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291ミセスリーフ ◆8d/HDubVr.:2016/02/13(土) 13:18:18 ID:l6q.o002
ふっと気配を感じ、記名帳から視線を外す。
ちょうど入口の外から品のいいグレーのスーツを着た紳士が中を伺っている様子が
ガラスの扉越しに見えた。互いに視線が合ったので、華子は首を左にかしげ、そっと笑った。
紳士は一礼して、扉を押して中へと入ってきた。

「こんにちは」
彼の声は、年齢相応の重みと温かみがある声だった。
「こんにちは。よろしかったら、こちらにお名前を頂いてもよろしいでしょうか?」
華子は、紳士に筆ペンを差し出した。

「ああ・・・書き慣れてるこちらを使ってもいいかな?」
胸元のポケットから、光沢のあるワインレッドの線が入った洒落た万年筆を取り出し、
ささっと彼は記名する。達筆すぎて、華子の位置からでは名前が読めない。
「ありがとうございます」

「しかし、ざっと見た感じ、この個展の作者は面白いね」
華子は、話し始めた紳士の顔をまじまじと見つめた。
絵の評価よりも、作者についての感想をまず述べ始めたのと、黙って作品を見ていくのではなく
作品から受けた感動を丁寧に話し始めたからだ。

「うん。実に面白い」
彼は、一枚一枚の絵をじっくりと見ながら、その場で相槌を打っていく。
時々、ふくろうのように「ほう」っと驚きをもった息を漏らしたり
しかめっ面など作品ひとつひとつと会話しているようだ。
ただ、一番多く口にした感想の言葉は、『面白い』だった。
華子も、紳士の鑑賞スタイルを『面白い』と思った。

「特にね、この空間が面白い」
それは、右横の別部屋へと入った瞬間に目に飛び込んでくる、生け花の背景に2枚の油絵が飾って

ある部屋のことだった。

「狙ってるのは当たり前だよね。中央に生け花を飾り、その左右に女性を描いた2枚の油絵。
 一つは小さな少女時代。そして、一つは穏やかな余生を過ごしているだろう、老婦人。
 その間に生け花を飾る事によって、女性の一生を語っている。生きている花があることで
 中間の時代を、一番の花盛りの時期をさ、観覧者の想像に委ねていて、ボクは好きだな」

「あ、ありがとうございます」

華子は、思わずお礼を言った。そして、その瞬間、しまったと思った。

「やっぱり君が作者の方なんだね。よかった。私の名前は、笠木三郎と申します」
「本名は、篠山華子と申します。こちらこそ、作品を見て頂いて嬉しく思います」

2人は、安堵した表情で握手をした。

「さっき、あなたはしまったという顔をしたけれど、作者であることは
 隠しておきたかったのかな」
「まあ・・・そうですね。こんなに率直に感想を述べて下さった方は初めてだったので・・・」

「個展を開くのは初めて?」
「はい。慣れてないのがわかりますか?」
「いや。そこじゃなくて。
 私のような人間を見ると、雄弁に営業トークする作者がほとんどだからね」

華子は、そうか、と納得する。
確かに、笠木は物腰や第一印象からすると、絵画を買う側の人間に見える。
絵で食べていく人達の努力を思うと、人に勧められるまま、いやいやながらも
個展を開いた自分の甘さを少し恥じた。

「個展を開く理由は人それぞれだから。」
笠木は、知ってか知らずか。華子の自己嫌悪を読み取ったかのように、呟いた。
「少なくとも、私はこの個展に来ることができてよかったよ」

華子は、お礼を口に出すことができないまま、俯いてしまった。
胸の奥を射抜かれた、賛辞の言葉は生涯の宝物にまで成りうる威力を持っていた。


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