆◇

  出発から数十分後。
  果たして、江ノ島盾子の読み通り、彼女たちは諸星きらりを発見した。
  きらりに対して屈託のない笑顔をふりまく傍で、江ノ島盾子はランサーに念話で語りかける。

(似てた?)

『……なにが』

(えー? 似てない? 今のキャラ、夢で見た姫河小雪ちゃんをイメージしてやってみたんだけどさぁ!)

  あきらかにこちら側の神経を逆なでするための一言。
  飽き性のくせに、余計なことをやって。
  すぐに化けの皮が剥がれて、醜態を晒すことになるだろうと思ったが思考の先読みでもしたのか、江ノ島盾子は聞いてもいない説明を始めた。

(あー、あっあっあー、そっかそっか! ランサーちゃん知らないんだよねぇ!)

(『うぷぷ、ボクはねぇ、他人の、絶望した顔を見るためだったらさぁ?
   なんとぉ! 一時間でも、一日でも、一ヶ月でも、なんなら一年だって、猫を被っていられる!!! ……気がする!!』)

  新事実。だが、どこまで本当かはわからない。
  もしかしたら口からでまかせかもしれないし、キャラクターに絶望的に飽きやすいという『設定』自体が違うのかもしれない。
  ただ、この少女はどんなことに関しても、おおよそ全ての計画を破綻させ、おおよそ全ての虚言妄言を実行しかねない。
  短いつきあいのランサーでもそれだけははっきりわかっていた。

(『まぁ、途中で飽きることとか、気分が変わって計画を変えちゃうこともあるよ。女心とクマの綿って言うしね。
  それでも、他人の絶望した姿を見るために飽き飽きしてる個性を演じ続けるってさ』)

(絶ッッッ望ぅぅ的にぃぃぃいいい!!! エクスタシーもんでしょおおおぉぉおおおーーーー!!!!)

(なあんちゃって、『クマー』)

  けたたましく喚き散らした後、なんのキャラ付けかクマーとつぶやく。
  ランサーは、表面ではきらりに優しく声をかけ続け、念話ではランサーを煽りまくる。
  器用なものだと皮肉ってやろうかとも思ったが、ランサーはそれどころではなかった。
  なぜなら、江ノ島盾子の言葉の意味と、彼女が仕掛けた爆弾に、遅まきながら気付いてしまったから。


48 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:05:24 jQoTyjZU0

(おやおやおやおや、なんだか何か言いたげだね)
(ちょうどいいや、聞かせてよ。アンタも気付いてるんでしょ? 私の言いたかったこと。
 『極悪な能力だけど無敵ではない』って言葉の、その理由)

  その問いかけに、ランサーは言葉を濁した。

  ランサーが諸星きらりの存在に気付いたのはほぼ必然というべきめぐり合わせだった。
  彼女の持つ『困った人の声が聞こえるよ』というスキル。
  どんな相手の心の声も余さず聞き届ける事のできる魔法少女に与えられた無二の魔法。
  その能力が、現在会場内でトップを争うほどに困っているきらりの声をランサーに届けないはずがなかった。
  聞こえたし、わかった。
  諸星きらりがこの上なく困っていることがわかった。
  そして、諸星きらりが『望んでいる参加者』じゃないことがわかった。

  一度は『クロ』だと言い切った相手。
  だが、その心では自身の英霊であるバーサーカーの救済と、元いた世界に帰ることを望み続けていた。
  小さな子どものように、困ったよう、困ったよう、と今にも泣き出しそうな声で叫び続けていた。
  そして初対面は、並木道の真ん中でこけても立ち上がれない程に打ちのめされた諸星きらりの姿。

  その声を聞いた瞬間に理解した。
  『情報だけを与えられた状態では、心は読めない』。
  当然だ。集められただけの情報に心なんか宿らないのだから。
  心の声が読めていれば相手の思考なんて百発百中で当ててみせるが、そうじゃなければランサーが状況から判断する以外ない。
  無敵じゃない、とはつまりこのことだろう。
  江ノ島盾子はなんらかの推論から『諸星きらりはシロである』と確信しており、ランサーの間違いをわざわざ証明するためにランサーを実体化させた。

  更に言えば、無敵じゃない理由について江ノ島盾子と話していてもう一つ気づいた。
  江ノ島盾子は無意識か、あるいは意識してなのかランサーの読心に対策を打っている。
  対策とはずばり、『包み隠さず話すこと』。
  (こうしたい)→(それを知られては困る)という過程を経て、相手の行動を予測できるランサーに対する
  つまり、思ったこと全部真実を話して本人に後ろ暗いことがなければ心を読まれて困ることなどない。
  『困った人の声が聞こえる』という説明から読心のメカニズムを理解して、最も効率的な対策を打ってきている。

  なんとも嫌味な人間だ、と毒づきたくなるが、ぐっとこらえていると、江ノ島盾子は火が突いたように手を変えキャラを変えまくしたて始めた。

(さて、私様の言う『弱点』が分かったんだったら……その先にある私様の言いたかったことも、ちゃあんとわかってくれてますよね?
 まさか私様がメッチャやさしみを込めて弱点だけ教えてあげたとは思わないでしょう?)
(まぁ、わかってますよね……だってランサーさん……倒れてるきらりちゃんを私が助けた時……)
(貴女、『しまった!!』って顔をしてましたわね!)
(私様を出し抜こうなんて、百万光年早いんだよなああああああああああ!!!!)
(ねえ、姫河小雪ちゃん。教えてよ。この子、どぉんな声、出してたの?)
(困った困ったって泣いてたに違ぇねぇべ! 俺の占いは三割当たるべ!! ……ん、これ違う?)
(……しまった、光年は時間じゃない、距離だ!)

(それで、ランサー)

(困った困ったって泣いてるきらりちゃん、アンタはどうするつもりなの?)

  江ノ島盾子の一言が、ついに核心を突く。


49 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:06:42 jQoTyjZU0

  ◆◇

  ランサーは。
  スノーホワイトは。
  姫河小雪は。
  困っている誰かを助けてあげたいという、同業者にすら甘っちょろいと笑われてしまう理想を胸に英霊の頂まで上り詰めたサーヴァントだ。

  森の音楽家クラムベリーの試験を様々な犠牲のもとに生き抜かされ。
  魔法の国から後ろ指をさされようともおのが信念を貫き。
  『魔法少女狩り』の異名を背負わされてまで『子どもたち』と戦い。
  悪に立ち向かう強い心と心を貫く強い力を手にし。
  優しい魔法少女らしいと誇っていた『困っている人の声が聞こえる』能力を不意打ちや詐術に使えるようになってしまい。
  性格も、ほわほわとした白うさぎのような優しいものからは想像できないほどスれてしまい。

  様々なものを得て、様々なものを失って。
  それでも、今この時もその本質は変わっていない。
  困っている人を助けたい。
  泣いている人にハンカチを渡してあげるような。重い荷物を代わりに背負ってあげるような。落し物をした人に落し物を届けてあげるような。
  幾分ハードにコーティングされてしまったが、そんななんともない優しさが彼女の根本にある。

  ◆◇


  諸星きらりの声を聞いて、ランサーは全てを理解していた。
  諸星きらりがうずくまっている姿を見て、理解が思い込みではなく事実であると確信した。
  諸星きらりは善人だ。どうしようもない善人だ。なにかに巻き込まれ、聖杯戦争に参加させられている『被害者』だ。
  確信し、どう動くべきか迷った。
  江ノ島盾子が令呪で襲わせる可能性がある以上、素早く逃げるように促すべきか。
  彼女が善人であると分かったならば、掲示板の悪行の主が江ノ島盾子のせいだ伝えるべきか。
  それよりも、あの殺人事件の真相を彼女の口から効くべきか。
  何よりもまず彼女の願いに手を差し伸べてあげるべきか。

  どんな悪者にも負けないために鍛え上げた魔法少女の魂も、『心の声』の更に先にある不意打ちには対処できない。
  予想外の出来事で、ランサーの心は一瞬だけ揺らいでしまう。
  その一瞬の動揺が水面下の勝負を決着づけた。

  ランサーの一瞬の虚を突いて、盾子は素早く、そして的確に諸星きらりの懐に入って彼女の信頼を得てしまった。
  呆れるほどに、彼女の言葉を借りるならば『絶望的に』、見事な手口。
  仮に超高校級のアイドルなんてのが居たとしても、裸足で逃げ出す演技力だったろう。
  精も根も尽き果てた諸星きらりの精神の添え木となり、折れかかった彼女の心を支え直した。
  見事、彼女の困った声を一発でやませた。

  だが、ランサーにはその行動のすべてが、ある方向を目指しているとわかっている。
  そしてそれが諸星きらりの目指す方向ではなく、真逆の方向であるのも理解している。
  彼女がそんなことをする理由なんてランサーと諸星きらりに絶望を与えるため以外に考えられない。
  つまり、まんまと出し抜かれたのだ。出会いの一件以来再び、この絶望的に絶望を愛する少女に。


50 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:07:49 jQoTyjZU0

  後はあれよあれよというまに江ノ島盾子のペースだ。
  苛立ちを覚えるが、なにもできない。
  ずしんと鉛のような、ほの暗い感情が、ランサーの心中の奥深くに陣取り、反撃の気力を削いでいる。
  『諸星きらりの無実を証明』し、『その上で諸星きらりの精神的支柱となる』という一手が奇手すぎた。
  この一手は、大きな意味を持っている。


  
  少なくともあの時。
  二人が出会ったあの名前も知らない死体の前での問答を知っているのならば。
  江ノ島盾子のこの行動に隠された意味が理解できる。

(ねえ、小雪ちゃぁん。この状況って、あの時のやつに似てるよねぇ?)

  不意にランサーの方を向き、すべてを見透かしたような声と満面の笑みでそう尋ねる。
  その問は、姫河小雪と江ノ島盾子のパラドクス。
  希望と絶望のコンフリクト。

(ちょうどいい! 聞いてみたかったんだぁー! あの時の質問、ランサーちゃんならどんな答えを出してくれるのかなぁーって?)
(問題!! 例えばこれから、江ノ島盾子ちゃんのことがとっても大好きな諸星きらりちゃんが、なにかに絶望して死んだとして、その時、『彼女を殺したのは誰』?)

  江ノ島盾子の口から放たれた問い。
  それはまさしくあの時の問答の再現。
  ランサーが「殺したのか」と問うた時、盾子は「背中を押しただけだ」という長回しをきっかり三秒で説明してみせた。
  あんなのは詭弁だ。江ノ島盾子だってそのくらい気付いている。
  だから今、江ノ島盾子は試している。
  ランサーに同じ命題を突きつけて、ランサーにその問の答えを導き出させようとしている。

  仮に諸星きらりに対して彼女の心の支えである江ノ島盾子の悪事を伝え警戒を促せば、確実に諸星きらりの心は折れる。
  再起不能になり、あの子供のように(江ノ島盾子と出会った時の子供のように)、自殺してしまうかもしれない。
  その点について理解した上で、ランサー―――『姫河小雪』はこの状況でどう動くのか。
  それを尋ねている。

(さて、私様の行動を察知できず、止められなかった哀れなランサーちゃんにネクストクエスチョン。
 答え次第では一発逆転もあるかもよ? 張り切って行ってみよう!)

(……あなたは、背中を押せない優しい優しい小雪ちゃん? とっても困ってる優しい優しいきらりちゃんのためにアタシという巨悪の跋扈を許す優しい優しい小雪ちゃん?)
(……それとも、背中を押せる優しい優しい小雪ちゃん? 他の参加者のために、優しい優しいきらりちゃんの心をへし折って屋上から突き落としてでもアタシを止められる優しい優しい小雪ちゃん?)

  前者を選べば、一人の善人を救い、不特定多数の他人が死ぬ。
  江ノ島盾子の『殺人』をやはり殺人であるとし、殺人を犯さず諸星きらりを救う代わりに江ノ島盾子の積み重ねる悪行を止める機会を失う。
  後者を選べば、不特定多数の他人を救い、一人の善人を殺す。
  江ノ島盾子の『殺人』を背中を押しただけだとし、江ノ島盾子の悪行を未然に一つ食い止める代わりに結果として諸星きらりが死ぬ。
  どちらを選ぼうと、結果は―――

(あれちょっと待って!? どおっちにしろ、人死んじゃってる気がする! あれあれ、まさかまさかの魔法少女血みどろ計画Restart!?
 ウッソそれってつまり新しい姫河小雪ちゃんの誕生じゃない!!! 今夜はお赤飯だねぇっ!! んキャハぁっ☆ ハッピーバースデー、新しい姫河小雪ちゃあああああああああああん!!!!)

  念話でげらげらと高笑いをする。
  本当に、他人の癪に障るのが生きがいのような人物だ、とランサーは歯噛みしながら思った。

(ねぇ、ランサー)
(気付いてないかもしれないから教えてあげるね。アンタ今、すっごくいい顔してるよ)

  悪魔が笑う。
  ランサーは臍を噛んだ。
  それしかできなかった。


  ◇◆◆◇

  横並びに道を歩く三人の少女。
  左端の少女の涙のあとに浮かぶ明るい笑顔。
  真ん中の少女の突き抜けたような朗らかな笑顔。
  右端の少女の苦渋をしこたま飲まされたような、不愉快そうな表情。

  絶望は砂糖の右側に。


51 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:09:02 jQoTyjZU0
【D-3/諸星きらりへの道の途中/1日目 午前】

【江ノ島盾子@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]健康、涙で化粧が流れてる、小雪ちゃん(姫河小雪育成計画以前)の真似中
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]大金+5000円分の電子マネー(電子マネーは携帯を取り戻すまで使用できません)
[思考・状況]
基本行動方針:絶望を振りまく
1.諸星きらりをプロデュース!
2.放課後になったら、蜂屋あいと会う
3.ケータイ欲しい……ケータイ欲しくない?
[備考]
※諸星きらりを確認しました。彼女の自宅の位置・電話番号・性格なども事前確認済みです。彼女が掲示板に目を通してないことも考察済みです。
※自身の最後の書き込み以降のスレは確認できません。
※数十分、もしくは数時間、あるいは数日、ひょっとしたら数年は同じキャラを演じ続けられるかもしれませんし、続けられないかもしれません。
※ランサーのスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対して順応しています。順応に気付いているかいないかは不明です。動揺しない限り尻尾を掴まれることはないかもしれません。あるかもしれません。

【ランサー(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
[状態]実体化中、健康、絶望(微)
[装備]ルーラ
[道具]四次元袋
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り犠牲を出さずに聖杯戦争を終わらせる。
1.江ノ島盾子と蜂屋あいの再会時に蜂屋あいのサーヴァントを仕留める。
2.出来ることなら、諸星きらりに手を貸してあげたい。

[備考]
※江ノ島盾子がスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対応していることに気づきました。
※諸星きらりの声(『バーサーカーを助けたい』『元いた世界に帰りたい』)を聞きました。
 彼女が善人であることを確信しました。


52 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:09:57 jQoTyjZU0
  ◆?



"When I was a little girl,       (私が小さな頃のこと
 About seven years old,       7つくらいの頃のこと
 I hadn't got a petticoat,       私はペチコートを持ってなくて
 To keep me from the cold."    寒くてしょうがなかったの)

"So I went into Darlington,     (だから私はダーリントンへ
 That pretty little town,       あの小さくてきれいな街へ
 And there I bought a petticoat,  そうして私はペチコートと
 A cloak, and a gown,"        マントとガウンを買ってきた)

"I went into the woods       (わたしは森のなかへ入って
 And built me a kirk,         そこに教会を作ることにした
 And all the birds of the air,     森中の鳥さんたちが
 They helped me to work."     私を手伝ってくれたわ)

"The hawk, with his long claws,  (鷹は長くて鋭い爪で
 Pulled down the stone,       石を次々切っていって
 The dove, with her rough bill,   鳩は逞しいくちばしで
 Brought me them home."     石を次々運んでくれたの

"The parrot was the clergyman,  (オウムは司祭の代わりになって
 The peacock was the clerk,     孔雀は牧師の代わりになって
 The bullfinch played the organ,   ウソがオルガン響かせて
 And we made merry work."     皆で賛美歌を歌ったわ)



「素晴らしい、また新しい神様が二人生まれたわけだ」

「え? なんでそう言えるのかって?」

「君は創造力が貧困なんだろうね。生きてて死にたくならないかい?」


53 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:10:55 jQoTyjZU0
  ◆?


「世界なんて、そんな大したもんじゃないんだ」

  往来を行き来するオークのような生物を眺めながら、少女がつぶやく。
  墓標のようにそびえ立ったビルのガラスがくすくす笑う。

「例えばそこに石ころがあったとして、石ころに蟻が乗ってた。
 不思議なことに石が空中に浮き上がって蟻は石ころから離れられなくなった。
 そうすれば、蟻にとっての八方ふさがりが生まれる。それが世界さ」

  オークの正面に巨大な蟻が現れる。
  突然現れた蟻の体を、街の人々がよってたかって千切り崩していく。
  蟻の体からこぼれた体液がくすくす笑う。

「他に必要な物があるとすれば、観測者かな。
 石ころを浮かせる役。蟻を閉じ込めようと企む奴。そして、蟻以外に蟻の世界を認めてやる者。広義的に言うなら、いわゆる神サマってやつがそれ」

  くすくす笑う。
  くすくす笑う。
  くすくす笑う。

「幸子ちゃんは、石ころの存在に気付いてしまった哀れな蟻ん子さ。
 大地への郷里の慕に駆られ、必死に石ころから飛び出そうとしてる。頑張るなぁ、無駄だって薄々感づいてるだろうに」

『くすくす。それがこの『世界』のお話ですか?』

  少女が指をつい、と動かすと、山が凹んで窪地に変わった。
  とくとくと体液が流れこんでいく。湖が出来上がる。
  湖に映るのは、きれいな色のロリータドレスを身に纏った可愛い可愛いお人形。

「ここの完成はまだまだ時間がかかりそうだよ。別の場所で遊んできたらどうかな」

  少女―――創造主(クリエイター)のサーヴァント・クリシュナは、ルーラー・雪華綺晶にそう告げた。
  彼女にしては珍しい、毒突くでもなく、気遣うでもなく、当然といわんばかりの声色だった。

『クリエイター様のようなことをする方は特殊ですので。見ておく必要があるかと』

  どこまで本音かわからない言葉。
  しかしクリエイターは特に気にせず、さらりと流した。

「へえ、仕事熱心なんだね。マスターじゃなくてわざわざ僕のところに来るなんて」

  湖の縁に人々が集まり、やたらめったらに踊り狂う。
  意味なんてない。そうしたいからそうする。人間らしい動作じゃないか。
  踊り狂う人々をそのまま踊らせ続けながら、クリエイターは鏡のように美しくきらめく水面に、水面の向こう側のルーラーに向き合った。


54 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:12:42 jQoTyjZU0

「で、それは誰が考えたの」

  不意に。
  クリエイターが湖越しのルーラーに問いかける。

『誰が、何を?』

  ルーラーはあどけない顔で問い返す。

「話の続きだ。この世界が石ころで、幸子ちゃんがかわいそうな蟻ん子ちゃんだとしたら、石ころを浮かしてるのは誰だ。
 幸子ちゃんのことを認めてやってるのは誰だ。この世界の神様ってやつはなんのためにこんなことをする?
 ねえ、君……君じゃないよね。君みたいな空っぽの器は、そんな器じゃなさそうだ」

『それを知ってどうするのです?』

「別に、どうも。必要なら神様の先輩として、助言の一つでもあげるけど?」

  ぽ、と花が咲く。
  次から次へと花を咲かせ、右から左への道を作る。
  湖から街へと通じる道が出来上がった。

「ハートの女王に逢いたいのなら、ちゃんとうさぎを追うべきですわ」

  くすくす。取ってつけたような笑い声。

「僕に、兎狩りをしろって?」

『ええそうです。なぜなら貴女様はこの世界の『神様』ではないのですもの』

「それは誰の言葉?」

『私の言葉は私の言葉、ですわ』

  くすくす。世界の中に響き渡る笑い声。

『貴女様は呼び出されてしまったかわいそうなお人形さんの一人。
 お人形さんは、ご主人様の望むとおりに動くのがお仕事。そうでしょう?
 お人形さん、お人形さん。兎狩りの時間です。ハートの女王はお冠。チクタクチクタク兎を追って、不思議な国に向かいましょう』

  ルーラーが小首を傾げる。無垢な少女のように、可愛らしく。
  クリエイターは少しだけ心外そうに、語気を少し強めてまくしたてた。

「はは、言ってくれるじゃないか。自分だって、他人の未完成な部分を見つけてあざ笑いあげつらうばっかりの未完成なお人形さんのくせに」

『かわいそうなお人形さん。こんなおもちゃの世界に閉じこもって、外の世界が怖いから』

  クリエイターが売り言葉を叩きつければ、ルーラーは歌うように答える。
  先ほどまで噛み合っていたのが嘘のように、大きく食い違い始める。

『おもちゃの世界で一等賞。外の世界の貴女はだあれ。望みはなあに、貴女はだあれ、貴女の見ている私はだあれ』

「君は自分が思ってるほど清廉潔癖じゃないよ。被造物ってのは、突き詰めれば『煮詰められた人間のエゴ』だ。
 華奢な器に押し込められて綺麗なフリルでラッピングしたところで腐った中身と漏れだす臭いは消せない。
 今度はもっと声を上げて笑ってみなよ。下品な方がお似合いだよ。お人形さん」

  クリエイターが言葉とともに、水面に花束を投げつける。
  花束が打ち付けられて起こった波紋がルーラーの身体を細かく裁断する。

『くすくす。おもちゃ箱の中の狐。ぶどうが甘いか酸っぱいかは、狐には永遠にわからずじまい。
 さようなら、クリエイター様。また後程お会いしましょう』

  大した意味もないだろうに意味深な言い回しでそう言い残して波紋の奥に消えていく。
  それを確認して、クリエイターは鼻を一度鳴らすと、投げた花束を湖と混ぜてお人形を生み出した。


55 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:14:57 jQoTyjZU0

  ◆

「せっかくもてなしてやったのにあの態度ったら。こんなことならもっと盛大にやるべきだったかな」

  未完成の幻想世界を眺めてつぶやく。
  あれやこれやと悩まず幸子がぶっ倒れるくらいの魔力をつかって世界を作ってやってればあのルーラーに泡を吹かせてやれたかもしれない。
  惜しいことしたなぁ。
  この場でただのお人形さんに戻してあげればよかったかなぁ。

「英霊の枠に閉じ込められた僕程度敵じゃないって? だとしたら心外だ」

  新たに生み出した物言わぬお人形に語りかける。
  その人形は、誰にも愛されない。ただ、空間の中で、そこにあり続けるだけ。
  お人形はくたりと頷くようにその場に倒れこんだ。
  クリエイターが弧を描くように指をすべらせると、お人形の周りに人だかりが出来上がった。
  人だかりは皆、キラキラした衣装を着て空に向かってニコニコ微笑んでいる。
  皆一緒の衣装を着て、誰かに笑顔を振りまく。まるでアイドルのように。

「それとも、そんなことされたっていいと思ってあのお人形を僕のところに送り込んだのかい。それなら少し笑えるね」

  お人形がおもむろに立ち上がり、動き出す。
  お人形を取り囲んでいるアイドルたちが次から次にお人形に食べられていく。
  アイドルたちは逃げることも悲鳴を上げることもしない。
  ただ、観客である誰かに笑顔を振りまきながら、お人形の内側に閉じ込められていく。
  一人、また一人。
  人形の内側に消えていく。
  最後の一人を食べ終えた後、人形はくすくす笑い出した。

「どっちにしろ……お人形遊びで僕をはかろうなんてのは少し虫がよすぎるんじゃないかな」
「君に対して、思うところが出てきたよ。『この世界の神様』」

  ぽん、と手を叩く。
  お人形がくすくす笑いながらその場で高速回転を始める。
  くるくる、くるくる。
  回り続けて、回り続けて。
  バターになるほど回り続けて。
  臨界点を突破したお人形は、創造主の気まぐれで本物の少女に生まれ変わり、街の方へと走っていった。
  そうして、街にたどり着いた少女は、そこで誰かのお人形として暮らすことになった。
  その様子を感慨なさ気に見送ったクリエーターはまた世界創造に戻るのだった。


56 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:15:49 jQoTyjZU0
【クリエイター(クリシュナ)@夜明けの口笛吹き】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝つ
1.幸子の言うことは放って、自身の幻想世界を完成させたい
2.『この世界の神様』に会いたいもんだ
[備考]
※ルーラーを確認しました。
※幸子の部屋は現在、クリシュナの幻想世界に作り替えられている途中です
※完成した際、マスターとサーヴァントに対する精神攻撃として作動します
※聖杯戦争の開催に何者かが関与していると考察しています。ルーラーは正統な裁定者ではなく彼女の手先であるとも考えています。
  この空間はその人物が作り上げた世界であり、その人物の意向次第で結末が変わると睨んでいます。


【ルーラー(雪華綺晶)@ローゼンメイデン】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
[備考]
※アイドルの物真似が出来ます
※クリエイター(クリシュナ)の幻想世界(未完成)を確認しました。


57 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:18:22 jQoTyjZU0
以上です

修正箇所、矛盾指摘などありましたらお願いします


58 : 絶望少女育成計画Reflect  ◆EAUCq9p8Q. :2015/06/29(月) 01:19:15 jQoTyjZU0
いい忘れてました
大人数予約で投下が遅れてしまい、他の人にご迷惑をおかけしたかもしれません
申し訳ありません

新スレでもよろしくお願いします
ひとまず以上です


59 : 名無しさん :2015/06/29(月) 05:07:10 0.Bp1uv60
投下乙です!
大人数予約、見事な捌きかたでした
少女聖杯の少女聖杯たる魅力を凝縮したかのような…アイドルたちのそれぞれの、精一杯の戦いが、数多の悪意に巻かれていく感じがあって読んでいて胸がギリギリします
ばいきんまんやジバニャンは癒しだなあ…そして大井さんの気持ち悪さもすごいな…
クリシュナときらきーの邂逅には詩を感じました
歌うように描かれる文章がほんと素晴らしい


60 : 名無しさん :2015/06/29(月) 09:48:11 goyvq2k.O
投下乙
どういう捌かれ方をするのかと思ったが、こう来るかー
きらりはまさに今世界の中心ですね、江ノ島盾子ちゃんのプロデュースの賜物です!


61 : 名無しさん :2015/06/29(月) 17:09:11 adW0qQa60
霊体化したサーヴァントって基本的にはマスターにもサーヴァントにも捕捉できないんじゃなかったっけ


62 : 名無しさん :2015/06/30(火) 01:20:30 WSfKfN2g0
投下乙です
それぞれの少女たちの揺れる心情が細やかに描かれてて良いですね
冒頭のものといい中途のものといい、「歌」を効果的に使ってるのがすごく羨ましいです
お話としては江ノ島さんのえげつなさをねっとりと濃く描いているのが一番きました
おまけにきらりを絡めつつスノーホワイトを蜘蛛の巣にかけていくという厭らしさ
クリシュナと雪華綺晶の飄々とした会話も、この二者の得体の知れなさを綺麗に描写してると感じました


63 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/01(水) 07:28:57 UI9cT9160
たくさんの感想ありがとうございます!
霊体化に関してですが、私側で少し認識を間違っていたようなので本文修正を行います
といっても、話の筋が変わることはなく
・霊体化に関する記述の変更・削除
・クロメがきらりを警戒対象からはずす(杏については記述の変更で対応)
の二点が主な変更箇所になります

本日もしくは明日くらいでwikiの方を直接いじると思いますので確認よろしくお願いします
修正後、他に大きな変更点があった場合のみこのスレに報告させていただきます

報告ついでに
中原岬&セイバー(レイ/男勇者)
偽アサシン(まおうバラモス)
予約します


64 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:18:17 qcdHjUuw0
先に一つ
>>63
>本日もしくは明日くらいでwikiの方を直接いじると思いますので確認よろしくお願いします
>修正後、他に大きな変更点があった場合のみこのスレに報告させていただきます

と書きましたが、まだ修正をしていません。
今日の夜やるので許してください

そしてもう一つ
中原岬&セイバー(レイ/男勇者)
偽アサシン(まおうバラモス)
投下します


65 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:19:48 qcdHjUuw0

◇◇◇


「昔々、とっても偉大な先生がいいました」

  何時のことだっただろうか。
  まだ数日は経っていない、つい最近のこと。
  なんてことはないはずの日常の中の、なんてことはないはずのやりとりの一つ。
  少女は、なにかから聞いたセリフをそらんじる。

「人という字は、人と人とが支えあってできていますって」

  まるでリズムに乗るように。
  まるで風に揺られるように。
  左右に身体を揺らしながら少女は隣に控える勇者にそう言った。

「だったら」

  とん、と響く足音。
  跳ねるように、ベンチから立ち上がる少女。
  満天の夜空、今にも落ちてきそうな大きな月を背負って、少女が勇者に問いかける。

「あたしって、なんなんだろうね?」

  突き抜けるような空に、そんなつぶやきが舞い上がり、消えていく。
  聞き届ける人間は誰も居ない。
  寂しがり屋のひとりごと。
  愛の所在を探って、傷だらけの心が描いた軌道。
  確かにそこにある、確かにそこにいる、なんてことはない少女のなんてことはない閉塞感。
  夜空に登って消えていく、誰にも見えない心の涙。

「誰とも助け合えないあたしは、人間でいいのかな」

  出会って何日目かのやりとり。
  勇者の心に今も残っている、なんてことはないはずのやりとり。
  勇者は、深く心に刻み込んだ。


66 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:20:21 qcdHjUuw0

◇◇◇


  ちちち、ちちちち。
  鳥の声。
  明るい黄緑色の光線が降り注ぐ小道で、囁くような小さなさえずり。
  きっと彼らは、見慣れぬ少女について相談を交わしているのだろう。

  【D-6】に位置する森林公園は豊かな緑と手入れされた自然から、観光スポットとしても評判の高い場所だ。
  だが、今日は平日、時間も朝から昼へと移り変わろうとしている頃。
  休日ほど寄る人はおらず、森林公園の道を歩くのは赤ちゃんを連れてお散歩という主婦や、疲れた顔のサラリーマンが少々と言ったところだった。
  そんな中を、およそ場違いな少女が歩く。

  陽気のいい午前に長袖のシャツを着ている。
  年の頃は17、18歳程、高校に通っていてもおかしくない年齢だ。
  通り過ぎる人々も、少し不思議そうな顔をする。
  その度少女は歩調を速め、より人目につかなさそうな方へと進路を切り替えるのだった。


  少女・中原岬は、セイバーの進言を聞き入れ、外出をしていた。
  といっても、この前のように人の多い劇場に行ったりはしない。
  出かけるのは午前中、しかもお昼より前。
  場所も、人通りの多い市街地などは避けて、人通りの少なそうな場所を目指す。
  そこで彼女が目をつけたのが、彼女の家の近所にある森林公園だった。
  昼間ならば人通りが少なく、適度を少し超えたくらいの広さがあるため人ともあまり出会いにくい。
  さらに、森林浴というのは、なんとなく疲れが癒えるような気がして、大検の勉強の合間の息抜きとしてももってこいだった。
  道を歩けば色々な物がある。
  人は居ないけど、新しいものには出会える。
  疲れたら道沿いに置いてあるベンチの一つに座ればいい。
  歩くのに飽きたら公園にまばらに置いてある遊具で遊んでもいい(これは恥ずかしいのでやらないが)。
  岬にとって森林公園は、なかなかに良い場所と言えた。

「いい場所だね」

『そうだな』

  人を避けて歩いている少女のひとりごとに、彼女の頭のなかにだけ返事が帰ってくる。
  答えたのは彼女の英霊、セイバー・勇者レイだった。

「こういうところを歩いてると、コンクリートって怖いんだなって分かるよ」

  次は返事はない。ただ、苦笑いのような声が聞こえた。
  岬は特に気にせず、森林公園の入り口近くにあったマップを思い出す。
  目の前の大きくて急なカーブを曲がれば、また新しい少し開けた場所に出たはずだ。
  数十メートル置きに、遊具と東屋が置いてある少し開けた場所。
  今度の遊具はなんだったっけ、と思いながら曲がり角を曲がって。
  そして、出会った。


67 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:20:57 qcdHjUuw0

  まるで陳腐な少女漫画のように。
  曲がり角を曲がろうとして、出会う。
  といっても、パンは咥えてないし、ぶつかってすっころぶようなこともない。
  ただ、曲がり角を曲がった岬の目に、不思議な生き物が写った。それは、あまりに奇妙な交錯だが、出会いと呼ぶ他なかった。

  不思議な生き物は、まるで服を着たカバのようにも見えた。
  カバは、進行方向とは90度違った方向を向いて、森林から森林へ、移動をしようとしている最中のようだった。
  どうも、のっそりのっそりと鈍間な動きで森林公園の道を横断するように歩いているところだったらしい。

「えっ、カバ……?」

  岬の口からぽそりとつぶやきが漏れる。
  カバ、と呼ばれた人物(?)は、その声を聞き逃さず、岬の方に振り向いた。
  正面から見ると、ますますおかしな格好だった。
  頭は、カバというよりはトカゲや恐竜のようだ。ただし鱗はないしわりとつるつるしている。頭には一本ツノが生えている。
  服は緑色の、引きずりそうなほど丈の長いローブと紫のマント。わりとダサい。
  胸には毒々しいほどに赤い宝石のついたネックレスをぶらさげている。なかなかに前衛的なファッションだ。
  その姿を見て岬は再び率直な感想を述べようとして、口をつぐんだ。
  カバのようなそうでないような生き物が、ぐんと近づき突然拳を振りかぶったのだ。
  ぐっ、と心臓が鷲掴みにされたような感覚が走る。
  頭の血が一気に引き、遠い昔の恐怖が蘇る。
  条件反射といって良い速度で、岬は両手で頭を庇った。ずっと昔と同じく、振るわれる暴力から逃れるために。

  一秒。
  二秒。
  三秒。
  攻撃は来ない。
  ひょっとして、フェイントだろうか。
  岬の知り合いには佐藤という、それはもう、とんでもなく、筆舌に尽くしがたいほど、救いようのないくらいのダメ人間が居た。
  彼も岬に殴りかかろうというふりをしたことがあった。
  怯える岬を見ながら、二度三度とフェイントを繰り返したものだ。
  もしかして、ひょっとすると、このカバもそういう類の人物だったのだろうか。
  もしそうだったら、文句の一つも言ってやろうと思い、恐る恐る目を開ける。
  岬の眼前に広がっていたのは。

「マスター、離れててくれ」

「……くっ、面倒な……」

  実体化し、清らかな白い盾でカバの拳の一撃を防いでいる、自身のサーヴァントの姿だった。


68 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:22:18 qcdHjUuw0

◇◇◇


  セイバー・勇者レイは考えを巡らせていた。
  あそこまで接近を許してしまうとは、想定外だった。
  岬は魔術の覚えがないし、セイバーも実体化していなければ使えない。
  だが、ポイントポイントでセイバーが実体化していて周辺の魔力反応を探っていたので、用心をしていないわけではなかった。
  だが、敵は何らかの方法でその探知をかいくぐってきた。
  結果として、完全に虚を突かれた形になってしまった。

  目線をずらし、頭をかばっていたマスター・中原岬を確認する。
  間に合った。
  もしもあの拳の一撃を食らっていれば、両腕ごと頭を殴られ、そのまま彼女は死んでいただろう。
  間一髪、カバの動作が遅かったということもあり、実体化して、天空の盾を構えて攻撃を受けきるまで出来た。
  そのままカバの化け物の腕を盾で押し返し、土手っ腹に蹴りを放つ。
  カバは見た目に似合わない軽快な身のこなしでひょいと後ろに飛び退ると、両手で構えを取った。

「お前は、魔族か」

「魔族だと……? わしがただの魔族に見えるか。勇者」

  じり、じり、とお互いに距離を取る。
  セイバーの思考にあるのは一点。
  『一刻も早く、戦力を使わずにこの戦闘を終わらせるにはどうすればいいか』だった。
  長時間の戦闘は避けたい。
  魔力量の少ない岬をマスターに持つ以上、魔力事情には気をつけなければならない。
  戦闘で敵を倒すために『天空の剣』や『ギガデイン』の真名解放を行えば、魔力を大きく消費することになる。
  それに実体化だって魔力消費はただじゃない。実体化し、戦いを続ける間は岬の魔力を消費し続けることになる。
  岬が動けなくなってしまえば、それだけでこの決闘の行方は決まったも同然だ。

  ならばどうするか。
  本来ならば、逃げるべきだろう。
  セイバーは仕切り直しのスキルを持っているので、逃げきれる可能性は高い。
  だが、セイバーの仕切り直しは逸話として失敗することがある。失敗すれば格好の的だ。宝具や魔術を、岬にぶつけられることになる。

  だとすれば、戦って、逃げるチャンスを生み出すか、相手を倒すしかない。
  話し合いで済む相手だとは、初対面の時から思っていない。
  セイバーの血が、逃れられぬ宿命を告げている。目の前の相手の正体を告げている。

「そうか……魔王、だな!」

  カバ―――魔王は何も言わない。
  ただ、息を大きく吸い込み、口から激しい炎を吐いた。


69 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:24:13 qcdHjUuw0

  セイバーは盾を構える。天空の盾はブレス系の攻撃に強い。当然防ぎきる。
  セイバーの後ろで縮こまっている岬も当然無事だ。
  周辺の木の幾つかに火が燃え移るが、それも問題はない。

  白刃が空中を走り、今まさに延焼しようとしていた木々の燃えている部分だけを切り捨てる。
  地面に落ちた火種が、返す刀で両断され、勢いを失って鎮火した。

  そして、剣を振るった勢いをそのままに、「おお!」とも「はあ!」取れぬ掛け声をかけながら魔王に肉薄する。
  セイバーの髪が木漏れ日を浴びて瑠璃色に輝く。
  瑠璃色の閃光に魔王が目を細め、愚鈍な動きで次の動作に備えて動き出す。
  だが、攻撃を放ちきって隙があった魔王よりもセイバーの方が速い。剣を振りかぶり、袈裟に斬り下ろす。

  肉を裂く音。
  血の飛び散る音。
  「ぐふっ」という少々間の抜けた魔王の叫び声。
  一撃が綺麗に入った。会心とまではいかないが、なかなかの太刀筋だ。
  だが、斬られた魔王も黙っていない。すかさず右手を突き出して反撃する。
  その打撃を、今度も左手に装備した天空の盾で防ぎきり、右手に装備した天空の剣の柄で腹を横殴りに殴る。
  真新しい傷口に衝撃を受け、ぎゃあっと悲鳴を上げる魔王。そしてそのままの勢いで後ろに吹っ飛ぶ。
  後ろに吹っ飛び、体勢を立て直し、距離を離し、移動を始める。

  セイバーは再び考える。
  今ここで逃げるべきだろうか。
  しかし、と足元で燻る木切れを見る。
  もし、あの魔王が火を噴けば、森林公園はたちまち火の海になり、逃げている最中も火に炙られることになる。
  英霊であるセイバーはまだしも、岬や、関係のないNPCが火の海の中で無事で済むわけがない。
  ならば、追いかけてここで討つか、追いかけて岬が逃げ切るまで時間を稼ぐか。
  どちらにしろ、追うのが得策だろう。
  そう判断したセイバーは、まず後ろでまだ縮こまっている岬に声をかけた。

「マスター、隠れててくれ。逃げる必要があったら念話を送る」

「えっ?」

  岬からの返答を待たずに、駆け出す。
  幸い、岬一人ならば(魔力が少ないので)他のマスターやサーヴァントが来てもマスターとバレる可能性は極低い。
  それに、魔王側も、勇者の猛攻を掻い潜って岬には到達できない。
  ならば、今だけは、セイバーが近くに居ないほうが安全だろう。


70 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:25:51 qcdHjUuw0

◇◇◇

  どうやら件の魔王の敏捷はかなり低いらしく、セイバーが本気で追いかけていると数秒もせずに追いつけた。
  たどり着いたのはだだっ広い空間。森林公園内で、森の間に作られた休憩用の東屋といくつかの遊具が飾られた場所。
  その東屋の屋根の上で、魔王は天に向かって両手を掲げていた。
  大技が来る。
  理解したセイバーの動作は早かった。
  既に装備していた天空の盾・天空の剣についで天空の鎧も装備。大技に備える。
  魔王が両手を正面に突き出し、同時に呪文を唱える。

「『イオナズン』!!!」

  放たれた光球が四方八方に飛び交い、爆裂する。
  遊具が吹っ飛び、地面がえぐれ、地形を変えていく。
  しかし、セイバーにはかすり傷程度のダメージも入らない。当然だ。この程度の魔術ならば天空装備無しでも受けきれるのだから。
  剣を構え、土埃の向こう側を動いているであろう魔王の気配を探る。
  臨戦態勢の魔王の気配を感じ逃すはずがない。場所は正面右前、一時の方向。

「はぁっ!!」

  振るった剣が再び肉を裂く。手応えが薄い。
  体勢を整えるよりも早く、土埃を振り払って魔王が現れて再び両手をセイバーに向けてかざす。

「『メダパニ』!!!」

  唱えてすぐに拳を振りかぶる魔王。左手でセイバーが剣を持つ右手を狙った手刀の一撃を繰り出した。
  セイバーは一切惑わされることなく、その手刀をいなし、逆に一歩飛び退って飛び込んできた魔王に対してもう一線剣撃を食らわせる。
  魔王がつきだしていた左手が吹き飛ぶ。
  聞くに堪えない恐ろしい悲鳴がこだまする。

  セイバーは確信した。
  この魔王は、『弱い』。
  クラスが適合していないのか、英霊としての格が足りないのか、それとも相性の問題か、セイバーとは天と地ほどの性能差がある。
  追ってきたのは正解だった。下手に逃げていれば戦力で優っているのに相手に主導権を握られることになっていただろう。
  そう考え、踏み込み、仰け反っていた魔王に横薙ぎに一閃斬りかかる。

  ざぐりという鈍い音。音は鈍いがまだ浅い。
  セイバーの背骨ごと真っ二つにする勢いで放った斬撃も、すんでのところでかわされてしまう。
  魔王は、無茶苦茶に身体を捩っていた。捩った分だけ身体がずれ、その分わずかに斬撃から逃れていたようだ。
  だが、存外無傷というわけではない。
  切っ先数センチで切り飛ばされただけに終わったが、その衝撃を殺しきれず、ぐるぐると回転してずべしゃと音を立てて地面に這いつくばる。
  地面が赤く染まる。腹に添えられた魔王の右手から、皮膚の色ともローブの色とも違う、鮮やかな内蔵がまろびでる。

「ぐ、お、お、お……」

  地獄の底から響くような唸り声。人間が聞けば、恐れ慄き泣き叫ぶであろう声。
  勇者セイバーは揺るがない。
  格付けは終わった。
  この『魔王』はもう、どうあがいてもセイバーには勝てない。
  あと数分どころか、数秒もあれば、魔王を倒すことが出来る。その確信があった。

「相手が悪かったな」

  セイバーが語りかけると、魔王は顔を上げ。
  その顔を不敵に引き攣らせて、右手を勇者めがけて突き出しこう唱えた。

「『バシルーラ』!!!!」


71 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:26:54 qcdHjUuw0

  セイバーに呪文は効かない。
  この点については、あれだけ魔法を放った魔王も気付いているはずだ。
  ならばなぜ、悪あがきのように魔法を打つのか。セイバーは少しだけ、
  セイバーの心に引っかかるのがもう一つ。
  『イオナズン』『メダパニ』。
  聞いたことのある呪文が二つ。
  そして『バシルーラ』。これは聞いたことがないが、よく似た名前の『ルーラ』という呪文がある。
  相手に向かって手を掲げて使った、ということは……

「きゃっ! な、なに、なに、これ……」

  不意に挟まる、戦場にはふさわしくない声。
  セイバーが聞き慣れた、この場所では聞くはずがないと思っていた声。
  セイバーは意識をバラモスにも向けたまま振り返る。
  魔王と勇者の延長上、勇者のほぼ真後ろに、浮き上がっているセイバーのマスター・中原岬が居た。

  隠れているようにと言い、置いてきた彼女が、なぜかセイバーたちの戦場の方へ来ていた。
  それをバラモスは目ざとく見つけて、『バシルーラ』をかけた。
  通常の魔法ならばセイバーに無効化されると理解した上で、『対象を一人に限定する呪文』を唱えたということだ。

「マスター!」

  岬は、悲鳴を上げる間もなく吹っ飛んで行く。方角的には、B-5方面。岬の家がある方角へ。
  セイバーの予感は的中していた。
  『ルーラ』が転移魔法ならば、『バシルーラ』は強制転移魔法。相手を何処かへ吹っ飛ばす魔法、ということだろう。

  やってくれたな、と魔王の方を睨むと、魔王は弱々しくも誇らしげに笑っていた。

「そなたのマスターを、ただ送り返してやったと思うか?」
「『バシルーラ』は魔術じゃ。宝具ほどではないにせよ、強い魔力の反応を示す」
「魔術の反応が、目立つ空中を大きく動けば……誰かに見つかる可能性は低くはない」

  セイバーが舌打ちをして剣を向けると、魔王はその傷からは予測ができないほどに機敏な動きで飛び上がり、距離をとった。
  再び腹部を覆っていた右手を外す。内蔵が見当たらない。傷口がふさがっている。

「わしが本気で抵抗したところで、あと数分もあればそなたはわしを殺せるじゃろう」
「だが、その数分で、他のマスターがあの少女を見つけ出し、殺すやもしれぬ」

  確かに、あれだけ強い魔力で飛行しているところを見れば、少しくらい魔術に覚えがあれば場所の特定は容易だろう。
  さらに言えば、岬に戦闘力はなく、交渉が出来るようなタチではない。
  好戦的な主従に見つかってしまえば、それだけでアウトだ。

「さあ、どうする勇者」
「わしは魔王。逃げはせん。死ぬ瞬間まで貴様の絶望のために戦うぞ」

  死にかけの魔王は、にたにたと気色の悪い笑顔で囁く。
  自身の命すら捨て駒にしようというその一種異様な光景。
  その様子を見て、セイバーは―――


72 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:28:07 qcdHjUuw0

◇◇◇

  セイバーは走っていた。
  ただひたすらに走っていた。
  臆病風に吹かれたわけではない。あのまま戦えば絶対に勝てるという自負があった。
  それでも、魔王に背を向けてひたすら走っていた。


『嫌いにならないで下さい』
『裏切らないで下さい』
『側にいて下さい』


  出会ってすぐに執行された三つの絶対命令権。
  そんな大雑把な命令にどれほどの強制力がある。
  魔術の覚えのない岬の令呪が、最高峰の対魔力を持つセイバーに対してどれほどの意味を持つ。
  彼女もそのことになんとなく気付いていたのかもしれない。
  だから最後に、こう付け加えた。


『約束……守ってね』


  どんな魔法よりも強く。
  どんな睦言よりも甘く。
  どんな呪いよりも残酷。
  勇者は、その一言で心を釘付けにされた心地だった。

  なんてことはない一言だ。
  でも、『約束』なんだ。
  彼女にとって、心の底から絞り出した願いだ。

  泣くことも出来ず、誰にも伝えることも出来ず。世界の皆が繋いだ手と手の輪からはじき出されて、俯いていた少女。
  自身の心を伝えることも出来ない、不器用で、儚い、ガラス細工のような少女。
  一人で物語を終わらせようとしている、とても強くてとても弱い少女。

  彼女が、精一杯の勇気を振り絞って告げた『約束』。
  それは、令呪なんて薄っぺらな繋がりではなく、もっと深く、もっと濃い、彼女の『心』だった。
  それを反故にすることは、少なくともセイバーには出来なかった。
  だから、あの時『逃げろ』ではなく『隠れていろ』といった。
  『逃げろ』と言えば、彼女はセイバーとの間に、また隔たりを受け取ってしまうとわかっていたから。
  だから、今全力で走っている。
  少しでも早く、彼女の傍に帰れるように。

  セイバーが魔王を放置して飛ばされた彼女を追う理由は、『約束したから』。それだけで十分だった。


73 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:28:52 qcdHjUuw0

  実体化を解かずに全速力で、風よりも早く街を駆け抜け。
  霊体化して、建物を通り抜けて部屋に飛び込む。
  飛び込んだ先は、岬の部屋。
  そこには、先ほど別れた時と同じ、きょとんとしている岬が居た。

「よくあたしが家に帰ってるってわかったね。すごい。もしかして超能力者?」

「違うよ……似てたんだ。俺の世界の呪文とね」

  あの呪文(バシルーラ)には、セイバーもなんとなく覚えがあった。
  空間転移呪文。ルーラのバリエーションのようなものだろう。
  だとすれば、移動する場所は決まっている。
  この聖杯戦争の地で岬が行ったことがある場所は、家か、図書館か、劇場かくらいだ。
  飛んでいった方向的にも、家に返された可能性が高いと踏んで、当てずっぽうで家に帰ってきただけにすぎない。

  セイバーの説明を聞くと、岬は少しだけふさぎ込み、そして真剣な表情でこう尋ねた。

「倒したの?」

「……いや」

「……そっか」

  沈黙が流れる。
  こち、こちという時計が時間を刻む音だけが、二人の間を行き来する。
  岬はなにも喋ろうとせず、ただ、答えを探っているようにも見えた。
  セイバーには彼女の求めているものは分からなかった。

「……なんで?」

  しばらくの沈黙の後、岬が口を開く。
  どこを指しているのかもわからない問いかけ。

「……レイさんは、勇者なんだよね。 で、あれ、悪いカバだったでしょ?」

  そこまで説明を聞いてようやく得心が行く。
  つまり、魔王討伐ではなく、岬を優先したのはなぜか、という問いかけだったらしい。
  決まりきっている。『約束したから』だ。
  でも、そんなことを言えば、彼女がどう思うだろうか。
  約束がセイバーを追い詰めた、などと勘違いしてしまうかもしれない。
  岬は、自分のことを『最低』だと思っている。だからセイバーは、本当の答えを口に出せなかった。


74 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:31:11 qcdHjUuw0

「マスターは、なんで隠れてなかったんだ」

  そして、苦し紛れのようにそう問いかけ返す。
  あまりにちぐはぐなやりとりだと気付き、セイバーは苦笑しかける。
  だが、岬はとても真剣な表情でセイバーの方を見つめ続けていた。

「約束、したからです」

「……」

「ずっと傍に居てって約束しました。あたしの方から。
 なのに、あたしだけ隠れてるって。うーん、どうなんだろ。間違ってると思ったので」

  岬の答えは、直球だった。
  隔てることもなく、隠すこともなく。
  一人と一人の約束は一人と一人のもの。
  隔てるも隠すもあったことではない。

  嫌いにならないと約束した。
  裏切らないと約束した。
  側にいると約束した。
  それは事実。
  一人と一人の間にある、これからも変わらない、令呪3つ分の――いや、既に令呪3つ分を超えた、さらに大きな真実。

  セイバーはその答えを聞いて、こう答えた。

「俺も、同じさ」

「……」

「約束したから。そばにいるって。だから、走って帰ってきたんだ」

  じっと見つめられて少し気恥ずかしくなって、そう付け加えた。偽りのない真実を。
  その答えを聞いて、岬はよく分からない表情をして。
  そのまますこしだけ満足そうに目を細めて、大きく背伸びをした。

「まだお昼前だね。これからどうしよっか」

「外出、それも少し遠出したほうがいい。さっきの呪文で、人が寄ってくるかもしれない」

「そういえば、呪文って、レイさんも使えるの?」

「どうだろう。使えるんじゃないかな」

「空とか飛べちゃう?」

「……気に入ったのか」

  森林公園から強制的に家に帰され。
  やることを再び失ってしまった一人と一人。
  それでも、一人と一人は、少しだけ、『人』に近づけたのかもしれない。


75 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:32:15 qcdHjUuw0

【D-5/中原岬の家/一日目 午前】

【中原岬@NHKにようこそ!】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]なし
[装備]なし
[道具]カッターナイフ
[所持金]あまり使えないんです。お世話になってるから。
[思考・状況]
基本行動方針:なにを願っていたんだろう
0.寂しい
1.約束したんです
2.もう少しどこかに出かける
3.悪いカバを警戒
[備考]
※悪いカバ(まおうバラモス)を確認しました。魔術については実際に目にしましたが理解が及んでいません。
※バシルーラでD-6→D-5を移動しました。魔力察知に優れた人物に所在地を感付かれた可能性があります。


【セイバー(勇者レイ)@DRAGON QUEST IV 導かれし者たち】
[状態]魔力消費(小) 霊体化中
[装備]天空の剣、天空の鎧、天空の盾
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:岬の傍に居る
1.魔王を倒す必要がある……か?
2.できるだけ宝具の解放や長時間の戦闘は避けたい。
[備考]
※偽アサシン(まおうバラモス)を確認しました。イオナズン・メダパニ・バシルーラも把握しました。呪文系統の合致から、よく似た平行世界の魔王であると認識しています。
※バシルーラの効果で人が集まることを懸念しています。


76 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:33:34 qcdHjUuw0

◆◆◆

「わははは、ははは、はは……」

どすんと音を立てて巨体が地に沈む。
倒れ伏した魔王―――偽アサシンこと宝具『まおうバラモス』は、傷だらけの身体で高らかに笑っていた。

息も絶え絶え。
HPにすればニ桁までは行かないものの三桁前半までは減らされているだろう。
傷は深く、疲労もそれなり、まさに死に体。
しかし、バラモスは勝利の喜悦に酔いしれていた。

「勇者め、魔王相手に逃亡とは、情けない……」

地面に突っ伏したままでぐふ、ぐふと喉を鳴らして笑う。
勇者と出会ってしまい、彼と戦うことになったのは完全に失策だった。
しかもあの強さ、間違いなくセイバーのサーヴァントとして顕現したのだろう。
攻撃を仕掛けようとしても物凄い速さで反応された。
虚を突いて逃走を図ってもすぐさま追いつかれた。
切り結べば力負け。
呪文は一切通らない。
打つ手なしとはまさにこの事、と言わんばかりの戦況で、それでも天は彼を見捨てなかった。

勇者のマスターたる少女が、のこのこと戦場に戻ってきたのだ。
少女に戦闘能力がないというのは、最初の一撃で把握済みだ。
あんな隙だらけの防御ならば、勇者さえ居なければぶち殺せる。
バラモスでぶち殺せるなら、他の英霊ならば消し炭だ。塵に返せる。

だからこそ、彼は大博打に出た。
得意技の一つである『バシルーラ』でマスターをふっ飛ばし、勇者である以前にサーヴァントであるセイバーに揺さぶりをかける。
結果は、大成功だった。
力あるものが力なきものから逃げる。
バラモスが力なきもの扱いというのは少々癪にさわるが、それでも、勇者をやりこめてやったのは気分が良かった。

寝返りをうち、天を仰ぐ。
切り落とされた左手は、そろそろ回復が終わる。


77 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:34:28 qcdHjUuw0

左手がくっついたのを確認して、バラモスは立ち上がり移動を再開した。
イオナズンの爆音を聞いて他の参加者が集まれば、今度こそおしまいだ。
痛む身体を引きずりながら、森林公園の外周、山林部へと身を隠した。
これで、やたらめったらに見つかることはないはずだ。

「しかし、傷をもらいすぎたな……」

樹の根元に座り、身体を眺める。
血こそ流れてないが、かなりの深さの生傷がいくつも走っている。
しばらく時間をおけば問題なく治るだろうが、その『しばらく』の間はあまり動きまわらないほうがいいだろう。
とにかく、まずは身を潜める。
身を潜め、自身のスキルとゾーマ・たまからの魔力によって傷が塞がるのを待つ。
一箇所にとどまるのは危険を伴うので、できるだけ点々としながら全快を待つ。

全快後に動くにしても、今回のようなヘマをしないように、常に遮蔽物を利用するべきだ。

「なにより、休息じゃ。
 その後に、あの少女……フェイト・テスタロッサを探すとしよう」

頭のなかに浮かぶのは、主たるゾーマとの密約。
戦うな、というのは破ってしまったが、生きているのだ、これはセーフ。
図書館に近づくな、というのも守っている。バラモスとて大魔王、死にに行くほど馬鹿じゃない。
市民を襲うな、というのは破っていない。今はまだ。
フェイトという少女についてなにか思うところがあるらしい。ならば、最大限便宜を図るのが臣下としての使命だろう。

「どこに居るか……この周辺ならいいが……」

そこまで考えて、ふ、と。
主たるゾーマに今回の交戦のことを伝えるべきかどうか、という疑問がわいた。
だが、そんなもの、すぐに結論が出た。

「『勇者を見つけたから』なんぞで帰っておっては時間が足りぬわ」

勇者が居るのはバラモスもゾーマも想定内だ。
というよりも、英霊として呼ばれるならば皆が皆勇者レベルのものたちだ。
一体見つけて飛んで帰って大魔王の手をわずらわせるほどのことだろうか。
バラモスは、それを非と判断した。
異世界の勇者がどれだけ居ようが、ただの参加者。
ゾーマを討った『ゆうしゃロト』が居るならば話は別だが、それ以外は須らく平等に『ただの敵』として扱う。
それで十分だ。

「さて、動くか……少しでも、人目のつかぬ場所へ……」

バラモスは再び、山林部の更に奥へと向かって歩き出した。
まだまだ深いが、それでも動けるくらいには快復した身体を引きずって。


78 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:35:21 qcdHjUuw0

【D-6/森林公園/一日目 午前】

【偽アサシン(宝具『まおうバラモス』)@ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ】
[状態]ダメージ(中)、疲労(小)、自動回復中
[思考・状況]
基本行動方針:大魔王城完成まで図書館には近寄らずに情報収集
0.早朝まで生きて残り、参加者の情報を大魔王ゾーマに伝える。
1.しばらく休む。そのためにも山林を移動。
2.参加者を警戒しながら情報収集。全快まで戦いは避ける。
3.フェイト・テスタロッサを捜索。
[備考]
※中原岬&セイバー(レイ)を確認しました。セイバーが勇者であることも気付いています。
※遮蔽物がある場合気配遮断もあって発見しにくいですが、見つかるときは見つかります。
※宝具であるため念話・霊体化は使えません。魔力はアサシン(ゾーマ)のものを使用します。
 また、実際のバラモスとは違って状況によって思考判断を行い、分が悪ければ防御・撤退もします。
※彼の持つ気配遮断:Eは『NPCには見つからない』『参加者には隠れていれば見つからない』程度です。
 参加者に一人で歩いているところを見られれば見つかります。
※『NPCを極力殺さない』というゾーマの命令を守ります。ただし極力なので必要に応じて殺します。
※早朝、もしくは非常時と判断した場合にのみ廃教会に帰ってきます。
※フェイト・テスタロッサを見つけた場合、彼女の危険性を判断します。
 危険ではないと判断した場合、保護を申し出て教会まで連れ帰るつもりです。(ただし生存優先のため、危険であると判断した場合は交戦・逃走もやむなし)

※バシルーラは相手を拠点(おうち)に送り返します。ただし英霊相手には余程のことがない限り効果がありません。
※D-6 一部にイオナズンが撃ち込まれた跡があります。もしかしたら音も聞こえているかもしれません。


79 : 約束/まおゆう 魔王勇者 ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/08(水) 07:35:50 qcdHjUuw0
投下終了です
誤字脱字、修正箇所、矛盾指摘などあればお手数ですがお願いします


80 : 名無しさん :2015/07/08(水) 11:06:33 LjSi1K.c0
投下乙です

開幕3画令呪ブッパの心が効いてるなあ
岬とセイバーのやりとりから暖かみと切なさが伝わってきて好きです
あと小ネタで仕切り直し(まわりこまれる可能性がある)にクスリと来ました
バラモスはうん、確かに相手が悪かった
むしろバシルーラの機転をよく働かせたよ
フェイトちゃん探し陣営に見つかってしまうのか......?


81 : 名無しさん :2015/07/08(水) 19:04:45 Gj6P.4pM0
投下来てた!乙です!
おお、この主従もいいなあ
登場話で描かれていた三つの約束を実にうまく絡めてますね
「深く心に刻み込んだ」といい、仕切り直しのファンブルといい、ドラクエネタの自然な入れ方にもニヤリ
偽アサシンことバラモスとの戦闘はセイバークラスの面目躍如というにふさわしいものでしたが、そこはバラモスも魔王、奸智でもって一矢報いて命を繋ぐかー
一人ごちるバラモスの考えのあれこれも今後を思わせてわくわくさせてくれます
改めて、投下乙でした


82 : 名無しさん :2015/07/09(木) 22:20:33 61J4/Vss0
投下乙です
なぜだろう。呼んでる途中バラモスを応援してしまいました。圧倒的に弱いうえにカバ扱いされて可哀想だからでしょうか
でも対象に魔術の気配を纏わせながら家に飛ばすバシルーラの性能はマスター相手には結構えぐい


83 : 名無しさん :2015/07/16(木) 05:47:37 rpDXTWK20
例のアレ


未登場
玲&エンブリオ(ある少女)
フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)


登場済

[早朝]
【B-5】桂たま
【B-4-B-5】アサシン(ゾーマ)
【C-2】白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)、雪崎絵理
【C-3】高町なのは、キャスター(木原マサキ)
【D-3】ララ、アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド/ジャック・ザ・スプリンガルド)
【D-5】大道寺知世&アサシン(プライド/セリム・ブラッドレイ)
【D-7】シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)
【????】バーサーカー(チェーンソー男)

[午前]
【B-1】海野藻屑
【C-2】輿水幸子
【C-4】クリエーター(クリシュナ)
【D-1】アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
【D-2】山田なぎさ、アサシン(クロメ)
    木之本桜&セイバー(沖田総司)
    蜂谷あい&キャスター(アリス)
    星輝子&ライダー(ばいきんまん)
    大井、アーチャー(我望光明)
    双葉杏&ランサー(ジバニャン)
【D-3】諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
    江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
【D-5】中原岬&セイバー(レイ/男勇者)
【D-6】偽アサシン(宝具『まおうバラモス』)
【????】ルーラー(雪華綺晶)

場所確認用のやつ
ttp://download1.getuploader.com/g/hougakurowa/4/%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%9C%B0%E5%9B%B3.png


84 : 名無しさん :2015/07/16(木) 09:11:32 WQFGaXho0
こうして見るとラスボス多いなw


85 : 名無しさん :2015/07/16(木) 22:14:04 NUmA7umk0
ある少女は扱いが難しそう
さいはてに入れたら結構な数のキャラが入り浸りそうだ…こっちのさいはての規模がどんなもんだかわからんけど


86 : 名無しさん :2015/07/16(木) 23:52:49 WQFGaXho0
候補作の中で『町』と『商店街』について言及されてたから
最低でもまんなか区と夕焼けの商店街はあると思う


87 : ◆ACfa2i33Dc :2015/07/18(土) 05:29:31 Fh001J86O
>>13の面子で再予約します
本当に申し訳ありません


88 : 名無しさん :2015/07/18(土) 08:39:41 vCdlMeng0
>>85
宝具やスキルから見るに友好的かつ即戦力になりそうな昼食会メンバーならばさいはて内限定の独立鯖として召喚できそうではある
具体的にはタグチ、はっしー、ぐりぐら、蒔田あたりか


89 : 名無しさん :2015/07/18(土) 10:45:05 jGervOq20
おお、再予約来た!
お気になさらず、楽しみに待ってますよ


90 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/20(月) 08:06:42 nKKRv/vI0
自己リレーになりますが

白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)
雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男)

予約します


91 : 名無しさん :2015/07/20(月) 12:07:22 wnLAIzMA0
おお、こちらも…楽しみです


92 : ◆2lsK9hNTNE :2015/07/25(土) 00:15:59 LHCvhp6o0
一人は自己リレーですが

高町なのはと森の音楽家クラムベリー

予約します


93 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/27(月) 04:04:44 AXBVLIK60
間に合わないと判断したので現予約を破棄します
申し訳ありません


94 : ◆2lsK9hNTNE :2015/08/01(土) 00:04:59 TQrcbT5.0
遅くなりました
高町なのは
森の音楽家クラムベリー
投下します


95 : ホワイト&ローズ ◆2lsK9hNTNE :2015/08/01(土) 00:07:02 TQrcbT5.0
「この写真の子を見ませんでしたか。フェイト・テスタロッサっていうんです」

男は首を振り、なのはは礼を言ってまた別の男に尋ねる。そんなやりとりをもう何度も繰り返してきた。
家を飛び出してから数時間。ずっとフェイトを探しているが、未だ手掛かりは得られていない。
考えてみれば当然だった。見えない壁で仕切られているとはいえ、聖杯戦争の舞台は狭くない。
フェイトも、自分が追われていることを知って、どこかに隠れているかもしれない。なのは一人が考えなしに探したところで見つかるわけがなかった。

足の裏が痛む。
今からでも念話でキャスターに協力を頼もうかとも思ったが、今も聖杯戦争の解析をしていると思われる彼に、さらに負担を強いるのは躊躇いがあった。
やっぱり一人で探そうと決意したところでお腹が、ぐう、となった。そういえばまだお昼を食べていなかった。
いざというときに空腹で倒れたりしたら元も子もない。辺りと見ると民家ばかりの中に一見だけ小さなラーメン屋があった。

中に入るとお昼時だけあってそこそこ人がいる。なのは適当に開いているカウンター席に座った。
家族や友達を連れずに飲食店に入るのは初めてだったので、少し緊張した。
メニューを見て、一番安い醤油ラーメンを注文する。

「あの、この子しりませんか? フェイト・テスタロッサって名前なんですけど」

店員に聞いてみたが「知らないっすねぇ」と言って厨房に戻っていった。
周りの客にも聞いてみたが、芳しい返事は得られなかった。

「隣り、よろしいでしょうか」

すぐ横から女性の声がしてなのはは「どうぞ」と答えた。遅れて声の方に視線をやり、その姿にぎょっとした。
今は春だというのに、その女性は黒く長いコートで全身を隠し、頭をフードで覆っていた。ハッキリ言って怪しい格好だった。
なのはは相手を注意深く見る。と、ぼんやりと頭の中に画が浮かび上がってきた。
前にも見たことがあるような画だった。あれは初めてキャスターとあった日、聖杯から与えられた記憶を便りにキャスターのステータスを見ようとして……

――サーヴァント!

なのはは心の中で叫んだ。間違いない。これはサーヴァントをステータスを表す画だ。
つまりこの女性はサーヴァント。それもクラスは対魔力を持つアーチャーだ。

隣りに座られて、なのはは慌てて正面を向いた。
魔法で戦うなのはでは高い対魔力を持つ相手には太刀打ちできない。
次元連結システムを使えば別だが、あれはなのはにも制御しきれない。こんなところで使えば大惨事になりかねない。
それ以前に人のいるところで戦闘をすること自体、なのはにとっては論外だ。絶対にマスターであることがバレてはいけない。
だがそんな思いを打ち砕く言葉がアーチャーの口から発せられた。

「フェイト・テスタロッサを探しているようですね」

反射的にレイジングハートに伸びそうになった手をアーチャーが掴んだ。
瞬きよりも速い一瞬だった。なのはは自分の手が締め付けられる感触がして、初めて掴まれていることに気づいた。

「そう構えないでください。戦うつもりなら声をかけたりしませんよ」

そう言ってアーチャーが手を離す。注文を聞く店員に味噌ラーメンを頼むんだ。
なのはは瞳に警戒の色を浮かべて言う。

「それじゃあ……なんのようですか?」
「フェイト・テスタロッサのことを聞いてまわっているそうですね」

ドキリとする。あんな探し方をしていたら、いずれ他の参加者の耳に入ることはわかっていたが、こんな早いとは思っていなかった。


96 : ホワイト&ローズ ◆2lsK9hNTNE :2015/08/01(土) 00:08:26 TQrcbT5.0

「フェイト・テスタロッサを探すのは変なことではありません。
しかし道行くに人にたずねて回るというのは、令呪欲しさにしてはリスクの高いやりかたです。
あなたは個人的にフェイト・テスタロッサのことを知っており、彼女を守るために探している。違いますか?」

心臓の鼓動が速くなっていく。なのはは何も答えられない。沈黙をイエスと受け取ったのかアーチャーが続ける。

「そこで提案なんですが……私と協力しませんか?」
「え?」
「協力と言っても難しい話ではありません。フェイト・テスタロッサを見つけたらお互い連絡しよういうだけです」
「ちょ……ちょっと待ってください! えっと、それはつまりあなたもフェイトちゃんを守りたいってことですか?」
「はい」

本当ならなのはにとっては願ってもない申し出だった。ついさっき一人で見つけるのは難しいと考えたばかりなのだ。
しかしだからといって簡単に信用することはできない。フェイトは今すべてのマスターから狙われてもおかしくない立場なのだ。
このアーチャーもなのはから居場所を聞いたあとで裏切るつもりかもしれない。

「私はかつてこの聖杯戦争と同じくらい……いえ、それよりも悲惨な催しに参加していたことがあります」

そんななのはの思いを察したのかのようにアーチャーが口を開く。

「勝ち残ったところで報酬があるわけでもなく、負ければ死ぬ。
途中で抜けることも許されず、生きるには他の誰かを犠牲にするしかない。地獄のような殺し合いです。
私の目の前でもまだ若い男の子がひとり死にました。そして私自身もその戦いで……
あんな理不尽な出来事は絶対にあっては行けません。
ルーラーがなぜフェイト・テスタロッサを捕まえたいのかはわかりませんが、聖杯戦争など取り仕切る輩がまともとは思えない。
フェイト・テスタロッサの居場所を教えたくないなら、あなたや他の誰かがサーヴァントに襲われたときでも構わない。私を呼んでくれませんか。
私はもう誰かが死ぬのを見たくないのです」

アーチャーから語られる光景の凄惨さは今のなのはではいくら考えても想像できない。
だがアーチャーの声から彼女が戦いの中で感じた悲しみが、そして今の彼女を悲壮な想いが、伝わってくるような気がした。
なのは両手を握りしめ決心した。この人を信じようと。
こんな悲しい声を出す人が嘘をついているはずがない。

「わかりました。一緒にフェイトちゃんを探してください」
「ありがとうございます」

アーチャーはそう言って手を差し出す。なのは一瞬それが何を意味しているのか考え、すぐにその手を握り返した。
キャスターのときとは違う。アーチャーが求めているのは間違いなく握手だった。

「それでは――」
「お待たせっしたぁー、ご注文のしなぁいじょでおそろいでしょかー」

アーチャーの言葉を遮るようにラーメンが置かれる。彼女は肩を竦めた。

「込み入った話はあとにしましょう。そういえばあなたの名前は?」
「高町なのはです」


97 : ホワイト&ローズ ◆2lsK9hNTNE :2015/08/01(土) 00:10:18 TQrcbT5.0

それから二人はラーメンを食べながらいろんなことを話した。好きな食べ物とか趣味とか、そういった他愛もない話だ。
途中でキャスターの忠告を思い出して、こんな話をしていていいのだろうかと思ったが、アーチャーは「できるときに心をリラックスさせるのも大切ですよ」と言った。
会計のときになってアーチャーが手持ちがないことを思い出し、なのはがお金を払った。小学生には痛い出費だった。

外に出たあとアーチャーは「それでは連絡方法を決めましょう」と言った。

「私は生憎、通信に使えるようなものは持っていないので、何かあったときは公衆電話か誰かの携帯を借りて連絡します。あなたは――」
「あ、わたしの方はたぶん大丈夫だと思います。えっと……」
『聞こえますか?』

なのはは念話でアーチャーに話しかけた。僅かに覗いたアーチャーの顔が驚きに染まっていた。

「驚きました。あなたは自分のサーヴァント以外にも念話ができるのですか?」
「はい。サーヴァントとする普通の念話とは原理が違うとちょっと違うんですけど、一応」
「それはそれは……」

一瞬、僅かに覗いたアーチャーの顔が残念そうに見えた。
しかしそんな顔をする理由も思い当たらなかったので、気のせいだろうと思いすぐに忘れた。

「では私はフェイト・テスタロッサの捜索に戻ります。また会いましょう」
「あの、最後に一つだけ聞いてもいいですか?」

立ち去ろうとしたアーチャーが足を止める。振り向かず、背中を向けたまま言った

「なんでしょう」
「どうしてそんな格好をしてるんですか?」
「ああ、これですか」

アーチャーが振り向いた。指でフードを持ち上げ、中を見せる。そこには青い薔薇の花があしらわれていた。

「なにぶん目立つ容姿をしているで隠してるんですよ。まあこれはこれで目立つんですが」

そう言い残し、今度こそアーチャーは立ち去った。
なのははアーチャーが見えなくなったあと、小さく「よし」と言った。改めてフェイトを見つけることを固く決意する。
しかし気がかりが一つだけあった。

「ねえレイジングハート、やっぱりいつもみたいに話さない?」

キャスターは隙を作るからやめろと言ったが、アーチャーはリラックスするのも大事と言った。
それならやっぱりなのははレイジングハートと話したかった。

『いいえ』

レイジングハートは機械的に答える。レイジングハートはキャスターの意見に賛成なのだろうか。


98 : ホワイト&ローズ ◆2lsK9hNTNE :2015/08/01(土) 00:11:35 TQrcbT5.0



アーチャーが高町なのはに接触できたのは、人並み外れた聴覚を持つ魔法少女の中でも並外れた聴覚のおかげだった。
フェイト・テスタロッサの名を何度も口にする少女の声を聞き、十中八九、聖杯戦争の関係者と判断し接近。
セイバーにしたように殺気を飛ばしても、マスターのすぐ側まで近寄っても現れないことから、サーヴァントはいないと判断し協力を持ちかけたのだ。
あとは簡単だった。
呼吸や鼓動、声色などから相手の精神状態を分析し、魔法で感情を揺さぶる声を出して信頼を得る。
魔法少女を一人ひとり、スカウトしていたときにはよく使っていた手だ。特に理屈よりも感情で物事を判断する子供にはよく効く。

もっともフェイト・テスタロッサを守るというのはあながち嘘でもない。
アーチャーはフェイト・テスタロッサを狙って集まってくるサーヴァントとの闘争を求めている。
結果的にだが彼女を守ることにもなるだろう。あくまで彼女を囮として使った上での話だが。

しかし実に惜しい、とアーチャーは思った。
先頃のセイバーのマスターといい、高町なのはといい、素晴らしい素質を持っていた。
魔法少女になり鍛えればどちらも優秀な戦士になれただろう。しかしあの性格で聖杯戦争を生き残れるとは思えない。
本当に惜しい。できるなら生きているうちに会いたかったものだ。

アーチャーはひと気のない路地に辿り着いた。
ビルの壁に足を掛け、反対の足で地面を蹴る。そのまま壁面を垂直に駆け上がり、屋上へと登った。
サーヴァントであり魔法少女でもある彼女は人を探すのに、地道に地上を走り回ったりはしない。その優れた視覚と聴覚を持って高所から探す。

盗んだコートが風にはためいた。これは着たままにしておく。また誰かと接触したくなったときに役に立つかもしれないからだ。
屋上から屋上へ。黒い影が飛び移っていった。



【C-4/ラーメン屋の側/1日目 午後】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]決意
[令呪]残り三画
[装備]“天”のレイジングハート
[道具]通学セット
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1.フェイトを探し、話をする。
2.フェイトを見つけたらアーチャー(森の音楽家クラムベリー)に連絡する
3.もし、フェイトが聖杯を望んでいたら……?
4.キャスターの聖杯戦争解明の手助け。
5.『死神様』事件の解決。小学校へ向かう。

【C-4/ビルの屋上/1日目 午後】

【アーチャー(森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態] 健康
[装備] 黒い、フード付きコート
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 強者との闘争を求める
1. 敵を探す。差し当たってはフェイト・テスタロッサを巡る戦乱に乗じる
※フェイト・テスタロッサを見つけてもなのはに連絡するつもりはありません


99 : ◆2lsK9hNTNE :2015/08/01(土) 00:13:43 TQrcbT5.0
投下終了です
何かミスやキャラ描写の違和感があったら言ってください


100 : 名無しさん :2015/08/01(土) 02:29:01 aGj3vgUA0
投下乙です
なのはの周りに着々と嫌なフラグが…クラムベリーはさすがの周到さというか闘争のためなら努力を惜しまないなあ
繋がりができていくのは見ていて非常に面白い


101 : 名無しさん :2015/08/01(土) 20:45:05 NwwSqO/U0
投下乙です。

クラムベリーが不気味で良かったです
しかし、なのはにはキャスターが、あの木原マサキが居ます…………敵も身内も策謀家って酷い状況ですね!
というか、レイハさんも改造されていて、なのはには味方が一人も居ません
果たして、孤独な彼女の行く先に行く先には、何が待ち構えているのでしょうか…………


102 : ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:36:39 oluq5EWA0
これより>>87の予約内容を投下します
度重なる予約超過本当に申し訳ありません


103 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:37:27 oluq5EWA0

 0:

   かつて町を震撼させた連続殺人鬼

      チェーンソー殺人鬼

          姿を消したかと思われた奴が今

             再びそのチェーンソーを震わせる!


104 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:39:12 oluq5EWA0
 1:


 くしゅん、と英国貴族の伊達男としては似つかわしくないくしゃみを、アサシン――ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイドはあげた。
 サーヴァントは体調を損なうことはない。であるならばこのくしゃみはなにかの予兆か、――幸か不幸か、『くしゃみをするのは噂をされている印』というこの国で冗談交じりに話されるジンクスを彼は知らなかったが――、などと益体もなく思う。

(さもありなん。と言ったところかもな)

 街は噂に溢れていた。
 既に知っている『チェーンソー男』や『包帯男』、アサシンがその正体である『火吹き男』に留まらず。
 不審者や怪事件、都市伝説の類いの噂を探そうとすれば、おそらく数日は事欠かない。

(魔都だな、こりゃあ。
 ――『バネ足』の跳び回ってた頃のイギリスに、よく似ているじゃあないか)

 呼び出されたサーヴァント達。傑物、英雄、あるいは怪人。
 好き勝手に暴れまわる彼等によって、街全体が、幾らか暗い雰囲気を帯びている。
 それが、アサシンがここ数日街を見回って直観として得た感想だった。

(だが、それだからこそ、いい話も聞けるってものだ)

 口さがないおしゃべりに夢中になったり、誰かになにかを話したくて仕方がない人間は、どこにだっているものだ。
 それは18世紀の英国だろうと、現代の日本だろうと変わりはない。
 市民劇場の付近の通り。
 歴史ある、――ウォルター流に口さがない言い方をしてしまえば、古びてくたびれた――、建物の多い一角で、話好きな大人や老人たちから、色々と話を聞き出すことができた。
 中でも興味深かったのが、どうやら小学校に通う子供を抱えているらしい女が話した『死神様』の噂。

 生贄を捧げて『死神』を呼び出すと、憎い相手を殺してもらえる。今時珍しいくらいの古臭い形式の黒魔術だ。
 興味深いのは、そんなあまりにも錆び付いた手法が、小学校という子供達の学び舎で噂され、実際に行われているらしいこと。

(――面白いじゃないか)

 十中八九にして、これは聖杯戦争の絡んだ噂だとアサシンは判断した。
 サーヴァントの仕業だとするなら、魂喰いが目的か、あるいはその回りくどさから考えて他の目的があるか。
 どちらにしろ、小学校を調べてみる価値はある。

 そう当面の方針を決定し、市民劇場から西の方角にある小学校へと向かおうとした瞬間。
 不意に感じた気配に、アサシンはその足を止めた。


105 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:40:07 oluq5EWA0
 ◆

(くだらん街だ。聖杯によって作られたと聞いたが、大したモノではない)

 キャスター――木原マサキがこの街を見て回って一番に得た感想とは、それであった。
 無論、これだけの空間を構築し、そこに住む住人を用意する手腕と技術は大したモノではあるが、それとは別に街の様子はキャスターを失望させるに足るモノだった。
 今通っている裏通りも確かに歴史こそあるのだろうが、逆に言えば、キャスターからすれば古臭い寂れた商店や公共の建物が並ぶだけに過ぎない。
 実際、人通りもほとんどなかった。この街の中でも寂れた区画に当たるのだろう。

(元よりマスターのガキどもを欺くための舞台装置に過ぎんか。
 ……まあいい。主題はそこではない)

 キャスターの目的は、己の『冥王計画(プロジェクト)』の条件を満たすマスターを探すこと。
 そのためにも、キャスターに無用な散策に時間を費やしている時間はない。
 自己保存の特性《スキル》により滅ばぬ自らを餌にして、食いついてくる連中から新たな『木原マサキ』の素材を選別する必要がある。

 今とて、無為にキャスターは行動しているわけではない。
 確固とした目的地を持って、キャスターはとある場所を目指している。

 早朝にルーラーからキャスターのマスターである高町なのはへ――そして、おそらくはこの聖杯戦争の参加者である全てのマスターへ――送られてきた電子メール。
 捕縛命令が下されたフェイト・テスタロッサの事に注意を惹かれ、高町なのははその全文をしっかりと確認することはなかった。
 だが、キャスターは違う。

(『みんなのアイドル 諸星きらりだにぃ☆』、
 ――フン、間抜けばかりでもないらしい)

 くくく、とキャスターが嗤う。
 ルーラーが電子メールに記載していた、聖杯戦争参加者のための掲示板のURLアドレス。
 戯れにアクセスしたキャスターの目に入ったのは、露骨なまでの個人攻撃だった。

(中々に趣味がいい奴がいるようだ。――ひとつ利用させてもらうとしよう)

 諸星きらりがクロかシロかなど、キャスターには興味がない。
 ただ、あのスレッドを見た連中の一部は、間違い無くアレに喰いついてくる。
 その連中の前に出ていき、嘲笑い、品定めをするのも悪くはない。

 既にニュースサイトの内容から検索して、キャスターは事件の起きた高校の住所を調べ終わっている。
 マスターである高町なのはの家から、そう遠くもない場所。
 いや。もっと言えば、彼女の通う小学校の近辺だった。

(あのガキに嗅ぎ付かれるのは避けたいが)

 ……当然だが、これはなのはに類が及ぶのを危惧しての考えではない。
 もしも戦いの気配を嗅ぎつけた高町なのはがレイジングハートを使うことがあれば、聖杯戦争の盤面が変わるような事件が高確率で発生する。
 いつかは間違いなく起こる事態とはいえ、準備ができていない状況でキャスター自ら盤面を加速させる理由はない。
 故にサーヴァントやマスターを引っ張り出すとしても、小学校からは引き離すべきだ。

 歩きながらそこまで考えを纏めていたキャスターは、ふと感じた違和に、足を止めた。


106 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:40:37 oluq5EWA0

 †


(この辺りが目的ってわけじゃあ、ないらしいな)

 市民劇場から幾らか離れた裏通り。
 不意に気配を感じ取ったサーヴァントらしき男を尾行しながら、アサシンは内心でそう呟いていた。
 このくたびれた市街に目立った建築物といえば、ララの歌う市民劇場くらいのものだ。
 故に、サーヴァントがこの周囲を訪れるのならば、市民劇場の噂を聞き付けて調べに来たのではないかという危惧をアサシンは抱いていたのだが。

(方角から察するに、ただの通り道ってところか)

 ならば、彼のマスターであるララの存在が嗅ぎ付けられることはまだない。
 余裕を持って尾行を続けよう、とアサシンは判断した。
 『気配遮断』と『阻まれた顔貌』。この二つの特性《スキル》を同時に発動させたアサシンは、サーヴァントとしての気配を完全に消した上で、更に一般人としての気配も殺した状態にある。
 こうなったアサシンを捉えることは、特殊な手段を使わない限り非常に困難だ。
 そしてこの二つの特性《スキル》により、アサシンは情報収集に徹することができる。
 ある時は気配遮断を解いてNPCと会話し、ある時は気配を遮断し会話を盗み聞く。
 そしてまたある時は、今こうしているようにマスターやサーヴァントを尾行することもできた。

(しかし、なんでコイツは霊体化を解いている?)

 一見無防備に背中を晒しているサーヴァントらしき男の後を追いながらも、アサシンの内心には一つの疑問が芽生えた。
 移動するだけならば、障害物をすり抜けられる霊体の方が便利だ。
 先程のアサシンのようにNPCから話を聞き出したりしているのならばわかるが、目の前のサーヴァントらしき男にその様子はない。
 霊体化もせず、実体を持って気配を巻き散らす姿は、同じサーヴァントの目から見れば、明らかに目立ってしまっている。
 ……いや、アサシンの目には、むしろ"意図的に目立とうとしている"としか見えなかった。

(ふん。面白い、いいじゃないか)

 元々アサシンも、品行方正とは程遠い破天荒な人物だ。
 明らかに道理に合わない、一見無意味を通り越して不利益な行動。
 それを堂々と行うこのサーヴァントらしき男に、アサシンはある種の好奇心を抱いていた。

(暴いてやろうじゃないか。お前の企みをな)


107 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:41:11 oluq5EWA0


 キャスターが差し掛かった十字路、その前方の袋小路。
 コンクリートの塀で作られた、灰色の突き当たりに、標識が一本立っている。

 "これを見るものは
  これを進入禁止の標識として反応せよ"

 標識を視覚が認識した瞬間、五感がそう理解"させられる"。――のを、キャスターは自覚した。

(暗示かなにかか?
 ――くだらん仕掛けだ)

 かけられた本人がそうと自覚できる時点で、暗示としてのランクは高くない。
 キャスターのようなサーヴァントのみならず、マスターにすら容易く破られる類のものだ。

(せいぜい木偶除けががいいところか。違和感にさえ気付けば、この程度の暗示を破るのに特別な手段など必要ない)

 袋小路へと入り込んで、キャスターは意識し標識へと目を凝らす。
 その結果として、標識の傍に宙に浮く人形、――童話の妖精のような――、がいるのを、キャスターは発見した。

「なんだ、お前は」
「行き止まりです。行き止まりの世界です。
 見えるでしょう? 進入禁止の標識。だからここは行き止まりなのです。
 行き止まりの世界なのです」
「莫迦なことを言うな。NPCのような木偶人形ならばそれで騙せるのかもしれんが、この俺には通じん。
 もう一度聞く。貴様はなんだ。使い魔か」

 妖精は、キャスターの問いには答えなかった。
 その代わりに、――"道"が、開いた。

「これは"その他の注意"。
 "この先さいはて"の標識です。お気を付けて」

 何処にも続いている筈のない、灰色の袋小路。
 その先に、ぽっかりと、黒い"道"が、開いていた。

 そしてその"道"へ、躊躇無くキャスターは踏み込んだ。

「――さて、鬼が出るか、蛇が出るか……この俺を招き入れるならば、少しは楽しませてみせろ」


108 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:42:04 oluq5EWA0
 2:Positive Unhappy Crimson Edge


 "道"を抜けたキャスターがまずはじめに見たのは、土の地面と、生い茂る木の他には何ひとつない雑木林だった。
 林の向こうには、先程までいた裏通りとは明らかに様変わりした町が見える。

(固有結界、という奴か)

 固有結界。
 術者の心象により、世界を塗り替える大魔術。
 本来木原マサキの世界にはなかった用語だが、サーヴァント、それも魔術師《キャスター》として召喚された彼は、その知識を聖杯から手に入れていた。

 この推測が当たっているならば、今キャスターが立っているここは敵の陣地だ。本来ならば警戒し、一旦離脱を試みるのも手ではある。
 しかし自己保存の特徴《スキル》を以てすれば、余程の例外がない限りどのような状況だろうと自らに危険が及ぶことはない。
 そして、――『木原マサキ』の器を探すという本筋とは逸れるが――、この固有結界はキャスターにとって非常に興味深いモノだった。
 その理由は2つ。科学者としての知的好奇心、と――

(ここならば、"天"の力を発揮したとて表の街には及ぶまい)

 マスターである高町なのはの持つ、"天"のレイジングハート。
 その力をフルに発揮すれば、間違いなく街は壊滅する。
 別に、キャスターに街への被害を慮るような良心などは存在しない。
 だがルーラーから下されるかもしれない罰則と、他の主従から目を付けられるリスクはある。
 そこで上手くこの固有結界を戦場にしてやる事ができれば、キャスターにとっての懸念の一つは軽減される。

(後ろに"道"は……あるか。ならば撤退のルートは一先ず確保できていると見ていいな。
 結界内の様子を探るとしよう)

 雑木林の中を、キャスターが一歩踏み出す。
 そして、


109 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:42:58 oluq5EWA0

 チェーンソーの音が、鈍く響く。
 鉄塊は爆音と共に回転し、紅い光を撒き散らす。
 純粋な殺意。破壊欲求。あるいは機械的な存在意義の遂行。
 原動力がその内のどれかはわからないが――それが引き起こす結果は、ソレと対面した者ならば誰もが理解する。
 死。
 その"死"そのものが――そんな"死"を両手にぶら下げた怪人が。
 いつの間にか、キャスターの目の前をに立ち塞がっていた。

(……なんだ、こいつは。いつ現れた)

 異様な風体の男だ。
 上半身は半裸、下半身にはカーキ色のズボンと靴を身に着けている。
 瞳は空ろ、頭には切れ込みのような傷が走っていた。

 明らかにコレは尋常のモノではない。
 ならばコレがこの結界の主か。
 だが、その瞳に大魔術を扱うだけの理性の光は無い。それにあるのはただ、殺意、あるいは虚無。

(結界の主が配置した門番、あるいは排除役といったところか。関わっている時間は無いな)

 自己保存の特徴《スキル》があるとはいえ、明らかに害意を持っている――そして情報を得る余地もない相手に対して悠長に突っ立っているほどキャスターは間抜けではない。
 踵を返し、即座に逃走準備に入る。
 一歩を踏み出す――いや。それよりも早く、チェーンソーの怪人が動いた。

 両腕を振り上げ、勢いを付けて振り下ろす。
 それだけの単純動作。しかし結果は、やはり明白。
 何の守りもできない男は、鉄塊によって両断される――そう、両断される、筈だった。

 空を切る音。
 ――如何なる偶然の結果か。チェーンソーの回転刃はあらぬ方向へと逸れ、キャスターの身体に触れることもなく地面に突き刺さるのみ。
 いや、キャスターはこれが偶然でないと知っている。
 自己保存の特徴《スキル》によって、マスターである高町なのはが死なぬ間、彼は消滅することはないのだから。
 ――とはいえ、キャスター本人に戦闘能力がない以上、チェーンソーの怪人に対して彼が取れる手段もまた無い。
 故にキャスターは逃げの一手。だが、彼の顔に屈辱の色は無い。

(如何に謀ったつもりだろうと、最後に笑うのはこの俺だ)

 キャスターの勝利とは、元よりその計画の先にあるもの。
 命を奪えもしない短期的な勝利など幾らでもくれてやればよい。その間に、キャスターは己の計画を進めればよいのだから。

(調査はまたの機会で構わん。それこそなのはを連れてきて薙ぎ払わせてもいい)

 そうして背を向けて走るキャスターを、怪人は追わない。ただ、鉄塊を振り上げる。

(……何のつもりだ?)

 自らの肩越しに怪人の様子を確認しながら、キャスターは内心で首を傾げた。
 たとえ自己保存のスキルがなくとも、あの位置からキャスターに刃は届かない。
 なにかの策かフェイント? いや、あの理性の無い瞳から考えればそのような小回りが利くとは考えづらい。

 思考を巡らせながらも走るキャスターの後方、怪人の持つチェーンソーが撒き散らす紅い光が、その存在を誇示するかのように輝きを増す。
 回転刃の延長に紅光が伸び、――まるで剣のように――、像を作る。

 そのまま袈裟斬りの軌道。
 紅い斬撃の軌跡が、空間を突っ走った。

「……何ッ!?」

 半ば反射的にキャスターは飛び込み前転。
 紅刃は彼の身体を逸れ、代わりにと言わんばかりに周囲の木々を薙ぎ払う。
 巻き起こる土埃、紛れて起き上がり低い姿勢で駆けるキャスター。

「成程、大した手品だ」

 少し驚きこそしたが、結局のところはチェーンソーの射程が延びたのみ。
 単なる物理的な攻撃手段ならば今のキャスターを傷付けることは困難だ。

(だが、ああも暴れられると少々面倒だな……、……む?)

 土埃が晴れた先。
 キャスターの眼は、つい先ほどまでは間違いなく誰もいなかった林の中に、突如として人影を捉えていた。
 金髪に碧眼、痩身大躯の一人の男を。


110 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:43:35 oluq5EWA0
 †

 チェーンソー男の放った、――それを知る者には『マ剣』と呼ばれる――、紅の刃による斬撃。
 その余波は、意外なところに現れていた。
 そう――不審な挙動を見せたサーヴァントらしき男を追ってきたアサシン、ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイドであるとか。

(面倒な事になったな)

 気配を遮断しながらサーヴァントを尾行し、見たこともない、――そう、この街の地理は大まかに把握している筈のウォルターが、それこそ『全く見た事もない』――、奇妙な場所に入り込んだまでは良かった。
 瞬きの間に現れた怪人。それが放った周囲を巻き込むような不意の一撃を回避した拍子、アサシンの気配遮断は解けていた。
 つまり――今まで尾行していたサーヴァントの男と、そしてあの怪人に、見つかった。

(ここは何処だ? あのチェーンソーを持った男が街の噂になっている『チェーンソー男』なのか?)

 ――機械式の回転鋸を振り回し、人を襲う異形の巨漢。唐突に現れ、唐突に空を飛んで消える怪物。そして、不思議と顔の印象が記憶に残らないという。噂では、それは「少女」と戦っているのだとも――

 確かにその噂と、目の前の怪人は似通っている。だが。

(……何かが違う。顔の印象が残らないってわけでもないし、戦っている筈の少女とやらの姿も見えねえ)

 違和感があった。
 しかしその違和感を突き詰めるよりも早く、怪人が回転鋸を振り上げる動作を見て、アサシンは舌打ちした。

(どっちにしろ、奴が危険なのは同じか)

 アサシンにとって重要な問題は、チェーンソー怪人の正体よりも、この危機を如何に切り抜けるか。
 長々と考えている時間はない。

(あのサーヴァントは……もういないか。
 逃げられたな……この怪人を押し付けられた形になっちまった)

 アサシンは構えた。手に提げたスーツケースが消えて、『ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド』は『バネ足ジャック』になった。

 チェーンソーの音と馬車の軋むような笑い声が、同時に響いた。


     §


 ――ここまでの顛末を見たのなれば、あるいは疑問を呈する者もいたかもしれない。

 最初に見つけたキャスターよりも、気配遮断が解けているとはいえサーヴァントとしての気配を断ちNPCとして振る舞っていたはずのアサシンを、何故チェーンソー殺人鬼は優先して襲うのか? と。

 その疑問の答えは簡単だ。

 "自己保存"の特徴《スキル》。
 『自らのマスターが無事である限り、殆どの危機から逃れることができる』。
 ならば、その逃れられた危機は何処へ行くのか?
 その被害を――擦り付けられる形で、アサシンは受けたのだ。


111 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:44:14 oluq5EWA0
 3:Chain saw player kill


 カギ爪とバネ足の怪人が、回転鋸の怪人と対峙する。

 ――あきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!

 バネ足が軋み、アサシンが跳ねる。
 一瞬の後に紅の刃がその残像を撫で、更にその後を追って木々が切り倒される。

(……丸太を軽々作っちまうか。あの紅い刃がどういうカラクリかは知らんが、まともに受けるわけにはいかねえ)

 木々の間を跳ね回り、アサシンは回転鋸の怪人の動きを観察する。

(動きは間違いなくこっちの方が速い。だが、力で負けてるのは否めん)

 再び振るわれた紅い軌跡を、アサシンは低空ジャンプ軌道で回避。その間際、上から引っ掛けるようにカギ爪で回転鋸怪人に一撃。
 だが、浅い。回転鋸怪人の瞳はダメージを意に介さないかのように、――あるいは、そのダメージを理解する知能を持たないかのように――、終始虚ろ。
 太い枝の一つに飛び移ったアサシンは、その様子を見て舌を打った。

(埒が開かないな)

 かわしながらのアサシンの攻撃は深い傷を付けられず、有効打を与える為に火を吹くか深く踏み込むかすれば、逆にこちらが捉まり致命的な一撃を受けかねない。
 このままでは徐々に不利。
 ならば。

「"帰ってきて"と、言われてるからな……ッ!」

 乾坤一擲。アサシンはそのバネ足と木の枝を強く撓ませ、今までよりも疾く跳ぶ。
 跳ぶ先には回転鋸怪人――、いや。その頭上を越え、もっと遠くへ、アサシンは跳んだ。
 予期した軌道との違い故か、回転鋸怪人の対応が一瞬遅れる。その遅れの間隙を突いて、アサシンは更なる大跳躍。
 雑木林の頂点を、跳び越した。


112 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:44:34 oluq5EWA0
  ◆

「……撒いたか」

 背後から迫っていた、圧力のような殺気は感じない。それを確認して、キャスターは走っていた足を止めた。既に周囲の風景は、寂れた街の裏通りにへ戻っている。
 人影は無い。キャスター以外には、チェーンソーの怪人も、あれも。

「……都合は良かったが、不愉快だな」

 逃れる際に現れた存在。
 あれにチェーンソーの怪人の注意を擦り付ける事によって都合良く逃がれる事ができた。が、あれが本当にキャスターに都合良く現れてくれただけの存在とは思えない。
 尾行されていた、と見るのが普通だ。出てくるまでキャスターが全く気配を感じ取れなかったことから考えれば、アサシンのサーヴァントか。
 更に言えば、キャスターはしっかりとその姿を見た筈なのに、既にその情報が記憶から消えている。
 明らかに異常。おそらくは、スキルか宝具の効果か。それもまた、キャスターを苛立たせる。

「奴のマスターを探り当て意趣返ししてやれば、少しは愉快かもしれんな……」

 如何にアサシンのサーヴァントであっても、あまりマスターから遠く離れればマスターが襲われた際に危険だ。この近くに、あのサーヴァントのマスターがいる可能性はある。
 が、確実ではない。マスターは何処か遠くに籠っており、キャスターの捜索が徒労に終わる可能性もあるし、そうでなくともあの怪人をあしらってサーヴァントが戻ってくる可能性もある。

 元より、高校に向かうという目的もある。そちらを放棄して上手く行くかもわからない行動を取る必要があるだろうか?
 どちらを選ぶにしろ、早急に選択しなくてはならないが。

【D-3/寂れた市街の裏通り/午前】

【キャスター(木原マサキ)@冥王計画ゼオライマー(OVA版)】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:冥王計画の遂行。その過程で聖杯の奪取。
1.推定アサシン(ウォルター)のマスターを探すか、高校へと向かうかを選択する。
2.予備の『木原マサキ』を制作。そのためにも特殊な参加者の選別が必要。
3.特殊な参加者が居なかった・見つからないまま状況が動いた場合、天のレイジングハートを再エンチャント。『木原マサキ』の触媒とする。
4.ゼオライマー降臨のための準備を整える。
5.余裕があれば、固有結界らしき空間を調査したい。
6.なのはの前では最低限取り繕う。
[備考]
※フェイト・テスタロッサの顔と名前、レイジングハート内の戦闘記録を確認しました。バルディッシュも「レイジングハートと同系統のデバイス」であると確認しています。
※天のレイジングハートはまあまあ満足の行く出来です。呼べば次元連結システムのちょっとした応用で空間をワープして駆けつけます。
  あとは削りカスの人工知能を削除し、ゼオライマーとの連結が確認できれば当面は問題なし、という程度まで来ています。
※『魔力結晶体を存在の核とし、そこに対して次元連結システムの応用で介入が可能である存在』を探しています。
  見つけた場合天のレイジングハートを呼び寄せ、次元連結システムのちょっとした応用で木原マサキの全人格を投影。
  『今の』木原マサキの消滅を確認した際に、彼らが木原マサキとしての人格を取り戻し冥王計画を引き継ぐよう仕掛けます。
※上記参加者が見つからなかった場合はレイジングハートに人工知能とは全く別種の『木原マサキ』を植え付け冥王計画の遂行を図ります。
※ゼオライマーを呼び出すには現状以下の条件のクリアが必要と考えています。
裁定者からの干渉を阻害、もしくは裁定者による存在の容認(強制退場を行えない状況を作り出す)
高町なのはの無力化もしくは理解あるマスターとの再契約
次元連結システムのちょっとした応用による天のレイジングハートへのさらなるエンチャント(機体の召喚)
※街の裏に存在する固有結界(さいはて町)の存在を認知しました。
※アサシン(ウォルター)の外見を確認しました。が、『情報抹消』の効果により非常にぼんやりとしか覚えていません。


113 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:45:06 oluq5EWA0
     †

「……撒いたか?」

 "バネ足"の装備を解き、ウォルターとしての顔に戻りながら、アサシンは大きく息を吐いた。
 周囲の風景は、もはやアサシンの知っている風景ではない。
 雑木林を飛び越え、空き地を抜けて、アサシンは何処とも知れぬ、建物の影もまばらな通りに転がり込んでいた。

(どうにか脱出しないとな……しかし、此処はどこだ)

 夜な夜な街中を跳び回り、周囲の地形の把握に努めていたアサシン。
 それが全く見覚えの無い場所など、この都市に在るとは考えにくい。

(……ならここは、『都市ではない土地』、ってとこか)

 可能性として高いのは、キャスターのサーヴァントが作る陣地。
 あの回転鋸の怪人は、その番人か。

(追ってきたあのサーヴァントに誘い込まれた……いや、様子を見るにそれはないだろう)

 あの目つきのワルい、――ウォルターに言えた義理はないだろうが――、男のサーヴァントにとっても、あれは予想外の状況のハズだ。それを上手く使われたのは、アサシンにとっては業腹だったが。
 無論アサシンとて、やられたまま黙っているようなタマではない。

(だがその前に、この状況をどうにかしなけりゃならん。
 ……あの回転鋸野郎は追いかけてこないみたいだが、どういう事だ?)

 先ほどまでアサシンを追いかけていた、回転鋸の怪人の姿は、今は影すら見えない。
 あれが番人だというのなら、それこそこの陣地にいる限りは地獄の果てまで追いかけてきても不自然ではない。

(不自然……と言っちゃ、この陣地もだ。まるでホンモノの町みたいだ。
 ご丁寧に、町人まで再現されていやがる)

 脱出路を探すアサシンの横を、見知らぬ男性が通り抜ける。
 強い魔術の気配はない。それはつまり、サーヴァントでもなく、使い魔としての属性も持っていないという事。
 ここまで広大な陣地を築き、さらに無駄な町人まで用意するとなれば、消費する魔力はそれこそ莫大なモノとなる筈だ、というのがアサシンの見識なのだが。

(わからねえ事だらけだな)

 目立つ事は承知で通りすがりの幾らかの町人に質問してみたが、出口についての情報は得られなかった。
 わかったのは、ここが『さいはて町』と呼ばれる町のまんなか区と呼ばれる区であるらしい事、『昔はさいはて町にも電車が通っていた』事。

(駄目元で線路の跡とやらに行ってみるか? それとも……)

 今は追っ手もかかっていないが、人目の付かない場所に移動すれば、また襲われる可能性も否定はできない。
 ならばまんなか区の中を探すのも、安全を考える上では悪くない。

 どちらを選択するか? 夜までには、あの人形の少女の下へアサシンは帰らなければならない。


【???/さいはて町・まんなか区/午前】

【アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)@黒博物館スプリンガルド】
[状態] 健康、スキル「阻まれた顔貌」発現中
[装備] バネ足ジャック(バラした状態でトランクに入っていますが、あくまで生前のイメージの具現であって、装着を念ずれば即座にバネ足ジャックに「戻れ」ます)
[道具] なし
[所持金]一般人として動き回るに不自由のない程度の金額
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(ララ)のやりたいことに付き合う。
1. この陣地(さいはて町)から脱出する。
2. 街で情報収集をしながら、他の組の出方を見る。
3. 夜までには帰ってきて、ララの歌を聴く。
4. 『チェーンソー男』『包帯男』に興味。
[備考]
※「フェイト・テスタロッサ」の名前および顔、捕獲ミッションを確認しました。
※「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」の噂を聴取しました。サーヴァントに関連する何かであろうと見当をつけています。
※街の地理を、おおむね把握しました。
※劇場の関係者には、ララの「伯父」であると言ってあります。
※キャスター(木原マサキ)の外見を確認しました。
※さいはて町の存在を認知しました。
※さいはて町の番人、『チェーンソー殺人鬼』を確認しました。『チェーンソー男』との類似を考えていますが、違う点がある事もわかっています。


114 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:46:04 oluq5EWA0
 4:Loneliness girl and shut-in NEET


 その日の玲は、とても興奮していた。

「火吹き男?」
「火を吹いて飛び跳ねてあきゃきゃきゃきゃきゃって笑ってカギ爪でぶんぶん振り回してカニ道楽!?」
「いやカニ道楽じゃないと思う」

 場所はさいはて町まんなか区、住宅地。
 腕をぶんぶんと振り回しながら主張する玲に、話し相手は諌めるような声色で返す。

「夜になるとバネ足のおばけが街中を飛び回って、火を吹いて、カギ爪で悪戯するんだってさ。
 すごいよね」
「まあ、すごいね。すごい変態だよね」

 話の内容も奇妙だが、その"話し相手"も、奇妙といえば奇妙の極みだった。
 一言で言えば、宝箱。その中から、少女らしき声が響いている。

 奇人四天王、"ひきこもりの桃本"。
 何故彼女がひきこもっているのか、知る者はさいはてにほとんどいない。何故宝箱なのかも。

「あー……でもいたね、さいはてにも。そんなの」
「ほんとに!?」
「チェーンソー殺人鬼ってやつ。何人やったんだっけ、4人? いやもっとだったかな」
「こ、怖いよ!? ホラーだよ!? ダメだよそんなの!」
「火吹き男はホラーとは違うのかね……? まあともかく、そういうのに逢いたくないならひきこもろうぜ!
 外に出ちゃうからそういうのに出会っちゃうんだからさ!」

 桃本は玲に出会うたびに、さいはてにひきこもることを勧めてくる。
 記憶を失った玲が街に一人ぼっちだった時、さいはて町について教えてくれたのも桃本だった。彼女は玲にとても親切にしてくれている。けれど、『ひきこもった方がいい』の勧めだけは聞く気にはなれない。
 どこかに閉じ込められていた記憶だけがある彼女にとって。同じくどこかに閉じこもるなんて、絶対に耐えられないから。

「その……ごめんね、桃本」

 申し訳なさげな。
 しかし、はっきりとした拒絶の意志の言葉。

「……まあ、仕方ないね。でも、夜になる前にはさいはてに帰って来ること。
 あと、変な人に襲われたりしたら助けを呼ぶこと。
 ほら。魔法少女とか、助けに来るかもしれないし」
「うんっ!」

 仕方ない、と溜息を吐いた、――宝箱に入っている以上、玲にはその様子は見えなかったけれど――、桃本が玲に約束を促す。
 向日葵のような笑顔で、玲は頷いた。

 そんな、一見無邪気な会話で、この話はおしまい。


115 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:46:34 oluq5EWA0


   ×××


 ある少女は、一つ目に作る番人を決めた。


   ×××


116 : 機械式呪言遊戯 ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:47:08 oluq5EWA0

 この聖杯戦争のために作られた都市の裏に、貼り付くような形で存在する固有結界、『最果ての殻、最果ての町、最果ての病院』。
 さいはて町とその住民はそれ自体でワンセットで、そしてさいはて町はある少女の一部だ。維持そのものに、現界以上の魔力は必要ない。
 さらに内部の環境の操作も、少量の魔力で行える。

 問題はその権限が落ちている事。
 本来3人いる開拓者、それがある少女1人しかいないのが原因だ。本当ならば開拓者が敗北した時も権限は残った者に委譲されるのだが、"基から存在しない"事にされた影響か、権限は3分の1のままだった。
 あるいは、それが聖杯からある少女に課された制限なのか。

 ともあれ、最大の問題は権限の低下により、さいはて町と外部を完全に遮断しきれていない事だった。
 権限の不完全な主の影響によって、さいはて町にはところどころ穴が開き、外部の街の各所にその入り口を作ってしまっている。
 一応の認識阻害はしてあるが、マスターやサーヴァントにかかれば、すぐに解けてしまってもおかしくはない。

 そして、入って来たサーヴァントやマスターにさいはて町を荒らされたとして、ある少女はそれを修復する権限さえ失っていた。
 不安定なさいはて町は、破壊されれば破壊されただけ傷つき、崩壊の深度を深めていく。
 さいはて町のそうぞう主であり支配者のある少女にとって、明確な弱点がそれだった。そうぞうは、暴力に抗する術を持たない。
 故に、さいはての番人、あるいは守護者が必要だった。

 その最初の番人が、過去にさいはてを荒らした殺人鬼、『チェーンソー殺人鬼』。
 何故彼が選ばれたのかは、単に玲の会話で連想した、強力な存在だったからというだけに過ぎない。
 元々の出現が夜間のみだった事から、"町人のいる場所には出現できない"という弱点こそあるが、破壊力だけならばサーヴァントにも比肩し得る。

 そしてある少女の弱点が、もう一つある。
 玲だ。
 無防備にさいはての外を出歩き、聖杯戦争に勝つ意思のない彼女は、明確にある少女にとってネック。

 しかし、ある少女に彼女を切り捨てるようなつもりはない。
 彼女に課せられた運命を思えば、玲を見捨てるような事はできるはずもない。
 だからある少女は、玲が危険になれば、それが例えさいはて町の外でも駆けつけなければならない。

「……二人でずっと、"聖杯戦争"の中に引きこもれたらいいんだけどねえ」

 けれども。それが単なる願望に過ぎないことを、エンブリオは既にわかっていた。


【???/さいはて町/1日目 午前】

【玲@ペルソナQ シャドウ オブ ザ ラビリンス】
[状態] 健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:街で日常生活を楽しむ。聖杯戦争を終わらせたくない。
1.街に出て散歩する。
[備考]
※聖杯戦争についてはある程度認識していますが、戦うつもりが殆どありません。というか、永遠に聖杯戦争が続いたまま生活が終わらなければいいとすら思っています。

【エンブリオ(ある少女)@さいはてHOSPITAL】
[状態] 魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:引きこもりながら玲を見守る。
1.さいはて町の守護者を作り、さいはて町を破壊から守る。
2.玲が緊急事態に陥った場合はさいはて町から出るのもやぶさかではない。
[備考]
※『チェーンソー殺人鬼@さいはてHOSPITAL』を召喚しました。さいはて町内の人気のない場所に現れます。強さは平均的なサーヴァントには劣る程度です。
※現状紳士の昼食会はまだ一人もさいはて町にはいません。召喚できないのか、まだしていないだけなのかは後続にお任せします。


117 : ◆ACfa2i33Dc :2015/08/04(火) 05:47:45 oluq5EWA0
投下終了です。
度重なる期限の超過、ここにもう一度謝罪いたします。


118 : 名無しさん :2015/08/04(火) 07:05:32 AdMsxL360
投下乙です!
チェーンソー男!?と思ったら、なるほどそちらだったか。

マサキの不敵さは相変わらず。そして自己保存はこういう恩恵もあるのか。ララを探るか、騒動の坩堝である高校へ向かうか、いずれにせよ、彼の思惑はまだまだ波紋を呼びそうです。
そしてウォルター、こちらもやはりスキルが有用だなあ。怪人によって交錯する町の噂が面白い。
バネ足ジャックの初戦闘も見物でした。少女らには変態呼ばわりされちゃいましたが、我らが伯父様はきちんとララの歌に間に合うのか。

さいはてHOSPITALはやっぱり面白い宝具ですね。これから先、他のサーヴァントやマスターが招き入れられることも充分ありえそう。
玲のあり方は確かにアキレス腱ではあるのだけれども、殻はいずれ破られるものと暗示されている以上、どう転がっていくかはまだわからないか。


119 : 名無しさん :2015/08/04(火) 08:43:34 o52bGFus0
投下乙
そっか、そういやチェーンソーさんもマ剣使えるんだっけ
なんかタグチとはっしーの童子切りがインパクト強いせいですっかり専売特許みたいな扱いになってるけど


120 : 名無しさん :2015/08/04(火) 21:32:24 GiHtKLEk0
実ははるるーとの薙ぎ払いもマ剣属性だったりする
個人的にインパクトあったのは媒体なしのマ剣かつ剣圧だけでチェーンソーの数倍の威力出す玉藻さんだけど


121 : 名無しさん :2015/08/04(火) 22:05:20 .RyzlAjE0
投下お疲れ様です
バネ足のくしゃみから始まる噂と英雄と幻想の交差、素晴らしいです
サブタイトルがネガティブハッピーチェーンソーエッヂの反転になっているのも面白い
冥王計画を至上に掲げ暗躍どころか明るい場所まで悠々と足を運び自らを餌にする木原マサキが恐ろしい
バネ足ジャックVSチェーンソー殺人鬼の戦いも、様子見の小競り合いに近いものではありましたが、バネ足の代名詞ともいえる大跳躍もあったり面白いです

ウォルターとマサキのどちらも、ここでの択を迫られていますが、どうなるのかな?


122 : ◆PatdvIjTFg :2015/08/09(日) 21:33:30 5rtElcX.0
>>99

投下乙です。
>「私はかつてこの聖杯戦争と同じくらい……いえ、それよりも悲惨な催しに参加していたことがあります」
>「私の目の前でもまだ若い男の子がひとり死にました。そして私自身もその戦いで……」
クラムベリーのスカム協力要請はほんと酷いんですけど、
特にこれらの何一つとして間違ってはいないけれど、どの面下げて言えるんだって台詞は最高にキレッキレだと思います。
残酷で邪悪であると同時に事実を知ってると笑えるぐらいに酷いんですよね。
というわけで、レイジングハートを寝取られた上に、フェイト・テスタロッサが指名手配をくらい、
しかもクラムベリーに目をつけられた形となったなのはさんですが、強く生きていただきたいものです。
投下ありがとうございました。


>>117

投下乙です。
さいはて町を核実験場ぐらいの感覚で捉えている木原マサキが地味に"らしい"ですね、
そして、サイコレズ、超高校級の絶望などが在籍する楽しい高校に冥王が目をつけました。学級崩壊(物理)が起こりそうですね。
ヤバいサーヴァントに目をつけられたマスターに対し、目をつけられたサーヴァントをスキルの結果とは言え、
敵との戦いを押し付けたのは、冥王の面目躍如といったところです。主人公とラスボスの二人に冥王計画を押し付けた男は違います。
そしてウォルター、スキルの効力で情報を忘れさせたとはいえ、木原マサキに目をつけられました、
ウォルターのマスターと木原マサキの相性は悪い意味で最悪、次元連結システムとして呼び戻されそうなマスターランキングでは間違いなく、上位でしょう、質が悪い。
その上、チェーンソー男と戦うこととなりましたが、ここは回避。怪人対決は一旦お預けのようです。
しかし、一瞬の交差とはいえ、やはり怪人の妖しい雰囲気を見せてくれました。
そして玲と桃本さんは平常運行です。
桃本の心情に関して、外観的な軽い部分と内面の重い部分に関して触れているのが業前でしょう。
投下ありがとうございました。

木之本桜&セイバー(沖田総司)、蜂屋あい&キャスター(アリス)、大道寺知世&アサシン(セリム・ブラッドレイ)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
で予約させていただきます。


123 : ふ・れ・ん・ど・し・た・い ◆PatdvIjTFg :2015/08/16(日) 21:56:27 X8FDan2Y0
お待たせいたしました、投下します


124 : ふ・れ・ん・ど・し・た・い ◆PatdvIjTFg :2015/08/16(日) 21:56:45 X8FDan2Y0


聖杯戦争の舞台となる街――名前の無い街の小学校、3年生教室。
クラス一番の情報通によってもたらされた転校生が来るとの情報の水滴は教室中に波紋のように伝播し、
情報が人から人へと伝播される度にその勢いを増し、今や津波の勢いである。
幼い生徒たちは、転校生の性別を想像する、そして容姿を想像し、性格を想像し、その出身地を想像し、
その果てに、教室は学びの場所ではなく、未だに姿の見えぬ転校生に、己の理想を押し付ける妄想の神殿と化している。
だが、それを誰が咎められようか、転校生とはそれほどまでに(特に、彼らのような小学生にとっては)重大なイベントなのだ。

キィン、コン、カァン、コン。
始業を告げるチャイムの音が響く、それにともなって入ってきた担任の教師が生徒たちに着席を促す。
この街が聖杯戦争のためだけにある場所であっても、チャイムの音だけは日本のそれと何一つ変わらない。
教師に促され椅子に着いたところで、生徒たちの転校生への熱は冷めることはない。
いや、今これから紹介されんとして廊下で待つ転校生の――その扉越しに見えぬ姿のために彼らの熱はこれ以上と無いほどに高まっている。

このような情報は一体どの段階で生徒たちに漏れているのだろうか、
担任教師には自分が小学生だった時も、転校生という存在は何故か、来るとわかってしまう――という記憶があった。
だが、明らかになったのがテストの問題ではなく、転校生が来るという情報ならば別に構わない、
何なら、転校生が来るという紹介が省けてありがたいぐらいである、と考えなおし、担任教師は廊下の転校生に入室を促す。

騒然が死に、静寂が生まれた。
誰かが息を呑む音までもが明らかな程に、生徒たちは転校生に心を奪われた。

誰が見てもそうとわかる異邦人であった。
作られたものではなく、誰がどう見てもわかる天然の――それも、夜空に光る一筋の雷閃のような鮮やかな金色の髪。
それらは二つ結いで、穏やかな流れの滝のように彼女の腰の辺りまで下りている。撫ぜてみれば絹のような手触りがするのではないか。
そして肌。踏み躙られることのなかった新雪に桃の果汁を足したかのような――将来的に化粧を覚えた教室の生徒ですら永遠に持ち得ぬ美しさ。
それと同時に、触れれば突き抜けてしまいそうな危うさをも感じさせる薄い皮膚。

そして、目。
その色は紅玉のような煌きも、炎のような鮮やかさも無い、この教室にあって特筆するほどの美しさの無い赤であったが、その目の中には寂しさがあった。
だから、金の髪よりも、白い肌よりも、何よりも――その目は教室の生徒と共感し得ない。
何故ならば、生徒たちは愛されないことを知らない。
死んだ母親に会えると信じて毎日墓に行く子どものような、今となっては永遠に手に入ることのないものを求め続ける人間のことを理解できない。
だから、転校生はなんだか悲しそうな目をしているで生徒の理解は終わる。深入りはしない。

転校生は教室内の生徒を――特に女子の顔に注目して、一人一人見回した。
自分の顔を見て、動揺する者を、仰天する者を、あるいは無反応を装わんとする者を。だが、特別に気になる生徒はいない。
責務は済んだとばかりに自分の席に着かんとする転校生を慌てて引き止めて、担任教師は自己紹介を促す。
その冷淡な態度にどことなく違和感を感じるも、生徒たちは転校生は緊張していたのだろうと判断する。
転校生は、数秒考えこみ、たった一言。

「フェイト・テスタロッサです」

とだけ言って、自分の席に着いた。
緊張しすぎているようだが仲良くしてくれ等と教室の生徒達に戯けて言ってみせる担任教師の声はフェイト・テスタロッサの耳には入っていなかった。


125 : ふ・れ・ん・ど・し・た・い ◆PatdvIjTFg :2015/08/16(日) 21:56:57 X8FDan2Y0


「……ッ!」
フェイト・テスタロッサが小学校に転校生としてやってくる数時間前、普通の小学生ならばとっくに眠っている深夜。
彼女はその報告を見て、不安を噛み殺したいかのように下唇を噛み締めた。
フェイト・テスタロッサ――つまり、己の捕獲指令。
己の、あるいはサーヴァントの何が原因でそうなったかはわからないし、今考える必要はない。
これから考えるべきは、己の顔が全参加者に知られており、しかも標的として狙われうる状況下にある己の身の振り方だ。

「ランサー」
聖杯戦争の参加者である自分だけの家、少女が暮らすには――いや、人間が暮らすには余りにも無機質な住宅。
金属製のテーブルとパイプ椅子と毛布だけの部屋というよりは監獄に近い場所。
変にかしこまってパイプ椅子に座るランサーにフェイトはテーブル越しに語りかける。
「…………どうすればいい?」
「貴方はどう思うの?」
質問に、そもそもこの状況自体に興味を抱いていないかのようなランサーの質問に対する鸚鵡返し。
自分が聞いているのだと言い返そうにも、ランサーの無表情の前に、フェイトは言葉を詰まらせる。
音を失った空間の静寂を破ったのはやはりランサーだった。

「ごめんなさい……こういうこと考えるの、苦手なの」
聞き返したことに関してランサーに悪意があったわけではない、ただ事実としてそういうことを考えるのが苦手だった。ただ、それだけだ。
だから、謝った。それだけのことだ。

「……そう」
フェイト・テスタロッサとランサーこと綾波レイは似ている。
代用品であることが、道具であることが、無機質なようでいてそれでいて愛されているところが、その生き様が似ている。
そして似ているからといって相性が良いわけではない。
足りないものは積極性、多すぎるものは互いを妨げる心の壁。
フェイト・テスタロッサも綾波レイも優しさを持っている、
だがフェイト・テスタロッサはそれを母親に愛されるために使い魔であるアルフを除けば、それを封じ込める。
綾波レイは、そもそも人との関わりを苦手としていた、そもそも表し方がよくわからない。

長い時間を掛ければ、あるいはもう一人、鎹となる誰かがいれば違ったのだろう。
だが、聖杯戦争に主従同士が理解を深める時間は用意されていないし、
ましてやフェイト・テスタロッサとサーヴァントの仲を取り持つ誰かなどいるはずがない。

母親からの重圧、理解できないサーヴァント、聖杯戦争という殺し合い、己に対する捕獲令。
フェイト・テスタロッサが9歳ながらに戦い続けることが出来たのは、
非凡な才能もそうであるが、アルフやリニスと言った理解者の存在が大きい。
せめて、物にでも当たることが出来ればよかったのだろう。
だが、フェイト・テスタロッサはストレスを解消する方法を知らない。
いつか報われると信じて、ひたむきに頑張ることしか知らない。

故に、この状況下でフェイト・テスタロッサは己の内にストレスを溜め続ける。

ストレスから逃れる方法を、フェイト・テスタロッサの無意識は考える。
現在、置かれている状況をすぐに終わらせることを考える。

過剰なストレスは人を自棄にする。
フェイト・テスタロッサがその幼い頭で考えたのは、単純にして、超攻撃的な方法であった。

「学校に行く」
「……そう」

姿を隠し続けることには限界がある、ならば逆に自分自身を囮として使う。
学校という人が集まる場所ならば、そう簡単に襲われない。
自分の存在が明らかになっているために、派手に活動するという行為に居場所がバレるというデメリットがあるが、
既に明らかであるために自分が参加者であることがバレるというデメリットは無視して構わない。

後はただ、自分の姿を見て過剰な反応を示す人間を探せば良い。

安全な策ではない、だがフェイト・テスタロッサは母親の望みを叶えるためならばどのような行いでもする。
フェイト・テスタロッサに掛けられた重圧は、母親よりもフェイト・テスタロッサ自身を道具として行動させた。

幸いなことに、ルーラーの手によってフェイト・テスタロッサの転入手続きは済んでいる。
彼女なりの冗談だったのだろう、だがこの好機はフェイト・テスタロッサは逃してやらない。

「……大丈夫?」
「大丈夫」
ランサーのあまりにも不器用な優しさに対し、フェイト・テスタロッサは自分に言い含めるようにそう言った。


126 : ふ・れ・ん・ど・し・た・い ◆PatdvIjTFg :2015/08/16(日) 21:57:43 X8FDan2Y0


小学校は三階建てであり、一階層につき、二学年の教室が存在している。
一、二年生は一階、三、四年生は二階、五、六年生は三階である。
が、同階層とはいえ、学年が違えば世界が違う。
フェイト・テスタロッサの転校に、今大道寺知世は気づいていない。

と言うよりも、今現在気を払わなければならないものがある。
(さくらちゃん……)

ホームルームが終わり、一時限目の授業が始まろうとしているというのに、彼女の親友である木之本桜がまだ登校していない。
もちろん、たまたま体調を崩しているだけ――という可能性はある。
だが、この聖杯戦争が行われているという状況下での遅刻は嫌な想像しか知世にもたらさない。
祈る神など知らないが、大道寺知世は桜が何か危険なことに巻き込まれていないことを祈る。

行われている国語の授業など、余りにも桜が気がかりで耳に入らない。
「じゃあ、ここから大道寺読んでくれ」
「……すいません、ぼーっとして聞いていませんでした」
耳に入らないので、当然授業には参加できない。
「風邪か?保健室行くか?」
「お言葉に甘えて、行かせていただきますわ」
「じゃあ、保健委員。大道寺に付き添ってやってくれ……じゃあ、続きは代わりに山崎、頼む」
「服部は言いました『やったれや覚悟』」

保健室のベッドの中、ただ気持ちだけが急いている。
養護教諭が見ている以上、ベッドから抜け出すことは出来ない。
ただ、柔らかいベッドに寝そべって白い天井を見つめるだけだ。
聖杯戦争という非日常的な舞台の中にあるというのに、どこまでも現実は日常的で、自分は常識に囚われている。
カードキャプターとして活躍する桜を彼女は見ていた、それでもやはり彼女も桜も日常の中にいて、戦争も殺し合いもよくわからなかった。
いっそのこと、早退してしまおうか。
そうすれば、少しは自由になれる。

「…………」
目を閉じて考える。
クラスメイトの中には友だちもいれば、全く知らない子供もいる。
知っているクラスメイトは本物なのかもしれないし、家族のように知世のために用意された偽物なのかもしれない。
その線で考えれば知らない子供がマスターである可能性のほうが高いのかもしれない。

殺された女の子のことを思い出す。
誰かが、殺されるかもしれない。
今――さくらちゃんが殺されているのかもしれない。

(……アサシンくん)
念話を通じて、己のサーヴァントであるアサシンに語りかける。
(はい)
霊体化しているために触れることは出来ないし、姿を見ることも出来ない。何となく居るということだけしかわからなかった。
気配遮断はDランクである、姿を完全に消しておくためである。
今、念話によって改めてその存在を確認することが出来た。

(手を握っていただけませんか?)
(実体化しろということですか?)
(いえ、そのままで手を握っていて下さい)
(……わかりませんよ)
(わかりますわ)

霊体化したアサシンの存在はわからない、ただその手にアサシンの温もりが重なっていることを信じる。
握りしめたものを、手のひらから離したくないものの感覚を信じる。

(死神様を調べます)


127 : ふ・れ・ん・ど・し・た・い ◆PatdvIjTFg :2015/08/16(日) 21:57:53 X8FDan2Y0



  Now we dance looby, looby, looby.
  (さあ踊りましょう ルビルビルン)
  Now we dance looby, looby, light.
  (さあ踊りましょう ルビルビルン)
  Now we dance looby, looby, looby,
  (さあ踊りましょう ルビルビルン)
  Now we dance looby, looby, as yesternight.
  (さあ踊りましょう 昨日の晩と同じように)

「異常はアりマせんカ?」
「ハい、いやア、マっタく、困っタ者です……死神様ナどと」
「タマタマ不幸ナ事件ガ重ナっタダけダというのに」
「しカし、コックリサんとハ比べ物にナラナいレベルで倫理上よろしくアりマせんカらナ
「いヤハヤ、しカし、しっカりと見張っておけバ、実際安心というものです」

何故、見張りまで立ち、偶然とはいえ被害者が発生しているというのに、今もなお死神様という儀式は続いているのか。
非常に簡単な事だ、その儀式に大人が見て見ぬふりをする程度の協力をしてやれば良い。
本来のゾンビがブードゥーにおける死にながらにして生きる奴隷であったように、
この小学校に在籍する何人かは、殺されていながら――生きている振りをしている。

そして学校の支配者階級という立場を利用して、本人すら意識せず――死神様という儀式を守っている。
それが死神様――アリスの能力の一つである死体蘇生である。

今、彼女達はおともだちである死人を死神様の儀式を守る以上のことには使ってはいない。
アリスにそれは必要ない。
そして、そのマスター蜂屋あいは知っている。

生きている人間が一番、楽しいことをする。


128 : ふ・れ・ん・ど・し・た・い ◆PatdvIjTFg :2015/08/16(日) 21:58:04 X8FDan2Y0


「これじゃあ遅刻だね」
小学校へと向かいながら、蜂屋あいは愛くるしい微笑を浮かべる。
アーチャーに襲われた後で遅刻も何もないようなものだが、桜は学校へ行くことを強く主張した。
聖杯戦争という環境下で、自分が目を離している間に友だちが襲われているかもしれないのは怖い。
あいも特に反対はしなかった。学校という衆人環視の環境下で襲われる確率は低いという打算もあるが、何よりも桜の友だちを見たかった。
きっと彼女の友だちなのだから、綺麗な火の色をしているのだろうとあいは考える。
今にもそのローラースケートで学校に駆け出したい桜に対し、なるべく疲れているように見せてゆっくりと歩いた。
先程、襲われたこともあるから桜はあいを置いていくようなことをしない。
ただ、実際に襲われたことから、もしかして学校が危ないのではないかと考える桜の気もそぞろになる。
風に吹かれているかのように動きを止めない桜の火の様子は、彼女の善性を象徴するかのようで、見ていてとても心地が良かった。

「ねぇ、さくらちゃん」
「どうしたのあいちゃん?」
「死神様って知ってる?」

桜の火がぶるりと震え、一瞬青色の強く燃える火が混じるのをあいは見た。
この学校にいる者ならば知らないわけがない、あいはそうなるように仕向けた。
表情を見れば、より強く不安の色が差し込む。
彼女は敵対するサーヴァントに実際に会った、そして死神様という今ならばはっきりとサーヴァントの仕業であろうと呼べる脅威を思い出した。

「さっきのサーヴァントを見て、思ったんだ。死神様って……実在するんじゃないかって」
蜂屋あいは知っている、仲良しになる方法を。

「だから、急ごう……さくらちゃん。きっとわたしたちが協力すればなんとかなるよ!」
「う……うん!」

桜の火が明るさを増す、本当に良い色をしている。
桜の不安を強く煽り立てて、そして自分達ならば何とか出来ると希望を示す。
誰かと仲良しになりたければ、救ってあげれば良い。
絶望の中に希望を示して、一緒に行こう、と言えば良い。
何人かはそうやって、より仲良しになった。

落とすときは高ければ高いほど良い。
そっちのほうが痛い。



蜂屋あいのその微笑みを、セイバーはどこか訝しむような様子で見ていた。


129 : ふ・れ・ん・ど・し・た・い ◆PatdvIjTFg :2015/08/16(日) 21:58:14 X8FDan2Y0


木之本桜と蜂屋あいが登校し、職員室で適当な遅刻理由を説明している頃。
長休みに入ったフェイト・テスタロッサはクラスメートに囲まれて質問攻めにあっていた。

「どこから来たの!?」
「英語とか喋れるの!?」
「本当に裏切ったんですか!?」
「あまあまさんちょうだいね!たくさんでいいよ!」
「ともだちになって!」

それらの質問に対し、目を回さんばかりの勢いでフェイト・テスタロッサは混乱していた。
思い出の中の母親、母の使い魔リニス、己の使い魔であるアルフ、そして敵であるはずの高町なのは。彼女に好意を抱く存在はそれだけだった。
だが、今は違う。高町なのはのような戦いの中ではなく、表面的には平和な環境下で、こんなにも好意を抱かれている。
そういう状況を、フェイト・テスタロッサは知らなかった。
だから、ある意味では戦うことよりも危機的な状況にあった。

「……い」
「い?」
「家から来ました」



「使う気ナんダろ?死神様」
長休みに入り、死神様に関する聞き取りを始めた大道寺知世を見知らぬ四人の男子が取り囲んだ。
知世は人気のない階段を背にしているため、逃げようと思えば逃げられるが、重要なのは見つかったということだ。
ここで逃げても、また日をあらためて追われるかもしれない。
わかりきっていたことだ、だがやはり最悪ではないが、決して良くない事態が起きてしまった。

(今マスターと話している男から、微弱ですが魔力の反応を感じます)
(えっ!?)

余りにも早く、確信へと辿り着いてしまったのだろうか。
念話を行いながら、男子への返答を考える。

「正直に言えよ、死神様を調べる奴なんてろくな奴じゃないって決まってるんだよ」
「……使う気はありません、むしろ止めたいと思っていますわ」

自身の正直な気持ちを述べる知世、だがそれを相手が聞き届けるかは別問題である。
事実、男子達の目には猜疑の光が宿っていた。

「使うやつはみんな、そう言うんだ」
「そうだよ」


(……?)
男子達と知世の会話を聞きながら、アサシンは考える。
魔力の反応がある男子、彼が主導して死神様を調べている者を狩っているのだと思っていた。
だが、実際には最初に一言知世に言ったっきり、隅で黙りこくっている。
ただ、男子たちと知世の言い争いを見て、微笑を浮かべているだけだ。

ただの監視者なのか、そもそもこの集団に混ざっていることが偶然なのか、あるいは影の支配者であるのか。
だが、その真実がどうであれアサシンに男子たちを生かしておく理由はない。
出来るならば、実体化し殺しておきたい。
しかし、それは知世が許さないだろうし、
気配遮断能力が高くない以上、小さい危機を払うために、より大きな危機を招きかねない行動を取りたくもない。
逃げの一手だろう。

(ここは逃げ……)

廊下からこちらの階段へ小走りで向かってくる音が聞こえる。
教師の見回りではないだろうが、この状況下で他の生徒が来ることはありがたい。
緊張状態は第三者の介入によってぶち壊しに出来る。
だが、霊体化しているアサシンの目は、その姿ではなく、魔力を捉えた。
己のマスターとは比べ物にならない膨大な魔力。
それと同時に、知世は今まさに向かってきている生徒の顔を見た。
この聖杯戦争の参加者ならば誰もが知る顔。

教室の喧騒から逃げ出したフェイト・テスタロッサ。


130 : ふ・れ・ん・ど・し・た・い ◆PatdvIjTFg :2015/08/16(日) 21:59:17 X8FDan2Y0


(……隅の階段にフェイトちゃんがいるわ)
キャスターは学校内に生徒の屍鬼も散らしている、視界の共有による校内監視の意図もあるが、
その主目的は、生徒を何らかの形で死神様に関わらせることである。
つまりは死神様を利用させるか、あるいは死神様を利用しようとする者を止める正義のグループを作らせるか。
そのような屍鬼の内の一人が、フェイト・テスタロッサの居場所を掴んだ。

自分の教室内で、蜂屋あいはひとり考える。

どうしたら一番楽しいことになるだろう。



自分が教室に入るのと入れ違いに知世がどこかへ行ってしまったと知り、桜は肩を落とした。
だが、それと同時に学校では何も起こっていないことに安心した。

知世が教室に戻ってくるのを待って、桜は一息ついた。

【D-2/小学校・二階目立たない階段/1日目 午前】

【大道寺知世@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態] 健康
[令呪]残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] たくさん
[思考・状況]
基本行動方針: 街の人達を守る
1.この状況を何とかする
2.死神様について調べる
[備考]
※死神様について調べていますが、あまり成果は出ていません
※小学生男子4人(その内一人は屍鬼)に囲まれています

【アサシン(プライド(セリム・ブラッドレイ))@鋼の錬金術師】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: とりあえずマスターに合わせる
1.この状況を何とかする
2.死神様について調べる
[備考]
※死神様について調べていますが、あまり成果は出ていません

【フェイト・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】
[状態] 健康、ストレス
[令呪]残り三画
[装備] 『バルディッシュ』
[道具]
[所持金]少額と5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
[備考]
※小学校に通うつもりでいます

【ランサー(綾波レイ)@新世紀エヴァンゲリオン(漫画)】
[状態] 健康
[装備] 『残酷な天使の運命』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う


131 : ふ・れ・ん・ど・し・た・い ◆PatdvIjTFg :2015/08/16(日) 21:59:31 X8FDan2Y0
【D-2/小学校・四年生教室/1日目 午前】

【木之本桜@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備] 封印の杖、
[道具] クロウカード
[所持金] お小遣いと5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針: わからない
1. マスターの友達ができた喜び
[備考]
※ローラースケートは学校の裏に置きっぱなしです

【セイバー(沖田総司)@Fate/KOHA-ACE 帝都聖杯奇譚】
[状態] 疲労(中)、ダメージ(小)、スキル『病弱』発動中(ほぼ治りかけ)
[装備] 乞食清光
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: さくらのために
1. 念のために周囲を警戒
2. 余裕があれば鞘を取りに行く
[備考]
※使わない間は刀を消しておけるので、鞘がなくてもさほど困りません

【蜂屋あい@校舎のうらには天使が埋められている】
[状態] 疲労(極小)
[令呪]残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 小学生としてはかなり多めの金額
[思考・状況]
基本行動方針: 色を見る
1.フェイト・テスタロッサをどうしよう
2.さくらの色をもっと見たい
3.江ノ島盾子に強い興味
[備考]
※フェイト・テスタロッサの居場所を知りました。

【キャスター(アリス)@デビルサマナー葛葉ライドウ対コドクノマレビト(及び、アバドン王の一部)】
[状態] 健康、作っておいたトランプ兵は全滅
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: オトモダチを探す
1. さくらに興味
2. サーヴァントのオトモダチが欲しい
[備考]
※学校には何人か、彼女と視界を共有できる屍鬼が存在します


132 : ふ・れ・ん・ど・し・た・い ◆PatdvIjTFg :2015/08/16(日) 21:59:45 X8FDan2Y0
投下終了します


133 : 名無しさん :2015/08/17(月) 06:53:03 90mDwI720

小学校を舞台に繰り広げられる子供たちの戦争ですね
ゾンビを使っての情報収集や盤面操作はすごいキャスターらしい戦術です
あと僕は綾波の制服姿が見たいです(迫真)


134 : 名無しさん :2015/08/17(月) 22:26:28 hjm/3fuQ0
投下乙ですー
渦中のフェイトちゃんついに登場、姿態の描写が甘やかで素晴らしいですね
小学校が死に侵されていってる…さくらちゃん逃げて超逃げて
知世ちゃんとセリムに期待するしかねえ


135 : 名無しさん :2015/08/18(火) 08:17:24 VMQzMLJ.0
投下乙です!
密かに忍びよる非日常の気配が凄く良かったです
あと、フェイトちゃんの描写に愛を感じました
しかし、さくらちゃんと知世ちゃんの二人はジワジワと追い詰められていますね
日常に紛れ込むゾンビの存在といい、嫌な予感しかしません
愛を求めるフェイトちゃんに、愛ゆえに動くさくらちゃんと知世ちゃん
そして、歪んだ愛で動くアリスとあい
少女が作る、少女の地獄
それは、歪んだ愛によって出来た蟻地獄なのかもしれませんね

…………それはそれとして、ネタ挟みまくりですね!
特に、知世ちゃんが聞き逃したのが、よりによって熱血共闘の漫画ロワというのが、またすごい取り合わせです
いやあ、ここになのはまで来てなくて良かったですよ
まだ小学生のなのはちゃんにそんなもの読ませた日には、少女聖杯が非殺傷無効な「天」のSLBで吹き飛ばされてしまいかねませんからね
フェイトの頭が冷える前に、頭が無くなってしまいます


136 : 名無しさん :2015/08/18(火) 19:25:19 G1XTLeSA0
乙です
フェイトちゃん転校してくるのか。参加の仕方が他と違うし、てっきり戸籍なしのホームレスだと思ってた。
クラスメートに囲まれて困ってる姿が微笑ましい。
綾波との関係も難しいですね。話し合いさえすれば相性は悪くなさそうなんですがどっちも自分から話せるタイプじゃない。
本編に書かれている通り、間に誰か入れば上手くいきそうなんですが。

知世ちゃんとセリムのやりとりも見ていて癒やされる。
霊体化した状態で手を握ってもらうシーンは知世ちゃんの不安な心境とセリムへの信頼が伝わってきます。
それだけに最後の展開は不穏です。
さくらちゃんの色も良いようにあいに操られてるし、まだ安心するのは早いぞさくらちゃん。


137 : ◆PatdvIjTFg :2015/08/22(土) 22:49:51 .y2AiQDk0
少女聖杯戦争支援(自演)動画(未完成)
ttps://youtu.be/ov1We60Zshc

初投稿です。
なんか雰囲気っぽいものだけ伝わればいいです


138 : ◆2lsK9hNTNE :2015/08/25(火) 00:09:10 LwNg86Zg0
白坂小梅&バーサーカー
雪崎絵理&バーサーカー
予約します


139 : ◆PatdvIjTFg :2015/08/25(火) 18:45:32 j0Rw7T7U0
江ノ島盾子&ランサー
諸星きらり&バーサーカー
予約します


140 : 名無しさん :2015/08/28(金) 00:22:18 RgpW0jSE0
そんな動画が…完成楽しみにしてます(プレッシャー)


141 : ◆2lsK9hNTNE :2015/08/31(月) 23:52:26 CI4Fp7uY0
すいません。間に合いそうにないので一旦予約を破棄します。明日には投下します


142 : 名無しさん :2015/08/31(月) 23:58:12 qosxaIOg0
待ってます!


143 : ◆PatdvIjTFg :2015/09/01(火) 18:53:16 MZWQwNLE0
予約破棄させていただきます。


144 : ◆2lsK9hNTNE :2015/09/01(火) 23:20:24 4FAJfeus0
お待たせしました
投下を始めます


145 : ◆2lsK9hNTNE :2015/09/01(火) 23:20:53 4FAJfeus0
絵里は机の引き出しを開け、隠していたナイフを取り出した。
この家には絵里しか住んでいない。物騒な物を持っていても咎める人は誰もいない。
ヒビや傷がないことを確認してバッグにしまう。もし学校で見つかったら取り上げられるだけじゃ済まないな、と自嘲した。
だが持たないわけにはいかない。いまチェーンソー男はいつ現れるかわからないのだから。

「聖杯戦争か」

絵里は少し前の白坂小梅との会話を思い出した。





自分はそんなおごられたそうな顔をしてるんだろうか。
外装だけに気を使った小汚い喫茶店の中。見るからにやる気のないウェイトレスを尻目に絵里は思った。
チェーンソー男についてこれ以上話せることはないと宣言したのに、小梅の「そんなこと言わずに。飲み物でもおごるから(要約)」というセリフにつられてここまで来てしまった。
山本といい、この間の少女といい、なぜチェーンソー男の話を聞きたがる者は、皆なにかをおごるのだろう。

小梅は対面の席に座って肩身が狭そうにしていた。
近くにあったから入っただけの喫茶店がこんなではしかたがないだろう。値段だけは安いというのも今はマイナスだ。
払う金惜しさにわざとこの店を選んだような印象を与えてしまう。
もちろん絵里は、この少女がそんな理由でこの店を選んだとは思っていない。だからといってそれを口にしたら返って相手に気を使わせるような気もした。
小梅のためを思うならやはりここはとっとと本題に入るべきだろう。
絵里は目の前に置かれたオレンジジュースを一気に飲み干して言った。

「考えてみたけどやっぱりこれ以上は話せないわ。お金はあたしが払うから諦めて」
「ど、どうしても……ですか……」
「どうしてもよ。そもそもどうしてそんなにチェーンソー男のことを知りたいの?」
「それ、は」

小梅はオドオドと袖で口元を隠す。このまま押し切れば自分が答える方向には進まなそうだ。
絵里はさらなる疑問をぶつけた。

「バーサーカーさんが気になってるって言ってたけど、あの人は何者なの?
いつの間にかいなくなっちゃてるし、チェーンソー男との戦いも、その……人間技とは思えなかったけど?」
「えっと……そのことには……あんまり、関わらないほうが……」
「そんなこと言われてももう一度見ちゃったし。
それにバーサーカーさんがまたチェーンソー男に会いたいっていうなら、どのみち関わることになると思うけど」
「え、えっと……」

小梅は助けを求めるように自分の横を見た。そこには誰もいない。席がもう一つあるだけだ。
ひょっとしてそこにバーサーカーがいるのだろうか?
思い返してみれば、この少女は最初見かけたときも何もない空間に微笑んでいた。
バーサーカーが突如現れ、戦いが終わったら消えたことも、小梅の側で姿を消していると考えれば辻褄があう。意識してみるとそこに妙な気配があるような気すらしてきた。
バーサーカーから意見をもらえたのかどうなのか。小梅は観念した様子で「ほ、他の人には……言わないでください」と前置きして語り始めた。


146 : ◆2lsK9hNTNE :2015/09/01(火) 23:21:30 4FAJfeus0

超常の力を持つサーヴァント。そしてそれを使役するマスター。そしてどんな願いも叶える聖杯。
絵里が言うのもなんだが現実味のない話だった。
だが本当なのだろう。小梅が嘘を言ってるようには見えないし、先ほどのバーサーカーの戦いぶりを見たら信じるしかない。
絵里自身、特異な日常を送っているからだろうか。自分でも不自然なくらい抵抗なく受け入れることができた。ただまた別の疑問が湧いた。

「話はわかったけど、だったらなおさらどうしてチェーンソー男のことが知りたいの?
聖杯戦争でも戦わなくちゃいけないのに、チェーンソー男にまで関わってる余裕はないんじゃない?」

いま聞いただけでも聖杯戦争がチェーンソー男との戦いの片手間にやれるものだとは思えない。もちろん逆もまた然りだ。

「チェ、チェーンソー男も……サーヴァントなんです」

一瞬、何を言っているかわからなかった。言っていることを理解しても言葉の意味がわからかった。

「え、チェーンソー男がサーヴァントって、え、でも、あたしは今までもずっとチェーンソー男と戦ってきたのよ!」
「サーヴァントは……昔の英雄とかだけじゃなくて……未来の人がなったり、することも……あるみたい、なんです……
だから、チェーンソー男も、たぶん……」
「つ、つまり未来であたしに倒されたチェーンソー男がサーヴァントとして呼び出されたってこと?」

小梅はコクリと頷いた。
なるほど。それなら納得だ。サーヴァントだったらいつもと違う時間に現れるのもおかしくない。よくわからないが。
しかしだとすると絵里がいつも戦っているチェーンソー男はどこにいったのだろうか。
まさか夜になったら二人出てくるとか?
最悪の想像が頭を過り、ケータイからメールの着信を知らせる音が鳴って絵里は自分の想像を振り払った。

「ちょっとごめんね」

そう言ってポケットからケータイを取り出す。学校のクラスメートからだった。

「友達から。なんで学校に来てないのかって。返信するからちょっと待ってて」
「あ……わ、わたしも友達に……連絡しておきます」

絵里は適当な言い訳を考えながら画面の時計を見た。すでに最初の授業が始まっている時間だった。
つまり送られてきたメールは、授業をちゃんと聞かずに書かれたものということになるが、それについては深く考えない。メールを書き終えて送信した。そのとき。

「きらりさん?」

小梅の呟きが聞こえた。





絵里は家を出てドアの鍵を閉めた。
結局あのあと小梅に用事ができて聖杯戦争のことは話せていない。
聖杯戦争。この言葉を聞くとなにか引っかかるものを感じる。
どこかで聞いたことがあるのに頭にモヤがかかって思い出せないような感覚。
聖杯という言葉は前にもどこかしらで聞いたことはある。同じように聖杯戦争も歴史の授業が何かで聞いただけかもしれないが、どうも違う気がする。

「考えても仕方ないわね」

聖杯戦争がどのようなものだろうと絵里には関係ない。なぜならチェーンソー男を倒せば全て解決するからだ。
この世界で哀しいことや酷いことが起こるのはチェーンソー男のせいだ。
聖杯戦争が良くないものであるなら、チェーンソー男さえ倒せばそれで終わる。
もしも二人いるというなら、どちらも倒してみせる。
そう結論づけて絵里は学校に向かった。




無論、この街にチェーンソー男は一人しか存在しない。絵里がこれまで戦ってきたチェーンソー男も、サーヴァントのチェーンソー男も、完全に同一の存在だ。
チェーンソー男は英霊にも悪霊にもなることなく、自らのままサーヴァントととなったのだ。
その理由はおそらく単純だ。この街で雪崎絵里と戦うにはそうしなければならなかったから。
そのためにチェーンソー男は、あるいは雪崎絵里は、聖杯戦争のルールすらねじ曲げ、記憶すら戻っていない状態でマスターとサーヴァントの関係となった。

故に絵里は自らがマスターであることを知らない異端のマスターだった。
あるいはルーラーすら知らないのかもしれない。
彼女がマスターだと確実に知っているものは一人、チェーンソー男だけだった。


147 : ◆2lsK9hNTNE :2015/09/01(火) 23:22:59 4FAJfeus0





小梅は走っていた。建物の間を駆け抜け、通行人にぶつかりそうになりながらも足を止めずに走った。
同時に視線を動かすが探し人の姿は見えない。
ちょっとした段差に躓き、転びそうになったところを実体化したバーサーカーに支えられた。

「あ、ありがとう」
「足元くらいは注意しとけよ」

それだけ言ってバーサーカーはまたすぐに消えた。幸い周りに今の様子を目撃した人はいないようだった。
小梅は再び辺りに視線をやりながら――そして足元にも注意し――走りだした。

「どこに……いるの?」





絵里がケータイをいじり始めたのを確認して、小梅もケータイを取り出した。
二件の未読メールがあることに気づいたのはこのときが初めてだった。
一つは友達の幸子からのメール。

【from:幸子ちゃん
 件名:無題
 本文:ボクは今日は調子が悪いので欠席させてもらいます。
     ところで、商店街が騒がしいのですが大丈夫ですか?
     二人に何もないようならいいのですが。

     追伸
     きらりさんを見かけたら、ボクが話したいことがあって探していたと伝えておいてください。】

幸子らしい丁寧な文章。ただ少し奇妙な内容。
調子が悪くて欠席するなら、普通に考えれば家で安静にしているはず。なのにきらりを探しているとはどういうことだろうか。
商店街の騒ぎを知っているのもおかしい。幸子の住むマンションから商店街まではそれなりに距離がある。家にいながら知れるとは思えない。
取りあえず心配させるのも悪いので『大丈夫』とだけ書いて返信した。

もう一件のルーラーからのメールは、聖杯戦争に関するお知らせが大部分を占めている。
一度サーヴァント同士の戦闘を見た後だからか、特にその内容に動揺するようなことはなかった。
問題があったのは、掲示板の方。

「きらりさん?」

スレッドタイトル、『みんなのアイドル 諸星きらりだにぃ☆』。
幸子から、きらりを探しているとメールが入ったのと同じ日に立てられたスレッド。
嫌な予感がした。
そもそも考えてみれば小梅はきらりがこの街にいることを今まで知らなかった。
幸子はなぜ知っていたのだろう。単にこの街でも知り合いだったというだけ?
だとしても小梅もきらりのことを知っているとなぜ思ったのだろう。だって小梅にはこの街のきらりに関する記憶は何もないのに。

「きらりって諸星きらり?」

絵里からの予想外の言葉に、小梅は顔をあげた。

「し、知ってるん……ですか?」
「うん。知り合いってわけじゃないけど、高校ではけっこう噂に……」

言いかけて絵里は言葉を詰まらせた。暗い表情からは話すのを躊躇うような話であることが簡単に想像できた。
小梅の不安はさらに募っていく。

「お、教えて……ください。どんな……噂、ですか?」

絵里はやっぱり嫌そうにしていたが、小梅がじっと見つめているとやがて口を開いた。

「……高校のトイレで女子生徒が殺された事件知ってる?」

小梅は頷いた。その事件ならニュースで見たことがある。

「私も詳しくは知らないんだけどね、あの事件の犯人じゃないかって言われてるの」
「ど、どうして?」

小梅ときらりは特別親しいというわけではなかったが、それでも彼女の性格は知っているつもりだった。
優しい人。暖かい人。積極的すぎるところが少し苦手ではあったが、決して嫌いではなかった。
人を殺すなんて、噂の中でもするとは思えない、


148 : ◆2lsK9hNTNE :2015/09/01(火) 23:23:49 4FAJfeus0

「だから詳しくは知らないの。なんかあの事件の日から登校してないって話は聞いたけど……」

嫌な予感がした。
小梅は画面をタッチしてスレッドを開いた。

そこに書かれていたのは諸星きらりが女子生徒を殺した犯人だと面白おかしくはやし立てる悪趣味な文章。
諸星きらりが聖杯戦争参加者と訴える推理。
そして諸星きらりを犯人とする最大の根拠である、被害者の女生徒たちが行っていたいじめの数々。

小梅の知る諸星きらりは優しい人だ。
だが、ここに書かれていることが本当にきらりに行われていたのだとしたら、こんなことにずっと耐えてきたのだとしたら、あるいは。

(バーサーカーさん、ごめんなさい……チェーンソー男のことは、後にして……いい?)

バーサーカーは召喚されてから未だ一人のサーヴァントも食べていない。
本当ならチェーンソー男は後回しにしていい案件ではなかった。

(お前の好きなようにすりゃいい)

バーサーカーの答えは早かった。

(ありが、とう……バーサーカーさん)

小梅は立ち上がる。番号を交換する時間も惜しくて、紙に自分の番号だけ書いて絵里に渡した。

「ごめんなさい……急用ができたので、もう、行きます……何かあったら……ここに電話、してください」
「え、だけど……」

ペコリと頭を下げて、小梅は店を出た。
幸子がマスターだという確かな根拠はない。本当に諸星きらりが犯人なのかもわからない。
だがらといって二人が会うのを黙って見ていることはできなかった。

幸子の家とケータイの両方に電話をかけてみたが、誰も出ない。何か騒音で着信音がかき消されたのか、手を離せないのか、それとも。
小梅は幸子がどこにいそうか考えて、メールに書かれていたことを思い出した。

「商店街……」



そして小梅はいま商店街にいた。
ひと気のなかった商店街は一転、あちこちに立入禁止のテープが張られ、警官や見物人でごった返していた。
バーサーカーにも頼んで探してもらったが、幸子の姿は見当たらない。
もう一度電話をかけようとしてケータイの電池が切れていることに気づいた。
間の抜けている自分が嫌になった。


149 : ◆2lsK9hNTNE :2015/09/01(火) 23:28:41 4FAJfeus0






【C-2/商店街/一日目 午前】

【白坂小梅@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]R絵柄の私服、スマートフォン、おさいふ、ワンカップ酒×2
[所持金]裕福な家庭のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:幸子たちと思い出を作りたい。
1.幸子を探す。
2.きらりさんが殺人犯?
3.チェーンソー男を、ジェノサイドに食べさせる……?
[備考]
※霊体化しているサーヴァントが見えるかどうかは不明です。
※雪崎絵理を確認しました。彼女がバーサーカーのマスターとは気づいてません。
 バーサーカー(チェーンソー男)を確認しました。彼に関する簡単なこと(悪の怪人ということ・絵理と戦っていること)も理解しました。


【ジェノサイド@ニンジャスレイヤー】
[状態]霊体化、カラテ消費(小)、腐敗進行(軽微)
[装備]鎖付きバズソー
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:コウメを……
0.俺はジェノサイド……
1.サチコを探すのを手伝う
2.次倒したら、チェーンソー男を食うかどうか。
[備考]
※バーサーカー(チェーンソー男)を確認しました。
 バーサーカーの不死性も理解しましたが、ニューロンが腐敗すれば忘れてしまうでしょう。

【C-3/自宅付近/一日目 午前】

【雪崎絵理@ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ】
[状態]魔力消費(?)、身体に痛み
[令呪]残り三画
[装備]宝具『死にたがりの青春』 、ナイフ
[道具]スマートフォン、私服
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:チェーンソー男を倒す。
1.学校に行く
[備考]
※チェーンソー男の出現に関する変化に気づきました。ただし、条件などについては気づいていません。
※『死にたがりの青春』による運動能力向上には気づいていますが装備していることは知りません。また、この装備によって魔力探知能力が向上していることも知りません。
※白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。真名も聞いています。
※記憶を取り戻しておらず、自身がマスターであることも気づいていません。
※もしかしたらルーラーも気づいてないかもしれません。
※聖杯戦争のことは簡単に小梅から聞きました。詳しいルールなどは聞いてません


【???/???/一日目 午前】

【チェーンソー男@ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ】
[状態]復活までまだ時間が必要
[装備]チェーンソー
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:雪崎絵理の殺害
[備考]
※雪崎絵理がマスターだとかそういうことは関係ありません。
※聖杯戦争中、チェーンソー男は夜以外にも絵理がサーヴァントの気配を感じた場合出現し、当然のように絵理を襲います。
 このことには絵理も気づいていません。
※致命傷を受けての撤退後、復活にはある程度の時間を要します。時間はニュアンスです。
※白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)組を確認しました。


150 : ◆2lsK9hNTNE :2015/09/01(火) 23:30:33 4FAJfeus0
投下終了。タイトルは『情報交換』です
期限の超過、申し訳ありませんでした


151 : 名無しさん :2015/09/02(水) 17:15:04 okyyVPzs0
投下乙です

チェーンソー男についてや聖杯戦争についてをお互い深く知ることなく別れちゃったか転用
小梅ちゃんの方はまだしも火薬庫になりそうな学校地区に行く絵理ちゃんは致命的なのでは……?
小梅ちゃんの方もきらりん関係で一悶着ありそうだし怖い

>自分はそんなおごられたそうな顔をしてるんだろうか。

ここなんかワロタ


152 : 名無しさん :2015/09/03(木) 21:07:01 wQdPCiWk0
投下来てたの気づかなかった!乙です
絵理ちゃんの状態もはっきりしましたね。なるほど、聖杯戦争でありながらどこまでもネガチェンだ
小梅ちゃん、いずれわかることとはいえきらりのことを知ってしまったか
そりゃほっとけないわなあ
それにしてもジェノサイド=サンは相変わらずぶっきらぼうながらイケメンである、腐ってるのに


153 : 名無しさん :2015/09/03(木) 22:57:34 OM4mOKOY0
投下乙でした
ネガチェン組は未だ聖杯戦争の外にいる感じだな
これがのちのちどう響いてくるか、どの道時間がたてばチェーンソー男と無関係では通せないだろうし
そして小梅ジェノサイド組もきらり周りに介入するかな?これは
ニンジャ肉ならぬ鯖の肉を後回しにしてるのがこれもどう響くか


154 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/04(金) 07:09:45 RAWmCqsU0
>ホワイト&ローズ
投下乙です!
なのはちゃん、素直に死神様事件を追っていればフェイトちゃんに会えたのに……
前回に引き続き魔法少女鑑識眼で見事大当たりを引いたクラムベリー氏。早速軽やかなステップで接触へ。
>私はもう誰かが死ぬのを見たくないのです
こいつ無知な少女100人集めてこの聖杯戦争以上に凄惨な殺し合い開いてたくせにどの面下げてこんなこと言ってんですかね……?
ただ、その頃の経験もあって少女の籠絡はお手の物。判明してるだけで百数十名の少女を魔法少女にした勧誘のプロですからね。
フェイトちゃんの事もあって焦燥感にかられているなのはちゃんにはドンピシャで効果を発揮してしまいました。
なのはちゃん主体のフェイトちゃん捜索部隊はエンジニア・音楽家と多芸なパーティが構築されて心強いですね(諸々の事実から目を逸らしつつ)
あと地味におお!となったのは念話ですね。
なのは世界では魔術・魔法に適正のある人物同士なら複数回線を繋いでの同時念話も可能かつ距離もかなり広範囲に対応できるので、成程こういう使い方もできるわけです。
しかし肝心の念話相手がやっぱり木原マサキと森の音楽家クラムベリーなの、涙しか出ません。


>機械式呪言遊戯
投下乙です!
不審者のストーキングに気づかず街中を散策してたら不審者に出会ったので全力疾走で逃げ出す。
書き起こしてみると今のところどの少女よりも少女らしい動きをしているので木原マサキは実は少女なのでは?
冗談はさておき。
固有結界(実際は対界宝具)のさいはて町に誘い込まれたのはストレイド卿も実はかなりヤバいのでは?
愉快な番人たちは「サーヴァントには劣る」とされていますがそれでも強力な番人ならアサシンと対等以上の戦力でしょうし、さいはて町ではおそらく宝具解放条件も整わない(というより心象の強さではある少女側に分があるはず)。
さらに言えばどっかの冥王が星を軽くぶっ壊す砲撃を町に向かってぶっ放す危険性もある。
大切な人を守る時の頼もしさには折り紙つきの彼ですが、果たして約束通りに帰れるのかどうか。
にしても玲ちゃん、意外とさいはてのキャラの会話に馴染んでますね。かわいい。
>……路地裏と『町』の狭間で、犬が一匹、死んでいた。
少女たちの聖杯戦争と「ある少女」の描いた世界には辿りつけなかった。かなしいものがたり。



>ふ・れ・ん・ど・し・た・い
投下乙です!
うわぁ……うわぁ……小学校凄いことになっちゃってる……実際被害が最大。
アリスの「堕天使の寵愛」のせいで三校の中でもダントツの危険地域化してますね。
というかあいちゃん組の侵略・暗躍っぷりが。この子は本当に精神的に剥離しているというかなんというか。桜ちゃんのノーフューチャー感が増していく増していく……
セリムが感づいたおかげで一旦は安心かと思った知世ちゃんもフェイトちゃんを見つけてしまったことで状況は一転。
コミュ症ぼっち属性持ちかつ聖杯狙い勢であるフェイトちゃんはわりと頭が硬いので接触次第では大爆発必至。
どっかが爆発すれば確実に延焼・誘爆、近隣の学校・図書館地帯にも余波はありそう。
集まっているメンバーの火力的に、これは事と次第によっちゃ小学校が二日目まで残っていないかも。
もう大爆発が逃れられないならばいっそ小学校ごと天レぶっぱで消滅させれば死神様事件とフェイトちゃん問題も解決する……?



>情報交換
投下乙です!
絵理ちゃん的には大きな心の傷の物語ですからね。そりゃあ詳しくは語れませんよ。
候補作でもラーメン奢られてたし、奢ってあげたくなる顔というのもあながち間違いではないのかも?
しかし絵理ちゃん、マスターの自覚なしだったのか……チェーンソー男もそうだが今んとこ完全に別ゲーと化している。
文中に「チェーンソー男を倒せばとあるけど、原作では確かにそういう存在だったチェーンソー男も今はサーヴァントでしかないからなぁ……悲しいなぁ……
そういうところに気づいてないのも聖杯戦争の知識への精通がないからの誤解だろうけど、そういうズレが以降かなり響きそう。
更に出現条件的に学校に行くと小学校につづいてパニックホラー漫画化不可避。コワイ!
そして小梅ちゃん。絵理ちゃんと比べると安定感があるけど、こっちもこっそりヤバめ。
軽く致命的なのが「携帯の電池が切れた」の一文。142'sとの交流経路も一時的に絶たれるし掲示板も追えない。
幸子が爆釣してる大井っちの罠も確認してないっぽいから、そういった点でも不安ががが。
ついでに言えば、ジェノサイドの餌を新たに探す必要が出てきた点も気がかりですね。まあその辺を散歩してる技術者食えればと思ったけどあいつ自己保存持ちだった。クソが。


155 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/04(金) 07:13:09 RAWmCqsU0
感想ついでに

大井&アーチャー(我望光明)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
輿水幸子

完全に自己リレーになりますが予約します
もし「書きたい!」という方が居れば喜んでお譲りしますので声をかけてください


156 : 名無しさん :2015/09/04(金) 07:25:09 RAWmCqsU0
ついでに個人的な確認用に例のアレも更新して貼っときます

[早朝]
【B-5】桂たま
【B-4-B-5】アサシン(ゾーマ)
【D-3】ララ
【D-7】シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)

[午前]
【B-1】海野藻屑
【C-2】輿水幸子
    白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)
【C-3】雪崎絵理
【C-4】クリエーター(クリシュナ)
【D-2(小学)】木之本桜&セイバー(沖田総司)
         フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
         蜂谷あい&キャスター(アリス)
         大道寺知世&アサシン(プライド/セリム・ブラッドレイ)
【D-2(中学)】山田なぎさ、アサシン(クロメ)
         星輝子&ライダー(ばいきんまん)
【D-2(高校)】大井、アーチャー(我望光明)
         双葉杏&ランサー(ジバニャン)
【D-3】諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
    江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
    キャスター(木原マサキ)
【D-5】中原岬&セイバー(レイ/男勇者)
【D-6】偽アサシン(宝具『まおうバラモス』)
【????(完全に不明)】バーサーカー(チェーンソー男)
【????(nのフィールド)】ルーラー(雪華綺晶)
【????(さいはて町)】アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド/ジャック・ザ・スプリンガルド)
             玲&エンブリオ(ある少女)

[午後]
【C-4】高町なのは
    アーチャー(森の音楽家クラムベリー)


場所確認用のやつ
ttp://download1.getuploader.com/g/hougakurowa/4/%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%9C%B0%E5%9B%B3.png


157 : ◆PatdvIjTFg :2015/09/05(土) 20:49:17 HUV75I.Y0
感想遅れます。

時間出来たので
江ノ島盾子&ランサー
諸星きらり&バーサーカー
を再予約させていただきます。


158 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 06:59:38 F0y6wfs60
ちょっと遅刻します


159 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:44:14 F0y6wfs60
一時間半くらい遅刻しました

大井&アーチャー(我望光明)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
輿水幸子

投下します


160 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:44:54 F0y6wfs60


【from:SUPER_Kitakami_sama@
 件名:Re.掲示板の件について
 本文:あなたが誰かはわからないので、名前だけ名乗らせていただきます。
     私はエノシマといいます。きらりさんと同じ高校に通っていた者です】


  携帯端末の液晶面を覗きながら、輿水幸子はそのカワイイ眉間に皺を寄せた。
  エノシマと名乗る少女のメール。
  きらりと同じ高校に通っている、ということはこの世界でできた知り合いだろうか。
  少しだけ残念に思った心を、頭を振って否定する。

「戦争なんだから、知り合いが居ないに越したことはないじゃないですか!」

  再び星輝子と白坂小梅の顔が脳裏をよぎる。
  小梅は無事だろうか。
  被害者は出ていないんだから無事にきまっているが、連絡の一つでも欲しいものだ。
  あれ以降携帯端末に着信はない。
  焦る心を深呼吸で無理やり落ち着かせようとして、勢い余ってむせてしまう。
  駄目だ。今のは少し間抜けだ。
  こほんこほんと二回咳払いをして、周囲が誰も見てなかったことを確認して、すぐにカワイイ輿水幸子に戻る。
  そして、再び携帯端末に視線を落とす。
  話を聞いておく必要がある。
  幸子は中学生なので、高校で起こった事件の深い事情までは探れない。
  だが、きらりと同じ高校、同じ学年なら深い事情を知っている可能性がある。
  それに、きらりと同じ学校に通っているというのなら、連絡網みたいな形できらりの連絡先を知っているかもしれない。


161 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:45:16 F0y6wfs60

   ☆

  幾つかの情報交換を済ませた。
  相手の名前と学年を聞き、きらりとの関係を尋ねた。
  名前は『エノシマジュンコ』、学年は高等学校の三年生(確かきらりと同学年だ)。
  きらりとは友人とは言えないまでも顔見知りであり、聖杯戦争が始まる前にそれとなく良くしてもらっていたという。
  確かに学校で不審な事件が起きたが、それでもきらりの性格を知る『エノシマ』には到底信じられなかったらしい。
  それで、筆を執ったとのことだ。
  『エノシマ』の語るきらりは、幸子の知っているきらりと相違ない。
  ということは、本当にきらりの知り合いで、きらりの身を心から案じているのだろう。
  やはり、クリエイターの言っていることは間違っている。
  世の中には、聖杯戦争に巻き込まれても友人の安否を気づかえる人間がいる。
  それだけで、幸子はなんだか嬉しくなった。

  相手に一方的に聞いているだけでは悪いと思ったので幸子側の情報も渡した。
  自身の情報全部を渡すのは流石にカワイイ幸子のプライバシーに関わるので、名前や、自身の学年や、きらりを探しているということを伝えた。
  少しでもきらりにたどり着く手がかりになればと思ったが、相手の反応は幸子の予想を超えるものだった。


【from:SUPER_Kitakami_sama@
 件名:Re.Re.Re.Re.掲示板の件について
 本文:私は今から高校できらりさんの自宅について聞いて回るつもりです。
     今すぐに、というわけにはいけませんが、今日の放課後には家の場所を調べて向かおうと思っているんです】


  確かに、高校にいるなら高校に通っていたきらりの情報は格段に手に入れやすい。
  家の場所がわかれば探す手間は確実に省ける。
  すぐに同行を申し出た。出会ってすぐで不躾かもしれないが、なりふりかまってはいられない。
  少しでもはやくきらりの無実の証明をし、カワイイボクが味方なんだと駆け付けなければ。
  返事は了承。
  ほっと胸をなでおろす。
  放課後ということなのでとまだ時間はあるが、それでもこれが実ればほぼ高確率できらりの元に近づける。


【from:SUPER_Kitakami_sama@
 件名:Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.掲示板の件につ
 本文:それでは、放課後1800に待ち合わせということでお願いします。
    集合場所はC-3かD-4にするつもりです。】


  幸子がお礼を述べ、『エノシマ』はそれにお礼を返し。そこで二人のメールのやりとりは終わった。


162 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:47:12 F0y6wfs60

   ☆

  放課後までまだ時間はある。
  だが、その間をなんもなしでぶらぶらと過ごすのは時間の無駄だ。
  出来ることならできるだけ早くきらりに会いたい。
  商店街で起きた事件のことも気になる。
  そしてなにより、幸子の目標は『犠牲のない形での聖杯戦争の終結』なのだ。
  一安心で一拍置いて、気合を入れなおして一歩を踏み出す。
  向かう先は、商店街のずっと向こう。別の区域だ。

  幸子がその情報を手に入れたのは、商店街の事件について聞いて回っている時だった。
  商店街の店の人が、とても重要なことを教えてくれたのだ。

「うーん、その時間は起きてなかったけど……あ、でも。あの人なら知ってるかも」

  狐の面を頭につけた少年NPCが、幸子の質問にそう答えた。

「あの人って?」

「なまえは しんない。いっちゃあ あいつは てーへん さ。ちかよると くさいぞ」

  奥に居たうさ耳の少女NPCが狐面NPCの言葉を補足する。
  二人の話によると、深夜から早朝にかけて商店街を徘徊するNPCがいるとのことだ。
  そしてそのNPCが今朝、しかも戦闘の最中に居たのは確定らしい。

「宇佐美ちゃん、知ってたの?」

「あさはやくから うるさかった。 あいえー! にんじゃー!」

  要約すると、朝方にそのNPCが悲鳴をあげているのを聞いた、ということだ。
  つまり、その人物に聞けば事件のあらましを知ることが可能なのだろう。


163 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:47:41 F0y6wfs60

  二人から事件を見ていたと思われるNPCの容姿を聞く。
  壮年の男性らしい。
  目立つ容姿ではないし、容姿も曖昧な情報しか知らないので会って情報交換ができるかと言われれば、たぶん無理だろう。
  ただ、商店街にきらりが居ないのは歩きまわってほぼ確定しているし、商店街で聞きまわっても事件のことがわからないのはもうさんざん思い知った。
  場所を移すには絶好の機会かもしれない。
  居ないと思われる場所を何度も探すより、別の場所を探したほうがきっと効率は良い。

「……確か、あっちの方って言ってましたよね」

  向かう方向は狐面のNPCが教えてくれた『目撃者NPCがいつも向かっていた』方角。
  『エノシマ』との約束や、輝子の思いやりのこともあるのであまりC-2から離れることはない。
  せいぜいエリアひとつ分くらいだ。
  商店街を抜け、大きな通りを右に曲がる。
  日は高い。
  18時まであと9時間以上ある。
  それまでに、なにか手がかりが見つかればいいのだけれど。

「考えていてもはじまりませんね」

  振り返らずに進んでいく。
  歩調は、いつもの幸子から考えればとても早い。
  ずんずん、ずんずんと進んでいく。
  その間もすれ違うNPCの顔を見るのは怠らない。
  きらり、目撃者NPC。どちらでもいい。偶然でもどちらかに会えれば上出来だ。
  ずんずん進み。NPCの顔をしげしげ眺め。またずんずん進み。
  そうしているうちにすぐに商店街のゲートは見えなくなった。

  歩いていると始業の鐘が遠くから聞こえてくる。
  ふと立ち止まり、音の方を向く。
  学校は今から授業だ。輝子や小梅は学校で勉強に専念することだろう。
  今日の授業のノートは取れないから、今度誰かにノートを貸してもらわなければならない。
  そういえば、仕事以外で学校をサボるのは幸子にとって初めての体験だ。
  まるで不良になったみたいだ、と少し場違いな感想を抱く。
  少しだけドキドキとか、ハラハラとかしながらも、幸子はまた早足で歩き始めた。

  幸子が商店街を去ったのは、ちょうど彼女が身を案じていた白坂小梅が商店街に来るより少し前のことだった。


164 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:48:05 F0y6wfs60

【C-2/商店街周辺/1日目 午前】

【輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、怒り、恐怖(微)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:この聖杯戦争をカワイイボク達で止めてみせる
1.諸星きらりに会う。
2.商店街で起こった事件が気になる。
3.きらりの捜索+事件を見ていたというNPCの捜索を兼ねて別の地区へ。
4.何かあったら輝子の家に避難……?
5.放課後18:00に『エノシマ』と会う。場所はC-3もしくはD-4の予定。
[備考]
※商店街での戦闘痕を確認しました。戦闘を見ていたとされるNPCの人となりを聞きました。
※小梅と輝子に電話を入れました。
※『エノシマ』(大井)とメールで会う約束をしました。
 また、小梅と輝子に「安否の確認」「今日は少し体調がすぐれないので学校を休む」「きらりを見かけたら教えて欲しい」というメールを送りました。


165 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:49:18 F0y6wfs60
   ☆

  『輿水幸子』。
  聞いたことがある名前だと思うが、どこで聞いただろうか。
  大井が集められる人名情報は極端に少ない。
  学校を除けばほとんど他者との交流がないから当然といえば当然だが。
  そんな大井の意識に残っているということは、かなり状況は限定される。
  一応クラス内の学友の名前くらいならそらで言えるようになったが、その中には『輿水幸子』は居ない。
  ならばどこで聞いたものか、と顎に左手を添えて考える。
  そうして思い至った。
  そうだ、そういえば。
  街を歩いていた時か、近所のスーパーで買物をしていた時にそんな名前を耳にしたような気がする。
  有線放送だったか、テレビの試聴用番組だったか。そこは確かじゃない。
  だが、そこで話していた少女が確かそう名乗っていたはずだ、『輿水幸子』と。
  記憶を辿ってみる。独特な名前だから聞き間違いはないだろう。

  そこまで考えて、職員室前から来客口に向かっていた足を止める。
  そういった方面に疎い大井でも名前を知っているということは、『輿水幸子』はこの聖杯戦争の舞台ではかなりの有名人と考えたほうがいい。
  そして、今回のメールの相手も身バレを防ぐために有名人の名前を使った、と考えるのがスマートな考え方だ。
  そもそも本名を会ってもいない相手に普通に明かすなんて危機管理がなっていなさすぎる。
  大井の鉄壁のカモフラージュがあるとはいえすぐに個人情報を晒すのは、今が戦争中という自覚がないか、戦争を舐め腐っているか。
  もしくは『エノシマ』の名を騙った大井のように「バレても問題のない名前」を使っているか、だ。

  成程、一筋縄ではいきそうにない。
  だが、その程度の謀り事、大井の作戦の前では無意味だ。
  偽名を使っていようと、こちらに興味を持って接触を図ってきたというのは事実だ。
  そこが間違いなく事実であるならば、大井としては及第点だ。
  興味があるということは、方針を提示すればなんらかのリアクションを見せるということにほかならない。
  この食いつき具合からすれば、集合場所に対して確実に注意を払う。
  指定の時間に本人が近くにいるかどうかはともかくとして、確実に『参加者が現れるかもしれない』として方針に組み込むだろう。
  集合場所を襲撃してくるにせよ、遠くから観察に徹するにせよ、情報戦で優位に立てている現状ならば大井が更に動きやすくなる。
  もし、彼女が仮に本物の輿水幸子もしくは偽名だが諸星きらりの本当の友人で、のこのこ現れてくれたならそれこそ好都合。
  一人が食いついた。この事実が大切なのだ。
  この一人を逃さないために手を打つ必要がある。有り体に言えば、彼女を釣りだす餌が必要になる。


166 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:49:48 F0y6wfs60

  集合場所に人が居なければ『輿水幸子』は騙されたと思うだろう。そうすれば攻撃にしろ交渉にしろ行動を起こさなくなる。
  それは困る。だから集合場所には誰か、彼女を釣りだす餌として人間が居る必要がある。
  当然、大井自身が餌になるつもりはない。
  しばし少考して、そして天からの啓示のように一つの妙案に思い至った。

(アーチャー)

『なにかな』

(デコイを一人用意して欲しいんです)

『それは……君の代わり件のメールの集合場所に向かう人物、ということか』

(理解が速くて助かります。『エノシマ』が居るなら彼女がいいんでしょうが、推定参加者だから接触は避けるべきだと思うんです。
 だから、まあ適当に、それっぽいのをお願いします。相手に容姿情報は与えてないのでどんな子でも構いません)

  NPCに大井のふりをさせ、集合場所に送り込む。
  集合場所で『輿水幸子』が偽大井を見たら、何か反応を起こす。
  本当に諸星きらりの友人だというなら情報交換を望んで釣り出せる。そこを討つ。
  もしこちらを利用しようとしていたなら、確実に偽大井は殺される。
  だがその攻撃から相手のサーヴァントの位置を特定して、必要に応じて戦闘形態+宝具解放したアーチャーに向かわせればいい。

  素晴らしい作戦じゃないか。
  先の先まで見据えて、未然の事態にまで警戒を怠らず対策を打てている。
  あの脳みそが弾薬か鉄鋼かで出来ている長門に今の大井の半分でも作戦立案能力があれば、北上はおそらく……いや、確実に死にはしなかっただろう。
  この程度の事もできずに威張り散らしていた軍の奴らを鼻で笑う。
  通りすがりの生徒が不審そうにこっちを見たが、この程度ならルーチンの範囲内だ。問題はない。
  鼻で笑い、すぐに思考を切り替える。
  いつまでもあの愚図どものことを考えていても時間の無駄だ。
  来客口にお客様を待たせているんだから、早いうちに対応しなければならない。
  だが、こちらについてももう策は思い浮かんでいる。
  少々不安要素が残るが、相手の容姿はもうばっちり記憶した。仮に今逃がしても問題ない。
  靴を上靴からローファーに履き替え、つま先で地面を打って履き心地を整える。
  『輿水幸子』とやりとりをしながら校内をぐるっと一周。『諸星きらりについて数人に聞いてきた』くらいの時間は経っただろう。
  かつかつというタイルを叩く音が、ことことというアスファルトを叩く音に変わる。
  あの目立つ見た目の少女はちゃんと待っていた。日光から逃げるように木陰で座り込んでいる。
  時間を確認する。予鈴まではもう少しといったところか。
  今度のやりとりは数十秒で十分だ。最新の注意を払いながら手早く済ませよう。


167 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:50:27 F0y6wfs60

   ☆

「申し訳ありません。諸星さんについて、心当たりの先生方に聞いてみたんですが誰に聞いても教えてもらえなくて……」

「そっか」

「ただ、知人に当たってみたら『諸星さんらしき人の帰宅の方向なら分かる』と」

「へえ」

「生憎、私もその子もこれから授業なので案内することはできないんですが……」

「ああ、いいよいいよ。そこまで無理言うつもりはないから」

  金髪の少女はへらへらと笑いながら手を振ってみせる。ぷらぷらと宙を舞う手のひらはまるでもみじの葉のように小さかった。
  そしてそのあとで、少女は少しだけ寂しそうな顔をする。
  本当に『気にしていない』し『情報が手に入らなかったのが残念』という素振りだ。
  こちらに対して一切警戒していない、と捉えていいだろう。
  この様子ならいける、と確信を持って次の手を切り出す。
  このタイミングならば、相手も引っかかってくれるだろう。

「あの、放課後で良ければ……」

「ん?」

「放課後なら、その子も用事がないと思うので、私から案内をお願いすることも出来ると思います。
 といっても家そのものが分かるわけではないので、手助け程度にしかならないと思いますが」

  暗鬱、といった感じだった少女の顔がぱっと輝く。華やかな笑顔だ。嬉しさを満面で表現している。
  食いついた。
  ここまで分かりやすいと思わず笑いそうになってしまう。
  輿水幸子は面と向かえないので探り探りだったが、面と向かったこの少女ならば安全策に出る必要はない。
  ガッツポーズは心の中で。表面は一切変えずに話を続ける。

「どうでしょう」

「そだね。だったらお願いしようかな」


168 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:51:06 F0y6wfs60

「じゃあ、何か、情報を交換できるようにしておいた方がいいかもしれませんね」

「じゃ、番号交換しとこうか」

  そう言うと、少女はおもむろに携帯端末を取り出した。
  番号交換。知識はある。携帯端末同士の固有番号を交換して一対一で通話が出来るというものだ。(実際に試したことはない)
  いざという時のために、番号は手帳にメモしてある。電話番号の探し方が分からず慌てて相手に隙を見せるような真似はしない。
  ページをちぎって渡すと、少女はなれた手つきで携帯端末を操作した。
  ついで、電子音が鳴り響く。液晶画面には11桁の数字の羅列が映っていた。

「なにかあったらさ、ここに電話ちょうだいよ。じゃあ、外も暑いしもう帰るから」

「はい。確かに……あ、それと」

  そのまま立ち去ろうとしていた少女を呼び止め、もう一つ餌を巻いておく。

「方角的には、あっちの方……それに、あまり離れてないって話だったので。どうしても早く会いたいなら」

  指を刺したのは遊園地の方。当然デタラメだ。諸星きらりの家なんて知らないし、知りたくもない。
  場所を指定したのはこの少女を出来るだけアーチャーの監視下においておきたいから+この周囲に足止めさせて作戦に取り込みやすくするためだ。
  近所をうろうろと探しまわってくれていれば、こちらから呼び出しやすい。
  そういった本心は伏せ、ただ『諸星きらりがいるかもしれない』という情報だけを与えておく。

  これはあくまでオマケにすぎない。正直、襲撃を放課後と定めた時点でいらぬ作戦だ。
  本作戦の方に引っかかってくれてるのだからここまでやる必要なんて本当はない。
  だが、念には念を入れて。動かせる駒は手元に残しておく。
  大井はトラック島に戦力の大半を集中させた挙句鎮守府襲撃を受けて壊滅状態に陥った馬鹿どもとは違うのだ。
  少女は朗らかな笑みで手を振って去っていった。
  少女の影が見えなくなるのを確認して、大井も振り返り、校舎に戻る。
  所要時間は二分弱といったところ。
  見立てよりは少し長引いてしまったが、それでも朝礼までは時間がある。
  大井は達成感を胸に、来客口を後にした。


169 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:51:36 F0y6wfs60

【D-2/高等学校/1日目 午前】

【大井@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]満腹、健康
[令呪]残り三画
[装備]北上の枕の蕎麦殻入りお守り
[道具]通学鞄、勉強道具、スマートフォン
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上さんへの愛を胸に戦う。
0.聖杯戦争に北上さんが居る可能性を潰す。
1.諸星きらりとエノシマという女子高生、各種噂を警戒。
2.メールを送ってきた人物をC-3もしくはD-4に集める。そのためにアーチャーに集合場所に赴く偽大井を用意させる。
3.作戦開始直前になれば偽大井を使って2.の場所に少女(双葉杏)も上手いこと誘導する。
4.メールの件が片付いたらしばらくはNPCとして潜伏する。
[備考]
※双葉杏を確認しました(電話番号交換済)。また、輿水幸子の名前を確認しました。ただ、偽名を疑っています。
※北上が参加者として参加している可能性も限りなく低いがあり得ると考えています。北上からと判断できるメールが来なければしばらくは払拭されるでしょう。
※『チェーンソー男』『火吹き男』『高校の殺人事件』『小学校の死亡事件』の噂を入手しました。
 また、高校の事件がらみで諸星きらりの人相・性格、『エノシマ』という少女が諸星きらりを探っていたことを教師経由で知りました。
※フェイト・テスタロッサの顔と名前を把握しました。


170 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:55:16 F0y6wfs60

   ☆

「はあ、疲れた」

  笑顔は疲れる。
  しかも営業スマイルならなおのことだ。
  双葉杏は引きつりそうな頬を撫でながら、朝来た道を今度は逆方向に歩いていた。

『一発でいい人に出会えたにゃー! オレっちも万引きなんかしなくて良かったニャン!』

  ランサーが本当に嬉しそうな声色で念話を飛ばす。
  実体化していたなら小躍りくらいはしていたかもしれない。
  少々頼りない自身のサーヴァントと、気を張り詰めていた気苦労からため息を一つこぼしそうになり、自分の置かれている状況を理解して飲み込んだ。

(ランサー)

『で、どうするニャン? 今から早速探してみちゃうのかニャ?』

(あれ嘘だよ、たぶん)

『……』

  うまく騙せているといいが、と思いながらぼちぼちと歩いて行く。

  杏はあの栗毛の少女に対する疑心を一切解いていない。
  怪しいと思った瞬間から、彼女は杏を罠にかけようとしているものだとして対応している。
  それでも、あの場で逃げ出さなかったのは、相手が戦争でいう敵だとするなら『何も言わずに逃げればサーヴァントを送ってくる可能性がある』と考えたからだ。
  そうなると困る。
  顔がばれてしまっている以上探されれば見つかるのは必至だし、そうなってしまえば先頭は避けられない。ランサーはイマイチあてにならないので出来ることなら戦闘は避けたい。
  それに、下手に動けば今度は杏のことが掲示板に書き込まれてきらりの二の舞いになってしまうかもしれない。
  それだけは避けなければならない。
  見ず知らずの誰かに付け狙われることになるなんて考えただけでも身震いする。ニートは安心と安全がないと生きていけないのだ。

  見つかってしまった以上なんとかして相手に怪しまれずに去らなければならない。
  相手の警戒を緩めて自由になるには、『相手の策にまんまとハマった』と見せるしかなかった。
  杏だってアイドルだ。その気になれば外面よく振る舞うことは出来る。
  普段の杏からは考えられないほどに感情豊かに振る舞ってみせると、栗毛の少女は特になにをするでもなく解放してくれた。
  だが、杏の側はまだ警戒をとかない。
  あの栗毛の少女のサーヴァントが見張っている可能性は十分にある。不審な動きは最小限に抑えていく。
  表情一つ、動作一つ、怪しまれないように考えながら。
  ため息一つ気楽につけない現状にため息をつきそうになったが、やっぱり飲み込んでおいた。

  ぼちぼち歩いていると高校前の並木道を抜け、道路に出た。
  タクシーは来た時に返してあるのでもう居ない。新しいのを捕まえるか、歩くか。
  そこは悩むまでもない。すぐに携帯端末を取り出して、朝電話を掛けたタクシー業者の番号を探す。
  視界に先ほど連絡を入れた栗毛の少女の電話番号が目に入る。その場で確認したから偽物ということはないだろう。
  電話番号を渡すことを「悩みはしなかった。
  電話番号程度なら掲示板で晒されても問題ない。電話番号を悪用しても痛くはないし、電話口で得られる情報なんて少ないし、マナーモードか電源をオフにしていれば音をたどって杏にたどり着くなんてこともできない。
  自由か、電話番号か、天秤にかければ自由のほうが大事。当たり前の話だ。


171 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:56:45 F0y6wfs60

  タクシー業者に電話をかけると、周回の車が一台近くにいるらしいとの返事がもらえた。
  このけだるい日光の下にいつまでも居なくていい、というのはありがたいことだ。
  木陰に入って座り込むと、泡を食ったようなランサーの声が聞こえてきた。

『て、て、てことは、つまり、オレっち、結局学校に侵入しなきゃなんないってことかニャン!?
 あんまりだにゃ〜!! そんなインポッシブルなミッションやらされるなんて聞いてないにゃ!』

(ああ、それももういいよ)

『ほ、ほんとかニャン!? あとで嘘っていっても……』

(いいよ。ランサーだって死にたくないでしょ)

『……オレっち、もう死んでるニャン……』

(そっか。そうだっけ。ごめんごめん)

  高校に侵入させて個人情報を得る、という考えはあの少女の登場で瓦解した。
  校内で情報を探るには時間の長短はあれど確実に実体化が必要になるだろう。
  だが高校で実体化すればあの少女、もしくは他の主従のサーヴァントに見つかる可能性が極めて高い。
  再三言っているが、ランサーはあんまり頼りにならない。
  戦場に巻き込まれて冷静な立ち回りが期待できるようなキャラをしていないし、三騎士で呼ばれているのに地力がそもそも低すぎる。
  あえて藪をつついて蛇を出すことはない。

  ただ、そうなると問題が一つ。

『じゃあどうするニャン? きらりって子の家の方向が嘘で、調べにいかなくていいってなると……』

(……そこだよなぁ)

  きらりの唯一の情報源である高校が使えない。
  そうなると、この状況で取れる方法はかなり限られてくる。
  あの少女のリークがこちらの信用を得るためにある程度真実を伝えているものだと仮定してこの近所を調べるか。
  それとも完全に振り出しに戻るか。
  あるいは。
  木陰に座ったまま視線を動かす。
  小中高等学校の密集したこの地域にはもう一つの重要な施設があった。
  詳しい道筋は思い出せないが、そこなら確実に諸星きらりの情報を持っている人物がいる。
  図書館。
  今朝確認した通達で、ルーラーが『フェイト・テスタロッサ』の受け渡し場所に選んだ施設。
  それだけ危険ではあろうが、ルーラーならば(通達をきらりに渡すという作業があるため)きらりに関する情報は確実にあると断言できる。
  まあ、きらりが参加者だったとするなら、だが。
  しかし裁定者であるルーラーが個人情報をそのまま渡してくれるとは思えない。突き返されるか、無理難題をふっかけられるか。
  他に楽な道があればいいのだが、悲しいことに今の杏には思い浮かばない。

  灰色と白のタクシーが近づいてきて、方向指示器を杏の方に向ける。
  音も立てずに止まった車は、また音も立てずに後部座席のドアを開けた。
  杏は、太陽の光で力を失ったゾンビのようにのろのろとした足取りでタクシーに乗り込み、クーラーが効いていて他者の目も届かない車内でようやく一息ついた。

「どちらまで?」

  扉が閉まり、タクシーが走りだす。
  どの道を選んでも、めんどくさいだろうなぁと思いながら杏はとりあえずの向かい先を告げた。


172 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:57:05 F0y6wfs60

【D-2/タクシー車内/1日目 午前】

【双葉杏@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、焦燥感
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]携帯ゲーム機×2、大井の電話番号
[所持金]高校生にしては大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:なるべく聖杯戦争とは関わりたくなかったが
0.諸星きらりに会う。
1.きらりの家はDラインの地区にあるらしいが……?
2.栗毛の少女(大井)を警戒。
3.Dラインの地区を探すか、無為に動くか、図書館か、他の何かか。どうするかなぁ……
[備考]
※大井と出会いました。大井を危険人物(≒きらりスレの>>1)ではないかと疑っています。
※大井からきらりの家の方角情報(偽)を受け取りました。こちらも疑っています。

【ランサー(ジバニャン)@妖怪ウォッチ】
[状態]健康
[装備]のろい札
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:なんとなく頑張る
1.双葉杏に付いて行く


173 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:57:31 F0y6wfs60

   ☆

  推定マスターとされている金髪の少女が門前から消えたのを確認する。
  千里眼のような視力補佐スキルを持っていないため、金髪の少女の行方をどこまでも追いかけることは不可能だ。
  だからただ、来客口前の並木道を通って乗ったタクシーの向かうだいたいの方向を確認するだけしかできない。
  それでいい。
  今はまだ、それで十分だ。
  アーチャー・我望光明は特に少女を警戒することなく、自身のマスターである少女・大井の方に意識をずらした。
  作戦にところどころ穴は見られるが、それでも『勝ち残ってやる』という強い意志を感じる。
  ひとえに彼女が出会いたいと言っていた少女『北上』のためだろうと思うと、アーチャーは苦笑した。
  大井自身に対人戦の経験や作戦の立案の経験がないのは確認済みだ。
  だというのに、最適とはいえないまでも、及第点が得られる程度の作戦を立案し、自ら実行し、不測の事態にも柔軟に対応している。
  一人の少女は、狂おしいほどの愛を抱いて戦況に一石を投じようとしている。
  そして、そのために知恵を振り絞り敵を誘い出し討とうとしている。
  『心』とは。
  『絆』とは。
  人をかくも狂わせ、さらなるステージへと導く。

  『絆』。
  下らない幻想だ。そう切り捨てていた。
  だが、それが時として強靭な力を生み出すことを、アーチャーは忘れてはいない。


―――だから今日……天高はアンタの支配から卒業する!!―――

―――青春銀河、大・大・大、ドリルキックだ!!――――

―――卒業生代表、仮面ライダーフォーゼ……如月弦太朗―――


  心と心の繋がりなんて曖昧なもので。
  少女は。
  少年は。
  若者たちは。
  自身の限界を軽く飛び越え、不可能を可能にする。
  超新星よりも強く激しい光を放ち、栄光の未来へ向かって一歩を踏み出し、彼らの銀河に足跡を残していく。

「素晴らしいじゃないか。私は少々、君を見誤っていたかもしれないよ」

  想像以上だ。
  呼び出した少女が戦闘能力を持たないと分かった時は、アーチャーの方から積極的に動かなければならないことを想定していた。
  だが、これならもう少しは大井に任せていてもいいかもしれない。
  大井が望めばその力を振るうし、大井の要請があれば多少の無理も通してみせよう。
  少なくとも、戦況が大井の手に負えなくなるまでは、彼女の良き臣下として働こう。

  そう。少なくとも、戦況が大井の手に負えなくなるまでは。


174 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:58:05 F0y6wfs60

「しかし、そう考えると、非常に残念だ。
 君に戦う心だけではなく、戦う力があれば……よりよい関係を築けたのだろうがね」

  もし、彼女が強い意志だけでなく、その意志を肯定するだけの力を持っていれば。
  戦闘能力でもいいし、優れた知力でもいい。潜在的な魔力でも、あっと言わせる奇術でも、なんでも構わない。戦況に一石を投じられる『戦う力』を持っていれば。
  アーチャーはもっと大井に歩み寄り、精力的に仕えただろう。
  だが、彼女にはそれがない。あるのは人一倍に強い自尊心と、狂気的な愛という名の『絆』だけだ。
  だから当然、アーチャーは大井に懐を見せない。

「……君は、どの程度持ってくれるのかな」

  大井が動けばそれだけ多くの参加者が動く。
  今の大井の作戦が彼女の目にはどう映っているかは分からないが、駆け引きに秀でた者や対人ゲリラ戦に慣れている者にはすぐに裏をかかれるだろう。
  そうなればいつかしっぺ返しが来る。
  しっぺ返しがアーチャーの手で握りつぶせる程度ならば問題ないが、それを超えれば一切の容赦はない。
  その時は大井を切り捨て、別のマスターを探す。
  彼女の忠実な臣下を演じながら、どこかの誰かのサーヴァントを殺し、ついでに大井も始末して別のマスターと再契約をする。
  別のマスターが手に負えない状態になれば、またいつか切り捨てて。
  仮にもし、戦う力を持つマスターが居れば、大井との関係はそれまでだ。
  確かにアーチャーは『絆』に負けた。だが、『絆』の強さが無敵だとは思わない。
  裸に『絆』で戦場を駆けるマスターよりは、武装し強い『意志』を持つマスターのほうがいいに決まっている。
  相棒は強いほうがいい。それも傍目でも分かるくらいに強いほうが。
  その時は、大井をそそのかしてでもそのマスターと交戦し、敵のサーヴァントを屠った上で大井も始末しよう。

  無論、再契約は両者の合意が必要なので『再契約が執り行えない』という危険が伴うのでおいそれとは行えない。
  願いを持つ者達の戦争なので夢半ばで倒れることを選ぶものは居ないとは思うが、最悪は想定しておくべきだ。
  マスターの乗り換えは、出来ることなら避けたい。
  大井がこの調子で聖杯戦争を最後の一人まで駆け抜けるというのならば、それが一番楽でいい。

「だから……今だけは、信じているよ。『絆』の強さというやつを」

  心にもない言葉で取り繕う。
  彼女がアーチャーとともに聖杯を掴む相棒なのか。それとも今一時限りの偽りの相棒なのか。
  今はアーチャー自身にも分からない。
  ただ、はっきりとしていることは一つ。
  アーチャー・我望光明。
  彼の赤い瞳が映すものは、いつだって宇宙の果てに輝く夢だけだった。


175 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:58:21 F0y6wfs60

【D-2/高等学校の屋上/1日目 午前】

【アーチャー(我望光明)@仮面ライダーフォーゼ】
[状態]実体化
[装備]サジタリウスのゾディアーツスイッチ
[道具]理事長時代のスーツ姿
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を得る
1.大井との距離を保ちつつ索敵。双葉杏の監視。
2.フェイト・テスタロッサが現れた場合、大井に連絡を入れる。
3.大井の代わりに集合場所に向かうNPCを調達。方法はスキル『催眠術』による一時催眠。
4.放課後、集合場所に現れる『輿水幸子』他参加者の偵察。必要とあればアーチャー直々に手を下す。
5.戦闘力に秀でたマスターが居れば大井を切り捨てることも思案。
[備考]
※双葉杏=マスターであるとしています。諸星きらりと江ノ島盾子は見てない可能性が高いです。
 双葉杏のタクシーの進行方向は知っていますが具体的にどこに向かったかまでは知りません。
※アサシン(クロメ)と近い位置に居ますが存在に気付いていません。(菓子の咀嚼音も距離のこともあり届いていません)
 ただ、アサシンが不用意に近づいたり、臨戦態勢に入ったりすれば気配遮断の効果が切れて気づきます。
※大井に対する意識は可寄りですが、彼女の戦闘能力には不満があります。
 もっと力の強い参加者が居、その参加者が望むのであれば大井を屠っての再契約も視野にいれてあります。


176 : 逢魔が時に逢いましょう  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/11(金) 08:59:24 F0y6wfs60
投下終了です
誤字修正、矛盾指摘他なにかあったらよろしくお願いします

ついでに

シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)

予約します


177 : 名無しさん :2015/09/11(金) 09:36:30 S.fJzeuE0
乙でござい
宇佐美ちゃんと狐塚くんの登場は流石に予想外だった


178 : 名無しさん :2015/09/11(金) 19:51:17 GzjWyz2M0
投下乙です
幸子は必死だなー
杏の方がそれなりにシビアに頭回して立ち回ってるのに比べるとやっぱり気持ちが先走ってる感じがある
偽エノシマこと大井の網にかかっちゃったけどどうなるやら
そしてその大井さんもこれは順調に慢心してますね…あんたなんだかんだ切り替えできてないやないかい
なまじ自分は狩る側だと思ってるからか思わぬところで足をすくわれそうってか理事長の腹の内も案の定だった、絆を認めながらも今は歪な絆を結ぶわけですな
しかしこういう、ラスボスキャラのifの戦いや心情描写が見れるのはなんかいいですね
弦太郎の台詞の回想とかぐっと来ました
杏ジバニャンは、今のところ完全にジバニャンが杏におんぶにだっこって感じだけど、ルーラーに接触すると杏でも手に負えなくなりそうでもありハラハラします


179 : ◆PatdvIjTFg :2015/09/12(土) 11:50:32 bxaofgnY0
予約破棄させていただきます、その間に予約が入らなければ感想と共に水曜日頃に投下させていただきます。


180 : 名無しさん :2015/09/12(土) 23:14:54 mv5MhAVU0
デレステでそれぞれ掘り下げも進んでて、ここ読み返したら色々刺さった


181 : いつか見たグラジオラス  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/18(金) 06:09:35 K1bJrdRs0
シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)

投下します


182 : いつか見たグラジオラス  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/18(金) 06:11:29 K1bJrdRs0



君が今見ているものが
君がもう見てきたものだとするなら
君が見てきたものは今どこに



配点(四月馬鹿達の物語)
―――――――――――


183 : いつか見たグラジオラス  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/18(金) 06:11:56 K1bJrdRs0
×

  星が流れていくのが見えた。
  森の中から、街の中へ。西から西へ。
  中途半端な流れ星だ。昼の空を流れるというのも奇妙極まる。
  そして何より、光の素が魔力だというのが、この舞台の上でNPCではない人物の―――参加者の目を引いた。

(マホウ……いや、もっと陳腐な、『魔法』かな)

  少女・シルクちゃんはその箒星の向かう先を見逃さないようにシルクハットのつばを持ち上げた。
  その軌道を見るに、移動魔法なのだろう。
  シルクちゃんの知っている世界にはそんな『マホウ』は存在しなかった。
  なにせ、彼女にとっての世界とは全て歩いていくことが出来る距離だったのだから。
  黄泉の国だって、冬の街だって、遺跡だって、月だって、世界の壁の向こう側だって、全部歩いていけるのが当然なのだ。
  一般的な世界と照らしあわせて便利な移動魔法など、必要が無いから存在しなかった。(例外的に『どこかにつながっているマンホール』や『入り込めるお菓子の家』はあったが)
  だからシルクちゃんはあえてその現象を彼女が知り、彼女も行使できるものとは全く別の『魔法』と称した。
  そして、その『魔法』を見てシルクちゃんは少しだけ考えて、シルクハットを再び目深にかぶり直した。

『見に行くのか?』

  頭のなかに、偉丈夫という単語に相応しい、年季の入った男の声が響く。
  少女のサーヴァントであるランサーが、彼女の意思を読むまでもなく、少女の仕草だけを見てその後の行動を判断した、ということだろう。

(ちょうどいい狼煙だ。行く宛もないし、ひとまずはあれを追おう)

『で、どっちから行く?』

  その問いかけでシルクちゃんはもう一度少しだけ考える。
  シルクちゃんはあれを単純な移動魔法だと考えたが、ランサーの一言でもう一つの可能性に気づく。
  どっち、というのはつまり箒星の始点か終点かという問いだ。
  つまり、誰かが何かに魔法をかけて、始点から終点に向けて飛ばしたという物質転移魔法の類の可能性もある、ということだ。
  もし移動魔法だったならば終点の方に参加者が居る。
  もし物質転送魔法だったならば始点の方に参加者が居る。
  仮に誰かが誰かを魔法の力で無茶苦茶にふっ飛ばしたならば、始点にも終点にも参加者が居ることになる。


184 : いつか見たグラジオラス  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/18(金) 06:13:38 K1bJrdRs0

  ここからでは始点も終点も曖昧な位置しか分からない。
  もし片方を重点的に探し、仮にそちらがハズレだった場合、魔法を発動した相手に逃げる機会を与えることになる。
  じゃあどう動けばいいかと考え、すぐに答えは出た。
  シルクちゃんは、この初日の段階では特に積極交戦を望んではいない。
  本来ならば戦争が進むに連れて脅威になるであろう『暗殺者』や『魔術師』のクラスを潰しに動くのが定石だろうが、ことシルクちゃんに限ってはそれを急くつもりはない。
  幸いなことに彼女のサーヴァントであるランサーは彼らに対して強い優位性を持っている。
  気配遮断をしていようが、大仰な陣地を構えていようが、その穂先に姿を捉えて名を結んだならば斬って捨てることが出来る。隠れていようが両断し、陣地だろうと割断する。
  彼らが脅威たりえないとするならば、シルクちゃんたちが心配すべきことは混戦に巻き込まれての負傷だろう。
  初日で負傷し、その怪我が後々まで祟り続けるなんていうのは避けなければならない。
  一対一、正面衝突なら受けて立つ。
  その場で倒せるならば倒すが深追いはしない。
  容姿や、技能や、スキル。真名を特定する材料が手に入れば御の字だ。

  だからシルクちゃんは、頭に響く声にこう答えた。

(どっちも一緒に見に行けばいい。丁度、通り道だ)

『探す方法は』

(近くまで行ってランサーが実体化すれば、暗殺者でもないかぎり分かるだろう。
 近くに居るようだったら会いに行って、戦えばいい)

『待ってる相手が暗殺者だったら? さすがの我でも気配遮断で近付かれたら反応が遅れるぞ』

(警戒を怠らなければいいだけの話だ。気配遮断ったって、いつまでだって消えていられるわけじゃない。
 ランサーが実体化して、私が臨戦態勢に入っていれば、一撃目だけなら避けられるだろう。
 それとも、もしかして、東国無双ってのは初撃以降も不意打ちを許すようなものなのかい)

  ランサーの笑い声が頭に響く。
  シルクちゃんの言い回しが馬鹿にしたものではなくある程度信頼した上でのものだとちゃんと伝わったのだろう。
  ランサーは興が乗ったように、一言返し、話を続けた。

『そこまで言われたなら、期待には答えてやんなきゃな。
 それで、もし、どっちにも居なけりゃどうする』

(その時は当初の予定通り街に行くさ。フェイトって子が居そうな場所がどこかは知らないから、また宛もない旅になるだろうけどね)

『Jud.それが一番わかりやすい』

  ランサーはその独特な切り返しで肯定の意を示す。
  嬉しそうな声だ。
  今度は声を上げて笑うようなことはないが、それでも調子が乗り、声が平生よりも少し上ずっている。
  あのランサーに対してはしれっと口の悪い宝具が居れば「いくつになっても年甲斐のない」とでも言われてしまいそうだ。

  シルクちゃんは箒星から頭のうちでやり取りをした男に意識を向ける。
  ただ、まあ、年甲斐がないにしろ。
  魔法に対しての着眼点もそうだし。やり取りで話題に上げる点についてもそうだし。
  落ち着きはないが、こと戦闘・戦場・戦況に関してはその全てを鋭敏に感じ取り深く考えている。
  これであとは、数値上は高位で表されている戦闘力の裏付けが取れれば、文句なしだ。
  その辺は蓋を開けてみるまで分からない。

  そうしてシルクちゃんはそのまま西の方へ、まずは箒星の始点である森林公園へと向かうことにした。


185 : いつか見たグラジオラス  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/18(金) 06:14:32 K1bJrdRs0

×

  道を歩いていると、いろいろな人とすれ違う。
  サラリーマンだったり、主婦だったり。昼間から出歩けるような人だったり、昼間でも出歩けるような人だったり、昼間しか出歩けないような人だったり。
  少なくともすれ違った中にマスターが居ないということを確認しながら進んでいくと、道端に小さな本屋を見つけた。
  森林公園へと向かっていた足が止まり、ふらりとつま先の向きがずれる。

  シルクちゃんの頭の中に、ずっとひっかかり続けているものがあった。
  『旅は続く 世界の謎その全てを解き明かすまで!』と書かれた本。
  あのあかがね色の、布張りの、見覚えがないはずなのに見覚えがあった本。
  シルクちゃんの失っていた記憶を呼び起こし、再び別離の悲しみを与えたあの本だ。
  あれは、物語だった。
  誰かの冒険の断章を、忘却されていくはずの夢を、永遠のものとしてまとめた物だった。
  そして、シルクちゃんは確かに、その物語に覚えがあった。
  自分が昔祖父から聞かされていた『マナみ』という少女の物語ではない。
  だが、確かに覚えがあった。
  シルクちゃんはいつか、どこかでこの物語を―――記憶を取り戻すよりもっと前に、読んだことがあるような気がしたのだ。

  本屋で様々な物語の背表紙を眺め、どれもがあかがね色の本とは違うことを確認して、またふらりと店を出る。
  歩く道すがら、財布に入れていた名刺を取り出し、眺めてみた。

  『余計なもの屋 マツリヤ』

  これがシルクちゃんのこの聖杯戦争におけるロールだった。
  この舞台ではこの肩書が正規の仕事として存在するのか、それともNPC時代から自称していただけのものなのかは分からない。
  ただ、この肩書は重要だ。
  『余計なもの屋』とは、マホウ使いだ。
  そうぞう力をその羽ペンの先に乗せることが出来る人間だ。世界を生み出し、新たなるマホウを生み出せる唯一の存在だ。
  この名刺はそのまま彼女がマホウ使いであるという証明である。

  名刺を眺め、再び例の本について考える。
  不思議な事に、例の本の中にもこの肩書は登場していたのだ。
  ほんのすこし、文章にすれば一文。一つのセリフだけ。
  主人公がふと目覚めた時、そばに居た少女がそう名乗った、そんな描写だけ。
  ただ、余計なもの屋なんてそうそうある名前じゃない、と思う。
  そして、なにより。
  あの三流探偵と、背丈の小さなマホウ使いと、ピー子の三人組。そして、姿も顔も描かれていないはずの『あなた』。
  その四人組と余計なもの屋を名乗る少女たちの物語に、シルクちゃんはなぜか既視感を覚えたのだ。

  五人の物語には続きがあるという。
  それを読めば、その物語についてまた思い出せるのではないかと思って、本屋によった。
  だが、どの本屋にも、あの本の続きは置いてない。

  本について思惑を巡らせながら歩き続け、気づけば、森林公園の前に辿り着いていた。
  いけないいけない、と頭を振る。
  油断は禁物だとランサーに大言を吐いたのはシルクちゃんの方だ。
  あの本については確かに気になるが、戦場でまで優先することではないはずだ。
  ふと『忘却』という、少女が世界で最も憎んでいる単語が思い浮かぶ。
  シルクちゃんは、話への既視感について心当たりを割り出せないことを『忘却』と関連付けているのかもしれない。
  下らない感情論だ。と切り捨てる。
  ルーラーと彼らの姿を重ねたように、行き過ぎた憎しみが虚像に向かって怒りを放っているだけにすぎない。
  確かに『忘却』は必ず打ち倒すべき敵ではあるが、どれもこれもが『忘却』のせいというわけではない。
  こじつけようと思えば、魔法少女同士の殺し合いだろうと、超高校級の学生同士の殺し合いだろうと、『忘却』とこじつけられる。
  言い出せばきりがないことだ。ひとまずは戦闘に集中し、本についてはまた後々。
  どうあれ19時には家に帰って来いと言われたので、家に帰ったあとにでも考えることにしよう。

  一歩踏み込む。
  わっとむせかえりそうになるほどの密度で森林の空気がシルクちゃんを包み込んだ。


186 : いつか見たグラジオラス  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/18(金) 06:15:22 K1bJrdRs0

【D-6/森林公園入り口/一日目 早朝】

【シルクちゃん@四月馬鹿達の宴】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]魔法の羽ペン
[道具]マツリヤの名刺
[所持金]一人暮らしに不自由しない程度にはある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、復讐する。
1.魔力の流れ星を追い、森林公園を通り抜けてD-5方向へ。
2.その場所に誰も居なければ街の方へ。
3.フェイト・テスタロッサに対しては――
4.ルーラーへの不信感。
5.時間があれば『本』について調べる。
[備考]
※フェイト・テスタロッサを助けるつもりはありません。ですが、彼女をルーラーに突き出すつもりもありません。
※令呪は×印の絆創膏のような形。額に浮き上がっているのをシルクハットで隠しています。
※出展時期は不明ですが、少なくも友達については覚えていません。
  例の本がどの程度本編を書いているのかは後の書き手さんにお任せします。

【ランサー(本多・忠勝)@境界線上のホライゾン】
[状態]平常
[装備]『蜻蛉切』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:主の命に従い、勝つ。
1.マスターと一緒に街へ出て一暴れする。
[備考]
※宝具『最早、分事無(もはや、わかたれることはなく)』である鹿角は、D-7の奉野宅に待機しています。


187 : いつか見たグラジオラス  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/18(金) 06:16:03 K1bJrdRs0
短いですが投下終了です。
誤字修正、矛盾指摘などありましたらよろしくお願いします。


188 : いつか見たグラジオラス  ◆EAUCq9p8Q. :2015/09/18(金) 06:17:02 K1bJrdRs0
時間間違えてました

【D-6/森林公園入り口/一日目 早朝】

【D-6/森林公園入り口/一日目 午前】

ただしくはこうです


189 : 名無しさん :2015/09/18(金) 21:56:45 fYVIFBCg0
投下乙です
バシルーラに反応する参加者がさっそく。こういう、推測と行動パートも非常に面白い。
そればかりでなく、シルクちゃんの内面の掘り下げも成されてて未把握ながら惹かれるものがありました。
あかがね色の本というと、はてしない物語を思い出します。
シルクちゃんと忠勝は向かう先で魔王に出会うか、勇者と邂逅するか、どちらになるやら


190 : 名無しさん :2015/09/18(金) 22:11:04 WcYoC7AA0
四月馬鹿での表記は一応「魔法」だけど、さいはてと似たようなもんだから特異性を表すにはちょうどいいか


191 : 名無しさん :2015/09/21(月) 17:29:28 FWQt3b6I0



192 : 名無しさん :2015/09/21(月) 17:36:37 FWQt3b6I0
失礼、投下乙です
大井さん・理事長、杏・ジバニャン、そしてシルクちゃんに忠勝とそれぞれの主従の関係性が掘り下げられた感じですね!
「逢魔が時に逢いましょう」はジバニャンにかかってるのかな
有楽町で溶けましょう をちょっと思い出します
本編の方は大井さんのこう絶妙な迂闊さが面白いなと
理事長もさすがのラスボス、一筋縄でいかない思考してますね
でもやっぱフォーゼでも思ったけど悪辣な感じは薄いんだよなこの人
彼の野望をぶち抜いて超えていったフォーゼの回想の演出は熱いものがありました

「いつか見たグラジオラス」もタイトルがすごくいいですね、あいにく元ネタなどはわかりませんが…
こうやって言語化されると忠勝の宝具強いなぁ、かなり汎用性もありそうだし
シルクちゃんの心情描写がメインでしたが、一冊の本を中心に綴られる文は独立した短編のような趣がありました


193 : 名無しさん :2015/09/26(土) 13:52:12 mTNeOhhg0
理事長に征服王張りのホロスコープス召喚宝具とかあったら詰んでた気がする
リブラ校長とかレオとかチートが多いし、ダスタードを捨て駒にして他サーヴァントの斥候もできるし


194 : 名無しさん :2015/09/26(土) 23:10:28 FAWkYa3UO
理事長に絆はないからな


195 : 名無しさん :2015/10/07(水) 19:47:11 RWjM7AoQ0
理事長裏切られてばっかだし、自分も配下を駒としか見てなかったし……


196 : 名無しさん :2015/10/11(日) 01:59:58 r9kULiEs0
シルクちゃんは知っているか(或いは覚えているか)はわからんけど「勇者」とはちょっと因縁があるよね


197 : 名無しさん :2015/10/13(火) 16:29:26 dJguCbSw0
本編終盤やエンディングのことすっかり忘れてるって知ったら例え忘却王関係なくてもシルクちゃん激おこしそう


198 : ◆PatdvIjTFg :2015/10/30(金) 19:43:10 bSzfDCpg0
色々とおまたせしております。

キャスター(木原マサキ)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
木之本桜&セイバー(沖田総司)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
大道寺知世&アサシン(セリム・ブラッドレイ)
フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)

予約させていただきます


199 : 名無しさん :2015/10/30(金) 22:37:59 RbHvhDzA0
おお、予約が…


200 : 名無しさん :2015/10/31(土) 00:40:33 4yRqEl5k0
予約の時点でサボったなのはの代わりにマサキが小学校に行ってあげてる優しさが見えるな


201 : 名無しさん :2015/10/31(土) 20:31:58 l/mPVsCo0
おいおいマジか


202 : 名無しさん :2015/11/03(火) 23:13:09 VbGuvgrU0
すげえ予約だ


203 : ◆PatdvIjTFg :2015/11/06(金) 14:30:54 .6OZXAIo0
双葉杏&ランサー(ジバニャン)を追加で予約させていただきます


204 : ◆PatdvIjTFg :2015/11/06(金) 14:31:29 .6OZXAIo0
予約入ってましたね、すいません


205 : ◆PatdvIjTFg :2015/11/11(水) 21:39:04 eNrBU.fk0
すいません、期限から大分遅れていますが、
輿水幸子
大井&アーチャー(我望光明)を追加で予約させていただきます


206 : ◆PatdvIjTFg :2015/11/15(日) 14:21:53 RVZVBfVI0
ビリー・ザ・キッド


207 : ◆PatdvIjTFg :2015/11/15(日) 14:24:21 RVZVBfVI0
(*_ _)人


208 : 名無しさん :2015/11/16(月) 12:50:57 vuru7V7g0
安価ww


209 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:46:15 dPKkBso60
大変におまたせいたしました。
キャスター(木原マサキ)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
木之本桜&セイバー(沖田総司)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
大道寺知世&アサシン(セリム・ブラッドレイ)
フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
輿水幸子

そして大井&アーチャー(我望光明)を予約から外し、
雪華綺晶を投下させていただきます。


210 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:47:02 dPKkBso60



こういう歪さは嫌いじゃない、と江ノ島盾子は心の中で独りごちる。
無機質な外見のマンションの一室――某号室、諸星きらりの家に入ってみれば、まるで女の子のおもちゃ箱のような、そんな素敵な光景が広がっている。
色々な種類のぬいぐるみ、ドールハウスの中にあるような家具、柔らかくて可愛くて素敵なもの、たくさん。
甘ったるさすら感じるような素敵な匂いはどこから来ているのだろう。
マンションという外枠の無機質さすら、中にある大切な宝物を守る宝箱のようにすら感じられる。
なんて素敵な部屋なんだろうと思う、お姫様の仮宿――そう呼んでも過言ではない。

(楽しい……楽しくない?ランサー)

ソファー代わりのきらりのベッドに腰掛けて、江ノ島盾子はランサーに念話で語りかける。
壁を背にして立ったままのランサーは言葉を返さない。
江ノ島盾子にとって、ランサーの何もかもが娯楽だ。
行動の針でランサーを突いては、迂闊にも漏れだしたその中身を啜り上げて、その味の感想を直接彼女に伝えるような、人格という存在に対する吸血鬼だ。
無反応すら、江ノ島盾子にとっては心地よい。

かつて、ランサーが戦った最凶の魔法少女――アレですら、まだ困り顔を浮かべるだけ可愛げがある。
江ノ島盾子はサディストでマゾヒストで、ある意味で超越者だ。
何かもを受け入れて、そして愉しもうとするから――非常に性質が悪い。

(守ってあげたくならない?可愛い物を部屋の中にいっぱい詰め込んで、でも自分の中身は空っぽ……
ううん、げろげろげろげろ、彼女が大切にしてたもの、いっぱい吐かされちゃったね。
そんな気もないのに、こんなカワイイ部屋に暮らしているんだから……私、同情しちゃうよ)

「こんなものしかないけど……」
きらりがおずおずと差し出した紅茶を、江ノ島盾子は受け取った。
ベッド脇に寄せられたテーブルの上には、お茶菓子のバタークッキーとチョコクッキーが小皿に盛られている。
紅茶を口元に近づけて軽く匂いを嗅ぐ、林檎の爽やかな匂いだ。

「こんなものだなんて……そんなことないよ!」
そう言って、江ノ島盾子は軽く紅茶を口に含んで、飲み干す。

「うん、とっても美味しい」
そう言って、江ノ島盾子はきらりに微笑みかける。
きらりも江ノ島盾子の微笑みに安堵したように笑い返す。

(ランサー、アタシ……心を読む魔法なんて使えない、つ・か・え・な・い、けっ……ど!
きらりちゃんの心の声が、バッチリ聞こえるよ。教えてあげようか、教えてあげる、あっ……教えてあげるぽん!)

(『本当に喜んでくれてるのかなぁ、気を使わせてるだけじゃないのかなぁ……』)

きらりから流れてくる心の声と寸分違わず、江ノ島盾子の発した言葉は一致していた。
傷つけられた心が、自分への自信を失わせ、他者とのかかわりに関する不安感を著しく増大させている。


211 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:47:31 dPKkBso60
「ラ、ランサーさんもどうぞ!」
「どうも」
きらりの差し出した紅茶をランサーも受け取る。
紅茶などテーブルの上に置けばいいものを、彼女は紅茶を直接渡す。
ただ、そうした方がいいのではないかという漠然とした不安感がある。
いじめによって破壊された対等の友人関係という概念は、今きらりの中で再構築の過程にある。
テーブルの上に置いておいて、相手に取らせるなど無礼ではないかという疑念が彼女の中にある。
自分がもてなさなければという圧迫感がある。

無意識の奥底にあって、きらり本人ですらしっかりと意識しているわけではない。
ただ、いじめによるトラウマが静かに根を張っていた。

「……ありがとう、きらりさん」
目の前にある状況を前にして、素直に笑えるわけがない。
だが、ランサーは精一杯きらりに微笑んでみせた。
変に自分がきらりを怯えさせて――そして、きらりが江ノ島盾子を慰める。
そして、きらりは知らず知らず、深く深く、江ノ島盾子に絡み取られる。

後手に回ってしまった時点で、自分が出来ることは少ない。
だからといって、この最悪の循環に協力してやるつもりはない。

一息に紅茶を飲み干す。
サーヴァントにも魔法少女にも、食事は必要ない。
けれど、きらりの入れた紅茶は温かく心地よかった。

(いい笑顔です、ランサーさん)

きらりも江ノ島盾子もランサーも、皆笑う。
笑うことしか出来ない。

「ところできらりちゃん、携帯電話持ってないかな?」
「にゅ?持ってるけど……」
「ちょっとだけ貸してくれないかな?今ちょうど壊れてて……でも、どうしても今、連絡したい人がいるんだ」
「うん!もちろんおっけー!」
「ありがとう!あっ……私のが直ったら、メールアドレスとか交換しようね!」

きらりの携帯電話を受け取って、江ノ島盾子は当然のように掲示板へのアクセスを開始する。

(きらりちゃん……いい子だし、ビビってるよね。
疑いなくケータイを貸したんじゃなくて、疑えずにケータイを貸したんだよ。
言う通りにしなかったら嫌われるかも、って考えちゃうんだよ。多分ね、多分。
ランサーさぁ、きらりちゃんをいじめたら……特にケータイ壊すとか、やっちゃダメだよぉ……?うぷぷ)

今となっては時代遅れの代物であるガラパゴスケータイのボタンを指で軽やかに押しながら、江ノ島盾子はランサーへの念話を欠かさない。

(いや、アタシはケータイ壊してもいいと思うよぉ?でもきらりちゃんはどう思うかなぁ?きらりちゃんのサーヴァントもどう思うかなぁ?
いやアタシはいいけどねぇ、ランサーが多分勝つと思うからぁ、アタシは別にいいけどねぇ)

言うまでもない牽制だ、江ノ島盾子の物ではなく、諸星きらりの携帯電話を破壊することの危険性などランサーはわかりきっている。
どう考えても長期的に考えれば、諸星きらりの携帯電話も破壊したほうが良い。
だが、きらりはともかく、きらりのサーヴァントから見れば――二度と解けない狂気の中にあるバーサーカーから見れば、ランサーは明確に彼女達の敵となる。
江ノ島盾子から携帯電話を取り上げても結果は同じだ。
きらりに返せば、きらりは再び江ノ島盾子に自分の携帯電話を渡す。
奪ったまま返さなければ、きらりは異変を悟り――バーサーカーが動き出す、かもしれない。
いっそ、江ノ島盾子の腕の方を刺すか。
いや、その場合でもバーサーカーはどう動くかわからない。
きらりはバーサーカーを制御出来てはいない、彼女が怯えるのに応じて――その原因を絶とうとするかもしれない。
つまりは、きらりと江ノ島盾子が会ってしまった時点で――そして、諸星きらりのサーヴァントがバーサーカーである時点で詰んでしまっていた。

江ノ島盾子が掲示板を開く。
彼女が輿水幸子を散々に煽った時よりも、スレは増えている。
その中で江ノ島盾子は『きらりさん、見てますか』というスレッドに着目する。


212 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:47:43 dPKkBso60
きらりさん、見てますか

名前:名無しメイデン[SUPER_Kitakami_sama@] 投稿日:20XX/0X/XX(X) XX:XX:XX ID:OixKtkm0
ここで名前を明かすのは危険が伴うと思うので、私の名前は伏せさせてもらいます。
私は、きらりさんのことをよく知っています。
私はきらりさんが、心優しい貴女が、他のところで言われているようなことをする人だとは思えません。
何かの間違いだと信じています。
もしかして、きらりさんが本当に関わっているとしても、なにかの理由があったのだと思います。

もし、可能ならば、連絡をいただけませんか?
逢って、貴女がどんな状況なのか、聖杯戦争をどう思っているのかが聞きたいです。
ここには書けないこともあるだろうから、私の名前の隣に書かれているメールアドレスにメールをください。

私の情報がきらりさんにばれてしまいますが、私は、貴女だけは信頼しています。
だから平気です。
なのでお願いです。
私に、話を聞かせてください。


最後に。
私のメールアドレスにメールが来なければ。
貴女が聖杯戦争に巻き込まれていなければ。
それほど嬉しいことはありません。
心優しい貴女と戦いたくはありませんし、貴女にはこの戦いなど知らず笑っていて欲しいから。
この書き込みへの返信がないことを、心から祈っています。
大切な友人へ。
大切な友人より。
愛をこめて。

(いい話だね、ランサー……アタシ、きらりちゃんに友達がいて……本当に嬉しいよ、うぷ、うぷぷ、うぷぷぷぷ)
江ノ島盾子の背後に回ったランサーがスレッドの文面を覗き込む。
諸星きらりに友人がいるならば、諸星きらりを支えてくれる友人がいるのならば、優しくしてくれたクラスメイトが殺されても――優しく励ましてくれる友人がいるのならば、
ランサーの肩の荷は下りる。諸星きらりを壊すこと無く、江ノ島盾子を殺害できる。

(それが本当ならね)
それが本当ならば。

(具体性が一切無い、きらりちゃんに会ったこと無くても、この程度でいいなら、この程度ならアタシのソースだけで……いや、見なくても十分書ける。
これならまだ、『やめてください!怒りますよ!』って即レスした誰かの方がよっぽど信用できるね。まぁ、今のきらりちゃんなら間違いなく信じちゃうけどね)

『怖いの、江ノ島盾子?』
(なにが?)
諸星きらりの家に入り込んで初めて、ランサーが江ノ島盾子に念話を返した。

『本当に、諸星きらりには大切な友達がいるのかもしれない……その大切な友達は、自分の計画を破壊するかもしれない。
だから、些細なことを大げさに喚き立てて、そういう可能性を諦めさせようとしている』
(急に口数が多くなったね、姫河ちゃん……そういうところ、アタシ好きだよ。
特に、このスレッドのことを一ミリも信じてないのに、アタシに圧力を掛けるためだけに、きらりちゃんに大切な友達がいるってことを事実にしようとしているところ、それ大好き)
『真実を言えば、私にもどちらかはわからない。でも…………今はっきりと、私にはあなたの怯える心の声が聞こえている』
(……なんて言ってる?)
『どうか、このスレッドが嘘っぱちでありますように』
(……うぷ、うぷぷ、うぷぷぷぷぷぷ)

瞬間、江ノ島盾子がケータイのボタンをピアノを弾くように動かし始める。

きらりさん、見てますか

2 名前:諸星きらりの友人[] 投稿日:20XX/0X/XX(X) XX:XX:XX ID:mrbsKRL0

今からきらりちゃんと一緒に小学校に行きます。
信じてもらえないでしょうが、本当です。
校門で待ってます


軽やかに『きらりさん、見てますか』スレッドにレスを返すと、江ノ島盾子はスレッドの一覧を更新する。
特に新着スレッドは無い、レスも増えてはいない。
それを確認すると、ブラウザの履歴を消して江ノ島盾子はきらりに携帯電話を返した。

(うん、怖いよ。怖いから、はっきりさせようよ)

「きらりちゃん、小学校行かない?」
(もちろん、見え見えの罠っぽい誘いだから誰も来ないかもしれない……
でも、見え見えの罠にわざわざ突っ込んでくるような王子様がいたら……きらりちゃんも小雪ちゃんも……ハピハピできるに☆)


213 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:48:21 dPKkBso60


黒髪黒目顔の多いこの学校において、彼女の容姿が目を引くことはそれ程不自然なことではない。
まじまじと見られることも、先ほどの教室でたっぷりと――きっと、一生分味わった。
だが、今が聖杯戦争の最中で、己を見るその瞳の中に驚愕の念が篭っていたならば、それは、疑う材料として十分に値する。

大道寺知世はフェイト・テスタロッサを見た。
フェイト・テスタロッサは大道寺知世を見た。

「何、見てんだよ」
大道寺知世を詰問していた小学生達の注意がフェイト・テスタロッサに向く。

最悪だとも好機だとも考えるよりも先に――アサシンが霊体化を解いて、その姿を現す。
マスターの不興を買うことを覚悟で、この場の敵達を全員皆殺しにする。

自分【プライド】には、それが出来る。

「待って」

戦いを止めたものは、プライドの虐殺でも、フェイト・テスタロッサが咄嗟に構えたバルディッシュでも、未だ姿を見せぬフェイト・テスタロッサのサーヴァントでもない。
アリスの手により屍鬼として再誕した少年だったものが、その姿を変える。
少女がいる。幻想の中で語られるのが似合うような、少女の完全性がそこにいる。

青いワンピース。腹部を覆うほどに大きい、エプロンのような白いリボン。
頭にリボンを冠したさらさらと流れる金髪、触れれば破れてしまいそうな薄くて白い肌。
そして、金色の目。人間を惑い、滅びへと導く者の目。妖魔の目。

第三勢力であると、アサシンは感じた。
彼女がフェイト・テスタロッサのサーヴァントであるのならば、そもそもこの場所にフェイト・テスタロッサが姿を現す必要はない。無駄にリスクを増やすだけだ。
そして、フェイトも彼女を警戒している。

故に、アサシンもフェイトも動けない。

戦場に三勢力があって、完全なる一対一対一は難しい、そもそも――そうしてやる必要はない。
一対一を行えば、残りの勢力は勝利した方を潰すか、あるいはそもそも戦いに巻き込まれないように逃走する。
全員を巻き込めば、大抵は二対一だ。

この場にいる全員を敵に回して、アサシンは勝利できるか。
マスターの命を度外視すれば可能、とアサシンは心の中で結論付ける。
そして、アサシン【セリム・ブラッドレイ】がその選択肢を取ることはありえない。

「…………」
庇うようにしてアサシンは知世の前に移動する。
ちらりとアサシンは知世の方に振り返る。不安気な、しかし意思のある瞳だ。
彼女がこれから何をしようとするか、十分に予想出来る。

「フェイトさん、新しく現れた方、私、大道寺知世に戦うつもりはありません」
交渉だ。
少なくともこの状況下においては、戦闘を行わないというのは悪手ではない、もっとも最善手でもないが。
アサシンは、特にマスターを隠匿しなければならない。
本来の力を発揮出来るなら、あるいはマスターが並以上の魔術師ならば、プライドは他のサーヴァントに遅れを取ることはない。
だが、自分の力がアサシンという枠組みにある中で、そしてマスターが魔術師ですらない一般人である状況下で、正面から戦えば、敗北する可能性は高い。
故に、正体を隠さなければならない。常に自分が攻める側でなければならない。ガラスの剣は鋭くても、脆い。


214 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:48:31 dPKkBso60

「……」
アサシンから視線を逸らさぬままに、フェイトはバルディッシュを下ろす。
何も言わないが、交渉の卓に着くという意思表示だろう。
(ランサー、わたしたちが戦えば、勝てる?)
『ごめんなさい、諦めた方がいいわ』

答えはわかりきっていたが、念のためランサーに確認しておく。
ランサーの宝具は、この聖杯戦争において最強と言っても過言ではないだろう。
だが、強すぎる宝具に対してランサー自身は弱くはない、だが強くない。
二人のサーヴァントを相手に決して負けはしないだろう、だが、勝てない。
乱戦になってしまえば、ATフィールドという最硬の盾の中にフェイト・テスタロッサを隠すことは出来ない以上、
その内に、フェイトという剥き出しの心臓が狙われて、終わる。

先手を取って、大道寺知世を撃てていれば――と思わずにはいられない。
けれど、アサシンの顕現を許すほどに躊躇してしまった。

そうだ、躊躇した。
ほんの少しだけど、普通の女の子のように振る舞えた時間を壊すことに。
小学生という偽りの身分を放棄することに躊躇してしまった。

――ともだちに、なりたいんだ……

フェイトの脳裏になのはの言葉が過ぎる。
欲しいのはともだちじゃない、と何度も心の中で繰り返す。

「なっなっなっなっなっなっ、なにが起こってんだよ!!!」
四人の――いや、今となっては残り3人の小学生の一人、権田原ジェノサイド太郎が叫ぶ。
目の前の状況が何一つとして理解できないが、少なくとも大変なことになっているのは理解できる。
そして、この状況は死神様のような――教師では解決出来ないような問題であることも理解できる。
それだけだ。それ以外は何一つとして権田原ジェノサイド太郎も他の小学生も理解できない。

そんな彼らの様子を見て現れた少女が微笑みかける。
思わず赤面する。顔が――体全体が熱い。
頭がぼんやりとして上手く働かない。
視界が霞む、少女のことだけははっきりと見えている。少女以外見えない。

――マリンカリン。

魅了の呪文が、小学生達の心に刻み込まれた。
少女は今見たことを何もかも忘れて教室に帰るように命じた、小学生達は素直に従った。
愛する者に従う喜びを、小学生の時点で理解してしまった彼らのことは、もうどうでもよい。

「……これで、たっぷりランデヴーできるね」
少女が小学生を帰らせるのを見て、他の者も立ち位置のわからない彼女が交渉の卓に着いたことを理解した。

「はじめまして、ワタシはキャスター」
あるいは、彼女はこう呼ばれるべきであろう。

【怪異 死神様 が一体出た!】


215 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:49:12 dPKkBso60



  Now we dance looby, looby, looby.(さあ踊りましょう ルビルビルン)
  Now we dance looby, looby, light.(さあ踊りましょう ルビルビルン)
  Now we dance looby, looby, looby,(さあ踊りましょう ルビルビルン)
  Now we dance looby, looby, as yesternight.(さあ踊りましょう 昨日の晩と同じように)

くるくると踊っている。
少女が二人踊っている。
手を繋いでくるくると踊っている。

世界はひたすらに渺茫で、そして彼女達以外人間は存在しない。
そこは遊園地だった、表の世界に存在するものではない。
かの最果ての町と同じだ。

死神様はこの街の小学生に思い出させた、近代科学の光でも照らしきれぬ闇があることを。
一笑に付すような儀式で、友人は死んでしまうことを。
幼い激情は容易く人を殺す狂気に陥ることを。

死神様は実在する。
殺人に至る悪意も実在する。
ならば何故、他の怪談が実在しないと言える。
死神様以外の誰かがいるかもしれない、何かがあるかもしれない。

それは夜に歌う人体模型かもしれない。
それは車に轢かれて人間を憎んでいる化け猫かもしれない。
それは火を吹き踊るように跳びはねる怪人かもしれない。
それはチェーンソーを持った決して捕まることのない殺人鬼かもしれない。

もしかしたら、三階のトイレの三番目の個室を三回ノックしたら花子さんから返事が返ってくるかもしれない。
もしかしたら、学校のある階段を夜中に昇ると異次元に繋がっているのかもしれない。
もしかしたら、誰もいない音楽室からピアノが聞こえるかもしれない。
もしかしたら、美術室のモナリザは人間を食らうかもしれない。

4時44分に大鏡の前に立つと鏡の中に引き込まれるかもしれない。
最上階から、さらに上に繋がる階段があるかもしれない。
誰もいない空き教室を十三回ノックしてから開けると異世界に繋がるかもしれない。

だって死神様が実在するのだから。

だから、繋がった。
学校と『不思議の国のアリス』は繋がった。

本来ならば別の場所にあるはずの『不思議の国のアリス』の異世界への入口は、
死神様という噂と蘇った学校の怪談によって、学校へと移った。
『不思議の国のアリス』は学校と重なり合う。

長休みの時間、キャスターは未だ完成しない遊園地で踊っていた。

見えている。聞こえている。
キャスターは、新手のマスターとサーヴァント、そしてフェイト・テスタロッサを屍鬼だったアリスを通して認識している。
屍鬼とは――動く死人の形で再構成されたアリスだ。
魔力で以て構成されているアリスの感覚器官だ。

故に、その姿形は元の死体よりもむしろアリスが相応しいといえる。

本体よりも遥かに弱い、衝撃魔法の一撃で撃破されるような、しかし本物のアリスが――あるいは、アリスの分霊と呼ばれるべき存在が、
今、フェイト・テスタロッサ、大道寺知世、アサシンと対峙している。

「オトモダチ増えるといいな」
「オトモダチ増えるといいな」

「頑張ってあいちゃん」
「頑張ってあいちゃん」

二人のアリスはくるくると踊っている。


216 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:49:26 dPKkBso60


『さくら、サーヴァントが出現しました』
急激に燃え上がり鎮火した一瞬の殺気、それをセイバーは感じ取った。
どうやら戦いには至らなかったらしい、だが未だサーヴァントは顕現したままだろう。
既に校内に侵入している以上、先程の輩よりも危険だ。
もしも戦いが起これば、今度は確実に学徒に被害が生じる。
(場所は!?)
『上……この様子だと屋上です』

教室から飛び出して、木之本桜は一気に駆け出す。
この状況下で廊下を走ってはいけないというルールは守れなかった。
このまま自分が行くまで何も起こらないことを願わことしか出来ない。
誰かが傷つくかもしれない、自分にとって大切な誰かか、誰かにとって大切な誰かが。

屋上へと続く階段の前。
不意に温もりを感じた。
実体化していたセイバーが桜に手を重ねている。
桜はセイバーの手を握る。

『さくら、貴方はここまでです』
「えっ」
セイバーの言葉に、念話で返すことは出来なかった。

『はっきりと言います、私は貴方を守りながら戦えない』
「……っ」
どうしようもない事実である。
先程の戦いにおいて、桜がセイバーの弱点となっていたのは明らかだった。
最終的に彼女が敗れた原因となったのは、彼女自身の病である。
しかし、桜がいなければ――あるいは、病よりも疾く薔薇のアーチャーを撃てたかもしれない。

『だから、さくら……貴方は、あいを探しなさい』
(あいちゃん……?)

今、屋上にいるのはそのものずばり蜂屋あいとそのサーヴァントであるかもしれない。
というよりその可能性のほうが高いだろう。
だが、もしもそうでないのならば――桜は別行動で援軍を連れてくることが出来る。
あい自身が戦いに巻き込まることを望まないにしても、少なくとも桜を邪険に扱うことはない。

『私は貴方を守れない、しかし貴方がしなければならないこともある。
あいは今何が起こっているのかわからないのかもしれない、だから貴方が伝えなければならない……お願い出来ますね』
(……うん、任せて!)

『そして、もう一つ……私が斃れても貴方は貴方自身の力で、貴方の友達を守らなければならない、わかりますね』
(うん……)
結局これはただの方便かもしれない。
ただ、この戦場において――木之本桜はただの少女だった。
だから、十全の信頼を受けたような顔をして、自分が出来ることのために駆け出した。

振り返らず、セイバーは進む。
桜の思いと同じように、彼女もまた桜を守りたいと思っている。
だから、彼女一人でも戦う。

階段を昇る。





彼女は光を見た。


217 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:49:46 dPKkBso60


『きらりさん見てますか』スレッドの最新書き込み。
きらりと共に小学校へ向かうというレスを見て、双葉杏は大いに溜息をついた。
こんなもの誰が信じるというのだ。
正気の精神をしているのならば、こんなあからさまに怪しい書き込みを信じるはずがない。
まだオオアリクイに夫を殺された未亡人の存在のほうが信じることが出来る。

そして双葉杏は自分でも理解している。
今の自分は正気ではない。

絶対に絶対に絶対に嘘であると自分の理性が判断している。
それでも、と。
それでも、もしかしたら、と思わずにはいられない。
絶対に有り得ないことだとわかっていても、それでも――きらりのことなのだ。
刹那に近い可能性であっても、それでもきらりの事であるのならば、切り捨てることが出来ない。

だって、きらりが――あの優しい女の子が今、傷ついているのかもしれないのだから。

なんて面倒くさい状況に自分はいるのだろう。
このままお家に帰って、だらしょうがないのだだらしていたい。
ああ、そうしたい。
アイドルも辞めたい。
聖杯戦争も辞めたい。

ああ――でも、しょうがない。
自分は本当に、こういう状況で、
きらりのことだけは面倒くさがれない。

「やっぱ、小学校に――」
そう言おうとして、窓の外にあるものにきらりは気づく。
反対車線を挟んで歩道を歩く3人の少女、その中でどうしようもなく目立つ、身長の高い少女。よく知っている少女。アイドル。

「ここで降ろして!!」
叩きつけるように料金を放って、杏はタクシーから降りる。

「きらり!!」
向かい側を歩く諸星きらりに、杏は思いっきり叫ぶ。


「杏ちゃん!!」
この時間帯の交通量は少ない、いとも容易く彼女は道路を渡りきって、きらりは杏を抱きしめた。

「きらり……元気そうで良かった、本当に良かった……」
「杏ちゃん……良かった……良かったよぉ」

きらりは泣いた。
喜びに泣いた。
少しずつ取り戻されていく優しい世界の欠片に泣いた。
「きらり……そろそろ……離して……」

(ニェーーーーット!!きぃらり! 何故抱き合ってますか!? ここは路上です! ラブホの一室じゃないです! バカタレ!?)
その様子を見て、江ノ島盾子は姫河小雪に目の前の様子を揶揄するような念話を送る。
『……江ノ島盾子、あなたはもう用済みよ』
(用済み……?違うぽん、江ノ島盾子はここからが本番だぽん。だって……アタシ、これを待ってたんだから)
きらりと杏に心の底から優しげな微笑みを投げかけてやると、江ノ島盾子は再び言葉を発した。
(好きなんだよね、アタシ。友情とか愛情とか、そういうのをぶち壊しにしてやるの。
ねぇ、今のきらりちゃんいい表情してるよね。希望に溢れたいい……笑顔です。だから、絶望はより深くなる)

嗤っている。
今、姫河小雪と対峙する江ノ島盾子はどうしようもないほどに嘲笑っていた。

(超得意だよアタシ。友情破壊とか、そういうのね。
もちろん、あの小さい子を殺してアタシに縋り付くしか無い……ってところまで追い詰めてもいいけど。まぁ、そういうわけだから、小雪ちゃん。
こっからが本番だから、がんばれ?がんばれ?)

 ず り し ま じ ゅ ん こ


218 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:50:08 dPKkBso60


「やれやれ本当に何を考えているんでしょうね!こんな書き込みに騙されるわけないじゃないですか!」
輿水幸子もまた、その書き込みを見ていた。
一笑に付すべき内容である、信じられるはずがない。

きらりさん、見てますか
3 名前:名無しメイデン[] 投稿日:20XX/0X/XX(X) XX:XX:XX ID:ksmzsciO
証拠がない書き込みは信用できませんよ、いたずらはやめてください


正論を書き込んだ後で、幸子は猛烈な不安感に駆られた。
しかし、もしかしたら真実かもしれない。
杏は、これがきらりのことだから無視出来なかった。
だが、幸子は己の善性が故に、立ち返って不安感に襲われる。
もしかしたら本当にきらりさんの友達かもしれない、きらりさんと一緒に小学校に行くのかもしれない、
今、困っているきらりさんを一緒に助けたいのかもしれない。

名前を明かせないのは当然だ、今この場所で聖杯戦争の真っ最中だからだ。
メールアドレスだって、そうそう簡単に明かせるものじゃない。
いや、ただ打ち込み忘れただけなのかもしれない。

色々と否定的な感情を打ち消すような案を頭のなかに思い浮かべて、自分に言い訳を重ねる。
結局のところ、幸子は善人で――そして、誰かを信じたかった。

どう考えても、信じられないような書き込みも、本当はハッピーエンドにつながっていると信じたかった。
自分へのいじめやきらりへの攻撃で奪われたものを、本来なら世界に満ち溢れているべき優しさで取り戻したかった。

「……」
再度、携帯端末を取り出して、幸子は再びレスを書き込もうとして、指が止まる。
結局、自分が信じたいだけで、書き込み自体は間違っていない。
【でも、やっぱり信じます】と書き込めない。

ドッキリという笑って終えることが出来る嘘に巻き込まれることと、悪意ある嘘に巻き込まれることは違う。
騙されるのは辛い。
馬鹿を見ることが嫌なのではない、自分の心を踏み躙られるのがどうしようもなく辛い。

どうしようもないこんな書き込みを、どうしようもなく幸子は信じたい。
でも、信じられるわけがないと幸子は自分ではっきりとわかっている。

だから、幸子はどうしようもなくなって駆け出した。
結局、行けば分かる。
そう思って、幸子は小学校へと向かった。

輿水幸子はアイドルで、どうしようもなく普通の少女で、
だから、今まさに殺し合いに巻き込まれていることが、別の国の戦争のように、遠くに感じられている。


219 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:50:18 dPKkBso60


  The nightingale sings when we’re at rest;(ナイチンゲールが鳴きだせば)

  The nightingale sings when we’re at rest;(ナイチンゲールが鳴きだせば)

  The little bird climbs the tree for his nest,(小鳥たちが木の上の巣に上る)

  With a hop, step, and a jump.(ホップ ステップ ジャンプして)


「私の合図でさぁ、飛んで」

「ワタシの合図でさぁ、飛んで」


220 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:51:25 dPKkBso60


大道寺知世とアサシン、フェイト・テスタロッサ、アリスは小学校の屋上へと場所を移した。
人目を避けられるという単純な理由もあるが、出入り口が一箇所しかないために、単純に逃亡がし辛いのだ。
人目を避けるためという理由を付けて屋上に上がることを提案したアサシンは、最悪の場合には二人のサーヴァントを殺すつもりであった。

そして屋上に辿り着いた途端、フェイト・テスタロッサもまた、気づいてしまった。
この状況下にあれば、確実に他のサーヴァントを殺せる方法を。
そうなれば、もう二度と小学校にいることは出来ない。
だが、あり得るはずのない友情と平穏、良心の痛みとちっぽけな希望を対価に早期の内に二騎を潰せるのならば、
たったそれだけで、母の願いを叶える事ができるのならば、何を望むものか。

アリスは考えない。
キャスターの手駒――いや、捨て駒としての役割を果たすだけだ。
未来のヴィジョンは明確に見えている。
結局、どうなろうとも――おともだちは増える。

全員が卓の下に刃を隠していた。
つまるところ、言葉を刃として振るう方法は誰も知らなかった。

大道寺知世とアサシンは出口付近に、フェイト・テスタロッサは落下防止用のフェンス付近に、そしてアリスは屋上の真ん中に。
三組は三角形を作るような位置取りでそれぞれ立っていた。
知世が出口付近に――つまり、すぐに逃げ出せる位置にいることに、不思議と二人からの反発は無かった。
その反応からアサシンは用心を深める。

「まず、初めに言っておきます」
言葉を発しようとしていた知世を遮るようにして、アサシンが先手を取る。

「フェイト・テスタロッサ、君のサーヴァントをこの場所に呼び出して下さい。
姿が見えなければ、不意打ちに脅えながら、会話をするつもりはありませんからね」
「……そんなことするつもりはない」
「私達だって別にあるとは思っていませんよ、ただ……これは君のための提案でもあります。
全員がサーヴァントという剣を持ってこの場所にいます、そんな中ただ一人丸腰でいろというのはあまりにも残酷でしょう。少なくとも、見かけだけでも平等は守るべきでしょう」

「ふうん、じゃあワタシはマスターを呼んだ方がいいんじゃないかな?」
アサシンとフェイトの会話に割り込むようにして、アリスが声を掛ける。
「マスターは私達サーヴァントにとって、心臓のようなものです。
それを剥き出しにしろとは言えません、もちろん……今こうしてこの場所にいる以上、マスター、大道寺知世とフェイト・テスタロッサはこの場所にいてもらいますが」
勿論、アサシンとしては大道寺知世を逃したい意思はある。
だが、自分が大道寺知世を守りつつ戦うリスクと、未だ得体のしれぬ小学校にマスターを一人で解き放つリスクを天秤にかけ、どちらが重いとも判断しきれない。
だからこそ、表面上は交渉の場に居る方がマシだと思うしか無い。

「……ランサー」
「……」
フェイト・テスタロッサに寄り添うようにして、ランサーが顕現する。
柄が螺旋に捻れた二股の槍を構えた少女だ、身体能力が高そうには見えない。

だが、全員がわかっている。
アサシンが少年の容姿であるように、アリスが少女の容姿であるように、
サーヴァントとして呼ばれるような存在の実力を外見から判断するのは非常に難しい。

「さて、何度もくり返すことになりますが、マスターに戦闘の意思は無く、君……フェイト・テスタロッサを捕らえるつもりはない。マスター、そうですね」
「……はい、フェイトさんが何故、このような状況にあるのかはわかりません。ですが、私はフェイトさんが悪い人のように思えないんです。
ですから、フェイトさんが小学校にいることも誰にも言いません」

大道寺知世から見て、フェイト・テスタロッサは悪人であるようには思えなかった。
その理由を強いて上げるのならば、勘だ。
長く生きたわけではない、それでもわかる。
フェイト・テスタロッサの瞳の中には哀切がある。
そして、知世自身もまた――この世界の中で、相手が優しくあることを願っていた。


221 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:51:53 dPKkBso60

「私は聖杯が欲しいわけではありません、お願いごとがあるわけでもありません……ですから」
「知世ちゃん、聖杯いらないんだ……じゃあ、ワタシもいーらないっ!」

「聖杯がいらない……?」
聖杯のために争わなければならないというのならば、聖杯を諦めることでこの競争から脱落することは出来る。
それが真実であると知世本人以外には判断する手段はない、アリスの言葉も同じことだ。
だが、この言葉はこの交渉事においては鬼札だ。
フェイト・テスタロッサは殺さずして、二組の脱落を確定させたこととなる。

理性を超える物を除けば。
心の奥底より湧き出づる暗く熱い感情を除けば。

ああ、そうだ。
フェイト・テスタロッサには母の言葉が全てであり、この聖杯戦争に勝利し、聖杯を手に入れることが全てであり、
自分の望むものが無価値のように扱われれば。

「……私には聖杯がどうしても必要なの」

怒りもしない。
悲しみもしない。
ただ、羨ましい。

自分が血反吐を吐いて手に入れなければならないようなものを、きっと、もう持っている。

「条件があります」
アサシンはフェイト・テスタロッサの目を見た。人間の目を見た。嫉妬【エンヴィー】の目を見た。
何もかもを持っているように思わせてはいけない。

「死神様と呼ばれる存在が、この聖杯戦争にあります。多分サーヴァントでしょう。
それを捕らえることに協力すること、そして、マスターを無事に元の世界に戻すこと。
そうすれば……私は君……フェイト・テスタロッサが聖杯を取ることに協力しても良い」

故にアサシンは、感情が彼女を動かす前に、取引を彼女につきつけた。
無理やりにでも彼女の理性を働かせて、正しい選択を取らせてやるのだ。




「あら、ワタシと鬼ごっこがしたいのね」
けれど、駄目なのだ。
一瞬だけ、命と引き換えに、アリスは出来る。出来てしまう。




「はじめまして、死神様です」
ただの自己紹介で、全てをぶち壊しに出来てしまう。




世界が凍りついたその瞬間を見計らって、フェイト・テスタロッサは屋上から跳んだ。
アサシンはランサーと死神様、どちらを狙うよりも先に知世を庇った。
死神様は何もしない、ただ嗤っている。


222 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:52:03 dPKkBso60


フェイト・テスタロッサは飛んでいる。

つまり、フェイトの策略は実に単純だった。
屋上から飛行し、上空から――攻撃する。

槍のような魔力弾が降り注ぐ。
ランサーを巻き込むことも構わず、雨のように平等に――全員を撃つ。
魔力弾が着弾し、アリスが消滅する。
弱すぎるなどと言っている暇は無い。

「小人の影(ホムンクルスシャドウ)!!!」

アサシンの本体たる影が――刃の形状を取って、降り注ぐ魔力の槍を切り払う。
弱い――余りにも弱すぎる。
フェイト・テスタロッサの攻撃はただのめくらましに過ぎないのか?

全てをぶち壊しにしてまで、隙を突いてまでやりたかったことがこれなのか?
そして、ランサーは――魔槍の雨を避けること無く、ゆっくりとアサシンの元へと歩いている。

フェイト・テスタロッサとランサー以外の誰が知るものか、彼女の対魔力を超えし対魔力――心の壁、A.T.フィールド。
拒絶する。それはフェイト・テスタロッサの攻撃を拒絶する。
常人が駆ける程度の速さで、彼女はアサシンの元へと近づく。

つまるところ、身体能力は高くない。
ならば、一撃のもとに首を刎ねる。

影の刃が鎌の形状を取り、死をもたらさんとランサーの首元に迫る。
それと同時に、複数の影を束ねた刃が彼女の臓物を抉らんと、意趣返しのように槍の形状を取って、ランサーへと迫る。

つまるところ、A.T.フィールドに対し小人の影は勝利出来るか。
そういう勝負であると、アサシンは判断した。
そして、それは間違ってはいない。
彼女が殺すよりも先に、彼女を殺すことは、これ以上ないランサーの攻略法である。

A.T.フィールドを撃ち抜いて、アサシンの影が迫る。

「残酷な天使の運命(ロンギヌス・オリジナル)」
ランサーの槍が、救世主を穿つ者の名を冠する槍が、これ以上ない英雄殺しの槍が、影を穿つ。

屋上という狭い場所、フェイト・テスタロッサによる一方的な支援砲撃、
支援砲撃を受けながら一切意に介すことのないランサーの対魔力、マスターを守りながら戦わなければならないアサシン、
当たりさえすれば勝利する槍、全てがアサシンそのものである影の攻撃。

アサシンはどうしようもないほどに詰んでいた。
彼は、殺される前に殺しておくべきだった。
その影を用いて、フェイト・テスタロッサの首を刎ねておくべきだった。
冷血非道なホムンクルスならば容易く行えていたことを、なるべくならば、と大道寺知世の前で躊躇しようとしていた。
心優しい彼女のために、彼女の手助けを行おうとしてしまった。


故に、彼は。
冷血非道なホムンクルスにはなれなかった。
だが、心優しい少年でも無かった。

プライドでもセリム・ブラッドレイでもなく、
ただアサシンくんであろうとして、彼はこの聖杯戦争より脱落する。

【アサシン(プライドあるいはセリム・ブラッドレイ)@鋼の錬金術師 強制退場】

「アッ……」
何一つ、別れの言葉も言えぬままに――セリム・ブラッドレイは消えてしまった。
相も変わらず無表情の、ランサーと、天に座するフェイト・テスタロッサを前に、大道寺知世が出来ることは何もない。

ただ、明らかにフェイト・テスタロッサはその顔に疲労の色を浮かべていた。
ゆるゆると高度を下げ、再び屋上へと降り立つ。
弱威力とは言え、魔力を放出しながらの宝具の真名解放――普通の魔術師ならば耐えられるわけがない。

「……さよなら」
フェイトは、なるべく無感情であるように呟いた。
ランサーは霊体化し、その姿をもう見せてはいない。
大道寺知世を殺害するのならば、自分で行う必要がある。
銃口を向けるように、バルディッシュを知世へと向ける。

だが、知世に向けて再度魔力弾が放たれることはなかった。
新たに屋上へと現れた乱入者、セイバーへと魔槍は放たれる。

セイバーは魔力の光を見た。

対魔力が最低ランクとは言え、かすり傷程度で済んでいる。
だが、到着した時には、何もかもが遅かった。

フェイト・テスタロッサはランサーを連れて、既に屋上から飛んでいた。


223 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:52:26 dPKkBso60


「あいちゃん!」
「どうしたのさくらちゃん?」

教室を何部屋も巡って、ようやく桜は音楽室でピアノを弾く蜂屋あいの姿を発見した。

「キャスターさんはいる!?屋上にサーヴァントが出て、それで……助けてほしいの!」
「……もちろん」

助けてほしい、その言葉を聞いた途端、蜂屋あいは桜に駆け寄った。
「大丈夫、何が起こってるかわからないけど、私絶対さくらちゃんのこと助けるよ」

――"絶対"に、何が起ころうと、私"が"、さくらちゃん"を"、助ける。
蜂屋あいは絶対にそうするだろう、彼女が望むままに彼女を助けるだろう。

「とにかく……すぐに屋上に行こう?」

『……知世ちゃん、屋上の女の子はワタシが死神様だって知ってるわ……そして、とってもいい子よ。ねぇ、オトモダチにしていいでしょう?』
(どうしようかなぁ……?)
『もう、いじわる。そんなんじゃワタシ、あいちゃんのことキライになっちゃうよ?』
(……大丈夫、嘘だよ。知世ちゃんは新しいオトモダチにしてあげよう?)
『でも、驚いちゃったな……ワタシが死神様であることを明かしただけで、戦いになっちゃうなんて』
(ううん、アリスちゃんが死神様じゃなくても戦いは起こっていたわ……ただ、ちょっとした、些細な、ささやかなきっかけがあるだけで。
だって、わんこじゃないいじめられっ子は……まだ牙を持ってるんだよ?)

「あいちゃん!はやく!」
「ええ、すぐ行くわ!」

(だって、私も待ちきれないよ。
さくらちゃん……初めて、戦いに負けた女の子を見たらどう思うのか、早く知りたいもの)


224 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:52:37 dPKkBso60


「フェ、フェ、フェ……フェイト・テスタロッサ……さん……ですね」
校門前に降り立ったフェイト・テスタロッサを待ち受けていたのは、外ハネのカワイイ少女――つまりは輿水幸子であった。
どうしようもないほどに物事は動いている。

フェイト・テスタロッサの知らぬところで、蜂屋あいすら知らぬところで、
彼女は絶望という名の蜘蛛の巣に絡め取られんとしている。

フェイトがバルディッシュを輿水幸子に向けると、勢い良く幸子は両腕を上げた。ホールドアップだ。

「待ってください!ボクはその……つまり、カワイイので!ええ!カワイイんです、わかりましたか!?」
わからなかった。

「つまり、そのボクのカワイさでこの争いを止めたい……そうです、そういうことなのでまずはその斧を降ろし」
予想外のフェイト・テスタロッサを前に幸子は完全にテンパってしまっていた。
だが、それもそうだろう。
アイドルアニメが始まったと思ったら、何故かアイドルがロボットに乗っているような、それほどに幸子には予想外すぎる展開なのだ。
もちろん、きらりがいないことは予想していた。
だが、渦中の人であるフェイト・テスタロッサが――つまりは、ヤバ過ぎる人が来ることは流石に、幸子のカワイイ頭では予想出来てはいなかった。

「武器を降ろせ」
だが、そんな二人に割り込むようにして、新たな客人が現れる。
地に足を着けながら、二人の少女を天の高みから見下す者。
人類最高峰の天才、プレイヤーにしてゲームマスター、人の身でありながら冥府を統べんとする者。
キャスター、木原マサキ。

「フェイト・テスタロッサと……小蝿か、お前の方に用はない、向こうで勝手に死んでいろ」
高校に向かう途中、偶然にも――いや、屋上で打ち上がった魔力の花火は周囲からもよく見えていただろう。
なればこそ、木原マサキは進路を変えてやって、小学校へと赴いた。
小蝿扱いされた幸子の抗議を完全に無視して、木原マサキは言葉を続ける。


「聖杯が欲しいか、フェイト・テスタロッサ?」


225 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:52:48 dPKkBso60


大鏡から白い人形が現れる。
ああ、噂があった。
4時44分に大鏡の前に立つと鏡の中に引き込まれる。
彼女は執行人なのだ。
鏡の中に人間を引き摺り込むための執行人、ルールを破りし者への執行人。
罪の名は何だ。
敗北だ。

  All the birds of the air fell a-sighing and a-sobbing,(空からは大勢の鳥たちが 悲しみながら舞い下りてきました)

  When they heard the bell toll for poor Cock Robin.(あわれなコック・ロビンの 弔いの鐘の音を聞きつけて)

人形が唄う。
彼女のために唄う。
敗北者たる大道寺知世のために唄う。

皆が皆、歌い踊る。
もはやどうしようもない。


226 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:53:28 dPKkBso60
【D-2/小学校・屋上/1日目 午後】

【大道寺知世@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態] 健康
[令呪]残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] たくさん
[思考・状況]
基本行動方針: 街の人達を守る
1.アサシンくん……
[備考]
※死神様について調べていますが、あまり成果は出ていません
※サーヴァントを失ったため、ルーラー雪華綺晶に狙われています

【セイバー(沖田総司)@Fate/KOHA-ACE 帝都聖杯奇譚】
[状態] 疲労(中)、ダメージ(小)
[装備] 乞食清光
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: さくらのために
1. 状況を確認する
2. 余裕があれば鞘を取りに行く
[備考]
※使わない間は刀を消しておけるので、鞘がなくてもさほど困りません

【D-2/小学校・音楽室/1日目 午後】

【木之本桜@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備] 封印の杖、
[道具] クロウカード
[所持金] お小遣いと5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針: わからない
1. 屋上へ向かう
[備考]
※ローラースケートは学校の裏に置きっぱなしです

【蜂屋あい@校舎のうらには天使が埋められている】
[状態] 疲労(極小)
[令呪]残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 小学生としてはかなり多めの金額
[思考・状況]
基本行動方針: 色を見る
1.屋上へ向かう
2.さくらの色をもっと見たい
3.江ノ島盾子に強い興味
[備考]

【キャスター(アリス)@デビルサマナー葛葉ライドウ対コドクノマレビト(及び、アバドン王の一部)】
[状態] 健康、作っておいたトランプ兵は全滅
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: オトモダチを探す
1. さくらに興味
2. サーヴァントのオトモダチが欲しい
[備考]
※学校には何人か、彼女と視界を共有できる屍鬼が存在します
※学校の至る所に『不思議の国のアリス』への入口が存在しています
※不思議の国のアリス内部では、二人のアリスが遊園地の完成を目指して働いています


227 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:53:41 dPKkBso60

【D-2/小学校・大鏡前/1日目 午後】

【ルーラー(雪華綺晶)@ローゼンメイデン】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
1.大道寺知世を――
[備考]
※アイドルの物真似が出来ます
※クリエイター(クリシュナ)の幻想世界(未完成)を確認しました。

【D-2/小学校・校門前/1日目 午後】

【フェイト・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】
[状態] 疲労(中)、ストレス、魔力消費(極大)
[令呪]残り三画
[装備] 『バルディッシュ』
[道具]
[所持金]少額と5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
1. 木原マサキに対応する
[備考]
※小学校に通うつもりでいます

【ランサー(綾波レイ)@新世紀エヴァンゲリオン(漫画)】
[状態] 健康
[装備] 『残酷な天使の運命』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う

【輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、怒り、恐怖(微)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:この聖杯戦争をカワイイボク達で止めてみせる
1.ボクは小蝿じゃありません!
2.諸星きらりに会う。
3.商店街で起こった事件が気になる。
4.きらりの捜索+事件を見ていたというNPCの捜索を兼ねて別の地区へ。
5.何かあったら輝子の家に避難……?
6.放課後18:00に『エノシマ』と会う。場所はC-3もしくはD-4の予定。
[備考]
※商店街での戦闘痕を確認しました。戦闘を見ていたとされるNPCの人となりを聞きました。
※小梅と輝子に電話を入れました。
※『エノシマ』(大井)とメールで会う約束をしました。
 また、小梅と輝子に「安否の確認」「今日は少し体調がすぐれないので学校を休む」「きらりを見かけたら教えて欲しい」というメールを送りました。

【キャスター(木原マサキ)@冥王計画ゼオライマー(OVA版)】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:冥王計画の遂行。その過程で聖杯の奪取。
1.フェイト・テスタロッサへの応対
2.高校へと向かう。
3.予備の『木原マサキ』を制作。そのためにも特殊な参加者の選別が必要。
4.特殊な参加者が居なかった・見つからないまま状況が動いた場合、天のレイジングハートを再エンチャント。『木原マサキ』の触媒とする。
5.ゼオライマー降臨のための準備を整える。
6.余裕があれば、固有結界らしき空間を調査したい。
7.なのはの前では最低限取り繕う。
[備考]
※フェイト・テスタロッサの顔と名前、レイジングハート内の戦闘記録を確認しました。バルディッシュも「レイジングハートと同系統のデバイス」であると確認しています。
※天のレイジングハートはまあまあ満足の行く出来です。呼べば次元連結システムのちょっとした応用で空間をワープして駆けつけます。
  あとは削りカスの人工知能を削除し、ゼオライマーとの連結が確認できれば当面は問題なし、という程度まで来ています。
※『魔力結晶体を存在の核とし、そこに対して次元連結システムの応用で介入が可能である存在』を探しています。
  見つけた場合天のレイジングハートを呼び寄せ、次元連結システムのちょっとした応用で木原マサキの全人格を投影。
  『今の』木原マサキの消滅を確認した際に、彼らが木原マサキとしての人格を取り戻し冥王計画を引き継ぐよう仕掛けます。
※上記参加者が見つからなかった場合はレイジングハートに人工知能とは全く別種の『木原マサキ』を植え付け冥王計画の遂行を図ります。
※ゼオライマーを呼び出すには現状以下の条件のクリアが必要と考えています。
裁定者からの干渉を阻害、もしくは裁定者による存在の容認(強制退場を行えない状況を作り出す)
高町なのはの無力化もしくは理解あるマスターとの再契約
次元連結システムのちょっとした応用による天のレイジングハートへのさらなるエンチャント(機体の召喚)
※街の裏に存在する固有結界(さいはて町)の存在を認知しました。
※アサシン(ウォルター)の外見を確認しました。が、『情報抹消』の効果により非常にぼんやりとしか覚えていません。


228 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:53:51 dPKkBso60

【D-3/道路/1日目 午後】

【双葉杏@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、安堵感
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]携帯ゲーム機×2
[所持金]高校生にしては大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:なるべく聖杯戦争とは関わりたくなかったが
1.諸星きらりとこれからどうするかを話し合う
2.江ノ島盾子に対してどうするべきか。
3.少女(大井)を警戒。どうするべきか。
[備考]
※大井と出会いました。大井を危険人物(≒きらりスレの>>1)ではないかと疑っています。

【ランサー(ジバニャン)@妖怪ウォッチ】
[状態]健康
[装備]のろい札
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:なんとなく頑張る
1.双葉杏に付いて行く

【諸星きらり@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ版)】
[状態]精神的疲労(軽)、魔力消費(中)、希望(大)、安堵感
[令呪]残り二画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカーを元に戻し、元の世界へと戻りたい
1.杏ちゃん……良かったぁ……
[備考]
※D-4に諸星きらりの家があります。
※江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。そして、江ノ島盾子を信用しています。
※三画以上の令呪による命令によって狂化を解除できる可能性を知りました(真実とは限りません)
※フェイト・テスタロッサの捕獲による聖杯戦争中断の可能性を知りました(真実とは限りません)
※ルーラーの姿を確認しました
※掲示板が自分の話題で賑わっていることは未だ知りません

【悠久山安慈@るろうに剣心(旧漫画版)】
[状態]霊体化
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
[備考]
※雪華綺晶の存在を確認しました、再会時には再び襲いに行く可能性があります。
※江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。
 スキル『こころやさしいひと』の効果できらりの精神の安定に江ノ島盾子&ランサーが役に立っていると察知しイレギュラーが発生。狂化中ですが敵意を向けられない限りこの二人を襲いません。


【江ノ島盾子@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]健康、涙で化粧が流れてる、小雪ちゃん(魔法少女育成計画最序盤)の真似中
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]大金+5000円分の電子マネー(電子マネーは携帯を取り戻すまで使用できません)
[思考・状況]
基本行動方針:絶望を振りまく
1.諸星きらりをプロデュース!
2.放課後になったら、蜂屋あいと会う
3.ケータイ欲しい……ケータイ欲しくない?
[備考]
※諸星きらりを確認しました。彼女の自宅の位置・電話番号・性格なども事前確認済みです。彼女が掲示板に目を通してないことも考察済みです。
※自身の最後の書き込み以降のスレは確認できません。
※数十分、もしくは数時間、あるいは数日、ひょっとしたら数年は同じキャラを演じ続けられるかもしれませんし、続けられないかもしれません。
※ランサーのスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対して順応しています。順応に気付いているかいないかは不明です。動揺しない限り尻尾を掴まれることはないかもしれません。あるかもしれません。

【ランサー(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
[状態]実体化中、健康、絶望(微)、ストレス
[装備]ルーラ
[道具]四次元袋
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り犠牲を出さずに聖杯戦争を終わらせる。
1.江ノ島盾子と蜂屋あいの再会時に蜂屋あいのサーヴァントを仕留める。
2.出来ることなら、諸星きらりに手を貸してあげたい。

[備考]
※江ノ島盾子がスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対応していることに気づきました。
※諸星きらりの声(『バーサーカーを助けたい』『元いた世界に帰りたい』)を聞きました。
 彼女が善人であることを確信しました。


229 : マッド・ティーパーティー ◆PatdvIjTFg :2015/11/27(金) 00:55:35 dPKkBso60
投下終了します。

>>217のがんばれの後に続く?ですが、
どうやらハートが文字化けしているようですのでwiki収録時に修正させていただきます。


230 : 名無しさん :2015/11/27(金) 10:06:51 /apxr3UU0

アイドルアニメかと思ったらアイドルがロボットに乗ってた幸子ワロタ
しかし綾波の服装はやはりランサー伝統の全身タイツなのだろうか


231 : 名無しさん :2015/11/27(金) 17:27:25 Knbm8Fp.0
乙です
勝っても負けても楽しめるやつっていうのはもうどうしてみようもないな


232 : ◆2lsK9hNTNE :2015/11/27(金) 19:14:39 yaZiwwFo0
投下乙です
セリムはここで落ちてしまいましたか。自分が書いたキャラだったのでやっぱり辛いですね
まあこういうあっさりした死に方は結構好きなんですが
きらりの過剰に相手に気を使ってるシーンも良かったです
そしてマサキはフェイトに何を言うつもりなのか、なのはの名前は出すのか、気になります
今回も素晴らしい作品でした

あと早速ですが
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
木之本桜&セイバー(沖田総司)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
大道寺知世
山田なぎさ&アサシン(クロメ)
ルーラー
を予約します


233 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/11/27(金) 21:22:23 CwSgi7ak0
感想は投下の時に
ひとまず

大井&アーチャー(我望光明)
海野藻屑&アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
星輝子&ライダー(ばいきんまん)
雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男)

自己リレー含みますが予約します


234 : ◆PatdvIjTFg :2015/11/28(土) 12:58:43 QSzgkccE0
アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)
玲&エンブリオ(ある少女)

予約します


235 : 名無しさん :2015/11/28(土) 13:40:34 g/OjzXGs0
例のアレ

予約済み
○12/4くらい
◆2lsK9hNTNE
木之本桜&セイバー(沖田総司)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
大道寺知世
山田なぎさ&アサシン(クロメ)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
ルーラー(雪華綺晶)

◆EAUCq9p8Q.
大井&アーチャー(我望光明)
海野藻屑&アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
星輝子&ライダー(ばいきんまん)
雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男)

○12/5くらい
◆PatdvIjTFg
アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)
玲&エンブリオ(ある少女)


[早朝]
【B-5】桂たま
【B-4-B-5】アサシン(ゾーマ)
【D-3】ララ

[午前]
【C-2】白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)
【C-4】クリエーター(クリシュナ)
【D-5】中原岬&セイバー(レイ/男勇者)
【D-6】シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)
【D-6】偽アサシン(宝具『まおうバラモス』)

[午後]
【D-2(小学)】フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
         キャスター(木原マサキ)
         輿水幸子
【C-4】高町なのは


場所確認用のやつ
ttp://download1.getuploader.com/g/hougakurowa/4/%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%9C%B0%E5%9B%B3.png


236 : 名無しさん :2015/11/28(土) 15:17:23 7Z/RRqOM0
おお、投下乙でした
嗚呼セリムが…いや、全くこれは巡り合わせが悪かったと言うほかない
地の文にもある通り、冷酷なホムンクルスであればこの結末には至らなかったであろうこと、知世ちゃんの姿を見て彼女の力になろうとしたことが死を招いたことが切ない。
綾波の槍はやはり凄まじいですね。条件が揃った結果といえ、まさしく一触必殺。フェイトの援護GJと言わざるを得ない。そしてその引き金を引いたアリス怖い。「死神様」の名乗りの場面素晴らしいです。
桜セイバーは…ある意味間に合ったとも間に合わなかったとも言えそう。天使の笑みといい、さくらちゃんの知らないところで歯車がどんどん動いて行く。
さらにはアイドル組もこれまた不穏ですね……一応きらりにほんの少しの救いがもたらされたと言え、立場の上では完全にオモチャだこれ。
今回もギシギシと胃の腑を締め付けるような掛け合いを見せる盾子ちゃん&スノホワも素敵でした。
そして動き出すルーラー…鏡から現れる白い人形のくだり、歌詞の調子も併せ、少女聖杯の雰囲気はまさしくこれだと思わされます。


237 : 名無しさん :2015/11/29(日) 10:52:31 ICDBfU0.0
投下お疲れ様です
ところどころで挟まれる歌のパートがすごく雰囲気出てて好きです
セリムの最期は皮肉すぎて哀しい
知世は立ち直れるのか、と言うよりも雪華綺晶による誅殺の手が伸びてるしそれどころではないかもですが…
さくらに入れ込んでるあい&アリス組も怖い、スノーホワイトを腹の下でがんじがらめにする江ノ島さんも怖い、怖い少女ばかりだ
おまけに杏はきらりと再会できたはいいけど江ノ島さんの射程内だし幸子の前にはフェイトちゃんだけでなく木原も現れるしなんだか凄いことになってきた
続く皆様の予約も大変楽しみです!


238 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/04(金) 19:01:36 JHc3sAZ60
間に合いそうにないので予約を破棄します。すいません
明日には投下します


239 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/04(金) 20:07:07 aQB/vWk60
同じくちょっと遅れますが、本日中に投下します


240 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:46:29 ZfYpHQyg0
盛大に遅刻しました。

大井&アーチャー(我望光明)
海野藻屑&アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
星輝子&ライダー(ばいきんまん)
雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男)

投下します。


241 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:48:22 ZfYpHQyg0

◆◆


  大井は激怒した。
  必ずや、この厚顔無恥な参加者を倒さねばならぬと。


◆◆

  大井がその書き込みに気づいたのは、本当に偶然だった。
  やることもないので携帯を開いてニュースサイトの巡回をしており、そしてふと、今朝方立てたスレのことが気になった。
  もしかしたら『輿水幸子』以外の誰かが引っかかっているのではないか。
  そう思い、何の気なしにスレを開いた。
  見れば、新着レスが一つ増えている。顔がほころぶ。やはり大井の計略は完璧だ。
  しかしそこで大井が見たものは、以下のレスだった。

―――

2 名前:諸星きらりの友人[] 投稿日:20XX/0X/XX(X) XX:XX:XX ID:mrbsKRL0

今からきらりちゃんと一緒に小学校に行きます。
信じてもらえないでしょうが、本当です。
校門で待ってます

―――

  あまりの衝撃に、言葉を失った。
  そして、理解が追いついて言葉を取り戻す頃には、憤怒が驚愕を乗り越えていた。

「な、なによ、これ……!!」

  思わず言葉が溢れる。
  なんだこれは。
  これでは大井の緻密な計画がパアではないか。
  大井の計略を逆に利用しようとしている人間が居る。それは想定内だ。
  だが、ここまで大っぴらに、大井自体の計略をぶち壊すような方法を取るのは想定外だ。
  大井は激怒した。
  そして当然、大井の計画をこんな形で壊そうとする輩を許しておけなかった。
  頭の中で色々と思考を巡らせ、今後の方針を切り替える。
  そして、方針が決まってすぐ、自身のサーヴァントへと念話を飛ばした。


242 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:49:13 ZfYpHQyg0


(聞こえますか、アーチャー)

『どうしたね』

(小学校方面に参加者が集合する可能性があります。取り急ぎ、潰してきてください)

  大井の言葉に、アーチャーは「ほう」と相槌を打ち。
  そして、少しだけ間を置いて、こう返してきた。

『それはまた……唐突だね。様子見はいいのかい』

(放っておくと私の計画に差し支えるので、早急にお願いします)

  どうやら大井は、大井自身が思っているよりも気が立っているらしい。
  意図せずに突っぱねるような言い方になってしまったのを少しだけ恥じていると、アーチャーは事も無げに言葉を返した。

『そうか……ならば仕様がない。向かってこよう。変身を行う。魔力を少し使うから、気をつけ給え』

(ええ、じゃあ、お願いします)

  念話はそこで終わった。
  少しした後に熱が退くような、疲れがたまるような感覚が身体に広がる。
  これが、魔力を使ったということだろうか。
  あまりいい感触ではないなと考えながらも、大井はわりと気を良くしていた。
  アーチャーは、やはり優秀と言っていいサーヴァントだ。
  大井の指示にきちんと従っている。この戦場でどう動くことが重要なのかをちゃんと理解している。
  その時思い浮かんだのは、大井の金言を意味なく切り捨てた長門の真面目を装った顔だった。
  そして、長門の指示の無知蒙昧さを理解せず二つ返事で従った数十人の艦娘たちの顔が頭をよぎる。
  馬鹿な奴らめ。今に見ていろ。
  お前らが数十人がかりでなんとか覆した運命を、私は一人で覆してみせる。
  愛の力で、この手の中に、北上を取り戻してみせる。

  令呪の刻まれた左手で、北上の温もりの残るお守りを握りしめる。
  そして、教室の向こう、窓の外、小学校を見据える。
  今からあの場所には、大井と北上の愛の御旗がそびえ立つ。
  せいぜい、つかの間の勝利に酔っていろ。『諸星きらりの友人』よ。


243 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:50:35 ZfYpHQyg0




  小学校の屋上に展開された光の槍。そしてマスターである大井からの連絡。
  二つが重なれば嫌でもわかる。
  大井の策略を利用する形で小学校に参加者が集い始めている。
  これからしばらくもしないうちに、戦闘が始まるだろう。

「そこに飛び込めというのだから、我がマスターながら、なかなかに無茶を言う」

  どう考えても危険だ。
  数もクラスもわからぬサーヴァントたちが集う戦場に赴くなんて、一歩間違えば消滅してしまう可能性もある。
  だが、これはアーチャーにとってもまたとないチャンスだった。
  参加者たちがあの光を求めて集まる。ならば当然、その参加者たちを狙った力を持つ者たちが集まる。
  その中にはきっと居るだろう。アーチャーの求める『戦う力』を有したマスターが。
  戦場に向かえば、彼らと会うことが出来る。
  そして、戦場ならば、アーチャー側の事も運びやすい。
  別のマスターとの再契約。
  乱戦地帯に突っ込んでくるような血気盛んなマスターを捕まえ、大井を切り捨てる。
  サーヴァントに不満を持っているマスターでもいいし、なんならアーチャーがサーヴァントを殺しても構わない。
  まだ付き合い始めて数日しか経っていない開始初日の段階ならば、サーヴァントに対して情が移っていることもないだろう。
  もし別のマスターとの再契約が駄目なら大井の元に帰り今までどおりの関係を続ける。それだけだ。

  アーチャーの離反計画と大井の激情が、歪んだ形で噛み合った。
  だからアーチャーは、この大井の一見無茶苦茶としか言えない指示を飲んだ。

「さて、では……そろそろ行こうか」

  取り出したのは、赤い柄に黒と白の文様、そして頂点には輝く恒星を模した装飾の施されたスイッチ。
  只の人間を、人ならざるものへ。人類を、人類を超えたものへ。
  超銀河の神秘によって単なる猿を宇宙の意思の元へと押し上げる、アーチャーの宝具。

  スイッチを押す。光が溢れ、『我望光明』が消える。
  12の星の輝きと宇宙空間にも似た暗黒が晴れた時、そこに立っていたのは怪物だった。
  『サジタリウス・ゾディアーツ』。黄道十二宮を統べる者。アーチャーのもう一つの姿。
  夜にはまだ早いその時間。D-2に射手座が輝いた。


244 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:51:17 ZfYpHQyg0


【D-2/高等学校/1日目 午後】

【大井@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]怒り、健康、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備]北上の枕の蕎麦殻入りお守り
[道具]通学鞄、勉強道具、スマートフォン
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上さんへの愛を胸に戦う。
0.聖杯戦争に北上さんが居る可能性を潰す。
1.スレを利用した人間への怒り。
2.メールを送ってきた人物をC-3もしくはD-4に集める。そのためにアーチャーに集合場所に赴く偽大井を用意させる。
3.作戦開始直前になれば偽大井を使って2.の場所に少女(双葉杏)も上手いこと誘導する。
4.メールの件が片付いたらしばらくはNPCとして潜伏する。
[備考]
※双葉杏を確認しました(電話番号交換済)。また、輿水幸子の名前を確認しました。ただ、偽名を疑っています。
※北上が参加者として参加している可能性も限りなく低いがあり得ると考えています。北上からと判断できるメールが来なければしばらくは払拭されるでしょう。
※『チェーンソー男』『火吹き男』『高校の殺人事件』『小学校の死亡事件』の噂を入手しました。
 また、高校の事件がらみで諸星きらりの人相・性格、『エノシマ』という少女が諸星きらりを探っていたことを教師経由で知りました。
※フェイト・テスタロッサの顔と名前を把握しました。
※きらりスレの最新レスを確認しました。怒ってます。すごく怒ってます。


【アーチャー(我望光明)@仮面ライダーフォーゼ】
[状態]サジタリウス・ゾディアーツ形態
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を得る
1.小学校方面へ。『諸星きらりの友人』他を襲撃。その際に良さそうな敵マスターに目星をつける。
2.フェイト・テスタロッサが現れた場合、大井に連絡を入れる。
3.大井の代わりに集合場所に向かうNPCを調達。方法はスキル『催眠術』による一時催眠。
4.放課後、集合場所に現れる『輿水幸子』他参加者の偵察。必要とあればアーチャー直々に手を下す。
5.戦闘力に秀でたマスターが居れば大井を切り捨てることも思案。
[備考]
※双葉杏=マスターであるとしています。諸星きらりと江ノ島盾子は見てない可能性が高いです。
 双葉杏のタクシーの進行方向は知っていますが具体的にどこに向かったかまでは知りません。
※アサシン(クロメ)と近い位置に居ますが存在に気付いていません。(菓子の咀嚼音も距離のこともあり届いていません)
 ただ、アサシンが不用意に近づいたり、臨戦態勢に入ったりすれば気配遮断の効果が切れて気づきます。
※大井に対する意識は可寄りですが、彼女の戦闘能力には不満があります。
 もっと力の強い参加者が居、その参加者が望むのであれば大井を屠っての再契約も視野にいれてあります。
※降り注ぐ光の槍(フェイト)を確認しました。


245 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:51:47 ZfYpHQyg0


◇◆

  不意に、感覚に襲われた。
  この感覚は、間違いなく『あの』感覚だ。
  雪崎絵理が感じたのは、今までよりも格段に、途方も無く強い『予兆』。
  遅めの登校を終え、授業を受け、昼食を食べ、午後の授業も滞り無く受けた矢先にこれだ。

  現れる。
  あの男が、チェーンソー男が現れようとしている。
  時計を確認する。まだ夕方と呼ぶには早い、午後だというのに、確信にも似た感覚が『チェーンソー男』の襲来を告げる。
  まただ。
  絵理は頭を抱えそうになり、人前だということを思い出して持ち直した。
  しかし、最近はおかしなことばかり起きる。
  襲撃ペースが変わったこともそうだし、山本と会えなくなったこともそうだ。
  なんとなく、ぽっかりと大きな穴が開いているような気がする。
  絵理を置き去りに、世界だけがぐるぐると回っているような、そんな錯覚を覚える。
  今何が起こっているのかを、正確に把握できていないのは、なんだかとても気分が悪い。
  このもやもやにも、そのうち決着を付けたい。

  ただ、その前にやることがある。
  この『直感』に向き合う必要がある。
  この『直感』の先には、チェーンソー男が居る。
  今朝のように、誰かを巻き込んで、周囲を切り飛ばしながら、暴れまわる可能性がある。
  あいつが誰かを傷つけようとするならば、戦わなければならない。
  絵理にとってそれは、使命のようなものだから。

  人目を忍んで、高等学校を飛び出す。
  向かう先は直感の示す先、小学校方面。

  頭上で奇妙な光が輝いたのに、絵理が気づくことはなかった。


246 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:52:19 ZfYpHQyg0


【D-2/高等学校/一日目 午後】

【雪崎絵理@ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ】
[状態]魔力消費(?)
[令呪]残り三画
[装備]宝具『死にたがりの青春』 、ナイフ
[道具]スマートフォン、制服
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:チェーンソー男を倒す。
1.チェーンソー男の気配のする方、小学校方面へ。
[備考]
※チェーンソー男の出現に関する変化に気づきました。ただし、条件などについては気づいていません。
※『死にたがりの青春』による運動能力向上には気づいていますが装備していることは知りません。また、この装備によって魔力探知能力が向上していることも知りません。
※白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。真名も聞いています。
※記憶を取り戻しておらず、自身がマスターであることも気づいていません。
※もしかしたらルーラーも気づいてないかもしれません。
※聖杯戦争のことは簡単に小梅から聞きました。詳しいルールなどは聞いてません


【???/???/一日目 午後】

【チェーンソー男@ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ】
[状態]復活可能
[装備]チェーンソー
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:雪崎絵理の殺害
[備考]
※雪崎絵理がマスターだとかそういうことは関係ありません。
※聖杯戦争中、チェーンソー男は夜以外にも絵理がサーヴァントの気配を感じた場合出現し、当然のように絵理を襲います。
 このことには絵理も気づいていません。
※致命傷を受けての撤退後、復活にはある程度の時間を要します。時間はニュアンスです。
※白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)組を確認しました。


247 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:52:42 ZfYpHQyg0


◇◇

  輿水幸子と同じく白坂小梅も欠席だと知った。
  久々の、キノコと二人で食べる昼食は、とても寂しかった。

「……二人共、どうしたんだろうね……ダロウネー!……ふ、ふ」

  キノコを持ち上げて、幼い少女がぬいぐるみでそうするように、キノコに声を当ててみる。
  寂しさは少しだけ紛れたが、やっぱり、幸子や小梅と一緒のほうが良かった。

  午後の授業も平々凡々。座学で将来役に立つらしいことを一つまた一つと学んだ。
  授業が一段落すればまた一人ぼっちの時間がやってくる。
  再びなにもやることがなくなり、仕方なく携帯電話を開いた。
  幸子からのメールは来てない。
  また少しだけ鎌首をもたげ始めた寂しさを隠すように携帯電話を閉じようとして、あることを思いだした。
  通達の『掲示板』。
  ご自由にどうぞと書いてあったから暇な時に見ようと思っていたのだが、すっかり忘れていた。

「そういえば……あったな、そんなの……」

  ふ、ふふ、と鼻歌を口ずさみながら携帯電話をいじる。
  しばらくして、目的のページに辿り着いた。
  調子っぱずれな鼻歌が、だんだん小さくなり、次第には消えてしまう。

  輝子は、アイドル状態ではない彼女にしてはやや真剣な面持ちで、掲示板の中身を確認して、メールを打った。
  宛先は幸子。
  言葉を選び、内容を確認し、消して、打って、また消して。
  そしてそこで輝子の指は止まり、そのまま動かなくなった。
  輝子は何かを考えるようにじっと液晶を眺め続け、そしてそのまま、メールを閉じ、携帯の電源も落としてしまった。


248 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:53:12 ZfYpHQyg0


  携帯の電源を落としたあとで、考える。
  今の掲示板は聖杯戦争の参加者しか見ることが出来ない。
  きらりはまるで聖杯戦争の参加者であるかのように書かれていた。
  そして、丁寧に今から向かう場所まで書かれていた。
  それが意味するところはなにか。
  聖杯戦争の参加者がこれを見たら、小学校に集まってくる可能性がある。
  そうすると、もしかしたら、戦いが始まってしまうかもしれない。
  だとすると、危ない。
  ここに向かっていると書かれているきらりも。
  そして、きらりを探していた幸子も。
  輝子が幸子にメールを打たなかったのは、『もし幸子がただのNPCで、メールのせいで戦いに巻き込まれるようなことがないように』。
  しかしひょっとすると、幸子も聖杯戦争の参加者で、あのスレを見て今朝からずっときらりを探していたのかもしれない。
  だとすると、あのレスを見た幸子は、確実に小学校にやってくるだろう。
  知り合いのアイドル二人も参加者なんて、偶然に偶然が重ならなければこんなことは起こらない。
  でも、ないとは言い切れない。
  だとするとどうするべきだろうか。

  少し考えて、結論を出す。
  そして、教室を抜けだして朝のようにトイレに入り、自宅に電話をかけた。
  何度かのコール音。
  ぷつりという繋がった合図。
  受話器の向こうから、聞き慣れた声が聞こえてくる。

{もしもし}

「あ、もしもし……ライダー?」

{なんだ、なにかあったか}

「あのさ、今からさ……小学校まで、む、迎えに来て、くれない、かな……」


249 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:53:54 ZfYpHQyg0


{……で、なにがどうしてそうなったんだ}

「……理由……」

  なんというべきか。
  どこまで話すべきか。
  『掲示板で殺人犯扱いされていたきらりを助けるため』なんて言ったらライダーは絶対頷かないだろう。
  『幸子を拾う』と言ったら、幸子の居場所がわかった理由や現地できらりも連れて帰るときに理由も聞かれてしまうかもしれない。
  輝子はあまり嘘が得意じゃないので、ライダーをごまかしきれないと思う。
  だから輝子は、彼女にしては珍しく、言葉を濁した。

「……それは、まあ……後々話すよ、後々ね……」

{……}

  ライダーからの返答はない。
  胡散臭そうなライダーの顔が思い浮かぶようだった。
  もう一度頼むと、ライダーは大きな大きなため息をついた。 

「頼むよ」

{頼むって言うけどな、俺様だって、なんでもはいはい言うわけじゃないんだぞ! マスターってば、わがままばぁーっかり!}

  その、およそ悪役らしくない物言いにそれがなんだか面白くって少し笑うと、ライダーは電話越しにぷりぷり抗議の声を上げ始めた。
  でも、抗議は抗議で、本気で怒っているわけでも、深く追求するわけでもなさそうだ。
  少し悪い気がしてちくりと心が痛んだが、それでも、ライダーの声を聞いていると安心できた。
  彼と一緒ならば、きらりも、幸子も、救える気がする。
  万感とまでは行かないが、とても大きな感謝を込めて、輝子は初めて、ライダーをこの呼び方で呼んでみた。

「じゃ、頼んだよ、親友」

{なあにが親友だい! 調子のいいことばっかり言って!!}

  そう言って、電話はそれきり誰の声も届けなくなった。
  勢いに任せてライダーが電話を切ってしまったのだろう。
  輝子は知っている。口ではああ言ってるけど、ライダーはきっと来てくれるということを。
  じゃあ、今からどうしようか。
  少し考えて、輝子は歩き出した。
  危険かもしれないが、遠巻きに様子だけを確認しておこう。
  もし、幸子たちが居たら、早めに合流しておく必要がある。
  もし戦いが起こっているようなら、参加者だとバレないように、逃げてしまおう。

  輝子は一人、ふらふらと小学校の方へ向かった。
  近づき過ぎないように気をつけながら、それでも、もし知り合いが居れば見逃さないよう注意を払いつつ。


250 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:55:14 ZfYpHQyg0




「小学校、ねえ」

  ライダー・ばいきんまんは地団駄を踏んでひとしきりの不平不満を口にした後、一人顎に手をやり考えていた。
  輝子は同年代に比べて背丈こそ小さいが、立派な高校生だ。
  それが何故、小学校に向かえということになるのだろうか。
  もしかしたらなにか進展があったのかもしれない。
  輿水幸子、白坂小梅。その二人を守るという彼女だけの聖杯戦争に。

「なんにせよ、行かなきゃならないんだがなあ」

  呼ばれたのだから行く。そこは問題ない。
  ライダーは輝子の英霊なのだから、最大限便宜は図る。
  ただ、少し問題がある。
  今はまだ昼間だ。『ばいきんUFO』を飛ばすには日が高い。
  真昼の空をメタリックな円盤が飛んでいれば、必ず悪目立ちしてしまう。しかもライダーの場合、日本での知名度を考えるとその円盤の姿だけで真名がばれかねない。
  火急の用ならばこのままマンションから『ばいきんUFO』を飛ばすのだが、電話口の対応を聞くにそういうわけではないのだろう。
  こういう場合、本来ならば『もぐらん』で気配を隠しながら地中を進むのがいいのだろうが、困ったことにもぐらんは現在エンチャント中だ。
  途中で打ち切ってしまってもいいが、ライダーのエンチャントは『機械の改造』なので、エンチャントを打ち切ると一言で言っても追加したものを剥ぎとって元の形に戻す手間がいる。
  魔力的にも、時間的にも、ここでそのロストはキツい。

「俺様だけが霊体化していくってのはナシだし、どうしたもんか」

  ライダーが単体で行くというのも考えたが、それは危険が過ぎる。
  ライダーはそもそも身体能力が高くないので、身体を晒しているところを襲われたらおわりだ。
  更に、迎えに行く以上帰りの道中は安全に帰る必要がある。
  何かに乗って行くのは当然として。
  『だだんだん』はそもそも問題外。
  すぐに飛ばせる『ばいきんUFO』か、気配遮断の『もぐらん』か。

「ふうむむむ……」

  目をギュッと閉じて首をひねる。
  あまり長く待たせるわけには行かないので、長いこと考えこむ訳にはいかないが、機械の仕様が全く違うのでこの選択は大きい。
  失敗しないように、出来る限りの可能性を辿り、より状況に対応できる方を選んで乗って行く必要がある。

「かび」「かび」「かび」「かび」

  かびるんるんは、そんなライダーの心境はつゆ知らず、『もぐらん』のエンチャントを指示通りに続けていた。


251 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:55:41 ZfYpHQyg0


【D-2/中学校/1日目 午後】

【星輝子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]多機能携帯電話
[所持金]一人で暮らせる程度にはある
[思考・状況]
基本行動方針:幸子ちゃんと小梅ちゃんを守る。
1.学校で小梅ちゃんを待つ。
2.フェイト・テスタロッサが気になる。
3.緊急時にはライダーを令呪で呼ぶ。
4.きらりちゃんを探す。
[備考]
※掲示板を確認していません。
※念話は届きませんが何かあったら自宅に電話をかけます。



【C-2/マンション/一日目 午前】

【ライダー(ばいきんまん)@劇場版それいけ!アンパンマン】
[状態]魔力消費(小)、魔力回復(微)
[装備]宝具『俺様の円盤(バイキンUFO)』、『踏み砕くブリキの侵略者(だだんだん)』
[道具]宝具『地の底に潜む侵略者(もぐらん)』(エンチャント中)
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:宝具を改造して、準備を整えてから行動したい。
1.輝子を迎えに小学校へ向かう、が……
2.『地の底に潜む侵略者』をエンチャント中。加速機能と索敵レーダーを開発予定。
3.輝子緊急時には見られることを気にせず宝具で逃亡。
4.幸子が来たらどうするかな……
[備考]
※マンションの一室をエンチャント部屋として使用中(作中表記は『工房』ですが陣地ではありません)。
※原木にかびるんるんをとり付かせることで魔力回復(微)の効果を得ます。星家の原木がキノコパラダイスになれば効果がなくなります。
※現在の宝具エンチャント。
『俺様の円盤』……搭乗員数最大拡張、掃除機ノズルアーム、トリモチバズーカ
『地の底に潜む侵略者』……搭乗員数最大拡張、魔力レーダー(開発中)、加速装置(開発中)
『踏み砕くブリキの侵略者』……搭乗員数最大拡張
※輝子の素質上の問題で念話は届きませんが星家に電話がかかってくると応対を行います。


252 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:56:02 ZfYpHQyg0




  壁掛け時計の音で目を覚ます。
  見れば、もうお昼をとっくに超えていた。
  お腹は空いてない。
  特に動きもしなかったので、朝食べたものがまだお腹の中に残っている。
  この分なら、夜まで何も食べなくても持ちそうだ。
  それを確認して、海野藻屑は再びベッドの中で目を閉じた。
  深く大きい呼吸。規則的に、吐いて、吸ってを繰り返す。
  でも、眠れない。
  当然といえば当然だ。昨日から数えて、二十時間くらいは寝ているのだから。
  仕方なく体を起こす。体の節々が『汚染』で傷むのとはまた別に、寝すぎてこわばった関節が傷んだ。
  サイドボードに置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを取り、がぶりがぶりと飲む。少しだけ、乾きは取れた。

「ポチ、おはよう」

  藻屑のベッドの直ぐ側で寝ていたポチがぱたんと尻尾を振った。上等な羽箒みたいな、黒くて大きな尻尾が揺れる。
  藻屑が手を伸ばすと、ポチはむっくりと起き上がってその手に頭をすり寄せた。
  少し硬めの毛がこそばゆい。
  そのままベッドのヘッドボードにもたれかかり、置かれている状況を確認する。
  特に変わりはない。寝る前と同じ時間が、今もまだ続いていた。
  頭の中でアーチャーに声をかけるが届かない。アーチャーもまだ帰ってきてないらしい。

「色々やってるのかな」

  藻屑は何も知らない。今、街で起こっているほぼ全ての出来事を知らない。
  このままずっとぐうぐう寝続けて、気づいたら、聖杯戦争が終わっていたなんてことも、あるかもしれない。
  それは悲しいことじゃない。何もせずに願いが叶うんだから、きっと喜ぶべきことだ。
  窓の外を見る。日は高く、木々を照らしている。
  空にはまるで作り物のような、わざとらしいほどの青空と白い雲が貼り付けられている。
  でも、この街の誰かにとって、この戦争は、そんなに綺麗なものじゃない。
  今も何かに『汚染』されながら、必死に、誰かと戦っている。
  心のなかに、空風が吹いたような気がした。この街で、海野藻屑は、やっぱり一人だ。
  この広い街の中の、海に近い家の中で、一人ぼっちで泡を吐き出し続けている。

「なんだか、遠い国のことみたいだ」

  現実離れした戦争。
  たった一人でまどろむ人魚。
  小さな小さな水槽のようなこの家の天井に向けて、また一つ、泡が上がった。


253 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:57:38 ZfYpHQyg0


  手持ち無沙汰でスマートフォンをいじる。
  電話も、メールも来るわけない。ただ、一つだけ、見ることの出来るものを持っている。
  海野藻屑と聖杯戦争の数少ない接点。『掲示板』。今朝方確認した時から、死神様のことや、諸星きらりのことはなにか進展はあっただろうか。
  読み込みが終わってページが開かれる。諸星きらりスレの書き込みが増えていた。
  小学校に、諸星きらりとその友人が向かう、という書き込みだ。

「よくやるよね、本当」

  これもまた、罠だろう。
  誰かが小学校にわざと人を集めようとしているに違いない。
  不意にまた、アーチャーのことを思いだした。
  藻屑の意思に関係なく、アーチャーは戦いに向かい、勝利を上げてきている。
  戦うことはアーチャーの自由で、藻屑に止める権利はない。
  そんなアーチャーはこのことを知っているのだろうか。知ればどうするだろうか。
  彼女のことだ、フェイト・テスタロッサのように敵を釣るためのいい餌としてこれを利用するだろう。
  場所が明かされている分、こちらの方が使いやすい。
  この書き込みのことを知れば、きっと小学校に向かい、そして集まった主従と戦って……
  戦って、戦って……

「それでまた、誰かと戦うんだろうなあ。アーチャーは」

  アーチャーはきっと、このレスについて教えれば喜んで小学校に向かうだろう。
  藻屑としても、生き残れる確率が高くなるのは良いことだ。
  ただ、なんとなく、自身の英霊アーチャーには、このことを知らせないでおこうと思った。
  伝える手段がない。携帯端末のようなものを使えればいいのだろうけど、アーチャーはそんな便利なものを持ち歩いてない。
  なにかあったら令呪で呼べ、なんて言ったが、教えるだけで呼び戻してたら令呪がもったいない。
  様々理由をつけたあと、その書き込みを見なかったことにして、スマートフォンの電源を切って横になった。


254 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:58:26 ZfYpHQyg0


  手近においてあったリモコンを使ってテレビをつける。
  特別見たい番組があるわけじゃない。
  ただなんとなくそうした方が、この家の中に音が増えて、一人ぼっちの水槽が賑わうような気がした。それだけだ。

  画面の向こうからは情報番組の司会の楽しげな声が聞こえてくる。
  少しだけ音の増えた水槽の中で、小さな海の外を見ながら、少しだけ、考える。
  もしかしたら、藻屑は。あの書き込みが本物で、諸星きらりと誰かが出会えることを望んでいるのかもしれない。
  少女たちを殺しあわせて死体の山を築いたアーチャーに、その出会いを邪魔してほしくないだけなのかもしれない。
  そして、心の何処かで。この聖杯戦争の舞台の上で、まるで世間で愛されるハッピーな物語のように。
  奇跡的に巡り会える諸星きらりと友人に、誰かと誰かを重ねたいのかもしれない。

「はは、なんだよ。そんなの、柄にもない」

  やけにセンチメンタルになっているな、と思い、目を閉じる。
  父、海野雅愛が居ないことで、藻屑の精神が少々不安定になっているのかもしれない。
  現実に心を揺り動かされすぎている。海野藻屑の『現実』とは、こんなものではなかったはずだ。
  なんだか、苦しい気がする。気のせいかもしれない。きっと気のせいだ。
  先程まで陽気な声色で話していた司会は、打って変わって緊迫した様子でこう繰り返していた。
  『早朝の商店街を襲った謎の衝撃』『この後現場から生中継』と。
  誰かが戦ったニュースが流れる。
  そのニュースは、やはりどこか遠くのことのように、藻屑の耳をすり抜けていく。
  そうして藻屑はまた一つ泡をこぼした。

「遠いなあ。ぼくには、まだ」

  戦っても、戦っても、戦っても。
  海野藻屑がいくら必死に戦っても。
  水槽の中から見つめた外の世界は、まだずっと遠い。
  あの日、嵐の夜にはぐれてしまったきりの現実は、まだ、まだ、ずっとずっと遠い。


  砂糖菓子の弾丸は、水槽の中で、少しずつ、少しずつ、溶けていく。


255 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 02:59:58 ZfYpHQyg0




  当然、見逃すはずがなかった。
  高い空、魔法少女の視力で見えたやや遠い場所。
  建物の屋上に浮かんだ、昼目にもとても目立つ数十数百の光の槍たちを。
  誰かが戦っている。
  夜を待たず、建物の屋上なんていう目立つ場所で。
  その『招待状』を受け取ったアーチャー・森の音楽家クラムベリーは、当然のように進路をその光の方向へと切り替えた。

  本来英霊は日中派手に動きまわるのは得策ではない。
  英霊同士の戦いは、まさに小規模な戦争と呼ぶにふさわしい。
  技の応酬だけでもとても目立つし、近隣への被害だって尋常じゃない。
  最近はメディアツールの発達が著しい。目立った戦闘をすれば即座にネットワークに公開されてしまう。
  戦闘が報じられれば不利益が発生する。戦闘スタイルがばれる。宝具を見られる。姿形の情報が映像として残る。真名にたどり着かれやすくなる。
  だが、アーチャーはそんな不利益を気にする少女ではなかった。
  不利益が発生するというのは事実だ。だが、戦場で、殺し合いで、不利益に怯えてたたらを踏んでなにが始まる。
  それに、あの光を見ているだけで、居てもたっても居られなくなった。

  あの光を求めて、サーヴァントたちが集まってくる。
  光を放った誰かは、アーチャーと同じように、後に振りかかる不利益なんてものを蹴っ飛ばして戦いを求めている。
  アーチャーには、聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。
  時は今。場所は目と鼻の先。
  お前らの戦争の相手は、お前らの望む敵はここに居る。
  だから早く戦いに来いと言っている、まだ見ぬ英霊の声が。
  素晴らしい招待状だ。
  どうしてここで立ち止まれる。向かわずには居られない。

  屋上を蹴り、大きく飛び上がる。
  光を塗りつぶすような漆黒のコートがはためいた。
  あれから数分。もう、屋上を覆い尽くしていた光の槍は見えない。
  速く、少しでも速く。
  あの光を放った者と、あの光のもとに集まる者達に会いに。
  この甘ったるい戦場で、闘争を望む者達に会いに。
  気分が高揚し口元が緩みそうになるのを抑えながら、アーチャーは道無き道を全速力で駆け抜けた。


256 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 03:00:46 ZfYpHQyg0


【Bー1/海野邸/一日目 午後】

【海野藻屑@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康(?)
[令呪]残り三画(内腿の青あざの中に)
[装備]なし
[道具]ミネラルウォーター入りペットボトル、おてがみ、スマートフォン
[所持金]クレジットカード(海野雅愛名義のゴールドカード)、5000円分のクオカード
[思考・状況]
基本行動方針:山田なぎさに会いたい
0.安心したい
1.アーチャーに全てを任せる。諸星きらりスレのことは知らない。
2.惰眠をむさぼる
[備考]
※家にはポチが居ます
※すぐに出前が届いて空腹ではなくなります。
※NPC海野雅愛が存在するかどうかは不明ですが、少なくとも海野邸には出入りしていません。
※掲示板を確認しました。少なくとも江ノ島のスレと大井のスレは確認しています。


【C-3/ビルの屋上/1日目 午後】

【アーチャー(森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態] 健康、気分やや高揚
[装備] 黒い、フード付きコート
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 強者との闘争を求める
1. 学校地区(D-2)へ。

[備考]
※フェイト・テスタロッサを見つけてもなのはに連絡するつもりはありません
※小学校屋上の光の槍(フェイト)を確認しました。


257 : シュガー・ラッシュ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/05(土) 03:01:07 ZfYpHQyg0
投下終了です。
時間がなかったので感想はまた後日書かせていただきます。


258 : 名無しさん :2015/12/05(土) 03:50:56 g3ejfugI0
おお、投下乙です
大井さん……本当にブレなさすぎて清々しいわ……
理事長はいよいよ変身ですか。サジタリウス・ゾディアーツの強さを見られるか。というかさっくりと再契約・大井切り捨てもさっそく視野に入れてるあたりが彼らしい。
絵理ちゃんにその敵たるチェーンソー男、さらにはクラムベリーも小学校に向かい、火が大きくなりますねこれは
輝子とばいきんまんのやり取りに癒される……味方のばいきんまんは本当、安心感があるなあ。
しかし今回は特に、藻屑の独白と彼女のささやかな願いの覗いた下りが印象的でした。


259 : きっと世界は君のもの きっと世界は僕のもの ◆PatdvIjTFg :2015/12/05(土) 12:32:35 r9B1QmLw0
投下させていただきます。
感想は2ls氏と合わせて後ほど


260 : きっと世界は君のもの きっと世界は僕のもの ◆PatdvIjTFg :2015/12/05(土) 12:33:17 r9B1QmLw0



「君、そうそこな君、すこし待ちなさい。そこは瘴気が充満している」

これからどうするか――つまるところ、このさいはて町から脱出するために、
チェーンソー殺人鬼と再遭遇するリスクを犯して、おそらく辿っていけば外に出られる可能性が高いであろう線路の跡へと行くか、
あるいは、リスクを抑えて今自分がいるまんなか区を探索することで脱出方法を探るか。
結局のところ、アサシン――ウォルターは後者の選択肢を選んだ。

つまり、チェーンソー殺人鬼との戦闘をなるべく回避するため、
そして、用意した以上は少なくともこの世界のサーヴァントは――あるいは、また別の何か、は
少なくとも、自分ごと町人を巻き込んで攻撃する可能性は低いだろうという判断のもと
(もちろん、聖杯戦争に勝利するためならば町人のことなぞ無視することが一番だが、無視するぐらいならば最初から呼び出さなければ良い)
町人に話を聞きながら、まんなか区を探索して回ることを決めた。

おそらく、この町で唯一の学校――ヒトモノ学園が、まず最初に探索を開始した場所だった。
小中高一貫であり、あるいはマスターにとっては最大のカモフラージュになるかもしれない場所。
だが、部外者の侵入に特に制限は無いし、特に授業が行われている様子もない。
しかし部活動は熱心に行われている様子であり、特に科学部に関しては人体模型が恐ろしいという噂を聴くことが出来た。物理的に。

また、視聴覚室前に『ブリッジ男』なる怪異が出現するようだが、話を聞くにただの変質者としか思えない。
一人で視聴覚室前を歩いているとブリッジのまま超高速で近づいてくるらしいが、
女子相手だと下半身を向けて近寄ってくる辺りまさしく変態のソレであろう。
聖杯戦争とは無関係の存在であると位置づける――聖杯戦争と関係ある存在であっても、少なくとも今、戦うつもりはないが。

次に赴いたのは銀貨橋、ヒトモノ学園由来の購買部や、その他商人が常駐している。
如何にも怪しげな商人の売っているミリタリーグッズの中に複合装甲が混ざっているのは悪い冗談としか思えないが、
実際マスター同士の戦いならばともかく、サーヴァント同士での戦いでは役には立たないし、
マスター同士の戦いにしても、複合装甲は防具としては過剰すぎるし、そもそも行動不能になるだろう。
実際に悪い冗談でしかないのだ。

「人体は瘴気に晒されることで次第に蝕まれていく、実際危険だからね、
どうしても行かなければならない場合があるかもしれないけど、気をつけたほうがいいよ」
そして、住宅地、神社と探索を重ね、
そして如何にも怪しげな場所に足を踏み入れんとしたウォルターは見ず知らずのおじさんに忠告を受けている。

(……親切な話だ)

礼を言って、先へと進む。
瘴気の言葉通り、この先から雰囲気は実に厄いものがある。
その場所だけが夜になったかのように、外からは様子を窺えない。
だが、だからこそ行かなければならないだろう。
町があり、町人があり、そして、その町人がいる町のど真ん中貫いて危険の存在する場所がある。
考えるべきは、何故、わざわざ町中に存在しなければならないかだ。
何度も言うが、町人の安全を度外視するのならばそもそも町人が存在する必要は存在しない。
そして、町人が勝手に召喚される場合でも、危険地帯で勝手に死なれるよりも、自分で殺して魂喰らいを行ったほうが良い。
よほどのサディストでもない限り、自分の預かり知らぬ場所で無為に殺す必要はないのだ。

もちろん、自動的に魔力に還元されるような設置罠の可能性もあるが、
だとしても、一般人にすら理解できるようなあからさまな罠に誰が引っかかるというのだ。

故に、ウォルターは判断する。
目の前の場所は町中に存在しなければならないのではなく、町中に存在してしまった場所ではないか。
つまり、この世界そのものに生じてしまった綻びではないかと。
この広大な固有結界を長時間維持し続けて、何の問題が出ないかと言えば――その可能性は十分に有り得る、
だがサーヴァントの枠組みの中にある英霊がそれを出来るかと言えば、可能性は低い。

もう一つの世界を展開できるのならば、表の街で主従が最後の一組になるまで引き篭もっていた方が勝算は高いだろう。
それが出来なかったとしたら、どうだ。
チェーンソー殺人鬼を押し付けてきたあのサーヴァントや、それを追ってこの町へと入り込んだ自分のように、
この世界には完全に閉じることの出来なかった綻びがあるとしたら、どうだ。

全ては仮定だが、危険性の高い既知よりは、可能性の高い未知の方が良い。

まんなか区:近付いてはいけない場所 へとウォルターは足を踏み入れた。


261 : きっと世界は君のもの きっと世界は僕のもの ◆PatdvIjTFg :2015/12/05(土) 12:33:27 r9B1QmLw0


「おっかしーなー」
玲が外出してから、エンブリオ――ある少女は、さいはての守護者の"そうぞう"を開始した。
先のチェーンソー殺人鬼のように、強力なものを創るのならば、それなりにそうぞう力を働かせなければならない。
しかし、ここで問題が発生する。
創造出来る者もいれば、創造出来ない者もいるのだ。

紳士の昼食会に関しては――誰一人として成功しなかった。
紳士の昼食会に所属しないマホウ使い、金に汚い天使に関しては成功した。
制限と言うには、チェーンソー殺人鬼も金に汚い天使も強すぎるということは無いが、少なくとも紳士の昼食会よりも制限されるべきだ。

「……うーむ、全然わからん」
「逆に考えてみるとか、どうですか?」
「逆?」
宝箱の側に立つ、如何にも天使然とした金に汚い天使が話しかける。

「ここから先はクリエイティブでハイパーメディアなオピニオンになりますので有料ですが」
「……」
「持ってるでしょ、おぜぜ」
宝箱の中から放り投げるようにして放った小銭を、金に汚い天使は餌に群がる鯉のように必死こいて拾い集めてみせた。
その姿はまさしく金に汚い天使であった、天使ではなかった。

「何故、紳士の昼食会はそうぞう出来なかったのではなく、何故、私をそうぞう出来たか、で考えるべきでしょう。
つまり、私が必要だった理由を考えてみるなど……もちろん、私はお金のある人の味方です、それなりに」
「うーーーむ」

何故、金に汚い天使を召喚できたのか。
ある少女には全くもって、如何ともし難い疑問であった。
そもそも、さいはての番人と言うのならば、紳士の昼食会の方が相応しいが、彼女はそういうわけではない。
付き合いがあるかと言えば、まぁ知っている程度であってそれほど深い付き合いがあるわけでもない。
かつてのさいはて町の最果てを守護していたが、だとしても紳士の昼食会でいけない理由はない。

「紳士の昼食会は既にこの町に存在している……?」
可能性は低いし、既に存在しているというのならば、それを把握できてもおかしくはないとは思うが、
それでも一応の道理は立つ――最も、既にあるものを再度創造できないかと言えば、
かつてのさいはて町に商店街の番人というあるマホウ使いのコピーがいたために、疑問が残る。

「そうぞうはいつだって、自分の枠組みから飛び立って行くものです」
「まぁ、そうだね……してやられたからね……うん……?自分の枠組み……?」

その時、ある少女に電撃が走った。
そもそもがおかしいのではないか、開拓者の権限が3分の1になるのはただのサーヴァント化による制限だと思っていた。

だが、それならば――さいはて町は存在しうるのだろうか?
私一人だけで、あるいは他の開拓者が一人だけの力でさいはて町をそうぞうできるのか?
三人の開拓者による共同のそうぞうであるのならば、そもそもいまこの町がさいはて町という形のままでいられるのか?

権限は委譲されてしかるべきではないか?


いや、全てが勘違いだとしたら?


この町がさいはてならば、
ありえないことはありえない。



「開拓者は……本当に私一人しかいないのか?」

【???/さいはて町/1日目 午前】

【エンブリオ(ある少女)@さいはてHOSPITAL】
[状態] 魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:引きこもりながら玲を見守る。
1.さいはて町の守護者を作り、さいはて町を破壊から守る。
2.玲が緊急事態に陥った場合はさいはて町から出るのもやぶさかではない。
[備考]
※『チェーンソー殺人鬼@さいはてHOSPITAL』を召喚しました。さいはて町内の人気のない場所に現れます。強さは平均的なサーヴァントには劣る程度です。
※『金に汚い天使@さいはてHOSPITAL』を召喚しました。現在、特に指示は出していません。強さはチェーンソー殺人鬼よりも弱いぐらいです。
※紳士の昼食会を召喚することは出来ませんでした、原因は不明です。


262 : きっと世界は君のもの きっと世界は僕のもの ◆PatdvIjTFg :2015/12/05(土) 12:33:41 r9B1QmLw0



さいはて町と表の街を繋ぐ門は至るところに存在する。
門に辿り着いてさえしまえば、認識阻害が簡素な事も相まって出入りは容易い。
ただし、出入り口を発見するにはちょっとしたコツが必要となる。
誰かの家の玄関口、寂れた市街地の裏通り、雑木林を抜けた先、門はどこにでも存在するが、それ故に法則性が存在しない。
だから、どこに門があって欲しいか、それを考える。
きっとここにあったら素敵だろうな、という場所に不思議と門は存在している。

玲はそうやって、さいはて町と表の街の出入りを繰り返している。

世界は素敵だ、と玲は思う。
伸ばした自分の両腕よりも、両方の『町/街』はずっと広い。

スカートをふうわりとはためかせて、くるりと一回り。
特に意味もなく走ってみたり、特に意味もなく跳んでみたりする。
体の調子はばっちりだ。

ヒトモノ学園の女子トイレの三番目の個室は門の一つだ。
さいはて町から出てすぐに高校ならば、遅刻することはない。
じゃあ、高校に繋がる門はどこにあるんだろう――きっと、ヒトモノ学園にある。

思った通り、高校に繋がる門はヒトモノ学園にあった。
唯一当てが外れたのは、今から高校に向かっても遅刻するということだけだ。
そして、実際――今日の玲は授業を受けるつもりはなかった。

授業そのものは受けたり、受けなかったりしている。
記憶を奪われた影響か、授業の難易度が凄まじいということもあるが、そもそも高校に通う必要性は存在しないのだ。
それでも、なんとなく教室に行くのは――やはり、好きだから、なのだろう。高校の雰囲気そのものが。
街をふらふらとしていても、昼食時には引き寄せられるように学食に寄ってしまう。

そして今日も、とりあえず高校に寄ってから――街の散歩を始めようと思う。
どうしても、なんとなく、好きなようで、高校に引き寄せられるのだ。

女子トイレの扉をノックする。返事はないだろうが、念のためだ。
コツン、コツン。案の定返事はない。
扉を軽く引く、音もなくゆるやかに開く。

「…………」

まっすぐと歩く、それだけで本来ならばトイレがあるべきこの小さな小部屋は――高校への通路となる。
途中にあるべき標識も、妖精も、玲は見なかった。
ただ、途中で蜘蛛の巣のようなものを見た気がした。

【D-2/高等学校/1日目 午前】

【玲@ペルソナQ シャドウ オブ ザ ラビリンス】
[状態] 健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:街で日常生活を楽しむ。聖杯戦争を終わらせたくない。
1.街に出て散歩する。
[備考]
※聖杯戦争についてはある程度認識していますが、戦うつもりが殆どありません。というか、永遠に聖杯戦争が続いたまま生活が終わらなければいいとすら思っています。


263 : きっと世界は君のもの きっと世界は僕のもの ◆PatdvIjTFg :2015/12/05(土) 12:33:51 r9B1QmLw0


EXダンジョンLv1:不思議の国のアナタ
注:この場所には瘴気が充満しています

瘴気の渦巻く空間、そこにウォルターが足を踏み入れると、世界そのものががらりと姿を変えてしまった。
周囲に広がるのは、先程までの牧歌的な町の光景ではない。
バネ足ジャックより数十年後に描かれた児童小説――ふしぎの国のアリス。
その幻想的な世界が現実に再現されたかのように、
不思議な国の挿絵に登場する植物が、トランプが、あるいは――ふしぎの国のアリスという本そのものが、壁を作っている。
バネ足ジャックよりも高い壁だ――もちろん飛び越せぬことはないだろうが。

誰もが確信するであろう、これがさいはて町の出口であるはずがない。
あるいはキャスターの陣地のように、よりたちの悪いものである、と。

己の推測は間違っていたのだろうか、ウォルターはさいはて町へと引き返す。
何の障壁もなく、元のしらぬい通りへと戻る。

今のところは、危ない橋を渡るつもりはない。
だが、どうしても気になってしょうがない。

先程の場所は、どうしようもなく雰囲気が違う。
無くしたピースの代わりに、他の絵から持ってきて無理やりはめ込んで完成させたジグソーパズルのような、そんな違和感。

ただの勘だ。
そもそもこの空間に関しては何もわからない以上、推測にもほとんど意味は無い。
まだ、まんなか区の探索も途中だ。
出口を探し、この町からすぐに抜け出すべきだ。

ウォルターは跳ねるように移動を再開した。

【???/さいはて町・まんなか区/午前】

【アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)@黒博物館スプリンガルド】
[状態] 健康、スキル「阻まれた顔貌」発現中
[装備] バネ足ジャック(バラした状態でトランクに入っていますが、あくまで生前のイメージの具現であって、装着を念ずれば即座にバネ足ジャックに「戻れ」ます)
[道具] なし
[所持金]一般人として動き回るに不自由のない程度の金額
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(ララ)のやりたいことに付き合う。
1. この陣地(さいはて町)から脱出する。
2. 街で情報収集をしながら、他の組の出方を見る。
3. 夜までには帰ってきて、ララの歌を聴く。
4. 『チェーンソー男』『包帯男』に興味。
[備考]
※「フェイト・テスタロッサ」の名前および顔、捕獲ミッションを確認しました。
※「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」の噂を聴取しました。サーヴァントに関連する何かであろうと見当をつけています。
※街の地理を、おおむね把握しました。
※劇場の関係者には、ララの「伯父」であると言ってあります。
※キャスター(木原マサキ)の外見を確認しました。
※さいはて町の存在を認知しました。
※さいはて町の番人、『チェーンソー殺人鬼』を確認しました。『チェーンソー男』との類似を考えていますが、違う点がある事もわかっています。
※さいはて町・まんなか区の中心部にEXダンジョンを確認しました。


264 : きっと世界は君のもの きっと世界は僕のもの ◆PatdvIjTFg :2015/12/05(土) 12:34:02 r9B1QmLw0
投下終了させていただきます


265 : 名無しさん :2015/12/05(土) 16:59:50 bCdQe2ag0
投下乙です
>シュガー・ラッシュ
思惑渦巻く小学校に続々と主従が集結…理事長の変身といい、チェーンソー男のフラグといい、これはひと悶着なしにはすまなそうですね。
きの子に呼ばれてぷんすかしながら手を考えるばいきんまんの妙な頼もしさよ。渦中のアイドルたちをこの主従は救えるのか。
そして渦ならぬ泡を吐きながら聖杯戦争を見つめる藻屑ちゃん。ふとよぎらせた思いとは裏腹に、音楽家はきっちり戦乱の臭いを嗅ぎ付けて向かってますがどうなることやら。

>きっと世界は君のもの きっと世界は僕のもの
不可思議な町を探索する怪人。アリスより幾ばくか古い時代を生きた彼の視点からの町の考察が興味深いです。ある少女はある少女で己の世界の再現制限について思いめぐらすか。玲はしばらくはこのまま過ごすのかな。


266 : ◆PatdvIjTFg :2015/12/05(土) 18:18:58 r9B1QmLw0
中原岬&セイバー(レイ/男勇者)予約します


267 : 名無しさん :2015/12/05(土) 20:42:44 fZBQh6no0
投下乙です

>特に科学部に関しては人体模型が恐ろしいという噂を聴くことが出来た。物理的に。
巨大化してビーム撃って成層圏まで飛ぶもんな、仁太くん

あと女子トイレ三番目の個室ってアレか
レジスタンス鎮圧戦で佐々原が使用をためらった橘専用個室か

そしてQがさいはてに混じるとは思いもよらなかった。FOEが闊歩するとんだ魔窟だぜ、どうする桃本

最後に、あの学校の名前は『ヒノモト』でっせ


268 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:35:48 OWLTgcAE0
お待たせしました
申し訳ありません。諸事情によりルーラーだけ破棄して投下させて頂きます


269 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:37:29 OWLTgcAE0
「知世……ちゃん?」

さくらは呆然と呟いた。
考えなかったわけじゃない。自分の知っている誰かがマスターなのではないかという思いはずっとあった。
そんなはずはないとずっと言い聞かせていた。こんな戦いに駆りだされているのは自分だけなのだと信じた。
でも、ならばどうして今このタイミングで知世は屋上にいるのか。

「さくらちゃん?」

今まで聞いたことのない弱々しい声。目元は涙で濡れていた。封印の杖を握りしめていた手に思わず力がこもる。
壊れたフェンスを見ていたあいが振り向いて言った。

「なにがあったのか聞かせてくれる?」

その言葉が知世に言ったものだったのか、セイバーに言ったものだったのかはわからなかった。
だがどちらに言ったとしても意味はなかった。なぜなら――

「逃げてください!」

セイバーば叫び、そこから先はなにが起きたのかわからない。
気がつけばセイバーが白い服を着たサーヴァントに吹き飛ばされていた。
サーヴァントはあいの目前まで迫り、その手に持った槍を振り下ろした。


270 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:38:22 OWLTgcAE0





腕の力が緩み、きらりが身体を離す。それでも両手を杏の肩に載せたままだ。
その顔は涙と鼻水に濡れていて、アイドルとしてはちょっとどうかと思うくらいにあれだった。

――やっぱり、全部が嘘ってわけじゃないんだね。

杏はできればあのスレッドに書かれていること全てが嘘であってほしいと願っていた。
きらりが人を殺したことはもちろん、サーヴァントを持っていることも、いじめられていることも、もっといえばこの街にいるということも。
でもやっぱりそう甘くはないらしい。きらりはこの街にいた。様子からして相当つらい目にあってきたのも間違いないようだ。
本当ならこんな状態のきらりにはなにもして欲しくない。二人で――たぶんランサーもいるけど――家に帰ってだらだらと過ごしたい。
だけどそういうわけにもいかない。今は聖杯戦争の真最中だ。
杏だけならともかくきらりも関わっているなら、だらだらする暇はない。

確認しなければいけない。きらりはマスターなのか。
それから奥にいる「よかったねえきらりちゃん」と言いながら涙ぐむギャルと、なにかのコスプレのような格好のサーヴァントはなんなのかも。
さっきから通行人がこっちを見ている。道の真ん中で少し目立ちすぎた。
杏は視界の端に捉えたオシャレな喫茶店を指差して言った。

「取りあえずあの店に入らない?」


271 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:39:19 OWLTgcAE0





「杏ちゃんも……マスターなの?」

オシャレなのは外観だけだった喫茶店の中、四人掛けのボックス席に座って杏は頷いた。
チラッと真横の様子を伺う。そこに座るコスプレランサーはなんの反応も示さない。正直ホッとした。
きらりが座ったあと即座に隣りを陣取ったギャルに「あなたマスターなんですよね? 私もそうなんです」と言われて、
きらりの手前、嘘をつくわけにもいかず、頷いたがこれでいきなり襲いかかられたりしたら、うちのランサーではどうしようもなかった。

きらりはショックを受けている――のだと思う。俯いている。
当たり前だ。誰だって友達に戦場にいてほしくはない。杏だってそうだし、優しいきらりは特にだろう。
なんとなくきらりの雰囲気に違和感を感じるが、たぶん気のせいだ。
そんなきらりの沈んでいるのを知ってか知らずか、ギャルが元気よく声を上げた。

「そういえば自己紹介がまだでしたね。
私はきらりちゃんの同級生の江ノ島盾子っていいます。そっちの超絶かわいい子がサーヴァントのランサー。二人共きらりちゃんの友達です」

悪人ではなさそうだが、どうにも間が抜けている感じがする。
やっぱりこの少女が掲示板に『今からきらりちゃんと一緒に小学校に行きます』と書き込んだのだろうか。
最初に見たときも三人は小学校の方向に向かっていた。それならきらりの知り合いだった杏をマスターと判断したも納得がいく。

「初めまして」

優しげな笑みを浮かべるコスプレランサーはマスターに反して、只者ではないオーラがにじみ出ている。
「もう友達がいたなら焦って探す必要もなかったにゃー」とか念話で言っているうちのランサーとはえらい違いだ。

(まだあの二人が信用できるかわかんないよ)

杏も念話で自らのサーヴァントに釘を刺す。

(あの二人、嘘ついてるのかにゃ?)
(それがわかんないから、信用できるかわかんないって言ってんの)

印象でいえばどちらもいい人そうだが、人を見る目に自信があるわけでもない。

「初めまして。きらりと同じ事務所に所属してる杏だよ」
「事務所?」

杏が口にした単語に盾子が首を傾げた。
まるでそれを待っていたかのようにきらりが突然顔を上げた。

「そ、そうだにぃ。杏ちゃんときらりはぁ、同じ事務所に所属してるアイドルなんだにぃ☆」
「アイドル!? すごーい!」

盾子は無邪気に驚きながら拍手をしている。
きらりはいつもテンションが高いが今は少し無理に上げているような気がした。
そのままにしておくのも嫌だったので杏は先ほどの疑問を口にする。

「ところでさあ、あの掲示板に書き込みしたのって盾子ちゃん?」


272 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:39:43 OWLTgcAE0

盾子の表情が凍りついた。きらりはなんの話かわかっていないようだ。
こっちを向いて「杏ちゃん、掲示板ってなんのお話?」と聞いてきた。
盾子は人差し指を口に当てて、杏に所謂『しーっ』をした。それで彼女の表情が凍りついた理由がわかった。
きらりは掲示板のことをなにも知らないのだ。そして盾子も話していない。知ればきらりが傷つくと思って――少なくとも表向きの理由としては。

その予想は間違っていないだろう。だけど本当に隠しておくのがきらりのためになるんだろうか。杏は考えた。
どのみち聖杯戦争が続けばいずれ知ることだ。もしかしたらそれは致命的なタイミングで訪れるかもしれない。
今のうちに教えた方がきらりのためにはいいではないだろうか。
杏が話題にしたのは『きらりさん、見てますか』スレッドの方だ。
しかし説明するには『みんなのアイドル 諸星きらりだにぃ☆』の方も見せなければいけないだろう。
杏は悩んだ末、全てきらりに話すことにした。
自分のケータイで『みんなのアイドル 諸星きらりだにぃ☆』スレッドを開いた。

「このスレッドを立てたのが盾子ちゃんって言ってるわけじゃないけど」

と前置きしてきらりに渡す。
ディスプレイを見るきらりの顔がみるみるうちに青ざめていく。杏は胸がチクチク痛んだが、きらりのために必要なことだと自分に言い聞かせた。
そのとき、横からディスプレイを覗いていた盾子が呟いた。

「改めて見るとこれってきらりちゃんがアイドルって知ってる人が書いたみたい」

自然に口に出たといったふうな、特別な意図を感じさせない声だった。実際そうだったのだと思う。
スレッド内での使い方はどうあれ、きらりをアイドルと称しているのだから、知っているのは間違いないだろう。
しかしそんなことはきらりの知り合いやファンじゃなくても、テレビか何かできらりを見た人ならわかることだ。
だから杏は気にしていなかったし、盾子も気にして言ったわけではないと思う。
だが――

杏は確かに見た。その言葉を聞いた一瞬、きらりが怯えたような表情でこちらに目を向けたのを。

――ああ、そっか。

自分がマスターであることをきらりに告げたとき、なぜ違和感を感じたのか今わかった。
きらりは心のどこかで喜んでいたのだ。
傷ついてほしくない友達がいることに喜びを感じてしまいながら、その相手すら完全に信じることはできない。
それほどまできらりの心は擦り切れてしまったのだ。
杏にきらりを攻める気は毛頭ない。むしろきらりがそんな状態になるまでなにもしなかった自分が不甲斐なかった。
きらりがそんな状態になってしまった現状が悲しかった。


273 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:41:13 OWLTgcAE0





(ねえねえ、二人の友情が私に壊されないよう頑張るつもりだったんだよね?
私がなにかしでかさないか注意してたんだよね?
私はほとんどなにもしてないのに、早速亀裂が入っちゃったよ(笑)。ねえ今どんな気持ちどんな気持ち?)

表では心底きらりを心配するような素振りをしながら、江ノ島盾子が念話で言った。(笑)まで音にして。
心を読める魔法なんて持っていないはずなのに、まるできらりの考えていることが全てわかっているかのように。

(諸星きらりがアイドルだって知ってたの?)

無視して自分の疑問だけをぶつける。

(知ってたわけじゃないよ。予想しただけ。なんとなくそんな気がしたんだよねえ。
ほら私クラスメイトの一人がアイドルだし、超高校級のギャルとして知り合ったアイドルも多いし)

そんな情報は初めて聞いた。しかしそれだけで会ったこともない人間の職業を予想できるものだろうか。
できるかもしれない。江ノ島盾子なら。

ランサーには今もきらりの心の声が聞こえいる。
友達を疑ってしまったことへの罪悪感。そのせいで嫌われてしまうのではないかという怯え。そして疑いを捨てきれない恐怖。
きらりだってスレッドを立てたのが杏だと本気で思っているわけではないだろう。ただ信じきることができない。
信じられるはずの友達が相手であっても、もしかしたという思いが拭い切れないのだ。
不安を必死で隠そうとしているきらりの姿は痛々しくてたまらなかった。

(あ、先に言っとくけど、この件に関してアタシを恨むのは筋違いだから
きらりちゃんのメンタルボッコボコにしたのはアタシじゃなくて苛めっ子だから。恨むんならそっち恨んでね)

人から恨まれて嫌がるような性格でもないだろうに。
相手にするのも面倒でランサーは無視したが、江ノ島盾子は構わず続けた。

(ねえどう思ってんのランサー。アンタは当初きらりはクロだと判断して、アタシがスレッド立てんのを見逃した。
今はシロに鞍替えしたみたいだけど、もし本当にクロだったとしたらアンタはきらりを攻めんの? それだけの価値が苛めっ子の命にあったの?)
(……なにが言いたいの?)

ランサーは聞いたが今度は江ノ島盾子が無視した。


274 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:42:55 OWLTgcAE0

(苛めっ子だけじゃない。小学生の連中もそう。
アンタは蜂屋あいだけが悪いと思ってるみたいだけど、死神様を使ってんのも、使ったやつを処刑してんのも他の生徒だよ。誘導はあるにしろね)
(……まだ子供でしょ)
(だから更生の余地はあるって?
じゃあ蜂屋はどうなの?
アンタできるならアイツを殺したいって考えてるよね?
なんで蜂屋だけ例外なの?
放っておくて犠牲が増えるから?
犠牲を減らすためなら子供でも殺していいってこと?
まさかたった一度あっただけで更生の余地なしってわかったわけじゃないよね?
いやむしろそう思いたかったのかな?
そりゃそうだよね。ただでさえマスターなせいで私を殺せないのに、他の奴の面倒まで見る暇ないもんね。
でもそれって自分の都合で蜂屋あいの命を軽く見てるってことじゃない?)
(違う、私はっ……)
「なに……あれ」

江ノ島盾子の声。念話ではない。肉声だ。
窓の外を見ている。空高く、小学校の屋上の辺り。ランサーには見えた。誰かが宙に浮き、光る槍のようなものを屋上へ撃っている。

「あそこって小学校の辺りだよね? もしかしてなにかあったのかな?」

江ノ島盾子が心配そうに言った。

(噂をすればなんとやら。どうするランサー?
様子を見に行って私を野放しにする? それともどんな酷いことになってるかわからない小学校を放置して私を見張る?)

挑発的な言葉には惑わされない。
こういう場面での長考は手遅れな事態を招く。ランサーは二秒で結論を出した。

「私が様子を見てきます。あなたたちはここを動かないでください」

なにか言おうとした杏を待たず、直ちに霊体化する。壁をすり抜け宙を進み小学校を目指す。

(あの場所には留まるよう言っておいた。すぐに戻れば江ノ島盾子にも大したことはできないはずだ。……とか思ってる?)

相変わらず心を読んだかのような江ノ島盾子の念話が聞こえた。

(確かにアンタの思惑通り大したことにならずにすむかもしれない。
でも本当はこう考えたんじゃない?
小学校ではなにが起こっているかわからない。もしかした人が死ぬかもしれない。
だけどきらりちゃんは放っておいても、最悪メンタルがボロボロになるだけで済む、って。
さっきの話と同じ。なんかのために別のなんかの優先順位を低くしてる。
いや別にいいと思うよ? どのみち両方助けるなんてできるわけないし。蜂屋だって生きる価値ない屑だと思うし。
ウダウダ悩んでるよりキッパリどっちか捨てるほうが楽だもんねえ。でもさ、それって魔法少女としてはどうなわけ?)
――うるさい。

念話で言ったわけではない。心の中で思っただけだ。だがそれ以降江ノ島盾子からの念話はなくなった。


275 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:43:25 OWLTgcAE0





先ほど槍の影響か、屋上はあちこちが砕け、破片が飛び散っていた。フェンスも何箇所も壊れている。
事はすでにランサーが来る前に終わっていた。ここにいるのは戦いの心得はまったくなさそうな少女と戦う気がなさそうなサーヴァントだけ。
霊体なので心の声は聞こえないが、争いを起こす気配はない。
巻き込まれて怪我をした一般人もいないようだった。
少女が悲しそうにしているのが気がかりだが、ランサーが出張るような場面ではないだろう。

――長居は無用。急いで江ノ島盾子たちのところに。

そう考えたとき、、ギイィ、と扉の開く音がした。何気なく視線を向けて、ランサーの動きが止まった。
出てきたのは玩具の杖のような物を持った、見知らぬ少女。ともう一人。
蜂屋あい。

予測しておくべきだった。小学校で騒ぎが起きたのならその場に彼女がやってくることは考えて然るべきだった。
いやむしろ彼女が騒ぎの元凶という事態を想定してもいいくらいだ。
冷静さを失っていた。認めたくないが江ノ島盾子に心をかき乱されていた。しかしこの状況はチャンスでもある。

もとより蜂屋あいはどうにかするつもりだった。
江ノ島盾子との会合のときを予定していたが、江ノ島盾子の手に令呪がある以上、容易でないのは明らかだ。今ならそれはない。
いくら心の声が聞こえるかのようにこちらの考えを見透かすあいつでも、見えないところで、どの時間に、なにが起こっているかまではわからないはずだ。
危険は大きい。だがやる価値はある。

杖の少女と屋上にいた少女は互いの存在に驚いているようだった。
蜂屋あいはその二人に気を使っているかのように、屋上の変わりようを確認している。
今ならフェンスが敗れて空いた隙間の前に立っている。逃げ道もない。
やるならここしかない。

『自分の都合で蜂屋あいの命を軽く見てるってことじゃない?』

江ノ島盾子の言葉が頭に浮ぶ。違う。そんなつもりはない。
どんな悪人だろうと命は命だ。殺さなくて済むならその方がいい。
だけど世の中にはなにがあろうと絶対に変わらない悪というものがある。ランサーはそれを嫌になるほど見てきた。
蜂屋あいは間違いなくその手合だ。一度あっただけだがわかる。経験でわかる。
脳裏に占い師の姿をした魔法少女の姿が過る。

――生かしてもおいても犠牲が増えるだけだっ。


276 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:43:52 OWLTgcAE0

ランサーは実体化すると同時、蜂屋あい目掛けて駆けた。周りにいる者の心の声が聞こえる。
袴を着たサーヴァントが逃げろと叫んだ。ランサーの前方に立ち刀を抜く。彼女は自身よりもマスターである杖の少女が傷つくことを恐れている。
蜂屋あいのサーヴァントは現れない。なぜ? 今はどうでもいい。とにかく障害は袴のサーヴァントだけ。

ランサーは速度を緩めることなく、地面に散らばる破片の一つを杖の少女狙って――正確には僅か上を狙って――蹴った。
一瞬で正確な起動を見切ることはできない。袴のサーヴァントは杖の少女を守るために移動。
ランサーは視線を飛ばしながら空いた道を走る。
右手にルーラを出現させ、蜂屋あいを――

――いや。

想定よりもセイバーの動きが速い。破片を弾き終え、背後からこちらに来ているのが心の声でわかる。
ランサーは進行方向は変えずに振り向く。左手に四次元袋を持ち、袴のサーヴァントが攻撃しようしている場所――首に前に構える。
放たれたのは瞬速の突き。ランサーでも反応できるか怪しい凄まじい速度。だが来る場所がわかっていればどうということはない。
突きは四次元の中に吸い込まれる。ランサーは相手の腰にルーラの峰を掬い上げるようにぶつけた。
思ったよりも軽い。そのまま振りぬき屋上の外へと殴り飛ばす。

再び振り向いて蜂屋あいを視界に捉える。
ルーラの射程圏内。今更サーヴァントを出しても間に合わない。後ろには地面がない。
彼女にしてみれば絶体絶命の状況。なのに相変わらず心の声は聞こえない。
グリムハートのように何らかの能力を使っているのか、江ノ島盾子のように全てを受け入れているのか、あるいはよほど感情が希薄なのか。
いずれにせよ終わりだ。
蜂屋あいは、ここで死ぬ。
ランサーは両手でルーラを握り、振り下ろした。

――しかし、蜂屋あいは死ななかった。

特別なことが起きたわけではない。ただ蜂屋あいが一歩後ろに下がっただけだ。
当然の帰結して彼女はルーラに切り裂かれることを免れる。そして当然に帰結として屋上から後者の裏へと落下した。
予想外の事態にランサーの動きがほんの僅かに硬直する。その瞬間、一人の少女がランサーの横を駆け抜けた。

「あいちゃん!」

杖の少女が蜂屋あいの後を追って飛び降りる。ランサーは慌てて手を伸ばすが届かなかった。
少女は地面へと向かいながら高らかに叫んだ。

「翔(フライ)!」

少女の叫びに呼応するように杖から魔力が迸り、翼の形を成した。少女は杖の上に跨がり、急降下。
蜂屋あいに追いつき、彼女を抱きとめる。そして、翼をはためかせて宙を舞った。
光る翼に乗って空を飛び、消え行く命を助ける。その姿はランサーが昔みたアニメのキャラクターのようだった。
かわいくて、優しくて、強くて、勇気があって、絶対に諦めない少女。
姫川小雪が憧れ、目指し、実現させ、だけど遠い存在になってしまったもの。

「魔法少女……」

呟いた。
数秒。ランサーは、少女が地面に蜂屋あいを下ろすのを見て、自分が動きを止めていることに気づいた。

――なにをぼうっとしているの、私は。

屋上から飛び上空から蜂屋あいを強襲する。だがこちらを狙う声が聞こえた。
横から飛来物が来ていることに気づき、弾く。それは拷問や処刑などに使われる、持ち手が二つついたノコギリだ。
息をつく暇もなく次々と飛来する。金髪の少女が生み出し、袴のサーヴァントが投合している。
ランサーはノコギリを弾き続けなら着地。衝撃で蜂屋あいからは大分ずれた。
背後にアイアンメイデンが現れる。跳躍して後ろに回りこむ。
ルーラを使って二体のサーヴァントに向かって打った。軽々と避けられたが、もとから当たるとも思っていない。
攻撃が止んだ隙にランサーは霊体化して、この場を離れた。
相手はサーヴァント二人に魔術らしきものを使うマスター一人。最初の襲撃で倒せなかった以上、戦いを続けるのは分が悪い。


277 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:44:44 OWLTgcAE0





「さくらちゃん、また助けて……」
「ごめん、待って!」

襲ってきたサーヴァントが消えてすぐ、さくらは杖に乗って屋上へ向かった。
気がかりなのはたった一人の大切な親友。さくらは知世があんな風に泣くのを初めて見た。
本当は一秒だって放っておきたくなかった。どうして泣いているのかも、自分になにかできるのかもわからなかったが、何かしてあげたかった。

「知世ちゃん!」

さくらが屋上についたとき、そこには大道寺知世の姿はなかった。





セイバーには自分がこうして無事でいることが不思議だった。
屋上での戦い。渾身の突きがまるで予めわかっていたかのように完璧に防がれたとき、自分の命は終わると思った。
実際あのサーヴァントにはそれができたはずだ。だがしなかった。必殺の機会を得ながらセイバーを斬ることなく峰打ちに止めた。

思い返してみればあのサーヴァントは蜂屋あいだけを殺そうとしていた節がある。
さくらへ破片を蹴ったのも前に立ちはだかっていた自分を動かすためのものではなかったか?

あいは屋上へいったさくらの姿を眺めている。
なんとなく、本当になんとなくだが――不愉快そうに見えた。





(サーヴァントを失ったマスター、無事確保したよ)
(そう。ありがとう)

アサシンからの報告を聞いて、なぎさは教室でひとり息を吐いた。
小学校の屋上に光が見えてすぐなぎさはアサシンを向かわせていた。与えた指示は二つ。
チャンスがあればサーヴァントを殺すこと。サーヴァントを失ったマスターがいたら連れてくること。
どちらも自分の安全の最優先を前提としてだ。アサシンは後者に成功した。

聖杯戦争もまだ序盤。この段階でサーヴァントを失ったマスターなら令呪を持て余している可能性が高い。
それを貰うことができればフェイト・テスタロッサを捉えるよりも遥かに安全、かつより多くの令呪の手に入れることができる。
ただ、相手はまだ小学生だという。もし交渉しても渡してくれなかったとき、小さな子供相手に自分は強引な手段に出れるのだろうか?
いや、出なければならない。令呪は絶対命令権だけでなく、サーヴァントの力を高める効果も持っている。数が多ければあるだけ有利になる。
なぎさはどんなことをしても海野藻屑を生き返らせると決めた。素直に渡さなければ脅迫や拷問をしてでも奪うだけだ。

敵は甘くない。アサシンが見た白いサーヴァントなんて、気配を消しているアサシンの方を睨んで牽制したきたという。
情に流されている余裕なんてない。あの過ぎ去った日々を取り戻すために。





本当にこれでよかったのか。ランサーにはわからなかった。
屋上にいた少女のことだ。彼女を一人にすればアサシン――気配を消していたのだからおそらくそうだろう――に連れ去られることはわかっていた。
わかっていたのに放置した。

蜂屋あいのサーヴァントらしき金髪の少女は屋上の少女に興味を持っていた。
蜂屋あいや江ノ島盾子ほどではないが心が読みにくく、イマイチ要領を得なかったがそれは間違いない。屋上で姿を表さなかったのもその辺が関係しているのだろう。
二人を会わせないためにはアサシンに連れて行かせるしかなかった。だがそれが理由ではない。
それがわかったのは屋上を降りてからだ。

ランサーは蜂屋あいを殺すことを優先するために少女を見捨てた。
アサシンの目的が令呪だけだったから。大人しく渡さなかったらどうなるかわからないのに。
あの杖をもった少女は屋上の少女と親しいようだった。屋上から友達の姿がなくなっているのを見たらなんと思うだろう。

彼女は蜂屋あいが落ちたとき、救う方法を考えるよりも先に飛び降りた。計算や打算などなにもなくただ助けたい一心で。
今の自分にあれほどただ純粋に人を助けたいと思っているだろうか。
蜂屋あいを殺すのは正しいことだと思い、ランサーはそのために別のものを切り捨てた。
本当にそれだけだったか。あのとき蜂屋あいと他の誰かを重ねなかったか。
正しいからではなく、自分の中の怒りや憎しみをぶつけるために蜂屋あいを殺そうとしたのではないか。
ランサーはいま江ノ島盾子たちのところに戻ろうとしている。本当にそれでいいのだろうか。

『それって魔法少女としてはどうなわけ?』

江ノ島盾子の言葉が頭に響く。


278 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:45:06 OWLTgcAE0

【D-3/汚い喫茶店/1日目 午後】

【双葉杏@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]携帯ゲーム機×2
[所持金]高校生にしては大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:なるべく聖杯戦争とは関わりたくなかったが
1.諸星きらりたちとこれからどうするかを話し合う
2.江ノ島盾子とそのサーヴァントのことは信用していないが特別疑っているわけでもない
3.少女(大井)を警戒。どうするべきか。
[備考]
※大井と出会いました。大井を危険人物(≒きらりスレの>>1)ではないかと疑っています。
※『今からきらりちゃんと一緒に小学校に行きます』と書き込んだのは江ノ島盾子ではないかと考えています

【ランサー(ジバニャン)@妖怪ウォッチ】
[状態]健康
[装備]のろい札
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:なんとなく頑張る
1.双葉杏に付いて行く

【諸星きらり@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ版)】
[状態]精神的疲労(微)、魔力消費(中)
[令呪]残り二画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカーを元に戻し、元の世界へと戻りたい
[備考]
※D-4に諸星きらりの家があります。
※江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。そして、江ノ島盾子を信用しています。
※三画以上の令呪による命令によって狂化を解除できる可能性を知りました(真実とは限りません)
※フェイト・テスタロッサの捕獲による聖杯戦争中断の可能性を知りました(真実とは限りません)
※ルーラーの姿を確認しました
※掲示板が自分の話題で賑わっていることをしりました

【悠久山安慈@るろうに剣心(旧漫画版)】
[状態]霊体化
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
[備考]
※雪華綺晶の存在を確認しました、再会時には再び襲いに行く可能性があります。
※江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。
 スキル『こころやさしいひと』の効果できらりの精神の安定に江ノ島盾子&ランサーが役に立っていると察知しイレギュラーが発生。狂化中ですが敵意を向けられない限りこの二人を襲いません。

【江ノ島盾子@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]健康、涙で化粧が流れてる、小雪ちゃん(魔法少女育成計画最序盤)の真似中
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]大金+5000円分の電子マネー(電子マネーは携帯を取り戻すまで使用できません)
[思考・状況]
基本行動方針:絶望を振りまく
1.小雪ちゃんを待とっかどうしよっか
2.諸星きらりをプロデュース!
3.放課後になったら、蜂屋あいと会う
4.ケータイ欲しい……ケータイ欲しくない?
[備考]
※諸星きらりを確認しました。彼女の自宅の位置・電話番号・性格なども事前確認済みです。
※自身の最後の書き込み以降のスレは確認できません。
※数十分、もしくは数時間、あるいは数日、ひょっとしたら数年は同じキャラを演じ続けられるかもしれませんし、続けられないかもしれません。
※ランサーのスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対して順応しています。順応に気付いているかいないかは不明です。動揺しない限り尻尾を掴まれることはないかもしれません。あるかもしれません。


279 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:46:20 OWLTgcAE0
【D-2/小学校・校舎裏/1日目 午後】

【セイバー(沖田総司)@Fate/KOHA-ACE 帝都聖杯奇譚】
[状態] 疲労(中)、ダメージ(中)
[装備] 乞食清光
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: さくらのために
1.白いサーヴァントのことが気になる。
2.余裕があれば鞘を取りに行く
[備考]
※使わない間は刀を消しておけるので、鞘がなくてもさほど困りません

【木之本桜@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[装備] 封印の杖、
[道具] クロウカード
[所持金] お小遣いと5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針: わからない
1.……知世ちゃん?
[備考]

【蜂屋あい@校舎のうらには天使が埋められている】
[状態] 疲労(小)
[令呪]残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 小学生としてはかなり多めの金額
[思考・状況]
基本行動方針: 色を見る
1.さくらの色をもっと見たい
2.江ノ島盾子に強い興味
[備考]

【キャスター(アリス)@デビルサマナー葛葉ライドウ対コドクノマレビト(及び、アバドン王の一部)】
[状態] 魔力消費(小)、作っておいたトランプ兵は全滅
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: オトモダチを探す
1.知世をオトモダチにしたい
2.さくらに興味
3.サーヴァントのオトモダチが欲しい
[備考]
※学校には何人か、彼女と視界を共有できる屍鬼が存在します
※学校の至る所に『不思議の国のアリス』への入口が存在しています
※不思議の国のアリス内部では、二人のアリスが遊園地の完成を目指して働いています


【D-2/小学校近く/1日目 午後】

【ランサー(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
[状態]疲労(小)、絶望(微)、ストレス
[装備]ルーラ
[道具]四次元袋
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り犠牲を出さずに聖杯戦争を終わらせる。
1.江ノ島盾子たちのところに戻るべきか否か
2.江ノ島盾子と蜂屋あいの再会時に蜂屋あいのサーヴァントを仕留める。
3.出来ることなら、諸星きらりに手を貸してあげたい。

[備考]
※江ノ島盾子がスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対応していることに気づきました。
※諸星きらりの声(『バーサーカーを助けたい』『元いた世界に帰りたい』)を聞きました。
 彼女が善人であることを確信しました。


280 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:46:50 OWLTgcAE0


【D-2/中学校・教室/一日目 午後】

【山田なぎさ@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康、若干憂鬱(すぐに切り替え可能)
[令呪]残り三画
[装備]携帯電話、通学カバン
[道具]
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、海野藻屑に会う。
1.クロメが戻ってくるのを待つ
2.お人好しな主従と協調するふりをして、隙あらばクロメに襲わせる。
3.ただし油断せず、慎重に。手に負えないことに首を突っ込まないし、強敵ならば上手く利用して消耗させる。
[備考]
※掲示板を確認しましたが、過度な干渉はしないつもりです。


【D-2/小学校と中学校の間/一日目 午後】

【アサシン(クロメ)@アカメが斬る!】
[状態]実体化(気配遮断)中
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.マスターのところに戻る
2.アサシンらしく暗殺といった搦手で攻める。その為にも、骸人形が欲しい。
3.とりあえずおとなしく索敵。使えそうな主従を探す。

【大道寺知世@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態] 気絶 アサシンに抱えられている
[令呪]残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] たくさん
[思考・状況]
基本行動方針: 街の人達を守る
[備考]
※死神様について調べていますが、あまり成果は出ていません
※サーヴァントを失ったため、ルーラー雪華綺晶に狙われています


281 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:47:56 OWLTgcAE0
投下終了です
期限超過と一部キャラの破棄、申し訳ありません


282 : ◆2lsK9hNTNE :2015/12/05(土) 23:48:33 OWLTgcAE0
忘れてました
タイトルは「過ぐる日の憧憬」です


283 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/06(日) 01:33:43 mase.obE0
感想は三作とも本日中に必ず

それより先に

木之本桜&セイバー(沖田総司)
大井&アーチャー(我望光明)
アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
ランサー(姫河小雪)
星輝子&ライダー(ばいきんまん)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
大道寺知世
山田なぎさ&アサシン(クロメ)
雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男)
ルーラー(雪華綺晶)
プレシア・テスタロッサ

日をおかずの即リレー・自己リレーを含みますが予約します


284 : 名無しさん :2015/12/06(日) 01:42:11 ZcdkXaQ60
うおおさらに投下が!乙です…!
これはまた濃い…何より盾子ちゃんが嫌らしすぎる…この人の会話芸というかをきっちり描けるのがすごい
小雪ちゃん、翻弄されてるなー…何というか、警戒怠ってないのにそれがために泥沼に嵌まりつつある感じが
さくらちゃんの姿に「魔法少女」を見るくだりが切ない…
そしてアサシンくんを失った知世ちゃんはクロメに…どうなってしまうんだ…


285 : 名無しさん :2015/12/06(日) 13:10:10 hxVCRCIc0
お二人共投下乙です

>シュガー・ラッシュ
あいも変わらず大井による清々しいくらいの長門ディスりっぷりがさすがです
しかし今回の彼女の手も理事長が言ってるけど結構悪手
しかも肝心の『諸星きらりの友人』は小学校に向かってないし
そして続々と小学校に向かう参加者たち。今の予約でどのような活躍をするのか非常に気になります。個人的には特にクラムベリーが
あとばいきんまんかわいい

>きっと世界は君のもの きっと世界は僕のもの
ウォルターによるさいはて町探索ですね。あるためて冷静に見られると突っ込みどころの多い街だ
まさか不思議の国のアナタまであるとは。F.O.Eや番人はいるのか、他のダンジョンがあるのかも気になります
そして紳士の昼食会の存在はどうなっているのか
さいはてHOSPITALで一番好きなキャラは樋口なので個人的には出てきて欲しいですが、あの人が登場すると聖杯戦争にガッツリ関わってきそう


286 : <削除> :<削除>
<削除>


287 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/12(土) 03:25:01 a5tSh6H60
書いていて間に合わないと判断したので期限まで一日ありますが予約を破棄させていただきます


288 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/21(月) 00:43:35 PAib5.eU0
大井&アーチャー(我望光明)
アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
ランサー(姫河小雪)
星輝子&ライダー(ばいきんまん)
大道寺知世
山田なぎさ&アサシン(クロメ)
雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男)

ルーラー(雪華綺晶)
プレシア・テスタロッサ

予約します

予約とは別の話になりますが、ちょうど一週間後の12/28はパロロワ企画交流雑談所・毒吐きスレで少女聖杯語りがあるそうです


289 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/26(土) 04:05:54 4Lo4.ES60
追加で
フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
キャスター(木原マサキ)
輿水幸子
も予約させてもらいます


290 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/27(日) 23:35:22 oCFNf7Uw0
大井&アーチャー(我望光明)
アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
ランサー(姫河小雪)
フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
星輝子&ライダー(ばいきんまん)
キャスター(木原マサキ)
大道寺知世
山田なぎさ&アサシン(クロメ)
雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男)
輿水幸子
ルーラー(雪華綺晶)
プレシア・テスタロッサ

予約から玲を外し、途中までですが投下させてもらいます


291 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:35:45 oCFNf7Uw0

―――
――










   ―――世界のどこかで、誰かがつぶやいた。

      「嵐が来るよ」と。





            ― ALL HAZARD PARANOIA ―






――
―――


292 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:36:14 oCFNf7Uw0


☆フェイト・テスタロッサ


「聖杯が欲しいか」

  突如現れた男は、藪から棒にそう尋ねた。
  男の体にはサーヴァントとしての存在を示すクラス名が浮かび上がって見えている。
  魔術師のクラス。キャスター。だがおかしい、クラス名とともに見えているステータスは、与えられたクラスと矛盾している。
  ステータスに、魔術師としての基本能力である魔力が存在していない。
  先ほどの一言といい、このステータスといい。そして何が面白いのかにやけたままの顔といい。
  何から何まで胡散臭い、それがフェイト・テスタロッサの魔力なき魔術師への第一印象だった。

「バルディッシュ、サイズフォーム」『Scythe Form』

  構えていたバルディッシュを近接戦闘形態であるサイズフォームへと変更する。
  ステータスを見るに、魔術師のクラスにふさわしく、戦闘能力は皆無に近いらしい。
  ならば当然、ここで斬って捨てる。
  胡散臭いキャスターを切り捨てれば、それだけで脱落者が一人増えるのだ。
  魔力を大きく消費しているが、その程度ならば造作も無い。飛んで火に入る夏の虫、というやつだ。
  夕闇を切り裂くような眩い閃光で刃が作り上げられる。
  出来上がったのは、まるで死神が持っていそうな鎌。魔力で形作られたそれは、当たれば、さしものサーヴァントも痛いでは済まない。

「ま、待ってください! 武器なんて―――」

  無謀にも間に割り込もうとした外ハネの少女を超速ですり抜け、バルディッシュを振りかぶる。
  少女は後回しでいい。所詮サーヴァントではないならば対処の方法はいくつでもあるのだから。
  キャスターは動きについてこれていないのか、それとも単にバルディッシュを侮っているだけか、微動だにしていない。
  どちらにしろ、都合が良かった。
  一撃で首を跳ね飛ばし、また一歩、聖杯に近づく。愛しいあの人の夢へと―――

  振りかぶった鎌が、風を食い破りながらキャスターの首めがけて放たれる。
  その時、キャスターの口が、たしかにこう動いた。
  『プレシア・テスタロッサ』と。


293 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:36:32 oCFNf7Uw0

  バルディッシュを振りぬくことは、できなかった。
  フェイトはバルディッシュの光の刃を、彼の首筋すれすれで止めてしまった。
  キャスターはまるでそうなることを最初から知っていたかのように不敵に笑い、そして三度、同じセリフを繰り返した。

「何度も聞かせるな。お前は聖杯が欲しいか、と聞いている」

  どるん。
  三度目の問いの丁度その時だった。
  三人だけの校庭に、唸るようなエンジンの駆動音が響いたのは。

  どるん、どるん、どるん。
  念入りに、念入りに、スターターロープが引かれ続ける。
  乱入者の気配に、フェイトはバルディッシュをキャスターに突きつけたまま目をきった。
  視線の先に、先程まで居なかったはずの人物が立っていた。
  黒ずくめの格好に、目ぶかに被ったフード。そして手に携えているのは大きなチェーンソー。
  更にその姿に、幾つもの情報が重なって見える。
  クラス名はバーサーカー。狂戦士のサーヴァント。
  ステータスは……目の前の胡散臭いキャスターよりも、フェイトのサーヴァントであるランサーよりも高い。
  何者かは分からない。ただ、その人物の危険性は一発で理解できた。
  そこに来て、ようやく自身の短慮に気づき、歯噛みする。
  いくら勝つためとはいえ、あれだけ目立つ戦闘は迂闊だった。
  あれだけ目立てば、いわゆる『やる気』の主従を引き寄せてしまってもおかしくない。目の前のバーサーカーもその類なのだろう。
  短慮な自分が苛立たしい。そばで忠言をくれるアルフが居ないのが口惜しい。


  どぉるるるるるるるるるるるるる。
  バーサーカーの携えているチェーンソーにエンジンがかかりきる。
  胡散臭いキャスター程度ならばフェイト一人でも対処が可能だが、目の前のバーサーカーはフェイトのキャパシティを大きく超えている。
  自身のランサーを出すことを考えたが、ランサーを出したところで戦況は変わらないだろう。
  ランサーは近接戦闘には向いていない。
  先ほどのアサシンとの一戦だって、相手の行動に陰りがなければ宝具を放つことすらできずにランサーのほうが負けていた。
  宝具を使えば立ち向かうこともできるかもしれないが、宝具を使えるほど魔力が残っていない。
  バルディッシュでの戦闘はバルディッシュ側の魔力補佐があるからまだいいが、サーヴァントを用いた戦闘はそうはいかない。
  フェイトに全ての負荷がかかる。もし今また、『残酷な天使の運命』のような大技を繰り出せばフェイトが魔力を供給できずにそのまま倒れてしまうだろう。
  そんな無様を晒せば、いい的だ。
  少なくともこの周辺にはチェーンソーのバーサーカー、胡散臭いキャスター、小学校に潜んでいる『死神様』を名乗ったエプロンドレスの少女・キャスターが存在している。
  さらに、このバーサーカーのように先ほどのフェイトたちの戦闘を見てこの周辺によって来る主従もいるだろう。
  そこまで考えを巡らせれば、方針はすぐに定まった。


294 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:36:48 oCFNf7Uw0


  じゃりと音を立ててバーサーカーが一歩を踏み出す。
  「ひ」と、名も知らぬ少女が声を上げた。それが合図だった。

「バルディッシュ、デバイスフォーム!」『Device Form』

  キャスターに突きつけていたバルディッシュをサイズフォームからデバイスフォームに変換。
  チェーンソーを構えたバーサーカーに光弾を放つ。
  これで倒せるとは思っていない。しかし、目くらまし程度にはなる。
  万全ではないこの状況、バーサーカーとの戦闘は避けるしかない。
  校門前の舗装道路に光弾が着弾し、衝撃波を撒き散らし、瓦礫片と煙を巻き上げる。
  胡散臭いサーヴァントの方から舌打ちの音が聞こえた。
  逆の方からは甲高い声で「ひゃいっ!?」という、場違いな可愛らしい悲鳴が聞こえた。
  瞬時に左右を確認すれば胡散臭いキャスターは顔を守るように片腕を持ち上げてバーサーカーの方を睨みつけ、少女は座り込んで両腕で頭をかばっていた。
  どちらも即座に動き出す様子はない。
  光弾を放ったフェイトだけが、そのまま意識を集中して宙へと浮き上がろうとする。

  どぉるるるるるるるるるる――――――!!!

  煙幕の向こうから、斜めに構えたチェーンソーで二度、三度と舗装道路を削りながらバーサーカーが飛び出してきた。
  進行方向からして狙いはまっすぐにフェイト一人だ。


295 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:37:14 oCFNf7Uw0


  迫るバーサーカーを前に、空へと舞い上がる。
  チェーンソーはフェイトのバリアジャケットの裾を払い、大きく空を切った。
  バーサーカーの千載一遇のチャンスのように思えたが、飛び込まない。
  果たして、チェーンソー男は二拍も間をおかずにすぐに体勢を整えた。
  もし、無策に突っ込んでいたらきつい一太刀を浴びることになっていただろう。
  少しだけ冷静になれているのを確信しながら、さらに高くへと舞い上がる。

  空中を移動できるというのは戦闘においてそのままアドバンテージになる。それが自由移動が効くというならばなおさらだ。
  相手が空中に対する戦法を持たないかぎり逃げれば不可侵の領域となり、攻撃に転ずれば即座に不可視の堅牢な砦と化す。
  しかし、バーサーカーはそのアドバンテージすらも、狂化による身体能力の向上でやすやすと乗り越えた。
  チェーンソー男は、空を飛ぶでも、遠距離用の攻撃に切り替えるでもなく、ただ、跳び上がった。
  その跳躍は、やおら舞い上がったフェイトをゆうに超えるほど高い。もはや人が至った英霊と呼ぶよりは、その枠を超えた一個の怪物と呼ぶに相応しい。
  夕暮れで真っ赤に染まった小学校の校舎を背負い、バーサーカーが宙を舞う。
  そのチェーンソーの軌道の先には、当然フェイトの身体があった。
  フェイトは構えているバルディッシュを握りしめ、
  飛行が安定した速度を出せるようになるまではまだ数秒要する。その一撃は、なんとしても届かせてはならない。。

『Photon Lancer』

  フェイトはその数秒のために空に光球を展開し、槍のように尖らせて放った。数本の槍が跳び上がったバーサーカーの脚に、肩に、突き刺さる。
  しかし、バーサーカーは止まらない。
  身をよじることもなく真正面から光の槍を受けきって、唐竹割りの構えでチェーンソーを持ち上げている。

「バルディッシュ!!」『Yes Sir』

  間一髪サイズフォームに切り替えて、チェーンソーを受け止める。
  魔力の刃とチェーンソーの歯、二つが一瞬咬み合って耳障りな音をかき鳴らす。
  均衡は一秒も保たれない。フェイトが力負けし、バルディッシュが弾かれてしまう。
  空中で体勢がぐらついたフェイトの身体をチェーンソーが掠める。受け止めた分だけ歯がずれて、必殺の唐竹割りを往なしきったようだ。
  チェーンソーを避けた勢いそのままに、更に高みへと飛び上がろうとするフェイト。しかしバーサーカーはまたしても逃亡を許さない。

「なっ―――!?」

  バーサーカーは超人的な身のこなしで身体をねじり、腕を伸ばし、今にも飛たたんとするフェイトの脚をその豪腕で握りしめたのだ。
  フェイトの飛行は魔力による飛行なので地面に引きずり降ろされるようなことはない、だが、片足に大きく負荷がかかれば安定した姿勢を保つことは難しい。
  更に言えば、脚を捉え逃げ道を塞いだのが見敵必殺のバーサーカーである以上かかるのは負荷だけでは済まない。


296 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:37:31 oCFNf7Uw0


  どるるるるん。どるるるるん。
  フェイトが掴まれた右足を見れば、そこには、片手でチェーンソーを垂れているバーサーカーの姿が目に入った。
  ぶらり、ぶらり、チェーンソーが揺れる。それはまるで振り子のように。
  瞬間、『片手でチェーンソーを振り上げてフェイトを切断しようとしている』と察したフェイトは、すぐに次の行動に移った。

「こ、のっ!!!」

  フェイトの策は単純だった。
  飛行に回していた魔力を切り、逆に地面へと向かう推進力に変えたのだ。
  結果、バーサーカーはチェーンソーを跳ね上げるよりも早く、地面にたたきつけられる事となった。
  バーサーカーが地面を大きくバウンドし、ごろごろと転がっていく。
  フェイト自身も勢いがついているため、空中で急ブレーキをかけるも体勢維持ができずに地面に投げ出されそうになってしまう。
  しかし、そこを支える者があった。

「無茶ばかりするのね」

「……大丈夫」

  口数の少ない青髪の少女―――フェイトのサーヴァント、ランサーだった。
  すわ落下という瞬間に、ランサーが実体化して彼女を受け止めたのだ。
  ランサーの身体に衝突した衝撃と、現界に要した魔力と、蓄積された疲労とダメージで少し気を失いそうになって持ち直すまでに数秒。
  小学生であることを鑑みれば、それはかなり早い立て直しだっただろう。
  しかし、相手はそんなことを一切考慮していなかった。

  どるるるん、どるるん。
  見れば、もうすぐ近くまでバーサーカーが迫っていた。
  心なしか、寄ってくる速度は遅い。ひょっとするとランサーを警戒しているのかもしれない。
  ランサーがフェイトをかばうように立ち上がり、ロンギヌスの槍(真名を解放していないので魔力は極限まで抑えられている)を取り出した。
  ランサーの臨戦態勢を見て身震いしたのはフェイトだ。ランサーでは勝てる相手ではないというのは確定的に明らかであるし、宝具を放てばフェイトの魔力は尽き果ててしまう。

「駄目、ランサー!」

「知っているわ……マスター、令呪を」

  『令呪を』。続く言葉は想像がついた。
  おそらくは『令呪を用いて魔力ブーストをかけるよう命令をくだせ』ということだろう。
  そうすれば一時的にとは言え魔力に補佐を得て、もう一度くらいはあの超級の宝具を花てるかもしれない。
  令呪は有限。できれば無駄撃ちはしたくない。
  だが、ここで撃たねばまた襲いかかられてダメージを無駄に積み上げるだけだ。
  即時判断を終え、令呪に魔力を巡らせながら、命令を紡ぐ。

「……令呪を持って命じます! ランサー、目の前のバーサーカーを―――」

「伏せて!」

  魔法の呪文は、乱入者の叫びと降り注ぐ魔力の矢で遮られた。


297 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:37:52 oCFNf7Uw0


☆輿水幸子

  幸子は、もう何がなんだかわからなかった。
  掲示板の書き込みを見て、小学校の前まで来てみれば、武器を構えたフェイト・テスタロッサが居た。
  彼女と命がけの交渉を行おうとした矢先、変な男性(キャスターらしい)が邪魔をしてきた。
  しかもあろうことか、こんなにもカワイイ幸子を小蝿だなんて言い放って。
  それだけで幸子としては許せなかったのだが、抗議の声を上げることはできなかった。
  キャスターを見た瞬間、フェイトの眼の色が変わったのだ。
  そして、手に持っていた武器らしきものの形が変わった。
  まるで死神の鎌みたいだと思い、もしあれがあたってしまえばと想像すると、足が震えた。

  幸子を動かしたのは、彼女らしい『虚勢』だった。
  聖杯戦争を止めなければならないという正義と呼んでいいのかわからない心で奮い上がり、ヤケクソ気味に足を踏み出す。
  カワイイからってフェイトが止まってくれるかどうかは分からないが、それでも、フェイトはすぐには幸子を襲わなかったという事実がある。
  無差別に目についた人物を襲っているわけではない。
  ならば、話をする余地はあるということだと判断した。

「ま、待ってください! 武器なんて―――」

  一歩をヤケクソで踏み出し、続く足は勢いで駆け出し、フェイトとキャスターの間に立ち塞がる。
  しかし、フェイトは幸子をすり抜け、キャスターの方へと行ってしまった。
  止められない。止まらない。
  あのキャスターという男は、ここで死んでしまう。
  やはり聖杯戦争は止められないのだろうかという諦観にも似た絶望と。
  刃を持ったフェイトがすり抜けた瞬間、内心、自分は死なずにすんだとほっとしてしまったという当たり前の感情を抱いてしまった幸子の胸を締め付ける。

  二秒、三秒。聞こえるはずの斬撃の名残は、まだ幸子には届かない。
  おそるおそる振り返ってみると、フェイトの刃はキャスターすれすれで止まっていた。
  もしかして、声が届いたのか?
  幸子が尋ねるよりも早く、再び事態は急変した。


298 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:38:06 oCFNf7Uw0


  次いで現れたのは、黒いフードの、おそらく男性(バーサーカー、と見える)。
  物騒なことに、チェーンソーのエンジンを掛けながらこちらに歩いてきている。
  どるん。どるん。どるん。どぉるるるるるるるるるるるるる。
  チェーンソーが高速回転をし始めたのを見て、幸子は悲鳴を抑えきれなかった。

「ひ」

  フェイトの武器は、死神の鎌のようであると思ったが、現れ方から刃の色までほとんどすべてが現実離れしていて恐怖が薄かった。
  だが、あの男の持つチェーンソーは、いやらしいほどにリアリティに溢れていた。
  小梅と、輝子と、三人で見たパニックホラー映画を思い出す。
  映画の中の怪人は得てして、ああいう武器を振りかざして、無辜の人間を襲い、殺すのだ。

  バーサーカーは何も言わずに、ただチェーンソーの音だけを響かせながら歩き続ける。進行方向は、幸子たちの方だ。
  フェイトの前に飛び込むときには蛮勇に任せて動いた足も、今度はガクガク震えるばかり。
  真っ白になった頭でバーサーカーを見つめていると、やはり想定外の衝撃が走った。よくわからない光の弾が、バーサーカーに向かって放たれたのだ。

「ひゃいっ!?」

  反射的に頭をかばって座り込む。
  数秒経って、「この程度の自衛では意味が無いんじゃないか」と気付き飛び退った時には、また幸子を置き去りにして事態が動いていた。
  飛び退り、煙幕の中にバーサーカーの影を追うが、地上にはバーサーカーの姿も、フェイトの姿も見えない。
  エンジンの駆動音を頼りに空を見上げれば、二人は、空を飛んでいた。
  正確にはフェイトが宙に浮き、そのフェイトの足をバーサーカーが掴んでいる、というような状況だった。
  キャスターはそれを見上げて「ぶんぶん五月蝿い奴らだ」などとぼやいているが、どう考えてもそういう状況じゃないだろう。
  思わず突っ込みたくなるが、言葉が出てこない。
  ようやく出てきたのは、声にもならない程度の音量の声、言葉としての意味も曖昧な言葉だった。

「な、んですか、これ。なんなんですか、これ」

  幸子のカワイイ頭はすでにフットー寸前だ。
  しかし、幸子の頭に注ぎ込まれるガソリンは、まだまだ止まらない。


299 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:38:23 oCFNf7Uw0


「さ、幸子、ちゃん……!」

  一日ほどしか離れてないのに、懐かしく思えるその声に、振り向く。
  そこには、中学校の制服を着た、見知った少女が居た。

「輝子、さん……」

  名前が、自然と口から溢れる。
  どこかおぼつかないフォームで、マイペースな彼女には似合わない小走りで、幸子の方に駆け寄ってきている少女は。
  見間違うはずがない。カワイイ幸子の友達の、星輝子だった。
  煮えたぎっていた幸子の頭が、ぐるんと一回かき混ぜられる。
  輝子が何故ここにいるのか。自分の居場所を知っているのか。
  どうでもよかった。
  ただ、足が動いた。
  駆け寄ってくる輝子の手を掴み、そのまま明後日の方向へ駆け出そうとする。
  ここに居るのは危険だ。ここには、フェイトもいるし、バーサーカーも居る。
  フェイトとの交渉は後日に回さなければならなくなるが、交渉の機会と親友の命となんて、天秤にかけるまでもない。
  幸子に手を引かれたせいでバランスの崩れた輝子を支えようと、彼女の身体に手を回す。
  その時、空がひときわ眩しく光った気がした。

「伏せて!」

  放たれた声に、立ちすくみ、思わず言われたとおりに身を低くする。
  刹那、幸子の隣に何かが落ちてきて、地面に大穴を穿った。
  何かはかなりの量が空から落ちてきているらしく、あちこちから音が聞こえてくる。
  悲鳴を上げることもできない。もう死んだ、と本日三回目の走馬灯が頭をよぎる。
  幸子の頭上から音がする。
  突き刺さったわけではない。何かが、何かに弾かれた。そんな音だ。

  音が止み、地面の冷たさから生を実感して、音の正体を辿ってそろそろと顔を上げる。
  そこにはまた見知らぬ人物が立っていた。
  その人物が何者か、何故幸子を守ったのかに見当はつかない。
  ただ、その見知らぬ人物は、幸子と同じくらいに可愛らしく。
  真っ白なコスチュームも相まって、悪をくじく素晴らしい正義の味方のように、夕闇に映えていた。


300 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:38:37 oCFNf7Uw0


☆ランサー

  取り逃がした少女、ランサーのマスターである江ノ島盾子と同等の存在、鉢屋あい。そのサーヴァントであるエプロンドレスのサーヴァント。
  桜色のステッキを持った魔法少女。桜色の髪をしたセイバー。
  二組から大きく距離を取り、もう一度実体化して周囲の『心の声』に注意を払う。
  するとすぐに、いくつもの声が聞こえてきた。

(フェイト・テスタロッサを利用して聖杯戦争に付け入りたい)
(聖杯戦争を止めたい。クリエーターを見返すために仲間がほしい)
(これ以上戦えば消耗して敗北は免れない。逃げたい)
(雪崎絵理を殺したい)(邪魔者は殺さなければならない)

  ランサーの魔法は、昔から考えれば大きく変わってしまった。
  今ではもう、相手が困って居なくたって声を聴き、思考を先読みすることができる。
  それは願望であったり、無意識下での反射的判断であったり様々だが、『キックを避けられたくない』『本当のパスワードを知られたら困る』程度の心の声すら聞き逃さなくなった。
  そんな能力が、先ほどの四人(鉢屋あいの心の声は聞こえなかったので正確には三人、だが)以外の声をキャッチした。
  誰かがいる。聖杯戦争に関わっている誰かが四人、この近くに。
  それを裏付けるかのように電動鋸を回すようなけたたましい音と、何かが爆裂するような音が聞こえてきた。

  更に新たな声が二つ。その戦闘のすぐ近くに一つと、少し離れたところに一つ。
  近い方の声は、よほど困っていたのか、かなり鮮明に捉えることができた。

  (きらりさんと、幸子ちゃんが居たら困る)(二人が危ない目にあってたらいやだ)。

  その声に、ランサーの拳を握る力が強くなる。
  諸星きらりのことを真に願う参加者がここにも居る。双葉杏以外にも、確かに存在している。
  それはとても喜ばしい事実だ。
  だが、その事実を反芻するたびに、頭のなかにあの自信満々な絶望の塊のような少女の笑顔と笑い声がこだましてくる。

  そして、離れた場所から聞こえる、小さいが力強い、もう一つの声。

(マスターを変えたい)(参加者を減らしたい)。

  相反する二つの声が鳴らすのは、これ以上ないほどの『危険人物』の到来を示す警鐘だった。


301 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:38:59 oCFNf7Uw0


  危険人物の心の声が、(視界に捉えている五人に不意打ちに気づかれては困る)という声に変わる。
  聞こえた心の声の数は、その不意打ちを企む誰かを除いて五つ。
  ランサーが勘定に入れられていないのは、おそらく不意打ちをしようとしている人物の視界にランサーが入っていないからだろう。
  ランサーが見つかっていない以上、逃げるのは簡単だ。霊体化して霞のように消えてしまえばいい。
  だが、ランサーの心は、ランサーの正義はそれを良しとしなかった。
  もとより、『すべてを守る』という馬鹿げた願いを持って英霊にたどり着いた魔法少女だ。
  今まさに襲われようとしている人間を、しかも他者を思いやる心を持った人間を、見捨てることなんてできない。
  ルーラを取り出し、一気に駆け出す。
  そして攻撃が行われるよりも早く、声を上げる。

「伏せて!」

  飛び出した瞬間、ぱたぱたと不慣れそうに走っていた白髪の少女が何事かとこっちを向き、薄い髪色の少女は何も言うことなく素早く白髪の少女の体ごと地面に伏した。
  少女たち二人の方に駆け寄り、空から降り注ぐ魔力の矢を弾き飛ばす。
  少女たちの心の声が聞こえる。

(死にたくない)(聖杯戦争を止めたい)
(幸子ちゃんを守りたい)(きらりちゃんがいたら困る)

  その二人が、先に存在していた五人の中でも特に守らなければならないと思った二人だったことがわかり、ルーラを握る力が強くなる。
  降り注ぐ矢の軌道は心の声ではつかめていない。つまり『範囲内に無作為に矢をばらまく宝具』なのだろう。
  一本でも逃せば、この二人が死ぬ。
  ランサーは魔法少女の持てる超人的な集中力と反射速度を持って、すべての矢を叩き落とした。
  次の波が来ないことを確認し、一息をついて、他の声の方をちらりと確認する。
  金と黒の衣装を身に纏った少女(通達で見た、フェイト・テスタロッサだ)と槍を携えた少女は、辛くも全弾凌ぎ切ったという様子だ。
  両者ともに、身体の至る所に矢がかすめたであろう、生々しい傷が残っている。
  NPCと見間違えそうな男性は、ただ苛立たしそうな表情で、『危険人物』の心の声がした方向を眺めている。
  その体には一切傷がない、それどころか動いた様子すらない。矢に当たらないスキルを持っているのかもしれない。
  最後の一人、フードを被った大男は、体中に魔法の矢を突き刺したまま、『危険人物』の方へ駆け出していた。
  どるるるるる、どぅるるるるるる。
  チェーンソーの駆動音の合間に、しゅぱっという軽い音が響く。
  そして、フードの大男は、喉に大きな風穴を開けてそのまま地面に倒れてしまった。

『フェイト・テスタロッサのサーヴァントが一人と、もう一人、隠れていたか』

  ランサーの卓越した動体視力が捉えたのは、『矢』だった。矢があのフードの男の喉を貫き、一撃で倒してしまったのだ。
  そして、矢の放たれた方向は、先ほどの危険人物の方向であり、今、誰かが

『早速で悪いが、私は君たち全員を撃破しなければならない。それが、私のマスターの依頼でね』

  降り立ったのは、黒と金の身体に、頭頂には太陽を模したような冠を飾った、異形の存在。
  ローブのようにも見える黒に金のマントを棚引かせながら、怪物はゆっくりゆっくりと歩み寄ってきている。
  サーヴァントであるランサーにはその正体を見ることはできなかったが、それでもそのクラスだけは想定できた。
  放たれた矢の嵐。そしてフードのサーヴァントを撃ちぬいた一弓。
  アーチャーのサーヴァントに相違ないだろう。


302 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:39:15 oCFNf7Uw0


  アーチャーの左手左手についた弓のような篭手に魔力が集まる。
  次いで聞こえる心の声は(フェイト・テスタロッサに避けられると困る)というもの。
  それを矢を放つ予備動作だと察知したランサーの行動は早かった。
  一気に駆け出し、ルーラを振るう。
  しかし魔法の国製のルーラの一太刀はアーチャーの身体には届かない。
  アーチャーが脱ぎ捨てたマントを使ってルーラの軌道を逸らしたのだ。
  アーチャーの真の姿が衆目にさらされる。マントの内側に眠っていたのは、燃えるような赤。

『気忙しいねえ。後で相手をしてやるから、少しは静かにしていたまえ』

(腹への一撃を避けられたら困る)。

  ルーラを往なされてバランスを崩したこともあり、声を聞いてからの反応が追いつかない。
  拳がランサーの腹を叩いた。
  その一撃は、ランサーが今まで受けてきた中でも最上級の威力。
  崩れかけたところに、アーチャーの蹴りが突き刺さる。
  ランサーは、まるで戦闘に不慣れな魔法少女のように、ただ暴力に晒されて、威力に任せて舗装道路をごろごろと転がるしかなかった。

(目の前のサーヴァントに矢を避けられては困る)

  次に聞こえてきた心の声は、またしてもランサーを狙ったもの。
  転がる勢いで起き上がり、横に飛び退る。
  次の瞬間には、ランサーが横たわっていた場所に大穴が空いていた。

『ほう、勘がいい。では、これならどうかな』

  まるで必死で走り回る子どもをのんびり眺めているかのような抑揚での物言い。
  その物言いとは打って変わって、放たれるのは殺すための連撃。
  息つく暇もないほどの速度で矢が次々と放たれる。
  心の声による先読みで次々に避けるが、矢とランサーの距離は迫っていく。
  あわや着弾か、というところで、アーチャーの弓は突如その目標を変えた。
  放たれる矢。空中から聞こえる小さなうめき声。何かが落ちる音。
  誰かが逃げようとして撃たれた、ということだろう。


303 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:39:43 oCFNf7Uw0


『逃げられると思ったのなら、それは少し、私を見くびりすぎだ』

  余裕綽々という風貌そのままに、圧倒的な戦力で立ちはだかるアーチャーに、再び肉薄しようと体勢を立て直す。
  誰かが近接戦を挑んだならば、アーチャーは弓を撃つ隙がなくなる。
  まずは、この圧倒的な敵を退けるのではなく、他の者達の撤退の手助けを行う。
  心の声による先読みと、同等の反応速度を持つランサーならばそれが可能だ。
  しかし、ランサーが走りだすことはなかった。
  心の声が聞こえた。
  しかも、この状況で、また新たな心の声が。

(動き回られると困る、マスターとサチコを連れて帰れない)
(どっちがサチコだったっけか、分からない)

  誰かが、『マスター』と『サチコ』を連れて帰ろうとしている。
  この場にいるマスターはおそらく三人、白髪の少女、髪色の薄い少女、そしてフェイト・テスタロッサ。
  そして『サチコ』とは、白髪の少女の心の声にあった名前。
  導き出されたのは、その心の声の主が、先ほどランサーが守った二人を助けにきたという事実。

『えーい、面倒だ!! 二人まとめてまとめて連れて帰ればそれでいいだろ!!!』

  突如聞こえる大きな声。
  空を見上げれば、そこには、『何故か見覚えのある』謎の円盤が浮いていた。




『ハァッヒフゥッヘホォ―――――――――!!!!』




  いやに聞き慣れた雄叫びが、六人の頭上から放たれた。


304 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:39:58 oCFNf7Uw0


『な、に』

  一瞬、呆気にとられたのはアーチャーも同じだった。
  『信じられないものを見るような目』で、その円盤を眺めている。

『喰らえ、トリモチバズーカ!!』

  その一瞬の虚を突いて、円盤の下部からノズルが飛び出し、べっべっべっと三つの白い粘着質な何かを吐き出した。
  アーチャーの身体に一つが着弾する。
  アーチャーが余裕の態度を崩し、その姿のままで固まった。
  動きが鈍い。本当に『トリモチ』をぶつけられたかのようだ。

『掃除機ノズルアーム!』

  続いて円盤から、掃除機のノズルに似た長細いジャバラが伸びた。
  ノズルは『マスター』と『幸子』を吸い、ついでにランサーも吸い上げた。
  掃除機を吸い上げられるごみはこんな気分なんだろうか。なんて、くだらない考えが一瞬頭をよぎる。
  そして、一瞬の後には、ランサーは円盤の内側に居た。
  幾つかのボタンとレバーしかないそのコックピットは、やはり『なぜか見慣れた』ものだった。

「さっさと逃げるぞ!!」

「ライダー、あ、あの三人も……」

「定員オーバーだ!! 文句言うなよ!! マジックハンド!」

  声と同時に、ライダーと呼ばれた異形の英霊が円盤内のボタンをぽちりと押す。
  すると左右二本のマジックハンドが伸び、右手で地面に横たわっていたフェイトと彼女の英霊を、左手で男性を捕まえた。
  そして、彼らを宙に持ち上げて、円盤は速度を上げ始めた。


305 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:40:27 oCFNf7Uw0




  ランサーにとって、その光景は、魔法少女の存在以上に奇異なものだった。
  ランサーが魔法少女になるよりもずっと前、それこそ物心がつくよりもずっと前。
  およそ日本中の子どもが見ていたと思われるアニメを、ランサーも当然のように楽しんでいた。
  顔がアンパンの正義の味方と、バイキンがモチーフの悪役が、毎週毎週戦うアニメ。
  その中の登場人物、彼の乗り物である円盤。果たしてそれこそが既視感の正体だった。
  ランサーはアニメや歴史にそれほど詳しくはない。だが、その英霊の名前は、間違えようがなかった。

  ランサーの胸にあふれている謎の感動をよそに、ライダーと、彼のマスターは話を続ける。

「なんか似てたから二人とも回収したが……どっちかがサチコってやつでいいんだな」

「ふ、ふ、さすが、親友」

「なあにが『さすが親友』だい! 俺様があとちょーっとでも悩んでたら、お前ら全員穴だらけだったんだぞ!」

  白く長い髪の少女(ライダーのマスター)は、とても楽しそうにこの円盤の主であるライダーの肩をたたいた。
  ライダーは、ぷりぷり怒りながらもレバーの操作に余念がない。
  円盤での移動が目立つからか、一旦森の方へ進路をとっているようだ。
  コクピットのガラス越しに外の三人を見つめる。風の影響などは受けていなさそうだ。
  思い返せば、ランサーの知るライダーのUFOは、よくキャラクターを掴んで移動していたが、風圧などは一切無視できていた。その逸話が現れたのかもしれない。

「あ、あの」

  そこでようやく、『幸子』が声を上げる。
  その様子は、ネッシーやツチノコ以上に信じられないものを見た、というようで。

「貴方……ばいきんまん、ですよね? マスター、って、輝子さんの、サーヴァントなんですか?」

  しばしの沈黙。そして、ライダーの大きなため息。

「だーから、俺様嫌だったんだよ。一発でバレちゃうんだもの!」

  肯定。ついでに言えばランサーの予想も、あたっていた。
  いや、これだけわかりやすいフォルムの悪役を、見間違えるほうがおかしいのだが。
  画面の中だけの世界一有名な悪役が、同じ聖杯戦争に呼ばれている、なんて思ってもみなかった。
  ランサーは今一度、聖杯戦争と言うものへの認識を改め直した。


306 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:41:03 oCFNf7Uw0



「お前がサチコか?」

  ライダーが幸子に問いかける。幸子はまだ狐につままれたような顔をして、ただ二度ほど頷いた。
  それを確認すると、ライダーは次に、しらっとした眼でランサーの方を見つめてきた。
  そこまで来て、ようやく自分も助けられていたのだということを思い出したランサーは、姿勢を正して頭を下げた。

「あ、あの、ありがとう……」

「よせやい! お礼なんか言うな! 俺様、そういうのいっちばん苦手なんだ!!」

  しかし、謝辞の言葉はライダー本人の言葉でかき消されてしまう。
  そしてライダーは、少し不機嫌そうな声で続けた。

「それにお前、正義の味方だろ! くっそう、お前が幸子じゃないってわかってたら、置き去りにしてたのに!」

  言われてみれば、幸子と呼ばれた少女と、ランサーの髪色はよく似ていた。
  自分が助けられた理由が『幸子と似ていたから』というあまりにも偶発的すぎるものだということに、思わず身体の力が抜ける。
  しかし、ランサーの心の方は、脱力とは程遠い状態だった。
  正義の味方、という一言が、ちくりとランサーの心に突き刺さる。
  思い出すのは、またしても、自身のマスターの言葉と、自身のこれまでの振る舞い。
  苦しんだ心が絞られ、膿汁のように苦々しい言葉を一言だけこぼす。

「……私は、正義の味方なんかじゃ」

「いーや、俺様が言うんだから間違いない! お前は正義の味方だ!
 そんな見た目で、他のやつ助けるようないかにも〜なやつが、正義の味方じゃないわけないだろ!」

  しかし、ライダーはまたしても、ランサーの言葉を断ち切って、自身の意見を突きつけた。
  ランサーは、やはり、苦い思いしかできなかった。


307 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:41:30 oCFNf7Uw0


  しばらく、沈黙が流れる。
  輝子も、幸子も、ライダーも、何も喋らなかった。
  輝子はライダーの背中越しに、ガラスの向こう側に広がる景色を鼻歌交じりで楽しんでいる。
  幸子はそわそわしているように見える。ひょっとしたら、先ほどのランサーとライダーのやりとりで、萎縮させてしまったのかもしれない。
  少しばかりの沈黙に、心の膿の臭いが混ざる。
  ランサーは、居心地が悪くなり、つい口を開いてしまった。

「……あの、ばいきんまんさん」

「なんだぁ?」

「悪、って、なんなんですか」

  ランサーが一言喋ると、ライダーはすぐに簡素な返事を返した。
  昔見た彼はこんなに職人気質だっただろうか、と考えながら、ランサーは遠回しに、先ほどのばいきんまんの『正義の味方』という言葉について、問いなおす。

  ランサーは、時々正義と悪がわからなくなる。
  魔法の国から見れば、魔法少女狩りは正義であり、また同時に悪でもあった。
  彼女の心の中の正義に従っても、なじられこそすれ賞賛されることはない、不確かな正義の元で戦い続けていた。
  ここに来て、その不確かな正義は再び揺れることになった。
  自殺した少年を殺したのは誰か。
  鉢屋あいを殺すのは本当の正義か。
  善と悪は、しょせん人の目盛りにすぎない。命に貴賤をつけたのはランサーであり、正義ではない。という江ノ島盾子の言葉。
  ならば、ランサーの正義とは、なんなのか。

  自身の弱みを見せるようなことは、生前のランサーならばしなかった。
  しかし、ひょっとすると、目の前の『あく』の大御所ならば。
  世界一純粋な人間に向けた『あく』である彼ならば、ランサーの抱える自己矛盾について、何かの解決策をもたらしてくれるのではないだろうか。
  ライダーの性格をしっかり理解したうえで、そう判断した。
  それはもしかしたら、ランサーにすこしばかり残っていた『なにかへのあこがれ』と、一方的であるかもしれないが幼少期を一緒に過ごした相手への理屈を超えた信頼感がそうさせたのかもしれない。

「なんだあ、お前、そんな簡単なことも知らないで正義の味方やってるのか!」

  そんなランサーの心の中もつゆ知らず、ライダーはすぐに答えを出した。

「いいことするやつが正義! まじめとか、他の人のためとか、俺様そういうのぜえんぶ大っ嫌い!!
 その反対が悪! だから俺様は悪の味方なんだ! わかったか!」

  それは、とても単純な理屈だった。
  幼児に向けられた、包み隠さぬ本質的な『正義』と『悪』だった。


308 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:41:48 oCFNf7Uw0


  まるで赤鉄を槌で叩いたかのように。
  ランサーのなかに、単純な理屈が響く。
  事態が複雑になればこんな単純な理屈は通用しないというのは理解している。
  だが、それでも。その単純な理屈は、ランサーの心に折り重なっていた澱を雪いでくれるようだった。

「あの」

  続くランサーの一言に、ライダーが応えるよりも早く。
  円盤の外から爆音が響き、バイキンUFOの右のマジックハンドがちぎれ飛んだ。
  数秒後に、同じように左のマジックハンドも吹き飛んだ。
  一撃目の襲撃で気を取り戻したランサーの眼が、マジックハンドを吹き飛ばした『何か』を捉える。
  それは、先ほどのアーチャーの『矢』に相違なかった。

「ちっ、追ってきやがったか!!」

  ライダーは舌打ちをして、レバーをきつく握り直し、操作する。
  その操作に従って、UFOは不規則に進路や高度を変える。
  進路を変えるたびに、UFOの端から鈍い音が上がる。先ほどと同じように、矢を乱れ打っているのだろう。
  すれすれのところですべてが機体そのものに着弾しないのは、距離のためか、逃げ続けているためか、ライダーの腕前か。
  ががんと音を立ててUFOの円盤部の装甲が跳ね上がる。
  じわじわと、着弾箇所が中央へと寄ってきているのは、ランサーでなくとも気づけることだった。

「だ、だ、大丈夫なんですか!? これ、大丈夫なんですか!?」

「しるか!!」

  幸子の悲痛な叫びに応えるライダーの声にはもう余裕はない。
  ライダーがUFOの高度を大きく下げる。
  直後、今までで一番大きな爆音がUFO内を包み込んだ。


309 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:42:02 oCFNf7Uw0


☆アーチャー

  円盤の胴体を貫いたのを確認し、矢を撃つための安定した走りから追いつくための全力の走りに切り替える。
  現れたのが宇宙の象徴のような『未確認飛行物体』でなければ、隙を作ることもなかった。
  放たれたのが単なる攻撃ならば余裕を持って防げた。
  だが、あの瞬間のあの行動はアーチャーにとってはまさに最悪と言わざるをえない一手だった。
  とはいえ、十分に注意していれば対処することもできたはずだ。
  我ながら酷く油断したものだと思ったが、それもこの一撃で六割ほど取り戻せた。
  残りの四割は、撃ち落とした二つのマジックハンドとともに置いてきた。フェイト・テスタロッサを見失うのは痛手だが、倒せる人数は多い方がいい。
  令呪としての価値があるフェイトを捨てたとマスターが聞けばなじるかもしれないが、伝えなければいいだけだ。

  円盤がふらふらと高度を落としているところに、ダメ押しで矢を二発打ち込む。
  すると、円盤は面白いほどに大きな音を立てて爆発した。
  あれほどの爆発ならば中に乗り込んでいる四人は無事ではないかもしれない。
  だが、念には念を入れておく。
  生き残られてアーチャーについて触れ回られて、アーチャーの有利は揺るがないだろうが、聖杯戦争では何が起こるかわからない。
  殺せる時に殺しておくべきだ。
  ひょっとして、令呪を持ったままのマスターが一人でも生き残っていれば、フェイトの討伐令による令呪一個を上回る、令呪三個を得ることができる。

『そうすれば、あの気難し屋なマスターも、笑ってくれるかもしれない』

  忠誠心ではない。
  たんなるご機嫌取りだ。
  あと数十時間を円滑に過ごすための、処世術にすぎない。
  アーチャーにとって最も警戒しなければならないのは、、まずマスターの持つ絶対遵守の『令呪』。
  もし、対魔力の低い我望光明状態で令呪を使われれば、アーチャーは従うしかなくなる。
  行動に変な制限を加えられて、うっかり負けましたでは笑えない。
  そんな状況を作り出さないように先手を打っておくのは大事なことだ。


310 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:42:46 oCFNf7Uw0




  爆発の火花で、木が燃えている。
  周囲には、紫色のブリキとガラスの混ざった円盤の残骸が広がっている。
  そして、燃え盛る木の側に、彼はいた。
  深い紫色でで、三頭身の身体。頭には二本の触覚、背中には羽と尻尾。
  21世紀日本由来の英霊である以上、アーチャーも彼の真名を間違えるはずがなかった。

『嬉しいね、まさか、君と会うことができるなんて。
 光栄だよ、『日本一UFOに乗った英霊』……ばいきんまんくん』

「俺様はお前のことなんか知らないぞ。わかったらあっちいけ!
 くそ、あいつら、俺様一人置いて行きやがって!」

  クラス不明のサーヴァント・ばいきんまんは悔しそうに地団駄を踏んだ。
  その姿も、アーチャーの知っている彼に相違ない。

『残念だよ。君を殺さなければならないなんて』

「こいつめ、もう勝った気でいやがるな!」

『君程度には、私の夢は止められないよ』

「へーんだ! 俺様、日本一諦めの悪い悪役だもんね!!」

  ばいきんまんが天に向かって手を突き上げる。

「こぉい、『だだんだん』!!!」

  瞬間、空が光り、木々を超えるほどの背丈のロボットが現れた。
  鈍く輝くブリキのロボットは、やはりアーチャーもよく知る宝具。『だだんだん』。
  アーチャーは、アニメの中からまるでそのままなその英霊の振る舞いに笑ってしまった。
  アニメのままの英霊を、武力によって討伐する。
  聖杯戦争だとはいえ、これを笑わずにいられようか。

『素晴らしい……君は実に、「ばいきんまん」だ!!』

  アーチャーが飛び上がり、だだんだんの拳が唸る。


311 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:43:06 oCFNf7Uw0


  勝負は一方的だった。
  いや、もはや勝負と呼ぶのもおこがましいかもしれない。
  だだんだんは確かに大きい。大きければそれだけ重量があり、力も強い。
  しかしその分スピードが落ちている。
  身体の大きさも相まって、今のだだんだんはアーチャーにとってはいい的でしかないのだ。

『だだんパーンチ!!』

  だだんだんのマジックアームのような拳を避け、矢を放つ。
  だだんだんの胸が大きく爆ぜた。

『こんのお!!!』

  だだんだんが地団駄を踏むように足を持ち上げる。
  しかしそれも、アーチャーから見れば隙でしかない。
  天上に迫るだだんだんの足めがけて矢を放つ。矢が、だだんだんの足をぐちゃぐちゃに破壊した。

『……つまらない。所詮君はその程度ということか』

  ずだんと大きな音を立ててだだんだんが尻餅をつく。がが、と小さなノイズのような音が走る。
  すでに片足。満足な戦闘はできない。
  しかし、アーチャーは攻めの手を緩めず、天に向かって弓を引いた。
  これはアーチャーの宝具『アポストロスの矢』の対軍用のモーション。

『真名開放……「アポストロスの矢」』

  放たれた矢が、空中で無数の矢に分かれ、雨あられのように降り注ぐ。
  そして、そのすべてがだだんだんの身体に突き刺さった。


312 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:43:38 oCFNf7Uw0

  だだんだんが円盤と同じように大げさに爆発する。
  爆発する寸前、だだんだんの口からばいきんまんが吐き出されるのを、アーチャーは見逃さなかった。

『さあ、チェック・メイトだ』

「へえ……へえ……」

  ばいきんまんはすでに息も絶え絶えという様子で這いつくばっている。
  あとは頭目掛けて矢を放てば、それでこの一方的な戦闘は終わる。
  しかし、その時。

「へ、へへへ」

  ばいきんまんは、笑った。
  弓をひく指が止まる。が、がが、またノイズのような音が耳に飛び込む。
  ばいきんまんは寝返りをうち、うつ伏せになる。そして、また、息切れ気味な笑いを続けた。

『……笑う余裕があるのかい。君は、負けたというのに』

「お前、勘違いしてるな……俺様は、まだ負けてない!!!」

  ばいきんまんが背中の羽で飛び上がり、同時に大きな声で叫ぶ。

「やれ、『もぐらん』!!!」

  がが、がががが! どどどどどどど!!
  音を立てて、地面が隆起し、地中から鈍色に光るなにか飛び出す。
  アーチャーがそれを受け止めた瞬間、その正体を理解した。
  それは、地中を掘り進むための道具であり、アーチャーの弱点と行っても過言ではない武器。

「ぶちかませえ!!!」

  地中を穿って飛び出したドリルが、アーチャー向けて射出される。
  一切気配を感知できなかった不意打ちを、アーチャーは身体の中心で受け止めてしまった。


313 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:43:53 oCFNf7Uw0


『く、この……』

  螺旋の力で刃先を捩じ込まれ、持ち上げられる、気持ちの悪い浮遊感。
  忌まわしき記憶が蘇ってくる。


―――青春銀河、大・大・大、ドリルキックだ!!―――


  ドリルの衝撃を受け続けるのは、アーチャーの逸話的によろしくない。
  体を捻り、ドリルの軌道をずらし、二度と再利用ができないように矢で破壊しておく。
  空中に投げ出された勢いを殺すため、近場の木を足場にしようと幹を踏みしめる。

「今だ、かびるんるん!!!」

「「「「「かびかび!!!」」」」」

  ばいきんまんの声に応えるように、周囲から無数の掛け声が上がる。
  声と同時に、アーチャーが安定を狙って飛びついた足場が、まるで麩菓子に着地したかのように脆く崩れさる。
  何事かと木を見れば、無数の、色とりどりの小さな何かが木にたかっていた。
  そして、その小さな何かがたかっているところがすべて腐食している。

「かび!」「かびかび!!」「かびかびかぁび!!!」

『かびるんるん、だと……ばいきんまん、よくも……!!』

  ドリルに投げ出された勢いのまま放り出されたアーチャーは、無様に地べたに投げ出される。
  彼が顔を上げた時に見たのは、何故か新品同様の状態に蘇っている、確かにその手その矢で破壊したはずのばいきんまんの愛機だった。

『もっかいだ!! トリモチバズーカ!!!』

  べっべっべっと、小学校の校門での時と同じように、バイキンUFOがトリモチを放つ。
  今度は三発全部命中してしまった。逃れるのには手こずりそうだ。

『悪あがきか、見苦しいな』

  しかし、アーチャーの余裕が続いたのは、そこまでだった。
  トリモチに捕らわれて地べたにへばりつくアーチャー、UFOで中空に浮き上がっているばいきんまん
  二人を覆い隠す、大きな大きな影がある。
  影の正体を見上げれば、そこには、先程よりも数倍大きな『だだんだん』が立っていた。


314 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:44:33 oCFNf7Uw0


☆ライダー

  トリモチバズーカは足止めにしかならない。
  ただ、普通の英霊ならば足止めをして空中を逃げれば問題ない、そう考えていた。
  なにせ相手はマントを脱ぎ捨てたのだ。アンパンマンのようにマントで空を飛ぶならば、マントを脱ぎ捨てるはずがない。
  いくら足が速かろうと、空を飛べない相手ならばライダーたちに追いつくことはできない。

  だがライダーは、その考えの甘さをすぐに改めることになった。
  ただの矢程度なら当たらないし、当たってもたかが知れているとタカをくくっていた。
  それが、どうだ。
  見事に機体を撃ちぬかれ、墜落だ。

「やい正義の味方!!!」

「幸子さんですね。ライダーさんは輝子さんを」

  ライダーが言い切るよりも早く、正義の味方のランサーはライダーの提案を理解していた。
  まるで心が読めているようだ、などと思いながらコックピットの上部(半球体ガラス)を開き、輝子を抱えて外に飛び出す。
  そして、空中を力なくふよふよと漂い、UFOが墜落し終わったのを確認してから地上に降り立った。

「へひ、へひ、つ、疲れたぁ……」

「ば、ばいきんまんさんって、飛べるんですね」

  ランサーが、やや驚いた顔でライダーの方を見つめている。
  ライダーはあまり使うことはないが、彼の背中の羽は飾りではない。ちゃんと空を飛ぶ機能を有している。見くびってもらっては困る。


315 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:45:02 oCFNf7Uw0


「しかし、どうするかな」

  完全に見誤った。
  本当は森の上空を突き抜けることで追手を巻くはずが、逆に森のなかに落とされてしまった。
  あちらの方が機動力が上である以上、逃げようにもきっと魔力の反応を追われてすぐ追いつかれてしまう。
  魔力の反応を消すためにライダーやランサーが霊体化したとしても、これで完全に魔力の反応を消せるわけではない。
  それに、霊体化している間に輝子や幸子に向けて矢が放たれれば、それだけで二人は死んでしまうだろう。

  むむ、むむむ。顎に手をやり眉間にしわを寄せ、一生懸命考える。
  しかし、ライダーにはどうにもいい案が思い浮かばなかった。

「やい正義の味方」

「なんですか」

「お前、あいつに勝てるか」

  ランサーは、苦々しげな顔をした。
  聞くまでもないことだろう。ランサーは実際、この追跡者にやり込められていたのだ。
  それでなくても森の中は槍を振るうのに適してない。武器もなく、素の戦闘力でも劣っているならば、勝てる見込みなんてない。
  ならばとライダー自身の戦力を見る。
  バイキンUFOは破壊されてしまった以上もう一度使うには相応の魔力が必要だ。
  もぐらんは輝子の家で実体化させてあるので、呼び出せるのはだだんだんだけ。
  戦闘用バイキンメカのだだんだんならば、あの矢を相手にしても時間稼ぎくらいはできるかもしれない。

  大きくため息を付く。
  正義の味方を守るために戦うなんて、なんだか吐きそうだ。
  でも、輝子を守るためでもあるのだからしょうがない。
  だって輝子はライダーのマスターだし、友達の居ない彼を友達の更に上、『親友』と呼んでくれた人物なのだから。


316 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:45:47 oCFNf7Uw0


「マスター、あとサチコ。お前ら、そいつと一緒に先に帰れ」

  森のなかを忙しなく見回していた輝子と幸子が、いっぺんに振り向く。
  ランサーは、何かを悟ったような顔でライダーの方を見つめていた。

「し、親友は……」

「しょーがないから! 俺様があいつを、ぎったんぎったんの、めったんめったんに倒してきてやる!
 でも、お前らが居るとジャマだ! 先に帰れ!」

  突き放すように厳しい言葉を浴びせる。
  幸子はカチンと来たようで、「な!」と声を漏らした。
  ランサーは、何かを言おうとして、言うべきか言わないべきか、迷っているような顔だ。
  輝子は……輝子は、複雑な顔をしていた。
  『倒せる』なんて嘘をついてしまっているが、問題ない。ライダーは、嘘とか、卑怯とか、そういう言葉は大好きだ。

「……ライダーさん……」

「ああ、そうそう。家に帰ったら、令呪で俺様を呼べ。
 そうしたら、俺様も帰るから。じゃあな!」

  それ以上なにも言わず、くるりと背を向け、歩き出す。
  ライダーは、ひょっとすると、負けるかもしれない。
  ただ、幸子を救いたいという願いは叶えてやれるんだし、あの正義の味方がいれば、しばらくは安心だろう。
  それになにより、好き放題にやってくれたアーチャーへの仕返しもある。


317 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:46:58 oCFNf7Uw0


「……駄目、だ」

  しかし、彼の歩みを止める声が一つ。
  もう一度大きなため息を付いて振り返れば、そこにはすでに、声の主が居た。

「み、水臭いこと、いいっこなしだぞ、親友……」

「水臭いってなんだ! お前が居たってあいつに勝てないだろ!!」

「で、でも、親友一人でも、か、勝てない……でしょ?」

  どうも、嘘を見抜かれてしまったらしい。
  嘘は得意なはずなのに、なんで見ぬかれてしまったのか、ライダーにも心当たりがない。
  言い返そうとしたがうまい言葉が思いつかずに、顔をしかめると、代わりに輝子が右手を掲げながら言葉を続けた。

「それに、違う……」

「親友一人だと、だ、駄目かも……でも……
 ふ、ふ、ふたり、二人だったら、勝てるかも……親友と、私なら……ゆ、ゆゆ友情パワーで、ヒヒ、フ!」

  右手に刻まれた令呪。『二人なら』という言葉。
  言いたいことはわかる。
  輝子がいれば発動できる宝具が、確かにある。
  だが、あれは……最後の最後の秘密兵器だ。デカいし目立つし魔力消費が激しいので、使わずに隠しておくのが一番だ。

「つ、使おう。今……倒そう、あいつ。
 そ、そ、そうしないと、結局、幸子ちゃんたち、追いかけられ続けるだろうし……」

  しどろもどろになりながら輝子は説明を続け、最後に一言。彼女にしては珍しく、つっかからずにこう言い切った。

「守りたいんだ」

  言い返そうとしたが、やめにした。
  ライダーは知っている。星輝子ってやつは、どんな時でもマイペースを貫き続ける、意外に頑固な少女なのだ。
  このままだと、大事な令呪をもう一画無駄撃ちさせることになってしまうだけだ。
  代わりにまた、ため息を付いて、あとはもう、正義の味方たちに任せることにした。

「あいつらに言ってこい」

「う、うん……」

  輝子が、山の土をおぼつかない足取りで駆けていく。
  できれば、止めて欲しいのだが。幸子が輝子の人となりを知っているのなら、きっと無理だろう。


318 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:47:35 oCFNf7Uw0




  結局、輝子と二人で戦うことになり、山中でアーチャーを迎え撃つことになった。
  幸子とランサーを見送ったあと、山中二人で頭を突き合わせた。
  交戦前に少しでも作戦を立てておこうと思ったのだが、よくよく整理してみると作戦もクソもないことがわかった。

  ライダーたちの戦法はこうだ。
  ライダーがなんとか時間を稼ぐ。
  輝子はその間隠れており、隙を見て『だだんだん』を令呪の力でエンチャント。
  呼び出した『ジャイアントだだんだん』のケタ違いのパワーと耐久力に任せて相手を倒す。
  単純極まりない。わかりやすすぎる。
  だからこそ、発動できたなら強い。それだけで、勝ちが決まるようなものだ。
  問題は時間稼ぎにある。
  何とかして一秒でも長く時間を稼がなければならない。
  だだんだんをエンチャントするためには、だだんだんを輝子に預けなければならない。
  そして、ばいきんまんがだだんだんに乗り込まなければ時間稼ぎはできない。

  だが、その問題も、クリアできないわけじゃない。

「いいか、これを発動したら、もう戦うしかなくなるぞ!」

「う、うん……オッケー、だ、だ、だ、大丈夫……」

  輝子が右手を掲げる。

「れ、『令呪を持って命じる』」

  少女の右手になけなしの魔力が集中し、淡い光を放ちだす。

「『バイキン軍団、全軍、用意をすぐに整えて、しゅ、しゅ、出撃だ』ぁっ!! ヒャッハァ―――!!!」

  その命令は鬨の声。
  ライダーに魔力の補佐を与え、バイキンUFOの高速修復を可能にする。
  更に、遠く離れたかびるんるんたちにも、司令が伝わる。
  『魔力ブーストでもぐらんを即時完成させ、輝子のもとに集まれ』と。

「行くぞマスター!! トチるなよ!!」

「フ、フフヒ、フヒヒッハハハハハ!!! 明日も勝あつ!!! ゴウ・トゥ・ヘェェェル!!!!」

  なけなしの準備は終わった。
  あとは、ライダーには『できることならば、相手が善属性じゃありませんように』と願う他なかった。


319 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:47:52 oCFNf7Uw0



  ことはうまい具合に進んだ。
  わざとらしくだだんだんを破壊され乗り捨てることで、だだんだんから注意をそらすことに成功。
  もぐらんやかびるんるんでの奇襲で相手の注意を逸らし続け、その間に乗り捨てただだんだんに対して輝子が令呪を用いてエンチャントを発動。
  トリモチ三発で捉え、一時的にではあるが行動も阻害して優位に立てた。

  絶好のチャンスだ。
  これを逃していいわけがない。

  ガラスの向こうにそびえ立つ、巨大な影を見上げる。
  その姿は、『だだんだん』であり、『だだんだん』ではない。
  安っぽい灰色ではなく、重厚な黒鉄のボディ。
  金色の塗装が施され、胸には青い『こころ』が輝く。
  彼こそが、ライダーの最後の最後の奥の手にして、最も強いバイキンメカ、『ジャイアントだだんだん』。

「いけるか、マスター!!」

  はるか上空にある、『こころ』に向かって問いかける。

『いつでもいけるぜぇぇぇぇええええ!!!! デーストロォォオオオイだ!!!!』

  黄昏を切り裂くように、奇声が上がった。
  ジャイアントだだんだんの足が振り上げられる。その動作だけで、周囲の木々数十本がなぎ倒された。
  ライダーはその様子を、不快な脱力に襲われながら眺めていた。
  ジャイアントだだんだんもライダーの宝具の一つ。魔力消費はライダーと、輝子の負担になる。
  現在輝子はライダーの宝具の中に『こころ』として混じっているので、必然的に魔力の負担はすべてライダー任せになる。
  一撃だ。一撃で決めなければ、負担が大きすぎる。

『そんな奥の手があったとは……やはり油断ならないな……』

  しかし、ライダーの声なき焦りとは裏腹に、追い詰められているはずのアーチャーは冷静そのものだった。
  怖気が走る。不快感からではなく、恐怖によって。

『ならばこちらも、遠慮無く……奥の手で行かせてもらう』

  アーチャーはそういうと、トリモチで身動きの取れない身体をなんとか動かし、腕を突き上げた。
  そしてその腕で、円を書くように手のひらを回す。
  するとそこに、どこからか、見慣れぬ赤い光の球が現れた。

『「超新星」……』

  まるで太陽のように輝く赤い光の球が、アーチャーの身体に飲み込まれる。
  ジャイアントだだんだんの超弩級のキックが、トリモチまみれのアーチャーに向かって放たれる。


320 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:48:41 oCFNf7Uw0


「やったか!?」

  レバーにすがりつきながら、なんとか外を見る。
  トリモチのあった場所には、なにも残っていない。
  消滅させたのか、と思ったその刹那だった。

『早々にこの姿を使わせるとはね……敬意を表するよ』

  忌々しい声が聞こえた。
  場所は……ジャイアントだだんだんの足の更に向こう。
  そこに立っていたのは、先程までのアーチャーではなかった。
  赤い肌。白い腹。尖った角のようなオブジェクトに真っ黒な手足。
  アーチャーはまるでサナギを破った蝶のように、禍々しい姿から一転鮮やかな姿へと変身していた。

『だからこそ、一撃で決めさせてもらう。宝具開放―――「サジタリウスの矢」』

  赤く染まったアーチャーが地を駆け、空へと飛び上がる。
  遥か高みで見下ろすジャイアントだだんだんの顔めがけて。
  飛び上がったアーチャーは、魔力を纏う。魔力を纏ったその姿はあかあかと燃え上がっているようで、さながら地上に落とされた太陽。
  そして、瞬間。
  コロナのような軌跡を残しながら、急加速をし、ジャイアントだだんだんの顔に強烈無比な一撃を加えた。
  アーチャーの動きが止まって、そこでようやく、ライダーは、その攻撃が『飛び蹴り』だったのだと気づいた。
  それほどまでに、規格外の攻撃。規格外と規格外がぶつかり合い、静寂が訪れる。
  静寂を破ったのは―――アーチャーだった。

『私は、夢へと進み続ける、一本の矢だ』

  大きな音を立てて、ジャイアントだだんだんが崩れ落ちる。
  その首から上は、無残に砕け散っていた。

『何者にも、止めることはできない』

  数百本の木を巻き添えに、ジャイアントだだんだんは地に沈んだ。


321 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:49:40 oCFNf7Uw0


  ライダーは、信じられなかった。
  星の侵攻すらものともしなかったジャイアントだだんだんが、一撃で倒されてしまうなんて。

「……マスター」

  呼んでみてもあのやる気満々の奇声は、もう帰ってこない。
  ジャイアントだだんだんの顔は、見るも無残に砕け散っている。
  身体からどんどん力が抜けていく。
  気を抜けば、このまま魔力枯渇で気を失って消滅してしまいそうだ。
  それでも、なんとかこらえていたのは、『ジャイアントだだんだんがまだ消えていない』からだ。
  立ち上がることができれば、チャンスはある。
  一撃食らわせれば、ライダーたちだって勝てる。

『……大きさの分だけ頑丈らしいが、もう一度当てれば、こんどこそ終わりだ』

  しかし、変貌したアーチャーの侵攻はまだ終わっていない。

「かびるんるん!! 死ぬ気で止めろぉ!!!」

「「「「「かびかび!!!」」」」」

  なんとかして、輝子が持ち直すまで時間を稼がなければ。
  バイキン軍団の精鋭であるかびるんるんたちが次々にアーチャーへ向かう。
  ドリルを失ったもぐらんも、かびるんるんたちの操縦によってアーチャーを抑えこもうと動き出す。
  しかし、どれもこれも、足止めどころか、路傍の石程度の役にも立たない。
  アーチャーが軽く腕を震えば、周囲のかびるんるんはすべて消滅した。
  アーチャーが軽く殴れば、もぐらんはたちまちスクラップになった。

  圧倒的なまでの戦力差。
  それはまさに、太陽に、バイキンが挑むほどの、絶望的な状況。

『悪ならば、散り際は弁えるべきだ。ばいきんまん』

  アーチャーが再び、必殺の蹴りの体勢に入った。


322 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:51:05 oCFNf7Uw0



『だ』

  だが、そんな絶望的な状況の中で。

『だ、だん』

  一人……いや、一体だけは。

『だ、だん、だん』

  その絶望的な状況を、よしとしなかった。

『だだんだああああああああああああああああああん!!!!!』

『何っ!?』

  首から上のなくなったジャイアントだだんだんが、やたらめったらに拳を振るう。
  蹴りの体勢に入っていたアーチャーに、完全に沈黙したはずのジャイアントだだんだんの拳が突き刺さる。
  その速度、その威力、想定通りの規格外。
  防御が間に合わなかったアーチャーは、体全体で思い切り拳を受け止め、木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされた。

『だだんだああああああああああああああああああああん!!!』

  最初、ライダーには何が起こったのかが全く理解できなかった。
  だが、ライダーは知っていた。
  ライダー自身は見ていない話だが、彼に刻まれた『逸話』が知っていた。
  ジャイアントだだんだんには、『最終的に心を持ち、「こころ」の中に居た者を守った』逸話がある。
  その逸話が、消滅の際に瀕していたジャイアントだだんだんを動かした。
  誰の意思でもない。
  ジャイアントだだんだん本人の意志が、アーチャーの侵攻を防いだのだ。

『こ、の……!!』

  しかし、その意地の一撃も、アーチャーの超耐久を抜いて消滅に追い込むまでは至らない。
  意識のもうろうとしているライダーの目に映るのは、立ち上がろうとしているアーチャーの姿。
  残された時間はもう、ここしかない。
  ライダーに迷っている暇はなかった。


323 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:51:45 oCFNf7Uw0


  消えそうな力を振り絞り、UFOを全速力で飛ばす。
  そして、ジャイアントだだんだんの首の上までたどり着き、UFOを乗り捨てる。
  『だだんだん』はそもそも『バイキンUFO』からだって変形できる。
  ならば、『バイキンUFO』を『だだんだん』の頭にエンチャントし直すことだってできるはずだ。

  一切躊躇はしなかった。
  先ほどが勝機ならば、ここもまた大きな勝機だ。
  立ち止まれば、あのアーチャーを倒せず消えるだけだ。

  取り出したのは一本のトンカチ。
  数多のバイキンメカを作り上げてきた、ライダーの唯一の近接武器。
  何もない空間にバイキンUFOを当て、叩き、伸ばし、くっつけていく。

  速く、速く、まだ速く。
  叩く力に、メカの生みの親としての信念を込め、一発一発を叩き込む。

「だだんだん!」

  足が消えかけているが、もう問題ない。
  あとは一発。
  バイキンメカとしての心を打ち込むだけ。



「新しい、顔だあ!!」



  かあん。
  澄み渡るような槌の音が一つ。
  新しい顔に、魂が込められた。



,


324 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:52:04 oCFNf7Uw0


―――

―――


.


325 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:52:18 oCFNf7Uw0


☆星輝子

  輝子には、ここがどこかわからなかった。
  ふわふわと、無重力の中のように、輝子はどこかを漂っていた。

  目が開けられないことを知り、仕方がないから、自分の状況を整理した。
  そこでようやく、自分の状況を思い出した。

  輝子は、負けたんだ。
  ライダーの一番強い宝具、ジャイアントだだんだんを出したのに、負けてしまったんだ。
  ここはきっと、ジャイアントだだんだんの『こころ』の中なんだ。

  考えると、涙が出てきた。
  ライダーに悪いことをしてしまった。
  帰って一緒にごはんを食べようと約束した幸子も裏切ってしまった。
  そしてなにより、幸子を守りたくてあのアーチャーと戦う道を選んだのに、あのアーチャーに勝てなかった。
  不相応な願いだったのかもしれない。
  友達のできたことのない輝子が、友達を守るために戦お撃っだなんて。

  目は開けられないのに、涙は止まらなかった。
  声はあげられないのに、嗚咽はやまなかった。

  まるで行き場を失った迷子の子どものように泣きじゃくった。

     ―― 大丈夫? ――

  堪えられずに泣いていると、そのうち輝子しか居ないはずの『こころ』の中に、誰かがやってきた。


326 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:53:05 oCFNf7Uw0


     ―― どうして泣いてるの? ――

  友達を守りきれなかった。
  親友も、守りきれなかった。

     ―― 優しいんだね ――

  せめて、あのアーチャーを倒したかった。
  でも、届かなかった。
  輝子では勝てなかった。

     ―― 大丈夫 ――

  誰かは、輝子の口元に、何かを押し当てた。
  驚いて口を開き、それを食べてしまう。

  口に入れられたものは、アンパンで。
  それは、とてもとてもおいしいアンパンで。
  思わず目が覚めてしまうくらい美味しいアンパンで。

     ―― 元気が出たみたいだね ――

  目を開いた輝子の正面に居た顔の一部を失った『誰か』は、そのまま消えていった。
  それはきっと、『ライダーの宝具と混ざっている』という状況が生み出した、ライダーの逸話が見せたただの幻覚だったのだろう。
  だが、それでも。
  輝子の胸には、言い表せないほどの愛と勇気と、百倍の元気が湧いてきた。


327 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:53:23 oCFNf7Uw0


―――
―――


328 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:54:39 oCFNf7Uw0


  目を開く。
  立ち上がる。

『……この期に及んで、小賢しい真似を』

  アーチャーが悪態をつくが、もはや気にならない。

  輝子が思い描いたのは一つ。
  目の前のアーチャーを、幸子たちをお層であろう『悪者』を倒せる存在。
  それはきっと正義。
  それはきっと誠実。
  それはきっと愛。
  それはきっと、何者にも変えられぬ、光で出来た存在。
  そして当然辿り着く。
  はるか昔、輝子が生まれるずっと前からどんな巨悪にだって立ち向かってきた、日本一やさしい正義のヒーローの姿に。
  そして当然巡りあう。
  ばいきんまんの逸話の中に居る、切り離せないばいきんまんの『裏側』に。

  顔を取り戻し、心を取り戻し。
  万全とは行かないが。
  戦う力を取り戻したジャイアントだだんだんが、輝子の心に従ってエンチャントされていく。


  背中には空を飛ぶための茶色いマント。
  両手にはボクサーがつけているようなパンチンググローブ。
  胸には、さんさん輝く太陽のような笑顔のマーク。
  身体はアーチャーに負けないくらい真っ赤なスーツで。
  それでも、顔に笑顔は絶やさずに、困った人たちを笑顔に変えてくれる。

  誰かがその名を口にする時、彼は必ずやってくる。
  困った人を助けるため。
  わるいやつらを倒すため。
  希望の光を守るため。
  遠い空からやってくる。

  たとえそれが―――宿敵、ばいきんまんのピンチだろうと。
  彼は必ず駆けつけて、すべての人を守るために力を貸した。

  輝子の愛。
  ライダーの勇気。
  二つの心を体に宿し。
  今再び立ち上がる、『黒鉄の守護者』の名前は―――!


329 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:55:46 oCFNf7Uw0






『その姿……「アンパンマン」か……!!』

  アーチャーが憎々しげに吐き捨てる。

『いーや、違うね!!』
『こいつは』
『ジャイアントだだんだん改め……「バイキンアンパンだだんだん」!!』

  その姿こそ、正義の証。
  その姿こそ、輝子とライダーにとっての『破邪顕正』。
  目の前の『悪』を打ち倒し、友情を取り戻す正義の味方。

『フヒヒヒハハハハハハ!!!! ハァッヒフゥッヘホォォォオオオオオオオオオオウ!!!!!』

  黄昏を切り裂く、再びの奇声。
  森が騒ぎ、風が唸る。
  バイキンアンパンだだんだんが、拳を大きく振りかぶる。
  言うまでもない。
  そのメカがアンパンマンだというならば、この局面で出す技は『あれ』だけだ。

『ならばもう一度、その顔ごと吹き飛ばすまでだ』

  アーチャーは引かない。
  一度は沈めた相手。引く道理はない。

『宝具開放―――「サジタリウスの矢」』

  アーチャーが再び地上の太陽と化す。
  そして、先ほどとまるで同じように、超加速を伴い、彗星のごとく激烈な飛び蹴りを放った。
  だが、バイキンアンパンだだんだんも引かない。
  一度は負けた相手だが、その拳の一撃にすべてを乗せて迎え撃つ。

『スターライトォォォオオオオオオオオオ!!!!』

  優しい星の輝きが、バイキンアンパンだだんだんの拳を包み込む。
  その拳の一撃は、かつて『全てを滅ぼすおしまいの星(デビルスター)』すら退けた最高の一撃。
  ジャイアントだだんだんとアンパンマン、二者が揃うことで初めて打てるその正義の拳の名は『スターライトアンパンチ』。
  二者を同時にこなすことで、バイキンアンパンだだんだんは、その一撃を、この瞬間だけ、我が物にできた。

『はぁッ!!!』

『アンパアアアアアアアアアアアアアアアアアンチ!!!!』

  拳と蹴りが衝突し。
  一瞬の静寂が生まれ。
  一瞬の静寂の後、爆発的な衝撃波が周囲の木々をなぎ倒した。




―――
―――


330 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:56:30 oCFNf7Uw0



  ライダーの宝具である『ジャイアントだだんだん』は、特殊な宝具だ。
  対『星』宝具。
  地球全土に影響をおよぼすのではなく。
  侵略する『星』を押し返した逸話を持つ宝具。
  仮に、空から星が落ちてきたならば、確実にそれを退けることができる、という規格を表した宝具。
  黄金十二宮が一、射手座。その根源はすなわち星の力。
  星の力が衝突しようとするなら、押し返せる。
  そして、『星』を『破壊』する逸話を持っているスターライトアンパンチならば。
  星の力を宿したものならば、その右の拳で破砕できる。
  なぜなら、そういう逸話を持っているのだから。

  また、ばいきんまんはこの聖杯戦争唯一の『ライダー』であった。
  アーチャーに対してこれ以上ないほどの『優勢』を持てるクラスと言わざるをえない。

  簡単なじゃんけん。
  勝負は、もしかしたら、アーチャーがライダーと戦うと決めた時に、すでに決していたのかもしれない。
  アーチャーは終ぞ知ることはない。


331 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:57:18 oCFNf7Uw0

☆アーチャー

  裏山から吹き飛ばされ、もと居た小学校の校舎付近まで吹き飛ばされるほどの衝撃。
  アーチャーはその衝撃を耐えることができなかった。
  手放したサジタリウスのスイッチが破砕する。
  これではもう、変身することは出来ない。
  それ以前に、傷だって浅くはない。しばらくすれば、そのまま消えてしまうだろう。


「そうか、私は―――」


  脳裏によぎるのは、一度目の死。


  人間というものは、子どもというものは不思議なもので。
  友情、愛情、勇気、正義、そういった下らない精神の繋がりで、容易に過去の自分を乗り越える。
  限界なんて突破して、目の前に立ちはだかるものをぶち破る。
  そうだった。
  アーチャーの記憶の中の宿敵、『如月弦太朗』がそうだったように。
  星輝子も、ばいきんまんも、そうなのだ。

  あの時、星輝子とライダーは、同乗者二人を守るという『絆』を背負い、こちらに挑んできたのだ。
  その危険性を理解せずに、『手応えがない』などと思ってしまったのは、やはりアーチャーが、絆というものを、心の底で軽視していたから、なのだろう。
  何も成長していないアーチャー自身を理解し、苦々しげに笑う。



「―――また、絆に……負けた、のか……」



  だが、身体が溶けていく中。
  アーチャー・我望光明は、一度目の死同様に、不思議な心地よさに包まれていた。















  さくり。
  消滅しかけていた我望光明の胸に、日本刀が突き刺さる。

「『死者行軍八房』」

  我望光明が、我望光明としての意識の消えるその刹那に聞いた声の意味を知ることはない。


【アーチャー(我望光明) 躯人形化(実質的退場)】


332 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:57:56 oCFNf7Uw0




  裏山は、嵐が過ぎ去ったあとのようだった。
  木々がなぎ倒され、禿山と化してしまっている。
  山の麓の民家になぎ倒された木が飛んできたという報告もある。

  その時間、裏山を見ていた人々は、口をそろえてこう言った。
  『巨人が現れ、笑いながら消えていった』。

  だが、消防隊員がその場所を訪れた時には、そこには、巨人なんて居なかった。
  巨人どころか、人の姿も見つけられなかった。
  マイペースで口数の少ない少女も。
  口うるさいくて天邪鬼な反英霊も。
  そこには残っていなかった。


  単純な話だった。
  魔力が尽きた、それだけだ。
  もとより、一般人である輝子に呼び出されたライダーではジャイアントだだんだんを長時間行使できない。
  限界を超え、その結果、当たり前のようにライダーは消滅した。
  ただ、少女たちは、その消滅の間際に掴んだ勝利を見届けていたに違いない。
  なぜなら、裏山の巨人は、消える間際に笑っていたと言うのだから。


  調査を終えて帰る際、消防隊員は、ふと、禿山を振り返ってみた。
  綺麗に一部だけ禿げ上がったその山は、まるでそこに何かが眠ることを示す墓標のようにも見えた。






【星輝子 宝具内でライダーの消滅に巻き込まれ消滅】
【ライダー(ばいきんまん) 魔力枯渇による消滅】





[備考]
※D-1地区裏山にてジャイアントだだんだんの姿が確認されました。
 被害規模やその異形から、おそらくニュースになるでしょう。
 戦闘痕は遠くからでもはっきり見えます。


333 : 名無しさん :2015/12/27(日) 23:58:47 oCFNf7Uw0
一旦投下終了です。
だいたい半分位だと思います。
続きは近いうちに必ず持ってくるのでもう少しお待ち下さい。


334 : 名無しさん :2015/12/28(月) 10:53:10 DvJowySM0
馬鹿な……これで半分だと……?
投下乙ってもう言いたい
泣いてるんだが……


335 : 名無しさん :2015/12/28(月) 12:05:50 mq8JEbzk0
投下乙です!
凄い…ばいきんまんだ!子供のころに見たばいきんまんそのものだ!


336 : 名無しさん :2015/12/28(月) 13:23:26 CHNUCI220
投下乙っす
泣けた…ばいきんまんとジャイアントだだんだんの最期の戦いが熱すぎる
親友のために奮起した輝子とその前に現れたばいきんまんの永遠の宿敵、「新しい顔」とかもうね
そうだよな世界一優しいヒーローはばいきんまんのピンチにも駆けつけるような奴だよな…
そして何より我望のUFOとの遭遇から、星を砕くスターライトアンパンチに敗れるまでの圧倒的なアーチャーとしての強さ、再び弦太郎や子供たちの力を連想していく心情描写、それらがあって初めて成り立つ感動だったとも思います
スノーホワイトとばいきんまんの組み合わせにも癒された
自分をすり減らし続けてた小雪ちゃんにほんの少し救いをくれたのが彼だとは
クロメの暗躍、大井の行く末を初めまだまだ他の参加者たちの動きも気になるところですし、後半もとにかく楽しみにしております


337 : 名無しさん :2015/12/28(月) 20:05:23 VgLbexCYO
投下乙です

対星
ドリル
ライダー
これでもかと、我望に有利な属性持ちだったのねばいきんまん


338 : ◆PatdvIjTFg :2016/01/01(金) 00:26:31 wk1KW2ZE0
2016年も少女聖杯をよろしくお願いします

         , 、 __   ____
       , -i fjfiンl    ``lrf-} }_ヽ,                                  __     ∧/|   / ̄``丶、
      /  /-i-''      `=="i l .l                             '"r┐ r┐ /   `'¬゙         \
.     l l i  ll/ l  l  l .l .l. l  l l .!                         /  _∠⌒> {  ο  /⌒)(⌒)\   `、
     弋 '、 l l l l l li  /l __l l // //             ::.:.:.:.:.:.:.:.:. : .        /    〈フ'//  \__/〉弋 ㌻^', `.   `.
.        ヽ、.ヽ ,ィ竺ョ.  l:::::::i / ,i´               : :切れそう: : .      /  /⌒∨/∧     │   乂マニニアノ   |
       | i、 .,!些∥ 弋ツl / ,|             : ::.:.:.:.:.:.:.:.:. : :      /  /    ///\'. \  |><´ \`¨´ }   !
      /l  } /ゝ __ __ "ィll l、 !l                            {  {    {{{rf心,\l\|ん心、 \ /   `、
     //_/ ィ `!ri_/l_r、r`、`i、__`ー-、                        `:、   `トゝVリ,    V)ソ「¨Tア゙      \  `¨ア
    /ィ ィ´' 1 、 f`'-i )   > 1i`i`'i `i          ⌒ヽ、          \ \ │ {'''  r‐…ァ ''''/// │  \  '.`¨¨¨´
.  / ./ l   ''ーョ//  3γ-イ   l l y /                : \         `¨7 ! |ゝ .,,____「¨ア〔__{ !   /\ \
  /  .l  {.   7´ l  _〕 -{,   .l, !'_/   、              }  }      、____彡   、|  |>、/∧∠ニニ\ `、  {  `¨⌒
  .l  l_ 入  l   __f∫^、l  /ィ  |    \` ー─── =ミメ  ′        `¨¨¨¨}     厶[ 厶<7⌒〉/ ̄\\ 乂
   ` 、_`'' ー ュ| .r、f -'/    \ .i / ./       \       -=ミ  厶,_ _       _,ノ    /{>、∀/ \厶`>'゙ア゛ `¨⌒
      ヽ, /s-'l, 、」l_ f- r- l !/ /     <//>  ´  />       \   ⌒¨¨¨¨¨´ \[]二二二 {_)
   ., -ー'_/`´''' l lXl.l.l Xl l  .l 、, _\__     /⌒ア // / |   i       `く//////    ∧ニニニニ=-<\
  / / / l l li l.lXl.l.l.lXl.l  .l ! !`` ー、ヽ     / /イ  /| /|   | \   ヽ | ∨77∧      |/|.:.|.:.|.:.|.:.|:..\:..,>′
  ! l  l  l l l l llXl.l .Ⅷ ll  .l  l !   .} !    ∠/   | />x人  :|x<\ ハ! ∨//\     ∨/ニ7¨Tニ7´
  入弋 入_ヽヽ! l l.lXl.l .l.lX.ll  l  .l l  .∥       イ  |/  ◯三\| ◯ Y}ノ|ノ  }><,ハ      /.: x/  ,゙x :::}
    ``  `''' ` l l__l_l、l lX,l_i 、! ∥        レ八  j|   三三三三  |  |勹 /     |\    /.: x/  /x :::/
           \_/ ` 、__l            {  ハ八    △     |  |,ノ/}     :|     {__」 /.::::::/
                                                               ` ̄´


339 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:14:30 rojVlRp20
ようやく完成しました。
投下します。


340 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:15:44 rojVlRp20
☆ランサー


  ランサーは見たことがないが、きのこ栽培業者の作業場はこんな感じなのだろうか。
  湿度が高く、薄暗い。空気が閉じ込められたままで、いかにも健康に悪そうだ。
  家中にきのこの原木が追いてあり、どの原木にもきのこが山のように生えている。
  とても特徴的な家の壁際、部屋の主が使っていただろうベッドに、連れて帰ってきた少女を腰掛けさせる。

「かびかび?」

  部屋の主のサーヴァントの使い魔、赤錆色のかびるんるんは不思議そうな顔でこちらを見つめたが、ランサーの連れて帰ってきた少女を見ると何度か頷いて離れていった。
  おそらく、サーヴァント経由で友人として紹介されていたのだろう。
  部屋の主の友人である少女・輿水幸子の方を見る。
  少女は、とても切羽詰まった表情をしていた。
  無理も無いことだ。友人を一人、戦場においてきたのだから。

「き、きのこを!」

  幸子が振り返り、突然声を上げた。
  声もやはり、平静を保てていない。裏返ってしまっている。

「きのこを、採って、待ちましょう」

  何度かの深呼吸の後に、幸子はようやく、その短い一文を言い終わった。

「約束ですから……いつ帰ってきてもいいように、いっぱい、採っておきましょう」

  それは、場違いな提案などではなく。
  心の底から無事を祈るための願掛けや、自己暗示に近い一言だった。


341 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:17:22 rojVlRp20


  ライダーが残って戦うと宣言したあと、彼のマスターである少女・星輝子だけは憮然とした表情でライダーの方に歩み寄った。
  会話の内容は分からない。
  だが、ランサーの頭には心の声が届いてくる。

(ライダーを一人で置いていけない)

  ライダーは先程からずっと(輝子たちに残っていてもらっては困る)と考え続けている。
  それが本心なのかは分からないが、
  小声で二言三言交わすと、ライダーの心の声が切り替わった。
  (できればマスターを説得してほしいが)
  ランサーが事態について予測を立てるよりも早く、輝子が待ちぼうけていた二人のもとに帰ってきた。

「残るよ、私」

  まるで天から降ってきたような唐突な一言に、ランサーも幸子も、待っていた時とはまた別の意味で言葉を失った。
  輝子は詰まりながらも言葉を重ねていく。
  ライダー一人では足止めにも不安が残る。
  だが、マスターと一緒にいることで発動できるものすごく強い宝具がある。
  だから輝子も残ってアーチャーを倒す。
  その提案に異を唱えたのは、当然、輝子の友人である幸子だった。

「そんな、そんな、危なすぎます! 輝子さんが、そんなこと、しなくてもいいじゃないですか!!」

  気づかれないように声は抑えているが、それでも心の底から絞り出したことがわかる悲痛な叫びだった。
  ランサーの頭のなかで、心の声が反響しだす。
  (輝子さんをおいていけない)(幸子ちゃんに残られては困る)
  二つの声は、お互いに、お互いのことを思いながら、ランサーの頭のなかを満たしていった。


342 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:19:57 rojVlRp20


  ランサーは、どちらに声をかけることもできなかった。
  本来ならば、ライダーと幸子の意見を尊重し、輝子を連れて帰るべきなのだろう。
  だが、輝子の心の声は、目の前に居る彼女の姿からは想像できないほど強く大きい。それだけ、強く思っているのだ。
  ライダーの主として、幸子の友達として。二人の無事を心の底から祈っているのだ。
  その思いを蔑ろにする権利は、異物であるランサーには存在しない。
  だが、だからといって置いていっていいわけがない。それは理屈ではなく、ランサーの魔法少女の信念に基づく選択だ。
  ランサーは、ライダーに向かって自身の選択を掲げる。

「ライダーさん」

「なんだ」

「私も……残って戦います」

「はぁ? 駄目だ駄目だ!」

  その一言は、それまで聞いたライダーのどんなセリフよりも重かった。
  あからさまになセリフとはまた違う、ほんとうの意味で、突き放そうとしている言葉だ。
  ライダーはランサーの瞳から目をそらさずに、どこか怒気すら感じさせながら続ける。

「いいかよく聞け! お前は正義の味方で、残っていいことしたいかもしれないが、俺様にとっちゃあ、そんなの、余計なお世話なんだよ!
 お前が居ても何も変わらない! 邪魔なだけだい! だから、お前はできることだけやってりゃいいの!」

  一歩踏み出そうとしていた心を、頭から抑えこまれた気分だった。
  ランサーはずっと、後悔したくないから、自ら選び、戦って、戦って、戦い抜いてきた。
  だが、ライダーはそんなランサーに、戦うなと言ってくる。
  引きたくはなかった。ここで引けば、ランサーはきっと後悔するとわかっていたから。
  だが、ライダーの心の声が、しゃかりきに踏み出そうとしていたランサーの心をまた抑えこむ。

  (マスターの願いが果たせずに終わったら困る)
  (サチコを守れなかったらマスターが悲しむ。それもなんか困る)
  (ガンコなマスターは無理かもしれないが、ランサーがサチコを連れて帰ってくれなきゃ危ない。困る)
  (なんとかして、ランサーとサチコを一緒に逃さないと困る)

  『それでも残ります』と言おうとして開きかけた口は、ついに言葉を結ぶことはなかった。
  ライダーの心の声に、ランサーは、言い返すことができなかった。


343 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:20:25 rojVlRp20


  ライダーの声を聞き、遅まきながら、ようやくランサーも理解した。
  輝子も、ライダーも、別に死にに行きたいわけじゃない。ただ、選んだんだ。
  昔々に姫河小雪が後悔し誓ったように、彼らもまた、自分たちが後悔しない道を選ぼうとしていたのだ。
  このやり取りも、選んだ道にランサーたちが居ればきっと後悔することになると分かっているから、輝子もライダーもランサーたちを返そうとしているだけにすぎない。
  ランサーが残れば、きっと二人を後悔させることになる。
  ランサーが帰れば、きっとランサーは後悔する。
  どちらを選んでも誰かが後悔を背負うことになる。どちらもが後悔しない道は、もう残っていない。

「……私にできることって、なんなんですか」

  ただの一言でぐちゃぐちゃになってしまった頭の中から、どうしようもない問いが溢れる。
  ランサーの問いかけに、ライダーはしばし間を置き、こう答えた。

「俺様にはぜえんぜえん関係ないけど、マスターは、サチコを守りたいんだとさ」

  彼の口から出たのは、ライダーの思いではなく、ライダーのマスターである輝子の願い。

「正義の味方は、俺様じゃなくて、そういうことを手伝うもんだろ!」

  続いたのは、不器用な彼なりの依頼。そして、何度目かの『正義の味方』という呼び名。
  頭の中でひしめく泥の中に、正義の味方という肩書は、眩しすぎた。
  ライダーはぽん、とランサーの肩を叩く。

「心配するな! 俺様すーっごい強いから! ぜぇったい勝つ!
 UFOを壊したあいつを、空の星に変えてやる!」

  何も答えられずに黙りこむ。
  そして、魔法少女の思考能力でたっぷり数十秒をかけて、結論を出した。
  ランサーは結局、『他人のための』魔法少女だった。
  困った人に力を貸したい魔法少女だった。人々を幸せにしたい魔法少女だった。
  だから最後には、自分が後悔しないではなく他人に後悔させないが上回った。
  ランサーは、唇を噛み締め、拳を握りしめ、後悔するであろう道を選ぶことに決めた。
  叩かれた肩が、少し重く感じた。


344 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:20:49 rojVlRp20


「じゃ、じゃあ! ボクも残って―――!」

「それは……駄目」

  なぜだかいたたまれなくなり、幸子たちの方を向く。
  そこでは、丁度ランサーとライダーのやり取りと同じように、輝子がきっぱりと幸子の言葉を切り捨てていた。

「幸子ちゃんが居ても、危ないだけだ……わ、私と、ライダーは、大丈夫。
 だから……幸子ちゃんは、そ、そっちの人と、帰ってて」

「そうだそうだ! お前が居たら、踏み潰しちまうかもって、集中できなくなるんだよ!」

  輝子の言葉に乗るように、ライダーが手を払いながら突き放す言葉を加える。
  幸子の顔はもう真っ赤だった。
  言葉と感情がうまく組み合わさっていないように、口を開いて、言葉が出せずに止まってを繰り返している。
  そして、数秒後、撥ね付けるようにこう怒鳴った。

「……じゃあ、勝手にすればいいじゃないですか! もう、知りませんから!」

  幸子は踵を返した。傍目に見てもはっきりわかるくらいに、捨て鉢だ。
  輿水幸子という少女は、そういう少女なのだろう。
  輝子もそれを分かっているようで、ただ、力なく笑っていた。

「いいか、マスター」

「う、うん……」

  身を翻して、森の奥、アーチャーの追ってきている方へと歩を進め始める。

「……知りませんから。もう」

  幸子の言葉が嘘だなんて、心の声が読めなくてもわかった。


345 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:21:10 rojVlRp20


「あ、そうだ。ふたりとも」

  声に止められ、振り返る。
  振り返った先にあったのは一切陰りのない輝子の笑顔だった。

「キ、キノコがさ……」
「ライダーのおかげで、キノコが、いっぱいできたんだ……
 か、帰ったら……幸子ちゃんと、ランサーさんと、ライダーと、小梅ちゃんも呼んで、キノコづくしにしよう。
 きっと、いい思い出になるから……だから、先に帰って、き、キノコ、収穫……」

  その喋りは、追われている途中からずっと変わらない。平静そのものという語り口だった、
  幸子は何かを言おうと口を開き、そのまま口を一文字に結んで俯き。
  そして、静かに、答えをこぼした。

「や、約束ですよ……約束破ったら、タダじゃおきませんからね。すっごく、本当にすっごく怒りますからね」

「フ、ヒ……怖いのは、やだな……頑張ろ」

  幸子が顔を跳ね上げる。大粒の涙が宙に舞った。

「そうですよ! 頑張って下さいよ! 待ってますからね!」

「任せて。頑張るの、結構、得意……かも……フフ」

  輝子は、やはり笑っていた。
  困った人から聞こえる心の声は、ライダーからも、輝子からも、聞こえなかった。


346 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:21:27 rojVlRp20




  あれ以降、追跡の手はぱったりとやんだ。
  振り返って確認することはできなかったが、きっと輝子たち二人が足止めしてくれているのだろう。

「大丈夫ですよね」

  黙々とキノコをもいでいた幸子が口を開いた。

「か、勝つ方法があるって言ってましたもんね! 約束だって、しましたし……」

  別れる前にはあんなことを言ってしまったが、幸子も幸子でてるこの事を心の底から思っているのだ。
  そこはランサーにもちゃんと分かっている。
  それにランサーには、今も幸子の悲痛な叫びが聞こえていた。

  (早く会いたい)(無事に帰ってきて欲しい)

  一人だけでもランサーの頭を埋め尽くせるほどの心の声。
  もしかしたら、人間体であったとしても聞こえるかもしれないほどの思いの強さだ。
  気休め程度にしかならないだろうとはわかっていたが、ランサーも一言だけ、輝子の勇気に心を添えておいた。

「大丈夫ですよ。ライダーさんは、意外と強いから」

「……そう、ですよね」

  返答に元気はない。
  なにか別の言葉をかけるべきかと考えていると、ついにその時は来てしまった。

  きのこの原木を囲んでいたかびるんるんが、突然消えた。


347 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:21:47 rojVlRp20


  数十体居たかびるんるんたちが、全く同じ瞬間に消えてしまう。
  かびかびという小粋な鳴き声がやみ、突然の静寂が訪れる。

「あ、ああ……」

  幸子が、かびるんるんたちの居た場所にうずくまった。
  ランサーにも理解できた。
  たった今、かびるんるんたちの主であるライダーが消滅したのだ。
  それが意味することは、すなわち―――

「なんで、なんで……っ!」

  問いかけに続く言葉はない。
  きっと、様々な感情が渦巻いているのだろう。心の声は、嵐のように吹き荒れている。

  ランサーは鳴り止まない心の声たちを聞きながら、やはり、後悔していた。
  もっとなにか、方法があったのではないか。何かが違えば救えたのではないだろうか。
  選んで後悔するのは、何度目だろうか。分からない。
  ただ、後悔すると分かっていて選んだのは、きっと初めてだ。
  後悔はやはり深く、黒く、強い。
  ランサーの胸には、ライダーとのやり取りが今なお残っている。
  ライダーに言わせるなら、幸子を連れて帰った行いは『いいこと』だし『正義』なんだろう。
  でも、彼の純粋な善悪の価値観だけでは、ランサーの後悔は割り切ることができない。
  結局ランサーは輝子もライダーも守ることができなかった。それでもまだ、ランサーは『正義の味方』なんだろうか。
  ランサーにはわからなかった。

「思い出、一緒に作るって、言ったじゃないですか!」

  幸子が、震える声でようやく絞り出した言葉は。
  否定でもなく、怒りでもなく、届かず消えた希望の残滓。
  その一言を言い切ると、幸子は、堰を切ったように泣き出した。


348 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:22:17 rojVlRp20


【C-3/マンション・星輝子の部屋/1日目 夕方】

【ランサー(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
[状態]疲労(中)、絶望(微)、ストレス
[装備]
[道具]ルーラ、四次元袋、キノコ
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り犠牲を出さずに聖杯戦争を終わらせる。
0.―――
1.輿水幸子に対応
2.江ノ島盾子たちのところに戻るべきか否か
3.江ノ島盾子と蜂屋あいの再会時に蜂屋あいのサーヴァントを仕留める。
4.出来ることなら、諸星きらりに手を貸してあげたい。

[備考]
※木之本桜&セイバー(沖田総司)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、
 蜂屋あい&キャスター(アリス)、キャスター(木原マサキ)、バーサーカー(チェーンソー男)、輿水幸子を確認しました。ステータスは確認していません。
※江ノ島盾子がスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対応していることに気づきました。蜂屋あいの心の声が聞こえません。
※諸星きらりの声(『バーサーカーを助けたい』『元いた世界に帰りたい』)を聞きました。
 彼女が善人であることを確信しました。

【輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、恐怖(微)、深い悲しみ
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]キノコ
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:―――
0.―――
[備考]
※ランサー(姫河小雪)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、
 キャスター(木原マサキ)、バーサーカー(チェーンソー男)を確認しました。ステータスは確認していません。
※商店街での戦闘痕を確認しました。戦闘を見ていたとされるNPCの人となりを聞きました。
※小梅と輝子に電話を入れました。
※『エノシマ』(大井)とメールで会う約束をしました。
 また、小梅と輝子に「安否の確認」「今日は少し体調がすぐれないので学校を休む」「きらりを見かけたら教えて欲しい」というメールを送りました。


349 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:22:44 rojVlRp20


☆アサシン

  英霊に付き従う枷として『逸話』がある。
  英霊は、本人すら気づかぬうちに逸話に縛られ、聖杯に管理されている。
  アサシン・クロメも逸話に縛られた英霊の一人だ。
  しかし、彼女の場合は英霊として不完全だった。

  アサシンには決定的な逸話が足りていなかった。
  欠落した逸話は『帝具の再現』。
  例えば、ドラゴンの破壊光線は再現できる。例えば、超人的な身体能力は再現できる。
  しかし、武器についてはその限りではない。
  クロメと彼女の宝具である『死者行軍八房』は、生涯一度も同等の武器である『帝具』を再現しなかった。
  例えば、アサシンが姉のアカメを殺害していたとして、彼女の『一撃必殺村雨』は躯人形と化した姉の手に握られていたのか。
  もっと言えば、アサシンが化粧の暗殺者・チェルシーのとどめをナタラに預け、自分で刺さなかった理由はどこにあるのか。
  その答えは、聖杯にも残っていない。
  彼女の逸話に残っているのはナタラに帝具より遥かに劣る臣具をもたせていたという事実だけであり、それ以上については闇の中だ。

  逸話のブランクで生まれた謎は、彼女の顕現においてどう補完されたのか。
  聖杯は、その逸話の欠落を戦闘時に起こりうるブレの一部として、クロメとクロメの宝具の餌食となった英霊に預けた。
  すなわち、幸運値による判定だ。
  クロメが敵対した英霊と同じくらい、もしくは恒常的な状態で敵対した英霊よりも幸運であったならば、『八房』はたとえAランクの宝具だろうと再現が可能。
  しかし、クロメが彼らより不運だったとするならば。

「……失敗か」

  ため息を付いて手に入れた躯人形を眺める。
  その姿には確かに見覚えがある。高等学校の上に居たあの英霊だ。
  ただ、その人物に特殊能力が残っているようには思えない。
  目の前で弾けたスイッチのような何かこそが宝具だったのだろう。
  これではただの人間とほとんど変わりない。
  スキルがいくつかあるようだが、身体能力は人間並み。ハズレもいいとこだ。


350 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:23:01 rojVlRp20


「ハズレでも、ようやく手に入れた人形だ。大切に使ってあげないとね」

  ぱき。
  しゃく。
  ぽりぽり。
  お菓子を食べながら刀を仕舞う。サーヴァントだったモノは、なにも言わずに八房の中に消えた。

「さて、私はやることやってやったけど……あっちはどうかな」

  思うのは、自身のマスターである山田なぎさのこと。
  小学校の屋上の戦闘から、今後発生する乱戦の気配を察知して、横から掻っ攫った少女を渡してそのまま押取り刀で駆けつけた。
  あの脱落マスターの処遇にかんしてはマスターに一任してある。
  戦闘中の様子を確認する限りでは、身のこなし、反射速度、どれも歳相応の無力な少女だ。
  いくらなぎさが荒事に慣れていないとはいえ、体格で優っている相手に一方的にやり込められることはないだろう。
  心配はまったくない。
  だが、とても楽しみなことは一つある。

「ようやく、初めての覚悟の見せ所だ。どの程度なんだろうね、マスターの言う覚悟って」

  出会い頭の威勢のいい啖呵を思い出す。
  威勢だけは立派だったが、実際のところはどうなのか。
  クロメは、なぎさに特に期待していない。
  所詮昨日までなまっちょろい世界で生きてきた少女だ。
  口でなんと言っていようと、踏ん切りをつけられないことまで織り込み済みだ。
  もし宣言通りに『なんでも』して、令呪を奪っていたならば、それもよし。
  駄目だったなら発破かけのいい機会になる。


351 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:23:20 rojVlRp20


  覚悟とやらが上っ面だけでたたらを踏むようなら、なぎさの目の前であの少女を躯人形に変えてあげればいい。
  あの脱落マスターを躯人形にしたところでさしたる使い道はないだろうが、仲の良さそうだった少女のもとに武器を持たせて送り込めば、負傷の一つは稼げるだろう。
  人形二つ。まだまだ本調子とは行かないが、動きがやっとそれらしくなってきた。
  聖杯への期待か、久方ぶりの戦場の興奮か、やや上向きになった調子に乗せて、こうつぶやく。

「……言ったとおりだ。嵐が来るよ、マスター」

  なぎさの言葉を借り、戦場に添える。
  見上げた向こう、山の奥に見えた巨人の姿はもうない。
  どこぞの誰かが戦って、負けて死んだか、勝って引いたか。
  どちらにせよ、あの巨人と小学校での戦闘は、大きな波紋を起こすだろう。
  参加者たちは必ず何らかの反応を起こし、動き出す。
  参加者が動き出せば、ようやく、暗躍がしやすくなる。そこからが、アサシンの本領の見せ所だ。
  賽はようやく投げられた。
  まずはもう少し、周辺を見ておこう。
  戦闘の噂を聞いてようやく集まった主従が居れば、気配遮断を利用して顔を覚えるいい機会になる。
  ここからが、アサシンの聖杯戦争の幕開けだ。


352 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:23:37 rojVlRp20


☆大道寺知世

  夢を見ていた。
  いつものように木之本桜とともに、学校で過ごす夢だ。
  夢のなかの小学校は平和だった。
  死神様なんてものは、噂も残っていない。
  隣を向けば、シニカルな表情のサーヴァントが立っている。
  そんな、とっても寂しい夢だ。

  目を覚まして、泣いていたのに気づいた。
  そして、アサシンが消えてしまったことを思い出して、再び嗚咽がこぼれた。

「起きたの」

  唐突に声がかけられる。
  顔を上げれば、目の前には一人の少女が立っていた。
  そこで知世はようやく自分の置かれている状況に気づいた。
  手首足首を縄で縛られて、椅子に座らされている。身動きが一切取れない。
  先程まで屋上に居たところからの突然の状況の変化に頭が真っ白になってしまうが、それでも、頭のなかに張り付いたあの笑顔は忘れない。
  夢うつつの中においてしまいそうだった少女のことを思い出す。

  死神様。
  あのエプロンドレスのサーヴァントが、死神様だった。
  やはり死神様事件には黒幕が居た。サーヴァントが関わっていた。
  だが。
  ぽたりと一つ、大粒の涙がこぼれ落ち、小学校の制服を濡らす。
  死神様のせいで、知世のサーヴァント・アサシンは戦うことになり、結果として消滅してしまった。
  知世の指示に従い。
  知世を守るために。


353 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:24:32 rojVlRp20


「あ、の!」

  自分のせいでという深い後悔に苛まれながらも顔を上げる。
  そして、身動きがとれないままの身体で身を乗り出し、椅子ごと転けそうになりながらも少女に食らいつく勢いで話しかける。
  これではあまりにも、知世を手伝ってくれたアサシンが報われなさすぎる。
  せめて一矢だけでも、あの『死神様』に報いたい。
  悪びれもせず、ただ無邪気に災厄を振りまいた『死神様』に、目に物を見せてやりたい。
  でも、知世にはもうその力は残っていない。
  知世がアサシンの犠牲によってようやく手に入れたのは、死神様の姿とクラス名だけ。他にはもうなにもない。

「お願いします! 貴女が何方かは知りません! でも、でも、私を攫うということは、聖杯戦争の参加者の方だと思います!
 手伝ってください! 私、死神様を……あのサーヴァントを、どうしても倒したいんです!」

  知世はまた、泣いていた。だがその涙は、別離を悲しむ涙ではない。
  言うならば優しさの涙。失ったものを思い、守るべきものを思うからこそ流れる涙。
  名前も知らぬ少女(とは言っても、知世よりはずっと年上だ)は少し黙って見つめたあとで、ようやく口を開いた。

「話してみてよ、それから考えるから」

  死神様について、知っていることをすべて語った。
  小学校に蔓延している呪術の噂。
  魔女狩りのような一方的な私刑。
  その裏に居る一体のサーヴァント。
  屋上での戦闘についても、全て語った。
  フェイト・テスタロッサ。
  死神様のクラス名はキャスター。
  助けに来てくれた友人。
  暗転する意識。
  聖杯戦争に直面してから、ここに至るまでの全てを、少女の前にさらけ出した。

「……」

  少女は、少し黙って考えているようだった。
  知世はもう一度、ろくに身動きも取れない身体で頭を下げて頼み込む。
  お願いします、お願いしますと。
  そうして頼み込んでいると、少女はゆっくりと口を開いた。


354 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:24:57 rojVlRp20


「迂闊だね」

「えっ……」

「『誰かは知りません』って、それって、あたしがその『死神様』のマスターかもしれないってことでしょ」

  少女は、つらつらと語る。表情は全く変わっていない。
  その少女の一言に、知世は生き肝を抜かれるような気持ちだった。
  もし少女の言葉が正しいのならば、知世の運命は決したようなものだ。
  これからは、死神様事件の被害者のような結末を迎えるしかない。
  震える声で尋ねる。

「貴女が、そうなんですか」

  少女は、椅子に座らせられている知世と目を合わせるように、少しだけ身をかがめ。
  そして肯定でも否定でもない一言で答えた。

「もしあたしが死神様なら、正体を教えるような真似、するもんか。
 あんたはつくづく迂闊だ。だからいいようにしてやられるんだ」

  返す言葉がなかった。
  塩を塗るような一言が、じくりじくりと知世の心の傷に響く。
  知世が何も言えず俯いていると、その様子を見て、少女はまた一言続けた。

「まあいいよ。手伝ってあげるよ」

  それは、知世が一番望んでいた答え。
  だが、知世が顔を上げて礼を言うよりも早く、言葉が重ねられていく。

「ただし、条件がある」


355 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:25:19 rojVlRp20


「まず、令呪全部だ。令呪を全部くれたなら、手伝ってやる。
 それに、手伝うだけだ。勝てないと思ったら勝手に引き上げるし、勝てると思ったらあんたがどう言おうと勝手に戦わせてもらう。それでもいいなら……」

「構いません!」

  迷うことなんてなかった。
  もう失ってしまった権威など何の役にも立たないのだから、交渉の材料になるというのならば捨てる勢いで渡してみせる。
  倒すというのだって、構わない死神様はすでに無辜の児童を数多く屠っているのだ。今更申し開きの余地もない。
  少女はやや面食らったように言葉に詰まったが、返答を聞いて数秒待ち、そして知世を縛っていた縄を解いた。
  椅子に固定されていた身体が自由になる。
  そうして初めて、知世は生きた心地を取り戻した。

「あの、一ついいでしょうか」

  縛られて固くなってしまった身体をほぐしながら、少女の方を向く。
  少女は、ノスタルジーにひたるように空を見上げていたが、やや間を置いて振り向いた。

「お名前……伺ってもよろしいですか」

  突然の出会いで、お互い名前も知らない。
  連絡先も、できることなら交換しておきたい。
  それより、そもそも知世はどうするべきかを考えなければならない。
  少女の側でアシストできるようにしておいた方がいいのか。
  別行動で情報収集に勤めればいいのか。
  そういうことも、目の前の少女と決めておく必要がある。

「……『なぎさ』」

  つっけんどんな少女は一言だけ返した。
  苗字か、名前かはわからなかったが、深く追求することなく、頭を下げて挨拶を返す。

「大道寺知世です……その、よろしくお願いします。なぎささん」

  大道寺知世の聖杯戦争は、まだ終わらない。


356 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:25:35 rojVlRp20


☆山田なぎさ


  気分が悪い。
  頭に血がめぐっていない。貧血の時はこんな感じなんだろうな、と思う。
  躊躇は捨てた。そのはずだ。
  しかし、現実ってのは思った以上に厄介だった。
  少女の柔らかな睫毛は、涙に濡れていた。
  眠りながら泣いている。
  彼女に何が有ったのかはわからない。
  サーヴァントを失い脱落したとだけアサシンからは聞いている。
  そこに泣くほどの何かがあったかどうかまでは聞いていない。
  ただ、少女は。
  可愛らしい人形のように椅子の上で眠りながら、さめざめと涙を流し続けていた。
  その光景に、へばりついていた記憶の澱があたしの脳内を汚し始める。

  突き放されて、子どもみたいに泣きじゃくる少女の記憶。
  体中痣だらけで。
  歩くこともままならない。
  それは、誰かの暴力のせいで。

  なんでもすると誓った。そのはずだ。
  その誓いは、少なくともあたしの中ではとても大きなもので、何事にも変えられない信念だ。
  でも、その誓いに待ったをかける何かもまた、心の奥に存在していた。
  無抵抗の人間に暴力を振るうのか。
  自分の勝手で実の娘を、海野藻屑を虐げていたあの男と、海野雅愛と同じ存在になってしまうのか。


357 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:26:06 rojVlRp20


  あの男が今のなぎさと同じ状況に立ったなら、きっと悪びれもせずに、目をぎらつかせながらこう言ってのけるだろう。

『こいつは負けたんだ。負けた人間から何をもらおうと、僕の勝手だろう。
 誰にも口出しする権利はない。死んでないだけありがたく思うべきだ』

  それは実弾だ。
  この世界を生き抜くための力だ。
  反吐が出るほどに実弾で。
  この上なく無慈悲で。
  だけど、だからこそ、誰も選べない道。
  きっと、『なんでもする』とは、そういうことだ。
  自分の夢のために『なんでもする』とは、あの男のような判断をすることだ。

  あたしが選ぶのは、あの身の毛もよだつような精神異常者と同じ道、なのだろうか。
  フラッシュ・バックのように蘇る、居心地の悪い記憶たち。
  たまたますれ違ったアーケードで出会い、自分に正義があるように語る海野雅愛。
  それより昔の、海野雅愛に突き放されてらしくなくおいおい泣きじゃくる海野藻屑。
  それらが浮かぶたび、なんとも言えない気持ちになった。

  縄で縛り付けた人間を一方的に甚振ればもう戻れない。
  あたしは、海野雅愛の同類になってしまう。そんな気がした。
  だからあたしは、結局、なんでもはできなかった。

  少女は目を覚ますと、何故かあたしに協力を申し出てきた。
  死神様。
  小学校で流行っているおまじない。
  おまじない、なんてのは態勢を整えるための上っ面の名前。
  その正体は、自分の勝手な理屈と理想を押し付けて、他者を一方的に嬲り殺すための儀式。
  脳裏に浮かんだのは、血まみれの黒い毛と、汚らしい文字。
  どこまでも、忌々しい思い出だ。
  どれだけ捨てようと思っても、あたしの中につきまとい続けるつもりらしい。
  海野藻屑と別れて以来、不意に思い出すのはいつだってあいつら二人のこと。
  これじゃあ気持ちの悪いストーカーみたいだと自分のことながらあきれてしまう。
  本当に、嫌になる。


358 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:26:23 rojVlRp20

  死神様について、少女のサーヴァントが消滅した戦いについてを少女から聞く。
  有益な情報が多かった。
  朝方通達で確認したフェイト・テスタロッサが小学校にいるということ。
  小学校には『死神様』を含めてもう数人の主従が居るということ。

  そして、協力についても、なぎさは条件付きで承諾することに決めた。
  報酬は令呪三つ。フェイト・テスタロッサを探すよりも効率がいい。
  相手の姿と戦闘を一度見ている大道寺知世から情報を引き出せば、今後の立ち回りに役立つ。
  大道寺知世によれば、彼女の友人も聖杯戦争に関わっている可能性があると聞く。大道寺知世を利用して近づけば、不意を打ってサーヴァントを奪えるかもしれない。
  それに、これはあたしの方にだけ決定権のある一方的な協力だ。嫌ならすぐにやめられる。
  ただ奪うよりも実入りがいい。
  無体を行って得られるかどうかも分からない令呪よりも、この契約の方が有効に使えるはずだ。
  協力と呼ぶには一方的に有利すぎる条件を突きつけたが、少女は二つ返事でその条件を飲むことを誓った。

  少女の腕と足を固定していた縄を解きながら考える。
  もし、死神様ってやつを倒せたら、あたしはあの男の呪縛から逃れることができるのだろうか。
  全くもって非現実的かつ非効率的な発想に、頭が痛くなる。
  そんな空想的な考えは、らしくない。
  あたしが選んだのは、もっと実弾的な利益だ。
  でも、アサシンがあたしの決断をどんな風に受け取るのかは、考えたくなかった。

  強い風が吹く。
  飼育小屋の外の雲は、家に帰る人の波のように、急ぎ足で動いていた。




  実弾は、知らずのうちに、嵐の中へと放たれる。


359 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:29:21 rojVlRp20


【D-2/小学校/一日目 夕方】

【アサシン(クロメ)@アカメが斬る!】
[状態]実体化(気配遮断)中
[装備]『死者行軍八房』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.戦闘の発生に注意しながら索敵。
2.機会を見てマスターのもとに帰る。その時のマスターの様子次第で知世を躯人形に。
3.アサシンらしく暗殺といった搦手で攻める。その為にも、骸人形が欲しい。
4.とりあえずおとなしく索敵。使えそうな主従を探す。
[備考]
※双葉杏をマスター(仮)として記憶しました。
 江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。ランサーはスノーホワイト状態だったため変身前の姿は知りません。
 側にサーヴァントの居なかった大井・星輝子はスルーしています。
※アーチャー(我望光明)を確認しています。戦力が不明なため、こちらから斬りかかることは今はまだありません。
※八房の骸人形のストックは一(我望光明)です。
※気配遮断が相まってかなり見つけられにくいです。同ランクより上の索敵持ちで発見の機会を得られます。
※英霊を躯人形にした際、武器系宝具の再現には幸運値判定が入ります。
 幸運値E以下の英霊ならば武器は再現可能、クロメの幸運値を令呪で一時的に上げて相手を殺せばそれ以上でも再現可能です。
 判定はあくまで『宝具クラスの武器が再現できるかどうか』であるため、呪文や体質、逸話昇華系宝具ならば幸運判定なしで再現することが可能です。


360 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:29:45 rojVlRp20


【D-2/中学校 飼育小屋/一日目 夕方】


【山田なぎさ@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康、若干憂鬱(すぐに切り替え可能)
[令呪]残り三画
[装備]携帯電話、通学カバン
[道具]
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、海野藻屑に会う。
1.大道寺知世を手伝う……?
2.お人好しな主従と協調するふりをして、隙あらばクロメに襲わせる。
3.ただし油断せず、慎重に。手に負えないことに首を突っ込まないし、強敵ならば上手く利用して消耗させる。
[備考]
※掲示板を確認しましたが、過度な干渉はしないつもりです。
※暴力に深層心理レベルで忌避感があることに気づきました。
※令呪三画を報酬に大道寺知世に協力を約束しました。


【大道寺知世@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態]深い後悔、手首足首などに縛られた痕
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金] たくさん
[思考・状況]
基本行動方針: 街の人達を守る
1.アサシンくん……
2.『なぎさ』に『死神様』事件について協力してもらう。
[備考]
※死神様について
・小学校の生徒を自由に操れる『エプロンドレスのキャスター』が裏側に居ると知りました。
※サーヴァントを失ったため、ルーラー雪華綺晶に狙われています
※令呪三画を報酬に山田なぎさに協力を申し込みました。


361 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:30:02 rojVlRp20



☆フェイト・テスタロッサ

  まさに急展開に次ぐ急展開だ。
  何故か空に現れた円盤型の飛行物体に突如救われた。
  かと思えばフェイトを掴んでいた腕が破壊され、森に放り出され。
  どことも知れぬ森のなかに墜落し、気づけば遭難同然の状態だ。

  森に投げ出されて無傷で居られたのは、握りしめていた巨大な手のひらのおかげだった。
  かなりの耐久力を誇っているらしく、木々に衝突する衝撃からフェイトの身体を守りぬいてくれた。
  だが、気力体力ともに消耗が激しい。
  よろけて手を木につくと、小学校で受けた肩口の傷から閃光のように鮮烈な痛みが走る。
  深手もおってしまった。しばらくは、戦闘は無理そうだ。
  よろめきながらも歩いて森の外を目指していると、木立の奥から人影が飛び出した。
  一瞬アーチャーが迫ってきたのかと思い身構えたが、その姿はあの異形とは程遠い、貧相なものだった。

「サーヴァントを霊体化させて武装を解除しろ」

  その貧相な体つきの男こそ、あの時フェイトと同じように巨大な手のひらに掴まれていた胡散臭いキャスターだった。
  小学校で彼が口走った名前のこと。霊体化すれば即座に逃げきれるだろうに捕まったままで居たこと。
  また、開口一番のこの言葉も加えて、フェイトの中での彼への猜疑心はやはりとどまるところを知らない。
  聞く耳など一切持とうとせずに、バルディッシュを構えて、キャスターにつきつける。

「何を―――」

「あのアーチャーが円盤自体ではなく腕を狙った理由も分からないのか。奴の狙いはお前だ、フェイト・テスタロッサ」

  猜疑心に任せて声を荒げようとしたがぐ、と声を飲み込む。
  声を上げれば敵に見つかるという可能性に遅まきながら気づいた。
  傍にいたランサーを霊体化させ、言われたとおりにバリアジャケットも解除した。
  胡散臭いキャスターは武装を解除したフェイトを見て、鼻を一度鳴らし、悪態をついた。

「フン。最初からそうしていればいいんだ。行くぞ」

  キャスターはフェイトの手を取り、ずんずんと歩いて行く。
  木々を縫うように、UFOの進行方向とは全く別の方向へ。
  徒歩で逃げられるのかという心配も有ったが、宝具と思われるUFOが空を飛ぶ中で魔力反応を極限まで抑えれば、件のアーチャーが索敵能力を持っていないかぎり見つかることはないだろう。
  あまりに乱暴な扱いで、矢に貫かれた傷が痛むが、必死に声を抑える。
  あのアーチャーは、チェーンソーのバーサーカーすら超えた難敵だ。交戦に入れば一方的に蹂躙されるだけだ。


362 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:30:57 rojVlRp20


  いつまでたっても霊体化という安直な逃げ方を選ばない(やはり胡散臭い)キャスターに手をひかれ十数分。
  山林部を抜け、住宅街になんとかたどり着き、そこからは舗装された道路をしばらく走り。
  アーチャーが襲ってくる気配が全くないのを確認して、キャスターはようやく立ち止まった。

「どうやら撒いたようだな」

  キャスターが背後を振り返り、追手を確認する。
  音も姿もない。追手は完全にフェイトたち二人を見失ったようだ。
  フェイトもそれを確認し、無事が確保できたことを確信すると、キャスターの握っていた手を跳ね除けた。
  また、肩の傷がズキリと痛み、思わず顔を歪めてしまう。
  そんなフェイトの様子を見て、キャスターはとても面白そうに口角を釣り上げた。

「結局はこうなるんだよ、フェイト・テスタロッサ。俺を妨げられるものは居ないんだ」

  何を指しているのかが全くわからない一言。
  出会い頭から思っていたが、このサーヴァントは一方的なコミュニケーション以外行おうとしていない気がする。
  ならば相手の望む会話をすることはない、と。
  フェイトもまた、一方的に、キャスターに向かって問いを放った。

「一つ聞かせてください」

「なんだ」

「何を知っているんですか」

「何を?」

  沈黙が流れる。
  フェイトの視線は、まっすぐにキャスターの瞳をとらえたままだ。
  キャスターは目を細め、口を三日月に裂き、それはそれは楽しそうに言い放った。

「よく知っているよ。お前のことは。
 いつも一緒の犬ころはどうした? 主催者に刃向かって殺されたか?」

  あまりの言い草にかっと頭に血が登った。
  だが、この場に居ないアルフのことをズバリと言い当てたキャスターの『全てを把握している』という言葉に、登った血はたちまち引いていった。
  キャスターの『よく知っている』というのは、決してハッタリではない。
  プレシアについて。アルフについて。他の何かについて。キャスターはフェイトについてを把握している。


363 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:31:17 rojVlRp20


  キャスターはフェイトの混乱など気にしていないような様子で、言葉を続ける。

「これ以上下らない問答を続ける気はない。もう一度聞かせてもらう。
 聖杯が欲しいか、フェイト・テスタロッサ」

  繰り返される問いは、三度目の問い。
  小蝿も、バーサーカーもこの場には居ない。答えを遮るものは消えた。
  フェイトは息を呑み、そして答えを口にする。

「……欲しい」

  当然だ。
  母のため、聖杯を勝ち取ると誓ったのだから。
  この胡散臭いキャスターと出会う少し前、屋上でのエプロンドレスのキャスターや幼いアサシンとの問答の時から、その心は変わっていない。

「ならば俺に協力しろ。俺は聖杯を望んではいないが、やらねばならないことがある。そのためには、お前が居ると都合がいい。
 お前が俺に協力するというならば、俺もお前に協力しよう」

  フェイトの答えを聞くと、キャスターは待ちわびたと言わんばかりに、言葉を続けた。
  『協力』。
  それは何気ない、どんな時でも使われる単語。
  だが、キャスターの口からその単語が出た時、フェイトは思わず身震いをしてしまった。
  その身震いの感覚を、フェイトは知っている。
  それは、フェイトが時折母に覚えるものと同じだ。
  目の前のキャスターは何か、『大きなもの』を抱え込んでいる。そんな気がした。

「私に、何をしろって言うんですか」

  尋ねれば、キャスターはすぐに手の内の一部を晒してみせた。
  そんなところまで、母によく似ていた。

「簡単なことだ。俺は今から図書館へ向かう。お前はそれについてくるだけでいい。
 報酬の令呪は俺のマスターではなくお前に譲るよう掛けあってやる。協力の証としてな」

  それは、唯一与えられた『主催者』の手の内の情報。
  ルーラーから突如言い渡された討伐令に、自ら飛び込むという暴挙の誘い。

  風が吹いた。
  嵐の前触れのような、強い、強い、風が。
  フェイト・テスタロッサという少女の分岐点は、ひょっとするとここかもしれない。


364 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:31:33 rojVlRp20

【フェイト・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】
[状態] 疲労(中)、ストレス、魔力消費(極大)、右肩負傷(中)
[令呪]残り三画
[装備] 『バルディッシュ』
[道具]
[所持金]少額と5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
1. 木原マサキの提案に―――?
[備考]
※ランサー(姫河小雪)、キャスター(木原マサキ)、大道寺知世&アサシン(セリム)、バーサーカー(チェーンソー男)、輿水幸子を確認しました。
※木原マサキがプレシア・テスタロッサやアルフについて知っていることを知りました。
※小学校に通うつもりでいます

【ランサー(綾波レイ)@新世紀エヴァンゲリオン(漫画)】
[状態] 健康、霊体化中
[装備]
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う


365 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:31:45 rojVlRp20


【キャスター(木原マサキ)@冥王計画ゼオライマー(OVA版)】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:冥王計画の遂行。その過程で聖杯の奪取。
1.フェイト・テスタロッサをダシにして主催者に探りを入れる。
2.予備の『木原マサキ』を制作。そのためにも特殊な参加者の選別が必要。
3.特殊な参加者が居なかった・見つからないまま状況が動いた場合、天のレイジングハートを再エンチャント。『木原マサキ』の触媒とする。
4.ゼオライマー降臨のための準備を整える。
5.余裕があれば、固有結界らしき空間を調査したい。
6.なのはの前では最低限取り繕う。
[備考]
※フェイト・テスタロッサの顔と名前、レイジングハート内の戦闘記録を確認しました。バルディッシュも「レイジングハートと同系統のデバイス」であると確認しています。
※ランサー(姫河小雪)、バーサーカー(チェーンソー男)、輿水幸子を確認しました。
※天のレイジングハートはまあまあ満足の行く出来です。呼べば次元連結システムのちょっとした応用で空間をワープして駆けつけます。
  あとは削りカスの人工知能を削除し、ゼオライマーとの連結が確認できれば当面は問題なし、という程度まで来ています。
※『魔力結晶体を存在の核とし、そこに対して次元連結システムの応用で介入が可能である存在』を探しています。
  見つけた場合天のレイジングハートを呼び寄せ、次元連結システムのちょっとした応用で木原マサキの全人格を投影。
  『今の』木原マサキの消滅を確認した際に、彼らが木原マサキとしての人格を取り戻し冥王計画を引き継ぐよう仕掛けます。
※上記参加者が見つからなかった場合はレイジングハートに人工知能とは全く別種の『木原マサキ』を植え付け冥王計画の遂行を図ります。
※ゼオライマーを呼び出すには現状以下の条件のクリアが必要と考えています。
裁定者からの干渉を阻害、もしくは裁定者による存在の容認(強制退場を行えない状況を作り出す)
高町なのはの無力化もしくは理解あるマスターとの再契約
次元連結システムのちょっとした応用による天のレイジングハートへのさらなるエンチャント(機体の召喚)
※街の裏に存在する固有結界(さいはて町)の存在を認知しました。
※アサシン(ウォルター)の外見を確認しました。が、『情報抹消』の効果により非常にぼんやりとしか覚えていません。


366 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:32:03 rojVlRp20


☆アーチャー

  随分と出遅れてしまったようだ。
  遠くからも確認できていた戦闘の光は、聞こえてきていた戦闘の音は、すでに止んでしまっている。
  アーチャーが付く頃には、遠くに視認できた小学校での戦闘はもう一区切りしてしまっていることだろう。
  つまらない。
  こんなことならばあれこれ歩きまわらず、図書館の周辺を貼りこんでおけばよかった。
  後悔しながらビルの屋上に腰掛け、ため息をこぼす。
  アーチャーのため息が風に乗り、橙に染まり始めた街に溶ける時、そいつは現れた。

  どるん。
  聞き慣れない音。
  アーチャーが振り向けば、腰掛けたビルの屋上の入り口付近に、一人の大男が立っていた。
  異様な出で立ちだ。
  フードですっぽりと覆われて窺うことのできない顔。手に持ったのはおおぶりなチェーンソー。
  不思議な事に、その男の出現にアーチャーの類まれな聴力を持ってしても気づくことができなかった。
  導き出される答えは一つ。

「……ああ、良かった。ここまで来て何もなしだと、興が冷めてしまうので」

  どるん。
  男は答えない。
  ただチェーンソーに命を吹き込むように、何度も、何度も、エンジンを

  あそこまで露骨な殺意を見るのは、アーチャーとしては久しぶりだ。
  少しは楽しめるだろうか、と心を踊らせながら一歩を踏み出す。
  チェーンソー男も一歩を踏み出し、お互いがお互いのリーチに相手を捉えるまで歩み寄っていく。
  しかしそこで、問題が起こった。


367 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:32:23 rojVlRp20


  あれから数歩。アーチャーはすでに、チェーンソーの間合いギリギリまで接近している。
  だというのに、チェーンソー男は戦闘態勢に移ろうとしない。

「そうですか」

  アーチャーの類まれな経験と五感は、ただの一目で目の前のチェーンソー男の習性を見ぬいた。
  目の前のチェーンソー男には殺意はあるが戦意がない。
  何かによって戦うことを封じられているのか、あるいは別の何かか。何か理由があって、チェーンソー男は『戦いたいが戦えない状態にある』。
  そこに至ってのアーチャーの思考は、とても単純だった。
  ならばその殺意に火をつけて、チェーンソー同様、エンジンを掛けてやるだけだ。
  戦うきっかけを作れば、戦わざるを得なくなる。

「さあ、始めましょう」

  数歩分の間合いを、魔法少女の身体能力で一気に踏み込んで拳撃を放つ。
  チェーンソー男は、まだ黙って立っていた。
  男の顔面にアーチャーの拳は、当然のように鋭く突き刺さった。
  殴られた勢いで男が宙を舞う。
  フードの奥に隠された無貌と、アーチャーの視線が一瞬だけ交わり、そしてまたすれ違う。

  どる、る、る、る、る。
  空中を舞いながら、チェーンソーのエンジンが音を立てて回り出す。
  それがきっかけだった。
  瞬間、空気が塗り替わった。
  殺意の方向が、まっすぐにアーチャーへと向いた。ようやく敵意が現れた。
  チェーンソー男が空中で一回転を決め、階段へと続くドアを地面代わりに着地する。
  大柄な身体からは想像できない曲芸師のようなそのその身のこなしに、アーチャーが感嘆の声をあげようとした時には、すでに戦闘は始まっていた。


368 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:32:41 rojVlRp20


  構えたチェーンソーで屋上を削り、火花を散らしながらチェーンソー男が駆けてくる。
  魔法少女とはいえ今は英霊。なんてことはなさそうなあのチェーンソーでも今のアーチャーは容易に傷つけられてしまうだろう。
  倒すのは簡単だ。遠距離から破壊音波を打ち続ければいい。そうすれば、近接攻撃しかできなさそうなあの男を一方的に倒してしまえる。
  だが、それの何が面白い。
  アーチャーが望むのは、闘争だ。不完全燃焼な勝利ではない。
  チェーンソー男に向かってアーチャーも駆け出す。徒手空拳故、リーチはチェーンソー男に分があるが、そんなものでこの戦闘への高揚は止まらない。
  瞬きするよりも早く、お互いの射程距離が重なった。
  地面を跳ねていたチェーンソーが跳ね上がる。狙いはまっすぐに、走っているアーチャーの正面だ。
  振り上げられたチェーンソーを、飛び上がって回避。そのままチェーンソー男をも飛び越え、背後に回る。
  振り向きざまに拳を突き出す。先ほどのような戦闘を始めるための軽いジャブではない、殺すための一撃だ。
  しかし、想定していた場所にチェーンソー男の顔はない。
  彼もまた、アーチャーの回避を見たうえで攻撃を察知し、身を屈めていたのだ。

  どるるるるるるるるるるん。
  地鳴りのような音とともにしゃがんだままのチェーンソー男がぐるりと体を捻る。
  それに合わせて、チェーンソーが大回りでぐるりと回り、がら空きのアーチャーの腹部を横断しようと迫る。
  体勢の維持ができていないので単独での回避は不可能。
  ミリ秒にも満たぬ時間の中魔法少女の思考能力でそう判断したアーチャーは、突き出していた拳で、振り向こうとしているチェーンソー男の頭に突き出したままだった手を乗せた。
  そして、チェーンソー男の頭を支えに、大きく飛び上がる。

  ぢゅん、と響く切断音。
  魔法少女の可愛らしい靴の底が数ミリ吹き飛ばされた。
  そのチェーンソーの一撃がやはり魔法少女を傷つけられる一撃だということを再確認しながら、アーチャーは飛び上がった勢いで足を動かす。
  空中で振り上げた右足が、チェーンソー男の左肩を踏みしめる。
  足が乗ったのを確認したなら、今度は左足。
  右足と、その下にあるチェーンソー男の身体を支えに、チェーンソー男の頭に置いていた手を離し、軽業師のようにチェーンソー男の肩の上で立ち上がる。
  そしてそのまま、左足を、彼の顔めがけて振りぬいた。


369 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:32:51 rojVlRp20


  クリーンヒットとは行かない。
  攻撃を察知したチェーンソー男が、寸前で左肩を大きく落とし、アーチャーのバランスを大きく崩したからだ。
  しかし、多少軽減されたがその一撃の威力は完全に死んではいない。
  顎を蹴り飛ばされたチェーンソー男がよろける。

  先に体勢を整えたのはアーチャーだった。
  チェーンソーの重量に振り回され、二歩、三歩とよろけているチェーンソー男に、今度はアーチャーの方から距離を詰める。
  男が体勢を立て直すよりも早く、チェーンソーの間合いを駆け抜け、拳の間合いに入り込む。
  息を吐きながら拳を突き出す。
  助走の勢いの上乗せされた魔法少女の拳が、男の胸にめり込む。
  男は軽々と吹き飛んだ。

「あ」

  それは、アーチャーにしてはマヌケな声だった。
  チェーンソー男の身のこなしについつい楽しくなってしまい、勢い余って、場所のことを忘れて思い切り殴り飛ばしてしまった。
  宙を舞う。
  その形容がぴったりだった。
  チェーンソー男は屋上から放り出され、弧を描きながら飛んでいってしまった。

「ああ……なんてことを」

  少しだけの後悔。だが、切り替える。
  身のこなし。身体能力。反応速度。そして言葉をかわすことのできない特性。間違いなくバーサーカーだ。
  狂戦士の名を冠するクラスの英霊が、屋上から落ちたくらいで死ぬはずがない。
  魔法少女だって、殴られて屋上から落ちたくらいでは死なないのだから。

  屋上のへりに足をかけ、チェーンソー男の姿を探す。
  ついでに周囲を見回す。小学校方面に人が集まってきていた。
  決着を急いだほうがよさそうだ、と結論をつけて飛び上がる。


370 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:33:03 rojVlRp20




  吹き飛ばしてしまったチェーンソー男を追って、大通りに降り立つ。
  すると、そこではすでに元気を取り戻したチェーンソー男が暴れていた。
  電柱が切りつけられている。
  ガードレールが切り裂かれている。
  人が血の海の真ん中で倒れている。
  予想以上に大事になっている。すぐに人が集まってくるだろう。
  再び楽しむような時間はなさそうだ。

  靴音を鳴らしながら一歩を踏み出す。
  音に敏感に反応し、チェーンソー男は凶刃を振るうのをやめて振り返った。
  そして、今度は見つめ合いで過ごすこともなく、臨戦態勢に入る。

「ああ、覚えていてくれたんですね」

  少しだけ嬉しくなったのをおかしく思いながら、アーチャーもまた拳を構える。
  人に見つかるよりも早く、次の一撃で勝負を決するために。

  どぉるるるるるるるるるるるる――――――!!!

  チェーンソー男が、怒号の代わりにエンジン音をばら撒きながら駆けてくる。
  五メートル、四メートル、三メートル。
  チェーンソーが振り上げられ、間合いを詰める最後の一歩が踏み出される。
  凶刃がアーチャーのもうすぐそこまで迫り、ようやくアーチャーは動き出した。

  ぱちん。
  指を一度弾く。
  生まれた音が空中で衝撃波の壁になり、チェーンソーを弾きあげる。
  またもがら空きになったチェーンソー男のボディに拳を叩き込み、そして今度は、追撃も放つ。

「『内部破壊音(スフォルツァンド)』」

  そして、殴ったことでチェーンソー男の体内に発生した音を、一気に増幅させる。
  人間ならば瞬間でミンチになると断言できるほどの威力の音が、男の体の中で木霊した。


371 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:33:29 rojVlRp20


  倒れ伏すチェーンソー男。見下ろすアーチャー。
  勝敗は決した。だが、アーチャーの顔には高揚感よりも別の感情のほうが多く現れていた。
   予選でのサーヴァントとの戦闘で内部破壊音を使ったこともあった。その時の相手は食らった瞬間仁王立ちのまま消えていった。
  文字通り内部を侵食し霊核を破壊し尽くすほどの攻撃だが、チェーンソー男の身体に変化はない。
  フードをかぶり直し、観察を続ける。
  するとチェーンソー男はがばりと起き上がり、アーチャーには目もくれず飛び上がり、屋根を伝いながら走って行ってしまった。

「……『不死』ですか」

  その光景を見て、ようやくアーチャーには合点がいった。
  思い出すのは、アーチャーの知る魔法少女の一人。
  『ハードゴア・アリス』。アーチャー最後の試験の参加者。不死の魔法少女。たとえ致命傷だろうと即座に治癒し、復帰できる魔法を持っていた。
  彼女の魔法と同じような特性を、あのチェーンソー男は持っていたということだろう。
  倒れたままだったのは復活の時間稼ぎだったのかもしれない。

  だとすると、とアーチャーはその先のことを考える。
  不死の相手を殺すにはどうすればいいか。
  聖杯戦争のルールに則るならマスターを攻撃するのだが、それではあまりおもしろくない。
  できることなら正面から、不死をぶち抜いて殺したいが。
  再度の戦闘に備えて、自身の経験した闘争の中からあれこれと情報を整理する。
  あの男との戦闘は、もう少し楽しめそうだ。
  そんな、高揚感と寂しさが綯い交ぜになったアーチャーの視界に、一つの死体が飛び込んできた。


372 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:33:45 rojVlRp20


「おや」

  傷口は見えないが、あのチェーンソー男に襲われたのだろう。
  不用意なものだ。攻撃しなければ襲いかかって来ないのだから、おとなしくしていればよかったものを。
  ただ、彼女の命がけの足止めがチェーンソー男を引き止めてくれていたのかもしれない。
  そう思うと、少しだけ感謝の気持ちは湧いてきた。
  ただ、それだけだった。
  それ以上の感情はない。

「逃げられてしまった以上、次の戦闘まではもう少し間が空きそうですね」

  死体への興味はすぐに失せ、またチェーンソー男について考えだす。
  逃げたということは、もう今日は戦う気がないということ。
  追ったところでどこか遠くで霊体化して、アーチャーをやり過ごすことだろう。
  となると、アーチャーの方針はまた少し変わることになる。
  別の闘争を探さなければならない。

  図書館周辺はもう望み薄だ。
  小学校での戦闘、先ほどのチェーンソー男の暴れる音、この死体、すぐにNPCが押し寄せてくる。公の場所で戦闘は起こらない。
  ふと、視界の端に見慣れぬ何かが映る。
  何事だろうと見上げた先、小学校の向こうの裏山に、マントを靡かせる巨人が立っていた。
  その大きさは、エリアにして二つは離れている場所からでもはっきりと視認できるほど。
  いつかの試験の時、巨大化する魔法少女チェルナー・マウスが30mほどに巨大化したことがあるが、あれよりもさらに大きいかもしれない。

  また、熱が回りだす。
  飽くなき闘争への欲求が疼きだす。
  あんな大物が立ちまわっている。
  相手はどんな強敵だろう。
  どれほど強いのだろう。
  次は間に合えばいいのだけれど。
  影に隠れて大きく飛び上がり、屋根を伝って走りだす。チェーンソー男が逃げていったのとはまた別の、小学校の裏山の方へ。
  この舞台は、まだまだアーチャーを楽しませてくれそうだ。


373 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:34:19 rojVlRp20


【D-2/屋根の上/1日目 午後】

【アーチャー(森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態] 健康、気分やや高揚
[装備] 黒いフード付きコート
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 強者との闘争を求める
1. 裏山地区(D-1)へ。

[備考]
※木之本桜&セイバー(沖田総司)、蜂屋あい&キャスター(アリス)、高町なのは、バーサーカー(チェーンソー男)を確認しました。
※チェーンソー男のスキル:不死を確認しました。
※フェイト・テスタロッサを見つけてもなのはに連絡するつもりはありません
※小学校屋上の光の槍(フェイト)を確認しました。


374 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:34:33 rojVlRp20


☆大井

  緊急事態により少し早い放校となった。
  聞くところによれば、小学校の屋上で爆発事故が起こったらしい。
  教師の慌てふためいた様子を尻目に、心のなかで笑う。
  その爆発は、おそらく大井のサーヴァント・アーチャーのしわざだ。
  彼が敵を発見し、強襲したのだろう。
  素晴らしい速さだ。これこそ、重雷装重巡洋艦の戦争だ。
  相手が気づくよりも疾く仕掛け、相手が気づくよりも疾く仕掛ける。
  相手が気づいた頃には蹂躙を終え、意気揚々と帰路につく。
  戦争とはすなわち速さなのだ。先手を取る勝負なのだ。
  決して相手の出方を伺いながら後手後手で行うものではない。

  少し情報が伝わるのが早い気がするが、個人レベルでさえスマートフォンのような情報伝達機器があるのだから、学校間での情報交換はもっと迅速に行えるのかもしれない。
  成程、技術発達かくの如くか、と一人で頷きながら、NPCとしてのルーチンを乱さないように帰路につく。

  歩く途中で、ふと、小学校のほうが気になった。
  アーチャーが帰ってくる気配はない。
  なにか手こずっているのだろうか、と思うが不安はない。
  大井は、自身のサーヴァントのパラメーターの強さをしっかりと理解している。
  更に宝具の開放まで許可しているのだ。
  余程のことが起こらないかぎり、一方的に負けるようなことはないだろう。
  もし負けて帰ってくるようなことがあれば……その時はその時だ。
  作戦を練り直し、今度はこんな突発的なものではなく万全の状態を整えて挑めばいい。
  そうすれば、負けることなんてない。


375 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:34:50 rojVlRp20


  通い慣れた大通りを歩く。
  人影が見えない。
  遠くからがやがやと声が上がっているのを聞くに、皆、小学校方面に野次馬に行っているようだ。
  NPCに扮しているのだし、大井も野次馬に行くべきかと思ったが、やめておいた。
  近づいていいことなんてなにもない。戦闘に巻き込まれ、負傷でもしたら後悔してもしきれない。
  それに、教師の指示に従っているという形のほうが、よりNPC然として振る舞えている、といえるはずだ。
  大井はこの聖杯をめぐる戦争の大局を見て動いている。
  目先の情報に踊らされ、あわや敗北というところまで追い込まれるようなへっぽこ艦隊とは本質的に違うのだ。

  人目がないのをいいことに、左手を出し、お守りを握りしめる。
  愛が通い合う。北上を思えば、負ける気なんてしなかった。
  愛を語らうことはできないが、それもまたしばしのこと。
  すぐに取り戻すことを再びお守りに誓いながら道を歩いていると、突如空が陰った。
  見上げれば、大通り目掛けて空から何かが降ってきた。

  猛スピードで降ってきた何かは大井の目の前で大きく跳ねる。
  道路にたたきつけられたことで勢いが失せ、それでようやく、大井は落ちてきたものの正体がわかった。
  『バーサーカー』と書いてある。予選を勝ち残った参加者の英霊だ。
  ひょっとしたら、アーチャーが戦っている相手かも。
  そこまで考えて、大井の思考は急停止した。地面をバウンドしたバーサーカーが、大井に衝突したのだ。
  勢いはだいぶ死んでいたし、大井自身が艦むすとしての恵まれた耐久力を誇っていたことが幸いし、怪我を負うことはなかった。
  だが。

「な、ない!」

  弾き飛ばされて、何事かと起き上がってみれば、手に持っていたはずの北上のお守りがない。
  倒れていた周辺を見ても、落ちていない。
  気が動転しそうになる。
  ないわけがない。
  数秒間血眼で探し続け、そしてようやく見つけた。
  お守りは、大井と同じように投げ出されていたバーサーカーの左手の下に潰されていた。

  マグマもかくやという怒りが、髪の毛の一本一本まで巡る。
  そのお守りに触るな。
  そう叫びながら、駆け寄り、その大男の左手を弾き、お守りを広い上げる。

  ぐるんと、虚ろな顔が大井の方に向いた。


376 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:35:08 rojVlRp20












         ぎゃり


              ぎゃり


                   ぎゃり


                        ぎゃり









.


377 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:35:46 rojVlRp20





  足音が去っていっている。
  現れた誰かが、あの忌々しいバーサーカーを撃退したらしい。
  大井を助けないところを見ると、大井のアーチャーではなかったのだろう。

  身体から熱が抜けていく。
  大事な何かが、体中から抜けていく。
  熱を帯びていた傷口からはもう何も感じない。
  有無を言わさぬ理解が、頭のなかに訪れた。
  大井は、死ぬ。

  怒鳴る力もなかった。
  ほとほと、この世界に嫌気が差した。
  大井の胸を埋め尽くすほどの愛は、どの世界でも羽毛よりも軽い。
  どいつもこいつも、この一変の曇りもない愛を、軽んじている。
  ようやく理解した。
  世界は、愛を求めていないのだ。
  あの時の長門と一緒だ。下らぬ屁理屈を並べ、大井の愛を無下にしたいだけなのだ。

  力を振り絞り、左手を少しだけ浮かせる。
  これでお守りが血に濡れることはない。

  大井の心は決まった。
  世界すらも大井の愛を求めていない。
  愛に生きた北上を殺し、次は愛に生きる大井を殺しに来た。
  この世界というものに愛想が尽きた。
  ならば、望み通り、死んでやろうじゃないか。
  大井だって、そんな世界はお断りだ。
  北上という概念の存在しない退屈な世界に別れを告げる時が来た。
  大井は、世界の望むままに、愛という大海原に溺れて、死んでやる。


378 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:36:21 rojVlRp20


「がほ、ご、は……れ、れいじゅを……」

  だが、ただでは死んでやるもんか。
  愛を馬鹿にした代償をきっちり払わせる。
  全てを破壊し尽くす。
  この世界の全てをだ。

  この聖杯戦争の舞台も。
  大井と北上の幸せを奪った鎮守府も。
  大井の愛を利用し、踏みにじった聖杯も。
  できることならばこの地球すらも。
  大井の死とともに、消滅させてやる。

  大井には―――大井のサーヴァントにはその力がある。
  断りを入れる必要はない。
  アーチャーの願いはプレゼンターに出会うことなのだ。この宝具を発動して、喜びこそすれ、悲しむことなんてありえない。

「令呪を、持って、命じるわ……」

  脳裏に浮かぶのは様々な人の顔。一様に笑っている。北上を救えなかった大井を笑っている。
  駆逐艦共、軽巡洋艦共、重巡洋艦共、戦艦共、提督。
  双葉杏、コシミズサチコ、チェーンソーのバーサーカー。

  お前も。
  お前も。
  お前も。
  お前も。
  愛に溺れて死んでいけ。
  大井のために死んでいけ。

「アーチャー……ね、かは、ネビュラ、ゲートを」

  お守りを握りしめ、なけなしの力を振り絞って左手を更に振り上げる。
  あと六文字で世界が終わる。
  その瞬間、世界はようやく、大井の愛の深さを認めた。


379 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:37:00 rojVlRp20


「おおい―ち――――――大丈夫―――」

  大井の声を遮り、左手が誰かに握りしめられる。
  お守りよりもあったかい何かが、大井の心に流れてくる。

  倒れた大井に手を差し伸べた人物の姿は見えない。
  大井に見えているのは、先程から、時化の海のような灰色と燃えるような赤の混ざった地面だけだ。
  でも。
  懐かしい声。
  懐かしい響き。
  その笑顔はもう見えないけど。
  そこに居る、貴女のことを間違えるはずがない。

  続けるはずの六文字は、頭から消え去った。
  握られた左手のぬくもりで、世界への破壊衝動はすぐに霧散した。


―――ああ、北上さん。
     そこに居たんですね。
     危なかった。
     もう少しで、世界ごときのために、また貴女を死なせてしまうところでした。


380 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:37:53 rojVlRp20


「き、たか―――み、さ―――」

  胸は喜びでいっぱいなのに、言葉はうまく出てくれない。
  血が喉に絡んで、わけもないのにどもってしまう。

―――駄目ですよ。北上さん。
     私今、汚いから、汚れちゃいますよ。
     大変だわ。
     すぐにお風呂に入って、綺麗にならなくちゃ。

「大丈夫、大丈夫―――」

  最初に一度、そしてもう二度、大丈夫と繰り返される。
  やはり、北上は北上だ。大井に優しくて、大井を愛してくれている。
  それでいい。それだけでいい。
  世界程度が愛をどれだけ軽んじようと、大井には北上がいればそれでいい。

―――嬉しい。
     ようやく会えた。
     聖杯なんていらなかった。
     結局。
     私が望めば、それだけで。
     もう一度、会えたんですね。
     無事でよかったです。北上さん。
     さあ。
     ここは危ないですから。
     早く逃げましょう。
     今度は。
     二人で。
     手を離さずに。
     ちゃんと。



     ……
  

.


381 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:38:23 rojVlRp20


  ◇

「おーい、ちょっと、大丈夫!? 救急車呼ぶから、気をしっかり持って!!」

「き、たか―――み、さ―――」

  震える手。
  何かを求めて差し伸べられた手。

「大丈夫、大丈夫だから! すぐ救急車来るからね!」

  差し伸べた手を反射的に握り返す。
  そのことに、血まみれの少女は気づいただろうか。
  NPCの少女にそれを知る術はもうない。

  ◇

「……誠に残念です」

「……ごめんなさい、私がもう少し早く連絡してれば」

「いえ、怪我の大きさから言って、致命傷です。たとえ斬られた瞬間に通報していたとしても、死亡は免れたかったでしょう。気に病まないでください。
 傷跡を見るに、最近目撃情報が寄せられていたチェーンソー殺人鬼かと。物騒なので、気をつけてください」

「はい……」

  血まみれの少女の死体は、運ばれていき。
  NPCの少女は、手を合わせて拝んだあと、自身の務める店から花束を持ってきて、血だまりの側に添えた。

  これは、なんてことのないNPCの日常に起こった、奇妙な物語の一つ。
  誰にも語られず消えていく、なんてことない物語。
  ただひとつ。
  そんな物語に奇跡があったとするなら。
  大井に駆け寄ったNPCが、聖杯によって学生ではなく花屋の店員として再現されていた『北上』本人だったということだけだろう。


382 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:38:48 rojVlRp20


  それは、きっと意味のない奇跡だ。
  死力を尽くし戦い消えていったライダー、星輝子にとっても。
  戦い、再び戦場に消えていったアーチャー、バーサーカーにとっても。
  嵐に巻き込まれ、傷ついた多くの人びとにとっても。
  死んでいった大井にとっても。
  彼女の手をとったNPCにとっても。
  駆けつけた救急隊員にとっても。
  何の変化ももたらさず、何事も無く通り過ぎて行くだけの無意味な奇跡。

  でも。
  誰にとって意味がないものでも。
  誰にとっても意味がないからこそ。

  それはきっと、聖杯の起こす作られた奇跡ではなく。
  世界が大井を思い、大井に向けて放ち。
  大井の強い愛が掴んだ。
  大井だけの奇跡だったはずだ。






【大井 死亡】


383 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:39:48 rojVlRp20


☆雪崎絵理

  小学校側に出ていたチェーンソー男の反応は、絵理が到着するよりも早くに消えた。
  消えた頃に何事かと小学校の方を見れば、見上げれば遠い空にUFOが飛んでいた。
  もしかして、チェーンソー男はキャトルミューティレーションされてしまったのだろうか。
  意味がわからなかった。
  とりあえず、来た道をただ引き返すというのも癪に障ったので人垣越しに小学校を確認してみた。
  校門を過ぎた向こう側には、明らかにチェーンソー男と何かが戦った痕跡が残っていた。

  誰かが絵理よりも早くチェーンソー男を発見し、倒した、ということだろうか。
  今朝の事件を思い出す。
  金髪のアシメヘアの少女、白坂小梅が『バーサーカーさん』と呼んでいた男は、特に理由を説明するまでもなくチェーンソー男と戦い、彼を退けた。
  ひょっとすると、彼と彼女がこの周囲に偶然居て、もう一度チェーンソー男を倒してくれたのかもしれない。
  だとしたら、お礼を言わなければ。
  お礼とともに、正式に協力を依頼してみようかなんて考えていた時、不意にまた嫌な感覚が絵理の身体を包み込んだ。

  チェーンソー男の反応だ。
  場所は丁度来た道の方。まさかこんなに早く気た道を戻らなかったことを後悔するなんて思っても見なかった。
  駆け出し、胸騒ぎの向かう先を感じ取る。
  場所は近くのマンションの屋上のような気がした。
  どうやって移動したかは分からない。
  それに、再度出現する速度が早過ぎる。
  だが、疑問を胸に立ち止まっている暇はない。
  一歩でも早く辿り着いて、倒さなければ。


384 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:40:10 rojVlRp20


  マンションに向かって走っていると、急にチェーンソー男の反応が一気に近づいてきた。
  どうやら、屋上から飛び降りたようだ。
  周囲を確認する。
  人はまばらにしか居ない。いや、まばらに『いる』。
  暴れだせば、被害者が出るかもしれない。
  足に力を込めて走りだす。
  速く。
  速く。
  まだ速く。
  少しでも速く、奴のところへ。



  絵理が現場にたどり着いた時、全ては終わっていた。
  チェーンソー男の撤退。それは現場にたどり着く直前に絵理も感じていた。
  嫌な胸騒ぎが消えた。しばらくは出ない……はずだ。

  だが、絵理がその事実に喜ぶことはなかった。
  絵理が数十秒遅れて辿り着いた時、現場は無残な状態だった。
  壁が破壊され。
  電柱が切りつけられ。
  ガードレールが切り裂かれ。
  そして、道路に力なく横たわる『チェーンソー男の被害者』と、彼女の手を取る一人の少女が居た。

  詳しい経緯は分からない。
  横たわっている少女が誰かも知らない。
  だが、はっきりと刻み込まれた烙印が一つ。
  雪崎絵理は初めて、チェーンソー男に敗北し、世界にまた悲しみを刻ませてしまったのだ。


385 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:40:22 rojVlRp20

【雪崎絵理@ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ】
[状態]魔力消費(?)、ショック(大)
[令呪]残り三画
[装備]宝具『死にたがりの青春』 、ナイフ
[道具]スマートフォン、制服
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:チェーンソー男を倒す。
0.―――
[備考]
※チェーンソー男の出現に関する変化に気づきました。ただし、条件などについては気づいていません。
※『死にたがりの青春』による運動能力向上には気づいていますが装備していることは知りません。また、この装備によって魔力探知能力が向上していることも知りません。
※白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。真名も聞いています。
※記憶を取り戻しておらず、自身がマスターであることも気づいていません。
※もしかしたらルーラーも気づいてないかもしれません。
※聖杯戦争のことは簡単に小梅から聞きました。詳しいルールなどは聞いてません


386 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:40:37 rojVlRp20


☆バーサーカー

  足音が聞こえる。
  地獄へと続く黄泉路へ導く、荒くけたたましい足音が。

  どるるん。どるるん。どるるるん。
  足音は再びどこかに消えていく。この世界のどこかにある、この世界のどこにもないどこかへ。

  彼の正体を知るものは、世界のどこにもいやしない。
  因縁深い雪崎絵理だって、その正確な内容は理解していない。
  ただ、彼についての逸話だけは、聖杯に残されている。
  絶対に死なないということ。
  襲ってきた相手は襲い返すということ。
  そして、『雪﨑絵理が希望を抱けばその分弱くなり、絶望すればその分強くなる』ということ。

  消えぬ傷跡が刻まれた。
  次に出会うときは、もはや先刻の彼ではない。
  異界の底で、チェーンソー男は再び機会を待ち続ける。


【???/???/一日目 午後】

【チェーンソー男@ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ】
[状態]復活まで時間が必要。
[装備]チェーンソー
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:雪崎絵理の殺害
[備考]
※雪崎絵理がマスターだとかそういうことは関係ありません。
※雪崎絵理の絶望に呼応して、戦闘能力が向上しました。
※聖杯戦争中、チェーンソー男は夜以外にも絵理がサーヴァントの気配を感じた場合出現し、当然のように絵理を襲います。
※致命傷を受けての撤退後、復活にはある程度の時間を要します。時間はニュアンスです。
※アーチャー(森の音楽家クラムベリー)、ランサー(姫河小雪)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、
 キャスター(木原マサキ)、白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)、輿水幸子を確認しました。


387 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:41:01 rojVlRp20





  日が傾き、少女たちの楽園が赤く染まる。
  儚くも美しい日常たちは、黄昏を纏い闇に落ちる。
  嵐の訪れを告げる鬨の声は上げられた。
  夜の闇が広がりだす舞台の上で、危険な妄執たちが蠢きだす。


     ALL HAZARD PARANOIA/オール・ハザード・パラノイア


388 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:41:13 rojVlRp20


―――

―――


389 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:41:24 rojVlRp20


―――

―――


390 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:42:04 rojVlRp20



   ☆★少女性・少女製・少女聖杯戦争とは?

   本邦初公開!
   これが、完璧な少女の作り方!

   材料
   ○砂糖
   ○スパイス
   ○素敵な何か


  「砂糖」
  「スパイス」
  「素敵な何か」
  全てを満たすとき、完璧な少女が生まれる。
  あの日から記せなかった未来の続きが再び刻まれ始める。
  空白を穿つことができず、忘却の彼方へと消えてしまった素敵な物語を、

  だから大人は用意することにした。
  「砂糖」
  「スパイス」
  「素敵な何か」
  それが何かはわからないけれど。
  少女の生まれるために必要な物を、彼女なりの方法で。

  これより先は、遥かに深い妄執の海。
  妄執を見つめるものの名は―――


391 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:42:20 rojVlRp20


○●


   追記。
   人工精霊は、かく語りき。


●○


392 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:42:55 rojVlRp20


☆人工精霊

  イレギュラーだ。
  その状況を理解した時、すぐにその判断に辿り着いた。
  大井のサーヴァントと星輝子のサーヴァントが戦った。これはいい。戦うのは非常にいいことだ。
  裏で糸を引くプレシアにとっても、ルーラーにとっても、そいつにとっても、万事オーケー問題なし。
  大井が死んだ。これもいい。戦いに死はつきものだ。
  輝かしい『少女聖杯』をつくり上げるためには、幾つもの犠牲が合ったほうがいい。絵的にも映える。

  しかし、星輝子の消滅。これだけはいただけない。
  マスターの魂の量は決まっている。
  大きいやつ、小さいやつ、多いやつ、少ないやつ、そんなものなく魂は魂。一人に一つだけ。輝く魂がいっこだけ。
  『少女聖杯』は少女たちの魂によって満ち、奇跡を宿すと聞いている。
  だが、星輝子は先ほど、『ばいきんまんの宝具の消滅に巻き込まれて消滅した』。
  すなわち、英霊側に無理やり引っ張り込まれたことにより、強制的に『こちらの世界の者ではなくなった』。
  英霊の持つ宝具の一部として英霊消滅とともに英霊の座に引きずり込まれ、そのまま抜け出せなくなったのだ。
  それが意味するのは一つ。
  魂が一つ減った。
  当初想定していたよりも一つ減ってしまった。
  死して少女聖杯を輝かせるはずだった魂が、ひとつ、この舞台から逃げてしまった。

  だから、そいつは。
  ルーラーの手の中のそいつは。
  ルーラーが握りしめている携帯端末は。
  小さな声でこう呟いた。

  「弱ったぽん」と。


393 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:43:09 rojVlRp20




  電子妖精・ファヴが選ばれたのは偶然だった。
  リップルに魔法の国の武器でマスター端末を破壊され、世界に対してちょっぴりも干渉できなくなった後。
  数時間か、数日か、数ヶ月か、数年か、数世紀か、世界からはじき出された彼には理解できない時間が流れ。
  そして、拾い上げられた。

  曰く、『管理者側に向いている』。
  曰く、『現代の魔法と科学に精通している』。
  曰く、『絶対に反旗を翻せない』。

  都合のいいマスコット。
  だからファヴは拾い上げられた。
  そして、ローゼンメイデン第七ドール・雪華綺晶の『人口精霊』として紐付けされ、この聖杯戦争の地に蘇った。
  プレシア・テスタロッサの計画の協力者としてこの地で再び殺し合いに関わることになった。

  仕事はいくつかある。
  掲示板の管理もファヴの仕事だし、電子メールでの通達もファヴの仕事だ。
  ルーラー・雪華綺晶はその可愛らしいビスクドールそのものな見た目の通り、近代機器に疎い。
  マスターであるプレシアも、魔術ならば常人離れした技量を持つが、単純な電子機器を使いこなすことはできない。
  だが、規格を運営する以上は情報端末による情報の錯綜も網羅して置かなければならない。
  そこで白羽の矢が立ったのが、ファヴらしい。


394 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:44:24 rojVlRp20


  図書館の運営に携わるクローンヤクザの統制もファヴの仕事だ。
  プレシア・テスタロッサは創りだしたゴーレムへの指揮能力を有さない。それはこの世界でも同じだ。
  ではなぜクローンヤクザは意思を持つように諸星きらりの案内ができたのか。
  理由は単純。ファヴがクローンヤクザに備え付けられたLANの統制役としてプレシアから紐づけされ、各個体に指令を出していたから。
  もちろん、クローンヤクザの大群を率いて反旗を翻すなんてことはできないように、ある種のリミッターは設けられているらしいが、それでも、彼ら全てを操る権利のほとんどをファヴは任せられていた。

  そして今。
  ルーラーが当然のように戦闘の跡地に来れたのも、ファヴのサポートだ。
  ルーラーは瞬時にどこにでも行ける宝具を有している代わりに啓示のような『正確な位置を知るスキル』を有していないと聞く。
  しかしファヴにはその能力がある。
  『魔法少女育成計画』。
  この聖杯戦争の舞台の上に存在する携帯端末全てに仕込まれているアプリだ。
  所有者の意思にかかわらず、『魔法少女育成計画』のマスコットキャラクターであるファヴはそのアプリを通して全ての情報端末に侵入することができる。
  侵入さえしてしまえば、それでもう場所の特定は完了だ。
  あとは、手近な鏡面からルーラーが赴く、という寸法になっている。
  今回もまたその手法で、消防隊員の携帯端末の反応を辿って場所を特定し、赴くことができた。

  懸念は有った。
  英霊として顕現した魔法少女狩りスノーホワイトにその存在を感づかれるのではないかとヒヤヒヤしたものだが、なんと彼女はマスターの携帯端末をへし折ったらしい。
  ファヴは電子妖精なので運なんていう曖昧なものを信じるつもりはなかったが、それでも、そのことを知った時には少しだけその運というやつに感謝した。


395 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:44:37 rojVlRp20


  今まではなんの問題もなく動いていた。
  一人脱落者が出たとルーラーが言ったので、戦闘の情報が情報端末間でやりとりされている小学校の大鏡まで移動した。そこまでは良かった。
  ただ、そこからはファヴも、ルーラーも、おそらくマスターすらも想定していない展開が巻き起こった。
  現場に行ってみても脱落者・大道寺知世の姿が見えない。
  もしやと思い場所を確認してみれば、小学校方面から中学校方面へとすごい速さで移動している。
  成程、どこかの主従が漁夫の利を得て大道寺知世を攫ったのだろうと気付き、そしてルーラーにそのことを伝える。
  他の参加者がいるところで魂を回収すれば、『主催者側に企みあり』とバレてしまいかねない。
  『nのフィールド』に連れ込むのはありかもしれないが、危険を犯して攫った獲物を取り上げられれば、参加者は不平を覚えるだろう。
  どうするべきかと考えていると再び戦闘がはじまり。
  それが思った以上の大規模戦闘になったため、
  そして、冒頭の独白へと繋がった。

「ルーラー」

「なぁに、ファヴ」

「魂って二十は確実に必要って話ぽん?」

  ルーラーは少し立ち止まり、小首を傾げる。
  ルーラーは掴みどころがなく、意思の疎通も難しい。だが、必要なことは喋る。
  ここで黙るということは、ルーラーも魂の量については知らないということだろう。
  ファヴは頭を捻って考える。
  そして、早々にこう結論づけた。


396 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:45:17 rojVlRp20


「なんにせよ、さっさと帰って話聞いといたほうがよさそうぽん。
 報告連絡相談を怠ったらあとでどやされるってのは、たぶん、魔法の国とおんなじぽん」

  ファヴとてもともとは公務員だ。上っ面だけだったとはいえ働き方のマナーは心得ている。
  やれやれとつけぬ溜息の代わりにリンプンを散らしながらルーラーの周囲を一度くるりと旋回して。
  ファヴの羽先を楽しそうに追っていたルーラーにあくまで提案という形で行動方針を告げた。

「ルーラー、一旦マスターのもとに帰りたいけど、大丈夫かぽん?」

「……負けた子をお迎えに行くのはどうしましょう」

「ああ、そういや大道寺知世の魂も回収しなきゃだった」

  ふと思い出すのは、ここに来た理由。
  目の前の大事に気を取られて本来の任務すら些事として片付けてしまっていた。

「……まあ、なんの変哲もない人間だから、野放しにしといても問題ないはずぽん。物事には優先順位ってもんがあるぽん」

  順位付けするのならば。
  まずは星輝子の魂。次に彼女と類似の案件が起こりうる主従。その後に大道寺知世だ。
  どうせ力のない少女一人。この街から出られないのだから魂を奪うのが遅いか早いかの違いだ。
  連れて帰った参加者が変な動きをしないかぎりは野放しでも十分だ。
  令呪を奪うなり、キメラに作り変えるなり、洗脳して爆弾を抱えさせて友達に会いに行かせるなり、なんでもすればいい。

「マスターが先ぽん」

「そうなのね。じゃあ、そうしましょう」

  ルーラーは両手を胸の前で合わせ、可愛らしく承諾する。
  数秒後。消防隊の放水で出来た水面が再び人形を飲み込んだ。


397 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:45:31 rojVlRp20





  大きな鏡が掛けられた壁だけが、異様な存在感を放っている。
  壁掛け鏡からルーラーが飛び出すのを確認して、ファヴもまた携帯端末から飛び出す。
  そして、この館の今の主の姿を探す。
  ほどなくして、主の姿は見つかった。
  主は、司書用の机に本を積み上げ、ゆっくりとページをめくっていた。

「マスター」

「あら」

  ファヴの声に、主が顔を上げる。
  その顔からは、およそ表情というものは伺い知れない。
  ルーラーともども能面貼っつけたような主従だ、と、ファヴは心の中で何度目かの悪態をついた。

「帰ってきていたの」

「ファヴたちの一存で決めることはできないくらいの緊急事態だから仕方ないぽん。
 それでも怒るってんなら、まあ、文句言わずに仕事に戻るけど」

「構わないわ」

  主は、席を立ち、ルーラーたちの方へと歩み寄る。
  その挙動は酷く緩慢だ。もしかしたら身体の何処かを患っているのかもしれない。

「話してもらえるかしら」

  少女たちの聖杯戦争には似つかわしくない、一人ぼっちの大人は、開いていた本を閉じてルーラーたちに向き直った。
  大人の名は、プレシア・テスタロッサ。


398 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:45:47 rojVlRp20




「まあ、つまりはそういうことぽん」

  口数の少ないルーラーに代わり、無駄口の多いファヴが説明する。
  ただ、報告の中身はとても簡素。要旨だけをかいつまんだ、本当になんともない『報告』だ。
  星輝子の魂が消滅したこととその経緯。
  ファヴの考えるイレギュラーの発展性について。
  プレシアは相槌も撃たずにただぼうっとその報告を聞くだけだった。

  ファヴの説明の後で、沈黙が流れる。
  ファヴはちらりとプレシアの顔を見てみた。
  何かを考えているという顔ではない。心ここにあらずというような顔だ。

「マスター。魂の数が減っちゃったぽん。なにか特別にやることはあるぽん?」

「……魂は、六つでいいの」

  ファヴの言葉に、今度は返事が帰ってくる。

「この舞台の上で争い、輝きを増した魂。
 ちょうど、彼女の器を満たせるような、『不完全な魂』が、六つ」

  その数は、ファヴが想定していたよりも遥かに少ない。
  ならばもう少し参加者を減らしたほうが効率が良かったんじゃないか、とファヴが考えていると。
  プレシアは、そんなファヴの心を見透かしたように、言葉を続けた。

「ただ、あまり減ってしまうのは良くないわ」
「聖杯戦争は、魂に輝きをつけるための儀式……争いの中で、少女たちの魂は、より完全なる不完全へと近づいていく……
 これがなりたたなくなってしまったら、この儀式自体の意味がなくなってしまうの」
「それにもし、六つより少なくなってしまったら……」

  その説明で、ファヴは無い首を使って頷くように上下に揺れた。
  つまり、魂にも、戦争にも、意味がある。
  魂が六つになるまで戦争を続けなければならず、魂同士の研鑽が発生しなければならないので魂も残しておく必要がある。
  そして、戦争の終盤で魂が消滅しては六つの魂が回収できなくなるかもしれない。
  そうすれば、ここまでの苦労は水の泡だ。
  そこまで理解し、ファヴはプレセアにこう返した。

「つまり、手は打っておくべきと?」

「そうね。任せるわ」


399 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:46:07 rojVlRp20


  事務報告を終え、再び出発するためにルーラーが鏡を異界につなぎ、鏡の中に消えていく。
  ファヴもその背を追い、鏡をくぐろうとする。
  その時。

「……ファヴ」

  珍しくプレシアが、ファヴに自分から話しかけてきた
  何か気に触るようなことをしただろうかと振り返る。
  プレシアは、いつもの様に胡乱な瞳でファヴを見つめていた。
  ファヴの回路に、小さなノイズが走る。

「なんだぽん」

「フェイト・テスタロッサは、居た?」

「ああ」

  フェイト・テスタロッサ。
  通達を送る際に目にした名前だ。
  通達に貼り付けた写真にも目を通してある。

「居たぽん。小学校で、顔写真通りの子が」

「そう」

  ありのままに答える。
  プレシアは、尋ねたにしてはそっけなく、相槌のように一言だけ答えるだけだった。
  その様子になんとなくヤキモキしたファヴは、開始以来、ずっと忍ばせていた問いを口にした。


400 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:46:25 rojVlRp20


「マスター。結局、そのフェイト・テスタロッサって、マスターのなんなんだぽん?」

  ファヴは、その少女については何も知らなかった。
  ただ、プレシアがとても気にしているということだけは知っていた。
  ファミリーネームが同じだから、ひょっとしたら家族なのではと推測を立てることはできたが、それ以上はなにも分からない。
  人を害した様子はないのに討伐令を敷かれるほどの存在。
  敵か、味方か、それとも別の何かか。ファヴにも知れぬ主催の裏側。
  その部分への興味から、ついつい疑問が口をついて出てしまった。
  その問を聞き届けると、プレシアは、ファヴに歩み寄ってきた。
  それは、電子の海から拾い上げられて以来、それなりに長い付き合いだがようやく二度目だ。

「ファヴ」

「なんだぽん」

「あなたは、聖杯戦争を滞りなく進ませてくれればいいの」

  ファヴの顎に当たるラインを、プレシアの、少し骨ばった指が、優しく撫でる。
  ファヴの中に再びノイズのような何かが走る。

「私からあなたに望むことは三つ」
「聖杯戦争を止めないこと」
「魂を極力減らさないこと」
「私の手を煩わせないこと」
「お願いできるかしら」

  それは、ルーラーの補佐をする人工精霊としての最低限の業務。
  ファヴが拾い上げられた時から何も変わっていない使命。
  続く言葉もよく覚えている。

「できなければ、あなたには、また元の世界に帰ってもらわなければならない。
 悲しいけれどそれが約束だから」

  プレシアの口調だけは柔らかいその言葉を聞けば、ファヴはもう肯定するしかなかった。

「……わかったぽん。フェイト・テスタロッサについては、気にしないことにするぽん」

「それでいいの」

  プレシアの胡乱な瞳に見つめられた瞬間、触れられた瞬間、感情なんてないはずのファヴの回路に嫌なノイズが走った。
  そのノイズは、人間に置き換えるならば、恐怖と呼ぶのかもしれない。


401 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:46:36 rojVlRp20




「ったく、ほんと自分勝手なマスターだぽん」

  nのフィールド。
  許可を得ぬ限り誰にも察することのできぬ世界で、鏡だらけの何もない世界で、一体と一個が話し合う。
  話し合うと言っても、声をかけ続けるのは片方だけだ。
  饒舌な方……ファヴは、まだ納得がいかないという声色でリンプンを撒き散らしていたが、数分もすれば冷却がすんだらしく、いつもどおりの電子の妖精然とした振る舞いに戻った。
  フェイトについて詮索するのはやめておいたほうがよさそうだ。
  背景がどうあれ、今のファヴの利益になるようなことはないだろう。

「さて、それじゃあルーラー。会いに行くべき子たちができたぽん」

  プレシアの態度は気に食わないが、逆らうのは悪手だ。
  彼女の気まぐれ一つでファヴはこのnのフィールドからどこともしれない電子の海の水底に贈り戻されることだってありえるのだから。
  ならば無茶ぶりや難題だろうとふたつ返事で了承し、その通りに動かなければならない。
  魂を消滅させるなと言われたならば、魂の消滅を防がなければならない止めなければならない。
  魂を閉じ込め、他者に委ねることの出来る宝具を持つ者。
  その魂の行き先を、有・無問わず変更できる者。
  この会場には、その性質を持つ宝具を有するサーヴァントがまだ二人もいる。
  その二人に会いに行くことこそ、プレシアの望むことであり、ファヴの長生きに必要な出会いの一つだ。

  ファヴの切り出しに、それまで静かにファヴを見つめていたルーラーは、まるでようやく電池が入ったかのように、ファヴの方に歩み寄り、声を上げて答えた。

「誰のお家に遊びに行くの?」

「桂たま」

  ひとつ目の宝具の名は『そして伝説へ』
  主従共に、その存在を『賢者の石』に変えて他者に譲渡出来る効果を持つ宝具。
  もし、賢者の石が破壊され消滅するようなことがあれば、桂たまの魂は永久に回収不可能となる。

「それと、山田なぎさぽん」

  もう一つの宝具の名は『死者行軍八房』。
  死者をそのまま手駒として操ることのできる宝具。
  こちらは、『魂の消滅』に関する宝具としては白よりのグレーだ。
  死者行軍八房はそもそも相手を殺し、魂が抜け殻になった死体を好き勝手操る帝具が宝具として再現されたもの。
  ファヴの知識に当てはまる魔法少女に置き換えるならば、人形遣い『リオネッタ』に近い。
  万が一魂が残ったままになるといけないので「マスターを躯人形にしないように」と釘を差しに行く必要はあるが、今はまだ後回しでいい。


402 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:46:52 rojVlRp20


  ちらりと寄ってきたルーラーの方を見る。
  ファヴとしては、プレシアもそうだが、ルーラーもかなり危険なものだ。
  もともとこのnのフィールドはルーラーの宝具。
  ないだろうが、彼女が癇癪を起こせば、ファヴはプレシアにも知られずに葬り去られることになる。
  これからまだまだ、しばらくは一緒に行動するのだ。いたわっておくくらいは必要だろう。
  好感度稼ぎがてらに、ルーラーに声をかける。

「ルーラーにはいろいろ迷惑かけちゃってるぽん。ごめんぽん」

「気にしないで」

  ファヴの上っ面な労りに、ルーラーは、笑顔と呼ぶにはぎこちない顔で答える。
  そして、ファヴを両手で優しく捕まえ、小さな小さな木製の胸に抱きしめながら、愛おしそうに続けた。

「貴方は、私の最初の一つ。絶対に離したりはしないわ、ファヴ」

「へえ、それは嬉しいぽん」

「私も嬉しいの。ずうっと一緒よ。ずうっと、ずうっと」

  見上げれば、ルーラーの表情は先程からまるで変わっていなかった。
  まるでそれ一つしか表情がない、本物の人形のように、ファヴの方を見下ろしていた。
  ファヴはルーラーの素性はさっぱり知らないが、ここまでベタベタされるのは、正直うざったいという感想しかない。
  だから、身をよじってルーラーの束縛から逃れると、また捕まえられないうちに音頭を取った。

「そうと決まれば、桂たまに会いに行くぽん」

「行きましょう」

  ファヴの提案にルーラーは二つ返事で了承する。
  そして、鏡の世界を歩き出した。
  ファヴは、その耳障りな電子音声で一つ、空間にノイズを走らせて。
  前を歩くルーラーの背を追って、nのフィールドを飛び出した。


403 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:47:52 rojVlRp20


【???/nのフィールド/一日目 夕方】

【ルーラー(雪華綺晶)@ローゼンメイデン】
[状態]健康
[思考・状況]
基本行動方針:少女たちの魂を集める
1.桂たまの家に遊びに行く
2.それが終われば山田なぎさのもとへ
3.???

[備考]
※ファヴにささやかな執着があります。が、ファヴに伝えてないこともかなりあります。


【人工精霊(ファヴ)@魔法少女育成計画】
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を恙なく進行して聖杯戦争終了後も消されず生き延びる。
1.他の参加者たちの魂は逃がしちゃ駄目ぽん
2.なんにせよ、さっさと聖杯戦争を終わらせて自由の身になるぽん

[備考]
※ルーラー(雪華綺晶)に与えられた人工精霊です。
※掲示板の管理・クローンヤクザの統制などの電子機器機能方面でのプレシアのバックアップを行っています。
 ただし、反乱などができないようにある種のストッパーは課せられています。
※情報端末を通して人物の位置の特定が可能です。他の機能もあるかもしれません。
※大道寺知世が山田なぎさと接触しているとは知りません。
 今後、二人の携帯端末の位置を確認すれば気づくかもしれません。
※フェイト・テスタロッサについては『プレシアが執着している』程度しか知りません。


404 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:48:05 rojVlRp20




  昔々、仲の良い親子が居た。
  というのが、この物語の始まりだ。

  母の名前はプレシア・テスタロッサ。
  娘の名前はアリシア・テスタロッサ。

  二人はとても仲の良い親子だった。
  永遠の別れが来るその日までは。

  アリシアは事故に巻き込まれて死んでしまった。
  プレシアはその事故の全責任を負わされて、世界からはじき出されてしまった。

  全てを失い、それでもアリシア取り戻したかったプレシアは、神にもすがる思いで魔術にすがった。
  時を遡る魔術を調べた。
  死者を蘇らせる魔術を調べた。
  因果を従わせる魔術を調べた。
  研究員としてのオファーも断り、ただひたすらに、そんな馬鹿げた魔術について調べ続けた。
  心の何処かでそんな都合のいい魔術なんて存在しないと理解しながら、来る日も来る日も、学術書から神話伝承まで紐解き続けた。

  当然、どんな文献にも残っていない。
  ただ、お伽話の中にだけ、そんな夢みたいな世界のことが書いてあった。

  その楽園の名は、『アルハザード』と言った。


405 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:48:56 rojVlRp20


  すがる思いでお伽話を読み込む。
  しかし、当然のようになんの成果も得られない。
  読み返した回数が二桁を超えた頃、プレシアはその童話に記された世界について既視感を覚えた。
  その世界と似た世界を描いた絵本があったはずだ。
  確か、アリシアの寝物語として一度読んだのだ。
  アリシアが、「夢に絵本のキャラが出てきたんだよ」とはしゃいでいたから、暫くの間はその本を読み続けていたはずだ。

  それは確か、異世界の童話だった。
  魔術師ではなくもっと可愛らしい存在を描いた話だった。
  その二つだけを手がかりに、図書館にこもり、アリシアに読み聞かせた本を1つずつ読み返し。
  そして、見つけた。
  それは遥か遠くの次元に伝わる、夢のなかに入り込む魔法少女『ねむりん』の物語。
  彼女の世界は、童話の中の理想郷と酷似していた。

  それから、プレシアは手をつくして似た世界がないのかを徹底的に調べあげ、そして一つの事実にたどり着いた。
  数多の時空に存在している数々の世界において、ほぼ同一の概念世界が確認されているという事実に。

  あるいは、妖魔蠢く世界の裏側、『異界』。
  あるいは、莫大な魔力の眠る海、『半物質世界』。
  あるいは、夢と現の狭間に住む鬼の懐、『鬼時間』。
  あるいは、禁忌を犯した者の至る場所、『真理の扉』。
  あるいは、誰かの記した物語の最果て、『曖昧な都』。
  あるいは、一人の少女が開いた理想郷、『ねむりんの世界』。
  あるいは、オヒガンにそびえる伏魔殿、『キンカク・テンプル』。

  『どこにでもあり』、『誰かには入ることができ』。
  『あらゆる異質が肯定され』『常識を超える奇跡が起こり』。
  そして、『どこにもない』、『誰にでもは到達できない』という矛盾した世界。

  きっと、プレシアの世界に伝わる伝承では、その世界のことをアルハザードと呼んでいたのだ。

  それは、世界を覆しかねない真理との邂逅。
  誰もが夢のうちに置いてきた理想郷の全貌。
  埃をかぶっていた童話の奥底に眠る真実に、光があたった瞬間だった。


406 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:49:06 rojVlRp20


  『アルハザード』への到達。童話にしか残らない世界への侵入。
  場所も、条件も分からない、
  だからプレシアは用意した。彼女なりの答えを。

  アルハザードに近づくために用意されたのは、『楽園のかけら』とでも呼ぶべき参加者たち。
  彼らの持つ楽園の記憶がこの舞台の上で失われ、魂として・英霊の魔力として、交わることのなかった異世界と混ざり合う。
  複数の楽園が一つに交じり合うことで、聖杯とともに、様々な異世界の繋がった仮想楽園『アルハザード』がこの聖杯戦争の地に現れる。


  扉を開けるための鍵は、彼女の知識に従うならば『ロストロギア』と呼ぶべき魔力たち。
  この地に呼び出された二十の英霊、イレギュラーである偽アサシンを含めれば二十一の英霊。
  そのうちの十四の魔力を用いることで、現れたアルハザードの扉を無理やり開く。
  選ばれたものでしか通れぬ門を、魔力と奇跡によってこじ開ける。
  残りの七つは対面を取り繕うために用意した『報酬』だ。従来の聖杯戦争通り、優勝者が好きに使えばいい。


  娘のために用意した器、『ローゼンメイデン』。
  この地に呼び出された少女たちの魂が極限まで輝いた時、その『少女の魂』は薔薇乙女の欠けている完璧な乙女の器を満たす生け贄となる。
  その魂を集め、完璧な乙女とし、異世界に眠るアリシアの魂をその乙女の中に蘇らせる。
  生存競争を生き残った『完璧な少女』はいらない。
  生き残ろうとして途中で夢やぶれた『不完全な少女』が必要なのだ。
  優勝者は、願いを持って、どこへなりとも行けばいい。


  そしてプレシアと選ばれた少女が天国へとたどり着くための地獄、『聖杯戦争』。
  少女たちの輝く素敵なものをより輝かせるための舞台。
  殺し合い、奪い合い、生き残りをかけて戦い合うことで、この地に集った魂はその輝きを増す。
  殺し合いが進むことで残された少女たちの魂は、磨き上げられ、歪な形のまま『完璧な少女』へと近づいていく。
  少女たちの夢は、アルハザードを引き寄せ。
  少女たちの絶望が、不完全な少女の器を完全へと押し上げる。


407 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:49:35 rojVlRp20


  邪魔させない準備も整えた。
  異世界の技術である街ひとつ分を多い、中の者を逃がさない球体結界。
  そこにプレシアの持つ全ての知識と技術を注ぎ込んで改良を施した。
  負担は大きいが、それでも誰かに気づかれることや、破られることはない。
  二十四時間という時間制限もプレシアが内部から魔力供給を続けることで克服した。
  この地、この聖杯戦争は、誰にも気づかれず、誰にも邪魔されない。



  集められた異世界の資料の中に、こんな歌があった。


―――女の子って何で出来ているの?
     女の子って何で出来ているの?
     砂糖とスパイス。
     それと素敵な何か。
     そういうものでできてるよ。


  少女を構成する砂糖は『魂』。
  少女を輝かせるスパイスは『戦争』で。
  少女に命を吹き込む素敵な何かは『楽園』だ。

  三つを揃え、少女を生み出す。
  もう一度、アリシアをこの世界に呼び戻す。

「もう少しよ」

「もう少しで、『約束の地』へたどり着く」

「だから」

  二度、咳をする。
  口に添えた手のひらは、赤く濡れていた。

「もう少しだけ……待っていてね、アリシア」


408 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:49:55 rojVlRp20




  無数の少女たちは、楽園を夢見た。
  一人ぼっちの大人は、楽園を目指した。

  この舞台に上げられた少女、英霊、有象無象の危険な妄執の根源は。
  少女たちが生まれるはるか昔、物語に空白を穿てなかった悲しい大人の、楽園への妄執。


     ALLHAZARD PARANOIA/アルハザード・パラノイア


409 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:50:10 rojVlRp20



[備考]
※プレシアは『プロジェクトF.A.T.E』に参加していない平行世界からの参戦です。
※『楽園』の逸話を持つ参加者が死ぬたびに、舞台の楽園濃度が上がっていきます。
※舞台を区切る壁として球体結界(@魔法少女育成計画)を改良したものが貼られています。
 魔力を持つものは出入りができず、触れれば魔力の量に応じて魔力を奪われ、無理に抜けようとすれば最悪死にます。
※何事もなければ優勝者は約束通り聖杯に願いを届けることができます。


410 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:50:43 rojVlRp20










―――





  胎児よ
  胎児よ
  なぜ踊る
  母親の心がわかって
  おそろしいのか


              夢野久作著「ドグラ・マグラ」、作中作「胎児の夢」巻頭歌より





―――











.


411 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:51:05 rojVlRp20



















  ―――どくん。



  胎児が胎を蹴ったように、楽園は一度、ぶるりと揺れた。














.


412 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/04(月) 19:51:49 rojVlRp20
あけましておめで投下終了です。(激ウマギャグ)
前後編申し訳ない。

タイトルの「アルハザード」の綴りですが、なのは作中では明かされていないようなのでテキトーに書きました。
本企画オリジナル英単語なのでうっかりテストで答えたりしないでください。
既存単語である「alhazred(ネクロノミコンの作者)」の方がいいならタイトル考え直しますのでご一報ください。


二つだけ。

○クロメの八房の制限について。
作中書いたとおりです。リレーにも関わるので確認お願いします。

○主催者側について。
「☆★少女〜」以降はなくても話が通じるようになっているので、もし主催陣営についてなにかあれば全部取り下げます。
書き手の方々は、面倒ならば感想は結構ですので、今後の展開も考慮の上で主催陣営についてだけでも何か一言お願いします。


長丁場お付き合いありがとうございました。
長回しなので至らぬ点が多々あると思います。
指摘等あればお願いします。
ただ、反応するのは少し遅れると思います。


413 : 名無しさん :2016/01/04(月) 20:23:03 djXdyAj.0
投下お疲れさまでした!
前半のばいきんまん対理事長のフォーゼ最終回の逸話ネタやだだんだんにライダー主従の勇姿、そして何よりも宿敵であっても誰かの危機に助けに来てくれる皆のヒーローの登場に心打たれました
そして後半戦の大井っち退場。いまわの際までアカンなこいつな思考してた彼女ですが、その執念とも言える一途な思いが呼び寄せた奇跡にえも言えぬ読後感がありました。
主催陣営も動きを見せはじめ、今後も何波乱もありそうで続きがますます気になります!


414 : 名無しさん :2016/01/04(月) 20:47:39 jd.//HQI0
投下おつー
後半では一気に主催側にメスが!
なるほど、そういう仕組みになってたのか
プレシアも、アリシア以外に興味ないのもあって一応優勝者の願い叶える気があるというのは参加者にとっては大きいな
大井はまさかの綺麗な退場


415 : 名無しさん :2016/01/04(月) 22:10:47 K/f20R9c0
投下お疲れさまでした!
前半の盛り上がり、理事長とばいきんまん&輝子の戦いの熱さは言うまでもなく、様々な参加者が行き交う後半も楽しませて頂きました
大井っちは変わらなかったけれども、最後に奇跡が彼女に触れたのはこの少女聖杯ならではの救いなのだろうか…
知世ちゃんの終わらない戦いとなぎさの葛藤、クラムベリーVSチェーンソー男、絵理ちゃんに刻まれた傷、接触するフェイトとマサキ等々、それぞれ見事な糸の繰り方でした
そしてついに踏み込まれた、きらきー、ファヴ、プレシア、主催たちの内幕
タイトルのミーニング、ドグラマグラの巻頭歌と繋げられたのには唸った、ゾクゾクしました


416 : 名無しさん :2016/01/05(火) 01:40:19 ThLuqBGoO
投下乙です

アルハザードはオール・ハザード
「プレシアの全て(命)」をかけた「プレシアの全て(娘)」の為の災害


417 : ◆2lsK9hNTNE :2016/01/06(水) 23:33:48 VDDkwTZU0

あけましておめで投下乙です
星輝子&ライダー、大井&アーチャーとここに来て一気に脱落しましたね。知世は大丈夫のようで安心しましたがまだまだ油断はできない状態
主催者側も話が動きましたね。個人的になるほどと思ったのが球体結界。確かにこれなら魔力を持っているマスターは出られず、一般人は自由に出入りできるのも納得です
未だに謎なのがルーラー。素直にマスターのためだけに動く性格でもないでしょうし、彼女の狙いはなんなのか

それから絵里ちゃん、今までもチェーンソー男を絶対的な悪とは思っていたものの、明確な犠牲者を目にするのはこれが初めて
犠牲者自身はちょっとアレな人ですが、そんなことを知らない彼女がどうするのか気になる所
主催陣営についても私はびつに問題ないと思います。設定面とそれからファヴの登場も
裏方作業の補強になったと思いますし。名無しメイデンとか考えたのもファヴなんだろうか

ただちょっと質問なんですが『半物質世界』がどの作品か教えてもらってもいいでしょうか?
これかな? と思うものはあるのですがイマイチ記憶が吟味ではっきりしないんです

それと細かい点で気になった所
『この地に呼び出された二十の英霊』とありますが、本編開始前に脱落した組もあるのでもっと多いはずでは?
イレギュラーであるはずのバラモスが最初から勘定に含まれてるのも違和感


418 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/07(木) 03:11:04 kud44aSM0
たくさんの感想ありがとうございます。
私もそろそろ書けていなかった感想を書きたいと思っています。本当です。
ひとまず◆2lsK9hNTNE氏の指摘に対して


①「反物質世界」
出典は「冥王計画ゼオライマー」、企画内でも散見される「次元連結システム」で接続する先の次元の名称だったはずです。


②サーヴァントの人数
「召喚された」ではなく「予選を通過した」とさせていただきます。
予選のサーヴァントでロストロギア枠を賄えないのかという指摘があるかもしれませんが、
前提として「予選」と「本戦」が分けられているので(予選後に予選の内容を持ち越さず本戦として仕切りなおしが必要であるものと捉え)、
本作では儀式に直接関係するのは本戦通過主従だけ、と判断し書かせていただいております。
予選時の英霊や魂に関してはたぶん球体結界の安定とか舞台の調整とかに使われたんじゃないかなあと思います。この辺は必要とあらば加筆します。


③偽アサシンの扱い
儀式用に21騎残るはずが、実際には19騎とゾーマ(宝具の偽アサシン含めて2騎換算)となった、という意味でのイレギュラー扱いです。
こちらは関連する記述をもっとわかりやすく変えさせていただきます。
主催側が偽アサシンについて知っているのは、作中でファヴ畜生がゾーマの宝具を把握している描写があるので問題ないと思います。


以上が補足説明となります。他にもなにかあればよろしくおねがいします。
今後、企画に参加している書き手様方から指摘などが来ず、企画主である◆PatdvIjTFg氏からOKが出れば本作をwikiに掲載させて頂きます。


あと、ところどころ『前夜祭』と食い違う部分があったので、その辺もこの話が採用となった場合wikiにて加筆及び修正を行います。
だいたい、
○アリシアの死体ときらきーについて(きらきーをアリシアの「魂の器」にし、アリシアの魂を器に投影したあとでアリシアの死体にアストラル体を憑依させて復活させる的な流れを想定)
○本作中で触れた「楽園」と『前夜祭』作中語句「少女聖杯」との結びつけ
○プレシアの背景(主に研究系統)について
になります。


419 : ◆PatdvIjTFg :2016/01/07(木) 22:26:44 X4wI06Ho0
投下お疲れ様でした、申し訳ありませんが感想に関しては月曜日に。
自分から指摘する点は特にありません、
完璧な形で主催陣営を書いて頂いたと思っています、本当にありがとうございました。


木之本桜&セイバー(沖田総司)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
江ノ島盾子
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
中原岬&セイバー(レイ)
玲&エンブリオ(ある少女)、
アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)

予約させていただきます。


420 : ◆PatdvIjTFg :2016/01/07(木) 22:28:23 X4wI06Ho0
追加で高町なのはを予約させていただきます


421 : 名無しさん :2016/01/08(金) 00:14:38 BVuOtmlg0
おおう、またも大規模予約!楽しみだ


422 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/09(土) 07:34:53 IYdmWTR60
>マッドティーパーティー
投下お疲れ様です。
ああ、セリム……落ちてしまったか……セリム脱落の遠因が知世ちゃんの方針っていうのが辛い。
小学校が異界と繋がるというのは、説明されてみれば成程通る道理で。
異界を繋ぐために死神様を撒き散らしていたのかとも考えたけどあの二人の性格的にそれはないよなぁ。
しかし、こういう交渉ありきのような場所だと方針なんてなくやりたいことをやるアリスが厄介で厄介で。
しかも狙いすましたようにまとまりかけてた縁談をご破産にする性能の高さ。
先にアリスの方にロンギヌス当てて消滅させていれば何人が救われたんですかね……(悲しみ)
既にリレー後なので触れさせてもらいますが、屋上抗争は他の組が非常に回しやすくなって助かりました。
目立つのは屋上抗争だけど小学校に登校してきたマサキやあんきら再会など他のところもいろいろ不穏で楽しめました。
ず  り  し  ま  じ  ゅ  ん  こ


>きっと世界は君のもの きっと世界は僕のもの
投下お疲れ様です。
>その姿はまさしく金に汚い天使であった、天使ではなかった。
この一文の「何言ってんだ……」と「まあ確かに」の混ざった感じがとても好き。
しかし、不思議の国のアナタがあるということは玲の精神世界と融合してるってことである少女的にも舵取りが効かなくなってしまうかもしれない。
原作通りだとするなら迷宮の奥なら大切なものが眠っているんだろうけど、ここではどうなっているのか。
今後筋肉モリモリマッチョマンの変態神輿が火を噴くウォルター卿に倍速で襲いかかる可能性が微粒子レベルで存在している……?
玲ちゃんは方針的にさいはてに居続ければ最後まで平穏無事なのかもしれないけど、誰かが入ってきてしまった時点で原作同様殻にひびが入ってしまったと言っても過言ではない。
高校周辺は戦闘多発地区だからひびがどんどん広がっていってしまいそう……
蜘蛛が不穏(総括)


>過ぐる日の憧憬
投下お疲れ様です。
超高校級の絶望と女王蜂のエンジョイによって少女たちが曇る曇る。
両方と関わってるスノーホワイトさんの曇り方が尋常じゃない、そろそろ前が見えなくなってしまう。
屋上抗争の延長戦ということでスノーホワイトさんやクロメを巻き込んでの二回戦。
恐ろしいのは、江ノ島盾子ちゃん同様スノーホワイトの魔法に対応しきってるし、局面を読みきってるあいちゃん。
原作でも躊躇せずに(あの時は二人で仲良く)飛び降りることはあったけど、この子の胆力は本当に小学生なんですかね……?
さくらちゃんが助けに来ることまで織り込み済みだったけどその後の「ごめん、待って!」にはご立腹な様子。心の炎見て我慢しようね……怒らないでね……
方針や腹の中は一切見せ合ってないけど再び即席でコンビネーションプレイする沖田アリス意外と好き、実はまほいく鯖2騎と連戦だし。
なんだかんだで、一番のバチを引いたのはスノーホワイトの魔法で気配遮断看破されてる事実を知らずに撤退して、しかもきらきーが遊びに来ることが確定したクロメなのでは?


>ALL HAZARD PARANOIA
自作です。
企画主さんの許可も得たし、指摘もないようなので、五分割か六分割かしてwikiに載せます。
あと、記載を忘れてますがマサキフェイトは【D-2/北部の道路/一日目 夕方】です。
そして修正ですが、星輝子のマンションはC-2なのでさちこゆき組はC-3ではなくそっちになります。
誤字脱字を除いた大きな修正などがあればまた追って連絡します。


423 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/09(土) 07:36:51 IYdmWTR60
感想ついでに

シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)
桂たま&アサシン(ゾーマ)&偽アサシン(まおうバラモス)
ルーラー(雪華綺晶)&人工精霊(ファヴ)

予約します。


424 : 名無しさん :2016/01/10(日) 17:40:58 VHY2S0zw0
投下お疲れ様です。
大井っちは積極的にならなければ長生きできたのに、仕方がないですね。
無駄にバイタリティ高くて、調子に乗りすぎちゃった結果がコレだよ!
調子に乗っちゃダメーを見事なまでに体現して、最後は北上さんに導かれて逝きましたね。
自分勝手に行動して自分勝手に満足して退場したのはまさしくアニメ版大井っち!
そして、主催者側の思惑が徐々に明らかに。願いを叶える結果よりも過程を重視するそのスタンスは少女は大人になる前が一番美味しいという暗示でしょうか。
乙女が成熟しないように、巧くコントロールするのは危ない香りがしますね。
けれど、あくまで必要なのは不完全な少女で、完璧なものはいらないという理屈には理由が付けられているのもまた然り。
最初から出来上がっているものよりも、パーツを手に入れてアリシアを復活させる方が都合がいい、実に狂気のマッドサイエンスお母さんですね。
そして、アルハザードの綴りには度肝を抜かれました。
楽園は何処にでも在り、何処にでもない。矛盾があるからこそ、齟齬が生まれ、誰しもが望みながらも辿りつけない。
大人の都合で生み出された世界で、少女達の華やぐ姿に可憐さと浅ましさを感じますね。
つまるところ、楽園の裏側には恐怖が埋められている。


425 : ◆2lsK9hNTNE :2016/01/11(月) 19:43:58 3KEIYUK60
輿水幸子、スノーホワイト、ララを予約します


426 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/01/15(金) 23:54:52 OIvl65Cg0
申し訳ありません、間に合いそうにないので現予約を破棄させていただきます
それと、月報です

26話(+ 5) 35/40 (- 5) 87.5


427 : ◆2lsK9hNTNE :2016/01/18(月) 19:36:59 mYqWdfoU0
すいません、予約した時間に間に合いそうにありません
今日中には投下します


428 : ◆2lsK9hNTNE :2016/01/19(火) 00:21:12 e41nKinw0
遅くなりました。投下します


429 : 尊いもの ◆2lsK9hNTNE :2016/01/19(火) 00:22:32 e41nKinw0
『お掛けになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります』

耳に当てたケータイから無機質な電子音声がして幸子は電話を切った。
もう一度同じ番号に掛け直す。『お掛けになった番号は現ざ』。切る。掛け直す。『お掛けに』。切る。掛け直す。
掛け直す。掛け直す。掛け直す。
何度でも何度でも。
輝子のベッドに座って彼女のケータイへ電話を掛ける。

幸子は輝子の最後をこの目で見たわけではない。
かびるんるんは消えたが、だからといってライダーがやられたとは限らない。ライダーがやられたからといって輝子が無事じゃないとは限らない。
幸子は電話を掛け続ける。胸が苦しい。この苦しみも輝子が電話に出ればすぐに終わる。

――だから早く出てくださいよ。

ケータイからは無機質な声だけが流れ続ける。幸子が求める輝子の声は聞こえてこない。
代わりにでもないだろうが、コトっというなにかを置いた音がした。
見るとベッドの横にある丸テーブルにランサーがチャーハンを置いていた。

「なんですか、それ」
「チャーハンです」

そんなことは見ればわかる。

「さっき取ったきのこを使って作りました」

幸子は頭が急激に沸騰するのを感じた。

「まだ輝子さんが戻ってきてませんよ!」

片手をベッドに叩きつけながら怒鳴った。そのままチャーハンには目をくれずケータイの操作に戻る。

「幸子さん、おそらく輝子さんはもう……」
「そんなことありません!」

そんなことはありえない。
だって変じゃないか。輝子はアイドルなのだ。綺麗な服を着て、歌って踊って、ファンを笑顔にして、テレビにも出て。
そういう人間なのだ。それがいきなり聖杯戦争なんて訳の分からないものに巻き込まれて、友達を守るため悪者と戦って死ぬなんておかしい。矛盾している。ルール違反だ。世界観が違う。
ありえない。認められない。だから幸子は電話を掛け続けた。
ランサーは悲しむような、憐れむような目を向けてくる。それがさらに幸子を苛つかせる。
幸子はただ輝子を心配して電話を掛けているだけだ。そんな目をされる謂われはない
ランサーは吐息を漏らし、ポツリと言った。

「私は……そろそろ行きます」
「そうですか」

幸子はそっけない返事を返す。ケータイからは変わらず電子音声。

「幸子さん、実はあなたに会うまえ私は……」

ランサーはそこで言葉を止める、「なんでもありません」と付け足すと姿が消した。霊体化したのだろう。構わず幸子は電話を掛け続ける。
輝子は無事に決まっている。電話が繋がらないのは……そう、きっとケータイが壊れてしまったのだろう。
考えてみれば当たり前の話だ。あの強そうなアーチャーと戦ったのだ。ケータイくらい壊れたって全然おかしくない。

――だったら、直接会いに行けばいいんですよ。

幸子はベッドから立ち上がった。窓の外に目を向けると少しだが雨が降っている。
輝子は傘がなくて困っているだろうか。ばいきんまんなら代わりになるものくらい用意できるかもしれない。でも念のため幸子は自分の分とあわせて二本の傘を持って玄関を出た。
ここはマンションの三階。エレベーターは六階に止まっていた。待つのが煩わしくて幸子は階段を降りた。
最初からこうしていればよかったのだ。戦いなんて、たぶんそう長引くものでもない。輝子の家にいってすぐあの山に引き返せばよかった。
そうしていればこっちに向かっている輝子とすぐに会えたはずだ。

一階、出入り口のドアから外に出る、傘を広げて歩き出す。
輝子と別れた小学校の裏山が見える。ここからでもはっきりとわかるほどに荒れ果てていた。
大丈夫。あれはばいきんまんが原因だ。輝子のマンションに向かう途中、彼のロボットが見えた。
だから不安に思う必要はない。そのはずなのに幸子の足は自然と速くなっていった。
山に残った傷跡がまるでなにかの墓標のように見えた。まだ輝子には会えない。


430 : 尊いもの ◆2lsK9hNTNE :2016/01/19(火) 00:23:42 e41nKinw0





麓までたどり着き、幸子は膝に手をついて呼吸を整える。
山の手前では立ち入り禁止のテープが張られ、大勢の野次馬が押し寄せていた。ニュースやドラマで――殺人事件が起きたときによく見る光景。
幸子は人混みの中をモミクチャになりながら突き進み、テープの手前ギリギリまでいって、大きく息を吸う。

「輝子さん! いるんでしょう! 返事してください! 輝子さん!」

力の限り叫んだ。野次馬たちが視線を浴びせてくるがどうでもいい。幸子は輝子の名を呼び続けた。
返事はない。山はなにも変わらず無言を貫き続けている。走ってきてすぐに大声を出したために息が苦しい。声が枯れる。もう一度叫ぼうとして咳が出た。
テープから若い消防隊員が一人出てくるのが見えて、幸子を群集を抜けて駆け寄った。
話しかけようと思って声が出ず、唾を飲んで喉を湿らせる。

「すみませんっ、山に、山に誰かいませんでしか!?」

消防隊員が疲れた様子で、鬱陶しそうに答えた。

「いや、探せるところは隈なく探したが誰もいなかったよ」
「そんなはずありません! もっとよく探してください!」
「大方、あの騒ぎで逃げ出したんだろう。だってもし山に残ってたら今頃……」

死んでいる。

先に続く言葉を想像し、気づいたら幸子はその場から走りだしていた。
もう一度輝子のケータイに電話する。繋がらなくて輝子の家に電話するが、誰も出ない。
息が上がる。胸が苦しい。足が痛い。喉が枯れる。痛い。苦しい。辛い。寒い。

踏み出した右足が濡れたコンクリートで滑った。倒れそうになり、閉じた方の傘で身体を支えようとして無理な重さが掛かり、音を立てて折れた。
うつ伏せに倒れこむ。背中を冷たい雨粒が打ち付けてくる。
頭では起き上がらなくてはと思ったが、身体がいうことを聞かなかった。
いや、起き上がろうとする身体に頭がついてこなかったのかもしれない。どっちでもよかった。

そもそもなぜ転んだら起きなくてはいけないのだろう。
人というものは得てして立っているよりも寝ている方が楽なものだ。転んだならそのまま横になっている方が快適なのではないか。
身体を濡らす雨もシャワーだと思えば気持ちがいい。このままここで横になっていよう。それがいい。なに考えず、なにもせず、ここでずっと寝ていよう。

「大丈夫?」

頭上から声がした。首を上げずに目だけ動かすと、横にあるアパート二階の窓から右目に包帯をした少女が顔を出していた。

「ここまで上がって来れる? そのままじゃ風邪引いちゃうよ」

風邪。そういえばもう随分と引いていない。アイドルになってから昔よりだいぶ健康に気を使うようになった。

――ああ、そういえばボクはアイドルなんでした。

なら確かに風邪を引くのはまずい。そんな理由で幸子は立ち上がった。


431 : 尊いもの ◆2lsK9hNTNE :2016/01/19(火) 00:27:12 e41nKinw0





「ごめんね。もっとちゃんとした服があればよかったんだけど」
「いいですよ、別に」

どうでもいいですから、とは口には出さなかった。まだ声が少し枯れている。
幸子が借りた服は、ただ布を服の形に縫い合わせただけといった体の代物だった。元々着ていた服はビニール袋に詰めてその辺に置いてある。
幸子は部屋の中を見渡す。一言で言えば質素だった。
目につく置物といえば鏡台と、棚。あとは幸子が座っているボロボロのソファーと眼の前にある丸机くらいだ。冷蔵庫すらない。
こんな部屋でまともに生活できるのか疑問だったが、それも幸子にとってどうでもいいことだった。

包帯の少女――ララというらしい――はコップに水道水を注いで机の上に置いた。枯れた声を聞いて、気を利かせたのだろう。
そういえば喉を痛めるのもアイドルにはよくない。幸子は「どうも」と言ってコップを握り、飲んだ。
ララが、幸子の隣りに腰掛ける。こちらの顔をじっと見つめながら言った。

「あなた輿水幸子だよね? アイドルの。一つ聞きたいことがあるんだけど」

――ああ、そういうことか。

どうして見ず知らずの人間が、外で倒れている幸子に声をかけてきたのか疑問だったが合点がいった。つまり彼女は幸子のファンなのだろう。
なら、質問にも答えなければいけない。ファンにサービスするのもアイドルの仕事だ。

「なんですか?」
「あなたはどうして自分とはなんの関係もない人たちのために歌うの?」

それはちょっと予想外の質問だった。なんの関係もない人だなんてファンの側がするとは思えない発言だ。

「別にボクはファンのために歌っているわけじゃないですよ。もちろん、ボクの歌を聞いて喜んでくれるのば嬉しいですけど」

本当ならファンにこんなことは聞かせられない。でも嘘の言葉を用意するのも面倒だった。

「ボクが歌うのはプロデューサーに聞いて欲しいからです。カワイイ衣装を着るのも、ステージで踊るのも、全部プロデューサーに見てほしいからです」
「じゃあ、あなたはプロデューサーのために歌ってるということ?」

幸子は頷いて、でも思い直して首を横に振った。

「ボクがプロデューサーに愛されたいからです」

それが幸子が歌う理由だ。
アイドルを始めたときから変わらない輿水幸子の根幹だ。
だが全てではなかった。

確かにそれは根幹だったけれど、幸子がアイドルになった理由だったけれど。
アイドルを続ける理由はそれだけじゃなかった。
上手く踊れなかった場所が必死に練習してできるようになるのが楽しかった。
新しく作られた曲に合わせて歌うのが楽しかった。
スタッフの皆に支えられてステージに上がるのが楽しかった。
ファンの皆を笑顔にするのは楽しかった。
輝子と小梅と同じユニットでいることが楽しかった。
輝子と小梅と一緒に練習するのが楽しかった。
輝子と小梅と一緒にステージに上がるのが楽しかった。
輝子と小梅と一緒に話すのが楽しかった。
輝子と小梅と一緒になにもしないでいるのが楽しかった。
三人でずっとアイドルを続けたいと思った。アイドルをやめても三人で一緒にいたいと思った。それはそんなに難しいことじゃないと思っていた。

――なのにっ!

本当はわかっているのだ。かびるんるんが消えたときから。輝子がもうこの世にいないって。
だけどとても辛くて、泣き叫ぶほど辛くて、逃げ出した。
電話に逃避して、心配してくれたランサーにも当たって、危険かもしれないのに山に戻って。
もしかしたら輝子のしてくれたことを台無しにしていたかもしれない。

膝を両手で抱えた。涙が零れそうになって顔を埋める。
だけど泣く資格なんてない。あのときランサーがあの場に残らなかったのは幸子を無事に帰すためだ。
幸子がいなければランサーも一緒に戦えた。そうすれば輝子が死ぬこともなかったかもしれない。

そのとき、歌が聞こえた。
ララが歌っていた。今まで一度も聞いたことがない。幸子の知らない歌。
悲しくて冷たい、けれどどこか優しい。冷えた身体をそっと抱きしめてくれるような――そんな歌。
気がつけば涙が出ていた。駄目だと思っても止められなかった。
幸子は無性に悔しくなった。泣いていることがなのか、それとも他のなにかなのか。
わからないけど悔しくて悔しくてたまらなかった。

「ちくしょう……ちくしょう……」

似合わない言葉を呟きながら、幸子はずっと泣き続けた。


432 : 尊いもの ◆2lsK9hNTNE :2016/01/19(火) 00:27:51 e41nKinw0





「色々とありがとうございました」

幸子は玄関に立ち、礼を言った。目が赤くなっているであろうことが鏡を見るまでもなく予想できた。

「気にしないで。さっきの質問をしたくて助けただけだから」
「でも助かりました」

本当に。
事態はなにも変わっていない。輝子を失った傷が癒えたわけでもない。でもすこしだけ前を向けた。

「あなたの歌、綺麗でした」
「ありがとう」

ララは心の底から嬉しそうに笑った。
幸子がドアに手をかける。だがそこで動きを止めた。振り返る。

「ボクからも一つ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「例えばの話ですけど――大切な人が亡くなってしまったとして、他の誰かを犠牲にすることでその人を生き返らせることができるとしたら、それは正しいことだと思いますか?」

なるべく軽い感じに聞こえるように努めて言った。
わかっている。聞くまでもなくこれは間違った考えだ。
だけどどうしても思ってしまう。聖杯を手に入れれば輝子にもう一度会えるのではないかと。
だからこれは儀式のようなものだ。間違っていることを間違っていると言ってもらい、その道を諦める。
そのためのただの確認作業。そのつもりだった。

「正しいかどうかが重要なの?」

それは幸子が考えていなかった――あるいは考える事を避けていた答えだった。
ララは窓の外を指さし、続ける。

「私、あそこにある劇場で毎晩歌っているの。
お客さんは皆喜んでくれて、拍手もしてくれて、中には涙まで流す人もいて、とても嬉しかった。
もしあの人たちを犠牲にしなければいけないとしたら私はとても辛い」
「で、ですよ……」
「でも」

ララは幸子の言葉を遮った。

「……私の大切な人の最後はたぶん安らかで満たされたものだったと思う。
だから他の人を犠牲にすれば生き返らせられるって言われても、すぐにそうしようとは決められない。
だけどもしあの人の最後が理不尽で残酷で認めたくないようなものだったら……
私はきっと彼を生き返らせるためになんでもする。誰でも殺す。何人でも何百人でも殺す。
私にとって彼は正しさや世界なんかよりもずっと重い」

ララが真剣な表情でこちらを見た。幸子は思わず後ずさっていた。

「あなたはどうなの?」
「え?」
「あなたの例えに出てきた大切な人というのは、あなたにとってどれくらい重い存在なの?」

幸子はなにか言おうとしたけどなにも言葉が出てこなかった。
息が詰まって、胸を抑えた。


433 : 尊いもの ◆2lsK9hNTNE :2016/01/19(火) 00:29:39 e41nKinw0





ララは窓から、遠ざかっていく幸子の姿を眺めていた。
彼女は言った。自分が歌うのは愛されたいからだと。それはララが想像していたよりもずっと自分に近いものだった。
ララは漠然と、人間と人形は違うものであると思っていた。
アイドルたちが歌う理由も人形の自分とは全く違うなにかである思い、あるいはその違いから自分の中のなにかが見えるのではないかと考え、倒れていた彼女に声をかけた。
でもそこに大した違いはなかった。

愛されたいから。
突き詰めればララが歌う理由もずっとそれだったのだと思う。
人々に愛されたいから。グゾルに愛されたいから。
もちろんそれだけではなくて歌うことそのものも好きだったけれど、それも多分幸子と同じだ。

人間も人形も愛を根幹にして別の動機も持ちながら歌っている。
ならば人間と人形の違いとはどれほどのものなのだろうか。ララは自分というものがなんなのかますますわからなくなった。
そういう意味ではララが、幸子と話して得たものはなにもない。
だからといって彼女と話したことへの後悔はなかった。心残りがあるとすれば――彼女の問いへの答えだ。

あのあと彼女は、結局なにも言わずに出て行った。あの問いはおそらく比喩でも喩え話でもない。
聖杯を手にいれるために他のマスターを犠牲にしてもいいのかという話だ。
本当なら適当に嘘を言っておくべきだったのだとう思う。
ララは自分がどうするべきかまだ決めていない。でもどうするにしろ幸子が聖杯を求めるならいずれ敵対することになる。
「自分の身勝手な思いで誰かを犠牲にするのは間違っている」とでも言っておくのがお互いのためだったのだと思う。
でもどうしても嘘をつけなかった。適当な言葉で彼女を騙すことができなかった。それはたぶん、彼女がララの歌を綺麗だと言ってくれたからだ。




【C-2/1日目 夕方】

【ランサー(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
[状態]疲労(中)、絶望(微)、ストレス
[装備]
[道具]ルーラ、四次元袋
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り犠牲を出さずに聖杯戦争を終わらせる。
1.江ノ島盾子たちのところに戻る
2.江ノ島盾子と蜂屋あいの再会時に蜂屋あいのサーヴァントを仕留める。
3.出来ることなら、諸星きらりに手を貸してあげたい。
4.幸子はことはしばらくそっとしておく
[備考]
※木之本桜&セイバー(沖田総司)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、
 蜂屋あい&キャスター(アリス)、キャスター(木原マサキ)、バーサーカー(チェーンソー男)、輿水幸子を確認しました。ステータスは確認していません。
※江ノ島盾子がスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対応していることに気づきました。蜂屋あいの心の声が聞こえません。
※諸星きらりの声(『バーサーカーを助けたい』『元いた世界に帰りたい』)を聞きました。
 彼女が善人であることを確信しました。


【D-3/アパートメント近く/1日目 夕方】

【輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:―――
0.―――
[備考]
※ランサー(姫河小雪)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、
 キャスター(木原マサキ)、バーサーカー(チェーンソー男)を確認しました。ステータスは確認していません。
※商店街での戦闘痕を確認しました。戦闘を見ていたとされるNPCの人となりを聞きました。
※小梅と輝子に電話を入れました。
※『エノシマ』(大井)とメールで会う約束をしました。
 また、小梅と輝子に「安否の確認」「今日は少し体調がすぐれないので学校を休む」「きらりを見かけたら教えて欲しい」というメールを送りました。


【D-3/市民劇場裏、アパートメント/1日目 夕方】

【ララ@D.Gray-man】
[状態] 健康
[令呪]残り三画(イノセンスの埋め込まれた胸元に、十字架とその中心に飾られた花の形で)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 劇場での給金(ある程度のまとまった額。ほとんど手つかず)、QUOカード5,000円分
[思考・状況]
基本行動方針:やりたいことを見つける。グゾルにまた会いたい…?
1.アサシン(ウォルター)に歌を聴かせたい。
2.フェイト・テスタロッサが気になる。
[備考]
※「フェイト・テスタロッサ」の名前および顔、捕獲ミッションを確認しました。
※「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」の噂をアサシン経由で聴取しました。


434 : ◆2lsK9hNTNE :2016/01/19(火) 00:30:55 e41nKinw0
投下終了です。雨を降らせたこと、その他問題やミスがあったら言ってください


435 : 名無しさん :2016/01/19(火) 01:02:37 IZcXoT6U0
投下乙です!
幸子、辛いなあ…これは辛すぎる。
輝子のことについて幸子が考えること、取った行動の一つ一つが悲しくて空しい……。
小雪ちゃんも、今の幸子にできることはないよなぁ…ばいきんまんにもらった言葉を抱えて、どうして行けばいいのやら
そして倒れた幸子を助けたのがララでしたか。成程、「歌うもの」として興味を抱いたわけか。ララにとってそれは存在意義と等しいわけだし。
二人の問答、「大切な人」と「世界」の重さというのはDグレでもたびたび出てきていた命題ですが、今の幸子にとってはかなり食いこむ言葉でなかろうか。
幸子を見送るララの独白がいいですね。歌を綺麗だと言ってくれたから、嘘をつけなかった……というくだりが凄く好きです。


436 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/11(木) 04:00:24 yZzOQT9U0
かなり間が開いてしまいましたが投下乙です

輝子がどんな思いを胸に戦ってどんな結末を迎えたとしても、幸子にとっては喪失でしかない。
輝子を思って駆ける姿やアイドルとしての自分たちを振り返っての「そんなに難しいことじゃないと思っていた」の一文がもう切ない。
失って、傷ついて、完全に凹んでしまってカワイイボクを維持できない幸子が痛々しい……
そして誰かに愛されたくて、誰かのために歌い続けた少女たちの出会い。
世界で唯一受け入れてくれた人は当然、世界なんかよりも重い。ララの背景を考えれば頷くしかできないなんともララらしい論。
幸子に対して「嘘をつきたくなかった」と思ったというのも作中のつなぎを見ればとてもララらしい帰結で、ああ、凄いなあとしか言葉が出てこない。
しかしそのララの言葉を幸子がそれをどう受け取って、どう動くのか。
もしかしたら、ララは知らずのうちに凄い爆弾を仕掛けてしまったかもしれませんね。
というか幸子、相手の弱ったところを叩き潰すタイプの精神攻撃が大好きなクリシュナ(幸子のサーヴァント、普通は味方)とかきらきー(ルーラー、普通は味方)とかにこの状態で会っちまったらすげーことになるんじゃ……

序盤で幸子を思い距離をおいた小雪ちゃんは小雪ちゃんで心労ブーストかもしれん状況。
ただでさえ超高校級の絶望からちょっかいかけられてる上きらりと杏の安否もあり、そこに輝子と幸子が乗っかって夜になればあいちゃんと再会。
幸子にきらりんのことを伝えなかったことが、なんか巡り巡ってなんやかんやありそう……

改めて、投下乙でした。

感想ついでに
シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)
偽アサシン(まおうバラモス)
人数減らして再予約します。


437 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 03:24:50 .vLEgDTg0
遅れます
本日中には必ず


438 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:37:15 .vLEgDTg0
盛大に遅刻しました

シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)
偽アサシン(まおうバラモス)

投下します


439 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:38:13 .vLEgDTg0










まあ 座りなよ
えーっと……?


配点(かいしんのいちげき)
―――――――――――










.


440 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:39:52 .vLEgDTg0


×

(どうやら、二組居たらしい)

  先の真昼の流れ星について、森林公園の散策を初めて数分も経たないうちにシルクちゃんはそう結論づけた。
  根拠は一点。
  森林公園入り口から少し歩いたところにある開けた場所に残された、真新しい戦闘痕だ。
  美しく整えられていたであろう芝生は、無数に穿たれたクレーターによって見るも無残な有様になっている。
  離れたところからは、物の焦げたような臭いも漂ってきている。

『つまり……一人がもう一人を吹き飛ばしたってことか』

(そうだろう。そして……)

『そして、その吹き飛ばしたもう一人は、この近くに居る可能性がある……か?』

  現場の状況を霊体化したまま見ていたシルクちゃんのサーヴァント・ランサーが、そう念話で呟く。
  それもまた、シルクちゃんの結論と同じだった。
  見えた流れ星は一筋。何者かが『魔法もどき』を使い、もう一方を吹き飛ばしたという仮説。
  となると、残った一人は飛びもせず、流れもせず、えっちらおっちら歩いている可能性が高い。
  そこで推測を止め、一息つく。そして、ランサーに向かって、どうしようか、と短く尋ねた。

『どうするもなにも、やるんだろう?』

(やるね)

『だったら、身を晒す他ないだろうな』
『我が実体化してるのを見て寄ってきたなら、それこそマスターの望むところだろう。
 それに、身を潜めていて不覚を取りました、じゃあ笑えん』

  いくら東国無双を誇ったランサーといえど、今は英霊の身。
  霊体化している状態では近寄る者の気配すらロクに探ることができない。
  更に、相手から攻撃を受けた際にどれだけ素早く霊体化を解こうとも防御に移るのは遅れてしまう。
  シルクちゃんもまた、そのことを理解していた。

「じゃ、行こうか」

「Jud.」

  ランサーが霊体化を解除し、今度は二人で歩道を行く。
  クレーターまみれの地面を抜ければ、焦げ跡の残る木々があった。

「この先もこんな感じなんだろうか」

「どうだろうな」

  怪しくない程度に会話をしながら歩を進める。
  奥へ、更に奥へ。


441 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:40:42 .vLEgDTg0


×

  しばらく森林公園を歩き、そろそろ出口というところで不意に、シルクちゃんの足が止まる。
  最初、シルクちゃんには何故自分が立ち止まったのかが理解できなかった。
  だが、隣を歩くランサーもまた、同じ方向を見ていることに気づき、そしてようやく違和感を思い出した。
  何かを感じた。
  視界の端に何かが映った気がした。森の影に、その場に居るはずのない者が居た気がした。

(……ランサー)

『どうした』

  違和感に警戒し、あえて念話で声をかける。
  ランサーも察したらしく、念話で返答をする。

(君には何か見えたかな)

『何かっていうほどはっきりは見えてないが、『何かが居る』とは感じたな』

(同じだ。私も、何かが居るような気がした。丁度、そこの森の中に)

『とすると、実際に何か居るんだろうな』

  実体化したままのランサーが、足を肩幅に開く。土を踏みしめる音が、森に溶けていく。

(やる気だね)

『満々だ』

(それで、何をやる気なんだい)

『マスターが気付ける程度っていうんなら、そいつの隠れる能力はそれほど高くないってことだろう。
 だったら、引きずり出してやればいい』


442 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:41:36 .vLEgDTg0


(方法が?)

『そうだな。まあ、いくらか見やすくはできるだろうよ。
 宝具解放の魔力に釣られて出てきたなら、それもまた良しだ』

(だったら、やってみてくれ)

『Jud.。場合によっちゃあそのまま戦いになるかもしれん。
 マスターは、少し下がっててくれよ』

  応えて、ランサーが自身の象徴である武器を取り出す。
  偉丈夫であるランサーの身の丈を上回るほどの長さのそれは、彼の逸話に記された東国無双の振るった槍。
  ランサーに与えられた神格武装。穂先に止まった蜻蛉が二つに割れたことにより付けられた名は、『蜻蛉切』。

  蜻蛉切の穂先が移すのは、広大な森。
  シルクちゃんと、ランサーと、二人が『違和感』を感じた方向の木々の群れ。

「一振、運試しだ」

  その穂先に結ぶのは『名』。
  これから割断するものの名を宝具の真名に乗せる。
  結んだ名は『森』。
  目の前に広がる全ての木を寄せ集めた俗称。

「結べ―――『蜻蛉切』!」

  空を裂く音。光の尾。瞬きするよりも短い間で、槍は横一文字に振りぬかれ。
  不可視の斬撃が宙を走り、『森』を切り裂いた。


443 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:42:59 .vLEgDTg0


×


  事象を割断する槍・『蜻蛉切』は万能ではない。
  結んだ名が曖昧であれば、その真価を発揮することはできず、刻む傷は決して両断には至らない。
  更に、同一の物がその場に複数あったならば、これもまた両断には至らなくなる。

  だが、逆に言えば、結ぶ名が曖昧だったとしても、数が多かったとしても、威力の減衰を木にしなければ斬りつけることはできる。
  有象無象の木々の生い茂る『森』に向けた一閃は、その曖昧さと数の多さ故『森』を構成する木々の一つ一つを綺麗に両断するまでは至らない。
  だが、幹を傷つけ表皮を剥ぎ、野放図に生い茂る枝を切り飛ばし、葉を散らし、視界を開く程度には役に立つ。

  ランサーの目線より少し低い(シルクちゃんの目線よりやや高い)ところにあった枝葉が一斉に舞い上がる。
  ばさばさと音を立てて切り払われた枝葉が落ち、深緑に空白が生まれる。
  開けた視界に光が差し、闇に隠れていた何かを二人の眼前に晒す。

「何っ!?」

  果たしてそこには参加者が居た。
  木々の間に潜んでいたが、遮蔽物を切り取られ、身を隠すことが出来なくなったサーヴァント。
  まるでトカゲをそのまま人型にしたような『そいつ』は、しまったというように顔を歪めて、両手を広げた。
  ランサーが蜻蛉切を構え直すと同時に、『そいつ』が動く。

「『イオナズン』!!」

  声とともに放たれたのは無数の光球。
  だが、決してファンシーなイルミネーションマジックではないことは、ランサーからも一目瞭然だった。
  強力なエネルギーが集束している。もし着弾すれば、周囲を巻き込んで爆発を起こすだろう。
  そうすれば、丁度、先ほど二人で確認した戦闘痕のような無数のクレーターが生まれるはずだ。
  成程、これが西洋に伝わるという魔術か、とランサーは心のなかで頷き、同時に自身の状況を確認する。

  ランサーからそう遠くない位置には彼のマスターであるシルクちゃんが居る。当然この光球の範囲内だ。
  彼女は、多量の魔力と大事に抱えている魔法の羽ペン以外はそこらの少女となんら変わりない。
  この光球の一発でもくらえば、大怪我は免れないだろう。
  ならばどうするか。
  ふ、と短く息を吐き、構え直した槍に力が篭る。


444 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:44:18 .vLEgDTg0


  迫る光球に対し、ランサーは避けるともせず、かといってシルクちゃんをかばうでもなく。
  ただ、槍を返して再び穂先に名を結んだ。
  結ぶ名は『イオナズン』。ご丁寧にも相手が叫んだ魔術の名前。

「丁寧なのはいいことだが、そういうのは、相手を選ぶもんだぜ」

  穂先が、再び世界を睨む。
  次に割断するのは森ではなく、全てが同じ名を持つだろう魔術の光弾。
  ランサーとシルクちゃんに向かう光弾の数、視認範囲にておよそ十一。
  刃渡り数十センチの『有効範囲』に放たれた光球の全てを捉えた刹那を、ランサーは逃さなかった。

「結べ、蜻蛉切!」

  真名の解放、宝具が再び事象を割断する。
  かの敵の手から空中へと放たれた無数の光弾が、着弾することなく、その場で大きく爆ぜる。
  やたらめったらに発生した爆発が、周囲の木々を、土を舞い上げ、煙幕を成す。
  鉢金の尾が揺れ、白髪が波打つ。ランサーの身体にも、木切れや土塊がたたきつけられる。
  しかしそんな余波程度では、ランサーを妨げる障害には足らない。
  振りぬいた槍の頭を返し、土煙に飛び込む。
  名が分からず、視界が晴れていない以上、相手を倒すにはランサーの方から寄る必要があるからだ。

  『そいつ』はランサーが光弾を斬るまで徒手だった。そして光弾が炸裂し、ランサーが動き出すまで瞬き数度分も時間は経っていない。
  ランサーの睨み通り、敵は未だ諸手の平を晒したままランサーの方を睨んでいた。


445 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:45:31 .vLEgDTg0


  一振り、森の木々をすり抜けるような軌道で槍を薙ぐ。軌道の先に『そいつ』の首筋を捉えて。
  『そいつ』は、愚鈍そうな見た目に似合わぬ俊敏な動きで上手いこと穂先の刃をくぐり抜けて柄を腕で受け止めた。
  徒手と槍がぶつかり合い、硬いものが折れる鈍い音が響く。
  衝撃は相殺とはいかない。ランサーの方が押し勝った。『そいつ』の腕は、柄を受け止めたことによってなだらかなくの字に変わっていた。
  受け止めているのを理解し、蜻蛉切を縮小する。三メートルの大槍を、一メートルの近接槍へ。
  縮む過程で、受け止めていた『そいつ』の腕の骨の折れた部分の真上に、深い裂傷が刻まれる。
  絞りだすような『そいつ』の悲鳴。

  縮んだ槍を、今度は万全の力を込めて振るう。
  肉を裂く音。浅い手応え。見れば、『そいつ』は、手の傷をかばおうともせず、体勢を立て直し、距離を取り直していた。
  ならばと今度は刺突を放とうと槍を回す。
  しかし、突きを放つよりも速く、『そいつ』はかっと口を開き、悲鳴の代わりに激しい炎を吐き散らした。

「おっと!」

  ランサーが飛び退り、炎を避ける。
  そして飛び出せるように姿勢を低くしたまま、穂先を輝かせ、炎の奥の『そいつ』の次の一手を待つ。
  炎で来るならば『炎』を、イオナズンならば『イオナズン』を、他の魔術ならばまた他の魔術の名を結べるように。
  もしも猪突してきたのならば、返り討ちにできるように。
  逃げ出したならば、追い打ちをかけられるように。

  炎の幕が上がってみれば、『そいつ』は数メートル分距離を取り、片手をランサーに向けて突き出していた。

「『メラゾーマ』!!!」

  声とともに、先ほどの激しい炎を超える火炎が進路にある木々というを飲み込みながら、渦を巻いてランサーへと向かってくる。
  だが、その地獄から湧き出たような火炎を前にしても、東国無双は一歩も引かない。

「お構いなしってわけか! 結べ、蜻蛉切!」

  向かってきたならば割断するまで。
  叫ばれた『メラゾーマ』という名をそのまま結び、槍を振るう。
  その一撃は、炎の渦を見事割断した。


446 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:46:30 .vLEgDTg0


  炎が掻き毟ったように傷跡を残してかき消され、再び視界が明瞭になる。
  そして、開けた視界の先に、背を向けた『そいつ』の姿が飛び込む。
  考えるまでもなく、逃走だった。
  槍の穂先を翻しながら、ランサーは思考を逡巡させる。
  遮蔽物の多い中にまた逃げ込まれたならば再びあの『姿を隠す能力』によって姿を晦ませ、追撃も手こずることになるだろう。
  上位駆動で距離を詰めるには遮蔽物が多すぎる。
  かといって、ランサーが相手の逃走を追い、孤立したマスターを別の何者かに狙われるようなことがあれば恥もいいところだ。
  ならば取るべき戦法は一つ。なによりも、退却の脚を絶ち、その上で戦闘を続行できることが望ましい。
  ランサーは、一歩を踏み出しながら背後のシルクちゃんへと声をかけた。

「マスター!」

「『アサシン』だ!」

「Jud.!」

  余計な言葉を次ぐことなく、やり取りは終わった。
  名は既に結んである。
  『アサシン』。
  暗殺者のクラスとして呼び出されたサーヴァントの総称でしかない。真っ二つにはできないだろう。
  だがしかしその単語さえあれば、背を向けたあの英霊がその単語を背負っているのならば、足を斬る程度は造作も無い。
  大きく一歩を踏み出す。ゆらめく炎が、ランサーの足元で霧散する。
  踏み出し、詰めた二メートルにも満たぬ距離が、遮蔽の奥へと逃げる背を、三十メートルの射程に捉える。

「結べ、蜻蛉切!」

  蜻蛉切を薙ぎ、事象を割断する。

「何?」

  しかし、悲鳴も、血しぶきも、上がらない。
  轟と鳴いた風の声を背に、『そいつ』は木立の間に再び姿を溶けこませてしまった。


447 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:47:47 .vLEgDTg0


×


  ぱちり、ぱちりと爪で掻くようなくすぶる火の音。
  周囲に広がる、鼻につく焦げた木の臭い。
  うららかな日差しに包まれた森林公園に相応しくない環境の中。
  逃走されてから何十秒か経って、ようやく口を開いたのはシルクちゃんの方だった。

「……しくじっちゃった?」

「らしいな」

「おかしな話だ。私にはあいつのクラス名は、確かにアサシンと見えてたんだけどね」

  不思議そうにシルクちゃんが呟く。
  出会って以降、シルクちゃんの目には確かに『アサシン』というクラス名が見えていた。
  ランサーが戦闘中に名を呼んだ瞬間、場の状況と、彼の宝具の効果を理解して、その名を伝えた。その行動に間違いはなかった。
  対するランサーも、一切おかしなことはやっていない。
  当たり前のように名を結び、当たり前のように斬った。しかし『そいつ』を傷つけることはできなかった。
  二人にとっては完全に不測の事態。だが、どちらも取り乱さずに、ただ淡々と、二人で意見を交換する。

「となると……アサシンの振りをしているが、実際はアサシンのクラスじゃない、ってところか」

  ランサーが頬を掻きながら、シルクちゃんに言う。
  シルクちゃんは、シルクハットをかぶり直しながら、ランサーに答える。

「他のクラスがアサシンの名を騙っているのかな」

「さあな……案外、鹿角みたいに、宝具として呼び出されたやつかもしれん」

「偽物、か」

  考察が敵の正体の核心に至れているかどうかはシルクちゃんにもランサーにも分からない。
  だから、二人は早々に考察を切り上げ。

「追うか?」

「追うさ」

  三文字。返して三文字。それだけで、二人の方針は固まった。
  何者かを見つけ、戦い、ただ、勝つ。そして、消えゆくものたちを弔う。
  そのために今日もまた家を出たのだから、当然、それを成すチャンスを見逃さない。

  シルクちゃんとランサーは歩を進める。
  その方向は、アサシン……いや、偽アサシンの逃げていった、森林の奥。


448 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:48:40 .vLEgDTg0


×


  歩いてしばらくすれば、森林を抜け、住宅街に出た。
  あれ以降、シルクちゃんも、彼女に付き従うランサーも、森林公園内でのように違和感を覚えることはなかった。
  途中で進路を切り替えて森の奥深くに逃げたのか。それとも、シルクちゃんたちと同じように町に抜け別の場所に身を隠しているのか。
  前者ならばもう見つけ出すことは不可能に近いだろう。
  ならば後者に賭けて探してみるべきかと、住宅街を歩いてみれば。

「行き止まりです」

  入り組んだ路地でもない場所で、なぜか、行き止まりへとぶち当たった。

「行き止まり?」

  実体化したままのランサーが、発言の主に尋ねる。

「行き止まりの世界です。
 見えるでしょう? 進入禁止の標識。だからここは行き止まりなのです。
 行き止まりの世界なのです」

「行き止まり、ねえ。どうにもそうは見えないがなあ」

  こつん、こつん。標識を二度叩く。
  エクスクラメーションマークが書き込まれた標識が、弱々しく揺れる。
  どうやらランサーは、現状に何らかの違和感を覚えているらしい。
  シルクちゃんもまた、その状況に違和感を覚えていた。
  だが、ランサーとは違い、視線は一点……標識ではなく、その隣の、『行き止まりだ』と告げた生き物の方を向いている。

  温泉妖精ゆげ子によく似たその生き物が単なるNPCであるはずがない。
  NPCがこんな奇天烈な存在なワケがない。少なくとも、シルクちゃんの知識にはこんなNPCは記憶されていない。


449 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:49:37 .vLEgDTg0


「妖精だ」

「わーお」

  いきなり声を掛けられた妖精が、間の抜けた声を上げる。

「妖精が居るってことは、おそらくここは街じゃない。
 誰かの陣地か、別の何かか。ともかく、ここは行き止まりじゃない。街とどこか別の場所を繋ぐ、出入り口なんだろう」

  ぱきり。
  まるで、殻にヒビが入るような小さな音とともに、標識の先の世界が開く。
  まるで誘うように空いたドアの奥が、覗きこむ二人を行く先不明の暗闇で見つめ返していた。

「これは"その他の注意"。
 "この先さいはて"の標識です。お気を付けて」

「どうするよ」

「……例えば、これが固有結界だったとして、ランサーにはそれが斬れるかい」

「どうだろうなあ。宝具の名が分かれば出来んこともないだろうが、『固有結界』じゃヒビが精一杯だろうな」

「それを聞いて安心した。だったら進もう」

「……さてはマスター、我がなんと答えようが最初から入り込む気だったな」

「当然だ。もしもキャスターの『陣地』だったなら、さっさと叩き潰しておいたほうがいい」

「ははは。確かに。ここに陣地があるってことは、さっきの竜もどきみたいに逃げることもないだろうしな」

  片や帽子の位置を直しつつ、片や槍を携えた腕をぐるりと回しながら。
  軽口を叩きながら少女と老兵は戸をくぐる。
  手を振る妖精に見送られながら、街から、『さいはて』へ。


450 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:51:00 .vLEgDTg0


×


  踏み込んでみれば、そこは……確かに街中ではなかった。
  磨き上げられたリノリウムの床。謎のオブジェクト。
  飾られたテレビが放送しているのは、見たこともない場所の天気予報。
  この研究所めいた場所が『さいはて』なのかと歩きまわってみれば、なんとその建物から出ることもできた。
  先ほどの『行き止まり』に帰れることを確認したうえで、建物を出る。
  表に居た人物によれば、この施設の名前は『ハッピーエンド研究所』。
  そして、研究所を出た場所にあったのは。

「驚いた。街中に、『町』があるのか」

  ランサーが驚嘆の声を上げる。
  その言葉通り、研究所の外には、『町』があった。
  といっても、先程まで歩き回っていた街ではない。
  薄ぼんやりとした広域と、何かがありそうな予感のする場所が幾つか。
  街と呼ぶにはあまりに大雑把な、舞台設定が作りかけの物語のような『町』が。

「はは」

  シルクちゃんが、彼女にしては愉快げに声を上げて笑う。
  まるで当て付けじゃないか、と。

「なんだ、珍しい」

「……似ていたんだ、懐かしい場所に。全く別物なのにね、なんとなく、そう見えた」

  違うとは分かっている。
  でも、似ていた。『あの世界』のように、様々な地域が寄せ集められた『広域』は。
  妖精も、地域の区切り方も、NPCの人を喰ったような喋り方も、世界を取り巻く雰囲気も。
  どことなく彼女の知る世界に似ていた。
  この『町』を作っているのが誰なのかは分からないが、シルクちゃんに対してのあまりの粋な計らいに、苛立ちすら覚える。


451 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:52:08 .vLEgDTg0


「ランサー」

「どうした」

「少し、ここを見て回ってもいいかな」

「となると……飯時には遅れそうだな」

  おどけるようにそう言ったランサー。
  シルクちゃんは特に答えることなく、懐に入れていた『魔法の羽ペン』を取り出し、宙を走らせてみる。
  すると、ペン先からこぼれた魔力が薄暗い広域に一筋の流れ星のように尾を引いた。

「ほお、本当に使えるのか、それ」

「『誰かの創りだした世界』ならね」

  シルクちゃんの説明する気のない答えに、ランサーは少し笑う。

  はらはらと広域の闇に溶けていく魔力を見ながら、シルクちゃんはその羽ペンについてを思い返す。
  この『町』は、誰かの創りだした世界。
  シルクちゃんの愛した世界と同じ、誰かの愛した世界。
  ならば当然、現実世界ではペン以上の役には立たない羽ペンが、『誰かの創りだした世界』では力を取り戻す。
  ただのペンという忘却を脱ぎ捨て、『誰かの世界』に『そうぞう』を加える羽ペンとしての役割を思い出す。

「少し開けたところか……魔物の居そうなところでも目指そうか。これがどの程度使えるのかを試しておきたい」


×


  誰かが言った。
  開拓者は『自身の殻に篭る』者だけではなく、『他人の殻に篭る』者も居るんだと。

  そうして、誰も予期せぬ『開拓者』が、さいはて町へと踏み込んだ。


452 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:52:42 .vLEgDTg0


【???/さいはて町 広域 ハッピーエンドラボ前/一日目 午後】

【シルクちゃん@四月馬鹿達の宴】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備]魔法の羽ペン
[道具]マツリヤの名刺
[所持金]一人暮らしに不自由しない程度にはある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、復讐する。
1.さいはて町に興味。とりあえずは魔法の羽ペンを使ってみる。
2.さいはて町のサーヴァントを打倒?
3.探索が終われば……?
4.フェイト・テスタロッサに対しては――
5.ルーラーへの不信感。
6.時間があれば『本』について調べる。
[備考]
※偽アサシン(まおうバラモス)を確認しました。本物のアサシンではないことも気づいています。
※フェイト・テスタロッサを助けるつもりはありません。ですが、彼女をルーラーに突き出すつもりもありません。
※令呪は×印の絆創膏のような形。額に浮き上がっているのをシルクハットで隠しています。
※出展時期は不明ですが、少なくも友達については覚えていません。
  例の本がどの程度本編を書いているのかは後の書き手さんにお任せします。
※魔法の羽ペンは『誰かの創った世界』の中でのみそうぞう力を用いた武器として使用できます。それ以外ではただの羽ペンと変わりありません。


【ランサー(本多・忠勝)@境界線上のホライゾン】
[状態]平常
[装備]『蜻蛉切』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:主の命に従い、勝つ。
1.さいはて町散策。
2.鹿角に小言を言われちまうな、これは。
[備考]
※宝具『最早、分事無(もはや、わかたれることはなく)』である鹿角は、D-7の奉野宅に待機しています。


453 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:53:39 .vLEgDTg0


×

  二度目の敗走。魔王にあるまじきその姿。
  しかし、恥じる様子は一切ない。
  『そいつ』―――偽アサシンこと、まおうバラモスは知っていた。
  この地に呼ばれたサーヴァント、その中には偽アサシンでは到底勝てない者が居るということを。
  少し前に戦闘した勇者もそうだし、先ほど戦闘した槍使い(おそらくランサーだろう)もそうだ。
  偽アサシンからすれば、完全に分を超えた相手。

「忌々しいが……生き延びることこそ一先ずの使命だ」

  脱兎のごとく森を駆け抜け、森を抜ければそのまま遮蔽物に身を隠すため路地を走り、見かけた大きめの家の庭先に飛び込んだ。
  結果、運良く追跡は撒けたらしい。数分経っても追ってくる二人の足音一つ、気配の少しも感じることはなかった。

「しかし、完全に姿を隠せてなければ効果がないということか……」

  勇者との戦闘のあと、偽アサシンは遮蔽物の多い森の奥で傷を癒やし。
  身体がほぼ完治したのを確認してから、それでも前回のような失態を犯さないようにと森林公園の森に沿って移動をしていた。
  歩道からは数メートル、気配遮断があれば見つけられないと踏んでいた。
  だというのに、木立の間からでも姿を見られたらしく、距離のあった二人の参加者に存在を気取られ、戦闘に雪崩れ込むことになった。
  どれだけ劣っていれば気が済むのか、と聞きたくなるほどの性能に不平を口にしたくなる。
  だが、言ったところで何も変わらないのは十分理解している。

「いよいよ、当てにならなくなってきたな」

  自身の気配遮断の低さと発見される可能性を甘く見ていた。
  予選期間中には見つかるようなヘマを踏まなかったというのに、ここに来ての有様に、頭が痛くなる。

「警戒を怠らぬよう……此処から先は、森もないのだから」

  自戒するように呟く。
  勇者やランサーとは違い、彼の言葉に応えてくれる人物は居ない。


454 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:55:07 .vLEgDTg0


  邸宅の庭の外壁に背を預けて座り込み、ランサーの宝具を思い出す。
  森を切り開き、放ったイオナズンを全て同時に叩ききり、メラゾーマをかき消した槍。
  だが、姿を表した時も、逃げる時も、偽アサシン自体を攻撃することはなかった。
  それに、口から吐き出した『激しい炎』も割断することはなかった。
  最初から戦う気がなかったのかといえば、そうではない。
  戦う気がないというのならば、藪をつついて蛇を出す必要はなかっただろう。
  それがどうにも腑に落ちないでいた。

  腑に落ちないといえば背後で聞こえたやりとりもそう。
  「『アサシン』だ」という少女の声。何故あの瞬間に、偽アサシンのクラス名を看破し、伝える必要があったのか。

「……ううむ」

  頭を捻ってみても、答えに繋がるような良い知恵は出ない。
  所詮ここにいるのは本物の魔王バラモスの劣化品の劣化品、サーヴァントですらない宝具なのだから。

「ともあれ、宝具について知れたのは僥倖と言うべきだろうな。
 忘れぬように、大魔王に伝えなければ」

  勇者については情報が少なかったが、先の老齢の槍兵については戦闘中に『槍の伸縮』や『原理不明の斬撃』を目撃できた。
  それは十分大きな戦果と言える、はずだ。

  大きく息をつき右腕を見る。
  折れた骨は既に治り、傷口も塞がりかけていた。
  もう少し休めば、勇者から受けた傷も合わせて完治するだろう。

  偽アサシンが傷の具合を見ている丁度その頃、遠くの空に光の槍が降ったのだが、小学校の方に背を向け座り込んでいた偽アサシンがそのことに気づくことはなかった。


455 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:55:41 .vLEgDTg0


【D-5/大道寺邸 庭/一日目 午後】

【偽アサシン(宝具『まおうバラモス』)@ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ】
[状態]ダメージ(小)、疲労(小)、自動回復中
[思考・状況]
基本行動方針:大魔王城完成まで図書館には近寄らずに情報収集
0.早朝まで生きて残り、参加者の情報を大魔王ゾーマに伝える。
1.気配遮断スキルを過信せず、身を隠しながら街を歩き回る。
2.参加者を警戒しながら情報収集。全快まで戦いは避ける。
3.フェイト・テスタロッサを捜索。
[備考]
※中原岬&セイバー(レイ)、シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)を確認しました。セイバーが勇者であることも気付いています。
※遮蔽物がある場合気配遮断もあって発見しにくいですが、見つかるときは見つかります。
※宝具であるため念話・霊体化は使えません。魔力はアサシン(ゾーマ)のものを使用します。
 また、実際のバラモスとは違って状況によって思考判断を行い、分が悪ければ防御・撤退もします。
※彼の持つ気配遮断:Eは『NPCには見つからない』『参加者には隠れていれば見つからない』程度です。
 参加者に一人で歩いているところを見られれば見つかります。また、隠れていても直感持ちや敵発見の逸話持ちには気づかれやすいです。
※『NPCを極力殺さない』というゾーマの命令を守ります。ただし極力なので必要に応じて殺します。
※早朝、もしくは非常時と判断した場合にのみ廃教会に帰ってきます。
※フェイト・テスタロッサを見つけた場合、彼女の危険性を判断します。
 危険ではないと判断した場合、保護を申し出て教会まで連れ帰るつもりです。(ただし生存優先のため、危険であると判断した場合は交戦・逃走もやむなし)


456 : 三人目  ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/17(水) 23:56:00 .vLEgDTg0
投下終了です。
なにかあればお願いします。


457 : 名無しさん :2016/02/18(木) 00:46:28 gx39bEQQ0
投下おつー
蜻蛉切が色んな意味で大活躍してる!
なるほど、技名唱える系には滅法強いな、これ。
それでいて相手が偽アサシンだからこその割断ならずというのもまた面白い。
シルクちゃんは最果てに踏み入ったこともあって本領発揮期待できそうで楽しみだ。


458 : 名無しさん :2016/02/18(木) 02:47:44 MZl265Ho0

とうとう交差してしまったか、四月馬鹿とさいはてが


459 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/02/19(金) 05:37:51 l2f9RKUc0
感想ありがとうございます
自己リレーになりますが

海野藻屑

予約します


460 : 名無しさん :2016/02/19(金) 20:46:48 X15hBrtE0
乙っす
まぁ三人目はそうなるよね…さいはてやその外側に四月馬鹿の島の一部が出来上がってそうだ


461 : ◆PatdvIjTFg :2016/03/09(水) 14:59:05 FYF/gcnE0
木之本桜&セイバー(沖田総司)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
江ノ島盾子
双葉杏&ランサー(ジバニャン)

予約させていただきます


462 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/10(木) 13:11:28 c2/zO8WI0
自己リレーを含みますが、

雪﨑絵理
輿水幸子


予約します。
また、

海野藻屑

も同時に再予約させていただきます。


463 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/17(木) 13:40:07 7S0yK2zQ0
遅れます


464 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:04:57 KURayoKw0
盛大に遅刻しましたが

雪崎絵理
輿水幸子


投下します

藻屑ちゃんは再び予約を破棄させていただきます
何度も申し訳ありません


465 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:06:42 KURayoKw0


☆玲


「ええっ!? 小籠包がバクバク美味しくて今日は緊急回鍋肉!?」

「はは、また盛大に聞き違えたな」

  アルミ製のキッチンカウンター越しに、ふわふわとした少女と快活な女性が言葉を交わす。
  少女は、喋った内容のなにがそんなに恐ろしかったのか、口元に手を当ててわなないている。
  その様子を見ながら、女性は豪快に笑ったあと、少女の聞き間違いを訂正した。

「小学校が爆発事故で、今日は緊急放校。つまり、今日はもう終わりってこと」

「終わり?」

「ああ。学校も終わり。玲には悪いけど、食堂も終わり。危ないからさっさと帰れってよ」

  玲と呼ばれた少女は、説明でも事態を把握できなかったらしく、少しの間ぽかんと口を開けて止まった。
  玲は、この食堂が好きだった。
  料理は全部美味しいし、食堂の調理師である女性も接しやすくて大好きだった。
  時々高校に遊びに来るときは決まってこの食堂を利用していた。
  今日も学校の様子を見るついでにここで食事をしようと考えていたのだが。
  よく見れば、いつも元気よく立ち込めている煙もない。人も少ない。いい匂いもしない。
  つまり、本当の本当に、今日ここで料理は作られないのだろう。
  残酷な世界の真理に気づいてしまった玲は、がっくりと項垂れ、声にならない声を上げた。

「もうだめだあ〜……」

「まあ、気を落とすなよ。これ上げるからさ」

  落ち込んだ玲を見かねてか、調理師の女性はカウンター越しにタッパーを手渡した。
  >*肉じゃが を手に入れた。
  受け取った玲の手に、ぬくもりが伝わってくる。
  こっそりタッパーの蓋を開けてみると、とってもいい香りがあたり一面に広がった。

「今日の賄いの残り。俺が作ったのだから、金はいらねえよ。その代わり白ご飯はつかないけどな」

  玲が顔をあげると、女性はやはり笑っていた。でも、今度はとても優しい笑顔だった。
  玲もつられて笑い、大きくお辞儀をする。

「ありがとう、つばめさん!」

「じゃあな。変なもの食べて腹壊すなよ」

「うん! つばめさんも、おなか、気を付けてね!」

  つばめと呼ばれた女性は、手を振りながら食堂を後にする玲を見送った。


466 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:07:03 KURayoKw0





  食堂を出た後、玲はそのままふらふらと校舎のほうまで歩いてきていた。
  放校というのはどうやら本当らしく、校舎内はすでに人が居なかった。
  一人ぼっちで廊下を進んでいると、掃除道具の入っているロッカーがあった。
  こっそり隠れてみた。誰も通りかからないけど、なんだかすごくドキドキした。
  教室に忍び込んでみると、誰かが置いていった勉強道具があった。
  中身はちんぷんかんぷんだけど、椅子に座って机に教科書を広げて黒板を眺めていると、本当に高校生になれたような気がして、とても嬉しかった。
  思うままに、無人の高校を堪能していると、ふ、と遠くからかすかな人の声が聞こえてきた。
  声に導かれて窓際に寄り、校門に面した窓ガラスに触れる。
  心地いい冷たさが指先から伝わってくる。
  でも、目に入った光景は、全く心地良くなかった。
  皆、皆、家に帰っていた。
  皆が、高校に居る玲を置き去りにするみたいに、校舎から離れて行っていた。

「……」

  胸が苦しくなる。
  知らないはずの何かが、頭の奥で疼いている。
  振り返ると、さっきまではなんともなかった校舎の中がとても薄ら寒いものに思えた。
  二秒、三秒。少しだけ立ち止まり。

「……桃本、心配してるかな」

  誰にも聞こえないつぶやきが長い廊下で反響する。
  その反響すら、玲にはなんだか不気味に聞こえた。
  玲が立ち尽くしていると、無人の校舎にベルが鳴り響いた。

  その音を聞いた玲は、弾かれたように走りだした。
  何も居ないのに何かに追われるように。
  いや、『何も居ないこと』から逃げるように。
  来た道ではなく、皆が向かっている校門に向かって。


467 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:07:22 KURayoKw0


  しばらく、人の流れに乗って歩いてみた。
  耳をすませば爆発事故についても情報が聞こえてくる。
  『小学校の屋上が爆発した』。
  『小学校のグラウンドが爆発した』。
  少しすると『山の方でなにか大きなものが居た』なんてのも混ざり始めた。
  不思議な事もあるなあ、と思いながら、コンビニで買ったアメリカンドッグを食べながら道を歩く。
  別に行き先は考えていない。
  桃本の待つさいはて町への帰り道は、『ここにあるといいなあ』と思ったところにいつだってあった。
  だから、気が済むまで散歩して、その後で帰ろうと思った。
  あっちへぶらぶら歩き、そっちへふらふら歩き。
  時々コンビニで食べ物を買い食いしながら、街の中を文字通りぶらつく。
  数十分もそうしただろうか。
  もらった肉じゃがのタッパーがすっかり冷えきったことを知り、そろそろ帰るかと思って路地を曲がった時、玲はとても不思議な少女に出会った。

「どうしたの? お腹痛いの?」

  蹲っている少女に駆け寄り、声をかける。
  返事はない。
  大丈夫かと尋ねても、何かあったなら話を聞くと提案しても、少女は、ずっと蹲ったままだ。
  耳を澄ませば、くすんくすんとしゃくりあげるような嗚咽が聞こえる。
  よく見れば、小さな肩も震えている。
  そこでようやく、玲はその少女が、泣いているのだと気づけた。


468 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:07:40 KURayoKw0


  予想していなかった展開に、ややたじろぐ。
  道端で蹲って泣いている人を見るのは(少なくとも玲にとっては)生まれて初めての事だった。
  奇人四天王が居る、と桃本が言っていたが、彼女もまたその一人なのかもしれない。
  『土下座ウォーカー 立川』なんて名前ならば桃本にも負けない衝撃を与えられるだろう。

  そんなインパクト重点な出会いに少々面食らいながらも、やはり玲は少女に声をかけ続けた。
  玲が置いていけば、彼女はきっと、独りぼっちになってしまう。
  玲の中で、それは、なんとなく嫌な話だった。
  それに、一人ぼっちで泣くのはとても辛い。それだけは、なぜだかはっきりと分かった。
  できることはないかもしれないけど、側にいてあげたい。
  きっとそれは、見ず知らずの玲にだって出来ることのはずだから。
  声をかけてみた。背中をさすってみた。
  何をしても、少女はずっと泣いたままだった。

  どうしようもなくなって、少女の側に座り込む。
  体の動きに合わせて、玲のふわふわな髪が揺れる。蹲った少女の前でふわりと踊る。

「輝子さん―――?」

  その髪に、顔を上げるだけの何かを感じ取ったらしい。
  そこでようやく少女が顔を上げた。
  少女の顔は、涙で濡れていて、よく見れば土や砂利で汚れていて。
  でも、とても可愛らしい、地面に頭を突いて泣くのなんて似合わない、そんな顔だった。


469 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:08:38 KURayoKw0


  突然の展開に、お互い少し言葉を失う。
  数秒見つめ合い、先に口を開いたのは玲だった。

「……ごめんね、輝子ちゃんって子じゃないんだ」

「……すみません、友達に、似ている気がしたので。まったく、似てなんかないのに……」

  そう言って、少女は立ち上がり、服についた汚れを気にすることもなく、どこかに向かって歩き出した。
  玲は慌ててその少女を追い、追いながら、コンビニで買ったフライドチキンを差し出す。

「なんですか」

「美味しいよ」

「いりません」

「でも、美味しいよ」

「美味しかったら、なんなんですか」

「……美味しかったら、私は、嬉しい……かなあ」

「知りません。ついてこないでください」

  突き放すような言葉が、玲に向かって投げつけられる。
  言葉こそ穏やかなものだが、そこに込められている気持ちは、『拒絶』以外にない。
  それでも、玲は彼女の後を追い、彼女に対して食べ物を差し出し続けた。

「チキンが駄目なら、肉じゃがもあるよ。肉まん、フランクフルト、たこ焼き、唐揚げ、アメリカンドッグ……」

  玲はこういう時、なんと言えばいいのか知らなかった。
  人を励ます方法がわからなかった。

  頑張って、なんて無責任な言葉は言えない。少女はきっと、頑張って、頑張って、それでも駄目だったから泣いているのだから。
  元気を出して、なんて言えればいいんだけど、そんな言葉で本当に元気が出るなら彼女はこんなに傷ついていない。
  だからただ単純に自分がしたいこと、されたいこと、元気になれるだろうことをするしかなかった。
  そして、どんなことをやってでも、一人ぼっちの彼女を、一人ぼっちのままにはしたくなかった。


470 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:09:03 KURayoKw0


  少女を追い、数メートルもついて歩けば、ついに怒号が飛んできた。

「ついてこないでくださいって言ってるじゃないですか!」

「でも……」

「迷惑なんです! なんなんですか、さっきから!!」

  跳ね除けるように腕が振るわれ、差し出していたフライドポテトが道路に散らばる。
  少女はまた泣いていた。まだ泣いていた。
  可愛らしい顔を怒りで歪めて、真っ赤な目が玲を睨みつける。
  その気迫に、縮こまりそうになってしまうが、それでも、玲が引き下がることはなかった。

「でも……泣いてばっかりだと、悲しいよ」

「貴女には関係ないじゃないですか!」

  玲の反論とも言えない反論に、少女が声を荒げて食らいつく。
  そして、堰を切ったように少女の瞳から大粒の涙が溢れた。

「関係ないじゃないですか……なんで、一人にしてくれないんですか」

  ぼろぼろと音が立つくらい、真珠くらいに大きな涙が、少女の服に吸い込まれていく。
  ずっと涙を吸っていたであろう襟首は、すでにふやけてぐしゃぐしゃだ。
  大きな涙が頬をつたい、もう一粒、また一粒と襟首に落ちる。
  それを見るたび、なんだか、少女の心も涙を吸って、ふやけて崩れていくみたいで。
  玲は堪らなくなり、声を上げた。

「だって、だって! だって……関係ないなんて、ないよ」

  説明はできない。少女と玲にどんな関係があるかなんて、玲にも分からないのだから。
  それでも彼女を見過ごせない。
  心のどこかが、すっぽり抜け落ちている何かが、玲にとって大切な部分が、彼女を見捨てることを良しとしない。
  灰色の世界に囲まれて、一人で泣いている彼女を見捨てれば、玲はきっと後悔する。死にたくなるくらい後悔する。
  頭よりも心よりも深い場所が、玲にそう伝えていた。

  怒鳴る力をなくしてまた泣き出した少女の顔を、コンビニで貰った紙ナプキンで拭く。
  土汚れを丁寧に拭きとれば、やっぱり、少女は可愛かった。


471 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:09:48 KURayoKw0


  泣き崩れてしまった少女の涙を拭き、背を撫で、呼吸が整うまで側に寄っておく。
  すんすんと鼻をすする音だけが、ふたりきりの灰色の世界に水玉模様を飾っていった。
  だんだんと、音が消え、灰色の世界が帰ってくる。

「見苦しいところを見せちゃって、ごめんなさい」

「なにかあったの?」

「なんにもありません。貴女には関係のないことです」

  泣き終えた少女は、もう取り乱すようなことはなかったけれど、それでも可愛い顔には似合わない仏頂面のままだあった。
  なんにもなかったら泣かないよ、なんて切り出せる状況ではないというのは玲にもなんとなく理解できた。

「ボクは帰ります。よくわからないけど、ありがとうございました」

「あ、ま、待って!」

「……今度はなんですか」

「こ、こっち! こっちに来るといいことあるかもよ!」

「え、ちょっと……なにを」

  再び一人ぼっちになろうとした少女の手を強引に取り、歩き出す。
  玲ではあまり彼女の力になれなかったけど、桃本ならなにか力になってあげられるかもしれない。
  桃本のいる場所にたどり着くことを願いながら、近くの曲がり角を曲がる。
  曲がり角の先に願いどおりにあった標識を通り抜け、入り口をくぐる。
  入り口の先にあったのは、高校や路地よりも見慣れた景色。
  屋根の上に乗った人、河の中に住んでいる人、車もないのに交通整理している人、新作を推敲するアーティストたち。
  さいはて町、まんなか区の住宅街だ。


472 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:10:13 KURayoKw0


【???/さいはて町 住宅街/1日目 夕方】

【玲@ペルソナQ シャドウ オブ ザ ラビリンス】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:街で日常生活を楽しむ。聖杯戦争を終わらせたくない。
1.泣いている少女(幸子)をなんとかしたい。
2.とりあえず桃本に会いに行く。
[備考]
※聖杯戦争についてはある程度認識していますが、戦うつもりが殆どありません。というか、永遠に聖杯戦争が続いたまま生活が終わらなければいいとすら思っています。


【輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:―――
0.―――
[備考]
※ランサー(姫河小雪)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、
 キャスター(木原マサキ)、バーサーカー(チェーンソー男)を確認しました。ステータスは確認していません。
※商店街での戦闘痕を確認しました。戦闘を見ていたとされるNPCの人となりを聞きました。
※小梅と輝子に電話を入れました。
※『エノシマ』(大井)とメールで会う約束をしました。
 また、小梅と輝子に「安否の確認」「今日は少し体調がすぐれないので学校を休む」「きらりを見かけたら教えて欲しい」というメールを送りました。


473 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:10:33 KURayoKw0


☆雪崎絵理

  道路は血に濡れていた。
  周囲は傷跡でいっぱいだった。
  警察、救急、いろんな人が集まっていた。
  電信柱の側には小さな花束が添えられていた。
  呆然と立ち尽くしている間に、現場は、見違えるほど変わっていた。

  テレビ局の報道員が寄ってたかって現場を映し、カメラに向かってがなり立てる。
  『凶刃現る』。
  『夕闇を切り裂くチェーンソー』。
  『女学生を襲った悲劇』。
  文面こそ違えど、それぞれが誰かの死を、センセーショナルな言葉で飾ってはやし立てている。

  ここに何が居たのか、絵理も知っている。
  チェーンソー男が居た。
  そして、誰かを殺した。チェーンソー男が、誰かを。
  再び、世界に悲しみが刻まれてしまった。
  絵理はその予兆に気づいていながら、間に合うことができなかった。

「……」

  どん、と人の波に身体が押され、絵理はそこでようやく我を取り戻した。
  そして、自身の中に渦巻く感情をまとめ上げ、一つの決意に変える。

  もう、白坂小梅に頼ろうだなんて言っている場合ではない。
  聖杯戦争という催しについても、チェーンソー男の出現の変化についても関係ない。
  野放しには出来ない。これ以上被害者を出してはいけない。
  被害者が出てしまった以上、なんだかんだと言い逃れてはいられない。
  倒さなければならない。
  チェーンソー男を見つけることが出来るのは、絵理だけなのだから。


474 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:10:48 KURayoKw0





  いつもよりも早い帰宅を知らせる戸の音に答える人は誰もいない。
  家の中は、いつも通り空っぽだった。
  慣れてしまった閑散とした空気に少しだけ感傷を抱きそうになるが、頭を振って弱気な心をはじき出す。

  とりあえず、気を落ち着けるためにコーヒーメーカーのスイッチを入れて、コーヒーを沸かす間に準備を整える。
  ナイフの数を数え、刃の状態を確認し、ガーターに仕込む。
  ついでにタンスの奥にしまっておいた『あれ』を取り出す。

「使わせてもらうね、山本くん」

  ビニールに包まれたままの、冗談みたいな鎖帷子に袖を通す。
  なんだか重いし、脇が窮屈な感じだし、サイズは合ってない。
  歩けばかすかに音がなる。悪目立ちしそうだ。
  それに、相手の武器はぎゃんぎゃん唸りを上げて高速回転をするチェーンソーだ。
  もし真正面から切りつけられればこんなちゃちな市販の鎖帷子程度で防げるわけがないだろう。

  でも、いい。
  役に立たなくたっていい。
  重くたって、動きにくたって、構わない。
  こんな下らないものでも、大切な人がくれた宝物だ。
  あの日以来、他人がくれた唯一の誕生日プレゼント。絵理にとって、この世界に残された、唯一の形ある幸福だ。


475 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:11:07 KURayoKw0


  チェーンソー男と戦ってきてなんとなく分かっていたことがある。
  チェーンソー男は、絵理が落ち込めば落ち込むだけ強くなっていく。
  絵理のテストの成績が下がると強くなる。
  絵理に後ろめたいことがあると強くなる。
  そして、絵理が前向きになればなるだけ弱くなる。
  山本と一緒に居るようになってから……正確には、山本のことを絵理が意識するようになってから、チェーンソー男はその力を弱めていっていた。
  どういうわけかは知らないが、奴の強さは絵理の精神状態に左右されているらしい。
  それは、聖杯戦争やサーヴァントという白坂小梅が齎した情報よりも確かな、絵理自身がつかんだ情報だ。信憑性は高い。

  だったら新たに悲しみを刻ませてしまった今、チェーンソー男はどれくらい強くなっているだろうか。
  ひょっとしたら、絵理の身体能力では既に勝てないくらい強くなってしまっているかもしれない。
  チェーンソー男は強い。
  今までだって強くて、追い返すのが精一杯だった。
  その上さらに強くなった奴を倒すとなると、ただ戦うだけでは絶対に無理だろう。

  だから、身にまとう。
  絶望を押し隠すように。
  ちょっとの悲しみでは傷つかないように。
  そして、これ以上あいつに好き勝手させないように。
  雪崎絵理は、持ちうる限りの幸福で武装して、この世の果てで待ち受ける悲しみに立ち向かう。
  その幸福こそが、『鎖帷子』なのだ。冗談みたいな話だが。


476 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:11:18 KURayoKw0


  少し考え、制服の上に鎖帷子を着込み、その上からジャケットを羽織って見る。
  制服の下に着込もうかとも思ったが、鉄の輪が肌に当たる感覚がどうにも気持ち悪かったからやめにした。
  大切なのは着ているという事実だ。
  着たままの状態で少し体を動かしてみる。
  ちゃき、ちゃき、ちゃりん。
  動くたびに、鉄同士の擦れる音がする。なんだか本当に、馬鹿みたいだ。

  準備が終わってキッチンに戻れば、丁度コーヒーが出来上がっていた。
  コーヒーを飲み干し、マグカップを洗う。
  こんなこと、する意味があるかどうかはわからないけど。
  でも、もし帰ってこれなくなった時、最後に思い出すのが洗えていないマグカップのことだなんて結末は考えたくない。
  水を切り、食器用布巾で残った水を拭き取り、元あったように食器棚へと戻す。
  並んだマグカップはくすんで見えた。絵理を取り巻く世界は、あの日から止まったままだった。
  少しだけ弱ってしまった心に活を入れるように頬を叩き、心残りがないかを確認しなおし、大事なことをしていないと思いだした。
  靴を脱ぎ、ダイニングまで戻って手元にあった便箋に筆を走らせる。
  何を書こうか少しだけ迷ったけど、ありのままを書くことに決めた。

  突然の出来事で申し訳ないという謝罪から始まり。
  突然チェーンソー男のルーチンが切り替わったこと。そのせいで被害者が出てしまったということ。
  絵理はこれから、決着をつけるために戦いに行くということ。
  一緒に戦ってくれたのにそれなりに感謝していたということ。
  山本と一緒にすごした日々は、馬鹿らしくもあったけれどとても楽しかったということ。
  そして最後に、絵理の好きな相手についてで締め、筆を置く。


477 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:11:30 KURayoKw0


  手紙の内容を、会って話したり電話で伝えられたりしたらどれほど楽かはわからない。
  返事を聞ければ、チェーンソー男をもっと弱らせることだってできるかもしれない。
  でも、もし、絵理のありのままを伝え、山本にそのありのままを否定されてしまえば、絵理はそのまま悲しみに負けてしまうだろう。
  だから会わない。最後だからこそ、会わない。
  もし口で伝えたいなら、すべて終わった後でいい。

  靴を履き、家を出る。
  夜になれば山本が来るかもしれないから、鍵は閉めない。

「いってきます」

  空っぽの家に向けて声を掛け、背を向ける。
  以降、振り返ることはなかった。
  振り返ればきっと、幸せの中に別の感情が混ざってしまうから。
  家の中は、幸せなあの日の続きを待つように、あの日のままで。
  そして、ただひとつだけ、彼が読んでくれるかもしれない手紙を、あの日以降に積み上げられた恋という名の『幸福』を残して。

  絵理はまとわりつこうとする悲しみを振り払うように力を振り絞り。
  ただ、ただ、目的地に向けて駆けた。


478 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:12:16 KURayoKw0


  目的地はもう分かっている。
  今日何度も起こっているような突発的な出現とは違い、夜の日課の時のように。
  チェーンソー男が今夜現れる場所が、いつもどおり予め感覚でわかる。
  道なりに進んで。
  ふたつ目の信号を右。
  目についた路地に入って。
  真っ直ぐ進む。

「行き止まりです」

  程なく行き止まりに辿り着いた。
  しかし、絵理には分かる。
  チェーンソー男の現れる場所はこの『行き止まり』の先だ。
  直線で突っ切れればと思って最短コースで来たが、回り込む必要があるかもしれない。
  一応、側に居た不思議な生き物(工事現場のマスコットかなにかだろうか)に尋ねてみる。

「この先に、用があるんだけど」

「しょうがないにゃぁ……いいよ」

  標識のそばに浮いていたよくわからない生き物が道を譲れば、壁だったはずの場所はぽっかりと口を開けた。
  目の前には、変わらず商店街が広がっている。
  どういう原理かは分からない。
  でも、チェーンソー男なんてものが居るんだ。壁によく似た扉があってもおかしくない。

  扉を潜り抜けた先、血のように赤黒い夕焼けに染め上げられた商店街を駆け抜ける。
  向かう先は当然、奴が居ると感じている場所だ。
  夜の帳が降りれば、その場所にチェーンソー男は現れる。
  そして、その時、絵理はまた戦うのだ。
  悲しみを振りまくチェーンソー男と、青春を賭して。



  ちっぽけな幸福で着飾った死にたがりの青春が、決着に向けて走りだす。


479 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:12:39 KURayoKw0


【???/一日目 夕方/さいはて町 商店街】

【雪崎絵理@ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ】
[状態]魔力消費(?)、ショック(大)、決意
[令呪]残り三画
[装備]宝具『死にたがりの青春』 、ナイフ、鎖帷子
[道具]スマートフォン
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:チェーンソー男を倒す。
1.チェーンソー男との決着を。
[備考]
※チェーンソー男の出現に関する変化に気づきました。ただし、条件などについては気づいていません。
※『死にたがりの青春』による運動能力向上には気づいていますが装備していることは知りません。また、この装備によって魔力探知能力が向上していることも知りません。
※白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。真名も聞いています。
※記憶を取り戻しておらず、自身がマスターであることも気づいていません。
※もしかしたらルーラーも気づいてないかもしれません。
※聖杯戦争のことは簡単に小梅から聞きました。詳しいルールなどは聞いてません。
※出典時期はチェーンソー男が弱体化したあと〜山本の転校を聞く前です。


480 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:13:13 KURayoKw0


☆★☆☆☆★


  目と耳を塞いで朝日から逃れ。
  射した西日をカーテンで遮り。
  膝を抱えて俯こう。
  壁に体を預けよう。
  うつ伏せになって息苦しさを覚えよう。
  世界の誰にも見えぬ傷口を治すために。
  世界に向かってもう一度踏み出せるようになるために。

  最果ては、いつかの昔に立ち止まってしまった人のためにある。
  チェーンソーの刃は怖いけれど。
  世間は金にうるさいけれど。
  それでも、見守ってくれるその世界は。
  傷を治せる唯一の病院で。
  傷を増やさない唯一の殻で。
  傷と向き合える唯一の町だ。

  目の前で大切な誰かを失った少女。
  遥か昔に大切な誰かを失った少女。
  どこかで誰かを失ったままの少女。

  少女たちは最果てへと至る。
  これから先、いつか傷を癒やすために。
  尊い人を思いながら、千年の喪に服すために。


☆★☆☆☆★

.


481 : 少女たちの青春診療録  ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/23(水) 03:13:39 KURayoKw0
投下終了です
なにかあればよろしくお願いします


482 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/24(木) 23:40:50 ujv.yJEM0
自己リレーになりますが

シルクちゃん&ランサー(本田・忠勝)
桂たま**&アサシン(ゾーマ)&偽アサシン(まおうバラモス)
アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)
雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男)
ルーラー(雪華綺晶)

予約します
あと、参加者ではありませんが

さいはて町のチェーンソー男

も合わせて予約させてもらいます


483 : 名無しさん :2016/03/25(金) 06:20:45 vVhlmGL.0
投下乙です!
幸子、やっぱり傷が深い…どう接していいかわからない玲もどこか痛々しい。
そして悲しみの波及を知ってしまった絵理ちゃんのくだりが凄くいいな…でも山本への思いの吐露といい、清冽で悲痛なまでの覚悟。さいはてで何が待っているのやら。
次回の予約の面々も非常に楽しみです。


484 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/26(土) 22:12:53 tRoWooaM0
ついでに

金に汚い天使

も予約しておきます


485 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/03/31(木) 20:12:15 qoo/sJhc0
期限内の投下が不可能だと判断したので現予約を破棄させていただきます。
キャラの拘束申し訳ありません。


486 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:40:37 qTn6hKI20
エイプリルフールなので嘘SS投下します


487 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:40:49 qTn6hKI20








嘘って、愛情だよね。








.


488 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:41:22 qTn6hKI20


「宇宙へ行くんだってさ」
「宇宙……?」

「北海道に行くんだってさ」とか「アメリカに行くんだってさ」とか、
遠いけれど、想像できる地続きの場所を示しているかのように、クリシュナが言った。
だから、宇宙という言葉が幸子には素直に飲み込むことが出来なかったし、
宇宙という言葉を理解したのは、朝食のパンケーキを牛乳と一緒に飲み込んだタイミングと一緒だった。

「そんな……宇宙って、あの宇宙ですか!?」
「そうだよ、あの遠くて暗くて無闇矢鱈に広い宇宙」

さも宇宙に行ったことがあるような声色で、クリシュナが言う。
この奇妙な同居人なら「幸子、僕、昨日宇宙に行ってきたよ。はい、お土産のNASAまんじゅう」なんてことを言って、
お菓子と一緒に奇妙なみやげ話を聞かせてきてもおかしくないだろうと幸子は思った。

クリシュナが湯気を立てている紅茶を一口含み、トーストを一齧りした。
紅茶の水分にカリカリのトーストは負けないし、逆もまたしかり。固体と液体は奇妙な共存関係を口の中で築いていた。

「宇宙って言ったって……」
何があるわけでもないし、と、何しに行くんですか、のどっちの言葉を選ぶかほんの少しだけ悩んで、幸子は「何しに行くんですか、そんな遠い所」と言った。
サーヴァントというものがいて、聖杯戦争というものがあって、魔法だとかそういうものが実在しているなら、
きっと宇宙にも自分の知らない何かしらがあるのだろう、と幸子は思った。

「さぁね、僕が知るわけないだろうそんなこと。気になるなら、直接本人に聞いてみれば良いじゃないか」
「まぁ、それもそうですけど……」
クリエーターのクラスであるクリシュナは、時折、とんでもない無興味を全身で示すことがある。
創造主――神の位階は、あまりにも高すぎて、地上の蟻に似た人などという者は見えなくなってしまうのだろうか、と幸子は考えたことがある。
だが、実際のところ――目の前の少女は、やはり少女で、興味がないことには興味がないだけの神のような力を持っただけの年頃の女の子なのだ。

「僕はロケットを創る、桃本が科学部を呼ぶ、我望がそれに乗る。それだけだよ、それだけ。お肉屋さんだって、いちいち売った肉がどういう調理されるかなんて興味ないだろ?」
そう言って、幸子の牛乳を代わりに飲み干すと、
「それよりも……幸子お嬢様、今日はデートではございませんでしたかしら?」
と言って、スキルで創りだしたばかりの腕時計で時間を示して、笑った。

待ち合わせ時間に対して、今は余りにも無情だった。
とても辛く、とても悲しい現実が目の前にある。
要するに待ち合わせ時間の30分前であり、待ち合わせ場所は全力で走っても15分はかかり、
そして幸子は朝ごはんを食べたばかりで、パジャマを着たままの女の子で、寝癖が「俺だって生きているんだぜ」とばかりに酷く自己主張を行っていた。

「ギニャアアアアアアアア!!!」
年頃の女の子にもアイドルにも似合わない心の底からの奇声を幸子は上げた、一瞬色々なものを投げ捨ててしまうほどにピンチだった。
プロデューサーさんをうっかり待たせてしまうというのは一緒にいられる時間が少なくなるとは言え、相手に待たせるというのはカワイイ女の子の嗜みという奴だ。
だが、友達――言葉にすると、どことなく気恥ずかしくて、なんだか嬉しくなるような、そんな間柄の相手を待たせるのは、なんだかとても自分が許せなくなる。


489 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:41:33 qTn6hKI20


「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!!!!」
「幸子のその顔が見たかったんだ」
慌てる幸子を尻目に、クリシュナはニヤニヤと心底楽しそうな笑みを浮かべている。
「まぁ、急いで着替えて寝癖を直してきなよ。そんな格好じゃ誰もアイドルだなんて信じてくれないよ?」
「誰のせいだと思ってるんですか!!やめて下さい!!怒りますよ!!」

どたばたと洗面所へと向かった幸子を見送って、クリシュナは軽く伸びをした。
戦車を作ろうか、どこでもトビラを作ろうか、いっそ白馬で送ってやるというのもいいかもしれない。
幸子は愚かで、カワイくて、愛おしい。
犬を撫ぜるようにして、整えたばかりの髪をくしゃくしゃに撫ぜ回してやりたいと思う。

愛すべき家族が準備を終えるのを待って、クリシュナはテレビの電源を入れた。
次元連結システムのちょっとした応用で、忙しい朝でも瞬時に朝食を用意できるという朝の番組の1コーナーが映っていたが、
そもそも我が家には次元連結システムが無かったし、次元連結システムがどこに売っているかも謎だった。
それよりは、どこまでも牧歌的な正義のヒーローの方が良いだろうと思い、チャンネルをアンパンマンに合わせた。

自分はアンパンマンを見ていたのか、アンパンマンの事が好きだったのか、何一つ記憶にはない。
だが、知らない人間は誰もいないし、自分が覚えていなくても、誰かが自分はアンパンマンのことを好きだったのだ、
と言ってくれるのならば、それはとても素敵なことのように思える。

アンパンチがばいきんまんに炸裂するよりも早く、幸子の準備は終わっていた。

「クリシュナさん!駅まで送って下さい!!」
「しょうがないなぁ」

そう言って、クリシュナは玄関の扉を駅へと繋げた。どこでもトビラ――瞬間移動の法である。
扉を開けば、目の前には朝の人混みが直接ある。
空間は捻じ曲がり、移動時間は極限まで短縮される。そういうことである。

幸子を送った後、クリシュナは腕時計の時間を一時間巻き戻し、
少々早く着きすぎてしまったカワイイ幸子のことを思って、笑った。


490 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:42:06 qTn6hKI20


冗談みたいに、空き地に置かれていたロケットを見て、藻屑となぎさは顔を見合わせた。
大きさは高層ビルよりも高く、色は白を基調にして、先端の尖った部分には冗談みたいにどこか愛嬌のある顔が描かれている。
そんな冗談みたいなロケットなのに、描かれた顔は宇宙に行くぞってやる気に満ち溢れていて、
転校生の人魚よりも、どこか真実味にあふれていた。

「なんでロケットなんて作るかな」
「宇宙に行きたいんでしょ」
「空なんて何もないよ」
「まぁ、海には色々あるよね」

山田なぎさの生活は少し前から冗談ばかりだった。
気づいたら、聖杯戦争とやらに巻き込まれていたし、己の使役するサーヴァントとやらは、男女のカップルで、
男――ウェイブの方は恥ずかしげもなく、アホみたいに愛の言葉を女――クロメに叫んでいた。
満更でもない表情のクロメに、やり遂げた顔のウェイブに居たたまれなくなって、転がり出るように家を出ると、海野藻屑がいた。

冗談みたいに、いた。
最初から死んでませんよ、みたいな顔をして、「山田なぎさがいる〜」だなんて、にへらにへらと近寄ってきて、
何を言いたかったのかわからなくて、涙を浮かべてみたりして、結局言葉は声にならなくて、
泣いたり、笑ったり、怒ったり、しながら、海野藻屑を抱きしめて、
いつの間にか、海野藻屑と抱き合っていた。

兄もお母さんも、海野雅愛もいない世界で、山田なぎさと海野藻屑は二人ぼっちで、それはそれでいい感じの世界だった。

「人魚は空が嫌いなんだよ」
「なんで」
「海はさ、手で掬えば柔らかい重みが一瞬だけあって、それで海に消えていくけど……山田なぎさは空をつかめる?」
「無理かなぁ」
「だから、人魚にとって空はなんだか気持ち悪いんだよ。青いのに」
「同じ青なのにねぇ」

空が好きで、海が嫌いな人に助走を付けて殴られそうな会話を繰り広げながら、
山田なぎさと海野藻屑はぼんやりとロケットを見ていた。
彼女たちはこの街の中学校には通っていない。
この世界は、永遠に続くようでお片付けの時間が来た子どもの玩具みたいに、ひょいと取り上げられてしまうかもしれない。
そして取り上げられてしまった時に、隣でにへらにへらと笑っている人魚がいるとは限らない。

だから、なんとなくどうすればいいのかわからないまま、なんとなくどうもならないまま、
けれどなんとなく一緒にいられるように、なんとなく過ごしている。中々、どうにもならない。

目的があっさりと――それこそ買う前の宝くじが当たってしまって、小銭を払うことすらなく大金を貰ったようなものなので、
じゃあ、後追いで聖杯戦争の優勝を目指して頑張りましょうという気にもならない。

海に行ったり、歩いたり、プリクラを撮ったり、のほほんと過ごしている。
この街は割と都会なので、遊ぶ場所には困らない。
そのくせバスの料金は後払いなので、山田なぎさには優しい(海野藻屑にとっては少々面倒かもしれない)

だから休日といっても、突如として現れたロケットを見るぐらいのことで、時間の過ごし方としては十分なのだ。

「魚は海で捕るけど、鶏肉は空で捕らない」
なんとなく思いついたことを山田なぎさは口に出してみた。
「鶏肉は大体地面で捕る」
海野藻屑がそう返して、顔を見合わせて二人で笑った。


491 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:42:16 qTn6hKI20

「空はずるい」
「うん、ずるいね」
なんとなく目一杯伸びをして、そこから更に手を伸ばして、山田なぎさは空を掴もうと試みた。
にへらにへらと笑って「空は掴めそう?」と聞く、海野藻屑に「もう少しかな」と返す。

届かないものになんとなく手を伸ばしてみる。

結構いい気分だった。

「やあ、君たち……そこで何を?」
しばらくそうしていた彼女たちに声を掛けたのは、老成した男で、高級そうなスーツを着ていた。
「空に手を伸ばして掴んでみようかと」
見られてしまったことを少々気恥ずかしく思いつつ、しかし見られたらもっと恥ずかしいことになるのではないか、
そんなことを思って、つま先立ちでゆらゆらと揺れながら、山田なぎさは挑戦を続けて、海野藻屑はそんな彼女を笑って見ていた。

「笑いますか?」と言った山田なぎさに「笑わないよ」と男は言った。
「私だって、何度も何度も星に手を伸ばしたことがある」
そう言って、男も大きく伸びをして、どこか狙いが定まっているかのように、空へと手を伸ばした。

「星は掴めましたか?」
「これから……行くところさ」

感慨深い様子で男はロケットを見上げた。
どうやら冗談みたいなロケットで、宇宙に行こうとするのはこの男らしい。
転校してきた人魚よりもありえないと思ったが、なんとなくいいな、と山田なぎさは思った。

「空は海と違って――」
なんとなく置いてけぼりにされたと感じたのか、海野藻屑が少し怒ったかのように、空には魚も惰眠も人魚もいないと言った。

「確かに、宇宙は重力すら無い。
月は結局、広大な荒野で――兎の一匹もいないし、数年では火星に人は住めそうもない」
そう言って、男は「案外、宇宙には夢も希望もないのかもしれないな」と言って笑った。

「けれど、約束があるからね」
「約束……?」

「夢や希望が無くても、約束や絆や友達は宇宙にもあるものさ。もちろん、地面にもあるし、海にだってある」
ちょうど君たちみたいにね、と言って男は――少年のように笑った。

「この冗談みたいで、そして友情に厚いロケットに乗って、友達に会いに行くんだ。
自分一人の力ではどうにもならなかっただろうが……協力者が出来たものでね」

「友達かぁ……」
「あたし達みたいな」
冗談めかして、なぎさが言う。


「そう、君たちみたいな友達にね」


492 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:42:30 qTn6hKI20


――思い出が欲しい。

そう思って、三人で遊園地に行くことにした。
待ち合わせ場所は駅前のデカラビア像、中央に一つだけ目がある巨大なヒトデのような芸術的な像である。
一説によると、待ち合わせ相手の死を知らず死ぬまで待ち合わせ場所で待ち続けたヒトデがモチーフであるらしい。
死ぬまで、待ち合わせ相手のエイを待ち続けた健気な水産物の死を悼んで作られたなぞと言われているが、
流石にわくわく水族ランドみたいな物語が事実であったわけではないだろうし、そんな逸話は幸子には全く関係無かった。

「フッ、フフーン……フーン……」

待ち合わせ場所には誰もいなかった。
当然である、彼女は一時間早く待ち合わせ場所に着いてしまっていたのだから。
しかし、そんなことに彼女は気づいていない。
待ち合わせ時間ギリギリに着いたというのに、誰もいない――完全に置いて行かれたと、そう思ってしまっていた。
自分が遅刻をしてしまったばっかりに、二人を怒らせてしまったと。

二人が遅刻をしたのだと、幸子は考えもしなかったし、それよりは自罰的な発想のほうが幸子には馴染んだ。
置いて行かれるわけがないと考えたかったが、それほどまでに怒らせてしまったのだと――幸子は考えてしまった。

だが帰るわけにもいかず、追って遊園地に行くのもなんだか怖くて、待ち合わせ場所でなんとなく呆けていた。

「おまたせ、幸子ちゃん……」
「早かったな……フフ」
白坂小梅と星輝子に背後から声をかけられて、置いて行かれていないことを知り思わず泣きそうになり

「フッ、フフーン……一時間も早く待ち合わせ場所に来ていたボク、カワイイ上に完璧ですね!」
後になって真実を知り、必死で笑うようにして涙を誤魔化した。
ハンカチが無かった場合のことは考えないほうが良いだろう。

三人で遊園地行きの切符を買った。
切符には、シンプルに遊園地行きとだけ書いてあった。
「ちゃんと遊園地の名前まで書けばいいのにね」と顔を見合わせて笑う。
駅は混雑していたけれど、電車は案外空いていて、特に問題なく三人並んで座ることが出来た。
向かい側の席には、二人の少年と二人の少女がそれぞれ並んで座っている。

セリム君と呼ばれた少年が、甲斐甲斐しく少女の世話を焼くもう一人の少女をどこか呆れたように――どこか満足気な微笑みを浮かべて眺めていた。
成りたい者に成った者の笑みだった。

途中の駅で病的なまでに色素の薄い少女が金髪でふわふわとした感じの少女とどこか獣じみた風貌の少年を連れ立って一緒に降りた。
駅の名前を――不思議と彼女たちは認識出来なかった。
ただ、降りたい駅で降りることが出来たのだと思った。

後から桃色の髪の少女と、どこか引きこもりのような風貌の少年も蹴り落とされるようにして電車から降ろされた。
不本意であるらしく、ぶうぶうと文句を言っていたが、電車の扉が閉まったせいでその声は聞こえなかった。

電車内でどんな会話をしたのか、いまいち覚えていない。
ただ、暇つぶしに行った山手線ゲームが――何故か印象に残った。

「山手線ゲーム」
「希望に溢れたもの」
「ボク」「友達」「幽霊」「ッヒ」「案外……楽しそうにしてるよ」「……いいな」
「女子高生」「なんで?」「カワイイボク達が女子高生になったら10倍カワイイですから!」
幸子の言葉に、三人で口にだして女子高生と言ってみた。
来年とか再来年とか、そんな遠くない日のことなのに、なんだか妙に遠いような――届かないもののように思えた。
「……何時か帰らないといけませんね」
「女子高生になりにな……フヒ」
「でも……なんだか、寂しくなるね」

「いつかお別れしないといけないんですね、サーヴァントとか、聖杯戦争とか、この街とか」
「私達は……また会えるのにね」



「うん、また会えるのにね」


493 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:42:42 qTn6hKI20


アイスクリームは目の覚めるような甘さで、
パフェの語源が完璧【パルフェ】というのは伊達ではないな、とプレシア・テスタロッサは思った。
二人の娘を連れて、彼女はファミリーレストランに来ていた。
何故、聖杯戦争を行おうとしていたのか――いまいち思い出せない。
けれど、目の前にある幸福の前では、些細なことなのだろう。
誰かが願いを叶えればいいと思う。どれだけ手を伸ばしても叶わない願いもある。
娘と幸福に暮らすという願いは、幸運なことに自分で掴める程のものだった。
二人の娘――アリシアとフェイトが、競うようにアイスクリームを掬ったスプーンを自分に差し出してくる。
自分で食べればいいのに、お母さんに食べて欲しくてたまらない――と考えてしまうのは親馬鹿だろうか。

「そんなんじゃ自分の分が無くなっちゃうわよ」と軽く娘達を窘めて、珈琲を口に運ぶ。
ミルクで牙を抜かれた苦味と酸味が口いっぱいに広がる。心地よい味だ。

「好き」「キス」「好き」「キス」「好き」「キス」
緑髪の青年が恋人と終わらないしりとりを繰り返していた。
好きとキスの間で、この一瞬を永遠に揺蕩っているのだろう。
そして、何時の日か――子どもを持つのだろうか、愛しあう今の二人で――そうして欲しいと思う。

「馬鹿!」
チェーンソーを持った男を従えた少女が叫ぶと、怒りを代弁するかのようにチェーンソーが唸り声を上げる。
「いや絵理ちゃん!そういうこともあるんだって、二度あることは三度あるって言うだろ?これはつまり二度目であって、でも三度目のしょ」

高校生だろうか――そのぐらいの若い年代のカップルが口喧嘩を繰り広げている。
聞いていると、どうやら少年の方が財布を忘れてしまったらしい。
素直に感情をぶつけあう若いカップルをプレシアは微笑ましく思った。

「大丈夫だって絵理ちゃん、ここでは絵理ちゃんに払ってもらうことになるかもしれないけど、絵理ちゃんの家族に格好悪いところは見せられな」

そんな調子で大丈夫なのかと、少々呆れつつも――心の底からプレシア・テスタロッサは若いカップルの幸福を願った。

「あっ!」
ガラスの向こうへと、フェイトが手を振る。
何事かと思えば、ファミリーレストランの外にはフェイトの友達であるなのはちゃんがいた。
無理に呼んでしまった立場とは言え、アリシアに比べて、どこか人見知りするフェイトに友達が出来て心の底から良かったと思う。

何か願いを叶えるのならば、彼女のような女の子に叶えてほしいなと、プレシア・テスタロッサは祈った。


494 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:42:53 qTn6hKI20


遊園地のベンチで、ねっとりとした劇場を繰り広げそうな少女がどこか人形っぽい少女の膝枕で愛を語らっていた。
北上さんと呼ばれていた少女の膝に頭を載せたもう一人の少女は今にも死にかねないほどの恍惚の表情を浮かべている。

人前では度が過ぎているのではないか、と思ったが、幸子は深く考えないことにした。

一緒に遊園地で降りた少女たちは、保護者であろう和装の少女に先導されて魔法少女ショーへと向かっている。
魔法少女ショーへと向かう人混みの中には、老人とシルクハットの少女があった。

今日の演目は復活した魔王ゾーマに対し、恐ろしき試練を乗り越えた16人の魔法少女達が挑むというものだ。
スノーホワイトの宿敵クラムベリーが、彼女と手を組むのはこのショーだけでしか見ることが出来ないだろう。

「わわっ、ごめんなさい!」
どこへ行くかも決めないまま、ウロウロと歩いているとうっかり人にぶつかってしまった。
遊園地のキャラクターかと見まごうほどの体躯、まるで明王のようであったが、その表情は菩薩のように穏やかであった。
ぶつかって倒れてしまいそうになった身体が、やはりその男によって支えられる。

「お気をつけて」
「あっ、はい」
男は、幸子が傷を負っていないことを確認すると、「和尚」と呼ぶ子どもたちの方へと向かっていった。
子どもたちに慕われているどこかの寺の住職が、子どもたちを遊園地に連れて来ているのだろう。

巨大な男が子どもたちの元へと帰るのを見送ると、どこかへと行っていたらしい輝子が戻ってきた。
「フヒ……幸子ちゃん、バンジージャンプの手続き、しておいたよ……」
「えっ」
「……あれ、バンジージャンプ好きじゃないの?」
「三人で飛ぶの……いいよね」
「えっ」

幸子達はとんだ。


495 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:43:03 qTn6hKI20


そのバーに客は二人だけしかいなかった。
どこか怪人染みた全身に包帯を巻いた男と、どこか貴族然とした妖しい男。
会話を交わすわけでもない、閑静なバーは酒を飲み干す音すらやけにうるさく聞こえた。

手持ち無沙汰になったのか、バーテンダーがラジオのスイッチを入れる。
少女の美しい――それでいて、何十年も歌ってきたかのようなそんな老獪さを窺わせる歌声が流れだす。

「いい歌だな」
同意を求めるでもなく、包帯の男がつぶやく。

「ああ、俺の姪が歌ってる」
「冗談だろ」
「あぁ、冗談だよ」

Lacrimosa dies illa
(涙の日 その日は)
qua resurget ex favilla
(罪ある者が裁き受けんがために)
judicandus homo reus
(灰の中からよみがえる日)
Huic ergo parce, Deus
(神よ どうかこの者をお許しください)
pie Jesu, Domine
(慈悲深き主 イエスよ)

店内いっぱいに少女の歌声が響く。

「なぁ、アンタ……子どもに遊ばれなくなった人形はどうなるんだろうな。捨てられなかったやつだ。」
「知らねぇよ、どうにでもなるだろ」
「どうにでもなるか」


「俺も、そう思うよ」


496 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:43:13 qTn6hKI20


ベリアルの二人の娘が、メリーゴーランドに乗っていた。
永遠の少女の魂を見ながら、ベリアルは何をするとも無く呆けていた。
嘘の魔王であるがゆえに、自身すら偽りであることに気づいている。
桂たまは――並行世界の娘であって、自身――アマラ宇宙におけるベリアルの娘ではないし、あどけない死の魔人であるアリスの魂は未だに集まってはいない。
如何なる娘もそうであるように、娘というのは父を裏切り勝手に女になってしまうものだ。
だから、永遠の少女も――きっとそうなのであろう。
大人になれないはずなのに、砕かれた魂は家出をするかのように世界を彷徨っている。

桂たまの周りでは誰も死なない。
アリスの周りでも誰も死んではいない。

この世界における、神聖なる四文字の神――あるいは少女。
目が覚めてしまえば、全て虚無と消えてしまう世界を支配する少女。

なにゆえ、彼女がこの世界に引きずり込んだのかはわからない。

わかる意味もないだろう。

愚かしいまでに平和な世界を、ただ享受するしかない。



「N・M・R・N」

意味もなく、世界の支配者の名を呟いた。


497 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:43:24 qTn6hKI20


ニャーKBのライブと諸星きらり、双葉杏、江ノ島盾子による凹レーションのライブが終わり、遊園地もそろそろ閉園時間が近付いていた。
ニャーKB命のハッピを着た化け猫が遊園地の外へと出る、人外の存在を誰も恐れはしない。この世界において全ては平等だった。
どうしようもなくネガティブな少女は、友達と高校に向かう。
武人は死んだ妻と遊園地の花火を見上げる。
ロケットは宇宙を目指して飛んだ。
押し付けがましいほどに、世界はどうしようもなく幸福だった。

けれど、全ては嘘だ。










「山手線ゲーム」「希望に溢れたもの」「ボク」「友達」「幽霊」「明日」「今日よりもきっと素敵な明日」「夢」「女子高生」
帰りの電車でもう一度、山手線ゲームをくり返し、もう一度同じお題を出し、
もう一度、女子高生と言って笑いあった。

どうしようもなく一緒にいる二人が好きだって、きっと他の二人もそう思っているのだと輿水幸子は信じたい。
「友情」「愛情」「アイドル」「告白」「大好き」「私も」「ボクも」

「大人」「大人は……希望に溢れてるのかな?」「フヒ……幸子ちゃん、プロデューサーのことが言いたいんだな」
「ボク、プロデューサーさんのことが大好きって言ったらどうします」「私も」「私も」
「結婚できる年齢」「やっぱり女子高生だね」「結婚したらアイドルやめないと駄目だよ」

「小梅ちゃん」
「……?」
「もしも……私が死んだら……絶対……幽霊になって会いに行くから…………絶対見つけてね……」
「やめてくださいよ、そんなこと言うの」
「フフ……大丈夫、幽霊は希望にあふれているらしいから」
「やめてくださいよ、怖いですから……そういうの」
「でも、約束するよ……輝子ちゃんが幽霊になったら絶対見つける」

「結婚」
「成功」
「カワイイボクと」「「142cm's」」

「ゾンビ」
「マタンゴ」
「なんでですか!?」

「……死なないから」
「……楽しそうだから」

「そうだ幽霊になっても幸子ちゃんには見えないし、もしも死んだらゾンビになって会いに行こう」
「……やめてくださいよ!怖いんですから!!」

「でも約束する……私が死んでも、絶対に幽霊かゾンビになって会いに行くよ……」
「……本当ですか」






嘘。


498 : ◆PatdvIjTFg :2016/04/01(金) 21:43:43 qTn6hKI20
終わりです。
夢オチです。


499 : 名無しさん :2016/04/01(金) 23:56:50 s2p5.iJQ0
うおおお、エイプリルフールの投下!
本編の少女たちがどうしようもなくもがいて戦っているからこそ、この優しい嘘の世界は突き刺さる…
やっぱりあの一大決戦があったから、テレビの中の何気ないヒーローと宿敵と、星空を見上げる理事長の穏やかな台詞と姿が一番キました…この二騎はもう舞台に居ないんだよね。「成りたいものになった」セリムの風景といい、切ない。
個人的には、バーの中で流れ出すララの歌を前に呟きあうジェノサイドとバネ足ジャック、二人の怪人の雰囲気が好きです。短いけれど暗示的で、どこか寂しげで
そして何より、少女たちの夢が、チェーンソー男で山本をどやす絵理ちゃん初め、戯画的に描かれているのが温かくも哀しいというか。
少女聖杯らしい、素敵な「嘘」SSの投下乙でした。


500 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:17:55 CMlzX.UA0
遅ればせながら投下乙です!
眠四文字の理想郷、なんとも優しくて悲しい嘘っぱちの世界。
理事長もあの独りよがりなねっとりしたのに呼び出されてなければ、絆の力で宇宙に向かえたのかもしれないし。
プレシアおばさんだってアリシアさえ生きていればもっとマシなことをやってくれてたかもしれない。
どこかで何かが違えば、皆で皆のために手を取り合える、嘘みたいに素敵な世界もあったのかもしれない。
手と手をとりあえず今日の献立をさっと一品作ってる奴もいるけど、まああいつはしょうがない。
でも、現実は何もいい方向に転ぶことはなく、眠四文字の理想郷も所詮夢物語でしかない。
なんとも悲しい物語でした。
あと、本文の感想とは別に、
>二人の娘
思わず手を打つほど驚きました。そうか、あの二人そういう関係あるんだ。
改めて投下乙でした。



感想ついでに、

桂たま&アサシン(ゾーマ)
ルーラー(雪華綺晶)&人工精霊(ファヴ)

特に再予約はしてませんが書けたので投下します。


501 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:18:54 CMlzX.UA0


  姿見の鏡面が揺らいだのを桂たまが見逃さなかったのは、きっと他にやることがなかったからだろう。

  聖杯戦争が始まってからこっちの桂たまの日常は、なんとも味気ないものだった。
  学校にも行かない(そもそも学生というロールが用意されていないため行きたくても行けない)。
  買い物や気晴らしの散歩についても、アサシンからの進言に従い数を減らしている。
  やることといえばお祈りと廃教会内の掃除と、元の持ち主の物らしい本を読むくらいしかない。

「元気ですか?」

  本戦が始まったという通達を受けた後アサシンがたまの肉壁として置いていったモンスターに話しかけてみたりもした。
  さすがにどう見ても化け物なミミックにはたまもビビったが、それでも、聖杯戦争始まって以来アサシンたちを除けば始めての仲間ということもあり、なんとか友好的に接することができた。
  だが、たまの期待も空しく語り返してくれるモンスターは居なかった。
  徘徊し、見回り、空に控える。
  アサシンの命令をひたすら忠実に守るように、ただそこにあり続ける。
  廃教会の中に残されていた本と同じように、持ち主の願いを抱いて帰りを待ち続けている。
  それがなんとも、まさに『ただの手駒』というように感じられて、とても複雑な気持ちになった。

  どうにも解れない、如何ともしがたい感情を抱えたまま、いつものように祈りを捧げ、教会内の掃除を行い、勉強の代わりに幾つかの本を読み。
  朝が終わり、昼が過ぎ、日が傾き。そろそろ夜を迎えようという時間になり、紅茶を淹れて夕食用の冷凍食品の解凍を行っていた時。
  突然、まるで石を打ちつけられた湖面のように、鏡の表面が揺れた。
  なんの変わり映えもなかったはずの室内の一部が突然変化する。たまの目は、その変化を見逃さなかった。
  伏目がちだった視線を持ち上げ、目を向ければ、鏡は見知らぬ世界を写していた。

「え……?」

  そして見知らぬ世界の向こうから、見知らぬ人物が歩いてくる。
  まるで西洋人形に魂だけが吹き込まれたような、菫色の薔薇の眼帯を付けた生気を感じさせない少女。
  重なって見えたのは『ルーラー』の文字。『眼』を開くまでもなく、その少女が異質な存在であると直感的に気づけた。


502 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:19:24 CMlzX.UA0


「ルーラー、さん……?」

「ごきげんよう、桂たま様」

  たまの声に導かれるように、ルーラーが鏡から飛び出す。
  可愛い靴が廃教会の木製の床を踏みしめ、軋んだ音が大きく響く。
  それが合図だった。

   ― スカラ ―

  教会内を徘徊していた十体のガニラスが集まって呪文を唱え、たまの傍に控えていた十体のキラーアーマーの防御をあげる。
  そしてキラーアーマーたちははがねのつるぎを構え、次々にルーラーに飛び掛った。

「あ、ま、待って!」

  たまが声をかけた時には、すでにキラーアーマーの第一陣は剣を薙ぎ、それをルーラーが軽やかにジャンプして回避していた。
  姿見鏡が打ち砕かれ、鏡の破片が宙を舞う。破片はきらきら光りながら、キラーアーマーの間にばら撒かれた。

「兵隊さんには用はありません。さようなら」

  ルーラーの一声とともに、ガラスの破片から無数の白い茨が飛び出し、その場に居たモンスターたちを縛り上げる。
  そして瞬くほどの間に、全てのキラーアーマーが廃教会内から鏡の破片に引きずり込まれて消えうせた。
  続いてガニラスが、侵入者の知らせを受けて駆けつけたミミックが、治療する相手を失って所在無さげに宙を泳いでいたベホマスライムが、キラーアーマーと同じように縛られ消えていく。
  たまが驚くほどの暇もなく勝負は決し。
  ルーラーはまるで何事もなかったかのように。
  それこそ壊れた人形のように、来たときと同じ顔、同じ格好、同じ調子でこう言った。

「ごきげんよう。桂たま様」


503 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:20:08 CMlzX.UA0


  たまにとってルーラーの登場は、まさに突然の出来事だった。
  アサシンからは何事かがあったならばモンスターたちに任せてごくらくちょうとともに逃げろと言われたが、これでは逃げることもできない。

「ご心配要りません。話の邪魔になりそうなので今は別の場所に移ってもらっているだけ。
 私が帰るときにはきっと戻します。どうか安心なさってください」

  ルーラーは恭しく礼をし、まるで当然のように教会の居住スペースに備え付けてあるダイニングセットの椅子に座ってたまの淹れた紅茶に口をつけた。
  そのずうずうしさすら感じるルーラーの振る舞いでようやくたまは我を取り戻した。

「えっと、ルーラーさんですか? 今朝手紙をくれた……」

「ええ」

  ルーラー、裁定者。朝の通達の送り主。聖杯戦争を司る者。アサシンとの話題にも上がった、たまにとって唯一既知の聖杯戦争の関係者。
  そこまで考えてたまは心当たりにたどり着き、何かあったときのためにと用意しておいたお金を入れた茶封筒をタンスから取り出してルーラーに差し出した。

「これは?」

  茶封筒の先のルーラーは、表情を変えず、ただ小首をかしげて疑問を表す。

「その……家賃です。足りないかもしれませんけど、今はこれで」

  実は今朝から気になっていたのが、『この家を勝手に使い続けていいのか』という問題だ。
  たまがもともと住んでいた教会は養父の神父さんのものだった。
  だが、聖杯戦争に呼び出されてから暮らしているこの廃教会は、たまとはなんの縁もゆかりもない場所。
  元の持ち主こそ居ないが、水道やガスや電気が通っている以上水道光熱費などはかかっているはずだ。
  たまにとって、ルーラーが自身のもとを訪れる心当たりはこれしかなかった。

「いただきません」

  だが、ルーラーはくすくす笑いながらその茶封筒を付き返した。

「これはたま様に与えられた『環境』です。他の参加者の方たちにも同じように『環境』が与えられています。
 あるいは家族、あるいは級友、あるいは仕事。それぞれが『環境』に縛られて、戦いに挑むのがこの聖杯戦争。
 『環境』への対価は不要です」

  ルーラーの返答は、たまにとってとてもありがたいものだった。
  正直、ここにきて『他人の家に住むのはルール違反だからこの場所から出て行け』なんていわれたらどうしようと少しだけどきどきしていた。
  変な諍いもなく今朝から続いていた心配がただのたまの杞憂で終わってくれた。胸をなでおろすような心地で、早鐘を打っていた心臓も少しだけ落ち着く。
  しかし喜びや安心の半面で新たな疑問も生まれる。

「でも……じゃあなんで、私のところに来たんですか?」

  ルーラーはまた一口紅茶を飲み、口元を緩く持ち上げながら、一言。

「アサシン様とお話がしたくて」


504 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:20:32 CMlzX.UA0




  色々と考えてみたが、アサシンを即座に呼び戻す方法は思い浮かばなかった。
  今朝アサシンが使った念話で呼び戻せればいいのだが、たまにはそんな心得はない。
  令呪を使えば瞬時に呼び出せるが、三画しかない令呪をこんなことで使うのはもったいない。
  生憎、アサシンは電話も持ち合わせていない。バラモスならばバシルーラでモンスターをアサシンの元に戻すことができたかもしれないが、それも今は不可能。
  なので結局、たまの逃走用のごくらくちょうのうち一羽の首に手紙を巻きつけて、アサシンの元まで飛ばすことにした。
  『ルーラーさんがアサシンさんに会いに来ました。帰ってきてください。 たま』
  内容は分かりやすくまとめてある。混乱させることはないだろう。

「じゃあ、お願いしますね」

  窓を開けて背を押せば、ごくらくちょうは赤く大きな羽を広げて空へと舞い上がった。
  高い、高い、吸い込まれるような空。赤と青の混ざった、紫色の空。
  見渡せば、夕日が海に沈みかけていた。あと数十分もしないうちに夜が来るのだろう。
  振り返れば、ルーラーもまた席を立ち、のんびりとごくらくちょうの向かう先を見つめていた。
  不意にルーラーと目が合う。だが、ルーラーは目が合ったことも気にせずにダイニングテーブルの方に戻り、先ほどと同じように椅子に腰掛けて紅茶を味わいだした。

「少し待たせていただきます。たま様もどうぞ」

  そして我が物顔で、たまの淹れたお茶を振舞いだした。
  あまりの自然な体運びに、たまも一瞬自身が招かれた身であるかのように振舞いそうになってしまう。


505 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:21:59 CMlzX.UA0


  シュガーポットに手をかけたところで、自分がもてなす側だということを思い出したたまは、やや思考を巡らせたあとでルーラーに対してこう尋ねた。

「そうだ、ルーラーさん。ケーキいかがですか」

「ケーキ、ですか?」

  サーヴァントが食事を必要としない、というのはたまも知っている。現にたまが目覚めてから数日、アサシンも偽アサシンも食料どころか水一滴口にしてはいない。
  だが、ルーラーはさも当然のように紅茶を飲んでいる。
  ひょっとしたら、ルーラーは他のサーヴァントと違って特別で、食事を行うこともできるかもしれない。
  ということまでを考えをめぐらせて……というわけではなく、単にお茶を飲むならお茶菓子があったほうがいいかなぁと思っての提案だった。

「私、最近調子がよくて、今回は上手くできる気がするんです。簡単なケーキならアサシンさんを待つ間にできると思うんですけど、いかがでしょう」

  たまはそもそも(生来の鈍さもさることながら)身に余る魔力のせいで失敗を繰り返していた。
  ちょっとしたきっかけで魔力を放出してしまい、その魔力によって不幸な出来事を起こし、その結果失敗を起こし、失敗をきっかけにまた魔力を放出するという負のスパイラルの中にいた。
  だが、現在はアサシンと偽アサシンの同時現界、さらにアサシンの陣地作成と偽アサシンの度重なる戦闘によって魔力を安定して排出し続けている。
  常人ならば昏倒必至の魔力消費だが、彼女にとっては毎分毎秒生まれ続ける魔力の適度なガス抜きとして作用した。
  更にたま自身も魔力の制御の方法を心得たことにより、桂たまは今、精神面はどうあれ魔力面では絶好調だった。それこそ、常日頃悩まされ続けた魔力によるファンブルが一切発生しないと言い切れるほどに。
  ケーキについてを考えると、賀茂とのことを思い出し胸が痛んだ。
  だが、それでも数日ぶりにまともな会話ができる他人を(しかも、アサシンのように精神的につらい話を投げかけてこない相手を)もてなしたいという思いもたまの心に強くある。
  桂たまとは、たまたま悪魔に生まれただけで、その本質はやはりどうあっても年相応な寂しがりやの女の子なのだ。

「……」

  しばしの間が空く。
  ルーラーは少したまの申し出に困惑しているようにも見えたが。

「ええ、それではお願いします」

  数秒もすればやはり微笑むような顔のまま。
  あるいは無表情なのかもしれないが、来たときから変わらぬ顔でたまの申し出にそう返すのだった。


506 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:23:09 CMlzX.UA0




  ケーキをオーブンレンジで焼き始めてからアサシンが来るまでの間、たまとルーラーは間に紅茶を挟んで、他愛もない話を続けた。
  篭城を続けているたまの境遇上しょうがないことなのだが話の内容も戦争とまったく関係のないものばかり。
  紅茶の味がどうだとか。いま焼いているケーキがどうだとか。庭に咲いている花の香りがどうだとか。飛んでいる鳥がどうだとか。そんな戦争とは程遠い、単なるお茶会のような話。
  食欲を喚起するケーキの香りが廃教会を満たし始めた時、少女たちのお茶会に地獄の底から響くようなおぞましい声が加わった。

「さいていしゃ みずから でむくとは」

  開け放っていた窓に、羽ばたきの音と爪の音が帰ってくる。
  たまが低い声のした方―――背後を振り向けば、そこには既に実体化したアサシンが立っていた。

「くすくす、お邪魔でした?」

「わしの ことは しっているのだろう。 わしは いまも じんちを つくっておる。
 ながいされれば ふりになる。 さいていしゃとは こうへいに あるべきだ」

「くすくす。そんなに邪険にしないでください。今回は一つ、お願いがあってきたんです。
 さあ、アサシン様。暗殺者などに押し込められた可哀想な大魔王様。貴方も腰掛けてください。お茶を飲みながらお話しましょう」

  譲り合うのは上っ面だけ。険のある言葉に、険のある言葉。
  アサシンはふんと鼻をならしただけで、当然ながら朗らかにイスに腰掛けて少女たちのお茶会に加わるようなことはない。
  ただ、遍く世界の大魔王がそうあるように、たまの背後に控え、腕を組み、威圧感を撒き散らしながら居丈高に話すのだ。

「はなし というのは フェイト・テスタロッサ の とうばつれい の ことか」

「いいえ。彼女のことは彼女のこと。このお茶会には関係ありませんわ。
 アサシン様とお話したいのは、アサシン様について。アサシン様がいつか辿ってしまうありきたりなおしまいについて」

  ルーラーの声をさえぎるように、オーブンレンジが焼成の完了を告げた。
  アサシンのおしまいというのはたまにとっても気になる話題だったが、せっかく焼いたケーキを焦がしてしまってはもったいない。
  たまは二人の会話に後ろ髪を引かれながら、できるだけ急いで帰ってこれるよう小走りでオーブンレンジへと向かうのだった。


507 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:23:53 CMlzX.UA0


  焼きあがったパウンドケーキは、市販品と見間違うほどに綺麗な状態だった。
  文句なし、たまがこれまで作ったケーキの中でも傑作といっていい出来だ。
  なんと珍しく焦げていないし、粉をふるいにかけるのを忘れなかったし、卵も綺麗に割れたからきっと殻もまったく混入していない。
  材料を床に落とすこともなかった。袋をひっくり返すこともなかった。こけなかったしやけどもしなかった。
  理解不能な原因で、食べられるはずのケーキが食べれない何物かにクラスチェンジすることもなかった。
  ここまできちんと作れたならばきっと美味しいはずだ。美味しいに違いない。美味しいと信じたい。
  まだ熱の残っているうちに切り分け、皿に乗せる。切った感じ生焼けでもないので食べても大丈夫だろう。

「アサシンさん、ルーラーさん、ケーキが……」

「ありがとうございます。桂たま様」

  ここでひっくり返したらすべてご破算と注意深く皿を運べば、アサシンとルーラーの会話は既に終わっていたらしく、ルーラーは既に椅子を離れて割れた姿見の前に立っていた。
  ルーラーが姿見の残骸に触れれば、彼女が来たときと同じように鏡面が波打ち教会とは別の世界を映し出す。

「話が終わったので、私は帰らせていただきます」

「あ、あの!」

  鏡に入り込もうとするルーラーを見てたまはあわてて切り分けたパウンドケーキを手近にあったバスケットに詰めて手渡す。
  せっかく焼いたのだし、二人分を想定した量のためたま一人では食べきれない。ルーラーは仕事で色々忙しそうだから、差し入れ程度にでも食べてほしい。
  そして、もし叶うならば。

「よければもう一度、お茶を飲みに来てください」

  この他愛もないお茶会をもう一度。
  戦争の最中、ほんの少しの息抜きを、もう一度。

「ええ、いずれ、きっと」

  社交辞令以上の心を込めて送ったバスケットと言葉を受け取り、ルーラーは短くそう答えた。
  その表情は、貼り付けたような微笑より、少しだけ柔和に見えた。


508 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:24:15 CMlzX.UA0




  ルーラーが消えた後。
  鏡の破片が飲み込んでいたモンスターたちを吐き出すのを見ながら何かを考え込むように顎に四本指の手を添えているアサシン。
  その顔は、いつもよりもやや険しいように見える。
  もしかしたら不機嫌なのかもしれないと察し、たまは少し気後れしながら話しかけた。

「ごめんなさい。忙しいのに呼び戻しちゃって」

「いい。 こんかいに かんしては、あやつは わしが こなければ かえらなかった だろう」

  しかし、たまの不安とは裏腹に、アサシンの言葉は彼にしては棘のないものだった。
  あまりの毒気なさにたまがやや拍子抜けしているとアサシンは言葉を続けた。

「しかしだ たまよ。もし わしの ふざいのおり あやつが ふたたび あらわれたなら、わしを よびもどす ひつようはない」

「でも、アサシンさんに会いたいって言われたら」

「そうちょうに かえる ことだけを つたえれば それでよい。
 われらも かつための じゅんびを ととのえる ひつようがある。 わけもなく なんども こられても めんどうじゃ」

  続いた言葉は、たまに何事かを問いかける時とは違う、単純な進言と思わしき言葉。
  言われてみれば、ルーラーが何度も訪れてアサシンが居城を離れれば、それだけたま達は戦闘に取り掛かる準備が遅れる。
  劣勢に立たされやすくなってしまうのは自明の理。アサシンはそれを避けたいのだろう。
  分かりましたと肯定すれば、アサシンは特にそれ以上何も言うことなく、たまに背を向けて歩き出した。


509 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:24:57 CMlzX.UA0


「わしは じんちの さくせいに もどる。 いぜん ちゅういは おこたるな」

「はい……あの、アサシンさん」

  たまの声に、教会から出ようとしていたアサシンが歩みを止めて振り返る。その顔は、やはり険しい。
  少々気圧されながらも、たまは疑問を口にした。

「アサシンさんのおしまいって、何の話だったんですか?」

  結局聞けなかったルーラーとアサシンとの会話の内容。忙しいであろうルーラーが自ら赴くほどの用事。
  そのことについて問われたアサシンは、彼にしては少々反応が悪く間を置いた後で。

「われらが まけたときの はなしじゃ。
 しょせん いまの われらには まだ ひつようのない はなしよ」

  とだけ答え、たまの答えを待たずして言葉を続ける。

「……ところで たまよ。おぬしには あいつは なににみえた」

「ルーラーさんですか? ……えっと、お人形さん、でしょうか? 小さくて、かわいらしくて」

「……そうか」

  それだけを聞くと、アサシンは教会を後にした。
  再び一人になったたまは、少し立ち止まってたまが居ない間の二人の会話について思考を巡らせてみたが、まったく想像の付かないものだったので、すぐに考えるのはやめにした。
  気が付けば、外は更に深い紫色に染まっている。いつの間にか夕方が終わって、夜が来ようとしていた。

「あ、やっちゃった」

  温めたまま放っておいた夕飯用の冷凍食品が目に入り、食べるタイミングを失っていたことを思い出す。
  触ってみると、すっかり冷めてしまっていた。
  ケーキを焼いた余熱のままのオーブンレンジは、しばらく冷めそうにない。冷凍食品を温めなおすにはまだまだ時間が要りそうだ。
  まだしばらく時間をつぶす必要があると判断したたまは、今朝よりも少し軽やかになった足音でダイニングから寝室に移動。
  そして、それなりに残されている教会の蔵書を紐解き始めた。
  いつかのお茶会に素敵なお菓子を添えられるように。

  一ページ、二ページ、お茶会にふさわしいお菓子について眺め、そこに来てようやくたまはおかしなことに気づいた。
  アサシンは最後までたまとルーラーの『お茶会』について口を挟まなかった。
  普段のアサシンならば戦争中は極力接触をするなと言いそうなものだが、ルーラーに関してはそういう言及が一切なかった。
  ルーラーが再度訪れた時についても『すぐに追い返せ』『話に耳を貸すな』などと言わなかったあたり、暗に認めているようにすら感じる。
  それは、アサシンと数日触れ合ったたまからすれば、少しだけ、違和感のある反応のような気がした。

「アサシンさんも本当は、一緒にお茶が飲みたかった、とか」

  絶対に的外れだと分かる予想を口にしながら、ページをめくる。
  本の中には、綺麗なものだけが詰まっていた。


510 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:25:28 CMlzX.UA0


【B-5/海辺の廃教会/一日目 夕方】

【桂たま@天国に涙はいらない】
[状態]健康、元気、魔力消費(微小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ルーラーからのおてがみ
[所持金]億単位(銀行に貯金してある)
[思考・状況]
基本行動方針:戦闘はアサシンに一任
0.教会からはあまり出ない。
1.大魔王城完成まで教会でひっそり暮らす。
2.モンスターさんたちを、犠牲に……?
3.ルーラー(雪華綺晶)さんともう一度お茶会をしたい。
[備考]
※ルーラー(雪華綺晶)を確認しました。nのフィールドを利用した移動も確認してあります。
※フェイト・テスタロッサの名前と顔を確認しました。
※廃教会内にキラーアーマー×10、ガニラス×10、ミミック×5、ベホマスライム×3が配置されています。
 さらにたまが逃げ出せるようにごくらくちょう×2が潜んでいます。
 彼らは勝手に増えませんが、今後アサシン(ゾーマ)の采配とたまの要請次第で増えることはあります。


511 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:26:18 CMlzX.UA0





「あなたの宝具、『そして伝説へ』。その効果の一つとして、賢者の石の作成があると聞きます」

  サーヴァントである以上飲む必要もないだろうに、律儀に紅茶を呷りながら、ルーラーはようやく本題を切り出した。

「それが どうした」

「もし、その宝具の効果により賢者の石を作ったならば、あなたたちの意向に関わらず、裁定者権限を持って回収させていただく、と言いにきたのです」

  それはまさに寝耳に水といえる、唐突な申し出だった。

「なぜだ」

「理由をお話しする必要はありません。あなたは参加者である以上、私には逆らえないのですから。
 愛しい愛しいカナリアの籠を、海に流されたくはないでしょう?」

  告げられたのは、およそ公平とは思えないルール。納得など得られるはずもない説明と、ただ頷けという強請りにも似た提案。
  ただ、アサシンが異論を申し出ることはなかった。
  ここでアサシンが逆らえば、ルーラーは言葉どおりたまの居場所を公然のものにするのだろう。
  そうなれば、アサシンたちは一気に苦境に立たされることになる。
  宝具である偽アサシンの生存中はアサシンは戦闘ができない。そして、偽アサシンと情報交換をする方法をアサシンもたまも有していない。
  もし居場所の情報を公開されがら空きの本陣に踏み込まれれば、たまは一方的になぶり殺しにされてしまうだろう。

「どういたします、大魔王様。お願いを聞いていただけますか」

  ルーラーは尋ねる。あくまでアサシンの判断を仰ぐように。

「……わしを みくびるか。ルーラーよ」

  そんな尊大なルーラーの言葉を受けたアサシンの態度は、やはり尊大だった。

「あんさつしゃの クラスに あまんじて いようと……おぬしの めのまえに たつ、われこそは だいまおう。
 まをすべる ものの しんそたる もの。しのきわに はなつ ほうぐなぞ つかうきかいも おとずれまい」

  その姿、その物言いは、まさしく大魔王。
  自身の存在に一切の不安を抱いていないと言いたげなまでの。

「素敵なお言葉。生前勇者に誅されていなければ、もっと素敵でしたのに」

  唐突に、紅茶に毒が添えられる。
  しかしアサシンは顔色を変えず、堂々と続けた。

「ならば つれてこい。わしをころす ものを。なみの えいゆうを しのぐ しんなる ゆうしゃを。
 そうすれば そのとき、ちかおうではないか。わがほうぐの こうかの せいげんを」

「では約束を。その時がくるまで、せめて道化となって愉快に踊ってくださいな。大魔王様」

  床に届かぬ足をぶらつかせながら涼やかに笑うルーラー。
  まるで玉座に控えるように威厳を放つアサシン。
  質素な木製のダイニング・テーブルと紅茶の湯気を挟んで行われる、不釣合いな者たちの会合はそこで幕を閉じる。
  全てを告げ終えた、と言うようにルーラーが椅子から飛び降り、破砕した姿見鏡の方へ歩き出す。
  切り分けたパウンドケーキを携えたたまが戻ってきたのは、丁度その時だった。


512 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:27:59 CMlzX.UA0





「……おかしな はなしだ」

  陣地の作成が続く孤島に戻ったアサシンは、誰にともなくそう呟く。
  不遜な態度こそあったが、それよりもアサシンの気を引いたのは、ルーラーの依頼内容だった。

「なぜ あえて 『けんじゃのいし』 なのだ」

  アサシンの宝具はどれも強力だ。『そして伝説へ』以外も反則級のものがそろっている。
  しかし、それらを差し置き、アサシンの存命中には効果を発揮しない『そして伝説へ』についての制限というちぐはぐな命令。
  更に『そして伝説へ』についても宝具の発動自体は阻害しないという口ぶりであったことを鑑みれば、宝具そのものが問題というわけではないのだろう。

「まりょく ではない。まりょく ならば たとえ いしになろうと かいしゅうできる はずじゃ」

  最初に考えたのは賢者の石化による英霊の座に戻る魔力の減少だが、ならば問題はない。
  賢者の石という過程を経ようとも、石の持ち主が打倒もしくは石が破壊されれば賢者の石になっていたアサシンの魔力は問題なく座に戻るはずだ。
  つまり問題はアサシンの魔力についてではない。
  そうなると残るものはなにか。

「……ならば たま そのものか」

  たどり着いた可能性は一つ。ルーラーが制限したいのはアサシンの進退ではなく、巻き込まれるように賢者の石と化すたまについてという可能性。
  裁定者側は、アサシンではなくたまの方に気を置いている。少なくとも『桂たま』が『賢者の石』になってはならない理由がある。
  肉体の保存か。魂の保存か。『桂たま』を『桂たま』のまま現世に残しておく必要があるということだろう。
  そこでアサシンが思考を巡らせたのは、同じくアサシンの中に残っている謎。

「あるいは、フェイト・テスタロッサも このきていに はんする ちからを もつのか」

  裁定者側が仮にマスターの存在をそのまま保っておきたいものだと仮定して。
  本戦開始とともに討伐令を下されるとすれば、裁定者たちの用意した最低条件である存在の保存そのものに干渉する力を持つという可能性が高い。
  だが、だとすればその能力についても公開し、注意を喚起するはずだ。
  捕獲という一文も加えれば、あるいはフェイト・テスタロッサは存在の復元能力を持ち、主催者側が回収すれば彼らの計画を大きく助けるということも考えられる。
  そもそも、フェイト・テスタロッサの討伐令と今回の勅命に関係があるのか。それともまったく別の要素が関わっているのか。

「たりんな」

  少し思考をしてみても、当然、明確な答えにはたどり着けない。
  情報は二つぽっち。手持ちのカードが少なすぎる。

「いまは ただ まつのみか。さいていしゃ たちが ふたたび ぼろをだす そのときを。
 いつでも おとずれるがいい。 たまと まじわることで わしの まえに きずぐちを さらけだせ」

  アサシンがたまとルーラーの『お茶会』について止めなかったのにはそういう理由もある。
  誰かと接触することで桂たまという悪魔はその破滅へ続く物語の中に何事かを得る、逆にルーラーは何事かを溢す。
  それがどんなことであれ、アサシンにとって不利はない。今はまだ、二人の接触を止めるべき時ではない。
  そしてもしいつか偶が満ちたならば、なんらかのきっかけからたまはルーラーを『視る』だろう。
  因果を遡り過去を見通すたまの『眼』ならば、裁定者の裏側を筒抜けにすることができるかもしれない。
  そうなれば下らぬ考察など積み重ねることなく、一気に相手の首に手をかけられる。


513 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:29:08 CMlzX.UA0


  外観の整った大魔王城の中に新たなモンスターが生まれ、城を徘徊し始める。
  その様子を見ながらアサシンは最後にもう一度、あの不遜なルーラーについてを考えた。
  たまは彼女を指して『人形』と言った。
  だが、アサシンの目に映ったのは。魔を統べる者を統べる者の目に映った人形の中身は。
  原初に悪と定義されていたであろう、『利己』の塊。
  我欲にまみれた者が『公平なる裁定者』などとは、笑わせるものである。

「あばき さらすのも おもしろかろう」

  たまの行く末とともに、楽しめそうなものが一つ増える。
  この舞台に漂う暗黒の根源。裁定者を従えた者。
  少女たちの願いの上に君臨している楽園の魔王。その『利己』の中核たる願い。

「すべてが ときあかせた ならば」

  自分勝手な裁定者。
  その裏に潜んでいるであろう『魔王』。
  彼らの願いをアサシンの足元に曝け出し、分不相応な身にて大魔王に首輪をつけた罪を願いの破壊という闇を持って償わせる。
  それもまた面白いかもしれない。

「もういちど たくを はさもう。いつわりの さいていしゃよ」

  大魔王は全盛の形を取り戻し始めた城の奥、出来上がったばかりの玉座に座り、闇が満ちる時を待つ。


514 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:29:55 CMlzX.UA0


【B-4-B-5/大魔王城/一日目 夕方】

【アサシン(ゾーマ)@ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ】
[状態]魔力消費(微小)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:たまの ゆくすえを みとどける
1.だいまおうじょうの かんせいを いそぐ
2.ひつようにおうじて モンスターを さくせい
3.フェイト・テスタロッサ に きょうみ。 さいていしゃ の ねらいは?
4.さいていしゃたちの ねらいを あばきたいが、はたして……
[備考]
※B-4-B-5の孤島に大魔王城を作成しています。同時にモンスターも生産し、城内を徘徊させています。
 準備期間中から作成を開始しており、現在内部に取り掛かっています。現在のペースで陣地作成を続ければ二日目早朝には大魔王城が完成します。
※通達における「フェイト・テスタロッサを『捕獲』」という一文に興味を持っています。
 もしかしたら彼女が裁定者側(聖杯戦争)についてなにか知っているのではないかとも考えています。
 彼女を保護することの危険性も知っていますが、わりと望むところです。
※裁定者側から『そして伝説へ』による賢者の石の生成に関する注意を受けました。
 これを受け、裁定者側がマスターの存在の保存を行おうとしている可能性を考察しました。
※たまの『眼』を用いれば裁定者側の事情が看破できるかもしれないと睨んでいます。
※孤島の周囲の海にだいおうイカ×1が居ます。陸地―孤島間の魔物運搬用で、積極戦闘は行いません。


515 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:32:41 CMlzX.UA0


☆人工精霊


「確かにファヴは桂たまに不信感をもたれないようにって言ったけど、さっきのはさすがに露骨すぎぽん」

「そうかしら」

「というより、それ、もらっちゃってよかったぽん?」

  ルーラー・雪華綺晶がnのフィールドに戻った直後、彼女の持つ携帯端末に隠れていた人工精霊・ファヴは飛び出して彼女に尋ねた。
  事前に『桂たまに不信感をもたれるな』と釘を刺しておいたからか、たまに対するルーラーの対応は気持ち悪いほどに懇切丁寧だった。
  ただ、たま自体はその丁寧さに違和感を覚えていなかったようだからこちらは無視しておいてもいい。
  だが別れ際にたまから受け取ったケーキは、賄賂のようなものと判断されてもおかしくない。
  これを誰かに見られれば、公平なルーラーというイメージが壊れてしまいかねない。
  そもそもプレシアもルーラーもファヴも公平なわけではないのだから主催者側からすればまったく問題はないのだが、それでも他の参加者から物言いが付いてしまうのは避けたい。
  できる限り波風を起こしたくないファヴとしては、あまり受け取りたくないものだった。

「不思議な味」

  だがルーラーは、たまからお土産にと渡されたパウンドケーキを食べながら、nのフィールドを歩く。
  ルーラーにファヴには理解できない部分があるのは分かっていたことだし、こういうところで大雑把なのも把握していた。
  そして、一度言い出したら聞かないということも知っている。故にファヴは、捨てるような提案はせずに、ただ妥協案だけを提示した。

「もらったもんはしょうがないけど、他の子に会う時は隠しとくべきぽん」

「……ええ、そうね。そうしましょう」

  ルーラーは、ちゃんと理解したのか、してないのか、ただぼんやりとした答えだけを返した。
  そして、話の流れにそぐわない、的外れなことを言い出した。

「ねえファヴ。お茶会は楽しいわね」

「……それはたぶんファヴにはわかんない楽しさぽん」

「きっといつか貴方にも分かるわ」

  ルーラーは最後の一口を放り込み、進路を変える。これから先、向かうべき元の方へ。
  そしてふと思い出したように立ち止まり、ファヴに向いて尋ねた。

「いつかまた会いに行きたいの。あの子に。いいかしら」

「んー、問題ないんじゃないかぽん。やることが終わってひと段落して、暇があったら、好きなだけ会いにいきゃあいいぽん」

  ファヴは単なるサポート役。ルーラーの行動を止める権利はない。
  欲を言えば、ファヴもファヴ個人として会いにいきたい参加者はいるが、一旦の協力関係であるルーラーにそこまで強制するつもりもない。

「いつかまた、ティー・パーティーをもう一度。楽しみにしています、桂たま様」

  鏡の中の世界に声は溶けていく。
  ファヴが見たルーラーの背中は、いつもより少しばか弾んでいるようにも見えた。


516 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:33:48 CMlzX.UA0


【???/nのフィールド/一日目 夕方】

【ルーラー(雪華綺晶)@ローゼンメイデン】
[状態]健康、少し楽しい、食あたり(微)
[道具]たまの手作りケーキ入りバスケット
[思考・状況]
基本行動方針:少女たちの魂を集める
1.山田なぎさのもとへ。
2.???
3.桂たまとまたお茶会を。

[備考]
※ファヴにささやかな執着があります。が、ファヴに伝えてないこともかなりあります。
※たまの手作りケーキには微量ながらたまの魔力がこもっています。悪魔以外が食べれば食べるだけ体に不調が起こります。



【人工精霊(ファヴ)@魔法少女育成計画】
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を恙なく進行して聖杯戦争終了後も消されず生き延びる。
1.他の参加者たちの魂は逃がしちゃ駄目ぽん
2.なんにせよ、さっさと聖杯戦争を終わらせて自由の身になるぽん

[備考]
※ルーラー(雪華綺晶)に与えられた人工精霊です。
※掲示板の管理・クローンヤクザの統制などの電子機器機能方面でのプレシアのバックアップを行っています。
 ただし、反乱などができないようにある種のストッパーは課せられています。
※情報端末を通して人物の位置の特定が可能です。他の機能もあるかもしれません。
※大道寺知世が山田なぎさと接触しているとは知りません。
 今後、二人の携帯端末の位置を確認すれば気づくかもしれません。
※フェイト・テスタロッサについては『プレシアが執着している』程度しか知りません。


517 : ティー・パーティーをもう一度  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/15(金) 02:34:12 CMlzX.UA0
投下終了です。
誤字脱字、修正点などありましたら指摘の方よろしくお願いします。


518 : 名無しさん :2016/04/15(金) 18:38:06 UhjgrbpMO
投下乙です

食中りw


519 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/17(日) 23:15:36 VKdfsUQ20
感想ありがとうございます
指摘もないようなのでそのうちwikiに収録しておきます。

シルクちゃん&ランサー(本田・忠勝)
アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)
エンブリオ(ある少女)

予約します


520 : 名無しさん :2016/04/18(月) 03:42:03 ICzv6cgA0
投下乙です!
大魔王と薔薇乙女と悪魔少女が同じテーブルを囲んでお茶をする
少女聖杯ならではのユニークな光景と、ゾーマの考察が面白かったです!


>ファヴが見たルーラーの背中は、いつもより少しばか弾んでいるようにも見えた。

「少しばかり」だと思います


521 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:02:52 XeY7GvjM0
>>520
脱字指摘ありがとうござます。
あとで修正しておきます。

シルクちゃん&ランサー(本田・忠勝)
アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)

エンブリオ(ある少女)は抜いて予約分投下します。


522 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:03:48 XeY7GvjM0


☆アサシン


  まんなか区は目立つ場所だけを凝縮したような簡素な作りいくつかの区域と、それを取り囲むしらぬい通りで構成されている。
  瘴気の漂う『近づいてはいけない場所』を離れた後しばらくまんなか区を歩き回ったアサシンだったが、結局は何の成果も得られなかった。
  区外の東西南北どの方角もある地点まで歩いていくとまるで『そこから先が作られていない』かのような場所(まんなか区の外側だから区外とでも呼ぶか)に出てしまうのだ。
  一歩を踏み出してみたが、問題なく歩けた。ということは、作られていないだけで実際には道があるということなのだろう。
  そこから、チェーンソー男に警戒しながら区外をぐるりと一周し、区外からでは脱出できないということと、まんなか区以外にもかなりの区域が存在することが分かった。
  とりあえずまんなか区の北に位置する区域に踏み込んでみれば、そこは『さかさま区』と呼ばれる、まんなか区とはまた別の町が存在していた。
  ざっと数えて十は超えていた区域、その一つ一つが小さな町だとするならば、これを全部探すとすればどれだけ時間がかかるか。サーヴァントなので気のせいだろうが、眩暈を覚えた。
  思った以上に厄介な場所に閉じ込められてしまったのではないかという焦燥に駆られるが、焦ったところで状況は変わらない。

  そこまで踏まえて、アサシンが立てた方針はこうだ。
  ・この固有結界には綻びが存在するというのは事前に立てた通りで、やはり脱出するには同じ綻びを見つけるしかない。
  ・アサシンが入ってこれたのだから、少なくともまんなか区には確実にその綻びは出現する。
  ・ただ、先に入ってきた綻びが見当たらない以上、その綻びができる時間できる場所は誰にも想像できない、いわば『ゆらぎ』のようなものがあるかもしれない。
  そう考えてアサシンは、もう一度だけまんなか区をくまなく歩き回ることにした。
  先に述べたとおり、少なくともまんなか区に出現することは確定している。
  それに、地理の分からぬ場所であのチェーンソーの殺人鬼に襲われるよりは、一度見回ったことがあるまんなか区の方が条件がいいと判断したからだ。


  しばらく歩き、一風変わった景色たちにもやや見慣れてきたところで、アサシンは少し歩みを止めて今までの探索を振り返った。
  探索を続け、このさいはて町内でアサシンの目を引いたものは二つ。
  一つはやはり『敵』だ。
  少し前に足を向けた『近づいてはいけない場所』、深く踏み込んだわけではないが、確かに敵が存在していた。
  居住区と同じように区切られているが、中に入ると瘴気が充満していて魔力のめぐりが悪くなる。
  さらに目に見える形で敵が徘徊している。仮面を付けた、なんとも町にはそぐわない敵たちが。
  そして、一歩でも踏み込もうものなら動き回る敵たちは寄ってきて、そのままダンジョンから抜ければ何事もなかったかのように遊歩を続ける。
  何度か試して分かったが、入るものは誰でも襲うというわけではなく、NPCを除く何者かが足を踏み込めば寄ってくるようになっているらしい。
  つまり自動でダンジョン内の索敵を行い侵入者に襲い掛かるように行動統制が取られているということだろう。
  ひょっとすると、ダンジョンの奥にはなにか……あるいは、このさいはて町において重要な意味を持つものや、さいはて町の創造主の根城なんかが隠されているのかもしれない。

(そして気になるのは……やっぱりあいつだ)

  数度の試行の結果分かったのは、敵も踏み込まなければ無差別に襲ってくるようなことはないということ。
  だが、しばらく前に遭遇したチェーンソーを扱う殺人鬼、彼だけは勝手が違っていた。
  サーヴァントと謙遜ない戦闘能力も有しており、出現場所も普通の敵とは違う。その存在は明らかにダンジョンに居る敵とは一線を画していた。

(ああいう手合いは敵のなかでも『特別な敵』と見て間違いないだろう。
 この固有結界にもともと配備されてるのが普通の敵なら、あいつは固有結界の主が呼び出した『番人』ってところか)

  とんとんとこめかみを指で叩きながら角を曲がる。
  市街地からしらぬい通りへ向かおうとしたアサシンの目に、もう一つの目を引くものが飛び込んできた。


523 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:04:07 XeY7GvjM0



「また、お前か」

  いつの間にかアサシンの目の前に飛び出していたピンク色の生き物。
  ウサギだ。
  いや、正しく言えばウサギではない。ウサギによく似た何かだ。
  その顔には目も耳も鼻も口も付いておらず、体中が鮮やかなピンク色で、全体的につるんとしている。
  どことなくバルーンアートを思わせるその作り物のウサギは、アサシンが立ち止まったのに合わせてきょろきょろ周囲を見回している。

  そのウサギはアサシンが『近づいてはいけない場所』に足を踏み入れてから町中を歩き回っていると、時々姿を現した。
  最初はその特異な見た目から仮面の敵や番人の類かと警戒した。
  しかしその実ウサギは一切攻撃行動はとらない。それどころか、アサシンが一歩でも近寄ればさっさと逃げてしまう。

  ただ逃げてしまうならそれでいい。再現されているNPC同様、そういう存在だと割り切ることが出来る。
  だが、数歩逃げるとウサギは決まって立ち止まり、まるで誘うようにアサシンの方を向くのだ。
  アサシンが距離を詰めればその分だけ走り、立ち止まり、振り返る。

「……」

  あのウサギがアサシンをどこに連れて行きたがっているのかは理解している。
  アサシンが最初に踏み込んだ、あの『近づいてはいけない場所』だ。
  追えば追うだけあの場所と近づき、場所に到達すればさも当たり前のように御伽噺の奥へと向かう。
  そして、再び待つのだ。
  何かを待ちわびるように、アサシンがその御伽噺の迷宮の奥に存在する『何か』にたどり着くことを望むように。

  ウサギに向けて、ため息を漏らす。
  異質であることには間違いない。少なくとも、あのチェーンソーの殺人鬼と同じくらいにこの町の基本から浮いている。
  そんなウサギが誘うというなら、間違いなく罠だ。
  つまり、この世界に入った者に余程あの迷宮に入ってほしいのだろう。

(ここまで露骨だと、逆効果だと気づかないわけがないが……)

  流石のアサシンも、勝手の分からぬ敵陣については断言できない。
  ここまで大規模な固有結界を出すほどの相手だ。
  余程の大人物で、このウサギで本当に誰かが引っかかると信じているのかもしれない。
  ちらりとウサギを一瞥する。
  ウサギはなにも答えない。
  ただ、アサシンが歩けばやはり背を向けてピョコピョコと跳ねていく。
  その様子を見届けて、アサシンはあえてウサギを無視するように角を曲がった。
  市街地から、わざとあのウサギの想定しているルートから離れるように、路地裏の方へ。


524 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:04:32 XeY7GvjM0


  路地裏ももう見慣れたものだった。
  行き交うための壁にはアンニュイな貴婦人の指名手配書がまるで誘導灯のように均等な距離・均等な高さで貼られ。
  奥には芥子で作られたパンを求める男性が居て、すぐ近くには誰かの戦闘痕が残されている。
  そして、路地裏をもう一度曲がれば『ジャンキー』と呼ばれるモルヒネ中毒者たちの巣窟に着く。

(あそこの奥も、探してみるか?)

  積極戦闘を避けるために一度目の探索の際にはこのジャンキーの溜まり場は中ほどまでで探索をやめていた。
  なにせ、途中まではジャンキー一人がふらふらとアサシンに寄ってきていたのに対し、途中踏み込んだ部屋には二十を越えるほどのジャンキーがたむろしていたのだ。
  さしもの英霊も、どことも分からぬ土地で身の危険を冒すつもりはない。
  しかし、出口を探すとなれば別。
  それによくよく思い出してみれば、あの溜まり場のジャンキーは全員目があらぬ方向を向いていて、心ここにあらず……仮に近づいても触れなければ素通りできるのではとも思えたからだ。

(そうと決まれば)

  路地裏の道を曲がろうとして、アサシンは、二人組に出くわした。
  一人はシルクハットの少女(と呼ぶには少し年齢が行き過ぎているようにも見える)。
  一人は和風な鎧に身を包んだ壮麗の男性だ。
  少し前に探索をした時には、こんな二人組は確実に居なかった。
  そもそもジャンキーの溜まり場どころか、裏路地に近づくまんなか区民は居ないと、市街地のNPCも言っていた。
  目の前の男のコンクリートを踏みしめる音が変わったのにアサシンが気づけたのは、そういった前知識があったからだろう。

  突如襲った悪寒に反射的に大きく身をかがめれば、頭上のすれすれを槍が通り抜けていた。
  斬り飛ばされた数本の髪がはらりはらりと落ち始める。
  次いでかがめた勢いを利用して後ろへ跳躍。飛び上がった瞬間に、コンクリートをかち割る音が響いた。
  丁度、身をかがめたアサシンの頭があった場所のコンクリートが、槍の穂先に叩き潰されていた。
  瞬間で『阻まれた顔貌』のスキルを解除。手元に携えていたトランクケースが消える。
  阻まれた顔貌に、不気味な噂と悪戯心と、ほんのちょっぴりの愛を重ね、英霊としての姿を取り戻す。
  振り返りざまに跳びあがり、相手の顔を再び確認。コンクリートをかち割った壮年の男性は不適に笑っていた。
  槍が跳ね上がり、アサシンへと突き出され。
  しかし突いた槍は空を切り。
  『ウォルター』と摩り替わるように現れた『怪人』は、踊るように、遊ぶように、路地裏の壁に着地した。


525 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:05:00 XeY7GvjM0


「ほお、今のを避けるのか」

  ぎりぎりぎり、とバネの軋む音。

「だがどうやら、大当たりだったらしいな」

  コンクリートを跳ね上げて、風を巻き込みながら槍が突き出される。
  その突きはまるで風のように速い。気を抜けば霊核すら一撃で吹き飛ばされてしまうだろう。
  アサシンはその槍を、バネの跳躍と身のこなしで軽々避ける。

  嫌な予感は的中した。間違いなく参加者だ。
  気がかりなのは、『気配遮断』や『阻まれた顔貌』が上手く作用しなかったことについてだが、考える暇はない。
  槍を持ったサーヴァント……おそらくランサーは、すでに臨戦態勢。ややもすればさらに激しい追撃に出るだろう。
  力の差は歴然だ。『ウォルター』も『バネ足ジャック』も決して戦上手なたちではない。
  『バネ足ジャック』は確かに鉤爪を持っているが、彼がこれを振るったのは、だいたいが衣服を裂くためで、戦場で生き抜くためじゃない。
  あんな、いかにも戦場から引っ張ってきましたという風体の男と戦えば数秒で切り伏せられてしまうのは目に見えている。

  だが、幸運はアサシンに味方した。
  都合数時間歩き回った結果、アサシンはまんなか区の地理について網羅していた。
  相手がどれだけ詳しいかは知らないが、それでも一通りの有効そうな知識も有している。
  そして。
  壁を蹴りながらちらりと目を切れば、あの忌々しいピンクのウサギが、やはりアサシンを少し離れた場所で待つようにたたずんでいた。
  世界が早く逃げろと言っている、そう感じるほどに状況が整っている。
  既にあっと驚く逃げ道は頭の中で組み立ててある。後は、相手が上手くハマってくれることを祈るのみだ。

(だったら、やるか)

  跳躍にあわせて宙返り、ぐるりと一回空を仰ぐ。
  空は既にその全てを赤から薄紫に明け渡していた。
  そして、いつからそこにあったのか、作り物のように真ん丸い月が、薄紫の空から見下ろしていた。
  夕日は沈んだ。月が出た。ならばさいはてには夜が来た。
  夜が来たならここから先は……怪人の時間だ。


526 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:05:53 XeY7GvjM0



「夜になったんなら、こんなところで手間取ってる時間はねえな」

  アサシンが蛇腹の両腕を広げる。
  波打つように金属質な螺旋の骨が唸る。
  ぎょおんと弛み、ぎょおんと縮み。
  ぎゃいんぎゃいんと飛び跳ねる。

「ひとっ跳びさ。そろそろ帰るぜ、お前のところまで」

  従者の晴れ舞台には間に合わなかったが、主の晴れ舞台には間に合ってみいせる。
  その約束が、彼の瞳に火を灯す。仮面の奥の双眸が、オレンジ色の発光よりも青々と燃え上がる。
  建物を足場に、跳ね、掴み、跳び上がり。跳ね、跳ね、跳ねて、跳ね上がる。
  ぎりぎりと唸る手足を用いて、路地裏の建物の頭を飛び越え。
  怪人の、彼だけの空域に至り、その場でサーヴァントとしての持ちうる力も解放する。

「―――『霧の都、月に跳ぶ怪人(ブラックミュージアム・スプリンガルド)』」

  その言葉は鍵。
  異界に異界を繋ぐ鍵。
  鐘が鳴る。
  存在しないはずの鐘が鳴る。
  ロンドンの象徴である時計塔・ビッグベンの鐘の音が、さいはて町に木霊する。
  飛び上がったバネ足の怪人の背に、上ったばかりの満月が笑う。
  月の光に重なるように、笑い声が木霊する。


         ―――――あきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!!


  さいはて町で最も強力なのは、なんと開拓者の力ではない。
  『塗りつぶす力』だ。
  いくら丁寧に、緻密に、厳重にそうぞうしようとも、上から無理やり塗りつぶされたならばそのそうぞうは意味を持たない。
  開拓者の作り上げた常識も、『塗りつぶす力』には当然のように捻じ曲げられる。
  世界に対して心象風景を押し付ける宝具という名の『塗りつぶす力』は、簡単にさいはて町の摂理を狂わせる。
  塗りつぶされる。
  塗りつぶされる。
  さいはてが。
  一人の少女が作り上げた誰かのための病室たちが。
  どこか懐かしく、暖かさにあふれた町並みが。
  尖塔の屋敷へ。
  石畳の道へ。
  鉄の柵へ。
  煙を吐き出す煙突へ。
  さいはて町にはそぐわない無数の建物たちへ。
  射程距離内の全てが塗りつぶされ、次々に霧の都に上書きされていく。

  鐘が鳴る。
  弔いの鐘が鳴る。
  眠れる誰かを揺り起こす、最果てを揺るがす鐘が鳴る。
  夜の帳の落ちようとしていたさいはて町に、重苦しい霧と月の光が敷き詰められる。


527 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:08:36 XeY7GvjM0


☆シルクちゃん


  阻まれた顔貌、その能力は潜伏。
  ただしその潜伏は、『サーヴァントとして持つすべての特性を伏せたNPCへの潜伏』。
  魔力反応を最大限まで抑え、一般人と変わりない状態に擬態することが出来る。
  ただしそれは一般的な環境においての話。
  町という形をとっている固有結界であり、『魔力反応を発する民間人が一般的な場所』であるこのさいはてにおいて、ウォルターという男は、唯一『魔力反応のしない』一般人。
  阻まれ、誰にもたどり着かれなかったからこそ。
  その阻まれ続けた顔が『作り物』の裏側の、リアルな人間だからこそ。この『作り物たちの世界』ではあからさま過ぎるほどに特異な人物になってしまう。
  少なくとも、直感に長けたランサーと、『作り物』に執着を持つシルクちゃんを前にしては隠し通せないほどに。


  原理としては以上のようになるが、シルクちゃんたちがそのスキルについてをはっきりと解明したわけではない。
  ただ、地理の分からぬさいはてでハッピーエンドラボを出た二人はとりあえず目に付いたまんなか区に入り。
  まんなか区の中で唯一敵(ジャンキー)の現れる裏通りのモルヒネ精製現場を探索し、肩慣らしもそこそこに路地裏に帰ってきた丁度そのときに、目の前に違和感のある存在が居たのだ。
  ハッピーエンドラボにも、しらぬい通りにも、市街地にも居なかった『魔力反応のしない一般人』。特一級の特異人物。
  「ランサー」「Jud.」程度の短い念話を経て、当然斬りかかる。見敵必殺、その構えだ。
  初撃、二撃、三撃と、紙一重で全てをかわされ、その上瞬きするほどの間に怪人に変身した。
  疑うまでもなくサーヴァントである。様子見程度に仕掛けたランサーに続き、シルクちゃんもまた魔法の羽ペンを構える。

  バネ足のサーヴァントは路地裏の狭さを利用して踊るように壁を蹴り、ランサーの槍の追撃を縦横無尽に避けまわりながら跳び上がって行く。
  高く、高く、まだ高く。月に届くまで。

「あきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!!」

  まるでガラスを掻き毟るような、戦慄を呼ぶ笑い声。
  心根の弱い女子供ならば聞いただけで悲鳴を上げて卒倒してしまいかねない、そんなおぞましい声。
  シルクちゃんが持ちこたえたのは、彼女が祖父の作り上げてきた世界の中でもっと恐ろしい怪物を目の当たりにしてきたからだろう。
  それでも、月を背負ったその怪人はやはり恐ろしく、物怖じしない彼女に一歩引かせるほどではあったのだが。

  笑い声を皮切りに、世界が塗り替えられていく。
  とぼけたような街並みから、霧の立ち込める中世ヨーロッパ風の街並みへ。

「……宝具か」

  ランサーの言葉とバネの軋む音が石畳に反響する。
  上から、右から、左から、霧に隠れてバネの音がシルクちゃんたちを閉じ込める。
  青白い霧の向こう側。変貌を遂げた敵は、ぎゃいんぎゃいんと音を立て飛び跳ねていた。


528 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:09:29 XeY7GvjM0


「お色直しにしちゃあ、色気がねえな」
「……『霧の都ロンドン』『夜の街』そして『絶叫』『バネの脚』と来たら、あれこそまさしく『バネ足ジャック』か」

「へえ、物知りだな、マスター」
「都市伝説さ。十九世紀のロンドンに現れた、とても愉快な狂人だ。
 夜の街をバネの足で跳ね回り、鉤爪で女性の服を切り裂いて悲鳴を聞いたら満足して消えるというかなりこじらせたセクハラを繰り返したらしい」

「たいそうな見た目の割にみみっちいな、やることが」
「いいじゃないか、馬鹿らしくて……もっとも、犯行はだんだんとエスカレートして、しまいには婦女を一人殺したそうだがね」

  シルクちゃんはそこまで魔術や英霊に詳しいわけではない。
  だが、あの有名な『切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)』の前進とも言える『バネ足ジャック(ジャック・ザ・スプリンガルド)』。
  しかも彼は十九世紀だけでなく、二十世紀にも活躍したという記録が残されている。
  切り裂きジャックには及ばないものの、それでもその異彩を放つ存在は、余計なものについて造詣の深い祖父を通してシルクちゃんも耳にしていた。
  どちらにしろ、先ほどの男がバネ足ジャックで間違いないだろう、とシルクちゃんが呟き。
  シルクちゃんから教わるまでもなくその存在について理解していたらしく、ランサーがバネの音に向けて槍を構えなおす。

「ということでたぶん真名は分かったけど、斬れるかい」
「遅ぇな。そういうのは、霧が出る前に言ってくれなきゃ」

「じゃあ霧からやろう」
「それも無理だな。こう多くちゃ斬り切れない」

  宝具『蜻蛉切』の真名解放には、対象物を穂先に写すというワンアクションが必要だ。
  笑い声とともに再現されたのは視界を埋め尽くす青白い霧。いかな名槍蜻蛉切といえど、この悪条件では敵を捉えることはできない。
  更に、名を結び割る蜻蛉切でも煙や水蒸気といった空間を満たすほどの大量の物は切り裂けない。霧に向かって名を結び槍を振ってもむなしく空を切るだけだろう。

「ぽんこつめ」
「味があるって言ってくれ」

  バネの足音が遠ざかっていく。
  霧の合間からかすかに覗くのは、闇夜によく目立つオレンジ色に発光した瞳と、煙草の煙のように口からこぼれる青白い炎のみ。
  シルクちゃんが魔法を使って霧を吹き飛ばしても、既にあの怪人は射程距離外だろう。

「追えるか、ランサー」
「そいつは聞かれるまでもなくだ!」


529 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:10:26 XeY7GvjM0


  濃霧の中の追撃は、シルクちゃん一人では多少てこずったことだろう。
  なにせ、シルクちゃんが濃霧の中敵を追って行くには『そうぞう力を駆使して暴風を起こし、近場の霧を吹き飛ばす』というワンアクションが必要だ。
  いくらシルクちゃんでもそんなことをしながらの行軍は多少魔力を消費する。
  だが、ランサーは違う。無理や無茶が横行した数多の戦場、そのすべてを無傷で走破したランサーにとって、この程度の濃霧、障害のうちにも数えられない。
  四方八方から聞こえるバネの足音の残響に惑わされることなく、ただ怪人の向かうほうへ、まるで見えているかのように駆けていく。

  音を追い、しばらく走れば、不意にバネの音がたたらを踏むように、ぎゃっぎゃっぎゃあんと不規則に鳴いた。
  その音を聞いた瞬間、ランサーが立ち止まる。
  その様子を見て、シルクちゃんも立ち止まる。
  ぎゃんとバネの音が唸り、霧の奥から影が飛び出してきた。
  数瞬送れて霧の向こうから、当たれば致命傷は免れないだろう鉤爪が飛んでくる。
  即座にランサーが槍を薙ぎ、穂先と鉤爪が絡み合う。
  青白い月光を帯びた霧に、赤黄色の火花が跳ね、消えていく。

「よう。おっかけっこは終わりかい、『バネ足ジャック』」
「そうだな、ここらで終わりにしよう」

  鉤爪の怪人――バネ足ジャック(シルクちゃんには『アサシン』と見えている)――が、ランサーの蜻蛉切の穂先を抑えながら答える。
  かなり接近を許したが、鉤爪が穂先を遮っているため蜻蛉切の真名の解放は出来ない。
  しかし、シルクちゃんの見立てでは、槍に乗せられている怪人の力はランサーよりもやや弱い。
  霧による視界制限はあるにせよ、この程度のハンデで負ける程東国無双はやわではない。
  そんなある種の『不利』の中にありながらも、バネ足ジャックはその眼を爛々と光らせながら、青白い炎をため息のように吐き出して答えた。

「先約があってな。お前たちと付き合ってるヒマァねえのさ」
「おいおい、逃がすと思うかよ」
「違うな。お前たちは、オレを追えなくなる」

  穂先が翻り、バネが軋む。
  ひょうと風がなき、ランサーの前に晒されていた怪人の体が軽やかに跳び上がる。
  まるで独楽のように、道路の上で大げさに転がる怪人。
  ランサーが一手遅れて槍を怪人のほうへ突き刺せば、ぎゃあと悲鳴が上がった。
  だが、その声は、先ほどまでのスカした怪人の声ではない。

「……兵隊?」

  突き出した槍に合わせて霧が裂ける。
  槍の先に居たのは、バネの手足の怪人ではなく。
  大きな、それこそ偉丈夫であるランサーより一回り以上は大きな、トランプに手足が生えたようなデザインの怪物だった。

「おっかけてきたってことは、それなりに腕に自信があるんだろ。
 だったら、思う存分戦えばいいさ。ただし、相手は……そいつらだ」

  再び怪人の声が聞こえる。しかもはるか上空、尖塔の屋根の上から。その姿は、月明かりに青白く照らされた霧に阻まれておぼろげにしか見えない。

「一足先に失礼するぜ。そいつらによろしくな」

  トランプの兵隊から槍を抜いてももう遅い。
  霧の向こうの怪人の影は遠ざかるバネの伸縮音とともに消え去り、見回せば、ランサーたちを取り囲むように仮面の怪物が蠢いていた。


530 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:12:43 XeY7GvjM0


  槍を一振り、二振り、トランプの兵隊を切り捨てる。

「こりゃあどうなってんだ。バネ足ジャックにこんな逸話はないだろ」
「おそらくだが、この敵はこの『町』の方のサーヴァントが出していた敵だろう」

「つまり、まんまとはめられたってわけか」
「相手方、思った以上にこの町を知り尽くしているな。
 ひょっとしたら、最初からこの町を作っているサーヴァントと手を組んでいたのかも知れない」

  過ぎたことを話しても変わらない。
  霧にまぎれて二人を狙う仮面の怪物を蹴散らしながら、槍を構えなおすランサー。
  シルクちゃんもまた羽ペンにそうぞう力を乗せ、風を巻き起こして周囲の霧を文字通り霧散させる。
  あらわになった月下のロンドンには、御伽噺から飛び出したような怪物たちが蔓延っていた。
  更に面倒なことに、どうやらあのバネ足のいけすかない怪人の置き土産は、その程度ではなかったらしい。

『お前達ねぇ……この世界を壊そうとしているのはァァ!!』

  風で押しのけられた霧の向こうから届いたヒステリックな女性の声がロンドンの夜を騒がせる。
  ずしん。ずしん。足音というよりは、地響きに近かった。
  響きだけではない。実際に地面が揺れている。シルクちゃんはハットを深く被りなおし、地響きの主の接近に備えた。
  ずしん。しん。地響きが止まり、トランプの兵隊たちが道をあける。

『こぉんな、汚い世界に、変えるなんてぇ……お前たち、神を、神を連れ出そうっていうの!?
 危険よ……危険を、危険を感じるゥゥ! 殻を叩く音!! 割ろうとしている!!!』
 
  ぼんぼりのような髪飾り、エリマキトカゲもかくやというピンクの派手な立て襟。同じくピンク色のドレスに、手には豪奢な金扇子。
  遠目に見れば、まるで童話の女王。だが近くから見上げればそれはまさに……

「おいおい、でけえな。今度のはまた」
「作り物の町に、バネ足ジャックに、これは……兵隊から察するに、不思議の国のアリスのハートの女王かな。
 我ながら、余計な物によく会うもんだ。それで、こいつをどうする、ランサー」

「隠れててもいいぞ。見た所、我一人でも余裕だ」
「それも楽でいいが……バネ足ジャックに逃げられっぱなしはなんとなく癪だ。二人でさっさと片付けよう」
「ははは、確かにそうだ!」

  トランプの兵隊たちの主と呼ぶに相応しい、小山ほどもありそうな大きさの『怪物の女王』だった。

『渡さないィィィ……例え神でもォォ!!! この世界は、壊させないィィィ!!!!』

「雑魚は私が一掃する、ランサーは女王を!」
「Jud.!!」

取り囲む無数の兵隊と、たった一人の女王様。羽ペンと白刃が踊り、遠くに聞こえるバネの音。
空に浮かぶ月だけが、まるで御伽噺のようなその光景を見つめていた。


531 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:13:27 XeY7GvjM0


【???/さいはて町 『不思議の国のアナタ』内部/一日目 夕方】

【シルクちゃん@四月馬鹿達の宴】
[状態]魔力消費(小)、『霧』の効果で魔力放出中、瘴気の効果で魔力回復なし
[令呪]残り三画
[装備]魔法の羽ペン
[道具]マツリヤの名刺
[所持金]一人暮らしに不自由しない程度にはある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、復讐する。
0.魔物たちを倒す。
1.さいはて町に興味。『バネ足ジャック』とさいはて町のサーヴァントを打倒?
2.探索が終われば、一旦帰還する。
4.フェイト・テスタロッサに対しては――
5.ルーラーへの不信感。
6.時間があれば『本』について調べる。
[備考]
※アサシン(ウォルター)を確認しました。ただしバネ足ジャックとしての姿しか覚えていません。
 また、真名を看破したためアサシンの宝具の霧の効果を最大限受けます。
※偽アサシン(まおうバラモス)を確認しました。本物のアサシンではないことも気づいています。
※フェイト・テスタロッサを助けるつもりはありません。ですが、彼女をルーラーに突き出すつもりもありません。
※令呪は×印の絆創膏のような形。額に浮き上がっているのをシルクハットで隠しています。
※出展時期は不明ですが、少なくも友達については覚えていません。
  例の本がどの程度本編を書いているのかは後の書き手さんにお任せします。
※魔法の羽ペンは『誰かの創った世界』の中でのみそうぞう力を用いた武器として使用できます。それ以外ではただの羽ペンと変わりありません。


【ランサー(本多・忠勝)@境界線上のホライゾン】
[状態]魔力消費(小)、『霧』の効果で魔力放出中、瘴気の効果で魔力回復なし
[装備]『蜻蛉切』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:主の命に従い、勝つ。
0.魔物たちを倒す。
1.さいはて町散策。
2.『バネ足ジャック』ともう一戦交えたいが。
3.鹿角に小言を言われちまうな、これは。
[備考]
※『バネ足ジャック』の真名を知りました。霧の効果を最大限受けます。
※宝具『最早、分事無(もはや、わかたれることはなく)』である鹿角は、D-7の奉野宅に待機しています。


532 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:13:59 XeY7GvjM0


☆アサシン


  霧の都を、バネ足の怪人が跳梁する。
  結論から言えば、アサシンの作戦はものの見事にはまった。
  彼の作戦は、ある意味では博打だった。
  自身の宝具で『近づいてはいけない場所』を侵食し、その入り口の境界をあいまいにする。
  そうすれば宝具で再現されたロンドンを『近づいてはいけない場所』の一部と勘違いした敵を誘い出し、追っ手にぶつけることができるのではないか、とそう考えたのだ。
  ロンドンの町の中でもあの『近づいてはいけない場所』を見失わなかったのは、敵でもNPCでもない、おそらく性質的には番人に近いだろう『ウサギ』を利用した。
  ウサギを追えば、迷わずたどり着く。そして、敵をアサシンが引き付けて誘導し、追っ手同士をかち合わせ、自分は離脱する。
  更に言えば、これは相手の見定めも兼ねていた。
  『近づいてはいけない場所』に近寄っているのに感づいて追跡をやめたならば、相手はその脅威を知っている人物と言える。
  ランサーのあの風体でこの町の創造主ではないだろうと目星はつけてあったので、

  もちろん、博打というだけあって失敗する可能性もあった。
  ひょっとしたら『さいはて町』の方が世界に干渉する力が強くて、宝具を解放しても望みどおりの状況は作り出せなかったかもしれない。
  『近づいてはいけない場所』がまるで無理やり押し込んだような見た目だったため、『さいはて町は事象の上書きに弱い』という推測を立ててはいたが、それが外れる可能性だってあった。
  だが、最悪霧さえ出せれば相手の行動を阻害できる。『跳梁する恐怖』も合わせれば、距離を取ることは十分可能と踏んでの作戦だった。

(いや、実際はそうでもなかったな……)

  アサシンは、髪を濡らし額を伝う冷や汗をぬぐった。
  ランサーは一切躊躇せずにアサシンの後を追っていた。あの前後も左右も分からなくなりそうな霧の中で。
  おそらく、直感やそれに類するスキルを持った、アサシンの宝具の天敵のようなサーヴァントだったのだろう。

  ロンドンの再現。
  霧の足止め。
  敵の誘導。
  どれかがならなければ、きっと屠られるまではいかずとも、逃走はもっと困難を極め、刃傷のひとつも受けていたことだろう。
  幸運が、少しだけアサシンに微笑んだ。
  あるいは、あのランサーとの同程度の幸運の掴み合い殴り合いでアサシンがうまく身を捩って命からがら逃げおおせられた。それだけかもしれない。

  今、アサシンはランサーたちを跳び越えて来た道を駆け戻っていた。
  理由は言うまでもない、あの裏路地のその奥を確認するためだ。

(ひょっとすると、まだあるかもしれない)

  まんなか区を隅々まで歩き回ったアサシンがあの瞬間まで出会わなかった少女主従。
  彼女らがどこにいたのか、アサシンが一番確率が高いと踏んだのが『表舞台』だった。
  つまり、あの少女たちは『路地裏の奥』からさいはて町へと侵入したのではないか、と踏んだのだ。
  そしてもしその入り口がその場に残っているならば、そこはアサシンにとっての活路でもある。

  バネ足ジャックとしての装備を解かずに中に飛び込む。もしジャンキーどもに袋叩きにされそうになっても相手どれるように。
  しかし、踏み込んだ先は以前とは違い、もぬけの殻だった。
  以前探索を諦めたジャンキーの溜まり場にも人っ子一人居ない。変わりに魔法でも撃ちまくったのか、壁や床、天井問わずつけられた傷跡だけが生々しく残されていた。
  あの少女たちがこれほどのことをやったのかと少々感嘆しながら最奥へと進み。
  そして―――


533 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:14:38 XeY7GvjM0





  時刻は午後七時を回っていた。
  空は暗みが強くなり、星の瞬きも見えるようになってきていた。

「こっちの賭けも、勝てたらしいな」

  大きく息を吐く。口からこぼれた青白い炎が天を焼こうと伸び上がる。
  推測が合っていたのか、それとも間違っていてたまたまなのか。
  必然か、偶然か。もしくは再び幸運によってか。
  アサシンは再び、聖杯戦争の表舞台に帰ってくることとなった。
  後ろを振り向く。

「なんですか」

  あの胡散臭い男が入り込んだときと同じように妖精と見慣れぬ交通標識看板が立っていた。

「なあ、おい」
「はいなんでしょう」

「この入り口、ずっとここにあったのか」
「どうでしょう。五分前までここにあったのは覚えてるけど、そこから先は神のみぞ知る世界」

  回答はどことなく真実味に欠ける。というより、テキトーでちゃらんぽらん。
  その掴み所のない回答を聞いて、アサシンは怪人としての仮面を脱いで『叔父の仮面』を被る。
  せめて、あの劇場に帰る時だけは、彼女の叔父で居てやろうと思った。というのは、少し洒落が過ぎるだろうか。
  実際は、『さいはて町の外では気づかれなかった』という今朝のあの男の例を知っているからこその行動だ。

「もう一度ここに来て、その時もう一度ここからさいはてに入れるか?」
「どうでしょう。明日は明日の風が吹くから鬼が笑うんじゃないです?」

  収穫はあった。
  固有結界と思わしきさいはて町内でも『いざとなれば宝具で地形を変えて逃げられる』ということが分かったのは、アサシンからすればとても大きな収穫だ。
  これで以降はまんなか区だけではなく別の場所も探索が出来る。
  『電車の跡』という場所がまんなか区になかった以上、他の場所にも
  たとえば、あの『近づいてはいけない場所』のような敵が徘徊している場所でも、いざとなれば逃げ出すことが出来るという大きな安全が確保できた。

「じゃあな」
「さよなら、さよなら、さよなら」

  一度『さいはての入り口』から離れて、戻って確認する。
  妖精は一息つこうとしていたらしくふらふらと地面に落ちようとしていたが、アサシンを認めると慌てて飛び上がり手を振り出した。
  数分程度では消滅しない。気休め程度だが覚えておけば役に立つかもしれない。

  路地を出れば、そこはやはり見慣れた都市だった。アサシンが諜報を続けていたあの街に相違なかった。
  地理も頭に詰めてあるので、帰り道を迷うことはない。
  約束にはなんとか間に合いそうだ、なんて考え、柄にもない律儀さを喉の奥で笑う。
  アサシンはやや脱力しながらも、決して警戒は解かず。あくまでNPCとして、帰路を急ぐのだった。


534 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:16:28 XeY7GvjM0


【C-4/歩道/一日目 夕方】

【アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)@黒博物館スプリンガルド】
[状態] 健康、スキル『阻まれた顔貌』発動中
[装備] バネ足ジャック(バラした状態でトランクに入っていますが、あくまで生前のイメージの具現であって、装着を念ずれば即座にバネ足ジャックに「戻れ」ます)
[道具] なし
[所持金]一般人として動き回るに不自由のない程度の金額
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(ララ)のやりたいことに付き合う。
1.ララの元へ帰る。
2.街で情報収集をしながら、他の組の出方を見る。
3.夜までには帰ってきて、ララの歌を聴く。
4.歌を聴き終わったなら街の諜報か、それとも『町』にもう一度行くか……
5.『チェーンソー男』『包帯男』『さいはて町』に興味。
[備考]
※シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)を確認しました。
※「フェイト・テスタロッサ」の名前および顔、捕獲ミッションを確認しました。
※「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」の噂を聴取しました。サーヴァントに関連する何かであろうと見当をつけています。
※劇場の関係者には、ララの「伯父」であると言ってあります。
※キャスター(木原マサキ)の外見を確認しました。
※さいはて町の存在を認知しました。町の地理、ダンジョンの位置も把握しました。
※さいはて町の番人、『チェーンソー殺人鬼』を確認しました。『チェーンソー男』との類似を考えていますが、違う点がある事もわかっています。
※さいはて町の入り口(D-3付近、C-4付近)を確認しました。もう一度行くと入り口があるかもしれませんし、ないかもしれません。
※『阻まれた顔貌』はさいはて町内、かつマスターもしくはサーヴァントの視認範囲に入ったときのみ逆効果に働きます。が、ある程度看破能力は必要かもしれません。





[地域備考]
※さいはて町 近づいてはいけない場所(現不思議の国のアナタ)周辺が『霧の都、月に跳ぶ怪人』の効果によって霧の都ロンドンになっています。
 周囲に霧の影響が出るかもしれません。アサシンの脱出成功時(19時)に射程距離の制約によって強制解除されています。


535 : さいはて町に鐘が鳴る  ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/25(月) 06:20:16 XeY7GvjM0
投下終了です。
ウォルター卿、不思議の国のアナタなどについて、修正箇所・指摘などありましたらよろしくお願いします。


536 : 名無しさん :2016/04/25(月) 23:01:21 3SPJfhis0
投下乙です

ウォルターの正体隠蔽と気配遮断にこんな意外な穴があったとは。造られた世界であるさいはての町ならではの出来事で、なるほどと唸ってしまった
バラモス戦でも思いましたが、シルクちゃんと忠勝のコンビは掛け合いも連携も手慣れた感じで、見ていて安心感があるなー。蜻蛉切も色々な場面で活かしがいのある魅力的な宝具だと改めて感じます

そして正体を暴かれたバネ足ジャック、宝具解放の流れが凄くかっこよくてシビれた!
さいはての町にあるはずのないビッグ・ベンの鐘の音が鳴り響き…からの、具象化するロンドンの風景が幻想的で素晴らしい。真正面からでは勝てない三騎士相手の戦法としても、歩き回った情報を生かして町を利用し翻弄する、バネ足の怪人らしいやり方だったと思います
これで最初の難所は越えたかな?ひとまず、早くララの歌を聴きに行ってあげてほしいものです


537 : 名無しさん :2016/04/26(火) 00:24:56 YKDiz.Ws0
僭越ながら、気付いた点の指摘です。
>>522
「まんなか区は目立つ場所だけを凝縮したような簡素な作りいくつかの区域と」
→「まんなか区は目立つ場所だけを凝縮したような簡素な作り「の」いくつかの区域と」ではないでしょうか。
>>527
「従者の晴れ舞台には間に合わなかったが、主の晴れ舞台には間に合ってみいせる」
→「みせる」ではないでしょうか。
>>532
「ランサーのあの風体でこの町の創造主ではないだろうと目星はつけてあったので、」の後にもしかして文章が少し抜けている?


538 : 名無しさん :2016/04/26(火) 00:44:44 YKDiz.Ws0

>ティー・パーティーをもう一度
 たまちゃんのお菓子作り、「失敗続き」に何とも胸を打つものがありますね。
 大魔王ときらきーの会見。きらきー、にこやかで穏やかなようで思いっきりずけずけ物言ってる…。
 賢者の石ちょーだい、とはこれまたストレートというか、ゾーマも薄々感じ取っているものはあるようですが。
 なんとなく、たまちゃんとの会話を見てたらゾーマ様が保護者枠なように一瞬錯覚しましたが、最後の独白を読んでやっぱゾーマ様だった、と思い直しました。
 勇者や武将から苛められっぱなしのカバさんの帰還も近いかな。

>さいはて町に鐘が鳴る
 タイトルが素敵。話のハイライトが、『霧の都、月に跳ぶ怪人』の時計台の鐘の音でもたらされることを見ても。
 トランプ兵たちに怪物の女王、飛び跳ねるバネの音につくりものじみたお月さまとメルヘンチックながら、忠勝との鍔迫り合いの火花や霧に灯る火とおぼろな影など、決まる所がきちっと決まっててカッコいいです。
 真名看破や境界を利用した逃走劇など、二組の参加者双方の思考の流れも面白かった。

投下お疲れさまでした!


539 : 名無しさん :2016/04/26(火) 02:19:42 8F/AWWJw0
乙です
ジャンキー密集地は所見びっくりするよね。BGM止まるし


540 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/27(水) 05:50:47 FAvQV8eM0
たくさんの感想ありがとうございます!

>>537
誤字脱字指摘ありがとうございます。
wiki収録と同時に訂正させていただきました。

あと、エイプリルフールSSの「嘘」についてはまだ収録していません。
今後機会を見て収録させていただきます。


541 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/27(水) 06:05:08 FAvQV8eM0
ついでに、情報整理も兼ねて久しぶりに例のアレも貼っておきます


[午前]
【C-2】白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)
【C-4】クリエーター(クリシュナ)
【D-5】中原岬&セイバー(レイ/男勇者)

[午後]
【Bー1】海野藻屑
【C-4】高町なのは
【D-5】偽アサシン(宝具『まおうバラモス』)
【???(さいはて町)】エンブリオ(ある少女)

[夕方]
【B-5】桂たま
【B-4-B-5】アサシン(ゾーマ)
【C-4】アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)
【D-2(小学)】木之本桜&セイバー(沖田総司)
         蜂屋あい&キャスター(アリス)
【D-2(中学)】大道寺知世
         山田なぎさ&アサシン(クロメ)
【D-2】フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
    キャスター(木原マサキ)
    アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
【D-3】江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
    双葉杏&ランサー(ジバニャン)
    諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
    ララ
【???(さいはて町)】シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)
            雪崎絵理
            輿水幸子
            玲
【???(居場所不明)】バーサーカー(チェーンソー男)
【???(nのフィールド)】ルーラー(雪華綺晶)&人工精霊(ファヴ)

場所確認用のやつ
ttp://download1.getuploader.com/g/hougakurowa/4/%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%9C%B0%E5%9B%B3.png


542 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/04/28(木) 01:37:10 mbanMJYI0
即リレーを含みますが

シルクちゃん&ランサー(本田・忠勝)
雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男)
エンブリオ(ある少女)

それと参加者ではありませんが

チェーンソーの殺人鬼
金に汚い天使

を予約します


543 : 名無しさん :2016/04/29(金) 00:05:04 bQD.viRk0
おお、またさいはて町の予約が…
忠勝の宝具はチェーンソー男に通用するのだろうか
魔力を消耗させるバネ足ジャックの霧に巻かれた事が今後にどう響いてくるか


544 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/04(水) 21:34:03 UkyIOPdE0
遅れます
明日中に来なければ破棄したものとして扱ってください


545 : ◆PatdvIjTFg :2016/05/05(木) 17:33:55 A9.M9tS.0
木之本桜&セイバー(沖田総司)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)

予約させていただきます


546 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:29:30 ERIMrPFA0
投下します。


547 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:30:49 ERIMrPFA0


姫河小雪が小学校へと向かい、残されたものは沈黙とやたらに甘ったるいシナモンティーの香りだけだった。
口から発する全てが偽りになるようで、何かを言おうとしても言葉が出ず、今だけは自分の不精に苛立ってしょうがない。
演技のレッスンを――もう少しだけ、ほんの少しだけでいいから、目の前の泣きそうな女の子と一緒に真剣にやっておけばよかったと双葉杏は思う。
紅茶だけが、早く飲み干せと主張するかのように湯気を立てていた。

「あの……」

江ノ島盾子がおずおずとした様子で口を開いた。
誰がどう見ようとも、彼女は子羊のようにしか見えない。
とても、掲示板に書き込むような人間には見えない。
けれど――信用出来ない。と杏は思う。
江ノ島盾子の行動が演技とは思えないけれど、江ノ島盾子を見せつけられているように思えてしょうがない。

「ふたりともアイドルなんですよね」
盾子は不安気に、しかし――この緊迫した雰囲気を打開せんと必死で口を開いたように見えた。
信用できないのは、江ノ島盾子か、それとも自分か。
杏にはわからない。

「CDとか出してるなら……二人の歌聞いてみたいなって」
敢えて明るい声を出して、そう言って盾子はシナモンティーを口に運んだ。
まだ熱かったのだろうか、少し口に入れただけで急ぐようにしてティーカップをソーサーへと戻す。
そして、おどけるようにして「アイスティーにしておけばよかったかも」と言った。

「し……CDはまだ、出してないんだにぃ」
諸星きらりは飛びついた。
江ノ島盾子の出した話題はまさしく蜘蛛の糸であった。
なんだって良かった――少しでも、悲しくない話がしたい。

「レッスンもまだまだで、きらり達はアイドルのたまごなんだよぉ☆
でも、これからがんばっていくから……よろしくね☆」
「そうだったんだ!もちろん応援するよきらりちゃん!!杏ちゃん!!」
「え……?」

きらりの言葉で雰囲気がにわかに明るくなったように見えた。
しかし、3人の中で唯一人――杏だけが違っていた。

「あっ……いや、そうだね」

杏もきらりもトップアイドルではないし、江ノ島盾子に自分たちの存在を知られていなかった。
だから、へりくだってアイドルのたまごと自分たちのことを言うだけならばまだわからないでもない。
けれど、CDを出していない――なんてことはありえない。

きらりの――あの時の表情を、双葉杏は覚えている。
印税目当ての自分とは違う、何をそこまで喜んでいるのか――けれど、自分も何だか微笑ましくなるようなあの喜び。
自分の歌が日本中に――もしかしたら世界中に届くかもしれないと知った時のあの喜び。

だから、冗談でも――CDを出していないなんてことはありえない。
そこまで追いつめられてしまったのか。
それとも忘れさせられてしまったのか。
あるいは――そもそも、目の前にいる諸星きらりは、彼女と同じ顔をして同じ喜びと悲しみを持った――他人なのか。

「印税で生活したいねぇ……」
「もう、杏ちゃんったら」

この違和感を嗅ぎとったのはきらりではなく盾子だった。
CDの話を出したのは決して世間話などではなく、売上などの二人の間に存在するであろう格差を意識させて、
ほんの少しだけでも、二人の関係に傷を付けられればいいと思っただけだ。
もっとも、もとから大して期待はしていなかった。
あるいは幸福だった日に思いの少しでも寄せてくれれば儲けものと思った程度だ。

だが、双葉杏の反応はおかしかった。
自分だけCDデビューが決まったから誤魔化した――などという態度ではない。
そもそもきらりが知っていなければおかしい何かがある――そのような様子であった。

「少し落ち着いたら……」
思案を巡らせる。
二人の関係性の中にある秘密とは一体何か。
どうすれば、最も絶望的な終わりへと導くことができるか。

「みんなでカラオケにでも行きましょうね」
江ノ島盾子は微笑んでそう言った。


548 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:31:11 ERIMrPFA0

疲弊した心は脆い。
だから、しなければならないとわかっていても――ストレスになる行動を取りたくない。
傷ついた少女【諸星きらり】は偽りでも歪んでいても、それでも平穏を求める。優しくて甘いものを。
だから、双葉杏は口に出来なかった。

江ノ島盾子が作った抜け穴――当り障りのない遅効性の毒に逃げてしまった。

今、会話の主導権は――江ノ島盾子に握られている。
優しく微笑んだ超高校級の絶望に、地獄へと先導されている。

「盾子ちゃん」
「どうしました……杏ちゃん?」
「ランサーのこと、心配じゃない?」
「不安です、でも……彼女ならきっとだいじょうぶ、私のサーヴァントですから」
江ノ島盾子は小学校へと向かったランサーのことを――それこそ大丈夫の一言も言わずに、世間話へと移行した。
自身のサーヴァント、小学校で起こっているナニカ、それよりも優先して――きらりを立てなおそうと。
善人にしか見えなかった。
けれど――善人というにはあまりにも肝が座りすぎているし、どう考えてもおかしい。
常識が抜けているからのような、あるいは何かを狙っているかのようなズレだった。

「私、何にもできないから信じることぐらいはしっかりしたいんです……」
「……偉いね、盾子ちゃん。私にはとても出来ないよ」
杏はそう言って「私のサーヴァントはあんまり頼りにならないからね」と溜息をついた。

(訂正するニャン!!)
(……ランサー、少し静かに)
(ニャ?)

念話にて不本意を訴えるランサーを、気にしてやる余裕は杏にはなかった。

「……ねえ、盾子ちゃん。怖くない?きらりはともかく、私は出会ったばっかりでしょ?
襲われるかもって思わない?サーヴァントいないんだよ?」
「だって……」
そう言って、江ノ島盾子は少し考えこむように俯いた。

「きらりちゃんの友だちなら大丈夫ですよね?」
そして江ノ島盾子が顔を上げた時、やはり口元には微笑みが浮かんでいた。

「盾子ちゃん、きらり」
そう言う江ノ島盾子に対し、杏は申し訳ない顔を浮かべてみせた。
「ごめんね、さっきは盾子ちゃんを疑うようなことを言って」
「ううん……私、気にしてないですから」
「……良かったぁ、みんなトモダチではぴはぴだにぃ☆」

和やかな空気が、喫茶店の中に広がっていく。
欺瞞だ、この中で杏は誰よりもそう思っている。

(オレっちが頼りにならないっていうのは不服だけど、まぁ……この場は丸く収まりそうで良かったニャン。
けど!もしも悪いやつが出てきたらオレっちのひゃくれつ肉球が火を)
(……もしも)
(ニャ?)
(もしも杏が合図したら、すぐロボニャンに変身した後私達を逃がして)
(何の問題もなかったんじゃないかニャ?)

(令呪があるからすぐサーヴァントを呼べるって言っても、この状況であの態度、江ノ島盾子は……多分、かなりヤバイ。
彼女の言ってることが全部本当でも……正直、きらりと近づけておきたくない。いくらなんでも肝が座りすぎてる)
(よくわからないけど、わかったニャ。でも……正直オレっちには悪いやつには見えないニャ)
(私にだって、とても悪い奴には見えないよ……けどね)

(きらりは優しいから……私が疑うしか無いんだよ)

杏はきらりが自分に無いものを持っていることを、きっと事務所のアイドルの誰よりも理解していると思っていた。
何故ならばそれは才能でも何でもない思いと呼ばれるようなものであるから。
杏はそれを持たずにアイドルになり、きらりはそれを携えてアイドルになった。

きらりと一緒に仕事をしている内に、杏はそれを飴と一緒に分けてもらっていた。
優しさ、ぬくもり、情熱、そしてはぴはぴな思い。

だから、そのせいで人一倍きらりが傷ついているのならば、杏がやると決めた。

怠惰な自分が曲がりなりにもやってこれたアイドルとしての才能を、全力で発揮してみせる。
きらりのために出来ないは言わない。演じきってみせる。

これが嘘であると言うならば、その嘘に付き合ってやる。
きらりのために優しい表情を浮かべて、誰にもきらりを傷つけさせはしない。

その結果、人を殺すかもしれないけれど。

強い決意を固めた杏に、江ノ島盾子は微笑んでみせた。
幸福そうに、絶望とは程遠い顔で。


549 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:31:21 ERIMrPFA0


(アタシを疑って……くれてたらいいなぁ。まぁ、そうじゃなかったら、タダの馬鹿だけどさ。
思いが通じないってさ……それこそ、絶望的に辛いんだよ。
貴方の為を思って、だなんて――結局はする側の言い訳、される側には何の関係もない。
三人で仲良しこよしがしたいわけじゃないから……杏ちゃん、頑張ってじゅんこをぉ……疑ってにぃ☆
そして――出来れば)

江ノ島盾子はただ望む。
この表面上友好的な取り澄まされた三角関係がぼろぼろに崩れ去ってくれることを――そして、諸星きらりの絶望を。
杏に自分を疑わせてしまえば――どういう形に成ろうとも、諸星きらりの絶望というゴールは目に見えている。

だから、自分の予想出来ないような最大最悪の絶望を。
目の前のアイドルにできるかどうかはわからない。
けれど――望むだけならタダであるし、期待を裏切られても全く損はない。

少女が少女を殺すこの世界では、誰がどう足掻いても決着は絶望以外にありえない。



「……」
皆が笑っているから――きらりにとってはそれが、苦しい。
杏ちゃんはどことなく気怠げないつもの杏ちゃんではないし、
盾子ちゃんはランサーが戦いに行ったというのに自分たちにばかり気を遣っている。
何も出来ていない――一番近くにいるバーサーカーにも、誰にも何も返せていない。

昔確かにあった日常に帰ってきたようで――嬉しくてしょうがなくて、けど、皆が無理をしているから辛い。
アイドルにはもっと温かいものがあるはずなのに。

(――■■■■)

バーサーカーがきらりの悲しみに呼応して、唸り声を上げた。

きらりは甘ったるいシナモンティーと一緒に、

痛みも。
苦しみも。
辛さも。
悲しみも。
絶望も。

勢い良く、飲み干して、笑顔を、作った。

(■■■■■■)

怒りは――バーサーカーが持っている。


550 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:31:50 ERIMrPFA0


輿水幸子の姿にランサーは、かつての自分を重ねていた。
姫河小雪が魔法少女狩りじゃなかった時代の――弱かった自分。

自分のために、誰かが死んで納得できるわけがないだなんて――そんなことは当たり前で、
何時だって忘れなかったし、忘れられるわけがなかった。

だけど、自分は何も出来ない。
困った女の子を前にして――心の声は聞こえるのに、魔法少女なのに。

何故なら、彼女は何をしても傷ついてしまうから。
姫河小雪も、そうだったから。

(急がなくちゃ……)
霊体化したランサーは、あらゆる障害を無視して風のように喫茶店へと向かう。
魔法少女は皆を救えるような存在じゃない、けれど何も救えないわけじゃない。

喫茶店の近くに到着し、付近のビルの陰で実体化する。
幸いにも、途中で邪魔が入ることはなかったから、考えうる限り最も早く辿り着くことが出来た。

ランサーは勢い良くドアを押し開けた。
「おかえり、ランサー……無事で良かった」
満面の笑みで、江ノ島盾子が出迎える。
大きく両腕を広げて、ランサーを抱きしめんとばかりに近付いた江ノ島盾子を無視して、椅子に座る。
テーブルの上にはケーキの皿が乗っている。
つまり、平然と営業ができる程度に――この地域には被害がなかったか、この店に影響はなかったということだ。

(こっちはだいぶ盛り上がったよ……ランサーも残ればよかったのに)
とぼとぼと自分の席に戻りながら、江ノ島盾子は嘲笑うように念話を送った。

そんなことは言われるまでもなく、わかる。
表面上は何の変哲もない日常会話だったのだろう、喫茶店は先ほどと変わらず平穏を保っている。
しかし、双葉杏と諸星きらりの心の声は聞けば――わかってしまう。

(それよりも……皆に説明してあげなよ、ランサーが自分で見た絶望を。始まっちゃったんでしょ、コロシアイ?)

煽り立てる江ノ島盾子にランサーは言葉を返さない。
時間の無駄だ。

「ねぇ、ランサー……何が起こったか教えてくれる?
皆が自分を守るためにも……大事なことだから」
表に裏にと忙しいことだ。
江ノ島盾子は何が何でも、自分の体験を――聖杯戦争を語らせるつもりだ。

「…………」
ランサーは諸星きらりを意識せざるを得なかった。
自分の体験した出来事は――現実的な聖杯戦争の話は、特に諸星きらりを傷つける。
それでも、情報の共有自体は間違ってはいない。
下手に何も言わないようにすれば、それは無為に敵意を抱かせることにも成り得ない。
これほどに時間を掛けて何もなかったは通じない。

(……ッ!?)

その時、ランサーは心の声を聞いた。
友達を探す声。
喫茶店の中の人は本当に自分たちを助けてくれるのか不安がる声。
喫茶店の中の人間が自分たちの敵だった場合を想定する声。

カラン。
コロン。

喫茶店の扉が開き、来客を告げるベルが鳴る。

「すみません……江ノ島盾子さんはいますか?」

小さい女の子。
天使のようにあどけない微笑み。
白を基調としたファッション。

「――蜂屋あい」


その後ろには、魔法少女と騎士のように付き添う和装の――数時間前に戦ったセイバーがいた。


551 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:32:00 ERIMrPFA0


件名:無題
送信者:【双葉杏のメールアドレス】

本文:江ノ島盾子です。
    【住所の記述】の喫茶店にいます。


552 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:32:10 ERIMrPFA0


紅茶のおかわりと一緒に、三皿のケーキが運ばれてきた。
ランサージバニャンも食べたいと駄々をこねるが、こんな場所で実体化させるわけにもいかない。
化け猫はコスプレなんて目じゃないぐらいに目立つ。

(我慢してよ、後でチョコボー買ってあげるから)
(目の前でケーキを食べられるなんて、生殺しだニャン!!)
(死んでるでしょ)
(ひどいニャ!!)

未だに江ノ島盾子のランサーが戻ってくる気配は見えず、迂闊に動くことも出来ない。
喫茶店に長居する覚悟を決めて、しかし――食べてる途中で戻ってくるかもしれないので、ランチではなくケーキを注文した。
杏はチョコレートケーキを、江ノ島盾子はブラウンバターケーキを、そしてきらりはショートケーキを。

「もし、良かったら……」
ブラウンバターケーキをハーフアンドハーフカットしたものを口に運んで、江ノ島盾子が言った。
「ケータイを貸してくれないかな、メールを送りたい相手がいるんだ」
「メール?」
ジバニャンを尻目にチョコレートケーキを一口、杏が聞き返す。
「ともだち?」
爆弾サイズの苺をきらりが一噛りする。
同じ事務所のよく食べるあの子ならホールサイズだってペロリと食べきってしまうかもしれないんじゃないかと思う。
「そう、ともだち……なのかな?この会場で知り合ったんだ。良かったらきらりちゃんたちにも紹介したくて」
「……盾子ちゃんは自分のケータイ持ってないの?」
「うん、ちょっと壊しちゃって」
「ふーん」
「どんな人なのかにぃ?」

「小学生の女の子だよ、結構頼りになりそうな」
「……不安じゃないの、小学校が危なそうなのにさ」
「こんな状況だからなるべく小学校に行かないようにしてるんだって。だから、多分大丈夫だと思う。
それに、何かあったらランサーが教えてくれるはずだから」

「……そうなんだ」

小学生かどうかは呼べばわかる話だ。
もっとも、杏みたいな小さい女の子がそうだったとして――真偽を確かめる術はない。
なんなら小学生かどうかはどうでもいい話だ。
呼ばれた子が危害を加えてくるかどうか――問題はそれだけだ。

出来れば、呼びたくはない。
けれど、きらりは――それを許すだろう。

江ノ島盾子を信じているから。

そして、これは何時か渡らなければならない危ない橋でもある。
杏とランサーときらり、そしてきらりのサーヴァントだけでこの世界を脱出出来るかと言えば多分、出来ない。
どこかで新しいマスターと接触しなければならない。
そして――掲示板の書き込みのせいできらりは疑われている可能性があるから、
潜在的な危険性を考えるならば、不意を打たれるよりは、未だ来るとわかっている方が良い。

もっとも、江ノ島盾子がケータイを持っていないと全面的に信じることも出来ない。
それよりは自分たちの内のどちらかのメールアドレスを利用したいだけかもしれない。

ただ、ケータイを借りなければ合図を出せないのならば――奇襲するにはあまりにも不安定だ。
江ノ島盾子の言っていることは真実かもしれない。

あるいは、ケータイに関する件自体がブラフで、そもそも――何らかの合図を出すことができているのかもしれない。
ただし、それならばケータイを貸してほしいなどと言う必要はない。


「いいよ」
杏は江ノ島盾子にケータイを手渡した。
「杏のケータイを使って」
「ありがとう!」

結局、きらりのケータイを使わせないようにすることしか出来ない。


「皆で力を合わせれば、きっと……終わらせられるよね」

色々と。


553 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:32:25 ERIMrPFA0


「……知世ちゃん」

さくらが屋上についたとき、そこには大道寺知世の姿はなかった。
戦いの跡は目を凝らしてもわからない。
けれど、たいせつなともだちは屋上で――消えてしまった。

喪失感で全身から力が抜けそうになって、しかしさくらは崩れ落ちるような真似はしなかった。
足に力を入れて、コンクリートの感触を強く意識する。
知世ちゃんを探しに行かなければならない。

死という言葉を否定することは出来ない、しかし、死を肯定する材料もまた無い。
さくらの諦めが知世の死に直結しているんじゃないか、そんなことすら思った。

だから、不安で、不安で、しょうがないけれど、
俯いて泣いてしまいたいけれど、

――絶対だいじょうぶだよ。

信じるための呪文を唱える。
知世ちゃんともう一度お話がしたい。
だから、誰よりもまず自分が――知世ちゃんを信じなければならない。

「……お願い!一緒に知世ちゃんを…………私の大切なともだちを探して!!」
屋上へと着いたセイバーと蜂屋あいに、さくらは頭を下げた。
この街は広く、知世を探すことは自分一人で出来ることではない。
それは積極的に聖杯戦争へとあいを巻き込んでいくことであるし、あるいはあいを深く傷つけることになるかもしれない。
自分が残酷なことを言っていることに気づいていた。
それでもエゴイスティックにならざるを得なかった。

助けて欲しかった、知世ちゃんを。

「……いいよ」

なんて色をしているのだろうと、あいは思った。
桜色の心は――決意と祈りで強く光り輝いていた。
誰かを思う心の――なんて美しいことだろう。
きっと、その光に手を伸ばせば骨まで溶けてしまいそうなそんな強い色。
そして、一筋の不安。
桜色の光の中に、時々走る黒い線。
桜の華を喰らう毛虫のような――そんな不安色の闇。


さくらちゃんが知世ちゃんに会えなくて本当に良かった。


「手伝うよ」
ふわりとあいがさくらに歩を進めた。
額と額が触れ合いそうな近い距離。
唇を交わしてしまいそうな程に近い距離。
愛/あいの距離。

桜と蜜の匂いが交差した。


その時、あいのケータイが鳴った。
小学校でのケータイの使用は禁止されているが、持ち込みは禁止されていない。
最も、屋上でそれを咎めることの出来る人間は今はいないが。

メールが一件。
知らないアドレス。
けれど、内容を見れば、すぐに誰から来たものかわかった。

彼女に会う利益は自分にはない。
ただし、さくらにはある――かもしれない。
少なくとも、あのサーヴァントはさくらに協力的であってくれるだろう。

自分は殺されるかもしれないし、
もしかしたら、さくらのセイバーも自分を殺すかもしれないけれど。

けれど、もっとさくらの色が見たい。


「……もっと、協力してくれる人を増やせるかもしれない」

あいは、喫茶店へ向かうことを提案し、さくらは頷いた。

セイバーは流れを感じてしまった。
マスターを言葉で止めることは、もう自分には出来ない。

仲間を思ってしまえば、利口にはなれない。
理屈で動くほどお利口であれば、自分は英霊としてこの場には立っていない――だから、わかる。

故に、マスターを止めることはしない。
その代わりに、とセイバーは言った。


「私を止めないでください」


554 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:32:56 ERIMrPFA0

【D-3/汚い喫茶店/1日目 夕方】

【双葉杏@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的疲労(微)
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]携帯ゲーム機×2
[所持金]高校生にしては大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:なるべく聖杯戦争とは関わりたくなかったが
1.謎の来訪者(さくら達)への対処
2.ランサー(姫河小雪)の報告を聞く
3.江ノ島盾子とサーヴァントは決定的ではないが、疑わしい。
4.少女(大井)を警戒。どうするべきか。
5.CDに対する発言によるきらりへの複雑な感情

[備考]
※大井と出会いました。大井を危険人物(≒きらりスレの>>1)ではないかと疑っています。
※『今からきらりちゃんと一緒に小学校に行きます』と書き込んだのは江ノ島盾子ではないかと考えています

【ランサー(ジバニャン)@妖怪ウォッチ】
[状態]健康
[装備]のろい札
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:なんとなく頑張る
1.双葉杏に付いて行く

【諸星きらり@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ版)】
[状態]精神的疲労(微)、魔力消費(中)
[令呪]残り二画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカーを元に戻し、元の世界へと戻りたい
1.ランサー(姫河小雪)の報告を聞く
[備考]
※D-4に諸星きらりの家があります。
※江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。そして、江ノ島盾子を信用しています。
※三画以上の令呪による命令によって狂化を解除できる可能性を知りました(真実とは限りません)
※フェイト・テスタロッサの捕獲による聖杯戦争中断の可能性を知りました(真実とは限りません)
※ルーラーの姿を確認しました
※掲示板が自分の話題で賑わっていることをしりました

【悠久山安慈@るろうに剣心(旧漫画版)】
[状態]霊体化
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
[備考]
※雪華綺晶の存在を確認しました、再会時には再び襲いに行く可能性があります。
※江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。
 スキル『こころやさしいひと』の効果できらりの精神の安定に江ノ島盾子&ランサーが役に立っていると察知しイレギュラーが発生。
 狂化中ですが敵意を向けられない限りこの二人を襲いません。


555 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:33:11 ERIMrPFA0
【江ノ島盾子@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]健康、涙で化粧が流れてる、小雪ちゃん(魔法少女育成計画最序盤)の真似中
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]大金+5000円分の電子マネー(電子マネーは携帯を取り戻すまで使用できません)
[思考・状況]
基本行動方針:絶望を振りまく
1.あいちゃんおっすおっす
2.諸星きらりをプロデュース!
4.ケータイ欲しい……ケータイ欲しくない?
[備考]
※諸星きらりを確認しました。彼女の自宅の位置・電話番号・性格なども事前確認済みです。
※自身の最後の書き込み以降のスレは確認できません。
※数十分、もしくは数時間、あるいは数日、ひょっとしたら数年は同じキャラを演じ続けられるかもしれませんし、続けられないかもしれません。
※ランサーのスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対して順応しています。順応に気付いているかいないかは不明です。動揺しない限り尻尾を掴まれることはないかもしれません。あるかもしれません。

【ランサー(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
[状態]疲労(中)、絶望(微)、ストレス
[装備]
[道具]ルーラ、四次元袋
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り犠牲を出さずに聖杯戦争を終わらせる。
1.蜂屋あいへの対処
2.きらり達に報告を行う
2.出来ることなら、諸星きらりに手を貸してあげたい。
3.幸子はことはしばらくそっとしておく
[備考]
※木之本桜&セイバー(沖田総司)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、
 蜂屋あい&キャスター(アリス)、キャスター(木原マサキ)、バーサーカー(チェーンソー男)、輿水幸子を確認しました。ステータスは確認していません。
※江ノ島盾子がスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対応していることに気づきました。蜂屋あいの心の声が聞こえません。
※諸星きらりの声(『バーサーカーを助けたい』『元いた世界に帰りたい』)を聞きました。
 彼女が善人であることを確信しました。


【セイバー(沖田総司)@Fate/KOHA-ACE 帝都聖杯奇譚】
[状態] 疲労(中)、ダメージ(中)
[装備] 乞食清光
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: さくらのために
1.白いサーヴァントへの対処
2.余裕があれば鞘を取りに行く
[備考]
※使わない間は刀を消しておけるので、鞘がなくてもさほど困りません

【木之本桜@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[装備] 封印の杖、
[道具] クロウカード
[所持金] お小遣いと5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:知世ちゃんを探す

【蜂屋あい@校舎のうらには天使が埋められている】
[状態] 疲労(小)
[令呪]残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 小学生としてはかなり多めの金額
[思考・状況]
基本行動方針: 色を見る
1.さくらの色をもっと見たい
2.江ノ島盾子に強い興味
[備考]

【キャスター(アリス)@デビルサマナー葛葉ライドウ対コドクノマレビト(及び、アバドン王の一部)】
[状態] 魔力消費(小)、作っておいたトランプ兵は全滅
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: オトモダチを探す
1.知世をオトモダチにしたい
2.さくらに興味
3.サーヴァントのオトモダチが欲しい
[備考]
※学校には何人か、彼女と視界を共有できる屍鬼が存在します
※学校の至る所に『不思議の国のアリス』への入口が存在しています
※不思議の国のアリス内部では、二人のアリスが遊園地の完成を目指して働いています


556 : 友情に火を点けて - Friendly Fire - ◆PatdvIjTFg :2016/05/06(金) 22:33:21 ERIMrPFA0
投下終了させていただきます


557 : ◆PatdvIjTFg :2016/05/08(日) 12:13:34 dTUjF09U0
中原岬&セイバー予約します


558 : 名無しさん :2016/05/08(日) 14:25:52 LkNGhskE0
投下乙です
きらりと杏の絡め取られっぷりがキツい…!
杏はさすがの鋭さで、江ノ島さんの危なさを嗅ぎ取ってるのに、それまでも予想した上で絶望を演出しようとするとは何たる厄介さ。
ジバニャン、マジでそろそろ呑気な事言ってる場合じゃないぞ…。
そこへさらに、知世ちゃんを見失ったさくらの炎があいちゃんを嬉しくさせてるし…スノーホワイト、おき田、何とかしてくれー!


559 : 名無しさん :2016/05/08(日) 22:50:13 JqCuNQ7Q0
投下乙です
目立った事件もなく会話が中心なのに面白い
氏の文章はいつも独特でありながら読みやすくてすごいです
毎回話の長さ以上に内容が詰まっているような気がします
今回の話も短い文章から各々の心情が伝わってきます
「皆で力を合わせれば、きっと……終わらせられるよね」からの
色々と。が好き


560 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:08:58 x77xuh3A0
投下乙です!
時間がないので感想は次の機会に書きます。

取り急ぎ


シルクちゃん&ランサー(本田・忠勝)
雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男)
エンブリオ(ある少女)
チェーンソー殺人鬼、金に汚い天使


投下します


561 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:10:33 x77xuh3A0


  夕方だった商店街を抜ければ、外はもう、さっきまでの空色が嘘だったみたいに薄暗く紫がかっていた。
  古ぼけた街灯が、ちかりちかりと瞬きながら明かりを灯し始めている。
  夜がだんだんと近づいてきている。世界はずんと冷え込み始めて、絵理の体から熱を奪っていく。
  絵理はそんな思いのほかやさしくない世界の真ん中の、端っこのほうで、段差に座り込んで時が経つのを待っていた。
  理由は言うまでもない。チェーンソー男と決着をつけるためだ。

「ずっと外に?」

  声につられて絵理が顔を上げれば、ボンヤリとした街灯に照らされて鉢巻をつけた青年が立っていた。
  見覚えはない。どうやらこのあたりに住んでいる人らしい。

「もう月も昇ってしまいましたよ。それにホラ 最近物騒だし」

  青年の声と視線につられてつい、と目を動かせば、そこにはいつからあったのか、人型の白線と血の痕があった。

「チェーンソー殺人鬼。
 このあたりに出るかもしれませんよ。そのうち来るかも」
「……このあたりにも、出るの?」
「出るなんてもんじゃないよ。もう四人くらい殺されてる」

  それはとてもおかしな話だった。
  絵理は夕方のごたごたを除けばチェーンソー男の出てくる場所のすべてに到達している。
  そんな絵理が初めて訪れたこの地域では、チェーンソー男による被害がすでに四人も。
  また少しだけ、チェーンソー男についてのあれこれがあやふやになる。

「それでも変わらないわ。私は、ここで待たなきゃいけないの」
「なんか分からないけど、つらいことがあるなら相談に乗るぜ」
「そういうのはもう間に合ってます」

  おせっかいな人間は山本だけで十分だ。
  山本も山本でそんなに必要ではないが、彼は言っても勝手についてくるので仕方ない。
  鉢巻の男性は、少しだけ絵理と見つめ合うと、何かを理解したのか(それとも理解するのをあきらめたのか)そのまま立ち去ってしまった。
  絵理はまた一人になって、街灯に照らされながらぼんやりと考えはじめた。
  チェーンソー男について。
  そしてこの周辺に出るチェーンソー男(鉢巻の青年の言葉を借りるなら『チェーンソー殺人鬼』か)について。
  でも、結局思考はまとまらず、絵理の頭の中を表すように、周囲には青白い霧が立ち込め始めていた。


562 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:12:22 x77xuh3A0


  ―――どるん。

  不意に、霧の向こうから音がした。
  もううんざりするほど聞きなれた音だ。いつもどおり、変わらぬエンジン音だ。
  だが、違和感がある。
  確かに夜は訪れているが、時間はまだ六時を回ってしばらくといったところだ。奴が出るには早すぎる。

(とは言っても、今日に限って言えばそうでもないか)

  朝からずっと予想外の出現ばかり。その理由は今の絵理には見当もつかない。
  絵理の理解を乗り越えて、霧の向こうから一人の男が現れる。
  それは見慣れない、というより見たことのない男だった。だが、存外知らない相手というわけでもなかった。
  少なくとも絵理にとっては、因縁浅からぬ相手といって間違いなかった。

「……二人目、ね」

  それは鉢巻の男性の言葉の通りのチェーンソーを持った殺人鬼。
  絵理にとってのチェーンソー男とは、全身真っ黒で、黒いフードで頭をすっぽり覆って顔を隠した存在だ。
  だが、目の前の男は。
  上半身裸にカーキ色のズボン。顔は子供の落書きのようにも見えるし、変色した頭を合わせればチープなゾンビのようにも見える。
  携えているものは絵理の知るそれよりも幾段劣る、簡素なチェーンソー。
  だが、そのチェーンソーもいかにも何かありそうな雰囲気を醸し出している。
  その立ち姿を見ながら、白坂小梅の言葉を思い出す。
  彼女いわく、この場にいるチェーンソー男はいつの日か倒された未来からやってきたチェーンソー男かもしれないとのこと。
  ならば絵理にとってのチェーンソー男とは別に、過去か未来かに存在した、どこかの誰かにとってのチェーンソー男がこの場に呼ばれていたとしても、なんらおかしくはない。

  絵理がこの場所に来たことはない。つまり、絵理の知るチェーンソー男がこの場に来たこともない。
  ということはこれが、白線と血痕を生み出した犯人に違いないだろう。
  チェーンソー男とはまるで違うゆったりとした動きでチェーンソー殺人鬼が絵理との距離を詰め始める。
  ある意味想定内、ある意味想定外の敵と対面した絵理の方針はとても単純だった。

(二人居るなら、二人倒す―――!!)

  小梅と会った時の結論に代わりはない。
  低い姿勢のまま腿のガーターリングに仕込んでおいたナイフを三本抜き、構える。上着の下で、かすかに鎖帷子の揺れる音がする。
  そしてそのまま、チェーンソー殺人鬼のむき出しの上半身めがけて投擲した。


563 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:12:52 x77xuh3A0


  チェーンソー殺人鬼は一歩も動かない。チェーンソー男よりも頑丈さに自信があるのか、手に持ったチェーンソーで弾こうとも避けようともせずに、ただそのままナイフを受けた。
  とすんと三度、軽い音を立ててナイフが肉に突き刺さる。狙い通り、胸の左右に二本と額に一本。
  しかし苦痛の声もあげず、血の一滴も流れることがない。突き刺さる前と同じ速度でエンジンの音を従えて絵理の方へと歩みを進め続けている。
  いよいよもって、チェーンソー男と同じ『怪人』で間違いなさそうだ。
  襲い掛かってくるまでに時間があるのでチェーンソー男よりも戦いやすいだろうが、倒す方法が見えないというのはどうにもやりづらい。
  もう二本、ナイフを抜いて構える。
  既にチェーンソー殺人鬼との間合いは数メートル、といったところでようやくチェーンソー殺人鬼は動いた。
  やおらチェーンソーを振りかぶる。
  チェーンソーの射程距離まではまだ遠い。相手が距離を詰めようと動き出せばその動き出しを叩く。
  そう絵理が睨んだ瞬間、青白い霧の一点が真紅に染まった。
  寒気を覚えて一歩後退る。絵理の目の前を真紅の刃が通り過ぎたのはちょうどその瞬間だった。

「なっ―――!」

  その真紅の刃は、チェーンソーが纏う『オーラ』のようなものに見える。まるでありきたりな少年漫画の武器のような感じだ。
  それはとある世界で『マ剣』と呼ばれた魔法の刃。絵理が絶対に知らない殺人鬼の秘中の秘。
  殺人鬼は、後ろに退いた絵理に向けて、ただの剣からマ剣へと昇華したチェーンソーが襲い掛かる。
  不意打ちの一撃にはやや驚いたが、その一撃で把握した射程距離はもう忘れない。
  それどころか、この薄暗い夜の青白い霧の中でも煌々と光を放ってその存在を際立たせ、絵理にわかりやすくその存在を象徴し続けている。
  自由に伸び縮みでもしない限り、ちょっとやそっとで絵理の目算が狂うことはないだろう。
  だが、射程距離がはっきりわかったところで絵理の不利は変わらない。
  普通のチェーンソーよりも長い射程に、投げナイフ程度ではびくともしない耐久力。この深い霧もあいまって、攻めあぐねるのは当然だった。
  特に耐久力の方は致命的だ。倒す方法がわからないとなると、手の出しようがない。

  絵理は抜いたままだったナイフを二本とも投げる。狙いはチェーンソー殺人鬼の、どこを見つめているかわからない両目だ。
  流石に目を傷つけられると行動に差支えが出るという知識はあったのか、さしものチェーンソー殺人鬼も今度の二本はマ剣を用いて防御した。
  その隙を突いて駆け出す。
  逃げるのではない。チェーンソー殺人鬼が追ってくることを想定して、あの恐ろしいほどの耐久力を持ったチェーンソー殺人鬼を倒せるであろう可能性の方へ。
  振りぬかれたマ剣の横を抜けて、足音が追ってきていることを確認しながら全力で駆ける。向かう先はすぐに見えてきた。
  しらぬい通りを曲がり、石作りの階段を駆け上る。数十段の石段の先には神社があった。だが、神社自体に用はない。

  ナイフを急所に刺すでは傷つけることができず、今の絵理はナイフより強い武器は持ち合わせていない。
  そこで絵理が目をつけたのは待ち伏せ場所に来るまでに見つけた『数十段続く石段』だった。
  石段の最上部から突き落とす。ナイフでダメージを受けないとしても、普通の人間が何回か死ねるだけのダメージを与えればさすがにチェーンソー男同様に消滅してくれるだろう、という見立てだ。


564 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:13:08 x77xuh3A0


  神社を背負ってチェーンソー殺人鬼を待ち受ける。
  数十秒か、数分か。
  どるるるるる、るるるるるる。石段を踏みしめる靴の音の代わりに、聞きなれた足音が、だんだんと近づいてくる。
  姿は青白い霧にさえぎられてまだはっきりとは見えない。
  だが、霧の向こうで真紅の刃が揺れている。まるで血に濡れたギロチンのように、右へ、左へ、また右へ。

  揺れる光の高さが変わらなくなったのを認めた瞬間、絵理は背後にあった賽銭箱を引っつかみ、光めがけて放り投げた。
  年頃の少女が投げたとは思えない物凄い速さで、賽銭箱がチェーンソー殺人鬼めがけて飛んでいく。並みの人間ならばこれに当たっただけでも昏倒してしまうだろう。
  瞬間、赤い閃光が走り、逆三角形を描いた。
  絵理がそれを斬撃だと認識できたのは、賽銭箱がばらばらに切り開かれて、中に入っていた小銭の山を血反吐のようにぶちまけた後だった。
  想定していた以上に素早い反応に、ぎょっと目を剥く。切り裂かれた賽銭箱と霧の向こう側で、チェーンソー殺人鬼はやはり死人のような目で絵理の方を見つめている。
  そして、チェーンソー男のように駆けてくる……わけではなく、チェーンソーを担ぎ上げ、ただその場で構えたまま立ち止まった。
  ぐわんぐわんと大気がうねっている。チェーンソーを基点に霧が渦巻いている。何かを溜めている。何故かそう理解できた。
  何が来るかは分からないが、勝手にさせて絵理に有利になることはない。

  衝撃から立ち直り、当初の予定通りチェーンソーの殺人鬼を突き落とそうと駆け出す。
  しかし絵理がたどり着くより一手早く、チェーンソー殺人鬼はチェーンソーを右肩に構え、そして、絵理に向けて何かを放った。
  ぶわりと広がった風に乗って、絵理の頭にいくつものイメージが押し付けられる。
  事故の日に見送った両親と弟の顔。酒臭い運転手。
  傷ついてしまった山本。望むはずのないいつかの別れ。死んでしまった名も知らぬ少女。白線に血痕。
  絵理の中にどんと居座り続けているおびただしいほどの『絶望』たちが、突如湧き上がって絵理の頭を埋め尽くす。
  駆けていた足が恐怖に震え、腰が砕けてしまう。攻めようとしていた気持ちが一気に萎む。
  それでも倒さなければならないと無理やり足を動かして攻撃を仕掛けても、へっぴり腰な状態で繰り出す攻撃なんて物の数にも入らない。
  渾身の体当たりですら、彼のバランスを崩すには至らない。
  どころか、絵理はチェーンソー殺人鬼に完璧に受け止めきられ、腕を振り払う勢いで大きく跳ね飛ばされてしまった

  石畳の上を無様に転がり、切り裂かればら撒かれていた賽銭箱の残骸や小銭で体のあちこちが傷つく。
  その痛みでも、絶望は晴れない。
  頭の中ではぐるぐると、後ろ向きな思い出ばかりが走馬灯のように駆け巡っていた。
  それでも負けずに顔を上げた絵理の前にあったのは、そのカーキ色のズボンのしわが見える位置まで近づいて来ていたチェーンソー殺人鬼と、まるで血みたいに真っ赤なマ剣。
  更に顔を上げれば、うつろな瞳の殺人鬼が絵理を見下ろしていた。
  ゆっくりと、ゆっくりと、真紅のマ剣が振り上げられる。
  死が近づいてくる。逃げ場はない。  

  へっぴり腰の腰砕けのまま見上げた先。
  真紅のマ剣の向こうに広がる空に、絵理は不思議なものを見た。
  あたり一面を埋め尽くすほどの氷の結晶だ。


565 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:13:35 x77xuh3A0


   ――るる


  霧が、凍っている。
  空気中を漂っていた霧を構成する水の粒一つ一つが、氷の結晶に変わっている。
  それはまるで雪のように、白く、美しく輝いている。
  そして、その全てが、空に向かって登っていく。
  月に向かって飛んで行く。
  舞い上がる。
  舞い上がる。
  皆、皆。


   ――るるるるる


  幻想的な光景だった。
  目の前でチェーンソーを振り上げている殺人鬼すらも、その幻想的な空気と天上から近づいてくる足音に呑まれていた。
  振り上げられた真紅のマ剣の奥。空へと吸い込まれていく雪の行方を追い、見上げれば―――


   ―――どおるるるるるるるるる!!!


  月を背負ったバケモノが、空からまっすぐに降りてくる。
  振り上げられていた真紅のマ剣が、もう一本のチェーンソーによって割断される。
  絵理が後ろへ飛んだのはほぼ反射だった。そうしなければ死ぬと体が覚えていたから、考えるよりも先に体が動いた結果だった。
  飛び退った絵理の目の前を駆動する銀の鉤爪の群れが通り過ぎる。見慣れたチェーンソーだ。
  ぎゃんぎゃんばりばり、切り裂く音。黒いコートの切れ端が宙を舞う。
  音に釣られるように、チェーンソー男が振り返り、チェーンソー殺人鬼と顔を突き合わせる。
  絵理の目からは確認できないが、チェーンソー男の背後で振りぬかれている殺人鬼のチェーンソーから判断するに、男を殺人鬼が斬りつけたということだろう。
  つまり、チェーンソー男の標的が切り替わった。立ち上がれずにへたり込んでいる絵理から、絵理との闘争を邪魔する別人へ。


  どるるるるるるるるるる。
      どぅるるるるるるるるるるる。


  駆動するエンジンの音が、重なる。
  誰かの絶望が誰かの絶望と顔を突き合わせる。


566 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:13:48 x77xuh3A0




  まさに化け物同士の戦いだった。
  チェーンソーの殺人鬼がたたっ斬られた真紅のマ剣を再びチェーンソーに投影し、やたらめったらに斬りかかる。
  しかしチェーンソー男は化け物じみた身体能力でそれをすべて避けきり、逆に懐に潜り込んでチェーンソーで殺人鬼を傷つけていく。マ剣とチェーンソー、射程距離で大きく水を開けられているにもかかわらず、だ。
  チェーンソー男が殺人鬼を傷つけるたびに、空間にノイズが生まれていく。
  あれはきっと、チェーンソー殺人鬼にとっての『出血』を意味しているのだろう。
  マ剣や耐久力で感じていた化け物を敵に回しているという実感の裏づけとともに、もうひとつの実感を得る。
  ひょっとすれば、チェーンソー男ならばあの不倒の殺人鬼を正面から倒せるのかもしれない。

  無言で斬りあう二人の怪人。声よりも雄弁に、絡み合い弾き合う刃の音が語る。
  一進一退、弾きあげては弾き返し、押しては引いての斬り合いだ。
  殺人鬼は神社を―――この見慣れぬ町を背負って、侵入者である絵理たちを排除するように。
  チェーンソー男は絵理を背に、まるで殺人鬼の凶刃から絵理を守るように。

  自身のためにチェーンソー男が戦っている。絵理にはその光景は到底理解のできないものだった。
  確かに小梅から、サーヴァントとはマスターとともに戦うものだとは聞いていた。
  それでも絵理にとってのチェーンソー男とは倒すべき相手であって、ともに戦う理由なんてない。
  そんなことが出来るなら、こんなことにはなっていない。
  だが、それにしても。
  絵理に背を向けて絵理を殺そうとしていた何者かと戦うチェーンソー男の姿は、まるで―――

  殺人鬼が初めて間合いをはかり、チェーンソーにマ剣を灯したまま肩の高さまで持ち上げてチェーンソー男に向けて真っ直ぐに構えた。
  すっと空気が尖り、またしても大気がうねり出す。
  あの『絶望』が押し寄せてきた時よりも、構えている時間が長く、大気のうねりも大きい。
  何かが来る。しかもマ剣や『絶望』の波すら超える、強大な何かが。
  直感的にそれを悟った絵理は、すぐに行動に出た。
  チェーンソー男を助けるようで癪に障るが、それでもあの殺人鬼に太刀打ちできるのは現状チェーンソー男の攻撃だけだ。
  『絶望』を超える脅威が放たれたならば、絵理にきっと勝ちの目はない。
  『チェーンソー男ならば当然のように致命傷を与えることができる』という一点だけに、すべての希望を乗せる。


567 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:14:41 x77xuh3A0


  ガーターリングから新たに三本のナイフを取り出して投げる。
  放たれたナイフは夜霧を切り裂き、チェーンソー男の右肩、右胸、左わき腹へと迫る。
  チェーンソー男は当たり前のように振り返り、そのすべてを右上からの斬り下ろしで弾き落とした。
  チェーンソー男の体が、チェーンソーに引きずられるように少し沈む。その瞬間を絵理は待っていた。
  一気に駆け出し、チェーンソー男の頭を飛び越え、チェーンソー男と殺人鬼との間に割り込む。

  どるるるるるるるるるるるるるる!!!!

  聞きなれた音が背後から迫ってくるのを聞いて、絵理は地を蹴った。
  殺人鬼の横をすり抜けて背後に回りこみ、そのまま殺人鬼の背も強く蹴る。

  ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ!
  大量のノイズが空間に散らばる。
  蹴り足を地に付け構えを取る絵理の眼前に広がるのは、左肩にチェーンソーが深く食い込んだ殺人鬼の姿だった。
  体を一刀両断できずに胸の半ばほどで止まったチェーンソーの刃を、それでも無理やり押し進めるように、何度も、何度も、何度も力が込められる。
  その度に殺人鬼の体を切り開きながらチェーンソー男のチェーンソーが押し進む。
  それ以上進まなくなったチェーンソーを、チェーンソー男は力任せに抜き、抜いた勢いに任せて天を突くように高く振り上げる。
  まるで白い血飛沫のように、殺人鬼の体から飛び散ったノイズが宙を舞う。

「今!!」

  それにあわせて絵理も持てる力の全てを込めて、殺人鬼の体を強く蹴り上げた。
  絵理の渾身の蹴りの力で殺人鬼の体が浮き上がり、そこに合わせるように追撃のチェーンソーが振り下ろされる。
  怒声のようにチェーンソーが叫び。
  悲鳴のようにチェーンソーが鳴く。
  殺人鬼の手から離れたチェーンソーが暴れ、石畳をのた打ち回りあちこちを傷つける。
  途切れ途切れに響く、悲鳴のように甲高い石畳を削る音に、どさりという肉感的な音が加わる。
  見れば、左肩から腰のすぐそばまでを袈裟切りに切り落とされた殺人鬼の上半身が地面に落ちていた。
  殺人鬼の上半身は、血を流すことなく、そのままノイズになって消えていく。
  つられるように、切り伏せられる時に棒立ちの状態で固定された下半身も、さらさらとノイズとして溶けてなくなっていく。

  ノイズの晴れた跡には、持ち主を失って命を失ったようにおとなしくなったチェーンソーだけが残された。


【さいはて町のチェーンソー男 消滅】


568 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:15:04 x77xuh3A0


  重なっていたエンジンの音が消えた。
  残ったのは、いつもと同じ。生を実感させる絵理の鼓動と、重なるように脈打つエンジンの音。
  チェーンソーが空回り、重く空気を揺らし続ける。
  どっどっどっどっど。どっどっどっどっど。
  先ほどまでの共闘はまるでなかったことのように、絵理とチェーンソー男はいつものように睨み合っていた。
  絵理に関していえば、とてもいつものようにとはいかない精神状況だったが。

  空気が一段と冷えているのを感じながら、絵理の頭の中には先ほどまでの絶望的な走馬灯の代わりにいくつかの事実がぐるぐると回っていた。
  聖杯戦争という異常と、そこに呼び出された絵理とチェーンソー男。
  当然のように現れたチェーンソー男とは別のチェーンソーの殺人鬼。
  絵理の知らない場所で出つづけている被害者。殺人鬼に殺される寸前に押し付けられた絶望の数々。
  今日の間だけで連続して起こり続けたイレギュラーの数々。
  すべてをそれぞれ個別に『そんなこともある』で切ってしまえばそれで終わり。
  でも、それで終わりにはできない何かが、絵理の頭の中で組みあがろうとしていた。産声を上げていた。

  チェーンソー男は複数居た。
  つまり、絵理にとってのチェーンソー男が居るように、誰かにとってのチェーンソー男も居るのだ。
  例えば、先天的に見えてはいけないものが見え、両親からも忌まれた少女がその扱いに元凶が居ると思ったなら、その少女の前にもチェーンソー男は現れただろう。
  例えば、愛する娘のクローンの失敗作として母親に疎まれ、無残な扱いを受けていた少女が何かに原因を押し付けたなら、その少女の前にもチェーンソー男は現れただろう。
  例えば、最愛の少女を海の底に引きずりこまれ、世界中に絶望していた少女がその理由なき絶望に理由を求めたなら、その少女の前にもチェーンソー男は現れただろう。
  魔法の国の試験で手違いで悪魔と殺しあった少女にだって、その少女の手引きで殺し合いに巻き込まれた少女にだって、彼女たちにとってのチェーンソー男が現れる可能性はあったかもしれない。

  世界のつらいこと、苦しいこと、悲しいこと、酷いことの原因は全てあのチェーンソー男だ。
  でも、チェーンソー男は何人も居る。絵理の知っているものだけでなく、あのチェーンソー殺人鬼のように別の人物にとってのチェーンソー男も居る。
  殺人鬼のような別のチェーンソーを持った怪人が、夜な夜な人に絶望を押し付けながら殺していく。
  『世界に悲しみをもたらす黒幕である存在』が『複数存在する』。
  その答えはきっと、矛盾しているようで矛盾していない。
  チェーンソー男はきっと無数に存在するのだ。それこそ人間の数だけ。七十三億体くらい。
  聖杯戦争というやつでも絵理がチェーンソー男と離れられなかったのは、きっとこのチェーンソー男が、『絵理の抱えている』チェーンソー男だからなのだろう。

「……」

  そこまで巡り、絵理の頭にひとつの答えが浮かぶ。
  チェーンソー男が何者なのか。
  絵理がこれまで戦ってきた『世界に悲しみをもたらすもの』とは、結局なんなのか。
  有体に言い換えるならば、チェーンソー男の真名はなんなのか。
  数ヶ月の戦闘と積み上げられてきた雪崎絵理という個人の経験と、チェーンソー男が複数存在する事実と。
  出会ってきた要素たちが重なり合い、そしてようやく絵理はたどり着いた。あの日出会ってしまった存在の、その正体に。
  ああ。
  チェーンソー男とは。
  絵理の日常を狂わせた、世界に悲しみをもたらす悪の怪人の正体とは。
 
「あんたは―――」

  しんと静まった空気の中。
  絵理が口にした、『チェーンソー男』の正体。
  それは奇しくも、あの日―――この絵理の辿り着かなかった未来、絵理と山本がチェーンソー男との決着をつけた日、山本が口走った言葉によく似ていた。



  そうして、絵理はようやく顔を向けた。
  絵理の戦ってきた『チェーンソー男』……両親と弟を失った日、絵理が出会った『    』に。


569 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:15:20 x77xuh3A0





『そうだ』

  声の主は、チェーンソー男。
  無貌の奥の表情が、闇に浮かんだ三日月が、誰かの言葉を並べだす。

『お前だけじゃない。
 世界中の人間が、傷ついている。失う何かを諦めて、いつかの死を受け入れて、傷つきながら死んでいく。
 尊い戦いなんてない。名誉も、価値も、その場限り。いつか全てが無意味だと分かる。溶けて消えていく、この世のどこかに。
 全ての人間が、泣きながら、呻きながら、それでもどうしようもなく、失いながら、逃れられない死に向かって生きていく』

  チェーンソー男の言葉に、記憶の鍵がこじ開けられ、絵理の頭の中を常識で満たす。
  絵理だって本当は知っていた。
  心のどこかで気づいていた。
  両親と弟を奪ったのは交通事故だ。
  大事な人が死ぬのも、好きになった人が消えるのも、友達が遠くに行っちゃうのも、絵理に知ることができなくても必ず何か理由がある。
  悲しみは、誰かが、どこかで、何かをしただけなんだ。
  世界中の悲しみに黒幕なんか居ない。そんな都合のいい存在が居るはずがない。
  世界は誰かの都合の理不尽ばっかりだ。自分じゃどうにもできないやるせないことの連続だ。
  それでも、皆生きていくしかない。
  悲しくても辛くても理不尽でも生きていくしかない。誰かは死んでも、自分は生きているんだから。
  絵理がそこから目を背けただけで、世界はあいも変わらず回り続けて、皆が同じように誰かの間違いで傷つき続けているのだ。

『お前の戦いは、何も残さず消えていくだけの細雪。
 いつか無意味を噛みしめるために積み重ねられている細雪。
 全ての人間が積み重ねてきた、変哲もない、意味もない、無意味の積み重ね』

『お前は死ぬ。どれだけ何かを積み重ねても、最期には全てを失って悲しみ、苦しみ、孤独に死ぬ。
 お前は失いながら傷つくことしかできない。失うことと戦ったところで、勝利などそこにありはしない』

  チェーンソー男が言っている。
  いや、彼はずっと言っていたのかもしれない。
  受け入れろ、と。
  絶望を、理不尽を、不幸を、『チェーンソー男という存在を否定するもの』を、世界中の人々と同じように受け入れろ、と。
  そして『    』に向き合い、それと折り合いをつけて生きていけ、と。
  そうでなければ死ぬしかない。チェーンソー男に襲われて、永遠に治ることのない傷口から血を吐き出し続けて死ぬしかない、と。
  積み重ねられた過去の絶望に固執せずに、悲しみや苦しみや失うことをすべて受け入れて生きていけ、と。


570 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:16:01 x77xuh3A0


  もし、絵理がすべてを受け入れたならば、きっと絵理は楽になれる。
  チェーンソー男と戦うことはない。
  何時間も寒空の下で待つことはない。
  山本とだってもっと気を抜いて付き合うことが出来る。
  限られた時間の中で、くよくよせずに、出来る限りの幸せを謳歌できる。
  きっと賢い生き方だ。きっと今より胸を張れる生き方だ。
  遠い昔に置いてきた家族が見たら、きっと微笑んでくれる生き方だ。

『受け入れろ』

  今度ははっきりと、力強く。その一言が告げられる。
  すべてを受け入れる。チェーンソー男を生み出してしまうような『    』と向き合い、それを受け入れて生きていく。
  きっと大人なら。
  大人じゃなくても、頭のいい子なら。要領のいい子なら。物分りの良い子なら。
  なにかを失ってしまって悲しみや苦しみでその場ではわんわん泣いたって、そのうち心のぽっかり空いた部分に別の何かを埋めて。
  そして、いつかはそうやって受け入れることに慣れていって、大人になって、理不尽な世界と折り合いをつけて生きていくんだろう。

『受け入れろ』

  それは賢くて、胸を張れて、失った誰かも喜んでくれて。

「……嫌」

  でも、駄目だ。
  絵理には出来ない。
  絵理はまだ大人じゃない。
  絵理はまだまだ、大人未満の少女だ。
  あの日突然押し付けられた悲しみを、苦しみを、絶望を、理不尽を、不幸を、何もなしに受け入れるなんて出来はしない。

『受け入れろ』

「そんなの、嫌」

  声に出して否定する。
  涙に濡れて、後ろ向きになって、いつかの傷口を気にしながら傷を増やして生きていくなんて絶対に嫌だ。
  誰かがそんな絵理を許しても、絵理はきっとそんな自分は許せない。
  許せたならそもそもチェーンソー男になんて会っていないに決まっている。
  それでも、受け入れろというならば。  

「私はたぶん、なんて言われても絶対に受け入れられない……だから私は、あなたを倒す」

  結局、そこに帰結する。
  チェーンソー男との戦い。それが絵理の青春だ。
  ついでに言うなら山本と絵理の二人の青春だ。呆れるほどに死にたがりでも、それが絵理の青春だ。
  チェーンソー男と、あの日以来チェーンソー男という形で絵理に関わってきた『    』と戦う。
  たとえその結果体をばらばらに引き裂かれて死ぬかもしれないとしても、あの日出会ってしまった『    』に真っ向から食ってかかり、納得いくまで殴りあう。
  この判断を、きっと誰かは愚かだと笑うだろう。
  でも、誰かに納得されなくてもかまわない。他人の理解なんて必要ない。
  青春に意味なんてない。理屈なんてない。王道も、邪道もない。
  絵理が走ると決めたこの道が、絵理の青春だ。

「決着をつけにきたわ。これまでの決着を」

  『これ以上チェーンソー男の犠牲は出さない』という戦う理由は、いくつもの出会いのせいで少し変わってしまったが、それでももうこの足は止まらない。
  決着を付けに来た。
  チェーンソー男と『    』に打ち勝つことで、この戦いの幕を引く。
  死にたがりの青春が走り出す。
  眼が眩むほどの巨大で強固な絶望に向かって。


571 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:16:55 x77xuh3A0





  チェーンソーが再び唸り声を上げ、ぎゃんぎゃんぎゃりぎゃりと地を駆ける。
  軌道の見切りやすい、右下からの斬撃だ。
  もうへっぴり腰は治っている。絵理はまるで柔道の受身のように体を回してチェーンソーとは逆側へと避ける。
  体勢を立て直しながら太もものガーターリングに手を伸ばす。ナイフはもう一本しか残っていない。この一本は、確実なとどめの瞬間まで取っておく必要がある。
  目に付いた賽銭箱の残骸といくらかの小銭を拾い、がむしゃらにそれをチェーンソー男目掛けて投げた。
  プロ野球選手にも引け劣らない速度で放たれた小銭と木片がチェーンソー男にぶち当たる。
  だが、絵理だってその程度で彼を止められるとは思っていない。

  チェーンソー男が絵理の即席散弾攻撃に対応している間に少しだけ距離を取り、手水鉢に置いてあった柄杓を二本引っつかむ。
  振り返れば、もう目の前までチェーンソー男が迫っていた。
  手水鉢を足場にして、チェーンソー男の頭上目掛けて飛び上がる。と同時にチェーンソーが横一文字に振りぬかれ、絵理の真後ろにあった手水鉢を真っ二つにたたっ斬った。
  ぎゃんぎゃんぎゃりぎゃりという音とともに、手水鉢が上下で半分に切り分けられる光景は、おぞましくもあり、けれどもなんだか馬鹿らしくもあった。
  そのままくるんと空中で体を回し、姿勢を低くしたまま着地。と同時に、ナイフと同じ要領で柄杓を投げる。
  手水鉢を斬り終わって振り返ったチェーンソー男は、やはり当然のようにその二本の柄杓をチェーンソーで迎撃した。
  それがナイフなら、チェーンソー男の超人的な技量によってまったく同じ軌道で絵理の方に跳ね返されていたことだろう。
  だが、今回投げたのは竹製のかなり細身の柄杓だ。そんなものをチェーンソーで迎撃すれば当然切断してしまう。
  切断された柄杓が上空に放り出され、そのまま落下。かぽんかぽーんと小気味のよい音を立ててチェーンソー男の頭の上に降り注いだ。
  別にチェーンソー男を馬鹿にしたかったわけではない。時間を稼ぐために『迎撃』を誘い出したかっただけだ。
  チェーンソー男が迎撃していた間に、絵理はすでに目的を達成している。

  迎撃が行われる数秒の間に絵理が手に取ったのは、殺人鬼が残したまま消えてしまったチェーンソーだった。
  マ剣や『絶望』やそれ以上の力に期待したわけではないし、そもそも絵理はチェーンソーの使い方がわからない。
  だが、太ももに残ったナイフ以外で唯一の武器として使えそうな武器だ。倒したいならこれも使うしかない。

「こ、んのっ!!」

  ハンマー投げのようにぐるんと一回転して助走をつけ、チェーンソーを投擲する。
  チェーンソーはぐるぐると回転しながらチェーンソー男の胴体目掛けて飛んでいった。    
  勢いは十分。当たれば大事な骨の一本や二本はへし折ってしまいかねない攻撃。
  だが、チェーンソー男はやはりその超人的な身体能力で体をねじり、飛び上がり、走り高跳びのようにチェーンソーを飛び越え、そのまま石畳で削りながら走り出した。
  逃げなければ。
  そう思っても、咄嗟に体は動かない。体はチェーンソーを投げた際の遠心力に引っ張られたまま、バランスは即座には立て直せない。

  チェーンソーが下から上へ、絵理の体の真ん中を通るように振り上げられる。
  無理やり上半身をそらすが、チェーンソーの刃は無慈悲にも絵理の体に食い込んでいた。
  ぎゃんぎゃんばりばり音を立てて、絵理の体が、縦に半分、真っ二つに割られる。
  そして絵理はチェーンソーを降りぬかれた勢いで、上空に跳ね上げられてしまった。
  視界の端には、絵理の未来を示すように、真っ二つに切り開かれ端々が血に濡れた鎖帷子が映っていた。


572 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:17:14 x77xuh3A0


  やっぱり粗悪品じゃ駄目だ。
  それ見たことか。鎖と呼ぶには弱すぎる。
  一振り受ければ見てのとおり、真っ二つのバラバラだ。

「……まだ、まだ!」

  だが、立ち止まってはいられない。
  跳ね上げられた勢いそのままにくるりと宙で一回転し、着地をこなして前を向き、疲れ知らずの両足に力を込める。
  武器はないけど。
  勝ち目もないけど。
  どうすればいいかなんてわからないけど。
  それでも走るしかない。
  走り続けるしかない。
  血が流れても。
  傷が傷んでも。
  力が続くなら走るしかない。
  青春ってのはそんなもんだ。
  一山いくらの高校生、雪崎絵理の青春だって、結局、がむしゃらに走り続けるものなんだ。
  どこまで?
  無論死ぬまで。もしくは満足するまで。
  立ち止まってしまったあの日から、未来に辿り着けるまで。
  絶望を乗り越えると決めた青春が、輝き出すその日まで。
  走って、走って、走り続けて、ゴールテープを突っ切って。
  千年の冬を突き抜けて、あの日霧の向こうに消えた青い春が始まるまで。

  目の前に広がる海より広い絶望を、助走をつけて飛び越えろ。
  迫る鈍色の波音。エンジン駆動の潮騒。砕ける飛沫は鉄の爪。
  世間の荒波が、この世界を満たす大渦が、絵理を飲み込もうとしたって。
  怖気づいて、立ち止まったらそれで終わりだ。

  蹴りをつけろ。蹴りをつけろ。何度も何度も心が叫んでいる。
  心の叫びを受け止められなかった、耳をふさぎ続けた根性なしな絵理はもう居ない。


573 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:19:04 x77xuh3A0


『鎖帷子だ!!』

  直感が叫ぶ。

『脱ぐんだよ!! 脱いで捨てればいい!!』

  的外れな直感。
  びっくりするほど鈍感で周囲の見えていない、まるで山本のような直感だ。
  脱いでる隙に攻撃されたらどうするとか、脱いだあと何になるとか考えられてない。

  だが、あえて従うことにした。
  ロマンチストになったつもりはないが、それでも、その直感はチェーンソー男と戦ってきた絵理の直感でもある。
  信じる根拠なんて、その程度でかまわない。
  上段から唐竹割りに振り下ろされたチェーンソーを急ブレーキで避け、一歩バックステップして追撃もかわす。
  同時にジャケットごと鎖帷子を脱ぐ。多少上半身の動きは楽になったが、それで何が変わるというのか。

『持ってちゃ駄目だ、邪魔だから! 投げろ! 投げちゃって! ほら、ぽいって!』

  直感が叫ぶ。くだらない言葉を、まるで警鐘のように何度も何度も。
  言葉に導かれるように、体が動く。
  これまでの戦いで見せた力強い投げではなく、非力な女の子みたいな下投げで、チェーンソー目掛けて鎖帷子を放る。
  チェーンソー男は知ったことかといわんばかりに、鎖帷子ごと絵理を斬ろうとまたチェーンソーを振るった。
  横薙ぎの一線が鎖帷子を跳ね除ける。その勢いに、絵理も思わずバランスを崩し、こけてしまう。

  どるん、どるん、どるん。

  こけた衝撃から立ち直れば、絵理のちょうど真上に、チェーンソーが構えられていた。
  万策尽きた。最期の審判の時が来た。
  あとは、絵理に向かってあのチェーンソーが振り下ろされ、ぱかっと頭を割られれば、それでこのお話は終わりだ。

  ――がが、が

  だが、絵理の悲鳴よりもさきに、チェーンソーが異音をあげた。
  異音に不意を突かれ、絵理も、チェーンソー男も、揃って異音の元へと視線を注ぐ。
  見れば、鎖帷子の無数の鎖がうまいことチェーンソーの刃に引っかかってしまったらしく、鎖帷子がチェーンソーの露出していない部分に巻き込まれていた。

  どぅるん、どぅるん、ど、ど、ど―――が。

  切り崩せない量の鎖帷子を巻き込んで、チェーンソーの回転が止まる。
  途切れないと思った足音が、ついに止まる。
  いや、止めた。
  絵理があの日以降に手に入れたこれっぽっちの『幸福』が、痛みを伴う絶望の連鎖を止めたのだ。
  その程度の幸福でも、絶望の足音は、『世界に悲しみをもたらす悪の怪人』は止まるのだ。
  頭の中に響いていた山本によく似た短絡的な直感は、知ってか知らずか、絶望への特効薬を差し出していたのだ。


574 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:19:43 x77xuh3A0


  振り上げられた最後の審判は、振り下ろされない。
  理解したその一瞬。
  足は勝手に動いていた。
  絵理は絶望と向き合い、立ち上がり、歩き出していた。
  立ち上がった勢いでむき出しの心臓に向けて、太ももにつけたままだった最後のナイフを突き出す。

  一撃を繰り出すその刹那、フードの向こうの顔と目が合った。
  男なのか女なのか、妙齢なのか若年なのかも分からない顔。
  しかし、最後の瞬間だけは違っていた。見覚えのある顔をしていた。
  絵理の父の顔。
  絵理の母の顔。
  絵理の弟の顔。
  そして、泣き出してしまいそうなままの今より少し幼い絵理の顔。
  チェーンソー男は……あの日以来絵理の世界の真ん中だった存在は、あの日のままの『    』は、そんな顔をしていた。

  突き刺さる一撃。
  その一撃は決別ではない。
  その一撃は、踏破。遠いあの日を乗り越える一撃。
  ナイフ越しにチェーンソー男の心臓が、大きく脈打つ。


575 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:20:10 x77xuh3A0




  チェーンソー男の心臓が一度大きく跳ね、そして体を巻き込んで爆ぜた。
  同時にチェーンソーも爆発し、あたりに鎖帷子の破片がばら撒かれる。
  空中の何かが遊爆を起こし、強い力が渦巻く。
  青白かった夜の神社の真ん中に、眩い橙色の光が生まれ、天に昇っていく。
  まるで『憑き物が落ちた』ように、チェーンソー男の纏っていた強大な力が天に登っていく。

  絵理には到底理解できないその力。
  それはきっと、魔力と呼ばれていたもの。
  それはきっと、『チェーンソー男』を……絵理がずっと戦ってきた何かを聖杯戦争に繋ぎとめていた鎖。
  そしてそれはきっと、数ヶ月間絵理に生きる希望を与えてくれていた後ろ向きな幸せの鎖。
  前を向いて歩いていくと決めた絵理にはもう必要ない、絵理がばらばらになってしまわぬように絵理という形に保ってくれていた鎖。

  ぐらりとチェーンソー男の体が揺らぐ。
  眩暈でも起こしたように、頭を抱えて体を捩じらせ。
  そして、月に上っていった魔力を追うように、空へ向かって飛び上がっていった。
  絵理が見上げても、すでにそのありきたりなホラー映画の悪役みたいな姿はない。
  まるで夢か幻かのように、さっぱり消えてしまっていた。
  いつもとは違う、まるで本当に消滅してしまったかのような消え方。
  だが、絵理は知っている。
  不死の怪人は死なない。
  チェーンソー男が死ぬことはない。
  絵理があの日出会った『    』は、決して消えることはない。
  死んだように見せかけて、消え去ったように見せかけて、再びどこかに姿を隠すだけだ。
  そしていつまでもいつまでも、絵理を殺す機会を伺い続けるだろう。

  それでも、絵理にはわかっている。
  少なくともチェーンソー男がこの先現れることはきっとない。
  夜が来ようと、絵理が危ない目に会おうと、
  雪崎絵理が再び『この世には悲しみの原因たるチェーンソー男が居るのだ』なんて馬鹿なことを思わないかぎり、きっと。
  雪崎絵理が『    』に打ち勝って、後ろ向きな幸福に憧れず、前を向いて世界と戦い続けているかぎり、きっと。

「さよなら、チェーンソー男」

  言葉が夜の風に乗って消えていく。
  チェーンソー男が吸い込まれていった先。
  霧の晴れた夜空の向こうでは、今にも落ちてきそうな満月が駆け抜けた絵理の青春たちを見守っていた。

「さよなら、私の青春」

  絵理はもう一度だけ、夜空の向こうに消えてしまった死にたがりだった青春にさよならを告げて。
  そのまま天を仰ぐように仰向けに倒れた。


【チェーンソー男  打倒、もしくは踏破(実質的脱落)】


576 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:20:26 x77xuh3A0





「はは、痛いなあ、もう」

  縦に切り裂かれた傷口の傍を撫でる。血はもう止まっていた。
  真っ二つだったところが、鎖帷子のおかげで皮一枚からもう少し程度でチェーンソーの刃を防げたらしい。
  防御力1.65倍。成程、馬鹿には出来ない。
  それでも胸に縦真一文字の傷跡が出来てしまった。時が経てば目立たなくなるだろうが、お嫁には行きにくい身体になってしまった。

「でも、さ」

  体力はもうかけらも残っていない。
  人間離れした身体能力も、チェーンソー男とともに手放してしまったらしい。
  体がだるい。そして鉛のように重い。もうバク宙なんて絶対にできないだろう。
  でも、この地に足ついた体の重さは、絵理も嫌いじゃなかった。

「上出来、じゃないかしら」

  チェーンソーの炸裂に巻き込まれて破裂した鎖帷子の鎖を一つ拾い上げる。
  もし、チェーンソー男を倒したといえば、山本はなんというだろうか。
  「あれに勝てるのかよ」と驚くだろうか。「なんで置いてくんだ」と怒るだろうか。
  「どうやって倒したんだ」と聞くだろうか。「一人で行くなんて、危なすぎる」と呆れるだろうか。
  たぶん全部だ。
  驚いたり、怒ったり、呆れたりしながら、二人でずっと話すんだ。
  もう戦うこともないのに、二人で集まって、あの日は危なかったとか、あの日は死んだと思ったとか、話すんだ。
  冬の寒い日に、あの日以来のお鍋を食べながら。
  そしていつか。
  この一風変わった青春も、昔のことになるんだろう。
  二人揃っての命がけの日々も、笑い話になる日が来るんだろう。

「……会いたいなあ、山本くんに」

  口元が緩んでいるのが分かる。自然に笑みがこぼれていた。
  笑顔のおかげでようやく分かった。
  雪崎絵理は、きっと、乗り越えられた。
  あの日の『    』を泣きながら受け入れるのではなく、涙を拭いて乗り越えられたんだ。

  ちぎれた鎖を、指輪のように指に重ねてみた。
  空に透かせば、月の光が、指輪にあしらわれた宝石のように輝いていた。
  なんだか、ちょっとだけ大人になれた気がした。
  何者にも遮られない月明かり。歪に残った青春の欠片。
  死にたがりの青春を一歩踏み越えた絵理への、世界一の贈り物だ。


577 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:21:05 x77xuh3A0


☆シルクちゃん


「どう?」

「死んではいねえな。気を失ってるみたいだ」

  ハートの女王を倒し、いつの間にかロンドンの市街から元通りの様相へ戻っていたさいはて町を歩いていたシルクちゃんたちの耳に届いたのは戦闘を知らせる音だった。
  音を頼りに駆けつけてみれば、一人の少女がサーヴァント(バーサーカー)と争っていた。
  少女のほうはどうやら肉体強化系の魔術か宝具が付与されているらしく、まさに人間離れした大立ち回りを繰り広げ。
  そしてバーサーカーを倒したと同時に少女の身に影響を与えていた宝具も消え去り、後には気絶した少女だけが残った。

  少女が月にかざしていた手が力をなくして倒れたのを見計らい、シルクちゃんたちは彼女に近寄り、様子を確認する。
  少なくともランサーが近くに魔力の反応を感じていない以上、導き出せる結論は『彼女が自身のサーヴァントを自身のサーヴァントの宝具で倒した』ということくらいだ。

「にしても、おかしな話だな。ってことはつまり、自分のサーヴァントと戦ってたってことか?
 なんでそんな意味のないことをやってたんだ」

「誰かにとって意味が無いから、いいんじゃないか」

  彼女に何が起こっていたかはシルクちゃんにだってわからない。
  それでも、彼女にとっては意味があることで、達成感や満足感があることだったはずだ。
  横たわっている少女の笑顔が語っている。『何者にも理解できない、余計なものを手に入れた』と。

「無意味で無価値でくだらないけど最高のエンディングだよ、彼女にとっては。きっと、ね」

  散らばった鎖の欠片を一つ、預かっていく。決して今の彼女の笑顔を忘れないように。
  いつか。もし、シルクちゃんが復讐を遂げて……いつかの未来に忘却の彼方から『世界』を取り戻せたならば、彼女もその世界に残したい。純然たる『余計なもの』として。そう思ったからだ。

「じゃ、終わりだ」

  拾い上げた鎖の欠片をポケットに入れ、シルクハットを深くかぶり直す。

「感傷に浸るのは終わりだ。都合のいいことに、どっかの一組が勝手に脱落してくれた。
 彼女がどんなエンディングに辿り着いたとしても、私たちにとっては、それだけで十分だ。
 少なくともまだ二体居る。バネ足ジャックか、ここの主か。どっちか、倒しに行こう」

「そいつぁいい。丁度、消化不良だったんだ」

  階段を下りる前、シルクちゃんは後ろ髪を引かれるように、一度だけ、神社の方を振り返った。
  やはり心のどこかでは少しだけ、彼女をうらやましく思っているのかもしれない。
  シルクちゃんの戦いはまだ始まったばかりで、当分素敵な結末も見えそうにない。
  彼女のように笑える日が、いつかシルクちゃんにも来るのだろうか。

  そんな些末な思いを乗せながら眠っている少女の姿を一度だけ確認すると、シルクちゃんはまた何事もなかったかのように歩き出すのだった。


578 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:21:19 x77xuh3A0


【???/さいはて町 神社/一日目 夜】

【シルクちゃん@四月馬鹿達の宴】
[状態]魔力消費(大)、魔力回復中
[令呪]残り三画
[装備]魔法の羽ペン
[道具]マツリヤの名刺、古ぼけた絵本、ぬいぐるみ、鎖帷子の欠片
[所持金]一人暮らしに不自由しない程度にはある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、復讐する。
1.さいはて町に興味。『バネ足ジャック』とさいはて町のサーヴァントを打倒?
2.探索が終われば、一旦帰還する。
4.フェイト・テスタロッサに対しては――
5.ルーラーへの不信感。
6.時間があれば『本』について調べる。
[備考]
※アサシン(ウォルター)を確認しました。真名も特定しています。ただしバネ足ジャックとしての姿しか覚えていません。
※偽アサシン(まおうバラモス)を確認しました。本物のアサシンではないことも気づいています。
※フェイト・テスタロッサを助けるつもりはありません。ですが、彼女をルーラーに突き出すつもりもありません。
※令呪は×印の絆創膏のような形。額に浮き上がっているのをシルクハットで隠しています。
※出展時期は不明ですが、少なくも友達については覚えていません。
  例の本がどの程度本編を書いているのかは後の書き手さんにお任せします。
※魔法の羽ペンは『誰かの創った世界』の中でのみそうぞう力を用いた武器として使用できます。それ以外ではただの羽ペンと変わりありません。
※『ハートの女王様』を倒したので、古ぼけた絵本とぬいぐるみを手に入れました。


【ランサー(本多・忠勝)@境界線上のホライゾン】
[状態]魔力消費(中)
[装備]『蜻蛉切』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:主の命に従い、勝つ。
1.さいはて町散策。
2.『バネ足ジャック』ともう一戦交えたいが。
3.鹿角に小言を言われちまうな、これは。
[備考]
※『バネ足ジャック』の真名を知りました。
※宝具『最早、分事無(もはや、わかたれることはなく)』である鹿角は、D-7の奉野宅に待機しています。


579 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:21:46 x77xuh3A0


☆エンブリオ


「やってくれるよ」

  その一言が、今のエンブリオの感情の大部分を表していた。
  彼女が見上げているのは、『近づいてはいけない場所』と呼ばれていた場所だ。
  ただし、もともとそこにあったはずの傾いた微笑みの像はどこにも見当たらない。
  その代わりに、代わりというには大きすぎる古めかしい時計塔が聳え立っていた。

「好き勝手に書き換えられてる。気分がいいもんじゃない」

  侵入者の宝具によって展開されたロンドンの街並み。
  それは侵入者が宝具の解放をやめれば自然と消えるはずだった。
  事実、立ち込めていた霧とほぼすべての建物は、さっさと消え去ってしまった。
  ただ一つ、時計塔だけを残して。

「やんなるなぁ、これ。景観ぶち壊しだよ」

  『近づいてはいけない場所』に聳え立つ時計塔。
  このさいはてで最も罪深い場所に現れた誰かのために鐘を鳴らす場所。
  その建物の持つ意味を、エンブリオはまだ知らない。

「で、君はこんなところでなにやってるの」

  時計塔の下、押しても引いても開くことのない入り口のすぐ横。
  どこから用意したのか屋台を引いてきていた番人・金に汚い天使に声をかける。
  金に汚い天使は細い目の端を下げてどこか誇らしげに笑いながらこう言い切った。

「折角ですしここを新名所にしようかと」
「別にいいけど、ここもともと『近づいてはいけない場所』だし今も瘴気出てるから観光客は来ないと思うよ」
「なんですと」


580 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:22:09 x77xuh3A0


  屋台に大量に詰まれた『さいはて銘菓 時計塔饅頭』を前に呆然と立ち尽くす金に汚い天使を見ながら考える。
  『やってくれる』と言ったのは時計塔についてだけではない。
  時計塔の出現と前後して、用意していた番人・チェーンソー殺人鬼の消滅を確認した。なんとなくそう感じた。
  それもまた侵入者の仕業だ。時計塔の宝具と同一人物かは分からないが、脅威がさいはてに残っていることに変わりはない。

「それで、チェーンソー殺人鬼が負けちゃったんだけど」
「ふふふ、チェーンソー殺人鬼がやられましたか……まあ、彼は番人の中では私より強力……
 あれ、もしかして私ヤバいんじゃないですか」
「そりゃあまあねえ」

  金に汚い天使はマホウこそ使えるが、全てのスペックでチェーンソー殺人鬼を下回っている。
  その殺人鬼が倒されたとなると、相手は金に汚い天使を遥かに凌ぐ力を持っているに決まっている。
  もし殺人鬼を倒した人物と金に汚い天使が出会って戦うことがあれば彼女も即座に倒されてしまうだろう。

「一日目からこれっていうのはちょっときついなあ」

  侵入者が現れることは想定内だ。だが、チェーンソー殺人鬼があっけなく倒されることまでは考えていなかった。
  正直、敵の力量を下に見ていたかもしれない。あるいはさいはての住民たちを高く買いすぎていたかもしれない。
  子供向けの戦隊物番組じゃないんだから、ご丁寧に番人を一体ずつ向かわせる必要はない。相手の力量に合わせて囲んで棒で叩くべきだったのではという後悔も、今となっては意味がない。
  そして追い討ちのように、チェーンソー殺人鬼が二度と出せないように彼の存在の上に何かが塗りつぶされている。
  単なるノイズならまだしも一度完全に倒された『特殊なキャラクター』は二度と現れない、さいはて町での自然の摂理だ。まあ金に汚い天使のように例外も居るが。

「どうするかなあ、本当」

  ヨウスケとトオルが出せないのはまあなんとなくわかっていたが、昼食会のメンバーすら出せないというのは完全に予想外だった。あれから数時間経つのにいまだにショックが抜け切れていない。
  とりあえず出しておく必要があるからいずれ追加はしておくが、開拓者と昼食会という選択肢無き今呼び出せる番人はかなり数が限られている。
  その上更に一度出した番人は二度と再利用することが出来ないとくると、今後は出す順番や出す人数など戦略を立てていく必要があるだろう。

「はあ、何の因果でサーヴァントになってまでこんなやりくりしなきゃならないのか」
「大変ですねえ。お饅頭食べます?」
「じゃあ一個もらおうかな」
「えっ、じゃあ3000Gです」
「……」

  生意気な番人をぽかしと叩き、顎に手をやり考える。
  侵入者は依然さいはて内をうろついているとみて違いない。きっとこれから先も町中で好き勝手に暴れていくだろう。
  タイミングの悪いことに玲もさいはてに帰ってきたらしい。
  町を守らなければならない。玲も守らなければならない。侵入者にはさっさと出て行ってもらって、いつかの未来が来る日まであの日のままのさいはてを営み続ける。
  やるべきことはいくつもある。
  しばらく休んだことで魔力が少しは回復したが、ここから先にはまだまだ困難が待ち受けていそうだ。
  エンブリオは、ひったくった饅頭を食べながら行動の優先順位を整理し始めた。


581 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:23:03 x77xuh3A0


【???/さいはて町 時計塔前/1日目 夜】

【エンブリオ(ある少女)@さいはてHOSPITAL】
[状態] 魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:引きこもりながら玲を見守る。
1.さいはて町の守護者を作り、さいはて町を破壊から守る。
2.玲が緊急事態に陥った場合はさいはて町から出るのもやぶさかではない。
[備考]
※『金に汚い天使@さいはてHOSPITAL』を召喚しました。現在、特に指示は出していません。強さはチェーンソー殺人鬼よりも弱いぐらいです。
※紳士の昼食会を召喚することは出来ませんでした、原因は不明です。
※一度倒された番人の再生産は出来ません。現在倒された番人は『チェーンソー殺人鬼』です。



[地域備考]
※さいはて町まんなか区近づいてはいけない場所にあったEX【不思議の国のアナタ】が消滅し???【時計塔】が現れました。
 現在は入ることはできません。いつか入ることができるようになるかもしれません。
 入り口付近で名物時計塔饅頭が売られていますが、外の包み以外は普通の饅頭です。
 騙されないように注意しましょう。ストップ詐欺被害。
※さいはて町しらぬい通りあたりに漂っていた霧が晴れました。


582 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:24:02 x77xuh3A0





  る、る―――

  歌が聞こえる。
  誕生を祝う歌が。
  退院を祝う歌が。
  再起を祝う歌が。

  り、ら、り―――
  らら、りら、り―――
  凍りついた霧の結晶が地面に落ちて溶けていく。
  溶けた雪が水になり、月の光を浴びて鏡のようにきらりと輝く。

  月下にふわりと人形が舞い降りた。鏡の世界の向こうから、宝物を探しに。

「素敵な笑顔」

  散らばった青春の残骸を踏みにじり、眠り続ける絵理に歩み寄っていく。

「そのまま、幸せな夢の中で眠り続けましょう」

  白い薔薇の茨が絵理の身体を包み込む。
  そして、霧の生み出した水滴の鏡面に、彼女を引きずり込んだ。

「おやすみなさい、いい夢を」

  りり、らら、り―――

  歌を聞き届けるのは魂を持たない二体の裁定者。二体は、再びどこかへ消えていく。
  駆け抜けた死にたがりの青春を踏みにじり、自分勝手な殻の中へ。

  る、らら、るるる。

  ついにずっと引きずっていた昨日を乗り越え、明日へと歩き出した少女。
  少女はこれから先、ずっと幸福な明日の夢を見続ける。
  チェーンソー男を倒してからの『めでたしめでたし』の先にある、そうなっていたかもしれない世界の夢を。
  目覚めることのない眠りの中で。
  いずれ肉体を失い、魂を失い、完璧な少女の血肉として世界から消えるその時まで。





―――「さようなら、私の青春」
     少女は青春を乗り越えて大人になる代わりに、少女ではいられなくなりました。
     そうしてかつて少女と呼ばれていた子は、少女たちだけの舞台の上には居られなくなったのでしたとさ。
     めでたしめでたし。


【雪崎絵理 脱落】


583 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:27:27 x77xuh3A0
投下終了です。
早速ですが修正です。

>>567
【さいはて町のチェーンソー男 消滅】

【チェーンソー殺人鬼 消滅】

となります、wikiで修正します。
他に誤字脱字、修正箇所などあれば指摘をお願いします。


あと、突然現れたきらきーに関しては予約時点での脱落バレを防ぐため今後予約したりしなかったりすると思います。
時間の矛盾や予約かぶりを起こすつもりはありませんが、何か問題があればよろしくお願いします。


584 : 青春にさようなら  ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/10(火) 02:29:45 x77xuh3A0
投下のついでに

アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
高町なのは
アサシン(クロメ)
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)

予約します


585 : 名無しさん :2016/05/10(火) 17:49:24 kHYW0KKEO
投下乙です

サーヴァントを自分で倒しちゃった非少女は鏡の中にしまっちゃおうね〜


586 : 名無しさん :2016/05/10(火) 22:42:53 t5KuHJOs0
投下乙です
これはまたすごい話だ…絵理ちゃんが熱く、そして哀しい。山本に似た声を胸に響かせながら、最後まで戦い切ったんだなあ。
チェーンソー男の幻想的な登場、この世界で明かされた彼の「意味」、ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂの二次創作としてもすごく魅力的な話、否、主従でした。
「青春にさようなら」というタイトルがまた皮肉というか凄烈というか、死にたがりの青春を乗り越えて、明日へ向かって踏み出せたと同時に、昨日までの「少女」ではなくなってしまうのか…だからこそのこの結末。シルクちゃんがうらやましげに見やった姿が胸を打っただけになおのこと辛い。
さいはての町のチェーンソー殺人鬼初め、様々なギミックを用いて演出された一つの物語とその終わりの美しさに魅せられました。


587 : ◆PatdvIjTFg :2016/05/15(日) 21:41:35 YBxtWuJI0
現予約を破棄し、

諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
木之本桜&セイバー(沖田総司)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
中原岬&セイバー(レイ)

で再予約させていただきます。


588 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/05/16(月) 22:50:35 kgMovqKs0
期限内の投下が不可能と判断したので現予約を破棄させていただきます。


589 : ◆2lsK9hNTNE :2016/05/27(金) 01:05:48 Is4ny88w0
大道寺知世
山田なぎさ
予約します


590 : ◆2lsK9hNTNE :2016/06/03(金) 00:38:04 cnVL0Cpg0
期限に間に合わないので一旦予約を破棄します


591 : ◆2lsK9hNTNE :2016/06/09(木) 08:32:52 KnScXZJ20
大道寺知世
山田なぎさ
再予約します


592 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/09(木) 21:04:23 RIakiBlA0
アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
高町なのは
アサシン(クロメ)
白坂小梅&バーサーカー

再予約します
ついでに

フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
キャスター(木原マサキ)
プレシア・テスタロッサ

も予約します


593 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/12(日) 08:21:57 Z0PNq4F60
書きあがったので先に

フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
キャスター(木原マサキ)
プレシア・テスタロッサ

投下します。


594 : もう一度、星にひかれ  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/12(日) 08:22:54 Z0PNq4F60


キャスターからの『協力』の要請にフェイトが言葉を濁したのは、なにより自身の置かれた境遇が関係していた。
フェイトは今、全参加者を対象にした捕獲令が敷かれている。
捕獲したフェイトの受け渡し場所が図書館ということは、図書館にはフェイトを待つなにかが潜んでいるのだ。
それはもしかしたら、あのルーラーかもしれないし、別の何者かかもしれない。
そして、その何者かはフェイトに対して会うべき理由を見出している。
フェイトも気づかないうちに、相手は勝手にフェイトと会わなければならないと決め、捕獲令まで持ち出した。
それが空恐ろしく、その先に何があるかもまた闇の中であるがゆえに、フェイトは言葉を濁すしかなかったのだ。

フェイトは戦い続けなければならない。最後の一人になり、聖杯を手に入れるその日まで。
だからこそ、不用意な行動を起こしてはならない。

(ランサー)
『何』

静かな声が、耳からではなく脳に直接届く。
確かな魔力の感触が、あの死体のように青白い英霊の少女が傍にいることを教えてくれる。

(私は、どうするべきだと思う?)

ついて出た問いは迷い。
不用意な行動を起こしてはならない、とわかっているが、それでもフェイトは迷っている。

『私には分からないわ。他の人ならきっと上手な答えを見つけられるんだろうけど』

ランサーは淡泊にそう答えた。
それは半ば予想通りの答えといってもいい。
結局、最後の判断を下すのはフェイトだ。フェイトが考え、答えを導かなければならないことだ。


595 : もう一度、星にひかれ  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/12(日) 08:24:36 Z0PNq4F60


ちらりと見上げた先にあるのはキャスターの背。
キャスターは何も言わず、ただ『当然そうなる』と確信しているように図書館へと向かっていた。
フェイトは黙ってその背を追っている。しかしなお、フェイトの方針は定まっていない。
いっそこの場でキャスターに闇討ちをかけ、そのまま逃げてしまおうかとも思った。
だがそれで事態がいくら好転するというのか。
しかしこのまま彼についていっていいのか。
ぐるぐるとまとまらない思考のまま、ただ足だけは休まず図書館へと向かっている。
まるで運命の糸が手繰り寄せられるように、星々が互いの引力で引き寄せられあうように。

『不安?』

再びランサーの声が脳内で反響する。
フェイトが答えあぐねていると、ランサーはもう一度同じ問いを口にする。

『不安なの?』
(……うん)

ランサーは少し黙した後で。

『不安なことから逃げていれば、いつかはその不安なことが消えるの?』

まるで子供が大人に問うように、ランサーはフェイトにそう問うた。
問いというより謎かけか。それとも単なる皮肉と呼ぶべきかか。
しかし、その一言がフェイトの心の整理にもたらした影響は大きい。

(……そうだね)

問題から逃げても問題は解決しない。当然といえば当然のことだ。
このままキャスターをやり過ごして図書館から退いたところでフェイトを取り巻く不安は消えない。
この問題は、いつかは決着をつけるべきことだ。
いつまでも捕獲令に怯えていても始まらない。それどころか、今回を逃せばまた何かフェイトに不利になる情報が撒かれる可能性もある。

(ランサー、行こう。戦うことになるかもしれないから、その時はお願い)

ならば捕獲令を下した相手と会い、捕獲令の真意を問いただすべきだ。
ようやく前を向く。既に図書館は目と鼻の先の距離まで来ていた。
フェイトの足はもう止まらなかった。

「フン、ようやく心が決まったか」

少し威勢良くなった足音を聞きわけてか、キャスターがフェイトの方を振り向いて笑う。
フェイトの迷いも、決断も、すべて見透かしたように笑っている。
つくづく気味の悪い奴だと思った。


596 : もう一度、星にひかれ  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/12(日) 08:25:09 Z0PNq4F60


図書館に踏み込む。
中身は本当に普通の図書館だった。
普通に本棚があり、普通にNPCたちが読書に勤しんでいる。
大きな施設内を満たすのは、数多の本とNPCと、ページをめくる音。そして少しのささやき声。
ただ、それだけに異様で恐ろしい、とフェイトは感じた。
この風景だけ見ればここが聖杯戦争における重要施設だなんて誰も思わないことだろう。
そして、一歩間違えばここが戦場になり、このNPC達が全員犠牲になる、ということなんて、フェイトたちと、ここで待つ人物以外は思ってもいないことだろう。

「あの、間違っていたら申し訳ないんですが、フェイト・テスタロッサさんと……お連れの方ですか?」

フェイトとキャスターが周囲の様子を伺っていると、貸出カウンターで作業をしていた少女が一人、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

「お前は誰だ」
「私はここの職員です。図書館の営業時間中にあなたたちが訪れてきた場合、ご案内するようにと承っているだけです」

図書館の職員(どうやらNPCらしい)と名乗った眼鏡の少女はキャスターの問いにそう答え、説明を続ける。

「フェイトさんが来た場合、司書室に通すようにと言われているんですけど……」

眼鏡の少女はうかがうようにフェイトとキャスターを併せ見た。

「お願いします」
「はい。それでは、案内しますね。ついてきてください」

NPCの少女はそう言って頭を下げ、二人を先導して歩き始めた。
向かう先は、図書館の奥の、係員の控室のさらに奥。図書館にはやや場違いな、大きな門の前で職員が立ち止まる。
職員が門の横のスイッチを操作すると、すぐにその戸は開いた。

「地下の司書室まで連れてくるように、とのことなので」

職員の少女に促され、フェイトも、キャスターも、エレベーターに乗り込む。
二人が乗り込んだのを確認した後で、少女もエレベーターに乗り、そして階層を入力した。


597 : もう一度、星にひかれ  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/12(日) 08:25:32 Z0PNq4F60


がたん、と大きな音を立ててエレベーターが動き出す。
エレベーターはまるで地獄まで落ちていくように、下へ、下へと降りていく。
しばらくは階層を表していた簡素な電光掲示板は既に数字を表すのをやめてしまった。
下へ。
下へ。
まだ下へ。
地面の下のその下の、地球の真ん中まで下っていくんじゃないかというくらい、際限なく降りていく。

「司書室 ドスエ」

電子マイコの音声が、終着を告げる。
声に押し開けられるように、地獄の門にしてはやや質素なエレベーターの扉が開く。
目の前に広がっていたのは、図書館の大きさに比べればとても小さな部屋だった。
まるで誰かの研究室だ、と
壁の代わりに並べられた本棚には所狭しと本が並べられている。
部屋を照らすのは不気味な色のカンテラで、風もないのに揺らめいている。
フェイトが目を剥いたのは、その司書室の奥に控える巨大な円柱型の水槽のせいに他ならない。
司書室には似合わない、まるでどこかの研究室からそこだけ抜き取ってきたかのような、異質な水槽。
その水槽の中で眠っている少女は、見覚えがあるどころではない因縁深い少女だった。

「ご報告のあったフェイト・テスタロッサさんと、お連れの方を連れてきました」

職員の少女が部屋の奥にいる誰かに向けて声をかける。
その声に、静かな声が答えた。


598 : もう一度、星にひかれ  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/12(日) 08:26:43 Z0PNq4F60


「そう。来たのね」
「はい」
「ありがとう。下がっていいわ、大淀」

大淀、と呼ばれた少女はフェイトたちに一礼を残し、そのまままたエレベーターに乗って地上へと帰って行った。
しかしフェイトはそんな大淀に気を回すのも忘れ、必死に声の主を探す。
司書室の奥、世界すら反射しそうな大きな大きな鏡の傍。
本の山がうず高く積まれた木製のテーブルの向こう側に、その背中があった。
愛おしげに、薬液の中で眠る裸体の少女を眺めている女性。
いつか見た背中だった。
いつも見ていた背中だった。

「成程、お前が」

キャスターもまた、フェイトと同じように困惑していたのか、しばし言葉を失っていた。
ようやく口から出た言葉も、不敵で饒舌な彼からは程遠い、短い二言。
その二言が、フェイトとキャスターの受け取ったショックの全てを説明しつくしていた。

「初めまして、というのはちょっとおかしいかしら。
 あなたにとって、私は初対面というわけではないのでしょう」

女性が手に持っていた本を置き、振り返る。
その背中の向こうにあったのは、いつかに置いてきたはずのいとおしい姿。

「といっても、あなたが知っている私は……『巻かなかった世界』の私、とでも呼ぼうかしら。
 全くの同一人物で、全くの別人」

揺れる黒髪が。
愁いを帯びた瞳が。
柔らかな体のラインが。
抑揚の少ない声が。
いつか見せてくれたそのすべての愛が、フェイトという少女の全てだった。
その愛が枯れ果てたとしても、フェイトという少女にとっての全ては、その愛だけだった。

「それにしても、あなたを連れてきたのがそのキャスターというのも……つくづく」

運命とでも呼ぶべきかしらと、彼女は笑った。


599 : もう一度、星にひかれ  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/12(日) 08:30:15 Z0PNq4F60

まるで魂を吐き出しきってしまったような、輝きのない痩せた笑顔だった。
その痛々しい笑みを見て、ようやくフェイトは彼女の言葉を理解した。
ここにいるのは、母であって母ではない。
少なくともフェイトの知る母は、たとえ自嘲であろうとも、フェイトの前で口元をほころばせるようなことなんてなかったのだから。

同時に捕獲令の意味が今ようやく理解できた。
あれだけ疑っても疑いの尽きなかった謎が氷解した。
捕獲令を出した目の前の母―――プレシア・テスタロッサは、フェイトと出会った頃のプレシアだったのだ。
フェイトにアリシアを重ね、愛を込めて抱きしめていてくれた頃のプレシアだったのだ。
まだ、悲しいくらい分厚くて、どんなものでも破壊できないくらいの心の壁が生まれる前の。
今なおフェイトの心の中で微笑みを称えている、あの日のままのプレシアなのだ。
だからこそプレシアは、会いたいと願ったのだろう。
『別世界のプレシアの娘』であるフェイトに。
自身が出会わず、ともに過ごすことのなかったもう一人の娘に。
それが捕獲令の意味。フェイトを害したかったわけではなく、きっとただ単純に会いたいと願ったからの命令。

それを理解して。
それでもなお、フェイトは考える。
母の奥に控えた少女から、母の願いを考える。
母の願いは変わっていない。
きっと、目の前の母も、その願いは『アリシア・テスタロッサの復活』だ。
だとすると、目の前のプレシアは、フェイトと会って何をなすのか。
フェイトの想像は、まだそこまでは至らない。

「自己紹介の必要はないでしょうし、すぐに本題にはいりたいのだけど……
 どちらからがいいかしら」

やはりプレシアは、力なく微笑むのだ。
フェイトの知るプレシアがアリシアに向けていたように、この世界のプレシアはフェイトに向けても微笑むのだ。
フェイトを知らない、フェイトと出会うことなく一人で戦ってきた母がそこに居た。
フェイトの前で笑顔を浮かべられる、まだフェイトとの間に何物も置いていないプレシア・テスタロッサがそこに居た。
世界で唯一だと思っていた大切な人がもう一人、見送られた先の世界でこちらを見つめていた。
フェイトはしばし言葉を失い、見つめ返すことしかできなかった。


600 : もう一度、星にひかれ  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/12(日) 08:31:32 Z0PNq4F60


【D-2/図書館 地下司書室/一日目 夕方】

【フェイト・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】
[状態] 疲労(中)、困惑、ストレス、魔力消費(極大)、右肩負傷(中)
[令呪]残り三画
[装備] 『バルディッシュ』
[道具]
[所持金]少額と5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
1. 何故お母さんがここに……
[備考]
※ランサー(姫河小雪)、キャスター(木原マサキ)、大道寺知世&アサシン(セリム)、バーサーカー(チェーンソー男)、輿水幸子を確認しました。
※木原マサキがプレシア・テスタロッサやアルフについて知っていることを知りました。
※小学校に通うつもりでいます
※プレシア・テスタロッサの存在を知りました。

【ランサー(綾波レイ)@新世紀エヴァンゲリオン(漫画)】
[状態] 健康、霊体化中
[装備]
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う


601 : もう一度、星にひかれ  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/12(日) 08:31:48 Z0PNq4F60


【キャスター(木原マサキ)@冥王計画ゼオライマー(OVA版)】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:冥王計画の遂行。その過程で聖杯の奪取。
1.フェイト・テスタロッサをダシにして主催者に探りを入れる。
2.予備の『木原マサキ』を制作。そのためにも特殊な参加者の選別が必要。
3.特殊な参加者が居なかった・見つからないまま状況が動いた場合、天のレイジングハートを再エンチャント。『木原マサキ』の触媒とする。
4.ゼオライマー降臨のための準備を整える。
5.余裕があれば、固有結界らしき空間を調査したい。
6.なのはの前では最低限取り繕う。
[備考]
※フェイト・テスタロッサの顔と名前、レイジングハート内の戦闘記録を確認しました。バルディッシュも「レイジングハートと同系統のデバイス」であると確認しています。
※フェイト&ランサー(レイ)、ランサー(姫河小雪)、輿水幸子を確認しました。
※天のレイジングハートはまあまあ満足の行く出来です。呼べば次元連結システムのちょっとした応用で空間をワープして駆けつけます。
  あとは削りカスの人工知能を削除し、ゼオライマーとの連結が確認できれば当面は問題なし、という程度まで来ています。
※『魔力結晶体を存在の核とし、そこに対して次元連結システムの応用で介入が可能である存在』を探しています。
  見つけた場合天のレイジングハートを呼び寄せ、次元連結システムのちょっとした応用で木原マサキの全人格を投影。
  『今の』木原マサキの消滅を確認した際に、彼らが木原マサキとしての人格を取り戻し冥王計画を引き継ぐよう仕掛けます。
※上記参加者が見つからなかった場合はレイジングハートに人工知能とは全く別種の『木原マサキ』を植え付け冥王計画の遂行を図ります。
※ゼオライマーを呼び出すには現状以下の条件のクリアが必要と考えています。
裁定者からの干渉を阻害、もしくは裁定者による存在の容認(強制退場を行えない状況を作り出す)
高町なのはの無力化もしくは理解あるマスターとの再契約
次元連結システムのちょっとした応用による天のレイジングハートへのさらなるエンチャント(機体の召喚)
※街の裏に存在する固有結界(さいはて町)の存在を認知しました。
※アサシン(ウォルター)の外見を確認しました。が、『情報抹消』の効果により非常にぼんやりとしか覚えていません。
※プレシア・テスタロッサを確認しました。


602 : もう一度、星にひかれ  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/12(日) 08:32:02 Z0PNq4F60
投下終了です。
なにかありましたらよろしくお願いします。


603 : ◆2lsK9hNTNE :2016/06/16(木) 08:24:29 Yr9YqyaA0
すいません投下遅れます
今日中には投下します


604 : ◆2lsK9hNTNE :2016/06/16(木) 23:27:54 Yr9YqyaA0
遅くなりました。投下します


605 : ◆2lsK9hNTNE :2016/06/16(木) 23:29:38 Yr9YqyaA0
居間に案内して食卓の椅子を進めると大道寺知世は大人しく座った。
落ち着かない様子でキョロキョロと目を動かしている。
いや、状況を考えればむしろ落ち着いている方か。
サーヴァントを失ったとはいえ、他のマスターの家に連れてこられたのだからもっと怯えたり、緊張したりしても良さそうなものだが。
肝が座っているのか、感情を隠すのが上手いのか。まあ前者だろう。

「夕飯食べる? 作り置きのカレーならあるけど」

聞くと彼女は遠慮がちに頷いた。
なぎさは冷蔵庫からカレーを取り出す。料理に時間を取られないようまとめて作っておいたものだ。
自分の分も含めた二人分を皿に入れて電子レンジで温める。
待つ間、後目に知世を見やった。先程と変わらずあちこちに目を向けている。テーブルに置かれた腕には縄の跡が残っていた。
視線に気づいた知世が慌てた様子で腕を下ろす。なぎさは視線を電子レンジに戻した。
数秒して、知世が遠慮がちに言う。

「……あの」

なぎさは振り返らずに答える。

「なに?」
「家の方の姿が見えないのですが、どこかに出かけてらっしゃるんですか?」
「家族はいない」

知世が息を呑んだ気配がして、なぎさは紛らわしい言い方だったことに気づいた。

「母と兄と三人暮らしだったんだけどね、この町では遠くで仕事しながら仕送りしてるって設定になってる。
ほんとにそんなNPCがいるかは知らないけど」
「そうなのですか」

その言葉には安堵したような響きがあった。誘拐犯の家族なんてどうなってようが関係ないだろうに。
電子レンジが鳴って、カレーを取り出す。半分を別の皿に移して、両方にご飯をよそう。
スプーンを載せてテーブルに並べ、知世の正面の椅子に座った。
知世は少し躊躇したあと両手を出した。行儀よく手を合わせ、「いただきます」と言って、音も立てず上品にカレーを口に運ぶ。

妙に丁寧な言葉遣いから薄々感じていたが、彼女はどこかのお嬢様かなにかなのだろうか?
気になったが聞くのはやめておいた。ヘタに素性を聞いて情が移っても困る。重要なのはいかに彼女を使うかだ。
令呪の受け取りの際にどんな現象が起きるかわからない。
だから他人の目がある外で貰うわけにもいかず、家まで連れてきてしまったが、今後の処遇についてはなにも決めていない。
できればアサシンが戻ってくるまでに案を出したい。
具体的な策もないのに生かしておくと言ったらアサシンと揉めるかもしれない。

しかし知世を危険に晒すような策ではダメだ。それでは直接か間接か違いだけで結局は海野雅愛と変わらない。
だが彼女を危険に晒さず、かつアサシンが納得できるだけのメリットがある作戦なんてまったく思いつかなかった。
そもそも今までの人生、戦いなどと無縁に生きてきたのだ。考えたところでそう簡単に浮かぶはずもなかった。

「……なぎささん?」

呼ばれていることに気づいて顔を向けた。知世の不思議そうな表情を見るにどうやら何度も呼んだ後らしい。
彼女はいつの間にか食事も終えていた。
考えに浸りすぎていた。なぎさはカレーを口に入れながら目で返事を促す。知世が口を開いて、

「電話をお借りしてもよろしいでしょうか? 家族や友達が心配していると思うので」

ケータイで掛ければいいと言おうとして攫われてきたとき、彼女はなにも持っていなかったことを思い出した。
ケータイに限らず荷物は全部学校に置きっぱなしだろう。

「悪いけど許可できない。ここの番号を知られたくない」
「せめて家にだけでもお願いできませんか。家にはマスターの可能性がある歳の人はいません」
「いいじゃない心配させるくらい。
そりゃ一緒に暮らしてれば情も湧くだろうけど、所詮は偽物。聖杯戦争が終わるまでの付き合いでしょ」

わざとキツめに言っておく。
こうすれば意気消沈するか――でなければ怒って反論してくるだろうと思った。
しかし知世の反応はそのどちらでもなかった。

「……アサシンくんも同じようなことを言ってました」

アサシンという言葉に自分のサーヴァントの姿が浮かび、一瞬なにを言ってるのかわからなかった。
だがすぐにそれが彼女の消えたサーヴァントのことを指しているのだと察した。

「私が友達の誕生日プレゼントを作ってると、NPCにそこまでする必要ないって。
アサシンくんって結構言葉がきついんですよ。でも本当はとっても優しいんです。
そのときだって夜遅くまで作業してる私を心配してくれて。
アサシンというクラスが意味することはわかっています。
でも私にとっては頼りになるお友達で……」


606 : ◆2lsK9hNTNE :2016/06/16(木) 23:31:03 Yr9YqyaA0

楽しそうに語っていた口が不意に止まった。顔を歪ませ、震える声で言葉を続けた。

「私、アサシンくんの本当の名前も知らないんです。
私から漏れるかもしれないからって……教えてくれなくて」

知世はそう言って嗚咽を漏らした。それでも言葉を止めずサーヴァントのことを語り続ける。
好きな食べものや音楽といった好みから、彼女がサーヴァントとした何気ない会話まで。
どれも他愛のない話ばかりだ。あるいはそれくらいしか話せることがないのかもしれない。
それはほとんど独り言のようなもので、なぎさには適当に聞き流すことも、あるいは強引に話を遮ることもできた。
だがなぎさはなにもしなかった。黙ってずっと話を聞き続けた。食事が終わっても立ち上がらずにずっと。
やがて知世が語り終え、指で涙を拭った。まだ少し涙ぐんだ声で言う。

「すみません。みっともないところをお見せしました」
「誰かの死を悲しむのがみっともないってこともないでしょ」

言った後でクサすぎると思ったが、こんな言葉でも気が楽になったようで知世は少しだけ笑みを浮かべた。
それから顔を引き締めて、

「アサシンくんのことを話していて一つ思い出したことがあるんです。
なぎささんは聖杯戦争専用の掲示板にある『小学生の死亡事件について』というスレッドをご存知ですか?」
「まあ一応。レスもまったくついてなかったからあんまり気にしてなかったけど」
「あれはアサシンくんが立てたスレッドなんです」

意外な話ではなかった。彼女たちは小学生の事件のことをずっと気にしていたらしいし、掲示板で情報を集めるくらいはするだろう。
もっとも結局なんの情報も集まらなかったわけだが。

「あそこに一連の事件の首謀者として、死神様の絵を載せてもよろしいですか?」

絵なんて描けるの? という疑問が最初のに浮かんだが聞くのは辞めた。
描けないならこんな提案はしないだろうし聞くだけ無駄だ。それよりも問題は別にある。

「よろしいっていうか、意味あるの? 
誰が描いたかもわからない情報を鵜呑みにする人なんていないだろうし、死神様だって普段は霊体化してるでしょ。
むしろ絵を描いたのが誰かバレたときに余計な恨みを買うだけじゃない?」

知世は口元に手を当て、少し考えこんでから言った。

「だったら逆に誰が描いたか死神様に伝わるようにするというのはどうでしょう?」
「自分を囮にするってこと?」

自分の声が思いほか低くなっていてなぎさは少し驚いた。
それを表に出さないよう努めながら知世を睨む。彼女は狼狽える素振りもなく頷いた。

「私を狙ってきた死神様と戦う人が必要なので、なぎささんのサーヴァントが協力してくれるならですけど」
「あたしのサーヴァントをあんたに張り付けるってことか」

この提案はなぎさにとって悪いものではない。
死神様が知世を狙えばそれだけアサシンが隙を突く機会は増える。仕留めるには至らなくても、情報を得られればそれだけで収穫。
どこかの正義感の強い間抜けが掲示板の内容を鵜呑みにして、死神様と戦う可能性もゼロではない。

一番大きいのは、これが知世の方からの要望だということだ。
彼女がどんな目に会おうとも――それこそ死んだとしても――それは彼女自身の責任ということになる。
なぎさが罪悪感を抱く必要はまったくない。
だが、

――そんな理屈で人の死を割り切れるなら、そもそも友達を生き返らせようとなんてしてないか。

「わかった。ただどうせ張り付けるなら、あんたにはあたしのサーヴァントのマスターを演じてもらう」
「それは……他のマスターたちと戦えということですか?」
「そこまでは言わない。どの道最初は安全策でいくつもりだったし。
マスターはあんただと周りに印象付けて、あたしの存在を隠してくれればそれでいい」

知世は少し迷ったようだったがやがて頷いた。

「わかりました。やってみます」

この作戦ならアサシンも強く否定はしないだろう。それに知世が襲われたときにアサシンが守る理由にもなる。
だが念のためもう一つ理由を作っておく。

「それと令呪は一つはあんたが持ったままでいい。その方がマスターとしてリアリティが出る」
「よろしいんですか?」
「あくまで一時的にだよ。時がきたら渡してもらう」

令呪が残っていればアサシンも簡単に見捨てはしないだろう。
これで知世が生き残れる土壌は作った。これ以上の過保護はなぎさにとっても知世にとってもマイナスにしかならない。
なぎさは立ち上がった。「画材取ってくる」と言って居間を出ようとすると、背中に知世の声が掛かった。


607 : ◆2lsK9hNTNE :2016/06/16(木) 23:32:26 Yr9YqyaA0

「なぎささん」

振り返ると彼女も立ち上がっていた。こちらをまっすぐ見て、頭を下げた。

「ありがとうございます」
「別に。あんたのためやるわけじゃない」
「それでも私は助かりました」

そう言って顔を上げる。
綺麗な目をしていた。世界が優しさとか希望とか愛とか――そういう甘いもので出来ていると信じている目。
現実を知らない目。

「……お皿」
「え?」
「感謝してるんだったら洗っといて」

言い残して今度こそ居間を出た。彼女がちゃんと洗うかどうかはどうでもいい。十中八九洗うと思うが。
ふと思い出した。そういえばまだ彼女を家の件が解決していなかった。
大事になって警察に動かれたりしても困る。まあアサシンと一緒なら帰しても問題ないだろう。
伝えに戻ろうかと思ったがやめておいた。
そもそもアサシンが別行動していることを彼女には言っていない。
それにいま伝えれば彼女はまたお礼を言う。あの綺麗な目で。
それはなぎさにとってあまり気分のいい話ではない。



【D-5/山田なぎさの家/一日目 夜】


【山田なぎさ@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康、若干憂鬱(すぐに切り替え可能)
[令呪]残り五画
[装備]携帯電話、通学カバン
[道具]
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、海野藻屑に会う。
1.大道寺知世を手伝う……?
2.お人好しな主従と協調するふりをして、隙あらばクロメに襲わせる。
3.ただし油断せず、慎重に。手に負えないことに首を突っ込まないし、強敵ならば上手く利用して消耗させる。
[備考]
※暴力に深層心理レベルで忌避感があることに気づきました。



【大道寺知世@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態]健康、手首足首などに縛られた痕
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金] たくさん
[思考・状況]
基本行動方針: 街の人達を守る
1.『なぎさ』に『死神様』事件について協力してもらう。
[備考]
※死神様について
小学校の生徒を自由に操れる『エプロンドレスのキャスター』が裏側に居ると知りました。
※サーヴァントを失ったため、ルーラー雪華綺晶に狙われています


小学生の死亡事件に関してのスレに下記の書き込みがされました。ageです。

小学生死亡事件を起こしているサーヴァントが判明しました。
絵を描いたのでここにお載せします。【URL】(誰かちゃんと判別できるくらいには似ている絵が載っています)
小学生の間で死神様という呼び名で噂されている存在です。
それからもし見ているのであれば死神様。鬼ごっこはまだ終わっていません。


608 : ◆2lsK9hNTNE :2016/06/16(木) 23:35:51 Yr9YqyaA0
投下終了です
タイトルは「宣戦布告」です
描写なしで令呪の移行を済ませたことや、その他に問題があればいってください
遅くなってしまい申し訳ありません


609 : 名無しさん :2016/06/18(土) 04:01:42 S5JupMeI0
投下乙です
>もう一度、星にひかれ
マサキはブレないな……安定の不敵不遜さ胡散臭さ。
そして綾波もまたある意味ブレない。マスターの不安や言葉をどう返すでもなく鏡のように映して見つめ返すだけと言うか。
意思疎通できるのにこれほど相談相手として不適なサーヴァントもいないのでは。フェイトちゃんの在り様と性格がことさらそうしているのかもしれないけど。
そしてとうとう「親子」対面か…二人の置かれた時間軸や何やを考えると感慨深い。どうなるやら。

>宣戦布告
知世ちゃんがセリム(プライド)のことを語ってるくだりが泣ける。そうだよなー、そう言えば名前すらってとこからだった。
短い付き合いだったけど、セリムの最期を考えても、そこには絆があったんだなあ……。
なぎさの心情描写というか、知世ちゃんに対するあれこれが、実に彼女らしいというか、この「当面の策」には唸った。落とし所が、クロメの性格を計算に入れた上で面白い。
ララと幸子の時もだけども、少女二人の会話感すごく好きです。


610 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:39:34 PhpArkvE0
投下乙です!
感想はきっと今日中に書きます。

期限超過しましたが、書き上がったので

アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
高町なのは
アサシン(クロメ)
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)

投下します。


611 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:40:00 PhpArkvE0


☆白坂小梅


  星輝子の声が聞こえた。
  いつものようなのんびりとした声ではなく、ライブの時と同じ、雲すら突き抜けるような笑い声が。
  少女・白坂小梅が裏山を目指した理由はそれだけだった。

  雪崎絵理と別れたあと、小梅は携帯端末用の携帯充電器をコンビニで購入し、充電をしながら方々を歩き回っていた。
  友人の輿水幸子についてもそうだし、諸星きらりについてもそう。
  出会わなければならない人物と、手がかりもないなか、手探りで出会わなければならなかった。
  最初は商店街に範囲を絞っていたが、それも商店街を調べ終わるまでのこと。
  商店街をくまなく探しても、カワイイ幸子のカの字も見つからなかった。
  商店街を少し離れても、大きなきらりの影も形も見つけることはできなかった。
  焦りとは裏腹に、事態はなにも好転してはくれない。
  広い街の中だ。近場を歩き回り、人に尋ねて回るだけでは何も進展しなかった。
  そんな行き詰まりの中で、まだ未練に引きずられるように商店街の付近を歩いていると、ちょうど森の方から輝子の声が聞こえた気がした。
  振り向いてみても、輝子が居るはずもない。
  ただ、つい先ほどまでは深々とした緑色だった山は、無残なまでに木々をへし折られ、一部が禿山のような様相へと変貌していた。

((……誰かが、戦ったのか))

  すぐそばにいるけれど見えないバーサーカーがぽつりとつぶやいた。
  戦いという言葉を聞いて、胸がきゅうと締め付けられる。
  今朝の、チェーンソー男との戦いのようなことがあそこでも起こっている、ということだろうか。
  丁度チェーンソーは木を切る道具だし、ひょっとしたらチェーンソー男があそこに現れたのかもしれない。
  ぼんやりと見つめた禿山に、先ほど耳に届いた聞こえるはずのない笑い声が重なる。
  そのことに小梅は、言葉にできない妙な胸騒ぎを覚えた。

「あの、バーサーカーさん」

((行くのか))

「駄目?」

  バーサーカーはしばし黙し、そのあとで一言「危険だぞ」と加えた。
  誰かが戦っている、ということはやはり危険と隣りあわせだろう。
  もしあのチェーンソー男のような、とても怖いサーヴァントが居たら小梅も困る。
  それでも、聞こえた声と嫌な胸騒ぎが、小梅の背を裏山へと押すのだ。
  輝子の声が聞こえた気がした。ひょっとしたら輝子が居るかもしれない。
  きらりは……きらりはきっと、一番あそこにいる可能性が高い。もし、あそこであったのが『聖杯戦争』だとするなら。きっと。
  幸子は商店街の事件について知っていた。商店街の時と同様、幸子が『何かの理由から』戦闘の有った場所に居ないとは限らない。
  もしかしたら幸子は、幸子も……
  脳裏をかすめた悪い予感を振り払い、バーサーカーにもう一度声をかける。

「少しだけそばに寄って見るだけ、だから」

((……))

  バーサーカーはもう何も言わなかった。
  小梅はその沈黙を同意ととらえ、ゆっくりと裏山へと進路を切り替えるのであった。


612 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:40:20 PhpArkvE0





  裏山の様子は、悲惨なものだった。
  燻ったような臭いが鼻につく。山火事だろうかと思ったが、どうも違うようだ。
  遠目では分からなかったが、禿山に見えた地域には根元のあたりで無理やりへし折られた木が並んでいた。
  その近くの木陰から、まるで巨人の足跡みたいだと現場を眺める。
  幸い、策敵にかかるほど近くにサーヴァントは居ないだろうというのが山に入る直前に瞬間的に実体化したバーサーカーの見立てだった。
  つまり、ここは戦闘の跡。すでに戦っていた誰かと誰かはどこかに行ってしまった後。
  笑い声はもう聞こえない。
  そもそも誰もいなかった、というわけではないだろうが。
  笑い声も、切羽詰まった小梅の心が産んだ空耳なのではないだろうか。そう思い始めていた。
  それでも胸騒ぎは止まらないので、ちょこちょこと森の陰に隠れながら周囲の様子を伺う。

  しばらく見回り、特に何もないことを確認して戦闘跡地と思わしき地帯に背を向けようとした、ちょうどその時だった。
  真っ黒い服装の人物が木々を飛び越えて、ちょうど禿の真ん中に飛び込んできた。

「あっ」

  意識せず声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
  かなり小さな声だったが黒衣の人物は聞き逃してくれなかったようで、足を止めて振り返った。

「……そこに、誰か居るんですか」

  高い声。どうやら真黒な服(黒いコートとフードだ)の向こうにいるのは少女らしかった。
  少女はやおら振り返り、またゆっくりとフードを脱ぐ。
  風を受けて広がった金髪がきらきらと輝いて見えたのは、森を赤く染める西日のせいだけではないだろう。
  その少女の顔は、小梅が見てきたアイドルたちの中でも群を抜くくらい、綺麗だった。

「あ、あの……」

  しばらく惚けたように彼女の顔を見ていた小梅が気を取り直し何事かを言おうとした瞬間に、小梅の目の前を大きな手がさえぎった。
  包帯に巻かれた手と、アルコールと肉のすえたような臭いが混ざった、独特な存在。


613 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:40:50 PhpArkvE0


「バーサーカーさん……?」
「……誰だ」

  言うまでもなく小梅のサーヴァント、バーサーカーだった。バーサーカーは、ただ一言、鋭い言葉を投げかける。
  異形の存在に睨まれた少女は、怯えもせずに、ただ少しだけ間を置いて。

「『バーサーカー』ということは、やはり貴女たちも」

  羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。
  世界が赤に染まる中で、少女がその容姿の全てを晒す。
  その少女をあらわす言葉で小梅が知っている中で一番近いものは、たぶん『魔法少女』だろう。
  綺麗で、可愛くて、だけれどちょっと露出の多い衣装。衣装に見劣りしていない整った眉目。
  体のいたるところに咲き誇った薔薇が、この世ならざるもの的な不思議な雰囲気を際立たせている。
  俗世とは一線を画している。現実離れした存在感を醸し出している。まさにお話の中でしか見られないような、いろいろな理想が詰め込まれた見た目の少女だ。
  ただ、普通の魔法少女と違っていたところは……彼女の体に重なって見える『アーチャー』というクラス名だろうか。

「アーチャー」

  ぽつりとこぼれた小梅の声に引かれるように、じゃらりと音を立てて鎖を携えバズソーが姿を現す。
  バーサーカーは帽子のつばをぐいと下げ、緑色の瞳で睨みを効かせながら。

「ドーモ、アーチャー=サン。ジェノサイドです」

  アーチャーと呼ばれた魔法少女然とした少女は、その自己紹介を受けて恭しくお辞儀を返した。

「ご丁寧にどうも、ジェノサイドさん。私はアーチャー、クラムベリーと申します」

  その返答を、小梅は少しだけ持っている聖杯戦争の知識に照らし合わせてみた。
  真名を明かせば、小梅には分からないがジェノサイドには彼女の詳しいことがわかるらしい。
  それを何もなしに明かしたということは、このアーチャーはもしかしたら、話が通じる相手かもしれない。


614 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:41:25 PhpArkvE0


  惜しげもなく真名を晒したアーチャー―――クラムベリー、というらしい少女は周囲の様子を改めている。

「貴女がたが、これを?」

  小梅は首を横に振る。
  その様子を見てアーチャーは少し目を細めて小梅とバーサーカーを眺めた後、肩をすくめた。

「そうですか」

  言い終わるかどうかのタイミングで、アーチャーの体が揺れる。
  気づいた時には、アーチャーとバーサーカーの最初の接触は終わっていた。
  小梅が瞬きした直後、景色は大きく変貌を遂げていた。
  かなり離れた場所にいたはずのアーチャーは、駆け出すような体勢で地面に大きく踏み込んでいる。
  しかし、それ以上近寄れないだけの理由が、彼女の左手には握られていた。
  音もなく抜き放たれたバーサーカーの右のバズソーが、アーチャーの左掌に深々と突き刺さっているのだ。
  ただし、バズソーがアーチャーの突進を止めたように、バズソーの侵略もまたアーチャーに食い止められていた。
  握りしめ、止めている。目にも止まらぬ速さ、比類なき力で回転していたであろうバズソーを、魔法少女然としたアーチャーの細腕とたおやかな指が。

「何のつもりだ、お前」

  左のバズソーが宙を舞う。と同時にアーチャーがバズソーを小梅とバーサーカー目がけて投げ返す。
  小梅が恐怖で息を吐くよりも早く、バーサーカーが右のバズソーと自身とを繋ぐ鎖でバズソーを跳ね上げた。

「何のつもりだって聞いてんだ」

「それはこちらが聞きたいものです」

  アーチャーはそんなことを嘯きながら、バック宙で二投目のチェーンソーを鮮やかに避けた。
  バーサーカーは怒声を上げながら駆け出しもう一度右のバズソーを投擲。さらに避けられた後で返ってきた左のバズソーもすかさず投擲。

「お前は、その目は、つまりお前もそうか。あいつや、あいつらと同じ!」

  木を背にしたアーチャーが大きく跳び上がる。アーチャーが数瞬前まで居た空間を一対のバズソーが切り裂く。
  バズソーは、まるでのたうつ蛇のように、木の幹に鎖を絡め、バームクーヘンほどの厚さで幹を輪切りにしながら上空へとアーチャーを追う。

「あ、ま、待って!」

  小梅がようやく声を上げた頃には、すでに火蓋は切って落とされ、もはや止めることはかなわない状況になっていた。


615 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:42:21 PhpArkvE0


  切り崩される木を蹴って、アーチャーが宙を舞う。
  アーチャーを追うように木を切り刻んでいたバズソーが、大外回りでジェノサイドの手元まで戻り、再び悲鳴にも似た駆動音をまき散らしながらアーチャー目がけて走り出す。
  だが、バズソーの動きではアーチャーの影すら捉えることが出来ない。
  瞬きひとつほどの間に、アーチャーはバズソーを避けて難なく着地し、そのまままたしても目にも留まらぬ速さでバーサーカーの胸元まで潜り込んでいた。
  バーサーカーの緑の瞳がぎょろりと動く。
  しかし彼がアーチャーに対して行動を起こすよりも早く、アーチャーの手のひらがバーサーカーの頭を掴んだ。
  掴んだ、というよりは握りつぶそうとしていると言った方が的確かもしれない。現にアーチャーの白魚のような指の一本一本がジェノサイドの頭に深々と突き刺さっている。
  ぶつりぶつりとバーサーカーの腐乱した肉体が突き破られアーチャーの指がにごった血液で汚れていく。
  鼻の捻じ曲がりそうな酷い臭いが周囲に立ち込め始める。
  アーチャーの表情は変わっていない。それどころか、口元が緩んでいるようにすら見える。
  アーチャーの指が更に深く食い込む。すでに頭蓋すら割っているのか、アーチャーの指は第一関節まで埋まっている。
  バーサーカーの口からは、溜息のように弱く。

「……俺は……」
「はい?」
「……俺は、ジェノサイドだ」

  漏れた言葉がもたらした悪寒が、そっと周囲の気温を下げる。
  言葉と同時に指の間から緑色の双眸が睨み付ける。アーチャーは、何を思ったのかにんまりと笑い返した。

「俺は!!」

  喉を裂くほどのバーサーカーの怒号。アーチャーはすかさず頭をつかんでいた腕を振り払い、真上に飛び上がった。
  そのままバーサーカーの肩を踏み台に大きく跳躍する。そのまま器用に、さながら牛若丸の八艘飛びのように木々の枝や幹を足場に飛び渡る。
  曲芸師のように木々の間を飛び回るアーチャーの目下には、自身の胸と胴体に二枚のバズソーを食い込ませているバーサーカーの姿があった。
  もしもアーチャーがアイアンクローに固執していれば、今頃アーチャーは綺麗に三等分にされていたことだろう。

「テメェがどういうワケで俺たちに目をつけたのかは知らねえが……いや、理由なんてねえんだろうな、お前なら。
 だが、テメェの目の前に居るのは、俺は、死すら恐れぬズンビーだ。俺を殺せると思うな」

  バーサーカーが体に突き刺さっていたバズソーを抜き払う。ドブのような色の液体が撒き散らされ、むんとあたりに腐乱した臭いが一層強く広がる。

「それはそれは……ますます、見過ごせない」

  言葉を受けたアーチャーは木の上から音もなく飛び降り、まるでただの可愛らしい少女のようにスカートについた汚れを叩き落とした。
  そしてアーチャーは、西部劇の抜き撃ちのように拳を振り上げた。
  ただし拳銃は持っておらず、指で銃の形を作っているだけだ。バーサーカーではなく、彼のマスターである小梅の方に向けて。
  直後、衝撃を伴う爆音が指向性を持って空間を走る。バズソーが切り倒したよりも多くの木々を巻き込みながら空間が歪んでいく。


616 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:51:53 PhpArkvE0


  爆音が駆け抜け。衝撃の余波が次の轟音を生み。無音が訪れ。そしてようやく森の中にささやかな音が戻ってくる。
  ささやかな音たちの中に立ち尽くすのは、ささやかな音たちを踏みにじったばかりの少女。

「おや、外しましたか」

  変わらず飄々とした口ぶりのアーチャーは、あれだけの大技を撃ったにも関わらず顔色一つ変えずにけろりとしている。
  対するバーサーカーはすんでのところで小梅の肩を引き、その小さな体を抱きかかえて音の鉄槌とは間逆の方向に飛んでいた。
  黒く長いカソックコートは草や木っ端で汚れているが、傷を負ってはいない。

「お前!」

「そんなに怖い顔しないでください。『こんなことが出来るんだよ』程度に受け取ってくれて構いませんよ。
 間違ってもマスターを攻撃するようなことはありませんから」

  バーサーカーが吼え、駆け出す。
  だが、雌雄は音の一撃で完全に決まってしまった。
  地力自体はバーサーカーが勝っているが、手数の多さはアーチャーの方が圧倒的に上。
  バーサーカーがバズソーで斬っても、バズソーを投げても、ネクロカラテで応戦しても、アーチャーはそれらすべてを回避してカウンターを仕掛けてくる。
  いくら痛覚のないズンビーとはいえ、肉体を損傷すればするだけ不利になることに代わりはない。
  更に先ほどの衝撃音波の一撃のせいで、バーサーカーは小梅に注意を払い続けなければならない。
  事実、アーチャーは時折踊るように指を鳴らし、その怪奇な力を持って小梅の傍の木を揺らした。
  小梅が傷つけられることはなかったが、それでも一瞬小梅の方に目を切れば、その瞬間に腐肉に薔薇の棘より鮮烈な少女の鉄拳が突き刺さった。
  バーサーカーが攻撃を繰り出すたびに、小梅に意思を向けるたびに傷は増えていく。
  彼の御国言葉で表すならジリー・プアーと言うべきか。
  不死のズンビーの魔力をじりじりと削ってくるその戦法は、魔力消費の多大なバーサーカーにとってまさに致命的戦法と言えた。

  体を傷つけられながらバーサーカーが考えるのは、この場を切り抜ける方法。
  だが、その思考も端からダメージに浸食されていく。
  気が付けば、足を掬われ、アーチャーに馬乗りの体勢で御されていた。
  見下ろすアーチャー、見上げるバーサーカー。夕日に照らされて血塗れたように赤く染まった五本の指は、固く握られている。

  右の拳が顔目がけて振り下ろされる。「AAAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRGH!!!」バーサーカーの悲痛な叫びが木霊する。
  左の拳が顔目がけて振り下ろされる。「AAAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRGH!!!」バーサーカーの悲痛な叫びが木霊する。
  右の拳が顔目がけて振り下ろされる。「AAAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRGH!!!」バーサーカーの悲痛な叫びが木霊する。
  たまらぬとばかりに、バーサーカーは身動きを拘束されたまま死に物狂いで腕を振るい、ネクロカラテとも言えない一撃をアーチャーの顔に叩き込む。

「ゼツメツ!」

  流石のアーチャーもこの状況では避けることはままならない、ようやくバーサーカーの一撃がアーチャーに届いた。
  大げさに転がり、木にぶち当たる。当たった木の方が折れるほどの衝撃だが、なおもアーチャーは止まらない。
  それどころか、アーチャーの目は一層強く輝いている。まるでようやくエンジンがあったまったとでも言うように。
  バーサーカーが吠え、バズソーを構えたまま殴りかかる。
  アーチャーはそれを迎え撃とうとし、不意になにかを察知したように明後日の方向を見上げた。

「止まって!」

  誰かの声。
  瞬間、アーチャーとバーサーカーの体を桃色の閃光が包み込み、閃光はすぐにエネルギーの連なった鎖に変わる。
  体中をがんじがらめにされた二人は、まるで繰り糸の絡まったマリオネットのように無様な格好で地面に這いつくばるのだった。


617 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:52:16 PhpArkvE0





「何があったんですか、アーチャーさん」

  二人を瞬間で鎮圧した乱入者の少女はまず、ヨガのような奇妙なポーズで地面に転がっているアーチャーに話しかけた。

「どうしても、調べなければならないことがありまして」

  アーチャーは、未だバーサーカーの方に目を向けている。
  とはいえバーサーカーも雁字搦めにされている以上、何も起きようがないと理解したのか、アーチャーは静々と言葉を続けた。

「実は先ほど、正体不明のサーヴァントに襲撃されました。
 なんとか戦線を離脱しましたが、放っておけば更に被害者が出ると思い……」
「それが、そこにいるサーヴァントさんなの?」
「いえ……ですが、よく似ている」

  アーチャーがつらつらと語るサーヴァント像。
  曰くバーサーカーのクラスであり、長駆を覆い隠す真っ黒な出で立ちであり、顔が確認できず、武器は回転鋸のような音をしていた。
  アーチャーを背後から強襲してきたサーヴァントであるため戦闘に乗り気であり、戦場に好き好んで赴くタイプだろう、とのこと。
  攻撃を仕掛け、致命傷を負わせてしまったかとも思ったが倒れることなくどこかへ消えたということ。
  その情報を聞いた小梅は、すぐにそのサーヴァントの正体に思い至った。

「それって……『チェーンソー男』、です……たぶん」

  バーサーカーは否定するだろうが、成程、言われれば似ている気がした。
  アーチャーの言葉が本当なら、彼女は小梅たち同様にチェーンソー男に襲撃されたということになる。
  言いたいことは山ほどあったが、先程までの鮮烈な戦闘のイメージがまだ頭で反響していて上手く言葉を生み出せない。
  だから小梅は、場違いかもしれないが、小さな声で「人違い、です」と付け加えておいた。

「あの、すみません。何でここに来たのかと何があったか……それと、よければその『チェーンソー男』について、教えてもらえますか?」

  小梅のつぶやきまで聞き届けたあと、乱入者の少女が小梅に問いかける。
  小梅が話したのは、見たままのことだ。
  知り合いを探していて、途方に暮れていたこと。
  知り合いの声が聞こえた気がして山を見上げ、戦闘痕を頼りにここに来たこと。
  アーチャーが突如現れたこと。
  バーサーカーが警戒したこと。
  そこから戦闘に発展したこと。
  チェーンソー男については、今朝の戦闘のことと、絵理が戦っているということだけを伝えておいた(隠すつもりはない。小梅も上手く説明できないのだ)。


618 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:52:45 PhpArkvE0


「そう、ですか」

  少女は小梅の言葉を反芻するように顎に手を当てると、今度は縛られたままのアーチャーが口を挟んだ。

「人違いだったんですね」

  その表情はとても深刻だ。
  この世の終わりでも見てきたんじゃないか、というくらいに、沈みきっている。
  沈痛な面持ちのまま、アーチャーは続けた。

「……申し訳ありません。今回の件は私にすべての責任があります。
 私としても、少し焦っていまして。小学校屋上での戦闘、小学校玄関口での戦闘。裏山での戦闘。更に私を襲撃したバーサーカー、と状況ができすぎている。
 誰かしらが結託し、この周囲で参加者を襲撃しているかもしれないと思い、少し警戒が過ぎました」

  アーチャーの言葉に、乱入者の少女の顔色が少し曇る。
  小梅の心もまた、彼女の顔と同じくらいには曇った。
  もしアーチャーの言葉が本当だとしたら、この近隣に居る聖杯戦争の参加者は先ほど小梅が経験したような戦闘に巻き込まれている可能性がある。
  聖杯戦争の参加者とは小梅にとってのきらりがそうだし、あるいは……
  また、アーチャーの言葉を信じるならば、今回の件についてアーチャーに非はない。非があるとすればチェーンソー男だ。
  だけど、と小梅は横目でバーサーカーの方を見る。少なくとも小梅には、バーサーカーが先に攻撃を仕掛けたように見えた。
  バーサーカーがわけもなく襲いかかるような人物でないことは小梅が一番良く知っている。
  そこだけは、バーサーカーに聞いておきたい。
  そう思い小梅が口を開いた瞬間。

「なのはさん、少しお願いできますか」

  間が悪いことにアーチャーの言葉が重なってしまい、小梅の言葉は意味を持たずに消えていった。

「彼女たちを安全な場所までお願いします。ここの周囲にはまだ、誰かが潜んでいるかもしれませんから」
「……うん。そうですね。アーチャーさんは?」
「誤解とはいえ、襲ってしまった私が自由に動けるような状態だと、彼女たちも安心できないでしょう。
 私はこのまま、この場に残ります」
「……えっと、そんな状態で大丈夫ですか?」
「何かあれば念話で知らせるので、その時にこの拘束を解いてください。それだけで十分です。
 まあ、二人が山を降り終わったら解いていただけると嬉しいですが」

  自戒とでも言うのだろうか。アーチャーは縛られたままでその場に残る、と言い出した。
  なのはは少し考えたあとで小梅にも「それでいいか」と同意を求め、小梅もまた少し考えたあとでそれを承諾した。
  気になることはややあるが、それでもここに立ち止まっていて心の曇りが晴れるわけではない。


619 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:53:03 PhpArkvE0





  乱入者の少女(高町なのは、というらしい)に先導されながら、下山する。
  その間にも、小梅はなのはと少々ながらお互いのことを話し合った。
  小梅からは小梅について、絵理について、きらりについて。
  なのはからはなのはについて、フェイトについて、そして屋上の光について。
  なのはの口から『魔法少女』という単語が出てきたのには驚いたが、先ほどの光の捕縛術などを見るに、魔法少女はどうやら実在するらしい。
  なのはによればフェイトもまた、なのはと同じ種類の魔法少女らしい。

「あの、小梅さん。できればでいいんですけど、もしフェイトちゃんが居たら私のことを伝えてもらえませんか」

  なのははフェイトと聖杯戦争の始まる前からの知り合いだという。
  なのはならば、フェイトを説得できるかもしれない、ということだ。

「無理だったら構いません。その……フェイトちゃんも、安全とは言い切れないし。
 それに、フェイトちゃんを探して、いろんな人たちが集まってるかもしれないから」

  フェイトについての通達は小梅も確認していた。
  そして、なのは曰く、フェイトは少なくとも一回は戦闘を行っている、とのことだ。
  迂闊に近づけばフェイトの状態にもよるが今朝や先ほどのようにバーサーカーが戦うことになる可能性はある、らしい。
  戦闘について触れられ、今朝と先ほどの記憶がよみがえる。
  先ほどの戦闘でも、小梅は攻撃の余波を何度も受けた。逃げようかとも思ったが、足がすくんで動けなかった。
  もし、なのはの言うようにフェイトが屋上一帯を攻撃するような魔法を持っていたとするなら、小梅は次こそは無事では済まないかもしれない。
  それに、と小梅は自身の体調について考える。
  なんだかふわふわしていた。
  といっても決して心地いい浮遊感ではなく、寝不足の時のような喪失感にも似た浮遊感だ。気を抜けば倒れてしまいかねない。
  バーサーカーは今までに『魔力の消費』ということを何度か口にしていたが、これがそうなのだろうと小梅は判断した。
  もしもバーサーカーがこれ以上戦うことがあれば、小梅はこれ以上の影響を受けるかもしれない。
  できればそれは避けたかった。今の状態でもあまり気分がすぐれないのに、これが更にひどくなると幸子たちを探すどころではなくなってしまう。

  情報交換を終え、連絡先を交換する。フェイトを見つけた時、きらりを見つけた時、連絡を交換するために。
  麓まで降り切ると、なのははそのまま宙に浮いて飛んでいってしまった。
  聞いてはいたが、実際に見てみるとそれはとても不思議な光景だった。
  魔法少女は実在した、と聞けば、幸子や輝子は驚くだろうか。
  気がつけば、そんなことを考えてしまっている。
  紫がかった遠い空に飛んで行くなのはを見送りながら、小梅はそこでようやく、先ほどの問いを口にした。

「ねえ、バーサーカーさん」
((……))

  バーサーカーは答えない。ただ、そこにいて、小梅の話を聞いていてくれているというのは伝わってくる。


620 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:53:30 PhpArkvE0


「なんで、先に攻撃したの?」
((あいつが先だ))

  バーサーカーの返答は予想外のものだった。
  小梅にはアーチャーが何かをしたようには見えなかったが、バーサーカーには別のものが見えていたらしい。

「アーチャーさんのほうが、先?」

  小梅の言葉にバーサーカーはしばし黙し、そして点々と言葉をつなぐ。

((……コウメ、あいつは危険だ))
((俺には分かる。俺が、覚えている、俺がだ。おかしな話だが、サーヴァントになったからかもしれねえ。
  あいつは、クラムベリー……薔薇の魔法少女……森の音楽家クラムベリーってのは……アー……))

  バーサーカーはそこで言葉に詰まった。
  詰まったというよりは、言おうとしていたことが抜け落ちてしまった、と言った方が正しいかもしれない。
  『森の音楽家』という聞き慣れない単語を口にしてから、バーサーカーはぽっかりと数秒間をあけた後。

((……思い出せねえ。だが、あいつは、ニンジャと同じ目をしてやがった。
  戦いたいだけの奴だ。殺したいだけの奴だ。あいつは))
((あの時もそうだ。あいつは俺たちを殺す気で襲いかかろうとしてた。だから俺が先に止めた。それだけだ))

  アーチャーが殺気を滾らせて襲いかかろうとしたから迎撃した。
  それが、バーサーカーの言い分だった。

  アーチャーは人違いだと神妙な顔つきでいい。
  バーサーカーはあくまでアーチャーを危険人物だという。
  小梅に事実のほどは分からない。
  だから小梅は、バーサーカーの言葉を優先して信じておくことにした。
  二人の証言に決定的な違いはない。
  判断材料が有ったとするならば、数日一緒に過ごしたバーサーカーの人柄と。
  あの戦闘の途中でアーチャーが見せた、背筋まで凍るような笑みくらいだ。

  アーチャーの前でこのことも聞いておくべきだっただろうか。
  小梅はやはり間が悪いのかもしれない。少なくとも今日は、特に間が抜けている。


621 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:53:44 PhpArkvE0


  山から少し離れると、文明の光が周囲を照らし始める。
  気がつけば日も落ちて、街灯が着き出す時間になっていた。
  街灯を見上げ、ふとポケットをまさぐる。
  取り出した携帯端末は、既に充電が完了していた。
  電源をつけて、着信や新着メールを確認する。
  幸子からの連絡はない。電話にかけても、今度は圏外を伝える案内が来た。
  少々気になって輝子に電話してみても結果は同じだった。
  便りがないのは無事な知らせ、とは言うが。
  不安は際限なく膨らんでいき、小梅の小さな胸を張り裂けそうなほどにパンパンにしてしまっている。
  携帯端末が使えても、結局袋小路のままだ。
  少しでも情報があれば、と覗いた掲示板で、一つの気になる書き込みを見つけた。

  きらりとともに小学校に向かう、という書き込み。
  ひょっとして、と、絵理と別れる時からずっと頭の片隅に置いていた一つの可能性に目を向ける。
  裏山の戦闘跡地に行くときも、アーチャーの言葉を聞いた時にも頭をかすめた可能性。
  ひょっとして、幸子が……幸子もまた、きらりと同じように『聖杯戦争』の参加者だとしたら?
  もしもこの前提が合っているとすれば、商店街のことに気を回したのも、きらりを探していたのも、小梅や輝子に無事を尋ねるメールを送ったのも、辻褄が合う。合ってしまう。
  そして、辻褄が合ってしまって。
  もう一度、書き込みを見つめる。
  幸子は、掲示板を見ている。そしてきらりを探している。
  きらりが居ると言われれば、きっと寄って行ってしまう。

  小学校の方を見つめる。
  幸い、裏山のような争いが起こっているような様子や、目立った建物の破壊なんかは遠目では見えない。
  まだ大丈夫、かもしれない。
  もしかしたら本当に、優しい人がきらりを保護して、幸子とも合流しているのかもしれない。
  それでも……
  もう一度、幸子に電話をかける。やっぱり繋がらない。
  小梅の歩調が少し早まる。
  目指す先は、書き込みにあった小学校、その付近。
  書き込みからはだいぶ時間が経っている。もし小梅の考えた通りに幸子がここに向かったとしても別の場所に行っている可能性も高い。
  だとしても、動かない理由はなかった。
  連絡の取れない彼女と自分をつなぐたったひとつの手がかりに、すがるほかなかった。
  最悪の可能性を否定するために、小梅は一人、街を歩く。


622 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:54:14 PhpArkvE0


【D-2/裏山の麓/1日目 夕方】

【白坂小梅@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]魔力消費(中)、恐怖(微)、不安
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]スマートフォン、おさいふ、ワンカップ酒、携帯充電器、なのはの連絡先
[所持金]裕福な家庭のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:幸子たちと思い出を作りたい。
1.幸子を探す。
2.きらりさんが殺人犯? 真意を知るために学校周辺へ。
3.チェーンソー男を、ジェノサイドに食べさせる……?
[備考]
※霊体化しているサーヴァントが見えるかどうかは不明です。
※アーチャー(クラムベリー)、高町なのはを確認しました。


【ジェノサイド@ニンジャスレイヤー】
[状態]霊体化、ダメージ(中)、カラテ消費(中)、腐敗進行(中)
[装備]鎖付きバズソー
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:コウメを……
0.俺はジェノサイド……
1.サチコを探すのを手伝う。
2.あのアーチャー(クラムベリー)は危険だ。
3.【ニューロン腐敗】
[備考]


623 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:54:34 PhpArkvE0


☆高町なのは


  テレビの映像で小学校の屋上に展開された光の槍を見た瞬間、なのはは理解した。フェイトがあの場にいて誰かと戦っている。
  即座にバリアジャケットを展開し、宙へ飛び上がる。
  なのはが屋上に着く頃にはもう全てが終わったあとらしかった。
  誰も居なかった。フェイトも、フェイトと敵対していた誰かも。
  出遅れてしまった自身の失態に歯噛みする。
  この一日のうちでフェイトに出会えるタイミングとして一番可能性が高かったのはきっとその光の槍だったのだ。
  フェイトについて聞き込みを続けていたことで、その重要な合図を見逃してしまった。

  しかし、止まってはいられない。心に喝を入れなおし、周囲に目を配る。
  ひょっとしたら、フェイトはまだこの周辺に残っているかもしれない。
  そこで見つけたのが、裏山の戦闘痕だった。
  かなり大規模な戦闘痕。屋上の戦闘も考えるとフェイトが居る可能性はあると思えた。
  だが、結局は空振り。
  アーチャーと再会し、また一人別の参加者と知り合えたものの、肝心のフェイトは居ない。

(フェイトちゃん……)

  アーチャーの言葉を思い出す。
  学校での戦闘、裏山での戦闘。更にアーチャーを襲撃したバーサーカー。
  いくつかが同一人物による戦闘としても、危険人物が集まりすぎている。
  誰かしらが結託し、この周囲で参加者を襲撃しているかもしれない、という理屈も頷ける。
  ならば、その結託した人物の狙いは誰か。少なくとも、可能性が高いのはフェイトだろう。
  そう仮定すれば、フェイトが魔法を使った理由も納得がいく。
  だが……

(もし、フェイトちゃんが、誰かを襲ったとしたら……?)

  聖杯戦争以前のフェイトのことを思い出す。
  なのはが彼女に襲われたことだって一度や二度ではない。
  彼女は願いを叶えるためなら誰かを襲うことだって厭わないだろう。


624 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:55:09 PhpArkvE0


  フェイト側から誰かを襲った可能性も否めない。
  フェイトが捕獲令を逆手に取って参加者を集めた、とまでは言わないが……
  追い詰められたフェイトは戦う子だ。戦ってしまう子だ。
  それを、なのははよく分かっている。
  追いつきたい。
  戦わせたくない。
  悲しい目をした彼女に、これ以上悲しんでほしくない。
  独りよがりかもしれないけれど。
  それでも、なのははフェイトと会い、もう一度言葉を交わしたいと思っていた。

  上空から彼女の姿を探す。彼女の魔法の痕跡を探す。
  広い街の中だ。空の上からでも彼女の目立つ金髪は影すら見えない。
  フェイトはもう臨戦態勢を脱したのか、魔力の反応の尻尾すら捉えることは出来ない。

(どこにいるの、フェイトちゃん)

  フェイトのことを除けば、なのはの状況はかなり恵まれている。
  キャスターの手によってレイジングハートは格段にパワーアップした。
  また、キャスターは聖杯戦争を解明し脱出を行いたいと言ってくれた。
  この聖杯戦争を止めようと動くアーチャーも見つけた。
  小梅や彼女の知り合いである絵理という少女のように聖杯を望まない参加者についても知ることが出来た。
  きっと、フェイトの力にもなれる、そう信じていた。

  風が頬を撫でる。なのはの焦りと裏腹に、街の空気は既に冷えきっている。
  フェイトを探す熱のなかに、すんと冷えた感覚が蘇ってくる。  
  思い出したのは、裏山に駆けつけた時に上空で見た光景。
  アーチャーのあの瞳は、決して『襲撃者に対しての感情』だけではなかった。
  なのはが今まで見たこともないような感情が、あの奥に隠れている。そんな気がした。


625 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:55:31 PhpArkvE0


【D-2/小学校上空/1日目 夕方】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]決意、焦り
[令呪]残り三画
[装備]“天”のレイジングハート、バリアジャケット
[道具]通学セット、小梅の連絡先
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1.フェイトを探し、話をする。
2.フェイトを見つけたらアーチャー(森の音楽家クラムベリー)に連絡する……?
3.もし、フェイトが聖杯を望んでいたら……?
4.キャスターの聖杯戦争解明の手助け。
5.『死神様』事件の解決。小学校へ向かう。

[備考]
※アーチャー(森の音楽家クラムベリー)、白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。
※天のレイジングハートの人工知能は大半が抹消されており、自発的になのはに働きかけることはほぼ不可能な状態です。
 ただし、簡素な返答やモードの読み上げのような『最低限必要な会話機能』、不意打ちに対する魔力障壁を用いた自衛機能などは残されています。
※天のレイジングハートに対するなのはの現在の違和感は(無〜微)です。これが中〜大になれば『冥王計画』以外のエンチャントに気づきます。
 強い違和感を持たずに天のレイジングハートを使った場合、周囲一帯を壊滅させる危険があります。
※木原マサキの思考をこれっぽっちも理解してません。アーチャーに対しては少々不安を覚えている程度です。
※通達を確認しました。フェイトが巻き込まれていることも知りました。フェイト発見を急務と捉えています。


626 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:55:48 PhpArkvE0


☆アーチャー


  殺気を放って相手の行動を釣りだすまでは上手くいった。バーサーカーらしく、素直に戦いに乗ってくれた。
  なのはの横槍が入るのは予想外だった(アーチャーが驚くほどの速さで空を駆けてくる、というのは流石に予想出来ない)。
  それでも言い繕えるように言葉には気をつけておいたので急場はしのげたらしい。
  小梅たちが何かをいらないことを言っても、なのはは素直で良い子だ。言葉を鵜呑みにしてアーチャーを襲撃するようなことはないだろう(もしそうなれば望むところではあるが)。
  なのはがアーチャーに真実を聞いてきたならば、その時改めて『音』を聞いて彼女を言いくるめればいい。

  アーチャー・森の音楽家クラムベリーはヨガのポーズそっくりな状態のまま思考を巡らせていた。
  思考の内容は先ほどの戦闘ではなくその後、高町なのはと彼女の魔法について。
  詠唱なしで発動された拘束魔術。
  アーチャーの高位の対魔力を貫通して効果を及ぼすということは、単なる魔術ではないのだろう。
  高町なのはの魔力の反応がやや特殊だったことを考えれば、何かのトリックがあることを推測するのは容易だ。
  幸い、そういった手合いとの戦闘も行ったことがある。
  『シスターナナ』。自身の望んだ相手の力を増幅させることの出来る魔法少女。

(となると……彼女の後ろにも誰かが居るのでしょうね)

  『誰か』について考える。おそらくその『誰か』は彼女のサーヴァントなのだろう。
  他者に対してあそこまでの練度の強化を掛けられるとするならば、魔術師であるキャスターか。
  キャスターだとすれば、陣地の状態などにもよるが万全の状態が気付ける頃合いを見計らう必要があるだろう。
  次の戦闘に思いを馳せながら、身体に力を込める。
  なのはが放った拘束魔術は今もまだ解けそうにない。クラムベリーの言葉に律儀に従っているのか、それとも気がそれているのか。
  拘束から逃れるために実体化を解いてもいいのだが、解いてもまだ拘束が解けなかった時を考えると実体化したままの方がメリットが多い。
  実体化さえしていれば、射程内のどの距離にも宝具を用いた攻撃をすることが可能だ。霊体化していては迎撃が出来ない。
  単純な警戒だけではない。
  攻撃手段を潰してはいけない理由が、アーチャーをじっと見つめていた。

「さて、そろそろいいんじゃないですか。あの三人はもうだいぶ離れましたよ」

  ぎしぎしと鎖に力を込めながら、誰もいない方向に声をかける。
  声に引きずられるように、木立の向こうが揺れた。
  そして、神妙な顔をした壮年の男性が、ゆっくりと姿を現した。

「ああ、いえ。そっちの……私の後方右側の、木の上に居る貴女の方に言っているんです」

  ぴたり。
  アーチャーの方に歩み寄ろうとしていた壮年の男性の足が止まる。
  それと同時に、バーサーカーとの戦いの時からずっと続いていた咀嚼音も止まった。


627 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:56:40 PhpArkvE0


  しばらくの沈黙のあと。

「やっぱり、音だ」

  ちょうど、アーチャーが指摘した方向から、そんな声が返ってきた。
  声は続ける。

「風圧とか単なる衝撃波とかじゃ感じない。こう、耳の奥がキーンとなる感覚。
 似たような帝具を知ってる。確か、『大地鳴動ヘヴィプレッシャー』って言ったかな」

  太めの木の枝の揺れる音。
  枯れ葉や草を踏みしめて着地する音。
  姿は一切見えていなかったが、アーチャーの超聴覚はその音を漏らさずキャッチしていた。
  アーチャーが高町なのはとはまた別のその少女に気づいたのは、バーサーカーとの戦闘中だった。
  不意に足音が一組増えた。魔法少女の聴力すら超えた『森の音楽家』の超聴力は白坂小梅の方へと向かう新たな足音をしっかりと聞き分けていた。
  魔法少女の視力を持っても目視が出来ないことから相手を『気配遮断のスキルを持つサーヴァント』と判断して対処した。
  『マスターを攻撃しない』と断言した衝撃音波の一発目も実際にはバーサーカーを狙わず、このサーヴァント(おそらくアサシン)を狙って放ったものだ。
  その後はアサシンの接近に気づいていない白坂小梅たちの代わりにアーチャーが彼女を牽制しながらバーサーカーと闘い。
  なのはの介入以後もじっと息を潜めていたアサシンを、アーチャーはずっと捉え続けていたのだ。

  アサシンと思わしき少女は、アーチャーにバレたことも計算の内というように、話を続ける。

「居場所が分かったのも音の応用? 蝙蝠みたいに音波で人の居場所を探るのか、それともあるいはどんな小さな音でも聞き届けるのか」
「その推理を聞かせてくれようと思ってここに? だとしたら……」
「よく言うね。あのまま私が逃げれば、私の方を殺してたくせに」

  身も蓋もない一言だが、その少女の言葉は正鵠を射ていた。
  言葉通り、アーチャーはアサシンが逃げようと行動を起こした場合攻撃を仕掛けるつもりで居た。
  殺すまではいかなくとも、手負いにできればそれで十分。、
  なのはを言いくるめて音を頼りにアサシンを追い、始末する。
  その辺の枝を折るくらいとまでは言わないが、それでもかなり容易なことだっただろう。


628 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:57:32 PhpArkvE0


「じゃあ、逃げられないと分かって……それで、どうするんです?」

  我ながら意地の悪い質問だ、とアーチャーも思っている。
  なんと答えようが、結果は変わらない。
  『闇討ち』を選ぶ程度の戦闘力であるならばアーチャーはなのはの魔法で五体が拘束されていようと勝てる自信があった。
  もしも高火力の宝具があるとしても、文字通りの音速を超えなければアーチャーへの決定打たりえない。
  少なくとも、そういったクラスの宝具は持ち合わせていない(持ち合わせていれば、アーチャーとバーサーカーの戦闘の時点でバーサーカーのマスターは殺されていただろう)と判断できた。
  つまり、どんな状況であれ負けようがない。身を縛られていたとしても、優位に立っているのはアーチャーという状況だった。

「いいね」

  アサシンは雁字搦めのアーチャーに歩み寄り、目の前でお菓子を食べながら、にんまりと笑った。
  それは、生殺与奪の権利をアーチャーに握られていると冷静に自己分析した人物にはそぐわない、とても愛くるしい笑みだった。
  食べかけのお菓子を口に放り込んで、アサシンは続ける。

「願いとか、夢とか、そんなのどうだっていい。ただ単に戦って相手を倒すのが大好きって顔。
 私は好きだよ、そういう顔も、そういう人も。
 だからこそ、私がアンタに言うのは『命乞い』なんかじゃない。何より鋭い『敵対』だ」

  ぱん、ぱん。二度手を打ってお菓子の欠片を叩き落とす。
  と同時に立ち上がり、アサシンは、ゆっくりと帯刀していた刀を抜いた。同時に木立の向こうで立ち尽くしていた壮年の男性が霞のように消え去った。

「私じゃ逆立ちしたってアンタに勝てないってのはさっきのでよく分かった。そうと決まれば方法を変えるだけ。
 今後は表立って動くような真似はしない。アンタに影すら見せないよ。
 汚く、狡猾に動き回って、他人を操って、アンタにぶつけることにした」

  アサシンが魔力の鎖の間に刀を滑り込ませ、負荷をかける。
  鎖はそろそろ限界だったらしく、アーチャーの身動ぎに合わせてぱきぱきと音を立てて崩れ落ちてしまった。
  アーチャーが立ち上がってもなお、アサシンは余裕を保ったまま。

「私はこれからこの山を降りて、出会う主従皆に取り入ってアンタのことを伝える。さっきのバーサーカーとの戦いも含めてね。
 それとは別に、私自身の宝具にも磨きをかけて、アンタを殺せるように機会を伺う。そうすることにした」
「『した』ですか」
「そう。もう決めた。止めるなら止めればいい、殺すなら殺せばいい。アンタにかかれば私なんて、そこの木の枝を折るのと同じくらい簡単に殺せちゃうだろうし。
 でも、私を殺せばアンタはまた続けることになる。あの子……なのはだっけ。との目眩ましの友好的な関係みたいな、きっと足枷にしかならない、戦うための下準備をね」

  一息か、二息かで言い切った。ほぼ間をおかずに言い切った。
  それはきっと、宣戦布告に分類されるのだろう。
  それでもアーチャーは、その宣戦布告を受けて、身の鎖が取れたばかりだが今度は心を縛り上げられたような気分になった。


629 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:58:44 PhpArkvE0


「ふふ」

  清々しいほどの啖呵を聞き届け、思わず笑いが溢れる。

「命乞いはそれなりに聞いてきたと思いますが、そんな提案を持ち出されたのはさすがに初めてです」

  死にたくないとか。
  見逃してくれとか。
  あの子だけは助けてとか。
  地獄で待ってるとか。
  お前を呪ってやるとか。
  恨み節を綴る人物は大勢居た。特に気にせず殺してきた。
  でも、生死の際に追い込まれ、『もっと強いメンバーを集めて襲撃するから首を洗って待ってろよ』といいながらのうのうと逃げようとする相手は流石のアーチャーも初めてだった。

「でも、こういうのも素敵でしょ」

  そう言い切るアサシンの顔には、弱者特有の卑屈な表情は浮かんでいない。
  彼女はあくまで対等なサーヴァントとして、アーチャーを倒しうる存在として、アーチャーに戦いを挑んでいる。
  さらに戦闘に対するアーチャーの心根を半ば直感で見抜いて、その心根を揺さぶるように誘惑しているのだ。
  更なる嵐の前触れか、それとも一時の満足感か。
  そしてアサシンの読み通り、ここで一時の満足感程度で満足できるのならば、森の音楽家クラムベリーは英霊の座に残るような大悪党として祭り上げられては居ない。

「もしまた同じ状況になっても、同じ言い訳は通用しませんよ」
「あはは、じゃあ気をつけないと」

  いたずらっ子を叱るみたいにアーチャーが言えば、アサシンはいたずらっぽく笑う。
  (アーチャー側にもうそんな気はほとんどないが)今もなおアーチャーに命を握られているというのに、豪胆なものだ。

「あ、そうだ。場所。どこか指定はある?」

  あまつさえ、誘った以上の気配りとでも言うのか、戦いたい場所なんてものも聞いてくる。
  非常識だ。何かがおかしい。狂っているといえば狂っている。さすがのアーチャーもこんな相手だとは想像できなかった。

「そうですね……海辺の廃工場地帯でどうでしょう。分かりやすいですし、適度に人目に付き難くて気兼ねなく戦えそうですし」
「じゃ、そこでサーヴァントに襲われたことがあるって吹いて回ろうかな」

  また少しだけ言葉を交わし。
                                 ころ
「期待して待っててよ。次に刃を向ける時には、きっと暗殺してあげるから」

  交渉の最後に添えられるのは面と向かっての暗殺宣言。先ほどよりも鋭く尖った抜身の宣戦布告。
  言い終わったアサシンは無防備な背を晒し、手を振りながら宣言通り山の麓目指して歩き出す。
  その堂々たる去り方には、アーチャーも思わず笑ってしまうしかない。
  追撃をする気なんて霧散していた。それほどまでに愉快な提案だったのだ。


630 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:59:01 PhpArkvE0


  歩いて行くアサシンの背中を追いながら、おや、と思い立ち、声をかける。

「学校のほうへ?」
「まあね。私のマスターが待ってるかもしれないし」

  隠すこともせずマスターの居場所を晒す。相手はもう完全にアーチャーを『そういうもの』だと認識しているらしい。
  まあアーチャーもマスターを探し出して殺すなんて無粋な真似はしたくないから、その認識は大正解なのだが。

「じゃあ、少しご一緒しましょうか」

  合わせるように同じ方向に一歩を踏み出すと、アサシンは振り返り、少し苦々しげに笑った。

「はは。変なの、なにそれ。一応私たちもう敵同士なんだけど」
「いいじゃないですか。一時間や二時間じゃ戦う用意もままならないでしょう」

  アサシンも流石に笑っていた。どうもこの提案は向こうも予想しなかったらしい。
  アーチャーとしては別段特別なことを言っているつもりはない。
  トットポップがするりとアーチャーの胸中に入り込んできた時と同じように、アサシンもまたアーチャーの心を惹いてならない。
  戦闘に関する心構えが違う。きっとアーチャーとは別種の修羅場をくぐり抜けてきたんだろう。
  そんな彼女の置かれていた環境やそこで培われた感覚、戦闘倫理などについて、有り体に言えば興味があった。

「ちょっとそこまで。その間、お話でもどうですか」
「……話してる間って気配遮断はどうなんだろ。姿を覚えられると困るんだよね」
「ああ、それは……お互い、困りますねえ」

  二言、三言、言葉を交わしながらアーチャーはフード付きのコートを羽織る。

「じゃあ、遮蔽物の多い森を抜けるまで。会話の内容も有益なものに限る、としましょうか」
「……情報交換? 敵同士で?」
「貴女の役にも立つと思いますけど」
「それもそっか」

  黒尽くめと並んで歩くセーラー服。遠目に見れば、とても仲が良いように見えるかもしれない。
  二人揃って少しばかりの休符を打ちながら、二人で山を降りていく。


631 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 07:59:53 PhpArkvE0


☆アサシン


  アサシン自身、力に溺れた戦闘狂は何人も見てきた。そういった類が耳を貸しそうな話題にも少しは心得があった。
  また、アーチャーがただの戦闘狂ではなく相手を選び頭を巡らせる理知的なタイプであることも『なのは』と呼ばれていた少女とのやりとりから見抜いていた。
  エスデス将軍やセリュー・ユビキタスのような精神性の手合ならば一撃目できっちり殺されていただろうと考えれば、今の状況は……変な相手に気に入られたものだ、という悩みを含めても万事良好と言って差し支えなかった。

(……なんとなく甘いよね。どこもかしこも)

  アーチャーの隣を歩きながら、他愛もない会話の裏で考える。
  音を操り戦場で舞うアーチャーを殺す、その手段を。
  アサシンの自己分析の通り、正面きっての戦闘での殺害はまず不可能だろう。
  アサシンはもちろんとして、バーサーカーと呼ばれたサーヴァントを音の攻撃を使わずに一方的になぶり殺しにできるだけの能力を搭載している。
  並大抵のサーヴァントでは歯が立たない。
  必要なのは、並大抵ではないサーヴァントか、あるいは……

(傷一つ)

  ちらりと目を切った先にあるのはアーチャーの左手。バズソーを受け止めて傷ついた掌。
  普通は避ける。
  なぜならばそのバズソーに何らかの呪術や毒物が仕掛けられていたなら、悶絶しながら……あるいは悶絶する間もなく死ぬからだ。
  乱戦の最中に叩きこまれた顔の傷はまだしも、出会い頭のあの一撃は受ける必要のない一撃だった。
  その傷はアーチャーの油断や慢心の証拠に他ならない。
  アーチャーは戦闘を楽しんでいる。傷を受けることも、傷を与えることも、楽しいことの延長にある。
  もしも『掠り傷一つで相手を殺せる能力者』相手にこの油断や慢心の隙を突かれたならば、即座に殺されてしまうだろう。
  戦闘狂としても甘く、戦闘に挑む気概もまた甘い。それがアサシンのアーチャーの評価だ。

(となると、その『掠り傷一つ』が最善かもしれないね)

  最初に思い浮かんだのは姉の姿だった。
  『一撃必殺村雨』。たった一撃のみで相手を殺しきる文字通り必殺の呪いが込められた刀。
  彼女の致傷を軽視する傾向につけこみ、かすり傷でも殺せる能力を叩き付ける。
  手数の多さ、能力の強さ、そして高いポテンシャル。そのすべてを無視した文字通りの『必殺』こそが彼女を殺す切り札足りえるだろう。

(でもそんなに都合よく居るかな)

  もしも可能性があるとするならば、暗殺者のクラスなのだろうが。
  暗殺者のクラスが何人いるかも分からないし、都合よく必殺宝具を持っているとも限らない。しかも手駒に出来るとも限らない。
  道筋としては最善だが、実現できる可能性は三騎士や更に強いバーサーカのような規格外や複数のサーヴァントを炊きつけて襲わせるという身も蓋もないものよりも若干低いかもしれない。

(あーあ……居るといいのになあ)

  もしもアカメが居たならば、アサシンの願いは容易く叶う。
  それでも、世の中がそう上手く回ってくれそうにないことはアサシンだって知っていた。
  アサシンはこの気のいい外敵と少々の情報交換を交えながら、とびきりの暗殺方法を考え続けた。


632 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 08:00:16 PhpArkvE0


【D-1/裏山/1日目 夕方】

【アーチャー(森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態] 魔力消費(微)、顔に痛み、掌に切り傷(治癒中)
[装備] 黒いフード付きコート
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 強者との闘争を求める
1.アサシン(クロメ)とともに学校地区(D-2)へ。
2.学校地区周辺で戦える人物を探す。

[備考]
※木之本桜&セイバー(沖田総司)、蜂屋あい&キャスター(アリス)、高町なのは、アサシン(クロメ)、白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。
※フェイト・テスタロッサを見つけてもなのはに連絡するつもりはありません。
※小学校屋上の光の槍(フェイト)を確認しました。
※アサシン(クロメ)と情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アサシン(クロメ)から暗殺を宣言されました。ちょっとワクワクしています。


【アサシン(クロメ)@アカメが斬る!】
[状態]実体化(気配遮断)中
[装備]『死者行軍八房』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.戦闘の発生に注意しながら索敵。
2.機会を見てマスターのもとに帰る。その時のマスターの様子次第で知世を躯人形に。
3.アサシンらしく暗殺といった搦手で攻める。その為にも、骸人形が欲しい。
4.とりあえずおとなしく索敵。使えそうな主従を探す。
5.アーチャー(クラムベリー)は殺したいけど、なにか方法は……
[備考]
※双葉杏をマスター(仮)として記憶しました。
 アーチャー(クラムベリー)、江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)、高町なのは、大道寺知世、白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。
※八房の骸人形のストックは一(我望光明)です。
※英霊を躯人形にした際、武器系宝具の再現には幸運値判定が入ります。
 幸運値E以下の英霊ならば武器は再現可能、クロメの幸運値を令呪で一時的に上げて相手を殺せばそれ以上でも再現可能です。
 判定はあくまで『宝具クラスの武器が再現できるかどうか』であるため、呪文や体質、逸話昇華系宝具ならば幸運判定なしで再現することが可能です。
※B-3(廃工場地帯)でアーチャー(森の音楽家クラムベリー)の襲撃を受けたという情報を流すと宣言しました。
 どの程度流すかはその時のアサシンのテンションです。もしかしたらその場しのぎのはったりかもしれません。
※アーチャー(クラムベリー)と情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アーチャー(クラムベリー)と敵対しました。彼女が『油断や慢心から一撃を受ける可能性』と『一撃必殺の宝具ならば感嘆に殺せる可能性』を推測しました。


633 : ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー  ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/18(土) 08:00:36 PhpArkvE0
投下終了です。
何か問題があれば指摘の方をお願いします。


634 : 名無しさん :2016/06/18(土) 23:22:26 tOCQ4SD.0
投下乙です
小梅もなのはも久しぶりの登場。しかし今回のMVPSはやっぱりクラムベリーでしょう
単純な格闘能力も強いのに小技もできる
小梅を狙っていると見せかけて実はアサシンを牽制していた
姿を表した理事長を無視してアサシンの居場所を言い当てる
縛られている状態でもアサシンを倒せる。など
全体にクラムベリーの描写が輝いているような気がしました
個人的にはEAUCq9p8Q.さんが書いた戦闘描写の中で今回が一番面白いと思いました
しかしクロメとクラムベリーがあまり親しくするのも互いのマスターのことを考えるとちょっと怖いものがありますね


635 : 名無しさん :2016/06/19(日) 13:47:44 4FQEuqFM0
宣戦布告、知世ちゃんを偽マスターに立ち回るって発想がなかなか面白い
その上で捨てきれないなぎさの優しさも描かれているのが印象的でした

ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー、ジェノサイドは相性がはっきり出たなぁ
小梅を抱えてることを差し引いてもクラムベリーには相性悪いか
単なるクラムベリーVSジェノサイドからのなのはの乱入というだけでなく、裏にクロメの動きもあったのか
クラムベリー視点、クロメ視点でのそれぞれの考察が面白いですね
話も進んでいよいよ関係性が絡まってきた


636 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/21(火) 04:32:08 OulgtT7g0
>友情に火を点けて - Friendly Fire -

投下お疲れ様です!
うわぁ、ついに死神様と超高校級の絶望の会談が来てしまった……
妹様はきらりを、あいちゃんは桜ちゃんを絡めとった状態で再会。おみやげかな?
杏ちゃんは必死にもがいてるけど、そのたびに妹様にいいようにあしらわれて。
さすがにこの二人が集まってしまったら杏ちゃん一人じゃ分が悪いどころじゃない……
しかもこの会談、参加者がどいつもこいつも点火寸前の状態で止まってる。
あいちゃんは破滅願望めいた執着で桜ちゃんの心の色に注目しているし、アリスはそもそもノリで動く。
沖田は既に流れに竿は刺せないと察して、その上で主人のために剣を抜く準備をしている。
更に絶望至上主義の妹様の煽り芸からギスギスした空気を感じ取った安慈がじりじりと臨戦態勢へ移行中。
爆発は近そうだ……
他の組と違って全員が全員サーヴァントを携えて集結しているあたり、爆発したらそれはもう……
ケーキが美味しそうだった(現実逃避)


>宣戦布告

投下お疲れ様です!
二人の歳相応の、自分の心を割り切れない感じがとても好きです。
しかしなぎさちゃん、一人暮らしか……
戦争についてあれこれ詮索されないメリットもあるけど、原作のように兄が相談に乗ってくれることもない。
サーヴァントもアレだから精神的には文字通りの孤軍奮闘で、その中でも出来る限りの立ち回りを心がけてるのが『実弾』だった彼女らしい。
偽装によるカエダーマ大作戦は実際残りマスターの人数の分からない聖杯戦争だと妙手。
知世ちゃんも泣き寝入りはせず、自身の方針に殉じてくれたセリムのために死神様に宣戦布告。
でも死神様の容姿暴露が巡り巡ってとんでもないことを起こしそうな……(死神様ご一行を見ながら)
一時的な方針の一致から、変な形だけど同盟のような形をとることになった二人。
二人は一切気づいてないけどここにきらきーもそのうち寄ってくるから、タイミング次第ではすぐに二人の計画が同時に瓦解してしまう。
非常に綱渡りな二人組、どうなることか。
>綺麗な目をしていた。
目覚めた時から自分の勝手のために戦うと決めてたなぎさちゃんにとって、知世ちゃんの存在や方針は目を背けたいものなのかもしれないなあ。
あと、令呪の受け渡しの件については私は特に問題ないと思います。


637 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/06/21(火) 04:34:34 OulgtT7g0
感想のついでに、自己リレーばかりですが

フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)
キャスター(木原マサキ)
輿水幸子&クリエーター(クリシュナ)
玲&エンブリオ(ある少女)
プレシア・テスタロッサ

予約します


638 : ◆PatdvIjTFg :2016/07/02(土) 22:24:36 4PJGAhdI0
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
木之本桜&セイバー(沖田総司)
蜂屋あい&キャスター(アリス)

予約させていただきます。


639 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/07/08(金) 21:49:42 EkUlZNhk0
フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)
キャスター(木原マサキ)
輿水幸子&クリエーター(クリシュナ)
玲&エンブリオ(ある少女)
プレシア・テスタロッサ

予約します


640 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/07/14(木) 09:31:09 KWy/gRNQ0
間に合わないと判断したので現予約を破棄させていただきます。
何度も申し訳ありません。


641 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/07/15(金) 22:23:01 9Eze3kvQ0
月報です

少女聖杯  36話(+ 3) 33/40 (- 0) 82.5


642 : 名無しさん :2016/08/02(火) 16:43:31 82JsnMRs0
静かだ……
少女たちは夏休みだし外で遊んでるのかな


643 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/07(日) 13:36:24 XRncE2HM0
シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)
輿水幸子&クリエーター(クリシュナ)
玲&エンブリオ(ある少女)

予約します


644 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/14(日) 10:29:05 /nXCeMOU0
投下明日になりそうです
もう少々お待ちください


645 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:28:34 Dxjbc15E0
大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありません

シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)
輿水幸子&クリエーター(クリシュナ)
玲&エンブリオ(ある少女)

投下します


646 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:28:54 Dxjbc15E0


☆エンブリオ


  さいはて町に夜が来るのはいつ以来のことだろうか。
  さいはて町にも確かに『夜』は存在していたが、外の世界のように時間がたてば昼が終わって、昼が終われば夜が来るわけではない。
  時々ふと、思い出したように、あるいは住人がそうであってほしいと思った時に夜になるのだ。
  夜空を見上げながら箱に入った奇人、エンブリオが考えるのは、さいはてに夜を臨んだものの正体だった。
  あるいは、最初に番人として呼び出した『チェーンソーの殺人鬼』がかかわっているのかもしれない。
  彼はさいはて町における数少ない『夜』の象徴である。夜にしか現れないレアキャラだった。
  そんな彼の存在が、さいはて町を夜側に引っ張ってしまった、ということもありえるだろう。

「……マスターは、気に入ってくれるかな」

  満天の星空、大きな月、冷たい風。緩やかに冷める熱とともに眠っていく世界。
  昼間よりも少しだけやさしい世界を、玲はどう受け取るだろうか。
  彼女のことだ、『晩御飯の時間だ!』とでも言うかもしれない。
  できることなら、ゆっくり晩御飯を食べたいが……

「桃本!」

  住宅地の奥から、見慣れた姿が宝箱目指して走ってくる。
  揺れるはちみつ色の髪の毛は、いつもより慌しく揺れていた。
  そして、彼女の右手がしっかりと『異物』を握りこんでいるのを見て、エンブリオは少しだけ、眉根をひそめた。

「お帰りマスター。そっちの子は?」
「そう! この子、外で泣いてて! それで!」
「誘拐してきたの?」
「誘拐じゃないよ!! 誘拐じゃ……ゆ、誘拐じゃないよ!?」

  どうやら勢いで連れてきてしまったらしい。
  思い切りのいいことをするなあと思いながら、『異物』の方を見つめる。

「ボクは……」

  外ハネの少女の表情を見ると、エンブリオは、なんとも言えない気持ちになった。
  彼女の何を知っているわけではない。それでも、どこかで……あるいは心で理解できる気がした。
  彼女もまた、大切な誰かを失ってしまったのだ。玲と……エンブリオと同じように。
  だから、エンブリオには彼女のことを否定することはできなかった。
  彼女も『異物』ながら、この町を必要としている少女なのだろうから。

「それとマスター、マスターが表から連れてきたのはその子一人だけでいいんだよね」

  そして、外ハネの少女から目を切る。
  エンブリオの目に映っている『異物』は一人きりではなかった。
  住宅街の入り口近くにもう一人。シルクハットを被った、特徴的な少女が一人。
  特徴的だが、決してこの『さいはて町』の人間ではない。

「マスター、お願いがあるんだけど」

  その少女の目は、恐ろしいほどに冷たく、鋭い。
  憎悪、嫌悪、そういったものが混ぜ込まれ煮詰められたようなあまりにも悲しい瞳で、エンブリオを見つめている。

「少し離れていてくれない? どうも……」

  シルクハットの少女が羽ペンを取り出した瞬間、空間に突如、男が現れる。
  その男は驚くほどに長い槍を手に、まるで瞬間移動のような速さでエンブリオへと猛然と迫ってきた。
  エンブリオが玲への忠告を言い終わる暇などなく、宝箱は槍の縦一線で両断された。


647 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:29:17 Dxjbc15E0


☆シルクちゃん


「速いな」

  ランサーの蜻蛉切によって切り裂かれた宝箱は、既にもぬけの殻だった。
  霊体化して逃げたにしても手ごたえが軽すぎる。
  瞬間、シルクちゃんとランサーの立っているあたりの地面がすっぽり消えた。

「マスター!」

  ランサーの声と同時に、シルクちゃん手に持っていた羽ペンを振るう。
  すると大地の代わりに広がる虚無の向こうから、そうぞうの力の込められた塔がランサーの足場として聳え立った。
  ランサーがぐるんと蜻蛉切を振り、シルクちゃんもそれにしがみつくことで落下を回避。
  そして、蜻蛉切を伝ってランサーに並ぶように足場に降り立つ。

「悠長なことを言ってる場合じゃなさそうだ」

  言葉の内容とは裏腹に、どこかのんびりとした声。
  どこか現実離れした雰囲気を纏った、幼さの残る声。
  声と同時に、シルクちゃんとランサーと、二人の周りの世界にだけ超重力が降り注ぐ。
  二人の足場である塔がへし折れる寸前、ランサーはやおらシルクちゃんの襟元を掴み、蜻蛉切を振るった。

「結び割れ、蜻蛉切!」

  ぐんと魔力の吸われる感覚。そして、風が二人を飲み込む音。
  超重力が塔を遥か虚無の向こうに叩き潰す瞬間には、シルクちゃんたちはまだ消えていない大地に足を下ろしていた。
  ランサーはなにも断っていないが、きっと蜻蛉切の上位駆動を使ったのだろう。

「その子のことはあとで聞くから、さっさと逃げてちょうだいよ」

  再びの声。声の主をシルクちゃんたちが捜し当てるよりも早く、今度は逆に、シルクちゃんたちの足元が物凄い速さで隆起し始めた。
  どうやら、先ほどシルクちゃんがそうぞうした塔をそのまま真似したらしい。
  気がつけば、大地よりも星の方が近くなっている。このまま宇宙にでも放り出すつもりなのかもしれない。
  状況を確認し終えた時点で、すでに飛び降りるには高すぎる位置まで塔は伸びきっていた。ランサーはともかく、シルクちゃんがそのまま飛び降りれば地面を通り過ぎて黄泉の国まで落ちてしまうだろう。
  さらに、安易に飛び降りることをけん制するように、はるか遠い地上では無数の光が星のように輝いていた。

「ランサー」
「Jud.」

  ランサーがシルクちゃんを片手で抱きかかえ、塔から飛び降りる。
  シルクちゃんもまた、羽ペンを走らせてランサーの行く先に足場をそうぞうしていく。

「一気に行くぜ。振り落とされんなよ、マスター」
「君こそ、前はちゃんと見てくれよ」

  遥か下方から上空へ向けて『降り注いでくる』幾百幾千の光の矢を、時にはランサーが切り落とし、時にはシルクちゃんが打ち落としながら、徐々に徐々に下界へ降りていく。
  作られた足場の向かう先、地表近くで二人を待ち構えているのは異形の少女。その姿に重なった名は殻(エンブリオ)。
  その名には見覚えがあった。丁度先ほど、宝箱に重なっていたクラス名と同じだった。


648 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:29:35 Dxjbc15E0


  ほぼ落下と言っても差し支えないスピードで塔のてっぺんから駆け下りたランサーが、蜻蛉切を握りなおす。

「ぬ、おおおおおおお!!!!」

  咆哮とともに、二人を見上げて何事かを呟いていたエンブリオの頭のど真ん中を目掛けて蜻蛉切が振り下ろした。
  そして、エンブリオを真っ二つに割断した。いや、すり抜けたと言った方がきっと正しいだろう。
  勢いの一切殺されなかった穂先が深く大地を割る。その衝撃で、先ほど切り裂いたエンブリオの体は崩れ、空気に混ざり溶けていった。
  再び蜻蛉切の穂先が翻り、同時に羽ペンが宙に万能の魔法を描く。
  その二つの攻撃は、どちらもエンブリオを穿ち、そしてエンブリオに傷をつけることはかなわなかった。
  槍と術を受けた二人目、三人目のエンブリオが、やはり陽炎のように消えていく。

「うわわー、まさか初戦でこんなのと当たっちゃうのか」

  抱きかかえられていたシルクちゃんがようやく地に降り、服の裾を払い、シルクハットを被りなおす。
  そして、今度は声の主を見上げる。
  近づいたことで、ようやくその姿をはっきりと見ることが出来た。
  黒いワンピースの白髪の少女。右の背には三つに分かれた桃色の羽、左の背にはボロボロの漆黒の羽。
  それはまるで、天使と悪魔が混ざったような。あるいはそれは、子供の思い描く神様のような。
  英霊というにはあまりに現実離れした姿。それがシルクちゃんたちが標的と定めたサーヴァント・エンブリオの真の姿だった。

「よう、嬢ちゃん。手品の種は尽きたかい」

  異形を前にしても一歩も引くことなく、肩に蜻蛉切を担いだランサーが声を飛ばす。

「結構頑張ったんだけど、そんなにチャチだった?」

  対してエンブリオは、宙に浮いたまま、悠然と二人を見下ろしている。
  余裕の表れか、言葉もどこか現状からは浮いたようなものばかりだ。

「ようこそ、さいはて町へ。それで、何の用? 出口が分からないなら特別に案内するけど」
「その必要はないよ。目的のものをきちんと見つけられたから」
「へえ、なにを」

  シルクちゃんがゆったりと羽ペンを動かし、空で優雅に待ち構える作り物の神様を指す。
  ランサーもまた、同じように戦槍の穂先で神を捉えた。

「分かりやすいね。前口上はどんなのがお好み?」

  返事の変わりに魔力が空間を裂く。羽ペンが描いた光の矢がエンブリオの眉間を貫くために創造される。
  それが会戦の合図となった。
  ランサーが駆け、エンブリオが舞い上がり、互い目掛けて攻撃を放った。


649 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:29:51 Dxjbc15E0


  空に舞い上がったエンブリオに向けてランサーが飛び上がり、柄を最長まで伸ばした蜻蛉切を振るう。
  名を結んでいないため特別な割断は起こらないが、それを抜いてもランサーの豪腕から放たれる一撃である。風を巻き込み、地を割るくらいはわけでもない。
  エンブリオは豪槍の一撃を軽やかに避け、空中で両手を前に突き出す。
  空気中の魔力がぐんと音を立ててその両手のひらの間に収まる。それが魔法やそれに類する力の前触れだということは、地上のシルクちゃんからでもよく分かった。

「ランサー、下!」

  羽ペンを滑らせて住宅街に存在する民家の壁をランサーの足元まで伸ばす。即席の足場だ。
  ランサーが踏みしめればそれだけで脆く崩れてしまったが、それだけでもランサーが空中で軌道を切り替えるのには十分だった。
  すかさず蜻蛉切の長さが、遠距離戦用から近距離戦用へと切り替わる。

「『笑う天使の矢』」

  エンブリオの両手から黄色の閃光の球が放たれ、弾けて無数の矢に変わる。
  だが、矢が空中で速度を増すよりも速く、ランサーがエンブリオの正面に飛び込んでエンブリオごと全てを叩き切った。
  エンブリオの質素なワンピースに横一文字の切れ目が走る。血が流れないのは、傷が浅かったからか、それとも彼女が特別な存在だからか。

「わわわ、えっちすけっちわんたっち!」

  冗談めかした言葉と同時にエンブリオが両手を広げれば、エンブリオの姿が四つに増える。
  成る程あれが、着地の際にランサーとシルクちゃんが切り捨てたエンブリオのようだ。
  その四人のエンブリオが一斉にシルクちゃんとランサーの方に向けて両手を突き出す。
  まるで先ほどの巻き戻しのように魔力が収束する。傍目に見ても、四体のエンブリオがそれぞれ大掛かりな魔術を放とうとしていることがわかる。
  ランサーは空中で槍を振り切った状態である、普通に考えればそこからはただ落ちるだけ。普通ならば。

「『エンブリオ』だ!」
「Jud.!」

  その一言は、エンブリオも予想外だったらしく、ややたじろいだように見えた。
  その瞬間を見逃さず、ランサーが不適に笑う。
  身動きの取れない空中、確かに普通ならば落ちるだけ。
  だが、数多の戦場で武勲を重ねた本多・忠勝の、身体に染み込んだ武練は、容易に不可能を可能にする。
  穂先が翻り、四体のエンブリオの姿を捉える。七つのクラスに属さない、クラス名のサーヴァントと、その分身を。

「結べ、蜻蛉切!」
「おまけだ、受け取れ!」

  詠唱の途中だった四体のエンブリオの体に、まったく同じ深さの傷が走る。
  まったく同じ痛みに襲われたように、エンブリオたちはいっせいに顔を歪めた。
  シルクちゃんの放った魔法の光弾がその衝撃の隙間を駆け抜け、四つの傷口に深々と突き刺さり、爆裂する。
  三つのエンブリオが消え去り、痛みに悶える少女は一人きりになる。

  様子を確認しながら羽ペンで地面を削れば、空中で蜻蛉切を振るい終えたランサーのすぐ傍の地面が隆起する。
  ランサーはそれを踏み台に、エンブリオめがけて大きく跳躍し、縦一文字に槍で切り払う。
  今度は名を結ぶまでもなく。エンブリオの右肩からへその傍までを切り裂いた。


650 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:30:09 Dxjbc15E0


☆輿水幸子


  名前も知らない少女に手を引かれながら思い出したのは、いつかのこと。いつものこと。
  仕事のとき、二人の手を引くのは、いつも幸子の役目だった。
  二人ともマイペースで、おっとりとしたタイプだから、幸子が二人の手を引いて引っ張っていくんだ。
  カワイイカワイイユニット名の『カワイイボクと142's』のリーダーが幸子なのも、そういう理由だ。
  まだその日常から一日も経っていないはずなのに遠い昔のことのように思い出すのは、幸子が冷たいからだろうか。幸子が弱いからだろうか。
  もう手を引くことのできない少女のことを思い出しながら、幸子は、まるで実体のないものに引かれるように、どこか胡散臭い町を駆けつづけた。

  右目を薔薇で隠した女性の言葉が脳内で反響する。

  『私はきっと彼を生き返らせるためになんでもする。誰でも殺す。何人でも何百人でも殺す。
   私にとって彼は正しさや世界なんかよりもずっと重い』

  彼というのが誰かは知らない。
  それでも彼女がその『彼』を本当に大切に思っていたということは、幸子の小さな胸を突き刺した感情の律動で理解できた。
  包み隠さぬ言葉が幸子に投げかけたのは、とても残酷な問いだった。

  『あなたの例えに出てきた大切な人というのは、あなたにとってどれくらい重い存在なの?』

  幸子にとって輝子とはどれだけ大切なのか。
  大切だ。きっと幸子の現在において、五指に入るのは間違いない。
  彼女を生き返らせられるならば、なんだってしたい。
  でもそれはほかのマスターたちを、そしてこの戦争に巻き込まれている元の世界で互いに切磋琢磨してきた諸星きらりを殺すほど?
  わからなかった。
  答えられなかった。
  だから、幸子は黙って薔薇の彼女の元を去るしかなかった。

  彼女の家から離れる道すがら、幸子は泣いていた。また泣いていた。
  少し歩いて、気がつけばへたり込んで泣いていた。
  いくら泣いても答えは出せなかった。
  『何かを失う』ということも『何かを犠牲に何かを得る』ということも、それだけ、幸子にとっては衝撃的だった。
  さらに、薔薇の彼女と出会ったことで、幸子は知ってしまった。
  彼女のように、強い思いを胸に聖杯戦争に挑んでいる少女が居ることを知ってしまった。
  幸子自身が『そういう状況』に陥ったことで見えてしまった。
  聖杯でしか叶えられない奇跡にすがる人の世界が見えてしまった。
  幸子の『聖杯戦争を止める』という方針は、彼女たちの願いを、彼女たちの『大切』を真っ向から拒絶するということだ。
  そして、幸子自身が輝子を切り捨てるということだ。
  それは本当に正しいことなのか。
  こんなに傷ついているのに、こんなに悲しいのに、それでも聖杯戦争に抗うのは正しいことなのか。
  それとも、誰かの願いを押し伏せて輝子の蘇生を願うことが正しいのか。
  本当に正しいこととは何なのか。
  薔薇の彼女は大切なものの前で『正しいかどうか』が重要なのかと幸子に問うたが、そのことにも、幸子は答えを出せなかった。

  頭の中は混濁とし、逃がしきれない熱のやり場を求めるように、ぐるぐる、ぐるぐると回り。
  熱を冷ます冷却水のように、涙だけが止まらなかった。


651 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:30:26 Dxjbc15E0





  なすがままに走らされ、気がつけば、見覚えのない学校の裏手のプレハブに連れ込まれる。
  誰かのたまり場だったのだろうか、テーブルや、本棚や、お菓子が置いてあった。
  幸子の手を引いて走っていた少女は、手馴れた様子でお茶とお菓子を用意すると、少し不安げな顔でドアの向こうを眺め。
  しばし思案を巡らせたあと、幸子に向き合って、こう切り出した。

「えっと……あなたはここに隠れてて。
 ここなら、隠れる場所もあるし、いざとなったらマルサの皆が助けてくれるから」

  マルサというものがなにかはわからない。
  それを説明する時間もないというように、玲はもう一度ドアのほうに向き直った。

「あなたは、どうするんですか……」
「……私は、桃本のところに行ってくるから。あなたは隠れてて、ね?」

  名前も知らない少女は、弱弱しく笑った。
  そして、去り際に振り返り、手を振って去っていく。
  幸子は何も言わずに、その背を見送った。幸子は弱いから、見送る以外にはできなかった。
  幸子に背を向けて揺れる長い髪に、輝子の影が重なる。
  幸子を置いていってしまった輝子の幻影。もう追いつけない、駆け抜けてしまった悲しい影法師。
  目頭がかっと熱くなり、奥歯をかみ締める。腕が、脚が震えてしまう。
  怒鳴るように声が突き出た。

「なんで、なんで行くんですか!?」

  少女は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。蛍光灯に照らされたはちみつ色の髪は、砕けた月みたいに綺麗だった。

「あんな怖い人たちが居るのに! なんで、なんであなたは、あなたたちは!!
 死んじゃうかもしれないのに……死んだら……死んだらこんなに! こんなに悲しいのに!!」

  言葉は、名も知らない少女に向けたものだけではない。
  あの時立ち止まって幸子を見送った輝子の影にも宛てた問い。
  その問いを聞いた少女は、ゆっくりと、思いの丈を綴った。

「……私ね、桃本に会えて、幸せだったんだ」

  その答えに、幸子の心臓は鷲づかみにされたみたいな感覚に襲われた。

「私、昔のこと思い出せないから、昔のことはなんとも言えないけど。
 でも、でもね。何でか知らないけどね、桃本に会って、それからずっと幸せだったんだ。
 だから、行きたいの。桃本が戦ってるなら、私に出来ることをしたい」
「だから、って……そんな、そんなの……理由に……」

  しどろもどろになる幸子を見ながら、少女は笑顔で……今度は、屈託のない笑顔で答えた。

「友達だから、じゃだめかな?」

  少女が再び幸子に背を向け、進みだす。
  涙があふれた。
  零れ落ちた雫を拭いてくれる人は、今の幸子には居なかった。


652 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:30:44 Dxjbc15E0


  世界が狭くなっていくのを感じながら、幸子はまた、別れの瞬間を想起した。
  最後の言葉が、あんな言葉でよかったわけがない。
  最後に見せた顔もカワイイ幸子からはかけ離れた涙を浮かべた表情だった。
  どこを切っても後悔しか残らない。きっと、幸子はこれからずっと、あの時のことを後悔し続ける。

  名前を知らない二人の少女の答え。
  それはきっと、彼女たちなりの答え。
  あの時の幸子では到底たどり着けなかった、星輝子を救えたかもしれない答え。
  悔しかった。辛かった。悲しかった。
  大切な友人のために、自身の納得の行く答えを導き出せなかったことが。
  ひたすらに許せなかった。
  もし導き出せていたなら、救えていたかもしれない過去が。
  輝子の大切さを、失うことの辛さを、『友達』という言葉の意味を忘れていたことが。

  名前も知らない少女の背中が遠ざかっていく。
  あの時の幸子とは逆だけど、幸子はあの時の幸子のままだ。
  巻き戻しのように。あのときの感覚が戻ってくる。
  胸の痛みが胃に落ちてきて、締め上げるような痛みと、焼くような熱に変わる。
  そして、その熱が火をつけた。体の奥でぐるぐるとまわりつづけ、燻っていたものに。

「令呪を……」

  背を視線で追いながら、幸子は生まれてはじめての感覚に包まれていた。
  もし、幸子が風船だったら破裂していた。
  幸子が火山だったら噴火していた。
  今まで感じたことのないどす黒い感情の大嵐が渦巻き。
  そして、幸子の意思に関わらず、出口を求め、脳の裏から目の奥を通って口に抜ける。

「令呪を持って、命じます……」

  その日、輿水幸子は、生まれて初めて感情を負の方向に爆発させた。
  わかり易くいうならば、『キレ』たのだ。
  ただ怒るのではなく、抗いがたい負の連鎖に支配された。
  ただ悲しむのではなく、崖を転がり落ちるような劣等感に身をゆだねた。

「今すぐに、ボクの元まで来なさい、クリエーター」

  静かな声。淡い光が世界に広がる。
  言葉に導かれるように、幸子の背後で轟音が生まれる。


653 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:32:03 Dxjbc15E0


「あはは」

  振り返った幸子の目の前で、プレハブ小屋の中の空間が歪む。
  巻き起こる風によって小屋内の家財が薙ぎ倒され、開けた空間に存在しないはずの世界の通路が口を開ける。
  その中から響くのは、狂ったような笑い声。

「あはははははははは!!!! ははは、ははははははは!!
 はははは、ははは、はぁ……あー、おっかしい」

  笑い声に包まれながら現れたのは朱髪の少女。
  年の頃は、幸子と呼ばれた少女たちよりも、エンブリオたちよりも少しだけ大人びている。
  その姿に重なる文字は『クリエーター』。

「元気がないじゃないか、世界一可愛い僕のご主人様。
 せっかく、君程度の呼びかけにこたえて来てやったってのに。もう少し喜んでくれてもいいんじゃないかな?」

  今朝ぶりの再会となったクリエーターは、やはり回りくどく、そして直球で悪意をぶつけてくる。
  クリエーターは、とても楽しそうに頬を歪めて笑っていた。
  でも、瞳の奥は、決して笑ってはいなかった。

「で、どうだった、サチコ。君の可愛さで世界は救えそうかい?
 僕の力なんか借りないって言った今朝の君はどこに行っちゃったんだい?
 世界は君を甘やかして、煽てて、その結果はどうなったのか、僕にもわかりやすく教えてくれよ」

  紡がれる言葉は、一つ一つが心を抉る棘。

「言わなかったかな。世の中そんなに甘くないって。
 褒められ、そやされ、煽てられ、崇められ、甘やかされ、敬われ、傅かれ、畏まられ。
 そして、それらと同じだけ、愛されて、愛されて、愛されて、愛されて、愛されて、愛されて、愛されてさあ!!
 そんな君が手に入れられた結果はどうだ? 大切な友達は救えた? 戦争は終わった? 君は世界に勝てたかい?」

「……うるさい……」

  返答に、いつものような自信に満ちた輝きはない。
  それを察してか、クリエーターは、つまらなさそうに鼻をならした。

「あのさあ、そういう言い方はちょっとないんじゃないかな。
 どうしたんだよ、君はそんな子だったのかい? みんなが大好きな君はそんな子でよかったのかい?
 愛されたいと誰より望んで、愛され続けた可愛い可愛い愛人形は、そんな醜い言葉を吐いちゃいけないよ。
 笑いなよ。胸を張りなよ。自分が可愛いとのたまっておくれよ。皆それを望んでるし、君もそれを望んでるはずだ。
 友達と笑うために、プロデューサーに胸を張りたいがために、なにより君がいつまでも可愛らしく可憐でありたいがために、愛されるために、君は僕に啖呵を切ったんじゃないか。
 これが君の選んだ答えだ。昔の自分の笑顔から目を逸らすなよ、過去の自分に胸を張って向き合えよ」


654 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:32:16 Dxjbc15E0


「うるさい!!」

  口から飛び出す言葉を、幸子はとめることができなかった。
  今の幸子を動かしているのは、輝子を失った取り返しのつかない後悔と、その状況を追体験させられ、なおも無力な自分の存在への苛立ち。
  涙をぼろぼろこぼしながら、右腕を突き出して叫ぶ。

「命令です! 令呪を持って命じます! ボクを襲うサーヴァントを、ボクの友達を傷つける人を、『ボクの敵を倒しなさい』!」

  幸子の右手が光を放ち、令呪が一画天に昇る。
  しかし、クリエーターはその様子を見送って、頬を掻いたあと、大きくあくびをしながら言った。

「……あのさあ、言ったよね、サチコ。その三つのラクガキが他のサーヴァントにとってどの程度の意味を持つのか知らないけどさ。
 僕にとってどれだけの意味を持つと思う? そんなので自殺を命じられるよりも、今の君の醜態のほうがよっぽどキツいよ」

  クリエーターは言葉のとおり、令呪などどこ吹く風という姿勢を崩さない。
  幸子がどれだけ暴れても世界は変わらないという事実をあらわすように、巨大な壁として立ちふさがる。
  そのたたずまいだけならば、紛れもなく。
  この我侭で悲観癖な少女もまた、神と呼べるだろう。
  改めて無力さを突きつけられ、それでも今度の幸子は立ち止まれなかった。
  ぐつぐつと煮えくり立つ感情がエンジンを動かしつづけるように、混ざり合った感情に任せて駆け出した。
  何ができるとか、どう動くとかはまったく考えていなかった。
  無為無策のまま、ただ、救えなかった過去に抗うように、名も知らぬ少女の背を追った。


655 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:33:45 Dxjbc15E0


☆クリエーター

  そもそも、令呪に従ったのも気まぐれだ。
  クリエーターに頼らないと言い切った幸子の顛末にささやかながら興味がわいただけだった。
  呼び出された先の幸子の顔ったらなかった。この短時間でどれだけ叩きのめされたのかがよくわかる。
  クリエーターにとっての幸子は、呼び出しただけの存在だ。好きも嫌いもありはしない。
  だから、エリナーやアシカにそうしたように、ひたすらに彼女の事実を冷静に突きつけてやったまでだ。
  今朝ぶりの幸子は見る見るうちに顔を青く赤く変色させ、怒鳴り散らしてクリエーターを放ってどこぞに行ってしまった。
  楽しかったかどうかと聞かれれば、微妙だ。

  駆けていった幸子を見送ったあと、クリエーターは少しだけ顔をゆがめた。
  今度は笑顔ではなく、どちらかといえば苦々しい感じに。

「積み上げてきたものが突然なくなるってのは、たぶんすごく辛いんだろうね。
 それはきっと、僕じゃあ絶対に、分かんない辛さだ。
 そこんところは、僕は君に同情するよ、サチコ」

  奴隷商に捕らえられ人としての権利を奪われ、敵を倒し生きるために永遠に脱げない鎧によって外見を奪われ、先に進むために命すらも奪われ。
  そんな中で出会い、交友を深め、永遠をともにしたいと願ったたった一人の人にさえそっぽをむかれ。
  奪われ続け、負け続けた人生の中で、負けることの辛さは痛いほどに理解した。
  どん底の辛さを誰よりも知っている。
  手を伸ばされない悲しさを誰よりも知っている。
  クリエーターが顔をゆがめた理由は、別に幸子がどうとかは関係ない。
  ただ、幸子の姿に昔のクリエーターが重なるようで、不快で不快で仕方なかったからだ。
  だから同情する。
  あの頃の、救われていなかったどん底の少女の影に同情する。
  クリエーターの方針に変更はない。
  ただこの数時間で、彼女に気まぐれを起こさせる程度の存在には、幸子は変化していた。
  幸子は強く『勝ち』を望んでいた。
  これからがどうなるかはわからないが、この瞬間だけは、クリエーターにとって幸子は気まぐれで手を貸すに足る人物であった。

「今回だけ特別だ。見事地面に落ちた自称・天使ちゃんのために、一肌脱いであげようじゃない」

  これも気まぐれみたいなもんだ。
  これが終われば、そのまま元通り。
  クリエーターは勝ちを目指し、幸子は泣き寝入りか、それともクリエーターのように勝ちを目指すか。
  ただ、クリエーターは、救えなかった自身の過去に決別するために、力を振るう。
  それが結果的に幸子の今を守ることになるとしても、クリエーターには関係ない。

  クリエーターの姿が消える。
  霊体化し、すべてを透過して進む先は、魔力のぶつかり合う闘争の渦中。


656 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:34:45 Dxjbc15E0


☆エンブリオ

  エンブリオにとって悪い展開が重なってしまったとしか言いようがない。
  ランサー襲撃の瞬間、玲が近くに居たことで行動を大きく制限されてしまった。
  住宅街全域の大地を消したり空気を消したり空を消したりすれば、さっさと勝ちは拾えていたかもしれない。
  だがその場に玲が居る以上そんなに大きな技は使えない。結果としてかなり限定的な世界改変で戦うことになり、あっさりと距離を詰められてしまった。

  さらに都合の悪いことに、相手はエンブリオとよく似た『そうぞう』の力(一応マホウと仮定しておこう)を用いてきた。
  ランサー一体ならばまだいかようにでも戦いようもあっただろうが、エンブリオにダメージを与えられる練度のマホウを操ることができるマスターまで居ては分が悪い。
  いかにさいはてにおいて神に等しい力を持っているとしても、所詮エンブリオは『人に打倒された神』でしかないのだ。
  しかもその神の力もサーヴァントとして召喚されるに当たって制限が加えられている。
  正統で強い英霊と、同種の『そうぞうの力』を操る相手を敵に回して、余裕を保ってなどいられるわけもなく。
  距離を離しても足場を作られ近寄られ。攻撃をしても迎撃され。分身を作っても即座に破壊され。
  あれよあれよという間に、かなりの深手を負わせられてしまった。
  幸いなことに、霊核に至る損傷ではないものの、それでも傷は大きい。
  サーヴァントなので放っておけば治るだろうが、目の前の二人が放っておいてくれない。
  体勢維持すらままならないこの不利の中で、エンブリオはなんとか、二人を相手しきらなければならない。

  交戦を始めて、傷を受けて、ようやく思考がある事実に至った。
  『チェーンソーの殺人鬼』を倒したサーヴァントがこのさいはてに存在している。
  時計塔をさいはてに塗り付けたものがこのさいはてに存在している。
  なるほど、この二人なら、確かにやりかねない。

「だからって、こちとら、負けてる暇なんてないんだよ!」

  傷を庇いながら空を飛び必死でマホウを放つが、巨大な壁が現れて防がれる。
  さらにその壁を足場にランサーが飛び上がり、一気にエンブリオに肉薄してくる。
  ランサーの槍を避けてもその先にはシルクハットのマスターのマホウが逃げ道に設置されており。
  それを避けようと往なそうと、また別の足場を蹴って飛び上がっているランサーと鉢合わせてしまう。
  敵ながら見事にエンブリオの行動を制限しきっている。

  せめてどちらかの足止めさえできればとマホウの照準を絞ろうとしても、攻撃が絶えず襲ってくる状況下では撃つまでにどうしても隙が生まれ、その時間で守備・迎撃の準備の時間を与えてしまう。
  『クアドラブルスペル』で人数を増やしてその隙を埋めようにも、先ほど同様、四人まとめて切り捨てられる始末だ。
  分身とともに、今度は黒い羽の一枚が切り裂かれる。
  つられて振り返った眉間にマホウが衝突し、爆裂する。
  仰け反った身を起こせばそこにはすでにランサーが居て、槍は当然振るわれていて。

「―――ッ!」

  黒い羽の残りの二枚が切り裂かれ、たまらず喉から悲鳴があがった。
  そのまま、痛みと重力にもみくちゃにされながら地面にたたきつけられる。
  硬い物の折れる音がした。体の下敷きになっている腕の痛みの原因はきっとそれだ。
  くらくらと揺れる世界のままで体を起こす。世界は赤く染まっていた。今も昔もエンブリオに血が通っていた覚えはないけど、頭が割れても血が流れるらしい。
  赤く染まった世界の中で、白く煌くものがあった。
  それがランサーの白髪と槍の穂先の煌きだと気づいたときには、すでに槍はエンブリオの首めがけて振りぬかれていた。


657 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:35:30 Dxjbc15E0


  鈍い金属音。
  エンブリオの首を跳ね飛ばすように薙がれた槍の一線が、彼女の首のはるか手前で止まった音。
  ひゅんと眼光の軌道を残したまま、ランサーが目にも留まらぬ速さで一回転し、阻まれたのとは逆側からエンブリオの首を狙う。
  しかしやはり鈍い音を残すだけで、エンブリオの余裕の表情を崩すことすら出来なかった。

「■■■■■■■■■■■――――――ッ!!!!」

  初めにランサーの槍を防いだ方―――エンブリオから見て左側にいつの間にか現れていた人物が、咆哮とともに右手に携えた方天戟で斬りかかる。
  身をかわしたランサーに向けて、二撃目を防いだ偉丈夫が薙刀を構えて飛び出す。
  方天戟を避ければ薙刀が、薙刀を避ければ方天戟が、巧妙にエンブリオへと迫るランサーの槍の穂先を防ぎながら、執拗にランサーへと迫る。

  その二人は一見『英霊』であるように見える。
  だが、正当な英霊ではないということは理解できる。彼らはまるで英霊の影から生み出された贋作のように色を失っていた。

  しかし正当な英霊ではないにせよ、彼ら二人の技量が一蹴に出来ないものであるということは、ランサーも先の斬り合いで理解できているようだ。
  一対一ならばその贋作(影英霊、シャドウ・サーヴァントとでも呼ぼうか)程度三合も斬り結ばずに相手を容易に掻き殺すだろう。
  二対一だろうと、十数秒で決着はつく筈だ。だが、敵は方天戟の影英霊に薙刀の影英霊だけではない。
  跳び退り、二人のうち技量の上回っている方天戟の影英霊から斬り捨てようとしたランサーに向けて、火炎の龍が牙を向く。
  すんでのところで炎の龍を避けきったところに、薙刀と方天戟が間をおかずに攻めてくる。
  エンブリオが振り返れば、そこには初めて見る少女が立っていた。

「おいおい、なんでもありかよ」
「そう、なんでもあり。勝ちってのはなんでもやって掴むものなんだ。君なら知ってるはずだろう」

  火炎の龍の繰り主は、防戦を強いられているランサーを皮肉るように笑っている。
  すかさずエンブリオもマホウを集束し、『笑う天使の矢』を放つ。数十の光球が宙にばら撒かれ、それぞれがマホウの矢となりランサー目掛けて空を翔る。

「だったら―――!!」

  声をあげたのはシルクハットのマスターだった。
  羽ペンを翻し、空中にマホウを放つ。赤い流れ星が乱れ飛び、ランサーに向かっていたいくつかの矢と桃髪のサーヴァントへと向かう。

「油断ならないなあ」

  桃髪のサーヴァントは、まるで天地開闢のときの創造主さながらに両手を広げる。
  シルクハットのマスターからから放たれたマホウを、巨大な蚊取り豚が受け止めて消滅する。
  そして、地にばら撒かれた蚊取り豚の破片から、無数の戦車が創造される。
  風景が歪み、生み出された数多くの戦車の彼方にまた新たな影が二つ生まれる。

    >呂布と遭遇!
    >弁慶と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >74式と遭遇!
    >処刑人と遭遇!
    >ウィザードと遭遇!

「かかってこいよ、全力で。その全力を叩き潰して、泥を舐めさせてやる」

  無数のモンスターが、桃髪のサーヴァントのその言葉をきっかけに動き出す。
  どれもが負傷しているエンブリオをまったく眼中に入れることなく、ランサー主従へと攻撃を仕掛けだした。


658 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:35:59 Dxjbc15E0


  不明なサーヴァントの乱入によって戦況は変化した。
  さしものランサー主従も数の差を埋めるのはてこずるらしい。
  乱入サーヴァントのモンスター創造によって戦線を維持し続けているかぎり、均衡を崩されることはない。
  だが、あくまでも均衡を崩されることがない、ということ。
  本当に恐ろしいのはやはりランサー主従のほうだろう、とエンブリオは認識を新たにしていた。
  どんなトリックかはしらないが、槍の一振りで十数体に上る戦車がまったく同じ槍傷を受けて消滅した。
  マスターの方も影英霊の単調な動きを看破したらしく、それまでの大技ではなく落とし穴や壁のような小技で行動を制限しにかかっている。
  ならばとエンブリオたち二人が足並みを揃えて攻撃をしかけても、どちらかが必ず守備に徹し、傷ひとつ与えることができない。

  現状は拮抗しているが、生前(エンブリオの逸話的に生前と呼んでいいのかはわからない)とは違ってさいはての真ん中に居る今でもエンブリオの魔力は有限である。
  体の負傷も激しく、このまま戦闘が続けばあと数分もしないうちにエンブリオは消滅するだろう。
  急ぎ決着をつけたいが、このままでは押し返されることすらありえる。
  ならば、打つべき手は自ずと限られてくる。
  ある種の賭けになるが、エンブリオには現状を打破できる切り札が存在していた。

「桃本!」
「……マスター……なんで」

  駆け寄ってくる姿と、焦りを孕んだ声に驚愕する。
  せっかく時間を稼いで逃がした玲が帰ってきてしまった。

「……クリエーター、さん? あなた、どうして」
「言ったろ、僕は勝つって。君と違って、負けて項垂れて泣き喚くなんてまっぴら、それだけだ」

  しかも、外ハネ髪の少女(おそらく桃髪のサーヴァント……クリエーター、と呼ばれた少女のマスター)と一緒に。
  これでは、戦闘に支障が出る。出るなんてものではない。戦闘続行不能レベルの負傷に弱点であるマスターの露呈、これが本当の出血大サービスってやつだ。
  なんとか立ち上がり、すこしでも玲たちを隠せるように無事なほうの翼を広げる。

「お願い、治って……!」

  後ろから聞こえたのは、小さな声。間違いなく玲の声だった。
  その声とともに、エンブリオの肉体が『戻った』。
  まるで時計の逆周りのように、ざっくりと切り裂かれた傷が、切り捨てられたはずの翼が、割れた頭が、おまけに裂かれたワンピースまで、綺麗に元通りの状態になった。
  あまりにも予想外の出来事に、思わず振り向く。そこには、胸の前で手を組んだままの玲が居た。

「おいおい、つまりそういうことだったのか」

  それは、玲にとっては何気ない動作だったに違いない。誰かがそういう力を与えてくれていた、とそう理解していたのだろう。
  だが、エンブリオにとっても馴染みの深いその力は。

「君、開拓者だったのか」
「蟹たくさん? とれとれぴちぴち?」


659 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:36:29 Dxjbc15E0


  やはり、玲にその自覚はないらしい。
  きっと『    』と一緒だ。開拓者としての自覚なく、その力の本質のみを知っていたのだろう。
  この瞬間にはとてもありがたい。
  だが、その力は。『    』と同じ力ということは。

「じゃあ、やっぱり君は―――殻を破るために、居るんだね」
「黄身が殻を破る!? もしかして、超常現象!?」
「いや、いいよ。こっちの話だ」

  エンブリオにとって殻を破る者は不倶戴天の敵のようなものだ。
  出会った頃から……エンブリオを呼び出せたという事実からなんとなく察してはいたが、こうして実際に目の当たりにされると、寂しさがある。
  彼女もまた、エンブリオに背を向けてさいはてを出るかどうかを選ぶときが来る。
  殻を破るものの力を与えられるということは、彼女はエンブリオとはずっと一緒にいられない、いつかこのさいはてを出て行くということだ。
  それはエンブリオの存在の否定。本当なら勘弁願いたい。
  だが。
  だが、せめて。

(勘弁願うとしても、その『殻を破るかどうかを選ぶ権利』くらいは、守ってやらないとね)

  殻を破るかどうかは玲に選ばせる。
  玲の満足の行く形で傷に向き合わせる。
  決して、この場で他人に……あのランサー主従に押し付けられるものではない。

「ねえ神様」
「なにかな神様」

  冗談めかして飛ばした呼び名に律儀に答えるのは創造主(クリエーター)。
  エンブリオとは違う、純正の神様の名を持つ少女。

「君ってば、私の味方?」
「敵だよ。いずれは君も殺す。
 ただ、今は僕のマスターのお願いを聞いて、敵の敵になってるってだけだ」

  クリエーターは一歩も退かず、絶えずモンスターを量産して包囲網を維持し続けている。
  その顔にはまだ余裕が見える。まだまだ底知れない、奥の手を残しているという顔だ。

「あっそ。じゃあ、敵の敵の今だけ忠告。次のは、ちょっとヤバい技だよ。
 時間が結構かかるかわりに当たれば痛いじゃすまないから、避けることをお勧めするね」
「ご丁寧にどうも」

  エンブリオは舞い上がる。空高く。
  高く、さらに高く、槍の有効距離よりも高く舞い上がり、眼下に有象無象を見下ろす。
  両手を広げ固有結界<<さいはて町>>と繋がり、口ずさむのは『魔王』としての前口上。
  呪文にも似た前口上が、彼女の体に最愛の一撃を放つためのマホウを集束させる。


660 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:37:09 Dxjbc15E0


 ―――目と耳を塞いで朝日から逃れよう
    西日が射したならカーテンを閉めよう
    親しい誰かを失わないように―――


  一節、二節、三節。
  最初に、在りし日の自分への戒めを綴る。
  淀みなく紡がれる言葉が、マホウをひとつ束ねる。
  大気がうねり、遥か遠くから香る花梨の匂いを巻き上げる。


 ―――虹の空には唾を吐き
    夜の月にはワラ人形を
    美しい世界に勘違いしないように―――


  四節、五節、六節。
  続ける言葉も自分に向けて、殻を作り上げたあの日の自分に向けて。
  それは痛みを逃れる処方箋。世界一綺麗な呪術。遠いあの日の罪の形。
  更に強大なマホウが、エンブリオの両手の内側の世界に集まる。マホウがもうひとつ束ねられる。


 ―――今となっては 全て幼い日の幻
    されど私は望む あの日への回帰を
    千年の喪に服すために
    世界中が喪に服すために―――


  七節、八節、九節、十節。
  詠唱が完成する。世界に向けた懺悔が終わる。みっつめのマホウが束ねられる。
  両手をかざし、自身の存在すべてを掛けた懺悔によって、世界に知ら示す。
  これが彼女の望んだ殻。
  これが彼女の望んだ町。
  これが彼女の望んだ病院。
  これが彼女の望みのもっとも深く、もっとも黒い根源。
  世界の片隅の、誰でもなかった神様の、神様ではなかった誰かの生み出した、精一杯の悪あがき。

「真名開放――ー」

  その宝具は、祈り。
  千年の喪より遠き思い出へと向けた弱虫の涙。

「『桃源祈祷』」

  言葉が風に乗った瞬間、その祈りは世界を埋め尽くす。


661 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:37:55 Dxjbc15E0




  願いは風に乗った。
  投影されたあの日の呪いが、自分勝手な八つ当たりをぶちかました。
  全力を放ちきったエンブリオの開いた目には、地に伏すシルクハットの少女の姿だった。
  穏やかながら肩で息をしているところを見ると、エンブリオのマホウ『桃源祈祷』を受けて生き抜いたらしい。

  町の最も罪深き記憶を力に変えて放つ最大のマホウ・『桃源祈祷』。
  呪いの力の根源たる『微笑みの像』が少しだけ傾いたためあの日のように死の因果を押し付けるはもうないが、それでも、相手に与えられる限りの最大をぶつけるマホウ。
  もし、かすり傷ひとつでも負っていたならば、シルクハットの少女は死んでいたはずだ。
  あれだけの乱戦でかすり傷ひとつ負ってないというのが驚異的ではあるが、それでも彼女は地に伏した。
  必殺の一撃を喰らい生き残ることは運がいいのか、悪いのか。
  きっとそれは、エンブリオには判断のつかない世界だ。

「ひゅう」

  唐突に背後から聞こえた口笛。音の主はクリエーターだった。
  振り返った先でエンブリオの羽と似た色の桃色の髪をなびかせて、エンブリオと同じようにシルクハットのマスターを眺めている。

「これがいわゆる、触らぬ神に祟りなしってやつかな?」
「君みたいに勝手にばちをあてにくる神様も居るんだろ? だったらもう、引きこもるしかないんじゃない?」

  神様同士の他愛もない会話。意味なんてなく、敵意も今はまだ存在しない。

「桃本……」

  小さな声が寄ってくる。
  心配そうな顔をした玲がエンブリオに寄っていいものかどうかを思案しているようだった。

「……この姿、見せるつもりはなかったんだけどね。
 玲には、のんびりしててほしかったから」

  照れ隠しに笑うと、玲も笑い返してくれた。
  どうやら、エンブリオが思っている以上に彼女は強い人間みたいだ。
  悔しいが、この調子ならきっと彼女もそのうち、『    』やハルナのように、この町と向き合う日が来るのだろう。
  とても悔しい。今から呼び止める方法を考えていたほうがいいかもしれない。食べ放題とかでいけるか。

「……桃本、ごめんね。逃げてって言われたのに、帰ってきちゃって」
「いいよ、別に。おかげで助かったから結果オーライだ。あんがとね、マスター」
「お取り込み中悪いけどさ」

  遮るように挟まれたのは、クリエーターの言葉。
  それは、このさいはて町には似合わない、あまりにも現実的な一言だった。

「どいてくれない? さっさとその子にとどめさしときたいんだけど」

  クリエーターは、冷め切った双眸で玲とエンブリオと、その奥に倒れているシルクハットのマスターを見つめている。
  彼女の突き出した両手にはマホウと似た力がみなぎっていた。


662 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:38:17 Dxjbc15E0


  溜息をつきたくなるのは何度目だろうか。
  今回さいはてに迷い込んでくる人間は、どうしてこうも血の気が多いのだろう。
  さすがに玲の教育上良くないのでどう止めるべきかを考えていると、

「……殺すん……ですか?」

  玲の連れてきた外ハネの少女が、クリエーターに言う。
  クリエーターは不愉快そうに鼻をならす。

「当然だよ。この子見逃してどうすんのさ。
 サーヴァントに逃げられた以上、この子を殺す以外にないだろ?」
「……でも、その子も……その子にも……」

  その問いを聞いて、玲がそっとエンブリオに耳打ちをした。

「桃本、結局サーヴァントってなに?」
「話せば長くなるんだけど……玲にとっての私みたいなもん」
「友達?」
「だと、いいんだけど」

  ひそひそとやりあった後で、クリエーターのほうを見つめる。
  どうにも、ただで譲ってくれそうはなさそうだ。
  ずいと玲をかばうように一歩前に出る。傷が治ってと気が大きくなった気がするが、気のせいではないだろう。

「ねえ、やめてくんない? 外ならともかく、この世界でそんな血生臭いことしてほしくないんだけど」
「どけよ。今度は敵の敵じゃすまなくなるぞ。死にぞこない」
「今はもう元気だよ。百倍にね。試してみる?」

  ハッタリだ。傷は治ったが魔力は回復していない。
  だが、クリエーターはエンブリオの動向に目を凝らしているように見える。
  『桃源祈祷』の印象が残っているのだろう。
  その印象を上書きするように、エンブリオのほうから切り出す。

「さっきの、溜めは長い奥の手だけどさ、令呪を使えばあんなのすぐに溜まるよ。
 そうすると、君も、君のマスターも、そこの子と同じ有様になるわけだけど、それでもいいならかかって来なよ」

  玲の息遣いが変わったのを感じる。
  令呪についてはそれとなく教えてあったので、彼女もこの後戦闘が始まった際の行動については理解してくれたようだ。
  クリエーターは、変わらずじっと視線を投げかけてくる。その目は、ついさっきシルクハットのマスターがエンブリオに向けていたものとよく似ている。
  この場所……というか、この世界にあるすべてが大嫌いって目だ。


663 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:39:13 Dxjbc15E0


「クリエーターさん、例えばですけど」

  エンブリオとクリエーターのにらみ合いの中、沈黙を破ったのは外ハネの少女だった。

「令呪であのサーヴァントを呼び戻して、そっちを倒すんじゃ駄目なんですか」
「馬鹿だねサチコ。サーヴァントを殺したいから呼び戻せなんて、聞くわけないじゃないか」

「でも、彼女だって、説明すれば……」
「他人を躊躇なく襲えるやつが説明程度で止まると思ってるなら、君は本当の大馬鹿だ。世間知らずもいいとこだ。もっと荒波に揉まれなよ」

  クリエーターの言うことはもっともだ。
  さらに説明を付け加えるならば、『無理やり令呪を使わせる』という方法も使えない。
  シルクハットのマスターは今瀕死だ。比喩ではない。体は綺麗だが実際に死の際ギリギリなのだ。
  傷をつけるまでもなく、玲が苦しみもがく彼女にグーでパンチしただけで死んでしまうだろう。呪いの力とは、そういうものなのだ。
  仮に令呪を使えと迫って彼女が嫌がり身をよじれば、それだけで彼女は死ぬ可能性がある。

「……じゃあ、閉じ込めましょう。もう何もできないように」

  幸子と呼ばれた少女は、もうひとつ代案を出し、なんとか『殺す』ことから方向を逸らそうとしている。
  彼女が『誰かを失った』というエンブリオの見立ては有っているのかもしれない。

「サチコ」

  クリエーターが幸子に向きなおる。
  ついに両手は下げられたが、その代わりに口からマホウよりもきつい言葉を吐き出し始める。

「君、何にもわかってないよ。大事なものを失ってもまだ甘え続けるんだね。
 勝つでも負けるでもない、この世界じゃ絶対に存在しないあいこの道を探していくつもりなんだね。
 それは心遣いじゃない、救いの道でもない、決断からの逃げだ。結局、君はまた逃げるんだ。
 喉元の熱さが引いたから、これ幸いと戦いから目を逸らそうとしてるだけだ!!」

  幸子の顔が悲痛に歪む。クリエーターの言葉はさらに加速していく。

「中途半端なやつ。痛い目を見てもまだ、楽観的な思考で未来に夢を見続けて。
 その中途半端で救えないことがあったんじゃないの? それでも決断から逃げるっていうなら、君は歴史的な甘ちゃんだよ!」

  幸子はただ、返す言葉もないという風にいわれるがままにされていた。
  歯を食いしばり、それでも道は譲らずに、クリエーターと向き合っている。
  それは矜持かもしれないし、単なる負けず嫌いやヤケクソかもしれない。

「自分勝手なやつ。僕は君のそういうところが大嫌いだ。
 いい機会だ。中途半端を選ぶってことがどういうことか、改めて、身を持って知っておきなよ」

  創造主が両手を広げた。
  エンブリオと同じように、『世界の神』としての力を放つ。
  世界が光に包まれ。
  数秒後、シルクハットのマスターは完全に消え去り、幸子はゆっくりと地面に倒れ伏した。


664 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:43:11 Dxjbc15E0




  クリエーターが両手を広げた瞬間、さいはて町内に不明な場所が出現した。
  いや、不明な場所が書き換えられたと言ったほうが正しい。
  黄金ヶ原あたりに感じていた不明な場所が、そっくりそのまままた別の存在に変化したのを感じた。
  成程、呼び名にたがわず創造主(クリエーター)。世界創造までやりおおせるなんて、なんでもありすぎだ。
  ただ、気になることがある。彼女のマスターが突然倒れた理由だ。

「一つ聞きたいんだけど」
「なにさ」 

「君、なにやったの」
「殺しちゃいないよ。閉じ込めたんだよ。自分勝手なマスターが頑として聞かないからね。ちょっとアレンジを加えたけど。
 代償として魔力をちょっと持っていっただけ」

  クリエーターはこともなげに答えた。
  彼女の言うちょっととは、幸子がぶっ倒れる程度のことらしい。
  ある意味過保護ともいえるエンブリオに対し、クリエーターのこのマスターすら邪魔といわんばかりの対応。まるで別だ。
  エンブリオの思っているところを察したのか、クリエーターはまた眉間にしわを寄せながら続けた。

「もしかしてこれでも駄目っていうの、神様? これでも最大限譲歩はしたけど。
 駄目なら一周回って殺すしかないよ。僕は別に、まあ、それでもいいけど」
「いや、そういうことじゃなくて。いいの、あれ」

  エンブリオの指の先には、玲にあれやこれやと介抱されている横たわったままの幸子が居た。
  『桃源祈祷』をぶつけられたシルクハットのマスターと同じような顔色だ。
  体力は減っていないと思うが、クリエーターの『世界創造』で魔力を根こそぎ持っていかれたのだろう。

「いいよ。別に。だって彼女が望んだことじゃないか」
「……厳しいね」
「普通だよ。君たちがピンボケしてるだけだ」

  クリエーターは憎憎しげに鼻を鳴らした。  
  どうにも踏んではいけない地雷を踏んでしまったような気がしたので、とりあえず話題をずらしておく。

「で、なに作ったの。ただのダンジョンでいいなら作り変えたりしないでしょ」
「さすが神様。お察しのとおり、あれはただのダンジョンじゃない。
 あれは認識の眠る揺り篭。限りない幻想世界の中でも最も限界に近い場所。
 つまるところが誰かの深層心理の形だよ。この世界にかかわりの深い誰かのね。
 この世界にもともとあった『異世界』にその深層心理を塗りつけた『幻想世界』だ」

  つらつらと述べるクリエーターの視線は、幸子を心配そうに見守っている玲に注がれている。
  つまり、そういうことなのだろう。
  エンブリオもまた、さいはてには存在しなかったその空間が『そういうこと』だというのは外形を察知した瞬間になんとなく理解できていた。
  玲が『開拓者』だと分かったならばなおさらだ。

「そのトラウマを、君が再現したってこと?」
「そういうこと。あの世界に踏み込んだ人間は、『誰かのトラウマ』っていう精神的にキツい光景を見せられ続けることになる。
 発狂はしないだろうけど、精神的に折れることはあるかもしれない。
 あと、モンスターがうようよ這い回ってるから、それで死ぬこともあるかもね。あの状態ならそっちの方が確率は高そうだ」

  しゃあしゃあとのたまう。
  そこが彼女の言う『ちょっとのアレンジ』なのだろう。
  結局、エンブリオたちの手の届かないところで殺す算段を整えて幽閉した、というわけだ。

「よくもまあそこまでできるもんだ。さすが神様」
「ここはどうやら、僕の幻想世界に近い性質を持ってるらしくて、一から創造せずにぱぱっとすんだよ。
 ま、二度とできないだろうけどね」

  一度もやらないでほしかった。というのが本音だ。
  でも、エンブリオはクリエーターと違って思いやりに満ちているので、そんなことは思っていても口に出さない。
  それよりも気になるのは『誰かのトラウマ』の表出した場所ということだ。
  少なくとも、玲を連れて行くのはやめていこうと、そう決めた。


665 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:43:31 Dxjbc15E0


「にしても、そこまでやらなくてもいいでしょ。
 なんなら私がどっかの小屋に幽閉くらいやったのに」
「君達はサチコ以上の甘ちゃんだろ。サチコが歴史的甘ちゃんなら、君達は地球規模の甘ちゃんでしょ。
 僕が居なかったら閉じ込めもせずに、起きるのを待って、何で襲ったかを聞いてとかするタイプだ」

  どうやら、エンブリオ側からシルクハットのマスターに何かをするつもりはなかったのを見抜かれていたらしい。
  先手を取って『桃源祈祷』を発動できる状態に持ち込めば相手もこちらの話を聞かざるを得ない。
  『桃源祈祷』の脅威を知っているランサー主従に対しては、確実に話を聞かせることができる強攻策になる。
  それで、街の外に追い返せば問題なし。なにか相手に目的があるなら話を聞いてもよし。
  少なくとも、玲は戦いや犠牲を望まないだろうと判断して、エンブリオはそう動こうと考えていた。

「図星だろ? 思い上がりが激しい神様だね」
「余計なお世話だよ、見下しが激しい神様」

  会話が途絶え、玲の幸子を気遣う言葉だけが響く。

「桃本! ……で、いいんだっけ? すーぱー桃本? エンジェル桃本?」
「いいよ桃本で。で、なに?」
「この子……んと、幸子ちゃん? を、寝かせることの出来る場所に連れて行きたいから手伝って!」
「はいよー」

  玲の言葉に三歩駆け出し。
  振り返って、クリエーターの顔を見る。まだ目は濁ったままだ。

「私たちの地球を包み込むオブラートな甘さに救われたね。
 君のマスターも安全だよ、当分は……甘さだけに、なんてね」
「なにそれ」
「……やだよ、説明させないでよ」

  ひゅるりと冷めた風が吹く。
  玲が「糖分は寒天ってそれホント!?」と背後から叫び、そのまま「そうじゃないよ桃本、手伝って!」とせかす声が聞こえてくる。
  クリエーターはまた、フンと鼻を鳴らしてどこかに消えてしまった。

「やなやつだ。べ」
「あの人、悪い人なの?」

  幸子の両手両足を二人で抱えながら、えっさほいさと運んでいく。
  目指すのはベッドのある建物だが、近くだとどこだっただろうか。

「悪い人かどうかはわからないけど……」

  少し考えた後で、エンブリオはまた、オブラートに包んでこう答えた。
  
「この町には似合わない人だよなあ」
「……なるほど!」

  納得してくれたようでなによりだ。


666 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:44:47 Dxjbc15E0


【???/さいはて町 住宅街/1日目 夜】

【玲@ペルソナQ シャドウ オブ ザ ラビリンス】
[状態]健康、魔力消費(中)、『開拓者』
[令呪]残り三画
[装備]『戻す力』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:街で日常生活を楽しむ。聖杯戦争を終わらせたくない。
1.泣いている少女(幸子)をなんとかしたい。
[備考]
※聖杯戦争についてはある程度認識していますが、戦うつもりが殆どありません。というか、永遠に聖杯戦争が続いたまま生活が終わらなければいいとすら思っています。
※原作で玲の使えるスキルを使用できますが、開拓者としての『戻す力』を似た形で行使しているだけです。


【エンブリオ(ある少女)@さいはてHOSPITAL】
[状態]魔力消費(特大)、『ある少女』形態により魔力急速回復中
[装備]『ある少女』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:引きこもりながら玲を見守る。
0.クリエーター(クリシュナ)はさっさと追いだしたい。シルクちゃんはどうするか……
1.さいはて町の守護者を作り、さいはて町を破壊から守る。
2.玲が緊急事態に陥った場合はさいはて町から出るのもやぶさかではない。
[備考]
※『金に汚い天使@さいはてHOSPITAL』を召喚しました。現在、特に指示は出していません。
※紳士の昼食会を召喚することは出来ませんでした、原因は不明です。玲を開拓者であると認識しました。
※一度倒された番人の再生産は出来ません。現在倒された番人は『チェーンソー殺人鬼』です。


【輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]魔力消費(極大)、気絶
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:―――
0.分からない……?
[備考]
※一気に極大の魔力を消費したことによって一時的に気絶しています。
 魔力がある程度回復すれば自然に目覚めます。


【クリエイター(クリシュナ)@夜明けの口笛吹き】
[状態]霊体化、魔力消費(中)
[令呪]幸子の敵を倒せ(一画)
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝つ
1.イライラするよ、ホントに。
2.自身の幻想世界を完成させたい。
3.『この世界の神様』に会いたいもんだ。
[備考]
※幸子の部屋は現在、クリシュナの幻想世界に作り替えられている途中です。ほぼ完成の状態です。
 完成した際、マスターとサーヴァントに対する精神攻撃として作動します。
※誰かの精神世界を下地に、さいはて町内に『放課後悪霊クラブ』を創造しました。
 さいはて町が『幻想世界』や『認知の浅瀬』に近い概念であったため+幸子の魔力まで利用した+令呪によるささやかなブーストからの速度であり、現実世界では再現不可能です。
※令呪によって、クリエーターが『幸子の敵』と戦う場合、若干の補正が働きます。


667 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:45:47 Dxjbc15E0


☆シルクちゃん


【放課後悪霊クラブ ?F】


「……くそ」

  仰向けに転がり、息も絶え絶えというように胸で呼吸を繰り返す。
  トレードマークのシルクハットも、手の届かない位置に転がってしまっている。
  額に残っているのは、×印の令呪ではなく、その真ん中に控えていた瞳の形によく似た令呪だけ。

  正体不明の攻撃が空間を包んだ瞬間、シルクちゃんは脱力感とも喪失感とも取れる正体不明の感覚に襲われた。
  それが敵の攻撃だと理解し、倒れる瞬間にランサーが同じ状態に陥っているのを確認した瞬間、迷わず二画の令呪を切った。
  「鹿角の元へ戻れ」、「傷を癒やすのに徹しろ」。
  こんな序盤で二画を切り飛ばすことになったのは痛手に他ならない。だが、自身と同様の状態に陥っているサーヴァントを晒せば脱落は免れない。
  エンブリオのマスターがクリエーターのマスター(暫定)を庇うように逃げたところから、マスター側の意思でシルクちゃんが害される可能性自体は低いと判断した。
  ギリギリの状態で最後の悪あがきをするより、まだ生き残る目はあるだろう。

「……判断自体は間違いなかった……と、思いたい」

  結果、なんとか脱落は免れた。
  クリエーターという乱入してきたサーヴァントはシルクちゃんの息の根を止めるつもりだったようだが、ほかの三人がシルクちゃんを庇ったのだ。
  この町によく似て、お人よしばかりだ。心底いやになる。

「にしても、惨めなもんだ」

  正直なところ、正体不明の攻撃によってずたぼろになっている暇なんてない。
  こんなところで、負けてらんない。気だけがはやり続ける。
  だが、この状況下でがむしゃらに動き回れば聖杯や復讐どころではない。シルクちゃんはすぐに死んでしまうだろう。
  ただ、黙って寝ている、というわけにもいかない。
  周囲を見渡せば、あの霧の都の中でであったモンスターたちと同じ、仮面の怪物たちが周囲を徘徊していた。
  時間が経てば、いずれシルクちゃんも奴らに見つかって襲われてしまうことだろう。
  瀕死の相手をダンジョンに幽閉して死ぬのを待つ、なんて。なんと性格の悪い連中だろうか。
  まあ、その場で殺されなかっただけマシとは言えるが。

「でも案外、悪いことばっかりじゃ、なさそうだ」

  救いがあるとすれば、懐の魔法の羽ペンを奪われていないということ。
  サーヴァントは二人とも触媒なしで魔法を使っていたため、まさかこの羽ペンがシルクちゃんの魔法の行使に必要だとは思っていなかったらしい。
  そして、この不気味な迷宮には『瘴気』が蔓延していないこと。
  ひょっとすると、ここはさいはて町内ではあるが、このダンジョンに関してはさいはて町を作ったサーヴァントとは別のサーヴァントが作ったダンジョンなのかもしれない。
  体を引きずり、シルクハットを拾ってかぶりなおす。

「……少し、休もう」

  そのまま物陰まで移動し、壁に背を預けてつばを引き下げる。
  大きく息を吐いて目を閉じ、そのまま溶けてしまうくらいもっと深く背を預ける。
  眠くは無いが、先のなぞの攻撃による体力の消費が激しすぎる。少しずつ休みながら体勢を立て直さなければならない。

「休んだら……この町からだ」

  方針は固まった。
  燃やし尽くす。
  この町を。怨讐の地によく似た固有結界を。忌まわしき記憶とともに。

「見てろよ、今度は二人まとめて叩き潰してやる」

  殻(エンブリオ)。創造主(クリエーター)。
  忌まわしき町に住まう、魔法の力を振るう二人のサーヴァント。
  彼女らを駆逐して、改めて、シルクちゃんはゼロへの道を歩き始める。


668 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:46:40 Dxjbc15E0


【???/さいはて町 『放課後悪霊クラブ』/一日目 夜】

【シルクちゃん@四月馬鹿達の宴】
[状態]魔力消費(大)、HP残り1、魔力・体力回復中
[令呪]残り一画(絆創膏のような二画が消え、瞳型の令呪のみが残りました)
[装備]魔法の羽ペン
[道具]マツリヤの名刺、古ぼけた絵本、ぬいぐるみ、鎖帷子の欠片
[所持金]一人暮らしに不自由しない程度にはある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、復讐する。
0.ダンジョン内のモンスター(シャドウ・ノイズ)から逃げながら休む。
1.クリエーター、エンブリオの打倒。さいはて町の破壊。
2.探索が終われば、一旦帰還する。
4.フェイト・テスタロッサに対しては――
5.ルーラーへの不信感。
6.時間があれば『本』について調べる。
[備考]
※魔法の羽ペンは『誰かの創った世界』の中でのみそうぞう力を用いた武器として使用できます。それ以外ではただの羽ペンと変わりありません。



[地域備考]
さいはて町・黄金ヶ原にクリエーターが急ピッチで作り上げた擬似幻想世界『放課後悪霊クラブ』が出現しました。
幻想世界と違いさいはて町、玲のダンジョン(ごーこん喫茶)を下地に構築してあるためシャドウとノイズが沸きます。
性質としてはペルソナQにおける『放課後悪霊クラブ』のとおりです。
また、監禁用のため出入り口は一切存在しません。


669 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:48:19 Dxjbc15E0


☆ランサー

  ランサーが目を覚ませば、そこはすでにあの作り物の世界ではなかった。
  ランサーがあの空間で最後に認識したのは、音より速く伝播し、空気のように周囲を包んだ『祈り』。
  次の瞬間には、ランサーは奉野宅まで帰ってきていた。

「これはまた、愉快なご帰宅ですね。マスターはどうしたのですか」

  覗き込んでいる鹿角と目が合う。気のせいか、いつもよりも表情が堅い。

「負けたのですか」
「馬鹿言え、負けちゃいねえよ」
「マスターを敵地に置き去りにして一人帰ってくるのが勝ちだというなら、勝ちなのでしょうね」

  返す言葉はない。
  主の生殺与奪の権利を握られた。例え全快の状態であろうとも、敗北を認めざるを得ない状況だ。
  東国無双の名をほしいままにしていたランサーにとって、生前にもない大失態と言える。

「どうするんです」
「命令されてるみたいだな。『傷を癒せ』って。当分は、安静にしとく必要がありそうだ」

  本当ならすぐにでも殴り込みをかけたいが、令呪の力が忠勝の行動を制限する。
  確かに、極限状態まで低下した体力をある回復しなければ、あの二体とやりあうことはできない。
  一刻の猶予も許されない状態だが、だからこそ、早急に状態を回復する必要がある。

「『桃源祈祷』……ね」

  その宝具の名を聞いた瞬間、迷わず槍を翻しその名を結び切った。
  だが、当然というべきか、斬ることは適わなかった。
  その宝具が視認不可能の『呪術』であったが故に後塵を拝することになり、結果としてランサーは、生涯初の。
  だが、生き抜いたことで見えてきたものもある。

「『桃源祈祷』、千年の喪に服した少女の祈り、ですか」

  傍に控えていた鹿角が宝具名を聞き、エンブリオの逸話を口にする。
  宝具の真名を解放するということは、自身の逸話を晒すということだ。
  それが一撃必殺ほどの威力となれば、自ずとすべての逸話が曝け出される。
  英霊の座に登録されるはずのないイレギュラー、正当な聖杯戦争では呼ばれるはずのないエクストラクラス。
  少女たちの聖杯戦争に呼び出された、正当な英雄足りえぬ少女。『殻』の名前を冠する少女。
  殻の中の神様。現実世界では、誰でもなかった『ある少女』。
  不幸な呪いに身を縛られた少女の心が、仮初の町の中で剥離し生まれた存在。
  真名を掴んだ。次に出会えば槍の先にその真名を結び、割断することが可能となる。

「気が引けるな、どうも」

  娘を持つ身としては、あの年頃の少女を敵に回すというのはちょっと心苦しいものがある。
  桃髪のサーヴァントにしてもそうだ。奇想天外な能力を用いるが、年の頃は二代と同じほどだった。
  その程度のことで手を抜くほどやわではないが、逸話を知ってしまうとあまり気持ちのいいものではない。
  ランサーはひとつだけ、若い身空で巻き込まれた英霊の少女たちのためにため息をこぼした。


670 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:49:13 Dxjbc15E0


「それでは忠勝様。しばらくお暇いたします。武運長久お祈りしています」
「おう、悪ぃな」

  鹿角が一礼を残し、空間に消える。
  出したままだった蜻蛉切も消せば魔力の全てが治療へとまわされ、驚くべきスピードで傷の修復を開始する。
  鹿角が部屋から消えたことで部屋が静寂に包まれ、安物の蛍光灯に電気の通う音すら聞こえるようになる。
  そうして、全てが消えた後で。
  最後に、目の背けようのない事実と向き合う。

「そうか、負けたか」

  敗北だ。
  常勝に胡坐をかいていたわけではない。過信も驕りも油断もなく、正面から挑み、敗れた。  
  逸話の大黒柱と呼ぶべき『東国無双』が、無傷無敗の将の伝説がここで終わった。
  残されたのは唯一人、未だ負けの中に居る本多・忠勝のみ。

「つーことは、二回目だな。いや、初めてかな」

  ここから先は未知の戦場になる。
  何十年ぶりか、それとも何百年ぶりか。
  すべての逸話がゼロの状態で……いや、負けに塗れたマイナスの状態で。
  常勝不敗の猛将ではなく唯一人、本多・忠勝として戦場に挑む時が来た。
  生涯二度目の初陣にして、生まれてはじめての雪辱戦だ。
  鹿角が聞けば『年甲斐もない執着心』と笑うだろうかとややシニカルに笑った後で、大きく息を吐き、心の丈を放つ。

「生きてろよ、マスター。生きてりゃあ、我が必ず助け出してやる。
 東国無双でもなんでもない、本多・忠勝の名にかけてだ」

  マスターのために、ただ、勝つ。
  東国無双を返上し、もう一度ゼロから勝ちを積む。
  第一歩、勝つべき相手は二柱の神。世界で最も孤独な神と神。
  エンブリオ、さいはて町の神様、『ある少女』。
  桃髪の少女。並大抵の『魔術師』ではなく、文字通り無から有を生み出す『創造主』とでも呼ぶべきサーヴァント。
  生前にも成し得なかった、神殺しへの挑戦がはじまる。

「少し休んで……そっからだがな」

  言葉とともに、ランサーは霊体化し、本格的な自己修復にとりかかった。





【一日目 夜/D-7/奉野宅】

【ランサー(本多・忠勝)@境界線上のホライゾン】
[状態]霊体化、魔力消費(大)、HP1、令呪により体力・魔力高速回復中
[令呪]傷を癒やすのに徹しろ(一画)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:主の命に従い、勝つ。
1.体力を回復し、さいはてに突入。シルクちゃんを救出する。
2.エンブリオ(ある少女)、クリエーター(クリシュナ)を打倒する。
[備考]
※『バネ足ジャック』『ある少女』の真名を知りました。


671 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/28(日) 06:52:17 Dxjbc15E0
以上です。
桃源祈祷の説明など、なにかありましたらよろしくお願いします。
また、本作の投下にあたり、自作「少女たちの青春診療録」内での幸子にちょっと違和感を感じたため、リレーに支障のない範囲で修正を行うかもしれません。
ついでに、

フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
キャスター(木原マサキ)
プレシア・テスタロッサ

予約します。


672 : 名無しさん :2016/08/28(日) 16:24:32 JzOBttIg0
投下乙
エンブリオとクリエイター、二人の少女鯖、神様のやり取りいいな
桃源祈祷やっぱやべえ、それが来るまで普通に対応してた忠勝シルクちゃんもやべえけど
幸子がどんどんきつい感じになってく…玲は癒し
逆転の一撃で瀕死になったシルクちゃん、常勝不敗から一人の英傑に立ち戻った忠勝は救えるかね


673 : 思い出が窮屈になりだしたこの頃の僕らは  ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/30(火) 20:22:58 rl6dMmWI0

感想ありがとうございます!

取り急ぎ、大幅に修正が必要そうな部分があったので報告を
アカメが斬る!13巻を読んだところ、八房での帝具持ちの再現が行われていました。
拙作『ALL HAZARD PARANOIA』内にて行われていないと断言してあったため、見つけたときは驚きました。
一応、クロメはアニメ版出展なのでアニメの描写に準拠すれば(確かなかったはずなので)修正の必要はありませんが、
やっぱり原作で情報が開示されているならそちら側に寄せたいので


○『ALL HAZARD PARANOIA』内において八房に科した制限の一切を解除
○上記に従い、躯人形一号(我望光明)の状態の変更
  →スイッチを所持、変身も可能
  →ただしマスターからの魔力供給がないため、ノヴァ以上には変身不可能


という方向で『ALL HAZARD PARANOIA』と『ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー』を修正させていただこうかと思います。
幸い私しか該当組の関わる話を書いていないので他の書き手さんにご迷惑はおかけいたしませんが、クロメの戦力が大きく変わるので報告まで


修正に関して意見などがあればこのレス宛によろしくお願いします。


674 : 名無しさん :2016/08/30(火) 21:07:14 jwRax03M0
でも骸人形は言語機能無いぞ


675 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/30(火) 23:30:39 rl6dMmWI0
>>674
ゾディアーツスイッチは原作どおり押すことが真名解放のキーであり、作中でも発声での真名解放が必要ないものとして描写しているので、そこはおそらく問題ないと思います


676 : ◆2lsK9hNTNE :2016/08/31(水) 00:00:57 ymh8/wAo0
投下乙です。取り急ぎ修正案について
アカメが斬る!はあまり詳しくないのでちょっと質問です
帝具持ちの再現というのは「生前その帝具を使っていた人間が、八房の力で本来その場にはない帝具を使った」ということですか?
それならばEAUCq9p8Qさんの修正案で基本的に問題ないと思います。肉体の維持や、宝具の使用そのものに魔力供給がいらないのかはなんとも言えないところですが
「生前持っていた帝具を死んだ後もそのまま持ち続けた」というだけであればスイッチは壊れたので変身できないと思います


677 : 名無しさん :2016/08/31(水) 21:25:05 osYCBT1k0
生前の帝具をそのまま使用しています


678 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/08/31(水) 21:31:58 4sv443TI0
返信が遅れて申し訳ありません
>>676
後者です。
あと、指摘のとおり、よくよく考えたらスイッチは壊れてたので、理事長に関する修正は必要なさそうです。
あまりに驚きすぎて、自分で再利用出来ないように壊した事を忘れてました。
近日中にもう一回読んでみて、ないとは思いますが「生前に破損した帝具が八房経由で修復された」みたいなことがなければ、制限の解除分だけ修正しときます。
相談に乗っていただきありがとうございます。


679 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:02:11 p5xnPWbY0
フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
キャスター(木原マサキ)
プレシア・テスタロッサ

遅刻しましたが投下します


680 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:02:39 p5xnPWbY0


☆キャスター


「あなたには一度、会いたかったの。聖杯戦争とはまた別に」

  最初に主催者―――プレシア。テスタロッサと卓を囲んだのはキャスターだった。
  出会いがしらの彼女の一言は、キャスターにとっても興味を引かれる一言だった。
  『運命』。彼女は確かにそういった。
  キャスターのマスターである高町なのはのことを指したような口ぶりではなかった。

「それは、俺にか? それとも俺の逸話にか」

  カマをかけるように問いかければ、プレシアはさして迷った様子もなくその手の内を晒してきた。

「あなたについて、調べさせてもらっているわ。遺伝子操作による『人間の生成』や『人格の形成』を行ったことがあるそうね」

  奥に控える培養液の中の彼女の娘らしきものを一瞥し。

「懐かしい話だ。娘の蘇生を行う時に俺の逸話に行き当たったか。
 だが、結果は伴わなかったようだな」
「そのようね」

  その一言で思考を切り替える。
  受け答えがまるで他人事だ。つまり、プレシアは人体の生成を行っていない。あそこに居る娘は人体の生成とは関係がない。
  ただ、傍観者として木原マサキの逸話を探っている。
  そこで思い出す。彼女の口にした『巻かなかった世界』という単語について。そして、フェイト・テスタロッサについて。

  キャスターはフェイトについてすべてを知っていたわけではない。
  そもそも、レイジングハートに収納されていた情報から読み取れたのは『フェイト・テスタロッサについて』とそれに関するいくつかのことだ。
  プレシア・テスタロッサについてはなのは同様『事故で娘を失った人物』であり『フェイトと同姓である』ということしか知らない。
  プレシアとフェイトの関係についても、いくらかの予想は立っていたが確信には至っていなかった。
  だが、ここに至ってすべては確信に変わった。しかも、ある程度詳細な部分まで予測も立てられた。
  プレシアにとってのフェイトはマサキにとっての八卦衆と同様だ。
  必要だから用意した肉人形にすぎない。
  違うところがあるとすれば、そこに情だの愛だのの下らぬ感情がはさまれているかどうか、というところだろう。
  キャスターが『木原マサキの当て馬』として八卦衆を用意したように、プレシアは『死んだ娘の代替品』としてフェイトを用意した。

  だが、そのプレセアは『この』プレセアではないのだ。
  聖杯の知識を通してキャスターも理解していた。この世界にはいくつもの並行世界が存在するということを。
  彼女の言葉とその前提に基づき考察するならば、人体生成を行ったのは別世界の……彼女の言う『巻かなかった世界』に分類されるプレシア・テスタロッサであるのだろう。
  そして、その『巻かなかった世界』のプレシアが人体生成に失敗した結果がフェイト・テスタロッサであり、彼女が万能の願望器をめぐる聖杯戦争に身を投げ入れた理由でもある、と考えられる。
  プレシアがキャスターを調べたのはなんらかのきっかけで『別世界の自身の娘の身代わり=フェイト』の存在を知り、人造人間の逸話を探り、造物主(クリエーター)たる木原マサキに行き会ったということ。

「それで、お前は何を知りたい?
 ここで俺の生体工学研究について詳細を聞いて、『巻かなかった世界のお前』と同じ道を進みたいわけではなかろう。
 ならば何故俺に会おうと思った」

  プレシアの目が、やや大きく広げられる。
  そして、「そこまで予想がついているのなら話は早い」と話を進める。

「……思い通りの人間を作り上げた稀代の科学者(マギウス)、マサキ・キハラ。ひとつ聞かせてくれないかしら」
「なんだ」
「人間を作るとき、あなたが100を目指したとして……出来上がった人間は、100にどこまで近づいていたの?」

  ぼこりと音がひとつ。
  音とともに培養液の少女の口元からこぼれた泡は、大きな柱型の水槽を、上へ、上へと上っていく。


681 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:03:10 p5xnPWbY0


  言葉を反芻し、意味を探る。
  彼女の100がどこを指すのかが不明瞭だ。『人間』を作り上げれば100なのか、あるいは『人物』を作り上げれば100なのか。
  それとも、人間も人物も超えた『個人』を作り上げれば100なのか。

「聞き方が悪かったわね。あなたの作った人間は、どの程度あなたの理想通りになったの?
 例えば……『心』は、あなたの思い通りに作れるのかしら」
「無論作れるさ。簡単なことだ。DNAをちょいといじってやれば、人間なんて、思うがままの思考回路を与えてやれる」
「それは『思考回路』でしょう」

  その一言で理解できた。
  面倒な女だ、と思う。
  彼女の中で答えは決まっている。キャスターがなんと答えようと、意にそぐわない答えには迎合することはないだろう。

「成程、心の複製、あるいは復元が可能ということか。
 あの植物状態の娘が生前と同じ『心』を持てるか、というわけだな」
「……」

  プレシアの眉間に浅く皺がよる。どうやら大正解らしい。

「確かに、俺ならば0から100を作り上げることは出来る。100に限りなく近づけることも不可能ではないだろう。
 だが、もともとあった100とまったく同一の100を作るのは不可能に近い」

  まったくの嘘だ。
  『木原マサキ』の複製を生み出すことが可能なのだから、対象者に関する詳細な知識と相応の技術があれば不可能ではない。
  だが、それをプレシアに伝えたところで彼女はまた別の前提を追加してキャスターへの問いを続けるだろう。
  結局、彼女が欲しいのは『肯定』と『否定』だ。
  この聖杯戦争を開くに至った彼女自身の道程の肯定と、そんな彼女の目の前に現れた彼女の道程を無意味にする存在(フェイト)の『否定』を欲しているのだ。

「……そう」

  納得したらしい。
  これで、彼女の言う『運命』は終了だろう。

「それで、どうだ? 『巻かなかったお前』の娘は気に入ったか?」
「……どうかしら。話してみないと分からないわ」

  答えはきっと決まっている。そのくせこんな態度をとるのだから、まったく、面倒だ。
  まあ、娘一人のために聖杯戦争ほど大掛かりな儀式を行うのだから、面倒な性格だなんて分かりきったことなのだが。


682 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:05:30 p5xnPWbY0


「話はそれだけか?」
「そうね、私的な話はここまで」

  大淀と呼ばれてきた少女が運んできていた紅茶を一口含み、口元を抑え咳をひとつ。
  プレシアは、長い私用を追え、ようやく聖杯戦争の管理者としての対応に取り掛かった。

「令呪はあなたのマスターに渡せばいいのかしら。だとすると、あなたのマスターを……」
「いや、お前の娘……違うな、『フェイト・テスタロッサ』に渡せばいい」

  マサキが笑みを交えて返せば、紅茶を置こうとしていたプレシアの手が止まった。

「……あなたも、なにかの狙いがあって私の元に来た、ということ?」

  ようやく本題だ。
  マサキとしても想定外のことがややあったが、マサキがここに来た狙いは変わっていない。
  それどころか、相手がプレシアと分かって更に付け込みやすくなった。

「お前がどういう意図で聖杯戦争を開き、どう動きたいのかはだいたい理解できた。
 そして、お前になにが足りていないのかもな」

  笑いがこぼれそうになるのを堪えながら、肘掛に肘をつく。
  成功は確信している。彼女には、キャスターの申し出を断れない理由がある。

「協力者なら足りているわ。ルーラーが居れば、それだけでうまく回るようにできているから」
「クッ、裁定者が聞いて呆れるな。結局はお前の思い通りにこの聖杯戦争を進めるための手駒か」

  ルーラーが管理者に加担している、というのも想定内だ。
  でなければ、フェイトの捕獲令など出さない。

「だが、この聖杯戦争をお前の望む形で完遂するとなれば、ルーラーだけでは足るまい」

  プレシアの眉がやや持ち上がる。食いついたのは一目瞭然だった。

「これは俺の推測でしかないが、お前は娘の復活のために聖杯戦争を完遂する必要がある。聖杯の有無は関係なく、だ。
 だが、聖杯戦争に抗う者は必ず存在する。
 命惜しさに戦闘から逃げ続ける奴、争いをやめろと喚きちらす奴、この町から抜け出す道を探す奴も居るだろう。
「……まあ、ただ聖杯戦争を完遂するというならば、特に問題はない。今朝のようにルーラーを使ってそいつらの始末を参加者に触れ回ればいい。
 せいぜい一週間か二週間、決着が延びる。たったそれだけだ」

  たったそれだけ。その一言は余程プレシアに刺さったらしい。
  表情の少し変わった彼女にしっかりとした手ごたえを感じながら、キャスターは交渉の札をひとつ晒す。  

「しかし、お前に残された時間はどうだ? この聖杯戦争が長引いたとして、用意した結末を見届けるのに足りるか?
 『たったそれだけ』を乗り越える力が、今のお前には残っているか?」

  フェイトたちが入ってきたときから何度か咳をしているのは、単にのどの調子が悪いわけではないだろう。
  重く沈んだ司書室の空気にはかすかにではあるが血の臭いが残っている。口を覆ったプレシアの手元には、所々に赤黒い染みが残っていた。
  聖杯戦争という自爆の可能性もある強攻策に打って出たのは、『それしか方法がないから』というわけではなさそうだ。
  そこを見越し、そこに付け込む。


683 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:06:37 p5xnPWbY0


「……逸話以上ね」
「逸話に残る俺なぞ、所詮紙の上に書ききれた部分だけだ。
 実物は逸話を容易く上回る。いつの時代の誰であろうとな」

  冷めた目線がキャスターの目に向けられる。ようやく、プレシアはキャスターに向き合った。
  成功の証だ。あとはキャスターが迂闊に手の内を見せなければそれでいい。

「見返りは?」
「特別なことじゃない。情報をくれればいい。俺の用意する条件を満たす参加者の情報をな」

「何のために」
「俺のためにだ。俺は聖杯はいらんが、どうしてもやらなければならないことがある。
 そのためにはなによりも情報が要る。俺はサーヴァント、マスター問わず情報を集めなければならない」

「英霊の枠を超えて、もう一度冥府の王になるとでも言い始めるつもり? 言っておくけれど」
「『娘に害を与える可能性があるならば相応の対処をする』、か?
 下らん脅しはよせ。なにか不都合があればそれを切るだけだろう」

  それ、と言われてプレシアが右手を押さえる。
  プレシアはキャスターを自由に出来る権利を有している。それを切られれば、キャスターは彼女に逆らうことは出来ない。
  裸で踊れと言われれば裸で踊る。宝具を破壊しろと言われれば破壊する。自殺しろと言われれば自殺する。
  事の絶対的決定権はプレシアが有している。その安心感が、キャスターとの同盟への後押しになる。
  キャスターの思惑通りに、同盟を結ばせるための楔となる。

「俺がこの舞台の時計を進めてやる、お前の望む結末のために。
 だから俺と組め、プレシア・テスタロッサ! 生きて娘に会いたいならば、俺を利用しろ!」

  プレシアを見つめ、力強く告げる。
  プレシアはやはり死人のような目でキャスターを見つめ返してきた。

「利用しろ……物は言いようね。あなたも私を利用したいだけでしょう」
「ギブアンドテイクだ。もっとも、まずお前が頷かなければギブもテイクも発生しないがな」

  しばらくの沈黙。キャスターの中ではすでに、答えは見えている。
  プレシアもまた、答えは決まっているはずだ。

「……話は分かったわ。ただ、あなたが私の協力者として適切かどうかは、まだ分からない」
「御託はいい。結果で示せと言うなら、さっさと指示を出せ」

  再び沈黙し、プレシアはついにキャスターに対して一つの依頼を口にした。

「そうね……だったらあなたには、神様を一人、殺してもらおうかしら」


684 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:07:52 p5xnPWbY0



☆フェイト・テスタロッサ


  簡易的な防音魔術が張られているようで、フェイトの側からプレシアとキャスターの会話の内容はまったく分からない。
  ただ、この聖杯戦争の管理者相手に不遜なままのキャスターと、どこか空ろな母が、流れる水のように会話を交わしているのはなんともおかしな光景に見えた。
  キャスターが席を立ち、プレシアに背を向ける。必然的にフェイトと向き合うことになる。

「フェイト・テスタロッサ」
「何」
「喜べ。報酬の令呪はお前のものだ」

  喜べ、と高圧的に言われても素直に喜ぶことはできない。
  フェイトとしても身を切る思いでここまで来た。それで何もなしなら、キャスターへ抱いている複雑な感情は怒りで総括されていたことだろう。

「そして、約束どおり、俺もお前に協力してやる」

  キャスターが持ちかけた『協力』とはとても分かりやすい物だった。
  キャスターの手に入れた他主従の情報をフェイトとも共有するというもの。

「割に合わないか。この程度の『協力』では」

  沈黙で答える。
  強く期待していたわけではない。指名手配に近い形を取られているフェイトにとって、情報を交換できる相手が居るというだけでもありがたい。
  それでも、心のどこかでは期待していたらしい。
  キャスターも察していたと言わんばかりにフェイトと、フェイトの傍にただ立っているランサーを一瞥して言葉を続けた。

「お前の英霊は使い勝手があまり良くないだろう。
 だが、お前はその英霊で勝ち続ける必要がある。果たして、それは可能か?」

  キャスターにランサーの戦闘を直接見られた覚えはない。
  だが、あのチェーンソーのバーサーカーとの戦いでおおまかな戦闘能力について知られてしまったらしい。
  ランサーが戦闘には不向きと言うこと。宝具の解放には多大な魔力が必要であり、魔力を消耗している現状では発動に令呪が必要だと言うこと。

「だからと言って、お前の魔装一つで戦い抜くわけにもいかない。いつか必ず限界は来る」

  自身の装備について考える。
  バルディッシュは強い。だが、あの黒衣のアーチャーのような相手と一対一で勝てるほどではない。
  これからフェイトは戦いを続け、いずれはあのアーチャーに並ぶような敵と戦う時が来る。
  その時にランサーとバルディッシュで勝てるのか。
  おそらく不可能だ。キャスターの言うように、勝てない相手とぶつかることが絶対に起こる。
  そういった敵とどう戦うか。いつかは考えなければならないことだ。
  暗い未来を示されて影の射したフェイトに対して、キャスターは得意な表情でこう宣言した。

「喜べフェイト・テスタロッサ。お前の装備を俺が強化してやる」


685 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:08:59 p5xnPWbY0


  まるで考えて居なかった協力の申し出に、一瞬反応が遅れてしまう。
  息を呑んだせいで言葉がうまく紡げない。

「強化……どう、やって」
「クク、なに、俺は生前名の知れた科学者でな、そういった類の武器を扱うのも得意なんだ。
 お前が望むのであれば、お前が聖杯を得られるように『協力』してやる。そう約束したはずだ」

  キャスターの逸話は知らない。何が得意かも、どういう人物かもフェイトにはまったく想像がつかない。
  だが、身のこなしや戦闘に積極的ではないことから単なる魔術師ではないのではないか、というのはフェイトの頭にもあった。
  もし、科学者だというのなら、その点については納得がいく。
  そして、もし本当に科学者であるならば、英霊として記録されているほどの科学者であるならば、バルディッシュの性能を向上させることも容易だろう。

「更に速く、更に鋭く。簡易の魔力路も搭載し、お前にとって、そのインテリジェンス・デバイスにとっての『最強』を作り上げる。
 お前が望むのであれば人を超え、音を超え、光の速度まで対応できるよう、俺が『エンチャント』してやる」
「それって……」

  圧倒されるフェイトに、キャスターの言葉が放たれる。

「―――“雷”のバルディッシュだ」

  その一言は、まるで雷鳴のように、フェイトの中で木霊した。
  あまりに予想からかけ離れた協力の要請に、フェイトはただただ波にもまれるような心地でキャスターを見つめるしか出来ず。
  そうやって十数秒何も言えずに居ると、キャスターの方(珍しく)が気を利かせたのか、こう続け始めた。

「とはいえ、諸手放しで信用はできんだろう。
 もともとは敵同士だ。俺が何かを仕込むかもしれない、という懸念も捨てきれまい」  

  言われるとおりだ。
  魅力的な協力の提案ではあるが、キャスターの得体が知れないことに変わりはない。
  フェイトに報酬の令呪の譲渡をしたとはいえ、罠にはめるつもりである、という可能性もなくはないのだ。

「お前はいずれ俺のマスターと会い、俺の手が加わった装備の力を見ることになる。
 そして、俺のマスターと会えばおのずと分かるだろう。俺が真に聖杯を欲さない……いや、そもそも『欲せない』ということが。
 その時に決めればいい。俺の手による改良を受けるか、否か」

  またしても、真意の分からない言葉が放たれる。
  フェイトが出会えば理解できるとはどういう意味なのか。
  言葉の通りならば聖杯を望んでいないということだが、ならばキャスターのマスターの装備の力を見る……つまり、彼のマスターが戦闘に巻き込まれると何故分かるのか。
  そして何より。

「……何故」
「なに?

「何故、私とその人が出会うと言い切れるの」
「何故……何故、か。クク……」

  キャスターは口の端を歪め、そのままフェイトに背を向けて歩き出す。
  そして、堂々とした背中に自信すら感じさせる声色で、こう言い残した。

「確信しているからだ。俺が、そうなると」

  丁度のタイミングでエレベーターのドアが開き、キャスターを飲み込む。
  まるで狙い済ましたように。よく出来た演劇のように、綺麗にこの舞台の上から退場した。
  本当に、得体の知れないキャスターである。

「……彼が生前著名な科学者であったというのは本当よ」

  意外な声が、意外な言葉で沈黙を破った。
  振り返れば、声の主である母は、まるで『何も言っていない』とそらとぼけるように紅茶のカップを傾けていた。

「……少し、時間が経ちすぎてしまったわね。
 遅くなってしまったけれど、夕飯でも食べながら、話しましょうか」


686 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:09:10 p5xnPWbY0


【D-2/図書館 地下司書室/一日目 夜】

【フェイト・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】
[状態] 疲労(中)、困惑、ストレス、魔力消費(極大)、右肩負傷(中)
[令呪]残り三画
[装備] 『バルディッシュ』
[道具]
[所持金]少額と5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
1.プレシアと食事……?
2.“雷”のバルディッシュ……
[備考]
※キャスター(木原マサキ)と念話が可能になりました。
※キャスター(木原マサキ)からバルディッシュのエンチャントを申し出られました。返答は保留中です。


【ランサー(綾波レイ)@新世紀エヴァンゲリオン(漫画)】
[状態] 健康、霊体化中
[装備]
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う


687 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:10:01 p5xnPWbY0


☆キャスター


  『殺してほしい神様』。
  その情報は、マサキにも心当たりのあるものだった。
  曰く、町の裏にもう一つの町を作るエクストラクラスのサーヴァント。キャスターが今朝丁度行きあったシチュエーションだ。
  そのサーヴァントは強い力を有していながら聖杯戦争に消極的で、マスターともども自身の『町』に引き篭もっているばかりだとか。
  ルーラーが調べたと言っていたが、それが本当なら確かにプレシアにとっては目の上の瘤でしかない。
  キャスターに与えられた任務はそのエクストラクラス・エンブリオと呼ばれているサーヴァントの討伐だ。
  キャスターもあの町には丁度用事があった。渡りに船とはこのことだ。

「アリシア・テスタロッサ……」

  さらに、キャスターがもぎ取ったのはプレシアとの協力体制だけではない。
  会話を通して、会話には上がらなかった情報もいくつか入手できた。
  大きな収穫はアリシア・テスタロッサの蘇生方法についてだ。
  あそこまでこだわりを見せている以上奇跡を用いた単なる蘇生というわけではない。
  十中八九『聖杯またはそれに近い力を在りし日の魂をトレースする』あるいは『魂を復元する』という方法が本線と考えられる。

「……クク」

  妙案が浮かんだ。
  聖杯を踏みにじり、奇跡を汚し、『木原マサキ』が冥府の王として君臨する意外の策が。

「あるじゃないか。とびきりの『抜け道』が!」

  魂なき少女、アリシア・テスタロッサ。
  この聖杯戦争の結末は、肉体のみがこの地に残された彼女の復活。
  彼女の『魂』……つまり、人としての『核』が外部で作られて彼女の中に注ぎ込まれるということ。
  その魂の中に……『魔力核』に対してキャスターのエンチャントを用いて『木原マサキ』を刻んだなら?
  勿論、聖杯戦争中や聖杯戦争終結直後は彼女が『木原マサキ』であるそぶりは一切見せない。
  だが、プレシアの死後アリシア・テスタロッサは『木原マサキ』として覚醒し、次元連結システムを用いて世界を冥府に変える。
  思いつく限りでこの聖杯戦争の最悪にしてキャスターの求める最高のエンディングだ。

「クックック……ハッハッハッハッハ!!」

  何も約束は違えていない。
  キャスターがアリシアを害することはない。アリシアは問題なく復活し、健やかに暮らし続ける。
  ただ、アリシアは目覚めるだけだ。
  長い夢から覚めるように、ある日突然、木原マサキとして。  
  プレシアが死ぬまでは、きっと理想的なアリシアとして暮らし続ける。不可能だろうとそう仕組む。
  そして約束を果たしたあとでようやく、『木原マサキ』の冥王計画は完璧な形で現世に蘇る。
  無論、アリシアが生きながらえられなかった時のために幾つかの保険は必要だろうが、最も理想的な形はこれ以外にない。

「踊れ踊れ。貴様の存在もまた、冥府への道を飾る石に過ぎん」

  じわじわと、キャスターのための駒が手中に集まってきている。
  “天”のレイジングハートを持つなのは。彼女の目的であるフェイト。
  そして二人に対して念話を送ることで、彼女らの遭遇を操ることの出来る自分。この二人を利用して、多少は思い通りに戦闘を起こすことが出来る。
  プレシアとの密約。情報の譲渡を賭けた依頼。アリシアを除く『木原マサキ』の予備を効率よく探すことが出来る。
  そして、楽園の裏で眠り続ける少女、アリシア・テスタロッサ。彼女の存在という大きな情報は、きっと『木原マサキの予備』以上の意味を持つ。

  時計を進めよう。冥王計画の時計を。
  少女たちの地獄を抜け、醜い大人は仮初の天国に到達し……そして、その後に世界は冥府に変わる。
  カウントダウンは始まった。刻まれていく足音は、まず楽園を目指す。


688 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:10:48 p5xnPWbY0


【D-2/図書館前/一日目 夜】

【キャスター(木原マサキ)@冥王計画ゼオライマー(OVA版)】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:冥王計画の遂行。その過程で聖杯の奪取。
1.可能な限りさいはて町を偵察。
2.予備の『木原マサキ』を制作。そのためにも特殊な参加者の選別が必要。アリシア・テスタロッサを奪うのも一興。
3.特殊な参加者が居なかった・見つからないまま状況が動いた場合、天のレイジングハートを再エンチャント。『木原マサキ』の触媒とする。
4.ゼオライマー降臨のための準備を整える。
5.フェイトから要請があればバルディッシュをエンチャント。
6.なのはの前では最低限取り繕う。
[備考]
※プレシアの願いが『アリシアの蘇生』であり、方法を聖杯に似た力を用いた『魂の復元』であると考察しています。
 同じく、その聖杯に似た力に干渉すれば復活するアリシアを『木原マサキ』に変えることが可能であると仮定しています。
※フェイトとの念話が可能になりました。これにより、好きなタイミングでなのはとフェイトをぶつけることが可能です。
 また、情報交換を約束しました。ただし、キャスターが事実を話すとは一切約束していません。
※プレシアから個人的な依頼を受けました。
・内容:さいはて町の破壊およびさいはてのサーヴァント『エンブリオ』の抹殺。
・達成条件:エンブリオの魔力が座に戻ったことをルーラーが確認する。
・期限:依頼達成は二日目16時まで。報酬受け取りは図書館司書室にて二日目20時まで。
・報酬:マサキの望む条件のマスター、あるいはサーヴァントの情報。
    二日目終了時点でエンブリオが生存していた場合、キャスターとプレシアの司書室での一切はなかったこととなる。
    また、どのタイミングにおいても、キャスターがアリシア復活を妨げる可能性があると判断した場合、プレシアは令呪をもって彼を自害させる。


689 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 11:12:07 p5xnPWbY0
投下終了です
フェイトちゃんの口調が不安定なのであとで修正するかもしれません。
それと以前言っていた修正箇所も修正してないのでそっちも近いうち修正しときます。
投下のついでに

中原岬&セイバー(レイ)
ララ&アサシン(ウォルター)

予約します


690 : 名無しさん :2016/09/04(日) 13:18:35 6JPmnHLkO
投下乙です

聖杯戦争が終われば、もしくはサーヴァント以外を木原マサキにすれば令呪は恐くない


691 : 楽園の裏では少女が眠っている  ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/04(日) 21:02:21 p5xnPWbY0
感想ありがとうございます!
上記予約に

ルーラー(雪華綺晶)

を追加させていただきます。


692 : 名無しさん :2016/09/07(水) 13:28:45 MxZlmFHQ0

さすがスパロワ優勝者だわマサキさん


693 : 名無しさん :2016/09/08(木) 08:19:04 rx2HTHvk0
個人的まとめ

9/13くらい
中原岬&セイバー(レイ)、ララ&アサシン(ウォルター)、ルーラー(雪華綺晶)


[午後]
【Bー1】海野藻屑
【D-5】偽アサシン(宝具『まおうバラモス』)

[夕方]
【B-5】桂たま
【B-4-B-5】アサシン(ゾーマ)
【D-1】アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
    アサシン(クロメ)
【D-2】白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)
    高町なのは
【D-3】江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
    双葉杏&ランサー(ジバニャン)
    諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
    木之本桜&セイバー(沖田総司)
    蜂屋あい&キャスター(アリス)

[夜]
【D-2】フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
    キャスター(木原マサキ)
【D-5】大道寺知世
    山田なぎさ
【D-7】ランサー(本多・忠勝)
【???(さいはて町)】シルクちゃん
            輿水幸子&クリエーター(クリシュナ)
            玲&エンブリオ(ある少女)

場所確認用のやつ
ttp://download1.getuploader.com/g/hougakurowa/4/%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%9C%B0%E5%9B%B3.png


694 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/09/30(金) 14:12:38 QOz3HkHg0
wiki収録してある自作をいくつか修正しました。事前に報告したクロメの件以外はこまごました修正です。
ついでに

江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
木之本桜&セイバー(沖田総司)
蜂屋あい&キャスター(アリス)

予約します


695 : 名無しさん :2016/10/28(金) 20:28:41 p81VTWyA0
この世界も忘却に飲まれそうだ


696 : ◆PatdvIjTFg :2016/11/11(金) 19:33:46 3Mfyv1MI0
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
木之本桜&セイバー(沖田総司)
蜂屋あい&キャスター(アリス)

を予約させていただきます。


697 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/11/30(水) 09:56:57 6Tsjcrd20
お久しぶりです。

中原岬&セイバー(レイ)
ララ&アサシン(ウォルター)

予約します。


698 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/06(火) 04:08:02 HON338lg0
投下します。


699 : ああ、あの愛の喜びに満ちた ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/06(火) 04:08:47 HON338lg0


◆◆◆◆

Ah
(ああ)
bello a me ritorna
(あの愛の喜びに満ちた)
Del fido amor primiero;
(美しいときがふたたび、帰ってくれば)
E contro il mondo intiero
(あなたを、どんなことをしても)
Difesa a te saro.
(世間から守って差し上げますのに。)


Ah
(ああ)
bello a me ritorna
(あのやさしく暖かい愛が帰ってくれば)
Del raggio ョtuo sereno;
(あなたの心に)
E vita nel tuo seno,
(生命を)

Ah―― Ah――
(ああ)
E patria, e cielo avro.
(故郷を、そして天国を)
Ah…… riedi ancora……
(ああ、見出すことが出来るのでしょうに。)

◆◆◆◆


オペラ『ノルマ』の一幕、「ああ、あの愛の喜びに満ちた」。
「清らかな女神」と併せて親しまれる曲で、稀代の歌姫マリア・カラスに『世界一難しいアリア』と言われたソプラノ・アリアの傑作の一つ。
失われた愛へと向けた歌。
壇上の歌姫がその歌を選んだのは、きっと夕方に出会った少女のため。

歌姫は、苦もなく歌い上げ、喝采の中一礼を残し、舞台の袖へとはけていく。
その途中不意に立ち止まり、客席に顔を向けた。
彼女の視線の先には金髪碧眼の男性が一人と、彼がじっと見つめている少女が一人。
観客に少々のどよめきが広がるが、歌姫――ララは気にせず舞台を降りた。
いつもとは違う喧騒が起き始めた客席をすり抜け、少女へと近づいていく。
少女の側にいつのまにか立っていた珍しい格好の(現代風ではない格好の)男性が少女を庇うように一歩前に出たが、ララは彼ともまた少し見つめ合ったあと、彼越しに少女にニ三言を伝えた。
そして、観客たちに向かって騒がせたことへの一礼を残し、立ち去っていった。


700 : ああ、あの愛の喜びに満ちた ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/06(火) 04:09:10 HON338lg0


☆中原岬

岬が昨日と同じように劇場を訪れ自身の『何か』を満たすような歌に聞き惚れていたところに、その歌姫は唐突に降り立った。
観客の間を抜けて歩み寄ってきた歌姫はなぜか岬の前で立ち止まる。

「話がしたい。午後九時、裏の公園で」

岬が混乱する中、歌姫がセイバー越しに岬に伝えてきたのは確かにそんな内容だった。
岬のなにが歌姫にその言葉を放たせたのかは分からない。
岬にとってあの歌姫は、遥か天空に居るような人間だ。
とても綺麗で、輝いていて、美しくて、尊くて、そしてきっとすべての他人に愛されている。
岬とはきっと、生まれも、育ちも、何もかもが違う。
中原岬にはぽっかりと抜け落ちているものがある。それは、岬自身も自覚している。
でも、その足りないものは岬にとって大きな傷だ。触れられたくない場所で、見せたくないものだ。
あの歌姫は存在そのものが岬の傷口に余りあるほどの刃かもしれない。

正直に言えば、近づかれただけで身が凍るようだった。
緊張で心臓は馬鹿みたいに高鳴り、足は震えることも出来ない木偶の坊みたいに固まって、嗚咽がろくに回らず答えることも出来ず。
それでもすぐ隣に頼もしい姿があったから、なんとか声を掛けられた瞬間に逃げ出したりはしなかった。
歌姫が劇場から出て行った直後に岬も劇場を飛び出したが、それでも、逃げることはなかったのだから上出来だろう。

「どうする」

道を歩きながら、珍しく実体化したままのセイバーが、岬の方を見つめて問う。
昼に見せた勇者としての顔よりも、自宅で見せた勇者ではないほうの顔に近い。
服装が鎧ではないからかもしれないが、そうしているとただの青年のようだ。

「うーん、どうしよう」

昔の岬ならなんと答えていただろうか。逃げていただろうか、それとも待ち合わせに行くだけ行って、同じように身を凍らせながらただ苦笑いで過ごしていただろうか。
でも、岬はもう昔の岬ではない。今の岬には仲間がいる。
世界で唯一なにがあっても岬を裏切らない頼もしい仲間がいる。
世界で唯一、駄目で、寂しがり屋で、人間のクズみたいな岬と同じ位置に居て、足並みを揃えてくれる仲間が。
それだけで、少しだけ、心の中に溜まっていた溶かした鉛みたいな重くて粘っこくて黒い淀みは、軽くなってくれたみたいだ。
岬の心を知ってか知らずか、セイバーはやや神妙な顔で言葉を継いだ。


701 : ああ、あの愛の喜びに満ちた ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/06(火) 04:09:23 HON338lg0


「俺は、あの歌姫が聖杯戦争参加者の可能性もあると思う」
「そっか」
「君はどう思う?」
「うーん……わかんないや。でも、悪そうな人には見えなかったかなぁ」

彼女の歌は、岬の心を掴んで離さない、美しい歌だった。
誰かを害する歌だったら、岬は泣いたりなんかしない。その辺に岬は、きっと、たぶん、敏感だから。
だから、岬の中では彼女は、一応は信頼に足る人物の最低条件は満たしていると思えた。
あとはもう少し話しやすい位置だったら考える必要はなかったのだが、そればっかりはどうにもならない。
少し考えて、隣を見る。セイバーはまだ神妙な顔をしていて、ちょっぴりおかしかった。

深呼吸を一度。更にもう一度。凍っていた体は随分ほぐれた。あれだけうるさかった鼓動も今はフォービート程度だ。
推定悪人ではない人物との約束を反故にするのは忍びない。
例え一方的であったとしても、約束は守るべきなのだ。
いつか、佐藤がそうしたように。(結局佐藤は最後の約束は結んでくれなかったが)
セイバーがそうしてくれたように。
あの歌姫が岬になにを求めているのかは知らないが、約束通り会いに行くくらいはしても問題ない。
問題があるとすれば、家に帰り着く時間くらいだが……
晩御飯は小劇場に来るまでに食べてきた。あとは、日付をまたいだりしなければ厳しくは言われないだろう。
この世界での叔父・叔母(NPCというらしい)に迷惑をかけることになるかもしれないが。
そもそも、元の世界でも佐藤との待ち合わせでも少し帰りが遅くなったことはあった。少しくらいは許してもらえる、と思う。

会う方に意を決し、色々と会うまでに必要な過程を整理し、一つだけ不安を覚えたので、隣に控えるセイバーに向き直る。
向き直る時に踏みしめた砂利の音はおもったよりも大きかった。
岬の口から出たのはその音に負けるか負けないかくらいの、いつもより少しだけ小さな声だった。

「セイバーさん、ここで折り入ってお願いがあります」

もう令呪は残ってない手を掲げ、願いを一つ綴る。
どうか、あの歌姫と会っている時に、私を置いて帰ったりはしないでください。
仲間が居なければ、岬はまた一人ぼっちだ。それはきっと、死んでしまうくらいに辛い。それだけは避けておきたい。
セイバーはその願いを聞いて、少し困ったような笑みで頷いたあとで、安全を確認し終えたのか再び霊体化した。


702 : ああ、あの愛の喜びに満ちた ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/06(火) 04:09:45 HON338lg0

【D-3/市民劇場付近/一日目 夕方】

【中原岬@NHKにようこそ!】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]なし
[装備]なし
[道具]カッターナイフ
[所持金]あまり使えないんです。お世話になってるから。
[思考・状況]
基本行動方針:なにを願っていたんだろう
0.寂しい
1.21時にララに会いに行く
2.悪いカバを警戒
[備考]
※ララ、悪いカバ(まおうバラモス)を確認しました。魔術については実際に目にしましたが理解が及んでいません。


【セイバー(勇者レイ)@DRAGON QUEST IV 導かれし者たち】
[状態]魔力消費(小) 霊体化中
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:岬の傍に居る
1.魔王を倒す必要がある……か?
2.できるだけ宝具の解放や長時間の戦闘は避けたい。
[備考]
※通常実体化した場合、村人のような格好(DQ4勇者のデフォ衣装)です。


703 : ああ、あの愛の喜びに満ちた ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/06(火) 04:09:59 HON338lg0


☆ララ

「やっぱりマスターだったか」

アサシンの声にぼんやり頷く。ララもまた、準備期間の終わりごろにこの劇場で見かけた彼女のことをよく覚えている。
声を上げるものは居た。拍手をするものは居た。だが彼女のような反応を示す人物は、たった一人しか居なかった。
季節からはちょっと外れた長袖も目立つ。まるで体の下になにか(例えば令呪か)を隠しているように見えた。

「私は」

でも、マスターかどうかなんてララには関係ない。
ララはあの少女がNPCだったとしても、同じように舞台を降り、同じように声を掛けたことだろう。

「私の歌で涙を流してくれたあの子と、もう少しだけでいいから、話がしたいの。駄目?」
「駄目じゃないが、なんだってそんなことをしたがるんだ」

少しの間を置き、自身の中であの子を初めて見た時から抱いていた思いを口にする。

「似てたから」
「似てたって、誰にだ。お前の話してた『グゾル』にか」
「……うん。あの子はグゾルに似てる。顔は違うけど、でも、似てるの」

あの少女はララにとって生涯で二人目の、ララの前で泣いてくれた人間だ。
グゾルはララと出会った時、ぽろぽろ涙をこぼしながらララの歌を聞いてくれた。
ララは人形だ。涙を流すことはできない。それでも、グゾルのくしゃりと歪んだ瞳から流れた涙の中に込められていたぬくもりは分かった。
あの少女の涙は、その時のグゾルの涙と同じだった。とてもあたたかい涙だった。
周りのすべてから迫害され、『化物』『亡霊』と呼ばれた恐ろしい人形に『何か』を見つけた、ちっちゃなちっちゃな子供の泣き顔と、その頬を伝う涙にそっくりだった。

彼女がグゾルでないことなど知っている。彼女にグゾルを見出したが正しいかどうかなんてララにはわからない。
それでも、涙を流す彼女の表情は、あの日、あの時のグゾルによく似ていたから。
もしかしたら、未だ不明のまま宙を待っているララの向かうべき先を知ることが出来るかもしれない。
アサシンは「そうか」と答え、空を見上げた。
ララも一緒に空を見上げる。既に夜の帳の落ちきった空には、まばらに星が散らされている。
星は一緒だ。はるか昔、八十年前と同じように、空で輝いている。

「あいつの側に居たサーヴァントは、俺より格段に強い。襲われたらそれまでだ」
「そうなるなら、そうなったって構わないわ」

星にでも放り投げるように口ずさまれたアサシンの言葉に、ララも空を見上げたまま答える。
あの少女がララを殺そうとするなら、あの涙の答えがそこに繋がるというのなら、きっとそれも、ララの求めていた答えの一端なのだろう。


704 : ああ、あの愛の喜びに満ちた ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/06(火) 04:10:13 HON338lg0


アサシンからの返事はない。星空から視線をアサシンの方へ動かしてみれば、彼もまた、ララの方を向いていた。
その表情がどんな感情を示すのかは、ララの語彙では説明がつかない。
でも、きっと、ララが見てきた中で今の彼の顔に一番近いものは、同じように星空を見上げていた時のグゾルの表情だろう。

「今日は星が綺麗?」
「そうだな……今日は」

アサシンは再び星空を見上げ、一言、夜空に飛ばす。

「きっと怪人の笑い声がよく響く。こんな夜なら、襲われる前にひとっ飛びかもしれねえな」

かつんと一度、アサシンが腰掛けていたトランクに、彼のぴかぴかの革靴の踵が打ち付けられる。
丁度、踵の打ち付けられたタイミングで劇場のNPCが一人やってきて、ララと『ウォルター』に声をかける。
再び舞台に上がる時間がやってきたようだ。またもう少しだけ、ララは誰かのために歌を歌う。
NPCに導かれながら、ララははたと一番最初に伝えるべきだった言葉を思い出し、立ち止まった。

「ウォルター叔父様」 NPCの手前クラス名を伏せてその名を呼ぶ。
「なんだ」
「ありがとう。約束を守ってくれて」

返事のもらえなかった約束。だが、彼はその約束を忘れずにちゃんと帰ってきてくれた。
だが、当のアサシンは鼻を掻きながら「……あったな、そんな約束も」なんて呟くだけだ。

「忘れていたの?」
「どうだったかな」

アサシンの答えはこの街の月みたいに、おぼろに隠れたまま。
薄らぼんやりとした光に照らされた頬は白く、伏せられた瞳はバネ足ジャックとは違い優しい光を宿し。

「今からお願いすれば、もう一度聞いてくれる?」
「……どうだろうな、忙しいのさ。俺も」

もう月の光は雲に隠れてしまった。薄暗い闇の中では、アサシンの表情はよく見えない。
それでも、きっと、朝のときと同じように、心は伝わっている。それ以上言葉を続ける必要はない。
ララは歌姫として再び、舞台の上に戻っていく。
次の歌は、いつかの星空に似合う曲にしようと決めて。


705 : ああ、あの愛の喜びに満ちた ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/06(火) 04:10:37 HON338lg0


【D-3/市民劇場/一日目 夕方】

【ララ@D.Gray-man】
[状態] 健康
[令呪]残り三画(イノセンスの埋め込まれた胸元に、十字架とその中心に飾られた花の形で)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 劇場での給金(ある程度のまとまった額。ほとんど手つかず)、QUOカード5,000円分
[思考・状況]
基本行動方針:やりたいことを見つける。グゾルにまた会いたい…?
1.中原岬と話してみる。
2.フェイト・テスタロッサが気になる。
[備考]
※「フェイト・テスタロッサ」の名前および顔、捕獲ミッションを確認しました。
※「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」の噂をアサシン経由で聴取しました。
 また、「さいはて町」「実体化していたサーヴァント(木原マサキ)」「シルクちゃん主従」の情報を得ました。


【アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)@黒博物館スプリンガルド】
[状態] 健康、スキル『阻まれた顔貌』発動中
[装備] バネ足ジャック(バラした状態でトランクに入っていますが、あくまで生前のイメージの具現であって、装着を念ずれば即座にバネ足ジャックに「戻れ」ます)
[道具] なし
[所持金]一般人として動き回るに不自由のない程度の金額
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(ララ)のやりたいことに付き合う。
1.観客たちから情報収集。岬との会合に備える。
2.街で情報収集をしながら、他の組の出方を見る。
3.『町』にもう一度行く必要は……
4.『チェーンソー男』『包帯男』『さいはて町』に興味。
[備考]
※中原岬&セイバー(勇者レイ)、シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)を確認しました。
※「フェイト・テスタロッサ」「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」キャスター(木原マサキ)についてある程度知っています。
※さいはて町の存在を認知しました。町の地理、ダンジョンの位置も把握しました。
※さいはて町の番人、『チェーンソー殺人鬼』を確認しました。『チェーンソー男』との類似を考えていますが、違う点がある事もわかっています。
※さいはて町の入り口(D-3付近、C-4付近)を確認しました。もう一度行くと入り口があるかもしれませんし、ないかもしれません。
※『阻まれた顔貌』はさいはて町内、かつマスターもしくはサーヴァントの視認範囲に入ったときのみ逆効果に働きます。が、ある程度看破能力は必要かもしれません。


706 : ああ、あの愛の喜びに満ちた ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/06(火) 04:11:57 HON338lg0
投下終了です。
タイトルを変えるかもしれません。
なにかあれば指摘お願いします。


707 : 名無しさん :2016/12/07(水) 00:12:03 ./6ABRxQ0
投下乙
岬の孤独にララの孤独。客席と舞台から互いに降りて約束。
勇者とバネ足ではほんのちょっぴりバネ足の方が雄弁か。この二組って構図もちょっと似てる


708 : ああ、あの愛の喜びに満ちた ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/16(金) 03:04:14 U0uOI50Q0
木之本桜&セイバー(沖田総司)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)

予約します


709 : ◆EAUCq9p8Q. :2016/12/22(木) 23:14:48 zzjDdzTA0
ちょっと想定よりも長くなりそうです
金曜に投下できなかったら破棄扱いでお願いします


710 : ◆2lsK9hNTNE :2017/01/06(金) 23:35:26 dVXwdVs20
高町なのは、海野藻屑、予約します


711 : ◆2lsK9hNTNE :2017/01/13(金) 22:36:55 .zBntLVY0
投下します。


712 : ◆2lsK9hNTNE :2017/01/13(金) 22:37:50 .zBntLVY0
「見つからない」

と藻屑が言うとポチはクゥーンに鳴いた。ポチのご飯のことだ。家中どこを探しても見つからない。、
ポチのご飯に限らず生活に必要な物はずっと、アーチャーが買い置きしといてくれていたが、今回は忘れてしまったらしい。
帰りを待とうにも、彼女の帰宅時間はその日によってまちまちだ。早ければもう時期だが、遅ければ明日の朝まで帰ってこない。
その間ポチにずっと空腹でいろというのも可哀想だった。
自分で買いに行けないこともないが、歩くと足が痛いし、いま外では雨が降っている。濡れるのは嫌いじゃないが雨の感触は鬱陶しい。それにずっと眠っていたせいで身体もダルい。
ハッキリいって嫌だった。
ポチが悲しそうな顔で、足をつついてくる。藻屑はため息をつきながら、その顎を無造作に撫でた。
こうして、聖杯戦争開始以来ずっと家の中で孤独に沈んでいた少女は、聖杯戦争と全く関係ない些細な理由で外に出ることになった。



流石に雨の中で飲む気は起きないので、ミネラルウォーターは置いて傘だけ持って家を出た。
外では雨の匂いに混じって塩の香りも僅かに漂っている。海の方から運ばれてきた香りだ。
藻屑はこの街に来てすぐに記憶を思い出し、アーチャーと出会ったため街を歩いたことは一度もない。
だがこの香りは知っていた。
香りだけではない。この道をまっすぐ行くとある横断歩道も、その先にある寂れた居酒屋も、その向かいにある赤い屋根のオシャレな家も、全部知っていた。与えられた偽りの記憶の中で。
迷わないで済むのはありがたいが、知らないはずの道を知っているというのはなんだか気味の悪い話しだった。

藻屑は足を引きずって歩き、やがて目的地のコンビニに着いた。
中に入るとレジにいる中年の女が顔を顰める。彼女が障害を持つ藻屑のことを蔑んでいることも記憶にあった。
嫌な記憶だ。どうせならもっと楽しい思い出にしてくれればいいものを。
それこそ、『海野藻屑は人魚である』、とか。
サーヴァントだの、聖杯だのが、あるのだからそれくらいのメルヘンはあってもいいはずだ。いや、あるいはあるのだろうか。
藻屑がそうではないというだけで、どこかには夢のある役割を与えられたマスターもいるのだろうか。
だとしたら、藻屑が違うのは仕方ないのかもしれない。そういう役割を与えられるのはきっと夢のような現実を生きるマスターだろうから。

ドックフードを探し、袋詰が見当たらなかったので缶詰のをあるだけ買い込んだ。
心の籠もっていない「ありがとうございましたー」という声を後目にコンビニを出る。
傘立てを見て自分の傘がなくなっていることに気づいた。


「うえー」

呻いた。ついてない。コンビニの中にいたわずかな間に盗まれるなんて。
酷いやつもいたものだ。ビニール傘くらいならコンビニでも買えるだろうにわざわざ盗むなんて。
いっそ自分も誰かの傘を盗んでやろうかとも考えたが、もし見つかったら面倒くさいのでやめた。
かといって中に戻ってまたあの女の顰めっ面を拝まされるのも嫌だった。案外藻屑の傘を盗んだ奴も同じような理由で買わなかったのだろうか。
幸い雨脚も弱まっている。家も近いしまあいいや、と藻屑はそのまま歩き出した。

風は弱いので、あまり顔には当たらなかったが、服は少しずつ湿っていく。
ずぶ濡れになった服は気にならないのに、少しだけ濡れていると気持ち悪いのはなぜだろうか。どうでもいいことを考えて気を紛らわせながら歩いた。
交差点を渡る途中で信号が点滅する。さほど距離もないので藻屑は急がなかった。
だが急いだ人もいたのだろう。誰かが追い抜きざまにぶつかっていった。転びそうになって両手をつく。
顔を上げると、傘を差さずに走り去っていく男の見えて思い切り睨みつけた。
立ち上がり、身体の具合を確かめる。幸い上手く手をつけたようで怪我らしい怪我はどこにもない。しかし辺りの様子を見て気づいた。ドックフードの入ったビニール袋を離してしまっていたことに。


713 : ◆2lsK9hNTNE :2017/01/13(金) 22:40:10 .zBntLVY0

「あーあ」

再び呻く。ドックフードの缶詰は袋から出て転がり、辺りに散乱していた。
信号はすでに歩行者通行から車通行に切り替わっている。だからといって散らばった物を放っておくわけにもいかない。
轢かれて車が汚れて怒られるのもヤだし、なによりこれはポチのご飯だ。
藻屑は足を引きずって一つ一つ缶詰を拾っていった。
周りの車は無神経にクラクションを鳴らした。そんなことされても急ぎようがない。動きが遅いの見て、手を抜いていると思っているのかもしれないが、これでも全力なのだ。
歩いている人々もまるで藻屑などいないかのように通り過ぎていく。誰も手伝おうとはしない。藻屑は一人だ。それは家の中でも外でも変わらない。

周りに人がいても、誰も藻屑と繋がろうとしないならそれはいないのと同じだ。
いや、存在しながら繋がろうとしないのはいないよりなお悪い。ただ喉が乾くことよりも、目の前に水がありながら飲めないほうが辛いのと同じように。
この街に藻屑のために頑張ってくれる人は一人もいない。わかりきっていたことだったが、藻屑は無性に泣きたくなった。
そのときだった。

「大丈夫ですか?」

ふいに全身を打ち付けていた雨がなくなった。
顔を上げると、小さな女の子が立っていた。髪を左右で結んだ可愛らしい子だった。短い手を精一杯伸ばして、ビニール傘を藻屑の上に掲げている。
女の子は傘を差し出してきて、藻屑はそれを無意識に受け取った。

「手伝います」

彼女はそう言うと缶詰を拾っていく。慌てて藻屑も拾うのを再開した。
二人でせっせと缶詰を袋に戻して、急いで横断歩道から出た。
足止めを食らっていた車が走り去るのを確認して、藻屑は、横に立つ女の子と向き合った。

「ええと、ありがとうございました?」

なぜか疑問形になってしまった。変に気が動転しているのが自分でもわかった。
いつもなら助けてもらってもこんな態度はとらないのだが。
女の子は藻屑の発音が面白かったのかクスリと笑った。

「困っているときはお互い様ですから」

こういうときの常套句だが、彼女は本心から言っているようだった。くりくりした可愛らしい目が純粋な光を湛えている。
改めて見るとやっぱり小さい子だ。まだ小学校の低学年くらい。それに気づいて藻屑はハッとする。

「君、こんな時間に出歩いてていいの」

普通ならまだ子供が出歩いてもおかしくない時間だが、今はなにかと物騒だ。特に小学生にとっては。
藻屑も、子供を速く帰らせるよう警告するニュースを何度も見た。女の子はひどく悲しそうな声で言った。

「……そろそろ帰ろうかと思ってたんです」」
「そっか」

そっけなく答える。
藻屑は身体が不自由なこともあって、道端で誰かに助けられるという経験はなんどかしていた。
でも相手は大体おとなで、自分よりも小さい子供に助けらるのは――というかまともに子供と接するのは初めてだった。
ガラス玉みたいだな、と思った。
光を反射して美しく輝いているけれど、乱暴に触ると簡単に壊れてしまいそうで。
藻屑がどうしていいかわからなくて、なんとなく右手で髪を弄ろうとしてビニール袋で塞がっていることに気づき、反対の手でいじろうとして、傘を持っていることに気づいた。

「あ、これ」

慌てて傘を返そうとするが、女の子はかぶりを振った。

「いえ、どうぞ使ってください」
「僕の家はすぐそこだから。大丈夫だよ」

家の方を向きながら言った。
遠慮というよりも心底の望みだった。自分よりも彼女に濡れてほしくなかった。


714 : ◆2lsK9hNTNE :2017/01/13(金) 22:41:27 .zBntLVY0

「じゃあそこまで一緒に行きましょう」

そう言って彼女は歩き出してしまい、必然的に傘を持った藻屑も着いて行かなければいけなくなった。
家は、遠慮ではなくすぐそこだったのであっという間についたが。
玄関前でこんどこそ傘を返した。
なにか言おうと思ったが、気の利いた言葉は思いつかなかった。とりあえず簡単なお礼だけでも言おうとして、女の子が先に口を開いだ。

「本当はまだ帰りたくなかったんです」

女の子は視線を遠くにやって言った。

「人を探していて。速く見つけたかったんですけど、家族に心配かけたくなかったから。
でも、あなたを家を送る間だけ、もうちょっと探してもいいかなって。だから気にしないでくださいね」

そう語る彼女の表情は切実だった。
頭に浮かんだのは昼間に見た掲示板のことだ。まさか彼女が諸星きらり友人ということはないだろうけれど。
もしそうさら、自分のことを諸星きらりに伝えるために、なりふり構わず書き込みくらいするだろうなと思った。

「友達?」
「私はそうなりたいって思ってるんですけど」

寂しそうに答える彼女に藻屑は言った。

「君みたいな友達ができるならその人は幸せだね」

気取った言い回しになったが、本心からの言葉だった。
この子ならきっとその人にとって『すげーがんばってくれる、すっごくいいかんじの、ほんとの友達』になる。
そんな友達を持てるのは幸せなことだ。藻屑にとってはそれさえあれば他になにもいらないと思えるくらいに。
女の子は元気づけられたようで、顔を輝かせて「ありがとうございます」と言った。それから思い出しだように、

「そういえばあなたにはまだ聞いてませんでしたね」

そう言ってケータイを取り出し、ディスプレイをこちらに向けた。
驚きのあまり息が止まるという現象を藻屑は始めて味わった。

「知りませんか? フェイト・テスタロッタっていうんですけど」

見たことはない。だが知っている。これとまったく同じ画像が藻屑のケータイにも入っている。
ルーラーから送られてきたメールに送付されていた画像。聖杯戦争に参加するマスターにだけ送られた画像が。

「知らない」

感情を出さずに答えた。少なくとも自分ではそのつもりで。うまくできたかはわからない。
彼女と別れの言葉を交わしたがどんな会話だったかはまったく頭に入ってこなかった。
藻屑は湧き上がる衝動と必死に戦っていた。

吐き気だ。
胃から汚泥がせり上がってくるような気持ち悪さだった。彼女が背を向けると同時に口元を抑えた。
唾を飲み、息を吸って吐いて無理矢理吐き気を押さえ込んだ。

藻屑はこれまで聖杯戦争をどこか他人事のように感じていた。遠い国で起こっているテロや戦争のような感じだ。
アーチャーから誰々を殺したと聞いても、現実感がなかった。
それが今この女の子がマスターだと知った途端、夢の中でアーチャーが殺した人々の姿がフラッシュバックのように浮かんだ。
それが目の前の女の子の姿に変わり、担任に変わり、山田なぎさを除く、これまでに人生の中で藻屑がわずかでも好感を持ったあらゆる人物に変わっていった。

藻屑が吐くのを我慢したのは女の子の目を気にしたわけではない。それもあったが、根幹ではない。
まともになると思ったのだ。溜まったものを全部吐き出してしまったら、自分は今よりずっとまともな人間になる。
この手で人や動物を殺すなんてもちろんできないし、アーチャーが殺すことも許せなくなる。
頭ではわかっていた聖杯を手に入れるという行為の意味を、藻屑は今ようやく実感として理解した。

この手を汚さなければいけない思い、いやそうじゃないと思った。藻屑はこれまでずっとアーチャーの殺戮を許してきた。自分の願いのために。
するべきなのは自覚だ。この手がすでに汚れているという自覚を持たなくてはいけない。まともでいられなくなるくらいに。そのためには……
遠ざかっていく女の子を背中を眺めた。無防備な背中。
今はなにもしない。見えなくても彼女の側にはサーヴァントがいるかもしれないのだから。言い訳かもしれないが間違ってはいないはずだ。
動くのは自分のサーヴァントが戻ってきてからだ。
ふと藻屑は今朝呟いた言葉を思い出した。「生きているだけで戦いなんだよ」。その考えは今も変わっていない。
だが藻屑はあえてアーチャーの流儀で呟いた。

「戦うよ。ぼくも」

その音は雨音に打ち消される。それでも確かに空気を震わせた。


715 : ◆2lsK9hNTNE :2017/01/13(金) 22:44:40 .zBntLVY0




【Bー1/海野邸/一日目 夜】

【海野藻屑@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康(?)
[令呪]残り三画(内腿の青あざの中に)
[装備]なし
[道具]スマートフォン
[所持金]クレジットカード(海野雅愛名義のゴールドカード)、5000円分のクオカード
[思考・状況]
基本行動方針:山田なぎさに会いたい
0.安心したい
1.戦う
[備考]
※家にはポチが居ます
※NPC海野雅愛が存在するかどうかは不明ですが、少なくとも海野邸には出入りしていません。
※掲示板を確認しました。少なくとも江ノ島のスレと大井のスレは確認しています。



【Bー1/海野邸近く/一日目 夜】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]決意、焦り
[令呪]残り三画
[装備]“天”のレイジングハート
[道具]通学セット、小梅の連絡先
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1.家に帰る
2.フェイトを探し、話をする。
3.フェイトを見つけたらアーチャー(森の音楽家クラムベリー)に連絡する……?
4.もし、フェイトが聖杯を望んでいたら……?
5.キャスターの聖杯戦争解明の手助け。
6.『死神様』事件の解決。小学校へ向かう。

[備考]
※アーチャー(森の音楽家クラムベリー)、白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。
※天のレイジングハートの人工知能は大半が抹消されており、自発的になのはに働きかけることはほぼ不可能な状態です。
 ただし、簡素な返答やモードの読み上げのような『最低限必要な会話機能』、不意打ちに対する魔力障壁を用いた自衛機能などは残されています。
※天のレイジングハートに対するなのはの現在の違和感は(無〜微)です。これが中〜大になれば『冥王計画』以外のエンチャントに気づきます。
 強い違和感を持たずに天のレイジングハートを使った場合、周囲一帯を壊滅させる危険があります。
※木原マサキの思考をこれっぽっちも理解してません。アーチャーに対しては少々不安を覚えている程度です。
※通達を確認しました。フェイトが巻き込まれていることも知りました。フェイト発見を急務と捉えています。


716 : ◆2lsK9hNTNE :2017/01/13(金) 22:46:04 .zBntLVY0
言い忘れていましたが、あけましておめで投下終了です
タイトルは「外へ」です


717 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/10(金) 10:44:43 1xF3gIac0
遅くなりましたがあけましておめで投下乙です(旧暦)
感想は投下の際にとして、ひとまず

木之本桜&セイバー(沖田総司)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)
蜂屋あい&キャスター(アリス)
諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)

それと、本編には登場しませんが場所の都合があるので
アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
アサシン(クロメ)

を予約します。


718 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/17(金) 08:58:19 X05uxRGc0
遅れます。
今日中にはきっと必ず


719 : 名無しさん :2017/02/17(金) 22:49:38 X05uxRGc0
何度もすみません
朝まで待ってください


720 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 05:51:11 tqDHFX420
短いですが前半のみ一旦投下します。


721 : 名無しさん :2017/02/18(土) 05:51:34 tqDHFX420

☆双葉杏


「一時停戦?」
「はい」

  互いに獲物を構えたセイバーとランサーは、お互いの間合いを保ったままそう言った。
  ドアが開いた瞬間、報告をしようとしていたランサーと入ってきた少女の傍に現れたセイバーは臨戦態勢を取った。
  空気は一気に張り詰め、痛いほどの緊張を周囲に巡らせる。
  そんな中で一時停戦を切り出したのはランサーだった。

「都合のいい話ですね、貴女は――」
「私は、大道寺知世について、少しですが知っています」

  何事かを言及しようとしたセイバーに対し、先に切り札を切ったのは江ノ島盾子のランサーだ。
  杏には『大道寺知世』という少女が誰かはわからない。だが、入ってきた少女たちの反応から、それが彼女たちにとって相当の意味を持つ人物である、というのは容易に想像できた。

「一時停戦を飲んでくれれば、本当に少しですが、貴女のマスターの手助けになれるはずです」
「セイバーさん!」
「……私は、貴女を信用できない」

  目の高さに構えられている刀は天井を回るファンを映し、ぐるぐるぐるぐると陰を生む。
  そんな中で、杏はただきらりの手を握ってことの成り行きを見守っていた。
  事が起こるようであれば自身のランサーを呼び出して、きらりをつれて逃げ出せるように。

「なんで!?」

  続く沈黙を破ったのは、ランサーでもセイバーでもなく、江ノ島盾子だった。
  震える姿は、震える声は、子羊みたいに頼りなげ。
  だが、声を張り上げた彼女は、杏とはまた別の決意に満ちていたはずだ。

「なんで皆、そうやって戦おうとするの!? 誰かを傷つけて、なんともないの!?」
「こちらは先に襲われた。だから――」
「だから、殺すの?」

  口にされた『殺す』という単語で張り詰めていた空気が沈む。
  沈鬱とした空気は、まるでドライアイスのように床を這い、じわりじわりと足元から熱を奪っていった。
  『殺す』力がある。少なくとも、あのセイバーとランサーは、それが出来る。自然ときらりの手を握る力が強くなった。

「そんなの悲しいだけじゃない。せっかく会えたのに、疑って、戦って、そればっかりなんて!
 ランサーさんだって、なにかあったのかもしれない! きっとそうだよ、だから……だから……そんなに簡単に、戦おうとしないでよ!」

  滲んだ化粧を洗い流せるほどの大粒の涙が、江ノ島盾子の頬を伝っていく。
  悔しさ、歯がゆさ。何も出来ない自分への無力さ。そういったものが込められた涙だ。不思議なことに、杏にもそう見えた。
  涙を拭いた江ノ島盾子は、顔を上げ、セイバーの奥に控えるマスターたちをじっと見つめて答えを待つ。
  セイバーはかすかに眉間に皺を寄せただけで、その程度で切っ先をずらしたりはしない。
  だが、江ノ島盾子の言葉は確かに届いた。

「セイバーさん」

  江ノ島盾子の言葉を受けて一歩踏み出したのは、綺麗な亜麻色の髪を肩口で切りそろえた少女。小学生だろうか、喋り方はややたどたどしく、愛らしい。
  名も知らぬその少女はセイバーの横を通り過ぎ、ランサーの構えていた人斬り包丁という呼び方の相応しい『槍』の前に身体を晒す。

「あいちゃん……」
「わたしは、信じられるよ。ランサーさんのこと。きっとわるい人じゃないって」

  自身の胸の前に槍の切っ先を当て、柄を握る。

「ほらね?」

  『あい』と呼ばれた少女と、ランサーとの間に何があったのかは杏にはわからない。
  それでも、あいがランサーの槍から逃げないという覚悟の持つ意味は、セイバーと、もう一人の少女の反応から理解できた。


722 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 05:52:10 tqDHFX420


◇◇◇

  注文したケーキが運ばれてくる間に、通りに面している大きな箱席に移動し、向かい合うようにして座りなおした。
  片方には杏、きらり。もう片方にやってきた小学生二人。お誕生日席と呼ぶべきか、どちらの側でもない通路側に江ノ島盾子。
  江ノ島盾子を頼りにこの喫茶店にやってきた二人は、共に小学生ながらこの聖杯戦争のマスターに選ばれたのだという。
  聖杯戦争を開いたのが誰かは知らないが、小学生まで巻き込むなんて、そうとう性根の曲がった奴なんだろう。

「盾子ちゃん、いいかな」

  あいちゃんと呼ばれていた亜麻色の少女――蜂屋あいが切り出したのは、停戦に関わる三つのことだった。

「わたしはさっき、ランサーさんにおそわれたの。でも、おそった理由を聞くと、またけんかになっちゃうかもしれない。
 だからわたしは、なんでそんなことをしたのかは聞かない。だから盾子ちゃんも……セイバーさんたちも、皆、聞かないであげて」

  一つは、ランサーの凶行(なんと、杏たちと別れた後にランサーはあい達を襲撃し、あいを殺そうとしたらしい)についてこの場では不問とすること。

「それと、たたかわないって決めたんだから、サーヴァントは出さないで。
 でも、ランサーさんにはお話を聞かなきゃいけないし、ランサーさんが居るとセイバーさんは安心できないだろうから、二人はのこったままでもいいかな?
 もちろん、ぶきは持たないで」

  もう一つは、ランサーとセイバー以外のサーヴァントを出さないということ。
  交戦が始まってしまえばこんな約束知ったこっちゃないが、確かに、お互いが戦争の参加者でありお互いに命を狙われている不安がないというのが目に見えている方が、精神的にはよろしい。
  この申し出は杏としても自身のランサーであるジバニャンを見せなくていいというのは少しだけ気が楽だった。
  ただ、隣で少し身体をこわばらせたきらりの反応だけは、気になった。

「それと、桜ちゃんは知世ちゃんを探してるから、わがままかもしれないけど、知世ちゃんのことから聞かせてもらってもいいかな?」

  最後の一つは、知世ちゃん(大道寺知世、もうひとりの少女・木之本桜の友人であり聖杯戦争のマスター)についての情報提供を先に行うこと。
  江ノ島盾子はそれらを二つ返事で快諾したあと、慌てて杏たちにもそれでいいかと確認を取った。
  きらりが頷いたので、杏も不承不承ながら頷きを返す。どうにも流れが早すぎる。『蜂屋あい』と『江ノ島盾子』にこの場の流れを決められて話を進められている気がする。
  気にしすぎと言われればそれだけだ。もともと知り合いだったらしい彼女ら二人が善意から場を繋いでくれているのかもしれない。
  それでも、杏の中に生まれた疑念もまた、払拭されずに残ったままなのだ。


723 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 05:52:26 tqDHFX420


「……大道寺知世は、アサシンのサーヴァントによって誘拐されました」

  「アサシン……」そのクラス名を繰り返したのは知世の友人の桜だ。
  「暗殺者のクラス、気配を絶することが出来る者が多いと聞きます」答えるのは彼女のサーヴァント、セイバー。一時停戦となった今もやはり警戒は解いていないらしく、桜の隣に腰をおろしている。
  暗殺者という説明を聞いた桜の顔からすっと血の気が引いたのは、傍目にも分かった。

「誘拐されましたが、アサシンの目的は大道寺知世の殺害ではありません。
 令呪の回収を目的としているようでした。中等部の方に向かっていたので、そちらにマスターが居たのだと思います」

  桜の顔色から彼女の不安を読み取ったのか、ランサーはすぐに『大道寺知世の一応の無事』の根拠を口にした。
  それを聞いて、桜の顔色が少し良くなったが、その代わりに少しだけ落ち着きがなくなった。
  知世の無事を知り、知世の生存に希望が持てるようになり、早く動き出したいという思いが現れてるようだ。

「ランサーさんは、なんでそんなにアサシンさんにくわしいの?」
「それは……」

  当然の問いを蜂屋あいが口にする。そこは杏も聞いていて気になった。
  気配遮断で姿を隠せるアサシンのクラス。しかしランサーはその存在だけでなく進路や目的までしっかりと把握していた。
  まるで見てきた……いや、本人から直接聞いてきたかのような説明に、卓上を交錯していた幾つもの視線がランサーに向けられる。
  ランサーは少し考えた後で、意を決したように、その手品の種を明かした。

「……私のスキルの一つに、『困った人の心の声が聞こえる』というものがあるからです。
 相手が内々の策を練っており、それを見抜かれては困ると相手が思っているなら、私はそれを聞き取ることが出来ます」

  読心術。その答えも一応は納得の行くものだった。
  確かに心の声が聞こえたならばアサシンの動向を筒抜けにすることも出来る。
  一番疑って掛かりそうなセイバーが得心言ったように見つめているのを見ると、あい達の襲撃の際にもその読心術を思わせる行動はあったらしい。
  一応は本当のことを言っているのだろうと杏も判断し、心の中にとどめておく。

「私から提供できる情報は以上です」

  ランサーは語るべきは語り終えたとばかりに席についた。セイバーと違い武器を消している。
  それは、『襲撃者』である彼女なりのあいたちへの心配りなのかもしれない。


724 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 05:53:56 tqDHFX420


「じゃあ、次は……普通の情報交換でいいかな?」

  ショートケーキ、チョコレートケーキ、ラズベリーケーキ、フルーツタルト、プリンアラモード。
  戦争には似合わない、綺麗なものたち。芳しいほどの平和たち。
  運ばれてきたケーキと紅茶を配りながら、お誕生日席の江ノ島盾子がきらりの隣にランサーが座ったのを確認して切り出した。
  「普通のって、なにするの」これは杏。別に江ノ島盾子に噛み付くわけではなく、何を話せば良いのかがまったくわからないからの質問だ。

「えっと……今日のこと、とか。話したくないならいいけど……駄目かな?」

  悪いことではない。
  ランサーについては不問と約束したが、他の情報については別だ。
  例えば、杏たちが目撃した光の槍。あの場に居た桜やあいならばあれがなんだったかを知っているはずだ。
  危険ならば備える必要がある。仲間になれるようならばきらりとともに一考する必要がある。

「いいんじゃない。別に」
「本当!? あ、じゃあ……杏ちゃんから聞いてもいいかな?」
「えー、めんどい」

  話の流れで最初を任されそうになり、即座に拒否する。
  先陣を切るなんてのはいつもの杏は絶対に嫌だ。
  「そんなこと言わずに」なんて江ノ島盾子は言うが、面倒なものは面倒なんだ。

「そうだ。きらり、杏の代わりに説明しといてよ」
「んもう、杏ちゃん! きらりとさっき会ったばっかりでしょ! ちゃんとやろうよぉ!」

  ちょっとだけ良くなった空気の中、きらりが笑ってくれるなら悪くないかと思い次は杏の手の内を明かす。
  と言っても、聞かれて困ることはなにもない。本当に、きらりを探す以外はなにもやっていないのだから。

「はいはい、あーめんど。今日のことねえ……朝はゲームして、昼前にタクシー乗って……って、そんなこと聞きたいわけじゃないよね。
 杏はなんもしてないよ。聖杯戦争についてはなーんにも。あーでも、きらりに会うために結構歩き回ったね」
「……ありがとにぃ、杏ちゃん」
「いいって。あーでも、あとで飴買ってよ。ほら、なんだっけ、あの、通知のときに配られたお金でさで」
「ねえ」

  かちり。かちん。聞こえた音はなんだったんだろうか。
  聞きなれないその音を鳴らしたのは、杏か、きらりか。それとも杏たちの会話に割り込んできた蜂屋あいか。

「ずっと気になってたけど、そっちの子が『諸星きらり』ちゃんなの?」

  かちり。かちん。もう一度。脳裏に浮かぶのはぐるぐる回るファンの陰。
  きらりの纏っている雰囲気が、明るいものから暗いものへ変わったのが、強く感じられた。


725 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 05:54:18 tqDHFX420


「あいちゃん、知ってるの?」
「つうたつで教えられたけいじばんにね、書いてあったの。
 高校でたくさん人が死んだんだって……」

  かちり。かちん。
  杏としても、きらりとしても、触れてほしくない部分だった。だが、掲示板を読まれていたのならば避けては通れない話題だった。
  杏も、いつかきらりが落ち着いたら事の真相を知らなければならないとは思っていたことだ。
  当座はきらりのために聞かないでおこうと思っていたが、掲示板の書き込みからきらりに対して不信感を抱いている他参加者がそこを正しておきたいというのもまた当然のことだろう。

「ね、ねえ!! あいちゃんたちはどうだったの!!」

  かちり。かちん。
  漂いだした不穏な空気を吹き飛ばすように、いつもよりも大きな声で江ノ島盾子が割って入る。
  その様子は、きらりのために必死という他ない様子。
  あいたちはその様子から触れてはいけないなにかを察したのか、ちょっとだけ息を呑んで、きらりに向けていた目線を申し訳なさそうに伏せた。
  きらりもまた、顔を伏せたままだ。
  大きくため息をついて、人差し指でぽりぽりと頭を掻く。

「あのさ」

  備え付けのソファーにぐでぐでにもたれかかっていた姿勢から、背を起こして姿勢を正し、あいと桜を見つめる。
  杏がきらりのために出来ることは何か。
  正答かどうかは分からないが、やっておくべきことは分かった。

「掲示板に色々書いてあるみたいだけど……杏の知ってるきらりはあんなことするわけがない優しい子だから。
 ……だから安心してよ、なんて言えないけどさ。もう少し――」

  それは当たり前の言葉だった。当たり前の返しだった。
  長々話すのは面倒だが、百回同じ場面に出くわせば、百回同じことを口にするはずだ。
  当たり前過ぎて、見逃してしまった。目の前を揺れている糸についていた小さな蜘蛛を。

「――きらり?」

  きらりの大きな瞳は固く瞑られ、目の端には大きな真珠みたいな涙が浮かんでいた。
  彼女の触れてはいけない部分に触れてしまったようで、少しバツが悪くなる。
  なんてのは、

  かちり。
  振り返ってみればわかる。
  あの時聞こえた音は、撃鉄を上げる音と引き金を絞る音だったのだと。
  四人で回していた目には見えないリボルバー。
  杏の前に置かれたそれが放つのは、軽い音ではなかった。
  友情に火が灯る。優しさの弾丸は、運悪く引き金を引いた少女目掛けて飛び出した。


726 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 05:54:50 tqDHFX420

◇◇◇


  双葉杏は、最後の最後まで心の何処かで事実に抗っていた。
  なぜなら、双葉杏は過去の諸星きらりを知っていたから。
  優しい子だった。小さな子とも仲がよく、面倒見がよく、真面目で、見た目に似合わないくらい乙女趣味。
  優しさからバチをかぶることはあっても、笑顔を絶やさない。
  いつでもおひさまの方を向いてにっこり笑っている、背の高いひまわりみたいな子だった。
  だから、双葉杏は考えなかった。考えたくなかった。
  まさかあの高校での惨劇を演じた狂気のヒロインが本当に諸星きらりだったなんて思っていなかった。いや、彼女がそんなことをするはずがないと信じていた。
  全部が嘘じゃないとしても、一部が本当であったとしても。
  いじめのことが本当だったとか、学校内で襲われて逃げ出したとかそれだけで、彼女が『殺人』に関わっている事実だけは別。
  心の何処かで、そうあって欲しいと願っていた。

  だから、口に出してしまった。「きらりはあんなことをする子ではない」と。
  当事者であるきらりがどう感じるのかをまったく考えずに。
  その言葉が、遠因的にとは言え『あんなこと』を起こしてしまったきらりをどれだけ傷つけるかを考慮せずに。

  信じる心の持つ力は強い。
  積み重ねた時間が産んだ正当なる信頼は、『いつもの諸星きらり』という理想は、ねじ曲がってしまった少女の日常を押しつぶしてひびを入れるには十分な圧力だったのだろう。
  信じる心が圧を掛け、優しい心が放たれる。
  トリガーが引かれた。
  トリガーを引いたのは、この聖杯戦争でもっともきらりを思う双葉杏だった。
  トリガーを引いたのは、ニートな少女がそのために駆け回ろうと思うほどの強い信頼だった。
  放たれる弾丸もまた優しさだった。
  狂い乱れる憤怒を媒介とした、少女を守りたいと願った小さな優しさだったものだ。

  二人はともに信じていた。
  諸星きらりという少女の善性を信じ、諸星きらりを救いたいと願っていた。
  信じる心、優しい心。
  とっても素敵な二つの願い。
  そんな綺麗なものによって、世界は、色を変えていく。


◇◇◇


  一瞬にして空気がドス黒く染まる。
  そのドス黒い空気が殺意だと理解した瞬間、双葉杏は大声で叫んでいた。

「ランサー!!」
「■■■■■■ーーーーー!!!!」

  怖気が人の形をしたような異形がそこに現れ、拳を振るう。
  一打、目の前に現れた鈍色のメカニカルな猫が天井目掛けて叩き上げられる。
  二打、振り下ろされる拳は着撃の寸前に人影に遮られる。轟音と風圧に伏せてしまった目を開いた時、杏の前には輝くような美貌の少女が立っていた。


727 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 05:55:06 tqDHFX420


☆セイバー

  憎悪を身に纏った僧兵風の男――おそらく、バーサーカーが現れるその瞬間、最も早く動いたのは双葉杏だった。

「ランサー!!」

  一瞬、使い魔のような存在が宙に現れるが、僧兵のバーサーカーはその存在をアッパーカットで即座に排した。
  しかしその存在の稼いだ一瞬のおかげで杏は命を繋いだ。彼女に振るわれるはずの圧倒的暴力の前に、一人の少女が立ちはだかったのだ。
  魔法少女のランサーだ。杏の声に答えるように、彼女は立ちふさがり、当然のように不正だ。
  そのランサーに釣り出されるようにセイバーもまた乞食清光を手にする。鞘はない。丁度いい。
  すべきことの優先順位は定まっていないが、確実にやらなければならないことは判明している。
  魔法少女のランサーは、少なくとも現在は停戦しており、敵対しないという約束だ。
  こんな場所でバーサーカーを召喚し、戦闘を始める危険人物が潜んでいる。それも、桜たち二人と、襲われた双葉杏以外の二人のうちに。
  いや、下手人はわかっている。蜂屋あいが口にしていた。『高校での殺人事件』とその犯人と思わしき人物について。
  彼女が何故一時停戦の約定を破ってまで双葉杏と……いや、ここに居る彼女以外と敵対の道を選んだのかはわからない。
  分からないが、ここで暴れられれば下手人――諸星きらり以外の全員が死ぬことになりかねない。

「伏せてください、マスター!」

  座席の背もたれを足場に一歩踏み出し、きれいなもので彩られているテーブルに二歩目を踏みしめる。
  ランサーは、セイバーの動作に一切視線をくべることもなく、まるで『そうくることを当然理解していた』かのように、バーサーカーの拳を往なして一歩退いた。
  どこへやったのか、気がつけば、双葉杏も煙のように消えている。
  追撃の拳からくるりと身を躱し、薙刀のような武器の柄で喫茶店の窓を叩いてガラスを砕き、喫茶店から退場する。
  ランサーを追う・追わないの戸惑いが脳裏をかすめるが、それも一瞬のこと。バーサーカーの憤怒に満ちた瞳がセイバーの方に向いた瞬間に消え失せた。
  セイバーの動作には少しの淀みもない。ただ、それまでがそうであり、ただ、これからもそうあるように、自身の魂を刀に乗せた。
  化け物じみた身体能力で突き出されようとしているバーサーカーの右腕の内側に潜り込み、左肩に担ぐように構えていた乞食清光を返し、正眼に構える。
  切っ先が時間という概念を切り裂き、切り捨てられた因果が捻れて狂う。刹那の間に三撃の突きが重なる。
  無明三段突き。残像すら生まぬ、まったくの『同時』で突き出された、突きの極地と呼ぶべき三連攻撃。
  交錯の直後に吹き出した鮮血は、当然バーサーカーのものだった。


728 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 05:55:35 tqDHFX420


  僧兵のバーサーカーの胸元に突き刺さった乞食清光の切っ先と、自身の手に残る感触がセイバーの脳内に警鐘を鳴らす。
  重心をずらすのが間に合ったのは、その警鐘に従えていたからに他ならない。
  だが、ずらすのが精一杯。殺意は既に牙を剥こうとしていた。

「■■■■■■■■■■■■――――――――ッ!!!!」
「なっ……!?」

  バーサーカーの咆哮とともに手で感じていた感触が一気に軽くなる。その瞬間に警鐘の原因を理解した。
  無明三段突きが完全に決まったのであればさしものバーサーカーと言えど胸に風穴を開けるくらいは可能なはずだが、どうやったのか、バーサーカーの身体はまだ形を保っている。
  いや、原因はわかっている。百錬の末に体得した無明三段突きに失敗したのだ。セイバーは誰に言われるまでもなく、その事実を認識していた。


  ――セイバーの知らぬところではあるが、無明三段突き不発の原因は魔法少女のランサーが初撃を耐えたことにあった。
    セイバーはその一撃でバーサーカーの拳撃を通常の打撃と誤認してしまったのだ。
    実際には違う。バーサーカーの拳撃は全て『二重の極み』という特殊な技法によって繰り出されている。
    二重の極みとは、対象にほぼ同時に打撃を叩き込むことで一打目で反動を出し切らせ、二打目で防御を出し切った部分に渾身の一撃を叩き込むという単純明快な技術が宝具の域まで高められたものである。
    魔法少女のランサーの場合、魔法の国によって作成され耐久性において絶対無敵・『絶対に壊れない』という逸話を誇る『華麗なる偉大な女王』で受けたためにその『二打目による必壊必殺』の特性を無効化出来ていたのだが、それが災いした。
    だが、乞食清光はただの刀だった。
    バーサーカーの拳とセイバーの刀が一瞬だけすれ違った。触れるか触れぬかの交錯。その際、バーサーカーは当然のように拳以外の場所――腕で二重の極みを発し、無防備な刀身に一撃を食らわせていた。
    それ以降乞食清光は突きの速さに任せて刀としての形を保っていただけで、すれ違うその瞬間にはすでに刀としての機能を全うできない状態にあった。
    結果としてセイバーは砕けかけの無明三段突きを放つことになり、その負荷に耐えきれなかった乞食清光は破砕。必殺の三撃も破片をちらして空を切るのみで終わってしまったのだ。
    仮に『二重の極み』のからくりに気づいていたならば、セイバーは決して不覚を取らなかったはずだ。
    閉所での戦闘でマスターが危険に晒される可能性の高さ、拳撃を受けきった魔法少女のランサーの姿。どちらかが欠けていればもっと慎重に攻められたはずだ。
    彼女はひたすらに間が悪かったと言う他ないだろう。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

  店中を揺るがすような咆哮とともに右腕ががむしゃらに振り抜かれる。
  その動作は攻撃というにはあまりに直線的。技術ではなく闘争本能から出されたと断じられる、狂戦士らしい一撃。
  セイバーはずらした重心に更に足を乗せ、大きく後ろに身を反らしてその闘争本能を回避する。
  胸元を掠めたが、先の警鐘が功を奏し直撃は避けた。
  瞬時に『誓いの羽織』を身に纏う。ダンダラの裾がはためき、沖田総司としての本来の力へと近づく。
  現れた菊一文字を手に、乞食清光を襲った謎の崩壊に知恵を巡らせようとするが。

「かはっ……!?」

  刀を振るよりも速く襲ってくる、肺の内側からナイフが突き破ってくるような激痛。引き起こされる喀血。
  激痛のあとに胸全体に染み込むように広がっていく鈍痛。
  持病のものではない。それは長年付き合い続けてきたセイバー自身がよく理解している。
  ならばこの痛みの理由は何か。心当たりは一つしかない。
  セイバーが受けた身体接触は一度だけだ。先程の、胸元をかすめた一度だけだ。
  もしや、あの拳の一撃で、かすっただけの攻撃とも言えない攻撃で、これだけのダメージが押し付けられたというのか。
  菊一文字を床に挿して自身の身体を支え、消えてしまいたくなるほどの痛みに耐えながらなんとか顔を上げれば、既に僧兵のバーサーカーは拳を構えていた。
  来ると分かっていても身体は痛みに縛られたように動かない。


729 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 05:57:20 tqDHFX420

「風<<ウィンディ>>!!」

  割れた窓から吹き込んできた風が意思を持ってうねり、喫茶店内のものを巻き上げる。声と魔力から、桜がクロウカードのうちの一枚を使ったというのは想像出来た。
  生まれた風が鎖となってバーサーカーの体を絡め取り、その動きを制限する。
  が、バーサーカーが一度体を揺すればその風の鎖はすべて霧散した。
  バーサーカーの足元の床板が割れて大きくめくれ上がる。テーブルが跳ね上がり、机に並んでいた綺麗だったものはすべて砕け散ってしまった。
  バーサーカーは視界を遮るそのテーブルすらも邪魔というように腕を大きく振るってテーブルを殴りつけた。

「盾<<シールド>>!!」

  いまだ体勢整わぬセイバーと桜の前に巨大な盾が展開される。だが、その盾も憎悪の一撃によって容易く割られてしまう。
  狂気に支配された暴力の化身の前に再び姿が晒されてしまう。砕けた盾の向こうの矛先は、セイバーではなく桜の方を向いていた。
  だが、尽きぬと思われた暴力の嵐は突然止む。
  振り上げられた拳が止まった理由は、桜とバーサーカーの間に立ちはだかる人物以外にはありえない。
  蜂屋あいだ。彼女が、桜を抱きとめるようにして庇ったのだ。
  バーサーカーは、まるでその少女の無防備な背中によって思考にエラーが発生したように、振り上げた拳を浮かせたまま立ち止まっている。
  まるニ秒は止まっていたか。セイバーが胸の痛みから立ち直れるほどには間が空いたあとで、バーサーカーは桜に向けて放とうとしていた拳をがむしゃらにふるい、セイバーを攻撃した。
  今度は刀で受けるような真似はしない。床を蹴って飛び上がり、壁を蹴り、天井を蹴り、三角飛びの要領で上空からバーサーカーを狙う。
  攻撃を放った瞬間に分かった。自身が想定していたよりも動きが鈍い。仕留めきれなければ反撃を受けると。
  だがセイバーの奇襲もバーサーカーの反撃も不発に終わった。
  地面から生えたアイアンメイデンがバーサーカーを閉じ込め、結果的にセイバーの刃も防いだのだ。
  これもまた、バーサーカーの身震い一つで粉々に砕かれてしまうが。

「遊びましょう、お兄さん。今だけは貴方がアリス、そして私がウサギさん。おいかけっこの始まりよ」

  可愛らしい少女の声。
  一人の少女によってばら撒かれた無数のトランプが宙を舞い、幻惑によって喫茶店を埋め尽くし、その場に居た人物全員の姿を一瞬隠す。
  紙吹雪にも似たトランプの霧が晴れれば、数人に増えたキャスターが喫茶店を縦横無尽に走り回っていた。

「■■■■■■■■■ーーーー!!!」

  バーサーカーの巨体が弓のように反り、天井を突き破るほどの咆哮を上げる。
  そして、目の前に居たキャスターの一人を拳の一撃で叩き潰した。彼の拳の下からは、くしゃくしゃに潰されたトランプが一枚落ちているだけ。

「鬼さんこちら、手のなる方へ」

  キャスターたちが笑いながら空中を舞っているトランプに触れる。するとたちまち、ギロチンやゼンマイやブリキの馬やコーヒーカップに生まれ変わった。
  そしてそれぞれが空中を散歩するように飛び回り、障害物として、あるいは武器としてバーサーカーに迫った。
  バーサーカーはその一つ一つを叩き潰し、殴り飛ばし、走り回るキャスターのうちの一つの影を追う。


730 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 05:59:07 tqDHFX420

「わあ、素敵。私が本物だって分かるのね」
「すっごーい!」「ずるーい!」「まぜて!」「こっちよ!」「わーい!」「たーのしー!」「さあ、遊びましょう」

  きゃいきゃい言いながらキャスターたち(おそらく、分身の方だ)がトランプをおもちゃや武器に変えてバーサーカーへと向かわせた。
  セイバーは胸の痛みに耐えながらバーサーカーの死角を取る。
  ぜいぜいという自身の息遣いが、痛みでブレる切っ先が、死角という優位性になんの意味もないことを何度も何度もセイバーに伝えてきた。
  この状態で無明三段突きは放てない。相手の攻撃を見切れず反撃を許せば今度は菊一文字が無残に折られる。セイバー自身も無事で済むとは思えない。

「桜ちゃん、こっち!」

  砕かれた残骸が店内を蹂躙するように乱れ飛び、建物が悲鳴を上げるように破砕音が四方八方から起こる。少女たちの笑い声と男の雄叫びが練り混ざりになり世界の空気を染め上げる。
  その中で、その少女の声だけは、まるで綺麗なピアノの音のように綺麗に澄み渡って響いた。

「でも、キャスターさんが!」
「キャスターなら大丈夫。だから、行こう!」

  蜂屋あい。キャスターのマスター。窮地の桜の命を救った少女。桜を救おうとする声の主は、当然のように彼女だった。

「でも!!」
「桜ちゃん! 知世ちゃんはいいの!?」

  その場に残ろうとしていた桜の瞳に影が差す。
  それを見逃さず、あいは言葉を続けた。

「……キャスターなら大丈夫。でも、知世ちゃんを助けられるのは桜ちゃんだけなんだよ」

  諭すような言葉で、桜の心を誘導していく。
  あいの言葉を受けた桜は、答えを求めるようにセイバーを見上げた。
  セイバーはこれからどうするか。答えは出ていた。

「退きましょう、マスター」

  敗走だ。傷を負い、ほうほうの体で逃げ出すのだからそれ以外に言いようがない。それでもセイバーは退くことを選んだ。
  魔法少女のランサー、僧兵のバーサーカー、大道寺知世を融解したアサシン。そして……未だ正体不明と言って差し支えない蜂屋あい。
  セイバーがここで消えれば、桜はそのすべてに一人で立ち向かうことになる。
  ほんの些細な少女の願いを叶えるには、この地は敵が多すぎる。
  だからセイバーは、今は敗者の誹りを受けようとも生き抜くことを選んだ。

「……うん」

  気がつけば、お誕生日席の江ノ島盾子の姿も消えていた。
  ランサーがぶち破った窓から飛び出し、
  背を向けた喫茶店から爆発音と、破砕音と、その他色々な『死んでいく音』が生まれては消え、消えてはまた生まれていく。
  走れば走るだけ、その音たちはだんだんだんだん小さくなり、最後には聞こえなくなった。
  これが、僅かな休息と一時休戦の顛末だ。


731 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 06:01:12 tqDHFX420



「パーティは終わり?」

「そう、終わり。楽しいダンスもこれにて終了。そんじゃ、二次会行っとく?」

  舞台を回す二人の獣が、客の帰りを見届けて。
  そうしてようやく、幕を引いた。
  ぱちんとひとつ。手が打たれる。
  すると、夢から覚めたみたいに歪んだ世界はもとに戻って。
  一時休戦。
  少女たちの休息。
  戦争に添えられたささやかながら美しいものたち。
  あとに残ったのは。
  泣きじゃくる女の子と。
  怒りに狂うバーサーカーと。
  冗談みたいにボロボロになった喫茶店と。
  踏みにじられた美しいものたちだけだった。


732 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/18(土) 06:02:15 tqDHFX420
何度も何度もすみませんが、後半は明日まで待ってください


733 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:43:16 /ij7BRG20
投下再開です


734 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:43:27 /ij7BRG20

☆双葉杏

  後ちょっとのところまで手繰り寄せられたはずの糸は、手をすり抜けて離れていってしまった。
  双葉杏には、変わっていく状況をどうにもできなかった。
  どこで何を間違ったのか、杏にはわからない。
  ただ、わかったのは。バーサーカーが現れたあの瞬間、杏の方を向いたきらりが泣いていたこと。
  そして、杏がきらりを泣かせてしまったということ。
  最後に、きらりを泣かせてしまった杏に、バーサーカーは激怒していたということだ。

「むっちゃ痛かったニャン……」

  アニメみたいなたんこぶをこさえたランサーが、シクシク泣いている。
  ランサー曰く、防御面で優れたロボニャンが最初の一撃でぶち壊されたのだという。
  そんな状況でランサーが助かったのはせめてもの救いとしか言えないだろう。
  気がつけば袋の中にランサーともどもしまい込まれていて、数分くらい経ったあとで袋から出れば、そこは見ず知らずの公園だった。
  どうやら助けてくれたらしい魔法少女のランサーは、ノックダウンしていた杏のランサーを腰に下げた袋から出した。

「ねえ……あのサーヴァントってさ」
「……私は、蜂屋あいのサーヴァントを知っています。エプロンドレスのキャスターでした」

  思った通りの答えに、ため息をつく。
  そして、ようやく自身の間違いに気づく。
  高校での殺人事件の犯人はあのバーサーカー。他ならぬきらりが呼び出した怪物。
  きらり自身に罪があるかどうかは分からない。杏は今もきらりの潔白を信じている。
  だが、きらりが自身に罪があると感じてしまってもおかしくない。
  そこを理解できずに、地雷を踏んでしまったというわけだ。
  あまりの悲惨さに自嘲したくなる。
  きらりを救うと息巻いて、きらりのために戦うんだと決心して、きらりを傷つけていたんじゃ意味がないじゃないか。
  あまりにも無神経で。無知で。そして無力で。
  きらりの友達を自称しながら、きらりを追い詰めてしまったのが情けなくなる。もう何もかも投げ出してしまいたい。
  それでも杏が自暴自棄にならなかったのは、きらりの涙があったからだ。
  きらりを泣かせたまま、自暴自棄になる訳にはいかない。
  なによりもまず、謝って。わけを話して、それからだ。
  自暴自棄になって、家に引きこもって、自己嫌悪に陥るのはそれからにする。

  だから杏は顔を上げた。
  眼の前に居る、江ノ島盾子のサーヴァントと向き合った。


735 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:43:59 /ij7BRG20


「ねえ、なんで杏を助けたの」
「……」

  江ノ島盾子のサーヴァント――魔法少女のランサーと杏は救い救われするような利害関係にはなかった。
  あの瞬間に助けてもらえる理由はないはずだ。

「最初に会った時、きらりさんは泣いていました。
 ……私は彼女をなんとかして助けてあげたいと思ったんです」

  魔法少女のランサーは、ぽつぽつと語りだす。
  杏と出会う前のきらりのことと、彼女が杏を助けた理由と。

「だから、きらりさんの知り合いの貴女には死んでほしくなかった。
 貴女がきらりさんのサーヴァントに殺されてしまったら、きらりさんはもう笑えなくなるから」
「……そっか」

  嬉しい話だった。これが江ノ島盾子のサーヴァントでなければ握手の一つでもしたいくらいに。
  杏自身の命を救ってくれたこともそうだし、きらりのためを思ってくれているというのもそうだ。
  だが。
  息を吸い、魔法少女のランサーの目を見つめて伝える。杏の中のありのままの気持ちを。

「先に言っとくと、杏はアンタのこと、まったく信用してないから。
 だってアレのサーヴァントなんでしょ、アンタ」

  アレ、が指すのは当然江ノ島盾子だ。
  杏を救ってくれた。きらりのために動いてくれた。それはありがたい。
  だが、それでも彼女は江ノ島盾子のサーヴァントだ。理由はないが、杏はやはり江ノ島盾子のことを信用できない。
  疑ってかかる杏に、魔法少女のランサーは憤慨するでも悲哀するでもなく、驚くべき一言で返した。

「私のことは信用してくれなくて結構です。そして、江ノ島盾子のことは絶対に信用してはいけません。
 彼女は、この聖杯戦争を加速させて楽しんでいる。戦火を……絶望を広げて面白がっている」
「え……マジ?」
「信じるかどうかは貴女に任せます。でも、私ではなく、『きらりさんを助けたい』という思いだけは信じてほしい」

  唐突に告げられる、自身の仮説の肯定。
  『きらりを助けたい』。そう言い切った魔法少女のランサーの目に一点の陰りもない。
  これが読心術を用いた演技ならば、杏にはもう太刀打ちできない。
  そういう逸話があれば、そういうスキルを持って顕現しているのだろうから。
  杏のそんな困った心の声を聞き届けてか、魔法少女のランサーはまた言葉を継いだ。

「信用に足るかはわかりませんが、私の真名を教えておきます。
 私の真名は――『魔法少女狩り』スノーホワイト……姫河小雪です」

  年相応の少女のように礼をする魔法少女のランサーに、杏のランサーは「オレっちはジバニャンだニャン!」と迷わず返事したのでたんこぶとは別の位置を殴っておいた。
  たいした痛みでもないだろうにサッカー選手のように大げさににゃあにゃあと騒ぐランサーの姿に、魔法少女のランサーは呆れたように笑う。
  真名が分かれば、逸話を知ることが出来るし、スキルを知ることも容易だろう。
  これは本当に、本当のことを言っているのかもしれない。
  杏のことを信頼して、きらりを助けるための手助けをしようとしてくれているのかもしれない。
  だから杏は大きなため息をついて、いつものように口にした。

「……はあ、面倒くさいなあ」
「いてて……ってかマスター、それ言っちゃうのかニャン」
「面倒なものは面倒じゃん。やんなくていいことばっかり増えて。
 杏はさ、ただ単にきらりには笑っててほしいだけなのに」

  高等学校での殺人事件の真実とは。
  きらりのバーサーカーが杏を襲った理由とは。
  江ノ島盾子がきらりを付け狙う意図は。
  きらりに感じた違和感の正体は。
  それら全部がわかったとして、杏がきらりにできることとは。倒さなければならない本当の敵とは。
  やらなきゃいけないことが多すぎる。
  世界は、双葉杏にもっと戦えと囁いている。

  どれもこれも、小さなニートの小さな手には大きすぎるものばかり。

「……どれから手を付けようかなあ」

  それでも、助けたいと思うから。ニートな少女は自発的に面倒事に立ち向かう。
  猫の手を借りて。困った人の心の声を聞いて駆けつけた魔法少女の力を借りて。


736 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:44:15 /ij7BRG20


☆ランサー

  火蓋の切られるあの瞬間、狙いすましたように江ノ島盾子は囁いた。

(ぼーっとしてていいの、ランサー)
(何がですか)
(杏ちゃんが死ぬよ)

  彼女がそう判断した理由は分からない。だが、ランサーは彼女の言葉の信憑性については一考の価値があると思っていた。
  与太話は多い。煽りも多い。だが、彼女が本気でそうなると言ったならばそうなる。それは諸星きらりを見つけ出した時の経験則から
  それを裏付けるように、ランサーが身構えた瞬間殺意を持って憤怒の化身が顕現した。
  ランサーが杏の救出に間に合ったのは、江ノ島盾子の一言があったからだ。
  その腕力はルーラで受けたにもかかわらず相当なもので、長期戦になればなるだけランサーは不利になるだろう。
  どうするか、考えるより早く身体が動いた。
  声を聞き取るのも困難な強い憎悪の向こう側で敵意がランサーと双葉杏、そして双葉杏のランサーのみに向いていることを察し、双葉杏と彼女のランサーを回収して離脱する道を選んだ。
  どういうきっかけかは知らないが、三人が狙われているというならば、三人が去れば敵は追ってくるか、戦闘を止めるかで被害の拡大は防げる。
  木之本桜を蜂屋あいと江ノ島盾子の元に置いてくるのは気が引けた。
  だが、木之本桜が蜂屋あいに対して一片の疑心も抱いていない現状ならばまだ安全であると判断し。
  また、彼女が強く気にかけていた大道寺知世の情報を渡したので大きく行動を操作されることはないはず。
  そして、ずっとランサーから警戒を解かずに居たセイバーならば、桜を本当の意味で救ってくれるはずと、半ば祈りながら脱出した。

(会いたくなったら呼ぶから、それまでせいぜい、楽しんどきな)

  喫茶店から離れていく時、最後に聞こえた念話で、江ノ島盾子はそう言っていた。
  双葉杏と話しながらも、考えるのは江ノ島盾子のことだった。
  これまでの幾つものやりとりで、ランサーはようやく彼女の真意が分かってきた。
  彼女はランサーに嫌がらせをしたいわけでも、ランサーを押さえつけて好き勝手に生きたいわけでもない。
  いや、そういう一面もあるのだろうが、それは二の次・三の次にすぎない。
  きっと、江ノ島盾子は試している。
  ランサーの、姫河小雪の正義を……『希望』の強さを試している。
  だから、あえてあの場でランサーに杏の死に抗わせた。
  だから、杏を連れて逃げたランサーに対してなんのアクションも起こさない。
  きっとこの後も、ランサーの正義に対して命題を突きつけ、その答えをランサーの隣で見続ける。
  ランサーの『希望』と江ノ島盾子の用意した『絶望』、どちらが強く、正しいのかを比べたがっている。
  そしてその上で、ランサーの示した『希望』を叩き潰す。そういう目論見なのだろう。

  彼女の手のひらの上で踊るようで不快だが、それでもランサーは戦わなければならない。
  何が正しいのか、今のランサーは果たして正しいのか。
  正解は見えないが、ランサーは自身の選んだ道を進むことしか出来ない。
  だがせめて、この瞬間の選択に悔いを残さぬように。
  ランサーはまず、双葉杏と向き合った。
  現在彼女が知る中で最も大きな『絶望』の種である諸星きらりを救うために。

(……『絶望』の種)

  ふと、喫茶店で聞いた心の声を思い出す。
  『今日の出来事』を話題にしようと江ノ島盾子が提案した時、桜とセイバーは同時にある人物を思い描いた。
  『薔薇のアーチャー』。森の奥に潜んでいたらしき、見目麗しく格闘技に長けたサーヴァント。
  その名に彩られた真っ赤な花は、ランサーにとって、決して許してはならない罪を背負い死んでいった少女のシンボル。
  ランサーが英雄として祀られたならば、その少女が反英雄として歴史に残されていてもおかしくはない。いや、実際に残っているはずだ。
  もしも、その『薔薇のアーチャー』が、彼女の知る人物だったならば……

「私の真名を教えておきます。私の真名は――」

  必ず倒す。
  これから危険に晒される多くの人々と。
  これまで救えなかった多くの魔法少女と。
  選べなかった過去に報いるために。

「『魔法少女狩り』スノーホワイト……姫河小雪です」


737 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:44:53 /ij7BRG20


【C-4/小さな公園/1日目 夕方】

【双葉杏@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的疲労(大)、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]携帯ゲーム機×2
[所持金]高校生にしては大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:なるべく聖杯戦争とは関わりたくなかったが
0.きらりの情報を整理。その後、なんとかしてきらりを助ける方法を探る。
1.ランサー(姫河小雪)の話を聞く
2.きらりの奪還と江ノ島盾子の打倒……?
3.CDに対する発言によるきらりへの複雑な感情
[備考]
※江ノ島盾子はクロ認定、ランサーは半信半疑です。
※自身がなんらかの理由からきらりのサーヴァント(悠久山安慈)の標的になっていることを理解しました。


【ランサー(ジバニャン)@妖怪ウォッチ】
[状態]ダメージ(大)、魔力消費(小)
[装備]のろい札
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:なんとなく頑張る
1.めっちゃ痛いニャン! バーサーカー(悠久山安慈)とはもう会いたくない。
2.ランサー(姫河小雪)は味方……?
[備考]
※『猫に九生あり』のうち、ロボニャンが『二重の極み』で大破しました。
 暫くの間ロボニャン状態への変身が上手く行かない可能性があります。


【ランサー(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
[状態]疲労(中)、絶望(小)、ストレス
[装備]
[令呪]
[道具]ルーラ、四次元袋
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り犠牲を出さずに聖杯戦争を終わらせる。
0.江ノ島盾子の思惑を破壊する。
1.……
2.出来ることなら、諸星きらりに手を貸してあげたい。
3.幸子はことはしばらくそっとしておく
[備考]
※『薔薇のアーチャー』の存在を知りました。


738 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:45:49 /ij7BRG20



☆諸星きらり

  どうしてこうなってしまったのか、諸星きらりには分かっている。
  すべては粉々に砕けてしまった。バーサーカーの手によって、砕かれてしまった。
  あとに残ったのは、ぼろぼろのお店とまた一人ぼっちのきらりだけ。
  桜ちゃんも、あいちゃんも、いい子だったはずだ。
  盾子ちゃんも、杏ちゃんも、きらりの大切な友達だ。
  うまくいくはずだった。

  それでも、どうにもならないことがあった。
  それは過去だ。
  いい人が集まって、上手くいくはずでも、きらりの過去は変わらない。
  あの日、きらりをいじめていた子たちをバーサーカーが殺した事実は変わらない。
  いつかのままの杏ちゃんの笑顔を見るたびに、良心が痛んだ。
  サーヴァントという単語が出るたびに、胸が苦しくなった。
  学校の三人は、きらりのせいで死んでしまった。
  きらりがあの三人を殺したのと一緒なのだ。
  そのことを杏ちゃんに知られて、杏ちゃんに嫌われるのが、どうしようもなく怖かった。
  だからきらりは願っていた。サーヴァントのことに触れられず、何事もなくお話が終わることに。

  杏ちゃんは、そんな駄目駄目なきらりを心の底から信じてくれていた。
  その信頼が、きらりにとって申し訳なかった。辛かった。苦しかった。
  杏ちゃんがきらりを庇ってくれた時、お腹の奥が刺すように痛み、悲しくないのに涙が出た。
  ごめんね、ごめんねと、誰にでもなく、皆に、心の中で謝ることしかできなかった。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――ッ!!!!」

  バーサーカーは一人、紅く染まった空に向かって吠えている。
  わかっている。
  バーサーカーはきらりを助けようとしてくれただけだ。
  あの時と一緒で、きらりを助けるために、きらりの代わりに戦ってくれただけなのだ。
  誰も悪くない。杏ちゃんも、バーサーカーも、誰も。
  悪いのはきっと、きらり一人だ。
  こうなってしまったのはきっと、きらりのせいだ。

「バーサーカーさん」

  令呪は切れない。もう残りは二つだけ。
  杏ちゃん、杏ちゃんのランサー、盾子ちゃんのランサー、桜ちゃん、セイバー、キャスター。
  その怒りは、二つではきっと収まりきれない。

「もういいんだよ。ごめんね、ごめんなさい。もういいの」

  バーサーカーを抱きしめる。
  逞しい体は、きらりを守ってくれた時のまま。
  悲しげな顔も、きらりを守ってくれた時のまま。
  涙が彼の修験着を濡らす。赤熱した鉄のような怒りに、少し、また少しと静かな雫が落ちていく。
  彼の咆哮は、千切れそうなきらりの心を表すみたいに、かすれて、宵闇の雲のむこうに飛んでいった。


739 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:46:36 /ij7BRG20


【D-3/崩れた汚い喫茶店/1日目 夕方】

【諸星きらり@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ版)】
[状態]精神的疲労(大)、絶望(中)、呆然、魔力消費(中)
[令呪]残り二画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカーを元に戻し、元の世界へと戻りたい
1.茫然自失
2.双葉杏、江ノ島盾子と合流したい。でも、杏には会えない……?
[備考]
※バーサーカー(安慈)がルーラーと同じような怒りを杏、ランサー(ジバニャン)、ランサー(姫河小雪)、セイバー(沖田総司)、木之本桜に向けていることを知っています。
 令呪二画ではその怒りすべてを鎮めることはできないと理解しています。

【悠久山安慈@るろうに剣心(旧漫画版)】
[状態]魔力消費(小)、強い怒り、憎しみ、胸元に傷(小)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
[備考]
※雪華綺晶の存在を確認しました、再会時には再び襲いに行く可能性があります。
 双葉杏、ランサー(ジバニャン)、ランサー(姫河小雪)、木之本桜、セイバー(沖田総司)、キャスター(アリス)を敵と認識しました。
 標的が増え、標的が多方に散っているため自分から襲いに行くことはありません。ただしある程度接近した場合は襲撃します。



[地域備考]
※汚い喫茶店が崩壊しました。そのうち警察等の出入りが始まります。


740 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:46:51 /ij7BRG20


☆セイバー

  走って、走って、もっと走って。
  気がつけば夕日は落ち、あたりは薄暗い闇に包まれ始めていた。
  喫茶店からだいぶ離れたのを確認し、桜とあいは一息つき、セイバーもまた警戒を少しだけ緩めた。
  キャスターの足止めが成功したらしく、バーサーカーが追ってくる気配はない。

「あいちゃん、キャスターさんは……」
「大丈夫だよ」

  いつの間に持っていたのか、あいはポケットの中から一枚のカードを取り出した。
  桜の持っているクロウカードと同じくらいの大きさのそれは、トランプ――ハートのクイーンのカードだった。

「これ、キャスターが作ってくれたの」

  大切な物を見せるように、二人が身を寄せてそのカードを見合う。
  サーヴァントが消滅したならば、そのサーヴァントの作り出した物も消滅する。
  このトランプが無事な限りはキャスターは無事と思って過言ではないだろう。

「そっか」

  桜の顔色はすぐれない。
  知世のこと、きらりのこと、バーサーカーのこと、色々あった。仕方のないことだろう。
  色々あった。そしてこれから、もっと色々あるだろう。
  当座の目標は出来た。大道寺知世を攫ったというアサシンを探すことだ。

「知世ちゃん、無事だよね」
「……大丈夫。きっと無事だよ」

  身を寄せ合って励まし合う桜とあいを見ながら、アサシンについて考える。
  中学校の方に走っていったと言うが、相手が中学生かどうかは分からない。
  ひょっとしたら令呪を奪われたあとで家に帰されているかもしれないが、可能性は低いだろう。
  令呪を奪うということは、マスター同士が姿を見せ合うということ。
  脱落したとは言え情報拡散の方法はある、知世が桜のことを思ってアサシンのマスターの情報を拡散する可能性もある。
  相手がそれを懸念すれば、口封じのために軟禁か、記憶操作か、あるいは令呪奪取後始末か。
  いずれにせよ、五体無事というわけにはいかないかもしれない。
  桜にどこまで伝えるべきか迷ったが、一応『中学校に残っている可能性や家に居る可能性は低い』『人目につかない場所に隠されている可能性がある』ということだけ伝える。
  隠したつもりだが、どこまで隠せたか。桜の顔は疲れの色を濃く見せたままだ。
  桜は少し考えたあとで、頭の中の悩みがそのまま溢れだしたように言葉を溢した。

「これからどうしよう……」

  これからどうするか。
  小学生のマスター二人に手負いのセイバー一人、襲撃されれば最悪の事態もあり得る。
  可能ならば誰かの庇護を受けた状態で夜を越えたいものだが、あいにくこれまで出会ったマスターにろくな者が居ない。
  諸星きらりは危険だ。襲撃された以上、体勢を整えるまで近づくわけにはいかない。
  双葉杏。彼女も警戒は必要だ。あの魔法少女のランサーがあいの命を狙ったのは事実だ。ランサーが救った杏もその襲撃になにか関与している可能性はある。
  ならば、江ノ島盾子を頼るべきか。それもやや決め手に欠ける選択肢だった。彼女は何か不穏な気配を感じた。例えるなら……

「なあに?」
「いえ、何も」

  蜂屋あいと目が合う。江ノ島盾子の身に纏う雰囲気の奥に、蜂屋あいに似たものを感じたのは、セイバーの思い過ごしだろうか。


741 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:47:05 /ij7BRG20


  蜂屋あい。
  桜を救い、桜のために戦ってくれている少女。
  だが、この少女についてもまた、潔白ではない。
  大道寺知世が攫われた時、校舎裏で彼女が見せた表情を、セイバーはまだ覚えている。
  懐に入り込まれているこの距離で、蜂屋あいが何かを起こせば、セイバーは対応できるだろうか。
  自身への問いの答えの代わりに、セイバーは桜に、今後のことについて進言した。

「今日はもう日も落ちました。これ以上帰宅が遅れれば、ご家族が心配なさります。
 それに……恥ずかしながら、私もダメージを負っているため、これから暫くの間、戦闘で十全の成果をあげられるとは限りません」
「……そうだね。一回帰ろうか」

  その笑みは弱々しい。
  セイバーは、少女の笑顔一つ守れない自分の不甲斐なさに、拳を固く握るしかできなかった。


☆蜂屋あい


  身体が動いたのは、バーサーカーの暴走の直後に江ノ島盾子がこちらを見て微笑んでいたからだ。
  バーサーカーの暴力から逃げようともせず「さあどうぞ」というように、あいに向けて微笑んで、ぱちりとウインクを飛ばしたからだ。
  少なくとも彼女はあの事態が発生することを知っていたし、その結果がどうなるかを理解していた。
  理解した上で、あいに向けて微笑んだ。あいが一番望んでいることの答えがそこにあると見抜いていた。
  結果は上々だ。あいはまた、桜の色を楽しむことが出来た。

  あの場で見たいくつもの色を反芻する。
  少し濁ったけど暖かさは変わらない橙色。
  諸星きらりは、誰よりも強い暖かさを持っていたはずの少女だった。
  でも、江ノ島盾子が喋るたびに、色は濁り、澄み、また濁りを繰り返していた。
  ある程度濁るとバーサーカーが現れたところから、彼女はきっと繊細なんだなあと思った。

  誰にも負けないピカピカのピンク。
  双葉杏は、一生懸命に光っていた。
  それでも、その光は、飲み込まれていくだけの光で、せっかくきれいなのにもったいないなあと思った。

  真っ黒。
  江ノ島盾子は、真っ黒だった。吸い込まれるほどの綺麗な、今まで見てきた中で一番きれいな真っ黒。
  橙色にそっと黒を混ぜ、ピカピカのピンクの光を塗りつぶす。他の人まで黒くしてしまうほどの黒。
  でも、真っ黒なのに他の真っ黒な人たちとは違い、元気で、よく笑っていて、他人を拒まず惹きつける。そして皆に少しずつ黒を渡していく。
  宇宙の何処かにあると聞いたブラックホールは、ひょっとしたら江ノ島盾子の形をしているのかもしれない。
  図工の時間を思い出す。
  パレットの上に二つ三つと綺麗な絵の具を選んで混ざっていくと、最後にはどんな色を混ぜても黒になってしまった。
  あいにとって黒は人が消える直前の色。なぜ全部を混ぜたら黒になるか不思議だったけど、なんとなく分かった。あれは江ノ島盾子だったんだ。


742 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:47:15 /ij7BRG20


  最後は、氷雨に濡れたような少し寂しげな桜色。
  一番見たかった人の色。
  隣を歩く桜を見る。
  桜色は、やはり迷うように淡い色合いに変わっている。

  大道寺知世について、桜が知ってしまったのがいいことか悪いことかは分からない。
  大道寺知世と出会われるのはなんだか嫌だけど、大道寺知世について考えている桜はとても素敵な心の色をしている。
  桜色は、時に激しく、時に繊細に、色々なパターンを見せてくれていた。
  会わせてみるのも面白いかもしれないけれど、それはまたあとで。
  そのまま会わせるのは、少しだけ気が引けるから。
  具体的な案はないけど、もし会わせるのならば何かとびきりのサプライズを用意してあげたい。
  例えば、大道寺知世が固執していた『死神様』で。
  あるいは、『死神様』に似た新しい『何か』で。
  大道寺知世のクラス皆で大道寺知世『で』遊んでもいい。
  大道寺知世諸共キャスターの『オトモダチ』にするのも楽しそうだ。
  それらを見た時、あいの隣の桜は、一体どんな色を見せてくれるのだろう。
  考えると、とても心が弾んだ。

  時計を見る。
  江ノ島盾子との再会にはもう少し時間がかかりそうだ。
  まずは桜とともに、何か行動を起こすべきだろう。
  桜はきっとアサシンについてあいと情報を交わす。
  だからあいは、そこで桜に少しだけ知恵を貸してあげる。
  あいが望むように桜が動いてくれる、そうなるための知恵を。
  桜を家まで送り届けるか、桜に家まで送り届けられるか。
  その後に、江ノ島盾子に会って、一度お礼を言おう。
  それからは……他の人の前では出来ない内緒のお茶会を開く。

  ポケットから取り出したトランプ、キャスターの置き土産に変わりはない。
  キャスターは果たして帰ってくるのか、それとも小学校の陣地作成に取り掛かるのか。
  覗き込んだハートのクイーンは、ただ静かに笑っている。


743 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:47:27 /ij7BRG20


【C-3/歩道/夕方】

【木之本桜@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[装備] 封印の杖、
[道具] クロウカード
[所持金] お小遣いと5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:知世ちゃんを探す
0.知世を探す。午後には中学校に居た。
1.一度帰宅……?
2.知世を攫ったアサシンの手がかりを探す。
[備考]
※双葉杏、江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)、諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)を確認しました。
 ロボニャンに関しては現れたのが一瞬であったため「何かが居た」としか把握できていません。


【セイバー(沖田総司)@Fate/KOHA-ACE 帝都聖杯奇譚】
[状態] 疲労(中)、胸部への重大なダメージ
[装備] 折れた乞食清光
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: さくらのために
1.諸星きらり、双葉杏を警戒。江ノ島盾子、蜂屋あいは……?
2.今後どう動く?
3.鞘はもう、必要ないか。
[備考]
※江ノ島盾子、双葉杏、諸星きらり&バーサーカーを確認しました。
 ランサー(ジバニャン)の魔力を確認・姿を視認していますが、形態変化した状態であったため正確な情報は掴めていません。
※二重の極みによる胸部への強いダメージによって喀血が起こりやすくなっています。時間経過で回復します。
※乞食清光は鍔から先が粉砕しています。宝具ではないので魔力を用いれば復元は可能でしょう。


【蜂屋あい@校舎のうらには天使が埋められている】
[状態]疲労(小)、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ハートのクイーンのカード
[所持金] 小学生としてはかなり多めの金額
[思考・状況]
基本行動方針: 色を見る
1.さくらの色をもっと見たい。
2.一段落したら小学校で江ノ島盾子と会う。
[備考]
※双葉杏、諸星きらり&バーサーカーを確認しました。
 諸星きらりの『色』を見ることで、今後バーサーカーの出て来るタイミングが察知できるかもしれません。
※アリスが江ノ島盾子についていっているのは知っています。自身に特別危険が及ばない限りはほうっておきます。
 ハートのクイーンのカードからアリスの分身を呼び出すことが出来ますが、分身のスペックはアリスより大きく劣ります。


744 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:48:29 /ij7BRG20


☆キャスター

  セイバーと木之本桜を助けた理由なんて特にない。ただ、そうした方がマスターが喜ぶだろうと思ったからだ。
  あのバーサーカーと戦ったのだって、特に理由はない。オトモダチにするのは難しいかなと思ったけど、マスターの大好きな桜を連れて行こうとしたし、遊ぶには丁度いい相手だと思ったからだ。
  だったら、キャスターが今マスターの側を離れたのは?
  これには理由がある。マスターがキャスターに念話で「小学校で待ち合わせと伝えておいて」と言ったからだ。

「へえ、あいちゃんがねえ」

  あの場に残っていたマスターは二人。そのうち一人は顔見知り。もう一人は誰かも知らない人。
  だったら伝えるべきは当然、顔見知りの方だと判断した。
  顔見知りの少女はというと、顎に手をやり神妙な顔をしてみたり、両手の人差し指でこめかみをぐりぐりしたりと考えるような動作をひとしきり繰り返した後で胸の前で手を打った。

「多少段取りは狂っちゃったけど、一応あっちも気にしてくれてるってことかな」

  ニカニカと笑いながら、ぽっかぽっかと道をゆく。
  途中何人かの女性とすれ違ったかと思うと、どこから取り出したのか、少女はすごくたくさんの化粧道具を両手に抱えていた。
  それらをちょちょいと動かすと、汚れていた彼女の顔はとても綺麗に作り変えられた。
  お化粧が終わると、もう必要ないと言わんばかりに化粧道具を捨てながら歩いて行く。

  その様子がなんだか面白かったから、キャスターはあいの元に帰る前に少女の後を追ってみた。
  どうせ集合場所は小学校なのだからいいかなあと思ったし、それに、きっと面白いことが起こるならあいはキャスターを呼んでくれるだろうと思った。
  少女は常に上機嫌だ。笑顔を絶やさず、携帯端末を弄っている。

「ねえ、何がそんなに楽しいの?」
「知らない? 積み木ってさ、崩すための準備をするのも楽しいけど、やっぱり崩す時がいーっちばん楽しいんだよね」

  キャスターが見ていない間に積み木でも遊んでいたらしい。本当に、色々と遊びの多い少女だ。
  周囲を見ても積み木が捨てられてないのを不思議に思っていると、少女は突然振り向きキャスターの顔にぐいと顔を寄せて、キャスターの頬に優しく触れた。
  ぼんやりと頬に伝わる熱。キャスターのオトモダチにはない、こそばゆい命の灯火の証。初めてか、久しぶりかの生の印。
  そっと手に手を重ねてみる。熱はキャスターの手にも伝わってきた。
  重ねられた手のひらの向こうで、少女は、今度は優しく微笑んだ。

「それに、いっぺんあんたとも二人きりで話してみたかったんだよね。死神様」
「二人きり? 私とあなたで?」
「そう、二人きり。現在話題沸騰中のご存知死神様と、そんな死神様とお話できる世界一のラッキーガールとでね」
「あなたはだあれ?」

「私が誰かって?」「我輩が誰かと聞いたか?」「そんなことも知らないなんておっくれってる―!」
「あら、もしかして自己紹介がまだでしたかしら」「それともオレっちのこと忘れっちまったかい?」
「うぉれのことか!?うぉれのこと知りたいのか!?助兵衛か!?破廉恥か!?」「せばわもすべな」
「そう、聞かれたからには答えなければなるまい!
 業界期待、新進気鋭のニューフェイス!! 絶望、絶望、絶望、すべての絶望の生みの親!!
 本年度ノーベル絶望賞最有力候補にして、ビューティーマジハマリ絶望コスメランキング三年連続第一位!!
 私様は……そう、私様こそが!!」「あの!」「あの!!」「あの!!!」
「江ノ島あああああああああああああああああ!!!! 盾子ちゃあああああああああああああんんんんん!!!!!



【絶望 エノシマジュンコが一体出た!】



「ってな感じで、よろしくね」

  少女――江ノ島盾子が自身の名前を口にする際、アリスは不意に、自身のいつかの記憶を幻視した。
  彼女の記憶に残る悪魔たちと同じような空気を、江ノ島盾子は身に纏っている。
  江ノ島盾子は、ひょっとしたらいいオトモダチになれるかもしれない。
  そう思うと、なんだかウキウキした。


745 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:48:43 /ij7BRG20


◇◇◇


「にしても、大掛かりにやったねえ」

  夕暮れ、逢魔が時に紅く染まる小学校。今まさにオカルトの一部へと変貌を遂げている空間に、幻影の遊園地が重なって見える。
  夜が迫ったことで異界と現世が近くなっている。
  いや、それだけでは説明できないほどに、遊園地の存在は濃くなってきている。
  人がたくさん死んだのか、それとも他の理由からか。
  どうあれ、まるで世界全体がキャスターの方に近づいてきてくれているみたいで、とてもうれしくなった。

「『死神様』についてもそうですけどぉー、これってぇー、どう見てもそれだけじゃないじゃないですかぁー?」
「それだけじゃないってなあに? どれだけがあるの?」
「思ってたよりオトモダチが多いんじゃい! あたしゃちょっとビックリしちまったよ!!」

  遊園地/小学校でキャスターたちを出迎えてくれたのは、オトモダチとオトモダチ予定の子たち。
  オトモダチ。ずっとキャスターと一緒に居てくれる子。『死神様』事件や、そうでない何かで死んでしまった人々。
  そして、そのうちオトモダチになってくれる子たち。魅了魔法(マリンカリン)によって一時的にアリスのそばに居てくれている人々。
  その人数は、もう教室一クラス分では収まらない。合唱の時は音楽室じゃなくて体育館を使う必要がある。

「そう! オトモダチをいーっぱいに増やすの! すっごく楽しいでしょう?」
「ふーん……ねえ、アンタはなんでそんなことすんの?」
「なんで……って、どうして?」

  不明な問い。オトモダチを作るのに理由なんてない。オトモダチが居れば楽しいからだ。

「聞き方が悪かったね。アンタはオトモダチを作って何がしたいの?」

  不明な問い。オトモダチを作ってしたいことなんてない。オトモダチが居ればそんなもの後からいくらでも考えられる。
  大切なのはオトモダチを作ることだ。今、ひとりぼっちではなくなることだ。

「分かんない」
「分かんないの?」
「だってオトモダチと一緒にいれば、なんだって出来るもの! 何がしたいなんてないわ」

  一人じゃダメだ。一緒に遊ぶことも、一緒に踊ることも、一緒にお茶を飲むことも出来ない。
  あるいは刹那、あるいは悠久に近い時間の牢獄の中で、キャスターはずっと一人ぼっちだった。
  だからオトモダチを作って遊ぶ。だから何よりもまず、オトモダチを作るのだ。

「私(アリス)はね、オトモダチがほしいの。ずっと一緒にいられるオトモダチが」
「……へえ、そういうこと。いいじゃん、分かりやすくて!
 じゃあ、作るべきだね。オトモダチ。それももっとたくさん」

  江ノ島盾子は笑いながら肯定してくれた。きっといい人だ。
  そう、オトモダチは多いほうが楽しいに決まっている。だから――
  キャスターが江ノ島盾子に言葉を返すよりも早く、江ノ島盾子はキャスターに一歩歩み寄って、真剣な顔でこう続けた。

「でもさ、それ、足りないものがあるよね」
「足りないもの?」
「そう、決定的に足りてない! 私様は知っている、オトモダチってのは質より量!! ……だが、唯一量を上回るその存在の名を知っている!!!」

  オトモダチが増える。とてもうれしい。とても楽しい。仲良しでいられる。
  それに足りないものがあるとすれば……

「親友だよ」

  江ノ島盾子はとても楽しそうに笑っていた。だからキャスターは、その『親友』というものがとても素敵なものなんだろうと分かった。


746 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:48:54 /ij7BRG20


  江ノ島盾子はくるりと踵を返し、ツインテールを揺らした。その背中は幻影の遊園地のどんな遊具や拷問器具よりも大きい。

「親友ってなあに?」
「友達の中でも、いちばん大事な友達。
 みんな大事なオトモダチ、でもその中でも一番大事。世界で一番大事なオトモダチ」
「世界で一番?」
「そうそう、世界でいっちばん。特別に大事。全部を投げ捨ててでも……命を投げ捨ててでも助けてあげたい人。
 つまり、アンタのためにすげー頑張ってくれる、いい感じの友達ってやつ」

  友達に優劣がある、というのはあまりにも斬新な概念だった。
  少なくともアリスは今までのオトモダチに優劣をつけたことはない。皆仲良し、皆一緒だった。

「分かんない? じゃあ、こう言い換えようか。親友ってのは、深い絆で結ばれてて、心の奥でシンクロしてて、言葉がなくても分かり合える、自分の半身みたいなオトモダチ。
 アンタはこの遊園地でいっぱいオトモダチを作った。でも、いっぱいいるオトモダチの中に、そんな素敵なオトモダチがどんだけいる?」

  その説明で、ふと思い当たる光景が浮かんだ。遠い昔のような、はるか未来のような、いつ見たかもわからない光景だ。
  赤い伯爵と黒い男爵。二人はいつも一緒。そしていつでも、何も言わずにわかり合って、アリスを迎えに来てくれていた。
  きっと彼らみたいな関係が親友なのかもしれない。
  それに対して、アリスの今のオトモダチはどうだろう。
  何も言ってくれない。何も分かってくれない。仲良く遊ぶこと、お茶会を開くことは出来ても、一緒になにをやるかを考えてくれることはない。
  いつか消えてしまう。聖杯戦争が終われば彼らもまた今までのオトモダチ同様アリスをおいてまたどこかに消えてしまう。
  途端に、なんだか『親友』にとても興味が湧いてきた。
  たとえ聖杯戦争が終わっても一緒に居られる『親友』が居れば、きっとこの先アリスがどうなっても、寂しい思いはしなくなる。

「ねえ、死神様。欲しくない? 大事な大事な、大親友」
「それって、きっととっても素敵なことね!」

  大親友。
  キャスターのためにとても頑張ってくれる、いい感じの友達。
  キャスターの脳裏に浮かんだのは、当然、一人の少女の姿だった。
  そういえば、考えたことがなかった。何故失念していたのだろう。
  あんなに素敵な少女をお友だちにしようとしないなんて、ちょっとおかしくないだろうか。
  考えてみる。素敵な話だ。
  オトモダチをたくさん増やすのと一緒に、親友の作り方を考えてみたほうがいいかもしれない。

「ねえ、エノシマジュンコチャン。オトモダチって他にもいっぱい種類があるの?」
「いっぱいあるよ。あたしはね、オトモダチにだけは恵まれてきたから。
 世界を変えちゃうくらい、素敵なオトモダチをたーっくさん、作ってきたからね。
 オトモダチの中には『好敵手』と書いて『とも』と呼ぶようなやつも居た気がするし、『気に食わないアイツ』と書いて『ダーリン』と呼ぶようなやつも居た気がするし」

  江ノ島盾子の言葉は止まらない。
  そのすべてが、キャスターにとっては初めての知識ばかりだった。
  その全てを吸収しながら、キャスターは江ノ島盾子とともに小学校を歩いて行く。
  静寂の中夕日に照らされた廊下は、地獄に続く道のように真っ赤に染まっていた。


747 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:49:14 /ij7BRG20




  喫茶店での一件、江ノ島盾子は何をしたのか。
  何もしていない。他のマスターたちの命懸けの立ち回りに比べれば、彼女は姫河小雪の真似をして場をスムーズに進行させた程度だ。
  では、江ノ島盾子は喫茶店での一件に何も関与していなかったのか。
  そんな訳はない。
  すべては彼女の手のひらの上で踊らされていただけにすぎない。

  江ノ島盾子はあの場に至るまでに何をしたのか。
  それを説明するには今朝よりもずっと前、予選時点で諸星きらりの事件を知った時まで遡る。
  ランサーが危険人物の犯行とだけ断じた高校での一件。江ノ島盾子はすでにそこから彼女についてかなりの可能性を論じていた。
  何故三人を殺したのか。諸星きらりの前評判を聞けば、彼女にジェノサイダー翔のような二面性があったとは考えづらい。
  隠れて何かをするサイコパスだったとしても江ノ島盾子の情報収集能力を持って尻尾もつかめないなら相当のものだ。
  何故『三人だけ』殺したのか。トイレを出れば数十数百という人間が居たのに、被害者は三人だけだったのか。
  諸星きらりが犯人ではないとして、諸星きらり自身が被害者にならなかった理由はなにか。意志の統制が取れているのか。
  諸星きらりについて考えれば考えるだけ、つまらない積み木は華麗に積み上がっていき、驚くほど容易に結論を導き出せた。
  そこから、諸星きらりは結局『被害者』であり、その三人殺しの一件に関しても傍観していたのみであると考察した。
  本人が学校に現れなくなったこと。予選期間以降事件が続かなかったこと。その他色々な要素で真実を組み上げていく。
  結果、江ノ島盾子はきらりの召喚したサーヴァントがバーサーカーあるいは危険思考を持つサーヴァントであるとまず推論し。
  そしてきらりの召喚したサーヴァントの凶行の原因が『諸星きらりへの敵対行動』であると見抜いた。
  ここで言う敵対行動が『どのライン』かはわからない。だが最初の現場を何度も頭のなかで検証し直した結果、興味深いことに、『諸星きらりの絶望』が関与しているということは掴んだ。
  それが彼女の用意した、この喫茶店での崩壊劇の最初のコマだ。

  そこから彼女は当然のように諸星きらりの居場所を割り出し、当然のように諸星きらりの懐に入り込んだ。
  そこから江ノ島盾子の方針はまず『諸星きらりの味方になり、安全圏から彼女のバーサーカーを誘導する』ことに焦点を定めた。
  相手は誰でも良かった。諸星きらりに敵対させて、諸星きらりの正体をもう少し詳しく把握できるならば、誰でも。
  そこで運が味方をした。天から次のコマが降ってきたのだ。
  掲示板に現れた諸星きらりの友人を名乗る人物。
  彼女を利用すれば、諸星きらりの運用法を知ると同時に、友人と、ついでに江ノ島盾子の不肖のランサーに絶望を味合わせることが出来る。
  それは、いかにも素敵で無敵で絶望的なストーリー。
  後のことは既に語られている。特に語ることはない。

  こと喫茶店に至って彼女が特にやったと言えることは、最後のバランス調整くらいだ。
  あいという特級の毒物を受け入れ、話題誘導を行い、杏を使いつつきらりの精神状況を操作する。
  とっておきのタイミングまで諸星きらりが壊れてしまわないように、でも立ち直ってしまわないように。
  時々彼女の支えとなり、時々他者を利用しながら彼女を傷つけて。表面張力によって溢れないくらいギリギリの『絶望』に保つ。
  そして、最も愛すべき隣人・双葉杏に崩壊の引き金を引かせる。

  結果はご覧のとおり。
  双葉杏の優しさに溢れた心無い一言で諸星きらりの精神は一定レベルを超過。
  バーサーカーが現れて、あの場の全てをめちゃくちゃにした。
  だが、バーサーカーは江ノ島盾子を狙わない。なぜなら江ノ島盾子はあの瞬間『何もしていない』のだから。
  荒れ狂う状況の中で諸星きらりの携帯端末を片手に、鼻歌交じりでキャスターの本体と喫茶店を悠々と出ていけたくらいだ。
  バーサーカーは蜂屋あいを狙わない、というのも予測の範疇。蜂屋あいは諸星きらりとほとんど敵対せず、木之本桜を守るためだけに身を晒した。
  無辜の被害者を増やさないという特性上、明確に敵対さえしなければ敵にならない。その行動原理のある種の穴をついたわけだ。

  きらりの影に隠れ、バーサーカーの影に隠れ、戦闘の煙に紛れ、行った悪事は皆無。
  だが、彼女は扇の要だった。あの瞬間のすべては、江ノ島盾子によって操られていた。
  演出家・江ノ島盾子はその場で自身の創り上げた物を前に、いつものようにこう呟くのだ。
  「ああ、やっぱり世界は絶望的なまでに美しい」と。
  ……江ノ島盾子はそんなこと呟いたことがない? そんなこともあるだろうね。私様はとても飽きやすいから。


748 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:49:29 /ij7BRG20


  彼女の立場は明白だ。
  諸星きらりの一番の理解者だが、彼女という爆弾を利用して生まれるはずの和平の芽を焼き払った。
  バーサーカーが暴走しないように手綱を取れる唯一の人物だが、彼を陰から操り無辜の被害者を増産する。
  双葉杏の身の安全を保証するが、その代わり彼女の信頼で諸星きらりをぶち壊した。
  ランサーに対して彼女の正義を肯定するが、肯定した上で絶望で叩き潰す。
  木之本桜から当座の敵を引き離す代わりに、彼女にとって最大の敵への警戒心を消した。
  セイバーの窮地を救う手助けをするも、眼前の情報を捻じ曲げて後の大爆発の布石を討つ。
  蜂屋あいの道楽のために助力するが、一方で蜂屋あいに対しても大きな爆弾を背負わせた。
  キャスターに最も輝かしい夢を与え、その夢のためという建前で彼女を使い潰す。

  諸星きらりとバーサーカーの味方であり敵。
  ランサーの味方であり敵。双葉杏の味方であり敵。
  木之本桜とセイバーの味方であり敵。
  蜂屋あいとキャスターの味方であり敵。

  理解不能なスタンス。だが、なんとも江ノ島盾子なスタンス。
  全人類の敵であり、あるいは全人類の味方。
  広義的な意味で言えば、すべての人間に対して絶望的に平等で、絶望的なまでの中立。
  貧富貴賤上下左右老若男女関係なく、分け隔てなく、みんな仲良く破滅へと導く。
  江ノ島盾子とは、超高校級の絶望とは、ヒトの形をした災害と言った方がいいのかもしれない。
  そして、江ノ島盾子の絶望的に強大で凶悪で狂気じみた絶望は、いつか江ノ島盾子すらも飲み込む。
  きっと江ノ島盾子の最大の味方も江ノ島盾子であり、江ノ島盾子の最大の敵も江ノ島盾子なのだ。

「いいねえ、世界がドロドロのグチャグチャになってきた。
 もっと過激に、もっと素敵に、キラキラぴかぴかのはっぴはぴに輝かせたいにょわねぇ〜!」

  だが、それがいい。
  理不尽だから、不条理だから、不透明だから、非常識だから、絶望的なまでに混沌であり予測不可能だから、江ノ島盾子は絶望が大好きなのだ。
  結末としてその絶望が江ノ島盾子を飲み込んだとしても、それもまた、彼女の願うところに変わりはない。
  だって、こんなに世界は絶望に満たされているのだから。

「んで、どうしましょうかねえ。きらりちゃんを回収するのいいかしらねえ」
「確かに諸星きらりを手元に置いておけば鉄砲玉として使えるのは利点ですもの」
「それに、小雪が居ない間僕を必ず守ってくれる人を側に置いておくっていうのはいい話だ」
「でも、あの状態のきらりんを放っておくのもとってもとーっても楽しいことになる気がするよぉ〜♪」

  再び諸星きらり爆弾を回収するのも手。あれほど使いやすい爆弾はない。しかも江ノ島盾子は安全圏から絶望を操作できる。
  諸星きらり爆弾を放置するのも手。今のきらりはニトロと一緒だ。NPC・マスター問わず少しのストレスで大爆発する。放っておけば血の雨が降って戦争を加速させるだろう。
  道を探る。最適解は見えそうで見えない。
  だがそれでいい。最適解ばかりではなく、時にはびっくりするほどの愚策も織り交ぜる。
  きっと双葉杏は諸星きらりのためにこれから幾つもの策を弄することだろう。
  その道中で杏は江ノ島盾子を最大の敵と認識するだろうし、ランサーとともに江ノ島盾子を倒すためにあの手この手を考えるだろう。
  だが、双葉杏が研ぎ澄まして江ノ島盾子を追えば追うほど、途中に挟まれるなまくらな一撃は彼女の頭の中の江ノ島盾子の姿を隠す。


749 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:49:42 /ij7BRG20


◇◇◇

「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な……うーん、実際どっちもいいんだけど」

  キャスターと話しながらの楽しい道中も終わり、一つの部屋の真ん中で椅子に座って足を揺らす。キイキイという背もたれの軋む音は、楽しげなお茶会の声。
  入るのにはやや苦労したような気もするし、まったく楽勝だった気もする。
  ドアを開けた瞬間、NPCが何かを言っていたが、そんなのすぐに聞こえなくなった。江ノ島盾子には既に彼らよりも大切なものしか見えていない。
  だからキャスターにすべてを任せて、江ノ島盾子は自身の目的に邁進した。

「きらりんよりも面白そうなことも起こってんだよねえ」

  江ノ島盾子は忘れていない。自身の起こした行動の他に舞台を動かす大きな力があったことを。
  喫茶店できらりと杏と三人で見た光る空を。爆発を。
  小学校周辺で大規模な戦闘。諸星きらりと同行していたことで参加できなかった本日のメーンイベント。
  彼女はその様子を今しがたほぼ全て確認した。小学校中に備え付けてある監視カメラと、それと連動しているレコーダー・モニターを使って、だ。
  モニターの向こう側に広がっていたのは、江ノ島盾子とはまた別の絶望の火種たち。
  フェイト・テスタロッサによって引かれた引き金に、蜂屋あい・木之本桜と自身のランサーの闘争。
  校門前での無防備な少女と不敵な男、助けに入った素敵な素敵な私様のランサーに、襲撃してきたサーヴァント、もう一人増える少女と、乱入してくる未確認飛行物体。
  そこで小学校周辺の騒動は終わり。警察や消防が現れて現場を調査するも驚くほどあっさりと捜査を切り上げて帰っていく。
  調査が杜撰すぎる。主催者による何らかの情報操作が超常の力で行われた可能性は高い。
  例えば……ランサーの記憶の中にあった『感情を伝播する魔法』のような力。江ノ島盾子の暮らしていた世界には存在しなかったそんな力で、主催が介入したと見ることも出来る。
  NPCが人間を真似た偽物であるがゆえに本物のような危機意識を持っていない、と言ってしまうのも簡単だが、見ず知らずのことが多いこの世界ではすべての可能性が肯定される。
  考えれば考えるだけ、世界の闇は晴れていき、壁のように広がる底に近づいていく。

  しばらくすれば録画した映像の再生は終わり、現在の映像が映し出される。
  そして、また一つ、重要なものが見える。

「成程、白坂小梅ちゃんね」

  その姿には見覚えがある。NPC時代にテレビや雑誌でよく見た顔によく見た姿だ。
  情報も頭に入っている。白坂小梅。13歳。中学一年。霊感の強さと電波系に片足を突っ込んだキャラクターで業界の最前線を攻めているアイドルだ。
  そんな少女が、何故ここに居るのか。
  キャラ付けのためにちょっと爆発現場によってさっと死体を見て帰るというふうではない。忘れ物を取りに来たにしては小学校前に固執している。
  どちらかと言えば。

「行ったり来たり、探してるのはどっちだろうね」

  左手に握るのは携帯端末。諸星きらりと双葉杏の絆の証の入ったもの。自称アイドルであるきらり・杏と顔見知りという線は捨てがたい。
  右手に握るのはリモコン。輿水幸子と星輝子の絆の証を映すもの。仲良し三人組、なんらかの情報を共有している可能性はある。
  どちらかか、あるいはどちらもか。
  どちらにしろ、そこから広がる未来は見え透いている。再会し、抱き合ってお互いの傷を舐めあい、身体を寄せ合って戦い、幸せな未来に夢をはせる。
  反吐が出るほどに陳腐なストーリーだ。予定調和に溢れた『希望』の物語、これほど見ていてつまらないものはない。
  江ノ島盾子の中でスイッチが入る。そのスイッチに動機はない。理屈はない。意味はない。
  ただ、水が高いところから低いところに流れるみたいに。軽い気体が部屋の上に集まるみたいに。使い続けたコップが汚れるみたいに。
  全く自然の道理として。江ノ島盾子の視界に入ってしまったがゆえに、白坂小梅も今、江ノ島盾子の標的になった。
  何か理由が必要だったとするならば、白坂小梅が諸星きらりや双葉杏や木之本桜や蜂屋あいと同じく、江ノ島盾子と同じ時代を生きる人間だったというだけで説明はつくだろう。
  小梅の存在と江ノ島盾子の気まぐれが、双葉杏が諸星きらりについて最大限の思考を巡らせているであろうこの瞬間に諸星きらりへの対応をひとまず置いておく、という愚策中の愚策を突っ込ませた。

「ねえ、死神様」
「なあに、エノシマジュンコチャン」
「死んでる人と仲良くなれるアイドルに、興味はない?」

  キャスターの笑顔は、暗闇の中でもはっきりと分かるくらい、眩しく輝いていた。


750 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:50:08 /ij7BRG20


【D-2/小学校・警備員室/夕方】

【江ノ島盾子@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]健康、絶望的にハイテンション
[令呪]残り三画
[装備]諸星きらりの携帯端末
[道具]なし
[所持金]大金+5000円分の電子マネー(電子マネーは自分の携帯を取り戻すまで使用できません)
[思考・状況]
基本行動方針:絶望を振りまく
1.次なる絶望の仕込み。ここらで一発スペシャルなオシオキとかどっすか?
2.諸星きらりをプロデュース……は、一旦後回しとかどうにょわかねえ。
[備考]
※バーサーカー(悠久山安慈)の敵対のきっかけが『諸星きらりの精神・身体に一定以上の負荷をかけた相手(≒諸星きらりを絶望させた相手)』と見抜きました。
 そのラインを超高校級の絶望故に正確に把握しています。彼女自身が地雷を踏むことは(踏もうと思わない限り)ありません。
※小学校校門前での闘争を確認しました。
 その過程で輿水幸子、星輝子がマスターであると確認済みです。現在白坂小梅が小学校前をうろついているのも確認済みです。


【キャスター(アリス)@デビルサマナー葛葉ライドウ対コドクノマレビト(及び、アバドン王の一部)】
[状態] 魔力消費(中)、陣地とオトモダチのMAGにより魔力回復中
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: オトモダチを探す
0.あいが呼ぶのを待つ。
1.面白そうなのでしばらくエノシマジュンコチャンに同行する。
2.知世をオトモダチにしたい。
3.さくらに興味。
4.サーヴァントのオトモダチが欲しい。
5.親友って素敵なこと?
[備考]
※エノシマジュンコチャンとは魔力パスがつながっていないため念話は使用できません。
※学校に残っていたNPCを少しオトモダチにしました。


751 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/19(日) 08:51:22 /ij7BRG20
投下終了です。
タイトルは「崩壊ウォッチ」です。
予約超過申し訳ありませんでした。
感想書き忘れてるのでそのうち書きに来ます。
なにかあったらよろしくお願いします。


752 : 名無しさん :2017/02/20(月) 23:09:07 CrATDM1Q0
投下乙です
いつかはするだろうと思っていましたがついに安慈が暴走してしまいましたか。しかもその引き金が杏とは…
直接的被害はさほど出ませんでしたが、きらりと杏は精神的にかなりきついでしょうね
しかもきらりは皆から危険人物として見られそうですし。バーサーカーのことを考えたら間違ってはいないかもしれませんが
そして相変わらずやりたい放題の江ノ島盾子。監視カメラで情報を得るはアリスに爆弾を仕掛けるは留まるところを知らない
見せ場もありながら今後への布石も多数に入っていて面白かったです

一つ気になったのですがスノホワさんが薔薇のアーチャーに関する心の声を聞けたのはなぜでしょうか?
さくらもセイバーも薔薇のアーチャーのことを知られてもなにも困らないと思うのですが


753 : 名無しさん :2017/02/21(火) 02:12:33 xAQsS6Is0
投下お疲れ様です
> ああ、あの愛の喜びに満ちた
歌姫客席に降り立つ
ぽつりぽつりとしたやり取りだけど岬ちゃんと鎧を脱いだレイ、いいな
令呪の残ってない手で重ねて願うくだりもグッとくる
ララ&バネ足ジャックとの会合はどうなるんだろうか、言われてるみたいにもし戦ったらバネ足に勝ち目はなさそうだけど
バネ足ジャックの受け答えは相変わらず不器用だけど優しくて洒落てる
この二人は星空の似合うコンビですね

>外へ
偽りの町での生活というか日常描写が藻屑の内面をどんどん掘り下げていく
コンビニでの描写と独白がそういう面ですごく上手い
で、こっちはなのはと接触かー はからずもなのはの存在で「戦い」を生々しく意識しないといけなくなった藻屑
汚泥を吐くような現実の直視が痛々しい

>崩壊ウォッチ
うわーこれは、うわー…
江ノ島パートでの種明かしというか、糸の引き方の解説でドン引きした
杏にその役回りやらせるかよ…安慈の鯖としての特性が完全に仇に…
登場少女の内面全てが絡み合ってひどいことになってるのが素晴らしい
地の文で語られる絶望少女江ノ島の在り様も鮮烈で素晴らしい
ダンガンロンパは未読なんですけど江ノ島いいキャラしてるわ本当
二重の極みを絡めた桜セイバーVS安慈のくだりや、楽しそうなあいちゃん、アリスに色々吹き込みまくる江ノ島とかいちいち少女聖杯らしい理論上暗黒要素のなさ
とりあえずジバニャン頑張れマジ頑張れ


754 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/21(火) 22:54:56 km8StYrk0
感想ありがとうございます!とてもうれしいです!
私も感想です。

>外へ
あけましておめで投下乙です。(十一日ぶり二度目)
藻屑ちゃん、覚悟完了してしまわれたか……
何気ないきっかけで出会ってしまい、何気ないふれあいで狂ってしまって、逃れられない渦みたいに巻き込まれていくのは砂糖菓子原作にも似た雰囲気がある。
藻屑ちゃんがいくら知らぬ存ぜぬしても結局藻屑ちゃんは一人ぼっちだし、戦争の渦中というのは変わらないものなぁ。
聖杯を手に入れて藻屑ちゃんがなにを願うにしろ、そのためには生きていた誰かが死んでいくし、アーチャーが殺していく必要がある。
山田なぎさと逃げようとする直前から呼ばれた海野藻屑にとってはとても大きな決断だけど、一人ぼっちでどこまで戦えるか。
この決断に対するアーチャーの受け取り方も気になりますね。良しととるか、それとも別の反応を見せるのか。
それにしてもなのはちゃんは学校行かなかったせいでフェイトちゃんと会えなかったり聖杯戦争否定派なのに藻屑ちゃん覚悟完了させたりやることなすこと全部裏目ってる気がするな。
改めて投下乙でした!


>>752
読心について
よくよく考えてみればご指摘の通り「戦っていること」自体は別に困ったことではないので
・読心能力発動対象を沖田一人に限定
・かつバレてはいけないこと=「スキル:病弱」とし、「今朝の出来事について語れば薔薇のアーチャーとの戦いで喀血を起こしたことがばれてしまう」という困った声を聞いたみたいな感じで訂正を加えようと思います。
・それに伴いスノホワの地の文の一部修正+個人的に気になった部分の一部修正
をwiki収録時に行います。
報告以上です。

ついでに

アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
江ノ島盾子
キャスター(アリス)
アサシン(クロメ)
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)

自己リレーの即リレーを含みますが予約します。


755 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/02/28(火) 21:52:40 oNjldmvg0
遅れます
明日の午前か明後日の朝になります

あと、書いてるときは一切気づかなかったのですが、アリスの服装はエプロンドレスではなくただの青いワンピース(?)でした
今度遡って訂正します。


756 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 05:56:10 CybA8nD20
盛大に遅刻しましたが

アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
江ノ島盾子
キャスター(アリス)
アサシン(クロメ)
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)

投下します。


757 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 05:57:20 CybA8nD20


「見事に見慣れない物ばっかり」
「遊園地は初めてですか?」
「故郷にはなかったからなあ。こういう面白いの」
「辺境の出身なのですね」

  森を抜けたというのに馴れ合うような縁は続いている。続いているというより、再び目的が一致したのでどちらとも言わずに再び延長となったと言った方が正しいかもしれない。
  薬物で強化された超視力、魔法少女の超視力が森を出るより早く共に捉えたのは、異様な空間の揺らぎだった。
  遠目でも魔力による認識阻害、あるいは別種の魔力干渉が一目で見て取れた。
  どちらが言い出すでもなく。いや、どちらも相手とは関係なく。
  アサシンは自身の隠密能力に任せ、聖杯戦争を更に上手く立ち回れるよう情報を収集するために。
  アーチャーはその魔力の発生源のサーヴァントを見定め、自身の飽くなき欲求を満たすために。
  別れを切り出すことを後回しにして、ただ暗殺者として、戦闘狂として、小学校の空間の揺らぎに乗り込んだのだ。

  飲み込まれるような感覚、身体にまとわりつくような異様な空気。
  一歩でそこが現実世界とは異なる世界――キャスターのクラスの陣地であると理解できた。
  揃って様子を見回す。賑やかな外装は、聖杯戦争エリア内にある遊園地にやや似ている。
  だが、こちらの陣地は遊園地というよりは廃墟に近く、人の気配をまるで感じない。
  アトラクションと思わしき巨大な施設も、朽ちていたり、壊れていたり、止まっていたり、活気がないというよりは死んだ遊園地でも呼ぶべきか。
  アサシンのそんな感想が、正鵠を射ていたことはすぐにわかった。

「……ですが、所有者が不在というわけではなさそうですね」

  アーチャーが一方を見つめながら呟く。
  少し離れた場所をぞろぞろ歩く人の群れが目に入った。彼らは一様にアサシンにもアーチャーにも目をくれず、よろりよろりとよろけるようなスピードで何処かに向かって歩いている。

「……」

  『そういう者』を見てきたアサシンには一目で分かった。あの人々は死者と傀儡だ。
  うっ血したような赤黒い肌に傷ついた身体を引きずる死者の群れ。目から光の抜け落ちた生きた屍・傀儡の群れ。
  意思なき者たちが揃ってどこかへ向かおうとしている。それは、統率者の存在の何よりの証明と言えた。
  『死んだ遊園地』とはよく言ったものだとお菓子を摘みながら、アサシンは続けてその統率者について考える。
  『誰か』――推定この陣地の持ち主は、アサシンと違いとても積極的に……いや、自滅覚悟かつ手当たり次第に配下を増やしているらしい。
  小学校という人の出入りの多い場所を陣地との接点に選ぶ点や、こんな大規模な陣地を野ざらしにしておく点も加味すれば、生き急いでいるのか、それとも自信過剰なただの馬鹿か。
  どちらにせよ、この陣地の持ち主と一戦交える際はそういう『向こう見ず』『無茶苦茶やる』『加減を知らない』部分があることをきちんと頭に入れておくべきだろう。

  きんこんかんこん。
  アサシンとアーチャーに向けて、どこかから響いてくる鉄琴の音。チャイムのように四回。
  その後、何かが擦れるような、鼠が鼻を鳴らすような、小さすぎて音としか認識できない何かが数十秒続き。
  きんこんかんこん、もう一度チャイム。
  それが、ようやくの茶番閉幕の合図だった。


758 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 05:57:53 CybA8nD20


「……それでは、私はこのあたりで失礼しましょうか」

  アサシンはチャイムの鳴った瞬間のアーチャーの反応を見逃さなかった。
  エルフのように尖った耳が少し持ち上がり、その後に少しだけ表情が変わった。
  アーチャーの特性についてはよく理解している。
  気配遮断をしていたアサシンの咀嚼音すら聞き逃さない聴覚を持ってすれば、あの放送の
  つまり、アーチャーはあの放送の衣擦れ程度の音に何かを聞き出した。
  そして放送の主はアーチャーを引きつける何かを口にした。
  気になる部分は多い。
  アーチャーの超聴覚を見抜いた人物が誰なのか。
  念話ではなく校内放送を使うというあたり、アーチャー自身のマスターではないのだろう。
  アーチャーの超聴覚を見抜いた原理は。
  彼女も英霊である以上、『その道では有名』なのかもしれないが、外見のみで見抜けるとすれば余程の知識を持った人物と言える。
  その人物と接触を出来れば、アーチャー暗殺のいい足がかりになるかもしれない。
  そして、その人物はアーチャーの姿とともにアサシンの姿を見たのか。
  八房を隠している今、この服装だけならば、アサシンの正体を見抜かれることはないだろうが、情報が出回らないに越したことはない。
  もし見られたならば、いずれは殺しておきたいものだ。
  興味は尽きないが、アーチャーが『切り上げる』と言った以上、このだらけきった関係は終了だ。
  ここからは、暗殺者と暗殺対象。
  そして、絶対強者と追われる獲物。
  明確な敵対関係が、ここからようやく幕を開ける。

「じゃ、またいつか」
「ええ、生きていればそのうちに」

  にこやかに挨拶を交わし、駆けていくアーチャーの背を見送り、アサシンはその場にとどまったまま再び考える。
  アーチャーや放送の主のことも気になるが、同時にやはり、『統率者』のことも気になる。
  この死体・傀儡たちを斬るのは容易い。だが、ここで斬り殺して得られるものはほとんど無い。
  それよりも、この尖兵たちが向かう先の方に価値はあるだろう。
  これだけの大所帯を動かすとなれば、それだけの意味が向かう先にあると考えるのが普通だろう。
  昼間ほどの乱戦はなくとも、交戦は必至。
  となると暗殺者が暗躍するにはもってこいの舞台が整うというわけだ。

(そのためには……まず、安全の確保が重要かな)

  まさかまだ律儀にアサシンの帰りを待っているとは思わないが、あの変なところで意地を張るマスターが残っている可能性もないわけではない。
  まずは彼女の不在を確認しておいたほうが良いだろう。
  なにせ中学校はすぐ傍だ。もしマスターをあの歩く屍に変えられてしまえば、アサシンとしてもやりづらくなるのだから。

(……ん……あれ、マスターが傀儡になったら、どうなるんだろ)

  ふと、『山田なぎさを八房にストックする』というイメージが浮かぶ。
  マスターをストックした場合、契約中のサーヴァントはどうなるのか。他のマスターならば、きっと契約を維持したまま八房に収めることが出来るだろう。
  ならば、アサシンが自身のマスターをストックしたら?

(……後回し、でいっか)

  実際に試してみるまで、答えが出ないことは分かりきっている。
  ならば、その時が来た時にしっかり考えればいいだろう。
  無理に試すにはリスクの高い行動だ。まだしばらくは、なぎさには生きていてもらわなければ困る。
  今はまず、目の前のことから片付ける。アサシンにはそれだけでも一杯一杯だ。


759 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 05:58:43 CybA8nD20

【D-2/小学校傍/1日目 夜】

【アサシン(クロメ)@アカメが斬る!】
[状態]実体化(気配遮断)中
[装備]『死者行軍八房』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
0.中学校を確認後、再びこの陣地の『傀儡』たちの向かった方へ。
1.戦闘の発生に注意しながら索敵。
2.機会を見てマスターのもとに帰る。その時のマスターの様子次第で知世を躯人形に。
3.アサシンらしく暗殺といった搦手で攻める。その為にも、骸人形が欲しい。
4.とりあえずおとなしく索敵。使えそうな主従を探す。
5.アーチャー(クラムベリー)は殺したいけど、なにか方法は……
6.もし山田なぎさを八房にストックすれば、どうなる?
[備考]
※双葉杏をマスター(仮)として記憶しました。
 アーチャー(クラムベリー)、江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)、高町なのは、大道寺知世、白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。
※八房の骸人形のストックは一(我望光明)です。
※B-3(廃工場地帯)でアーチャー(森の音楽家クラムベリー)の襲撃を受けたという情報を流すと宣言しました。
 どの程度流すかはその時のアサシンのテンションです。もしかしたらその場しのぎのはったりかもしれません。
※アーチャー(クラムベリー)と情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アーチャー(クラムベリー)と敵対しました。彼女が『油断や慢心から一撃を受ける可能性』と『一撃必殺の宝具ならば感嘆に殺せる可能性』を推測しました。
※キャスター(アリス)の陣地とオトモダチを確認しました。魔力素養のあるもの・サーヴァントならば遠距離からでも視認が可能です。
  また、キャスターの性格にアタリをつけています。


760 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 05:59:18 CybA8nD20


  チャイムの間に聞こえた声は、アーチャーの興味を引いてやまない言葉を口にした。

『えー、森の音楽家クラムベリーさん、森の音楽家クラムベリーさん。
 聞こえてましたら、至急警備員室まで来てください。
 繰り返しまーす。森の音楽家クラムベリーさーん。殺し合い殴り合い大好きのクラムベリーさーん。
 聞こえてるんでしょ? 会いに来てよ、警備員室で待ってるからさ』

  最小音量に設定されたマイク越しに、空気を揺らすか揺らさないかほどの声で告げられたメッセージ。
  姿を見ただけでアーチャーを『森の音楽家クラムベリー』であると断じることが出来る人物がいるということ。
  そしてその人物はアーチャーとの邂逅を望んでいるということ。
  それに心を動かされないわけがない。当然罠の可能性もあるが、それならそれで面白い催しだ。
  アーチャーに迷いはなかった。

◇◇◇

  踏み込む前から、その小学校が異常事態の最中にあることは十分に理解できた。
  かつりかつり。長く続く廊下に響くのはアーチャーの足音だけ。
  時刻はもう八時に迫っているから、児童の姿が見えないのはそこまでおかしなことではないだろう。
  だが、それでも、話し声どころか呼吸音すら聞こえないというのはやはり引っかかる。
  消音系のスキル・魔術が働いていないことは自身の足音の反響の仕方で理解できた。
  ということは、この小学校にはもう人っ子一人居ないのだろう。
  仕事をしているはずの教師や、泊まり込みの警備員がどうなったのか。
  その答えも、既にアーチャーは目撃している。
  手駒の増やし方に一切の躊躇がないのは好感が持てる。
  きっと、心置きなく戦うことが出来るだろう。
  雑魚を蹴散らしながらの戦闘、というのは特撮ヒーローのようでアーチャーにはあまり似合わないかもしれないが、それでも物量戦というのは心が躍る。
  そんなことを考えながら歩いていれば、すぐに目的の場所にたどり着いた。
  ノックを二回。返事はない。ノブを回してドアを開ける。
  警備員室は、夜の闇に大半を明け渡していたが、ドア向かいの壁一面だけは朝ぼらけのように光と闇が溶け合い紫色に輝いていた。
  明るく輝くモニターの群れと、輝くようなピンクの髪。ぼんやりとした明かりの作る輪郭から、その髪の持ち主は女性だと分かる。
  この場に居るのが彼女だけならば、彼女が呼び出した人物で間違いはないのだろう。

「貴女が、私の名を?」

  アーチャーの声に、待っていましたとばかりに、少女はゆっくりと振り返った。


761 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 06:00:30 CybA8nD20

  暗闇でも明るく光るピンク色の髪が宙で踊り、続いてその人物の姿が柔らかな光に照らしあげられる。
  黒く太いセルフレームの眼鏡。寝ぼけたようにとろんとした瞳。
  白い肌とぼさぼさの髪、身にまとった白衣も合わせれば、上から下までパソコンに齧りつきのギークのような印象で統一してある。
  アーチャーと向き合った少女の、眼鏡の奥の瞳が優しく歪む。

「ようこそ、私の世界へ。はじめまして、森の音楽家クラムベリー」

  背負った無数のモニターから放たれるブルーライトが、少女の笑顔を照らす。
  無数のモニターが、ギーク風の少女を照らす。その光景は、少女の類稀な美貌も相まって、アーチャーが生前に見てきた魔法少女たちを思い出させた。
  だが、魔力的なあれこれは感じない。どう見ても普通の人間だ。
  姿を見て逸話に至り真名を当てたという可能性は限りなく低そうだが、一応尋ねてみる。

「あなたは……どうして私の名を?」
「そっから聞いちゃう? もっと聞きたいことないの?
 例えばマスターなのかNPCなのかとか、この陣地の主なのか違うのかとか、もしかしてあなたが噂のキークちゃんなのですかとか、他に聞きたいことはないの?」

  少女はつまらなさそうに眼鏡をゴミ箱目掛けて投げ、片手に持っていたリモコンを操作して画面を切り替えていく。
  先程までアーチャーが居た、遊園地と小学校の狭間。
  少女――つい先程アーチャーが襲撃したマスター・白坂小梅が歩いている校門前。
  無人の場所。壊れた屋上。スキップをしながら駆け回る一人の少女。
  そして、それらのすべてが瞬間で消滅した。
  カメラの機能が死んだわけではない。カメラとモニター、その他『小学校だったもの』のすべてが消滅したのだ。
  アーチャーたちの周囲の環境も、瞬き一つのうちに変貌を遂げていた。
  鬱蒼と生い茂る薔薇の園。その真ん中に置かれた木製のテーブルと様々な種類の椅子。
  テーブルの上には山のように積まれたティーカップと口から湯気を噴いているティーポット。慎ましやかながらお茶菓子も並んでいる。
  この場がまるでいつか読んだ『ふしぎの国のアリス』に出てくるお茶会の会場のようだ、なんて思うのは、やはり周囲が変わらず安全だと耳が教えてくれているからだろう。

「んー、まあいいや。じゃあヒントを出すから当ててみてよ。そんくらいはいいでしょ」

  少女はさして驚いた様子もなく、傍においてあったティーセットを手に取りお茶を注ぎながら続ける。
  その姿は既にギーク風のものではない。そして瞬きすれば今の容姿も過去になる。
  次々に、目まぐるしくモチーフを変えながら、少女は無意味な問いを口にした。

「ではここでクエスチョン! 小学校の警備員室に居た少女はどうして森の音楽家クラムベリーの名前を知っていたのでしょうか!」
「一番、僕が古今東西の魔法少女史にすこぶる詳しいから」
「二番、俺様が今日の歴史の授業でちょうどクラムベリーの試験についてを勉強をしたから」

  わざとらしく一拍置いて、少女は顔を上げる。
  そして紅茶の注がれたティーカップをアーチャーに差し出しながら、キメ顔でこう言った。

「そして三番、私様のサーヴァントが、森の音楽家クラムベリーについてとーっても詳しい、因縁浅からぬサーヴァントで。
 私様はそのサーヴァントの記憶を夢経由で知ることが出来ていたから」

  少女の瞳は真っ直ぐアーチャーを見つめている。考えるまでもなく、答えは三番で間違いなさそうだ。
  いくつもの英霊像が頭に浮かび、そのどれもが通り過ぎるように消えていき。
  最後に残ったのは、目の前の少女の笑顔だった。今はどんな過去よりも、今は少女が気にかかる。
  アーチャーを呼び出した理由。真名を餌に自身の場所まで釣り出す、なんて危険を犯してまで、彼女がアーチャーとの交流を望んだ理由とは何か。
  自身のサーヴァントの正体を半ば明かした理由。聖杯戦争についての価値観が大きく異なるとしか言いようのない、この会話の切り出し方はなんなのか。
  理由があるか。いや、理由なんてないのかもしれない。
  少女の瞳は無邪気な子供のように澄んでいて、それでいてどこまでもどす黒い。


762 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 06:01:20 CybA8nD20

「ねえ、よければお話でもしませんこと?」
「アンタがマスターを襲って殺そうとするようなやつじゃないのは百も承知さね」
「だからこそ、友好的にお話がしたいんでありんす」
「孤独な森の音楽家も事此処に至れば去るなどという選択をするはずもなく!」
「面白い話、面白くない話、どんなことでも構いません」
「すわっ!」「すわっ!」「すわわっ!+^o^+」
「すわぁーて、はじめませう! 二人っきりのお茶会を!」

  アーチャーは少し考えてみせた後で、ティーカップを受取り、傍の椅子を引き寄せて腰掛けた。
  不明だらけの少女像の中で、一つだけ、理解できることがあった。
  彼女は、きっといい火種になる。状況さえ整えれば、会場のすべてと参加者の全員を燃やし尽くせるほどの大きな火種にだってなってくれる。
  何度も何度も殺し合いの試験を開いた『森の音楽家クラムベリー』の嗅覚は、確かにそれを嗅ぎ分けた。


【D-2/陣地『不思議の国のアリス』/夕方】

【アーチャー(森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態] 健康、手の傷(治癒中)
[装備] 黒いフード付きコート
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 強者との闘争を求める
1.江ノ島盾子に興味。
2.戦闘を行う主従にも興味。

[備考]
※木之本桜&セイバー(沖田総司)、江ノ島盾子、蜂屋あい&キャスター(アリス)、高町なのは、アサシン(クロメ)、白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。
※フェイト・テスタロッサを見つけてもなのはに連絡するつもりはありません。
※小学校屋上の光の槍(フェイト)を確認しました。
※アサシン(クロメ)と情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アサシン(クロメ)から暗殺を宣言されました。ちょっとワクワクしています。
※アーチャーに詳しい魔法少女のサーヴァント(クラムベリーの子供達、魔王塾生など)が居ることを察しました。


【江ノ島盾子@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]健康、絶望的にハイテンション
[令呪]残り三画
[装備]諸星きらりの携帯端末
[道具]なし
[所持金]大金+5000円分の電子マネー(電子マネーは自分の携帯を取り戻すまで使用できません)
[思考・状況]
基本行動方針:絶望を振りまく
0.アーチャー(森の音楽家クラムベリー)と情報交換。絶望的に行こうね。
1.次なる絶望の仕込み。ここらで一発スペシャルなオシオキとかどっすか?
2.諸星きらりをプロデュース……は、一旦後回しとかどうにょわかねえ。
[備考]
※アーチャー(森の音楽家クラムベリー)を確認しました。


763 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 06:01:38 CybA8nD20

  小梅が小学校に付いた頃にはもう諸星きらりや彼女を引き連れているだろう誰かは影も形もなかった。
  戦闘があったようにも見えない。きっと、何事もなかったのだろう。
  きらりを探す人物ときらりを連れた人物は無事に出会えたのか。
  それとも、きらりがここに来るという情報自体が嘘だったのか。
  今となってはそれを確認する方法はない。

  少しの寂しさを胸に校門をくぐって外に出ようとした瞬間に、小梅を飲み込むように周囲の風景が変わった。
  通学路だったはずの場所には広大な平野が広がっている。
  学校だった場所は小さなお城に、世界は観覧車やメリーゴーラウンドで彩られた遊園地に。
  空は、まるで古ぼけたレンズで濁った水面を覗き込んだような、薄汚れた色に。
  崩れた橋、空に浮く島、地を走るレール。どこか不気味な世界が、果てしなく続いている。

「シラサカコウメちゃん?」

  突然名を呼ばれ、驚きながらも振り返る。そこには一人の少女が立っていた。
  整った顔貌、透き通るような白い肌、ルビーのように赤い瞳。しゃらりと流れる金髪も愛らしい、お人形のような少女。
  重なって見えるのは『キャスター』というクラス名。
  それだけで、彼女がサーヴァントであることだけは小梅にも理解できた。
  身構え、心構え、当たり前のように念話を送る。

(……バーサーカーさん、この子……)
((……))
(……バーサーカーさん?)
((……))

  返事がない。そばにいるのはきっと確かだが、なぜだか遠くに居る気がした。
  キャスターの少女は「大丈夫?」と首を傾げて小梅の出方を見守っている。

「……私に、何か……用?」
「ワタシね、お話を聞いてきたの。
 シラサカコウメちゃんは、死んだ人ともオトモダチになれるって!」

  にこにこと笑いながら歩いていくる少女に敵意は見られない。
  悪い人ではないのかもしれない、という思いがふっと浮かぶが、あの薔薇のアーチャーの前例もある。
  念のために距離を保ったまま、そして逃げ出せるように身構えたままで、キャスターに尋ねてみた。

「あの、ここって……」
「ここ? ここはワタシの世界だよ」

  キャスターは特別なことはないという風に答えて、そのまま続ける。

「ワタシが、オトモダチと遊ぶために作った世界なの。シラサカコウメちゃんは特別に招待してあげたのよ!」

  嬉しいか、と問われても返事は思い浮かばない。事態が急過ぎて追いつけてないというのが本音だ。
  そんな小梅の困惑を置き去りに、キャスターはとても楽しそうに話を続けた。


764 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 06:02:39 CybA8nD20


「ねえ、シラサカコウメちゃん。ふたりで遊びましょう!
 ここではワタシが女王様だから、ワタシが望んだなら、なんだってできるの!
 好きなものが出せるし、好きなことができる、ステキでしょう?」

  そう言いながら少女はふいふいと指を揺らして大きなソファーを作り出す。
  少女はそこにちょこんと腰掛けて、うきうきと肩を揺らしたが、すぐに飽きたらしく、また小梅の方に歩み寄ってきた。
  小梅が一歩下がれば、キャスターは小さな歩幅で二歩迫る。
  もう一歩下がれば、もう二歩迫る。一歩、二歩。一歩、二歩。続ける分だけ続いていく。
  どうもキャスターは遊んでいると思ったらしく、小梅の歩数の分だけ、スキップしたり、くるりと回ったりと、飛び石を飛ぶように追いかけてきた。
  小梅が立ち止まると、キャスターも立ち止まり、楽しそうに頬をほころばせて身体を揺らした。
  キャスターが何もしてこないのを理解し、小梅は一つだけ、気になることを尋ねてみた。

「えっと……なんで……なんで私のことを、知ってるの……?」
「エノシマジュンコチャンが教えてくれたの!
 シラサカコウメちゃんは死んだ人とオトモダチとなれるんでしょう?」

  ややも間をおかず二度飛び出した『死んだ人』という単語に眉を顰める。
  確かに、サーヴァントは過去、あるいは未来に死んだ英雄がなるものだと認識しているが、彼女の口にする『死んだ人』は別のニュアンスを含んでいるように思える。

「だからね、シラサカコウメちゃんなら、ワタシのオトモダチにもなってくれるんだって!」

  小梅が疑念を抱いている間に、キャスターは小梅に抱きついたり、覆いかぶさったり、袖を引いたり、人懐っこく甘えてくる。
  今度はあまりの速さに逃げることなどまったくできなかった。
  だが、衝撃も、不快感も、まったく襲ってこない。高めに感じられたのは驚くくらいに冷たい肌の感触だけ。

「ねえ、シラサカコウメちゃん。二人で遊びましょう?」

  再びキャスターと目が合う。その視線は、まっすぐに小梅を求めていた。
  他意は感じない。その少女は本当にただ寂しいだけで、本当にただ遊びたいだけ。少なくとも小梅にはそう思えた。

「遊ぶって……なにするの?」
「うーん、何しよっかな。おいかけっこやかくれんぼもいいけど、みんなでお茶会も面白そう。トランプもあるけど、シラサカコウメちゃんは何が得意?」

  遊びの内容も、敵意や害意はまったく感じないものばかり。
  なんだか、同じアイドル事務所の年下の子にせがまれている気分になる。
  ひどく懐かしいようなその感覚に、小梅の心は久方ぶりに穏やかな風に包まれるようだった。


765 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 06:03:14 CybA8nD20

  だが、その懐かしさの中で、驚きと戸惑いの連続で薄れていた直前の記憶が鮮やかに蘇る。
  小梅がここに来るまでの理由。小梅がここに来た理由。小梅がここに居る理由。
  そのすべてが、懐かしい昔から続く今と関係している。

「その……遊ぶの、今度じゃ駄目かな?」

  しゅんとした少女の顔は、小梅の良心を締め付けた。
  だが、きらりのことが気にかかる。小学校から離れているにしても、小学校に来ていないにしても、きらりと聖杯戦争との関係が消えたわけではないはずだ。
  そして、連絡が行き違ったままの幸子のこと。連絡の通じない輝子のこと。
  すべてが聖杯戦争に関係しているわけではないだろうが、解決すべき問題であることに間違いない。
  小梅にとって、今、この瞬間に大切なのはその三つだ。
  アイドル時代からの友人であり、聖杯戦争の場に居るその三人だ。
  キャスターには悪いが、その優先順位を覆すことはできない。

「なんで遊んでくれないの? 遊園地がキライだから?」
「ごめんね……私……今、人を探してるんだ。だから……」
「人?」
「うん……私の……えっと、お友達。諸星きらりさん、って言うんだけど……」
「きらりちゃん? あの背の高いきらりちゃん?」

  予想外の人物から、予想外の答えを聞き、心臓が高鳴った。
  慌てて尋ね返す。声は少し上ずっていた。

「きらりさんを、知ってるの?」
「うん。さっきね、いっしょにお茶してたのよ! エノシマジュンコチャンのオトモダチの子でしょ!」
「エノシマジュンコちゃんって?」
「エノシマジュンコチャンは……うーん、不思議な人? まだオトモダチではないけど。あ、でも、ワタシのマスターのオトモダチなのかな?
 でも、でも、とっても面白いヒトから、オトモダチになってほしいなぁ。あとで一緒に誘いに行こうよ!」

  確証が持てず、きらりについて幾つかの事を尋ねるが、そのすべてが小梅の知っているきらりの特徴に違いなかった。
  ひょっとして、エノシマジュンコという人物があの掲示板の書き込みの主だったのだろうか。
  思わぬところから顔を覗かせた解決の糸口に、その少女が本来敵であることも忘れ、身を乗り出してしまう。

「あの……エノシマジュンコちゃんって人……私も会えるかな……?」
「うん! エノシマジュンコチャンもここにいるから、あとで会いに行こうね!」
「今じゃ、駄目……?」
「うーん……いいけど……じゃあ、ひとつだけ、ワタシのお願いも聞いてほしいな!」
「お願い?」
「うん! ワタシと遊ぶの。ワタシはね、ずっと一人ぼっちだったから、とっても寂しくて。ここでずっとオトモダチを待ってたの。
 だからワタシと遊んでくれれば、エノシマジュンコチャンのところに連れてってあげる! どうかしら?」

  穏便に済ませられるなら、それに越したことはない。
  それに、これは暗中模索を続ける小梅にとって最も信頼度の高い手がかりと言えた。
  その為ならば、少しくらい遊ぶのも吝かではない。
  だから、小梅は当然その答えを口にした。キャスターに対してその答えを口にしてしまった。

「……うん、いいよ……じゃあ、遊ぼう」
「ほんと! よかった! じゃあね、じゃあね!」

  キャスターの人懐っこい振る舞いに自然と警戒が解けていたのかもしれない。
  成り行き上二度死闘の脇に居ることになったが、それでも命のやり取りに慣れていなかったというのもやはりあるだろう。
  それでもやはり大きいのは、白坂小梅という少女が正真正銘、争いとは無縁の世界からやってきた、優しい少女だったということだろう。
  だから小梅はやはり、彼女が今まで見てきた『人ならざるもの』と同じように、少女の異常性に気づくことができなかった。
  キャスターが細めていた瞳を薄く開いた。その瞳の赤さは、血の色によく似ていた。



「      死  ん  で  く  れ  る  ?      」



  小梅がその言葉の意味を理解する頃には、怪しく光るブリキのギロチンが八方からもうそこまで迫ってきていた。


766 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 06:03:48 CybA8nD20

  だが、ブリキのギロチンは、小梅の命を脅かすよりも早く白銀の煌きの前に散った。
  ばらばらと音を立て、力なくその場に落ちて瓦礫の山と化す。
  白銀の煌きはじゃらじゃらという鎖の揺れる音を引き連れながら空を旋回し、二人の間に現れた男の両手に収まった。

「……どいつもこいつも」

  地獄から届くような男の声。鼻を刺すような腐臭が周囲に広がる。
  ボロボロのカソックに穴だらけの帽子。体中に巻かれた汚らしい包帯。緑色に光る双眸。
  遊園地には似合わない、墓場からそのまま出てきたような男のエントリーだった。

「サーヴァントってのは俺より余程頭のおかしい奴の集まりじゃねェのか」

  顔の前で腕を交差させバズソーをキャッチした姿勢のまま、睨み返す。その男こそ、小梅のサーヴァント・バーサーカー。
  先の音信不通もなかったことのように、当然のように現れて、当然のように小梅を守り、そして当然のようにキャスターに向けて啖呵を切った。
  だが、キャスターは不意打ちの失敗を嘆くでも、取り繕うでもなく、ただ楽しそうな笑顔を浮かべるだけ。

「素敵! あなたも一緒に遊んでくれるんだね!」
「遊びだァ……?」
「うん、皆でいっぱい遊ぼうね! ワタシはアリス!」

  バーサーカアーは考える。
  目の前の少女・キャスターは、ニンジャなのか。それとも違うのか。分からないが、丁度ニンジャが行うように、自身の名を名乗った。
  ちょこんとスカートの裾を持ち上げて行うお辞儀は、愛らしい少女の見た目に相応しい。
  纏っている雰囲気だって先ほどとまるで一緒だ。変わらず、ウキウキとしているように見える。
  だからこそ、バーサーカーには言葉で説明される以上に理解できた。彼女が話の通じない……理外の敵なのだと。

「それと、こっちは……」

  劇場支配人めいて両手を広げたキャスター――アリスの後ろに現れるのはトランプの兵隊たち。
  そして、人、人、人。遊園地という舞台の上の演者めいて現れる人の群れ。
  だが、ただの人ではないのはひと目で分かる。目の色が違う。
  バーサーカーの緑色の眼光と同じだ。この世ならざるモノを見つめる者たちの瞳だ。
  そうしてようやく、繋がった。
  『死んだ人間と友達になれる』ことに固執した意味とは。
  『オトモダチ』とは。『遊ぶ』とは。
  キャスターの偽りのない友愛の行為と、襲撃の理由とは。

「ワタシのオトモダチ。そしてあなた達のオトモダチ! 皆死んでる子、静かな子。でもでも、皆いい子だから、仲良くしてあげて!」

  酒臭い息が漂う紫霞めいて見えたのは、決して溜息の主の身体が腐乱していたからだけではないだろう。


767 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 06:04:29 CybA8nD20

  不気味な色の空の下、アリスの一言によっておどろおどろしいオトモダチの姿がライトアップされる。
  バーサーカーと小梅、二人分の指の数よりも多い人の山。
  赤黒い皮膚にただならぬ眼光でこちらを見つめる人と、
  小梅にはまだ人別のつかぬその人の山に、先に反応したのはバーサーカーだった。
  彼のニューロンの、腐敗しても忘れ得ぬ部分が……ニンジャとして、ズンビーとしての根幹の部分が、その存在に共鳴していた。
  その赤黒い人の群れは! おお、そうだ、その死体を操る術は! 
  リー先生によって生命の尊厳を蹂躙された、バーサーカーの成れの果てとまるで同じではないか!
  そこに違いがあるとするならば、彼らは物言えぬ弱き者で、バーサーカーにはニンジャソウルが宿っている強き者、その程度しかないだろう。

「胸糞悪い奴だ。俺は、特に、てめェみてェのが気に入らねえンだ。
 なあオイ、てめェみてェな他人の命を好き勝手する奴を、何て言うか知ってるか」
「知ってるわ。とってもさみしがり屋さんって言うんでしょ」
「勝手抜かしやがる」

  じゃらりと落ちた鎖は既に、相当の長さが見えている。
  既にアリスまでの距離を射程の内に捉えている。

「てめェはな、殺されても文句の言えねェ……死んで当然の糞野郎って言うんだよ。
 ドーモ、アリス=サン。ジェノサイドです!」
「きゃはは! さあ、遊びましょう! まずは追いかけっこからよ!」

  一歩踏み出したトランプ兵二人が見事細切れに裁断される。
  紙吹雪を挟んで、ルビー色の熱い視線とエメラルド色の鋭い眼光が交差する。
  それが開戦の合図となった。
  紙吹雪が風に吹かれれば、その向こうに控えていた屍人・傀儡・兵隊は散り散りに散らばり。
  それぞれがバズソーに当たり、掻い潜り、包囲網を狭めていく。

「ナメやがって……つくづくムカつく奴だ!」

  ゾンビーのバズソーが空を裂き、オトモダチと呼ばれた意思なき手札たちが女王を庇いながら指示に従い歩を進める。
  陣地に化けた小学校で、再び戦乱の嵐が吹き荒ぶ。


768 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 06:05:40 CybA8nD20

【D-2/陣地『不思議の国のアリス』/1日目 夜】

【白坂小梅@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]魔力消費(中)、恐怖(微)、不安
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]スマートフォン、おさいふ、ワンカップ酒、携帯充電器、なのはの連絡先
[所持金]裕福な家庭のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:幸子たちと思い出を作りたい。
0.キャスター(アリス)への対応。
1.幸子を探す。
2.きらりさんが殺人犯? 真意を知るために学校周辺へ。
3.チェーンソー男を、ジェノサイドに食べさせる……?
[備考]
※霊体化しているサーヴァントが見えるかどうかは不明です。
※アーチャー(クラムベリー)、キャスター(アリス)、高町なのはを確認しました。


【ジェノサイド@ニンジャスレイヤー】
[状態]霊体化、ダメージ(中)、カラテ消費(中)、腐敗進行(中)
[装備]鎖付きバズソー
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:コウメを……
0.俺はジェノサイド……
1.アリスたちを倒す。
2.【ニューロン腐敗】
[備考]
※ニューロン腐敗症状が見え始めました。継戦や不死能力によって魔力を消費すればその分腐敗が進行し、一時的な心神喪失状態に陥ります。
 これは霊体化によっても食い止めることは出来ず、また、霊体化中にも発動します。


【キャスター(アリス)@デビルサマナー葛葉ライドウ対コドクノマレビト(及び、アバドン王の一部)】
[状態] 魔力消費(中)、陣地とオトモダチのMAGにより魔力回復中
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: オトモダチを探す
0.白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)をオトモダチにする。
1.面白そうなのでしばらくエノシマジュンコチャンに同行する。
2.知世をオトモダチにしたい。
3.さくらに興味。
4.サーヴァントのオトモダチが欲しい。
5.親友って素敵なこと?
[備考]
※エノシマジュンコチャンとは魔力パスがつながっていないため念話は使用できません。
※学校に残っていたNPCをオトモダチにしました。


[地域備考]
※一日目夜、小学校の至る部分がキャスターの陣地『不思議の国のアリス』と接続し、入り口が開きました。
 小学校に入ろうとした場合、問答無用でこの『不思議の国のアリス』に入ることになります。
 入り口から出入りが可能ですが、アリスが望めば入り口を別の場所に移動させることも可能です。


769 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 06:06:36 CybA8nD20
投下終了です
何かあればよろしくお願いします


770 : 遊園地で私と握手 ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/09(木) 06:12:04 CybA8nD20
あと、wiki収録済みの自作の違和感のある台詞とか地の文とかをちょこちょこ改変してます
大きな展開の変化はないので特に変更点の報告はしません。


771 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/12(日) 12:12:05 4lwc6js60
特に指摘はないようなので
アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
江ノ島盾子
キャスター(アリス)
高町なのは&キャスター(木原マサキ)
アサシン(クロメ)
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)
輿水幸子&クリエーター(クリシュナ)
玲&エンブリオ(ある少女)

予約します


772 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/03/18(土) 23:39:00 OrZG.8720
間に合わないと察したので破棄します


773 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/04/01(土) 12:06:50 OOTWfnlQ0
アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
江ノ島盾子
キャスター(アリス)
高町なのは&キャスター(木原マサキ)
アサシン(クロメ)
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)
輿水幸子&クリエーター(クリシュナ)
玲&エンブリオ(ある少女)

予約します
(この予約は嘘ではありません)(本当です)(嘘になる可能性はあります)


774 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/04/04(火) 21:19:36 i/N9tySw0
PC不調のため遅れることが想定されます。
音沙汰無ければ破棄したものとして扱ってください。


775 : 名無しさん :2017/05/03(水) 23:32:35 0tvnqEYs0
投下乙です。
水面下での策謀が幾重にも張り巡らせる中、エンジョイエキサイティングを貫く約二名は本当に変わらない。
聖杯戦争を楽しむという共通点がある二人が出会って、ろくなことにはならない。
互いに火種になるとわかっていて、ここから絶望をどれだけ広げていくのか。
そして、オトモダチ関連もここで回ってきて、どうなることやら。
ゾンビ大好き小梅ちゃんでもアリス達を相手にしたらさすがに引いてる所が可愛らしいですね。
ジェノサイドさんの啖呵の清々しさが、彼女達の禍々しさをますます強調させて、怖い怖い。


776 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/05/10(水) 21:28:52 1NeBix7U0
感想ありがとうございます
とても励みになります
ちょっと期間が空いてしまったので一度人数を減らして

アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
江ノ島盾子
アサシン(クロメ)

で予約させてもらいます


777 : 名無しさん :2017/05/14(日) 03:03:00 Su8JYTGc0
ジェノサイド=サンかっけー
アリスちゃんとの対峙、異質でミスマッチなはずなのにすげえ絵に成るな


778 : ◆2lsK9hNTNE :2017/05/30(火) 23:04:28 JBPKvluI0
蜂屋あい、木之本桜、セイバー
予約します


779 : ◆2lsK9hNTNE :2017/06/10(土) 23:29:20 Uqt5S2Wo0
すいません、pcの不調で書き込みが遅れました
とりあえず書ききれはしたので投下します


780 : ◆2lsK9hNTNE :2017/06/10(土) 23:30:54 Uqt5S2Wo0
夜の歩道に風が吹いた。酷く冷えた気がしてさくらは手に息を吐きかけた。
季節は春だ。そんなに風が冷たいはずもないのに寒気がする。たぶん恐怖によるものだろうと思う。
朝の薔薇のアーチャーに始まり、屋上での白いランサーとの戦い。それに喫茶店で突然暴れだしたバーサーカー。
一歩間違えば死んでしまうような状況ならクロウカードのときにもあった。
だけど、クロウカードのときは、死んでしまうことや痛くなることは怖かったけど、カードそのものを怖いとは思わなかった。
サーヴァント達は違う。怖かった。訳の分からない理由で戦うアーチャーが、理由もわからず襲ってきたランサーが、湧き出す怒りをぶつけるかのように暴れるバーサーカーが。怖くて怖くてたまらなかった。

(殺気……なのかな)

今朝セイバーが、薔薇のアーチャーがこちらに飛ばしていると言っていたもの。カードになくてサーヴァント達にあったもの。人を殺そうという感情。
さくらだってもう小学四年生だ。世の中にはそういう感情が存在していて、殺人というものが行われているのは知っている。
けれどそれはどこか現実離れした響きで、物語の中のことのように感じていた。ましてや自分がそんなものに関わることになるなんて夢にも思っていなかった。

(知世ちゃん……)

浮かんだのは親友のこと。令呪を奪われたマスターがどう扱われるか、さくらにも想像がつかないわけじゃない。
彼女にもあんな感情が向けられていたら、あるいは実際の行動としてそれが行われていたら。
それを思うとさくらは今日一番の恐怖に襲われる。

「大丈夫だよ」

まるで心を読んだようなタイミングだった。
あいはそう言ってさくらの両手を握った。

「信じてさくらちゃん、知世ちゃんは絶対大丈夫だよ。だからわたしたちで助け出そう」
「ありがとう、あいちゃん」

手の肌が触れ合い、彼女の熱が伝わってきた。それだけで少し気持ちが落ち着いた。
あいは優しく微笑んで、ステップするように身体を反転させた。
後ろ手に手を組み、空を見上げて前を歩く。一時は土砂降りだった雨も今はもう止み、夜空には星が光っている。
あいは呟いた。

「さくらちゃん、明日知世ちゃんを探すの、白いランサーさんにもお願いしてみない?」
「え」

その提案はさくらにとって悪いものではなかった。
小学校で会ったときこそ恐ろしかったが、喫茶店で見た白いランサーはとても悪い人には見えなかった。
アサシンのことも詳しいようだし、もし彼女に手伝ってもらえるならきっと頼りになる。

「でも、いいの?」

白いランサーのことを本当に心の底から信頼できるかはまだわからない。
いい人そうに見えたからといって、小学校での一件は忘れられない。
さくらはそれでもいい。知世を助けるためなら危険かもしれない人とだって一緒にいられる。
だけどあいは。
彼女にランサーに対する怯えの気持ちが少しでもあるのなら無理はしてほしくなかった。
あいは俯いて小さな声で呟いた。

「本当はね……まだ少しだけ怖いの」
「だったら――」
「でも」

遮って、あいは振り向いた。

「さくらちゃんのためだと思うと勇気が湧いてくるの。無理してるわけじゃない。心の底から力が湧いてくるの。
白いランサーさんのことは、本当はまだ少し怖い。でも信じたいって思ってる。
わたしだけだとまだ会うのは怖い。だけどさくらちゃんが一緒なら大丈夫。
だからこれは私からのお願い。さくらちゃん、私と一緒にランサーさんに会ってくれない?」
「もちろんだよ、あいちゃん」
「ありがとうさくらちゃん」

あいがもう一度さくらの手を握って微笑んだ。


781 : ◆2lsK9hNTNE :2017/06/10(土) 23:34:27 Uqt5S2Wo0

『私は反対です』

そう言ったのはセイバーだった。
彼女は戦いの傷を癒やすため、霊体化している。今の言葉も念話で伝えてきたもので、あいには聞こえていない。

『友のために逸る気持ちはわかりますが、ランサーは一度は我々を襲ってきた相手。迂闊に接触するのは危険です。
さくら、もしあなたに何かあれば知世を救える人は誰もいないんですよ』
「それは……」

それは正しい言い分なのだと思う。反論の言葉も出てこなかった。
だが、知世のためとか、そういうのとは別のところでセイバーの言葉にはどこか認めたくないものがあった。
しかしそれがなぜなのかわからず、さくらは口を閉ざすしかなかった。

「セイバーさんが反対なの?」

あいも状況を察したようだった。
頷くと、セイバーがいる位置を適当に見当つけてか、さくらの横に目をやって言った。

「セイバーさん、セイバーさんが反対する気持ちもわかる、わたしやさくらちゃんのことを心配してくれてるんだよね。
だけどね、わたし思うの。疑わしいからって信じないでいたら、きっと誰とも仲良くなれないって。
盾子ちゃんも言ってたでしょ。せっかく会えたのに疑ってばかりじゃそんなの悲しい」

その言葉は聞いてさくらは自分の感情がわかった。そうだ。信じたいのだ。
知世を助けるためにリスクを恐れないとかそういうこととは別に、ただ白いランサーのことを信じたかったのだ。いい人に見えたから。

(凄いな、あいちゃんは)

今回だけではない。
彼女はいつだってさくらが言いたいこと、聞きたいことを言ってくれる。それにさくらはずっと助けられてきた。
彼女がいなかったらきっと自分はとっくに挫けていただろう。

「セイバーさん」

さくらはあいのように上手く言葉にできない。
だから呼びかける声に自分の感情を乗せる。心からの思いを込めて、その名前を呼ぶ。
短くない間が空いたあと、セイバーは嘆息混じりに言った。

『お二人の気持ちはわかりました。しかし私の考えに変わりはありません。白いランサーと接触するのは反対です。
一先ず策を練るのは明日に回しませんか。今日はお二人とも色々あって疲れたでしょう。
疲労した頭で考えた策というものには、自分ではわからない落とし穴があったりするものです』

その言葉をさくらがあいに伝えると、彼女もその提案を飲んでこの話は終わった。
何気ない話をしながら歩き、自分の家が目に入ってさくらは指差した。

「あれがわたしの家だよ」
「へえ、さくらちゃんって素敵なお家に住んでるのね」

自分にはあれが普通で、素敵と言われてもピンとこない。でも褒められたことは素直に嬉しかった

「ありがとう。でもね、知世ちゃんの家はもっと素敵なんだよ。
お庭もこんなに大っきくて、お屋敷の中もとっても綺麗で……」

身振り手振りを交えていかに魅力的かを説明する。
途中で言葉に詰まったりして、あまり上手くはできなかったが、あいは何も言わずに黙って聞いてくれた。

「……今度、一緒に遊びに行こう」
「うん!」

今度と言うのがいつなのか、アサシンから知世を取り戻せたときなのか、聖杯戦争が終わったあとなのか。それはわからない。
ただ未来のことを約束したかった。そう遠くない、明るい未来の約束。


782 : ◆2lsK9hNTNE :2017/06/10(土) 23:35:12 Uqt5S2Wo0

話はそこで途切れた。だからこれでもう終わり。あとは別れるだけだった。

「それじゃあわたし、もう行くね」
「送ってくれてありがとう。あいちゃんは一人で大丈夫?」
「うん、わたしの家もここから近いから」
「そっか、それじゃあまた明日。おやすみなさい」
「おやすみなさい。また明日」

あいは背を向けて歩き出し、その姿が徐々に遠ざかっていく。その姿が夜の闇に消えて見えなくなるまで、さくらは見続けた。

「行こっか」

セイバーに声をかけて振り返る。丁度そのとき家のドアが開いて、出てきた人間と目があった。兄だった。服は所々裂け、顔には小さな傷がいくつもついていた。

「どうし――」

言いかけて気づいた。学校が終わったら一緒に帰る約束をしていたことを。血の気が引く思いだった。
知世のことが心配なあまり忘れてしまっていた。
今この街で子供が行方不明になることがどれだけ心配をかけるか、わかっていたはずなのに。
服や顔の傷はどこを探してついたものなのだろうか。

「ごめんなさい!」

謝って済む問題ではない。だけどこれしか言うことが思いつかなかった。頭を下げてギュッと目を瞑る。
こっちに近づいてくる足音がする。頭の上に手が置かれて、さくらはビクリと肩を震わせた。
兄が怖いのではない。ただ申し訳なくて居た堪れなくて、顔を上げられない。
兄の表情が見えない中、声だけが頭上から降ってきた。

「怪我とかないか」

その声があまりのも優しくて暖かくて。
さくらは堪えきれなくなった。
薔薇のアーチャーに襲われたときも、白いランサーに襲われたときも、知世がいなくなったときも、バーサーカーが暴れだしたときも、さくらはずっと泣かなかった。
泣いたら泣き続けてしまうような気がして、立ち上がれなくなるような気がして。
頭で考えたわけではない。無意識にそう思っていた。
ずっと気を張っていた。足を引っ張りたくない人がいたから。守りたい人がいたから。

さくらは桃矢の足に縋り付いて、泣き叫んだ。



近頃物騒な事件が度々起きているせいか、まだそれほど遅い時間でもないのに周囲にはひと気がなかった。
人がいない世界はそれだけで色あせて見える。比喩ではない。蜂屋あいにとって人がいる世界はそれだけ色鮮やかなのだ。

さくらにランサーを頼るという考えは与えておいた。
セイバーの邪魔で決定にまでは至らなかったが、明日誘導するのは難しいことではないだろう。
あいの目当ては江ノ島盾子だが、さくらに言った言葉も嘘というわけでもない。

白いランサーはいい人だ。
心の色や喫茶店の言動からしてまず間違いない。
さくらとセイバーは小学校での一件が後を引いているようだったが、あれは間違いなくあいだけの命を狙ってのものだ。
そしてあいの命を狙ったからとって、いい人ではないということには全くならない。

ただ白いランサーが印象通りのいい人だとした場合、一つだけおかしな点がある。
あいがまだ生きていることだ。
彼女に襲われたとき、あいはさくらが助けてくれることを見越して、自分から屋上を飛び降りた。ランサーの裏をかくために。
ランサーに心を読む能力があるならあいはあのとき作戦を読まれて死んでいたはずだ。

ではなぜ生きているのか。読心能力というのが嘘なのか、あるいはわざと取り逃がしたのか。
前者は喫茶店でランサーから受けた印象からしてありえない。後者は関しても屋上でのランサーの心の色からしてありえない。
他に考えられる可能生は。

(私の心だけが読めなかった?)

そう考え、頭に浮かんだのは父の言葉。

おまえには色がない

色とは人の心そのもの。
色がない人間には心がない。
心がないなら、心の声は聞こえない。

(違う)

あいは即座に否定した。違う。そうじゃない。
あいが知る限り、人が色を失うのは心が現実に耐えきれなくなり、崩壊したときだけだ。
父はあいよりも色を見る能力が劣っていた。常時見えるあいと違って、見えるのは精神が研ぎ澄まされたときだけだ。そんな人間の言葉を真に受ける必要はない。

白いランサーがあいの心を読めなかったのはおそらく何かしらの隠された条件があったのだろう。
あいはその条件を満たしていなかったから読めなかった。そんなところだ。

(だから、そうじゃない)

あいは声に出さずもう一度否定した。


783 : ◆2lsK9hNTNE :2017/06/10(土) 23:36:16 Uqt5S2Wo0

【B-2/家の前/夜】



【木之本桜@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[装備] 封印の杖、
[道具] クロウカード
[所持金] お小遣いと5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:知世ちゃんを探す
1.知世を攫ったアサシンの手がかりを探す。
2.白いランサーに助力を求める?
[備考]
※双葉杏、江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)、諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)を確認しました。
 ランサー(ジバニャン)に関しては現れたのが一瞬であったため「何かが居た」としか把握できていません。


【セイバー(沖田総司)@Fate/KOHA-ACE 帝都聖杯奇譚】
[状態] 疲労(中)、胸部への重大なダメージ
[装備] 折れた乞食清光
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: さくらのために
1.諸星きらり、双葉杏を警戒。江ノ島盾子、蜂屋あいは……?
2.今後どう動く?
3.鞘はもう、必要ないか。
[備考]
※江ノ島盾子、双葉杏、諸星きらり&バーサーカーを確認しました。
 ランサー(ジバニャン)の魔力を確認・姿を視認していますが、形態変化した状態であったため正確な情報は掴めていません。
※二重の極みによる胸部への強いダメージによって喀血が起こりやすくなっています。時間経過で回復します。
※乞食清光は鍔から先が粉砕しています。宝具ではないので魔力を用いれば復元は可能でしょう。


【B-2/歩道/夜】


【蜂屋あい@校舎のうらには天使が埋められている】
[状態]疲労(小)、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ハートのクイーンのカード
[所持金] 小学生としてはかなり多めの金額
[思考・状況]
基本行動方針: 色を見る
1.江ノ島盾子に強い興味。小学校へ向かい江ノ島盾子と会う。
2.さくらの色をもっと見たい。
[備考]
※双葉杏、諸星きらり&バーサーカーを確認しました。
 諸星きらりの『色』を見ることで、今後バーサーカーの出て来るタイミングが察知できるかもしれません。
※アリスが江ノ島盾子についていっているのは知っています。自身に特別危険が及ばない限りはほうっておきます。
 ハートのクイーンのカードからアリスの分身を呼び出すことが出来ますが、分身のスペックはアリスより大きく劣ります。


784 : ◆2lsK9hNTNE :2017/06/10(土) 23:40:03 Uqt5S2Wo0
投下終了です。タイトルは『帰宅』です


785 : 名無しさん :2017/06/16(金) 03:36:01 jWguZ7220
おお、投下が来ていた乙です
さくらちゃんどんどんまずい方向にフラグが立ってる感じがするなあ…沖田が冷静でいてくれるのが救いだけど、それ含めてもやっぱり不穏な…
あいちゃんの思惑と心情とが怖い 本当にこの聖杯は少女が怖い
しかしスノーホワイトの能力を介して内面のあれこれが描けるのは面白いですね


786 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/07/23(日) 07:01:12 7MA3JCHQ0
ご無沙汰しています

アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
江ノ島盾子
キャスター(アリス)
高町なのは&キャスター(木原マサキ)
アサシン(クロメ)
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)

予約します


787 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/07/30(日) 05:23:12 mD6qUxvY0
>>786
今日は間に合いません
二三日中に投下します
なのはとマサキは消えるかもしれません


788 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:26:54 4w.TBogs0
だいぶ遅れましたが>>786、とりあえず前編だけ投下します。


789 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:27:59 4w.TBogs0
◇◇◇

  いつの間に夜になったのか。
  先程給食を食べ終わったばかりのはずだというのに、気づけばあたりはすっかり薄暗くなってしまっていた。
  今まで何をしていたのかの記憶がすっぽりと抜け落ちている。
  時計を確認しようとして、そこがようやく屋外だと気づいた。
  再び記憶に齟齬が生まれる。確かに、先程まで教室に居たはずだった。
  納得の行く答えを探してあたりを見回すと、木々のざわめきの中で赤い瞳の初老の男性と目があった。
  人間の目はあんなに綺麗に紅く光るのだと、少年は生まれて初めて知った。

「うん、上出来」

  姿の見えないもう一人の声が聞こえる。回りを見回してみても姿は見えない。
  目の前の男性ではない。性別もそうだが、年齢もそうだ。
  もっと若い、大人というにはまだ若すぎる、あるいは少女という呼び名がよく合う年代の女性の声だった。
  声は近くで聞こえたはずなのに、二度、三度と周囲を見回してもその声の主の姿は見えない。
  だが、ある瞬間。
  一人の少女が少年の視界に飛び込んできた。
  いや、『少年が彼女を認知できるようになった』といったほうが正しいかもしれない。
  彼女がどこかからやってきた記憶はない。思い返してみれば、風景の一部に溶け込むように居た気がする。

「これに見覚えは?」

  女性が掲げているのは雑貨屋で売っているような小さなホワイトボードだ。『アサシンのお姉さんへ』と書いてある。ハートマークまで添えて。
  数秒前から今までの記憶も不明瞭なのだ。見覚えなんてあるはずない。
  黙って首を振ると、女性は少しだけホワイトボードを見たあとで、少年の方に視線を向けた。
  上から下まで、品定めするように視線を動かし、もう一つ尋ねた。

「名前は?」
「へ?」
「名前。あんたは誰?」
「あ、お、俺……権田原ジェノサイド太郎って言います」

  用意された引き金は、NPCの小学生。
  それは奇しくも、ゼツメツの名を持つ少年だった。


790 : 名無しさん :2017/09/21(木) 06:29:47 4w.TBogs0


☆白坂小梅


  「まずは追いかけっこ」と少女……遊園地のキャスター・アリスは言った。
  彼女の言葉と同時に兵隊が小梅とジェノサイドの周囲を囲んだ。手に幾つもの武器を持ち、追いつかれればその場で殺されてしまう死の追いかけっこだ。
  最初はその兵隊たちや空を飛び交う拷問器具や遊具による攻撃を物ともせず迫りくる脅威を跳ね除けていた小梅のサーヴァント・ジェノサイドも、途中でカクンと糸が切れたように立ち止まり。
  その瞬間を見逃さず、アリスは笑いながらその数を増し、すぐに小梅とジェノサイドを捕まえてしまった。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

  捕らえたアリスが声をかけるが、ジェノサイドからの返事はない。
  ただ、地の底から響くような声で呻くだけだった。
  急に動かなくなったジェノサイドを訝しげに思ったようで、アリスは周囲に控えさせていたトランプ兵たちに指示を下した。
  指示を受けたトランプ兵たちは、一人、また一人とジェノサイドに近づき、手に持つ槍や手斧でジェノサイドの体に傷を付けていく。
  生きている人間のものとはまるで違う、どろりと濁った体液が何人ものトランプ兵の持つ武器を汚していく。
  それでもジェノサイドは身じろぎ一つしない。
  まるで本当に死んでしまったようだ。
  小梅も、彼が呻き声を漏らしていなければきっと死んでしまったのだと思ったに違いない。

  しばらくの無反応にアリスは少しだけつまらなさそうに口をとがらせ、そして不意にぱっと笑顔を浮かべて、両手を胸の前でぽんと打った。

「これじゃああんまりにもつまんないわ!」
「だったらどうするの?」
「もう終わり? オトモダチにしちゃう?」
「それはもっとつまらないじゃない。何か無いかしら」
「だったら、別の遊びをしましょう!」

  アリスの影から踊るように現れたアリスたちが口々にそう言うと、分身したアリスたちが五人がかりでジェノサイドの巨体を抱えて、そのまま走り出し。
  後に残された無数のアリスたちのスカートから、壁板や一枚鏡が一枚また一枚と飛び出しその後を追う。
  そして、ジェノサイドの放り捨てられた場所に、棺桶のように四枚の壁が立ち。壁の周りにまた壁が立ち。
  次第にそれは迷路の形を作り、どんどんどんどんその規模を増していき。
  アリスが手を打つと、その牢獄の外観は、遊園地そっくりなアリスの陣地によく似合うホラーハウスへと姿を変えた。

「……ねえ、シラサカコウメちゃんは死神様って知ってる?」

  「ワタシのことよ」と説明するアリス。先程命を狙ってきたとは思えないとても誇らしげで可愛らしい笑顔は、見ているだけで背筋が凍りつくようだった。


791 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:30:31 4w.TBogs0


  笑顔が歪む。比喩ではなく、物理的にだ。
  気づけば白坂小梅とアリスの間には分厚いガラスが横たわっていた。
  アリスと小梅の間だけではない。小梅が見渡す限り、視界すべてがガラスに包まれている。
  まるでスノードームの内側に飾られたみたいだ。なんて思っていられたのもつかの間。

「これはね、『みんな』から教えてもらったの。マジョガリって言うのよ。とってもとっても素敵じゃない?」

  アリスが笑顔で手を打つと、ガラスの中に水が注がれ始めた。
  声にならない短い悲鳴が思わず口から飛び出す。
  飛び退った勢いでガツンと頭を打ち、ガラスの狭さを思い知る。ガラスに背を預ければ腕をぎりぎり伸ばせる程度の広さしかない。
  見上げた先はスノードームのような球ではない、少しだけ、小梅の腕がかろうじて通りそうなくらいの穴が開いている。
  外側から見れば丁度、砂時計のような形、なのだろうか。
  そんな中に注がれていく水。
  放っておけば、数分で小梅の体は頭のてっぺんまで水没してしまうことだろう。

  靴の底から足の裏へ。
  足の裏から足首へ。
  足首から脛へ。
  死が白坂小梅の体を這い登る。身に着けているものに染み込み、肌にまとわりつきながら、確かな感触を持って這い登ってくる。
  ひたひたと、冷たい『死』は、子守唄を歌うように穏やかに、しかし着実に、その水かさを増していった。

「追いかけっこは終わり」
「じゃあ何をしましょうか?」
「鬼ごっこ? かくれんぼ? どれもとっても楽しそう」
「でもね、ワタシ、思いついたの! せっかく二人一組なんだから、まずは二人一緒に遊べることをしようって!」

  もし、小梅とジェノサイドに無事抜け出す道があったならば、それはジェノサイドに殿を任せて小梅が脱出し、適当なところで令呪を使ってジェノサイドを呼び戻すという戦法だけだっただろう。
  だが、アリスは知ってか知らずか、真っ先にその退路を塞いで来たのだ。

「さあ始めましょう、シラサカコウメちゃん。
 楽しい楽しいお化け屋敷ゲームの始まりよ」

  残酷な御伽噺は紡がれだした。小梅をその腹に閉じ込め、暗く、深く。




           ◆アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク◆


792 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:30:53 4w.TBogs0


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


  記憶が飛ぶ。
  深い眠りに落ちる寸前のような、時間だけがばっさりと切り抜かれた、そんな状態が連続している。
  ふと我に戻ってみれば、全く違う景色の中にいる。
  生前(というと、語弊があるかもしれない。ゼツメツ・ニンジャのニンジャソウルをその身に宿してから復活して英霊の座に至るまでの間の話だ)にもこういう症状があったことを、おぼろげながらに覚えている。
  だんだんと、その『欠落』同士の間隔は短くなってきている。
  『欠落』の深度とも言うべきか、『失っている時間』は比例して長くなっている、気がする。
  そして、ニューロンの腐敗によるショートによって、少し、また少しとニューロンに残っていた記憶が腐り、こぼれ落ちていく。
  まるでスポンジを絞るように、ジェノサイドの頭からは、時間とともに次々と記憶が抜け落ちていた。

  それでも、抜け落ちていないものはあった。
  絞り続けられていくニューロンの奥底で、自身がここに居る理由だけは覚えていた。
  まだやるべきことがある。
  ここに来るまでに何があったか。どうでもいい。
  ただ、この邪魔な館から早々に脱出し、小梅を連れて帰る。邪魔なものはすべて蹴散らして、だ。

  そうやって、意識を取り戻したジェノサイドの周りにはすでに人だかりが出来ていた。
  といっても、純粋な人は居ない。腐乱した死体に、トランプの兵隊に、それと―――
  ジェノサイドが襲撃者の全容を把握するよりも早く、それらはただの肉塊に、あるいは魔力の粒子に変わっていた。
  最早条件反射の域である。魔力の繋がりから側に小梅が居ないとわかっているからこその、手加減なしの見敵必殺だ。

  蹴りで扉をぶち抜く。おどろおどろしいBGMと、地を舐めるように広がるスモークがジェノサイドを招くように広がった。
  開けた視界の向こう側には、作り物としか思えないチープな洋風の墓場が広がっていた。

『さあ、お兄ちゃん。遊びましょう!』

  墓場の側に打ち捨てられた、少女をかたどった人形が喚く。

『無事にこのお屋敷から抜け出してシラサカコウメちゃんのもとにたどり着ければお兄ちゃん達の勝ち!
 お兄ちゃんがこのお屋敷から抜け出せなかったり、コウメちゃんが『魔女』になるまでに抜け出せなかったらワタシの勝ちなの! どう、とっても』

  ジェノサイドは振り上げた足で何事かを喋り続けている人形を踏み潰し、道標のように捨てられたトランプを目印に、奥へ、奥へと歩いていく。


793 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:32:03 4w.TBogs0


  曲がりくねった道標を頼りに墓場を歩くジェノサイドの側で、突然草葉の陰や墓の下からゾンビが立ち上がる。
  糸で釣られたコンニャクの代わりに人の頭をすりつぶせそうなゼンマイが飛んでくる。
  曲がり角からジェットコースターが飛び出して、メリーゴーランドの馬がいななきながら迫ってきて、コーヒーカップが宙を舞い。
  ギロチンが、真鍮製の雌牛が、棘の筵が、化物みたいな自動車が、ジェノサイドの持っているものを拡大したような丸鋸が。他にも、他にも、続けて殺意が。
  子どもが寝ながら考えたような滅茶苦茶に理不尽な殺すための罠が、あちらこちらで作動し、ジェノサイドの命を狙った。

「カスどもがよォ……」

  だが、どれも、ジェノサイドの歩を止めることは出来ない。
  あるいは拳で、あるいは蹴りで、あるいはバズソーで、襲い来る脅威は一つ一つ叩き潰された。
  すぐに墓地は終わり、薄暗い通路で構成された迷路へと抜けた。
  ジェノサイドは真っすぐ進み、壁にぶち当たって立ち止まる。
  バラの生け垣のような絵が描かれていたであろう、朽ちかけの壁だ。
  トランプに従い道なりに進むなら右折しなければならないが、そんなまどろっこしいことをしている暇はない。次にいつあの『欠落』が来るかがわからないのだから。

「イヤ――――――ッ!!」

  雄叫びとともに振るわれる拳が壁を穿つ。
  壁は崩れ去り見事な道へと早変わり、ジェノサイドはまた真っ直ぐに進んだ。

「イヤ――――――ッ!!」雄叫びとともに振るわれる拳が壁を穿つ。
「イヤ――――――ッ!!」雄叫びとともに振るわれる拳が壁を穿つ。
「イヤ――――――ッ!!」雄叫びとともに振るわれる拳が壁を穿つ。

  ひたすらにそれを繰り返し、迷路をぶち壊し、ただ真っ直ぐに進んでいく。
  途中現れるオトモダチや罠の数々は、やはりジェノサイドの歩を止められなかった。
  しばらく真っ直ぐに進んでいると、ついに迷路の外壁と思わしき部分にぶち当たった。
  同じように外壁を殴れば外壁もまたもろく崩れ去り、その向こう側をさらけ出した。
  最後に出てきたのは、鏡の迷路だった。ちょうど、はぐれたはずのトランプの道標との合流点でもあった。

  眩むような光量。ホラーハウスとはまるで趣が違う。埃っぽいカソックの似合わない眩さに溢れた空間に若干嫌気がさす。
  だが、そんなもの気に留めている暇はなかった。
  鏡のうちの幾つかが何かを喋っているが、そんなことはどうでもいい。ただ、目障りな壁でしか無いので殴り、割り、先を急いだ。
  殴り、割り、進み、また殴り、割り、進み。
  突然、無視できないなにかが、ジェノサイドの靄がかったような思考に楔を打ち付けた。
  今のジェノサイドの足を止めるほどの『何か』をジェノサイドのニンジャとしての第六感が察知したのだ。

  空間を満たす『異質』が、ジェノサイドの体を取り囲んでくる。
  それは、鏡の世界にはまるでふさわしくない煙とBGMだった。
  ディストーションのかかった、地を揺さぶるような低音の響くストーナー・ロック。
  漂う煙は演出のためのスモークではない。煙草によく似た、しかし煙草とはまるで違う煙。大麻の煙。
  ストーナー・ロックに合わせて、誰かの鼻歌が聞こえる。
  その鼻歌に腐りきった脳が警鐘を鳴らすより速く、ジェノサイドはバズソーを鼻歌の方向めがけて放っていた。理解を殺意が超越したのだ。
  進路の鏡に深々とバズソーが突き刺さり、正面に鎮座していたジェノサイドの鏡像とその額に貼られていたトランプのジョーカーを鏡ごと縦に割る。

  BANG! BANG!! BANG!!!

  割れた鏡像が銃声に従い砕け散り、ジェノサイドの前に出口への道が開かれる。
  そして、鼻歌の主が、舞い落ちたトランプを踏みにじり、出口を背にして悠然と現れた。


794 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:32:26 4w.TBogs0


『ジェノサイード』

  割れた鏡の向こうから歩いてくるのは、大きな男だ。揺れる山高帽はジェノサイドの腐敗を続ける脳にじくじくと痛みにも似た『何か』を知らせた。

『オウイエー……会いに来てやったぜェー、ジェーノサイードオー』

  愉快そうに笑い、男は胸の前で両手を合わせてオジギ。慇懃無礼。なんたることか、その男は、その仕草は、間違いなくニンジャであった。

『ドーモ、ジェノサイド=サン。■■■■■■です』

  情報欠落。ニューロン腐敗によって、その名はジェノサイドから失われてしまっている。

「ドーモ、■■■■■■=サン。俺はジェノサイド」

  相手の名前をなんと発音しているのかも分からない中途半端なアイサツだが、ジェノサイドの行動は明快だった。求めるものではない。ならば殺すとばかりに反射的にバズソーが宙を舞う。
  男のロングコートの内側から飛び出した鎌がバズソーを跳ね上げ、バズソーに合わせて波打った鎖が鏡を砕く。
  抜き放たれる二枚のバズソーと、鎌の代わりに抜き出された二挺のショットガンから放たれる弾丸が絡み合い、鏡の館を無残に蹂躙していく。
  きらきら舞い散る夢の欠片めいた鏡を踏みしめながら、ジェノサイドも、山高帽のバーサーカーも、怯むことなく距離を詰めていく。
  ジェノサイドが一歩、男が一歩、ジェノサイドがまた一歩、男がまた一歩。
  すぐに二人の距離は互いの武器のリーチを割る。それでも二人の歩は止まらず、ついには腐った吐息同士が混ざり合う距離まで。ニンジャとニンジャの顔が近い。

「そもそも誰だテメェはよ。勝手に出てきて絡んで来てンじゃねェぞ」
『忘れてんじゃねェぜェー……先に勝手しやがったのはお前の方だァー、そうだろォー、ジェェェノサイードォー?』

  山高帽のつばとウエスタンハットのつばが重なり合い、すぐに離れた。
  拳が拳を叩く音が、飛び散る腐肉の破片が、骨片が。鏡の館をジゴクめいた異装へと染め上げる。
  緑色の4つの瞳がホタルのように宙に尾を引きながら行き違い、センコハナビめいて強く瞬いたかと思うと、ぶつかり合う。
  殴り掛かるはネクロカラテ、迎え撃つもネクロカラテ。自身が傷つくことを度外視した、捨て身同士の殴り合いである。


795 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:32:42 4w.TBogs0


◇◇◇


  小梅も最初は、自分でこの状況をなんとか出来ないかと模索した。
  令呪を使ってジェノサイドを呼び出そうかとも考えた。
  だが、いくら荒事に慣れていない小梅でも分かる。ジェノサイドを呼び出せばアリスはきっと機嫌を損ねるだろうし、彼女にかかれば水没しかけの小梅の息の根をきゅっと〆るくらいわけないだろう。
  他の方法を、と取り出した携帯端末も意味をなさない。
  水没して壊れてしまったのか、それともこの遊園地の特殊な環境の影響か、携帯の電波情報はずっと圏外を示していた。
  小梅にはこの分厚いガラスをどうにかする方法はないし、それにガラスから抜け出したとしてもアリスから逃げ出す方法はない。
  小梅に出来るのは、ジェノサイドを待つことか、偶然他のマスターかサーヴァントが乱入するのを待つことか。
  雪崎絵理にとってのジェノサイドや、小梅とジェノサイドにとってのなのはのように、だ。
  でも、そんな都合のいいことそうそう起こらない。

  水位はどんどん上がってきている。
  いい方法なんて思い浮かぶこともなく、気づけば小梅の小さな体はすでに腰元まで水没していた。
  改めて、自分の無力さを思い知らされた、それだけだった。
  がつんがつんという音が、小梅を閉じ込めているガラスの器を揺らす。
  怖がらせるためか、それとも別の意図があってか、先程から一体のゾンビがずっとガラスの器に体当たりを繰り返しているのだ。
  体をぶつけるごとに少しずつ腐った体が崩れていくのは、なんだかとても可哀想だった。

「そんなことしちゃ……駄目だよ」

  水の冷たさのせいか。あるいは自身では到底変えることの出来ない運命からの逃避か。
  それともやはり、白坂小梅という少女の性分のせいか。
  チェーンソー男やクラムベリーよりも余程理不尽で、余程逃れようのない死の渦の中心で、小梅は自身の死よりも、目の前のゾンビが傷つくことに対して気を揉んでいた。
  ガラス越しに声を掛けても、ゾンビの体当たりは止まらない。
  ガラスを一度叩く。音に反応して体を打ちつけ続けるゾンビが少しだけ動きを止めた。
  じっと見つめていると、ゾンビと目があった。ゾンビは濁った瞳で、何かを訴えかけるように小梅を見つめたあとで、また体当たりを再開した。

「見て、シラサカコウメちゃん!」

  楽しげな声の向かう先にはおとぎ話に出てくるような鏡型のモニターがあった。
  アリスの指先で、ジェノサイドが何者かと戦っている。
  それはあるいは彼女が呼び出した殺すための兵器たち。
  それはあるいは彼女に操られている人間や死体たち。
  それはあるいは彼女の呼び出したハートの兵隊たち。
  そして、どこからか出てきた、ジェノサイドと同じ空気を纏った山高帽の巨漢。
  銃器と刃物と暴力の入り乱れた、まさに怪物同士の殺し合い。
  フィクションを超えた惨い光景に声すら出ない。ただ、口元を押さえた袖の冷たさだけが唇から熱を奪っていった。


796 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:33:26 4w.TBogs0


「どうしたの? 楽しくないの?」

  ガラス越しのアリスの問いは、実際よりも曇って聞こえる。

「……これが、楽しいの?」

  冷たい口先からようやく出せた問い。その問いは、紛れもなく心からの言葉だった。
  少なくとも、小梅にとって目の前に広がる光景はオトモダチや遊びより地獄と呼んだほうが相応しい。

「……こ、これが……アリスちゃんの、オトモダチ、なの?」
「そうだよ。なにかおかしい?」
「……こんなの、可哀想だよ」

  口から出てきた可哀想という言葉が、小梅自身、不思議だった。
  自分の命を狙ってきている相手、その配下。恐ろしい者たち。普通ならば避けて通るべき怪異の数々。
  でも、その言葉が口から出たあとで、まるで氷が水に溶けていくように、するすると、心の中に溶けて小梅の内側を満たしていった。
  自身の命に影を落とす恐怖心すら押しのけて、彼女の心にどっかりと腰を下ろす『それ』はなんと呼ぶべきか。
  『慈悲』と呼ぶとあまりに押し付けがましいし、『憐憫』と呼ぶと語弊がある。
  きっと未だ花開いていないとしても、『友情』と呼ぶのが相応しいものだろう。
  白坂小梅は今もまだ、彼らを『友達』として見ていたのだ。今までがそうであったように、だ。そしてきっと、これからもそうであるようにだ。
  だから、彼らがただ傷ついていくのを見ていられず、アリスに対して声を上げた。それが本当に正しいのかと。

「可哀想って、どういうこと? こんなに楽しいのに」

  アリスの口から飛び出すのは、またしても『楽しい』という言葉だ。
  温もりを奪い、声を奪い、心を奪い、そうして出来上がったものが『オトモダチ』で。
  死ぬために(既に死者であるものも含まれているのに死ぬという表現は少しおかしいかもしれないが)ジェノサイドの元へ向かわせられ。
  勝ち目のないガラスのケースに体当たりを繰り返しぼろぼろに崩れていく。
  それが『楽しいこと』だなんてこれっぽっちも思えなかったし、それが友情の形である、なんて、小梅にはどうしても信じられない。

  たくさんの『みんなだって見える友達』と。そしてたくさんの『みんなには見えない友達』と。
  小梅は今まで、いろんな友達と一緒に過ごしてきた。
  その友達のせいで不利益を被ったことだって一度や二度ではないけれど、それでも皆、大切な友達だった。
  等しく息災であってほしいと思っていたし、幸せであってほしいと思っているし、それが当然だと信じてきた。
  アリスの言うオトモダチは、小梅の知っているそれととても近く、そしてどこまでも遠い場所にあった。
  小梅は、目の前でがつんがつんと体をぶつけ続けているゾンビを見過ごすことは出来ない。
  できることなら止めてあげたいし、どうしてそんなことをするかを聞きたい。
  でも、アリスはそれをしない。それどころか、『オトモダチ』をジェノサイドに差し向け、駒のように使い捨てている。
  それは、小梅からすれば自分の身を裂くのと同じくらいに辛いことだった。

「だってそうでしょう。オトモダチって、一緒に遊ぶモノでしょう」
「……ううん。違うよ」
「……違うの?」

  へそを濡らす水の冷たさに負けずに前を向く。
  ガラスを隔てた向こう側にいるのは、世にも恐ろしい化物たちを率いる女王様。
  それでも、小梅は彼女と向き合い、会話に挑む。
  それはきっと、ゾンビの身を労ったのと同じ理由からだ。


797 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:33:56 4w.TBogs0


――

  白坂小梅はそもそも食い違った性質を持つ少女であった。
  死者や幽霊を友人と呼び彼ら彼女らを含めて友人を大切にする白坂小梅と、死者や幽霊によって引き起こされる惨劇(映画の中の、だが)を楽しむ白坂小梅が混同している。
  だが、存外おかしなことではない。誰かが教えるまでもなく『現実(リアル)』と『虚構(フィクション)』は別物なのだから。
  スクリーンの向こう側の怪異と、スクリーンの手前側の怪異は彼女にとって全くの別物だ。
  この聖杯戦争でも、そんな今までと同じように、白坂小梅は無意識に自身の前に現れたサーヴァントを二つに分類している。
  スプラッタ映画的な倒すべき『怪物』と日常的に生活をともにしてきた守るべき『友人』に。究極的に突き詰めるならば『敵』と『味方』にだ。
  これを無意識に切り離すことで、『怪物』であり『友人』であるものによく似た存在……サーヴァントたちとの対応で今までロジックエラーを起こすことなく聖杯戦争に順応していた。

  ジェノサイドは『友人』だ。いつでも側に居てくれて、小梅のことを守ってくれる。他人にも見えるけれど、他人には見えない、とても不思議な友達だ。
  彼と歩く道はどこだって少し輝いて見えたし、ぶっきらぼうだけど優しいところや、何よりもまず小梅のためにと手を差し伸べてくれる。かけがえのない友人だ。
  チェーンソー男は『怪物』だ。その分類を疑うことはない。あれだけ『らしい』格好で『らしい』行動なのだから。
  だから彼女はジェノサイドがチェーンソー男を撃退することを止めなかったし、倒すべきであり、可能ならばジェノサイドのゼツメツソウルの糧にすべきかとも思ったほど。
  これがおそらく、絵理から聞いていた『火吹き男』だったとしても、初見でならば同じ判断を下したことだろう。
  森の音楽家クラムベリーは結局『怪物』寄りであると認識を改めた。
  以後、会うことがあってもジェノサイドの忠告に従い彼女を危険な『怪物』であるという警戒を怠ることはない。

  ならば、アリスや彼女のオトモダチはどうか。小梅にとってそれらは現在、純然たる『怪物』であった。
  だが、同時に彼女を『友人』と認識できるのではないかと期待する心もまた、存在していたのだ。
  小梅にとってアリスとの出会い頭のあの肩の力が抜けるようなやりとりは本物であったし、あれが油断させるための演技ではないということは肌で感じた空気で理解できた。
  また、アリス自身が友達に固執していることも、小梅が彼女を完全なる『怪物』であると断言できない一端であった。
  彼女の言うオトモダチにしても、アリスの指揮で凶行を繰り返しているだけにすぎない。
  アリスを止めることができれば、彼らもまたいつものように『友人』になれるはず。
  アリスたちは今、白坂小梅の心の中の『友人』と『怪物』の境界線に立っている。

  戦闘慣れしている参加者ならば襲撃を受けた時点でアリスを『敵』であると割り切ることができただろう。
  だが、小梅はただの中学生であり、思いやりの心を持つ少女で。なにより彼女は今まで多くの『友人』を作りすぎた。
  相手が怪物ならばなんとかして倒すしかない。小梅もそれはわかっている。
  だが相手が『友人』に分類できる側で、友達になれるのだとすれば。

  きっとそれは願いだ。他ならぬ、この聖杯戦争に挑むマスター・白坂小梅の純粋な願いだ。
  『怪物』か『友人』かの境界線に立っているならば、『友人』であって欲しいという、美しく眩しい、ガラスのような願い。
  でも、同時に微かな希望も、きっと混じっていた。
  『友人』であってくれれば、『友人』になれたならば、目の前の『怪物』が霧散してくれるという、淡く儚い、泡沫のような希望。

  だから白坂小梅は、襲われ、囲われ、命を握られてもなお手を差し伸べることを選んだ。
  襲われながらも、それでもなお、アリスの奥底にあるはずの善性を信じることを選んだ。

  いつの時代だって、きっとそう。少女は、夢見るように友を信じる。


798 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:34:26 4w.TBogs0

―――


「じゃあ、コウメちゃんの言うオトモダチってなに?」

  今度はアリスからの問いかけ。同時に、水の勢いがぐんと弱まった。
  アリスは不思議そうな顔で、ガラスを覗き込んでいる。

「と、友達はね……きっと、もっと……もっと、暖かくて、優しいものだよ」
「アタタカ? ヤサシイ? なにそれ」
「……えっとね……友達には、アリスちゃん一人じゃ、なれないよね……?
 二人で居て、初めて、友達になれるの……だから、押し付けたり、強制したり、アリスちゃんのことばっかりじゃ、きっと……ううん、駄目なんだと思う……
 皆で楽しかったり、皆で嬉しかったり……それが、友達なんじゃないかな」

  どんな言葉を選べばいいかわからずに、つっかえながらも思いを口にする。
  輿水幸子も。星輝子も。諸星きらりも。ジェノサイドも。
  これまでに仲良くなってきた『みんなに見えている友達』も『みんなには見えない友達』たちも。
  言葉を交わし。笑顔を向けることが出来。一緒に色んな所に行って、色んな事をやってきて。
  すべてが、小梅の体に、優しさと、暖かさをくれた。皆皆、大切な友達だった。
  たくさんの彼らや彼女らのお陰で、小梅はここまで幸せに生きてこられた。
  素敵な関係。素敵な時間。あの暖かさを、アリスにも知ってほしかった。
  友情の形を決めつけるなんて押し付けがましい話かもしれないが、それでも小梅はアリスのことを案じていた。
  友達を求めながらも作り上げていくのは魂を握りつぶしたお人形ばかりでは、いつまでたってもアリスの本当の望みは叶わないから。
  アリスにとっても、オトモダチにとっても、それがきっと、救いになると信じて。

「それがコウメちゃんのオトモダチ?」
「……うん……わ、私は、そう思うの……変、かな?」
「ふーん」

  無力な小梅に、戦争を止める力はない。
  非力な小梅に、運命の濁流に棹を刺す力はない。
  それでも、そんな小梅に、今出来ることがあるとするなら。変えられるものがあるとするなら。
  今までがそうであったように、これからもきっとそうであるように。
  今まで小梅が出会ってきた幽霊たちと同じように、アリスと、本当の意味で友達になることくらいしか思いつかなかった。

  『怪物』に立ち向かうことは出来なくても、思いを伝えることは出来る。
  会話を通じて、仲間になることは出来る。それが例え、どんな悪魔だったとしても、きっと。
  だから小梅はせめて思いを伝える。それが、白坂小梅の精一杯の戦いだ。

「……ねえ、アリスちゃん」

  きっと、大丈夫だから。
  小梅なら、きっとアリスのいい友達になれるから。
  アリスだって、アリスのオトモダチと、きっともう一度やりなおせるから。

「もしよかったら―――」

  もしよかったら私とそんな友達になってみようよ、と。
  続けるはずだった言葉は続けられなかった。
  小梅の言葉は届いていない。すんなりとそう理解できたからだ。
  アリスは、まるで水槽の中の珍しいトカゲでも見るみたいに、変わらず不思議そうな顔でガラス越しに小梅を見つめていた。


799 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:34:57 4w.TBogs0


◆◆◆◆◆◆◆


『いつもそうだよなァー、お前はよォー、ジェエエノサイード』

  問いかけと鉛玉が飛ぶ。避けても、避けても、マムシのように追ってくる。
  寄れば拳と蹴りの応酬、離れればバズソーとショットガンでの削りあい。
  実力伯仲。出口をその視界に捉えながらも、ジェノサイドは立ちはだかる敵に手を焼いていた。

『ナメてんのも調子のってんのもなァー、お前だぜェー、ジェーノサイードォー』

  ショットガンが吐き出した弾の幾つかがバズソーを跳ね飛ばし、ついでとばかりにばらまかれた弾の残りがジェノサイドの体を掠める。
  ジェノサイドは片手で器用に受け身を取り、体勢を立て直してまた跳び退りながらバズソーを投げつけた。
  何枚もの鏡が切り裂かれ、無数のジェノサイドが破壊され、無数の■■■■■■が破壊される。
  砕かれた破片もまたショットガンの銃弾で砕け散り、まるで季節外れの雪のようにきらきらと、ならず者二人の世界にぶちまけられる。

『小娘一人ロクに守れねえ奴がよォー、カッコつけて、しゃしゃり出て、何様のつもりだァー……?』

  風切り音一つ。
  ぶちまけられた破片の向こうから飛び出してきたのは鎖鎌の分銅だった。
  ■■■■■■によって放り投げられた分銅は、寸分違わずジェノサイドの左目に突き刺さる。
  腐りきった黄色い眼球と、変色した体液がこぼれ落ちる。

『寝ぼけてンならそのまま寝とけェー……きっちり殺してやるからよォー』

  両者の動きが止まり、最早ジェノサイドもここまでかと思われたその時だった。
  ジェノサイドの無事な片目がぎょろりと■■■■■■を睨みつけ、分銅と■■■■■■とを繋いでいる鎖を大きな手が握りしめる。
  眼孔から腐った体液がふたたびどぼりとこぼれ落ちた。

「黙って聞いてりゃあ付け上がりやがってよォ……」

  自身の負傷など知った事かと鎖を力強く引き、更に眼孔から体液が吹き出す。
  ゾンビーの膂力で■■■■■■の体が引き寄せられる。
  いや、引き寄せる力に合わせて大きく飛び込んで来ている。接近戦も望むところというわけだ。
  拳同士がまずぶつかり、■■■■■■の体が威力に負けて宙に浮き上がる。
  ■■■■■■の懐から抜かれたショットガンが再び銃弾をばら撒き、ジェノサイドの体に無数のただごとではない穴を穿った。
  だが、ジェノサイドもまたただでは退かない。投げたままだったバズソーを回し、波打つ鎖で■■■■■■の体を叩き落とす。
  落ちてきた■■■■■■の顔面を掴み、渾身の力を込めて■■■■■■の頭を鏡に叩きつける。

「能書き垂れてェなら鏡に向かってやりやがれ!!」

  追撃のネクロ・カラテの拳。宙に残されていた山高帽が吹き飛ぶほどの衝撃。
  周囲の鏡は粉々に砕け散ったが■■■■■■の枯れ木めいた顔面は崩れない。気色の悪い笑みを浮かべたままだ。

『ジェエエエエエエエエエエノ、サイイイイイイドオオオオオオオ!!!』
「そうだ、俺は!!」

  ジェノサイドの喉笛には鎌が刺さり、■■■■■■の顔面には戻されたバズソーが突き刺さる。
  どちらも致命傷。しかし不死のソンビー同士、戦意は未だ衰えない。
  だが、そこで唐突に決着の時は来た。


800 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:35:14 4w.TBogs0


「……あァ……?」

  本当に唐突に。
  ぼろぼろと、野に放られたミイラがそうなるように■■■■■■は消えてしまった。
  何らかの罠を警戒し、ジェノサイドは身構えたままあたりを見回すが、本当にそれっきり、鏡の館の中から物音は消えてしまった。

「何だってンだよ、一体……」

  ジェノサイドのぼやくような独り言と喉の傷口から溢れる息の音が、割れた鏡の散らばる世界に反響する。

  ジェノサイドは、決して■■■■■■の撃退に成功したわけではない。
  アリスのミラーハウスは閉じ込めた人物の『姿』ではなく『心』を映し、そこから鏡像を生み出す特殊な陣地だ。
  それに従い、ジェノサイドの心を映して呼び出されたのが『魂』の片割れとも呼ぶべきその存在である■■■■■■だった。
  本来ならばその鏡像はジェノサイド自身が心と向き合い自身の心に打ち勝たねば消えるはずのない存在。
  だが、そうはならなかった。
  それはジェノサイドがジェノサイドであるがゆえの、当然のイレギュラーだった。

  ジェノサイドは戦えば戦うだけ魔力を失い、戦えば戦うだけ腐敗が進む。
  負傷をすればするだけ、バズソーを回せば回すだけ、ジェノサイドのニューロンは熱によって熟れていき、次第に腐り落ちていく。
  一つ、また一つといつかの記憶を失いながら、ジェノサイドは戦いを続ける。
  そうして、ジェノサイドのニューロンからついに■■■■■■のことすらも抜け落ちてしまったというだけだ。
  最早、聖杯戦争に至るまでの過去のことはほとんど手放してしまったと言っても過言ではない。
  必然、心のない者に、映せる鏡像はありはしない。

  結果を見れば、この程度の怪我で因縁の相手を切り抜けたジェノサイドは僥倖と言えるかもしれない。
  だが、聖杯戦争に至るまでのすべての過去を焼き尽くしてしまったという事実は最早逃れられぬゾンビーの『最期』を色濃く現していた。

  苛立ちを込めた拳が乱戦の中最後まで無事だった奇跡的鏡を叩き割る。
  ミラーハウスの出口へと続く廊下は最早枠組みを残すのみ。
  夢の残骸のようなその場所を、ジェノサイドは歩きだした。
  パニック映画のズンビーのように、ただ、出口の向こうで待つ目標……小梅を目指して。


801 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:35:51 4w.TBogs0


◇◇◇

「ああ、そっかぁ」

  不穏な沈黙。小梅の口にしようとしていたなにかはすべて、アリスの瞳の深い赤に飲み込まれてしまった。
  少し見つめ合ったあと、アリスは、ようやく納得がいったという風に頷いた。

「シラサカコウメちゃんはまだ知らないものね。私のオトモダチの素敵さを」

  差し伸べようとした手は、無垢な笑顔で弾かれた。
  小梅には知る由もない話だが、アリスは立派な狂人だ。それも生半可な狂い方ではない。数世紀、幾つもの平行世界で煮詰まってきた狂気の塊だ。
  小梅がどう思っていようと、どう意見しようと、それは決してアリスの価値観に対して楔を打てるようなものではない。
  江ノ島盾子のように新しい価値観を目の前に出すだけならばまだしも、既存の価値観の否定は彼女にとって全く意味をなさない。

  アリスの狂気を知らない小梅には、当然、交渉決裂の原因は分からない。
  だが拒絶よりも強く根深い『無関心』が、壁なんて比喩では表せないほど分厚く大きな心の隔たりとして存在しているのはわかった。
  そういう友達もあるのかと理解を示すでもなく、そんなのは友達じゃないと否定されるわけでもない。それはそれ、これはこれと言わんばかりに小梅の価値観を横におかれた。
  その結末に心が追いつかず言葉に詰まり、詰まった分だけ導火線は燃えていく。

「大丈夫、アナタにもきっと分かるわ。これがとっても楽しいことなんだって。オトモダチになってくれればね!」

  声と同時にアリスが天を指す。すると注ぎ込まれる水の勢いがぐんと増した。二倍、三倍、まだ速い。
  ぐんぐんと水位は上がっていき、ついに小梅の顎を、口を濡らす高さまで来た。
  小梅が言葉を継ごうとしても、もうすべてが遅かった。
  口から飛び出す幾つもの泡は、小梅の命の欠片たち。がぼがぼ吐いて、慌てて口を閉じる。

  脳に巡る酸素が足りなくなり、体が新鮮な空気を求めてえずくように跳ね出す。
  冷たい水の中で、走馬灯のように、これまでのすべてが思い出されていく。
  思い出されるのは、素敵なことばかりではない。無念も、心残りも、山ほどあった。  
  ガラスの向こうでアリスは新たなオトモダチを歓迎するように楽しげに踊っていた。
  ゾンビが一体、再びガツンガツンとガラスの檻に体をぶつけ続けていた。
  何一つ変わらなかった……変えられなかった光景の中で、白坂小梅は沈んでいく。
  精一杯の抵抗にもついに限界が訪れて、口からなけなしの空気を吐き出してしまう。
  小梅の口から生まれた泡は、言葉になることもなく、どこかに消えてしまった。

「ゼツ!!!!」

  でも、そんな死の淵で。
  渦巻く水の中でくぐもって聞こえたその声が、小梅に希望の火を灯す。


802 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:36:13 4w.TBogs0


「メツ!!!」

  ギャギャギャギャギャ。
  銀色の閃光が走り、ガラスのスノードームに突き刺さりバズソー二枚分の傷口を刻み込む。
  人一人を漬け込める程の量の水圧を受けた傷口は大きな音を立てて割れ、ガラスの破片を飛び散らせながら内側に溜めていた水をすべて吐き出した。  

「イヤ―――――――――ッ!!!!」

  聞き慣れた声と、見慣れた影。
  小梅の直ぐ側に居て指示を出していたアリスに丸太のように巨大な腕が突き刺さる。
  腕はそのままぶんと振り抜かれ、アリスは流れ星みたいな速さで空の向こうに消えていった。
  殺戮者のエントリーだ!

「動くなよ、嬢」

  割れたドームが崩れ落ちて傾くより早く、砂時計は軽々と放り捨てられた。
  一気に周囲に戻ってきた空気にげほごほと咳き込みながら、バランスを崩してその体に抱きつく。
  そっと回された腕は、大きくて、強くて、優しかった。

「あ、ありがとう……バーサーカーさん……」
「……帰るぞ。時間がねェ」

  二人の間でじわりと伝わる冷たい感触は、決して小梅に滴る水だけではない。
  小梅も途中までではあるがジェノサイドの戦闘の様子を見ていたので理解している。
  負傷が酷い。全身を覆い隠すカソックコートは至る所穴だらけで、右目は既に喪失している。
  小梅がアリスと話している間も、相当酷い目にあっていたらしい。
  こんなになってまで助けに来てくれたという事実が心の底から申し訳なくて、そして不謹慎ながら同じだけ嬉しかった。
  ジェノサイドの強い力に引かれ、走り出そうとするも、目の前に広がる光景が二人の動きを押しとどめた。
  目の前に広がるのは、人、人、人。人の壁。

「凄い凄い、あのお化け屋敷を抜けてきちゃうなんて」

  ガラスの檻を破壊して、お化け屋敷をぶち壊し、『お化け屋敷ごっこ』に勝利して、それでも、陽気な声は途切れない。
  揃って見上げた空の上には、可愛らしいブリキの馬に乗った少女が一人。
  金色の髪、血の色をした瞳。青いワンピースをはためかせ、口元には変わらず、楽しげな笑み。

「はい、じゃあご褒美」

  きっとアリスという少女は、根っこからのいじめっ子なのだ。
  相手が喜んだ瞬間に、相手の目の前から勝利をかっさらってけらけら笑うのが大好き、そんな少女なのだろう。
  小梅とジェノサイドの目の前に一瞬現れた光明は、すぐにアリスのはなった絶望の闇によって塗りつぶされた。
  『ご褒美』という言葉と一緒にアリス配下のゾンビが一体放り投げられる。

「嬢!」

  小梅の体がふわりと浮いて、ぐっと引き寄せられた。
  濡れた髪から跳ねた水滴が止まって見えるようなコマ送りの世界の中で、小梅は見た。
  自分を庇うように前に出たジェノサイド。遠くの空でブリキの馬に乗り、満面の笑みで手を振っているアリス。
  ゾンビの上半身がジェノサイドに抱きつき。
  
    『死なばもろとも』

  腐肉が飛び散り、祝砲代わりに血煙が上がった。


803 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:36:49 4w.TBogs0


  投げられた『オトモダチ』が実は人の形をした爆弾だったのか。
  それとも、『オトモダチ』を爆弾にする力を持っていたのか。
  小梅にそんなことが分かるわけがない。
  それでも、その爆発が強力無比なものだったというのは、ジェノサイド越しに体に伝わった衝撃で理解できた。
  体を起こしてジェノサイドの姿を探す。
  探すまでもなくジェノサイドは小梅の前で、まるで城塞を守る門番のように小梅と空の向こうのアリスとの間に立ちはだかっていた。
  体からは未だ、正体不明の緑色の煙が吹き上がっている。  

「さあ、皆!」

  アリスの一声に従い、足並みをそろえて大群がやってくる。
  人の壁の正体は、小梅が救いたいと願ったアリスの『オトモダチ』たち。
  ホラーハウス建設以後、大多数が姿を隠していたトランプ兵や洗脳NPCや屍鬼(ゾンビー)たちが、小梅とジェノサイドを二重三重に輪を作って取り囲んでいた。

「勝ったお兄ちゃんとシラサカコウメちゃんに盛大な拍手を!」

  トランプ兵が、やおらに戦斧を、突撃槍を、長剣を振り上げ、屍鬼に突き刺す。
  これから起こることは容易に想像がついた。嫌な予感に動かされるようにジェノサイドにすがりつく。
  ジェノサイドはくすぶり続ける体を無理やり動かすみたいにバズソーに手を伸ばした。
  幾つもの武器が、幾つものゾンビを切り捨てる。いくつものゾンビがいくつもの爆弾へと生まれ変わっていく。

「とっても楽しかったわ! 今度はオトモダチになってから、もっといっぱい遊びましょ!」

  満面の笑みに、飛び交う死体。

「……嬢、離れるなよ」

  再び引き寄せられる体。その力はとても強くて、とても頼もしくて。
  そして、そんな力でもどうしようもない『怪物』の脅威を、否応なく小梅に理解させた。


  『死なばもろとも』『死なばもろとも』『死なばもろとも』『死なばもろとも』
  『死なばもろとも』『死なばもろとも』『死なばもろとも』『死なばもろとも』
  『死なばもろとも』『死なばもろとも』『死なばもろとも』『死なばもろとも』
  『死なばもろとも』『死なばもろとも』『死なばもろとも』『死なばもろとも』
  『死なばもろとも』『死なばもろとも』『死なばもろとも』『死なばもろとも』


  爆音に次ぐ爆音。
  衝撃に次ぐ衝撃。
  屍肉と腐肉が混ざって飛び散り、周囲に酷い臭いを広げた。


804 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:37:36 4w.TBogs0


◇◇◇


  その場に残ったのが消し炭だけではなかったのは、ジェノサイドの頑強さ故だろう。
  だが、頑強さだけではどうにもならないものは存在する。
  数十発にも及ぶ人間大のMAGの爆弾はその『どうにもならないもの』を武器とし、不死のズンビーの存在を蝕んだ。

「あ、ありがと……う……」

  ジェノサイドの大きな体は、小梅をすっぽり包み込んで、すべての衝撃から守ってくれた。
  爆発の余波で多少の痛みや耳鳴りはあるが、小梅はほとんど健康そのものだ。
  ジェノサイドが答えてくれることを祈りながら、感謝の言葉を口にする。
  だが、ジェノサイドは小梅を抱きかかえた姿のまま動かない。

「バーサーカー……さん?」

  そのままゆっくりと、小梅を抱いたまま後ろに倒れてしまった。
  まるで糸の切れたマリオネットだ。
  電源が落ちたように瞳の光も落ちてしまっている。

「……AAAAAAAAAARRRRRRRGH……」

  ため息のように吐き出されたその声に、さっと血の気が引く。
  丁度、アリスとの『追いかけっこ』の時に出た症状によく似ている。
  今のジェノサイドは普通ではない。直感的にそう理解した。
  だが、そんなジェノサイドに小梅が出来ることはあまりにも少なく。
  そして、小梅が何かをすることを許してくれるほど、アリスの気は長くない。

「そうそう、忘れてた。二人の勝ちなんだから二人分のご褒美が必要よね」

  『二人の勝ち』。用意される祝砲は当然二人分。
  ゆっくりと、周囲を見渡す。構えられているのは先程と同じく体を斬られたゾンビの山、これからの地獄がありありと想像できた。
  狂乱したような少女の笑い声とともに複数の死体が空を舞う。
  その速さは、小梅がジェノサイドを引っ張って逃げるのなんて、到底待ってくれない。

  絶対的と思われた水死を切り抜け、一度は見えたと思えた活路のその先に広がっていた更に絶望的な死の未来。
  最早、抗う気力すら奪われていた。
  結局、小梅は、最初から最後まで何もできなかった。
  アリスの狂気に勝つことはできなかった。アリスのオトモダチを救うこともできなかった。
  ジェノサイドに守られ続け彼を助けることも出来ず。幸子輝子との約束も守れない。

  ずぶ濡れの冷たい体と、死人特有の冷たい体。触れ合っているはずなのに熱はすっぽり抜け落ちて、まるでもう死ぬ準備が出来ているみたいだった。
  そんな生きているか死んでいるか分からない、曖昧な世界で。
  小梅は、最後に三つ、願いを口にした。
  ゆっくり、倒れたジェノサイドの体に腕を回して。
  小梅の小さな体では抱きしめ返すことすらできない、大きくて、頼もしくて、力強くて、そして、もうなにも残っていない体に向けて。
  なにも残っていない自分たちに、なにかを残すために。
  ほんのちっぽけで。とっても大切で。いつかまた叶ってほしい願いを、ひとつだけ。
  小さな声は爆音に阻まれ、二人の間だけで消えていった。


805 : アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/21(木) 06:38:19 4w.TBogs0
ここまでが前編です。
タイトルは「アリス・イン・ザ・アビインフェルノ・ジゴク ―不死戯の国のアリス―」になると思います。
続きは一週間以内を目指します。頑張ります。


806 : 名無しさん :2017/09/26(火) 00:47:30 04EHWh9E0
投下来てたのか…乙です!
まさしく阿鼻叫喚…アリスの世界えげつない。血の飛び散る凄惨な情景なのに鏡を始めとした奇妙に幻想的な事物がよりいっそう悪夢感を強めてるなあ。
ジェノサイド=サン…めっちゃかっこいいんだけどこうなるか…元々そういうリスク持ちだもんなあ。
鏡世界でのまさかのエル…サン登場には驚いた。突破できても、打開じゃなくニューロンの欠落がががが
そして小梅ちゃんの「境界」についての話が哀しくも切ない。そこで手を差し伸べられる子なのに、相手がアリスじゃあなあ…
最後のくだりがまた来るものがあるというか…
後編も楽しみに待っております。


807 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:50:23 iQhiQy6g0
感想ありがとうございます! とてもうれしいです!
お待たせしてしまって申し訳ないです、続きを投下します。


808 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:51:08 iQhiQy6g0


☆???

  投げられた祝砲は二度目よりも更に多い。
  とはいえ心を持たぬ者の投げたもの。しかも考えなしな号令でほとんど隊列を整えることもなく投げられたものだ。
  いくつかは祝砲同士でぶつかり、いくつかは見当違いの方向に飛んでいき。
  だが、そのうちのいくつかは確かに白坂小梅ぶつかる軌道で飛んでいった。
  そしてそんな『白坂小梅にぶつかるもの』を叩き落とした者が居た。

「……アナタ、なんのつもり?」

  女王の口元が歪む。狂った笑いの中で命のやり取りをくりかえし、ここにきてようやく笑顔が崩れる。
  アリスと、彼女のオトモダチに真っ向から立ち向かう影が一つ。
  それは紛れもなく、アリスが死霊術によって作り出したゾンビ……ゾンビーケンペイの一体であった。

「もう、勝手なことしないで!」

  勝利の愉悦の中に居たはずのアリスの胸にあったのは、意外にも苛立ちだった。
  思い通りにならないゾンビ相手に苛立ち、ほんの少しだけ小梅とジェノサイドから注意をそらす。
  命令してもゾンビーケンペイは動かない。ただ、抜き払った軍刀を引きずるように構え、アリスに睨みを利かせるように立ったままだ。
  アリスの頭ではそのイレギュラーを処理できない。アリスにとってオトモダチとは、呼び方はどうあれただの手駒だからだ。
  その内側に何が詰まっているかなんて、まったく興味がない。
  だからアリスは気づかない。
  そのゾンビが、しきりに白坂小梅の閉じ込められた水槽に体当たりをしていた―――否、白坂小梅を救うために水槽を壊そうとしていた個体であるとは。
  ジェノサイドへの祝砲の際に他のゾンビたちが『死なばもろとも』を繰り出す瞬間に命令に反するように踏みとどまっていたとは。

  アリスが手を上げれば、その他大勢のオトモダチがゾンビーケンペイに向けて距離を詰め始める。
  しかしゾンビーケンペイは一歩も引かない。ただ、小梅とジェノサイドを守るように、立ちはだかり続けた。
  アリスが大きく手を振る。それを合図に、ゾンビーケンペイめがけてオトモダチが殺到した。


809 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:51:34 iQhiQy6g0


  何本もの槍と、斧と、剣をその身に突き立てられ、それでもゾンビーケンペイは踏みとどまっていた。
  女王様の愉快なパレードがまた止まり、空白の時間が数秒生まれる。
  空白の中で、ゾンビーケンペイはゆっくりと、小梅たちの方に振り返った。

「■■■■」

  識別不明の声。
  腐った脳みそにちぎれかけの喉、崩れた顔ではうまく発音出来るわけがない。
  それでも、その死体は、ねじ切れそうなほどに頭をまわして、遠くでサーヴァントの元で横たわる白坂小梅を見つめたまま、呻くように言葉を綴った。
  死者にも分け隔てなく接してくれる優しい子。自分を傍においてくれていた優しい子。自分を友達と呼んでくれた唯一の子。
  できれば、ずっとそばにいて、その幸せな姿をいつまでも見ていたかった。
  それが叶わないことを理解し、最期にその姿を目に焼き付けておく。

「■りが■う」

  初めて声に出して告げることの出来た言葉。聞こえてなくても、それでいい。
  群がる兵たちを巻き込んで、肉体を爆薬代わりに大爆発を起こす。
  『死なばもろとも』。ダメージが許容量を超えた瞬間に発動する、ゾンビーケンペイの持つ唯一のスキル。アリスも利用したスキルだ。
  爆発が爆発を誘い、群がっていたゾンビたちが誘爆しつづけ、爆発に巻き込まれたオトモダチたちが消滅していく。
  立ち上がった土煙が、アリスの視界を遮り、再びオトモダチの指揮を止めた。

―――

   NPCに魂はあるのか。
   そんなことは分からない。
   だが、魂あるものがマスターたちの記憶や情報を元にNPCとして再構築され、配置されるというのはもはや説明するまでもないだろう。
   そこに肉体は必要か。
   答えは否である。でなければ、マスターの一人・玲がこの世界に存在することを許されるはずがない。

   ならば、例えば。
   肉体を持たない魂のみの存在―――俗に言う『幽霊』がNPCとして再現されていたとして。
   白坂小梅の傍で、アイドルになる前から彼女を見つめてきた、彼女の親友とも呼ぶべき存在がNPCとして再現されていたとして。
   それが魂の抜け落ちたNPC―――アリスの死霊術で魂を失ったゾンビと出会ったとするならば。

   ここは天国に一番近い地獄。誰かの目指した楽園の欠片。
   そんな世界は、ささやかな奇跡を肯定する。
   世界は、無力だった小梅の友達に、小梅を守る力を与えた。

―――

  これもまた、ありふれた奇跡の物語。
  ジェノサイドにつきっきりの白坂小梅はその名も無きゾンビの奮闘など、気づきもしないだろう。
  魂を失ったNPCの体に乗り移った魂だけのNPC。本当の姿も、本当の名も、誰も知らない。
  ただ、そのNPCは、ようやく白坂小梅の友人として、少しの間だけ彼女を守ることが出来た。
  そして、白坂小梅の友情は、巡り巡って『何か』をなし得る因果を得た。

  生まれた時間はごくわずか。
  だがその時間で確かに、白坂小梅の『声』は届いた。
  一画、二画、三画、ゾンビたちの爆発音を背に、三つ分の願いが小梅とジェノサイドの間で交わされる。


810 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:52:01 iQhiQy6g0


◆◆◆◆◆◆◆◆◆

  六枚の■■■■を■■ニンジャ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

  雨の■。
  見慣れぬ■■。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

  ■■■コギ■■■■。
  オ■■ン。
  スモウ■■。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

  謎の■■■。
  見上げる■■の■。
  引きつるような笑い声。
  ■■■■■で書かれた文字。

  その文字は……
  その文字は……
  その、文字、は―――






           ―――思い出せない。


811 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:52:32 iQhiQy6g0


  大切だったのだろうか。
  重要だったのだろうか。
  今となっては詮無きことだ。
  すべてが、抜け落ちてしまった。

  焼け落ちたアルバム。
  朽ち果てたフィルム。
  そんな切れっ端の何もない世界に、その死体は横たわっていた。

「アバー」

  ため息のように呻く。呻くようにため息をこぼす。
  すっからかんの心の中に、乾いた風が吹き抜ける。
  もう、何も残っていなかった。

「……なあ」

  それでも、何故か、言葉にできない乾きが、心に去来した。
  潤いのない体が、腐臭に塗れた肉が、満たされることを望んでいた。
  その渇望は、冷え切った体の芯で、ぢりぢりと燻るように横たわり続けていた。

「アンタ……サケを、持っちゃいねえか」

  ただ、乾きを満たしたくて、目の前の少女に尋ねる。
  随分近い位置に居る少女は、やや驚いたような顔で死体を見つめ返している。

「何でも良いんだ。アルコールなら」

  少女はあわてて前ポケットを探り、小さな酒を取り出した。
  ずぶ濡れのワンカップ瓶が二つ。微々たる量だ。渇きを満たすには到底足りない。


812 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:53:01 iQhiQy6g0


  少女を抱きかかえたまま体を起こし、ワンカップをひとつ開け、飲み干す。
  何故目覚めたのか、その理由を探りながら。

  確か……声だ。そうだ、声が聞こえた。
  声が、千切れ飛んだはずの耳朶を打った。破れ放題のはずの鼓膜を震わせた。
  二つ、三つと消えていった魔力。ちっぽけな命の力。それに合わせてかけられた願い。
  「おもいだして」
  「わすれないで」
  「そして、いつかまた、なまえをよんで」と。
  そしてその願いは、たしかに、死体の奥底の何かに触れた。そのはずだ。
  その声の主は、きっとこの少女。
  不思議と、自分のことすら分からないのに、彼女の願いの意味が理解できる。
  名前。
  知っている。
  こいつの名は。
  俺の名は。
  思い出せない。
  知っていたはず。

  名前。
  名前は。
  彼女の望む答えらしきものが、遺伝子の内側から雄叫びを上げるように、崩れたはずの脳に信号を送る。
  だが、その咆哮もまだ殻を突き破るには至らない。
  もう一つのサケの蓋を開ける。涙ほどの量のアルコールを飲み下し、あばらの下から垂れ流す。
  少女は再び死体の身体を抱きしめた。
  腐った体液が少女の服を汚していくのが、死んでいるはずの触覚でもしっかり理解できた。

「……離れろ。臭えだろ」

  死体にはもう臭いを嗅げる鼻がない。それでも、腐り落ちた肉とガスが放つ腐臭は容易に想像ができた。
  少女は首を振り、呟いた。

「臭くないよ」

  そんなはずがないのに、嘘の下手な奴だ。


813 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:53:37 iQhiQy6g0


「汚れる」
「気にしない、から……」

  喉をすり抜けた酒があばらを伝って体の外にこぼれ、地面にヘドロめいた水たまりを作り、太陽に照らされて小さな鏡を生み出した。
  映っていたのは、世にも恐ろしい化物の姿だ。変色した骨にまばらに腐肉が照らされた、墓場の地下で寝かせすぎた死体そっくりの醜悪な姿。陳腐なゾンビ、その成れの果て。
  包帯でも、カソックコートでも、帽子でも、もう隠せない。目をそらせない現実。

「俺は……俺は、酷い姿だな」
「……そんなことないよ」

  それでも、少女は否定する。
  いや、否定せずに受け入れてくれる。
  こんな化物を。世にも醜い化け物であるはずの死体を。まるで友人のように抱きとめてくれる。

「バーサーカーさんは……ううん、ジェノサイドさんは、ジェノサイドさんだから。
 だから、大丈夫……わ、私、ジェノサイドさんのこと、ちゃんと知ってるから……」

  波紋が広がるように、少女の言葉が全身に渡った。  
  波紋が漣に変わり、漣は勢いをつけ津波に変わり、男の中で渦巻いて、感情に波乱を巻き起こす。

「……俺は」
「うん」
「そうか、俺は」

  思い出した。いや、取り戻した。
  どうして忘れていた。どうして手放して横たわっていた。
  ここにいる意味を、やるべきことを。その名を。自身の名を。
  その魂に刻まれたその衝動を。ミンチョ体の掛け軸に書かれたその四文字を。

  『ゼツメツ』
  
  一瞬にしてすべてを取り戻す。
  なくしたはずの何かが満ちていき、体に歓喜にも似た感覚が迸った。
  ニューロンが火花を散らす程のパルスを伝達し、体の中心に存在している『魂』を五臓六腑の奥底まで、まばらに残った髪の先から割れっぱなしの爪の先まで浸透させた。
  その魂の名は、『ゼツメツ・ニンジャ』。

「俺は……そうだ、俺は!!」

  乾ききったニューロンに落とされた一滴の雫は、どんなサケよりも、彼の乾きを潤した。
  戻る。戻る。いや、戻れ。戻ってこい。俺のもとへ。この俺の、ゼツメツの名を持つ者のもとへ!
  渇望が胸の内で吠え、失ったピースを無理矢理に手繰り寄せる。
  たった三画の魔力が、ちっぽけな少女の願いが、ニューロンとともに腐り落ちていくはずの何かをもう一度震わせる。
  そしてたどり着いた。
  彼の名は。
  いや。
  俺の名は―――!


814 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:54:29 iQhiQy6g0


「……なあ、おい。サケはまだあるか」
「……あの、ごめんね。もう……ないの」
「そうか。ああ、そうだったな……まあ、いい」

  切れたはずの糸は繋がった。男はゆっくりと、比較的損傷の少ない右腕で少女を抱きとめたまま立ち上がった。

「帰りに買いに行けばいいだけだ。あの餓鬼を蹴り飛ばして、この世界をぶち壊したその後で……そうだろ、コウメ」

  死体が……否、『ジェノサイド』が呼ぶ。
  まるで何事もなかったかのように、当然のように、その名を口にする。
  腐り落ち、飛び散った脳からは、きっとその記憶は零れ落ちていた。
  傷つき、ぼろぼろになった霊格からも、きっとその情報は抹消されていた。
  だが再びその名は呼ばれた。いや、その名は取り戻された。
  それは本来ならばありえるはずのない反射的反応。
  ならば令呪の見せた呪いめいた強制力のせいであろうか。ジェノサイドに対し、「名前を呼べ」という命令が無理矢理に名前を口にさせたのか。

  否、そんなわけがない。彼の執念と彼女の願いが、そんな陳腐な結末にたどり着く訳がない。
  ニンジャのニューロンは時折、不可思議な反応を示す。
  遺伝子レベルで刻まれた『自我』や『存在』すら超越する何かが、時折、条件反射めいて飛び出させるのだ。
  六枚の羽を持つニンジャ。名も知らぬはずの神父の姿。トビッコ・ギムレットの香り。
  忘れても、忘れても、忘れても。忘れられぬもの。脳が散り散りになったとしても、他ならぬ魂が忘れることを拒むもの。
  人はそれを、きっと『絆』と呼んだのだろう。
  令呪の魔力はジェノサイドの肉体をほんの少しだけ修復し、魔力の海に消えていくはずの『絆』にそっと語りかけた。ただそれだけにすぎない。

  忘れていくことしか出来ない男が居た。
  忘れられていくことしか出来ない者たちを覚えていられる少女が居た。

  男はずっと、自分の生きている意味を探し。
  少女はずっと、彼らの生きていた証を残す。

  男は名を名乗り、少女はその名を呼んだ。
  少女は男に願い、男はその名を呼んだ。

  これは、そこから再び始まる物語。


◆コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム◆


815 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:54:56 iQhiQy6g0


  小梅とジェノサイド、二人の時間に乱入者が現れる。
  それは足並みをそろえて壁のようにそびえ立つ人垣。この遊園地の主の意思に従うものたち。
  その壁の向こうに、少女がいる。血煙に燻されてなお真昼のような輝きを放っていたはずの笑顔は影が差している。
  ここまで散々に弄ばれ、ようやく『思い通りにならない事が起こった』らしい。
  少女は不機嫌そうに手を振るい、ガチャガチャと歯を鳴らすトラバサミをジェノサイドと小梅めがけていくつも走らせた。
  だが、ジェノサイドも小梅もそのトラバサミを避けることはなかった。ジェノサイドが真正面から拳ですべて掴み、そのまま握りつぶしたからだ。

「散々騒いでおいて、まだ黙って聞いてられねえか」
「つまんなーい! せっかく、オトモダチになれたと思ったのに! ズルはなしでしょ!」
「……つまらなくなんてねえさ」

  帽子の鍔が目元を隠す。包帯もほとんど吹き飛んだ顔に影を落とす。
  腐肉がはじけ飛び骨がまろびだし、肉の残る場所も大部分がこけおちた、世にも醜い死者の顔。
  それでも、足りない肉を補うように、異界の太陽に照らされた半円のつばの影が笑みを作っていた。

「てめェのごっこ遊びのほうが、俺には、退屈すぎて反吐が出る。つくづくムカつくぜ、てめェは」

  破れ放題の帽子の奥で人ならざる緑色の瞳が輝く。
  生きる意味を、生きてきた理由を取り戻し、死体に再びソウルが篭る。小さいながら強い火が。
  それは、ゼツメツ・ニンジャだけではない。ゼツメツ・ニンジャと、ゼツメツ・ニンジャに宿られた◆◆◆と、その混合物であるジェノサイドの魂。その輝き。
  三者がそれぞれ掴み取った、白坂小梅との『絆』の輝き。

「湿っぽいのは似合わねェ。結局俺にはこれしかない」

  人垣がざっと音を立てて一歩進み出る。
  手に取ったバズソーの鎖は、まるで体の一部のように馴染んでいた。


816 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:55:30 iQhiQy6g0


「よくも好き勝手やりやがったな。死にたい奴から前に出ろ」

  今のジェノサイドは傍から見てもわかるほどに活力に溢れている。この遊園地に踏み込む前よりも強く、輝くほどに力強く。
  それになにを感じたのか、なにも感じていないのか、アリスは動き出す。やや不機嫌そうな顔のままそのジェノサイドを睨めつけていた。

「仕切り直しだ、死に損ない――いや、死神にまで嫌われたバケモノめ。ドーモ、アリス=サン」

  アイサツを聞き届けることなくアリスが飛び上がり、トランプを空中に放つ。
  その一枚一枚が魔力のこもったアリスの分身となるはずの種。
  しかし、分身が生まれるよりも早く動くものがあった。

「俺は―――」

  構え。

「ゾンビーで」

  担ぎ。

「ニンジャで」

  振り。

「そして、サーヴァントの」

  放つ。

「ジェノサイドだ!!!」

  吠えた名が遊園地に轟く。ニンジャ・ジェノサイドここにありと遊園地内のすべてに告げる。
  一対のバズソーが鈍色の閃光となって空を駆け、そのけたたましい羽音がセンチメントなアトモスフィアを切り裂く。
  そして、絶滅へと誘うニンジャの鬨の声は、トランプを全て切り払い、決死の中に活路を生み出す。
  不死者たちの殺し合いの、最期の幕が切って落とされた。


817 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:56:00 iQhiQy6g0


◇◇◇

  アリスの群れへと変貌するはずのトランプは全て空中で真っ二つに切り裂かれた。
  ついでとばかりに切り裂かれたアリスの体が爆発し、体の内側に入っていたたくさんのトランプを空中にばらまいた。
  トランプのうちのいくつかがアリスに変わり、空から降りそそぐアリスがオトモダチの軍隊と合流し、取り囲む人垣を更に強固にする。

「さあ、皆! 最期のゲームをしましょう!」
「最期のゲームは、早い者勝ちよ!」
「シラサカコウメちゃんとお兄ちゃんを殺した人の勝ち! よーいドン!」

  女王の大合唱に、一斉に兵隊たちが動き出す。
  小梅たちを殺そうと距離を詰めるもの。迎え撃とうと陣形を組むもの。錯乱を狙いてんでばらばらに動くもの。
  その中の一団は先程の焼き直しのようにゾンビーを切り捨て、次々『死なばもろとも』爆弾として放り投げていた。

「先に断っとくが」

  つい先程は死亡寸前まで追い詰められたゾンビ爆弾戦法だが、ジェノサイドは既にその戦法に対応していた。
  アリスの種を切り裂くために放たれたバズソーの波打つ鎖が、ゾンビ爆弾の山を見事にかき分け跳ね飛ばす。
  見当違いの方向に軌道を変えたゾンビ爆弾は、明後日の方向に飛んでいき、そのうちいくつかはあろうことかオトモダチのど真ん中に落ちて周囲を巻き込んで大爆発した。
  何人ものアリスの悲鳴を聞きながら、ジェノサイドは続ける。

「俺は念仏も唱えられねェし、あいつらの目を覚ます方法なんて知りもしねェ。
 俺に出来るのは、せいぜいぶったぎって、さっさとあのクソッタレから解放してやることくらいだ」
「……うん。お願い」

  短い間を置いて、小梅が答える。
  周りにはもう、小梅が可哀想だと思い救いたいと願った『あの』ゾンビは居なかった。きっと、アリスの指示で『あの』ゾンビも自爆をしてしまったのだろう。
  その事実が、小梅の中での分岐点となった。
  小梅も、覚悟を決めた。ようやくながら、アリスと友達になれるという淡い期待を捨て、アリスという怪物と戦う覚悟を決めた。
  アリスは絶対に自身の『オトモダチ』を手放すことはない。彼らは望む望まないにかかわらず、『怪物』として生き、『怪物』として死んでいくしかない運命だと理解した。
  遅すぎる決断に、遅すぎる理解だ。だが、きっとまだ手遅れではない。
  目の前に広がる壁と見まごうほどの大きな背中。数分前とは打って変わって、活力に満ちた頼もしい背中。
  その背中が小梅を導いてくれる限り、手遅れなんてないのだと思えた。

「……ごめんね」

  小さな謝罪があてもなく飛んでいく。それはきっと、この場にいる全員に向けた言葉。
  助けたいものを助けられない悲痛、無念、少女が背負うにはあまりにも重い思いの込められた謝罪だった。
  聞き届けるものはジェノサイド以外にもう誰もいない。当然だ。初めからずっと、ここに居たのは、ほぼ全員が『怪物』だったのだから。

  白坂小梅は、ジェノサイドとともに『怪物』に立ち向かう。


818 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:57:27 iQhiQy6g0


◆◆◆◆◆◆◆

  掻き分けたゾンビ爆弾が散り散りばらばらの位置で爆発し、オトモダチたちが少し減る。
  それでも人の波は絶えない。足音を合わせながら漣めいて押し寄せてくる。
  ならばどうするか。
  知れたことだ。
  敵の生み出せる許容量、その限界まで殺し尽くす。
  ジェノサイドの前に立ち塞がる物の未来はゼツメツ以外にありはしない。

「コウメ、しっかり掴まってろよ」
「う、うん……!」

  小梅がジェノサイドのズタボロのカソックに抱きつく。それが、大虐殺開始の合図だ。

「イヤ―――――――ッ!」

  ぐるんと巨体が一回転した。合わせて回るバズソーで、数十体の『オトモダチ』がその身を斬られ倒れ伏す。
  敵もさるもの、反応の追いついたものは跳び、しゃがみ、それぞれ避けるがそれでも遅い。
  まるで紫電か、竜巻か、縦横無尽駆け回るバズソーが回避に先回りしてすべてのオトモダチを切り刻んでいく。
  バズソーと鎖をかいくぐり、踏み込んで来たものが居た。トランプ兵の槍を持ったアリスだった。
  ジェノサイドと小梅をあわせて貫こうとする槍を、ニンジャの超反応で察し、拳で弾き、ついでにアリスの頭を握りつぶす。
  ぽふんと音を立てて消えたアリスの槍を手に、次々殺到してくるオトモダチをひとまとめに首を刎ね、様々なパーツごとに分割する。

「やっちゃえ!」「そこだー!」「いけいけー!」
「イヤ―――――――ッ!!」
「アバーッ!」「アバーッ!」「オボーッ!」

  遠くで声援を送っているアリスたちめがけて持っていた槍と、先程殺した何者かの武器たちをいくつもぶん投げる。
  武器がオトモダチとアリスを複数体貫き、まるで串焼きのようなオブジェとして並ぶ。その間近づく相手もネクロカラテで叩き潰す。
  飛んでくる武器、拷問器具、遊具、その他すべてを叩き伏せ。群がるオトモダチどもを鎖で体を引きちぎり、バズソーで細切れにし、敵の武器を奪っては殺し、ネクロカラテで殴り殺し蹴り殺す。
  有言実行だ。再起不能になったオトモダチの山が積み上がり、ばらまかれたトランプは濁った赤い池に沈んでいく。
  強大で膨大なオトモダチの軍勢は、見る間に数を減らしていっていた。
  途中アリスたちが放り込んでくる茶々のような拷問器具も腕で、足で、頭で叩き壊し、振り回されて吹き飛ばされそうになる小梅を抱きかかえてはまた迎え撃つ。


819 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:58:27 iQhiQy6g0


  この凄惨なる光景なんと形容するべきか。スプラッターか、ハードゴアか、それともやはりジェノサイドか。
  邪神の手足めいた動きで鎖付きバズソーが振り抜かれるたびに、次々と物言わぬ屍が積み上がり、あちらこちらで爆発が巻き起こる。
  反撃に出ようと武器を手に手に偽アリスとオトモダチが攻めようと、ほとんど触れることすら叶わずにさらなる暴力でねじ伏せられる。
  堅牢かと思われた人垣は、守ればその分切り崩され、攻めればその分打ち砕かれ、徐々に、徐々に、ほころびを見せ始めた。
  無限と思われた軍勢は、その絶滅の権化の前に、ついに目算でも数えられるほどに数を減らした。

  そんな大虐殺の坩堝の中心のニンジャ・ジェノサイドは、小梅を守り、オトモダチをぶちのめしながらも、常にある一点に注意を払っていた。
  『本物はどこだ』。
  今まで数々のアリスを殺したがどれも偽物。それに、今生き残っているわずかばかりのアリスもきっと偽物であるとジェノサイドの直感が語っていた。
  見回す中には居ない。どこに姿を隠したのか。それを見つけてぶん殴るまではこの戦いは終わらない。
  ジェノサイドの虐殺の刃を切り抜けたアリスたちがギロチンの刃を放つ。その刃の上に切り刻まれたゾンビたちを乗せて。
  ギロチンを止めればゾンビ爆弾を喰らい、ゾンビ爆弾を止めればギロチンを喰らうという寸法か。

「芸がねえことを、何度も、何度も!!! ナメてんじゃねえぞ!!!」

  だが、それがどうした。両手に構えたバズソーを放り投げ、射線上のオトモダチを切り捨てながら進んできた二枚のギロチンの刃を掴む。
  当然、手の平はただではすまないが、それを力でねじ伏せる。傷を恐れないゾンビーの体とネクロカラテの握力が可能にする武器強奪だった。
  勢いに任せてギロチンをぶん回し、爆発しようとするゾンビを吹っ飛ばす。ゾンビは空中で爆発して消えた。
  更に迫ってくるギロチンをギロチンで迎撃し、上のゾンビごと弾き飛ばす。

「イヤ―――――ッ!!!」

  叫びとともにギロチンがぶん投げる。またオトモダチが物言わぬ体に変わった。
  随分数を減らしたオトモダチは、さすがに数で押せなくなって攻めあぐねているのか、格段に動きが鈍っている。
  それこそ狙い目とばかりにバズソーを投げ、アリスやオトモダチどもを切り裂き、ゾンビどもは念入りに微塵切りにする。

  ニンジャ的シックスセンスが攻撃の予兆を察知し、抱きかかえていた小梅の身体を突き放した瞬間、地面から生えてきた拷問器具がジェノサイドを拘束した。
  棘だらけの人形の檻、アイアン・メイデンだ。だがそんなもの、今のジェノサイドの敵ではない。
  閉じようとする拷問器具の蓋を無理やりこじ開け、蝶番ごと蓋をもぎ取る。小梅に迫る幾つかの影に向けて蓋を投げ飛ばせば、血しぶきを残してまたオトモダチが減った。
  少しばかり生き残っていたオトモダチめがけてバズソーを放れば、ついにすべてのオトモダチが倒れ伏した。もう二度と動くことはない。

  放ったバズソーの鎖が伸び切り、今から巻き戻ろうという瞬間。
  一陣の風が吹き、ジェノサイドの目の前をいくつかのトランプが通り過ぎていった。


820 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 07:59:37 iQhiQy6g0

  小梅がはっと顔を上げ、体をこわばらせる。
  彼女の視線の先には、トランプから今まさに飛び出そうとしている最後のアリスの姿があった。
  振り上げた拳は少女のそれだが、サーヴァントの膂力ならば小梅の頭を潰すくらいはわけないだろう。
  ジェノサイドが今から走り出したのでも間に合わない。恐怖からか、小梅は崩れるようにその場にしゃがみこんだ。

「はい、私の勝―――」

  しかし、勝利宣言に待ったがかかる。
  しゃがんだ小梅の向こう側から飛んできた鎖が、現れたばかりのアリスの体を縛り上げたのだ。

「ようやく首を出しやがったな、アリス=サン」

  小梅の令呪で取り戻した破片のような記憶の中に、散りばめられた記憶の中。
  ジェノサイドの人生の大部分を占めていた知識として『ニンジャ』の知識があった。
  ニンジャとは、卑劣で、傲慢で、残忍。そして時折、幼稚なほどに欲求に素直。
  ジツに頼って他人を嬲ることに快楽を覚え、命を命とも思わぬクソッタレの集まり。
  そんなニンジャたちの戦闘の波長と、アリスの戦闘の波長が、ジェノサイドの中で合致した。
  もし、ジェノサイドと小梅が二人で居るところにニンジャが現れたなら、ニンジャはどう動く。
  ニンジャならばどうするか。ジェノサイドを足止めしながらジツを使って小梅を狙い、そして小梅を殺したあとで魔力の尽きたジェノサイドを殺す。
  アリスの使えるジツを考えたならば、不意打ちが最も効果的。そしてアリスの性格を考えるならば、奴は最後の最後、ジェノサイドたちが勝利を確信した瞬間にサディスティックな笑みを浮かべながら小梅に手をかけることだろう。
  そう、つまり、アリスはニンジャだったのだ。ジェノサイドの『偽物のアリス』を見抜いた直感は、ニンジャとの戦闘で培われた経験則にほかならない。

  このタイミングで空を舞うトランプを見て、ジェノサイドは直感的にそれこそが相手の本命だと理解した。だからこそ、先手を打つことが出来た。
  『アリスが出て来る』ものとして小梅と念話で息を合わせ、小梅の体でバズソーの鎖を隠し、ぎりぎりまでひきつけて縛り上げた。
  小梅は恐怖から崩れ落ちたのではなく、アリスという『怪物』と向かい合い、ジェノサイドを信頼し、『怪物』を倒すために勇気を振り絞り立ち向かい、そしてようやくアリスに打ち勝ったのだ。

「きゃあ、捕まっちゃった!」

  巻きつけた鎖ごとアリスを一気に引き寄せる。命のやり取りの最中だと言うのに、脳天気な声を上げている。
  その脳天気な声は、ジェノサイドの剥き出しの神経を逆なでするようだった。
  オトモダチのやつらをゼツメツに追い込んだこの期に及んで、この少女は、まだ遊んでいるつもりなのだ。

「ナメやがって! ブッダのケツで念仏唱えてろ!」

  怒りが、まばらにしか残っていない髪の先まで浸透する。
  だが、足りない。この程度の怒りでは、アリスはゼツメツさせられない。
  力が必要だ。この狂おしいほどの怒りをぶつけるための力が。
  考えるよりも速く体が動いた。
  アリスの体をがんじがらめにしていた鎖が解ける。逃がすためではない、鎖が巻き付いたままだと邪魔だからだ。
  代わりに、ジェノサイド自身の手でアリスの体を地面に押さえ込む。がっちりと組み伏せたまま、噛みつきやすそうな左肩に照準をあわせる。
  仮にもズンビー。爆発の余波で荒れ放題の口でも、少女の柔肌を食いちぎる牙は失っていない。


821 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 08:00:21 iQhiQy6g0


◇◇◇

「ヤメテー! ヤメテー! ……アバッ!?」

  肩に食いつかれ、アリスの楽しげな悲鳴が止まり、驚愕の声が上がる。
  緑色の蛍めいた命の輝きが噛まれた場所から漏れ出し、アリスの余裕の表情が一気に崩れる。
  その緑色の光の正体は、アリスにも感覚で理解できた。それは間違いなく、アリスの身体を構成するMAGだ。
  単なる打撃ならば問題ない、噛みつかれた程度で既に死者である『アリス』は傷つかない。そう過信していたのだろう。
  だが、アリスの想像を遥かに超えて、アリスに食らいついたジェノサイドという災厄は貪欲であった。

  ジェノサイドはニンジャを喰らうニンジャであり、この聖杯戦争ではサーヴァントを喰らうサーヴァントであった。
  相手が不死の令嬢アリスだったとしても例外ではない。ジェノサイドはアリスの彼女の身体を構成する物質――MAGを喰らい、自身の血肉に変えることが出来るのだ。
  ぶちぶちと音を立ててアリスの左肩が無残に食いちぎられ、ジェノサイドとおそろいの骨がまろび出した格好になる。吹き出す血は、意外にも赤かった。アリスの瞳の色にそっくりだった。
  そして、食いちぎられた瞬間に、アリスの中から大きく『何か』が持って行かれた。MAGか、それとも別の何かか。
  アリスとてサーヴァントである以上魔力が消滅すれば存在を保てず消え去るのみ。
  遊びと思って侮った。このウカツは何を意味するか。
  不快な脱力と、焦燥と、六腑の底から喉元までせり上がるような怖気が、アリスの体を駆け巡った。

  分からない。今までに感じたことのない感触だ。だけどそれは、いつでも身近にあったもののはずだ。
  遠巻きにおろおろと困惑していたアリスの分身のうちの一人が消滅する。世界から消えてなくなる。
  一人が消えれば次の一人。それが終わればまた一人。また次、次、次と立て続けにアリスたちが消えていく。
  居なくなる。世界から。
  そこでようやく分かった。アリスに襲いかかっているこの感触が、死だということが。

  『死』。

  脳を埋め尽くしたのは、アリス自身には絶対に関係がないと思っていたその一文字。
  アリスが今まで弄び、そしてゼツメツ・ニンジャに相対したものが等しく抱く、逃れられぬ破綻と破滅のシンボル。
  むき出しの左肩から首よりに、更に歯が突き立てられ噛みちぎられる。またも大きな『何か』が持って行かれる。
  声にならない悲鳴が遊園地内にこだまし、悲鳴で揺さぶられた傷口が突き刺すように痛んだ。血が地面を汚していく。
  そしてまた、ありえるはずのない恐怖がアリスの心を支配した。

  『死』だ。
  死ぬ。
  死ぬのだ。
  これが、死。死なのだ。
  アリスは殺される。このサーヴァントに。
  全てを喰らいつくされ、一片の欠片も世界に残すことなく、消滅するのだ。
  このサーヴァントは、アリスの全てを吸収し、世界にアリスであったものは無くなる。
  無数に存在し、消えることのないはずの『アリス』が、この地で一つ完全に絶滅する。


822 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 08:01:03 iQhiQy6g0


  認識した瞬間、アリスはおそらく生まれて初めて本気で『死』を恐れ、本気で逃れる術を探った。
  だが、どれだけ考えても答えが出ない。それもそのはず相手が悪い。
  精神汚染を持つバーサーカー相手に魅了(マリンカリン)は通用しない。
  既に死んでいるズンビー相手に即死魔法(マハムドオン)は通用しない。
  石化魔法(ペトラ)も組み伏せられたまま使えば一緒に石化してしまう。
  分身アリス、トランプ兵、屍鬼、洗脳人間、あたりを見回せど影もない。
  痛みで頭が冷めようやく気づいた。全てゼツメツしていた、いや、ゼツメツさせられていたのだ、このズンビーただ一人に。
  バズソー、鎖、ネクロカラテ、彼の持ちうるすべてが『絶対にぶち殺してやる』という執念に従いこの場に居たアリスの軍勢をねじ伏せた。
  魔力を吸い上げられた状況、しかもこの距離では再生産も不可能、既に進退は極まった。
  蓋を開けてみれば、なんたることか、詰将棋のように盤面は硬直している。

「いや……」

  ならば、ならば、ならば何がある!
  必死に頭を働かせても、思考は分かりきった結論に向けてから回るばかりで何も妙案は浮かばない。
  ジェノサイドが再び口を開く。涙目になりながらまだ動かせる右腕でジェノサイドの頭を押しのけようとしたが、抵抗むなしくまた歯が突き立てられた。
  左肩を骨まで噛み砕かれる。『死』の一文字が身体の中で大きく膨らんでいく。
  ゼツメツはアリスのすぐ背後まで来ていた。

「いや、いや!! 放して!! やだぁ!!!」

  蹄の音が聞こえる。蒼ざめた馬の蹄の幻聴だ。
  首元にヒヤリとした感覚。死神の鎌の幻覚だ。
  もがいても、暴れても、狂戦士の万力めいた腕力に枝のような少女の肢体では叶わない。
  締め付ける力は、吸われていくアリスの魔力に比例してどんどん強くなっていく。
  まるで細胞同士が引き合うようにジェノサイドの傷ついた腐肉が逆再生めいて修復を始め、吹き飛んだ髪、砕けた歯、穴ぼこの目、ぼろぼろだった悪魔めいた男の顔貌を復元する。
  髪を振り乱し抜けようともがくうちに、押さえつけている男の顔が目に入った。
  完璧に蘇ったその顔貌。それは、世にも恐ろしい―――


823 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 08:02:24 iQhiQy6g0


◆◆◆◆◆◆◆


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

  余裕を失い初めてさらけ出された命懸けの絶叫。
  アリスが最後に取ったのは、彼女の大好きな遊びとは程遠い、単なる物量攻撃だった。
  構築した陣地を、読みかけの絵本を閉じるように無理やり『閉じ』たのだ。詰んでいた将棋の盤面をひっくり返し、無理やり勝負をなかったことにするために。
  原理的には遊具操作と変わりない、ただ、遊園地全体を操作し、一気にアリスめがけて圧縮を行った。
  空間が一気に収縮し、それに合わせて遊園地のすべてのアトラクションが一気にアリスとジェノサイド目掛けて飛んでくる。
  そして当然、ジェノサイドによって守られていた小梅にも迫る。

「死ぬのが怖ェか、アリス=サン」

  突如、さらなる痛みを伴い拘束が解けた。
  アリスが見たものは、無残にも食いちぎられたか細い左腕と、それをまるでフライドチキンでも食うように頬張った世にも恐ろしい死者(オトモダチ)の顔。
  煌々光る緑色の瞳が湛えるは、魂の滾りか、約束の強い意志か。それともアリスから奪い取ったMAGの血涙か。

「そのクソの詰まった脳味噌に叩き込め。
 てめェが調子に乗れば、ニンジャが出て殺す!
 叫ぼうが、喚こうが、泣いて許しを請おうが、必ずお前を殺す!!!
 俺はジェノサイド!! ニンジャで、サーヴァントの、ジェノサイドだ!!」

  言い切ったジェノサイドは、もう用はないとばかりに、食い残したアリスの土手っ腹を蹴り飛ばす。
  アリスももう、冗談めかして言い返すようなことは出来ない。命からがら霊体化して逃げ出すのが精一杯だった。
  碧緑の双眸はその行方を追わない。既に自身の守るべきものの方を向いている。

「コウメ!」
「ジェノサイドさん……!」

  ジェノサイドの声に、小梅は駆け出し手を伸ばす。その手の甲には既に令呪は存在しない。
  それでも。
  いや、令呪なんてないからこそ。繋いだ手と手には一片の疑念もない。
  見よ。少女を懐に抱き寄せたゾンビの立ち姿の、なんと美しいことか。
  少女も、ゾンビも、確信していた。今更この陣地圧縮程度の障害で、自身達が死ぬことなどないと。

「ゼツ!!」

  じゃらりと波打つ一対の鎖。火花をちらして回り出すバズソー。
  命を燃やして、速く、速く。少女を取り囲む万難を切り裂くために回転する。

「メツ!!!!」

  走る銀色の閃光は、遊具を、橋を、岩を、山を、雲を、大地を、太陽を、襲い来る全てを切り刻み。
  そして最後に、緞帳めいた作り物の青い地平を切り裂く。
  ここに、ひとつの遊園地が……女王の作り出した不思議の国が絶滅した。



  そして、世界に夜が帰ってくる。


824 : コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム ◆EAUCq9p8Q. :2017/09/28(木) 08:02:56 iQhiQy6g0
中編終了です。
タイトルは「コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム -なまえをよんで-」です。
次が最後の後編で、たぶんさっくり終わりますが、また一週間くらいは開くと思うのでお待ち下さい。


825 : 名無しさん :2017/09/29(金) 00:49:38 Y8em/aPc0
前話込みで投下乙です!
> コール・マイ・ネーム.コール・ユア・ネーム
凄い…これはジェノサイド=サンと小梅ならではの、二人だからこそ成しえた大一番でしょう
前話でアリスとのどうしようもない懸隔、悪夢と恐怖を描いておいてからのこれとは。
何より、「あの子」の戦いにぐっと来ました。そうだよなー、小梅にはいたんだよ、「トモダチ」が…
この聖杯戦争、それもアリスの造った死の世界だからこそ起きた奇跡、誰も知らない戦いが守れたものに胸打たれる。
そして、様々なものを取り零し、欠けていった男と寄り添う少女。男の名前と灯るミンチョ文字。燃える、燃えないはずがない
絶望の淵から緑の炎の双眸で立ち上がり、死を忘れ死を弄ぶ者達に「死」の恐怖を思い出させる、ゼツメツの使徒の異様と偉容よ。
ジェノサイド=サンのかっこよさが半端ない。そしてこんだけ熱い展開なのに、「アリス=ニンジャ説」で盛大にボディブロー喰らわせて来るケイオスアトモスフィア半端ない。
理解不能な存在として恐怖を与える側であったアリスが、ジェノサイドに喰らわれながら恐怖を叫ぶくだりの凄まじさ。
ジェノサイドがズンビーでありバーサーカーでありニンジャを喰らうニンジャであったことが、この上なくアリスに突き刺さってて、鯖勝負としてもめっちゃ面白いです。
サーヴァントとしての「ジェノサイド」の魅せうるものを存分に見せてもらった感じでした。
イケズンビーと少女コンビがますます好きになった。
後編も楽しみに待っております。


826 : 名無しさん :2017/09/29(金) 01:23:30 Y8em/aPc0
あ、「友達」がカタカナ変換のままになっていた。これじゃアリス側だ
失礼しました


827 : 名無しさん :2017/09/30(土) 01:46:57 hmSOj4rs0
 投下乙です

おお…ジェノサイドと小梅ちゃんが魅せる。
ゾンビーケンペイお前、そうかそうだったか。切ない。
死霊の軍団に青褪めた馬の蹄音を響かせるゾンビニンジャもですが、情景が本当に美しく残酷で熱くて最高でした。
「見よ。少女を懐に抱き寄せたゾンビの立ち姿の、なんと美しいことか」
このシーンなんて、映像が脳内再生されるよう。
そこからの〆である、
「走る銀色の閃光は、遊具を、橋を、岩を、山を、雲を、大地を、太陽を、襲い来る全てを切り刻み。
 そして最後に、緞帳めいた作り物の青い地平を切り裂く。
 ここに、ひとつの遊園地が……女王の作り出した不思議の国が絶滅した。」
収束するこのイメージの鮮やかさ、フレーズのキレが特に好きです。


828 : 名無しさん :2017/10/06(金) 01:15:54 WdnHy72E0
ジェノサイドの本領発揮と言わんばかりのロマンとスプラッタの融合した見事な一編


829 : 名無しさん :2017/10/12(木) 03:46:22 qSojiaj60
投下乙です。前編含めての感想です。

怪物と友人の境界線に立つと評したアリスを何とか引き寄せようとする小梅の優しさ。
ガラス、泡沫、と脆いけれど綺麗である友情の表現がまた物悲しい。
夢見るように友を信じるけれど、悲しいことにアリスは狂人で届かない。
拒絶よりも根深い無関心には太刀打ちできないもんなあ、関心がなければ届くはずもないもの。
その危機に駆けつけるジェノサイドのかっこよさは天元突破ですね。
殺戮者のエントリーがこれほど頼もしいと感じるなんて。
それでも、まあ逃げ切れないですよね。小梅ちゃんの最後の三つの願いが透き通ったビー玉のようでまた、辛い。
残っていないけれど残す。小さいけれど、重い願いを呟いた小梅ちゃんの儚さが辛い。
そんな中、変わらずキルゼムオールなアリスちゃんだけど、たった一人立ち上がった『友人』がまた。
奇跡を以って肯定された友情、表情があるとするなら泣きそうな、嬉しそうな、安心したような笑顔だったのか。
魂だけであってもできることはあったし、未来に繋げられた。
奇跡が奇跡を呼ぶ過程が本当に見事ですね。そして、ここでくる三つの願い事。
名前を核に刻まれた小梅の想いにゆっくりと応えるジェノサイド。
思い出したではなく取り戻したなんですよね。元々持っていたものを、奪われたものを取り戻すんですから。
名前をお互いに呼んで、再確認。見えないものも含めて、もう手放す事のないように強く。
だからこそ、この二人を結ぶものを絆と称したのも納得。令呪とか、契約とかはもうないですからね。
二人の間にあるのは絆だけであり、それだけで十分なんですから。
最後の戦いに挑む二人はもう迷いもなく、ただ一直線に進むだけですね。
食い千切り、アリスに初めてを教える。柄にもなく喚くのは存在消滅/証明に拘るアリスらしい。
そして、手を繋ぐ小梅とジェノサイドの清々しさで完全決着。
絆という見えないものであっても、それはそこにあった。
確かに、あったんですよね。


長くなってしまいましたが、このあたりで。後編も楽しみにしています。


830 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:05:55 xkR.5Se60
感想がたくさんもらえてとてもうれしいです!皆様ありがとうございます!
予定よりかなりずれこんでしまい申し訳ありません。
後編書き上がったので投下します。


831 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:07:15 xkR.5Se60



  数秒のうちに、すべての喧騒は消え去った。
  ころころという虫の声が聞こえてくる。吹き抜ける風は冷たく、空は墨を落としたように真っ黒で。
  すべてが小梅たちがようやくあの凄惨たる遊園地からの脱出に成功したことを教えてくれた。

「終わ……った?」

  ほっと胸をなでおろし、そしてようやく、小梅の体が死の恐怖を思い出したように震えだした。
  水に濡れた寒さもそうだが、ジェノサイドの超軌道戦闘にしがみつき続けていた疲れも酷い。
  正直、限界もいいところだった。あと数分も戦闘が続いていれば、小梅は嵐に巻き上げられるように吹き飛ばされてオトモダチ同様微塵切りになっていたことだろう。

「良かった、バーサーカーさん……!」

  だが、安息もつかの間のものとばかりに、実体化したままのジェノサイドが小梅に向き合い、切り出した。

「……コウメ、聞け」

  ジェノサイドは、既に感覚的に理解していた。
  『どうしようもないもの』が傷ついた。それは、きっとどうしようもないことだ。
  たとえ令呪が残っていたとしても、こればかりは修復も効かない。
  理解し、納得した。だからジェノサイドは受け入れ、こう告げた。

「もうじき消えるんだろうな、俺は」

  アリスとの戦闘の傷は浅くない。特にあの、『死なばもろとも』による包囲爆撃は堪えた。
  令呪三画の補助でほんの少し体を修復しエンジンを掛け直し、捕食で見た目は綺麗になったとは言え、付け焼き刃もいいところだ。
  霊格の修復までは届かず、ジェノサイドのタイムリミットは少し伸びただけ。
  本来ならばあの場でアリスを殺しきっておきたかったが、結果として逃してしまったのも『決定的な部分』の傷の深さ故だ。。
  あとほんのすこし、余力が足りなかった。忌々しいことに。

「手を見せてみろ」
「う、うん……」

  差し出された手に、隻眼のドクロとそれを取り巻く鎖めいたエンブレムはもう無い。
  虎の子の令呪もすべて失い、一般人の小梅の魔力ではこの先いくらも現界は出来ないだろう。
  物語の終わりは、既に手の届くところまで来ていた。

「終わりだな」
「……」
「分かるか? もうお前はマスターじゃねェ。だから……アァ……下らねえことやらずに、とっとと帰れ」

  言葉はうまく紡げない。
  少女を優しく諭すための言葉なんて、死んでも……いや、死んでからだって持ち合わせていない。
  それでも、自身の名を呼び、自身の存在を思い出させてくれた少女のために、慣れない言葉を選んで告げる。

「分かったろ。サーヴァントなんて、碌な奴がいねえンだ。これ以上深入りすれば、死ぬのは嬢、お前の方だ」
「でも、それじゃあ、ジェノサイドさんは……」
「いいさ。俺は……せめて、俺がジェノサイドってことを覚えていけるなら。だから……」

  本心だった。失って死んでいくのではなく、思い出し、忘れず、その名を呼びながら消えていける。
  失うことしか出来ない死体にしては、十分すぎる結末だ。
  だからもう、聖杯戦争やクソッタレなサーヴァントに関わるな。そう口にしようとして、小梅の言葉に遮られる。


832 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:08:14 xkR.5Se60

「わ、私は」

  ジェノサイドが別れを切り出すより速く、小梅が語りだす。
  それは、『聖杯戦争』からは随分ズレた、それでも白坂小梅という少女にとっては重要な言葉。

「私は、聖杯戦争なんていいから……ジェノサイドさんと、もっと、一緒にいたい……
 もっと、色んな所に出かけたり、お話したり……出来るなら、また二人で、映画を見たり……
 サーヴァントじゃなくても、戦ったりはしなくても……それだけで、いいから……」

  願いと呼ぶにはあまりにもささやかで。
  それでも、白坂小梅という少女にとってはきっと世界で一番大きな夢。
  『理解』と『共有』。
  幼い日に、親から押し付けられた『異常』という枷。
  白坂小梅はずっと自分が異常ではないと肯定してくれる誰かの存在を願っていた。
  生者にも、死者にも出来ないその肯定をくれたのが他ならぬジェノサイドであった。
  見えないものの存在を肯定してくれ。見えないものが見えていることを肯定してくれ。そしてそれを世界に対して共有してくれた。
  白坂小梅という少女の存在を、友人たちとはまた別の形で肯定してくれた。
  こんな限られた舞台の上ではあるが『異常ではない』と証明して見せてくれた。
  ジェノサイドが居てくれる、ただそれだけで小梅はずっと救われた気持ちだった。

  だから、もう少しだけ。
  我儘かもしれないけれど、もう少しだけ。
  終わるとしてももう少しだけ、息継ぎをすれば消えてしまいそうなこの瞬間を、二人で過ごしていたかった。
  マスターとサーヴァントじゃなくたってかまわない。
  一人の友人として、一人の友人の隣で、彼が消える時まで一緒にいたい。
  小梅の願いは、もう、それだけだった。

「だから、終わりなんて言わないで……一緒に、帰ろう?」
「……」

  少女とズンビーの間に、聖杯戦争は必要ない。
  二人が出会った時点で既に二人の願いは叶っていたようなものだから。
  それを確かめあうように、小梅はそっと、手を差し伸ばした。
  日常を捨てざるを得なかったズンビーと、再び日常に帰るために。


833 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:08:24 xkR.5Se60


「……コウメ、俺は―――」

  ジェノサイドが思いを口にするのを遮るように、突然響いた足音。コンクリートに響くヒールの音。
  小梅の言葉もジェノサイドの言葉も続かず。少女の夢は脆くも、夢として消え失せる。

「ああ、良かった」

  小梅でも、ジェノサイドでも、当然アリスでもない声。しかし聞き覚えのある声。
  この戦争は物語ではない。
  この戦争は映画ではない。
  悪を挫き、消滅の淵からの再起と再会に涙しようとエンドロールは流れない。
  激戦を生き抜き、泣きながら生還しようとも、エンドマークは刻まれない。
  激戦が終わったならば、始まるのだ。

「また取りこぼしてしまったのかと思いました」

  激戦が。
  更なる激戦が。
  絶滅まで続く。
  絶滅を告げる角笛が高らかに吹き上げられる。
  満を持して現れた演者は一人、戦いの熱冷め遣らぬ舞台に上がり、拳を握り音を奏でる。
  風に吹かれ翻る若草のマント、月に照らされ怪しく光る飴色のブローチ、ふわりと波打つ金の髪。そして血を吸ったように赤い薔薇。

「―――行け、コウメ」

  演者の名は、森の音楽家クラムベリー。
  小梅もジェノサイドもよく知る、『怪物』だ。


834 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:09:04 xkR.5Se60


  森の音楽家クラムベリー相手では、ジェノサイドは一方的に嬲られるだけだということを小梅も理解している。
  これから先の結末を知り、襲い来るであろう理不尽な未来を知り。
  それでも少女の背を押す力は、ニンジャという超越的存在の拳から放たれたにしてはあまりにも弱く、どこまでも優しかった。

「……でも、でも……」
「でもじゃねェ」

  一言で切り捨てる。のっぴきならない状況、言葉を探している猶予もない。
  なおも縋ろうとする小梅に手を突きつけ、ジェノサイドは振り向かぬままに言葉を捧げる。

「コウメ」
「……」
「これで終わりじゃない。いつかまた、俺はお前の名を呼びに帰ってくる。
 だから、いつかまた会うために、振り向かずに走れ」

  小梅の言わんとしたことを理解してか、無意識か。ジェノサイドはそう口にする。
  色気のない言葉だ。だが、二人にとっては有り余るほどの思いが込められた言葉だ。
  小梅は涙を拭き、突き出された手を握って「……約束、だよ」と小さく言う。ジェノサイドはただ、口元を歪めて笑うだけだった。
  そして、別れは済んだとばかりに、クラムベリーに向かいなおす。

「随分準備がいいじゃねえか。俺達のケツを追っかけてやがったか」
「いえ、人と会って話をした帰りに偶然貴方の姿が目に入ったので」
「そうかよ」

  息抜きがてら程度で殺しに来る目の前の存在に、つくづく呆れ、そして反吐が出る。
  そうだ、こいつもだ。ジェノサイドのニューロンに鮮烈に刻まれている記憶が、アリスと同じ結論を下す。
  戦闘狂いの快楽主義者。強いジツを持ちながらも暴力で相手を屈服させることと自身の優位を拳で示すことに固執する精神異常者。
  チェーンソーの男もそう、アリスもそう、クラムベリーもそう。サーヴァントってのはどいつもこいつも、ニンジャめいた異常者ばかり。
  迎え撃つのは本家本元正真正銘のニンジャ・ジェノサイド。
  ニンジャがニンジャと出会った時、何が始まるのか。

「さあ、まだ戦えますよね。不死のゾンビと名乗っていたのですから」
「……勿論だ。てめェだけは見つけ出してサシミにすると決めていた。俺が消える、その前に」
「おや、随分嫌われたものですね」
「テメエは殺す! 俺の名を呼んだアイツを殺す!!! コウメをだ!! コウメを殺す!!
 戦えねえ奴を戦いに巻き込んで、勝手に殺して、そうやって生きてきた!! 自分の欲望を満たすためだけにだ!!!」

  手に持ったバズソーがギャリギャリ音を立てて回転を始める。
  闘争の火蓋を切り落とす刃が小学校の舗装道路を、レンガの花壇を、校舎の壁を削りながら走り出す。

「ドーモ、クラムベリー=サン!! 俺はジェノサイド!!!
 てめェだけはブッ殺してやる、他の誰でもねェ、俺が!!!」
「どうも、ジェノサイドさん。私は森の音楽家クラムベリー。
 さあ、共に奏でましょう、絶滅に至る狂想曲を」

  わかりやすいじゃないか。ニンジャは戦うのだ。
  善いニンジャも悪いニンジャも区別なく。偽りだらけのその生命が燃え尽きる、その瞬間まで。

「イヤァァァァ―――――――――ッ!!!!」

  闇夜に響く絶叫は一人分。それ以外の音はもう必要ない。
  その声を背に、小さな少女は走り出した。振り向かず、まっすぐ、ただまっすぐに。未来に向かって。


835 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:09:16 xkR.5Se60


◆◆◆◆◆◆◆


  蹴りを放てば飛び避けられ。
  拳を放てば回って避けられ。
  まるで踊るように、軽やかに立ち回るクラムベリーは、実際ジェノサイドの天敵といえた。
  更に霊格への損傷もじわじわと傷口を広げていく。
  バズソーをぶん回すカラテは、幾ばくかを残すばかりの寿命を無慈悲にすり減らし、物語は最悪の結末へとひた走っていた。
  時間稼ぎにもならないこの状況に、怒りを通り越して笑いすら出る。
  だが、まだ終わらない。まだ終われない。
  まだ早すぎる。もっと、もっと、戦い続け。可能ならばこの場で殺す。木っ端微塵に切り刻む。
  だが、思いだけではどうにもならない壁は、たしかに存在する。

「……やはり、貴方に期待する部分は、もう何もありません。
 せめて最期は楽しく行きましょう」

  無数に奏でられる音の中で、たしかに聞こえた声。
  アリスから奪い取った魔力を絞り尽くす勢いで挑むジェノサイドも、クラムベリーにとっては鼻先を掠めるハエ程度の存在らしい。

「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」得意のバズソーは空を切る。
「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」波打つ鎖を足場に舞い上がり。
「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」空振ったネクロカラテは地を砕く。
「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」夕方のような遊びも見られず、指先ひとつも傷を付けられない。
「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」それでも、攻めて、攻めて、攻め続ける。
「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」ただ、逃げる少女を守るためだけに。ゼツメツしか出来ないニンジャが、生前から幾度か、守るためにまた刃を振るう。

  音の鉄槌がジェノサイドの横腹を殴り、合わせるように繰り返される音、音、音の嵐。
  まだ早い。まだ、まだ。
  崩れ落ちそうな体を引きずり、クラムベリーに引き込まれるように、まるでステップを踏むように戦う。
  月下で踊るように、二体の怪物が斬り合い、殴り合う。
  ようやくポップス一曲分ほどの時間が経った頃、英霊の舞闘もついに終わりを迎えた。

「内部破壊音(フォルテッシモ)」

  優しく触れる女の手。流し込まれる美しいメロディ。
  絶滅を告げる喇叭の音。
  世界が、揺れた。


836 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:09:48 xkR.5Se60


  まるで、皮膚の下をミキサーでかき混ぜられるかのような痛み。
  腐乱した身体の奥、不死の核たるゼツメツ・ニンジャのニンジャソウルが直接傷つけられ、ずたずたに引き裂かれる。
  不死の存在に、ついに決壊が訪れる。
  消滅。
  サーヴァントにとってあまりにも絶大にして絶対であるその二文字が脳裏を掠めた。
  遅れて背中の腐肉が爆裂し、すぐに訪れるであろう終末の時を決定づけた。
  少女と過ごしていたかもしれない余命は、ここに無残に散った。

  だが、ニンジャソウルの決定的損壊を受けてもなおジェノサイドは倒れない。
  食いしばった歯は既に全て砕け散った。足の先は既に敗北を認め魔力粒子へと変化を開始しているが、それでも、不死のズンビーはまだ戦うことを辞めない。
  なぜなら、笑っていやがるからだ。
  憎たらしい稀代の悪女が、俺を殺した愉悦とさらなる闘争への期待で笑っていやがるからだ。
  まだだ、これでもまだ死ぬには早すぎる。自身に残された、ズンビーとして生きた時間の数百・数千分・数万分の一の時間に賭け、ジェノサイドはその手を伸ばす。

  クラムベリーの顔色が変わる。
  勝利の余韻に酔いしれる顔ではない。
  不思議な顔だった。
  何故、そのまま消滅するはずの木偶が、赤子のような力で自身の手を握りしめるのか、理解が出来ない、そういう顔だった。

((……聞こえるか、コウメ。俺は―――))

  殺すこと叶わず。
  だが、ただでは死なない。
  奪っていく。森の音楽家の持つ優位を。一つの『戦争』の証を絶滅させる。
  小梅の未来を苛むであろう脅威を、その手で殺す。この俺が。

「何を……」

  ジェノサイドが残すのは敗北を知らせる言葉。
  英霊という存在には程遠い、あまりにもありきたりな、ニンジャの辞世の句。
  それでも、きっとその声が。
  別れの言葉が、遠く、遠く、無事であることを願う彼女に届くように。
  すべての魔力を込めて叫ぶ。
  おのがうちのニンジャソウルすらガソリンとして燃やし、口の先から衝撃を放つ。


「サヨナラアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ――――――――――ッッッ!!!!!」


  常人ならば肺が潰れ、臓腑を吐き散らしてもなお出せぬ程の咆哮。
  内蔵を絞り尽くすようなズンビーのネクロシャウトに、『壊れた幻想』にも近い、宝具すら糧にした魔力爆発を乗せて放った大音声。
  空気を震わせ建物を揺らし、ガラスや街灯を割り地を裂くほどの、最早兵器と呼ぶに近い別れの言葉。
  哀れニンジャは爆発四散。
  あとに残るは、霊格を失い宙に漂う魔力の粒子と、耳から血を流し蹲る勝者のみ。



【バーサーカー(ジェノサイド) 消滅】


837 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:10:03 xkR.5Se60




「……あー、キーンときた」

  想像を絶するほどの咆哮に、直線距離で100mは離れていたにも関わらずその余波を受け、江ノ島盾子はそうつぶやいた。
  イタチの最後っ屁と言うべきか。
  少なくとも、普通の人間が間近で聞けば死ぬ程の声。放屁にしては臭すぎるか。

「いやあ、泣かせるねえ! 他人の自己犠牲ってどうしてこんなに見てて涙がでるんざんしょ!」

  少女はハンカチを取り出し、わざとらしく泣いてみせ、鼻をかんでハンカチを丸めて捨てる。
  関わったものたちの真剣さを考えれば、あまりにもふざけた振る舞いだったが、少女はそんなこと気にしては居ない。
  バーサーカーの決死線は無駄ではなかった。
  アリスという脅威を切り捨て、クラムベリーの凶手を退け、無事小梅を守りきった。
  そして、アリスもクラムベリーも、おいそれと小梅を襲えぬように傷跡を残した。
  ただ、彼が予見できなかったのは絶望的なまでの不条理。
  彼が決死の思いで撃退したそのサーヴァントたち以外にも『無力な者』を狙う者たちがその場に居た、ということだ。
  そして、いつの時代だって、死んでいる人間よりも生きている人間のほうが恐ろしい。そんな単純なことを見落としてしまったのだ。

  森の音楽家クラムベリーとの会談を終えた化物は、監視カメラでその一部始終を見ていた。
  自身の描いた未来予想図の、その全貌を。特等席で。

「そう。逃げられたなら、素敵な話。希望いっぱいの物語」

  幕は下ろされない。
  下ろすわけがない。
  今回のグランギニョルの裏ですべての糸を引いた彼女が、それを望むはずがない。
  少女は。
  江ノ島盾子は。
  超高校級の絶望は。
  小梅に対して気まぐれに、アリスと、森の音楽家クラムベリーと、その他大勢の『敵』を差し向けた最大の巨悪は。
  今なお愉悦で頬を歪めている。

「でも、本当にそれでよかったの?」
「お友達だなんて言いながら、自分の理想に合わない相手は切り捨てて。
 自分は友達を利用して、捨て駒にして。のうのうと生き延びて。
 小梅ちゃんの言う『友情』ってのは随分自分本意なんだねえ。
 私様が思うに小梅ちゃん。自分のために友情を振りかざした人間は、友情に呪われるべきだよ」

  きっかけなんてどうでもいい。絶望とはそういうものなのだから。
  余韻も、空気も、友情も、愛も、残された意志も、繋いだ思いも、そんなものすべて関係ない。

「―――だから今回は」

  だから江ノ島盾子は。
  超高校級の絶望は。

「そんな白坂小梅さんのために」

  甘く。

「スペシャルな!」

  甘く。

「オシオキを!!」

  甘く。

「用意しました!!!」

  スイッチを押した。


838 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:10:40 xkR.5Se60






         『   G A M E O V E R   』







      『   シラサカさんのだつらくがきまりました   』







           『   おしおきをかいしします   』






     『  超少女級のオカルトマニア・白坂小梅のおしおき  』







        『  ◆ネクロマンティック・フィードバック◆  』






.


839 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:11:00 xkR.5Se60




  ジェノサイドの声が聞こえた気がした。
  その瞬間に、つながっていたはずの『なにか』が消えるのを確かに感じた。
  それでも、振り向かずに走り続ける。ただ、ジェノサイドとの最後の約束を守るために。
  友を見捨ててしまった罪悪感に心をへし折られそうになりながら、それでも駆けたのは、ジェノサイドの優しさを無駄にしないためだ。
  小梅が居座っていたとして、そこに死体が横たわっていただけだ。
  今から小梅が帰ったとして、何も出来ずに蹂躙されるだけだ。
  だから小梅は、ジェノサイドに背を向けて、涙を流しながらもひたすらに走った。

『白坂小梅が逃げたぞ!!!!』

  突如空気を揺らしたのは、機械で増幅された女性の声だった。
  丁度小梅が逃げてきた小学校の方から突然名前が呼ばれ、ぎょっと見上げる。
  声の主に覚えはない。だが、小学校に誰かが居たのは確実だった。
  何故ならアリスが教えてくれたからだ。『エノシマジュンコ』という諸星きらりの所在をしっているらしい少女が居るのだと。

『回り込め、商店街の方に向かうはずだ!!!!』

  自身の向かう先を言い当てられ、再び心臓が握りつぶされるような感覚に陥った。
  ひとまず商店街近くの自身の住居に戻って朝を待とうと思っていたのだが、それは既に見透かされていたらしい。
  追っ手が来る。アリスや、オトモダチや、クラムベリーのような『怪物』たちが追ってくる。
  姿の見えぬ追跡者の足音が聞こえた気がして、跳ねるように走り出す。今までよりもずっと速く。少しでも声の主から離れられるように。

  生まれてから今日まで、『見える』というのは白坂小梅にとって普通であった。
  それが普通だったからこそ、白坂小梅は非凡であり、ほんとうの意味で打ち解けられる人物との出会いは希少であった。
  いつだって『見えて』しまっていた。
  白坂小梅はアリスの『オトモダチ』が最初から見えていた。
  白坂小梅は突然現れたジェノサイドに対してなんら疑問を抱かなかった。
  白坂小梅は『あの子』とともに、アイドルになるまでも楽しく過ごしていた。
  そう、日常的に見えてしまっていた。だから、分からない。見えてしまうから分からないのだ。

「お嬢ちゃん、どうしたの? ずぶ濡れじゃないか」

  声を掛けられて跳ね上がり、呼びかける声を背に受けながら別の進路に切り替える。
  他のマスターが一目見れば「警官のNPC」だと理解できるそのNPCから少しでも距離を取ろうとして、あがった息と早鐘を打つ心臓に更に鞭を打って走り出す。
  すれ違うすべてのNPCから距離を取りながら、少しでも人気のない道を通り、希望を目指して逃げ続ける。

  白坂小梅には分からない。
  眼の前に居る人物が生きている人間か、NPCか、それとも放送の主が送り込んだ『怪物』なのかが分からない。
  今までの彼女ならばそれでもいいとマイペースに歩いていただろうが、スイッチは押されてしまった。
  狙われているという事実。アリスとの交戦。ジェノサイドの消滅。すべてが彼女の思考から余裕を根こそぎ奪い去った。
  すべての死者との思い出の反動が、白坂小梅を逆に縛り上げ、その自由を奪っていく。
  見回せば、生き物全てが敵に見える。周囲にはもう絶望しか無い。
  信じられるもののない絶対的な孤立だけが、白坂小梅の現在だった。
  白坂小梅は存在するかも分からない敵に怯えながら、ただひたすらに、まだ見えない希望に向けて走り続けた。


840 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:11:29 xkR.5Se60


  人気のない道を走りながら電話を鳴らす。防水加工の携帯端末はちゃんと動作してくれていたが、それでも相手は出てくれない。
  高町なのはも。雪崎絵理も。聖杯戦争のマスターである二人には結局繋がらなかった。
  それでも足を止めず、ただひたすら、走って、走って、走り続けた。
  信じられる場所を探し、信じられる人に会うために。
  いつかまた、ジェノサイドと再会し、名を呼んでもらうために。

  小梅にとっての希望。
  ジェノサイドの消えた今、頼れるものは少ない。
  そんな小梅にも、この怪物ばかりの舞台の上で、絶対に敵ではないと言える心当たりが……いや、心の支えがあった。
  彼女たちが味方であるということは、きっと事実だとわかっているから。
  聖杯戦争が始まるずっと前、NPCとしてのんびり過ごしていた頃から一緒に居た記憶がある。
  毎日学校で会っていたし、毎日他愛もないおしゃべりをした。
  二人との生活を思い返せば、濡れ鼠な体にも熱が湧いてきた。
  吹けば消えてしまいそうな小さな火は、それでもまだ、小梅を照らし返してくれている。
  小梅はただひたすらに、その小さな火に向かって走り続けた。

  人目につかぬよう小道を走り、見覚えのある道をどんどん進む。
  息はとっくにあがっていたけど、それでもなんとか、立ち止まらず、振り返らずに走り続ける。
  彼女たちに会えれば、きっとまだ走り続けられる。
  ずっと一緒に培ってきた信頼が、小梅にまた走る力をくれる。
  そうして、商店街に向かっているだろう敵の手をすり抜けて。
  二人に少しの間だけのお別れを言って。
  そして小梅はまた走る。走っていく。ジェノサイドと出会ういつかに向かって。

  階段を登り、部屋番号を確認して、ドアを開け―――


841 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:11:42 xkR.5Se60
◆◆◆













「これは悪い夢だ」




  小さな声で誰かが呟いた。誰だったかは分からない。
  でも、その一言で世界は崩れてしまった。














◆◆◆


842 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:12:05 xkR.5Se60


「間違っていたんだ!」

  叫び声で目を覚ます。
  いつかの日、いつかの朝。歯車の狂い始めた時。
  見覚えのある男性が、見覚えのある女性につばを飛ばしながら叫んでいる。

「最初から狂っていたんだ!世界が歪んでしまっていた!僕達の価値観が底の底からおかしかった!
 見てみろ!この世界は僕らを笑っている!ずっと、ずっとだ!出口のない迷路で迷う様子を見ながら笑っていたんだ!
 やり直すんだ!もう僕達には未来を選ぶ道は残っていない!」

  酒に溺れた男はわけの分からないことをまくし立てながら酒の入ったコップを投げつけた。
  身をすくめた少女の随分向こうの壁にコップがぶつかり、音を立てて割れてしまった。
  少女の体にこびりついたアルコールの匂いが、鼻の奥で思い出された。
  その間も、男は意味の通っていない言葉を口にし続けている。あの頃のように。

  単純な罵り合いもあの頃の少女にとっては難しい言葉の羅列で、言葉の意味はわからないけどその奥に潜んでいた感情は理解できた。ぼんやりとそう記憶していた。

「やり直せるのかなんて分からない。それでもやり直すしかない。それがどれだけ私を傷つけるのだとしても!
 さようなら、さようなら、さようなら。体を縛り付ける重力から切り離されて、一人ぼっちの旅に出る。皆前に進むから振り返った先には誰もいない!
 いつか出会える過去をやり直すために、後ろ向きにエンジンを吹きながら私の人生は深く深く沈んでいく!」

  女が頭をおさえてうずくまり、ヒステリックに叫ぶ。耳に刺さるような叫び声だった。
  酔っ払った男が更にまくし立てながら女に近づき、女も掴みかかるような勢いで男に迫って叫ぶ。

「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」
「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」

  堂々巡りの言い合い。何度も、何度も、繰り返された光景。その一つ。

「やり直すんだ!世界を!」
「やり直すんだ!現在を!」

  酔った男は、小梅の父で。
  叫ぶ女は、小梅の母で。
  うずくまる少女は、白坂小梅で。

  いつからだっただろうか。
  白坂小梅は、現実を否定されていた。
  その光景は、そんな否定の始まりの一ページ。


843 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:12:16 xkR.5Se60


  古い記憶が、まるで暗い色を伴ってせり上がってくるように、小梅の内側から不快感を伴って湧き上がってくる。
  否定され続けていたころの自分を無理やり引きずり出されたような感覚だ。
  未熟だった頃には目を背けられていたその感覚は、幸せになってしまった小梅の精神には、とても強く、とても重い

  帰りたい。真っ先に思い浮かんだ感情が、それだった。
  帰りたい。ここは白坂小梅の居る場所ではない。ここは既に通り過ぎた場所だ。
  立ち止まらずに駆け抜ける。救われるはずの未来に向けて。

「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」
「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」

  だが、白坂小梅を否定する過去が、まるでスプラッタ映画の怪物のように白坂小梅を追いかける。
  刃物よりも鋭い凶器を振りかざしながら、白坂小梅の背中を追ってくる。
  父母が否定した。医者が否定した。友人が否定した。親族が否定した。
  否定されたすべての過去が、形を持って小梅を飲み込もうとする。
  小梅はただ、願いながら走り続けるしかなかった。

  帰りたい。帰りたい。
  願いが通じたのか、白坂小梅の目の前が突然一気に開けた。
  そこは、小梅の務めるアイドル事務所の、仕事の前に皆が集まってのんびり過ごす一室だ。
  ずっと走っていたはずなのに、実際の小梅はお気に入りのソファーの上で横になっていた。
  見回しても、あの怪物は居ない。
  あるのは色々なアイドルの笑顔で埋め尽くされた写真とか、これからの未来を書き記したスケジュールボードとか、そういうものだけ。
  涙が流れていた。体はびしょ濡れのままだった。
  白坂小梅はきっと、ここに居ていいのだと、ほんわかとした空気が教えてくれているようだった。
  扉を開けて、二人の少女が入ってくる。
  見間違えるはずがない。輿水幸子と星輝子だった。


844 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:12:38 xkR.5Se60


  悪い夢だったんだろうか。
  わからないけれど、それでも、二人を見るだけで心は温まった。
  二人と一緒ならどこまでだって走っていける。

「幸子ちゃん、輝子ちゃん!」

  でも。

「やり直しましょう。結局最初から何一つ上手くいったことなんてない。
 こんなことなら最初からなにもなかったことにしたほうが良かった。
 世界はきっと生まれることを望んでいなかった。だからもう一度帰るんです。あの日見た黄昏の向こうに。ボクたちの居るべき場所に」

  それでも。

「やり直そう。こんな世界はやり直そう。私達の世界に光り輝くものなんてなかった。
 それはきっと私達が生まれるずっと昔に誰かが奪いあげて隠してしまった。蠍の火はもう輝いていない。
 歩き続けるのに疲れてしまうなら、いっそこんなもの、すべてやり直してしまうしかない」

  世界は牙を剥いてきた。
  一瞬で、優しい空気に包まれていた世界が塗り替えられていく。
  壁中に広がるのは無数の目と口。恨むように小梅を見つめ、呪うように否定の言葉を口にする。
  世界で一番大事な二人も、合わせるように口にする。

「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」
「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」

  涙が溢れた。二人の顔でそんなことを言わないでと叫びたかった。
  でも、心の叫びを形にする余裕なんかなくて、小梅は必死に二人を振り払って走り出した。いつかあると夢見た、幸せな未来へ。
  帰りたい。帰りたい。帰りたい。
  どこへ? 分からない。昨日までそこにあったはずの、いつかそこにあるはずの場所へ。
  受け入れてくれた人たちのもとへ。でも、それがどこにある?
  ひょっとしてそれは。
  小梅がただそこにあると思っていただけで。
  最初から存在していなかったのでは。
  考えた瞬間、最後の力が抜け、小梅はもうその場にへたり込むことしかできなかった。

「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」
「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」

  否定。否定。否定。
  取り囲むすべてが、今まで小梅を肯定してくれていたものたちが、これから小梅を肯定してくれるはずのものたちが、白坂小梅を否定する。
  カツンと音が一つ。否定を打ち破るような赤い閃光。
  舞い散る火花を思い出し、ぎゃんぎゃん回る鉄の刃と小梅の背を押してくれた力強い肯定が蘇る。
  そう、きっと彼なら、こんな状況でもぶち壊してくれる。
  止まらないと決めた歩みを止め、振り向かないと決めた心を曲げて振り返ってしまう。
  きっとそこに居てくれるはずの、彼の名を呼んで。

「ジェノサイドさん!」


845 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:12:54 xkR.5Se60









「あなたの悪い夢も、きっと覚めるよ」

  はっきり聞こえた彼とは別の声。ちょっとだけ現実に戻れそうになる心。

「『死者行軍八房』」

  でも、小梅の心が現実に戻ることはなかった。気がつけば、小梅の胸からは赤く染まった何かが突き出ていた。
  それが日本刀のようだと気づいたときには、白坂小梅の現実はもうすべて終わっていたからだ。


【白坂小梅 躯人形化(実質的敗退)】


846 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:13:40 xkR.5Se60


☆アサシン

  NPCの少年の首にぶら下がっていた伝言は、参加者の情報だった。
  諸星きらり、双葉杏、白坂小梅、蜂屋あい、木之本桜。短期間によく集めたものだと思う。
  一部の参加者についてはサーヴァントの情報、拠点、今後の行動方針の予想についても書いてあった。
  何を意図したものかは分かる。暇なら殺せと言っているのだろう。
  どれほど信じたものかは分からないが、少なくとも「蜂屋あい」「木之本桜」についてはアサシンの知っているとおりだったし、双葉杏なる少女も索敵の際に見かけたとおりの見た目だった。
  山田なぎさよりも随分そりの合いそうな奴が居たものだと思いながら、貰えるものは貰っておけと情報に目を通す。
  一人だけ、随分わかりやすい標的が居た。
  サーヴァント・バーサーカー、脱落済み。今後の方針、拠点へ帰還。拠点の場所、判明済み。
  特殊技能、心霊関係への知識のみ。身体的に優れた特性なし。
  顔写真付きで誤殺の心配もない。そして、アサシンの知っている情報との食い違いもない。

「白坂小梅」

  その名を口にする。随分可愛らしい名前だな、と思いながら思考を巡らせる。
  どうやら彼女の友人二人も聖杯戦争の参加者の可能性があるらしい。
  襲いやすさと同じくらいその点も魅力的だった。
  白坂小梅を利用すれば、生存中のマスターを躯人形にできる可能性がある。
  そうすればサーヴァントを芋づる式に引っ張れるかもしれない。悪くない相手だと思えた。
  時間を確認する。山田なぎさと別れてから随分と経つが、もう少しくらい遅れたところでなんら問題ないだろう。

◇◇◇

  教えられた拠点に来てみたが、どうにも様子がおかしい。
  アサシンの鈍い感覚でも分かるくらい、その拠点には魔力が溢れていた。
  部屋全体を包み込むような感じから察するに、キャスターのクラスの陣地が張られていると見てまず間違いないだろう。
  白坂小梅の情報とは随分食い違う。ひょっとして担がれたか。表札に世帯主の名前は入っていない。
  考えられるのは、情報提供元の人物のサーヴァントの陣地である可能性。餌をぶら下げてアサシンをおびき寄せ、自分の陣地に引き込もうという魂胆か。
  どうしたものかとしばし考え、八房を抜き払う。まるでランプの魔人のように、傍に躯人形が現れた。夕方手に入れた壮年の男性、アーチャーだ。
  あまり危険を犯すつもりはないが、来たついでなので躯アーチャーを利用して陣地の効果を探っておく。
  読み通りサーヴァントを囚えるたぐいの陣地ならば、ただの人間と変わらないスペックしか出せないアーチャーでも反応するはず、という見込みだ。
  躯アーチャーが奪われてしまうのは痛手と言えば痛手だが、貰った情報でトントン程度の痛手だ。
  アサシン自身はいつでも離脱できるように、八房の射程内でできるだけ遠く、それも扉の見えない位置に陣取る。
  戦闘に備えてお菓子をひとつまみ。薬が巡って感覚が冴える。
  さあ、鬼が出るか蛇が出るか。

「アーチャー、お願い」

  声に従い、躯アーチャーが扉を開いた。一秒、二秒、三秒。躯アーチャーの姿に変化はない。
  陣地の効果どころか風すら吹いていないという風の立ち姿だ。
  八房で指示を出し、一度陣地に入らせる。離脱防止の魔術はかけられていないようで、出入りは自由だった。
  調度品を持って出ることも可能。家の主は不在で間違いないらしい。
  逆に不気味に感じながらも、屋根を伝って少しずつ陣地の入り口を視界に入れていく。
  瞬間。躯アーチャーの持ち出した調度品に手が置かれた。
  動きを止めて身を隠し、様子を見守る。気配遮断が働いている限り、一方的に見つかることはまずないはずだ。
  手を置いたのは女性だ。それも随分若い。次に見えたのは、肉を持った逆の手。そして流れるような黒髪。その後でようやく顔。

「……え」

  困るから持っていくな、と言っているんだろう。
  なんと伝えるべきか迷うように、難しい顔をして何も言わないアーチャーと見つめ合う女性。
  服装は随分今風だが見間違えるはずがない。彼女はアサシンの姉、アカメだった。


847 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:13:53 xkR.5Se60


  一瞬だった。
  薬物によってもたらされた超人的な身体能力でまさに瞬き一つの間に距離を詰め、アカメが身構えるよりも速く彼女の利き腕を切り捨てる。
  それから、様々な考察が頭を巡った。アカメが居る理由、陣地と彼女の関係、アカメの立ち位置、他にも幾つか。
  だが、『殺せる瞬間を見逃さない』という暗殺者として培われた技術と、『アカメの隙』という天から降って湧いた好機でそれらは思考の端に追いやられていた。
  アサシンの胸で早鐘を打つ鼓動の理由は、歓喜と興奮、今はもうそれ以外にない。
  完全に虚を突かれたらしいアカメは、目を丸く見開き、大好きな食事も手放して切り落とされた利き腕の肩を抱いていた。

「クロメ……? なんで、ここに……」
「当然居るよ。妹だもん」

  アカメが飛び退り、部屋の奥に置いてあった『一撃必殺村雨』を取ろうとする。
  だが、遅い。

「良かった」

  アカメが刀身を見せるより速く、抜きっぱなしの八房がアカメの白い喉に突き刺さる。
  耳障りな音がアカメの口から漏れ、同時に突き破った喉の裏側と口から血が溢れだす。
  空いている手で村雨に伸ばそうとされている手を捕らえ、勢いに任せてアカメを押し倒す。
  抵抗する力は強いが、薬物で向上したアサシンを押し返すほどではない。

「ずっとこうして、あげたかった!」

  刺した八房を抜き、念入りにアカメの首を刎ね飛ばす。たかだかと舞い上がる血しぶきが空間を汚していく。
  二度、三度と地面を跳ねて転がったアカメの首は、壁にぶつかってすぐに止まった。
  体の方はそれでも抗うかのようにしばらく暴れていたが、十秒もしないうちにおとなしくなった。

「おかえり、お姉ちゃん」

  死体の修復は得意だ。首が落ちたくらい、なんてことない。きっと綺麗に縫合できる。
  そうすれば、姉妹ずっと一緒に居られる。いつまでも、いつまでも。もう離れることはない。

「おいアカメ、今の音―――」

  やけにだだっ広くなった空間の向こう側、扉が開かれて数人の影が現れる。
  その光景は、もう、奇跡と呼ぶしか無かった。
  扉を開けたのはウェイブで、その奥に居るのもどれも見知った顔ばかり。
  口からは自然と笑い声が溢れ、体は放たれた矢よりも速く動いた。
  まずウェイブの心臓に深々と八房を突き立てる。奥に居たエスデスの腹を裂く。
  流れるようにセリューを、ボルスを、Dr.スタイリッシュを、ランを殺し、ついでにタツミを殺しておく。

「よかった、丁度足りるね」

  アサシンにとって大切な人と、大切な人にとって大切な人。ちょうど八人。
  八房はきっと、そのために、八つのストックを有していた。血塗れの刀身を抱きしめ、夢のような世界に浸る。
  周囲に転がる死体の数々、もう二度と離れることのない大切な人たち。
  転がっていたアカメの首を抱きかかえる。血を吸った長い髪がべちゃりとスカートに張り付く。
  アカメの長くて綺麗な髪は好きだった。だから血で傷んでしまう前に、髪をちゃんと洗ってあげなければ。
  他の皆も、八房に収納するのは当然として、傷口が目立たないようにちゃんと整えてあげたい。そうだ、生前そのままのボルスを家に返してあげれば彼の妻子も喜ぶだろう。
  素敵な世界が幕を開ける。アサシン―――いや、少女・クロメの人生は、ここからようやく始まる。

「これで皆、ずっと一緒だよ」

  冷たい刃の突き刺さるような感触。体の内側から広がる痛み。
  薬物の中毒症状。この夢をかなえるために払った代償。その痛みすらも誇らしい。
  壁に背を預け、大きく息を吐く。生前から背負い続けた夢という名の重石が、ようやく外れた。
  抱きしめたアカメの頭の感触が、とても心地良い。このまま、ずっと眠っていられるくらいに。

  ……

  一つ。もう一つ。また一つ。
  聞き慣れた足音が幸福の扉を叩くように一定間隔で近づいてくる。
  眠ってしまいそうな中で目を開けば、傍に立っていたのはクロメの大事な人の中の誰でもない。躯アーチャーだった。


848 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:14:37 xkR.5Se60

  躯アーチャーの目が赤く光る。
  クロメの頭の中を支配していた多幸感が消え、痛みだけが残った。
  周囲には誰もいない。大事に抱きかかえたはずのアカメの首もない。
  走り回って刀を振り回して、死体をいくつも積み上げたにしては綺麗過ぎる部屋の真ん中にアサシンは居た。
  どこかの少女が暮らしていたのだろうか。可愛らしい小物が幾つか置いてある。
  飾られた写真立てには三人の少女が笑顔の花を咲かせていた。

  突然の状況の変化に困惑しながらも、状況を推察する。
  躯アーチャーの今の動き。あれは、アサシンがNPCの少年相手に試した躯アーチャーのスキルだろう。
  催眠状態の相手に何も効果のない催眠術を重ねがけして上書きし、そして何も効果のない催眠術を解除して元の催眠術ごと解く。
  死体が口をきけたならば催眠術も有効利用できたのだろうが、結局できるのはこんな何の役にも立たないと思っていた技だけだとがっかりしたものだ。

「そっか」

  推測が結論を導く。クロメの現実。それは躯アーチャーだ。
  せこせこ走り回って、情報を嗅ぎ回って、ようやく一人を殺せて。でも、得られた死体はほとんどただの人間で。
  今もまた、別の参加者に顎で使われて、一人を殺すために走り回って。
  デコイ程度の扱いで出していた躯アーチャーが居なければここで死ぬまで幸せな夢を見続けることしか出来ない、弱い、弱い、サーヴァント。

「ごめん、ありがとう。このまま催眠をかけておいて」

  躯アーチャーは何も答えない。死人特有の淀んだ瞳で星空の向こう側になにかを探すように虚空を見つめている。
  呆然と立ち尽くし、力を奪われ、夢見るようなその姿。先程までのクロメをそのまま見せられているような、そんな姿。
  ようやく、頭が回りはじめて、冷静さを取り戻した。携帯している袋からお菓子を一掴み取り出し、口にぶち込んで噛み砕き飲み込む。
  幸せの証と思い込もうとした鬱陶しい痛みは消えた。
  残ったのは、苦い、苦い、死よりも苦い、精神を陵辱された不快感。

「そんなに都合よくいかないって……十分分かってたつもりだけどなあ」

  アカメが偶然NPCとして存在していて。
  イェーガーズが奇跡的に全員NPCとして存在していて。
  全員が同じマンションの一室に詰まっていて。
  そしてクロメが彼女たちを殺せて。八房に彼ら彼女らをストックして大団円。いつまでも、いつまでも幸せに暮らせる。
  そんな素敵な物語が、アサシンの人生に一度でもあったか。
  そんな夢物語が、この世界にあると信じていたのか。
  なぜそんな奇跡を信じた。殺すことで生きてきた、世界の過酷さを理解している、アサシンが。

「これは悪い夢だ」

  噛みしめるように、一言呟く。こんな甘美な夢に騙されないように。
  もう二度と、奇跡の幻想に支配されないように。醜悪な姿を晒して死ぬことなど無いように。
  抜き払ったままだった八房を構え直し、躯アーチャーの持ち出した調度品――鏡に映ったクロメ自身を斬る。
  幸せに酔った少女・クロメの幻影は消えた。ここに居るのは影から影へと消えていく暗殺者・アサシンただ一人。

  聞きなれない足音が聞こえてきた。誰かがまた、この世界に惑わされているらしい。
  抜き払ったままの八房を携え歩を進める。
  振り向いた少女は見知った顔。白坂小梅に違いない。


849 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:15:30 xkR.5Se60




  『誰かの家に構築された陣地』を後にし、夜の街を駆ける。
  やるべきことは幾つか増えた。

  小学校でアサシンに情報を与えてきた人物の殺害は急務。
  アサシンの姿を見られているのだ。言いふらされる前に始末しておきたい。
  一日でマスター五人の素性を洗い出した情報収集能力を買い手を組むにしても、いつでも殺せるように正体を特定しておく必要はある。

  マンションに陣地を構築している主従の殺害。
  拠点がわかっているならば、ある程度の絞込はできるはずだ。
  陣地が広がるようならばさっさと殺しておきたいものだ。
  幸いにして、拠点の主の特定に使えそうな物も入手できた。置いてあった三人の少女の写真だ。
  白坂小梅を除く二人のうちのどちらかが主なのだとすれば、白坂小梅の躯人形を利用して二人とも殺害すれば話は早い。

  逆に、マンションの陣地を利用するという手もある。
  躯アーチャーにはあの陣地は効果を発揮しない。ならば、あの陣地内で待ちに徹していれば無防備な参加者を強襲しやすくなるだろう。
  とはいえ、マンションの一室のみという狭さとマンションの主と鉢合わせてしまう危険性を考えるとおいそれと使える手ではないが。

  音を操るアーチャーへの対処。
  殺すと見栄を切ったのだ。殺せる準備は必要だろう。
  白坂小梅殺害の罪をアーチャーにかぶせ、マンションの主従をぶつけるというのも手の一つか。

  そしてアサシンのもう一人の目撃者……権田原ジェノサイド太郎の家族の抹殺。
  本人は斬り殺したが、本人の縁者が彼の死を警察に届け出て、アサシンが指名手配を受けるような事態は避けたい。
  ならば一族郎党皆殺しに限る。口封じは得意だし、気配遮断で見つかりにくい。権田原という名字と家族構成を聞いているので目星も付けやすい。
  と言っても、これはもうついでのついでくらいでいいだろう。

  保留にしてきた大道寺知世のこともある。
  放っておいた甘ちゃんマスターのことも気にかかる。
  やるべきことはどんどん増えていく。だが、その分自分の手で掴む勝利も近づいてくる。
  今度はあんな誰かの夢ではなく、自身の手で、自身の夢を掴み取る。

「帰ろっか」

  返事はない。でも、たしかにそこに二人居る。
  夜を駆けるには少々の大所帯。月光を受けて八房が煌めけば、そこにはまた、孤独な少女が一人きり。
  辛くも幻影を斬った少女は、戦果を手に主のもとに帰還する。


850 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:16:05 xkR.5Se60



【C-3/輿水幸子のマンション付近/一日目 夜】

【アサシン(クロメ)@アカメが斬る!】
[状態]実体化(気配遮断)中、精神不安定、強い不快感
[装備]『死者行軍八房』
[道具]142'sの写真
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
0.幸せな夢に自己嫌悪。
1.戦闘の発生に注意しながら撤退。
2.マスターのもとに帰る。その時のマスターの様子次第で知世を躯人形に。
3.アサシンらしく暗殺といった搦手で攻める。その為にも、骸人形が欲しい。
4.とりあえずおとなしく索敵。使えそうな主従を探す。白坂小梅を利用して……?
5.アーチャー(クラムベリー)は殺したいけど、なにか方法は……
6.小学校の情報提供者の正体を探り、利用するか、始末するか。
[備考]
※木之本桜&セイバー(沖田総司)、アーチャー(クラムベリー)、江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)、双葉杏&ランサー(ジバニャン)、高町なのは、蜂屋あい&キャスター(アリス)、大道寺知世、諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)、輿水幸子を確認しました。
 小学校に居た何者か彼女に姿を見られたことを知りました。142'sの写真で白坂小梅の友人二人の姿を知りました。
※八房の骸人形のストックは弐(我望光明、白坂小梅)です。
 我望光明の『赤い目の男』スキルの応用により精神支配や幻覚を一時的に無効化できます。
※B-3(廃工場地帯)でアーチャー(森の音楽家クラムベリー)の襲撃を受けたという情報を流すと宣言しました。
 どの程度流すかはその時のアサシンのテンションです。もしかしたらその場しのぎのはったりかもしれません。
※アーチャー(クラムベリー)と情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アーチャー(クラムベリー)と敵対しました。彼女が『油断や慢心から一撃を受ける可能性』と『一撃必殺の宝具ならば簡単に殺せる可能性』を推測しました。
※C-3マンションの一室(幸子の部屋)に特殊な陣地(?)が展開されていることを知りました。





【地域備考】
輿水幸子の部屋はクリエーター(クリシュナ)の手によってほとんどが幻想世界に作り変えられました。
系統としては『認知の浅瀬』に最も近く、侵入者の『認知』によってその性質が確定します。
わかりやすく言えば、ニュートラルな状態から陣地を認識した人物の認識を反映し相手の過去の「一番弱い部分」を陣地に投影し、精神を折りにかかってきます。
それはとても幸せな夢かもしれませんし、とても辛い現実かもしれません。無意識の恐怖かもしれませんし、なんてことのない日常かもしれません。
対魔力あるいは精神耐性で精神ダメージ緩和可能です。サーヴァントでも長時間影響を受ければ再起不能になる反面、人間でも突破可能です。
精神にひとかけらも弱い部分がない人物が踏み込んだ場合、クリシュナの用意した『よくわからない世界』に叩き落されてなんか認識をジャックされます。
精神が存在しないものが踏み込んだ場合、そこはただのカワイイ幸子のマンションの部屋でしかありません。これが先述の『ニュートラルな状態』です。
幸子の部屋の改造完了に伴い陣地は徐々に拡大し、いずれマンションを飲み込み、エリアを飲み込み、舞台すべてを精神世界に塗り替えます。

なお、不用意に踏み込めば当然幸子もこの精神攻撃の対象となります。


851 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:16:53 xkR.5Se60



☆アーチャー

  真名を晒すということは、逸話を晒すということだ。
  逸話を晒すということは、すべての過去を曝け出すということだ。
  ジェノサイドは『森の音楽家クラムベリー』という名を聞き、その逸話をおぼろげながらに思い出していた。
  小梅の三つの魔力とアリスのMAGはサーヴァント・ニューロンの奥底から、真っ先にその逸話を掘り起こし、備えさせた。大切な者の身に差し迫る危険を切り抜けるために。
  そして、最期の瞬間に、その逸話に目掛けて『絶滅』を挑んだ。

  アーチャー・森の音楽家クラムベリーの逸話、『森の影に隠れている人物の鼓動すら聞き分ける超聴覚』。
  その超聴覚によって相手の機微を読み取り、相手の居場所を察知。アーチャーの立ち回りの基本とも呼べる武器の一つだった。
  今までもその長所を逆手に取られそうになったことはあっただろう。
  魔王塾主催の催事となれば、森の音楽家クラムベリーの名を聞いて対策を打つ魔法少女も少なくなかったはずだ。
  そんな相手ならばアーチャーも油断はしなかった。
  超聴覚で接近を察知、何か不穏な動きがあると察すれば衝撃音波を壁のように展開して耳を襲う音撃を緩和。
  また、相手がまるで知らぬ相手ならば彼女だって警戒はしただろう。
  決して油断せず、完全勝利を目指して音楽を奏で続けただろう。

  だが、今回は勝手が違った。
  アーチャーは『ジェノサイド』という真名を聞いた。彼の立ち姿を見、拳を交えた。
  そして彼女もまたジェノサイドと同じように、英霊として、相手の真名から逸話のあらましについて当たりをつけていた。
  不用意に近づけば食われるという危険は理解していたし、武器が回って切り裂くだけの単純なバズソーだということも知っていた。
  そして、危険がただそれだけのサーヴァントだと認識していた。ニンジャの見せるカジバヂカラを甘く見た。

  相手のことをよく知っていたからこそ油断し、慢心し、最後の一撃を許した。
  死んだ、殺したと思った敵が、サーヴァントとしての核を打ち砕いたはずの相手が。
  まるで蘇ったように――いや、彼の宣言通り死すら乗り越えた『不死のズンビー』であるように立ちはだかり。
  勝利の余韻に酔う彼女に向けて、当たり前のようにオタッシャシャウトした。

  アーチャーの両耳は、人間の数十倍数百倍の聴覚を持って、地をえぐりガラスを割るほどの魔力の篭った爆音を聞き届けた。
  超聴覚は蹂躙され、脳は魔法少女の顔面パンチの比ではないほどに揺さぶられた。
  あまりの声の大きさに聴覚器官がほどなくして破壊されてしまったのはせめてもの救いだったのか、それとも地獄の幕開けか。

  彼女は、生まれて初めて無音の世界に蹲る。
  吐けるものなどないはずなのに吐瀉を続け、両目からは涙、両耳からは血がとめどなく流れ続ける。
  身体は小刻みに痙攣し、脳は未だに揺れ、意識は混濁したままだ。
  勝者は彼女だ。それは依然変わりない。
  だがその姿は紛れもなく敗者のそれであり、そして同時に、少女のために戦ったズンビーの残した勝利と、『絶滅』の意思を表していた。


852 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:17:25 xkR.5Se60


【D-2/小学校/1日目 夜】

【アーチャー(森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態] 魔力消費(小)、意識混濁、両聴覚器官破壊(極大・魔力で治癒中)、聴覚異常(極大)
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 強者との闘争を求める
0.―――

[備考]
※木之本桜&セイバー(沖田総司)、江ノ島盾子、蜂屋あい&キャスター(アリス)、高町なのは、アサシン(クロメ)を確認しました。
※フェイト・テスタロッサを見つけてもなのはに連絡するつもりはありません。
※小学校屋上の光の槍(フェイト)を確認しました。
※江ノ島盾子・アサシン(クロメ)とそれぞれ情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アサシン(クロメ)から暗殺を宣言されました。ちょっとワクワクしています。
※バーサーカー(ジェノサイド)のオタッシャシャウトによって両聴覚器官を破壊されました。
 魔法少女の特性上魔力によって復元可能ですが、ある程度復元するまでほとんどの音を聞き取ることが出来ません。
 また、復元後も昔と同じように音が聞こえるとは限りません。


853 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:18:08 xkR.5Se60


☆アリス

  頭がずっとぐるぐる回っているみたいだし、胸がずきずきと痛む。
  顔はずっとひきつってるみたいだし、涙まで流れている。
  それはたぶん、生まれて初めてのこと。そんな気がする

  ほうほうの体で逃げ帰る。
  オトモダチはほぼ全員居なくなり、遊園地は大部分が壊されてしまい、アリス自身も左肩から先が無くなってしまった。
  痛いし、辛いし、悲しいなあ、と思う。

「エノシマジュンコチャン?」

  沈んだ気持ちのまま江ノ島盾子と別れた警備室に帰ってみたが、彼女の姿はなかった。
  代わりに、彼女の身辺警護として置いていった屍鬼が手紙を預かっていた。。
  広げて読んでみる。短く「新しいお友達を連れてきてあげる」と書いてあった。
  なんと江ノ島盾子は少なくなったアリスのオトモダチを増やしてくれるらしい。
  その優しさがとっても嬉しくて、江ノ島盾子のことがまた少しだけ好きになった。

  そう言えば、あの二人と戦う前もそうだった。遊びに行く前に江ノ島盾子が教えてくれたのだ。
  全員連れていかずに、何人かはオトモダチが増えたときのために隠しておくといいよ、と。
  そうした方が、何かあった時に都合がいいから、だって。
  何かあった時というのがわからなかったけど、ひょっとしたらこういう風にアリスのオトモダチの数が減ってしまった時のことだったのかもしれない。
  ずいぶん少なくなってしまったアリスのオトモダチ。でも、ゼロになったわけじゃない。
  江ノ島盾子はアリスの知らないことを知っていたし、彼女が言うことにはなんだか信憑性がある気がしたので、ちょっとだけ、オトモダチを隠しておいた。
  おかげで今、随分と救われている。隠していたオトモダチをMAGとして吸収することで、急場は凌げたし、アリスを増やして遊園地の再構築にも取り掛かれた。

  そして江ノ島盾子は、約束の前払いというみたいに、死体を一つ置いていってくれていた。
  魅了魔法(マリンカリン)をかけていたオトモダチの一人を貸していたが、それを殺してくれたのだろう。
  刀で斬り殺された死体をゾンビとして蘇らせて、夜の学校を歩き回る。
  アリスにとっていつもどおりの日常が帰ってくる。
  音が沢山近づいてくる。江ノ島盾子が呼んだ新しいオトモダチに違いない。

  アリスの心にはもう激戦の名残もなく、目の前に広がる楽しいことしか映っていなかった。

◇◇◇  

  ふしぎの国の女王様は、傷ついたけどまだまだ健在。
  だが、しっかりと傷跡は残されている。目を背けているだけで、狂った精神のその奥に、宝物のように仕舞われている。
  絶滅の恐怖。緑色の眼光。恐ろしい顔。殺害予告。
  それは時折顔を出し、吹きすさぶように彼女の精神を支配するだろう。  
  そして彼を思い出すようなものに出会ったならば、確実に想起し、その行動に支障をきたすだろう。
  平常時には行動に支障はない、遺伝子に組み込まれたトラウマ。対ニンジャ時に暴発する爆弾。
  そういった『ニンジャに起因する突発的な精神錯乱』を、とある世界ではこう呼んだ。
  『ニンジャリアリティ・ショック』と。


854 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:18:36 xkR.5Se60


【キャスター(アリス)@デビルサマナー葛葉ライドウ対コドクノマレビト(及び、アバドン王の一部)】
[状態] 霊体化中、魔力消費(大)、憔悴、陣地によるMAG回復(小)、、左肩から先欠損(治癒中)、腹部にダメージ(大)(治癒中)、疑似ニンジャ・リアリティ・ショック(大・軽減中)
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: オトモダチを探す
0.MAGが足りない、遊園地も寂しくなった。辛い。
1.あいが来るまで少しお休み。エノシマジュンコチャンの連れてくるオトモダチでもう一度遊園地を建て直す。
[備考]
※陣地『不思議の国のアリス』の大部分が破壊されました。MAG回収の効率や道具作成の補助効果はかなり低下しています。
※オトモダチのストックが激減しました。
※エノシマジュンコチャンとは魔力パスがつながっていないため念話は使用できません。
※欠損した左肩から先は魔力によって再生が可能です。ただし補佐がない場合相応の魔力と時間が必要です。
※ニンジャに対して強いトラウマを抱えました。精神汚染スキルによって時間経過で軽減されていきますが、時折ニンジャへの本能的恐怖に苛まれます。
 ニンジャを想起させるものと出会った場合、この本能的恐怖の発生率が上がります。
 また、ニューロンにニンジャへの恐怖が染み付いたため、精神汚染のランクがE→E+に変化しました。


[地域備考]
※D-2一帯に「白坂小梅は商店街の方へ逃げるぞ!」の放送が流れました。
 この放送を聞き、商店街や小学校に人が集まる可能性があります。
 また、声の主を探りに小学校に来た場合、はらぺこアリスによってあい以外は問答無用でオトモダチにされます。


855 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:18:56 xkR.5Se60


☆高町なのは

『俺の方で掴めた情報はその程度だ』

(うん、ありがとう。キャスター)

  結局、フェイトの情報は見つからず仕舞い。
  でも夕方までは元気(と言っていいものか)だとわかったのが、せめてもの救い。
  NPCとは言え両親を困らせるのは忍びないと家に帰ってみればキャスターが居ない。
  不思議に思って念話を飛ばしてみると、キャスターもまた、独自にこの街の調査を行っていたのだという。
  あちらもフェイトには会えなかったらしいが、それでも、不思議なものを幾つか目撃したらしい。
  空飛ぶ円盤だとか。恐ろしい化物だとか。チェーンソーの殺人鬼だとか。
  その中でもひときわ異彩を放っていたのが、『街の裏側にある街』だった。
  街のどこかにある入口から入ることが出来るその街は、おそらく何者かの固有結界なのだという。

『俺は、そこに何か脱出の手がかりがあるかもしれないと睨んでいる』

(どうしてですか?)

『無理やり参加者を呼んでまで聖杯戦争をさせるような奴が居るんだ。この街にもなにか、脱出を阻害する魔術がかけられている物と見ていいだろう。
 だが、固有結界は基本的に英霊の持つ心象風景の投影。その中まで現実世界の理が及ぶとは思えん。
 もし、あの広大な固有結界が結界の外まで続いていて、結界の外部分で固有結界から脱出できれば、それがそのままこの聖杯戦争からの離脱になる、そう推測しただけだ』

  自信家なキャスターにしては珍しく推論だった。科学者なので魔術に対する知識がない、と言っていたのが関係しているのだと思う。
  にしても、受動的とはいえ魔術師になったなのはよりは余程魔術に対して考えを巡らせていてすごいなと思う。
  阻害する魔術の確認は行っておいたほうがいいだろう。フェイトを探す片手間でもできるし、なにか特別なことがわかればキャスターの脱出計画の手助けになるかもしれない。

(あの、キャスターさん。それなら明日も固有結界の方をお願いできますか?)

『お前はフェイト・テスタロッサ探しか』

(それもあるけど、私みたいに戦いたくない人が居るなら、その人達にも教えたいな、って)

  森の音楽家クラムベリー。白坂小梅。どちらも戦いは望んでいなかった。
  もし、聖杯戦争から脱出できると分かれば力を貸してくれるだろう。
  クラムベリーは念話が通じるし、小梅は丁度電話番号も分かっているので電話で情報共有ができる。
  暗いばかりだった世界に一筋の光明が見えた、そんな気がした。
  きっと大丈夫。
  レイジングハートと、キャスターと、皆でならきっと大丈夫。
  魔法の呪文のように唱えながら、部屋に戻ると、携帯端末が着信を知らせていた。
  相手は誰あろう、白坂小梅。
  あちらにも何かあったのかと不思議に思って掛け直してみるが、留守電に繋がった。
  胸騒ぎがして、クラムベリーに念話で呼びかけてみるも返事はない。意識があれば声は届くはずなのに。

  どうしてか、光明が見えたはずなのに、嫌な予感が頭をかすめた。
  間が悪かっただけと信じたいが、この広い街のどこにいるかも分からない相手の無事を確かめる術は、今のなのはにはない。


856 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:19:18 xkR.5Se60


【C-3/高町家/一日目 夜】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]決意、不安
[令呪]残り三画
[装備]“天”のレイジングハート
[道具]通学セット、小梅の連絡先
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1.一休み。
2.フェイトを探し、話をする。
3.フェイトを見つけたらアーチャー(森の音楽家クラムベリー)に連絡する……?
4.もし、フェイトが聖杯を望んでいたら……?
5.キャスターの聖杯戦争解明の手助け。あるかもしれない『結界』の調査。『さいはて町』についてはキャスターに任せる?
6.『死神様』事件の解決。小学校へ向かう。

[備考]
※アーチャー(森の音楽家クラムベリー)を確認しました。
※天のレイジングハートの人工知能は大半が抹消されており、自発的になのはに働きかけることはほぼ不可能な状態です。
 ただし、簡素な返答やモードの読み上げのような『最低限必要な会話機能』、不意打ちに対する魔力障壁を用いた自衛機能などは残されています。
※天のレイジングハートに対するなのはの現在の違和感は(無〜;微)です。これが中〜大になれば『冥王計画』以外のエンチャントに気づきます。
 強い違和感を持たずに天のレイジングハートを使った場合、周囲一帯を壊滅させる危険があります。
※木原マサキの思考をこれっぽっちも理解してません。アーチャーに対しては少々不安を覚えている程度です。
※通達を確認しました。フェイトが巻き込まれていることも知りました。フェイト発見を急務と捉えています。
※キャスターから『さいはて町』のざっくりとした説明を受けました。そこから脱出できるかもしれないという説明も受けました。
※『脱出を阻害する魔術』についてキャスターから推論を聞きました。時間があれば調べます。


857 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:19:33 xkR.5Se60


☆キャスター

  固有結界を用いた脱出計画。なのはの未熟と無知を突いた詭弁だ。
  そもそも固有結界は『距離』という概念すら捻じ曲げる『心象風景の投影』なのだから、どれだけ広大だろうと実寸通りな訳がない。
  なまじ魔術に対する知識と先入観があるので騙される。
  偉大で万能と思われる魔術も実際は見てくれだけのハリボテだ。それはプレシア・テスタロッサがよく知っている。無理なものは無理なのだ。
  なのはにとって魔術は未だ超越的存在であるため、サーヴァントなんていう劣化存在が使う小手先遊び程度で生者が命を削って張った『絶対』を覆せると信じている。これがなのはの未熟。
  聖杯戦争に呼び出されて以来脱出だなんだといい他のサーヴァントへの見識を広めようとしなかった。これがなのはの無知。
  扱いやすいマスターを嗤う。そのままわけも分からず踊っていればいい。

  念話を切り上げ、歩を進める。
  ひとまずなのはは何の疑いもなくマサキを放っておいてくれる。ならば他にも考えるべきことはいくつもある。
  プレシアから依頼のあった『神様』へと至る道。自身の至るべき『冥王計画』のさらなる詳細な概要。
  先程聞こえた『白坂小梅を捕まえろ』というアナウンスも気になる。
  あれほど騒ぎ立てれば小学校に誰かが居ると教えているようなものだ。
  余程の馬鹿か、それとも馬鹿を装った道化か。あるいは……

「へーい、お兄さん」

  あるいは、馬鹿でも、道化でもなく、戦争の何かに酔った狂人か。
  今の段階でキャスターに、その放送主がどれだったと言い切ることはできない。
  だが、目の前に突然現れた少女が件の放送主である、ということは間違いなかった。
  単純な話だ。声が同じだ。それにご丁寧に、自分がマスターであることを証明するように、令呪の刻まれた手の甲をぷらぷらと振って見せてくれていた。
  その手に握られているのは、一枚の紙切れ。

「暇な時に電話ちょうだいよ。お互いのためになる話がしたいからさ」

  女は特に警戒もせず近寄り、紙切れを渡してくる。
  そしてそのまままたぷらぷらと手を振って、来た道を帰り始めた。


858 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:19:57 xkR.5Se60


「待て」

  キャスターの声に少女が振り向く。
  ふわりと揺れた桃色の髪は、月の明かりだけでも輝くようだった。
  整った顔立ち、モデル並の容姿、一度見れば忘れないだろうその姿。だが、不審人物。
  受け取った紙には本当に電話番号が書かれている。ますます意味が分からない。

「電話だと? 俺がお前と何を話すと言うんだ」
「何を……うーん……そうだね」

  少女は少しだけ考えた後、花が咲くみたいにぱっと笑顔を浮かべてこう堪えた。

「この戦争を終わらせるための話、とか?」

  少女の笑みに屈託はない。心からの言葉、といった雰囲気だ。

「……『戦争を終わらせる』? どうやって?」
「それを話し合おうってんじゃない。電話でさ」
「ふん」

  『戦争を終わらせる』、よく言葉を選んだものだ。
  聖杯戦争を望まぬマスター・サーヴァントは『聖杯戦争からの脱出』だと取る。
  聖杯戦争に希望を賭けるマスター・サーヴァントは『聖杯戦争の加速』だと取る。
  そして、他ならぬ木原マサキは、そのどちらとも違い、そしてきっと、彼女の本質に一番近いニュアンスを汲み取った。
  言葉通り『この戦争』を『終わらせる』。聖杯戦争をぶち壊し、好き勝手に暴れる。
  世界を冥府に変える。この少女のドブ川を覗くような瞳は、きっとその未来を望んでいる。
  玉虫色の返答に鼻を鳴らして答えれば、少女はまたからからと笑った。

「気に入らないならそれ破っちゃっていいよ。今回はご縁が無かったってことでさ」
「何が目的だ」
「目的? 目的ねぇ……私の願いを叶えるには仲間が居ると思った。それじゃ駄目?」

  考え込むふりにまた続けられるおべんちゃら。どこまでもこちらの出方を見ている。
  この場で行動を起こすつもりはないと察し、最後に一つだけ尋ねる。

「お前、名前は?」
「江ノ島盾子。後出しジャンケンの女王江ノ島盾子ちゃんとは私のことよ。
 今日はもう遅いから、明日にでもラブコールよろしくお願いしますね。待ってまーす!」

  手を振りながら去っていく江ノ島盾子と名乗った少女。
  キャスターと同じく、誰かを手の平の上で踊らさんとする者。
  さてこいつは。
  自身が価値のあるものだと思い上がった石ころか。
  それとも冥王の指を彩るにふさわしい宝石か。


859 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:20:09 xkR.5Se60


【D-2/図書館付近/一日目 夜】

【キャスター(木原マサキ)@冥王計画ゼオライマー(OVA版)】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]諸星きらりの電話番号の書かれたメモ
[思考・状況]
基本行動方針:冥王計画の遂行。その過程で聖杯の奪取。
1.可能な限りさいはて町を偵察。
2.予備の『木原マサキ』を制作。そのためにも特殊な参加者の選別が必要。アリシア・テスタロッサを奪うのも一興。
3.特殊な参加者が居なかった・見つからないまま状況が動いた場合、天のレイジングハートを再エンチャント。『木原マサキ』の触媒とする。
4.ゼオライマー降臨のための準備を整える。
5.フェイトから要請があればバルディッシュをエンチャント。
6.江ノ島盾子に電話……?
7..なのはの前では最低限取り繕う。
[備考]
※フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、江ノ島盾子、輿水幸子を確認しました。
※なのはからアーチャー(森の音楽家クラムベリー)について聞きました。
※プレシアの願いが『アリシアの蘇生』であり、方法を聖杯に似た力を用いた『魂の復元』であると考察しています。
 同じく、その聖杯に似た力に干渉すれば復活するアリシアを『木原マサキ』に変えることが可能であると仮定しています。
※フェイトとの念話が可能になりました。これにより、好きなタイミングでなのはとフェイトをぶつけることが可能です。
 また、情報交換を約束しました。ただし、キャスターが事実を話すとは一切約束していません。
※プレシアから個人的な依頼を受けました。
・内容:さいはて町の破壊およびさいはてのサーヴァント『エンブリオ』の抹殺。
・達成条件:エンブリオの魔力が座に戻ったことをルーラーが確認する。
・期限:依頼達成は二日目16時まで。報酬受け取りは図書館司書室にて二日目20時まで。
・報酬:マサキの望む条件のマスター、あるいはサーヴァントの情報。
    二日目終了時点でエンブリオが生存していた場合、キャスターとプレシアの司書室での一切はなかったこととなる。
    また、どのタイミングにおいても、キャスターがアリシア復活を妨げる可能性があると判断した場合、プレシアは令呪をもって彼を自害させる。


860 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:20:46 xkR.5Se60



  江ノ島盾子の立てたオシオキの筋書きは、即興ながらによく出来たものだった。
  生きている人間にも死んでいる人間にも優しかった白坂小梅。
  霊能力者だと嘯き、ゾンビを従え聖杯戦争に挑んだ白坂小梅。
  そんな彼女にお似合いの末路は、やはり自身の常識に押しつぶされながらもがき、ついには自身が生きても死んでも居ない人間になることだろう。

  だから彼女はチョチョイと筋書きを立てた。
  『不死の軍勢』を操るアリスとぶつけ、不死の軍勢に蹂躙され死ぬならそれでよし。
  サーヴァントを無残に倒され、生き残った所をアリスに弄び殺されるならそれもよし。
  サーヴァントとともに生き残ったのなら……

  そこで立てておいた第三の策が、『アーチャー』と『アサシン』だ。
  アーチャー曰く、アサシンは死体を操る術を持っているのではないかという。
  だからもしも運良く白坂小梅とジェノサイドが生き残ったのであれば、こうしよう。
  生き残ったジェノサイドをアーチャーが無残に殺し。
  死んだ人間に追い立てられる幻影に翻弄され、生きている人間に怯えて逃げ惑い。
  最後はアサシンの手で自身がゾンビになる。

  だから江ノ島盾子は、アリスが小梅と遊んでいる間にアーチャーから聞いたアサシンに接触した。
  一方的に情報を渡すことで、彼女が動きやすくなるように手助けをしてあげた。小梅を狙いやすいように若干の色もつけて。
  もしもアサシンが乗らなければ、その時はその時だ。
  杏の携帯を使ってきらりを誘導してきらりのバーサーカーにぶち殺させればいい。

  すべての結末を白坂小梅の死に収束させる。
  彼女が死のハードルを飛び越えるたびに、何度でも、何度でも、理不尽をやり直して甘ったれな幻想をぶち殺す。

  さて、行き当たりばったりながら幾重にも組み上げられた『超高校級の絶望』による脱落の花道を飾るパレード。
  そこに、面白い偶然が混じった。江ノ島盾子も知る由のない、絶対的で絶望的で超絶悪趣味な偶然が。
  その結末を江ノ島盾子が知ったならば、彼女はきっと腹を抱えて大笑いすることだろう。
  江ノ島盾子の天運か、それともこの聖杯に満たされつつある穢れた奇跡の前触れか。
  その偶然は、即興のオシオキに絶望的なオマケを叩きつけた。輿水幸子の家に展開されたサーヴァント・クリエーターの幻想世界。
  白坂小梅の培ってきたすべてを否定し、絶望の渦中で生きる屍になった。

  江ノ島盾子は言った。友情に呪われるべきだ、と。それ自体は江ノ島盾子の勝手な言い分に過ぎない。
  だが、結果を見れば。
  星輝子の愛と勇気に導かれ戦火に誘われ、輿水幸子の希望によってその命を落とした白坂小梅の顛末は。
  絶望的なまでに友情に呪われていた。そう言えるのかもしれない。

  奇跡とは、なにも善き人にのみ訪れるものではない。
  善悪区別なく、等しく平等に訪れるからこそ、奇跡には価値があるのだ。
  江ノ島盾子は無意識ながら、奇跡に愛され、奇跡すらその手で弄ぶ。


861 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:21:06 xkR.5Se60




  声が聞こえた。
  小学校の放送室から行われた放送だとわかったのは、少年が小学校に通っているからだ。
  もうとっぷり夜も更けた。
  なのになんで少年が学校に向かったかと言えば、夜に出歩いてでもなさねばならない使命があるからだ。

「へーい、坊っちゃん。こんな夜更けにどうしたの?」

  突然声をかけられて跳ね上がる。
  振り返れば、とても綺麗な女の人の顔が目の前にあった。
  あまりに近くて、そして綺麗で、胸が高鳴ってしまう。きっと夜の暗闇の中で見ても、少年の顔は真っ赤だったはずだ。

「あ、ぼ、僕、兄ちゃんを探してて」
「お兄ちゃん? 坊っちゃん兄弟居んの?」
「えっ、は、はい……」
「兄弟、ふーむ、兄弟ねえ」

  女の人は両手の人差し指を両のこめかみにあててふむふむ唸ったあと、驚くべきことを口にした。

「あー、もしかして、ジェノ太郎の弟さん?」
「えっ、に、兄ちゃん……ジェノサイド太郎兄ちゃんを知ってるんですか! 僕、弟のパトリオット次郎って言って……」
「知ってるも何も、なんか忘れ物したってんで泣きつかれてさ、今の今まで学校で探しものしてたのよ」

  なんだよ、と一気に肩の力が抜ける。
  いつもはいの一番に帰ってきてゲームをしてるジェノサイド太郎が居なくて、夜になっても居ないから心配になって探しに出てきたというのに。
  ジェノサイド太郎ときたら、こんなお姉さんとずっと一緒に居たらしい。
  兄の性格からして、探しものが見つかってたのに見つからないふりをしてる可能性もあるな、なんて思えてきて、急に怖がってるのが馬鹿らしくなった。
  それでなくとも父母が裏山の突然の異変で帰りが遅くなるって言ってるんだから、もう少し長男としてしっかりしてほしい。

「ジェノ太郎なら小学校で待ってるし、一緒に行こっか」
「はい!」

  いつもと同じはずの通学路も、夜の暗闇の中輝くみたいな美人のお姉さんと一緒だと全く違って見えた。
  兄に会ったらなんて言おう。とりあえず父がするように叱って、さっさと帰るのが一番か。
  家族に心配されるような真似、今後はしないでほしい。
  はじめてのデート(デート、ということにする)も百メートルくらいで終わり、もう小学校は目と鼻の先。
  曲がり角の向こう、見慣れているはずの小学校の校門がまるで人間を飲み込む怪物のように見えて、それだけは怖かった。


862 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:21:27 xkR.5Se60


◇◇◇

  江ノ島盾子の恐ろしい部分は分析力とその分析を利用できるポテンシャルの高さ。
  更に恐ろしい部分があるとすれば、絶望的な平等性だ。
  彼女にとっては姉である戦刃むくろすらも戯れに殺す相手の一人でしかない。
  実際、戦刃むくろが超高校級の軍人でなければじゃれあい程度の勢いで殺してしまっていたことだろう。
  全人類、親兄弟の境無く、全てを絶望に叩き落とすのが彼女のささやかな夢だ。
  そんな全人類への無償の絶望が、どうして他人相手にとどまる所を知るだろうか。

  蜂屋あいに興味があるし、手を組む準備もある。
  アリスはあいの大切なサーヴァントだし、あいと手を組めばアリスの陣地は江ノ島盾子にとってもいい方向に働くだろう。
  森の音楽家クラムベリーは自身のサーヴァント・ランサーのウィークポイント。上手く使えば彼女を絶望に引きずり込めるさ。
  だが、それはそれ、これはこれ。彼女たちにだって存分に絶望してほしい。
  未来にくるはずの絶望が今目の前に現れるか、今くるはずが未来に延びるか。その程度の違いだ。

「精一杯、輝く」
「輝く、星になれ」

  NPCの頃に聞いた歌を口ずさむ。遠くから聞こえるサイレンの音に消されてしまうほど小さな声で。
  まるで蟻地獄だ。白坂小梅を引き金として、無辜のNPCたちが次々に死んでいく。
  地獄が地獄を引き起こし、さらなる地獄が展開される。
  小学校という誘蛾灯。どれだけの死体がここで再び積み上がるか。

(……んー、でも、普通の精神してたら罠だって分かるだろうし、マスターは寄ってこないよね。
 可愛い可愛いアリスちゃんとあいちゃんのためにNPCの死体を積めればよしかな)

  江ノ島盾子は、この聖杯戦争で一人だけ、自身が最も輝く方法を知っている。
  夜空に輝く一等星は、すべて江ノ島盾子を照らしていた。


863 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:21:50 xkR.5Se60
【D-2/小学校付近/一日目 夜】

【江ノ島盾子@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]健康、耳鳴り、絶望的にハイテンション
[令呪]残り三画
[装備]諸星きらりの携帯端末
[道具]なし
[所持金]大金+5000円分の電子マネー(電子マネーは自分の携帯を取り戻すまで使用できません)
[思考・状況]
基本行動方針:絶望を振りまく
0.ちーっす。
1.小学校に帰る。そろそろきらりんについても考えるかなぁ……あいちゃんが来たら別だけど!
2.んでもさ、小梅ちゃんの最期の絶望フェイス見れなかったのは心残りだよね。
3.次はもう少し見やすい場所で絶望を与えてあげたいなあ。近くにいい相手は居ないかな? やっぱきらりん? それともあいちゃん?
4.ん? 思考欄で情報整理をするなって? えっ、ここって作中で人物が思考したことを書く場なんです?
5.やれやれ、そんな常識が私様に通用するとでも思っているのか。ミス・混沌、ミス・予定不調和と呼ばれたこの私様に!
6.まあ実際いらないから次回以降2.〜6.は消していいよ。私の胸のうちに秘めときましょう。
7.キャスター(木原マサキ)からの電話を待つ。
[備考]
※木之本桜&セイバー(沖田総司)、アーチャー(森の音楽家クラムベリー)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、双葉杏、蜂屋あい&キャスター(アリス)、
 キャスター(木原マサキ)、アサシン(クロメ)、諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)、輿水幸子を確認しました。
 アーチャーと情報交換を行いました。アサシンについて、宝具の一つが『死体を操る能力を持つ』ということをアーチャーから聞いています。
※バーサーカー(悠久山安慈)の敵対のきっかけが『諸星きらりの精神・身体に一定以上の負荷をかけた相手(≒諸星きらりを絶望させた相手)』と見抜きました。
 そのラインを超高校級の絶望故に正確に把握しています。彼女自身が地雷を踏むことは(踏もうと思わない限り)ありません。


864 : ◆EAUCq9p8Q. :2017/10/23(月) 15:23:04 xkR.5Se60
投下終了です。
タイトルは「ネクロマンティック・フィードバック」になると思います。

ずっと拘束してしまい申し訳ありません。これにて前中後編投下完了です。
指摘などありましたら、お手柔らかにお願いします。

あと、少し時間を開けて業務連絡を行うと思います。


865 : 名無しさん :2017/10/28(土) 23:09:59 4beHB3n20
投下来てたのか…!!全力で乙です!
ああ…こうなったか…そうだよな、いかな二人の絆が強くても、ここは主役のいる舞台じゃない
それでも小梅がジェノサイド=サンにかけた言葉、そしてニンジャとして小梅の相棒として誇り高く泥臭く戦い抜いたジェノサイド=サンの姿は鮮烈でした
ゼツメツ・ニンジャが最期に遺したクラムベリーへの「傷」もすさまじい。聞こえるかコウメからのサヨナラシャウトがこんなに哀しく熱いなんて…
そしてクロメ、八房が密かに振るわれ、骸人形がまた一人。
しかし彼女自身に襲い掛かった夢の泥濘も、骸理事長(さりげなく挿入される、星を見ている描写がクる)のあの赤い目スキルの意外な応用による脱出も含めてなるほどとなりました
なのはをいともたやすく繰るマサキもさすがの一言。この手のタイプは一人いると、メタ的にも面白いなあ
そしてそして、江ノ島…!! 最後の下りにあったように、この舞台で自分が輝く方法を一番知ってるのは間違いなくこの人だ…
あらゆる要素を絶望のために結び付けていく彼女を、いったい誰がどうにかできるんだ…というかどうにかできるものなのか…!?

小梅ジェノサイドの退場話として、連続の大作の〆として、素晴らしい話でした。改めて乙でした!


866 : ◆2lsK9hNTNE :2017/10/31(火) 19:55:30 b8Qs1Uvw0
投下乙です。長い連作お疲れ様です
小梅とジェノサイド対アリスの戦いは見応えがありました
特に良いと思ったのが幽霊のNPCの件。あそこはなるほどと思いました
空間を圧縮してアトラクションを集めるというのも上手く言えませんがとにかく好きです
しかしジェノサイドはクラムベリーによって消滅
逃げた小梅は幻覚の輝子と幸子に会いながら死ぬなんてやっぱりこの聖杯戦争は理論上暗黒要素はないですね
そしてこの話には出ていませんが個人的の今後の動向が一番気になるのが幸子
輝子の死だけでもかなり精神的に疲弊しているのに小梅まで同じ書き手によって殺されてしまいましたが、それを知った時彼女はどうなってしまうのやら


867 : 名無しさん :2017/11/13(月) 10:31:29 R7T3fASU0
久々の

[午後]
【D-5】偽アサシン(宝具『まおうバラモス』)

[夕方]
【B-5】桂たま
【B-4-B-5】アサシン(ゾーマ)
【C-4】双葉杏&ランサー(ジバニャン)
    ランサー(スノーホワイト)
【D-3】中原岬&セイバー(レイ)
    ララ&アサシン(ウォルター)
    諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)

[夜]
【B-1】海野藻屑
【B-2】木之本桜&セイバー(沖田総司)
    蜂屋あい
【C-3】高町なのは
    アサシン(クロメ)
【D-2】アーチャー(森の音楽家クラムベリー)
    江ノ島盾子
    フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)
    キャスター(木原マサキ)
    キャスター(アリス)
【D-5】大道寺知世
    山田なぎさ
【D-7】ランサー(本多・忠勝)
【???(さいはて町)】シルクちゃん
            輿水幸子&クリエーター(クリシュナ)
            玲&エンブリオ(ある少女)

場所確認用のやつ
ttp://download1.getuploader.com/g/hougakurowa/4/%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%9C%B0%E5%9B%B3.png


868 : 名無しさん :2017/11/21(火) 03:33:06 9OAuUuBU0
積み重ねた奇跡も、熱い展開も全て胸糞絶望の踏み台になるっていいよね……
それまでの盛り上がりが凄かっただけに、それでいて幾らか察せてただけに嫌なんだけど期待通りという暗い喜び


869 : ◆EAUCq9p8Q. :2018/01/03(水) 23:17:47 JgAP.ejI0
夕方組や日付変更前にリレー必要そうな組が残っていますが、それはさておき第一回定時放送予約します
たまちゃんとゾーマ様を除く上記の組は放送書いた後でちょぼちょぼ書くのでまあ大丈夫だと思います


870 : 第一回定時通達 ◆EAUCq9p8Q. :2018/01/05(金) 07:25:08 sBpK2f8U0
定時通達投下します


871 : 第一回定時通達 ◆EAUCq9p8Q. :2018/01/05(金) 07:26:26 sBpK2f8U0

「四組?」
「正確には五組。サーヴァントが五体、マスターが四人だぽん」

  回収できた魂は三つ。
  残りの一つはどこかに消えてしまったし、サーヴァントを失ったがまだ回収していない魂が一つ。
  選ばれた参加者は二十人。一日で四分の一が脱落したことになる。

「どうかしら」
「いいペースだけど、ちょっと問題もあるぽん」

  問題というのは今後の遭遇率の低さだ。
  主従が減っていくのはとても良いことなのだが、この広い街を舞台にした戦争、人数が減れば遭遇率はどんどん低くなる。
  一日目はフェイト・テスタロッサという火種があったのでなんとかなったが、この火種も二日三日と持つものではない。
  更に、学校地帯が戦禍を被ってしまった以上、学校に集まる参加者は格段に減る。参加者の多くが学生であることを考えれば、これもまた出会いの機会の損失。
  籠城している主従、消極的な主従も残っているし、発見されなければ今後も彼女らは残り続け、隠れ続けるだろう。
  ずるずると戦争が長引き続け、停滞したとなるとプレシアは良い顔をしない。

「どうするの?」
「簡単ぽん。会いやすくすればいいぽん」

  ただ、方法は考えものだ。
  籠城も消耗待ちも立派な戦略。彼らに対して手を打つにしても露骨にやれば反感を買う。
  運営として彼女らに干渉するタイミングは今ではない。今ではまだ早すぎるし、残りの人数も多すぎる。
  だから、運営以外に彼女らを見つけてもらう。できるだけ穏便に。さり気なく。見た目は平等に。
  そうして、引きこもりや様子見にも遅まきながら舞台の上に立ってもらおう。

「そうしましょうか」
「そうすりゃいいぽん」
「そうね、そうしましょう」

  小さなお人形の歌が、nのフィールドに揺蕩う。
  泡沫として浮き上がり、そのまま文章となって打ち連ねられていく。
  かちこち、かちこち。時計が進み、時計の針が揃って真上を指した時、二度目の手紙が送られた。


872 : 第一回定時通達 ◆EAUCq9p8Q. :2018/01/05(金) 07:28:03 sBpK2f8U0




  20人の少女、山の中。
  1人は愛と勇気を胸に、友達と一緒に消えてった。

  19人の少女、街の中。
  1人は海に落としもの、愛に溺れて沈んでく。

  18人の少女、■の中。
  1人はようやく大人になって、鏡の中で夢を見る。

  17人の少女、■の中。
  1人は死体に襲われて、どうにもならずにゾンビになった。

  残った少女は16人。
  きらきら輝く16人。

  夢を見るのは15人。
  楽園を目指す15人。
  どこにもいけない迷子が1人。
  寂しい寂しい迷子が1人。

  16人の少女どこに行こう。
  きらきら輝く願いの夜明け。
  嵐の後の青い空。
  大きな虹の橋の根本。
  ママの宝石箱の真ん中。
  16人の少女どこに行こう。







【アサシン(プライド/セリム・ブラッドレイ)    脱落】
【星輝子&ライダー(ばいきんまん)       脱落】
【大井&アーチャー(我望光明)         脱落】
【雪崎絵理&バーサーカー(チェーンソー男) 脱落】
【白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)    脱落】

【残り 15/20組】



【マスターのみ生存】
○大道寺知世

【サーヴァントのみ生存】
なし


.


873 : 第一回定時通達 ◆EAUCq9p8Q. :2018/01/05(金) 07:28:37 sBpK2f8U0

[定時通達]

だいたい以下のような内容の文章がルーラーから送られました。

※◇〜◇
※一日目が終了しました。参加者の皆様お疲れ様です。
 引き続き二日目の聖杯戦争に励んでください。頑張って! ファイト!
※脱落者の詳細確認は図書館で行えます。図書館司書を務める「大淀」という名前のNPCをお尋ねください。
 脱落したマスターについてが知りたい方は「マザーグースの貸出記録の閲覧」を大淀にお申込みください。
 脱落したマスターの名前・容姿・ロール・死因をお伝えいたします。
 脱落したサーヴァントについてが知りたい方は「この地域の偉人伝の検索」を大淀にお申込みください。
 脱落したサーヴァントに関する情報を可能な限り開示させていただきます。
※フェイト・テスタロッサの捕獲令は完遂されました。皆様、ご協力ありがとうございました。
※本日0時より、フェイト・テスタロッサに対して討伐令が敷かれます。
 フェイト・テスタロッサのサーヴァントを討伐した場合、令呪一画+フェイト・テスタロッサが討伐時点で所有している令呪が報酬として与えられます。
 討伐に関して、フェイト・テスタロッサの生死は不問とさせて頂きます。
 フェイト・テスタロッサ脱落後、彼女または彼女のサーヴァントにとどめを刺した人物に報酬を与えます。
※一日目にサーヴァントを打倒した方に限り、本メッセージとともに打倒したサーヴァントの人数分粗品を送らせていただいています。
 これからも頑張ってください。


※デイリークエスト実施のお知らせ※
 聖杯戦争のさらなる活性化を目指し、本日より『デイリークエスト』を行わせていただきます。
 デイリークエストを達成した場合、クエスト達成ボーナスを配布させていただきます。
 奮ってご参加ください!

デイリークエスト:マスター・サーヴァント・宝具等を問わず、自陣営のうち一人がD-4・遊園地に4時間滞在する。
         ただし、補充可能な使い魔や洗脳したNPC等の即座に替えの効く魔力生命体は不可とさせていただきます。
         また、一度入園した後規定時間を達成せずに遊園地から離れた場合、再度入園した場合もクエストは最初からやりなおしとなります。
         クエスト開始は遊園地営業開始の9時、クエスト達成締め切りは第三回定時通達配布時点となります。
デイリークエスト報酬:参加者(マスター・サーヴァント)一組の情報
           参加者指定ありの場合は指定したマスター・サーヴァントそれぞれの現在地情報(利用開始から8時間閲覧可能、リアルタイム更新)
           参加者指定なしの場合はランダムなマスター・サーヴァントの一部情報(フェイト・テスタロッサと同程度のもの、報酬受取から永続的に閲覧可能)

 デイリークエスト達成条件を満たした場合、達成メールとURLが届きます。
 URLにアクセスし、指定あり・指定なしを選択(指定ありの場合は名前入力の必要あり)後、利用開始することが可能です。
 デイリークエスト詳細について、質問がある場合はこちら(管理者メールアドレス)か最寄りのルーラーまで。


874 : 第一回定時通達 ◆EAUCq9p8Q. :2018/01/05(金) 07:29:31 sBpK2f8U0

[備考]
主催側によって
・ランサー(綾波レイ)によるアサシン(セリム)の打倒
・アサシン(クロメ)によるアーチャー(我望光明)の打倒
・アーチャー(森の音楽家クラムベリー)によるバーサーカー(ジェノサイド)の打倒
が確認されています。

フェイト・テスタロッサ、山田なぎさ、海野藻屑の三人の携帯端末に粗品(ランダムな参加者一名の情報)が送られました。
送られた情報はマスターの顔写真・名前・ロール、サーヴァントの全体姿、クラスとなります。(フェイトの情報とだいたい同じです)
また、情報とともに「情報は好きに利用していい」というメッセージも添えられています。
他人と共有してもいいし、掲示板に公開してもいいし、警察に迷子として捜索願を出してもいいし、勝手にホームページを作ってネットアイドルデビューさせてもいいです。
ただ、あんまりにもあんまりなことをやりすぎるとルーラーが挨拶にくるのでそれは覚悟しましょう。

なお、この情報で「マスター・サーヴァントのどちらかがすでに面識のある人物」及び「脱落者・脱落扱いの者」の情報が渡されることはありません。
それぞれ除外される参加者の情報は以下の通りです。

共通除外:脱落者四組、大道寺知世

○フェイト
江ノ島盾子、蜂屋あい、高町なのは、輿水幸子

○なぎさ
木之本桜、海野藻屑、フェイト・テスタロッサ、双葉杏、江ノ島盾子、蜂屋あい、諸星きらり、輿水幸子

○藻屑
木之本桜・フェイト・テスタロッサ、江ノ島盾子、高町なのは、蜂屋あい、山田なぎさ、大道寺知世


875 : 第一回定時通達 ◆EAUCq9p8Q. :2018/01/05(金) 07:29:57 sBpK2f8U0
以上で投下終了です
何かあったらよろしくお願いします


876 : ◆EAUCq9p8Q. :2018/01/26(金) 05:00:51 xYNq.KgU0
ランサー(姫河小雪)
双葉杏&ランサー(ジバニャン)
偽アサシン(まおうバラモス)

予約します


877 : 名無しさん :2018/07/06(金) 12:25:54 ScZUeOaQ0
ここも忘却に飲まれたか


878 : ◆2lsK9hNTNE :2018/12/06(木) 00:48:23 BrAkQdvE0
からくりサーカスのオープニングを聴いてたら執筆意欲が湧いてきたので
中原岬&セイバー、ララ&アサシン予約します


879 : 名無しさん :2018/12/11(火) 00:16:12 sHSnK4wE0
久々の予約楽しみ


880 : ◆2lsK9hNTNE :2018/12/12(水) 01:18:34 1j81PN9E0
1〜3日ほど投下遅れます


881 : 名無しさん :2018/12/15(土) 11:43:34 MRCSy13.0
予約来てたのか!?
しかも岬ちゃん勇者&ララバネ足伯父さん組とか楽しみすぎる
無理せず書かれて下さい


882 : ◆2lsK9hNTNE :2018/12/16(日) 00:56:13 tLrfDF3Y0
だいぶ遅くなりましたが投下します


883 : 願い・想い ◆2lsK9hNTNE :2018/12/16(日) 00:58:24 tLrfDF3Y0
 21時に待ち合わせの公園に行くと、歌姫はすでにベンチに座って待っていた。テーブルとセットの木製のベンチだ。彼女はこちらに気づくと手招きをした。
 後ろには背の高い金髪の男が立っている。劇場で見かけたことがある男だった。時は普通の人間だったはずなのだが、いまはサーヴァントとしてのステータスがはっきりと分かる。

「おそらくサーヴァントとしての気配を消す能力を持っているんだろう」

 岬の疑問を察してセイバーが答えた。
 アサシンのクラスであるその男の視線は、岬たちを観察しているようだった。
 心臓がバクバクと鳴り出して、岬は早くもここに来たことを後悔してきた。けど肩の上にセイバーが手を置かれて。

「大丈夫」

 その一言で岬は意を決した。ぎこちない動きで近づいて歌姫の対面に座る。セイバーは向こうのアサシンと同じように岬の後ろに立った。歌姫が優しく微笑んで言った。

「安心して。戦うつもりはない。あなたを呼んだのはマスターとしてじゃなくひとりの、えっと……歌手としてあなたと話したいと思ったからなの」
 
 そう言われても岬からすれば、劇場で喝采を浴びる歌姫と話すことが、そもそも恐ろしいことなのだ。全然安心できなかった。彼女は微笑んだまま続ける。

「私の名前はララ。あなたは?」
「え? あ、……中原……岬、です」
「そう、岬っていうの。よろしく」
「こ、こちら、こそ……よろしく、おねがい……します」

 いきなり下の名前を呼び捨てにしてきたことに面食らいながらも、なんとかお辞儀をした。この気安さが周りに愛される人間というものだろうかと、変に感心してしまう。
 一度下げた頭を上げられないで、上目遣いに歌姫の様子を伺う。綺麗な人だった。劇場で見たときから綺麗だとは思っていたけど、あらためて見ると本当に人形みたいに綺麗だ。それだけに左目の包帯と、てっきりステージ衣装だと思っていた、ボロ布を一枚まとっただけのような服装が浮いている。包帯は仕方ないにしても服はもっといい物を持っていないのだろうか。いくら温かい季節だといってもさすがに寒そうな気もするが。
 そんなことを考えていたせいか。「訊きたいことがあるの」と歌姫に言われて、岬はビクッと震えた。

「あなたはどうして私の歌で泣いてくれたの?」
「ど、どうして?」

 問われて、岬は頭をこねくり回して必死に答えを探した。

「その……なんていうか、歌姫さんの歌を聴いていると……」
「ララでいいよ」

 ――そんな恐れ多い!

 が、ここで逆らうのも逆に失礼な気もするので、仕方なく岬は従うことにした。

「ララさん、の歌を聴いてると……なんていうか、私の中に足りないなにかが満たされるというか……なんていうか、その、すいません、上手く言えないです」
「ううん、ありがとう。そう、足りないなにかが満たされる……」

 ララは噛みしめるように呟いて。考え込み始めた。そう真剣に受け取られると、あんなに拙い答えしか言えなかったことが申し訳なくなってくる。
 なぜ涙を流したのか。
 それは岬自身にとっても不思議なことだった。歌詞すらわからない歌だったのだ。ああいう分野に特別強い感受性を持っているわけでもない。
 あれほどまでに感情を揺さぶられた理由は岬の方ではなく、むしろ歌の方にあるように思えた。

「あの……」

 意を決して岬が話しかけると、ララは気分を害した様子もなく「なに?」と返した。

「ララさんは……なんで……あんな歌が歌えるんですか?」

 この質問は彼女にとっては意外なことのようで、目を丸くしていた。それからまた少し考え込んで。言った

「私は歌うときに特別なことをしているつもりはない。想いを込めるだけ。だからそこに特別ななにかを感じたなら、きっと私が歩んだこれまでが影響してるんだと思う。少し長い話になるけど、いい?」


884 : 願い・想い ◆2lsK9hNTNE :2018/12/16(日) 00:59:52 tLrfDF3Y0

 頷くとララは語り始めた。
 昔の彼女は歌うためだけの存在だったという。その意味するところはよくわからなかったが、とにかくそういうことらしい。
 彼女は誰にも歌を求められなくて、誰からも拒絶され続けて、ずっと孤独に過ごしてきた。そんなとき出逢ったのが周りから迫害されるひとりの男の子だった。
 彼は世界でただひとりララの歌を求めてくれた。ララのことを求めてくれた。そしてララも彼を求めた。
 ララと男の子は世界でふたりきり、互いを想いあった。男の子の命が尽きる日まで。

 話を聞いて岬は自分が涙した理由を覚った。
 彼女は岬と同じだったのだ。誰からも嫌われてずっとひとりぼっち。違ったのは同じ境遇の少年と互いを想い合えたこと。
 佐藤という青年がいた。彼はみんなから嫌われるダメな岬が、唯一自分よりもダメだと思った青年だった。佐藤ならダメな岬を想ってくれるかもしれない。岬は彼に好かれるための計画を行った。でも結局は失敗した。
 ララと男の子はきっと上手くいった岬と佐藤だ。きっと苦しいことばかりの世界でたったひとつの救いを得られた岬だ。ララの歌が足りないなにかを満たしてくれたのは、ララが満たされた岬だったからだ。

「ララさんは……」

 声に込められたのは羨望か嫉妬か同情かそれ以外か。自分でもよくわからないまま岬は言った。

「聖杯でその人を生き返らせたいの?」
「そうしようかとも考えた。でもあの人の死は満たされたものだったと思うの。悲しいけれど、あれでよかったという気持ちもある。だからなにをしたいのかも、なにをすればいいのかも、全然わからないでいるの」

 そう言って自嘲するような笑った

 ――強いなあ。

 元から持っていたものなのか、満たされて得たものなのかはわからないけど、強い。岬とは比べ物にならないほどに。

「あなたはどう? 願いとかしたいこととかはある?」
「私?」

 そんなこと、考えてすらいなかった。 聖杯に掛けるに値するような願いなんて持ってないし、そもそもは自殺しようとしていたのだ。戦う気も起きないし、ルーラーから来たメールも、斜め読みだけして無視していた。記憶は戻る前も後も変わらない。岬はただ日々をぼんやりと過ごすだけだ。
  
「私は……そういう願いとかは、とくにないです。毎日、普通に暮らせればそれでいいです」

 ひとりならきっとそんなことにすら耐えられなかっただろう。でも。
 チラッと横目にセイバーを見やる。記憶を取り戻してからの岬には彼がずっと側にいる。

「……一緒にいたいのね。その人と」

 そうはっきり言われるとなんだか恥ずかしい。頬を赤くしながら岬は頷いた。

「だったらそれがあなたの願いなんじゃない?」
「え?」

 そうなんだろうか。そんなふうに思ったことはなかったけれど、けど、そうかもしれない。自分にも願いがある。それはなんだか……悪くない気分だった。
 気づけたのは彼女のおかげだ。岬はお礼を言おうとしたが、その前にララが立ち上がって歩き出した。
 帰ろうとしたのかと思ったが、すぐに立ち止まり空を見上げた。なにか思案している様子だった。
 
「ララさん?」

 呼びかけると振り返った。呼びかけに応じたというより、ちょうどそこで思案が終わったようだった。彼女は言った。

「戦いましょう」
「え?」

 岬は聞き返した。聞こえなかったわけではない。ただ聞き間違いだと思った。耳に入ったのがあまりにも予想外の単語だったから。だがララは理由を訪ねたと受け取ったらしい。

「あなたが生きていても死んでいても、聖杯戦争が終わればサーヴァントは消滅するわ、。あなたの願いがそのセイバーと一緒にいることなら、叶えるには聖杯を手に入れるしかない。わたしとも戦うことになる」

 言葉を失う岬にララは続ける。

「願いを叶えるっていうのはたぶんとても難しくて、叶えられる人は特別なのだと思うの。聖杯戦争という舞台の上ならなおさら。覚悟を持たないときっと生き延びることもできない」

 言ってくるララの瞳があまりにも力強くて、気づいたら後ろに下がっていた。庇うようにセイバーが前に出る。
 いつもなら頼もしい背中。でも今だけは嫌だった。マスターを庇うその動きが敵から岬を守ろうとしているみたいで。

「私と私のサーヴァント、あなたとあなたのサーヴァント」

 ララは手を伸ばす。握手を求めるように。あるいは見えない剣を突き立てるかのように。

「しましょう、四人で」


885 : 願い・想い ◆2lsK9hNTNE :2018/12/16(日) 01:01:51 tLrfDF3Y0





 四人は海沿いにある今は使われていない倉庫街の端に場所を移した。ここなら海と、背の高い倉庫に囲まれていて、誰かに見られたり、巻き込んだりする心配もない、らしい。
 案内したのはアサシンだった。岬とセイバーは基本的に町を出歩いたことがなく、ララも同じ様のものらしい。人目につかない場所を知っているのはアサシンだけだった。
 いまララとアサシンは念の為見回りをしにいっている。ここにいるのは岬とセイバーのふたりだけだ。

「ねえ」

 ララたちが立ち去った方向を眺めながらセイバーに話しかける。

「いまのうちに逃げたりしちゃあ、だめかな?」

 セイバーはかぶりを振った。

「気持ちはわかるけど、彼女の言った通り聖杯戦争は半端な覚悟じゃ生き残れない。この戦いはきっと俺たちにとっても必要なことだ思う」

 必要なことだから、生き延びるためだから、望みを叶えるためだから。
 きっとそれは正論なのだろう。彼らの言葉は正しくて、この戦いは乗り越えなければいけないものだ。そんなことはわかっているのだ。でもだからなんだというのだろうか。
 それで立ち向かえるような人間じゃないから、岬は自殺なんて考えたのだ。
 どんな理由があろうと戦うのは怖かった。今朝悪いカバに襲われたときだって、すごく怖かった。
 カバを追いかけるセイバーのあとを追ったのだって勇気があったからじゃない。セイバーと離れるほうがもっと怖かったからだ。

「……強いんだね。セイバーさんは」

 さすがは魔王を倒した勇者である。きっと岬には想像も出来ないような苦難を恐怖も何度も乗り越えてきたのだろう。誰からも嫌われて、ひきこもりの心ひとつ変えられないで、全てから逃げようとした自分なんかとは全然違う。
 セイバーがこっちを見て。なにか言おうとしたのだろう。だが、そのときララたちが戻ってきた。
 だからこの話はそれで終わりだった。悲しみを抱えたまま、セイバーとアサシンの戦いは始まった。





 霊体化して倉庫を登ったアサシンは、屋根の上では彼は実態に戻って周囲を警戒していた。
 思い返してみれば彼は普段からあまり霊体に成っていない。肉体があるほうが好きなのかもしれない。後ろから彼を眺めながらララはそんなことを考えた。
 
「あんたもファンサービスがいいな」

 アサシンが背を向けたまま言った。

「ファンサービス?」
「あの嬢ちゃんのことさ。我が身を危険に晒してファンを助けようとするなんて大した歌姫じゃねえか」
「ああ、そのこと。別にあの子のためだけじゃないの。私もどうするか決める前に一度聖杯戦争を知ったほうがいいと思ったから。ひょっとしたらそうすることで、なにかつかめるかもしれないし」
「ま、つかんだ瞬間に俺たちの聖杯戦争が終わる可能性もあるがな」

 そう言ってアサシンは皮肉げに笑う。

「ごめんなさい。あなたまで巻き込んで」
「お前がしたいならそれすりゃいいさ。あの嬢ちゃんに戦いが必要なのは間違ってないだろうしな。あの顔、あれば嫌な現実から逃げてる奴の顔だ。辛いことや苦しいことに立ち向かわずに逃げる、臆病者の顔だ」
「手厳しいのね」

 ララは岬がこれまでどんな人生を生きてきたか知らない。それでも、いやだからこそか。辛辣な言葉を吐くアサシンの態度は少し嫌いだった。

「昔、ムカつく男がいたのさ。現実から逃げて、乱痴気騒ぎを起こしてはスターを気取ってるバカが。ま、そいつに比べればあの嬢ちゃんのほうが百倍ましだな」
「でも、人間のことなんて偉そうに言えないけど……現実になんてひとりの力で立ち向かえるものなの?」
「……さあな」
 
 少し間を開けてから、アサシンはぶっきらぼうに言った。相変わらず背中を向けていて表情はわからない。なんとなく意図して表情を隠したような気がした。
 もしかしたら軽はずみに触れていい領域ではなかったのかもしれない。
 
「……ごめんなさい、本当に偉そうに言えることじゃなかった」

 人間どうこうは置いといても、ララはこれまでの一生の中でこれまでなにかに立ち向かったことなんて一度もない。
 あったのはなにも考えず、求められるままに歌った日々と、五百年の孤独、そしてグゾルとの生活。全部自分の力で得たものではない。流されるままに与えられたものだ。
 最後にグゾルのために歌うという願いさえ、自分の力で叶えられたわけではない。

「……勝ち目はあると思う?」
「言っただろ。向こうのサーヴァントは俺より格段に強い」
「じゃあやっぱり……」
「だが」

 そこで初めてアサシンを振り返ってララを見た。屈んで、目線まで合わせて。

「やりようはある」

 歯をむき出しにして獰猛――だけどとびっきりのいたずらを思いついた子供みたいにも見える笑みで言った。


886 : 願い・想い ◆2lsK9hNTNE :2018/12/16(日) 01:03:53 tLrfDF3Y0




 見回りを終えて岬たちのところに戻ると彼女らは変わらずにそこにいた。

「おまたせ」

 告げるとふたりはこちらを向いた。
 ララとアサシン、岬とセイバー。海と倉庫に挟まれたコンクリートの上で互いに向き合う。

「周囲に人影はなかった。始めよう」

 言いながらアサシンはララの前に立った。トランクを持った手に心なしが力を入ったような気がした。

「わかった。始めよう」

 セイバーも剣を抜きながら前へ。アサシンへ向かってゆっくりと歩く。ふたりの距離が少しづつ縮まり、走った。剣を両手で持ち、前へ。アサシン目掛けて真っ直ぐに。
 アサシンは手に持ったトランクを消失させ、姿を怪人へと変える。
 響き渡るのは聞く者を震え上がらせるおぞましい笑い声。『バネ足ジャック』はその名が示すバネ足で跳び上がった。吠える。

「霧の都、月に跳ぶ怪人(ブラックミュージアム・スプリンガルド)」

 霧に包まれたロンドンが倉庫街に顕現する。アサシンは霧の中へと姿を暗ませた。
 行方を探すセイバーの側に突如として現れ、鉤爪が舞う。セイバーは身をかわそうとするが一歩早く爪が肩を抉る。反撃の剣を振るわれたときにはアサシンの姿はかき消えている。
 笑い声が霧の中こだまする。アサシンは現れては消え、消えてはまた現れ、セイバーを翻弄する。
 セイバーは繰り出されるバネ足ジャックの鉤爪をかわし、防ぐが、時折り身体を掠めて徐々に傷を増やしていた。
 アサシンだけが攻め続ける一方的な展開。傍からみればそう映るが、実態はまるで違うことが事前に実力差を聞いていたララにはわかった。
 宝具も発動し、持てる力を出し切ったアサシンには余裕がない。対してセイバーは宝具どころか剣一本で戦い続け、自身の手札をほとんど見せていない
。まともにダメージを与えられたのも最初の一撃だけで、後はかすり傷程度だ。それでも攻め続けているのはスピード勝負以外に勝ち目がないからだろう。ちょっとでも動きを止めたら一気に形勢が逆転する。

 だが岬にはそんなことわかっていないだろう。
 アサシンの宝具の一部である霧は彼の制御下にあり、おそらくいまはセイバーにのみ効果を発揮している。岬もこの戦いをはっきりと見ていた。
 彼女の顔は青ざめ、目には涙すら浮かべていた。ララの歌を聴いて出した涙とは違う。もっと苦しくて嫌な涙だ。見ているとララまで胸の奥がざわざわする。
 こんな感覚、この町に来るまでグゾル以外に抱いたことはなかった。
 ララの世界はグゾルとふたりだけで完結していて、他のものなんてどうでもよかったのだ。
 でも、この町に来て、劇場で歌姫として歌い続けて、アサシンと出会って、普通の人間として生きてきた記憶もあって。
 世界はララの意思とは無関係に大きく広がった。途方も無いほどに。
 この世界でなにをすればいい? なにができる? わからない、わからないけど、でも。

 幸子と会って彼女を傷ついた心を癒やしたいと思った。歌を綺麗だと言ってくれた彼女に嘘をつきなくなかった。
 ララの歌で泣いてくれた岬を助けたいと思った。死んで欲しくないと思った。たとえそのために必要なことでも、彼女の苦しみの涙を見るのが辛かった。
 無限の広がりを持つこの世界で、進む道を決めるための道標は確かに得ている気がする。
 なにができる? なにをすればいい? なにをしたい?
 そのとき。
 ララの脳裏に白い髪の男の子の姿が浮かんだ。
 ララとグゾルを助けてくれた男の子。彼にはふたりを助けたところで得るものなんてなにもない。それどころか大事なものを失う可能性すらあった。
 それでも彼は助けてくれた。仲間に責められながらも、命を賭けて。
 彼は言った。
 
『僕は、ちっぽけな人間だから。大きい世界より目の前のものに心が向く。切り捨てられません。守れるなら守りたい』

 ――ああそうか。

 ララは自分のやりたいことをはっきりと自覚した。
 そうだ。世界の大きさなんて重要じゃなかったのだ。大事なのは目の前にある心が向くもの。
 かつてのララにとってそれはグゾルだけだった。だけどグゾルは逝ってしまった。ララもいずれ逝く。でも目の前のものを見捨てて逝くことはできない。
 劇場の観客たち、ララの歌で涙を流してくれた幸子や岬、そして。

 ――優しい優しいウォルターおじさま。

 アサシンが剣に弾かれ、バランスを崩した。着地に失敗し地面を転がる。セイバーからすれば逃す手はないチャンス。そしてララにとっても。


887 : 願い・想い ◆2lsK9hNTNE :2018/12/16(日) 01:06:24 tLrfDF3Y0

『びっくりさせてやんのさ』

 戦いの前、アサシンは言った。

『まともにやったって勝ち目はない。でもビックリすりゃあ大抵の奴は動きが鈍る。そこを突く』
『あいつらはあんたをただのか弱い歌姫だと思ってる。それがいきなりすごい力を出してみろ、怖い怪人よりもよっぽど驚くぜ』

 なんだかすごく失礼なことを言われてない?
 ララがムスッとすると、彼は褒めてんのさ、と笑った。

『タイミングは俺に隙が出来てやられそうなとき、そんとき奴はチャンスを逃すまいとして――』

 ――アサシンに意識を集中する。

 ララは左足に力を込め、全力で地面を蹴った。アスファルトがひび割れ、ララの身体が弾丸のように跳ぶ。
 こちらに気づいて目を見開いたセイバーのその顔面目掛けて、ララは拳を振り抜いた。
 瞬間、衝撃音と共にセイバーの身体は大きく吹っ飛んだ。ララの攻撃をまともに食らった。そう見える。だが感触が違うと告げていた。

 ――浅い!

 おそらく殴られる直前に、反対に跳んで衝撃を緩和したのだろう。人を殴ったにしては手応えがなさすぎた。
 なりふり構わず跳んだのか、見た目こそ大げさに吹っ飛んではいるが、ダメージは少ないだろう。
 だがそれは殴ったララだからこそわかったことだ。未だ体勢を立て直している途中のアサシンにはわからなかっただろう。
 彼女にはなおさらだった。





 ――どうして彼は寂しいんだろう?

 その疑問はセイバーと出会ってからずっと岬が感じていたことだった。
 魔王を倒した勇者、彼は岬なんかよりもずっと強くて優しくて立派な人間だ。仲間が欲しいなら簡単に作れそうなのに。
 彼は言っていた。仲間たちに胸を張れる自分を見つけられなかった、と。
 でも彼の良いところなんて、数日一緒にいただけの岬にだっていっぱい挙げられる。だからなぜ彼がそこまで自分に自身が持てないのかわからなかった。けれど。

『……強いんだね。セイバーさんは』

 岬がそう言った後の彼は、よく知っている目をしていた。鏡を見ると必ずある目。
 彼がそんな目をしていることがあまりにも辛くて。岬はなにかを言おうとした。彼がなにか言おうとしたの同じタイミングで。だけどちょうどそこでララたちが帰ってきて。
 元々なんて言えばいいのかわからなかった岬は言葉を失った。戦いに赴くセイバーに声を掛けることが出来なかった。
 いま彼はララの攻撃を受けてしまった。その光景には驚くべきところが色々あったけれど、岬の意識は全て彼に注がれていた。
 彼は殴られて、ダメージを受けた状態で海に落ちようとしている。
 正直にいうと彼のことは未だによくわかっていない。だけど彼が岬と同じくらいに自分のことをダメだと思っているのは確かだった。
 それは、本当にダメな岬がそう思うよりも不幸なことだ。彼は岬よりダメじゃない。だけど岬より不幸だ。

 水の音が派手に響いて彼が沈む。岬は駆け出した。彼が沈んだ場所へと迷わず飛び込む。
 海の中は暗くてほとんどなにも見えない。手を伸ばして探ると彼の手に触れた。掴む。決して離さないように強く。
 そのままなんとか泳いで陸に戻ろうとするが、か弱い少女の力で男ひとり引っ張ってまともに泳げるはずもなく、慌てて飛び込んだせいか水も吸い込んでしまっていた。
 息が持たない。薄れゆく意識の中、身体が抱きしめられたような気がした。





 ふたりが沈んだ暗い海からも誰も浮き上がってくる気配がない。ララは呟く。

「実はものすごくダメージを受けていて泳ぐ力すら残っていない、なんてことないわよね」
「ねえな。気配が遠ざかってる」

 どうやらセイバーはマスターを連れて逃げたようだった。

「上陸先で待ち伏せできるかもしれないが、どうする?」

 問いかけるアサシンにララはかぶりを振った。
 岬が聖杯を目指すならいずれ戦うことにはなるが、いま戦う必要はララにも岬にも、もうない。
 岬の行動は考えなしで色々と問題はあったかもしれないが、なんの覚悟もない人間にできることじゃない。
 ララ自身も自分のしたいことがわかった。アサシンはいつの間にかいつもの格好に戻っていた。ララを見てニヤリとする。


888 : 願い・想い ◆2lsK9hNTNE :2018/12/16(日) 01:07:25 tLrfDF3Y0
「どうやらなにか掴んだようだな」
「うん、私やりたいことがわかったの。私の歌を聞いてくれる人を……」
 
 そこでふとアサシンの言葉を思い出した。

「ファンの人たちを守りたいの」

 アサシンはククッ、と笑う。

「いいな、いい。だがこの町でそれをやるのは容易じゃないぜ?」

 ララの家にはテレビもないので、この町のなにが起こっているかは知らない。
 だが聖杯戦争の舞台となったからには無事で済んではいないだろう。もう何人も死者が出ていてもおかしくない。
 守るということはその原因と成っている者たちと対峙するということだ。困難な道であることは間違いない。

「わかってる。だから……」

 ララひとりの力では絶対に達成できない。だけど、ここにもララを助けてくれる人がいる。

「だから……手伝ってくれる?」
「仰せのままに我が主」

 アサシンはわざとらしいほどに大仰な礼をした。





【B-3/倉庫街/一日目 夜】

【ララ@D.Gray-man】
[状態] 健康
[令呪]残り三画(イノセンスの埋め込まれた胸元に、十字架とその中心に飾られた花の形で)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 劇場での給金(ある程度のまとまった額。ほとんど手つかず)、QUOカード5,000円分
[思考・状況]
基本行動方針:歌を聞いてくれる人たちを守る。
1.具体的にどうするかはアサシンと決める。
2.フェイト・テスタロッサが気になる。
[備考]
※「フェイト・テスタロッサ」の名前および顔、捕獲ミッションを確認しました。
※「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」の噂をアサシン経由で聴取しました。
 また、「さいはて町」「実体化していたサーヴァント(木原マサキ)」「シルクちゃん主従」の情報を得ました。


【アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)@黒博物館スプリンガルド】
[状態] 健康、魔力消費(中)スキル『阻まれた顔貌』発動中
[装備] バネ足ジャック(バラした状態でトランクに入っていますが、あくまで生前のイメージの具現であって、装着を念ずれば即座にバネ足ジャックに「戻れ」ます)
[道具] なし
[所持金]一般人として動き回るに不自由のない程度の金額
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(ララ)のやりたいことに付き合う。
1.『町』にもう一度行く必要は……
2.『チェーンソー男』『包帯男』『さいはて町』に興味。
[備考]
※中原岬&セイバー(勇者レイ)、シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)を確認しました。
※「フェイト・テスタロッサ」「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」キャスター(木原マサキ)についてある程度知っています。
※さいはて町の存在を認知しました。町の地理、ダンジョンの位置も把握しました。
※さいはて町の番人、『チェーンソー殺人鬼』を確認しました。『チェーンソー男』との類似を考えていますが、違う点がある事もわかっています。
※さいはて町の入り口(D-3付近、C-4付近)を確認しました。もう一度行くと入り口があるかもしれませんし、ないかもしれません。
※『阻まれた顔貌』はさいはて町内、かつマスターもしくはサーヴァントの視認範囲に入ったときのみ逆効果に働きます。が、ある程度看破能力は必要かもしれません。

【D-3/海/一日目 夜】

【中原岬@NHKにようこそ!】
[状態]魔力消費(小) セイバーに抱きかかえられている
[令呪]なし
[装備]なし
[道具]カッターナイフ
[所持金]あまり使えないんです。お世話になってるから。
[思考・状況]
基本行動方針:セイバーと一緒にいたい
0.気絶中
[備考]
※ララ、悪いカバ(まおうバラモス)を確認しました。魔術については実際に目にしましたが理解が及んでいません。


【セイバー(勇者レイ)@DRAGON QUEST IV 導かれし者たち】
[状態]魔力消費(小)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:岬の傍に居る
1.どこかで岬の看病。
2.魔王を倒す必要がある……か?
3.できるだけ宝具の解放や長時間の戦闘は避けたい。
[備考]
※通常実体化した場合、村人のような格好(DQ4勇者のデフォ衣装)です。


889 : ◆2lsK9hNTNE :2018/12/16(日) 01:09:14 tLrfDF3Y0
投下終了です。久しぶりなので色々と不安です


890 : 名無しさん :2018/12/16(日) 15:46:37 O4jZeQE20
投下お疲れ様です! しばらく読めていなかったので定時通達への感想も含めて。

>第一回定時通達
唄が…!
二十人の少女〜からの歌詞の一つ一つ、そこにあった物語を思い返して辛くなる・…
個人的にはやっぱり、
 >1人はようやく大人になって、鏡の中で夢を見る。
これが何とも刺さりました…
そして、デイリークエストの通達と言い、相変わらずのポップな邪悪さが光る…

>願い・思い
ああ、この二組いいなあ…
岬ちゃんのためらいと迷いと、だからこそのララとの会話・レイを助けに飛び込むとこがいい
ララの過去を聞いて佐藤との日々を思い出して、そして戦う勇者の瞳を見て…
 >それは、本当にダメな岬がそう思うよりも不幸なことだ。彼は岬よりダメじゃない。だけど岬より不幸だ。
ここ、すごいグッと来ました。この二人、あまりに境遇の違うようでいて、やっぱり主従となっただけの絆をひしひしと感じる
レイの原作(ゲーム)での過去を思えば、彼の優しさと強さが何とも切ないし、「鏡」ってワードも何気にこの聖杯戦争では重要かもしれないなと

そして、「やりたいこと」を見つけたララ。グゾルとの日々、アレンの言葉を思い出して決意する下りでちょっと涙が…。
彼女の傍に立つストレイド侯・バネ足ジャックもあまりにも優しくてかっこいい。
「昔、ムカつく男がいた」。バネ足は自分の影と戦って大切なものを守った怪人だもんな…
宝具込みで「驚かせる」ことに軸を置いた戦い方も、すごく彼らしい。
レイといい、この二組のサーヴァントはどっちも「寂しく優しい男」すぎてたまらないです。

多くを語らず主を守るレイとの間で、独白を繰り返しながら前に進もうとする岬ちゃん
軽口を叩きながらも迷う主と共に歩こうとするバネ足ジャックと会話しながら、「やりたいこと」を見つけたララ
二組の雰囲気と帰結の描き方が素晴らしい回でした

「理由一つだけ抱えて いつだって 舞台の上」。少女たちが舞台の上でどうなっていくのか、楽しみにしています


891 : 名無しさん :2018/12/19(水) 02:33:13 yvkcFluc0
tou


892 : 名無しさん :2018/12/19(水) 02:37:45 yvkcFluc0
すみませんタイプミスです、投下お疲れ様です
バネ足ジャックとララのコンビの雰囲気がとても好きです
ララは人形であり歌い手であることによって、他の少女たちにも何かを問いかけているよう
岬とレイはこれからどう戦うのでしょうか
アサシンとセイバーの正面対決、ということでどうするんだろうとハラハラもしましたが、怪人らしい試みと、勇者の側の意思もあって、ひとまずは勝負なし
二組の、静かながらも強い気持ちや心を感じさせる会話が素敵でした


893 : 名無しさん :2018/12/22(土) 07:35:03 yFBsZh3o0
ララの「世界の大きさと守りたいもの」はDグレでリナリーがエシ戦で言ってたことと重なる


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