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【ショタ】タイムマシンがあったら【小説】
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むかーし、メガビに上げた小説を上げ直します。
「タイムマシンがあったら未来に行く?それとも過去に行く?」
いつか見たドラマの中で、ヒロインが主人公に言ったのをオレは思い出していた。
「僕は過去に行くよ」
そのドラマで主人公がそう言ったのを憶えてる。子供のオレは、主人公のそんな気持ちはまったくわからず、「過去をやり直すなんてつまんないジャン、やっぱり行くなら未来だよ!」と大声で言って、お母さんを笑わせたのを憶えている。
ついこの間の話だ。
だけど、今、オレはその主人公の気持ちがやっとわかった。
もし、今、オレの目の前にタイムマシンがあったら………うん、オレもやっぱり過去に行くよ。そうして二時間前の自分に言ってやるんだ。「今日はどこにも行かないで一日中家の中にいろ!!」って………
42度お湯の中、オレは顔半分までお湯に浸かってそんなことを思っていた。
間違いは二時間前までさかのぼる。
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「カオルくーん何やってんのー」
お向かいに住んでいる同じ年の従姉が、ケラケラと笑いながら俺の家にやって来た。こいつの名前は一ノ瀬さつき。肩まで掛かった髪の毛を一つに束ねていつも横に垂らしている。本人はサイドポニーとかカッコつけて言っているが、そんなのオレの知ったこっちゃ無い。
「べつにー………なんもー」
オレはそう言うと、リビングで横になりながらテレビを見ていた。本当なら、今日はサッカークラブの練習なんだけれど、昨日から振っている雨のせいで、練習が中止になっちゃって、せっかくの日曜日の午後をやることもなくダラダラとテレビを見ながら過ごしていたんだ。
「カオルちゃん……じゃあ、ヒマなの?」
するとさつきの後から、同じ従姉で八歳年上のみさき姉ちゃんが声を掛けてきた。
今年短大に入ったばかりだというのに、いつもオレんちに来てお母さんとおしゃべりをしている。短大生ってみんなこんなヒマなのかな………
「うーん、ヒマー」
オレはそう言うと、炊き枕を抱えながらゴロゴロと体を反転させた。子供っぽいっていうんじゃないよ。結構コレきもちいいんだぜ。
すると、みさき姉ちゃんはニッコリと笑いながらオレに言ったんだ。
「ねえ、カオルちゃん………よかったら、ドライブがてら温泉にいかない?」
「いく!!!」
オレはガバって起きあがると、直ぐに返事をした。だってそうだろ、今日はとってもヒマだったんだもん………
この前、免許を取ったばっかしのみさき姉ちゃんは、最近ちょくちょくオレとさつきをドライブに誘ってくる。オレも最初はおっかなびっくり乗ったんだけれど、メンキョトリタテのくせに(あ、これ、お母さんが言ってたんだ)それがなかなか運転がうまくって………結構乗り物酔いするオレも、みさき姉ちゃんの車だとなんでか調子がいいんだ。
そんなわけで、オレたちはみさき姉ちゃんの運転する車で、ドライブしながら、その隣町にある温泉に行ったんだ。
するとその最中にみさき姉ちゃんがオレに話し掛けてきた。
「ねえ、カオル君、温泉どっちはいる?」
「はい?」
オレはみさき姉ちゃんの言っている意味がよくわからなかった。
「だから、カオルちゃん、男湯と女湯どっち入る?」
みさき姉ちゃんはハンドルを握って前をしっかり見ながら、話し掛けてきた。
「はぁ?」
オレは頭の上に大きなはてなマークが浮かんだ。なにいってんだろみさき姉ちゃん………
すると、横に座っていたさつきがいきなりケタケタと笑い出した。
「何いってんのお姉ちゃん、そりゃ、カオルちゃん、女の子によく間違われるけれど、一応小学四年生の男の子よ」
そういうと僕の肩をばんばんと叩きながらみさき姉ちゃんに言った。
……いや、みさき、肩痛いし、大体、それ、オレのせりふじゃん。
オレはそんなことを思いながら、みさきをじーっと睨み付ける。『女の子によく間違われる』って、そんなの大きなお世話じゃ!!!
そりゃ、生まれながらの女顔で小学生に上がる前まで男の子って言われたことは一度も無いけれど、オレ一応立派な男だ!!
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大体にしてカオルなんて名前が良くない!!名前を聞いただけじゃ男か女かわかんないだろ!!
それにお母さんだっていけないんだ。オレが生まれる前から、女の子がいい、きっとこの子は女の子だからって、散々周りに言いふらしたお陰で、お祝いでもらったベビー服はみんな女物。それが妙に似合ってたのが気に入ったみたいで、それからオレが物心付くまでずーっと女物の洋服を着せてやがったんだ。
そこのおまえ、わらってんじゃないよ!!
おまけに情けないかな、幼稚園の年長さんでプール教室があるまで男の水着って奴をちゃんと理解してなかった。そう、オレの水着ってのは赤い水玉のビキニ………ビキニっていってもあの細い水泳パンツのビキニじゃなくってブラジャーが付いている例の奴。
そこのおまえ、もういいや、かってに笑ってろ!!……ちくひょー………
そう、オレは両親に騙されて、そんな女物の水着を着せられて無邪気に泳いでいたんだ。
どうりでみんな、オレが海でおしっこすると、驚いた顔をすると思っていた。そりゃ、今、オレが見たって驚くさ。それにオレのお母さんったら、その様子が気に入ったみたいで、何にもわからないオレをだまくらかして、あっちこっちで、わざわざ沢山人のいる前でおしっこさせてたんだ。今思い出しても情けないやら悲しいやらで一日中ユウウツって奴になってしまう。ってか、それをわざわざ写真に撮ってたお父さん………あんた、いったいなにやってんだ!
男が生まれたら、もっと男らしく育てなくちゃダメだろ!
そういう訳で、オレの家のアルバムは一枚めくると何でかカワイイピンクのスカートやら、赤い水玉のビキニやら、白のブラウスに紺のワンピースを着た………ああ、もうたくさんだ!!!そう、女装をしたオレの写真が盛りだくさんだ!!ちきちょー友達なんかに絶対見せられねえ、ってか、男の子の洋服ってなかったのかよ………おやじ!!!
だからオレは小学校に上がってから一度だって自分のことを‘僕’なんて言ったことがない。
だって、そうだろ‘僕’って言うと、みんながみんな、オレのことを女だと間違えやがるんだ。………ちきひょー。
今だってそうだ、本当ならスポーツ刈りかなんかにして、ビシっと男らしくしたいのに……美容師をやっているお母さんのせいで、なんでか、男か女かわからないような髪型に無理やりさせられている。一応、いつも、もっと短く!!ってお母さんには言ってるんだけれど、「だめよカオルちゃん!!そんな綺麗なサラサラの髪、ボウズになんかしたら美容師としての沽券にかかわるわ」ってなんだか難しい理由を付けて一回だってオレの言う通りにしてくれたことなんか無い。それに着る洋服だって、さすがに女物は買わなくなったが、女が着たって可笑しくないような洋服しか買ってくれない。もうこの際○○レンジャーとかの幼稚園児が着る戦隊もののTシャツでもいいから、そういう、どっからみても男だって間違いないような洋服を買ってくれ!お母さん!!
ちなみに、今の恰好は、白のパーカーにデニムのハーフパンツ………微妙だ!
ごめんな、話がちょっと長くなって、とりあえず、そういう人生をオレは今まで送ってきたんだ。………ちきちょー
そんなわけで、話を戻すよ。
そしたら、みさき姉ちゃんは残念そうにいったんだ。
「やっぱりそうよねー、カオルちゃんもう四年生なんだもんねー」
そう、このみさき姉ちゃんこそがお母さんと手を組んでオレにいろいろ女物の洋服を着させていた張本人だ。
小さい頃から優しい言葉でオレにいつも言ってくるんだ。
「カオルちゃん、カワイイー。とっても似合うー」そういってオレを騙して、このみさき姉ちゃんの妹のさつきと一緒に写真を写していた。つーか、あの水玉のビキニ………みさき姉ちゃんのお古だし………
それに、ほら、まあ、オレもみさき姉ちゃんのこと……きらいじゃないし………なんてったって、一緒に町を歩いているとすれ違う男共はみんな振り向いてくるって程のちょー美人。まあそんな綺麗なお姉ちゃんにそんなこといわれたら……勘違いしたっていいだろ!!!なんか文句あんのかよ!!!
そんなわけでオレは当然のように言った。
「あたりまえじゃん、オレは男湯、一人ではいってるから」
そう、もう一人でお風呂に入れる年齢だ。何が悲しくって女湯なんかにはいらなくっちゃならないんだ!!オレはちょっと大人っぽく言ったんだ。
「………ざんねん」
すると、みさき姉ちゃんはとってもがっかりした感じで言ったんだ。おい、まさか、オレと一緒に女湯でも入るつもりでいたのかよ。
すると、となりに座っているさつきの奴がケラケラと笑いながら話してくる。
「別にいいじゃない、カオルちゃん、去年まで一緒にお風呂にはいってたんだから!」
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そう言いながらまた、オレの肩をばんばんと叩いてくる。……いや、痛いよさつき。
「去年は去年、今年は今年!!」
オレは大声を出しながらそう言ったんだ。
なんてったって、さつきの奴、今年からオレと一緒のクラスになりやがった。そんな、従姉とはいえクラスメイト同士、男と女で一緒に風呂なんか入ってられるか!!オレはもう一度きっぱりと言ったんだ。
「温泉は一人で男湯に入ります!!」
オレは男らしくたからかに宣言した。………‘たからかに’ってこの使い方であってるんだよな。まあいいや。
「まあ、カオルちゃんがそういうんなら、いいんじゃないの」
そう言いながら、あいかわらずさつきの奴はケラケラと笑いながらオレの肩をばんばんと叩いてくる。……いや、ほんとに痛いんで止めて下さいさつきさん。
するとその時、バックミラー越しにさつき姉ちゃんの顔がニヤリと笑ったような気が………うん、気のせいだ。
そうそう、まあでも、さつきの奴、こんなしょっちゅう笑っていて口が軽そうに見えるけれど、オレの秘密は今の今までクラスのみんなには黙っててくれているんだ……正直、結構感謝してる。こういうのを友情を感じるっていうのかな?男同士なら結構いい仲になってたかも………。
「ってか、カオルちゃんのチンチンなんて見飽きちゃったから今更どうでもいいわよ。あんなちっこいの」
そう言いながら、さつきの奴はケラケラと笑いながらまたオレの肩をばんばんと叩き始めた。
さっきの言葉、全部取り消し!つーか死ね!!!
それに何てったって、四年生になった途端、どういうわけだか学級委員にされちゃったオレ………そんな学級委員のオレが女湯なんかに入ってられるか!!
そんなことを思いながら車は温泉に向かってゆく。
しばらくすると、なんだかガラス張りの、どうみても温泉とは見えないような感じの建物に到着した。
オレが生まれた年に出来たこの温泉は、オレの町でも結構有名で今まで何度か家族で一緒に来たことがあった。
……まあ、みさき姉ちゃん達と来たのははじめてだけれど。
オレ達は玄関で靴を脱いで、みさき姉ちゃんから百円玉を借りてコインロッカーに入れる。ここではどういう訳だか、大人も子供の一人に一つ靴箱に靴を入れる決まりになっている。それから、みさき姉ちゃんに自動販売機でチケットを買ってもらって、それをフロントのお姉さんに靴のロッカーの鍵と一緒に渡すと ほら、綺麗なお姉さんがニッコリ微笑んでロッカーの鍵を渡してくれた。このくらい一人だってできるんだぜー!!
すると、渡してくれた鍵は、いつも見慣れた水色の鍵じゃなくって何でかピンク鍵………
オレは今まで見たことのないピンクの鍵を見つめながら、頭の上には大きな?を浮べていた。
オレは思わず振り返ってみると、みさき姉ちゃんな、ニヤニヤと笑っている。何でか分かんないけれど背中に冷や汗が出てきた。とりあえずオレは隣も見てみる。すると、なんとさつきもニヤニヤと笑っていた!
………あ、いや、コレはいつものことか。
オレはとりあえず、フロントのお姉さんに鍵を前に差し出して聞いてみた。
「あのー……これ?」
すると、フロントのお姉さんは、こんなことを言いやがったんだ。
「あら、お姉さん達と一緒にきて、よかったわねー。三人姉妹?みんなとっても美人で………」
一瞬言葉を失うオレ………まあ、いままで散々言われ続けたことだったが、最近はさすがに言われなくなったこともあり、ちょっとショック。それに散々いわれ続けてきたけれど、何度言われたって頭に来るもんは頭に来るんだ。オレは顔を真っ赤にしながら大声で叫んでやった。
「オレは男だぁぁぁぁーー女ではないぞぉぉぉぉー!!」
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そう言って地団駄をおもいっきし踏む。正直、コレをやるのは二年ぶりくらいだ。
すると、周りにいた客が一斉に俺たちの方を向いた。一気に注目を浴びるオレ達、コレはちょっと気持ちがいい。
すると、フロントのお姉さんは、とってもすまなさそうに謝ってくれた。
「ごめんなさい……ぼく」
いや、そこまですまなさそうに謝ってくれなくてもいいし………オレはちょっと、言い過ぎたかなと後悔した。相変わらず周りのお客達から‘なんだ?なんだ?’といった感じで注目を浴びている。
「もう、カオルちゃん、言い過ぎだよ」
すると、みさき姉ちゃんがフロントのお姉さんとの間に入ってきた。正直オレも悪いと思ってたんで、助かった。
「でも、やっぱし、ごめんなさいね……僕」
そういって、フロントのお姉さんはもう一回謝ってくれた。いや、そんな、オレもそこまで怒ってないし……そんなことを思いながら……こういうのなんて言うんだっけ……気まずいであってんだっけか……まあ、‘気まずい’雰囲気ってやつになっちゃったんだ。
そしたら、突然、フロントのお姉さんが申し訳なさそうにオレに質問してきたんだ。
「ところで、僕、年いくつ?」
いきなり年?何でかよく分かんないけれど、とりあえずオレは胸を張って大声で答えてやった。
「小学四年生だ!!」
「いや、あの、そうじゃなくって、僕……いくつですか」
そしてら、なんでか待ってましたとばかりに、みさき姉ちゃんが割って入って、話してきた。
「あ、この子、九歳ですけれど……」
なんでか口元が笑っている。………ねえ、みさき姉ちゃん、なんでわらっているんですか?
オレはそんなことを思いながらも、背中に寒気って奴を感じていた。
すると、そのフロントのお姉さんは本当に……本当にすまなさそうに、オレに言ってくれた。
「ゴメンなさいね、僕。うちの温泉十歳以下のお子さんは一人では入っちゃ行けない決まりになってるの?」
「………………………………はい?」
「いや、あの、以前にね、小学生の男の子が一人で入ってて怪我したことがあって……十歳以下のお子さんは一人では入れないの?」
「……………………………もういっかい」
「あの…………」
すると、みさき姉ちゃんが困っているフロントのお姉さんを助けるようにオレにゆっくりと話し掛けてきた。
「カオルちゃんの年じゃ、一人じゃ男湯入れないんですって」
「…………………ふーん………って、ちょっと待った、なにソレー!!!!」
周りの客さんがさっきと同じくらいの勢いで驚いている。そんなにオレ大声出したのか!?
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オレは口をぱくぱくさせながらフロントのお姉さんを見てみた。申し訳なさそうに頭を下げているのに、なんで笑いを堪えているように見えてしかたがない。オレは正直、泣きそうな顔でみさき姉ちゃんの顔を見てみたら………どう見ても笑ってやがる。
……やっとわかった、さっきからみさき姉ちゃんがニヤニヤしていたわけが………おまえ、知ってたろ!!!
とりあえず、隣を見てみると、ああ、さつきの奴もわらってやがった……あ、いや、これはいつものことか。
すると、なんとさつきの奴がオレの肩をポンポンと叩きながら慰めてくれたのだ。
「大丈夫よ、カオルちゃん、私、気にしないから……」
ああ、やっぱし、味方はお前だけか。今度の給食で好物のプリンが出たら、さつき、お前にやるよ。オレはそんなことを思いながらさつきに言った。
「………ありがとう」
「いいの、いいのカオルちゃん、それにカオルちゃんのチンチンちっちゃいから、みんなに男の子だってわからないでしょ」
そう言ってケタケタ笑いながらオレの肩をバシバシ叩いてくる。
「シネ!!!」
オレは今度はちゃんと言葉にして言ってやった………けれども、フロントのお姉さんも、周りのお客さん達もみんなゲラゲラわらってやがる。
………お母さん、オレもう、おうちに帰りたいよ………
オレはあたまん中真っ白になりながら、フロントの前で突っ立っていると、みさき姉ちゃんが話し掛けてきた。
「で、どうするの、カオルちゃん」
「ど、どうするって………」
気が付くとオレはちょっと泣声になっている。
「お風呂入るの?それともここで一人で待ってる?」
………ああ、ここで一人で待ってることもアリなの。オレはそんなことを思いながら、ほっとため息を付いた。
「でも、私たち、温泉入ってるの長いわよ。一時間以上ここで一人っきりで待ってるの?」
「………う」
オレは一瞬言葉に詰まった。一人で一時間以上………正直にいうと………退屈だ。オレは答えに困って、一瞬辺りを見回してみると………なんてこったい。なんと周りの客がみんなオレのことを見てやがる。どういうこと、これ?オレは思わず、みさき姉ちゃんに助けを求める。
「どうするって………」
すると、みさき姉ちゃんも周りのお客さんの様子に気が付いたみたいだ。
「カオルちゃん、あんだけ大声あげれば、そりゃ、誰だって気になるって」
…………そりゃ、そうですね。オレはガックリと頭を下げた。
「で、どうするの?」
みさき姉ちゃんが、また尋ねてきた。
……そりゃ、女湯には入れないでしょ………と今にも言おうとしたら、後の方で、酔っぱらいの親父が声を掛けてきた。
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「なっさけねーなー、男のくせに、はずかしがりやがって」
オレは思わず振り返る。なんてこと言うんだこのクソ親父!!
見ると、身長2mくらいの酒に酔ったおっさんがそこにいた。正直、びびるオレ。
「そうだ、そうだ、ボウズ!恥ずかしがってんじゃねーぞ!!」
すると、その横には体重百キロくらいの完全に酔っぱらったおっさんもいた。正直、マジ怖い。
周囲のお客さんもなんか、好き勝手に言ってくる。
「そんな、ませたこという年じゃないだろ」……とか、
「男だか女だかわかんねーから安心しな、あんちゃん」……とか、
みると、隣にあった食堂で宴会をやっていたおっさん達に一部始終見られていたらしい。
「そんな、にいちゃんが、嫌だってんなら、おじさんが代わりに女湯はいっちゃおうかな」
「ぎゃはははははは!!!」
正直、あまりの怖さに涙がちょこっと出てしまった。
すると、みさき姉ちゃんが、ものすごく冷静な声でオレに話し掛けた。
「ねえ、カオルちゃん………あのおじさん達と、一時間以上ここでまってるの?」
「……………いやです」
「だよね………はい、きまり」
みさき姉ちゃんはそういうと、右手で三人分のロッカーの鍵を一掴み、左手でオレの右手を握り締めると、ずかずかと女湯に入っていった。
すると、後の方から「いいぞーボウズ、うらやましい!!」とか「オレも、小学生にもどりたーい」とか、今まで聞いたことのないような太い声でおやじ達が声援をおくってきた。
オレは心の中でそのおやじ達の声援に応える。
………おまえら、みんな、シネ!!!
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右見ると、オッパイ……左を見ると、オッパイ……前を見ても、オッパイ……後ろを見ても、オッパイ……ここは多分オッパイ地獄だ。
オレはお地蔵さんの様に固まりながら、みさき姉ちゃんに尋ねてみた。
「なんで、オレ達の周りだけ、こんなに人が多いの?」
するとみさき姉ちゃんはため息付きながら言った。
「そりゃ、あんだけ大騒ぎすりゃ、誰だって気になるでしょ……ってか、カオルちゃんさっさと脱ぎなさいよ。往生際悪い」
「だって、だって、みんな見てるジャン」
ごめん、ちょっと泣声になっちゃったかも……
「気にしすぎ……ってか、ついこないだまで平気だったでしょ」
みさき姉ちゃんちゃんはヤレヤレといった感じでオレに話し掛ける。
「カオルちゃん、さっさと脱ぎなよ、男でしょ」
そう言うと、さつきがスッポンポンで腰に手を当て、俺の前に立ちはだかる。なあ、さつき、従兄弟として……いや、学級委員として一言言っておきたい。お前は少しは隠せ!!!とりあえず心の中で言っておいた。
そんなわけでオレは決心して、パーカーを脱ぐ。するとパーカーの首紐がきつかったのか、頭からなかなか抜けずにモゴモゴともがいていると、背後に嫌な気配を感じた。
……まさかな。
……いや、そのまさかだった。
「カオルちゃんスキアリ!!」
さつきの大馬鹿野郎は、そう言うと、オレの……オレの……オレの……オレのズボンとパンツを一気に足首までひきずり下ろしやがっんだ。
更衣室が笑い声で一杯になる。
オレは脱ぎかけのパーカーをそのままに固まってしまった
正直周りの視線が怖くてパーカーを脱げないでいる。だってそうだろ、オレの周りで笑い声がずーっと続いてるんだもん……そりゃ、そうだよな、チンチン丸出しにして顔だけすっぽりと隠してるんだから。こういうのなんて言うんだったっけ……そうだ巾着みたいだ……とかいうんだよな。
そりゃオレだって見たら笑うさ……アハハハハ。
って、そこのお前、笑ってんじゃないよ!!!
すると、オレがしばらくそのままで固まっていると、みさき姉ちゃんがパーカーを脱がしてくれた。
小学四年生になったというのに、オレは正直、頭の中が真っ白になって一人で着替えが出来なくなっていた。情けないとか言わないでくれよ、多分そう思っているお前だって、オレと同じ立場になったら、きっと一人じゃ何も出来ないに決まってる。
オレはみさき姉ちゃんにされるがままに脱がされてゆく……ああ、昔やった着せ替え人形ごっこを思い出しちゃった。
すると、なんか、鼻歌が聞こえてくるんだ。ふと気が付くと、みさき姉ちゃんがもの凄く嬉しそうな顔でオレの着替えをしていたのだ。ふと、我に返るオレ。
「も、も、もう、一人でするから!!」
オレは思わずそう叫ぶとみさき姉ちゃんから回れ右をする。
「何をいまさらはずかしがってんのか」
みさき姉ちゃんがヤレヤレといった感じで言った。
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毎日乙です
本当にいい調子です
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>>9
ありがとう。
「い、いいじゃん、別に」オレは何とかそう言い返す。
「ま、私、先行っているから、早く来なさいねー」
みさき姉ちゃんはそう言うとオレのお尻をペシペシと叩いてお風呂場に向かっていった。
オレは正直、ほっとため息を付くと、そそくさと着替えを再開する……すると、なんか、こう、下半身に気配というか視線を感じるというか……オレは恐る恐る振り返ってみると、さつきのアホタレが、しゃがんでオレの……オレの……もういわなくっていいだろ。わかるでしょ。とにかくしゃがんでまじまじと観察してやがったんだよ!!!そしたらさ……
「なーんだ、恥ずかしがってるから、少しは成長してるかと思ったら、全然成長してないのね……あ、そりゃ、まあ恥ずかしいか」
「そういうと、ケラケラと笑いやがった。おまけにオレが固まっているのをいいことに、人差し指でオレの……オレの……オレの……ってもういわなくっていいでしょ。とにかくオレを‘ピンッ’って弾きやがったんだ。さつき、さつき、もう一回いや、何度だって言ってやるよ。シネ、シネ、シネ!!!
と、とにかくさ、何とかオレは着ているものを全部抜いて、腰にはしっかりタオルを巻いてお風呂場に入っていったんだ。
まあ、見ると、辺りは、おばあちゃんに、おばちゃんに、おねえちゃんに、おじょうちゃんに……あ、女の子のあかちゃんもいた。そりゃ、ここは女湯だもん、女しかいないでやんの、アハハハハハハ。で、オレ女湯で今、男一人。アハハハハハ。一人でいると……マジ心細い。
気が付くと、オレは、さっきはあんなに邪魔者扱いしていたさつきとみさきお姉ちゃんを必死になって捜していた。この前見た『母を訪ねて三千里のマルコ』のような心境だ。ってかさ、マルコっていいよね、オレ、マジ、カンドーしたもん。うん、って何いってんだろオレ……
まあともかくさ、オレは必死で、ホントに必死でさつきとみさきお姉ちゃんを捜していたんだ。っていっても声なんか上げられないし、ここのお風呂場はめちゃくちゃ広い上に、なんか湯気がもうもう立ってて、ちょっと先が全然見えないんだ。まあそのせいで目立たないってのもあるんだけれど、こんなに心細い気持ちって、幼稚園の時にデパートで迷子になった時以来だ……あのときは泣けばどうにかなったけれど……もし今泣いたら…………この先さつきとみさき姉ちゃん何を言われるかわかったもんじゃない。マジ、オレ、ピンチ!!!
すると、やっとお風呂の中を一回りして、見つけたんだ。さつきとみさき姉ちゃん。そしたらさ、どこにいたと思う?
さつきとみさき姉ちゃんは露天風呂にいました。よかった、よかった……って全然よくねーよ!!!
あのね、露天風呂ってお外でしょ。お外だとね湯気がもわもわしてないの……つーか、すっげー遠くまでよく見えるの……つーか丸見えじゃん。オレそこ行ったら、丸見えじゃん。すごい遠くから、あ、あそこに男の子がいるねーとか言われちゃうじゃん。オレは考えた。めちゃくちゃ考えた。こんなに考えたのは、二年前にオネショしてどうしようか布団の前で考えた時以来だ。……なに、そこのお前笑ってんだよ。オレはとっても真剣なんだよ!ちなみに、二年前の答えは、とにかく素直になったもん勝ち。オレは素直にお父さんとお母さんに謝ったら、意外と許してくれたもんさ。そう、素直に……素直に……素直に……オレは素直に二人の前に歩いていった。
「あら、カオルちゃん遅かったわねー」
みさき姉ちゃんがのんびりと気持ちよさそうに言った。
少しは人の気持ちもわかろうよ。みさき姉ちゃん。
「カオルちゃん、はやく入ろ、入ろ」
さつきが手を振って誘ってくる。ま、とにかく、ここでずーっと立ってるわけにもいかないし……オレは二人に誘われて露天風呂に入ってみた……ってかさ、なんかいいな、これ。お湯がじんわり温かくってさ、体がなんかトロトロになってきて……
するといきなり、みさき姉ちゃんがオレの腰に巻いていたタオルをむんずとはぎ取った。
「な、なにすんだよ!」
すると、直ぐさま、みさき姉ちゃんはぎ取ったタオルをオレの頭に乗っけた。
「なにすんだじゃないでしょ。お風呂に入った時はタオルちゃんとはずしなさいよ!!」
「あ、そ、そうだよね……ごめんなさい」
オレはそんな当たり前のこともわからなくなっていた。それはそれで、ちょっと恥ずかしい。
まあ、とにかくお風呂に入っていると、意外とみんなオレのことなんて誰も見ていなくって……一人で空回りしてなんか馬鹿みたいだ。ちょっと反省。
しばらくのんびり入っていると、みさき姉ちゃんが話し掛けてきた。
「ねえ、カオルちゃん、私たちこれから体洗うんだけれど、一緒に来る?」
「はい、いきます」
だってそうだろ、こんな露天風呂で一人っきりになれないじゃん。とにかくオレはここにいる間は何があってもこの二人から離れないと決めたんだ。
オレ達は洗い場に来ると、仲良く三人並んでシャワーの前に座った。右からみさき姉ちゃん、オレ、さつきっていう順番だ。とりあえずオレ達は頭を洗い始めた。正直オレは自分の家以外では頭を洗うってのはちょっと苦手だ。だってそうじゃん、全然知らない場所で目をつむるんだぜ、ちょっとこわいよね。ともかくオレはソッコーで頭を洗い終えると、タオルにボディーソープを付けて体を洗い始めたんだ。そしたらさ、みさき姉ちゃんが声を掛けてきた。
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「ねえ、カオルちゃん。タオル貸しなさいよ、背中洗ってあげるから」
オレは素直に頷く。もう、ここでは素直になることが一番だと思う。
すると、さつきも声を掛けてきた。
「あ、じゃあ、カオルちゃん、私の背中も洗ってよ」
……ずうずうしい、まあいいか。
オレはさっさと、さつきからタオルを取ると、ボディーソープを沢山付けて背中をゴシゴシ洗ってやった。すると同時にみさき姉ちゃんがオレの背中を洗ってくれる。なんかテレビでこんなシーンをみたことあったなー。って、やっぱしみんなでお風呂にはいって良かったのかも……そんなことをオレは思い始めた。
すると、みさき姉ちゃんからリクエストが来た。
「じゃあ、カオルちゃん、私の背中も洗ってよ」
「うん、わかった」
オレは素直に返事をした。みんな同時に回れ右。そうしてみさき姉ちゃんからタオルを借りると、両手を使ってゴシゴシ洗う。
すると、今度はさつきがオレの背中を洗って来た。
……んーもしかして、オレの位置ってお得なのかな?
オレはそんなことを思いながらみさき姉ちゃんの背中をゴシゴシ洗う。
そういや、以前は一緒にお風呂に入ったときは、オレがみさき姉ちゃんの背中あらったんだよなー。オレはそんなことを考える。ってか、それ以外のことは考えないことにする。
だってさ、みさき姉ちゃんの背中って、なんか、妙にやわらかいんだもん……
オレは集中して背中を洗うことを考え続ける……と、二ヶ月前の生活の授業を思い出してしまった。
「卵子と精子がほにゃららで……」
担任の間抜けな声が聞こえてくる。なんでこんなところで、あの授業のこと思い出すんだよ、オレ!
そうだよ、正直に言うよ。この前やった、『性教育』とか言う授業を聞いてから、ソレまで全然気にしてなかったのに……その……あの……まあ、わかるでしょ。とにかく、それが気になるようになっちゃったんだよ!!!文句あるかよ!!!だから、みさき姉ちゃんとかと一緒にお風呂に入りたく無かったんだよ!!!
オレは集中して、ホントに余計なことは考えずに、純粋な気持ちで、みさき姉ちゃんの背中を洗うことに集中する。と、なんでか、さつきの顔が、オレの肩の上に乗っかかってた。そういや、さっきから背中を洗われている感触がなかったな……で、さつきは何でか、オレのお腹の下あたりをまじまじと見つめているんだ。オレもとりあえず、オレのをまじまじと見てみる……と……あっ!
すると、大馬鹿野郎のさつき様はお風呂場にいる人全員に聞こえるような大声で言ってくれました。
「みてみて、みさきちゃん。カオルちゃんのちんちん、おっきくなってる!!」
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さつきのアンポンタンが男湯まで聞こえそうな大声で叫んだくれたお陰で、オレはそのまま固まっちゃった。
……えーっとこういうのを……そうそう、フリーズって言うんだよね。オレの家にもパソコンがやって来たんで、そう言う言葉知るようになったんだ。で、そういう時って、たしか、【こんとろーる】と【あると】と【でりーと】っていうのを押すといいんだよ。結構物知りだろオレ。だからさ、オレもフリーズしたからオレの体の【こんとろーる】と【あると】と【でりーと】を……ってあるわけねーだろ!!!さつきのバカ!!!
オレは情けないことに、そのままホントに動けなくなっちゃったんだ。おまけに周りの人からもジロジロ見られているみたいで何だかヒソヒソと話し声が聞こえてくる。もう、穴があったら入りたい……
するとみさき姉ちゃんがオレの方を振り向いたんだ。オレは唇と噛み締めて覚悟した。きっとみさき姉ちゃんはオレに向かって「いやらしいわね」とか、「なに子供のくせに」とか「ちんちんたててバカじゃない」とかそう言うこと行ってくるもんだと思ってたんだ。だって、そうだろ、それ以外に考えられ無いじゃないか。背中を洗って……その、あそこを大きくしてるなんて……情けない……
そしたらさ、みさき姉ちゃんはオレの頭をポンポンと叩いてさ、「男の子なんだから、気にしない、気にしない」って言ってくれたんだ。その上、「背中洗ってくれてありがとうね」って……
オレ、どんなにマシでも、笑われる事ぐらいは覚悟してたのに、そんな風に言ってくるだなんて……反則だよ、みさき姉ちゃん。
もういいや、正直言うよ。オレ情けないけど、泣いちゃったんだ。だってそうだろ、絶対に怒られると思ってたときにさ、優しい言葉掛けられちゃうと泣いちゃう時ってあるじゃん……ちょっと間抜けな場所だけど。
そしたらさ、みさき姉ちゃん……いきなりさ、「じゃあ、今度は私がカオルちゃんのお顔洗ってあげるね」って言ってオレの持っていたタオルを手にとって、オレの顔を洗ってくれたんだ。オレは俯いたままで、みさき姉ちゃんの顔は見てなかったんだけれど、絶対オレが泣いているのに気付いてそうやってくれたんだと思う。だって、オレ、その時、肩が震えてたんだもん。オレはうんうんと頷きながら、みさき姉ちゃんに顔を洗ってもらってさ……で、直ぐにシャワーで洗い流してもらった。そこまでされたら、オレだって男だもん、「うんありがとうね」ってちゃんといったさ……それなのに、さつきのバカは……
「アレーっかしいな……カオルちゃんのおちんちん、またちっちゃくなっちゃったよ?ヘンなの?」っていいながら、人差し指で突っついてきたんだ。
なあ、さつきさ、オレ、この前、新しく憶えた言葉があるんだよ。それをさ、そっくりそのままお前に言ってあげるよ。
みさき姉ちゃんの爪の垢でも煎じて飲め!!このバカ!!
あたりからまたクスクスとした笑い声が聞こえてくる。
オレはやっと立ち直り掛けたってのに、また固まっちゃったんだ。そしたらさ、さすがにみさき姉ちゃんも、さつきのアホタレに言ってくれて……
「さつき、アンタそういうこというんじゃないの!カオルちゃんが可哀相でしょ!」って。
すると、さつきの奴、ホントにキョトンとした顔してさ、みさき姉ちゃんに質問してきたんだ。
「なんで、なんで、なんで?なんでカオルちゃんに悪いの?だってさ、みんな体がおっきくなると、ほめるじゃん。だから私もかおるちゃん褒めたのに……なんか感じわるーい」だって……
「いや、だってさ、さつき」
みさき姉ちゃんが、もごもごと言い辛そうにしていると、さらにさつきの奴は、
「だいたい、そんな、へんちくりんなシッポみたいな奴、おっきくなろうがちっちゃくなろうが関係ないじゃん、なんかみんな気にしてバッカじゃないの!」ってプリプリしながらほっぺたを膨らませたんだ。
オレとみさき姉ちゃんは、顔を見合わせながら二人で?マークを浮べていた。
……おい、さつき、だってオレ達、学校でちゃんと教わったじゃん。男のここって……ほら、しっぽじゃないし……大切なとこじゃん……って思ったところでオレは思い出した。
そういや、こいつ、春先に季節外れのインフルエンザにかかったことあったっけ……で、……たしか、その時に例の授業したんだっけか……オレはそんなことを思いながら、さつきに質問をした。
「なあ、さつき、おまえさ、赤ちゃんってどうやって出来るか知ってる」
ふとみると、みさき姉ちゃんも興味しんしんって感じでさつきの様子を伺っていた。
そうしたらさ、さつきのやつ、おもいっきり胸を張って大いばり。相変わらず、タオルでどこも隠していない。
いくら幼なじみっていっても、さすがに目のやり場にって奴に困るってもんだ。なあ、さつき。
-
すると………
「コウノトリが運んでくるにきまってんじゃん」
うわっ、思いっきり言い切ったよ、このアホタレ。
正直、ドン引きのオレとみさき姉ちゃん。
すると、二人の顔をみてさつきの奴はケラケラと笑い始めた。
「冗談よ、冗談、なに本気にしてんのよ」
そう言って、またオレの肩をばんばんと叩いてくる。
……いや、裸なんだからホントに痛いよさつき。
と、その時、その反動でオレの左手首にはめていたロッカーの鍵がスポッと抜けた。どうもさっきから、ゆるゆるだったと思ったんだけれど……
オレはしゃがんでその鍵を拾うと、みさき姉ちゃんが心配そうに言ってきた。
「ねえ、カオルちゃん、それなくしちゃうと大変だから、私あずかってよっか?」
オレは試しに、この鍵を無くしたことをシミュレーションしてみると……すっぽんぽんで家に帰るのか???
一気に背筋にゾワソワって寒気がきた。すぐにオレはみさき姉ちゃんに鍵を渡す。
「う、うん、あずかっといて」
「わかった」そういって鍵を預かるみさき姉ちゃん。
と、相変わらず、ニコニコと無邪気に笑っているさつきに目をやりもう一回話し掛ける。
「じょ、冗談だったんだよな……さっきの」
「あたりまえよー」とすっごい笑顔でさつきは言った。
「だ、だよなー」とオレ。
「だ、だよねー」とみさき姉ちゃん。
すると、さつきは大股開きで腰に手を当て胸を張って……いや、だからさ、少しは隠しなさいよ。あんた……
「赤ちゃんってのはね、赤ちゃんポストに入ってくるの!!この前テレビで見たもん!!」
「「赤ちゃんポスト!!!」」
声を上げるオレとみさき姉ちゃん。
「そう、赤ちゃんポスト。病院にあるのよ。でね、結婚して真面目に夫婦生活をすると国から赤ちゃん引き取ってもいいですよっていう許可が出て、で『里子の家』ってところから赤ちゃんをもらうの。この前見ていたテレビで知ったのよ!!あ、もしかしてカオルちゃんも知ってるの?」
目が点のオレとみさき姉ちゃん。こいつ、ものすごく器用に勘違いしてやがったよ……
すると、みさき姉ちゃんがこわごわって感じでさつきに尋ねた。
「ねえ、さつき、そのテレビって最初からみたの?」
「いや、途中から……だってアニメ見終わってチャンネル回したらやってたんだもん」
そういうと、テレテレと頭を掻いている、このおばかさん。
思わず、顔を見合わせて苦笑いするオレとみさき姉ちゃん。
-
……ってか、みさき姉ちゃんも、苦笑いしてないで、そう言うことはちゃんと教えてやんなきゃだめじゃん。
ってことは、あれかな……さっきから、さつきに言われたことや、いじられたことってのは、何にも知らない赤ちゃんにされたと思えばいいことか……ま、そう思えば、どうってことないや、正直そんなことでいちいち怒ったり落ち込んだりしてたのがバカみたいだ。オレは、ため息をついたあと、あははははと苦笑い。そうして、ポンポンとさつきの頭を撫でてやった。
「うん、ありがとうな、さつき、さっきは褒めてくれてさ」
「うん」
思いっきり自慢げな表情で嬉しそうに頷くさつき。肩の力がガクーーって抜けた。みると、みさき姉ちゃんも半笑い。
そうしてオレ達はまた体を洗い始めたんだ。
すると、みんなで体を洗い終えるとみさき姉ちゃんはオレに話し掛けてきた。
「ねえ、カオルちゃん。この後どうするの?」
「どうするって………」
オレは辺りをキョロキョロ見渡す。
なんだか、周りのお客さんがオレ達のことを、また見ていた。
「な、な、なんで?」
オレは驚きながらみさき姉ちゃんに尋ねた。
「ほら、だって、さっき、さつきが……」
そういうと、気まずそうにさつきを見る。
……ああ、こいつのせいか。
まったく、自分のせいだと思ってなさそうに笑いかけてくるさつき。
「なんか、私たち人気者だね……アハハハハハ」
オレはもう、諦めもついたのか、怒る気持ちをまったく無くしてため息を付いた。
「で、どうするの?」
みさき姉ちゃんが、また尋ねてきた。
「んー、みさき姉ちゃん達は?」
「私たちは、やっぱしせっかくなんでサウナに入りたいし……」
そういうと、気まずそうにオレの方を見た。すると……
「サウナーサウナーサウナー!!!あのね、カオルちゃん、サウナ入って水風呂入って、サウナ入って水風呂入って、もう一回サウナ入って、水風呂はいると、お肌がツルツルになるのよー!!!」と目を爛々に輝かせて、すっごい嬉しそうに話し掛けてくるさつき。こういうところはやっぱし女の子なのかなー……とか思ってしまった。
多分、オレがもうお風呂から出たいって言ったら、みさき姉ちゃんのことだ。きっと一緒に上がってくれるんだろう。
……でも、もういいや、なんか、そんなこと気にしてんの馬鹿馬鹿しく思ってきた。
「みさき姉ちゃん達はサウナ言ってくればいいじゃん。オレは……」
そういうと、再び辺りをキョロキョロ見回す……相変わらず見てるな。オレ達を……
やっぱりちょっと強がりだったかな……と、ほんの少し後悔しながら答えに詰まってしまった。
-
「じゃ、じゃあ、カオルちゃん、あのさ、露天風呂の後の方にさ、休憩所と足湯のコーナーがあるんだけれど……」
「……そんな場所あったっけ?」
「うん、露天風呂の岩に隠れてよく見えないから、誰もいないんだけれど、そこだったら、誰にも見られないでゆっくり出来るかなー……なんて……」
そういうと、みさき姉ちゃんは申し訳なさそうにオレに言った。
「そ、そうなんだ、じゃあ、オレ、そこ行ってようかな……」
すると、さつきが不満そうに言ってきた。
「えー、カオルちゃんも一緒にサウナに入ろうよーツルッツルになるのにー」
本当に残念そうに言ってくる。オレさつきのそんな顔を見ていたら、おもわず笑ってしまった。ほんとにコイツ悪気はなかったんだなーって、なんかさ、同じ年なんだけれど、妹を見ているような気になってきちゃったよ。オレ。
「いいじゃん、ゆっくり入ってこいよ、オレはさ、みさき姉ちゃんが言ってたところに行くから」
「ちぇー」とつまらなさそうにさつきは言った。
「じゃあ、かおるちゃん……」
「うん、オレ、そっちに言ってくるから、サウナ終わったら教えてよ、多分ずーっとそこにいるから」
そういうと、ニッコリ笑うオレ、うん、なかなかの大人じゃん。
「じゃ、じゃあ、カオルちゃん。サウナ終わったら呼びに行くから、あそこで待っててね」
そういうとみさき姉ちゃんはすまなさそうに頭を下げた。
「いいよ、いいよ、ゆっくりしてきなよ」
オレはそんなことをいいながら、みさき姉ちゃんとさつきに手をふりながら、早足で露天風呂の裏にある足湯のコーナーに行った。
オレは足湯のコーナーに着いて見ると辺りをキョロキョロと見回した。たしかに、ここはお客さんが誰もいない……ってかこんな場所あったんだ。いや、ほら、男湯と女湯、同じ作りだったんで、男湯にもきっとあるんだろうなーって思ってさ……
ほんとに、驚くくらい誰もいない。オレはのんびりと足湯に浸かりながらパチャパチャ……で、体が冷たくなったら露天風呂の様子を覗いて、目立たないように隅っこの方で浸かっていた。
-
まだ、当分みさき姉ちゃんとさつきはこなさそうにないなー……ってわけで、ちょっと暇なんで、オレの町の紹介なんかをしてみたいと思う。
オレの住んでいる町は’武蔵多摩市’って言うんだ。
場所は東京のど真ん中!!!って言っても、あのビルがたくさんある東京のど真ん中じゃなくって
あくまでも地理的にど真ん中なのね…………東京以外の人は知らないかも知れないけれど、東京って東西に長いんだぜ。まあ、そんなわけで、東京以外の人がオレの町に来ると大体びっくりする。
「えーっ、東京のど真ん中って聞いたのに、どこ、ここ!?」ってさ。
そりゃまあ、いまだに、狸もウサギもイタチも出るような場所だし……ビルなんか駅前にチョロチョロだし……
そういや、この前はじめて家に来た、遠い親戚のおじさんが言ってたな。
「なーんだ、オレの町より田舎だな、ここは………」
だってさ……まったく失礼な話だぜ!!
ま、そんなことはともかくさ、オレの住んでいる町にはど真ん中に多摩川が流れてるんだ。で、その北側が’北多摩地区’って言ってわりかし新しい町なの。なんでも今から三十年くらい前にさ東京で新しい住宅地を作ろうってんで出来た町なんだってさ。たしか……なんとかニュータウン計画とか言ってたな。ごめん、まだそこ社会科でならってないんだ。
で、オレが住んでいる場所ってのは、多摩川の南側で‘南多摩地区’っていうんだ。なんでも江戸時代からある町で昔のお侍さんとか有名な人が結構いたみたい……ごめん、そこもまだ、社会科でならってないんだ。でね、その三十年くらい前に、北多摩村と南多摩町ってのが合体して、今の武蔵多摩市ってのになったんだよ。
ここは、この前ちゃんと社会科でならったから、はっきり言える。エッヘン!!
で、なんでか、オレの町、昔っからスッゲーサッカーが盛んで、ほとんどの奴がサッカークラブに入っているんだ。
そんな訳で、オレもクラブに所属していて、オレが入っているチームってのは‘AC南多摩’っていうんだ。格好いいだろ。
正式な名前は、た、た、たしか……あそしえーしょん、かるちょ、南多摩……ウシ!ウシッ!ちゃんと言えた!
い、いや、ちゃんと言えないと先輩にスッゲー怒られるんだよ。マジマジ。ちなみに‘かるちょ’ってサッカーのことな!
なんでも、その昔……昔っていっても、この町が市になるちょっと前、三十五年前なんだけれどね。……いや、ちゃんと出来た年を言えないと、監督とか先輩が怒るんだよ……マジマジってなんかへんなの。
まあいいや、で、三十五年前にオレの町にある教会のイタリア人神父さんでジュゼッペさんってのが、ボランティアで少年サッカーチームを作ったんだよ。
で、なんか、その神父さんの生まれた町にあるチームから名前を取って、あそしえーしょん、かるちょ……なんだってさ、まあ、なんとなく格好いいからいいや。
で、ほんとなら、今日練習試合で戦う予定だったチームってのが、先輩や監督が言っている、宿命のライバルって言われているチームで、正式な名前が、いんたーなしょなる北多摩ふっとぼーるくらぶっていうの……なんかずいぶんと大袈裟な名前だけれど、これも普通の町のサッカーチームだよ。で、この北多摩FCってのは、実はもともとはオレ達AC南多摩と同じチームだったんだけれど、三十年くらい前に川の向こうに団地が沢山出来てさ、で、いきなり子供の数が沢山増えちゃったんだよ。それで、オレのチームだけだと人数が増え過ぎちゃったってことで、多摩川の向こうに側に住んでいる人達がオレのチームから別れて新しく出来たんだけれど……とこれが一応、表向きの理由。
……で、ホントのところはさ、その当時の監督さん、たしか……カペッロ神父って言ったっけな、あ、これもイタリア人ね。うん。で、その、カペッロ神父がさ南多摩の子供だけえこひいきしてレギュラーにしちゃってさ、北多摩の子供達を試合に全然出さなかったんだって、で、向こうの親たちが怒って、作ったってのが、ホントの理由らしい。で、向こうのお父さん達がチームを作るときに、みんなに分け隔て無く平等にってんで‘インターナショナル’……国際的っていうんだってね。それを頭に付けて、インターナショナル北多摩フットボールクラブって名前にしたらしい。
まあ、みんなは、インター北多摩、もしくは北多摩FCって言ってる。
そんなわけで、この二チーム、想像通りめちゃくちゃ仲が悪いの……そりゃ、そうだよね、出来た理由が仲間割れだもん。仲が良かったら逆にヘンだよ。で、このインター北多摩とAC南多摩……あ、俺たちは‘エーシーナンタマ’って言ってるんだけれどね。この2チームの試合は多摩川を挟んでいるチーム同士ってんで‘多摩川デルビー’っていうんだってさ。……ん?‘多摩川ダービー’の間違いじゃないかって……いや、同じ町同士のチームで戦うことをダービーっていうのは知ってるんだね……いや、なんでか、その名付け親ってのが、カペッロ神父のあとに来た、サッキ神父さん……なんでもオレの町にある教会、カトリックで本家がイタリアにあるらしくって、何年かに一度、神父さんが変わるんだよね……そんなもんなんだ、オレよく分かんないけれど……まあ、ともかく、そのサッキ神父ってのが、「ダービーはイタリア語でデルビーです。皆さんもそう言いましょう」とかいったんで、そう言う風になっちゃった。……まあどうでもいいや。
ま、そんなことよりさ、聞いてよ、オレさ、この前、監督からさ、「今度の練習試合。先発で行くからな」って言われたんだ。
チョーうれしい!!!
そりゃ、4年生だからさ、Aチームって訳じゃないけれど、その下3.4年生が中心のBチーム……でも先発は先発さ。
なんてったって、ここまでくるのに2年もかかったんだよ。
オレの自慢話もうちょっと聞いてくれよ。
オレさ、最初はリフティング5回くらいしか出来なかったのに、努力に努力を重ねてさ、今ではオレのチームで一番リフティングがうまくなったんだぜ。それだけじゃないんだ。ドリブルだって、ときたまでもAチームの先輩達を抜けることだってあるんだよ。まじで練習スッゲーたくさんしたんだよ!!
でさ、本当なら今日やる予定の試合で活躍したら、夏の大会のレギュラーだった夢じゃなかったんだ……まあちょっとのびちゃったけれどな。
……あ、なんか、さつきの奴がキョロキョロしながらこっちにやって来た。もうサウナ終わったのかな。
-
オレが手を挙げて、さつきに声を掛けようとした瞬間………逆の方から声が聞こえた
「おおーさつきじゃーん」
なにっ!!!
オレは反射的に体を隠す。
……って誰だ!さつきの名前の呼んだのは……見ると、さつきの後から、女の子が何人かやって来た。
その先頭にいるのは……間違いない……「アニキ」だ!!!
その瞬間、血の気がさーっと引くのを感じた。
いや、‘アニキ’っていってもオレのアニキじゃないぞ。オレは一人っ子だからな。
『アニキ』っていうあだ名の奴だ。いや、奴だなんて失礼にあたる。『アニキ』っていうあだ名の方です。
女なのにあだ名が『アニキ』……マジ受けるんですけれど……って思ったそこのお前、アニキの前で言ってみて殺されればいい!
我らAC南多摩全ての選手が尊敬する、『アニキ』の本名は西園寺貴子……我がAC南多摩のAチームのキャプテン。またの名を「ロッソネロの闘将」
女子だけじゃなく男子からもアニキってしたわれている。すっげープレイヤーだ。
とくに、試合を最後まで諦めない根性は、女にしておくのがもったいないくらい。伝説はたくさんあるけれど、その中でもとびっきりなのは、この前の春の大会で、すっげー卑怯なスライディングを喰らって、足怪我したのよ。
で、審判が「治療の為にピッチの外に出なさい」っていったの。そしてらアニキったら、「ゴン中山はな、足が折れたってサッカーしたんだよ!!」って審判に食ってかかって、腰抜かさせちゃいやんの………まあ、審判は結構なおじいちゃんだったんだけれどね。で、逆にスライディングした奴を、睨み付けて泣かしちゃいやんの………マジありえねー。
なんでも、有名なLリーグのジュニアチームからスカウトが来たらしいんだけれど、それをさ……
「私には、このガールズとボーイズに教えることがたくさんある!!!」とか言って断っちゃいやんの……まじかっこいいっす。ってか、アンタなにもんなんすか。
おれもいつかはアニキみたいな立派な男に……ハイ、冗談ですから……そういやさ、以前男子で、「あいつ、絶対チンコ持ってるよ、それもとびきりでかくて太い奴をな……」
って言ってげらげら笑ってたスカした奴がいたんだけれど……そのあと、アニキのファンにチクられて、ボコボコにされてたな……ご愁傷様っと。
……で…………んー、ちょっと気になる。……なにがって…………まあ、言われなくてもわかるじゃん。
ってわけでさ、オレは、アニキには済まないと思いつつ、岩の陰から覗いてみたら。
……あはははは、やっぱしチンコなんて付いているわけねーじゃん……バレたら殺されるな……オレ。
つーか、その隣にいるのが、よく見たら……早坂さくら!!
わりい、ホントに気分悪くなってきた。
つーか妙に背の高いスタイルのいい奴だと思ったら、髪の毛ほどいてたんでわからなかった。
早坂さくら、……我がAC南多摩のフォワード……オレと同じ4年生のクセして男子Aチームの試合に出たこともあるとんでもない奴……ついたあだ名が、スーペル・サクラ。またの名を「なぜそこにいる、さくらちゃん」……つーかオレらの仲では血染めのツインテールのほうが有名かな。
得意な技は、後先考えないダイビングヘッド……シャレになってないっす。ってかさ、俺たちの年の頃って、女子のほうが腕力も体力もつえーじゃん。でしょ、でしょ、でしょ。
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いいね
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ん……ちょっと待てよ、あの二人がいるってことは……オレは三度(みたび)恐る恐る岩場から覗いてみると……………
やっぱしいた……葉月ちゃん……ってか、なんでいるのよ。勘弁してよ。
山瀬葉月ちゃん……アニキの幼なじみでしょっちゅう一緒にいる。まあ、サッカーチームには入ってないけれど、よくオレのチームの応援に来てくれてさ……あ、そうそう、アニキと葉月ちゃんはオレと同じクラスね。言い忘れてたけれど。ちなみに早坂は隣のクラス。でね、葉月ちゃん、よくオレのチームに応援に来てくれるんだけれど……はい、正直に言います。一目惚れでした。
なに、そこのお前、ニヤニヤしてるんだよ。そりゃ、オレだって、好きな奴くらいはいるさ。……だって、男の子なんだもん。わりいかよ!!!あ、別に悪くない……ま、まぁそんならいいんだけれどね。
オレはそんなことを思いながら、本当に悪いとおもいつつ、もう一回岩場から覗いてみる。……ごめんなさい。
「…………………………………………………………ポッ」
ま、まあ、何も言わないでくれ。
さ、どうしよっかなーーーって冷静に考えてみて今オレ、ピンチじゃん。
オレは岩場の陰に隠れて、耳を澄ませている。するとアニキが……
「なあ、さつき、おまえ誰ときてるんだよ」
「……んー、お姉ちゃんと従兄弟」
オレは温泉に入っているのに、背中に冷や汗が流れてきた。バカ!バカ!バカ!何正直にいってんだよ!このアンポンタン!!
オレは今にでもさつきの前に出て行って頭を叩いてやりたかったけれど、ぐっと我慢。
……ってかでてったら殺されるって、アハハハハ。
「へー、姉ちゃんと、いとこか」
「貴子ちゃんは?」
「私はさくらと葉月。母さんがいま、中にいるけれどね」
……あれ、アニキがナニも言ってこない?
「へー、あいかわらず、貴子ちゃん達、仲がいいのねー」
「うん、昨日の試合で活躍したんで、お母さんがご褒美に温泉に連れてきてくれたんだ」
あれは、活躍なんてもんじゃないだろ、アニキ……
試合を支配するっていうか、制圧するっていうか、ぶっ壊したっていうか……相手チーム……マジご愁傷様。……まあそんな感じだ。ってかさ、サッカーの試合で相手の選手泣かすの……もうやめましょうよ……しかも普通にプレイしただけで……
「ところで、一ノ瀬さん、知ってた?」
スーペル・サクラがなんか言い出した。あ、ちなみにスーペルってイタリア語で『スーパー』って意味ね……勉強になった?
「……なに?」
「今、女湯に男がいるらしいの……」
……血の気がさーっと引く俺。
「……へ、へーー、そうなんだ」
オレは心の中で願った。頼む。さつき、うまく誤魔化してくれ。
-
>>18
サーンキュ。ガンガンいくよ!!
「ぜんぜん気が付かなかったよ」
さつきは言った。オレは岩の陰でガッツポーズ。なあ、さつき、やっぱしプリン山ほどやるぞ。マジ感謝。
「ああ、間違いない。なんか、チンコがでっかくなったとか、男の子なんだから……とかそんな声が聞こえたんだ」
アニキの声で鳥肌が立つ。やべー、チンコが縮こまっている。
「へ、へーーーー、知らなかった」
オレは今、岩場の陰で祈ってます。
「ってかさ、さっき、後ろ姿なんだけれど、こう、腰にタオル巻いた子があるいてた」
葉月ちゃんがおどおどしながら言った。
ごめん葉月ちゃん、キミを怖がらせるつもりなんて、ホントまったく無かったんだ。
オレは岩場の陰から頭を下げた。ってか、そうだよな、女の子って腰にタオル巻かないで胸から垂らしてるんだもんな。
腰にタオル巻いたら、遠くから直ぐにわかるじゃん。ばっかでぇー……オレ。
「………こわいね」と早坂が、
「うん、ちょっと……いや、かなりヤダな」とアニキが、
「…………もう、出ようかな」と葉月ちゃんが
…………ずるいオレは正直思った。できたら、このまま出てって下さい。
「ヤだよ、葉月。さっき来たばっかじゃん。ってかさ、ここの足湯って筋肉痛にはスッゲー効くんだよ」
………………なんですってー!!!!!!!
オレは声を上げるのを必死に堪えた。
なに、みなさん、ここに来るの、ちょっとまってよ。ねぇ、ちょっと待ってよ……ってか、さつきお前どうにかしろ!!!
「あ、あのさ、貴子ちゃん、お姉ちゃんに会ってみない?ほら、みんなのこと紹介したいし」
さつきー!!!マジ偉い、マジ感謝、ちょっと天使に見えちゃってるよ。ゴメンなー、さっきまで、あんな酷い事いってさ、よし、わかった、今度給食でアイスが出たら……いや。お前が欲しいものがあったら、何でもやるよ。ほんとすまないねー。オレは岩場の陰から覗いてみると、さつきがアニキの手を引っ張って、露天風呂から出ようとしている。オレはタオルを胸から垂らし……まあ、ちんちんはちょっと見えちゃってるけれど気にしない!!!!
そそくさと露天風呂にうまくはいった。よし!!!
で、気が付かないように顔まで半分までしっかり浸かって、アニキ達の動きを見ている。ちょっとでも陰に隠れたら。
駆け足で温泉から出ていってやる。オレは頭の中で、シミュレーションをやってみる。まず、目立たない様に、人が沢山いる洗い場の中を通って、脱衣所に行く……そしてロッカーから着替えを持って人目に付かないようにトイレに駆け込んでそこで着替えを……着替えを……って着替えるには……鍵が……………あああああああああ!!
-
オレは露天風呂に顔半分まで浸かって、ふと、前に見たドラマのことを思い出していた。
「タイムマシンがあったら未来に行く?それとも過去に行く?」
ヒロインが主人公に言ったんだ。
「僕は過去に行くよ」
そのドラマで主人公がそう言ったのを憶えてる。
子供のオレは、主人公のそんな気持ちはまったくわからず、
「過去をやり直すなんてつまんないジャン、やっぱり行くなら未来だよ!」と大声で言って、お母さんを笑わせたのを憶えている。あ、そんときさつきも一緒にいたっけな……
ついこの間の話だ。
だけど、今、オレはその主人公の気持ちがやっとわかった。
もし、今、オレの目の前にタイムマシンがあったら……うん、オレもやっぱり過去に行くよ。そうして二時間前の自分に言ってやるんだ。
「今日はどこにも行かないで一日中家の中にいろ!!」って……
42度の温泉の中、オレは顔半分までお湯に浸かってそんなことを思っていた。
やべーなー、ちょっと頭がくらくらしてきたぞ。オレ。
-
すると、さつきが駆け足で露天風呂にやって来た。
「かおるちゃん、ちょっと何やってんの、早く出なさいよ」
ああ、そうか、さつき、やっぱりお前は、オレを助けようとしてくれてたんだ。正直、さっきとは別の意味で涙が出てきた。オレはべそをかきながら正直に言った。
「か、鍵が…………」
その一言で直ぐにわかったみたいだ。さつきは普段ケラケラしている顔からは想像付かないくらいのガックリとした顔で落ち込んだ。
「……ばか」
「……………」
何も言えない。だってバカなんですもん。
やばい、ホントに頭がくらくらしてきた、なにか、さつきに話さないと。
「そう言えば、さつき、さっき従兄弟ときているっていったじゃん。オレ、すげービビったよ」
なんか、口がうまくまわんない。
「大丈夫よ、ふつうイトコっていったら、女の子だとおもうから」
こう見えてもコイツ意外と漢字に強いんだ。結構、本とか読んでいるみたいで…………もう、何考えてるんだよ、
「ごめん、さつき、もうのぼせそう、とにかくいったん出る」
「わかったわ、なんとかお姉ちゃんから鍵もらってくるから」
すると、さつきは今まで見たこともないような真剣な表情で答えた。
「…………ありがとう」
オレはこれ以上ないくらいに素直に頭を下げた。
「じゃあ、さっきの場所で待っててね」
そういうと、さつきはまた、早足で、お風呂場に向かっていった。
オレはフラフラになりながら、なんとか、足湯の場所にたどり着く。そうして、足湯のベンチに腰掛けると、目の前が暗くなって………………
「…………るちゃん」
「…………ん?」
「………おるちゃん」
「………なに?」
「かおるちゃん!!!」
「………あ」
気付くと同時にさつきのビンタが飛んできた。
「イタイ!!」
「何寝てんのよ、あんたバカ?!!!」
-
「い、いや、寝てたんじゃなくって、のぼせて……」
「まあ、いいわ、ほら、カオルちゃん、鍵」
「あ……」
オレはそういうと念願のピンクの鍵がやっと手の中に戻ってきた。さっき、手渡されたときは、ふざけんな、バッキャーローなんて思ってたのに、今では、涙を流すくらいにありがたがるだなんて…………こういうの皮肉って言うんだよな。
ともかくオレはさつきから渡された鍵をしっかりとにぎりしめる。すると……
「ねえ、かおるちゃん、お姉ちゃんがまだ、貴子ちゃん達を引き留めているから、洗い場を通って更衣室に行ってね」
「…………う、うん」
オレはちょっと、頭の上に?が浮かんだような顔をした。
まだはっきりと頭が起ききってないらしい。
「だから、おねえちゃん、洗い場から離れたところで、貴子ちゃん達と話しているの!!!」
「あ…………わ、わかった」
オレはそういうと、一目散に走り出した。
オレは露天風呂との仕切りのドアをくぐると、早足で建物の中にはいる。相変わらず、中は湯気でもうもうだ。
オレは、周りの人達を真似るように、タオルを胸から垂らしている。もう、ちんちんが見えたって気にしない。
ああ、そうだよ、よっぽど注意してみなければわからないんだからな!!………ちくしょう。
そして、大浴場の前を早歩きで横切ると、三列に並んだ洗い場がある。コレを通り過ぎて右手に曲がればゴールの脱衣所だ。そこに入りさえすれば、まだアニキ達は温泉にいるって言ってたんだから、もう見つかる心配はない。
心臓はバクバクと凄い音を立てている。この、洗い場さえ通り過ぎれば……通り過ぎれば……通り過ぎれば……
すると、洗い場の半分まで来たところで、向こう側の角から、二人の女の子のが現れた。
見間違うはずはない。一人は腰の近くまで髪を伸ばした。スーペル・サクラ。そしてもう一人は我がAC南多摩、ロッソネロ(赤と黒)の闘将。西園寺貴子。
なぜ!!!!オレは思わず大声をあげるのを必死に堪える。そして直ぐさま回れ右。
まだ大丈夫。まだ気付かれてはいない。オレはそう祈りながら遂に恐怖からか走り出し、急いで隣の通路に向かう。
……………と、その時。今度は、進行方向の洗い場の角から、いきなり正面に葉月ちゃんが現れた。
オレは直ぐさま急ブレーキ!!でも石鹸で濡れたタイルの上でそんなことしたって、直ぐに止まるわけはなく、つつつーっと水色のタイルの上を滑ってゆく。葉月ちゃんに向かって滑ってゆく。オレはなんとかあがきながら、どうにか反転する。頭の中ではまだ、空いているシャワー前に座れば気付かれないかもしれないと、そんな、都合のいいことを思っていた。でも、でも、でも、止まらない。オレは後ろ向きになりながら、このままだったらぶつかってしまう。それだけは、それだけはなんとしてでも避けなければと、オレは必死に踏ん張った。これ以上ないくらいに踏ん張った。そして踏ん張りすぎてバランスを崩した……そうしてオレは前のめりに突んのめる。オレはなんとか体勢を立て直すために酔っぱらいみたいに手を振り舞わず。これ以上無いくらいに両腕を振り回す。すると突んのめっていた上体がドンドンと体が起きあがり、そしてそのまま反り返る。うわーい、コレってイナバウアー………って、オレはバカかぁぁぁー!!!
すると、葉月ちゃんにぶつかる直前でどうにか止まる……が、残念なことに、そんな体勢がそのまま持つはずもなく、ゆっくりと後に崩れ始める。なんとか、なんとか、掴むものぉぉぉ……シャワーの先っぽでもなんでもいい。なにか、なにか、なにかないのかぁー!!!!
すると、崩れ落ちる最後の瞬間、オレの指先になにか布のようなものが引っかかった。オレは必死でその布のようなものたぐり寄せると渾身の力で握り込む。が、そんなこととは関係なく、オレはあっさりと、その布らしきものと一緒に後頭部からものの見事にひっくり返った。
‘ドスーン!!’
目の前に火花が飛んだ。……うん、火花ってホントに飛ぶんだね。勉強になったよ。オレは反射的におもいっきし打った後頭部を手に持った布で押さえて転げ回る。イタイ、イタイ、マジイタイ、もしかしたら死んじゃうかも……
すると、上の方から誰かがオレの名前を呼んだ。
「カオル君…………?」
オレは打ちつけた頭を押さえながら、その天使のような呼び掛けに反射的に返事をする。
「はい?」
-
「はい?」
……カオル君………ああ、なんて優しい響きなんだ。
……コレはきっと天使の声なんだ……ってことはオレ死んじゃったのかな。グッスン。
なんてことは考えず、普通にオレを君付けで呼ぶような子っていたっけ……なんてことを考えながら、オレは頭が痛いのを我慢してなんとか目を開けると……視線の先にはああ、やっぱり天使だ。……じゃなくって葉月ちゃん!!!
まあ天使みたいなもんだよな。なあ、そこのお前、そうだろ!!!で、なんでかすっぽんぽんだ。うーん天使ってほら、ほら裸じゃん。そうだろ。頼むからそう言ってくれ!!!そこのおまえ!!!
オレは恐る恐る右手に掴んだ布みたいなものを見てみると……………………………………これって葉月ちゃんのタオル!?!?!?!?!?!?!?
今の恰好ってさ、葉月ちゃん足下で大の字になって仰向けになってんだよね……オレ。……うらやましい?うらやましいわけねーだろ、バカ!
とりあえず、オレは挨拶をした。
「こ、こんにちは」
だってそうだろ、「カオル君」って呼ばれたんだもん。挨拶するのは当たり前じゃん。人間関係って挨拶から始まるもんなんだぜ、学校で習ったろ、そこのお前!!!で、その直後、葉月ちゃんの悲鳴。当たり前だよな……トホホ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」
ショックを受けた葉月ちゃんは、なんと、そのまま、オレの上にしゃがみ込んじゃった。身動きとれないオレ!!!
……うらやましいって。
そんなわけねーだろシネ!!!
直後、アニキの叫び声が聞こえた。
「このヘンタイが!!!!!!」
オレは必死で葉月ちゃんをどかして起きあがろうとした瞬間、スーペル・さくらがスライディングで突っ込んできた。
「シネ!」
たしかそんなような口の動きをしたように見える。ほら、人ってさ、交通事故とかあう瞬間、スローモーションに見えることがあるっていうじゃん。あんな感じー……
その直後、オレのお腹にサクラの右足がめり込んだ。
‘ゴフッ’
今まで聞いたことのないような不愉快な音が聞こえる。直後………
‘ドンガラガッシャーン!’
と、プラスチックの洗面器やら椅子やらを道連れにしてピンボールのように転げ回るオレ。石鹸で濡れたタイルの上ってホントよく滑るよな。勉強になったろ、そこのお前!!
すると、一拍おいて、今度はアニキが赤鬼のような顔で突っ込んできた。
「てめー葉月に何やったー!!!」
最後に聞いた言葉はソレ。
うん、間違いない。
直後、アニキの右足がオレの顔面に飛んできた。
で、真っ暗。
うん、真っ暗。
-
「チョコレートパフェのお客様はどちら様ですかー?」
ウエイトレスのお姉さんの優しい声が聞こえてくる。
‘コトリッ’ グラスが置かれる音がした。
しばらくすると……
「クリームソーダのお客様はどちら様ですかー?」
また、ウエイトレスのお姉さんの優しい声が聞こえてきた。
‘コトリッ’オレの頭の近くでクリームソーダのはいったグラスが置かれる音がした。
また、それから、しばらくすると……
「イタリアンハンバーグとエビグラタンのお客様はどちらさまですかー」
またまた、ウエイトレスのお姉さんの……ちょっと困ったような優しい声が聞こえてきた。
‘コトリッ’‘コトリッ’
二枚のお皿が置かれる音が聞こえてきた。
すると、直ぐ近くでジュージューとした音が聞こえてくる。
きっとコレは、ハンバーグが鉄板の上で焼ける音に違いない。
……え、なんで、そう思うかって?
だって見てねーもん。オレ。
さっきからオレ、机の上で突っ伏したまま、まったく動いてないんだもん。
オレはその時、机の上に突っ伏してベソかいてました。
………なにか可笑しいかよ!!!
すると、みさき姉ちゃんが声を掛けてきた。
「ほら、カオルちゃん、機嫌直して。カオルちゃんの大好物頼んであげたから、さ、食べよ」
確かにコレは全部オレの大好物だ。普段なら、涙流して喜ぶかも知れないけれど、今は涙流して悲しんでんだよ。ほっとけ!!!
「いい、いらない」
オレは何とかそれだけいうと、俯せのまま、組んだ腕の上で頭を左右に振った。ほら、よく幼稚園児がいじけて、イヤンイヤンってやるような仕草だよ。
なに、子供っぽいって?
おれは子供だぁぁぁぁぁ、文句があるかぁぁぁぁ!!!
ここは温泉の直ぐ近くのファミレスの中。
オレはあの後、温泉で1時間くらい気を失っていたらしく、目を覚ましたらアニキもさくらも葉月ちゃんもいなくなっていた。
で、気が付くとロビーのソファーで心配そうにみさき姉ちゃんとさつきが看病してくれてた。
-
オレは直ぐに起きあがり、あの後の様子を聞いてみたら、なんだかさつきの機嫌は悪くなってるし、みさき姉ちゃんは気まずそう、さつきの様子を伺ってるし…………
そうして、しばらくぼけーっとしていると、あの最後の光景を思い出した。
……ああ、おれ、葉月ちゃんに嫌われちゃったなー。
そう思うと、自然に涙がポロポロを零れてきちゃった。
もう、恥ずかしいとか恥ずかしくないとか、そんなことどうでもよくなっちゃって。
……でも、不思議なんだよ。たしか、さくらにお腹をおもいっきし蹴られてのは憶えてるんだ。アニキに蹴られたはずの顔がなんともなってないんだよね。……ははは、へんなの。
でも、そんなことをちゃんと考えている余裕はまったく無く、オレはみさき姉ちゃんに手を取られたまま、その温泉から出ていった。
すると、みさき姉ちゃんがさ、
「カオルちゃん、ゴハンおごってあげるから、今からファミレス行こ」って。
オレは、「別にお腹減ってないからいい」って言ったんだけれど、「男の子なんだからしっかり食べなきゃだめでしょ」って言われて、無理やりファミレスに連れてこられちゃった。
でも、ファミレスの椅子に座った途端、葉月ちゃんのあの声……思い出しちゃってさ、また涙がでてきちゃって……
そしたらさ、いつもケラケラ笑っているさつきの奴がいきなり、「だったら、何時までも泣いてりゃいいじゃん、この根性無し」って言いやがってさ……普段だったら「なにおー!!」って言い返すんだけれどね……情けないことにそのまま机に顔を埋めて泣いちゃいました。
……で、それが今なんですよ。
-
しばらくすると、みさき姉ちゃんがオレに話し掛けてきた。
「あのさ、カオルちゃん、カオルちゃんのお友達のあの子達に、私、ちゃんといっといたから心配しなくてもいいわよ」って……
オレは思わず伏せていた顔をあげて、みさき姉ちゃんをまじまじと見ちゃったよ。
「な、なんていったの?」って反射的にそんなことを言った。
「あ、あのね、カオルちゃんを無理やり女湯に連れ込んだのは私で………ここの温泉、十歳以下は一人でお風呂に入っちゃいけない決まりになってて……で、それを知らないでカオルちゃんを連れてきちゃった……って」
そういうと、ゆっくりと優しくオレに話し掛けるみさき姉ちゃん。
「……うん」
「でね、あの子達に、私がちゃんとあやまっといたから……それから、カオルちゃん……言うのが遅れて悪いんだけど……ゴメンなさいね」
みさき姉ちゃんはそう言うとオレに向かって深々と頭を下げた。
「……いいよ、もう」
オレはなんとかそう言うのが精一杯だった。だってそうだろ、オレだってそんな人のこと気にしているほど余裕なんてホントに無かったんだ。
そしたらさ、なんか、さつきの奴がいきなり突っ掛かってきて……
「なによ、カオルちゃん、お姉ちゃんがちゃんと謝ってんのに、その態度!!男らしくないわね!!」
……だってさ。
そんな普段のさつきからは想像もできないようなキツイ言葉をもらって、オレは思わず呆気にとられちゃった。
「も、もう、さつきもやめなさい」
みさき姉ちゃんは何とかさつきを宥めている。
「なによ、まったく、それにお姉ちゃんが気を利かせて、カオルちゃんの大好物とってあげたのに、ナニ、なにその態度!」
「…………だって」
情けないかな、オレはそんなことしか言えなかったんだ。そしたらさつきの奴……
「じゃあ、もう、いい、コレ全部私が食べるから」
そういうと、オレの目の前にあった料理を片っ端から食べ始めた。
オレとみさき姉ちゃんはさつきのその様子を、目をまんまるにしたまま見続けていた。
……なんなんだよ、さつき。オレ、訳わかんないよ。
すると、その後に注文していた、多分さつきと、みさき姉ちゃんが食べるはずだった、たらこスパゲティーもさつきの奴はキレイに食べきってしまった。
……こいつ、こんなに大食いだったんだ。はじめて知った。
オレはそのあと、気を利かせてみさき姉ちゃんが追加注文した、ナポリタンをどうにか食べると、その日はそのまま家に帰ったんだ。
-
………翌朝、
オレは正直学校に行きたくなかった。
だって、そうだろ。みさき姉ちゃんが説明してくれたって言ってたけれど、実際どういう顔して葉月ちゃんやアニキやさくらにあっていいか全然わからないじゃん。
オレはなんとか、理由つけてズル休み出来ないもんかとベッドの中で作戦を練っていたら……さつきの奴がいきなりオレの部屋に入ってきやがった。
「おっはよーカオルちゃん、グットモーニングー!!!」
そう言うと、元気いっぱいの声で、オレに朝の挨拶をする。
……昨日の不機嫌はもう治ったんだ。オレはそう思いながら、おずおずと布団から顔を出すと……ちょっと驚いた。
なんと、さつきの髪型が変わっている…………っていつ以来だ……正直ぜんぜん思い出せない。
オレはまん丸な目でさつきの顔をまじまじと見る。
「ど、ど、どうしたんだよ」
すると、さつきの奴は意外そうな顔でオレを見た。
「あれ、気付いたんだ」
「そりゃ、気付くさ!」
みると、さつきの髪型は、トレードマークだったサイドテールだかサイドポニーだかを止めてしまい、普通の肩までかかるセミロングの髪型になっていた。
「んー、気分転換よ、だってもう、ずーっとだもん、あきちゃった」
そういうと、さつきはいつものようにケラケラと笑い出した。あ、いつものさつきだ、オレはほっとする。
「じゃあ、カオルちゃん、憶えてた」
いきなりさつきがそんなことを言い出してきた。
「な、なにが??」
さつきの意味不明な発言にオレはちょっとばかし戸惑った表情を見せると、さつきの奴はまたケラケラと笑い出した。
「なんでもない、なんでもない」
そういうと、モデルよろしく、オレの目の前でクルッと一回まわってみせた。
「うん、なかなか似合ってる」
「そう、ありがと」
さつきはそう言った。でもその顔がちょっと悲しそうに見えたのは……うん、気のせいだ。
そうしてオレはさつきに連れられて、無理やり学校に来る羽目になった。正直、ほんとに今日は学校を休みたかったんだ。
すると、教室に入るところでいきなり、葉月ちゃんに会った。オレは顔を引きつらせたまんま、おはようの挨拶をする。けれども、葉月ちゃんはオレの顔を見た途端に、顔を真っ赤にして、そのまま黙って教室の中に入っていったんだ。
……死にたい。
すると、さつきの奴がポンポンと背中を叩いてくれたんだ。
-
オレは泣きそうな顔で振り返ると、さつきの奴「大丈夫、大丈夫」だって……
オレ、涙チョチョ切れちゃったよ。
で、オレはなんとか、深呼吸して心を落ち着かせてから教室の中に入ると……アニキがオレを睨み付けていた。
マジ、ビビル、オレ!!
オ、オレは、とりあえずアニキに挨拶に行く。
「あ、あ、あのオハヨウございます。西園寺さん」
ん?‘アニキ’って言わないのかって?言うわけねーだろ。バカ!!!こういうときはな、ちゃんと敬語を使うんだよ。学校で習ったろ学校で!!!
「ああ、オハヨウ」
アニキはそれはそれは嫌そうにオハヨウの挨拶をしてくれました。めでたしー、めでたし……って全然めでたくねーよ……
すると、さつきがアニキに話し掛ける。なんかオレに聞こえないようにヒソヒソとだ……なんかヤな感じー。
それが終わるとニヤッって、こう口元を片方釣り上げて、不気味に笑ったのよ。マジ、泣き入る、オレ!!
そんな顔面蒼白のオレをさつきは手を引いて、オレの席まで連れてきてくれた。
「なんか、あとで貴子ちゃん、カオルちゃんに話があるんだってー」
そういうとケラケラと笑うさつき。
ああ、もう、覚悟は出来てるから好きにしてよ。って感じで頷くオレ……オレ、マジ、カワイソウ。
オレは自分の机に座ると、あらためて葉月ちゃんの方を見る……と、なんでか、腕に包帯が巻かれていた。
頭の上に?を浮べる……あんな包帯してたっけ……って昨日会ったのってお風呂場じゃん。抜けてるなオレ……
そんなことを思いながら葉月ちゃんを見ていたら、葉月ちゃんもオレのことに気付いたらしく、顔を赤くして俯いてしまった。オレも俯いた……もんくあるかよ!!
オレはしばらくの間、自分の机で落ち込んでいると、オレ背中をトントンと叩いてくる奴がいた。
まあ、大体想像はつくけどな。
「よう、カオル、オハヨウ、………って、しけた顔してんなー」
そういうと、キラっと白い歯を覗かせて最高のスマイルで挨拶をしてくるキザな奴。
「おはよう……相変わらず、幸せそうだな、西里」
オレはそう言うと、西里(にしざと)司(つかさ)に声を掛けた。
「ああ、オレはいつだって幸せだよ。お前はそうじゃないのかい?カオル」
そういうと、芝居がかったセリフでニッコリと微笑みかけてくる。うーん、なんか軽くムカツク。
コイツの名前は西里司。まあ、わかりやすく言うと、幼なじみだ。んー……さつきと一緒で親戚か?って。いや、違う。西里とオレは幼稚園の年中さんときからの付き合いで…………で、はじめてあった日にオレにプロポーズをしてきた大馬鹿野郎だ!!まあ、そこらへんは、さつきとどっこいどっこいだ。
「あら、司君、相変わらず、美男子で」
さつきはそういうとケラケラと笑い出す。
-
「うん、そうだよ、あいかわらずの美男子さ」
西里はそういうと、ニッコリと微笑み返す。………っておまえら、二人ともシネ!!
まあ、そう言いつつも、コイツもコイツの家も顔立ちのよさで売っている家だ。コイツの顔のよさも商売道具って言えば腹も立たない……かな?
っていっても、コイツの家はいかがわしい商売をしているってわけじゃねーぞ。
それどころか、ここらヘンでは、名家って呼ばれているすっげー家に住んでいる。何度行ってもマジビビル!!!俺の家いったい何個入るんだって感じ。
……で、コイツの家の商売は何かって?
えーっと、よく分かんないけれど、歌舞伎だっけか、日舞だっけか、まあ、なんだか豪勢な着物を着て踊っているんだよ。チン・トン・シャンってさ……あれなんていうんだっけ。まあいいや、で、こいつ自身も、化粧して舞台に立ってる。
……えーっと女形っていうんだっけか、女装してるんだよ。マジデ、マジデ。
普通そんなこと、絶対他人に知られたくねーのに、こいつ、クラスのみんなに発表して、しかもチケット売ってやがんだ。商売してんだよ。ちょっと変だろ!!!
で、以前にそのことを突っ込んだらさ、
「カオル、お前は芸術ってものを理解できない可哀相な人間なんだなー」ってほんとに可哀相な顔でオレのことを見たがった。
シネ!!このオカマ!!!
でもさ、一回こいつの舞台を見に行ったら……マジスゲーの……うっとり見とれちゃったよ。オレ。
うん、オレがコイツだったら……やっぱしみんなに大々的に発表して、チケット売ってたかもしんない。
でさ、コイツとはじめてあったのは幼稚園の年少さんのときで、近所にあるプールでたまたま一緒に遊んだの。
……で、プロポーズされちゃいました。テヘッ。
……しかも、それ、受けちゃいました。テヘッ。
……マジで死にたい。
つーかさ、その頃のオレ……あ、当時5歳ね。
「ねえ、キミ、僕と結婚してよ」って言われたって、結婚なんて意味しらねーもん。てっきり、仲好しさんになってね。くらいの意味で言われたのかと思ってさ、「うんいいよ」ってほんとに軽い気持ちで答えちゃったんだ。
で、そのあと、一緒に連れションしたら…………こいつ泣いちゃいやんの…………あはははは、ザマーミロ。
「この子、男の子だよぉー、おかーさーん……」だって。
マジうけるんですけれどー!!!
んー?それってもしかしてって?
ああ、そうだよ、オレはその時、赤い水玉のビキニ着てましたがなにか?
……それって、オレのほうが悪いんじゃないのかって?
そんなこたぁ、オメーに言われなくってもわかってるよ!!!シネ!!!!!
-
まあ、いいや、それがオレの相棒ってか親友の西里だ。
で、こいつもオレと同じAC南多摩に所属している。
……んー、そんな、舞台に立つ人間が、サッカーやっててもいいのかだって?
ああ、オレもそう思って聞いたことがあったんだけれど、奴曰く、
「うん、中学に上がったら多分出来ないと思うからさ……今のうちに好きなことをするんだ」だって……
なんか、大変なんだなー名家って奴も。
そんなわけで、コイツは舞台とサッカーで大忙し、その上ファンクラブまであるっていう、ある意味カリスマ小学生なんだけれど。
あ、ちなみに、ファンクラブに入るには、定期的にコイツの舞台のチケット買わないといけないんだってってか、両親が運営してるし、そのファンクラブ……あはははは。
すると、西里が声を掛けてきた。
「そういや、カオル、聞いたか?」「なに?」
「昨日の雨で流れた試合、今日振り替えでやるんだってさ」
「……マジデ!!ってふつう、翌週になるんじゃないのかよ」
「いや、なんか、翌週はグランド塞がっちゃって、そのあとも予定がつまってて今日くらいしか無いんだってさ、さっき監督からケータイにかかってきた」
そういうと、西里は自慢のケータイを見せびらかせる。
まあ、小四でケータイ持っている奴は、今では珍しくないけれど、コイツは幼稚園の時から持っていた。ってか、これも商売道具なんだってさ。まあ、たしかに俺なんかよりはずーっと忙しいしな。
すると、西里の奴、急にニヤニヤと笑い出した。
「そうそう、カオル、オレ、いい待ち受け画面に変えたんだ、見てみろよ」
「んー……」
オレは興味なさげに返事する。だって、ケータイなんて今のオレには関係ないじゃん。
で、興味なさげに奴のケータイの待ち受け画面見てみたら…………赤い水玉ビキニを来ているオレ。
一気に血の気がひいちゃった。
「お、お、おま、おま……これ」
うん、うまく言葉が出ない。
「いや、昨日暇なんで写真の整理してたら、なんかいい写真が出てきちゃって……なもんで、記念にケータイで取り直して待ち受け画面にしといたよ」
そういうと、ニッコリと最高のスマイルをする。
オレは口をパクパクさせながら奴の顔を見る。するとニッコリとうんうん頷いていやがる。ほんとに嬉しそうだ。
オレは直ぐに気を取り直して、西里のケータイを取り上げようとしたのだが……それをわかっていたんじゃねーの?ひらりと優雅にオレの攻撃をかわす。そしてオレの首に腕を回して耳元で囁いてきた。
「大丈夫だよ、カオル。コレがおまえだなんて、絶対に気がつかないよ」
-
おもわず、首筋がぞくっとする。こういう仕草は普通の女よりも全然女らしい。マジちょっと怖いかも……
「そ、そ、そんなこといったって」
すると、西里は続けて話し掛けてくる。
……あのー、耳がくすぐったいんですよ。……ほんとに。
「あのな、カオル、お前はオレのプロポーズ一回受けてるんだぞ、わかってんのか」
「だ、だ、だって、アレは!!!」
ちょっと泣きが入るオレ。
「ふざけんなよ!カオル!!この西里様のプロポーズをあんな形で愚弄しやがって、馬鹿にしてんのか」
さすがに舞台をやっているだけあって難しい日本語がポンポン出てくる。正直あんまし意味わかんね。
「ど、ど、どういうことだよ。オレとほんとに結婚する気か」
オレは半泣きでそう答えた。
「ふざけんな、シネ!!!!」
西里の奴はオレのキメ台詞を勝手に使った。
「じゃあ、どうすれば………」
「なあ、カオル、オレはあん時、本当にショックだったんだよ」
「な、なにが」
「おまえと連れションしたときだよ!!!!」
「…………あ」
言葉を失うオレ。
「そりゃ、あのときのお前は可愛かったさ。でもな、オレだって幼稚園の時からもてて、もてて、そりゃスゴかったんだよ。……あ、いまでもスゴイけれどね」
……もしもし、それって自慢ですかぁ?西里の自慢は延々と続く。
「そりゃ、その頃からさ、いろんな女の子のプロポーズの申し込みが殺到だよ。『西里君。結婚してー』とか、『司君。お嫁さんにしてー』とかさ……」と女の子の口真似でオレに話し掛けてくる、うぜー親友。
「……う、うん」
まあとりあえず相づちを打っているオレ。トホホ。
「でも、そのころから、いつかきっとオレのお嫁さんにふさわしい人が来ると待ち望んでいたら、やっと目の前に現れたんだよ」
「……それって」
ちょっと、背中に嫌な汗がタラーって……
「ああ、貴様だよ!!」
そういうと、心の底から震え上がるような声を出す、こえー親友。……もしもし、これって、演技ですか?それとも本気??正直、完璧、ビビってる。
-
「オレはそのあと、女性不信に陥っちゃってな。……ああ、あの子も、もしかして、チンチンが付いてんじゃないのか、この子にも、もしかしてオチンチンが付いてんじゃないのか……正直女の子とお話するのが怖い時期すらあった……この僕がだよ!!」
そう言うと、西里は芝居がかった言い方で、自分の薄い胸板をバンバンと叩く。おい、アバラ折れちゃわないか?
「で、オレにナニしろと………」
オレはちょっと泣き顔になりながらそう言った。だってほんとに怖いんだもん。
「まあ、その時の僕の苦悩の何十分の一でも味わってくれよと……」
そういうと、西里はニッコリと微笑む。
「どういう意味?」
頭に大きな?を浮べるオレ。
すると、西里の奴はフッと鼻でわらった。ちょっとムカ!!!
「まあ、僕が一言、『これってカオルのちっちゃい頃の写真なんだぜー』って言ったら、お前が常日頃から‘男は常に男らしく!!’なんて寝言、いつだってぶっ飛ばせるんだぜってのを、覚悟していろってことだよ、香坂カオル!!」
そういうと、すんごい目つきで睨み付けてきた、ヤベー、コイツ、マジ怖い!!!
「まあ、僕だって、男の子にプロポーズしたなんて、口が裂けても言えないけれどさ、カオル……でもな、オレをもう一回でも裏切ったら、いつだって覚悟はあるんだよ」
そういうと、ニヤリと笑った、ほんとヤダ、こいつって……オレは別に裏切ってないぞ。お前が勝手に勘違いしただけだろ……なんてことは言えません。ハイ。
「ま、そんなことだよ、カオル、時間取らせたな……で、ま、そう言うことだから」
そういうと、さっさと自分の席に戻る。
「ど、ど、どういうことだよ」
すると西里は眉を顰めてオレを見た。
「だから、今日午後、試合があるってことだよ!!!」
ゴメン、途中の話が長すぎでぜんぜんわかんないよ。西里。
そんなわけで、こいつ、俺たちの連絡係みたいなことをしてるんだけれど、残念なことに、時々おっちょこちょいなところがあってさ、あんまし信用できねーの。
まあ、監督もほんとに信頼してるわけじゃないしね、都合がいいだけだろ、多分。
「じゃ、じゃあ、今日は試合なのかよ」
「ああ、一般は今週の土曜だけれど、少なくともCチームとBチームは絶対やるみたいだぜ」
「ふーん………で、何時から」
「まあ学校が終わったらさっさと来い!って言ってたけれどな………とりあえず試合開始は三時半だってさ。ほら、それに今日って職員会議かなんかあって、給食食ったら終わりだろ。まあ、余裕を持って来いってことだろ」
「まあ、なー」
オレは、その時はそんなのんきな返事をしたんだ。
あの後、あんなことになるだなんて……
-
結局その後も、葉月ちゃんともアニキとも……あ、さくらもね……その三人とも話すことなく帰りの会になってさ、そしたら、アニキがオレのこと見て手招きするの……前にお寺で見た、仁王様みたいな顔。マジ泣ける。もし、おしっこ我慢してたら、間違いなく洩らしてたなオレ。
オレは直立不動でアニキの前で気を付け。
「な、な、なんですか、西園寺さん」
「なあ、香坂……おまえ、この後ヒマか?」
すっげーこええ目つきで睨んでくるアニキ。シャレになってないっす。
「あ、あ、あのこの後……」
「ああん!!!」
なんか、そこらへんのヤクザよりも全然こえーんだけれど。
「……いや、なんでもないです」
「じゃあ、このあと、さつきの家に来い!!!」
「さつきの家に?」
オレはそういうと、さつきのほうを振り返る。見た瞬間、なぜか目を逸らすさつき……おーい、なんでだよーー。
「わかったのか?」
まあ、オレにはいやですなんて言う権利も根性もありません。
「はい、わかりました」
「じゃあ、待ってるからな」
「はい、わかりました」
「さっさと、来いよな」
「はい、わかりました」
「覚悟してろよ」
「…………はい、わかりました」
そういうと、アニキはズカズカと教室から出て行った。
………なあ、そこのおまえ、海外に高飛びするってどうやったらいいんだっけ、よかったら教えてくれないか?
-
オレは家で家に帰るとしばし心を落ち着かせてから、まるで死刑囚のような足取りでさつきの家に向かっていった。
チャイムを鳴らす。♪ ピンポーン
するとみさき姉ちゃんが出てきた。
「あ、みさき姉ちゃん、今日は……学校は?」
「んー、休んじゃった」
「なんで?」「ま、まあ、ちょっとねーー」
そういうと、ニヤニヤと笑っている、なんかやな予感。
「あ、さつきたちが部屋で待ってるから」
そういうと、みさき姉ちゃんはオレの肩を押してさつきの部屋に入れる。
………と、部屋に中には、さつきとアニキはともかく、さくらと葉月ちゃんまでいた。あ、みなさん勢揃いで。
「よう、遅かったな」
アニキの声。まるで、ほんとに仁王様みたい。アハハハハ。
「す、すいません」
とりあえず謝ります。だってこわいんだもん。
すると、頭を下げた視線の先には……なんでかオレの小さい頃の写真が沢山……ってなんでオレのアルバムが!!!???
オレは反射的にそのアルバムを体で隠す。
「さ、さ、さ、さつき、オレの写真どっから持ってきたんだよ!!!」
正直これ以上ないくらいに怒るオレ、アニキがいたって関係ないね。だって、コレはオレの最大の秘密だもん。絶対に許さない!!!
すると、みんなキョトンとした顔になる。あのアニキでさえもキョトン顔だ。
オレはもしかしてとんでもない勘違いを………全体に冷や汗が噴き出してくると、さつきがいつものニッコリとしたスマイルでとっても冷たく言い放った。「ばか」
すると、葉月ちゃんが口を開く。
「だって、これ、さつきちゃんとあとお友達の女の子しか……」
ああ、葉月ちゃん、やっと話してくれたんだね……でもその質問はノーだ!!!
オレは折角の葉月ちゃんの質問を口を噤んでだんまりを決め込む。
すると、妙に勘のいい、生まれながらのストライカーさくらが気が付きやがった。こういうのって、アレかね、やっぱしゴールの嗅覚と同じなのかな……
「この女の子って、もしかして、お前か、カオル???」
オレはなんにも言ってないぞ。亀のように固まっているだけだ!!
すると、みさき姉ちゃんとさつきが、とっても悲しそうな顔で首を横に振っている。
……もう、だめですか?
……はいそうですか。
-
途端、津波のように笑い声が押し寄せてきた。
「アハハハハハハハハハハハ」とアニキが。
「ウハハハハハハハハハハハ」とさくらが。
「クックククククククククク」と葉月ちゃんまで。
もう、完全降伏のオレ、ハイもう何してもいいっすよーー
……ちくひょー。
とりあえず、三分ほどでみんなの笑いが一段落した。
……ってなげーよ!!!
すると、徐ろにアニキが言った。
「なあ、カオル、まあ、私もこのみさきさんから事情を聞いたから、それほど怒っちゃねーんだよ」
「……うす」
「……たしかに、事故みたいなもんだしね」とさくら。
「でも………」と葉月ちゃん。
「………でも?」
オレは聞き返す。
「お前は私たちの裸を見たけれど、私達はお前の裸を見てないんだよ!!!」
アニキ叫ぶ、マジ怖い。
「…………えええええええ」
とりあえず、みさき姉ちゃんをみる。なんか、首を横に振っている。さつきをみる。なんかケラケラ笑っている。葉月ちゃんを見る。あ、ちょっと怒ってる。
「じゃあ、そういうことで」
さつきは言った。おい、お前なに勝手に仕切ってんだよ。
すると、そそくさとさつきは布団を敷き始める。
「な、な、な、なにするの?」
するとアニキは言った。
「なにするって、床の上じゃヤだろ?」
いや、布団の上でもいやです。ウス!
すると、布団弾き終わり……さつき、ずいぶんと早いねー。ってか、なんで、みさき姉ちゃんもいるの?
-
オレはみさき姉ちゃんの顔をまじまじと見る。
「なんで、みさき姉ちゃんまで?」
「ほ、ほら、だって、保護者がいないとマズイでしょ」
……いや、いてもいなくてもどっちもマズイっす。
オレは泣きそうな目でみさき姉ちゃんに訴えかける。
「じゃ、じゃあ、私は席をはずそうか?」
んー……みさき姉ちゃんがいなくなったところを冷静に予想する。
アニキを誰も止められねーや……あははははは。
オレは今にも消えそうな声でみさき姉ちゃんに言った。
「すいません、いて下さい」
「はい、わかりました」
「ってか、なんでさつきもいるんだよ」
「だって、ここ、私の部屋だもん」
そういうと、ぷーっほっぺを膨らます。
「おまえの部屋って……」
すると、さくらが言い出した。
「なあ、かおるちゃん、さつきの奴、赤ちゃんの出来方、知らないんだってな?」
「はい??」
「かおるちゃん、昨日聞いたんだろ、さつきから」
なあ、さつき、いくらさくらと仲がいいからってそう言う話はするなよなー、しかも今日!!!
「ってわけで、まあ、カオルちゃんで性教育ってやつだよ。一石二鳥だろ」ってアニキ。
「なにが一石二鳥じゃ、ふざけんな!!!!!」…………よし、心の中で言ってやった。ウッス!
すると、葉月ちゃんが恨めしそうにオレを見る……やめてくださいその目で見るのは。
「だって、カオル君、………その、……あの、私の見たのに…………ずるい」
そういうと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。正直すまない気持ちで一杯です。うん、こういうのって罪悪感っていうんだよな。
オレは、男らしく……………男らしく……………男らしく…………なあ、やっぱし男女って言われてもいいよ、やだよ、トホホ。
オレは負け犬のようにトボトボと立ち上がると布団の中央に寝た。
するとさつきが枕を渡してくれた。
-
「はい、かおるちゃん」
「やっぱりやんなきゃだめー?」
最後の望みを託して聞いてみる。
『うん、ダメ』って全員同時にいいやがった。
オレはオレは………オレは男らしく一気にズボンとパンツを脱いだ!!!
もんくあるかぁぁぁぁ!!!!
すると、あたりから声が湧き起こる
『おおおおおおおお』
そしてオレはこの時間が一瞬でも早く終わってくれることを祈りつつ両手で顔を覆い、歯を食いしばる。
「へー、男の子のアレってこうなってんだー」とさくら。
「………はじめて見た」と葉月ちゃん。
「まあ、弟のと一緒だな」とアニキが……って、チョット待て、オイ!!だったらいいだろ!別に見なくっても!!
でもオレは何も言えずに両手で顔を覆ったままだ。
すると、さつきが聞いてきた。貴子ちゃんの弟っていくつだっけ?
「あ、幼稚園の年中さんだよ」
あたりにクスクスとした笑い声がおこる。
そこらへんで、オレの脳みそはフリーズ。
後はとりあえず、憶えているセリフを書いていくぞ
……もう、勝手にしろ。
「で、結局赤ちゃんってどうやって出来るのよ」
「だから、このチンチンを女のあそこに入れるんだよ」
「……………………………………うぞ!!!」
ああ、さつきの驚く声がよく聞こえる、まあオレもそうだった。
すると、オレの……を触ってきやがった。誰だかわかんねーよ、だって目を瞑ってるんだもん。
相変わらずクスクスと笑い声が止まらない。
「でな、これをこうやっていじくると堅くなるの、コレを‘ボッキ’」
ああ、アニキか…………いじってるの…………もうヤダ。
-
「はい、かおるちゃん」
「やっぱりやんなきゃだめー?」
最後の望みを託して聞いてみる。
『うん、ダメ』って全員同時にいいやがった。
オレはオレは………オレは男らしく一気にズボンとパンツを脱いだ!!!
もんくあるかぁぁぁぁ!!!!
すると、あたりから声が湧き起こる
『おおおおおおおお』
そしてオレはこの時間が一瞬でも早く終わってくれることを祈りつつ両手で顔を覆い、歯を食いしばる。
「へー、男の子のアレってこうなってんだー」とさくら。
「………はじめて見た」と葉月ちゃん。
「まあ、弟のと一緒だな」とアニキが……って、チョット待て、オイ!!だったらいいだろ!別に見なくっても!!
でもオレは何も言えずに両手で顔を覆ったままだ。
すると、さつきが聞いてきた。貴子ちゃんの弟っていくつだっけ?
「あ、幼稚園の年中さんだよ」
あたりにクスクスとした笑い声がおこる。
そこらへんで、オレの脳みそはフリーズ。
後はとりあえず、憶えているセリフを書いていくぞ
……もう、勝手にしろ。
「で、結局赤ちゃんってどうやって出来るのよ」
「だから、このチンチンを女のあそこに入れるんだよ」
「……………………………………うぞ!!!」
ああ、さつきの驚く声がよく聞こえる、まあオレもそうだった。
すると、オレの……を触ってきやがった。誰だかわかんねーよ、だって目を瞑ってるんだもん。
相変わらずクスクスと笑い声が止まらない。
「でな、これをこうやっていじくると堅くなるの、コレを‘ボッキ’」
ああ、アニキか…………いじってるの…………もうヤダ。
-
「ってかさ、これ剥かないといけないんだよ」
‘ムク?’
なんか、みんな一斉に声をあげる。ってか、オレも声をあげちゃった。
「なんだよ、カオルちゃん、コレ剥いてないの?」
「な、な、なーに?」
オレは涙声でそう言った。
「ちょっと待ってろ。弟のチンコ洗う時にいつもやってるからさ」
そういうと、アニキはオレの…………オレの……………………イタイ……………イタイ……………イタイ、イタイ、イタイ、イタイイタイタタタタタタタタタタ
…………もうヤダ。
…………もうヤダ。
…………もうヤダ。
…………もうヤダ。
…………もうヤダ。
…………もうヤダ。
…………もうヤダ。
…………もうヤダ。
…………もうヤダ。
…………もうやだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
-
オレが何やったんだよ?
オレなんか悪いことしたか?
女湯はいっただって?
知るかよぉー……
オレが「女湯入りたい」なんて言ったことあったか!?
たったの一回だって言ったことがあったか!?
それをみんなよってたかって、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよ、ふざけんなよおおおおおおおお!!!!!!!
って、やってられっか!!
なんだ、この本、『強い男になるための十の方法』って!!
『第一章』
「強い男になるためには、今までの自分の最も辛い思い出を文書にして乗り越えましょう」って!!!
※1、できたら、物語形式で書くと書きやすいですよ
ふ、ふ、っふ、ふざけんなぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
※2、 さらに出来たら、その時の視点で書くと、より一層効果的です。
し、しねぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェェェェェェェエェェェェエェ!!!!!!!
こんな辛いこと思い出してまでも、強い男なんかになりたかないわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!
もうヤダ、ヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、こんなくだらないことやーめた!!!やってられるかぁぁぁぁぁぁ!!
お前らみんな、シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!シネ!
バッカヤロー!!!!!!!!!
う、う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんー!!!!!!!
第一章 完
-
第二章 さつきガール
「バッカヤロー!!!!!!!!!」
二階からカオル君の怒声が聞こえた。
わたしとみさき姉ちゃんは食べかけのお煎餅を口にくわえながら首をかしげて見つめあう。
私たち姉妹は、先程、カオル君のお母さんからお茶に呼ばれて、久しぶりにこの家の居間でお茶菓子をご馳走になっていた。
「な、なにかしら」
カオル君のお母さん……多恵子おばさんさんが心配そうな顔で尋ねてくる。
わたしとみさき姉ちゃんは、
「さ、さぁ……」と愛想笑いをし、誤魔化すことくらいしか出来なかった。
すると、その直後、「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁー」と叫びながらカオル君は階段を降りてくると、そのまま玄関から飛び出していってしまった。
呆気にとられるわたしとお姉ちゃんと多恵子おばさん。
途端に気まずい空気がリビングに漂い始める。
「ほ、ほんとにどうしちゃったのかな……カオルちゃん」
お姉ちゃんはそういうと、この重苦しい雰囲気に耐えられなかったのか、苦笑いを浮べながら私に会話を振ってきた。
私は、やはり、「さ、さぁー……」としか答えられない。
途端におばさんの口から、深いため息が漏れた。
すると……
「やっぱし、ストレスかしらねー」
と、おばさんは、そういうと飲みかけのお茶を啜り始めた。
私たち姉妹は、さっきカオル君の家の前でたまたま、おばさんに声を掛けられ、そのまま図々しくカオル君の家に上がり込んだのだ。私は気まずさからとりあえず目の前にあるお煎餅をかじる。
すると、おばさんがしみじみと語り始めた。
「あの子、ほら、先月、サッカークラブ引退したでしょ。で、てっきりサッカーでの推薦で、高校行くかと思っていたら、いきなし、『オレ、一般入試で受験するから』って……まあ、私も主人もサッカーばっかりやっているよりは、ちゃんと勉強を取り組んでくれたほうが……ねえ……」とお姉ちゃんに話し掛けた。
「え、ええ、そうですね……ねえ」
すると今度はお姉ちゃんが私に会話を振る。私は愛想笑いを浮べながら、
「あ、でも、カオル君ならもともと頭いいし、サッカーで高校行っても、全然大丈夫ですよ……おばさん」
と、お世辞とも取られるような無難な受け答えをしり。
おばさんはそんな私の返事を聞くと、ニッコリと微笑んでくれた。
-
「でね、……ちょっとお願いがあるんだけれど」
そういうと、おばさんは秘密を打ち明ける少女のような可愛らしい笑みを浮べながら私たちに話し掛けてくる。
「な、なんですか?」
お姉ちゃんは思わず身を乗り出す。
「あのね、カオルったら、特にここ、ニ、三日、まるで何かに憑かれたかのように部屋に籠って何かやっているのよ」
「は、はぁ……」
お姉ちゃんが気まずそうに返事をする。
「まあ、勉強してくれているのなら、私もこんなに心配することはないんだけれど……なんか、カオルったら、パソコンの前に張り付いて、こう……ずーっとなにかやっているの」
「……カオル君がですか?」
「ええ、ちょっと、不気味でしょ」
そういうと、おばさんはヤレヤレといった感じで、お団子を口に運ぶ。
リビングのテーブルの上には、お煎餅にお団子、どら焼きに豆大福と、かなり豪勢なお茶うけが広げられていた。ああ、そう言えば昔は、よくお姉ちゃんとわたしとカオル君と叔母さんの四人で、わいわいガヤガヤ、このリビングでおやつを食べていたんだっけ……
「そ、そうですね、カオルちゃんっていったら、大体いつもサッカーボールを蹴っているイメージしかなかったし……ねえ、さつき」
お姉ちゃんは私に同意を求めてくる。
「そうですね、中学に入ってからのカオル君のイメージって、大体いつもサッカーしてるって感じでしたもん」
私はそういうと、取って付けたような答えを返した。
「そうなのよねー」
すると、おばさんは今日、何回目かのため息を付く。
「で、お願いなんだけれど、カオルがさ、部屋でナニしてるかちょっと、見てきて欲しいんだけれど……」
そう言うと、おばさんは‘ニコリ’と、なにか無邪気な悪戯でも持ち掛けるような表情で、私とお姉ちゃんに微笑みかける。こういう笑い方は今の私にはもう出来ない……ほんとにチャーミングだ。
「わ、わたしがですかー!!!」
素っ頓狂な声を上げるお姉ちゃん。思いも掛けないお願いに動揺している様子がよくわかる。
「……ダメー?」
まるで、サンタさんにお願いをしている女の子のような、素敵な笑顔で問い掛ける。
「さすがに、それは……ちょっと……ねえ、さつき」
「え、ええ、わたしも……ちょっと」
私も答えに困る。
-
すると、叔母さんはまったく怯むことも無く、今度は私にお願いをしてきた。
「おねがいよ、さつきちゃん……ほら、カオルも言ってたんだけれど、さつきちゃんってパソコンにくわしいんでしょ。お願い。幼なじみのさつきちゃんくらいしか、こんな頼み事できないのよ」
そう言って、矛先をお姉ちゃんから私に変えると、おばさんは私にこれでもかと頭を下げてくる。
「え…………で、でも」
私が返事に詰まっていると、おばさんは尚も私に詰め寄って来た。
「お願い、さつきちゃん。さつきちゃんだったら、カオルもナニ見られたって、あきらめがつくでしょ、ほら、小学校四年生まで一緒にお風呂にはいってた仲だし」
そういうと、クスクスと思い出を懐かしむようにおばさんは笑ってきた。
「で、でも、もう……」
「大丈夫、私がなんとか誤魔化しておくから。お願い、さつきちゃん。お願いします」
そう言うと、おばさんは私なんかに向かって頭を深々と下げてきた。
私は、「でも、おばさん。わたし、もう、カオル君の幼なじみなんかじゃないんですよ……」という言葉を胸に仕舞い込んで、おばさんのお願いを、しょうがなさそうに受け入れる。
……私ってやらしいね。
すると、おばさんは本当に嬉しそうに私の手を掴んできてはしゃぎ始めた。
「ああ、よかった、さつきちゃんだったら安心できる。あ、でもね、なんかエッチなものが出てきてもショックを受けないでね。ほら、一応は年頃の男の子なんだから」
叔母さんはそういうと、ケラケラと笑い出した。
「は、はあ」
私はそう言うと気まずそうに俯く。
「まあ、まあ、好き勝手にカオルの部屋覗いててもいいから……サービス、サービス」
おばさんは、どっかで聞いたフレーズを口ずさむと私にニッコリ微笑みかけた。
「……そんなことしませんよ」
私は殊勲な返事をおばさんにする。うん、ほんとにいやらしい。それは、私が本当は、喉から手が出るくらいに欲していた事なのに……
そうして私はおばさんからの免罪符を手に入れると、嘗ての幼なじみの部屋に入っていった。
五年ぶりに入る、嘗ての幼なじみの部屋は、電気が煌々とついていて、エアコンのスイッチも入ったまんまで……ドアも閉められておらず、全てがなにか、こう……やりかけたままになっていた。
けれども、思いの外、部屋の中は整理整頓されており、一応の覚悟を持ったわたしとしては、ちょっと、拍子抜けさせられた感じだった。
私は辺りを見回してみると、机の上の壁に飾られた写真に目が止まった。見ると、小学生のカオル君が集合写真の中央でトロフィーを掲げて泣き笑いの表情を浮べている。
私は思いがけなく懐かしい、嘗ての幼なじみの姿を見つけると、その写真に微笑み掛けていた。
-
「ああ、あの時の写真かぁ……」
誰にともなくそう呟く。
私はあらためてその写真をまじまじと眺めると、その男の子は、トロフィーを掲げてるにもかかわらず、今にも泣きそうな顔で微笑んでいた。
「って、ことは、コレは二枚目の写真だよね……」
私はそんなことを呟いた。
五年ぶりに入る、嘗ての幼なじみの部屋は、全てが懐かしく、そして全てが新鮮だった。ふと目を落とすと、本棚にはカオル君が大好きだった、少年ジャンプと……コロコロコミックス。私は思わず笑みを零す。中学三年生にもなってコロコロコミックを買っているのは、ウチの学校ではもしかしたらキミだけかもよ。そんな言葉を主がいない部屋の中で一人呟いていた。
そうして机の上に目を落としてみると、電源の付けっぱなしになったパソコンのディスプレイ。ちょうどスクリーンセイバーになっているのであろう、ゆらゆらとウインドウズのロゴマークがクラゲのように漂っていた。
私は恐る恐るマウスに触れる。実際パソコンの電源が落ちていたなら、直ぐにおばさんに、「電源が落ちていたんでわかりませんでした」といって帰るつもりだったのだが……私の中のいやらしい気持ちがむくむくと沸き上がってくる。心の片隅ではどうか、パスワードロックがされていますように……とこれ以上、嘗ての幼なじみのプライベートに立ち入ることをもう一人の私が眉を顰めて見とがめていたのだが……私は不安と期待がごちゃ混ぜになった気持ちで、マウスを手にして画面を覗き込んだ。
すると、あっけなくスクリーンセイバーが解除された。
そうしてパソコンのディスプレイには……どこででも見るマイクロソフトのワードが立ち上がっていた。思わずガクっと肩を落とすと、どっと安堵の気持ちが押し寄せてきた。……いったい私はナニを期待してたのだろうと、情けないやら可笑しいやらで主がいない部屋の中で一人、自嘲的な笑みを浮べていた。
そして、気軽にワードの文章を眺めてみると。最後のページが意味不明な日本語の羅列で終わっていた。私は特に意識することもなく、マウスのホイールを動かしてみる……と、最後の一ページ意外はまともな日本語が書かれてあった。
私は思わず首を捻る。
コレはいったい?
どうやら、コレは小説らしい。みると、見覚えのある人の名前がちらほらと出ているし………コロコロとジャンプが愛読書のカオル君が小説か……私は思わず可笑しくなって、クスクスと笑い始める。
あ、カオル君が聞いていたら怒るよね……ゴメンね。
私はすっかり安心した気持ちで、スクロールバーを文頭にまで一気に持っていくと、嘗ての幼なじみが書き綴った文章を読み始める。
すると、たったの最初の一行で、私の心が動揺した。
「タイムマシンがあったら未来に行く?それとも過去に行く?」
ああ、コレは、ことあるごとにカオル君から投げ掛けられた質問だった。この物語は…………この物語は……私は震える指先でマウスをするロールする。途端に激しい動悸と目眩に襲われ、私は思わず床の上に跪く。すると視線の先には、この部屋で唯一といえる、ハードカバーの本があった。見ると表紙には……『強い男になるための十の方法』。
私は恐る恐るその本を手に取ってみると、第一章の最初のページには……「強い男になるためには、今までの自分の最も辛い思い出を文書にして乗り越えましょう」と書かれてあり……しかも、ご丁寧にも蛍光ペンでラインまで引かれていた。
私は怖々とディスプレイに立ち上がったワードの右上をみてみると……「かおるボーイ」
ああ、コレはきっと君自身の物語なんだ。
私はギュッと唇を噛み締めて、意を決して立ち上がると。今度はマウスのしっかりと握り込み、人差し指でホイールをスクロールする。やはり、この物語は私たちがバラバラになった五年前のあの日の物語……だった。
私は覚悟を決めて、その物語を読み始めた。
すると、途端に同じ表現に出くわし、私は思わず頬が緩む。
『さつきはケラケラと……さつきはケラケラと……さつきはケラケラと……』って、なによ、カオル君。私がまるでバカみたいじゃない!!!途端に張り詰めた緊張感が緩んでゆく。
すると、今度は、思わず軽い怒りがこみ上げてきた……勝手なもんだ。私って。そうして私はカオル君のパソコンのディスプレイに向かって、嘗ての幼なじみとよくやり合った口げんかのような口調で話し掛ける。
-
「バッカみたい……緊張して損しちゃったわよ……大体、誰のせいでそうなったと思ってるのよ!!!」
けれども、顔は笑っている。私はちょっと嬉しかったのかも知れないね。そうして私は相変わらず、ディスプレイに向かって話し続ける。悲しいね、なんて言わないでよね。だって、コレが私の今の精一杯なんですもの……
「ねえ、カオル君、あなた、なんにも知らないのね。私がバカみたいに笑うようになったのも、私がなんにも知らない振りをするようなったのも……」
主のいないキミの部屋は、相変わらずエアコンとパソコンのファンが静かに鳴り響いていた。
「ふーん、で、ここで止まっちゃった訳か……なるほどねー……」
私は相変わらずディスプレイに向かって話し掛けている。今ちょうど、キミの物語を読み終えたところだ。
まだ日は浅く、カーテンの隙間から見える空は青かった。
その時、ふと、私はある考えが浮かんだのだ。正直カオル君には見せられないけれど、ちょっとの間くらいはいいよね。
私は、ディスプレイに話し掛ける。
「ねえ、カオル君、あなたがこれ以上書けないっていうのなら、その続き、私が書いてあげてもいいかな。なにも知らないあなたのために……」
私はそのディスプレイに向かって微笑みかける。
「うん、ありがとう」
私は物言わぬディスプレイに向かって頭を下げる。
そうして再び語り始める。
「題名は………そうね、『かおるボーイ』に対抗して『さつきガール』ってのはどう?
……ひねりがない?まあいいじゃない、お互い様で………」
そうして私は五年ぶりに訪れた、嘗ての幼なじみの部屋で、嘗ての幼なじみが書き締めた物語に、私の物語を書き始めたのだ。
-
「オレ、葉月ちゃんのことが好きなんだ」
新学期そうそう、その男の子は私の机の前に座ると、とっても真剣な顔で言ってきた。
私は、その子のそんな真剣な顔は今まで見たことがなくって、思わず、「そう」とだけしか、言えなかった。
ホントのところ、今まで見たことのない、その子のそんな表情を見てしまい、私は思わず頭がパニくってしてしまったのだ。すると、その男の子は、ほっぺたをぷーっと膨らませて、「なんだよ、それ」と、ぶっきらぼうに言ってきた。
私は混乱した頭で、その男の子が誰だったのか必死で思い出す。
そうだ、思い出した。その男の子は私のクラスメイトだったけ……
そうだ、思い出した。その男の子は私のいとこだったんだ。
そうだ、思い出した。その男の子は私の幼なじみで……
うん、そうだ、思い出した!!
その男の子は私の………大好きな、大好きな、男の子だった。
その子の名前は、香坂カオル。
だからカオル君、私は今からキミの物語を書こうと思うんだ。
…………私がはじめて大好きになった男の子の物語を
-
「なあ、さつき、オレ今度サッカーの試合、先発で出られるかもしれないんだ!!」
私がリビングでテレビを見ていると、サラサラの髪の毛を振り乱して、息せき切って私の目の前にやって来た。
まん丸でクッキリとした二重の瞳を爛々に輝かせて、頬をうっすらとピンク色に染めている。
私はいつものようにケラケラと笑いながら、その男の子に話し掛けた。
「先発?なになに、カオルちゃん、ピッチャーやってるの?」
途端に、その男の子はほっぺたをぷーっと膨らませる。
「ふざけんなよ、さつき!オレがいつ野球やってたんだよ!!サッカーだよ、サッカーにきまってんじゃん。監督がさ、いつも真面目に練習してるってんで、今度の試合、最初から出てみろって言われたんだ。すげーー嬉しい。オレさ、ほんとにすっげー頑張ってたんだよ、やっぱし、見てる人は見てるんだよなー……おまえ知らなかったろ」
その少年は一気にそう捲し立てると、満面の笑みで私に微笑みかけた。
私はその少年に笑いかけると心の中で話し掛けた。
知ってるよ。そんなこと。カオルちゃんの監督が知る前から、もっと、ずーっと前から知ってるよ。
キミがリフティングを5回しか出来ないって言って、悔し涙ながしながら、誰もいない校舎の裏で必死に練習してたこと、私知ってるんだ。
キミが後輩に追い抜かれて、試合に出ることが出来なくってさ、、悔しくって泣きながらドリブルの練習をしてたのも知ってるよ。
それから、キミが先輩達から「チビ、チビ」って言われるのが悔しくって毎朝必死に牛乳を飲んでいることも私は知ってるよ。
でも、カオルちゃん、私がそのこと知ってることを、キミは知らないでしょ。
-
ねえカオルちゃん、『嫉妬』って言う字知ってる?
「しっと」ってね、もうね、凄いのよ、女がやまいになって、石になるの……なんかこわいよね。
でさ、漢字もさ、もう、なんか、ぐにょぐにょした感じで、見てるだけでなんか嫌な気持ちになるのよ……知ってた?
カオルちゃん、嫉妬したことなんかないでしょ、アレね、とっても嫌な気持ちになるの。うん知らないほうがいいよ。
私も、つい、この前まで知らなかったんだ。
いつ知ったかって?……ほら、カオルちゃん知ってるかな。四年生になってすぐにさ、カオルちゃん練習試合で途中から試合に出たじゃない。で、その試合、わたしとみさき姉ちゃんで見に行ったんだよ。カオルちゃんにはナイショだったけれど。
……だってさ、キミ、その前に、ずーっと補欠で一度も試合に出れなかった時にさ、すっごい悲しい顔してたでしょ。
で、たまたまわたしとみさき姉ちゃんが挨拶したら、もう、顔をゆがめちゃってさ、見てるのが辛くなるくらいの作り笑いしたの……カオルちゃん、憶えてるかな。それからは、キミの試合を見に行くときはキミにはナイショで見に行ったんだよ。
知らなかったでしょ。それでさ、その試合で後半になったら、監督さんに呼ばれて試合に出ることになってさ、カオルちゃん一回アシスト決めたよね
私、そのシーンをさ、きっと一生忘れないんだ。
左サイドでフリーになって得意のドリブルで切れ込んでゴール前にクロスあげたでしょ。
私、何回だって言えるよ。家でね、お父さんとお母さんに「もう、いいから」って言われるまで話し続けたの。で試合が終わってさみんなから褒められてすっごい嬉しそうにしてたよね。で、カオルちゃん一番最初に葉月ちゃんのところに言ったでしょ。
ゴメンね、カオルちゃん、こんなつまらないこと憶えてて……そりゃ、そうだよね、だって、私が来ているってこと、言ってないんだもん。
気付くわけ無いじゃん……バッカみたい……アハハハハハ。
そしたらさ、みさき姉ちゃんが言ったの「ねえ、さつき、あんた今、すっごい怖い顔してるよ」って……
私すぐに「そんなことないもん!!」って言い返したんだけれどね……家に帰ってそのこと思い出してさ、鏡を見てみたの。
そしてらさ、すっごい怖いの。
私ね、自分でこんな怖い顔してるだなんだ思わなかったよ……カオルちゃん。
私、鏡の前で泣いちゃった。だってそうでしょ、こんな顔カオルちゃんになんか見せられるわけないじゃない。
だからさ私、その日から笑う練習を始めたの。どんな辛いときでも笑ってられるようにね。だからさ、カオルちゃん、私がそんな怖い顔出来ること知らないでしょ。うん、知らなくっていいよ。知られたくないから……
-
そうそう、この前さ、放課後の校庭でキミが練習をしてるところ、教室で隠れてみてたらさ……西里君に見つかっちゃった。
バカだね、西里君、なんか机にケータイ忘れてたんだってさ、私気がつかなくって、窓からキミのことずーっと見てたの。そしたらさ、西里君いきなり、「なあ、さつき、お前、カオルのこと好きなんだろ」って……
私ね、「そんなことないよ、何いってんの、西里君」って言ってさ、いつものように笑いかけたのよ、西里君に……カオルちゃんをいつも騙すときと一緒で……だって今までそれでうまくいってたんだもん。
私、いつものように言ったの。いままで何人かに言われてことがあったけれど、そのたんびに、「やだ、違うわよ、だって、カオルちゃん従兄なんだし、ちっちゃい頃から一緒で兄弟みたいなもんよ、ほら、双子の片割れ……みたいな」そう言うとさ、みんな大体納得してくれんの。だから私、いつものように言ったのに……
西里君さ、「さつき、おれさ、一応役者なんだぜ、演技と本音くらい見分けが付かなきゃ、舞台でなんて踊れないよ」
だって……私、頑張ったのに、気が付いたら泣いてた……ごめんなさい。
………ごめんなさい。ばれちゃってごめんなさい。
そしたらさ、西里君がこう言うの。
「だったら、さつき。おまえさ、ちゃんとカオルに言えばいいじゃないか」って……
馬鹿だよね、西里君。あんなにキミと一緒にいて、キミのこと全然わかってないの。だからさ、私言ってやったの。
「そんなの、ダメだよ、西里君。だってさ、カオルちゃんってとっても優しいの……知らないの?」
「じゃ、じゃあ、いいじゃないか」
あの人アレでほんとに女形出来るのかなー。しょうがないから私、最後まで言ってやったの。
「バカだね。とっても優しいから、私が好きっていったら『あ、実はオレもお前のこと好きだったんだ』っていうに決まってるじゃない」って。
そうでしょ、カオルちゃん。キミ、葉月ちゃんのことが好きでも私のこと好きって言ってくれるでしょ。
だって、キミ、とってもやさしいんだもん。
そしたらさ、西里君なんにもいわなくなっちゃって、二人でキミの練習ずーっと見てた。
そしたら、最後に「じゃあ、さつき。あのさ、もしカオルに愛想が尽きたら、いつでも僕のところにおいでよ」だって
……アハハハハバッカみたい。さすがに我が小学校……いや、我が町を代表するプレイボーイだ。私は笑って「うん、そうね」っていっといてあげた。西里君もやさしいよね。カオルちゃんいいお友達もってよかったね。
-
今日はカオルちゃんと温泉に行った。
ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい。
ゴメンなさい、カオルちゃん……私、あの温泉の決まり知ってたの。
で、そのことおねーちゃんに言ったの。あれ、私が言い出したことなの。
ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい。
だってさ、カオルちゃん、わたしともう、お風呂一緒に入ってくれなくなっちゃったじゃない。
いきなり「もう、女となんか入らない」って。
そう言ったとき、わたし、「別にいいわよ、どーでも」っていったけれど、ゴメンなさい全部嘘だったの。ゴメンなさい、ゴメンなさいゴメンなさい。嘘付いてゴメンなさい。
もう、葉月ちゃんに勝てることがなんにもなくなって、………それで、カオルちゃんが嫌がるの承知で無理やりお姉ちゃんにお願いしたの。
ゴメンなさい、ゴメンなさい、あんなことになって、ほんとにゴメンなさい。
カオルちゃんさ、「おまえ、スッポンポンで恥ずかしくないのかよ」って聞いてきたじゃん。
そんとき私、「うん、全然恥ずかしくないよ……なんで?」って答えたよね。ごめんね、アレ全部嘘。恥ずかしいよ。恥ずかしいに決まってるじゃん、カオルちゃん。私だって一応女の子なんだよ。
好きな子に裸見られるのって、カオルちゃんも葉月ちゃんに見られたから、わかるでしょ?恥ずかしいよね。
でもさ、わたしね、カオルちゃんの前でわざと恥ずかしくない振りをしてたの。だってそうでしょ、私がもし恥ずかしがったら、もう、一緒にお風呂入ってくれないでしょ、私が女の子見たいな素振り見せたら、もう、カオルちゃん私から離れてくでしょ。バカみたいに子供の振りしてれば、ああ、コイツはこういう奴なんだって思ってくれるでしょ。少しでも一緒にいてくれるでしょ。
でもね、もう、だめみたい。もう、葉月ちゃんに勝てるところなんにもなくなっちゃったよ。
カオルちゃん、キミ知ってた?さくらちゃんにお腹蹴られて蹲っててさ、貴子ちゃんがキミを蹴飛ばそうとしてたでしょ。そしたらね、葉月ちゃん、その瞬間、キミを庇って貴子ちゃんに蹴られたの。
絶対にカオルちゃんよりも酷い怪我してたのに、自分のことよりカオルちゃんのこと心配してたの。
なんで知ってるかって?私もカオルちゃん助けようとして、追っかけてったの。カオルちゃんを守ろうとしたの。
でも、でも、全然間に合わなかった。バカみたいに見てるだけだった。
よかったね、カオルちゃん、葉月ちゃんもキミのこと好きだったみたい。もう私かなわないから、キミのこと諦めるね。
その後さ、ファミレスでバカみたいに焼け食いしたらさ、お腹が痛くなっちゃてベッドで寝てたの。
そしたらさ、私がベッドでうつぶせになって寝ていると、ノックが聞こえたの。
-
「だーれ?」っていったらさ、
「………わたしよ」って……お姉ちゃんだった。
すると、お姉ちゃんが心配そうに、ベッドの脇に腰掛けるてさ「ねえ、さつき、大丈夫」って言ってきてくれたの。
私は、「大丈夫、大丈夫、ちょっと食べ過ぎちゃっただけなんだもん。カオルちゃん全然食べないからさ……アハハハハ」っていつものように笑って誤魔化したらさ、おねえちゃんまったく乗ってくれなくって普通に「そう……お薬もってきたけれど、飲む」って言ってくれた。
私は「ううん」っていって枕に顔を埋めたまま首を振ったら、お姉ちゃんは「………そう」っていって、そしたらさ、お姉ちゃん、何も言わずに私の髪の毛を撫でてくれたんだ。
それは、昔から私が泣いたり落ち込んだりしてる時にお姉ちゃんがしてくれる仕草でさ。
でもね、そんときは私、別に泣いても落ち込んでもないんだけれどなー……アハハハハハハ。
しばらくお姉ちゃんは黙って髪を撫で続けてくれていたの……そして、私はふと思いついたの。
私はベッドに俯せになりながら、お姉ちゃんに言ったんだ。
「ねぇ、おねえちゃん、お願いがあるんだけれど」って…………
そしたらさ、お姉ちゃんとっても優しく「なあにさつき」答えてくれの。私はお姉ちゃんの顔を見ないように、「あのさ、髪型変えたいんだけれど、手伝ってくれないかな」って早口で一気に言ったんだ……心変わりがしないように。
「……髪型を……だって、それあんた」
お姉ちゃんはそういうと、もうそれ以上言わなくなった。
「だって、幼稚園の時からずーっと一緒なのよ、もう、飽きちゃった、アハハハハ」
うん、大丈夫、ちゃんと笑える。私はいつものように笑いながら言った。
「そう、みさきがそういうんなら、手伝ってあげるけど……」
「まったくもう、イヤになっちゃうの、この髪型だとさ、変なクセがついちゃって、アハハハハ」
私はそう言うと、ベッドから起きあがって鏡台の前に座った。
するとお姉ちゃんは何も言わずに私の後に座ってさ、「そう、このサイドポニー、幼稚園のときからだったよね」っていってたの。
私は、「そう、そう年中さんの時からだから、もう五年も同じ髪型で……バッカみたい、アハハハハ」って言ってやった。
そしてら「うん」って……お姉ちゃんはそう言ってくれたの。
それから私は一気に捲し立てたの。
「あのね、カオルちゃんがさ。はじめてカワイイって言ってくれたの」
「そう」
「私、すっごくうれしくってさ……」
「そう」
「あのね、お姉ちゃん、今日、葉月ちゃんって見たでしょ」
「うん」
「一番小さな子」
「うん」
-
お姉ちゃんはそう言いながら、私の髪をブラシで梳かしてくれた。
五年間も同じ髪型にしていたせいで、髪の止めゴムを外すと、頭の変なところに分け目が出来ていた。私は鏡台に写った自分の頭の分け目をしげしげと眺めながら、手櫛でいじる。
「カオルちゃんね、あの子のこと好きなんだ。知ってた?」
「うん」
「それでさ、葉月ちゃんも、カオルちゃんのこと好きなの。知ってた。……アハハハハ」
「うん」
「ソレなのにカオルちゃんったらさ、嫌われちゃったとか言って、泣いちゃってるの……バッカみたいね」
「うん」
「そんでさ……そんでさ……」
「うん」
「私、意地悪だからさ、そのこと、絶対二人に教えてあげないんだ……ホントに意地悪だね、私って……アハハハ」
「うん」
「いやだ、お姉ちゃん、そう言うときはさ、そんなことないよっていってよ……アハハ」
あれ、うまく笑えないや。
「うん、……でも、さつきはさ、一生懸命カオルちゃん助けようとしたよね」
「気まぐれ、気まぐれ…………」
私の口からはもう、笑い声が出なくなっていた。
「うん」
「ほんと、カオルちゃんってバカだよね………」
「うん」
「ほんとに、ほんとに、バッカよねー」
「うん」
「わたしさ、絶対なにがあっても、あの二人になんか教えてあげないんだ」
「うん」
「自分で気付け!カオルのバーカ……アハハハハハッハハハハハ」
私はそう言うと、無理やりに大声をあげて、おもいっきし笑ってやった。
でも、その時、鏡の中に写った私の顔は……泣いていたんだ。
-
ごめんなさい、カオルちゃん。先に謝っておきます。
今朝ね、貴子ちゃんと私、内緒話したでしょ。その時の話なんだけれど…………
貴子ちゃんね、最初はね、別に何するつもりもなかったの。
最初に私が話し掛けた時ね、「………ちぇっ、しょうがないよ。香坂だって、わざとやった訳じゃないし」って。
別に、もう、どうでも良かったみたい。
ごめんなさい、私がけしかけたの。
「でもさ、貴子ちゃんの裸見られたんだよ。カオルちゃんだけ知ってるなんて、そんなのずるいじゃん」って。
ずるいのは私なのにね……ごめんなさい。
その後さ、貴子ちゃんに言ったの。
「そういえば、昨日赤ちゃんってどうやって出来るのってカオルちゃんに聞かれたんだけれど、私知らないから貴子ちゃん後で教えて」って。
ごめんなさい、アレも嘘でした。知ってたわよ……そんなこと。カオルちゃんなんかよりもずっと前から。だって、私、お姉ちゃんがいるのよ。生理のことだって、ずーっと前から知ってたんだもん。知らないわけないじゃん。ばっかねー……ゴメン、バカは私だよね。
それからさ、葉月ちゃんにもお願いして、葉月ちゃんも別に怒ってなかったの。でもね私がけしかけたの。
「カオルちゃんが葉月ちゃんの体見て、葉月ちゃんがカオルちゃんの見てないなんて、ずるいよね、だからさ、今日見せてもらおうよ」って。
それ言ったから、葉月ちゃん、照れちゃって、その日学校でキミと話せなかったんだよ。サイテーだね、私って…………アハハハハ。
それから、さくらちゃんにも同じこと言ってさ、おねえちゃんにお願いして…………そうして、キミに酷いことしたんだ。
ゴメンなさいね。多分きっと私が死んだら、地獄に落ちるかもね……あはははは、なーんてね……………………
-
カオルちゃん、ごめんなさい、今日はこれからキミに酷いことをします。
私のことを嫌いになってもらうように、とっても酷いことをします。
ごめんなさい。だってそうしないといつまでもキミのこと見ちゃうから。
ごめんなさい。だって今でも私が好きって言ったら、葉月ちゃんより私の方を選ぶんでしょ。同情で…………
だから、今日、私はキミに嫌われようと思ってます。
でも、大丈夫。葉月ちゃんはカオルちゃんのことが好きだし、カオルちゃんも葉月ちゃんのことが好きだし……私がキミに嫌われるだけのことだから、気にしないで下さい。
きっと、その時、キミは泣いちゃうと思うけれど……そして、わたしのことを嫌いになると思うけれどごめんなさい。
そうしないと、私、キミのこともっと困らしちゃうから……ごめんなさい。
だから私は、今日、キミに嫌われようと、酷いことをします。ゴメンなさい。カオルちゃん。
準備は整った。
貴子ちゃんにもお願いが済んだ。
さくらちゃんにもお願いが済んだ
葉月ちゃんにもおねえちゃんにもお願いが終わった。
-
ねえ、カオルちゃん私は今からキミにとっても酷いことするから……ごめんなさい。恨んでもいいよ。
カオルちゃんは私の敷いた布団の上で大の字になった。
私はカオルちゃんに枕を渡した。
カオルちゃんは枕を頭の下に敷くと、今度はカチンコチンに顔を強張らせて、お布団の上で気を付けの恰好になったの。
私たちは興味津々にカオルちゃんの顔を見る。
すると、カオルちゃんは「………やっぱりやんなきゃだめー?」って聞いてきた。
私は一瞬躊躇した。この期に及んで、「やっぱいいや」って思っちゃった。
そしたらさ、もしかしたらさ、私のこと好きになってくれるかなって…………そんなことを思う自分が本当に嫌だった。
すると、カオルちゃんは一気にズボンとパンツを脱いだ。
みんな同時に声を上げる。……みんなサイテー、……でも私が一番サイテー。
そうしたらさ、カオルちゃん手で顔を覆ったよね。
……ごめんね、そんなことさせちゃって。
それから、みんながみんな、いろんなこと言ってきて……
貴子ちゃんが「弟と一緒だな」って。
私、思わず聞いちゃった。カオルちゃんが、チンチンちっちゃくって悩んでいるの知ってて……貴子ちゃんの弟が幼稚園児だってこと知ってて。
だから、私が一番大きな声で笑ったの。
……………サイテーだよねほんと。
-
それから、私、貴子ちゃんに赤ちゃんの作り方、聞いたの。
「だから、このチンチンを女のあそこに入れるんだよ」
貴子ちゃんはそう言うと、カオルちゃんのちっちゃくなって縮こまったおチンチンを指でさした。
うん、きっと、カオルちゃんは今とっても怖いんだよね。
男の人のあそこって、怖かったり嫌なことがあったりすると縮んじゃうって、以前パパから聞いたことあるし。
カオルちゃんのおちんちん、昨日見たときよりも全然ちっちゃくなってた……ごめん、そうさせたのは私だね。
「………………………………うぞ!!!」
うん、ちゃんと練習したとおりに言えた。
「へー、これがねー」私はそう言うと、大好きな男の子のおちんちんを触ったの。うん、もう、この先、一生、触る事なんてないんだもんね。いいでしょ、これくらい……カオルちゃん。……私のこと嫌いになってもいいからさ。
すると、貴子ちゃんもカオルちゃんのおちんちんをさわりはじめてこう言ったの。
「でな、これをこうやっていじくると堅くなるの、コレを‘ボッキ’」
うん知ってる。でも、私は練習どおりにわざと間違える。
「………ぼ、ぼ、ボキ」
「ボキじゃねーよ、ボッキだよ」
「……ボッキ」
私はわざと言い直す。そして貴子ちゃんが触っていた、カオルちゃんのを私は取り上げるように触り始める。
だって、誰にも触らせたくなんかなかったの……ごめん、私おかしいね。
それから、どうでもいい話が続いてゆく。
「で、精子ってのがこっから出てくるの」
「だって、そこ、おしっこが…………」
「一緒のとこから出てくるの」
「…………………うぞ!!」
うん、ちゃんと練習とおりの受け答えだ。
「で、この。玉から精子が出来るの!!」
すると、貴子ちゃんはカオルちゃんの、……その、タマを指さした。
「へぇぇぇぇぇーー」
ちょっとわざとらしかったかな。私はそういうと、貴子ちゃんの手を制するように大好きな男の子のその……タマをいじくる。
うん、今日は私以外だれにも触らせないからね。
みると、カオルちゃんは顔を手で覆ったままガタガタ震えている。そうだよね、怖いよね、ゴメンねカオルちゃん……ほんとゴメンなさい。
それから、私は必死になって誰にも触らせないように、一人でいじくったの。
-
おねえちゃんが呆れた顔して私を見てる。多分きっと今、私、すごく怖い顔してるんだろうな……
よかった、カオルちゃんが目を閉じていてくれて。
「で、この。玉から精子が出来るの!!」
「い、い、いまも?」
「いや、あと、……かおるちゃんだったら、あと三年後くらいかな」
「…………へえぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ」
「ってか、女だってセーリがくるぞ」
「…………ああ、それは知ってる」
「それとセーシが体の中でくっつくと」
「ちょっとまって、ナニソレ!!!」
「だから、体の中で」
「………どういうこと」
「だから、コレを女のあそこに入れるんだよ!!!!」
「……………………うぞ!!!」
「いや、さっき言ったろ」
「………そうだっけ……ってか、こんなのが?体に入るの?」
うん、みんな私が知ってること。なんかお芝居しているみたい……サイテーのお芝居だけれどね。
すると、貴子ちゃんが私の手をのけて、きみのを触りだした。
やめてよ、貴子ちゃん……私は心の中でそう叫ぶ。顔は笑ったまま。
すると、貴子ちゃんがいじっていたそれが、段々とおっきくなってきて。
そしたらさ、貴子ちゃんが、「ってかさ、これ剥かないといけないんだよ」……って。
‘剥く!?’私は思わず声をあげた。
カオルちゃんも覆っていた手を離して驚いた顔をしている。
多分、貴子ちゃん以外誰も知らないんだろう。
すると、貴子ちゃんは、私の大好きな男の子のおちんちんを無理やり掴むと本当に‘剥き’はじめた。
すると、それまでまったく無反応だったカオルちゃんがいきなり抵抗を始める。
貴子ちゃんがカオルちゃんのを、こう……おもいっきり下に引っ張るたんびに、ひっしに内股になって逃れようとしている。
「……イタイ、イタイ、もう、やめてよ」
カオルちゃんの声が泣声に変わっていった。
-
私はその瞬間、今までに味わったことが無いような、どす黒い感情に襲われた。もう、誰にも、私の大好きな男の子を触らせたくないと思ったの。
私は、カオルちゃんの泣声で戸惑っていた貴子ちゃんを無理やりどかすと、カオルちゃんのをムンズとつかむ。
「こう、貴子ちゃん、こうかな」
私はそう言いながら、必死に抵抗しているカオルちゃんの……大好きな男の子のおちんちんをむりやりに引っ張る。
カオルちゃんはもう、うわごとのように「もうやだよ………もう怖いよー」としか言わない。
そうして私は、そんな泣きじゃくっている、大好きな男の子を無理やり押さえつける……きっと私は地獄に落ちるんだろう。
そうして、私はさくらちゃんにお願いしたの。
「さくらちゃん、そっちの足、持ってよ……おねがい」
そう、西里君とも仲のいいさくらちゃんは、この中では、お姉ちゃん以外、唯一私の本心を知っている子だった。
私は必死にお願いする。
「さくらちゃん、お願い!!」
きっと私は凄い顔でお願いしてたんだろう。多分、鬼のような顔になってたと思う。
…………サイテーだ、私って。死ねばいいのに。
正直、引いた顔をしていたさくらちゃんは、私の必死のお願いで、カオルちゃんの左足を本当に嫌そうに押さえつけた。
……ごめんね、さくらちゃん。その時、お姉ちゃんのため息が聞こえてきた。
そうして、私は、私が大好きな男の子を、まるで蛙の解剖でもするかのような恰好にして、まるで蛙の解剖みたいなことをした。手加減も躊躇もなく。
気が付くと、カオルちゃんはかなり大きな声でしゃくり上げていた。
……ごめんなさい。
そうして私は貴子ちゃんに聞きながら、カオルちゃんのを剥き始めた。
「こう、こうかな、貴子ちゃん」
貴子ちゃんはちょっと顔を引きつらせながら私を見てる。
「う、うん、そんな……感じかな」
もう、そのときの私は、多分、人ではなくって鬼か悪魔にでもなっていたんだろう。醜いね、私って……
すると、葉月ちゃんは目を背けて、顔を覆っているかおるちゃんの手を励ますように一生懸命にさすっていた。
その様子が、さらに私に嫉妬の炎を燃やさせた。そして、絶望的な感情が私に襲いかかる。もう、絶対に勝てない。そうだよね、大好きな子にこんなことするような人間は死んだほうがいいんだよね。
私は一瞬、ふっと笑う……と、大好きな、本当に大好きな男の子のおちんちんを、無理やりに剥き下ろした。
「いたーーーーーーい!!!!!!」と、遂にカオルちゃんは恐怖と痛みで我慢できなくなり、あらん限りの叫び声を上げた。
部屋の中に大好きな男の子の悲鳴が響き渡る。
「ちょ、ちょっと、さつき、あんた……」
-
さすがに、お姉ちゃんが声を掛けてきた。
「ほっといてよ!お願いだから!!」
私も叫び声をあげる。……醜いよね私って。
遂にカオルちゃんが大声で泣き出した。他人に泣いているところを見られるのが、大嫌いな男の子を、みんなのいる前で、まるで赤ちゃんの様に泣かさせた。私も泣きたかった。
そうして、カオルちゃんのおちんちんの皮が、根本まで剥けて、今まで見たことのないような形になった。ピンク色した、なんか、ぷにぷにしたゴムのような感じだ。
「た、貴子ちゃん、これで、いいの」
私は恐る恐る聞いた。だって今までみたことないし、もし怪我をさせたりなんかしたら……
私は怖かった。多分声も震えていた。
「う、うん、いいんだよ」
「そ、そう………よかった」
何が良かったんだろう……いいことなんて一つもないのに。
相変わらず、カオルちゃんは顔を覆ったまましゃくり上げている。
私は今まで見たことのない、かおるちゃんの皮の剥けたそれを間近で見つめる。ああ、もう、これは一生見ることがないものなんだな。私は本能的にそう思った。
そして私はその先っぽを怖々と人差し指で突っついた。
「イタイ!!!」
カオルちゃんの針のように尖った悲鳴が聞こえる。私は驚いて貴子ちゃんの方を見た。
「ああ、剥いたチンコってのは、さわると‘イタイ’らしいぞ弟がいってたから……」
貴子ちゃんが気まずそうにそう言った。
「へ、へーー」私は声を震わせながら答える。
「じゃ、じゃあ、痛いんなら、なんで剥くの?」
私はふと素直に貴子ちゃんに質問した。
「ああ、ほら、ここんところに汚れが溜まるとな、かぶれちゃうことがあるんだよ。それなんで、以前にお母さんに言われて、弟と一緒にお風呂にはいる時はあらってあげるんだけど……」
「へ、へぇーー」
正直わたし、そんなこと全然知らなかった。
よく見ると、はじめて剥かれて痛々しそうに震えているそのところどころに白いカスみたいのが付いている。
「こ、これなのかな」
私が思わずそれを指さしてみる。
「ああ、それだよ、それ‘ちんかす’っていうんだってさ」
「へー、ちんかす……かあ」
-
私はそう言うと思わず、その表面に付いていた白いそれを触ってみる。すると、べとっとくっついた。私はそれをまじまじと見つめる。
貴子ちゃんが言った。
「それ、汚いし臭いからからティッシュで拭いたほうがいいぞ。……イタイから出来たら濡れたティッシュな」
その瞬間、私は悪魔のような考えが閃いた。うん、私はきっと悪魔なんだね……カオルちゃん。
私はそう言われて、わざと白いそれを嗅いでみた。臭いなんて嘘……ほんとは全然匂わなかったよ。
でもね、その様子を涙で煮詰まった赤い目でカオルちゃんが震えながら見ていたのを知っていたの。
私はさらにカオルちゃんに恥をかかせるために、大声で嘘を付いた。
「くっさーい、コレなに!!」
周囲からクスクスといった笑い声が漏れた。
「だから言ったろ、ばーか」
貴子ちゃんはそういうと、苦笑いする。
すると、また一段と高い声でカオルちゃんが泣き始めた。周囲に気まずい空気が流れる。うん予想通り。
だってさ、知ってた?カオルちゃんってほんとにバカみたいに優しいの。このくらいじゃまだ私のこと嫌いになってくれないかもしれないじゃない。さすがにもう、誰も何も言わなくなってきた。うん、私一人が悪者だ。いいの。そうなりたかったんだから……
そうして、私は、さらに酷いことを思いついた。さっきから、カオルちゃんの手を撫でている葉月ちゃんに酷いお願いをする。
だって、いいでしょ、それくらい。いいとこ全部独り占めなんてずるいじゃん。……ホントわたしって醜いね。
「ねえ、葉月ちゃん、そこのティッシュ取って」
「……え?」
「足下にあるでしょ、そこのティッシュ取ってよ」
思いも掛けない、私の強い言い方に葉月ちゃんはおどおどとした感じで、私にティッシュを差出した。
「なあ、せめてウェットティッシュかなんか、ないのかよ」
貴子ちゃんが心配そうにそう言った。
うん、ある。でも私は言った。
「ないよ、そんなもの」
「じゃあ、せめて、つばかなんかで濡らしてあげても」
「やだよ、汚いじゃん!!」
私は強い口調で言い切った。カオルちゃんの泣声が一層大きくなったような気がする。
そうして、私はティッシュを取り出すと、むんずと掴んだ、まるで赤ちゃんの肌のような、痛々しそうなカオルちゃんのそれを乱暴にティッシュで拭いてあげた。
「い、い、いたいよーさつきー!!!!」
やっと、私の名前を呼んでくれたのねカオルちゃん。でも、だめ。私は大声で叱りつける。
-
「あんた、男でしょ、我慢なさい!!!」
「うっ……」
そういうと、カオルちゃんは押し黙る。うん酷いよね私って。かおるちゃんがその言葉になによりも弱いの知ってて言ったんだから。私ね、知ってるの、カオルちゃんが二年前に転んで、あんまりイタイイタイって泣いてたから、かおるちゃんのお母さんが「あんた、男でしょ、我慢なさい!!!」って言ったら黙ったってことを……ひどいよね。
後でお医者さんいったら、骨折れてたんだもんね。ホントひどいよね私…………だから私はそれを知った上でその言葉を言ったの。思った通りカオルちゃんは唇をぎゅーっと噛み締めて我慢したよね。……ごめんなさい。
そうして私は乱暴にティッシュで拭いてあげた。吹き上がったおちんちんはさっきよりもあきらかに赤く晴れ上がって、見るからに痛そうで…………
そうして私は震える声で貴子ちゃんに聞いたの。
「あ、あとはどうするの?」って
そしたら、貴子ちゃんは驚いた顔をして言ったの。
「も、もう終わりだよ、さつき。あとはさっさと皮をもどすんだよ」
私はかおるちゃんの皮を戻した。
泣き続けていたカオルちゃんの声が静かになる。辺りにはやっと、安堵したかのような空気が流れてきた。
でも、足りない……それではまだ足りないのだ。もっと汚らしく、もっと醜く、もっと徹底的に、私はあなたに嫌われたかった。もう二度と顔なんて見たくないって思われるくらいに。……くるってるね、私って。
すると、その時、私の部屋に置いてある壁掛け時計から三時の鐘が鳴ってきた。
「ボーン、ボーン、ボーン」
一瞬みんなは、その時計に目を奪われる。
すると、一旦、押し黙っていたカオルちゃんがまた大きな声で泣き始めた。
私はここぞとばかりに、今度はカオルちゃんを言葉で傷つける。
「なに泣いちゃってるの、バカみたい、どうせ嘘泣きのくせに」
私は私が思いつく限りの酷い言葉をカオルちゃんに叩きつけた。
周りのみんなは、信じられないといった顔で私を見つめる。
だって、まだキミから拒絶の言葉を聞いてなかったんだもん。しょうがないじゃない。死にたいけれど。
「もう、間に合わない」
カオル君はしゃくり上げる嗚咽の合間から確かそんなことを言った。
「なに言ってるの。訳分かんない。ぐずぐず泣いてだらしない。言いたいことあるんだったらちゃんといいなさい。女の腐ったみたいだ、みっともない」
私は想像付く限りの、罵声を叩きつける。
「もう、いい加減にしろよ、さつき」
貴子ちゃんが私を諭す。でも部外者は黙って欲しい。お願いだから。お願いだから。
「大丈夫よ、貴子ちゃん。カオルちゃんっていざとなると、嘘泣きするから。知らなかったでしょ。女々しいのよ」
私はこの期に及んで、嘘が淀みなく口から出る。なんて醜いのだろう。きっとこれが私の本性なんだ。
-
するとカオルちゃんは顔を覆っていた手を外すと物凄い目で私を睨み付けた。
うん、こんな怖いキミの顔初めて見たよ。
「…………っ嫌いだ」
キミはボソリと呟いたよね。
でもね、それじゃあダメなんだ。
「なに、カオルちゃん。全然聞えないよ。なにいってんのかわかんない!」
私も精一杯の声を荒らげる。
「……っ嫌いだ!」
先程よりも大きく、でも、まだダメだよ。
そうして私はキミが一番嫌いな言葉を叩きつけたの。
「なに、ぐじぐじ言ってんのよ、聞えないわよこのオカマ!」
するとキミは立ち上がり、憤怒で顔を真っ赤に染めて私が欲していたその言葉を叩きつけてくれたんだ。
「さつき、お前なんてだいっ嫌いだ!顔も見たくない!!」
カオル君はそう言うと、再び大声を上げて泣き始めた。
「…………そう」
私はそう言うと、あの目も背けたくなるような、どす黒い感情が跡形もなく消え去ってゆくのがわかる。
まるで付き物が落ちたみたいに……
そして私は体中の力が抜け落ち、呆けた顔でその場でへたり込んでしまった。
やっと終わった。
-
ありがとう、カオル君。やっと言ってくれたんだね。
わたしね、その言葉、ずーっと待ってたんだ。
やっと私のこと嫌いになってくれたんだね。
ありがとう。
もうこれでキミに酷いことしなくて済むんだよ。
ありがとう。
本当にありがとう。
かおるちゃん……
すると、その時、私の携帯のベルが鳴った。
見ると西里君からの着信だった。
-
重苦しい空気の中、着信の電子音だけが鳴り響く。
私は虚ろな表情で携帯の着信ボタンを押す。
「も、もしもし」
喉の奥がのっぺらと張り付き抑揚の無い声が西里君に届く。
「あ、さつきか?オレ、西里」
「う、うん、西里君、どうしたの」
すると、西里君が慌てた様子で私に話し掛けてきた。
「さつき、そこにさ、カオルの馬鹿いないかな?さっきから監督が探しててさ、カンカンなんだ!!」
「カオル君?」
私は西里君に思わず尋ね返す。
「ああ、そうだよ、カオルだよ!!」
すると、私は、ふと、この私の目の前にいる、両手で顔を覆って悔しそうに嗚咽を洩らしている男の子が、あの、いつも元気いっぱいの笑顔を振りまいている男の子と同じ人なのかなと…………と馬鹿なことを考えてみる。
私は声を震わせながら西里君に尋ねた。
「カオル君なら、いるけれど……どうしたの」
すると、西里君は切羽詰まった様子で私に話し掛けた。
「すぐに、カオルと代わって、さつき。あの馬鹿今日は試合なんだぜ!!」
ゴメンなさい、西里君。キミの言っている事がよくわからないの。だってカオルちゃん、今日はなんにも予定が無いって言ったのよ。
それにいつもなら、雨天で中止になったら翌週に延期だって……私はそんな愚にも付かない思いを頭の中で巡らせる。
「さつき、はやく!!!」
痺れを切らせた西里君が私に怒鳴りつけてくる。なんとかそのおかけで、私は動き出すことができ、震える手でカオル君にケータイを渡した。
目の前でカオル君が泣きながら、何か西里君と話している。
ごめんなさい。その時には私はもう思考が完全に止まってしまい、ナニがあったのかよく憶えてないの。
だって、そうでしょ。キミがあれだけ待ち望んでいた夢を、この汚れた手で握りつぶしていたのよ……許されないよね、私なんか。そう、許されてはいけないの。だって、私、知ってたんですもん。キミがどれだけサッカーが好きで、どれだけ努力を積み重ねて、どれだけこの試合を待ち望んでいたのかを……
私はやっと、自分のしでかした愚かさに気付き、ホロホロと涙を零していた。
ああ、ゴメンなさい、ホントに私はもう、キミとは一緒に歩けないんだと思った。
心の片隅では、葉月ちゃんとうまくいかなくなったら、もしかしたら私に振り向いてくれるかな……なんて嫌らしい気持ちが微かに残っていたんだけれど、そんな卑しい思いは、木っ端微塵に消し飛んでしまった。
そんな事を思いながら、途方に暮れて座り込んでいたら、貴子ちゃんが私に向かって言ってくれたの。
「さつきー!!!このバカの家いって、さっさとユニフォームとスパイク持ってこい」って。
ああ、こんな私でも、まだやれることが残ってたんだ……って。私はそれから必死になって、カオル君の家に行き、おばさんにカオルちゃんの荷物を取ってくるようにお願いした。
-
すると、それは玄関の横にキチンと置かれており………ああ、カオル君は今日、試合に行くつもりでいたんだね……ねえカオル君。君がどんな気持ちで私の部屋にきたのかと思うと、私は本当に死にたくなったの。ホントだよカオル君。
私はおばさんから、カオル君の荷物一式をもらうと、ありがとうもソコソコに急いで私の部屋に戻った。
部屋に戻ると、直ぐにカオル君に荷物一式を渡すと、あとはもう、よくわからない。私の痺れた頭では、もの凄い勢いでめまぐるしく辺りの光景が流れていったように見えただけだった。
私はその様子を、どうか神様、カオル君が試合に間に合いますように……そんな事をひたすら願いながら、呆けた様に座り込んでいた。
気が付くとカオル君はユニフォームに着替えて、あとはお姉ちゃんの車に乗るだけとなった。
みんなも直ぐに私の部屋から出る。
すると、カオル君はあんな酷いことをした私に向かって、手を差し伸べて、こう言ってくれたの。
「さつき、おまえもさっさと来い」って。
私は泣いたの。自らの愚かさとキミの優しさによって……
ああ、私はなんて酷いことをしたのだと、あらためて思い知らされたの。
私はもう、首を振ってキミに謝ることしか出来なかった。
「ごめん、カオルちゃん。わたし行けないよ。ごめんなさい。ごめんなさい」
そう言うのがもう、精一杯だ。
それでもキミはこう言ってくれたの。
「さつきはやくこいよ!!!」
カオル君は尚も私に手を差し伸べてくれた。
ああ、こんな私なんかに、大切な時間を使わせてはいけないのだと思うと、私は必死でキミが安心して出て行ける嘘を付く。だってコレが私の本性なんですもん。
「だめだよ、カオルちゃん、あの車、定員4人なんだよ、これ以上乗れないって」
私はなんとかそういうと、死に物狂いで作り笑いをして、心配掛けさせないようにと、キミに手を振った。
すると、私のその笑顔が功を奏したのか、カオル君はやっと諦めてこう言ってくれた。
「じゃ、じゃあ、あとで叔母さんにつれてもらって来いよな」
キミはどこまでも優しいのね。私にそんな言葉を掛けてもらう資格なんてどこにも無いのに……そんな事を思いながら、私はニッコリと頷いた。カオル君が心おきなくこの部屋から出られるように。そして私はこういった。
「じゃあ、あとでいくね」
そうしてキミはやっと私の部屋から出て行ってくれたんだ。
それでも最後に名残惜しそうに私の方を振り返りながら……
直後、お姉ちゃんの車のが出ていく音が聞こえると、私はやっと泣き崩れることが出来た。
大好きな男の子を泣かせた布団の上で、今度は私が泣きじゃくった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………………………」
-
「お母さーん、さつきのやつどこにいるのー」
その時、突如、階下からカオル君の声が聞こえた。背筋に一気に寒気が走る。
………今、何時?私は慌てて時計を見る。
もう、6時!!!あれから三時間もこの部屋にいたの?
まずい、カオル君のPC勝手に使ってることがばれたら。もう、嫌われるだけじゃすまない。
私は急いで私の書いていた文章を選択すると、Deleteを押す。……Deleteを押そうとする……Deleteを……ダメ、出来ない、だってコレ私なんだもん。
私は祈る想いで【Ctrl】と【A】ボタンを押す。そしてそのまま【Ctrl】と【C】そうして心の中でカオル君に謝って、勝手にメールソフトを立ち上げた。
連絡先を見てみると、ああ、やっぱり、私の連絡先もあった。
そうだよね、従兄同士だもんね、お父さんとかに頼まれて連絡すること私もあるし……
私は私のアドレスをクリックすると直ぐに【Ctrl】と【V】そしてカオル君の文章も一緒に貼り付けると送信ボタンをクリックした。
直ぐさま私の携帯がけたたましく鳴り始める。
いったい何通分のメールになるんだろう。そんなことはどうでもいい。私は直ぐに携帯をマナーモードにすると、ポケットの中にしまった。
そうして、直ぐにパソコンの今送ったメールを削除してゴミ箱も空っぽにする。
…………ああ、階段から足音が聞こえてくる。
私は泣きそうな顔でウインドウに立ち上がっていたワードから、私の書き足した文章を選択するとDeleteキーを押した。
その直後、がちゃりと部屋のドアが開いた。
-
「なあ、さつき、おまえなに人の部屋勝手にはいってんだよ」
久しぶりに見る私の大好きな男の子は、もう、ずいぶん前に私よりも背が頭一つ分高くなっていた。
「あ、鍵が開いてたからはいっちゃった……アハハハハ」
私は昔取った杵柄でケタケタと愛想笑いをみせる。うん、ぎこちない。
「おまえ泥棒かよ?鍵が開いてたらどこでもはいんのかよ!!」
敵意剥き出しって感じで私に話し掛けてくる。
「あ、あははは、ご、ごめんね、かおるちゃん」
もう、こういう風に笑うことは、ここ最近、全然なかったんで……うまく笑えないよカオル君。
「って、てめえ、なに人のパソコンみてんだよ!!!」
かおる君が血相を変えて私をパソコンから引き離した。
「な、なんにもみてないよ、かおるちゃん」
……ごめんなさい、また、嘘付いた。
「……出てけよ、さつき」
「……うん」
「さっさと出てけよ」
「……ごめんね」
「なあ、さつき、おまえふざけんなよ!!」
これ以上ないってくらいの敵意で私を睨み付ける私の大好きな男の子……
-
私はガックリと項垂れながら階段を降りると、おばさんに挨拶してかおる君の家を出た。
おばさんは本当にすまなそうな顔して私に声を掛けてくれたが、わたしの方こそあわす顔が無く、挨拶もそこそこに逃げるように家に戻った。
家に帰るとみさき姉ちゃんが出迎えてくれた。
「ねえ、さつき、カオル君とお話しできた」
「うん」
私は泣きそうな顔でそう答える。そうだよね、カオル君あんなんでも一応はお話だよね。
「そう」
お姉ちゃんはもう、それ以上のことは言わなかった。
私は自分の部屋に戻ってくると、自分のパソコンを立ち上げる。
その間に私は私のケータイからカオル君のパソコンから転送したメールを私のパソコンのアドレスに転送する。
そして、メールソフトのアイコンをクリックし、転送したメールを開くと、キミと私の文章をメモ帳に貼り付けた。
ほら、カオル君、こうやって、一緒に何かするのって、5年ぶりだね。
ねえ、時間が経つのってどうしてこんなに早いんだろうね。私知らなかった。
あの日からもう五年も経っちゃった。
キミから嫌われて五年間も経っちゃったよ。
私さ、馬鹿だから気が付かなかったよ。キミに嫌われても時間がたったら、どうにかなるかと思ってたのに………
……どうしよう、カオル君。あれからずーっと辛いんだ。
……どうしよう、カオル君。あれから一歩も前に進めない。
……どうしよう、カオル君。
……どうしよう。
-
ねえ、カオル君、あれからさ、五年が経ったのに、私たちの間だけ、あの日からまったく変わってないんだよ。
葉月ちゃんは、中学に上がるときに、お父さんの転勤で大阪に行っちゃったし……
ねえ、カオル君は葉月ちゃんとまだ付き合ってるのかな……ごめん、私には全然関係ないんだもんね。忘れて。
そうそう、西里君とはちゃんと会っているの?だって、幼稚園の時からの腐れ縁で親友だってよくみんなに自慢してたじゃん。
西里君、私立中学にはいって、とっても忙しそうだけれど、今でもカオル君とは会ってるんでしょ。
なんで、知ってるかって?実は今でも、ときたまメールを交換するんだ。
西里君ね、未だに言ってくるの。「ねえ、さつき、カオルに愛想いい加減ついた?」って。
ほんとにマメだねー、感心しちゃう。アハハハハ、あ、今うまく笑えた。
五年も経つと、みんな、みんな、離ればなれになっちゃうけれど、相変わらず、カオル君と私の距離だけは変わらないね。そうだよね、だって私たち親戚で従兄なんだもん。いやでも顔をあわせちゃうんだもんね。ゴメンねカオル君私がここにいて。
だからさ、私もキミからやっと‘さよなら’しようと思うの。
ほら、先週進路指導があったでしょ。私ね、そのとき先生に他県の全寮制の学校に行きたいって言っちゃった。
先生はちょっと、……いや、かなり驚いていたけれど、その学校さ、留学制度も兼ね備えてて、語学に興味がある私にも都合がいいの。
それに、とっても空気のいいとこにあってね……ほら、わたし小さい頃から喘息もってたでしょ。
私の小さいころの夢はね、たった一度でいいからキミとサッカーの試合を一緒にしたかったってこと。いつも外からしか眺めることができなかったから……うん、それだけが心残りかな。
ねえ、カオル君、もうちょっとの辛抱だからさ、わたし、君の前からキレイに消えるね。
安心して、自殺とかそんなんじゃないし、そうでしょ、そんなことしたら、一生キミの重荷になっちゃうじゃん。見損なわないでよね。
キレイに、ああ、あいつ、遠くで元気にやってんだなーって、そう思われるように頑張るからさ。
ごめんね、カオル君。今更だけど。君に会うたんびに私は心の中であやまってんの。
そう言えばさ、カオル君。カオル君は、よく私に、「タイムマシンがあったら未来に行く?それとも過去に行く?」って質問してきたよね。
それでさ昔はさ、二人して、「行くなら一緒に未来だよねー」ていったよね。
カオル君憶えている?
でもさ、やっぱり訂正。
私、行くんなら過去に行くよ。それでさ、あの日の私に言ってやるんだ。そんな馬鹿なことは止めなさいって。
私バカだから、全然わからなかったよ。キミに嫌われることがこんなに辛いだなんて…………あははははは
ごめん、かおるちゃん…………ほんとにごめんなさい。
さつきガール 完
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かおるボーイ Ⅱ
「いいかーお前ら、今から、この香坂先輩のドリブルを止めた奴には、オレがジュース一本おごってやる」
矢沢祥平はそういうと、人差し指を一本、高々と天にあげた。
「おおおおおーーー」
一年坊主たちの喚声が聞こえる。
「ただーし、三回連続で抜かれた奴は、グランド五周」
「ええええええええーーーー!!!」
一年坊坊主達の悲鳴が聞こえる。
「お、おい、大丈夫か、翔平、そんなこと言っちゃって」
「大丈夫っすよ、カオル先輩、こんな奴らにカオル先輩が負けるわけないじゃないっすか」
そういうと、翔平は熱く、熱く、オレに語り掛ける。
「い、いや、でも、オレ、マジで1ヶ月ブランクあるよ?」
オレは心配そうにそう言った。
「なにいってんすか、カオル先輩、こんな奴ら、百回やって百回勝てますよ」
「いや、それほどでは」
「大丈夫っす、オレが太鼓判押しますから」
なんか、後輩から太鼓判押されちゃったよ、オレ。
オレは先程、自分の部屋から後先考えないで飛び出した後、気が付いたら、この、小学校2年生から所属していたAC南多摩のピッチに立っていた。
さっきから熱くオレに話し掛けているのは、今度の新キャプテンの矢沢祥平。熱さが売りのナイスガイだ……まあ、今時ナイスガイもないけれどね……でも、結構好きよ、こういう熱い奴。
オレは、ほぼ1ヶ月ぶりに味わうボールの感触を確かめながら後輩とのボール遊びに戯れる。
三十分後、完璧に息が上がったオレは、ピッチ脇の芝生の上に寝ころんだ。
「わりい、翔平、二回ボール取られちゃった」
横を見ると何だか申し訳なさそうに、スポーツドリンクを飲んでいる後輩が二人いる。
「なにいってんすか、カオル先輩。オレマジカンドーしました。先輩のシザーズ。全然鈍ってないじゃないっすか。今すぐにでもバリバリ全開にいけますって」
熱く熱く語り掛けてくる、愛すべき我が後輩。
「あー、でも、攻撃は大丈夫かもしんないけれど、守備には戻れそうにないよ」
そういうと、オレはへらへらと笑った。
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「じゃあ、大丈夫っすよ、カオル先輩、オレが守備全部やりますから、カオル先輩は攻撃だけしてくれればいいっす。オレ、カオル先輩とまた一緒にサッカーできるんだったら、なんだってしますから」
そういうと、愛すべき後輩は、暑苦しいほどオレに迫ってくる。
……うーん、ここに来たのはちょっと失敗だったかな。
すると翔平は、キラーンと目を光らせて、グランドの周りを走っている一年坊主達に檄を飛ばす。
「オーイ、一年、もっとしっかり走れー、そんなんじゃ、今度の多摩川デルビー、また負けちまうぞー」
我が誇、ロッソネロのユニフォームに身を包んだ若き勇者達は‘ウッス’と答える。うーん、ホントに熱い奴らだ。
すると、翔平はオレの横に座ると、自分のスポーツドリンクを飲み始めた。多摩川の初秋の風が心地よく俺たちを包んだ。
「なあ、翔平。実際、今度の多摩川デルビーってどうよ」オレは翔平に尋ねる。
「勝ちます。ウス。マジ勝ちます。やつらギッタギタにしてやります。ウス。任して下さい」
そういうと、オレの顔5センチのところまで来て、熱心に語り掛ける。オイオイ、つばが飛んでんよ、翔平。
「じゃあ、頼んだぞー、翔平」
「任して下さい。オレ、カオル先輩の為に絶対に奴らぶちのめしてやりますよ」
「いや、いいよ、そんなに気負わなくってもさ」
「なにいってんすか、オレ、マジ悔しいっすよ、先月の先輩の試合、あんなのやってらんないっすよ」
そういうと、オレは先月の中学最後の試合を思い出した。
「……まあ、あれもサッカーってやつだ」
そういうとオレは翔平の背中をポンポンと叩いた。
「なにいってんすか、先輩、奴ら汚いっすよ。大体カオル先輩が完璧に二点決めたのに、奴ら、わけ分かんないPKでの二点で……一つはまあハンドは仕方ないけれど、もう一つなんかはダイブっすよ。シミュレーションっすよ。その挙句PK戦で敗退なんて、納得できないっすよ、マジやってらんねーって感じっすよ。絶対やつら、審判に金渡してますよ」
そういうと、今にも泣きそうな顔でオレに迫ってくる、カワイイ後輩。うん、やっぱし好きよ。こういう奴。女だったらマジ惚れてる。
「まあ、オレが、もう一点とってりゃ、負けなかったんだから。ワリーな、翔平」
「す、すいません、オレ、そう言う意味で言ったんじゃなくって……」
途端に狼狽する翔平……カワイイ奴だ。
そんな様子の愛しの後輩を眺めながら、オレはふと思い出した。
そういや、翔平さ……オレ、実はお前にとっても感謝してるんだ。お前は憶えているかな?
ほら、オレが四年生だった頃、一時、年下のお前のほうが先に試合に出されていたこと、あったじゃん。正直、オレ、ホントにショックだったのよね。年下の、しかも後から入ってきたお前に抜かれてさ……ココだけの話、ちょっとだけ、サッカーやめちゃおうかな……なんて思ったこともあったのよ。
だって、けっこうツライもんだよ。ベンチで後輩の応援をする先輩の立場って奴は…………ぶっちゃけ、お前に馬鹿にされたりなんかしたら、腐ってやめちゃったかもしんないし……そしたらさ、おまえ、練習の時、オレにこう言ったんだぜ。
「オレ、カオル先輩みたいなドリブル、やってみたいんです。お願いです。オレに教えて下さい」って……
レギュラーのお前が補欠のオレに頭下げたんだよ。
そん時、オレさ、ああ、コイツは先輩とか、後輩とか、レギュラーとか、補欠とか、まったく関係なく、ただ単にサッカーが好きなだけなんだな……って、ホントお前に救われたし、勉強もさせてもらったんだ。ありがとな……翔平。
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気が付いたらオレは後輩の顔をまじまじと見つめていたのか。翔平が動揺した素振りでこんな事を聞いてきた。
「な、なに、顔をジロジロみてるんすか、カオル先輩。オレ、顔になんか付いてますかね?」
そう言いながら、手の甲で自分のほっぺを頻りに拭う後輩。
「あ、ゴメン、なんもついてねーよ、翔平」
「あ、そ、そ、そうっすか?」
そう言いつつも、いまいち信用してないのか、どっか落ち着かない感じだ。
「まあ、いいって、翔平。先月の試合負けて、そのお陰で受験勉強さっさと切り替えられるんだから。そう考えれば、そんなに悔しくないさ……うん、悔しくない」
まるでオレは自分に言い聞かせるようにそう言った。
すると翔平は、途端になにか言い辛そうに、口をモゴモゴとさせて覚束ない。
「そ、そ、その、カオル先輩。どこのセレクションも受けないって……本当っすか」
ああ、もう、そんな噂が出ちゃってるんだ。
「ああ、そうだよ。一般入試一本だ」
そう言うとオレはグッと腕を上げて力こぶのポーズ。
「さ、先にいっときます。すいません、勝手言っちゃって申し訳ないっすけれど……」
「なんだよ、翔平」
大体コイツの言いたいことはわかってる。もう、他の奴にも何度も言われたんだ。
「自分納得いかないっす。カオル先輩ならどこのセレクションだって受かるじゃないっすか。で、国立だってどこだってねらえるじゃないっすか」
「……そんなことねーよ。大体オレ、ナショナルにも呼ばれて無いんだぜ、評価しすぎ、おまえオレのこと」
そういうと、オレはケラケラと笑った。ああ、どっかの誰かみたいだ。
「で、でも……」
翔平はそれでもまだなんかいい足りなさそうだった。
オレはそんな翔平無視してそのままゴローンと横になった。
多摩川の草の匂いと川の音。見上げるとどこまでも青い夏の空が残っていた。
-
そうしてオレはあの日のことを思い出すんだ。
……七年前
小学二年生のオレは、クラスのみんなから馬鹿にされていた。
「へーん、カオルの男女が変なこといいやがったぞーー」
知能指数の低そうなガキがオレのことを馬鹿にしてる。
「な、な、なんだよ」
オレはちょっとビビリながらも反論する。まあ、ビビッているのはちょっとだけだよ。マジマジ。
「あのなー、いとこ同士は結婚なんか出来ないんだよバーカ!!!」
「………………うぞ!!!」
オレは開いた口が塞がらなかった。
原因は些細なことだった。
その知能指数が限りなく底辺にくっつきそうなガキがオレに向かって言ってきやがったんだ。
「なあ、そこの、男女!今度おまえんちの隣にすんでいる、あの子紹介しろよ」
その、鼻を垂らした、品位の欠片どころか塵さえなさそうなクソガキがオレに向かって命令してきた。どうやら、さつきに一目惚れでもしたらしい。挙句にこのオレ様を男女だって……ぶっころーっす!!!
オレはまあ、小学二年生なりの頭脳をフル回転させて、このクソガキになんとかカウンターパンチを叩き込もうと作戦を練る。
すると、頭の上にピカーンと豆電球がともったんだ。表現が古いって……ほっとけ!
まあ、コレは今まで誰にも言ったことはないし、二人だけの秘密だったんだけれど。そのサルよりも知能指数が低くそうなクソガキに言ってやった。
「ああ、残念だったな。さつきとオレは婚約してるんだよ」
そう、オレは西里にプロポーズされた後、男にプロポーズされたままでは気分が悪いので、次の日に、オレがさつきにプロポーズしたんだ。しかもちゃんと了承をいただきました。どうだ、スゲーだろ!!
……まあ、次の日さつきが風邪で寝込んで、病み上がりに「ねぇ、さつきちゃん。この前言ったこともう一回言って?」って確認したら、きれいさっぱり忘れてやがって……ちょっとショック!!
すると、クラスの中が一瞬静まり返る。まあ、そりゃ、そうだよな。小学二年生で婚約だなんて……でも、事実だし、それにさつき相手なら、みんなから囃し立てられてもバッチコーイだ!!
……ってか、思い出せ、さつき、このバカヤロウ!!!
そしたら、冒頭の話に戻るんだよ。
その、犬よりも知能指数が低そうなそのオスガキは、「いとこ同士で結婚なんてできないんだぜー!!バッカでーい」と、まるで鬼の首でも取ったようにはしゃぎだしやがった。
……クソ、シネ!!!
すると、直ぐにクラス全体に広がって、さつきとの中を囃し立てられるどころか、それ以前の段階でみんなから馬鹿にされる始末。
純真無垢だったオレは、それをそっくりそのまま信じちまいやんの……うーん、オレって素直。かーわいい。
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まあ、けっこうショックだったのよね、それって。
で、その日はそれで終わったしさ、それに風邪引いて休んでいたさつきにも負担掛けたくなかったから……ああ、さつきのやつさ、今はそうじゃないけれど、小さい頃から病弱で……喘息ってやつだよな。あれ、すっげー苦しそうでさ……一回オレ、そんときの発作みちゃったら、オレのほうが泣いちゃって「さつきちゃんが死んじゃうよー」っておばちゃんを呼びに行ったんだよ。まあ、そん時はたいしたこと無かったんだけれどね。
……で、なんだっけ、あ、そうそう、で、そのことをさつきになんか言えなくって……そのまま、婚約したしないの話は出なくなったんだけれど……オレの心の中にはその時に、ああ、オレはさつきとは結婚出来ない関係なんだって漠然と思ったんだ。
ってかさ、自分で犬より知能指数の少ない奴って言ってるのに信じるなよオレ。犬より下ってネズミ並みかな……まあいいや。
ともかく、そう言う風に勝手に信じちゃったんだよ。で、それが間違いだって気付いたのは、中一の時に葉月ちゃんとメールのやり取りをしてるときに「ねえ、カオルちゃん、いとこ同士だって結婚できるよのって」
うーん、今ではなんの話でそうなったか思いだせないや。思い出のマイ・スウィート・ハニー、葉月ちゃん……
え、今、葉月ちゃんと、どうなったかだって……まあ、そりゃ、若い者同士、遠距離ってのはさ……東京と大阪ってのはさ、俺たち中学生にとっては、地球と月よりも離れてるんですよ!察しろよ、このバカヤロー!!古傷をえぐるなシネ!!!
で、えーっと、なんだっけ……あ、そうそう、そんなわけで、オレは気が付いたらさつきのやつはその……小学生の二年生以降は、完全に恋愛の対象から、無理やりにはずしてたんだ。
うん、完全なるオレの思い違いと早とちりでさ、まあ、若かったんだ。勘弁な。
そう、最近そんなことをしょっちゅう思い出す。ってかさ、思い出さざるえない状況になっちまったんだよ。
西里からのメールのせいでな………
そんな感じでオレが完璧に自分の世界に入っていると、愛しの後輩が……ってもオレはホモじゃありませんよ、ざーんねん……あはははは。まあ、いいや、その翔平が話し掛けてきた。
「カオル先輩って学校どこ狙ってるんすか?バリバリの進学校?それとも、地元に進学してJのユース」
オレは正直に言ってやった。
「さぁ?」
すると、翔平の奴も頭の上に?マーク。
「ど、どういう意味っすか!!!」
ちょっとムッとした顔をする、我が後輩。
「い、いや、ほんと、まだ決まってないんだ。アハハハハ」
「わ、わけわかんないっすよ、カオル先輩」
「でもな、翔平。オレさ……強くなろうと思ってんだ」
「………はぁ?」
そういうと、再び頭の上にはてなマークを浮べる愛しの後輩。
「強く……っすか」
「ああ、強くだ!!」
すると、また俺たちの背後から、多摩川の秋風が吹いてきた。
それでも、まだ、あたりには夏の欠片は残っていてさ。
なあ、そうだろ、西里、さつき、オレはもっと強くならないといけないんだよな。
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オレは、汗まみれの体で玄関のドアを開ける。見ると、さつきの靴だけがまだあったんだ。
……あいつ、まだいたんだ。
オレはそんなことを考えながら、そのままバスルームに行ってシャワーを浴びる。
汗をかいて火照った体に、冷たいシャワーが心地いい。
オレはシャワーを浴びながら目の前にある鏡を睨み付ける。
ああ、この顔は負け犬の顔だ……と思った。
こんなんじゃ、強い男なんかになれないな……とも思った。
こんな顔している男じゃ、あいつを守ってやれないな……と強く思った。
オレはシャワーを浴びたままおでこを鏡にぶっつける。
‘ゴツン’という心地よい音が頭の芯まで響いてきた。
こんなんじゃ、だめだよな……オレ
うん、こんなんじゃ、ぜんぜん、だめだよな……オレ
オレはそのままシャワーを浴び続ける。
すると、いつか見た、お母さんの大好きなアニメの一シーンを思い出した。
「お母さんは、あのアニメがとっても好きで、もしかしたら、そこからお前の名前取ったかもしれないぞ」ってずっと前にお父さんがニヤニヤしながら言ってたっけ。
なんだよ、母さん、オレの名前、ロボットアニメから取ったのかよ。ひでーなー、オイ。
でも、まあ、弱気になったときにさ、あの主人公と同じセリフいうとさ、なんか勇気が湧いてくるんだよね。
ははは、単純じゃん、オレ!!!
オレはいつものように儀式を始める。
頭をゴッツリと鏡に付けて、両方の掌も鏡にくっつけると。自分自身に言い聞かせた。
逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!
逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!
一息でそう一気に言い切る。
息が続かなくなって、ハアハアと呼吸を繰り返すと再び自分に言い聞かせる。
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逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!
逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!
逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!
逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ!!
また息が途切れる。さらにもう一度呼吸を整えて、オレは一気に言い放った。
逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!
逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!
逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!
逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!
逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!逃げちゃダメだ!!!
プハァーッ………、オレは息止まりそうになりそのまま膝を付いた。
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苦しい、息がとっても苦しい。でも、体に降り注ぐシャワーがとても心地いい。
うん、さっきよりも勇気が湧いてきた。うん、よかったら、おまえもやってみな。もしかしたら、今よりは少し勇気が出るかもしれないぜ……あ、でも、人前ではやるなよな、以前それやって、大恥かいたんだ……オレ。
オレはシャワーを浴び終えると、リビングに戻ってきた。みると、さつきの姿が見えない。……っかしーな、あいつの靴、玄関にまだあったのに。オレは台所にいたお母さんに聞いてみる。
「お母さーん、さつきのやつどこにいるの?」
すると、台所からお母さんが慌ててやって来た。
「なに、あんた?何時、帰ってたの?」
そのとき、ふと、嫌な予感が頭をよぎったんだ。みるとお母さんの顔は真っ青になって引きつっている。
まさかな……まさかだろ、さつき。
オレは階段を駆け上がる。後の方で「かおる、ちょっと待ちなさい」なんて、声が聞えてくるが関係ない。よくよく考えたら、さっきパソコンを付けたまま部屋を飛び出したんだっけ。あんなもん……さつきにだけは見られてたまるか。オレは息せき切ってドアを開ける。みると、涙をためたさつきが振り向いていた。さつき……まさかお前……
オレは怒鳴りつけたくなる衝動をどうにか抑えながら、冷静に、極めて冷静にさつきに問い掛けた。
「なあ、さつき、おまえなに人の部屋勝手にはいってんだよ」
久しぶりに見る幼なじみは、予想以上に小さく見えた。……なあ、さつき、それって、オレがでっかくなっただけだよな。お前がちっちゃくなったわけじゃあないんだろ。オレは願った。
「あ、鍵が開いてたからはいっちゃった……アハハハハ」
見ていて痛々しくなるような笑い方だ。昔のあの無邪気そうな笑みはどこかに消えてしまった。オレは何でか心の奥底からフツフツと怒りがこみ上げてくる。どうしちゃったんだろうな、オレたち。
「おまえは泥棒かよ?鍵が開いてたらどこでもはいんのかよ!!」
自分の思っている以上にキツイ言葉が出てくる。つらいよ。
「あ、あははは、ご、ごめんね、かおるちゃん」
もう、その痛々しい作り笑いは止めてくれよ、さつき、お願いだ。
すると、さつきの目の前にはパソコンのディスプレイが点灯していた。瞬時にオレの頭の中になにも触ってなかったらスクリーンセイバーになってなきゃいけないのに……との思いが浮かび上がる。
「って、てめえ、なに人のパソコンみてんだよ!!!」
あれだけはさつきには見られたくなかったんだ。だってそうだろ、あれはオレなんだから。
「な、なんにもみてないよ、かおるちゃん」
さつきのその必死さにオレは確信した……ああ、見られてしまったんだ……と。
「……出てけよ、さつき」
さつきが今にも泣きそうな顔になっている……ああ、こんなことは言うつもりはなかったのに……口が止まらない。
「………うん」
「さっさと出てけよ」
「………ごめんね」
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オレはさつきを見る。久しぶりに見るオレの幼なじみは、悲しいくらいに小さくなってしまったのだ。
オレは……オレは、今までの、全ての思いを叩きつける。
「なあ、さつき、おまえふざけんなよ!!」
なあ、さつき、わかっているのか?オレの気持ちをわかっているのか?どういうつもりで今この話を書き上げるているか、わかっているのか?なんで、オレがサッカーの推薦の話全部けっ飛ばして、受験勉強しているのかわかっているか?全部、全部お前の為なんだぞ!わかっているのか!!お前の学力に合わせて、お前が行く学校どこにだっていけるようにしているのをお前はわかってるのか!!
なあ、さつき、オレ知ってんだぞ、おまえ、西里に相談したろ。もうオレの前から消えようと思うって……なあ、さつきふざけんなよ、オレから逃げられるなんて思うなよ。お前が地の果てまでってんなら、オレも地の果てまで追いかけてやる。お前が空の彼方までってんなら、オレも空の彼方まで追いかけてやる。お前一人にならないように最後まで一緒にいてやるから…………なあ、さつき、だからオレいま強くなろうと思ってるんだよ。
頼むから、もう少し、後もう少しだけ待っててくれよ。頼むよ……お願いだからさ……
さつきは逃げるようにオレの前から消えてゆくと、母さんに簡単な挨拶を済ませ、正面のさつきの家に逃げ込むように入っていった。オレはその様子を窓の隙間から眺めてみてる。なあ、さつき、オレたち、どこで間違っちゃったんだろうな……
オレはパソコンのディスプレイを睨み付ける
……なあ、西里、お前が貸してくれたこの本、ちゃんと役に立つのかよ。なあ、もう、俺たち時間が無いんだよ。わかっているのか。今度の三者面談でさ、さつきの奴、進路確定する気らしいんだよ。
なあどうするよ。オレさ、普通に入れる学校だったら、世界中のどこだって無理やりに付いていくつもりだったのに、さつきのやつ、全寮制の女子校を希望してるんだってさ、おまけに留学希望までしているらしい。
そりゃさ、自分の夢のためならってんなら、オレだって応援してやるけれど……違うだろ。あいつ、オレから逃げ出したいだけだろ。オレが未だにあの日のことを受け入れられないからあいつは苦しんでんだろ。……そうだよな、西里。くやしいけどさ、もう、さつきの本心受け止めてくれる奴ってお前しかいないんだよな……ちくしょー。
そりゃ、さつきがお前のとこにいくんなら、オレだって諸手を上げて応援するけれど……消えるつもりなんだろ、あいつ、オレたちの前から消えるつもりなんだろ……ふざけんなよ。ふざけんなよ、さつき。
オレを舐めるな、一ノ瀬さつき!!
何度だって思い出してやるよ、俺たちが離ればなれになったあの日をな。
なあ、さつき、待ってろよ。直ぐだ。直ぐに迎えに行ってやるからな!!首根っこ洗って待ってやがれ!!!
オレは歯を食いしばって思い出す。俺たちが離ればなれになったあの日、俺たちが別れ別れになったあの日を……さっきは辛くなりすぎて逃げ出したけれど、もう、逃げないから安心しろ、オレ!!!!
オレは思い出す。
そうだ、さくらとさつきがオレの体を押さえつけたんだよな……うん、大丈夫だ。
オレは必死で腰をくねらせて逃げようとしたんだ。だってすっげー痛かったんだもん。
さつきがさ、オレの……ああ、そうだよ、オレのチンコを握ってさ、無理やり剥こうとしてるんだよ。
こういうのをおもちゃにされるっていうんだな……オレ思い出したよ。こういうのを嬲られるっていうんだよな……でもな、嬲るって男 女 男 って書くんだぜ。そこのお前どう思う?
オレは、泣いたよ、怖えーもん、痛かったから泣いたんじゃないぜ、……まあちょっと強がりだ、気にするな。ホントに怖かったのは、さつきの顔が怖かったんだよ。
なあ、さつき、おまえ、オレのことおもちゃにしてたのに、どうしてそんなに悲しい顔してたんだよ。どうして、そんなに辛そうな顔してたんだよ。
なあ、いつかオレにも教えてくれよ。あんときのお前の顔って、この前、美術の教科書でみたお釈迦様に帰依するまえの鬼子母神の顔そっくりだったぞ……鬼子母神って知ってるか?あれ、すっげーツライお話なのな……さつき……おまえ知ってるかな。
うん、俺が言いたいのはとにかくお前が辛そうにしてたってことだよな……うん、あんときは気が付かなかったけれど……それでお前はその、オレのを剥いたんだよな……ああ、スッゲー痛かったよ、だってオレも知らなかったんだもん。あんなんなるなんてさ。
お前はオレの剥いたチンコをいじってたな、でもさ、なんであんな泣きそうな顔してたんだよ……でも、今なら何となくわかる。
ゴメンな、さつき、オレ、ずーっと無神経だったんだ。一番最初に葉月ちゃんのこと相談したのが、プロポーズした女の子なんだもん。そりゃバチがあたるわけだ。あはははは。
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それから、ちこうって……あれ、人から言われるとスッゲー恥ずかしいんだよな。マジへこむし……あははは。ああ、大丈夫だ、どうにかここまでやって来た。そうだ、葉月ちゃんがずーっとオレの顔を見て、手を握ってくれてたんだよな……ああ、あのときのお前の悔しそうな顔はもう忘れないよ……ごめんな、あんな顔させちゃって。
そしたらさ、おまえ……おれのちんこスッゲー勢いで拭き始めて……おれ、スッゲー抵抗したらさ……「あんた、男でしょ、我慢なさい!!!!」ってお母さんみたいなこと言われちゃった。あははは。そうそう、一応感謝してるんだぜ、ほら、今までお風呂でも剥いて洗ったことなんてなかったんで、キレイになるじゃん、ちんこがさ。アハハハハ。なあ、さつき、そう言うことにしとこうよ。
で、やっと終わったとおもったら、今度はすっげー勢いでオレのこと罵ってさ、このオカマ!って……うん、かなりヘコんだよ。あ、うそうそ。
……うーん、でも、まあ、いま思い出しても、それほど、もう、ダメダー!!!って感じじゃないな。けっこう冷静に思い出せるし、こんなのがトラウマ?まあ、好きな女の子にいじわるされるだなんて……まあ、よく聞く話じゃん。そう、よく聞くよく聞く、うんうん無理やり納得してるけれどな。あはははは。
そう、今では笑い話だろ。そうだろ、さつき。笑い話にしようよ、もうさ……
おれさ、まあ、正直言うさ、ほら、けっこうショックだったんだよ。だって、そうだよな、女の子に囲まれて解剖だもんな!普段‘男は男らしく’がモットーのオレが女の子の前で赤ん坊みたいに泣いちゃってんだもん。しかも、チンコ丸出しにしてさ……あ、自分でいってて、ちょっとへこんだ……あはは、ウソウソ。
でさ、そういうの、トラウマっていうんだってな。でさ、オレ、本屋さんとかに行ってそう言う関係の本、何度か立ち読みしたんだよ。‘心の傷’とか‘トラウマ’とか‘虐待’とかの単語が載ってる本……あ、おまえ、オレのことジャンプとコロコロしかみてないって思ってるだろ…………ん、中三にもなって‘コロコロ’って……なに笑ってんだよ、そこのおまえ!!コロコロはオレのライフワークで、アレには夢と希望がたくさん詰まってるんだよ。オレの勝手だ、ほっとけ!!!
って、まあいいや、話が横道にそれちゃったな。まあ、オレが言いたいのは、オレだって、いろいろ本くらい読んでいるんだよ。読書家のお前にはかなわないけれどさ。
で、ああいう本みたら、なんか、もう、スゲーのな、見てるだけで落ち込んじゃうんだ、実の両親に殺させ掛かったり、飢え死にさせられそうになったり、もう生き死にの問題なのよ。で、性的虐待ってやつ。そう言うのも読んできたんだけれどな、あれ……キツイな。読むとすげーウツになるのな……ヤバイよ、あれ。正直オレ、臆病だからさ、世の中には知らなくていいことがあるってよくわかった。
なにが言いたいかって?だから、俺が言いたいのは、ああいう人達の経験に比べておれのあんな経験は犬にかまれたどころか、アリンコにかまれたよりもちっちぇーんだよな。だってそうだろ、オレと同じとくくらいの年でレイプとかって……オレその人の立場になったら、……どうだろ、ごめんな、ぜんぜん想像つかないや。こういうところが弱いんだな……
まあ、はっきり言ってさ、女に囲まれて解剖されたって、その女の子ってのも、好きな女の子三人に囲まれて解剖されたんだから、ある意味ハーレムじゃん。な、そうだろ!!ハーレム、ハーレム。そういうことにしよう、な!!………ん?どういう内訳かって?……そりゃ、まあ…………って、興味があるとこそこかよ、オイ!まあいいさ。えーっと、葉月ちゃんと、みさき姉ちゃんとさつき、お前だよ!!三人とも好きな女の子だよ、文句あるかよ!!え、気が多いってか?ほっとけ!!だからバチがあたったんだ……シネ!!!
じゃあ、アニキはとさくらは……いやに突っかかるね、そこのお前。わかったよ、一人一人全部言うよ、ったくしっつけーなー。
アニキは尊敬している人で、さくらは……ごめん、正直ちょっと苦手なんだ。正直だねオレも。
ってかさ、さくらとは4年生になる前は、クラブでもそこそこ仲がよかったんだよ。
まあ、男と女とはいえ、二人ともサッカーでは一緒にプレーすることがあるからな!!オレはどちらかって言うと、サイドから駆け上がってクロスあげたり、ドリブルで突っかかったりするタイプなんだけれど、さくらってアレじゃん、ラインの裏取るの専門で、あと、ご自慢のダイビングヘッド……ってかさ、さくら、お前も女の子なんだから、ポストがあるのに、平気で突っ込むのやめなさいよ、顔傷ついちゃったらマズイでしょ……あはははは。
でさ、まあ、4年になる前はカオルちゃんココ、ココ、って練習でサイド駆け上がると必ずニアにはいって、ボールを要求してくるの。
いちおう、AC南多摩のホットラインって言われたこともあったんだぜ。オレがサイドでクロスあげてさくらにアシストしたり、上がったボールをポストプレイでオレの足下におとしたり……ほら、練習試合とかでは男女混合でやったりするじゃん、ってか、さくらはそこらへんの男子よりも全然うまいしな……あ、ゴメン今思い出したよ、そういや、さつき、おまえさ、さくらと仲良くって、いつかオレに、私もさくらちゃんみたく、かおるちゃんのクロスを‘バチーン’ってゴール決めたいんだよねーって、スッゲー羨ましそうな顔していってたっけかなー。
その頃、病弱なお前は、学校の体育の授業でさえも欠席することが多かったんで、ガキだったオレは、デリカシーの欠片もなく「アハハハハ、ムリムリ」ってお前に言っちゃったんだよな。そんときのお前の悲しそうな顔、いま思い出しちゃったわ。
……うわ、マジ、へこむ。……馬鹿じゃん、オレ。
……そうだな、タイムマシンがあったら、あんときのオレの前に行って、とりあえず、頭引っぱたいておくわ。よし、コレも候補に入れとこう。メモしとかなくっちゃな。いつかタイムマシンができたら、やっておきたいリストつくってさ……
-
うん、よし、じゃあ息抜きはこのくらいにして……、
一気に行くぞ、あの日に戻るからな。さつき。
そしたらさ、壁に掛かった時計から、ボーン、ボーン、ボーンって三つ鐘の音がなったのよ……その音を聞いた瞬間、ああもうダメだって思ったんだ。
なにがダメかって、うん、もう、試合に絶対に間に合わないと思ったのよ。だってそうだろ。どんなにチャリンコすっ飛ばしても、着替え全部終わらせても、メンバー確認の点呼の時間に間に合わないじゃん。せっかく監督から先発事前に言い渡されてたのに……ああ、もうだめだ……ってか、スッゲーみんなから文句言われるし、信頼裏切っちゃったって感じだよな。ここまで、信頼積み重ねたのに、無くすのなんて一瞬だって、そん時思った。で、オレは、大声で泣いちゃった。
そしたらさ、お前がすっげー勢いで突っ掛かってきたんだよな。「何嘘泣きしてんのよ。この男女」……たしかそんなこと言ってたよな。
だからオレもさ、もうどうでもいいやって気持ちになって、お前にとっても酷いこといったんだ。
「さつき、お前なんかだいっ嫌いだ。顔も見たくない」って……
まあ、ついつい勢いでいっちゃったんだ。かんべんな。
でもさ、オレがそう言ったら、お前とってもほっとした顔して笑ったんだよ。なんでだよ。その笑った顔が、バカにしたような顔じゃなくて、心底、安堵したような顔だったんだ。オレ、未だに分からないんだ。それからさ、よく見たらおまえ泣いてたよな……たしか。でもさ、恥ずかしいかな、オレもその後わんわん泣いちゃって、お前のこと思っている余裕なんて全くなかったんだもん。ゴメンな。さつき。
その時、西里からさつきのケータイに連絡が入ったんだ。
そう、さつきの奴は、クラスでも数少ない携帯の持ち主だった。ってのもさ、さつきってさ小さい頃から病弱であんまり外にも出られなくって、で、おばさんが比較的早い時期にケータイを買ってあげてたんだけれど……
うちのクラスではケータイ持ってる奴、西里くらいしかいなくってさ、その頃の思い出は、よく一人でケータイのゲームをいじくっていたさつきの姿が記憶にあるんだ……なあ、どうなんだろ、滅多にだれからも掛かってこないケータイって奴は……そりゃ、今ではオレの周りではケータイはみんな持ってるけれどさ、滅多に連絡の来ないケータイを持ち続けるってのは、それはそれで、けっこうツライものがあるかもな……
まあ、そんなことは、この年になってわかったわけで、なあ、さつき、オレいつだってお前からメールが来てもいいように電源はオンにしてんだぜ、オレのアドレス知ってるよな……ほら、何度かメール送ってるんだからさ。
未だにお前からは一度も来たことがないけれど……
で、さつきが電話に出て何か西里と二言三言はなしたら、顔真っ青にしてオレに電話よこしてきた。オレは必死に泣いていることを悟られないように……まあ、でもベソかきながら電話に出たんだ……で、その途端、
「オイ!カオル!!お前、どこにいるんだよ、さっきから監督が探してるぞ!!」って
オレは、正直、泣きながら答えたんだ
「ごめん、今日はいけそうにない」って……
「おまえ、何いってんだ、今日は多摩川デルビーだぞ!!」
オレは言ったさ、「ごめん、……ごめんなさい」って……
「……わけわかんないよ、今どこにいるんだよ」
「……さつきの家」
「……………………」
うん、お前もわかってくれたよな、もう、メンバー票渡す時間に間に合いそうもないって。
「ごめん……」
「なあ、オレがなんとか、いっとくからさ、とりあえず、来い……な」
「……………」
オレは何も言えなかった。だって、大切な試合に遅刻して、のこのこ行けるわけねージャン。
-
「…………試合にいけなくって、ごめんなさい」
オレ、正直泣きながらそう言ったんだ。その途端、アニキがスッゲー勢いでオレの持ってたケータイをぶん取りやがった。その反動でオレは布団の上にまた、コテンって……あはははは。
「なあ、西里、今、カオルが言った、試合ってどういう意味だ!!!」
いきなり、アニキがケータイにむかって怒鳴りつけた。電話の向こうで目を白黒させている西里の様子が目に浮かぶ。
「…………………ああああ!!!」「………ふざけんなよ!!!」「………聞ーてねーぞオレ!!!!」
うーん‘オレ’って言葉がアナタほど似合う女性を見たことがありません。アニキ!!!
可哀相に電話の向こうでベソでもかいてんじゃねーのか……あいつ。
そう、西里の奴は、素敵な顔に似合わず、ときたま素敵なおっきょこちょいなことをやってくれます。
本来なら、Aチームの連中にも試合のスケジュール教えなきゃならないのに、完璧に忘れてたみたい。ってか、おれも、アニキにちゃんといっとかなかったってのもいけなかったんだけれどね……でもさ、オレも知ってると思ってたんだよ、で、直ぐに終わると思ってたんだよ。
で、相変わらずアニキ、ケータイに向かって怒鳴りつける。
「ああ、メンバー票の提出ってあと、何分だ!!!」「三時半だって!!!」
うーん、なんか、その様子見てると、まるで刑事ドラマ見てるみたいっすアニキ!!
で、オレはそんなアニキと西里のやり取りをしている間にそそくさとパンツを履いてさ……だってそれまでフルチンだったの忘れてたんですもの。
すると……
「ギリギリまで時間稼いどけ、このマヌケ!!!」
そういうと、たちどころにケータイの電源を切ったアニキ。うーん、オットコマエー!!
俺たちはみんな呆然とした顔でその様子を眺めていた。
オレは布団の上でペタンと女の子すわり。
で、両手でこう、ウエーンって感じで涙ぬぐってた。うん、オレってかっわいー。
そしたらさ、アニキが近づいてくるの。
てっきり、「ゴメンなカオル、こんなことに巻き込んで」って、うん、まあそんな感じで慰めてくれるかと思ったんだ。で、オレはアニキの熱い胸板に抱かれて泣き濡れる。うん、立場が逆だよな、ほんとにさ。
で、アニキが目の前まできたんで、ウエーンっていいながら抱きつこうかと思ったら…………いきなりアニキったら、オレの胸倉掴むんですよ、お客さん!!!マジマジ。オレは激しくキョトン顔。「え、なんで?」こういうときは優しくハグでしょ、ねえアニキ。
その途端、仁王様のような顔、もしくは不動明王みたいな顔、もしくは…………まあ、そんな感じで………睨み付けてるの。うん、マジデチンコ縮まっちゃった。良かったーパンツ履いてて、あんとき気づいて履いてなかったら、縮こまるどころか、中にめり込むんでたのを見られちゃってたよ。大好きな女の子三人に、うん、間違いない!!!
で…………
「テメー、サッカーなめんなよーーーー!!!!!!!!!!!」
ですって、聞いてくれた?お客さん。私ったら恥ずかしながら、ちびっちゃいました。うーんパンツ履いていたのは失敗か。
「な、な、な、なんで?」
口をパクパクしているオレ。浜辺に打ち上げられた魚みたい。うん、なんか比喩表現までうまくなってきたな。文才あるんじゃん、オレ!!!
-
「テメー、なに試合バックれて、こんなところで油売ってるんだ!!!!」って。
もしもし、アニキ、呼び出ししたのはアニキですよ。
「だって、だって、アニキが………」
そう言いながらエグエグしちゃっているオレ。うん、かわいいねー。
「試合以上に大切なものが、この世にあるのか!!!このゲロヤロー!!!」ですって……聞きました?奥さん?オレさ、わるいんだけれど‘ゲロヤロー’なんて言われたこと後にも先にもアレ一回こっきりデスよ。てか、これからも絶対に呼ばれたくありません。
オレ泣き出しちゃった。うん、正直さつきのアレより全然怖えーよ……ってか、トラウマってもしかしてコレ?……んなわけねーか、アハハハハ。
そしたら、アニキ、もう、こいつ相手にならないって感じでオレを布団の上に投げつけて、オレはそのままボフンって感じでああ、本当に可愛そうなオレ……で、アニキがさつきに命令した。
「さつきー!!!このバカの家いって、さっさとユニフォームとスパイク持ってこい」って。
呆然としてたさつき……なんか泣いてたけれど……あ、そうだ、おまえ、あんとき泣いてたよな。なんでだよ。
うんうん、って感じで必死に頷いて、涙も拭かずに立ち上がって飛び出そうとしたら、アニキが呼び止めたんだ。
「あ、ちょっと、待って、さつき。アウェイの方な、今日はいつもの赤と黒じゃなくって、白と赤のユニフォームな!!!」
「ハイ!!」って言って、疾風のように走り去ってゆくオレの幼なじみ。ちなみにオレは布団の上でまたペタンと女の子座り。
ってか、直ぐにユニのホーム、アウェイまで気が回るだなんて、さすがアニキ。体の中に赤と黒の血か流れてるんだぜ……とか周りの選手から伊達に言われてないっすね、マジ、リスペクトっす。
そしたら、アニキがやっとオレを慰めてくれた。
「ごめんな、カオルちゃん、オレ、てっきり来週に延期されたと思ってたんだ、ゴメン」そういって頭を下げてくれるアニキ。
アニキー、アニキー、マジ、オレ、アニキに一生付いていきます!!!
オレは首を振って、そんなこと無いですってアニキに言った。
すると、アニキは直ぐに、みさき姉ちゃんに詰め寄った。
「すいません、みさきさん……コイツの為に車……出して貰えませんか」
それまでの展開を鳩が豆鉄砲くらったような顔で眺めていたみさき姉ちゃん。
こくこくとアニキの迫力に押されて頷いていたが……すぐにいつものおてんばぶりを発揮。
「ったりまえでしょ!!!カオルちゃんの晴れ舞台、なにがあったも、間に合わせてみせるって」そういうと、自分の胸をバンって叩くみさき姉ちゃん。マジ感謝。
そうこうしている家にさつきが必死の顔でオレのユニとスパイクを持ってきてくれた。オレは直ぐさま着替えようとしたら、アニキからちょっとストップ。
「待て、カオル、オイ」
「な、なんですか、アニキ………」
オレは今、まさにユニのパンツを履こうと片足を入れた体勢。
「テメーは、ションベン、チビったパンツで、ナンタマのユニフォーム着るつもりか」ですって、お客さん。
よくよく見ると、オレのブルーのトランクスは、そのー………チンコの周りに情けないシミが……うーん、軽く死にたい。
いや、だって、アニキにさっき首締められたとき、つい、うっかり、ちびっちゃったんですよ、まあ、そんくらい大目に見てよ……ほらなんてったって、まだ9歳のお子様なんですもん……ちぇ。
-
「いや、あの、その」
オレはちょっと、顔を赤らめてのつっかえ、つっかえ。すると、
「テメーは南多摩を穢す気かー!!!!!!!!!!」
アニキの再びの怒声、その勢いに気圧されて、そのまま後にコテっと転がる、九歳のオレ。
「じゃ、じゃ、じゃ、じゃ、じゃ、どうすれば」
一応尋ねるオレ。まあ答えはわかってるんだけれどね。
「んーな、汚えパンツ、さっさと脱ぎやがれ!!!!」
「えええーーー」と一応抵抗を見せるオレ
「ユニのパンツにはインナーが付いてるから大丈夫だ!!さっさと脱げ、このバカ!!!」
「は、は、はい」
オレは、周りの目を気にしながらおずおずと……はいそこでまたアニキの激しい怒声が……お決まりですね。
「さっき、散々みせてんだから、チャッチャと脱げ、このノロマ!!!!」
「ハ、ハ、ハイー!!!」
直立不動で、軍隊の上官と部下のようなやり取りをする俺たち。うーんかっこいい!!!
オレは、周りの目をせずにちゃっちゃと着替えを済ませると、荷物を整えてくれてたのかな。さつきがオレにディパックを渡してくれた。
すると、玄関からみさき姉ちゃん声が聞こえた。
「カオルちゃーん準備が出来たから早く来なさい!!!」
「ハ、ハ、ハイー!!!!」
オレは直ぐにさつきの部屋を出ようとする。もちろんアニキもさくらも葉月ちゃんだって一緒だ!!!なのに………ああ、そうだった、さつき、お前一人部屋に残ったんだ。
オレは言ったんだ、さつき、おまえもさっさと来いって。
-
そしたらさ、おまえ、泣きながら首をふったんだよな。
「ごめん、カオルちゃん。わたし行けないよ。ごめんなさい。ごめんなさい」っていきなり泣きながら謝り始めたんだよ。オレ、そん時何いってんのか、全然わからなかったんだよ。オレは必死にお前にいったんだよ。うん、でも今思えば適当だったよな。
「さつきはやくこいよ!!!」オレは手を差し伸べて声を出す。
「だめだよ、カオルちゃん、あの車、店員4人なんだよ、これ以上乗れないって」
そういうと、なきながらもニッコリ笑ってお前はオレに手を振ったんだ。
オレは、オレ達は……時間がなかったオレたちは……お前を連れ出す余裕なんてなくって……ああ、思い出したよ。さつき。オレはおまえにこう言ったんだ。
「じゃ、じゃあ、あとで叔母さんにつれてもらって来いよな」って……
おまえはニッコリ頷いたじゃねーかよ。
なあ、さつき、おまえ、あんとき、「じゃあ、あとでいくね」って、いったじゃねーかよ、嘘つきやがって、コノバカヤロー!!!!気が付かなかったオレはもっとバカヤローだ!!!!!!
なあ、さつき、もしかしてお前はあのときから、ずーっとそこで待っているのか?オレが連れ出すのを待っていたのか?
教えてくれよ、さつき、なあ、たのむからさ……………………
なあ、さつき、タイムマシンあったら、過去に行くか未来に行くかって、よく俺たち話し合ったよな。オレ、タイムマシンがあったら、真っ先に、あの時に戻ってお前を連れ出すんだ。あの部屋に一人残されたお前を連れ出すんだ。
決めたよ。真っ先にだぜ!!
そしてお前のその手を掴んでこういってやるんだ。「なあ、さつき、オレ、今日試合に出るんだ……やっと試合に出れるんだ。だからさ、オレを応援してくれよ」って………………そう、オレはお前に見てもらいたかったんだ。オレの晴れ姿ってやつを……さ。
-
車に乗った俺たちは、もの凄い勢いで宿敵、インターナショナル北多摩FCのホームグランド、武蔵北多摩サッカーグランドに向かって行ったんだ。残り時間はあと20分を切っていた。
みさき姉ちゃんは、いままで見せたことが無いような、ダイナミックな運転で目的地まで向かっていった。
オレたちは、ああ、これなら、大丈夫かな……なんて安堵の表情を浮べた直後、武蔵多摩川橋に差し掛かったところで凍り付いた。
なんと、武蔵北多摩グランドに向かう一本橋が渋滞を起こしてやがった。
なんてこったい!と、不穏な空気が流れる車内、それでもノロノロとノロノロと車は進んでゆく。降りて駆けだしたほうが早いか車に乗ったままのほうが早いか微妙なところだ。
すると、橋の中央に差し掛かったところで俺たちは……いや、オレだけか、目を疑った。
なんと、武蔵北多摩グランドの観客席にお客さんが入ってる。オレは目をパチクリさせながらアニキに尋ねた。
「アニキ、今日は練習試合だろ?」
「そうだよ」
「あの観客って……」
オレは窓の外を指さして、動揺した素振りでアニキいった。
すると、アニキは俺の言いたかったことがわかったらしく、さめざめと言ったんだ。
「おまえ、多摩川デルビーなめてんべ」
その途端、橋の下で爆竹が鳴り響いた。
‘バババババババババーン’って
だって、今日は平日ですよ、お客さん。そりゃ、土日になると、練習試合どころか、普段の練習でも、選手の家族の皆さんとかがピクニックがてら、多摩川にくるけれど……あんたら、みなさん、仕事はどうしたんですか?とオレはいまでも、あの人達に聞いてみたい。
ってか、いまだに多摩川デルビーが雨天のため平日に延期されても、あの人達来るんだよね。もうちょっとさ、大人になりなさいよアンタらも……
その瞬間、大太鼓が鳴り響くと、我が‘アソシエーション・カルチョ・南多摩’のサポーターズソングが歌われ出した。
みると、俺たちの町の応援団。南多摩ウルトラスがいる。
ってかウルトラスのみなさん。商店街がメインっていったって、わざわざ店締めてまでこなくっていいと思うぞ……ほんとうに。
‘ドン、ドン、ドン、ドン、ドン’
大太鼓がこれでもかと鳴り響くと、遂に地鳴りのような声で歌が始まった。
「戦え〜!!オレのナンタマ!!!今日も勝利を信じて!!!!!弾けよう!!!!ミナミタマ!!!負けるわ〜けはな〜い〜さ〜!! たたかえ(ヒュウ、ヒュウ、ヒュウ、)〜!!オレのナンタマ!!!今日も〜勝利を〜信じて!!!!!弾けよう〜!!!!ミナミタマ〜!!!負けるわ〜けはな〜い〜さ〜!!ドン、ドン、ドドドン、ドドドドン、レッツゴー!!!」
みると、アニキもさくらも葉月ちゃんでさえも声を合わせて歌っている……ってみさき姉ちゃんもか!!!え、なに、この歌、なんか催眠効果でもあんのか!?その当時のオレはそう思ったが、今のオレならはっきり言える。「ハイ、アリマス」って。
すると、我が宿敵の北多摩ウルトラスからも‘インターナショナル・北多摩・フットボールクラブ’の応援歌が流れ出す。
「お〜オレの北多摩〜誇りを持ち〜立ち上がってみんなで歌おう〜ランララランラランランラランランララー!!!お〜オレの北多摩(ドンドンドドドン)〜誇りを持ち〜立ち上がってみんなで歌おう〜ランララランラランランラランランララー!!!」
ああ、もう、応援合戦が始まってしまった。みると、もう、ピッチではアップをしている選手が何人もいる。
すると、赤い煙が上がり出す。その時は焚き火かと思ったけれど、今では直ぐにわかる。ってか、少年サッカーで発煙筒焚くなよ、お前ら!!!
オレはアワアワと狼狽え始める。どうしよう、どうしよう。車から降りて走るのか、それともこのままのほうがいいのか?するとさらに応援歌が続いてゆく。
-
「赤、黒、しーろの、軍団ー、ららーらららーららららららー、赤、黒、しーろの軍団―ららーら北多摩ブットバセ!!!!!」
すると、それに呼応するように青と黒の軍団からも応援歌が流れ出す。
「ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩、ウィーアー北多摩」
地響きのように聞こえる声にコレはちょっとびびってしまった。だって不気味なんだもん。まあ今ではその声を聞くと、逆にメラメラと闘志がわきあがってくるけれどな!!!
とにかく、この応援合戦が終わったら、メンバー発表になるのが、この多摩川デルビーのお約束だ……ってことはこの応援合戦が終わったら、もうダメってこと????オレはハラハラとその様子を見ている。みると、まだ渋滞は続いている。
するとね、なんだか、みさき姉ちゃんの目が血走ってるんですよ。で、ギアをニュートラルに入れてなんかエンジンをブォンブォン吹かしてるんですよ。お客さん。ちょっと聞いてくれます?
「ふざけやがって、北多摩のゲロヤローが………」
なんか普段のみさき姉ちゃんの優しい態度からは想像もつかないような、ヤバイ発言が…………あ、さっき言ったけれどゲロヤローって呼ばれたのは一回だけだけど、聞いたことは何度かあるのよ……ゲロヤローってここらへんのスラングかなんか?
そういや、みさき姉ちゃんも昔サッカーやってたっけ。大体みさき姉ちゃんからサッカー教えて貰ってたしね……
後でみさき姉ちゃんに聞いたら、やっぱし元AC南多摩の選手だったよ。
するとね、みさき姉ちゃんがとんでもないことを言い出して……
「なんだ、カオルちゃん、道、がらがらに空いてるじゃん」って
オレは目をパチクリしましたよ。だって、ほら、こっち側も向こう側も車でイッパイなのよ………ったく、変なこというみさき姉ちゃんだ。うん。
すると、みさき姉ちゃんが徐ろに左の方を指さした。
「ほら、左の道がガラガラぢゃん」ってなんか、目が逆三角形になってて、血走ってるんですよ、いやですねーお客さんったら。
「ね、ねえちゃん、それって……」
うん、今だから言えるよみさき姉ちゃん、それは歩道っていうんだ。知ってたかな。歩行者の人が通行するための道なんだよ……ってなんで免許の持ってないオレが、免許持ちのみさき姉ちゃんに教えなきゃならないんだよ!!!
なんて、ツッコミ入れる間もなく、みさき姉ちゃんは歩道に乗り上げました。メデタシーメデタシーって全然めでたくねーよ。
なんかアニキもさくらも拳を掲げて煽ってるし。葉月ちゃんとオレだけ顔を真っ青にしてアワアワしている。
すると、みさき姉ちゃんがクラクションを鳴らしながら歩道を突き進む。スゲーーマジ注目浴びてるよ。こえーー!!!!!
すると、ほんとに1分ソコソコで河川敷にでるとそのままグランドに車を乗り上げる。
おまけにショートカットで北多摩の応援団を蹴散らしてゆく。もちろのクラクションはそのままだ。凍り付く北多摩ウルトラスの皆さん。本当にごめんなさい。
拳を掲げてはしゃぎ出す南多摩ウルトラスの皆さん。もう少し常識弁えようよ。
みさき姉ちゃんはそのまま南多摩ウルトラスの輪の中に出迎えられると。オレは車から飛び降りた。ほら、だって時間無かったし……正直知り合いと思われたくなかったんだ……マジごめんね、でも、いまでもそれは間違ってないと思うよ。
すると、西里が呆れた顔してオレを出迎えてくれた。
「なにやってんだ、カオル」
「ゴ、ゴ、ゴメン西里……メンバー発表は」
「ああ、まだだよ、監督はカンカンだけれどな」
オレは直ぐに監督の姿を見つけると一も二もなく頭を下げる。
-
「遅れてどうもすいません」
そのときのオレは土下座しろって言われたら。喜んで土下座したよ、靴舐めろっていわれたら靴舐めたよ。それくらい反省してたんだ。
そしたらさ、監督いきなり笑い出しちゃって。
「アハハハハハハハ、いや、香坂、笑えるよ、ちょっとスッキリした」だって……どういうこと。
すると、後輩のCチームのおチビちゃん達がなんかベソをかいていた。
あとで聞いたら、おチビちゃん達、六―〇で負けちゃってたんだってさ。
まあさすがに監督も小学生低学年に雷落とすことも出来ずに、腑煮えくりかえってたらしい。それをみさき姉ちゃんが目障りな北多摩ウルトラスを蹴散らしたってんで、溜飲が下がったみたいだ。マジラッキー。
まあ、監督は一頻り笑った後、オレに言った。
「あとで残って、グランド整備な」
ペナルティーはそれだけですか?マジで感謝。監督、おっとこまえー!!!
「カオル、さっさとアップを済ませろ」
そういうと、監督はボールを投げつけてきた。
「ウッス」そういって投げられたボールを足でトラップする。
親指を立ててオレに突き出す監督。ってかさ、この監督って市民クラブチームの監督のクセしてS級ライセンスもってんのよ……ちょっと正体不明の人物だ。S級ライセンスって、Jの監督とか日本代表の監督とかがもっている資格だぜ……なぞだ。
みさき姉ちゃんの乱入のお陰で開始時間が若干遅れたのか、オレはなんとかアップをすることが出来た。するとアップを済ませたオレと西里を監督は呼び出した……もしかして、またお小言を言われるのかな……でも西里もいっしょだなんて……あ、もしかして連絡忘れたこと言われるのかな。
……まあしかたないさ。
すると、監督はオレと西里の首に腕をかけ、耳元で囁き始めた。ちょっとこえー
「なあ、西里、香坂、奴らをやっちまいな!!」
「はい?」
「はい?」
おれと西里はとりあえず監督に尋ね返す。
すると監督は俺たちの質問なんか後まわしでどんどんと話しを先に進める。
「まず、香坂」
「ウス」
「最初の10分、お前は西里がボールを持ったら、なにも考えずに、左サイドを突っ走れ」
「ウス」
「オフサイドなんて関係無い、最終ライン目掛けて突っ走れ!!」
「ウス!!」
「なあ、西里」
-
「ハイ!」
「お前は、ボールを持ったら、まず香坂の位置を確認しろ!」
「ハイ!!」
「そうして、左サイドのDFの裏のスペースにボールを放り込め。お前なら出来るだろ」
「ハイ!!!」
「そうして、最初の10分で、お前ら二人で奴らのDFラインをギタギタにしてやれ!!なあ、香坂、お前のスピードには奴らついてこれないぞ。ヒーローになるチャンスだ」
「ウス!!!」
ってか監督、オレのことそんなに買ってたの?
「それから、西里、10分過ぎたら後は香坂の足下にボールを入れろ」
「ハイ!!!」
「なあ、香坂」
「ウス!!!」
「あとは、お前のご自慢のドリブルで奴らを立ち直れ無くさせてやれ。二度と刃向かわないようにさせてやりな。二度とだ!!!」
「ウス!!!」
って、今思うと少年サッカーの監督としてけっこうあるまじき発言しているような気が……よっぽどさっきの敗戦が頭に来たのかね。
でそのあと、全員を呼んで全体の簡単な作戦会議。まあ、今までさんざんしてきたんだけれど、最後のおさらいみたいなもんかな。けっこう本格的だろ。
一応、オレのポジションはトライデントの一角……ん、全然わけわかんないって……サッカーくらい知ってたほうがいいぞ、人生が楽しくなる。
じゃあ、簡単な説明な。トライデントってのは三叉槍のことな。いわゆるスリートップっていわれるけっこう攻撃的なフォーメーション。バルサとかチェルシーとかマンUがよく使っている。ん?バルサ?チェルシー?って……分かんなかったら、勝手にググレ。もしくはウィキれ!!!とにかくスリートップのことを言うんだよ!!!で、オレはそのスリートップの左を任されてたんです。いわゆる左のウイングって奴な。で、左サイドから駆け上がったりドリブルで突っかけたり、中に切れ込んでシュート打ったり、まあ、シュート精度はあったんだけれど、いかんせん、ほら、そんなに体がでっかくなかったし、中央だと相手のプレスによくつぶされるし、なんてったって高速ドリブルと高速シザースがオレの十八番だったんで、そこのポジションになったのよ。この監督ではずーっとココで使われてた……ってかさ、地域の先発で呼ばれて、よくサイドバック……さっきの位置のちょっと下がり目のところな……をよく任されてたんだけれど、恥ずかしながら、オレ、守備が苦手でさ、あんまし先発では活躍できなかったんだよねー。まあ、こんな感じの選手です。
ちなみに、西里の奴はもともとはトップ下だったんだけれど、フィジカルコンタクトが嫌っていう……じゃあ、サッカーやめればいいじゃんって思うんだけれど、キックの精度がすげーのよ。もうね、ドンピシャ。笑っちゃうくらいのピンポイント。でもね、足が遅いのと当たり負けするのとでマークが付くと途端に消えるっていう、つぶし甲斐のある選手で、トップ下失格の烙印を押されたけれど、監督から下がり目のポジションを言い渡されて、長短のパスを供給するようになったら。もうね、すっげーのよ。普段は味方DFのラインの前でふらふらーふらふらーってお前やる気あんのかよ!!!っていう感じなんだけれど、気がつくと、空いたスペースにちょこんといて、味方がボールを奪うととりあえず西里……みたいな感じ。で、攻撃の組み立ての機転になるの。ってかさ、西里……おれがお前だったらもっと肉食って筋トレして、体を強くするぞ……まあ、日舞のほうが大切なんだろうな……家業を継ぐってのは大変なんだよな。
そんな二人に監督からの特命があったってわけだよ。
そういや、西里さ、おまえ、なんでサッカーやめちゃったんだよ。そりゃ、家庭の事情ってわけだろうけれど、オレ未だに、お前のパス以上のパスもらったことねーんだぜ、こう、いつもおれの走り込んでいる足下にピタっておさまってさ、ああいうのをエンジェルパスっていうんだってな。それが普通だと思ってたら、そんなパス出せる人間なんてめったに居ないんだって。
お前がいなくなってから初めて気が付いたんだ。なあ、西里、今度遊びでもいいから、俺たちの‘あの’グランドでさ、もう一回サッカーやろうぜ、どうだろ?お前嫌がるかな「もう、そんなことからは卒業したんだ」とか「そんな子供っぽいことできるかよ」とかいわないよなぁー、だってそうだろ、あのロッソネロ(赤と黒)のユニフォームに袖を通した人間は、一生サッカーから逃れられないんだぜ。
……うん、これ宿命!!
そうして、俺たちは主審から呼ばれると、選手全員円陣を組んで恒例の儀式をする。
あ、コレ、いつも試合前にやんないと、サポーターの人達が怒るのね…………
すると、キャプテンの神崎が大声を上げた。
「先ず、神は、地上にAC南多摩を創り、後に、北多摩FCを創りたもうた!!!」
直後、選手一同が大声を上げる。
-
「先ず、神は、地上にAC南多摩を創り、後に、北多摩FCを創りたもうた!!!」
ちなみにこの掛け声のポイントは、‘先ず’と‘後’のところを強調するんだってさ……ひまだな、みんな。
気が付くと、ウチらのサポーターも一緒に叫んでいる。
今、あらためて考えてみると、ホントに仲が悪いのな。俺たち。
すると、今度は北多摩FCの奴らが円陣を組んでこういいやがった。
「我が、武蔵多摩市には、強いチームが二つある。北多摩FCと北多摩FCのBだぁぁぁぁぁ!!」
うーん軽くムカツク。
ちなみにアニキ、以前この掛け声を聞いて、突然、北多摩FCの方に殴りかかっちゃって、その試合出場停止になったって言う、素敵なエピソードが…………マジこえー。
そして、その直後、二チームは対峙しあい、メンチを切りながら握手をすると試合が始まった。
すると、試合開始直後、チャンスはあっさり訪れた。キックオフ直後からふらふらー、ふらふらーって、味方のDFラインの前をクラゲのように漂っていた西里。トップ下の神崎が相手DFの前でボールカットすると、途端に後にボールを回した。
普通ならゴールに近いんだからそのまま突っかけて行くはずなのに……と、そんな事を思っているのか、激しくキョトン顔の北多摩FCの皆さん。
まあ、見てろよ、そのご自慢のネラッズーロ(黒と青)のユニフォームみたく、直ぐに、お前らの顔色をネラッズーロにしてやるぜ!!!
オレは西里にボールが届くやいなや、一気に間抜け面した左SBの裏のスペースに飛び込んだ。しかもラインも統率がとれてないらしくセンターバックの選手はゴール前に張り付いている。いわゆるオフサイドラインなんてどっこにもありゃしない状態だ。ついてこれてるか?そこのおまえ??
まあ、北多摩の奴らも、そんな攻撃喰らったこと無いらしくポカーンと西里にボールが戻されるのを見ていたら…………トップスピードに乗ったオレの5メートル先にホントにフンワリとボールが落っこちてきやがった。ちょっと、ビビる、オレ。
まあ、あとはトラップなんて上品なもんじゃないよ。とりあえずオレは前にボールを蹴り出して後は一直線の電車道!!!
中をみると、なんとボランチの翔平まで上がっている。ってか、あの監督やっぱし、ただもんじゃないよ。きっと選手一人一人に特命を出していたんだろ。見たこともない展開に目を白黒させるネラッズーロの皆様。ご愁傷様です。
オレはペナルティーエリア左四五度から侵入すると、自慢の高速マタギで敵のセンターバックをフリーズさせる。で、後はどフリーで走り込んでいた……これは憶えてるんだ山ちゃんだったな……センターフォワードの山ちゃんに優しくアウトサイドでパス。ってか、敵さんアウトサイドのパスってあんましみたこと無いらしく、ポカーンと見てたな。で、開始二分で一点。地鳴りのように鳴り響く我が南多摩ウルトラスの皆さん。ってか仕事しなよあんたら。
そうそう、俺たちの町ではこの多摩川デルビーで得点すると、男の中の男になれるっていう言い伝えって……って程のものじゃないけれど、まあそんなことを言われているのよ。ちょっとロマンがあるでしょ。
あ、そうか、だからアニキはあんなに男らしいんだ。ウス、ちょっとした冗談です。
でね、最初の一点アシストしたときに、そんなこと思い出しちゃってさ、あーあ、アレ、無理したらオレがシュート出来たかなーなんて思ってたんすよ。まあそう思った直後にまたチャンスがきたんだけれどね。激しくキョトン顔の北多摩の皆さん。いまなにが起こったのかよく訳がわかんなかったらしいっす。とりあえず、DFラインでボール回しを始める。うん、セオリーだね。正しいよ、その選択。
で、一旦試合が落ち着いたと思ったのか、DFでキック力だけはありそうな、おデブちゃんがボールを前に蹴り出した。
うーん、戦略としてはアリなんだけれど、あんまし美しくない。そしてそのこぼれ球を拾ったのは翔平。そうそう、やつ三年生のくせしてオレより前からBの試合に出てたんだよなー。なかなかのエリートだね。翔平の奴はバッカみたいに駆けずり回って、こぼれ球のところには必ずいる。チーム一人はいるハードワーカーって奴だ。いわゆる汗かき屋さん。憶えておいたほうがいいぞ、こういう言葉。で、その汗かきやさんは忠犬ハチ公のように忠実に西里にボールを渡す。
てっきり北多摩の奴ら、同じ風に蹴り返して来るのだろうと思って引いてやんの。学習しなさいよ。ばっかだねー。マークが付かなければ……プレスが掛からなければ、西里司の背中には天使の羽が生えるんだよ!地獄へ落ちろ!!ネラッズーロ!!!
つーわけでーオレはまたまた左サイドを駆け上がる。すると今度はトップスピードで走っている3m先に逆回転の掛かったボールがふわり落っこちてきた。だんだん精度がよくなってきてるな……ちょっと気持ち悪いぞ、オイ!!!
もう、その時は既に敵の左SBは5m後方ってか、追いつくどころか引き離しに掛かるオレ、余裕があってちょっと振り返ってみたら、なんかベソかいてやんの…………まあ、あんまり人のことを言うのはよそう。
というわけでで、まるでさっきのリプレイを見てるかのような錯覚に陥るオレ、ちょっと違うのは相手のセンターバックがさっきよりももっと真っ青な顔になっているってことかな……うーん、ホントにネラッズーロ(黒と青)みたくなってきた。まあ、ちゃんとトドメを刺しとこーっと。
とりあえず、三回またいで、口をあんぐりと開けさせた後、右足を思いっし踏み込んで、左足での渾身のシュートォォォォォォォォー!!!!!!!ふぇいんと。
ガクッと体のバランスを崩してくれた青と黒のセンターバック。そしてそのまま一連の動作で左足を使ってのインサイドフックだ!!
ん?なんのことかって、まあわかりやすく言うと左足の切り返しだよ!
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ああー、なーんだ……って言っているそこのおまえ!!少しぐらしカッコつけさせろ!
ってかさ、コレ、単純な割にはみんな気持ちいいくらいに引っかかってくれるのよ。ある意味、オレの必殺技。
つーわけで、ゴール正面に躍り出たオレ。今度は泣きそうな顔で突っ込んでくるGKを左足で一回またいで右足を使ってのアウトサイドフック。
素敵なくらいにオレの横を通り抜けてくれる青と黒のGK。直後、すぐ後で激しい衝突音が聞こえた。大方あのSBと正面衝突でもしたんじゃねーの?ご愁傷様っと。
そうしてオレの目の前には、今まで何十回、何百回と頭の中で描き続けた夢の瞬間が訪れた。
オレはチョンとボールを転がすと、無人のゴール目掛けて、渾身の力で右足を振り抜く!!!
直後、ボールはゴール天井に激しく突き刺さった!!!
ゴーーーーーーール!!!
ってやべー、フカしちゃったよ、あんなに打ち上げるつもりじゃなかったのに……
ちょっとチンコが縮こまるオレ。これはずしたら、ぶん殴られること間違い無しだ。マジ、ビビった。
けれども、必死にオレは、そんな表情をおくびも出さず振り返って諸手を上げてのガッツポーズ!
すると、あの、めんどくさがり屋の西里が真っ先に祝福に駆けつけてくれた……ってなに、おまえ、オレにパス出したあと、ちゃんと走り込んでいたの!?
えらいねーー出来れば毎回そうしてくれれば、どれだけ助かったことか。まあ、いいや、オレは親友の祝福を素直に受ける。と、後はなにがなんだかで気が付いたら味方GKまで来る始末。アレ、オレってそんなに人気者だったんだ?
知らなかった。で、そのあとそのGKは黄色いカードもらってたけれどさ。
なかなか笑える。
すると、我が南多摩ウルトラスからのスタンディングオベーションを受けるオレ。一応、感謝の意味も込めてサポーターの皆様の前に初得点の報告に行った。あの時の歓声は一生忘れません。マジ感謝です。ありがとう。すると、監督がサポーターの皆様に報告。
「コイツが我々の秘密兵器で救世主の香坂です。みなさん憶えておいて下さい」っていって頭下げた後、振り返って北多摩FCの監督にむかって「ざまーみろ!!コイツがいる限り、お前らの天下はぜったいねーぞ!!!」って中指押っ立てる我が監督。ねえ、ちょっと、あんた、下品だよ。ってかさ、そこまでオレのこと買ってんならなんでさっさと試合につかわなかったの?
あとで聞いたら「オレは美味しいものは最後まで取っておくタイプなんだよ」ってわけわかんね。まあそれは冗談で、そのあと真面目な顔でさ「体の線が細いクセしてスピードが有りすぎた」ってさ。オレ。……ホントかよ。
それで、「下手に技術の無いまま試合に出して怪我されるのが怖かった。だから徹底的にテクニックを仕込んでから試合に出したんだって」って………今聞くと愛を感じるよ。監督。まあ、嘘だけどな。
そういや、監督から教えられたテクニックって相手をキレイにスパーンって抜くテクニックばっかしだったな……いったいあの監督何者なんだ……なぞだ!!!
というわけで、その後は、サッカーではなく、AC南多摩の北多摩FCに対するなぶり殺しみたいな展開になってきて……試合が終わった時にはさっきのおチビさん達の借りを充分に返すことが出来た八―〇のスコア。二十分ハーフで八点ぶん取れば充分だろ!!
さぞかし監督の溜飲が下がったことだろう。
試合直後、選手一同、監督からの諸手を上げての熱い抱擁を受けました。まあ、北多摩FC奴らにはご愁傷様としか言えないけれどな……
そういや、北多摩FCの奴らも、さすがに西里をフリーにしておくのがどれほど危険かわかったらしく、最後の十分、マークが付いた途端に、ものの見事に消えて無くなったオレの親友……素敵だよ。お前さ、少しは、マークを外す為にさ、フリーランニングくらいしなさいよ。
ってか、お前はアレだ。少しは翔平の爪の垢でも煎じて飲んどけ!!!
で、北多摩FCとの試合は、そのあと、この前の試合まで一度も負けたことがなかったんだけれど……最後の最後にしっぺ返し喰らっちまった。
だいたい、左サイドにマーク二人付けるのって、そんなのアリ???見たことも聞いたこともねーぞ、あんなフォーメーション。
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まあだからこその我が宿敵なんだろう。
二点は取ってやったけれどな……クソッ!!!
まあともかく、その試合で3得点3アシストの大活躍で、その日のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれたオレ!!そうしてオレは長い冬の下積みを経て花満開の春を満喫してたんだ。
……でもさ、お前はその時、あの部屋で一人、泣いてたんだろ……さつき。
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そうしてオレはその日のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれたもののお約束として儀式をすることとなった。っていうか、儀式っていっても、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれた奴がトロフィーを掲げての全員での集合写真なんだけれどね。
よく見るじゃん、優勝したチームがトロフィー掲げてやる奴。ってかさ、練習試合でトロフィーって……あんたらもヒマだねぇー。
まあ、そんな感じで、試合先発で浮かれていたオレがマン・オブ・ザ・マッチだなんて、まったく予想してなかったんだよ……ってかさ、一点取るだけでも、想像するだけおこがましいくらいに思ってたのに……いや、ほんとに、コレすっぽかしてたら、間違いなく人生変ってたよ。あらためて背中に冷や汗感じてる。マジ感謝だよ、アニキ、みさき姉ちゃん。
そんなわけで、完璧に舞いあがっちゃったオレはみんなに押し出されるような感じで集団の中央に躍り出る。
みんなはオレの後でリズムを取りながら、掛け声を駆けて飛び跳ねている。すると、監督があこがれの大仏トロフィーを手にオレの前にやってきた。
大仏トロフィーってなんだって?
トロフィーにでっかい取ってが付いていてさ、それが大仏の耳に見えるってんで大仏トロフィー……わかる人が見たら……ああ、あれのパクリかってわかるシロモノさ。
んー、全然分かんないだって?ちょっとは調べろ、そこのあんちゃん!
つーわけで、オレは照れまくりながら、監督からトロフィーを渡されると両手で持ってそれを掲げる。直後、とってもお暇な我がAC南多摩のサポーターの皆様からもフラッシュの雨霰。ちょっとオーバー……えーっと小雨交じり……程度にしておこう……人間、謙虚な気持ちが大切だよ。
すると、オレはとても大切なことを忘れているような気がして仕方なかった……あ、ごめん、さつきのことはちょっと置いといてくれよ……ごめんな。
よし、話を戻すぞ!!これもある意味オレにとっては忘れられない事件だったんだよ。ヤベーちょっと涙が出てきた。
よしっ!
よしっ!
よしっ!書くぞ!!!
えーっとさあ、ところで、お前ら、ピッポさんって知ってる?
あっ、知らない。あっ、そう。
えーっと、じゃあ、ジェンナロー・カットゥーゾさんは?
あっ、知らない。あっ、そう。
それがなんだって?
じゃあ、補足な……えーっと、ピッポさんってのはフィリッポ・インザーキさんっていって、おれの敬愛するアズーリとACミランの……ある意味に置いては象徴……なんかわかりずらいって?詳しくはウィキれ、もしくはググレ!!!とにかく生粋のゴールハンターで、以前に言ったさくらを百倍凄くした感じのストライカーだ。
もう、ゴールの嗅覚のみでここまで成り上がった有名な選手………で、ジェンナロー・ガトゥーゾさんっていうのも、これもアズーリとACミランのある意味での象徴。ほんとの象徴はマルディーニさんみたいな人のことをいうんだけれどね。まあ気になるんなら調べてくれ。わかりやすくいうと中盤の汗かき屋さんで翔平を千倍凄くしたような人……ごめんな翔平。
そんな二人が現代サッカー界に置いて、ある伝説を作ってしまいました。
ピッポさんは、二〇〇三年のUEFAチャンピオンリーグの表彰式で……
そしてガットゥーゾさんは二〇〇六年のドイツワールドカップの表彰式で……
共に、この二人のお馬鹿さん(……ごめんね、だってホントにお馬鹿さんですもん)、世界でもっとも権威のある二つの大会の、そのチャンピオントロフィーを授与する表彰式の真っ最中にパンツ一丁ではしゃぎまくるっていう素敵な伝説を作ったんですよ。(な、バカだろ)。特にピッポさんに至っては。上はユニフォーム、下はブリーフのパンツ一丁っていう神々しいお姿で、トロフィーを掲げる勇姿を世界配信されてしまったお方なんですよ!!!
で、その姿に激しく感銘を受けてしまった世界中のお馬鹿なサッカー関係者達によってトロフィーの授与の際はパンツ一丁になってトロフィーを掲げるってのが、ある意味一つのスタイルになってしまったんですね。
はい、ここまで言えば勘の鋭い人なら大体わかるよね……俺の言いたいこと。
でさ、まあ、オレ、有頂天になってさ、そのこと完璧に忘れてたんだよ。
でね、オレがトロフィーを両手で頭上に掲げたら、記念撮影取る人が、なんか合図をおくってんですよ。
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でさ、オレが笑顔の合図かなーなんて思ってたら、なんか背後に怪しい気配が。
でね、恐る恐る振り返って見ると、西里がオレのお尻のところにしゃがんでピースしてんですよ。
で、もう後の祭り。
オレはちょっと待って!!!!!!!!って言う間もなく西里が「うりゃーーー」って言ってユニフォームのズボンを引きずり下ろして、それと同時に、ハイ、ポーズ。
‘カシャ!’
そうして、可哀相なオレは、上はAC南多摩のアウェイのユニフォーム、下はトランクスのパンツ一丁での記念撮影を取る羽目になりました。めでたし、めでたし。
え、おまえ、パンツはいてなかったんじゃなかったって…………………
くだらないことばっかし、憶えてんじゃないよぉぉぉぉぉぉぉーシネェェ!!!
ああ、そうだよ、沢山の観客の前でチンコ丸出しにしてトロフィー掲げて写真取られましたけれどなにか?
おまえ、そこのおまえ、笑っているんじゃないよ、こっ、こ、ここは悲しい場面なんだよ。
つーか、笑った人間みんなシネ!!シネ!!!シネ!!!!シネーーーー!!!!!
はあ、はあ、はあ、ちくしょう、もう逃げ出さねーぞ……ちっくしょう。
まあ、オレも悪かったんだし、事故だったんだよアレは……で、写真を撮ってくれたおっさんは、悪いと思ったのか写真を撮り直してくれたんだけれど、オレ、ベソかいちゃったのよね……はずかしいぃぃぃぃぃ。
まあ、そんなわけで、オレの丸見え写真は市内のあちこちで見るようになりました。メデタシーメデタシーって全然めだたくねーよ!!!
お陰で、この町ではそれ以降一度だって、女と間違われたことはありませんでした。
だってみんな知ってんだもん。オレにチンコ付いていること。
ってコレか、コレがオレのトラウマなのか!?!?!?
んー、やっぱし違ったな……ってかさ、コレに関しては謝りたいんだよねー、後輩達に。パンツ一丁写真よりもチンコ丸出し写真のほうが受けがいいってんで、その後も何人もの被害者が続出してるんですよ……わりいな、後輩、特に翔平、マジ勘弁な。
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そういやさ、それから、しばらくの間、オレ、オレの町の商店街ではさ、チンチン小僧って呼ばれてたのよ。トホホホホ。
今、笑った奴、シネ!!!!!って言いたいところなんだけれど……フッフッフ、それが、ちょっと違うんだなぁー。
あのさ、オレ、その翌日、商店街に買い物に行ったのよ。まあ、正直行きたくは無かったんだけれどね、でも、母さんにお使い頼まれたのと、それにどうせ、同じ町なんだもん、いやでも顔を合わせなくちゃならないだろ。それになんてったって、昨日応援してくれたお礼もあるしな。ほら、オレ一応体育会系だから、そういう礼儀作法ってやつはこだわるのよね。うん、コレ、ホント、ホント。
で、勇気振り絞って行ったんですよ。いつもの商店街に。
そしたらさ、最初の八百屋に入った途端、入り口にオレの例の写真が飾ってあんの。
ちょっと泣いた。
もうその時点でさ滅茶苦茶ウツ入ってたのに、いきなり八百屋のおっさんが、オレを見るなり「あ、チンチン小僧だ!!」っていって指さすのよ。
オレさ、顔を真っ赤にして何も言えなくなって俯いていたら、そのおっさん、オレの写真持ってきて「コレにサインしてくれ、サイン!!」ってマジックと写真、俺の前に付きだしてくるのよ。
その迫力にビビっちゃってさ、思わず、例の写真にサインしちゃったのね。そしたらそのおっさん「ヤッター、チンチン小僧からサインもらったー!!」って喜んじゃって、なんか、奥にいたおばちゃんに見せにいっちゃったの。
オレ思わずポカーンとして、その場に立ち尽くしちゃった。
そしたら、しばらくしてから、おっさんとおばちゃんがオレの写真、額縁に入れて持ってきてさ、「コレは家宝だ、ちゃんとしっかり飾っとかなくっちゃ」っていって、なんか、看板の横に飾っているの。ちょと目眩しちゃったよ、オレ。
で、やっと一段落してから、オレに言ってきたのね。「で、なんにしやしょう」って……おっさん、それは一番最初に言わなくっちゃいけないセリブでしょ。
まあ、そんなわけで、オレは言ったさ。顔を真っ赤にしながら「あのー……レモンくださぃ…………」ってさ、今にも消え入りそうな声でな。
そしたら、そのおっさん、オレにレモン持ってきて、「じゃあ、コレもついでにサービスだ」ってんで、店の一番目立つところに飾ってあった桐箱入りの夕張メロン渡しやんの。
オレはおもいっきし首をかしげて「何ですか、コレ?」って言ったらさ。
そしたら、おっさん、「昨日は憎っくき北多摩をよくぶちのめしてくれた。コレはお礼だとっとけ」って……
今まで一度も食べたことのない、夕張メロンもらっちゃっいました……テヘッ。
オレ、口を開けてポカーンだよ。っかしいな、レモン買いに行ったのにメロンもらっちゃって……ってうまいねオレ。座布団一枚?
でさ、次行った魚屋にもオレの恥ずかしい方の写真飾ってあってさ、まあ、二枚目に撮った写真はあんまし縁起良さそうじゃないよな、だってオレ、泣いてるんだもん。
で、またしても「あ、チンチン小僧だ!」って今度は夫婦そろって呼ばれちゃって、まあ、オレは恥ずかしいやらなんやらで、その場で下向いちゃったのよ。
でも、魚屋の夫婦ってのは、そんなデリカシーとかとは縁の無さそうな人達で………ごめんね、おじさん、おばさん……で、さっきと同じようにサインペン持ってきて、「ねえねえ、コレにサインして!!」って……
そりゃ、しましたよ。だって、八百屋さんにして魚屋さんに出来ないなんて言えないしな。で、サイン入りのオレの写真を眺めながら‘ウンウン’って満足そうに頷いてるの。
なあ、そこのお前、この商店街にはこういう風習かなんかあるのか?今度調べておいてくれ。
すると魚屋のおばちゃんが聞いてきたのよ。
「ナニ、チンチン小僧君、ナニが欲しいの」
チンチン小僧君……あらためて聞くと恥ずかしいな、コレ。まあいいや、でオレは言ったさ。お母さんからもらったメモ帳を読みながら。
「鰺の開き下さい」って……
そしたらさ、それを聞いていたオジサンがいきなり大声出し始めちゃってさ、「だめだよ!!昨日のヒーローが鰺の開きなんて買ってちゃ」って怒られちゃった。
……いや、でも、鰺の開きって美味しいよな。オレけっこう好物なんだよ、アレ。あ、お前も?なんだ、けっこう、わかってるじゃん。まあ、そんなことはどうでもいいや。
-
とにかく、オレはそんな理不尽な理由で怒られて返す言葉もなくしょぼくれてたら……魚屋のおじさん、奥の冷蔵庫から尾頭付きの鯛を持ってきちゃって俺の前に差し出すのよ。
そんな、尾頭付きの鯛って……テレビでは見たことあるけれど実際見たことないじゃん。オレ口をあんぐり開けて、その鯛を見ていたら、「ほら、チンチン小僧、ご祝儀だ、とっとけ!!!」って。
オレは右手には夕張メロン、左手には尾頭付きの鯛を持って、ヨタヨタと歩きながら次に肉屋さんに行ったら……やっぱり、また肉屋のおっさんが「お、チンチン小僧、よく来たな!!!」ってすんごい笑顔でオレに声を掛けてくるのよ。
もちろん店頭にはオレの写真。もう馴れたよ。あはははは。それに、オレもこの短い間で三回も呼ばれれば、いくらか免疫が出来てたんで、ニッコリ笑って「おじさーん、お肉ちょーだーい」って元気溌剌言ったのよ。
まあ、正直、お肉屋さんに入った途端、揚げたてのコロッケと唐揚げが目に止まってさ、それがまたいい匂いしてしてるのよ。お肉屋さんのコロッケってなんであんなに美味しいんだろうな……うん、謎だ。
で、もしかしたら昨日のご褒美にくれるかな……なんて卑しい考えをしてたのね。
まあ、そんな顔するなよ。そんくらいいいじゃん。オレだって頑張ったんだから。
そしたらさ、その肉屋のおっさんがまたオレの写真持ってきて、「おう、チンチン小僧、とりあえずサインだ!!」って……
オレも慣れたもんで、「ハイハイー」って、サラサラとサインを書いたのね。
そしたら、肉屋のおっさんも、「ヤッター、コレは縁起もんだ」って喜んじゃって……まあ、そう言って貰えると正直悪くはないよな。うん。
で、おっさん聞いてきたのよ。「チンチン小僧、なにが欲しい」って。
オレはここぞとばかりにでっかい声で元気溌剌言ってやっさ。
「おじさん!!ブタコマ!三百グラム!!!」って。うん、コレはけっこう手応えがあってさ、コロッケか唐揚げいけるかな……なんてワクワクしてたら………
「ダメダー!!!チンチン小僧、ブタコマなんて買ってちゃー」ってすんごい剣幕。
まあ、さっきと同じパターンかなと思って、エヘヘヘって笑ってたら、オレの両手に持ってた荷物を目敏く気が付いてさ、ドスの聞いた声で、「オイ、チンチン小僧……その両手に持ってるもん、どうしたんだ」って……スッゲー怖い目つきで聞いてくるんですよ。
オレ怖くなって全部正直にいっちゃったのよ。
「ごめんなさいオジサン、コレみんなただで貰っちゃいました。ちゃんと今から返してきます」って……オレてっきりスッゲー怒られるかと思ってさ、ホントに後悔したんだ。
ああ、コロッケや唐揚げをただでもらおうなんて、卑しいこと考えてたからバチが当ったんだって……
そしたらさ、そのおっさんがいきなり「ナニィィィ!!」って叫び声上げたかと思ったら、店の奥の冷凍庫に入っていっちゃったの。オレ、正直帰っちゃおうかな……なんて思っていたら、今度は凄い勢いで出てきてさ、「八百屋のタツや、魚屋のカズに負けられるわけねーだろ!!!」って怒鳴りながら、両手が塞がっているオレの背中にさ、こう無理やりに、松阪牛のブロック括り付けてきたの……もう、オレ正直こわくってさ………「ゴメンなさい、ゴメンなさい」って素直に平謝りよ。
そしたら、肉屋のおっさん、「釣りはいらねえ、祝儀だ、とっとけー」って肉を背負っている背中をバーンって叩かれて、店を出ちゃいまして……
オレ、コロッケ一つ貰えればそれだけで良かったのに。
松坂牛のサーロイン……しかもブロックって……
で、体中に高級食材を括り付けたオレがヨタヨタしながら帰ってきたら、お母さん驚いちゃってね……そりゃ驚くよなー、レモンと鰺とブタコマが、メロンと鯛と松坂牛に変わってるんだもん。ま、そんなことが何度かあってさ、それから、しばらくの間、オレが買い物当番まかされちゃって……ってかさ、母さん。キュウリ三本頼んどいて、オレにディパックと紙袋二つ持たせるのは、ちょっと図々しいんじゃないのか?
そりゃ、あんた、見え見えだよ。
まあ、それでも帰りには紙袋二つにディパックがしっかりパンパンになっちゃったんだけれどさ……ってか、つくづくスゲーなオレの町。
あ!ってことは、アレか!あの人の良さそうなおばちゃんやおじさん達が爆竹鳴らしたり発煙筒焚いてたりしてたのかよ!
……マジありえねぇー。絶対おかしいって、この町。
あ、そうそう思い出した………一番凄かったのは、オレがおもちゃやさんで、ゲーム見てたらさ、いきなしDS渡してきたときには、マジでビビッた。あ、それはさすがに貰わなかったよ。そりゃ、オレだって常識くらい弁えてますって。
ってかさ、あんだけもらったオレが言うのもなんだけれどさ、あんたら、ちゃん商売しなよ。つぶれちゃうぞ。ちょっと心配。
-
そりゃ、そうとさ、チンチン小僧ってあだ名はちょっと……って思ったけれど、よくよく考えれば、これ以上ない男の子っぽいあだ名だよな……チンチン小僧って。どっからそう聞いても女の子じゃあり得ないし…………
オレさ、正直、ナニがイヤだって、女の子に間違われるのが一番のイヤだったんだ……だけどさ、この事件以降、オレ、この町ではたったの一度も女の子に間違われたこと無いんだぜ……それってけっこう凄いことだよな。
まあ、それにオレのチンチン小僧っていうあだ名も、次回の多摩川デルビーが終わると共に、なくなったけれどね。
……え、なんでかって?
だって、南多摩ウルトラスのお馬鹿さん達、大段幕に書きやんのよ。
「ガンバレ、我らが、チンチン小僧!!!」って…………
オレ、それ見た瞬間、正直、目眩起こして倒れちゃった。
だって、商店街の中だけで呼ばれるならまだしも、学校や親戚のみんなが来ているサッカーの試合でそれは、ちょっと、ねぇ……
それにこのまんまだったら、いつまで経っても‘チンチン小僧’じゃん。さすがに、あんたら、空気読もうよ。いや、マジで。
で、ウルトラスの皆さんには、ちゃんと言ったさ、そのあとに……「もう、チンチン小僧は勘弁して下さい」って……まあ、なんとか納得してくれたみたいだけれど……未だに時たま言われるのよね……チンチン小僧……ってさ。アハハハハ、いや、ホントにまいった。アレには。
今でも、オレの机の引出しの一番奥には、あの写真は眠っているのよ。
ある意味一生忘れられない記念写真だからな。
たしかに、多摩川デルビーで点を取ると、男の中の男に馴れるっていう、言い伝えは……嘘じゃなかった。
でもさ、オレ、さつきにとってはぜんぜん男になれなかったんだよ。まあ、当時、葉月ちゃんがのことが好きだったオレがそんなこというのは、あまりにも調子がよすぎるな……うん、マジで反省。うん反省。
あ、そうだ、そうだ、さつき、オレさ、今でもあの商店街に買い物行くとさ、あの時の神通力、まだ少し残ってるんだぜ。
それは、林檎三つ買うと四つになったり、コロッケ五つ買うと六つになったり、っていうささやかなもの何だけれどな……
って、まあ、大体コレで終わりだよ。さつき。
こんなんでいいのかな。
オレ分かんなくなってきたよ。
-
一通り文章をかき上げたオレはそのままディスプレイを見つめ続ける。
なあ、西里、これでオレ本当に強くなったのか?西里、教えてくれよ。この本お前が渡してくれたんだぜ。オレ、本当に時間がないんだよ……
そりゃ、過去の忘れていた記憶は掘り起こすことが出来たけれど……これで本当に強くなれたのか?
そういや西里さ、オレ、ホントお前に感謝してるんだ。さつきってさ、もともと家に籠るタイプだったじゃん、
で、あの日を境にますます、出不精になちゃってさ……
友達と楽しそうに遊んでいるあいつの姿ってあんまし記憶にないんだよなー……あ、それはオレがサッカーばっかしやってたせいかもしんないな。
でもさ、お前だけはさつきには優しく接してくれててさ、メールでも電話でもちょこちょこアイツと連絡取ってくれてたじゃん。
そうそう、いつの間にかあいつ、お前のファンクラブに入ってたな。今でもよく、お前の舞台には見に行ってるんだって?おまえさ、おまえだって、さつきの幼なじみなんだから、ちゃんと身内料金でチケット売ってやってるんだろうな。結構ちゃっかししているところあるから、そこんところ、心配よオレ。
まあ、そんなこと言いつつも、西里。おれマジで感謝してんだぜ、さつきのことに関しては。うん、これマジマジ。
すると、オレは、机から立ち上がり、カーテンを開いてみる。窓の外には、さつきの部屋が見て取れる。
ああ、まだ明かりがともっている。中学に上がったお前は、バカみたいに勉強をはじめてさ……今では学年でトップを争うまでになっちゃったんだもんな。
お前の学力にあわせるって、正直、サッカーやるよりマジ難しいよ。わりぃ、ナニ泣き言いってんだよ、オレ、かっこわりいなー。
そんなとりとめもないことをオレは考えながら、ふと、時計を見ると、十二時を回っていた。オレは、一旦、夜食でも食いに下に降りようと立ち上がる。晩飯も抜いて文章を書き上げていたせいで、腹が鳴ってしかたがなかったんだ。
と、その時、夕方の失敗を思い出した。
そうだよな、こういうときはちゃんと文章を保存して、で、ワードを落とさなくっちゃな……そんなことを思いながら、オレはデーターを保存し、ワードを落とそうとしたら……あれ……
なんか画面のイルカちゃんが騒いでるぞ……
なんだべ。
オレは今まで見たことのないイルカちゃんからのメッセージを注意して読む。
なになに…………
[クリップボードに大きなデーターがあります。Wordを終了した後に、このデーターを他のアプリケーションに利用しますか?]
[ハイ]
[イイエ]
????????
はあ?……
なんだこれ?
-
意味わかんね……
オレは頭に激しい?を浮べながら [ハイ] を選択すると、イルカちゃんはどっかに行ってしまった。
なんか、変な感じー。
オレはちょっと気になったので、もう一回ワードを立ち上げて、右クリック。
………………ん?なんにも切り取って無いのに、データーが残っている?
まあ、オレは深く考えずに、そのクリップボードに残ってたとかいうデーターを貼り付けてみた……
なーんだ、オレの書いた文章じゃん……
いや、ちがう。これ、ページ数が違うぞ!
なんだ、これ!?
オレは違和感を憶えながらマウスのホイールをスクロールする。
なんだか嫌な予感がする。
すると、目に映った文章は…………あいつのだった
オレは血の気が一気に引いた。
なんだよ、コレ!
なんだよ、コレ!!
あ、あいつ、オレのパソコン使って、こんなもん書いていてたのか!!!
なんだよ、ふざけんなよ。さつき!!!
そういってこみ上げてきたオレの怒りは……
たったの十秒もしないうちに、どっかに消えて無くなった。
なんだよ、この「さつきガール」って……
まんまオレのパクリじゃん、「バーカ」
オレは、そう言いながら、あいつの残した文章を読みはじめる。
でも、既にその時には、オレ目には涙が溢れていたんだ。
なんだよ、これ、ふざけんなよ、おまえ。
オレ、まるで馬鹿じゃん。
オレ、お前のこと少しはわかってると思ったら、なんにもわかってなかったじゃん。
なあ、お前、いつオレの練習みてたんだよ。
なあ、お前、あんとき、スタンドにいたのかよ。
なあ、西里の奴おまえにそんなこといったのか?ホントにキザだな、あいつって……アハハハハ。
アハハハハ、騙されてたよ、さつき、オレ全然気が付かなかったよ。なーんだ、温泉しくんだのっておまえなのかよ。だっせーな、まんまとひっかかっちゃったよ、オレ……だめだーお前にまったくかなわねーや。
-
でもさ、そんなにあやまんなくっていいぞ、別に気にしてないからさ。
なあ、さつき、ごめんな、オレ、お前のサイドポニーカワイイって言ったの、完璧に忘れてた……サイテーだ。でも、言い訳させてくれよ……オレにとってはその後の言葉のほうが重要で……完璧に舞いあがってたんだよ。
……女々しいな、オレ。
なあ、さつき、おまえ、こんなに辛かったのか?オレなんかよりもこんなに辛かったのか?おまえオレになんにもいわなかったじゃんか?
なあ、さつき、オレさ、本気じゃなかったんだよ。
「さつき、お前なんてだいっ嫌いだ!顔も見たくない!!」って……
あの時、勢いで言っちゃっただけなんだ。
だって、あの時は、物凄く悔しくて、物凄く悲しくて、まるでこの世の不幸を俺一人で背負い込んでいるような気がしてさ、辛くて……辛くて……ただ辛くって……
ごめん、こんなの言い訳にならないよな。
だって、目の前にいたお前のほうが、俺なんかよりも全然辛かったんだもんな。
バカだな、オレって……
なんだよ、おまえ、この「ありがと」ねって……これじゃオレが悪者じゃんかよ。
まいったなぁー。でもその通りだな。
ごめんなさつき、このオレがなんにも言わせなくしちゃったんだよな……
このオレが……、このオレが……、このオレが……
オレはさつきの残した文章を隅々までくまなく読んだ。
たったの一言一句でさえも読み落とさないように。
ってか、さ、あいつも間抜けだよな……ってことは、メールか何かに転送?
オレはメールソフトを立ち上げたのだが、とくにメールを転送したそれらしき形跡もなく…………
オレは真っ暗な部屋の中、鈍い光を宿しているディスプレイの前で腕組みをする。
そうして、どのくらいの時間が過ぎたのだろう…………オレはさつきの文章に向かって話し始めた。
「うん、決めた。もう、決めた!!なあ、さつき、俺たち過去ばっかし見てるじゃねーかよ。このまんまだったら、一歩も未来に進めねーぞ。オイ!考えても見ろよ。俺たちまだ一五歳なんだぜ!!人生が八十年だとして………えーっと、………まだ五分の一も生きてないんだ。だからさ、もう充分だよ。さつき………」
そうしてオレはさつきのケータイにメールを入れた。
-
さつきガールⅡ
……時計の針は一時を回っていた。
私は机の引出しの奥にしまってあった、あの写真を取り出すと、一人、懐かしい幼なじみを慈しむように、あの写真を眺めていた。
そう、コレは情けないけど格好いい、私の幼なじみがヒーローになった時の写真だ。
この、どこか誇らしくて、どこか情けないキミの顔を見ると、今でもクスリと笑いがこみ上げてしまう。ゴメンなさい、カオル君にこんな事聞かれたら怒られちゃうよね。
でも、私、この写真を見ると、ホントに救われるの。ああ、最後の最後で私は間に合ったんだなって。
だって、後もうチョットのところで、この私の薄汚れた手がキミの夢を握りつぶそうとしたんだから。
もし、そんなことになってしまったら、私はきっと生きて無かった……ごめん、大袈裟だね。でも、少なくとも生きていたいとは思わなかったよ……カオル君。
だから、よかったね、カオル君。試合に間に合って本当に良かったね……
そう、私は、あの日、独りぼっちのこの部屋の中で、必死に神様にお願いをしていたの。
「どうか、カオルちゃんが試合に間に合いますように。どうか無事に試合に出られますように」って…………
そうして、こうもお願いしたの。
「そのためなら、私が今一番望んでいる願い事を諦めますから、どうか神様、その代わりにカオルちゃんの願い事を叶えてあげて下さい」って……
だって、願い事だけ頼むのって虫がいいでしょ、そう思わない?
私の願い事?
うん、それはキミとの仲直り。
だから、カオル君、私はキミとの仲直りを諦めたんだ。
それは合わす顔が無かっただけじゃないのか?って。
そんな寂しいことこといわないでよ。
それとも、そんなこと考えるのは、
図々しい?
恰好つけすぎ?
でも、いいでしょ?カオル君。
私にだってそれくらいの救いが残されていたって……
もうすぐ君の前から消えるのだから………………
-
私は夕方のあのことを忘れるかのように、ひたすら勉強をしていた。さすがに、夕飯も食べないで、この時間までやっていると。頭のシンまで痺れてくる。
そうして、私は気分転換がてら、キミの写真を眺めていたのだ。
うん、未練がましいね私って……
もう、西里君から大体のことは聞いている。カオル君がどこのセレクションも受けずに一般入試をするってことを……それも私のために……ごめんね、カオル君、そんな思いまでさせちゃって。
でもね、私は君の手に届かないところに行こうと思うの。ごめんなさい。
すると、机の上に置いてあったケータイからショパンの『別れの歌』が流れてきた。私は全身が凍り付いた。
だかだかケータイの着信で大袈裟だと思うかも知れないが、コレはカオル君だけの特別の着信メロディーだった。自分でもあまりにもセンチメンタルすぎると思うけれど、このぐらいいいじゃない。私だって一応は女の子ですもん。バカだね私って。笑っていいよ。
私は恐る恐るケータイのディスプレイを見る。ディスプレイには新着メールが一件届いていた。
私は震える指先でそのメールを開いてみる。
きっとカオル君からの苦情だ。
私がアナタのパソコンを勝手に見たことまだ怒ってんだ。当然だよね。ほんとにサイテーだ。
私は覚悟を決めてそのメールを開いてみると、私の予想外のメッセージが書かれていた。
「PCにメールを送っておいた。カオル」
私は首をかしげる。文句だったらケータイのメールで充分なのに、いや、もう、余計なことは考えないようにしよう、きっといいことなんて何一つ無いんだから。
私は憂鬱な気持ちでPCの電源を入れると、怖々とメールソフトを立ち上げる。
すると……
やはりカオル君からのメールが来ていた……なにを考えているのだろう。
件名は……「読み終わったら、連絡をくれ……カオル」
-
みると、メールにはデーターが貼り付けてあった。
私は期待と不安……いや正確に言うと、八割の不安と二割の期待を込めて、震える指先でアナタのメールをクリックした。
すると、ああ、やはり、タイトルは「かおるボーイ」
私は急いで窓のカーテンを開ける。みると、視線の先には窓辺に黙って立っている、大好きな男の子の姿があった。
わたしの大好きなホントに大好きな男の子は私の姿をみるとニッコリと頷いた。
私も頷く。そうして、私は急いで椅子に座ると、私の大好きな男の子が書いた物語を読み始めた。
半分はさっき見たはずなのに……そう私はアナタのPCから盗んだ文章をいやらしく、何度も何度も読み返していた。
読んでいる最中にわたしは自分のいやらしさに吐き気を催し、泣きたくなった。でも、いいんだよね、カオル君。キミの書いた物語、わたしが読んでもいいんだよね。
私は一言一句詠み洩らさない様に、必死であなたの書いた文章を読む。カオル君の書いた文章を読む。私の大好きな男の子が書いた物語を読む。涙が零れてきても、それを拭う時間さえ惜しくそのままにして読む。
読み終わると。もう、時計の針は二時を過ぎていた。私は時間を忘れて読んでいたのだ。
私は再び窓をあげて、キミの部屋を見てみると。さっきとまるで変わらない場所に私の大好きな男の子は立っていた。
そうして私は私の大好きな男の子のケータイにはじめてメールを送った。
「読み終わったよ」
彼はニッコリと微笑むと私に向かってこういった。
「さつき、いまから下にいくから」
わたしはだまって頷いた。
だって、もうその時には、涙が邪魔して、声を出すことが出来なくなっていたのだから。
-
オレは、さつきが頷いたのを確認すると。ゆっくりと階段を降りてゆく。
さつき、長かったな……長い間待たせて悪かったな。あの日、お前を独りぼっちで置いてけぼりにしてもう、五年もたっちゃったんだ。オレ、気がつくのに五年も掛かっちゃったんだ。バッカだなー。オレ。お前も言ってたけれどさ、ほんとにバッカだなーオレ。
オレはオレの家からお前の家までのたった十メートルの距離を五年も掛けてやって来た。ごめんな待たせて。ほんとにごめんな。
そうしてオレは、五年前までのオレがそうしたように、窓の下からオレの大好きな大好きな幼なじみに声を掛ける。
「なあ、さつき!!」
「な、なあにカオル君」
俺の大好きな幼なじみは、おずおずとカーテンの陰からオレを見下ろしている。
うん、今はそれで充分だ。
「見てくれたか?」
「……うん」
「なあ、おれ、強い男になれるかな」
「…………うん」
「なあ、おれ、お前を守れるくらいの強い男になれるかな」
「…………うん」
「なあ、ちょっと、ちゃんと顔をみせてくれよ、さつき」
そういうとさつきは恥ずかしそうに俺の前に顔を出した。みると、髪の毛が横に結ってある。うん、サイドポニーだ。
オレがメールの最後にオレの書いた文章が読み終わったら、サイドポニーにしておいてくれってお願いしてたんだ。
オレはニッコリとさつきに微笑む。
オレは、幼稚園児だった頃のオレの声色を真似てみる。まあ、あくまでも真似るだけだよ。そして咳払いをひとつ。
見上げると、恥ずかしそうに俯いている幼なじみの顔。
オレは十年前のあのセリフを真似る。
「ねえ、さつきちゃん、その髪型とってもかわいいね」
もうさつきは何も言わなかった。ただ、涙をホロホロと零すだけでさ……
あれ、おかしいな、オレ喜ばせるつもりだったのに…………ちょっと気まずい沈黙……オレは次の言葉を探す。
そういや、さつき、おまえさ、オレにはサイドポニーのこと言ってたけれど、俺の言ったことは憶えているのかな?
オレは思わず、今の気まずい雰囲気から逃れるように、ほんの少し意地悪な気分で、さつきに対して、さっきの声色のまんま問い掛けた。
「ねぇ、さつきちゃん。この前言ったこともう一回言って?」
なあ、さつき、お前は憶えているのかな。オレはちょっとばかしドキドキしながらお前の答えを待っていた。
すると、さつきはオレにケラケラと笑いかける。
-
ああ、そうだ、お前はその笑顔がよく似合う。
「いいよ、カオルちゃん。さつき、カオルちゃんのお嫁さんになってあげる」
さつきが幼い頃の口調を真似て、プロポーズの返事をしてくれた。
なーんだ、さつき、憶えてたのかよ…………って、十年前とまったく一緒じゃん。まったくお前にはかなわないや。
オレは、そんなことを思いながら、必死にさつきに笑いかけようと思ったのに、何故だか涙がこぼれてた。
おかしいな、俺たち泣き虫だな。
しばらくの間、二人でお互いを眺めていた。
そしてオレは、さっきから、心に決めていた質問をさつきにした。
「なあ、さつき、……タイムマシンがあったら過去に行く?それとも未来に行く?」
さつきは答えを探している。
だから、オレはさつきに言ったんだ。
「おれはさ、おまえといっしょに未来に行きたい。なあ、さつき…………一緒に未来に行こうよ」
そうだろ、悲しい過去はもうこりごりだ。一緒に未来をつくるんだよ……オレたちは。
オレはそう言って、窓の手すりにもたれかけ、泣いているおまえに向かって手を差し伸べた。
空にはぽっかりとお月様が浮かんでた。
-
窓の外にはいつの間にか、私より背が大きくなってしまった男の子がいる。
彼はお気に入りの白いパーカーのポケットに手を突っ込んで私の方を見上げている。
「なあ、おれ、お前を守れるくらいの強い男になれるかな」
「……………うん」
ああ、カオル君がこうして窓越しに話し掛けてくるのって……うん五年ぶりだね。
私は恥ずかしさのあまり、カーテンの陰に隠れて、私の大好きな大好きな男の子を見ている。
すると、彼はニッコリと笑ったのだ。彼は微笑みながら自分の髪の毛の横を指さしている。
カオル君のメールに最後に書かれていた「読み終わったらサイドポニーにしてよ、さつきちゃん」のお願いを私は面目もなく守ったのだ。
すると私は恥ずかしさのあまり、大好きな男の子の顔を見れなくなってしまった。カーテンの陰に隠れ縮こまっていると、大好きな男の子の咳払いが聞こえてきた。私はふと、何かあったのかと思い、勇気を振り絞って彼の顔を見てみると……
「ねえ、さつきちゃん、その髪型とってもかわいいね」と、十年前のセリフを私に言ってくれた。
私はありがとうって返そうと思ったんだけれど、涙が邪魔して声が出てこない。
それから私は何とか涙を拭って、その男の子を見てみたら、なんか、決まり悪そうにそわそわとしている。その様子が可愛くって、もうしばらく見つめていたら、彼が不意に私に問い掛けてきた。
「ねぇ、さつきちゃん。この前言ったこともう一回言って?」
カオル君はそう言って、人差し指を一本差し出し、私に向かって問い掛けてきた。
ああ、十年前とまったく同じ仕草だね。
だって、カオル君、憶えてる?キミ、みんなのいる前で私に言ったのよ。
「ねぇ、さつきちゃん。この前言ったこともう一回言って?」って……ちょっと、顔を赤らめて……だけど、とっても自慢げに胸を張ってさ。
私、恥ずかしくなっちゃって、とっさに「えっ、なんのことだっけ?」って嘘ついちゃった。
そしたらさ、キミは照れくさそうに頭の後を掻きながら、「なんでもねーよ。さつきのバーカ」って走って行っちゃったんだよね……うん、ホントに馬鹿だ。私。
キミの事で、みんなに囃し立てられるなら、ぜんぜんかまわなかったのに。私、何やってたんだろ……
だから、私は、子供の頃の声を真似て、キミにその時のセリフをそのまんまにして返してあげた。
「いいよ、かおるちゃん。さつき、かおるちゃんのおよめさんになってあげるよ」
カオル君を喜ばせるつもりでいったのに、なんでか、カオル君は泣いていた。
あれ、おかしいよね、泣き虫だね私達って。
ねえ、カオル君、わたしね、あの後、あなたにずーっと言いたかったんだ。何度だって、何度だって、言いたかったんだ。でも、カオル君が忘れてたら、迷惑じゃない。カオル君が忘れてたら、惨めじゃない。やっと言えた。ありがとう、カオル君。
私たちは涙が零れるのもそのままに見つめ合っていた。五年ぶりに見つめ合っていた。そうだよね、あの日以来こうしてちゃんと顔をみたことなんてなかったもんね。いいかな、もう少しキミの顔見ててさ……
すると、カオル君が私に向かって質問をしてきたの。
「なあ、さつき、……タイムマシンがあったら過去に行く?それとも未来に行く?」
不意の質問に私は答えを探してる。
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そうしたら、窓の下にいる、私の大好きな男の子が私に向かって手を差し出してくれたら。ああ、そうだ、あの日以来の君の手だ。
私はそんな、私の大好きな男の子を、涙を零しながらも一生懸命見つめ続ける。だって、もう一瞬でも目を離したくは無かったから。
すると、私の大好きな男の子は言った。
「おれはさ、おまえといっしょに未来に行きたい。なあ、さつき…………一緒に未来に行こうよ」
私は頷く。涙を零しながら頷く。歯を食いしばりながら頷く。
けれども、夜のとばりが邪魔してしまい、カオル君にはよく見えなかったらしく、彼は手を差し出したまま私の答えを待っている。
私はなんとか息を整え、大好きな……私の大好きな男の子に向かって返事をする。
「うん、カオル君、一緒に未来へ行こう」
「タイムマシンがあったら」 完
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なつかしのメガビ
ヌルヌルローションプレイ (2012)
夏合宿 (2021)完結を。 乞。
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作者より、
本日pixivに作品をアップしました。
よろしかったら、ご一読ください。
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