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モバマス・ロワイアルpart4

1 : ◆M097k4ybAc :2014/01/26(日) 00:51:59 BWePJr4g0
このスレは、アイドルマスター・シンデレラガールズ(通称モバマス)を題材にバトルロワイアルの物語をリレー形式で進めてくという企画のスレです。

【参加キャラ】

18/18【キュート】
○島村卯月/○三村かな子/○小日向美穂/○緒方智絵里/○五十嵐響子/○前川みく/○双葉杏/○安部菜々/○輿水幸子
○水本ゆかり/○櫻井桃華/○今井加奈/○小早川紗枝/○道明寺歌鈴/○榊原里美/○栗原ネネ/○古賀小春/○佐久間まゆ


18/18【クール】
○渋谷凛/○多田李衣菜/○川島瑞樹/○藤原肇/○新田美波/○高垣楓/○神崎蘭子/○北条加蓮/○白坂小梅
○相川千夏/○神谷奈緒/○佐々木千枝/○三船美優/○松永涼/○和久井留美/○脇山珠美/○塩見周子/○岡崎泰葉

18/18【パッション】
○高森藍子/○姫川友紀/○大槻唯/○及川雫/○相葉夕美/○向井拓海/○十時愛梨/○日野茜/○城ヶ崎美嘉/○城ヶ崎莉嘉/○諸星きらり/○市原仁奈
○木村夏樹/○赤城みりあ/○小関麗奈/○若林智香/○ナターリア/○南条光

6/6【書き手枠】
○佐城雪美/○本田未央/○喜多日菜子/○大石泉/○星輝子/○矢口美羽


【基本ルール】

1.とある島にアイドル65人放り込み、一人になるまで殺し合いを続ける。
2.開始時間は午前0時から。制限時間は無制限。二十四時間以内に誰も死なないならば、強制的に全滅。
3.参加者の首には首輪がつけられて、爆弾がつけられている。無理に引っ張ったり、主催が命令などあると、爆破される。
4.ゲーム開始後、六時間毎に、放送が流され、そこで直前で死亡した人物の名前が読み上げられる。
  また、次の6時間以内に進入禁止になるエリアを読み上げる。禁止エリアに入った参加者の首輪は警告の後爆破される。
5.参加者には、武器になったりならなかったりする不明支給品が1〜2支給される他に、以下の基本支給品が支給される。
  荷物を入れるデイバック、情報端末(時計磁石入り)、参加者名簿、地図、筆記用具(鉛筆やメモなど)、懐中電灯、食料(水と軽食)
6.各アイドルのプロデューサーは主催によって人質にされている。アイドルと同じ首輪をしており、主催の判断で爆破される事がある。


 ※バトルロワイアルのルールは本編中の描写により追加、変更されたりする場合もある。
   また上に記されてない細かい事柄やルールの解釈は書く方の裁量に委ねられる。

【アイドルについて】
アイドルはソロで活動しているか、参加者非参加者問わず他のモバマスアイドルとグループで活動しているかはお任せします。先に書かれたSSに準拠してください

【プロデューサーについて】
アイドル一人ひとりにつき、それぞれのPがいます。ただし、全員が別人ではなく、複数のアイドルを掛け持ちしているPもいます。仔細は先に書かれたSSに準拠か、書き手にお任せします。

【予約について】
スレにトリップつきで、予約キャラを明記してください。
期間は5日間。5作投下した人から、7日出来ます。

また、期限が間に合わず予約破棄した時に限り、予約が入っていない場合、該当キャラのゲリラ投下を許可します。

死亡キャラの補完話は、5作投下した人から予約できます。

※地図
ttp://www20.atpages.jp/r0109/uploader/src/up0157.png

※まとめウィキ
ttp://www58.atwiki.jp/mbmr/


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2 : ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 00:53:13 BWePJr4g0
と、トリミスです。


3 : ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:25:51 BWePJr4g0
お待たせしました、投下します


4 : ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:26:30 BWePJr4g0







――――煌く衣裳も、駆けつける馬車も、ガラスの靴も失ったけれども。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇











気がつけば、雨はやみ、空には綺麗な月が見えていた。
周りには無数の星が散らばっている。
冷たい雨はやんだのに、哀しみの雨がやむことは決してなかった。
やませる気が無い事も、十時愛梨はよく知っていた。

時計の針を強引に進ませないように。
愛梨は哀しみから、前に進む気はしなかった。
それが、愛梨にとっての強い望みだったから。
『絶望』がいい。『絶望』でよかった。

十時愛梨は二度と希望に、希望になることなんてしないのだから。


「寒いな……」

雨で濡れた草の上で、仰向けになりながら、愛梨はただ呆然と夜空を見ていた。
服はおろか下着まで、雨でぐっしょり濡れていて気持ち悪い。
何よりも、濡れた服が肌に引っついてるせいでとても冷たいのだ。
愛梨は寒さに身を震わせ、いっそ服を脱ごうかとさえ思う。

「あは……いつもは、暑くて脱ぐのに……ね」

そうして、自分の置かれている状況を、アイドルであった自分と真逆の行動を取ろうとしていることに、彼女は嘲笑った。
不思議な癖だった。すぐに身体が熱くなって服を脱ぐという変な癖。
人が沢山いてもそうだし、誰かに見られると熱くなる。
そして、大好きな人の傍にいるだけで火が出そうになるくらい身体が熱くなってしまうのだ。
だから、うっかり服を脱ごうとしてしまう。

けれど、今は、寒くて服を脱ごうとする。
たった独りで、寒さに震えて。
誰かに見られることを捨てて。
大好きな人はもう傍に居ることは、永遠に無いのだから。


「あはは……」


涙が、あふれた。
十時愛梨がアイドルであることを停止した瞬間、十時愛梨の癖すら無くなったんだと感じてしまったから。
喪失は、大切な人だけじゃなくて十時愛梨の個性すら奪っていく。
でも、それでもよかった。
それを受け入れてしまうことは、愛梨には出来はしなかったから。
何でもない少女になってでも、愛梨は喪失を認めることなんて、できない。


5 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:27:31 BWePJr4g0



『――――こんばんは! 皆さん、そろそろ一日が終わりますよ!』



雨が上がって少しすると、千川ちひろの声が聞こえてきた。
相変わらず無意味に明るく、わざとらしい。
愛梨は興味もなく、ただ流し聞いていた。
死者は三人らしい。千川ちひろは少ないと言いたげそうで。
人質がいることを忘れるなと。

そんな人、もう自分にはいないのだ。

だから、何を頑張れというのだ。
一瞬、憤りが現れ、それも無駄だと思い、瞬時に冷めていく。
おそらくちひろのなかでは十時愛梨という存在はもう終わっているのだろう。
絶望の中で、死んでいけということなのだろう。
そういうことだと、十時愛梨は察してしまっていた。


千川ちひろは、未だに希望に満ち溢れていると告げていた。
希望という言葉から、十時愛梨が思い浮かべる者は、一人しかいなかった。
仲のいい友人で、この島でも一番最初に会った人で。


何時までも、枯れない希望の花――――高森藍子。


彼女はまだ死んでない。
いや、死ぬ筈がない。
愛梨はそんな確信めいた思いがあった。
なぜなら彼女は愛梨が認めたアイドルであり、『希望』だったから。


『だから、貴方が持つもの全てを。 貴方の『アイドル』を。 見せつけなさい』


それは、千川ちひろもよく知っているはずだった。
高森藍子が誰よりも『希望のアイドル』であるのを。
愛梨とちひろは、『哀しみしかなかった、あの大災害』の後にそれを見せつけられたのだから。
だから、二人はいつまでも藍子を『希望』としてみ見ている。


「そう、あの哀しみしかなかった災害に……藍子ちゃんは、希望を生んだんだ」


その時のことを、愛梨は静かに、夜空を見ながら思い出していた。



『それが、生きるという事ですよ』



アイドルであることを証明し続けるというのが、生きるということなら。



きっと、藍子は、どこまでも強く生きていて。



そして、自分は、生きることを諦めているのだろうか。



そんなちひろの皮肉めいたものを感じて、愛梨は思い出すために、目をゆっくりと閉じた。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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6 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:28:44 BWePJr4g0









それが、起きたのは寒さの厳しい真冬のことでした。
なにもかもが凍ってしまうと錯覚するくらい寒い夜のことでした。


余りにも哀しい、災害が起きたのは。


草木も眠り、雪に閉ざされ、何の音もしない深夜。


突然、雪が深く降るある地方に、凄まじく大きな地震が襲い掛かりました。
それ史上、類を見ないほどのマグニチュードと震度を誇る大地震で。
しかも一度ではなく断続的に、広範囲に。


この地震を振り返るときに、皆、同じことを言うのです。



――――最悪のタイミングだった。せめて、何か一つでも、ずれていれば…………と。



誰もが眠る深夜でなければ。
何度も繰り返し地震が来なければ。
こんな真冬の、雪が最も深い時期でなければ。
外にいれば凍ってしまうぐらいのひどい寒さの中でなければ。
大寒波が押し寄せ、大雪に降っている中でなければ。
その結果、川が増水してなければ。
ダムが老朽化してなければ。


けれど、哀しいことに……哀しいことに。


それは、全部重なってしまいました。


大雪にも耐えられるような造りの雪国の家屋でさえ、この断続して起きた地震に耐え切れませんでした。
積もっていた雪の重さもあり、多くの家が倒壊してしまいたくさんの人が生き埋めになり。
生き埋めになって、真冬の深夜の寒さに、多くの人が亡くなってしまいました。

また、多くの場所で雪崩を引き起こし、たくさんの家を巻き込みました。
川も氾濫し、老朽化したダムが決壊し、冷たい水がたくさんの人間を飲み込んでしまいました。

そして、本当にたくさんの人が地震だけなく、寒さにより凍え死んでしまいました。

大雪に道は閉ざされ、救助活動もままならず、その間に、寒さに耐え切れず、凍死者は加速度的に増え。


たくさんの人が、亡くなってしまった。


地震と寒さによって。


それは、かつてない死傷者を出し。



たくさんの哀しみしか生みませんでした。




余りにも、余りにも……哀しみしかなかった。


7 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:29:02 BWePJr4g0




その悲劇は国中に伝わり、哀しみで包み込み、その結果なにもかもが停滞していきました。




それは、『哀しみしかなかった、あの大災害』と呼ばれ。




そして、今もなお、沢山の人が哀しみに覆われています。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


8 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:29:41 BWePJr4g0







「さて、お二人とも、そろそろ出番ですよ」

ちひろさんの声に、私たち二人――十時愛梨と高森藍子は羽織っていたコートを脱ぐ。
コート無しでは寒いとはいえ、コートを着たままライブなんて出来ないから。
私たちはコートを控え室のパイプ椅子にかけ、少し伸びをする。
控え室といっても……体育館の用具室なのだけど。

「緊張しますね……」

藍子ちゃんが胸に手を置いて、深呼吸をしていた。
普段のライブと違う、特別なライブだから。
誰かに望まれて歌うライブではない。
言ってしまえば、自己満足かもしれない。
けれど、私たちの歌が力になるなら、いくらでも歌おうと思ったから。


あの、哀しみしかなかった大災害から、少し経った。
けれど、まだ哀しみは癒えてない。
だから、私たちのプロダクションは、ちひろさんを中心としてボランティアを行なっていた。
フラワーズや私達が被災地に行って、物資を配ったり、歌ったり。
効果がどれくらいあるか、わからなかったけれど、やらないよりよっぽどいいと思ったから。

まともな音響も無いし、ステージだって言うまでもなく小さい。
だからこそ、私達の全てを出さなきゃ、いけなかった。

「届く……かな」

藍子ちゃんが不安そうに呟く。
その不安は私にもあった。
だって、こんな哀しみのなかで、笑顔になってくれるのだろうか。
笑って、聞いてくれるのだろうか。

わからない。


けど、


「大丈夫」


私は、そう言えていた。
根拠も無いし、漠然と思っただけだけど。
でも、


「私達が、笑って、歌わなきゃ、ダメなんだ。だから、笑顔で、歌おう!」


笑って、歌おうと思った。
私達が笑顔でなきゃ、誰が笑ってくれるの?
私達が哀しんでいたら、誰が楽しい気持ちになれるの?
届く、届かないじゃなくて。


私達は、笑顔で、全部伝えるんだ。



だって――――!




「私達は、『アイドル』なんだから!」




私達はアイドルなんだ!





「……うん、そうですね!」
「うん! 行こう! 皆、待ってる! そして、笑顔にするんだ!」




そうして、私達は、小さなステージに躍り出る。


9 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:30:01 BWePJr4g0




哀しみを――――笑顔に変える為に。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








ライブは、上手くいったと思う。
皆、笑ってくれた。
それは仮初の、一時的な笑顔かもしれないけど、それでもきっといいものだと思う。
そう、私は信じている。

そしてライブを終えて、校庭で温かい食べ物を配っている最中だった。
ふと気づくと、藍子ちゃんの姿がどこにも見当たらない。
誰かと交流や打ち合わせしているのかと思ったのだけど、どうやらそうでもないようで。

「愛梨ちゃん……藍子ちゃん知らない?」
「あれ、ちひろさんも知らないんですか?」
「ええ……学校にはいないみたいで。……外にいるのかしら」
「……私、これから休憩ですし、ちょっと見てきましょうか?」
「そうですね、私も一緒に行きます」

学校の外に出て、でも藍子ちゃんは何処にいるのだろう。
私とちひろさんは、コートを着込み、雪道を歩き出す。
少し復興が進んでいるとはいえ、まだ深い傷跡があちらこちらに残っていた。

色々思う所はあったけれど、今は藍子ちゃんだ。

思えばライブが終わった後もそわそわしていた。
寒いのかなと思ったけれど、そういう様子ではなくて。
何か気になってる様子だった。
どうしたのと聞いても、答えてはくれなかった。


不思議に思いながら、歩いていると。


「あ、藍子ちゃ……」
「愛梨ちゃん、待って」
「えっ」


藍子ちゃんが道端に佇んでいて。
声をかけようとして、ちひろさんに止められる。
どうしてだろうと思ったら、藍子ちゃんの隣に、一人の男の子が座っていて。


そして、私達は、そのまま藍子ちゃんを静かに見守っていて。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


10 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:30:28 BWePJr4g0








そこにあったのは、恐らく一軒の洋食屋さんだったのだろう。
けれど、雪と土砂に飲まれ、残っているのは看板だけだった。
その前で、一人の男の子がじっとそれを見つめていた。
大体中学生になったばかりかなる直前か。
そんなぐらいの男の子が、じっと。

「ねぇ、君……」
「…………ん? さっきの、フラワーズのリーダー?」
「うん。豚汁配ってるけど、君は食べないの?」
「……いい。うちは洋食屋だったんだから」
「そっか」

よく解らない理屈だったが、とりあえず藍子は納得したように、隣に立った。
ずっと、ライブの最中からこの子のことが気になっていたのだ。
皆、笑ってくれたのに、この子だけ笑っていなかったから。
けど、悲観した表情じゃなくて、何かにじっと耐えるような表情で。
気になったから、藍子は彼を探していた。
見つけて、すぐに察してしまった。

「……………………」
「…………姉ちゃん。何でこんな所にいるんだよ」
「……君が気になった、からかな」
「俺?」
「笑ってなかったから」
「……何か、よくわからなかったんだよ」
「わからない?」
「どうすればいいか、自分の中で、まだ整理ついてないんだ」

そう言って、男の子はじっと、自分の家だったものを見つめている。
藍子は聞いていいのかどうか迷ったが、それでも、踏み込んでみることにした。

「君の家?」
「うん、潰れちゃったけど」
「そっか」
「…………父ちゃん、母ちゃんと一緒に」
「…………っ」
「……同情はいらないから」

それは大方、藍子の察した通りで。
男の子もわかっていたのか、それ以上藍子に言わせなかった。
同情なんて必要としてなかった。

「ちょうど、部活が合宿で。俺は大丈夫だったけど……けど」
「うん……」
「だから、どうなってこうなったか……よくわからないんだ」
「……そっか」
「よくわからないうちに、何もなくなっていた」

藍子は、男の子が平坦に語ってるように見えて、声が震えているのに気がついた。
内心は、とても哀しみに襲われていて、もうどうにもならないのに。
余りにも急すぎて、何もかも整理がついてなくて。
認めてしまうのが、怖くて、男の子は必死に我慢していたのだ。

「父ちゃんも……母ちゃんも………どうして…………」

だから、だからこそ、高森藍子は、踏み出そうとしていた。
それは、極めてシンプルな藍子の、藍子のアイドルとして信念があったから。


「――――ねえ、君の父さんと母さんは、コックさんだったの?」


ファンの皆、全ての人が、優しい気持ちになれるように。


「う、うん。おいしい洋食作ってさ、丁寧できれいで、凄くおいしいんだ」
「何が得意だったの?」
「クリームシチューと、コーンがいっぱい入ったコロッケ」


いつまでも微笑んでくれるような、そんなアイドルを目指していて。


11 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:30:58 BWePJr4g0


「君も好きだったの?」
「大好物だったよ。食べてるだけで、幸せになるんだ」
「そういう料理を作ってくれるなんて、いいな」
「うん、最高の父ちゃんで、俺もあんな風に料理を……作りたく……て、憧れで……」
「…………そっか」
「あんな風に……なりたかった」


そうして、男の子は思い出して、涙を流していた。
藍子が泣かしたのかもしれない。
両親のことを思い出させて。

でも、きっとこれは、絶対に、この子が、向き合わなきゃいけないことだった。




「――――ねえ今 見つめているよ、離れていても、Love for you 心はずっと、傍にいるよ」
「……姉ちゃん、何を歌ってるの?」
「君が、もう一度――夢を見れる歌を」


約束と、つけられた歌を。


「――もう涙を拭って微笑って、ひとりじゃない どんな時だって」
「………………」
「大丈夫、君には、叶えたいものがある……そう思ったから」
「叶えたいもの……そんなもの……」
「あるよ、ほら、胸に手をあてて」

そうして、男の子は藍子を見ながら、彼女の歌を聴く。
藍子が、彼のためだけに、歌う歌を。
哀しみを、幸せに変えるために。


「――――夢見ることは生きること、悲しみを超える力」
「夢見ること……夢」
「答えは、出てるよ」
「えっ……」
「ほら……言ったじゃない」


そして、男の子は想う。
両親のようになりたかった。
美味しい料理を作って、誰かを幸せにして。
そんな両親が誇りだった。
俺も父ちゃん、母ちゃんみたいになりたいと言った。
そしたら、凄い喜んだ。
色々レシピも教えてくれた。
料理を作ったら、自分を超える料理人になると言ってくれた。
そしたら、なりたいと、自分も……


「あぁ……俺は」


そうだ、夢は、ここにあったんだ。
父ちゃん母ちゃんのような料理人に。
寒いからだを心の底から温める料理人に。


「父さんみたいに……母さんみたいに……そんなコックになりたい!」


12 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:31:27 BWePJr4g0


そんな夢があった。
そしたら、両親が喜んでくれた。
だから、きっとそれをかなえることが――――


「歩こう 果てない道。歌おう 天を超えて。想いが届くように!」


涙を拭いて。
歩いていこう。
きっと、見守ってくれている。
自分が夢を叶えるのを!



「約束しよう 前を向くこと! Thank you for smile!」




藍子は、微笑んで、少年を見た。




涙は止まり、笑っていた。





哀しみを超えて、痛みを勇気に変えて。




笑って、夢を見れるように。




「俺、父さんみたいになる。そしたら喜んでくれる。きっと……見てくれている」
「うん!」
「父さんみたいに、笑って料理を作る……夢をかなえてみせる!」
「そうだよ! つらくても笑顔を思い出せば、いつでも幸せな気持ちになれるからねっ。幸せな気持ち、大事ですっ!」


藍子はそっと小指をだす。
約束をする為に。


「応援してるから! 頑張って、夢をかなえて! そしたら、絶対に食べに来るから!」
「うん、約束するよ! 夢を叶える! シチューとコロッケ食べに来て!」
「必ず!」





そこにあったのは、紛れも無く





――――――『希望』だった。










それを、圧倒されるように、十時愛梨と千川ちひろは、見続けていた。





哀しみを超えた、『希望』を。







――――――あどけないあの日のように 両手を空に広げ 夢を追いかけてゆく まだ知らぬ未来へ


13 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:31:50 BWePJr4g0







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「あれから藍子ちゃんは、色んな人の希望になった」

あれから後も、私は藍子ちゃんの同じような姿を繰り返し見て。
それは自然に、寄り添うような形で。
たくさんの人が彼女に勇気づけられていった。
まさしくそれは、本当に『希望』のようで。

「陽だまりの少女……うん、本当に」

きっと、それが彼女の本当の、彼女だけの力なのだろう。
隣で、自然と寄り添って。
苦しみ、哀しみを、幸せや夢に変える。
涙を笑顔に変える。
絶望を希望に変える。

彼女だけの力。

陽だまりのように優しく。
陽だまりのように温かい。
それこそが藍子ちゃんの『アイドル』であり、希望なのだろう。


「うん、だから――――」


だからこそ。
私は、この島で停止してしまった私は。
十時愛梨という存在は。


「終わりが選べるのなら――――」


絶望という深い闇に囚われて。
時計の針を進められない私は。
何時までも此処に残って居たいから。


「彼女に終わらせてもらいたいな、なんて」


そんな、私が思った、かすかな希望なのでした。


14 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:32:06 BWePJr4g0


夜空に手を掲げて、指の隙間から無数の星が見えた。
何時までも、星は輝いて。
輝くことをやめたら星は星じゃなくなるのだろうか。
この島で踏みとどまって先にいけない少女は。
きっともう、輝きを失っているのだろうか。
解らない、解らないけど。


「どんなに、輝きを失っても…………私は此処に在り続けたい」


それでも、『シンデレラ』であった十時愛梨は。
煌くドレスも、ガラスの靴さえ失っても。
大好きな人の愛だけは解けないでと。



私は、きっとこの愛が、大好きな人の言葉が残る、このお城で。



踊り続けるしか――無いから。





【F-5 草原/一日目 深夜】

【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(0/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×3】
【状態:絶望、ずぶ濡れ】
【思考・行動】
 基本方針:ずっと生きている。
 1:絶望でいいから浸っていたい。
 2:終止符は希望に。


15 : あの日誓った夢 ◆yX/9K6uV4E :2014/01/26(日) 01:32:32 BWePJr4g0
投下終了しました。
お待たせして申し訳ありませんでした


16 : ◆n7eWlyBA4w :2014/01/27(月) 00:59:22 srZ20LiE0
投下乙です。
とときんもここからが本当の試練だなぁ……藍子との線もまた繋がったし、今後が楽しみです。

自分は島村卯月を予約しますね。


17 : ◆John.ZZqWo :2014/01/29(水) 11:30:18 hQc/oRjM0
投下乙です。

ついに、とときんとちひろさんが藍子に見ていた『希望』があきらかになりましたね。これは確かに『希望』だ。
千川ちひろの目的は大きな悲劇を起こしてまた藍子の『希望』が輝くところを見ること?
とときんはもう落ちきってしまったように思えるけど、最後は彼女の理想どおりになるのかどうか……。

メインストーリーがぐっと進んだ感じですね。改めてGJです!


18 : ◆wgC73NFT9I :2014/01/29(水) 23:21:30 vJpAEs6Q0
皆さん投下お疲れ様です!
そして第三回ロワイアルもお疲れ様でしー!!

まず感想をば。

>彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル
 ブリッツェンが藍子ちゃんを連れて帰ってしまった……。彼なりに良かれと思っていたんでしょうか……。
 遅かれ早かれユッキはこうなってしまいそうでしたが、このタイミングでしたか。
 ちひろさんの送った文面とか気になっていただけに、彼女が決心にいたる奔流には圧倒されました。
 茜ちゃんも頑張ったのに……!
 向日葵の思いが、誰かに届くことを祈っております!!


>夢は無限大
 本当に通じ合っているような二人の想い。綺麗ですね。
 二人が支えあって、歪んだまま完成してしまったその美しさに、立ち向かえるアイドルはいるんでしょうか……。
 二人共に思う、プロデューサーと、凛。彼女達の邂逅の時も、非常に気になります!


>あの日誓った夢
 藍子ちゃんは骨の髄から希望でしたか……。
 雪国の家が倒壊する地震なら相当ですね。冬なら火災もあったでしょうし、なるほど辛い災害だ……。
 国中を包んだらしいこの大事件、当時の他のアイドルたちの動向も気になるところです。
 千夏、杏、とときん、麗奈あたりの誰か、実家に被害出てるレベルじゃないの……!?
 とときんは本当に見てるこっちが哀しくなってきてしまうなぁ……。
 再び会い見えるとき、彼女たちの願いはどのように果たされるのでしょうか……。
 あと、「うちは洋食屋だったんだから」というセリフに、くるものがありました。


それでは自分は、向井拓海、小早川紗枝、松永涼、白坂小梅、諸星きらり、藤原肇、小関麗奈、古賀小春で予約します!


19 : ◆yX/9K6uV4E :2014/02/02(日) 17:17:14 GUr2vzRE0
渋谷凛で予約します


20 : ◆John.ZZqWo :2014/02/02(日) 17:23:43 Pgtg3YNI0
大石泉、高垣楓、川島瑞樹、小日向美穂、栗原ネネ、矢口美羽 の6人で予約します。


21 : ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 00:58:18 T8BxJYas0
期限ギリギリですが、予約分、投下しますね。


22 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:07:14 T8BxJYas0


 夢のようなものを見ていた。


 上も下もなく、入口も出口もなく、扉もなければ窓もない。

 そこに夢と呼べるほどのかたちはなく、夢と呼べるほどの確かさもない。

 不安という名の重い重い闇の中にいて、感覚を失いただひたすら沈んでゆくのが分かるだけ。

 疲れ果てた心と体が求めたこの眠りはあまりに昏く深過ぎて、自分の輪郭すら薄れてぼやけてしまう。


 ――しかし、目覚めている時の彼女に、果たして確かな輪郭はあったのか?




   ▼  ▼  ▼



 瞼を開けて、暗い視界を自分の感覚として受け入れるまでに、卯月は少しの時間を必要とした。

(……ここ、は……)

 目をこすりながら、ベッドの上で上体を起こす。
 夢を見ていた覚えはないのに何故か不安感だけがこみ上げていて、発作的に身震いした。

 周囲を見回しても、ベッド以外は最低限の設備だけが置かれた簡素な部屋だということしか分からない。
 卯月はほつれかけた記憶の糸を辿り、ここが遊園地の救護センターの一室だということだけは辛うじて思い出した。
 だけど眠りに落ちる前の記憶は霞がかかったように不鮮明で、ここへ来てから何があったのかすら心当りがない。

 卯月は動悸を抑えるように左胸に手を当てた。
 ぎこちなくも意識して息を吸い込み、酸素を脳細胞に送り込む。
 何度か呼吸を繰り返すうちに、ぼやけていた記憶が少しずつ形を取り戻すのが分かった。


23 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:07:40 T8BxJYas0

 山頂で、十時愛梨と出会った。
 未央が"いなくなってしまった"のは悲しいけれど、それでも愛梨と心を通わすことができた。

 それから、輿水幸子と星輝子の二人と出会った。
 行き違いとか、不信とか、簡単ではなかったけれど、分かり合うことができた。

 そして、それぞれの罪の告白があった。
 誰もがみんな痛みを抱えていて、だけどそれをみんなで支えて、歩いていけると思えた。

 そうだ。愛梨とも、幸子とも、輝子とも、分かり合えた。
 きっと他のアイドルとも心を通じ合わせることができる。今ならそう思える。
 卯月の心に充足感が広がってきていた。深い眠りは心身の疲れを幾分取り去ってくれたようだった。
 あとは、凛とまた会うことさえ出来れば、もう一度ニュージェネレーションを……

 
(…………凛ちゃん!?)


 頭の中の血液が急激に冷えた。

 咄嗟に壁に目をやると、蓄光式の文字盤がぼんやりと浮かんでいるのが視界に入った。

 時刻はとっくの昔に零時を回っている。既に四回目の放送は為されたはずだ。
 愛梨たちはきっと、熟睡している自分に気を遣って起こさなかったのだろう。

 震える手で端末を操作する。何度も操作ミスしながら、目的のページに辿り着いた。
 もしもこれで凛が既にいないということが分かったら……きっと自分は心の底から絶望してしまうだろう。
 それでも見ない訳にはいかない。意を決して、卯月は視線を走らせた。


 第四回放送時点での、新たな死者は三名。



 ――前川みく。

 ――輿水幸子。

 ――星輝子。


24 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:08:21 T8BxJYas0


(………………………………)


 画面を見たのは一瞬だけ。
 卯月はすぐに視線を外し、天井を仰ぎ、大きく息をついた。


(………………………………ああ、よかった)


 凛は無事。死んでいない。生きている。
 それが、今の卯月にとっては何よりも大事なことだった。
 彼女が生きていてくれさえすれば、卯月はまだ希望を捨てないで済む。
 もう一度ニュージェネレーションをやる……そんな願いを諦めないで済む。
 そう、凛がいる限り、まだ卯月はアイドルとして生きていける。

(愛梨ちゃんとも、幸子ちゃんや輝子ちゃんとも分かり合えたんだから。こんなところでへこたれないよ)

 ベッドから両足を降ろし、脇に揃えてあった靴に履きっぱなしの靴下ごと爪先を入れる。
 それからぎこちなく、恐る恐る体重を両足で支えるように立ち上がった。
 少しふらついたけれど、それでも眠りに落ちる前よりはずっと体が軽い気がした。
 いや、もしかしたら軽いのは体だけではなく、心もなのかもしれない。

(三人は、隣で寝てるのかな? 起きたら、もっとたくさん話がしたいな)

 そう考えるだけで、自然と口元がほころぶのを感じた。
 この島での出会いは、銃を突きつけるような、不幸なものだったかもしれないけれど。
 その時の、銃を手に震える彼女達の怯えと不安の声は、今だってはっきりと思い出せるけれど。
 だけどこれからは、もっと違った言葉で話ができるはずだから。
 生きているからこそ、できる話が。 

 確かに、この放送で新たに三人ものアイドルが死んでしまったのは悲しい。
 もしかしたら、卯月たちのような出会い方をしていたら、その子たちも死ななかったのかもしれないから。
 だけど、輝子たちも言っていたじゃないか。受け継いでいかなきゃ、いけないんだって。

 前川みくは、卯月とはCDデビューも同期で、何かと縁のある女の子だった。
 もう二度と彼女の甘えた声が聞けないのは辛いけど、代わりに受け継いでいかなきゃいけない。


25 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:09:07 T8BxJYas0

 死んでしまった他の二人だってそうだ。

 だって、一緒に過ごした時間は短かったけれど、彼女たちが友達思いなのは、他ならぬ自分がよく知っているから。

 だから自分や愛梨、幸子や輝子が、死んでしまった輿水幸子と星輝子の想いを受け継いで、

 一緒に、私達が、死んでしまった幸子と、死んでしまった輝子の、想いを、
 


 あれ?



(……あれ?)



 ――――、あれ?



 その時になってようやく、卯月は事の次第に、現実に思い当たった。

 目を逸らしていたのではなかった。だって、自分が眠りに就く前の記憶は、あんなにも希望に満ちたもので、
 そんなことが起こる可能性なんて、万にひとつくらいも考えはしなかったから。

 ありえないと心から信じ込んでいたから、凛のことで頭がいっぱいだった卯月は、無意識に脳から締め出していたのだ。
 彼女の希望を、足元から突き崩す、その事実を。


(   はっ、  はっ、  はっ、  はっ、  はっ、  )


 断続的にスタッカートを刻む自分の呼吸の音だけが、誰もいない暗室に響く。
 ほとんど機械的な淡々とした動きで、卯月は時間経過で消えていた端末のバックライトを再び点灯させた。

 あるいはこのまま目を逸らし続けるのも、褒められないとはいえひとつの選択だったのかもしれないけれど。
 卯月は誘蛾灯に吸い寄せられる羽虫のように、理性よりも本能的な心の動きに従うまま、画面にもう一度目をやった。


26 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:09:41 T8BxJYas0

 そして。


 卯月の全身が音を立てんばかりにがくがくと震え出すまで、ほとんど時間は掛からなかった。

 未熟な操者が動かすマリオネット人形めいて、重心を崩した彼女の両足が不格好なステップを踏んだ。

 端末を取り落とさなかったのがある種の奇蹟と呼べるくらいに、手足の末端から血液がさざ波を立てて引いていった。

 視線は定まらず、呼吸は乱れ、早鐘を打つ鼓動は聴覚を支配して彼女の思考を乱す。


(  へんだよ、 おかしいよ、 だってふたりとも、 このへやのむこうに、 いまだって――  )


 崩れ落ちそうな体を支えるように、砕け散りそうな心の拠り所とするように、卯月は外に通じるドアノブに体重を預けた。
 まるでそれをほんの少し捻れば、既に起こってしまった恐ろしいことなんて無かったことになって、
 死んでしまったはずのふたりが当たり前に卯月を迎えてくれるような、そんな夢想に縋りつくように。

 なのに、ドアの向こうからの、一日であまりにも嗅ぎ慣れてしまったむせ返るような鉄分の臭いが、そんな逃避すら許してくれない。

 がちゃりとノブを回したのは、彼女の意思だったのか、それともバランスを崩した体を無意識に支えようとしてか。
 どちらにせよ、やけに大きく響いたその音に心臓を握られたように感じて、卯月は咄嗟に扉を開けた。開けてしまった。


 そして、島村卯月は、全てを目の当たりにした。


 テーブルに並んだままの食器、乱暴に倒れた椅子、床の一角を塗り潰す赤い色……折り重なって倒れた、二人分の小さな体を。


(あ、あぁ、あぁぁぁぁぁあ……………………ッ)


 叫んだ。叫びたかった。叫べなかった。
 声が出せたら、泣き叫べたらどんなによかっただろうと、心の何処かで思った。
 二人が本当に死んでいるのか、確かめようという気持ちすら湧かなかった。それくらいに、目の前の光景は『終わっていた』。
 輿水幸子と星輝子。数時間前には一緒に言葉を交わしたはずの二人は、もはや哀しいくらいにモノでしかなかった。
 まるで十二時を指す前に、時計の針が止められてしまったように。


27 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:10:20 T8BxJYas0


(………………………………そ、そうだ……愛梨ちゃんは……?)


 だから卯月がここにいないもう一人へと意識を向けたのは、あるいは目の前の光景と向き合うことの放棄だったのかもしれない。
 しかしそれでも、今の卯月にはそれくらいしか縋れるものがなくて、それに愛梨が心配なのも本当の気持ちだった。

 放送で呼ばれていなかった以上、彼女が少なくとも十二時の時点では死んでいなかったのは間違いない。
 どういう経緯かは分からないけれど、愛梨は『襲撃者』の手を逃れて、命からがら脱出したのだろう。
 いったい誰が、こんな酷いことを。愛梨は無事に逃げ切れたのだろうか。今も逃げ続けているのだろうか。

 だけど、そんな微かな望みでさえも、卯月には許されていなかった。

 卯月は、どこか満足げにも見える表情のまま事切れた幸子の指が、不自然に血で汚れていることに気付いてしまった。
 その傍に、真っ赤な字で、彼女の最期の言葉が記されていることに気付いてしまった。
 それが他ならぬ卯月に向けてのメッセージであることに気付いてしまった。

 


       『愛梨さんの魔法を解いてあげてください』




 その遺言が残された理由を察した時、卯月が願った最後の現実逃避めいた願いは完全に打ち砕かれた。

 だってそれは、卯月に愛梨を止めてくれということで。つまりそれは、この惨劇の張本人は、愛梨だということで。

 自分たちは分かり合えていたんだという、卯月の描いた夢物語そのものが、嘘っぱちだったということで。


「――――ッ――――――――、――――――、――――――――――ッ!!!!」


 卯月には、もうどこにも現実から逃げる場所なんてなくなってしまったということだった。



   ▼  ▼  ▼


28 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:13:44 T8BxJYas0


(…………どうして、私なの)


 どれくらいの時間が過ぎたのか、それとも過ぎていないのか。
 泣いて泣いて、両の瞼を泣き腫らすほどに泣いて、それでも声は戻らなくて、どれだけ経っても一人ぼっちのままで。
 少なくとも卯月にとっては永遠に等しい時間の責め苦を経て浮かんできた疑問は、ひどく単純なものだった。

(ねえ、幸子ちゃん、輝子ちゃん……どうして私なのかな……どうして私なんかが、託されちゃったのかな)

 答えの返ってくることのない問いを、無感情に心のなかで呟く。

(……愛梨ちゃん、どうして私だけ殺さなかったの? どうしてあの二人を差し置いて、私だけが生きてるの……?)

 大した理由がないだろうということは、なんとなく分かっている。それでも問わずにはいられない。
 運命のいたずらなんて言葉で納得できるわけがなかった。そんな大それたものに、自分が選ばれる理由なんて無かったから。
 どうして自分なんだろう。どうして島村卯月が、今ここにいるんだろう。


(……私は、未央ちゃんを死なせた。凛ちゃんを見捨てた)

 床にへたりこんだまま、卯月は両手を組んで握りしめた。

(新田さんが死んだのも私のせい。里美ちゃんも私が逃げなかったら死ななかったかもしれない)

 そうすることで小刻みに続く体の震えが止まると信じているかのように、その手を強く握り込んだ。

(愛梨ちゃんのこと分かってあげられたなんて、大間違いだった。私の心じゃ、届かなかった)

 両目をぎゅっとつぶった。涙は流れなかった。泉そのものが枯れているかのように。

(そして、きっとそんな私の思い上がりが、巡り巡って幸子ちゃんと輝子ちゃんを殺したんだ)

 それは、どこか懺悔の姿に似ていた。


 しかし、どれだけ待とうが誰かが聞き届けてくれるはずもなく、卯月は自分の意志で目を開かざるを得なかった。


29 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:14:24 T8BxJYas0

 目の前には何一つ変わることなく、輿水幸子と星輝子、ふたりの亡骸が横たわっていた。
 輝子は幸子を庇うように覆いかぶさり、だけど凶弾を防ぐことは出来なくて、二人とも命を失ったのだろう。
 だけど、あまりにむごい死に方にも関わらず、彼女たちの死に顔はどこか安らかだった。
 何かをやり切った、そんな気持ちすら感じられるような顔で、彼女たちは事切れていた。

 『愛梨さんの魔法を解いてあげてください』……そのメッセージを、卯月はもう幾度と無く読み返した。

 これが、卯月に宛てた遺言だというのは、誰の目にも明らかだ。
 死んだ人の想いを、受け継いでいく。愛梨が罪を告白した時、輝子が口に出したことを思い出す。
 彼女たちはきっと、その想いもまた誰かが受け継ぐと信じていて、それが卯月の番ということなのだろう。

 だけど、それでも。

(……どうして私なの? どうして、『私達』じゃなくて、『私』なの?)

 もしも託されたのが、卯月ひとりでなかったら、卯月はきっとこんなにも悩まなかっただろう。
 だけど今の卯月は一人で、だけど一人ではいたくなくて、そんな危うい綱渡りをずっとしてきたのだから。

 十時愛梨にかけられた魔法。それはきっと、死んでしまったプロデューサーが口にした、『生きろ』という言葉。
 その魔法を解くということは、彼の死を乗り越えさせて、もう一度時間を動き出させるということ。
 そこまでは、卯月にも分かった。そうしなければ、愛梨は本当に辛いことになってしまうということも。

 でも、それは、卯月に託すにはあまりにも残酷な願いだった。
 時間を止めていたのは愛梨だけではないと、卯月自身を否応なしに現実に向き合わせるような願いだった。
 だって――愛梨の魔法を解くためには、卯月は、『ニュージェネレーション』を置いて、進まないと行けなくなる。


(私達は三人一緒の『ニュージェネレーション』で……ひとりでは出来ないことも、三人なら出来るって思ってた。
 だから、未央ちゃんがいなくなっても、凛ちゃんと離れ離れでも、『ニュージェネレーション』なら何かが出来るって……)

 そう思い込むことで、島村卯月はこの過酷な今を辛うじてここまで乗り切ってきた。
 張りぼての希望だった。書き割りの展望だった。だけど、それでも、卯月にとって支えには他ならなかった。
 限りなく欺瞞に近い願いでも、「ひとりじゃない」と信じられれば、これからも生きていけると思えた。

 だけど、幸子たちの願いに報いるためには、きっとそれは許されないずるさだった。
 幸子と輝子は、二人の願いを他でもない島村卯月に託したのだから。
 そして、愛梨の魔法を解いて時計の針を進めるには、卯月自身の時計を止めていてはいけないから。


30 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:14:49 T8BxJYas0


(でも、ずっと一緒だったから……私ひとりで何ができるかなんて、考えたことないよ……
 だって、重すぎるよ……そんな願い、私ひとりで背負うには、重たすぎるよ……)

 実際に声には出していないはずなのに、肩が震える。
 思いを頭の中で言葉にするだけで、こんなにも胸が締め付けられるなんて。

 分かっていた。自分の他には誰もいないんだ。他の誰でもない、島村卯月が、やらなければいけないこと。
 死んでいった二人の想いを受け継いで、十時愛梨に掛けられた言葉の魔法を解く。自分にしかできないことだ。


(わ、私だって、応えてあげたい! 幸子ちゃんと輝子ちゃんの最後の願い、無駄にしたくなんてない!
 愛梨ちゃんをこれ以上苦しめたくない! もう一度だけでも、話がしたい! だけど、だけどっ……!)

 今だけは、声が出なくて良かったのかもしれない。こんな弱音、二人に聞かせるわけにはいかないから。

(嫌だ……嫌だぁっ……誰か一緒に背負ってよ……大丈夫だよって、一緒に頑張ろうって、言ってよぉ……っ!)

 これは甘えだ。そんな都合のいいことなんてない。分かっているから。分かっているからこそ。
 卯月は恐怖と孤独に怯え、ひたすらに涙を流した。そうしなければ、きっと一歩も動けなかったから。



   ▼  ▼  ▼



 ――それから。

 もう涙が一滴も流れないくらいに重ねた嗚咽のあとで。

 卯月は、旅立ちの支度をしていた。

 輝子が持ってきていたふたつのディパックの血まみれのほうを開ける。
 あえて汚れたものを選んだのは、きっとこれが死んだ蘭子のものだと思ったからだ。
 それから二人の遺品を、ひとつづつ持って行くことにした。
 幸子の持ち物からはプラスチックの銃を、輝子のからは携帯電話を。
 武器を持っていくのには抵抗があったけれど、これを幸子が自分に向けた時の気持ちを忘れてはならないと思った。
 携帯電話は……もしかしたら、気持ちだけでも繋がっていたいという思いがあったのかもしれない。
 そして最後に、蘭子が残した首輪を入れて、ディパックの口を閉じた。


31 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:15:35 T8BxJYas0
 輝子が肌身離さず持っていたキノコの鉢植えは、少し考えて手向けの花代わりにと輝子の隣に供えた。
 きっと輝子も、トモダチが傍にいたほうが、少しでも気が安らぐと思ったからだ。

 食欲は全く湧かなかったけれど、未央のチョコバーの最後の一欠片を、スタミナドリンクで流し込んだ。
 ドリンクの味で昔三人で出たイベントの事を思い出して泣きそうになったけど、堪えた。
 未央からもらえる元気はこれが最後。あとは、卯月がひとりでやらなければならない。

 蘭子のディパックを背負い、立ち上がる。
 自分の元々の支給品は、置いて行くことにした。以前の自分を置いていきたかったから。

(……じゃあ、行くね、幸子ちゃん、輝子ちゃん。私に、どこまで出来るか分からないけど) 

 結局、どれだけ泣いても、何ひとつ解決なんてしなかった。
 二人の想いを継ぎたい。愛梨にもう一度会いたい。だけど、実際に会って何ができるのか分からない。
 それに凛のことも放っておけない。だけど、幸子達の想いを継ぐことは、自分自身の魔法を解かないといけないということ。
 ニュージェネレーションをもう一度……そこから針を進めるなんて、そんな恐ろしいことができるのか。

 分からない。何もかも分からない。だけど、それでも、何かをしないといけないと、それだけを想った。
 

 ふと、自分ひとりで何かを目指すなんてアイドルを目指した頃以来だな、と卯月は思う。

 あの時は、普通の女の子でもアイドルになれるって証明したかった。自分みたいな女の子の、夢になりたかった。

 
(ねえ、凛ちゃん、未央ちゃん……私、今からでも、何かになれるかな……?)

 答えはない。
 卯月は最後に壁にかかった時計に目をやってから、時の止まった部屋を後にした。
 当たり前のことだけれど、針はとっくの昔に、十二時を通り過ぎていた。


 卯月が扉をそっと閉めて出ていくと、部屋の中はまた、幸子と輝子のふたりきりになった。

 彼女たちのそばにあるのはお供えのキノコの鉢植えと、それから一枚の紙切れ。



 ――血で残された遺言の隣に置かれたメモ用紙には、涙で滲んだ文字で『島村卯月、がんばります』と、そう書き記されている。


32 : だけど、それでも  ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:16:52 T8BxJYas0

【E-5 遊園地・救護センター/二日目 深夜】


【島村卯月】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、グロック26(11/15)、神崎蘭子の首輪、携帯電話、未確認支給品x1-2(神崎蘭子)】
【状態:失声症、精神的憔悴、迷い】
【思考・行動】
 基本方針:島村卯月、がんばります
 0:愛梨ちゃんを探して、もう一度話をしたい。
 1:凛ちゃんを見つけて……どうしたらいいんだろう……?
 2:歌う資格なんてない……はずなのに、歌えなくなったのが辛い。

 ※上着を脱いでいます(上着は見晴台の本田未央の所にあります)。服が血で汚れています。




 ※救護センターの中に、輿水幸子と星輝子の遺体。そして彼女らの支給品が残されています。
 ※輿水幸子の支給品。
   【基本支給品一式、スタミナドリンク(8本)】
 ※星輝子の支給品。
   【基本支給品一式、鎖鎌、コルトガバメント+サプレッサー(5/7)、シカゴタイプライター(0/50)、予備マガジンx4】
   【神崎蘭子の情報端末、ヘアスプレー缶、100円ライター、メイク道具セット】
 ※島村卯月の支給品。
   【基本支給品一式、包丁】


33 : ◆n7eWlyBA4w :2014/02/03(月) 01:17:14 T8BxJYas0
投下終了しました。


34 : ◆yX/9K6uV4E :2014/02/03(月) 06:27:39 I7Sq2Emw0
投下乙ですー。
うづき、哀しいなぁ。
苦しさ、どうにもならない感じがつたわってくる。
大切なものを一人で、背負って。それでもいくなぁ。
あいかわらず、すごいなぁ。この文章w

此方もしぶりん投下しますね。


35 : ◆yX/9K6uV4E :2014/02/03(月) 06:28:05 I7Sq2Emw0






――――嗚呼 迷って 揺れ動いて 抱きしめた夢は途中








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


36 : DEAD SET ◆yX/9K6uV4E :2014/02/03(月) 06:28:49 I7Sq2Emw0










しとしとと降り続いた雨は、既にやんでいて。
空には、満天の星空は広がっていた。
けれど、渋谷凛はそれを見上げる事も無く、ただひたすらに道を進んでいた。
自転車の車輪が、道に広がる大きな水溜りを通っていく。
ぴしゃんと水が大きく跳ねてたが、凛は気にせずに自転車を走らしている。
ただ、振り向かないように、振り向いては進めなくなる気すら、したから。
進むことに理由なんてなかった。
ただ、今はいかなきゃいけなかった。



――――貴方達は、忘れてはいけない事がありますよね。



千川ちひろが先程放送で言った言葉が、凛の頭の中で反芻する。
忘れていたわけではない。むしろずっと引っかかっていた。
けれど、それを気にしたら、二度と歩き出せなくなる気がしたから。
怖かった、それを認めることが。認めたら、二度と立てなくなる。
だから、忘れるように、けれど絶対に忘れないように、片隅に、片隅に、置いていた。




――――貴方に掛かっている命は一つじゃないのですから。




解っている。解っていた。
渋谷凛に掛かっている命は一つではない。
最も信頼している人の命が掛かっていることぐらい、理解していた。
そして、今凛がしている事は、千川ちひろが一番最初に言っていた事に反している事も理解していた。
していた、つもりだった。

けれど、こう改めて、念を押されると、改めて襲い掛かっている。
自分の行動次第で、大切な一人の命が消し飛ぶという、残酷な現実が。
そして、もう、いつ、それが、消えても、可笑しくない事ぐらい。


「――――――っ!」


凛は、強く唇を噛んだ。ぎゅっと、ぎゅっと。
どうして、どうして。
こんなにも、残酷な現実が傍にあり続けて。
そして、自分の心を壊していく。きっとこれから、もっと。
どんな風に、壊していくのだろう。
大切なものを選び続けて。
そして、まるで大切なものを大切でないように、追いやって。
そうやって、どんどん自分を、追い込んでいるようで。

今度は、大切な友達と大切な人を比べなきゃいけないのか。
そうやって選ばなきゃ、いけないのか。
選ばなきゃ、戻れないのか。


37 : DEAD SET ◆yX/9K6uV4E :2014/02/03(月) 06:29:19 I7Sq2Emw0


「違う……違う!」


違う、違う筈だと、凛は叫ぶ。
何がどう違うか解らないのに。
泣きそうにながらも、凛は、それでも、自転車を漕いでいた。
ずっと見守っていた人を思いながら。
それでも、進んでいた。


進まなきゃ、いけなかった。


例え、それが、大切な人を失う事も。





「っ――――うぁっあああああっ!!」



言葉にならない声を上げて。
凛は、凛は、それでもなお。





「いかなきゃ……いかないと……いけないんだっ!」





そうして、計り知れない不安を脱ぎ捨てた。
それは凛がした一つの覚悟だった。
涙が潤んだ瞳は、それでも前を向いている。
今でも、脳裏に信頼するあの人の残像がちらつく。
けど、決めてしまった。いや、勝手にもう足が動いてるのだ。
どんなに不安になろうと、この身体は止まらないというように。

ただ、感情に翻弄されていた。
無我夢中に想いを叫んでいていただけだった。
選んだものが、重すぎて。
それでも、大切なものだけ選びたいと願い続けて。
そして、どんどん磨耗していって。

けれど、そんな凛が大人になる瞬間が、きっとある。


失いたくない、思い出。
失いたくない、親友。

失いたくないと思える、温もりに気付いた時、誰よりも、強く在りたかった。


強く、在りたい。
私達はまだ終われない。
終わりたくない。
何もかも失いたくないから。
それが結果的に何もかも失うとしても。

それでも、せめて。


せめて、生きて、生きて、強く生きて!


38 : DEAD SET ◆yX/9K6uV4E :2014/02/03(月) 06:29:39 I7Sq2Emw0



「何もかも無くなっても、砕け散っても……私は此処にいる。私は、強く、在りたい」


渋谷凛が、渋谷凛というアイドルが。
大切な、大切な、自分を育てくれた人の記憶に。

諦めないというのが取り得の、何処までも真っ直ぐ進むアイドル、渋谷凛の記憶が残るように。


「ずっと強く……そう強く……! 私は、走るんだ……何処までも!」


生きて、生きて、証明しよう。
渋谷凛が振り返らず、前を向いて。


真っ直ぐに、生きているという事を!



例え、二度と、会えなかったとしても。




何処までも、走っていけるから! 生きていけるから!






凛の漕ぐ自転車は進んでいく。
キツい坂道にも、負けない。
大切な人がくれた勇気が、此処にあるから。
大切な人がくれた笑顔が、其処にあるから。



「――――愛に包まれて、気付いた、沢山の笑顔、ありがとう」



そんな、ワンフレーズを口ずさんで。



死ぬ事を決意した二人の少女が自転車で進んだ道を――――





――――生きる事を決意した一人の少女が、自転車で進んでいた。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









――――せめて生きて、守るべき者に愛を届ける為に。


39 : DEAD SET ◆yX/9K6uV4E :2014/02/03(月) 06:30:15 I7Sq2Emw0




【D-4・道/二日目 深夜】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】
 基本方針:私達は、まだ終わりじゃない。
 0:強く、在る。強く、生きる。
 1:卯月、加蓮、奈緒を探しながら北上。救急病院を目指し、そこにいる者らに泉らのことを伝える。
 2:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない。そして、皆のこれまでも。
 3:みんなで帰る。


40 : DEAD SET ◆yX/9K6uV4E :2014/02/03(月) 06:30:28 I7Sq2Emw0
投下終了しました


41 : 名無しさん :2014/02/03(月) 20:19:22 HHjAUFYAO
投下乙です。

追い込まれて追い込まれて、それでも何かを選ばないといけない。


42 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/04(火) 23:57:26 8si20lxg0
皆さん投下おつかれさまです!
みなさんすごいな……。
感想は後ほどに、自分も遅れましたが予約分を投下します!


43 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:02:24 8J/RkGmI0
 からんからんがらんがらんからー……ん。

 暗い店内に、けたたましいベルの音が鳴り響いた。
 ありえないことのはずだった。
 扉を押し開けていたきらりさんは、驚いた表情で立ちすくむ。
 細心の注意をもって扉を開けていたのに――。

「――っ、私たちは殺し合いに乗っていません!」

 私は叫びながら、すぐさまライオットシールドを構えてきらりさんの前に出る。
 かちり。
 かすかなスイッチの音とともに回り始めた天井のファンだけが、私の声に答えていた。


 水族館を後にした藤原肇と諸星きらりは、病院への道すがら、道路沿いのダイナーに立ち寄っていた


 本来ならばそこに寄る理由はなく、彼女たちは雨の中、救急病院へと急ぐ予定であった。
 しかし通り過ぎようとして彼女たちは、そのダイナーがウィンドウ全てのブラインドを降ろしている

ことに気づく。
 何者かが、夜間、そこに立ち寄ったのだ。
 そして、外が雨である以上、未だ立ち去らず残っている可能性も高い。

 ――入ってみよう。

 二人の意見は、そう合致した。
 まず、傘を入り口付近に置いて、気づかれないようにそっと様子を伺う。
 ブラインドから明かりは漏れていない。
 ガラス扉から見えるダイナーの内部は、外と同程度かさらに暗い。
 音を立てずにドアを開けさえすれば、中に入って観察できるはずだ。
 殺し合いに乗っていない者たちがいれば、仲間になることができるだろう。
 仮に、殺し合いに乗っていた者がいても、気づかれる前に立ち去るか、盾を構えて説得するくらいの

余裕はあるだろう。
 なにより夜を越す場所に、わざわざ地図上にある施設を選ぶという行為は、仲間を求めるがためのも

のなのではないだろうか――。
 そんな考えがあった。


 ――それは甘かった!

 藤原肇は、高速で思考を巡らせる。

 ベル。
 本来なら、私の背後の扉に一つだけついているもののはず。
 それが、音として響いてきたのはフロア全体から。
 窓だ。
 ブラインドの隙間が揺れている。
 ドアの開閉に連動して、その動きを一本の糸がダイナーの最奥まで伝えていた。
 その線上にいくつものベルが仕掛けられ、鳴子として機能するようになっている。

 夜を越す場所に、地図上にある施設を選ぶという堂々たる行為。
 それは、必ずしも殺し合いをしない仲間を求めるため、だけとは言えない。
 人を待ちかまえ、必ず屠るための準備をしているからとも考えられたはずなのに――!


 肇が叫んだ後の静寂には、シーリングファンの羽根だけが風を切る。
 二つある天井のファンのうち、奥の一つだけが回り続けていた。
 これだけの物音を立てて、自分たちの存在が相手に気づかれないわけがない。
 自分たちが殺し合いに乗っていないことをアピールして、せめて、ここにいる人物が同じ志を持って

いる可能性に賭けようとした。

 しかしアピールしたところで、根拠もない主張が信じてもらえるとも限らないし、ここの人物が殺し

合いに乗っているとしたら、そもそも無意味な発言だ。
 説得するにしても、相手の対応を一度受け、冷静な環境を整えてからでなくてはならなかった。
 相手は、一体どんな動きを見せるのか――?


 瞬間、今までダイナー内の隅々にまで目を凝らしていた諸星きらりが反応する。

「肇ちゃん! 奥!」
「っ!?」

 ズッ。
 一瞬、脚を引きずるような音がした。
 そしてダイナーの奥の暗がりから、突然、何者かが飛びかかってきた。
 その影はほとんど一直線に、すさまじい勢いで二人をめがけて飛来する。
 人間とは思えない跳躍だった。

「……きらりーんッ――」

 驚きに動けない藤原肇の目の前を、稲光のように白い腕が横切る。
 背後にいたはずの諸星きらりが、ステップを踏んで前へと跳び込んでいた。
 襲いかかる影に合わせるように掴みかかり、その勢いを横へいなしながら組み伏せる。

「ロッ、クぅっ!!」

 ドガァ……ン。
 バキッ。

 床板を打ち鳴らして、衝撃が響いた。
 そして続けざまに、骨でも折れてしまったのではないかという、乾いた破断音。

 ――きらりさん、流石にやりすぎでは……。

 その時、きらりの押さえ込んだ襲撃者を見て、二人は驚愕した。


44 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:03:15 8J/RkGmI0
すみません、改行ミスです。再投下します。


45 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:06:17 8J/RkGmI0
 からんからんがらんがらんからー……ん。

 暗い店内に、けたたましいベルの音が鳴り響いた。
 ありえないことのはずだった。
 扉を押し開けていたきらりさんは、驚いた表情で立ちすくむ。
 細心の注意をもって扉を開けていたのに――。

「――っ、私たちは殺し合いに乗っていません!」

 私は叫びながら、すぐさまライオットシールドを構えてきらりさんの前に出る。
 かちり。
 かすかなスイッチの音とともに回り始めた天井のファンだけが、私の声に答えていた。


 水族館を後にした藤原肇と諸星きらりは、病院への道すがら、道路沿いのダイナーに立ち寄っていた。
 本来ならばそこに寄る理由はなく、彼女たちは雨の中、救急病院へと急ぐ予定であった。
 しかし通り過ぎようとして彼女たちは、そのダイナーがウィンドウ全てのブラインドを降ろしていることに気づく。
 何者かが、夜間、そこに立ち寄ったのだ。
 そして、外が雨である以上、未だ立ち去らず残っている可能性も高い。

 ――入ってみよう。

 二人の意見は、そう合致した。
 まず、傘を入り口付近に置いて、気づかれないようにそっと様子を伺う。
 ブラインドから明かりは漏れていない。
 ガラス扉から見えるダイナーの内部は、外と同程度かさらに暗い。
 音を立てずにドアを開けさえすれば、中に入って観察できるはずだ。
 殺し合いに乗っていない者たちがいれば、仲間になることができるだろう。
 仮に、殺し合いに乗っていた者がいても、気づかれる前に立ち去るか、盾を構えて説得するくらいの余裕はあるだろう。
 なにより夜を越す場所に、わざわざ地図上にある施設を選ぶという行為は、仲間を求めるがためのものなのではないだろうか――。
 そんな考えがあった。


 ――それは甘かった!

 藤原肇は、高速で思考を巡らせる。

 ベル。
 本来なら、私の背後の扉に一つだけついているもののはず。
 それが、音として響いてきたのはフロア全体から。
 窓だ。
 ブラインドの隙間が揺れている。
 ドアの開閉に連動して、その動きを一本の糸がダイナーの最奥まで伝えていた。
 その線上にいくつものベルが仕掛けられ、鳴子として機能するようになっている。

 夜を越す場所に、地図上にある施設を選ぶという堂々たる行為。
 それは、必ずしも殺し合いをしない仲間を求めるため、だけとは言えない。
 人を待ちかまえ、必ず屠るための準備をしているからとも考えられたはずなのに――!


 肇が叫んだ後の静寂には、シーリングファンの羽根だけが風を切る。
 二つある天井のファンのうち、奥の一つだけが回り続けていた。
 これだけの物音を立てて、自分たちの存在が相手に気づかれないわけがない。
 自分たちが殺し合いに乗っていないことをアピールして、せめて、ここにいる人物が同じ志を持っている可能性に賭けようとした。

 しかしアピールしたところで、根拠もない主張が信じてもらえるとも限らないし、ここの人物が殺し合いに乗っているとしたら、そもそも無意味な発言だ。
 説得するにしても、相手の対応を一度受け、冷静な環境を整えてからでなくてはならなかった。
 相手は、一体どんな動きを見せるのか――?


 瞬間、今までダイナー内の隅々にまで目を凝らしていた諸星きらりが反応する。

「肇ちゃん! 奥!」
「っ!?」

 ズッ。
 一瞬、脚を引きずるような音がした。
 そしてダイナーの奥の暗がりから、突然、何者かが飛びかかってきた。
 その影はほとんど一直線に、すさまじい勢いで二人をめがけて飛来する。
 人間とは思えない跳躍だった。

「……きらりーんッ――」

 驚きに動けない藤原肇の目の前を、稲光のように白い腕が横切る。
 背後にいたはずの諸星きらりが、ステップを踏んで前へと跳び込んでいた。
 襲いかかる影に合わせるように掴みかかり、その勢いを横へいなしながら組み伏せる。

「ロッ、クぅっ!!」

 ドガァ……ン。
 バキッ。

 床板を打ち鳴らして、衝撃が響いた。
 そして続けざまに、骨でも折れてしまったのではないかという、乾いた破断音。


46 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:06:54 8J/RkGmI0

 ――きらりさん、流石にやりすぎでは……。

 その時、きらりの押さえ込んだ襲撃者を見て、二人は驚愕した。

「にょ!?」

 きらりが組み敷いていた影は、木製の椅子だった。

 ――何故、椅子が!?

 藤原肇は入り口付近のかすかな光度に、椅子の脚へ結ばれる一本の紐を見た。

 シーリングファン。
 紐。
 椅子。
 跳躍。
 連動するベル。
 骨の折れたような破断音。

 脳裏に閃く光景が、藤原肇を即座に行動に移させた。

「きらりさん! 羽根!」

 目を上げる余裕もなく藤原肇は、飛び込むようにして諸星きらりの前にライオットシールドごと身を投げる。
 声に反応したきらりの視線の先に、今まさに巨大な扇風機の羽根が飛来していた。

「にょわあああっ!!」

 椅子に繋がっていたファンの羽根は、きらりが椅子を叩き落とした衝撃で根本から折れ、あたかも丸ノコの刃のように襲い来る。
 きらりが転がりながらライオットシールドの内側に手を添えるのと、そこへ巨大な羽根が衝突するのとはほとんど同時だった。
 ポリカーボネート製の面に耳障りな高音を立てて上滑りした羽根は、斜めに傾いたシールドから後方へ受け流され、ダイナーのガラス戸にひびを入れる。
 たわんだ羽根が床に転がり、不安定な金属音を漂わせて止まっていた。

「……はい、フリーズよ、そこの二人。アタシの拳銃はアンタたちの頭を狙ってんだから」

 幼いけれども鋭い、警告の声が肇の耳を刺す。
 ――やられた。
 このライオットシールドの強度では正面からの銃弾を防げるかわからない。
 この人物は、こんなトラップまで仕掛けて、確実に私たちを殺す気なのだ――。

「予定より随分派手に引っかかってくれたじゃない、デカ女。
 ……レイナサマのイタズラは、大成功を納めたと言えるわね」
「うっぴょお! 麗奈ちゃんだったのぉ!?」

 ぱっと、ダイナーのキッチンに明かりがともる。
 きらりの華やいだ声の上がる先、少女のシルエットが、得意げに、それでもどこかほっとしたように笑いながら、その指先に拳銃を回していた。

「……アンタで安心したわ。ギッタンギッタンにやり込めるだけで、済んだから」
「きらりさんすみません〜。もうちょっと早かったら、いっしょにシチュー食べれたんですけど〜」

 少女の後ろからもう一人、柔らかな声音とともに、ひょっこりと顔を出してくる子がいた。
 胸元に抱えたグリーンイグアナが、ちろちろ舌を出している。
 ダイナーにいた人物は、小関麗奈と古賀小春だった。


 跳ね起きて二人に抱きつくきらりさんの背をぼんやり見つめながら、私は、横座りした床に安堵の息を流していた。


    ++++++++++


47 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:07:34 8J/RkGmI0

「――というような具合で、合流したんです」

 待ちうけロビーのソファーに輪を描いて座る一同に向かって、藤原肇はそう締めくくった。
 一日の終わりと始まりを告げた第四回の放送の後、救急病院に集った8人の少女たちは、自分たちの体験を共有すべく、そして今後の行動方針を決定すべく、話し合いを行なっていた。


 小関麗奈と古賀小春は、諸星きらりと別れた後、灯台に暫く籠もり、昼からは殺し合いに否定的なアイドルと合流すべくダイナーへ向かって、そこに罠を張り巡らせていたことを話していた。
 二人の方針は、互いを守りながら生き残ること。
 そして、具体的な脱出や合流の手段を模索し、間違った道を進むアイドルを止めたい、ということだった。
 特に麗奈は、南条光の死を知ってから、殺し合いに乗る人物への対処法を、大量に画策していたらしい。

 麗奈と小春は、夕食をとった後、ダイナーの二階に上がって休息をとろうとしていた。
 そこへ諸星きらりと藤原肇がやってきた形になる。
 目論見通りにその効果を発揮した鳴子を聞き、麗奈は二階への階段脇のスイッチを入れた。
 シーリングファンは、入り口側のもう一つのファンの軸を経由して、束ねたタコ糸でダイナー奥の椅子と結びつけられていた。
 回転にあわせて糸は巻きとられ、糸が巻きとられきったとき、椅子はそれに引っ張られる。
 入り口側のファンを経由しているため、その方向は極めて正確に制御し得た。
 雨夜の暗さと合わせ、打ち所が悪ければ骨折もありうる、もはや『いたずら』を通り越した実用的なトラップだった。
 殺し合いに乗っている者を無力化する効果は、十分見込めたと言える。
 ……諸星きらりに迎撃され、ファンの軸を折られることまではさすがに想定外であったが。 

「……アタシが鳴子を仕掛ける前から、既に誰かがドアベルを一つ増やしていたわ。
 アタシと同じようなことを考える策士が、この島にはいるのよ」

 きらりたちと、救急病院に向井拓海たちがいるとの情報を共有し、4人揃って向かおうとしたわけであるが、その際の作戦を立案したのも麗奈だった。
 盾を持つ肇と、ヘッドライト付きヘルメットの小春が先頭を行き、探照灯と囮の役割を担う。
 銃を持つ麗奈と体力に優れるきらりは、後方の暗がりをついて行き、もし誰かに襲われた際でも対処できるような陣形を組んでいた。
 夜道や病院内でも、殺し合いに乗る人物と遭遇しない確証はなかったからだ。

「まあ、きらりと肇にも手伝ってもらって、罠は再利用されないよう全部かたしてきたけど。
 ダイナーには生乾きの血の跡もあったし……。あそこですら殺し合いが起きたんだわ。
 人数が集まっても、まだまだ危険は多いのよ」
「あ……、その血って……。り、涼さんの、かも」
「へ?」

 真剣な眼差しで対策の必要性を語る麗奈に、白坂小梅が小首を傾げる。

「ふ、拭き取れきれなかったから……。ホラーだったかも?」
「あん時ん涼はんは一刻を争う状況やったさかいになぁ」
「それよりもアタシはまず、『ロック』ってそういう意味じゃねえよと言いたい……」
「うきゅ? ロックって、『ひとの魂や体を揺さぶること』だーって、教わったにぃ」
「うーん、それは間違っちゃいないんだけど……」

 小早川沙枝、松永涼と発言が続き、諸星きらりの反応に涼は頭を抱える。
 麗奈はバツの悪さにこめかみを掻き、古賀小春に頭を撫でられた。

「とりあえず、さっきの話は、麗奈と肇がお互いに考えすぎた果てに起こっちまった戦いなんだろ?
 それより、アタシは水族館の方が気になってたんだ。聞かせてくれ」

 車椅子の涼の姿を一度見やり、向井拓海が口を開く。
 見据える先は、ほとんど無表情に足元を見ている藤原肇だった。

「……はい」

 肇は先ほどから淡々と、麗奈の話に補足情報を加えていた。
 放送を聞いた後、その面もちは合流時とは打って変わって感情の見えないものになり、拓海に不安を抱かせていた。
 肇はきらりに目配せをし、覚悟を決めたように語り始める。

「小梅さんといた時のことは、ある程度拓海さんも聞いていると思いますが――」


    ++++++++++


48 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:08:28 8J/RkGmI0

 藤原肇は、東の町のログハウスに、自殺を図ったと思われる佐城雪美の遺体を見た。
 そして町に出る道すがら諸星きらりと出会い、炎上する店舗の前に、二人の少女だったはずの煤の塊を見る(後に彼女たちは、白坂小梅と諸星きらりの手で弔われた)。
 炎の前では、妄想に囚われた喜多日菜子に襲われたものの、直前に会った岡崎泰葉の手で難を逃れ、白坂小梅、市原仁奈とも行動を共にした。

 きらり・小梅が自転車の回収及び麗奈・小春の探索に向かった後、肇は泰葉の勧めで、仁奈とケーキ屋を訪れる。
 そして肇がわずかに目を離した隙に、市原仁奈は何者かに絞殺された。
 その際、双葉杏と出会うも、肇は、仁奈を殺したのは自分だと偽り、日菜子と泰葉のもとに杏を残して水族館から去った。
 キャンプ場方面に歩みながらきらりと再会し、渋谷凛との会話などを受けて考えを改め、仁奈の弔いをすべく道を引き返した。
 そのさなか、一軒の住宅に撲殺された城ヶ崎莉嘉を発見し、仁奈と共にケーキ屋の上に眠らせた。

 そして、泰葉と日菜子の訃報を聞く。
 水族館に向かっても、杏や、伝言に向かったはずの凛の姿はなく、泰葉だったはずの焼死体と、莉嘉と同様に小さなハンマーで殺されたように見える日菜子が残されていただけだった。
 きらりとともに病院へ向かった後のことは、麗奈と小春が先に語った通りである――。

「……7人。いえ、8人のアイドルの、亡骸を見ました。
 そしてそのうちの3人は、私が殺したも同然です。
 さっきの放送で更に3人亡くなって、もう32人の命が失われたことになりますね」

 静かに死の数を数え、ふと思い出したように、藤原肇はそう付け加える。
 微に入り、細に穿つ、克明な記憶と説明であった。
 それでも彼女はだいぶ詳細を削り、婉曲に話していただろう。
 だが話を聞く7人の脳裏には、程度の差こそあれ、かなり鮮明な映像と感触として、当時の様子が浮かんでいた。

 病院のロビーには、深夜の冷気が充満して動かなかった。
 誰もがその冷気に唇を凍り付かせてしまう。
 その中で、ただ向井拓海だけが、両の膝に握り拳を落としていた。

 長髪を振りたてて立ち上がる。
 肩をわななかせ、拓海は肇を睨みつけた。

「……おい。軽々しく『私が殺した』とか言うんじゃねぇよ。
 きらりと一緒に、そいつらの思いを背負うんだろ!
 諦めたみたいな顔してんじゃねえよ!!
 もうそんなに死んじまってるからこそ、アタシたちは今からできる限りの人を助けに、手遅れになる前に、行こうって言ってんじゃないか!!」
「ええ。その通りです。そのために、もっと方針を詰めていきましょう」

 怒りのような熱気を吹き付けられながら、藤原肇はより一層静かに返答していた。
 その返事に引火しそうな拓海の剣幕を、脇から涼が掴んで引っ張る。

「おい拓海、落ち着け。肇だって思いは同じなんだから……」
「藤原はんは、うちらより色んなもの見てはる。熱意だけでなんとかなるものでもあれへんのよ、この殺し合いは」

 涼と沙枝に諭され、拓海は憮然としながらもソファーに戻った。
 初めて藤原肇の全体験を聞き及んだきらり、小梅、麗奈、小春も、心配そうな視線を肇に送っている。
 彼女はその目に薄い光を湛えながら、デイパックから一冊のアルバムを取り出していた。

「……今度は、向井さんたちのお話を聞かせてください。
 涼さんの脚を奪った人のことが、気になっていたんです。
 私たちが『助ける』べき人が誰か、見えてくるかも知れません」

 肇の眼の光は、墨を流したように黒かった。
 薄い光は彼女の瞳孔の奥を際だたせ、美しく黒々とした色彩として、見る者の視覚に感受されていた。


 ――諦めた、というのとは違うんです。拓海さん。


 開いたアルバムに目を向けながら、藤原肇は彼女たちの話をその端々まで、瞳の土に注ぎ始める。


    ++++++++++


49 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:10:40 8J/RkGmI0

 その始まりは多様だったが、彼女たちは皆一様に死を間近に触れていた。

 向井拓海は、自らの手榴弾の爆発に巻き込まれてしまった少女を掻き擁いた。
 小早川紗枝は、その少女の遺体を真っ先に看止めた。
 松永涼は、また異なる少女から、謝罪と共に爆弾を転がされた。
 白坂小梅は、女性との出会い頭に自身のアイドルを否定され、大きな銃を突きつけられた。

「……すみません。その方たちの特徴、教えていただけませんか?」

 肇は、その話を唐突に切る。
 拓海の目尻が一瞬だけ震えた。

「私にはアルバムが支給されていたんです。
 これから先に出会う人が、殺し合いに乗っているか、乗っていないか、それは誰なのか、できる限り知っておくべきだと思うんです。
 以降のお話でもできれば、あなた方に危害を加えてきたアイドルの特徴を教えてください」

 拓海は肇を見つめたまま大きく息を吸い、それを鼻から太く吐き出した。
 肇以外の一同は、その様子を身じろぎもせず注視する。
 瞬きをして、低く言葉を投げる拓海の挙動を、小関麗奈が最も長く見つめていた。

「……そういうことなら、説明するよ。アタシらにも見せてくれ」


 拓海に手榴弾を投げようとした少女の名は、すぐにわかった。
 アルバムの写真を見て、一目で拓海は彼女だと気づいた。

 佐々木千枝。
 殺し合いの開始から4人目という早さで、その命を落としてしまった少女。
 わずか11歳。迷子の子供みたいに、気弱な女の子だった。
 
『約束したんです。……今度のオフに一緒に服を選んでくれるって! だから、ごめんなさいっ!』

 同年代の3人ユニットで、色んなツアーで歌っている写真がある。
 遊園地で魔法少女のような格好をして、楽しそうに笑う写真がある。
 こんな女の子が。

『千枝が死んだらプロデューサーさんも死んじゃうから……っ!』

 プロデューサーのために意を決して、人殺しをしようと――。


「紗枝さん。もしかして、この子って、あの煤だらけの病室の――……」
「……そや。どなたさんかわかれへんけれど、あん子をもういっぺん燃した人のいてはる」

 拓海の思考は、肇と紗枝の会話に切り裂かれていた。

 肇たち4人は、拓海たちと出会う前にその異臭に気づき、佐々木千枝の眠る病室を発見している。
 そこは壁面から天井に至るまでが煤に覆われ、鼻を突く、油と肉体の焼けた臭いに満ちていた。
 スプリンクラーのせいか病室の中は湿っていたが、それでもここの炎は、少女の肉体を炭にするまで燃え盛っていたことになる。
 きらりと肇にとっては、それは激しいデジャヴを感じさせる光景だった。
 紗枝は拓海と出会った後、佐々木千枝の遺体を病室に安置して立ち去っていたが、その後、何者かがやってきて彼女を焼いていたのだ。

 肇は拓海の様子には気を払わず、涼や小梅からもさらに話を聞いている。

「……こいつだ。そうか、緒方智絵里、っていうのか、あいつ……」
「彼女も、千枝ちゃんと同じく、謝りながらの爆弾……」
「大丈夫だにぃ! ぜーったい『助けて』あげられるにぃ!」
「涼さん、彼女の爆弾って、どんな感じでしたか?」

 拓海には、自分と同じくアルバムの写真に唇を噛む涼や、熱く励ましを送るきらりに対して、藤原肇の言葉がひどく異質に思えた。


50 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:11:29 8J/RkGmI0


 ――どうしてこの少女の言葉は、こんなに冷えているのか。
 自分より年下であろうのに、その様子は波一つない水面のように静かだ。
 彼女は、放送を聞いて何を思ってしまったのか。
 そしてなぜ、自分は彼女の言葉の一つ一つに、こんなにも苛立っているのか――。


「それで、小梅さんに銃を向けたのは、大人の女性、でしたよね」
「わ、わからなくて、ごめんなさい……。でも、この三船さんじゃ、ないかも。髪、短かった……」
「あと候補は3人? この中に、殺し合いに乗ってるヤツが少なくとも1人以上残ってるのは確定なのね……」
「みんな、優しそうな人ばかりなのにねぇ……」

 集まった8人の内でも年少の3人は、アルバムを前にそれぞれの溜め息をつく。

 藤原肇の思考は、奇しくも岡崎泰葉とほとんど同じ推理過程を経た。
 容姿や身長、年齢を元に、『大人』と言えるだろう人物は4〜5人。
 シルエットからして三船美優ではないとすれば、小梅を襲った人物は、川島瑞樹、和久井留美、相川千夏のうちの誰かに限定される。
 そこに高垣楓が入ってくるかどうかというところだろう。
 藤原肇は淡々とその推測を口に出し、代わりに向井拓海の口はどんどんと重くなった。

 黙りこんでしまった拓海の代りに、紗枝が中心となって以降の話を進める。


 救急病院を後にした拓海と紗枝は、爆発から逃れた涼と出会い、禁止エリアから逃げてくる人と合流しようとした。
 そうして通りかかったスーパーマーケットで、件の襲撃に会う。
 彼女たちはまんまと眼鏡の女性の罠にはめられ、爆弾で倒壊した棚に涼の脚は潰された。
 拓海が紗枝の薙刀で涼の脚を切断し、辛くも脱出したところで、きらりと小梅に出会った。
 以降は小梅と共に、涼の手当て、ダイナーでの物資・軽トラックの確保などをしつつ病院に到着。
 きらりの伝言が肇たちに届くことを信じ、その帰還を待っていたのだった。


 その時の様子を聞く中で、小関麗奈の表情は傍目にもわかるほどに顰められていた。
 肇は無言でアルバムをめくり、その中のあるページを皆に提示する。

「……眼鏡をかけているアイドルは、ここに呼ばれた60人の中では、この人しかいません」

 相川千夏。
 23歳。北海道出身。
 大槻唯とユニットを組んでいたが、その彼女は第一回放送前に亡くなっている。
 アルバムの写真はほとんどその大槻唯の金髪と笑顔に埋められ、物静かで理知的な千夏の微笑みはその脇にそっと添えられていた。

「……ですが、FLOWERSの相葉夕美さんや、小梅ちゃんなどにも一応、眼鏡をかけた写真がありますから……。
 変装していたと考えれば、一概に彼女が爆弾魔とは、決め付けられません……」

 静かだった肇の声は、肺の奥を絞った泥のような音で、そう付け加えた。
 そして、さらにその声の湿り気とざらつきを濃くしながら、肇は黒い瞳孔で語る。

「あと、莉嘉ちゃんと喜多さんを殺した人は、小春ちゃんや紗枝さん、麗奈ちゃんと同じかさらに低いくらいの身長の人だと思います。
 靴のサイズが、私より2回りは小さかったので。
 ……一応、覚えておいて、下さい」

 声の中に泥濘を滲ませながら、それでも、藤原肇の表情は動かない。


51 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:12:28 8J/RkGmI0

 肇の無表情が隠す心は、むしろ自己嫌悪ともいうべき感情だった。
 0時の放送を聞き、死者の名を耳にした時、肇はその死を悼むより先にその名に、
『ああ、莉嘉ちゃんたちを殺した犯人が、絞れてしまった』
 と考えてしまっていた。

 星輝子と輿水幸子と双葉杏。それが城ヶ崎莉嘉殺害の犯人として残っていた容疑者だった。
 喜多日菜子が同様の殺害方法で殺されていたため、この犯人が生き残っていることは確実と言えた。
 そこへ、星輝子と輿水幸子の死の報せが入る。
 双葉杏が殺し合いに乗っている可能性は、限りなく100%に近かった。

 ――このことは言うまい。

 双葉杏と親しかった諸星きらりを傷つけまいと、肇はこの情報を最後まで、ぎりぎり仄めかすに留める。
 互いに有名なアイドル仲間が集う島で、変装する意味など無いに等しいのだけれど、相川千夏にも、一応のフォローを入れておく。

 緒方智絵理も含めて、彼女たちが一度ならず殺人を試みたのだと、そう確定させてしまうことが、怖かった。
 彼女たちを救うためにも、その殺意には、対策を取らなければいけないのに。

 ――見たくない。けれども、見える。
 そして本来ならば、恐らく、見据えなければいけないもののはずだ。
 その上で、きらりさんたちと一緒に、救うんだから。
 しかし依然として、やはり、見たくない。
 そしてなぜ、自分は彼女たちの事実の一つ一つを、こんなにも忌避したくなるのか――。


『貴方の“アイドル”を。見せ付けなさい』


 千川ちひろは、そう放送で呼びかけていた。
 肇の心は、相反する色の土の中に沈んでいく。
 藤原肇は、自己の水中に沈むアイドルの姿を、今一度見つめ直さざるを得なかった。


    ++++++++++


52 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:14:19 8J/RkGmI0

 その後、8人は、今後の方針を決めた。
 この島の海岸線を不自然に封じていくような禁止エリアの配置に気づき、この殺し合いの主催者が隠している何かがそこにあるのではないか、と小早川紗枝が考えたことには、藤原肇ら4人も驚きと共に納得した。
 東の街を辿ってから南下し、他のアイドルを探して天文台に向かうことで合意が取られる。

 諸星きらりなどは、すぐにでも出発しかねない勢いだったが、藤原肇がそれを虚ろな眼差しのままで差し止めていた。

「あの……。涼さんの脚と体調は、大丈夫なんですか?」

 涼は毅然とした口調で、自身の好調を主張してみた。
 そこへ、紗枝が小声で耳打ちしてくる。

「……でも松永はん。……少しも休んでへんよね」

 涼は小梅の視線を気にするように慌て、脚の痛みなど鎮痛剤で消えたと主張した。
 その脚の断端を、麗奈が醒めた表情でつつく。

「本当に、そうかしらね」

 涼の喉はけったいな叫びをあげていた。
 その腕を掴んで、きらりが顔を寄せてくる。

「……涼ちゃん、お顔白いにぃ。お手手も冷たいし、張りもないにぃ」

 涼は喘ぎながら、手に持った水のペットボトルを指し示した。
 小春がそれを一瞥して、拓海のもとから別のボトルを探し出してくる。

「脱水の時は、ただのお水は良くないかもですよ〜。
 ライブの時は、これと同じような感じで、スポーツドリンクを半分に薄めて、梅干しを入れるのがいいです〜」
「……経口補水液って書いてあるな。なんだ。お前、血が薄まってたからトイレばっか行ってたのか? 輸血パックあるのによ……」

 涼は、水の代りにその飲料を受け取ることしかできなかった。
 涙目を堪えて笑顔を作る涼に、小梅の切なそうな眼差しが迫る。

「涼さん……。もう一度、手当て、しようか……?」

 その背後で、肇が拓海に向かって静かに問いかけている。

「えっ……? 輸血パックあるのに、輸血はしていなかったんですか?」
「……そうだよ。平気そうに見えたからさ」
「脚の痛みの方は? 鎮痛剤とか、麻酔とかは? 止血も大丈夫なんですよね?」
「小梅が見つけてくれたのを飲ませてるけど、麻酔なんてねぇしよ……」
「歯医者さんでも耳鼻科さんでも行けば、麻酔はされるじゃないですか。あるはずですよ」
「探してもわかんなかったんだよ!!」
「冷静になりよし!」

 肇が切実に尋ねるたびに、拓海の言葉は火を噴いていく。
 紗枝が二人の間に入って双方を差し止めようとした。
 ソファーから二人が立ち上がる。

「そんなに言うなら、お前が探してきてくれよ!!」
「もちろんです。見つけたらお呼びしますね」

 赫い拓海の眼差しに、肇の黒い瞳が応えていた。


    ++++++++++


53 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:15:01 8J/RkGmI0

「……ほら、開かへんのよ。多分その麻酔薬もここ入っとるんやとは思うんやけど」
「病院ってよく見ると、色んなものがおいてあるんですね〜」

 小早川紗枝は、『救急カート』とラベルされた、キャスター付の赤い引き出しを指した。
 古賀小春のヘッドライトが、その引き出しを照らしていく。
 藤原肇は、小春の明かりと紗枝の案内を頼りに、ロビーから救急処置室にやってきていた。


 引き出しには上から『救急薬品』、『気管挿管物品』、『輸液・血管確保』、『BVM・酸素マスク』とラベルされており、側面には黒い酸素ボンベが掛かっている。
 下3つの引き出しは自由に開いたが、最上部の『救急薬品』には鍵がかかっていた。
 “薬剤の管理は担当薬剤師が必ず介入”などと注意書きもされているため、厳重に保管されているのだろう。
 局所麻酔薬といえど、劇薬なのだ。

 藤原肇は引き出しを一通り確認した後、袋入りの注射針と、『駆血帯』と書かれた帯を中から選びだした。
 カートの上に積まれているアルコール綿のパックとともに紗枝へ手渡す。

「……目的は麻酔だけではありません。これがないと涼さんに輸血もできませんよね」

 そして再び振り返り、彼女は小春を手招いて、処置室の中を見回り始めた。
 麻酔薬が取れないのなら、戻るべきではないのだろうか。

「藤原はん? どないしはりました?」
「局所麻酔って、注射薬だけじゃありませんよね。
 咽頭炎になって喉を見てもらったとき、カメラの先にはキシロカインという麻酔のゼリーがついていました」

 肇と小春は、『SPD・物品棚』と書かれている背の高い棚の前で立ち止まっていた。

 ――ここ、よく見えるようにしておいて下さいね。
 ――はい〜。わかりました〜。

 そして二人は、下の方から棚の籠の中を観察し始める。

「……それに、麻酔薬なんて、救急の現場なら使用頻度が高いもののはずです。
 紗枝さんは、自分の部屋でよく使うものなら、手に取りやすいところに整理しませんか?
 お医者さんだって同じ人間でしょう。用法を忘れないように注意書きや張り紙もしてますし……」

 ネラトン、ベクトン、ディッキンソン、プロベントプラス、ロードーズ。

 一見しただけではよく分からない物品のラベルを指差しで確認していく。

「物の形と有様はそのまま、その物の用途であり、役割なんです。
 器を作っていると、特にそれを感じます」

 三方活栓、連結管、バイドブロック、翼状針。

「そして突き詰めていけば、物はその役割に最適化されるように、その有様を変えていきます。
 陶芸も、部屋の掃除も、きっと病院の薬品も……」

 セッシ、シリンジ、舌圧子、カテーテルチップ、イオダイン。

 藤原肇の指は、棚の最上段まで行って止まる。
 そこの籠を引き出して、大量にストックされている資材の一部を手に取った。
 小春のヘッドライトの明かりに、その詳細を見つけにゆく。
 一種類ごとに、記載された効能・効果を確かめ、選び出した。

「多分、私たちアイドルも、同じなんですよね。
 自分がイメージするアイドル像に己を変えていく……。
 みんな自分の『役割』に、最も適した『器』を作っているんです」

 彼女の差し出した白い手には、『キシロカインゼリー』というチューブ。
 そして『ソーブサンフラット』と書かれた薄い箱が載っていた。


    ++++++++++


54 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:15:40 8J/RkGmI0

「へぇ……なんか、思ったより太くて立派なのね……」

 小関麗奈は、『それ』の被膜を剥いて、ごくりと固唾を飲んだ。

「やめてくれ……そんなの入らねぇよ……」

 車椅子に座らされた松永涼が、恐怖に慄いた目で『それ』を見つめる。

「だ、大丈夫だよ、涼さん……。い、イタいのは、最初だけ……」
「そうだにぃ☆ 思い切って、ぶすっ☆と刺しちゃえば、あとはきっときゅんきゅん☆だにぃ!」
「ヒョウくんが一緒にぺろぺろしたら、痛くなくなるかもです〜」
「やめろぉ!! 余計気持ち悪いから!!」

 涙目で首を振り、もがく松永涼の両腕を、諸星きらりが背後からがっちりと押さえつける。
 白坂小梅が更にその腕の一本を、太い帯できつく縛ってしまう。
 反対の腕にはイグアナが乗り、古賀小春とともに涼のその表情をじっくりとねめつけてくる。
 小関麗奈は思いつめた眼差しで、向井拓海に『それ』を手渡した。
 まっすぐに立つ『それ』を見て、拓海は顔に緊張を浮かべ、そして照れたように笑う。

「なぁ、涼……。アタシ、こうゆうの初めてだから、下手だったら、その……ごめんな?」
「もうちょっとマシなこと言えねぇのかよ拓海!!」

 涼の言葉とは裏腹に彼女の『そこ』は充血し、中身を見せた『それ』を待ちわびるかのように、拓海の指先にコリコリと触れる。
 拓海は、おずおずと、しかし大胆に、『それ』を涼の体内に刺し入れた。

「――――〜〜ッッ!?」
「よ、よし、入ったっ!!」
「ち、血が戻ったら、帯を外すから……、中だけ抜いて……」
「小春! その管とって!」
「はい〜。根元まで血は落としてますよ〜」
「輸血☆ぱわー、ちゅーにゅー開始だにぃ!」

 注射針を静脈に刺すだけで一大事であった。
 6人の少女がマニュアルを睨みながら、懸命に輸血を試みているのだ。

 処置室で目的の医薬品を見つけた肇たち3人は、涼たち残りの5人を呼び寄せていた。
 律儀に経口補水液を飲んでいるところを連れられた涼を待っていたのは、素人たちによる静脈路確保という、恐怖の時間であった。
 その素人たちが曲がりなりにも一発で成功を収めたのは、救急病院のマニュアルの練られ方と、彼女たちのアイドルとして培ってきたセンスが、奇跡的な化学反応を引き起こしたせいであったのかも知れない。

 遠巻きにその様子を見ていた小早川紗枝は首をかしげる。

「なぁ藤原はん。あん針って、そないに痛い太さなんやろか?」
「……わかりません。でもやはり、注射の怖さっていうのは万人に共通ですよね」

 発見した袋の針は、ひやむぎに近い、太目のそうめんくらいの太さであったろうか。
 うどんでないだけマシだろう。
 そう思いつつも、血管の中で流しそうめんが開催される絵面を想像してしまい、藤原肇は紗枝の隣で身を震わせる。

「ふ、副作用を確認するために、最初は、1分で1ミリリットルずつ……」
「おしょうゆだと、20滴で1ccですよ〜」
「じゃあじゃあ、このきゃわゆい☆わっか、くるくるするにぃ☆」
「……おいアタシの血管だぞ!? ふざけんな、だだ流れじゃねーか!!」

 ひとしきり騒ぎは続き、なんとか彼女たちは輸血に成功したようだった。
 輸血パックの下がる車椅子に放心状態の松永涼を連れ、処置室の中を、今度は水道の方へと向かう。
 刺入の緊張により一瞬で肩こりになってしまった拓海と麗奈に代わり、肇と紗枝が道具を持って後を追った。
 傷口のガーゼ交換である。


55 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:17:12 8J/RkGmI0

 緊張を撫で下ろす拓海へ、麗奈がその肩を揉んでやりながら声をかけていた。

「お疲れ様ね。ちょっと、アンタに話したいことがあるんだけど、いい機会だから来てもらえる?」
「ん? 良いけど涼の方は……。まあ、大丈夫かな……」

 麗奈に腕を引かれて、拓海は処置室を後にする。
 振り返り振り返り窺うその視線の先では、涼が再び、声にならない叫びを上げていた。


「――――〜〜ッッ!!!」
「頑張って下さい……。今度は、本当に痛そうですね……」
「だ、大丈夫? ガーゼ、固まっちゃってるから……」
「こういう時は、湿らせてからやると良いと思いますよ〜」
「うーん……、剥がすと痛々しいわぁ。血ぃも滲んではるし……」
「でもでも、このために、肇ちゃんと紗枝ちゃんが見つけてくれたんでしょお?」

 血に固まったガーゼを剥がしたあと、涼の脚の切断面は、骨と肉の覗く凄惨な様相を呈していた。
 ガーゼは血液と共に、付着した組織を連れていってしまった。
 ふとももの動脈は小梅の処置で縛ってはいたが、それであっても全体が腐ってしまわないように、間欠的に緩めて脚に血を流させている。
 最初の手当てから何時間も経っているというのに、ガーゼを剥がした直後、そこには完全に乾いたような赤い筋肉が覗き、そして見る間にじくじくとした液に覆われていってしまう。
 水道に洗う間も、涼は苦痛に顔を歪めていた。

 小梅が新しいガーゼで傷口の水分をふき取った後、きらりはそこに、優にチューブ半分ほどのゼリーを塗り、小春が厚めの綿のようなシートを被せる。
 ギリギリ傷口を覆うようなそのシートへ、小梅が最後にペットシーツのような吸水素材を被せて、新しい包帯で巻きなおした。

「な、なぁ……こんなんで本当に効くのか?」
「キシロカインゼリーは、実際に麻酔で塗られたこともありますし……。隣にあったそのシートも、傷口の治りを早め、痛みを和らげてくれるそうです」
「そんな魔法みたいな話があるのか……?」
「だってだって、きらりたちは、これから魔法みたいなこと、しに行くんだじぇ〜?
 涼ちゃんの痛いのくらい、スッキリさせちゃうよ☆」
「7人掛かりの、大魔法でしたから」


 肇は涼たちにそう言い残して、一部始終を見守っていた紗枝のいる壁際へ移った。
 相変わらず表情に乏しい肇に向かって、紗枝が笑いかける。

「藤原はんはお優しい人どすなぁ」
「……どうしてですか?」
「自分が見てはる辛いこと、極力、自分の内に溜めて、耐えようとしてはるやろ」

 細く、柔らかな眼差しだったが、小早川紗枝の瞳は、まっすぐに肇を見ていた。
 その睫毛に照る微かな光が、肇の瞳の奥に飛んでくるかのようだった。

「せやけど、もっと隠さんと言わはった方がええ時もおます。
 うちらにも、これから先『殺し合いに乗った人』と会う時にも、その陰を持った人の言葉の方が、伝わる時がおますかも知れへんよ」
「……」

 小早川紗枝の瞳を見つめ返しながら、肇は考える。
 ――彼女になら、私の葛藤を、伝えてもいいのだろうか。


    ++++++++++


56 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:18:30 8J/RkGmI0

 ……私は、やはり人を殺したのだ。
 初めはただの、嘘であったはずだ。
 それでも、岡崎さんと喜多さんに語りながら、『私』は仁奈ちゃんをこの手で、確かに絞め殺していた。


『「私」は怖かった……あの子があまりにも純真無垢に見えたからこそ理解が出来なかった』
『信頼を寄せるフリをして、私を殺そうとしているんじゃないかって、恐ろしくなって』
『気付いたら……あの子の首を絞めていたんです』


 その時の『私』は、ただ純粋無垢な好意を向ける仁奈ちゃんを恐れていた。
 それはつまり、殺し合いをせず全員での脱出を望むことを、楽観的であると疑っていたことになる。
 そんなものはありえないと。
 皆と自分の助けを追い求めながら、同時に、皆と自分の希望を否定していた。
 その挙げ句に、その時の『私』と私は、その矛盾に耐えきれず、壊れてしまったんだ。


『いやぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!』


 あの時、私が聞いた『私』の声が、まだ耳に残っている。
 あの時、『私』が締めた首筋の感触が、私の手に残っている。
 『私』が呼んだ絶望が、私の土の中に残っている。
 『私』の姿は、確かに私の可能性の一つであったのだと、自覚してしまった。

 その黒い『私』が、放送の時にも、私に死をただの情報として捉えさせた。
 もう既に3人ものアイドルを殺してしまった『私』は、私の中でしっかりと息づいてしまっている。

 よなげて選り分けて、ようやく見えてくる、心の深みにある黒土。
 それは多分、誰の心にもあるものだ。
 だけれども、それは『器』の素材としてはあまりに鋭すぎる。
 普段通りの生き方をしている時には滅多なことでは出てこない、厳重に封印された素材だ。

 人はみな白と黒と、希望と絶望とを心に併せ持っているんだろう。
 そのどちらを多く自分の『器』に配合し、どの面を見せてしまうか。
 突き詰めれば、殺し合いに乗るか乗らないかなんて、単にそれだけの違いかも知れない。


 ――杏さんももしかすると、その狭間に揺れ動いていた可能性がある。

『それに人殺しってバレちゃったら、きっと誰も信用してくれなくなるしね。
 誰にも言い出せずに一人で悩むんじゃないかなあ。ほら、杏はこう見えて根が繊細だし』


 考えすぎかも知れない。
 それでも、彼女はもしかすると、私のあの時の様子に、自分の進むべき方向の答えを、見つけようとしていたのではないだろうか?


57 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:20:05 8J/RkGmI0

 備前からは、本当に沢山の種類の土が産出される。
 備前焼の茶褐色の色合いは、簸寄せ(ヒヨセ)と呼ばれる田の底の粘土と、山上の鉄分を豊富に含んだ黒土の配合によって生み出されてきた。
 香登、磯上、下り松などの粘土産地や、山ヒヨセの使用やその割合が少し変わるだけでも、器の風合いは明確に変化する。

 ――ならばその絶望の黒土をも、みんなの希望と併せた、その補色の土の先に、道はあるのかも知れない。

 ……私は、絶望を見つめていよう。
 それをも作品として認めてくれる人がいるなら、試してみよう。


「……紗枝さんには、お話しておこうと思います。
 私は、相川千夏さんと双葉杏さんは、確実に殺人を行なっていると思っています」
「そうなんやろねぇ。……でもそれを踏まえた上で、藤原はんは、助けようと思ってはるんやろ?」
「はい、そしてその際最も気をつけるべきは、紗枝さんたちを襲った爆弾です。
 全員の話を総合するに、その爆弾は、二人以上の人に、複数個――それもかなり大量に支給されているんだと思います
 それ以外にも、気を抜いてしまえば、ここの全員がすぐにでも誰かに殺されてしまう可能性はいくらでもあるんです。
 ……絶望はいつでも、私たちのすぐ傍にありますから」

 夜間のドラッグストア、水族館、ここの病室。
 そこにあった遺体は、みな一様に炭になるほどに焼かれていた。
 涼さんに転がされた爆弾、そしてきらりさんも目撃した惜し気もない3回の爆発。
 それらはみな一瞬で火災を起こすような、焼夷弾だったらしい。
 恐らく、これらは全て同一の武器によるものだろう。
 スプリンクラーもあっただろう千枝ちゃんの病室を焼き尽くし、岡崎さんや、あの少女二人を一発で焼死させるモノなど、そう何種類もあるはずがない。
 投げられたことに一瞬でも気づくのが遅れれば、ただちに炎に巻かれて死んでしまうのだ。

 それに気づくためにも、みんなを守るためにも、私は『人を殺した』という絶望と共にあろう。
 希望と共に、絶望を愛で、両方の色に染まるような慈悲を。
 殺してしまったアイドルも、殺されてしまったアイドルも、今を生きるアイドルも。
 みんなを見つめてその心を汲み、助けるための道を探そう。


『――――貴方に掛かっている命は一つじゃないのですから』


 そう。ちひろさんの言うとおり。
 自分だけでも、プロデューサーさんだけでもない。
 真に大きな器だったら、きっと希望も絶望も、等しく載せていけるのだろうから――。


「……ようわかりました。やっぱり、藤原はんは『お優しい』人どすなぁ」

 ――そないなとこ、うちと、似とるんやろか。

 紗枝さんは、本当に小さな声で、ぽつりと呟く。
 彼女は、はんなりと笑っていた。

「うちは、向井はんの熱意も、藤原はんの冷静さも、脱出には両方必要なことやと思います。
 ……向井はんにも、気ぃ悪くしいひんで話してもらえますやろか?」
「……気を悪くしたように見えちゃいましたか。
 祖父譲りの頑固さも、ほどほどにしますね。
 皆さんのイメージ、私も一緒に、現実にしたいですから」


 ――人を宥和させる彼女の空気は、きっと紗枝さん自身の『器』だ。


 何の憂いも表さない彼女の微笑みの中には、恐らく、私や他の人と同じく、様々な感情が渦巻いているだろうに。
 波風を立てず、全てを柔らかく纏めようとする、薄絹のような微笑がそれを覆っている。
 紗枝さんが私に見せてくれているのは、とてもしなやかで強い『器』だった。

 きっと辛さを押し込めて、その『器』を保っている。
 それでも今は、その好意を受けさせてもらおう――。


 気取らず、気負わず、私らしく――。
 私もあなたのお蔭で、また少し自分の『器』に近づけるような、そんな気がします。
 ――ありがとうございます。


 その感謝の言葉は、藤原肇の水面いっぱいに広がった。
 始原の海のようにその水嵩と土は深くなってゆく。
 藤原肇であり藤原肇でない者達の、記憶と想いが、補色であり単色の澄んだ渦を巻く。

 彼女の深い色合いの瞳の光に、口元のみに浮かぶ柔和な微笑みが、照りかえっていた。


    ++++++++++


58 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:21:23 8J/RkGmI0

 向井拓海は、先程までいた待ちうけロビーまで、小関麗奈に連れて来られていた。

「……まあここまで来れば、聞こえないわよね」

 麗奈はそう呟いて、拓海の方に向き直った。
 非常灯だけがかすかな明かりとなっているロビーで、麗奈の姿はその薄い逆光にシルエットとして見える。
 その表情は拓海には窺えない。
 処置室の方を気にかけたまま、拓海はなおざりに問うた。

「で、改まって、結局なんなんだ?」
「アンタは、さっき、アタシと肇の戦いを、考えすぎと言ったわね。
 ……アンタは間違ってる。
 相手が殺す気なら、そのくらいの対処はできなきゃ、向こうを助けて生き残るなんて離れ業、無理よ」
「何の話かと思ったら……」

 拓海はがりがりと頭を掻いて、佇む麗奈に向かって語る。

「だからってあれはやりすぎなんじゃねぇのか?
 聞く限りじゃ、下手すりゃあれはお前の方が人殺しになってた事件だぞ?
 まず、呼び掛けに答えるなり、仕掛けるのも、説得のためのもんだけにしておくとかよぉ……」

 一歩ほどしか離れていない二人の距離をその言葉が進むのには、数秒の時間がかかったように思えた。
 拓海が反応を待つも、麗奈の影は暫くの間黙り込んでいた。
 逆光の中で、彼女は薄く笑ったようだった。

「……だったら、アタシが今、アンタを殺すのを、説得できる?」
「――はぁ!?」

 麗奈の左腕が動いた。
 腰のガンベルトからの抜き打ち――。
 蛇の鎌首のような青光りが奔る。

 ぞくり。
 拓海の背骨が、その冷たい光に撫でられていた。

 あまりにも唐突。
 だがしかし。
 明らかに麗奈は銃を、アタシに突きつけようとしている――!

 黒い夜がその毒牙に降る。
 コルトパイソンの弾丸をほとんど接射で受ければ、命はないだろう。
 唇を剥いた麗奈の白い歯。
 伸ばされる左腕の拳銃。
 その動きを見て、瞬間、左半身に重心を移動させた。
 麗奈の射線上から逃れようと一歩を――。

 ごりん。

 左の腸骨に、硬い物が当たって、拓海の動きを止めさせていた。


59 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:22:48 8J/RkGmI0

「……アタシの拳銃は2丁よ。
 今、アンタは死んだ。
 病院の廊下で出会った時も併せて、2回目よ」


 麗奈の右手に持たれたもう一丁の拳銃が、下腹部に突きつけられていた。

「――ッ!」

 アタシは麗奈の両腕をひっつかんで怒鳴る。

「オイ、テメェ! 冗談でもそういうことはやめろっ!!」
「これが冗談で済まなくなるからやってんのよ!!」

 麗奈は手をふりほどき、アタシの声に噛みついた。

「相川千夏って策士は、爆弾2発と拳銃、それに血の偽装まで使って、アンタたち3人を罠にはめたんでしょう!?
 どんなことだってしてくるのよ、相手は!
 具体的なプランはあるの?
 脱出のために、天文台から見晴らすのはいいわよ。
 それでもまず、殺す気で向かってくるヤツに対抗できなきゃ、平和ボケした仲良し8人組なんて良いカモよ!
 一網打尽だわ!!」
「おい……ちょっと待て。まだそいつが犯人だと決まった訳じゃ……」
「はぁ? アンタ気がつかなかったの?
 あれは単に、肇がきらりとか小春とかに気づかって言葉を濁してただけでしょ?
 どー考えても、あの千夏ってやつも、あと……杏でさえも人殺しをしてるのよ」

 麗奈は苦々しい顔で言い捨てた。
 千夏はともかく、杏については殺し合いに乗っている者の候補にはのぼらなかったはず。
 ただ、背の低いヤツとしか――。

「……莉嘉と仲良しで、背の低いヤツなんて、あとは杏しかいないわ」

 心を見透かしたように、そう麗奈は言った。
 俯きながら、歯を噛み締めながら、自分自身に言い聞かせるように、麗奈は言葉を紡ぐ。

「アタシは出し抜いてやるわ。
 このレイナサマが、今まで『レッスン』してきたことで負けるわけには、いかない。
 あのニート女を正気に戻してやるためにも、アタシはあの壁を、撃ち抜いてやる……」

 ――アタシは、昨日の夜から、もう覚悟はしてるの。

 そう言って、麗奈は強い眼差しで面を上げた。

「アンタも、あの3人をまとめてたリーダーだってんなら、ささいな感情でウジウジしてんじゃないわよ!
 上に立つニンゲンってのは、このアタシみたく、いつでも余裕と自信を持って堂々としているべきなのよ!!」

 叫びながら、麗奈は自分の胸に手を当てる。
 見上げてくる瞳には、涙がたまっていた。

「……扇風機の羽根まで折れちゃったとか、その威力できらりと肇を殺しそうになっちゃったとか……。
 そんなささいなこと、気にするそぶり見せたら、誰もついて来なくなるでしょうが……。
 結果よければ、能ある失敗は尻尾隠すのよッ……! このバカッ!!」

 心尽くしの罵倒と諫言をぶつけてくる、潤んだ思い。
 アタシは気づいたら、その体を抱きしめていた。

「バカッ! バカッ! ザコッ!
 アタシじゃ、こんなグループのリーダーなんて、役不足なのよ!
 アンタが、アンタがしっかりしなきゃ、誰がアタシたちの計画を引っ張るのよ!
 アンタの胸は飾りなの!? デカ女とかはんなり女とかに任せた方が100倍マシよ!!」
「……すまねぇ」

 麗奈はアタシの胸に顔を埋めながら、めちゃくちゃにアタシの体を叩いている。

 本当に、こんなガキにまで慮られるようじゃ、アタシはリーダー失格だ。
 こいつは一体、どんな思いでそんな決心をしたんだろう。
 佐々木千枝も、緒方智絵里も、方向は違えどあんな幼さで、重大な決心していた。


60 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:23:28 8J/RkGmI0

 一方のアタシはどうだ。
 見ないふりをして、忘れていただけだ。
 あの夢の中でも見た、恐ろしいまでの安堵。

 そんな道には進まないと、思っていたはずなのに。
 アタシには信念があったはずなのに。
 見失うわけにはいかない、『絶対に助ける』という信念が。

 それなのに。
 心の中では、ともすればその安堵を求めようとしている。
 決心がついてねぇ。
 根本のところで、覚悟ができてねぇ。
 いつ、そっち側に自分が揺らいでしまうのかが、怖くて仕方ねぇ。

 アタシが、肇の言葉に苛立っていたのは、きっとそのせいだ。

 具体的な案もねぇ。
 堪え性もねぇ。
 アタシは耳障りのいい題目を掲げて、感情にまかせて旗を振っていただけだ。

 肇は、アタシが抜かっていたことごとくを穿り返し、アタシの目の前に突きつけた。
 アタシのために見せてくれた、アタシの中身なのに。
 そんなに冷静に、アタシは自分の中の恐ろしさを見つめられなかった。

 アタシは、現実から目を背けていたのか?


『――――貴方に掛かっている命は一つじゃないのですから』


 千川ちひろの言うとおりだ。
 アタシらは、自分たちアイドル同士のことを考えているだけじゃいけない。
 首輪も。
 脱出も。
 殺し合いも。
 肇みたいな視点をも、持たないと。
 早くしないと、“アイツ”が。
 プロデューサーの命が、奪われちまう。


 肇の顔は、本当に『諦め』ていたのか?
 その表情に映っていた『諦め』は、アタシの心じゃ、ないのか?


 ――なぁ。
 どうすればいい?
 アタシは一体、どうすればお前らみたいに、決心ができるんだ?


 麗奈の轟かせた無形の弾丸は、確かに拓海の心臓を撃ち抜いていた。
 その心臓に火を入れる、再点火を祈る一撃だった。
 しかし拓海は、その傷口から流れていく赫い炎を前に、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
 その創をどう処置すればいいのか。
 何を輸血すればいいのか。
 今の拓海には、それを探す方法さえわからない。

 零れ落ちる炎が照らす拓海の下には、心安らぐような暗い夜が広がっていた。


    ++++++++++


61 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:25:01 8J/RkGmI0

「り、涼さん、気分は悪く、ない?」
「……ああ、大丈夫だ。脚も、痺れたみたいな感じはするが、確かに痛みはかなり少ない」
「もう血も、出なさそうだにぃ☆」
「それは、きらりの押さえるパワーが強いせいもあるだろうな……」
「のどはまだかわきますか〜?」
「いいや、それほどでもなくなった。ありがとな、みんな」

 3人の即席看護婦さんに囲まれた松永涼は、深い呼吸と共に眼をしばたかせた。
 巡る熱は指先まで行き渡り、痛みも緩和され、抑えられていた疲弊がどっと出てきたように思える。
 皆の思いがこもった脚と腕、そして、周りに集う暖かな笑顔に、涼は体の奥から力が湧いてくるのを感じた。
 そして一際高い星のような笑顔を、見上げて思い出す。

「……なぁ、きらり」
「うゅ? なんだにぃ?」
「お前にロックのこと教えたのって、リーナか?」
「そうだにぃ☆ 一緒にラジオに出たときにー☆」

 ははっ。
 その時の様子を想像して、笑みをこぼす。

 どう転んだら、ロックが物理的にヒトを揺さぶることになるのか。
 多田李衣菜もかなり独自のロック観を持っていたが、師が師なら弟子も弟子なんだろうか。
 きらりは車椅子のハンドルをにぎったまま跳ねる。

「みんなで歌う新曲って、とってもきゅんきゅんして、ロック魂に火をつけるって!」
「言いそうでもあり言わなそうでもあるな……」
「だからだから!
 ……きらりは、りーなちゃんのロック魂で、みんなの心も体も、ハピハピの世界征服するにぃ!
 みんなのうた、ぜーったいに聞いてもらえるように、きらりん、やっちゃうから☆」

 ロッキングしていた車椅子の揺れが収まった。
 振り向いたら、きらりの顔は、とても切なそうに笑っている。
 それでもその目の光は、厳かに燃える火のようだった。
 その言葉に、アタシの頭へ降ってくる曲があった。

「『So don't become some background noise(聞き流されるノイズになっちゃ駄目なんだ)』……ってか?」
「うゅ?」
「いや、なんでもない」

 ……ロックの神様の歌詞が、自然に思い浮かんできてしまった。


 おい、聞こえてるか李衣奈、夏樹。
 お前らの魂は、確かに受け継がれてるぞ。


 考えてみれば、『We Will Rock You』って意志は、『必ずアッと言わせてやる』って生き様だ。
 ここに集まった全員、誰もが独自の決意を胸に秘めている。
 それでここの主催に立ち向かおうってんなら、間違いなく、そりゃロックだ。
 『ロックの核心は反体制、反権力』だからな。

 ちひろさんが、『貴方の“アイドル”を。見せ付けなさい』っていうなら、見せ付けてやろうじゃないか。
 アタシたちアイドルが、どれだけロックなのかをさ。


 『世の中には醜さと美しさが同居していることに気づかなきゃいけない』。


 アタシだって、他人を信じられなくなったり、爆弾投げられて脚を失くしたりしたよ。
 それでも、アタシは今、こんだけの仲間と小梅に囲まれて、幸せだ。
 どのアイドルも、その心にはロックがあると、アタシは信じてる。


 ……アンタもそう思うだろ、緒方智絵里?


62 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:27:52 8J/RkGmI0

「アタシも噛ませろよ。その世界征服。
 手助け、必要だろ? この先の相手は一流のパフォーマーぞろいだしよ」
「おっすおっす! たくみんたちみーんなで、やっちゃおっ☆」
「そないに言う元気が出てきたなら、心配いらへんね。ほんによかったわぁ」
「向井さんたちが見落としている点は、私もできる限り拾うお手伝い、しますよ」

 アタシときらりの握手に、壁際にいた紗枝と肇も戻ってきた。
 そしてふと気づいたように、紗枝は辺りを見回す。

「その向井はんは、どこに行かはったんやろ?」
「麗奈ちゃんと二人で、処置室の外に出て行ってましたが」

 肇は拓海たちの同行も、見落としてはいなかったようだ。
 本当に、ここにはすごいアイドルしかいない。

 『ステージに上がったときは自分が一番上手いと思え。ステージを降りたときは自分が一番下手だと思え』なんて言葉もあるが。
 藤原肇は、放送にも拓海の剣幕にも、ほとんど動じたように見えなかった。
 アタシだって、放送のたびに訃報へのショックが薄れて、それが嫌だとも感じてはいるけど。

 拓海のことだ。
 アイツは、たとえ3人でも、また深くショックを受けているんじゃないか?
 だから、肇の言葉に、怒りをぶつけたんじゃねぇのか?

 雨の夜中でアレだ。
 これからの6時間で、また今まで以上に、殺されるアイドルが出てきちまうかも知れねぇ。
 だが、焦るなよ拓海。
 バンドのリーダーなんてものは、センターで自分の得意な特技をぶちかましてればいいんだ。
 その目指すレベルが高けりゃ、残りのメンバーは自然についてくる。
 余計な考えごとなんてアタシたちメンバーに任せて、その理想と綺麗事を見せ付けてくれ。
 これだけロックな人員があつまりゃ、自然とその綺麗事にも、肉がついていくさ……。


「……ふあぁ」

 考えを巡らせていた涼の口から、小さなあくびが漏れた。
 周りのメンバーたちが、その顔を覗き込んでくる。

「あ、涼さん……、眠く、なっちゃった?」
「いたくなくなった証拠ですよ〜」
「涼ちゃんも、きらりたちと、ねむねむすゆー?」
「ああ、いや……。アタシのせいでみんなが足止め喰らうのもマズイだろ……」
「せやけど、うちらはともかく、諸星はんたち4人も、ほとんど休んでへんやろ?」
「向井さんと麗奈ちゃんが戻ってきたら、改めて相談しましょうか」


【B-4 救急病院/二日目 深夜】


【向井拓海】
【装備:鉄芯入りの木刀、ジャージ(青)、台車(輸血パック入りクーラーボックス、ペットボトルと菓子類等を搭載)】
【所持品:基本支給品一式×1、US M61破片手榴弾x2、ミント味のガムxたくさん、ペットボトル飲料多数、菓子・栄養食品多数、輸血製剤(赤血球LR)各血液型×5づつ(涼の血液型を除く)】
【状態:全身各所にすり傷】
【思考・行動】
 基本方針:生きる。殺さない。助ける。
 0:アタシは、どうすればいいんだ?
 1:状況を見て行動。
 2:市街地を巡りながら他のアイドルらを探し、天文台へと向かう?
 3:スーパーマーケットで罠にはめてきた爆弾魔のことが気になる。
 4:涼を襲った少女(緒方智絵里)のことも気になる。


 ※軽トラックは、パンクした左前輪を車載のスペアタイヤに交換してあります。
  軽トラックの燃料は現在、フルの状態です。
  軽トラックは病院の近く(詳細不明)に止めてあります。



【小早川紗枝】
【装備:ジャージ(紺)】
【所持品:基本支給品一式×1、水のペットボトルx複数、消火器】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを救い出して、生きて戻る。
 0:肇はんは、うちと似てるかもしれへん。
 1:とりあえずは、休むか出発するか、今後の行動方針を相談。
 2:天文台の北西側に『何か』あると直感しているので、天文台に向かいたい。
 3:もう少し拓海はんの支えになれたらええんやけどね。


63 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:28:14 8J/RkGmI0

【松永涼】
【装備:毛布、車椅子、輸血製剤(赤血球LR)×5(一部輸血中)】
【所持品:ペットボトルと菓子・栄養食品類の入ったビニール袋】
【状態:全身に打撲、左足損失(手当て済み)、衰弱(軽快)、鎮痛剤服用中、眠気】
【思考・行動】
 基本方針:小梅を護り、生きて帰る。
 0:ありがとう、みんな。
 1:足手まといだとしても今できることをする。
 2:小梅のためにも死ぬことはできない。
 3:アタシだって、ロック魂を見せ付けてやるよ!
 4:拓海、焦るなよ?



【白坂小梅】
【装備:拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)、イングラムM10(32/32)】
【所持品:基本支給品一式×2、USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、不明支給品x0〜2、吸収シーツ×5枚】
【状態:背中に裂傷(軽)】
【思考・行動】
 基本方針:涼を死なせない。
 0:涼さんが元気になって、本当に良かった……。
 1:涼のそばにいて世話をする。
 2:胸を張って涼の隣に立っていられるような『アイドル』になりたい。


 ※松永涼の持ち物一式を預かっています。
   不明支給品の内訳は小梅分に0〜1、涼の分にも0〜1です。



【諸星きらり】
【装備:かわうぃー傘】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品×1、キシロカインゼリー30ml×10本】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:つらいことや悲しいことに負けないくらいハピハピする。
 0:みくちゃん、輝子ちゃん、幸子ちゃん……。みんなの心も体も、ハピハピさせるからにぃ!
 1:肇ちゃんと一緒に、みんなをハピハピにする。
 2:杏ちゃんが心配だにぃ……。どこにいるんだろ?
 3:きらりん、もーっとおっきくなるよー☆



【藤原肇】
【装備:ライオットシールド】
【所持品:基本支給品一式×1、アルバム、折り畳み傘】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:誰も憎まない、自分以外の誰かを憎んでほしくない。
 0:希望も絶望も、みんな受け止められるようになろう。
 1:誰かを護る盾でありたい。
 2:きらりさんと一緒に、みんなをハピハピにする。
 3:双葉杏さん、相川千夏さん、緒方智絵里さんには警戒する。
 4:一度自分を壊してでも、そのショックを受け止められる『器』となる。なってみせる。



【小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1、ビニール傘】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
 0:リーダーなんだったら、細かいこと気にしてんじゃないわよ、向井拓海!
 1:小春はアタシが守る。
 2:相川千夏も、双葉杏も、アタシが出し抜いてやる。
 3:きらりと肇には、謝ったほうがいいかしら……。



【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット、ジャンプ傘】
【所持品:基本支給品一式×1、ソーブサンフラット3号×9枚】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、間違った道を進むアイドルを止めたい。
 0:小春でも、みんなをたすけられるでしょうか〜?
 1:麗奈ちゃんが悪いことをしないように守る。


 ※着ている服(スカート)に血痕がついています。


64 : Black in White ◆wgC73NFT9I :2014/02/05(水) 00:29:28 8J/RkGmI0
以上で投下終了です。


65 : ◆yX/9K6uV4E :2014/02/05(水) 19:44:56 ppJNS8yw0
投下乙ですー。
麗奈様がわりとがちに殺す気のトラップが……w
8人が集まって色々ものへの対応がらしいなぁ。
再スタートになるか……周りに一杯ヒロインいるけれどもw

さて、こちらは緒方智絵里、姫川友紀で予約します


66 : ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:46:14 AxmWcSbs0
投下乙!乙!です!

>だけど、それでも
まるで悪夢のような話。しまうの混濁、混乱し、絶望する様がすごい。
褒めだしたらきりがないのですが、残念ながらそれは今は割愛し、ただしまうに対してはがんばって……とそれだけ。

>DEAD SET
蒼い。しぶりんがなおかれの通った道を同じく自転車でなぞるというのが、彼女たちの出会いを予感させますね。
次……なのかな? 強くあろうとするのだけど、すべてに対しまっすぐな彼女が折れてしまわないか心配。

>Black in White
半分きらりんパワーのせいとはいえ、レイナサマのトラップ怖すぎw むしろ、レイナサマ的には失敗したからこそか?
人が集まってほっとする部分もある反面、先の予感や、そこへの緊張も高まったり覚悟も決まったりで……。
強さばかりとは言えないどころか弱点もいっぱいあるチームだけに、ヒロインに囲まれたこの現状が怖い。


では、遅れていた予約分を投下させていただきます。


67 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:47:17 AxmWcSbs0
“彼女”は満天の星を見上げていた。

雨雲が通り過ぎた後の夜空には無が澄み渡り、そして深く、輝く星を数え切れないほどに抱えている。
ちょうど24時間前。昨日、殺しあいが始まったばかりの時に見上げた空とそれは同一だった。

ただそれだけを見上げていればまるで昨日の夜に戻ったようで、しかしそうでないことはつい先ほどの放送が、幾人もの死者が出たという現実が否定している。
悪夢のような記憶は夢でも幻でもなく、この1日だけで何十人もの『アイドル』が死に、それ以上の哀しみが積み上げられた。

そして、――“彼女”はまだ誰も殺せてはいない。

そうしろと言われたのにも関わらず、彼女はこの1日で誰も殺すことができなかった。

今、星空を見上げる“彼女”は、



――“悪役”だった。





.


68 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:47:37 AxmWcSbs0
 @


僅かな非常灯だけが頼りの静かで暗い図書館の中、高垣楓はひとり、窓際で夜空を見上げながら月の光を浴びていた。

「大事な人、か――」

午前0時の放送で千川ちひろは「貴女にかかっている命はひとつではない」と脅すようなことを言った。
それは人質となっているそれぞれのアイドルのプロデューサーのことだろう。殺しあいをしなければ、彼らは死ぬ。そういう意味の言葉だったはずだ。
けれど、その脅しは高垣楓には通じない。彼女の大事な人――プロデューサーはもうすでに死んでしまっているのだから。
高垣楓は、ゆえにその言葉に心を乱されることはなかったが、しかしひとりの別の少女のことを思い浮かべていた。

「愛梨ちゃん、どうしてるかな……」

十時愛梨。自らとプロデューサーを同じくする、つまりは同じくすでにプロデューサーを失っている初代シンデレラガール。
そして、この殺しあい企画の中で運営の息のかかった“悪役”ではないかと目されている少女。
彼女の立場は悪い。少なくとも2人のアイドルを殺したの確かなことだ。その動向から“悪役”と見られるのも無理はない。だが……、

高垣楓は彼女が“悪役”だとは思っていなかった。

「(あの子はそんなに器用な子じゃない。悪役をしろと言われてできる子なんかじゃない)」

殺しあうことを告げられたあの場所でプロデューサーが殺された時のことを高垣楓は思い出す。あの時の彼女の声、表情、それはまぎれもなく本物だった。
本物の恋をする少女の声で、本当に愛する人を失った少女の表情だった。

「(ただ、少し違っただけなのよね。愛梨ちゃんと私は……)」

高垣楓は自分はもう死んでいいと考えた。けれど十時愛梨は死なないと考えて、高垣楓は彼の死を認め、彼女はおそらくそれを認めなかった。
たったそれだけの話で。
なにが違ったのかというと、彼を愛していたのは同じで、彼の『アイドル』だったのも同じで、そして彼から愛されていたのは少しだけ彼女のほうが上回っていて。
そして、高垣楓は少しだけ大人で、十時愛梨は見た目のままの少女だった――なんてそんな話。

「(……愛梨ちゃんはシンデレラ。だから、この悲劇の主人公なのね)」

くすくすとおかしくて笑ってしまう。自分も彼女のようにひたむきに愛されたいと願っていれば、たった午前0時までの魔法でも叶ったろうにと。
今となってはそれが幸福だったのか不幸だったのかを知る術はないけれど、こんな醒めた目で星空を見上げてはいなかったろうと。
大人である高垣楓の中の時計はもう午前0時を過ぎて、王子様は過去で、新しい目的は未来にあった。



しかし、と高垣楓は首を傾げる。十時愛梨が“悪役”でないとすれば、だったらそれは誰なのだろうと。
友人である川島瑞樹はひとりいると言った。それもまるで確証があるかのようにはっきりと、“悪役がひとりいる”と言ったのだ。
そうすると、彼女から見れば誰が“悪役”なのかは明確なのだろうか?

「(私、かな……?)」

もし疑われているのだとすれば自分かもしれないと高垣楓は思った。なぜなら、それはあながち外れているとも言い切れないからだ。


.


69 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:48:02 AxmWcSbs0
先の更に前の放送で南条光とナターリアの名前が読み上げられた時、高垣楓は心の中で――

「(……ざまあみろ、よ)」

そう呟いた。そして彼女らが誰に殺されたのかもわかっていた。いっしょにいたはずの和久井留美。彼女以外にはありえない。
全部わかっていてあんな提案をし、全部わかっていて二人を見殺しにした。

飛行場で和久井留美を加えて6人のアイドルが集合した時、二手に分かれようと言い出したのは高垣楓だ。
そしてまず和久井留美が残留すると決め、道明寺歌鈴を連れて出るとも決めた。
道明寺歌鈴を連れて行くと言えば矢口美羽もついてくる。そう計算した上での行動で、それは実際にそうなった。
高垣楓は彼女にとって大事な道明寺歌鈴と矢口美羽を連れて、そして南条光とナターリアを和久井留美の下に置いて逃げ出すことに成功したのだ。

「(留美ちゃん。今頃は次の獲物を探している頃かしら……? 私たちを追っては、こないでしょうね)」

大石泉にはそう言えなかったが、和久井留美が殺しあいに勝って生き延びようとしているのは高垣楓からすればそれこそ一目瞭然だった。
縄跳びに灰皿? 本当にそれが彼女に与えられた武器だったとしよう。しかし、だったら彼女はすぐに“使える”武器をどこか街中ででも探したはずだ。
あの和久井留美が縄跳びと灰皿を鞄に入れてのこのことこの島を、しかも当てもなく歩いているはずなんてありえない。
すぐに自分たちを狙って潜りこんできたのだなとわかった。

「(私、あなたたちが殺されるってわかってたわ。けれど、あたたたちは知らなかったでしょうし、まゆちゃんもそうだったのよ……?)」

南条光とナターリア。ふたりの子供をあそこに残したのは道明寺歌鈴や矢口美羽に比べて優先度が低かったからというわけではない。
高垣楓ははっきりと佐久間まゆを殺したナターリアを憎んでいた。
いや、殺しただけなら不幸な事故だと割り切れたかもしれない。けれど、あの子供たちが佐久間まゆの死を簡単に乗り越えようとしたのは許せなかった。

「(自らの行動を悔いてごめんなさいって、それで死を無駄にしないって言えば報いたことになるの? まゆちゃんは納得できたと思うの?)」

なにを持って彼女の死を無駄にしないと言えるのか。死を業として背負えるというのか。そんなのは子供たちの勝手だ。勝手に納得してるにすぎない。
佐久間まゆには関係ない。彼女たちは佐久間まゆの願いも知らない。彼女たちが死を背負っても彼女の言葉はプロデューサーには届かない。
高垣楓は許さなかった。
死を踏みつけにしていて、それでいて簡単に先に進むと、想いを背負って輝くだとか、歌うだとか、そういうことをいう子供たちが心の底から許せなかった。

「(……だから、あなたたちは同じ目に会うのよ)」

子供たちの死が放送で告げられた時、川島瑞樹はその場にいっしょにいた。
どうせなら大げさに嘆いてみればよかったかもしれない。判断を誤ったと悔いてみればよかったかもしれない。
けれど、高垣楓はそんな素振りですらあの子供たちに送るのは嫌だと、むしろ手を叩いていたずらが成功した時のように笑おうとすら思ったのだ。
そんな気持ちが川島瑞樹には透けて見えたのかもしれない。そして彼女から自分が“悪役”だと疑われているのかもしれない。
今、“悪役”と疑われている十時愛梨とプロデューサーを同じくしているのだ。彼女が疑われる理由を転用すれば自分も疑われるのはありえる話だろう。

「(あれで、釘を刺したつもりだったのかもしれないわね……)」

川島瑞樹ははっきりとみんなの前で“悪役”がいると言った。そして、たとえ“悪役”でも、もう人を殺していてもまだ仲間だと。
それは裏返して言えば、これ以上の凶行を止めるようという忠告だったのかもしれない。
高垣楓が自分が生き残るため、佐久間まゆの言葉を伝えるため、そして誓いと夢、未来のために誰かを見殺しにする可能性、そこへの忠告。


【 けれど、高垣楓は“悪役”ではない 】

.


70 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:48:34 AxmWcSbs0
「(瑞樹ちゃんの勘違い? もし、そうでないとしたら――……)」

高垣楓が可能性を探ろうと思索に没頭しようとした時、不意にその背に声がかけられた。声の主は同行していた大石泉だった。



「窓際に立っていたら危ないですよ。……いつ、外から撃たれるかわかりませんし」
「……ええ、そうだったわね」

言われて高垣楓は素直に窓際から離れる。そして彼女に首尾はどうかと問うた。彼女の胸に抱えられた数冊の本を見れば問うまでもなかったが。

「はい、探していたのは。それに他にも役立ちそうなものを何冊か……」
「それで時間がかかったんだ」

胸に抱えられた数冊の本。一番上に表紙が見えているのは例の爆弾の本のようだったが、その下にあるのはよく見れば医学書だ。
なんのためにか、なんて問う必要はない。彼女なりの責任感と必死さに、高垣楓はいい子だなと微笑んだ。






 @


大石泉は高垣楓が運転する車の助手席から窓の外の夜空をじっと眺めていた。その膝の上に探していた本を乗せて。
夜空はゆっくりと窓の外を流れる。帰りの道はとても静かだった。

『犯罪史の中の爆弾』――探していた本はすぐに見つかった。同時に、木村夏樹がそこにいた痕跡も。
抜き取られて空いていた本棚の隙間。テーブルの上に乱雑に置かれたままの何冊かの本。
それはまぎれもない木村夏樹のあがきで。諦めないという意思の残滓だった。

「………………」

大石泉はぎゅっと本を掴む手に力をこめる。
木村夏樹は皆が助かる道を探そうとした。志し半ばで倒れたが、それは高森藍子に引き継がれ、そして今、大石泉に届いた。しっかりと。

探していた本以外にも参考になりそうなものは持ってきた。
まだ全てを精査したわけではないが、ざっと見た限りでも首輪爆弾を外すのは不可能ではない、いや必ず外せるものだという手応えをもう得ている。
勿論、それを実行するための用意や機材の入手にはまた手間がかかるだろうが、首輪は外せるのだ。


.


71 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:49:01 AxmWcSbs0
「――首輪は大丈夫そう?」
「ええ。外すことはできそうです。ただ……」

ハンドルを握り前を向いたままの高垣楓に問われ、答えを返し、大石泉はその言葉の最後を濁してしまう。首輪は外せるはず。けれど。

「時間かしら?」

懸念をあっさりと言い当てられる。

「さっきの放送で言われてたものね」

大石泉は頷く。そう、運営側はついにプロデューサーの命をちらつかせてきた。はじめから彼らが人質だったのは変わらないが、今度はより露骨に。
それはアイドル同士の殺しあいが滞っていることを示し、同時に自分たちのような殺しあいを否定する集団ができていることに対する牽制でもあるのだろう。

「まだ、時間はありますよ」

搾り出すような大石泉の言葉に高垣楓はどうして?と問う。

「次の放送まで6時間。そして、本当に私たちのプロデューサーを殺すつもりなら次でもう一度念押ししてくるはずです」

プロデューサーの命はこの殺しあいを成立させるための根本であり、運営側にとっての切り札である。そう簡単に切れるカードではない。
そして、次の放送までの6時間と、更にそこから次の放送までの時間とを合わせればまだ半日も時間がある。そう大石泉は高垣楓に説明した。

「……そっか」

彼女の返事はそっけない。大石泉もこれが楽観論だとはわかっている。
確かに次の放送でみんなのプロデューサーが全員殺されるなんてことはないだろう。けれど新しいみせしめがひとり選ばれる可能性はある。
それは自分のプロデューサーかもしれないし、高森藍子や他のアイドルのプロデューサーだったりするかもしれない。

しかしそれでも、大石泉は道を迷わない。もう決めたのだから、たとえ不器用と言われようとも、まっすぐに敷いた道、その上をできる限り駆けることしかできない。



「――あなたのプロデューサーはどんな人?」

不意に尋ねられ、少し考えた後に大石泉は変な人ですよと答えた。

「変な人?」
「はい。私じゃちょっと理解できない変わった人です」

プロデューサーのことを思い浮かべながら、出会ってから昨日までのことを思い出しながら大石泉はその人のことを語る。
趣味は世界の秘境巡り。大学を卒業して以来、ずっと海外の僻地を巡ってはそこでしか見られないなにかを見て回っていたそうだ。
そして、日本に戻ってきたタイミングでなんの因果か事務所の社長と出会い、意気投合してアイドルのプロデューサーをすることになったのだという。

「え? それじゃあ……」
「はい。素人ですよ。私たちのプロデューサーは、ひょっとしたら私たち以上にアイドルのことを知りません」

ニューウェーブが3人揃って新しくデビューしたように、その担当のプロデューサーもこれがプロデューサーとしてのデビューだった。
わからないことばかりで他のプロデューサーにサポートしてもらったり、事務所の机にかじりついて勉強していたり、担当のアイドルを放って別のアイドルを見に行ったり。
なのでスケジュール管理は大石泉がしているし、トレーニングのメニューやライブの演出なんかも彼女が組んでいたりする。
プロデューサーを欠席させたまま番組の打ち合わせをしたことも一度や二度ではない。

「まるであなたがプロデューサーさんみたいね」
「かもしれません。でも、私たちに私たちの知らないことを教えてくれる、少なくとも私にとっては得がたい人物です」

高垣楓はくすりと笑い、大石泉もそれにつられそうになり、――しかしそこではっと気づいた。


.


72 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:49:21 AxmWcSbs0
もしかすれば自分の役割は、……この企画を現場で管理し進行させるプロデューサーなのではないだろうか?
今までこの殺しあい企画のゴールは誰かが最後のひとりになるまで殺しあうことだと思っていた。
けれど、それはあくまでゲームとしてのゴールであり、この企画を番組として見た場合だと、運営が望む結末は別のところにあるのではないだろうか?

首輪を外すためのヒントになる本が手に入ったのは偶然だろうか? 偶然にしてはできすぎてはいないか? これが運営の用意していたものなら?
『アイドル』たちが絶望に挫けず殺しあいを打破することそのものが望まれている結末だとしたら?

今までの千川ちひろの言葉も、そう考えると納得がいく……気がする。
『アイドル』たちがこの殺しあいの中で最後まで『アイドル』であり続けるのが運営の狙っているところなのだとすれば、
自分――大石泉の役割は、今こうしていること、その知識で『アイドル』たちの反抗を手助けすることなのではないだろうか?

だからこそ、ニューウェーブの中からひとりだけ選ばれたのでは……?



いや……と、大石泉は背を這い登る悪寒に身体を震わせながらそれを否定した。
たとえ本当に事実がそうであったとしても、それがなにを保証してくれるわけでもない。安易に信じ込み、縋り、気を緩めるようなことがあってはならない。
そんな余裕はないはずだ。実際に目の前で人は死に、今もいつ誰に殺されるかもわからない。
舞台設定があったとしても、この LIVE に台本なんかは用意されておらず、完全なアドリブ劇なのだから。

大石泉は本を胸に抱き、また窓から夜空を見上げる。仲間のふたりも、もしかしたらこの同じ夜空を見上げているかもしれないと、そう思いながら。


【 そんな大石泉は“悪役”ではない 】









栗原ネネはひとり、医務室の窓際に椅子を寄せそこから夜空を見上げていた。その手にはもう永遠に繋がらないであろう携帯電話が握られている。

あの時、どうしてそこに行くと言えなかったのか。
暗い病院の中、携帯電話を耳に当て決断を迫られていたあの時のことを栗原ネネは思い返す。

殺しあいをしなければ生き残れない。けれど、そんなことをしてはこれまでの全てとプロデューサーを裏切ることになってしまう。
けれど、殺しあいに否定的なことがばれてしまえば人質となったプロデューサーを殺されてしまうかもしれない。
そこにかかってきた星輝子からの電話。それは、最後のチャンスだと思わせるもので、実際にそのとおりだったのだ。

選択を曖昧に保留し、はぐらかすばかりで時間を無駄に過ごした結果、自分を誘った星輝子は再び言葉を交わすことなく死んでしまった。
大石泉のまとめた結果によると、彼女と同行していた人は今行方が知れている人の中にはいないので、まだ行方が不明な人の中にいるのか、
あるいはこれまでに死んだ人の中か、もしくは同じタイミングで死亡が知らされた2人がそうだったのかもしれない。

運がよかったのだと考えることができるだろうか? もしあそこで合流を選んでいれば自分もそこで死んでいたかもしれないと思うことができるだろうか。
だから電話をかけなかったのは正解だった――なんて、思うことができるはずがない。

栗原ネネの頬を一滴の涙が伝う。


73 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:49:42 AxmWcSbs0
決意するのが遅すぎた。
高森藍子と小日向美穂。この殺しあいの中で象徴となるであろう2人のアイドル。
彼女らの顛末を見ることで、自分の心の奥底に眠っていたものと、アイドルを目指した由来を思い出し、改めてアイドルであることを決意できた。
たとえこの命が今、死の際にあるとしてもそのことそのものに後悔はない。

けれど、やはりなにも犠牲を出さないという選択肢はなかったのだ。あの時、選ばないという選択が星輝子の命を奪った。

それだけでなくこの1日で多くのアイドルの命が失われた。
自分が選ばないでいたうちに。それはつまり、「選ばない」などという選択肢は元からなかったということなのだ。
そう思っていただけのことでしかなくて、その時その時で選んでいないつもりで、誰かが犠牲になることから目を背け耳を塞いでいたにすぎなかったのだ。

だから、もう選ばないといけない。

無為な時間を過ごすことはできない。一命は取り留めたと言われたけれど、同時にこのままでは長くないとも知らされている。
じゃあなにができるだろう? 栗原ネネにはなにができるだろう? 今、アイドルとしてなにができるだろう?

亡くなった星輝子を探し出し、決意したことだけでも伝えようか。でもそんなことに意味があるだろうか? 衰弱した身体でそれができるだろうか。
皆がこの島からの脱出方法を模索しているのを手伝おうか。けれどそこに自分の出番はあるだろうか? むしろ足手まといとなっているのに。
ではアイドルらしく歌で皆を元気づけようか。自分がそうされたように。しかし歌うことができるだろうか? 喉も肺もこんなに弱りきって。

涙が後から後から止まらない。握った拳の上にいくつもいくつも落ちて、窓の外の夜空はぼやけて星も見えなくて。



『彼女が諦めないなら! 私が、諦めるわけには、行かない! 彼女が私を信じてくれてるから! 私も彼女を信じる!』

その時、はっきりと大石泉の言葉が聞こえた。
彼女はあの時はっきりとそう言った。諦めないでいる人がいるなら投げ出さないと、信じてくれる人がいるならその信頼を裏切らないと。
あの意識が混濁した中で、自分が本当に生を諦めず彼女を信じていたのか、それはもうはっきりとはわからない。
けれど、

「……諦めない。私は、私を……信じる」

その言葉を今同じように返そう。大石泉が自分のことを諦めないのなら諦めない。信じていてくれるのなら同じように信じる、と。
栗原ネネはこんなところで死にはしない。
身体もすべてよくなって、殺しあいからも脱出して、プロデューサーも救い出して、アイドルとして復帰し、妹とファンに歌を贈り、すべての希望になってみせる。
諦めない。絶対に諦めない。それが今選ぶべき選択で、自分が信じなくてはいけないこと。
そう、

「……私はアイドル」

なのだから。



栗原ネネは涙を拭い、夜空をもう一度見上げる。そこにはいくつもの星が輝いていた。

「私は生きる」

それが栗原ネネの選択で、


【 そんな希望を抱く栗原ネネは“悪役”ではない 】





.


74 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:50:06 AxmWcSbs0
 @


医務室の前の廊下は表のほうと比べると殺風景で、どこに視線を置いていいのかわからないふたりは明り取りの窓から覗く夜空を見つめながら話をしていた。
殺そうとしてしまった少女である小日向美穂と、殺そうと思ってもそれができなかった矢口美羽。

「どうして、歌鈴ちゃんの巫女服を着ていたんですか?」

互いを知り合いたいというふたり。語りだせば、それは自然とふたりの間にいた少女――道明寺歌鈴の軌跡を追うものとなった。



「――そこで、歌鈴ちゃんは言ったんです。それはずるいって」
「ずるい?」

ことのあらましは大石泉から事情聴取された際にそれとなしに聞いていたが、当事者から詳しく語られるとそれはまったく印象が変わるものだった。
生き残るためにふたり手を組んだ矢口美羽と道明寺歌鈴。
最初に出会ったのが高垣楓で、死んでもかまわないと言った彼女に対して道明寺歌鈴が言い放ったのが、ずるいという言葉だったらしい。

「私たちは、歌鈴ちゃんは本当はとても怖がってました。殺しあいをするってことに――」

けれど、道明寺歌鈴は決心しようとした。恋のためになにをしてでも生き残るのだと。恐怖をすべて胸のうちに押さえ込んで。

「だけど、楓さんは怖がってはいなかった。それが、歌鈴ちゃんからはどうしても……きっと、うらやましかった。うーん、違うかな……?」
「……………………」

矢口美羽から知らされた親友の言葉に、道明寺歌鈴は口をわななかせた。なにかを言おうと思うのに、口も、膝の上で握った拳も震えるばかりで。

「美穂ちゃん……?」

夜空を見上げていた矢口美羽が異変に気づき隣を見て、そして涙を零している小日向美穂に驚く。

「どうしたの? なにか私、見当はずれなこと言っちゃった?」
「おんなじだった……」
「え?」
「歌鈴ちゃんも……私とおんなじだった…………おんなじだったんだ」
「美穂ちゃん!?」
「歌鈴ちゃん……歌鈴ちゃん……」

顔を覆い背を丸めて泣き出した小日向美穂に矢口美羽はおろおろとするばかりで、なにか失敗をしたのかと焦るも、けれどそうではないらしいと悟り。
背に手を当てて彼女が落ち着くのを待つと、ハンカチを渡して次の言葉をゆっくりと待った。


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75 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:50:25 AxmWcSbs0
「私もずっとずるいって思ってました」
「美穂ちゃんも?」

涙を拭ったハンカチをぎゅっと握ると小日向美穂はゆっくりと、けれどよどみなく語り始める。
ふたりの間には同じ気持ちがあったことを。

「周子さんといっしょにいた時も違和感があったんです。なんでこの人はこんな平気そうにしているんだろうって」

塩見周子。小日向美穂と最初に同行していて、彼女を庇って神谷奈緒と北条加蓮に殺されたと、矢口美羽はそう聞かされている。
ふたりがかりで襲われて、しかも目の前でいっしょだった人物が殺されたのだ。その時の小日向美穂はとても恐怖していただろう。

「それから、藍子ちゃんと会って、こんな中でもアイドルらしくあろうって言う彼女に私は黒い感情を抱いてしまったんです」

それが、道明寺歌鈴の言った「ずるい」と同じだと小日向美穂は言う。

「いっしょなんです。ただどうしてって……、どうしてあなたは平気なの?って、それだけで。
 私がこんなに怖い思いをしているのに、なんであなたはおんなじように怖がっていないのか。その理由よりも、ただ怖がってないということだけが憎かった」

ずるいという気持ちだった。

「だから、困らせようと思ったんです。私と同じように怖いと思ってほしかった。だから、藍子ちゃんの大事な人を殺そうって……」
「私を……」

小日向美穂は身体の向きを変えるとじっと矢口美羽の顔を見る。泣きはらした赤い目で。

「ごめんなさい」
「……美穂ちゃん」
「藍子ちゃんも、美羽ちゃんもなにも悪くないんです。ただ私が臆病なだけだった。そして、中途半端な私だったから……」
「中途半端?」

その言葉に矢口美羽は一度瞳を瞬かせた。なぜだかわからないが、それは自分にとってもこの先のために大事な言葉だと思えたのだ。

「素直に藍子ちゃんのことをすごいと思えればよかった。できないなら本当に逃げてしまえばよかったんです。……けれど、それも怖かった」

どっちつかずの位置で、高森藍子に守ってもらっていながら、彼女に対して黒い感情を燻らせていた。それが小日向美穂の中途半端さだった。

「……そして、殺すことも間違っちゃうなんて。歌鈴ちゃんよりよっぽどドジですね。……それに歌鈴ちゃんは誰かを殺そうとはしなかった」

それが、私と歌鈴ちゃんとの違いなのかなぁと、小日向美穂は悲しく零す。だから、“彼”は“彼女”を選んだのかと。

「でも、よかった。藍子ちゃんも歌鈴ちゃんも、みんなも、私と同じだった。それがわかったのは、本当に……」


.


76 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:50:43 AxmWcSbs0
そして、矢口美羽は道明寺歌鈴の最期を小日向美穂に伝えた。彼女は最後までずっとプロデューサーの名前を呼び続けていたと。
小日向美穂はそれを聞いて笑ってみせた。名前の通りの温かい日の光のような笑顔を。

「私、決めました。歌鈴ちゃんの恋を応援します」
「それって、えっと……美穂ちゃんの恋は?」

小日向美穂は手を胸に当てて、

「この恋はその後です。まずは歌鈴ちゃんの恋を成就させてあげたい。歌鈴ちゃんの気持ちをプロデューサーさんに届けてあげたいんです」

その顔は憑き物が落ちたかのように穏やかで、そこに最後のわだかまりがあったのだとそう矢口美羽は察することができた。

「プロデューサーさんはずっと歌鈴ちゃんのことを想って生きていくのかもしれない。けれど、そうしないと私の恋はもう一度はじまらないと思うから」

だったらと、矢口美羽は両の拳を握る。

「じゃあ、私が応援しますっ! 美穂ちゃんの恋を!」
「えっ!?」

驚いた顔をする小日向美穂の前で、矢口美羽は強い決心をその顔に浮かべそして彼女へと詰め寄る。

「応援したいと思ったから。だって、美穂ちゃんはとってもいい子だし」
「でも、私は美羽ちゃんを殺そうと……」
「それって、怖かったからだけなんだよね? それだったら私だっていっしょだった。誰かを殺そうって思っちゃってた」
「……それでも私は、実際に」
「いっしょに謝るよ。ゆるしてもらえるまでネネちゃんに、みんなに謝ろう? だからね――」

矢口美羽は手をのばして小日向美穂の手を取る。ぎゅっと温かく包むように握って。

「友達になってくれるかな?」

そう言った。



小日向美穂はまた泣き出して、矢口美羽のハンカチはいっぱい濡れて、そしてふたりは立ち上がると手をつないで医務室の中へと入っていった。

彼女たちはずっとただ怖がっていただけで、


【 そんな、矢口美羽と小日向美穂は“悪役”であろうはずがない 】





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77 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:51:02 AxmWcSbs0
 @


風に当たってくると言って医務室を出てきた川島瑞樹は、警察署の屋上で独り星空を見上げていた。
1日が過ぎて昨日と変わらない星空を見上げ、そして1日前のことを、この殺しあいが始まった時のことを思い出す。


商店のシャッターにもたれた姿勢で目が覚めた時、川島瑞樹の耳にはルルル……という電子音がまるで目覚ましのように聞こえていた。
そしていつの間にかに手には情報端末が握らされており、それをぼうっとした意識のまま耳に当てると代わりに“彼女”の声が聞こえた。

『おはようございます。川島さん』

それは千川ちひろの声だった。いつも事務所でアイドルとプロデューサーを迎えてくれる女性で、川島瑞樹にとっては酒の飲める友人のひとりだ。
普段と変わりない口調で彼女は次にこんなことを言った。

『そこから見える通りに出るとバス停で姫川友紀さんが眠っています。彼女を殺してください。姫川友紀を殺してくれさえすればかまいません』

彼女がそう言い終えると電話はぷつりと切れた。



姫川友紀は言われたとおりにバス停のベンチの上で寝ていた。
川島瑞樹は鞄に入っていた銃を片手に彼女の枕元に立って――、そして彼女が目覚めるまでただなにもせずに待った。

「うわぁ! ……えっ、川島、さん……?」
「おはよう友紀ちゃん」

そうしてわかったのは彼女の場合は情報端末は目覚ましのようには鳴らなかったことだ。
すぐ後で大石泉とも出会うことができ、そこで彼女に探りを入れてみたが彼女の場合も情報端末が音を鳴らしたということはなかったようだった。



今、警察署の屋上で再び川島瑞樹は情報端末を取り出してその白い画面を見る。
どんな操作をしてもあの時と同じ音が流れることはなかった。千川ちひろや、また別のどこかに電話をかけることもできないし、音声も再生できない。

夢だったのかもしれないとも思う。けれど、そう思い込もうとするには耳に残った彼女の声ははっきりとしすぎていた。
姫川友紀を殺しさえしてくれればいいとはどういうことだろう?
彼女の言葉の意味が、この殺しあい企画の主催者としても、自身の友人としても、川島瑞樹には理解することができない。

「友紀ちゃん……」

そして、医務室を出る際に矢口美羽から聞かされたことによると、その姫川友紀は今行方不明だという。
高森藍子と日野茜が連れ戻しに追って出たというが、不吉な予感しかしなかった。
姫川友紀という存在にどんな意味があるのか。


78 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:51:21 AxmWcSbs0
「……わからないわ」

ただ、弱々しく呟くことしかできない。
こんなことなら早いうちにこのことを大石泉と姫川友紀のふたりに明かせばよかったと、川島瑞樹は思う。
けれど、彼女たちが“悪役”を意識してからはそれも難しく、そして自分自身を除けば“悪役”については曖昧なことが多すぎる。

その役割を果たしていないはずだが自分には主催者の息がかかっている。


【 “悪役”は川島瑞樹だ 】


けれど、それだとあの学校の教室に残されていた席の謎はそのままだ。
そして十時愛梨は本当に“悪役”なのか。他の凶行に及んでいるアイドルたちは“悪役”なのか。それらはなにもはっきりとしない。

川島瑞樹は空を見上げる。そこにはやはり昨日とまったく変わらない満天の星があった。








【G-4・警察署付近 / 二日目 深夜】

【大石泉】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x1、音楽CD『S(mile)ING!』、爆弾や医学に関する本x数冊ずつ、RPG-7、RPG-7の予備弾頭x1】
【状態:疲労、右足の膝より下に擦過傷(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。脱出計画をなるべく前倒しにして進める。
 0:さくらと亜子はどうしてるだろうか?
 1:警察署に戻ったら入手した本を精読し、首輪解除の準備を始める。
 2:医学書を読んでできることがあれば栗原ネネにできるだけの治療や対処を行う。
 3:夜が明けたら、漁港へと川島さんを派遣して使える船があるか見てきてもらう。
 4:学校を再調査する。
 5:緊急病院にいる面々が合流してくるのを待つ。また、凛に話を聞いたものが来れば受け入れる。
 6:“悪役”、すでに殺しあいにのっているアイドルには注意する。
 7:依然として行方の知れないかな子のことが気になる。


【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、ワルサーP38(6/8)、ミニパト】
【所持品:基本支給品一式×2、サーモスコープ、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く。
 1:まゆちゃんの想いを伝えるために生き残る。
 2:お酒は生きて帰ってから?


79 : 彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン  ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:51:35 AxmWcSbs0
【G-5・警察署 / 二日目 深夜】

【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話】
【状態:憔悴】
【思考・行動】
 基本方針:輝くものはいつもここに 私のなかに見つけられたから。
 1:生き抜くことを目標とし、選び続ける。

 ※毒を飲みましたが、治療により当座の危機は脱しました。
 ※1日〜数日の間を置いて、改めて容体が悪化する可能性が十分にあります。


【矢口美羽】
【装備:鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、タウルス レイジングブル(1/6)、歌鈴の巫女装束】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:藍子からの信頼に応える。
 0:ネネちゃんに謝ろうね。
 1:藍子に任されたから……頑張る!
 2:“悪役”って……。


【小日向美穂】
【装備:クリスマス用衣装】
【所持品:基本支給品一式×1、草刈鎌】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:恋する少女として、そして『アイドル』として、強く生きる。
 0:ネネちゃんに謝る。
 1:美羽ちゃんの友人になれるようがんばろう。
 2:歌鈴ちゃんの想いをプロデューサーさんまで届ける。

 ※装備していた防護メット、防刃ベストは雨に濡れた都合で脱ぎ捨てました。(警察署内にあります)


【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)、婦警の制服】
【所持品:基本支給品一式×1、電動車椅子】
【状態:疲労、わき腹を弾丸が貫通・大量出血(手当済み)、睡眠中】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 0:私は“悪役”だけど……。
 1:友紀ちゃんのことが心配。
 2:夜が明けたら漁港へと使える船があるか確認しに行く。
 3:お酒、ダメ。ゼッタイ。
 4:ちひろはなにを考えて……?


80 : ◆John.ZZqWo :2014/02/13(木) 15:51:50 AxmWcSbs0
以上投下終了です。


81 : 名無しさん :2014/02/13(木) 17:31:48 /oJkk.96O
投下乙です。

川島さんも悪役の一人だった。
友紀の死で藍子の希望を引き立てる気だったのか、ちひろの決別宣言だったのか。


82 : ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:40:16 /vQhRmr20
投下乙ですー!
か、川島さん……やはりそうだったのか。
楓さんも黒いし、各々の掘り下げが見事だなあ。
次に繋がるように、各々が未来に向かってどう生きるか。

さて、此方も遅れてしまいましたが投下します


83 : ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:40:31 /vQhRmr20







――――愚かでいいのだろう 見渡す夢の痕 さよなら 蒼き日々よ







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


84 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:42:00 /vQhRmr20







「ふう…………」

虫の声すらしない夜が深まった街を姫川友紀は独りで歩いていた。
散々走り回った末の疲労回復に、大分時間を取ってしまった。
ゆっくりと身体を休めていたはずなのに、未だに胸がバクバクと音を立てている気がする。
それなのに、何処までも頭は醒め切っていたのが不思議だった。

人を殺した、というのに。
それも、少しの間でも会話をした仲間を。
この手で撃ち殺した。どうにもならなかったから。
そんな言い訳にもならない言い訳をして。
姫川友紀は引き金を引いていた。

その後は、人ではないモノになってしまう茜を置いて、まるで逃げ去るようにその場から離れていた。
適当な民家に入り込んで、一息をついて、身体を休めて。
濡れきった服と下着を脱いで、またその家で着替えた。
動きやすく、また目立たないような色合いの服と男物のキャップを着込んだ。
わざわざ帽子をかぶったのは、きっと自分の目を見て欲しくなかったから。
また、誰か……藍子と目を合わせたくなったから。
多分そういう事だ。そういう事にしようと思った。

(派手に逃げ回ったなぁ……)

友紀は銃弾を補充しながら、現在地を確認する。
街の北部、役場の近くにいることを確認すると、自分がどれだけに我武者羅に撒こうとしていたかが解った。
思わずため息をつきたくなるが、気にしすぎてもよくない。
改めて何処に行こうかを友紀は思案し始める。

(居そうなのはやっぱり学校か病院か……まだ行ってない所だと遊園地だけれども……)

そんなに何箇所も回っている余裕はない。
だからこそ、居る場所を狙うしかない。
よしと気合を入れて。歩き始めると。


(…………ん?)


視界の先に見える人影。
ひょこひょこと動く、二つに結ばれた髪。

見たことも無い人が、思いつめたように佇んでいた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


85 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:42:59 /vQhRmr20








何度、何度。
こういう思いをしていくのだろう。
何度、何度。
こういう哀しみを感じていくのだろう。

けれど、わたしは、それを一つ一つ受け止めていかなきゃ、いけない。
いけないのでしょう。


「……………………智香ちゃん」


ねぇ、智香ちゃん。
きっと、そういう事……なんだよね。
……とも……か……ちゃん。


けど、けれど……ねぇ……どうして。
……言葉を失ってしまう。


わたし――――緒方智絵里の親友はどうしてこんな風に、なっているの……?



「とも……か……ちゃん」


ダメ、泣いちゃいけない。
泣いちゃ……いけないんです。
泣いちゃもう二度と此処から動けなくなる気がしたから。


わたしが智香ちゃんを見つけたのは本当に偶然だった。
温泉から出て、偶然山を下る道を見つけて。
そして、街に向かって降りて。
4回目の放送を聴いて。
そうして、ほんの少しだけ休憩しようかなと思って。
扉が空いた一軒家があって。
警戒しながら入ったら。


智香ちゃんの変わり果てた姿がありました。
わたしは彼女の姿を見た瞬間、口を抑えてしまいました。


酷い、酷すぎる……そうとしかいえない。
どうして彼女が、此処まで苛められないといけないの?

その姿はまるで罪人を断罪するかのように、身体に鋲を打たれて。
そして、ギロチンにかかったかのように、首を断ち切られていた。

智香ちゃんの顔は無念の表情に染まっていて……あぁ……もう……もう。


86 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:44:11 /vQhRmr20




……これが、これが、罰なの?



わたし達が唆されて、殺し合いをしようとして。
沢山の人達を、爆弾で殺そうとした罰なの?
こんな風になって、まるで尊厳を奪われて死ぬようなのが。
わたし達がしてしまった罰?


「…………智香ちゃん、満足に……ううん、そんな訳がない」

満足に逝けた訳がなかった。
そんなわけがないもん。
だって、智香ちゃんは誰かを応援し続けるのが夢で。
叶えたいと願っていたはずなのに。

それでも、彼女は殺し合いをしてしまったのでしょう。


そして……此処で逝った。

望まぬ死、望まぬ終わりを…………



「――――――」


わたしは、やっぱり涙を流していた。
そして、彼女の手を握り続けていた。
首の繋がれてない胴体の手を。
それでも、なお。
なお、握り続けていました。
祈り続けるように、目を閉じて


どれ位、握り続けていたでしょうか。
解らないけど。


「――――智香ちゃん」


わたしの涙が、止まった頃に。
わたしはゆっくり目を開けた。
そこにあったのは、もう哀しみじゃなかった。


これは、罰なのかもしれない。
わたしや、わたし達五人への。
もしかしたら、智香ちゃんの姿を見て。
相応しい末路だと指を刺して、嘲笑う人がいるかもしれない。


87 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:44:47 /vQhRmr20


けど、けれど!


罰だとしても、わたしはそれを受けいれて。


それでも、なお!



「智香ちゃん、応援――――受け取りました」



緒方智絵里が知る、アイドル――若林智香はきっと誰にも応援する子だと思うから。
わたしは彼女がきっと応援してくれていたと信じて。
だから


「……立派な、アイドルでした。そんな智香ちゃんが、大好き」


貴方はアイドルだったって。
わたしだけでも信じる。
わたしだけでも思うから。
そして、


「だから、わたしも貴方のように……なるからね」


貴方の夢を。
わたしが継げるように頑張るから。
皆を応援するって夢を。
わたしが何時までも。
何処までも。

うん、叶えてみせます。


「……応援受け取ったから、いくね」


そうして、わたしは智香ちゃんが眠る家から、出ようとする。
手首には、智香ちゃんの髪を結んでいたリボンを結んで。




――――ファイトだよっ!



そんな声が聞こえたから。
だからわたしも笑って、こう応えるんです




「うん、ちえり、ふぁいと! です!」






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


88 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:46:32 /vQhRmr20








そうして暫く歩いてみると、町役場にわたしは辿り着いていました。
けれどそこは、誰がどう見たって火災現場で。幸い雨で火は消えているけれども、あちらこちら焼けているのが見える。
そして、そこにあった一人の遺体が、わたし達の罪を証明しているようでした。

全身を銃弾で撃ち抜かれて血まみれであった遺体が。

それを見た瞬間、理解してしまった。
ああ、きっとわたし達の仲間が殺してしまった遺体だと。
わたし達に支給された爆弾が引き起こした遺体だと、理解してしまったんです。
燃えてしまっていた入り口、煤けた廊下。
こんなの、あの爆弾に決まってる。
そうして、爆弾で追いつめられた少女は、きっとこの倉庫まで逃げて、でも逃げ切れずに……。
まるで、わたし達の罪だといわんばかりに。
全身から血を流して、死んでいたのです。


「…………」

胸が、痛い。
これが、これがわたし達が、わたし達五人がしてしまった罪の証。
沢山の命を奪っているであろう爆弾が作り出した、罪の証だった。
わたし達が、身勝手に殺した命が、そこにあり続けて。
わたしは、胸を押さえるしか出来ませんでした。

「ごめんなさい……」

こんな事が許しにならないのはわかっています。
けれど謝る事しか、わたしには出来ませんでした。
ああ、これを、この罪をわたしは受け止めていかなければ、ならない。
わたしがしたことではないけど、わたしは殺した事がなくても。

それでも、沢山の命を踏みにじろうとした罪を。
わたしは受け止めなきゃいけない。
どんなに苦しくても、辛くても。
哀しみを幸せに変える為に。


誰でもない、わたしが、受け止めるしかないのだから。


「……何が御免なの?」
「えっ?」

突然話しかかれて、わたしは慌てて振り向く。
そこに居たのは、キャップを被った長髪の人。
わたしが居る倉庫に入ってきたようでした。
けれど、話したことないけど、わたしはこの人を見たことがある。
有名なアイドルだから。

「姫川友紀さん……?」
「ん……、えっと」
「緒方智絵里……です」
「そう……で、こんな所でどうしたの?」

けれど、少し違和感がある。
この人、こんなぴりぴりした感じの人だろうか。
もっと快活な人だと……思ったけれども。

「いえ……歩いていたら遺体を見つけて」
「そう……」
「でも……」


わたしは、罪の告白をしようとしました。
これはわたしの罪じゃないけれど。
わたし達がしてしまった事には違いないから。


89 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:47:40 /vQhRmr20


「これは、わたしの……わたし達の『罪の証』だと思います」
「えっ」
「わたし達がしてしまった罪の……『証』」


そう、懺悔する様に呟いた。
悔やむようにわたしは目をつぶって。




「そう……なら…………」



その瞬間、ヒヤッとしたものを感じた。
何度も、何度も感じた嫌な感覚。
だからわたしは、後ろに飛び去った。
わたしはこの感覚を知っていたから。



「……悪役、敵なら……容赦はしないよ」


その瞬間、耳を劈く音……銃声。
わたしが感じた感覚は、殺意。
慌てて、友紀さんの方向を向くと拳銃を向けて此方を睨んでいました。
わたしは突然のことに驚きながらも、動きながら、的を絞らせないようにするので精一杯でした。


「待って……くださいっ! わたしはもうその役割から降りました!」

悪役、敵。
何を指しているのか、察する事ができました。
自分がそうだったからこそ、直ぐに。
つまり、ちひろさんから唆されてアイドルを殺すことを目的とした役割という事に。
けれど、わたしはもうその役割から降りた。
だから、それを告げました
でも

「……だから?」
「えっ?」
「一度はその立場で、殺そうとしたんでしょ? アイドルを。 誰かを」
「……そ、それは」
「今更それを取り繕って……何を為すの? そんな人の言葉なんて詭弁だよ……正しくなんて、ないよ」
「……っ!」


わたしは一度でも、殺そうとした。
自分の意志で、アイドルを。
それは紛れもない事実で
どうにも変わらない現実でした。
そんな人が語る言葉は、夢は何でしょう?
……わたしは、答えられずにいて。


「だから、あたしは仲間を救う為に、貴方を、『悪役』を撃つ。 あたしは……そのために『悪役』になったんだから」


そういった友紀さんの目は見えなかったけど、言葉からは強い意志を感じる。
……あぁ、この人は、わたしと逆だ。
わたしは悪役を降りて、この人はアイドルを降りたんだ。
理由は……何となく解る。


90 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:48:32 /vQhRmr20

「仲間を護る為に……ですか?……そんなの……」
「あたしにとっては、そんなのじゃないんだよ!」
「けれど、それで、殺すなんて、絶対、絶対、ダメですっ!」
「ダメでもやるんだよ」

わたしは身を伏せながら、倉庫にある備品の陰に隠れて、彼女と言葉を交わす。
友紀さんの言葉はまるで、自分に言い聞かすようだった。
でも、そんなの、納得が出来るわけがない。

「ねぇ、そうやって、殺していったんでしょ。突然死んでしまったあの子のように、何もかも奪っていたんでしょ」
「……そ、それは」
「それが、悪役で。ねぇ、そんな貴方に奪った貴方に、何が言えるの」
「……ぅ」

それが、悪役になってしまった私の罪と罰なのでしょうか。
こんなに重くて、苦しい。
けれど


「友紀さん……貴方の『夢』は何ですか?」
「……『夢』?」
「わたしには、『夢』があります」

それはあの時、人魚姫に答えた夢。
わたしの、叶わせなきゃいけない夢。
わたしが叶えたい夢。

「心に温かい太陽を、ヒーローのように、哀しい夢を断ち切り、皆に応援される幸せな夢を、叶えるんです」
「…………」
「そして、大好きな人をハッピーエンドに連れて行くんです……」

それが、わたしの夢。
叶えるべき夢。
けれど

「それが貴方の夢?」
「わたしが色んな人が受け継いで、そして叶えたい夢で……」
「……じゃ……ないんだよ」

友紀さんが呻くように呟く声が聞こえる。
なんだろうと、わたしが耳を傾けようとした瞬間。


「それじゃあ、意味ないんだよ!」


力強く、叫ばれた言葉。
心の底から出た強い感情でした。


「死んだ人の夢を受け継いで……?……冗談じゃない。 美羽の、夕美の、藍子の夢はあの子達だけの夢だ」

矢口美羽、相葉夕美、高森藍子。
友紀さんの仲間達でした。
どの人も、人気のアイドルで。
夢に向かって進んでいるアイドルのはずでした。


「あの子達が、自分の力で叶えなきゃ、あの子達の『正義(やりかた)』で、叶えなきゃ、意味がない! 他人の夢を、他人が叶える事なんて、出来やしないよ!」


その言葉は、わたしに、強く、刺さりました。
何も、返すことが出来ないぐらい。
南条光が、ナターリアが、若林智香が、五十嵐響子が望んだ夢は本来彼女達が叶えなきゃいけない夢でした。
それをわたしが、欲張って叶えようとして。
そんな夢は叶うことができるの?
答えることが、できませんでした。


91 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:50:08 /vQhRmr20


「今なら言える……あたし達が、四人で何処までも、輝いて、夢を掴もうとした……あたし達のフラワーズが……」

フラワーズ。
沢山の人をとりこにして、魅了して。
何処までも、何時までも輝いたアイドルグループ。


「其処が、わたし達にとって楽園だったんだよ」


それが、彼女にとって夢をかなえる為の楽園だったという。



「それを、その夢を護る為に……私は悪役になる。ねぇ、緒方智絵里。貴方の夢は誰かを犠牲にして、叶える夢なの?」
「ぇ……」
「貴方にかかっている命は、一つじゃない」


そして、わたしは放送を思い出す。
脅されたあの言葉を。
わたしの命は一つじゃない。
プロデューサーの命がかかっている事を。

解っている。
解ってます。
わたしが夢を叶えようとする過程で。
もしかしたら、大切な人の命を失うかもしれない。


「……いつかは大人にならなきゃ、いけない。汚れていって、大切なものを踏み台にして、無くしてから気付いて……でも、それでも」
「っー……」
「あたしは失いたくなんて、ない。だから、夢とかなんていい。 ただ、あたしは、あの子達を、あの子達の夢を護る為に、大人になる」



大人。
何かを捨てて、何かを犠牲にして。
何かを諦めて、何かに苦しんで。

そんなので、夢を捨てるなら、わたしは――――


92 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:50:37 /vQhRmr20



「違う!」


叫んでいた。
姿を晒していた。


「そんな風に、決め付けて。誰かに押し付けて、自分を捨てるなら、 夢を諦めるなら、何かも……諦めるなら!」



わたしは。
わたしは……!


いつまでも



「大人になんかならない! 子供のままで、いたい!」




だって



「そんなの……独りきりになっちゃうだけじゃないですか……!」




そして、銃弾が放たれました。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


93 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:51:41 /vQhRmr20





「逃げられた……かな」


これが、経験かなと友紀は独り愚痴る。
最初の一撃が外されたのもそう。
そして、二発目も外されたもそう。

緒方智絵里が悪役として行動した上の慣れに、惑わされた。
見た目によらず、鉄火場慣れしていたのはちょっと意外だった。
それだけ、此処まで生き残った『悪役』の経験の差なのだろう。
装備で勝っても、それで逃げられるとは。

(もっと経験を積まないと……)

倉庫に追い詰めて、地の利が有ると思ったのがそもそもの間違いだった。
物陰に隠れて、現れた瞬間撃とうとした。
だが、その時智絵里が思いっきり投げてきたものに、身体が反応してしまう。
結果として銃弾はあらぬところに行き、智絵里は倉庫の窓から逃げた。
投擲されたものは、何てことないただの支給品のペットボトルに入った水でしかない。

「うん……」

無駄に会話を引き伸ばしたのもよくなかった。
だから、次は迷わず撃とう。
経験はした。もう二度と負けない。
一先ず、此処から早く出よう。
銃声を鳴らしてしまった分、長居は危険だから。



「独りか……」

夜道を歩きながら、友紀は呟いた。
智絵里の言葉が頭のなかに、まだ響いている。
独りきりという言葉がずっと、ずっと。
大切な仲間を護る為に、姫川友紀は独りになったのだろうか。
仲間から離れ、独り戦う事が、哀しいのだろうか。

けれど、それでも。


「護りたい、世界が、楽園があるから」



護りたい世界が有るから、もう止まることなんて、出来ない。
それが友紀の覚悟なのだから。


94 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:52:05 /vQhRmr20




【G-4/市街/二日目 黎明】

【姫川友紀】
【装備:特殊警棒、S&W M360J(SAKURA)(3/5)、S&W M360J(SAKURA)(5/5)、防弾防刃チョッキ、ベルト】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)、
       .38スペシャル弾×38、彼女が仕入れた装備、カードキー】
【状態:疲労、しかし疲労の割に冴える醒めきった頭、ずぶ濡れ】
【思考・行動】
 基本方針:FLOWERSの為に、覚悟を決め、なんだって、する。
 0:『絶望』と向き合うのはあたしだ。
 1:“悪役”としてFLOWERSとプロデューサーを救う。
 2:助ける命と引き換えに誰かを殺す。出来る限りそれは“悪役”を狙う。
 3:まずはこの近くにいるはずの十時愛梨を探す。
 4:学校、または総合病院に向かう。
 5:緒方智絵里も狙う。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


95 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:52:35 /vQhRmr20









「はぁ……はぁ……」

わたしは息を切らして、闇雲に逃げていた。
逃げたくなかったのに。
逃げちゃいけなかったのに。

でも、わたしの言葉は、きっと、彼女に届かない。

何も、言い返せなかった。
まるで正論のように響いて。
わたしは押し黙るしかできなかった。


間違いだったのでしょううか、わたしのしようとしたことは。



「ううん……そんなことはないよ」

違う、それは絶対にない。
響子ちゃんが望んだ夢を間違いなんていう訳がない。
わたしが、叶えなきゃいけないんだ。

そんな大切な夢だから。


「友紀さん……仲間を護る為に悪役になるなんて、やっぱり可笑しいよ、哀しいよ」


友紀さんが望んだ事は、きっと有る意味正しいのだろう。
けど、わたしはそれを受け入れる事なんて、出来ない。
友紀さん……幸せそうにみえなかったから。


「うん、わたしは……誰かの夢を応援する……けど、それは『夢』は祝福されて、笑顔で、幸せで叶わなきゃ、意味がないんです」


夢はそういうものだから。


だから!


「その為には、貴方を止めます。この島に『悪役』なんていらないんです。 この島にいるのは――――」




そう、悪役なんて要らない。
わたしの夢をかなえるためには、きっと。
誰もが苦しんで、誰かの命を奪うものなんていらない。


だから、この島には――


96 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:53:30 /vQhRmr20



「『アイドル』しか、居ないんですから」




アイドルしかいないんですよ。



友紀さん……貴方を、わたしの、わたし達の夢の為に、止めてみせます。


「……その為には、まず会わないと」


友紀さんを知る人物にあって、彼女の事を聞かないと。
彼女の仲間……そう、フラワーズ。
ここに居るかな……?



そうやって、目の前の建物を見上げました。




――――警察署。




居るといいのだけれど。



わたしが、わたし達が、『アイドルの皆』が夢を叶える為に。



その一歩を、踏み出しました。




【G-5 警察署前/一日目 黎明】


【緒方智絵里】
【装備:アイスピック ニューナンブM60(4/5) ピンクの傘】
【所持品:基本支給品一式×1(水が欠けてる)、ストロベリー・ボム×16】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:心に温かい太陽を、ヒーローのように、哀しい夢を断ち切り、皆に応援される幸せな夢に。
1:他のアイドルと出会い、『夢』を形にしていく。
2:大好きな人を、ハッピーエンドに連れて行く。
3:姫川友紀を止める。 その為に姫川友紀のことを聞く。


97 : Shangri-La ◆yX/9K6uV4E :2014/02/14(金) 23:53:50 /vQhRmr20
投下終了しました。
このたびは連絡もなく遅れてしまい申し訳ありません


98 : ◆RVPB6Jwg7w :2014/02/15(土) 20:28:51 JYBuiYic0
皆さま投下乙です! けっこう感想を溜めてしまった……!

>彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル
うわあぁぁぁ茜ちゃあぁぁぁん! ユッキが一線を踏み越えてしまった……!
茜ちゃんの優しさと真っ直ぐさが、これは辛い……
むしろユッキも「だからこそ」踏み越えちゃったのかもなぁ。この時間帯も、波乱の幕開けだ……!

>夢は無限大
冒頭の過去形が魂に染みる。
Pさんへの恋慕さえも思い切ってしまったこの2人、もうあとは行動するしかないよなぁ……!
動き出したら後はノンストップなバトルになりそうな彼女たち、哀しい出陣って雰囲気が切なくも美しい。

>あの日誓った夢
ずっと匂わされてきた「事件」そこで既に藍子はその「アイドル」の片鱗を見せていたのか……!
これは苦しい。見てしまったとときんが藍子に拘るのも分かる。
そして同時に、隣で同じモノを見ていたちひろさんは、何を想ったのだろう……? 気になります!

>だけど、それでも
彼女の目覚めがつらいモノになるのは予想できたけど……遥かにその予想を上回る衝撃!
寝ぼけたような思考から、「気づいてしまった」時の落差が本当にひどい(←褒め言葉)。
そしてだからと言って思い切れないのも卯月だし、「がんばります」と書き残すのも卯月なんだよなぁ。

>DEAD SET
強さが欲しい。
凛ちゃんがついに言ったその言葉、いったい「どういう種類の」強さを目指すのか……
危うくも厳しい茨の道を、ほんとうに傷つきながら進んでいる印象だなぁ。

>Black in White
丁寧な合流と情報確認、それに傷の手当て……でも大丈夫か!? それでいいのか?!
なんというか、最後のあくびが象徴的。
人数集まって安全が確保されて、どこか弛緩した印象をも受けてしまうのは私だけでしょうか……?

>彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン
なんという構成の妙。まさか川島さんがなぁ……!
これは今までの話の前提、今までの話の意味合いがだいぶ変わってくる可能性があるぞ?!
他の子らもいい感じに自分と向き合って。楓さん怖いよ、楓さん……!

>Shangri-La
怒涛の運命をひた走るユッキ、「かつて『敵』だった」智絵里との遭遇。
この出会いの持つ意味は大きいなぁ。死体が人を引き寄せ、出会わせ、運命を加速させていく感じ。
どちらもそれぞれ「足りないもの」を自覚して、それにどう答えを出すのか気になります。


では、こちらも。

補完話で大槻唯、予約します。


99 : ◆RVPB6Jwg7w :2014/02/16(日) 13:26:02 UQwTL2tM0
予約分、投下します。


100 : 空から降る一億の星 ◆RVPB6Jwg7w :2014/02/16(日) 13:26:46 UQwTL2tM0



 見上げてごらん

 夜の星を



   @  @  @


いよいよ準備も大詰めといったところ。
彼女を乗せた小型飛行機は、早朝の日差しの中、とある小空港にゆっくりと着陸した。

地方都市のさらに郊外に作られた、税金の無駄遣いとも罵られることの多いその空港。
緑豊かな景色だけは、一級品である。
心急かすような用事がなければ、のんびり眺めて深呼吸のひとつでもしたくなるような風景だ。

偽装の都合がなければ、事務所まで帰るのにこんな寄り道をする必要はない。
けれど今はまだ、ほとんどの者に対して真実を伏せておかねばならない段階。
チャーター機からタラップを降りた彼女は、待ち構えていた黒塗りの車にそのまま飛び乗る。

「……交通機関に遅れなどないですよね?」
「大丈夫です。予定の新幹線には乗れるでしょう」

運転手と短く言葉を交わす。車が静かに発進する。
芸能事務所の一介の事務員には過ぎた乗り物、過ぎた待遇。
だが、運転手も彼女も、当たり前のような顔をしてその境遇を受け入れている。

別に彼女が特別な人物だから、という訳ではない。
秘密を守るには、どうしても金がかかる。
どうしても「それなりのもの」を使う必要がある。
そして、彼女にしかできない仕事が沢山ある。ただそれだけのことでしかなかった。

例の『島』からカバンひとつ提げて戻ってきた彼女の名は、千川ちひろ。

事務所のホワイトボードの上では、とある地方都市に出張に出かけ、今朝戻ってくることになっていた。
この空港に降り立ったのも、これから新幹線に乗るのも、その偽装の一環であった。


101 : 空から降る一億の星 ◆RVPB6Jwg7w :2014/02/16(日) 13:27:31 UQwTL2tM0

   @  @  @


計画の「実行」まで秒読み段階に入ったこの日、彼女の予定はかなりキツいものとなっている。
新幹線のホームで列車を待ちながら、手帳を片手に再度計画を確認する。

その中でもやはり重要なのは、6人……いや、5人のアイドルとの面談か。
同じプロデューサーの下、恋心を秘めた5人の少女たち。

ちひろはこれから、彼女たちに接触し、TV番組の企画の説明、という形で計画の一端を彼女らに伝え。
5人には、計画の中でも「特別な役割」を担ってもらうことになっている。

「……でも本当に、『あの役目』は誰に任せるべきですかね……」

予告のベルの後に、スマートなボディの車両が滑り込んでくる。
手帳を仕舞い込むと、荷物を片手に指定席を確認して座り、動き出した窓の外を眺めなつつ思索に戻る。

5人の少女に与えられる予定の役目――企画の積極的な進行役。
それはいい。
たぶん今日これからの「TV番組の企画の話」で、十分な動機と自覚は与えられるはず。

ただ、彼女が悩んでいたのは、その中のさらに1人を選んで与えられる「特別な役目」。
出張の偽装をしてまで直接見に行った、現在『島』で「訓練中」の少女にも関わる役目。
これを、誰に割り振るのか。

「スペシャルなトレーナーさんも言ってましたね……
 『どんなに訓練を重ねても、最初の引き金を引けるかどうかは不確定だ』、って」

訓練を受け持つことになったプロフェッショナルは、訓練中の少女の技量については保障した。
ちひろが直接見てみた限りでも、そこは大丈夫だろうと思う。

しかし肝心の部分。
実際にその場に立った時に、人の命をちゃんと奪えるのかどうか。
こればかりは、どうやっても保障はできない、ということだった。

どんなに銃器の扱いに習熟しても。
どんなに戦場の心得を叩きこまれても。
一定の確率で、土壇場になって動けなくなってしまう者が、存在する。
殺人という究極の禁忌を前に、金縛りにあってしまう者が、出てしまう。

こればかりは、実際にその場に立たせてみなければ誰にも分からない。

いま現在、訓練の最後の仕上げを行っているはずの「三村かな子」――果たして彼女は「どちら」なのか。
ちひろたちにとって重要なその答えは、実際に状況が始まってみなければ分からないのだ。

そして万が一にも、早い段階で三村かな子が企画を否定する側に回ったとしたら……
多くのことを知り過ぎている彼女の裏切りは、計画の進行に深刻なダメージを与えることになる。

少なくともそれだけは、序盤での転向だけは、回避せねばならない。


   @  @  @


新幹線の車窓を、景色が高速で流れていく。
市街地を抜け、山あいに入る。
昨日見て来た『島』の風景にも似た、深い山の景色。
早朝の日差しの中、青い木々の葉が映える。

これに似た風景の中、1週間の訓練期間を与えられた三村かな子が『役に立たないかもしれない』。
それどころか、施した訓練と教え込んだ数々の情報が『仇となるかもしれない』。

その可能性は、千川ちひろたちの側にとって悪夢である。

だが、ただ憂いてばかりもいられない。
望ましくない可能性であっても、十分に予想される展開の1つだと言うのなら。
それを踏まえた上で、対策を考えておくしかない。

三村かな子には、早々に試練が与えられなければならない。

開始直後に、試されなければならない。
実際に獲物を前にして、引き金が引けるのか、引けないのか。
早い段階で、見極めなければならない。

そのためには――彼女の近くに1人、参加者を配置する必要がある。

三村かな子の、いわば『試金石』として、速攻で狙われる役目の人物が必要になる。

そして、また。
もしも万が一、三村かな子が「引き金を引けなかった」場合。

その人物には、三村かな子を速やかに返り討ちにしてもらう必要がある。
その人物には、三村かな子に期待されていた役割を担ってもらう必要がある。
その人物には、三村かな子が築くはずだった屍の山を、代わりに築いてもらう必要がある。

その人物は、『生贄』候補であると同時に、三村かな子の『代役』候補でもある。

相反する2つの要請。
両極端な2通りの展開。
これに合致する人材と言ったら……

これから『シンデレラ・ロワイアル』の話をする予定の、5人の誰かしか、ない。

つまり。
相川千夏。大槻唯。緒方智絵里。若林智香。五十嵐響子。
この5名のうちの誰か、である。


102 : 空から降る一億の星 ◆RVPB6Jwg7w :2014/02/16(日) 13:28:29 UQwTL2tM0

   @  @  @


さて、では誰にその過酷な役目を割り振るべきか。
千川ちひろは、流れる風景を眺めながら、5人の人柄を思い返す。


相川千夏。
5人の中では最も知的で冷静で、慎重な行動が期待できる年長のアイドル。
しかし同時に、彼女の慎重さは臆病さと表裏一体だ。
強みを発揮できるようなら、それはそれで良し。
だが出遅れてしまうようなら、三村かな子に早々に排除してもらうのも手かもしれない。

大槻唯。
交友関係の広い、陽気な現代っ子。
直接間接に他のアイドルたちのことを良く知っている、というのは優位の1つになりうる。
しかし同時に、それがためらいに繋がるのであれば……。
このあたり、吉と出るか凶と出るか、いまいち読みづらい要素だ。

緒方智絵里。
内気で人見知りしがちな、大器晩成型の少女。
正直、彼女が普段のままであれば、その戦果にはまったく期待はできないだろう。性格的に向いてない。
けれど、秘めた潜在力は実は相当なもの。
窮地に追い込まれることで覚醒するような展開があれば、一気に化けることが期待される。

若林智香。
明るい前向きな性格と、高い身体能力。
チアリーディングで磨かれた瞬発力とバランス感覚は、参加者の中でも随一である。
真正面から向き合った状態からの反射神経勝負であれば、おそらく最も高いスペックを誇るだろう。
もっとも同時に、それだけの才能が宝の持ち腐れとなる危険もあるのだが……。

五十嵐響子。
家事万能の家庭派アイドル。
つまりは現実的な実務家であり、要領の良い子であり、地に足のついた考え方のできる人物であり。
うまく波に乗れれば、確実に結果を出してくれそうな気配がある。
そうなるとやはり、最初の一歩こそが重要になってくるわけで……。


   @  @  @


「どの子も一長一短……ってところですよね」

窓の外の風景はいつの間にやら山を通り過ぎ、住宅地の中へ。
終着駅は近い。考えていられる時間は、もうそれほど残っていない。

というか――実は既に、暫定的にではあるが、決められてはいる。

三村かな子を初期配置することになっている『学校』、その『屋上』。
そこからスタートすることになっているのは、現時点では……

緒方智絵里。

即戦力としては最も期待できず、同時に、試練を与えることで大きく化けるかもしれない人材。
このままいけば彼女が、『生贄役』として三村かな子の銃口の前に立たされることになっている。

何といっても、一番望ましい展開は「かな子が引き金を引ける展開」なのだ。
だから、まずはそれを前提に計画は立てられる。
次善の可能性は、あくまで次善でしかない。
それに他の場所からスタートしていれば戦果を挙げたかもしれない子を『生贄役』で浪費するのは惜しい。

だから、そこで緒方智絵里を選ぶのは妥当でもある……のだが。

アイドルたちを最も良く知る企画運営側の人間として、千川ちひろはそこに「待った」をかけた。

言葉に出来ない違和感。
何か見落としをしている、という直感。

とりあえずその配置計画は暫定とし、まだ一部を変更できるような余地を残した上で。
ちひろは、今日の5人との面談に臨むことにしたのだ。

そう、今ならまだ、何人かの位置を入れ替えるくらいの融通は利く。
緒方智絵里に割り振られるはずのポジションを、他の4人の誰かと交換することも可能だ。
残る4人はある程度の間隔を置いて、マップ上に記載のある施設に配置していくことになっている。

選択の余地はまだ残されていて……だからこそ、ちひろは悩む。

実際に5人と話してみてから考える、ということになってはいるけれど。
さてしかし、どういう基準で判断を下すべきか。
どういう心構えをもって、5人と語り合い、5人を観察していくべきなのか。


103 : 空から降る一億の星 ◆RVPB6Jwg7w :2014/02/16(日) 13:29:09 UQwTL2tM0

   @  @  @


新幹線を降りて、在来線へと向かう。
通勤通学の時間帯とぶつかったこともあり、周囲は馴染みの都会の喧騒だ。

「基本に立ち返って考えてみましょうか……」

人ごみの中、声にならない声でちひろはつぶやく。
人の波に流されるようにして、電車の中へ。
流れに逆らわず奥へと歩を進め、つり革を掴む。

窓の外には、ごくごく平凡な平日の都会の光景。
周囲のサラリーマンも、学生たちも。
まだ誰も、アイドルたちの集団失踪なんて事件が起こるなんて露ほどにも思っていないであろう日常。
少しだけ愉快な気分になって、ちひろは小さく微笑む。

基本に立ち返って考えよう。
リズミカルな振動に揺れながら、声に出さずにもう一度繰り返す。

そもそも、この企画。
全ての参加者に、自分で考え、行動を決めるチャンス、生き残るチャンスを与えるのが基本だ。

ある程度の誘導はする。
そもそも、誘導しなければ状況は始まらないだろう。それくらいの無茶を押し通そうとしている。
今日これからの『シンデレラ・ロワイアル』の話にしたって、露骨過ぎるほどの誘導の1つである。

公平とも言い難いかもしれない。
身長・体格・年齢、過去の経歴に現在の状況、いろいろな意味で幅のあるアイドルたち。
何をどうやっても、平等になんてできはしない。
いま『島』で訓練の真っ最中の彼女に到っては、語るまでもない。

それでも。
それでもなのだ。

参加者たちには、自分で生き方を選んでもらわねば困る。
参加者たちには、悩み苦しみ迷い、時に過ちを犯しながらも、自分の手で選んでもらわねば困るのだ。
少なくとも、最後まで生き残るような人物には、そうであって欲しいと願っている。

だから、チャンスだけは、それがどんなに細く厳しい可能性であっても、与えたい。

それが、基本の願い。
ちひろたちの、どこか矛盾も孕んだ基本の姿勢。

では。
三村かな子のすぐそばに配置され、最も危険な状態からの開始を強いられる『生贄役』。
運営サイドの第一の想定通りに行けば、最速で最大の危機に遭遇し、そしてそのまま脱落する存在。

そんな存在がチャンスを掴むのに必要な条件とは、必要な能力とは――何だろう?

「カンの良さ……かな?」

千川ちひろは、小さく声に出してみて、ようやく垣間見えた感じを掴む。
勘の良さ。
直感力。
第六感。
理屈を超越して一足跳びに真実に辿り着く、そんな人間力。
なるほどそういう能力こそが、状況を覆し『代役』に成り上がるために一番大切なものだろう。

では、あの5人の中、「それ」に長けているのは、誰だろう?

やがて電車はゆっくりと減速し、事務所の最寄り駅へと到着する。
乗客が吐き出され、千川ちひろも人の波に流されつつ、「出張」からの帰還を果たす。


   @  @  @


104 : 空から降る一億の星 ◆RVPB6Jwg7w :2014/02/16(日) 13:29:47 UQwTL2tM0

『シンデレラ・ロワイアル』についての説明は、無事に順調に終了した。

話の切り上げ方がやや強引だったかな、とも思うが、しかしその場で突っ込むものは誰も居なかった。
千川ちひろは廊下に出ると、ほっと一息ついた。

多少の違和感はあえて狙ったところでもある。
違和感があればこそ、印象にも残るだろう。
印象に残れば、必ずや彼女たちはこちらの真意に気が付くはず。

千川ちひろは、そう確信――あるいは、信頼していた。

「でも困りましたね……けっきょく、絞れてない」

楽しい話はいろいろ聞けたけれど、肝心の人選については新たな判断材料は得られなかった。
窓の外を見上げながら、ちひろは軽く嘆息しながら、歩き出す。

やはり、緒方智絵里で行くべきだろうか。
それとも……。

「あ、いたいた。
 ねー、ちひろちゃーん」
「はい?」

唐突に声をかけられる。
一瞬で思考を現実に引き戻し、ちひろは即座に普段通りの完璧な笑みを浮かべる。

振り返ってみれば、そこに居たのは……
さっきまで話をしていた、5人のうちの1人。
未だこの日常が儚く崩れ去ることを知らないはずの、アイドルたちの1人。

大槻唯は、そしてあけっぴろげな笑顔のまま、軽い調子で言い放った。

「そういやさっき、ひとつだけ言い忘れててさー☆」
「……なにを、ですか?」


「ちひろちゃん――なにか、たくらんでるでしょ?」


悪戯っぽい口調でささやかれた一言。
それは質問でさえなかった。
確認ですらない。
断言。

完璧なスマイルは、なんとか維持しつつも。
しかし流石に咄嗟の反応のできないちひろに、唯はさらに畳みかける。

「このごろ多い出張とか、さいきんちょっとおかしいもんねー。
 あ、別に言えないなら言えないでいいんだ♪ 何が何でも聞きたいって訳じゃないから☆
 きっと理由があるんだろな、ってのも分かるしぃ。
 ちなったんやプロデューサーちゃんに言いつける気もないから、安心して」
「…………」
「ちひろちゃん、アイドルのみんなのこと大好きだもんね〜♪
 ゆい、そこは信じてるんだー」

満面の笑顔で言い切った唯は、そして、一瞬だけ真顔になって。


「ただ……たださ。

 もし、――ちゃんを泣かせたり困らせたりしたら。

 ゆい、死んでもちひろちゃんのこと、許さないから」


それだけ。
じゃねっ。
小さく言い捨てると、金髪の少女はそのまま身を翻し、小走りに立ち去る。

彼女の走り去った方向には、彼女を待つもう1人のアイドルの姿。
「ちひろさんと何の話?」「んー、なんでもなーい」と、声を交わしているのが見える。
2人連れ立って、そのまま遠ざかっていく。

……きっとそれは、深く考えての言葉でもなかったのだろう。
子供っぽい、ナチュラルな感情の発露でしかなかったのだろう。
たぶん数分もすれば自分の吐いたセリフも忘れてしまうような、そんな、ちょっとした気まぐれ。

それでも黙ってその背を見送った千川ちひろは、そして少しの間を置いて――

「唯ちゃん……でもね。
 死んでしまった人は、もうそれ以上、何もできないんですよ」

静かに、深く、大きな笑みを浮かべたのだった。


105 : 空から降る一億の星 ◆RVPB6Jwg7w :2014/02/16(日) 13:30:13 UQwTL2tM0

   @  @  @


結論から言うと。
大槻唯は、まさに開始の直前になって、緒方智絵里と予定の配置場所を入れ替えられて……

その勘の良さを発揮する間もなく、また、自らが千川ちひろに投げかけた言葉を思い出す間もなく。

最速最短で浴びせられた無慈悲な凶弾の前に、倒れることになった。

三村かな子は、「引き金を引けた」のだ。

あったかもしれないチャンスを、ありえた微かな可能性を、大槻唯はとうとう、掴むことができなかった。


   @  @  @


雨雲が去り、星空の下、動かぬ彼女の身体が再び照らし出される。

倒れてからおよそ24時間。
血も雨に流され、冷えきり硬く硬直したその身体は、どこか非現実めいたオブジェのようで。
表情すらも失われた彼女には、その想いを推しはかる材料すら残されてはいない。

そんな彼女の居る場所から、ふと周囲に視線を巡らせば、見えるモノがある。

それは、三村かな子が引き金を引けなかった「次善の展開」において、彼女が知るべきだった情報。
彼女をその場所に配置した者が、意識して与えるつもりだった知識。
三村かな子の「代役」を果たす上では、欠かせない要素。

三村かな子が学校に配置された「理由」でもあり。
「学校に戻れ」という指示があった際、かな子が真っ先に思い浮かべた「もの」でもある。

ただ感傷のままに星空を眺めていた彼女は、ついぞ最期まで気づかなかった。
生前の彼女は、「それ」が「そこ」にあることにさえ気づかなかった。

けれど、今は。
「偶然」その片手が「そちら」を指差すような形のまま、固まっている。

カットラスを手から引きはがされた際の、意図せぬ動きでそういう風になってしまっている。
それをした当のかな子自身は、その後に行った死体の損壊行為に気を取られて、気付きもしなかった。

降り注ぐような満天の星空の下、深い沈黙に包まれて。
彼女はひとり、無人の屋上に横たわっている――。


   @  @  @



 見上げてごらん 夜の星を

 ぼくらのように 名もない星が

 ささやかな幸せを 祈ってる


.


106 : ◆RVPB6Jwg7w :2014/02/16(日) 13:31:10 UQwTL2tM0
以上、投下終了です。
補完話としても少し変則的な形となってしまったかもしれません


107 : ◆yX/9K6uV4E :2014/02/17(月) 19:04:57 b2c10wa.0
投下乙ですー!
おおう唯ちゃん……カンの鋭さがあだとなったか。
ちひろさんも色々考えて、配置してるのが見えてきますね。
これは想定通りだけれど、想定外もあるだろうし。
唯が指差す方向に、誰が気付くかな。

さて、此方は相葉夕美、千川ちひろで予約します


108 : ◆John.ZZqWo :2014/02/24(月) 00:31:57 Bxbk0uJE0
遅れましたが投下乙です。

>Shangri-La
悪役としての友紀の初戦。奇しくも自覚的に悪役から下りた子が相手となりましたね。
彼女は理想を見て悪役から下り、友紀はその逆で、折り合いがつくわけもなく……けど、智絵里の強さが今回は眩しい。
警察署に辿り着いたけど、これはまた大きな波を起こしてしまいそうだなぁ。

>空から降る一億の星
思いもよらぬ、初期配置についての裏話。
唯と智絵里が逆だったら唯ちなコンビも見れたかと思うと……、でもそれだと今輝いてる智絵里は見れなかったわけで、難しいw
そして、扉?の位置も明らかに? 学校は今後も要所となると思うので注目。


では、 向井拓海、小早川紗枝、白坂小梅、松永涼、諸星きらり、藤原肇、小関麗奈、古賀小春、神谷奈緒、北条加蓮、渋谷凜、和久井留美 の12人で予約します。


109 : 名無しさん :2014/03/11(火) 22:03:10 oXV8WwYs0
投下からひと月


110 : 名無しさん :2014/03/11(火) 22:57:06 9SPY10Ks0
前にも少し間が空いたことはあったし


111 : ◆yX/9K6uV4E :2014/03/12(水) 10:40:09 S8ojhb5Y0
連絡せずにすいません。
予約したものは、今晩投下させていただきます


112 : 名無しさん :2014/03/13(木) 01:38:24 gGnfOhLs0
1さん大丈夫ならいいのですが


113 : ◆n7eWlyBA4w :2014/03/17(月) 13:03:05 uQYA1W2A0
予約中の御二方は相当苦戦されてるとお見受けしますが、自分も相川千夏、双葉杏、予約しますね!


114 : ◆John.ZZqWo :2014/03/23(日) 21:40:54 f3h87l5I0
長く連絡がなく申し訳ありませんでした。今更ですが、私の予約はいったん白紙ということでお願いします。


115 : ◆yX/9K6uV4E :2014/03/24(月) 00:06:30 sqj0pVEM0
連絡なくして、申し訳ありません、私も白紙でお願いします。


116 : 名無しさん :2014/03/24(月) 03:11:55 JjphQXI20
了解です
誰しも書けない時というものはあるかと
そういう時は一度破棄して次まで英気蓄えるでよろしいかと
お疲れ様でした


117 : ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:47:44 yDpOsHqI0
遅くなりました、予約分投下します


118 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:49:39 yDpOsHqI0




【質問】



【60人もアイドルがいるのに、双葉杏は仲間はずれ。どうして?】


 

   ▼  ▼  ▼




 意外、というわけではなかったのだけれど。

 相川千夏は、頭に血が巡り出してからの僅かな時間で、自分に何も異変がないことを確認し、安堵した。
 縛られてもなければ物も盗られてない。体に何か異常があるわけでもない。
 もっとも、そもそも寝首を掻かれていたらこうして起きることさえなかったわけだが、
 千夏の同行者――双葉杏はどうやら彼女の期待に応えてくれたようだ。

 もちろん、杏は裏切らないだろうという打算があったからこそこうして無防備な姿を晒したわけではあるとはいえ、
 もしかしたら今の彼女には万が一があるかもしれないという恐れがあったのも事実だった。


「なーにぼんやりしてんのさ。もうすぐ放送始まっちゃうよ」
「え、ええ。ごめんなさいね」


 律儀に放送直前に起こしてくれるあたり、少なくとも杏が千夏と協力しようという意志は確かなものではあるようだ。
 少なくともそれは証明されたわけだし、この段階で疑ってもしかたがないと思い直す。

 軽く伸びをしてから枕元の眼鏡を拾い、千夏は立ち上がってログハウス真ん中のテーブルへと移動した。
 杏はとっくの昔に向かいの椅子に座って、足をぱたぱたと揺らしながら自分の端末を睨んでいた。
 これからの放送のことを考えているのだろうか。ものぐさだがしたたかなのが双葉杏だと、すでに身に沁みている。
 とはいえ、次の放送で何か劇的なことが起こるとは、千夏は大して考えてはいなかった。


(今は既に雨音は無し。とはいえ、流石に本降りの間に殺しを強行した子はそういないでしょう。
 時間帯も時間帯だし、この放送までの時間はあくまでインターバルと考えるべきね……)


 カンテラの灯りが漏れないようにとカーテンを引いた窓に目を遣りながら、声には出さずに胸の中だけで呟く。


119 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:50:16 yDpOsHqI0


(だからこそ、見定めるにはいいタイミングかしら)


 見定める? 何を?
 それはもちろん、他のアイドル達の動向であり、ちひろと運営の思惑である。
 放送自体が面白みのないものだとしても、何かしらよみとれることはあるに違いない。

 そして、もうひとつ。
 揺らめくオレンジ色の光に照らされて奇妙な影を浮かべるその幼い顔立ちを、千夏は無表情に見つめる。
 真っ先に見定めなければならないのは、ここにいない他のアイドルだとか運営ではない。
 何よりも見誤ってはいけないのは、目の前にいる、一見怠け者にしか見えないはずの、この少女。


(双葉杏……貴女は、何者なの?)


 結局のところ、千夏が知りたいのはただそれだけなのかもしれなかった。
 安心毛布と離れ離れの彼女が、いったいどういう存在なのか。それだけが知りたかった。

 双葉杏は、見たままその通りのものぐさで怠惰なろくでもない人間なのか。

 それとも千夏が評価しているような、才能に恵まれ勘も要領もいい、油断ならない存在なのか。

 あるいは心の支えを失って何をするのか分からない、得体の知れない何かなのか――


《こんばんは! 皆さん、そろそろ一日が終わりますよ!》


 しかし、杏は本当にぎりぎりの時間に起こしてくれたらしい。

 千夏が黙考に耽るだけの間もなく、ちひろの声がその思考を遮った。



   ▼  ▼  ▼



 結論から言えば四回目の放送は、ひどく淡々と進んで、淡々と終わった。


120 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:50:52 yDpOsHqI0
 今回の死者は三人。


 前川みく。
 星輝子。
 輿水幸子。


 千夏にとって知らない名前というわけでもない。とはいえ、そこまで心が揺らぐわけではなかった。
 彼女の心を揺るがすような少女たちは、もう殆どが逝ってしまっていたから。


(……よりにもよって、生き残っているのが私と貴女だなんてね。失礼だけど、貴女は長生きできる子だとは思ってなかったわ)


 同じストロベリー・ボムを与えられたもう一人……緒方智絵里に思いを馳せる。
 千夏は彼女のことをアイドルとして評価していたし、実際可愛らしい、守ってあげたくなるのも分かる少女だと思っていた。
 ただ、それとは別に、引っ込み思案というよりは主体性というものの希薄な、自分から何かができるような子ではないと、
 冷徹なもう一人の千夏はそう評価を下していて、その認識はこの殺人ゲームの中にいて一層強くなっていた。


(今までひたすら逃げ隠れていたのか……それとも、この状況がきっかけとなって彼女の何かが変わったのか。
 ありえないとは言い切れない話だわ。この極限環境は、人間の奥深くにあるものを曝き出すには十分なものだもの)


 そう、殺人とは無縁のはずの目の前の少女が、躊躇なく凶行に及ぶくらいには。


 千夏は改めて、値踏みするように双葉杏の様子を見た。

 別段、変わったところはないように見える。少なくとも死んだ前川みくは杏と仕事をする機会もあったと記憶しているが、
 特に動揺を見せるわけでもなく、相変わらず退屈そうに端末をいじるばかりだ。

 おかしいわけではない、はずだ。現に千夏自身もそれといって動揺していないし、外からそう読み取られることもないと断言できる。
 大して親しくもない相手が今更死んだぐらいでいちいち取り乱すほうがよっぽどおかしい。
 だが、一度相手の内面を疑ってしまった今となっては、一挙手一投足にまで意味を持たせたくなってしまう。
 それでは本末転倒もいいところなのに。

「……ねえ」
「っ、何かしら」


 考えに没頭しすぎて、杏がこちらに胡乱げな視線を向けていることに気付かなかった。
 虚を突かれたのを悟られないよう返事をしたが、杏はこちらの様子を気に掛けていないようだった。


121 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:51:59 yDpOsHqI0

「特に用事ないんだったら、杏、もう寝ちゃっていい? いい加減退屈だったんだよねー」
「そうね……確かに次は貴女が寝る番では、あるのだけれど」
「歯切れ悪いなあ。杏の脳細胞は今こそ眠りを求めているんだって主張してるぞー」


 千夏は考える。
 果たして、このまま杏を寝かしてしまっていいものか。

 彼女のことだ、一度眠ってしまったらそれこそ梃子でも動かない、いや目覚めないだろう。
 今のうちに聞きたいことは聞いてしまうべきなのではないだろうか。
 例えば杏の今後の方針を再確認するでもいい。今の放送からこの殺し合いの傾向を分析するでもいい。
 何か、何かを今尋ねるべきだ。何か、何か……。


「……ねえ。“希望”って、何かしら」
「はぁ?」


 杏の怪訝そうな返事を聞くまでもなく、千夏自身が自分の発した問いに困惑していた。
 とはいえ、何の裏もなく気まぐれだけで口にしたわけでも、杏と禅問答がしたいわけでもなかった。
 たまたまタイミングが今になってしまっただけで、その疑問自体は何も不思議なものではなかった。

 本当は、前々から引っかかってはいたのだ。

 単なる言い回しの問題だと最初は思っていた。しかし、今となってはあまりにも積み重ねられ過ぎている言葉だ。
 杏に対しての問い掛けというより、自分自身に答えを尋ねるように、千夏はそのおぼろげな考えを声に出す。

「千川ちひろ。彼女は、放送のたびにこの言葉を使っている。希望のためにとか、希望を忘れるなとか……」
「言われてみればそんな気はするけど。それって杏の睡眠時間よりも大事なことなのかな」

 そう、ちひろの『希望』に対する執着はどうも常軌を逸しているように思える。
 実際は大した裏があるわけではないのかもしれないが、それでも勘ぐりたくなるぐらいには存在感のある言葉だった。


「そして今度は、希望に満ち溢れている、と来たわ。私達が。おかしいとは思わない?」
「うーん。少なくとも、今の杏の希望は快適な睡眠かな」
「満ち溢れている? 今の私達のどこが? 殺さなければ殺される、この状況で?」
「おーい聞いてる? これ以上は睡眠基準法に抵触するよー。杏にはストライキの用意があるよー」

 残念なことにというか予想通りというか、杏は全く興味が無いようだ。
 杏から何かを引き出すのは諦めて、千夏は自分の考えを纏めるのに専念する。

「いくらなんでも、この状況で、殺し合う以外に先のない状態で、ただ殺人を否定するのは希望とは呼べないわ。
 蛮勇が勇気とは似て非なるものであるように、絶望からの逃避と希望は違う。千川ちひろにもそれは分かるはず」


122 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:52:33 yDpOsHqI0
「はーいストライキ決行でーす。労働者には働かない権利があーる。朝になったら起こしてね」
「しかしそれを彼女は『希望』と呼んだ。なら、希望には『未来』が対になっていなければならない。
 この状況での未来。それは自分以外を皆殺しにして生き残ることではないはず。だとしたら……」


 杏がいそいそと寝支度をするのも視界に入っていなかった。
 千夏はただ、何の打算も無しに、推測を口にした。


「ただの仲良しごっこではなく、本当に打開策を探しているアイドルがいるの……?
 この状況からの脱出のために。自分がアイドルであることを捨てずに生きるために」


 逃避ではなく、本当に前に進もうとしているアイドルが、今もいるとしたら。
 絵空事ではない殺し合いの現実を知り、60人のアイドルが半分以下になるという地獄を目の当たりにして、
 それでもこの島に満ちた狂気に囚われずにアイドルで居続けられているのなら、それは確かに希望だ。
 頭の中のお花畑に逃げこむことと、惨劇と向き合ってなお希望を失わないのは、似ているようで全く違う。
 そう続けて口に出し、途中で違和感を感じて、千夏は、そこでハッとして言い淀んだ。


 ぽかんとした顔の杏が、千夏の顔を真っ直ぐに見つめていた。


 様子が、明らかにさっきまでとは違う。
 突然なんの前触れもなく、今まで思い至らなかった何かに気付いた、そんな表情をしている。
 さっきまで毛布にくるまってぐっすり眠ることしか考えていなかったはずなのに。

 しまった、と思った。
 他の誰かに今の自説を披露するのなら、何の問題もなかった。
 でも、よりにもよってと言うべきか、たった今千夏の目の前にいるのは双葉杏だ。
 だからこそ、よくない。

「脱出? ここから? ……できるの、そんなこと」

 杏の言葉はなんてことないもので、それなのに千夏の背筋には冷や汗が流れた。
 否定しないとまずい。いくらこんな状況下とはいえ、双葉杏は基本的には『易きに流れるタイプ』のはずだ。
 今まで杏が自分から殺しに乗っていたというのが、本来の彼女の在り方から離れているのだ。
 殺し合わずに生き残れるかもしれない、なんてふうに思い込ませるのは、まずい。


「……あり得ないわ。私達がこの首輪で屈服させられているのは周知の事実。それに、仮に外す手段があったとしても、
 プロデューサーを人質に取られている以上、下手な行動は出来ないはず。現実性が無さ過ぎる」
「でもさ。さっきの話だと、いくら現実味がなくったって、やろうとしてる子は『いる』んでしょ?」


 この少女は何の前触れもなく核心を突いてくるところがあると、千夏は改めて悟った。


123 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:53:41 yDpOsHqI0
 確かに千夏自身も、本当に脱出という手段を求めているアイドルがいるという仮説は、有り得ると思っている。
 ちひろもそれを把握していて、狂気に飲まれないその姿を希望と呼んでいるのではないか、と感じる。
 もしかしたら違うかもしれない。が、少なくとも杏は、それを有り得ると考えているようだった。


「……そっかぁ。こんな時でも、アイドルで居続けようって人もいるんだぁ。ふぅん」
「…………っ」


 困ったことになったのかもしれない。
 今このタイミングで、杏が非戦派に寝返るのは非常によろしくない。
 お互い後に引けないからこそ運命共同体として共同戦線を張ったのだ。今更、一方的に降りられても困る。
 杏はちひろの言う希望なんて信じていないだろうが、少なくとも「優勝でも脱出でもどっちでもいいや」ぐらいは言いそうだ。

 ごくり、と千夏は唾を飲み込んだ。
 そして努めて冷静に、脳内でいざという時のシミュレーションを始めた。
 仮に杏が日和ったら、千夏は自分の秘密を護るために口封じを考えなければならなくなる……!




「ま、杏には関係ないね。おやすみー」



 しかし、そこまでだった。



「……、は?」
「なにさ変な顔して。別にどうでもいいじゃん、そんなやつらのことなんて」


 本気で鬱陶しそうな顔をする杏を見て、ようやく千夏は自分の考えが取り越し苦労だったのを悟った。

 
「これからももっと殺さなきゃ、でしょ? だから寝るんだよ。杏、変なこと言った?」
「い、いえ、そうね。何かあったら起こすから、その時はよろしくね」
「それは約束できないかなぁ。ふぅあああああぁ……」


 盛大にあくびをしながら、改めて寝る準備を始める杏。
 その歳不相応に小さな背中を眺めながら、千夏は内心で溜め息をついた。


124 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:54:55 yDpOsHqI0

(本当に、よく分からない子……)


 少なくとも、千夏のあの言葉を聞いた時の杏は、明らかに様子が違ったようだったけれど。
 そこから先は、どうも千夏が危惧していた流れとは違うようだった。

(これもまた安心毛布のせい? ……なんてね。深みにはまっても仕方ないか)


 どのみち一筋縄ではいかないのだ。堂々巡りに陥る前に、思考を切り替えることにする。
 これからの数時間は自分が見張りをする番だ。今は自身と協力者を守ることに専念しなければ。

 そこまで考えて、そもそもそれ以外に出来ることが無いことに気付き、千夏は今度は本当に溜め息を付いた。
 このログハウス、せめて文庫本の一冊くらい、用意があってもよさそうなのに。

 無意識に暇潰しについて考えてしまった自分に気付き、怠け者に付き合うのも考え物だと千夏は思った。




   ▼  ▼  ▼




 ――古びたうさぎの縫いぐるみ。




 それは彼女にとって、不安定なガラス球の小さな小さな支えだった。



 そのガラス球が転がり始めるための、最初の最初の弾みだった。



 怠惰な彼女を動かすための、些細な些細な仕掛けだった。


125 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:55:59 yDpOsHqI0

 だけど。


 そういうことだったとして。


 あの縫いぐるみが、ガラス球を動かしたとして。






 ――そもそも、そのガラス球に、質量を与えているのは、何だ?






   ▼  ▼  ▼



(……あーあ。気付きたくなかったなぁ。知らずに済めば楽だったのになぁ)


 杏は毛布にくるまったまま、小さな声で呟いた。
 面倒なことからは目を背け、厄介ごとからは逃げ続けるのが杏の生き方だったのに。
 まさかこんな形で、自分自身を見せつけられることになるなんて思わなかった。


(脱出、かぁ。今もアイドルでい続けてる、かぁ――)


 眠くて仕方ないはずの体で何度も寝返りを打つ。
 杏の頭のなかで色んなものがぐるぐると回って、奇妙な寝苦しさがあった。
 目を閉じていると、しばらくの間開放されていたはずの幻覚が、また杏の前に現れる。


(今までずーっと逃げっぱなしの、ズルくてヒキョウな杏っち)

 城ヶ崎莉嘉。杏がこの島で初めて殺した少女。杏の、ある意味での原点。
 その姿をとった何かが、杏の心の奥深くに語りかけようとしている。


126 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:56:34 yDpOsHqI0


(だけど今度は、今も頑張ってるアイドルの話を聞いて、ホントの自分に気付いちゃったんだ)


 ああ、そうだ、と杏は思った。千夏の話で、杏は気付きたくないことに気付いてしまった。
 それは知らずに済んだこと。自覚しないで済めば、きっと幸せだったこと。
 そして一度気付いてしまったら、きっともう二度と頭から離れない、そういう類いのことだった。


(しょうがないよねー。杏っちは、今までさんざん自分から逃げてきたんだから)


 逃げ切れればよかったのに。そんなことを今更悔やんでも仕方ない。
 肝心なのは、杏が自分自身のありのままの姿を、とうとう自覚してしまったということだ。 
 どんなに現実から逃げたとしても、自分自身と別れることだけは出来るはずがないのだから。


(いい加減認めなきゃいけないんだよ。杏っちの罪。杏っちが、本当は人殺しなんだってこと――)


 ただ。だけど。そうだとしても。

 目の前の莉嘉のニセモノが言うことは、その実、全くの見当違いなのだ。



(……うるっさいなあ。もうどうでもいいんだよ、杏が人殺しかどうかなんて)




 えっ、と呻いたのは莉嘉の幻影か、それとももう一人の杏だったか。




(もういい加減引っ張り過ぎなんだよ。どっか行っちゃえ、うそっぱちの幽霊なんて)



 莉嘉の幻影がぐにゃりと歪んだ。

 気付くと、杏はまだ真っ暗な森の中で、赤く濡れたネイルハンマーを握っていた。

 蘇るちょうど一日前の記憶が杏を包み、むせ返るような血液の匂いすら感じさせていた。

 倒れ伏した莉嘉を見下ろす杏の脳内に、莉嘉を殺した時の激情のうねりがフラッシュバックした。

 だけど今は、あの時わけも分からず爆発させた自分の気持ちが、ひどく客観的に感じられた。

 そうだ。すべては、あの時からとっくに始まっていたんだ。


127 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:57:12 yDpOsHqI0



“……お前があんなことをしなければ”



 そう。あんなことをしなければ。



“私も!!”



 杏には、別の未来があった。



“……プロデューサーもッ!!”



 殺し合いに巻き込まれない、別の可能性があった。



“こんなことに巻き込まれなかったかもしれないのにッ!!”



 お前があんなことをしなければ、双葉杏はアイドルでいないで済んだかもしれないのに。








【回答】




【この島で殺し合いが始まった時、自分がアイドルであることを呪ったのは、双葉杏ただひとりだから】


128 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:58:02 yDpOsHqI0
 幻影は掻き消えた。声もしなくなった。

 気付いてしまえば、もはや何ということはなかった。

 アイドルとしての双葉杏は、とっくの昔に首をくくって死んでいた。

 ほのかに芽生えかけていたアイドル生活への情熱とか、夢とか、希望とか。

 そんなものは、自分でも無自覚に抱いた呪いによって瞬く間に壊死してしまっていた。

 今の杏は、輝く方向に進んでいたはずのあの日の双葉杏の、きらめきの沈殿物でしかなかった。

 そんな杏が、今更性懲りもなくアイドルであり続けようとする者に、どうやって共感しろというのか?



(……はーあ。そもそも、アイドルだからこうして殺し合いなんてさせられてるわけじゃん。
 それなのに、アイドルとしての輝きを失わないでーとか、頭おかしいんじゃないの?)



 あの時。


 千夏に、今も希望を失わないアイドルがいると聞いた時。


 杏は真っ先に、それを『きもちわるい』と思った。




 それを自覚した時、世界の見え方は一変してしまった。
 自分を正視してしまった杏には、アイドルであることに拘るアイドルが正視できない。
 杏にとって、もはやアイドルとは元凶でしかなかった。生理的な嫌悪感を掻き立てる、異質なものでしかなかった。


 自分たちを地獄に叩き落としたものに、自分だけでなくプロデューサーまで巻き込むきっかけとなったものに、
 そんなアイドルという汚泥で出来た偶像に、今もなお憧れ続けている奴らが、心の底から『きもちわるい』。

 人に似すぎた人形を『きもちわるい』と感じるように、偶像(アイドル)というものが、杏にはただただ『きもちわるい』。


(やっぱり、めんどくさいけど頑張って殺さないとダメかー。杏は働きたくないんだけどなぁ)


129 : ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:59:26 yDpOsHqI0

 面倒だとは思っても、殺すことへの嫌悪は、それほど感じなかった。
 自分から逃げる必要がなくなると、殺しについてもうこれ以上悩むことすら億劫になって、杏は大あくびをしながら寝返りを打った。

 さていよいよ眠りにつこうとして、だけどそこで気まぐれを起こして、薄く目を開けた。

 真っ先に視界に入ってきたのは、何故か手放せずに枕元にまで持ってきていた、うさぎのぬいぐるみの粘土像だった。
 杏は懐かしいものに触れようとするように、そっとうさぎに向かって手を伸ばした。



 そしてそれを、躊躇なく握り潰した。




 一瞬でうさぎの形を崩して、指の間からにゅるにゅるとはみ出してくる粘土を一瞥すると、それを部屋の隅へと投げ捨てた。

 べちゃりと、かつてうさぎであったものが床へと張り付いたが、すでに杏はそっちを見てはいなかった。

 そのまま特に名残惜しさを見せるでもなく、杏はもぞもぞと毛布を頭まで被った。





【D-5・キャンプ場/二日目 深夜】


【相川千夏】
【装備:男物のTシャツ、ステアーGB(18/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×7、チャイナドレス(桜色)】
【状態:左手に負傷(手当ての上、長手袋で擬装)、睡眠中】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。生還後、再びステージに立つ。
 1:杏と行動。
 2:日が昇るまでこの場に留まる。杏が目覚めるまでは見張り担当。
 3:杏に対して、形容できない違和感。


【双葉杏】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x2、ネイルハンマー、シグアームズ GSR(8/8)、.45ACP弾x24
       不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x0-1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:死なない。殺す。生き残る。
 1:千夏と行動。
 2:次の放送まで熟睡する。
 3:アイドルがきもちわるい。

※幻覚は見えなくなったようです。


130 : ◆n7eWlyBA4w :2014/03/24(月) 22:59:55 yDpOsHqI0
投下完了しました。


131 : 名無しさん :2014/03/25(火) 05:24:26 WUNn2nEA0
投下乙です
おー、これはよもやのちひろにとっての絶望は杏であったか
その意味ではこの子に最後の一人になってもらってちっひの反応見たい気もする


132 : ◆n7eWlyBA4w :2014/03/25(火) 18:58:16 2f6bWTZk0
感想ありがとうございます、励みになります!

拙作についてですが、状態表の修整が不十分でしたので訂正させていただきますね。

>>129
【相川千夏】
【装備:チャイナドレス(桜色)、ステアーGB(18/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×7、男物のTシャツ】
【状態:左手に負傷(手当ての上、長手袋で擬装)】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。生還後、再びステージに立つ。
 1:杏と行動。
 2:日が昇るまでこの場に留まる。杏が目覚めるまでは見張り担当。
 3:杏に対して、形容できない違和感。

※チャイナドレスに着替え直しました。

【双葉杏】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x2、ネイルハンマー、シグアームズ GSR(8/8)、.45ACP弾x24
       不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x0-1】
【状態:健康、爆睡】
【思考・行動】
 基本方針:死なない。殺す。生き残る。
 1:千夏と行動。
 2:次の放送まで熟睡する。
 3:アイドルがきもちわるい。

※幻覚は見えなくなったようです。


最後に今更で恐縮ですが、この度の予約期限超過の件、大変失礼いたしました。


133 : 名無しさん :2014/03/25(火) 19:24:29 JioNd9lIO
投下乙です。

多くがアイドルとヒロインで揺れる中、杏はアンチアイドルか。
杏が参加させられている一番根本の原因は、アイドルだからね。


134 : 名無しさん :2014/03/25(火) 22:48:01 zeRFMjIg0
投下お疲れ様です
他のマーダーがアイドルであったことを大事にしていてそれでもヒロインしていたり、
アイドルであったことが大事だからこそ絶望しているなか、
杏だけが自分がアイドルであったことを憎み、アイドルというありようにもさめてますものね。


135 : 名無しさん :2014/04/25(金) 22:29:37 HfIsSaIg0
ついにひと月たったか…


136 : 名無しさん :2014/05/08(木) 18:53:31 0DPs8Xfo0
終盤だし難産なんだろうな


137 : 名無しさん :2014/05/12(月) 12:49:55 6sP17dpw0
だろうなあ


138 : 名無しさん :2014/05/28(水) 16:34:50 p8yxBdVc0
もう2ヶ月か


139 : ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:24:58 X2HFlGLo0
長い間、お待たせして申し訳ありません。
色々忙しくて、連絡せず御免なさい。
破棄したパートをとうかせていただきます。


140 : ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:26:24 X2HFlGLo0





――――泣きたい時もあるよ 一緒にいればいいよ





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






出逢いはきっと、偶然めいた必然だったと思う。
相葉夕美が、彼にスカウトされるのは、きっと、そう。
その頃には、私は既にアマチュアアイドルとして人気を博していたんだもの。
自分で言うのもなんだけど、ちゃんとしたプロダクションにスカウトされるのも時間のうちだと思っていた。
彼じゃなくても、その内プロになっていただろう。
プロへの憧れは、確かにあったから。
小さな街角とかでやるのも楽しかったけれど、やっぱり大きな舞台に立ちたかったから。
だから、彼に誘われた時、私は二つ返事でOKを出した。
もし、誘ったのが彼じゃなくても、私はきっとOKを出していたと思う。
それくらい、彼と私は最初はその程度の関係だと思っていた。
でも、もしかしたら、私にも焦りがあったのかもしれない。
絶対その内スカウトが来るとは確信していた。
けれど、いつまでこうして街頭で活動を続けているのか。
その期間が長くなるにつれ、なんというかな……焦燥感というものに襲われていた。
いつまでも燻っていたくない。

だから、誘いが来た時、やっと思って飛びついた。
兎にも角にも、プロになれる! それしか思わなかったんだよ。
なんで、時間がかかったのかを考えもせずに。


そうやって、私はプロダクションに入って。

数え切れないほどのレッスンをこなしていった。
その中で彼――プロデューサーの指導も受けていた。
厳しくも的確で、けれどまた優しくて。
その中で、私のなかで何でもなかった彼の存在が大きくなっていたのを、覚えている。
ゆっくりと、けれど確実に。
でも、その想いを口にすることは、なかった。
だって、私はアイドルだったんだから。
そうだと思ってから。
そうだと言い訳をして。

私は、恋の花の蕾を心の奥底でしまい込んで。


そして、その後にフラワーズ結成をメンバーの紹介と共に知った。
他のメンバーには言われなかったけど、私を中心とした四人組になると。
千川ちひろからそう聞いたのだ、またそれに私自身も当時納得していた。
経歴を見ると、他の三人は中々凄まじいものだったから、アレな意味でね。
私自身、妙な自信が当時あって。
そう、他のメンバーが引き立て役になるのも、何となく解ってしまった。
その事に特に私は不満もなかったし、有る意味当然とさえ思っていた。
今思うと、本当、おこがましいなぁ。


そして、メンバーとのレッスンも始まって。


141 : ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:27:44 X2HFlGLo0


やっぱり最初は、予想した通りの感じになった。
皆、ちょっとやっぱり少し失敗する事が多くて。
足を引っ張るという言うつもりはなかったけど、私に出来る事が彼女達には出来ない事が多かった。
でもそれは、仕方ない事だと思って、笑って励まして。
けど、きっと私は見下してみていたのかもしれない。
グループなのに、仲間なのにね。

でもね、そうやって過ごしていくうちにどんどん変化があったんだ。
グループのメンバーの中でも、私の中でも。

皆、どんどん上手くなっていく。
皆、どんどん輝いていく。
ビックリするくらい、羨むぐらいに。
あの人が見つけた人達は、本当に素晴らしい人達なんだと思うくらいに。

姫川友紀。
最初は不思議な大人の人だと思ったけれど。
ダンスがすっごいんだ。
身体があんなに動くなんて、凄い。
明るくて、元気で。
皆を引っ張ってくれる。

矢口美羽。
一番、メンバーの中で幼い子。
けれど、一番勇気があった子。
何もかもに挑戦していって。
失敗する事だってあったけど、それでも諦めずに。
どんどん前に向いていった。


そして……高森藍子。
ゆったりとした私と年齢が近い子だった。
優しくて、ふわっとして。
話してて一緒に笑っていられる子だった。
最高の友達で。

けど、彼女に対しては、私はまだ……心の底では見下してたのかもしれない。
傲慢な自負のせいで、高森藍子というアイドルを下として見ていたのかも。
なんでこの子が、アイドルとしてやっていけるのか。
スタイルも普通以下で、かわいいけれど、それは一見何処にでも居るような少女で。
歌もダンスも普通で。
実際誰よりも、姫川友紀や矢口美羽よりも、誰よりも燻っていた。
そんな彼女が私達の隣に居る。
それがとても、とても不思議でした。

何より、彼女は誰よりも、そう誰よりも。
私達のプロデューサーから真っ先に選ばれた人だという事が。
私には信じられないし、驚くしかなかった。
だって、あの敏腕といってもいい実力を持つあの人に、一番見出されたという事実。
それが意味する事ぐらい、私には解る事が出来たよ。
でも、それでもなお、私にとって解りたくなくて、認める事が出来なかった。


こんな子がアイドルで。
こんな子と一緒でアイドルで居るのか。


そんなどろどろとした思いが私にあったんだよ。
みっともない自負みたいのを持ちながら。
それでも、私は高森藍子という女の子に、純粋に好意を持っていたんだ。
正と負の感情を抱えながら、私は藍子ちゃんと一緒に居て。


そうやって、フラワーズの中で、私達は過ごしていた。
輝こうとしていたんだ。

私もね、思い出してきたんだ。
少し慣れていたせいで忘れていた、最初の感情。新鮮で、とっても気持ちのいい感情。
アイドルとしての活動する。
それに対しての喜び。驚き。楽しいって、思う事。

自分がアイドルでいられるんだ!

そんな気持ちに始めて接して驚いたり喜んだりするフラワーズのみんなの姿。
なんかね、そういうの見てたら、あぁ、私もそうだったんだよ。そういうのを思いだしたんだよ。
私自身ももっと純粋だったんだなぁって。
初めて街頭に立った時の緊張、怯え……そして、喜びと感動。
そういうのが私のなかに確かにあった事を思い出して。
だから、こうなんだろうね。
嬉しくなっちゃって。
あの時のように戻れたようで。
だから、私も頑張ろう、もっともっと! そう思えたんだよ。


142 : ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:28:09 X2HFlGLo0

それにね。自分でも街頭に立ってた時とは違う興奮を知ったんだ。
街頭じゃ絶対に味わえないもの。
そう、煌びやかな輝く舞台に立って、歌って、踊って。
沢山の人のなかで、光のなかで。
私はその中心にいることが、とっても、凄くてさ。

更に、その隣には、三人がいつも居るんだ。
同じ、輝く仲間が。
歌って、踊って!

この興奮を共有して、作り上げている。


最高の、仲間達がね!


こんなの……今まで無かったから。
一人じゃない。皆が居る。
皆で、笑って、歌って。
そして祝福されて。


こんな、感動、知らなかった。


知ってよかった。



こんなにも、グループで活動する事が、楽しくて、幸せで。


次第に、フラワーズというものが、私にとって。


本当にかけがえの無いものに変わっていった。


そしたらね、なんか、私も、笑顔が増えたんだ。



こんなに幸せだって。こんなにも、輝けてるって。



だから、もっと頑張ろうと思ったんだよ。



そんな頃の、ある日。



まだ、蕾のまま。


輝く事が出来なかった花を巡って。


一つの小さい、けど私達にとって大きな事件が起きたんだ。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


143 : ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:28:53 X2HFlGLo0







その日は、とても大切なレッスンの日でした。
私達のデビュー曲となる曲の歌とダンスのレッスンで。
その曲は歌とダンス共にとても難しい曲だったんだ。
だから当然レッスンにも熱が入る。
トレーナーさんも普段以上に厳しい態度で臨んでいた。
私達はそれに必死に食い下がるようにレッスンをしていて。

私自身は最初から何とか付いていけて。
ダンスが得意な部類に入る友紀ちゃんはダンスの方でついていって。
美羽ちゃんも徐々に歌の方でついていった。

けど、


「高森っ! またお前だけついていけてない!」
「はっ、はい……ごめんな……」
「謝るのはいい! 何度同じ所で躓いてるの!?」
「あ……ぅ……」


藍子ちゃん。
彼女だけが、どうしても失敗してしまう。
ダンスにしろ歌にしろどっちも上手くいかない。
難しい曲なのは確かだけど、彼女だけ何度も、そう、何度もつまずく。
トレーナーがカリカリするのも仕方ないかも。
だって、私も、友紀ちゃんも、美羽ちゃんも、そこはもうとっくにクリアしていたのだから。
後、藍子ちゃん一人。
一人だけなのに、躓く。

「どうやれば、成功するのか、解ってる?」
「それは、皆と息を合わせて……」
「あってないでしょう? どうあわせるかをいってるの」
「……そ、それは」

藍子ちゃんは口ごもる。
トレーナーさんも優しくもあり、厳しかった。
誰もが言わなくても解っていることを、言わない。
それは、藍子ちゃんを護る優しさかな。
それとも、藍子ちゃんに言わせてしまう厳しさかな。
……両方な気もする。

藍子ちゃんもきっと解っている。
何度もあわせようとした。
何処で突っ掛かっているかも解っている。
なのに、藍子ちゃんだけあわない。
何度も、何度も。

それは高森藍子が、劣っているという事。

ダンスも歌も。
メンバーよりも、劣っている。
だから、ついていけない。

そういう、残酷な話。


あんまりだ……とは思わない。
けれど藍子ちゃんだって頑張って練習した。
歌も踊りも、全部全部。
更に上に上げようと。
実際、上がっているのだろう。

でも、それよりも、要求するモノが高かった。

それだけの話。


「……解っているのでしょう?」
「……っ!?……は、はぃ……」


優しく、でも残酷にトレーナーさんは彼女に促した。
藍子ちゃんは青ざめながらも肯くしかなく。
トレーナーさんはわざとだろうか、とても大きなため息をついて。

「じゃあ、それで貴方はどうするの?」


何時までも、合わせられない藍子にどうするか?を尋ねる。
藍子ちゃんが個人で練習するか。
それともこのまま続けるか。
はたまた別の手段か。
とれる選択は一杯あるけれども。



「それは…………うん……どうしましょう」


144 : ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:29:40 X2HFlGLo0



高森藍子は、笑った。
困ったように。
まるで、作った笑顔で。


まただ。

嫌な、本当に嫌な、藍子ちゃんの癖。
まるで身体に染み付いたような自然な笑み。
けれど、それは本当に張りぼての作り物のようで。
そんな笑顔を見るのは、私は凄く嫌だった。


それは、私だけじゃなくて、トレーナーも一緒で。


「……もう、いいわ」
「えっ」
「だからもういいといってるの。その答えが出るまで、貴方休んでなさい」
「……っ」
「今は貴方抜きで、レッスンします。そうしないと遅れてしまう」
「で、でもっ……」

憮然とした表情で、藍子ちゃんを突き放す。
藍子ちゃんの嫌な癖を見抜いた上で、そしてどうにもならない事で。
だから、次に言われる言葉は皆がちょっと思っていて。
けれど、いえるわけが無い言葉だった。


「はっきりいいいます。今の貴方では足手纏いなの」
「…………あっ……ぅ……」
「何時までも、こうしてられない。だから、しっかり受け止めなさい」
「……はい」
「……そうやって、誤魔化して笑ってるようじゃ、ダメなまま変わらないわよ」


足手纏い、ダメなまま変わらない。
その一言がとどめだった。
藍子ちゃんを支えたモノを壊すには充分なくらいに。



「ぅ……ぁ…………あぁ!」


藍子ちゃんはそのまま、何かに耐えるようにレッスン室から飛び出していった。
そして残るのは、なんともいえない沈黙。
藍子ちゃんが抜けて、三人でレッスン……なんて、できる訳ないよね。
トレーナーさんも何も言ってこないし。
多分、継続してレッスンなんてしない。
だから


「んー、流石にちょっと言い過ぎじゃないかな?」
「そうかしら?」
「多分、そうだよ……だから、私いってくるね」
「……お願いできるかな?」
「勿論……私はあの子の友達なんだから!」

私も、トレーナーさんに一言言って。
藍子ちゃんを追うように、レッスン室を飛び出した。


だって、藍子ちゃんは大切な友達で。



そんな友達が辛い時、一緒に、いたいもの。



それが、友達ってものだよ?












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


145 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:31:02 X2HFlGLo0









「ひくっ……ぅぅ……あぅ……ぅぅ」


そうして独り、藍子ちゃんは泣いていた。
居る場所は解り切っていった。
屋上の、隅っこで。
私が置いた花のプランターが有る場所で、膝を抱えて泣いている。
彼女は、よくそこに居たから。
辛い時、悲しい時。
誰かに見られたくない時、彼女はそこに居たんだ。
いつもはそっとしていた。
だって、立ち入られたくない時は、誰にだって有る。
私にも、藍子ちゃんにも、皆、皆。
…………ううん、そうやって逃げていた。
どう、踏み込んでいいか解らなかったから。
でも、今回だけは、違う。
本当に、辛い時、哀しい時は、傍に居てあげる。
それが出来るのは、友達というものだから。


「藍子ちゃん」
「………………えっ?」
「やっ」
「レッスンは……?……どうして?」
「サボっちゃった」
「だ、ダメだよ、そんなの」
「ダメな事なんて、ないよ。友達が本当に辛い時、傍にいない方が、ダメだよ」

藍子ちゃんは本当に驚きながら、それでも、まだ涙を流していた。
私は静かに、彼女の隣に座った。
でも、私はそれ以上話す事は無い。
今は、言葉なんて要らない。

「……ぅー……あぅ……ひくっ」
「………………」

泣いている藍子ちゃんの傍に居る。
それでよかった。
それだけでよかった。
一緒に、一緒に。

一緒に、居る。


もう独りじゃないって、解ってもらう為に。


藍子ちゃんはとても優しくて、暖かで。
でも、それと同時に、とても臆病だ。
藍子ちゃんがどれだけ崖っぷちだったか、薄々わかっていた。
もう目が無い、引退を薦められる寸前だった事が。
それは、彼女を追い込むには容易だったと思う。
だから、本来の優しさや明るさから程遠い臆病さ、非積極的にさせていた。

最近解ったんだよ。

なんで、この子がアイドルで居られるのか。
私は、こんな子と一緒にアイドルで居るのか。

そんな気持ちと似たようなものを藍子ちゃんが持っていたって事を。

なんで、私はアイドルで居られるのって。
なんで、私は、他の人達とフラワーズで居られるのって。


私が見下していた気持ちと同様に、藍子ちゃんは劣等感を感じていたのを。
それに気付いたらもう、恥ずかしくなった。
自分自身が、ね。
でも同時に哀しくなったんだ。
藍子ちゃんが、そんな事を思っていたなんて。

ちゃんと、言ってほしい。


だって、私達は仲間だから。
独りじゃ……ないでしょう?


146 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:31:39 X2HFlGLo0



「うぅ……ぐす……なんで、夕美ちゃんは傍に居てくれるの?」
「傍に居たいからだよ」
「……ありが……とう……ぐすっ」
「ほーらー……泣くなって……いい子なんだから」

そう言って、藍子ちゃんの髪をわしゃわしゃと撫でる。
プロデューサーと同じように。
そうやって肩も抱きしめた。

どれ位の時間そのままで居ただろうか。

やがて、藍子ちゃんがそっと話し始めた。

「解ってたんだ。あぁ、私が足引っ張ってるって」
「……」
「でも、どうしたらいいか、本当に解らない。頑張ってる。頑張ってたつもりだったんだよ」
「うん」
「けど、どれも皆には足りない。一歩、一歩足りないのを感じて。けど、じゃあどうするって……頑張るしかなかった」
「そっか」
「でも、それじゃあ……ダメで。本当にもう解らなくなって。『諦めない』事しか思いつかなくて……私ね、昔にもユニット組む話があったんだ」
「……そうなんだ」

それは、本当に初めてきいた話だった。
きっと前のプロデューサーの時のことなんだろう。
私はそっと耳を傾けた。

「諦めずに頑張ろうって、メンバーになる子に言った。そしたらね、『貴方の強さを押し付けないで』って」
「『強さ』……かぁ」
「辛かったなぁ……アイドルを諦めないことが私の強さだというなら……私って、なんなんだろうって」
「……」
「それを意識したらもう、頑張るしかない。それしか思いつかなくて、どうすればいい?といわれたら、笑うしか出来なかった。教えられた笑顔で」


それが、藍子ちゃんのあの笑みの意味。
必死に、必死に頑張った末の笑顔なんだ。
アイドルである事を諦めないのが藍子ちゃんなら、きっとそれはもう、何時までも前を向くしかないんだろう。
たとえ辛くても、苦しくても、何時までも。

でも、そんなの、本当の強さじゃない。
きっと自然に、そう何処までも自然に。
そのままでアイドルで居て、前を向いている。
そうでなきゃ、意味が無いもの。


「解らないまま、笑って。そうやって乗り越えようとして……でも結局ダメだったね……私……何も変わってないや……あはは……」

そうやって、薄く笑って、声さえ冷たくて。
その瞳からまた涙が出てきて。
でも、藍子ちゃん。

それじゃ、そのままじゃ、ダメなんだよ。


ねぇ、藍子ちゃん。


「藍子ちゃんはさぁ、なんで『アイドル』になろうと思ったの?」
「えっ」
「教えて欲しいな?」
「アイドルに……って」
「私はさぁ……楽しいんだっ! こう、踊ったり、歌ったりして居ることが!」


私は、楽しくて。
歌って、踊って、ファンと触れ合って。
そうする事が、楽しいっ。
だから、今でもアイドルでいる。
フラワーズとして、此処に居る。


147 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:32:08 X2HFlGLo0

「藍子ちゃんは……?」
「私は……」
「言ってみようっ。貴方の想いを。 貴方の心の花を、聞かせて欲しいなっ!」

想いが大きすぎたら、きっと苦しいから。
だから、聞かせて欲しい。
独りで抱え込むより、きっといいはずだから。


「えっと……えっとね……」


つんつんと藍子ちゃんは指を突き始めて。
いじじと、でも恥ずかしそうに、初々しく。
彼女の最初の心の種を教えてくれようとしている。


「私はね……」
「うんうん」

私はワクワクしながら、その理由を聞こうとして。


「ファンの皆が微笑んでくれるような……皆が優しい気持ちになってくれるように……」





――――そこにあったのは、日向のような笑顔の花でした。





「そんな――――アイドルになりたいなぁ」





作りモノでもなんでもない、本来の高森藍子が持つ、純粋な。





「そんなアイドルになりたくて……私は、アイドルになりたい!……なんてっ……えへへ」




アイドル、そのものだった。





――――凄い。凄い。凄い!



これが、高森藍子の花なんだ!



優しくて、温かくて。楽しそうで、何時までもあたっていたい日向。



そんな、希望の塊みたいな笑顔。



歌とか、踊りとか、容姿とか、もうそんなもの関係ない。



何よりも、人を惹き付ける、



これが――――『アイドル』


148 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:33:02 X2HFlGLo0
だって、だって、だって!



「…………ごい」
「……どうしたの?」
「凄い、凄いよ! 藍子ちゃん!」
「ええっ」



私が、藍子ちゃんに魅入られたんだから。
私が、藍子ちゃんのファンになっちゃったんだから。


顔を紅くして、私は藍子ちゃんの手を取る。
そのまま、ぶんぶん振る。


理屈じゃない、ただ心の底から、彼女に惹かれた。


彼女の……『アイドル』に!


「なれるよ!……ううん、なろうよ!」
「な、なれるかな?」
「なれるよ! だって、藍子ちゃんの笑顔、凄い素敵。 凄い可愛い!」
「……本当?」
「うん! だから、笑おう? 貴方のありのままの姿で!」



藍子ちゃんのこの笑顔が好き。
優しい日向のような笑顔。


だから、そのまんまで笑えばいいんだよ!


「でも、それで今まで出来なくて」
「大丈夫だよ!」
「どうして……?」
「私が、傍に居るから、皆が傍に居るから!」


私が、私達が!


沢山の花が!


「私達は、フラワーズだよ! 色んな花が、一緒に咲き誇る事ができるんだよ!」


だから、もう



「――もうひとりじゃないよ」



貴方は独りじゃないから。


私も、友紀ちゃんも、美羽ちゃんも!



みんな



「藍子ちゃんが、大好きだから……!」




フラワーズはそうやって、花を輝かせるんだ。


149 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:33:28 X2HFlGLo0




「辛い時も、哀しい時も一緒にいよう……ううん、楽しい時も、嬉しいときも、会いたいときも、ずっと一緒にいよう、一緒にいればいいじゃない!」



ずっと、一緒に。
そうやって、笑っていこうよ。
藍子ちゃんの笑顔、素敵だよ。



「だから、なろう? いっしょに!」


私は、そう強く手を握って、言った。
本心からの言葉でした。

藍子ちゃんはきょとんとした顔しながら、でも笑った。


それは、作り笑顔じゃない、あの本来の笑顔だった。



「……うん! 私、アイドルで居たい! 笑っていたいから……皆と!」
「うん! それでいいんだよ」
「ありがとう、夕美ちゃん……私……嬉しくて……ひとりじゃ……なくて……よかっ……た」
「ほーらー……泣くなって、笑顔が台無しだよ!」
「皆の前で泣くのはこれが、最後だよ!」
「言ったなー、ふふっ♪」


くしゃくしゃと彼女の頭を撫でた。



それは、哀しみの涙じゃない、嬉しい涙で。



その先に有る笑顔は、やっぱり素敵でした。





「あー藍子ちゃんたち此処に居たんだ!」
「友紀ちゃん! 美羽ちゃん!」
「心配したよー!……でも、大丈夫そうだね」
「心配かけて御免ね、でも、もう大丈夫!」
「そう、じゃあ、私達も言うね!」


私達を追ってきた友紀ちゃんと美羽ちゃんは笑って。




「「藍子ちゃんはひとりじゃないよ!」」





そう言ってくれた。
藍子ちゃんは笑って。


150 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:33:46 X2HFlGLo0



「うん、ありがとう!」




うん――――私。




フラワーズというグループの一員に、花にになれて。





――――本当に、よかった!







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「……これでいいんですよね。プロデューサーさん」
「ああ、面倒な役をやらして、申し訳ないな。トレーナーさんにも今度何か奢るから」
「わざわざ憎まれ役かってきつい言葉かけて……まぁ、いいですけれど」
「はは……まぁ、これで藍子もきっと」
「……そこまで彼女にかける理由をそろそろ、私にも教えてくれませんか?」
「ちひろさん、いつもそれを知りたがってますよね」
「ええ、なんで彼女を見出したか気になってるので」

「……色々あったんだよ」
「色々ねぇ?」
「……まあ、あの時、俺はあの子の、あの子の「輝くもの」を見つけたんだ」
「藍子ちゃんの……?」
「それは、もう素晴らしいくらいの……けど、あの時の俺はそれを導く事が出来なくて」
「何時頃の話です?」
「内緒。それで、またあの子を見つけて……でも、その時はあの子はそれを失くしていた」
「……なるほど」


「だから、俺はあの子の大切なものを取り戻させて、そして、皆と一緒に、きっと、何処までもいける」



「あの子だけじゃない、夕美も友紀も、美羽もそうだと……」




「俺は信じているよ」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


151 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:35:15 X2HFlGLo0










雨がやんで。
星が輝いていた。


そして、私は昔のことを思い出していた。


藍子ちゃんのこと。
大切な友達のことを。




「そうだ、簡単な事だよね」




あの時約束したんだ。
私は、私達は。



「もう、独りじゃないって」




辛い時も哀しい時も、独りじゃないって。
皆で一緒にいようって。


言ったじゃない、私は。


うん。


だから、もう答えなんて決まってるんだ。
だから、いう事なんてもう決まっていたんだ。



「藍子ちゃん、元気かな? 笑えてるかな? 笑えてるといいな」


いつもの通り、私は話そう。
色んな感情を押し込んで。
絶望すらも飲み込んで。
励まして。
笑って。

友達の傍で。

もう独りじゃないって。


一緒に話してよう。



「うん、そうしよっか」



だって、私達は




「友達だから」


152 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:35:40 X2HFlGLo0





例え、私は絶望の底にいて、仲間はずれだとしても。


愛も希望も夢も無くても。




私は、高森藍子の親友なんだから。





例え、私が絶望でも、彼女は希望だ。



ねぇ、藍子ちゃん。


決めたよ。



私は千川ちひろの思惑になんか乗らない。


私は、私の思いを貫く。



「元気で、話そう。 いろんなこと、 ふふっ楽しみだな♪」




いつまでも、一緒に。




笑ってようね。





星が花のように、咲き誇るように輝いていた。



それは、まるで。




あの時二人で肩で寄せ合った時と一緒で。





きっと、あの時から、ずっと、私は。





彼女の事が大好きだったんだ。


153 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:36:17 X2HFlGLo0




【G-7 大きい方の島/一日目 深夜】

【相葉夕美】
【装備:ライフジャケット】
【所持品:基本支給品一式、双眼鏡、ゴムボート、空気ポンプ、オールx2本
       支給品の食料(乾パン一袋、金平糖少量、とりめしの缶詰(大)、缶切り、箸、水のボトル500ml.x3本(少量消費))
       固形燃料(微量消費)、マッチ4本、水のボトル2l.x1本、
       救命バック(救急箱、包帯、絆創膏、消毒液、針と糸、ビタミンなどサプリメント各種、胃腸薬や熱さましなどの薬)
       釣竿、釣り用の餌、自作したナイフっぽいもの、ビニール、傘の骨、ブリキのバケツ(焚き火)、アカガイ(まだまだある?)】
【状態:『絶望(?)』】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ。万が一最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する。
 0:藍子ちゃんのことはやっぱり好きだ。
 1:だから、彼女を励ます。いつも通りはなす。思惑には乗らない。
 2:サバイバル――――――


154 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:36:57 X2HFlGLo0








――――いい話でしたね……で、終わらせると思ってるんですか?







――――終わらせる訳……無いですよ?









『   着信者    千川ちひろ   』


155 : もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E :2014/06/12(木) 00:38:07 X2HFlGLo0
前半パート投下終了です。
後半パート、明日(金曜)までに投下予定です。
待たせた挙句、またお待たせすることになりますが、よろしくお願いします。


156 : 名無しさん :2014/06/12(木) 02:17:01 R3703ywQ0
ウッヒョー超久しぶりの更新。ちゃんと完結まで行けるといいなー


157 : 名無しさん :2014/06/12(木) 02:50:39 T/afIHEc0
久々に来たら投下来てた
乙です


158 : 名無しさん :2014/06/12(木) 14:32:57 mC1nLQK6O
投下乙です。


159 : <削除> :<削除>
<削除>


160 : ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:48:13 tBHdLyZA0
告知したなのに、遅れて申し訳ありません。
後編投下します。


161 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:50:55 tBHdLyZA0






――――Lony my love Lony my heart  見つめて もっと私を ここにいる私





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


162 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:51:29 tBHdLyZA0




「ねぇねぇあいさん!」
「なんだい? 薫」
「次のお仕事まで、ひまだから、あいさんのお話聞きたいな!」
「ふむ、じゃあ、前話した『メイドウサミン(×7歳)の愉快な喫茶店の事件簿』の続きでもしようか?」
「んー……その話はいいや」
「じゃあ、『伝説の歌手KIVAの武勇伝』とか?」
「んー、おとぎ話とかないかなぁ?」
「これも十分おとぎ話なきもするが……ふむ、さて何かないかな……そういえば、前此処に絵本があったな……あったあったこれだ」
「あ、それがいい!」
「『タンポポ姫のお話』か。さて、じゃあ読んでみようか」
「わーい!」




昔々、あるところにタンポポのお姫様がいました。
お姫様はお姫様らしからぬ素朴で優しい人柄の女の子でした。
その素朴な優しさはたくさんの人に好かれましたが、一方でお姫様らしくないといわれていたのでした。
そのお姫様の素朴さを愛した姫もいました。
その姫はアネモネのお姫様で、タンポポのお姫様の友人です。
タンポポのお姫様を誰よりも理解して、彼女の人柄を愛し続けました。
二人はいつまでも友達でした。


しかし、ある時、タンポポのお姫様の国で、とても哀しいことがありました。
哀しい哀しい出来事に、国民は哀しみに沈みました。
その中で、国民はタンポポ姫の優しさに、癒されたのです。
素朴な優しさに希望を見出し、お姫様の才能は開花したのでした。

その優しさは、天性の才能で、哀しみを癒し続けました。


また、その才能に、目をつけた人がいました。
それは国の女大臣で、彼女を最高の希望だと位置づけました。
また、婚約者を失った林檎の姫様も、彼女を最高の希望だと思いました。


そうして、タンポポ姫は、名実共に、最高の希望の姫様と呼ばれたのです。


けれど、それに対してアネモネの姫は――――




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


163 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:52:19 tBHdLyZA0





「ふーっ、寒いね……小雪もちらついてるし」

今日は久々のオフの日だった。
私――相葉夕美がフラワーズに入って、オフをとるのも大変になったのです。
今、私のスケジュールは時間刻みで予定が入っているぐらいびっしりで。
でもそれは名実共にフラワーズが凄い人気であることを証明していて。
大変だけど、とても嬉しくあるんだね。
一日纏まっての休みは本当久々で。
そんな貴重なオフの日なのに。
小雪がちらつくほど寒い日なのに。
私が向かう先はいつもの事務所だった。
別に働きたくて事務所に向かう訳じゃない。
いや、アイドルは本当楽しいけどねっ。

私が向かうのは、そこに逢いたい人がいるから。
私達が休みでも、そこで私達の為に働いている人がいるから。
そんな人に沢山の感謝をこめて……そして、大切な想いを篭めて。
渡したいものが、あるからなのです。
小雪がちらつくぐらい寒い冬の日。
二月にある、大好きな人に、かけがえのない想いを、お菓子に篭めて渡す日。
そんな大切な日が、今日なのでした。

勿論……私も作っておいた。
買ってもよかったのだけど、それじゃ……あの子に負けてしまう気がなんとなくしたから。
仕事終わりの時間を利用しながら、頑張って。
花の形した沢山のチョコレートを、大好きな花と一緒に。
きっとあの人は、花言葉なんて知っているわけがないけど。
でも、そこに篭められた言葉は、純粋な想い。
愛の告白……なんて。
直接言えないのにね。
……だから、こう勝てないのかな。

…………気持ちで負けちゃしょうがないねっ。


「うー寒い寒い、早く行こう」

そんな重たい感情を引きずりながら、私はかんかんと事務所の階段を上っていく。
変装も踏まえて、大分厚着をしていた。
冬場はコートと帽子、マフラーぐらいだけで案外ばれないものだから。
それでも、寒いものは寒い。
だから、足早に階段を上って、事務所に到着っ。


「おはよーございまーす」
「あら、夕美ちゃん……休みじゃ……っていうのは、愚問よね」
「そーいうことだよっ。ちひろさん、プロデューサーさんは?」
「いますよ、藍子ちゃんと今一緒です」
「……そうなんだ」

挨拶と共に温かい事務所へ。
いつものようにちひろさんがお出迎えで、何故来たのかもわかってた。
まぁ、女性なら、わかるだろうしね。
そして逢いたい人も居た。
大切な親友……今、会いたくなかった人と一緒に。


164 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:52:50 tBHdLyZA0

「お茶飲みながら、休憩してるようですよ。いったらどうです?」
「うーん……いいかな」
「そう」

ちひろさんに促されるも、いかない、いけない。
行く勇気がなかった。
けれど、何を話してるのか、気になって。
結局、彼女たちには気づかれないけど、見える位置で、私は待っていた。
本当に臆病だった、臆病でしかなかった。

「ほら、この子猫、可愛いでしょう、さっき歩いてたら欠伸をしてたところを、ぱしゃりって」
「なんか間抜け面だなぁ」
「それが可愛いんですよう、わからないですか?」
「まぁ、猫は可愛いけどな」
「はい、猫さんは可愛いです」

いつのものような、ゆるっとふわっとした会話だった。
でも、それは誰にも入れない二人の会話で。
もう、それは特別の空間で。
二人だけ、そう藍子ちゃんとプロデューサーの空間だった。


「えへへ……そうだ、猫といえば猫さんカフェ、春菜ちゃんから教えてもらったんです。今度一緒に行きませんか?」
「お、いいな。行ってみようか」
「はい、今度のオフにでも行きましょう」

そうやって、自然に誘える。
私にはできないことをさらっと彼女はやってしまう。
私ならきっと遠慮して、誘いたいのに誘えない。
なんだろう、これ。
こんなこと、感じたくないのに。
感じてしまう。

「それで藍子」
「はい?」
「今日は、どうしたんだ? 折角のオフに」
「あっ……えへへ、目的忘れてました」
「おいおい」
「そ、それですね」

藍子ちゃんは顔を真っ赤にして。
照れながらも、楽しそうに笑って。
あぁ、本当にあの人が好きなんだな。
藍子ちゃんは、心の、心の底から。


「はいっ。ハッピーバレンタイン! いつもありがとうございます」
「……おおう、今日はそんな日だったか」
「そうですよ……だから、直接渡したかったんです」
「……ありがとうな」
「はい……『特別』なチョコレートだから、きちんとお渡ししたかったんです」
「そっか……食べてもいいか?」
「勿論ですっ!」


その特別が、恋愛感情なのぐらい、誰にだってわかる。
そんな顔を赤くして、目を潤ませて。
幸せそうなのをみて、違うという人なんて。
誰も居ない。
あの人は気づいてないけど。


「甘いな……うん、美味しい」
「よかった」
「相変わらず、上手だなぁ」
「ありがとうございます」


あぁ、いいなぁ。
羨ましい。
幸せそうで。


「甘いものを口にすると、少しだけ幸せな気持ちになれますから、私のチョコで貴方が、幸せになってくれたいいな……」
「あぁ、十分幸せだよ」
「そうですか?」
「そうだよ、藍子と一緒にいれてよかった」
「……私もです。 うん、本当に」




――――あぁ……私は、この中に入れない。



この、二人の空間に。
この幸せな時間に、私が入ることなんて、無理だ。
私が、あの人と話して、あの人をこんな風に笑わすことなんてできない。
藍子ちゃんのようになれない。
やっぱ二人の関係は特別に見えて。


165 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:53:10 tBHdLyZA0



「――っ」


私は思いっきり唇をかんで。
そして、逃げるようにその場から去った。
持っていたチョコレートは、あの人の机の上において。
会って渡すことなんて、もうできない。


「ちひろさん、あの人が出たタイミングで、夕美が来て置いていったと言っておいて」
「いいですけど……貴方はそれでいいの?」
「いいですよ、だって……私には、今笑って渡せる自信がないよ」
「そう……ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「何?」
「貴方は藍子ちゃんの恋愛感情を知ってるけど……貴方の恋愛感情を、藍子ちゃんは知ってるの?」
「知らないよ。絶対。教えないし、気づかせないようにしてるから」
「なんで?」
「そのほうがいいから」

藍子ちゃんは知らない。
知ってほしくない。
知ってしまうと、彼女は遠慮したり引いたりしそうだから。
だから、絶対教えない。


「そう」
「じゃあ、また明日。お疲れ様」
「……わかったわ、お疲れ様」
「うん、よろしく」



そうやって、私は逃げるように事務所から去った。





「そうやって、逃げてるようじゃ、絶対勝てないし……かなわないんじゃないかしら。ちゃんと伝えなきゃ……誰にも伝わらないわよ……ねぇ、アネモネの花」





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


166 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:53:47 tBHdLyZA0






そうやって逃げて。
私は街のコーヒーショップに入った。
とびきり濃い暖かいカフェオレを頼んで。
ただ、行き交う人を眺めていた。
なんとなく、そうする時間が必要だった。

孤独の恋心を癒すために。
……なんて。
そもそも盤上にも立ってないかもだけどね。

「はぁ……」

ため息をつく。
思わず涙もちょっと出そうになる。
そんなセンチメンタルに、今は浸っていたい。



「で、どっち買うんだ?」
「う、うーん」
「両方買えばいいじゃん」
「バイト代入ったらそうするよ! 今はまずひとつ……どっちにしよう」

そんな気分の時は、自然と声が耳に入るもので。
すぐ前の、CDショップの店頭で、悩んでる男子高校生二人。
悩んでるのは……私達のCDで、カバーアルバムのやつだった。
相変わらず好調で、今もランキングに入っている。
そのCDで、藍子ちゃんのと、私の。
どっちか買うか悩んでいるようで、私はそっと聞き耳を立てた。


「……うーん」
「早く決めろよ」
「……わかった。藍子ちゃんのにする」
「夕美ちゃんのにしないのか? 歌そっちの方がいいじゃん」
「わかるけどさあ、なんか藍子ちゃんの方がほっとするんだよ」
「それはわかるなぁ……確かにずっと聞いていたいのは、そっちかも」
「でしょー。歌うまいじゃない、なんか他のがあるんだ」



そういって、藍子ちゃんのCDを選んだ。
……うん、実際藍子ちゃんの方が売れている。
評価は私の方が高いみたいだけど……そんなの関係ない。
今、聞こえてきた会話が答えのようなもんだ。
ずっと聞いていたい、なんて羨ましい評価だ。

歌が上手い……なんて、一杯いるんだよ。
アイドルの歌として、ずっと聞きたいとか言われる方が凄いと思う。
実際、今買われていった。
それが答えだ。

本当、もう、それが、高森藍子のアイドルだ。


限りなく開花した、彼女の才能。



凄い、凄いよ。



「はぁ…………」


ため息が、涙が、止まらない。




「かなわないのかなぁ……やっぱり」



敵うなのか。
叶うなのか。
両方なのか。


私にはわからないけど……、ため息だけは……とまらなくて。




ただ、いろんな感情が、カフェオレのように、濁って、混ざって。




溶け合っていった。


167 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:54:42 tBHdLyZA0







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「きたっ……!」

予期していたことだった。
藍子ちゃんと電話させるにあたって、千川ちひろからアクションが来ること自体が。
だから、当然身構えていた。

きっと、私を揺さぶるだろう。
それが、彼女の望みなのだから。
私と藍子ちゃんの会話で、藍子ちゃんが悲しみに染まるのをみたいのだろうから。


いやだ、そんなことさせるものか。
だから、私は負けない、負けたくない。
震える手でそっと、通話ボタンをおして、会話をつなげる。


「もしもし」
『もしもし、お久しぶりですね。元気にしてましたか?』
「こんな島に放置して、元気だと思う?」
『それもそうね、実際ボートで渡るの大変だったでしょ?』
「そう思うなら、空気いれぐらい用意してほしかったかなっ!」

なんて、つまらない腹の探りあい。
さっさと本題に入ってほしい。


『ええ、善処します……さて、本題ですが』
「藍子ちゃんとの通話?」
『はい、させますよ』
「そう、どういう風の吹き回し?」
『その方が、面白いから』

くすくすとちひろさんは笑った。
心底、気持ち悪い。

「私は普通に話すだけだけどねっ」
『まぁ、そうでしょうね』
「だって、その方が藍子ちゃんにとっていいもの」
『貴方なら、そういうでしょうね』
「ええ……ねぇ、ちひろさん」

もう、早くこの通話を終わらせたい。
だから、私は、考えていたものを、早々に仕掛けることにする。


168 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:55:18 tBHdLyZA0



「貴方、この殺し合いで『何を作り出すつもり?』」
『……へぇ』
「この哀しみしか、生まない状況で、貴方がやろうとしていたことを考えていた」
『それで、解ったんですか?」
「哀しみを、希望を、夢を、恋を利用して……貴方、アイドルに対して、何か働けかけてる」
『へぇ……』
「それは、まるで高みをあげるように」


ねぇ、ちひろさん。



「『アイドル』を、貴方、どうするつもり……ううん、どう『担ぎ上げるつもり』?」
「…………そこまで、解ったのかしら?」
「貴方は変わった。その変化を思い出した時、やっぱり思い出すのは――」
「思い出すのは?」
「あの哀しみしかなかった大災害。 この災害を経て、貴方は変わった……アイドルに何かを求めている」


あの哀しみしかなかった大災害で。
千川ちひろはまるで、何かにとらわれるようにアイドルに求めている。
それは一種の冷たさ、厳しさを感じるように。


「そして、その中で、藍子ちゃんは、輝き始めた。びっくりするくらい、加速するように」
『……そうですね』
「それは、災害と……今回の殺し合いと無関係ではないはず」
『……よく、考えましたね』
「ねぇ、何をするつもり?……解らないけど……でも」



でも、これだけは、絶対にさせない。



「藍子ちゃんだけは、貴方の思い通りにさせるものか」



これだけを胸に秘めて。



藍子ちゃんを、利用させないと。



「藍子ちゃんは、貴方のおもちゃじゃない」



だって。



「私は藍子ちゃんの友達だから……護ってみせる」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


169 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:55:38 tBHdLyZA0







ふふふっ、相葉夕美はやはり聡明だ。
よく、そこまで、考えましたね。
私の目的を考えつくして。
そこをついて、自分の心を護ろうとする。
藍子ちゃんを護るために。



けどね――――まだまだ甘いですよ。


ひとつ教えてあげましょう。



情報も、立場も、何もかも上の人間に立ち向かう時、交渉する時は、自分から攻め込んじゃだめですよ?
自分の攻めるカードが少ないの露呈させて、相手がどう攻めれば、有効か丸裸にさせてしまうようなもんですから。
ねぇ、それ以上に、私を攻めるカードないですよね?



じゃあ――――








「ふふっ……あははっ……ねぇ、相葉夕美ちゃん。これ以上――――」






私の勝ちだ。




「『高森藍子の親友』ぶるの止めません? 茶番は飽きましたよ?」








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


170 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:57:29 tBHdLyZA0








「…………何を、いってるのかな?」
『何をって、事実を』
「妄想だよ、そんなの」
『妄想じゃないですよ、ちゃんと知った上での事実ですよ』


この女は、何を言ってるのだろう。
私は藍子ちゃんの親友だ。
それは事実だもの。


『貴方は友情の花じゃない、激しい恋愛の花……そう、まるでアネモネの花のようね』
「それが、どうしたのかな」
『プロデューサーの恋に揺れて、今も心が壊れそうな癖に、よく知らばくれってますね』
「たとえ、そうだとしても、別にそれでいいもの」
『藍子ちゃんに取られそうなのに?』
「……っ?! それでも……だよ」

それが、ばれてることぐらい承知の上だ。
私は気を強くする。


『それだけじゃない。貴方は、高森藍子に勝てない』
「何に?」
『全てに。アイドルとしての才能も、恋も、全部ぜーーーんぶ、高森藍子に、横取りされちゃうものね』
「……そんなことないよ?」
『そんなことありますよ。貴方の才能じゃ、貴方の実力じゃ、誰も彼も希望にできない」


うるさいな、この人。
こんな私をいらだてさせて、なんになる。


『高森藍子は、あの大災害以降、才能を開花させました。爆発的に。悲しみを癒す陽だまりの花を』
「……無理やりね」
『無理やり? あの子の才能を、時代が求めただけですよ」
「違う! そうやって、哀しみによって、無理やり引き出して! 藍子ちゃんの才能はそんなんじゃない!」
『じゃあ、どんなものだというの?』
「藍子ちゃんの才能は、本来、そっと寄り添うように、時間をかけて、ゆっくりゆっくり寄り添うように、花開かせるものだったのに!」
『でも、今、実際、あの子はいろんな人の希望ですよ』
「無理やり引き出してね!」
『ふーん。そうやって、コンプレックスを癒しますか、貴方は』


何を……言ってるの。
この人は。
藍子ちゃんは、実際、こんな出来事で、無理やり引き出す才能じゃなかったんだ。
あの子の才能は、本来もっと、身近で、ゆっくり開花させるもの。
そうでしょう?
私のコンプレックスなんか、関係ない。


171 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:58:03 tBHdLyZA0

『悔しいでしょう? 見下してた相手に、全然勝てなくなるのは。どう考えても、歯が立たなくなったのは、貴方のプライドを傷つけるでしょ?』
「そんなことない……フラワーズは、皆で花開くんだ、一緒に」
『藍子ちゃんの才能は、無理やり開花させたものだといった癖に。そう言えば、自尊心が傷つきませんからね」
「いい加減にしないかな?」

見下してた。
けど、それは昔の話。
歯が立たないなんて、思わない。思いたくない。
私は、あきらめない。


けど、こんな話、いい加減うんざりだ。


『そうね、私もうんざり。だから、その『高森藍子の親友』ぶるの止めましょうよ?』
「だからそんなんじゃ……」
『貴方が絶望した理由、話してて、考えてて、解りました』
「っ?!」
『そして、貴方が、この島で、隔離した理由を教えてあげましょうか?』




それは、まるで、何かが、崩れる、音、でした。





『――――――答えは『相葉夕美が、高森藍子を殺しに行くだろうから』ですよ』





………………えっ。




なんだ、なんだ、それは、そんなの?



えっ?



『相葉夕美は、高森藍子に、限りなく嫉妬している。
 才能も、恋も、アイドルとして、かなわないこと知っているから。
 同時に羨望している。
 才能も、恋も、アイドルとして、羨ましいと思っている。
 そして、コンプレックスを持っている。
 才能も、恋も、アイドルとして、やっぱり勝てないから』




うるさい。

やめて。

やめてよ。


そうだよ、そうだけど。



それ以上、言うのやめてよ。


172 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 22:59:17 tBHdLyZA0





『だから、殺せると、解ったら、きっと、貴方、藍子ちゃん殺すでしょうね。殺したくて、たまらないでしょうね。だって邪魔でしょ?
 恋を叶えるなら、彼女が居なきゃ恋が叶う。幸せになれるものね。
 才能が敵わないなら、彼女がいなきゃ、貴方の才能に叶う人いませんものね。
 アイドルがかなわないなら、彼女がいなきゃ、ぜんぶうまくいく。
 ほら、殺せば、解決する』



ちがう。
ちがう。
そんな風に考えてない。


考えてなかった。


『だから、貴方は隔離するしかなかった。高森藍子は『希望』ですからね。簡単に死なれては困る。相葉夕美なら、高森藍子を騙して殺すことくらい、簡単ですもの』



私が藍子ちゃんを殺す?
そんな、そんな馬鹿な。



「親友を殺すこと……なんて、できるわけないでしょ……?」
『実際、五十嵐響子は、ナターリアを殺しましたよ。どんな風に殺したか、懇切丁寧に教えてあげましょうか?』
「えっ……」
『その程度なんですよ。実際、殺し合いという場にでれば、親友だって、邪魔だったら、殺す。そういう話です』
「……だからって、私が……」
『『絶望』して、高森藍子はおろか、全員すら巻き込んで殺そうとした人間でしょ、貴方』
「……っぁ」


そうだ、私の『絶望』はそういうものだった。
だから、みんな、きれいなまま死ねばいいって。
生き残っていみもない。
だから、ぜんいんで、しねば。


……あれ



あれ……?



それって……それって。



『そう、貴方は、そもそも殺すことに抵抗がない。だから、きっと、『高森藍子を殺して生き残ろうとする』それが、結論ですよ」




あぁ……あぁ



「あぁ……あぁあああああああああああああ!?」
『だから、貴方は『高森藍子の親友』じゃない。醜い嫉妬とコンプレックスにつぶれた、ただの浅ましいひと』
「ちがう、ちがう……私はフラワーズの、高森藍子の親友……フラワーズの相葉夕美だよ!」
『そうやって、慰めるならそれでいいけど。ねぇ、貴方が言ったフラワーズどうなったか、聞きたい?』


私は、フラワーズの月見草。
私は、高森藍子の親友。


そうだよね?
藍子ちゃん。


そうだといってよ。


173 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 23:00:15 tBHdLyZA0




『姫川友紀は、此方の誘いに乗って、人を殺しましたよ。今もなお、殺そうとしている。そう、貴方たちを護るためにね』


えっ……友紀ちゃんが。

そんな馬鹿な。


うそだ

『矢口美羽は今も迷って、そして、高森藍子は…………私たちが……』
『藍子ちゃんに何をした!? 言ってよ!』
『いわなーい。ふふっ、本人から聞けばいいじゃないですか?」



聞く?
そうか、今は、藍子ちゃんと話すって。

でも、それを


「こんな状態で、私が、選ぶと思う?」
『選びますよ。だって、どうであれ、貴方は高森藍子に縋ってる』
「…………」
『話したくてたまらない。どんな感情であれ、話したい。あの子と』
「それは……」
『貴方は、忘れられたくないんでしょ? 置いていかれたくないんでしょ? 見つめてほしいんでしょ。 高森藍子に』

忘れられたくない?
置いていかれたくない?


「貴方が、絶望した理由でもあるでしょ。高森藍子は才能が開花して、どんどん先に行く』
「……」
「それは、きっとフラワーズも、相葉夕美を超えていく」
「……うあ」
『貴方が死んでも、きっとね。それがいやだから。忘れてほしくないから、置いていかれたくないから』


それが、『絶望』の本当の理由。


間違っては居なかった。




『だから、貴方は絶対、高森藍子と話しますよ』




確信めいた言葉だった。




『どんな感情であれね。貴方と話せてよかったです。じゃあ、話せるようにしておくので、この時間帯のうちにしておいてくださいね』




そうやって通話が切れる。





『さよなら、アネモネの花。 貴方はアネモネの花言葉通りになるのかしら?』


174 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 23:01:30 tBHdLyZA0




あぁ。


今、私の心はどうなってるのだろう?



私の心なのに、わからない。




通話のボタンを縋るように押す。



コールの音が聞こえて。




やっぱり、このまま、話すのはいやだと通話をきる。


それでも、まだ、通話できる。





私は、高森藍子の親友だったのだろうか?





ねぇ、わたしは、なんだったの?




孤独の恋心を抱えて。
孤独の心を抱えて。





解らなくて。



何もかも言いたくて、
何もかも聞きたくて。





私はもう一度、通話をして。




それが、破滅への一歩でも。







私は、高森藍子と話がしたい。


175 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 23:01:49 tBHdLyZA0

【G-7 大きい方の島/一日目 深夜】

【相葉夕美】
【装備:ライフジャケット】
【所持品:基本支給品一式、双眼鏡、ゴムボート、空気ポンプ、オールx2本
       支給品の食料(乾パン一袋、金平糖少量、とりめしの缶詰(大)、缶切り、箸、水のボトル500ml.x3本(少量消費))
       固形燃料(微量消費)、マッチ4本、水のボトル2l.x1本、
       救命バック(救急箱、包帯、絆創膏、消毒液、針と糸、ビタミンなどサプリメント各種、胃腸薬や熱さましなどの薬)
       釣竿、釣り用の餌、自作したナイフっぽいもの、ビニール、傘の骨、ブリキのバケツ(焚き火)、アカガイ(まだまだある?)】
【状態:『絶望(?)』】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ。万が一最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する。
 0:??????????????????????????






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


176 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 23:03:19 tBHdLyZA0
「本当に、そんな理由で配置したんですか?」
「そんな訳ないじゃないですか。そもそもあの子が絶望したのは、想定外だったんですから」
「でも五十嵐響子は……」
「あの子は迅速果断の子ですよ? そういう決断できる子なんて少ないですよ」

千川ちひろはオペレーターと、話している。
それは、相葉夕美が配置された本当の理由だ。


「まぁ、あの子を追い詰める為に利用しただけですよ。あの子が藍子ちゃんを殺せるとは、まぁよくわからない。多分無理でしょうね」
「じゃあなんで……」
「可能性があるなら、指摘する。すると、もう天秤が揺れたら、止まらないように延々と心が揺れる。
 本人が、意識してなくて、それが納得できるものなら、もうそれしか、ないように思うんですよ。交渉の術のひとつですよ」
「怖いですね」
「結果、彼女は揺れに揺れた。想定通りです、彼女の心は複雑極まりなくて、そして、聡明な子」
「そうですね」
「そういう、複雑で聡明な子ほど、御しやすいんですよ、覚えておいた方がいいですよ」
「なんでですか?」
「だって、いろいろ考えてしまうから。頭がいいから、そうやって悩んで苦しんで、決めてしまう。そうして、どんどん畳み掛けられますからね」
「やっぱり恐ろしい……」
「まぁ、それで相葉夕美が配置された理由は……」


夕美が配置された本当の理由。


「『ノアの箱舟』ですよ」
「箱舟?」
「そう。世界を大洪水が襲った時、箱舟に入ったものだけが助かったっていう」
「それが?」
「つまり、殺し合いの中で、隔離という名の箱舟に入れば……死なないでしょ? 此方から殺さない限り」
「なんでそうしたんです?」
「ノアが神から、託されたように……、もし、殺し合いのなかで希望が生まれなかったら……、その為の保険ですよ。フラワーズの才能あふれる子、希望にふさわしい子」
「あぁ……そうすれば、最悪大丈夫と」
「そういうことです。彼女が、一番才能的にも、問題なかった。そしたら、絶望したけど」
「なるほど……」



さてと、ちひろが言って。


177 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 23:03:41 tBHdLyZA0


「さぁ、ノアの箱舟に居るアネモネの花。アネモネの花言葉は――


『君を愛す』
『真実』
『はかない恋』
『はかない夢』
『薄れ行く希望』
『期待』
『希望』
『信じて待つ』


そして。



『嫉妬の為の無実の犠牲』


この、花言葉には由来となる伝説がありますけど。


別に伝説なんていらないですよね。


花言葉があって。
貴方はこの花言葉に、どんな物語をつけますか?




相葉夕美。アネモネの花よ。



その物語を見せて。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


178 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 23:04:04 tBHdLyZA0








女大臣は、タンポポ姫の希望に目をつけて、それを利用しようとしました。
まるで、タンポポ姫の希望に取り憑かれるように。

林檎の姫様は、タンポポ姫の希望に救済を求めて、彼女に縋りました。
まるで、タンポポ姫の希望しか信じないように。


そして、アネモネの姫は、ただ、タンポポ姫の友達だといいました。
タンポポ姫の希望は、素朴で優しいもので、最高じゃないといって。
嫉妬しながら、それでもタンポポ姫のそばに居ました。
でも、タンポポ姫の希望を、自分の希望に合うように、願い続けました。


そうして、タンポポ姫の希望に取り付かれた姫たちと大臣は、


やがて、それしかみなくなりました。


さて、本当に哀しいのは、だれでしょう?



――なんだ、この童話は……? どっちかというと、道徳の教科書だな」

「なんか、ふしぎなはなしー」
「そうだな、薫。誰が本当に哀しいと思う?」
「うーん…………たぶん、タンポポ姫かなぁ」
「どうしてだい?」
「だって……」



「だれも、タンポポ姫の本当の心を見てないもん」


179 : Anemone heart ◆yX/9K6uV4E :2014/06/18(水) 23:04:38 tBHdLyZA0
投下終了しました。
此のたびは連絡の遅れ&投下そのものが遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。


180 : 名無しさん :2014/06/18(水) 23:29:28 GQiTzYE.0
本編絡みがようやくちょいと進んだねー。完結までまだまだ遠そうだけど


181 : 名無しさん :2014/06/19(木) 14:06:35 d2cGICUkO
投下乙です。

「殺し合いで最高の希望を作り出す」のを目的にしてるちひろには「希望候補を殺し合いに呼ばない」という選択肢は無いんだな。
だから「殺し合いに参加させときながら、隔離する」なんて面倒くさい事をする。


182 : ◆yX/9K6uV4E :2014/06/19(木) 22:06:53 ABhvpAgM0
佐城雪美で予約します。


183 : 名無しさん :2014/06/26(木) 20:30:26 wxa8p9Rk0
あ、投下来てた
投下乙です

ちひろさん、きっついわあ…
そして最後の童話が…


184 : 名無しさん :2014/06/28(土) 22:53:05 8Itn7ot20
ゆきみんはそういえば延長かな
期待


185 : 名無しさん :2014/07/09(水) 04:34:30 QlDS7fSg0
20日


186 : 名無しさん :2014/08/04(月) 21:34:33 BtLtLkcM0
8月か


187 : ◆John.ZZqWo :2014/08/18(月) 23:18:01 tBLpZDQ60
お久しぶりです。
モバマスロワに帰ってきましたよーということで予約しますね。

向井拓海、小早川紗枝、白坂小梅、松永涼、諸星きらり、藤原肇、小関麗奈、古賀小春、神谷奈緒、北条加蓮、渋谷凜、和久井留美 の12人で予約します。


188 : 名無しさん :2014/08/19(火) 00:47:08 I883BGAQ0
きゃあ生存報告!待ってるよー


189 : 名無しさん :2014/08/21(木) 22:18:06 DeNezd8Y0
雪美ちゃんの分もこの勢いで投下されて欲しい


190 : ◆John.ZZqWo :2014/08/25(月) 21:30:28 YKpTBUpc0
どうも。これから投下を……と言いたいのですが、経過報告です。
執筆は進んでいますが、今晩中には間に合わない感じです。申し訳ない。近日中に投下しますので、今もう少しだけお待ちください。


191 : ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:12:44 oHwxQNHA0
大変お待たせしました。これより投下を開始します。


192 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:13:31 oHwxQNHA0
お前たちはもう傷だらけだ。頭の天辺から足の爪先まで痛みと苦しみと悲しみに塗れきっている。
けれど、誰もそれに気づいちゃいない。
気づいてしまえばその痛みに、苦しみに、悲しみに襲われる。そのことを恐怖しているのさ。
本当に、誰も気づいちゃいないのさ。

でも、そろそろ気づかなくちゃいけないんじゃないか?
お前たちが目を逸らしている痛みと苦しみと悲しみは放って置けばいつかはそのまま消えてしまうだろうさ。
けど、それは長い長い灰色の処刑台の階段を上り続けているのと同じなんだぜ?
それもわかっているんだろう?

だったら助けろよ。自分で自分を。痛みと苦しみと悲しみの中に自分を放り込め。それが生きてるってことだ。
賭けてみろよ。でなきゃ、お前ら全員死ぬぜ? 処刑台へとお前を導く連れ添い人はお前自身さ。


あぁ、お前ら死ぬよ。お前たちが思ってるほど猶予は残されていないんだ。


生きてこそ、なんだぜ?





.


193 : 名無しさん :2014/08/28(木) 01:13:35 lFuPSb1Y0
待ってたぴにゃ


194 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:14:10 oHwxQNHA0
 @


薄暗い廊下に足音がふたつ。小さい足音と大きな足音。
大きな足音の主である向井拓海は、小さな足音を立てながら自分の前を歩く小関麗奈の背を見つめながら思考を巡らせる。

「(……なんでだろうな)」

こんな小さくちっぽけな子供の背を今は追い抜けそうな気がしない。先頭はいつだって自分の場所だったというのに。
いつもは事務所でケチなイタズラをしては誰かにお灸を据えられているこいつが、レッスンもさぼりがちで体力もないこいつに、どうしてなのか。
特攻隊長・向井拓海。腕っ節も潜った修羅場の数も違うはずだ。根性比べじゃ事務所のどのアイドルにだって負ける気はしない。……なのに。

思い返し、これまでの何かが間違っていた……のではないと、思う。
けっして最善ではなかったかもしれない。けれど、向井拓海はそれでも自分なりにできることはしてきたつもりだ。多少、日和ったところもないではないが。
そしてなすべきことも解っている。今の仲間を守り、未だ間に合うはずのヤツらを助け出す。その為にこの島中を駆けずり回る。
悔しいことだが、首に嵌っている輪っかの外し方やプロデューサーの監禁場所なんかは見当もつかない。
しかし、それは向井拓海の仕事ではない。それは考えてくれるヤツがいるのだ。仲間にはそれぞれ得意なこととできることがある。

「(……で、アタシは特攻隊長向井拓海サマなんだろ?)」

そうだ。それでいい。なにも変わらない。先頭に立ち、旗を振る。旗を振っているだけ? かまわない。それが特攻隊長の仕事だ。
先の見えない未来にその身を曝し身体を張る。それは特攻隊長にしかできない。それができるヤツのことを特攻隊長と呼ぶ。

「(……ようは、『覚悟』の問題なんだろうな)」

目の前の小さなヤツはこのおっかない世界の中で覚悟を決めている。
どこでその覚悟を決めた? 元々、そんな根性の据わったヤツだったか? いいや、そうじゃない。なにかがあったんだ。
向井拓海は小関麗奈との日常を思い浮かべる。誰に対してでも臆せずイタズラを仕掛けるという意味では小関麗奈は大したヤツだった。
そして、すぐに思い至る。小関麗奈と古賀小春。このふたりはふたりだけではなく、いつもはもうひとりを加えて三人だったことに。

「(小春は“アイツ”が残していった大事な“オンナ”……ってのは違うか。でも、遠くはねぇよな)」

納得し、同時に向井拓海は自身を省みる。
佐々木千枝が自分の胸の中で死んでいた時のこと。松永涼の足を切らなくてはいけなかった時のこと。それらが自分に『覚悟』を齎しただろうか?
もしこれから先、小早川紗枝やプロデューサーが死ぬことがあれば、その時こそ心の底から『覚悟』を決めることができるだろうか?

「……それは違ぇよな」

くっくっく……と肩を揺らす向井拓海に小関麗奈が振り返る。当然、その顔には怪訝な表情を浮かべていた。

「なんか言った……? それに、なに笑ってんのよ?」

若干、引いているようにも見える小関麗奈に向井拓海はよりおかしくなり、喉を鳴らす。
そして力強く彼女の両肩を掴むと、この島では今までに見せたことのない爽やかな笑顔を浮かべてみせた。

「わかんねぇ。けどよ、わからないなりに考えることはできたからよ。その分だけは今の内に礼を言っておくぜ。あんがとな、麗奈」
「は、はぁ? ……んまぁ、いいわ。アンタがヘコんだままじゃアタシらの命にも関わるからね。せいぜい頑張ってもらうわよ」

ああ――と、力強く答えると向井拓海は小関麗奈の隣に立ち、そして彼女の先へと大股に歩き出して行く。
なにか正解に辿り着いたわけでもない。目の前の靄も晴れてはいない。怖いものは怖いままで、ましてや『覚悟』なんかできてはいない。
それでも、ひとつだけわかったことがあった。

「まっすぐ、だ……」

右や左に避けて通るのは性分じゃない。向井拓海は“アイツ”の言葉を思い出す。

『――アイツみたいにしよう、コイツの真似をしよう、なんてのは必要ないんだよ。
 俺が連れてきたのはお前なんだからさ。半端な恥かくよりかは派手にこけてもいいからまっすぐいけよ。これが向井拓海だ!ってな』

特攻隊長なのだから。
向井拓海はありのままの自分で暗く長い廊下を進む。その先には眩しいほどの明るい光があった。

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195 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:14:50 oHwxQNHA0
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「随分、怪我人らしくなったじゃねぇか」
「うっせ……」

車椅子の上で管に繋がれ、真新しい包帯で巻かれた松永涼を見て、処置室へと戻ってきた向井拓海は軽口を叩く。
返す松長涼の言葉に覇気はない。車椅子の中でぐったりと身体を崩し、表情も非常に気だるげだ。

「痛み止めがよう効いてるんやと思います」

不安げな表情を浮かべた向井拓海にそう告げたのは小早川紗枝だった。
見上げ、にこりと微笑まれると心の中で絡まっていたものが解け、少し楽になった――そんな気がする。

「眠たくなるような薬なのか?」
「ううん、そやのうて。苛んでた痛みが引いてようやく身体から力が抜けたんやと思います。
 それにこれまでは傷の痛みでえらい体力も消耗しとったやろうし」

そっか。と、納得すると向井拓海はぽんと松永涼の肩を叩き、「ゆっくりくたばっておきな」と声をかけた。そして改めて部屋にいる全員を見渡す。
車椅子にぴったりと寄り添う白坂小梅。一番大きくて一番目立つ諸星きらり。逆に空気のような静かさを持つ藤原肇。
人形の置物のような古賀小春に、部屋に戻ってくればすぐ彼女の隣へと移る小関麗奈。そしていつも自分の隣にいる小早川紗枝。

「で! これからどーすんのよリーダー!」

声を上げ、向井拓海を“リーダー”と呼んだのは小関麗奈だった。不敵な眼差しと微笑みに向井拓海も応じるように表情を作る。

「おう、そうだな。とりあえずはここを出るぞ。さっき決めた通りに島の東側を回って、できれば夜明けまでには天文台に行くつもりだ」

その方針は事前に打ち合わせていた通りだった。しかし、些か性急ではないかと隣の小早川紗枝が声を上げる。

「その前に、拓海はんも一度休んどいたほうがええんと違う? それに夜道は暗うて危険やで?」

もう何度か目の彼女の言葉に、向井拓海は今度は優しく首を横に振る。

「いや、きらり達が来た以上、ここで足を止めてる理由はもうねぇ。休むのならどこでもできるし、なにより今は足を止めたくねぇんだ」

真っ先に賛成したのは藤原肇だった。そこに小関麗奈も続く。

「私も動ける時に動くべきかと思います。何も私達を待ってはくれないんですから……」
「アタシも賛成よ。ぼさっとしてる暇はないと思うわ。またいつどこで誰がバカするかわかったもんじゃないしね」

そういうことだ。と、向井拓海が彼女らの意見を受けて言えば、小早川紗枝も、そして部屋の中にいる全員も納得したようだ。
小関麗奈などはベッドから飛び降り、今にも飛び出して行きそうな構えを見せる。
他の皆にしても似たような感じではあったが、しかし向井拓海は彼女らの動きを一旦制止する。解決すべき問題がひとつ残っていた。

「おっと、待ってくれ。出発する前に少し探し物があるんだ」

全員の視線が向井拓海に集中する。みんな一様に怪訝な表情を浮かべていた。
さてなんだろうと皆がそれぞれに考え始めた時、向井拓海はポケットからひとつの鍵を取り出す。それを見て何人かは答えに気づいた。


196 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:15:30 oHwxQNHA0
「こいつはあのダイナーにあったボロっちぃ軽トラの鍵さ。まぁ、言うことは聞くんであれはあれで悪くないんだが……」
「あの“かわうぃー”トラックさんだときらり達全員が乗るのはちょっぴし難しいねぇ」

そういうこったな。と向井拓海は肩を竦める。
諸星きらりが言うようにあの軽トラが可愛いかというとそこは微妙なところだが、ここにいる8人が全員乗るには小さいというのは事実だ。
小関麗奈や古賀小春のように小柄な者もいるが、逆に大柄な者もいる。なにより松永涼の為に車椅子も積んでいかなくてはいけない。
無理をすれば荷台の上に全員が乗り合わせることもできるだろうが、この島ではなにが起きるかわからない。
どこかで誰かに襲われ、逃げようとスピードを上げた途端に荷台から仲間が転げ落ちる――なんてこともありえるのだ。

「で、ちょっとここで新しい足を見つけようと思うのさ。とりあえず全員乗っけれて、できれば頑丈な車をよ」
「それだと救急車がよいと思います。作りについては申し分ないですし、担架を立てれば怪我人や休みたい人を寝かせることもできるでしょうし」

藤原肇の言葉に向井拓海は頷く。彼女も同じ理由で次に移動手段とする車は救急車にしようと考えていた。
なにより簡単に、鍵も含めてこの病院の中ですぐに見つかるだろうと当たりをつけていたというのもある。だが、意外なところから別の意見があがった。

「そ、それよりも……、“X線検診車”がいいと、思う」

おずおずと手を上げて言ったのは白坂小梅だった。
X線検診車とはなんだろう? 誰もがそう思ったが、しばらくすると小早川紗枝がぽんと掌を拳で叩いた。

「それってレントゲン撮る、あのバスみたいなん?」
「そ、そう……それ」

こくこくと頷く白坂小梅に今度は全員がなるほどと納得する。それなら見たこともあるし、実際に乗って利用したこともある。
例えば学校の健康診断で。そして事務所の健康診断でも利用したことがある。なので、ここにいる全員はそれをよく知っていた。

「確かに、あれならその気になれば30人くらいは乗れそうだな。図体がでかい分、取り回しが難しそうだが……まぁ、なんとかなるか」
「でも、この病院に都合よくあれがあるやろか?」
「なかったらなかった時さ。その時はある中で一番でかい救急車を借りていけばいい。じゃ、小梅行こうぜ」
「えっ!?」
「こういうのは得意だろ?」

びくっと肩を震わせた白坂小梅の手を取ると、向井拓海は遠慮なく彼女を引きずっていく。
白坂小梅のささやかな抵抗も空しく部屋から出るまで後数歩……そこで不意に背後から声がかかった。声の主は小関麗奈だ。

「ちょっと待って。“探し物”ならアタシ達にもあるわ」

振り返る向井拓海に、小関麗奈はバツの悪そうな顔をし、隣に立つ古賀小春に発言を促す。彼女の声はいつもよりもか細く、そして震えていた。


197 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:15:51 oHwxQNHA0
「ヒョウくんがいなくなっちゃったんですぅ〜……」

目尻に涙を浮かべる古賀小春の隣で小関麗奈が大きな溜息を吐く。

「ま、そういうわけ。悪いけど、こっちも少し時間をもらうわ」
「んー……しかたねぇな。じゃあ、きらり」
「おっすおっすばっちしぃ〜☆ レイナちゃんと小春ちゃんのことはきらりに任せるにぃ☆」
「悪ぃな。じゃあ、藤原と紗枝は……」
「松永はんを見とったらええんやろ? あんじょう任せやす」

言い切らずとも通じる仲間達に表情を緩めると、向井拓海は壁にかかった時計を見て、今度はリーダーの顔と声で皆に指示を出す。

「出発は1時間後だ。それまでにアタシは車の都合をつけて戻ってくる。
 麗奈らもそれまでには戻ってくれ。イグアナが見つからなくてもな。悪いがその場合はそいつを置いてここを離れることになる。いいか?」

少し厳しいかもしれない。古賀小春にとってヒョウくんは常にいっしょのペット以上の存在と言える。
それと離れ離れになるというのは他の誰が想像するよりも彼女に辛い思いをさせることになるだろう。けど、向井拓海はリーダーとしての判断を下した。

「うっ、うぅ〜……、ヒョウくん……」
「あー、もう。ここで泣いてどうすんのよ。探し出せば済む話じゃない。どうせすぐ見つかるに決まってるわよ。
 だいたい、放って行ったって、後でまた探しにくればいいじゃない。誰もアイツをわざわざ殺したりはしないだろうしさ」
「うんうん、レイナちゃんの言う通りだにぃ。小春ちゃんとヒョウくんは深〜いキズナで結ばれてるから、きっと、絶対にまた会えるにぃ〜☆」

涙を流す古賀小春に毒づきながらも慰める小関麗奈に向井拓海は内心感謝する。
所詮、イグアナ。放っておいても大丈夫。なんて、リーダーの立場からは軽々とは口にできない。
それを小関麗奈は言外から察しフォローしてくれたのだろう。先ほどの廊下の件といい、ああ見えて人の心の機微に聡い子だ。

「よし、じゃあアタシ達は行くぞ。みんな何かあったら大声を出せよ。どこでも飛んでいってやるからな」

そうして8人は3組に別れてそれぞれの行動を開始した。
向井拓海と白坂小梅は足となる車両の確保に。小関麗奈と古賀小春と諸星きらりはいなくなってしまったイグアナの捜索に。
そして、小早川紗枝と藤原肇は話をしている間にもう眠ってしまった松永涼の様子を見る為、この部屋に残る。

足跡が散り散りに。そして、夜の病院にそれらしい静寂の時が訪れた。





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198 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:16:13 oHwxQNHA0
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真夜中の闇を悪魔の真っ赤な舌が嘗め回し、その足元で誰かが心無いキューピットの矢に射抜かれ悲鳴を上げた。

アイツの頭は真っ二つだ。全身切り刻まれて、最後はハロウィンが終わった後の南瓜みたいに捨てられた。

狭く暗い道の中を御伽噺の赤帽子が大勢で通り過ぎる。通り過ぎた後には死体だけ残る。

けたたましい音は狂った悲鳴かそれともポルターガイストか。あの子好みのホラー展開。

最後の最後に一回だけの拍手。静かな静かな声もでない凍りつく拍手。

誰も彼も、どうなっているかなんて解ってるのは一人もいなかったよ。

ただ、どいつもこいつも一歩遅かったんだ。たった一歩。

時計を見なよ誤魔化しで武装した灰被り達。

もう、寝ていなくちゃいけない時間だぜ?

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199 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:16:37 oHwxQNHA0
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しんとした静寂の中、和久井留美は姿見で自身の格好を確かめると、「まぁこんなものかしらね」とひとり零した。
場所は彼女が寝所として確保したオフィスから少し市街の中心へと向かったスポーツウェア店である。
12時の放送を聞き、あそこから離れた彼女は行き道にこの店を見つけると、動きやすい衣装を求める為にドアを潜ったのだった。

「ビジュアルを求められるステージでもないしね……」

姿見に映る彼女の姿は、上にパーカーつきのスウェット、下は足元までを覆うジャージにスニーカーという格好だった。
上下ともにやや暗めの灰色。夜の間も日が昇ってからでもできるだけ目立たないようにという配慮である。
そして、自身の格好に満足すると彼女は最後に頭の上にネコミミを乗せ、少しだけ口を歪めた。

「……さぁ、行きましょう」

何の感傷もないという風に姿見に背を向けると和久井留美は荷物を背負い店の出口へと向かう。
目的は他の参加者との接触だ。

放送の前、和久井留美はしばらくは静観を決め込もうと考えていた。
休息を取りたかったという理由もあるが、予想通りに主催者側より“揺さぶり”があれば、殺し合いを否定する者らの中でも殺しあいが起きると考えたからだ。
そして彼女の考えどおりに12時の放送でそういった“揺さぶり”がきた。放送の中で千川ちひろは人質にしているプロデューサーの命をちらつかせたのだ。

この揺さぶりでアイドル達は動き出すだろうか? 和久井留美は逆だと思った。
千川ちひろの言葉は揺さぶりというには、“足りない”。
あれでは逆に殺し合いを忌諱する子らは、できあがっていると予想される臆病な子羊の群れの中に、波乱は起こらない。
むしろ色いろと理由を作り出して動かなくなる。仮初の結束を固め、これまで以上に大人しくなってしまう――そう和久井留美は想像した。

だとすれば、今こそが好機だとも言える。
害のない子羊を装うアイドル達。彼女達は殺し合いの勧めに反発し、今までになく頑なに自分らが誰かを殺す可能性を否定するだろう。
殺せと言われ、しかしまだギリギリまでに追い詰められてないからこそ“抗おう”とするのだ。
ならば、彼女らが一片たりとも殺意を持たないのだとすれば、殺意に対して無抵抗だというのなら、今こそ狩りの時間だ。

もし、この次の6時の放送で千川ちひろが脅しの言葉通りに新しいみせしめを出せば、その時こそ子羊は子羊でなくなるだろう。
そうなれば、迂闊にそこに顔を出すのは危険だということになる。なら、その時こそ和久井留美は静観へと回ればよい。

「……恐らく、この6時間が一方的に狩りをすることのできる最後のタイミングのはず」

真新しいスニーカーが雨に濡れたアスファルトを踏む。雨はもう上がっていたが、湿った空気は身体に纏わりつくようで些か不快だった。
灰色に包まれた和久井留美の姿は夜の中ではただの影となり、彼女の狙い通りに姿は判然としない。
その影がそろそろと道を歩き始める。できるだけ光を避け、夜の中へ溶け込むよう、溶け込むように――と、ただ一点灰色ではないネコミミがピクリと動く。

「……今の音は?」

それは聞き覚えのある音だった。どこでか? そう、飛行場で聞いた……五十嵐響子が投げたあの爆弾の音。
音は小さく、遠くから聞こえてきたように思える。ひょっとすれば幻聴だったのではと疑えるほどに。
君子危うきに近寄らず――そんな言葉が和久井留美の脳裏を掠めた。

だが、彼女は今、“猫”だった。

そろりそろりと、その灰色の身体を影の中へと滑らせて行く。





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200 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:17:08 oHwxQNHA0
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カァーン! ……最初に皆の耳に届いたのはそんな甲高い音だった。
あれから再び、指定した時間通りに戻ってきた向井拓海と白坂小梅。結局ヒョウくんを見つけられなかった古賀小春達。
皆が揃い、出発の為に荷物を手に取ったところでその音は彼女達の耳に届いた。
全員がそちらに――処置室により伸びる細く長い廊下に振り向いた時、今度は光が、そして轟音が彼女達の目と耳を貫いた。

「………………っ!?」
「きゃぁっ!」
「ひぅ……っ!」
「なん…………!?」

8人いる内の皆が皆、咄嗟には何が起きたのかわからなかった。
わかったのは数秒の後。恐る恐ると目を開けた時のことで、見てしまえば、いや、感じてしまえばそれはとても明確なことだった。

「燃やす……爆弾っ!?」

目を剥いて歯を噛み締めていた向井拓海の耳に小早川紗枝の言葉が届く。そう、彼女達はこれを見るのは二度目だ。
他の皆もその跡形だけは見てきたが、爆発の瞬間を実際に見たことがあるのは彼女ら二人と松永涼だけで、見ればそれは一目瞭然だった。
そして、そうでなくともあれだけ気をつけようと話したのだから察しがよければなにかと気づける。この時、8人は皆同じ理解をしていた。

「くそっ……こんなところで、マズい……!」

廊下はすでに火の海だった。赤い炎は床を這い壁を舐めて今にも天井に届こうとしている。とてもあの中は突破できそうにない。
向井拓海はクーラーボックスの乗った台車の持ち手を握り締めると部屋の反対側、そちらにもある長く続く廊下を見た。
処置室は元々人の出入りが多く、ある意味ロビーとも言える場所だ。なので出入りする場所は多い。
そちらの廊下は暗く静かで火の気などは一切ない。さっそく小関麗奈が古賀小春の手を引いてそちらへと逃げようとしていた。

「待ってください。迂闊に動くと危ないです!」
「はぁっ!? この状況でなにのんきなこと言ってるのよっ!」
「待て麗奈! 藤原の言う通りだ!」

藤原肇が大きく透明な盾を構えて小関麗奈の前に立つ。
続く向井拓海の声を聞いて彼女は目を丸くした。だが、彼女はイタズラのスペシャリストである。それに気づくとあっと小さく声を漏らした。

「“爆弾のヤツ”は前もアタシらをハメようとしてきたんだ。条件反射で飛び出すのはヤツの思うままになるぞ」

その時の記憶が蘇ったのか、白坂小梅を背に車椅子に座っている松永涼は厳しい顔をしていた。
あの時は、一歩遅ければ足だけでなく全員が命を失っていたかもしれないのだ。

「それでどうすんのよっ!? じっとしてたらそれはそれでまずいでしょうにっ!」
「焦んなって。……おい、誰かアイデアはないか?」
「それやったら、そこの窓から庭に出る……いうんはどないどす?」

小早川紗枝の声に全員が窓を見る。その外は中庭になっており、照明がほとんどないせいかかなり暗い。そこに飛び出すというのは恐怖を感じた。
だが広さは十分にある。屋内だと簡単に火に巻かれてしまうことを考えればそのアイデアはとてもいいもののように感じることもできた。


201 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:17:32 oHwxQNHA0
「相手もアタシらが外に飛び出すとは考えない、か? ……よし。じゃあきらり、手伝ってくれ」
「おっすおっす、おっけーだにぃ!」

大きな窓を片手でがらりと開けると、諸星きらりはその大柄な身体にしては身軽に窓枠を飛び越えてみせる。
そして、最初に小さな子らが外に出るのを手伝うと、自分で立つことのできない松永涼を向井拓海より預かり、次に車椅子を出すのを手伝う。
台車と荷物も外に出し、残った藤原肇と小早川紗枝、そして最後に向井拓海が外に飛び出ると、また窓をぴしゃりと閉じた。
その向こう側ではすでに火の侵食が始まっており、入り口の傍にあったベッドが燃え始めている。カーテンに火が移れば火の海になるのすぐだろう。

「とりあえず、この中庭を突っ切って向かいの病棟に飛び込むぞ。そのまま玄関から出たら外をぐるりと回って裏口の車のとこまで走る。いいか!?」

全員が真剣な顔で了解の意をそれぞれの言葉で発する。
そして8人は藤原肇と小早川紗枝を先頭に、続いて諸星きらり、車椅子を押す白坂小梅と小関麗奈と古賀小春という形で庭を横切り始めた。
これは事前に打ち合わせていたわけではない。それぞれが自分の立ち位置を独自に判断した結果、自然とこうなったのだ。
中々のコンビネーションじゃないか――殿を務める向井拓海はこんな状況なににも関わらず口がにやけるのを我慢することはできなかった。

だが、しかし。

「きゃあっ!?」
「ぐぅ……!」

再び、轟音。そして闇の中に真っ赤に咲く大きな炎。

「足を止めるなっ!」

向井拓海は身を竦めている仲間達に大きく声をかける。
夜空へと吹き上がる炎は中庭の中をステージのように明るく照らしているが、まだ仲間達が火に襲われるような距離でもない。
なので、行け!と、向井拓海はもう一度仲間に発破をかけようとする。だが、不意に後ろから突き飛ばすような衝撃を受け、彼女はたたらを踏んだ。

「あっ!? …………な?」

咄嗟に振り返る。だがそこには誰もいない。なんだったのか。再び仲間のほうへと振り返ると、そこには変な表情でこちらを見る小関麗奈の顔があった。

「どうした麗奈?」
「ど、どうしたのはアンタよ! せ、背中っ! 矢っ! 刺さってる!」
「……な、は? マジか……うぉ、クソっ……」

麗奈の言葉は本当だった。いつの間にかに背中の肩に近いところに矢が刺さっている。気づけば途端に痛みが疼き始めた。
そして、耳を掠める風切り音。ゾッとした瞬間、頬を掠めて向井拓海と小関麗奈の間に短い矢が突き立つ。

「は、は、……走れぇえええええ!!!」

どう読まれたのかはわからない。だが間違いなく、ハメられた。そう解ってしまうと、付け焼刃の連携などあっという間に壊れてしまう。
とにかく庭を渡りきろう。そう考えて全員がそれぞれが向井拓海の怒声を合図に走り出す。
向井拓海も皆を追いながら走る。そして走る皆の上を何かが通り過ぎるのを見た。拳大のものが炎に照らされながらくるくると、放物線を描いて――。

「紗枝っ! 伏せろぉぉぉおおおおおおおおおぉぉっ!!!」

三度、轟音。そして閃光が向井拓海の目に突き刺さる。


202 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:17:49 oHwxQNHA0
「紗枝っ! おいっ!」
「うちは大丈夫どすっ! 藤原はんがかばってくれて!」

ようやく目を開けば、燃え盛る炎の前に倒れ伏す小早川紗枝と、彼女に覆いかぶさり盾を構える藤原肇の姿が映り、向井拓海は胸を撫で下ろす。
だが、そのように安堵している暇はないのだ。足を止めてしまえば当然……そのことに気づくより相手の行動は早かった。

「ふきゃっ!」
「小春っ!?」

向井拓海の目の前で古賀小春の二の腕に矢が突き刺さる。咄嗟に抱きかかえる小関麗奈の頭を掠めてもう一本の矢が芝生の上に突き立った。
そして続けて白坂小梅の悲鳴があがる。そちらを見やれば松永涼の左太股に矢が深々と刺さっているのが見えた。

「涼さんっ!?」
「……気にすんなっ! どうせもう使えねぇ足だ!」

自分と古賀小春と松永涼が矢に射られ、そして小早川紗枝と藤原肇はまだ地面に伏せたまま。そんな光景に向井拓海は血の気が引くのを感じた。
全滅――そんな言葉がちらりと脳裏を掠める。
ここでみんないっしょに殺されてしまおうか。それともひとり逃げ出し、その先で殺人鬼に追い詰められ殺されてしまおうか。
そんな、ひどく“甘い”誘いが胸の中に浮かび上がる。どこかに括りつけようとしていたはずの心がふわふわと浮き上がり始めてくる。

「リーダーッ!」

パァンと平手を食らわされたような乾いた音が向井拓海の意識をつんざく。それは小関麗奈の持つ拳銃の音だった。

「敵は上よ! アタシがどうしたらいいか言いなさいよっ!」

二度三度と銃声が鳴り響く。果たして、本当に敵とやらがそこにいたのかはわからないが、銃声のたびに病院の窓ガラスが砕けて散った。
“引き戻された”向井拓海は、しっかりと身体を起こすと手を振って全員へ指示を飛ばす。

「戻るぞっ! とにかく建物の傍に寄るんだっ! きらりっ、古賀を頼むっ! 麗奈はそのままだっ!」

その言葉に全員が再び動き出した。
諸星きらりは地面に蹲った古賀小春を拾い上げ、もう片手で車椅子を押すのを手伝いながら走り、
藤原肇も小早川紗枝を抱え起こすと彼女を肩で支え、盾を構えて走り出す。
向井拓海も正体の判明しない敵に牽制を続ける小関麗奈を後ろから抱えると、彼女に拳銃を撃たせたまま仲間の下へと駆けた。

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203 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:18:12 oHwxQNHA0
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「ハァ……ハァ…………」

後ろ手に鉄扉を閉じると、向井拓海は崩れ落ちその場に膝をついた。
あれから8人は元いた病棟の方へと走ると、上からは死角となる場所に隠れながら壁沿いに進み、ようやく入り口を見つけると転がり込んだ。
遠くでは雨の降るような音が聞こえてくる。どうやら火災現場ではスプリンクラーが作動しているらしい。

「向井はん、それ平気なん……?」
「あ? ……あぁ」

心配そうに尋ねる小早川紗枝の言葉で向井拓海は自分の背に矢が刺さっていることを思い出す。
意識すれば刺さった場所がしくしくと痛む。だがそれほどの痛みでもなかった。試しに腕を上げてみても、特に支障は感じられない。

「アタシのは大したことねぇよ。それよか、紗枝は大丈夫なのか。それに……」
「うちは平気やよ。ちょっと髪の毛が焦げたくらいやし」

小早川紗枝は気丈にそう答える。だが非常灯の下でも彼女のジャージが熱に炙られ、あの綺麗な手に火傷ができているのはわかった。
言う通りに髪の毛も先っぽが焦げてしまっている。けれどこの程度なら今は負傷ではない、そう彼女は思っているのだ。

「アタシも平気だ……気にしなくて、いい……」

太股に矢を生やしたままの松永涼も顔に苦笑いを貼り付けながらそう言う。寄り添う白坂小梅のほうが今にも気を失いそうな白い顔をしていた。

「拓海ぃ……小春が、血が……どうしよぅ?」

矢が二の腕を貫通した古賀小春の傷口をハンカチで押さえながら小関麗奈が涙声で向井拓海に訴える。
そのハンカチはすでに血を吸って真っ赤になっており、その上でなお小関麗奈の手を濡らして赤い雫をぽたぽたと床へと落としていた。
諸星きらりに抱きかかえられた古賀小春の顔色は青く、じっと耐えるように目を瞑り、ただただ短い呼吸を繰り返している。

「小春ちゃん、このままだとどんどん元気がなくなっていっちゃうにぃ……」
「どうやら動脈を傷つけているみたいですね。どこか落ち着いた場所でちゃんと止血しないと」

泣きそうなのをこらえている諸星きらりとは対照的に藤原肇は冷静だった。冷酷にも見えるその様に、しかし今は誰も不安を感じることはない。
彼女はここで集めた荷物の中から止血帯を取り出すと、それを矢の刺さった上、脇の傍で強く結んだ。

「とりあえず今はこれで。矢を抜くのは手術になると思います。なのでここではできません。まずはここを離れましょう」

こいつがいて助かった。そう思おうと向井拓海は膝を伸ばして立ち上がる。いつもより身体が重たかったが、それは気のせいだと思うことにした。

「……よし、じゃあとりあえずは車だ。そこまで行けばどうにかなるだろ。……小梅。みんなの案内を頼んでいいか?」
「ええっ!?」
「向井はん?」
「ちょっと、アンタ、まさか馬鹿なこと考えて」

その言葉に皆が色めき立つ。7人の14の瞳に見つめられると向井拓海は肩を竦め、皆を落ち着かせようと掌を見せた。


204 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:18:31 oHwxQNHA0
「おいおい、勘違いすんなよ。アタシはここでちょっと爆弾のヤツを待ち伏せして、場合によっちゃ一発殴ってやろうかと思ってるだけだよ」
「それを馬鹿なことって言うんでしょーが! 頭に血が上ってんじゃない。冷静になりなさいよ」
「いや、アタシは冷静だぜ」

努めて静かに言うと、向井拓海はここに自分が残る理由を皆に説明し始める。

「まず、このまま全員で車のとこに行っても、車が出る前に爆弾を投げ込まれりゃお終いだ。わかるよな?
 だったら、誰かがどこかで足止めする必要があるのもわかるだろ。その上で、今この中で殴ったり蹴ったりできるのはアタシだけだ」
「でも相手は爆弾を持ってるんやで? しかも、まだ何個持ってるかもわからへんし、弓矢かてあるのに」
「だから〜、だからアタシはここで待ち伏せするんだよ」

後ろ手に向井拓海は拳を扉に叩きつける。ゴンゴンと鈍い音が響いた。

「ここなら外から攻撃される心配はねぇ。でもってヤツが追ってくるなら十中八九ここを通る。
 で、この重い鉄扉だろ? 影に隠れて後ろを取ればまず負けるなんてことはねぇよ」
「……ヤツがここを通らなかったら? それに、……車の運転なんか誰にでもできることじゃねぇんだぞ……?」

掠れた声で言ったのは松永涼だ。先ほどはなんでもないと言っていたが矢の刺さった部分が傷むのかもしれない。額に脂汗が浮かんでいた。

「10分待ってもこなけりゃ、お前らを追うよ。……確かに、運転できるのもアタシだけだしな。ここでくたばるつもりはないから安心しな」

重い沈黙が8人の中に落ちる。
話の理屈は理解できるし、向井拓海が破れかぶれでないこともわかる。だがそれでも今、仲間同士が離れ離れになるのは不安だった。
じわじわとそれぞれの中で膨らむ不安。それを切り裂くように声を発したのは藤原肇だった。

「向井さんの言う通りです。私達は車の方に向かいましょう。その中でなら古賀さんの傷も手当できるかもしれません」
「おう、頼んだぞ」

そして向井拓海が応じれば、誰もこれ以上問答することは無駄だと悟ったのか、この場を離れる意思を固めたようだ。
それぞれが少しずつ言葉をかけ合うと、彼女達は最初は戸惑い気味に、しかしすぐにしっかりとした足取りでこの場を離れていった。
暗く長い廊下に響くいくつもの足音は次第に小さく、最後は細波のようになり、聞こえなくなる。

「………………ガチの喧嘩なんかいつぶりだろうな」

皆を見送ると向井拓海は苦笑し、言いながらバックから鉄芯入りの木刀を抜き出す。ずっしりとした重みに心臓がとくんと跳ねた。
殺すつもりはない。誰であっても助けるという気持ちは嘘ではない。けれど、そうも言ってられない状況に陥ることも覚悟しておかなくてはならない。

「手足の一本は……仕方ねぇよな……」

木刀を強く握るとそのまま肩に乗せ、向井拓海は扉の脇の死角へと身を隠す。
相手は完全にこちら全員を殺しにかかっている。絶対に油断はできないし、最悪、殺してしまってもしかたがない。それくらいの覚悟で行こう。
そう心の中で念じると、長く静かに息を吐き、その相手が現れるのをじっくりと待った。

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205 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:18:50 oHwxQNHA0
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その時はすぐに訪れた。キィ……と軋む音を立て、向井拓海の目の前で鉄扉がゆっくりと開く。仲間と別れて5分くらいのことだった。

「(……来たっ!)」

途端に胸の中で心臓がバクバクと音を立て始める。
これからサシで殺し合いをする、かもしれない――思考は冷静なつもりだったが、身体のほうがビビっているのを向井拓海は痛感していた。
息を殺し、痛いほどに木刀を握り絞める。後姿が見えればまずは一撃。とにかく相手が動けなくなるようにしよう。そう念じる。

「(だ、誰だ……こいつ……?)」

だが、戸惑う。ようやく扉の影から出てきたその相手の後姿は向井拓海が想像する誰とも違うものだった。
背は少し小柄だろうか。背中にふわふわと広がるウェーブのかかった髪の毛が開いた鉄扉から射し込む光できらきらと輝いていた。
そして、向井拓海をなにより戸惑わせ、木刀を振り下ろすのを躊躇させたのはその何者かが“アイドルの衣装”を着ていたことだった。

「…………お前、か?」

呟いてしまった声に、その後姿の肩がびくりと揺れる。
振り返ったその相手は、相川千夏でも緒方智絵里でもなく、そう、あの渋谷凜といるのをよく見かける――向井拓海がそこまで考えたところで、

「がっ!」

何かが、よく見れば目の前に手斧が、咄嗟に庇った左腕に深々と食い込んでいた。
相手は――神谷奈緒は何も言葉を発しなかった。向井拓海の目の前にある彼女の顔にはなんの表情もなかった。

「ひ……ぁ、……あぐぁ! が……あくっ!」

ぐらりと身体が傾き、向井拓海は咄嗟に床に手をつく。だがその手は今しがた切断されかかった左腕で、強い電流のような激痛が彼女を襲う。
無論、身体を支えられるはずもなく、噴き出した血がぬるりと滑ると向井拓海はそのまま激しく背を床に打ちつけた。
チカチカとする視界の中で神谷奈緒のシルエットはコマ送りのように斧を振り上げている。

「まっ…………!」

向井拓海は寝転がったまま右手を突き出す。いつの間にかに握っていたはずの木刀はその手から転げ落ちていた。
そして、そこまでだった。

「ご」

ゴンと床に後頭部を叩きつける音が向井拓海の中に響く。
そしてその瞬間、床が天井に、天井が床にと、天地がぐるりと回り、――世界は暗転した。





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206 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:19:14 oHwxQNHA0
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「小梅、どっちよ!?」
「えっと…………こ、こっち!」

車椅子を押しながら走る白坂小梅に先導され、7人は深夜の病院の中を走っていた。
リノリウムの硬い床に打ち付けられる足音が廊下の中に反響し、いやに耳に障る。
上を見上げれば救急外来と書かれた札が見えた。ちょうど病院の裏側の端で、少し先にあるガラス戸を潜ればその先は駐車場だ。

「あっ……!」
「小早川さん。大丈夫ですか?」
「へ、平気やよ。堪忍な」

足を滑らせ膝をついた小早川紗枝に藤原肇が手を伸ばす。床の上に俯く彼女は返事こそしたものの、息は上がりひどく辛そうだった。

「ハァ……ハァ……と、トレーニングはさぼったことはあらへんのやけど、……あかんなぁ、はは」
「仕方ありませんよ。こんな状況では、ろくに休みも取れませんし」
「まったく……でも、仕方ないわね。アタシも……はぁ、とりあえず歩きましょ。止まってられるほどの余裕はないはずよ」

そう言う小関麗奈の息も随分と上がっていた。彼女はというばトレーニングはさぼりがちだ。身体が小さいこともあって体力もない。
彼女は額に浮かんだ汗を拭うと、諸星きらりに抱かれた古賀小春に声をかける。その声に古賀小春は薄目を開けてにこりと微笑んだ。

「小春はどう? 痛い? もうすぐだからね?」
「れいなちゃんいつもより優しいねぇ。……うん、痛いけど、小春はまだ大丈夫だよ」
「や、優しいとかっ! アタシはただ、アンタがいなくなったら困るから、そうしてるわけで……う、うぅ」
「レイナちゃんが本当はいつも優しい子だってきらりは知ってるにぃ☆」
「あ、アンタも何言って……アタシは、レイナサマなのよ!?」

古賀小春の笑顔と微笑ましい一場面に緊張していた空気が弛緩する。皆の顔に笑みが浮かび、そして古賀小春がしゃっくりのような声を上げた。

「え?」

小関麗奈の顔が白く固まる。気づけば古賀小春の細い喉に銀色の棒が刺さっていた。
びくっびくっと喉を逸らすとその度に矢の刺さったところから真っ赤な血が溢れ、痺れるように胸を震わせると彼女は全く動かなくなってしまう。

「あっ……く」

ひゅっと小さな風切り音がして、今度は小関麗奈のわき腹に新しい矢が突き立った。

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207 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:19:32 oHwxQNHA0
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「くあっ、が……て、めえええええぇぇぇえええぇぇえええええっ!!」

突然の光景に固まる藤原肇の目の前で小関麗奈が絶叫を上げ、両手に持った拳銃を花火のように鳴らしている。
その銃口の向かう先は上階へと向かう非常階段の踊り場で、ひとつ音が鳴る度に壁に小さな穴が開き、そして今、防火ガラスに大きなヒビが入った。
手すりの陰に誰かが隠れているのだろうか。古賀小春と小関麗奈とを射抜いた何者かが。その姿を藤原肇はまだ見てはいない。

「ひきゃああああああああああああああああ!!」

その時、絹を裂くような悲鳴がその場に響いた。誰が?と藤原肇は首を巡らす。
声の主は白坂小梅だった。車椅子に向かってひどく歪んだ顔をしている。そこに座っているはずの松永涼はどうしたのか? 藤原肇からは窺うことができない。
そしていつの間にかに向かう先のガラス戸が砕けてなくなっていた。いつの間にだろう。それもわからない。

「(駄目だ……駄目だ……なんとかしないと……)」

白坂小梅が車椅子の持ち手にかけていた機関銃を取り、砕けたガラス戸の方へと向かい構える。次の瞬間、夜闇の中に赤い点が一瞬見えた。
すると機関銃を構えていた白坂小梅がバンザイのように手を挙げ、その手の中でパパパと軽快な音を鳴らしながら機関銃が踊った。
天井の、明かりの点いてない蛍光灯がパァンと粉々になり、
藤原肇の前に立ち、同じく呆然としていただろう小早川紗枝の身体がぶるぶると震えると、その背中が一気に赤く染まる。

「(そんな……そんな…………)」

そして、あのカァンという音が耳に届く。まるで鉛のように重くなる時間の中、藤原肇は視線を前に戻すとそれを見た。
踊り場の手すりの陰からぬっと突き出た不気味な白い腕。そして、階段を転がり小関麗奈の目の前へと落ちてゆく拳大の爆弾。
小関さんの前に出なくては――盾を構える身体を前に出そうとして、しかし身体も同じく鉛のように重くて、無限のような一瞬が過ぎ去り、真っ白な光。
真新しいキャンバスの中に小関麗奈のシルエットが浮かび上がり、次の瞬間、いくつもの真っ赤な舌が透明な盾の表面を舐め上げた。
場違いにも、藤原肇はそれを見て実家の窯を思い出した。
赤色はすぐに黒色へと変わり、その黒色の中でふわりと身体浮いたのが、この場面での藤原肇の最後の記憶だった。





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208 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:19:57 oHwxQNHA0
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「……加蓮? ここにいるのか? 加蓮!?」

不意を打とうとしてきた向井拓海を返り討ちにした神谷奈緒は、爆音を聞くと廊下を走りその場へと駆けつけた。
そして不安げにパートナーの名を呼ぶ彼女の前には凄惨とも言える光景が広がっている。
爆炎が通り過ぎた廊下は床も壁も黒く焦げて、スプリンクラーから弱々しく水が滴る中、未だ消えない火がちろちろと揺れる影を作り、
そこには蝉の抜け殻のように身体を丸めた真っ黒な死体。そしてここにあって当然だが、ひどく不気味に見える車椅子。
砕けたガラスが尖った部分を見せてそこら中に散らばり、これらが自分達が作り出した光景だとしても吐き気を催すほどに残忍な有様だった。

「奈緒? 奈緒なの?」
「加蓮!」

ゆっくりと階段を下りてくる北条加蓮に神谷奈緒はほっと胸を撫で下ろす。すぐに駆け寄ると、彼女の背に手を回してぐっと抱きしめた。

「もう、奈緒ったら心配しすぎ」
「馬鹿言ってんなよ。二人ならともかく、加蓮ひとりであいつらを相手とか心配になるに決まってんだろ」

一息つくと神谷奈緒は身体を離し、改めて殺し合いのあった現場を見る。しかし、よく見ればその惨状の割りには死体が少なく思える。
まず目につくのは黒焦げで丸まっている小さな死体。そして、車椅子に座ったまま胸元を真っ赤に染めて眠るように死んでいる、このふたつ目。

「こいつも、加蓮が……?」
「え、どうかな。太股の矢は私で間違いないけど……」
「どういうことだ?」
「あの子達、銃を持ってたみたいなんだよね。いっぱい撃ち返されたし。だから、味方に当てちゃったんじゃないかな?」

神谷奈緒は車椅子の死体をじっと見る。胸元に空いた穴は確かに矢ではなく銃で開けられたもののように見える。
そして改めて近くを見渡せば、床や壁、天井までにも同じような小さな穴がいくつも開いているのが発見できた。

「ふぅん……ま、いっか。でも、向こうは8人だっけ? いまいち減らせなかったな。アタシもここに来る途中で一人やってきたけどさ」
「ちょ、ちょっと奈緒の方こそ平気だったの?」
「平気だって。楽勝……だったよ」
「うん、それなら……怪我とかしてなければいいんだけど」

ばつが悪そうに目を逸らすと神谷奈緒はまた現場に目をやり、減らした相手の数を数える。ここで二人。向こうで一人だから計3人だ。
8人を相手にと考えれば中々の戦果だが、爆弾を大盤振る舞いしたと考えると乏しい戦果とも言える。

「あいつらがどこに逃げたとかわかる?」
「さぁ……、爆弾投げた後は隠れちゃってたし……」
「そっか……」
「あー、なんだかアタシのせいっぽい感じ」

神谷奈緒が残念そうな表情を見せたことに、北条加蓮は眉根を寄せる。この顛末、そもそもはこのがっかりしている神谷奈緒のせいなのだ。


209 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:20:16 oHwxQNHA0
「そもそも、奈緒が“とかげ”にびっくりして爆弾を投げるのを失敗するから!」
「だっ、だって仕方ないだろー。あんなでっかいとかげがこんなところにいるとか思わないじゃん!」

事が始まる直前。向井拓海を中心として8人の人間が集まっているところを目撃した二人は、一網打尽にしようと部屋に向かって爆弾を投げたのだ。
しかし、不意に足元に現れたイグアナに驚き、神谷奈緒の投げた爆弾は部屋よりも手前に落ち、しかも爆発すると炎で廊下を閉じてしまった。

「この爆弾が燃えるやつだってのもちょっと驚いたね」
「どこかでひとつくらい試しに爆発させておけばよかったって思ってるよ」

困惑する二人であったが、すぐに北条加蓮が妙案を思いつく。二手に別れ、片方が8人を追い回し、もう片方が上からそれを狙うという作戦だ。
そこで神谷奈緒はより危険だと思われる獲物を追い立てる役を買って廊下の窓から外に。ボウガンを持つ北条加蓮は階段を上った。

「最後は、奈緒と合流しようと下りてきたらばったり会っちゃったから驚いたけどさ。まぁ、結果オーライよね」
「アタシのじゃない爆弾の音が聞こえた時は心臓が止まるかと思ったよ」
「加蓮〜……加蓮〜……って泣きそうな声で探してたもんね」
「ちゃかすなって! んもぉ……」
「あはは。でも、爆弾を投げる前に矢を一発当ててるから、その子ももう死んでるかも」
「だったら半分か。……上出来って考えるべきなのかな」

ふむと頷くと、神谷奈緒はもう一度死体を調べる。なにか使えるものを持っていないかと思ったのだ。
だが、車椅子にかけてあったバッグには飲み物と食べ物くらいで、床で丸まっているものにしても両手に握っている拳銃はとても使えそうには見えなかった。
では先ほどの不意打ちをかけようとしてきた相手のは? 神谷奈緒は調べずに放ってきたことを思い出す。

「あのさ。ちょっと向こうに行かないか? まだバッグ調べてないこと思い出してさ。何か持ってるかもだし」
「うん、別にいいよ。少しでも武器になるものはあったほうが……」

不意に口を閉じた北条加蓮に神谷奈緒は怪訝な顔をする。そしてはっと気づくと後ろを振り返った。

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210 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:20:35 oHwxQNHA0
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カツン、カツンと闇の中になにかを叩く様な音が響く。ひどく耳障りで、けどそれ以上に気になる……聞き逃せない音のように感じる。
それは自分より離れていく足音で。そうだと気づいた時、向井拓海は薄暗い天井を見上げていた。

「(アタシ……そうか…………)」

向井拓海は先ほどのことを思い出し、状況を理解すると上体を起こす。不思議と、軋みや痛みのようなものはなかった。
アドレナリンのせいだろうか。ともかくあいつを追わないと。傍らに転がっていた木刀を拾うと、それを杖代わりに床の上へと立ち上がる。

「(約束したからな……戻るって……)」

神谷奈緒を追う為、仲間の下へと戻る為に。一歩、踏み出そうとして、しかし向井拓海はその場でつんのめってしまう。
まるで足の裏を床に貼り付けられたような不可思議な感触。怪訝に思い、足元を見やればそこにあったのは向井拓海の死体だった。

「(ああ、そっか……)」

額を真っ二つにされ、頭が半分開きかかったその顔は苦悶の表情に歪み、あふれ出した赤黒い血が顔中を斑に染めている。
四肢をだらしなく放り出し、血の海に沈んだその姿は――向井拓海は間違いなくそこですでに死んでいた。

「(みんな……すまない……。紗枝……ごめん……。プロデューサー……ごめん……)」

気づけば見上げているのは天井で、向井拓海は無念と後悔を抱きながら深い闇の中へとその意識を沈め、溶けるようにこの世から消え去った。





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211 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:20:51 oHwxQNHA0
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「奈緒……加蓮……よかった」

そこにいたのは。神谷奈緒が通ってきた廊下からではなく、北条加蓮が下りてきた階段からでもなく、駐車場へと続く出口からでもなく、
それらのどれでもないもう一方の廊下の奥から現れたのは、ふたりが想いに想い、そしてもう会うことはできないと思っていた――渋谷凜だった。

「凜…………」
「…………どう、して?」

神谷奈緒と北条加蓮の顔が青褪める。会いたいと思っていた。けれど絶対に会いたくないとも思っていた。
しかし、それでも会ってしまう――そんなこともあるだろうと思う。だが、よりにもよってこのタイミングなのかと、二人が凄惨に人を殺した今なのかと。
なのに、どう見ても今いるここは、醜く穢れ死体の転がるここはそういう場所で、誰が罪を犯したのかも明らかなのに、渋谷凜は微笑んでいた。

「ふたりに……会えた」

安堵の笑みの上に涙さえ浮かべる渋谷凜に、思わず神谷奈緒は後ずさってしまう。彼女の差し伸べる手を取ってはいけないと身体が反応していた。
もし、ここで受け入れてしまえば全てが台無しになってしまう。犯した罪も、その為の覚悟もなにもかもが砕け散ってしまうに違いない。

「…………………………」

発する言葉すらなにも思い浮かばない。何を言ってもそれは絡めとられ、自分はそれに安心し、全てを委ねてしまうというはっきりとした確信があった。
今すぐに後ろを向いて逃げ出したい。しかし、安寧の誘惑が足に絡みつき、なにより逃げ出せば追われてしまうというのも間違いない。
なにもかももう終わりなのだろうか。辛うじて渋谷凜より目を引き剥がし、縋るように隣の北条加蓮の顔を見る。


その瞬間、どこかで猫が鳴いた。にゃおんと、ひどく意地悪そうに。


小さく赤い華が、渋谷凜と神谷奈緒の間で咲いていた。
まだふたりに理解は届かず、その間にも北条加蓮の身体はぐらりとかしぎ、ゆっくりと倒れこんでいく。ゆっくりと、とてもゆっくりと。硬い床へと向かって。



そして、誰かが絶叫した。耳を塞ぎたくなるような、酷く悲しい悲鳴だった。





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212 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:21:07 oHwxQNHA0
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熱い。曖昧な意識の中で最初に思ったのはそれだった。
まるで八月の熱中夜。知らぬ間に扇風機のタイマーが切れて、寝苦しさに起きた時のようだと、小早川紗枝はそう思った。

「小早川さん。起きましたか? 小早川さん」

糊で張りついたような粘る瞼を開けると、こちらの顔を覗き込む藤原肇の顔がある。
とても必死に、ひどく悲壮な顔をして、えらく可哀相やなと小早川紗枝はぼんやりとそう思う。

「意識をしっかり。絶対助かりますから」

あぁと、小さく熱い息を吐く。今の言葉でだいたい察しがついてしまった。変に勘がよいのも困りものだと、なぜかそれが無性におかしい。
息をするのがひどく辛い。お腹がまるでつきたてのお餅になっているような感覚がある。
途切れる前の記憶は、白坂小梅が振り回す機関銃の銃口がこちらを向くところで終わっていた。

「小梅ちゃん、は……?」
「…………白坂さんは」

案じて問えば、藤原肇は首を横に向ける。どうやらそちらに彼女もいるのだろうけど、小早川紗枝はその先を追うことはできなかった。
けれど、下から横顔を窺えば、どのようなことになっているのか、やはりだいたいはわかってしまう。

「…………拓海はん、きはった?」
「それが、……私達も逃げるのに精一杯で……」

返される言葉に目の前がきらきらと輝き始める。少しして自分が泣いてるのだと気づいた。
きらきらと光る世界はどんどん白ぼけて、すぐに目の前にあるはずの藤原肇の顔もわからなくなってしまう。

「あのなぁ……」
「しっかりしてください! 今、止血もして、だからっ!」
「……うち、……泳ぎたかったんよ……」
「小早川さんっ! だめ――」

自分を案ずる藤原肇の声はどこかへ消え、ちゃぷちゃぷと水の流れる音が耳元でしはじめる。
さっきまであったひどい熱さはもうこれっぽちも感じず、とても涼しげで、とても心地のよい。このままこれに身を委ねていたい。そう思ってしまう。

それは諦めと自分を迎え入れる死そのものだった。

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213 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:21:43 oHwxQNHA0
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「…………小早川さんも、亡くなりました」

息苦しい薄暗闇の中で、藤原肇はまるで怨霊の吐く言葉のようにそれを垂れ流した。
それを聞き、古賀小春と白坂小梅、ふたりの死体を両手の中に抱く諸星きらりがくっと喉を鳴らす。
涙は我慢しているつもりだった。けれど、藤原肇も諸星きらりもその頬は濡れ、涙の粒は止まることなく流れ続けている。

「私達……」

何かを言おうとして、しかし続きが出てこない。なにが言いたかったのかもよくわからなかった。
ただ、現実に押し潰されない様耐えるのが精一杯だった。いや、もう押し潰されているかもしれない。その状態で辛うじて正気を保っているだけかもしれない。
藤原肇と諸星きらりを除く全員が死んだ。向井拓海だけははっきりとしないが、しかし今はそんな楽観はできない。

あの時、爆炎が狭い廊下の中を過ぎ去った後、気づけば藤原肇は諸星きらりに引きずられていた。
その胸には、その時にはもう死んでいただろう古賀小春と、辛うじて息をしていた白坂小梅が抱かれ、小早川紗枝は自分といっしょに引きずられていた。
意識を取り戻した藤原肇は、自分の足で立ち上がると白坂小梅を引き受け、そしてシャッターの上がった商店を見つけその中に飛び込んだのだ。

病院で用意した荷物はほとんどがあの場に置き去りで、なのでまともな手当てなどなにもできなかった。
例えできていたとしてもきっと誰も間に合わなかっただろう。
身体の真ん中に銃弾を受けた白坂小梅は一度も目を開けることなく死んでしまったし、そして小早川紗枝も今しがた息を引き取った。

「あんな……、あぁ…………」

きっと、悪意を、殺意を過小評価していたのだ。並べ立てられた死と謎に探偵気取りで答えを出し、それで上に立てたと勘違いしてしまったのだ。
しかしなんてことだろう。いざ殺される場面となれば、こちらを殺そうとする相手と応対すれば、そこでできることはなにもなかった。
救う――などとはなんとおこがましいことだったのだろう。結局、あの間、一度も相手の顔を見ることすらできなかったのだ。

「肇ちゃん……泣かないで。でないと、きらり……うっ、…………うううううう」

諸星きらりは嗚咽を零して泣く。泣くまいとして、それでも溢れる悲しみを吐き出すように無様に泣く。
藤原肇も同じように泣く。泣けば悲しみもいっしょに流れてゆくのだというのなら、今はいくらでも泣こうと涙を零す。

ふたりは、死に囲われ、いつまでも泣き続けた。それを止める者はここにはいなかった。






【向井拓海 死亡】
【古賀小春 死亡】
【小関麗奈 死亡】
【松永涼 死亡】
【白坂小梅 死亡】
【小早川紗枝 死亡】

【北条加蓮 死亡……?】

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214 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:22:12 oHwxQNHA0

【B-4 商店/二日目 黎明】

【藤原肇】
【装備:】
【所持品:基本支給品一式×1、アルバム、折り畳み傘】
【状態:疲労、無力感】
【思考・行動】
 基本方針:■■■■■■■■■■■■■■■■
 0:■■■■■■■■■■■■■■■■

 ※ライオットシールドは爆発のあった場所に残されたままです。

【諸星きらり】
【装備:かわうぃー傘】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品×1、キシロカインゼリー30ml×10本】
【状態:疲労、深い悲しみ】
【思考・行動】
 基本方針:■■■■■■■■■■■■■■■■
 0:■■■■■■■■■■■■■■■■



 ※向井拓海の持ち物は彼女の死体の傍に残ったままです。
   鉄芯入りの木刀、基本支給品一式×1、US M61破片手榴弾x2、ミント味のガムxたくさん

 ※小早川紗枝の持ち物は彼女の死体の傍に残ったままです。
   基本支給品一式×1、水のペットボトルx複数
   (消火器はどこかで失われてしまいました)

 ※松永涼の持ち物は彼女の死体の傍に残ったままです。
   毛布、車椅子、輸血製剤(赤血球LR)×5、ペットボトルと菓子・栄養食品類の入ったビニール袋

 ※白坂小梅の持ち物は彼女の死体の傍に残ったままです。
   拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)、基本支給品一式×2
   USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、吸収シーツ×5枚、車のキー
   不明支給品(小梅)x0-1、不明支給品(涼)x0-1
   (イングラムM10(0/32)はどこかで失われました)

 ※小関麗奈の持ち物は全て焼失しました。

 ※古賀小春の持ち物は彼女の死体の傍に残ったままです。
   ヘッドライト付き作業用ヘルメット、ジャンプ傘、基本支給品一式×1、ソーブサンフラット3号×9枚
   (ヒョウくんは行方不明になっています)

 ※台車(輸血パック入りクーラーボックス、ペットボトルと菓子類等を搭載)は、爆発に巻き込まれ失われました。

 ※軽トラックは、パンクした左前輪を車載のスペアタイヤに交換してあります。
   軽トラックの燃料は現在、フルの状態です。
   軽トラックは病院の近く(詳細不明)に止めてあります。

 ※拓海と小梅の調達した『車』は病院の駐車場に停まったままです。
   車種は不明。鍵は小梅が所持しています。


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215 : 彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー  ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:22:33 oHwxQNHA0

【B-4 救急病院/二日目 黎明】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】
 基本方針:私達は、まだ終わりじゃない。
 0:加蓮……?
 1:加蓮と奈緒を連れて帰る。けど……。
 2:病院で何があったのか、それを知り、いたはずの者らに泉らのことを伝えたい。
 3:卯月を探す。
 4:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない。そして、皆のこれまでも。
 5:みんなで帰る。

 ※折り畳み自転車は病院の傍に停めてあります。

【神谷奈緒】
【装備:アイドル衣装、軍用トマホーク】
【所持品:基本支給品一式×1、デジカメ、ストロベリー・ボム×3、私服、ホテルのカードキー数枚、マスターキー】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:覚悟を決めて、加蓮と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
 0:加蓮っ!?
 1:加蓮を連れて逃げないと……でも。
 2:他のアイドルを探して殺すため、施設をまわっていく。
 3:千川ちひろに明確な怒り。

【北条加蓮】
【装備:アイドル衣装、ピストルクロスボウ、専用矢(残り13本)】
【所持品:基本支給品一式×1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×4、私服、メイク道具諸々、ホテルのカードキー数枚】
【状態:胸を撃たれた?】
【思考・行動】
 基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
 0:………………。

 ※自転車は病院の傍に停めてあります。
 ※デジカメのメモリにライブの様子が収録されています。(複数の曲が収められています)


【B-4 救急病院・出口傍の暗がりの中/二日目 黎明】

【和久井留美】
【装備:前川みくの猫耳、スポーツウェア、S&WM36レディ・スミス(2/5)】
【所持品:基本支給品一式、ベネリM3(7/7)、予備弾x37、ストロベリーボム×1、ガラス灰皿、なわとび、コンビニの袋(※)】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。同時に、トップアイドルを目指す夢も諦めずに悪あがきをする。
 0:………………。
 1:様子を窺い、全員始末して武器を奪う。
 2:次の放送までは積極的に動く。
 3:いいわ。私も、欲張りになりましょう 。

 ※コンビニの袋の中には和久井留美が100円コンビニで調達した色いろなものが入っています。

.


216 : ◆John.ZZqWo :2014/08/28(木) 01:22:47 oHwxQNHA0
以上で投下終了です。


217 : 名無しさん :2014/08/28(木) 02:00:21 VVRh5Vac0
激動っすなー!

一気に終わりを近づける一幕。乙でした


218 : 名無しさん :2014/08/28(木) 18:06:02 MDX9WUOcO
投下乙です。

病院組壊滅。
最悪の再会に、他のマーダー。


219 : 名無しさん :2014/09/02(火) 08:55:02 lDZ70LIw0
けが人が居るとはいえ病院に長居しすぎたかもなぁ
やる気のある奴にしてみりゃ、病院なんて
真っ先に標的にしそうなところだし…


220 : 名無しさん :2014/09/10(水) 11:26:33 jKjkLNl.0
久しぶりに来たら投下来てたぞ
投下乙です

うわあ…


221 : ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 00:55:38 /KmaiUhs0
john氏投下お疲れ様です!
感想は、後日に、
一先ず遅れに遅れた雪美投下したいと思います


222 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 00:57:07 /KmaiUhs0




――――サグラダ・ファミリアという、外国の言葉がある。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









私(わたくし)は猫である。名前はペロ。
なんて、大昔にあった小説の書き出しを真似してみる。
聞くところによると、どうやら私の先祖はその小説の猫らしい。
……が、どうにも眉唾モノにしか思えないので、きっと父か祖父が嘯いたのだろう。
そもそも私は真っ黒の毛で、本家の猫は灰色の斑だ。色からしてすでに怪しいという。
父も祖父も吾輩といっていたが、現代に生きる私としては時代錯誤極まりないので、わたくしということにした。
それも時代錯誤じゃないか、気取ってないかといわれたら、私は余所見をして尻尾をくるくる回すことにしている。
気まぐれなのは猫の特権なのである。存分にあるものは使うし、何より猫の性分なのだから仕方ないのであった。

さて、私の出自から話してみると……割と普通の飼い猫としての人生である。
飼い猫が宿命付けられたように、そういうところで生まれて。
ある程度育ったら、ゲージに入れられ、外の景色をショップから眺める日々。
そうして、ある平凡そうな家庭に見初められ、買われた。
ショップの店長であり、元ご主人が私を只管、美辞麗句を並べて褒めていた。
そんな事、心の中ではきっと四割ぐらいしか考えていてないだろう。
だが、まぁ実際売り猫なんて、そんなものである。
元ご主人である店長にも生活がかかっているのだからと、売られる猫らしく達観してみた。
……ほんの少しだけ寂しかったのはうそではないが。
新たなご主人に色々と注意事項を説明していたのを聞いていて、ああ買われたのかと思って。
にゃぁおと元ご主人に向かって鳴いてみたら、ほんの少し切なそうな表情を浮かべてくれた。
まぁ、それでいいのだと私は納得して笑ってみた。
そしたら、元ご主人は受け取ったお金を満面の笑みで喜んで数えていた。
……まぁ、人間なんてそんなものである。
けれど、あの今畜生め。


で、新たなご主人、佐城家にお世話になることになったのであった。
佐城家がどんな家庭かといわれると……まぁ平々凡々などこにでもある家庭である。
東京の郊外に家を持つ……まぁ人間社会の一般的に見ると裕福に入る部類なのだろう。
とはいえ、富貴なだけで他はごく普通の家庭には違いない。
私としては安寧とした生活ができるのならばそれでよいのだ。
飼い猫として、安寧として、食事もしっかり貰える家庭に入ることは幸福である。
そういうある意味人生の岐路に立って、上手い具合に進めたのはまた、なんと幸運なことか。
よきかな、よきかな、である。

買われたのは、聖夜のちょっと前。
そして、ショップから佐城家に移されたのが聖夜前日。
まぁつまり俗に言うクリスマスプレゼントなのだろう。
漏れ聞いた話で、娘へのプレゼントらしい。
ふーんとか私は思いながら、セダンに乗せられて、佐城家へ。
雪がちらついて、寒い日だった。
家に慣れる間もなく、夜まで隠されて。
両親が夜にばっとかごをあけたのが、夜。
出ること期待されているのだから、まぁ出る。

そうして、私は


――佐城雪美にであった。


223 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 00:58:08 /KmaiUhs0



印象的には人形のような娘さん、だろう。
白い肌、黒い髪、そして兎角、喋らん。
けど爛々に輝いた目から喜ばれてるのが解った。
だから、にゃあと喋った。
彼女はびくっとしながらも、黙ってた。
でも、笑った。
その笑顔が猫から見ても素敵だったので。
私の新しいご主人様かぁと、改めて思ったのだ。



それからは、雪美嬢との長い長い付き合いになる。
まぁ……見た目通りの印象通りだろう。
極度な位、大人しい。
喋らないし、寡黙すぎる。
けれど感情は豊かな子だった。
絶対表にだすような真似を彼女はしないが。
なんでこの子がこうなったかというと……やはり環境なのだろうか。

月並みな意見にはなるが、鍵っ子特有なのだろうか。
そう、彼女は俗に言う鍵っ子である。
や、ある会社の信者ではなく。
両親が共働きで、家に殆ど居ない系の子だ。
聞くところによると、佐城家は本来京都に居たらしい。
それが、雪美嬢が小学二年になる直前に転勤がきまったそうだ。
言うまでもない栄転だ。
父の栄転に伴い、母も仕事を辞める……はずだったが。
母の能力の高さに、母を引き止める為、母を東京へ転勤させた。
凄い話だが、この家が裕福になるのも当然の、証左のようだった。

だが、家が富貴だからといって、娘も幸せなのかと言われると、多分それは娘にとって違う。
当然のように両親は家にいない。
家政婦が料理を作ってくれるし、大体の家事はしてくれる。
私のえさの用意もそう。
だが、そこに肉親の愛情があるかと言われると、まぁないだろう。
この家政婦は、仕事に感情を持ち込まないタイプらしい。
きびきび仕事はこなすが、あくまで仕事上の付き合いでしかなかった。
それは解るが、なんとまぁ寂しいことか。
私なんてブラッシングすらしてもらってない。
だから彼女はいつも一人だ。
けど、そうだからといって彼女の両親に愛情がない訳ではない。
むしろ逆に愛情に溢れているのだろう。
娘が喜ぶようにプレゼントをあげたり、沢山褒めたり、怒る時はしっかり怒って。
休みの日はしっかり一緒に出かける。
理想の両親であろうとしている。

けれど、時間がどうしても、短い。
敏腕であるが故に、働く時間が長い。
その結果、娘といる時間が短い。
その分短い時間で愛情をできる限り注いでいるが、それでも。

この頃の娘にとって、何よりも両親にいる時間こそが大事なのだから。
逆に愛情を知ってるからこそわがままをいえない。
もっと一緒に居てほしい。
そんなささやかな願いすら、雪美嬢はいえない。
あぁ、やんぬるかな。


224 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 00:59:38 /KmaiUhs0

そう、そんな感じで一人だった娘の拠り所が私になったのも、まぁ仕方ない事だろう。
私としては家猫、飼い猫としての領分を全うするように彼女に寄り添った。
まぁ、同情した面もあったのだが、それはそれ。これはこれである。
そうしたら、自然と雪美嬢は私に話しかけるようになった。

人間が話す言葉……というより日本語だが。
私ら猫はそれを割りと理解するのだ。
特に飼い猫として生まれた定めなら尚更。
散々飼い主が話してる言葉なのだ、生まれたときからずっと聞いていればそれはある意味当然である。
だから、理解したうえで鳴く。
残念ながら、私含めた猫は日本語、人間の言葉など喋れる訳がない。
喋れると言うならそれはただの化け猫だ。
まだ存在しているのか、解らないが。
だから鳴き声で感情を表して。
大体は通じないだけど、時たま、人間にはそれを理解する者がいる。
なんとーなくだが、確実に。
なんでそんな人が居るかは……まぁ大昔はそうだたったらしいから、そういう太古のDNAとかいうものだろう。
文明ができた直前か直後、人間がもっと自然や動物と寄り添ってた時代のDNA的な。
うん、自分で言うのもなんだがうさんくせぇ。
兎角、理由はどうでもいいのだ。
とりあえず彼女はなんとーなく理解できる。
そういうことだ。

だから、私と彼女はなんとなーく話していて。
その過程で、『ペロ』と名付けられた。
よく舐めているかららしい。
それは単なる習性でしかないのだが、まぁ猫の名前なんてそんなもんである。
私自身、親から貰った名前があるのだが、飼い猫は飼い主から貰った名前を大切にするものである。
何故って?
両親はさっさと死ぬが、飼い主は基本的には私たちより後に死んで。
死ぬ間際まで、寄り添ってくれるからだ。
そんな人がつけた名前を大切にするのは、当然である。

ただ、それは野良猫でも一緒らしい。
『おじょう』と呼ばれる私が住んでいる界隈のボスメス猫がいるのだけど。
彼女は、よく私の家の庭に来てたむろいながら話をしているんだが、おじょうという名前は近所の人間の餓鬼共がつけた名前の短縮系らしい。
名付けられた名前は、『大鷲のジョー』

……何故に今時ガッチ○マンなのだ。
しかも間違ってるし、そもそもメスだ。
いや、パッと見区別つかないのだろうけど。
それにしたってなぁ。
でも、それを大切にするのは、死んだ時に呼んでくれるかもしれないらしい。
いつ死ぬか解らない野良猫。
下手したら、一時間後に車に引かれて死ぬかもしれない。
そんな時、せめて、人間が名前を呼んで、葬ってくれるなら。
それを考えると大切にしたいらしい。

……野良猫の考えはよく解らない。だって私は家猫だし。
野良猫はあくまで野良で。飼い猫はあくまで飼い猫だ。
根本的に考えが違う。
だから理解しろというのは、きっと無理だ。
だってそういう風に生まれたのだから。
けれども、まぁ、最期にはきっとそう思うのだろうというぐらいはなんとなく思ったのだ。
しかし、それで「おじょう」という通称になるとは。
歳を考えろ、歳を。
そういったら、尻尾で全力で殴られた。


まぁそんなこんなで。
一人だった雪美嬢に付き添うように私は居て。
彼女の話を聞いて。
彼女の孤独を癒して。
適度に私自身も一人で居ながら。
近所の野良と話したり。
寝たり。

それなりに幸せな一生を送っていたのである。


225 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:01:10 /KmaiUhs0



そんな生活に変化があったのは、ある男が家に尋ねてきたからである。
良く言えば人のよさそうなオッサン。
悪く言えば胡散臭いオッサン。
そんな印象の人がやってきて、雪美嬢をアイドルにしたいという話だった。
そのオッサンはプロダクションの社長で、学校誌に乗っていた雪美嬢の写真を見てピーンと来たらしい。
突然降って沸いたスカウト話に彼女の両親は目を白黒とさせていたが、そこは流石、社長さん。見事な口説き文句だった。
口八丁手八丁、アイドルとしての活動語って、すばらしいものだといい。
けれど、ちゃんと目立つことになるデメリット、業界の厳しさも諭して。
それでも、なお雪美嬢をスカウトしたいという、なんとまあ情熱的な口説きだったことか。
結果として彼女の両親は乗せられたというか、ものの見事に乗り気になり。
雪美嬢にやってみないかと提案をしたのである。

彼女はその時、きっとアイドルというものをよくわかってなかっただろう。
けれどこくんと頷いていた。
ほぼ即答だった理由をきっと両親は知らないだろう。
単純な理由で、両親を喜ばせたい。
きっとそれだけだ。
自分がやれば両親の笑顔を見れる。
そんな孝行しか、考えてないのだろう。

私は彼女の決断というには、余りにも幼稚めいた、だが純粋な選択を複雑な気持ちで見守っていた。
余りにも彼女らしくて、けれど彼女は本当に幸せになれるのだろうか、これで。
そんな不安を抱えながら。

猫は猫らしく、人間の行く末を見守るしかなかったのであった。



そうして、


佐城雪美は一人の女の子から、アイドルへ変わろうとしていたのだ。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


226 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:02:02 /KmaiUhs0











「もう一人担当を増やす……ですか?」
「そう。今、美優さん一人ですけど、もう一人担当して欲しいんですよ」
「……はあ」

気乗りしなさそうに、一人の男が千川ちひろの話を聞いていた。
机に肘をついてる様から気乗りしないですという態度を全面に出している。
その隣で、苦笑いしながら、それでも優しそうに見つめている女性が、その男のプロデュースするアイドルだった。
名前は三船美優といい、運命的な出逢いを男として、そしてその男と付き合い始めていた女性だ。
男の様子を千川ちひろは有る程度は想定していたのだが、見ていて腹が立つものは立つ。
やっとアイドルをプロデュースするようになったのはいい。
かなりの成果も挙げて、三船美優の評判も非常にいい。
公私混同をして、男女の仲になったのも、彼と彼女が出逢った顛末を知れば、許したくなる。
だが、目の前でいちゃつかれるのは、ちひろとはいえたまったものではない。

「うちも、そんな人材に余裕がある訳じゃないんですよ、解ります?」
「それは俺自身が事務やっていた頃を考えると、信じられないけどな」
「……こほん。あぁ、もうそういう御託はいいですし、こっちもはっきり言います。つべこべ言わず、プロデュースしろということです」
「……けれど、今は美優と『二人』でやってきて、上手くいっている。軌道に乗り始めた今だからこそ、此処でバランスを崩すのは許容したくないな」
「それは、そうですね」
「だろう? だから他をあたってほしいかな」

男が言う正論に、ちひろも思わず言葉が詰まった。
この前まで事務しかしてなかった男とはいえ、プロデュース能力は極めて高い事は周知の事実である。
三船美優という年齢的には大分辛いのに、彼女らしさを充分だしてアイドルとして成功させているのは、見事だ。
そして、今が昇り目という時に、プロデューサーとアイドルのバランスを崩したくないというのはちひろにとってもよく解る。
一人を増やすというのは単純に、プロデューサーの労力は増える。
そして、一人一人のアイドルに接する機会も減るということで。
三船美優というアイドルがまだ安定していないと踏んでるからこそ、許容できないという男の考えは最もだった。
だから、ちひろも男の断りを飲みたいのだが、飲めない理由がある。

「そうもいかないんですよねぇ」
「何でさ?」
「社長が拾ってきた子で、社長が貴方を指名してるんですよ」
「はぁ……俺?」
「そう。なぜか知らないけど……けど」
「……あの社長がそう指名するなら意味があるんだろうな」
「なんですよね。とりあえず、その子の書類ぐらいみてください」

今回、男にプロデュースして貰いたいアイドル候補は、プロダクションの社長が直々に拾ってきた子である。
その子を、男にプロデュースしてほしいという個人指名だったのだ。
男は眉をひそめながら、ちひろの顔を見てみることにした。
仕方ないですよねと言いたいような困った笑みである。
えてして社長の指名には何かしらの意味があるというのが、このプロダクションでの通例だ。
そして、社長の決断には大体間違えがないというのも、男は知っている。
だから男はため息をつきながら、ちひろから書類を受け取った。
つまり、元々断る術などないのだから。

「……なんだ、子供か」
「そうですね、ジュニアアイドルになるでしょうか」
「佐城雪美……日本人形みたいな容姿だな、うん、可愛いと思うよ」
「……むぅ」
「美優も可愛いよ」
「……はい」
「頼むから外でやってもらえます?……で、どうですか?」

男は書類に目を落とすと、女の子の写真と簡単な紹介が載せられていた。
ざっと写真を見て客観的にも、可愛いと思う容姿でこれならスカウトされてもおかしくはないだろう。
まさしく人形のような可愛らしい女の子だった。
男は美優をあやしながら、げんなりしているちひろに答える。


227 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:02:30 /KmaiUhs0

「悪くない……けど、なんだろうな」
「なんでしょう」
「この笑顔といい……なんか、こう寂しそうだ」

この写真から感じる違和感を、男は言葉にしないけど理解している。
それは男も、美優も抱えていたものだ。
男や美優ほど深いものではないけれど、子供にとっては大きいモノ。
きっとこの子は…………


「まったく、あの社長は全部解って寄越してくるんだから、タチが悪いな」
「というと?」
「断れないってこと。こんな子をあえて俺にプロデュースさせたいって言うんだから……本当に、もうあの人は」
「そういう人ですよ。本当に」
「全く……こんな『独り』の子。放っておけないだろ」

自分たちと一緒のものを抱えているのだろうと男は思う。
独りで寂しくて、でもそれをいえなくて。
なら、どうすればいいか。
その解決の仕方を、男は知っている。
とても簡単なことだ。

孤独が辛いなら分け合えばいい。
孤独を分け合って、そして独りじゃなくなる。
そんな簡単なことだ。

男はそれを隣の女性から教えてもらったから。

「なぁ、美優……いいかな?」
「ふふっ……いいですよ、独りより二人……そして『三人』なら、もっといいと思いますよ」

男が最も愛している人も、微笑んで了承してくれる。
美優も同じ思いなのだから。
写真を見て、彼女も男と同じことを考えて、三人で居ようと。
それはきっと、幸せなことなのだから。



「あぁ、ありがとう……よし、ちひろさん、この子にあわせてもらえないかな?……俺がプロデュースするよ」



孤独が寂しいなら。

二人でいよう。


二人でも足りないなら。



三人で、幸せになっていけばいいのだから。









そうして――――



「こんにちは、佐城雪美ちゃん。 俺が君をアイドルにする、プロデューサーだよ」
「アイドル………私……あなたが……私を…………うん……約束、して…………手、つないで……、……これで…大丈夫……迷わない……から」




独りの子は、二人に出会ったのだ。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


228 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:03:05 /KmaiUhs0







雪美嬢が、アイドルになってから私の生活が変わったかというと、素直に変わったというしかあるまい。
当初、私はのほほんと気楽に構えていた節がある。
何故なら、変わるのは雪美嬢がアイドルになるだけで、佐城家そのものには大きな変化はない。
そして、私は佐城家の飼い猫として、家猫として、一生この家にいる宿命だと考えていた。
だが、冷静によくよく考えてみたら、彼女は私にべったりというか、私を放さない。
ともすれば、私が一緒に雪美嬢と行動を共にするのも考えられた事ではある。
ぽっかりと忘れていた、気づいてなかったが。
そうして、雪美嬢に抱えられていくか、かごのなかに入れられて、どんぶらこどんぶらこと連れられていく。
家猫として、自分の世界は、あくまで佐城の家の中だけだと思っていた私は。
アイドルプロダクションの事務所という、新たな世界が増えてしまったのである。
率直に言うと驚いたし、生活が変わるのにも戸惑った。
戸惑ったが、素直に受けとめるしかなかった。
何故ならば、私は佐城家の飼い猫で。
そして、佐城雪美が、愛する猫なのだから。
飼い主に従うのは、当然といえば、当然なのである。

そうして、私は事務所でも過ごすようになったのだが、私を構う事務員やアイドルも当然いた。
筆頭ともいえるのが常に眼鏡をかけているアイドルだ。
猫がプリントされている服を着るくらい、猫が好きなのは触れ合ってみてよく解る。
甘やかしてくれるし、餌もくれる。素晴らしい人だ。現金なものだが、そんなものである。
ただ、事あるごとに眼鏡をかけさせようとするのが、玉に瑕だが。

続いて構ってくれる……というか、何故か張り合ってる、にゃあにゃあうっさいアイドル。
猫に猫を張り合って勝てると思うのか、あの猫女め。
そして、当然のごとく負けて、自分を曲げないなどといいながら退散する姿は、妙に切ない。
ただ、いつも猫アイドルの癖して食えない魚をくれるのは、とても嬉しい。
現金だが、そんなものである。これを言うのは、二度目だがそんなもんである。

後は……構ってとは正確には違うのだが。
いつもこっそり私を見ているクールビューティ風のアイドル。
どうやらアレルギーがあるらしく、猫は好きだが触れられないらしい。
流石に、可哀想に。けどどうしようもない。やんぬるかな。
一回無理に触って大変な事になったこともある。
なんとも切ない話だ。
そんな彼女はよく、高い猫缶を用意してくれている。
実にいい人だ。現金なものだが、そんなものである。
三度目というのも、言い飽きた。


アイドルに構われない時間、そして雪美嬢がそばにいない時間。
私が事務所で、何処にいるかと言うと、ペットが集まる部屋にいることになった。
委託所というか、そんな感じのところである。
……が、そこに集まる動物が珍妙奇天烈極まりない。
人間共は動物同士なら会話できると思うらしいが、そんな訳があるか。
自分自身が他の動物と話せないのに、なぜそんなことも解らないのか。
全く、不可解だ。
そして、そこの部屋に集まるペットたち。


まず、犬。
アッキーという小型犬。
いつも困ったような表情で此方を見ている。
だが、その意味が解らん。
とりあえず、こっち見んな。

次に、イグアナ。
ヒョウくんというイグアナ。
……イグアナと何を話せというのだろうか。
外国の生き物で、異文化なのに。
言葉も通じるわけがない。
しかも無表情なのが不気味すぎる。
お前も、こっち見るな。

そして、トナカイ。
ブリッツェンというトナカイ。
今更だが、この事務所はいったいなんなのだ。
なぜトナカイがいるのだろうか。
イグアナはまだ百歩譲って、ペットでいるだろう。
しかしトナカイはペットではあるまい。断じてだ。
此処は動物園なのだろうか。頭が少し痛くなってきた。
兎にも角にも、鼻水すすれ。


229 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:05:01 /KmaiUhs0


そんな吃驚仰天の動物達に囲まれながらも、唯一の救いが同属がいることだろう。
そう、私と同じ猫だ。
捨て猫だった時に、ヤンキーアイドルに拾われて、事務所に居つくことになった猫。
ヤンキーアイドルのプロデューサーの家と事務所を寝床にした、オス猫だ。
名前は、アンジェリーナ。オスなのに。
またこのパターンである。
ええい、人間共、さっさと顔だけでオスメス判断できるようにならんか。
人間同士は出来ているのだろうに。
というか、ついてるのぐらい確認してから名前をつけたまえ。
アンジェリーナとかついてるが、拾われる前の名前は、古風すぎる名前で。
その名前は源十郎という。
しかし、今はアンジェリーナかアンジェとしか呼ばれない。

「拙者としてはとても複雑なのだがな……」
「まぁ、そうですねぇ」

と彼は切なそうに言っている。
申し訳ないが、結構大爆笑モノである。
流石に不憫を通り越して笑いすらでてきそうなぐらいに。
目の前ですることは絶対ないが。
また尻尾でビンタされたくはない。
そして、女の名前で言うのもなんなので、源さんと彼のことを私はそう呼ぶことにしている。
自分のためにも。アンジェさんとか私が言ったら笑いを耐え切る自信がない。

とはいえ、ゲンさんと話すのはとても楽しくてためになる。
言うまでもなく猫として壮烈で数奇な人生送ってる方ではあるのだから。
何を話すかというとその日時々で違う。
その日のご馳走とか日常的なことや、なんか猫的な哲学なものである。
まあつまり雑多の事を適当に話すのだ。
みもふたもない事を言うなら雑談ともいえる。
そんな雑談を今日も今日とて、ゲンさんとしている。
今日の話題は…………家族の愛についてだ。


「なあ、ペロよ。お前は母親の記憶は持っているか?」
「一応は……けれど、案外よく覚えてないもので。すぐに離れる事になりましたし」
「飼い猫だから仕方ないな」
「正しく……とはいえ、温かいことは覚えています」
「そういうものだ……母親とか家族というものは」
「そうですか……いまいちピンと来ないですね」
「何を言う。飼い猫は飼い主も家族であろう」

それもそうだ。
飼い猫にとって飼い主がすべてで。
そして、それは言ってしまえば共に暮らす家族なのだろう。
種族は違えど、人も猫もそれは変わらぬものかもしれない。

「されど、恋人や夫婦以上に……愛情を感じるのは、家族というのは、難しいものだな」
「そうですか? 恋愛関係も一緒ではないでしょうか?」
「別に交われば大体感じるだろう」
「………………まぁ、そうですね」

凄い納得はするが、私自身凄い微妙な表情をしている確信が妙にあった。
その通りなのだが、もっと言い方というものを。
一言でいえば、風情がない。

「ある意味、拙者はお前が羨ましい」
「何故です?」
「飼い主が、お前の言葉を理解できる。そして、互いに必要としている」
「前者は兎も角、後者は普通じゃないですかね」
「普通であれば、拙者は捨てられなかった」
「……すいません」
「よい、気にしなくてもいいことだ……だが、普通であると感じる事は幸せな事だ」
「そうですね」

彼は、捨て猫だ。
本来必要とされた飼い猫である筈なのに。
捨てられて、どうにもならない所で、救われた。
そういう境遇であるというのは、一体どういうものなのだろうか。


230 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:06:55 /KmaiUhs0

「当たり前のように、愛情があると感じていた。飼われているのだから、当然だ」
「けど」
「ああ、捨てられた。愛情があったが無くなったか、もしくは最初から愛情なんてなかった」
「最初から愛情が無い事は無いんじゃないか……」
「拙者の親は飼猫であるのに、去勢されてなかった」

その言葉で察してしまう。
飼主の義務であるのに。
私らのどうにもならない所で生まれて、それは堪らないことだ。

「なぁ、餌も与えられて、寝床も与えられて、遊び道具もあって、時たま可愛がってもらって。それでも捨てられた」
「…………」
「どうすれば、愛を感じる事ができるのだろうかと。お前のように飼主が傍に居て、言葉を理解すれば、出来たことか?」
「それは、違うと思います」
「ああ、拙者をそう思う。それは理解できれば、助けになるだろうが、根源的には理解できないだろう」
「ですね……けれど、そうであるならば、どうすれば愛を感じるのだろうか」
「さぁて。それが、解れば、こんなにも拙者達は沢山の言葉を交わして、触れ合う事はしないだろう。実際、今の拙者は、十分に幸せだ」

何もかも与えられて。
何もかも傍にあって。
それでも、捨てられた源さん。
けれど、今同じような状況にあるというのに、愛を感じるという。
言葉を交わすことなど出来ないのは変わらないというのに。
違いは、なんだ。

「じゃあ、源さんは愛を感じるというものを、どう考えているのでしょう?」
「ふむ、それは、温もりというもの、なのだろう」
「温もり……」
「其処に緩い温かさを感じていれば、きっと愛を感じる事ができるのかもな」
「何故です?」
「母の手の中は、温かいものだから……といったら気障だろうか」
「……いえ、なんかそれは素敵です」
「そうか」

ヒトも猫も母に抱かれて生まれ、母の手を思い逝く。
母の事を想い、生まれ、そして、逝く。
きっと其処にあるのは、温かいもので。
それを感じるというのは、きっと愛を感じると一緒なのもかもしれない。

「だから、その為にヒトも猫も、言葉を重ね、触れ合う」
「温かいものを感じるために?」
「ああ、そうやって、愛を確かめるのだろう。想いや気持ちは、そうでなければ、伝わらない」
「そういうものですか?」
「結局のところ、物でも、居場所でも、何かをした経験でもないんだ」
「ふむ」
「それを通して、言葉を交わして、想いを、そして記憶を重ねるのが、大切なのだろう」
「成程」
「そして、それは一方的に与えるものでなくて、共に分かち合って、得ていくものだろう」


231 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:08:13 /KmaiUhs0

であるならば、雪美嬢はどうなのだろうか。
あの子はとても不器用だ。
言葉も重ねる事も思いを伝える事も全部だ。
だから、彼女はいつも与えられるだけ。
両親から、そうやって貰う記憶しかない。
そこに、言葉を重ねる事も触れ合う事も、きっと。

ふと、思うのだ。
愛情を雪美嬢は知っているだけで感じてはないのだろうかと。
確かに愛情なのだろう、両親が雪美嬢にやってるものは。
けれど、雪美嬢は本当に、温かさを感じているのだろうか。
言葉を交わす時間も、接する時間も少ない彼女が。
温もりを感じているのだろうか。
与えられるだけで、それは本物に感じているのだろうか。
温かさを、感じているのだろうか。


名前の通り、雪のような冷たさしか知らないというなら。




それは、とても寂しい事なのではないのだろうか。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








雪美嬢がアイドルになって暫くの時が進んだ。
最初は上手くいくのかと思ったが存外上手く言っている。
あの無口な子で大丈夫なのだろうかと思ったが、そこがいいらしい。
人間の趣味趣向は千差万別ということなのだろうか。
とはいえ、私としてもご主人が活躍するのは嬉しいことだ。

それに、アイドルをやる事は彼女にとってもいいことになった。
笑顔が、大分増えた。
感情表現が下手だった子なのに、それが出来るようになってきた。
アイドルのレッスンのお陰でもあるのだが、それよりも環境だろう。

それは、彼女のプロデューサーと同じアイドルの影響に違いない。
傍から見ても凄く懐いている。
まるで、両親のように。
愛を感じている。

三船美優というアイドル。
雪美嬢のプロデューサーの担当アイドルであり、まあ十中八九恋人。
不思議な母性を感じる大人の女性という感じで。
ちょっと天然も入っているヒトだ。
とりあえず「にゃあ?」と挨拶してくるのは簡便して欲しい。
日本語で通じるのだ、日本語で。


232 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:09:29 /KmaiUhs0


そして、プロデューサー。
冴えない顔だなと私は正直、思っていた。
けれど、存外仕事は出来る。
雪美嬢とのコミニケーションは割りと完璧だ。
彼女の事を理解して、本当に必要なものを全部与えてくる。
それは優しさであり、父性というものを見せたり。
怒る時もあった。けれど、それは彼女の事を思って、だ。
そして、雪美嬢の魅力を全部出してくれる。
きっと、雪美嬢はプロデューサーを大きく見えていただろう。
まるで、父親のように。



そう、彼らは本当に、彼女の「両親」のようだった。
私はそれを見ていて、雪美嬢が幸せであるならそれでいいと思った。
ご主人様が幸せならそれでいいと。
なぜならば、其処には温かさがあったと思ったから。
雪美嬢が私に語る二人の話はとても温かいのだ。
大切な、大切な思い出を語るように。
そんな彼女を見るのは私にとって嬉しい。


だから、それでいい。


そう思っていた矢先。



事件は起きた。



でも、それは、起こるべくして起きた事件だった。
そして、乗り越えないといけない事件だった。
何故ならば、



美優も、プロデューサーも、彼女にとって、



所詮、本当の血の繋がった家族ではなかったのだから。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


233 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:12:17 /KmaiUhs0



その日は、私も珍しく番組の収録に来ていた。
いや、自宅から局に直に行ったからだけなのだが。
しかし、よりによってクリスマスにやらなくても思うが、芸能人の宿命だろうか。
実際スタジオの隅っこで待機だった。
とてもとてもに暇だったが、番組の見学していた美優の膝で丸まって寝ていた。
彼女の太腿はとても寝やすくて、素敵だ。
魔力が詰まってるといっても過言ではない。
三船美優、魔性の女だ。
隣に居たプロデューサーが微妙な顔をしていた。
ざまあみろと煽ってみたい。
煽っても根本的には負けているのだから意味がない。
人間と猫でそもそも種族が違うのだし、さらに意味が無い。
だから、寝ている。気持ちのいいものには勝てない。

番組の内容はよくある子供を集めた番組といえばいいか。
子供向け、家族向けののバラエティー特番だった。
VTRが流れて、スタジオが反応するまあ、よくあるもの。
収録もつつがなく進み、なんか人間用の感動的なVTRが流れて。
そして、出演者に振って収録も終わりだ。
VTRも終わって。
司会者が雪美嬢に話を振った。

「雪美ちゃんの家族との一番の思い出はなにかなー?」

他愛も無い質問だろう。
普通だったら、何か子供の思い出を言えばいい。
それを司会者が広げて、終わりの小さな質問だ。

でも、雪美嬢はこう言った。



「美優と……ケーキ……一杯作った……楽しかった」



きっと、彼女にとってとても楽しい思い出なのだろう。
彼女が幸せに感じた瞬間なのだろう。
温かいものだったのだろう。
彼女が家族と感じていたのだろう、美優を。
けれど、それは


「それは、家族じゃなくて、同じアイドル仲間かな?……えーと、じゃあ次に――――」


他人には、そうには見えない。
血縁もないのだから。
司会者は困ったように笑って、次の子に聞いた。
どうせカットされるだろう。
ミステリアスな子で雪美嬢は通っている。
天然ボケと思われたかもしれない。
今のVTRには、あわないだろうから、まあ番組的にカットすればそれでいいのだ。
いいのだが……雪美嬢にとってはよくない。



なぜならば、それはかけがえのないものを否定されたに、等しいのだから。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


234 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:16:57 /KmaiUhs0

収録を終えて、雪美嬢が見当たらなくなっていた。
さっと逃げるように姿を消していた。
私も美優もプロデューサーもあの質問のせいだとわかっていた。
小さな子が衝撃に受けるには充分だと解っていたから。

「クソッ……先延ばしにしていたツケが回ってきたか」

プロデューサーが頭を抱えながら、呟いた。
先延ばしにしていた問題。
言うならば、家族ごっこだったのだろう。
雪美嬢にとって父親母親の真似をすること。
それは雪美嬢の孤独を癒すには充分だったのだろう。
けれど、根本的な解決になっていないのは確かだ。

家族ごっこは、所詮家族ごっこでしかないのだから。

「プロデューサー」
「美優?」
「じゃあ、ツケを返す時……だと思いますよ」
「って、どうするんだ?」
「もう、決まってるじゃないですか」

三船美優は、真剣に、それでも、微笑んで言った。
きっと、彼女も考えていたのだろう。
この問題を。
私もどうなるか気になっていた。
ご主人様の事だから。
でも、きっと


「家族ごっこで終わらせるか……終わらせないかです」
「……ああ」
「答えは……もうでてるんですよね?」
「…………勿論!」



猫がどう思うが、答えなんてもう決まっていたのだろう。
きっと、それはもう出会った時から。



「独りが嫌だから、二人になった。そして二人が嫌だから、三人になった……今更戻れないよな!」
「ええ!」

一度、握った手のひらの温もりはずっと残っている。
それは、二度と忘れる事が出来ないから。
また、手を重ねるのだろう。


「おい、ペロ、ご主人様をその鼻で探すんだ! 会いにいくぞ!」


私は犬じゃない。
臭いで解るか、この色男め。
美女に続いて、美幼女まで落としおって。
でも、人間の男にしてはかっこいいんだなぁ。
こういうのがもてるんだから、世の中しっかりしている。
そして、私は雪美嬢が去っていた先を見ている。


家族ごっこでいいかどうか。
猫も猫なりに考えてみた。
でも、飼い猫だから、答えなんて出ていたものだ。


仕方ない、案内してやるか。



答えは簡単だった。


235 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:17:14 /KmaiUhs0


私だって雪美嬢が好きだ。
私だって彼女の温もりが好きだ。



なら、好きな人の幸せを願うのは、当然なのだから。




それが、家族という、ものだろう?












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


236 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:18:53 /KmaiUhs0








「雪美」
「――……美優……?」
「こんなところに居たんですね、非常口のすみなんて居ちゃ駄目ですよ」

雪美嬢は非常口の階段に座っていた。
寂しい猫のようだと私は思う。
いや、猫が猫のようだというのも変だが。
第一、猫と寂しいを結び付けているのはなんだ。
人間が考える言葉は時たま不思議である。

「………………家族じゃない…………って」


雪美嬢は子供だ。
だから、問いかけもストレートだ。
この問いに、絶対に、逃げてはいけない事ぐらい皆わかっている。


「あぁ、俺達は、本当の家族じゃない」
「…………!」
「血は繋がっていない。俺達はそういうものだ」
「………………」

彼女はぼろぼろと泣く。
でも、と彼は言葉は続ける。

「雪美はね、本当の家族も大切にしなきゃいけない」
「…………なんで?」
「雪美ちゃんが、家族じゃないといったら、お父さんもお母さんも哀しくなってしまいよ、寂しくて泣いちゃう」
「…………それは…………いや……」
「でしょう?……今は解らないかもしれないけど、きっとそれも大切だからね」
「……じゃあ……美優も……――も……かぞくじゃ……ないの?」


237 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:20:57 /KmaiUhs0


血の繋がる家族も大切にしなきゃいけない。
そりゃあ、そうである。
私はもう会えないが、大切にした方がいい
だって、父と母、二人に愛されて、生まれたに決まってるのだから。
自分の子を愛さない親なんて、寂しすぎる。
でもだからといって、


「本当の家族じゃない……だからといって、俺達が雪美を大切に思ってない訳がないということだ」
「……?……よく……解らない……」
「じゃあ、こういうことだ」


そういって、男はそっと雪美嬢を美優ごと、抱きしめる。
きっと、温かいものだろう。


「………………温かい…………」
「だろ……? 家族ごっこかもしれない。でも、俺はそれでいい。終わらせたくない。だって、俺はお前の事も大切だから」
「寒いのは寂しいから、雪美ちゃんは一緒にいたくない?」
「……ううん」
「じゃあ、それでいいんだよ、温かいなら、三人で居よう」
「……居て……いいの?」



雪美嬢の問いかけ。
縋る様な目だった。



「あぁ、雪美の心が温まるまで……温まっても、ずっといよう」
「……約束……して」
「あぁ、約束する。この手を離さない」
「私も約束です」
「……うん……うん!」





傍から見ると滑稽に見えるかもしれない。
所詮家族ごっこのままかもしれない。
でも、三人がそれでもいいなら。
それはきっと、何よりも尊いと思う。


この世界で、温かいものを、ずっと信じていられるなら。


愛を感じていられるなら。



きっと、幸せなのだから。


238 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:23:02 /KmaiUhs0

「……ペロも一緒!」


そうやって、私も温もりも入れられる。
不思議な不思議な家族の輪に。
抱きしめられた。温かい。
けど、抱きしめすぎて、逆に暑い。
まぁ、たまにはそれもいいか。






きっと、雪美嬢が成長して。

本当の家族の愛にも気付いて。
それも、大切だと思って。
温もりも知っても。



きっと、この幸せごと、本当の家族の幸せも大切にするだろう。


幸せは何個あってもいいのだから。




私は猫だから、きっと、彼女が大人になるまで生きてられないけど。


いつまでも、幸せで居てほしい。


それが、飼い猫が願う、ご主人への共通の想いなのだから。



サグラダ・ファミリアという言葉をふと思い出す。
建物が有名だが、日本語訳がある。


聖なる家族という、意味だ。



彼女たちは血は繋がっていないけれど、今、ここにいる家族は。



何よりも清らかで、幸せに見える。





サグラダ・ファミリア――――聖なる温かい家族に、永遠の祝福を。



そんな、願いを、猫なりに。



聖なる夜の日に思ったのだ。


239 : サグラダ・ファミリア ◆yX/9K6uV4E :2014/09/15(月) 01:23:26 /KmaiUhs0
投下終了しました。この度は大変遅れてしまい申し訳ありませんでした。


240 : 名無しさん :2014/09/15(月) 01:41:51 6hz6jcK.0
投下乙 終着点が見えてきたね


241 : 名無しさん :2014/09/15(月) 14:51:48 qg34R.uk0
投下乙です

ほんわかとした、したが既に雪美は…
だからこそ物悲しくなる


242 : 名無しさん :2014/09/18(木) 00:47:40 aM.VPlE20
全滅しちゃってるからな、孤独Pの担当


243 : 名無しさん :2014/09/19(金) 20:00:17 R2A.CRKg0
まだ21人いるのか、もう21人しかいないのか
これが10人前後になったら完全に終盤戦だなあ


244 : ◆yX/9K6uV4E :2014/09/19(金) 20:59:00 T6Bi1H5w0
感想ありがとうございます。
此方も感想を。
>ナカマハズレ
杏ちゃん、どんどん堕ちていくなぁ。
千夏が違和感覚え始めつつあるけど……足元すくわれないといいけどw

>彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー
は、派手にしんだぁ!
病院組、ほぼ壊滅……w
いやぁ、ロワですねぇ、無念に皆逝っていた。
紗枝ちゃんのラストが本当に好きです。

さて、此方も
高森藍子、相葉夕美、小日向美穂、矢口美羽、緒方智絵里、大石泉、高垣楓、栗原ネネ、川島瑞樹で予約します。
何度も超過している手前で、申し訳ないのですが、今回の予約二週間貰っても構わないでしょうか?


245 : 名無しさん :2014/09/20(土) 02:31:56 wb4jQFEk0
書いてさえくれるのならいつまでだってまつわ

わたしまつわ


246 : 名無しさん :2014/09/21(日) 21:42:30 SzQspemg0
予約キター


247 : ◆John.ZZqWo :2014/09/22(月) 10:35:34 7u01kh1s0
>サグラダ・ファミリア
投下乙です。
いつもと違う文体なので、まずそこに衝撃を受けましたね。ペロの軽妙かつひねくれた言い回しがとてもグッドですw
そして、お話自体もとても綺麗でひとつのモバマスSSとしていいなぁと。
……しかしながら、実際にはここに出ているアイドルはみんな死んじゃってるんですけど。

予約の件は了解です。とても他人のことは言えない口ですけど、ここまでくればそこらへんもう少し自由でもよいと思います。


248 : ◆j1Wv59wPk2 :2014/09/22(月) 19:55:18 qVCKr2wo0
お久しぶりです……なんだか、とてもすごい事になってますねこれは。投下乙です。
北周りは山場を越えて、この喪失感。これぞロワって感じを久々に味わって、衝撃を受けました
ラストのアレも大分思わせぶり……トライアドプリムスも集合し、北にいるアイドルの物語は収束へと向かってますね。

そして……毎度思う事ですが、もうこれは普通のモバマスSSなんだよなぁ…w
黒猫視点、しかも中々にいいキャラ。文体も合わさって、独特の味を醸し出してていいですね。
この終盤に、彼女達の出会いと成長の物語が入るという事がとても感慨深い。あの人は取り残されてしまったわけか……全てが終わったあと、どうなるんだろう。

予約の件、大丈夫だと思います。投下、期待して待ってますね!


249 : ◆RVPB6Jwg7w :2014/09/23(火) 11:17:31 TMiPCgfk0
とりあえず最近の2作に感想を〜

>彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー

うわぁ大変なことになっちゃったぞお(棒
弛緩していた大集団の、付け焼刃の連携が脆くも崩れ去るさま。残酷だけど説得力たっぷりで。
そして大暴れしたなおかれも、そこで出会って、そこでそうなるかぁ……!
容赦のない一話、堪能しました。


>サグラダ・ファミリア

まず語り手の最初に自己紹介でやられた!w 意表を突かれたけどこれは上手い。
傍観者から語られる彼女たちの物語、じんわりと暖かいものが広がるなぁ……
……それと同時に、残された一人と一匹のこの後が実に気になってしまうわけですが。


予約の件も了解ですー。
いい加減、この辺のシステム(期限の長さとか自己リレー解禁とか)も見直すべき時期かもしれませんね。
とりあえず今回はそれでやってみるということで、やってみた後にでも。


250 : ◆n7eWlyBA4w :2014/09/23(火) 13:03:01 oY9hbRHE0
>彼女たちが生きてこそと知るクラッシュフォーティー
病院組が一処に留まり過ぎててこれは危ないなーと思ってたら、想像以上の惨事に……。
クロスボウの矢が次々刺さっていくくだりとか、淡々とした流れが逆に恐ろしい。
いよいよ終盤戦に差し掛かってきたという緊迫感をひしひしと感じますね。

>サグラダ・ファミリア
吾輩は猫である視点は想定外だった……!
これはもう発想の時点で勝ってると思います。P視点でも雪美ちゃん視点でもこうはならないでしょう。
モバロワの補完回は単独で切り出してもSSとして成立してる感じが好き。


予約の件、いいと思います。本編ももう佳境ですからね。


251 : 名無しさん :2014/09/25(木) 18:06:46 npl6DUgw0
あれ? そういえばロリに厳しいモバマスロワ、ついにロリ全滅した?


252 : 名無しさん :2014/11/09(日) 20:19:30 6oAPO9Xc0
待ってる


253 : 名無しさん :2014/11/16(日) 18:09:06 mhE5eakc0
俺も


254 : ◆j1Wv59wPk2 :2014/11/19(水) 01:33:03 EEBeHXcE0
随分と予約の間があいてしまいました。
久々な予約になるのですが、渋谷凛、神谷奈緒、北条加蓮、和久井留美、諸星きらり、藤原肇を予約します。


255 : 名無しさん :2014/11/19(水) 21:43:32 5m0DDydE0
キター


256 : ◆j1Wv59wPk2 :2014/11/25(火) 10:50:28 33MYwBsk0
予約期限の長さをすっかり勘違いしておりました。取り急ぎ延長要請します。
とはいえこちらも難航している部分がありますので、期限を大幅に超過してしまいそうです。よければお願いします。
あと内容の変更で触れなくなったので、諸星きらりと藤原肇の予約は破棄します。キャラを長い間拘束してしまい申し訳ありません


257 : 名無しさん :2014/12/25(木) 10:36:55 /j84QmIw0
最近全部読んだよ
書き手さんすごいね、応援してます


258 : 名無しさん :2015/01/27(火) 00:46:09 r.6tEiA20
アニメが終わる頃には一区切りついてるといいなぁ…


259 : 名無しさん :2015/02/02(月) 21:34:42 4/R.PPUE0
生きてるかあ?


260 : 名無しさん :2015/02/12(木) 19:45:09 hyDox6nU0
がんばれー


261 : ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:33:19 JhWWrsWw0
すいません、大変お待たせしました。
予約についてなんですが、こちら色々と展開に変更がありまして。
今更な感じではありますが、こちら予約の方破棄します。大変申し訳ありません


262 : ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:34:06 JhWWrsWw0
代わりに北条加蓮単体で再予約して、投下します。


263 : Spiral stairs ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:37:00 JhWWrsWw0
それは、彼女達が悪夢のようなイベントに巻き込まれる、ほんの少し前の出来事。


「あっ」
「お」

その日のレッスンを終えて、ロッカーの立ち並ぶ更衣室に入った時。
彼女達は、ばったりと出会った。

「二人とも、久しぶりだね」
「凛も久しぶりー。そっちもレッスン帰り?」
「うん。私達も今終わったとこ」

レッスンを終えて、帰ろうとした奈緒と加蓮。
同じ状況の凛と、卯月と未央。
偶然の出会いでも何のことはなく、世間話に花を咲かせる。
そしてそこには彼女だけではなく、一緒にデビューした二人もいた。

「奈緒さん、加蓮さん、こんにちは!」
「ん。卯月も未央も元気そうでなによりだな」
「まーねー。私達も合同でレッスンって久しぶりだし!」

卯月が屈託のない笑顔であいさつをして、未央も服を片づけつつ話す。
『ニュージェネレーションズ』は個々の仕事も増えつつあり、個別のレッスンも珍しい事ではなくなっていた。
そんな彼女達とは凛ほど親しい仲ではないが、彼女達もまた接点はあった。
奈緒、加蓮と凛で三人集まってた時に、未央が声をかけたのが最初のきっかけ。
自分の夢に対し真摯に付き合うようになっていた二人にとって、最初から夢に向かい続けてきた二人とも意気投合はできた。

「私達もオフで集まる事、最近少なくなってきてるよね」
「凛達もそうだけど、あたし達も結構忙しくなってきたもんな。最近は凛の誘いにだって、断る事も多くなってきたし」
「あれ? この前誘った時に断った理由はレッスンじゃなかったっけ」
「うぐ…」

凛が少しいじわるそうに呟き、言葉につまる。
それを見ていた加蓮が、思わず笑う。
あまり会う機会がなかったとしても、この空気は何も変わらない。
そんな当たり前のような事を改めて実感していた。

「まぁまぁ、いいじゃないですかお二人さん! 忙しい事はいいことだー!」
「うおっ……なんだよ、なんか今日は妙にご機嫌じゃないか」
「なんかいいことでもあったの?」
「んふふー…内緒っ!」

そんな二人の肩に飛びついて、未央は笑う。
語る彼女の姿は、ひどく上機嫌に見える。
そういえば、凛もここ最近何か自分の事のように喜んでいた事があったような。
理由を知る由はなかったけれど、悪い事でないのならそこまで追求するつもりもなかった。


264 : Spiral stairs ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:38:23 JhWWrsWw0

「ふふっ……でも、私はうれしいよ」
「えっ?」
「今は、そうやってちゃんとレッスン優先してるって事だし。
 ちゃんと、夢に向かって進んでるんだよね、二人とも」

未央にのしかかられながらも、凛はさっきとはまた違う微笑みをみせる。
さっきのいじわるなそれとはまた別な、真面目なものも混じった表情。
こういう、真面目な話になると大体誰かが折れる。
今回は奈緒がいつものように照れて、視線を逸らす。
そんな反応を見て、凛はまた微笑んだ。

「おやおや、しぶりんったら私達を差し置いて……妬けちゃうな〜?」
「未央、何その言い方…」
「いいもーん、私にはしまむーがいるもん。
 ねぇしまむー? しまむーは私を置いていかないよね……?」
「ふえっ!?」

そんな二人の会話をその間で聞いて、未央は少し茶化す。
卯月を見つめるその目は、うるうる…とわざとらしい効果音が聞こえてきそうだった。
凛は半ば呆れた表情をして、卯月は戸惑い、未央はやがていじわるそうに笑った。

「あはは、まるで私と奈緒みたい」
「その例えには複雑な気分だな……」

凛が卯月と未央の方に付き合っているその間、静観してた加蓮がけらけらと笑う。
未央が盛り上げて、卯月が戸惑う。似たような光景を、今までたくさん見てきた。
他人事のようには思えない。それがどうにも、可笑しかった。

「やっぱり、二人といる時の凛はいきいきしてるね」
「ん……ああ、そうだな」

そして、話題は渋谷凛の方へと移る。
奈緒と加蓮と一緒にいる凛がつまらなそうとか、そういうわけではないけれど。
でも、あの二人と一緒の『ニュージェネレーションズ』である凛はまた、違う輝きを放っていて。

それこそ、奈緒と加蓮の目指す輝き。
等身大の友人とはまた別の、目指すべき目標としての姿。

「負けてられないね」

今は、もう手の届かない高みなんかじゃない。一緒に頑張るライバルなんだ。
そんな事を思って、不敵に微笑む。
それに対して、口には出さなくとも頷く。
奈緒も、同じ気持ちだった。

「頑張らないとな」

そういうと、奈緒は何かを加蓮の手に置く。
さっきまで手に持っていたそれは、未開封の水のペットボトル。
加蓮の分、という事だろう。

「気が利くね、さんきゅー」

丁度、喉が渇いていたところだ。ふたを開けて、口に流し込む。
勿論ただの水なので味はしないが、その冷たさが疲れた体に染みるようで気持ちいい。

「水分補給はしっかりしないと、倒れるからなー」
「もー…大丈夫だってば。私、最近体力ついてきたんだよ?」

次に奈緒が放った一言に、加蓮はわざとらしくむくれる。
それこそ昔は、自分の体調を盾にして甘えようとしていた。
けれど今は、そんな穴を埋めようと努力はしてる……つもりだ。
奈緒に心配されるのに悪い気はしない。けれど、ちょっと癪にさわる。

と、ここで。
加蓮が何か思いついたかのように意地悪な表情をした。


265 : Spiral stairs ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:40:43 JhWWrsWw0

「それに……いざって時は、奈緒が守ってくれるもんねー♪」

逆手に、とる。
茶化すのなら、茶化し返してしまえばいい。

「……お前なぁ」

それに困ったように、奈緒は頭を掻いて応えた。
加蓮の想像通り。いつもの彼女通りの反応で、加蓮は嬉しくなった。


「おんやおんや……まるでお二人、夫婦みたいですなぁ?」
「んなっ!? な、ななな何言ってんだよ!?」
「あー、いいねぇ夫婦。このままゴールインしちゃう?」
「でっ、できるわけないだろ!?」

と、ここで思わぬ援軍の登場。
いつのまにか話を聞いていた未央が、二人の間に割って出る。
おもしろいぐらいに初心な反応を示す奈緒に、加蓮と未央は二人していじり倒す。
それを見て卯月は困ったように笑い、凛は今度こそ本当に呆れていた。


そんな和気藹々とした、なんてことのない楽しげな空間。

そこには五人が五人、みんなが笑顔を咲かせていた。




    *    *    *




和気藹々と、楽しげな声が聞こえてくる。


「………」


そんな部屋の扉越しに、その女性――千川ちひろは、立っていた。


「仲良きことは、美しきかな……ですね♪」

盗み聞き、というつもりはなかった。
ただ、なんとなく立ち寄ったら声が聞こえてきて、足を止めたぐらいの事。
いつだって、この事務所はいろんな場所で、たくさんの楽しげな声が聞こえてくる。
心の許しあえる仲間と共に切磋琢磨していく。それは、とてもいい事だ。

「その強さは、有望株ですし……」

そして、その絆の強さは『計画』に置いても有用に働く事だろう。
未だ知られていないそれを一人思い返し、彼女達に期待を寄せる。

共に歩んできた、信頼を持つ三人。
分かち合ってきた、友情を持つ三人。
そして、その両方で、中心にいる少女。
多くの夢の上に立つ彼女は、強い。

きっと彼女は、この『計画』の渦中に巻き込まれたとしても、その輝きを喪わないのだろう。
ずっと強く、強く。彼女は走り続けていく。


「でも」


そこまで考えて、彼女は口を開く。


「違うんですよね……今の『貴女』じゃ、ない」


それは、今までの彼女とはまるっきり違う、冷酷な声。


266 : Spiral stairs ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:42:09 JhWWrsWw0
「生まれるべきものは、そんな軽いものじゃない」

『絶望を希望に変える力』。彼女の望む境地には、まだ至っていない。
所詮、何かに依存した強さというのは、ただの一般人程度のものでしかない。
全部なくなってしまえば、脆くも崩れ去ってしまうもの。
目指すものは、それよりもっと先だ。
普通の少女の夢から更に昇華した、全ての希望となるべき存在。

自身が何もかもを喪ったとしても、希望を創り、どんな絶望でもかき消せるような存在を、望んでいる。

彼女がそこまで行くかどうかは、分からない。
少なくとも今の段階では、『本命』よりは、優先度は落ちる。
確かに候補の一人ではあるのだが……実際に始まらない事には、判断できやしない。


「もっと、絶対的な………」


そこまで呟いたところで、がちゃり、と扉の開く音がした。

「あ、ちひろさん! お疲れ様でーす!」
「はい、お疲れ様です。今日はゆっくり休んでくださいね♪」

さっきまでの表情とは一変し、優しい笑顔で送る。
それに帰路につく彼女達は何も疑問に思う事なく、ぞろぞろと出ていく。
見送る彼女の表情はずっと変わらず笑顔で、ただ見つめる眼だけは、鋭く。


「……あなたは、どうするんでしょうね?」


誰に向けるでもなく、そうつぶやいた。






    *    *    *







欲望のエントランスは大きく口を開け、大蛇のごとく蜷局を巻き混沌へと誘う。

行き着く先は天空か、地の底か―――


267 : ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:43:51 JhWWrsWw0
投下終了です。


では改めまして渋谷凛、神谷奈緒、和久井留美、北条加蓮の方で投下します


268 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:46:37 JhWWrsWw0
二人の少女と、一人の少女が再開した。
待ち焦がれていた、そして、絶対に避けたかった邂逅。
片方が一歩踏み出すたびに、もう片方が一歩後ずさる、ような。


そんな状況は突然、あっという間に終わった。


「………は」


奈緒が我に返ったときには、もう動くものは何もなかった。
凛は同じように唖然としたように止まっていて、加蓮は―――地面に、仰向けに倒れこんでいる。
どれだけ目を逸らそうとしても、変わらない。
現実は、目の前で血を多く流し、ぴくりとも動かなくなった少女の姿。




そして、『彼女』は絶叫した。耳を塞ぎたくなるような、酷く悲しい悲鳴だった。



「嘘、だ……加蓮、ねぇ、加蓮っ……!」


目の前の光景に声を上げたのは、奈緒。
しかし倒れた加蓮に先に飛び出していったのは、凛の方だった。
揺さぶられても、一切の反応を示さずに力なく横たわっている。
それを見る凛の姿は、いつもの彼女からは想像もつかない程、狼狽えていた。


「……、………っ」


そこに奈緒が駆け寄らなかったのは、茫然としていたから――だけじゃ、ない。
心配じゃないから、なんて事もあるはずない。
真っ先に駆けつけたいという心はある。
ただ、それ以上に嫌な予感が頭をよぎり、心臓がうるさく高鳴っていた。

そもそも、『人間がいきなり体に穴をあけて倒れる』なんて事は、ありえない。
そうなるには、何か別の事が原因となるはずだ。
例えば、隠れている誰かが加蓮の体を撃ち抜いた、とか。

なら、その隠れている誰かは―――今、一体どこに?


「―――凛ッ!!」


それに思考が至った瞬間。
奈緒は凛の腕を掴んで、こちらに引き寄せた。


269 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:49:08 JhWWrsWw0

「な………っ!」


何を。凛がそう言うよりも先に、耳をつんざく音で遮られる。
それを聞いて、奈緒は自身の悪い予感が確信に至ったのを感じた。
凛もまた、理解する。相手はまだ、こちらを狙っているのだという事を。
そして、すんでのところで助けられたという事も。

「奈緒………っ」

未だ心臓がうるさく高鳴っている奈緒の元に、か細い声が聞こえた。
振り返った凛の表情は、とても不安げで、焦燥しきっているように見える。
奈緒は、思わず声を上げそうになった。
こんなに弱々しい彼女の姿を見たのは、初めての事だったから。
どうしよう、どうすれば、いい? そんな、混乱が目に見えて。



「………一旦、逃げるぞ」

そんな彼女に伝えたのは、あまりにも非情な決断だった。


「……何言ってるの、奈緒? まだ加蓮が、加蓮が……」
「凛っ!!」


酷く動揺する凛を、一喝する。
加蓮がまだそこにいる事ぐらい、分かっている。
それでも、彼女は二人で逃げる事を選択した。それはつまり、加蓮をここにおいていくという事。
凛には、到底理解できない。しかし、それでも奈緒はそう決断した。
奈緒と加蓮、二人にとって最優先だったのは、渋谷凛が生き残る事。


奈緒が、加蓮の治療を最優先しなかった、その理由。


「加蓮は、もう……っ」


もう―――手遅れなのだと。


胸から多量の出血があり、もうぴくりとも動かない。
実際に生死の確認ができる余裕はないが、その状態の彼女に期待を込める事なんてできやしない。

認めたくない、事実。もしもう救えないとしても、絶対に見捨てたくはなかった。
しかし、現実は変わらない。奇跡なんて、起こりやしない。
冷静な思考が下した判断は、救えない者を連れて行くのは『無駄』だった。
それがどれだけ冷酷なものだったとしても、奈緒はそういう選択をする。

凛は、二人が託した希望だったから。
彼女を生かす事が、最優先だった。


「………………」

その言葉を聞き、凛は茫然としていた。
薄々、感づいてはいた。しかし、それでも認めるわけにはいかないという思いだけがあって。
例えそうだったとしても、せめて連れて行ってあげたいという気持ちだけが先走り。
それだけの事すら適わない、そんな歯痒さに言葉を失っていた。

「……いくぞ」

凛の返答は、聞かない。
事態は一刻の猶予もない。
彼女達がいる場所も、狙われないとは限らないから。
その腕を引っ張り、率先して足を踏み出す。



そうして、三人いた筈の少女達は、二人になってその場を去っっていった。


    *    *    *


270 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:51:09 JhWWrsWw0



「……退いた、みたいね」

手を引き、走り去る二人を、留美は病院出口の影から覗き込んでいた。
その姿は無防備であり、狙いをつけて引き金を引けば、その命を奪えそうな程。
留美は二人に狙いをつけて――しかし、それが実際に行動に移される事はなかった。

「まぁ、こっちとしてもありがたいわ」

手に持っていた自身の武器をおろし、それを確認する。
そうして、留美はやっぱりと小さく呟いた。
元々の弾数の少なさ、混乱に乗じて放った銃弾、あの三人のうちの一人を仕留めた時の銃弾。
そして、先ほど当て損ねた銃弾。結果はそこそこ出たとはいえ、その分の消耗も多い。
この銃で撃てる弾は、無限ではないのだ。事実、今手元にあるものの弾数は一発しかない。
たった一発で、二人の人間を仕留める事などできやしない。

「やるなら、こっちの方が確実……かしら。
 ま、終わった後にあの子たちからもらえばいいしね」

そう言って彼女が取り出したのは、『ベネリM3』。
この殺し合いに巻き込まれてから、ずっと持ち歩いていた彼女の武器だ。
重量もあり、隙もないとは言えないが、当てれば二人一気に減らせる事も可能だろう。
事前の評価としては低く見積もってはいたが、これも人を殺傷する為の武器。何もないより、信頼がおける。
勿論、たった一発の拳銃といえども未だ立派な武器。その銃を、自身のウェアのポケットへと仕舞い込む。


そうして準備を整えて、留美は意を決してその建物の中へと入っていった。


「……それにしても、随分と強力な『ライバル』がいたものね」

改めてあたりを見渡して、感心したように声をあげる。
かつては他に、殺し合いに乗る子がいなくなってきているのではないかと予測していた。
が、その結果は最早語るまでもない。
スプリンクラーの水である程度視覚的なモノは薄まったが、それでもこの凄惨な事実は何も変わらない。
はびこる血の匂いは、慣れていなければ相当にキツいもののように感じられた。

様子を伺い、混乱に乗じて銃弾を放ち、混乱が静まった後に二人の姿を見るまで、ずっと影で身を隠していた。
そして、二人の少女――北条加蓮と神谷奈緒と言ったか、その二人の会話を聞いて、声に出さずも驚愕していた。
これほどの大惨事を(自身の介入もあったとはいえ)起こしておいてなお、あれだけ冷静かつ平常心を保ちつつ話していて。
まるで、放課後どこにいくかを話す普通の女子高生のような。
もしかすると本当に、最近の子はこんなドライだというのか。恐ろしさもあり、ある種の敬意すら感じる。
成程、これは随分と将来有望な子達だ。そう、皮肉気味に思っていた。

単純に数の差もあり、殺意一つとっても、自身より上回っているかもしれない。
そんな少女達を、わざわざ身を危険に晒してまで狙うというのも効率的ではない。
そもそも行動に起こしたのは無抵抗に近い獲物を狙える可能性が高いからであって、自分の命を散らしては元も子もない。
ならばこの場は任せ、自身は他の獲物を探しに行った方が効率がいいのではないだろうか。
元々、ライバルの減り過ぎによるこのイベントの停滞も危惧すべき事だと考えてはいた。
ならば、ここは身を引くべきか……そう、思っていた。


だが、あの時彼女達の余裕を持っていた姿は一変した。
通路の別の方向から現れた、一人の少女によって。


その表情の変化がどういうものだったのかを理解できるほど、留美は彼女達の事を知らない。
ただ分かったのは、もう既に目の前の二人は完全に無力と化してしまったという事。
先ほどまでの頑なに見えた意思はもう、そこにはない。
あの狼狽え方には、もう積極的に殺す『狼』としての資格はなく。
ただの、等身大の少女で――群れるだけの、『子羊』でしかない。

だから、留美は見限った。
彼女達はこの殺し合いにおいて生かすに値しない。
もう、このイベントにおいて殺し合いをすることはない……と、そう踏んだのだ。


271 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:53:33 JhWWrsWw0


「………」

そうして歩を進め、自分の足元に転がる一人の少女に銃を向ける。
彼女が撃ち抜いた、あの三人のうちの一人――北条加蓮。
留美が見つめる少女は、もうぴくりとも動かない。
当然だろう、そう彼女は判断する。
胸を、撃ち抜かれたのだ。動脈か臓器でも傷ついたか、勢いよく血が溢れ出ている。
そんな状態で、普通の人間が生きている道理もない。
仮に即死でなく、意識があったとしても、そう長くは持たないと、そう結論付けた。

「……弾の無駄ね」

結局彼女はそう見切りをつけて、少女を放っておく。
後々の為、その手に握られていたクロスボウを回収する。それぐらいだ。
そうして、次にその近くに転がり落ちていたデイパックを調べる。
他に支給されている武器の類を回収する為。
留美はその中に、一つの期待を抱いていた。

「成程、これが元凶……って」

そこから取り出したのは、一つの拳大程度のもの。
手榴弾。強力な武器にして、この病院の騒動が大きくなった原因であろう一つ。
それには、留美も既視感があった。

「……やっぱり、同じものよね……。
 同じ武器が、別の人間に支給されてる……?」

自身のデイパックからもかつて回収したものを取り出し、見比べる。
その二つは、似通った……というよりも、まったく同じものだった。
彼女らも『元々支給された人間』から奪い取ったのか、あるいはこれ自体が複数人の人間に支給されているのか。
思い返してみれば、確かに心当たりはある。
このイベントが始まってまだ間もない頃に出会った大きな爆発。
あの爆発も、思えば大きく燃え上がるタイプの爆弾だった。
今思えば、あれもこの爆弾のものだったのかもしれない。

(まぁ、そんな事より……まだ結構あるわね。有難い事だわ)

そんな仮定をたてて、しかし今は関係ない事だと早々に打ち切る。
それよりも現状が大事だ、と。中身を確認して、その想像以上に充実した数に満足そうに頷く。
こういった武器の殺傷能力と扱いやすさは、待ち望んでいた程に理解できる。
数があるなら、それだけ優位に立てる事は今更確認するまでもない。

「……結構濡れてるけど、まだ使えるはず……よね」

それでも、懸念する事はなくもない。
スプリンクラーの水であたり一面水浸しとなっており、これもまた例外ではなかった。
留美はこの場所で多くの経験を積んできたとはいえ、元々はただの一般人だ。
この手榴弾という武器が、こんな状況でも正常に作動するという確信は持てない。
おそらく大丈夫――とは思うが、万が一の時に不発したとなったら冗談にもならない。

「一個、試してみようかしら」

そんな不安に駆られた彼女が、そんな判断に至るのに時間はかからなかった。
貴重な爆弾ではあるが、それも使い物にならないとしたらただのお荷物となる。
その判断も、素人である留美には結局『実際に使って確かめる』ぐらいしか手段がない。

勿論、そう易々とそれを実行に移す程、留美は能天気ではない。
単純に手数が減るのもそうだし、爆発による衝撃やあたりに響く爆音も馬鹿にはならないだろう。
かといって、それに長考するような時間もない。逃げる二人も、今のうちに追撃する必要がある。
彼女達がまだ敵意なく逃げているうちに、仕留めておきたい。


ここの選択もまた、重要なものとなる。

さてどうしたものか、と。留美は思考を巡らせ――



    *    *    *




「はぁ……はぁ……っ!」


しんとした通路を、荒い息と足音が響き渡る。
突然襲われ、後先考えずその場を離れて。
あれから二人は、病院内の通路をずっと逃げ続けていた。


272 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:55:08 JhWWrsWw0
腕を引っ張られている凛は俯いて、たどたどしく足を動かすのがやっとなように見える。
失意の底にあるように感じられる彼女を見る事は、つらかった。

(加蓮……ごめん、でも、あたしは……!)

そして、それより後ろは直視できない。
その事を思えば、きっと後悔してしまうだろうから。
親友を置いてきてしまった事に、未だ、奈緒の中で整理はついていない。
一緒だと誓ったのに、それすら無下にしてしまった事に、後悔の念を抱かないわけがない。
ただ、それでも今は生きないといけない。死んでしまっては、すべてが終わってしまうから。
凛だけは、死なせてはいけないから。
届かない謝罪ばかりを繰り返して、彼女は足を動かし続けた。


「……っ、追ってきてはないみたい、だな……」

一度足を止めて、他に何も聞こえない事を確認する。
足音はなく、他に人の気配もない。
襲撃者が身を隠して追跡したとしても、この静かな空間の中では足音ぐらいは響くはず。
しかし今は、それすらもない。
少なくとも距離はとれたのかと、とりあえず一息つく。

「…………て」


と、同時に。小さな声が聞こえた。
一体どこから、なんて考えるまでもない。
自分が発したものでないのなら、誰からの言葉かなんて決まっている。


「どうして……」

彼女――渋谷凛は、そうつぶやいていた。


その「どうして」にどんな意味が込められていたのか、奈緒はすぐには判断できなかった。
殺し合いに乗ったことか、二人で一緒に行動していたことか。あるいは、加蓮を見捨てたことか。
全部、かもしれない。

凛としては、よりにもよって奈緒が加蓮を見捨てるだなんて事、考えもしなかったのだろう。
危険だというのは、分かっていた。それでも凛が知る奈緒なら、そんな危険を犯してでも行くと思っていたから。
もしかしたら、もう自分の知っている奈緒じゃなくなってしまったのかもしれない。
そんな不安を、感じずにはいられなかった。

「…………」


対する奈緒は伏し目がちに、凛を見る。
その表情は、内に秘めていた不安を顕著に表していた。
そんな顔でじっと見つめられる事が、下手に強く問い詰められるよりも、遥かに辛い。
罪悪感に押しつぶされそうになって、目をそらし。


「…生きてて、ほしかったから」


やがて観念したように、その口を開いた。


「あたし達は……いや、あたしから、始まったんだ」


そうして彼女は、今までの事を語り始める。
一番最初に、自分が凛と加蓮と自分のプロデューサーの為に殺し合いに乗ることを決意した事。
真夜中の街で、加蓮を殺しかけてしまった事。
そして、最初の一人を手にかけようとして――彼女を巻き込んでしまった事。

他にももう一人手をかけて、一日かけて北に行って、この病院の中で襲撃して。
沢山の事を、簡潔に話した。
道中で加蓮と話した事や、ステージで踊った事は後回しにして。
殺し合いに乗っていて、もう後戻りできない程に罪を重ねてきた事を、重点的に話した。

「―――凛は、あたし達にできない事ができる、希望だったから。
 それは加蓮も同じで……だから、二人で誓った」

そして、彼女のもう一つの問いにも答える。
どうして――加蓮を、見捨てたのか。

この殺し合いで生き残れる、最後の1人。
神谷奈緒も北条加蓮も、もうそうなるつもりはなかった。
ただ、ひとつ。自分達の友人が、自分達の夢を、約束をのせて生き残ってほしかった。

二人の中の最優先は、渋谷凛。
彼女が生き残る事こそ、悲願だった。
だからこそ、加蓮を助けるために凛が危険に晒されるわけにはいかず、死んでしまうなんてもってのほかであって。
加蓮を見捨ててでも、凛の安全を確保する事を優先した。

「加蓮を巻き込んだのは、あたしで……全部、あたしが悪いんだ」

そうせざるをえなかった事を、悔やんでいないわけじゃない。
元々、加蓮は最初こうやって殺し合いに乗るつもりはなかった筈。
それがどうしてこうなってしまったのかと言えば、それは覚悟を決めた奈緒が出会ってしまったからに他ならない。

もしもの話なんてしても意味がない事は、わかっている。
それでも、考えないことはない。
もしも、最初に殺し合いに乗る事を決意していなかったなら。
もしも、最初に出会ったのが加蓮じゃなかったなら。
もしも、最初に襲った少女を早く殺して、立ち去る事ができていたのなら。
今こうしている間にも、自分の犯した間違いを、もう取り返しのつかない罪に苛まれていた。


273 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 01:57:56 JhWWrsWw0

「…………」


それを、凛は遮る事なくずっと聞いていた。
何を感じているのか、その表情から多くを察する事はできない。
ただ、決していい気分ではない筈だろう。

今までを語る前に、奈緒は嘘を吐く事も考えた。
それこそ、生き残るために加蓮を利用した、とでも言って、凛が自分を見放すような嘘を。
元々、二人が凛と出会う事で一番危惧していたのは、凛も『こちら側』に来てしまう事。
自分達の憧れとして、希望を背負って生き残ってほしいと思う二人にとって、それだけは避けたい。
だからこそ、嘘をついて軽蔑されようとも思った。

しかし、結局そうしたって意味はない。
そんな事を言ったところで、凛が信じてくれるわけがなかった。


どれだけ取り繕ったって、凛は見破ってしまうだろうから。
そう確信するのに、目の前の少女は十分過ぎた。



「……ごめん」

あらかた話し終えた後、奈緒は申し訳なさそうに呟く。
そう言った後は、気まずい沈黙が流れていた。

奈緒は、ただ立ち尽くしていた。
一体、自分はなにをすればいいのか。
なにができるのか。なにを、したいのか、
凛と出会ってしまって、加蓮を喪ってしまった今、その思考が混乱していた。


「……ねぇ、覚えてる?」


そんな沈黙を破ったのは、凛の方。
さっきまでの狼狽したものとは打って変わった、穏やかな声だった。


「あの時の、約束」
「……あぁ」

彼女の言葉に、奈緒は頷く。
凛が何を言っているのか、思い当たる節はあった。
約束――そう呼ぶには抽象的すぎるかもしれない、三人で抱いた夢。

「それも、叶わなくなっちまったな」

けれど、それも過去の話だ。
あの時はまだ見ぬ天へと想いを馳せていたけれど、今はもうそこへ至る術はない。
奈緒はそうやって、吐き捨てる。
そうやって苦い顔をしている一方で、凛はまっすぐとこちらを見つめて。


「私は、まだ諦めてないよ」

そう、言い放った。


「……あたしだって、そう思いたいよ、でも……」

奈緒は思わず、目を逸らす。
そう言った凛は輝いていた。けれど、それが現実的な言葉ではないのはすぐにわかる。
もう自身はアイドルとしてステージに立てやしないし、加蓮だって、きっともういない。
そんな現実を分かっているからこそ、今の凛の事を直視できない。
だというのに、凛の目に宿る強い意志は一切揺るいでいない。

「だって……奈緒は、何も変わってなかったから」


その言葉に、奈緒は表情を変えた。

「な………何、言ってんだよ!?
 変わってないなんて、そんなわけないだろ…!?」


思わず、声を荒げる。
この手は血で多く汚れたし、沢山の罪も重ねてきた。
もう、アイドルとして輝くための努力をしてきた神谷奈緒ではなくなった。
大きく、変わってしまった。
それは否定しようのない事実の筈。なのに彼女は。

「奈緒は、私達の為にずっと頑張ってたんだから。なら……いつもの、奈緒だよ」

場違いなほど穏やかな笑みで、そう断言する。


274 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:00:32 JhWWrsWw0

奈緒が、親友の事を想って決断をして。
加蓮が、そんな彼女を見て救いたいと願った。
そんな純粋で、不器用な出来事。
その結果を世界が責めても、凛だけな責めない。

凛は出会ったあの時、奈緒と加蓮が生きていてくれただけでうれしかった。
奈緒と加蓮も、きっと同じだった。それだけで、自分の意思を貫くには十分すぎる。
凛の信じた友人が『神谷奈緒』のままでいてくれた事に、安心していた。

「………ッ」

言葉に、詰まる。
対する奈緒は、内心焦っていた。
凛が、今の自分を認めてしまうのはまずい。
彼女が一番危惧していたのは、凛が加蓮のように『こちらに来てしまう事』だ。
それを、忘れていた。今更、心が警鐘を鳴らしている。
彼女を、突き離せ。一緒になってはいけない、と。


「奈緒」


奈緒が行動を移すよりも先に、凛は話を切り出した。
返事をする余裕がない。それを気にせず、凛は続けていく。


「これ、なんだかわかる?」

彼女が鞄から取り出したものは、無骨なわっか。
血に濡れていたそれは、奈緒にとって見覚えのあるもので。

「……首輪?」

それは、奈緒や凛につけられたものと全く同じもの。

「うん…智香のつけてたものなんだけどさ。私が、とったんだ」
「取った……?」

凛の説明に、奈緒は疑問を浮かべる。
智香。それは二人が手にかけた、最初のアイドルの名前。
何故、その首輪がこんなところにあるのか。
仮にそれと凛が出会ったとしても、それは不思議な事でもなんでもない。
ただ、首輪だけが今ここに、繋がった状態であるというのが不自然だった。
例え当人が死んだとしても、首輪は外れていなかった筈なのに。

「でも、あいつは………、………っ!?」

疑問を口走って、やがて息が詰まる。
奈緒の中で、ひとつの辻褄があった。
何故、首輪だけがこんなところにあるのか。
それも外れていない状態で。思い当たる可能性は、一つしかない。

「うん……私が、取ったんだ…………切って」

奈緒が何かを言う前に、凛は言い切った。
具体的に何を、とは言っていない。でも、奈緒にはすぐに察しがついた。
彼女が『それ』に、手を加えていた事を。

「私が合流した集団が、首輪解除の手がかりを探しててさ。
 そのために使うんだって。もちろん、だからってやった事を正当化するわけじゃないけど」

その首輪をしまいつつ、凛は続けていく。
首輪の、解除。その言葉だけで、奈緒は唖然としていた。
そんなのは、夢物語だと、かなわないものだと思っていたのに。


「私も、奈緒が思ってる程綺麗なままじゃないよ。
 智香の事を大切に思ってる人達に、きっともう顔向けなんてできない。
 それに、智香だけじゃない……私は、いろんな人を犠牲にしてきて、その上にいる」

でも、凛にとって脱出できるという事自体はそこまで重要なんかじゃない。
勿論脱出するのは一番大事だけれど、自分だけが脱出したってなんら意味はない。
ただ、大切な人達の事を救うのだと。
その為に、今目の前にいる友人と、共に頑張ってきた仲間を救う為に。多くのものを犠牲にしてきた。

目の前で見殺しにしてしまった、本田未央の事も。
助けられた筈なのに自身を優先してしまった、岡崎泰葉と喜多日菜子の事も。
思い出すのも辛い程の状態になっていて、それに何もできなかった今井加奈の事も。
その体を傷つけた、若林智香の事も。
そして――助けられなかった、北条加蓮の事も。

その全ての上に立って、今の渋谷凛は居る。


275 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:04:44 JhWWrsWw0

「それでも、私はアイドルを諦めない。もう一度、ステージに立つ」

その事を自覚したうえで、なお決意は揺るがない。
だからこそ、かもしれない。今まで貫いてきて、今更止まれない。
沢山の人が死んでいっても、仲間がその手を離れても、親友が道を違えていたって。

「私だけじゃない。『私達』で、立ちたい」

強く願ったのは、仲間ともう一度あのステージに立つ事。
そして、親友と初めて一緒のステージに立つ事。

一緒に目指した夢は、諦めきれないから。


「みんなで、一緒に」



それはあの雨の中で、この逆境の中で立ち向かう少女と誓った決意の言葉。



「みん、な……」

その言葉をかみしめるように、奈緒は呟く。
そんな事、もう考えた事もなかった。
凛の為に戦い続けて、がむしゃらに生きていくうちに。
そう思う事すら、思考の外へ投げやっていた。

「もう、たくさんの人が団結してるよ。こんな事、おかしいんだって」

希望を追う集団がいる事も理解して、それでも奈緒は殺し合いに乗っていた。
その希望が絶対実るとも限らないから。
だから、もしもどうしようもなく、なんも結果も得られなかった時。
そうなった時に、凛一人を生かすために、それ以外を殺していった。

けれど、もう凛はそんな事を望んでいない。
いや、奈緒は最初から望んでいないことは分かっていた。それにずっと、目を逸らしていただけなのだから。
しかしこうして実感してしまった以上、また同じように足は踏み出せない。

「この首輪だって、外してみせる。プロデューサーも、みんな見つけてみせる。
 卯月も探し出すし、未央だって、ステージの上に連れて行く。『私達』は、諦めない」

凛が上げた名前は、奈緒にとってもなじみのあるもの。
彼女がアイドルとして所属するユニットの、仲間。
そして、彼女の大切な存在。

「二人の事も、同じだよ」

そう想っていたのを見越していたかのように、微笑む。
不意を突かれた形となり、どきりとする。
その隙にさらに漬け込むように、凛は奈緒の目の前に手を差し伸べる。
奈緒は、ただその手を見つめていた。すり傷が痛々しい、でも、綺麗な手だった。


「私は、奈緒と同じステージに立ちたい。奈緒は……どう?」


伸ばした手を、ずっと動かさず。
問いかけた言葉は、奈緒の意思を確認するものだった。


その言葉を聞いて、奈緒は俯く。
自分は、どうなのだろう。
最初の間違いから、ずっと走り続けて、目を逸らし続けていた、自分の望み。
今までの事を考えれば、そう夢見る事すらおこがましい。


けれど、そういうのを全部抜きにしてもいいのなら。

ただ、自分の望みを言うのなら。



「……立ちたい、よ……!」


本当の事を言った瞬間に、目の前が滲みはじめた。
結局、望んでいたのはあまりにも純粋で、やっぱり不器用な願い。
ずっと、ずっと大切な人の事を考えて、そのために戦い続けたのは。

いつか夢見た、あの天高くに抱いた夢をどこかで諦めきれていなかったから。


276 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:08:09 JhWWrsWw0

そして、それを聞いた凛は晴れやかに微笑んで。


「じゃあ……行こうか、奈緒。
 卯月も一緒に……未央と加蓮に届くぐらいの、ステージを」


はっきりと、そう言い切った。


その姿は、とても輝いて見えた。
もう、さっきまでの失意の底にいた姿も、無茶を言うだけの少女の姿はどこにもない。
彼女は、こちら側へ来るのではなく。
奈緒を、自分の方へと導こうとしている。
親友として――そして、アイドルとして、彼女は手を差し伸べていた。


「…………そっ、か」

それを聞いて、涙で潤んだ目を擦って。
顔を上げた奈緒の表情は、とても晴れやかなものになっていた。
凛は、二人が目指していた強いアイドルであり続けていた。


もう、心配することは何もない。


そして。



「ありがとう、凛。おかげで整理がついたよ」

目的を失った彼女に、居場所はない。



「……え?」

踵を返して、歩き出した奈緒に凛は驚いた。
てっきり、着いて行ってくれる流れだと思っていたのに。
けれど、現実は違う。彼女は背を向けて、歩いていく。

「な、奈緒? そっちは……」

進みだした方向は、彼女達が逃げてきた道。
それはつまり、一度は距離を離したはずの襲撃者に向かい進むという事だ。
奈緒も、それは分かっていた。分かっているからこそ、一人で、向かう。


凛と一緒にいる限り、奈緒は今までと同じ事なんてできない。
かといって、どれだけ逃げようとしたって彼女は絶対に離さないだろう。
諦めて、凛に甘えて生きる事も、奈緒は選べない。
そうすれば、彼女が選べる道はひとつ。


「ああ……ここでお別れだ、凛」


襲撃者を、止める。
凛を守る為に―――差し違えたと、しても。


「な、なんで……っ!」
「ごめんな、凛。でもさ」

奈緒の突然の言葉に、凛は動転する。
凛の申し出を断って、奈緒はまた手を汚す道を歩もうとしている。
凛には理解が追いつかない。けれど、奈緒にはれっきとした理由があった。


「加蓮が、待ってるんだ」

たった、それだけ。
それだけが、一番大事な理由。


「約束したんだよ。ずっと一緒だって」

加蓮がこんな道をいってしまったのも、元を辿れば自分のせいで。
そして先にいってしまった今、自分だけがやっぱりやめた、なんてわけにはいかない。
最期まで一緒にいる、そう誓ったから。
その言葉に奈緒も加蓮も、互いに安心していた。
一緒だったから、今まで歩んできた道も怖くなんてなかったんだ。

だから、加蓮だけを一人向こう側にいかせるわけにはいかない。
自分だけが更正して、加蓮だけを『間違った道』に取り残す事は、できない。

そして、なにより。


「あたしと加蓮の『これまで』を、無駄にしたくないから」


彼女を残して生きていく事は、この一日ずっと一緒に生きてきた事を否定するようで。
それを、奈緒自身が許すことができなかった。


277 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:10:32 JhWWrsWw0

「……っ」

凛の動きが、止まる。
それは偶然にも、凛が抱き続けてきた行動理由と似通っていて。
否定する言葉が、見つからなかった。

「ありがとう、凛。こんなダメなあたしに、手を差し伸べてくれて。
 おかげで、もう後悔はないよ。自分に素直になれた、から」

奈緒に悩み苦しむような姿はない。
本当に、自分がやりたいこと。やらなければいけないことが、分かったから。
後は、それに殉ずるだけ。不器用な自分でも、できることだった。

「……あぁ。あと、これ。
 あたし達さ……アイドルとして、遺したものがあるんだ。見てくれたら、嬉しいな」

そして思いだしたように、自身のバッグから何かを取り出す。
それは、手のひらサイズの機械――デジカメと、呼ばれるもの。その手に、ポンと置く。
反応は、何も返ってこない。けれど、奈緒はそんな事を気にしない。
一番見せたかった人物に、託す事が出来たから。それだけで、十分だ。

「うん、それじゃ……もう、いくな」

これで、ここでやる事は全部やった、筈だ。
もう一度、振り返って歩みだす。
満足な別れ、とはいかないだろう。けれども、いつまでも燻ってるわけにはいかない。

全部、自分の『ワガママ』から始まった事だ。
それにみんなを振り回して、こんな勝手な別れを切り出す事がよくないというのは分かっている。
けれど、もう戻れない。
戻るつもりもなく、戻ってはいけない。

「まっ……」

それでも、凛は納得できないだろう。
我に返ったように突然声を上げ、引き留めようとする。


だから、それを遮るように。

「………ッ!?」


ガキィン、と力強い音を鳴らした。



「……な、奈緒……?」


駆け寄る足は、壁に叩きつけられた奈緒のトマホークに遮られた。
それは血に濡れて、紅く怪しく光る。
今まで、決して少なくない数の血を吸ってきたもの。
凛が足を止めるには、十分すぎるほどの恐ろしさがあった。

そして、それを振りかざした少女の表情は、苦渋の表情をしていて。


「頼む……もう、止めないでくれ……!」


絞り出すように、懇願を発していた。


278 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:13:15 JhWWrsWw0

返される言葉は、何もない。
そして、今度は無言で、その場を立ち去る。
足音だけが大きく響いていく。


そして、距離が大きく離れていって。



「奈緒っ!!」


一瞬だけ、その動きが止まる。
けれど、それも本当に一瞬なのだろう。
彼女の意思は固い。止められない。それでも、止めなくちゃ、と。
その気持ちだけが先行し、心臓が大きく高鳴る音だけが聞こえて、そして。


「………うづ、き」


その声は震えて、今にも泣きだしそうな程弱々しくて。

その姿もまた、今にも崩れ落ちてしまいそうに震えていて。


「卯月、どこかで見なかった、かな……?」


一言、そう投げかけた。



「……悪い、見てないよ」
「そっ、か」


その言葉を聞いて、奈緒は安堵していた。
彼女が、もう一つの大切なものを優先して。
そして、それはここで別れる事を、許容してくれたという事だった。
ただ、凛が訪ねたもう一方の期待には応えられそうにもない。
それだけが、心残りとなって。でも、それももうどうしようもない。

「……じゃあ、あたしは行くから」

そうして奈緒は、踵を返して、そのまま歩いていく。
凛は、その後姿を追う事も、止める事もできなかった。


「……………ッ!」

そうして一人残った中、凛は地団太を踏む。
奈緒の意思は、硬かった。
止めたかったのに、止められなかった。
止めなくちゃいけないと、そう思ったのに。
口から出たのは、妥協の言葉。そんな自分が、情けなかった。

凛にとって、奈緒と加蓮はどっちも比べられない程の友人だ。
そして、奈緒にとってもそれは同じはず。凛と加蓮の間に、奈緒が想う差はない。
そんな中で奈緒が加蓮に負い目を感じていて、加蓮を選んだ。
それを凛が言葉で止めるのは、限りなく難しい。

(私は、あきらめない、けど……)

そして、それ以上に凛自身が悩んでいた。
決めていたはずの意思が、揺らぎ始めていた。

死んでしまった加蓮の元へ向かおうとする奈緒。
それを仮に止めたところで、奈緒はずっと罪にさいなまれるのだろう。
自分の親友を、自らの過ちで死なせてしまった罪を。
そして、自分だけがのうのうと生きている事を。

ならば――死なせる、というのも、友人として一つの選択肢なのではないか?
彼女達の気持ちを止めてまで生かす事が、他の皆にとって、そして当人にとって本当に幸せなのだろうか?
『渋谷凛』は、諦めない。けれど、『神谷奈緒』は違う。
なら、彼女がする決断は。


「……私、は」


何が正しいのか、分からない。

凛の意思を貫いて、止めるべきなのか。
奈緒の意思を尊重して、立ち去るべきなのか。


選択肢のなかで、彼女は迷い。



そして―――


    *    *    *


279 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:17:05 JhWWrsWw0
「―――――………」


少女が意識を取り戻した時、目の前には大きな銃口が突きつけられていた。


それを薄らと理解しても、少女は何一つ行動を起こさなかった。
というよりも、起こせなかった。その体はとても重くて、ぴくりとも動かせない。
このまま抵抗らしい抵抗もできず、引き金を引かれるのだろう。
彼女の心は、その現実をあっさりと受け入れる。

しかし、そうして覚悟を決めてみても、一向に終わりの時は訪れない。
一体どうした事かと不思議に思う加蓮をよそに、その銃口は眼前から離れていく。
拍子抜けだった。
相手も、こんな体でどうにもできないだろうと判断したのか。
そうなのだろうな、と一人勝手に納得していた。そもそも、こうして意識を取り戻した事自体が当人にとっても意外だったから。

どうして、今私は意識があるのだろう。
通路の白い天井を見上げる少女――加蓮は、薄らぼんやりと疑問を浮かべる。
確か、胸を撃たれた記憶がある。それが何かを理解するより前に、その意識は閉じた。
実際、胸に言いようのない違和感があるし、体も寒い。きっと、限界が近いのだろう。
だというのに、何故か今意識が戻っている。何が理由なのかはわからないけれど、まだ自分はここにいる。
一体、何故? どうして、目を覚ましたのだろうか。
神様がくれた、最後の時間。とでもいえばいいのか。

けれど、かと言って何ができるというわけでもなく。
相変わらず体はただ死ぬのを待つだけで、動く事すらままならない。
そんな状況で、意識だけ目覚めて一体何をしろというのか。
口にも出せずそんな理不尽に嘆く彼女は、ただ波のように襲い掛かる不快感の波に耐えるだけしかできない。
彼女の心は、再び冷めていた。どうせ、何もできないのだから。
どうせ終わるだけなら、早く終わってほしかった。終わる事に、今更悔いなんてなかったから。


(……ごめん、奈緒)

―――いや。
悔いがない、わけじゃない。
いつ終わってもいいとは思っていても、こんなにあっけなく終わるのはやりきれない気持ちはある。
終わる事に後悔はない、なんて。そんな綺麗事を言えたならどれだけよかっただろう。
覚悟はしていた、つもりだったのだけど。感じる寒さは、きっと血が流れすぎただけではなかった。

そんな中で一番罪悪感を感じていたのは、今までずっと共に行動してきた仲間の事。
思えば、始まりは守るために離れようとした彼女を、自分のわがままで一緒に行動する事になった。
きっと、少なからず自身の存在は重荷になっていた事だろう。
彼女だけではない。この気持ちを貫き通すために、多くの人が犠牲になって、夢を終わらせてきた。
そんな事をしてきて、今更やっぱり死にたくないなんて思うのは都合がいいのだろう、けど。


(やっぱり、私………もう一度、会いたいよ)

もし、ひとつだけ。
ひとつだけまたわがままを言えるのなら。
少しの間だけでいい。

また、三人で話がしたかった。


話の内容なんて、どうでもいい。
ただ、何の足しにもならないような世間話をして。
あの、安心できる空気の中で、笑いあいたかった。


そんな、なんてことのない日常を。
自分達の行動原理からすれば、絶対に叶わない儚い夢を。

本当は、ずっと抱いていた事に今更気付かされた。


(……嫌だ)

嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。


このまま、死にたくない。
何もしないまま、終わりたくない。

生きるのは、無理でも。
ここで死ぬのが、仕方ないとしても。
せめて、何かを残したい。
少しでも、彼女達の役に立ちたい。

周りも気にせずに、もがきはじめる。
首を動かすのが、やっとという程小さな動きで。
傍からみれば、ほとんどわからない程度のものであっても。


それでも、何かをするために。


「………?」


その時、ふとあるモノに気づいた。


280 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:20:33 JhWWrsWw0
倒れた衝撃で、自身のデイパックから転がり落ちたのだろうか。
崩れた瓦礫に隠れ、丁度加蓮のように寝ている体勢でないと見えないような場所だ。
襲撃者も、見逃してしまったのだろう。
そこに落ちていた――苺の名を持つ、爆弾を。

「……………」


それを見て、彼女は理解した。
今、自分が唯一できる事。彼女達の為に、遺せる事を。


体は重く、血を失いすぎた頭はぐわんぐわんとしていて、気持ち悪い。
正直、もう少しも体を動かしたくない。
もう、このまま全部手放してしまいたい。そんな甘い考えが、脳裏に浮かぶ。

それでも、目の前のそれを使った『可能性』が頭をよぎった時、限界の体は少しずつ動いていた。
どうやらまだ、この体力もなく今にも消えそうな命にもできる事があるらしい。
あと、もう少しだけ。途切れそうになる意識を繋ぎ留める。
今、できることをやりきるまでの時間を稼ぐために。

この爆弾の威力は折り紙つきだ。それは、身に染みるほどわかっている。
これを起動して、遠くに投げる力もない。
今ここで使ってしまえば、爆発に巻き込まれて、確実に死ぬだろう。
だが、どうせこのままでも死ぬのに変わりはない。
そして今、自分達を襲った襲撃者が近くまで来ていた。
なら――と。
気の遠くなるような、とても長く感じた一瞬を経て。
それを、掴む。


アイドルとして歩みだしていた人生の終わりが、こんな呆気ないものというのもつまらない。
どうせなら、最期には盛大に散るのも悪くはないか。
掴んだ右手を、自らの胸に置き、左手も同じように置く。
そうして両手で爆弾を掴み、ピンに指をひっかける。


二人は、遠くへ逃げただろうか。それだけが、気がかりだ。
巻き込む事だけは避けたかったが、もう今の加蓮に回りを見渡すほどの体力はない。
せめて、そう願うぐらいしかできない。


「………っ」

意識が、途切れかける。
時間は、あとどれくらいだろうか。おそらく、もう殆ど残されていないだろう。
あいにく、アイドルとして努力し始めて、根性だけは前よりついた筈。
後少しの最期の行動ぐらい、やりきってみせる。


(……じゃあね)


目の前に上げられた爆弾を、見ながら。
そのピンを、最後に力を込めて――――――






「――――それは、見逃せないわね」


轟音と共に、目の前が真っ赤に染まった。




    *    *    *


281 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:23:45 JhWWrsWw0



ピンの抜けていない手榴弾が、宙を舞う。
そのまま水たまりへ落ち、ぽちゃん、と小さな音だけが響いた。


「残念。最後のあがきぐらい、予想してたのよ」


『両腕を失った』加蓮を前に、留美は構えたショットガンをおろす。
和久井留美は、この島の中で多くの事を経験してきた。
中には、思わずひやりとした事もあり。中には、一歩間違えれば死んでいた状況もあった。
随分な道を歩んできたが、それは彼女を――和久井留美を、大きく成長させたものでもある。
そんな彼女が、今更『生死が不明な人間』の警戒を怠る、わけがない。
圧倒的な、経験の差。それが、この状況を分けた。

「……反省があるとすれば、こんな死にかけの人間に一発使っちゃった事かしら。
 まぁ、こっちには弾数の余裕があるし、問題はないか」

一人ぶつくさと呟く留美は、ポンプを操作して、金属音を鳴り響かせる。
慢心するつもりもないが、この銃で戦う分にはまだ十分の弾数はある。
使い勝手はお世辞にも良いとは言えないが、それでもずっと使ってきた散弾銃。
愛着がわく、と言うには少し違うかもしれないが、それでもこの武器は自身の強みの一つだと理解していた。

「……ふぅん」

そんな事を思考している間も、留美は眼前の少女を見つめる。
弱々しいが、まだ息はあった。
その事に、関心の意を浮かべていた。元々の消耗もあり、即死でもなんらおかしくはないはずだったのに。

「体を撃たれて、両腕を吹き飛ばされて……まだ生きてる。体が弱いって聞いていたけれど、しぶといのね」
「……どー、も」

もはや脅威になりえない少女に、留美はただの世間話といった具合に話しかける。
彼女は不思議と、胸を撃たれた時よりも意識がはっきりしているように見えた。
腕を吹き飛ばされた衝撃と痛みが、彼女の意識を覚醒させたのかもしれない。
どちらにせよ、ここまでくれば生きているのは体が丈夫かどうかより、精神力の問題と言えよう。
ただ返す言葉も絶え絶えで、武器らしい武器だってもう見当たらない。
物ひとつ持てない少女は、意識こそあれど、死ぬのも時間の問題だろう。

「最期に付き合ってあげるのもいいけど……悪いわね。私、急いでるのよ」

そう一瞥して、踵を返す。
彼女の目的は、もうここにはない。
未だ生きていて、逃げ出した二人を、ここで仕留める。
その意思に変わりはなく、だからこそここで時間をつぶすわけにもいかず。

もうこの少女に興味はないと言わんばかりに、足を踏み出し。


「――その必要は、ないんじゃ、ない?」

加蓮の言葉に、踏み出した足を止めた。


「………どういう、事かしら」

死にかけの少女に向けて、もう一度振り返る。
その姿はおおよそ脅威とは感じない――が、警戒は怠らない。
言葉の真意が、つかめない。もしかすれば、まだ想像もつかない程の奥の手が隠されているかもしれないのだ。
馬鹿げている想像ではあるが、それを否定する根拠もない。


「追わなくたって……奈緒は、戻ってくる」

が、次に放たれた言葉は、留美の想定とはまた別の事だった。


「……?」
「やくそく、したんだ……一緒だ、って。だから、奈緒は……きっと」

留美の困惑をよそに、加蓮は話し続ける。
その脳裏によぎったのは、教会を前にして誓い合った光景。
あの時、奈緒は加蓮も驚くような大声で一緒にいることを誓ったのだ。
不器用で、こっちが恥ずかしくなるような――そして、とてもうれしかった。
そんな約束を、彼女が破るわけがない。


282 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:25:59 JhWWrsWw0

「そうならないかもしれないから、私は向かいたいのだけれど」
「そうなるから、言ってるの」

留美から見れば、それは子供の指切り程度の信憑性でしかない。
事実、二人は加蓮を置いて逃げ出したのだ。望みは薄い。
けれど加蓮は、頑なに信じきっている。神谷奈緒は必ず戻ってくる、と。
だからこそ、留美の言葉をすぐに切り返した。

「……はぁ。時間稼ぎにしてもお粗末ね」
「あぁ、じかんかせぎ……いいね、それ」

加蓮としては、別にそういうつもりはなかった。
そんな事を知って、留美はため息をつく。
どうにも会話が通じそうにない。
瀕死の人間なのだから、思考能力も落ちているのは不思議ではないのだが。
一体何をしているんだろうか。そんな自己嫌悪じみた感情が出始める。
こんな死にかけの少女、さっさと放っておけばいい。
別に、こんな事に付き合ってやる道理もない。


「じゃあ、その時間稼ぎついでにひとつ聞いてもいいかしら」

ない、はずなのに。
気付けば留美は、彼女の話に乗っていて。


「――なんで、そんな満ち足りた表情をしてるの?」


それは、一つの興味本位からくる疑問だった。



「あなたは人を殺してまで生き残ろうとして、夢半ばで倒れた。
 最後のあがきも失敗して……後悔ばかりが残る終わりの筈。そうでしょう?」


そう口に出す留美は、何をしているのかと自分で自分に呆れていた。
そんな事、彼女が生き抜いていく『これから』には何ら関係はない。
けれど、一度口に出してしまった以上は止まらない。
もしも自身が彼女の立場だったら、悔しくて哀しくて、絶対にやりきれない筈だろうから。


「………さぁ」


ただ、その問いは加蓮自体にもすぐに答えがでなかった。
満ち足りた、表情。
疲弊しきった自身では分からなかった。今自分は、そんな表情をしていたのか。

何故、だろう。
思えば、何もせずに終わる事が嫌だとは思っても、生きていたいと強く願っていたわけじゃなかった。
確かに、生きていたいという思いはあったはずなのに。



生きたい。


確かに、もっと生きていたい。



けれど。



その楽しみを教えてくれた人を押し退けてまで、生きたくなんかない。




また、つまらない人生に戻るぐらいなら。

その大切な人達の為に、こんなささやかな人生をささげた方が。


結果的に、夢へつながる事だって、ある。


283 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:27:31 JhWWrsWw0
(……なんて)


さっきまでとうってかわった、その穏やかな気持ちに自分でも可笑しく感じながら、彼女は微笑む。

やりたい事は、もうやりきった。
この場所で、彼女自身の夢なんてものはなく。
ただあるとするならば、それは全て、別の人間に託されている。
ここで北条加蓮という個人が死んでも、夢は、受け継がれていくから。

その夢を受け継ぐ人こそが渋谷凛で――あるいは、奈緒でもいい。
あんな約束、守ってくれなくてもよかった。
凛に説得されて、やっぱり生きていく、なんて事になっても別にいい。
むしろ、嬉しいかもしれない。でも一人だけ仲間外れなのは、ちょっとだけ不満だ。
拗ねて、哀しんでそして二人の事をおもいっきり、応援して。
特等席から見守るのも、悪くはない。そう考えていて、心は満たされていた。


この一瞬、最期だけは、ひどく独りよがりな優越感に浸れていて。

だから。



「―――教えて、あげない」


最期には、何も言う事はなかった。



「……………」


その言葉に留美は、何か表情を変えた。

具体的にどう変わったか、もうぼやけて見えやしない。



ああ、とうとう終わるのか。

案外長かったなぁ、と。意識の閉じる、その瞬間。




佇む敵の、更にその向こう。


こちら側に向かい歩いてくる、一つの影。




それは見慣れた、一人の少女。




ほら。


やっぱり、来てくれた。




(私の、最高の………親友)










    *    *    *


284 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:30:45 JhWWrsWw0




「あら」

静かになった空間の中で、留美は銃を別の方向へと向ける。
足音が、聞こえたからだ。事実、通路の向こう側から、こちらへ歩いてくる一人の少女がいた。

「来るのが遅かったわね。彼女、今息を引き取ったところよ」
「そうか」
「もう少し早ければ、助かったのかもしれないのにね?」

留美は、煽るように言葉を投げかける。
その挑発気味の言葉は、自身の感情の昂ぶりも否定はできないが、それ以上に意図的なものがあった。
それで逆上して迫ってくるのなら、好都合。冷静さを失った相手を仕留めるのは、いくらか楽だ。
更に、対峙している今の距離は、遠い。
留美の持つ武器はお世辞にも射程距離が長いとは言えず、自身の射撃の腕だってたかが知れている。
すぐに放つのは確実ではない。その距離を、つめる。

「いや……いいんだ、別に。
 遅かれ早かれ、こうなることは覚悟してた。あたしも、あいつも」

しかし、対する奈緒はその挑発に対しても大した反応を示さない。
何かをかみしめるように、うつむいて呟くばかりだった。

そんな奈緒の姿を見て、留美は少し不快なように表情を変える。
こちらの思惑がうまくいっていない事も半分、残りは一種の失望でもあった。
大切な人を喪って、自暴自棄になっているかのような姿。
留美にとっては、諦めに近いような姿に、少なからず苛立ちを覚えていた。

「そう……なら、あなたもここで一緒に逝く?」

ショットガンを持つ手に、力を込める。
心に荒波が立ちつつも、思考自体は冷静に進める。
逃げたのは二人、しかし、今目の前にいるのは一人。
姿の見えないもう一人への警戒は、怠らない。
その上で、気づかれないようにそっと距離を詰めてゆく。確実に、仕留められるように。


「……そうだな。アタシもそろそろ、潮時かもしれない」


その事を知ってか知らずか、奈緒はその歩みを止めた。


「いいよ、ここで死んでやる。でも……」


様子が、変わった。
留美はそんな彼女を前にして、身構える。
何か、仕掛けてくるのか。留美は引き金に力を込めて、相手の出だしを見守る。

ひとつ、気にかかる事があった。
こちらには銃という優位性がある。なのに、それでも相手はなお臆しない。
生を諦めたが故の無抵抗なら、何ら問題はない。だが、もしそうでないとしたら。
もし、何か抵抗手段のがあるのだとしたら――。



「……凛の進む道に、アンタは邪魔だ」



そして、留美は思い出す。

彼女には、留美が最も警戒する武器があったという事。
決して、牙をもたない『子羊』なんかではないという事を。



「っ……」

躊躇なく、その『ピン』が引き抜かれる。
それを見て、留美は軽く舌打ちをした。
この殺し合いが始まった最初の頃から、ずっと警戒していた筈のものだというのに。
奈緒はその場所から大きく振りかぶり、手に持っていた『手榴弾』を、投げる。
大きく弧を描き、こちらへ向かい飛んできた。


285 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:31:33 JhWWrsWw0

その瞬間が、まるでスローモーションになったかのように感じられた。
この廊下に、逃げ込んでやり過ごせそうな場所はない。
かといって直撃を食らえば、無事でいられないのは考えるまでもない。

「…………!」

が、留美の目に迷いはなかった。
逃げられるかは、分からない。むしろ、難しいだろう。
ならば、別の手段はたった一つ。こちらから立ち向かっていくしかない。
彼女は即座に、そう判断した。



そして、その爆弾との距離が半分にまで詰められた時に。



(当たれ……っ!)



留美は、引き金を引いた。



「ぐっ……」


轟音と共に、散弾は爆弾をズタズタに引き裂き。
その勢いで、大きな爆発が巻き起こる。
耳をつんざく破裂音、目に直接刺激する炎の光、そして容赦なく襲いかかる熱風。
距離こそあれど、その衝撃は無慈悲に留美に襲いかかる。
思わず怯み、しりもちをつく。
だが、後は肌がひりひりとする程度。どうにか、しのげたらしい。


「……強力ね、やっぱり」


目の前には、スプリンクラーで既に水が広がっていた筈の廊下がまたも激しく燃え上がっていた。
それはまさに、炎の壁とでも例えられそうな形相で。
ちょっとやそっとで弱まる気配はなく、改めてそれの恐ろしさを身に染みて体感する。
こんなものが複数人に配られている……今更ながら、この殺し合いの過酷さを改めて実感していた。

(ここを通るのは難しそうね……火が収まるのを待ってる暇もない、か)

おもむろに立ち上がり、落ち着いて現状を確認する。
今、目の前の通路は爆弾の炎で塞がれてしまっている。
このまま継続して彼女達を狙うのなら、この病院内で別に入る場所を探さなくては。
そう考え、踵を返す。



「――――!」


その瞬間、背筋に悪寒が走った。




一瞬、炎がより一層勢いを増す。

その中、かすかに感じた違和感。炎が揺れ、風を切る音。


―――何かが、来る?


留美は、反射的に振り返ると。





「っ、らぁぁぁぁぁぁ!!」


そこには、炎の中から飛び出し斧を振りかぶる、あの少女の姿が迫っていた。


286 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:33:00 JhWWrsWw0

「な……っ!」


そして、そのまま彼女の肉を断ち切る音が――聞こえなかった。


「……無茶苦茶、するわね……」
「お前だけは、ここを通すわけにはいかないからな……!」

代わりに響いたのは、金属同士がぶつかり合う、甲高い音。
ぎりぎり、と。その攻撃を防いだショットガンが悲鳴を上げる。
留美は、炎の中から襲ってきた奈緒の凶刃をギリギリのところで対応できていた。


(これは、運がよかったわ……!)


防がれてもなお力を込める事をやめない奈緒の攻撃に耐えながら、留美はそう思考する。
相手が『炎の中から突っ込んでくる』なんて、完全に想定外だった。
結果こそこうやって耐えたものの、この不意の一撃は、本当なら防げていなかった可能性が高い。
普通なら考えられない行動。が、相手が差し違えてでも、という思考の元なら、十分に予測できた筈。

そうして九死に一生を得たことを自覚し、背筋が凍る。
そしてそれ以上に、死を恐れずに迫る相手がかくも恐ろしいものかという事を実感していた。


(命あっての物種、ってね……)


だが、安心するにはまだ早く。むしろ、まだ何も終わってはいない。

爆弾の火に反応して、またスプリンクラーの水が降りしきりはじめる。
そんな状況も、そして対峙する留美の思考も気にせず、奈緒はより力を込める。
その気迫は、あるいは本当にこの銃ごと体を断ち切ってしまいそうな程に。
このままでは、まずいか。そう思考しているうちに。


(………?)


不意に、押されていた力が軽くなった。
防いでいた刃が一瞬だけ離れ、抑えていた力が空回る。

「っ!」

そして、一体何が起こったのかを理解するよりも先により強い衝撃が襲った。

「この……!」

そして連続して、二度、三度とトマホークが叩き付けられていく。
一発で崩せないなら、息もつかせぬほどに叩きつける。それが、奈緒の選んだ選択だった。
武器同士が衝突する度に、防いでいるショットガンと、それを支える腕が悲鳴をあげる。
至近距離で、奈緒は何度も何度も、その得物を叩き付けていた。
傍から見れば不格好で無様な、

(意地でも叩き割る、ってつもり……!?)

苦々しい声をもらし、しかし奈緒はそれを気にせず続行していく。
未だ防戦一方となり、焦りが生じ始める。
彼女が防御にしか使えていないショットガンは重く、咄嗟に構えて応戦する事などできやしない。
かと言ってこのままではやがて押し切られる事は明白だ。
このままではまずい。思考がそのまま、顔に出始める。

(いける! いけるぞ……!)

対する奈緒は何度も叩きつけながら、その勢いに希望を見出し。
留美がこのままいけばまずいと感じたのと同じように、奈緒もこのままいけば倒せると感じていた。
トマホークで銃を壊す、なんて事は現実的でないとしても、体力を消耗した相手の隙を突く事ぐらいはいつかできるはず。
このまま押し切る。そのためにただ攻め続ける。やがて倒せる事を、半ば確信していた。

その気持ちがはやり、いつも以上に大きく振りかぶって。



ドン、と。体に衝撃が走った。


「………え」




――思えば、彼女は今までずっと最初の一撃が成功していた。
だからこそ奈緒は、経験が足りなかったのかもしれない。
未だ抵抗の意思を失わないものと戦うという、その経験が。




「……お仲間の武器にやられる気分は、どう?」


その体には、クロスボウの矢が突き刺さっていた。


287 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:37:04 JhWWrsWw0


「ぐ…………、ぁ……」


トマホークの刃が、留美の眼前で止まっている。
もしも、もう少し遅かったか、あるいは彼女が痛みに怯んでなかったなら、その頭は砕けていただろう。
それほどまでに、『ピストルクロスボウを取り出し、放つ』というのは、留美にとっても危険な行為だった。


「っ……!」

突如、不意に訪れた激痛に、奈緒の体は震える。
そして、からん、と音が響く。
痛みに耐えかねて、彼女は手に持っていた得物を落としていた。

相手は手ぶらになり、更に手負いとなり。
形勢は、大きく変わった。
だが、彼女の表情に安堵や油断といったものはない。
また、終わってなどいないのだから。


「………これで」


ただ一つ言えることは。
この戦いは、もうすぐ終わりを迎える。
そう確信し、留美は慣れないピストルクロスボウの充填を諦め、一度放り。
そして懐に入れた拳銃を取り出して、彼女に向ける。


その時ふたつの強い視線が、交差し。




「終わりね」


引き金を、引いた。



    *    *    *






「……が、はっ」




結論から言えば、放った銃弾は奈緒の体を貫いた。
より一層、吹き出す血の勢いは増し、彼女は怯む。

「…………はぁっ」

更に言えば、留美もまた一切の抵抗を受ける事なく、無事に立ち尽くしていた。
しかし、それでも留美の動悸は止まっていない。疲れを吐き出すように、息を大きく吐く。

奈緒は、ふらふらと後退していき。
しりもちをついて、力なくうなだれる。
彼女を中心として、血の海が広がり始め。
――その腕から、またあの『爆弾』が転がり落ちていた。


「本当、心臓に悪いわ……」

それを確認して、留美はつぶやく。
奈緒は、トマホークが蹴飛ばされるその間に、新しい爆弾を用意していた。
矢が体を貫き、手に持った武器を落としてもなお、彼女の戦意は消えていなかったのだ。
形勢が逆転した事に油断していたならば、今度こそ道連れにされていたかもしれない。
ここにきて、一体何度肝を冷やしたか。しかし、それも最後になるだろう。
力を使い果たし、へたり込んだ相手を見て、留美はやっとそう思えた。

「……あなたは負けて、火もまた弱まってきて。思惑も、実らなかったってわけね」

スプリンクラーの水がまた勢いを増して、炎もだんだんと弱まっていく。
よくもまあこれだけ多くの水があるものだ、と留美は場違いにもそう思っていた。
目の前には、痛みに悶える体力すらない一人の少女の姿。
立ち尽くす留美の体には、結果的に目立った外傷はない。
どちらが勝者かは、傍から見ても歴然としているだろう。
決着は、ついた。とどめをさそうと、留美は距離を詰める。


288 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:39:47 JhWWrsWw0

「……はは」


その時、弱々しく笑った奈緒に、ぴくりと反応して動きを止めた。

瀕死であるはずの少女の、不敵な笑み。
ただそれだけの事、それでも、留美は警戒する。
今まで、様々な事で慢心して、その度に痛い目を見てきた。
満身創痍にしか見えない彼女の姿に、それでも奥の手がある可能性がある。
これが二度目で、前の少女の時は何もなかったとしても、その身構えがなくなる事はなかった。

「何?」
「いや……因果応報って、こういうことなんだな、って……」

弱々しく呟くのは、自虐的な言葉。
留美に知る由もないが、奈緒も加蓮も、多くの人間の体を傷つけてきた。
思い返せば始めて手にかけた相手は、二発の矢が刺さり、そしてもう一発の矢が致命傷となった。
その状況は、どこか今と似通っているように思える。
罪は返ってくるものなんだな、と勝手に感じていた。

「……そう」


だが、そんな事留美にとってはどうでもいい。
その笑みが懸念していた、何かを企む笑みでなく、本当に諦めの笑みだったから。
それならばもう、問題ない。そう判断して、散弾銃を向ける。

「顔は、やめておいてあげる」


確実に、殺す。その決意の表れとして。
そのショットガンを、胸へと向け、目を瞑り動かない奈緒を一瞥し。



轟音が、響いた。



    *    *    *





「―――――――――」


ああ、終わってしまったか。
その心は、驚くほどあっさりと受け入れていた。
せめて、相手を道連れにぐらいはしたかったけれど。
結局、それすらかなわなかった。
締まらないなぁ。と。自分で自分に呆れる。



「…………………」


あんな事を言っておいて、凛には何もできなかった。
むしろ、彼女の目指していた事を考えれば、足を引っ張ってしまったともいえるだろう。
けれど、それを謝る事すらもうかなわない。
そんな罪悪感を抱き、彼女は事切れるその時を――



「………?」


――その時を?


289 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:41:32 JhWWrsWw0
あれ。
何か、おかしい。
いつまでたっても、自身に来るはずの『終わり』が来ない。
轟音はもう鳴った筈。それならば、もう弾丸がこの体をずたずたに引き裂いてもおかしくはないのだが。


恐る恐る目を開けると、目の前には銃口を――こちらにではなく、その後ろへと向けていた。
その光景に、理解が及ばない。何故、こちらに向けて銃を撃たなかったのか。
こちらに対してじゃないのなら、一体、どこに向けて放った?


奈緒が、そう思っておそるおそる同じ方向に目を向けると同時に。


「――――!?」


何かが上を通って、目の前の女性が吹き飛ばされた。




「な……」
「ごめんね」


一体、何が起きたのか。
突然の事を理解するよりも先に、体当たりをしてきた人影は、声を上げる。


「よく考えてみたんだけど、やっぱり……私が、嫌だよ」


耳を、疑った。
それは聞きなれた、凛とした声で。


「あのまま、お別れなんて絶対に嫌だ」


手に持つ、大きな盾で二人を守りながら。


「私が、そう思ったんだ。私が、そうしたかった」


放った言葉は、とても単純で。



「だから……悪いけど、嫌だって言っても無理矢理連れて行くから」


とても、力強く。


渋谷凛の姿が、そこにあった。


290 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:43:28 JhWWrsWw0
「り……凛!? お前、どうして……!」
「これ? 盾なら、そこで拾った」
「そうじゃなくて……っ!」

茫然とする奈緒に、凛はいつもの感じで言葉を返す。
そのシールドは、奈緒が襲撃していた少女が持っていたもの。
逃げる時にそのまま放置されて、凛がここに来るまでに回収したのだろう。
それは分かった。が、聞きたいのはそんな事じゃなくて。

「……奈緒が加蓮を大切に思ってるようにさ、私だって同じぐらい、奈緒を大切だって、思ってる。
 だから……うん、私は、私のやりたいようにやる。もう、迷わない」

けれど、凛は分かってたかのように語った。
その表情に、もう迷いはない。
終わってみれば、その結論は至極単純なものであった。
理屈も道徳も、何ら関係ない。
世間様がどう言おうと、誰がどう非難しようと、関係ない。
当人に拒絶されたって、最終的には、自分がどうしたいかってだけじゃないか。
それだけで、手を差し伸べる理由になる。
結局はただの『我侭』なのだけれど、きっとそれでいい。
後で、後悔なんてしたくはないから。


「死んだら、そこで終わりなんだから」


放たれた言葉に、奈緒は言葉を詰まらせた。
そう言い放った彼女の姿が、もう一人の親友の姿と重なる。
二人は、どこまでも似通っていた。放っておけないところも、その価値観も。
意外と不器用なところも含めて。やっぱり、似た者同士なんだな、と。
その後ろ姿を見て、何を言うよりも先に、奈緒は笑った。


「……姿が見えないから、先に逃げたものかと思っていたけど……」
「冗談。親友を置いて、逃げるわけないでしょ?」
「馬鹿な子ね」
「バカで結構」

突き飛ばされた留美が立ち上がり、即座に体制を整える。
その突然の乱入者に対しても、留美はある程度冷静だった。
対面する二人は、互いに一切目を逸らすことなく、その火花を散らしていた。

(とはいえ、ちょっとよろしくない状況ね……)

悠長に語る留美は、その内心攻めあぐねていた。
二人はライオットシールドの影に隠れ、ちょっとやそっとの攻撃は通しそうにない。
かといって現状を維持すれば、そのうち相手が行動や攻撃に移るだろう。
少なくとも、状況は圧倒的優位から五分五分以下にまで引き下げられた。
その事実に、小さく舌打ちをする。こんな事ならばさっさと蹴りをつけておくべきだったかと後悔しても、もう遅い。
やらなければならないのは、この状況を打破する事だ。
できなければ――ここで、終わる。

(やるしか、ないか……)

時間は無限ではなく。だからこそ悩んでいる暇はない。
確証のない方法であっても、やらなければ未来はなく、夢も終わる。
こんなところで、終わるわけにはいかない、と。
決意を固め、睨みつける。
目の前を見やれば、そこには同じように強い視線を向ける少女の姿があった。


しばしの、沈黙。
先に仕掛けたのは――大人の、方。


「それ……いつまで、持つのかしらね」


手に持った散弾銃から。
一発、放たれた。


291 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:44:46 JhWWrsWw0


「……っ!」

強い衝撃が、盾越しに凛を襲う。
それに怯むものの、構える力は弱めはしない。
歯を食いしばって、続け様にくるであろう衝撃に備える。

そして凛の予想通りに、二発、三発と短い間隔で銃弾は撃ち放たれていく。
それに悲鳴をあげるかのように、みしみしと、盾が嫌な音をたてる。
もしかしたら、この盾が耐えられないかもしれない……そんな不安が、頭を過ぎる。

四、五、六。
いつ終わるかも分からない衝撃の連打と、いつ砕けるかも分からない軋む盾の恐怖。
しかし、今はじっと耐えるしかない。凛は、この中にもいつか好機はあるはずだと確信していた。
銃の弾数というのは、無限ではないはずだ。別段詳しくない凛にも、それぐらいは分かる。
だから、いつか生まれる筈の隙をつく。
それしかない、と。凛は伝う汗を拭う暇もなく耐え抜く。
それは、まるで自身が固く決めた意思のように。


「……………!」


そして、七発目。
その衝撃を受けた瞬間、『間』が、空いた。


(来た……!)

それが本当に隙だったのか、完全に理解したわけじゃない。
もしかしたら、罠かもしれない。
けれど、それが次にいつ訪れるか分からないチャンスかもしれないという事だけで、彼女は一歩踏み出した。
ここを逃せば、今度は為す術もなく盾ごと撃ち抜かれてしまうかもしれない。
何もせずに終わるのだけは、嫌だった。

手に握るは、護身用のスタンガン。
殺意を持った相手に立ち向かうには、あまりにも不十分なものかもしれないけど。
それでも、引けやしない。
後ろにいる大切な親友を置いて、逃げる訳にはいかないから。
もう、自分に嘘はつきたくないから。




しかし、目の前の留美の行動は、凛にとって想定外なものだった。

「…は……?」


『背を向けて逃げ出した』。
銃の反動で相手も後退していたのか、既に距離は邂逅時よりも大分遠く。
彼女はそこから手に持つ銃に弾を込めることすらせずに、一目散に駆け出したのだ。

「………っ」

その姿に一瞬戸惑ったものの、すぐに気を取り直す。
逃げる留美の事は気になる。けれど、今の凛にはもっと優先するべきものがある。

「奈緒……!」


距離が十分離れているは事を確認して、凛は庇っていた友人の方へと振り向く。
そこには、血を止めどなく流して顔面蒼白な奈緒の姿があった。
素人目にも、相当消耗している事がわかる。
すぐにでも治療しなくてはいけない。
場所を移して、少しでも処置をしなくては。

「……っ、あたしは、いい……一人で歩ける…!」

肩を貸そうとした凛を、止める。
そして言葉通りに、よろよろと立ち上がる。
その姿は明らかに無事ではない。

「でも……っ」
「それより、さ……」

心配する凛の言葉を遮って、奈緒は腕を上げる。
震えた指は、一つの場所を指差した。


「あいつを、連れて行って、ほしいんだ……」




そこには、もう動かなくなった一人の少女の姿があった。




    *    *    *


292 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:48:46 JhWWrsWw0


「……どう、奈緒?」
「いっ、た……凛、ちょっと強く巻きつけすぎじゃ……」


対峙していた通路から、場所は変わり。
ベッドに寝かせた奈緒の服を脱がせて、凛は真剣な表情で四苦八苦していた。
病院で見つけた包帯をとりあえず巻いて、血を止めようとしてみる。
これが本当に正しい処置なのかどうか、そんなのは全然わからない。
そんな知識は全然ないし、あっても学校で半分聞き流していた保健体育の授業ぐらいだ。
こんな事なら、ちゃんと覚えておけばよかった、と。そう内心で後悔してももう遅い。

「でも、ちょっとは楽になったよ」
「本当に?」
「ん、まぁ……」

巻かれる側の奈緒は、生気のない白い顔で呟く。
念を押されても、ばつが悪そうに返す事ぐらいしかできない。
当人にとっても、所詮は素人判断でしかなく。
ただ、心配をかけさせまいと強がることぐらいしかできなかった。

「それより……悪いな、加蓮を連れてきてもらって。
 あんなところに、放置させたくなくてさ……ずっと、着いてきてくれたのに」

そう語る彼女は、何かを噛み締めるように一方を見つめる。
そこには静かに眠る、もう動かない親友の姿があった。

「…………」

凛も、何も声をかけられない。
彼女を担ぐ時に、嫌という程理解してしまっていた。
腕もなく、軽くて、ぴくりとも動かない。
もう、この世にいないという事を。嫌という程。

「……もう、少し」

嫌な沈黙が流れる中、凛が口を開く。



「もう少し私が早く来てたら、何か変わってたのかな……」


「凛……?」

あまりにも小さく、弱々しい声。
奈緒の知る凛のものとは思えないそれに、思わず顔を上げる。

凛は、ずっと加蓮の方を見ていた。
その姿は疲れ切っているようで、瞳は揺れていて。
強さが、すっと抜け落ちて。今にも、崩れ落ちそうな。

「っ……そんな事はない! 凛は……何も、悪くない……っ!」

その姿に、奈緒は言葉に言い表せないような不安を抱いた。
もしここで、彼女が折れてしまったら。
自分達のせいで一緒に立ち止まってしまう事だけは、嫌だった。

「…………」

しかし、その想いもから回るように凛は俯く。
奈緒の知る凛はいつだって、強かった。
けれど、本質は15歳の少女でしかないのだ。
この長い一日の疲労に耐えきれるほど、強くなんてなかった。
些細なきっかけ一つで、崩れ落ちてしまいそうだった。

「………っ」

なんとか、しなければ。
彼女まで終わってしまう事だけは、避けなくてならない。
足を引っ張りたく、ない。
けれど、自分たちではこれ以上は無理だ。嫌でも、実感してしまう。

どうにかして、彼女を先に進ませないと。

その為には、きっかけとなる何かが、いる。


「……なぁ」


彼女を一歩進ませる――導ける、誰かが。



「そう思うなら、まだやる事があるだろ」



気付いた時、考えるより先に口に出ていた。


293 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:51:37 JhWWrsWw0


「え……っ」
「ここで止まってたら……きっとまた後悔する。
 凛には、まだ見つかってない大切な仲間がいるんだから…!」

ここにいては、きっと凛はダメになってしまう。
だからこそ、彼女には先に行ってもらわないといけない。
その為の目先の目的も、ある。
彼女には、奈緒達三人とは別の、もう一つの大切な人がいるのだから。

「……卯月」
「ああ……ここで悲しんで、卯月まで間に合わなくなっちゃう、だろ…?
 もう、こんな事を繰り返しちゃいけない……探しに、いってやれ、よ……」

その子の安否は、何もわからない。奈緒や加蓮も、結局一度も出会わなかった。
ただ、時間が経てばそれだけ無事である可能性は低くなる。それだけは、確実に言える。
もし彼女までいなくなってしまえば、もう凛は立ち直れない。
だからこそ、今すぐにでも探しに向かってほしかった。

けれど、凛はその場を動こうとはしない。
その理由なんて、とっくに分かっていた。


「…確かに、卯月は大切な仲間だよ。
 でも、奈緒だって私にとって比べ物にならないぐらい、大切な…!」
「大丈夫」

奈緒の身を心配する凛を、強い言葉で遮る。

「……応急処置の甲斐あって、まぁ割かし楽になったし、さ!
 あたしはあたしで、ここで休んでる。もし見つかったら、また戻ってくればいい、だろ?」

胴に巻かれた包帯を叩いて、自分が大丈夫だとアピールする。
その衝撃に、またじわりと包帯に赤い染みが広がった。
凛の表情は、一向に明るくならない。
そんな事は気にせず、奈緒は笑った。

「心配は、いらないよ。
 まぁ、色々しちゃったけど…それも償っていく、きっと。
 せっかく凛に、助けてもらった命、だしな!ちゃんと、生きていくから……!」

自分は死なない、と。精一杯主張する。
傷で動けない自分の為に、その足を止めるわけにはいかないから。
いつものように、元気な姿で見送らないと。
痛む体を押さえて、彼女にそう誓う。




けれど、それを見つめる凛の眼は悲しくて。


「嘘」


ただ一言だけ、そう言い放った。



「……っ」
「奈緒の強がりは、分かりやすいから…」


凛は、分かっていた。

どれだけ包帯できつく、ぎゅうぎゅうに締め付けたって、血は止まってくれなかった。

思いつく限りのいろんな処置をしてみたって、奈緒の表情は一向に明るくならなかった。

素人である凛には、限界があって。
あるいは――もう間に合わない程に、消耗していて。


「……なん、だよ。こういう時ぐらい、空気読んでくれよな……」

彼女がもう手遅れなのだと理解するには、十分すぎた。


294 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:55:10 JhWWrsWw0


「……ごめん、奈緒……私……!」

顔を俯き、震えた声が響く。
強く握った手には、二つ三つと雫が落ちる。
彼女が受けた傷は、致命傷だった。
もっと早く……それこそ、そんな傷を受ける前に駆けつけられていたら。
そんな事を考えても意味がないとわかってながら、それでも考えてしまう。

「謝るのは、あたしの方だよ……結局、凛の足を引っ張っただけだし」

対する奈緒の方も、これまでが決して正しい選択だったとは言えない。
むしろ、はっきりというなら間違っていたのだろう。
多くの人を殺した。それは、凛の目指していたものとは相容れない道。
それに大切な親友まで巻き込んで。悔いがないはずは、ない。

「でもさ……うれしかった」
「えっ?」
「凛には見捨ててくれ、って思ってたけど……いざ来てくれた時は、本当にうれしかったよ。
 それだけで、あたしは十分だ……はは、加蓮に嫉妬されちゃうな」

なのに、奈緒の心には満ち足りた気持ちがある。
それはやはり、最期の最後にこうやって話せたからだろう。
いつもは恥ずかしくて言えなかった事も、こうやって腹を割って話せる。
自分にはもったいないぐらいの、餞別だと。そう感じていた。

「ありがとう、凛……あたし達の知ってる、強い凛でいてくれて。
 でさ……できたら、これからも、あたし達の憧れた凛でいてほしいんだ」

まっすぐと見つめる奈緒の表情は、まるで憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。
奈緒が凛に託すのは、ひとつ夢。
『アイドルになりたい』という気持ちに、直視できなかった自分達に道を示してくれた、その光が。
いつまでも、陰らないように。

自分勝手なのはわかっている。彼女がこれを断れない事もまた、知っている。
けれどこの言葉一つで、凛はまた強くなってくれる。
そう、奈緒は確信していた。


「行ってくれよ、凛」
「………」
「あたし達に、時間をかけてる暇なんて、ないだろ。
 それに……なんかさ、今のあたし達は、あんまり見られたくないんだ」

伝えたい事は、もう言った。
言い終わった奈緒はばつが悪そうに、目を逸らす。
少なからず、終わってしまう。そんな最期は、あまり見られたくない。
彼女の最後の、そんな小さな強がり。

少しだけ、間があいて――凛は立ち上がる。

それは彼女が、決意した証でもあった。


「ごめん、な」
「ううん……」

それを理解して、奈緒はつぶやく。
最期の最後まで、彼女の事を悲しませてしまった。その事に、負い目を感じる。
けれど、もうどうしようもないから。最期のお別れは、しっかりとしたかった。


「……私、行くよ」
「あぁ……すぐに戻ってくんなよ? 70年ぐらいはな」
「………ふふっ、そうだね」


奈緒がひとつ激励して、凛はそれに笑みで応える。
言葉の明るさだけを取れば、まるで日常のような会話。
今生の別れになるとは思えない、けれど彼女達らしい別れの時。


295 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 02:58:02 JhWWrsWw0


そうして、凛は扉を開き。


「なぁ」


その時、小さな声が響く。

それは、本当に聞き逃しそうな程の声で。



「まだ、あたし達は友達って…言えるのかな……?」




ぽつりと呟いたのは、漏れ出した弱音。



「ううん」


それに答える声は、強く、凛々しく。



「親友だよ」



はっきりと、そういった。



「……私は、忘れないから。二人に出会えて、本当に良かったって思えた、から…!
 ずっと、ずっと覚えてるから……どんなに経ったって、私だけは、ずっと……っ!」


顔は、こちらを振り向かない。けれど、その表情はなんとなくわかる。
握る拳は、震えていて、声もまた、震えていて。

「……そっか。ありがとう」

彼女の答えを聞いて、奈緒は噛み締めるように呟いた。
結果だけを見れば、神谷奈緒と北条加蓮は責められるべき事をしただろう。
けれど、凛は。他の誰もがそう言っても、凛だけは。
その内に秘めた気持ちを分かっている。


私達は、分かち合えた奇跡を、絶対に忘れない。


「………ありがとう………!」

同じ言葉を繰り返す奈緒の声もまた、震えていた。
二人は、互いに顔を合わせなかった。
もしまた見てしまえば、きっともう前には進めなくなってしまうから。
ここにある暖かなぬくもりに、すがってしまうから。


「……っ!」

凛は、駆け出した。
一切振り向く事なく。
足音は早くも遠ざかっていく。
彼女は、旅立っていった。

呪縛から解き放たれて、もう一人の大切な仲間の元へと向かったのだ。


「りん……っ、ありがとう……!
 あり、がとう………っ、うあぁぁぁぁぁ………!!」


それからも、ずっと、ずっと泣いていた。
ここにはもう、一人しかいない。
気にするものはなにもない。だからこそ、子供のように泣きじゃくり続ける。



それは、彼女の今までを全部洗い流すかのように。

ずっと、ずっと泣き続けていた。



    *    *    *


296 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 03:00:34 JhWWrsWw0



「…………よし」

そうやって、ひとしきり、泣いて。
落ち着いて、顔を上げた奈緒の表情は凛々しく。
それは何かを、強く決意していた。

神谷奈緒は、少なからず死ぬ。
しかし、それがいつなのかはわからない。彼女は医者でもなんでもないのだから。
哀しい事に痛みはまだ収まりはしないし、意識もはっきりとしている。
まだ楽には、なれそうにない。


だが、悠長にいつか訪れる終わりを待ってはいられない。
もうろくに歩けもしないのに意識だけあっても、意味なんてなく。
それに、『彼女』を待たせるわけにもいかなかった。
そんな強い意志があって、だからこそ、彼女は。


「……迎えに、いかなきゃな」


そんな悲壮の決意を、固めていた。


奈緒は、この世界から別れる為の道具を探していた。
真っ先に思いついたのは、持っていた手榴弾。
これを使えば、一瞬で楽になれるだろう。
けれど、そうすればこの部屋は勢いよく燃え上がるだろう。
きっと、加蓮も巻き添えになる。
既に事切れているとは言っても、その姿を自らの手で破壊したくはない。

もしここにピストルクロスボウがあったなら、それを頭に射るだけですぐに終われただろう。
けれど、それももうここにはない。
おそらく、あの襲撃者に取られたか。どちらにしろ、今ないものを使う事なんてできやしない。

そうして、色々と考えても良い案は思いつかず。


「……やっぱ、これしかないか」

最後に選択肢として残ったのは、彼女がこのイベントの間、ずっと持っていたもの。


「………っ」

握りしめて、息を呑む。
これを使って終わる事がどれほどの事か。それは彼女が一番よく分かっていた。
長く使っていたからこそ、知っている。これは、そこまで切れ味がいいものじゃない。
切るというよりは、叩くとか、砕くとか。
そういう表現の方が、適切な武器。

「やっぱ……そう簡単に楽にはなれないんだな……」

だからこそ、その手は震えていた。
そんな武器を使って、今から自分は自分自身の頭を砕く。
そこで、神谷奈緒という人生は、終わる。
あまりにも辛い、その最期。やはり、因果応報という事か。
これも報いなのだろう、と。そう考えてみても、心が落ち着くはずもない。

「は……っ……」

吐き出した息は震えていて、それと同じように体も震える。
もう流れないと思ってた涙も、嗚咽と共にとめどなく溢れてくる。
こうやっている間にも、終わってしまうということをじわじわと理解していて。
心の底から湧き出てくる恐怖が、彼女の心を錯乱させ始めていた。


「っ……なんで、なんでこんな事に、なっちゃっ、たんだよ……!」


止まらなくなるマイナスな思考は、どんどん原点へと遡っていく。
間違いを犯してしまった罪悪感、理不尽に巻き込まれた憤り、ここで終わってしまう恐怖。
負の感情は、最早収まりはしない。
目の前で鈍く光る赤色の刃に、奈緒は更に一人追い込まれていく。


「加蓮……っ!」

弱い心は、縋る何かを探し始めた。
そしてすぐ近くにいた、もう動かない少女の名を呼ぶ。
返事は、返ってこない。そこにもう、人はいない。


297 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 03:06:17 JhWWrsWw0

「返事、してくれよ……加蓮、かれん……!!」



どれだけ願ってみても、彼女はもう動かない。

神谷奈緒はこの場所で、たった一人ぼっち。



孤独に、震えながら。

ぎゅっと、目を瞑り。



「……ぁ」


小さな声と、ともに。

震えが、止まった。


目を、開ける。
そこには、変わらずもう動かない少女の姿。

けれど。


「待って、る……」



奈緒は、そこに何をみたのだろう。

他の誰にも、分からない。
けれど、奈緒には確かにそこにある何かに反応していた。



「……そっか」



さっきまでが、嘘のように。

震えの止まった腕を、高く上げる。


もう、彼女に恐怖はなかった。




「ふたり、いっしょなら」


胸に抱いた、あの思い出があれば。




「こわくなんて、ないよな」





それが、その部屋で響いた最期の言葉だった。



    *    *    *


298 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 03:07:20 JhWWrsWw0



外は、もう日差しが上り始めていた。
その光に照らされて、少女は立ち尽くしていた。

「もう、こんな時間なんだ」

時間は、もう早朝と呼ぶような時間だ。
この場所に連れてこられてから、二度目の朝日。
それを認識すると、体がどっと重くなるように感じた。

思い返せば、休憩なんて塔の上で若干体を休めた程度しか記憶にない。
それを除けば、彼女は丸一日、休むことなく走り続けてきた事になる。
疲労は、もうとっくの昔に無視できない程たまっている。
気を抜いてしまえば、一気に倒れてしまいそうなほどに。

でも、今の凛にそんな事をするつもりはなかった。
そうしたいほどの、疲労がある。喪失感がある。
けれど、ここで足を止めてしまったら、きっともう立ち直れない。
そうなってしまったら、もう大切な人を救えない。それだけは、嫌だ。

後悔も、休憩も、全てが終わってからすればいい。

「……誰も、いなかったのかな」

ここに来た理由の一つに、『病院組』に情報を伝える事があった。
けれど、結果としてはここはほぼ壊滅状態。
多くの人が死んだ。少なくとも、集団で残っている望みは薄いだろう。
逃げ出した誰かが、まだ近くにいる可能性もなくはない。
凛自身の目的とも一致していたし、まずは人探しかと決意を改める。


手に握りしめていたのは、奈緒から預かったデジタルカメラ。
ここには、二人が遺した証が入っているのだという。
しかし凛は、その中身を確認する事なく、デイパックの中へとしまいこんだ。

今はまだ、見ることはできない。
それを見てしまえば、もう動く事はできなくなってしまいそうだったから。


病院から去る前に、後ろを振り返る。
そこには、誰もいない。二人の姿は、勿論もう見えやしない。
けれど、凛はあたかもそこに誰かがいるかのように、微笑み返した。


「……二人とも、見守っててね」

誰にも聞こえないような声で呟いて、彼女は、また前を向いた。
この島の何処かに、まだ迎えにいかないといけない子がいる。
あの場所で分かれてから、もう一日も会えていない、大切な、仲間。
もう、後悔しないために。その一人だけは、何が何でも探し抜く。


そして。



「二人に誇れる『アイドル』になって、そっちに届くほどのステージを見せるから」


彼女の――彼女達の望みを、一身に背負って。



そうして自転車を立ち上げて、踏み込む。
力強く、進んでいく。


――静かに手が触れた、朝の光。
それはとても、暖かくて――――








【B-4 救急病院前/二日目 早朝】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】
 基本方針:『アイドル』で、あり続ける。
 1:卯月を探す。
 2:病院にいたはずの人達も探し、泉達の情報を伝える。
 3:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない。そして、皆のこれまでも。
 4:みんなで帰る。



    *    *    *


299 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 03:09:14 JhWWrsWw0


「……へえ」


彼女達が別れ、凛がその場を立ち去り。
そこから、暫くの時間が経った後。
静かになった病室の中で、ひとつの声が聞こえた。
その声はとても冷めていて、その主は目の前の光景をつまらなそうに見つめていた。


そこにあったのは、二つのベッドに横たわった二つの死体。


「戻ってくる必要も、なかったってわけね」

それを目の当たりにして、声の主は何度目かも分からない小さなため息をつく。
彼女――和久井留美は、逃げ出して一度病院から出た後、また別の入口から侵入していた。
理由は勿論、殺し損ねた二人を仕留めるため。

突然の乱入者に不意を突かれ、逆境に立たされて。
そんな状況に、誰よりも留美自身が焦りを感じていた。
冷静さを失った時、大概ろくな事が起こらい。
それを留美は、この一日で嫌という程経験していた。

だからこそ、多少損する事になろうともまずは一旦引く事を選択した。
こちらの体制を整え、一度落ち着く為に。
離脱する為に放った銃弾は多く、多少の期待はしていた『盾を破壊し二人を仕留める』なんて事も起こらず。
それでも、この消耗は自身の命に比べれば安いものだ。
アイドルとして戻ると決意した以上、多少慎重すぎるぐらいが丁度いい。
体に傷がつけばつくほどに、その難易度は比例して跳ね上がるのだから。
改めて、自身の目指す夢への難易度の高さを思い知る。無論、彼女に諦めるつもりはない。

そうして安全を確保して、また慎重に、時間をかけて病院内を探索していた。
しかし、結果だけを見ればそれは無駄足だったと言えた。
標的のうち片方は、既にここで事切れて、そしてもう片方の姿も、ここにはない。
留美には行先を推理する当ては全くなかったが、予想はできる。
最後の一人はここに二人を置いて、この病院を去ったのだろう、と。

「それにしても……ねぇ」

気になる事と言えば、事切れていた少女のうちの、片方。
少なくとも、留美が病院を離れる直前までは生きていた筈の方。
神谷奈緒の姿が、気にかかっていた。
普通に考えれば、留美の与えた傷がそのまま致命傷になったと考えるのだろうが。
その姿が語る事実は、そうではなく。


「……自害、と考えるにしては難しいような……」

どうみても、そばに置かれたトマホークで『かち割られた頭』が死因としか思えなかった。


その得物は奈緒の手に強く握られていて、それだけを見るなら彼女の自殺と考えるのだろう。
しかし、その手段として頭に叩きつけるというのが、理解できない。
留美は勿論自殺なんてした事はないが、それでも自分で自分を殺すのが楽ではない事ぐらいはわかる。
自ら命を断つのなら、まだ余っているであろう爆弾とか、もっと楽にできる方法はあったはず。
何故、わざわざこの手段をとったのか。それが理解できない。
となれば、他殺の可能性も否定はできず。では、誰が?


(もしかしたら、第三者がいたのかもしれないわね)


そう呟き、あたりを見渡す。
どうしても、『自分で自分の頭を割る』よりも『誰かに襲われ、自殺に偽装された』可能性の方を考えてしまう。
そしてそれを行った人物が、もしかしたら近くにいるのかもしれない。
おそらく、このイベントに積極的な誰かが。

「……とにかく、もうここに用はない」

結局、それも仮定の存在でしかない。が、用心するに越した事はないだろう。
ここでの収穫はその程度しかないと見切りをつけ、留美は目標を変える。
目に映ったのは、彼女が握りしめていたもの。

「手軽な武器も、手に入ったしね」

そしてそういう成果とは別に、有用なものも手に入った。

まず、北条加蓮に支給されていた『ピストルクロスボウ』と、その予備矢。
もう残り弾数も心もとない拳銃に比べ、こちらは逐一リロードする必要はあるものの、ある程度心強いだけの数はある。
更に、同じく加蓮とここにいた奈緒から拝借した手榴弾……ストロベリーボム。
こちらに関しては既に一個は持っていたものの、逆に言えば一個しかなかった。
数が増えたというのは、単純にしてとてもありがたい。
一度抱いた不安自体は拭えていないものの、強力な武器になることは期待してもいいだろう。

そして、今ここで手にした軍用トマホーク。
思えば、こういった近接戦闘用の武器もろくなものがなかった。
灰皿やなわとびで戦うというのも無茶であった。が、これならある程度役に立つ時があるだろう。
単純に手段が増えたというのは、ありがたい。そう思い、今はその武器をしまう。
一応、こびりついた血――それと、色々なものは申し訳程度に拭き取って。


300 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 03:11:05 JhWWrsWw0

「さて……」

めぼしいものを回収して、その場を立ち去ろうとして。
その前に、視線だけ振り向く。
何も変わらない、もう二度と動かないふたつの死体。
その二つお表情は、不思議と晴れやかに見えた。


「……あの子も大変ね」

それを見て、留美は皮肉気味に笑う。
脳裏に映っていたのは、病院から去る前に対峙していた、この場にはいない少女の姿。
強い意思を持って、睨みつけていた。きっと、大切な人を守るために。

けれど、その大切な人はもういなくなってしまった。
彼女のその想いは、もう一生報われる事はなくなった。

夢というのは、呪いと同じだ。
それを解くには、叶えるしかない。
けれど、彼女の持っていた夢はもう、叶わない。
大きな呪いとなって、ずっと彼女を蝕んでいくのだろう。
行き場をなくして、ぐるぐると廻り続けて。
15歳の少女が背負うには、あまりにも重すぎるものとなって。

「なんて……人の心配してる場合でもない、か」

そこまで考えて、今度は自嘲気味に息を吐いた。
人の心配なんてしてる暇はないはずなのに。ただ、少しだけ気になっていた。
幾多のライバルのうちの一人。きっと、いつかまた対峙する事になるのだろう。
留美がこの夢を貫き、彼女もその夢を追い続ける限り。

(最終的に、叶えたものの勝ちなのよ)

留美はもう、甘い夢を抱く事を否定しない。
少女の暖かい夢も、大人の強い決意の混じった夢も。
けれど、そんな彼女達が抱く夢と、自身の抱く夢は共存しえないものだ。
だからこそまた対峙した時、その時は――全力をかけて、潰す。

自らの夢とまっすぐ向き合って、絶対に叶えると決意した大人は、強い。

「………あら」

廊下を進む留美の顔を、窓から差し込む光が照らす。
その方向に目をやれば、既に日が登り始めていた。
夜が明ける事を表していて……そして、もうすぐ放送があることも、暗に示していた。

「もうこんな時間だったの……なら、どうしましょうね」

そう呟くと、一度進めた歩みを止める。
このまま積極的に乗っていくのならば、既に北は大方片付いたと見て南下するつもりだった。
ただ、そうなると気がかりなのは時間。
彼女が事前に見積もった『六時間』というリミットには、到底間に合いそうにない。

(とすれば……後は、まだ大きな揺さぶりが来ないことを祈るばかり、か)

留美の抱いていた前提は、放送の内容にもよる。
もしもこの放送間でそれなりに死者が出たと向こうが判断したのなら、何も起きないかもしれない。
そうすれば猶予は伸び、南の方へと足を伸ばせるだろう。
しかし、そうでなければ。誰かのプロデューサーが見せしめになれば、もう悠長に狩りなどとは言ってられない。
無力だったはずのアイドル達まで、敵となるだろう。
そうなると……結局は、向こうの出方次第だと言える。そんな受動的な結論に至り、留美は小さく溜息をつく。

(……ま、いいわ。急いては事を仕損じる、って言うしね。慎重に行きましょう)

とはいえ、揺さぶるパターンでも様子見に徹すればいいだけの話だ。一応、それだけの余裕はあるはず。
楽観視はできないが、仮にプロデューサーの誰かが犠牲になるとしても、そこに留美のプロデューサーが当てられる事はほぼないと断言できる。
自惚れと取れるかもしれないが、彼女はこの場で多くの成果を挙げているつもりだ。
一番とは言わなくても、まだ誰も殺してない参加者よりも『イベントの参加者』としての優先度は高い筈。
そんな者の行動原理をすぐに潰すなど、明らかに合理的ではない。
確証こそないが、概ね当たっている自信はあった。


301 : THE 愛 ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 03:11:58 JhWWrsWw0

「さて……病院なら休憩する場所には困らないけど」

そうして予定を変更し、一度腰を落ち着けるために踵を返す。
身の安全の確保ができるなら、病院で様子見として居座るのは悪くはない。
そう判断して、彼女は病院の奥へと消えていった。



暗躍した猫は、休息の時を迎える。
生まれ変わった自分の初陣に、確かな手ごたえを感じながら。




【北条加蓮 死亡】
【神谷奈緒 死亡】

【B-4 救急病院/二日目 早朝】

【和久井留美】
【装備:前川みくの猫耳、スポーツウェア、S&WM36レディ・スミス(1/5)】
【所持品:基本支給品一式、ベネリM3(7/7)、予備弾x28、ストロベリーボム×6、ガラス灰皿、なわとび、コンビニの袋(※)、軍用トマホーク、ピストルクロスボウ、専用矢(残り12本)】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。同時に、トップアイドルを目指す夢も諦めずに悪あがきをする。
 1:まずは次の放送を待ち、その後は内容によって判断する。
 2:いいわ。私も、欲張りになりましょう 。


302 : ◆j1Wv59wPk2 :2015/02/14(土) 03:13:07 JhWWrsWw0
投下終了しました。
この度は作品投下に際して大幅に遅れてしまい、本当にすいませんでした。
誤字脱字や矛盾等ありましたら、ご指摘お願いします。


303 : 名無しさん :2015/02/14(土) 03:13:25 8qLaM8/M0
投下乙です!
 
>「これ? 盾なら、そこで拾った」

この話のなんてこと無いこのセリフがすごい好き
しぶりんの声で再生されるというか、この話のトライアドはみんなそうなんだよな
こんな状況で、殺す殺され死ぬ死なれなのに、どこか、いや、どこまでもいつもの三人にしか思えない
まさに「変わってない」だった。本当に変わってないと思わせる何気なさが好きだった
これが奈緒かれでトライアドなんだな……
最初で最後の、だけどずっとな、トライアドプリムス。
残された夢、繋がれる夢、続いていく夢。
思い起こせばなおかれはヒロインではなく自分たちのアイドルとしての夢をかなえるために殺し合いにのったアイドルという特殊な立ち位置だったんだな。
なんかもうあれこれずっと思い出したり語りたくなる話でした。


304 : 名無しさん :2015/02/14(土) 04:21:52 SRtrIOJk0
おお、久しぶりの投下が


305 : 名無しさん :2015/02/14(土) 16:07:06 QmUDDxHM0
投下乙です
名台詞多すぎて感想をどこからあげたか分からないぐらいですが

>「ありがとう、凛。おかげで整理がついたよ」

この台詞から感じる(読者視点での)「あっこれ流れは変わらない」という確信と、
(凛視点の)「えっどうして?」との交錯、そしてその後に奈緒が選んだ答えは
それまでの説得からは完全に反しているけど、理屈じゃない当然のこと、
この奈緒ならばその決断をするに至って当然だという納得へと感情を引っ張られました

>「あぁ……すぐに戻ってくんなよ? 70年ぐらいはな」
>「………ふふっ、そうだね」

このやり取りも効いた
女子高生の親友同士の死別とは思えないぐらいに軽いんだけど、
その軽さが本当に「いつもどおり」で彼女たちは変わってないのだなぁと確信できて。


306 : ◆John.ZZqWo :2015/02/15(日) 21:26:58 k3ABAtus0
投下乙です! 待ったかいがあったー!

とりあえずはですね、奈緒ー! 奈緒ー! 奈緒ー! 奈緒ーっ! 奈緒おおおおお! 奈緒、奈緒、奈緒おおおお! です!
あぁー、奈緒ー! 奈緒ー! 奈緒ー! んんんんん、今はただ奈緒ー! としか言えない><
よかった。いや、死んじゃったからよくはないけど、でもよかった。

さぁ、私も次の予約の準備をしようっと。


307 : 名無しさん :2015/02/20(金) 00:37:34 cjar7CQg0
うおおおおおっ!?
投下乙です


308 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/22(日) 23:57:54 .WEn8gc60
投下乙です!
奈緒加蓮のラスト素敵でした……
詳しい感想は後日に。
散々お待たせした。
ただいまから投下します。


309 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:00:35 G2RuBiSc0





――――今だけだと言わないでよ。 永遠だよ……友達だよ








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





思い出すのは、楽しいこと。
二人で歌っていた歌。
幸せだった頃の歌。


親友同士だった頃の歌。
ただ、友達で騒いで、思いあってるだけで良かった日の事。


今も、忘れるわけがない。


二人だけの楽しい思い出。





「ハッピース! 私達、出会えてよかったよね!」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


310 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:04:25 G2RuBiSc0
「夕美……ちゃん……?」

携帯端末に表示された名前に、高森藍子は困惑してしまう。
大切な親友、行方が唯一解らない仲間。
ずっと心配だった彼女との邂逅が、まさかこんな形になるとは思いもよらなかったから。
でも、それと同時にどういうことだろうと藍子は考える。
この端末を手にした時、調べたけれども通話の機能なんて見つからなかった。
もしそんな機能があったとしたら、皆とっくに使っていただろう。
なのに、夕美ちゃんだけなんでできるんだろう?
疑問に思考が停止する。
一瞬、脳裏に浮かんだのは『悪役』という言葉。
存在するかもしれない主催者の息がかかったアイドルという。
そんな存在なら通話も可能だろうか。
相葉夕美は、もしかして……

「ううん……そんな筈ないよ」

違う、と藍子は思った。
それはほぼ確信めいたいもので。
親友を信じるからこその確信。
彼女が悪役になんてなるはずがないのだから。
それはあり得ないはずなのだ。

「………………どうしよう」

振動が止まらない携帯端末を手に、藍子は逡巡する。
出なくては、いや心の底から夕美と話がしたいと思う。
けれど、余りに唐突すぎて戸惑いが生じてしまうのだ。
ついさっき、友紀とあんな別れ方をしたところにかかってくるなんて。
今、どんな言葉を自分自身が言うかわからなくて。
ぐるぐると思考が周り、端末を握り締めたまま、少し時間がたったその時だった。


「…………あっ」


藍子の持つ端末の震えが止まり、通話待機の文字が消えた。
通話が切れたという事だろう。
藍子は電話に出なかったことを後悔する。
けど、すぐにその考えを振り払うかのように首を振った。

「大丈夫、きっとまた……かかってくる」

何故だろう、そう思ったから。
相葉夕美が危険な目にあってるから電話を切った。
やっぱり話したくないから電話を切った。
そんな風には全然思わなかった。
むしろ、絶対にもう一度かかってくる。
そういう確信が藍子の中にあった。

「だって、私と夕美ちゃんは、親友なんだから」

なぜなら高森藍子と相葉夕美は親友なのだから。
それ以上に必要とする理由なんて、藍子の中には存在しない。
それだけで充分なのだから。
安心して、夕美がもう一度かけて来るのを信じられる。

「今はとりあえず……帰らないと」

隣にいるブリッツェンにいくよと一声かけて、藍子は歩き始める。
元居た場所、警察署へ。
走り回ってる茜と友紀への心配。
そして夕美への期待とかすかな不安を抱えながら。
それでも高森藍子は後ろを振り返らず前だけを見据えて歩いていった。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


311 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:06:37 G2RuBiSc0






「はい……あっ……美穂ちゃん」
「…………うん」

こんこんと控えめな音に、栗原ネネは部屋の中に入ってくるよう促した。
入ってきた人物は遠慮しがちに、そして気まずそうにネネの表情をうかがっている。
小日向美穂、ネネに毒を飲ませた張本人が、ネネの目の前にいる。
その後ろには、見守るように、矢口美羽がいた。
あの騒動以降、そういえばまだ美穂とまともに話をしていない。
いや、美穂が避けていたのだろうとネネは思う。
どう言葉を交わせばいいのか、解らないのかなとネネは思ったから。

「あの……ネネちゃん」
「なぁに?」

美羽にそっと背を押され、美穂は小さく口を開く。
その瞳は揺れながらも、決意に満ちていて。
だから、ネネもそっと返事をする。
美穂はおずおずと、それでもしっかりと言葉を口にする。

「あの……ごめんなさいっ!」

謝っても謝りきれないけれど。
それでも、謝らないといけない。
ぺこりと頭を下げて、美穂はそのままあげようとせず。
ずっと頭を下げていた。

「わたし、とんでもないことしちゃって、ネネちゃんを傷つけて、後に残るかもしれないのに、わたし、わたし……どうしよう……ごめんなさい」

取りとめなく、言葉がどんどんと溢れる。
兎に角思いついた言葉を美穂は言ってるようで。
とても必死に見えて、ネネより年上なのに、ずっと小さく見えて。
許されないとわかっても、でも心の底から謝りたい。
そんな気持ちが本当に伝わってきて。

だから、ネネは目を閉じて

「……美穂ちゃん」
「だから……だから……ひゃい?!」
「もう、過ぎたことなんですよ」
「で、でも」
「そう、終わってしまったこと。だからもういいんです。何も変わることはない」

ただ、そう短く滔々と言った。
変わらない、終わったこと。
どんなことであっても、それはどうしようもなく変わりようがないのだから。
どんなに悔やんでも、哀しんでも。
栗原ネネの身体がこうなってしまったことは変わらない。

「……実際は、美羽ちゃんを狙ったんですよね?」
「うん……でも、ネネちゃんに……」
「そう……」

ネネは気落ちする美穂を横目に、美羽の表情をうかがう。
美羽は困ったように微笑んで、でもすっきりしたような表情で美穂を見ていた。
ということは、きっと、それはもう彼女達の中で解決したのだろう。この一件は。
それはきっと二人の未来にとってより良い形で。
ならば、もうネネがこのことに対して言うことは何もない。

「……そう、何も変わらない」
「ネネちゃん……」
「私が毒を飲んだことも、美穂ちゃんが飲ませてしまったことも、何も、何も」
「……っ」
「過去を変えることなんて出来ないんですよ」
「……あ……う……」

美穂の表情が歪んでいくのが目に見えてわかる。
ネネは少し心を痛めながらも、視線を美穂から美羽に移す。
ここから先は、とても大切な事だから。


312 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:08:04 G2RuBiSc0

「美羽ちゃん」
「はい……?」
「お願いがあります。美穂ちゃんと二人でいさせてくれませんか?」
「……えっと」

美羽は少しだけ戸惑い、美穂とネネを交互に見る。
やがて、ネネだけを見て。
視線を合わせて。
ネネの澄んだ瞳をみて。

「……うん、いいよ」
「ありがとう」
「外で待ってるからね。『二人』が笑ってるのを、楽しみにしてるから」
「……ええ」

安心したように、美羽は頷いて、外に出て行った。
美穂は縋るように外に出ていく美羽を見たが、美羽は笑うだけで。
頑張ってという言葉を残して、美穂は一人で、ネネと向かわなければならない。
ネネの表情はとても落ち着いていて、美穂にとってそれがとても怖かった。


「……正直、他の人に本当のことを伝えるかまだ迷っているので。でも、あなたには伝えないといけないと思うから」
「……何ですか?」
「私の身体、まだどうなるかわかりません」
「……どういうことです?」
「二回目の発作が来るかもしれません……いえ、多分来ます。それが一週間後かもしれないし、明日かもしれないし、もうすぐかもしれない」
「……っ」
「肺に来て……喉にも来て。そしたら、もう、歌えなくなります」

今はまだ楓と瑞樹、そして泉しか知らないネネが飲んだ毒の真実。
二回目の発作こそ、この毒の本領だということ。
そして、それは肺と喉を襲う、アイドルにとって致命的なものだということ。
それを聞いた瞬間、美穂の顔が真っ青になって、涙がぼろぼろとあふれはじめた。

ああ、とんでもない事をしてしまった。
どうにもならない間違いを犯してしまった。
取り返しのつかないことをしてしまった。
ことの重大さに気づいて、美穂はただ震えるだけで。


「わ、わた……し……と、とんでもな…………あぁ……!」
「…………でも、それも変わらない。あなたが選んだ道だから」
「あっ……う……」
「そして、私が先延ばしにしてしまった答えのツケかもしれない」

でも、とネネは言葉を続ける。
そう、何も変わらない。
たとえ、どんなに悔やんだとしても。
でも、

「あなたが私に毒を飲ませた結果。それは変わらなくて……でも終わったこと」
「…………」

泣いて、言葉が出ない美穂。
きっと、心の底から悔いてるのだろう。
胸を押さえて、でも美穂はネネから視線を外さない。
それが、傷ついた心を持ちながらも、美穂が手に入れた、ちっぽけかもしれないけど、大切なものなのだろう。


「……だから、大切なのは、今を見ることだと思うんです」
「……今?」
「小日向美穂が栗原ネネに毒を飲せた。そして栗原ネネの身体が蝕まれている。それは変わらない。そして、もう終わったことです」
「…………はい」
「だから、今を、未来を見ましょう。どう生きるかって」

だから、ネネは、その美穂が手に入れたものを尊いと思う。
そして、自分が手に入れた輝くものを、信じられるのだろう。
それは、希望といえるものなのかもしれないけど。
兎に角、今、ネネを突き動かしているものは、生きるということ。

「変わらないことを悔やんでも……何も帰ってこない。輝子さんの命も帰ってこない」
「……」
「だから、その選択を無下にしない為にも、私は私の命を精一杯、生きるしかないと思う」
「……せいいっぱい」
「ええ……私はまだ、歌いたい。アイドルとして。妹のために。それが私がアイドルになった理由だから」
「うん……」
「だから、私は生きるんだ……どんな時でも、哀しみを言い尽くしても始まらない。なら、歌おう。いつも、何度でも」


そう、変わらないことは変わらないことだ。
もう、終わったことだ。
でも、それを無かったことになんて出来ない。
選択したということはいつまでも残り続ける。
なら、無下にしない為に、ネネは生き続けることを選ぶ。
歌って、歌って。
アイドルであることを証明し続けて。
妹の為になると信じて。

たとえ、喉が潰れて、肺が動かなくなっても。


きっと、その選択を後悔しない。


313 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:08:49 G2RuBiSc0



「ねぇ、美穂ちゃん。だから私に毒を飲ませてしまったことは変わらない。そのことにいつまでも後悔しないで」
「……えっ」
「必要なのは、今、それを見つめることだと……思うんです。ねぇ、美穂ちゃん……」

ネネはそっと美穂の胸に手を向ける。
心をさ刺すように、優しく微笑みながら。


「貴方がやったことは許されることじゃないかもしれない。けど、貴方の弱さは、それを選んでしまった心の傷は、きっと貴方の輝くものに変わる」
「……そんなこと無いよ……ただ、人を殺そうとしただけ」
「……そう思わないで。貴方の弱さ、貴方の心の傷はきっと誰にも無い『力』になる」
「『力』?」
「はい。きっと、誰かを救えるくらいの力に」

小日向美穂はどこまでも弱い。
恋に揺れ、今もなお心に傷を負っている。
けれど、その弱さと傷こそ、小日向美穂しか持ってない力だろう。
弱いまま、きっと彼女は強くなれる。
それはきっと、いつか誰かを救えるくらいに。
ネネは、そう思えてならないかから。
そう、思いたいから。

「そんな、でも……わたしは」
「だから……だから……」


思いたいから。
自分がした選択を後悔しないと、思いたいから。
気がついたらネネの声は自分でもわかるくらいに震えていた。


「私に、そう思わせてくださいよ! 正直言うと、怖いんです……!」


何もかも限界だった。
襲い掛かる死の恐怖。
今が終わってしまうことが怖い。
歌えなくなることが怖くないわけがない。


「私はまだ、歌いたい! 妹のために……私のために……なのに、どうしてあなたは、私をこんな身体にしてしまったんですか!」


静かに喋っていた筈なのに、もう怒鳴り散らすぐらいになっていた。
感情の昂ぶりが抑え切れなくて。
でも、ネネは美穂を睨まず、俯いてじっと自分の手の平を見ていて。
そこに、ぽつぽつと雫が落ち始めて。


「怖いよ、怖い……嫌だ……嫌だ……やめてよ……どうして……どうして、私なんですか」


そこにあったのは、アイドルでもない栗原ネネの姿。
小さな小さな、美穂より幼い少女が。
静かに泣いていた。


「私は歌いたいのに……あなたが……あなたが!」


恨みが無いなんてわけがない。
許したくない気持ちだって沢山ある。


それでも、


「でも……! ……私は……私は……!」


ネネは顔上げて、美穂の方を見つめる。
泣きながら、叫んだ。



「これ以上、友達を責めたくないから、恨みたくないから!」



それでも、栗原ネネと小日向美穂は友達だから。


そのままでいたいから。

大切な友人だから。

だから。


314 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:09:12 G2RuBiSc0
「終わったこと……変わらないこと……そういうことにしてください……お願いだから!」


それが、栗原ネネの精一杯の強がり。
栗原ネネの偽りの無い、心からの想いだった。
ネネは我に返ったように、涙をぬぐって。

「……美穂ちゃん」
「……はい」
「だから、私にしたことを決して忘れないで。ずっと抱えていて。そして、それを未来に繋げてください」


美穂は、目を閉じて。
そっと、胸を撫でる。
心の傷は、まだ残っている。
そこに、ネネにやってしまったことはずっとある。
そして、アイドルとして、ただ一人の少女としてのネネの独白。
受け止めるのも精一杯だけど。
でも、それを力に、未来に昇華する為に。
ゆっくりと心を撫でて。

美穂はゆっくりと目を開けた。
涙は流れてなかった。


「はい、わたし、ずっと抱えて……それでも、生きていきますから」


それが、美穂の決意で。
ネネへの贖罪に変わるのだろう。
そう思ったから。


だから、ネネも笑って。


「はい、それで赦します」
「……あっ」
「うん、もういいから」
「うぅ……ぅう……ごめん……ごめんねぇ……」
「もう、また泣きそうなってるよ……いいから、うん、いいんだよ」



これで、美穂がネネにしてしまったことも終わり。



でも、二人が生きる道は、ずっと続いていく。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


315 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:10:06 G2RuBiSc0






持ち帰ったものは希望であった筈なのに。
どうしてこんなことになってるんだろう。
私――大石泉は頭を抱え、目の前に立つ藍子さんを睨んでしまう。
解っている、彼女に悪気があったわけじゃない。
しかしそれでも穏やかな心持ちではいられなかった。

「どうして、単独行動してるんですか? 誰にも言わずに……ああ、もう……」
「ごめんなさい。でも、友紀ちゃんがいなくなって……」
「わかってます……でも、川島さんにぐらい一声かけられなかったんですか、……それに茜さんを止められなかったんですか?」
「もう、気づいたときには遠く……」
「ああ、もう……」

私がここを離れている間に、友紀さんが勝手に警察署から出て行ったという。
『悪役』を倒すために。仲間を護るために。
……ああ、何で、そんな理由で。
私の、私のミスで、私の責任だ。
『悪役』だなんて言い出さなければ。
予定してた通りに図書館へと同行させておけば。
あぁ、もう……後悔ばかりが募る。
それに釣られて茜さんまでもが行ってしまうだなんて。
あの性格なら仕方がない気もするけど、それでも。

……わかってる。わかってるつもり。
友紀さんが勝手に離れれば藍子さんが大人しくしていられないことくらい。
雨の中、あの二人が重要な話をしていたのもわかる。
私はその中に入ることが出来なかったし、しなかったけれど。
きっとそれも起因しているのだろう。
だから、わかる。わかるけど……納得しきれない。

「…………泉ちゃん。藍子ちゃんを責めても変わらないわ」
「わかってます……」
「落ち着いて。今、友紀ちゃんと茜ちゃんが此処にいない。これは変わらない。だから、これからどうするか、考えましょう」
「…………わかりました」

こういう時、諌めてくれるのはいつも川島さんで。
私は彼女のこういう言葉に落ち着かされる。
頼りきり……なのかな。
でも、助かっている。
私は彼女の言葉を受けて、もう一度藍子さんを見つめる。
彼女は苦笑いを浮かべて、

「私、お茶を入れてきますね」
「……すいません」
「いえいえ。私のせいだから」

私達の前から理由をつけて離れていく。
私が苛立ってるのもあって、気を使わせただろうか。
また彼女自身も居辛いと思ったからか。
その両方か。

それは、わからないけど、今はそれが有難い。
川島さんと楓さん――大人の人達とみんなの前では言い辛いことを話せるから。

「……で、正直不味いのよね?」
「……ええ、まぁ、そうです。人手が少なくなるのは正直……茜さんがすぐ帰ってくればいいのですが……」
「茜ちゃん、ロケットみたいな子だからそう器用に戻ってこれるかしら……?」
「はい、だから今いる人達でどう動くか、考えなければなりません」

横合いから楓さんが直球を投げてくるが、その通りだと頷くしかない。
いい状況かというとそんなことはない。
とっても悪い状況だ。


316 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:11:20 G2RuBiSc0

「今居るのが七人……ですが、ネネさんを動かすことはしたくありません」
「……そうね」
「私は首輪を解除するためにこれからまた調べものがあります。けれど、それと同時に港へと船を確認しに行き、……学校ももう一度調べたい」
「泉ちゃんがここに残るとして、残り五人。……私が船を見る組に入るのは決定として……学校か」
「はい……学校に回す手が足りない……そして、警告もなされた今……なにより時間がありません」

ネネさんは重病人だからここから動けない。
私が首輪解除の為にここに残るとしても、ネネさんを診る人も別に必要だ。
更に探索すべき場所はもう二箇所ある。
川島さんを船を捜す組に入れるのは確定だが、そうすると学校を再捜索する人員が揃わない。
学校を一度でも探索した事がある私か川島さんがいないと、わざわざ改めて探索する意味合いが薄いからだ。
じゃあ、私と川島さんがそれぞれの用件を終わった後でというと……今度は時間が足りない。

それに加えて、

「やはり、茜さんと友紀さん、同時にいなくなったのが……」

活動的で体力がある二人がいないのは痛い。
色々な足になる彼女達がいないのは本当に……辛い。
人員を分割するにあたって体力が無いメンバーばかりになるのは不安だ。
でも、現状そうせざるを得なくて。
ならば、どこかで妥協するのか? けれど、そんな余裕はないはずで、見えてくるのは……手詰まり。
私は喉元まで上がってきたその言葉を口にするのが怖くて……。


「――――あの、ちょっといいですか?」


ぞわりと背中に冷たいものが走った。
それは川島さんや楓さんも同じようで、強張った顔が私からはよく見えて。
ぎこちなく声がした方を振り返る。
そこに、細く暗い廊下の上にぽつんといたのはひとりの少女。

「智絵里……ちゃん?」
「はい」

緒方智絵里だった。彼女は川島さんの言葉に、場に相応しくないはにかみを見せて。
けれど、その両手にはしっかりと武器を、爆弾を握っていて。
なにか言わなくちゃ、動かなくちゃと思うも、口も足も凍りついたように動かなかった。

「あっ、……えっと、驚かせてごめんなさい。話し声が聞こえて、……危ない人だといけないから、足音立てないように、その……」

止めていた息を吸って吐く。
どうやら彼女は私達を殺そうとしていたのではないと知って、少しだけ緊張が解ける。
けど、その気があったならもうとっくに殺されていたわけで、役場で襲われたことを思い出しぞっとしてしまう。
私達はこんなにも儚げなのだと。いつ、どこで死んでもおかしくないのだと。

「わかったわ、智絵里ちゃん。……それで、貴女はどうしてここに? それと、一人かしら?」
「はい、それは偶然……ここかなって。私一人で、……それで、聞きたいことと、話したいことがあって……」
「……そう、いいわ。お話しましょう。新しい仲間は歓迎よ。だから、その手に持ったものは、ね?」
「あっ、ごめんなさい! はい、これは、もう……!」

川島さんになだめられ、ようやく緒方さんは爆弾を握り締めていた手を解き、それを仕舞った。
そこでようやく彼女に私達を殺すつもりがないのだと安心して、空気が和らぐ。

「とりあえず……、どこか部屋に入りましょうか。こんなところで立ち話をしているのは無用心なようだし」
「ええ、そうね。智絵里ちゃんもいいかしら?」
「はい、大丈夫です……」

そうして私達は手近なドアを開けると部屋――会議室の中へと入った。


317 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:13:06 G2RuBiSc0





会議室の中は暗く、空気が重い。
そこにいるのは私――大石泉と、川島さん、楓さん、緒方さん。そして、川島さんを探してやって来た美羽さん。
ネネさんと同じく怪我人である川島さんの姿が長く見えないので不安になったそうだ。
ともかく。
新しい人物である緒方智絵里は私達からの視線を一身に受けていて。
苦しそうな顔で、何度も言いよどんだ後、ようやくその言葉を口にした。

「…………私は……殺し合いに乗っていました」
「……えっ?」

思わず聞き返すほどに驚いて、

「主催者に唆されて……悔やんでも悔やみきれないけど、でも今はそうじゃないです。そして……多分、同じ立ち位置に回ってしまった人のことを聞きたいんです」
「同じ立ち位置?」
「姫川友紀さん……此処にいませんでしたか?」

続く言葉にもう一度驚いた。

緒方智絵里。
行方知れずだった彼女は、自分は『悪役』だと言い、そしてもうそこから降りたと言う。
そして、彼女が聞きたいと言ったのは、私達の仲間。
仲間だった人。
その人が、『悪役』になったという。
……そんな。

「えっ、友紀ちゃん? 友紀ちゃんが……えっ?」

美羽さんがひとり目を白黒とさせる。
彼女だけはなにもわかってないようで。
逆に私達は言葉の意味をわかることができて、戦慄していた。

「やっぱり、いっしょだったんですね」
「……そうね。友紀ちゃんとはずっといっしょだったわ」
「お願いです……彼女のこと聞かせてください」
「いいけど……」

川島さんはまだ戸惑っていた。
この話は長くなりそうだ。ちらりと扉のほうを見る。お茶を汲みに行くと言っていた藍子さんはまだ戻ってこない。
呼びに行ったほうがいいだろうかと少し考える。

「……ありがとうございます」
「なら、先ず貴女のほうから話を聞かせてもらえるかしら? 智絵里ちゃん」
「はい川島さん……えっと、友紀さんに会った話からすればいいのかな……?」
「……ええ。彼女が今どうしているのか聞きたいわ」
「はい」

姫川友紀。
私達の仲間。
その人が『悪役』の側に回ったなんて、思いたくない。

だから、

「教えてください、彼女を何をしようとしていたか」

私は彼女のことが聞きたい。


仲間なのに、此処を離れた彼女のことを。




その先に待ってるのが絶望であるなんて考えもせずに。


318 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:13:37 G2RuBiSc0












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「……あっ、美穂ちゃん」
「あ、藍子ちゃんもお茶ですか?」
「うん、そんな感じかな……」
「お湯沸いてますよ」
「ありがとう、でもちょっと休憩してから淹れようかな」
「じゃあ、藍子ちゃんのお茶淹れて、一緒に休憩しましょう」
「いいんですか?」
「うん、それくらい大したことじゃないし」

まるで逃げるように向かった給湯室では、小日向美穂がお茶を淹れていた。
美穂はまるで憑き物が落ちたように、穏やかではにかみながら笑っている。
それは藍子から見てもとても愛らしくて、この姿が本来の小日向美穂なのだろうと思う。
きっと自分らが外に出ている間に美羽やネネと話しあい、そこでよい結論を出したに違いない。
壁を乗り越えた美穂はどこか輝いて見えて。
それが今、友紀のことで悩んでいる藍子には、少しうらやましく思う。

「はい、お茶です」
「ありがとう」

給湯室に備えつけの小さなテーブルにつくと、携帯端末を取り出しなにも表示されてない画面を見る。
あれから夕美からの新しい着信はまだ、無い。
向こう側でなにかがあったのだろうか。けど、絶対にもう一度かかって来ると藍子は信じている。
それはただの希望でしかないけれど。

真剣に端末を見つめている藍子を不思議に思うと、美穂は自分もテーブルにつく。
そして湯気を上げるカップを前に、ふーっと大きな息を吐いた。
やっと落ち着けたのかもしれない。
この半日であまりにも色んなことが起き過ぎた。
両手では抱えきれないぐらいの。
それでも、壊れずにやってこれたのはきっと、救ってくれた人がいたから。
どんな時でも手をさし伸ばし続けた人がいたから。
そう、今目の前にいる少女が。
小日向美穂という少女をどこまでも見捨てなかったから。
だから、今ももここにいることができる。

「あの……藍子ちゃん」
「うん」
「美羽ちゃんとネネちゃんとちゃんと話すことができたんです」
「そっか……よかった」
「美羽ちゃんは困った風に笑って、そして許してくれて」
「美羽ちゃんだからね」

藍子には、美羽ならそうすることがわかっていた。
そういう子だから。
フラワーズの末っ子の妹はそういう子だから。
だから、何も言わずとも安心していた。
それが信頼だから。


319 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:15:42 G2RuBiSc0

「ネネちゃんは……きっと心の底では納得できてないと思います」
「……そう」
「でも、当然のことです。殺されかかって、そしても今も引き摺って……だから、わたしはとんでもないことをしたんだなって」

でも、だからこそ

「わたしは思ったんです。してしまったことをちゃんと受け止めていかなきゃって……生きていかなきゃって」
「……うん」
「だから、ネネちゃんはこれでおしまいって。済んでしまったことだって。きっとネネちゃんは強いんだ……本当」
「……」
「わたしはネネちゃんに比べて、弱いけど……」

いつだって美穂は弱かった。
けれど、今はなぜだろう?
弱さのなかに一つの芯が通っている。
そんな風に、藍子は思えてならなくて。

「なんだか、わたしはその弱さを忘れちゃいけないのかなって。それがきっと、未来に繋がる……そう、ネネさんにも言われて」
「……うん……うん」
「それが、私がしてしまった罪への贖罪の仕方で、わたしはこの心の傷をきちんと受け止めて、前に行かなきゃ……じゃなきゃ、あの二人が許してくれた意味が無くなると思うの」
「……美穂ちゃん」
「だから、前を向く。忘れないで受け止めて。それでも、こんな弱い私でも、きっとできることがあるって思いたいから……ううん、思うから」

そう言い切って美穂ははにかみながら、前を向いた。
途端恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしてお茶を飲み干そうとする。
それもまた熱くて失敗してしまったけれど、美穂はずっと笑っていた。
美穂自身、今もまた後悔に苛まれ続けているだろう。
苦しくて哀しくて、泣き出しそうなぐらいに。
でも、その弱さごと抱えて生きていくことを、美穂は選んだのだ。

きっと、そのことに美穂は後悔しないのだろう。


「うん、頑張ろう……一緒に」
「はい」
「私も……きっと……」

藍子は、そんな美穂を見て一緒になって笑う。
そうだ、自分も頑張らないと。
友紀のことを考え、強く、そう思う。
だってそれは藍子自身が解決しないといけないことだから。
きっと道を違えてしまった原因は、間違いなくこちらのほうにある。
藍子はそう思って、唇を強くかみ締め、拳に力を入れた。
そう、これは自分の、フラワーズ問題なのだから。

「……藍子ちゃん?」
「ん?」
「あのね……」

そんな藍子の様子が、美穂はどうしても気にかかる。
いつもふわっとした笑顔を浮かべる藍子が、どこか彼女らしくない表情を浮かべているのだ。
それは真剣というか、張り詰めているというか、まるで自分を、追い詰めてるような。
何か、あったのだろうか。友紀との間に。
そしてそんな藍子に美穂は何か言葉をかけてあげたいと思う。
一人で悩んでる藍子に、助けてもらった恩返しがしたい。
その為に、手をさし伸ばしたいって。
美穂は思ったから。
前に進みたい、から。

「もし困って……」
「あ、藍子ちゃん此処に居たのね」
「あっ……楓さん。どうかしたんですか……?」
「御免ね、ちょっと来てもらってもいいかしら」
「何かあったんですか?」
「ええ、新しく人が来てね。……姫川さんのこともあるから、貴女ともいっしょに話をしたいの」
「……本当ですか!?」

勇気を出して話を切り出そうとした瞬間、給湯室の入り口から声がかけられ、美穂は口をつぐんでしまう。
入り口の方を向くと、高垣楓が藍子のことを冷めた目で見ていて。
そんな楓の様子に、美穂は何かあったんだろうと察してしまう。
来訪者というのも気になるが、美穂は彼女らの間に口を挟むことはできなかった。


320 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:19:08 G2RuBiSc0

「わかりました、すぐにいきます」
「ええ」
「それじゃあ、美穂ちゃん。またね」
「……う、うん」

ばたばたと慌てて藍子は立ち上がり、楓と一緒に給湯室から出て行く。
そんな一連の流れを美穂はぽかんとしながら眺めていて。
やがて美穂一人になった時、ふーっと大きな息を吐いた。
ちょっと前に進めるかなと思ったけれど、タイミングが悪かったらしい。
少し残念だなと思うけれど、機会はいくらでもある。
だって前に進もうと思っているから。
手をさしのばすことなんて、思いさえあればいつでもできる。
それが、きっと前を向いて生きることだと思うから。


「うん。また後で聞いて…………あれ? ……藍子ちゃん、忘れてるや」

自分もネネ達の下に戻ろう、そう立ち上がろうとした時、美穂はテーブルの上の忘れものに気づいた。
それは藍子の携帯端末で、なぜかお茶を飲んでいる間ずっと見つめていたものだった。
楓に急に呼ばれて、慌てて出て行ったせいで忘れたのだろう。
美穂はそれを手に取り、うーんと考え込む。

どうしよう、藍子に届けにいこうか。
それとも、重要な話し合いをしてるみたいだし後にしようか。
でも大事なものだし。

美穂は少しそんな風に思案して、そして。
いきなり端末が手のなかで振動を始めて。
美穂は予想外の出来事に慌ててしまい、

「あわっ!? あわわわ!?」

端末を床に落としそうになるも、なんとかキャッチした。
冷や汗をかきながら、美穂は改めて落ち着き、画面を見て、そのまま固まってしまう。
予想外の出来事がもう一つ、起きた。

『相葉夕美』

そう、端末に表示されている名前。
藍子の仲間である夕美からの電話に、美穂は固まってしまう。
端末にこんな機能がある事を美穂は当然知らないし、誰からも聞いたことがない。
藍子の端末だけにそんな機能があるとは思えなかったし、彼女がそれを無闇に隠したりしないだろうとも思う。
なら、これはきっと本当にイレギュラーな事態なのだろう。
どうしよう、藍子に届けにいこうか。
美穂はそう考えるも、届けに行ってる最中に切れたら元も子もない。
ならば、自分が今ここで出るしかないのだろうか。
藍子の友達である相葉夕美からの電話を。
出ていいのだろうか。
それは駄目なんじゃないか。

「……でも……」

出たい。出なきゃ。
前に進みたい。
藍子のことをもっと知りたい。
そのためにこの人から話を聞きたい。

色々知りたいから。
知って前に進みたいから。


だから、これは美穂の独断でしかないけれど。



「……あの、もしもし?」



恐る恐る話しかける。



でも、意志はしっかりと篭っていた。



そう、美穂は話を聞きたかったのだ。


高森藍子の親友である、相葉夕美に。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


321 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:21:04 G2RuBiSc0






「…………友紀ちゃんが、え? ……だって、さっきまで、……それに、友紀ちゃんは」
「美羽ちゃん、大丈夫?」
「わ、私…………」

緒方智絵里のもたらした情報は、矢口美羽を絶望させるに十分以上のものだった。
傍から見てもそれがわかるほど青褪めている。
青褪めているのは彼女だけでなくて。
それだけ、智絵里が持ってきた情報は泉達にとって大きく、絶望的なものだった。

「悪役……やっぱりいたなんて……それも五人も」
「その内二人はすぐに落ちた……けど、何人もいたということは確か。……ねぇ、貴女達以外のことはわからないの?」
「えっと、その……楓さん。……それは、わかりません。けれど、少なくとも、私を含めた五人は確実にそうだったんだと思います」

泉達が、最初に提起した、殺し合いを促進させるための『悪役』という存在。
それに近しい立場にいたのが、緒方智絵里を含めた五人だという。
智絵里の他は、若林智香、五十嵐響子、大槻唯、相川千夏という同じプロデューサーにプロデュースされているアイドルだ。
そのアイドル達は、共通の装備を持って他のアイドルと区別されていた。

「それが、その爆弾って言う訳ね……あの役場で火災を起こした……」
「手榴弾。……けど、楓さん。彼女達の誰かが私達を襲ったわけではないと思いますよ」
「泉ちゃん……どういうこと……?」
「歌鈴さんが死んだのは、二回目の放送から三回目の間。その間、既に亡くなっていた二人を除くと、緒方さんと五十嵐さんは飛行場に」
「はい、そこで私は響子ちゃんの死を看取りました」
「そして、相川千夏さんは水族館にいたことが明らかになってます。だから、あの時私達に向けて爆弾を使ったのはまた別の人です」
「じゃあ……」

川島瑞樹の声に泉はこくりと頷く。
あの役場の前には若林智香の遺体があった。彼女から爆弾を奪った者があそこで待ち伏せていたという可能性がある。
もしくは、どこかで大槻唯から爆弾を奪った者が自分達をあそこで偶然見つけたのかもしれない。

「誰かが……あの爆弾で……」

智絵里がぽつりと呟く。
自分の仲間が殺されて爆弾が奪われたこと、その爆弾が更に他の人を殺すために使われていること、それが悲しいのかもしれない。

「しかし、これでひとつ不可解だったことが解明されました」

パズルのピースがひとつ揃うと、次に当てはまる所が見つかるようにもたらされた情報は不明だった事実を明らかにする。
それは、歌鈴が死んだのと同じ時間帯で起きた事だ。

「水族館で亡くなった岡崎泰葉さんと喜多日菜子さんら二人は……」
「……相川千夏によって殺された?」
「川島さんもそう思いますか?」
「そう考えれば辻褄があうという話だけれどね」
「双葉杏は逃げる事が出来たか……」
「もしくは手を組んだか。……勿論、可能性の話よ」
「いずれにせよ、状況はよくないわ」

水族館で死んだ岡崎泰葉と喜多日菜子。
何故死んだのかは、その場にいた相川千夏が悪役だったということで大方想像できてしまう。
殺し合いに乗ってないと嘘をついて潜り込み、隙を突いて二人を殺した。
それが納得できる答えで、そうでなければ二人の死に理由がない。
同行している双葉杏は、逃げる事が出来たか……同じく殺し合いに乗っていたか。
想像は出来るものの、後の方はあまり考えたくない話だ。


「留美ちゃん、やっぱり……」
「楓さん?」

ぽつりと呟かれた楓に床を見ていた美羽が頭を上げる。
けれど、楓は美羽のことを振り返ることなく智絵里へと質問を投げかける。

「ええと、もう一度確かめるけど。智絵里ちゃんと留美ちゃんが飛行場で二人。そして響子ちゃんの三人を殺したのね?」
「……はい、そうです。……それで、あの、楓さん」
「何?」
「ナターリアちゃんや光ちゃんの最期。どんな風にに生きたか、聞かなくて――」

それは美羽も気になることだった。
あのきらきらと輝く眩しさを持った二人がどうなってしまったのか。なにか残ってはいないのか。
なのに、

「ううん。聞きたくないわ」
「……どうして、ですか?」
「そんなことを聞いても、辛くなるだけでしょ?」

楓はそれを聞かなかった。
聞けば辛くなる。それは正しい言葉で、でも美羽はそれは本当ではない気がして。
ただ、何も言えなくて、楓の無表情な横顔を見てるだけだった。


322 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:21:31 G2RuBiSc0

そして、そんな楓は留美が二人を殺したと聞いてひとり心の中で笑みを浮かべていた。
やはり推理していた通りで、その通りに留美がナターリアと光を殺した。
本当にそうなるかはわからなかったが、そうなって良かった。
だからもう、どう生きたか、どう死んだかなんて、彼女達のことなんて、どうでもいい。
緒方智絵里が、困惑したように見てくるが、楓には知ったことではなかった。

そして、泉達にとって最も大切な情報。
この警察署をたったひとりで離れていってしまった仲間。
泉と瑞樹は沈痛な表情で、その名前を呼んだ。

「…………そして、友紀さん」
「……彼女も、悪役……ね」
「…………どうして……そんな……」
「……本当に、悪役になったと彼女は言ったのよね……?」
「はい」
「……そう、バカね……あの子も……私も」

姫川友紀。
様子がおかしくなっていると思ったが、まさか彼女自身が悪役になろうとしていたとは泉も瑞樹も予想していなかった。
彼女がそんな重たい決断をしていたことに気づけなかった自分自身にも不甲斐なさを感じて。
しかも、

「……茜ちゃんはいなかったのよね?」

楓の冷徹な声が響く。

「はい。そんな気配は……」
「まどろっこしいから、もう直に聞くわね」
「楓さん……?」
「姫川友紀は、『誰か』を殺していそうだった? 直接会ったというのなら、そうかそうでないかはわかりそうなものだけど」

あまりに直球な言葉に、智絵里だけでなく、泉と瑞樹も絶句する。
それは誰もが思っていたことで。
友紀を追った日野茜は未だに帰ってきてない。
なのに友紀は一人だった。
友紀が逃げ切ったともいえるが、なら茜はどこにいるのだろう。
彼女なら友紀を探して島中を走り回るかもしれないし、今もどこかを走っているかもしれない。

けれど、それは楽観論だ。
もっとわかりやすく道理の通った答えがある。


姫川友紀が日野茜を殺した――可能性がある。


そして、それを判断できるのは、友紀と会い、自分も殺し合いに乗っていた智絵里しかいなくて。
皆が注目する中、智絵里は目を閉じて、友紀のことを、あの時のことを思い出す。
まるで血を吐きながら、それでも進もうとする友紀は。
もう戻れないことを知っているような友紀は。
そして、自分に銃を向けた友紀は。


「……はい。そう、だと思います」


嘘はつけないと思った。
あんな躊躇いも無く引き金を引いた友紀はきっと、もう自分が戻れないと思っているから。
そんな所までいってしまったから。
それは余りにも哀しくて。

「……そう」
「……っ」

何故、彼女はそこまで追い込まれたのだろう。
どうして相談してくれなかったのだろう。
きっと彼女はいつも、助けてほしいとメッセージを放っていたはずで。
どうしてそれに気づくことができなかったのか、泉と瑞樹は心の中を悔恨の念で埋め尽くす。

「…………ねぇ、それなら藍子ちゃん呼んできたほうがいいと思うのだけれど」
「そう、ね。きっと彼女も聞く必要があると思うわ。……美羽ちゃん?」

ころころと口を挟む間もなくその可能性は肯定されてゆき。
友紀が茜を殺したということにされて。
それは理解できることだけれど、理解したくないことで。
美羽はただ悲鳴をあげないように口を塞いでいることしかできなかった。
どれだけ頭の中で理屈がわかっても、心がそれを拒否している。


323 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:22:21 G2RuBiSc0

「…………美羽ちゃんに呼びに行ってもらうのは無理っぽいわね。いいわ、私が行ってきます」

一度、ぽんと美羽の頭に手を乗せると、楓はそう言って部屋を出て行った。
振り返った、自分を見る楓の表情はこちらを気遣って、いつもの優しい楓さんで。
美羽はほっとすると同時に、どれが本当の彼女の顔なのか疑問が浮かんで、友紀もそうだったのかなと思う。
あの自分を励ましてくれた友紀も、誰にも言わずになにかを抱えて――、

「あっ、私……、ネネさんのところに戻って、ネネさんのこと一人にしておけないからっ!」
「美羽ちゃん!? ちょっと……!」

美羽は部屋を飛び出した。
頭を抱えて暗い廊下を走る。どこに向かっているかもわからないで。
その中を満たしてるのはひとつの可能性。
フラワーズの為に『悪役』になる。
それは自分の言葉で。友紀にぶつけた言葉で。自分が叶えられなかった言葉だから。

「……どうしようっ! どうしようっ!」

涙の溢れる両目を押さえ、美羽は真っ暗な廊下を走っていく。






「泉ちゃん……大丈夫?」
「……ええ……ですが、状況は……どんどん悪くなって……こんな……そんな……」

ただ耐えるように立っている泉に、瑞樹は小さく溜息をつく。
美羽のことは放っておけず不穏で、けれど、顔を手で押さえて俯く泉は、本当に苦しそうで。
どんどん袋小路に追い込まれていく気がした。

「和久井留美が殺し合いに乗っている側で、相川千夏は悪役だった……双葉杏も乗っている疑いがあって……そして、友紀さんが悪役になったとして……」
「……殺し合いに乗っている人物が多いわね」
「……ええ、悠長に首輪解除している暇なんてあるのかさえ……」
「でも、首輪を解除しなきゃ、私達は……」
「解っています……だから、もう」

緒方智絵里がもたらした情報は、殺し合いを打倒しようとするアイドル達にとっては良くない事ばかりだ。
和久井留美、相川千夏、双葉杏、そして姫川友紀が殺し合いに乗っているならば。
殺し合いに乗っている人物は推測以上にいたことになる。
しかも、智絵里の話によれば留美も千夏も相当な人を殺めている。
そんな状況で悠長に首輪を解除している暇などあるのか。
だが、首輪を解除しなければ何時までも縛られたままだ。
それに脱出手段もまだ確保できていないのだ。
どうすればいい、どうしたらいいのか。


「もう……なんだろ……これ」


そして、泉の口が漏れる言葉は



「……ぜつ――」



『絶望』



その余りにも、全てが終わった言葉を口にしようとして。


324 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:23:56 G2RuBiSc0


「――――それは、違う」



絶望を、『希望』がとめた。
泉が振り返ると、そこには輝きを無くしていない智絵里がいて。
俯かず、ただ、前を向いていて。


「諦めちゃ駄目なんです。どんなに苦しくても、困難が待っていても」
「でも、実際、追い込まれているのは確かですよ」
「けれど、まだ終わっていない。わたし達は終わりじゃないんです。夢を叶える為に、わたし達は強く在れる」
「夢……?」
「わたしは……いろんな人の夢を背負っています。自分の意志で。追い込まれてるからって諦めたくない」

ナターリアの夢。
南条光の夢。
そして、五十嵐響子の夢。

全部、大切な夢で、そして自分の夢でもある。


だから、苦しいからって。
だから、追い込まれているからって。


「こんなのへっちゃらです。いつだって乗り越えてきたんだ。そしてこれからも乗り越えられる。だってわたし達は『アイドル』だから」


諦めることは絶対しない。
いつだって自分達の前には壁があって。
それを乗り越えて、此処まで来たのだから。

アイドルってそういうものだと思うから。


「だから、泉さん……諦めないでください。壁があるなら乗り越えればいい……わたし達は独りじゃないんです。仲間とプロデューサーが、いる」


そして、独りじゃなかった。
智絵里には、背を押してくれる友達がいて。
そして、見守ってくれるプロデューサーがいた。
だから、こんな所で挫ける訳にはいかない。


「まだ、独りじゃないんだ。哀しみも苦しみも、皆で乗り越えよう……だから、まだそんなのじゃないですよ」


独りじゃないなら絶望じゃない。
此処には同じ志を持つ仲間がいるんだ。
だから、乗り越えていける。
智絵里は、そう思うから。
だから、泉にも諦めないでいて欲しい。


「緒方さん……」

泉はその言葉を受けて、胸に手を当てて考える。
そうだ、まだ、まだ早い。
何より、私は彼女にこういったじゃないか。


『彼女が諦めないなら! 私が、諦めるわけには、行かない! 彼女が私を信じてくれてるから! 私も彼女を信じる!』


きっと栗原ネネは諦めてない。
泉を信じて、今も戦っているだろう。
いつ再発するかも解らない発作の恐怖に。
それなのに、自分は諦めようとする。
なんて、独りよがりだろう。
そうだ、独りじゃないんだ。
だから

「はい……そうですね。まだ、やれる。病院にも仲間がいるのだから……まだ終わってない。私達はまだ諦めたりしない」
「はいっ!」

諦めるわけには、いかなかった。
泉は決意を新たに、パシンと気合を入れるように頬を強く叩く。
まだ、まだ終わってない。
だからこそ、しっかり前をむいてなきゃ。
まだ、何も絶たれていないのだから。


325 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:24:18 G2RuBiSc0

「………………智絵里ちゃん、本当強くなったわね」
「…………えっ?」
「何となく、そう思っただけよ」

その様子を見ていた瑞樹は、緒方智絵里の変わり様に驚いていた。
この子は励まされる事はあったとしても、励ます側に回る子ではなかった。
それが今や、泉をこんなにも支えて。
智絵里自身も、自信に満ち溢れてるようにさえ思える。
智絵里が経験した響子との別離に、彼女を変える切欠があったのだろうか。

その姿は、まるでちひろが言っていた『希望』そのもので。


(もしかして、ちひろはこの子のような――――)


瑞樹がちひろの意図を何か掴もうと考えようとした時。


「藍子ちゃんを連れてきたわよ」

不安と期待の両方を胸に秘めた、藍子が会議室に顔を出した。
智絵里が、藍子に気づくとぺこりと頭を下げて、

「あ、あの緒方智絵里といいます……よろしく、お願いしますね」
「はい、よろしくお願いしますねっ、智絵里ちゃん。高森藍子です」

簡単な自己紹介をする。
とはいっても、智絵里は高森藍子のことは、知っていた。
フラワーズのリーダーで事務所の顔なのだから知っていても当然と言えば当然で。
改めて自己紹介することが少し変な感じもした。

「細かい事は後にして……、智絵里ちゃん、藍子ちゃんに友紀ちゃんの事、出きる限りで話してもらえるかしら」
「……会ったんですか!?」
「……はい。今から話しますね」

瑞樹に、促されるように智絵里は友紀のことを話し始める。
智絵里が友紀に会った事に藍子は驚いていた。
まさかこんなにも早く人伝に彼女のことを聞くとは思ってなくて。
そして、智絵里が会っているということは……

「………まず、わたしは殺し合いに乗っていました」
「……えっ」
「悪役として……けど、わたしはその立場が降りて、アイドルとしてもう一度、いきたいと思って」
「……よかった」

智絵里が悪役だったというのに、藍子は驚いて、アイドルに戻ったと聞いて、心の底から安心したようだった。
アイドルという言葉に、藍子が過敏に反応していたのを見て、智絵里は不思議に思うも、話を続ける。
藍子にとっての本題はこれじゃない。

「そして、友紀さんに会いました」
「友紀ちゃん一人……?」
「はい。そして、わたしが悪役だったと言う事を告げると……」

二の句を告げる前に、智絵里は藍子の顔を見つめる。
不安でたまらないという表情で。
更に曇らせてしまう事を理解したうえで、真実を続けた。


「……わたしを殺そうとしました。 全く容赦はなかったです」
「……っ!?」
「気付かなきゃ、多分わたしは殺されていました。友紀さんは、仲間を護るために『悪役』になったって言いました」
「……そんな」


友紀が人を殺そうとした事実。
友紀が悪役になった事実。

藍子にとって、その何もかもが重たくて。
思わず智絵里から、顔を背けてしまう。
智絵里はそんな藍子に、追い討ちをかけるように言葉を続ける。
辛いだろうけど、彼女が知らなきゃいけない事だから。

「仲間達の夢を護る為に……って。悪役を殺すって……そして」
「……」


聞きたくない。
藍子がそう思ってるのは、理解できた。


326 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:24:53 G2RuBiSc0

でも、告げなきゃ。




「――――もう人を、殺していると思います」



姫川友紀が犯したであろう罪を。





「……………………そう……ですか」




藍子は、それを目を背け顔を青くしながらも、でもちゃんと聞いていた。受け入れていた。
嘘だろう、憶測だと叫ぶ事だって出来たのに。
そう、言えなかった。
それが事実である事を、察した、信じた。

だって、友紀と別れた時の友紀の表情を思えば、そうとしか思えない。


そして、殺したというのなら



「……茜ちゃんって可能性は高いわね」
「……か、楓さん……そんなことないですよ。友紀ちゃんが茜ちゃんを殺す理由なんて」
「じゃあ、何で彼女はまだ帰ってきてないの? 貴方が帰ってきて大分たつし……それに、姫川友紀は一人で智絵里ちゃんと会ってるのよ?」


日野茜である可能性は、極めて高い。
楓は、静かにそう継げた。
藍子は慌ててそれを否定するが、虚しく響くだけで。
今、この場に茜が戻ってきていない。
友紀が独りで智絵里とあったこと。
もう、それが答えのように、感じてしまう。

「連絡をよこさない子でもないし……いずれにせよ……それは、次の放送でわかることだわ」
「……っ……そんな、茜ちゃん……なんで」
「……『なんで?』 貴方が『なんで?』というの?」

藍子が自失気味に呟いた言葉に、楓はどこに触れたのか強く反応した。
楓は藍子を真正面に捕らえて、ただ睨む。

「貴方が、姫川友紀を止めようとするのは、勝手。けれど、そこに茜ちゃんを巻き込んだ貴方が、なんで?というの?」
「でも、茜ちゃんは自分から……」
「危険があるなら、止める事も出来たでしょう? 茜ちゃんがついてくるのはわかるでしょう」
「……それは」
「勝手に行動する事の危険性は、泉ちゃんも私も……皆説明したでしょう?」

日野茜が死んだというならば。
藍子に責任がないとはいえない。
友紀が勝手に離れたとはいえ、それを相談もなしに追いかけようと決めたのは藍子なのだから。
藍子が行くというなら、茜がついてくることも想像できたはずだ。


327 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:27:06 G2RuBiSc0

「そして、姫川友紀が茜ちゃんを殺した」
「で、でも、私は友紀ちゃんがまだ戻れるって思って、同じフラワーズの仲間だから……皆同じ『アイドル』なんだから、きっと戻れるって」
「……そういう貴方の子供じみた理想で、茜ちゃんが死んだのかもしれないのよ?」

あぁ、今ようやく解った。
楓は、そう心のなかで思った。
なんで、今こんなに藍子に苛立ち、弾劾するように言葉をぶつけているのか。
その理由が。

「貴女の独りよがりの理想で、姫川友紀を説得するのは貴女の勝手。フラワーズの仲間だものね。
 でも、巻き込まれた茜ちゃんは違う。いつだって、貴女が止めれば、貴女自身が止まれば、止まったはず。
 なのに、貴女が意地を貫いて、自分で全てを解ったように、巻き込んだから、彼女は止まらなかったよ」


まるで、一緒だ。
佐久間まゆを殺しておいて。
勝手に自分達のなかで解決して。
進もうとしたあの子達のようで。


高森藍子の思いは、きっと、そういうものなんだ。


「それが、茜ちゃんを殺したとしても、貴女は、その考えを貫くの? ……いいえ、貫くでしょうね、貴女ですもの」


そして、きっと彼女は変わらない。
だって、ほら、彼女を表情を見てみろ。

こんなにも、糾弾されてるのに。

高森藍子は、困ったように笑って。


全てを受け入れようとしている表情なのだから。




そんなの、残された人間が全部を受け入れることなんてできないのに。



「……楓ちゃん、止めなさい」

楓を静止したのは、やはり瑞樹だった。
今回ばかりは瑞樹も、険しい表情を浮かべていた。
仲間を強く否定したのだから、当然ともいえるのだが。

「茜ちゃんがどうなったかはまだ言えないわ……憶測で全てわかったように語っては駄目よ」
「それも、そうね……ごめんなさい」
「兎も角、今は友紀ちゃんが明確に、仲間を護る為に『悪役』として動いている事……人を殺したかもしれないこと……藍子ちゃん、それだけを理解してちょうだい」
「……わかり、ました」

茜がどうなったかはわからない。
確かにそうなのだが、もう皆何となく理解している。
だから、瑞樹の制止もこれ以上事態がエスカレートしないのを止めるだけでしかない。
けれど、それで今は充分。
藍子が、友紀のしたことを受け止めればいいのだから。


「……解りました……御免なさい、泉さん、瑞樹さん……ちょっと、一人で考えさせてもらっていいですか?」
「……そうですね、いいですよ。少し休んできてください」
「……解りました」

そうして、また逃げ去るように、藍子は会議室から出て行く。
楓と一緒にいたくなかったのかもしれないと、泉はそんな風に彼女の後姿に思った。

「貴方も、少しは仮眠をとりなさい、泉ちゃん」
「……え?」
「全く寝てないでしょ。寝なさい」
「でも……」
「でも、もないの。少しでも寝ないと、肝心な時にいい仕事ができないわよ」
「……解りました」


328 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:29:06 G2RuBiSc0

瑞樹に言われて、泉もようやく気づく。
そういえば、殺し合いが始まったてからずっと、一睡もしていない。
休んでいる暇は無いと自分に言い聞かせて、此処までそれを無視してきた。
けれど、もう丸一日以上起きている。
それを意識したら、途端に眠気がやってきて。

「御免なさい……ちょっと休んできます……すぐに戻ってきますので」

泉は、重い体を引き摺って、会議室から出て行く。
その様子をみて、瑞樹はふーっと息をつく。
彼女は自分自身が思っている以上に疲弊していて、顔色にもそれが表れていた。


「…………本当……上手くいかないわね」


吐き出すようなその一言が、今の状況を全て、物語っていて。


はぁと、もう一度、大きなため息を、瑞樹は吐いた。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






仮眠室のベッドにたどり着く頃には、私の意識は大分朦朧としていた。
やはり思ってた以上に、身体は疲労していたんだろう。
一度そうだと気づいてしまえば、後は雪崩のように押し寄せてきて止まらなくなる。
私はそのまま、服が皺になるのを躊躇わずにベッドに倒れこんだ。
うつぶせのまま、そして……意識が落ちるまでの間に今とこれからのことを考える。

正直、友紀さんと茜さんの離脱はこの上無く辛い。
人数が減るだけではなく。
彼女達は、私達の中でも特に体力があって活動的な二人だったからだ。
その運動神経の塊のような二人が抜けるというのは、それを必要とする場面でそれが得られないことを意味する。
探索からなにかしらのお使い、ものの移動、とか?
港に動く船を捜しにいくのも、学校にまたスタッフの手がかりを探しに行くのも、もう残っている人の中でしなくちゃいけない。
けれど、ネネさんはああなってしまったし、川島さんだってそう見せないけど重症の身だ。
どちらもつきそいが必要だ。
ネネさんはいつ発作が起きるかわからないし……あ、図書館から持ち帰った医療の本に目を通しておかなくちゃ。
そういえば、川島さんがここまで乗ってきた車椅子は今どこにあるっけ?

…………戻ってくるまでは全てが順調だと思えたのに。
考えが甘かったんだろうか。たったひとつの躓きで予定は全て崩れて、行き先はもう見えない。
よかったと言える点は緒方智絵里がこちらに加わったことか。
人手にもなるし、なにより彼女の持っている情報は私達だけだと知りえなかったものばかりだ。
もしかすれば彼女から千川ちひろや運営のことも知ることができるかもしれない。
起きたら、また話を………………。


329 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:29:32 G2RuBiSc0

……あぁ、話といえば、茜さんと友紀さんのことをみんなに知らせるのは気が重たいな。

………………。
後。
北の病院に向かった渋谷さんのことを信じよう。
彼女が病院にいるグループのみんなと、そして探している島村さんと帰ってくればそれだけでも十人になる。
この島にはまだ行方の知れない人もいるし、私達の仲間は……。
………………。
人数が増えればできることも増える。
適切に配置すれば、抜けた分の穴を埋めることも……。

ああ、いやだな。
大事なアイドルとしての仲間をまるでゲームの駒みたいに。
駄目だ、そんなの。
それじゃあ、私達に殺し合いをさせている誰かと一緒じゃないか。

私達は、アイドルで、誰もがひとりひとりかけがえのない輝く光なんだ。






きっと、私だって。












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「……んー」

泉も去り、最後に会議室に残ったのは、智絵里と瑞樹だった。
楓も休むといってこの部屋を去っていった。
みんなバラバラで、それはまるで今の状況をそのまま表しているようで。
しかしそんな考えを振り切るように瑞樹は頭を振る。
そして、智絵里に声をかけた。

「ねぇ、何か気になることがあるのかしら?」
「……えっ、ええ……」

彼女はずっと何かを言いたそうにしていた。
それでも言えないのは、いつもの彼女らしくて、瑞樹は話せるようにと助け舟を出す。

「言い辛いこと?」
「……はい」
「なら、今なら私しか居ないわ。言ってくれないかしら」
「……憶測ですよ?」
「それでも、いいから」

智絵里は一度俯くと、顔を上げて小さな声で話し始めた。
それは泉から殺し合いに反対している人物の情報を聞いてからずっと、疑問に、或いは不安に思っていたことだ。

「……北の病院に集まってる人……少なくとも、第三回放送ぐらいには居たんですよね?」
「恐らく、そうだと思うわ」
「そして、今もいる可能性が高いんですよね」
「そうね」
「だとするなら…………」

すっと、智絵里は自分の懸念を口にする。

「――――とても危ないと、思います」
「どういうこと……?」
「病院ですよ? 怪我した人が集まってると思うから……きっと、殺そうとする人も近寄ります。
 実際、わたしはあの病院に一度行っています。響子ちゃんもそうでした」
「…………なるほど」
「そして、北には……留美さんがいるんです」
「…………っ! まさか」
「長居したら……いけないと思います」

瑞樹は、智絵里の指摘にはっとしたように、驚く。
病院は平時には怪我をしたり病気になった人がいく施設だ。
殺し合いの舞台でも、大きな怪我をしたなら向かおうとするだろう。
そこに、何かしらの治療器具や薬があるはずだから。
実際、瑞樹達も可能であるなら向かおうとしていたし、今病院にいるアイドル達もそういった理由で病院にいる。
殺し合いに乗ってない人物が、そこを拠点にするのはある意味、理にかなっているだろう。


330 : ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:31:32 G2RuBiSc0

だがそれは、裏を返せば殺し合いに乗ってる人物にとっては絶好の獲物が集まる場所ということになる。
ずっと留まっているというなら、殺し合いに乗っている人物に遭遇する可能性はその分高まる。
そして、北には、和久井留美がいる。
和久井留美が病院に行ったら……、


「…………それは……ちょっとどころじゃなく不味いわね」
「だから、わたし……此処を拠点しているのは流石だなと思ったんです」
「それは?」
「えっと……武器があると思うから……逆に殺し合いにのってる人は迂闊に乗り込みたくない」

警察署には何かしらの武器があると考えられるだろう。
だが、殺し合いに乗っている人物が安易にそこに寄って来るかというと、少し違う。
もうすでに他の人物が、殺し合いに乗っているいないにしろ、いるとすると、外から攻めるほうが不利に決まっている。
瑞樹達が警察署を選んだのは偶然の部分が大きい。
それに実際には警察署に武器はあっても、倉庫には鍵がかかっていて使えなかったのだから。
けれど、智絵里の説明に瑞樹は感心した。

「私も怖かったですけど……、こっそりするのは得意だから。……えへへ」

そう無邪気に笑う智絵里が、瑞樹からは少し怖い。
瑞樹は考える。

(役場で襲われた時は一瞬だった。いきなりで……、さっきだって智絵里ちゃんがその気なら、今頃は……)

殺しあうということそのものをまだどこかで甘く見ているんじゃないかと。
誰だって、いつもは虫も殺せないような智絵里ですら一度は『悪役』になって、自分達の隙を突いてみせた。

歌鈴が殺されてしまうところを実際に目の当たりしたというのに、同じアイドルだからという言葉に逃げていたのだろうか。
だとすれば、もう一度、しっかりと向かい合わないといけないのかもしれない。
アイドルがアイドルを殺すということ。

怠れば、待つのは死なのだろう。
姫川友紀が、人を殺してしまったように。
覚悟さえ、あれば、人は引き金を引ける。
自分には、それが無かっただけで。
殺意さえ、あれば、人は人を殺せるのだから。

「病院にいる人達と連絡を取る手段を考えた方がよさそうね」
「はい……それがいいと思います」
「教えてくれてありがとう」
「いえ……わたし、藍子さんのところに言ってもいいですか……彼女の話聞いてみたいんです」
「いいわよ」

そうして、智絵里はぺこりとお辞儀をして、会議室を出て行く。
残されたのは瑞樹だけで。


「………………ねぇ、ちひろ。こんなにも絶望的な状況を作り出して、その先に……貴女、何を見ているの?」


そうして呟いた言葉は、誰にも届くことなく、ただ残されていった。


331 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:33:04 G2RuBiSc0
    


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






『……あの、もしもし?』

決死の思いで、私は電話をかけたのに聞こえてきたのは、藍子ちゃんの声じゃなかった。
少しおどおどして、此方を探るような声。
フラワーズの誰でもない、初めて聞く声だった。

「藍子ちゃんは?」

だけど、今はその声の主が誰かなんて気にしていられない。
私が電話をかけたのは藍子ちゃんで、藍子ちゃんの端末に繋がるはず。
それなのに、別の人が出るなんて、藍子ちゃんに何かあったのか。
それが、気になってまず藍子ちゃんの安否を確認する。

『今、離れていて。でもすぐ、戻ってくると思いますよ。藍子ちゃんは、大丈夫です』
「……そう、よかった」
『……あの、相葉夕美さん……ですよね?』
「うん、そうだよ……えっと、貴方は……?」

藍子ちゃんの無事を確認して、私はやっと今話している人を訪ねる。
生き残ってる人は大分少なくなったけれど、それでも知らない人は知らない。
相手は、私のことを知っていたみたいけれど。
それとも、通話がかかってきた時点で、私の名前が出ていたのかも。

『あっ……小日向美穂といいます』
「……あぁ、あの」

小日向美穂。
名前は知っている。
というか彼女のプロデューサーを知っているからその縁で。
どういう子はあまりよく解らないけど。

「藍子ちゃんが無事なら、よかった。じゃあ、またかけ直すね」

私は、そのまま電話を切ろうとする。
正直な所、藍子ちゃんと話せればいい。
藍子ちゃんが無事なら安心もした。
かけ直せるかは解らなかったけど、千川ちひろが藍子と話さない結末なんて選ばせないだろう。
だから、通話をきろうとボタンをタッチしようとして。


『待って!……切らないで!』

大人しそうな声から、一転して切羽した声が聞こえてくる。
最初の臆病そうな印象からすると、信じられないくらい大きな声だった。
私は何でだろうと思って、彼女に声をかける。

「何かな……?」
『あの……貴方の事、聞きたいんです』
「私?」
『フラワーズの歌姫……そして、高森藍子の親友である貴方に。藍子ちゃんのこと……貴方のこと……聞きたい』
「……親友か」
『はい……駄目ですか?』


332 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:34:07 G2RuBiSc0

親友、親友か。
今は、その言葉が怖い。
私は本当に彼女の友達だった?
殺そうとしたというのに。
解らない、解らない。
今、私は私のことと、藍子ちゃんの事を話せるのだろうか。
それに、私はこの子と話す理由がない。
だから、断る方がいい。
今は藍子ちゃんの事だけを考えていたい。


「私には貴方と話す理由がないよ」
『わたしがあるんです』
「……そっか」

正直、煩わしい。
なんでこの子は、そんなに私に拘るのだ。
フラワーズなら、他にも居るだろう。
友紀ちゃんも美羽も死んでいない、生きているのだから。

『わたし知らなきゃ……駄目だから……色んなこと、解らなきゃ、駄目だから……』
「そうなんだ……」
『だから、教えてください……! 傷を傷で終わらせない為に』
「…………」

切実。
その一言で、彼女の様子を語れるぐらい、彼女は必死だった。
私はその声を聞いて、どうしようかと思う。
すぐに切る事は出きる。
けど、今の私の心をみて。


「解った。いいよ。その代わり……私も、貴方のこと、藍子ちゃんのこと、教えてもらってもいいかな?」


彼女と話す事もいいかなって。
千川ちひろに惑わされた心はまだ揺れている。
そして、私は自分の心がよく解らなくて。
こんな私じゃきっと全部さらけ出してしまう、藍子に。
いいこともわるいことも、全部。
それはどうしても嫌で。

だから、彼女と話して、私は心を落ち着けよう。
そう考えたのだ。


『は、はい!』
「うん、じゃあまず私から聞いてもいい?」
『はい』
「藍子ちゃんは、『アイドル』だった?」


まず、何より藍子ちゃんのことが聞きたい。
そう思って口にした言葉は、私にとっても意外な言葉だった。
元気とか、怪我してないとかじゃない。
何故か、アイドルでいることを私は聞いた。
やはり、ちひろに心を乱されているままなのだろうか。
考えなくても、解るというのに。

『え、ええ。そうですよ。フラワーズのリーダーとして、彼女は居続けた……と思います』
「そう。いつも通りだった?」
『いつも通りなのか、私には解らないけど……友紀さんも、美羽ちゃんも変わらないと言ってました』
「……そう、他の皆は一緒に居るんだね」
『……今は、美羽ちゃんだけですけど』

藍子ちゃんは、やっぱそのままだった。
美羽ちゃんや友紀ちゃんから見ても、そう見えるぐらい。
あの子はフラワーズのリーダーとして其処に居たのだろう。
あの子は、あの子のまま。
多分、きっと。
友紀ちゃんが居ないのは、千川ちひろの通話で何となく察した。
彼女はきっと、道をたがえたのだろう。藍子ちゃんと。
……私達を護る為に。

「ねぇ、貴方はずっと藍子ちゃんと居たの?」
『ううん、わたしは一回目の放送があった後に、出会いました』
「そうなんだ」
『でも、わたしは彼女と反発しあってました』

反発……か。
藍子ちゃんがアイドルとしてあろうとするなら。
それは起きることなのかもしれない。
全てから逃げていた私には解らないかもだけど。


333 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:34:31 G2RuBiSc0


「なんで?」
『わたしは一緒に居た人を、同じアイドルだった人に殺されました』
「……っ……そう」
『そうして、傷ついてた時、彼女……藍子ちゃんに出会ったんです』

人が死んでいるということは、殺してる人がいる。
今までそれを絵空事に捉えていたけど、それは紛れもない現実なのだと、思い知らせる。
隣にもし、誰が居て。
その人が殺されたら、私はどう思うんだろう?
そんな事考えたらブルッと身震いが起きた。

もし、そんな時、藍子ちゃんに会ったら。
あの子は何をするんだろう。
ううん、あの子はきっとやる事なんて決まってる。

きっと、立ち直るまで傍によりそ――



『あの人は、私に、アイドルで居るように、一緒にいた子の分も継いで、一緒に頑張ろうと手を差し伸ばしました』



えっ……なに、それは。
あの、藍子ちゃんがそんな事を。
そんな傲慢で、彼女自身の強さを押し付けるのか。
馬鹿な、あり得ない。
私が知る藍子ちゃんは、違う。
あの子は、優しくて、いつも寄り添う形で……えっ……そんな筈がないよ。

「そ、そうなんだ……」

私の声はきっと驚くぐらい震えていたと思う。
あり得ない事を聞いて、動揺しているのが自分自身でもよく解る。
でも、今、彼女を否定する事は出来なかった。
彼女自身がとても嘘をついているようには、聞こえなかったから。
もしかしたら、藍子ちゃんのその変わり様が解ると思ったから。
だから、今は彼女の話を聞くことにした。

『でも、わたしは拒絶しました。わたしは、そんな彼女のように強くはなかった、決して……私は弱いままだったから』

藍子ちゃんの諦めない、あの強さは、時として刃になる。
そんな事は藍子ちゃん自身が何よりもわかっているはずなのに。
だから、藍子ちゃんは、いつも寄り添うはずなのに。
その人の位置でずっと、優しく。
なのに、どうして……?


『そうやって反発しあって。私は私の弱さから、悪魔の誘惑に負けそうになって』


悪魔としか、彼女は言わなかった。
でも、それで誰かは何となく解った。
色々介入しているようだったし、きっと彼女にも何かやったんだろう。
相変わらず小狡い女だなぁ。
公平性も何もない。


『わたしは、かたくなな彼女を、藍子ちゃんを壊してみたいと思いました、大事なものを奪ってみたいって』
「かたくな……?」
『彼女は、反発している間も、ずっと私を『アイドル』にしたがってたから……何故かはあの時解らなかったけど』


…………どうして?
あの子が、そんなに拘るなんて。
……なんでだろう。
これ以上、藍子ちゃんのことを聞きたくない。
頭の中で、藍子ちゃんのことが解らなくなっていく。
私が知っている、私の藍子ちゃんは……
どうしよう、不安になってきて。
これ以上、藍子ちゃんの話を聞きたくなかった。
だから、


334 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:37:43 G2RuBiSc0

「でも、貴方……今は前を向いてるみたいな感じがするけど、どうかな?」
『ええ、その後、彼女に救ってもらったから』
「……そう。なら、私、貴方のこと、聞きたいな。小日向美穂という貴方自身を」

この子の事を聞こうと思った。
救うという言葉にまた不安になるも、今はこの子の事を聞きたい。
自分自身をただ弱いと言うこの子の事を。
それでいて、今はもう芯がしっかりと入っているように感じるこの子の事を。
私は不安から逃げつつも、純粋にこの子の事が聞きたかった。


「わたしのこと……?」
「そう。ねぇ、小日向美穂さん。貴方確か道明寺歌鈴さんと同じプロデューサーだよね?」
『はい、どうして……それを?』
「私のプロデューサーと知り合いだから……それで、私、逆にそれしか知らないの。貴方の事」
『プロデューサーと……』
「だから、教えてほしいな。貴方はどうして藍子ちゃんのことを知りたいのか。そして、貴方の弱さを」

小日向美穂。
私が知っているのは道明寺歌鈴と同じプロデューサーである事ぐらいでしかなかった。
だから、他の人と違ってこの子がどのように、この島で生きていたかは思い浮かばない。
ただ、自分の事を弱いと言う彼女はどうして、そうなったのか。
それを聞きたくて、私は彼女の言葉を待つ。
彼女はゆっくりと一回息をはいて、そして。


『わたしは、プロデューサーに恋をしていました。どうしようもないぐらい、切ないぐらい。大好きでした』


想いの告白。
自分を導いていく人への恋心を。
私はその言葉に胸をつくように感じていた。
それは、私も、そうだったから。


『でも、彼には、相手が居ました。それは私の親友でした。道明寺歌鈴という、私の大切な親友と想いあっていて』


そして、それすら、私と一緒だった。
道明寺歌鈴と彼女のプロデューサーが付き合っているのは噂で何となく知っていたけれど。
彼女に親友が居て、その親友――小日向美穂も同じ人を好きになってるなんて、知りようもない。
何だろう、これ……まるで自分の事を聞いてるようで。
どうして、そうなるんだろう。


『それはどうしようもない位、苦しくて、哀しくて、親友と大切な人が一緒になるから、嬉しい、祝福しようと思って』


まるで、自分の心の言葉を聴いているようで。
端末を握る手が強くなっていく。


『でも、そんなの出来る訳が無かったっ! でも、恨む事も当然出来なかったっ! 大切な人同士だから……もうごちゃ混ぜになっていって』


親友と好きな人が結ばれる。
それは私にとっても嬉しい筈で。
祝福できるはずなのに。
何故だろう、とてもそれをしたくなかった。
何もかもごちゃ混ぜになっていて。
でも、藍子ちゃんなら仕方ないかなって。
諦めようって思ったんだ。
だって、私は藍子ちゃん大好きだから。


335 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:38:14 G2RuBiSc0


『そんな時、わたしはこの殺し合いに巻き込まれました。 わたしはよく解らないまま流されて、藍子ちゃんとぶつかり合って』


それが、小日向美穂の恋。
それが、相葉夕美の恋。

一緒じゃない。
けれど、それは余りにも似ていた。


『そして、悪魔の囁きの後、気付いたんです……私はこの恋をまだ、諦められない。それが初恋だったから』


私は……私は諦められるのかな。
解らない。
けれど、このまま終わるのがいいのかと言われると、よくない感情が確かに、あった。
悔しいと言う思いがあった。

それは誰に?
藍子ちゃんに?
プロデューサーに?

大切なものをとられるから?



『そして、私は思ってしまったんです』


そうして、二人は私の届かないところにいっちゃうから?
そんな事を私は考えていたのかな?
私にとって二人は大切だから。
それは本当……?



『一瞬でさえ、道明寺歌鈴が居なければいいと。親友が居なければ、恋が叶うって』




…………っ。
私……は。
私は藍子ちゃんが居なければ恋が叶うって。
私は藍子ちゃんが居なければ夢が叶うって。


ねえ、思っていた?


解らない。


あぁ、彼女の言葉なのに。


まるで、自分自身のように、感じてしまう。


336 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:41:23 G2RuBiSc0





『それが、わたしの弱さの一つでした。 その弱さ故に、私はアイドルである藍子ちゃんが許せなかった』
「藍子ちゃんを」
『何もからも、強く『アイドル』であろう藍子ちゃんが。藍子ちゃんは何からも怖がってなかった』
「怖がってないってどういうことかな?」
『殺し合いに巻き込まれてもなお、自分の『アイドル』を貫こうとしていた藍子ちゃんが、羨ましくて、なんかずるくて』


藍子ちゃんは『アイドル』だった。
解っている、あの子はそういう強さを持つ子だ。
どんな時だって、ずっと。
でも、今はそれがなんだか怖い。


『正しいと思います。その姿は。でも、私はそれが認められない。ただの『恋する少女』だと思い込んでいた私には……』



ねぇ……
私はどっちなのかな。
『恋する少女』?
それとも『アイドル』?

それとも、『高森藍子の親友』?



『だから、藍子ちゃんを苦しめようとしました。私は美羽ちゃんを狙うつもりで毒物を飲ませようと……御免なさい』
「…………そう。でも、今はいいよ。聞かせて」


貴方のことを。
私のことを。


何かがわかるような気がしたから。


『結果は行き違いがあって、私の友達が毒を飲みました。そして、私はその呵責に囚われた時思ったんです……何もかも中途半端だと……そして、死のうとした』


中途半端な自分。
藍子ちゃんのことが好きだ。
藍子ちゃんの応援をし続けていたい。

でもそれと同時に思うんだ。
どうして、私ばかりが諦めなきゃいけないんだ。

かなわないと思わないんだといけないんだ。

貴方ばかり……貴方ばかりと。



『でも』


そこで彼女は区切った。
まるで自分を見ているような彼女の独白は、形を変えようとしていた。



『高森藍子に助けられた』


あぁ……この子は、藍子ちゃんに救われたんだ。
藍子ちゃんはきっと手を差し伸ばしたんだ。
生きろって言ったんだ。
それは、私が知る藍子ちゃんとちょっと違う気がしたけれど。


それでも、この子は、『高森藍子』という存在に救われたんだ。




『彼女は言った。夢も恋も諦めないでって。それはとても強い想いの花束でした。 藍子ちゃんは、わたしと一緒だった』


337 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:41:40 G2RuBiSc0




アイドルであろう夢。
アイドルであろう恋。


あぁ、それは私にも確かにあって。



『『恋をして、そうやって、ずっと磨かれた、糧にして、今も強く、恋している!』と言って。それは、わたしが目指したアイドルで、なりたかったアイドルで』



わたしがなりたかったアイドルはなんだろう。
今はそれが解らなくて。
でも、この子はその言葉で救われたのだろう。


『あの子が、弱かった少女から強くなれたように、私も『アイドル』で居たいって』


誰だって強くなれる。
あの震えるだけだった、自信が無かった藍子が強くなれるように。
誰だって。

でもね、それだけじゃないんだよ。
強くても……弱くなることだってあるんだ。




『わたしは、弱いです。きっと今も……でも、私は前を向いていたい。やりたい事が一杯ある。歌鈴ちゃんの恋を応援したい』
「彼女は亡くなったのに?」
『それでも、彼女の想いを伝えなきゃいけないから……そして、わたしの罪にも向き合って、弱さにも向き合いたい』

彼女の罪は傍から聞いても許されるものではないだろう。
人を殺そうとしたんだもん。
けれど、


『それを抱えて生きて行く。この先どんな事あっても』



それは、一種の弱さから来る強さで。



『だから、わたしは知りたかった。生きて行くために。私を救ってくれた人の為に。いつか力になることがある時あったら、寄り添っていられるように」




そんな彼女は一種の正しさがあった。




…………あぁ。


この子は私だ。


恋に迷い。
友情に迷い。

そして、それに揺れた彼女は、中途半端に揺れて。

諦め切れなかった彼女は、私だ。



けれど、私であって、私でない。


338 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:42:15 G2RuBiSc0


私はそんなに、私自身の弱さを見つめてられない。
そんな弱さを抱えたまま、あの子の傍に居れない。


だから、私であって、私じゃない。


それでも、とても、『相葉夕美だった存在』に近しい。




「美穂ちゃん。教えてくれて、ありがと。 だから、教えてあげる。私のこと、藍子ちゃんのこと」




私は、きっと、彼女に、何もかも……




「私は、貴方にそっくり。恋に惑って、諦めきれなくて。そんな半端な状態が嫌な貴方は、私みたい」
『えっ』
「私はね、藍子ちゃんが好きなんだ。優しくて、暖かで、前を向いているあの子が」


私は藍子ちゃんがやっぱり大好きだ。
それは変わりようもない事で。
だって、彼女の笑顔が私にとって、最高なんだから。


「彼女が、笑ってるのを見るのが好きで、彼女の『アイドル』は素敵で。だから、私は傍で応援しようと思ってたんだ」
『……そうなんですか』
「いつだって、傍で。一緒にいる事が幸せだった。彼女が幸せであればいいと思った……だって……」
『だって?』
「親友ってそういうものでしょ?」
「……はい」


私は藍子ちゃんの親友。
それは、何も変わらない。

だから、今、そう思えるうちに、伝えておこう。


「それが、私。 御免ね、上手く言えないんだけど……私は、きっと貴方にそっくりなんだよ……それが私が貴方に教えられる、私のこと……だから」
『だから?』
「藍子ちゃんを、よろしくね。ずっと傍に居てあげてね」



きっと、彼女だけは藍子ちゃんの傍に居て欲しい。


まるで、託すように、そう思えた。


339 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:44:04 G2RuBiSc0

だって、彼女は、私のようで。



私が『私だった頃』のようだった。



だって、今はもう、よく解らない。
悪魔に乱された私は、あの子が望む、あの子の親友でいられない。

なんだか、そう思うから。



「藍子ちゃんはね。ああ見えて、本当は臆病で、凄い弱いんだ。強いように見えるよね?
 でもね、違う。本当は泣きたいことも一杯ある。きっと、今も泣きたいのを抑えてるんだ。
 でも、きっとそれをしない。あの子は、優しいから、泣けないんだ」



高森藍子という子は、臆病で、凄い弱い。
あの子は、何時だって優しいから、何時だって強いようにみえるだけ。
でも、あの子は優しいから泣けないの。



「だからね、支えてあげて。 私が知っている藍子ちゃんは、優しい子。 日向のような子」




藍子ちゃんの笑顔が蘇る。
優しい日向のような笑みが。


その陰で、悪魔が言った囁きが蘇る。
それは、私自身が抱えてる闇そのものだった。

美穂ちゃんが語った藍子の違和感。
まるで、強さを振り回すような藍子だった。


今の藍子が、正直解らない。


だから。



「そんなの子……貴方だけは、最後まで藍子の友達で居てあげて」




私が言えることは、それだけだった。





だって、私は





「きっと、私はもう無理だろうから」
『……それって』




今の相葉夕美は、




心の底から、高森藍子のことを信じてあげられないから。


340 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:44:27 G2RuBiSc0



「私、貴方と話せてよかった」
『……お願い、もう少し詳しく教えて……ください』
「……嫌だ」
『どうしてですかっ! これじゃまるで、別れ……』



あの子が語った藍子ちゃんは私にとって違和感しか生まれなかった。
きっと、これ以上はなしても齟齬で苦しんでしまうから。
そして、


「何もかも吐き出しそうになるから。言いたくないから。だから、藍子をよろしくね。それで、いいんだよ」


全部抱えてるもの言っちゃうから。
だから、私は此処でおしまいにする。


それは、本当に嫌なんだよ。


貴方は私に似ているから。


きっと、全部言っちゃう。


それが、嫌。


それに、時間だろう。


だって、多分


『そんな……『……美穂ちゃん?』……あっ』




そろそろ、藍子ちゃんが戻ってくると思ったから。



「うん、美穂ちゃん……藍子ちゃんにかわって欲しいな」




そして、始まる。





――――私と藍子の待望の会話が。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


341 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:46:13 G2RuBiSc0








「……美穂ちゃん?」

まるで逃げるように会議室に去って藍子は、暫く警察署をさ迷っていた。
何となく自分の心を落ち着かせるのに、ただひたすらと歩いていて。
闇雲に歩いている最中に、携帯端末を給湯室に忘れている事に、藍子はやっと気付いた。
そして、慌てて戻っている時に、ネネに会ってきたらしい智絵里と美羽と合流し、美穂の下に向かうと、電話している姿が見えて。
藍子はその瞬間、状況を察して

「……もしかして、夕美ちゃん?」
「……はい」

それが、夕美からの電話だと、すぐにわかった。
だから、藍子は一回目を閉じて、そしてゆっくりあけて気持ちを入れかえる。
友紀の事は、哀しいし、不安で、気にかかって仕方がない。
だけど、今は、藍子の親友である夕美と、話がしたかった。
だから、ちゃんと夕美と話したいと思って、今は夕美だけの事を考えて、電話を受け取る。

美羽は驚きながら、藍子を見て、智絵里もそれにつられて藍子を見ていた。
美穂は何処か不安そうに藍子を見ていた。
藍子は、それらを気にせず、ずっと会いたかった友達の名前を呼ぶ。

「……夕美ちゃん?」
『や、私だよ。元気にしてた?』
「勿論、私は元気だよ」
『そっか、よかった』
「夕美ちゃんは?」
『うん、まあ元気にしてたよ』

電話から、聞こえる夕美の声は一見いつもとかわらなさそうで藍子は少し、安心する。
未だに行方が解らなかったから、怪我を負って動けない。
そんな想像すら、していたから。

「今、何処にいるの?」
『んー南の浮き島の辺り?』
「……そんなところに居たんだ」
『そんな所に居たんだよ。ちひろさんも酷いよねー、そんな所に置くなんて』

これも、嘘じゃないだろう。
藍子はそう思いながら、言葉を紡ぐ。
何でそんな所におかれたか藍子には到底わからないが、それでは見つからないはずだ。。

「こっちは友紀ちゃんや美羽ちゃんにも会ったよ」
『うん、知ってる』
「友紀ちゃんは今居ないけれど……美羽ちゃんとかわろうか?」
『いや……いいよ。今は藍子ちゃんと話したいな』

友紀の名前を、口にするとき、藍子は少し心がちくっとした。
友紀の事を、夕美にも相談したかった。
けれど、電話から聞こえる夕美の声はやがて、藍子にとって少し違和感を感じるものに変わって来て。
美羽より藍子を優先した夕美に、それが徐々に確信めいた何かを感じ始めている。

何か、切羽詰ったものを夕美から感じて。

「……夕美ちゃん?」
『うん? どうしたのかな?』
「い、いや……なんでもないよ。色々話したくて、話したい事一杯で何から話そうかな……」
『そっか。いいよ、藍子のペースで、ね』


それが、徐々に自分の胸騒ぎに変わっていくのを感じる。
夕美が、何かされたのではないか。
唐突にかかってきた電話。
殺し合いに巻き込まれたのに、余りにも普段と変わらないようにしようとする夕美。
考えれば、考えるほど不自然に思えてきて。


「ねえ、夕美ちゃん……この通話って、どうして出来たの?」
『言わないとダメ?』
「出来れば教えてほしいかな」
『藍子は、しょうがないなぁ……ちひろさんに寂しいから、藍子ちゃんとお話したら、どうって』
「そう」
『それだけ。だから、もっと楽しい事話そうよ。 独りで寂しくてさ』

嘘だと、藍子は思う。
そんな理由でちひろが電話をさせてあげるほど、ちひろが優しいと藍子には思えなくなったから。
きっと何か打算があって夕美にかけてきたとしか思えない。
夕美まで何かされてると考えると、藍子はもう耐えられない。


342 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:46:51 G2RuBiSc0

『あは、そういえばこうやって話すのも久々だね』
「そういえば……そうだね」
『昔……そんな前でもないか。こうやって電話で色々話してたよね。藍子ちゃんが不安で眠れないとか』
「も、もう。そんなこともあったけれど!」
『あははっ……懐かしいねぇ』

いつものように、話す夕美は、もう藍子には違うようにしか感じられない。
ずっと一緒に居たから。
友達だから、親友だから。

今の、相葉夕美は、可笑しい。


まるで何かを必死に抑えてるようで。


『ふふっ……藍子は、笑えてるようだね。良かった』
「夕美ちゃんも笑えてる?」
『私?……うん、大丈夫、笑えてるよ』


嘘だ。
絶対。
楽しく笑えてない。


『ねぇ、藍子覚えてる?』
「……何かな?」
『藍子が私の隣で、最後に泣いた日の事』 
「……忘れるわけがないよ。あれは私にとっても、とても大切な日だから」
『そっか。あのね、私は――』


ねぇ。
夕美ちゃん。
どうして、どうして。
そんな声出すの。

やめて。


『あの時、聞いた夢。藍子の想い、凄いと思ってるんだ。今でも。本当だよ』
「夕美ちゃん……」
『その夢を一緒に、フラワーズの皆で、一緒に叶えようって思った」
「私もだよ!」
『そんな夢を目指す藍子が大好―――』



夕美ちゃんが、違う。
とても哀しそう。
とても辛そう。

いやだ、そんな、夕美ちゃん
、見たくない。



だから。


「夕美ちゃん!」




私は、貴方を救いたい。


貴方が哀しんでいるなら。


私は貴方を助けたい。



だって、私は貴方の、親友なんだから。


343 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:48:47 G2RuBiSc0



『な、何かな?』
「夕美ちゃん、どうしたの。凄く辛そう……」
『そ、そんなことないよ……』
「ううん、何か必死に抑えてる。ちひろさんに何かされたの?」

考えられるのはちひろさんしかいなくて。
私はそのまま夕美ちゃんに言葉をぶつける。


『そんな事ないって。藍子ちゃん、やめよう……そんな事』
「いや……辛い夕美ちゃん見たくない!」
『だから藍子ちゃん、そんな事じゃないって……!』


だって、夕美ちゃん。
声震えてるよ。
苦しいそうだよ。
ダメだよ。
そんなの。



「ねえ、夕美ちゃん。苦しいなら、言って。哀しいなら言って」


私が、全部聞くから。
私に、全部言って。


あの時、私が泣いた時のように。

今度は夕美ちゃんの隣に私がいるから。



「優しい気持ち大事だよ? 大丈夫だよ、夕美ちゃん強いもん。一緒に居よう?」


優しくなれば、きっとまた笑える。
夕美ちゃん強いもん。
私達と一緒に居ようよ。


「此処には皆、居る。アイドルの皆が。皆で居れば、きっと大丈夫。独りはダメだよ?』


一緒に居ればいいよ。
私と美羽ちゃんと、ここにはいないけど友紀ちゃんも絶対連れてくるから


「そうして、プロデューサーに会おう。フラワーズ皆で!」


だから、夕美ちゃんも一緒に居て欲しい。



「私、独りで抱え込む夕美ちゃん見たくないよ。辛いなら哀しいなら……」





だから。




「私は何度だって、笑って、夕美ちゃんに手をさしのばすから」




優しくなれるように。




お願い、私の傍にいて。



「だって、私、夕美ちゃんの親友だもんっ!」





わたしの、大切な親友。


344 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:49:06 G2RuBiSc0









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







ああ。


やめて、藍子ちゃん。



耐えられなくなる。
何これ、藍子ちゃん。
なんで、そんな事言うの?


「ううん、何か必死に抑えてる。ちひろさんに何かされたの?」


どうして、そうやって決め付けるの。
私が頑張って必死に吐き出さないようにしてるのに。
どうして、藍子ちゃんは……


「いや……辛い夕美ちゃん見たくない!」


やめてよ。そんな事言わないで。
我慢してるんだよ、これでも。
ずっと、ずっと!



「ねえ、夕美ちゃん。苦しいなら、言って。哀しいなら言って」


言える訳ないじゃない。
言いたくないことだって一杯ある。
哀しみを貴方に言える分けない。

だって、貴方が大好きなんだから。

それを言ったら貴方を傷つける。


345 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:49:34 G2RuBiSc0



「優しい気持ち大事だよ? 大丈夫だよ、夕美ちゃん強いもん。一緒に居よう?」



どうして?
私は強くない。
なんで、なんで!

藍子ちゃんは、そんな変わったの?

嫌だ、違和感しか感じない。


貴方はそんな優しさというものを上から振りかざす人じゃない。

強さを押し付ける人じゃない!


私が知ってる藍子ちゃんじゃない!


私の藍子ちゃんじゃない!




「此処には皆、居る。アイドルの皆が。皆で居れば、きっと大丈夫。独りはダメだよ?」


私は貴方がいればよかったんだよ。
私はそれで終われたのに。
止めてよ、それ以上そんな言葉かけないでよ。



「そうして、プロデューサーに会おう。フラワーズ皆で!」


やめて。
あの人が望んでいるのは貴方なんだよ。
私じゃないんだよ!
そんな風に勝ち誇るのはやめてよ! いやだよ




「私、独りで抱え込む夕美ちゃん見たくないよ。辛いなら哀しいなら……」





だから、もう




「私は何度だって、笑って、夕美ちゃんに手をさしのばすから」




あぁ。
あぁぁぁあぁああぁ!


そうやって、そうやって!



貴方はそうやって!



私を見下すんだ。



どうにも届かない高いところから。


貴方は手をさしのばすんだ。





「だって、私、夕美ちゃんの親友だもんっ!」


346 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:49:54 G2RuBiSc0





私は、高森藍子の親友




――だったのに。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


347 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:50:40 G2RuBiSc0







何かが、壊れるような音がした。


きっと、それは、私の心だった。



「いつだって、藍子ちゃんはそうだ。もううんざりだよ。
 やめてよ。それ以上そんな事いうのやめてよ。
 だめなんだってそういうの……もう、耐える事できないよ……
 いつだって貴方はそう。そうやって上から何でも解ったようにいてさ。
 いつも、いつもいつも! 私がどれだけ我慢してるか、貴方わかる!? 解らないよね!
 たくさんなんだよ、もう本当沢山。そういうの、いつだって私してきたよ。
 くるしいよ。藍子ちゃんがそうやって言葉かけてくるの。見下してるんでしょ。
 なんども、なんどもさあ。貴方のそういう無神経なところ苦しめられて。
 いつも、我慢するのは、遠慮ょするのは、私だもの!
 あぁもう、そういうところがいつもイラついてたんだ。
 いつも無神経で、誰の心も考えてない。
 これだって、そうだ。私のこと何も思ってないじゃない。
 たすけるなんて、凄い上から見て。強いね、藍子ちゃんは
 すごいよ、藍子ちゃんは。いつだって強くて、私、貴方が羨ましい。
 けどね、そういうのもう、我慢できない。
 てを差し伸べるだって」



高森藍子のことが大好きだった。


あの子のいい所、喜ぶこといっぱいいえるよ。



けど、それと同時に。



あの子の悪いところ、傷つくこともいっぱいいえた。




「あーあー。



 もう言っちゃうね




――藍子さぁ、そういう所、うざいんだって、やめてよ。そういう藍子、大嫌い」





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


348 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:52:34 G2RuBiSc0





一度、吐き出したらもう止まらなかった。
あの子に感じてた悪い事、嫌いなことを、全部いえそうだった。

『……えっ』
「ねえ、藍子さあ。私ね、凄い頑張ってたんだよ。 やっとアイドルになれて。フラワーズというグループもらえて
 でも、気が付いたら貴方が一番になってて。私はいつもその次で。それなのに、貴方はいつでも、皆を立てて。
 まるで、自分が一番じゃないかのように振舞って。そういうのむかつくんだよ? 傷つくんだよ?」

藍子がいつの間にかリーダーになっていた。
最初は私のグループだったはずのに。
そしたら、どんどん先に行って。
私は実力的にも評判も、全部貴方の後ろ。
それなのに、貴方はいつも一番じゃないって言う。

何でよ、そんなの明白じゃない。

そういうの、プライドが傷つくんだよ。
私だって一番になりたかった。
それでも、貴方に勝てなかったのに。
貴方がそれを認めないの、やめてよ。


「ただ、惨めになるだけ。 私はいつだって、そう貴方に負けてないといけない。 どうして? ねえ、どうして?
 貴方と私に、どれだけの差がついた? それなのに、貴方は認めないの? やめてよ。そういうの、大嫌い」


そうやって、悔しい思いにも頑張って耐えて。
私は本当は一人でデビューしたかった。
相葉夕美として。
フラワーズの相葉夕美じゃなくて。
それで人気を得たかった。


「それだけじゃ知らず、優しさ振り舞いて、時に私を見下してたでしょ」
『ち、ちが……』
「違うくない! 今だってそうやってた! 悔しいよ! 私、かなわないんだもん! 藍子に! なのに、いつも貴方はそうじゃないって!」

かなわないことはわかってた。
でも、それでもよかったのに。
なのに、そうやって勝ち誇られてた。
優しさでいつも私を立ててた。
でも、それは同時に高みから見る見下しだ。


「昔の藍子は、そうじゃなかった。藍子は、私の藍子は、傍で、一緒にいてくれる子だったのに!」
『今だってそうだよ……ねえ、夕美ちゃん……やめて』
「違う! 今の藍子は違う! 藍子じゃない、私の藍子じゃない!」

どんどん、届かないところにいってしまう。
私の手から離れていってしまう。
藍子が、どんどん遠くに行ってしまう。
私の傍から離れていく。

もう、何処にも届かない事に。


349 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:55:26 G2RuBiSc0


「想いだって叶わない……だって、私だって、好きだったんだよ?」
『えっ』
「プロデューサーの事……貴方と同じくらい、藍子と同じくらい、大好きだった」
『そんなの知らない……』
「だって、いえるわけじゃないじゃない! 私は貴方のことが好きで、大切で! 貴方のことを思ったら言えるわけなかった!」


祝福したかった。
でも、できなかった。
苦しかった。
そうだそうなんだ。


「貴方の笑顔みてて、藍子が幸せそうで、でも、それでよかったのに……貴方に勝てないのいつまでも、見せ付けられて
 私だってあの人のこと好きだったのに。 でも、仕方ないと思った。 けど、苦しくて、哀しくて。
 あの人と貴方が幸せなればいい。でも、そうすると、二人とももう、届かない」

辛かった。
私の思いがかなわないのが。

「それなのに、藍子は想いを隠して優しくしてさ! 好きなら好きといってよ! 祝福したのに……遠慮してさ……やめてよ……」


ただ、それガツrかあった。


「ねえ、どうして、どうして? 私ばかり我慢しなきゃならないの? 私だけ諦めなきゃならないの? 私は藍子を立て続けなきゃならないの? 何時までも?」


いつだって、私は我慢してた。
いつだって、私は諦めてた。


藍子が幸せならそれでいい。

だって、藍子が好きだったから。
だって、藍子の笑顔が見るのが好きだった。


でも、どうして、私だけなの?
でも、どうして、私だけがこうなるの?


『藍子も、あの人も大好きなのに、大切なのに、皆、離れていく。嫌だよ……なんでなの……苦しいよ、哀しいよ」


藍子のことが好きで。
でも、藍子はいつだって私のことに気付いてくれない。
私が我慢してることも、譲ってることも。
そして、私を離した高みの上で見下してる。


「そういうの、嫌いなんだよ。藍子」



わたしはね。


「藍子さあ、そういう、優しければいいみたいの、私ダメなんだ、なんか、見下されているようで。
 私は藍子の親友だって。思い続けていたよ。
 でも、なんかどんどん藍子が遠くに言っちゃう。
 藍子にかなわない。 それならそれでいい。
 でも、貴方はそうやって高みから見下す。


 ――――そういうの、私、大嫌いだよ」



ただ、そういうのが、そういう藍子が嫌いだった。


「フラワーズだって、そうだ。貴方が一番だったのに。
 貴方がそれを認めない。 貴方の為のグループになっていたのに。
 皆そう思ってたのに、あなた自身が何時までも認めない。
 藍子、そういうの私、傷つくんだ」




だから



「そういう藍子、嫌いだったよ」


350 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 00:56:42 G2RuBiSc0







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








言ってしまった言葉があって。
まだ言い足りない事もあって。
続けようとして。



『ねえ……夕美ちゃん……夕美ちゃんにとって、フラワーズは、私はただの重い枷だったのかな?』



震えた、藍子の言葉で。
私は吐き出した言葉が戻らない事も知っているのに。

ただ、我に返った。。


「ち、違う。違うよ……藍子……あぁ……あああああああああああああああ!!!!!」



そして、狂ったような声が、私からあふれ出た。

涙と共に、強い叫びがあふれ出た。



言いたくなかった。
なのに、言ってしまった。


抑えたかった思いがあふれ出た。



「藍子、藍子……私は、それでも、藍子のことが好きだったんだよ」


弁明のように言葉を紡ぐ。
嘘じゃない。
それも真実だった。


「藍子の温かいところが、優しいところがそれでも、好きだった。、本当だよ! 大好き!」


とめどなく出た想い。
すきという感情。
これも本当だった。


まるで、うそっぱちに響くだろうけど。


「ごめんね……ごめん……御免なさい……」


そして、謝るしかなかった。
いいべき感情じゃなかったのに。
言ってしまった。


351 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:00:12 G2RuBiSc0


「ごめんね。もう何も、元通りといかいかないよね」


だから、後は壊れるだけだから。




私はもう一つの本当のこともいよう。





「だから、最後に、いうね。藍子。
 私は、それでも、そう思っていても。 藍子が友達だと思った。
 私が我慢していた事、傷ついていた事、諦めた事も沢山あった。
 
 でも、それと同時に、藍子から、幸せな事、嬉しい事、励まされた事一杯あった。
 一緒に居たかったいつまでも。
 ずっと、傍に居て。
 笑いあって居たかった。

 こんな重たいものを持っていても。
 私は居たかった。


 なんでって? 
 

 それ位、藍子のことが嫌い以上に、大好きだったから。
 



 だから、藍子、最後に」




 息を吐いて言葉を紡ぐ。





「貴方の笑顔に、貴方に想いに私は 救われてたよ。
 私は独りじゃなくて本当によかった。


 プロデューサーと幸せに。
 藍子今まで、ありがとう。



 大好きだよ……私の、親友。


 ごめんね……大嫌いで大好きな人」





その言葉が箍で外れたように、涙が出てきて。



藍子が、電話を落とした音が聞こえてきた。



それで、終わりなのだろう。


352 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:00:52 G2RuBiSc0





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








『夕美ちゃん!』
「……美羽」


でも、まだ通話は続いていて。
美羽の声が聞こえてくる。


美羽が電話を拾ったのだろう。

『ねえ、どうしたの! 夕美ちゃん』
「……よかった美羽はそのままなんだね」
『何がなんだか、わかんないよ! 藍子ちゃんは固まっているし……』
「千川ちひろに、全部グチャグチャにされた。だから、もうお仕舞」

美羽は最初の声でわかった。
この子は何も変わってない。
何もされてない。
だから、安心して託す事が出来る。

「美羽、聞いて」
『な、何を……?』
「千川ちひろは、きっとフラワーズを潰すつもりなんだと思う」
『……えっ』
「友紀ちゃんもそうなって、藍子も……だから、美羽。千川ちひろに負けない為にも」



愛しいフラワーズの末妹。

勇気の花。


ポピーの美羽。



「貴方だけはフラワーズの美羽のままで居てね」
『……うん』
「約束だよ」
『……う、ん』
「ほら、泣かない。強い子なんだから」
「うん」
「じゃあ、さよなら。美羽」




貴方の事


ううん、フラワーズの事も。



大好きだったよ。



だから



「どうか、健やかにね」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


353 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:02:18 G2RuBiSc0








そうして、通話をきようとする。
美羽の声も藍子の声も聞こえない。
私が終わらせたから。






『ダメッ! そんなの、絶対に! 絶対に!』




なのに、聞こえてきた声。





『親友同士の別れが、こんな終わりで終ってたまるものか! わたしが感じた哀しみを藍子ちゃんに感じさせるものか!』



聞こえてきた声は、さっき始めてあった子の声。




『夕美ちゃん! そんなので終らせない!』




小日向美穂の声だった。




「美穂ちゃん……もういいんだよ。終ったんだよ」
『そんな事認めない。 詳しい事は解らないけど……哀しいことが起きたんだよね……でも、貴方も、藍子ちゃんも生きている!』



何が彼女をかきたてているのか。


『私の我侭だけど、終わってほしくない! 私と歌鈴ちゃんはもう話せないんだ! 謝る事も、好きだって事も、伝える事が出来ない!」



彼女の親友は死んだ。
話さないまま。
ただ、それだけの事で。



『だから、大事な親友なら、失ってほしくないから! 夢を見て、笑ってほしいから! もう一度だけしっかり話して!』




ねえ、どうして。


「どうして、貴方はそんなに頑張るの?」
『だって解るから。わたしが――――』



それは、私がいった言葉だった。


354 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:02:44 G2RuBiSc0






『貴方だというなら、大好きな人とつないだこの手を、離したくないから。 大好きな人と、哀しみで終らせないで!」




あぁ。
そうだ。



私は藍子ちゃんと――――






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


355 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:05:19 G2RuBiSc0


「聞こえますか? 夕美ちゃん」
「うん」
「良かった」
「……藍子」
「大丈夫。全部解ったから。色んな想い、伝わったから」
「御免ね、本当ごめん……」
「正直、夕美ちゃんの気持ち全くわかってなくてごめんね」
「藍子が謝る事じゃないよ」
「ううん……気づけなかったのは、親友である私のせいだから」
「藍子……」
「あのね」
「なぁに」

「夕美ちゃんにこれだけは、伝えるね」





「辛い時も、哀しい時も一緒にいよう……ううん、楽しい時も、嬉しいときも、会いたいときも、ずっと一緒にいよう、一緒にいればいいじゃない!」




「その言葉は……」



「うん、私が言ってもらった言葉。嬉しかった。だからね、今の事も、哀しくないんだ」



「どうして?」




「一緒に言葉を交わせたから、一緒にいれたから それが、よかったから」



「っ!?」



「だからね、私、夕美ちゃんのことが大好き。今も、これからも、永遠に」


「藍子……ちゃん……藍子ちゃん……」



「夕美ちゃんはどう?」


356 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:06:10 G2RuBiSc0




「私――――藍子ちゃんのことが、大好きっ! ずっと、ずっと、ずっと大好き!」




「うん!」



「ねえ、藍子ちゃん」


「なあに?」





「私達――――出会えてよかったよね?」



「勿論だよ」





「「ありがとう、私の大好きな大好きな親友」」













     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


357 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:10:00 G2RuBiSc0









そこで、通話が、切れた。



哀しくも、幸せだった事をねがった結末が、そこにあった。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


358 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:10:59 G2RuBiSc0







「どうして! どうして!」


通話が終わり、美羽は泣いていた。
泣きながら、藍子の胸をひたすら叩いていた。
藍子を睨みながら、ぽかぽかと。

「どうして、貴方が泣いてあげないんですか! 藍子ちゃん!」

それは、藍子が泣いていないから。
困ったように笑っているだけだから。

「夕美ちゃん、死ぬつもりですよ! あれで、最期かもしれないのに!」
「……」

誰も彼も、解っていた。
相葉夕美が、生きて会うつもりが無い事を。
それなのに、親友の藍子が何も泣いてない。

「貴方が一番泣いてあげなくて、誰が一番泣いてあげるんですか! 夕美ちゃんの為に!」
「……」
「何とか言ってくださいよ! お願いだから!」

ぽかぽかと胸を叩き続けて。
美羽はふと藍子の顔を見る。


そこに在ったのは、余りにも、暗いクライ瞳があって。


「……っ!」

美羽は驚いて、そのまま後ずさってもう一度、藍子の顔を見る。
そこには何も、変わらない藍子の困ったような笑みだった。
見間違いだろうか。
解らないけど。

でも、今はもう

「もう……いいです!」


この人と一緒に居たくなかった。
美羽ははじけ飛ぶように、部屋から出て行く。
智絵里はただ傍観していただけだったけれど、やがて美羽を追っていて。


残されたのは二人だけ。


359 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:11:59 G2RuBiSc0


困ったように笑い続ける藍子と、それを見つめる美穂だけで。


 
美穂は、美羽の言葉を、違うと心中、想い。


高森藍子が泣かない理由に、やっと気付いた。



この子は泣かないんじゃない。
多田李衣菜と木村夏樹の死に泣いたのを茜から聞いた。
他人の為にこの子は泣ける。


なのに、何で自分のことになると途端に泣かないのか。


いや、『泣けない』のだ。


自分に関わる哀しみに。



決して、高森藍子は泣かない。



何故だろう。


考えて、考えて。


そして理解した。


360 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:12:40 G2RuBiSc0



それは、きっと高森藍子が望んだ姿なのだろう。



『アイドル』高森藍子の姿がそこに在るんだ。



ああ、と美穂は思う。


それはきっと、アイドルとして一種の正しい姿なのだろう。


他人の為に泣く事は出来るけど、自分の周りの哀しみに、泣かずに笑顔を振りまく姿。



でも、それは正しい一方で、とても間違っている。
それがアイドルと言うなら、あまりにも、哀しすぎる。



けれど、間違っていることを否定できない。



それが、アイドル高森藍子の姿なのだから。



だから、美穂は傍に居ようと思う。



正しいものの、間違っているところまで、理解して、愛そう、信じようと。



その間違いを言ってしまったら。



きっと、藍子は壊れてしまうから。


どんな強いものだってきっと。



美穂は何も言わずに、自分の胸に藍子を抱き寄せていた。
それでも藍子は泣く事はなかったけれど。



ただ、身体の震えけは、どうしても伝わってきて。



今はきっと、それでいいと思う。














     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


361 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:13:27 G2RuBiSc0







「楓さん」
「何、智絵里ちゃん」


その部屋には楓を探して見つけて、傍で泣いている美羽。
何で泣いているか、解らず困ったように美羽を見ていた楓。
そして、その楓を見据えていている智絵里が居た。

智絵里は、藍子と夕美が悲しい別れをしたのを、何となく理解できた。
それは、余りにも哀しくて。
哀しみで終らしていいものなんて、やっぱり何処にもないと智絵里は思う。


だから、知る必要があるんだと思う。


「貴方は知らなきゃ、やっぱりダメです」
「何を?」


彼女が、終らせたかもしれない命の事を。



「南条光さんと、ナターリアさんの最期、聞いてください」




哀しみに先にあるものの為に。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


362 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:14:33 G2RuBiSc0






相葉夕美は、ただ泣いていた。
泣いて。
泣いて。


それだけだった。


何もない、涙だけがずっと流れていて。



そして、忘れようもない思い出がずっと傍にあって。






声を上げて、泣く事しか出来なかった。




そんな彼女を、沢山の星を見つめいていた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


363 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:15:02 G2RuBiSc0






そして。


『なにものでもない少女』が屋上から、星を見ていた。


だんだん、明るくなってきて星が見えなくなっていく。


そして、押し寄せる哀しみに必死に耐えていて。


フェンスに、身体を押し付けていて。


やがて、その身体ごと、膝から崩れ落ちて行く。


両手はフェンスを握り締めながら。



ただ、もう、立てなくなって。



ずっと、ずっと身体を震わしていた。




そして、



『なにものでない少女』はそれでも、涙を流す事ができなかった。


364 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:17:42 G2RuBiSc0



――いつでも側にいること、普通に感じていたけど、もっと大事にしよう 夢見て笑っていよう 失いたくない


365 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 01:18:25 G2RuBiSc0
投下終了しました。
すいません寸前まで状態表の事頭から抜けていてたので、明日にでもすぐに投下したいと思います
お待たせして大変申し訳ありませんでした。


366 : 名無しさん :2015/02/23(月) 02:20:09 q5pLHS4s0
\( ‘ω’)/ウオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッッッッッッッッッッッッッッ更新じゃ!!胸が締め付けられる思いですねこれは…


367 : 名無しさん :2015/02/23(月) 09:35:49 FhdIva2A0
半年止まってたのに一斉に動き出した…何を言ってるか分からねーと(ry

しかしそろそろ放送っぽい雰囲気になってきましたね。わくわく。


368 : 名無しさん :2015/02/23(月) 21:20:16 uPkGx9H20
あれ、状態表は? と思ったらなるほど、了解です


369 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 23:33:56 G2RuBiSc0
皆様、ありがとうございます。
状態表投下します


370 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 23:34:47 G2RuBiSc0


【G-5・警察署 / 二日目 黎明】


【高森藍子】
【装備:少年軟式用木製バット、和服、ブリッツェン】
【所持品:基本支給品一式×2、CDプレイヤー(大量の電池付き)】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
 0:??????
 1:?????
2:自分自身の為にも、愛梨ちゃんを止める。もし、“悪役”だとしても。



【小日向美穂】
【装備:クリスマス用衣装】
【所持品:基本支給品一式×1、草刈鎌】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:恋する少女として、そして『アイドル』として、自分の弱さを、大切にしながら、それでもなお強く生きる。
 0:藍子ちゃんの理解して、傍にいよう。
 1:美羽ちゃんの友人になれるようがんばろう。
 2:歌鈴ちゃんの想いをプロデューサーさんまで届ける。
 3:ネネちゃんにした事を絶対忘れない。

 ※装備していた防護メット、防刃ベストは雨に濡れた都合で脱ぎ捨てました。(警察署内にあります)


【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話】
【状態:憔悴】
【思考・行動】
 基本方針:輝くものはいつもここに 私のなかに見つけられたから。
 1:未来を見据え生き抜くことを目標とし、選び続ける。
 2:美穂を許したことにする。

 ※毒を飲みましたが、治療により当座の危機は脱しました。
 ※1日〜数日の間を置いて、改めて容体が悪化する可能性が十分にあります。
 




【小日向美穂】
【装備:クリスマス用衣装】
【所持品:基本支給品一式×1、草刈鎌】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:恋する少女として、そして『アイドル』として、強く生きる。
 0:ネネちゃんに謝る。
 1:美羽ちゃんの友人になれるようがんばろう。
 2:歌鈴ちゃんの想いをプロデューサーさんまで届ける。

 ※装備していた防護メット、防刃ベストは雨に濡れた都合で脱ぎ捨てました。(警察署内にあります)


【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)、婦警の制服】
【所持品:基本支給品一式×1、電動車椅子】
【状態:疲労、わき腹を弾丸が貫通・大量出血(手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 0:本当大変ね……
 1:友紀ちゃんのことが心配。
 2:夜が明けたら漁港へと使える船があるか確認しに行く?
 3:お酒、ダメ。ゼッタイ。
 4:ちひろはなにを考えて……?


【大石泉】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x1、音楽CD『S(mile)ING!』、爆弾や医学に関する本x数冊ずつ、RPG-7、RPG-7の予備弾頭x1】
【状態:睡眠中、右足の膝より下に擦過傷(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。脱出計画をなるべく前倒しにして進める。
 0:私だって……
 1:首輪解除の準備を始めたいけど……?
 2:医学書を読んでできることがあれば栗原ネネにできるだけの治療や対処を行う。
 3:夜が明けたら、漁港へと川島さんを派遣して使える船があるか見てきてもらう?
 4:放送待って、茜の安否を核に。 友紀が心配。
 5:学校を再調査する。
 6:緊急病院にいる面々が合流してくるのを待つ。また、凛に話を聞いたものが来れば受け入れる。
 7:“悪役”、すでに殺しあいにのっているアイドルには注意する。
 8:依然として行方の知れないかな子のことが気になる。


【緒方智絵里】
【装備:アイスピック ニューナンブM60(4/5) ピンクの傘】
【所持品:基本支給品一式×1(水が欠けてる)、ストロベリー・ボム×16】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:心に温かい太陽を、ヒーローのように、哀しい夢を断ち切り、皆に応援される幸せな夢に。
0:貴方は知らなきゃダメです。
1:他のアイドルと出会い、『夢』を形にしていく。
2:大好きな人を、ハッピーエンドに連れて行く。
3:姫川友紀を止める。 その為に姫川友紀のことを聞く。


371 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 23:36:06 G2RuBiSc0


【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、ワルサーP38(6/8)、ミニパト】
【所持品:基本支給品一式×2、サーモスコープ、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く。
 0:?????????
 1:まゆちゃんの想いを伝えるために生き残る。
 2:お酒は生きて帰ってから?



【矢口美羽】
【装備:鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、タウルス レイジングブル(1/6)、歌鈴の巫女装束】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:??????
 0:???????


【G-7 大きい方の島/二日目 早朝】

【相葉夕美】
【装備:ライフジャケット】
【所持品:基本支給品一式、双眼鏡、ゴムボート、空気ポンプ、オールx2本
       支給品の食料(乾パン一袋、金平糖少量、とりめしの缶詰(大)、缶切り、箸、水のボトル500ml.x3本(少量消費))
       固形燃料(微量消費)、マッチ4本、水のボトル2l.x1本、
       救命バック(救急箱、包帯、絆創膏、消毒液、針と糸、ビタミンなどサプリメント各種、胃腸薬や熱さましなどの薬)
       釣竿、釣り用の餌、自作したナイフっぽいもの、ビニール、傘の骨、ブリキのバケツ(焚き火)、アカガイ(まだまだある?)】
【状態:慟哭、『絶望(?)』】
【思考・行動】
 基本方針:????????????????????????
 0:??????????????????????????


372 : 永遠フレンズ ◆yX/9K6uV4E :2015/02/23(月) 23:39:41 G2RuBiSc0
状態表投下しました。
このたびは失礼しました。
続きまして感想を。

THE 愛
素敵なトライアドの決着。
加蓮の想い、そして奈緒のラストが切なくて、それでも凛としてとても綺麗。
凛も今回は間に合って本当良かった。
加蓮と奈緒は沢山手を汚してしまったけれど、どうか安やかに眠れるように。

続きまして、此方も予約を。
島村卯月、予約します。


373 : ◆John.ZZqWo :2015/02/27(金) 22:23:03 TrEOxdsQ0
遅ればせながらに投下乙です。

まず、すごいボリュームw ここまで詰め込んでくるかと、予想以上でした。
やはりまず印象が強いのが藍子と夕美ですけれども……うーん、羨ましい。これを書いちゃったことがw
夕美はこれからどうするかな。藍子も……美穂や智絵里、他の面々もそれぞれ動き出す予感ですね。
警察署のみんなに火がついたという形には感服です。

あぁ〜、夕美! 夕美! 夕美ぃいいいいい! ……夕美はまだ生きてる。だから続きを考えなくちゃ。


374 : ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/01(日) 18:47:07 JRWpAdRo0
遅くなりましたが投下乙です!


藍子と夕美の衝突、ほんと互いに対する想いの強さが響きますねぇ。
プラスの感情もマイナスの感情も大きくって、傍にいる美羽も美穂も2人のことを強く想ってて。
だからこそ、互いを深く傷つけ合うしかないという……
さて、言葉で確かめ合うターンが終わったフラワーズ、今後の行動がどうなるのか期待ですなぁ。
そしてその脇では、さて智絵里は楓さんに斬り込めるのか……??



そしてこちらも予約を。

十時愛梨、相川千夏、双葉杏 予約します。


375 : 名無しさん :2015/03/03(火) 16:37:22 LC2IZLWo0
予約来てくれて嬉しいわあ


376 : ◆yX/9K6uV4E :2015/03/04(水) 23:49:24 pgpLndGI0
遅れて申し訳ありません。
予約分、投下します


377 : 欺瞞 ◆yX/9K6uV4E :2015/03/04(水) 23:49:50 pgpLndGI0




――だとするならば、それは自己欺瞞に満ちている。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


378 : 欺瞞 ◆yX/9K6uV4E :2015/03/04(水) 23:51:01 pgpLndGI0






亡くなった二人分の荷物を持って、島村卯月は歩き始める。
若干重たいと感じるが、それが二人の生きた証だと、卯月は思う。
だから、もう一度、よいっしょと思いながら、背負いなおして、前を見た。
其処には、動く事もない遊具が沢山あって。
本来ならば、遊具で遊ぶ子供たちで溢れているはずなのに。
ただ、箱だけあるのは寂しくて、がらんどうのようで。
見ているだけなのに、切なくなっていく。




煌びやかだった筈の場所を、卯月は黙々と歩いていく。
未だ声が発する事は出来てないし、今はもう話せる人も居ない。
それはとても辛くて卯月にとってしんどくなってしまう。
元々、誰かと話す事が好きだった。
家族と話すこと、友達とはなすこと、いろんな人と。
話題は日常のこと、アイドルのこと、色んな話を。
直接会って話したり、はたまた電話で話したり。
長電話をして、電話料金がとんでもない額になった時は、流石に顔が真っ青になった。
それ位、卯月は誰かと話す事が好きで。


でも、今は、誰も隣に居なかった。
先程まで一緒に居た、幸子も、輝子も、愛梨も。
この島で出会った里美も、美波も。
そして、ずっと一緒に居た凛も、未央も。
誰も彼もいなくて。
卯月は、ただ一人、がらんどうの遊園地を歩いている。


思い込み、だったのだろうか。
喋れなかったけど、文字で必死に愛梨と言葉を交わして。
少しでも解ったと思っていた。
けれど、やはり齟齬はあった。
結果、自分は大切な友達を失ってしまった。
愛梨を責める事は、きっと出来ない。

声を失ったという事実は、卯月にやはり重たい。
もっと自由に喋れば、きっともっと心を交わせる事ができただろうに。
そうすれば、ああなる事なんて無かったはずなのに。
考えれば、考えるほど苦しくなっていく。

兎に角、今は愛梨に会わなければ。
愛梨にあって、何があったのか。
そして、彼女の助けになるならば。
何かできるならば、力にならなければ。
彼女の魔法を解くことは出来るかわからないけど。


けれど、やはり。


379 : 欺瞞 ◆yX/9K6uV4E :2015/03/04(水) 23:51:39 pgpLndGI0

声が、出ない。
自分の思いが、伝えられない。
卯月は喉を押さえて、頑張ろうとするけれど、全然、声がでない。
これじゃ、愛梨と喋る事が出来ない。

こんな状態で、何か出来るのか。
出来やしない。


喋りたい。
声が、欲しい。


私の声は、何よりも、私自身である為の、証明なのに。



なのに、喋れないのはどうして?



それは、まるで自分自身の否定で。



それは、まるで、何かも否定しているようで。


何もかも、解らなくて、解りたくなくて。

俯きながら、無言の遊園地を、卯月は歩いている。


だけど、それでも。
頑張ろうと思ったから。


凛に会いたい。
ニュージェネレーションは、まだ続いてるだから。
凛も居て、未央も『居る』

だから、また三人になれば。


『ニュージェネレーション』になれば。



きっと失った『声』も『島村卯月』も、戻ってくる。



そう思って、卯月は笑った。
笑っていようと思った。
死んだ人達のためにも。
自分自身のためにも。


卯月は、不思議と笑っていて。


でも、その姿は、『欺瞞』に満ちていた。


380 : 欺瞞 ◆yX/9K6uV4E :2015/03/04(水) 23:52:09 pgpLndGI0


今、卯月が通り過ぎたメリーゴーランドの傍で、亡くなってしまった少女――水本ゆかりが、卯月に言った言葉がある。




――――どんな、苦しくても、辛くても、それでも、、資格が無くても





そう、たとえ、それが殺し合いをしても。






――――それすら、乗り越えて『私達は笑わないといけない』









卯月は、笑っていた。
彼女が救えなかった命の上に立ちながら。
彼女が声をかけなかった命の上に立ちながら。



全てに、覚悟をもって、彼女は笑っていた。




それは、まるで水本ゆかりが言った、『笑顔』で、彼女が望んだ『アイドル』の姿だった。





けれど、卯月は、気付かない、気付かない振りをした。




それが、アイドルなんて。



それが、島村卯月だなんて。





思いたくなかったから。


381 : 欺瞞 ◆yX/9K6uV4E :2015/03/04(水) 23:56:29 pgpLndGI0



でも、その姿は、卯月の今の姿は、水本ゆかりが言ったものだ。
そうやって、笑っていた。
卯月は、全部の上に立ちながら、それでも、笑っている。


でも、気付かないことにした。
でも、解ってないことにした。



そうだと、思ってしまえば。



それは、水本ゆかりの肯定だ。
また、それは彼女のような殺し合いをした人の肯定だ。


そんな事をしてしまえば、やがて、自分自身もそうなってしまう。




そんなのは嫌だ。




だから、気付かない。



私は、水本ゆかりじゃない。




声を失っても、島村卯月なのだから。




私は、笑っているけど、笑っていない。


そう思う、ことにする。




ただ、卯月は、自己欺瞞に満ちながら。






彼女は、誰も居ない静かな、輝くがらんどうの中、たった独りで歩いていた。


382 : 欺瞞 ◆yX/9K6uV4E :2015/03/04(水) 23:57:02 pgpLndGI0





【E-5 遊園地 出口付近/二日目 黎明】


【島村卯月】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、グロック26(11/15)、神崎蘭子の首輪、携帯電話、未確認支給品x1-2(神崎蘭子)】
【状態:失声症、精神的憔悴、迷い、自己欺瞞】
【思考・行動】
 基本方針:島村卯月、がんばります
 0:声が、欲しい。私は、あの子じゃない。
 1:愛梨ちゃんを探して、もう一度話をしたい。
 2:凛ちゃんを見つけて……どうしたらいいんだろう……?
 3:歌う資格なんてない……はずなのに、歌えなくなったのが辛い。

 ※上着を脱いでいます(上着は見晴台の本田未央の所にあります)。服が血で汚れています。


383 : 欺瞞 ◆yX/9K6uV4E :2015/03/04(水) 23:57:23 pgpLndGI0
投下終了しました。
このたびは遅れて申し訳ありません。


384 : 名無しさん :2015/03/05(木) 19:38:40 HI.Zkudk0
投下乙です

辛いけどそれでも笑顔、か…
凛と再会できたとしても、いやでももしかしたら・・・


385 : ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:38:47 APbUxp0s0
投下乙です。

死してなお卯月を縛るゆかりの幻影、か……!
これはキツい。アイデンティティを揺らがされつつも「見ないフリをする」しかないあたりがもう。
あるいはこれに対する卯月なりの答えが得られた時に、声も戻ってくるのかも……



ではこちらも、予約分を投下します。
今回は前後編の構成となっております。まずは前編から。


386 : GRIMM――灰かぶり姫の愉悦  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:39:31 APbUxp0s0
.


 意地悪な義姉たちはその報いとばかりに、両目を鳩たちについばまれてしまいました――


 結婚式で起こったこの惨劇に、灰かぶりがどういう表情を浮かべたのかは、伝えられてはいません。



    *    *    *



――草原から山頂までは、思いのほか近かった。



そもそもあの救護センターからして、遊園地の敷地内では最も高い山頂よりにあったのだ。
そこからアテもなく飛び出して辿り着いた、ちょっとした草原。
長々と坂道を駆け下りた記憶もないから、そんなに離れていないのも道理だった。
ちょうど近くを通っていた登山道が、案外歩きやすかったのも幸いした。

それでも登り坂に多少は荒くなった呼吸で肩と胸を揺らしつつ、彼女は考える。
小さなつぶやきが、青ざめた唇から零れ落ちる。

「なんで、また戻ってきたんだろ……」

山頂の見晴台。
深い闇と沈黙に沈んだ、見覚えのある光景――見覚えのある死体2つ。

あのまま、ずっと草原で横たわっていても良かったはずなのに。
疲れた身体は、むしろそれを欲していたというのに。
気まぐれにふらりと立ち上がってしまった自分は、なぜ、また、こんなところに。

孤独に彷徨う十時愛梨は、何に導かれたのかも分からぬまま、静かに星空を仰いだ。


387 : GRIMM――灰かぶり姫の愉悦  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:40:26 APbUxp0s0

    *    *    *



放り込まれたのは地獄の釜の中。

耳にこびりついたのは『生きて』という短い遺言。

天に向けて引き金を引いて、『希望』と決別した。

そのままの勢いで、2人を襲って殺し損ねて、別の2人を殺して、1人を見逃した。

目的を見失って、指針を失って、全てから逃げるようにして山頂まで来た。



「そしてこの場所で、また、銃を撃てたんだ」

十時愛梨は、じっくりと確かめるように口にした。
深い夜に包まれた山の上。
色彩を失った周囲は先ほどまでの雨に洗われて、それでも彼女の蛮行の痕跡を残していた。

首を失った遺体と――砕け散って、飛び散った、……だったもの。

あの行為に至った理由は、今でも愛梨自身うまく説明しきれない。
ある種の狂気に突き動かされていたようにしか思えない。

それでも、その『発見』は、『引き金を引ける』という事実は、彼女にとって『確かなもの』だった。
『確かなもの』だった、はずなのに。



「なのに、私は許されて『しまった』」

まったく異質な狂気が、狂気と表裏一体の慈愛が、そんな彼女を包み込んでしまった。
想像すらしていなかった無防備な姿で、絡め取ってしまった。
そしてさらにそこに加わった、もう2人。

仲間と声を失ってなお微笑みを浮かべる、島村卯月と。
それぞれに罪と後悔を深く抱え込んだ、輿水幸子と星輝子。

彼女たち3人は、愛梨のこれまでを全て知った上で『許して』くれた。

疲れ切っていた愛梨は、流されるままに『許し』に甘え、身を委ね、そして――



――シンデレラが齧った甘い林檎の中にこそ、猛毒が仕込まれていたのです――

という言い方をすると、なんだかいろんな童話が混じって混線してしまった感じになるけれど。

『毒林檎』を一口齧って、吐き出して、テーブルをひっくり返して、逃げ出した。

それが今の十時愛梨の置かれた状況を、詩的に端的に表現したものだった。


388 : GRIMM――灰かぶり姫の愉悦  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:41:38 APbUxp0s0

    *    *    *



「そっかぁ……確かめたかったんだね、私……」

山頂から遠く見渡せば、眼下には点々と灯る街灯の明かり。
そして否が応でも目に入る、眠ることのない遊園地。

無意識のうちにこの夜景を求めたのは、たぶん、自分の内なるモノを再確認したかったのだろう。

雨に濡れたまま、ろくに乾いていない愛梨の身体は冷え切っている。
つらく悲しい24時間を思い出して、愛梨のココロも冷え切っている。
けれど、なぜだろう。

あの暖かった遊園地の救護センターより、ここの空気の方がよっぽど肌に馴染む感じがする。

温もりなんて、もう要らない。
優しさなんて、もう要らない。

愛梨は寒さに震えだしそうな唇で、声を出さずにつぶやく。
あの居心地の悪い『優しさ』に包まれて、ずっと腫物を扱うように扱われ続けるくらいなら。

既にプロデューサーを失ってしまった『可哀想な』自分に対する上からの優しさ。
積極的に人を殺して大きな罪を背負った『愚かな』自分に対する上からの優しさ。

まったく欠片も悪気のない、無自覚で傲慢で半端な優しさ。
そんなモノにうっかり『許されて』しまうくらいなら。

冷たいままで、いい。
許されなくって、いい。


「……みんなも、冷たくなっちゃえ」


ぞっとするほど冷酷な言葉を漏らした自分に、愛梨は驚き、そして、なぜか少しだけ安堵する。
残酷でひどい考えが、次々と湧き上がってくる。

みんなみんな、冷たくなってしまえ。
ここに転がっている2人のように。
島中のあちこちに転がっているみんなのように。
既に冷たくなってしまった、愛梨の一番大事な人のように。

うん、愛梨たち『だけ』が大事な人を失うなんて、不公平だ、ズルい、許せない。
みんなもそれぞれ大事な人を失ってしまえばいいのに。
無意味に唐突に失ってしまえばいいのに。

そういえば、さっきちひろが何か言っていたっけ。
そうだ、みんなにとっては、プロデューサーは人質なんだ。戦わずにサボっていると殺されるんだ。
早く、早く、早く早く脅しだけじゃなくて早く早く1人でも2人でもいいから早く実際に早く無惨にはやく

……今更ながらに、怒りと嫉妬と憎悪が、心の中に荒れ狂う。
愛梨の持っていた生来の『優しさ』が抑え込み捻じ曲げていた、強烈な負の感情。
愛梨の持っていた天性の『人の好さ』が否定し目を背けていた、攻撃的な情念。

優しく穏やかな愛梨だったからこそ、今頃になってようやく向き合うハメに陥っている、そんな魂の深層。


389 : GRIMM――灰かぶり姫の愉悦  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:42:19 APbUxp0s0

その一方で、どこまでも冷え切った理性のまま、そんな自分を内側から観察するもう一人の愛梨がいる。

愛梨はどこか自嘲するように思う。
こんな気持ち、とても『シンデレラガール』には相応しくない。
まるでシンデレラではなく、意地悪な義理の母と姉たちみたいだ。

ああでも、だけど、物語の中のシンデレラだって。
あんな陰湿なイジメを受け続けて、綺麗なままでいられたはずがないんだ。

そう考えて、ふと、思い出した。
思い出してしまった。

『幸せになったシンデレラは、義理の母や姉もお城に呼んで一緒に仲良く暮らしました』

なんていうのは、後になって物語に加えられた蛇足の綺麗ごと。
幼児が聞いてもおかしいと分かる、無理のある欺瞞。
子供すら騙せぬ子供騙し。

原初のシンデレラは、もっと暗く、凄惨で、容赦がない。
義理の姉たちはガラスの靴に合わせて踵を切り、足の指を切り、その小細工も見抜かれて失敗する。
それでも王子の寵愛を得たシンデレラにすり寄ろうとした姉たちは、鳩たちに目玉をくり抜かれる。
そんな、本当は怖い童話のお話を、愛梨もどこかで聞いた覚えがあった。

アイドルたちの頂点を決める大イベント、シンデレラガール総選挙。
それは『第一回』と銘打たれていた。
あの時点では『2回目』以降の予定も計画も何もなかったけれど。


「私は『シンデレラ』。

 『第一回』の――『初版』の、『シンデレラ』。

 当たり前に泣いて、笑って、恨んで、仕返しも考える……ごく普通の女の子」


愛梨の血の気のない唇に、薄い笑みが浮かぶ。
負の感情と冷たい理性とが、ようやくかっちりと噛み合ってひとつになる。

「そうだね……『優しく』してくれたみんなにも、『お返し』をしてあげなきゃ。
 『あの2人』はもういいから、あとは卯月ちゃんかな」

どこかすっきりと冴えわたった頭で、愛梨は遊園地の方を振り返る。
『優しく』してくれた島村卯月。
『許して』くれた島村卯月。
そんな彼女に対する『お礼』は、何がいちばんふさわしいだろう?

「確か『ニュージェネレーション』を諦めない、って『言って』たよね……。
 どうすればいいか分かんない、とかも書いてたよね。
 だったら……」

足元の首なし遺体をちらりと眺めて、愛梨は手の内のサブマシンガンの重みを思い出す。
そういえば空になっていた弾倉を、既に手馴れてしまった手つきで交換する。


390 : GRIMM――灰かぶり姫の愉悦  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:43:12 APbUxp0s0

この銃を使ってやってあげたいこと。
普段の愛梨ならきっと想像もできなかったような、ヒドイこと。


「未央ちゃんだけじゃ寂しいだろうし、未央ちゃんだけってのもズルいし……

 残りの2人も、私が一緒に『してあげる』。

 順番に未央ちゃんのところに、『送ってあげる』。

 そうだね、凛ちゃんが先で、卯月ちゃんが最後かなっ?
 うん、それがいいよねっ、うん、そうしようっ!」


それはきっと、とても素敵な思いつきだった。




    *    *    *



ふと見上げれば、吸い込まれそうな濃紺の彼方に、微かに夜明けの気配を孕み始めた空。
白み始める、と表現するにはやや早い、しかし、漆黒と星々だけの時間も終わろうかという頃合い。
今宵最後の星の光が、深い宇宙の色の奥へと遠ざかりつつある。

とりあえず、渋谷凛を探そう、と思った。
どこに行ったか見当もつかないけれど、卯月とは違う方向に山を降りれば、きっと見つかるはず。
その程度の考えで、さっきとは別の登山道を選んで下り始める。

山頂近く、愛梨が通り過ぎた道の脇には、小さな木の看板が残されていた。

坂の下を指して刻まれた矢印には、ただ一言、『キャンプ場』とのみ記されていた。



【E-5 登山道/二日目 黎明】

【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(30/30)】


391 : GRIMM――灰かぶり姫の愉悦  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:44:13 APbUxp0s0
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×2】
【状態:絶望】
【思考・行動】
 基本方針:絶望でいいから浸っていたい。優しさも温もりももう要らない。それでも生きる。
 0:キャンプ場に向かう。
 1:みんなみんな、冷たくなってしまえ。
 2:ニュージェネレーションはみんな殺してあげる。できれば凛、卯月の順に未央の所に送ってあげる
 3:終止符は希望に――――



    *    *    *



――それから、しばらくして。


十時愛梨は、無様に大地に倒れ伏していた。


涙が溢れる。目がちかちかする。
明るくなっていく空の下、立ち上がることもできずに激しく咳き込む。

ごりっ、と頭に硬い金属が押し当てられる。
それは間近に迫った死の感触。
軽く引き金を引かれただけで、自分は山頂の本田未央のようになるのだ――と、愛梨は正しく理解する。

銃口を突き付けられたまま、愛梨は涙と鼻水とよだれでグチャグチャになった顔を上げる。
滲む視界のむこうには、凍るような殺意をまとった『魔女』のシルエット。


「――――、――――」


『魔女』が何かを言った。
それは、とてもとても冷たい言葉。
温もりなんて、欠片もない言葉。

その心地よい冷たさに、愛梨は、原初のシンデレラは――そして。



    *    *    *


392 : ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:44:52 APbUxp0s0
以上、前編となります。

少し置いて、後編の投下をします。


393 : GRIMM――お菓子の家の魔女はかまどに火を入れる  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:50:00 APbUxp0s0
.



 肥え太るまでなんて、もう待てない。魔女は行動を起こすことに決めた。





    *    *    *



考えるための時間は十分にあった。
それは決してヒマ潰しなどではない、今後のために必要な思索。

つまり――

『希望』のアイドルたちの思い通りにはさせないための、方法。

『それとは違う道』を既に選択した、自分たちが生き残り意志を通すための、手段。

そして彼女は、思い至ってしまったのだ。

既に状況が『新たな段階』へと進んでいる、その可能性に。



    *    *    *



深い青色に染まり始めた空の下。
朝もやに包まれて、桃色の人影が何やらガサゴソと動き回っていた。

「……まき割り用の斧、ね。
 それなりに使えそうだけど、持ち歩くことを考えるとこの重さは少し気になるか……」

チャイナドレスには似合わぬ小ぶりで無骨な斧を、何度か軽く素振りする。
細腕に見合わぬ力強さで、ヒュン、ヒュンと風が鳴る。
激しいライブのために鍛えたアイドルの身体、見かけよりも遥かに強い力を秘めてはいるが。
さて、だからといって無闇に荷物を増やすのも考えものだ。
相川千夏は武器を片手に、しばし思案する。

見回せば、目の前には一抱え分ずつ針金で縛られて積まれた薪の山。
ログハウスの中には古風な薪ストーブもあったから、そのためのものだろうか。
左手には山の斜面。右手にはちらほらと木々が散らばる林に、その向こうを走る車道。
背後を振り返ればログハウス。
薄闇の中に浮かぶそれは、丸太の家というより焼き菓子でも積んだかのような現実感の乏しさがあった。

「そういえば、『あのお話』って初期は『お菓子の家』でなく『クッキーの家』だったらしいのよね。
 確かレープクーヘン。蜂蜜入りで酵母なしの硬いパンの一種。
 初めて知った時には地味だなと思ったものだけど、こんな光景からの連想だったのかしら」

ここは相川千夏と双葉杏が一夜の宿と決めた、キャンプ場併設のログハウス、の裏手。
探し物に思い至った千夏は、寝ている杏を起こさないよう、そっと通用口から抜け出して。
こうして、資材やらなにやらが乱雑に置かれているあたりを一人調べまわっている。

「チェーンソー。
 ……威力は十分でしょうけど、斧より重いし、何より音が大きすぎるわよね。
 使いどころが限られてしまうわ」

まき割りの前段階、丸太をぶつ切りにするための大道具を前に、大きく溜息をつく。
こんなモノを振るうのは、それこそホラー映画の怪人くらいのもの。
いくらアイドルが力持ちだと言っても、流石に限界を超えている。

「まあ、そもそもこんなモノに頼らなくても済むなら、それに越したことはないんだけど……ね」


394 : GRIMM――お菓子の家の魔女はかまどに火を入れる  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:50:37 APbUxp0s0

    *    *    *



それは、少し時間を遡った頃の話。

インスタントコーヒーを片手にひとり夜を過ごす相川千夏は、改めて考えてみたのだった。


千川ちひろがこれまでの放送で言外に匂わせてきた『希望』のアイドルたち。
これを葬るためには、どうすればいいのだろう?

これまでの方針に素直に従い続けるのなら、『希望』の集団を見つけてそこに潜り込めばいい、となる。
牙を隠して羊の群れに紛れ込む。
そして頃合いを見計らって無防備な内側から食い破る。一挙にまとめて血祭りに上げる。
『希望』は丸ごと『絶望』に上書きされて、あとは少数のライバルたちを始末すればそれで終わる。

簡単だ。楽勝だ。素晴らしい。
この方法は既に実績を上げたやり方でもある。
水族館では予想もしていなかった展開になったけれど、この策そのものはしっかり成功しているのだ。
同じ手段の使い回しでラクに戦果を重ねる――本当に魅力的なアイデアだ。

だが。
それが甘い誘惑であればこそ、彼女は気が付いた。


そんなに上手くいくものだろうか……? と。


何かが引っかかる。
無意識が警鐘を鳴らす。
そして熟考の果てに、相川千夏は思い至った。
水族館の時と今とでは、状況が、大きく変わっている可能性がある、と。

状況を変えうる要因は、3つ。

1つは、『シンデレラ・ロワイヤル』の話を一緒に聞いた仲間である、緒方智絵里。
1つは、水族館ですれ違い、そのまま島中を走り回っているはずの、渋谷凛。
1つは、着実に減り続ける参加者の数。

この3つの要因によって、『希望』の集団は、思いもかけぬ膨大な情報を掴んでいる可能性がある。

緒方智絵里。
当初は隠れているのではないか、と推測した彼女だが、しかしそれだけでいつまでもしのげる訳もない。
いくらなんでも、このイベントはそこまで甘くない。
そこに彼女の生来の性格を考え合わせると、殺し合いを否定する側に寝返った可能性は十分に考えられる。
そしてそうなれば『シンデレラ・ロワイヤル』の話を広めてしまう危険がある。
一連の話を聞いてしまえば、誰もが『相川千夏』の名を危険人物のリストの筆頭に置くことだろう。

渋谷凛。
人を探して動き回る少女は、そのまま複数のグループの情報を統合する役目も果たしてしまうだろう。
利発で聡明な彼女がメッセンジャーなら、伝言ゲームで情報が歪むことも期待しづらい。
離れた所に居る『アイドル』たちの、情報共有と連携――考えただけで頭が痛い。

そして一番深刻なのは、現時点での残り人数。
前の放送の時点で28人。
放送の中で人質の存在を匂わせるようなことも言われたから、この6時間でさらに減ることも予想される。
大雑把に言って20人ほど……これはもう、生き残った者同士で互いの顔が全て思い描けるほどの規模だ。


395 : GRIMM――お菓子の家の魔女はかまどに火を入れる  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:51:26 APbUxp0s0

元々、羊の皮を被る狼の戦略には、『スタンス不明のグレーゾーン』な参加者の存在が必要不可欠である。

自らが手を下した殺人についても「私たちじゃないよ」とすっとぼけ、見も知らぬ『誰か』に押し付ける。
『その他大勢』の中に戦果を隠し、姿なき殺人者に怯える側を演じてみせる。
それが、基本的な手口のはずだ。

しかし、もしも万が一、もうほとんど『グレーゾーン』の存在が残っていなかったとしたら。

一番恐ろしいのはこれだ。
『消去法』で参加者の白黒が判断できるほどの状況になっていた場合。
生存者リストを『白』で埋め尽くし、残された『黒』を炙り出せるほどになっていたならば――

中途半端な嘘は、自殺行為でしかない。
そこに智絵里の証言まで加われば、もうひっくり返すことは不可能だろう。

知恵ある狩人を気取って忍び寄ったつもりが、見え見えの嘘で踊る無様な道化と化して、そのまま袋叩き。
そんな展開だって、ありえるのだ。


論理に基づく思考は、そんな悲観に走るのはまだ早い、と楽観的な計算をはじき出す。

あの臆病な緒方智絵里と、アテもなく彷徨っている渋谷凛と、どこかに潜んでいるはずの『希望』の集団。
それぞれ、ただ出会うだけでも一苦労のはず。
出会ったら出会ったで、参加者についての情報交換以外にもやることは山ほどあるだろう。
そこまで都合よく物事が進むものだろうか。
そんな思いも、頭の片隅によぎる。

けれど、感性に基づく直感は。
数々の小説や物語を愛した感性、非論理的な思考の跳躍は。
それは十分にありえる話だ、と確信させてしまう。

なにより――『その程度』の『都合のいい運命』を引き寄せられずに、何が『希望』か。

そう。
彼女は決して、デジタルなロジックだけに拠って立つ知性の持ち主ではなかった。
古今東西の詩歌や小説に通じ、言葉の使い方にも敏感な、静かな読書家としての側面。

それが生半可な存在に『希望(エスポワール)』を騙ることを許さず、過小評価に陥ることを妨げていた。



    *    *    *


396 : GRIMM――お菓子の家の魔女はかまどに火を入れる  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:52:25 APbUxp0s0

「あとはバーベキュー用の串、くらいか……。
 でもそれなら、最初に見つけた肥後守の方がマシかしらね」

林の中、成果に乏しい探索に、千夏は何度目かも分からぬ溜息をつく。

搦め手が厳しいのであれば、正面からの正攻法が主体となる。
真っ向から殺し合いをするのであれば、拳銃とストロベリー・ボムだけではいささか心細い。
そう考えての武器の探索であったが、やはり手近なところでは大したものは見つからないようだ。

鉄串よりはマシ、と彼女が評した木工用の折りたたみナイフは、ログハウスの中で見つけたものだが。
これだって工作をする上では便利でも、格闘戦に使うことを考えたら貧弱極まりない。
柄よりも短い刃しかついていないし、強度だって怪しいものだ。
ま、かさばらないという点では文句なしだし、だから既に懐の中に収まっているのだが。

「使える武器、特に銃器がありそうな場所となると……まずは警察署。
 でもこれは多分、誰もが思いつく。
 先を越された程度なら無駄足だけで済むけど、待ち伏せでもされてたらたまらないわ」

武器の調達1つとっても、ストロベリー・ボムの存在に慢心して数歩出遅れた感じがある。
後悔の念も浮かぶが、しかし、ここで気づくことができなければもっと大変なことになっていただろう。
『ライバル』が先を行っているとの前提に立った上で、さてではどのあたりに探しに行くべきか。
実際の行動は杏が起きてからになるが、今のうちに考えておいた方がいいだろう。

とりあえず今は、さっき見つけた、このまき割り用の斧。
これを本気で荷物に加えるか、否か。

改めて斧を片手に考え込む、千夏の横合いで。


――――ガサガサガサッ! ズサササッ!


「――っ!!」
「……い、痛ったぁ……!」


笹が揺れる音に千夏が振り返るのと、勾配のキツい斜面から一人の人影が滑り落ちてくるのがほぼ同時。

すっと少女が現れた山の上の方を見て、山道を降りる途中で足を踏み外したのだ、と理解するのに1秒。

視線を戻して、腰をさする少女と目が合って、十時愛梨、という相手の名前を思い出すのに2秒。

少女たちの頂点・シンデレラガール。いわゆる正統派アイドル。比較的肉付きの良い体。歌唱力も高い。
そしてそう言えば、最初に『見せしめ』にされたプロデューサーの担当アイドルの1人で――

相手のプロフィールその他を思い出しかけて3秒、はっとした様子の十時愛梨が手にしていた銃を持ち上


「ふっ!」 ヒュッ、ガッ、「キャッ!」


思考より先に身体が動いた手の中の斧を咄嗟に投げる回転しつつ飛んだ斧は惜しくも当たらず立木に刺さ
斧の行方を追いそうになる意識を断ち切ってすぐに身を翻す胸ほどの高さまである薪の山の陰に飛び込ん

軽く跳躍していた足が地面に着くよりも先に、カチャ、と銃を構え直す音が聞こえ

連続する射撃音と着弾の衝撃が、針金で縛られ積まれた薪の山を激しく揺らす。背を丸めて縮こまる。

「はっ、はっ、は……っ!」

弾の消耗を恐れたのか銃声はすぐにやむ、千夏の額に一気に脂汗が噴き出す、荒い息が止まらない。
間一髪だった。
斧を握っていなかったら、手近に薪の山がなければ、薪の束が銃弾を止めるほどの強度でなければ。
あとコンマ数秒、動きだすのが遅ければ。
千夏はとっくに穴だらけになっているところだった。

そっと顔を出しかけると、また銃声。弾け散った木片の一部を頬に受けながら、反射的に首を引っ込める。
素早く拳銃を手にし、腕だけを突き出し千夏も発砲。
ハナから命中は期待していない一発であったが、音だけでも分かる相手が飛びのいた気配。
そのままザザザッ、と枯葉を踏み砕く足音が聞こえて、チラリと覗けば林の木の1本の後ろに滑り込む姿。
先ほどまでこちらに向けられていた銃が一瞬だけ見える。思ったよりも小さい。

「マシンガン……いや、サブマシンガン、かしら。厄介ね」

油断なく拳銃を構えながら、千夏は務めて冷静になろうとする。
お互いに距離と遮蔽物を得ての、しばしの膠着状態。向こうもこちらの様子を伺っているようだ。

ようやく理性が今の状況に追いついてくる。現状の打開のために回転を始める。
そう、まだ状況は終わっていない。不利な状況には変わりがない。なんとか、打開しなければ。


397 : GRIMM――お菓子の家の魔女はかまどに火を入れる  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:53:45 APbUxp0s0

    *    *    *



それにしても――シンデレラガール・十時愛梨。事務所の中でも1、2を争うほどの有名人。
まさかと思うような『ライバル』である。普通に考えて殺し合いに乗るような人物ではない。
まあ、この島での戦いにおいて、その手の先入観は禁物ではあるのだが。
今更ながらに襲撃者の正体に驚いてしまう。

山道で滑って転ぶような天然っぷり・ドジっ子っぷりはそのままに、あの明確な殺気。
なんともアンバランスな印象だ。

ともあれ、こうなってしまった以上、不本意な遭遇戦であってもやるしかない。
相手が誰であろうと、殺るしかない。

「この銃じゃ、牽制はできても仕留めるのは難しい……。
 やっぱりストロベリー・ボムを使うしかないかしら……?」

荷物を担いで持ってきていた自分の準備の良さに感謝しつつ、千夏は思案する。
過去にも何度か使ったから分かっている、この爆弾の長所と短所。
投げやすい形状。
爆炎が直撃すれば確実に命を奪える威力。
しかしそれとは裏腹に――案外狭い、直接の攻撃範囲。器物に対する破壊力もそう高くない。

片手に拳銃、片手に爆弾を握りしめ、しゃがみこんで身を隠したまま千夏は悩む。
相手が潜むのは一本の木の陰。
あの程度の障害物でも、あるだけで途端に直撃させるのが難しくなる。木ごと吹き飛ばすのも不可能だ。
足元に転がしてやろうにも、今度は木の根と落ち葉が邪魔になる。

では1個で足りないなら、2個3個と投げてみるか?
1個目を直接当てずに近くで炸裂させ、吹き飛ばされるか逃げ出すかしたところを2発目以降で狙う。
いやしかし、ここで貴重な爆弾を浪費するのはもったいない。
これから先の厳しい戦いを覚悟したばかりだというのに。

チラチラと、十時愛梨が顔を出したり引っ込めたりしている。
きっと向こうも悩んでいるのだ――ここで突撃するべきか、否かを。
物陰から飛び出す瞬間こそ、危険はあるものの。
もしもそのまま真っ当な撃ちあいになってしまえば、サブマシンガンの連射力を備えた愛梨の方が有利。

相手が顔を出したタイミングで、千夏は再度発砲する。
しかし当然当たらない。
千夏にはこの距離でピンポイントな狙撃を成功させる技術など無い。
反撃とばかりに、向こうからも数発の銃声。これも当然、当たらない。
薪の山がまた揺れて、おがくずの匂いが立ちのぼる。


明るくなっていく空の下、決め手がないままに弾が浪費され、恐怖心だけが膨らんでいく。
やはりストロベリー・ボムの大量使用しかないのだろうか。
いやあるいは、愛梨の側も、他の武器を隠し持っている? 出し惜しみをしている?
だとしたら、時間をかけてしまうこと自体が危険、なのか?!

どうする。
どうすればいい。
何が一番最善なのか、どこまでリスクとコストを許容すべきなのか――


ひゅんっ。
絡まる思考を断ち切るように、横合いから薄く煙の尾を引く「何か」が放り込まれた。


「っ!?」

「……ったくさぁ。うるさくって寝てらんないじゃん」

気だるい声と共に、放物線を描いて現れた缶状のものは、そのまま愛梨の潜む立木の陰に飛び込んで。
あっさりと、この不毛な均衡を打ち崩した。

「きゃっ!? ……げぇっ、げほっ、ひぐっ……ゴホッゴホッ」

薄くオレンジ色がかかった煙が地面近くから噴き出して、そのまま十時愛梨を包み込む。
悲鳴、そして嘔吐にも似た酷いうめき声に続いて、連続する激しい咳。
銃さえも取り落として、隠れることも忘れて地面に崩れ落ちる。顔と喉元を押さえてのたうち回る。

「……あれは?」
「催涙スプレー」


398 : GRIMM――お菓子の家の魔女はかまどに火を入れる  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:54:17 APbUxp0s0

油断なく拳銃を構えて身を起こした千夏は、無防備にのんびりと歩み寄ってきた少女に尋ねる。
あくびをかみ殺しながら、小柄な少女・双葉杏はどこか投げやりな口調で応える。

「なんかね、唐辛子の成分のスプレーなんだってさ。防犯グッズの。
 レバー押したら手榴弾みたいに投げろ、って書いてあったし。
 まだ予備もあるから、ものは試しってね」
「……そんなモノを隠し持ってたのね。ありがとう。助かったわ」
「貸しひとつだからねー。それにしても、ドンパチはしないんじゃなかったの?」
「問答無用で襲われたのよ。しょうがないじゃない」

一番借りを作りたくない相手に借りを作ってしまったようだったが、ひとまずは安堵の溜息をつく。

すっかり忘れていた仲間。
まさか来るまいと思っていた援軍。
横からこっそり登場したからこそ可能だった、催涙グレネードの投擲。
真正面の千夏にとっては木の陰でも、真横から見れば丸見えだ。手榴弾でも何でも投げ放題である。

なんというか、やはり要所を押さえるのが上手い子だ、と改めて思わされる千夏であった。



    *    *    *



いつの間にやら、あたりはすっかり明るくなっていた。
既にスプレー缶の噴射は終わり、穏やかな早朝の風が空気を洗い流していく。

最大限の警戒は維持したまま、千夏はゆっくりと近づいてみる。
まだ微かに残る煙を吸い込まないように口元を押さえるが、それでも強い刺激を感じる。
痛いような、熱いような――そして、確かにそう思ってみれば、どこか辛いような。
思わず目の端に涙が滲む。

「けほっ、なるほど……唐辛子、納得だわ」

わずかに吸っただけでもこの強烈さ。
ならば、それをまともに不意打ちで吸ってしまった犠牲者は、と言うと――

十時愛梨は、見事に完全に無力化されていた。
地面に横倒しに丸まったまま、立ち上がることさえできずにいる。
ヒューヒューと細い息を吐いては、喉も破けんばかりの激しい咳の連続。また細い息。その繰り返し。
両手は必死に両目を拭おうとしているが、拭った傍から次から次へと涙が溢れだしているようだった。

「しかし、防犯グッズね。その方向で考えてみるのも手かしら。
 そうなると例えば、学校あたりも調べる価値あり、か……」
「何の話?」
「これからの話よ。まあ、後でまた改めて相談するわ」

地面に落ちたままのサブマシンガンを片足で踏みつけ、身を屈めて拳銃を突き付ける。
完全な制圧状態だ。
相川千夏があと少し指先を動かすだけで、十時愛梨の命はここで終わる。

「さっさとトドメ刺しちゃってよ。そしたらまた二度寝できるしさー」
「まあ、待ちなさい」

杏が急かすが、千夏は軽く押し留める(ついでに、二度寝については聞こえなかったことにする)。
そう、ここでこのまま十時愛梨を殺してしまうという手もある。
殺して、あの厄介だったサブマシンガンを強奪するだけでも、求めていた武装強化は果たされる。
さっきまで本気の殺し合いを演じていた相手、むしろそうするのが当然の決着だ。

けれど。
今この時に千夏の脳裏に浮かんでいたのは、全く違うアイデアだった。


399 : GRIMM――お菓子の家の魔女はかまどに火を入れる  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:55:37 APbUxp0s0

千夏たちが愛梨を制圧できたのは、催涙スプレーの効果もあるが、最大の要因はその『数』だ。
愛梨は1人だった。
千夏と杏は2人だった。
だから1人が引きつけている間に、もう1人が死角から攻撃できた――結果論になってしまうけれど。

数は力だ。やはりこれは揺るぎない。
そして千夏は、より多くの数を束ねている(と思われる)集団を狙おうとしている。
『希望』のアイドルたちに勝負を仕掛けようとしている。
そうなった時に、もっとも必要になる『戦力』とは何か。

それは催涙スプレーではない。サブマシンガンでもない。もちろん爆弾でも拳銃でもない。

人だ。

人数だ。

『ヒロイン』の頭数だ。

――もちろんリスクはある。
そもそも危うい『ヒロイン同盟』、さらに人数を増やして、どこで裏切られるか分かったものではない。
『お菓子の家の魔女』のように、肝心なところで背中を突き飛ばされる危険と、紙一重だ。
間抜けにも頭からかまどに突っ込む役なんて、千夏だって願い下げである。


けれど。
『希望』と戦おうというのに、ノーリスクで何かが得られるはずがない。

こちらも『希望(エスポワール)』に匹敵する、『絶望(デゼスポワール)』の集団にならなければ。


銃口で頭を小突かれた十時愛梨が、声もなく顔を上げる。
そこにあったのは、涙と鼻水とでグチャグチャになった、無様な顔。
言いつくろう余地のない、敗者の顔。

そんな彼女に向けて千夏は、小さく一言。


「ねぇ『シンデレラ』――良かったら一緒に、『希望』の芽を摘み取りに行きましょう?」


すぐ隣で杏が見るからに嫌そうに顔をしかめるが、構わず千夏は蠱惑的な笑みを浮かべる。

それは優位に立ったからこそ口にできる、同盟の提案。
勝者だからこそ差し伸べることのできる、誘いの手。

果たして十時愛梨は、その言葉を受けて、小さく、小さく微笑んだのだった。




【D-5・キャンプ場 ログハウス裏手/二日目 早朝】


【相川千夏】
【装備:チャイナドレス(桜色)、ステアーGB(16/19)、肥後守】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×7、男物のTシャツ】
【状態:左手に負傷(手当ての上、長手袋で擬装)】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。生還後、再びステージに立つ。
 0:いい子ね、『シンデレラ』
 1:杏と行動。できれば愛梨もグループに引き入れたい。
 2:もう潜入計画には拘らない。
 3:どこかで追加の武器を手に入れたい。防犯グッズなども積極的に探す。学校も行先の候補?
 4:杏に対して、形容できない違和感。

※肥後守を現地調達しました。和製の木工用折りたたみナイフです。

※林の中の木の1本に、まき割り用の斧(現地調達品)が突き刺さっています。


400 : GRIMM――お菓子の家の魔女はかまどに火を入れる  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:56:09 APbUxp0s0

【双葉杏】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×2、ネイルハンマー、シグアームズ GSR(8/8)、.45ACP弾×24
     催涙グレネード×2、不明支給品(杏)×0〜1】
【状態:健康、まだ眠いってか眠らせろ】
【思考・行動】
 基本方針:死なない。殺す。生き残る。
 1:千夏と行動。
 2:えー、その子も仲間に入れるのー? ホントに大丈夫?
 3:半端な所で起こされたので、また寝なおしたい。てか、寝る。
 4:アイドルがきもちわるい。

※幻覚は見えなくなったようです。

※催涙グレネード×3本のセットは、本来は城ヶ崎莉嘉の支給品の1つでした。
 缶ジュースほどのサイズの、催涙ガスのスプレー缶です。
 手に持って直接相手に吹きかけるタイプではなく、レバーを押して相手の足元に投げて使うタイプです。
 主成分は唐辛子からの抽出成分で、涙と咳でしばらく無力化できますが、後遺症などは残りません。


【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(12/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×2】
【状態:絶望、激しい涙と咳】
【思考・行動】
 基本方針:絶望でいいから浸っていたい。優しさも温もりももう要らない。それでも生きる。
 0:…………。
 1:みんなみんな、冷たくなってしまえ。
 2:ニュージェネレーションはみんな殺してあげる。できれば凛、卯月の順に未央の所に送ってあげる
 3:終止符は希望に。


401 : GRIMM――お菓子の家の魔女はかまどに火を入れる  ◆RVPB6Jwg7w :2015/03/06(金) 17:56:36 APbUxp0s0
以上、投下終了。

催涙スプレーについては、商品名になってしまいますが「ロックオングレネード」で検索してみて下さい。
だいたいそんな感じの代物です。


402 : 名無しさん :2015/03/06(金) 18:09:32 OoloUrQk0
投下おつー!
おお、とときんが遂に本当の意味で戻れない道を選んでしまったと思ったら、あれ、死ぬの!?と思ったらこおうなったか……
ちなったんではないけど、ほんと杏はなんだかんだで要領よくて怖いな
そして今回の話はなんといってもタイトルが素敵だ
本当は怖いグリム童話とはよく言われるけれど
色んな童話の内容を絶望の釜で茹で上げて作られた先に待つのは果たして


403 : 名無しさん :2015/03/06(金) 20:35:56 LwHc0npA0
投下乙です
このロワもある意味で怖くて大人の童話だよなあ
彼女らの行方は・・・

ここに恐ろしいマーダーチームが誕生したなあ…


404 : ◆yX/9K6uV4E :2015/03/06(金) 23:42:58 MInM1rpA0
投下乙ですー!
とときん、そんな方向に堕ちるか。
いやはや凄い絶望の中で。
杏と千夏は大丈夫だろうか……w 

続きまして、補完話として塩見周子で予約します。


405 : ◆n7eWlyBA4w :2015/04/25(土) 00:01:55 .ud2.4Dc0
ご無沙汰しております。藤原肇、諸星きらり、予約します。


406 : 名無しさん :2015/05/13(水) 14:42:57 jzsNXZQ20
生きてるカ?


407 : ◆n7eWlyBA4w :2015/05/25(月) 22:20:30 eZG0mkfs0
申し訳ありません。
完成の目処が立たなくなったため、予約を破棄して白紙に戻させていただきたく思います。
長い間報告もせずにパートを拘束する形としてしまい、誠にご迷惑をお掛けしました。


408 : 名無しさん :2015/06/01(月) 23:41:04 Y6H.r4q60
>>1さんが予約したあと延長も破棄もしないまま音信不通になって三ヶ月になるし、もう続き来ないのかな……
読み手の分際でこんなこと言っていいのかわからないけど何かしらのレスが欲しい


409 : 名無しさん :2015/06/06(土) 08:10:53 5IBKyOXI0
ドリフ公式で藍子ちゃん相葉ちゃんユニットきたね
しかもFlowery


410 : 名無しさん :2015/08/09(日) 20:28:40 91.n.I2I0
ずっと待ってるやで


411 : 名無しさん :2015/08/30(日) 13:09:08 Ar3.PMKs0
いきてるか?


412 : 名無しさん :2015/09/14(月) 03:36:12 0GaW577k0
デレステやってここの藍子思い出した
確かにここの解釈もありか。
当たり前のように人に優しい藍子の先が当たり前のようにアイドルな藍子なんだ。


413 : 欺瞞 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:16:25 jibuVqY20
大変ご無沙汰しております。
連絡せずに、申し訳ありません。
大変お待たせしましたが、周子のパートは、いったんお休みして、藤原肇、諸星きらりで投下


414 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:17:42 jibuVqY20





――――金接ぎという技術がある。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


415 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:18:34 jibuVqY20





ほんの少し前。
ほんの少し前は沢山の人に囲まれていた。
きっとどんな絶望だって乗り越えられるって信じてた。
けれど、今、目の前に広がっている光景は何なのだろう。

小さな子が身体を一面、紅に染めてもう、二度と目を覚まさない。
身体に矢が刺さったままの、動かない子供もいる。
そして、さっきまでしゃべっていた人が、もうしゃべる事はない。

さっきまで一緒に、生きていたのに。

そして、病院にはつれてこれなかった仲間達の、遺体が残っているのだろう。
無念に死んでいった仲間達の遺体が。

残されたのはたった二人。
諸星きらりと藤原肇が、病院から逃れた民家で、ただ哀しみに沈んでいた。
二度と立ち上がれないと思い込んでしまうほどに、座り込んで泣いていて。

まるで、絶望という鎖に縛られてるようで。


肇も、きらりも言葉を交わすことも無く、ただ沈んでいた。
いや、交わすとさらに哀しみに落ち込みそうで、できなくて。
だから、顔を覆い座り込んで泣くことが、また自分を護ることにつながっていた。


紗枝が亡くなってから、どれだけの時間がたったのだろうか。
藤原肇が、瞳を伏せて、心の中に逃げ込んでいた時。


それは、あまりに自然に流れ込んできた。



懐かしい、まだ輝く前だった、時。




『アイドル』藤原肇が始まった記憶を。



ゆっくりと追憶していた。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


416 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:19:06 jibuVqY20


「あ、もしもし、お母さん?」

電話から、聞こえてくる母の声に、私はほっと安心した。
余りにも多い人。
余りにも狭い街。
故郷の岡山と余りに違う風景が広がる、東京。
そんな場所に、私――藤原肇は生まれて初めて、一人で遠くまでやって来ていた。
ただ単に旅行って訳じゃない。
ちゃんとした目的があって、此処に。
もっともその目的も、ほぼ終わったに等しいのだけれど。

「結果は……うーん、多分駄目だったと思う」

私が東京に来ていた目的は一つで、オーディションに受ける為。
アイドルになるためにオーディションに。
それも、先ほど面談による審査が終わり後は、午後の発表を待つばかりだ。
けれど手ごたえ以前に、無理だな、駄目だなと私は感じている。
なんで書類選考ですら、私は通ったのだろうと思うぐらいに。

私は一緒にオーディションを受けた人達を見て、正直萎縮してしまった。
皆驚くぐらい綺麗で。
経歴を聞くと、モデル出身やミスコンをとった人ばかり。
どうやら、このオーデションは有名なファッションデザイナー出身の担当アイドルを決めるものみたいで。
皆、そういう人たちが知っていて受けに着たみたい。
何もわからず飛び込んだのは私ぐらいで。

「うん。明日、東京見学してから帰るから。大丈夫、ホテルも一人で泊まれるよ」

萎縮しながら、オーディションを受けて。
色々聞かれたと思うけど、あんまり覚えてない。
ただ、自分のやりたいことを正直に言っただけで。


『でも私はもっと色々な経験をしたいんです。だから憧れの世界に挑戦することにしました。なので、私頑張ります……協力お願いします……!』

必死だと思う。
実際同じオーディション受けた人には、冷ややかな目で見られていたと思う。
けど、


『色んなモノを、イメージしたいから! そして、表現したいから!』


そう言って、私の面談は終わった。
でも、多分無理だと思う。
それぐらいレベルが違いすぎた。
けれど、思いを伝えられて、充分な気持ちもある。
一種の晴れやかさすら、感じて。


「うん、ちゃんとお土産を買ってくるから、心配しないで。じゃあ、また」

連絡を終えて、一つ伸びをする。
心は明日どこに行こうかなと思いにあふれて。
不思議と後悔はなかったと思う。
だから、前を向いていた。





まさか、自分にとって嬉しくて、けど想定していない未来が来るとは知らずに。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


417 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:21:02 jibuVqY20





「うーむ、やはり。3番の子で決まりでしょう。すべてにおいて申し分ない」

藤原肇が受けたオーディション。
その選考をプロダクションのプロデューサー達が会議室で行っている。
最も、その選考も簡単に終わりそうなのだが。
大体書類の段階で、目星はついていた。
特に、今一人のプロデューサーが上げた最有力で。

「あの大学のミスコンで、選ばれて、背も高い。ルックスも充分ですしね」

明らかに芸能界入りを狙っているような子で、実際誰よりも堂が入っていた。
このオーディションに自信を持ってやってきている。
そういいたいように。

このオーディションは、ある新人プロデューサーの担当するアイドルを決める為で。
その新人プロデューサーというのが異色で、もう既にプロデュースをするというので話題になっているほどだ。
ファッションデザイナーの世界で名を上げ、今も一線に立ち続けている言ってしまえばカリスマと呼ばれてる人物。
その人がアイドルをプロデュースするということになって、一部で注目を浴びている。


「ふーん……」

最もその新人プロデューサーは、興味無さそうに書類を眺めているだけだった。
実際、プロデュースなんてするつもりなどなかったから。
ここの社長からアイドルのファッションデザインをしないかと誘いを受けて、それに乗った。
そしたら何故かそのまま流れでプロデュースまでする羽目になって、断り続けたが結局丸め込まれてしまった。
整った端正な顔たちしていたその男は、憮然とした表情を浮かべながら、セットした髪をいじっている。
三番といわれた番号の書類を興味無さそうに見て。
その書類をすぐに、机に投げて、違う書類を取る。
それは七番の子――――名前の欄には、藤原肇と書かれていた。

「それじゃあ、3番の子を採用でほかの人は異存ないかな?」

プロデューサーの中で纏め役の人が声をかけて、三番の子の採用を決めようとする。
皆、黙ってうなずく中。

「んー。あのー、いいかな」
「どうぞ。君の担当を決めるオーディションなのだから」
「じゃあ、3番の子じゃないと駄目か?」

その、新人プロデューサーが手を上げて、声を上げる。
それは決まりかけた結論を否定するように。

「なんでだい?」
「いや、他にしたい子が出来たから」
「ふむ、君の意志が最も大事だし……というより、君が誰でもいいという態度だったから、我々も集まって決めるのを手伝ってるのだがな」
「あーすいませんね」

まとめ役の人が、憮然とした声を上げる。
元々、新人一人と二人ぐらいいれば済む話なのだ。
それが、担当するアイドルを決める気がない、誰でもいいと思ってる節があった彼のために、いろんな人がこのオーディションに集まったのだ。
急に担当したい子が出たというのは、いいことではあるのだが。
最も新人プロデューサーは、言葉だけの謝りだけをして、続きを促す。

「それで、どの子かい。対抗馬というと、9番、5番かな」
「ああ、いいですね。でも3番がいいと思うけど」
「いや、その子じゃなくて……」

対抗馬と揚げられたのはモデル出身の子やモデル向けのルックスをしていた子だった。
どれもファッションデザイナー出身の彼と愛称がよさそうな子で。
けれど、そのどれにも首を縦に振ることはなくて。

「肇、藤原肇って子だけど」
「肇……えーと……?」
「番号で言うと、七番、この子」
「えっ、この子かい……?」

その男が言ったのは、七番――藤原肇。
その名前を指名した時、同席していたプロデューサーから驚きと、失笑の声が出てきた。
対抗馬でも何でもない、普通なら選ばれる筈のない子。


418 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:22:47 jibuVqY20

一見可愛らしいが、一方で地味さは否めない子。
可愛らしいから書類は通ったが、そこまでの子。
酷い言い方をするなら、数合わせ、水増し、引き立ての子でしかなかった。
だから、誰も見向きもしないし、選ぶことはしない。

「うーん、止めておいた方がいいと思うよ」
「そうだね、とても芽が出ると思えない。 その子を振り回すだけだ」
「それより確実に伸びる3番の子のほうが……」

案の定、否定の声が出始め、彼を諌めている。
初めてのプロデュースで冒険することもない。
何よりも確実性を。
そういって本命を薦めていく。


「――そんなに、3番の子がいいなら、あんたらが選んでプロデュースすればいい」


けれど、彼はそれを一笑にふして、絶対に乗らない。
彼から見た三番は、そんないい花じゃない。
まるで、自分が選ばれて当然みたいな子だった。
自分に絶対の自信をもって、それに見合う服を着るのは当然だと。

違う、そういう子は選びたくない。
その男はそう思ったから。


「最も……あの子そんなにいいようには見えないけどね。見る目ないんじゃない?」

まるで挑発するように言葉を紡ぐ。
周りから怒りの声すら聞こえるが、彼は気にしない。
もう、周りなんて気にしない。
昔から、そうだった。

自分が綺麗だな、素敵だなと思ったものにしか、目がいかなくなる。


『色んなモノを、イメージしたいから! そして、表現したいから!』


他人には、地味な目立たない少女かもしれない。
でも、男にはそれが、何よりもシンデレラに見えたから。
彼女のなかに輝く、『ソレ』を見つけたから。
だから、もう決めたことだ。



「オレは、藤原肇をプロデュースする。誰にも邪魔はさせないぜ。元々オレの担当決めるオーディションなんだから」



そうして、彼女は、シンデレラとして見初められて、その始まりだった。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


419 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:23:16 jibuVqY20







「合格者は七番です。その方は、私についてきて、手続きを済ましてください」


そう、私は言われて、緑の事務服を着た人に、ついてきて、手続きをした。
後は担当してくれる人と会うらしい。
夢見心地のまま、なすがままで。
両親への報告もまだのまま、実感すら、無く。


どうやら、私はアイドルになるらしい。


解らない。
どうして、私がなるのだろう。
どうして、私がなるのだろう。

そう思いながら、会場をなんとなく、歩いていた。
プロデューサーと会うまでの時間潰しということで。
よくわからないまま、歩いて。


「納得できません!」


その時、聞こえた声があった。
それは、同じオーディションに出た人。
私から見ても、この人が受かるんだろうなと思った人。
その人が、問い詰めるように、男に言っていた。


「どうして、あの子が選ばれて、私が落ちるんです!? 理由を聞かせてください!」


それは私も聞きたくて。
物陰に隠れながら。
そっと聞こうとする。

問い詰められてる男は……なんか、優男?
あきれた様に、侮蔑するように。


「オレは、今、なんか、プロデューサーやることになった。なるとは思わなかったけど……だから、オレは……」


頭をかきながら、その女の人を見つめて。


「あの子だから、着させたいと思ったんだ。オレが作った服を。着させる人を選べるんだから……お前は、選ぶ気がしなかった」
「なっ!? あんな子のどこがいいんですか!」

はあ、と男の人が言って。


「なら、言ってやるよ。 オレは、あの子を、藤原肇を選んだのは――――」




その言葉は、私にとって、かけがえのない言葉になって。




だから、私は、アイドルとして、がんばっていける。




そう思える、言葉でした












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


420 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:24:57 jibuVqY20








ずぶずぶとまるで沼に沈むように、落ちていく心。
沈んだら二度と戻ってこれない深い闇に。
降り積もる深い哀しみの中で、一つだけ残っていた輝きの欠片。
とてもとても懐かしい、でも、忘れてはいけない大切な想い出。
何かも壊れて、粉々になって、それでも、心の中に仕舞い込んでいたモノ。
始まりの記憶に、自然と追憶をしていて。
その事を思い出した瞬間に、私ははっとする。
泣き続けた先に見えたちっぽけな光。
まるで、それでは救いのように見えて。
私は、思わず顔を上げる。

「ああ……」

私にも、無くしたくないモノはあったのだ。
ソレは『はじめ』の姿。
私がなりたかった姿。
アイドルになりたくて、願って。
そして、私を見出してくれた人。

誰も彼もいなくなって、独りだと思っていた。
でも、思い出してみれば、きっと独りではないのだろう。
いつでも頼れる人は、今も私を信じているのかもしれない。
あの人が見出してくれた、藤原肇というアイドルを。

けれど、私はもう、あの頃の私ではきっと、戻れない。
『はじめ』の姿には、きっともう。
だって、余りにも、もう私そのものは様変わりしてしまった。

仁奈ちゃんが死なせて、私は一度壊れて、もうどうにもならないくらいに壊れて。
そして、孤独を選んで、どうにもならないくらいの孤独を。
もしかしたらきっとそれは違ったのかもしれないけれど。
心すら、失おうとしていた、あの時からきっと。
どうにもならないくらいに、『はじめ』の姿は、見えなくなっていった。

そうだ、誰かにアイドルで居てほしい。
その為には、自分の姿なんてどうでもよかった。
孤独になろうと、みんなの願いがかなえばきっと。
きっと……そう、願って。

藤原肇は、一度壊れて。


421 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:25:28 jibuVqY20


そして、またその粉々になった欠片から、もう一度土を練り直して、器を作ろうとしたんだと思う。
孤独になれなかったから。
傍に居続けようとしてくれた人がいたから。
哀しみの中でも、輝きを失わないように、あった星が。

だから、私は壊れても、作り直そうって、大きな大きな、器を。

そして、一見出来上がったのは、絶望に耐えようとした、言ってしまえば冷たい器だった。
何ものにも、壊されないように。
何ものにも、傷つけられないように。
必要以上に冷たくなって、熱くならないように。
誰かに守ろうとして、頑丈に強く、強くと。

それは、私であって、一方で私でなかった気がする。

自分の役割というのものはなんだと考え。
そして、辿りついてしまった一つの思い。

仁奈ちゃんを殺したと思い込んだ私はもう一つの私の在るべき姿だと。
絶望に耐え切れない、『はじめ』の姿から剥離した私が。
それが正しいモノだと解らない。
希望と絶望の地土がない交ぜなった器。

それは、余りにも自分の心を見せることを拒み、
星の器に憧れ続けて、
冷徹なまでに、冷たいままで。
自分すら、遠くから見て。
他人の器にあこがれていた。


そんな、先ほどまでの、藤原肇の姿。



けれど、その器は、余りにもあっけなく、壊された。

圧倒的な暴力に、殺意という現実に。
仲間をみんな失って。
今はもう、ただ感情を心を抑えることが、出来ない。


凛さんがいった。


ちゃんとしっかり、泣いておいた方がいい。

それは、正しくて。
私は正しく、泣けていなかった。
きっと、今の今まで。


私を優しいと言った紗枝さん。
今はそれがどういう意味だったのすら、解らない。

小さいけど、立派に生きていた麗奈ちゃん、小春ちゃん。
もう、二度と鳴くこともない二人。

二人で支えあい、いきていこうとした涼さん、小梅ちゃん。
その願いすら、あっけなく崩れて。

皆を引っ張っていこうとした拓海さん。
きっともう……まだ、色々聞きたかった。


余りに一度に失って、感情の波が今更どっと押し寄せるようで。
その波は、私が作ろうとした器をまた粉々壊して、どうしようもないくらいに欠片になって。
きっと、もう元に戻らないだろう。
だって、私が、あの時、どうしていたのか、どういう思いで居たのがわからない。

まるで、哀しみという波にすべて、すべて押し流されたように。
客観的にそうだと見ても、それが主観に置き換えられない。

そう、またしても、藤原肇の器は壊されて。


422 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:26:01 jibuVqY20



じゃあ、今の私は何なのだろう?

答えは、出なかった。
きっと、まっさらな自分。
でも、それは自分でない自分がきっと居る。
ただ、解っているのは、


『はじめ』の姿ではない。


ああ。

あの時、私が憧れ、私がなりたかった、姿、器。
あの時、プロデューサーが見出し、育てようとした姿、器。

それを、少しずつ思い出して、そして、もう、戻れない。
この島で、壊されて、そして二度作り直して、また壊されて。
今は、感情に翻弄するまま、それでも『はじめ』の光を見て、私はそれに手を伸ばそうとしている。
もう二度と届かない、というのに。

プロデューサーは、こんな私を見て。
どう思うのだろうか?
怖くて、考えたくはない。
少なくとも、あの時見出した私ではないのだから。

美波さんを失い、周子さんを失い、私は独りだと思っていた。
けれど、それは違ったんです。
いつまでも、見てくれてる人が居た事を忘れていた。
いや、考えたくなかった。

あの人が望んだ『はじめ』の姿は、もうないから。


アイドル、藤原肇の、『はじめ』の姿。


きっと、もう……。


虚空に、私は手を伸ばす。



そういえば、あの時、彼が言った言葉があったような。


予想外に、あの人に選ばれて嬉しかった。
でも、私にもなんで?という気持ちがあって。
そういう時、ちょうど立ち聞きしてしまったのだ。

本命の人が、彼に抗議をして、理由を聞いていたところを。


あの時、あの人は、なんて、言ったのだっけ。


それは、きっと、とても、私の心に、響く言葉で。


だから、私は『はじめ』の姿になれた。



そう、その言葉は――――――


423 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:26:31 jibuVqY20





「肇ちゃん」




思い出そうとして、不意に声をかけられる。
後ろを振り向くと、憔悴しているきらりさん。
いつもの姿とはかけ離れて、大きいはずのきらりさんが小さく見えて。



「きらり、杏ちゃんにあいたい。あいに、いこ?」


そう、小さくつぶやいて。
私は、なんだかそのきらりさんが怖くなって、頷く。


「え、ええ」
「うん」
「……あては、あるのですか?」

彼女は泣いていたはずなのに、笑う。
その笑顔は、何処か空っぽで。
怖くなって、先を聞く。
聞いてはいけなかったのに。


「『キャンプ場』」
「え?」
「其処に、『杏ちゃん』がいるよ、いるんだよ」


まさか。
まさか、まさか。



「あの時『別れた』時から、ずっと、首を長くして、待ってるんだにぃ」



きらりさんの瞳は暗く。



今、私は、私よりも、誰よりも、この人が、傷ついたことを知って。




そして、何処か壊れたことを、知ってしまった。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


424 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:27:50 jibuVqY20






笑っていようと思った。
めそめそなんてしていたくないから。
笑顔で、いれば、はぴはぴになれるって。
哀しくない、哀しくないって。
めそめそしてたら、皆、はぴはぴにならないって。


だって、きらりは皆をはぴはぴにするアイドルなんだから。


自分の哀しみもはぴぱぴに。
哀しい人もはぴはぴに変えるんだ。




それが、アイドル、きらりだもの。



皆、はぴはぴに。



そう、み………………ん………………な?



あれ、あれ?
あれあれ?


きらりがはぴはぴにしたい人達は、Pちゃん、杏ちゃん、肇ちゃん、みんな。


ううん……

拓海ちゃん、
紗枝ちゃん、
麗奈ちゃん、
小春ちゃん、
涼ちゃん、
小梅ちゃん、
日菜子ちゃん、
泰葉ちゃん、
仁奈ちゃん、


みんな、だった。


425 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:28:30 jibuVqY20




あれ、なのに、みんな、みんな、もう、いない。


きらりの、傍にいない。


哀しい思いをした人達は、一人一人、皆、



いなくなった。



みんな、いなくなる。



はぴはぴにしたいのに、
はぴはぴになりたいのに、


いやだ、いやだ、



――――お願い、きらりを『独り』にしないで!


独りはいやだよ。
きらりは、みんなとはぴはぴになりたいんだよ。


みんなとはぴはぴにならないと意味が無いんだよ。


自分ひとりがはぴはぴに、なっても、おすそ分けできる人がいなきゃ、いやだよ。


きらりは、『アイドル』きらりは、そうだから。



ねぇ、こわい。
こわいこわいよ。


独りはいや。



哀しいよ。
苦しいよ。
辛いよ。


なんで、なんで、ひとり、になって、いくの?


きらりが悪い子だから?
きらりが大きい子だから?
きらりが特別だから?
きらりが馬鹿だから?



だから、独りになっていくの?



いや、独りは、いや。



皆とはぴはぴになりたい、なりたいよ。



なのに、どんどん、皆いなくなっていく。


426 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:28:58 jibuVqY20



あぁ。
あぁ、あぁ。




Pちゃん……ごめん、なさい……。



のりこえ、られ、な、い。





もう、だめ、だよ。








最初は瞳から、ぽた、ぽた。


雫は、筋に。


やがて、とまらなく、なって。





きらりは、ないて、しまいました。


427 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:29:47 jibuVqY20



なかないで、はぴはぴにするはずだったのに。






こんなきらりには、誰も、傍にいてくれない。
Pちゃんも、きっと、怒る。


そんなの、見たくない。


肇ちゃんだって、きっと、いなくなってしまう。



きらりの、せいで。



みんな、みんな、いなくなってしまう。
いやだ、そんなの、いやだ。


独りは嫌だよ、怖いよ。



いや。




――



――――――




――――――――………………あいたい。




独りに、本当になってしまう前に。



杏ちゃん。


杏ちゃん。



杏ちゃん、どこ?


杏ちゃん、きらりの傍にいてよ。
きらりをはぴはぴにしてよ。

きらりだけが特別じゃないんだって、いってよ。


杏ちゃんときらりがいれば、はぴはぴなんだって。


特別のように、みえて、そうじゃないって。


428 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:30:44 jibuVqY20



ねえ、杏ちゃん。



お願い、もう、いやなの、こんなのいやなの。



どこにいる?




……キャンプ場だ。



だって、あそこに、あそこで、『あった』



哀しみなんて、いや。
はぴはぴで、居たい。



だから、杏ちゃん、独りにしないで。




きらり、もう、だめ。



だから、きらり、あいに、いくね。



うん。



きっと、それがいい。



きっと、もう、それしかないんだよ。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


429 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:32:37 jibuVqY20









「だから、いこ?」


私は絶句し、きらりさんを見て。
いつの間にか泣き止んでいて。
でも、その瞳はどこまでも泣いていて。


きらりさんに、引っ張られるまま、私は釣られて歩き出す。
かのじょは、もう何も見えてないのだろうか。
此処で亡くなってしまった人たちのことも。
忘れて、壊れてしまったのだろうか。

キャンプ場にいるのは、杏さんではない。
杏さんの、人形だ。
きらりさん自身の手で、作った、人形。
それを本物だと思って……彼女は…………

「きらりさん……!」
「…………?」
「……いえ、ごめんなさい。解りました、行きましょう」
「うん」


とめようとして。
私はこれ以上、言葉をつむぐことができなくなった。
そして、一緒に歩き出してしまう。

これが絶対間違いだって事もわかる。

でも、今、きらりさんをとめれば、もう完全壊れてしまう。


彼女の心が、どうにもならないくらいに、ばらばらになってしまうことを。


誰が、とめることが、できるのでしょうか。


徹底的に間違いだとしても。
彼女のことを。
私は否定できなかった。
彼女に救われた人間として。


そして、私は、今、彼女を、失いたくなかった。


だから、私は、彼女の手に導かれて、歩き出す。


430 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:32:59 jibuVqY20




きらりさんに導かれながら、プロデューサーさんにあの時、言った言葉を思い出そうとして。
私は、また、『はじめ』の姿を思い出す。
あの時、望まれた姿、望んだ姿。


私はそれ思い、私自身を嘲笑う。
戻れる姿ではないのだ。
こんな、私ではきっと。
誰も、癒せず、誰も救えず。
回帰しようとしても、きっと。


私はどこにいって、どこに戻るのだろう。


私に、帰る場所なんて、あるのだろうか。


小さく輝いた時すら、見えなくて。



私は手を伸ばして。



でも、きっとそれは、どこに、届く、手なのだろう?



あのころと違う私が伸ばした、手は、どこに、届くのだろうか?









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


431 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:33:18 jibuVqY20










――――金継ぎという技術がある。






それは、割れた陶器を、割れた破片を接着して、金で接いで、復元するという技術だ。
金で繋がれた器から、見える景色は、まったく壊れてない器よりも、勝らぬとも劣らない美しさがある。


また、割れた破片が失われた場合。



――――異なる破片を、新たにあてはめて、継ぐという。




それも、また、とても、美しい景色が、見えるのだ。


432 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:39:51 jibuVqY20

【b-4 商店/二日目 早朝】

【藤原肇】
【装備:】
【所持品:基本支給品一式×1、アルバム、折り畳み傘
     拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)、基本支給品一式×2
     USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、吸収シーツ×5枚、車のキー
     不明支給品(小梅)x0-1、不明支給品(涼)x0-1 】
【状態:疲労、無力感】
【思考・行動】
 基本方針:???????
 0:きらりさんについていく。
 1:『はじめ』の私は……

【諸星きらり】
【装備:かわうぃー傘】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品×1、キシロカインゼリー30ml×10本】
【状態:?】
【思考・行動】
 基本方針:■■■■■■■■■■■■■■■■
 0:■■■■■■■■■■■■■■■■


433 : 継/繕 ◆yX/9K6uV4E :2015/09/22(火) 23:40:43 jibuVqY20
投下終了しました。
このたびは大変お待たせして申し訳ありませんでした。


434 : 名無しさん :2015/09/22(火) 23:44:00 bf0kiLr60
投下乙です
一度壊れたものは直したところで元通りでなく
新たな輝きを得たとしても、その輝きは果たして真なる輝きか、歪んでるからゆえの光の屈折か
肇ちゃんは自分が壊れてしまっているのを自覚してしまっているのが幸でもあり不幸でもあるよな
きらりの独りと杏の独り。独りと独りが二人になる時はまた来るのだろうか


435 : 名無しさん :2015/09/22(火) 23:58:07 K4zu0xwE0
久しぶりの更新乙です。このペースなら来年には最終決戦までいけるかな(希望的観測)


436 : 名無しさん :2015/09/23(水) 00:31:40 YS84KkEE0
投下乙です。
ここまで健気にも強くあり続けた二人でも、
あの惨劇の中生き残ってしまえばその心は……
大の大人が発狂してもおかしくない惨状で、
今まで折れなかった娘達がこうして壊れてしまう様は、
より一層の絶望を感じます。
生半可な希望では最早どうにもならないであろうきらりと、
壊れながらにしてその自覚を持った肇の二人が、
最終的にどんな結末を迎えるのか。
楽しみ、では語弊がありますが、とても気になります。
素晴らしい暗さに満ち溢れたお話でした。
面白かったです。


437 : 名無しさん :2015/09/23(水) 13:05:13 5Dl.qE2k0
投下乙です

久々の投下キター


438 : ◆John.ZZqWo :2015/09/24(木) 14:20:34 .pKAtWNs0
投下乙です。
同じ絶望の中、これまで導くほうだったきらりの輝きに翳りが。そして、肇ちゃんにはなにか再起の光明?
これからどうなるんだー?というのは我々次第ですけど、色んな意味で再起動ですかね。

生存報告も兼ねて私からも予約を。
ただ、現在少々立て込んでいるので、期限は若干容赦いただけたらと思います。
ということで、

渋谷凛 を予約します。


439 : ◆John.ZZqWo :2015/10/10(土) 15:16:37 TB7k7AGE0
お待たせしました。投下します。


440 : 彼女たちのせいでしかないあの夏のフォーティワン  ◆John.ZZqWo :2015/10/10(土) 15:17:42 TB7k7AGE0


朝日に白くぼけた道の上を渋谷凛は自身の長い影を追いながら歩いていた。
その足取りは重い。
まるで靴の中に気だるさが溜まり形を持ってしまったのかと、そんなことを思うほどに足は重かった。



なにかを考えなくてはいけないと思う。なにかを。
例えば、島村卯月の行方。
ここまで来て、まだ見かけたという話すらひとつもない彼女。一体、どこに姿を消してしまったんだろう?

大石泉に連絡をお願いされた病院に陣取っていたはずのアイドルたち。
記憶を辿れば、そう。
向井拓海と小早川紗枝。それと――、それと――…………。それ、?

足が重い。足が痛い。

目の前の坂道を見上げる。来る時にこんな坂道はあっただろうか?
いいや、あった。
来る時は下り坂だったから気にならなかっただけ。来る時は、じ――……?

そう、だ。
いつの間に自転車を降りて歩いているのだろう?
いつから自転車に乗らず歩いているのだろう?
自転車はどこにあるのだろう?

諸星きらりから譲ってもらった自転車。彼女は、自転車は今どこに?

記憶を手繰る。
それがひどく億劫なのはどうしてだろう。それをしてはいけないと思うのはどうしてなんだろう?

“自転車は病院にあるよ”

そうか。忘れてきたんだ。病院の前に止めて、そして――そのまま、置いたまま出てきてしまったんだ。

“取りに戻らなくちゃいけないんじゃないかな”

そう。あれがないと困る。この島は広い。歩いてたらどれだけ時間があっても足りない。

“だから病院に戻ろうよ”

うん、病院に戻るよ。忘れ物を取りに帰るよ。


振り返る。


病院は目の前にあった。私は一歩もそこから進んではいなかった。





.


441 : 彼女たちのせいでしかないあの夏のフォーティワン  ◆John.ZZqWo :2015/10/10(土) 15:18:29 TB7k7AGE0
 @


「ふぇわあぁあぁあああ……っ!?」

なに、この声?






「…………は、…………っ? …………私」

ここは、“どこ”?

わからない。混乱する。急に時間が飛んだような。記憶が飛んだような。まったく別の世界に連れ去られたような。
怖い。わからないのは怖い。多分、それは、もしなにかがおかしくなったのだとしたら、それは私以外にありえないから。
ついに気が狂った……とは、でも、まだ思いたくない。

冷静に。冷静に、周りを、観察しよう。大丈夫。殺し合いが始まった時でもできたんだから。
ここはどこ? 明るい部屋。広い。テーブルがいくつも並んで、壁にはメニュー、新しいハンバーガーの宣伝ポスター。
そう、ここはただのハンバーガショップ。なにも怖くないところ。

「…………あ」

手の中に食べかけのハンバーガー。まだ少しだけあたたかくて。
トレーの上にはぱさぱさのフライドポテト。そして、手付かずの“アップルパイ”。

「そか……」

なんのことはなかった。
ここは通り道に見つけたハンバーガーショップ。なにか食べようと中に入り、見よう見まねでハンバーガーを用意して。
食べている途中にうとうととして、多分、“落ちた”。
時計を見れば「5時45分」。この店に入ったのが確か20分くらいだったはずだから、意識を失ったのは一瞬だ。

「はぁ……」

大きな溜息を。そしてたくさん氷を入れてキンキンにしたコーラを飲む。
食べかけのハンバーガーはトレイの上に。もう食べたいとは思わなかった。それよりも気持ち悪かった。
フライドポテトももう食べたくない。アップルパイも、多分一生食べられない。

「…………最悪」

なにが最悪? 多分、なにもかもが最悪。こうやって最悪だって思う心が一番最悪。

“だから病院に戻ろうよ”

あれは自分の声だった。渋谷凛の声。私の声。本当の声。私の本音。本当の私がしたいこと。



“私”は言った。「奈緒のところに戻ろうよ」――と。

奈緒は死んでいない。けど、別れるということは奈緒を殺すということ。どうしてそんな選択をしなくちゃいけないの?
戻ればいい。奈緒の手を引いてあの病院から連れ出せばいい。そうして奈緒といっしょに行けばいい。


.


442 : 彼女たちのせいでしかないあの夏のフォーティワン  ◆John.ZZqWo :2015/10/10(土) 15:18:56 TB7k7AGE0



  私 は 奈 緒 を 助 け て も い い 。



みんなで帰るって言ったよね。だったら、どうして? なんでなにかひとつだけしか選んじゃいけないの?
奈緒を連れ戻しに病院に戻ろう。加奈ちゃんの遺体だって、ちゃんと埋葬してあげよう。
岡崎さんや喜多さんだって今から戻ればできることがあるはず。未央だってあのままじゃかわいそうすぎる。

今から全部できることをしにいこう。これ以上、後悔しないように。これ以上、悲しくならないように。


そう、“私”は言っていた。





.


443 : 彼女たちのせいでしかないあの夏のフォーティワン  ◆John.ZZqWo :2015/10/10(土) 15:19:23 TB7k7AGE0
 @


自転車のサドルを撫でる。きらりから預かった自転車は“記憶どおり”に店の前に立てかけてあった。
放送までは間もなく。
座って待っていてもよかったかもしれない。けど、座っているとそれだけで不安になって、だから立っていることにした。

「…………」

“私”は言った。戻ろうと。後悔をしないためにできるだけのことをして、それから進もうと。
それは私の本心だ。私はきっと後悔する。後悔なんて言葉じゃきっと全然足りないくらいに後悔する。
時計の針が6時に近づく。きっと、“名前”が呼ばれる。その時、気が狂うかもしれない。発狂するかもしれない。

それくらいに私は臆病な人間だ。今頃になって、この島に来て、追い詰められて、だんだんそれがわかってきた。

もう一人の“私”が頭の中で言う。戻っちゃいけない。後ろを振り返っちゃいけないと。
それが私の本心だ。もし一歩でも後ろに下がれば、一回でも足を止めれば、私は酷く後悔するに違いない。
多分、死ぬと思う。比喩でなく、その時死ぬと思う。もし、“名前”が呼ばれたら私はここで死ぬだろう。

卯月は言ったよね。諦めないのが私のいいところだって。

違うよ。私はあの時、初めて卯月と出会って、未央と3人でアイドル候補生になる追試を受けた時。
怖くて怖くてしかたなかったんだ。
一瞬浴びた光が消え失せ、ただの自分に戻ること。
なにもなかった、手違いだったと親や友達になんてない顔をして報告しなくちゃいけないこと。
自分の見た未来(ゆめ)が嘘だったんだって、それを認めちゃうことが怖かった。

諦められなかっただけなんだ。ただ、諦めるほうが怖かったって、それだけだったんだ。

あの時、卯月に助けられなかったら、渋谷凛という存在は壊れていた。
きっとただのなんでもないひとりに人間になって、もう二度と渋谷凛には戻らなかったに違いない。
そしてそれは今も変わらない――。

“私”は島村卯月を失いたくない。それは、私の世界の否定だから。

だから、私は卯月以外の全部を諦めることができる。どれだけ残酷で、どれだけ後悔しようとも。
卯月と手を取って、もう一度彼女に「笑顔、笑顔」って言ってもらえればまたそこから歩き出せるんだ。
どんな後悔があっても、どんな心残りがあっても、それもいっしょに、卯月とならステージの上に持って行ける。

そう信じてる。そう信じたい。だから、きっと、これはただ最初からそうだったってだけの話で、だから――

「私はニュージェネレーションを諦めない」

そう言ってきたんだ。





.


444 : 彼女たちのせいでしかないあの夏のフォーティワン  ◆John.ZZqWo :2015/10/10(土) 15:19:52 TB7k7AGE0
 @


お店の壁掛け時計を見て、情報端末の時計を見て、どちらも何度も見比べて、それでなにが変わるわけでもないのに。

後10分足らず、なにもできない時間がもどかしくて私はこの後のことを考える。
しなくちゃいけないことは決まっている。
卯月を見つけ、病院にいたはずの人らを見つけ、警察署に戻り、みんなで帰る。

けど、卯月は本当にどこにいるのだろう? まだ山の周りにいるんだろうか。それともどこかで入れ違いになったのか。
誰も卯月の姿を見た人はいないという。だったら、卯月は山頂でひとりぼっちで私を待っているのかもしれない。

「キャンプ場……遊園地……」

山の傍にあって立ち寄ってないのはそのふたつだけ。
キャンプ場はいまいちぴんとこない。
遊園地は動物園でもあるらしいけど、卯月がそこに隠れてるというのはなんだか想像するとありえる気もしてきた。



「向井拓海と小早川紗枝、それと、白坂小梅と松永涼……」

そして、それが病院にいたはずの人間の名前。きらりから託された名前。でも……、私はすでに“見ている”。
加蓮と奈緒に出会ったあの場所。和久井さんと対決したあの場所にあった二人の死体。
あれは松永涼と白坂小梅に見えた。
車椅子の死体には片足がなかったし、黒こげの死体は子供みたいに小さかった。だから間違いないと思う。

残りの二人も死んでいるような気がする。奈緒は名前を出さなかったけど、病院の中でもっと殺しているという風だった。
もしそうなら、それはもうすぐに判明することだけど……少し楽になるかな、なんて。

「ほんと、最低……」

でも、それなら卯月だけを探せる。
もう奈緒と加蓮とも別れてしまったんだ。他のめんどうなことは全部見捨ててもいい。
卯月だけでいいんだ。最初っからそうだったんだから。
この島から抜け出すなんてこともなんだか些細なことに思える。卯月と私、二人だけなら簡単になんとかなるんじゃないかな?

「そんなわけ、ない……」

ああ、もう本当に気が狂いそう。これって寝不足のせい?

“私”はもうどこかで死んでもいいって思い始めてる。生き残ることが正しいのかわかんなくなってる。
“私”は今にも奈緒が病院からここへと駆けつけて、やっぱりいっしょに行くと言ってくれるかもと期待している。
“私”は卯月のためなら誰かを殺してもいいって思ってる。奈緒や加蓮もそうしたんだから。
“私”はもうなにもかも投げ打って、ずっとここで泣いて、疲れたら寝て、助けてくれる人を待ち続けたいと思ってる。
“私”は目の前の自転車を持ち上げてウィンドウにぶつけて粉々したくてたまらなくなってる。

渋谷凛は、奈緒と加蓮の遺志を、これまでの全部を無駄にしようないよう前に進み続けなくちゃいけないんだって思ってる。






時計の針が上ってゆく。カチコチと。何の容赦もなく私を追い立てる。






お願い。卯月。私をもう一度助けて。






【B-4/ファーストフード店/二日目 早朝(放送直前)】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:疲労、軽度の打ち身】
【思考・行動】
 基本方針:『アイドル』であり続ける。/ニュージェネレーションを諦めない。
 1:卯月を探す。/卯月を探す。
 2:警察署へ戻る。/卯月を連れて戻る。
 3:渋谷凛として前へ進む。/お願い、卯月。もう一度手を握って。
 4:みんなで帰る。 /卯月といっしょにステージに立つんだ。


445 : ◆John.ZZqWo :2015/10/10(土) 15:20:19 TB7k7AGE0
以上、投下終了です。


446 : 名無しさん :2015/10/10(土) 15:22:48 LMY57WLY0
投下乙です。
うわーい。うわーい。うわーい。
やばいよ、しぶりんもやばいよ
ダメージ受けまくってるよ……そりゃ当然だよな……
二律背反しちまってって極限状態やん……


447 : 名無しさん :2015/10/10(土) 19:59:18 usPPiWgQ0
投下乙です
「しぶりんはしまむーを助ける王子様なんだろうな」と自分が今まで自然に考えていたことに気付いて愕然としました
んなわけねえだろ彼女だってズタボロになったお姫様だぞバチーン!って思いっきりぶん殴られた気分……そうだよな、しぶりんだって辛いよな……


448 : 名無しさん :2015/10/10(土) 20:04:20 UCoRJcUw0
投下乙です

>“私”は目の前の自転車を持ち上げてウィンドウにぶつけて粉々したくてたまらなくなってる。

この一文の破壊力が大きくて心が痛かった


449 : 名無しさん :2015/10/12(月) 12:27:23 FsOgk48c0
投下乙です

うおお・・・
これはまたすげえ


450 : ◆John.ZZqWo :2015/11/17(火) 01:35:10 1/S2V7XA0
三村かな子 予約します。


451 : ◆yX/9K6uV4E :2015/11/20(金) 22:37:39 SEMMPjxU0
投下乙ですー!
しぶりん想像以上に追い込まれて……
どうにもならないところまで着て……卯月と会うのかあ。
よりによって、あの卯月に……w

此方若林智香で予約します。


452 : ◆yX/9K6uV4E :2015/11/27(金) 17:41:48 Qmh0femA0
延長します


453 : ◆John.ZZqWo :2015/11/27(金) 23:54:25 nhb0gJhU0
三村かな子、投下します。


454 : 彼女たちが導き出す答えはいつだってフォーティトゥー  ◆John.ZZqWo :2015/11/27(金) 23:55:27 nhb0gJhU0

暗がりの中で短く銃声が鳴り響き、走り去る足音がひとつと、それを追う足音がひとつ。
どれも遠く去り、そしてそれが気のせいだったのかもと思う頃になって、“彼女”はようやく物影から姿を現した。
ゆっくりと、影から影がにじみ出るように、物音ひとつすら立てず静かに。

三村かな子。

未だに焼け焦げた臭いの充満する町役場。
その廊下の突き当たり、半ば倉庫として使われていると見られる会議室。
なんの因果に導かれてか緒方智絵里と姫川友紀とが主張をぶつけ合い鉄火を散らしたここに彼女はいた。
ずっと、潜んでいた。そして、見て――聞いていた。ふたりの、『悪役』たちの主張を。


 @


「……………………」

もう誰もいないここではやはり三村かな子は無言で、そして僅かに伺えるその表情は緊張に強張っていた。
先の放送の後、彼女が行くあてもなくこの部屋で休息、あるいは停滞を続けていた時、
不意に聞こえてきた足音に彼女はその身を物影の中へと隠した。
そして現れた緒方智絵里、そしてまた現れた姫川友紀。この二人を三村かな子は襲いは、殺しはしなかった。

それは、こんな狭い部屋の中で、しかも三つ巴の殺し合いを始めればとても無事で済まなかっただろうということもあるが、
なによりもなのが、“声”を聞いてしまったことが大きい。
他のアイドルたちの生の声、肉声――いつも挨拶を交わし、相談や冗談を語らう彼女たちの自分の知っている声。
今まで聞かないようにと努めていたそれを聞いた時、物影に隠れていた三村かな子は『悪役』ではなくなっていた。

恐怖に怯え、握った拳を震わせていることしかできなかった。

今は、二人が去り彼女の心は落ち着きを取り戻そうとしている。再び、『悪役』の仮面が顔を覆おうとしている。
それは強い決意だ。
『悪役』を完遂するという決意。他の誰にもない、三村かな子だけに課せられた彼女だけが持つ決意。
どれだけ揺さぶられても、足を掬われても失わない。彼女が彼女自身の為に抱える想い。

「……ふぅ」

意識して大きく溜息を吐く。
三村かな子は意識を切り替える。“疑問”へと。

緒方智絵里と姫川友紀、二人のアイドルによって交わされた対話。
遂には目の当たりにしてしまった殺し合いに参加させられているアイドル同士の衝突。
彼女たち二人の間で交わされた言葉と、そこから窺い知れるこれまでの経緯と意志、そこに大きな“疑問”があった。
とても、三村かな子という立場からすれば見逃すことのできない疑問が。

.


455 : 彼女たちが導き出す答えはいつだってフォーティトゥー  ◆John.ZZqWo :2015/11/27(金) 23:55:57 nhb0gJhU0

緒方智絵里は自身のことを『悪役』と言った、姫川友紀もあわせて『悪役』という言葉を口にした。
『悪役』――それは三村かな子のみに与えられた言葉だ。
なぜなら、“59人のアイドルを敵に回す悪役”こそが、千川ちひろが三村かな子に与えた“役割”なのだから。

けど、これはさしたる疑問ではない。三村かな子もそれほど不思議には思わない。
このアイドル同士で殺しあうという企画。その殺しあう側に回った人間。それをどう呼ぶか、その言葉は多分多くはない。
そういった人間を指して『悪役』と呼ぶのは不自然じゃない。
特にあの可愛らしい緒方智絵里であればそんな風に言うのは自然な気がする。
姫川友紀がそう口にしたのも緒方智絵里にあわせただけだと、そう解釈してなんの問題もないように思える。

緒方智絵里。
物静かな少女。いつも気弱そうな表情を浮かべ、ひとり、目立たないところにいることが多い少女。
お菓子を食べるのに誘っても、いつもソファの端で遠慮がちにクッキーをかじっているだけ。
それが、三村かな子の彼女に対する印象で、
そして彼女が今回はストロベリーボムを持つ5人の内の一人であることを三村かな子は知っている。

最初に仕留めた大槻唯と同じく、千川ちひろに唆されたこのゲームの中に置かれた“爆弾”。

彼女が自身のことを『悪役』だと称したのはまさしくそのことだろう。
ただ、三村かな子は少し意外に思う。例えそそのかされたにしても、彼女が少しでも『悪役』として働いたことが。
虫も殺せなさそうな、ひどくか弱い子にしか見えなかったのに。
いや、あるいは――
弱いからだろうか。弱いから、プロデューサーさんを助けようとした。唆されるままに殺し合いに乗ることで。

自分と同じように。

そして、弱いからこそ今更になって『悪役』は続けられないと言い出したのだろうか。救いをどこかに求めるように。

ともすれば、自分がそうなりそうだから、それは理解できる。
悲しむべきは、僅かな幸運なのか、あるいは最悪の不運なのか、三村かな子にはそれが不可能だとわかっていることだ。
この企画は千川ちひろ一人で行っているものではない。大勢のスタッフが関わっている。
少なくとも、三村かな子は一週間前からこの島にいるし、それより何ヶ月も前からこの島のことを聞いていた。
とてもアイドルに、一人の少女の力では解決できないような大きな力がこの企画の裏にはある。

「…………みんな」

誰も知らないのだ。自分達がどれだけ大きな掌の上にいるのか、プロデューサーさんがどんな目にあっているのか。
だから、まだ“自分のことなんか考えていられる”んだ。

緒方智絵里のことを三村かな子は可哀想だと思う。これまでよりも、何倍も可哀想な子だと思う。
彼女は千川ちひろが喜ぶように動いている。
あの、殺し合いが始まる前に自分を前でこの企画のことを嬉々として語っていた千川ちひろを三村かな子は思い出してしまう。

緒方智絵里は可哀想。……だが、彼女に対して“疑問”はない。

.


456 : 彼女たちが導き出す答えはいつだってフォーティトゥー  ◆John.ZZqWo :2015/11/27(金) 23:57:04 nhb0gJhU0

“疑問”が思い浮かんだのは姫川友紀。
あの事務所の中でも、いや、アイドルという世界の中でもトップと言って過言ではないFLOWER’Sの一員。
三村かな子からすれば未だに雲の上で、言葉もろくに……いや、事務所で見かけることがまずない。そんなアイドル。
なので、知っているのは彼女たちが4人組のグループで、
そして今もまだ全員がこの島で生き残っていることしか三村かな子は知らない。

姫川友紀は不可解なことを言った。

『悪役』になると、『悪役』になったと言った。
この殺し合いに勝ち残って自分のプロデューサーを救うんだ……というわけではなく、同じグループの仲間を救うと。
確かに、三村かな子は彼女の言葉からそんなニュアンスを感じ取った。

これはおかしい。そのおかしさのあまりに、その時は身体の震えが収まったほどだった。

『悪役』になれば、いや、『悪役』を自称しなくともこの殺し合いを最後まで生き残ればプロデューサーさんの命は救える。
そう、三村かな子は知らされているし、それは他の全員のアイドルも変わらないはずだ。
つまり、生き残るには同じユニットの仲間であろうとも殺さなくてはいけない。

矛盾がある。これは姫川友紀の勘違いだろうか? 三村かな子は違うと思う。

彼女の口ぶりからすると『悪役』になってから間もないと、そんな風に感じる。ついさっき、決意したとそんな風に。
ついさっき、“なにかをきっかけ”に『悪役』になることを決意したと、そんな印象を確かに受けた。
誰かが彼女にそう言ったのだ。『悪役』になれば仲間も合わせて救うと。

誰だろう。そんなことを姫川友紀に言ったのは?






「………………」

考えるまでもない。それを、アイドルに入れ知恵をできる人間は千川ちひろの他にはいない。

三村かな子の手が再び微かに震えだす。身体を揺さぶっているのは恐怖という感覚だった。

どうして千川ちひろが姫川友紀に声をかけたのか。それは簡単に言えば、企画に対するテコ入れだろう。
殺し合いが進まなくなってきたから『悪役』を増やす。
グループが全員生き残ってるFLOWER’Sは、声をかけるには適任だったのかもしれない。
遠因は、千川ちひろが優勝候補と言っていた水本ゆかりの死にあるのかもしれないし、他の理由かもしれない。

しかし、それ自体はどうでもいい。例え相手が殺しあうつもりでもそうでなくとも三村かな子は相手を殺すだけだ。
ただ、恐れることがあるとすれば、千川ちひろの中で自分が『悪役』として不要になることがあるかもしれないことだけだ。

「………………」

情報端末を取り出し、電源を入れる。相変わらず映るのは白い画面だけで、今はなんの指令もない。
指令がないのは普通だ。元々、よほどのことでない限り指令は送らないと言われている。
けれど、

三村かな子は荷物を背負いなおすと、ライフルを両手で保持し、部屋を慎重な足取りで抜け出した。

.


457 : 彼女たちが導き出す答えはいつだってフォーティトゥー  ◆John.ZZqWo :2015/11/27(金) 23:57:29 nhb0gJhU0

 @


夜だった街中は静かに明けようとしている。
陽の明るさは、まるで隠しているものを暴いていくようで、不安といらつきを覚える。


殺そう。


彼女は誰かを殺そうと思っていた。


誰でもいいから殺そうと思っていた。


殺すことだけが彼女の存在意義で、ひとつだけ与えられた救いの道なのだから。


誰でもなく、自分が殺すのだ。


他の誰でもなく。


『悪役』が、


殺す。






【G-4・街中/二日目 早朝】

【三村かな子】
【装備:カットラス、US M16A2(30/30)、カーアームズK9(7/7)、レインコート】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
       M16A2の予備マガジンx3、カーアームズK7の予備マガジンx2
       ストロベリー・ボムx2、医療品セット、エナジードリンクx4本、金庫の鍵】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。
 1:他のアイドルを探し出し殺す。
 2:大石泉らがこの近辺にまだいるはずなので、この近くや施設を捜索する?

 ※【ストロベリー・ボムx8、コルトSAA“ピースメーカー“(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)】
   以上の支給品は温泉旅館の金庫の中に仕舞われています。

.


458 : ◆John.ZZqWo :2015/11/27(金) 23:57:46 nhb0gJhU0
以上、投下終了です。


459 : 名無しさん :2015/11/28(土) 00:12:37 ffB6L/qQ0
投下乙です
かな子がジェノサイドする気満々だー!?病院組にげてー!超にげてー!
今まで沢山頑張ってきたのに悪役として要らない子扱いされると思うと戦々恐々する気持ちもわかるなあ


460 : 名無しさん :2015/11/29(日) 07:26:08 I8ruCZus0
投下乙です
そういえば確かにかな子はロクに他の子の声さえも聞いてないんだよな……
無我夢中でここまで駆けてきた彼女の初めての迷いと、切羽詰った感じの再決意。
大虐殺をやらかしそうでもあり、大失態をやらかしそうでもあり。実に楽しみな不安定状態になりましたなぁ


461 : ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:07:59 pMLXl8Fs0
遅れてすいません、投下します


462 : ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:11:39 pMLXl8Fs0






――頑張れ







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


463 : ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:13:05 pMLXl8Fs0





「……アタシがアイドルになった理由?」

それは、ある日のパジャマパーティーのときのこと。
同じ事務所のアイドルの仲間たち5人と、合宿所に集まって交流も兼ねて、おこなったパジャマパーティー。
来週行われるミニライブに向けて、結束を固めるためにってことみたい。
その五人は、アタシ――若林智香と、川島瑞樹さん、間中美里さん、黒川千秋さん、そして元々友達だった緒方智絵里ちゃんだ。
同じプロデューサーからプロデュースされている智絵里ちゃんとは仲がよかったけど、他の人とはあんまり。
そういった事情もあって一番年長だった川島さんが提案し、プロデューサーの了解を得て、開催されたという感じ。
もっとも、プロデューサーも監督という事で、いるけどねっ。
勿論、アタシ達の部屋にいないけど、それは男子禁制だからですっ☆

そんな感じで、アタシ達は夜更かししていて、不意に智絵里ちゃんに聞かれた事だった。
千秋さんと美里さんが川島さんによって、お酒に潰されて、そろそろ寝ようかという時。
おずおずと、枕で顔を隠しながら、智絵里ちゃんが聞いてきたんです。
どうしても、今聞いておきたい。そんな風に。


「誰かを元気にさせいから、かなっ☆」


何でこんな事を聞いてくるか、解らなかったけど、アタシは素直に答えていた。
それが私の答えだから。
そう思ったら一直線っ。
居てもたっても居られなくて。
だからアイドル目指して。
そして、気がついたらアイドルになっていた。

「でも、それならチアガールでもいいんじゃ……?」


それでも、なお智絵里ちゃんは突っ込んで聞いてくる。
何がそんなに気になるんだろう?
……でも、確かにそうかも。
傍から見たら元気にするなら、チアガールのままでも出来ていた。
アイドルになってまでする願いじゃないかもしれない。
けれど


「違うよ。アタシの中で、アイドルじゃないと駄目だったから、だよ☆」


アイドルじゃないと駄目だった。
アイドルじゃないと出来ないと思ったから。
だって、

「アイドルって、応援する人と一緒になって頑張れるんだ、一緒に頑張ろうって! それって凄い身体が熱くなるんだよっ」

ファンと一緒になって、ライブを楽しくする。
アタシがファンを応援して。
ファンがアタシを応援して。
それがたまらなく楽しくて、嬉しくて。
だから、それはきっと


「だから、アタシ、アイドルじゃないと駄目で、アイドルになりたくて、なれてよかったっ☆」


464 : ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:14:35 pMLXl8Fs0

アタシがアイドルになれてよかったということ。
アタシなりのやり方で、皆が元気になってくれる。
アタシ自身も元気になれる。
それって、とてもいいことだと思うんだっ☆


「ふふっ……智香ちゃん、立派ね」
「そ、そんな事ないですよ、川島さん……恥ずかしいなぁ」
「ちゃんとした目標があるって、大事よ」
「えへへ……川島さんはあるんですか?」
「……私? そうねえ」

不意に聞かれた川島さんはんーという表情を浮かべて。
そして、とてもお茶目に笑いながら、こう言った。


「ふふっ……内緒よっ」
「えーっ!?」
「アイドル川島瑞樹は、秘密が一杯あるのよ♪」
「そ、そんなぁ」

きっと川島さんの中にもそういうのがあるんだろう。
だって、今、笑っている川島さん、とっても可愛いから☆
だから、アタシは残念と言いながらも、笑っている。
なんだか、いいなぁ、そういうの。
そう思ったから。


「…………あの時……彼がそういってくれたから私は今、こうしてるのかもね」


そして、笑いながら川島さんがそっと呟いた言葉。
彼というのはなんとなくわかったけど、私は深く聞く事はしなかった。
野暮と言う事だよ、きっと☆
アタシにも解るしねっ。



「いいなぁ…………わたしは、そんなもの……」



そして、枕を握りしめ、何かを言いかけた智絵里ちゃんが居て。
アタシは気になって、言葉をかけようとしたけれど

「……そろそろ寝ますね。夜も遅いですし」
「そうね、そうしましょうか」

智絵里ちゃんは握り締めた枕にそのまま顔を埋めて、布団に入ってしまった。
こうなったら何もいう事が出来ない。
気になって仕方ないけど、うずうずるけど。
我慢して、アタシも寝る準備する。
あっ、その前に。



「アタシ、シャワーだけ浴びてきますね」


汗だけ流しておこう。




でもアタシは、その時、ちゃんと智絵里ちゃんに聞いておけばよかった。




彼女がなんで、アタシにそういうことを聞いてきたかっていう事を。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


465 : ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:16:36 pMLXl8Fs0






(シャワー……っと。そういえば風呂場は共用なんだっけ)


シャワーを浴びようとアタシはお風呂場に向かっていた。
そういえば、男女共用だったなと思い出す。
まあ、もう深夜だし……大丈夫かな。

アタシ、なぜかもう何度もシャワーの時とかで、プロデューサーに裸を……見られてる。
見せたいわけでもないし、と言うか恥ずかしいし。
最初のぞきを疑ったけど、どうやら本当に偶然みたい。
何度ラッキーがおきているのか。
あきれつつも……ちょっと恥ずかしい。

だって、アタシは、憎からずあの人のことを想っている。
何故そうなってかは解らない。
であった時からかというと、違うような。
でも、いつの間にかだったんだよ☆

いつの間にか好きになってた。

そういうものだ、恋って。
アタシが恋するってびっくりだったけど、でも、してみたら嬉しい。
それが叶うかどうかはどうでもいい。
……っていうか、叶わないかもしれないほうが多分可能性的に高いかも……
だって、ライバルは一杯……というかプロデュースされてる6人皆そうかも。
響子ちゃんやナターリアちゃんはかくそうもしないし。


アタシはそういう二人を見て、ちょっと自分から引いてしまう。
アタシ自身より、誰かを応援したくなる。
そんな気持ちになって。
それは弱気なのかもしれないけど、アタシらしいって。

だから、この恋は……



「っと、暗くなっちゃいそう☆ シャワーシャワーと」


そう、気持ちを入れ替えて、脱衣所の戸を開けた。
汗と一緒にやな気持ちも流しちゃおう。
なのに


「お、おう」


そこに居たのは全裸のプロデューサーだった。
何一つ隠さず髪を乾かしている。


…………。
…………………………。


466 : ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:19:54 pMLXl8Fs0



「い、いい湯だったよ」
「ば、馬鹿ぁぁぁぁ!!!」


私はすぐに後ろを向いて駆け出した。
こ、このパターンは考えてなかった。
びっくりした、逃げ出すしかなかった。

初めて見た、見たくなかった。


きゃーきゃーいいながら廊下を走って、そのまま布団にダイブ。
顔を真っ赤にして、忘れようとして。
忘れられず、さらに布団でジタバタ。
は、恥ずかしい。
見たのはアタシなのに。

男の裸、上半身の裸は見たことあるけど、全部はじめて。
それでも、こんなに恥ずかしいのは好きになったから?
解らない。でも、恥ずかしくて。
忘れたいはずなのに、忘れられなくて。

プロデューサーさんも男の人だなって。


そう想ったらさらに恥ずかしくなって。



でも、アタシはどこか嬉しい。



これが、恋なんだ。



うん……できるなら……




誰にも、譲りたくないな。



本当に。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


467 : ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:21:59 pMLXl8Fs0








そして、ミニライブ当日。



事件が起きたのです。
プロデューサーがアクシデントで来れないという話をちひろさんから聞いて。
その話の後、智絵里ちゃんが怯えて、リハーサルで失敗して。
そして、消えてしまった。

前もそういうことがあったと聞いた。
ソロのミニライブで失敗したという話を。
その時はプロデューサーが居て、何とか元気を取り戻したと。
それ以来智絵里ちゃんのイベントには必ずプロデューサーが付き添うになったと。
けれど、今回来れない事で均衡が崩れて、結果、まともに出来なくなってしまった。

その兆候はあった。
例えば、傍から見ても智絵里ちゃんがプロデューサーさんに依存しているということ。
ライブのレッスンでも一人だけつまずく事が多かったこと。
そして、合宿所のときのこと。


それが全部積み重なって、智絵里ちゃんが怯えた。

それまでにどうにかできなかったのか。

悔やむ事は多いけれど、今はそれより、智絵里ちゃんを探して。


……探して、どうするんだろう?




決まってる。



応援するんだっ!


元気になれって!



そして、智絵里ちゃんを倉庫の隅で見つけて。
智絵里ちゃんは怯えながら、アタシに言った。



「やっぱり、無理だよぉ、わたしは……一人でなんて出来ない」


震えながら、頭を振って。
逃げるように。


「わたしにアイドルなんて、無理だったんだ……無理だよぉ……」
「そんなこと無い……」
「そんなことない訳がない!」


アタシの否定を、強い否定で、返した。
その智絵里ちゃんの表情は、悔しさ? 怒り? 悲しみ?


ううん、これは、深い悩んだ末の苦しみ。



「わたしは、アイドルになった理由なんて、無いもん! 目標なんて、ない!」


468 : ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:22:33 pMLXl8Fs0


智絵里ちゃんは涙を流してなかった。
それでも、泣いてるようで。


「ただ、あの人に誘われるようになった。 でも、それだけ! アタシには智香ちゃんみたいな、モノ、何にも無い!」


ああ、智絵里ちゃんは。
ずっと悩んでいたんだ。

アイドルとして、なるもの。
アイドルとして、なりたいもの。

自分の、憧れ。


そういうものが無くて。


ただ、なすがままになって。


それで、周りと自分を比べて。



結果、プロデューサーにしか頼る事しか出来なくて。



そして、更に自分を追い込んで。




「だから、わたし、アイドルじゃない!」



そう、やって、何もかも、諦めようとする。



ねえ、アタシ。


アタシは、どうしたい?


この子に、かける言葉はある?


かける応援は?


元気にする言葉って、あるかな?


469 : 負けない、心 ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:23:42 pMLXl8Fs0







――――勿論、ある!





「智絵里ちゃん――――」



それは、ありふれた言葉。



「頑張れ、負けるな」


智絵里ちゃん目指すものは、勝つ必要なんてない。
チアでする応援する試合とは違う。
誰かに勝つ必要なんて、無いんだ。


だから、


「――頑張れ、負けるな」




自分自身の弱さに。



「――――頑張れ、負けるな」



自分自身の悲しみに。



「――――――頑張れ、負けるな」


そう、自分自身に。


470 : 負けない、心 ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:25:44 pMLXl8Fs0


「そんなこと……言われたって……」



智絵里ちゃんは、私をにむ。
きっと、解らないかもしれない。
でも、それを言っちゃ意味がない、と思う。

自分自身に、気づかなきゃ、意味が無い。


だから、私は手を振って、応援する。



「頑張れ、負けるな! だって――!」



だって、だって



「智絵里ちゃんは、あの人が見つけたアイドルでしょう!」





貴方だって、選ばれたアイドルなんだよ?



たくさんの星から、選ばれた、輝く星。



その輝きに、違いなんて、劣るものなんて、無いと思うんだよ。



だから、乗り越えるのは自分。 自分は駄目だという、心。




「……!」


だから。




「……負けるな! 頑張れ!」


自分の心に。


自分の、弱い心に、負けるな。


元気になって!


471 : 負けない、心 ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:26:29 pMLXl8Fs0



「頑張れ、負けるな!」




さあ、一緒に!




「頑張ろう! 一緒に! 負けるな、智絵里ちゃん!」




アタシを手をさし伸ばして!





どこまでも!




「いこう! 皆待ってる! 頑張れ! 負けるな!」



そして、智絵里ちゃんは、私が出来ないぐらいの素敵な笑顔を、浮かべて




「――――はい、智絵里……ファイトです! わたし……負けません!」



アタシの手をとって。



きっと、自分自身に負けなかったんだ。


負けない、心を持って、歩こうって。


472 : 負けない、心 ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:27:56 pMLXl8Fs0





だからもう、大丈夫。



アタシはこれでいい。


皆と一緒に元気になって、皆を応援して。


そして、何処までも楽しくなる。


これが、アタシのアイドル、なんだから☆



「いこう! 皆待ってる!」





手をとって思う。



――アタシ、アイドルになれて、本当によかった。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


473 : 負けない、心 ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:28:43 pMLXl8Fs0








ライブが無事成功して。
皆笑っていて。



その後の事。




プロデューサーが駆けつけて。


そのプロデューサーに、抱きつく智絵里ちゃん。


幸せそうで。

嬉しそうで。


二人は、笑っていて。



アタシは遠くで見ていて。




「貴方は応援するだけなのね」


そうやって、私に声をかける人、千川ちひろ。



「それでいいんだよ☆」



それでもいい。
なら、と彼女は言った。
その笑顔は、ちょっと怖くて。
私を誘惑するようで。



「私が貴方に、貴方のその隠している心に、応援しましょう」



そう言って。


474 : 負けない、心 ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:30:36 pMLXl8Fs0




「――――頑張れ、負けるな」


何に?


見つめる先にいるのは二人。





「――――頑張れ、負けるな」





かなわない、もの。




「――――頑張れ、負けるな」




でも、かなってほしいなって、譲りたく……ない。





「――――頑張れ、負けるな」




アタシ……だって……この、想い。








「――――頑張れ、負けるな」







負けたくない、かなわないって想いたくない。


負けたくない、自分の心に。


アタシは、叶うなら……



だから、アタシ



――――――誰にも、負けたく、ない。






そう、負けたくない、かなわないって想いたくない。


負けたくない、自分の心に。


アタシは、叶うなら……


475 : 負けない、心 ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:31:57 pMLXl8Fs0




智絵里ちゃんにも、誰にも、譲りたくない。



アタシは…………負けない。


476 : 負けない、心 ◆yX/9K6uV4E :2015/12/08(火) 23:32:16 pMLXl8Fs0
投下終了しました。
この度は遅れて申し訳ありませんでした


477 : ◆yX/9K6uV4E :2015/12/11(金) 18:55:50 JZQIobzU0
ヒョウ君予約します


478 : ◆John.ZZqWo :2015/12/23(水) 00:03:59 C3/4JI2Q0
大石泉、川島瑞樹、高垣楓、矢口美羽、高森藍子、栗原ネネ、小日向美穂、緒方智絵里 の予約をします。


479 : ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 21:55:58 4jV5pQrk0
お待たせしました。投下します。


480 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 21:58:43 4jV5pQrk0


昇ってくる陽に影は私の足元からぐんぐんと伸びて、槍のように細長いその先でひとりの少女がうずくまっている。
あの時とはなにもかもが逆の場面。

あの時は暗く、冷たい雨が私たちの身体を濡らし続けていて、そこにあったのは自暴自棄で醜く淀んだ激情だった。
今は空も明るく雨は通り過ぎ、爽やかと言っていいくらいの朝なのだけれど、その光景は白けていて。
なにより私と彼女の立ち位置が逆だった。

あの時は私――小日向美穂が屋上の端にいて、ここでこうして立っているのは彼女――高森藍子だった。
その強さと、文字通りに身を投げ打って私を暗黒から救ってくれた藍子ちゃんが今、絶望に足を絡め取られている。
藍子ちゃんは親友である夕美ちゃんの声を聞き、彼女が溜め込んでいたものをすべてぶつけられて、それを受け止めきって、
その重さに今ああして膝を折ってうずくまっている。
両腕に抱えるそれは決して嫌なものなはずじゃないのに。二人はやっぱり親友だったと確信できるきらきらしたもののはずなのに。
それが、“すべて”だったから。
それが最後だとはっきりとわかる、そう……まるで遺言のような、絶望的な別れの言葉だったから。

絶望が、望みを絶たれるということならば、やっぱりあの交わした言葉は絶望なんだ。
それは諦めであり、決着で、清算で、後にやり残しがないようにという正真正銘に最後の、終わりの、お別れの言葉だったのだから。

藍子ちゃんは青空を見上げることもなくうつむき、じっと耐えるようにもうずっと動かない。
この間にも夕美ちゃんは死のうとしているかもしれないのに。もしかしなくても次の放送で彼女の名前が呼ばれるかもしれないのに。
私と藍子ちゃんの立場が逆だったら、きっと藍子ちゃんはなんとかしようと一生懸命になるはずなのに。あの時みたく。

なのにじっとしていることしかできないのはそれは彼女が、高森藍子という“アイドル”だから。

“アイドル”という強さをまとっているからこそ自分自身を救えないだなんて。
私には藍子ちゃんをどう救ってあげればいいのかわからない。そばにいるだけで励ましの言葉も見つけることができない。
あの時はあんなに慈しみに満ちていた藍子ちゃん。人のためなら身を焦がしてもいとわない藍子ちゃん。
彼女からその“強さ”を奪う方法が私にはわからない。

私がそれを奪っていいのか、それもわからない。

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481 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:00:41 4jV5pQrk0


 @


『歌いだし、いつもワンテンポ遅れてる。意識して早くしてごらん。フライングしたほうがまだ歌いやすいからさ』


『最初から声乗せていくの難しい? じゃあ、意識して練習してみようか』


『胸張って。歌は姿勢。ひまわりのように身体をまっすぐするんだよ』


『もらった蜂蜜があるからさ、藍子ちゃんにもあげる。あっ、美羽ちゃんと友紀ちゃんには内緒でね』


『ねー、鍋したいからさ、今晩は私の部屋にこない? え、だって、ひとりでつつくのは鍋じゃないっぽくない?』


『そんなのスタッフさんに言って調整してもらえばいいんだよ。私が呼んできてあげる』


『ここ、小さな植物園あるよ。本番まで時間あるし見に行ってみよう』


『勉強? うーん……まぁ、一応、つきあうことぐらいはできるかな』


『まだ緊張する? 大丈夫だよ。ステージを見てくれてる人はみんな私たちの味方なんだから』


『ホテルの部屋割りは、私と藍子ちゃんでいいよね?』


『忘れたの? 大丈夫、私が余分に持ってきてるから』


『だめ、今は寝てて。プロデューサーさんには私から話つけとくから』


『それ気に入った? じゃあ小さな鉢植えにしてあげる。藍子ちゃんの部屋にも置いてあげて』


『今日のお弁当あんまりだねー。後でどこか寄ろうか?』


『いいってば、任せてくれて。これでも藍子ちゃんからはおねーさんなんだから』


『たまにはそういうところで怒らないと』


『これ、よかったらもらってくれない? 初めて花を咲かせることに成功したんだ』


『うん、いいよ』


『ありがとう』


『……だから、親友なんでしょ? 私たちは』





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482 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:01:38 4jV5pQrk0


いつも、いつも、夕美ちゃんは私に優しかった。
なんでもできる、なんでも教えてくれる、いつでも助けてくれる、励ましてくれる、手を取ってくれる、姉のような存在で。
目を閉じれば、楽しかった思い出が、苦しくとも今はよかったと思える思い出が、次々と、鮮明に浮かんできた。

夕美ちゃんはいつもいつも、どんな時でも私に笑みを向けてくれた。
私が失敗した時、落ち込んだ時、何度でも助けてくれた。
私が成功した時、嬉しい時に、いつもいっしょに喜んでくれた。

右も左もわからない私の手を取って、ずっとその手を握っていてくれた……そう、今ならそれがずっとだったことがわかる。
私はいつの間にかに支えてもらっていることを忘れていたのかな。だから夕美ちゃんに嫌な思いをさせたのかな。
それも違うのかな。こんな風に、いつも追い詰められるたびにぐずぐず言うばかりの私に怒っていたのかな。

きっと、私はもっと我侭じゃなくちゃいけないんだよね。“アイドル”は、いつだって自分が1番だって、そう言えなくちゃいけない。
なぜなら、アイドルは夜空に浮かんで、みんなを見上げさせるために輝く星だから。
でも、私はフラワーズというブーケの中にあるひとつの花でいたかった。

いつしか、それはもう許されなくなっていたというのに、私は気づくことすらなくそのままで、それが夕美ちゃんを傷つけていたんだ。
夕美ちゃんはずっと星になりたかった。
きっと、はっきりと私にそう言ってたはずなのに、私はそれに気づけなくて、ずっと、夕美ちゃんの手を握り続けていたんだね。


どうしよう。


私がとうとう夕美ちゃんを諦めさせちゃった。


どうすればいいのかな、夕美ちゃん。


助けてって言ったら、また怒るかな。





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483 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:04:17 4jV5pQrk0


 @


休んでいなければならないはずなのだけれど、どうしても眠ることはできなかった。
もし瞼を閉じれば、それがこの生の最後であるようなそんな不安があったから。

生きることを諦めないと、そう私――栗原ネネは決意したはずなのに、けれどそれはただの意思表明でしかなく、
実際のところは決意なんて言葉からは程遠いものなんだって、ひとりきりになれば嫌でも思い知らされる。
私自身が導き出したこの答えも、みんなにそう聞かせた言葉も、結局逃げ道でしかないのかなって。
さっきはあんなに美穂ちゃん相手に激昂して、不安を吐露して、それこそが本当の私で。

怖い。ひとりで、音もない世界にいるのが怖い。
みんなはどこに行ったんだろう。いつの間にかに私がひとりきりなのは、置き去りにされたからなんじゃないか。
ほっておいても遠からず死んでしまう足手まといを、ろくに動けないことをいいことに放置していったんじゃないだろうか。
今頃はみんな自分の荷物を背負って、そろってここを離れてどこかへと向かっているんじゃないだろうか。

そんな、馬鹿げた悪い想像ばかりを繰り返してる。
でも、それこそがふさわしいと思う。
それが私の抗いなんだ。

なにをするでもなく、ただ運よく助かる。万が一の奇跡に賭ける。そんな選択をした私に分相応の抗い。


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484 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:05:30 4jV5pQrk0


扉が開く音に、私の戦いとも呼べないちっぽけなそれは中断される。戻ってきたのは川島さんだった。

「調子はどう? 顔色はそう悪くないようだけど」
「変わらずです。……けど、川島さんのほうこそよくないんじゃないですか?」

遠慮がちな言葉になったけど、明らかに顔色はよくなかった。川島さんの顔はひどく白く、色を失っていた。
川島さんは軽く笑みを浮かべると自分が寝ていたベッドの脇にしゃがみこむ。
どうやらそれはバッグの中身を確認しているようで。

「そろそろ徹夜が堪える年頃よねぇ。まだまだ若いつもりだけど、正直えらいわー」
「えらい? あ、いや……休みに戻ってきたんじゃないんですか?」
「そうしたいのは山々だけど、そうも言ってられないのが今でしょ。……そういえば智絵里ちゃんには会った?」
「はい、さっき挨拶にここへ……」

バッグを肩にかけ、川島さんはすっと立ち上がる。その姿はこんな時でもやっぱり綺麗な人だなって思うほどで。
けれど、私は川島さんがここに来た時の姿も見ている。
服を真っ赤に自分の血で染めて、みんなに支えられなければ歩くのもおぼつかない様子だった。
少し休めばよくなる……と思えるようなものではなかった。

「彼女が一度、いなくなった友紀ちゃんを見てるから、できれば早いうちに連れ帰してあげたいのよね」
「川島さんが行くんですか?」
「そうねぇ。休んでいたいってのが正直な気持ちだけど、今は一分一秒でも惜しいし……あ、そうそう」

川島さんはなにかを思いついたのか、にっこりとした笑みを私に向ける。

「今のことが終わったら、みんなで休暇を取りましょう。それこそ、本当に南の島でバカンスとか。
 あぁ、それとも閑静な避暑地のほうがいいかしら? ネネちゃんって軽井沢行ったことある? いいところよー」
「いや、その……」

何も答えが返せない。急な切り替えに私の頭は反応できないでいた。

「それじゃ、楽しいこといっぱい考えておいて。こんなことの後だもの、どれだけ浮かれたってバチは当たらないわ」

じゃあね。と、川島さんは掌をひらひらと振って、戸惑う私をそのままに部屋を出て行った。
あれが大人の強さというものなのだろうか?

またひとりきりになった部屋の中で、私は少しだけ楽しいことを考えてみようとそう思った。





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485 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:06:21 4jV5pQrk0


 @


「貴方は知らなきゃ、やっぱりダメです」
「何を?」

智絵里ちゃんは楓さんに向かってこう言った。

「南条光さんと、ナターリアさんの最期、聞いてください」



私――矢口美羽はその時、とてもそんなことを意識できる状態ではなかったはずだった。
夕美ちゃんから別れの……絶対にそんなのは嫌だけれど、さよならという言葉を聞いたばかりで、心は乱れていた。

今更に、当たり前のことを、私だけでなくみんなが、夕美ちゃんも友紀ちゃんもフラワーズを守ろうとしていたこと。
それも私なんかみたいな半端さでなく、本当に必死の、自分が死んでも誰かを殺してもいいってくらいに。
みんなは私と違ってフラワーズを、アイドルを信じていたからなにもしないでいたんじゃない。
ずっとフラワーズを守るためになにができるかを考えていて、ただそれに私が気づかなかっただけ。

そして、ついにフラワーズはもうめちゃくちゃにバラバラに……なのに、“あの人”は、それでも困り顔をするだけで。
フラワーズがなくなることを諦めるでもなく、かといってなにをするでもなく、認めているのかもあいまいで。
私にはわからないことがあの人と夕美ちゃんの間にはあったのかも知れないけれど。
やっぱり私にはまだなにも見えてないのかも知れないけれど。

でも、だったら……せめて、心の内をほんのちょっとでも、「しかたない」でも「嫌」でも、漏らしてくれたっていいじゃないかって。
私はなんなんだろうって、夕美ちゃんも私が最後のひとりみたいに言うし……もう、心はぐちゃぐちゃだった。
だから、私はもう溢れかえっていて、どんなことも耳には届かないはずだったのに。

「南条光さんと、ナターリアさんの最期、聞いてください」

その言葉はすんなりと私の耳に入り、乱れていた心をぴたりと止めた。
何故なら、それは私の最初の“気づき”だったから。


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486 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:08:03 4jV5pQrk0


「…………聞かないわ」

楓さんはにべもなかった。
私は両手で涙をぬぐいながらゆっくりと楓さんから離れる。楓さんと智絵里ちゃんの両方を見るために。

「そ、それじゃ、ダメなんですっ!」

そんな楓さんに対して智絵里ちゃんは必死だった。
どうしてそんなことを言うのか私にはわからない。なんでそれが今じゃなきゃいけないのかもぜんぜんわからない。
我に返ってみれば、智絵里ちゃんの行動は唐突すぎて不自然だった。

「ごめんね。聞きたくないの」

けれど、それ以上に楓さんが不自然だった。
だって、“聞かない理由”なんて私にはひとつも思いつかないから。
今は聞いてる場合じゃないかもしれない。それは後にしてもいいかもしれない。けど、聞きたくないのはなんで?
あの時も、放送でナターリアちゃんと光ちゃんの名前が呼ばれた時にも浮かんだ疑問。
どうして楓さんはそんなにあの二人のことを無視しようとするの?

「聞かないと、伝わらないと、哀しみのままなんです。それは……私たちが変えなくちゃならない」
「んー……」

楓さんが困ったように首を傾げる。
私も同じようにしたい気持ちだった。智絵里ちゃんは必死なんだけど、なにが言いたいのかわからない。

「……だから、えっと、……その」

奇異な目で見られていると気づくと、智絵里ちゃんは急に勢いを失い目をきょろっきょろと走らせはじめる。
「……やっぱりいいです」と話が終わるのかなと、そんな風に思えたけど、
智絵里ちゃんは胸の前で両手をぎゅっとするともう一度、楓さんをさっきと同じ眼差しで見つめた。

「せ、説明します!」
「どうして私が二人の最期を知らないといけないかをかしら?」
「はい」
「それならいいわよ。興味があるから話してみて」

意外なほどにあっさり楓さんは智絵里ちゃんに彼女の言う“説明”をうながした。
てっきり……いや、そんなことはないか。
だって、楓さんは私がこんなしどろもどろになった時にも最初から順番どおり、ゆっくり話を聞いてくれる人だったから。

だから私は少しだけほっとした。智絵里ちゃんもほっとした様子が表情からわかった。


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487 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:09:15 4jV5pQrk0


「こ、この島でいっぱい“アイドル”が亡くなりました。
 それはとても哀しいことで、……それはもう哀しい事実は変わらなくて、私たちも哀しいままで」

たどたどしくて、やっぱり要領を得ない説明だったけど、この時は楓さんは口を挟むことなく真剣にその言葉に耳を傾けていた。
じっと、智絵里ちゃんを見つめていた。

「でもっ、それは変えないといけないんですっ!
 亡くなった人も、残された人にも哀しさしかなかったら、それは、もうみんなが哀しいままの終わりで……、
 だから、残った想いを、きらきらしたものをつないで、後に残った人が輝かせないといけない」

多分、なんとなく智絵里ちゃんが言いたいことがわかってきた。
私はナターリアちゃんと光ちゃんの最期を知っておきたいと、そう思う。そう思っていた。そう楓さんにも思っていてほしかった。
それは、私の今の、フラワーズの哀しみと同じものな気がする。
私があの人に理不尽だと感じる気持ち。智絵里ちゃんが楓さんに知ってほしいと思う気持ち。多分、すごく近い。
心が寒気を感じ取ったように震える。なにか、私のしなくちゃいけないことが一瞬だけ見えた気がしたから。

「置き去りにしたら、その想いはどこにも届かなくて、その意志はなににもならなくて。
 でも、知っていたら、伝わっていたら……その気持ちを正しいところに届けれたら、その……、
 それは無駄じゃなかったって! 想いは無駄じゃなかったって、生きてたことは無駄じゃなかったって、
 輝くものにできたら哀しみのままで終わらないで、……哀しいだけじゃなかったって、そう言えるから……!」

智絵里ちゃんは必死の表情でそう言い切った。
たどたどしいけど、心のこもった言葉で、それは私には正しいことに聞こえて、楓さんも優しい顔でうんと頷いた。

「つまり、亡くなった子に報いてあげたい……ということよね?」

ぱっと智絵里ちゃんの顔が明るくなる。私は、そういう風に一言で言い表せる楓さんに感心していた。

「そ、そうなんですっ。それで、そうできたら、私たちも先に進めるんだって」
「だから、智絵里ちゃんは親切に、その途切れるかもしれない遺志を伝えるべき人に届けている……と」

頬を紅潮させた智絵里ちゃんがこくこくと頷く。

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488 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:10:05 4jV5pQrk0
「“あの二人”の死に際を誰かに伝達しなくてはいけないと思い、そんな中、私と美羽ちゃんにこうして行き会った」
「はい、だから……」

楓さんはにっこりと笑うと、きっぱり言い切った。

「聞かないわよ」

一瞬で智絵里ちゃんの顔が青ざめる。口は小さくどうして?と聞いていて、私も同じことを声に出していた。
楓さんは少し困ったなという風に眉根を寄せて。

「……えーと、逆に聞くけど、じゃあどうして私なのかしら? 智絵里ちゃんが継いでいるならそれでいいんじゃない?」
「それは……」

智絵里ちゃんは口ごもる。
智絵里ちゃんはその答えを用意してなかったようで、私もどう口を出せばいいのかすぐには思いつかなかった。
それどころか、楓さんは次々と質問を智絵里ちゃんにぶつけてゆく。

「ナターリア、そして南条光。彼女たちの遺志を知った。
 それなら、他の子たちはどうかしら? あなたの関わりのないところで死んだ子のことを、あなたはどう思う?」
「……そ、それはっ。みんなで知っていることを伝え合ったら」

楓さんの長い睫毛が微かに下がる。
どうしてかはわからないけれど、私はこの時、部屋の温度がぐっと下がったような気がした。

「ナターリアと南条光に殺された子らの意思をあなたは拾えてこれたかしら?」
「……え」

智絵里ちゃんが半歩後ずさる。
私はあの空港で歌鈴ちゃんといっしょに見た死体のことを思い出していた。そして、その後のことも。

「ひとり、ふたり……さて、もっといたわよね?」
「…………それは、私は」

想いを伝える。想いだけでも伝えて、それを輝かせる。
そんな希望の話が、いつの間にかに暗く絶望的な話に摩り替わっていた。

「別に、いいの。そんなことであなたを責めはしないわ。
 ただ、あの二人も“踏みにじった”以上、私はあの二人に対しては遺志を汲むといった義理は感じられないの」

それに、と楓さんは続ける。

「私はもうあの二人が殺した“彼女”の遺言を預かっている。これ以上は抱えて行けはしないわ」

楓さんの顔には慈しみと哀しみが現れていて、なのに決してこちらからは手を伸ばせないような拒絶も感じて。

「彼女って、遺言って……?」
「言えるわけがない。これは私の命を支えてくれた私だけのものなの。
 例え私が死ぬことがあったとしても、その時は誰にも言わず抱え込んだまま死ぬつもりよ」

じっと床を見つめる楓さんはまるで泣いているようで、それはいままで楓さんが私に見せたことのない姿だった。


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489 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:10:45 4jV5pQrk0



そして部屋の中は沈痛に満ち、智絵里ちゃんももう口を閉じてしまい、
私はといえばナターリアちゃんと光ちゃんの最期を知りたいと思うことは不謹慎なんじゃないかって今は思い始めていて、
気まずいままもうこの話は終わる――と、思ったのだけれど、しかし楓さんは終わらせなかった。


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490 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:11:31 4jV5pQrk0


「つまりね、言われるまでもないのよ。
 その、あなたがまるですごいことを発見したかのように言う、伝えるだとか、報われるのだとか、そういうことは。
 誰もがみんな、自然とそうしている普通のことなの」

顔を上げた智絵里ちゃんを見つめる楓さんは薄く笑っていた。それも私の見たことのないいじわるな表情だった。

「こんな時になにを言い出すかと思えば……哀しいだとか、そのままじゃだとか……」
「でもっ、それは、本当に思ったことでっ!」
「じゃあなにかしら、あなたには私はそんな感情とは無縁だと思われていたのかしら。
 それとも、他のアイドルのみんなもあなたからすれば薄情な人間だった?
 自分だけが心を持つ人間だった? 遺志を汲むというのは自分だけの発明だった?」
「それは、そんなことっ、でも、その……想いが伝わらないのが、哀しいって、そんな…………そしたら」

楓さんの言葉は針のように鋭く、智絵里ちゃんは水の中に落とされた子犬のようにしどろもどろで、そして

「人を馬鹿にするなって言ってるのよっ!!」

楓さんが激昂した。

「ひゃあぅ!」

智絵里ちゃんが小さな悲鳴をあげて床にしりもちをつく。私も後ろが壁じゃなかったらきっと同じだった。
そして、ただ口を戦慄かせるだけの智絵里ちゃんを見下ろす楓さんの表情はやっぱり今までに見たことのないもので、
私は場違いながらにも内心、楓さんもこんな風に怒ったりするんだとそんなことを考えてしまってた。

「……ねぇ、どうしてかしらね。不思議よね。あなたがそんなことを言い出すのは」
「え?」

なんだろう。智絵里ちゃんも私も楓さんが言っていることがわからない。

「あなたは今、そうしなくちゃいけないとそれを触れ回っている。みんな、誰に言われずともそうしていることを。
 つまり……あなたは気づいたのよ、それを。遅ればせながらに」

立ち上がることも忘れている智絵里ちゃんを楓さんは柔らかな、けど優しくは見えない表情で見下ろす。

「いいことよ。前に進めたんだから。あなたもこの先、きっと立派なアイドルになれる」

けれど――、

「じゃあ、その気づきの前はどうだったのかしら?」

その言葉に智絵里ちゃんは楓さんから顔を背け、座り込んだまま後ずさった。
私からはその姿はここから逃げ出そうとしているように見えた。ここに来た時の智絵里ちゃんとはもう別人だった。

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491 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:12:15 4jV5pQrk0


「あなたはこの島で目を覚まして、他の……事務所の仲間を殺してもいいと思った。どうして?」

猫なで声でそう問いかける楓さんはあんまりにも怖くて、そばで聞いてるだけの私ですら変な汗をかいてしまう。
なぜなら、そう。私も最初はそうしなくちゃと、どれだけ本気だったかも自分じゃもうわからないけど、
一度は仲間であるみんなを殺さなくちゃって思ってしまったのだから。

「もちろん、あなたはあなたのプロデューサーさんの為にそうしようって思ったのよね。さっきそう聞かせてくれたものね。
 これも責めるつもりはないのよ。私だってほら、あなたと同じ立場だったら同じようにしたかもしれないし」

楓さんのプロデューサーさんは殺し合いが始まる前に死んでしまった。
もし私が同じ立場だったら? ……それは想像できないと思う。きっと、私の想像は現実に追いつかない。

「……そして、あなたは響子ちゃんと逢い、彼女と同行することを選んだ。ううん、少し違うかしら」

ちらりと智絵里ちゃんが楓さんをうかがう。それに合わせるように楓さんは次の言葉を吐いた。

「そう選ばざるをえなかった」
「それはっ……」
「正解か。じゃあ、これも私の想像だけど……、
 あなた、その時か、その後くらいに“なにか”してるでしょう? 私たちに言えない“なにか”を」

智絵里ちゃんが悲鳴のような呻き声のような音を喉から鳴らした。
なにかってなんだろう? 私には想像がつかない。けど、楓さんには確信があって、それは間違ってないらしい。

「それはっ、その時は……しかたなくて……私はっ」
「知らないわよそんなこと。私はあなたがなにをしたのか、させられたのか、思いつきもしない。
 けど……あなたはそれを“しかたなく”したのよね。ええ、それだけはわかるわ」
「本当は、したくなくて……でも、その時は響子ちゃんが……」
「だから――」


――響子ちゃんが死んだからまた心変わりしたのよね?


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492 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:12:59 4jV5pQrk0



「それっ、それ……それは、……ちがくて」

楓さんのその言葉に智絵里ちゃんはがくがくと滑稽なくらいに震えだした。
思わず抱きしめにいってあげたくなるくらいその姿はか弱く、けど、私は楓さんが怖くて前に出ることができない。
ううん。正確には、楓さんに責められるというあの場所に私は立ちたくなかった。

「違わない。違うなら、あなたは今も誰かを殺そうと島の中を歩き回っていたはずよ」
「そうじゃないんですっ! 哀しかったからっ、こんなことはもう終わらせないとって……だからっ、悪役から下りて」
「ううん、それも嘘よ。あなたは――悪役なんかじゃなかった」
「…………えっ?」

智絵里ちゃんが戸惑いの声をあげる。智絵里ちゃんがこのままだとバラバラにされてしまう。

「悪役なんか務まらない。自分でもそう思うでしょう? 爆弾を持たされたから悪役? ううん、そうじゃない」
「………………」
「あなたは何者でもなかった。悪役のふりをしたのはそのほうが楽だからよ」
「……そ、それは」
「プロデューサーのためだから、響子ちゃんがそうしろって言うから……あなたはそうしてこの島で自分を守ってたのよね」
「それは、……それは、そう、かも……ですけど、でも……」
「だから、響子ちゃんが死んだ時にあなたはすごく困ったはずよ。どうすればいいかわからなくなったんだから」
「……違うんです。私は、……その時」
「じゃあ、あなたのプロデューサーを守りたいって気持ちはどこに行ったの? その時、それをどこにやったの?」
「……………………あ」

智絵里ちゃんが真っ白になった。顔色も、その存在そのものも。


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493 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:13:38 4jV5pQrk0



「ね。心変わりしてるでしょ? あなたはそうやって、なにかあるたびに“理由”を生み出し、自分自身を守ってる」

楓さんが、まるで子供を相手にするように智絵里ちゃんの前へとしゃがみこむ。

「なんでわかるか不思議? それはね、あなたが“おしゃべり”だからなの」
「おしゃ、べり……?」
「そう。ここに来て私たちの前でなにがあったか語った時、そしてこの部屋に駆けつけて私に放った言葉……」
「…………私は、本当のことを」

楓さんは小さくため息を吐いた。

「この警察署にね、いっぱいの人が集まった。その時みんなで今までなにがあったか報告しあったわ。
 でもね、その時にはあなたみたいに“私はこんな風に思いました”なんて風に語る人はひとりもいなかったのよ」
「ふぇ……?」
「自分はこうしなくちゃいけない、みんなはこうすべき、だとか、そんなよけいなアピールはなかった。
 つまり、一言で言い表すと、あなた――あざといのよ」
「……」

きっと、それが不自然だったんだ。私ですら感じていた智絵里ちゃんへの違和感。

「あなた、自分を守る殻を作ることだけに一生懸命すぎるわ。その殻は他人をも遠ざける。いつもひとりだけ浮いてるって思わない?」
「…………あ、……ぁ」
「じゃあ、あなたの本当の姿は、本音はどこにあるのかしらね? 取り繕うばかりの殻の中には誰がいるのかしら?」
「そ、それは……」

まるで、楓さんが大きなハンマーを持ち上げているように見えた。あまりにも言葉は容赦なく、智絵里ちゃんを壊してゆく。

「あなた、どうしてアイドルになったのか。教えてくれる?」

だめだ。なんだかわからないけど、だめだと思った。けれど、私にはなにもできなくて。

「プロデューサーさん、が……なれる、って…………」
「ああ、そう――」



――あなた、××××なんだ。





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494 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:14:25 4jV5pQrk0


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「あら、みんなこんなところに集まってたのね」

あれから智絵里ちゃんはぼろぼろと泣きだして、楓さんは知らん振り。私は二人にどう声をかけていいかわからない。
そんなところに新しく現れたのは川島さんだった。

「……智絵里ちゃん、泣いてるみたいだけどどうかした?」
「な、なんでもない、です。私が、悪いだけだから……」

可愛いハンカチで涙をぬぐうと智絵里ちゃんは川島さんに向かって、平気ですよと笑ってみせる。
弱々しく、目の下の腫れも隠せてはいなかったけど、けなげさにか、川島さんはうんと頷いた。

「ちょっとね、この島で彼女が味わっていた“心細さ”について話を聞かせてもらってただけよ。
 それよりもどうしたのかしら? 鞄を持って婦警さんはパトロールにでも出るの?」

楓さんの言葉に私も気づく。川島さんは肩に鞄をかけていた。

「そうね。動くなら私かなって。それに何人か連れて行きたいし、まずはさっきの話の続きもいけないし」
「さっきのって、この後どう動くのかとかそういうことかしら?」
「ええ。智絵里ちゃんが来て中断して、それでまた思いついたこともあるし」
「泉ちゃんはいなくていいの?」
「今は寝かせておいてあげましょう。
 多分、放送前には呼ばなくても起きてくるでしょうし……なにより、本来はこういうことは私たち大人の役割よ?」
「それはねぇ。ふふふ」

川島さんの前だと楓さんは少しふわふわした感じになる。やっぱり年上の人を前にしているだろうからか?
頼りになる楓さん。慰めてくれる楓さん。冷たい楓さん。怒る楓さん。この半日の間だけで私はいろんな楓さんを見ている。
そのどれもが楓さんなんだって、飲み込めた時にこそ私も大人になれるのかな。

「ともかく、私は学校にもう一度行ってみようと思うの」
「学校に?」
「智絵里ちゃんがあの役場で友紀ちゃんに会ったって言ったでしょ?
 その前に見失ったのがその南で、だったら次に向かうとしたら学校か、その先更に向こうにある病院かなって思うのよ」
「この南の街を出ていたとしたら?」
「だとしたらお手上げ。けど、逃がした智絵里ちゃんをまだ探してるならそんなに遠くまで行ってない可能性はあるわ。
 それに学校はそうでないとしてももう一度捜索する予定だったしね」
「ふぅん……」

楓さんが顎に指を当てて思案する。
私は発言できるようなアイデアはなかったけど、川島さんの案に賛成だった。
友紀ちゃんは茜ちゃんを殺したかもしれない。けど、それは絶対じゃないし、だとしても戻ってこれるなら私は戻ってきてほしい。
バラバラになりかけてるフラワーズだけど、友紀ちゃんが戻ってきて、夕美ちゃんも探し出せれば、
4人でまた顔をあわせれば、ひとりずつとか声だけとかじゃなければ、フラワーズは絶対に、絶対絶対に戻るんだから。

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495 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:14:52 4jV5pQrk0


「それでパトロールってさっき言ったけど、車で行きたいから鍵貸してくれるかしら?」
「ああ、それだったら挿しっぱなしだからそのまま乗っていけるわよ」
「そう。だったら後は次の放送を聞いてからになるかしら。一応、全員の意思を確認してから出発しないとだし」

壁にかかった時計を見ると、もう5時40分だった。後20分で次の放送が流れ、その時に死者の名前が呼ばれる。
もしかしたら茜ちゃんと夕美ちゃんの名前が呼ばれる。それを聞いてしまえば、フラワーズは本当に破滅だ。
だったら今すぐ動きたい。でも、どうすればいいかわからない。20分という短くも長くもない待ち時間はひどくもどかしかった。

「じゃあ、私がうんと濃いコーヒーを淹れてきてあげる。瑞樹は座って待っていて」
「ありがと。後はなにか口に入れられるものがあれば言うことなしね」
「うーん……、痛んだバナナならあるけど」
「それはちょっと……」

なんで楓さんは傷んだバナナなんか持ち歩いてるんだろう? そう思って思い出す。それは歌鈴ちゃんの持ってたものだった。
形見になるようなものじゃないけど、楓さんがそれを持っているということが私はちょっと嬉しかった。

「あのっ、警察署の前にコンビニみたいなお店があって……そこにいろいろあるって、思うんです、けど」
「じゃあ、私が智絵里ちゃんと行って来ます!」

細く遠慮がちな智絵里ちゃんの発言に私は被せ気味に手を上げる。できそうなことはしたい。

「そうね。みんなの朝食をお願いしようかしら。
 注文はつけないからいろいろ持ってきて。多すぎても困らないから遠慮なくでいいわよ、ああ、ブリッツェンの餌もね」
「……道を渡る時は気をつけて。役場を襲った“悪役”がまだこの近くをうろついているかもしれないから」

川島さんと、楓さんとに言われて私と智絵里ちゃんは部屋を後にした。



パタパタと足音を立てて廊下を走る中、私は隣の智絵里ちゃんをうかがいながら考える。
智絵里ちゃんは悪くない。もちろん楓さんも悪くない。友紀ちゃんも、夕美ちゃんも、あの人だって悪くはない。
じゃあ、どうすれば全部が元通りになるだろう。
私が本当にフラワーズの最後のひとりなら、私にはそれができると信じたい。私にそれだけの力があるって、私自身を信じたい。





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496 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:15:20 4jV5pQrk0


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しんとした雰囲気の中、私はただ黙々とキーボードを叩いていた。
ちらりと窓のほうを伺えばオレンジ色だったそれが今はもう濃いブルーに変わっている。
室内に並ぶデスクにもプロデューサーさん達の姿はなく、気づけば事務所に残っているのは私ひとりだった。

私――大石泉は、私のプロデューサーのデスクを借りて自前のノートパソコンで新しいスケジュール管理ソフトを組んでいた。
アイドルを始めてそれなりに業界のこともわかってきて、なのでその分効率化というものを求める。
……などというのは半分言い訳で、本当のところは私自身の趣味というところが大きい。
私自身の夢はアイドルではなかった。私はプログラマーやエンジニアになりたい女の子だった。

現状に後悔や諦めはないけれど、けどどこかしっくりきていないのは正直なところだ。
幸か不幸か、私と私と同じくアイドルとなったふたりの親友で組んだユニットはそれなりの成果を上げている。
客観的に分析して、私たちは堅実で優秀だと言えた。
つけくわえるなら、これは自分で言うのは憚れることだけども、私自身のルックスもよいと思う。

けど、なにかがカチリとはまらない。
アイドルであるという日常にどこか違和感――ズレ、というよりかは、不安? コードを一行飛ばしているような?
今築き上げているニューウェーブというアイドル。
これが完成する時、いざプログラムを走らせてみれば想定したのとは違った値が出そうな、そんな漠然とした感覚。

だから私はなにかをしてるのだろうか。なにかをせずにいられないのだろうか。
そのなにかがなにになるかもわからずに、わからないままに焦燥に駆られて不安を打鍵のノイズでかき消すように……?

こんなことに意味なんてない?


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497 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:15:56 4jV5pQrk0


「おー、まだやっとるわー。そんなんやと誰がプロデューサーでどっちがアイドルかわからんなー」
「亜子?」

はははと笑って現れたのは土屋亜子だった。私の親友のひとりであり、私をアイドルの道へと引きずり込んだ張本人。

「相変わらず残業代も出えへんのに頑張るなぁ、ウチんとこの泉は」
「別に……、ところでさくらはいっしょじゃないの?」
「ああ、さくらやったら今頃チョコレートを作るのに七転八倒と違うかな?」
「それってほっておいても大丈夫なの……?」

そういえばそんな時期かと思う。
忘れてしまうのではなく、アイドルとしての活動や収録は大体において先撮りだから、感覚がズレてしまうのだ。

「逆にプロデューサーちゃんはどうしたん?」
「今日はどっかの野外フェスを見に行くって言ってたかな。連絡は、なし」
「それで泉がプロデューサーちゃんの机におるんかー」
「あの人、携帯の電源いつも切ってるしね……」

小さくため息。本当にあの人はプロデューサーというにはふさわしくない。
私からすればお守りをする相手がひとり増えたようなものだ。

「泉はまだ事務所おるん?」
「いくつか案件を伝えておかなくちゃだし、これもきりのいいとこまで組んでおきたいから。……ごめんね」
「なんであやまるんよ」
「それは……」

なんでだろう?
亜子は「んふっふっ」とおかしそうに笑っている。こういう風に亜子はよく笑う。ともすれば暗くなりがちな私のために。

「まぁ、ええわ。じゃあアタシは先に戻ってさくらがしでかさんか見張っとこ。で、これはコーヒーの差し入れな」
「ありがと……って冷たいじゃない?」
「あっはは。昼に間違えてブラック買ってしもてん」
「……はぁ。まぁいいわ。ありがたくもらっておく」

唇を尖らせる私に、笑ったままで亜子は帰っていった。こういうのが尾を引く嫌味にならないのが亜子のよい気質だ。
それは私にはないもので、私は亜子のそういうところがうらやましい。
何倍も、私以上に“あのこと”を重く考えてるのは彼女のはずなのに……。

缶コーヒーを開けて呷る。あまりの苦さに、目が覚めた。





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498 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:16:28 4jV5pQrk0


「…………夢。眠り、浅かったかな?」

微かにぼやけた視界の中、私は時計を探す。
少しでも寝れたおかげか気持ちは幾分軽い。さっきまでの私がどれだけまいってたのかがわかる。
現在時刻は5時45分。もう少しすればまたあの放送が流れる。そう思うと緊張で胸がきゅっと痛くなった。

「亜子、さくら……」

これも一度眠ったせいか、変に現実感がない。そもそもとして殺しあいをさせられるなんてのが現実味のないことだけれど。
起きたばかりの私はニュートラルで、だからなのだけれども、それもすぐに補正は済んでしまう。
現実の強固さ、石のような冷たさに胸の痛みが強まった。

できていない。どんどん終わりへと近づいていってるというのに。



私は、まだ、“なにも”、できてはいない。



カチッ、カチッと、刻まれる針の音がひどく大きく聞こえた。






【G-5・警察署 / 二日目 早朝】


499 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:16:53 4jV5pQrk0


【高森藍子】
【装備:少年軟式用木製バット、和服、ブリッツェン】
【所持品:基本支給品一式×2、CDプレイヤー(大量の電池付き)】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:みんなが“アイドル”でいられるように。
 0:??????
 1:?????
 2:自分自身の為にも、愛梨ちゃんを止める。もし、“悪役”だとしても。


【小日向美穂】
【装備:クリスマス用衣装】
【所持品:基本支給品一式×1、草刈鎌】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:恋する少女として、そして『アイドル』として、自分の弱さを、大切にしながら、それでもなお強く生きる。
 0:藍子ちゃんを理解して、傍にいよう。
 1:美羽ちゃんの友人になれるようがんばろう。
 2:歌鈴ちゃんの想いをプロデューサーさんまで届ける。
 3:ネネちゃんにした事を絶対忘れない。

 ※装備していた防護メット、防刃ベストは雨に濡れた都合で脱ぎ捨てました。(警察署内にあります)


【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話】
【状態:憔悴】
【思考・行動】
 基本方針:輝くものはいつもここに 私のなかに見つけられたから。
 1:未来を見据え生き抜くことを目標とし、選び続ける。
 2:美穂を許したことにする。

 ※毒を飲みましたが、治療により当座の危機は脱しました。
 ※1日〜数日の間を置いて、再び容体が悪化する可能性があります。

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500 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:17:25 4jV5pQrk0


【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)、婦警の制服】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:疲労、わき腹を弾丸が貫通・大量出血(手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 0:放送を待つ。
 1:みんなと相談して、複数人で学校に向かう。
 2:友紀に会えたら戻ってくるように説得する。
 3:漁港にも使える船があるか確認しに行きたい。
 4:お酒、ダメ。ゼッタイ。
 5:ちひろはなにを考えて……?


【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、ワルサーP38(6/8)、ミニパト】
【所持品:基本支給品一式×2、サーモスコープ、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く。
 0:コーヒーで目を覚ましましょう。
 1:まゆちゃんの想いを伝えるために生き残る。
 2:お酒は生きて帰ってから?


【矢口美羽】
【装備:鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、タウルス レイジングブル(1/6)、歌鈴の巫女装束】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:自分にできることをしたい。
 1:フラワーズを元通りにするにはどうしたらいいのか。

.


501 : 彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:17:43 4jV5pQrk0


【緒方智絵里】
【装備:アイスピック ニューナンブM60(4/5) ピンクの傘】
【所持品:基本支給品一式×1(水が欠けてる)、ストロベリー・ボム×16】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:心に温かい太陽を、ヒーローのように、哀しい夢を断ち切り、皆に応援される幸せな夢に。
 0:それでも、私は……。
 1:他のアイドルと出会い、『夢』を形にしていく。
 2:大好きな人を、ハッピーエンドに連れて行く。
 3:姫川友紀を止める。


【大石泉】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x1、音楽CD『S(mile)ING!』、爆弾や医学に関する本x数冊ずつ、RPG-7、RPG-7の予備弾頭x1】
【状態:睡眠中、右足の膝より下に擦過傷(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。脱出計画をなるべく前倒しにして進める。
 0:なにかしないと。
 1:放送を聞き、今後の方針を改めてみんなと相談。
 2:自分は首輪の解除を進めていく。
 3:持ち帰った医学書を読み、ネネさんになにかしてあげれないか検討。
 4:学校の再捜索。漁港で使える船の確認。
 5:緊急病院にいる面々が合流してくるのを待つ。また、凛に話を聞いたものが来れば受け入れる。
 6:“悪役”となっているアイドルの推定と対策。
 7:かな子先輩の行方が気になる。

.


502 : ◆John.ZZqWo :2016/01/19(火) 22:17:57 4jV5pQrk0
以上、投下終了です。


503 : 名無しさん :2016/01/20(水) 12:38:56 s.ML9TtEO
投下乙です

こういうのも、ジェネレーションギャップというんでしょうか


504 : 名無しさん :2016/01/25(月) 01:30:06 8jpNcHH.0
投下おつー

>負けない、心
頑張れ、負けるな
誰に、何に。
誰かを応援することは自分を諦めることなのか。
応援するだけだったその心が、自分と向きあえて、口にした頑張れ、負けるなは果たして誰の声だったのか。
悪魔の誘惑か、それとも。その彼女が最後にまた応援して死んだというのがなー。

>彼女たちの誰もが愚者を演じるフォーティスリー
酷いコンボを見た……。
智香ちゃんの話からのこれはきつい。
そういえば智絵里、智香ちゃんの話でもプロデューサーとのことを触れられていたけれど。
今や最初の彼女の根幹である愛や恋が吹っ飛んでたんだよな―。
智香ちゃんの応援だって、Pと一緒に生きて幸せにだったのに。その応援を受け取ったと智絵里が思った時でさえPのこと……。
おおう……。


505 : 名無しさん :2016/01/31(日) 21:45:44 9Er7QH9Y0
おお、投下来てた
じっくり読ませて貰います


506 : 名無しさん :2016/03/03(木) 13:03:26 6ATKZiGw0
続き楽しみにしてます。


507 : ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:45:04 RPEtM6Ho0
お待たせしましてすいません。
ヒョウ君投下します


508 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:47:35 RPEtM6Ho0





―――それが、彼の運命だった。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


509 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:47:56 RPEtM6Ho0




彼は本来、人間と共に生きる種ではなかった。犬や猫と違い人間と一定の距離を置く種である。
日本から遥か遠い、高温多湿の大地に生きる彼らは、近年になって人間に飼われるようになった。
彼らの種は、グリーンイグアナという爬虫類の一種であり、日本古来の生物ではない。
その彼らが日本に居るようになった理由は、生まれた地で、囚われて、移され、日本の人間に飼われる様になったというものでしかないのである。
彼らが狭い世界に囚われ、自ら生きる為に活動しない中で、思うことは一体なんであろうか。
望まぬ異国の地に、食物連鎖の頂点、或いは食物連鎖から外れた生き物の戯れによって、ただ生かされるだけを感じる屈辱だろうか。
それとも、ただ安楽として日々を過ごすだけで食も住も安全も与えられ生きていける麻薬にも似た多幸感だろうか。
もしくはその両方を抱えながら、己の獣として命を見つめるだけの諦観なのだろうか。
答えなど、彼らのなかで一個体ずつ得ているもので、つまるところ彼らの思い次第なのだ。
所詮、彼らの種は、人間を害する種ではない。酷い時には人間に、彼らの都合によって害される存在だ。
だからこそ、人間によって決められた運命を、決められたまま生きなければならない。
見方を変えれば、とても哀れで滑稽な命を、そのまま全うしていく、囚われた彼ら。

定めを持った彼らの一つ、名はヒョウというが……彼もまた、人に囚われ、生きていた。
自分の個として始まりを彼が思い出そうとしても、いまいち定かではなく。
気がついたら、異郷の地である日本という土地に居た。
それでも、生まれたのはこんな穏やかな異郷ではなかった。
彼にとっての故郷は、只管熱く、只管湿っていた大地。
人に囚われたせいで故郷を離れ、また人に飼われる生活を送るようになった。
それがヒョウという存在だった。哀しくもそういう存在は、珍しくもなく。
囚われた彼らの種が送る極めて普遍的な存在であった。
彼はその状況に、大きく悲嘆する事もなく、ただただあるがままに受け止めていくしかない。
故郷からの流転の運命を振り返って彼が言う事は


「まあ、そんなものだ」

諦観にも似たまるで瑣末事を語るような思いでしかなかったのである。
言葉にしてみればそれだけ終わる事で、なんにせよ嘆いたところで変わる現状でもない。
連鎖のなかで下位に位置する彼らは、一種の超然めいた心持ちで、現状を受け止めるしかない。
彼は、そう割り切る事にしたのである。割り切れるのは、彼らの種ではなく、彼自身の性格によるものだろうが。
そうして彼は、日本の地にて、より上位であると彼が思う人間に飼われることになった。

古賀家という人間の家族に飼われる事が、彼が日本に来て、直ぐ決まった。
もっとも彼が古賀家というものを認識するのは大分先であったが。
その頃の彼は、かわりゆく状況を肌に感じながら、ただ流されるままだった。
違う国に来たという認識は、何よりも気温の違い、そして大気からであった。
流れ行く緩やかな空気、何処か乾いた風。たくさんの人間の声と息遣い。聞いた事も無い機械音。
自然から切り離された硬い土地を、彼は見続けていたのであった。


510 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:48:21 RPEtM6Ho0


そして、最初の春。
穏やかな雲ひとつ無い晴れの日に、彼は古賀家に移された。
最初に居た場所から、移される間、籠の切れ間から見えた風景が、彼の心に残り、そして今もなお忘れられない。
遥かな天空の蒼に、何処までもひらひらと舞散る無数の薄紅色の花びら。蒼と薄紅が彩っているのが彼に目に移り、感嘆し思う。
これが、異国の空なのかとしみじみと。感慨を持った処で何か彼のなかで変わることは無い。
無いのではあるか、ただそれを美しいと思う心は、確かに其処にあった。
空を眺めながら、彼は古賀家に送られ、そしてその家の娘に出会う。
まだまだ幼い娘は、小春といい、人間からすると気味が悪い爬虫類の彼に臆する事無く接し、可愛がった。
娘は奇異な存在である彼の事をとても気に入り、自分が面倒を見るつもりだといった。
もっとも彼は娘を小春という個を認識せず、人間の娘程度であったが。
彼はそのまま娘に抱かれるような、一方的な関係が始まりであった。

最初の夏。
蒼い空に燦々と輝く太陽。じめじめとした暑さに、虫達がいつまでも鳴き響く、日本の夏。
初めて経験する夏に、彼は記憶に眠る故郷を想起し、古賀家で過ごし始める。
出来るならこの季節が続けばいいと彼は思うが、それが叶わぬ事も理解していた。
また、徐々に人間に飼われるということに、彼は適応し始めた頃だった。
そして、名前も与えられ、ヒョウといわれ始めていた。
彼はまだそれを自分だと認識できてはいなかったが。
餌を与えられ、人間、特に娘が構ってくるという空間。
娘は無邪気に彼を抱きついてくるが、いつも彼は邪険にし、時に反抗する。
それでも、なお甘えてくる娘に辟易しながらも、慣れるより他はあるまい。
そう彼は考え、こうなってしまったのも運命なのだからとあきらめる他は無く。
快適さを感じながら、人間の纏わりに鬱陶しさを感じていた夏だった。

最初の秋。
暑さは通り過ぎ、植物が実り、葉が彩りを迎え、涼しさを感じる頃。
彼は夏を恋しく思いながら、秋の植物の美味しさに驚嘆としていた。
与えられる果物のなんと瑞々しく美味しい事か。
きっと野生で居る限りでは、こんな甘味を常日頃食べられる訳はあるまい。
人間に飼われることも少しは悪くないではないかと彼が感じた、秋。
その頃から、彼は完全に娘を主な飼育者と認識し、小春という名前だという事も理解した。
娘はやはり子供でまだとても我侭である事も、彼は解った。
彼が言うことを聞かないと直ぐに泣きだし、近寄るととても笑顔になるということも。
それが何を意味するか彼には、解らなかったが。
ヒョウ君と、彼が自分の名前だと理解した名前を呼ぶ時の娘は、彼にとっても不思議な響きになっていた。


やがて、最初の冬がやってくる。
空から舞い落ちる白い塵。
其れに彼が手を伸ばすと、色を失い透明になり、消えてしまった。
何よりも、彼の身体から熱を奪う、恐ろしい物体と彼は認識する。
雪というその物体は、彼が生まれた故郷には存在せず、そしてそれにより忌むべき季節の到来を知った。
本来彼が、感じることも無かった冬を。
彼の種は、日本の寒さには到底耐えられるものではない。
彼が生きるべき処では、そんな寒さになる事は無いのだから。
身体から何もかも奪っていくような感覚に、彼は恐怖を感じ、体を大きく震わせた。

そして最初の冬の時、事件は、彼がどうにもならないところで起きた。
あらましはとても簡潔で。古賀小春が、彼が生きる為に必要な暖を取らなかった事。
変温動物である彼が日本の冬を乗り越えるには、独力では叶わない。
そして飼い主たる古賀家の人は、家を離れていて彼一人だった。
故に身を刺す寒さに、身体の温かみを奪われていくのを痛感し、己が死を彼は悟る。
飼われている人間の世話がなければ、ただ寒さに震えて死ぬだけしかない哀れな生き物。
野生で生きている上では断じて有り得ない惨めな死に方をするのか。
ただ其処に居るだけで死に行く自由もなにも無い終焉を迎える。
ああと彼は悲嘆の息をゆっくり漏らし、彼は静かに目を閉じた。
飼われたものの宿命なのだろうと。結局、己が関与できない所で命を定められ、死んでいく。
人間という存在の気紛れによって決まる憐れな存在。
そうなってしまった事に嘆く事はなくても、諦観をし、彼は命を終えることを受け入れた。


511 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:49:06 RPEtM6Ho0


だが、彼は暖かさを感じるともに、また再び目を開けることができたのだった。
目を開けた先に見えた世界は、古賀小春が自分に抱きついてわんわんと大きな声で泣いていたということだった。
只管ごめんね、ごめんねと謝罪を繰り返し、抱きしめることに彼はただ困惑するしかなく。
その中で、彼は古賀家の人間が帰ってきて、瀕死の彼に気づき慌てて救命措置、即ち部屋を暖め始めたことを悟る。
人間の手で死にかけ、また人間の手で生かされる。
ああ、やはり自分はそういう運命なのだと、身体に生気が宿り始めるとともに確信する。
全ては人間のさじ加減や気紛れで決まるか。或いは人間の感情というもので決まる。
人間の感情とは不思議なものだと彼は抱かれながら、思う。
古賀小春は自分の過失でただただ泣き、只管に彼を思って生かそうとした。
そこにあるのは一体なんという感情なのだろうか。
懐きという感情なのだろうかと彼は考え、身体から感じる温かさに彼はふと思い出す。
野生の頃、記憶というには余りにも曖昧な何か。
単純に言葉にするとそれは、母性、つまりは母の愛だと彼は感じる。
そうなるば、古賀小春は自分を子供のように思っているのだろうか。
彼には人間の本当の思いを知ることなどできようもなく、知る必要性もなかった。

どうせ、人間の手から自分が完全に離れる事は出来ないのだ。
最初から最後まで人間の手によって命が運ばれる定め。
だが、そうだとしても、彼は今、死の危機にたたされながらも、感じているものがあった。

「まあ、これも悪くない」

そんな感情に支配さた彼は、古賀小春の胸に抱えながら、最初の冬を終えたのだ。


512 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:49:30 RPEtM6Ho0



二年目の春。
春の桜の美しさを感じながら、彼は古賀小春の胸に居た。
冬以降小春は、彼を放す事は少なくなった。それを若干鬱陶しいと感じながらも、そのまますごした。
人間が言うには、小春に懐いたという。
そうなのだろうか。彼自身はそれを意識することはなかった。
だが、穏やかに流れる時間は、悪くはない。
そう、思うことにした。

二年目の夏。
彼は古賀小春が嫌がる虫をなんとなく、食べた。
彼の種は本来肉食ではなく、食べる必要などなかった。
彼自身、命を弄ぶつもりで食した訳ではない。
ただ、古賀小春が嫌がる姿を見るのが、堪らなく腹立たしい。
それだけのことだったが、それによって、彼自身が親しみというものを小春に感じていることを知る。
ならば、虫を、命を食べるという行為も、自分自身で肯定するべきなんだろうと結論付けることにした。
だが、それ以降好物と勘違いされて、何度も渡される羽目になったのは、彼自身予想も出来ず、閉口するしかなかった。

二年目の秋。
実りの秋を堪能しながら、古賀小春がアイドルになったというのを知った。
アイドルというのを彼が理解することは、終生無かった。
ただ、人間として特別な存在になった事は理解する。
そのことによって、古賀小春に笑顔が増えたこと。
古賀小春が、楽しい表情を浮かべるようになったこと。
それだけを認識し、ならばいいのだろうと心から納得し、彼自身は実りの秋を堪能した。


2年目の冬。
彼がもう寒さに震えることは無かった。
古賀家には、炬燵という文明の利器が導入された。
彼にはそれがこの世にこんな幸福な空間があったのだろうかと思い知ることになる。
温かくて、ただ過ごしているだけで平穏になる空間。
それを古賀小春と味わうものは、格別だった。
冬はもう怖いものではなく、ただ多幸感を感じるものになった。
それは、炬燵と古賀小春によるものだというのに、彼自身が理解していた。
もうその頃には、古賀小春になれていたのだと彼は思う。


三年目の春夏秋冬。
彼は古賀小春と共に在り、共に過ごした。
特に語る必要も無く、言葉もいらない。
それだけ普遍だったということだった。



そして、四年目は――――殺し合いに巻き込まれた。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


513 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:50:32 RPEtM6Ho0









彼が、殺し合いに古賀小春に共に巻き込まれても、彼は古賀小春と共に在ることを望んだ。
時たま逸れる事はあっても、小春と近い距離に居た。
そして一日が過ぎた頃、病院と居る施設に連れてこられた時、彼は強い不快感を感じた。
人間にとっては消毒された清潔感でも、彼にとってそれは自然とかけ離れた異物だ。
ただ綺麗な空間など、彼には耐えられず、小春の手から離れ逃げ出す。
何処に逃げる訳でもない、ただ外に行こうとしただけだ。
そうした時、病院から焦げたような臭いを感じ、人間数人がけたたましく移動していた。
彼は、古賀小春が背の高い人間に運ばれたのを見ると、彼女を追うことにする。
人間とイグアナの足では瞬く間に離されているが、小春が居る位置はなんとなく解るのだから、気にはしない。

彼は、少しずつこの島で起きていることを理解していた。
何故だか解らないが、人間同士で命の奪いあいをしているらしい。
愚かしいことだ、同種で殺し合いをするとは。
自然ではありえぬ、余りにも野蛮な行いをする食物連鎖の頂点、或いは外れた生き物。

智慧というのは、得れば得るほど、生き物を愚かにするだけなのだろうか。

何の為に、殺す必要性があるのだろうか。
生きるためにだろうか。
人間は、自由に生きることができるというのに。
少なくとも、彼が知る人間は、衣食住に困る必要性はないのだ。
だというのなら、何故彼らは殺しあうのだろうか。
快楽のためだというのだろうか。
悪戯に命を奪い、気紛れで命を生かす人間だからこそ、命を軽くみるのだろうか。
それが全てではない、古賀小春はそういう人間でないのは彼は解っている。
だが、人間というのは、余りにも残酷だ。

だというのなら、やはり智慧が人間を狂わしているのだろう。
余計なことを考えすぎて、やがて破滅へと導くもの。
生きるために、智慧を得ている筈だろうに。
その智慧こそが、人間を堕落に、愚かにしている。

彼は、そう思えてならない。


硬い地面を、人間の智慧の結晶である道路を、彼は歩いて。
何故その豊かな智慧を人を生かす事に使わないだろう。
愚かにも人の命を奪うことに使う人間。
そして、其処に古賀小春が巻き込まれていること。
彼は、少ない智慧で、憤然として、焦燥にかられながら、古賀小春を追った。


514 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:52:04 RPEtM6Ho0


そして、古賀小春を、ある家で遂に見つけた。


但し、命が抜け落ちたただの骸として。

其処で、古賀小春という人間は、もう死んでいるのだ。
骸として、朽ち果てるだけのものにしか、ない。
彼はすぐに理解し、古賀小春の下に寄り添った。
これは、古賀小春ではない。二度と動かぬ骸。
そうである事は理解しても、その場から動くはできなかった。

どうやら、彼の飼い主は、幼い命をあっという間に終わらせたらしい。
彼女より年上の存在によって、余りにも無残に散らされてしまった。
後悔も憤怒も諦観も嘆息も彼は不思議とわかない。
終わってしまったのだ。何もかも全て、総て、凡て。
彼女と過ごした空間も、時間も、温もりも。
ただただ、それだけを感じて。

終わってしまったのだ、何かも。

彼の目の前で、蠅が煩く飛んでいた。
やがて古賀小春に近づこうとしたが、彼はそれ食べて、封じた。
彼女の骸を、虫に塗れる事は、彼自身が許さなかった。
特別な人間の彼女がそんな骸になることは、到底あってはならない。

逆に言うと、それ以外はどうでもいい。
自分の命でさえも。
飼われた命は、飼っていた者のものだ。
どうなろうと、もう知ったことはではない、彼にとっては。
古賀小春を知っている人間が自分を動かすかもしれない。
それなら、それでいい。どうせ人間の手で生かされるしかないのだ。
それがおきないなら彼は此処に居るまでだ。

つまるところ、彼は、ヒョウという存在は、古賀小春と共に在ることを決めたのだ。
この骸にたかる虫を排除しながら、此処で朽ちる。
元々人間に飼われることでしか、自分は生きられない。
それが哀れにも野生から抜け落ちた彼の辿り着く先なのだ。
その事をよく知っていた彼は、一人になったというなら、やがて死ぬ定めだろう。

ならば、それでいい。それが、ヒョウという存在の運命だろう。

そう結論付け、彼は目を閉じる。


515 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:53:05 RPEtM6Ho0




ふと、ある時、古賀小春がテレビというものを見ていた時の事を思い出す。
其処にあったのは、彼の故郷だった。最もその頃には彼にとって縁が遠い存在になっていたのだが。
小春がさびしそうに、それを見ながらつぶやいた言葉がある。


『ヒョウ君にとって、あの島で自然に生きることが、幸せだったのかなぁ……?』



不思議な幼い子供の問いだった。
野生がいいか、飼われるのがいいか。
あの時は、特に言うことも無かった。
だが、今なら何かを言えるのだろう。




「――――おれは、べつに、どちらでもよかったのだ」


516 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:53:28 RPEtM6Ho0







そうして、彼は、流転の人生を、運ばれた命を此処で終わらすことを、多幸感に包まれながら、決めたのだった。


517 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:54:24 RPEtM6Ho0



※ヒョウ君は、古賀小春の遺体に寄り添っています。ほかの人間に連れて行かれるようなら、抵抗しませんが、それ以外ならばその場から離れません。


518 : さだめ ◆yX/9K6uV4E :2016/03/06(日) 22:54:58 RPEtM6Ho0
投下終了しました。
このたびは大変お待たせしてすいませんでした。


519 : 名無しさん :2016/03/07(月) 13:53:29 ay5nN1VMO
投下乙です

野生から切り離されたものは、人間の傍でしか生きられない
それは人間も同じ


520 : ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:44:54 k7jwjyHo0
一部ルール変更がありますので、告知します。
これよりの予約及び投下は、10作以上投下の書き手になります。ご了承ください。
また、補完話の投下のインタバールを撤廃します。
以上報告を終了します。よろしくお願いします。

それでは、ちひろさんと放送を投下します


521 : 緑色の追憶 ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:46:33 k7jwjyHo0


――――『ソレ』は何も変わってしまった、変えてしまった。だから、もう、戻れないあの日に。




「ういっす……ねっむ」
「……おっそーい! 何時だと思ってるんですか!」
「いや、元々今日は俺遅い出勤だったぞ!」
「周りが忙しいんだから、手伝なさいよ!」
「理不尽だな!?」
「ちょっとは社会人の常識を身に着けなさいよ! もうなんべん言ったか解ります!?」
「あーあーきこえなーい」

その日は、いつもと変わらない一日のはずでした。
これも最近よく有る光景の一つです。
私――千川ちひろと、このだらしないプロデューサー……肇ちゃん達のプロデューサーとのやり取りも。
日常になって欲しくないなぁ……この光景。
冬になってから本当多くなった。
寒くなったら、寝坊が多くなってるし、こいつ。
年齢同じくらいはずなのに……というか年下だっけ。
はぁ……。

「全くもう……外見はしっかりしてても中身がこれじゃぁ」
「聞こえてるぞー」
「しーらなーい」
「おい」

結構、端整な顔たちしてるんだけどなぁ。
ファッションセンスとかもデザイナーだけあって凄いし。
……問題はどうして、こう、だらしないんだろう。
私が何度も言っても直す気がない。
はぁ。

「それにしても、今日はプロデューサーもアイドルも事務員もやけにいないな」
「明日、ライブやイベントが多いですからねぇ、土曜ですし」
「そういえば、そうか。こんな寒い冬の日によくやるよ」
「……そう思ってくれるなら、手伝ってくれてもいいのよ?」
「オレも仕事あるんだが」
「何の?」
「次のイベントに使う衣装のデザイン決めやら発注やら」
「後回しにしてもいいじゃない」
「ひでぇ」

実際、今日は人が少なめなのは確かだ。
社長は当然居ないし、皆各自イベントにいっている。
真冬の日とはいえ、週末だ。
ライブやら、イベントやら盛り沢山で、皆借り出されていた。
プロデューサーは彼ぐらいしかいないし。
事務員も皆手伝いにいっている。
各々、地方に出勤やら、色々だ。
実際、彼の担当の肇ちゃんとかはゲストなどで呼ばれている。

「全く、君たちは変わらないな」
「ねーねー! こういうのなんというの?」
「ううーん? 腐れ縁というか……ち……」
「それは、薫に教えるにはまだ早いぞ」
「気付いてないのは当人だけだもんねぇ」

今、此処に居るアイドルは午前にあるラジオ番組にに出演していて、今寛いでるあいさん。
夕方の生放送のゲストに出る為に学校を早引きした薫ちゃん。
そ夜に収録が有る番組の脚本を読んでる椿ちゃん。
それに、自主レッスンを忍ちゃんしているぐらいでしょうか。


522 : 緑色の追憶(Ⅰ) ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:47:20 k7jwjyHo0

ふふっ……皆お仕事が一杯入ってて大変だけど、その分嬉しい気もします。
アイドルになりたかった子達がアイドルをしっかりやれてて。
皆が思い思いに輝けている。笑顔の花がたくさんさいています。
それは本当幸せになる気がしました。
いいなぁ、これ。
すごい、楽しい。

「えへへ」
「……何、笑ってんだ」
「いや、皆が思う存分、輝いていて……いいなぁって」
「……そうだな」
「私は、傍で支えるだけど、その分、皆が輝いて、ファンが笑って、アイドルも笑って……それを見るのが幸せなんです」


うん、幸せ。
それは、とても幸福だと思います。
そういうのが見たくて、私はこの仕事を選んだのかな。
うん、きっとそう。

そしたら、彼は

「なんかいい顔してんな」
「そうですか」
「ああ」
「だったら嬉しいです」
「……ついでにオレの仕事もやってくれない?」
「それとは話が別でしょ」
「ちぇー」


そう褒めてくれたので。
私も、そう笑ってごまかす。
なんか、こういう会話も。


楽しいなって、思えたから。



「…………でも、アタシはまだ燻ってる」
「どうしたんだい、忍君?」
「皆、仕事入ってるのに。アタシだけ何も無いや。悔しいよ」
「……ふむ」
「アタシも、まだ輝けてない。頑張らなきゃ……急がなきゃ」

その脇で、忍ちゃんが悔しそうに言葉にしていた。
無力をかみ締めるように、ぎゅっと唇を噛んで。
確かに、彼女だけ今日、仕事はない。
だから自主レッスンという形で事務所に来ている。
けど、独りでレッスンするのが辛くなって、事務所の休憩室に戻ってきたんだろう。
彼女の焦燥もよく解る。
けれど、忍ちゃん、そうじゃないんです。


「……忍ちゃん、焦らなくてもいいんですよ?」
「でもさ、ちひろさんっ! アタシだけないなんて……」
「そうですね。でも、それで忍ちゃんが輝けないアイドルだと思いますか?」
「えっ……?」
「忍ちゃんのプロデューサーは、貴方が輝くものがあると思うから、スカウトして頑張ってます」
「それは解るけど……」
「いつ、才能が開花するかは、それこそ人によって違います。もしかしたら開花しないかも知れない……でも、貴方は大丈夫ですよ、忍ちゃん」

ねぇ、忍ちゃん。
焦らなくてもいいんですよ。
だって

「なんでですか?」
「貴方は努力してるじゃないですか。今もそう。それは誰にだってできる事じゃない」
「そんな事ないと……」
「いいえ。それは、貴方の輝き方。他の人と違うかもしれないけど、それは他の人に勝るとも劣らない輝きだと思いますよ……だから、きっと花が開く」
「……そう、なのかな」
「はい。貴方はアイドルですよ? 此処には一杯居るけど、皆素晴らしい子ですよ。優劣なんてない。一人一人が素晴らしい種なんです」

貴方はそうやって、努力しているのを、皆知っている。
必死に頑張って、レッスンしている姿は輝いて見えますよ。
それは、貴方自身の輝き方。
泥臭いかもしれないけど、遅咲きかもしれないけど、それはきっと花が開く。
そして、此処に居るアイドルは皆素晴らしいのですから。
皆が花が開く。


523 : 緑色の追憶(Ⅰ) ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:47:41 k7jwjyHo0

「あいさんも、薫ちゃんも、椿さんもそう。だから、忍ちゃん、焦るのはよくない」
「……うん」
「焦って、自分を見失わないで。輝き方を忘れちゃ駄目ですからね」
「……解ったよ」
「プロデューサーと、仲間と……そして自分自身を何よりも信じてください」

そして、自分を信じる事、見失わないこと。
それが何よりも大事なんです。

「ちひろさん、ありがとう……兎に角、アタシ……普段通り頑張ってみる。きっと、そしたら……もっともっと先にいける……よね」
「はい、勿論」

もう、忍ちゃんの顔に悔しさは無い。
前を向いて、先に進もうとする素敵な笑顔だった。
うん、素敵なアイドルです。


「へぇー、言うじゃん」
「あら、まだ居たんです?」
「ひでぇ」
「仕事、やらなくていいんですか?」
「気が変わった、手伝ってやるよ」
「ぇー! 意外ー!? 雨でも降るんじゃないですか?」
「雪はちらついてるが」
「えっ、本当……?……本当だ……で、手伝ってくれるの?」
「あぁ、いい事聞いたお礼だ」
「普通の事いったまでですけどね」

彼に聞かれて、ちょっと照れ臭くなる。
普通の事言ったつもりなんだけど、どうしても。
かっこつけたせいかな……?
恥ずかしくなって

「はいはい、手伝うならこれとこれと……後それもやってくださいね!」
「えっ、ちょっとマジ多いぞ! オレ一人で出来る量じゃねえ!」
「出来ますよ? 頑張ってくださいね?」
「この鬼、悪魔、ちひろ!」
「はい、ちひろです、よろしくね」

ふふ……雪もちらつく位寒い日ですけど、なんか楽しい日ですね。


「ねえ、あいさん」
「なんだい?」
「ちひろさん、あの人と話す時、凄い楽しそうですね」
「フフ……まぁ、彼女自身は気付いてないみたいだけどな」
「いつか気付くかな?」
「どっちも鈍感そうだから……どうだろうな」
「ねーねー椿お姉ちゃん! かおるいいことかんがえたよ!」
「なんだろう?」
「あのふたり、しゃしんとってあげて」
「……ナイスアイディア……よっし、内緒で」
「フフ……きっと彼女、後で驚くぞ」


あぁ。



こういうのが、ずっと、続く、といいなぁ。









――――けれど、その願いは哀しいぐらいに、届きませんでした。


524 : 緑色の追憶(Ⅰ) ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:48:34 k7jwjyHo0





「ん……?」


なんだろう? 身体が揺れたような?
うっ……身体のあちこちが痛い。
……どうやら、机で突っ伏して寝ていたようだ。
時間を確認すると、深夜3時半過ぎだ。
0時なる前までは、起きていた記憶があるけど。
仕事が、終わらなくて、結局寝てしまったのかな。

「……あれ、終わってる」

机を見ると、残りの作業が全部終わっていた。
おかしいなと思うと、肩に上着が掛かっているのに気付く。
高いジャケットで、あの人のだ。
……もしかしてやってくれたのかな。
一緒に残ってくれてたけど。
その彼を探すと

「……やるじゃん。遅くまでありがとうね」

ソファで、大の字になって寝ているあいつが居た。
完全疲れてる様子で、普段整っている髪もくしゃくしゃだ。
でも、それがなんだか嬉しくて、私は笑う。
いつもこうだといいんだけど。

「そういえば……さっきのゆれたと思うんだけど……」

そう思い、私はテレビをつける。


その時、気が付けばよかった。
周りのビルからこんな遅くなのに電気がついていて。
外も夜なのに騒然しているのを。


何か、どうしようもない哀しみが襲っている事に。






「えっ…………」





其処に、移されたのは、速報。


525 : 緑色の追憶(Ⅰ) ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:49:10 k7jwjyHo0







「えっ……そんな……」





とてつもない地震が、北の地域を襲ったという事を。




被害は確認できてないが、甚大である事は確かである事。





そして



「あぁ…………あぁぁ……」







ダムが、決壊して。








「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!??????」







私の故郷が、その被害にあったらしいことも。










「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」





全部、全部、伝えていました。




第二の故郷が奪われ


また、何もかもが奪われる。



また、また、また、また、またっ!


526 : 緑色の追憶(Ⅰ) ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:50:04 k7jwjyHo0








私の故郷が、思い出が、大切な人達が!




私の全てが!





私の希望が!









「っ――――あああああああああああああああああああああああああああああ!」





其処に、あったのは、『絶望』しかありませんでした。




そして、それは、私が変わって、






『何か』が生まれた日でもありました。


527 : 第五回放送 ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:51:10 k7jwjyHo0




「……んー流石、和久井留美と言った所でしょうか」

千川ちひろが困惑しながら、モニターを見つめて、嘆息を一つ大きくついた。
頬杖を突きながら、机の上に広がっていた書類に書かれている名前に、一つずつ斜線を引いていく。
斜線を引かれていった名前は、全て病院に集ったアイドル達。
いずれ、この集団から死者が出ることは想定していた。
神谷奈緒と北条加蓮の襲撃もその内に起きる事も。
だが、襲撃した二人ごと、大量に殺戮せしめる留美の活躍は、ちひろには正直驚きしかわかない。

「茜ちゃん含めて、何人死にましたっけ?」
「……えーと九人ですね」
「発破かけた通り頑張ったということ、でしょうか」

この時間帯で、九人死んだ。
その数そのものは、前回死んだアイドルの少なさを鑑みて、まあいい。
だが、一箇所に固まるとは頭の隅で考えていたが、その通りになるとは。
原因は何か、ちひろはそう考え、結局一つしかない。
神谷奈緒、北条加蓮、和久井留美に共通してあったものだろう。

「覚悟を決めた女は強い、と言う事ですか……仕方ないか……やれやれ」

覚悟を決めていた、それだけだろうとちひろは結論付ける。
ともあれ、これで大きなアイドルの集団が、一つ無くなった。
残った二人はもう抜け殻なようもので、ちひろの頭の中から消えていた。
逆にもう、そこから紡がれるものに、期待しなくていい。
そうちひろは頭を切り替えて、もう一つの集団――警察署に集まるアイドルをを見つめる。


「まあ、残るなら、『此処』ですよね。ねえ、貴方もそう思うでしょう?」
「ええ。まあ……あっ」
「言っちゃったみたいな顔しても、無駄ですよ。今更互いに中立気取っても仕方ないでしょう」

ちひろは眼鏡をかけたサポートの人間の失言を、悪戯を見つけたように、楽しそうに笑う。
主催と立場でありながら、中立とは言いがたいちひろ。
この殺しあいの目的を考えれば、中立である理由は、必要は無いのだが、それでも行き過ぎた面はあると考える。
けれど、眼鏡をかけた彼女も徐々に魅せられていることに、自覚する。
その集団に集まるアイドル達に。
実際今も、その集団に目がいっている。


528 : 第五回放送 ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:53:09 k7jwjyHo0


「ねぇ」

彼女が気がつかないうちに、ほんの耳元から囁き声が聞こえてる。
振り向く事も、出来ないぐらいの隣に、千川ちひろは居るだろう。
そして紡がれる声に、彼女は生きた心地がしなかった。



「貴方のお気に入りのアイドルは、だぁれ? 貴方にとって『希望』のアイドルは?」


顔を動かす事は許されず、ただモニターを見つめるしかない。
警察署にいる八人のアイドル達。
ちひろの操作によって、ひとりひとりが大写しにされていた。

「やっぱり、高森藍子? まさしく満開の『希望』がいい?
 それとも、高垣楓? 揺ぎ無い確固たる一人の『希望』が魅力的かしら。
 ……ああ、栗原ネネかしら? 消えそうなのに、精一杯生きる『希望』が好み?
 他にも矢口美羽、川島瑞樹、小日向美穂……ああ
 でも、貴方のことを考えると、きっと…………」


なんでこの人は、楽しそうに人を追い詰めてくるのだろう。
眼鏡の彼女は戦慄しながら、大写しにされた子を見る。
それこそ、彼女が追っていた子で。



「緒方智絵里。身の丈以上の夢を追い続ける、何者でもない子が、好きそうね。
 勇気を振り絞って、幻影の『希望』を追う彼女の事が……うふふ」


今はまさしく高垣楓に打ちのめされ、失意に沈む儚げな子。
それが彼女にとって、希望のアイドルにも見えて。
気になっていて。


「そうねぇ……彼女には『役割』がある」
「三村かな子のような……?」
「いえ、それとは別の……その内、そういう状況になると思うので、見てるといいですよ」
「……はあ」
「そうやって『希望』に魅入られ、『希望』を見出す事……それこそ、意味があることなんですから」


そして、と千川ちひろは言って。
もう一人、大うつしにされる子。
千川ちひろが介入してまで、引き出そうとしている子。


529 : 第五回放送 ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:53:30 k7jwjyHo0


「高森藍子。 貴方の『希望』はきっと揺るがない。その程度じゃ、貴方は哀しみに沈まない。それこそが貴方の輝きだからよ」


狂気的に笑い、見つめる先に移る子。
誰よりも彼女の希望を妄信的に信じていて。
誰よりも重たいものを背負わせようとしてる。
そうにしか、彼女には見えなかった。
 

「あの相葉夕美は……」
「ああ、もう決まってます。通話も終えましたしね。そろそろ放送でしょう」
「はい」
「それで禁止エリアは――――」


ちひろが告げたエリアに、彼女は唖然とするように、口をあけて、もう一度聞き返した。

「……正気ですか!?」
「ええ。もう終わったんですから」


それは、一種の宣告だった。
もう必要ない。
盤面だけを見て、切り捨てるように。



さて、とちひろは、にっこり笑い。



「さて、放送ですね」



そしていつも通り、希望、或いは絶望を告げる。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


530 : 第五回放送 ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:53:49 k7jwjyHo0








おはようございます。元気にしてましたか?
二回目の朝がやってきましたね。
と言う事で、五回目の放送です!

よっぽど、この前の“警告”、或いは、“御節介”が聞きまたしか?
皆さん頑張ってくれたようで、何よりです。
ご心配なく、今回はまだないですよ。
何がないかは、まあ言われなくても、解りますよね?


さて、皆さんも慣れてきたと思うので、早速いきましょうか。
前ふりをしたら、気になるでしょう?
誰が死んだのか。

それでは、死者の発表をします。

日野茜
古賀小春
小関麗奈
松永涼
白坂小梅
向井拓海
小早川紗枝
北条加蓮
神谷奈緒

以上九名。


頑張りましたね、流石、希望のアイドル!
皆張り切ったお陰で沢山出ました。
此方としてはありがたい事です。


それとも、これを聞いて『絶望』しましたか?
必死に生きようとしてる、アイドル達の皆さんは。



………………ふふっ。まだまだ、こんなもんじゃ足りませんよ。
『絶望』も『希望』も。何もかも
まだまだ、もっともっと、生き足掻いて、『希望』を輝かせなさい。



続いて、禁止エリアの発表です。

8時にE-7
そして10時にG-7


いいですか? 10時にG-7です。


ふふっ……このことゆめゆめ考えて。


どうするか、きちんと、決断してくださいね。
その決断が、希望と絶望。
どちらに傾くか、楽しみにしています。


531 : 第五回放送 ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:54:07 k7jwjyHo0




さて、もう、気づいてる人は居るだろうし、知ってる人もいるでしょう。
貴方達のなかには『役割』を持っているアイドル達がいることを。
今更隠しても仕方ないですし、そういう子が居るんですよ、知らない人はこれを期に知ってくださいね。


どんな『役割』があるか。
まあ、そんなことに意味はないんですよ。
どう足掻こうと、その子達の歩みはその子達だけの歩みなのだから。


そして、『役割』に縛られるか。
『役割』から、脱するのか。
それも貴方達次第です。
だから、精一杯進んでくださいね。


此処まで生きて、其処に居る皆さんなら、自分の道は自分で切り開いてるでしょう。


だから、いえることは一つ。


輝く、アイドル達。



貴方の希望を、その生き様を。

絶望に抗う様を。


絶対的な正しさを、信じて。





貴方達が望む夢、切り開いて、見せてくださいね。


楽しみにしています。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


532 : 第五回放送 ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:54:28 k7jwjyHo0










「本当に、其処を禁止エリアにするんですか?」
「ええ。もう伝えましたし」
「高森藍子に影響を与える事が彼女の今の『役割』だったんですか?」
「さて……? それは彼女が決めることですよ」


禁止エリアに指定去れた島を眺めて。
ちひろとナビゲーターの女は言葉を交わす。
ナビゲーターは困惑しながらも、彼女の決定には従うしかない。
指定された島に居る彼女。
それは言ってしまえば死刑宣告みたいなものだ。
それに対してどういう反応をするのか、まだわからなかった。
また


「高森藍子。 この決定に貴方はどんな答えをだしますか?」

ちひろは楽しそうに、笑って。


「大丈夫ですよ貴方の決断は、常に『希望』に満ち溢れ、そして絶対的な正しさを持っている。
 誰もがきっと、貴方の決断を、祝福しますよ」


それは本当に祝福なのだろうか。呪詛の間違いではないだろうか。


「そして、その決断をし、答えを乗り越えた先の、絶対的な『希望』……ひいては『アイドル』こそが」






――――私たちの『計画』の行き着く先、答え。いいえ、『希望』なんですよ




【残り 19名】


533 : 第五回放送 ◆yX/9K6uV4E :2016/04/12(火) 22:54:49 k7jwjyHo0
投下終了しました。
続きまして、三村かな子を予約します


534 : 名無しさん :2016/04/13(水) 09:43:30 emONztG.0
禁止エリア…!
ドキドキするう


535 : 名無しさん :2016/04/13(水) 16:37:40 1qUZJePA0
投下乙です


536 : ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 21:56:41 pl3Dp5Rc0
お待たせしました、投下はじめます


537 : ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 21:59:12 pl3Dp5Rc0






――――――Chocolat Tiara Chocolat Tiara Ready Ready...Step!










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


538 : ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 22:00:26 pl3Dp5Rc0









「そっか」

胸にすとんと、落ちるものがあった。
先程流れた千川ちひろの放送で、すべてがわかった気さえした。
自分自身に、三村かな子に与えられたものは、とても解りやすいものだったということを。
さらりと流れていくように、身体の中に落ちて、そこで何もかも終わった。
今眺めている景色すら、まるで色を失っていくような感覚さえあって。
三村かな子はゆっくりと目を閉じて、すーっと息を吸い込んだ。


――どんな『役割』があるか。まあ、そんなことに意味はないんですよ。どう足掻こうと、その子達の歩みはその子達だけの歩みなのだから。


『役割』があると、千川ちひろは言った。
それも、かな子だけではない沢山の人にあることの示唆を。
その与えられた『役割』をいうならば、自分自身はやはり『悪役』なのだろう。
いや、『悪役』でもなかったのかもしれない。そう、かな子は思ってしまう。
姫川友紀、緒方智絵里は『悪役』と言っていた。自分の役割を。
そしてその役割を通じて、言葉を交わしぶつかっていた。
傍で聞いて、かな子は考えて。



――――『悪役』


この単語をかな子は、辞書で正確に調べたことはないけれど。
思い浮かぶのは、悪人を演じること、憎まれ役になることだ。
だとするならば、自分は本当に、なっていたのだろうか。
私は、悪人で憎まれる為に行動していたのだろうか。
他の子を殺して殺してまわった自分。
行動だけ見れば、悪人だ。
けれど、


――それを認識している人間は、どれ位いるのだろう?
誰にも気づかれず、排除して淡々と参加者を減らしていた。
今の今まで、自分が殺しまわってることに気づかれてない自信はある。
でもそれは、逆にいうならば、憎まれることもなく、悪だと言われることもない。
誰かに憎まれてでも、殺すと誓った姫川友紀みたいな思いが、自分の心にあったのだろうか。
静かに自問して、目を開ける。


「ああ、」


そんな、ものはなかった。
ただ、目の前の『アイドル』を殺すことしかなかった。
その子がどんな思いでいたかなんて、考えてなかった。
自分のプロデューサーを助けたかった、それだけ。
いや、それすら違うのかもしれない。
もっと、もっと、弱い、哀れな自分の感情でしかなかったのではないか。


千川ちひろが怖かった。
怖くて、逆らえなかった。
逆らったら、自分が死んでしまう。大切な人が死んでしまう。
それが嫌だった、だから、殺した。
殺せば、大切な人が助かる。
誰でもよかった、誰かが死ねば、自分とプロデューサーが助かる。
千川ちひろは、何も言わない、殺すこともない。
そう、信じて。


539 : ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 22:04:22 pl3Dp5Rc0

だけど、それだけ。数減らしが、ちひろにとっての自分の役割だった。
極端な言葉を使うならば、駆除役だったのだ。
千川ちひろに見合うアイドルが生き残るまでの。



――――此処まで生きて、其処に居る皆さんなら、自分の道は自分で切り開いてるでしょう。



切り開くことなんて、しなかった。
きっと、ちひろにいわれるまま、『役割』に縛られていたのだろう。
あの時、大槻唯を殺していなかったら。逆らっていたら、何か、変われていた?
……それが、出来ないから、自分は最初から何も期待されてなかったのだろうか。



わからない、わからないまま、三村かな子は、呆然と立ち尽くす。


自分が縋っていたかもしれない、『役割』すら、偽りだったかもしれないと気付いて。



ただ、瞳から、雫があふれてきて、とまらなかった。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


540 : ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 22:08:18 pl3Dp5Rc0







千川ちひろから殺し合いが始まる前に、何度も話された事がある。
それはかな子以外の有力な参加者数人の情報だった。
とても楽しそうに、かな子を見ながら伝えていた。

具体的な名前を挙げるならば、何よりも大本命だと彼女が言っていた水本ゆかり。
大切な友達を守るために、手を汚すだろう神谷奈緒、あるいは北条加蓮。
何もしなくても強者になるといわれた和久井留美。
幼きパートナーのために、鬼にもなれる松永涼。
全てを受け止めて進む覚悟を持った小早川紗枝。
誰よりも苛烈な意志を持った岡崎泰葉。

繰り返しかな子に伝えられたのは、大体そういった人たちだった。
この者達は、最終的に殺し合いに乗る算段が高いと。
そしてこの殺し合いを動かしていく人物だという。
その事を前もってかな子に伝えることで、頑張れとちひろは言ったのだ。
警戒するもよし、負けずに殺し合いをして生き残れと。
これを伝える子とは三村かな子に対する特権だという。
けれど、それも今は怪しいとかな子自身が思っている。

要は、この子達は、期待されるだけの『役割』、そして『価値』があるということだ。
特に水本ゆかりには、千川ちひろは何度も『希望』に値すると語っていった。
彼女は早期に退場してしまったが、それでも自分で道を切り開いていたのだろう。
ゆかりとかな子は少しぐらいしか話したことがない間柄だけど、きっとそう。
他の子達だってきっと、そうだ。
かな子が知っている子、知らない子両方ともいるけれど。
注目されだけの、意志や覚悟があるのだろう。
そういうものがあるから、きっと道を切り開く力があって。
だからこそ、千川ちひろの期待に沿うものになる。

なら、自分はどうなのだろうか。
きっと彼女達とは、違う。
そんなものはなかった。三村かな子の手のひらには、心には。
ただ恐怖に苛まれながら、失うことに怯えながら殺すしかなかった。
何も考えず機械のように、殺すことで自分を保とうとする。
それが救いだったから。そんなかな子に姿に千川ちひろは期待していたのだろうか。


541 : ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 22:08:47 pl3Dp5Rc0
が救いだったから。そんなかな子に姿に千川ちひろは期待していたのだろうか。

いや、違う、

千川ちひろは、三村かな子という存在に、『価値』を持っていなかった。
三村かな子が、この殺し合いのなかで自分の道を切りひらくことなんて考えいなかったのだろう。
あくまで恐怖に押しつぶされ、粛々と殺しを続けてしまう、そんな存在だと。
三村かな子に与えられた役割が駆除役だというなら、まさしくそのとおりになっていて。
そんなかな子に、あえて情報を教えたのは特権なんて優遇されたものではなく。

お前と違って期待している子達だから、せいぜい警戒して殺すな。

そんなものでしか、なかった。
実際彼女達にあったら、自分は殺し合いをしていただろうか。
いや、きっと警戒して逃げていただろう。
殺し合いをして傷を負うのを、死んでしまうのを、避けていたに違いない。
そんな哀れで弱い感情に基づいたものでしかないのだろう。
大槻唯が殺せたのは、本当彼女が油断していたからに過ぎない。
だから、きっとかな子は、どこまでもちひろがいう『希望』ではなく、『価値』もなかった。


「…………あ、あー」

そして、三村かな子はついに気づいてしまう。
気づいてはいけなかったことに。
そんな自分に『価値』もなく、期待もなかった自分。
恐らく数を減らすだけの駆除役だった自分の『役割』。
そこにあるちひろの思いは、考えていることは。


「私、死ぬしか、ないんだ」


三村かな子には、生きることなんてこれっぽっちも考えられてないのだ。
戦って戦って、殺して、殺して。
その果てにあるのは、傷つきやがで死んでしまうこと。
アイドル達の希望を磨いて、磨きぬいて。
使いに使われた道具は、やがて朽ちて捨てられる。

きっと自分もそういう存在なのだ、どこまできっと、そう。
千川ちひろに恐怖に押しつぶされて、言われるがままに殺し合いをしてしまった自分は。
もう、生き残ることなんて出来ないのだ。生きて帰る事なんて許される訳ないのだ。
千川ちひろに、自分自身に、そう、全てに。


三村かな子という存在は、恐怖に潰された期待もされない『価値』もない哀れな子。


なりたかったものさえ、見つけられないかな子が行き着く先は、



――この世界から、いなくなること。




「――――――」



溢れた涙はもう止まらずにいて。


自分の存在する理由すら失った少女は。


両手で顔を覆い、糸が切れた人形のように、膝から崩れ落ちてしまった。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


542 : ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 22:11:05 pl3Dp5Rc0






――――お手本より、沢山苺乗せたショートケーキ、こんな風に、きっとなりたかった。




やがて、両手で思い切り涙を拭って。
ゆっくりと立ち上がり、かな子は前を向いていた。
不思議と気持ちは澄んでいて、開けた視界はとても、鮮明だった
何処までも静かで、すーとゆっくり息を吐く。
自分は、きっとこの島で死ぬのだ。
それはきっと逃れないこと。
でも、だからこそ

「――――」

もう、かな子はただ、歩きはじめるしかなかった。
心の中に響くのは、優しくて甘い歌。
かな子が大切にした、『アイドル』そのもの。
大好きな、信頼した人から、もらった歌を。
なりたかった、叶わなかった姿を思って。
胸の鍵を空けて、そっと奏ていた。


ショコラのような、甘くて夢のような、ティアラ。

自分がつけたかったティアラはそんな、やさしくて輝いたものだった。
そういうものつけた、そんなアイドルになりたかったけど。
あの人にそういうものをつけて欲しかったけど。
でも、もう、きらきらした輝きは、遠い。
そんなものは、手に残らなかった。

自分が手に入れたのは、抱え切れないほどの罪。
血に汚れた、どうにもならない自分の身体。
現実はとっても哀しくて怖くて、つらくて。
それでも、なお夢は輝いてるから。
だから、今は心の中で歌おう。
アイドルだった、自分を。
あの人のヒロインだった自分を。


543 : ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 22:12:39 pl3Dp5Rc0


――――バニラのような願いを 枕にした夜は、ヒロインになった 夢見たいな

それでも、夢は夢だ。
それは、きっともう叶わない夢。
甘くて、優しくて、決して叶わない夢。

千川ちひろは、かな子を生かす気なんて、ないのだ。
そして自分自身がこんなにも汚れてしまったのなら。
アイドルの『三村かな子』が、今のかな子が夢を掴むことを望まないだろう。

だとするなら、『アイドル』の夢を今まで見せてもらったと思おう。
『アイドル』の姿は、もう遠いのだから。
だから、諦めよう。だれかれも許しはしない。
そうだと、心に決めて。
何度も、何度も心のなかで頷いて。必死に強がって。

それでも、涙が溢れそうになる。
そんなに簡単に捨てられるなら、私はもっと簡単に殺せた。
こんなにも泣かなかった。
だって、その姿はどうしてもなりたかったもの。
甘くて優しいものだったから。

だから、強がれない。
でもきっと、そんな自分も好きになれる。
好きになろうと、決めた。

「うん、殺そう」


三村かな子は、そうやって、『アイドル』を諦めると心に言い続けて。
殺そうと思った。誰かを。
でも、それは恐怖じゃない。何も考えないで選んだ答えじゃない。
自分が決めた、道。
アイドルを心の底から、諦めて、残るものはなんだろう。


誰がために、殺していくなら。
誰がために、散り逝くなら。


そんな答えは、最初からあった。
三村かな子のアイドルとしても、三村かな子自身としても。
心の底から、ずっとあったのだ。
だから、三村かな子は、それを選ぼう。
だって、それしか残っていないのだから。


544 : ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 22:13:16 pl3Dp5Rc0




――――あかり灯したフロマージュ、新しい私のバースデイ



自分に、ショコラ・ティアラをつけてくれようとした、王子様のために。
自分を、シンデレラのお姫様に、ヒロインにしてくれようとした王子様のために。


三村かな子は、一人の女の子として殺していこう。


殺して、殺して、そして死んでいこう。



それは、三村かな子が、生まれ変わった瞬間だった。


きっと、自分で道を切り開いたかな子の最初のステップ。


あまりにも、残酷で、哀しい選択を。
諦めるという答えを持って。
三村かな子は、ただ歩き始めた。



――――夢のティアラ 見つけるから。涙も跳ね返すような、虹のショコラ 集めながら、これからも 歩いてく


いつまでも、響く、アイドルとしての残滓。
夢の欠片はきっと、この道の向こうに。
虹色に輝いた欠片は、きっと心の中に。
いつまでも、輝いて。
心の中に、見つけつけて。
そうして、それを静かに諦めて。


諦め切れなくて、立ち止まりそうになるけど。
罪と血と空虚が、かな子を許すこともなく。
かな子は、負けないと強がりながら


これからも、 殺して、歩いてく。


545 : ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 22:15:31 pl3Dp5Rc0



【G-4・街中/二日目 朝】

【三村かな子】
【装備:カットラス、US M16A2(30/30)、カーアームズK9(7/7)、レインコート】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
       M16A2の予備マガジンx3、カーアームズK7の予備マガジンx2
       ストロベリー・ボムx2、医療品セット、エナジードリンクx4本、金庫の鍵】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。
 1:他のアイドルを探し出し殺す。
 2:大石泉らがこの近辺にまだいるはずなので、この近くや施設を捜索する?

 ※【ストロベリー・ボムx8、コルトSAA“ピースメーカー“(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)】
   以上の支給品は温泉旅館の金庫の中に仕舞われています。


546 : ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E :2016/04/20(水) 22:15:54 pl3Dp5Rc0
投下終了しました。
続きまして、渋谷凛を予約します


547 : 名無しさん :2016/04/20(水) 22:19:02 LQw5WLXI0
投下おつー
強がりだとしても現に負けない女の子が生まれてしまったか
しかしこれ、裏を返せば最悪の対主催だよな
かな子優勝すれば、ちひろ全否定だし
ショコラ・ティアラの歌詞やお菓子を今になって持ってくるのに泣いた


548 : 名無しさん :2016/04/21(木) 17:46:11 Y7WGELq2O
投下乙です

かな子は悪役からヒロインにスタンス変更


549 : 名無しさん :2016/04/29(金) 03:15:44 d6kHYA6.0
投下乙です

うおお・・・


550 : 名無しさん :2016/06/02(木) 09:27:30 sHSVxpJU0
ここにきてかな子に進展あってうれしい


551 : ◆yX/9K6uV4E :2016/06/05(日) 01:32:26 MN0CJRno0
お待たせしました。投下します


552 : その時、蒼穹へ ◆yX/9K6uV4E :2016/06/05(日) 01:34:39 MN0CJRno0







――――――行け、行け、行け、行け、飛べ、飛べ、飛べ 蒼穹へ深く








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


553 : その時、蒼穹へ ◆yX/9K6uV4E :2016/06/05(日) 01:35:16 MN0CJRno0





『おはようございます。元気にしてましたか?』

とくんと胸がひとつ鳴ったのを、自覚する。
遂に、この時が来た、来てしまった。
聞きたくない気持ちも強い。
けど、逃げ出したくない気持ちが耳に手を当てるのを、抑えていていた。
渋谷凛は、きちんとこの放送を受け止めなければならない。
それがどんな結果であっても。哀しいものであっても。
そうならないことを祈って、凛は静かに手を組んだ。

千川ちひろが告げるくだらない前座は、耳に入らなかった。
いっそ、何も耳に入らなければいい。
今、凛に入ってくるものは、三つの名前でしかない。
これさえ入ってこなければ、いいのだから。
だから、呼ばれないで。
目をぎゅっと、瞑った。


けれど、祈りは届く事もなく。



『――――北条加蓮、神谷奈緒』



終わった。
終わってしまった。

凛は、目を静かに、開いて。
よろよろと手を解き、蒼穹に掴もうと真っ直ぐにのばす。
何も攫めるものもなくて、手を取ってくれる人もいなくて。
伸ばしきって、その時、どうしようもないぐらいの、居なくなってしまった『今』を知って。


「………………っ、あー」

何かに、逃げるように、一歩一歩後ずさって。
ドンと強く、背中を行き止まりの壁にぶつけて。
そのまま、力無くずるずると寄りかかるように、腰を降ろしていく。
立っていられるわけが無かった。
そのまま、膝に顔をつけて。


「ぅぅ……ぁぁ…………ぁぁー!」



渋谷凛は、『今』を見て、泣いていた。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


554 : その時、蒼穹へ ◆yX/9K6uV4E :2016/06/05(日) 01:35:50 MN0CJRno0












『貴方達が望む夢、切り開いて、見せてくださいね。楽しみにしています』



その一言で、千川ちひろの放送は終わった。
いつもと変わらない調子で、彼女は必要なことを言って。
希望だが、夢だが、役割だがなにやらを楽しそうで。
聞かされる人間の気持ちも知らずに、彼女は伝えることを言い切った。
五回目の放送も、そう以前と変わらない。
渋谷凛がどんなに泣いても、変わる筈がない。

「……ははっ……うー」

なのに、聞かされるたびに、自分は耐えきれなくなってしまう。
放送を聞く前と聞いた後では、自分が変わったような気さえして。
解っていた、覚悟していた。
奈緒も加蓮も、いなくなってしまっているかもしれない事ぐらい。
でも、願うだけ。祈るだけでもいいじゃないか。
こんなに哀しくて、辛いのに、ちょっとぐらい叶えてくれてもいいじゃないか。
奈緒と加蓮がどれだけの罪を重ねてたとしても、いきていればどうにかなるのに。
どうして、どうして奪ってしまうのか。

「わた、わ、た……しは……」

瞳から、涙を流して、空を見る。
変わらない蒼穹がそこにはあって。
何処までも蒼く。蒼く。

蒼い空の向こうに、奈緒と加蓮はいるのだろうか?
あの二人は、何を思って、いったのだろうか。
分かり合うことは、本当にできたのかな。
自問して、何度も空に、向こうにいる二人に問いかけようとして。
意味が無いことを、凛は自覚する。

そんなことをしていても、答えは返ってこないのだ。

あの時、凛は選択をした。

振り返らない、前を進むと。
あの時、奈緒を置いて離れた。
それが全て、総て、凡て。

悔いなんて、残るに決まってる。
悔いの残らないの選択なんて、できる訳がない。


何度、何度も切り捨てて、何度、何度も諦めて!
何度、何度も後悔して、何度、何度も哀しんで!


その結果が、これなのだから。
もう、自分のてのひらには、何もかも残ってない。
振り返らず前を向いて、進んで、進み続けて。

その後ろには、無数の後悔の跡と罪がある。


555 : その時、蒼穹へ ◆yX/9K6uV4E :2016/06/05(日) 01:38:57 MN0CJRno0


「わたしは、どうすれば、よかった?」


何のために、ここまできたのだろう。
奈緒と加蓮を捨てるためにここに着たのか。
諦めたくなかったんじゃないのか。
何もかも、諦めたくて。
その結果、奈緒を諦めさせて。

どうすれば、奈緒は一緒に来てくれた?


卯月を優先したから?


わからなくて。


わからない。
何が正しくて、何が間違っていたのか。
沈むように凛は俯く。
自分はどうしたかったんだろう。
奈緒も加蓮も、卯月も。皆に。
自分は、どうすればよかんだろう。


その時


「……………………ああ」

千川ちひろが言っていた言葉を思い出す。
役割が、あると。
それが、まるで天啓のように、凛の頭に響く。
そうだ簡単なことだった。
もう、それしか考えなければいい。

「『役割』」

彼女にとって自分の役割はなんだろうか。
そんなのわからない。
わかりたくない。


けど、『自分自身で、自分の役割』は決められる。



そして、渋谷凛にとって、今の、渋谷凛の役割は決まっている。


556 : その時、蒼穹へ ◆yX/9K6uV4E :2016/06/05(日) 01:43:18 MN0CJRno0


そうだ、決めた。
それしか、無い。
それしか、救われない。


「卯月に、会うんだ。会って話して、卯月を笑わせるんだ」


島村卯月にあって、全力で彼女のために、なること。
そのためだったらなんだってできる。
なんだってする。

そのために、たくさん後悔してきたんだから。


「それが、私が生きる『意味』 私の生きる『役割』」



それが叶えられるなら、死んだっていい。
卯月のために、生きる。
卯月が、笑っていられるために。


凛は、空ろな目で、蒼穹を見る。

変わらなかったものがそこにあって。
だから、もう一度立ち上がれる。


もう一度だけ、立ち上がれる。



スタートはもう、訪れているのだから。


「行け、行け、行くんだ、何処までも……」


自転車を、押して、凛は空を見る。


557 : その時、蒼穹へ ◆yX/9K6uV4E :2016/06/05(日) 01:43:55 MN0CJRno0



奈緒と加蓮が、居なくなった『今』を泣いて。
奈緒と加蓮が、居なくなった『今』を生きて。


歩みを止めるな。
行くんだ、何処までも。
飛ぶんだ、あの蒼穹へ。


何かも、覆う哀しみと苦しみに気付く前に。

理解と理性が野生を、覆う前に。
進むことを一度を、やめたら、二度と立てないから。
何もかも認識したら、そこで終わってしまう。そんな気がして


「なお………………かれん……………………」

奈緒と加蓮への、感傷を捨てて。
ただ、卯月への、感情だけを抱いて。



「うづき…………いま、いく、から………………まってて」


呼び出した記憶にある、卯月は笑っていた。
名前を呼んで、神経を研ぎ澄まして。
ただ、彼女のために行こう。


いつか、奈緒と加蓮が居なくなった『今』を見れる時がくるのだろうか?



…………いや、『いつか』なんて、無いと思う、こないほうがいい。


今は、ただ、ただ、彼女のために。


自分自身が、救われるために。



渋谷凛は、蒼穹を見て、ただ、飛び出していった。



そのあとには、きっと、何も、のこっていないのだろう。


558 : その時、蒼穹へ ◆yX/9K6uV4E :2016/06/05(日) 01:47:21 MN0CJRno0

【B-4/ファーストフード店/二日目 朝】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:『空』】
【思考・行動】
 基本方針:卯月にあって、話をして、笑顔をみる、それが、『役割』
 1:卯月に会う。


※無意識にとった進路はキャンプ場です


559 : その時、蒼穹へ ◆yX/9K6uV4E :2016/06/05(日) 01:48:06 MN0CJRno0
投下終了しました。


560 : その時、蒼穹へ ◆yX/9K6uV4E :2016/06/05(日) 01:55:36 MN0CJRno0
続きまして、
高森藍子、矢口美羽、大石泉、栗原ネネ、小日向美穂、川島瑞樹、緒方智絵里、高垣楓で予約します


561 : ◆John.ZZqWo :2016/06/05(日) 01:56:16 vPd6O0oM0
投下乙です。
彼女たちが来た道を自転車で引き返すというのはどんな因果かな……。
まだ、現実に片足のさきっぽくらいは引っかかっているけど、さて。


渋谷凛、双葉杏、諸星きらり、藤原肇、相川千夏、十時愛梨 の6人を予約します。


562 : 名無しさん :2016/07/02(土) 09:25:04 yktvvHh20
投下乙!!!


563 : ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:27:48 F5k5SW2s0
遅くなりましたが投下させていただきます。


564 : 彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー  ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:28:35 F5k5SW2s0


例え、どれだけ絶望の現在(いま)に立ち向かったとしても、私は過去(うしろ)から来る刃に殺されるのだ。


.


565 : 彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー  ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:28:50 F5k5SW2s0
 @


ギシ、ギシ……と古い手作りの椅子が軋みをあげている。
ゆっくり、小さく、けど確かに、ギシ、ギシ……と軋む音を立てていた。

十時愛梨は一人、雑多な物が詰め込まれ少し埃臭く、倉庫とも物置とも言える狭い部屋の中に押し込まれていた。
持っていた武器は鞄ごとすべて没収され、手を後ろに結び椅子へと縛り付けられている。
まるで映画に出てくるスパイか捕虜のような扱いで、それは実際にそうだった。

ギシ、ギシ……。

相川千夏と双葉杏の二人は部屋のすぐ外で捕まえた十時愛梨をどうするか、その処遇を相談しているようだ。
かすかな声が漏れ聞こえてくるが、何を言っているのかはわからない。
相川千夏は十時愛梨に仲間になることを提案した。揉めているということは双葉杏はそれに反対なのだろう。
十時愛梨はそれに賛成だと思う。
何故なら、解き放たれればまず真っ先にあの二人を殺してしまおうとそう思っているのだから。

ギシ、ギシ……。

いっしょに誰かと協力し合おうなんて気は最初から毛頭ない。体のいい駒にされるつもりもない。
ただ、……ただ殺し合いをしていたいだけなのだ。ゲームの結果や戦略に、自分の命にすら興味はなかった。
今を、止まった針がもう一度動き出すまでに残された灰色の猶予時間――そこにどれだけ留まれるのか、それだけだった。

ギシ、ギシ……。

椅子を揺する。十時愛梨は手を縛る縄を棚に投げ出されたままだった鋸の刃でゆっくりとゆっくりと擦っていた。


ゆっくりと……ゆっくりと……。


.


566 : 彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー  ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:29:19 F5k5SW2s0
 @


「デメリットは認めるわ。……けど、この機会を逃すと万に一つの勝ち目すら消えてしまうかもしれない」
「……そうは言うけど、杏、生きるか死ぬかみたいなギャンブルはしたくないんだよねぇ。千夏さんもそういうタイプじゃなかったかな?」

それはそうだと、相川千夏は思う。
普段ならギャンブルはしない。最初に立てた方針も、できるだけ安全に勝ちの目を広げるための方針だった。
今現在、島の中に残っているアイドルの内でも自分たちの“スコア”は低いほうだろうと思う。
それもなにも、消極的だという選択をしてきたのは間違いを犯さないため、死というリスクを最大限排除するためだった。

「もう、そうも言ってられない。……そもそもが、ギャンブルをしないというのが正しくなかった」
「その心は?」
「この殺し合いの最終局面。つまり、最後の生き残り同士が決着をつけるという時、そこを私たちは軽視しすぎていたのよ」
「……うーん、まぁ、それはねぇ。漁夫の利が基本コンセプトなわけだし?」
「ギャンブルをしないではなく、いつギャンブルをするかが問題だったのよ。最終局面における戦力の拡充の為にね」
「ま、確かに対戦ゲームでも逃げ回るなら逃げ回るで最低限決着をつけられる武器の確保は当然だもんね」

相川千夏の懸念。
危険のない集団に潜り込みだまし討ちすればよい……などと言ってられるピリオドはもう過ぎているのではないか。
だとするならば、いやそうでないとしても、直接対決となった際の武器の確保は十分か。
これらは、先ほど流れた5回目の放送により更に深刻な問題となっていた。

放送で読み上げられた死者の数は9人。その中にはかつて千夏が襲った集団の名前が並んでいた。
向井拓海、小早川紗枝、松永亮。
それなりのリスクを払い、殺そうとしてしかし殺せなかった3人。
どう生き延びたかはわからないが、まさかあの後それぞれが別々に生き別れたということもないだろう。
ならば、3人いっしょに呼ばれたのなら3人いっしょに殺されたのだ。少なくとも3人、またはそれ以上の人数で。

小部屋に十時愛梨を押し込め、放送が流れてきた時、死者の発表で相川千夏は顔を青くした。
まさしく懸念したとおりに強力なライバルが他に生き延びている。
そして、千川ちひろの口から語られた“役割”という言葉。
その時、相川千夏は隣でいっしょに放送を聞く双葉杏の隣で辛うじて唇を噛まず、ただ無言でいることしかできなかった。
透けているのだ。自分たち、ストロベリーボムを持たされたライバルの存在はとっくに島中に周知されている。

二人、交代で休んでいる間にゲームの盤面は戦略や判断でどうこうできる地点を過ぎ去っていた。
しっかりと休みを取っておけば持久力でゲームを有利に進められる。そんな盤面が現れる間もなくゲームは終わろうとしている。

「これは、最後のチャンス……よ。
 少なくとも、集団を殲滅できる別のライバルは存在し、私たちのこれまでの戦略ももう通じない。
 いや、私たちが殺す側に回っているというのはもう誰もが知っていると考えるべきね」

相川千夏の言葉に双葉杏は机の上を見る。十時愛梨から没収した拳銃と機関銃だ。

「武器、だけでいいんじゃないかなぁ……。
 杏はあの子のこと信用しきれないんだよね。いつ裏切られるかってビクビクするのはいやだよ」
「……よく言い聞かせればいいし、二人のどちらかが監視していればいいだけの話よ。
 それに強力な武器は私たちが持っていれば、彼女もおいそれと――」
「だからー、それが負担じゃん。絶対、杏たちのパフォーマンスが落ちるよ。人数が増えてもトータルじゃ損だって」
「……それはっ」

しかし彼女の言うとおりだとも相川千夏は思う。数時間前なら自分もきっと同じ判断をしただろう。
だが事態は逼迫している。リスクを無視してでも最大限の効果が出るところに掛けなくてはならないのではないか……。
これまでの冷静で理論的に正しいはずの判断が間違いであった、からこそ、相川千夏の思考は揺れに揺れている。


567 : 彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー  ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:29:37 F5k5SW2s0
「冷静になんなよ。
 いざ裏切られた時さ、杏たちが勝っても銃弾の一発でも喰らってたらその先はないよ。生身なんだからさー。
 どうせ賭けるならさ、強力なライバルたちが同士討ちするとか、実はもう重症を負ってるとかそっちに賭けようよ。
 そっちのほうが絶対いいって」

この子は何者なんだろう。相川千夏は自分を見上げる双葉杏という存在に改めて疑問を浮かべた。
なにか、決定的に自分とは違う。
同じ人間ではないような、そんな振る舞いをする年齢よりもひどく幼く見え、そのくせどこか老成しているような不可解な人物。

「あ、あなたは……どうして、そこまで平静でいられるのかしら? それこそ、これはゲームじゃないのよ」
「ゲームだったら杏はもっと必死になってるよ。勝つか負けるかは自分次第だしね。でもこれは現実じゃん。
 だったらなるよーにしかならないって杏は思うな」
「そういう、考え方もある……のね」
「だいたい、千夏さんは失敗したかもってことにビビりすぎだと思うんだよねー。
 いいんじゃないかな? これまでに失敗があっても。そんなの当たり前のことだしさ。意地になることはないよ」

いつか、どこかで似たような言葉を聞いたなと相川千夏は思った。
誰から……なんて思い出すまでもない。自分にこんなことを言える人物は一人しか思い当たらない。

“いーじゃん、かっこつけなくても。失敗したらそれは話のネタになるしー。それよか、いっぱい新しいことしたいしねっ☆”

意固地になっていたのだろうか。
自分はこれまでの行動を省みて、ここで新しい判断ができる。ゆえにこれまでも決して本当の間違いではなかった。
そう言いつくろい、自分を正当化するための判断を自分はしようとしていたのか。

果たして正解はわからない。それこそ“なるよーにしかならない”だ。だが、少しだけ相川千夏は冷静になれた。



「……わかった。確かに私には焦りがあったようね。あなたのいうことにも一理ある。判断はまだ保留しましょう」
「どういうこと?」
「まだ“彼女”の話を聞いていないわ。あの子が殺す側に回った理由もね。それも判断の材料にするべきよ」
「んー……まぁ、それだったら、いいかなぁ」

互いにそれぞれが納得をした。というところで、ちょうどよく場面に変化が訪れる。
相川千夏と双葉杏が見る窓の外。そこに連れ立って歩く諸星きらりと藤原肇の姿があった。





.


568 : 彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー  ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:30:02 F5k5SW2s0
 @


諸星きらりに手を引かれキャンプ場へと戻ってきた藤原肇はそこで信じられないものを見たと目を見開いていた。
清い浅の光に満ちた森の中、ログハウスの前に諸星きらりが言っていたとおりに双葉杏が立っているのだ。
こちらを見て、にこやかな表情で手を振ってさえいる。
それはまるで、昨日に諸星きらりが作った泥人形が命を持ったのではないかと、
そんな御伽噺めいた発想を信じてしまいそうになるほどの、場違いで唐突に幸せそうな光景だった。

諸星きらりは止める間もなく双葉杏の元へと駆け寄る。
それはそうだろう、双葉杏の存在こそが彼女にとって最後に残った心の拠り所なのだから。
例えその笑顔がひどく白々しく、手を振るほうとは逆の手を不自然に身体の後ろに隠していたとしても。

双葉杏は間違いなくアイドルを殺す側の人間だ。
そして、ログハウスの扉の前でこちらを伺う、同じく不自然に腕を後ろに隠した相川千夏もそうに違いない。

仁奈ちゃんを殺されて、岡崎さんと喜多さんを殺されて、絶望して、何度も逃げて、その度に耐えて、
それでも更に目の前で何人もが死んでゆくのをなすすべなく目撃し、とうとう本当にこれが絶望なのだと、
希望が絶えるとはこういうことなのだと知って、そして……あげくの果てが“これ”なのか。

藤原肇にはもうなんの感慨もなかった。揺れ動くだけの感情が胸の中にもう立っていなかった。
双葉杏に勢いよくしがみつく諸星きらりに彼女はなんの警告をすることもできない。
麻痺した思考は現実に対してひどく鈍く、そう思いついてもそれが本当に正しいことなのかもわからないのだ。

しかし、動揺は顔に出たのだろう。藤原肇は僅かに顔を歪めた相川千夏の表情を見てそれを悟った。
こちらが彼女たちが殺す側の人間であると知っていることを、彼女たちも察した。

「……………………」

言葉はない。手も、足も動かない。
全身が、頭と心の中までもがひどく怠けていた。もう身体の中のどこにも沸き立つというものがなかった。
今更でも取り繕ってみようだとか、一人でも逃げ出すべきだとか、思考だけは辛うじてあるのに身体が動かない。


パンと、小さく乾いた銃声。


爆竹が弾けたような音がすると、双葉杏にしがみついていた諸星きらりの背中に真っ赤な染みがじわりと広がってゆく。
その意味がわかるのに、悲しいくらいに心は震えなかった。どこか、そこには安心すらあった。
ゆっくりと、彼女の大きな身体が傾ぎ、地面へと崩れ落ちる。
さっきまでと変わらない笑みを浮かべたままの双葉杏。ちっぱけな彼女の血に濡れた手には一丁の拳銃。


もう一度、パンと小さく乾いた銃声。






銃声は絶望の足音。一度の足音ごとに、絶望は後ろから追いついてくる。





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569 : 彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー  ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:30:23 F5k5SW2s0
 @


気がつくと相川千夏は身体を傾げていた。くたりと折れた膝が木の床につき、ゴッと振動が身体に伝わる。

「……………………?」

視界が斜めに、カメラを回転させるようにぐらりと傾き始めてようやく自分が撃たれたのだと理解が追いつく。

しかし、何故?
彼女は諸星きらりを撃った。これまでに交わした打ち合わせのとおりに。つまり、それはそういうことではないのか。
例え親友に会おうとも殺しを続行すると、その決意を形として表明したのではないのか。
それとも、今が彼女にとって自分を裏切る適切なタイミングだったというのか。
見限られてしまったのか。それとも十時愛梨へと乗り換えるのか。

それでも腑に落ちない。腑に落ちないことがひどく情けない。なにに対しても正しい理解がなかったと、そう言われるようで。
結局のところ、自分は利口なふりをしていただけの愚か者だったのだろうか。
ただ臆病なだけでなにも一人では成すことのできない、所詮ただ小賢しいだけの女だったのか。

「…………ッ」

せめて一矢報いようとするも、もう銃を握った腕が動かない。まるで身体の動かし方を忘れてしまったかのようだった。


死ぬ。こんなにもあっけなく、失敗の理由もわからずに死んでしまう。


だったら――


「(…………殺し合いなんてしたくなかったのに)」





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570 : 彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー  ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:30:52 F5k5SW2s0
 @


藤原肇の前で相川千夏が短い階段を音を立てて転げ落ちる。
隠していた手には機関銃が握られていたが、そんなことよりも双葉杏が彼女を殺したということが驚きだった。
意味や、話の流れが掴めない。自分のまったく与り知らないところでこの二人の間に確執があったのか。
自分も殺されるのだろうか。いやきっとそうに違いない。けどそれでも逃げ出そうという気力は沸いてこなかった。

双葉杏はどこか肩の荷が下りたという風な顔をすると、普通にこう言った。

「ねぇ、杏を殺してよ」

意味が、わからない。
どうとも反応できないでいると彼女はまたもこう続けた。

「仁奈ちゃんの殺したってことにしたんだからさ、今更杏のことを殺したってかまわないでしょ?」

彼女は血に濡れた手と、諸星きらりからの返り血で染まったシャツを見せつける。

「きらりを殺した正真正銘の犯人だよ。こう見えて杏はひどい殺人鬼でさ、他にもいっぱい殺してるんだ」

双葉杏はにこりと、凄惨な場面にはそぐわない笑顔を浮かべる。
日常の中の普段話のようなままで殺してくれと言う。

藤原肇はなにも答えることができなかった。
ただ言葉だけが頭の中で反響している。
“仁奈ちゃんを殺したことにした”、その言葉が何重にも重なり頭の中を埋め尽くす。あの時の、あの言葉。

あぁ、まただ。またそこからだ。嘘が、人を殺す。自分の吐いたひとつの嘘が巡り巡って誰かを死なせる理由になる。

「嫌だ……」

心からの声だった。
もうそんなことはいやだ。自分は自分を作り変えたんだ。新しい器を作ろうと砕ける度に心をこねなおして。
間違っていた自分を省みて、誰かを正しく救おうと、自分をもう一度正しく輝かそうと、
その試みはその度に絶望に踏み潰されて、何度も挫けそうになって、とうとう粉々に踏み潰されて、もう絶望して、
なのにまた自分が吐いた嘘が自分を責める。行く先のどこにも現れ、未来を阻み、可能性を潰す。

人を殺したと、そんな嘘を吐いた罪は本当に人を殺したことよりもなお罪深いのだと、そう言うように。






「……そっか」

双葉杏は軽くため息をつくと、拳銃を自身のこめかみに当てた。

「怖いから自分のは人にやってもらおうと思ったんだけどね。じゃあ、ばいばい」

そしてそれがなんでもないことのように引き金を引いた。





.


571 : 彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー  ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:31:25 F5k5SW2s0
 @


双葉杏には最初から“未来”がなかった。
双葉杏はこの殺し合いで生き残ろうと僅かばかり知恵を絞ったが、その生き残った先には何もなかった。
双葉杏は最初にそう考えたとおりに、この殺し合いに巻き込まれた時点で終わっていたのだ。
アイドルとしての双葉杏は終わり、殺し合いに巻き込まれた双葉杏がそこに新しく生まれた。

殺し合いに巻き込まれた双葉杏にはどう考えてもこれまで考え目指してきた楽をして生き続けるという未来はない。
例え生き残ったとしても、そこにはより辛い殺し合いに生き残った双葉杏としての人生しか残っていない。
だから、殺し合いに生き残っても双葉杏はその先の人生を生きてゆくつもりは最初からなかった。

生き残ろうと躍起になっている人物はよっぽど生き汚いのか、将来から目を逸らしているのかと思ったし、
ことここに到ってもアイドルだからと殺し合いから目を背けている連中に到っては理解するのもおぞましかった。

それでも双葉杏が生き残ろうと思ったのはささやかな反抗心、僅かばかりの復讐心からだ。
生き残ればこの殺し合いを企画した人物に文句のひとつでも言えるだろうと、そんなくらいの気持ちだった。



……きらりには会いたくなかった。絶対にこうなることがわかっていたから。
水族館できらりのことを聞いた時、きっときらりは自分を探し回っているに違いないと思った。
自分の身を案じ、精一杯に心配して、心臓をどきどきさせて島中を駆け回ってるんだろうなって。

このキャンプ場できらりの作った下手な人形を見て、それは確信に、いや確信以上のものに変わった。
きらりはこんな場所でも変わらずに自分のことを愛してくれてる。我が身のように案じ、一番に思っていてくれる。

悲しいに違いない。不安でたまらないに違いない。
この殺し合いという悲劇にも心を痛めているに違いない。その悲劇を何度も目の当たりにしてるかもしれない。
そんなのも嫌だった。千夏が言った通りに、自分の預かり知らないところで勝手に死んでくれればよかった。
だったら、自分もきらりもこんな悲しい目には会わずにすんだはずだから。

けど、会ってしまった。
きらりは想像したどんな姿よりも傷ついていた。ぼろぼろのぼろぼろのぼろぼろのすたずたのそれ以上のひどい姿たった。

「杏ちゃん! 杏ちゃん! 杏ちゃん!」

犬のようにしがみついてくるきらりは全身血塗れで、どうしたらそんなことになるのさって言いたくなる有様で。
もう自分の名前しか呼べない口、焦点のあってない目は、どうしてそこまで頑張っちゃったのさって怒りたくなるくらいで。
すぐに、すぐにでも楽にさせてさげなくちゃいけないって思った。

誰かはこう言うかもしれない。死ぬことはなかった。生きていればまだ別の可能性があったかもしれない。
そんなのは――嘘だ。
そんなのはきっと苦しみや絶望を馬鹿にしている。杏やきらりのことをちっとも理解してない人間の言葉だ。
ただのきれいごとでしかない。自分が少しはましな人間だって、そう思いたい人間の戯言だ。

ふざけるな! 馬鹿にするな! 杏たちがどんな人生を生きてきたのか、どんな未来を思い描いてきたのか。
そのためにどれだけ努力したのか。どれだけの辛さを無視しようと、我慢して生きてきたのか。
ほんとに杏ときらりがお気楽なだけで生きてきたと思っているのか!

杏はこんなだ! きらりはあんなだ! でも、それでもきらきらしたものを目指したんだ!



でも、殺し合いに巻き込まれて全部終わった。すぐに取り返しもつかなくなった。
それは自業自得だって、それは自分でもわかってるしどう思ってもらってもかまわない。そんなことはもうどうでもいい。

杏ときらりはこの世界からさよならする。

最後に自分のしたことへの後始末とちょっとした親切心で千夏をさん道連れにしてね。きっと彼女もこのほうがいい。



じゃあね、ばいばい。杏の人生は最低最悪だったよ!






……でも、嫌なことばっかりじゃなかったよ。だから、生まれ変わりがあるなた次はもっとうまくやるよ。






【諸星きらり 死亡】
【相川千夏 死亡】
【双葉杏 死亡】

.


572 : 彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー  ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:31:42 F5k5SW2s0
 @


十時愛梨がようやくに縄を切り終え、外に出れた時にはすべては決着した後だった。
彼女が手を下すまでもなく……などというのは彼女が失態を演じ虜囚の目にあっていたことを考えると随分な言いようだが、
ともかくとして、十時愛梨が慎重にドアから外を覗いた時、そこには“動く者”は一人として存在しなかった。

結局のところ、殺しあっているのだから手を組もうが友情があろうが最終的にはこういうことになるのだ。
一見して不可解な現場ではあったが、十時愛梨はあまり深くは考えなかった。
相川千夏のことも双葉杏のこともよくは知らない。二人がどういう関係でどういう理由で手を組んでいたのかも知らない。
自分のせいで二人の間になにか食い違いが起きたのかもしれないが、それでもどうでもよかった。

残りの人物についても同じだ。
何の感慨もなく、十時愛梨は泥に顔を埋めている相川千夏の手から自分のものだった武器を回収するとそこを離れた始めた。
拳銃と機関銃、それと鞄の中の弾丸。元々のものだけを取って、それ以上のものには手をつけない。
なんとなくそれは違う行為だと思えたし、なにより元々あるものだけで十分だった。

「………………暑い」

気づけば陽の位置ももう高い。雲ひとつない空は今日がとても暑くなるだろうことを予感させていた。
十時愛梨は、影を求めるように再び木々の生い茂る向こうへと歩いてゆく。






【D-5・キャンプ場 ログハウス付近/二日目 朝】

【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(12/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×2】
【状態:絶望】
【思考・行動】
 基本方針:絶望でいいから浸っていたい。優しさも温もりももう要らない。それでも生きる。
 0:…………。
 1:みんなみんな、冷たくなってしまえ。
 2:ニュージェネレーションはみんな殺してあげる。できれば凛、卯月の順に未央の所に送ってあげる
 3:終止符は希望に。


.


573 : 彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー  ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:32:02 F5k5SW2s0
 @


「どうしてここで……?」

まだ悪夢が続いてるのかと渋谷凛は思った。しかしどれだけ経っても覚める気配はない。
それどころか、ひどく荒唐無稽で白けたその感じがこれが現実なのだということを嫌でも思い知らせてくれる。

相川千夏と双葉杏。水族館で会った二人だ。
諸星きらりと藤原肇。同じく水族館の傍で会った同じ仲間たちだ。
探していたはずの人物たち。さっきまでいた病院に迎えにいくはずで叶わなかったはずの者たち。

4人。揃ってログハウスの前で血を流し地面に伏せている。
4人ともこんなところで死んでいたらしい。
けど、先刻の放送では呼ばれなかったから、死んだのはついさっきのことらしい。
自転車で道を行く途中、遠くに銃声を聞いたのは15分か20分ほど前のことだっただろうか。

「なんで……?」

なにもかもがわからない。
ただ、4人が死んでいるだけ、4人に死ぬ理由があって、もう取り返しがつかないことだけが事実としてそこにある。
今更どうすることもできない。どうするべきか、どうしてあげたいのか、どう思ってあげればいいのかもわからない。
彼女たちは、少しでもこの場で心残りだったことに決着をつけられたのだろうか?

「………………」

ただ放り捨てられただけみたいな4人の下へと一歩ずつ地面を踏んで近づいてゆく。
もしかすれば彼女らを殺害した者が近くに潜んでいるかもしれなかったが、静かすぎて思い浮かびもしない。
そして、

「…………あっ!」

駆け寄る。
死んでない。藤原肇は死んでいない。

「ねぇ!」

抱き起こし、声をかける。半分土で汚れた顔はまるで陶器のように白い。
服は血塗れだったが、どこからか血が流れ出てる様子もなく、彼女自身は大して怪我をしていないようだ。
けれど、なにかに巻き込まれたようで、今は気を失っているらしい。

「ちょっと、大丈夫!? ねえってば! 起きてよ!」

体温も低くマネキンのような藤原肇に向かい渋谷凛は目覚めてほしいと何度も声をかける。
彼女を思ってではなく、ただ悪夢と変わらない現実を生きる道連れを求めて。






【D-5・キャンプ場 ログハウス前/二日目 朝】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:『空』】
【思考・行動】
基本方針:卯月にあって、話をして、笑顔をみる、それが、『役割』
 0:なにが起きたのか説明してよ!
 1:卯月に会う。


【藤原肇】
【装備:】
【所持品:基本支給品一式×3、アルバム、折り畳み傘、拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)
       USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、吸収シーツ×5枚、車のキー
       不明支給品(小梅)x0-1、不明支給品(涼)x0-1 】
【状態:絶望】
【思考・行動】
 基本方針:???????
 0:――――――
 1:『はじめ』の私は……


※諸星きらりの死体の傍に、支給品の入ったバックが落ちています。
 「基本支給品一式x1、かわうぃー傘、不明支給品x1、キシロカインゼリー30mlx10本」

※相川千夏の死体の傍に、肥後守が落ちています。

※双葉杏の死体の手に拳銃(シグアームズ GSR(5/8))が握られています。

※ログハウスの中に相川千夏と双葉杏の荷物が落ちています。
 相川千夏:「基本支給品一式x1、ステアーGB(16/19)、ストロベリー・ボムx7、男物のTシャツ」
   双葉杏:「基本支給品一式x2、ネイルハンマー、.45ACP弾×24、催涙グレネードx2、不明支給品(杏)x0-1」


574 : ◆John.ZZqWo :2016/07/24(日) 23:32:13 F5k5SW2s0
以上、投下終了です。


575 : 名無しさん :2016/07/24(日) 23:47:12 2BuXkN.U0
わーい、わーい、わーい

杏ちゃんは乾いてて、そして賢すぎたんや……
投下乙です
杏の、そして千夏さんの心からの声がここでか
でもそんな杏の心が乾き果てた果てがこれだもんな……
まさかこうなるとは。でもなるべくしてなった、最初からこうなるしかなかったことなんだよな


576 : 名無しさん :2016/07/26(火) 15:01:52 UKMETDwEO
投下乙です

きらりの現状を察して、杏の糸が切れてしまった


577 : 名無しさん :2016/08/06(土) 03:30:02 sQ4G4Oro0
投下乙です


578 : 名無しさん :2018/02/25(日) 20:42:28 TlL5QEOI0
てs


579 : 名無しさん :2018/03/01(木) 23:34:30 H5QbA4p.0
完結してなかったんですね…


580 : 名無しさん :2018/03/03(土) 12:45:32 Fit.mihY0
一々ageんな


581 : ◆yX/9K6uV4E :2018/07/01(日) 00:59:20 tQdGlM7M0
大変お久しぶりです、投下しますね


582 : かけがえのない想いと引き換えに ◆yX/9K6uV4E :2018/07/01(日) 01:01:54 tQdGlM7M0




――――思い出したことがあるかい、子供の頃を
    その感触 そのときの言葉 そのときの気持ち 
    大人になっていくにつれ、何かを残して、何かを捨てていくのだろう





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


583 : かけがえのない想いと引き換えに ◆yX/9K6uV4E :2018/07/01(日) 01:02:30 tQdGlM7M0






「おっはよーー!」

あたし、姫川友紀は思い切り元気よく事務所の扉をあけた。
珍しくオフの日が二日続いての休み明け。
今日から仕事と言う事で張り切っている。
だって、フラワーズ4人揃っての仕事だから。
最近四人とも忙しくて、全員勢ぞろいする事なんてなかくて。
だから、わくわくしてたんだ、今日、この時を。

そう思って、扉を開けた、のに。

「あぁ……おはよう、友紀」
「おはようございます……」

其処にいたのは、深刻そうな表情を浮かべていたプロデューサーとちひろさん。
そして、その背後には

「おはよう、いい朝だね、友紀ちゃん」

手のひらをひらひらと振って、笑う藍子ちゃん。
にこやかなんだけど、少し困ったような。
少なくとも、これから楽しく皆で仕事するって雰囲気じゃない。
あたしは気になってプロデューサー達に尋ねてみる事にした。

「……どうしたの?」
「ああいや……ちょっとな」

そうやって、差し出されたのはくだらないゴシップ誌。
政治家やスポーツ選手、そしてアイドルなどの芸能人のスキャンダルを面白おかしく書きたてるやつだ。
それが全部真実ならいいが捏造やガセネタなんてよくある話。
あたし達アイドルもよく被害を受けている。
本当にやめて欲しい……って、まさか。

「誰がかかれたの!? あたし!?」

今、話題になっているって事は、それは間違いなくフラワーズのことだ。
最近……人気が出始めてから、少しずつ狙われている。
あたしが居酒屋で泥酔してたやつとかすっぱ抜かれたのもあった。
幸か不幸か、成人してたし迷惑かけてた訳でもなく潰れていただけなので、たいした騒ぎにもならなかった。
あたしならありえる話って流してもらえて。
だから、あたしも気をつけまーすって済んだ話でもある。
あるが、大学の事とかそこそこに突っ込まれると困ることは多い。
なので今回もまたあたしかなって思ったのだけれど。


584 : かけがえのない想いと引き換えに ◆yX/9K6uV4E :2018/07/01(日) 01:03:05 tQdGlM7M0

「いや……」
「……私です」
「えっ、うそっ」

困ったように控えめに手を挙げたのは、藍子ちゃんだった。
そんなの、信じられる訳がない。
あたしならいざ知らず、藍子ちゃんにそんな隙があるとは思わなかった。
なのに、どうして。
こじつけのガセなのかと思うと

「私の過去のことが書かれていたので」

藍子ちゃんの一言で、全てを察してしまった。
以前聞かせてもらったことがあって。
いつまでも芽が出ないアイドルだったこと。
引退間際まで追い詰められていたこと。
そして大切な仕事を抜け出してしまったこと。
全部、包み隠せず話してくれた。

その時、あたしは信じられないといったけど、真面目に語る藍子ちゃんの様子で真実だと思った。
だって、今の輝いてる藍子ちゃんを見ると信じられなかったから。

「友紀、見るか?」
「……一応」

プロデューサーに雑誌を渡されて、ざっと目を通す。
藍子は元々売れなかったこと、これは事実。
一回、逃げ出したことがあること、これも事実。
プロデューサーが変わったのも、これも事実、ただし藍子から無理やり変えさせた訳じゃない、むしろプロデューサー側の無理な要望だ。
それに連なり、藍子が売れっ子プロデューサーに媚を売ったなんて事実無根のガセネタだ。
けれどまるでそれが真実であるように煽り書き立てているのに、あたしはとても腹がたって。
苛立ちながら、思いっきり雑誌を握りつぶした。

「こんなふざけた記事……ひっどいよ!」
「……そうだな」

プロデューサーも若干怒っているようだった。
それはそうだ、なんだって自分が選んだのを曲解されてるんだし。
藍子ちゃんも怒っているだろうと其方を向くと……えっ。

……なんだろ、不思議な顔をしていた。

困ってるんだろうけど、何故か笑っていた。
でも、それは…………なんだろ……上手く……いえない。

「それで、どうします?」
「変に反応してもアレだしな。ゴシップ誌の中でもレベルの低いし、影響力もないだろう」
「でしょうね」
「書かれている藍子の過去も、今のご時勢ネットを調べれば出てくるし、それに下積みアイドルがあるのは普通だしな」
「それがないアイドルなんていませんもの」
「俺と藍子の憶測は下種のかんぐりって……まあ、わかるだろ。反応するだけ無駄」
「つまり?」
「無視だ、無視。徹底的に無視。反応する価値もない」
「ですよね、じゃあ、藍子ちゃんも友紀ちゃんもそういうことでよろしくお願いしますね」

あたしが藍子ちゃんに戸惑ってるうちに、ゴシップ誌の対応は瞬く間に決まった。
実際無関心、無反応を貫くが正しい。
藍子ちゃんの過去は事実だけれども、極端な話調べればすぐに解ることではあった。
下積みがどんなアイドルだってあるのは間違いないし、それがいってしまえば長いだけ。
プロデューサーとしての事も邪推に過ぎない。何より、藍子ちゃんの性格や普段を考えればありえないこと。
そうファンも思うだろう。そこら辺、このゴシップ誌は元々信頼に欠けている三流だ。
だから無視すれば風化されるし、そもそも注目されない。

「はい、解りました」
「うん……」

なんだけど、感情が上手く纏まらない。
こんな風に書き立てるモノに、苛立ちをぶつけたい。
違うって思いっきり否定したい。
心の中が嫌なもので渦を巻いてて、全力で掻き毟りたくなる。


585 : かけがえのない想いと引き換えに ◆yX/9K6uV4E :2018/07/01(日) 01:03:33 tQdGlM7M0
なんで、なんだ。
藍子ちゃんはこんなに頑張ってるのに。
こんな優しい子をどうして、こんな風に書いてるんだ。
ふざけるな、ふざけるな。

「藍子ちゃんは……悔しくないの?」
「えっ」
「こんな風に書かれてさ」
「でも、仕方ない事ですから」

そういって藍子は困った風に笑った。
まただ、またそんな風に笑う。
藍子みたいなまだ幼い子が、仕方ないの一言で済ませていいんじゃない。
悔しい、嫌だって大声で言ってもいいんだ。
あたしやプロデューサーに。

なのに、そうやってまるで全部飲み込むように、笑う。
諦めているのか、我慢しているのかわからないけど。
笑って耐えていい事じゃないんだよ。
まだ、子供でいていいんだよ、藍子ちゃん。

「あー、もう!」
「ふぇ!?」

無理やり抱き寄せて、ぽんぽんと背中を叩いてあげる。
多分あたしがどんなに言葉を重ねても。
きっとこの子は笑みを崩さないだろう。
何故そうなのかは、聞かない。聞いても答えてくれない。
彼女なりの身の守り方なら、それでいい。

それが、きっと、フラワーズのリーダーという重責を荷ってる子の守り方なら。
守る為に得たひとつの答えなら。

「いい子だなぁ、もう」

それを否定せずにいよう。
正しいとも間違ってるとも言わず。
そのまま受け止めておこう。
そう思った。

そして、あたしは

「うん、守ってあげる」

守ってあげようと思った。
一番の年上として。
重責からひとり逃げたあたしのけじめとして。

あらゆる悪意から守ってあげたいって思ったんだ。

だって、少し震えてるんだもの。
藍子ちゃんの背中。
だったら。

傍にいて守ってあげたい。

「今日の仕事、楽しみだねーっ!」
「……うん!」

そして、ずっと楽しい事考えていよ。
一緒に、楽しい思いを忘れずに。

あたしの、あたし達のフラワーズを。


ずっと、守り続けるんだ。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


586 : かけがえのない想いと引き換えに ◆yX/9K6uV4E :2018/07/01(日) 01:04:08 tQdGlM7M0







「……そんな馬鹿な」

千川ちひろの放送を聞いたあたしは愕然として、膝をつく。
ここに来て、一気に死者が加速したなんて。
余りに呼ばれる数が多すぎる。
そこに、北条加蓮と神谷奈緒が混じっているのは致命的過ぎた。

あの二人は間違いなく殺し合いに乗っている。
二人で行動しているのは辛いが、それでも殺せる悪役だった。
なのに誰かに殺された、あたしが殺せる子だったのに。

「……くっそー!」

思い切り、ガンと地面に拳を叩きつける。
病院にいた面子も死に、どんどん少なくなっている。
現状、生き残っている悪役は、相川千夏と双葉杏組、和久井留美、そして十時愛梨。
藍子が救いたがってるが知ったことか。
皆が助かるまでノルマは三人。
やらなきゃ、やらなきゃ。
あたしがこの手で、殺さなければ。

そうやって、あたしは大人になることを選んだんだ。
もう一歩たりとも引けない。
もう二度と振り返って前の道を進むことなんて出来やしないんだよ。

たたきつけた拳をそっとひらく。
思い切り強く握り締めていたせいで、真っ赤になっていた。
それはひとり殺したあたしの手が、紅く染まっている。
もう戻れない事を暗示しているみたいで。

茜ちゃんを、日野茜を殺した。
悪役じゃなかったのに。
でもどうしようにもなかったんだ。
あんなところで止まる訳にはいかない。
だから、だから。

そして、こんなあたしは二度ともう、あの子を抱きしめてあげる事は出来ない。
あの子は、きっと誰よりも真っ赤な血で染まっちゃいけないから。
あの子は綺麗なままで、あたしは汚れた。

あの子の隣で、一緒に微笑みながら歩いていく道は捨てて。
あの子を守るって思いだけを抱えて、残して。

あたしは、もう進むしかないんだよ。
あたしは、もういくしかないんだよ。

生き残りも少ない。
殺せる人間は更にもう。
もしかしたら、もう選別なんてしてる時間なんてないかもしれない。
そして、あたしはもう、最初から道を踏み外している。

でも、だけれども。

それでも、これだけはやり遂げないといけないんだ。


それが、あたしが手に入れた。


「大人になった、証拠……なんだから」


行こう。
もっと先へ。
あの子を抱きしめる事が許されなくなっても。
それでも、全ては、あの子達のために。


あたしは、ころしていくしかないんだよ。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


587 : かけがえのない想いと引き換えに ◆yX/9K6uV4E :2018/07/01(日) 01:04:35 tQdGlM7M0






――時間は待ってはくれない
  にぎりしめても ひらいたと同時に離れていく
 



――――――そして………………






【G-4/市街/二日目 朝】


【姫川友紀】
【装備:特殊警棒、S&W M360J(SAKURA)(3/5)、S&W M360J(SAKURA)(5/5)、防弾防刃チョッキ、ベルト】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)、
       .38スペシャル弾×38、彼女が仕入れた装備、カードキー】
【状態:疲労、しかし疲労の割に冴える醒めきった頭、若干の焦り】
【思考・行動】
 基本方針:FLOWERSの為に、覚悟を決め、なんだって、する。
 0:前にしか進まない。
 1:“悪役”としてFLOWERSとプロデューサーを救う。
 2:助ける命と引き換えに誰かを殺す。出来る限りそれは“悪役”を狙う。
 3:まずはこの近くにいるはずの十時愛梨を探す。
 4:学校、または総合病院に向かう。
 5:緒方智絵里も狙う。


588 : かけがえのない想いと引き換えに ◆yX/9K6uV4E :2018/07/01(日) 01:05:22 tQdGlM7M0
投下終了しました。大変お待たせして申し訳ありませんでした


589 : ◆John.ZZqWo :2018/07/02(月) 19:42:57 ZcoQcCUA0
投下乙――!です。

悪役キラーであることが当座の目的である友紀にとってゲームの進行が早いのは難しいところ。
そもそもそう見てる悪役に出会えるのかってこともあるけど……さてどうなるやら。

再始動ですし、こちらも近いうちに予約・投下できるようがんばりたいと思います。


590 : 名無しさん :2018/07/22(日) 20:31:54 dkV9ZA660
投下乙です
ユッキは殺し合いが始まる以前からそういうポジションだったんだなあ……
ちひろさんもそれを知ってて取引持ちかけたんだとしたら相変わらず悪魔だ
周りには藍子ちゃんたちのチームがいるけど悲劇の予感がする…


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