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第五汎用スレ
1
:
「鍵を持つ者」
:2012/12/31(月) 21:27:46 ID:???
フライングあけおめ
1787
:
S・W No.2:柳
:2018/09/08(土) 00:39:35 ID:eUeC7av.
>>1786
呼びかける声に、静かに振り返る。
夕陽を背に多聞に向けた顔は笑みを浮かべながらも、少しばかり困ったように眉を寄せていて。
「ああ―それは、楽しみだな」
―彼はこれほど優しく笑んでくれるというのに、上手に返してやれない自分が情けなかった。
言葉に上手く出来ぬなにかを抱えているのは、きっと自分だけではないだろうに。
己の主人は、不器用で同時に器用だった。
対する自分は…どこまでも不器用―
「すまない、少しばかり黄昏ていたようだ」
庵に入り、謝罪を述べながら囲炉裏の前に座って暖を取る。
冷え始めた夕暮れ時の風に撫でられていた身体に、優しい熱が染み込んでいく。
あの大岩に座って空を見上げるようになって以来、彼に呼ばれる度に返す同じ言葉。
彼はそれを指摘しないし、自分もそれに甘んじている。
何かを伝えたいと思っているのに、上手く言葉にならないのだ。
何故だか、酷く泣いてしまいたくなるのだ。
だから、不器用なりにいつも通りで。彼もまたいつも通りだった。
夜を前にしても。
1788
:
多聞
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/09(日) 05:51:34 ID:OkATY0Wg
ーーそれはひと月前の出来事だった。
荒廃した王都から流出し続ける怨嗟と怨念は、それ自体を餌として多くの妖魔、妖怪を引き寄せる結果を生んだ。
無論、それらが狙うのは直接的に繋がった王都の避難民。
ときに病魔、ときに狂気と姿を変えて襲い来るそれらを対処、破魔し続ける日々を二人は送っていた。
退魔師として、特に結界術に長ける多聞の多忙ぶりは筆舌に尽くし難く。
各避難地区を東奔西走北上南下と言った具合で、身を粉にしつつも弱音一つ吐かない彼の姿は、柳の記憶にも新しかろう。
そんな日々がようやく一段落ついた、ある夜の話だった。
二人は久方ぶりの平穏に身を休め、その日は泥のように眠りについた。
彼女が、妙な気配……いつも仕事で感じるような、肌を削るような生暖かい風の感触……に気付き目を開けると、そこは見たこともない日本家屋の、庭の真ん中だった。
空は夜だというのに見渡せるほどに淡く明るく。
行灯の明かりは導くように浮かび上がり、柳を導くように見透かせぬ霧の中へと左右連なって延びていく。
木も無いのに舞い落ちる桜の花びらは、地面に落ちると一瞬どす黒く赤く滲み、消え失せてを繰り返す。
そんな道をずっと、ずっと歩き続けた先に、離れの一室……繋がっているはずの屋敷のない、切り離された部屋が見えてくる。
不安や焦燥、鳴り止まぬ鼓動に、彼女は確信めいたものを胸中に感じることだろう。
【このままでは取り返しのつかないことになる】と。
『……あ……ま……ふふ……』
透き通った、嬉しそうな女性の静かな笑い声が響く障子戸の向こう側。
確かに見知った感覚をその奥に感じ、意を決した彼女が一気に戸を開け放った瞬間ーーーー
夢は、そこでぱったりと途切れるのだ。
言いようのない焦燥感だけをその胸に残したまま、目覚めてしまう。
彼女は、それを何度も何度も、繰り返し見続けている。
その解決のために訪れたのが、この霊峰なのだ。
「しかし、ゼオも妙なことをする」
「退魔の仕事の療養に、こんなところを選んで押し付けてくるとはな」
「……柳、つまらなくは、ないか」
多聞は、そのことを知らない。
不思議そうに鮎をつまみ、猪口に手を伸ばす。
いや、柳は何度もその話を彼にしたが、まるで霧にでもなったかのようにその話だけが彼の記憶に残らないのだ。
ただ、日に日にやせ細る己の様子に違和感を覚えつつ、今に至っている。
(忘れるな、柳)
(アイツを救えるのは、お前だけだ)
ゼオの言葉が反芻される。
何も気づけぬ多聞は、ただ疲弊した肉体を隠すようにいつもと変わらぬ笑みを彼女に向けている。
夜が来る。
彼女にとっての、戦いの夜だ。
【詳しくはメモ参照】
1789
:
S・W No.2:柳
:2018/09/09(日) 15:07:21 ID:TxfAHwic
「つまらない…なんてことは決してない」
食べごろになった鮎に手を伸ばしながら、多聞の言葉に首を振る。
「我にとっては、主が傍にいてくれるのならそれが最良だ。
それだけで、我は充分に幸せだ」
そう、それだけでいいのだ。
それなのに、たった一つのそれだけが手のひらから零れ落ちそうになっている。
何度も繰り返し見た夢、このままでは不味いという確信。
事態を解決へと導くべく大切な友人の言葉に従いこの地へと訪れて暫く。
未だ手が届くことは無く、生まれる焦躁と不安、彼を失う恐怖。
それらがないまぜとなって、今の自分へと至っている。
「それに…それに、これは主の中に潜んだものを討つために必要なことなのだ」
もう何度も繰り返したこの会話、それが彼に留められたことは、終ぞない。
はじめはもっと必死だった気がする。幾度も繰り返すうちに、多くを訴えることはやめてしまった。
―己がなんとかするしかない―
もはや疑いようもなく、それが真実なのだろう。
自分が頑張らなくてはならない、馬鹿だろうと不器用だろうと。
彼を失いたくないと欲するならば、彼の傍にいたいと願うならば。
―アイツを救えるのは、お前だけだ―
先細りしていく日々の中で萎みかけていた精神に叱咤をかけるべく。
柳は、ゼオとの会話を静かに思い出していた。
1790
:
多聞
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/10(月) 01:25:29 ID:XqyzFeFk
・
・
・
・
「成る程、コイツは珍しい」
「様子がおかしいと馬鹿弟子に聞いて足を運んで見れば、無敵の牙城が遂に突き崩されたか」
「いや、笑い事ではないが……ともかく、原因は判明した」
「多聞は妖魔に憑かれている。信じがたいだろうが、間違いない」
柳の膝を枕に、安らかに寝息を立てる多聞。
ゼオに検査を名目に昏睡の術をかけられた彼が目を覚ます心配はない。
何故わざわざ親友の前で見せつけるようにそんなことしてるのかは知らない。
ゼオも指摘しないので、つまりはそういうことだ。
「まあ、信じがたかろう。並の退魔師ならばまだしも、コイツだからな」
「だがこれは防御手段など一切関係のないことだ」
「引き金こそ王都からの穢れの鎮圧であろうが、根本的には多聞自身からの発生が主因になる」
「見ろ、多聞にかかっている術式を視認出来るようにした魔力図だ」
「奴の手製の結界は何一つ破れてはいない。綻びさえ皆無。要塞と形容するに相応しい十重二十重の多重結界網だな」
「だのに、闇魔刀を経由したマガツヒの探知反応は奴の内側にある」
「と、なれば答えは一つ。【多聞は最初から妖魔が発生しうる要因を抱えて生きていた】ということだ」
柳の前に図式や映像を交えて説明する。
いわば現在の多聞の状況は【難攻不落の要塞を無血開城された挙げ句機能も乗っ取られた状態】である、と。
「これだけの術をかけたままじゃあ、外的に対処するのは不可能だ」
「かといって任意の解除も恐らくは難しいだろうな。今の多聞は【意識以外はいつでも相手側に使われる可能性がある】状態にある」
「下手に動かせば多聞を使って何をするか分からんし、奴自身からの発生である以上、妖魔への攻撃は多聞への攻撃に等しい」
「退魔師としての実力でコイツと勝負できる奴なんざそうはいまいよ。ましてやお前までいるのだからな」
「……ふむ、成る程な。改めてお手上げだ」
「俺に出来ることはなにもない。打つ手なし、だ」
1791
:
S・W No.2:柳
:2018/09/10(月) 02:08:41 ID:Uv4XuDn2
「そんなっ…まさか多聞が…」
ゼオの説明を受けながら、柳の声は徐々に小さくなっていた。
自身の膝に眠る主の髪を撫ぜながら見つめる表情は険しく。
゛信じられない゛と、そう瞳が物語っていた。
「どうして…」
彼の中に妖魔が巣食っていることはわかった。
だが、納得できるかと言われればそう簡単なものではない。
彼は不器用で人嫌いではあるものの、決して心に闇を抱えるような人物ではない筈だ。
―けど、それをずっと自分に見せまいとしていたのなら?
何か痛みを抱えて、それをずっと抑えていたのだとしたら―
(我は…多聞の何を知っているというのだ…)
彼と出逢って幾年月、多くのものを見てきた。
優しさに触れてきた、小さな喧嘩もした、彼に笑われることも、自分が涙することもあった。
けど、思えば自分と出逢う前の彼の事を、柳は何も知らなかった。
一流の退魔師、そして人をあまり好いていない…それだけ。
彼は過去を話すことはなかったし、自分も態々知る必要はないと思っていた。
そこに何かがあるのなら…。
「どうすればいい」
いつか多聞が言っていた。
゛妖魔を祓うために必要なのは知ること゛だと。
妖魔になった原因を知り、そしてどうすればその無念を晴らせるか。
゛俺に出来ることはなにもない。打つ手なし、だ゛
ゼオはそう言ったが、ある程度察することは出来た。
彼はニヒルな男だが多聞の親友で、今で柳にとっても大切な友だ。
そして彼は、親友の危機に゛どうしようもないから諦めよう゛で済ませるような男ではない。
つまり言葉通り、゛ゼオ自身にはこれ以上出来ることはない゛ということなのだろう。
長年の付き合いでそれぐらいはわかる…なら自分には?
「我には何が出来る…どうすれば、多聞を助けられる?」
1792
:
多聞
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/10(月) 06:22:14 ID:XqyzFeFk
>>1791
彼女の言葉に、笑みを浮かべるゼオ。
自身の言葉の意味を察している、という点に信を置いているようにも見受けられた。
「先程も言ったが外側からは無理だ」
「コイツの魂は要塞化した肉体に護られている、その奥の妖魔を排する前に多聞が限界を迎える」
「ならば、要塞の裏道……多聞と直接繋がっている者が、多聞の中へ入って妖魔を滅すればいい」
「この妖魔に唯一手が届く存在、それがソウルウェポンであるお前だ。柳、お前だけだ」
ゼオは続ける。
夢の話、その光景は確かにかつて多聞から聞いたことのある【過去の風景】に近いものだと。
多聞の今までの生活や態度に妖魔を発生させる要因が無い以上、その原因は過去にある。
この予測が正しければ、今、夢で彼の過去を垣間見んとしている柳は、妖魔の退治に必須の情報に一番近い存在と言える、というわけだ。
「感傷的な話をすればな、俺ですらあいつの過去の話はほとんど聞かされちゃいない」
「あいつは変なところで頑固だからな、そう決めるだけのことが過去にあったということだ」
「仮に手を打てる奴がいるとして……多聞のそんな過去を、どこぞの馬の骨に見せるというのも面白くない」
「ふふ、当人の死がかかっているというのに悠長な話であろうが……」
「……他者の精神の中に入る、というのはそうそう経験もあるまい。俺は不本意ながら何度かやったことがあった」
「俺が付いていければ経験上助けにはなれたろうが、そうもいかない以上……これだけは肝に銘じていけ」
・
・
・
・
(忘れるな、柳)
(アイツを救えるのは、お前だけだ)
「……何か、言ったか?柳」
「済まない、最近はどうも呆け気味で良くない……お前の言葉を聞き逃すなど、らしくもない」
明らかに挙動のおかしい反応。
意識を一部切り取られたような返しをするものの、その後に続けた言葉と寂しげな笑みは、彼自身のものだ。
ゼオが手渡した、小さな竹筒が柳の手元にはある。
これが一体何の役に立つのか。
それはきっと今夜知れるのだろう。
1793
:
S・W No.2:柳
:2018/09/11(火) 00:19:17 ID:hcBl1tSs
「よいのだ、大したことじゃない」
小さく眉根を寄せて微笑みかけ、座る多聞の背に手を乗せた。
「我が主は少々頑張りすぎだ、疲れも溜っていよう。
清浄なこの空気に触れて過ごせば時期に元気も戻る。
今は我と、ただゆっくりと同じ時を過ごそう」
そう言って、安心してくれと伝えるように穏やかな微笑みを浮かべた。
異変に気づけずとも、彼なりになにがしかの違和感はあるのだろう。
その違和感に、彼が更に心を痛めることは避けたい。
今この現実にある自分には打つ手がない、全ての鍵は夢の中に。
なら、せめて目の前にいる彼には表面上だけでも、心穏やかに過ごしてほしい。
「今宵も早いめに休もう。神聖な山であれ、夜の風は体に毒だ」
(…へこたれている暇など、ないな)
ゼオがくれた言葉をもう一度胸に刻み心を引き締め直す。
この山にきて暫く、柳の霊力も少しはついてきた。
焦るばかりではなにも変わりはしないが、悠長にしていられるわけではないのも事実。
そろそろ、動き出さねば。
(我が…多聞を救うのだから)
竹筒を見やる。
゛無為に使うな゛と言われた手渡された未だなんなのかわかっていないがそれを。
きっと意味があるのだろうと信じて。
そうして穏やかな時を多聞と過ごし、その時を待った。
1794
:
多聞
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/11(火) 06:08:43 ID:Coav3/v2
「ん……そう、だな」
「ありがとう、柳。お前がいてくれてよかった」
(肩に添えられた手に、指を重ねる)
(日に日に薄まる彼を暗示するかのように、その肌は囲炉裏の熱を浴びてなお冷たい)
(ここに来てからというもの、多聞の寝付きは明らかに悪くなっている)
(あやすように寝かせる必要があるだろう)
(最初は恥じらう素振りも見せたが、今ではそんなこともなく、すぐに穏やかな寝息を立て始めるであろう)
(彼女もまた寝につく、その瞬間)
(睡魔と共に、彼女はおぞましい視線をよりにもよって多聞の胸中から感じることになるはずだ)
(多聞と繋がり、その奥へ精神を滑り込ませるということ)
(それは、大口を開けて待つ妖魔の膳に自ら乗り込むことにほかならず)
(彼女の存在を、妖魔が黙して放置するなど有り得ない)
(果たして食われるのはどちらであるか)
(長い夜の一幕が今、上がった)
・
・
・
・
「お……ろ……」
「……起きろ、女」
「いつまで瞼を閉じている。このまま夢の中でまた夢を重ねがけでもするつもりか?」
(そこは、毎晩見ている夢の庭の真ん中)
(いつものように横たわった彼女を、ぺちぺちとくすぐったい感触がくすぐった)
(眠るというよりは、意識を移しリンクさせる行為に近い今の状態だが)
(それは、割と容赦なく彼女の顔を小さななにかでしばいている……痛くないけど勢いはある)
「かはは、夢の中でまで寝坊助とは恐れ入る。到底真似できん」
「さあ立て。主人を救うのであろう?」
「栞を外せ、頁をめくれ。言の葉を綴れば歴史が変わるぞ」
(聞き覚えのある声が、彼女を軽くからかいながら急かす)
(聞き覚えのある声……そう、確かに、聞き覚えのある声だった)
(発声の仕方、抑揚こそ明らかに若々しくテンポが良かったものの、それはまさしく……)
(ーーゼオ・ウッドフィールド、その人の声だった)
「ふむ、自己紹介をしておくか」
「我は管狐(くだぎつね)。名を【ハクタク】」
「初仕事がよもやあの御仁の中とはな。まあ、よろしく頼むぞ、女」
(長さは約50センチほど)
(真っ白な毛並みに隈取した目元)
(動く度に熱のない青白い鬼火を軌跡のように灯していく)
(前足だけで、当然のように浮遊して彼女の顔を尻尾で叩いているそれは、細長い蛇のような狐のあやかし)
(ゼオの竹筒の中身は、どうやらこの使い魔のようだ)
1795
:
S・W No.2:柳
:2018/09/11(火) 22:51:48 ID:hcBl1tSs
「………っん…」
仄かな微睡の中で瞳を開けば、目の前にはもう慣れてしまった景色。
(入ったか…っむ?)
そして慣れていない何かに小さくはたかれているような感触。
これまでと違う目覚めに目を向ければ、そこには細長いナニか。
果たしてこれまで柳にこのような知り合いがいたことは一度としてない。
だが、その声だけは酷く覚えていた。
(そういうことか。全く…出来ることは何もないなどと言いながら…)
頼りになる男だと、一つ苦笑いを浮かべながら寄越された助けの傍らに起き上がる。
「すまないな、その通りだ。寝ている場合などではなかった」
眠りにおちなければこの夢には入れなかったのだから正確には寝ている場合なのだが。
なんてトンチじみたことが頭に浮かんだが、それこそそんなこと考えている場合ではない。
管狐という名は聞いたことがある、狐憑きの一種であり、人の手で使役することも出来る妖。
「退魔師多聞を主とした意思持つ刀、柳と言う。助力に感謝するぞ、ハクタク」
(意識ははっきりしている、体は動く、五感も生きている…始めよう)
この小さく強力な助っ人の力も借りて、必ず彼を助ける。
必ず、今はまだ小指の先すら見えない彼を苛む妖魔の正体を暴いて見せる。
(その心に、貴様の居場所などありはしないと…教えてやろう)
その決意を持って、柳は庭の先を鋭く見据えた。
1796
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/12(水) 00:06:46 ID:geYgSGAI
「よし、重畳。やる気があって何よりだ」
「ほう、ぬしもひとでなしか。そうでもなくばわざわざ此処にはくるまいが」
「では、歩きながら話そうか。先導を頼む」
「ぬしにはどこに行けばいいか、はっきり見えているはずだ」
「その行き止まりの直前まで進んでくれ。そこからはこちらの仕事だ」
いつもの夢の通り、灯籠に照らされた一本道を進む二体。
いつもと変わらぬ風景ながら、明らかに感じられるのは【奥行き】だ。
「さて、まず我々がするべきことは【ただ進むこと】だ」
「元来人間の精神の中に入る、というのは、散らばったピースをかき集める作業から入るものなのだが」
「ぬしが彼と繋がっているからかな、その前段階が既に攻略されている、容易いことだ」
「今我々は無意識下の多聞殿の精神の流れに沿って動いている」
「その流れは通常ありえないもの、【意図して精神の流れを自分に引き寄せている何かの存在】の証明でもあるわけだな」
つまりは、このまま進めば妖魔がいる場所にたどり着ける、という意味でもあるが
当然、彼女は知っている。ただ到達したところで、膳に乗った馳走に変わるのは自分であると。
「さて、柳とやら」
「この先に何があったか、覚えてはいるか」
「体系だった妖魔ほど強く恐ろしいが、その実、形は分かりやすいものだ」
「何がきっかけになるかも分からんからな。きかせてもらおうか」
1797
:
S・W No.2:柳
:2018/09/12(水) 00:34:34 ID:sfVXMbJk
「ああ、頼りにしている」
一つ頷き、いつもの光景へと向けて、歩き出した。
まるで百鬼夜行の通り道かのような一本道。
歩き続けること自体はこれまでと依然変わりはない。
だがしかし、確かにこれまでとの小さな違いを覚える。
‘奥行き‘が増している。
柳の霊力が高まってきた故か、それとも傍らにある管狐の存在がイレギュラー故か。
些細な違いなのか、それとも妖魔に何かしらの変化があったのか。
なんにせよ、これまでとの違いは、ただそれだけで前進に他ならない。
「ゼオからも聞かされたことだが…」
「我が多聞の刀であったことを、これほどまでに感謝したことはそうない。本当によかった」
仮に自分がなんでもないただの女であったとして。
その時点で彼との繋がりなど生まれよう筈もないが、仮に生まれたとして。
もし同じ事態になれば、己は何もすることが出来ず。
ただ彼が弱っていくのを眺めているしかなかったのだろうかと思うと、寒気がする。
だが己は彼の刀だ、そして彼と魂で繋がっている。
だから必ず救える、だからこそ…油断はしない。
「…ここを真っ直ぐ歩き続けると、やがて屋敷の一室にたどり着く」
「恐らく離れなのだろう、中からは一人の女性の声が聴こえる」
「声の正体は…未だにわかっていない」
「あの中には夢の中の多聞もいるのかもしれない…だが」
「確かめようと障子を開こうと、そこで目が覚めてしまうのだ。何度繰り返そうと」
1798
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/14(金) 05:41:59 ID:gQhHRrLc
「なに、刀でなければそれはそれで人は頼るものだ」
「まあ、ぬしらしい頼り方をされているという意味では、正解だったのだろうな」
彼女が誇るように言うと、あえて嗜めるように言葉を濁す。
全くもって、性質は相当に近いらしい。
皮肉屋で変にひねくれものなあの男に。
「なるほど、他者の精神あるあるというやつだな」
「くく、ぬしのそれは世界のしきり。壁のようなものだ」
「先程言ったように人の心がつぎはぎであれば、布と布の境目と言えばいいか」
「その奥から見えているように見えるのは、喩えるなら別の区画」
「橋を架ける意識で、繋げなければならない。簡単なものだ、認識すればいい」
「知っているか否かは大きいぞ。よく分かっているだろう……よぉくな」
そうこう言っているうちに、到着。
たしかに毎晩見た、あの庵が彼女らの前に姿を見せた。
だが、その様相は大きく変質していた。
「……一応聞くが」
「ここまでのあばら家だったか?」
ハクタクは柳の様子を見て、口を開く。
しっかり糊付けされていた障子戸はことごとく破れ。
軒先には生ゴミや汚物が散らばりひどい臭いを放っている。
瓦屋根は長年放置されたのか朽ちて砕け落ちるもの多数。
しかし障子戸の奥を垣間見ることはかなわない。
あの女性の声すらも、聞こえない。
変化は、あまり快いものだけではなかったようだ。
「とりあえず、開けてみようではないか」
「分かっているだろう。向こう側を意識しろ」
「その先を意識して、繋がったという確信が来た瞬間、開けろ」
1799
:
S・W No.2:柳
:2018/09/14(金) 23:42:48 ID:OGNt5FIg
「勿論、人であったのならば人であったなりに、我も最善をつくそうとはするのだろう」
ハクタクの言葉にさもありなんと頷く。
そも声が彼のもの、性格が似通っていてもなんら不思議はない。
それに彼の憎まれ口で学ばされたこともこれまでにあった。
少しの苦笑いは浮かべど、そこにあるのは正しく親愛の情だった。
「ふむ、なるほど。謎を謎のままと認識していたが故に、我はこれまで…っ」
彼?からの教授に一つ一つ頷きを返しながらの少し長い散歩道。
漸くたどり着いた景色…そして、今まで決して見たことはなかった景色に顔をしかめた。
「っ………我がこれまで見てきたものは、大きくはなくとも格式ある立派な離れだ」
「惨劇の後に放置され続けたボロ屋などでは決してない」
吐き捨てるようにそう伝え、一度心を落ち着かせようと瞳を閉じた。
そのままで、ハクタクの言葉に身を委ねる。
(認識しろ。゛かもしれない゛ではない)
(この入口の先に多聞が…我が主の中に巣食う妖魔が゛いる゛…覚悟の時だ)
扉の向こうへと意識を傾ける。その先にいるナニかを認識する。
対岸へ橋を架けるように、揺れる袖を掴むように、糸と糸を結ぶように。
この身はソウル・ウェポン、使い手と心を繋げる魂の武装。
退魔師多聞と魂を結ぶこの世にただ一振りの剣…繋げられない筈が、あるものか。
(多聞、我が主…我を信じてくれ)
そうして一瞬、或いは数秒、あるいは数分の沈黙の後、彼女は瞳を開いた。
「ゆくぞ、ハクタク」
彼と、意識と、夢と、確かな繋がりを認識して。
ついに、戸に手をかけた。
1800
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/18(火) 03:43:07 ID:n/p8aaHw
「応。いつでも来い」
開け放たれた瞬間、埃交じる空気が前方から吹き抜ける。
いかにもな【繋がった】という印象をもたせるその風の向こうは、外観の延長そのままの廃墟手前のあばら家の中。
ところどころささくれた畳。
小さな机と横に平積みされた書物、山と重なる巻物。
焦げ目のついた魔力の高灯台。
和紙の切れ端が溢れんばかりに溜まったくずかご。
全体的には和室に古い建築様式が合わさったようなデザインだが、こうも古いとその+αが陰鬱さを更に引き立てているような心地がするだろう。
埃も少ない床など、妙に人の気配が多いその場所は、妖気こそ感じないものの、妙に陰の気に満ちた居心地の悪さを湛えている。
「ふむ、住んでいるな」
「浮浪者か、罪人かは知らんが……この信じがたい環境に、確かに居住している跡がある」
ハクタクが伸びた先には、竹籠に積まれた着物。
いかにも嫌そうにそれを持ち上げると、女性か子供サイズといった礼装であることが分かった。
多聞が日頃着ているものとは違うが、意匠は一致する。
この廃屋に住む者は、少なくともそういう関係「おい」
(むっ)
不意に、声がする。
それは奥の押し入れの中から響いた。
籠もった音だが、若い男性、いや、少年といっていい年齢の声。
そして、それは柳にとって聞き覚えのある声であった。
声がした瞬間、ハクタクは柳の髪の中に隠れた。
サイズが変わるのか、外見も違和感がない。
そうしている内に、戸が開く。声の主が、姿を見せる。
「ふぁ……家主に断りなく戸を開け洗濯物を漁るとは……今日は、特に傍若無人の輩が謁する日らしい」
「里のものに何を吹き込まれたかは知らないが、顔も知らぬ者への最低限の礼は払ってもらいたいものだ」
家主、と名乗る少年は、元服もまだ遠い、十を少し過ぎた程度の歳か。
押入れ(我ながら非常に違和感のある建築接合だ)を寝床代わりとしているのか、下りるなり大あくびに続けて苦言を呈する。
今よりずっと長く、傷んだ髪を乱暴に纏めて。
痣だらけの顔、今よりずっと剣呑とした表情こそ印象を変え、白い擦り切れた寝間着は大きさも合わず明らかに大きいが。
その妖艶とさえ形容できる美麗の双眸は見紛うハズもない。
「安曇(あずみ)家が先代当主、中雅(なかまさ)の長子、多聞(たもん)」
「非礼を以て起床を出迎えられる筋合いはない。日を変えて出直されるが良かろう。そなたに人の性を尊ぶ理性があるならば、だが」
間違いなく、それは幼少の主人、多聞の姿。
彼の過去の映し身である、と言えるであろう。
(掃き溜めにて羽休める鶴とはよく言ったものだな)
(柳、本筋は俺が動かしてみせよう、それに抵触せん限りどうするか、何をするかは勝手だ。)
(さて……どうなるかな?)
頭の中で呑気に話す狐。
その目線は、彼女の髪の間から……
(…………)
部屋の隅の、割れた鏡に向けられていた。
1801
:
S・W No.2:柳
:2018/09/19(水) 01:03:47 ID:pWffdDvw
>>1800
「…こんな、こんな場所でか…っ」
それ以上の言葉が出てこなかった。
これは夢、であると同時に在りし日の写し身。
であるならば、この劣悪と呼んで差し支えない環境下に身を置く存在は一人しかいない。
(主は、幼少をこんなところで過ごしていたというのか…?)
微かに震える手で、ハクタクに倣い、その場にしゃがみ着物に手をかける。
童が着るのであろうそれとは違うもう一つの着物。
恐らくこれは毎晩夢に聞こえたかの女性のものなのだろう。
この夢の登場人物は現在二人、片方が幼少の多聞であるならば。
あるいはその女性こそが―
「っ」
不意にかけられた声に立ち上がる。
音の方へと顔を向ければ、そこには幼き主の姿があった。
その痣も、厳しい表情も、明らかに持て余したその寝間着さえも痛々しい。
(…)
髪の中から聴こえるハクタクの言葉を聞きながら、身体ごと幼き多聞へと向き直る。
ハクタクがどちらを向いたかなど気づくこともなく。
「…眠りを妨げてすまない」
あくまで夢だ。今ここにいる彼にどんな非礼をしようと現実に影響はないかもしれない。
だが…例え夢であり、現実でなかろうと。
在りし日の彼と自分になんの関わりもなかろうと。
あくまで、柳にとって彼は、なにものにも代えがたき人であった。
その人に、無礼を浴びせたままでいられる筈もなく。
自然、その頭を恭しく下げていた。
「断りを入れぬまま押し入った非礼は詫びよう、我は名を柳と申す」
「だが…我には出直す時間がない。どうしても為さねばならぬことがある」
「そのために、多聞殿。このような夜分に貴殿の元を訪ねたのだ」
妖魔を祓うために必要なのは知ること。
だとすればこの屋敷の中への侵入だけではまだ足りない。
彼が何故内側に妖魔を抱えてしまったのかを知るためには。
彼自身からその要因を引き出さねばならない筈。
だとするならば、このまま警戒されているだけではだめだ。
「どうか…暫しのお邪魔を、赦してほしい」
1802
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/21(金) 05:42:07 ID:zmJGYfrc
>>1801
「屋根があるのは意外だったな、聞いていた話ではもう少し……」
「カカ、いや、現実、目の前にあるこれが全てか」
「あまり気を逸らせるな、柳。敵の形が分からぬ以上、下手に動けば多聞との同調が乱れるぞ」
「……? ふん、意図して礼を損なったわけでは無いか」
「まあ、嫡子の住まいに見えないのは当然か。俺はもう慣れたが……」
「かといって、礼を失する理由にはなるまい。去れ、此方とて暇な身では……」
彼女の様子、悲痛な表情と、覚悟を秘めた声色に何か思うところを見たか。
明らかな敵意は和らいだものの、実際二人の行為が夜分の乱入には違いない。
そう、言葉に続けるものの……
「……いや、待て」
「お前、人じゃないな、式か?」
ふと、一挙に距離を詰めだした多聞。
その目は眠気にまどろむ虚ろなものでも、怒りに睨む鋭いものでもない。
興味と興奮に見開かれた、年相応のものだった。
「式、いや人の身に定着させた鬼か?」
「凄いな……安曇にはこんなものを拵える技術はない、陰沼や羽黒にもここまでのものはあるまい!」
「ど、どういうことだ?!当主がこんなものを俺に寄越すはずもない、しかし式なら【此処には来れない】!」
「どんな風の吹き回しだ……いやしかし当主以外がこれほどのものを他所からでも持ち込めるわけもない……」
「野良?そんな者いてたまるか……分からない、分からないが……!」
「あぁ、いや……しかし……っ」
「……綺麗だなあ、お前は……!」
(事が済むまで外に出ていようか? 何かとは言わせるなよ、無粋ゆえな)
まくしたてるように、彼女が人ではないことに言及を始める。
立板に水とはよく言ったもの、彼女の顔を両手でつかみ、撫でて、引き寄せ。
肩、腰、脚……と手を下ろしていくが、それは名馬を撫でる馬主や名槍を愛でる蒐集家のそれ。
彼女を人ならざるもの、と見た瞬間、明らかに警戒心は和らぎ、距離は不自然なほど近くなった。
最後の一言など、うっとりしながらの無意識の一言。
頭の中でハクタクが笑っている。
しかし、すぐに多聞の前にも姿を表し、口を開いた。
『もし、多聞殿』
「は?! ……な、んだ?」
『失礼いたしました。我らは当主様より遣わされた者、故あって明かせぬ出自の式なればここに参った訳は御身の安否ただ一つ』
『かねてより御身が住まう場としてここは難のある住まい。良くてあばら家、悪ければ家の形をした棺桶』
「はっきり言うな、こっちは……」
『我らはそれを改める為に遣わされた専属でありますが、他の者に知られてはいささか面倒事と、夜分にお邪魔させていただいた次第』
「……あの御方が俺にそうするとは到底思えん、が……」
「……それに偽りはないか?狐よ」
『ハクタク、そうお呼びつけください』
『真かどうかは、この柳めがここにすんなり入れたことこそ証明になるかと』
「……ここの護りが穴だらけなのは言うまでもないが、確かにここまでの式が入れるほど脆くはない……か」
(カカ、お前との主従の繋がりが功を奏したな。柳、お前と俺は安曇の結界に関し顔パスというわけだ)
(まあ、此方側に侵入してからまだ何も分からん。多聞の側にいるほうが都合が良かろうな)
しばし考えた素振りをするが、ちらちらと柳を見る目に興味が完全に勝った少年の様相が垣間見える。
ハクタクは早くも勝利宣言で笑っていたが、その様子はあまり楽観的でもなく。
(柳、とりあえず寝かしつけておけ)
(ここの霊的な護りは意図してかやたらに穴だらけだ、補修は引き受けるが、雑多な下級霊が入り込むやもしれん)
(駆除は任せるぞ。なあに、お前なら指で弾けば容易な程度の相手よ)
「……分かった、とりあえず今夜はもう寝る」
「明日、改めて役割を確認する、構わないか?柳」
(カカ、敢えて心象を悪くしてこっちに関心を寄せようかと思ったがこれは杞憂だな)
(添い寝でもしておいてやれ。この若君、ろくに寝られておらんぞ)
1803
:
S・W No.2:柳
:2018/09/21(金) 23:43:12 ID:CK9cym72
「っ、多聞殿、少し落ち着かれよ」
興味津々とばかりに己に触れ、早口に喋りながら見つめる多聞に驚きを禁じ得なかった。
しかし同時に、確かに彼は多聞なのだなと納得も出来た。
状況が状況でなければ苦笑いの一つでも浮かべていたところだと、内心で苦笑する。
(のんきなことを言っている場合ではないだろう…)
意図せず警戒をある程度払拭出来たのは幸いだったが、やはり自分には頭脳労働は向いていない。
どうしたものかと思案する矢先、ハクタクの手助けに救われた。
(…すまぬな、ハクタク。我に出来うることなら何でもしよう)
夢の中でさえ、この身に出来ることはそう多くは無い。
それが少し歯がゆくはあるが、であるならば出来ることは全て全力で為そう。
そう決め頭の中でハクタクの言葉に頷き、幼き多聞に向きなおる。
「…こちらのハクタクの言葉通りにございます」
「御身のお心を波立てぬよう、敢えて当初素性を明かさずにいたこと、改めて謝罪申し上げます」
「我ら共に若君の為に遣わされた式なれば、存分に御身にお使い頂く所存でございます」
とにもかくにも、ハクタクが即興で描いた筋書きをなぞっていた方がいいだろう。
そう思い改めての恭しく礼をかけるとともに、改めての自己紹介を済ませる。
「若様がそう仰られるのならば、今夜はゆっくりお休みください」
(しかし添い寝か…多聞が素直に従ってくれるだろうか)
ハクタクからの提案に少し上手くいくかどうか少しの疑問を抱くが。
実際彼の顔色は芳しくなく、勿論それは心配に値するもので。
撥ね付けられたらそれまで、そう思いながらものってみることにした。
「…ところで若様、その様子では就寝の折に熟睡と呼べるものは取れていないご様子」
「この柳、若様の為に遣わされたものでございますれば」
「安らかな眠りのため、この身を使っていただければと思う所存ですが、御赦し頂けるでしょうか」
1804
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/22(土) 03:27:25 ID:WFuQgusM
>>1803
「これが冷静でいられるか! 自分の価値を理解していないのか……!」
『夜分遅く、加えて疲労困憊の御身を気遣ってのこと。許されよ、若君』
「ッ……若君というのは止めろ。知っているだろう、先代の子と言えど、もはやこの身に継承権は無い」
「気遣いも過ぎれば非礼になる。弁えよ、安曇の式であるならばな」
『ちっ、やかましいガキだ。柳、さっさと布団に引きずり込んで絞め落としてしまえ』
「? 何か言ったか」
『羽虫が少々うるさいようですな、障子を張り替えなくては』
斯様なやり取りの中でも、情報は出てくるものだ。
【先代の嫡子でありながら当主の継承権がない】
そしてこのような場所に押し込められ、睡眠さえろくに取れぬ日々を送っている。
当代当主に対する不信感にも近い猜疑。
多聞に直接何かあったと言うよりは、お家の騒動の延長であることは伺えた。
(柳、これ以上は多聞に聞くのは止めておくぞ)
(下手に家々の関係を嗅ぎ回ると多聞の疑念を喚びかねん)
(正直今この嘘が成り立っているのは、お前自身への興味と当人の寝不足から来た判断力不足故)
(これの直感と洞察力はお前がよく知っておろう。以降は、せいぜい役割になぞらえるとしようか)
「……は……?」
『隙間風が多いゆえ、添うて暖めようとのことです』
「あ、な、成る程……あー、分かった……うん」
『申し訳有りませぬ、まだ出来て間もない式であれば、斯様に言葉もずれるというもので……』
「……本当にか……」
『柳、やれ』
いい加減まどろっこしいとハクタクが痺れを切らす。
こういうところは製作者似だと彼女なら分かるかも知れない。
恐らく抵抗らしい抵抗もわたわたして出来はすまい。
抱き寄せでもすれば黙る。
寝に向かったのを見て、ようやくハクタクが天井へと上がり結界を弄り出す。
異様な暗い気配も、直にすぐ落ち着いていくのが分かるだろう……
1805
:
S・W No.2:柳
:2018/09/22(土) 22:18:19 ID:YljX0re6
>>1804
幼いながらも既に個の人間として確立しうる多聞も勿論ではあるが。
それ以上にハクタクの手腕には感心するばかりだった。
少なくとも彼が、当代の当主を手放しに信用してるわけではないということがわかった。
いや、そんな単純なレベルではなく…だとしたらそこにあるかもしれないなにかしらの確執。
ならば、それが妖魔発生の原因だろうかと。
(話の運びを滑らかにする弁舌…我も見習った方がいいだろうか。…しかし)
(飄々とした態度を取ってはいるが、そう気は長くないところはやつにそっくりだな…)
゛添い寝゛と直接的に言うのも少し生々しいと思っての言葉選びだったが。
それが余計に生々しさを強調していたとはつゆとも知らず、
動揺の隠せていない幼き主とハクタクの態度にいつかの彼らを思い出した気がして、
思わず小さく笑ってしまった。
「いきましょう多聞様」
それもすぐに妙齢の女性が浮かべる穏やかな笑みへと姿を変え、
ゆっくりとした歩みで多聞に寄り小さく抱きしめた。
「ご安心ください。必ずや私が、貴方様を安らかな休眠に導いてみせましょう」
ここ暫く彼にそうしたように一度頭を撫で。
暫しのことは任せると一度ハクタクを見てから、寝所へと連れ立っていった。
1806
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/23(日) 05:34:10 ID:as/LLnxY
「ぐう」
……ちょろい、としか言いようがないほど、添われた多聞はあっさり眠りについた。
少し汚れた顔ははっきりと痣と目の隈に暗く彩られ、今寝ている布団も完全に平べったく潰れた古いもの。
枕もあってないような手ぬぐいの重ねたもので、おまけに押入れにそれらを置いて引きこもっている。
ハクタクの修繕が終わるまでの間、虫や蜥蜴のような魑魅魍魎が疲れ切った少年を疲弊させんと寄ってくる。
押し入れはまだ彼が不慣れな結界を重ねがけて対処しているのか、血を見る可能性のあるものは入っては来れなくなっているようだが。
それでも、彼女の対処なくては十分と安眠は護られまいと確信できるほどの妨害が寝入った彼を付け狙う。
……かつての彼には、柳はいない。ハクタクもいない。
その事実はここでどう動こうとも変わりはしないのだ。
『やれやれ、始末はつけてきたぞ』
『雑な術式だ。俺ですら縫い治せる粗い綻びだった……が、アレは意図したものだな。どうもきな臭い』
『だが今は……とりあえずこれからの流れをおさらいするぞ。俺達が探しているのは3つ』
『【妖魔の発生要因】【妖魔の正体】【妖魔の行動理由】だ』
『以前の事件の場合は【土地を巡ったトラブルで地主が殺され・生まれた泥田坊が・土地を奪われた復讐に現れた】となるわけだな』
『何かが多聞の過去に起き、何者かがそこで生まれ、何かを為そうとしている』
『さっぱり分からんが、どうやら俺たちはこの精神の中の特異点にいるようだ』
『此奴の近くにいれば、少なくとも何かと何を、が分かるわけだな』
『質問はあるか?』
1807
:
S・W No.2:柳
:2018/09/27(木) 22:05:00 ID:gQa1CWk6
「…おやすみ、多聞」
意識を閉じた多聞へ一つの笑みを向け、その表情を引き締め直す。
庵の外観、内装、幼き主の姿、そして家畜小屋に押し込めらえたかのような寝床。
ここにきてから柳の心は痛むばかりだった。
(ここで何をどうしたところで…事実は消えぬのだ)
そう、どれだけ尽力しようと。過去の多聞を救うことは出来ない。
今ここにいる彼を護ったところで、いつかの彼が孤独だった事実は変わらない。
優しい声で自分の名を呼んでくれた彼の疵が消えることは、ない。
―なればこそ、今ここにいる彼を護ろう。
己を愛してくれた彼を護ろう。
その疵さえ笑えるように、精一杯の全てを彼に―
「…貴様らに安らかな休息の邪魔はさせん。早々に散れ」
見せられた夢の景色、いつか起きていた残酷な現実は、それが故に柳の決意を新たにさせた。
忍び寄る魍魎を怒気を込めた静かな声と共に払う。
その姿は忠誠を誓う臣のようにも、我が子を守る母のようにも映った。
少しの時を置き、ハクタクが姿を見せた。
これで一先ず彼を脅かすものはいなくなったと一つ息をつく。
「すまなかった、世話をかける」
一度多聞の方を見つめてから、ハクタクへと向き直った。
彼が言うようにその雑な術式が゛意図したもの゛ならば、到底許せることではない。
そしてそんなことをする者も現状では一人しか浮かばない…。
だとするなら先ほど彼が言った゛継承権は無い゛ことが関係しているのだろうか。
「…何かも、何をも、何故も、情報が足りない。訊きたいことはいくらでもあるが…」
「多聞と当代当主の関係、何故こんな環境下に彼が置かれているか」
「それに先ほどの会話を見るに当時の里の者達との関係も良好とはいかなかったようだが…」
「そして今回は未だ聴いてはいないが、これまで聴こえた筈の女の声…」
現状余りに客観的事実が少なすぎる。
彼の境遇、そして先代当主の嫡子であるという事実。
先代当主と当代の当主との間に何かがあったのは間違いない。
それが此度の問題に関わりあると推察するのは簡単だが。
あくまで確証に近い主観的な推察にしかならない。
「…それと、今我とそなたは当主より遣わされた式ということではあるが」
「多聞が次に起きてきた時、冷静になった彼にどう立ち回るべきか、次の案があるだろうか」
1808
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/09/30(日) 02:10:21 ID:BKhPVnCs
『……この世界は精神世界』
『記憶の反芻か巻き戻しか、こういった場所では本来干渉できずただ見届けるしか無い状態にあるのがほとんどなのだ』
『つまり我々がよほど世界の流れを乱さない限り、【どう動こうとも本筋は必ず結末へと帰結していく】というわけだ』
『こうやって干渉出来ているのは、お前が繋がっている存在であるからと考えるが、本筋はまず変わるまい』
『心を強く持てよ。こんなもんじゃあ済むまいよ』
はっきり告げるハクタク。
多聞の幼少を根幹から変えることは不可能であり、変えようとすれば世界から弾かれる。
二度目はない、というほどの厳密さではあるまいが、妖魔に出方を伺わせる必要もないと狐は慎重論を唱えた。
『まー、当主が多聞を本気で憎んでいて明日にでも殺そうとしてくるとかでもない限り』
『もしくは多聞に関わる全てを破壊するような凄まじい妄執でも抱いていない限り、【当主の名でここに居着いた事実は世界になぞらえられて定着する】つまり矛盾しないということだ』
『かかか、貴様が多聞の嫁だとか言い出していればそうなっていたかもしれんということだな。俺の僅かばかりに根を張った良心に感謝しろ』
『まあ、茶番はここまでにしよう』
『夜が明けるまで待つ。多聞の隣で成り行きを見守る』
『これが今できる最善と俺は考え…………』
『……成る程、こう来たか』
ふと、穴の空いた襖がカタカタと鳴り始める。
不審に思った二人が外を見れば、明らかに風景が変わっている。
まるで紙芝居の風景が入れ替わっていくかのように、夜が過ぎ、朝へと変わっていく。
不要な時間など瞬く間に過ぎてしまえというような、作為的な時間の加速。
あっという間に、柔らかな霞の交じる風。
雀の鳴き声と鶏の咆哮重なる、朝焼けの日差しがあばら家の中へと差し込んでくるではないか。
『どうやらせっかちな御仁らしいな、多聞殿は』
『第二らうんど、というやつだ。気合を入れていくぞ。柳』
1809
:
S・W No.2:柳
:2018/10/01(月) 22:39:48 ID:CFxru0ik
>>1808
「ああ、わかっている。別に下手に動こうという訳ではない」
「これから何を見ようと、我の多聞への想いは小指の先も揺れはしない」
変えられはしないし、変えるべきでないことも理解できる。
だからこそ゛今゛を護るのだと、言外に伝えながら強く頷く。
「…話が早くて助かる、というやつだな」
どうやら夢の主は悠長に夜の時を刻むつもりはないようで。
会話もそこそこという間もなく明けた景色を眺め、目を細めた。
ハクタクの言う言葉を信じるならば己は一先ず、式として変わらずあればいいだろう。
ならば話は簡単…とはいかずとも、複雑ではない。
手綱は彼が握ってくれている。
ならば自分は多くは語らず、そしてなるべく情報を引き出せばいい。
この夢がどこまで続くものかはわからないが、続く限りは一切の油断をせず―
「ああ、よろしく頼むぞ」
いずれ身を起こすであろう、この領域の主の寝床へと目を向けた。
1810
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/10/06(土) 01:19:46 ID:w7JYNxdk
『一応、一つだけ分からないことがある、と言っておく』
『何故奴は、多聞への介入でこの夢が見せられているのか』
『奴の狙いが多聞の乗っ取りであると仮定して、何故この夢がその目的に繋がるのか、さっぱり分からんということだ』
『どうなっているのかは知らんが、とりあえずーーふぐう!!』
ーー突然、それは起こった。
時間加速に惹かれて、とんでもない速度で飛来した何かが、押入れの前で浮いていたハクタクを直撃したのだ。
床に落ちた……石礫。
それだけではない。何の前触れもなく次々に放り込まれてのち、嘲笑が廃屋の破れた障子戸を揺らした。
「「「寝坊助多聞!鬼の仔多聞!!起きねば厠が溢れるぞ!!起きねば目ん玉潰れるぞ!!」」」
「「「ぎゃははははは!!!!」」」
窓の方から見えたのは、身なりの良い、退魔師の服装に似たものを身につけた少年たち。
そのまま笑いながら白い屋敷の壁を沿って歩き去ってしまった。
そう、【多聞が其処にいたかどうかさえ確認しなかった】のだ。
まるで、【いつもの通り道でいつものようにかまして、いつものように本来の目的に戻った】ような動き。
そう、その動きはあまりに手慣れていて、あまりに呵責のない【当然のこと】という動きだった。
『ぐおお……な、なんだ今のは……!!』
頭を擦りながら浮いてきた式。
時間で加速していたが威力までは乗らないようで、ただの礫に過ぎないようだ。
そして、喧しい罵倒と投石の音で起きたのか、押し入れから物音がすると……
「……ち、またか。毎朝飽きないな……」
愚痴りながら、多聞が起きてくる。
気持ち、血色こそ良くなった様子で、だが。
「……なんだ。知ってるだろう、こういうものさ」
「呆けてないで、【給餌】を受け取りに行ってくれ。自分で行かなくていいぶん手間が省ける」
『は?』
「……言葉通りだよ、台盤所の裏手で俺の名前を出せば分かる」
『ぬう……相分かった、そちらは俺が行こう』
『……任せるぞ』
1811
:
S・W No.2:柳
:2018/10/07(日) 16:05:08 ID:8jhWT6XQ
>>1810
「っ」
言葉もない、とはまさにこのことだった。
前触れも、そして一欠けらの慈悲もなく放り込まれたそれを手に取って
柳は絶句していた。
この礫が誰を狙ったかどうかなんてものは考えるまでもない。
だが同時に、当たったかどうかなどどうでもいいのだろう。
彼が傷ついたかどうかさえ関係などなく。
彼らにとっては゛朝目を覚ませば顔を洗う゛かのごとく当たり前のことなのだ。
―わかっている、これは夢だ。
かつて起こっていたことで今現在起こっていることではない。
何も変えられなどしない、自身が怒ったところで意味などない―
(だが…だがっ!これを何事もなかったように見過ごせと、言うのか…?)
内に沸いてくる感情はもはや怒りさえ通り越して。
ただただ、自身がこの場にいなかったことへの悔しさだけだった。
「…おはようございます。少しは安眠のお役に立てたようで、なによりです」
「すまない、頼んだぞハクタク…」
起床してきた多聞へと近寄り顔色を確認するその表情も硬く。
それは精一杯笑おうとしているのだと誰の目に見てもわかるようなもので。
ハクタクへと返した声も、明らかに先ほどから比べれが元気が落ちていた。
1812
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/10/10(水) 05:28:46 ID:h3DTM826
「……調子が狂うな、不思議なやつだ、お前は」
「俺の扱いなぞ周りは知っているものだと思っていたが、お前は外から来たのか?」
床を傷つけた石を適当に箒で玄関へ掃き捨てる。
柳が動こうとするなら、掌で制して自分で続けるだろう。
「……俺はな、先代の当主の息子だ。それは間違いない」
「だがその先代、というのが厄介者でな。いわば放蕩息子、当主になった途端、安曇の金に手を付けていなくなった恥曝しだったんだそうだ」
「俺はそのろくでなしが場末の遊女と作った忘れ形見というわけだ」
「安曇は宗家と分家の距離感がおかしくてな……優秀な方であればどちらが上に立っても構わない、そういった認識の強い家なんだが」
「だからこそ俺はそのどちらにも目の敵にされているのさ。さっきのは屋敷内に住めない分家のガキだが、大人の悪意にすっかり大義名分を得てあのザマさ」
「下手に外を歩けば木の棒や石で追い回されて、翌日歩けないくらい疲れる羽目になる。当たり前だがお咎めもない」
「だから無視するしか無いんだ。ただでさえ、中途からここに入った余所者だから発言権もないし」
「かつ俺は当代当主、【少女(すくなめ)】様以外に術を教わることを許可されていない。阻害されるのはある意味では当然とも言える」
『失礼、受け取ってきました』
「! あぁ、済まない」
ハクタクの持ってきたものは、餌と言われた割には普通の、ちゃんと調理されたものだ。
狐が何も言わず渡したのもあり、毒や意図した苦痛の要素はなさそうだが。
『罪人の食事のようですな』
「言うな、数少ない楽しみだ」
よく見れば野菜の切れ端、皮、可食部位の少ない骨身、あらなど。
先代の息子が食べるには、あまりに質素と言わざるを得ない材料たち。
すぐ隣には、見渡す限りを延びる漆喰の白壁が広がっているというのに。
慣れたようにさっさとかきこむ様子には、はっきりとした諦めがひしひしと伝わるようだ。
『……受け渡しの際、嫌悪の反応は半分にも満たなかった』
『下働きや住み込みの者たちは、この扱いを当然とは思っていないようだが、それをおくびにも出しはせんかったな』
『どうやら、先代とやらは相当やらかしたらしい。こいつを持って飛んでいるだけで撃ち落とされそうな気分だった、実際構えた奴もいたぞ』
こっそり、聞こえないように会話。
食事に相当集中している時点で、多聞にとってほぼほぼ唯一の娯楽であることは言うまでもなく。
1813
:
S・W No.2:柳
:2018/10/10(水) 23:44:04 ID:5uMJGYF6
>>1812
「…多聞様…。」
彼は自分が率先して動くのを良しとはしないだろう、それは雰囲気で柳にも伝わった。
ただ一度静かに名を呼び、幼き主の傍に寄り添った。
こちらが何も言わずとも多聞の方から多くを語ってくれるのはありがたい。
多聞を取り巻く安雲の内情はわかった、当代当主の名も。
それは間違いなく収穫であるはずだ。
だというのに、胸に渦巻く感情はマイナスのものばかりで。
心を強く持たねばならぬとわかっていながらそれを覆うことも出来ず。
彼が身を置く現状も、それに手出しすることが出来ない己自身も。
もはや怒りという激しささえも失って、ただただ悲しかった。
(…ああ、そなたが食事を取りに行ってくれている間に大筋は聞くことが出来た)
(先代の罪、そして分家の悪意…そういったものの捌け口が…彼だ)
使用人達が彼を庇えないのも頷ける。
言ってしまえば安雲という家そのものが彼の敵と言っても過言ではない。
下手に藪を突けば蛇が出るなんてことは子供にさえわかるだろう。
だが、そんなことを自分で話していて吐き気がした。
どんなものであろうと彼が楽しみにしていたのであろう食事を邪魔するつもりはない。
だが叶うならば、彼を抱きしめたかった。
押しつけがましくとも、゛想う者は確かにいる゛のだと、示したかった。
それも叶わず、ただ切なげに眉を下げながら。
ハクタクの言葉に耳を傾け、主の食事を見つめ続けた。
1814
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/10/12(金) 12:48:47 ID:knJV7kws
『分家以外のお偉方筋も怪しいものだ』
『宗家、分家、良くは見ていないが服装に若干違いがあるようでな』
『ふんぞり返っている一人も、俺のぶら下げている膳を見て【給餌に過ぎたものを】と吐き捨てておった』
『多聞の話が本当であるなら、一種の見せしめなのかもしれん』
『安曇、主からは今はもう存在しないと聞いたが、何が起きたのやら』
……そう、安曇はもう存在しない家、消えた組織なのだ。
多聞が一人で退魔の業を、遠きジグザールの地で振るっているように。
で、あるならば。
多聞のこの夢は、何かしらのターニングポイントに近いはずだと、ハクタクは言う。
『何かが起きて、多聞が此処から出るきっかけが発生する』
『だからこそこの夢は妖魔に利用されている、そのはずなのだ』
『それが多聞に多大な影響を及ぼすからこそ、この夢を以て妖魔は多聞を揺さぶっている』
『だが……この状況、間違いなく良くはないが、多聞は慣れているとさえ言える』
『これだけが要因足りうるとは言い難い』
『まだ、何かあるはずだ……情報がほしいな』
そうこうしている内に食事を終えた多聞が箸を置く。
「膳を返す必要がある、どちらかに任せても良いのか?」
『俺は少し飛び回ってみよう。屋敷の厨房までの道は壁に矢印付けて分かるようにしてある』
『カカ、いざ現実でやればまずかろうがまあ夢ならそのくらいの自由は利くさ』
『……しかしあの距離を毎食か……非効率極まる』
1815
:
S・W No.2:柳
:2018/10/13(土) 22:59:29 ID:sLujmUOo
>>1814
瞳を閉じて一度呼吸を整える。
夢の中へ入ってから、一体何度この動作を行ったかもうわからない。
だが、そうしなければ幼き主への仕打ちに自制が効かなくなりそうだった。
(まだ情報は足りてない…今はそなたが言っていた通り、役割に徹しよう)
(多聞に妖魔が巣食う、そしてお家が離散する切っ掛けがあったのなら)
(それは必ず向こうからやってくるはずだ)
耐えろ、ただその言葉を己に言い聞かせ、ハクタクの言葉へ返した。
「では、今度は私が参りましょう。」
「なに、すぐに多聞様のお傍へと戻ります」
笑み一つ置いてそう多聞に応え、食事の終わった膳を手に取った。
(わかった、そちらは任せるぞ)
今見ているもの以外の景色を見ることも必要なことだろう。
もしかしたらハクタクが気づかなかったヒントもあるかもしれない。
ただ膳を返すだけだが、無意味な道のりにはしないと。
主に一度礼を下げ、厨房へと向かった。
1816
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/10/19(金) 05:09:22 ID:qiMpjccg
>>1815
――長い、長い漆喰の壁沿いを目印は通していた。
言うなればそこはネオベイの都の一角をそのまま移したような構造。
呪術的にも強固な護りを施され、通りすがる者は皆、柳から見ても確かな実力を持っていることが分かる者たちばかり。
惜しむらくは、その優美な振る舞いも、一部豪奢な着こなしも、多聞には何も向けられていなかったこと。
そして、彼女が持つ膳を見るやいなや、まるで腫れ物を見るように顔をしかめて離れていく、その態度であった。
退魔師と思われる者は総じて、そうでない下働きは巻き込まれないようにという違いこそあったが。
これを毎日自分で三食、ということの意味は、ハクタクが気が滅入りそうな声で説明する由縁と言えよう。
「…………」
厨房の裏口には太った女性が立っていて、柳を見るやいなや歩み寄ってきた。
何も答えず、ひったくるように膳を受け取ってそそくさと中に引っ込んでしまった。
窓からいい匂いが漂ってくる。
料理に詳しければ、かなりの手間をかけた出汁や具材の香りを感じ取れることだろう。
ゴミを漁れば、無駄なく使われてはいても、明らかに山でありながら海の幸も乾物以外で使われていることが分かる。
おおよそ、敷地内は目を見張るほど広かった。
多聞のそれが隅の隅に置かれた離れだとして、直線距離でも屋敷の連なりは全長一キロ以上あった計算になる。
仮に正方形の囲いだったとして、上半分は離れを有する屋敷。下半分が分家筋の住まいであろうか。
行き交う者たちの格好もさることながら、安曇家が金銭的に栄えていることはどうやら間違いはなさそうだ。
しかし柳は知っているのだ、多聞とともに働いていからこそ、【依頼料の相場】を知っている。
多聞が百人いて、多忙を極めたとして、こんな生活はまずありえない。過剰を極めた豪勢な屋敷と生活なのだ。
果たして、複数人で集めたところで、ここまで羽振りのいい生活が出来るであろうか。
「なあ……聞いたか?」
「あぁ、もう少女様がお帰りになられたとか」
不意に、裏口の側でそんな談笑が聞こえてきた。
どうやら屋敷の主は帰還したようだが……
「さて、大宿の領主は了承しただろうかな」
「どうだかな、今更ゴネ出したくらいだからおおかた開き直るかも知れんぞ」
「お家の一大事をか?はは、馬鹿な話だ。それが出来るならずっと前に支払わなくなっておったろうよ」
声はそこから遠のいていった。
それが何を意味するか、答えはそう遠くはあるまい。
1817
:
S・W No.2:柳
:2018/10/22(月) 23:03:47 ID:nHFc4IW6
>>1816
(なんと…なんと、無駄な贅か…)
膳を手に持ち、目印を頼りに邸内を歩きながら目に映る人を、景色を、眺めていた。
これ程の優雅さを備えていながら、これ程の絢爛さを誇っていながら。
これ程に格式と歴史を思わせる佇まいをしていながら…何故。
何故、彼の人に慈悲の一欠けらも与えてはくれないのか。
わかっている、格式があるからこそ許せない事情もある。
歴史があるからこそ赦せない確執がある。
゛子に罪は無い゜、そんな言葉で解決できるほど単純な家系でないことはわかっている。
或いは、この膳こそが一欠けらの慈悲なのかもしれない。
わかっていようが…納得できる立場に柳は立っていはいなかった。
「…馳走になった」
厨房にたどり着き、声をかける間もなく膳を持って行ってしまった婦人を眺め呟いた。
今更聴こえはしないだろうし、礼儀を欠かすわけにはいかないとつい口から出た言葉だ。
仮に聴こえていようとそれはどうでもいい、問題は既に別にある。
(しかし…どこまで栄えているのだ、安曇の一族とは)
退魔師という生業が由緒ある家柄というのはわかっている。
だがそれが=金を持っているということにはならない。
これ程の規模の組織であるならば自然支出も嵩む筈。
いくら数多くの有能な退魔師を抱えているとは言っても、収入にも限度がある筈だ。
(どこか皇族のお抱えでもしているのか?あるいは退魔とは別の―)
思考の中、それでもゆったりとした歩調で主の元へと向かっていた最中。
聴こえてきた話題は、柳の疑問に対し充分なヒントとなってくれた。
(…いい、と言っていいかは疑問だが。いい話を聞くことが出来た)
(大宿の領主、お家の一大事、支払わない…単語一つ一つとってもわかりやすいな)
―成程、どうやらこの安曇という大家が抱える問題は何も多聞の事だけではないらしい。
当代当主の帰還、タイミングもバッチリと言えるだろう。山はそう遠くない―
まだ確信と言えるものではないが、判断材料は揃ってきた。
そう柳は頷いて、歩調を戻して幼き主の元へと帰還した。
1818
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/10/25(木) 06:16:18 ID:6QOoktxo
>>1817
「……で、だ」
「父も母も、何かに怯えるような生活ばかり送って、まともな家族生活など夢のまた夢であったよ」
柳が戻る頃、あばら家から聞こえてくるのは多聞の言葉だった。
口調と内容から察するに、多聞の過去の話らしい。
『怯える、とは。妖魔でありますか』
「父は俺が知らぬだけで、相当な使い手だったようだ。それこそ分家も二つ返事で了承するほどのな」
「だから、多分違ったんだろう。追っていたのは、人間のほうだ」
その言葉には、不思議なほど感情が込められていなかった。
今、ここにその父がいない、という時点で、末路は察せられるものであるが。
その最後に人間が関わっていると言った多聞の言葉には、怒りも、悲しみもありはしなかったのだ。
『お父上はお嫌いでありましたか』
「……はっきり聞くな、お前は」
『聞かれて憤るほど、感情が乗った会話ではないとお見受けしましたが?』
「…………」
『無礼は承知の上で、お咎めならば何なりと』
「……いや、お前と、こんな会話をいつかしなかったかなと、ふと、な……うん」
『は……?』
「あぁ、昨晩に初めて会ったのは分かってる……妙だな、うん。忘れてくれ」
『…………』
「さて、何処まで話したか。あぁ、そうだった」
「父のことは覚えているほど思い出がないというのが正しかった」
「退魔の力を奮っているのも見たことがないし、今思えばそういったことを敢えてやらないように生活していた様子でもあった」
「母親に至っては物音に怯えては震え、影に竦んでは泣き出す始末」
「うむ、生まれついて色々見える俺でなかったら、そんな両親の形質のままの人間になっていったろうな……」
『主人の話は本当であった、か……』
「ん、帰ってきたか」
繋がりだけはそのままに。
多聞が気づいたのも当然のことであったが、気づくまでの妙なラグは精神世界だからか、本人の未熟故か。
1819
:
S・W No.2:柳
:2018/10/25(木) 22:36:50 ID:NInodb4E
>>1818
「柳、ただいま戻りました」
途中から話は聞こえていたが、多聞が気付くのに遅れたのは幸いだった。
あくまで自然に、いましがた戻ってきたばかりのように。
一度小さな礼をしてから、笑みを浮かべて部屋へと入った。
゛なにか2人で話をされていたのですか?゛
そういって先を促すことも出来たが、それは少し憚られた。
゛持って生まれた能力が故に幼くして達観してしまった彼゛と、
゛何も持たぬままただ何かに怯えるように生きる彼゛と、
一体どちらの方が不幸だったのだろうか…。
「お待たせして退屈されているかと危惧しておりましたが」
「彼がいたのならば、杞憂のようでしたね」
多聞の傍へと寄りながら、ちらりとハクタクの方を見る。
視線に込められた意味は゛得た情報の共有゛
柳が有力な話を聞けたように、何らかの情報を集めているだろう。
優秀な彼のこと、柳が得たものは既に知っているかもしれないが。
1820
:
ベノム(黒豹人♂)
◆oGySqaCDkc
:2018/10/30(火) 00:44:12 ID:diLAiVK.
「世間話ができる相手というのも、久々だからな」
「特にこの近辺は結界が強固すぎて、まともなあやかしは近寄りさえしないよ」
「昔は無害でなくとも、話くらいは付き合わせられる奴らがいたんだけどな……安全というのも考えものだ」
「さて、先程遣いが来た。俺は少し本殿の方に顔を出しに往く」
「当主様がお帰りになったらしい。ここに足労はさせられん、お前たちは楽にしていてくれ」
そう言って多聞は廃屋手前を出て、すぐに見えなくなる。
まるで大人が毎日の勤務に出るような感情の無さ。
本当に、「死んでいないから動いている」という印象の生き方であった。
『その様子だと、何やら掴んだようだな』
『先ほどの世間話で、どうやら安曇にはネオベイ各地の豪商や領主を密接な繋がりがあったらしいことがわかった』
『多聞一家を追い回していたのも、その手の者たちらしい』
『だがそこにやたら資金力をもらっている、というのが気にかかる』
『何故その繋がった連中から金をせびれる?何の関連あってのことか……』
1821
:
S・W No.2:柳
:2018/10/31(水) 21:20:49 ID:.V4ksBT.
>>1820
「はい、多聞様もご無理はなさらず」
敵しかいないではなく、゛味方がいない゛。
そんな四面楚歌と言って差し支えない場へ送り出すのは少し心苦しい。
それでもおいそれとついていくわけにはいくまい。
柳に出来ることは、小さく浮かべた笑みと共に、彼を見送りだすことだけだった。
勿論、彼女もただ漫然と幼き主の心配をしていられる訳ではない。
彼が見えなくなると同時、すぐに表情を引き締めハクタクに向き直る。
「いくら有数の名家とはいえ、退魔師の一族にしてはやけに豪勢だったわけはそれか」
「恐らく当主が帰ってきたというのも、その゛資金力゛の件なのだろう。
先ほどこちらへ戻る前、こんな話を耳にした」
先ほど聞いた家人のやり取りを出来るだけ詳細に、ハクタクへと伝える。
「どうやら安曇というのは当初思っていたよりよほどきな臭いらしい」
「情報が足りずさてどうしたものかと思っていた折に当主の帰宅」
「我はこの一件こそがカギを握っているのではないかと思っているが…」
1822
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/11/01(木) 18:17:16 ID:TS1fvU6E
「……安曇式は、妖魔を倒す際に情報を多く必要とする」
「それは妖魔が情報の出処を、妄執や怨念の源泉とするからだ」
「火のないところには煙は立たん。だが……仮にだ」
「そういったものが生まれることを前提に、安曇がそれらと組んでいるとしたら」
「祓った怨念は、果たして消え去るものなのだろうか……?」
「ふぅむ、整理しよう」
・安曇家は多くの豪商や領主の支援を抱え栄えていた
・何やらきな臭い関係ではある
・先代当主・中雅はその支援側の手の者に追われていた
・死亡原因は不明(多聞も知らない)
・多聞はその安曇の先代当主の息子
・安曇の中では村八分の存在、迫害対象
・現在の当主は多聞の叔母に当たる少女(すくなめ)が就いている。
「……ダメだな。一切分からん」
「安曇のことが分かっても、肝心の多聞だ。【あいつに妖魔が生まれる源泉への手がかり】が無くては話しにならん」
「その多聞が現状に【折れていない】のが問題なんだ」
「主の友人らしいよ全く。諦めてはいるがこそ、この現状はあの男にとって絶望足りえんのだ」
「まだ見えていないもの……そうだな、お前の言う通り、【当代当主】とそれに連なる秘密とやらに多聞の秘密があるようだ」
1823
:
S・W No.2:柳
:2018/11/05(月) 01:03:33 ID:k/BNndvo
>>1822
「現状を既に諦観しているからこそ…っか」
それ自体はわかる、客観視しているだけでも既に彼の状況はどん底だ。
生きるために何かを踏みにじらずに済んでいると言えばマシなのかもしれないが。
それはもう前提として生きている世界が違うと言っていい。
だが逆に言えば、今の現状を越える何かが彼の精神を襲うことになる。
自然、柳の顔は厳しくなっていく。
「…これまでの会話と彼の反応を見る限り、当主を慕っているという訳ではないのだろう」
「だが同時に、当主しか近しい者がいないというのも事実…だと思う」
間違いなく彼の味方となるものはいない。
そんな彼がどん底ながらもここで生きているのは当主の計らいに他ならない。
敵ばかりの戦場ではなく、味方のいない閉鎖空間。
唯一の命綱と言っていいだろう彼女に決定的な何かを突きつけられれば彼は…。
「………ハクタク、再三言った通り我はあまり頭が良くない」
「そなたの言った言葉もきっとうまく噛み砕けてはいないだろう」
「゛火の無いところに煙は立たない゛…彼らは」
「火を起こそうとしているのか…?」
1824
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/11/05(月) 03:09:50 ID:J6I6zSuE
「正確には……【火が出る前提で煙が起こる前からそこにいる】【そして火を消すつもりがない】だな」
「安曇の退魔の術は、強固な発生要因に形作られた妖魔を紐解くことで消滅させる」
「であれば、【最初から何故発生したかが分かっていれば消滅は容易い】わけだ」
「退魔師がそれを探るのが容易では無いのは、伝聞には解釈と隠蔽がつきものであるということ」
「つまり、都合の悪い真実が妖魔を創っていたら、それを隠そうとしてしまうことだ」
「だがもし、最初から発生させうる側が彼らを抱き込んでおけばどうなる?」
「何かしらの悪事の恨みで生まれた妖魔を、一息に消す懐刀として持ち寄ればどうなる?」
「恐らくは、安曇の繁栄はそれだ」
「権力者の不義の蓋であり、汚れ仕事を金で引き受ける集団……に近いのやも知れんな」
「うぅむ、この組織は当主に権力が集中している様子もない、分家と宗家に区別建てがない時点で決定権は恐らく長老回りで固められているはずだ」
「多聞の父が出奔した理由が事態の危機感を示しているのであろうが、それが知れればまだな」
「うむ、当主が多聞の妖魔に密接な存在という予測は当たっているように思う。それくらいしか現状考えつかぬと言うべきか……」
「……それでは心の有様がどう関わってくるのかさっぱりなのがな。彼女が多聞にそこまで思い悩ませる何かをして無くてはおかしい……」
「見に行くか、やはり。今の我々はその当主に近しい式」
「実際矛盾や事態の構成に不要な歪みが出る可能性もあるが、何よりまず少女と多聞の関係は目で見ねば分からん」
「善は急げだ、往くぞ。今ならまだ多聞の気配を容易に追えようて」
1825
:
S・W No.2:柳
:2018/11/08(木) 00:16:01 ID:HTkKRVNo
>>1824
「なるほど。豪商や領主といった者たちと癒着しているということか」
「…退魔の名家とはよく言ったものだな」
ある意味お手本のようなものかもしれない
名があり繁栄しているというのは、それだけ歴史の裏側も多いということなのだから。
清廉潔白であるだけで生きていける程、この世界は綺麗じゃない。
「多聞の父君…先代がここを去ったのもまた別の理由があるのかもしれぬな」
「…ここはハクタクの言うとおりか、考えていてもこれ以上は仕方なさそうだ」
ほんの少しの逡巡の後、目を瞑って頷く。
「起爆剤が当主であろうと、また別の何かが潜んでいようと」
「これから何かが起こるであろうことだけは確かなのだからな」
゛情報は多ければ多い程良い゛、それもまた確かな真実。
そう決めれば立ち止まっている理由などもうない。
ハクタクと供に、多聞が向かった方向へと向かって歩みを進めた。
1826
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/11/10(土) 03:20:08 ID:AP5UV2YA
>>1825
「……いや、しかし……うむ、うむ」
「対象の無念を晴らさぬ、有無を言わさぬ駆除めいた退魔で、本当に怨念が消え去るものであろうか……?」
「もしや、よもや……いや、今は情報が足らん……どうにかして、主に情報を回せぬものかな……」
何やら呟いているハクタク。
見知って、聞いた内容の結果に疑問があるようだがうまく言葉にできていないようだ。
ゼオに情報を向ければ何か分かるかも……なんて言っている時点で、その悩みのスケールは悪い意味で大きそうであるが……
そうして、彼の軌跡を追う二人。
顔パス、と言えるほど簡単に進め、門番などは引き止めもしない。
安曇の、多聞との繋がりというのはこの世界においては最上の手形になりうるようだ。
そうして進んでいくと……通路の手すり越し、その先に見える能舞台のような開けた場所に多聞が見える。
そして、その向かいに、長い黒髪の目立つシルエットも。
「あれか」
この距離でも、向かい合う二人が何かをする姿は人外の二人には見て取れよう。
多聞は一心不乱に九分割された面を持った立方体……柳は知っているだろう、安曇式退魔術の基礎訓練用の術具【蜂の巣】だ……を高速で回している。
色分けも絵柄分けもされていない、無色の木製のそれは全ての面が関連付けられた特殊な妖気を宿し、しかしそれは時間単位で関連される情報が増えるため最初は関連があまりに少ないもので。
早解きしようと思うなら、それを感じ取りつつ予測しながら揃えなくてはならない。
例えるなら「十秒ごとに一文字ずつ増える全部で十文字の点字を全ての面で関連付けして揃えろ」に近いだろうか。
だいたい大人の多聞が戯れに三十秒で揃えるのを彼女は見たことがあるだろうが、子供の多聞は見ている間でも三分は経過している。
「アレは何だ……?」
……まあ、ハクタクは知らないため怪訝な顔をしているが。
「まあ何であれ、向かいにいるのが……当代当主、ということかな」
「この角度ではよく見えんな……もう少し近付こう」
「しかし来てすぐに訓練とはな、熱心なことだ」
呑気な物言いだが、実際、殺気も危険な様子も妖気の荒れも感じ取れない環境。
はっきり言えば、明らかにこの周辺だけ澄んでいる、といっていい。
この世界、ここに来た瞬間【妖魔の腹の中であったと思い出す】ほどに、ここは清浄であった。
1827
:
S・W No.2:柳
:2018/11/10(土) 21:09:49 ID:hCumnSZw
>>1826
「…とにかく、今は向かおう」
彼の独り言は聴こえていた。
妖魔とは゛祓うもの゛、彼らの無念を知り、それに応え、謂わば成仏させると言えばいいだろうか。
少なくとも、決して゛滅するものではない゛ことは柳にもわかっている。
(もし仮に…仮に、祓われることのなかったそれが塵として残り)
(その塵が積もりに積もれば…それは)
―――途轍もない邪念を孕むのではないか?
なるほど、ハクタクの言う修正力というのはなかなか侮れないものらしい。
邪魔らしい邪魔もなく、容易に邸内へと進入することが出来た。
過信するのは禁物だが、活かせる分には活かして損はないだろう。
勿論、柳には活かす頭などないので此度の相棒に一任することになるが。
「見つかったようだな」
視界に目的のものを捉え、万一気取られぬよう姿勢を下げる。
距離は少しばかり大きく空いていて、柳にははっきり見て取れる訳ではないがあれは…。
「…確か、蜂の巣と言っていたか。退魔の訓練具の一つらしい」
「多聞曰く、時間と共に付加されていく情報を元に正解の面を導き出すもの…だったか」
「最初は勿論情報量は少なく、つまり少ない情報で素早く答えを出すための訓練だそうだ」
「…それより、近づくのはよいのだが」
「ハクタク、この場所…いや空間、領域…」
違和感に気づくのに時間はいらず、自然小さく柳の中で警戒心が生まれる。。
そうこの空間は…綺麗なのだ、露骨すぎるほどに。
ここには一切の邪なるものが空気に混ざっていない…それ故に。
あまりにも浮いていた。
1828
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/11/17(土) 03:51:22 ID:4lyxqgTY
『ん、どうした?』
ハクタクには感じられていないようだ。
そして、はっきり浮き彫りになる感覚もあっただろう。
ここが綺麗であると同時に、外が異様に【汚れている】という感触だ。
それは相対的ではなく。確かに柳が感じていた、あの今までの夜の気配に等しい感覚。
極端な落差は意図して隠されている証。
ハクタクが、使い魔が感じ得ない感覚というのはそういうことである。
「! お前ら……っ?!」
「ほう?」
そうこうしている内に、多聞と向かいの女性が二人に気づいた。
多聞は明らかに集中していた様子で、はっきりと遅れて顔を上げていたが。
眼の前の女性もまた、多聞が気づいてから、柳に気づいた様子であった。
黒曜の雫が頭頂から溢れて流れ出たような、踵ほどまであろう漆黒の艶髪。
朱の差された唇は、呼気に揺れ陽光を溶かして流したような輝きを散らし。
髪の艶に負けぬ黒の瞳は、夜の湖畔に月を垂らしたかのように時折妖しく焔を灯す。
退魔師としては共通の服装も、絹が沁みたような透き通る手足が袖を通っているだけで、艶美な礼服に様変わりしたかのよう。
多聞がそうであったように……いや、幼き彼が比較に置かれているからこそ。
月日に磨かれた妙齢の美しさは、まるで人ならざる何かのように、ただそこに在った。
「ほう、ほう、ほう……?」
『おかえりなさいませ、少女様。ハクタク、柳。ただいま……』
「見慣れぬ顔が二つ。おや、片割れは多聞の式か」
『……何……?』
「ふふ、見知らぬ妖気がうろついていると思うたら、全く隅に置けぬ子……」
「要らぬとこまで兄様(あにさま)に似たのかな。なあ、多聞や……?」
手を差し伸べる。
豊満、と表現して差し支えぬ身体が傾き揺れるが、そこはまあいいとして。
その際、はっきり柳は感じた。
彼女の、柳に対する嫌悪。そして、今までの全てを見透かすような、術理の流れを。
『誘いだ、柳!動くな!!』
1829
:
S・W No.2:柳
:2018/11/19(月) 21:16:22 ID:qW/v6hMo
>>1828
(ハクタクには感じられぬのか……?)
意識しなければ気づかない差異であったのなら仕方がない。
しかし露骨すぎるほどのこの異様さを、彼が本来察知しない筈がない。
(ハクタクが使い魔だからか……或いは、我だから……か?)
どちらにせよ、先ほどまでとは明らかに状況が変わっていることは明白。
安易に近づくのはよした方がいいだろう、そう思いハクタクを止めようとした時には。
既に、遅かった。
(気付かれたか、致し方ない)
多聞と共にこちらを見やる当主に視線を返す。
……゛勘゛、というやつだろうか。
おそらく、既に穏便にすむ段階は過ぎ去った。
間違いなく初対面である筈なのに、この゛女゛に対する疑念が膨れ上がる。
ハクタクに倣うこともせず、柳は口を閉ざし立ち尽くすまま。
露骨に表情には出さないものの、その表情は厳しいものになっていき……。
ハクタクの言葉を遮る当主の言葉に、それは確信へと変わった。
「っ!」
八割がたそうだろうと仮定を置いてはいたが。。
これまでの夢で聞いていた女の声……それは間違いなく目の前の者だ。
そしてその端麗な容姿に違わず優美に……それは極上の甘さを持った毒のように。
差し伸べられた手と共に向けられた悪意、敵意。
……多聞を想う女としてか。魂を共にする相棒としてか。忠義を誓う臣としてか。
そのいずれかはわからない、或いは全てなのかもしれない。
とにかくこの瞬間、柳が抱いた感情はただ一つだった。
(今はっきりとわかった……この女は、敵だ。)
傍らにある相棒の言葉を咄嗟に理解できた訳ではなかった。
しかし敵と認識し、同時にこの状況下で逃げの姿勢に立つ筈など無く。
結果柳はその手を取ることもなく、また後退することもなく。
ハクタクの言葉通りその場で動かず、ただ厳しい目つきで少女を見据えた。
1830
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/11/20(火) 06:40:00 ID:cf./qgro
>>1829
「は、可愛げのない。そのなまくらを抜きつければ、しばし愛でてやったものを」
そう言って、彼女は【笑っていた】。
その瞬間、辺りが暗く華やぐような錯覚を人によっては覚えるだろう。
この、今しがたお互いの嫌悪を共有しあった女は、その悪感情を以て輝きを増してさえ見せたのだ。
柳の頬に、ゆっくり爪を這わせる。
浅く皮膚を傷つけ、うっすら血を滲ませる。
美しい顔に当人の朱を乗せる行為に、うっとりと恍惚を浮かべて。
『……よし、よくぞ耐えた。そしてお前が今どう思っているかは分からんが』
『彼女は妖魔ではない。いや、こんな事があるのか……まったく、気が狂いそうだ』
『あり得るのか……【他人の精神世界で他人の記憶から作られてなお、自我を持つ存在】だと……?!』
「ほう? そこまで気づいたか、化生」
『柳に先ほど声をかけられて、今、お主の様子によってようやく気づけた。どうやら強固な認識阻害がかかっているらしいな、この世界は』
『そしてお主が我々の世界への干渉を無視する存在である点、そしてこの異様な浄化の空間で把握をしたまでのこと』
『……お主、多聞にとってよほどの存在らしいな。存在が想像を超えることを規定されている』
「それを抜きにしても、ここでは私はこう在るのだろうよ」
「ふふ、くそったれの妖魔め。このような書き割れの世界を拵え、私の玩具をいじくり回して成り代わろうとしていたようだがそうはいかぬ」
『妖魔から自身の存在の手綱を奪って籠城している、というのか……多聞の頭の中で』
「私がいなければ妖魔は多聞に根付かなかった。しかしことを全て終えるには私が【あのときと同じ結末を迎えなくてはならない】」
「誰がそんな面倒を犯すか。私を誰だと思っている。安曇少女(あずみ・すくなめ)……この掃き溜めの最後のあるじよ。なれば私の思うままに動いて何が悪い?」
『くそ、頭が痛くなってきたぞ……予想外の展開だ』
『つまり妖魔が生まれた原因はお主には相違ないが、お主自身は妖魔の支配から脱して好き勝手に寛いでいる……と……?』
「はは、相違ない。ところで柳」
『…………』
多聞は、完全に停止している。
これは認識阻害が極まって一時停止しているに過ぎない。彼女との真相への会話は多聞には通じないのだ。
「蜂の巣を受け取れ。肩でもしばけばすぐに動き出すであろうよ」
『なに?』
「ただの気まぐれよ」
「ここでなら、いや、一度認識を狂わされていたという自覚がある今からなら、【形】くらいは垣間見えようさ」
1831
:
S・W No.2:柳
:2018/11/21(水) 20:03:49 ID:MMUa5Bcs
>>1830
笑みを携える彼女とは真逆に、柳の表情は厳しいまま。
爪を這わされる嫌悪感にも、小さく鋭く走った痛みにも。
顔を歪めることはなく、その瞳は真っ直ぐ少女を捉えていた。
ハクタクとのやり取りに口を挟むこともなく、ただ目の前の存在の真意を見極めんとするように。
「……つまり、現在時点で゛貴様゛は我々の敵ではない、と」
彼女がこの夢の中でどういった立ち位置にいるのかは理解できた。
まだ未熟な柳にもわかる程熟練した退魔師である彼の師なのだ、
彼女が埒外の存在だということもまぁ納得するのにそう抵抗は無い。
少なくとも今は彼女とことを構える必要はない。
目つきはそのままに、内側の警戒は弱めた。
(だが、この女は味方にはなり得ない。)
(例え夢の中でのみの関係であろうと、我にとっては……)
彼の事を゛玩具゛と呼んだことを、柳は決して忘れないだろう。
「……わかった」
しかし、まだ答えを得ていない柳とハクタクにとって彼女は優れた案内人だ。
真っ向から対立する必要などなく、素直に頷き、多聞の肩に手をかけ声をかけた。
「……多聞様?」
1832
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/11/26(月) 04:23:08 ID:nU1WACdM
「ふふん」
その敵意すら浴びるように、見下ろす少女。
彼女にとっては、形骸的な友好的姿勢や媚び諂いなどよりよほど信用できるというところか。
ハクタクの調子が明らかに落ち、落ち着かない様子。
柳は多聞との繋がりがある分、外部の【違い】の影響は受けにくいのかもしれない。
「……ん、あ、柳か?」
「言うとおりにしろ、多聞」
「! は、申し訳ありません、御師様」
少し寝ぼけた様子の多聞に、明らかに冷え切った言葉が投げつけられる。
多聞は怯えや驚愕を見せず、その言葉を受けて反射的に
――【利き手】とは逆の手で、柳へ蜂の巣を手渡した。
その瞬間である。
明らかに世界の中で、何かが変わった。
それは厚みを増した、精神世界の実感。
それは今踏みしめる床や地の、薄氷が如き頼り無さ。
それは、記憶と脳裏に焼き付くような映像を以て、【形】を顕した。
『ッ……柳、何をした?』
『お前を経由して【形】を見た、だがこれは一体……?!』
「逆なのさ」
「ここは奴の腹の中。認識を邪魔してでも隠し通さねばならない、奴が奴である為の因果の証明」
「本来虚を写すものが、長い月日を経て自らを実に変えんと欲した結果」
「実を取り込み虚に据えて、自らを実と嘯き表へといでる」
「哀れな付喪。愚かな付喪。己では実を持てぬからこそ、このような真似をする」
「形、見えたり――」
【雲外鏡】
柳の口から、そして多聞の口から、同時にその名は紡がれた。
それは二人が繋がっているからこそ、理解が繋がり発せられた言葉。
雲外鏡、多聞を縛る妖魔の【形】だ。
1833
:
S・W No.2:柳
:2018/11/30(金) 20:52:16 ID:.ZjfyoL2
>>1832
(……?)
彼女の態度も、ハクタクの様子も現状強いて言及することではないだろう。
そう判断し多聞を呼び覚まし、蜂の巣を受け取ったことはよかった。
だが受け取る際に小さな違和感を覚える、彼は基本的にそちらではない手を―――
「申し訳ありません、そうかからずお返しを……っ!」
自身が彼と魂を結ぶモノ故なのか、それともきっかけはなんでもよかったのか。
詳しいことはわからない……だが確かに、今何かが゛切り替わった゛。
剣呑さを醸しながらも穏やかな夢の世界から、景色は同じなれど明らかな異空間へと。
「……実へとなり変わろうとしたものの、失敗だったようだな」
「雲外鏡」
思わず腰に提げた刀に手を伸ばすことを考えたが、思い直し小さく拳を握るに留める。
゛雲外鏡゛、かつて学んだその妖は、確か鏡の中に巣食うもの。
鏡写しにその者のあらゆる事柄を映し出すと聞いたことがある。
形は見えた、多聞の中に潜む妖魔を捉えることは出来た。
だがまだだ、まだ゛何か゛しか見えてはいない。
゛何を゛が少女の言葉通り虚が実になり変わろうとしているのだとして。
゛何故゛はまだ解明していない。
大切なのは殲滅することではなく、敵を知り、そして祓うことだと。
そう己に言い聞かせ゛多聞゛を見据えた。
1834
:
S・W No.2:柳
:2018/12/04(火) 21:05:43 ID:3tg5JgFY
物凄いコメントに困る吸血Cの27をなんで今更持ってきた
真祖なんだしなにかしら理由付けて30にしとけよそこは
1835
:
ハクタク
◆/yjHQy.odQ
:2018/12/08(土) 04:14:33 ID:KiKkSdaw
>>1833
「それを殺してもまたやり直しになるだけだ、ぬしが出来るとは思わんがな」
『……試したと?』
「馬鹿を言う。それでもし私諸共消え失せたら元も子もあるまいに」
「そうだな……【最期】までここに居れば、分かるだろうさ」
「元より我らは雲外鏡の腹の中の消化不良物。ここの住民たちは奴がこの男を苦しめ貶め、【願い】を思い出させるための箱庭よ」
「いつまでも続くわけではない。だが終わりもない。しばしの安息、ゆるりとしていけ。異邦人」
「くく、ぬしらに学ぶ意志さえあれば、長い時間をかけて此奴の頭の中から安曇の術法の全てを抜き出すこともできような?ふふふ」
立ち上がり、彼らに背を見せ歩み出す少女。
相変わらず、事の真相に及ぶと認識阻害を受ける少年多聞。
肉体の主人も、ここではまったくもって無力であるとまざまざ見せしめられているようでもあった。
『一つ!』
「……何か?」
ハクタクが声を張り上げた。
幾ばくの不快感が少女の返事には籠もっていた。
ハクタクは少女を強く警戒していた。
仮にもし、この精神世界でさえ個を保つ彼女が敵に回れば。
多聞のいない彼らは、少女に勝てる見込みさえないのだから。
にもかかわらず仕掛けたのは、これが数少ない手がかりであるからだ。
『その願いが、理……多聞と妖魔を結ぶ心の有様であると?』
「私の推測が正しければ、ではあるが」
『それは如何に?』
「質問は一つと、ぬしが言ったはずよな」
『…………』
だが、少女は思いの外素直に回答をした。
ハクタクの反応すら意外そうであった。
敵ではない、だが味方でもない。
しかしてその中立という観念に関し、この天女ははっきり【意識して維持しようとしている】ことが、柳には分かるかもしれない。
そう、【彼女のことが不思議と今の柳には分かる】のだ。
まるで、過去に逢っているかのように、漠然とではあるが。
後に分かることだが、これは判明した世界の成り立ちの認識によるものだ。
【形】が分かり、世界の枠がはっきりしたことで、多聞との繋がりが柳に対し有利な干渉をしている。
如何に妖魔が巣食おうと、ここの主人は多聞。その直系の柳が不利になる道理はないのだ。
そして、【少女は一度対応させるまでが本来大変で、一度すると決めた場合やや対応が甘くなる】ことももちろん分かっている。
ハクタクが既に埒を開けている。【追撃するなら今だ、少女に理を直接聞けるチャンスである】。
1836
:
S・W No.2:柳
:2018/12/12(水) 22:42:28 ID:.8Sdgf7A
>>1835
「……」
意識してか、少女への嫌悪感故の無意識か。
状況が一転してから柳の口数は露骨に減っていた。
それが良いことか悪いことかは判断がつかないが、
少なくとも感情に任せず冷静に現状を俯瞰するよう努めることは出来た。
それでも、問題の中心でありながら一切が蚊帳の外にされている幼き主に、
ほんの少しの遣る瀬無さは抱いたが。
「……では、ハクタクではなく我からの質問だ」
ハクタクと彼女のやり取りを眺めていてわかったことが一つ。
いや、果たしてそれが故なのかは判然としないが、それはともかく。
理由はわからないが、この女は゛敢えて中立の立場を保っている゛。
出来ないのか必要が無いのか、知る由もないが少なくとも敵対する気がそもそもないらしい。
加えるならばこちらに対する嫌悪感も今はあちらにはないようだ。
ならば、少しは切り込んでも足場は崩れないだろう。
ハクタクはひとつといったが自分はまだ何も言っていない。
屁理屈染みた斬り返しだが、恐らくは通る筈。
「゛それは如何に?゛」
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