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もこっすに聞け!

334 御殿山 </b><font color=#FF0000>(i7T.x7Zg)</font><b> :2004/03/05(金) 12:29
>えたの語源
〈えた〉の語の初見資料としては,鎌倉時代中期の文永〜弘安年間(1264‐88)
に成立したとみられる辞書《塵袋(ちりぶくろ)》の記事が名高い。
それによると〈一,キヨメヲエタト云フハ何ナル詞バ(ことば)ゾ 穢多〉とあり,
おもに清掃を任務・生業とした人々である〈キヨメ〉が〈エタ〉と称されていたことがわかる。
また,ここでは〈エタ=穢多〉とするのが当時の社会通念であったかのような表現
になっていたので,特別の疑問ももたれなかったが,末尾の〈穢多〉の2字は
後世の筆による補記かとみられるふしもあるので,この点についてはなお慎重な
検討がのぞましい。〈えた〉が明確に〈穢多〉と表記された初見資料は,鎌倉時代
末期の永仁年間(1293‐99)の成立とみられる絵巻物《天狗草紙》の伝三井寺巻
第5段の詞書(ことばがき)と図中の書込み文であり,〈穢多〉〈穢多童〉の表記
がみえている。これ以降,中世をつうじて〈えた〉〈えんた〉〈えった〉等の語
が各種の文献にしきりにあらわれ,これに〈穢多〉の漢字が充当されるのが
一般的になった。この〈えた〉の語そのものは,ごく初期には都とその周辺
地域において流布していたと推察され,また〈穢多〉の表記も都の公家や僧侶
の社会で考案されたのではないかと思われるが,両者がしだいに世間に広まって
いった歴史的事情をふまえて江戸幕府は新たな賤民身分の確立のために両者を
公式に採択・適用し,各種賤民身分の中心部分にすえた人々の呼称としたのであろう。


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