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【置きレス型】新年明けまして邪気眼大学【試験運用】

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219名も無き邪気眼使い:2013/06/07(金) 22:58:52 ID:Glnv.3s2
>>213
「……力の使い方を知る者を、気狂いとは良いませぬ」

辛うじて、それだけ喉から絞り出す。

(まだ私を“人間”と呼んでくださるのですねーーー全て知りながらも)

そう、ルビカンテが知らぬはずがないのだ。
元々、虎眼たちよりもずっと“そちら側”に近いのだから。
現実は御伽噺とは違うーーー王子様のキスで吸血鬼の因子が消えるなんて事は、あり得ない。
仮にそんな奇跡が起こったとしても、その瞬間、虎眼を蝕む病はその命までも奪うだろう。

(確かに違う。とどのつまり、私は自分のためにしか戦わない)

せめて、武人として。
戦いの中で死にたい、そのために外法に手を伸ばしたのだ。
虎眼を構成するあらゆる装飾を剥がしていった時、真ん中に残るのはそんな空っぽだった。

戦う事でしか自己を証明出来ない。
それはまるで、人の世に何の価値もない、毒蛾のような存在だ。
だから憎んだのだろう、許せなかったのだろう。
底の底で酷く近しいあの女、毒島つぐみを。

「……いけませんね、また悪い癖が。やはり貴方とは戦いたくない」

それは虎眼が人間たり得る、最後の拠り所だ。
生を望む声。
どんなに無様でも、どんな結末が待っていようとも、必死に生き抜こうとする意志。

「このままでは、また悪い虎眼が出てくるやもしれませぬ。この身では手続きにも手間取りましょう、今日の日はおさらばです」

器用に車椅子をターンし、ルビカンテに背を向ける虎眼。
ではまた、そう言い残すと虎眼はドアの向こうへと消えていった。

/時間がかかってすまぬ…

220名も無き邪気眼使い:2013/06/08(土) 14:57:21 ID:TvnYC6JM
>>219

  〈  ――ハッ。そうかい? だったら……いいがね。  〉

(「力の使い方」)
(悪魔は思案に深く意識を没する)
(所在も当処もなく狂い荒ぶる力は、どう疑いようもなく気狂いだろう)
(だが)
(己が力の用途、特性を正しく理解し)
(至って精密に振るうことのできる者ならば、果たしてすべからく常人と言えるかどうか?)
(―――居る)
(居るのだ、この世界には)
(一切合切を承知し了解し、それでも尚)
(ただ己の『我』の為に、その全てを蹂躙することを選んで、そして躊躇なく実行することのできる、そんな人種が)
(そんな精神の怪物は、生物学的に人間の区分であっても、悪魔は人間とは呼ばない)

(だが、そういうエゴの衝動は)
(誰もが心中に持ちうる、ごくごく自然なものなのだ)
(問題は、その自意識を何より優先し、阻害する万象を是非問わず害悪として排する思想)
(醜悪極まる過剰な自己愛)
(それに比べれば、)

  〈  可愛いモンだぜ、虎眼。

     そうやって悩み苦しんでいる時点で、
     ……悩み苦しむことが”できて”いる時点で、
     テメェはどうしようもなく『人間』さ。誰がどう否定しようと、テメェ自身が否定しようとも、この俺様が保証してやらァ。  〉

(だが、逆説的に)
(軋轢に悩み、摩擦に苦しみ、)
(自己の存在性を捜索し続ける精神構造を持つのなら)
(それが例え龍種や亜人種であろうと、人間と大して変わらないのではないか)
(そう、悪魔は思う)
(異形に生まれた身であるからこそ、そう思える)
(車椅子を漕いで遠離る虎眼の小さく細い背を見送りながら、悪魔は聞こえるかどうか分からない小さな声で呟く)

  〈  テメェは―――
     テメェが自分で思うほど、エゴに塗れた怪物じゃねェ。

     そうでなかったら……
     アイツが、あのクソ野郎が、テメェを副会長になんて選任する訳ねェだろう?  〉

(毒翅を広げて悪性の鱗粉を撒くような)
(そんな害虫な訳ないと)
(副会長として職務に励む姿を見てきた悪魔は、そう信じるのであった)

(邪気会室に静寂が戻る)
(ハア、と溜息を一つ吐き、近くの手頃な席に座った)
(『二』――)
(長らく空席を続ける邪気会実働部隊の数字。今になっても未だ主のいない椅子)
(その席を間借りして、腰を落ち着ける)
(今日は楽しかった)
(退屈が少しは癒された)
(狂おしいほど楽しかった日々を夢想しながら、肉を失った幽体の悪魔は過ごすことにした)
(また、楽しい来客が訪れるのを、心待ちにしながら)


/ええんやで
/お疲れさん!楽しかった!また絡もう絡んでいこうバトルもしよう!

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230名も無き邪気眼使い:2013/06/23(日) 20:13:33 ID:.3z6xlvg
黄金の部屋(ゴールドチェンバー)。
かつて邪気会長が私的な目的で使用していたとされる殺風景な部屋の中央で、虎眼は車椅子に腰掛け、膝に乗せたアルバムをめくる。
彼女はアルバムの中に、この部屋の主の顔を探す。
何十冊ものアルバムの中から、ただ一人の顔を探し続ける。

この作業を始めて、どれだけの時間が経過しただろう。
探し人は見つからない。

(会長殿は、この邪気眼大学の「しすてむ」となったという。曰く、贖罪のためとか……)

「……ちんぷんかんぷんにござる」

もとより、頭の良い方ではない。
どれだけ頭を捻ったところで、邪気会長消滅の理由がわかるはずもなかった。

「……む」

ふと、ページをめくる手が止まる。
よくはわからぬが、邪気会長はこの邪気眼大学“そのもの”となった、そう考える事も出来るのではないか。
つまり自分は今、邪気会長の腕の中に居る。

(なんかえっちだ)

台無しである。
ともかく、虎眼はただ探し続ける。
いとしき歳月。
彼女にとってのそれは、彼あってこそのものだったのだ。

「会長殿……願わくば、もう一目だけでもお会いしとう御座いました」

そう、虚空に小さく囁きかける。
初恋の人へと、想いを募らせて。

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232名も無き邪気眼使い:2013/06/24(月) 15:13:38 ID:CsBQaiNg

――ここで。
 物寂しげな表情を浮かべる虎眼に。
 過ぎ去った日と同じ笑顔で、同じ声音で、接することができたなら。
 こしあんの仄かで良質な甘みが美味しい邪影堂謹製の甘露な饅頭を、昔日の時と同じように、彼女へ手渡すことができたなら。

 ごめんな。

 心配かけたな。

 お前が生きててよかった。

 言いたいことは、それこそ山とあるのに。
 『彼』にはもうそれをする術がない。何故なら、もう口がない。手足もない。肉体すらない。
 悪魔のように肉を失って、霊体になるのとは根本からして違う。

 システム化―――意識、肉体、自我に至るまで。
 自己の存在を大学敷地全土へ広域に拡散することで、邪気眼大学を統合的に運営管理するための、より巨大で、より漠として、より高次の存在になること。

 それは、もう個とは呼べない。
 文字通り次元が違う。物質世界と精神世界のような、どうしようもない隔たりだ。
 ”どこにもいるし、どこにもいない”。そんな量子論を囓ったような生半な戯言を、本当に体現する存在になってしまった。
 1でもない。0でもない
 もはや数的に表せる状態ではない。故に物質世界に住む者には、『彼』の存在は知覚できない。


 だから、車椅子に腰掛け、『彼』の面影をアルバムに探す宮本虎眼は――――その傍らに寄り添うようにして立つ、『彼』の姿を認めることは、永劫ないのだろう。


 …………ごめんな。


 何に対しての謝罪だろう。
 この瞬間、寂しい思いをさせてしまっていることに?
 それともあの時、決闘へ向かった虎眼を引き止めることができなかったことに?
 いずれの理由も含んではいるが、大元とは違うような気がした。”贖罪”だ。『彼』の謝罪の言葉は、あの日の”贖罪”から始まっていた。


 己の力不足を嘆いた。


 『彼』の力である錬金術は、成る程、素晴らしい。
 魂の根幹に刻み込まれた黄金律をこの世界の法則に照合させ適用すれば、大抵のことは実現できたのだから。
 大いなる秘宝。
 アイン・ソフ・オウルの黄金光。
 だが、それらは、『彼』が最も欲していたものを叶えることはなかった。
 何でもできる? 馬鹿らしい。阿呆くさい。拝金主義者が金の万能性を盲信するが如き痴愚の妄言。力が、金が、人と人との絆を取り持てるとでもいうのか。そんなものはまやかしだ。まやかしだった。


 ”何でもできるということは、何にもできないということ”――――他ならぬ『彼』自身が常々説いてきた言葉だった。
 結局、こんな体たらくになるまで、それを心から実感できなかった。
 全てが壊れてから、痛みと共に知った。


 今、『彼』に勝てる者はいないだろう。
 そもそも勝敗を決定する次元を大きく超越しているのだから。常時不戦勝。笑える冗談だ。―――『彼』を求める人に応えられなくて、そんなものに何の価値があるという。

233名も無き邪気眼使い:2013/06/24(月) 15:35:37 ID:CsBQaiNg


 これは”贖罪”だ。
 大事なことに終ぞ気付けなかった、己の罪を贖う。
 終わりはない。赦されることはない。永劫、『彼』は咎を背負い続けながら、この箱庭の守護者として君臨する。誰にも見えぬ、虚数の玉座に。
 似合いの末路だな。あの悪魔なら嗤ってそう言ってくれるのだろうか。
 それも悪くない、と『彼』は思った。

 黄金の小部屋。壁を取り囲む書棚を汗牛充棟と埋め尽くす、大量のアルバム。
 写真の中で眩いばかりに輝く、『彼』の宝物たち。
 手から零れ落ち、失ったものは少なくない。けれど、今になって、こうしてまだ失っていないものもあったのだな、と、虎眼のすっかりやつれた横顔を眺めながら気付く。

 いなくなった訳じゃない。
 陳腐で月並みだけど、『彼』が生き続けている場所が、必ずあるから。

 『彼』は、構内を流れる風に触れた。
 上空を漂っていたそれを優しく手繰り寄せ、ふわりと邪気会室に吹き渡らせる。
 はらはらはら、と彼女の膝元に置かれたアルバムが煽られて、勢いよくページを捲っていく。虎眼の頬を、撫でるようにして駆け抜けていく。

 ここにいるよ。
 見えなくても、そばにいるよ。
 
 カタン、と、会長机の上で黄金の短刀が音を立てた。
 その予期せぬ音に『彼』自身が驚いて肩を振るわせて、一瞬の後、何やってんだかと自分で苦笑した――――。

234名も無き邪気眼使い:2013/06/25(火) 08:44:45 ID:Ys9JHOfU
虎眼は持たざる者だった。
武家に女として生まれ、体は小さく、華奢でーーー何より、心臓に重い病を患っていた。

虎眼が副会長の席に就いた時、それに最も動揺したのは、他ならぬ虎眼自身であった。
役者が違う。
自ら希望したにもかかわらず、その卑屈な謙遜が払拭される事は一度もなかった。
それも当然と言えた。
持たざる虎眼は、誰かに期待をかけられた事などなかったのだから。
歓喜よりも拒否感が先じるのは無理からぬ事だった。

今も自分が適任などとは、露ほども思わない。
剣を振るしか能のない自分に、一体何が出来よう。
いや、その剣の腕ですら、この大学に通う魔人達に比べれば微妙なものだ。
虎眼には斬撃を飛ばす事も出来なければ、空間ごと万物を切断せしむる事も出来ない。
それどころか鉄塊を斬る事だって出来ないし、音を置き去りに剣を振る事も、当然出来ない。
虎眼は、持たざる者だった。
しかし。

「あの日から、私は……」

その日から、虎眼は変わった。
不安に押し潰されそうな胸中には、それとは裏腹に涼やかな風が吹いた。
知っていたからだ。
会長は同情や気紛れなどで、副会長の席を与えたりはしない事を。
自身を縛り付けていた、コンプレックスという鎖からの解放。
それはあまりに唐突に、あっけなく訪れた。

「虎眼がお側におります」

あの日から吹き始めた、頬を撫でる風。
この風が止まぬ限り、虎眼は会長と共にあり続ける。

小さな物音に振り返る。
その音が短剣の立てたものだと悟ると、虎眼は一瞬目を大きく見開き、小さく微笑んだ。

「只今戻りました。シュロム様」

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243:2013/08/01(木) 01:05:46 ID:i3ISB6zg
「だーから、今日からしばらくここの施設に厄介になる者だっつってんだろ?」

「あー、そうそう研究者・・・・・・え?聞いてない?」

「いや、入校証見せろって・・・いや、それここで今日貰えるって聞いてて・・・ん?なにこのアラーム
 は?「異能感知器」?へぇ・・・俺の居た頃はそんなの無かったよなぁ・・・あ?」

「・・・いやいやいや、なに屈強なの集まってきてるのよ・・・厳重警戒?はぁ?俺無害・・・
 ・・・怪しい奴はみんなそう言う?うん、まぁそりゃそうだろうけ・・・ど・・・」

「ぉおお!?撃ってきた!!?マジかぁああ!!」

「邪気眼使い専用拘束スタンガン・・・ッ!!大学の守衛に配備されるシロモノじゃあ・・・!?」

「こりゃ研究資材持って両手塞がったまま切り抜けられる状況じゃあ・・・へブッ!!?」

「ゆ・・・ゆ、だん・・・後ろ見えなか・・・・・・た・・・・・・」

「(・・・邪気大・・・変わってねぇ・・・恐るべし・・・)」


その後、構内地下収容所に2泊の後、開放されました

244名も無き邪気眼使い:2013/08/02(金) 12:42:45 ID:jO/3A702
「久方ぶりだなぁ… 研究室か、懐かしい」

魔生科研究室前。掲示物を眺めながら、ふぅ、とため息をつく男一人。
久方ぶりだから、と着込んできたスーツだが…アイロンをかけていないためか、皺が目立つ。

「魔生科のOBです、ええ… …あ、ほら、窓ガラス割りまくってた」
「…あ、恰好は気にしないでください、あんまり目立つと面倒なので」

研究室を覗かせてくれ、と出入り中の生徒に声をかける、が

「えっ ちょ いや資料喰いに来たわけじゃな わ ま つまみ出さないでえぇえええぇ ぇ ェ e」

……正体がばれるや否や、派手に窓から投げ捨てられる。
きっと重要な手順の最中だったのだろう。

245名も無き邪気眼使い:2013/08/05(月) 02:35:51 ID:qzBastWo

「――――何をしてんだ、アイツは」

 窓から投げ捨てられて放物線を描くすえぞおを、悪魔は振り返って視界の端で捉える。
 つくづく窓に縁がある野郎だ。
 漏れた失笑で、蒼ざめた幽体が灯のように揺らめく。
 肩に乗せるようにして持った花束が、拍子にかさり、と音を立てた。
 他の学生が通報でもしたのか、邪気会が活動停止している現在の構内の治安を一任されている風紀委員の連中が、空間を転移して駆けつけてくるのが見える。

 窓ガラスが割れ、人が放られた。
 悪魔の、否、同じ世代を一緒に過ごした連中の感性からしたら、あの程度通報するような有事には映らないが。
 現在の治安レベルがそれだけ高い、ということか。
 確かに、直近の出来事を思い返してみるに、構内への侵入者というのは全く見かけない。

 それにしても。
 帰って来て早々にこの始末である。
 流石にトラブルメーカー三大巨頭の一人を張っていたヤツは格が違った。この後、すえぞおは風紀委員から尋問を受けるのだろう。

「まァ……。野郎を”捕獲”できりゃァ、の話だがな」

 クトゥルー顔負けの触手に、腐蝕ブレス。
 アイツを連行するのはAクラスのクエスト並に骨が折れるぞ、と、風紀委員たちの受難を想って悪魔は笑う。

 そして、ふと想う。
 すえぞおがここにいるということは。
 もしかしたら、彼を使い魔として使役していたあの”女生徒”も。
 可能性としては有り得なくもない。卒業後にも彼らの関係が続いていたのかは知らないが、期待はしてもいいのかもしれない。

 ――――また騒がしくなりそうだ。

 悪魔は歓迎の笑みを口元に浮かべ、再び喧噪に背を向ける。
 向かう先は、地下迷宮。
 一般の学生には封鎖された、最深層エリア。
 深い深い暗闇の底でぽつんと聳える、クソッタレな自分の運命に殉じた、ひとりぼっちの寂しい王様の墓標へと。

「まァ……葬った者の責任、ってやつだ。償いはしねェが、墓参りぐらいはしてやらァ。」

 囁くように。
 或いは、哀れむように。
 悪魔が手に持つ花束。金色に咲くその花たちの名は、ヘリクリサム。
 花言葉は黄金の輝き。そして、永遠の想い出。

 帰るもの。帰らざるもの。二つが一つの縄を糾うように巻きながら、邪気眼大学の時は静かに過ぎていく。
 世にも楽しい嵐の前の、静けさを予感させるように。

246名も無き邪気眼使い:2013/08/07(水) 13:53:28 ID:yYlT6ZBg
夏期休暇期間中であっても、補講にサークル活動、ゼミやキャンパス内でのバイトに異能者達特有の種々の狂乱、治安が如何に良くなった所で邪気眼大学に喧騒は絶えない。
特に真昼、ランチ限定の定食・セットが出され始める時間帯の中央食堂ともなれば良くても満席、悪ければ並ばされた上に昼からの補講に間に合わず、泣く泣く購買で買った握り飯で小腹を満たすはめになる程度には人が多い。
にも関わらず窓際のカウンター席がおよそ七つ分、座る場所を求めて行き交う学生の眼に入らないかのように空席となっている。
いや、十二分に注意しさえすればその中央に女が座っている事が理解できるだろう。
これと言って特徴の無い、と言える時点で顔面偏差値が世間一般より大きく上方に位置するこの大学では特徴となる凡庸な横顔。
ノンフレームの眼鏡は熱々のカレーが発する湯気で曇りに曇って、その奥の表情を伺わせる事も無い。

「たまには温かい御飯、ってのも良いものだよね」

――左右に三席空ける為だけの無意味な人払い。
朝からカレーと牛乳だけで、既に6時間近くも居座る傍若無人さ。
カレーを最適温度に維持する為だけに術式を常駐させる魔力の無駄遣い。
傍から見れば何を目的としているのか理解不能な行動。奇妙な拘りと同居する周囲への無関心さ。
それこそが彼女をその動物性愛と共に特徴付ける個性に他ならない。
端的に言えば社会性が無いだけなのだが。

「それにしてもまぁ、全然変わりの無い……」

だから此処に彼女が……"碧蒔 円"が居る事に、何故と問うても意味が無い。
助教或いは講師として再びこの地を踏んだのかもしれない。単にふらりと訪れただけかもしれない。
瑞々しい人外達をその毒牙にかける為かもしれないし、何かとても大事な話をかつての同輩達に伝えるためかも知れない。
他者からの評価に価値を置かないのだから、あるいはかつての会長の如く、邪気大そのものを終わらせる為に来た可能性だって存在する。

「……いや。そう言う訳でもないか」

くるくるとスプーンを回しながら呟いて。
香辛料のたっぷり入ったカレーを一口含み、彼女は黙して再び考え事に没頭し始めた。

247名も無き邪気眼使い:2013/08/11(日) 19:45:45 ID:EnXgJRfc
>>246
「あらぁ?貴女、確か…」

そう言って現れたのは、皺の入ったスーツを身に纏った銀髪の女。
歳は20代後半から30代前半だろうか。
両手で昼食のトレイを持った立ち姿は少し、いや、かなり疲れて見える。

「人払いの気配を感じたから来てみたけど…一人で5席占領とは、太いわねぇ」

どっこいしょ、というオッサン臭い掛け声と共にトレイを置くと、円とは1席空けて腰を下ろす。
この物理的距離が、すなわち二人の距離感を表しているように思えた。

「お久しぶり、私の事覚えてる?昔、法具科の講師をやっていたやだけれど」

視線も向けずにそう語るのは、かつて“ヴェニス”と名乗った魔術師。
BLTサンドを不味そうに咀嚼する横顔は、なんだか疲れたOLのようだ。

248名も無き邪気眼使い:2013/10/09(水) 13:21:08 ID:kul9tn.2
薄暗い軽音サークル室に奇妙なオブジェが影を落としていた。
いや、オブジェではない。
それは人をブロックに構成されたピラミッドであった。
丁度、組体操の要領だ。
そしてその頂点に座するのは、ギターケースを担いだ一人の少女。

ところで邪気会なき後、最も力を増した勢力は何か。
それは上層部でもなければ、風紀委員会でもない。
驚くなかれ、なんと軽音サークルである。
その頂点に君臨するのが彼女、穹凛であった。

“黄金時代(ゴールデン・エイジ)”と呼ばれた、群雄割拠の三年前。
当時1年であった彼女は、(中の人の都合で)特にストーリーに関与する事もなく、まるでモブのような日常を送った。
しかし、それも今は昔。
事件が起こったのだ。

そう、『けいおん!』の大ブレイクである。

邪気眼使いとはいえ大学生、一部の者達はこのセンセーショナルなブームに飛びついた。
その時、彼らにさながらアイドルのようにもて囃されたのが凛であった。
当時、既に軽音サークルNo.1ギターの腕前を持ち、けいおん!キャラと同じく、下の名前が漢字一文字。
視力を持たないというのも、彼らの庇護欲を煽った。

そこから、うんたん、うんたんと信者を増やしていき、更にはAKBブームにも便乗。
握手券付きのCDを高額で売り捌き、それを元手にグッズ展開にPVの撮影。
ファンを凛の願いとあらば「はい、喜んで!」しか言えない木偶に調教し、去年は念願のミス・邪気大に輝いた。

ついには、凛の熱狂的ファンから実力者のみを選別、“猟犬部隊”と呼ばれる私兵集団(余談だが、彼らは凛に犬と呼ばれると涎を垂らして喜ぶ)を組織し、反抗勢力を次々と鎮圧。
少しでも否定的な発言をした者はアンチと叩かれ、それでも折れない者は猟犬達によって裁かれた。

他にも色々とあったのだが、諸君も聞きたくないだろうし、俺もウンザリしてきたので割愛する。

ともかく、凛はこの3年で軽音サークルを一大派閥にまで育て上げ、恐怖の軍団へと歪な進化を遂げさせた。

「邪気会…ついに動き出したんすね。ただでさえ風紀委員が鬱陶しいのに、困ったものっす」

ワイングラスに注がれたウェルチを揺らし、溜息ひとつ。
それに呼応して、足元のブロックが凛々しい声で凛を慰める。

「ご心配なく、凛たんに仇なす者は我々“猟犬部隊”が全て殲滅致します。邪気会の残党も、いずれ…」

「凛様と呼べっす!!」

足元のブロックをローファーの踵で強烈に踏み付ける凛。
ピラミッド全体に振動が伝わり、それと同時に全てのブロックが「ありがとうございます!」と叫ぶ。
まさに地獄絵図であった。

「邪気会の連中を甘く見ない事っすね。この大学の危機を悉く切り抜けた奴らっす。いくらお前らでも、タイマンじゃ勝ち目ないっすよ」

紅蓮の悪魔、貫く螺旋、モヤシ侍に居るのかどうかよくわからんバナナ野郎。
ひとつとして容易な相手はいない。
とはいえ、奴らが再びこの大学の覇権を握ろうとしているのは、見過ごせる事態ではない。

「支配者は一人で良い。そしてそれはこの私、穹凛様っす」

ハーッハッハッハ。
サークル室に高笑いが木霊する。
それを聴くのは、凛の下で息を荒げる犬達だけであった。

249名も無き邪気眼使い:2013/10/19(土) 15:03:29 ID:IO4XAr.c
サークル棟、凛様御一行ルーム。
その主たる凛は、先日の屈辱を反芻していた。
思い出すだけで腑が煮え繰り返る。
ここはいっちょう、キャンと言わせてやりたいところだが、如何せん奴らは強い。
“猟犬”達ですら相手にならなかったのだ、もはや手段を選んでいられる状況ではなかった。
かくなる上は、あの4人に頼るしかあるまい。
本気で嫌だけど。
本っ当に嫌だけど。

「…“四神快楽天”を招集しろっす」

静かに、しかしはっきりとした口調で凛が命令を下すと、控えていた皇は慌てて凛をたしなめる。

「凛様、お考え直しください!奴らの変態ぶりは異常だ!必ずや凛様に災いをもたらす事でしょう!」

「おめーもだよ変態」

はふう!
御褒美を頂いては逆らえぬ。
皇は息を荒げながら、震える指でスマホのタッチパネルを操作。
LINEで“四神快楽天”に召集令を下す。
次の瞬間、勢いよく部屋の扉が開け放たれた。
待機していたのだ、あっぱれなストーカー精神である。
現れたのは三人の男女。
そこに皇が加わり、各々決めポーズを取って名乗りを上げる。

色褪せない美がそこにある!
盗撮コレクション、アルバム100冊目突破ッ!
邪気眼保有者、“撮り青龍”ダニエル・ジョーンズ!

踏んでください女王様!
凛様ファミリーNo.2の名は伊達じゃないッ!
アーティファクサー、“ダブり朱雀”皇宗一郎!

青春を取り戻せ!
仕事さえしていれば良かろうなのだッ!
数学科教授、“オトナ白虎”ジャコモ・ダンテ!

快楽天が紅一点!
ロザリオ渡してお姉様と呼ばせたいッ!
鎧姫、“百合玄武”圓五十鈴!

我ら四神快楽天!!
凛様の命により、ただいま見ッ参!!

(きめぇっす…)

あまりの不快感に吐き気がこみ上げる。
毎度の事ながらドン引きを禁じ得ない。
何故うちの連中は戦闘力と変態度が比例するのだ?

「お前達を呼んだのは他でもないっす。邪気会の連中を泣かしたい。力を貸せっす」

「そうは言うがね、穹君。僕にも立場というものがあるんだよ」

苦言を呈したのは“オトナ白虎”ことダンテ教授だ。
黒縁眼鏡に無精髭、そして最後に洗濯したのがいつなのか見当もつかない白衣。
彫りの深い顔立ちはシブいと言えない事もないが、教授の身でありながら凛に従っている事からもわかる通り、彼も重度の変態である。

「立場なんて元々ないじゃないっすか。研究室の女子からすらハブられてるの知ってるんすよ」

こいつは一本取られたと、ダンテ教授は肩を竦ませた。
続いて紅一点、“百合玄武”こと圓女史が口を開く。
お嬢様っぽい格好で澄ましてはいるが、無論彼女も変態だ。
百合と呼ぶのも憚られるレズビアンである。

「条件次第ですわね。邪気会と争って、私達に何かメリットがあって?」

「口を慎め、圓!凛様の命令がきけないというのか!?」

ここでブチ切れたのが皇だ。
凛に条件を突き付けるなど、傲慢にも程がある。
先にこいつから始末してやろうか、皇が殺気を迸らせたところで圓女史はやれやれと言葉を続ける。

「そりゃあ凛の願いとあらば、断る理由はなくってよ?でも、リスクを伴うのも事実。多少の見返りはあって然るべきですわ」

「確かにな…。我が“魔眼”の力を持ってしても、奴らの相手は骨が折れそうだ…」

全身を黒一色で統一したヒョロい青年、“撮り青龍”ことダニエルがそれに同意する。
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
凛は背中に冷たい汗が伝うのを感じる。

「要はモチベーションの問題ですわ。もし凛が今はいているパンツをくださると言うなら、すぐにでも彼らを殲滅して差し上げてよ?」

「素晴らしいアイデアだ、圓君!優秀な生徒を持てて誇らしいよ!」

「ククク…なら俺は撮影会を開いてもらおうか…」

やはりこういう流れになったか。
踏むだけで言う事をきく皇がマトモだという錯覚すら覚える。

「破廉恥どもめ…!凛様、やはり此奴らに任せるのは危険過ぎます!」

「聞き捨てなりませんわね、一番の変態はあなたではなくって?」

「ククク…団栗の背比べだな…」

「二人も犯罪者にだけは言われたくないと思うよ」

やいのやいの。
凛はこみ上げる涙をぐっと堪えた。
やっぱり駄目かもしんない。

250名も無き邪気眼使い:2013/11/07(木) 10:14:56 ID:pCBicEm.










「ーーーー“Let the FEAST OF FOOLS BeGiN(いざ、愚者の饗宴を始めん)”……HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」

251名も無き邪気眼使い:2013/11/08(金) 09:53:03 ID:577K.7UE
生徒達の携帯に、あるメールが届いた。
送り主は「邪気.net」…授業の日程や行事の予定などを伝える、連絡用のアドレスである。
ただ、今回のメールは少し趣きが違った。
タイトルは「Let the FEAST OF FOOLS BeGiN」、本文はURLのみ。
URLは動画サイトに繋がっていた。

『ハローーー!俺ちゃんだよぉ〜!そしてこちらは、お友達のダニエル君だあ!』

手ブレの酷い、低画質な画面。
その先には、二人の男が映っていた。
一人は“四神快楽天”が一人、ダニエル・ジョーンズ。
両手両足と安っぽいビニールの紐で縛られており、死を齎す双眸は硬く閉じられている。
そしてもう一人は、おそらく一目で思い出せる者は稀だろう。
それくらい印象の薄い、ありふれた顔の男だった。
唯一目を引くものと言えば、左胸につけられた黄色い缶バッジ。
“スマイリー・フェイス”…。

『…こんな目隠しで俺が怯えると思うか?悪ふざけは…』

『目隠しぃ?何言ってんだよ、お前さんの眼はアンモニアで焼いちゃったぜ?』

HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!
音割れした、耳障りで甲高い笑い声が響く。
ダニエルの顔は低画質な画面越しでもわかるほど血の気が引いていき、肺からは意味を持たない単音が漏れる。

『そらビビった』

笑う男はダニエルの頭をよしよしと撫でつけ、満足そうにニヤニヤと笑う。

『さて、本題だ。こないだ、あー…その、あれだ。なんとかって組織が攻めてきたろ?強敵だったが、絆の力で見事撃退!やるねぇ、俺ちゃんカンドーしちまった』

お前さんもそうだろ?
その言葉と同時に、ダニエルの太腿に勢い良くナイフが突き刺さる。
悲痛な叫び声が響くのを、笑う男はまるでクラシックでも聴いているかのような表情で堪能していた。

『坊やもカンドーしたってさ。やったね父ちゃん、明日はホームランだ!』

男は腹を抱えて一頻り大笑いすると、ぴ、と人差し指を立てる。
新しいイタズラを思い付いた子供のような、無邪気な顔だった。

『それで俺ちゃんってば、お前らにインスピレーション受けちまってさ。ちょっとしたミニゲームを思い付いたぜ。早くみんなに伝えたかったもんだから、ダンテ教授に協力してもらっちまった。このアドレス、センコーしか使えねーんだもの』

ダンテ教授は件の事件の直後、死体となって見つかっている。
男の言葉を鵜呑みにするとすれば、彼はこのメールを送るためだけに殺されたという事になる。

『ゲームの名前は、そうだな…題して、“僕らのヒーローをぶっ殺そう!”なんてどうだ?全校生徒が一致団結、邪気大を救った英雄サマをぶち殺すんだ。笑えるジョークだろ?俺ちゃんにまた、絆の力を見せてくれ!』

身振り手振りをまじえて捲し立てる姿は、実に楽しそうで。
誰が見ても、一目でわかる。
彼には治療が必要だ。

『標的は3人。ちびっこモヤシ侍に銀ピカ音トカゲ、それに赤いマフラーを巻いたポンコツ。こいつらをバラして、ちょんぎった首を校門に添えろ。さもなきゃ、俺は毎日生徒を一人ずつ殺す。俺は約束は守るぜ』

男はダニエルの腿に刺さったナイフの柄を掴むと、それを力任せに引き抜き…。

『今夜からだ』

HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!

あとは動画が終わるまで、口にするのも憚られる残虐な行為が続くのみ。
ダニエルの断末魔は、男の笑い声で掻き消されていた。

252名も無き邪気眼使い:2013/11/09(土) 21:24:15 ID:fpaCPRVk
“スマイリー・フェイス”が動き出してから、二日が経過した。
奴は約束を守った。
“四神快楽天”の二人に加え、新たな犠牲者が発見されたのだ。
先の二人ほどのビッグネームではないにせよ、またも穹凛の派閥に所属している者だ。

この事態に、ある者がこう言った。

側近とも呼べる二人を殺害され、また一人ファンが死んで尚、穹凛は動こうとはしない。
ファン達を組織的に動かせば、“標的”の三人を追い詰める事など、そう難しい話ではないはずなのに。
そもそも、今回の騒動の犯人である“スマイリー・フェイス”は、穹凛の派閥に所属していたのではなかったか。
全ては穹凛が仕組んだ事、とまでは行かないまでも、この状況を好都合と捉えているのではないか。
なんにせよ、“穹凛は自分のファン達の命など、なんとも思ってはいない”。
要点をまとめると、こんなところだ。

この話は瞬く間に広まり、邪気大は穹派と反穹派に二分された。
前者はあくまで穹凛を尊重し、“標的”を追う事はせず“スマイリー”を探し。
後者は“標的”を執拗につけ狙った。
“スマイリー”がここまで計算していたのかはわからない。
狂人のやる事だ、初めから何も考えていないのかも。
なんにせよ、この状況は“彼女”にとって酷く好都合だった。

「ごめんね、姫。邪気大は私が貰うわ」

253カノン・A・カペルマイスター:2013/11/09(土) 22:32:25 ID:oYuCwqek
轟、と風が吹く。



 『……あ゛ー』



西の森。
新入生はおろか、院生ですら命の保証のされぬ土地。
入るものは己の力を過信したか、それとも修行か、或いは浅く踏み入る程度か。

何にせよ。
酷く今の彼には都合のいい土地であった。

 『んッだよ……』

森の程よく奥深く。
鋼の竜が鎮座する。
周囲の冷たい空気を吸い、一気に排気してクールダウン。

 『めんどくせェから逃げ込んだはイイが、これはこれで暇だわァ……』

まるでラスボス……いや中ボスか何かのように100mクラスの機竜が鎮座しているのは、妙な風景ではあったが。
勝手に標的にされて、人の姿をとれば首を狙われる。
完全に死にゃしないが再生にも逃亡にもエネルギー使うし、何より気が休まらない。
竜の姿でいればそう簡単に狙われないが、居場所がない。物理的な意味で。
結論として、「竜の姿でいつつ適度に穏やかに過ごせる場所」をチョイスしたものの、最大の敵が彼を待っていた。
暇だ。

前述したように、西の森は広く、難易度が高い。
演習実習修行その他で入るような奴以外は来ないし、その数は割と少ないのだ。
つまり、彼のいるような場所に来るのは以下略。

 『あ゛ー……』

飛び出してきた魔獣を尾を振って跳ね飛ばしつつ、べったりと地に伏せる。
さてどうしたものかと、彼は思案していた。

254名も無き邪気眼使い:2013/11/13(水) 16:23:11 ID:EOW7x8n2
「あなた、見た目ほどには狂ってないみたいね」

敷地の外れに位置する廃校舎。
荒れて埃っぽいこの場所に似合わない、少女の甘い声が響く。

「たかだか動画一本で邪気大をメチャクチャにした上、不穏分子の無力化までやってのけるなんてね。おかげで、だいぶやりやすくなったわ」

「そりゃどうも」

興味なさげに答えたのは、この騒動の中心人物、“スマイリー・フェイス”だ。
少女の声を右から左に受け流し、つまらなそうに指をいじっている。
その態度が癪に触ったのか、少女の纏う空気が少しだけ険しくなった。

「…でもね、やり方が少し雑過ぎない?あれじゃ姫を、穹凛を殺れない」

HA,HA,HA…
“スマイリー”が静かに、だが可笑しそうに笑う。

「お前さん、ユーモアないね。それじゃつまらんだろう」

…また例の“ジョーク”とやらか。
前言撤回だ、この男はやはりイカレている。
これ以上“スマイリー”を飼っていても意味が無いと感じ、少女は彼を切り捨てる事にする。
こんな男、代わりはいくらでもいる。

「約束と違うわ。こんな狂気はもうたくさん。あなたはもう、何もしなくて良い」

「狂気がたくさん?ちょい待ち、どうすりゃ狂気が計れるんだ?時計や分度器じゃ無理だろ。メジャーでもキツイかな」

「人の話を…」

「ん、お前さん怒ると結構可愛いな。抱いて“烏哭”ちゃん、私を奪ってェー!でも舌は入れないでよ。初めてのキッスなんだから…」

HAHAHAHAHAHA!
“スマイリー”は何がおかしいのか、目に涙を浮かべながら、膝をバンバンと叩く。
これ以上は時間の無駄だ。
“烏哭”と呼ばれた少女は、もう我慢ならないと怒鳴り散らす。

「付き合ってられないわ。あんたみたいな化け物を頼ったのが間違いだった。失せなさい、役立たず!」

“スマイリー”の笑い声が、ぴたりと止まる。
顔に貼り付けたニヤケ面はそのままに、恐ろしい声で囁きかける。

「デカイ口をきける立場か?お前の薄汚い秘密をバラすぞ。お前からオモチャにしてやっても良いんだぜ」

烏哭が一歩、後ずさる。
それを見て、“スマイリー”はケラケラと笑い出した。

「なぁ〜んてな!ウッソぴょ〜ん!そんなに身構えるなよ、リラックスしろって!」

笑い声が響く中、烏哭は尚も動けなかった。
背中がじっとりと濡れている。

(狂人め…!)

“スマイリー”を睨みつけながら、烏哭は内心で吐き捨てる。

「ま、あとは俺ちゃんの好きにやらせてもらうぜ。あんた、もう終わりだしな」

「はぁ…?何言ってんの、あんた」

烏哭の問いを無視して、“スマイリー”はひょこひょこと歩き去っていく。

HA,HA,HA…

狂った笑い声が完全に聞こえなくなるまで、烏哭がその場を動く事はなかった。

255名も無き邪気眼使い:2013/11/27(水) 13:35:28 ID:o.efZaH2
バ レ て る
全部見破られてる

不味い、不味い、不味い
姫を殺して新しい支配者になるはずがーーー破滅?
否、こんなところで終われるか!

どうする?
どうすればいい??
今からでも姫の側について“スマイリー・フェイス”を排除……

『お前の薄汚い秘密をバラすぞ。お前からオモチャにしてやっても良いんだぜ』

馬鹿か私は!
それじゃ仮に“スマイル”を倒したところで、自分を待つのは破滅だろうに!
“スマイル”を勝たせるしかない……姫も風紀委員会も邪気会も全部倒して、全てなかった事にするしか……

……出来る?ーーー無理
そんな事は不可能に決まってる
でも他にどんな方法が?
……わからない
わからない、なんで私がこんな目に?
ーーーたすけて、たすけて、ひm

HAHAHAHAHAHHAHAHAHAHA!

「んっん〜〜〜。麗しき春は来れり、ってかぁ?」

「……“スマイリー・フェイス”…………」

こいつだ
こいつのせいで何もかもおかしくなった

「言ったろ。あんたもう終わりだって」

「あっ、あんたっ!全部最初からわかってたのね!?」

私が利用しているのだと思ってた
違う、踊らされていたのは私だ

「全部知ってるぜ。麻薬・武器・児童ポルノの密売に売春斡旋…偉ァいパパの力で、大学中のワルを飼い慣らしてんだろ?もう一人の女王サマ」

「……何が欲しいの?お金?いくら払えば私を……」

「権力・名声・金、お前らは欲の奴隷だ。邪気大にはもっと上品なワルが相応しい。俺の事さ」

なんなのだこいつは?
私はなにを解き放ってしまった?

「ワン公どもに俺がボスだと言え。邪気大は俺の砂場だ」

「誰があんたみたいな化け物に……!」

「hurm…お前さんを素っ裸にひん剥いて、ワン公どもの中に放り込んてみようか?腹を空かせたワン公がどれだけ主人に忠実なのか試してみるのさ!」

HAHAHAHAHAHAHAHAHA!

「金なんかいらない。黙って俺に従ってな。そうすりゃ…」

口 が 裂 け る ほ ど 笑 わ せ て や る

256名も無き邪気眼使い:2013/12/15(日) 21:38:38 ID:Pf/8Mq5k
OLD GHOSTS
古き亡霊



「“スマイル”!!“スマイリー・フェイス”!!」

烏哭は、怒号と共にドアを開け放った。
上半身裸でソファーに座る“スマイル”は、鬱陶しそうに烏哭に視線をやる。
大上に切断された両腕は既に繋がっており、傷口をぼんやりとした光が覆っている。
“烏哭”の配下による能力か、或いは魔術によるものだろう。

「静かにしなよ。まだマニキュアが乾いてねえんだ」

ニコリともせずに軽口を叩く“スマイル”に、烏哭の苛立ちは募る。

「…説明しなさい。あそこで人質を傷つけて、奴らを煽る必要はなかったでしょ。そもそも、甲が目を覚ましていた時点で、作戦は破綻してた。すぐに撤退するべきだったのよ!」

「お前さん、やっぱりユーモアないね」

烏哭は言葉を失う。
ユーモア?この後に及んで、こいつは何を言っている?

「…理解出来ないわ。何がジョークよ?ただの異常犯罪でしょ。何が目的なのよ。答えて」

HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!

まただ。
この笑い声が、何もかもを滅茶苦茶にする。

「俺はただ笑わせたいだけさ」

「意味が、わからないわ」

Hurm…どう説明したものかと、“スマイル”の視線が宙空を泳ぐ。

「…笑いに必要なのが何かわかるか?意外性だ」

“スマイル”はソファから立ち上がると、ゆっくりと烏哭の方へと歩を進める。

「俺が“ギャングが殺される”だとか“兵士が吹っ飛ばされる”なんて言ったところで、誰も驚きゃしない。予想の範囲内だからさ」

烏哭は動かない。
動けない。

「だが、“どうでもいいガキが一人死ぬ”と言えばーーーあわめふためき大パニック!」

突然目の前で発せられた大声に、烏哭は体ごと跳び上がった。
その様子を見て、“スマイル”はケラケラと笑う。

「小さな無秩序を起こし……体制をひっくり返す。すると、世の中は大混乱に陥る。俺は混沌の使者。混沌の本質はなんだと思う?」

烏哭は答えられない。
この男と出会って、何度思ったかしれない言葉が、頭の中をぐるぐると飛び回る。
こいつは、イカれてる。

「ーーー恐怖だ」

ニヤリと笑う“スマイル”。
烏哭は、自分が何をしでかしたのかを、ようやく悟った。
この男は、人の死をジョークのオチ程度にしか考えていない。
あらゆる正義に唾を吐き、人々の心を堕落させ、踏み躙る事に快楽を見出す怪物。
生まれついての悪魔。
この男が自分の誘いに乗ったのは、何も邪気大を支配したいだとか、特定の誰かを殺したいなんて理由ではない。
“邪気大そのもの”だ。
或いは“世界”。
何もかもが燃えて落ちる様を、特等席で眺めたいだけなのだ。

「……は、はは。あは。ははは……」

「んん〜〜〜、いい顔だ。可愛いぞ、烏哭チャン。ーーー俺にシャツを着せろ。お前さんは俺を裏切ったりしない、そうだろ?なら出来るはずだ。俺に、シャツを着せろ」

シャツを着せる代わりに、ズボンのファスナーを下ろすんでも構わんがね。
HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!

狂人の哄笑をやけに遠くに聞きながら、烏哭は血の跳ねたシャツをフラフラとした動作で拾い上げた。
逃げられない。
烏哭はただ誰へともなく、心の中で呟くしかなかった。

だれか、たすけて



ハロウィンの夜には
古き亡霊が巷を行き交い、
誰彼なくささやく。
他の者は皆
馬鹿ばかりだと。

ーーーエレノア・ファージョン『ハロウィン』

257名も無き邪気眼使い:2014/03/17(月) 22:02:12 ID:0KOwdDeE

――。
―――。
――――。
―――――――。


(永遠は成らず。)
(『黄金』の法理は否定され。)
(故に世界は万象等しく、生滅を繰り返すのみ。)
(”彼”はそれを受け入れ、ならば行く末を見守らんと、巨大なシステムに存在を昇華した。)

258名も無き邪気眼使い:2014/03/17(月) 22:04:03 ID:0KOwdDeE

(言うなれば肉を捨て、霊に還った。)
(生命は全て神の息(ルーアハ)から生じ、主の祝福をもって受肉したという創世紀の記述を信じるなら、
 それは至って、自然な運びだ。)

(端的に表現するのなら―――それが、死と呼ばれるもの。)

(老若男女。)
(乞食も王者も。)
(果ては人の命数を超越しても。)
(動くモノは皆、最期は肉無き霊に戻るのみ――。)
(それが、運命。生命が運ばれる始まりと終わり、その道筋であるのだろう。)

(なれば)
(今の”彼”は、『亡霊』に違いない。)
(残滓。搾りカス。元と比べれば、否、比べるべくもない矮小な塵芥。)
(されど、それは『黄金』。)
(普遍にして不変。
 数で数えられるという存在物の常識を鼻で笑って蔑ろにした、一でも〇でもない、或いはその両方であるもの。)

 ・ ・
(ここは電子領域だ。)
(真に迫った物体の質感を五感に訴えかけようと、そこは虚構の世界。)
(物理法則はプログラムによって再現されているだけで、あってなきがごとし。ならば無論、エントロピーの熱法則も同様に。)
(そう――。)
(あらゆる道理は法的不可能を無視した極論を言えば、)


(KUNRENと呼ばれるこの領域では、)


(――――――――――――死人が生き返る。)

259名も無き邪気眼使い:2014/03/17(月) 22:06:14 ID:0KOwdDeE

(つまり、こういう絡繰りだ。)

(一度登録された利用者情報は、永久的に保存される。)
(そして、”データベースから特定の人物情報を抽出すれば、電子的に再現することもできる”はずだ。)
(その事実は前々から有識者より指摘されてはいたが、道義的観点から、それをシステムに導入することは見送られている。)

(だが、可能ならば、まったく関係がない。)
(何故なら”彼”は一にして〇。或いは一でも〇でもない存在。曖昧な境界、曖昧な境目など、突破するには容易にすぎる。)

(そんな縄抜け的な裏技で――)
(”彼”の残滓(ぼうれい)は消滅の憂き目なく、その世界を彷徨っていた。)


 いや普通に暇だよ。


(至極道理。)
(今や名もなき”彼”は、不満たらたらな顔で暗闇の中にあった。)
(戯れに邪気眼大学を創造してみる。外観から砂利の一つまで、微塵も過誤なく精密に。)
(”彼”の無限とも言える創造力が一瞬にしてその離れ業を成し遂げたが、これも何度も何度も繰り返した遊びゆえに飽き果てている。)

(指を鳴らして無かったことにした。)
(暗闇が戻る。)

 あーーー、もーーーー。
 こんなことなら普通に死んでおくんだったなぁーーー。
 いやでも俺、根本的に死ねねーからなあーーー。もーーー、永遠なんてクソ食らえだぜおいーーー。

(頭の悪い長音記号の使い方をしながら転がり回る。)
(一でも〇でもないということは、シュレディンガーの猫を思い浮かべてもらえば理解が簡単だ。)

260名も無き邪気眼使い:2014/03/17(月) 22:08:05 ID:0KOwdDeE

(生きてもいない。)
(死んでもいない。)
(物理的に消滅されようと、
 タイムパラドックス的なあれこれで存在因子を抹消されようと、
 時空の捻れで縊り殺されようと、
 ”彼”という存在を、この世界から亡き者にすることは、原理的にできないのである。)

(”彼”にしてみれば地獄そのものだ。)
(一時とはいえ、そんな軛を大学生徒全員に強いようとしていたのかと思うと――浮かんだ末路に、ぞっとする。)

 誰か来ないかな……。
 思いつく限りの歓待で出迎えてやるのにぃ……。

(しまいにはつっぷした。)
(最近はこんなんばっかである。”彼”はKUNRENの外に出ることは叶わない。)
(故に誰かの元へ会いに行くことはできない。)
(そして、”彼”がKUNRENの電子領域上にシステムの隙間を縫って存在していることも当然知られている訳もない。)

(だから”彼”が今後、他者と向き合うことはできない。永劫に不可能。)
(――それが、)
(”生前”に、彼の犯した業罰の、報い。)

(もし。)
(一時的にしろ、その永遠苛む呪いを破るとすれば、)
(KUNRENシステムの偶発的な誤作動か、或いは同じくシステムの間隙を突破できる者か。)
(いずれにせよ、幾星霜分の一。)
(それほど望みもない、途方もない極小微塵の確率の果ての事象であった……。)

261名も無き邪気眼使い:2014/03/17(月) 23:07:35 ID:yRt7jv1U
(”彼”が矛盾を突破して、消失を経てなお存在するのが必然であるなら。)
(これはきっと、「偶然」だった。)



 …………………はァん?



(何もなく、しかし何でも存在する領域に。)
(人を小馬鹿にするような笑い声が一つ、零れ落ちた。)
(くすくす、と重ねて響いて――)

(炸裂音。)
(暗闇に正方形のグリッドが引かれて、平面を幾つも構成する。)
(あっという間に水平線が生まれて、天と地が確定して)


 ミョーな揺れがあると思ったら。
 たまにゃあ覗いてみるもんだなァ?


(虚空がガラスのように粉砕される。)
(ブチ破ってぬぅと顔を出したのは空行く船の衝角――いや、)
(鋼鉄の竜の、鼻先だ。)
(穴を広げて、全身を揺らし、巨大な全身を捻りこんで)
(剣のような尾の一振りで侵入口をなかったことにすると、描かれた平面を踏みしめて)
(暇をぶちまけて突っ伏す”彼”を覗き込むように小首を傾げた。)

262名も無き邪気眼使い:2014/03/18(火) 20:58:35 ID:Ii4tJoDE

(暫し、沈黙があった。)
(この状況を極めて平易に噛み砕くと、)
(『「空から一億円の詰まったヴィトンのバッグ降ってこないかな〜とぼやいた瞬間、頭上から本当に降ってきた』
 のと、不可能度は概ね同値。)

(―――つまり、ありえない。)
(無論、カオス的には確率0%とは断じえない。)
(チャイナのバタフライがニューヨークでトルネードを巻き起こすことだってなくはないのだし。)
(だがそんなもの、実際には机上の空論どころか落書き以下の屁理屈で、ゼロコンマの後にゼロをいくつ書き連ねれば良いのやらといった具合。)
(総括するに、)
(この瞬間、”彼”が抱いた所感としては、)


 出来過ぎだ。
 いくらなんでも、昨今のラノベにしたってここまでお誂えよくねえだろ。


(そう、呆れたように言って、)
(『かつて』と同じように、かんら、と懐かしむように笑った。)
(”彼”―――。
 元・邪気会長、シュロムから毀れ落ちた残滓たる青年は。
 電子領域を遍く構成する一と〇、その狭間で虚ろう無量の暗黒の中で、密かにこうして存命していたのであった。)


 よお。久し振りだな、カノン。

263名も無き邪気眼使い:2014/03/18(火) 20:59:28 ID:Ii4tJoDE


 ミョーな揺れ、って言ったか?
 1/fゆらぎみたいな?
 だとしたら、音に精通したお前が初めて突破したってのは、あながち偶然とは言い切れないのかもな。


(珍妙な仮説を披露しながら、”彼”は指を擦りパチリと鳴らす。)
(瞬間、変化が生じた。)
(天地の境すら判別つかない暗闇に、刹那、光が生じ、やがて瞬きすらせぬ間に色彩が走る。)

(いつの間にか、そこは応接間だった。)
(カノンもよく見知っているであろう、他ならぬ邪気会室の応接間。)
(窓を覗けば、見慣れた景色が見渡せるはずだ。――すなわち、『普段』と変わりない、邪気眼大学のキャンパスがである。)
(運動場、購買部、図書塔、レジャー施設、etcetc....。)
(検証しようと思えば、まさしく建材の痛み方や砂利の一粒に至るまで完璧に再現されていると分かるだろう。)
(無論、応接間を除く邪気眼大学校舎の全容もここに寸毫の過誤なく創造されている。)

(だが、明確に違うのは、)
(目視で確認しなくても知覚できてしまう程の――活気のなさ。)
(ここには、生きているモノがいない。ヒト、非ヒト、のべつまくなしに排除された、無機物と草花石木の世界。)

(まるで、遺跡だ。)
(文明の残骸。栄耀栄華は夢の跡。)
(だとするならば、さながら”彼”は無人の遺跡に君臨する王か。)
(枯れ壊れ朽ち果てた至尊の玉座に惨めったらしく縋り付いたままの、冠を取り上げられた哀れな王様。)

 人っ子一人いない。例外は今んとこ俺と、お前だけだ。

(こと、とガラスのテーブルに置かれた木目模様のお椀には、饅頭が四角錐(ピラミッド)をなしている。)
(邪気堂謹製甘露、味は折り紙付き。)
(湯気を立てる緑茶を淹れた湯飲み二つ、その傍らに置き、深い一息を吐いて対面のソファに座った”彼”は、肩を竦めるように笑う。)

264名も無き邪気眼使い:2014/03/18(火) 21:02:45 ID:Ii4tJoDE

 ”末路”――、って言うんだろうな。こういうのは。
 順当だと思うよ、本人(おれ)も。


(何の”末路”なのか。)
(”彼”は言及しなかった。そんな事実、今さら触れるまでもない。)
(ただ一つ確かなことは、”彼”は永劫、誰かと向き合うことも触れ合うことも許されない、寂寥なる地獄の囚人であること。)

(そして、)


 きっと、この邂逅は一瞬の事象だ。
 そう長くは続かない。
 一定の刻限で、このアクセスは切断されてしまうだろう。
 KUNRENには自動修復システムってのがあってな、異物を検知しては外界に吐き出してしまう。ま、サイバーテロ対策の一環ってやつだ。


(そして、この寒々しい遺跡に残されるのは。)
(一でも〇でもない、或いはその両方たりうる、この男だけなのである。)

(一と〇の狭間。)
(本来なら存在し得ないこの暗黒領域。)
(再びアクセス可能となる揺らぎが訪れるのは、いつのことになるか分からない。)
(数秒後かも知れない。数千年後かも知れない。今度此岸と彼岸が繋がった頃には、邪気眼大学は瓦礫の山と成り果てていることだって考えられる。)


(だから――――カルペ・ディエム。この確かな奇跡の一瞬を、大切に摘もう。)
(壊れないように。零れないように。)
(たとえこのあと永劫の孤独が訪れても、二度と寂しくないように。)

265名も無き邪気眼使い:2014/03/19(水) 15:19:18 ID:so//APj6
(鼻を鳴らすように機竜が頭を振って)
(……いや、実際「ふんっ」とか言った。芸が細かい)
(ともかく、竜は銀の長髪を一つにまとめた長身の男へ姿を転じていた)


 ッハ。お久しぶりィ。
 もうちょっと喜んでくれてもよかったんじゃねえのォ?
 見たとこ暇ぶちかましてたみてェだしよ。


(つまらなさそうに表情を歪めたのは一瞬。)
(すぐさまオーバーに肩をすくめて、へらりと笑って見せる。)

(出来過ぎだろうと何と言われようと)
(「偶然にも」竜は暇を持て余していて、)
(KUNRENなんて行ってみようかだなんて「偶然にも」思って、)
(足を踏み入れたら「偶然にも」竜の感覚に奇妙なものが引っかかったから)
(突破してみようと思ったらそれなりにあっさり侵入できて――)
(ただ、それだけの話だ。)


 んなよくわかんねェもんの代名詞の揺れと一緒にするんじゃねえや。
 ただまァ、俺にとっちゃ世の中全部音であり波だし、要は振動だからよォ?そういうのがあるとこなら、俺はどこだって行けるだろうさァ。
 だからテメェの意見もあながち間違っちゃあ……


(「まるで目の前の”彼”をどうにかするためにKUNRENそのものに誘導されたんじゃないか」)
(だとか、そんなことを考えてしまうほどの、あまりにもあっさりした突破を思い出して)
(口を噤んで、話題を変える。)

 
 ……まァた悪趣味なとこにいるねェテメェも。
 飽きるだろこれよォ。何か他のもん創ろうとか思わねェの?


(周辺の変化にも「まぁこいつならこれくらいやるだろうなあ」と、大した驚きはなく)
(尊大な態度でソファに腰かけて、湯呑みを持ち上げて)
(中のお湯を溢さないようにちゃぷちゃぷぶんぶん回す、なんて、手遊びしながら)

266名も無き邪気眼使い:2014/03/19(水) 15:37:24 ID:so//APj6

 テメェの力なら、「賑やかな邪気眼大学」だって作れるだろうによ。


(湯呑みで遊ぶのに飽きて、今度は饅頭で遊びだす。)
(つい、と指を立てて振れば、軽快なマーチと共に詰まれた甘味がまるで命でも持ったかのように動き出して)
(錐を崩して整列し、ぴょこぴょこ跳ねてテーブルの上を行進し始めた)


 セキュリティがしっかりしてんのはいいことだがよォ。 何だ?これが奇跡だとか、んなことが言いたいのかテメェ。
 随分女々しくなったもんだなァ?欠片に零れ落ちてタマだの何だの落としたのか?


(竜には興味がない。)
(”彼”の末路だなんてそんな、どう聞いても「面白くなさそう」なものには――まるで食指が動かない。)
(少しでも「面白そうなもの」であるならば、程度によっては存在だって賭けるだろうが)
(どうにも「面白くなさそう」であるし、”彼”自身が納得しているのであれば、ソレのためには動く気がない。)

(と、竜自身は考えている。)
(あくまでも、竜の理屈の上では。)


 ……で、こうやって半ば死んでみた感想はどうよォ。
 あと、俺はテメェを何て呼べばいいのかもついでによろしくなァ。


(髪と同色の目を半ば伏せて)
(手を組み足を組み、あくまでも偉そうに、余裕を持って――)

 
 あァ。気をつけろよォ?
 後者の回答によっては、テメェをどうにかこうにか外に連れ出そうとするかもしれん。


(音と揺らぎを制する竜はにんまりと笑う。)


 その方が、テメェをここに放置するよか面白そうだ。

267名も無き邪気眼使い:2014/03/20(木) 15:54:26 ID:8einUEdI


 ――――"Destiny"や"Fate"ではなく、"Fortune"。なるほど、その方が邪気大らしい。

(かんらと潔く笑いながら呟いた”彼”の言葉は、額面ほど浅くない。)

(『運命』には、二種類が存在する。)
(DestinyやFateは、いずれも『神』を起点とするラテン語由来の語だ。)
(前者は『神の言葉』。)
(後者は『神の定め』。)
(対して、Fortuneの語源はfors、即ち、『偶然』。)
(そう。超越者による決定未来だけではないのだ――運命は、幾億の偶然が重なった結果、定まることもある。)

(そして、偶然とは、力学系で言うカオス理論の管轄である。)
(chaos。)
(どれほど高性能なスーパーコンピュータを並べても数値解析しきれない、無限の可能性未来。)
(言うまでもなく邪気眼大学はその象徴だ。)
(幾星霜分の一。)
(そんな尊い奇跡の輝きは、この箱庭には溢れんばかりに満ちているのだから。)

 おいおい。
 忘れてるようだが、俺は『人間』だぞ。

 センチメンタルにだってなれるし、奇跡だなんてふわふわしたものも信じられる。そこに些かの抵抗もない。
 お前みたいなデウス・エクス・マキナと一緒にするな、失礼な話だ。
 俺は、至って『普通』なんだよ。

(確かに。)
(”彼”の装いは特に目を引くものはない。)
(どころか、変な例えを出すが、東京の街中を堂々と大手を振って闊歩しても奇異な目で見られることはないだろう。)

268名も無き邪気眼使い:2014/03/20(木) 15:55:03 ID:p3aMH4Fw

(『普通』。)
(ただただ、『普通』。)
(纏う雰囲気は凡俗のそれだし、将器の覇気など微塵も感じない。神気など以ての外。)
(つまりは尊敬もされず、さりとて軽蔑もされず、通底音の波形のように起伏なく何処までも真っ直ぐな平均線(アベレージ)。)

(だから、『異常』なのだ―――。)
(『異常』を『普通』に裏返す。そのことがどれほどの『異常性』か、言葉を尽くさずとも容易に理解できるだろう。)
(『黄金』。)
(普遍にして不変。)
(”彼”は、終始笑みを崩さない。どうやら『普通』に、旧知との再会を喜んでいるらしい。)

 「半ば死んでみた」、か。
 うーん。どうなんだろうなあ。難しい。
      イチ   ゼロ
 俺には起源も期限も無いからな。もしくは、どっちでもあるし。

 まあ、厳密には、この”俺”はKUNRENに登録されたデータを元手にした存在だけど。
 登録時に容量オーバーにならないよう情報絞ってるから、
 本体――システムに存在を昇華した俺ね――に比べれば、どうしても包含する情報量というのは大分見劣りしてしまうんだよなあ。

 いや、でも、『数量』が意味をなさないから、この”俺”は残滓であり本体でもあるってことになるのか?
 自分でもよく解らん。まあ、なんだ、『普通』だよ。

(テーブルの上で行進する饅頭たちを一瞥し、)

 俺のことは――――。
 ううーん。オキテ、シュロム、ウヘム、ネヘフネセト……。
 呼び名は掃いて捨てるほどあるんだが、正直どれもしっくり来ないな。会長、も、すでに職を辞した後だし。
 まあ、好きに呼んでくれて構わないけどさ。

 ただ、外に出ることはできないな。
 皆と会えないのはちょっぴり寂しいが、こうなった以上、どうしようもないし、どうするつもりもない。

(ず、と自ら用意したお茶を飲む。)
(最後の一口に一切の感慨を見せることなく、ぐ、と背伸びするように立ち上がった。)

 まだ出入口(ゆらぎ)が消えるまで時間あるだろ? ちょっと遊ばないか。

269名も無き邪気眼使い:2014/03/21(金) 18:32:40 ID:OVGMzYsk
(はぁ――――、と、わざとらしく長々と溜息。)
(半目で”彼”を見る。)


 ……テメェのどこが『普通』だよォ?
 こんな状況と環境の中にいても自分を「フツー」って言うなんてヤツの言葉ほど、信憑性がないものはねェや。
 酔っぱらいが「酔ってないって!」って言うのと同じレベルだぞ、そりゃ。


(竜は知っている。)
(あーこいつそういやそんなやつだったなーどこが普通だよこの野郎だとか、思ったことは多々あれど。)
(どんな状況であってもあくまで人間「のように」――)
(否、本当に「普通の人間」として振る舞うことが、どれだけ難しいことで)
(この異能と異常が織りなす世界では、どれだけ狂ったことであるのか)
(「普通が異常」であることを、知っている。)

(ただまぁ、いくら”彼”が異常だろうがなんだろうが、その喜んでいるっぽい笑顔は悪くない。)
(感情だって揺らぎだ。)
(何となしに感じ取れてしまうものが心地よいということは、悪いよりも断然いいに決まっている。)

(ふ、と苦笑して)
(指を振って、饅頭どもを自発的にピラミッドに積み直させる。)


 情報量で自分を語るかィ。
 そういうことが出来る段階で、一般の人間を通り越しちまってることに気づけっつーのォ。
 
 だがまァ、どうも話からすりゃ「死んでみた」っつーのは間違いだったようだなァ。
 そこはすまねェと思うが。

 
(溜息をもう一度。)

270名も無き邪気眼使い:2014/03/21(金) 18:52:55 ID:OVGMzYsk

 自分が何なのかも分からずに自分を語るひよっこのせいで俺の幸せが二回も逃げたぞ。
 テメェそれをどうしてくれる?


(すごく……言いがかりです……)
(溜息ごときで幸せが減るだの何だのこれっぽっちも信じちゃいないが、竜のやる気はちょっと出た。)

(”彼”は竜を、「デウス・エクス・マキナ」だと言った。)
(機械仕掛けの神様――つまりは、どうしようもない状況を力技で解決する存在と。)
(まぁ物理的な意味で否定はするまい。実際今の自分は、交流用の人型以外に機竜を有したよくわからないイキモノだ。)
(行為的な意味でも否定はできまい。状況眺めてニヤニヤしながら首突っこんでいくのが普段のスタイルだし。)

(ただし。)
(「解決」の方向は、「竜好みのオチ」になるわけで。)


 まァ俺は心が広いから、俺の幸せの総量については許しておいてやろう。
 遊ぶのも大歓迎してやる。
 俺ァ楽しいことが大好きだしなァ、その言葉回しは悪くねェや。


(こきり、と首を回して)


  iyon-du sanre-an-ea N waw ah W a-to-rai
   採点するなら30点の誘い方ってとこだな。


(座っていたはずの男は、見目も声もそれなりに整った銀髪銀眼の女に姿を変えていた。)
(どこかの世界で拾ってきた力ある言葉がそれを成す。)


  ah=refu-ea;
   もっと情熱的に面白く誘え。


(肘をついて、手を組んで顎を乗せて笑う。)
(同時に虚空から現れる、長い筒のようなものが二つ。)
(鋼鉄製の砲が女の左右に召喚されていた。)


 フツーに遊ぶんだろォ?
 つまり、こういうことでいいんだよなァ?


(口径が30cmはあろうかという長砲が火を噴く。)
(低く響く砲撃音が、竜の方向の如く轟いた。)

271”彼”/KUNREN:2014/03/24(月) 20:52:29 ID:Ib6X6ETA

(―――それは。)
(形容するなら、凶竜が擡げる双ツ首。)
(銀竜の背後、虚空を突き破り出現した無骨な黒鉄の大筒は、口径30センチ。)
(艦載砲、攻城砲として、戦時中用いられることの多かった寸法の重砲だった――と、”彼”は別世界の記憶を手繰り寄せてそう回想する。)

(いずれにせよ。)
(屋内の一室で、ましてや人間に向けるべき得物じゃない。)
(瞬間、爆光と爆音。如何なる機構によってか、強烈な震動を伴って弾頭が発射される。)
(邪気会室に深刻は破壊が生じた。)
(窓硝子は余さず粉砕。左右前後上下、六方囲む壁面には稲妻のような亀裂が走り、調度品は我先に逃げ出すかの如く吹き飛ぶか、木っ端となって弾け飛んでしまった。)
(弾種は古きゆかしき破甲榴弾か、それとも最新軍事技術の粋を結集したミサイルか、或いは意表を突いての曳光弾か。)

(極論、どれでも同じだ。人間が受ければ、肉微塵となって飛沫と化すのみ。)
(硝煙臭い粉塵が立ちこめる。)
(やがて晴れれば、焦げた赤が滓程確認できるかも知れない。)
(それだけでも僥倖だ。生存の痕跡など露も残さぬ、温度なき鋼鉄の強襲である。二門ともなれば、必殺必滅は必定。)

(故に、)
(”彼”の『普通』は、ここで『異常性』に裏返る。)
(次の瞬間、網膜眩ませる黄金光によって、粉塵は微粒子一つ逃さず消し飛ばされてしまった。)


 勘弁してくれ、俺は奥手なんだよ。
 そうそう口説き文句なんて用意してるもんじゃないだろ、『普通』はさ。


(この”男”―――。)
(邪気会長在任中、遭遇した死線は百を超える。)
(すなわち、敵対勢力からの暗殺。大学構外構内問わず、奔放な”彼”は幾度となくそういった危険に晒された。)
(それでもなお、”彼”が落命せず無事任期を遂げたのには複数の理由がある。)
(部下に恵まれたのも大きい。)
(だが、こと”彼”の『異常性』に限って言うとするなら―――。)


 周囲の全域認識。
 危険の即時察知及び迎撃。
      エレメンタルベーシック
 これらは基礎術式体系の組み合わせで十分対処が可能だ。
 特異奇抜な異能力に目が行きがちだが、こういう基本もなかなかバカにならないもんだろ? だからまあ言っとくが、俺に奇襲は通用しない。

 勿論、防性の強度については別問題だけどな。

272”彼”/KUNREN:2014/03/24(月) 20:53:32 ID:Ib6X6ETA


(極限域まで磨き抜かれた属性以前の基礎術式。)
(最早それは基礎にして基礎に非ず、高次元に研磨された『普通』の防御式は黄金の光を携えて致命の破壊を見事阻止した。)
(その向こうで微笑む影。)
(普遍にして不変、『黄金』の王。至尊の座を追われ残滓となっても、未だ健在。)                                                  ツタエ
(奇襲は通用しない―――故に、真っ向勝負で挑んでこいと。”彼”が総身に漂わせる『普通』にして『異常』の空気が、これからの激戦死闘を予期するように銀竜へ震動た。)


 まったく……。
 俺は無難に超次元テニスでも提案しようと思ったのに。
 お前がそこまで血気盛んとは予想外だったが、どちらにしろ食後の腹ごなしには問題ない。いいぜ、久々の戦闘ロールと洒落込もう。

 抑えが効かないって顔してるな。
 無論、手抜きはいらない。半端な攻めじゃ基礎防壁すら突破できないし。
 どうせ俺は死なない身だ。殺す気で来い――。一度でも俺の命を奪うことができたら、お前の勝利だ。ただし…………。


(言葉を継ぐように、破壊音した。)
(天地鳴動。)
(如何なる数値を超越した烈度の震動が、架空構築された無人の邪気大の崩壊を告げる。)
(地盤が剥がれ、建物は瓦礫の群れに、無事なものなど何一つ残すまいと、大陸単位の破壊でもって実寸大の大学ジオラマを中空に分解しながら巻き上げて、遥か高高度に集結し滞留していく。)
(さながら、それは雲のようで。)
(だが光を透過せぬ真っ黒な影を地に落とすそれは、立ちこめる黒雲と不吉の度合いは同値、それ以上であった。)

(絶大な破壊の波動。そのただ中、”彼”は髪の毛一つ揺らすことなく、)
(無邪気に、笑った。)


 ――――――退屈に飽き飽きしていたところだ。俺も、それなりに張り切らせてもらうとしようか。


(次の瞬間、)
(邪気眼大学という一つの『世界』が、)
(電子領域上のデータとはいえ、本物と何一つ、有する質量すら違わぬそれが、)
(ただひたすら巨大な鉄槌となって、銀竜へと降り注ぐ。)
(速く、重く、大きい。威力の尺度をもっとも単純化した時のステータスだが、いくら何でも規模という規模が滅茶苦茶だった。)

(重量は邪気眼大学全域分。)
(速度は電磁砲に比べ遜色せず。)
(範囲は一大都市に匹敵する敷地面積の邪気眼大学構内と等しい。)

(これが、)
(先代邪気会長、”彼”の初手。)
(挑まんとするならこの程度は悠々と越えてくれなくては困ると、その双眸が語っていた。)

273カノン・A・カペルマイスター/KUNREN:2014/03/26(水) 00:38:19 ID:GGvxlu3w
(砲撃した竜からしても、別に効果があるだなんて思っていない)
(寧ろこれであっさり吹き飛んでいたら、それはそれで邪気会の質の問題が発生するわけで)
(だから、”彼”が対応を完遂するという予測も立てては、いた)
(それが基本術式の組み合わせで成されるのはちょっと予想外ではあったけども。)


 ハ、全世界気まぐれトップ3に入るだろう俺をとっさに誘おうってんならそれ相応の事をしろやァ。
 つーか超次元テニス誘って俺がノると思ってたの?
 テメェはもうちょいその辺の機微を考えろよォ、『普通』でもいいからよ


(くつくつ艶やかな笑みを見せて、静かにテンションを切り替えていく)
(同時に思うのは、「やはりこいつは『普通』極めすぎて『異常』だ」ということ)
(今こいつがやったことは、発声練習のみをしっかり行った結果億の聴衆を魅了する声になってしまったようなもんだ、と)
(全く、何処が普通やら――と)
(竜の笑みは消えるどころか深まって)


 誰にでもできることで対艦砲撃防ぐお前はやっぱりおかしいだろォがよー。
 フツーって言い張るならせめてフツーに天才だって位にしとけ。
 全ラノベのフツー系主人公が泣くぞ?お前見てマジで泣くぞ?そしてDOGEZAだ。


(砲身は既に冷却を完了している。)


 んじゃまぁもっぱつー、……っとぉ?!


(再度の一撃を見舞おうとして――)


(世界が揺れた。)
(それまで穏やかな日常の風景……の、舞台であった場所が崩壊する。)
(足場がなくなる程度なら問題はない、だって飛べるのだから、と)
(ヒトガタの化身を自ら砕き、)
(この狭間に転がり込む段階で用いた素の体、無機の竜の姿へと転じる)
(100メートルクラスの巨体――だが、それでも)


 …………お前ね。
 ヒマなのは分かったが、もうちょっと一人でも追及できる趣味を見つけなさいよォ……


(呆然と呟いてしまうのも無理はない)
(降ってくるのは、そんな何百何千の大きさが意味を失くすモノ)
(『世界』一つ分に応対するには、竜はあまりにも小さすぎた。)

274カノン・A・カペルマイスター/KUNREN:2014/03/26(水) 00:39:55 ID:GGvxlu3w
(けれど。)
(速さが何だというのだ。)
(重さが何だというのだ。)
(大きさが何だというのだ。)

(「それがどうした」と、竜は笑う。)

(竜が操るのは音と、揺らぎと、それを媒体にした魔術だ。)
(ただの詠唱の亜種と侮るものは多い。)
(それどころか、同じように歌ったとしても全く違う効果も出たりするため)
(普通の詠唱よりも非効率だと罵る声も当然ある。)

(「だからなんだ」と、竜は笑う。)


  A――――――


(高らかに最初の一音を。)
(揺れろ感情と、竜は謳う。)

(音と、揺らぎと、それらはあくまでも「媒体」だ。)
(その源で、一番大切なのは「心」。)
(願い、望み、思い描き、)
(その波で「世界を揺らして書き換える」。)

(固い言い方にするなら、「音を媒体とした、意志による世界改変」だろうか。)
(竜はその魔術で生まれ、生きてきた。)
(竜としての鋼鉄の塊で孤独に漂うのではなく)
(人の形の化身を魔術で構成し、己の心で人と、世界と向かい合ってきた。)

(『生きるだけで世界と対峙することになるのに、今更また世界一つが何だというのか』と、竜は笑う。)  


  Fou paks wa quen ware ar dor ag ar cia
  天と地の狭間に私は生まれ 


(そうら、黄金の”彼”の愛した『世界』が降ってくる。)
(だが此方の術では速度が足りない。媒体が音である以上、それに縛られる。)
(「ならばその時々で対応しよう。」)  
(「その為の力はあちらからやってきてくれるのだから」)

aiph heighte sphaela sos mea manaf
  全てを引き裂き生きるのが運命であるならば


(降る質量が竜の身に触れた一瞬。)
(竜はそれを単なるエネルギーに戻すための分解を謳った。)


  Was yea ra gyen bautifal lusye
  1と2の界を渡る波を紡いで
――cYAzE, vYAa, jYAzAt.
    ――私に従い、変換し、構築し、行使せよ


(並行して、生まれた力を己のものとして行使するための詩を重ねる。)
(そうしたら声だけの揺らしじゃあ足りなくなったから、全身を構成するパーツを震わせて音を連ねる。)
(結果として生み出されるのは多重音声によるコーラスと複数楽器のオーケストラの合奏)
(人外の処理速度が生み出す破壊と創造の響きだ)

(世界を振動させて、巻き込んで、機竜の炉が唸りを上げる。)
(かつての仲間、天災とも呼ばれた男の作は気持ちいいほど仕事をする、と、鈴を転がすような笑い声で)
(形を変え、竜に従い荒れ狂う力の塊が)
(鋼の竜の喉奥、仕込まれた兵器の餌としてつぎ込まれて――)


heighte an sonwe briyante en irs here
  傷痕を遺そう、私はここにいる、その産声を


(完了した段階で撃つのは竜砲――ブレスと呼ばれる、竜族の主兵装。)
(降る世界を真っ直ぐに砕き、穿ち、触れた質量を片っ端から自らの力と変えて)

(大質量を抜けた、と思った瞬間、全身のブースターに火を入れ)
(「砲撃を維持したまま」空中での一回転を行う。)
(仮想世界に極光で、巨大な円を描いて)


――ttu p.s.w.t. Adoodu ag Acia
     ――私の世界に天と地を取り戻す、そのために


(先ほど『世界』は巻き込んだから)
(今度は本命、”彼”を、光の奔流に巻き込みに行く。)

275名も無き邪気眼使い:2014/04/02(水) 14:13:57 ID:wdaC02Vw

               ハリボテ
(電子領域上に創造した仮想とはいえ、『世界』一つを丸々費やした巨大質量攻撃。)
(今、銀色の機竜に雨霰と降り注ごうとしているのは、建造物や自然物、さらに地殻までもを精密に再現し、合算した一大都市分の総重量である

。)
(出来の良いVFXのような、現実味のない光景。)
(圧倒的、ただひたすら圧倒的な暴威の海嘯――この規模はもはや、災害に等しい。)
(人為の一切を烏有(ぜろ)に帰する絶大な物理エネルギーの塊。)
(それが、”たった”100mのちっぽけな竜を、路傍の蟻のように捻り潰そうとした――――その刹那、尋常ならざる魔業の光が墜ちる『世界』をほ

どくように消滅させた。)

(それだけではない。)
(あの迸る竜の極光(ブレス)は、触れた質量を片っ端から己がエネルギーに変換、吸収し、強大化しながら迫ってくる――!)


 やれやれ。あいつも大概めちゃくちゃだな。


(派手に決めた初手をあっけなく覆された”彼”は、困ったように笑いながら肩を竦める。)

(ゲルマン神話のファフニール。)
(聖人ゲオルギウスの逸話に登場する悪竜。)
(ペルシア神話で悪名轟かすカシャフ町のドラゴン。)          ブレス
(古来より怪物として伝承に語られる竜は、多くが毒素を濃密に含んだ呼気を吐く。)
(鍛えた剣や鎧を飴細工よろしく融解し、皮膚を発火させるほどの極悪な威力。必然、それに由来する形で、ドラゴン種の大多数が息を主な攻撃

手段に採用している。)
(と、竜言語学科の教授が発表した論文の記述に”彼”は心中で納得した。)

(あの輪を描く極光も同じ。)
(音と波動の機竜が炸裂させた光のブレスは、接触した物体を尽く分解、エネルギーに還元する。)
(”彼”は指を振るって、防性陣を無詠唱即時展開。)
(極限域まで高められ放射される黄金光を伴って、防壁の意味を持つ幾つもの魔法円が波動分解の極光を正面から迎え撃った。)

(黄金と白銀、至高と破魔、異なる二つの輝きが爆光を散らして激突する。)

276名も無き邪気眼使い:2014/04/02(水) 14:18:04 ID:wdaC02Vw

 ぱっと見た感じ、        キャビテーション
 元となっている原理は恐らく、『空洞現象』を利用した物質分解法か?

(音は振幅、すなわち波動。)
(なれば物質に干渉できるのは道理で、高度な音響技術で応用すれば物質を移動、浮揚させたり、バラバラにすることもできる。)
(この機竜の異能から察するに、そんなところだろうと”彼”は当たりを付けた。)
(続けて、)

 ここで一年生で習うような基礎のおさらい。
 『関連づけ』、『意味づけ』、これらはあらゆる異能の根本理論にあたる考え方だ。
 闇に盲目の解釈を付与して混乱させたり 有名な例を引っ張り出せば、氷が持つ『凍結』の属性を極論なまでに拡大解釈させた、諸概念全凍結魔法・EFBも該当する。
 
 もちろん、本人の適性に依存する以上、欲張りはできないがな。
 しかしお前の異能は飛びきり厄介だ。
 何せ”揺らぎ”は超ひも理論などに代表される宇宙開闢に通じる原始的性質だから、11次元に到達する素養さえあれば…………ん?


(異変を感じ取った。)
(不朽不壊であるはずの黄金の円陣が、徐々に輝きを鈍らせていく。)
(まるで、鉛を金塊に変成する錬金の秘術を逆回しにしているような光景に、”彼”は一瞬不可解は顔をしたが、すぐさま合点が行ったように頷いた。)


 なるほど、発動に際して陣に封入した魔力が分解、および吸収されている――。
 これじゃあらゆる防御は意味をなさない。

 やっちまった。
 つい反射的に陣を張ってしまった俺の落ち度だ。
 この攻撃に正対して迎え撃つこと自体が誘われた悪手だった、そういうわけか? まったく見た目の派手さに気を取られたぜ。
 やれやれ、退屈に身を窶したあまり、勝負勘が錆びついているらしい。


(”彼”はやべえと漏らし、刹那、指を振るって魔法陣を再展開する。)
(十、百、千、万。)
(超越者の魔業により、早送りさながら桁外れの増築速度を見せる金色の防壁は、暗黒空間を埋め尽くすがごとく巨大な城壁を組み上げる。)
(理論上は、特級禁呪であっても七割なら軽く威力を殺してしまう規模と密度、そして精度。)
(が、侵蝕されるように魔力を喰らわれ、切れかけの蛍光灯のように明滅しながら黄金の光度は緩やかな逓減を始めた。)
(挙げ句、極光は威力を青天井に倍増し、全く手が付けられない。)

277名も無き邪気眼使い:2014/04/02(水) 14:19:24 ID:wdaC02Vw

(詰み、だ。)
(陣を解けば極光に呑まれ、かといって陣を重ねれば重ねるだけエネルギーを簒奪され、いずれ発生する間隙を縫って突破してくる極光の餌食に

なる。)
(銀竜が息切れを起こすこともあるかも知れない――。)
(が、そういう都合の好い射幸的な希望観測は、得てして身を滅ぼす種になるのが世の常だ。)
(相性が悪すぎた――その一言に尽きる。)

(故に、)
(”彼”は『普通』を『異常』に裏返す。)

 仕方ないな。……ここらで、一つ開陳といこうか。

(境界が揺らぐ。)
(次元が撓む。)
(この瞬間、1と0は隔壁を融かし混ざり合う。)
(不可能を可能に。無理を道理に。あらゆる常識、あらゆる法則、その全てに対して”彼”の『界』が掌握を開始する。)
(すなわち――”彼”による初めての詠唱が、ここに披露される。)


 フィクション・ファンクション・デビルズ・ステアケイス
【 悪 魔 が 微 視 の 階 を 下 る ……】 (Fiction Function Devil's staircase)
      ターナリー・ニューメラル・システム:スモース・ナンバー・エクスパンド
【 奈 落 へ 至 れ ば 更 な る 奈 落 : 下 れ よ 下 れ 黄 泉 の 比 良 坂 】 (Ternary numeral system:small number Expand)


 オオ、ワレ イマ ココニ ショウリ エタル カザリワ ヲ アム。 オオ、ナンジヨ シカシテ エイエン ニ イクル ベシ。ワレ ハ ウヘム。ワレ ハ ネヘフネセト。エイゴウ ノ オウゴン ナリ。
【|f_m(x)-f_n(x)|=Σ_{i=n}^{m-1}|f_i+1(x)-f_i(x)|≦Σ_{∞}{i=n}2^(-i)max_{x∈[0,1]}|f_1(x)-f_0(x)|=2^(-n+1)max_{x∈[0,1]}|f_1(x)-f_0(x)|】


 Cauchy fundamental sequence Converging
【や が て は 収 束 点 た る 我 に 漸 近 せ り ――。 】


(果たして、それは詠唱なのか?)
(異常、異相、異形。)
(紡がれる呪言は、常人の知るそれとは遥かに懸け離れていた。)
(式を式に。暗黒の虚空に不連続な線分が階段状に連なり、連なり、連なり……やがて定義的に不連続なはずの線集合が、あたかも連続しているように繋がり出す。)
(不連続な連続という曖昧な周縁に囲まれて現出を始める幾何図形は、まさしく有限にして無限。)
(相対する概念を同時に成立させる矛盾超越の理―――敵対者の銀色を圧し潰そうと黄金の爆光を解き放ち、新たな”陣”がここに顕れた。)

278名も無き邪気眼使い:2014/04/02(水) 14:20:55 ID:wdaC02Vw


【  | f ( x ) - f _ n ( x ) | < 2 ^ ( - n + 1 ) m a x _ { x ∈ [ 0 , 1 ] } | f _ 1 ( x ) - f _ 0 ( x ) |  】


(その形状を――何と表現すればいいか。)
(渦を巻く蔓。絡み合う繊維質。浸みのような海岸線。或いは、赤黒い銀河系。)
(世界の何処を探しても正確に形容できる言葉は見つからないんじゃないか―――そう錯覚してしまいそうなほどに、それは複雑すぎて理解の限度を超えていた。)
(ただ一つ確実なことは、)
(波動分解の極光を正面から受けきって尚、網膜を灼き尽くすような黄金の眩い輝きが”殺されていない”という一点。)


 カントール集合。
 シェルピンスキーのギャスケット。
 メンガーのスポンジ。バーニング・シップ。そして……マンデルブロ集合。
 それらは見た目では限られた面積及び体積しか持たないが、細小な視点で観察すれば無限のパターンを繰り返している。

 すなわち、有限にして無限。
 自己の内に相似形を永遠に繰り返すそれらを、フラクタルと呼ぶ。
 もっとも、定義が曖昧で取り扱いが難しい分野だ。だが、否、故に――俺の領分でもある。説明は要らないな?


(宇宙を外側に拡大する∞とするなら、これは内側に縮小する∞。)
(意味するのは無限質量。)
(枯渇することなき永遠のエネルギー。)
(もし然るべき機関が有効に利用すれば、かつてないブレイクスルーによって人類世界の繁栄は約束されたも同然。)
(原子力を凌駕する、まさしく全人類の希求した至宝に違いない。尽きることがない故に争いも起こらず、有史初の完全平和状態を実現することも可能かも知れない。)

(が、それを、)
(この男は、至上最悪の方法で使用することになる。)



                        アポカリプス
  ―――――さあて、ここからが本番。黙示録の始まりだ。

279名も無き邪気眼使い:2014/04/02(水) 14:22:40 ID:wdaC02Vw

(瞬間、)
(【黒】色の空間に突如六角形の【赤】色が規則的に配列された。)   容量不足。情報過多。
(耳朶を劈くがごときビープ音。表示された英語の文章は―――”CAPACITY LACK OVERLOADED”。)
(地獄のような紅蓮に染まった天地なき1と0の狭間に亀裂が走る。覗く色は【白】。キャパシティをオーバーしたシステムが、一旦状態をブランクにしようとリセット作業に移行している。)

 ところで、錬金術における重要なキーワードに、色がある。
 とある重要な石の精製においての一要素だ。
 水銀と硫黄、塩が、精製過程において変化する三色。【黒】、【白】、【赤】。今ここに、その全ての色が揃った。

            オレ  チカラ
 今こそ見せよう。黄金の秘法を。

(一瞬、)
(”彼”の双瞳が、何かを宿した、)
(瞬間、周囲のあらゆる色が衝撃と共に薙ぎ払われた。)
(音、光、五感に訴えかける要素全てを消し飛ばし、惑星地表に存在する万物一切を特異点の彼方に吹き飛ばさんとするように。)
(やがて決して短くない時間の後、狂嵐が収まり―――全ては、黄金の光に染め上げられた。)

                       アゾート
 ――――――ようこそ。真理の界、AZΩthへ。


(システムを凌駕し、)
(黄金の王が、ここに復活する。)
(この期に及んで”彼”はどこもかしこも変化なく『普通』然として、さもこれが本来の当たり前であるかのように。)
(死闘の第二幕は、空間全体から放たれた黄金の爆光が銀竜に殺到して始まった。)

280カノン・A・カペルマイスター/KUNREN:2014/04/06(日) 02:05:44 ID:hZFpwYIw
(こいつは本当に理屈屋だなあ、と竜は思う。)
(自分が魔術―魔法かもしれないが―を使っていることは分かるし、)
(それがどのようにして発動するものなのかも知っているが、その先は一切知らない。)
(竜はあくまでも、「こうなればいい」と自分の望んだ結果を押し付けているだけだ。)


 ハ、


(魔力を変換する。)
(質量と違って分解する必要がない以上、それはもっと楽だった。)
(そして、竜は無機の鋼をその身とする。)
(息切れはありえない。無論、耐久度はあるが――それでも撃ち続けようとすれば、撃ち続けられた。)
(で、あるから、”彼”がそのままであれば。)
(竜はきっと、そのまま”彼”を消しとばし。)
(「何だこの程度かつまらない」と鼻で笑ったに違いない。)

(だが、その未来はあっけなく覆された。)

(もし竜が人の姿を取っていたならば、口の両端を釣り上げて笑っただろう。)
(砲撃を叩きつけながら、喉を中心とした全身が過熱するのを認識しながら)
(『黒』『白』『赤』を経て、)
(一度全てが薙ぎ払われて、ブレスを強制中断し嵐の中を悠々と飛翔して)
(『黄金』が迫るのを感知しながら)
(なお、愉快だと笑っただろう。)


 ハハハハハハハハハハハァアアッ!!!
 それがテメェか!!!
 それも、一端でしかねェか、この調子だとよォ!!!!
 とんだ「普通」もあったもんだ――――!!!!!


(震える。)
(機と化した身が、無機を拠り所として漂う魂が、歓喜に震える。)
(逃げ場はない。)
(真理はそこにある。)
(3の界が、下手すると4の海すらも。)
(今の竜の敵だ。)


(くつり、と竜が笑った。)


 嗚呼。
 俺はお前を呼ぶことにするよ。 


(まるで、情事の後に呼びかけるように)
(恍惚と愛しさとを音に乗せて語りかける。)

(音を使う竜が、力あるものが呼ぶということは、それだけでどんな存在であるのかをラベリングしてしまう)
(だから、竜は名乗らせた。)
(それは、下手に呼んで、その属性を”彼”に与えるわけにはいかないと、ささやかな配慮だった。)
(そこで何か一つに絞れていたならば、竜は”彼”を外に連れ出そうとしただろう。)
(名乗る名があるなら、そこに過去があり、縁がある)
(その元に戻そうと竜は本気になっただろう。)

(しかし”彼”は名乗らなかった。)
(そして、今、黄金の王の降誕により「こいつはもう”彼”でしかないのだ」と、竜は認識した。)
(どこにでもいて、どこにもいない)
(ここにいて、ここにいない)
(永遠に、永劫に、0であって1なのだと、竜は納得した。)


(もう、自分がどうしようが、きっとこいつが揺らぐことはないと)
(竜は、心の底から安心した。)

281カノン・A・カペルマイスター/KUNREN:2014/04/06(日) 02:07:25 ID:hZFpwYIw

 そうだな。
 sIllAke。……スィラク、と呼ぼう。


(込められた意味は分からなくてもいい、と内心で苦笑して)
(立ち向かうために曲調を変える。)
(まだ穏やかに押しつぶすように鳴っていたオーケストラを黙らせるように)
(荒々しくギターが吼え、追って何故か鈴が打ち鳴らされ、弾むコーラスがそれをまたさらに裂く。)


  空墜つ 光牽いて 闇機織り
  強金揺らぎ 両足踏み鳴らし


(黄金が、光の海が全方位から迫る)
(上下左右、このままではいくら竜とはいえ、回避することは不可能だ)
(なんせ安置がない。当たり判定の塊だ)


  今 捧げよ 汝が躯
   今 捧げや 横たわれ


(さて、ではここで竜が何を考えただろうかというと)
(いたってシンプルで、子供のような答えだった)


  さあ 奏でよ 声挙げよ
   さあ 奏でや 蘇れ


(光に対抗するなら闇である、と。)


  歓喜に絶望 無幻に有現


(闇を生み出すことは、眩い現状ぶっちゃけ物凄くめんどくさい。)
(だが、竜が今、身を機の竜に変えていたことが幸いした)
(そう、「パーツ同士の重なりで生み出される影」がそこにあった)
(どれだけどこからどんな強さで照らされようと、影は、暗闇は基礎フレームの内に揺蕩う)


  調べ招き 祝え 頂く黒白の花冠

  祈り紡ぎ 謳え 墜つる神錆びた庭園


(それを、増やして零した。)
(機竜の全身から、水が溢れるように影と闇がどろりと滴る。)


  楔打つ 現世の穢 逃れ得ぬ 唯一の罪


(勿論それだけでは直ぐかき消される。)


  絆断つ 常世の澱 浄め得ぬ 唯一の罪


(だから、竜はそれに型を与えた。)


  咎縛る 幽世の茨 祓い得ぬ 唯一の罪


(恐らく世界に生きる全ての生命体の中で、最強の種族)


   O se yackt ula xided
   嗚呼我等の科を赦し給え


(「竜」――ドラゴンの形を与えて、解き放った。)


  さあ 目覚めよ 声上げよ


(同じ姿の物は一体としていない。)
(闇を固めた竜の群れが、しかし同じように全方位、上下左右の黄金を喰い荒らす。)


  いざ 捧げん 蘇れ


(そうしてまた、黒が爆発的に増える。)
(やっていることは先ほどのブレスと似たようなものだがまぁ、多少のネタ被りくらいは許されるだろう。)
(竜は高らかに笑って、視線を”彼”にやる)
(目標を認識した闇が、大元を食いちぎるべく、黄金の王へと競うように突撃を敢行した。)

282名も無き邪気眼使い:2014/04/12(土) 21:15:45 ID:.Yt60Pek

(世界はここに変生する。)
(天地なき電子の宙に満ちる無謬の輝き。)
(真理界域AZΩth、完成。――至尊の座を占めるは黄金なる”彼”。)

 
 さあ、お祭りを始めよう。難しいことは考えるな。たくさん楽しもん勝ちだ!


(空間を、視界を埋め尽くす黄金の光。)
(その直中にあってなお巨大な超常の圧を激甚と迸らせて、退屈の終わりに喜色を浮かべ諸手を挙げる『普通』の青年。)

(力を解放したここからが”彼”の本領。)
(呪いにも似た黄金の真理光を全方位へ無限射程輻射展開。)
(『真理』ゆえに万象逃れること能わず、銀河の彼方をも超え行き届き無明の暗黒は覆滅される。)

(『真理』とは謂わば、凝集された超容量の情報だ。)
(曰く、アカシックレコード。曰く、アインソフオウル。神秘を紐解く唯一絶対の共通解。)
(それが、光子の一つ一つに超新星爆発を大きく上回る桁で極大の濃縮をされている。これは最早至宝ではなく、劇毒である。)
(とはいえ容量の限定された電子空間なので、全解放という訳にはいかないが。それでも”彼”と対峙する者は、これより精神に極悪な圧力を受け続ける。)
(一瞬の油断、気を緩みが行動不能に即時繋がる――とは行かずとも、心や魂を燃料にする異能者にとっては無視できないダメージを被るといって概ね間違いはないだろう。)

(すなわち、ここは”彼”がルーラーを務める遊戯盤(チェスボード)の盤上。)
(この黄金世界では、”彼”は絶対の王政を敷いている。)

(義憤でもいい。憎悪でもいい。あるいは嘲笑でも、慈愛でも構わない。)
(まずは強靱な心胆でもって、この『真理』の圧撃を凌いでみせろ――”彼”は歓喜に打ち震える機竜を眺め、口元に静かな微笑を描く。)


 万一”間違い”が起こってもそこはKUNREN。
 対戦時に発生した状態異常は、死亡を含め、退出時に一切をリセットされる。
 精神が粉微塵になったところで現実に帰れば元通りだ。―――その時は、俺との時間の記憶は少なからず焼損しているだろうけどな。

 だから、まあ、存分に奮闘しろ。心ゆくまで、たっぷりと。
 悔いなど残さないように、な。


(王らしく、大上段に構えて。)
(笑う機竜に、全方位からの爆光を浴びせかけた。)

283”彼”/KUNREN:2014/04/12(土) 21:16:37 ID:.Yt60Pek


(黄金色の爆光。)
(肉体のみならず精神にまで損傷を及ぼす『真理』の爆撃。)
(360度。逃げ場無し。元よりこの世界全体の意志を具現化させた波動光であるから、回避は不可能。)
(対する機竜は、お手本とも言える解で応えた。)
(―――光には闇。星の海を紡いだ原初の相克である。鋼鉄のフレーム、その狭間から零れた漆黒がドラゴンの影を幾多編み、爆光を遍く喰らい尽くす。)
(竜影の群は、続けて悠然と構える”彼”の元へ。人の柔な体躯に牙を突き立て千々に裂かんと最短距離で飛翔を始める。)


 ははあ、成る程。
 影という影を一切拭ったつもりだったんだがな。
 フレームの隙間か、確かにそこまでは俺も干渉するわけにはいかないわな。
 自身の特質を知り尽くしているからこそ可能な芸当だ。うん、まずはお見事。では、それに負けじと応戦の一手を指してみようか。

 ――――魔力子操作、理想適正配置。


(その時、”巨大で微細な何か”が大きくズレた。)
(黄金の空間に走る猛烈な違和感。見た目には先ほどと何ら変わらない光景だが、知覚できないレベルで看過できぬ烈度の変化が生じた。)
(もし超極小の分解能を有した目を持っていたなら、はっきり目視ができたかも知れない。)
(ズレたのは、一帯の『原子』だ。)

(有機、無機、光熱、電気、音波から果ては情報に至るまで。)
(世界を構成する最小単位は原子。)
(異能が引き起こす超自然的現象の数々は、未知の原子の作用で説明できる。とする仮説が近年唱えられた。)

(そんな理由で学論に導入された、『魔力子』の概念。)
(重力子と同じく、姉妹校・邪科学大学が所有する超巨大粒子加速機をもってして未だ発見には繋がっていないが、理論的にはほぼ存在を確実視されている原子だ。)
(これを特定パターンに配置することで周囲環境に特殊な干渉を行い、様々な事象を生起するのが『異能』だという。)
(邪気眼大学では”魔導力学”として、専門の研究室が設置されている分野。)
(如何せん歴史が浅く、定義も曖昧なところがあるため、まだまだ未発達、未成熟な学問であり、今後一層の研究成果の発表が求められている。)

(ならば、その時点でもう”彼”の領分だ。)
(異能現象の太源である『魔力子』を曖昧な領域から”引きずり出し”た。)
(そしてその構成パターンを直接操作して、自分の理想とする力を望むまま、欲しいままに呼び起こそうとしている。)

(並外れた、桁外れ―――そんな言葉では形容しきれないほど、この男は常軌をことごとく逸する。)



 その前にまずは、ソイツらを何とかしようか。
 真っ黒な竜。外見こそ違うとはいえ、すえぞおを思い出すよなあ。アイツ、元気にしてるのかねー。

284”彼”/KUNREN:2014/04/12(土) 21:19:01 ID:.Yt60Pek


(悠長に耽りながら、”彼”は懐かしい動作で指をぱちりと鳴らす。)
(音もなく、大仰な演出もなく。)
(まるで意識外から忽然と虚空に出現したのは、―――いずれも金色の光輝を惜しげもなく放つ武具の数々。)
(出自も寸法もそれぞれ異にして、まるで世界観の統一性が取れていなかった。一見して共通しているのはいずれも刃を持つというただ一点のみである。)
(しかし、視認では判らないものの、もう一つの共通点が存在する。)
(刀剣たちの性質。言うなれば、用途について。)


 ネーリング。バルムンク。グラム。カドモスの鉄の槍。アマノハバキリ……etcetc。
 一端の竜種ならピンと来るだろ?
 いずれも贋物(レプリカ)だが、影程度の霊格ならこれで十分。ましてこのように黄金も付与してやれば、光と闇の属性相克も成立するって塩梅だ。

 言語学者カルヴァート・ワトキンス曰く、英雄の蛇殺し。
 そういった詩形式の逸話には欠かせない屠殺竜の伝承武具―――人呼んで、ドラゴンスレイヤー、ってな。


(刹那、龍殺しの刃が音速を超えて発射される。)
(一頭につき一振り。まるでそれで十分だと言うように、武具たちが死の飛翔を始めた。)
(単一の指向性をもって放たれたにも関わらず、ねじれや曲線など、摩訶不思議で予測困難な軌道を描きながら、顎を開くドラゴンの影の群れを迎え撃つ。)
(銀龍なら気付くかも知れない。)
(その中の一振りだけが、ドラゴンの影に一頭も掠らず、群れを抜けてカノンの喉元を貫こうと、他の武具より圧倒的な速度で飛来することを。)

(――――そして。)

(原子が”ズレ”た黄金の世界が、今までにない不吉な波動を銀龍に伝導える。)
(浮かぶ幻像は、全生命の死滅した惑星。)
(それは絶死を告げる零下。)
(哺乳、爬虫、霊長、果ては菌糸類に至るまで存命を許さぬと。)
(生物の温もり、太陽の熱、山や田畑の実り、自然界に存在していた暖色を一切殺し尽くした白銀の完全氷結惑星(アイスボール)。)

(知っているはずだ。知らなければおかしいはずだ。)
(この無慈悲な死世界。)                                    E  F  B
(命の死に絶えた未来を実現しうる、世界で一番有名な超特級禁術の一つ――――永劫狂風雪。)

 これも贋物。かつて海野との一戦で戯れに使ったヤツだな。
 が、今回は少し気合を入れた。

 余程堅牢な防性式を固めるか、その他特殊な操作をしてみるか。いずれにせよ、こちらの準備は完了した。
 いずれぶっぱすると予告しておくぜー。

285カノン・A・カペルマイスター/KUNREN:2014/04/18(金) 00:22:47 ID:DsVuC1K6
 

 ぁは!
 あははははははは!!!!!!


(何が楽しいのか竜は笑う。)
(黄金の王が統べる空間となっても、高らかに。)
(精神的な圧迫はぶっちゃけきつい。自分である根幹が揺らされているようなもんだ。)
(だが笑う。いや笑え俺。)
(親愛なるオウサマが楽しんだもん勝ちとか言い始めたぞ。)
(楽しまねば負ける。)
(……負ける?)


 おーいィ、スィラク、なァ、負けちまったのも楽しかったらそれは勝ちなのかィ!?
 どうなんだよこの矛盾塊!!おいおいどうですかよ?!
 やっべくっそ楽しい!!!


(影の疾駆を追って、機竜の炉も出力を上げる。)
(狙いは簡単。単なる突撃だ。)
(光速には至らぬ音速だが、人の身をブチ抜くくらいは簡単だろう。)
(おあつらえ向きに今は高速巡航形態、衝角で当たれば勝ちだ。)
(それで勝ちになるかは分からんが、多分きっと勝ちだ。)


(そして世界がズレる。)


 くぬぉっ!?
 

(『魔力子』。)
(異能の源とされるそれは、ブレるものだ。)
(個人が利用する分には、まぁ、どうなろうが許容範囲内、ではある。何度も経験したことだ。)
(だが空間丸ごとズラされたなら、それは無視できない違和感となる。)
(竜の魔術は、同じようなズラすだの揺らすだのなんだのであっても、あくまで自然にあるものを書き換えるだけ。)
(今この、まるっと黄金の王にとって理想的な環境になっている状況は、竜にとっても初体験の状況。)

(未知の危機を感じた心が、反射的に全身の機動を止める。)

(一個人の利用する範囲であったなら)
(竜としてもそんな隙は見せなかっただろう。



(そして、とすん、と、軽い音がした。)

286カノン・A・カペルマイスター/KUNREN:2014/04/18(金) 00:23:29 ID:DsVuC1K6


 ……?



(視覚素子には何も映っていない。)
(だが衝撃はあった。)
(ならばと全パラメータをチェックする。)


(銀竜の生命線ともいえる喉に、逆鱗を割る最悪の形で、金色の刃が突き立っていた。)


 ……?!
 ――――――!?!?


(その時の竜の思考を一言で表すなら簡単だ。)
(「パニック」。)
(恐慌状態であった。)
(逆鱗に触れれば竜はたちまち人を殺すだろうとは言うが、この場合はちょっと違った。)

(機竜の逆鱗――ヒトガタの時は胸元に埋まる、つるりとした卵型の塊は、竜の意識の核だ。)
(割られれば死ぬ。)
(そんな簡単に傷つけられる硬度ではないが、相性と状況が悪すぎた。)

(銀は金に劣り。)
(竜種を殺すための武装が、急所たる喉を狙って投じられ。)
(闇に浸されたフレームの内に封じられた逆鱗を、光纏う刃が貫いた。)
(刀剣はレプリカでこそあったが、ここはKUNREN。ある意味今の銀竜も、レプリカのような存在。)

(たとえ仮想とはいえ、殺されれば人は死ぬ。)
(それは竜とて、例外ではない。)

(悲鳴は出ない。)
(パーツを鳴らして即席の術にすることもない。)
(全ての起点となる核を、ブチ抜かれた。)
(そして、影の全てが、同じように竜殺しに墜とされた。)

(詰み、だ。)

287 /KUNREN:2014/04/18(金) 00:24:24 ID:DsVuC1K6
(重力すら定かではない世界を鋼が漂う。)



   (……だが。)



(ノイズ交じりの思考で、竜は思った。)



   (――”それ”は想う。)



(自分はきっとここで終わりだろうと。)



   (自分にはきっと終わりなどなく、)



(まぁ、多分、あんだけの奴相手に、よくやったほうなんじゃないか。)



   (3の界を、4の海を漂いながら、)



(……ああ、それでも)



   (ただそこに在ることを望み、)



(あの、頑固で優しく愉快な友人を)



   (ただそう在ることだけを望み、)



(一人にしてしまう、ことだけは――)





   (理のままに、星が廻ることだけを――

288名も無き邪気眼使い:2014/04/18(金) 00:25:50 ID:DsVuC1K6









否。
これは違う。
これは、私の望んだものではない――

289 /KUNREN:2014/04/18(金) 00:27:30 ID:DsVuC1K6
”それ”が目覚めた時、世界は黄金の『真理』に満ち満ちていた。


世界が唯一を謳う。
絶対たる王に頭垂れ、歓喜を表すかのように荒れ狂う。
理路整然と道を為し、次の勅令を望んで佇む。


 これはなんだ。
 ここはどこだ。


知っている。世界はひどくあいまいで、不完全であるが故に満ち足りていることを。
知っている。世界はひどく脆く、しかし何物にも代えがたい旋律を持つことを。
 

 それらが私に、この黄金の至宝を否定させる。
 地を走り、水を揺らし、火と戯れ、空を見上げ、その全てと共に在る喜びを。
 在るべきを在るべきと、私は語り、正さねばならない。


 聞こえるか世界。
 もし、この声を、想いを聴けるのならば。
 どうか、どう在るべきかを思い出してほしい。
 そして、その通りであってほしい。


 あの青を、緑を、赤を、黄を、白を、黒を、茶を、紫を、藍を、橙を。
 その他もっともっと多くの、語りつくせぬ無数の彩りを貴方達が望めるように。
 



 そう、黄金よりも眩く尊き、生命の色を謳える様に。

290 /KUNREN:2014/04/18(金) 00:30:58 ID:DsVuC1K6
”それ”が、鋼鉄の竜の躯を台座として立ち上がる。

見た目だけなら”それ”はただの子供だ。

幼く、性差の何も見受けられぬ、しかし完成された体を、きらめく銀糸の髪が覆う。

黄昏とも黎明ともつかぬ瞳を開いて、真の理に震える空を見て。

稚く笑い、一歩を踏み出す。


それだけで。

黄金の界を、銀――否、「白金」の蛍火が侵食する。

爆発的に、だとか、怒涛だとか、そんな勢いはない。

ただただ穏やかに、歩くような速さで。

じわりじわりと、黄金真界、AZΩthを崩しにかかる。




  崩した後に現れるのは数多の命を抱く翡翠の大地と、一点の曇りもない蒼穹と――




……”それ”は。

曰く、7つめの界を満たすもの。

曰く、常に輝き続けるもの。

曰く、穏やかかつ希薄に広がるもの。



「偶然にも」その一部が、個体としての地位まで貶められた際に。
銀を媒体にしたために、神ではなく、竜という、世界で最上の種族としてしか、表現できなかったもの。


一度、砕かれることによって。
その縛めを破ったもの。


 
         エーテル
 第五元素「A-TELL」。

   
                アイテール
 ――――――すなわち「I-TELL」。




「語るもの」が、

「自らの意志のままに」、

「世界を揺らして書き換える」。



 ただ、「そうあれかし」と。




燐光を纏って。

”それ”は笑った。

291”彼”/KUNREN:2014/04/25(金) 11:45:56 ID:pE0y7Zaw



(超音速で発射された黄金の屠竜剣。)
(煌々と眩い刃先は一振りさえ狙い過たず、全てのドラゴンに見事命中、撃墜。)
(そう、”全てのドラゴン”に。)
(笑い声が賑やかだった銀の機竜は今や喉に柄を生やして、力無く電子の宙の随に漂う物静かな骸と化していた。)
(”彼”の記憶が確かなら、竜には逆鱗と呼ばれる急所がある。)
(屠竜剣のレプリカは丁度その場所に突き刺さった形になっており――”彼”の狙ってやったことであるが――思いの外、策が上手く嵌ってしまった格好となる。)

(あっけない結末に、”彼”は一瞬の遅れをもってその光景を、そしてそれが示す意味を知覚した。)
(電子空間における死戦。順当すぎる勝敗の結果を。)


 そうか―――終わって、いたのか。


(だが、失望などすまい。落胆などすまい。)
(銀竜の見せた奮闘。それは、”彼”の退屈に色褪せた情感を再び興奮せしめるには十二分のカンフル剤となった。)
(『世界』の質量攻撃。無限小の超容量陣。全空間の黄金波動。)
(”彼”の繰り出した戦意を喪失してもおかしくない高次元攻撃の数々を、単独で凌ぎきったのだ。流石はデウス・エクス・マキナと通称されるだけのことはある。)

(勝敗を分けたのは、次元の違い。)
(極端な例を挙げるとするなら、チェスボートにおける盤上の駒か、駒を動かす差し手であるかの違い。)

(あまりに『普通』が――常識とする観念や法則といった存在基盤そのものが、両者間で隔絶しすぎて話にならない。悪魔や、天使とか、そういった種のレベルではない。)
(遺伝子の塩基構造を超越する存在質量の差異は、時空を同一にしないから。)

(つまり、そもそも同軸上にいないのだ。)
(盤面を自在に動ける最強の駒が相手だったなら、小目的の達成を積み重ねていくことで勝利を手にする確率が那由多の果てにあるかも知れない。)
(だがそれは、ルールを同一にする相手だからこそだ。)
(より踏み込んで換言すれば、『ゲームに乗る』という、ルールを共通とすることの無意識下での合意に他ならない。)
(だから戦闘、恋愛、日常、あらゆるロールは成立することを許される。)

(確定描写の禁止。)
(実力差、性能差の過度な隔絶の禁止。)         ロール
(それぞれの世界で定められた”ルール”に則っとるから存在できる。)
(今更言及するまでもない『我々』の大前提。この男はそれを、破りながらも同時に存在している。)
(これも矛盾の同時両立だ。邪気会長という、他生徒や他教職員と同列に扱われない特殊なポジションにいたことも関係しているが―――。)

292”彼”/KUNREN:2014/04/25(金) 11:47:57 ID:pE0y7Zaw

 おい。
 聞こえてるだろ、カノン。
 お前が現実世界に吐き出されるまで、概算で数十秒ってところだ。
 でもまあ、さっき俺達で滅茶苦茶に引っかき回したデータの修復も並行してるだろうから、実際はもうちょっとかかるかも知れないが、話に付き合ってくれ。

 正直なところを話すとだな、お前との戦いは一手で決着がつくと予測していた。

 『世界』一つ分の投擲。
 あの攻撃は、どう考えても、お前の従来のスペックでは対処できない。
 防御性能、攻撃性能、速力性能、そして異能の相性。あらゆる点でお前は敗北すると結果がでていた。ああ、失礼な話だよな。

 自慢じゃないんだけどさ、俺の演算って割と高性能なんだぜ。
 やろうと思えば、世界中の天気予報を一人で完璧に回せるぐらいにはな。どんだけ凄い話か分からないか? 流体力学の万能解ってまだ発見に至ってないんだぜ。

 だから、間違ってもこの結果に落胆なんかするんじゃねーぞ。
 お前は演算結果を覆してみせた。
 不確定性原理とはよく言ったもんだよな。退屈に終わるだろうという俺の舐めくさった想定は、お前の輝きという未知数の前に敗れたんだ。

 ああ、認めざるをえない。
 とても楽しかった。心底からそう言える。誰が否定しても、お前の輝きは俺が否定させない。


 ――――”本当に、よく頑張ったな”。


(”彼”は結局、その立ち位置だ。)
(肉体が消滅して、電子空間上の存在となった現在も変わらない。)
           _
(一∩〇。かつ一∩〇。)                        ウツロ
(皆と同じ実数の世界にあることが生まれながらにしてできぬ、空集合の王様。)
(意味するところは超越的隔絶。誰も彼も、実数に存在する全ては虚数の足下に追い縋ることさえ叶わないのだ。)
(永遠の命。)
(黄金の富。)
(天地開闢の謎をも解き明かす真理。)
(ここには数に縛られる者が生涯を懸けても得られぬ至宝ばかり。)
(だが、そんなものに果たして何の価値があるというのか。ここには暖色がない。信念と魂を懸けた駆け引きも、身体を重ね愛を唱えることもできないのに。)
(輝きに焦がれた。実数たちの輝きに。一つという数に縛られた命たちの、青春を駆け抜けるその姿に。生き様に。)
(心底から嫉妬し、冷笑し、羨望し、憎悪し、)

      アイ
(そして、祝福していた。何を懸けても、何を失ってでも守り抜くのだと、そう心に誓っていた。)

293”彼”/KUNREN:2014/04/25(金) 11:49:55 ID:pE0y7Zaw


(畢竟、”彼”とは――。)

           シュロム    オキテ     ウ ヘ ム       ネ ヘ フ ネ セ ト
(邪気会長であり、超人であり、掟であり、繰り返す者であり、輪環なる永遠の玉座であり、)
(何十代にも渡って在任した期間中、幾度となく超常の象徴だったこの男。)

             スィラク
(今やどれでもない、■■と呼ばれた者、その正体は――。)

 xxx   xx
(単色な黄金。)


(今や、たった、それだけの存在だった。)

294”彼”/KUNREN:2014/04/25(金) 11:52:33 ID:pE0y7Zaw


 ん……。
 そろそろ時間だな。愉しい時は早く過ぎる。アインシュタインも余計な理論を発見してくれたもんだよな。
               トキ
 じゃあな、カノン。再び星辰が巡ればまた会おう。
 皆に、よろしく言っておいてくれ。


(手をひらひらと、お別れの挨拶。)
(排出されれば銀竜は”彼”とのやり取りなど、その大半を忘れているだろう。)
(正確には忘却というより焼損に近い。”彼”の攻撃は真理という超容量情報の凝縮塊。精神に極大の圧が生じることに繋がるゆえに。)
(ショーダウン。)
(これにて、愉しいモラトリアムはお終いだ。)
(間もなく電子空間は再構成される。再びあらゆる色を廃絶し、また無明の暗黒が帰還を果たす。)
(だが、今度はもう退屈ではない。素粒子の積み木細工で遊ぶことも、億年の内には無いだろう。それだけの暖色を、”彼”は手に入れることができたのだから。)
(未だ覚めやらぬ興奮を記憶に仕舞い込み、”彼”は銀竜を、)
(素晴らしい対戦者がこの世界から立ち去る様を最後まで目に灼き付けるべく、笑顔で向き直り、)


(そして、)
(「それ」は数刻遅れて訪れた。)

(激甚たる衝撃と言えた。何故なら、「それ」は有り得ないからだ。)                           ユイイツ
(どう有り得ないのか。そんなことは見れば分かる。――――錬金の極致が、全世界の至宝が、真理の光輝が、単色であった黄金世界が、)

(侵蝕した銀の蛍火によって、灼け落ち穴を開けていく。)


 ――――――ッ?
 

(有り得ない。)
(かつてない光景に、”彼”には珍しく目を見張る。)
(先程の説明を引用しよう。銀竜と”彼”、この両者間には、チェスボードの駒と差し手という次元の隔絶が横たわる。)
(駒である以上、盤上に存在するなら、神と名の付く超越者でさえ次元は超越できない。)
(駒に突然手足が生えて差し手の頬を張る。それぐらいの荒唐無稽さだと考えてくれれば、「有り得ない」の程度が僅かばかりでもご理解頂けるはずだ。)

(確率とか、蓋然性の問題ではない。)
(まずもって振る舞いの有り様からして不可能。夢物語、空想でしか成し得ぬこと。)

 ・ ・ ・ ・ ・
(だからこそ――――。)

295”彼”/KUNREN:2014/04/25(金) 12:01:07 ID:pE0y7Zaw


 ふふ、あははは。
 そうだったな……この『世界』は、割と古参なんだった。

 TRPGでの”ルール”が導入されるより以前の、爛熟とは言い難い未熟な時代に創世された『世界』だったよな。
 現存する『世界』より、純度の高い夢想、空想。
 何でもありの玩具箱。
 俺という矛盾物が存在できるのも、原理的にはその空隙を突いたからこそだ。

 ならば、そうだよな。
 お前が同じことをできぬ道理はないよな。
 そんなのは自ら嵌めた限界(かせ)だ。他の『世界』ならともかく―――今、この瞬間、この『邪気眼大学』では、そんな常識はただの足枷。無用の長物に尽きる!


(繭が罅割れ、蝶が羽ばたく。)
(蕾が解かれ、花弁が咲き誇る。)

(銀竜の骸から立ち上がる裸身の子は正しくその様だった。)
(銀火に灼け落ちていく単色の黄金世界。その向こうに垣間見えたのは、新たな「位相」。)               ホシ
(真理の金色より尚、色彩は鮮やかに――。”彼”は思わず眼を細めそうになる。直感した。この子は、今まさに、『世界』を紡いでいるに違いない。)

(すなわち、実数世界の存在物では天地をひっくり返しても踏み入ることを許されぬ盤上の外へ、銀竜は辿り着いた。)

(それは、)
(”彼”の在る次元へと、)
(”彼”と同じ次元へと、)                               カサ
(幾星霜――本当に、気の遠くなるような長い、長い、現存する単位を幾度累乗ねても表現できない永遠、永劫のような年月を経て、)
(初めて出会った、自分以外の他人(いろ)だった。)


 ――――――。


(これが、物理現象を構成する四つの力、その何れにも当てはまらぬ超常の一。)
(魂を唯一の要請とする第五の力学。)
(名を、邪気眼。)

(黄金が塵一つ残らず覆滅されようとして―――尚、”彼”は動かなかった。)
(惚けたように佇んで、新世界を迎える。)
(歩み寄る銀糸の子。)

(彼/彼女を前に――――”彼”は知らず、後ずさっていた。)

(恐怖。)
(他人に感じる恐怖。)
(接触を、触れあいを、交わることを怖がっている。)
(ずっと永い間、単色(ひとり)だったから。誰かの暖色(ぬくもり)を知らずに生まれ、知らずに過ごしたきたから。)
(黄金という暗闇にいた”彼”は、初めての他人(ひかり)を、無意識に怖れていた。)

296 /KUNREN:2014/05/05(月) 01:01:26 ID:VKa10lIs
さくり、と形成されたばかりの草原に降り立ち、歩み出す。
幼い子供の歩みだ、歩幅はあまりに狭い。
リズムも緩やかに、一歩一歩、確かめるようなものだ。

けれど、それでいい。
”それ”は今、自己を確立するのに忙しい。
己の感じたままに、己の思うがままに、「世界」を広げるのに忙しい。

魂の水底、共通意識の地平から自らを切りだして。
混じることのない、自分だけの世界を作り出す。
これまでに感じたことと、これまでに知ったことを押し付けて。
これから感じるであろうことと、これから知るであろうことに胸を膨らませながら。



       AaAA―――――




両手を広げ、零れるのは超超高周波数の歌声。
無から有を生み出せるほどの情報量を秘めた音が響き渡る。

人が聞けば「何か言ってるのは分かるんだけど何言ってるかは分からない」、その程度の代物だ。
例えるなら、単語の母音とアクセントだけ聞いたような。
聞こえるワードひとつで数多の意味合いを含んだ言語を、”それ”は易々と操り。
揺らぎを固定して、物質として存在させていく。

勿論、”それ”の使う範囲の振動を一つ一つきっちりと聞き分けられるならば意味が異なることは分かるだろうが。
そんなことが出来たら、”それ”という存在そのものを解読したことに等しいだろう。



       ZZitT Fhe NN vViUzz




身振りひとつで竜の躯が崩れ落ち、銀環と純白の一枚布となって”それ”の身を覆う。
手振りひとつで広大な森が、険しい山々が、流れる雲が、煌く星々が配置される。
踊るように歩を進めるだけで、天を鳥が行き、地を獣が走る。




       UWwlE XmU tza




数億年を一秒、一分と進むごとに流し、一つの世界が構築される。




       SssiYa――



遠くには薄らと山々が見え、蒼穹には陽が眩く、夜空には数多の輝き。
今いる場所から少し行けば森もある。
きっとそこには小道のような川が流れ、もしかしたら深く澄んだ泉もあるかもしれない。
もっともっと行けば海があり、砂浜や砂漠があり。
どこかでは自然現象として雨が降り、雷が鳴っているかもしれない。
そして、その全てに、思いつく限りの命が息づいているだろう。



       ywlr taal Vaal!



「そういう世界」を、”それ”は愛し、「あるがままに」「かくあれかし」と、望んだ。

297 /KUNREN:2014/05/05(月) 01:02:25 ID:VKa10lIs
ある程度を作りだし一息。
ここからさらに力を込めて造形すればもっと素晴らしくなるのかもしれないが、”それ”はそこで手を入れるのをやめた。

これ以上は今ここにある命たちに、今生み出した愛しきものどもに任せよう。
良くもなるだろう。
悪くもなるだろう。
しかし、その結果すらも愛おしい。
どうなろうが受け止めて、滅ぶと言うならば滅びよう。
続くというならば、続く限り見守ろう。
それは、この世界を望んだ私にできる、最初の約束事だ。


一仕事終えた、と、”それ”は満足そうに笑った。



それから少しして、”それ”は”彼”に気づく。



…………?



例えるなら、0と1とだけで構成される世界に、2が紛れ込んでいるような、そんな違和感。
純粋に疑問と、あとちょっと興味と困惑と。
また沢山の意味を含んだ音を零して、”彼”を見た。
はて、自分はこのような存在を作り出しただろうかと。
”それ”は”彼”を見つめて、首をかしげる。


やがて、恐れか怯えからか、”彼”が後ずさり。
あ、と、本当に小さな声が零れて。

”それ”は思い出した。
「こう」なる直前。
”それ”が”それ”になる前。
まだ銀竜という形に落とし込まれていたころ。


……ああ。
自分は。
”彼”を。
一人には、したくないと。

298 /KUNREN:2014/05/05(月) 01:05:12 ID:VKa10lIs
反射的に無限とも思える距離を駆け出す。
それまでの踊るようで緩やかな歩みが嘘のように一瞬で辿りつき、無造作に両の手を捕まえるのも直ぐだ。
手を取るときは少し迷ったけれど、ここで捕まえておかないと”彼”はきっと、もっと逃げてしまうだろうから。



……。



じぃ、と、澄んだ瞳がどこまでも普通な”彼”を見つめる。

さてはて何を想うのだろうと探ろうとするが、”それ”には分からない。
対人経験がどうだとか、そういう問題ではない。
文字通り、住む世界が違うのだ。
ボードゲームを例にとるなら、”彼”はAのテーブルで、”それ”はBのテーブルで、其々行われているゲームをプレイしているようなもので。
「何かやってることは分かるけど、何やってるかは分からない」。
つまりは、そういうことだ。

だから、言葉は通じない。
”それ”の言葉で話しかけても、会話は成立できるはずがないのだ。
”彼”は、”それ”の言葉を知らないし、分からないだろうから。
逆に、”それ”には、”彼”の使う言葉がわからない。
身振り手振りにも限界がある。
より詳しく伝え合うための指文字だとかは、そもそも言葉が通じることを前提にした動作だ。
今回のようなケースには全く意味がない。

けれど、かつての記憶に、段々と遠くなる過去に突き動かされるようにして、口を開く。



……ac balggn?



大丈夫かと。
何を怖がっているのかと。
お前はここにいるじゃないかと。
怯えも恐れも喜びも悲しみも怒りも、ありとあらゆるをひっくるめて。
矛盾も何もかも飲みこんで。
そうやって、お前はここに、私/俺の前にいるじゃないかと。



――――sIllAke.



そうじゃあないのか、友人よ、と。

伝わらなくてもいい。
分からなくてもいい。
それでも呼ぶべきだと、言うべきだと思ったから。
”それ”は”彼”を、万感の思いを込めて呼んだ。

299”彼”/KUNREN:2014/05/16(金) 12:39:54 ID:g/YzpzDw

(黄金とは、錬金の極致。)
(黄金とは、全人類の至宝。)
(黄金とは、真理の光輝。)                           マスターキー
(天地開闢より世界に偏在する謎、神秘を解錠する単一解。すなわち、創造主の鍵に他ならない。)
(その性質上、無駄な混淆物が存在してはならないし、変化する余地は最初から存在しないことは自明である。残酷なほどに純粋さを強いられた真理の集合。)

(故に、『一にして全、全にして一』。)
(故に、臣なき黄金の『王』。)
(意味するのは究極の孤独。永遠に繰り返される潤いえない渇き。まるで実数軸からは観測できない虚数そのもののように。)
(混じり合うことができない。暖色を知らない。余人の届かぬ至高の空集合。)
(そんなものに、誰が価値を認めるというのか。)
(採掘手段が物理的・採算的に選べないほど大深度の海底に、存在を予言されたエネルギー資源のようなものだ。)
(エネルギー不足に纏わる地球的な諸問題を一手に解決しうると判明していても、立ち入れぬ次元で偏在する虚ろな至宝など、人類からすればあってなきが如し。)
             イ ラ ナ イ モ ノ
(――――ただの、『無用の長物』である。)

(世の万象は変転するが道理。)
(時の大河の前では、モノであっても、ヒトであっても等しく流されるのみ。)
(誰も、何ものも逃れることの適わぬオキテ。――が、そのオキテ自体が変じてしまうことはない。それだけは永劫、ありえない。)

(”彼”は留まり続ける。)
(実数たちが変わっていくのを眺めながら。)
(解であるが故に。真理であるが故に。黄金であるが故に。)
(ゲーム盤に君臨する王は、例え『この世界』が無人の廃墟と化して尚、玉座に坐して移ろうことはないのだろう。)
(それがクジョウ・オキテという、忌むべき号の意味。)
(学園地下、黙して鎮座する地下迷宮の巨大祭壇。”彼”の象徴であるそれは、生(一)きながらにして死(〇)んでいる”彼”を奉る廟―――宮殿にして、墓標であった。)
(伝説的存在として史料に記録される『前任者』の名は、最悪の二つ名として現存を続けてきたのだ。)

(すなわち、諡(おくりな)である。)

(同じ刹那を生きられず。)
(慕う者に触れ合いを許すことすらできず。)
(友誼を不知ず。恋情を不知ず。)
(駆け抜ける実数(いのち)たちを誰よりも憎み、そして誰よりも愛した。)   ..             xxx   xx
(そして今、色々なものを失い果てた今でも尚、懐かしくも倖せだった彼の日の想い出に縋り付く、単色な黄金――――。)

(その単色が、)
(その黄金が、)

(眩すぎて盲いた真理の光が、ここに破られる。)

300”彼”/KUNREN:2014/05/16(金) 12:40:53 ID:g/YzpzDw

 な、ん―――、っ?


(思考、が。)
(演算処理が、追いつかない。)
(喉が干上がる。声が掠れて出ない。舌の根が乾いて眼球は定まらず、交感神経が異常な興奮に電位バランスを崩壊、失調する。)
(己に突然生じた、克明な変化―――その正体が、”彼”には判然としない。)
(唯一なる黄金の真理を打ち破った、翠緑の新世界。)
(早回しのように駆け足に移ろう風景の中、稚い足取りで一歩、また一歩と近寄る創造主、銀糸の童子。)

(その度、)
(虚数の王は拒むように後ずさる。)
(否――親しい人間の目には、こう映るかも知れない。)
(”怯えている”、と。)
(表情からは先刻までの余裕が失せ、代わりに浮き彫りとなる極度の混乱と警戒。)                     オトコ
(昼行灯を装った笑顔の裏で関係勢力との『政治戦(チェス)』を繰り広げ、絶対勝者として君臨していた、以前のこの化け物からは想像だにできない姿といえた。)

(実際、初のことであった。掛け値無しに。)
(何人からも侵され可からざる錬金の秘奥。『真理』の集合結界、AZΩth。)
(他からの干渉を一切受け付けない至高の純粋性という、文字通り実数界の桁を超絶した強度を誇るその黄金の世界が、破られるとは。)
(否、破られただけなら、)
(ただ破壊されただけであれば、ここまでの混乱はしなかった。)
(干渉を可能にした特殊な方法論を現象から逆算し、瞬時に対策法を演算して界を再展開してみせたはずだ。)
(だが、銀竜が行ったのは、己と同じく、自己の『世界』を流出したことで真理結界を食い破った――”彼”の思いつく限りもっとも正道だが、明らかに分を超越した離れ業。)

                          タテ           ヨコ
(”彼”がこれまで存在してきた千万億の時間軸、千万億の座標軸。)
(2の10000乗を優に超える時空平面の何れにおいても未経験の事象――既知という座標系に穿たれた、たった一つの『未知』という特異点が。)
(無謬の黄金を、徹底的に掻き乱す。)


 (落ち、つけ―――。  レセプター
  平常状態を取り戻す。受容体α1、α2、β1、β2、β3。
  各神経系電気活動、電位バランス修復……確認。……C9H13NO3、C8H11NO3、伝達物質分泌量の正常化を確認。

  ……怖れ入った、本当に。
  ついにこの複素平面まで至るヤツが出てきたか。
  そして、それを成し遂げる存在が、まさかお前とはな……カノン。とんだ番狂わせだ。

  風祭には同情するな……。アイツの気持ちは知らなかったわけじゃない。が、だからこそ、気持ちだけではどうにもならないこともある。)

301”彼”/KUNREN:2014/05/16(金) 12:42:12 ID:RRLSq9Rk



(”彼”に、この男に。)
(薄皮一枚まで迫ることは、大した意味がない。)
(実数軸の値に左右されないゆえに、無限に漸近しようが無限遠と変わりがないからだ。)
(それほどの非常識。それほどの不条理。波動性と粒子性を併せ持つ電子のように、次元を超越する行為の本質は理解というものを大きく逸脱したところにある。)
(実数値に縛られる生命体には、まずもって至れる境地ではない。)
(「精々が、盤面を自在に動ける万能駒止まりだ」――事実、そんな”彼”の認識通り、万象尽く同次元に辿り着くことはなかった。)

(卑近な例を持ち出すなら、)
(イラストのキャラクターがポスターから突然這いだしてきて、目の前で三次元の人間のように振る舞いだす。)
(そんな、非常識で荒唐無稽な空想である。)
(信念や心胆の強さ、或いは確率論が及ぶ領域ではないのだ。)
(必要な部品をぶち込んだプールを篦でかき混ぜて、時計の機構を偶然完成させる。そんな天文学的低確率さえ、挟み込む余地などそこには存在しない。)
(”有り得ない”。)
(”そんなことは、有り得ないのだ”。)


                    (だが、『この世界』において――――”有り得ない”ことこそ、”有り得ない。”)


(ゆえに、銀竜はここに成し遂げた。)
(超常における諸学問は、現象をありのまま認めることを始点とする。)
(つまり、『次元の超越』に纏わる困難性や不可能性を論じることは、これで意味を持たなくなった。)
(例え電子空間の間隙という極めて特殊な環境下における限定的な作用だったとしても、『可能』であることが実証されてしまったのだから是非もなし。)


  (今思い返せば、
   この亜空に侵入ができたこと自体が『布石』か。
   つまり『実数を超える』という、類稀なる素養の現れだった……。なんて理屈は、この期に及んだらどうでもいいな。)


(表情が再び、笑む。)
(予め想定していた展開とは若干様相を異にするが、それでも”彼”の演算に狂いは生じない。)
(ここまで追い縋ったのだ。十分、可能性を魅せてもらった。)
(ならば返礼を。)
(土産代わりに秘中秘を開陳してやろう。)
(物理的な距離は実数値だ。ここでは意味がない。無限大と無限小が等しくなるこの超次元こそが真実、”彼”の本領なのだから。)

(さらに黄金の光量を増大させようと、周囲の原子を深く、より深く。)
(振動させ、励起させ、)
(永遠の名を冠する禁術の力を、解き放つ―――)


(まさにその瞬間、”彼”の笑みは、今度こそ凍り付いた。)

302”彼”/KUNREN:2014/05/16(金) 12:42:57 ID:g/YzpzDw



  ――――――? ――――――!

 「……ac balggn?」


(幼声は、高く。)
(”彼”の感覚器が捉えたのは、『熱』。)
(さして自然界でも珍しくないその質感に、何故か耐えがたい熱傷を錯覚する。)
(冷たい水中を泳いでいた魚が、人間の体温で火傷を負うような。それはつまり、『未知』の体感へ抱く衝撃だ。)
(発生源である自身の指先を遅れて見やると、銀糸の子が柔らかな両手でひっしと掴んでいた。因果の糸が結ばれ、ようやく現状の認識に合点が行く。)

(振り払うことは簡単だった。)
(だが、烈しく縋るような想念の渦が、”彼”に逃げることを許さない。)
(触れ合う温もりを伝導体に、皮膚から皮膚へ流れ込む情動のパルス。機械的な正弦波(シヌソイド)ではない、生きている心の揺らぎ。)

(伝わる。伝わってくる。)    ワカ
(その不思議な言葉の意味は解析らなくても。)

(虚数と実数、重なり合えない次元の隔絶を超えて―――”彼”の頭の中に、無垢な想念が木霊する。)




 「――――sIllAke.」




(それは【祈り】だった。)
(それは【希望】だった。)
(それは【託生】だった。)
(それは【想い】だった。)
(それは【創造】だった。)
(それは【共感】だった。)


(そして、全てが【愛】に満ちていた。)

303”彼”/KUNREN:2014/05/16(金) 12:44:05 ID:RRLSq9Rk



(考えてみれば、当たり前だ。)
(一つの『世界(ほし)』を紡ぐ言葉なのだから。)
(頭上に広がる天つ空。)(雄大に根を張る大地。)(輪廻のように巡る星々。)(吹き渡る風や雲。)(そよぐ草花。)(幽玄と聳える山々に木立の群れ。)
(苔生す岩地。)(荒涼たる砂漠。)(白波立つ海原。)(果ては、砂礫の一粒一粒に至るまで。)


(この『世界』は――――愛を、謳っている。)


(汝の生に幸よあれ。)
(どうかその前途に祝福あれかし、と。)
(やがて力尽き野垂れても、その滅びすら愛で包んで、新たな命を芽吹く土となる。)
(そうして、いずれ億年の未来の果てに訪れる『世界(ほし)』自身の寿命(ほろび)すら、切に抱き締めて逝くのだろう。)
(生起する事象は物理数学で説明できる過程の連続に過ぎない。そこに『愛』とか『心』とか、そんな観念的で曖昧な抽象物が出てくる余地も必然性も存在しない。)
(惑星が愛を謳うなど、何処ぞの新興宗教も良いところだ。)

(だが、この『熱』の。)
(触れ合った指先から伝わる温もりの。)
(流れ込む想念と、呼応するように湧き上がる正体不明の質感の、説明がつかなかった。)
(錯覚だろうか? 全ては生体電気の生み出す幻?)

(いや、知っているはずだ。)
(解っているはずだ。)
(何故なら、異能は『第五の力』。この世の現象を構成する電磁気力、重力、強い力、弱い力、その何れにも当てはまらない。)
(魂からしか湧き上がらない、『心』の力。『生命』の力に他ならないのだから。)



 ―――――――。


(言葉にならなかった。)
(いったい何から言葉にするべきなのか。)
(それすら、もう宇宙の何処かへ吹き飛んでしまったみたいだった。)
(同時に、ああそうか、と理解した。この『世界』が創造された意味や、何故自分がsIllAkeという不可解な名で呼ばれているのかを。)
(虚数(おれ)に教えたかったのだ。)
(虚数(おれ)に伝えたかったのだ。)
(――――”お前は、ここにいるじゃないか”、と。)
(実存や認識論、次元の隔絶がどうこうと、そんな理屈など傍らにでも追いやって。)
(あるがままでいい、ありのままでいいと。実数(じぶん)と虚数(おまえ)は、こうして触れ合うことができるから、と。)

304”彼”/KUNREN:2014/05/16(金) 12:48:19 ID:g/YzpzDw


 …………そうか。お前は……。………俺は、ずっと。


(そして、知る。)
(永すぎる無明の果てに。)
(自分が、本当に欲していたものを。)
(虚ろな真理でも至宝でもなく、ましてや時の権力や絶対的な暴力などでも決してなく。)
(きっとそれは、自分が何よりも憎み、何よりも愛した――。)


 …………一体。どれだけの時を重ねたのか。

 いや、それを問うことに意味はないんだろう。時は実数値だ。
 過去、未来、そして現在。俺は何処にでも偏在したから。……とっくの昔に、摩り切れていたのかも知れない。

 当たり前の望みすら、俺は見えなくなっていたんだな。


(目を瞑り。)
(自分が成すべきことを、再演算する。)
(黄金の量子演算器は無謬だ。過誤など犯さない。少なくとも、こんな大事な場面ではなおさら。)
(戦いも終局だ。そして”彼”は―――最後の、”攻撃”をする。)


 俺の―――――。――――俺の、友達になって、くれませんか。


(同じ刹那を生きられず。)
(慕う者に触れ合いを許すことすらできず。)
(友誼を不知ず。恋情を不知ず。)
(駆け抜ける実数(いのち)たちを誰よりも憎み、そして誰よりも愛した。)                 コドク  オウ
(そして今、色々なものを失い果てた今でも尚、懐かしくも倖せだった彼の日の想い出に縋り付く、単色な黄金――――。)

(その単色が、)
(その黄金が、)

(眩すぎて盲いた真理の光が、ここに破られる。)

(いよいよ勝敗は決する。)
(今までの戦いと何ら変わらない。最後は『想い』が、勝敗を決めるのだ。)

305 /KUNREN:2014/05/28(水) 00:33:04 ID:kfuvlTvU
酷く穏やかな光景だった。
『普通』の極みのような男と、色合いのおかげでとにかく眩しい子供と。
二人が友情を育もうだなんて、どこぞの日常マンガのような。
きっと見た誰もが「暖かく」「優しい」展開だと言っただろう。
数瞬前に、永劫名乗る氷雪がぶちまけられようとしていたなどと思えぬ場面。






     _, ._
   (;゚ Д゚)






……子供の顔は子供がしちゃいけない顔だったが。
「え、何言ってんのこいつ」――とでも言いたげな顔で、手を握って立ち尽くす。


”それ”の思考は緩やかで、完全に隙だらけだ。
彼が隙を作って突こうというなら完璧な成功と言っていいほどに。


”それ”からしても、こんな「攻撃」は予想外だった。
やるにしても振り払った上で否定の一発(物理)が飛んできてもおかしくはなかったのだ。
というか実際さっき飛びかけてただろう。
あれは放置していいのか。あんなあっさり中断できるのかあれ。
いやいやもしかしたらこれもそのための布石で、このタイミングで一発かまされるんじゃないか。
考えれば考えるだけ、”それ”の意識は沢山の予想を生み出す。



”それ”は、黄金に返す言葉を持たない。
ただただ、彼の声を音として聞いて感じるだけだが。
それでもこの男が孤独の果てに擦り切れて、今こんなごく一部になってまで、必死に心というものを求めているのだけはわかる。
どんな可能性を思いつこうとも、この音に籠っている気持ちは本物だと分かる。

306 /KUNREN:2014/05/28(水) 00:34:28 ID:zNKRPuR.










       _, ,_ ∩☆))Д´)
    (;゚ Д゚)彡
      ⊂彡











――――――とりあえず男の頬に向かって片手を振りぬいたのだった。

307 /KUNREN:2014/05/28(水) 00:37:08 ID:kfuvlTvU
いや、当てるには腕の長さが絶対的に足りないんだが、当てるためには多分体勢とかもうちょっと考えないと駄目なんだが。
それでもアホなこと言う奴にはツッコミを入れねばならぬと”それ”の中の何かが囁いた。


こいつはなんでもわかってるが何にもわかっちゃいなかったのだ。
確かに彼は凄い。
真理なんてものを扱うくらいなのだから、本当に、誰にも追いつくことが出来ぬほど凄いのだろう。

そんな。
そんな凄いやつが。

手間暇かけて「お前はここにいるだろう」と呼びかけてやらねばならぬほどだったとは。
――いや、それはまだ自分がしたかったことだから、まだいい。

那由多の果てにある偶然と奇跡と気まぐれでもって、友よ、と声をかけてやらねばならぬほど、
声を掛けたらかけたで「友人になってください」なんて言い出すほど、
「自分が独りだ」などと思っている(かもしれない)とは。

例えば自分が虚であって、反対にいる実には触れられるものではないだとか考えている(かもしれない)とは。

そんな正逆が存在するためには、虚「だけ」なんて孤独はありえずに。
虚「も」実「も」、と言える集合体でなければならないということに気が付いてない(かもしれない)とは。



捕まえて呼びかけておいて、今更ではあるが思う。





それ、なんて、厨二病。

308 /KUNREN:2014/05/28(水) 00:39:14 ID:kfuvlTvU

ふんす、と鼻息荒く無い胸を張る。
”それ”はこの厨二病……もとい、黄金に返す言葉を持たない。
返す言葉は持たないが、”それ”の言葉をやることはできた。


”それ”にとって、sIllAke、とは。
大馬鹿者めとは思うが同時に凄いと尊敬するし、まぁその気持ちも分からんではないし、愛おしい。
無理矢理訳すなら友人だとか、親友だとか。
そういうもの、だ。
そんな言葉で、呼んでいるのだ。
”それ”の、黄金の問いに対する第一の返答だった。


ちらりと視線を外して、振って空いた手を翳し、地に生やすのは大樹。
幹に重厚な両開きの戸を備えた、「外の世界への入口/出口」。
電子の狭間に限定的に展開された『世界』から、歩み出すためのもの。
その扉のドアノブを握って、もう片手にしっかりと”彼”の手を取ったままで。




    brU A jftt xA ――?




開けていいかと見上げて、ニヤリと笑う。

友人が欲しいというならば。
友人になってくれというのなら。




    waf licCC, sIllAke!




中で遊ぶだけじゃなくて、外に遊びにいこう。
”それ”の、第二の返答であり、攻撃だった。

309名も無き邪気眼使い:2014/06/11(水) 20:15:40 ID:tXgjKd6w
(薔薇の飾られた小さな部屋で一人の生徒が紅茶を飲む)
(彼は小さくため息を吐いて空を仰ぐ)
「嗚呼……そうか、それだけのことだったのか」
(彼はそう言うとまた幸せそうに紅茶を飲むのであった)

310名も無き邪気眼使い:2015/08/15(土) 22:56:18 ID:7Y/W126w
だーいぶ遅くなっちまったなぁ…
ま、流石に1年経ってるし手ェ出しても問題ねーよな

311名も無き邪気眼使い:2015/08/17(月) 00:40:46 ID:J7LJ9WkA
>>310
ほう……、貴様も集まりがあると聞いて顔を出した者の一人か

312名も無き邪気眼使い:2015/08/17(月) 01:21:55 ID:iSSrtIgw
>>311
そーいうこった
マァ、見ての通りだがよ

313人妻:2017/04/04(火) 14:33:04 ID:naSp/cyE
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