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189イザベル:2015/08/21(金) 21:32:44 ID:3aIo4MKM
その日私は、初めて舞台芸術の書架へ行き、ある目的があって書物の背を目で追っていた。
「なにかお手伝いしましょうか」
明るく親しみのある声に振り向くと、司書の天出さんが立っていた。話をするのは初めてである。
「こんにちは。雅楽の舞台写真をながめたくて探しているんです」
「雅楽ですか。ええとこのあたりかな」
この図書館の司書の人と話すと何かいいことが有る、もう心からそう思うようになった私は思い切って話し続けた。
「源氏物語が好きなのですが、紅葉の賀の場面で、源氏と頭の中将がふたりで“青海波”を舞うんです。それを見たくて」
「なあるほど青海波ね。これに載ってるかな。あ、ありますね」
その写真集は大判で手で支えるには少し重く、天出さんは平台のところへ持っていった。自然と天出さんとふたりでながめることになったが、まったく緊張していない自分に驚いた。
「青海波は滅多に演じられないと聞いたことがありますよ。なんでも衣装を用意するのが大変だという話でしたけど。たしかに豪華な衣装ですね」
「天出さんは雅楽の舞を観たことがありますか」
「一度だけあります。宮内庁式部職楽部の公演」
「ああ、うらやましいです。どうでしたか」
「雅楽の舞は、腕の動きがシンプルだけど、だからこそ衣装の美しさが決め手だと思いましたね。左右の袖で模様が違っていて、向きを変えただけでも万華鏡みたいに華やかさが変化したり。足さばきは腕にくらべて躍動感があります。そして面をつけての舞。ひとならざるものが舞うまるで異空間に自分がいるように感じましたよ」
ゆっくりごらんになってね、そういい残して天出さんは立ち去った。 やはり宮内庁の人が舞うのを観てみたいものだと思いながら、私は本を棚に戻し、1階へと下りていった。
 「源氏物語絵巻」の図録を書架から出して閲覧席に向かう途中、“図書館の君”が司書席で風見さんと言葉をかわしている場面に遭遇した。玄関へと向かうその後姿を見送って、私はお気に入りの閲覧席で図録をしばらく楽しんだ。もうそろそろ帰らなくてはと図録を書架へ戻し、きょうはリチャードが居たので、相談席まで行って挨拶をして玄関へ向かって歩いていると、私の背中を、抑えた感じの静かな声がおいかけてきた。
「今度の土曜日3時ごろに来てみたらどうかな」
振り返ると書類を抱えた風見さんがいて、きょとんとする私を置いたまま立ち去った。
なにか高校生向けのイベントでもあったかなと首をひねりながら、私は迷宮図書館を後にした。


「教えてあげたんだ。風見さん、優しいねえ」と篠田は言った。
「だって彼女、しょっちゅうついてまわってるんだもの。走り出したいのをこらえている姿がいじらしくて。でも決して話しかけることはしないし、図書館の外へまでついていこうとはしない。そのあたりがきわめて常識のあるお嬢さんだと思うの。高校生会員は少ないから目立っているのに気がつかないのかしら。それに・・・私は彼女の親友から頼まれてもいますから」


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