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仮投下・修正用スレ
607
:
本スレ>>276以降
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:31:24 ID:UQqv8M7s0
「いない……どこか奥にでも入り込まれたかもしれない」
「参ったものだ……あの遺体も含めて、の話だが」
一方変わってシャナと美波、そしてアラストール。
彼女達は、結局あの謎の少女を追いかけて百貨店の近くにまでたどり着いていた。
現在はその巨大な建物の上空で静止。上空から俯瞰している状態である。
だが辺りは発展している事もあってか背の高い建物も多く見られ、全てを見通すのは少々骨が折れた。
これはどうももっと深く探索しなくては、という結論を出し、百貨店近くを鳶の様にぐるぐると飛行するシャナ。
だがそんなときに限って、外に遺体が一つことに気付いてしまう。見知った背格好でも顔でもないことから、どうも知り合いではない。
ついでに、誰にどうやられたかも不明。だが恐らく百貨店で何かあったのだろうとは簡単に予測出来た。
「検死でもするべきかもしれんな」
「うん。さっきの人間に関係あるかもしれないし……じゃあ、高度を下げる」
「えっと、こういうときなんていうんだっけ……"Kuwabara, Kuwabara."……だっけ?」
"まさかあの少女が殺したのだろうか"、という説までもを浮かべつつ、シャナはゆっくりと降下を開始した。
島田美波を吊ったままの状態であるため、その速度は遅い。この場に落下傘部隊が同席していたら、全員に先を越されていくだろう。
通学路を徐行する車の様な速度を保っている今は隙だらけ極まりないため、辺りを注視し警戒を怠らないのも忘れずに。
「ん?」
その判断は正解だったのだろう。今度は百貨店の屋上で何者かが歩いている姿が目に入った。
仲良く一列に設置された何台かの自動販売機の前を、ゆらりゆらりと横切っている。
性別は先ほど発見した遺体とは違い、女性だった。そしてその右手には大きな鋏がある。
力なく動くさまは、どこか夢遊病に苛まれる人間のようにも見える。
こんなときに次から次へと、と悪態をつきかけたとき、ふと目が合った。
「いや、違う……!」
「ぬぅ! シャナよ、あれは!」
「え、何?」
だがその謎の人物の顔を見て、シャナ達は自身の間違いに気付いた。
女性の顔には生気が無いとは思っていたが、それは当然のこと。
何故なら"彼女"はいわゆる有機生命体ではなく、無機物だったからだ。
人形。否、あれはマネキンだ。女性型のマネキンが、勝手に動いている。
更に言えばもっと違う。あれはただのマネキンではない。ましてや怪奇現象でも、都市伝説でもない。
「燐子か!」
「どうしてこんな所に……まさか!」
「だから何!? やばいの!?」
何の変哲も無いマネキンの、特に機能が備わっているわけではない作り物の瞳が、こちらを完全に捉える。
その瞬間、シャナとアラストールは見覚えのあるモノを目撃した。
「……ッ!」
視覚で捉えたもの、それはマネキンが宿している"白い炎"だった。
シャナは目を見開いたまま動きを止めてしまうが、同時にその脳裏にとある“王”が浮かび上がった。
その王は雪の様に白いスーツを着た優男。衣服と同じくらい白い炎を纏い、様々な宝具でシャナを追い詰めた実力を持っていた。
近代では五指に数えられる強大な“紅世の王”であり、フレイムヘイズ殺しの異名で恐れられていた圧倒的強者。
愛に生き、愛に殉じた彼の名は、フリアグネという。
間違いない、彼の燐子だ。
そう察した瞬間、百貨店からフリアグネの殺気を感じ取った。ビリビリとした重圧の激しさは全く笑えない。
建物越しであるにも関わらず、あの王のこの冴え。ここを根城にしていると見てまず間違いないだろう。
御崎市町での先の戦いを再演しているのならば、ここは絶対に捨て置けない。ここで討滅せねば、確実に危ない!
608
:
本スレ>>276以降
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:33:13 ID:UQqv8M7s0
「「シャナ!」」
アラストールと美波の声で、思考中だったシャナが我に帰る。見ればあの燐子が、槍投げの要領で大きな鋏を投げつけてきていた。
直線的な動きに何とか対応し、持ち手の部分をキャッチするシャナ。すぐさまお返しとばかりに相手に投げつける。
鋏は狙い通りの機動を描いて燐子の頭部に命中。相手は沈黙し、それ以上動く事は無かった。あまりにもあっけない最期である。
「弱い……」
「うむ、恐らくはあの人類最悪が口にした"淡水と海水"の範疇であると言う事かもしれん」
「ね、ねぇ? で、結局なんだったの!?」
「でもあの炎の色は間違いなく……!」
「うむ、あの狩人と見て間違いないだろう……それは我も同意見だ。シャナよ、追跡対象は惜しいがここは……」
「ねぇちょっと、だから一体何!? さっきのは何なの!?」
「そうね……島田美波の為にも一旦引く! あのどこに行ったか解らない人間二人が百貨店に入ってなければいいけど……」
「うむ、今は確実に護られる者から護るべきだ。奴に見つかっている可能性もあるが、一度体勢を立て直すぞシャナよ」
「おーい」
「「後で説明はする」」
「……Jawohl(了解)」
一般人を伴った状態では、強敵の根城の近くになど長居は無用。結局彼女らは、来た道を戻る事となった。
再び高度を上げるとそのまま空中で機動を変え、その場から飛び去っていく。
追跡していた対象の少女のことは諦めざるを得なかったのは、実に惜しかったのだが。
街の上空をとんぼ返り。この島田美波との"まるで拷問スタイル"な飛行も、もはや慣れたものだ。
そう考えながら何度羽ばたいた頃だろう。地上をふと見下ろしたとき、南下している二名の人間を目撃した。
急いでブレーキをかけ、そうしてよく見ればただの二人組ではない。その内一人はまさかのトーチである。
二人は自転車に乗っている。川沿いに進んでいる様で、百貨店に立ち寄る気配は無い。
「あの女のほうはトーチだわ。しかも、もう後しばらくしない内に消えそうね……男のほうは普通だけど」
「逆に不可解だな。そればかりか、怪我を負ってはいるものの致命的ではないのもおかしい……接触するか?」
「けっ、消さないわよね!? 消さないわよねシャナ!?」
「うるさい! ああ、もう……それにしても全然こちらに気付かないわねあの二人」
「我々の高度の事もあるだろうが、何より必死なのだろう。少年の方は特に、動きや表情からその必死さが見受けられる」
「難儀なものね……じゃあどうにか気付いてもらうしか……」
気付くのが遅かった事と、すれ違った瞬間のシャナの飛行スピードも手伝ってか、少し位置が遠い。
恐らくコンタクトを取りたければ、近付きつつも派手に行動を起こすしかないだろう。
再びとんぼ返りの準備。そして自身の存在をアピールせんと、大きく息を吸い込んだ。
「シャナ!」
だがその行動に待ったをかけるかの如きタイミングで、別方向から声が聞こえてきた。
美波にとっては見当がつかず、そしてシャナとアラストールには聞き覚えのある少年の声が響く。
その聞き覚えがあるにも程がある声を前に、進行を止めて振り向くシャナ。
視線の先は小さなアパートの屋上。そこに、少年が一人立っている。
少年の名は坂井悠二。そう、つまりはシャナやアラストールが望んでいた邂逅が、遂に今ここで成されたということだった。
空中で忙しく軌道を変え、今度は悠二に近付くシャナ。美波はされるがままにされ、具合が少し悪そうだった。
そして一方の地上では、必死なあまり周りの声が聞こえてなかったらしい自転車乗り二名がその場から離れて行ってしまっている。
「ゆ、悠二! 無事だったの!?」
「シャナ、良かった! アラストールも!」
「ちょっとシャナ、アラストール! あの二人行っちゃったわよ!」
「う、うむ! 無事は無事だが……この邂逅で自転車に乗ったトーチを取り逃がした」
「自転車……ああ、それなら僕達の関係者だ!」
「僕"達"……?」
しかしその分大きな収穫はありそうだ。
というよりは、収穫があってくれないと困る流れであった。
609
:
本スレ>>276以降
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:35:28 ID:UQqv8M7s0
◇ ◇ ◇
浅羽と伊里野の再会をプロデュースしたあの後、水前寺は彼と彼女を二人きりにして見送るという道を選んだ。
それはあの浅羽が、"伊里野の願いを叶えたい。ぼくは二人きりで映画館に行く"、と表明したからであった。
こんな場所で無力な人間が二人でのんびりデートと洒落込むなど愚の極みであり、そんなことは誰でも理解出来る事実である。
それに、可愛い特派員達がリスクの高い道を行こうとしているのならば、部長としてはノーを突きつけるべきだとも思う。
だが結果的に水前寺は、浅羽達二人の旅を許した。二人の意見を尊重し、全てを任せる道を選んだのだ。
理由など大量だ。
浅羽が本当に本気だったのもある。
伊里野だって浅羽と二人きりになった方が嬉しいだろう、と結論を出したのもある。
この二人の間には、もはや自分が入る余地など一切無いのだろうと理解出来たのもある。
最期くらい部員の願いを叶えてやらなくて何が部長か、という別方向での責任感に燃えたのもある。
そして。
どうせこのまま伊里野は消えてしまうのだから好きにしろ、と投げやりに考えてしまったのもある。
あまりにも儚げで、下手を打てばこのまま目の前から消失するであろう伊里野をこれ以上見たくなかったのも、ある。
浅羽を理由にして、目に見える現実を地平の向こうへ追い返してしまいたかったのも、ある。
「水前寺……その……ちょっと、見張りでもしてきて良いかな?」
「…………みはりとな」
「うん、手持ち無沙汰っていうのもあれだけど……何かをしていないと、不安なんだ」
「ん……そうか……気をつけてな…………」
水前寺は今、珍しく無気力な姿を晒していた。
なんと珍しい事に、ベンチに横になってただただぐったりしているのだ。
行動を共にしている現在の相棒、坂井悠二に見られようが知ったことかと言わんばかりだ。
そう。今回の出来事と選択は、破天荒な彼の心にもかなりダメージを与えていたのである。
悠二から伊里野の現状を聞いてから現在まで、かなりな痩せ我慢を決行していたのだが、それも限界が近い。
そうして心が随分と堪えたがために、こうして惰眠を貪る様な休息を続けているのだ。
苦楽を共にしていたと言える"伊里野特派員"が消えてしまうという現実。
消えると解っていて、それでも伊里野と一緒にいることを選んだ浅羽を煽るような自分の行動。
そして危険を承知で二人を見送るという、蛮行にも思える選択。
短い時間の中で告げられた事実と、正しいと思いつつも危険も孕んでいることも承知の発想。
浅羽と伊里野を"せめて最期は二人きりにしてやる"という、危険やリスクは承知での選択肢。
そしてその選択肢のおかげで嫌でも実感させられた、"結局はそれ以上に自分に出来ることは何も無かった"、という現実。
今までの"伊里野がいた"という当たり前の日常に戻れなくなる、という確実な未来。
水前寺の鋼の心をも疲弊させるには十分な要素が揃っている。
品揃えは抜群で、在庫もたんまりだ。取り寄せだってもってこい。
水前寺が何も言わず、何も言えずに立ち止まるのも頷けるだろう。
しかしそれだけではない。水前寺をここまで追い詰めた要素はまだある。
「…………はぁ」
結局、伊里野が消えて悲しむ浅羽の姿を見たくなかった水前寺は、彼に「ほんとうのこと」の詳しい説明をしなかった。
"理解をする間を与えなかった"以上、伊里野が消えたとき浅羽が彼女のことを忘れるであろう事を理解していたが、その上でである。
浅羽は存外に弱い。あの伊里野が消えてしまっては、心が壊れてしまうかもしれない。そうでなくとも暗雲を落とすのは明白だろうと予測出来る。
故に水前寺は浅羽に何も言わなかった。いっそ伊里野を認識出来なくなる方が、本人の幸せになるかもしれないと考えたのだ。
610
:
本スレ>>292以降
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:37:59 ID:UQqv8M7s0
だがそれはある種の巧妙な罠。それこそが、水前寺が背負う一番のストレスを作り出すきっかけだった。
自分で選んだ道で、かつ今更だというのは理解している。
だから本来はこんなことで迷う資格は無いと承知で、けれどもしんどさを覚える。
浅羽を弱いといっておきながら、その実一番弱かったのは、自分。
"伊里野が消えた事実を前に苦しむ浅羽"を見たくないと思って"この選択をした"にも関わらず、
それと同時に、このまま"伊里野の事を綺麗さっぱり忘れた浅羽"を受け入れる勇気すらも無かったのだ。
伊里野を失って悲しむ浅羽も見たくなくて、伊里野を忘れた浅羽も見たくない。
どちらも不可能なのに求めてしまう、哀しき性。忌まわしいものだと思う。
そこで水前寺は今、このまま浅羽と同じ様に"忘却の彼方へと沈む道"を選び取ろうとしていた。
そうすれば自分も浅羽と共に、伊里野のことを忘れられるからだ。浅羽の姿を見ても、何の疑問も後悔も持たなくなるからだ。
何せ辛いのだ。逃げたいのだ。全て忘れてしまいたいのだ。何もかもが無かった事に出来るなら、それが一番いいとすら思えたのだ。
正直なところ自分は紅世の王やらなんやらをまだ目撃していない状況であり、非現実的な技を実際に食らったり観察したわけでもない。
どうも宇宙人にも関係無さそうな話題であったのも手伝って、この自分の頭と言えども理解に達していない部分も少なくないのである。
ヴィルヘルミナ曰く、理解度――今は仮にこう表現する――が低い、または少ない人間は忘却の渦に巻き込まれるという。
つまり、今の自分ならば伊里野加奈を忘れる事が出来る可能性が高いという事だ。
そこから"このまま忘れた方が辛い思いをしなくて済むならばもうそれで良いか"、という結論に至るまでは実にスピーディーだった。
伊里野の事を、この出来事を心に刻んだままならば、恐らくは想像以上にしんどい思いをしてしまうに違いないから。
だから、もう何も無かった事にする。
我ながら弱気だと思う。まだ二十年に満たなくとも常人のそれよりは遥かに濃い、そんな水前寺邦博の人生の中で初めて抱いた感情だ。
数十年後に今の自分を思い出したなら、きっと黒歴史扱いするかもしれない。いや、覚えてないのだから歴史も何も無いわけだが。
もう良い、もう疲れた。もうこの件についてはノーコメントで行こう。
ああ、このまましばらく仮眠としゃれ込むのも悪くないかもしれない。
目覚めた頃には伊里野は消失し、もうこのことに触れなくても済むというわけだ。
よし、その作戦でいこう。いっちゃおう。俺に出来ることはやりきった。
例えてみれば、100円玉一枚でラスボスにまで進んだものの、最後はわからん殺しで見事に撃沈。
これが自分の進んだルートだったのだ。今の自分にはお似合いのオチだ。
それじゃあ、もうこれでさようなら。お疲れ様でした、今日のお勤めはここまでです。
おやすみなさい。はい、目ぇ閉じたー。
611
:
本スレ>>292以降
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:39:40 ID:UQqv8M7s0
◇ ◇ ◇
坂井悠二がどういうプロセスを辿り、空を飛ぶシャナ達を発見するに至ったか。
それは別段複雑な事情があったわけでもなく、運の向きが良かった事によるものが比重を占めていた。
きっかけは浅羽と伊里野が再会し、悠二が水前寺の行動の手助けをした後のこと。
彼は、事を成した水前寺に対して贈るべきであろう言葉を、未だ見つけられずにいた。
水前寺が沈んでいる姿に対し、どうすればいいのか。それが坂井悠二には判断出来なかったのだった。
付き合いがもう少し長ければとも思い、同時に自分が“紅世”に関する知識を持っていながら何も出来ない事が恨めしい。
あの伊里野という少女と浅羽という少年を見て、それからどうするかを選ぶのは水前寺自身。
彼が何も言わない限り、こちらから動く事は出来ないのだ。実に手持ち無沙汰を感じざるを得ない状況だ。
浅羽という少年を一人で見送った以上、このままどこかまた水前寺と二人で行動するわけにも行かないわけで。
やはりこうなると、自分に出来ることは付近の偵察くらいのもの。自分達を狙う存在がいないかのチェックだ。
そう決めた瞬間に悠二は既に動いていた。まずは水前寺に、少しだけ離れた場所へ移動する旨を伝える。
そして了承を得られた瞬間に思うが侭に作戦開始。建物の天井へと登り、続いて更に高い場所へと上っていく。
アクションゲームの主人公の様な挙動でそれを続け、とにかく高く、なおかつ辺りを視回せる場所へと進む。
最後に数階建てのマンション、その屋上へと立つ事になった。人外の動きに慣れ始めた自分が、ありがたくもあり少し恐ろしかった。
そして迅速な行動が功を奏したのは次の瞬間。
彼は人よりも優れ始めていた視力と、“存在の力”を感じ取る能力で、シャナの居場所を発見できたというわけである。
「フリアグネが、百貨店に……?」
「うん、間違いない。あいつは御崎市での戦いと同じ行動を取ってるみたい」
「だが一つだけ違うのは、貴様の言う"少佐"という人間が下についているということか……」
「フリアグネをを利用しているとは言ってたけどね、彼は」
「そんなの不可能よ……あいつは人間を麦の穂程度にしか考えてないのに。その少佐っていうのは人選を、"王選"を間違ってる」
そうして再会後。
まずは全員が各々、今までに取ってきた行動と今までに見てきた事を軽く報告。
その結果、水前寺が近くにいると知った島田美波という同世代の少女が彼の元へと走って行き、“紅世”の関係者だけが残された頃。
三名はそれを追いながら、更に濃い話を展開させていた。
「今思えば、呼び止められなかったあのトーチの炎も、フリアグネのものに間違いは無かった。
気付くのがもう少し早ければ、あやつらに存在の力を与え、この会話に混ぜる事も出来たのだろうが、惜しかったな」
「僕がシャナ達を呼び止めたタイミングが最悪だったかな。ごめん……今思えばこっちも精神的にちょっと参ってたのかも」
「いや、悠二の所為じゃない。どっちにしろあのまま飛んでたら……うん、あの子が先に壊れてたかもしれないし。結構本気で……」
「えっと確か、島田さんだっけ? 彼女も揺られてた所為か具合悪そうだったよね……水前寺の話を聞いたらケロッと治っちゃったみたいだけど」
「あの少女の体も労わるべきであったな」
612
:
本スレ>>292以降
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:41:22 ID:UQqv8M7s0
水前寺と美波の元へと戻るこの"関係者"三名が邂逅出来た事は、実に幸運であり大きな収穫だった。
少なくとも、フリアグネの話を聞くことが出来ただけでも大きい収穫なのだ。
自分達は決して迷うことなく一歩ずつ進む事が出来ているのだ、悠二は改めて確信をした。
出来ればこのまま行動を共にし、近々フリアグネ討滅にも乗り出すが吉、という案も浮かびかける勢いだ。
しかし、そうは行かないのが現実の厳しいところ。
確かにこの豪華メンバーが揃った現状、そうしたいのは山々だしそうするべきだと思う。
けれど今は違う。行動を共にするのはともかく、このままフリアグネの元へと突撃するのは、絶対に違うのだ。
というわけで、三名は遂に美波へと追いつき、水前寺が休息を取っているベンチ近くに、彼女を伴って到着。
それをいい景気と見て、悠二は彼女達から少し距離を置いた後、自身の希望的観測をばっさりと切り捨て始めた。
「とりあえずシャナ、アラストール……折角会えたばかりだけれど、僕達はこれから再び別れるべきだと思う」
「……やっぱり、か」
「む……一筋縄ではいかぬか、やはり」
悠二の言葉の意図。シャナとアラストールはその真意を理解してくれたらしい。
「流石にあの水前寺がいつも通りに好調だったとしても、フリアグネとの戦いにつき合わせるのは絶対に駄目だ」
「うむ……同じく島田美波にも、一度神社へと帰還してもらうべきだろうな……シャナ?」
悠二がフリアグネ討滅の為の電撃作戦を、ここまで来て立案しない理由及び要因。
それは互いがここまで連れて来てしまったあの一般人二名、水前寺と美波の身を案じてに他ならなかった。
悠二は水前寺に振り回されながらもその行動を黙認していたが、シャナの身の上話を聞いて決意したのである。
「うん、わかってる……温泉のときの二の舞だけは、私は絶対に、踏みたくない……!」
邂逅直後に聞いたシャナの身の上話に出てきた、櫛枝実乃梨と木下秀吉という可憐な少女。
彼女らが命を落とした事実とそこに至った理由は、決して無視出来なかった。
故に悠二は、ここでシャナ達と行動を共にする事に今は固執しない、という勇気ある決断をしたのだ。
「だがここに来てフリアグネを見逃すなど、あまりにも危険であろう。どうするというのだ?」
しかし決断だけで現状はプラスへと動きはしない。詳細が決まらなければ、話にならないのが今のこの状況だ。
「……今のところは、シャナが水前寺達を神社へと帰還させて、その間に僕が百貨店に先行する案を考えてる」
「悠二が……!? 危険よ! だったら私が……!」
「駄目だ。何せフリアグネの下にはあの“少佐”がいる。君を一人では行かせられない!
少佐は君を利用するつもりだ……彼の最終目的が未だに判らない以上、君が向かうのは悪手だ」
「で、でも悠二はまだ実戦には早い! 今も“銀”の事があるし……万一の事がないとは言えないじゃない!
フリアグネがどんな奴かなんて、人質にまでなったことのある悠二なら解ってるはずなのに、どうして!?」
613
:
本スレ>>292以降
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:43:38 ID:UQqv8M7s0
シャナ達が今をどうするべきかを練るに辺り、最も大きな壁となる男。
本名不明の彼を示す呼称は“少佐”のみ。彼の立ち位置は、フリアグネの部下。
国籍、生年月日、年齢、職業、全て不明。そして彼が抱いている最終目的も、何もかもが不明。
未知数にも程がある彼の存在は、シャナ達が安息を得る為の道筋を明らかに阻害していた。
鋭い瞳は猛禽類、地に立つ姿は肉食獣。力強さと聡明さを併せ持っているであろう彼は、どう考えても危険だ。
少なくとも、シャナにとっては。
「多少のリスクを背負うものの……僕がフリアグネに気付かれずに少佐とのみ接触すれば、話は変わる」
しかし自分はまだ、フリアグネはともかく少佐になら生かされる理由があるのだ。
「フリアグネに対する抑止力……つまり君を呼ぶ為の駒なのだと、僕は彼から告げられた。
これを活かさない手は無い。少佐を上手くコントロールし、彼の思惑を封じる策を、今から練る」
「つまり、どういう……」
「シャナには水前寺達を先に神社に送ってもらう。その間に僕は百貨店へ潜入、どうにかして少佐とコンタクトを取る。
そして彼の思惑通りに君を連れてくると告げて時間を稼ぎ、君がフリアグネとぶつかるまでに、少佐の動きを僕が制限する」
「確かに貴様の言う“少佐”はただの人間であり、その作戦も不可能ではないだろうが……」
「それでも危険よ! あの“狩人”と一緒なら、危険な宝具を持っていてもおかしくない。それに"海水と淡水の話"だって……!」
シャナの誤記が段々と荒いものになっていく感触を覚えるが、それでも悠二は続ける。
これは確実な勝利を目指す為の大きな試練なのだと、そう確信しているが故に。
「水前寺達をここから離しながらフリアグネの行動を阻害し、かつ少佐の手札を増やさないのが理想なら、現状はこれしかない。
そもそも僕達には、フリアグネ討滅の前にクリアしておかなければならない条件が多すぎるんだ。このままだと確実に出遅れる」
「一種の賭けだな。しかも貴様が一方的に危険な、分の悪いものだと言わざるを得ない」
「その通りだよアラストール。けれど、少佐を野放しにしたままシャナを一人で行かせるなんていう愚行よりは、ずっといい」
「そうか……では我はもう何も言わぬ。貴様の大胆な作戦に救われた事も、一度や二度ではないのが現実だ」
「ありがとうアラストール……ねえシャナ、僕は君に万一の事が起こって欲しくないんだ。解ってくれないかい……?」
「でも、姫路瑞希を探す約束だって……」
「シャナ……!」
あの少佐の行先が善か悪かどちらであろうとも、彼がシャナを“討滅の道具”でしかないと認識していることに変わりは無い。
だからこその作戦内容だ。少佐とコンタクトを取る事で、近々訪れるであろう恐ろしき"彼らの時間"までの一歩を、少しでも遠ざける。
例え不可能かもしれなくとも、少佐がシャナに対する考えを改めるよう説得するプランも含んでの、今回のこの作戦。
肝心な部分がふわふわしているものの、“徒”との戦いは常々こんなもの。事前にじっくりと作戦を練られた事の方が少ないくらいだ。
フリアグネの部下が今や少佐一人ではないという可能性すらあれど、そこはもう自分の地力でどうにかするしかないだろう。
「悠二……」
これまでになく迷い、惑っているシャナの答えを悠二は静かに待つ。
水前寺に対してまずはどう声をかけようかと迷っているのであろう、シャナに似た表情を浮かべる美波を視界の端に捉えながら。
「わかった。わかった悠二! あの自転車に乗ってた人間の方が戻ってきたら決行する! 絶対に、すぐに戻るから……!」
「うん。絶対だ」
「だから……死なないで……」
「うん、それも……絶対だ!」
苦渋の決断だと言わんばかりに不安な表情を浮かべていたシャナは、それでも了承してくれた。
仕方なく、なのだろう。けれどそれでも構わない。シャナにここまでさせた事の謝罪は、この後で必ずする。
今はただ自分に出来る最善を尽くすまでなのだ。
614
:
本スレ>>292以降
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:44:13 ID:UQqv8M7s0
「まぁまずは、水前寺達がシャナの言う事を聞いてくれるかが第一の賭けか……」
そう呟いて振り返ると、目を閉じている水前寺の傍で仁王立ちしている美波と目が合った。
彼女はすぐに目を反らすと、離れていても判る大きなモーションで息を深く吸い始める。
どうやら荒っぽい方法で水前寺の覚醒を促すつもりのようだ。
「お互い、大変だな……」
彼女のあの不器用さを目にしてしまうと、この時点で賭けは少し分が悪い気がしてしまった。
◇ ◇ ◇
寝たいときに限って眠れない。人間誰しも、そんな経験はあるだろう。
水前寺が現在進行形で悩んでいるのはそれに近い。
現在彼は緩やかにまどろみながらも、深い眠りには至られない状態を彷徨っていた。
よく考えれば当然だ。浅羽と伊里野の事を考えながら、ゆったりと眠れるなどありえないのだ。
しかしそれでも自分の為に、睡眠をしようとどうにか気張る。だが気張れば気張るほど意識してしまい、目が覚めそうになる。
永遠にも思えるサイクル。負の連鎖に対し水前寺が抗える術は無い。半分睡眠出来ている事自体が、もう充分凄いくらいなのだが。
目を閉じ、耳を塞いで辺りの情報をシャットアウトするものの、そんな事は無意味だった。
「……! ……っ、…………!!」
しかもそれだけに飽き足らず、つくづく運が悪いことに状況は更に悪化した。
瞼を閉じて暫くした頃、なんだか騒がしくなってきたのである。物理的に。
暗闇の向こうから激しい声が聞こえてくる。超うるさい。マジでうるさい。
耳をふさいでいるのと、なんやかんやで現実逃避から未だ完全に戻ってこない脳のおかげで、言葉も聞き取れない。
凄く中途半端な状態のまま、聞こえてくる声に苦しむ水前寺。
「! っっ! ……!」
どうしたどうした何があった何が。何が起こってるんだこんなときに。
眠らせてくれ。おれはもう良いんだ、引き止めないでくれ。
今は生憎SOS団団長の気分じゃあないんだ。皆大好き水前寺部長というわけにはいかないんだ。
「水前寺ぃっっっ!!」
「ふぉあっ!?」
だが水前寺は目覚めた。理由など判らないが、唐突に言葉を聞き取れたのが理由だ。
そう、彼は耳が捉えた言葉の内容とその音量に驚き、閉じていた両目を見開くと同時に上半身が勝手に飛び起きたのである。
激しく聞き覚えのある声だった。芯の通った、活発な印象を覚えさせるすっきり感。
ゆらゆらと歩く酔っ払いにすら"気をつけ"と敬礼をさせてくれやがりそうな、強気の話し方。
そんな要素が詰め込まれた声が自分を呼んでいると知った瞬間、体が勝手に動いてしまったのだ。
しかし声の主の名が出てこない。寝ぼけたままの眼と脳は、どうにも働きが鈍すぎる。
確かテレビで似たような声の有名人を見たことがあったような気がしたのだが、思い出せるだろうか。
えっと、確か苗字が清水か水橋かで、それから名前が、
「あんた、何やってんの……?」
違った。目の前にいたのは、清水でも水橋でもない。島田だ。
そう、島田美波。水前寺目掛けて大声を出していたのは、あの"島田特派員"だったのだ。
その後ろでは、紅色の髪の少女が坂井悠二と一緒に立っている姿が見える。
まさか坂井悠二の言っていたシャナというのはあの少女のことなのだろうか。
現実逃避的にそんな風に推理をするもすぐにやめ、もう一度視線を戻す。
やっぱり目の前にいるのは、島田美波本人だった。
615
:
本スレ>>346
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:46:07 ID:UQqv8M7s0
「アンタの選択は正しかったよ……Der Direktor(部長)」
更に、さっきとは逆に水前寺の頭を撫でる美波。
その行動に対し水前寺は文句の一つを言うかと思ったが、意外にも何もなし。
彼女の手を無言で受け入れ、同時に何かを喋っているのか、口を微かに動かしている。
予想に過ぎないが、きっと美波に対し小声で礼を言っているんだろう。多分、水前寺はそんな男だ。
「んじゃさ……もし良かったら、ウチのヘアゴム探してくれない? さっきの喧嘩でどっかいっちゃってさ」
「っと、そうだったな。すまないが坂井特派員も協力してくれ」
「うん、わかっ……ん? え? 特派員?」
背伸びをしながらの美波の頼み事を了承し、いつも通りの姿に戻った水前寺。
悠二は二人の様子に安心感を覚えていた途中だったが、突如水前寺が言い放った言葉に驚いた。
あのーどういう事なんでしょうか水前寺に島田さん、と思わず質問をする。
すると美波は苦笑いを浮かべながら「まーた始まった」と一言。明確な回答は無い。言った本人に聞けということか。
「あのー、つまりは?」
「今までの君の活躍と情報提供へと感謝の意を込め、今からそう呼ばせてもらう!
同時に君を我がSOS団の団員に任命だ! これから改めて宜しく頼むぞ、坂井特派員!」
「は? ちょっと話の内容が唐突過ぎてよく……いや、そういえばSOS団って、ああ、そんな事も言ってたね……秘密組織とかいうやつ」
「そう、その秘密組織だ。というわけで団員が一名増えましたとさ、めでたしめでたし。頼りにしてるぞ坂井特派員よ!」
「あははは……」
「ちょっと! 何勝手に決めてるの!? 悠二を変なグループに引き抜かないで!」
水前寺の言葉を受け、苦笑しながら"そう言えばそんな言葉がちょくちょく出ていたな"と考えていた途中。
意外にもシャナが全力でお断り宣言を発してきた。会話に割り込んでまで、水前寺の言葉をぶった切っている。
「あーあ、遂にウチにも後輩が出来ちゃったかー。水前寺はほんと仕方ないわよねー」
「ちょっ、お前っ! まさか裏切る気!? あんな自分勝手な変人が統率するグループなんかにいて良いの!?」
「まぁまぁシャナ、島田さんにも考えがあるんだよきっと。だからそこまで言わなくたって……」
「うるさいうるさいうるさぁい! 悠二だって何まんざらでもないって顔してるのよ! そんなだから変なのに引っかかるのよ!」
「ではさっそくSOS団の活動を開始! まずは島田特派員のヘアゴム探しだ、キビキビ行くぞー!」
「些か活動内容が安い気がするのは我の気の所為か……まあ良かろう、シャナも手伝ってやるがいい」
「はぁい……」
「まぁ安心しろシャナクン。君も功績を上げれば、SOS団の特派員として認められるであろう。除け者にはせんさ。
というかむしろ、今すぐでも別に構わんのだぞ? 島田特派員の身辺警護的なこともしてくれていたのだしな?」
「いらん!」
「"シャナ特派員"か……ふむ、特派員とは何をする者なのかは解らぬが、実に新鮮な響きだな」
「あ、アラストールまでぇ……っ!」
先ほどの重苦しい雰囲気は何処へやら。あっという間に、この場は和やかなものへと変わっていった。
皆はまるで仲良く四葉のクローバーでも探すかのように、全力かつ入念に事に励んでいる。
これを楽しいと思うのはまだまだ不謹慎かもしれない。けれど、今はこれでいい気がする。
出口の見えない鬱屈とした世界が広がるよりは、全然、健康的だ。
◇ ◇ ◇
616
:
本スレ>>349以降、状態表
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:47:35 ID:UQqv8M7s0
【C-5/百貨店近くの裏路地/一日目・夕方】
【白井黒子@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[装備]:鉄釘&ガーターリング、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ
[道具]:
[思考・状況]
基本:ギリギリまで「殺し合い以外の道」を模索する。
1:ティーの回答を待つ。
2:ひとまずティーの確保を優先(放送の時間までには帰る)
3:状態が落ち着けば、この世界のこと、人類最悪のこと、浅羽と伊里野のことなど、色々考えたい。
4:御坂美琴、上条当麻を探し合流する。また彼ら以外にも信頼できる仲間を見つける。
[備考]
『空間移動(テレポート)』の能力が少し制限されている可能性があります。
現時点では、彼女自身にもストレスによる能力低下かそうでないのか判断がついていません。
【ティー@キノの旅】
[状態]:健康
[装備]:RPG-7(1発装填済み)、シャミセン@涼宮ハルヒの憂鬱
[道具]:デイパック、支給品一式、RPG-7の弾頭×1
[思考・状況]
基本:「くろいかべはぜったいにこわす」
1:黒子の手を取るか、否か。
2:百貨店でシャミセンのごはんを調達したい。
3:RPG−7を使ってみたい。
4:手榴弾やグレネードランチャー、爆弾の類でも可。むしろ色々手に入れて試したい。
5:『黒い壁』を壊す方法、壊せる道具を見つける。そして使ってみたい。
6:浅羽には警戒。
[備考]
ティーは、キノの名前を素で忘れていたか、あるいは、素で気づかなかったようです。
617
:
本スレ>>354以降、状態表
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:50:22 ID:UQqv8M7s0
【シャナ@灼眼のシャナ】
[状態]:疲労(小)
[装備]:メリヒムのサーベル@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式、不明支給品×1〜2、コンビニで入手したお菓子やメロンパン、
[思考・状況]
基本:悠二やヴィルヘルミナと協力してこの事件を解決する。
1:悠二も水前寺も見つかったので、ヘアゴム捜索及び浅羽直之待ち。
2:百貨店にいると思われる“狩人”フリアグネの発見及び討滅。そしてその為に、一度水前寺と美波を神社に帰す。
3:トーチを発見したらとりあえず保護するようにする。
4:古泉一樹にはいつか復讐する。
[備考]
紅世の王・フリアグネが作ったトーチを見て、彼が《都喰らい》を画策しているのではないかと思っています。
【坂井悠二@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:メケスト@灼眼のシャナ、アズュール@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式、リシャッフル@灼眼のシャナ、ママチャリ@現地調達、贄殿遮那@灼眼のシャナ
[思考・状況]
基本:この事態を解決する。
1:浅羽が戻ってきたら、シャナに贄殿遮那を渡して一度神社に戻ってもらい、作戦を決行する。
2:事態を打開する為の情報を探す。
├「朝倉涼子」「人類最悪」の二人を探す。
├街中などに何か仕掛けがないか気をつける。
├”少佐”の真意について考える。
└”死線の寝室”について情報を集める。またその為に《死線の蒼》と《欠陥製品》を探す。
3:もし途中で探し人を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。
4:記録されていた危険人物(キノ)のことを神社に伝える。
[備考]
清秋祭〜クリスマスの間の何処かからの登場です(11巻〜14巻の間)。
会場全域に“紅世の王”にも似た強大な“存在の力”の気配を感じています。
618
:
本スレ>>354以降、状態表
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:51:18 ID:UQqv8M7s0
【D-5/東側の橋の上/一日目・夕方】
【浅羽直之@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:全身に打撲・裂傷・歯形、右手単純骨折、右肩に銃創、左手に擦過傷、(←白井黒子の手により、簡単な治療済み)
微熱と頭痛。前歯数本欠損。
[装備]:毒入りカプセルx1、ママチャリ@現地調達
[道具]:デイパック、支給品一式、ビート板+浮き輪等のセット(少し)@とらドラ!
カプセルのケース、伊里野加奈のパイロットスーツ@イリヤの空、UFOの夏、伊里野のデイパック、トカレフTT-33(8/8)
[思考・状況]
基本:映画館に行く。その理由とは……?
[備考]
参戦時期は4巻『南の島』で伊里野が出撃した後、榎本に話しかけられる前。
伊里野のデイパックの中身は「デイパック、支給品一式×2、トカレフの予備弾倉×4、インコちゃん@とらドラ!(鳥篭つき)」です。
伊里野加奈に関連する全てを忘却し、世界を修復する力に飲み込まれました。
【伊里野加奈@イリヤの空、UFOの夏 消失】
619
:
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/14(水) 00:55:27 ID:UQqv8M7s0
修整箇所は以上となります。
>>609-610
には文章の直接的な変更は無いですが、
シーン追加により1レス分の文章量を変更せざるを得なかったので投下しました。
そして再び嘘をつきました。
浅羽以外の登場人物の状態表を変更、と言いましたが、
水前寺と美波の状態表は全然変わっていません。元のままです。
色々と失敗を繰り返し、また投下まで長い時間を要したこと、失礼しました。
必須であった修整も自主的な修整もどちらにしろシーン追加ですので、
もしも新たな違和感が生まれてしまいましたら遠慮なくご意見をお願いします。
620
:
名無しさん
:2010/07/16(金) 07:47:20 ID:1dSwMwl60
乙です
>>605
>更にその層から"根っからの犯罪者気質"の能力者を除いて抽出した、""
文末""には文字が入りそうですが、脱字でしょうか?
621
:
名無しさん
:2010/07/20(火) 15:28:30 ID:F0rqQpIk0
>我々猫にも派閥争いや「縄張りの争いなどで相手と闘う時はある。
Memories Off (上)の一文ですが、「が余計に入っているようです。
622
:
◆MjBTB/MO3I
:2010/07/22(木) 22:05:38 ID:TXMyXAaU0
おお、完全に見落としてました……ありがたいです。修整しておきました。
ついでに、拙作「龍虎の拳」にて金の価値を修整しておきました。
某所にてツッコまれていた部分であり、いい機会なので、ということで。
623
:
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 00:52:52 ID:dsAv5QQw0
本スレ規制中につき、こちらに投下させていただきます。
624
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 00:53:54 ID:dsAv5QQw0
夕闇に満たされつつある飛行場。
長らく使われていないように思える滑走路の端から、音が響いてくる。
飛行機の離陸と着地を補助するためのライトアップは必要最小限で、明滅する灯りからはどこか寂れた雰囲気が感じられた。
寂寞とした僻地には違いない。だがそこに満ちる音は活気の表れであるともいえ、事実確かに、飛行場の隅には一組の男女が騒がしく活動していた。
「なんだそのへっぴり腰はっ。そんなことでは鴨にも逃げられぞ!」
響く音は二種類。
一つは女と銃が鳴らす発砲音。一つは男が発する罵声だった。
「いいか! 貴様は最低のウジ虫だっ! ダニだ! この宇宙で最も劣った生き物だ!
俺の楽しみを教えてやろうか? それは貴様の苦しむ顔を見ることだ!
腐った●●のようなツラをしおって、みっともないと思わんのか、この●●の●め!?
●●が●●たいなら、この場で●●●を●ってみろ! ●●持ちの●どもっ!」
日常会話で用いるべきではない、それも女性に向けるには論外と言える下品な単語を多用しながら、男は銃声を鳴らす女を罵倒する。
女の名前は黒桐鮮花。前方に置いたドラム缶、その上に置かれたさらに小さな塗料入りの缶を狙い引き金を絞っている。
男の名前は相良宗介。鮮花の後方で姿勢正しく屹立し、鋭い眼光と激しい声でもって彼女の射撃を監督している。
「どうした! 命中精度がさらに下がっているぞ!? やはり貴様は●●の●か!
悔しければ反論ではなく成果で見返してみろ! それができなければ貴様は●●以下の●●だ!
ノルマがこなせるまでメシにありつけると思うなよ! ここは●●でもなければ俺は貴様の●でもない!」
鮮花が引き金を絞り狙いが外れるごとに、宗介は罵声を放った。ドラム缶奥の壁には虚しくなる数、弾痕が刻まれている。
相良宗介、彼の階級は『軍曹(サージェント)』だ。鮮花に浴びせる罵倒の数々は、訓練場では大して珍しいものでもない。
「もういい、いくらやっても弾の無駄だ! 貴様は無為に資源を浪費するだけの●●だ!
●●●でももう少し生産性があるぞ、悔しいとは思わんのか!? ●●を生むだけしか脳のないクズが!
なんだその反抗的な目つきは、瞼よりも足を動かせ! 貴様の●はなんのためにある? ●●●を●●だけの役たたずか!?」
塗料入りの缶がいつまで経っても弾け飛ばないので、教官は業を煮やし、教え子に飛行場での走りこみを命じた。
しぶしぶといった様子で指示に従う鮮花。彼女は教えを請う側の人間だが、別に階級章つきの軍人というわけではない。
ただの女子高生である。それも、世間ではお嬢様学校として知れ渡っているところの学生だ。淑女と言ってしまってもいい。
そんな自分がなぜ、意味はよくわからないがおげれつであることだけはわかる罵声を浴びせられているのだろう……。
根が素直な鮮花は、懊悩しながらも律儀に走りこみを続けていた。
625
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 00:54:34 ID:dsAv5QQw0
「そのたるんだ走り方はなんだ!? 貴様は目の前に●●●がなければやる気にもなれないのか!
甘ったれるなよこの●●●●がっ! どうやら貴様の●に●をつけてやる必要があるようだなっ。
まったく手をわずらわせやがって、貴様は俺の●●●か!? ●●の●●にでもなったつもりか!?
戦場に立つ気がないのなら●●●●●●●●で●●でもやっていろ、このあばずれがっ!」
しかしいい加減、堪忍袋の緒も切れそうになってきた、そのときである。
スパン!
快音が、宗介の後頭部から響いた。リリアがハリセンで思い切りぶっ叩いた音だった。
「痛いじゃないかリリア」
「うっさい! さっきからなに下品なこと口走ってるのよ!」
「なに、以前、所属する学校のラグビー部を指導したことがあってな。そのときの経験を活かしたまでだ」
「らぐびー……?」
「知らないか? 日本を初めとした国々で普及しているスポーツなのだが」
「ど、どこにそんなお下劣なスポーツをする奴らがいるっていうのよ!」
「お下劣などと言っては郷田部長が悲しむ。彼らは花を愛で、お茶の味を語り合う清い青年たちだった。もっとも、それも過去の話だが」
「過去の話ってどういうことなのよ……嫌な予感がするけど一応、訊いておく」
「うむ。弱小チームだった彼らを強豪校との試合で勝たせろとの指令を受けてな。同僚のマオの勧めにより、海兵隊式の新兵訓練メニューを取り入れてみたのだが……」
スパン!
再び快音が響いた。
「痛いじゃないかリリア」
「うっさい!」
「それより、なんだそのハリセンは。どこか懐かしい……いや、俺はそんなものは知らないが」
「あ、これ? クルツがくれたのよ。ソースケに『ツッコミ』するんなら、これを使えって」
「そうか」
宗介は微妙な顔をした。いつも仏頂面な宗介の微妙な顔は、いつもと絶妙に違っていた。
そんな宗介とリリアのやり取りを眉間にしわを寄せた目で見やりつつ、鮮花は一生懸命走り続ける。
リリアも鮮花に目をやりながら言った。
「……彼女、本気なのね」
「向上心は見られるな」
「ソースケも、本気なの?」
どこか物憂げな視線を向けてくるリリアに、宗介はいつもの調子で返した。
「本気になれと言うのなら、メニューを一から組み直す必要がある。なにしろ期間が限られているからな。
目的の達成が困難になる可能性を考慮すれば、時間はかけていられない。一日、いや、半日が妥当といったところか」
「あの……なんの話?」
「もちろん、彼女を一流の兵士にするための特訓の話だ。設備もろくに整わぬ環境ではいろいろと不便だが、それも本人しだいだろう。
食事と就寝、それに排泄の時間を削ればなにも問題はない。あとは体力との闘いだ。正直、あの歳の女性にはキツイ訓練になる。
しかし曲がりなりにもクルツが見込んだ人物だ。衛生兵(メディック)の不在は痛いが、それでも一割の数字は保てると俺は見る」
「……わたしにはあんたがなに言ってんのかわかんないわ」
頭をかかえるリリア。
宗介は飛行場を走りまわる鮮花を目で追いつつ言った。
626
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 00:55:19 ID:dsAv5QQw0
「俺が見るに、彼女には技術よりもまず心構えが必要だ。現状の訓練に疑問点はまったく見いだせない」
「……前のほうには同意。後ろのほうは激しく否定しとく」
目的のために自身を鍛え直す鮮花。
彼女の教官役を務める宗介。
その構図にため息をつくリリア。
この奇妙な構図ができあがったのは、つい先ほどのことだった。
◇ ◇ ◇
夕の帳が夜の帳に差し替わり、雲の流れも速くなっていく。
北方に位置する飛行場では銃声もすっかりやみ、広大な敷地からは人の気配も消えていた。
唯一、そこが飛行場であることを知らしめる格納庫の中だけは、足を踏み入れてみなければわからない未知の領域だった。
男と女が一組、近づく。
格納庫ははたしてもぬけの殻なのか、来訪者が足音を鳴らしても警告の鐘が響いてきたりはしない。
これが車の走行音であればどうだろうか。中に人がいればあるいは、大慌てで外に飛び出すのかもしれない。
男の女が一組、立ち止まった。
ここから先をどう踏み込むべきか議論しているようで、小さな声を交わし合っている。
男のほうは地べたに顔を寄せ、蟻塚でも探すような仕草で飛行場の敷地を眺め回したりもしている。
そんな男を見ながら、女は盛大なため息をついたりもしている。
男と女が一組、また歩を進めていった。
どうやらまっすぐ格納庫の入り口を目指すようで、男のほうは銃を両手で握っていた。
女のほうも負けじと、ナギナタと呼ばれる長柄の刃物で武装した。
かえって邪魔になる、と男は女にナギナタをしまうよう指示した。女は反発した。
また、ささやかな議論が始まる。そうやって、二人の姿は格納庫に近づいていった。
◇ ◇ ◇
「――ひょっとしたら連中、帰ってこないかもしれねえな」
「え?」と黒桐鮮花が振り向いた。
古ぼけた照明に照らされた、飛行場内の格納庫。その床に、六人分のマットレスと毛布が並べられている。
クルツ・ウェーバーはマットレスの上に寝そべりながら、白井黒子が調達した物資の確認をする鮮花に話しかけた。
627
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 00:56:05 ID:dsAv5QQw0
「ん。いや、ここを出てった連中。戦場のド真ん中でグループが散り散りって、映画とかでもよくあるフラグだろ?」
「戦場って……いやまあ、否定するつもりはないけど、彼女がついっていったんだから大丈夫でしょう?」
「黒子ちゃんのことかい? 不思議な力を持ってるし、あの年頃の女の子にしちゃやるほうだけど」
だらだら、ごろごろと、とても戦場を口にする者とは思えないリラックスした態度のクルツ。
射撃の先生――いや、『殺しの師匠』とも言える男の緩みきった姿に、弟子の立場にある鮮花は少しだけムッとした。
「ま、しがない傭兵の予感ってところさ。あんま気にする必要はねーぜ」
クルツも決して冗談で言っているわけではあるまい。実際にありえる可能性として、最悪の事態を口にしている。
それでもまるで悪びれず、脳天気でいられるのは、それが彼にとっての最悪ではないからなのだろう。
いや、『彼にとって』ではない。鮮花にとっても、このまま誰も帰ってこないという事態は最悪たりえない。
黒桐鮮花は復讐者。復讐者の目的は復讐対象の抹殺。ただそれのみなのだから。
「一蓮托生ってわけでもないんだ。いい加減、そのへん切って捨てようぜ鮮花ちゃん」
「べ、別に心配とかしてるわけじゃ」
「ならそんな顔は見せねえこった。こっちも遊びでやってるわけじゃないんでね」
「……っ」
ふと、物資の中に手鏡がなかったかどうか探してしまう。
切って捨てた気ではあった。とっくに割り切ったつもりだった。
なら自分は、どうして六人分の寝床を用意したりしているのだろうか……と、鮮花は自問し歯噛みする。
「あの、クルツさん」
「どーしたよ、急にかしこまっちゃって」
「もし、六時までに誰も戻ってこなかったら……どうするの?」
「そうだなあ。探しに行く義理はねーし、先に飯食って寝てていいんじゃないかね」
そんなものか、と鮮花は思う。
いつの間にか大所帯になってしまったが、今はまた、クルツとの二人きり。
時間を訓練と休息に当てるのはもちろんだが、今は再認のときでもあるのかもしれない。
憎悪の再認。復讐心の再認。悪意の再認。殺意の再認。死んでもいい、という思いの再認。
ありったけを済ませるのに、少女である鮮花はどれだけの時間を費やすだろう。
蒼崎橙子から魔術を習ったときは、ある意味簡単だった。学習し、理解すればそれでよかった。
銃は……殺しは、違う。なにより覚悟を保つことが大切だった。鮮度のごとく大切だった。こればかりは記憶力の問題ではない。
「とはいえ、だ」
緩慢な動作で身を起こし、クルツは頭を掻きながら言う。
「今ここで黒子ちゃんたちと縁が切れる、ってのは好ましい話でもねーな。やっぱ、好き勝手動きまわるんならグループにいたほうがやりやすい」
「逆でしょ? チームを組む際のデメリットって、個人の自由に制約がつくことじゃない」
「チームじゃなくてグループ。組織じゃなく単なる集団なんだよ、俺たちは」
首を傾げる鮮花に、クルツは低い声で説明を加えた。
「ただ目的地が一緒だっただけ、利害が一致しただけ、特に争う理由がない。だからなんとなく一緒にいる。リーダー不在命令無視しほうだいの自由の集団さ」
「……確かに、それは言えてるかもしれないけど」
「な? 仮にだ、鮮花ちゃんが復讐したい相手――あの男が、黒子ちゃんたちの知り合いとかだったらどうする?」
「殺すわよ。わたしの意思はそれくらいじゃ揺るがない」
「即答はご立派だがね。そしたら今度は鮮花ちゃんが黒子ちゃんに恨まれる番だ。復讐ってのはそういうこと。そのあたりも理解してる?」
628
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 00:56:57 ID:dsAv5QQw0
鮮花は即答できず、唇を噛んだ。
復讐からはなにも生まれない。復讐はまた復讐を生むだけ――映画などでもよくあるテーマだ。
自分が映画の登場人物であると考えれば、復讐などやめて、ここで話を終わらせることこそが美談の条件なのだろう。
しかし鮮花はこう考える。
復讐とは所詮、自己満足だ。
復讐はまた復讐を生む。復讐を遂げることによってまた別の誰かに恨まれる。それがどうした。
この身は既に、生きることを放棄している。いや、死んだも同然なのだ。この世界につれてこられた時点で。
ただ、それでも、たった一つの目的、たった一つの生きる意味――復讐を果たすときまでは、生きていたい。
もし、誰かが鮮花に復讐をしにくるというのであれば――そのときは甘んじて復讐されてやろうじゃないか。
「ま、覚悟があるのかないのかってのも今更か。話を戻すけど、俺たちみたいなのがグループに紛れるメリットはなんだと思う?」
「……囮と、盾よね」
「すげーな。正解だよ。鮮花ちゃんみたいに、他人の信頼を売ってでも成し遂げたい目的がある場合。仲間なんてのはデコイでしかねーのさ」
なんともドライな発言だと、鮮花は思った。
と同時に、クルツの言にかすかな引っかかりを覚える。
「クルツさんは?」
「うん?」
「わたしは目的さえ果たせればそれでいいけど、あなたは違うんじゃないの? 生きて帰る、それが最終目標でしょうに」
これこそ今更だが――クルツが鮮花につきあう道理など、本来はないのだ。
何時間か行動を共にしてわかったことだが、彼は面倒見がいいようで、その実かなりのプロフェッショナル思考だ。
ここぞという場面では情よりも利を優先する、そういうタイプの人間。
ある意味では、幹也の真逆とも言える――そういう、人間。
「ああ、そうさ」
鮮花が予想したとおりの言葉が返ってくる。
「だからまー……俺だってずっと君の先生ってわけじゃない。いつかは絶対に、どっちかが切り捨てられる」
どっちか――そう、それがクルツだとは限らない。鮮花がクルツを切り捨てる場合だって、ありえるのだ。
両儀式に似たあの獣のような男には、クルツとて憎しみを抱いている。されとて、殺したいほどのものではない。
利害は一致すれど、その温度差は実のところ大きい。いついかなる場面で、二人が対立する構図になるかはわからなかった。
(いつか……この銃を向ける相手が、彼になることもあるかもしれないってことか)
鮮花は手元の銃に目をやった。
コルトパイソン。いざ握るまでは、名前すら知らなかった.357口径リボルバー。
引き金を絞れば弾はまっすぐ飛ぶと思っていたし、的に当てるのは縁日の射的くらいの難しさだろうと楽観していた。
現実は、そんなに甘くなかった。そんな風に甘く見ていた自分を、銃に視線を落とすことで見つめ直す。
わたしは橙子さんに習った魔術でなく、これを復讐の道具に選んだんだな、と。
改めて、再認する。
「今はまだ足踏みの段階だし、そう怖い顔するもんじゃねーさ。ところでアレ、覚えてるか?」
「アレ?」
クルツが立ち上がって伸びをする。覚えのない話題を出されて、鮮花はきょとんとした。
その、一瞬の隙。
クルツが右足を大きく蹴り上げ、鮮花の握っていた銃を掠め取るように弾き飛ばした。
629
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 00:57:31 ID:dsAv5QQw0
コルトパイソンはカランカランと音を立て、格納庫の床を滑る。
突然のことに驚いた鮮花は、思わず声を荒らげた。
「い、いきなりなにをっ!」
「あー、ごめんごめん。そう怖い顔しなさんな。言っとくけど、こりゃ鮮花ちゃんのためなんだぜ?」
似合わないウインクをして、クルツは一笑。
顔は二枚目だが、こういう仕草が似合うタイプの男ではない。
鮮花はしかめっ面で答えた。クルツは構わず、蹴り飛ばした銃を拾いにいく。
「なんせ、俺の同僚は『用心で』学校の昇降口に地雷埋めるような野郎だからな。
思いつめた顔で銃なんて睨みつけてりゃ、死角から撃たれたって文句は言えねーさ」
なにを言っているのかわからない。
なにを言っているのかはわからないが――銃を拾いにいったクルツのほうに視線をやってみると、
「なー、ソースケ?」
その奥側、格納庫の入り口付近に、見慣れぬ男女が一組立っていることに気づいた。
その内の一人、男のほうが、こちらに銃を向けていることにも気づく。
鮮花はすぐさま警戒に努めようとするが、
「……肯定だ」
男は、クルツの呼びかけに答えるとすぐに銃を下ろした。
◇ ◇ ◇
「こちらの接近に気づいたことはさすがと言っておこう。しかし今の行動には感心できん。
素人の手から、それもセイフティもついていないコルトパイソンを蹴り飛ばすなど、暴発の危険性を考慮しなかったのか。
それに飛行機の格納庫を拠点にしているのはいいが、対人トラップの一つも設置していないのはどういうことだ?」
身体に傷と火傷の痕が見られるその少年――相良宗介との邂逅は、そんな風に始まった。
格納庫に敷いたマットレスを会議のテーブルとし、まずは自己紹介、そして行動経緯についての説明と情報提供をお互いに。
宗介はクルツと同じ〈ミスリル〉という組織に所属する少年で、いわば同僚だった。
宗介と共にやってきた金髪の少女はリリアという名で、出会って以来彼と行動を共にしているらしい。
二人は飛行機目当てに飛行場を目指し、さらには近隣で浅羽直之や白井黒子と遭遇し、ここにクルツがいることを知ったそうだ。
つらつらと、お互いの辿ってきたルートを無駄なく齟齬なく伝え合っていく。
「……なんだか手馴れてるのね、二人共」
「作戦行動中の情報交換は迅速かつ的確に、要点のみを抽出して提供しあうのが基本だ。俺もクルツもアマチュアではない」
「こういうのは、ホントは仕切り役がいてくれたほうが楽なんだがね。ま、文句の言えるような状況でもねーけどよ」
宗介とクルツは単なる同僚というだけではなく、チームを同じくする相棒とも呼べる仲らしい。
その情報交換は自身らがスペシャリストを自称するのも頷ける手際で、まったくと言っていいほど無駄がなかった。
相手がどこでどういった事件に遭遇し、どのような成果を得たのか。ほとんど同席しているだけの鮮花とリリアにも、それを事細かに理解することができた。
630
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 00:58:28 ID:dsAv5QQw0
「しかし、蜘蛛の糸ねえ」
クルツが興味を持ったのは、宗介たちが飛行場を進路とした動機――飛行機を飛ばしてみる、という部分だった。
「空の上……ってのは、確かに盲点だったな。だがよ、実行するにはちとリスクが高すぎねえか?」
「四の五の言っていられる状況でもないだろう。現状の手札は極めて少ない。切れるカードはとにかく切っておくべきだ」
「言えてらあな。となると、必要になってくんのは航空機の燃料か。あいにく、俺たちの中に持ってる奴はいねえぞ」
「そうか。ならば、自動車用の燃料で代用するという案を本格的に視野に入れなければならないな」
「骨董品みてーなプロペラ機でお空の調査はいいんだけどよ。俺としちゃ、爆発するマネキン使いってのが懸念だね」
「トラヴァス少佐のことか。彼の目論見は不明瞭だが、未だこの近辺に潜伏している可能性は高いと見る」
「一度飛んじまえば、そこはもう逃げ場のない籠の中だ。ただでさえここには、RPGぶっ放す女の子がいるくらいだしな」
「被弾すれば最後、撃墜は免れないだろう。しかし空域が徐々に狭まっている現状、障害を取り除く暇も惜しい」
「せめてもうちょい、マシな機体が置いてあればなあ。ホヴィーみたいなのもあるんだし、誰か〈ペイブ・メア〉でも持ってねーかね」
飛行機を飛ばす、それ自体はもはや不可能なことではないだろう。
しかし設備も物資も限られるこの状況下、伴なうリスクもそれなりのものであると判断できた。
宗介とリリアを襲ったトラヴァス少佐、その裏に潜む者、鮮花やクルツを襲った獣のような男に、
炎を使う魔術師、それにティーの知己であるシズを殺害した人物と、敵も多い。
加えて、外堀から埋められていくこの世界のルール。
時間の制約を設けた背後の思考を辿れば、焦るのは得策ではないようにも思える。
せめてこの場にもう一人、宗介とクルツの姉貴分であるメリッサ・マオがいてくれれば、判断は彼女に任されたのだろう。
もしくは、二人の直属の上司にしてこういった作戦プランを検討することに長けたテレサ・テスタロッサ大佐。
宗介もクルツも未だその所在を掴めずにいる、彼女との合流さえ果たせれば――より本格的な『プロの仕事』が行えたに違いない。
「ところで」
議論も行き詰まり、宗介は話題を変えることにした。
「一つ訊くが、彼女に射撃の指導をしていたのはなんのためだ?」
視線で示す彼女とは、響いていた銃声の正体にして発泡を繰り返していた張本人、黒桐鮮花。
宗介は格納庫に入るよりも先に、外に即席の試射場が設けられていたことを確認している。
発砲音から推測した銃の型も、先ほど鮮花が握っていたコルトパイソンと一致するため、宗介はそのように当たりをつけたのだ。
紛れもない、戦場を生き抜いてきた兵士の鋭い視線に射竦められることもなく、鮮花は宗介の目を見て答える。
「復讐のためです」
それは先んじて説明しようとしたクルツを制する結果となった。心なしか、渋い顔を浮かべている。
「話にもあったでしょ。わたしたちを襲った、式に似た男……わたしはあいつに、兄を殺されました。
だからわたしは、あいつを殺す。兄さんの仇を討つ。銃は、そのために選んだ殺害手段。
この目的を果たすためなら、他のものはなんにもいらない――格好悪く生き足掻いてみせるわよ、いくらでも」
鮮花は、宗介やリリアからの心象など考慮に置いていない。
この気持ちは正直に、たとえ他者に否定されようとも偽りなく、貫き通さなければならないのだ。
そうでなくては、覚悟は保てないから。
「ちょっと待って」
まず反応を返したのは、宗介ではなくリリアのほうだった。
リリア・シュルツ。印象的だったのでよく覚えている。名簿に載っていたフルネームは確か、もっと長かったはずだ。
そしてシュルツの名を持つ人間はこの地にもう一人、鮮花に対する幹也のように存在していたはず――
631
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 00:59:13 ID:dsAv5QQw0
「復讐って……なに? どういうこと?」
「仇討ちっていう意味ですよ。この恨みはらさでおくべきか、ってやつ。外人さんみたいだけど、わかる?」
「わかるわよ、そんなの。わかるけど、なんで、そんな……あなたが殺すとか、他はいらないとか……」
言いづらそうにするリリアに、鮮花はふんと鼻を鳴らした。
「わかればそれでよし。邪魔さえしなければ。別に、理解や同情を求めているわけじゃないしね」
外行き用の上品な態度を一変して、鮮花は陰険な素振りを見せつける。
綺麗事を聞くつもりはなかった。好かれようとも思わない。この手の手合いは、鬱陶しいだけ。
自分は結局のところ、堕ちた人間なんだと――ここにきて、また一つ再認する。
「あなただって、肉親の一人くらいは殺されたんじゃないの? アリソンっていう人は、ご姉妹かしら?」
「……ッ!」
「アリソン・ウィッティングトン・シュルツ空軍大尉はリリアの母だ。惜しい人材を亡くしたと言える」
わざとらしい悪態をつく鮮花。
そのフォローに宗介が回ろうとするが、どうやらそれは逆効果のようだった。
「人材って、なによ……ソースケ、ママのことをそんな風に見てたの」
「む……すまん。少し言葉が悪かった。気に障ったのであれば謝罪する」
頭を下げる宗介に、リリアはきつく唇を噛む仕草をした。
その姿に鮮花は親近感を持つと同時、言いようのない苛立を覚える。
彼女は――自分とは違うな。
そばにいた人間の差なのかもしれないが――とにかく、自分とは違う。
「しかしクルツ。非効率的にもほどがあるぞ。このような状況下で新兵訓練など、つけ焼刃にもならん」
「別に鮮花ちゃんを戦場に立たせよーなんて気はさらさらないさ。こりゃちょっとした『気まぐれ』」
「気まぐれで時間を浪費するなどナンセンスだ。そもそも、おまえが黒桐を指導する動機はなんだ?」
「だから、それこそ気まぐれだっつーの。なあおい、ソースケよ」
クルツは頬杖をつきながら言った。
「おまえがカナメちゃんじゃなく、リリアちゃんを守ってんのだって、そういう『気まぐれ』なんじゃないのか?」
抑揚もない、語気が強いわけでもない、そのなんてことはない問いに――宗介は、口ごもった。
鮮花は直感で、この相良宗介という男の人間関係もなかなか複雑っぽいな、と思った。
肯定も否定もしない代わりに、宗介はある提案を口にする。
「事情は把握した。リリア。俺たちもクルツたちのグループに加入し、しばらくはこの飛行場をベースにしたいと思うのだが、どうだ?」
「……異議はなし。ソースケに任せる」
「そうか。では、ひとまずは休憩ということにしよう」
「飛行機飛ばすっていうのは結局どーすんだ?」
「保留だ。他の者たちの意見も聞いてみたいしな。アマチュアに意見を求めるのは褒められた行為ではないが、こちらの専門外の知識が役に立つとも限らん」
「ま、魔術や超能力なんてーのは俺たちのほうがアマチュアだしな」
「さしあたって、俺も黒桐の射撃訓練につきあいたいのだが、腕前のほどを見せてもらってもいいだろうか?」
思わぬ申し出に、鮮花は顔を顰めた。
欺瞞に満ちた眼差しで宗介を睨む。
632
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 00:59:58 ID:dsAv5QQw0
「……あなた、他人に指導とかできるタイプの人なんですか?」
「問題ない。新兵訓練ならばそれなりに経験がある」
「クルツ先生。こう言ってますけどどうなんですか?」
「信頼していいと思うぜ? 狙撃屋の俺よりもかえって上手いかもな」
ほわぁ〜っとあくびをするクルツ。
どうにも心配だったが……プロはプロ。クルツの同僚ともなれば、鮮花よりも銃に秀でているだろうことは否定できない。
結局、鮮花は宗介の申し出を受け入れ、日が完全に落ちきる前にもう少しだけ練習をしておくことに決めた。
そして、冒頭のような『やりすぎのウォー・クライ』が始まった、というわけだった。
◇ ◇ ◇
「はぁ〜……」
憂鬱なため息をついて、リリアは格納庫の中に戻っていった。
マットレスの上ではクルツが寝そべり、ニヤニヤした視線をリリアに送っている。
「いやあ、いい音だったぜ。なんだ、ソースケもいい相方(ツッコミ役)を見つけたみたいじゃないか」
ブロンドの長髪、タレ目でおどけていて、いかにも軽薄そうなお調子者。
第一印象から覗えば、あの仏頂面の宗介の友人とはとても思えない。
しかし、先の情報交換の場面を鑑みれば、紛れもないスペシャリストであることがわかる。
飛行機の操縦ができるとはいえ、リリアはアマチュアもアマチュア。彼に意見するようなことはなにもなかった。
ただ――アマチュアはアマチュアなりに、おせっかいをやきたくなることだってあるのだ。
「あなた、クルツさんだっけ?」
「クルツでいいぜ。俺も君のことはリリアちゃんって呼ばせてもらう」
「訊きたいんだけど」
「質問? なんでもどーぞ」
リリアは膝をたたんでマットレスの上に座る。
「さっきは気まぐれって言ってたけど……クルツはどうして、アザカに銃を教えようとしたの?」
「せがまれたからさ。俺って、女の子の頼みごとは断れない奴なんだよねえ」
「……そんな理由で、仇討ちに加担なんてっ」
目を伏せながら言うリリアに、クルツはおどけた態度を崩さない。
ごろごろとマットレスの上を転がりながら、仰向けになて天井を仰ぐ。
「復讐はお嫌いかい? 人殺しはいけないことだって、リリアちゃんはそういうこと考えるような女の子なんだ?」
「そりゃ、状況が状況だし、すべてを否定するわけじゃないわよ。けど、アザカみたいなのが躍起になって銃を撃つのは……なんか、違う」
リリアはまだ自分の中で意見がまとまっていないようで、言葉を濁す。視線も宙を泳いでいた。
そんな彼女に、クルツは薄く笑う。
「ま、俺たちは人間だからな。ゲームの駒みたいに、規則正しくは動けないさ」
「どういうこと?」
「俺たちはみんな、それぞれ共通の目的を持ってるんだ。こっから家に帰る、っていうな」
「……アザカは違うみたいだけどね」
哀しそうに言うリリアを見ても、クルツの声が重くなることはなかった。
633
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 01:00:45 ID:dsAv5QQw0
「どうすりゃいいのかなんて簡単だ。家族や同僚ととっとと合流して、脱出ルートを確保して、障害は排除して、三日以内に全部済ませればそれでいい。
ただ俺たちは人間だから、こうやって休むことも必要になってくるし、別の目的を持った奴と人間ドラマしちまうことだってあるのさ。
誰もがみんな博愛主義者ってわけじゃないし、守るより殺すほうが得意な奴がここにいたことだって俺は知ってる。そういう奴らはまだごまんといるな。
いろんな奴がいるからこそ、諍いは避けられない……リリアちゃんにだって、知り合いはいるんだろう? 俺やソースケにだっているし、鮮花ちゃんにだっている。
そいつらまとめてここに呼び寄せて、家に帰るための作戦片っ端から実行して、ってな具合に進められりゃ、話はそんなに長くはならないんだよ」
上手くいかないな、とクルツは失笑気味に漏らした。
本当に、上手くいかない。リリアもこればかりは同感だった。
ママは死んじゃうし、トレイズはどっかほっつき歩いてるし、トラヴァス少佐は意味がわからない。
……本当に、上手くいかないことばかりだ。
どうしてこんなに上手くいかないんだろう、とリリアもクルツに釣られるように天井を仰いだ。
「……って、なんかうまい具合にはぐらかされた気がするんだけど」
「うん? そうか?」
「結局のところ、クルツはアザカにどうしてもらいたいのよ? 復讐、遂げてほしいの?」
「そりゃ本人がお望みっていうんなら」
「それでアザカ、死んじゃうかもしれないのよ?」
「かわいい女の子が死ぬのはいただけないなあ」
「……ソースケも大概だけど、クルツもよくわかんないわ。わたしには」
「ふふん。男の子ってのは不思議がいっぱいなのさ」
とことんまで嘲るクルツだった。
まったく……と呟きながら、リリアは今日の寝所となるマットレスの周りを整え始めた。
用意されているマットレスは《五つ》。
現在別行動中の人間は《三人》だから、そこに宗介とリリアが加わるとマットレスは《二つ》足りなくなってしまう。
クルツに尋ねると、一応予備も用意してあるとのことで、リリアは自分と宗介の分、合わせて二つのマットレスを準備した。
これでマットレスの数は《七つ》。
リリア、宗介、クルツ、鮮花、それに今はここを離れている《白井黒子、ティー、浅羽直之の三人》を加えれば、ちょうど数が合う。
白井黒子と再会したらきちんと挨拶しなくちゃな、とか、浅羽直之に会ったらなにを話せばいいのだろう、とか、リリアはそんなことを考えながら毛布も引っ張り出していた。
「そういや、ぼちぼち放送か……そっちの準備も進めとかないとな」
「放送……」
クルツがおもむろに起き上がり、鞄から筆記用具を取り出している。
六時の定時放送ももう間もなくだ。そこでは何人か、新たに脱落者として名前が挙がる者もいるのだろう。
リリアは息をのみ、手元の時計に目をやった。
時間は残酷だから懇願しても止まってなんてくれないが、時計は覚悟を決めるくらいの猶予は与えてくれる。
「最初は《59人》もいたのにね。この世界どんどん狭くなってくるし、中にいる人はだんだん少なくなっていくんだ……」
辛辣そうなリリアの言葉に、クルツは適当な相槌を打った。
それくらいなもので、別段、違和感を覚えたりはしなかった。
世界は既に、書き換えられた後だったから――彼も彼女も、この世の本当のことには気づけないでいた。
634
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 01:01:16 ID:dsAv5QQw0
【B-5/飛行場・格納庫内/1日目・夕方(放送直前)】
【リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツ@リリアとトレイズ】
[状態]:健康
[装備]:ハリセン@現地調達、早蕨薙真の大薙刀@戯言シリーズ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:がんばって生きる。憎しみや復讐に囚われるような生き方をしてる人を止める。
1:飛行場にてしばらく休憩。白井黒子らとの合流、意見交換を済ませる。
2:飛行機を飛ばしてみる。
3:トラヴァスを信じる。信じつつ、トラヴァスの狙いを考える。
4:トレイズが心配。トレイズと合流する。
【クルツ・ウェーバー@フルメタル・パニック!】
[状態]:復讐心、左腕に若干のダメージ
[装備]:ウィンチェスター M94(7/7+予備弾x28)
[道具]:デイパック、支給品一式、ホヴィー@キノの旅、ママチャリ
缶ジュース×17(学園都市製)@とある魔術の禁書目録、エアガン(12/12+BB弾3袋)、メッセージ受信機
デイパック、支給品一式、黒子の調達した物資
姫路瑞希の手作り弁当@バカとテストと召喚獣、地虫十兵衛の槍@甲賀忍法帖
[思考・状況]
基本:生き残りを優先。
1:寝床と食事の用意をしながら黒子たちの帰りを待つ。
2:その後は状況に応じて休息をとり、また今後の動きについて相談しあう。
3:テッサ、かなめとの合流を目指す。
4:鮮花の復讐を手助けする。
5:メリッサ・マオの仇を取る。
6:摩天楼で拾った3人。特に浅羽とティーの動向には注意を払う。
7:次のメッセージを待ち、メッセージの意味を考える。
[備考]
※土御門から“とある魔術の禁書目録”の世界観、上条当麻、禁書目録、ステイル=マグヌスとその能力に関する情報を得ました。
※最初に送られてきたメッセージは『摩天楼へ行け』です。次のメッセージがいつくるかは不明です。
635
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 01:01:53 ID:dsAv5QQw0
【B-5/飛行場/1日目・夕方(放送直前)】
【相良宗介@フルメタル・パニック!】
[状態]:全身各所に火傷及び擦り傷・打撲(応急処置済み)
[装備]:IMI ジェリコ941(16/16+1、予備マガジンx4)、サバイバルナイフ
[道具]:デイパック、支給品一式(水を相当に消耗、食料1食分消耗)、確認済み支給品x0-1
[思考・状況]
基本:この状況の解決。できるだけ被害が少ない方法を模索する。
1:鮮花の射撃訓練を監督。まずは体力作りだ●●●●! そんな●●のような走りでメシにありつけると思うなよ!
2:飛行場にてしばらく休憩。白井黒子らとの合流、意見交換を済ませる。
3:飛行機を飛ばしてみる。空港へ行って航空機を先に確保する? 航空機用の燃料を探す? 自動車の燃料で代用を試してみる?
4:まずはリリアを守る。もうその点で思い悩んだりはしない。
5:リリアと共に、かなめやテッサ、トレイズらを捜索。合流する。
【黒桐鮮花@空の境界】
[状態]:復讐心、疲労(中)
[装備]:火蜥蜴の革手袋@空の境界、コルトパイソン(5/6+予備弾x7)
[道具]:デイパック、支給品一式、包丁×3、ナイフ×3
[思考・状況]
基本:黒桐幹也の仇を取る。そのためならば、自分自身の生命すら厭わない。
0:な、なんで、わたしはっ、走ってるんだ、ろう……。
1:寝床と食事の用意をしながら黒子たちの帰りを待つ。
2:暇な時間は”黒い空白”や”人類最悪の居場所”などの考察に費やしたい。
[備考]
※「忘却録音」終了後からの参戦。
※白純里緒(名前は知らない)を黒桐幹也の仇だと認識しました。
【ハリセン@現地調達】
白井黒子が調達した物資の中に『なぜか』紛れていた紙製のハリセン。
安全快音を保証すると共に、宴会の席で使えば大ウケ必至な信頼のパーティーグッズです。
636
:
忘却のイグジスタンス
◆LxH6hCs9JU
:2010/08/19(木) 01:03:09 ID:dsAv5QQw0
投下終了しました。
規制されていない方いましたら、本スレへの代理投下のほうお願いします。
637
:
名無しさん
:2010/08/19(木) 01:33:25 ID:D3Qj1pjc0
サルったので、こちらで代理投下終了の報告を。
クルツ……かっこよすぎですw そして倉庫の外はフルメタ時空w GJでしたw
638
:
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:38:44 ID:dh9efGCs0
2chのほうが規制中なので、こちらのほうで投下します。
639
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:40:56 ID:dh9efGCs0
とある海沿いの街。浜辺よりやや離れた場所にある宿を兼ねた温泉施設。
本来ならば安息の場所となるそこで、三つの現場から四つの死体が発見された。
滅多打ちにされた憂鬱な骸。
我利我利亡者の通りすぎた惨殺現場。
過ぎ去りし過去を思い出させる新しい首切り死体。
そこに居合わせる六人の男女。
彼らはそれぞれに知る情報を持ち寄り、事件の暗がりに潜む真相を想像してゆく。
果たして全ては明らかになるのか。
そして、そこから浮かび上がった真相という名のシルエットは彼らに安息を齎すのだろうか。
それとも……、それは誰かに牙を剥くのか――?
【プロローグ 《melancholy girl x1》】
フレンチクルーラーにダブルチョコレート。
これらがなんなのかと言えば、それはぼくこと戯言遣い(いーちゃん)と、他称・《神》ことハルヒちゃんの昼食である。
一応、映画館でポップコーンやアイスなどを軽食と呼べるほどにはつまんだぼくたちではあるのだけど、
成人男子に片足を踏み込んでいるぼくとしても、またカロリー消費量が人一倍激しそうなハルヒちゃんにしても
それで満たされたかというと必ずしもそうではなく、温泉へと向かう道すがら通りにミスタードーナツを見つけるにあたり、
ぼくの進言とハルヒちゃんの許可を経て、ならばここで昼食をとろうということになった――ということの次第。
ならば、なぜミスタードーナツなのか? ――と問われれば、それに対しぼくは愚問だと言葉を返すしかない。
砂糖や油をふんだんに含んだものは痛みにくいので例え放置されてあったものでも食べられるだろうとか、
糖分は即効性のエネルギーとなり脳の働きも活発にしてくれるのだとか、たまたま目についたのがミスタードーナツだったとか、
理由に理屈をつけるのならばいくらでもそれは可能だろうとぼくも思う。
だがしかし、そんな理由も理屈もミスタードーナツには必要ない。
ミスタードーナツがミスタードナツである。ただそれだけが、戯言抜きにたったひとつのこの世界の真実なのだから。
という訳で、ぼくとハルヒちゃんはミスタードーナツの店内に入り、それぞれにドーナツを物色し、食していた。
ぼくはフレンチクルーラーばかりを。ハルヒちゃんはダブルチョコレートを含むいくつかのドーナツを。
この選択にどのような意味があるのか、やはりそこにも戯言の挟まる余地はない。特にフレンチクルーラーにおいては。
640
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:41:38 ID:dh9efGCs0
しかし、あえて語るとするならば、
物のありがたみというものに対してしばしば呆れられるほどに希薄なぼくにも理解できる価値のひとつがコレなのである。
この《フレンチクルーラー》というもの。
一見、ギザギザとした外見はまるで気を許さない針鼠のようだが、実際にその食感はというと――”もふもふ”。
戯言遣いがミスタードーナツでドーナツを10個買うと、持ち帰り用の箱の中にはフレンチクルーラーが10個入っている。
何故? どうして色々なものを買わないの? と、ぼくに問う人はいる。
ならばぼくは逆に問い返したい。フレンチクルーラー以外を選ぶ必要があるのかと。
最上の価値はぼくの中で疑いようもなく確定しているのだ。ならばぼくにそれ以外を試すなんて行為は必要ない。
それこそ、いちなる神を信じる者のように――。
と、ここまで言うといささか大げさすぎるきらいもあるが、それでもぼくはいつだってフレンチクルーラーを選ぶだろう。
フレンチクルーラーがフレンチクルーラーであり、ミスタードーナツがこの世に存在するかぎり。
「……ミスタードーナツには人を馬鹿にする成分が含まれているのかもしれない」
ひとりごち、自分で淹れたコーヒーを喉に流し込む。
砂糖の入ってないブラックの苦味ある液体はフレンチクルーラー3つを食した後の口の中には心地よかった。
「またわけわかんないひとり言? あんまり気分よくないからやめなさいよね」
テーブルの対面。ぼくに淹れさせたコーヒーを飲むハルヒちゃんは相変わらずの仏頂面だ。
いや、相変わらずというのは正確ではない。不機嫌な仏頂面であることは変わりないが、そこには明確な変化があった。
「人と一緒にいることに慣れてない性質でね。考え事とひとり言の区別が曖昧なんだよ」
「別にいいけど、それにしてもなんであんたは同じのばっか食べるのよ。もっと未知の可能性というものに興味はないの?」
「なにもわざわざこんなところで、はずれを引くリスクを負うことはないじゃないか」
「それは臆病とか面倒くさがりって言うのよ。まずいドーナツを引くリスクなんてひとつおいしいのを引けば一発で帳消しじゃない」
「なるほど。ハルヒちゃんの言うことはいつも正しい」
「納得した上でそれでも言うことを聞かないんだからあんたもたいした頑固者よね」
言って、ぼくから目をそらすと彼女は通りの方を向き、そして小さなあくびを噛み潰した。
疲労。睡眠不足。それらもあるかもしれない。しかし決定的に断言できるのは緊張感。それが不足していた。
なにも責めることはなくそれは当たり前のことだ。
俯瞰的に見ればぼくたちは常に危険と隣り合わせなのかもしれないが、主観から見れば今はそうでもない。
状況の開始よりぼくもハルヒちゃんも、それこそ一度たりとも危機一髪なんて目にはあっていない。
朧ちゃんの自殺という事件もあったが、あれもその後の結果が示すとおり、逆に現実味の薄い幻想的なものでしかなかった。
そしてあれから数時間。始まりからは半日強。緊張感を保てというほうが無理な話なのである。
641
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:42:15 ID:dh9efGCs0
ハルヒちゃんはあくびを噛み潰すように、自身が現状をどうとも思えないことを否定し続けているように見える。
長門有希の名前が呼ばれたとき彼女はひどく塞ぎこんだ。朝比奈みくるの名前が呼ばれた時はぼくの前から離れた。
友人の死を悲しむ気持ちは本心半分。しかし残り半分は彼女自身のポーズなんじゃないかとぼくは推察する。
ただ放送で名前が呼ばれただけで、それは否定するという判断もあるのだけど、彼女はその”逃げ”をよしとしなかった。
自身の弱さや曖昧さを否定する為にこの状況を精一杯受け止めようとする。
友人たちは無慈悲に殺害され、悪逆非道の輩が跋扈し、皆は必死にあらがい、脱出の鍵はどこかにある。
そう思い込むことで、自らが作り上げた正しさの中にいることを維持しようとしている。
ハルヒちゃんは自分から逃げない。だがそれ故に自分が作り上げた世界の中に逃げ込んでいる。
そうすることで自分を保っている。
悪に憤り、友人の死に悲しむ真っ当な人間だと。自身は薄情ではなく、常識的な人間であると。
しかしハルヒちゃん。実はそれが本当は非常識なんだ。
人間、わけもわからない状況に置かれて、そんな言葉だけの死に対して真には迫れないものなんだよ。
この場合、無感動なくらいで丁度いい。人間の心はそんな簡単には揺れない。揺れたりしないんだ。
そんなことを心の中で思いながらぼくもハルヒちゃんと同じく通りの方へと視線を移した。
天辺にまで昇った陽の光は街並みを照らし、風景は強い光に白けきっている。
その白けぐあいはまるでぼくたちの心を写し取っているかのようで。
もしかしたら、ぼくたちはこの美しい夢のような光景の中に囚われ続けるんじゃないかと錯覚するぐらいだった。
勿論。錯覚は錯覚で。錯覚は錯覚でしかなかったのだけれども。
30分ほどミスタードーナツで時間を過ごし、ぼくたちはいくらかのドーナツを箱に詰めてその場所を後にした。
そして、次にぼくたちを出迎えたのは、待ちわびていた(?)凄惨で凄惨さだけが鮮やかな真紅の殺人現場だった。
いやおうなしに目の冴える。無視することは不可能で、停止を余儀なくされる危険信号《レッドシグナル》がそこにあった。
642
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:43:04 ID:dh9efGCs0
【第一殺害現場 《メッタウチメランコリー》 -実地検分】
それはあまりにもわかりやすく、あまりにもあからさまな殺人現場だった。
アスファルトに投げ出された四肢。飛散した血飛沫。じくじくと滲む赤色は何よりも雄弁な死の証だった。
なんらかの凶器で胸部から顔面を滅多打ちにされた死体は自殺や事故という可能性を頑なに否定しているようで、
死体は誰かに、他の人間に殺されたのだということを訴えているようにも思える。
そして、往来の真ん中に打ち捨てられた死体とはつまり生を終えたモノであり、生きていた人間の跡ともとれるそれは
まるでぽっかりと空いた穴のようにぼくたちを足止めし、回避できない現実というものをぼくたちに突きつけるのであった。
「…………ねぇ、いー」
「うん」
ハルヒちゃんがサイドカーの中から弱々しい声をかけてくる。
それを実に女の子らしい反応だと思いながらぼくはバイクのエンジンを切り、少し様子を窺った後、座席から降りた。
「大丈夫なの?」
「死体は襲い掛かってはこないよ。死んでない人間は襲い掛かってくるかもしれないけど」
やはり死体というものに目は取られるけど、アプローチをする際に気をつけないといけないのは死体(それ)以外だ。
これがここだけで完結《クローズド》しているのならば死体だけに注視していればいいのかもだけど、しかしそうじゃない。
あくまで、生き残りを賭けたステージ上の一場面に存在するひとつの死体。そうであるという認識をしなくてはならない。
つまり、死体を囮としてのトラップ。そういうものを警戒しながらぼくは一歩ずつゆっくりと死体に近寄ってゆく。
無論、死体そのものに罠が仕掛けられていることも考慮して、死体を含むこの一場面全体を警戒の対象としながら。
「こういうのはあまりぼく向けのシチュじゃないと思うんだけどな」
死体がある? オーケイ。確かに、自慢できることではないけどぼくは死体を見慣れている。それこそ飽きるぐらいに。
バリエーションだって記憶の中には様々にある。だから今更死体程度で緊張なんかはしないのだけれど、しかし
潜んで殺しあう――そんなシチュはやっぱり専門外だ。これはどちらかというとあの零崎人識の領分である。
いつでも走り出せるよう意識的に呼吸を整えながら、さも無警戒という風を装い死体へと一歩ずつ歩み寄る。
慣れない緊張を押さえ込みながら、あたりの気配を窺い物陰とそうでない場所へと等しく視線を走らせる。
もっともぼく程度がどれほど警戒したところで相手のスキルがそれを上回っていれば意味はないのだけれど。
「…………ふむ」
そしてどうやら、あくまで今のところはどうやらなのだけど、特に罠や仕掛けというものはなかったようだ。
とはいえ状況は常に進行中であるので、ここでゆっくりと時間をおくわけにもいかないのも事実。
ぼくは脳のチャンネルを切り替えると、改めて死体を注視することにした。
643
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:44:02 ID:dh9efGCs0
惨殺。乱暴な手段でもって惨たらしく殺された――というのが死体を見た第一印象で、それは遠目から見た時と変わりない。
死体には何度も刃物を叩きつけられた痕跡があり、その過剰な攻撃性は人体を損壊し尊厳を壊滅させグロテスクへと貶めている。
力なく伸びた手足と散り散りに飛び散った血飛沫が、おそらくは彼というべきすでに死亡した人物の無力さを物語っていた。
ろくな抵抗をすることもできず殺されたのだろう。ならばやはりそれは印象の通りの無惨な死体であった。
「ねぇ、いー」
声に振り返るとハルヒちゃんもバイクから降りて近くまでやってきていた。
しかし近くとは言っても、この死体とバイクとを結んだ線上のおおよそ半分というところらへんだ。
さすがに死体をまじまじと見たいとは思わないのだろう。いや、それが当たり前の感覚ではあるのだが。
「その人は…………その、どうなの?」
「死んでる――というのは間違いないね。死因なんかはもう少し詳しく見てみないとわからないけど」
「本当に死んでるの?」
「うん。とりあえず君の友人たちの誰かではないようだけど……確認してみる?」
ハルヒちゃんはぼくのその問いに対し、驚くように一歩後ずさりするとふるふると首を振った。
うん。けっこう新鮮なリアクションだ。ぼくの人生の中においても、ハルヒちゃん個人に対しても両方の意味で。
やっぱり死体を見た人間というのはこれぐらいおっかながるのが当然で、ぼくも含めて平気そうなのは皆異常なんだろう。
そういう意味で、ここ最近ぼくの周りには異常者しかいなくて、ハルヒちゃんは久々に接する普通の女の子ということだと言える。
はたして、これまでの人生の中でどれほど普通の女の子と接した機会があったかなんて、よくは覚えてはいないけれど。
「ねぇ、ハルヒちゃん。よかったらでいいんだけど、ちょっとそこらを軽く捜索してくれないかな?」
「捜索ってなにか探すの? 証拠品とか」
「いや、この人”持ってない”んだよ……”鞄”」
まぁ、殺されている以上、持ち去られたというのが正しいのだろうしハルヒちゃんも同じことを言ったけど、
ぼくとしてはあまり遠くから窺うように見続けられているというのも気持ちのいいものじゃないので、
もしどこか近くに転がっていれば儲けものだなってぐらいの気持ちでハルヒちゃんに近辺の捜索を頼んだ。
ハルヒちゃんの言った”証拠品”なんてのもひょっとしたら程度の可能性はあるし、多少の労力程度なら試してみる価値もある。
実際に探すのはハルヒちゃんなわけだしね。ちょうど昼食の後だし、少し運動するのも悪くない。
「さてと……」
改めて死体とこれが放置された現場とを検分することにする。
放っておけないのは性分もあるけど、殺害された方法と理由を知るのはぼく自身の安全の為でもある。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。だったらまず自分探しに行けというのがぼくのよく言われるところではあるんだけど。
まず殺害現場だけど、ぼくたちが向かっていた温泉。正確には宿を兼ねた温泉施設か――の目の前だった。
人が出入りする正面玄関の目の前。
であれば、なんらかの遭遇がここであり、この結果を生み出したと考えるのが自然な流れだろう。
死体になっている人物は上下ともに特徴のない地味な服装をした男性だ。
顔が潰されているので人相はわからないが、おそらくは年も背もぼくとそう大差ないんじゃないかと思う。
大きな違いがあるとすれば眼鏡の有無だろうか。リムが折れてレンズが粉々になった眼鏡がすぐ傍に落ちていた。
644
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:44:48 ID:dh9efGCs0
「致命傷となったのは……この傷かな」
死体には胸部から顔面にかけていくつもの裂傷があり、しかも顔面に関しては完全に崩れるほどに傷が重なり合っているが、
致命傷となったのはどうやら胸部の中心に叩き込まれた一際大きな傷ではないかと、そう見て取れた。
案外、顔面などはいくら傷つけようとも致命傷にはならないものだ。ならばこの推測はいい線いってると思う。
そして、おそらく。この致命傷が最初の一撃だとも思われた。
彼の両腕には専門用語言うところの”防御創”――生命の危機に瀕して防御しようとしてできた傷というものが見当たらない。
つまりまずは胸部への一撃を最初に受けて、直後に絶命したか、または抵抗もできないような状態に陥り、
その後、凶器を顔面へと繰り返し叩きつけられたのだろうと推察できる。
「わかりやすいな」
ここ半年ほどは随分と手の込んだ死体ばかり見てきた為か、不謹慎ではあるけどこういったわかりやすい死体は新鮮だった。
こういった状況に陥った経緯はまだ不明だけれども、被害者の傷を見ただけでも大体の犯人像というのが思い浮かぶ。
プロファイリングの初歩だが、このように被害者に致命傷を与えてもなお加害を加えるというのは女性に多い傾向だ。
どの程度負傷させれば死ぬのか、どこを狙えば致命傷になるのかがわからない。
なので生命維持に重要な役割を果たす器官や血管ではなく、イメージとしてわかりやすい顔面を狙い続けた。
そして、相手が致命傷を負ったことを冷静に観察できない故に、また反撃の恐怖から過剰に攻撃を続けてしまった。
また死体の足元にあるおそらくは犯人が吐き出したのであろうと推測される吐瀉物。
自らが作り上げた死体としでかしたことに対するおぞましさからだとすれば、これも推論を補強する材料になる。
と、常識の範囲内で考えれば難しい問題じゃない。もっともその常識がここでどこまで通じるのかは怪しいものであるけど。
凶器に関しては簡単に判明した。飛び散っている血飛沫の先を目で追ってみれば、すぐ傍に無造作に放り捨てられていたのだ。
手に取ってみるまでは鉈か手斧かと思ったが、それにしてはやや刃の厚みが薄いようにも思える。
使ったことはないけど、所謂肉斬り包丁の一種なのかもしれない。
刃にはべったりと血がこびりついているし、これが死体となった彼を絶命させるに至った凶器なのは間違いないだろう。
「血痕は死体を中心に広がってるし、死体を動かした形跡もない……とすれば殺害現場もここで間違いないか」
そして、ひとつ重要な手がかりが現場には残されていた。
「……いや、別にそうでもないか」
自身の思考を次の瞬間に否定しつつぼくは”それ”の前にしゃがみこんだ。そこにあったのは”足跡”である。
死亡した彼を殺害した人物のものだと思われるが、血で記された足跡がそこに残されていた。
おそらくは立ち去ろうとした時に流れ出た血を踏みつけ残ってしまったのだろう。
たった3歩程度で、しかもかすれてはいるが一応それなりに重要そうに見える証拠だ。
「あくまで重要そう程度だよな。靴の裏ならともかく裸足の跡っていうんじゃこんなかすれたものでは個人を判別できない」
残っていたのは”裸足の足跡”だった。
よく指紋というのは堅い証拠として扱われることがあるし、実際そうではあるのだと思うけれども
アスファルトの上に残されていた血の足跡は、残念ながら指紋が読み取れるほど鮮明なものではない。
それに読み取れたとしてもどうやって照合するのか。それならば靴の跡のほうがわかりやすい分、この場合は有益だ。
「でも、この殺人の犯人が裸足だったというのはひとつの収穫かな」
着るものも着ずにならず、履くものも履かずにというのは先のプロファイリングに沿っておりこれも補強する材料ではある。
これで足跡がずっと続いていれば向かった先もわかろうというものだが、そこはたった3歩では不明のままだった。
645
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:45:53 ID:dh9efGCs0
一応、これで一通りの現場検証は終りかとぼくは立ち上がり、掌を太陽に向けてぐっと伸びをする。
結局なにがわかったかというとなにもわかってないに等しく、この先情報が活かされるかというとそれも怪しかった。
広く見渡せばこの世界はクローズド・サークルではあるけれど、あまりに広すぎて実質的にはその意味合いはかなり薄い。
これはたまたま見つけた殺人現場でしかなく、そしてまたたまたまその犯人にこれから行き会う確率。
さらには今得た情報が活かされるとまでいくとそれはいかほどのものだろうというのか。
「まぁ、そんなこと言ってると足元すくわれるからいちいち立ち止まって情報を拾ったわけだけれども……」
転ばぬ先に杖というよりも、経験からくる生活の知恵みたいな。
それぐらいにはぼくはぼく自身の《事故頻発性体質並びに優秀変質者誘引体質》を信じているのだった。
あの人類最悪の言葉じゃないけれど、縁があった以上、この足跡の主とぼくとは絶対に”遭う”。
それは不可避の呪いか、神の采配を感じずにはいられないご都合主義のように。ぼくの意思とは関係なくそうなる。
【第一殺害現場 《メッタウチメランコリー》 -検証】
「ねぇ、いーいー! こんなものが見つかったわよ」
ぼくが死体の傍からバイクの元に帰ってくるのと同じくして、ハルヒちゃんが”証拠品”を胸に抱えて戻ってきた。
まさか本当になにかが見つかるとは思ってなかったのだけど、たまには小さなリスクも負ってみるものなのかもしれない。
さておき、ハルヒちゃんが抱えてきたものだけども、それはかなり意外なものであると同時に納得できるものでもあった。
「そんなものどこにあったの?」
「温泉の入り口にある車止めにかかってたんだけど、これ制服だけじゃなくて下着もあるのよ。ほら」
ハルヒちゃんが抱えた中から持ち上げて見せたのは所謂女性用の下着であり胸部に装着するもの――ブラジャーだった。
それも一見してわかるぐらいに”大きい”。
ピンク色の布地に細かい刺繍の模様が浮かんでおり、もしこのブラジャーの持ち主の肉体を想像するならばと、いやそうではなく。
つまり、ハルヒちゃんが見つけたのはどこかの学校の制服であり、下着を含む衣装一式であった。
しかも女装用でないとしたならそれは間違いなく女の子のものだ。
「つまり裸の女の子がどこかにいるってことだね」
「ちょっといやらしい言い方しないでよ」
ただの事実にいやらしいもなにもないと思うが、ようするにそういうことに他ならない。
温泉。脱ぎ捨てられた衣装。裸足で逃げた犯人。おぼろげながら点と点との間に線が見えてきた気がする。
「あの死んでいた人を殺した”犯人”なんだけれども、女性で……どうやら裸足だったみたいなんだよね」
ぼくは死体とその周辺から得られた情報とそこから導き出された推論とをハルヒちゃんに説明した。
ハルヒちゃんは時折質問を挟みつつも素直にそれを聞いてくれる。
そして概ね納得してくれたらしく、説明を終える頃にはぼくが用意した答えへと彼女はたどり着いていた。
「つまり、この制服を脱いでいった子が犯人かもしれないって言いたいわけね?」
「うん。かなり乱暴な論だけどね」
ここから先は少ない情報を元に想像を重ねるしかないのだけど、今のところ浮かび上がるのはその可能性だけだった。
646
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:46:39 ID:dh9efGCs0
「でも、その子はどうしてここで裸になんかなったのかしら?」
「ここでとは限らないよ」
ここはただの往来だから、もしここで脱いだのだとしたらストリーキングそのもので、犯人が露出狂でないと辻褄があわないけど、
しかしここは女性が服を脱ぐにあたってなんら問題のない施設の目の前でもあるのだ。
「温泉でならそりゃ服は脱ぐんでしょうけど、でもだからってここに服があるからそうだとはいえないじゃない」
まぁもっともだ。いくら温泉施設だからってなにも玄関をくぐる前から裸になる必要はない。
普通ならば脱衣場で、そして犯人と思われる制服を置いていった子だって実際にはそうしたのは間違いないだろう。
「その発想は逆さ。この場合、犯人である彼女は裸のまま外に出てきたって考えたほうが辻褄があう」
「ふぅん……?」
「ここに衣装があったというのはひとまず置いておくとして、男性の死体と裸で逃げた女性というところから考えてみてよ」
「ええと……ちょっと待ちなさいよ。つまり……あぁ、そうか。それだったらありえるのかしら」
さすがに頭の回転が早い。どうやらハルヒちゃんもどういった条件ならばこういう状況ができるのか想像がついたようだ。
「うん。例えばこういうケースが想像できる。
まずその女性は最初からいたのか、はたまたどこからかたどり着いたかでこの温泉施設の中にいた。
そしてどうせならばと中の温泉に入ったんだろう。勿論、服を脱いだ状態でだ」
「けど、そこで温泉から急いで逃げ出さないといけない理由ができたのね? 例えば、あの男が痴漢だったとか」
「死んだ人の名誉を貶めるようなことはしたくないけど、結果的にそうなった可能性はあるね。
女性の後にこの温泉にやってきた彼は温泉の中の彼女に声をかけようとした。
けど、色んな意味で状況が状況だ。彼女が着るものも着ずに温泉を飛び出していってもしかたない」
「それで男も追いかけた。……そうか、あの衣装を持って出たのはその男かもしれないわね。
……だとしたら別に痴漢なんかじゃなくて、ただ誰かと一緒にいたかっただけなのかもしれないわ」
「うん。それで彼は半狂乱で逃げる彼女に追いついた」
「けど、そこで不幸な事故が起きた……というのが真相なのかしら?」
即興で組み上げたにしてはそれなりの推理だった。ここで納得して終わるだけならそれでいいって程度には筋は通っている。
「推理のベースとするにはいいけど、まだ色々と気になる部分はあるね。それにこれはほとんどが憶測でしかない」
「気になる部分って?」
「まずは殺害に使用された凶器だよ。かなり大振りの刃物だけど裸の女性が持っていたというのは不自然だ」
「じゃあ男のほうが持っていたのよ! 多分、護身のためにずっと握ってたのね。それで持ったまま彼女と遭遇した。
だったら、彼女が裸のままで逃げ出したってのにも説得力がでるわよ」
「なるほど。確かに風呂に入っているところに刃物を持った男が現れたら服を着ている余裕なんかない」
あくまで与えられた情報を元にという条件であれば、この推理を支持するのは間違いではなさそうだった。
とはいえ、あくまではあくまでだ。現実には条件は限定されてないし、可能性はいくらでも存在する。
「だったらその女の子を捜してあげないと。すごく苦しんでいるはずだわ」
「いや、たったひとつの真実と言うにはこの推理はまだ杜撰だよ。行動の指針にするほど確かなものじゃない。
登場人物は他にもいたのかもしれないし、足跡や衣装が犯人のものだってのも確証はないんだ」
「それも、そうよね……うん」
とりあえず、ぼくとハルヒちゃんとでの推理ごっこはこんなところだった。
グロテスクな死体を見たことで少し情緒不安定気味だったハルヒちゃんも推理に集中したことで回復できたようだし、
凶器を回収できたことと犯人と被害者両方の鞄が現場にないってのはぼくにとっても意味のある情報だ。
647
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:47:26 ID:dh9efGCs0
「とりあえず建物の中へと入ろうか。
元々そのつもりで来たわけだし、殺された人のはともかくとして裸で逃げた彼女の鞄はそこに残ってるかもしれない」
「ええ、そうね。もっと決定的な証拠も残ってるかもしれないし」
今更また放置しておくのもなんだということでハルヒちゃんは見つけた制服を鞄に仕舞おうとする。
と、そこでぽとりと何かが服の中から滑り落ちた。
「これは……生徒手帳?」
腰をかがめて拾ってみるとそれは所謂生徒手帳というものだった。
そういえば学生はこれを身分証明として携帯してなくてはいけないんだっけ?
ぼくが中学生の頃はどうしていたか、それはもう記憶にはないけどどうやらこの制服の持ち主はちゃんと携帯してたらしい。
プライバシーという言葉はあるけれど、ここは緊急事態なので遠慮なく開いて中を見させてもらうことにした。
「いー、誰のかってわかる?」
「ああ、この名前は名簿の中にあったね」
生徒手帳を後ろから開いて1ページ目。
名前と連絡先などを書き記すための箇所はまるくかわいい文字で几帳面にも丁寧に全ての欄が埋められている。
もらったまま白紙にしている生徒も多いだろうに、なかなか真面目な子だ。
「彼女が”犯人”か」
そして、そこには――姫路瑞希――という名前が記されていた。
648
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:48:38 ID:dh9efGCs0
【幕間 《melancholy girl x2》】
凄惨だと言えるかはともかくとして、もし目つきの悪いあの彼が見たならば悲鳴をあげるような現場がそこにもあった。
部屋の広さはそこそこ。畳敷きで中央にはつくりのしっかりしたテーブルが置かれている。
テーブルの上には包みの開かれたお菓子の袋や、発泡スチロールのトレイ、ペットボトルに瓶やコップなどが散乱していた。
いや、テーブルの上だけにはとどまらず、部屋中に包装紙が巻き散らかされ皿が積み上げられていた。
打ち上げでもあったのかそれは相当の量だったが、共通しているのはどれも綺麗に食べきられているということだ。
ポテトチップスの破片や肉汁が零れている程度ならいくらか散見できるが、しかし残っていると言ってもその程度でしかない。
円形のアルミの台紙の上にはホールケーキが乗っていたのだろうと想像できる。
使い捨ての燃料を使う焼き網には、おそらく貝を焼いて食べたのであろう痕跡が残されていた。
テーブルの端から畳の上に落ちている鳥の骨はけっして骨格標本などではなく、丸焼きにされたその成れの果てに違いない。
そしてその部屋には二人の人間が横たわっていた。
二人は同じ臙脂色の制服を着ており、また同じように長い黒髪を背中に流し、同じような格好で畳の上に横たわっていた。
片方は折りたたんだ座布団を枕に右側を下に身体を丸め、もう片方は大股を開き大の字で寝転がっている。
川嶋亜美と千鳥かなめ。
二人は、すらりと手足の長い姿がまるでモデルのような――というか片方は実際にモデルなのだが――所謂美少女であり、
この凄惨な現場をたった二人だけで作り出した、別腹というよりもはや別次元というべき胃袋を持った犯人なのである。
「………………ぅう、最悪」
「うぇえぇ…………、食べ過ぎたぁ…………」
――今現在は犯人というよりも被害者みたいな風であったが。これも自業自得か、はたまたは自爆というのか。
仮にここに警察が駆けつければ彼女達は無銭飲食および窃盗などの罪で逮捕されてしまうのだろうが、
しかしそんなことよりも、二人の白いおなかのぽにょっと出た部分が罪の証としてこれからしばらく彼女達を苛めるだろう。
また、明日の朝にでも鏡でテッカテカになったお肌を見れば、いかに自分たちが罪深い人間か自覚するに違いない。
まぁ、ともかくとして。特異な状況ではあるが女性の尊厳的な意味合いを抜けばそれほど危機的な現場ではなかった。
「あー、よっこらせっと……ふぅ」
地面に括り付けられたガリバーみたいになっていたかなめが、親父臭いしぐさでのろのろと起き上がってきた。
そして部屋を見渡し惨状に溜息をひとつ。げっぷをひとつ。もうひとつ大きな溜息をついてようやく立ち上がる。
「どうしたのぉ……?」
立ち上がったかなめの方へと横になったままの亜美が寝返りを打つ。
おなかの中のお菓子軍団もいっしょにでんぐりかえって口から激甘ブレスが漏れる。甘ったるさに亜美の顔が歪んだ。
「んまぁ、喰ったら後片付けぐらいはしとかないとと思ってねぇ。このままじゃ寝れないし」
「そんなの別に他の部屋に移ればいいだけじゃん……亜美ちゃんめんどーい」
それもそうだけど。と言いつつ、かなめはひとつひとつ畳に落ちたゴミを拾い集める。
大いにアバウトで融通のきく性格ではあるが、別にルーズというわけじゃない。むしろその逆なくらいだった。
649
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:49:22 ID:dh9efGCs0
「でも誰もいないとはいえ勝手に人様のものをいただいちゃったわけだしさ。
それに……なんか、ここまで散らかってるのを見ると落ち着かないっていうか、ほっとくにしのびないというか……」
「……………………」
集めたゴミをゴミ箱に……といっても客間の小さなゴミ箱じゃとても収まりきれそうにないほどゴミはある。
ならなにかゴミ袋の代わりになるようなものがないかとかなめはキョロキョロと部屋の中を見渡した。
と、そこで芋虫からこのまま蛹へと変化するんじゃないかと思われた亜美がのそのそと起き上がってきる。
それはさながらゾンビのようで、寝癖で前にたれてきた髪の毛がすこしホラーな雰囲気を醸し出していた。
「ん、なに? どったの?」
「…………あたしも手伝うから……掃除」
いぶかしむかなめの前で亜美は髪を整えながら甘い息を吐く。文字通り、比喩でない甘い息を。
ふしめがちと表現すれば少女っぽかったが、しかし眼差しはちょっと虚ろといった感じでちょっと以上に危なっかしい。
「……ふーん。川嶋さんって掃除とか得意なタイプ?」
「亜美ちゃんでいいよ。私もかなめって呼ぶし。
……掃除は、まぁ得意かな。亜美ちゃんなんでもできるし。それに、掃除は…………くんに教えてもらったから……」
言いつつ、亜美はふらふらとよろけると壁に背をついてふぅと小さな溜息をついた。
同じ大食い美少女といっても、人間火力発電所のかなめとセンチメンタルシュガーポットな亜美では身体のつくりに差がある。
食べた分だけ活力を取り戻したかなめと、溜め込んだ分だけ心身ともに重たくなった亜美との違いであった。
「大丈夫? 別にこれぐらいだったら私ひとりでするし、お布団しいてあげよっか?」
「えへへ……亜美ちゃん華奢な女の子だからぁ☆ …………うぇっぷ」
心配するかなめへと、亜美ちゃんは作り笑顔でウィンクしたまぶたから星粒をひとつキラリ-☆
で、途端に亜美の顔がまるで明け方の空のように薄蒼い色に染まった。
「ああああああぁ〜! ここで吐くな! 吐いちゃだめだってば!」
「ぉぷ……、ぅ…………吐いたら楽になれるかなぁ……? 全部吐いたらダイエットしなくてもいいかなぁ……?」
「は、早まらないで! ほらトイレいこ。それまでしっかりね。ほらこっち……靴履いて」
「うぅ……ありがとぅ…………」
やはり食べすぎは食べすぎだったのだろう。
リバース寸前で真っ青のガクブルな亜美へとかなめは肩を貸してはげまし、ふたりは揃って客間を後にしていった。
そして、不在の部屋ができあがり、惨状を惨状のままほったらかしにされた現場はしばらくの間そのままだった。
650
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:51:20 ID:dh9efGCs0
【第二殺害現場 《ガリガリモウジャ》 -実地検分】
そこもまた、まるでこれまでに足りなかった分を補うかのように血の色で塗りたくられた凄惨な殺害現場だった。
正方形に近い形の部屋の中、中央にテーブルを置いて奥と手前にひとつずつ死体が横たわっている。
奥の死体は仰向けに。手前の死体はうつ伏せにと、まるでシンメトリーのように。
そして激しい流血の跡が壁や床へと赤い線を走らせ、まるで部屋全体を狂気の芸術へと昇華させているようでもあった。
だがしかし、そんなのはただの印象で。
実際には工業製品のような、単純なロジックだけで組み立てられると理解できるそんな薄ら寒い現場でしかない。
「くそっ……、なんだって北村がこんな目にあっちまうんだ……! 畜生……ッ」
勿論のことだが、この台詞はこのぼくこと戯言使いのものではない。
冷たい言い方になつけれども、ぼくは見ず知らずの人の死体を前に憤るほど熱いキャラじゃないし、
北村なんて名前を――ここで亡くなっているふたりの名前のどちらだって知りはしない。
そして別にハルヒちゃんの台詞というわけでもない。彼女だって条件は同じだった。
この台詞は、ぼくたちにとっては新しい登場人物のものである。
「…………俺はどうすればよかったんだ?」
部屋の入り口で立ちすくみ顔に悔恨の情を浮かべているツンツン頭の彼の名前は上条当麻と言うらしい。
そしてその後ろ。死体を見ないように彼の背中へとしがみついて震えている女の子の名前は姫路瑞希と言うのだった。
そう、先ほどの件の彼女も一緒なのだった。
ぼくとハルヒちゃんとは、あれから建物の中と入る直前に、あの凄惨な現場の前でこの二人組と行き遭ったのだ。
偶然……であるはずだけど、あまりの間のよさに我ながら驚いたというのが正直なところでもある。
犯人は現場に戻ってくるとはよく言うけど、まさかそのまま、しかもこんないい(?)タイミングでとは思いも寄らなかった。
もっとも、殺人の件に関してはまだそれを問いただしてはないし、
しかるに彼女が犯人だと確定したわけではないのでその点においてはなんとも言い切れはしないのだけど。
「なんだかなぁ」
「どうしたの、いー?」
「いや別に。
お揃いの体操服姿なんかでいるとどうもあの二人、できの悪い兄としっかりした妹のように見えるよねとか思ってないよ」
「なによそれ。でも、まぁ……上条くんのほうはともかく瑞希ちゃんの方は逸材よね……うん」
逸材か。確かにあんなものを押し付けられたら健康的な男子としてはとても冷静ではいられまい。
スタイルだけでなく顔も可愛らしい。実に保護欲をそそるタイプだ。ふんわりとした髪も相まって実に女の子という感じがする。
とまぁ、そんなことは本当にどうでもいいのだけど、ぼくが実際になんだかなぁと思うのは今この現状に対してだ。
遭遇してから、ぼくたちは互いに害意がないことを示すとグロテスクな死体を避けて場所を移し、それぞれに自己紹介しあった。
正確に言うなら、ひどく怯えた様子の姫路さんは自分で自己紹介をしなかったから、彼女の名前は上条くんから聞いただけで、
ついでに言うならば、できるだけ丁寧に、特に転がってた死体の件については色々と聞き出して確かめたかったのだが、
上条くんが急いでいると訴えたので、先に述べた通りにそれも叶わなかった。
彼いわく、この温泉施設の中で2回前の放送で名前が呼ばれた北村という人物と待ち合わせをしていたらしい。
それだけならばそれほど急ぐことでもないように思える――なにせ死体はいくら待たせても怒るわけでもないし――が、
千鳥かなめという女の子が上条くんより先行してここへと向かってきていたとのこと。
ならばまず彼女と無事合流して、それから改めて互いに話し合おうというのが彼のその場での主張だった。
そして、上条くんに先導されてぼくたちは件の北村くんが待っていたはずの客間へとたどり着き、
結果として想像以上に凄惨で無慈悲な殺害現場を発見したという次第である。
651
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トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:52:14 ID:dh9efGCs0
千鳥さんという女の子はそこにはおらず、出会うことは叶わなかった。
実はまだたどり着いてないのかもしれないし、もしくはたどり着いたがどこかに立ち去ったのかもしれない。
上条くんが来るのを待つといってもけっこうな時間が経っているらしいし、どちらの可能性もありえた。
誰も言葉には出さないが、千鳥さんが何者かに出くわし危機に陥っている――最悪、もう死亡しているということもありえる。
まぁ、そんなことよりも。そんな現状であり、ぼくがなんだかなぁと思っているのはこの現状であり、この流れだ。
つまり、目の前のイベント的に上条くん主導権――イニシアチブを取られているという状況。
このままでは次のターンの行動も彼の主張により決定されてしまうだろう。
断っておくと、なにもぼくは率先して何事かの主導権を握りたいだとか、場を仕切りたいなどという性分がある人間ではない。
集団行動は苦手で、むしろ放っておいてくれ、一人勝手にさせてくれというのが基本のスタイルである。
しかし、今はぼく自身の狙いや役割がいつもとは少し異なる。
ハルヒちゃんの存在がそれだ。彼女を観察し、彼女を考察し、彼女を検証し、彼女を見極めて、彼女の有用性を実証する。
それが今現在のぼくの狙いでありこの事態における役割でもある。
故に、主導権を握るとは言わないまでもシチュエーションをコントロールできる程度の立ち位置は必要だ。
流されるままに流されてというのが本来のぼくではあるのだけど、今はそれじゃあ少し問題がある……ということ。
さて、とはいえここで大声をあげて『やぁ、ぼくに名案があるんだ』なんて言って先導するのは好ましくない。
他称ながら神様らしきハルヒちゃんを試すにあたって、ぼくがそうしていると彼女に気づかれてしまっては全てが台無しだ。
精密な実験にそれが必要であるように、正しい観測結果が欲しいのならば実験されているという認識すら不純物なのである。
なのでシチュエーションの設定にぼくの意思を潜ませつつも、それが介在するとは絶対に気づかれてはならない。
では、どうするかというと――
「それで、ハルヒちゃん。ぼくたちはどうすればいいんだろう?」
――とまぁ、やっぱりこうするしかないわけで。
幸いなことにハルヒちゃん自身はリーダー気質かつわがままな女の子なので、主導権を握ることになんらいといがない。
そして、ぼくの意思決定を彼女に譲渡すれば、彼女の押しは2倍になるという計算。
鳴かずなら鳴いてと土下座だホトトギス。ややという以上になさけない気はするけれど、ようはハルヒちゃん主導の線狙い。
彼女に前面へと立ってもらい、目立たない位置からアドバイスという形でぼくが彼女の選択に調整を加える。
つまり、躊躇した上に長考してみたものの、結局今までと方針は変わらないということだった。
「どうすればって、そんなの決まってるじゃない。上条くんたちと一緒に千鳥さんを探しましょう。
もしかしたら怖いものを見てどこかで震えているのかもしれないし、怪我だってしてるかもしれないのよ」
うん、この流れだ。そしてぼくはぼくの思惑に従い微調整を加える。
「そんなに大げさに考えなくとも、案外こういうのは近くにいたりする場合もあるんじゃないかな?」
「うーん、それもそうねぇ……。たまたまトイレかなんかに行っててすれ違っただけってこともありえるかしら。
とりあえずこの温泉の中から探してみることにすればいいわよね。うん」
そう言って、ハルヒちゃんは部屋の中で死体へとシーツを被せている上条くんの下へと駆けていった。と、これでよし。
なにもしなくてもこの後に千鳥さんを探す流れは変わらなかったろうけど、誰が言い出すかには意味がある。
ひとつの杞憂が晴れたところで、上条くんについての印象を確認してみる。
どうやら少年らしい風貌とこれまでの言動を見る限り、見た目どおりに青い熱さと正義感を持った好青年のようだ。
多少の縁があった北村くんとやらだけでなく、筑摩小四郎とかいう忍者の人にもシーツを被せてあげている。
それだけでなく、その忍者の人が連れていたという立派な鷹――これも死んでいた――もシーツで包んでいた。
こういった善良さはぼくの周りでは貴重なので、せいぜい迷惑をかけずかけられない距離を維持させてもらいたい。
652
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:52:58 ID:dh9efGCs0
「そうだな、とりあえずは千鳥のやつと合流しないと面目が立たねぇし。姫路もそれでいいか?」
「離れるのは危ないからみんな一緒に行動しましょう。
まずはこのフロアにある部屋から当たっていくのがいいわ。大丈夫、きっと無事に再会できるわよ」
と、どうやら話はすんなりまとまったらしい。これでハルヒちゃんの”言ったとおり”に千鳥さんが見つかれば万々歳だ。
さて、ハルヒちゃんを先頭に千鳥さん探しに出かける一行。
その一番後ろでぼくはこっそり部屋を振り返り、もう一度だけこの光景を脳髄に焼きこむようしっかりと凝視した。
目的は先ほどの現場と同じで、ここで何が起こったかを知り、それをその危機から身を守るための情報とするためである。
そしてこの現場の場合、先ほどの現場とはその必要性および重要性が全く違うレヴェルにあった。
”素人が素人を偶発的に殺害した現場”と”プロがプロを計画的に殺害した現場”とでは言葉どおりレヴェルが違う。
筑摩小四郎という人は忍者であったらしいけど、その言が正しければ彼はある種のスキルの持ち主であったわけだ。
それが所謂”殺し名”などに匹敵するほどのものなのかはわからないが、なんにせよ彼の方はプロのプレイヤーなわけで、
その彼をただの一撃で、おそらくは真正面から撃破――死亡に至らしめているというのは、これは大きな脅威になる。
また、部屋の中には鷹以外にも”人間ではない”死体が転がっていた。
部屋の中央。戸口から覗き込めば二つの死体よりもよっぽど目に入ってくるのはウェディングドレス姿のマネキン人形。
こんなものがなんでここにあったのかは知らないけれど、それはなんらかの手段によって前面を破砕されている。
まるでマネキンの表面でいくつもの小さな爆弾が爆発したみたいな有様だったが、しかし爆発物を用いた形跡はなく、
ならばそれこそ、今こそ魔法や超能力がぼくの目の前に現れる頃合いなのかもしれない。
「戯言だけで幻想(フィクション)の中を渡り歩けって言うのか?」
本当に、戯言だと言って何もかもを投げ出したくなるような、そんな恐怖と非現実とが存在する殺害現場だった。
653
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:55:05 ID:dh9efGCs0
【第二殺害現場 《ガリガリモウジャ》 -検証】
そして、登場人物は出揃った。
先ほどの殺害現場とは別の、けど同じ正方形に近い間取りの客間の中。
部屋の中央には同じように足の短い大きなテーブルが置かれており、ぼくたち”6人”はそれを囲んで対面していた。
上座の位置には行方知れずとなっていた千鳥かなめさんが一同を見渡すように座っている。
彼女から見て右側には再会の際に一発殴られて頭にたんこぶをつくった上条くんがおり、
その隣には正座をして、未だ何も発言することなく妙に挙動不審な姫路瑞希さんが縮こまっていた。
対面には男女対応するようにぼくとハルヒちゃん。
ぼくは年下の人間ばかりという状況にやや居心地の悪さを感じているという程度だが、
ハルヒちゃんはというとまだ死体を目にした緊張が残っているようで、僅かながら顔がこわばっていた。
そして、6人目。
千鳥さんと対応する下座の位置には彼女と同じ制服を着た、同じように美人の川嶋亜美という女の子がいた。
彼女はここで千鳥さんと出会い意気投合したらしいけど、どうやら上条くんや姫路さんとも面識があるらしい。
簡単にまとめると、
体操服組の上条くんと姫路さん。制服組の千鳥さんと亜美ちゃん。そしてぼくとハルヒちゃんの3組6人だ。
しかし……、これは本筋とはなんら関係のない戯言なのだけど、出揃った女の子4人が4人ともすごい美少女である。
特に最後に登場した千鳥さんと亜美ちゃんはハッとさせられるような美人だ。
可愛らしい姫路さんを見て少し喜んでいたハルヒちゃんだったが、二人の登場の際には息を飲み、若干引いていた。
同じ美人系とはいえ、肩口までのセミロングのハルヒちゃんと違い、千鳥さんと亜美ちゃんは腰までのドストレートの黒髪だ。
ぼくは髪型で人を差別するような人間ではないが、しかしキャラとしてこの”武器”の有無はとてもじゃないが無視できない。
ゆえに、常にアイムナンバーワンなハルヒちゃんとはいえ、引け目を感じたとしてもそれはいたしかたないことだろう。
無論、こんなことは決して口にしない。Mを自覚しているぼくだけど、嫌われ主義者でも自殺志願でもないのだから。
この壁はハルヒちゃんが自分で乗り越えられるよう、ぼくは戯言を封印してただ見守るだけしかない。
閑話休題。
では、これからの流れを追う前に、ひとまずあれからこれまでの顛末をさらりと振り返ることにする。
あれからとは二人の死体があった部屋を4人揃って後にしてからのことで、これまでとは今この瞬間のことである。
ハルヒちゃんはトイレにでもと言ったが、実際にあの後すぐ千鳥さんと亜美ちゃんはすぐ近くのトイレで発見された。
正確には廊下を歩いていたら、トイレから出てきた二人にばったりと出くわしたのだ。
あまりのあっけなさに拍子抜けしたが、苦難を伴うよりかははるかにいい。
そして揃いの制服を着た美人姉妹みたいな二人の登場に、見蕩れること一瞬。
ぼくはそのままことの成り行きを後ろから見守ることにした。探していたのは上条くんで、ぼくがしゃしゃり出る場面じゃない。
「いつまでもどこほっつき歩いていたのよ……この馬鹿ッ!」
そう。わざわざしゃしゃり出て暴行を受ける必要はない。
探し人であった千鳥さんはというとどうやら少々暴力的なツッコミ属性持ちであるらしく、
謝罪の意思を土下座で示した上条くんに、空手の下段突きの要領でブラックアウトしそうな拳骨の一撃である。
「……まぁ、お互い無事でなによりだけどね」
まぁ、このいつどこで誰から襲われるともわからない状況。さらには近くに死体もある場所にレディを待たせたのだから
ゲンコツ一発で済んだのは幸運だろう。むしろここは千鳥さんの度量の大きさを褒め称えるところだ。
うん。彼女には絶対に逆らわないようにしよう。と、ぼくはひっそり心の中でそう決めた。
654
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:56:46 ID:dh9efGCs0
「ところで見ない顔が増えてるんだけど、どちらさま?」
その後、ぼくたちは彼女らの使っていた部屋に移り、でたらめに散らかっていたその部屋の惨状に仰天した。
現実的である分、さっきの部屋よりか酷く見えるというか、なんというか。
で、何故か全員で掃除することになった。
ちなみに、男女6人もいれば掃除が苦手な子もいそうなものだったが、この6人においては皆掃除が得意だった。
ぼくはどちらかというと掃除よりも、掃除をしないで済むように部屋を汚さないタイプだけども、
ハルヒちゃんも姫路さんも、若干粗暴そうな一面を見せた千鳥さんも、こういうことは苦手そうな亜美ちゃんにしてもだ。
そして、上条くんはというと、なんというかぼくと一緒だった。主義ではなく……その、使い走りっぷりが。
こういう場合において男が使役されるのは自然なんだけど、なんというか理不尽に対する受け入れっぷりみたいなものが
若くして年季が入っているというか、不幸慣れしているというか、その姿にどこか共感や哀愁を感じてみたり。
と、また少し話が脱線してしまったが、経緯としてはこんな感じである。
そしてぼくたちは改めて簡単な自己紹介をし、これまでと今現在、そしてできればこれからのことを話し合うこととなったのだ。
「――それで当麻。あんたはこのか弱い女の子であるかなめさんをほったらかしにして、今まで何してたのよ?」
彼女へのツッコミは各自心の中ですませておくように――ということで、ぼくたちの話し合いはこんなところから始まった。
これはぼくが提案させてもらったのだけど、千鳥さん、上条くん、姫路さん、亜美ちゃんの4人は顔見知りであるみたいだけど、
ぼくとハルヒちゃんは向こうから見たら完全な新顔にすぎない。
なので、お互いに馴染みあう準備期間という意味でも、まずはこれまでの経緯なんかを報告しあえばという話。
実際としては、いきなり殺人などというヘビィな話題に突入しては、信用のない新参のぼくたち二人はデフォで立場が危うい。
そういうところを懸念したというのが本音。人間、知らない人間に対しては思った以上に冷酷になれるものだから。
「あー……、話せば長くなるんだが。というか、上条さんからも重大な相談事があったりしまして……」
「ちょっと、これ以上イライラさせないっての。相談事ならいくらでも聞いてあげるからハキハキ喋る」
まずは改めてぼくたちは自己紹介しあった。
そして、詳しい部分は割愛するが所謂パラレルワールド論――各自、出身世界とその認識についてあれこれ。
ここはハルヒちゃんが大きく喰いついたところなんだけど、割愛するとして。
その後、千鳥さんから順にこれまでの経緯を簡単に説明して、今の話題は上条くんが遅刻した理由についてだった。
「まぁ、話すけどよ。
あれから、教会の地下に落っこちてから……えーと、あれはなんて言うんだけっかな。ああ、そうそう”カタコンベ”だ」
カタコンベとは所謂地下墓所のことである。
ここが日本であると仮定するならかなり珍しいものだが、上条くんは不気味さに怖気づくことなくそこを突破し、
その先にあった下水道を伝って東進。地図で見れば1kmほどを踏破してあの学校の前でようやく地上に出れたらしい。
と、それをさも武勇伝のように語る上条くんに向けてハルヒちゃんが手をあげて問いかけた。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
「なんだ? えーと、涼宮さん」
「その前のことなんだけど上条くんと千鳥さんは外っかわの壁を調べに行ってたのよね?」
「ああ、それはさっき話したとおりだけど、なにか気になるようなところがあったか?」
「壁の話のところでなにか悪寒を感じたって言ってたでしょ? それで、地下墓所を通った時もなにか気配があったって。
上条くんはやっぱり超能力者だからそういう……その、超感覚みたいなのが備わっててわかるのかしら?」
異世界の話をして以降、ハルヒちゃんの好奇心および探究心スイッチはオン状態だ。
そこらへん、今は別に後回しでもいいんじゃないかな? と思わくもないが、下僕の身ゆえぼくは口をつむぐ。
なによりこの対話の目的は互いに馴染むこと。ならば多少の遠回りはむしろ歓迎するところで、
ぼくとしてはハルヒちゃんがこの世の不思議を肯定する方向に向かうのは好ましいところでもあったりする。
655
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:58:05 ID:dh9efGCs0
「あぁ……いや、期待させちまって悪いが俺自身は無能力者(レベル0)なんだ。
だから涼宮さんが期待してるような能力ってのはぶっちゃけると、これっぽちもない。
悪寒とか気配ってのは、説明が難しいけど実際、その場ではそう感じたってだけなんだ」
「そっか……、まぁいいわ。じゃあ私も後でそこに行って確認してみるから。
いー、あなたも覚えておきなさい。施設調査リストに教会の地下墓所を追加よ」
ハイハイと返事をして、ハイは1回でいいとぼくはハルヒちゃんに怒られる。
映画館からこの温泉。そして学校へと向かうのなら、その先は図書館、教会と並んでいるわけだし特別面倒なことでもない。
先送りになっていた世界の端についての調査も行えるなら、ハルヒちゃんの提案に反対する理由はなかった。
「施設調査って涼宮さんたちは何をしているの?」
と質問したのは議長ポジションにいる千鳥さんだ。
ちなみに、彼女は通っている高校にて生徒会副会長を務めているらしく、ならば議長役は適任であった。
「調査は調査よ。地図に書かれた施設を回ってこの事件を解決するためのヒントがないか探しているのよ」
「元々はそういう施設を回っていれば誰かに出会えるんじゃないかってことだったんだけど、
この前に寄って来た映画館でちょっと発見があってね。そういえば学校にもなにかあったなって思い出して――」
「そう。それだったら片っ端から足を運んで調査していこうって思いついたわけなのよ!」
ハルヒちゃんはオールマイティそうでいてけっこう抜けてるところがあるので、その分はぼくがフォロー。
関心を持った上条くんと千鳥さん相手に、ぼくは映画館で見つけたものとその不思議さを説明した。
「ああ、魔方陣みたいのなら俺も学校で見たな。そうか……、オーパーツ的なものか」
「ここがあの狐面のおじさんの言うとおりの世界なんだったら、そういうのを調べる方が解決に近そうよね」
そうでしょう。とハルヒちゃんはここにきてはじめて機嫌をよくした。
上条くんや千鳥さんにしても、一見具体性のありそうなこの方針は魅力的に見えるらしい。
人探しも兼ねられるなら各施設を渡り歩くのも悪くないと、そんな流れへと彼らの心は傾いていた。
「涼宮さんの案はいい感じね……と、そうそう、それであんたの方の話はどうなったのよ。
どうして当麻が姫路さんと一緒なのかとか、まだ聞いてないわよ」
「ああ、そうだったな。こっちが本題だ。それで学校の前に出た俺は、姫路が廊下を歩いているのを見つけて――」
脱線していた話は本筋へ戻り、そして本題へと突入する。
ちょうど学校の前に出た上条くんはそこでふらふらと学校の中を徘徊している姫路さんを窓越しに発見したらしい。
早く温泉に向かわねばとは思ったらしいが、彼女にしても尋常な様子ではない。
迷いはしたが結局、上条くんは彼女に声をかけることにしたのだ。
で、そこで問題となるのが姫路さんのその時の尋常ではない様子だったのだけど……。
「――つーか、裸だったよね。その子」
意地悪そうな声は、これまで話しに加わらず退屈そうにしていた亜美ちゃんのものだった。
「はぁ!? それって何があったのよ?」
千鳥さんの声が大きくなる。それはそうだろう。女の子が裸で歩いていたなどと、それは尋常じゃない話だ。
どうしてそんな事態に姫路さんは陥ってしまったのか。そしてその後、上条くんは裸の女の子とどうしていたのか。
などと、掻き立てられる妄想に場の空気が少しだけ冷たくなった。凍りつく、その前兆のように。
ぼくとハルヒちゃんはどうしてその時、姫路さんが裸だったのかを知っている。
推測はまだ推測でしかないが、少なくとも現場に残されていた彼女の制服だけは紛れもない真実の一片だ。
そして、出会ってからの彼女の、なにかを恐れるようにおどおどとしたその態度もまた真実を語っていた。
隣のハルヒちゃんが息を飲むのがわかった。
ここから先、何が語られるのかを思い浮かべているのだろう。そして、それを受け止められるのかということを。
果たして。
果たして、ならばぼくはどうなのか。ぼくは殺人者を許容できるのだろうか――?
656
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:59:12 ID:dh9efGCs0
■
「まず、みんなに聞いてもらいたんだが、姫路は……今、声を出すことができなくなってるんだ」
周りを窺うような神妙な顔で、上条くんはこの話をここから切り出した。
聞かされた皆の視線が姫路さんへと集中する。
そこには好奇はあっても、悪意があるわけでなく、むしろいたわりを含むものだったが、彼女はどう感じたのだろうか。
姫路さんは誰とも視線をあわせることもなく、目の前のテーブルのなにもないところをじっと見つめているだけだった。
「それって姫路さんになにかあったってことよね? それが当麻くんの相談事なの?」
「ああ。姫路になにがあったのかを承知して欲しい。……それで、それからそれでも姫路を仲間だって認めて欲しい」
それが俺の頼みだと、上条くんは頭を下げた。
誰も、すぐに答えを返すことはできず、場にうっすらと沈黙の空気が流れはじめる。
これから何を告白されるのか。
まだ言葉はなくとも彼と、隣の姫路さんの様子を見れば、それだけでどれほど重いものなのかは想像できた。
千鳥さんは少し怒っているような、そんな真面目な顔で頷き。
上条くんは無理をしているとわかる優しい顔で姫路さんに『いいか?』と尋ねた。
姫路さんは蒼白な顔で視線を震わせながらこくりと首肯する。
それを見つめる亜美ちゃんの表情はとてもつまらないものを見るようで、
ハルヒちゃんは再びぼくの隣で息を飲んだ。
ぼくは……、ぼくはどんな表情をしていただろうか? それはぼく自身にはわからない。
「どうする姫路? 俺からみんなに話したほうがいいか? それともメモのほうを見てもらったほうがいいか?」
上条くんに尋ねられると、それまで虚ろな様子だった姫路さんはなにか芯が入ったかのように雰囲気を変え、
自分の鞄から折りたたんだメモ用紙を取り出すと、それをテーブルの上で開いた。
そこにはわずかに乱れた文字の羅列が並んでおり、そしてそれらはおそらく彼女自身によって記されたもので、
つまり上条くんが尋ねた『メモのほうを』とは、自分で語るか? と、それを問う意味であったにちがいない。
姫路さんは鉛筆を取り出すと、そのメモ用紙になにかを追記し始めた。
その筆跡はどこか力強く、まるで自分自身を断罪するかのような、ある種の覚悟が垣間見えた。
書き終えるまでの少しの時間。カリカリと紙を引っかく音だけを聞きながら、皆は沈黙してそれを見守る。
そして――
「じゃあ、まずは千鳥からこれを読んでくれ」
「うん、わかった」
――試される時間が始まる。
理解と許容。理解した上での許容。理性と感情と道徳と優しさと厳しさと人間らしさを。
例え相手が刃物を持ってなくとも、例え相手が一言の言葉を発さなくとも、眼差しすら交わさないとしても。
ひとつの過去。たったそれだけの事実が、過ちであろうと栄光であろうと関係なく、危機を生み出すことがある。
それが理解と許容の問題。
安寧の為の鈍感さか、自らを無意味化するような包容力か、動じないが故の許容力か。
または、嫌悪としての拒絶か、不利益対象としての断絶か、それとも保身の為の無視なのか。
選ぶのではなく、選ばされる。本人と上条くんとを除く4人が選ばされる。それが今回の理解と許容の問題。
657
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 21:59:52 ID:dh9efGCs0
「あたしは……、本当に何があったのかなんてわからないし、それに……あの死体を見ちゃったしね。
だから、姫路さんのことが怖いというのがぶっちゃけた本音。
けど……あたしは当麻のことは信用できると思ってる。だから当麻に免じて姫路さんの言うことも信じるわ。
過ちを繰り返さないっていうんなら姫路さんはもう私たちの仲間よ」
これが千鳥かなめの回答。
姫路さんが温泉施設の前にあった死体――黒桐幹也という人物だった――を殺した犯人であるのは正解だった。
ディティールは異なるが、大まかな流れとしては推測したとおりでほぼ間違いはない。
温泉から裸で外に放り出された姫路さんは、偶々通りかかった黒桐という人物に優しくし介抱され、
それなのに些細なきっかけからトラウマを発症し、”不本意ながら”に彼を殺害してしまい。そして逃亡してしまった。
口がきけなくなってしまったのはこの結果ということらしい。所謂、心因性失声症というやつである。
情状酌量の余地はある。
それに申告通りなら、姫路さんは心身喪失状態だったのだから責任を問えないという考えもできるだろう。
千鳥さんは、証言の曖昧さを上条くんへの信頼と照らし合わせ、最終的には彼女を信じ、許容することにした。
そこにはなんら駆け引きもなく。
自らの考えをそのまま口に出すことのできる千鳥さんは本当に、お世辞抜きに立派で気持ちのいい人間だ。
「私は、どんな事情があれ人を殺すのは許されないことだと思う。
殺された人も、残された人に対しても、殺した側の事情で片付けてしまうのはアンフェアな考えだと思うから。
だから、姫路さんのことを私は弁護しない。ちゃんと自分の犯した罪は償うべきよ。
けど、それとこれと仲間と認めないかは別問題よね。
私は姫路さんはいい人だと思うから償うチャンスは与えるべきだと思うし、それを応援したいとも思うわ。
それに……、そもそも姫路さんが人殺しをしなくちゃならなくなったのは、私のせいだとも言えるし。
むしろお願いするわ。私にも姫路さんの罪を償う手伝いをさせてちょうだいって」
これが涼宮ハルヒの回答。
姫路さんが温泉から裸で放り出されることとなったのには、彼女が言うとおりハルヒちゃんに遠因があった。
上条くんと千鳥さんが立ち去った後、姫路さんと殺害されていた忍者の人はここにたどり着いたわけだけども、
そこには上条くんたちの帰りを待つ北村くん以外に朝倉涼子という人物もいたらしい。
ハルヒちゃんが言う、SOS団団員ではない知り合いである、あの朝倉涼子だ。
そして、彼女と一緒に温泉で入浴していた姫路さんはそこで彼女に襲われ、ハルヒちゃん以外を殺害するように、
でなければ想い人である吉井明久を殺害すると脅され、そのまま裸で外に放り出されたのだという。
まるでどこかで聞いた話――というか、確実にあの古泉くんと行動方針は同一なのだろう。
ぼくは朝倉涼子という人物自体は知らないが、ハルヒちゃんの周辺事情を聞いていればそう推測するのは容易い。
ハルヒちゃんは彼らの思惑など知るよしもないだろうが、これは正しくハルヒちゃんの存在が原因だ。
また、これは知っている人物が限られる情報なので、この部分に関して言えば姫路さんの証言に信憑性はある。
逆に言えば、ハルヒちゃんの視点からだと姫路さんの言い分は意味不明だろう。
けど、ハルヒちゃんはそれをそのまま受け止めた。
優しさでも許容でもなく、それは彼女自身の強い責任感がなせるものだ。
言動の端々から感じられるが、ハルヒちゃんには無意識として全世界を背負っているという気概がある。
それは彼女が神様だからなのか、それとも人生における全責任は自分にあるという矜持からなのかは不明だけど。
なににしろ、彼女の意識と決断。それはぼくからしても好感の持てるものだった。
658
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:00:32 ID:dh9efGCs0
「ぼくは、姫路さんに関してはなんとも判別がつかないというのが本音かな。
許すにしても断罪するにしても、妥当な罰を与えるにしても確証がないというのが正直なところだよ。
もっとも、今このような状況で日常世界の倫理観が通じるのかって話もあるけどね。
まぁそれはさておき、ぼくは殺人を最低最悪の行為だと思っている。
人を殺すということは、自身の望みが殺した相手の人命より優先されると考えたことに他ならないから。
だから、そんな願いを持つ人間は最低の屑だ。許されていいわけがないと考えている。
けど、姫路さんのケースは少なくとも聞くかぎりはそうじゃない。
姫路さんは自らの逃避や欲望のはけ口として黒桐さんの命を意識的に上書きし、塗りつぶしたわけじゃなく
あくまでリアクションの結果として彼が落命するという事態になった。
まぁ、ありがちな言葉で言えば”不幸な事故”だよね。
だから、ぼくは姫路さんを責めることも助けることもしない。それはそのままというのがぼくの答えだよ」
これがぼく自身の回答。
言葉にしたことにも、ぼく自身の感情としても、ここに嘘偽りはないつもりだ。
明らかになってしまえばそれは陳腐とも取れるし、ある一面において姫路さんが被害者なのは事実でもある。
ゆえにぼくからすれば特別嫌悪の対象とはならない。無論、好意の対象にもなるはずがない。なので許容する。
現実的な話をするならば、ここでもし諍いや分裂といった事態が起こったりすれば、そこに取られる労力が惜しい。
なのでこの程度は妥協。必要経費として考える。という計算もいくらかはある。
この先、姫路さんが殺人を重ねられるかというと実行力は乏しそうにも思えるし、そういう意味でも許容範囲内。
あくまで姫路さん程度のリスクなら負えないことはないという判断だ。
非道い考え方だと思われるかもしれないけど、殺人者に対しては冷たいのがぼくだからこの考えはしかたない。
ここまで3人の回答は程度の違いこそあれ揃って許容だった。
当人である姫路さんとすでに彼女の味方となっている上条くんを抜けば、残りは4人。その内の3人までが許容。
多数決ならばもう議論は終わっているだろう。しかし、これは多数決の問題ではない。
この世の正義と真実。不動のそれらに民主主義は採用されない。
最後の一人である亜美ちゃんは、姫路さんの書いたメモを読み終えると冷笑を浮かべてそれを突き返した。
「亜美ちゃん。ちょっとこのメモだけじゃわかんないっていうか……、どうなんだろうなぁ。
上条くんもみんなもちょっとお人好し(イイヒト)すぎるんじゃない?
こんなのだったら亜美ちゃんでも書けるしー。
それに、そもそも人を殺した子の話を信用するのが、おかしくない?
だって、それって嘘に決まってるじゃん」
これが川嶋亜美の回答。
軽薄で思慮浅い発言だろうか? ぼくはそうは思わない。むしろ非情に現実的で実践的な思考と回答だ。
口調はともかくとして亜美ちゃんの言うことは残酷なくらいに正鵠を射ている。
誰も証人がいない以上、何が起こったかなんていうのは自分の都合のよいように書けるだろう。
実際、姫路さんは見てもいない”師匠”という人物が北村くんと忍者の人を殺害したと推測しているが、
これを信用する根拠はどこにもないのだ。あの二人も姫路さんが殺したと推測することはできる。
朝倉涼子の件にしても、実際にあった彼女とのやりとりがメモに書かれたものと同一かは確かめようがない。
ぼくと古泉くんの場合のようにただ会話しただけで、姫路さんがその情報を利用したという可能性もある。
そもそもとして人を殺した者の話を信用できるか?
信用と罪のあるなしは別問題だが、この問いに正面から反論できる者は稀だろう。
姫路さんを許容した千鳥さんやハルヒちゃんにしても、その部分には正面から向き合ってはいない。
ぼくにいたっては信用なんか欠片もしていない。
659
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:01:11 ID:dh9efGCs0
だから、皆がこうあってほしいと考える希望的な結論を蹴って亜美ちゃんが彼女を拒絶するのはしかたない。
リスクを孕む因子を集団の中から取り除く。それは徹底的に冷たく、そして正しいことなのだから。
罪を告白する以上、それは姫路さん本人が背負うべきリスクで誰も亜美ちゃんを責めることはできない。
できない……が、
困ったことになったというのが皆の本音だろう。正直ぼくも困ってる。亜美ちゃんまじで空気読めないというやつだ。
「――違うっ!
このメモだけを見て姫路のことを全部信じろってのは、確かに無茶だって俺にもわかる。
けど、お前だって見てるだろう? ボロボロの格好をして、姫路がひとりで学校をほっつき歩いていたのを!
川嶋はあれすらも嘘だって言うのか?」
ここまで姫路さんをエスコートしてきた上条くんがテーブルを叩いて亜美ちゃんに反論した。
姫路さんを信用しうる情報が足りないというのはぼくたち共通の問題だが、彼だけは立場が少し異なる。
元々、彼が姫路さんを保護しようと考え、実際にそうしたのは彼女がボロボロの状態で徘徊していたからだ。
殺害したその場面を見たわけではないが、その直後の彼女に接している分、彼には情報が多い。
今は一応服を着て、身だしなみを整え、その時よりかは冷静になっているだろう姫路さんを見るのと、
殺害直後の時点とその後彼女が立ち直るまでの姿を見てきたのとでは、そりゃあ印象が異なるだろう。
千鳥さんやハルヒちゃんは言うに及ばず、ぼくだってそれを見ていれば彼女に対しもっと同情的だったかもしれない。
「あー、アレね。なんかウザい態度だとは思ったけど……なんか助けてくださいオーラ出してるみたいな」
「だったら! わかるだろう。姫路が俺たちに嘘なんかついてないってことが」
「逆じゃない? あんな見え見えの態度で接してくるとかわざとらしくて演技っぽいし。
上条くんってばチョロすぎ。やっぱ男の子はこういうおっぱいの大きな子のほうがいいのかなぁ……?」
「そんなこと言ってんじゃねぇだろっ!
姫路は心底傷ついてまいってたんだ。助けを求められたのはお前も同じじゃねぇのかよ!?」
「だからぁ、なんでそれがこの子が嘘ついてないってことになるのよ!
あんた頭悪いんじゃない? 逆に、嘘をついてでも生きようとしたって考えられるじゃない!」
「嘘で自分の爪なんか剥がせるかよ。
可能性があるとか証拠がとかじゃねぇ……そんなもんは姫路を見ればわかるって話なんだ」
「へぇ、すっごい。そんなに女を見る目に自信があるんだ、トーマくんは?」
「いいか。聞けよ。
姫路は俺の前で、殺してくれって言ったんだ……そんな、そんなことを口走っちまうぐらいに――」
「――それも嘘に決まってるじゃない。私だって同じことが言えるもん。亜美ちゃんもう生きてくのがつら〜い☆」
「てんめぇ……!」
これはまずい。亜美ちゃんの態度も態度だが、上条くんは思ってた以上に沸点が低いっぽい。
ここで言い争い以上に発展するのは好ましくない。最悪、ぼくが動かないといけないのか? この戯言遣いが?
と、ぼくがそう思ったところで議長が動いてくれた。
「ちょっと待った! 二人とも落ち着きなさい」
そう大きな声を出して、千鳥さんは立ち上がりかけていた上条くんの肩をつかんで座りなおさせた。
上条くんは千鳥さんの顔を見たことで自分が冷静でなかったことを自覚したらしく、溜息をつくと素直に従う。
逆に亜美ちゃんはというと、そんな彼に冷笑を浴びせかけるとぷいっとそっぽを向いてしまった。
「ほら当麻。そのグーの手をパーにする。どんな理由があっても女の子殴ったりしたらあたしが許さないからね」
「ああ、すまねぇ。けど姫路のことは――」
「わーってるつーの。ちょっとあんたは大人しくしとれ」
なんというか貫禄があった。彼女も彼女でこういうのに慣れているっていうか。
ぼくの周りは善人だけど不器用か、段取りのいい性悪ばっかなので、千鳥さんのような真っ当な人はちょっと珍しい。
千鳥さんは上条くんを諌めると、亜美ちゃんの方……にではなく、姫路さんの方をキッと睨み付けた。
660
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:03:59 ID:dh9efGCs0
「姫路さん。あんたがしたことってのはこういうことだってわかる?
犯した罪を許されることはあっても、罪を犯したって事実は絶対になくならない。
それでも受け止めてくれる人はいる。でもそうじゃない人もいるし、それは文句の言えないことなんだよ。
だから亜美の言葉も甘んじて受けなさい。それはあんたが背負っていかなきゃならないことだから」
千鳥さんの言葉に、顔面を蒼白にしていた姫路さんはこくりと、ただ素直に頷く。
溢れそうになっていた涙が頬を滑り、顎の先から落ちたそれがテーブルの上に小さな水溜りを作った。
「亜美。あんたの言うことはもっともだけど、ここは私の顔に免じて姫路さんを受け入れてくれないかな。
あたしは当麻のことを信じてる。だから当麻が信じる姫路さんも信じる。
疑うのは仕方ないよ。私だって怖くないかって言われればやっぱそういうところもあるしね。
でも疑いながらでもいいから彼女を受け入れて欲しい。でないと――」
姫路さんがひとりぼっちになっちゃうでしょ? と、千鳥さんは亜美ちゃんに、いや皆に聞かせるように言った。
「……べっつに、かなめがそう言うなら亜美ちゃんも我慢してもいーけど……でも、
亜美だって根拠もなしに疑ってるわけじゃないから悪者扱いしないでよね」
そっぽを向いたままの亜美ちゃんは、そのままばつが悪そうな顔をして渋々といった風に承諾した。
けど、どうやら彼女にはそれでもはっきりさせておきたい疑念があるようだった。
亜美ちゃんは姫路さんを指差し……いや、姫路さんの後ろにあるものを指差して言った。
「バック。どうして2つ持ってきてるの? これって彼女の話と”ムジュン”してるんじゃないかな?」
皆は僅かな疑問を顔に浮かべ、指摘された姫路さんは涙の筋が残る顔にきょとんとした表情を浮かべた。
「そうでしょ? 服も一緒に持ってきてもらってるのに、そっちは忘れてバックだけ……、
しかも殺した相手のも持っていくなんてどう考えてもおかしいじゃない?
着るものはなくても、むしろ裸なくらいが油断させるのに都合がよかったけど、
でも武器になるものは手放せなかったってことじゃないの?」
亜美ちゃんの言う”ムジュン”の意味をようやく理解すると、姫路さんは掌を顔の前でバタバタと振り出した。
そんなのは気が動転していたからだと、そういうようなことが言いたいんだろう。
実際にもそうだったんだろうと想像することは可能だ。
人を殺してしまい、気が動転してその場から少しでも早く逃げようとした。
その時、手を伸ばせば届く範囲に鞄は落ちていた。しかし制服はそうではなかった。それだけだと思う。
思うが……しかし、説得力の欠片もない想像だ。
「姫路は、人を殺めちまって……それで気が動転してたんだから、それぐらい――」
「そんなの、なんの説明にもなんないじゃない!」
その通りだ。これは釈明にも説明にもなりようがない。
混乱してたなんてワイルドカード。説得材料とするには万能すぎてなんの役にも立ちはしない。
とはいえ、逆に姫路さんが嘘をついていると証明するにしても亜美ちゃんの指摘には決定力が不足していた。
じゃあそれが逆に姫路さんが皆を殺そうとする証拠になるのかというと別にそうでもない。
本当に気が動転していた可能性も十分にあるため、解釈はあっても解答のない問題に議論の場は膠着してしまう。
「じゃあ、姫路さんの荷物は私が責任をもって預かるから、それでいいでしょう?」
宙ぶらりんの議場を取りまとめるのはやはり頼りがいのある議長さんこと、千鳥さんだった。
「姫路さんも当麻もそれでいいわよね?
書くものとか水とかタオルとか必要なものは持っててもらっていいし、困ったことがあったら聞くから」
「千鳥がそうしてくれるなら俺も問題はねぇよ」
上条くんは声に出してそれを了承し、姫路さんは声の変わりに2つある鞄を差し出すことで了承の意を示した。
鞄を受け取った千鳥さんは、じゃあこれで問題はもうない? と亜美ちゃんのほうへと窺う。
661
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:05:10 ID:dh9efGCs0
「それは……それでいけど……」
「まだなにかあるの?」
「あるにはあるけど……別に、それはいい」
観念したというか、疲れきったという感じで大きな溜息をつくと亜美ちゃんも渋々それを了承した。
だがそれはあくまで千鳥さんに対してでしかなく、
亜美ちゃんは鞄を掴むとすっと立ち上がり、綺麗な足を伸ばし黒髪をなびかせて部屋の出口へと歩き始める。
「ちょっと、どこに行くのよ?」
「どっか適当な部屋。亜美ちゃん寝る時はひとりじゃないとイヤだから」
そして、そう言って部屋を出て行ってしまった。
亜美ちゃんの行動は、所謂こういったシチュエーションにて起こりうる定番中の定番。
所謂、『人殺しと一緒にいるなんて真っ平だ。俺は自分の部屋に引きこもる』というアレだった。
実際にはお目にかかれるとは貴重な光景かもしれない。シチュそのものが現実にはレアであるわけだし。
ともかくとして、亜美ちゃんを追って千鳥さんも出て行ってしまい、
ぼくたちの間での話し合いというのもここでいったん途切れることとなった。
まだまだ話す事柄については尽きないが、インターバルを取るというのならちょうどいい頃合だろう。
いや、こんなことになるならもっと早くてもいいぐらいだったか。
なんにせよ気が休まらない。これっぽっちもぼくたちの関係は気のおけるものへと進展してはいないのだから。
662
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:07:06 ID:dh9efGCs0
【幕間 《melancholy girl x3》】
衝突の熱気が失せ静かな、そして微量の緊張を沈殿させる空間へと戻った正方形に近い形のとある客間。
その部屋の中に今、耳を澄ませば辛うじて捉えられるという程度の小さな衣擦れの音が聞こえていた。
「……………………」
やはり下着を有無は重要だ。と、姫路瑞希は下着のありがたさというものを改めて感じていた。
上条当麻から譲り受けた体操着で一応は服を着ているという状態であったわけだが、やはり全然違う。
たった一枚二枚の布地がもたらす安心感。
なるほど、下着というものも人類の英知の結集だったのだと、瑞希は感心し、心の中で先人達に感謝した。
濡らしたタオルで足の裏を拭いてソックスを履く。タイを締めて上着を着ればいつもの学生服姿だ。
瑞希は姿見の前に立ちその中に写る己の姿を確認する。
少し乱れていた髪の毛を手櫛で整え、襟を正し、スカートのしわを伸ばした。これでいつもどおりの自分自身。
「……………………っ」
瑞希は鏡から振り返り、後ろにいた涼宮ハルヒにぺこりと感謝のお辞儀をした。
てっきりどこかへとなくなってしまったかと思っていた服だが、彼女が見つけて取っておいてくれていたのだ。
本当なら感謝にはありがとうという言葉も添えたかったが、しかし口を開いても声は出なかった。
一度は出たのだが、いつものように戻るにはまだなにかきっかけが足りないらしい。
「うん。見つけた時にも思ったけど、姫路さんとこの制服って可愛いわよね。
やっぱり可愛い制服って羨ましいなぁ。こんなことなら私も北高じゃなく光陽園の方に行っとけばよかったわ」
体操着も惜しいと言ってたハルヒだが、制服姿を見るとそれはそれで気に入ってくれたらしく上機嫌だ。
いや、そう振舞ってくれているのかもしれない。出会ってよりこれまで、何かと彼女は気を使ってくれていた。
「じゃあ座って座って。ほら、ドーナツもたくさんあるし、私たちはちょっとのんびりさせてもらいましょう。
面倒なことは男連中に任せればいいしね。あ、姫路さんもいーのこと使ってもいいわよ」
言いながら、ハルヒは鞄からドーナツの箱をいくつも取り出し、それを次々と並べてゆく。
あっという間にテーブルの上はドーナツでいっぱいになり、食欲をそそる甘い匂いが部屋中に満ちる。
瑞希はドーナツの山に瞳を輝かせながら座布団の上に座る。そして、テーブルの上の湯のみを手に取った。
一口飲んでみると、彼女が淹れてくれた温かいお茶は、身体の中の緊張を溶かしてくれるようでとてもおいしい。
あの時――温泉施設の前でハルヒの姿を見た時、瑞希は気絶しそうなぐらい驚いた。
彼女があの朝倉涼子と同じ制服を着ていたからだ。そして、自己紹介で彼女は涼宮ハルヒだと名乗った。
多分、ひとりきりだったなら声をかけることもなく見かけただけで逃げ出していただろう。
「……………………」
朝倉涼子のことをより詳しく話し、そして彼女からも聞くべきなのだろうか。瑞希は考える。
しかし、もしかしたら彼女に嫌われてしまうのではないか。そんなことはないと思うのに、躊躇ってしまう。
いやそれよりも、本当はまだ彼女を信じきれてないのではないか、朝倉涼子のように突然牙を剥くのではと
考えている部分があるのかもしれない。人を信じきれないことに瑞希は申し訳なさと悲しみを覚えた。
何も言い出せないままの時間が過ぎ、
瑞希がフレンチクルーラーをもふもふとひとつ食べ終わったちょうどその時、千鳥かなめが戻ってきた。
「ただいまーっと、姫路さん着替えたんだ。その制服かわいいねー。姫路さんの学校の制服?」
かなめはさっきと同じ場所に腰を下ろすと、自分でお茶を入れてグっと一気に飲み干した。
大きな息を吐き、部屋の中を見渡してそしてようやくここにいるべき人間が何人か足りないことに気づく。
663
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:08:29 ID:dh9efGCs0
「あれ? 当麻といっくんはどこにいったの?」
「姫路さんが着替えるから出て行ってもらったの。
それで、じゃあそのついでに千鳥さんの言ってたガウルンっていう人のを、……見に行くって」
なるほどねぇ。と、かなめは大量にあるドーナツからゴールデンチョコを選ぶと、パクリと食いついた。
「それで、川嶋さんの方はどうなの? ひとりで大丈夫?」
「うん。この廊下の突き当たりの部屋でね、今は一人になりたいって。
フロントから鍵持ってきて戸締りはしてもらったし、なにかあったら内線使ってとは言ってあるから、一応は大丈夫」
言って、かなめはポケットの中からいくつかの鍵を取り出した。
鍵そのものは極普通のもので、それぞれに部屋の番号が記された棒状のキーホルダーがついてる。
「これがこの部屋の鍵。
で、他の部屋のも一通り持ってきといた。寝るんだったら男連中には別の部屋使ってもらいたいしね。
それで……これがマスターキー。どこでも開けられる鍵ね。何かあった時はこれ使って助けに行くから」
かなめは並べた鍵をジャラジャラと掻き集め、とりあえず使わない鍵は部屋の脇へと寄せた。
そして、この部屋の鍵はテーブルの真ん中に置き、マスターキーは自分のポケットの中に仕舞いこむ。
「じゃあ当麻たちが戻ってくるまでの間、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
かなめはドーナツをまたひとつ取り、何気ない話のようにそれを切り出した。
「姫路さんを襲ったっていう朝倉涼子って子だけど、涼宮さんのクラスメートなんだよね?」
瑞希の中で心臓がドキリと音を鳴らした。
「んー、正確に言うとクラスメイトだった……よ。だって、一学期が終わる前に転校しちゃったもの」
「へぇ、そうなんだ。それで涼宮さんとは仲良かったの?
その……、彼女のほうはあなたにかなり入れ込んでるみたいなんだけど」
ハルヒの顔が曇る。
いくら与り知れぬところとはいえ、自分のせいで被害を受ける人が出るというのは心苦しいものだろう。
そう瑞希は解釈した。口は出せない。出す資格もない。だから瑞希は聴いて観ることに徹する。
「……ちょっと見当もつかないわ。
仲が悪かったってこともないし、彼女はクラス委員としては真面目で私にもよくしてくれたんだけど、
でも言ってみればそれだけよ。学校の外じゃ会ったことないし、友達というほどでも……」
「そっか。じゃあ、朝倉って子が何を考えているかはわかんないか……」
かなめは腕を組んで溜息をつく。ハルヒも小さく息を吐くと腕を組んで同じように目をつむった。
瑞希も、溜息をついたり腕を組んだりはしないが、がんばって考えてみることにする。
辛い記憶ではあるが、その分鮮烈でもある。自分の記憶が助けになればと、その時を思い返し始めた。
そして、些細だが違和感のあるあることに気づく。
新しいメモ用紙に鉛筆を走らせ、それをかなめとハルヒの前へと差し出した。
「”涼宮ハルヒとずっとフルネームで呼んでいた”。かぁ……なるほどちょっと変だね。
朝倉さんっていつも涼宮さんのことフルネームで呼んでるの?」
「別に、クラスでは普通に苗字で呼んでたけど……どうしてかしら?」
かなめは腕組みしたままで目をつむる。そしてしばらくしてハッと開いた。なにかに気づいたらしい。
664
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:09:22 ID:dh9efGCs0
「あのさ、転校のことなんだけど、なんかそこに変わったことはなかった?」
「変わったことっていうか、あれは明らかに何か変だったわ。
前触れもなくその日になって急に海外に転校だってことになって、それで先生も驚いてたみたいだし。
さすがに私もおかしいと思って、だからちょっと調べてみることにしたんだけど――」
「ふんふん、それでどうだったの?」
「それが、全然。
彼女の家に……マンションだったんだけど行ってみたら、その日にはもぬけの殻になってて。
管理人さんとかにも聞いてみたけど、誰も彼女がいつ引越ししたのか、連絡先だとかも知らなかったの」
「朝倉さんとはそれっきり?」
「ええ。こんなところで一緒になるなんて……しかもこんなことをするなんて驚いたわ」
薄気味悪い話だと瑞希は思った。
いきなり消息がわからなくなるなんて、それこそ神隠しか宇宙人の誘拐みたいである。
もしそんなことが起きたのだとしたらと想像すると、記憶の中の彼女がより不気味な存在だと思えた。
「……心当たりがあるかもしれない。もし私の思っている通りなら色々と説明がつくわ」
かなめは何かに納得すると、うつむいていた顔を上げてまっすぐ前を見ながらそう言った。
瑞希は、そしてハルヒも彼女に注目して耳を傾ける。一体、彼女はどのような解答を持っているのか。
「私の周りでも似たようなことがあったんだよね。
まぁ、それは私の場合まだ現在進行中とも言えるんだけど――」
言いながらかなめは一枚の紙を取り出してそれを広げた。何かと思い覗き込むとそれは名簿だった。
かなめは羅列された名前のひとつに指を当てて話を続ける。
「この”相良宗介”ってのが私のクラスメートなんだけど、実はなんとかって組織の傭兵だったりするの。
まぁちょっと胡散臭いってのは否定しないけど、本当のことだから信用して。後、これは他言無用でお願い。
それで、なんでソースケが私のクラスにいるかって言うと、それは私を守るため。
私ってばひょんなことからテロリストに目をつけられちゃってさ、
だから極秘任務としてソースケが私を守る為に学生として学校に入り込んできたって話なの」
出そうと思っても今は出ないのだが、ぽかんと開けた口からは言葉が出なかった。
宇宙人。異世界人。超能力者。傭兵やテロリストも、日常の中ではそれらと等しく荒唐無稽に思える。
でも、かなめの周囲ではそれが日常なのかもと瑞希は思いなおした。
記憶が確かなら人型の起動兵器が闊歩する世界のはずだ。ならばそんなこともあるのかもしれない。
「ちなみにそのテロリストってのは、ここの女湯で死んでたガウルンってやつなんだけど。
まぁ、それはいいとして私が言いたいのは涼宮さんと朝倉さんもそれと同じじゃないかってこと」
「えっと、それってつまり私がいつの間にかにテロリストに狙われていて、朝倉さんが傭兵ってこと?」
「傭兵かどうかはわかんないけど、そういうのだったら辻褄があうと思っただけ。
知らないうちに涼宮さんは世界の秘密かなんかに触れていて狙われる身だったの。
そこで朝倉さんが涼宮さんを守るために派遣されてきた。
で、一旦は問題は無事解決して彼女は姿を消したんだけど、今回の事件が起きて――」
「――また私を守る為に働いてる? あの、朝倉さんが?」
ハルヒは身体を大きくのけぞらせるとうーんと唸り声をあげた。さすがに、簡単には受け入れられないらしい。
やっぱりかなめの言うことは荒唐無稽に思える。まるでスパイ映画かライトノベルのあらすじみたいだ。
けど、どうしてか。瑞希の目にはハルヒの表情は困っていそうでどこか嬉しそうにも見えた。
665
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:09:59 ID:dh9efGCs0
「そういえば、千鳥さんが狙われた理由って何? 失われたアークでも見つけたとか?」
「えぇ? あぁ、理由か。さぁ、……なんだろう。あたし自身よくわかってないのよね。
お父さんが国連の高等弁務官だったりするから、その関係かな……?」
「へぇ、なんかすごい。私の家なんか全然普通なのに」
結局のところ。朝倉涼子がどういった理由でハルヒを守ろうとしているのか。その答えは出なかった。
やはり――瑞希としてはもう会いたくないのだが――彼女に直接会って確かめるしかないらしい。
「朝倉さんを見つけたら絶対、姫路さんに謝らせるからね。任せておいて」
ハルヒはまっすぐに、力強い表情でそう断言する。
それが本当にできるのか。とても危険なことじゃないかと、瑞希はそう想像し少し身体が震えたが、
けど彼女の真摯な眼差しに見つめられると、どうしてかそんなことは些細な風に思えて、
少しだけだけど安堵の笑みを浮かべることができた。
666
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:10:47 ID:dh9efGCs0
【第三殺害現場 《クビキリメンバー》 -実地検分】
そこはそこでまた、これまでの二つとは異なる印象を持つ殺害現場だった。
これまでの殺害現場を、例えばアスファルトの上にグロテスクを晒したあれを無惨な殺害現場とするならば、
例えばミステリの1シーンのような流血に彩られたあれを無慈悲な殺害現場とするならば、
ここは、流れる湯の音と白い湯気に包まれたこの現場は、まるで無感動な、白けきった殺害現場だった。
「血が流れてないってのも……けっこう、それはそれで不気味っつーか、なんか違和感あるな」
現場を見に行きたいと言ったぼくに同行してくれた上条くんが、死体を覗き込みそんなことを言った。
こんな状況での単独行動には色々と問題があるので、快く同行してくれたのには感謝である。
さて、死体であるけれども、現場は温泉――と言っても銭湯の風呂場となにが変わるというわけでもないのだが、
そのタイルが敷かれた床の上に横たわっていた。
浴槽から流れ出るお湯が床を洗い続けているので、彼が言うとおり現場にはもう血の痕跡はほとんどない。
そして血に塗れていない死体はその生々しさだけが浮き彫りになって、やはり彼が言うように不自然な存在であった。
「この分だと、いわゆる証拠ってやつも流れちゃってるんだろうな。誰がやったなんかわかりっこねぇ」
「別にそれはいいよ。ぼくたちの中に犯人がいないってことが信用できれば、今はそれで十全さ」
実際、どれだけの登場人物がここを訪れ、そして今も潜んでいるかなんてわかりっこないのだ。
なので、ぼくは犯人を特定すること自体に興味はない。6人の中に犯人がいないと証明することが最重要課題なのだ。
今はまだ亜美ちゃんが部屋を別にするぐらいで済んでるけど、これ以上のトラブルはぼくのキャパを超えてしまう。
「しかし、凄腕のテロリストだっけ?
正直なところ、ぼくはこの人がこうやって黙った状態になっていることに安心を覚えるよ」
「そりゃあ、俺もこんなゴツいオッサンとか相手にしたくねぇけどよ。それは死んだ人に悪くないか……?」
この死体となっている人物は、千鳥さんによるとガウルンと名前の国際的テロリストらしい。
そのスキルがどういったものかまでは聞いてないけど、しかしその身体の大きさだけで脅威としての説得力は十分だった。
黒桐って人や北村という人物。忍者の人など、ここには後3つの死体があったけれど、その体躯はどれも標準程度だ。
それに比べてこのガウルンという人物は、落ちた頭と身体とを合わせて見積もれば2メートル近くもある。
しかもその上、細身ではあるが引き締まった筋肉の持ち主でもあり、体躯とは関係ないが傷のある顔もやけにいかつい。
本当。こんなのと殺し合いなんかするはめにならなくてよかったと、心底思える人物だった。
しかし、考えてみれば彼を殺したという人物もどこかに存在するわけで、脅威の問題は解決はしていないのだが。
「しっかし、こいつも綺麗に切られてやがるな……」
「こいつも? 上条くんはどっかで似たような死体を見たことがあるのかい?」
「似てるといえば似てるんだけど、全然違うとも言えるかなぁ。
学校で見た死体の話なんだけど、あれもこの死体みたいに切り口がいやに綺麗で印象に残ってんだ。
まるでワイヤーで引いて切ったみたいにってな。
もっとも、あっちは全身バラバラでこっちは首だけだから、やった人間が一緒かはわかんねぇけどよ」
「ふぅん……」
なるほど。確かに首の切断面は異常に綺麗だった。血がお湯で洗い流されている分、それがよくわかる。
剣術のスキルがあれば一刀両断ということも可能だろうが、上条くんの言うとおりワイヤーを使ってというのも考えられるか。
例えば、”曲絃糸”のような。もし”ジグザグ”な彼女がここにいればこんな現実を実現させることも可能と、そう言える。
「……戯言だけどね」
「ん? なんか言ったか?」
「いいやなんにも。気にしないでくれ」
しかし、学校の廊下に”ジグザグ”にされた死体……か。否が応でも”彼女”のことを想起してしまう。
無論。彼女はすでに死者であるので、こんなところで再登場するわけない。あくまでこれはぼく個人の妄想でしかない。
似たようなスキルの持ち主がこの場所にいる――それはそれで剣呑だけど、そう考えるのが現実的思考だろう。
667
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:11:19 ID:dh9efGCs0
スキルの持ち主と言えば、北村くんと忍者の人を殺害したのは”師匠”と呼ばれる人物である可能性があるんだっけか。
名簿上には確かに”師匠”という名前が記されているが、この呼称もまた”彼女”の存在を想起させる。
なんにせよ、それはぼく自身の感傷や思い出といったものでしかないけど。
「じゃあ、いっくん手伝ってくれるか?」
「手伝う?」
「ああ、このオッサンの死体。このままにはしておけねぇだろ?
また誰かが風呂を使いたくなるかもしれねぇし、こんな湿っぽくて熱い場所に放っておいたらすぐに腐っちまう。
大体、悪人って言ってももう死んだ人だしな。
墓までは無理でもどっか落ち着いた場所くらいにはってのが、上条さんとしての礼節なわけですよ」
「なるほどね。それは賛成だ。少なくとも腐った死体なんてのは見たくもないしね」
幸いと言っていいのかどうか、死体は死後硬直が始まっているようで運びやすい状態だ。
上条くんの言うとおりこんな場所でほっとけば遠からず崩れてぐずぐずになってしまうだろうし、移動させるなら今の内だろう。
ぼくは死体の足元に回ると硬くなった足首を掴んで持ち上げた。
上条くんは”頭のない頭側”に回って、転がっていた頭部を身体の上に乗せてから肩を掴んで持ち上げる。
見た目どおりの重さだ。こいつはちょっとした棚なんかを運ぶ感覚に似ている。
そして既視感を感じる行為でもあった。
首切り死体の移送。それをぼくはこの春に2回も経験している。あれを2回と言うか1回だと言うかは微妙なところだけど。
「後で北村や黒桐さんの死体もどうにかしてやらねぇとな。あっちもあれでほったらかしじゃ悪いし」
「上条くんはなかなかに”いい人”だね」
「そんなことねぇよ。俺はただ自分の気持ち悪いことに我慢ができないってだけだから」
「普通の人はそういう時でも面倒くさがったり損得を考えちゃうものさ」
「だったら俺は頭が悪いだけだ。損な役回りだなって思うことばかりだしな」
「まぁ確かに、美徳と最善最良は似て非なるものだよね」
そして、ぼくと上条くんとは濡れた足場で足を滑らせないよう一歩ずつ慎重に浴室の中を横切ってゆくのだった。
668
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:12:21 ID:dh9efGCs0
【第三殺害現場 《クビキリメンバー》 -検証】
運び出した死体を適当な空き部屋に安置したぼくと上条くんはその後、皆の待つ客間へと戻っていた。
途中、部屋の番号をド忘れして迷子になりそうになったけど、そこは上条くんの記憶のおかげで事なきを得て、
同じく戻ってきていた千鳥さんに女湯での成果を報告し、お茶をいただいて一息をついたというところ。
「なんですか、女の子は甘いものでできてるって本当なんですか――って、なによこの大量のドーナツ?」
「ああ、これは涼宮さんが持ってきてくれたんだけどね。当麻は甘いもの苦手だっけ?」
「いや嫌いじゃねぇよ。むしろ糖分の補給はありがたいですよ。けど面食らったっていうか、まぁいただきます」
「上条くんもじゃんじゃん食べていーからね。まだまだあるし」
なんというか和やかな空間になっていた。あのビクビクしていた姫路さんも今ではもふもふしている。
ミスタードーナツ万能説か。いや、やっぱりドーナツには人を馬鹿にする成分が混じっているのかもしれない。
どうせなら亜美ちゃんも戻ってくればいいのに。フレンチクルーラーもいっぱいあるのだから。
「それで、千鳥さんに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ん? いいけどなに?」
ほうっておくと皆がドーナツを食べるだけの人間になってしまいそうな錯覚を起こしたので自分から話を振ってみる。
この場所におけるミステリ的な状況のうち、大体は概要を掴めたのだけど、まだひとつ不明な部分が残っているのだ。
正確にはこの場所の外で起きたことだけど、風呂場の死体と大きな関連性があると見られるので無視はできない。
「千鳥さんが遭遇したっていう”櫛枝実乃梨”の姿をした何者かについてなんだけど」
なにがミステリかというと、これこそミステリというものが最後に残っていたこれだ。
千鳥さんいわく、偽物の登場である。怪盗百面相もかくやとなれば、もうミステリというより古い探偵小説の趣だった。
「ああ、それのことね――」
経緯を説明するとこういうことだ。
温泉施設に向かっていた千鳥さんは、その温泉施設の近くで櫛枝実乃梨と再会した。
再会ということは既に面識のある人物であり、彼女は特に警戒することなく櫛枝さん(?)と会話をする。
その櫛枝さんが言うには、
温泉施設の中で北村くんの死体を見て、千鳥さんと上条くんの仕業じゃないかと思って彼女らを探していたらしい。
だが幸いにも誤解はすぐに解けた。
そして、櫛枝さんは温泉施設の中にガウルンとおぼしき人物が入っていったから気をつけろとも助言してくれたのだ。
ところがここらあたりから彼女の言動がおかしくなる。
武器になるものがあるかと尋ねられた千鳥さんがスタンガンを見せると、それが何なのかわからなかったらしい。
千鳥さんはスタンガンの説明をしているうちにそれに気づくが、そこで唐突に投げ倒され、気絶させられてしまった。
しばらくして気づくと櫛枝さんの姿はなく、自分の荷物も持ち去られたらしいとわかる。
さて困ったが、上条くんとの約束もあるので千鳥さんは危険を承知で温泉施設へと向かうことにした。
そこで――
「――ガウルンが死んでるのを見つけたのよね」
ついでに、ガウルンが持っていたらしい銛撃ち銃と、気絶している間になくなっていた鎌もそこで見つかった。
もっとも、どちらも壊れて使い物にならなくなっていたので、この部屋を掃除する際にゴミと一緒に捨ててしまったが。
重要なのは鎌の方だ。奪われた物がそこにあったということは、つまり奪った者がガウルンを殺したと推測できる。
「その、櫛枝さんって前の放送で名前を呼ばれちゃってた、わよね……?」
ハルヒちゃんがおずおずと尋ねた。その通り、彼女の名前は呼ばれている。
つまりすでに死んでしまった人間だということなのだけど、そこが問題をややこしくしていた。
彼女が存命なら、また会った時に問いただせばいいと結論は出るのだが、もういないのならそうはできない。
669
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:13:10 ID:dh9efGCs0
「だったらあれか? 櫛枝が千鳥から武器を奪って温泉まで戻り、そこでガウルンってオッサンを殺して
でもってその後すぐに他の誰かに殺されちまったってことになるのか?」
ひとつの可能性としてはそれも考えられた。
しかし時間的余裕や、千鳥さんや上条くんらの知る櫛枝実乃梨のパーソナリティを考慮すると大きな疑問が生じる。
「亜美は絶対偽物だって言ってたし、私もあれが本物の櫛枝さんだとは思えないのよねぇ……」
「だとすれば誰かが変装していたってことも考えられるね」
こういった状況下であるし、ましてや一度しか会っていない相手だ。
同じ制服を着たり、特徴を少し掴んだ姿をしていれば本物だと勘違いさせることは決して難しくはないだろう。
「だったら能力者ってのも考えられるぜ。
学園都市には相手の感覚に偽の情報をつかませて、姿を消したり別の人間だって思わせるやつもいるんだ。
そういう能力者や魔法使いみたいなのが千鳥を騙したのかもしれない」
変装の達人と言えばぼくはあの人を思い浮かべるが、なんにせよ一時的に騙すぐらいなら不可能ではないということだ。
そして、千鳥さんの前に現れた櫛枝さんが偽物だとすると今度は別の問題が生じる。
「えっと、じゃあ……なんでその櫛枝さんの偽物は千鳥さんのこととか北村くんのことを知っていたわけ?」
ハルヒちゃんの言うとおりだった。
偽の櫛枝さんとおぼしき人物は、本人かまたは彼女の近くにいた人物でないと知りえないことを知っていた。
そうだとするとあまり愉快ではない想像をしなくてはならないことになってしまう。
「ひとつの可能性としては、彼女と同行していた人物の中にその偽物になった人物がいたことになるね」
「木下さんか、シャナちゃんってこと? でも木下さんは亡くなってるし……」
「シャナがってのもちょっと想像できないな。絶対とは言えないけど、そんな柄には見えなかったぜ?」
千鳥さんが櫛枝さんと交流した時、その場にいたのは上条くんと、木下さんとシャナという少女がいたという。
もし犯人がいるとするならばこの中に潜んでた可能性が高い。
となると消去法で考えるとシャナという子しかいなくなるのだが、どうやら千鳥さんと上条くんはありえないと思っている。
だとすれば、どこからならば千鳥さんと櫛枝さんの情報を得られるのか?
盗み見していた人物がいたとも考えられるが、それよりも妥当で説得力のある解答がひとつ存在した。
「それじゃあ、こう考えるしかないね。偽者の櫛枝さんに千鳥さんの情報を教えたのは”櫛枝さん本人”であった」
これが、一番妥当で説得力のある答えだ。
「どういうことなのいっくん?」
「何も彼女が進んで話をしたとは限らない。
彼女がもう死んでいる以上、無理やりに情報を吐かされ、その後入れ替わるために殺害された可能性がある」
犯人に自由に変装できるスキルがあり、ある程度腕に覚えがあって、偶然を挟まないとするとこれが最もありえる。
「なんにせよ、本物の櫛枝実乃梨を殺した人物と、その偽者となった櫛枝実乃梨とが同一なのは間違いないと思う。
多分だけど偽物が千鳥さんに語った櫛枝さんの動向は真実じゃないかな」
「私を探してたってところ?」
「そう。本物の櫛枝さんも、本当にひとりで千鳥さんを探してここを出た。
けれど運悪く、偽物となった人物に行き当たってしまった。
そしてなんらかの方法で事情を聞きだされ――それは穏便なものであった可能性も充分あるけど、
相手に有益だと思われてしまい、入れ替わりのために……つまり、入れ替わる以上本物は邪魔になるので――」
「――殺されたっていうのかよ」
「そうだね。それで衣装や荷物を奪われたと見るのが、今のところは一番想像しやすい真相かな」
もっとも、言葉の通りに今のところは一番想像しやすいというだけにすぎない。
ぼくが今思いつくパターンの中では可能性が高いだろうというだけで、実際の真相に近い保障なんてできやしない。
なにせ情報が圧倒的に不足しているのだ。あらすじだけでミステリを解いてみようとするようなものである。
実際に無視できない穴はある。例えば千鳥さんはどうして殺されなかったのか等々。疑問を数え上げればきりはない。
けど、この場においての着地点としては上々なはずだ。
670
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:14:07 ID:dh9efGCs0
「じゃあ、今頃シャナはどうしてるんだろうな?」
「ここから櫛枝さんが飛び出して行ったって言うのが本当なら、シャナちゃんも追いかけて行ったと思うけど」
「それで誰かに襲われて木下が……か?
どっちにしろ、入れ違いになったのは変わらないみたいだな。
だったら、涼宮が言ったようにこっから教会に向けてひとつずつ当たって行くのがいいんじゃないか?」
「そうよね。ソースケもどこにいるのかわかんないし、地味にいっこずつ見て行くのがいいみたい」
うん。これは悪くない展開のはず。
もっとも、ぼく自身に”無意式”がある以上、100%の保障はできないのが辛いとこだけど。おそらく、今は大丈夫なはずだ。
あれはあくまでぼくの外側にある流れを破綻させるものだから、ぼく自身がこの流れの中で前を向いている限りは……、
おそらく。
きっと。
多分。
楽観的に見れば…………、ちょっと自信なくなってきたけど、どうかうまくいきますように。……ねぇ、神様?
「じゃあ! そうと決まればちょっと休みましょう。川嶋さんも説得しないとだしね!」
「それで、川嶋さんの機嫌がなおったらみんなでまずは学校に向かいましょう!」
「おいおい待てよ涼宮。みんな疲れてるはずだし、腹ごしらえもだな――」
「ここにたくさんあるでしょう?」
「だからドーナツだけでなくてだな、上条さんはこう晩飯的なものをいただきたいと思ってるわけですよ。
その、主にたんぱく質だとか脂質だとか」
「ああ、別に勝手にすればいいけど。そう言えば、私もここで温泉に浸かりたかったのよね。
1日に1回ぐらいはお風呂に入っておきたいし、せっかく温泉が目の前にあるのに入れないのは癪だわ」
「別にそれはいいけど、単独行動は危険だよハルヒちゃん」
「だったらあんたが見張りに立ちなさいよ。でも覗いたら絶対死刑だけどね」
「姫路はどうする……って、ちょっと大丈夫か?」
「……………………」
「色々あって疲れてたのよね。
今は休むといいわよ。あたしがお布団引いてあげるし……ってことで男子は退出ー!
そこに鍵があるから適当な部屋に……じゃなくて隣の部屋にいなさい。なんかあったら呼ぶから」
「まぁ、別にいいけどよ。じゃあ晩飯はどーすんだ? どーせ作るんならあんま量は関係ねーけど」
「じゃあ私たちの分もお願いしようかな。なんならあたしも手伝うけど?」
「千鳥さん。そんなの、いーにやらせればいいわよ。ねぇ、料理ぐらいできるんでしょう?」
「まぁ、いいけどね。上条くんが言うとおり量は増えてもそんなに手間は変わらないよ」
そしてぼくは上条くんと一緒に追われる様に、もしくは解放される様にその部屋を後にした。
仮初めの平穏はまったくもって戯言のそれでしかないけれど。戯言で築き上げられた砂上の楼閣にすぎないけれど。
ばくたちは今、死体に囲まれていて。そしてその外側には更に多数の死体があり、死体の数だけ殺人があるけれど。
状況は、これっぽちも変化しておらず、ぼくらは未だ絶望する中にしかいないのだけれども。そうでしかないのだけど。
まぁ、それでも。今はこうでもいいんじゃないかと、思った。ここにはこんなにも心地よい人間ばっかりなのだから――
この6人ではミステリは発生しえない。それが今唯一の、ぼくが保障できる解答だった。
671
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:14:49 ID:dh9efGCs0
【エピローグ 《melancholy girl x0》】
ゴウンゴウンゴウン――と、金属の桶がぐるぐると回っている。率直に言えば洗濯機がぐるぐると回っていた。
ここは温泉施設の中にある洗濯室。コインランドリーのような場所と思ってもらってくれればかまわない。
あの後、ぼくと上条くんは女性3人が陣取る部屋の隣にぼくたちの部屋を確保した後、すぐにそこを出た。
そして上条くんが下水の匂いが染み付いた制服を洗濯したいと希望したので今ここにいるのだ。
姫路さんならともかく、上条くんの体操着姿なんかずっと見ていたくもないのでぼくは一も二もなくそれに賛成した。
「悪いな。つきあわせちまって」
「いやいやこちらこそどういたしましてだよ」
見納めだからといっても、ぼくは上条くんの体操着姿を凝視することなどなく、何もない壁を見ながら思索に耽る。
とりあえず、慌しい状況が落ち着いたので、現状の確認と今回の自己採点だ。
今現在、亜美ちゃんだけは別室に引き篭もっているという状況だけど、人間関係はそこまで悪くはない。
千鳥さんや上条くんは言うに及ばず、姫路さんの状態もこの人間関係の中なら大丈夫だろう。
懸念しておかねばならないのは、彼女が殺害した黒桐幹也の関係者であると想像できる黒桐鮮花の存在だ。
姉か妹か母か従姉妹かは知らないけど、無縁でないとするならば恨みを買ってもしょうがない。
まぁ、それはその時として、ハルヒちゃんの状態も良好だ。
どうやら彼女は人がたくさんいる場合の方が気丈になるらしい。今までよりも明るい顔が何度も見れた。
流れとしてはこの後、いくつかのミステリアスなスポットを当たって行くわけで、
その場所自体にはなんの期待もないけれど、ハルヒちゃん自身がそこに”当たり”を生む可能性には期待できる。
それもその時だけど、都合よくことが運べば思ったより早くに解決の糸口みたいなものが見つかるかもしれない。
となると、問題は引き篭もった亜美ちゃんの存在か。
しかしぼくは女の子をかどわかすスキルなんて所持はしていないので、これは時間に頼るしかないだろう。
おそらく、こちら側が楽しくしていれば亜美ちゃんも姫路さんへの疑いを緩くするはずだ。
所謂、天岩戸作戦。まぁ、これは千鳥さんやハルヒちゃんに任せておけばいい。
時間がかかってしまうのも仕方ない。
元々1日の4分の1ぐらいは休息に使わねばならないのだから、今というタイミングは丁度いいと前向きに捉える。
で、自己採点だけど……ぎりぎり60点ってところか。赤点は免れたけど、満点には程遠い。
表面上の問題はだいたい取り繕った。ここらへんは戯言遣いの面目躍如である。
この6人のグループ内において大きな問題がすぐに噴出することはない。この点はクリアだ。
しかし、外側の脅威に対する策はこれっぽちも用意できていなかった。
第一の殺害現場の犯人は素人――つまり姫路さんの犯行であって、これはもう脅威足りないけど、他は違う。
朝倉涼子に師匠と呼ばれる人物。そして櫛枝実乃梨を騙った何者か。どれも対抗するにはリスクの大きな相手だ。
そして、脅威の数はそれだけではないだろう。
実効的な実力による脅威いう意味においてはこの6人は脆い。むしろグループと化したことでなお脆くなった。
この点はぼくにはフォローできない。
そういう意味では60点は満点だと言えるけど、しかしそんな自己満足じゃぼくたちはぼくたちの命を守れない。
「ほんと、なんであいつは死んでしまったんだ。ぼくから見れば唯一の頼れる実力者だったのに――」
「なにか言ったか、いっくん?」
「ああ、なんでもないよ。ただのないものねだりさ」
……なんでみんなよりにもよって”いっくん”なんだろうね。上条くんにしても千鳥さんにしても。
まぁ、彼らに”いーちゃん”とは呼ばれたくないし、
”いの字”とか”いのすけ”なんかよりかは”いっくん”が選ばれやすいんだろうというのは承知しているけど。にしてもだ。
672
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:15:42 ID:dh9efGCs0
「そうだ上条くん。ひとつ質問してもいいかな?」
ぼくのことを”いっくん”と呼ぶのなら。これも懐古のひとつだけど、この質問を彼にぶつけてみよう。
「君は、姫路瑞希を――殺人者としての姫路瑞希を許容できるのかい?」
庇護されるべき女の子としての姫路瑞希じゃない。殺人を犯した事実を持つ姫路瑞希を――だ。
それはつまり、現実的な妥協という意味での許容ではなく。一個人の価値観として殺人を許せるのかと認めるかということ。
「彼女のことを可哀想だって思ってあげることは容易い。彼女のことを保護するのは男性としてはある意味当然だ。
けど、そういう問題ではなく、君は彼女が殺人を犯したという事実をどう捉えているのか、それを聞いてみたい」
本来ならば、この質問は姫路さん自身にぶつけるものだから、これは所詮戯言、所謂余興にしかすぎない。
ただの興味本位だ。上条当麻という人物が何者かであるのか。そこに対するちょっとした好奇心。
「そんなことは関係ねぇよ。やったことはやったことだ。”覆水盆に返らず”ってぐらいならこの上条さんだって知ってるぜ。
姫路が黒桐さんって人を殺したのは事実だ。
だからもしここに警察がいるってんなら、俺は姫路が警察に行くよう説得するだろうし引っ張ってでも連れて行く。
姫路の罪自体を受け入れたり許したりってことはしない……っていうか、それは俺のすることじゃない。
俺には姫路を裁く権利なんてねぇよ。だから罪を許容するとかしないとかは関係ないんだ。
そして、俺は姫路を守る。
誰にだって姫路をいたずらに傷つける権利なんてないし、そんなことは罪とは関係なく許されるもんじゃない。
だから俺はここで最後まで姫路を守るって決めたんだよ。
姫路を傷つける何者からも、姫路が自分自身を傷つけちまうってことからもな」
「どうして、君は姫路さんを助けるんだい?」
「困ってて助けを求めてたんだ。だったら助けるだろ。女の子でもオッサンでもな」
それが上条当麻の解答。
あぁ、戯言だ。この場合はぼく自身の存在がまごう事なき戯言。
彼は――上条当麻はぼくの意地悪に対し、見事なカウンターを返して見せた。
あまりに綺麗に決まりすぎて気持ちがよくなるくらいの一撃。そう。これこそが”正解”というものだ。
673
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:16:17 ID:dh9efGCs0
そして、”とある彼との共通点《メインヒロイン》”。
「そう言えば、いっくんも学校の校庭に書かれてた魔方陣みたいなのを見てたんだっけ?」
「ぼくは夜のうちだったから、そこにあると気づいたくらいだったけどね。上条くんは何かわかったのかい?」
「いんや。俺にはさっぱり――ここにインデックスがいたらなにかわかると思うんだけどな……」
「インデックスというと君が探している女の子だっけ?」
「ああ。いっくんのほうは玖渚友って女の子を探してるんだよな?
まぁ、こっちの話だけどあいつは魔術(オカルト)の専門家だからな。それが魔術関係ならわかったろうになって話」
「なるほどねぇ。こっちのあいつは電子(デジタル)の専門家だけどね。だからこの場合は役に立たない。
でも、記憶力だけは異常だからね。こういう場合、常に隣にいると便利なんだけど」
「インデックスも記憶力はすごいな。読んだ本の1頁1文字すら忘れない。
もっとも食欲の方がすごいけど……あいつちゃんとメシくってるのかなぁ……」
「あいつは普段は食べないくせに食う時は異常に食うしなぁ。今がその飢えてる時でないといいけど……」
「玖渚友って子は小さな女の子だっけ?」
「インデックスって子は小さな女の子だっけ?」
「そうだな。ついでに貧相なお子様体型《ロリータ》だ」
「そうだよ。ついでに貧相なお子様体型《ロリータ》なんだ」
「…………」
「…………」
「早く無事見つかるといいな」
「早く無事見つかるといいね」
あの零崎人識を鏡の向こう側の自分とするならば、上条当麻は夏休み前に立てたスケジュールみたいな存在だった。
つまり、ある時描いた理想形というやつ。
ぼくと上条くんはおそらく、多分、本質や素材という部分で相似する部分が多くあるとそう思う。
そしてぼくは夏休みの宿題なんかこなす意味はないと置き去りにした結果、最後に痛い目を見た捻くれ者の愚か者だ。
彼の夏休みはこれからだろう。
そして、彼はぼくとは違って必要以上に宿題をこなす人物に違いない。それこそ、人の宿題にまで手を出すような。
「上条くんは夏休みの宿題はちゃんと計画立ててこなすタイプ?」
「いやー、そうしないといけねぇとはわかってんだけど、毎年八月末に大童ですよ」
「そう。じゃあこれからはちゃんと最初からがんばれるようにするといいよ。
機会があるならぼくも少しぐらいは手伝ってあげてもいいさ。こう見えても、勉強を教えるのは得意なほうでね」
「それはありがたい……けど、どうして急にこんな話題に?」
「ああ、それはね――」
――戯言って言うんだよ。
【E-3/温泉/一日目・夕方】
674
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:16:47 ID:dh9efGCs0
【千鳥かなめ@フルメタル・パニック!】
[状態]:健康、まだ喰えるけど?
[装備]:とらドラの制服@とらドラ!、ワルサーTPH@現実
[道具]:デイパック、基本支給品x2、御崎高校の体操服(女物)@灼眼のシャナ、黒桐幹也の上着
客間の鍵(マスター)、客間の鍵(女部屋)、客間の鍵(その他全部)
血に染まったデイパック、ボイスレコーダー(記録媒体付属)@現実、不明支給品x1-2
[思考・状況]
基本:脱出を目指す。殺しはしない。
0:姫路さんを休ませる。
1:亜美を説得。
2:施設を回り、怪しいモノの調査。
└まずは学校の魔方陣(?)。その次に教会地下の墓所の予定。その次は図書館?
3:知り合いを探して合流する。
[備考]
登場時期は、長編シリーズ2巻、3巻の間らへん。
※「銛撃ち銃(残り銛数2/5)@現実」と「小四郎の鎌@甲賀忍法帖」は遺棄されました。
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:健康
[装備]:弦之介の忍者刀@甲賀忍法帖
[道具]:デイパック、基本支給品、大量のドーナツ@ミスタードーナツ
[思考・状況]
基本:この世界よりの生還。
0:姫路さんを休ませる。
1:休憩しながら晩御飯を待つ。
2:その後、出発までに温泉に入る。
3:施設を回り、怪しいモノの調査。
└まずは学校の魔方陣(?)。その次に教会地下の墓所の予定。その次は図書館?
4:朝倉涼子に会ったら事情を説明してもらう。
[備考]
登場時期は、一学期終了以降。
【姫路瑞希@バカとテストと召喚獣】
[状態]:失声症、左中指と薬指の爪剥離、微熱
[装備]:ウサギの髪留め@バカとテストと召喚獣
[道具]:
[思考・状況]
基本:上条当麻と共に生き続ける。未だ辛いことも多いけれど、それでも生き続ける。
0:安心したらぼーっと……。
1:このみんなとなら一緒にいれそう。
※御崎高校の体操服から元々自分が着ていた制服に着替えました。
675
:
トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:17:20 ID:dh9efGCs0
【いーちゃん@戯言シリーズ】
[状態]:健康
[装備]:森の人(10/10発)@キノの旅、バタフライナイフ@現実、クロスボウ@現実
[道具]:デイパックx2、基本支給品x2、大量のフレンチクルーラー@ミスタードーナツ
ブッチャーナイフ@現実、22LR弾x20発、クロスボウの矢x20本、トレイズのサイドカー@リリアとトレイズ
[思考・状況]
基本:玖渚友の生存を最優先。いざとなれば……?
0:何か腹にたまるものを作ろう。
1:当面はハルヒの行動指針に付き合う。
2:↑の中で、いくつかの事柄を考え方針を定める。
├涼宮ハルヒの能力をどのように活用できるか観察し、考える。
└玖渚友を探し出す方法を具体的に考える。
3:施設を回り、怪しいモノの調査。
└まずは学校の魔方陣(?)。その次に教会地下の墓所の予定。その次は図書館?
4:零崎人識との『縁』が残っていないかどうか探してみる。
[備考]
登場時期は、「ネコソギラジカル(下) 第二十三幕――物語の終わり」より後。
【上条当麻@とある魔術の禁書目録】
[状態]:全身に打撲(軽)
[装備]:御崎高校の体操服(男物)@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式、吉井明久の答案用紙数枚@バカとテストと召喚獣、不明支給品x0-1
七天七刀@とある魔術の禁書目録、上条当麻の学校の制服(洗濯中)@とある魔術の禁書目録
[思考・状況]
基本:このふざけた世界から全員で脱出する。殺しはしない。
0:何か腹にたまるものを作ろう。
1:姫路を守る。
2:千鳥や一緒にいるみんなを守る。
3:出発前に温泉にある遺体を安置したい。
4:施設を回り、怪しいモノの調査。
├まずは学校の魔方陣(?)。その次に教会地下の墓所の予定。その次は図書館?
└特に教会の地下は怪しく感じている。
5:その最中に知り合いや行方知れずのシャナを探して合流する。
【川嶋亜美@とらドラ!】
[状態]:満腹、不安、疲労
[装備]:グロック26(10+1/10)
[道具]:デイパック、支給品一式x2、高須棒x10@とらドラ!、バブルルート@灼眼のシャナ、
『大陸とイクストーヴァ王国の歴史』、包丁@現地調達、高須竜児の遺髪
[思考]
基本:高須竜児の遺髪を彼の母親に届ける。(別に自分の手で渡すことには拘らない)
0:……………………。
1:祐作のことはどうしようか?
676
:
◆EchanS1zhg
:2010/10/06(水) 22:18:56 ID:dh9efGCs0
以上、投下終了しました。
今回は長くお待たせして申し訳ありませんでした。以後、こういうことがないよう注意します。
規制中ですので、どなたか本スレに投下できるかたがいましたらよろしくお願いします。
677
:
浅羽直之の人間関係【改】
◆LxH6hCs9JU
:2011/02/11(金) 02:47:07 ID:kGWL/FD20
フ「フフフ、それもそうだね。話を戻すと、このパイロットスーツは伊里野加奈が消えた時点でまだ世界に残っていた。
ということはつまり、これも『伊里野加奈が存在した証』にはならないということさ。結果論かもしれないがね。
では、このパイロットスーツはいったい誰のものなのか……仮説にしかならないが、伊里野加奈以外の誰かのものなのだろう。
伊里野加奈は存在しないのだから、このパイロットスーツを着ていたのも伊里野加奈以外の誰かということになる。
いや、着ていたとも限らないか。まあ、深い問題でもないさ。このパイロットスーツは灯台に落ちていて、白井黒子が回収した。
彼らにとってはそれだけのものでしかないのさ。わかったかな、マリアンヌ?」
マ「真相は闇の中……ということはわかりました。やっぱり、釈然としませんけど」
フ「世界とはそういうものなのさ。さあ、最後のお手紙を読むとしようか」
Q:マ『伊里野加奈が初めからいなかったことになるのなら、榎本は誰に殺されたことになるのですか?』
A:フ『「もうここには存在しない伊里野加奈」だよ』
マ「……えっと、つまりどういうことですか?」
フ「真相は闇の中、さ」
マ「えー!?」
フ「存在が消えても、消えた人間が周囲に与えた影響はある程度残ってしまう。榎本の死は、まさにそれだね。
伊里野加奈が消えても、榎本が誰かに殺されたという事実は覆らない。となると、彼を殺害した人物は誰かという話になる。
ここで伊里野加奈以外の誰かが榎本殺害の実行犯になる……というわけではない。そういう風にはならないんだ。
では、どういう風になるのか。どういう風にもならない。榎本は『誰か』に殺された。そういうことにしかならないのさ」
マ「釈然としません!」
フ「そうだろうね。だからこその『世界の歪み』だ。放置していれば災厄が起こってしまう……そうさせないのが、フレイムヘイズなのだよ」
マ「今回の一件で、『炎髪灼眼の討ち手』や『万条の仕手』はフリアグネ様を狙うでしょうか?」
フ「さあ、どうだろうね。彼女たちが私の意図を正しく読み取れれば、あるいは……?」
マ「なんにせよ、世界はこういう風に修復された。そこに疑問や違和感が生じるのは当然で、それが『世界の歪み』というものなのですね」
フ「素晴らしいまとめだね、マリアンヌ。つまりはそういうことなのさ。
さて、質問もこれで終わりかな? ではここから先は私とマリアンヌの愛の語らいのコーナーということで――」
マ「……残念ですが、フリアグネ様。どうやらそろそろ、お別れの時間みたいです」
フ「な、なんだって……!? そうか……そうなのか……それは……残念だな……」
マ「そんなに気を落とさないでください、フリアグネ様。きっと次の機会がありますよ」
フ「……そうだね。よし、では最後は元気よくしめようか!」
マリアンヌ「では読者のみなさん、今回はこのあたりでお別れです!」
フリアグネ「また諸君に、私とマリアンヌの愛溢るる日々を見せられるよう願っているよ」
678
:
浅羽直之の人間関係【改】
◆LxH6hCs9JU
:2011/02/11(金) 02:48:36 ID:kGWL/FD20
>>677
投下終了です。
さるさん食らったので、ラスト1レスこちらに投下させていただきました。
679
:
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:23:56 ID:0SJ8MdD20
投下開始します。
680
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:25:11 ID:0SJ8MdD20
【0】
――情報が多ければ判断が楽というものではない。
【1】
「これでよし、と」
ショーウィンドウに写る自分の姿に満足すると島田美波は「うん」とひとつ頷いた。
あわせるように黄色いリボンとくくりなおしたポニーテールの髪の毛も頷くように揺れる。
先刻、水前寺と激闘を繰り広げたために髪は見るも無惨に、リボンもいずこへと飛んでいっていたのだが今はもう元通りだ。
右斜め45度から見ても、左斜め45度から見ても、もちろん正面から見ても。
どの角度から見てもこれまでの――まぁ、多少は激闘のなごりも残るものの――可愛い島田美波の姿である。
背筋をピンとのばし、ジャージにほつれた部分がないかを確認すると、短く息を吸って美波は皆の方へと振り返った。
「ん?」
美波の頭の上に“?マーク”が浮かび上がる。振り返ってみれば、どうしてかまた水前寺がぼうっとしているのだ。
まさか、またらしくもない虚無感やアンニュイに囚われているのだろうか?
叩く回数が足りなかったのか。ならばと拳を握ると、美波はアスファルトを踏んでつかつかと水前寺に歩み寄る。
「ちょっと水前寺。なにまたぼーっとしてるのよ?」
「……うむ、島田特派員か。
呆けているなどとはひどい言いがかりだな。が、しかし今はそんなことで言い争うつもりはないのだよ」
少しばかり静かにしてくれたまへと、水前寺は目の前へと掌を突き出してきた。
どうやらぼうっとしていたのではなく考え事をしていたらしい。では、その考え事とはいったいなんなのだろうか?
「ねぇ、一体なんなのよ。また一人で抱え込んで、なんて許さないわよ」
「いや、そういった感情的な問題ではない。今、俺が脳内で行っているのはシミュレーションだ」
「……シミュレーション?」
「うむ」
集中することは諦めたのか、水前寺は美波の方へと向き直ると腕を組んで大きく頷いた。
「シミュレーションって、何のシミュレーション?」
「我々が今帰りを待ちわびている浅羽特派員の行動シミュレーションだ。今現在、彼はどのように行動しているのか? とね」
「こっちに向かって戻ってきてるんじゃないの? だからここで待っているんだし」
手を広げ美波があたりを示してみると、水前寺は「然り」と頷いた。
美波とシャナ、水前寺と悠二、この4人がここで合流して以降、ここに留まっているのは何もなくなったリボンを探すためではない。
そのうち“戻ってくるはず”の浅羽直之の帰りを待つためなのだ。だがしかし、そこに水前寺は疑問を呈した。
「確かに、じきに帰ってくるのではないかと踏んでいたのだが、よくよく考えるとそうならないのでは? と思い至ったのだ」
「え……、それはどういうことなのよ?」
「実を言うと、浅羽特派員に対してはトーチに関する“ほんとうのこと”を一切伝えておらん」
「アンタ、それって――」
絶句する。が、水前寺はまたも掌を突きつけて美波のリアクションを押しとどめた。
681
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:26:36 ID:0SJ8MdD20
「まぁ、このこと自体の是非については今は置いておこう。答えの出ない議論に時間を費やす暇はないからな。
問題は、伊里野特派員が消失した後、彼は素直にこちらへと戻ってくるのか? ということだ」
「えっと、それは…………」
美波も水前寺と同じように腕を組んで頭をひねった。
伊里野加奈の消失。これは間違いない。なので今現在、浅羽直之はひとりだけでいるはずだ。
そして彼女の消失にともない彼が映画館へと向かう理由は失われる。ならばその時点で引き返してくる。……はずだが。
「映画館に向かってたんでしょ。それで、途中で隣にいる伊里野さんが消えた――」
「――そう。そしてその時、その伊里野クンが消えたことすら浅羽特派員が意識しないのだとすれば?」
しかし彼は“ほんとうのこと”を知らないらしい。じゃあ、どうなるのか?
確かシャナから話を聞いた時に、“周りの人間は存在の消失から発生する矛盾には気づかない”と教わったはずだ。
その空恐ろしさに驚いたので美波はそのことについてはよく覚えている。ならば、だとすれば――。
「……もしかして、浅羽くんはそのまま今も映画館に向かってるわけなの?」
「では、専門家に意見を伺ってみようではないか」
互いに冷や汗を一滴たらすと、美波は水前寺と揃ってシャナと悠二の方へと足を向ける。
彼女らは彼女らで何か相談でもしていたらしいが、こちらが近づいていることに気づくとそれを中断して振り向いてくれた。
「坂井特派員とシャナクンにひとつ尋ねたいことがあるのだが――」
悠二を特派員と呼ぶことにシャナがまた目じりを吊り上げたが、水前寺はそれを無視して二人に事情を話した。
浅羽直之には“ほんとうのこと”を一切伝えていないこと。そして彼と伊里野加奈が映画館へと向かうことになった経緯。
更にその上で、現在に彼が状況をどう認識しどう行動しているのか? それを専門家たる二人に問いかける。
答えたのは、悠二とシャナのどちらでもなく、シャナの首から下がったペンダントから響く声――アラストールだった。
「伊里野加奈が消失するまでに心変わりしていないのだとすれば、彼は今も映画館を目指しているのだろう」
彼の厳しい声は、重大な真実を伝えるにはあまりにも効果的だった。
それまではあまり関心なさげだったシャナの顔もわずかに強張る。美波の胸にもざわざわとした不安が湧き上がっていた。
「……で、でも、そうだったとしても一度映画館まで行ったらここまで戻ってくるんじゃない?」
「それを待つ猶予は我々には――いや、我々よりも浅羽特派員にはあるまい。
あの満身創痍の身体では何かあった時逃げることもままならんぞ。いや、そもそも戻ってくる体力があるかどうか」
「じゃあアンタ、なんでそんな状態で行かせちゃったのよ!?」
「彼らには時間がなかったのだからそれについては仕方あるまい! と、言い争っている場合ではない――」
言うが早いか、水前寺は踵を返して駆け出した。
その先には一台の救急車が停めてある。どうやら、映画館に向かっているはずの浅羽を追いかけようということらしい。
時間が経てばいずれは浅羽もここに戻ってくるかもしれない。だがそれまで無事であるという保障はないのだ。
ならば確かに急いで彼を追いかけないといけないだろう。車を使うというのならそれはきっと最良の手段だ。
そう、少なくとも宙吊りで空を飛ぶよりかは大分ましなはずである。
682
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:27:11 ID:0SJ8MdD20
「ねぇ、美波」
ん? と、美波は水前寺を追っていた視線をシャナの方へと戻した。何か彼女から話があるらしい。
一瞬、心の中を覗かれたかと思ったがそんなはずがあるわけもなく、美波は彼女の口元へと注目して次の言葉を待つ。
思い返せば彼女は先ほどなにやら二人で相談していた。
彼女の第一目的は坂井悠二との合流だったわけで、ならばそのことに関することかもしれない。
神妙なシャナの顔。その小さな口が開き――しかし、次に聞こえてきたのはあの“人類最悪”の声だった。
数えて3回目になる定時放送が流れ始める。そして――
救急車のエンジン音が静かな夕暮れの中に大きく響き渡った。まるで、これから加速する物語を暗示するかのように。
【2】
「御坂美琴に古泉一樹。なぁんだ、私だけでなく師匠もちゃんと仕留めていれたのね」
人類最悪の放送を聞き終え、一応とその内容をメモに記すと朝倉涼子はくすりと笑みを漏らした。
「もし古泉くんが死んでなかったらこちらが優位に立つための材料になったと思うのに、残念だわ」
言いつつもそうは感じさせない表情を顔に浮かべ、朝倉は滞在しているファミレスの中を滑らかな動作で進んでゆく。
浅上藤乃が眠る席を通り過ぎ、ひとつ、ふたつめのテーブル。そこまで行くと、そこであるものを手に取った。
「電池の残りが少ないけど問題はないかな。御坂さんじゃなても、充電くらいなら“私”でもできるし」
朝倉の手の中にあったのはピンク色をした二つ折りの携帯電話であった。
おそらくはこのファミレスに食事に来た客がテーブルの上に出して、そのままだったのだろうと推測できるものである。
どうして客はいなくなったのか。それはいつからなのかは依然として不明なままであるが、
ともかくとして、携帯電話自体は使用にあたって特に問題はないものだった。
彼女の言葉通りに電池の残量は乏しかったが、この程度の電量であれば情報改変を用いて充電することはわけもない。
「さてと、浅上さんはいったい誰に電話したのかしら。今もまだ生きている人だといいんだけど――」
あらかじめ聞いておいた電話番号をすばやく入力すると朝倉は電話を耳に当て、相手が出るのを待とうとした。だが、
「あれ?」
しかし聞こえてきたのは“通話中”を知らせる電子音のみであった。
【3】
683
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:27:57 ID:0SJ8MdD20
物語の舞台の中央に位置する城。その城を囲む堀を右側に一台の救急車がややゆっくりとした速度で南下していた。
運転席にはハンドルを握る水前寺がおり、隣の助手席には悠二が、シャナと美波は後部の患者を収容するスペースの中にいた。
病人を搬送するという目的上、この車の乗り心地は決して悪いものではないが、
よくわからない医療機器などが犇いているからか、シャナや美波の表情を見るに居心地はあまりよくないらしい。
浅羽直之を追い越したり見逃さないよう徐行運転で進む中、悠二は携帯電話を耳に当て、ヴィルヘルミナと連絡を取り合っていた。
シャナと無事に合流できたこと。伊里野加奈がトーチとして消失したこと。病院で発見した凶行の証拠など、報告することは多い。
また御坂美琴と古泉一樹の死亡の報を聞き、キョンの安否が気にかかったこともあった。
元はと言えば、警察署に行こうとしていたのは自分なのだ。そのせいで犠牲が出てるのだとしたら悔やんでも悔やみきれない。
「――それで、キョンはまだ戻ってないんですね」
しかしキョンは未だ神社には帰還しておらず、警察署で何があったのかということも不明ということだった。
ヴェルヘルミナの声に悠二は自分がここでこうしててもよいものだろうかと、僅かな焦燥を募らせる。
『御坂美琴及びキョンなる者が順調に帰還を果たしたならば、次に上条当麻の捜索を開始する予定でありました。
ですが、今はそうもいかなくなってしまったのであります』
常に冷静を務める彼女の声の中にも僅かな焦燥があるように思えた。
警察署の捜索は悠二捜索の足掛かりになるはずで、古泉一樹を捕らえれば貴重な情報源にもなるはずだったのだ。
そして、彼らが帰還すればシャナが出会ったという上条当麻なる“全ての異能を破壊する男”を探す予定でもあったのだ。
だがそれらは警察署で起こったなんらかのトラブルによりご破算となり、計画は大きく後退することとなってしまっている。
『炎髪灼眼の討ち手の早急なる帰還を要請するのであります』
『即時実行』
ヴィルヘルミナの声に彼女の冠するティアマトーの声が重なる。
御坂美琴という人員が失われた以上、その空白を埋めるためにシャナを帰還させるというのは当然の道理だろう。
悠二と合流するという当座の目的は達したのだ。
ならば、次に優先すべきはキョンの捜索と警察署で起きた事実の確認に他ならない。
「それは、そのつもりだったけど」
『何か公開していない事情が――?』
「……シャナがフリアグネの居所を掴んだんだ」
フリアグネの名前を聞き、電話の向こうにいるヴィルヘルミナの気配が変わったように悠二は感じた。
『詳細を』
「うん。直接フリアグネを見たというわけじゃないんだけど――」
悠二は、シャナが百貨店の屋上でフリアグネの燐子を発見したという事実を伝え、
また悠二自身も付近で燐子に遭遇したことから、フリアグネが百貨店を拠点にしているだろうという推測を語った。
そして、水前寺や美波の避難をシャナに任せた後、単独で百貨店に潜入。そこで少佐なる者の狙いやフリアグネとの関係を突きとめ、
その後にまたシャナと合流して二人でフリアグネの討滅に当たる予定だったと。
「アラストールは再び《都喰らい》が行われるかもと言ってるんだ。だからここは早く手を打たないと――」
『待つのであります』
悠二は事の緊急性をアピールしたが、ヴィルヘルミナはそれを遮り加えてその計画に問題が多すぎることを指摘した。
684
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:28:30 ID:0SJ8MdD20
『フリアグネは“狩人”の通り名が示す通りに強者として名高き紅世の王。
尋ねるのでありますが、今現在あの王と合間見えたとして再び勝利を得ることが可能だと考えているのでありますか?』
それは……と、悠二は口ごもる。
シャナはあれ以来、戦闘の経験を重ね確実に強くなっている。悠二にしても“存在の力”を制御するに至った。
二人の実力は大きく高まっていると言えるだろう。だがしかし、そもそもとしてあの王に勝てた一回が偶然と幸運の産物でしかない。
フリアグネはヴィルヘルミナが言う通り、幾多のフレイムヘイズを狩ってきた最強の王の一人。
冷静に指摘されてしまうと、悠二としてもまた勝てるとは断言できなかった。
『加えて、今は“少佐”なる不確定要素が存在するとのこと。ならば事を起こすにはより慎重であるべきでありましょう』
『早計』
そして、万条の仕手なるフレイムヘイズがここにいるのにも関わらず、そちらだけで決めるとは何事かとも悠二は怒られた。
確かにそれはその通りで、そう言われてしまうと悠二としても返す言葉がない。
相手は紅世の王なのである。ならば、その討滅にあたってヴィルヘルミナも参戦するのが当然なのだ。
だが、悠二もそれらについてまったく考えていなかったわけではない。それを踏まえても今回は緊急性が高いと判断したのだ。
「けど、もしフリアグネが再び《都喰らい》を企てているのだとしたら――」
周辺の物質をすべて存在の力へと還元してしまう《都喰らい》。もしこれが実行されればこの狭い世界は跡形もなく消えてしまうだろう。
その後に生きていられるのは恐らくフリアグネ本人のみ。だとすれば、これだけはどれだけ犠牲を強いても回避しなくてはならないのだ。
打倒は無理だとしても計画の阻止だけは、と――だがそれについてもヴィルヘルミナは疑問を呈した。
『《都喰らい》……それを想定するに至ったトーチの存在についてでありますが、
伊里野加奈は自然消滅したと、それで間違いないのでありましょうか?』
「その瞬間は見ていないけど、おそらくは……、存在の力も希薄だったし、間違いないと思う――」
自分で発言し、その瞬間に悠二はこの事態における根本的な矛盾に気がついた。
ヴィルヘルミナが疑問を感じるのも当たり前だ。
フリアグネが真に《都喰らい》を画策しているのだとすれば、用意したトーチが“自在法が発動する前に消滅してしまう”のはおかしい。
《都喰らい》の要は、同じ場所に多くのトーチを同時に存在させることにある。これではこの条件が満たされない。
『どうやら理解された模様』
『単純明快』
「うん、確かにフリアグネが《都喰らい》を狙っていると決めつけのは早かったよ。けど、何も狙いがないとも思えないんだ」
『同感でありますが、現状では情報が不足しているのであります。それについては後々に』
悠二は食い下がるも、ヴィルヘルミナはあっさりと話を切り上げてしまうとシャナと電話を代わるように命じた。
シャナから話を聞いてやってきたというトーチが今神社にいるらしく、詳しく事情を聞きたいらしい。
逡巡し、返す言葉がないことに気づき悠二はおとなしく従うことにした。
「シャナ。カルメルさんが聞きたいことがあるって」
「うん、わかった」
後ろで待機しているシャナに声をかけて携帯電話を渡すと、悠二は前に向き直り座席に深く身を預けて大きな溜息をついた。
相変わらずヴィルヘルミナ相手だと緊張するということもあるが、
それよりもフリアグネに対峙する為に決めた覚悟が肩透かしに終わってしまったからという部分が大きい。
決死の覚悟であり、また存在の力を扱えるようになった自身が紅世の王と対峙することに対する高揚も少なからずあったのだ。
ヴィルヘルミナの言うことはもっともで、今ここでフリアグネに接触することが必ずしも得策ではないことは理解できている。
けれども、機会を逃したことが惜しいという気持ちが離れないでいた。
685
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:29:03 ID:0SJ8MdD20
「(……もしかすると、僕はただシャナと一緒に戦いたかっただけなんだろうか)」
シャナがヴィルヘルミナと話している内容をそれとなく聞きながら窓の外の景色を眺める。
ゆっくりと流れる風景の中にはなんら剣呑なところはなく、そしてまた浅羽直之の姿もそこにはなかった。
【4】
物語の舞台の中央に位置する城。その城を囲む堀を左側に一台のパトカーがゆっくりとした速度で東進していた。
その運転席には師匠と呼ばれる妙齢の女性がハンドルを握っており、隣の助手席には携帯電話を片手にした朝倉涼子が座っている。
そして後部座席では浅上藤乃が横になってすやすやと静かな寝息を立てていた。
「あなたの見込みどおりであればいいのですが」
「そんなこと言って、師匠ったら乗り気な癖に」
朝倉は携帯電話を耳に当てる。だがまだ相手は通話中のようだった。
そして、この通話中であるという事実が彼女と師匠にある可能性を想像させ動かしているのであった。
【5】
「――うん、だから私の存在の力を注いであげた。ステイルはインデックスが言ってた仲間だから」
水前寺と一緒に浅羽がいないか窓の外を眺めながら、悠二は時折バックミラーに視線を移してはシャナの様子を窺った。
聞いたとおり、ヴィルヘルミナがシャナに確認したかったこととはもう一人のトーチであるステイルのことであるらしい。
「わかった。とにかく一度そっちに戻るから」
バックミラーの中のシャナは携帯電話を耳から離すと眉根を寄せた。どうやら彼女もヴィルヘルミナにやり込められたらしい。
シャナは電話を切ろうとする――と、そこで悠二はまだ報告していないことがあったのに気づいてシャナに声をかけた。
「シャナ。まだカルメルさんに報告しないといけないことがあるんだ。電話をかしてくれるかな」
「ヴィルヘルミナちょっと待って。悠二がまだ話すことがあるって」
シャナから携帯電話を受け取ると、悠二はもう一度バックミラーへと目をやって今度は美波の様子を窺った。
どうやら今彼女は救急車の中にあるものを色々チェックしているらしい。箱を開けてみたり、何かのボンベを持ち上げてみたり、
とにかく彼女がこちらに気を払っていないことを確認すると、悠二は彼女に聞こえないよう小さな声で喋り始めた。
「……病院で死体を見つけたって前に報告したけど、その犯人がわかったんだ」
その内容は、あの録画機能付きの眼鏡に残されていた映像に写っていた人物についてだ。
つまり、病院での4人殺しの犯人であり、美波の友人である吉井明久や土屋康太を殺害した人物のことである。
いつかは知らせるべきだろうし、彼女が彼らの遺体と対面したいと言えばそうさせるべきだろう。
しかし今は浅羽直之を探している最中でもあるし、彼女の心を悪戯に乱す必要はないと悠二は判断した。
686
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:29:41 ID:0SJ8MdD20
『なにか証拠を見つけたということであるのですか?』
「うん。その場面を写した映像がそこに残っていたんだよ」
『ではその人物とは?』
「“キノ”と呼ばれていたよ。本当の名前かはわからないけど、コートを着た背の低くて僕くらいの年齢の人物だ」
『その人物なら、先ほど面会したのであります』
思わぬ反応に、悠二の口から驚きの声が小さく漏れた。
相手はあの冷酷な殺人鬼である。一体二人の間に何があったのか。いや、神社にいた面々は大丈夫だったのか?
『物腰は柔らかなれど剣呑なるところも感じられた故に退去を願いましたが、なるほど殺しを行う人間でありましたか』
『不審人物』
「うん。どうやら集団の中に潜伏して、油断したところを一網打尽に……という戦略らしいんだ」
『納得したのであります。あの時、キノなる者は「手伝えることはないか?」と我々に接触してきたのでありますから』
『常套手段』
『間違いなく我らに対しても同じことを行おうとし狙っていたのでありましょう』
「でも無事ならなによりだよ、こちらも気をつけるからそっちも気をつけて」
どうやらヴィルヘルミナが追い返してくれたおかげで特に被害はなかったと知り、悠二はほっと胸を撫で下ろした。
あのモニターの中に見た光景を思い出すと、本当に何事もなくてよかったと思える。
『して、その殺しの手段はいかに?』
「見た限りでは銃と刀を使っていたよ。自在法のようなものを使っているようには見えなかった。
それと……、これはシズさんが前に言ってたんだけど死体を見る限りかなりの手練だって」
『なるほど。そしてシズでありますか。味方になる可能性があったとしたら彼もまた惜しいことをしたものであります』
「うん……」
先程の放送で名前を呼ばれたのは御坂美琴と古泉一樹だけではなかった。シズの名も一緒に呼ばれたのだ。
悠二も彼の死は惜しいと思う。贄殿遮那を返してもらった時の感触から彼の本質は悪人ではないと感じていたからだ。
もし少しでも出会うタイミングが異なれば一緒に協力できたかもと、そう思うととても残念だった。
『しかし、この報告により新しい問題が浮かび上がってきたのであります』
「え?」
『キノなる者に我々が神社を拠点としていることが把握されているのであります。
不審者の接近は警戒してるとはいえ、これでは拠点としての機能は半減したも同然。移動の必要がありましょう』
「じゃあ、今度はどこに?」
『天文台なのであります。
現在、テッサとインデックスが先行し、更に天体観測中の警備として人員を送る予定でありましたが、
もはやそれも難しいとなれば、全員が一度天文台へと集結し今晩を乗り切るというのが最善の選択であります』
「なるほど了解したよ。こちらのみんなにも伝えておく」
『ではこちらは移動の準備を開始し、炎髪灼眼の討ち手の帰還を待って天文台へと移動を開始するのであります。
そちらも浅羽直之を確保次第こちらへと帰還することを改めて要請するのであります。
フレイムヘイズはともかくとして、人間はちょうど疲労のピークを迎える頃合。
寝て夜を越すにしても固まっていたほうが警備は行いやすいのでありますから』
「わかった。浅羽くんを保護できたらこっちも一度そちらと合流するよ」
ではこちらの者にも説明が必要なので、という言葉を最後にヴィルヘルミナとの通話は終わった。
悠二は携帯電話を握り締めながらまた溜息を漏らすと、隣の水前寺に車を止めるように声をかけた。
【6】
687
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:30:14 ID:0SJ8MdD20
「この電話が鳴るたびに問題が増えるような気がするのであります」
「轗軻数奇」
溜息こそつかないが、傍から見ればそうしそうだと思うような台詞を吐いてヴィルヘルミナは受話器を置いた。
電話のせいかはともかくとして、言葉の通りに問題は増えるばかりだ。
しかし彼女がそこで止まってしまうことはなく、衣擦れの音をさせることなく身を翻すと他の人間が待つ部屋へと戻った。
日焼けした畳敷きの狭い和室に揃っていたのは、ステイル、大河、晶穂――つまりここ残っているうちの全員だった。
半日前はこの倍以上の人間がいたが、しかし今はヴィルヘルミナ自身を数えてもたったの4人しかいない。
そして、御坂美琴や零崎人識などもう戻ってこない者や、行方の知れない者もいる。
「長かったね。なにか重要な情報でも得たのか、それとも話が弾む相手だったのかな?」
「前半分は肯定。後ろ半分は否定なのであります」
詳しい事情を把握してないせいか、それともトーチなのでそうなのか、緊張感がない風にステイルが聞いてくる。
それを軽くあしらうとヴィルヘルミナはスカートの裾を折りたたみ、上品に畳みの上へと腰を下ろした。
「また悠二ってやつからの電話? だったらシャナと美波はちゃんと合流できたの?」
「大きな問題はなく坂井悠二の発見と合流は行われたのであります」
次に発言したのはいつもなにかに怒っている風に見える大河だった。
リハビリのつもりなのだろうか、彼女はずっと鋼鉄の義手の掌を閉じたり開いてガチガチと音を鳴らしている。
「炎髪灼眼の討ち手は速やかに戻ってくる手はずであり、また水前寺他の面々も浅羽直之を保護次第戻ってくる予定であります」
「浅羽が見つかったのッ?」
伏せていた顔を上げ驚くように声を上げたのは晶穂だ。
その顔は少し青ざめている。見知った人物の名前が続けて挙げられるのはかなり堪えるらしい。
「一度は合流し、その後“事情”により僅かに離れはぐれてしまったとのことであります」
「何やってんのよ部長も、浅羽も……」
再びうなだれる晶穂。彼女に対してヴィルヘルミナは“事情”については話さなかった。
彼女は伊里野加奈のことを忘れ去っている。話したところで理解できるはずもなく、逆に混乱し不安を煽ってしまうだけだろう。
そして、話さない、知らせないことがフレイムヘイズの常で、ヴィルヘルミナは常にフレイムヘイズであった。
「ともかくとして、今晩を乗り切るに当たって再び全員を集合させることになったのであります」
ヴィルヘルミナは3人にこれからの予定を説明する。
シャナは悠二と合流し、水前寺も当初の目的であった浅羽を保護しつつある。
美波の友人である姫路瑞希の捜索や、悠二が提案した人類最悪の居場所を探ることなど、他の案件もあるが
そのどちらも具体的な手がかりもなく、いつ達成できるのかも定かではない。
なのでひとまず仲間を集結し、できることからひとつずつ潰していこうというのがヴィルヘルミナの方針だった。
「じゃあ、インデックスもこちらに呼んでくれるのかい?」
「いえ逆なのであります。我々が現在インデックスとテッサが滞在する天文台へと移動するのであります」
なるほど。と、ステイルは頷いた。インデックスが天文台にいるというのは彼からするととても自然なことらしい。
同じ魔術師だけに相通じ理解できるところがあるのだろう。
居場所を知ればいてもいられなくなったのか、今にでも立ち上がりそうなステイルだったが、晶穂の発言がそれを制した。
688
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:31:02 ID:0SJ8MdD20
「あの、キョンさんはどうするんですか? 帰ってくるかも、しれないのに」
「それについては案があるのであります」
「用意周到」
御坂美琴と一緒に警察署へと出向いたキョンは現在行方不明だ。
定時放送で名前が呼ばれなかった以上生きてはいるはずだが、どこでどうしているのかはわからない。
今まさにここへと戻っている最中かもしれないし、逆に怪我を負ってどこかで動けなくなっているかもしれない。
待つか探すかしたいが、残念ながら今はどちらも難しい。なのでヴィルヘルミナは次善の策を用意していた。
「ここに書置きを残すのであります」
「書置き?」
「“後に迎に行くのでここで待たれたし”と記した紙を発見しやすい場所に置いておくのであります」
「天文台にいるって書けばいいんじゃないの?」
思いのほか単純で原始的な回答に晶穂はきょとんとし、大河は義手をガチガチと鳴らしながら疑問点を挙げた。
言葉の通りに、天文台へと誘導する旨を書いてもいいと思える。
しかしヴィルヘルミナはそれは問題があると、大河と残りの2人にその理由を説明した。
「先刻、ここを尋ねてきたキノなる人物が坂井悠二の報告により、集団に入り込み殺人を行う者だと判明したのであります」
晶穂の口から小さな悲鳴が上がり、大河の義手がガチッと音を立て、ステイルの目が剣呑に細められた。
「幸い、前回は追い返したのでありますが、再び訪問する可能性もなきにしもあらず、
また我々がここを拠点としていることを相手に知られてしまっているのは看過できない問題なのであります」
「夜襲警戒」
「故に拠点を移動するに当たって次の移動場所を書き残すことは、その危険性から考えてできないのであります」
仮にキノが神社の面々に接触、または奇襲することを諦めていたとしても、来訪する危険人物はキノだけとは限らない。
逆に、キョンをはじめ行方の知れない上条当麻や姫路瑞希などの歓迎したい人間も来訪するかもしれない。
しかし前者を呼び込むことだけは絶対に避けたい――故に、待機を命じる書置きであった。
「天文台に拠点を移した後、定期的に神社へと偵察へ赴き、害のない人間がそこにいれば迎えるとするのであります」
そして、以上であります。とヴィルヘルミナは説明を終えた。
■
「……キョンさん大丈夫かなぁ」
晶穂がテーブルの上の“待たれたし”とだけ書かれた――いや、それだけしか書いてない紙を見て溜息をついている。
誰がとも、誰にとも、何時とも書かれてないのは期待してない何者かがこれを見た時、余計な情報を与えないためだという。
本当に大丈夫なんだろうかと、大河もそう思いながら鞄の中に自分の荷物を詰め込んでいた。
これもあの几帳面すぎるメイドが言うには、歓迎しない来訪者に余計な情報を与えないためらしい。
自分達がいた痕跡すら残さずに――というのはけっこう本格的っぽい。まるでスパイ映画のようだった。
そして冗談でも笑い事でもない。うきうきしたりなんてしない。本当に人が死んでいるのだから。
「ムカつく……」
右手をぎゅっと握り締めるとガチッと固い音がした。今置かれているこの状況が嘘でないという正真正銘の証拠だ。
結局つけることを諦めたブラジャーを乱暴につっこみながら舌打ちをする。
晶穂が肩をビクっと震わせ(ちょっとゴメン)、紙バックしか荷物のないステイルがクスっと笑った。
689
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:31:51 ID:0SJ8MdD20
「あんたさっきからなんかおかしーの?」
「……あぁ、いやなんだろうね。どこかで君みたいなのを見たことが、いや聞いたことがあるような気がしてね」
ゴシックパンク野郎の言うことは時々、意味不明だった。
神父で、魔術師で、巨人みたいな身長なのに年下。どんな面白存在だと、ツッコまざるをえない。
ゴミも残していかないほうがいいらしいので台所へとゴミ袋を取りに来たら、そこでヴィルヘルミナがシンクを洗っていた。
メイドがキッチンで洗い物をしているなんて当たり前のようでいて、ひどく奇異な光景。
呆れ半分、ピカピカのシンクを見て「洗いすぎ」と――そして不意にモヤモヤとムカムカが心に湧きあがってくる。
ゴミ袋をひったくるように取って部屋に戻ると、もう晶穂とステイルは準備を終えているようで部屋はすっきりとしていた。
元々、そんなに綺麗な部屋でもない。畳みは古くて薄黄色だし、テーブルには焦がした痕があるし、柱も傷だらけだ。
どこにでもあるようなこじんまりとした庶民的な和室。
「晶穂。終わったんなら私のも手伝って」
「う、うん……」
そう、どこにでもあるような、まるで普段から入り浸っている場所のような居心地のよさがここにはあったのだと気づいた。
そして、すこしだけすっきりとした引越し準備中みたいなこの部屋を見て、大河は行きたくないなと思う。
新しい「いってきます」は、これまでに対する「さようなら」みたいだったから。
拳を握ると、またガチッという音がした。
【C-2/神社/一日目・夜】
【ヴィルヘルミナ・カルメル@灼眼のシャナ】
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、カップラーメン一箱(7/20)、缶切り@現地調達、調達物資@現地調達
[思考・状況]
基本:この事態を解決する。
1:シャナの到着を待ち、天文台へと移動。
2:天文台を新しい拠点とし、今後の予定を改めて組みなおす。
├キョンを保護する為、また警察署で何があったかを確認する為に警察署へと人を送り出す。
└上条当麻を仲間に加える為、捜索隊を編成して南方へと送りだす。
3:ステイルに対しては、警戒しながらも様子を見守る。
【逢坂大河@とらドラ!】
[状態]:疲労(小)、精神疲労(小)、右腕義手装着!
[装備]:無桐伊織の義手(右)@戯言シリーズ、逢坂大河の木刀@とらドラ!
[道具]:デイパック、支給品一式
大河のデジタルカメラ@とらドラ!、フラッシュグレネード@現実、無桐伊織の義手(左)@戯言シリーズ
[思考・状況]
基本:馬鹿なことを考えるやつらをぶっとばす!
0:ちょっとアンニュイ。
1:ヴィルヘルミナについて天文台へと移動する。
2:ステイルのことはちょっと応援。
[備考]
伊里野加奈に関する記憶を失いました。
690
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:32:23 ID:0SJ8MdD20
【須藤晶穂@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:健康、意気消沈
[装備]:園山中指定のヘルメット@イリヤの空、UFOの夏
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考・状況]
基本;生き残る為にみんなに協力する。
0:……大河さんの機嫌が悪いなぁ。
1:ヴィルヘルミナについて天文台へと移動する。
2:部長が浅羽を連れて帰ってくるのを待つ。
3:鉄人定食が食べたい……?
[備考]
伊里野加奈に関する記憶を失いました。
【ステイル=マグヌス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:“トーチ”状態。ある程度は力が残されており、それなりに考えて動くことはできる。
[装備]:筆記具少々、煙草
[道具]:紙袋、大量のルーン、大量の煙草
[思考・状況]
基本:インデックスを生き残らせるよう動く。
1:ヴィルヘルミナについて天文台へと移動する。
2:とりあえず、ある程度はヴィルヘルミナの意見も聞く。
[備考]
既に「本来のステイル=マグヌス」はフリアグネに喰われて消滅しており、ここにいるのはその残り滓のトーチです。
紅世に関わる者が見れば、それがフリアグネの手によるトーチであることは推測可能です。
フリアグネたちと戦った前後の記憶(自分がトーチになった前後の記憶)が曖昧です。
いくらかの力を注がれしばらくは存在が持つようになりました。
※神社の社務所内の一室のテーブルの上に「待たれたし」とだけ書かれたメモが残っています。
【7】
「美波は私と一緒に戻らなくてもいいの?」
「うん、水前寺のことはほっとけないし、それに瑞希だってこの近くにいるかもしれないから」
「そっか。じゃあ悠二のこともよろしくね」
「まかせといて。ウチが二人にはバカなことはさせないから」
美波といくつか言葉を交わすと、シャナは夕闇の中へと飛び上がり火の粉を散らして優雅な羽を背中に広げた。
この世のいかなる生物も持たざるその羽で大気を打ち、フレイムヘイズの少女は飛び去ってゆく。
悠二は藍色の空の向こうに光の点となって遠ざかる彼女の姿を名残を惜しむように見送り、
小さなクラクションの音に急かされ、ようやく水前寺が待つ救急車へと戻った。
「なんならこの場合は坂井特派員が一緒に戻ってもよかったのだぞ?」
悠二が助手席につくと水前寺がそんなことを言う。
691
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:32:56 ID:0SJ8MdD20
「いや、いいんだ。贄殿遮那も渡すことができたしね。それに今はできることをしたいんだ」
「なるほど。引き続き浅羽特派員捜索の任についてくれることを部長として感謝しよう。島田特派員にもな」
「とってつけたような言い方。……でも、いいわ。まだしばらくは特派員でいてあげるから」
「なぁにがしばらくだ。部長の許可を得ない退部などこの俺は許さんからな」
「人権を無視して勝手に部員にしておいてよく言うわよ」
夕暮れの四つ角にエンジン音が響き渡り、浅羽直之を追って救急車が再び走り始めた。
「――しかし、トーチとフリアグネとかいう紅世の王の話だが」
「うん、当ては外れたし、思い違いもあったみたいだ」
「だがそいつの行動がただの無意味ではなかったと、坂井特派員は考えているわけだな?」
「そうだね。あの紅世の王が意味のないことをするとは思えないから何かしらの意味はあるはずだよ」
車の運転席と助手席で、またいつかのように二人は考察を開始する。
今回の議題は、『フリアグネがトーチを作った理由』についてだ。
あの紅世の王が《都喰らい》を企てているかもしれないという可能性はヴィルヘルミナからの指摘により否定された。
かといって、トーチを作った理由が皆無だとは考えられない。なので二人は今ある材料を元に思考を始める。
「トーチとしての伊里野クンに残された時間は通例よりもかなり少なかったらしいな」
「そうだね。本来、トーチの役割はフレイムヘイズに対する目くらましみたいなものだから数日以上もつのが普通だよ」
「ならば、そこから2つの可能性が考えられる」
「あえてそうしたのか、もしくはそうせざるを得なかった――だね?」
うむ。と水前寺は満足そうに頷いた。
確かに考えるべきはここからだったようだと悠二は認識しなおす。
シャナとアラストール、そして自分はトーチを見てすぐにフリアグネが策を打ってきたものだと考えたが、
そう考えること自体がまだ早まったことだったのだ。
「あえて消えるまでの時間を短くした場合であるが、
この場合、トーチの消失に坂井特派員やヴィルヘルミナ女史らが気づけるのかを試したのかもしれんな」
「普段は気づかせない為のトーチを、あえて逆の目的に使ったってことか……」
フレイムヘイズは、トーチの消失を感知して現場に急行しそこから紅世の王を追い始める。
紅世の王は追跡を逃れる為、逃げる時間を稼げるようそれなりの時間をトーチに与えてその場を去る。
それが通常であるが、その時間差を利用すれば逆にトーチが消える瞬間の世界の歪みを囮にすることも可能だ。
存在の力を感知することが難しい今、気兼ねなくトーチを作れる紅世の王側にすれば、それはアドバンテージとなる。
「逆の場合、残り時間の少ないトーチしか作れなかったということになる」
「僕やシャナが遭遇した弱すぎる燐子と同じようにか……」
「だが安心はするなよ坂井クン。形勢不利とみて、あえてそういうふりをしているだけかもしれんのだからな」
確かにフリアグネの立場から見れば、シャナと自分だけならともかくヴィルヘルミナもいるというのは苦境と言えるだろう。
蓄えた宝具を持ち合わせていないのも、彼の王の性質から考えればかなりの痛手のはずだ。
ならば、力の弱い燐子やトーチにしてもそうしかできないのではなく、ただ力を節約しているだけなのかもしれないし、
弱まっているフリをしてこちらの油断を誘っているのかもしれない。
「そして、もうひとつの可能性がある」
「人類最悪だね」
先刻の放送で人類最悪の口から伊里野加奈の名前は読み上げられなかった。
果たして人類最悪は“ほんとうのこと”を知らず記憶が改竄されたのか、知っててあえて呼ばなかったのかは不明だが、
少なくともトーチとして登場人物が消失しても彼は名前を読み上げないということだけは判明したのである。
ならば、このリアクションこそがフリアグネがすぐに消えるトーチを作った理由だったかもしれない。
692
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:33:27 ID:0SJ8MdD20
「これらの可能性から何が導き出されるのか、……専門家ではない俺にはわからん。
だが、何らかの意味があったのだとしたら、
それ単体では意味をなさないトーチの存在は次のアプローチの為の布石ととらえるべきだろう」
「フリアグネが次に考えること、か……」
水前寺と考察する中、悠二はこれまでの思考の中にある考え方が欠落していたことに気づいた。
相手はあのプライドの高い“狩人”フリアグネなのである。
ならば、この状況において彼の視線や矛先を向ける相手が必ずしもフレイムヘイズや他の人間らだとは限らない。
彼に虜囚の辱めを与えた人類最悪――この事態を作り上げた者にも向かっていて当然だ。
「まぁ、そこらへんのことはヴィルヘルミナ女史と合流してから詰めてゆくのがよかろう。
あちらはあちらで俺達が戻るまでの間に話を進めているだろうからな」
「そうだね。僕たちも早く浅羽くんを保護して戻らないと」
「まったくタイムイズマネーとは言ったものだ」
考えてみれば、自分達もフリアグネもこの場所で目的とするところは全く変わらないのかもしれない。
ただその立場と取りうる手段が異なるにすぎないのだ。
邪魔者を排除し、事態を解決し、この世界から元の世界へと帰還する。可能ならばこの事件を解決した上で。
フレイムヘイズは紅世の王を排除対象とし、紅世の王はフレイムヘイズを排除の対象とする。差はこれだけしかない。
「(だったら、あえてこの場は共闘することも可能なのか――?)」
もしフリアグネがすでに事態解決の切欠を掴んでいて、その方法が《都喰らい》のように犠牲を必要としないのだったら。
そうであるなら、この事件を解決するまでの間ならフレイムヘイズと紅世の王が手を組むことができるかもしれない。
「(……カルメルさんには虫がよすぎると怒られるかもしれないな)」
一度冷静になったことで、クリアになった頭の中にいくつかの道筋が見えてきた。
そして、悠二が討滅の対象としてではなくフリアグネに興味を持った時、不意にポケットの中の携帯電話が震え始めた。
「……カルメルさんからかな?」
なんとなしに思いながら悠二は携帯電話を取り出し、淡く光るディスプレイを見つめた。
神社の電話番号ならもう暗記している。表示されているのがその番号ならば相手は十中八九ヴィルヘルミナだろう。
だがしかし、番号は神社のものではなかった。
【8】
693
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:34:00 ID:0SJ8MdD20
「しかし随分と長く通話していますね」
「そうね。多分このタイミングだし仲間内での報告会を兼ねた作戦会議じゃないかしら」
そうだといいのですが。と言って、師匠はハンドルをゆっくり切って車を誰もいない道へと進めた。
朝倉が放送の後から数分おきにかけている電話番号からの反応は、最初から今までずっと通話中のままだ。
もしかすればただ単に通話中の状態で電話が放置されているのでは、とも思えてくる。
だがもしそうでないのだとしたら、当たり前だが通話して連絡を取り合っている人間が最低二人はいることになる。
そう、つまり……彼女達からすれば最低でも二人の“獲物”が期待できるということになる。
「さっきの放送では御坂美琴、古泉一樹、シズと3人の名前しか呼ばれなかったわけだけど、師匠はこれをどうみる?」
「あなたの報告が正しいのならばその3人は実際に死んだのでしょう」
「もう、疑うふりなんてやめてよ。どうせ師匠も聞いてたんでしょう? それで師匠はどう考えるのって聞いてるの」
「そうですね――」
膠着状態に陥ったのでしょう。と、師匠はそれを簡潔に表した。
「3人のうち、御坂美琴と古泉一樹は我々が仕留めた獲物です。
となると我々が関与しなかった場所では一人しか死んでいないことになります」
「そうね。私達の視点から見れば、私達を取り巻く環境はほとんど進行していないことになるわ」
「状況が開始してから半日強で、早くも安定した状態に落ち着いてしまったということです」
この場所には59名の人間がおり、それぞれが暗黙の了解として互いに殺しあうことを前提として理解しあっている。
なので人間同士が出会えばそこで殺し合いが発生し、大抵の場合いずれかが死亡する。
これが続き、ゲーム盤となる場所の広さに対して人の数が少なくなれば、結果として遭遇――死亡の数も減少する。
そして、進行が膠着する原因は他にもある。この催しの参加者はゲームの駒でなく人間なのだ。
温泉や警察署で遭遇したように、今現在生き残っている参加者は目的の為に徒党を組んでいる可能性が高い。
おそらく、その傾向は殺人を許容しない“人間らしい”参加者の方が顕著だろう。
つまり、遭遇して殺しあうパターンと同時に、遭遇して殺しあわないパターンもありえたことだ。
殺しあわないパターンであった場合、その2人が1組となれば殺しあった場合と同様に遭遇の機会を減らすことになる。
「結果として、こういうったゲームは参加者が殺し合いに積極的だろうがそうでなかろうが
それなりに状況が進めば遭遇しあえるユニットの数が減り、膠着状態に陥ってしまうというわけね?」
「そのとおりです……が、それこそあなたには説明する必要のなかったことでしょう?」
「ふふ、師匠ったら。互いの認識を確認しあうのに会話はとても重要よ?」
「……なんにせよ、現状としては突発的な遭遇戦が起こりづらい状況となっているというのが私の見解です」
朝倉は満足そうにうんうんと頷いた。逆に師匠の方は何を今更という顔である。だからこそ彼女達は動いているのだから。
「つまり、この電話を使用している彼らは、それぞれに複数人で固まっている可能性も充分にありえるということよね」
「そうですね。この状況で電話口のそれぞれにいる人間が各自一人ずつというのは少し考えづらい。
ある程度の信頼があるのならば二人で行動した方が安全ですし――」
「――もしその安全を確保しているのだとすれば、それは互いに複数人で行動してるって計算できる……ということよね」
「取らぬ狸の皮算用にすぎませんが」
「勿論、計算できない要因が多いのは私も承知の上よ。
でも、師匠もその“期待値”に賭けた。だから運転もしてくれているんでしょ?」
「それもありますが、私が危険視しているのは時間切れですよ。膠着状態が続いたまま3日を終えるのは御免ですから」
言葉通り、師匠が一番危険視しているのは時間切れであった。
この手のゲームにおいて一番恐ろしいことは、ゲームが進まないターンを安易に見逃して
最終盤において決着に必要な手数が足りなくなってしまう事態であると、彼女は豊富な経験から知っている。
この人類最悪の用意した世界の場合、時間とともに舞台は狭くなるので兎の様に逃げ続ける獲物を追う手間は省けるが、
だからといって最終盤に人間を残しすぎると計算して生き残るのが難しい大混戦が発生しかねない。
694
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:34:32 ID:0SJ8MdD20
「師匠は楽をしようとは考えないのねぇ」
「怠けていい時間など人生の中にはありませんよ」
「生まれた時から時間制限付きってわけ? ふぅん、有機生命体はそんな風にも考えるのね」
「“今日終わらせられることは今日終わらせろ”という言葉を守っているだけです」
「確かに。実は私も待つのは苦手なの」
「では、そろそろもう一度電話をかけてみてはどうですか?」
了解。と、朝倉は携帯電話を開いて通話キーを押した。ゆっくりと電話を耳に当て、待つこと数秒――……。
「どうやらもう向こうの長電話は終わったようね」
「交渉は任せますが油断はしないように。とりあえず今はその相手さえ確保できれば十分です」
「残りの仲間の居場所は拷問でもして聞き出すわけ?」
「それで聞きだせるのならそうしますし、相手の電話番号が知れれば人質なりなんなりに使えばいいのです」
「本当、師匠ったら物騒なんだから」
「海老で鯛を釣るという方法ですよ。
小さな獲物を釣り上げ、次の獲物の餌にすることで最終的には一番大きな獲物を釣り上げる算段です」
「はいはい。じゃあ、最初の獲物は私に任せて――と、もしもし、聞こえている?」
【9】
『――もしもし、聞こえている?』
電話の向こうから聞こえてきたのはまたしても女の声だった。だがしかし以前に聞いたものとは声色が全く違う。
声色そのものが不幸の色を帯びていたあの不吉な声ではなく、それよりも随分と穏やかな感じのものだった。
「はい、聞こえています」
また不吉なことを聞かされるのではと身構えていただけに意表を突かれたが、
悠二はなんとか平静を保って返答することに成功した。そして、電話の相手に対しあなたは誰なのかと尋ねてみる。
『私は朝倉涼子よ。よろしくね』
「朝倉、涼子……」
『ん? もしかして誰かから私の名前を聞いていたのかしら? 涼宮さん? それともキョンくんかな?』
「キョンから聞いてますよ」
名前を聞き、悠二はこの通話が非常に重要であり、また油断すべきものではないことを認識した。
朝倉涼子とはキョンが頼りにしていた万能の宇宙人のひとりであり、かつては彼を殺そうともした人物(?)である。
味方にすることができればかなり頼もしいが、しかしそこには大きな危険が潜んでいるかもしれない。
『そうだったんだ。じゃあキョンくんはそこにいるのかしら?』
「いえ、今は別行動中ですよ」
『そう。彼の声が聞けないのは残念だわ。それであなたは誰なのかしら?』
「え? ……ああ。坂井悠二です。
えーと、それじゃあ朝倉さんはどうしてこの電話の番号を知ったんですか?」
『ふふ、そうなの。私もこの電話番号にかけて誰が出てくるのか知らなかったのよ。
知ってたのは番号だけ。藤乃さんてわかるかな? 浅上藤乃さん。一度、あなたに電話したはずなんだけど』
「前に電話をかけてきたのが、その藤乃さんなんですか?」
どうやら以前に不吉な電話をかけてきた女性は浅上藤乃と言うらしい。
悠二はこれまでに得た情報の中を探り、今のところ全く誰とも縁のない名前であったことを確認した。
695
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:35:06 ID:0SJ8MdD20
『ええ、こちらのほうで彼女を“保護”してね』
「保護?」
『そうよ。彼女ったら変なことを言ってなかった? 友達を殺したとかなんとか』
「ええ、聞かされました」
『じゃあ安心して頂戴。それは彼女の妄言で全部嘘なのよ』
少しだけ気持ちが楽になった気がした。
あれが嘘なのだとすれば、吉田さんかもしくは関係ない誰かがその彼女に殺されたのではないとなるのだから。
とはいえ、それも含めて全部嘘なのかもしれない。なので悠二は慎重に通話を続ける。
『彼女ったらどうやら最初から心身ともに失調をきたしているらしくてね、だから私達で保護したの』
「そうなんですか。…………私達?」
『ええ、私と師匠と藤乃さん。私達はこの3人で行動しているの。この世界から速やかに元いた世界へと戻れるようにね』
師匠とは名簿にそのまま師匠とだけ書かれていた人物だろうか。
悠二はもう一度記憶の中を探るが、その人物もまだ誰とも縁のない正体が不明なままの人物であった。
「元の世界に戻る、ですか?」
『ええ、そうだけど。あなたたちは違うの? キョンくんならそう考えると思うのだけど』
「いえ、こちらも同じですよ。僕たちも元の世界に戻りたい。できれば、全員でです」
『ならよかったわ。私達協力しあえるわよね。そっちは何人なのかしら?』
電話から聞こえてくる朝倉の声が弾む。
事前に聞いてなければ彼女が宇宙人だとは気づけなかったろう。
もっとも今でも彼女が宇宙人だとは感じられないが、ただの前向きで明るい女の子としか認識できなかったはずだ。
しかし、フレイムヘイズには変人が多いからという訳ではないが、
逆にこの人当たりのよさが油断ならないのではと、悠二は僅かに緊張の度合いを高めた。
「こちらも今は3人ですよ」
『それはキョンくんも含めて? 今はってことはもう他にも仲間がいっぱいいるのかしら』
物怖じがないのか、それともこちらの隙を見逃さないのか。それが宇宙人だからなのか、声色からは全くわからない。
「……ええ、そうですね。何人かいます」
『んー、すこし歯切れが悪い感じかなぁ。もしかしてキョンくんから何か言われて警戒している?』
「正直に言うと、その通りです。あなたは物事を解決するのに殺人を厭わない、と」
『そうね、それは否定しないわ。
キョンくんにも言ったけど、命というものに対して私はまだあなたたち有機生命体と同じ価値観を持っていないの』
それはぞっとするような言葉であり、また覚えのある感覚だった。
『でも私がキョンくんを殺そうとした理由まで聞いていれば解るのだと思うけど、
今現在の私には彼やその他の人物を殺す理由が存在しないわ』
「そうですね。キョンも同じように言ってました。だから、あなたを探して協力を要請しようとも」
『――でしょう♪ だったら私達は協力しあえるわよね』
朝倉の声にまた喜色が浮かぶ。話としては今のところ何もおかしくはない。キョンの言ってたことにも誤りはなさそうだった。
なのに、悠二の心にはまだなにかすっきりしない部分があった。まとまらない漠然とした不安のようなものが。
696
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:35:37 ID:0SJ8MdD20
『それで彼はどこまで私のことを話したのかしら?』
「あなたと長門有希という人は宇宙人の作ったロボットみたいなもので、ほぼ万能だとか」
『うんうん』
「それで、あなた達の目的は涼宮ハルヒの保護と観察だと」
『キョンくんったらそんなことまで……、でも話が早いわ。
聞いてのとおり、私達の……と言っても長門さんは死んじゃったので私ひとりだけど、目的は涼宮ハルヒの保護と観察よ。
ここは彼女の観察に適した環境とは言えないから、今の目的は彼女を元に世界に戻すことね。
勿論、キョンくんにも生きて帰ってもらいたいわ。こんなところで死なれちゃったら、それはそれで困るもの』
「それがあなたの優先順位ですか?」
『ええ、そうね。あなた達もこの事態の解決と元の世界への帰還を目指しているなら私達が対立する必要はないはずよ。
もしここから出られる手段が宇宙船のようなものだとして、その定員が2人だけなら
私は涼宮ハルヒとキョンくんを生き残らせる為に仲間やあなた達に危害を加えることになると思う。
けど、定員が10名ならその必要性は下がると思うし、全員が帰れるなら全く必要ないことになるわよね。
そういう方法を一緒に模索してみないかしら?』
「ええ、そうできるなら僕達もあなた達にとっても一番だと思います」
実に冷静で、冷静すぎる。口調こそ普通の女の子だが、悠二の印象としては朝倉はヴィルヘルミナに近いと思われた。
交渉するにあたり、情に訴えず、ある程度の手札を曝し、あくまで理性的な取引を求める。
こちらが仕事をする限り、むこうも仕事をしてくれる。契約するのならば理想とも言える相手だ。
「……質問しますが、朝倉さんの方では何か事件解決の為の取っ掛かりのようなものは見つけているんですか?」
キョンは長門有希が生きていればどうにでもできると言っていた。そして朝倉も同等の力を有していると。
『うーん、痛いとこを突かれちゃったかな。正直に話すとこちら側の収穫は今のところゼロよ』
「キョンはあなた達ならなんとかできるかもと言ってましたが」
『まず、私達そのものは外宇宙に存在する情報統合思念体が辺境惑星に用意した端末でしかないの。
そして普段使用している力のほとんどは上位体からダウンロードして初めて使用できるものばかりなのよ』
「つまり、情報統合思念体というものにアクセスできないと普通の人間と変わらないってことですか?」
『普通の人間よりかは頑丈だし、能力も持っているわ。でも、確かにこの事態の中ではそんなに変わらないかもね。
あなた達にわかりやすく言うと、ネットワークに繋がってないPCのようなものよ。
プリセットされた能力は所持しているけど、それ以上はまず統合思念体との接続を回復させる必要があるの』
なるほど。と悠二は頷いた。これで事態が迅速に終息しない理由や、長門有希が死亡した理由は判明したことになる。
『期待を裏切ってしまったかしら? でも人間はこういう時、“三人寄れば文殊の知恵”って言うでしょう?
上手につきあえるなら、協力して互いが損をするってことはないはずよ。どうかしら?』
「その通りだと思います。できるなら僕も朝倉さんとは会って詳しいことを聞いてみたいですから」
『じゃあ――』
「けど、僕の一存じゃ決められません。少しだけこのまま待ってもらっていいですか?」
『うん、いいわよ。
ただ、こっちには“時は金なり”ってすごく怒る人がいるの。だからできるだけ早くしてね♪』
■
697
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:36:10 ID:0SJ8MdD20
「ふう……」
携帯電話を耳から離し、いつの間にかに前かがみになっていた姿勢を戻すと悠二は小さく息を吐いた。
「どうやら交渉を受けているようだな坂井クン。相手と相手が要求している条件を述べたまへ」
「なんだか難しい顔でよくわかんない言葉使ってたけど、もしかして脅されてるの?」
すぐさまに隣の水前寺が口を、そして気づけば座席の間から顔を出してこちらを窺っていた。
「相手はキョンが言ってた朝倉涼子って女の子だよ。実は宇宙人に作られたロボットらしいんだけどね」
「実に胡散臭くて俺好みだな。それで用件とは?」
「むこうは、彼女と師匠と朝上藤乃の3人でいるらしいんだけど、脱出の為に協力しないかって」
「なんだそういうことだったんだ。ウチは女の子が増えるのは歓迎するわよ」
美波はほっとしたと顔を緩め、その向こうで水前寺は正面を見たままなるほどと頷いた。
しかしこのなるほどは納得したという意味ではなく、そこまでは理解したという意味のなるほどだ。
「それで、相手は坂井特派員が即座に決断できないような無理難題をふっかけてきているのかね?
例えば物資を全てよこせだの、命令権はこちらによこせだのとかかね?」
「いや、それはないよ。彼女達は偶然にこの電話番号を知って、ただ仲間になりましょうって言ってるだけさ」
「それに何か問題でもあるの? もしかしてウチらの中の誰かの仇とか……?」
「それもないかな。僕が浅上さんに変な電話をかけられたけど、他の人は今回がはじめての接触のはずだよ」
だったらなぜそんな煮え切らない態度なのか。と、水前寺と美波が眉根を寄せた。
無論、こんな状況だから誰かと接触するのならばそれは慎重ではなくてならないだろう。
しかしこれまでの悠二の行動は慎重さを持ち合わせながらも、いつも大胆で素早いものであった。
それが何故、今回に限ってこんなにも躊躇してしまうのか。それは悠二自身にも明確な理由は見当たらない。
「どこかに引っかかりを覚えるというのなら、それはまだ見落としている問題があるということだろう」
「そうかな? キノのことで少しナーバスになっているだけかもしれない」
「……キノのこと?」
「島田特派員。現在君のクラスの者に対してはそれはトップシークレットとなっている。
皆と合流すれば改めて説明するので今は余計な詮索はやめたまへ」
「説明が面倒なら面倒って言いなさいよ。……クラスが低いってのはちょっとヘコむわ」
心の中で美波に頭を下げつつ、悠二は病院で見たあの光景をもう一度思い浮かべた。
この場所には善人のふりをして近づき、不意をついて危害を加えるものがいる。
もし、朝倉や彼女の仲間の中にそんな人物がいたとしたら――それが、不安の元なのだろうか?
「(それとも、僕は朝上藤乃と接触するのを嫌がっているのだろうか?)」
この事態が始まって早々にかかってきた電話の内容と、その後の想像により彼女の印象はかなりおどろおどろしい。
だから無意識に恐怖を抱き、それを遠ざけたい心理が働いているのかもと悠二は考える。
しかし考えても曖昧な不安の理由はわからなかった。曖昧な不安はそのままの形で心の中に残っている。
「接触に慎重になりたいのならば時間を作ればよい」
水前寺の声に悠二は顔を上げた。
698
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:36:44 ID:0SJ8MdD20
「簡単な話だ。待たせておけばいいのだよむこう側をな。
我々は目下浅羽特派員を捜索中だということも忘れたかね?
ならば相手方にはどこか適当なところで待っててもらい、こちらが後から接触する形にすればよかろう。
その時坂井特派員がひとりで接触すれば、いざという時、戦えない我々が足手まといになることもないだろうしな」
ああ、と悠二は納得した。そう。むこうからもち掛けられた提案ならば多少こちら側の事情も鑑みてもらえるはずである。
それに元々、どちらかが場所を指定しなければ合流することはできないのだ。
「ありがとう水前寺。そうすることにするよ」
言って、悠二はもう一度携帯電話を耳に当てた。
なんなら接触する際にシャナを呼び戻してもいい。こういった事情ならヴィルヘルミナも賛成してくれるだろう。
そしてシャナとふたりであれば、どんな問題であろうと乗り越えられるはずなのだ。
■
「もしもし」
『結論はでたかしら?』
「うん、でたよ。悪いけど、今こちらは人を追っている最中なんだ。だからすぐに合流ってのはできない。
だから時間を置いて、どこかで待ち合わせる形になるけどいいかな?」
『別にかまわないけど……その必要はもうないかもしれないわ?』
「え?」
『確認したいんだけど、あなた達は自動車で移動してるわよね。私、耳がいいから電話越しでもわかるのよ』
悠二は顔をあげてゆっくりと流れてゆく周りの景色を見渡した。
こちらが車で移動していることを知って、もう待ち合わせの必要がない。では彼女はどこから電話しているのか?
『実はこっちも車の中から電話してたんだけど気づいた?』
サイドミラーの中に見える後方の風景。その中に速度を上げてこちらに接近する車両の姿があった。
『そっちは救急車でしょ? こっちはパトカーなの。こういうのって奇遇って言うのかしら。どう思う?』
白と黒のツートンカラーに赤色のランプを備えた特徴的なデザインはまさしく日本のパトカーそのものだ。
『はじめまして。よろしくね♪』
サイドミラーの中で朝倉涼子が綺麗な笑顔を浮かべ手の平をひらひらと振っていた。
【E-4/市街地(映画館より北)/一日目・晩】
699
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:37:15 ID:0SJ8MdD20
【坂井悠二@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:メケスト@灼眼のシャナ、アズュール@灼眼のシャナ、湊啓太の携帯電話@空の境界(電池残量75%)
[道具]:デイパック、支給品一式、リシャッフル@灼眼のシャナ、ママチャリ@現地調達
[思考・状況]
基本:この事態を解決する。
0:どうする?
1:接触してきた朝倉涼子達に対応する。
2:浅羽直之を探して保護し、ヴィルヘルミナらと合流する。
3:事態を打開する為の情報を探す。
├「朝倉涼子」「人類最悪」の二人を探す。
├街中などに何か仕掛けがないか気をつける。
├”少佐”の真意について考える。
└”死線の寝室”について情報を集める。またその為に《死線の蒼》と《欠陥製品》を探す。
4:もし途中で探し人を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。
[備考]
清秋祭〜クリスマスの間の何処かからの登場です(11巻〜14巻の間)。
会場全域に“紅世の王”にも似た強大な“存在の力”の気配を感じています。
【水前寺邦博@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:健康だがフルボッコ、髪の毛ぐしゃぐしゃ
[装備]:電気銃(1/2)@フルメタル・パニック!、救急車@現地調達(運転中)
[道具]:デイパック、支給品一式、「悪いことは出来ない国」の眼鏡@キノの旅、
ママチャリ@現地調達、テレホンカード@現地調達、
[思考・状況]
基本:この状況から生還し、情報を新聞部に持ち帰る。
0:む?
1:接触してきた朝倉涼子達に対応する。
2:浅羽直之を探して保護し、ヴィルヘルミナらと合流する。
3:事態を打開する為の情報を探す。
├「朝倉涼子」「人類最悪」の二人を探す。
├街中などに何か仕掛けがないか気をつける。
├”少佐”の真意について考える。
└”死線の寝室”について情報を集める。またその為に《死線の蒼》と《欠陥製品》を探す。
4:もし途中で探し人を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。
[備考]
伊里野加奈に関連する全てからの忘却を免れました。「ほんとうのこと」を理解した結果です。
【島田美波@バカとテストと召喚獣】
[状態]:健康だがフルボッコ、鼻に擦り傷(絆創膏)
[装備]:第四上級学校のジャージ@リリアとトレイズ、ヴィルヘルミナのリボン@現地調達
[道具]:デイパック、支給品一式、
フラッシュグレネード@現実、文月学園の制服@バカとテストと召喚獣(消火剤で汚れている)
[思考・状況]
基本:みんなと協力して生き残る。
0:え?
1:状況を見守る。
2:人を探す。
├親友の「姫路瑞希」をがんばって探す。
├「川嶋亜美」を探しだし、高須竜児の最期の様子を伝え、感謝と謝罪をする。
└竜児の言葉を信じ、全員を救えるかもしれない「涼宮ハルヒ」を探す。
[備考]
シャナからトーチについての説明を受けて、「忘れる」ということに不安を持っています。
伊里野加奈に関連する全てからの忘却を免れました。「ほんとうのこと」を理解した結果です。
700
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:37:48 ID:0SJ8MdD20
【10】
「どうやら電話している間に偶然見つけることになっちゃったみたいだけど、こういうのってどういうのかしら?」
「さぁ、ただの幸運ではないですか」
「彼らにとっては?」
「これからしだいです」
師匠はパトカーを救急車の後方15メートルほどの距離まで近づけると、アクセルを弱めスピードを落とした。
「それで、私達はどうするの師匠?」
「交渉がうまくいっているのならこのまま事を推移させていいでしょう。時に情報は金よりも価値があります」
「了解。上手くやってみせるわ」
「警察署から逃げ出したキョンという人物から情報が伝わっているのだとすれば、網にかけられているのは我々です」
「なので決して油断はしないように――でしょ?」
姿を現したことに対してまだ電話の向こうからリアクションはない。向こうとしても対応を決めかねているらしい。
携帯電話で連絡を取り合っている以上、警察署での朝倉達の行動を見たキョンの情報が伝わっている可能性は十分ある。
とするならば、先程の待ち合わせという提案は罠だったのかもしれない。
「言っておきますが、いざという時はあなたも後ろで寝ている子も見捨てますからね」
「じゃあ私が師匠を見捨てても恨まないでよ」
「恨みはしますよ。理屈と感情は別の問題です」
「ほんと、有機生命体の思考って理不尽だわぁ……」
朝倉は携帯電話を持ちながら。師匠はハンドルを握りながら。そして何も事情を把握してない藤乃は眠りながら。
次の相手の一手を待つ。
【E-4/市街地(映画館より北)/一日目・晩】
【師匠@キノの旅】
[状態]:健康
[装備]:FN P90(35/50発)@現実、FN P90の予備弾倉(50/50x17)@現実
両儀式のナイフ@空の境界、ガソリン入りペットボトルx3、パトカー@現地調達(運転中)
[道具]:デイパック、基本支給品、医療品、パトカーx3(-燃料x1)@現地調達
金の延棒x5本@現実、千両箱x5@現地調達、掛け軸@現地調達
[思考・状況]
基本:金目の物をありったけ集め、他の人間達を皆殺しにして生還する。
1:目の前の集団と接触。仲間の情報を引き出した後、始末か利用かする。
2:朝倉涼子を利用する。
3:浅上藤乃を同行させることを一応承認。ただし、必要なら処分も考える。よりよい武器が手に入ったら殺す?
701
:
CROSS†POINT――(交語点)
◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:38:20 ID:0SJ8MdD20
【朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:疲労(中)、長門有希の情報を消化中
[装備]:なし
[道具]:デイパック×4、基本支給品×4(−水×1)、軍用サイドカー@現実
シズの刀@キノの旅、蓑念鬼の棒@甲賀忍法帖、人別帖@甲賀忍法帖、フライパン@現実、
ウエディングドレス@灼眼のシャナ、アキちゃんの隠し撮り写真@バカとテストと召喚獣、金の延棒x5本@現実
[思考・状況]
基本:涼宮ハルヒを生還させるべく行動する(?)。
1:坂井悠二と通話を継続し、直接接触できるように計らう。
2:長門有希の中にあった謎を解明する。
3:師匠を利用する。
└師匠に渡すSOS料に見合った何かを探す。
4:浅上藤乃を利用する。表向きは湊啓太の捜索に協力するが、利用価値がある内は見つからないほうが好ましい。
[備考]
登場時期は「涼宮ハルヒの憂鬱」内で長門有希により消滅させられた後。
銃器の知識や乗り物の運転スキル。施設の名前など消滅させられる以前に持っていなかった知識をもっているようです。
長門有希(消失)の情報に触れたため混乱しています。また、その情報の中に人類最悪の姿があったのを確認しています。
長門有希(消失)の保有していた情報から、ゲームに参加している60人の本名を引き出しました。
【浅上藤乃@空の境界】
[状態]:無痛症状態、腹部の痛み消失、睡眠中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:湊啓太への復讐を。
0:……むにゃむにゃ。
1:電話があればまた電話したい。
2:朝倉涼子と師匠の二人に協力し、湊啓太への復讐を果たす。
3:他の参加者から湊啓太の行方を聞き出す。
4:後のことは復讐を終えたそのときに。
[備考]
登場時期は 「痛覚残留」の途中、喫茶店で鮮花と別れたあたりからの参戦です。(最後の対決のほぼ2日前)
腹部の痛みは刺されたものによるのではなく病気(盲腸炎)のせいです。朝倉涼子の見立てでは、3日間は持ちません。
「歪曲」の力は痛みのある間しか使えず、不定期に無痛症の状態に戻ってしまいます。
湊啓太がこの会場内にいると確信しました。
そもそも参加者名簿を見ていないために他の参加者が誰なのか知りません。
警察署内で会場の地図を確認しました。ある程度の施設の配置を知りました。
■
【D-4/上空/一日目・晩】
【シャナ@灼眼のシャナ】
[状態]:疲労(小)
[装備]:贄殿遮那@灼眼のシャナ、メリヒムのサーベル@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式、不明支給品x1-2、コンビニで入手したお菓子やメロンパン、
[思考・状況]
基本:悠二やヴィルヘルミナと協力してこの事件を解決する。
1:まずは神社に戻りヴィルヘルミナと合流する。
2:その後、一緒に天文台へと移動し、今後の対策を練ってからそれに沿って行動する。
3:百貨店にいると思われるフリアグネはいつか必ず討滅する。
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◆EchanS1zhg
:2011/03/20(日) 21:38:53 ID:0SJ8MdD20
以上で投下を終了します。
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