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【0】この掲示板について

1 管理人 :2011/03/17(木) 10:54:16
毎日新聞と勝間和代さん(経済評論家)が16日(水)、震災地域の復興をどう支援していけばよいかを考える場を作り意見の募集を始めました。

被災地支援への考え、思いを - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/biz/katsuma/crosstalk/2011/03/post-65.html

当掲示板と目的は同じです。「今私達に何ができるか」「これから私達に何ができるか」。読者コメントを吟味し、実現可能で実効性があるものについてはその実現に向けて尽力したいと勝間和代さんはブログで言っています。この掲示板より遥かに影響力が強いので、そちらで積極的に意見をしてはいかがでしょうか?

また勝間和代さんは同ブログで、こうも言っています。

 「できる人が、できることを、できる限り」を合い言葉にしていきませんか?〜 「3D作戦」の勧め

詳しくはブログをお読みください。http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/

毎日jpに意見を寄せる他にも、この掲示板のように気軽に議論していく場もあって良いと思います。ここでみなで話して、それをもとに誰でも思い立った人がみなそれぞれ毎日jpに意見を寄せるということもできると思っています。

この掲示板では、「一人ひとりが小さなことでもできることから。気軽に、真剣に」話し合えるようにしましょう。

2 Yuichi :2011/03/18(金) 23:49:39
いい感じに盛り上がってきましたね、よっしゃよっしゃ!

これ、繋いでいきましょう。

震災復興を、どう支援していったらいいか?

一歩でも、半歩でも、具体的なアクションに繋げていけるように、続けましょう。

3 がんばろう東北 :2011/03/20(日) 21:32:11
3月11日14時46分。在宅時に突然家ががぐらぐらと揺れ始め、ギシギシ軋み、食器や窓ガラスがガタガタと凄い音をたてました。これまでに経験したことのない強い揺れ。家族と協力して避難路を確保、ガスの元栓を閉め、今にも倒れてきそうな食器棚を必死で押さえました。

私は東京在住ですが、家族親戚の多くが東北特に宮城にいます。震源が東北太平洋沖と聞き、何度も、何度も電話をしました。メールも返ってきません。翌日も駄目でした。心配で心配で…でも今できることを前向きに一歩ずつやろうと思い地震から2日後の朝、社会への問題意識を常日頃から持っている仲間達と協力してこの掲示板を作りました。

試行錯誤を積み重ねやっと、私達に今できること、これからできることを情報共有、議論できる場ができてきました。走りながら考えやっと今、この文章を書いています。

家族親戚は幸いにもみな無事でしたが亡くなった方や安否不明の方があまりにも多く、壊滅した町も。。

「言葉では言い表せないけれど…私達はみんなと一緒にいます。必死に何とかしたいと考えています。でも情報が錯綜して一人で考えてもどうするのが良いのか難しくて、同じような気持ちの人が日本中世界中に多くいて…結局言い表せないけれど、みんなでがんばっていこう。一人でも多くの人がその気持ちを行動に移し、社会に被災地復興のうねりができるよう、小さな私も草の根から頑張ります。なので大変な状況にあるみなさんも心を強く持って、頑張って…生きましょう」

言葉になりませんがそんな気持ちでがんばろう東北と名乗り、行動しています。ご近所、友達、職場、mixi、掲示板、いろいろなところで繋がり話す機会を持ち、一人でも多くの人がその気持ちを行動に移すことを願っています。そしてそれが一過性のものでなく継続的に、被災地域復興をみんなが一緒になってがんばっていく社会になることを願っています。

「何とかしたい」と思っている人は限りなく多くいます。様々な考えの人がいることを前提に、ぜひ建設的な議論をしましょう。みなの意見を聞いて、「自分には何ができるか」考えましょう。誹謗中傷、悪質サイトの紹介は逐次管理人に消してもらいます。見つけたらご報告ください。まだまだ試行錯誤の途中ですが、どうかご容赦ください。

以上が、発起人としての私の気持ちです。

4 ケンケン :2011/03/29(火) 12:00:22
建築の設計や町おこしの仕事に携わっております。
今回の震災はショックです。
学生時代は都市防災を研究していました。
地震に強い建物の設計ということで真摯に取り組んできたのすが、まったく違う津波というパワーで住宅は破壊されてしまいました。
耐震設計から耐潮設計へと考えを変えざるを得ません。
地震以来どうしたら津波に勝てるのだろうか?悶々と考えています。

当面は諸々の問題を解決していかなくてはいけませんが
今後街の・生活の・生きがいの・先が見えないのでは気持ちが落ち込んでしまいます。
だから復興も方針をビジュアルに策定して必要があるのではないでしょうか?
しかし津波に勝てる・あるいは津波を騙す方法が見えているなら良いのですが専門家はそこをどうするかで悩むに違いありません。
是非皆様の英知を政府・復興庁へ向けて発信していってあげたいと思います。
女川の役場の人が地盤が1.5M沈下してしまったので海岸沿いの残った建物も使えないかもしれない。満潮の度に浸水してしまうのだからと嘆いていました。

津波をブロックする・津波を弱める・津波の方向を変える・津波が来ても命は助かるなどいくつかの方法があると思います。

私からの最初の提案です。
津波を物理的にブロックしてみようと云う提案です。

長崎県北西部の北松浦郡沖に人工の海底山脈をつくりました。
海の棲みかを作るのが目的です。
大成功で周辺の漁獲高は6倍にもなったとのことです。
1.6Mのブロック(火力発電の産業廃棄物の石炭灰を利用)を海底80Mのところに積んだとのことです。高さ12M、長さ120Mの山脈 です。

松島が点在する島々に助けられたという事実。島々が津波をブロックしたと考えたいです。島々が津波の方向を変えただけなら松島以外の周辺の被害を大きくしただけになってしまうのですが私の想像ではブロックしたのではないかと思うのです。

海浜地帯の植物を強風から守るためにネットを張っていますが、スケスケに思う網が風をブロックしています。少しのブロックですがそれで植物は生長できます。
防風ネット・植物・防風ネット・植物という組み合わせで防風林が機能しています。

これらの事実を考え合わせてコンクリートブロックを網に見立てて巨大な海底山脈を沿岸1KM沖に万里の長城のように延々とつくる。
例えば幅200M、長さ1KM、海面から-50Mぐらいのものを2段ずつ連続して配置する。
先述の事例から津波の勢いは少しは弱るのではないでしょうか?
コンクリートブロックは津波にとってはおもちゃのようなものだとは思うのですが実験を重ねて、網のように柔軟に動けるような工夫をし施せば津波の力を和らげられるのではないでしょうか?。
こんなことで多少でも消波出来ないのでしょうかね。海洋工学の人に聞いてみたいですね。
現実に松島は津波が1.5M〜2.5M(地元の人の話ですが)だったわけですから。

津波をブロックあるいは弱められないと都市の建築物でブロックということになりますが、これは現実的なテーマになってくると思います、かなり難しい問題があると思うのですが?

5 管理人 :2012/08/17(金) 22:17:07
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震災から1年5ヶ月が過ぎ、「緊急支援」から「復興支援」へと支援の形が大きく変化。

多くの支援がある中、”自分にできる支援”を続けることが大切だと思います。

 ● 毎月募金する
 ● 被災地の物を買う
 ● 良いと思う活動は拡散する

 ● 月命日は祈る
 ● 年に一度は被災地へ行く
 ● 今後の災害に備える

いろいろな支援の形を共有し、自分は今後どうしていくのか、情報交換したり気軽に話し合ったりする場にしていきませんか?^^


2012.8.18 管理人
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