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MAGIC OF LOVE

1ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:27


小さい頃の大きな夢

かわいいお姫様と、かっこいい王子様

王子様はお姫様の為に、色んな障害を乗り越えるの



でも大きくなって、こう思うようになった

お姫様や王子様にいつも手を差し伸べてくれるのは魔法使いさんなの

36ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:40




黒く照り輝くリムジン。
お嬢様特有の送り迎えの車、お抱えの運転手。
豪華な皮のシートに腰をおろし、跡は学校につくのを待つだけ。
毎日これの繰り返しだ。

歩道には、たくさんの女子高生たちが笑いながら歩いている。
梨華の高校のとは違う制服。
―――――うらやましい…
友だちと一緒にお喋りしながら登校する。
梨華はいつも車で送り迎えされている。

楽しそうな女子高生たちを横目で見ながら、車はそこを通り過ぎて行った。

37ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:40

梨華の高校は名門私立の女学院だ。
ここに通う者は皆、梨華のような社長令嬢や重役の娘など、大金持ちがほと
んどで、一般の家庭ではここに入る事はできない。
入学金も並大抵の額ではない。
よっぽど成績が良いか、よっぽどの金持ちしかここには通っていなかった。
「お着きになりました」
「ありがとう」
運転手にドアを開けられ、そのまま降りた。
「3:30ごろに迎えに来ますのでそれまでここにおいでください」
「ええ」
運転手がそう告げると車はもと来た道を戻っていった。

「おはよう、石川さん」
「おはよう」
通り過ぎていく学友達。
同じ挨拶を繰り返して通り過ぎていく。
皆のその姿はあくまでもしとやかだ。
梨華とて例外ではない。


女性は清楚・可憐で慎ましくあるべき。
女学院の学生手帳にしっかりと綴られてある。
淑女としての行き方を常日頃から学び、心に置いておかなくてはならない。
礼儀作法・言葉づかい・身の振り・挨拶。
どれもこれも皆、決められた中で実行されている。

バカじゃないだろうか、と叫んでやりたい。

38ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:41


「ねぇ」
背後から声をかけられた。
この学校内で「ねぇ」と言うのはめずらしい。
ほとんどは皆「すみません」やら「もしもし」なんて言うものだ。
もし教師に見つかったら、長いお小言を聞かされるというのに。
「はい?」
「職員室まで案内して欲しいんだけ、ど…」
振り返って硬直した。
相手もそれは同じだったらしい。
「あ、あなた…」
「あ」

間違いない、あのパーティで彼に悪口雑言吐きまくった勝気な少女だ。

制服に身を包んでいるが、少年っぽさは健在している。
「なんで、ここに…」
「成金男の婚約者」
「なっ…」
暴言も健在だった。

「なんであんたここにいるの?」
少女は相変わらずな口調で言った。
「それはこちらの台詞です!ここは私が通ってる学校なの!」
「あ、そうなんだ」
そりゃ失礼、と少女は頭を掻いた。

「あなたこそ、ここの生徒だったの?」
「いーや、今日から転入してきた」
ヒラヒラと転入手続きの書類を見せる。
「つーわけで、職員室まで案内してくんない?」

39ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:41




生徒玄関から校舎に入り、職員室までの道を行く。
「やっぱ私立は違うなぁ」
少女はキョロキョロしながら梨華の後をついて来る。
「すっげー所々にモニターなんかついてる、金もあるトコにゃあるんだ」
どこか子どもっぽい所も、梨華のの印象に残った。


「………ぃ」
「………ぁ」

―――――ほらぁ、キョロキョロするからみんな見てくるじゃない…
廊下でおしとやかとはほど遠い彼女に、他の生徒達も珍しいのだろう。
梨華と少女が通り過ぎるとヒソヒソと後ろから話し声が聞こえる。
―――――まぁ転校生なんて珍しいからね…
梨華は、顔から火が出そうになるほど恥ずかしかった。

「はい、ここよ」
「あ、どーもね」
少女は職員室の前に立つと、勢いよくドアを開けて

「失礼しまッす」

と元気よく言った。
おそらく小等部の通知表に「大変よくできました」と書かれるくらいに。

―――――し、信じられない…
きっと彼女は転入の説明の前に、生活指導の先生からキツク注意される
事だろう。
そうして梨華は彼女の背中を気の毒そうに見送ると、今日の日直当番は
自分である事を思い出して、教室へと急いだ。

40ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:42


「おはよう」


いつもの様に挨拶し教室に足を入れると、噂好きなクラスメートたちはザ
ッ、と梨華の周りに集まってきた。
「え?え?何?何?」
思わず後ずさるが既に四方八方囲まれていて、逃げる事もままならない。
「石川さん、さっき一緒にいた人誰なの?!」
「は?」
噂が広まるのは相当早い。
「ほらあの金髪でピアスしてた人!」
教室に入って、教師の目が届かない場所に来ればこんなものだ。
しとやかにしている生徒はほとんどいない。
普通の女子高となんら変わらない。

「で?誰なのあの人!」
「え、転校生だってことしか…」
「なんで石川さん一緒にいたの?」
「職員室に案内してくれって言われてそれで…」
何やら皆の目が怖い。
「それじゃ石川さんとあの人は無関係なのね?」
あまりの迫力に、梨華はこくこくこく、と頷くしかできなかった。

41ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:42


「そっかぁ」

―――――あ、あらら?
ぞろぞろと梨華の周りにいた者たちは、自分の席へと戻っていった。
―――――何?どういう事?

「皆さん目をつけてらっしゃるのではないかしら?」

まだ梨華の横に一人残っていた。
「柴ちゃん、その喋り方、変」
「おはよう梨華ちゃん」

柴田あゆみ、高等部3年。
この高校に通う梨華の親友で同級生。
もちろん資産家の娘だ。
小等部から大学まで、エスカレーター式のこの女学院で、梨華とあゆみは
小学生からの幼馴染だった。

「朝からごくろーさま、梨華ちゃん」
「もう、なんなの?」
梨華は一息ついた。


「あの転校生がなんだって言うの?」
「あはは、みんな狙ってるんじゃない?」
―――――狙ってる?
あゆみの言葉に訳が分からない、という顔をする。
「だって女の子だよ?」
「女子高でありがちなことじゃない?男っぽい女はもてるわよ、
 それになかなかカッコよかったしね、あの娘」
「そうかな…」
「ま、みんなどこの誰だか気になる訳」
そう言えば、あの少女は何年生なのだろう。
同い年の様にも見えたし、それ以上にも以下にも見えた。
―――――でも、ま、あんまり関わり合いになりたくないのは確かだわ
「人の事、成金だとか言うし…」
自分の席について鞄から授業道具を出す。
一時限目は苦手な数学。
今日も謎の公式に悪戦苦闘するのだろうか。

42ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:42

「あ、ちょっと、梨華ちゃん!」
「痛っ」
いきなりグリッ、と首を90°に無理やり曲げられる。
「何よ柴ちゃん」
「あれ!あれ!」
「あれ、ってだから何………あ゛」
梨華は目が点になる。


「石川さーん」


後ろの入り口からこちらに向かって手を振っているのは、さっきの話の
中心となった、朝の転校生。

「なっ!」

梨華のその声に教室中の視線が集まる。
しんと静まり返り、皆、梨華と転校生を交互に見る。

そんな事にも気付いていない転校生はベラベラと大声で話し出した。
「ここの先生口うるさいね、別にいーじゃんスカートの長さくらい」
「ちょっ…こっち来て!」
やはり叱られたのかと思いながら、状況をまったく把握していない転
校生の腕を引っ張って、教室から出た。
「え、ちょっと石川さん?」
―――――これ以上イザコザを起こしたくないのよ…!

43ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:42




「はいこれ」
と、歩いていく途中手渡されたのは『石川梨華』と書かれた学生手帳。
思わず足も止まってしまう。
「どこで、これ…」
「秘密」
意地悪い瞳でこちらを見てくる。
「石川さんのクラス知りたかったから」
一瞬その言葉に驚くが、それに怯みはしない。
「盗ったの!?」
「秘密」
肩を落とした。

そんな梨華に少女は少し首を傾げて様子を窺っていたが、しばらくすると
梨華を残して一人歩き出す。
取り残されて梨華はハッとする。
「ちょっと…待って!」
少女は振り返りもせず、曲がり角を左に曲がった。
「待ちなさいったら!」
彼女が入ったろうドアを勢いよく開いて、その姿をとらえる。
少女は怪訝な顔をして
「別にトイレまでついて来なくたっていいじゃん」
「そういう事言ってるんじゃないのっ」

44ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:43

少女はますます眉を潜めながら、とりあえず一番手前の個室に入った。
梨華はそのドアの前に立って講義を始めた。
「どこで手帳拾ったのよ!」
「それじゃネタ晴らしになっちゃうよ」
「何訳の分からない事言ってるの!ちゃんと答えて!」
ザーッ、という水の流れる音がしばらく続くと、すぐに少女は出てきた。

「だから、秘密なの」
「意味分かんない…」
少女は頭を抑えて苦悩している梨華の横を通り水道で手を洗う。
梨華もその横について、鏡から少女の顔を睨んだ。
「…なんてゆーか、そうだなぁ…」
手についた水滴をどこからか取り出したハンカチで拭き始める。
「朝のお礼も兼ねて、昨日の事もあるし…」
「昨日?」
「うん、はい、ハンカチありがと」
「いいえ…って、えっ!?」
少女が使っていたハンカチは梨華のハンカチだった。
ポケットに入れておいたままで、出した覚えはない。
―――――い、いつの間に…!
「こうやった」
驚きを隠せない梨華に少女はまた意地悪い瞳になる。

45ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:43

―――――なんなの、この娘…
梨華は正体不明なこの少女に、少し気味の悪い物を感じた。
「分かんないかな」
「分かる訳ないじゃない…」
怯える梨華に少女は「んー」と唸り、スッ、と近寄る。
そして

「ジャーン」

梨華の前にヒラリ、と何かが舞う。
少女の手によって吊るされているそれには何やら記憶がある。
それは確か、今日の朝に、梨華の苦手なあの家政婦が、身に付ける様
にと持ってきた着替えの中に...。
そして同時に感じる違和感。
胸が異常な開放感に包まれていて、おそるおそる手をあてると
“ぷにょん”
という、あまりにも柔らかすぎる感触。


「…………ッキャアアアアアア!!!」


バッ、と少女の手からそれを奪い取る。
梨華は顔を真っ赤にしながら、少女を睨みつけた。
「まさかブラジャーまでピンクとはね」
「なんなのよあなたぁ!!」
「まだ分かんないの?」

46ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:43

「チューリップまだちゃんと持ってる?」
「え…」
チューリップ。
その花が表わす意味は。
「あたし吉澤ひとみ、って言うんだ」
「よし…ざわ、ひとみ…」
よしざわひとみよしざわひとみよしざわひとみよしざわ………。


『天才マジシャン、ヒトミ・ヨシザワ!』


昨日のパーティの司会者の言葉が浮かんだ。
「う…うそ…あなた、あの…」
「あ、思い出した?」
それは梨華の心の内を半分は占めている。
梨華が感動を見たマジックショー。
もう一度、あのマジックを見たいと願っていた。
軽快なステップを刻むピエロ二人と、少女ながらにして大人顔負けの
色っぽさを演出していた助手を引き連れ、ステージで幾多ものマジック
を披露した、あの手品師。

それが今、自分の目の前にいる。

しかも変な手品を見せられて。

47ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:43

「あ、もうそろそろ授業始まる」
時計に目をやって、ヒトミはバイバイと手を振った。
「一応教えとく、あたしのクラス2−Cだから」
年下だったのか...、と呆然と考えるまま去っていくヒトミの背中を見つめた。
パタン、とドアが閉じられ、梨華はトイレで立ち尽くす。

「そだ」
再びドアが開かれ、ヒトミが顔を出す。
それをありったけの負の感情をこめて睨んでやる。
「…何」
ヒトミはニヤッ、とどこかイヤらしい笑みを見せると

「石川さん、胸おっきーね」

ボンッ、と梨華の顔から一気に上気が噴出す。
「じゃーねー♪」
「こっ…の…」
と去っていくヒトミの背中を再び見つめながら
ピンク色をしたブラジャーを、ギュッと握り締めた。


「変態マジシャンッ!!」


あの笑みが頭から離れなくなっていた。

48ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:44
>名無しハロモニさま
�堯福檗檗─妨世錣譴撞ど佞い辛措未里曚箸鵑匹覆ぐ貎諭帖�
まぁ…後で出すから、いいか。(爆 
ありがとうございます。

>名無しハロモニさま
飼育の方に書かせてもらっております。が、ただいまスランプ中、
よって恐れながらこちらで書かせてもらっております次第です。。。

>夏蜜柑さま
ありがとうございます。
もうKO勝ちですね吉澤さんは。秒殺できるんじゃないかしら。

今日の更新、ちょっとあるお話(マンガ)から引用した部分もありますが、
気付いた人は… (0^〜^)<秘密♪
気付かなかったらそのまま気付かないでいてください。(笑

49名無しハロモニ:2002/12/23(月) 13:09
とーーーっても、続きが気になります。
久しぶりにおもしろい作品に出合えた気がします。
ガンがてください。

50名無しハロモニ:2002/12/24(火) 17:18
描写のほとんどない少女、誰なのかちょこっと気になってますw
う〜ん、あの子かなぁ・・
>「変態マジシャンッ!!」
ウケますたw

51ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:25




教室に戻った梨華は、散々な目に会った。

ヒトミのお陰で授業に遅れ、数学教師に「たるんどる!」と怒鳴られ、
授業が終わるとクラスメートたちが再び梨華の周りに集まってきて、
「やっぱり石川さん知り合い!?」「一体誰なの!?」「何年生!?」
と、質問攻めにあうハメに。
なんとかその場はあゆみが取り繕ってくれ、大した事にはならなかった
が梨華は昼食時には一日で使うエネルギーの大半を使い果たしてしまっ
たような気がした。

「はぁぁぁ………」
食堂で人気の「和風Aセット」(あんみつ付き)を目の前にして、
梨華はため息を吐いた。
向かいのあゆみは、これまた人気の「海老とアサリのリゾット」
(オレンジシャーベット付き)をカパカパと口の中に放っている。
「お疲れだね〜梨華ちゃん」
「もう…ダメかも…」
大好きな白玉も、今では霞んで見える。
「柴ちゃん…もし私が死んだら、白玉団子を焼香代として持ってきて…」
「予算オーバーになるからイヤ」
金持ちの娘とは到底思えない二人の会話。
「ひどいっ」
「そんだけ冗談言えたら大丈夫」
ごちそーさま、とあゆみは手を合わせて、とっておいたシャーベットを
美味しそうに食べ始めた。

52ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:26

「でも本当にその吉澤さんって人とは無関係なの?」
「む、無関係よ」
―――――あっちが勝手に関係してくるだけで…
たくさんのお客の前でステージに現れてたくさんのすごいマジックをし
て、次の日に同じ学校に転入してきたと言ったかと思うと、昨日彼に悪
態をついたあのヤンチャな少女であって、あまつさえ着ていた下着を抜
き取られた。
こんな訳の分からない事があっていいのか。
まだ事態を完全に信用していない梨華は、ヒトミがニューヨークの天才
マジシャンであると言う事は言わなかった。
「だってあの人、梨華ちゃんの名前知ってたじゃない」
「それはただ学生手帳を拾ってもらったから…」
本当は盗られたのだが、事実盗った所を見ていないのでそう決め付ける
事ができず、お人好しな梨華はそれだけしか言わなかった。
「本当に無関係なんだから…」
「はいはい、あんみつちょっと頂戴」
梨華の了解も得ず、あゆみはスプーンであんみつを山盛りにすくった。
「あっ」
「んー♪おいし」
あゆみの口に運ばれた白玉を見送りながら、梨華はまたため息をついた。

53ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:26


「あ、梨華ちゃんあれ吉澤さんじゃない?」
ピクッ、とその名前に反応し、バッ、と首を動かした。

ちょうど食堂の隅のテーブル、おそらくクラスメートか、何人かの生徒に
囲まれながら、あのトイレで見せたイヤらしい笑みとは違う、爽やかな笑
顔をふりまくヒトミがいた。
「転校初日だってのにすごいね、もうあんなに友だち作っちゃって」
やっぱりかっこいいからねー、とあゆみは独り言のように言う。

―――――まぁ…多少はね
梨華は心の中だけで呟いた。
マジックショーの時も、少しだが梨華もときめいてしまった。
それは認める、だが…。
「みんな騙されてるわ…」
「へ?」
「あの笑顔は作り物よ!偽物よ!まがい物よ!本性はただのエロ女子よ!」
まだあのトイレでの出来事を根に持っていた梨華。
「り、梨華ちゃん声大きいって!風紀委員に見つかったら…」
「惑わされちゃダメよ!そりゃ向こうはそれを生業としてるからしょうが
 ないけど、そのタネを見破って奴の真実の顔を引っ張り出してやらない
 と自分の身が危険にさらされる事になるわ!」
「梨華ちゃんっ」

54ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:26


「3−A石川梨華さん」


「何よっ!…あ」
「随分なお言葉使いですわね」
にっこりとしたその笑顔の後ろに隠れている裏の影に気付く。
いかにもといった様な黒ぶちメガネをくいっ、と整え、こちらを見据える
その目には何か異様な雰囲気を感じる。とても同学年とは思えない。
制服の胸のバッヂには『風紀』の二文字。
「風紀委員長の…藤本さん…」
「皆さんのお食事中にそのような大声で、どのようなお話かしら?」
「そ、そんな大層な事じゃございません事よ」
「まあそうですか」
フフ、という笑いが何やら恐ろしい。
「けれどもう少し、この学院に在籍なさってるという自覚を持ってもらい
 たいものですわ」
「そ、それはどうも…これからは気をつけますわ…」

―――――柴ちゃん助けて!
あゆみに助けを求めようと、梨華はコンタクトを送る。
目があったあゆみは「私、存じません事よ」なんて言ってそうな顔で、
梨華のあんみつをパクパク食べている。
それを見た梨華が黙っていられるはずもない。
喋り続ける委員長の言葉なんて、耳に入ってもいなかった。
「まったくピアスをあけるやら髪を染めるだとか…
 女性はもっと慎ましくあるべき...」

55ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:26



「柴ちゃんのばかぁっ!」



そう言った時、梨華はハッとして口を噤んだがもう後の祭り。
いつの間にか静まり返っていた食堂内で響いたのは、梨華の声だけ。
「あ、いえ、あの…その」
「…口で言っても分からないようですわね」
いえ、十分分かっているつもりですわ藤本さん、オホホホホ。
なんて言葉が出てくるはずもなく、パクパクと口を開閉させる。
委員長が指を鳴らそうとするその仕草をどこかで見たなぁ、なんて思う。

「松浦さん、高橋さん」
パキッ、という音と共に、どこからか現れた二人の生徒。
その胸のバッヂにも、これまた『風紀』の文字が。
「「お呼びですか、藤本先輩」」
練習でもしているのかというくらい揃った二人の声。
―――――い、一体どこから…
「石川さんを生徒指導室へ」
「「はい」」
「え、ちょ、ちょっと待って…!」
引きずられながら講義する梨華に、委員長はにこやかに手を振った。
それはまるで、皇太子様、雅子様が国民に対する様に穏やかだった。
「ごきげんよう、石川さん」
何が起きたか分からない梨華は、その二人に腕をつかまれズルズルと
食堂から連れ去られていった。

「あなたにはきっちり反省してもらわなくてはなりません」
「午後の授業はお休みなさってください」
梨華に対してそう言う両端の二人の言葉に耳を傾けながら、
―――――藤本さんも手品使えるんじゃないかしら…
と場違いな事を思う梨華だった。

56ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:27




そしてそのまま生徒指導室に連行された梨華は、スタンバイしていた
生徒指導のオバサン教師にこってりお説教をされた。
「食堂で大声を張り上げるなんてはしたないっ!あなたはそれでもこ
 の女学院の生徒ですかっ!」
「はぃぃ…申し訳ありません…」
ヒステリックに怒鳴るそっちの方がはしたなくはないのだろうか。
耳に劈く奇声になんとか耐え忍びながら、梨華は時が経つのを待った。
―――――何もかも全て、あの変態マジシャンのせいだわ…!
「石川さんっ!聞いてらっしゃるの?!」
「は、はいっ聞いてます…」
「まったく最近の若い人たちは慎みと言う物を理解していないのかしら?
 私が若かった頃はもっと…」
長くなる事を核心した梨華は涙をこらえた。

57ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:27


「まぁまぁもーいーじゃないですか先生、本人も反省しとるようやし」
そんな時、関西弁の女性が割り込んできた。
「中澤先生は生徒に甘すぎますっ!そもそも教師である貴女がそんな
 格好でどうするんですか!」
「こんなん、今の世の中フツーですよ」
金髪・カラコン、ぱっと見、雰囲気が教師と言うよりヤンキーっぽい。
これが普通なのかどうか分からないが、梨華はとりあえず中澤の言う
ことに頷く事にした。

中澤裕子、梨華のクラスの担任教師。
見た目は怖いが性格はきさくでサバサバとして人当たりがよく、
規則に縛られたこの女学院の中で、唯一それにとらわれる事がない。
生徒からの信頼も厚く、また生徒を心より大切にしている。
梨華ももちろん中澤の事は大好きだった。

「それはまぁ置いといて、担任であるウチが責任持ってこの子によぉ
 ーくお灸すえときますから、先生は自分の仕事に戻ってください」
ヘラヘラと笑いながらポンポンとオバサン教師の肩を叩く。
けれどそれが勘に触ったらしく、オバサン教師は余計ヒステリックに
怒鳴り始めた。
「それが一番心配なんですっ!貴女の所の生徒だからこそ、私がキツク
 言っておかなければならないんですっ!」
「あら、そりゃごもっとも」
ハハハハ、と腹を抱えて笑う中澤。
「でもま、正味の話、この子の事はウチにまかせてください
 ウチが担任のセンセなんやからなぁ」
急に笑いが止んだかと思うと、今度は何か怪しい微笑で中澤は言った。
その中に潜むモノの迫力にオバサン教師は少し怯え、しかたなく
「わ…分かりました、それじゃあここは頼みましたわ」
と言って、そそくさと部屋から出て行った。

「ふぅー、ホンマしつこいオバはんやで」
中澤はどっか、とソファに乱暴に座る。
「それにしてもめずらしいなぁ、石川が呼ばれるなんて」
「私はただ自分の意見を尊重しただけであって、決して食堂にいた皆さ
 んに迷惑をかけようとした訳では…」
「あー、なるほどなるほど」
中澤は梨華の話に、ただこくこくと頷く。
「まー確かにちょっと五月蝿くしただけで生徒指導室ちゅーのはあり得
 へんわな、ウチもやりすぎや思うわ」

58ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:27

「せやけどこのままなんもせんで帰すっちゅうこともできんねん、
 こっちも一応教師やからな、っちゅーことで…」
ズイッ、と顔を寄せてくる中澤に、思わず腰をひいてしまう。
「な、なんですか」

信望も厚い中澤だが、実はかなりのセクハラ教師でもあった。
それはおふざけ程度だと言う事は皆分かっている為、特に問題にはならな
いのだが、かなりやばい時もある。
唇を奪われそうになった生徒は後をたたず、かくいう梨華もその犠牲に
なってしまうような事が度々あったが、拒否すれば中澤も無理強いはし
こないので、どれもなんとか回避してきた。
けれどいくら逃げようとも、今が危険な事に変わりはない。
梨華はギュッ、と瞼を閉じた。



「何ビビッとんねん、反省文書けっちゅうだけやのに」
作文用紙が2枚ほど手渡された。
「あ…反省文ですか」
ホッ、と胸を撫で下ろし用紙を受け取る。
中澤の顔がニヤニヤと嬉しそうに見えた。
「チュウでも期待しとったか?」
「してません!」
「なんやつまらんなー、誰かブチュッとさせてくれる奴はおらんのかい」
いかにもといった顔をする中澤。
「してほしいんなら結婚相手を早く見つけてください」
毒舌な梨華に中澤はピクリ、と眉を動かし、
「お、それはウチに対する挑戦か?あ?」
「いいえ、別に…それじゃすぐ書いてきます」
話を流して、梨華は指導室を後にする。
背後で「今日中に出すんやでー」と聞こえる中澤の声に、
放課後残りか…とため息をつきながら梨華は授業中の教室へと戻った。

59ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:27
なんか今日は短いけどいろいろ登場。
藤本さんのキャラは、あの美少女日記ⅢのOL(?)の感じです。

>名無しハロモニさま
ありがとうございます。いやぁ嬉しいです。(*^^*)
なんとか毎回更新していきたいと思います。
でもあんまり期待しちゃ、ダメダーメ。(笑

>名無しハロモニさま
本当はもっと伏線を張りたかったんですが(見た目とか)…失敗。
まぁ石・吉・加・辻、この辺りが出たら後は…残り一人。
もう少ししたら出るのでそれまでお付き合いください。
ってかその後も。(笑


今月はもう更新できません。来月になったら更新します。

60名無しハロモニ:2002/12/24(火) 20:32
面白い!風紀委員の藤本も良い味出してるし。
今後の、梨華お嬢様とマジシャン吉澤の絡みも気になりますね。
作者様の飼育で書かれている作品も是非読んでみたくなりました。
がんがって下さい!

61名無しハロモニ:2002/12/28(土) 17:05
サイコー。
久しぶりに良い作品に逢った感じです。
石川さんと吉澤さんの会話いいですねwエロ吉澤マンセー

作者さんの飼育で書かれている作品が激しく気になる今日この頃…

62ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:14




カリカリカリカリ...。

誰もいなくなった教室で一人、自分の机でせっせと反省文を作成している。
そこには紙にシャープペンを走らせる音だけが響いていた。
「はぁ…まだこんなにある、時間足りないよ…」
と、3分の1ほどしか埋まっていない作文用紙を眺める。

長くなりそうな説教の時間を中澤がかなり短縮してくれたのだが、な
んだかどうもうまく丸め込まれたような気が後からしてきた。
悪い事をした、など微塵も思っていないのだから反省なんてしないし、
だらだらと謝罪の文なんて考えられるはずもない。
その辺を中澤に追求するのをすっかり忘れていた梨華だった。

「帰るの4時過ぎちゃうなぁ…」
とりあえず家には電話をして、「用事ができたから車は4時ごろに寄
越して欲しい」と言っておいたが、それでは当分間に合わない。
なんせ3分の1書き上げるのに1時間も要したのだから。
書き始めたのが2時ごろ。
このままいくと計算上、反省文が出来上がるのは今から5時間後の夜
8時という事になってしまう。
「絶対無理よ…そんなの」
シャープペンをくるくる指で回しながら、梨華は見えない誰かにグチ
る様に、独り言を口にしていた。

「今日は家庭教師の日なのに、これじゃ間に合わないわ」
うら若き17歳の乙女ながら、ハードスケジュールの毎日を送る梨華。
今日はいつもの家庭教師が来て、3時から3時間みっちりお勉強。
おそらくもう家庭教師は梨華の家についている頃だ。

テストの成績がいまいち、な梨華は一日2時間だった家庭教師の勉強
時間も1時間増やされ、週2の割合も週3に増やされた。
他にも習い事や色々な予定がたくさんあるというのに、そのスケジュ
ールが崩された事はほとんどない。
おそらく今日が崩される初めての日になる。
「まぁ…それはそれでいいけどね」
考えると、ちょっと顔がにやけてしまう。

63ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:14

「…でもこの用紙が埋まらないのが事実、それまで家に帰れないし…」
なんで私がこんな目に合わなくちゃならないの?
思わず涙が出そうになってくる。
「そもそも私がこんな目に合ってるのも…」
―――――全部あの変態マジシャンのせいだわ
抑えていた怒りがまたふつふつと蘇ってきた。

「…そうよ、大体何で、どっちかと言えば被害者の私が指導室に呼び
 出されて反省文書かされなくちゃならないのかしら」
元を正せば全ての元凶はあのヒトミにある。
彼女がブラ(略)を抜き取ったりしなければ梨華が授業に遅れる事も
なかったし、食堂で委員長の藤本に目をつけられる事もなく、反省文
でこんなに悩む事もなかったのだ。
「どうやって抜いたかは置いといて…考えても分かる訳ないし、
 いいじゃないピンクだって、好きなんだもの」
ブツブツと念仏の様に唱え続ける。

「この下着だって結構気に入ってたのに…別に誰かに見せようと思っ
 てた訳じゃないけど…カワイイじゃない…」
肩の辺りを抑えながら呟く。
「…もしかして、ピンクじゃなかったらよかったのかしら…」
少し論点のずれてしまった梨華だった。

64ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:14


「…ハッ!何で私があんな奴の事考えなくちゃならないのかしら」
ぶるぶると頭を振るが、ヒトミの顔が頭から離れない。
それはやはり、あのショーの夜から梨華の記憶に彼女の印象が強くイ
ンプットされてしまったせいに違いない。
「全然違う人だったわよね…あの時は」
仮面をしていても感じ取れた、あの優しい空気。
初めてステージに現れた時や様々なマジックを披露している時の姿。
何より、梨華をエスコートした時なんて特に。
まったく別の人物と言っても過言ではないくらい人が違っていた。
「まず顔からして違ったわ、うん」
あの笑顔を梨華はまだ忘れてはいない。
そしてそれと同時にヒトミのあのイヤらしい笑みも忘れられない。

「…あんなに…あんなにカッコよかったのに…」
男性と勘違いしてたのかもしれないけれど、少なくとももう一度、
あのショーを見たいと思ったのは確実だ。
あんなに心惹かれるものに初めて出会った梨華だったのに、それを披
露したのがあのヒトミだと思うと、まったく信じる事ができない。
「…やっぱり違う人がやってるんじゃないかしら…」

65ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:15

「…」
「ん?」
何か聞こえた。
けれどなんなのか分からない。
もう一度よく耳を澄ましてみる。
「…ゥ」
「…ゥ?」
それでもあまりよく聞こえなかったが、さっきよりも少し大きい音。
どうやら何かが近づいて来ているように思える。
よーく耳を澄ませた。
「…あれ、何も聞こえな」


「スリ―――――!!」


「キャアアッ!!」
驚いた勢いで思いっきり後ろにひっくり返ってしまった梨華。
ひっくり返った拍子に後ろの机に頭もぶつけてしまう。
痛みに耐えながら、現れた人物にピントを合わせた。


「痛…っあ…あなた…!」
起き上がりながら教卓の後ろにいる人物に指を指す。
「独り言は鼻毛が伸びるよー、って知ってた?」
「変態っ…マジシャン!」
「違うって」
ヒトミは笑いながら答えた。

「天才マジシャンだって、知ってるでしょ?」
「人の下着を抜き取る変態マジシャンならよく知ってるわ…」
「だからー」
梨華の座る前の席に腰掛ける。
まるで舌足らずな幼稚園児に、一言一言を丁寧に教えるかのように、
「て・ん・さ・い」
「へ・ん・た・い」
「全然違うじゃーん」
とか言いながらも、相変わらずあの笑顔。
「母音は一緒よ」
「いやそうだけどね」

66ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:15


「そーそー、“ボイン”と言えば石川さん何カップ…」
「日本で仕事がしたかったらそれ以上口を動かさないで」
「…モゴ」
さすがにそれはまずいと思ったのか、ヒトミは口を抑えた。
「よろしい」
頷き、また反省文に目を向ける。
でもやはり埋まっていないのは事実で、梨華は落胆するしかない。
はぁーっ、と一つ大きなため息をついた。

「何?コレ?」
ヒトミが聞いてくる。
「口を開かないで、って言わなかった?」
「胸に関係する事じゃなかったらいいじゃん」
で、何?と作文用紙を指して問う。
梨華はもうこれ以上討論するのもイヤになり、しかたなく答えた。

「反省文よ…」
「へ?何か悪い事でもしたの?」
何も知らないその間の抜けた顔に腹が立つ。
皮肉ったらしく梨華は言った。
「あなたが私に変な事しなければ、私はこんな物書かずに済んだのよ」
「へ?あたし?」
「決まってるでしょ!」
バンバン、と勢いよく机ごと用紙を叩きつけた。
「ブラジャーとった事?」
「そうよ」
「えー、それ間違ってるよー」
笑いながら講義するヒトミに、梨華はピクリと反応した。

67ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:15

「何が間違いだって言うのよ!」
思わず立ち上がって、ヒトミを睨みつけた。
それにもヒトミは平然として、
「だーって、あたしが何をしてたのか石川さんが「分からない」って言
 ったから教えてあげようと思ってやったんだよ?だったらあたしのせ
 いじゃないじゃん」
「そんな事頼んだ覚えないわ!」
「その辺はほら、あたしの気遣い」
「ならもっとマシな物で気遣ってよね!」
なんでわざわざ私の下着で...とまたしてもグチる梨華。
ヒトミは顎に手を当ててなにやら考え込む仕草をする。

「そんじゃこんなんはどーでしょう」

パッ、とヒトミは右手の平を上にして梨華に見せた。
そこには直径2センチくらいの赤い玉。
「見ててね」
グッ、とそれを握ったかと思うと、すぐに手を開く。
そこにあったはずの赤い玉はなくなっていた。
「あれ?」
「とくとごらんあれ〜」
おどけるヒトミ。
出された左手にはさっきの消えた赤い玉、それも二個。
「一個が二個に」
それを慣れた手つきでまた握り締め、今度は両の手を開く。
すると赤い玉はどんどん増えていく。
「二個が四個に、四個が八個に」
ポンポン増えていく赤い玉を指の間に挟んで梨華に見せる。

「よっ」
掛け声と共に八個の赤い玉を投げ上げる。
そして落ちてくるそれらを一気に両手で包み込み、ニヤッと笑う。
「ジャーン」
手の平の中の赤い玉は全て無くなっていた。

68ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:16

「………」
思わずその流れる様な手品に見惚れてしまった梨華。
間違いない、彼女はあの時のヒトミ・ヨシザワだと確信する。
あのショーの時に比べれば少し物足りない気もするけれど、でも彼女は
手品をする間あのマジシャンと同じ空気を纏っていた。
あの暖かくて優しい空気を。
―――――信じられないけど…信じたくないけど…

「こっちの方でもよかったんだけど、これちょい簡単だからさぁ、
 あんまり信じてもらえないかと思ったんだよ」
「…だからってトイレの時のはいただけないわ」
せっかく練習したのにー、と頬を膨らませるヒトミ。
「そんなもの練習してどうなるっていうのよ」
「でもすごかったでしょ?」
そりゃあ、あんな事誰にだってできる訳じゃないし(できたらこの世は
とんでもない世の中になる)ただ単純に「すごい」と言える。
「でも許せない」
期待感を裏切られた事と失態をさらされた屈辱とが重なり、もはや笑っ
て許す事などできやしない。
今さらながら、ヒトミもその梨華の表情を見てさっきとはえらく違う、
自信の無い顔になりつつある。
育った境遇が違ってはいてもやはり人生経験が多い分、梨華の方が立場
的に有利だろう。

「ご、ごめんね」
冷や汗をたらしながら、上目使いで謝罪するヒトミ。
「今さら謝ったって遅いわ」
「そこをなんとか…許して、ね?」
「………」
何も言わなくなってしまった梨華にヒトミは本気で焦る。
必死になって「ごめんなさい」を連発し、頭を下げても梨華のご機嫌は
そう簡単には治らない。
いくら彼女が世間知らず、と言っても相手はお金持ちのお嬢様。
それなりの意地とプライドは持ち合わせている。
「お願いしますっ、許してくださいっ」
ついには床に手をついて土下座をし始めた。

69ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:16


「そだっ」
ピーン、と何かひらめいたヒトミはパッ、と笑顔に変わる。
百面相とはこういう事を言うのだろう。

「マジック見せてあげるよ」
「は?」

本気で分からない梨華に、さらにヒトミは説明を加える。
「今何個か新しいマジックを開発中なんだよね、でもそれにはやっぱり
 見てくれる人がいないとできないマジックもあるし…それを石川さん
 に見せてあげようって訳、いかが?」
「そんな事言われても…」
その手品のせいで今自分はこんなに不機嫌になっていると言う事を分か
ってるのか?と言いたくなった。
それを察してか否か、ヒトミは切り札を出す。

「石川さん、あたしのマジック好きでしょ?」

「え?」
頭が会話についていかない。
「なっ、んでそうなるの!?」
「だってー、あのショーの時めっちゃキラキラした顔であたしのマジッ
 ク見てたでしょ?ちゃんと知ってんだから」
勝ち誇り胸を張ってこちらを見てくる。
それがはっきりと否定できない分、梨華は何も言うことができない。
「今だってあの軽いヤツやった時も、一言も喋んないで真剣だったし」
「………」
「ね?いい考えだと思わない?」
覗き込んでくる瞳を何とか交わそうとするが、一瞬だけチラッと目が合
ってしまう。
すぐに逸らそうとしたけど、ヒトミのその瞳と口の端がまたイヤらしく
笑ったかと思うともう逸らせずにはいられなかった。

70ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:16

その反応をヒトミは「OK」と受け取ったと無理やり決めつけ、
「よーし、じゃ決定!そういうワケでさっきの事は水に流して」
「ちょっ…!私まだ何にも」
「いいじゃん、そういう事で、ね?はい、このお話もう終りー」
パンパンと手を叩いてこの場を何とか切り抜けようと促す。
「あなたねぇ!…まったく」
怒る気もそろそろ失せて、梨華はもう何も言おうとはしなかった。
けれどよく考えてみれば自分にとってもヒトミにとってもなかなかの
好条件である事には間違いない。
ヒトミの手品をもう一度見たいと思ったのは事実、それもニューヨー
クを揺るがせた有名なマジシャンの技を、承諾やら一切無しで見られ
るというのだから、かなりお得だ。
―――――…性格はちょっとアレだけど…

「これからちょくちょく、思いついたら見てもらうからね」
にこやかに微笑むヒトミにまだ少し拒否反応は覚えるものの、それで
もさっきよりかはまだ幾分マシになっていた。
耐性がついてきたのかもしれない。

71ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:16

―――――あ!それよりも反省文!すっかり忘れてた
「もうっ!あなたのせいでだいぶ時間ロスしちゃったじゃない!」
「へ」
もうすでに4時5分前だ。
もうそろそろ迎えの車が来てしまう。
外を覗いて車を確かめようと窓際に近づく。
「えーっと…」
まだ見当たらない。

車が来ても少しくらいは待たせてもよさそうなものだが、その運転手が
なんというか気難しく、一度「時間通りに来たのに何故また待機してな
くてはならないのですか!」と散々怒鳴られた過去が梨華にあった為、
それからは毎回時間通りの送り迎えをしてもらっている。
それがイヤなので、もし車が来たら反省文が途中でも帰る気でいた。
中澤もそんな事くらいでは怒らないだろうという、梨華の作戦だった。

「何探してんの?」
ぴょいとヒトミが顔を出す。
「黒いリムジン、お迎えの車なの」
「ひょえー、さすがお嬢様」
ビックリ顔のヒトミはほっといて、梨華は反省文の作成の為にまた机に
向かってカリカリやり始める。
今度はヒトミは梨華については行かず、そのまま窓の外を見やっていた。

72ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:17


その時突然
「あ、あれじゃない?黒いリムジン」
ヒトミが言った。
「え?どれ?」
真っ直ぐにヒトミが指す方向に顔を向けて見てみるが何もない。
「いないじゃない」
「いや、アレアレあっち」
アッチ?
梨華はじっと目をこらすがやっぱり何も見えない。
「やっぱりいないわよ」
「いるよ、ホラ見える」
「何もな………あ」
それは本当に豆粒。
校門前から遥か200メートルはあろうかというところに、ぽっちりと
黒い豆粒を一つ発見する。
それはかなり遠い距離。
段々と近づいて来てその正体はうやむやのうちに明らかになった。
間違いない、あの石川家の車庫の中にあった黒いリムジン。

「よく見えたね」
「あたし目いいんだ、両方視力2.0なの」
「ふぅん」
「だから、ショーの時石川さんの事見つけれたんだよ」

73ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:17

「え…」
その言葉に、梨華は少しだけ胸をときめかせてしまう。
けれどすぐに、あの中で全身ピンクの石川さん見つけるのは誰でも簡単
だろうけど、とヒトミは余計な一言まで付け加え、梨華はまた落ち着い
てきたと思った眉をつり上げた。
―――――だから、好きなんだってば!いいじゃない!
あからさまに怒っている梨華に気付かず、ヒトミはまた何かくだらな
い事を思いつき、ポン、と昔のマンガの様に拳で手の平を叩く。

「そだ、ピンクと言えば…さっきから気になったんだけど」
ヒトミにゆっくりと梨華は視線を合わせ思う。
―――――…なんだかその先は聞いちゃいけないような気がする
そんな想いも空しく、ヒトミは口を開いた。
「あのさ」
またあのイヤらしい笑み。



「石川さんて下もピンクなんだね」



おそらくさっき、後ろにひっくり返った時。
考えなくても分かる、スカートの中が丸見えになってしまう事は。


「絶対許さないっ!!!」


反省文は半分にも満たない。

74ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:18




「…って言うわけなのっ」
「ふーん、それでそのマジシャンのせいで時間に遅れた、と」
「そうそうそうそう、そうなのよっ」
机に向かっているといっても勉強をしようという訳ではなく、ただ胸に
溜まりきっている不満を横にいる自分よりも小さい家庭教師にボカボカ
ぶつけていた。さすがに下着の事は言えないが。
「だから私は悪くないの、まりっぺ!」
「別に怒ってやしないけどさぁ」
小さな家庭教師は数学の教科書で仰ぎながら、梨華の話を聞いていた。
艶やかな金髪がさらりと揺れる。

「別に梨華ちゃんが勉強の時間に遅れても困るのは梨華ちゃんだし、
 おいらはおいらでケーキなんか貰っちゃってゆったりしてたし」
よくみると梨華の机の上にはそれらしい物が乗っていた皿とフォーク。
「それにさぁ、迷惑料なんつって今月のカテキョ代ちょい上がったり」
おいらにとっちゃ言い事尽くしだから構わないぞー、なんて言う。


金髪の彼女は矢口真里、梨華の家庭教師を務めて1年。
現代ギャルの代名詞と言っても過言ではないほどの女の子。
高校卒業後、すぐに梨華の家庭教師となり彼女の勉強をみている。
そのお金で暮らしをまかない、いわばプータローの人。
そんな彼女がどうして石川家のお嬢様の家庭教師になれたのかというと、
努力のタマモノかはたまた天性の才能か、県の首席の高校に首席で入学
し卒業までその成績を落とさなかった。
それに目をつけた梨華の父が、矢口を家庭教師として迎え入れたのだ。

75ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:18

「ま、でもお金貰う立場だしやる事はやるよ、ほら続き続き」
矢口は少し真面目な顔になり勉強を始める様、梨華を促した。

「…だからこのⅩは二乗されてるからこっちの公式を使うんだよ」
矢口の教え方は分かりやすい。
どの教科をやる時も教科書と梨華の学校の勉強にそった流れで学校の先
生たちと同じ様な流れだが、梨華が分からない所は徹底してそれが自分
で使えるようになるまで何度も繰り返す。
いくら時間がかかろうが矢口は丁寧に教えてくれる。

けれど、何時間もずっと勉強を続けるわけでもない。
勉強の合間の休憩時間には他愛ないお喋りなんかもする。
流行の服や音楽、TVの芸能人やタレントを知らない梨華でも矢口の話
は聞いてるだけで楽しかった。



こんなにいい家庭教師に恵まれていれば、大体の人なら勉強もはかどり
成績もUPする事間違い無しだろうが、梨華の成績は一向に変化が見ら
れない。
下がる事はないが、それ同様上がる事も無い。
それが今の梨華の悩みだった。

76ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:18

―――――それでも楽しいから、まぁいっか
「こっちはさっきと違う公式で解いてさ」
今日学校でやっていたのと似たような問題とにらめっこ。
今はなんとかできそうだが、これがテストの日までもつかどうか…。
梨華が違う事で悩んでいると、矢口はいきなり教科書・ノートを全て閉
じて、横の方に密かに置いておいた問題集を机の上に開いた。
「じゃこの14ページんとこ、自力で解いてみ」
腕時計をいじりながら矢口は言った。
「答え合わせは30分後、はい始めー」
「え、いきなり?」
「文句言わないっ、もう1ページ増やすよ」
そう言われてしまっては立場の弱い梨華は黙っていわれたページをやる
しかない。特有の、頬を膨らませて睨む仕草をしても矢口は「キャハハ
きしょい〜」とかからかわれて終りだ。

「教科書見ながらやっていーから」
「はぁい」
のろのろと梨華は問題を解き始めた。
「それ答合わせして今日はもう終りね」
「え、今日まだ英語の勉強してないよ」
今日の勉強科目は数学・英語の二つ。梨華の最も苦手とする教科だ。
「あーそれ今度ね、時間ないし、それにおいら英語ちょい苦手でさぁ
 あんまやりたくないんだよね」
家庭教師の好き嫌い云々で勉強を短縮してしまうのもどうかと思う。
「そんなぁちゃんとやってよ、私英語が一番苦手なんだから」
「おいらもそーなの、どーせ教えてもらうならちゃんと知識のある人に
 教えてもらった方がいいと思うよ」
じゃあ先生は何の為にあるのよ、と突っ込もうとした梨華。
けれどそれは矢口の言葉で遮られた。

77ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:18


「あっ、じゃあさ、そのマジシャンの子に教えてもらいなよ」

「はぁっ!?」
予想しなかった答えに梨華は目を見開く。
「なっ、何であんなヤツに!」
「だってさ、その子アメリカで有名な人なんでしょ?」
「…ぅん、多分」
慌てる梨華と対照的に矢口はさも当たり前のように言う。
「だったらアメリカで暮らしてたんだし、当然英語喋れるし話聞いてた
 らその子日本語もペラペラのバイリンガルなんでしょ?その子に本場
 の英語教えてもらった方がいいじゃん」
「………」
矢口の並べ立てる正当な理由に梨華は何も言えない。
インスタントな知識を持った人に教えてもらうよりも、英語がペラペラ
の外国人に教えてもらった方が上達が早いのは当然だろう。
もちろん梨華も頭では分かっている。
分かってはいても体が拒否反応を示してしまうのだから仕方ない。
なんとかその事を食い止めようと、梨華は反論に出た。

「で…でも私、別に本場の英語なんて覚えなくていいもん、テストの成
 績上がればそれでいいんだもん」
完璧だと思った梨華の会心の一撃。
けれどそれはあえなく矢口のカウンターに沈められた。
「そりゃ今はいーだろうけどさ、あんた仮にも石川家のお嬢様なんだよ?
 そんなのが海外進出しないなんて考えられると思う?絶対無理だね」
「う…」
梨華の父ももちろん海外へ出張ということで家を離れる事がよくある。
他国との貿易も営む石川コンツェルンのお嬢様である梨華も、未来の旦那
様とその後を継いで...というのは当然の事だ。
梨華は自分がお嬢様になって生まれてきた事を少し恨んだ。

78ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:19

「ね?諦めてそのマジシャンにイングリッシュをティーチしてもらいな」
「まりっぺ英語分かるんじゃない!」
「オーゥこれはベリーノーマルでベリーイージーなイングリッシュだよ」
ジェスチャー付きで矢口はエセ外国人になりきった。
―――――もぅ…ホントに困ってるのに…
「ほらほら、もう10分経っちゃったよ?やってるー?」
矢口の言葉に正気に戻りハッ、として問題集を見るが1問たりとて手を
つけてはいなかった。
「もうまりっぺのせいじゃない!」
「人のせいにすんなー、ほらはよやれやれ」
「あーん、もうっ」

そうして、問題集もなんとか無事終え(答えがどれだけ合っていたかは
別の話)梨華の騒がしい一日はなんとか終りを告げた。

79ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:19
正月から更新してる私…。
昨日の紅白はおもろかったですなぁ。HAHAHA!
ま、とりあえず新年明けましておめでとうございます!!

>名無しハロモニさま
ミキティってどんなキャラにしようか迷ったんですけど、
気に入っていただけた様で嬉しいです。いしよしもこの次の次
の更新で出ます。飼育の方は…やめといた方が…。(爆

>名無しハロモニさま
ありがとうございます。吉はやっぱりこうじゃなきゃいけませんね。
アラララ、あなた様も飼育の作品が気になると...。
(0^〜^)ノ<止めとけ止めとけ後悔するぞ。

80名無し新年:2003/01/01(水) 15:12
やめとけと言われれば知りたくなるのが人間の本能(w
おしえてくり〜

81名無し新年:2003/01/01(水) 17:53
>独り言は鼻毛が伸びるよー、って知ってた?
知らなかった……。
すごい面白いです!!引き込まれてしまいます。

えぇ〜と、飼育の作品が気になるのですが…。
もしかして、とても有名な方じゃないのでは??

82ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:08




昼休み、梨華は昨日(ヒトミのせいで)出せなかった反省文を中澤に
渡すために職員室に来ていた。
「失礼します」
静かにドアを開けて一礼し、ちゃんと後ろを向いてから両手でまた静
かに入ってきたドアを閉める。
これもちゃんと授業で教わってきた事だった。

―――――えーと中澤先生は…
キョロキョロと中澤の姿を探してみても、あのいるだけで目立ってし
ょうがない人物が見当たらない。
ここにはいないのだろうか。
―――――困ったな、中澤先生いつもどこ行ったか分からないんだもん
困り果てている梨華のところに、白衣を着た一人の教師がやってきた。


「石川誰かに用事?」
「あ、保田先生」
保田圭、梨華の学院の保険医。あだ名は圭ちゃん・ケメコ。
中澤と同じく生徒に好かれている教師。
いつも落ち着き冷静、よく言えば大人、悪く言えばババくさいとも言う。
けれど本人の前でそういう事を言ってしまうと、冷静とはだいぶかけ離れ
怒りに任せて暴れる事もある。
保健室ではよくカウンセリングを行っていて悩みを持ちかける生徒は多い。
中には悩み相談とかこつけてただお茶しにくる者も現れ、そんな生徒達の
間では“ケメコのお茶会”と呼ばれ、密かに楽しまれている。


「あの、中澤先生に渡そうと思って」
言いながら反省文を書いた用紙を保田に見せる。
「あー裕ちゃんなら用があるって言って2年生の教室行ったわよ」
「あ、そうですか」
それを聞いて職員室から出ようとした梨華を保田が止める。
「置いとけば?めんどくさくない?」
「私は若いから動くんです」
「あんた最近一言多いわよ」
保田の微妙な表情の変化を察知して、梨華は足早に職員室から出る。
「失礼しましたー」
「あ、ちょっと話はまだ終わってないわよ石川!」
「今度のお茶会の時ゆっくり聞きますー」
梨華も“ケメコのお茶会”の参加者の一人だった。

「石川ー!」
自分を怒鳴りつける声を聞こえない振りをして、梨華は急いで中澤の
いる、2年生の教室に向かった。

83ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:09




―――――大事な事を聞くの忘れてたわ
梨華は反省文を手に、2年生の教室を一つ一つ覗いていた。
―――――何組にいるのかしら、中澤先生…
この女学院、学年ごとにクラスは10クラスに分けられていて、その
為に梨華は2年生の教室を一つずつ調べなくてはならなくなった。
それでも今は昼休みではあるし、中澤の事だからそこにいれば辺りは
騒がしくなって見つける事もそう難しくはないはず。
「いないなぁ…向こうの教室かしら」
梨華がそう言うとそこで悲鳴とも言えそうな声が聞こえてきた。
「あ、あそこかな」
隣のクラスからだ。
梨華はすぐにその教室に顔を出して、自分の担任の名を呼ぶ。


「あのー中澤先……」


そこで梨華は言葉を失った。

84ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:09

その教室の中で、中澤とヒトミのキスシーンが繰り広げられていた。
周りにはそのクラスの生徒達が顔を赤くしながら二人のキスをじっと
静かに見守っていた。
梨華が目撃してすぐ、二人は唇を離して笑い合う。
「いやーよっさん、あんたええ生徒やなー裕ちゃん嬉しいわ」
「こんなん向こうじゃ珍しくないっすよ、挨拶です挨拶」
「ええ国やなぁ、オイ」
ハハハハハハ、と重なる二人の笑い声。
―――――な…何してんのよ、何をぉ!

「あ?石川やんか、あんた何してんの?」
教室で呆然と立つ梨華に中澤が気付く。
「ななな中澤先生こそ、ここここんなところで何を…」
「うちはあれよ、ほら転校生の品定めやんか」
と言って中澤が指差す先には、ニコニコと笑いながら梨華に向かって
手を振るヒトミ。
それになるべく目を合わせないようにして、持ってきた例の物を出す。

「私は昨日書けなかった反省文、持ってきたんです」
目の前に突き出された作文用紙に中澤は顔を寄せて、んー、と長く唸
り、ようやくそれを手にとった。
「あ、あーあーあーそうやそうや、忘れとった」
「はぁ?」
「そんなんいつでもええねん、うちも真面目に見る気ぃないし」
「はぁぁ?」
お気楽な中澤に、昨日の苦労をぶちまけてやりたくなる。

2ページもだらだら長く書いてきた反省文。
そこにいる変態マジシャンとの2度目の顔合わせ。
それが今の中澤の言葉で全て水の泡になってしまった。
―――――私は一体何の為に…
もう何度気を落としてきたのか数え切れない。

「ま、一応貰っとくわ、読むか分からんけど」
「読んでください、せめて」

85ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:09


「石川さん、今日は朝から元気ないねぇ」
出た。変態エロマジシャン。
変態だけでは足りないと思い、もう一つ『エロ』と付け加えた。
梨華の要らない気遣い。
「………」
「石川さん」
関わり合いになりたくないがため、目を合わせようとはしない梨華。
「………」
「…無視ぃ?」
今にもクゥーンと鳴きながらじゃれてきそうな子犬の様な潤んだ瞳。
そういう顔をされるとさすがの梨華も少しウッ、ときてしまう。
しかし今日の梨華は一味違い、その決心は鉄よりも固い。
―――――話にさえ乗らなければおちょくられる事もないわ
「石川さーん」
「………」
徹底に無視を決め込み、失礼しました、と中澤に一礼をして去ろうとした。
その時、ふとヒトミと目が合う。
ニヤリとまたあのイヤらしい笑み。

まずい。

ヒトミはすぅ、と大きく深呼吸すると、それを大きく吐き出すように


「今日の石川さんは上も下も見事なショッキングピ…!」


「ちょっと寝不足なのよっ!」
「あ、そう、ちゃんと寝ないとお肌に悪いよ」
ヒトミに近づいて周りの人たちに聞かれない様小声で囁く。
(いつの間に見たのよっ)
(秘密♪)

86ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:10

「二人とも知り合いか?」
ヒソヒソと囁きあう二人に中澤が気付かない訳がない。
「なんやええ関係か?ん?えぇ?おい」
周りにいた生徒達もいつの間にか二人を取り囲むようにしている。
梨華はぶんぶんぶんと首を思い切り横に振った。

「誰がこんなのとっ」
「こんなのって…酷いなぁ石川さん」
あはははとお気楽なヒトミに、内心ヒヤヒヤの梨華。
もう胃に穴があいてしまいそうな勢いだ。
「なんやちゃうんか、じゃあよっさんはうちが貰ってええな」
「何の話ですか…」
「せやかてなー」
ポン、とヒトミの肩に手を置いて話し出す中澤。
「嫌がらずうちのちゅーを受けてくれる貴重な生徒やねんもん」
なーよっさん、とヒトミの顔を覗き込む。
「やーあんなのでしたらいつでも」
「ホンマええ生徒やな、あんた、裕ちゃん嬉しくて泣けてくるわ」

87ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:10

「あ、そうだ石川さん」
ポン、と拳で手の平を叩く。
ヒトミはどうやら何かを思いついた時の癖がコレらしい。
「昨日言ってたヤツ、今やろう」
「え?」
「昨日あれから帰って早速思いついたんだ」
と言って、ヒトミは梨華の手を握り教室から出て行こうとする。
「あ、ちょ…ちょっと」

「なんやー二人妙に仲いいなぁ」
中澤が茶々をいれる。
「そーですかぁー?」
まんざらイヤでもなさそうに、否定する事もなくヒトミは笑う。
「そんじゃちょっと行って来ますんで」
「よしざわー言っとくがここは学校の中やからなー、その辺見極めぃよー」
なんとも恐ろしい事を平気で口に出す教師だ。
「それ中澤先生にそっくり返しまーす」
そうしてそのままヒトミは、梨華の手を引いて教室を出た。

88ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:10




「他の人にはあたしがマジシャンだって事、言ってないんだ」
屋上のフェンスに凭れながら、ヒトミは言った。
「どうして?」
「一応有名人だからさ、日本じゃそんなに名は知れ渡ってないけど」
だから石川さんも他の人にばらさないでね、と口の前に人差し指を持ってき
ながら、ヒトミはしーという仕草をとる。
「ふーん、有名人は大変ね」
「ま〜ね、んじゃ始めよっか」
そしてヒトミは少し大きめのバッグをどこからか取り出した。
「それどこから…」
言いかけて梨華は止めた。
聞いたとしてもヒトミは教えてはくれないからだ。
案の定、ヒトミは「秘密♪」と言ってさらにバッグから色んな人形やらおも
ちゃの小さい車やらを次々と取り出す。
ヒトミと梨華の間にはたくさんのおもちゃが並べられた。

「い〜い?やってみるね」
ヒトミは手近にあった小さいクマのぬいぐるみを手で持ってそこに立たせた。
「おりゃ」
パッ、と手を離す。
すると本来支え無しには立つ事は出来そうにないクマのぬいぐるみは、倒れ
る事無く、直立でそのまま見事に立っていた。
「あ」
「まだまだ」
すると今度はそのクマが、ヒトミの手拍子に合わせてとことこと歩き出した。
もちろん誰も、何もそのクマを支えてはいない。
左手と右足、右手と左足、と交互に動かしてクマは行進する。
「すご〜い」
それには梨華もそう言うしかない。

89ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:11

「なんで?なんで?」
ヒトミを敬遠するのも忘れ、梨華は無邪気な子どものように瞳を輝かせる。
「それを言っちゃ、あたしは仕事できませ〜ん」
「ウソウソ、やだ、すご〜い」
「へへ」
そしてさらに

「えーウソォ!?」

クマだけでなく、辺りの小さな車や人形も一斉に動き出した。
「やだ、おもろしろ〜い」
「もちろんタネも仕掛けもばっちり」
「きゃーかわいいー!」
満面の笑顔で梨華は動き回るおもちゃたちを見ていた。
そんな梨華の顔を見て、ヒトミもどこかしら嬉しそうに笑う。

―――――いきなり変なこと言ったりするけど、やっぱりこの人…

「すごい手品だわ」
「手品じゃないよ」
ヒトミはさも当たり前のように言い返した。
「手品じゃないならなんなの?」
「言っとくけど、あたしがやってるのは『マジック』で『手品』じゃないの」
どこが違うの?と梨華が聞き返す前に、ヒトミは火が点いた様に一気に話始
める。
「あたしのマジックはいわゆる一つの“芸術”として考えてる訳であって、
 手品なんて軽いものとは考えたくないんだよね、手品なんてもんじゃなく
 もっとこう…なんてーの?」
べらべらと動く口を見つめながら、梨華は黙って話を聞いていると、ふとその
口がピタリと止まった。


「『魔法』」


「え?」
「『手品』じゃなくて『魔法』なんだよ」
満足気に微笑むヒトミ。
「魔法…?」
「そう、しいて言うならあたしは魔法使い!」
何でも願いを叶えましょー、なんて言いながらヒトミはお辞儀した。
「手数料はいちまんえーん、もしくはベーグルでも可ー」
「なぁにそれー、格が違いすぎるじゃない」
「あ、さてはベーグルの良さを知らないだろ?ベーグルはなー」
そうしてヒトミは、今度はベーグルの良さとは何か、を長々と語り始めた。

「だからあたしが思うにはね…」
「それってどこか違うわよー」
ヒトミが言えば梨華がツッコミをいれ、梨華が言えばヒトミが言い返す。
そんなやりとりを続けているうちに、梨華は相手がヒトミでも普通に笑う様に
なっていた。
ヒトミとの会話は楽しい。
クラスの友だちと話している時のような自然なおしゃべり。
いつしか梨華もそれを楽しんできている。

90ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:11


「よかった」


「え?」
何分か話し続けていて、話題が『ベーグルサンドに合う具材』になった時、
ヒトミはそう言ってきた。
梨華はヒトミの顔を見る。
「また笑ってくれて」
「え?」
「石川さん、あたしの前じゃ全然笑ってくれないんだもん」
嫌われてんのかと思ってたよ、と付け加えてまた笑った。


確かに嫌いだった。
初めて出あった時の印象にしろ、その後の出会い方にしろ、ヒトミとの出会い
が嬉しい出会いとは断然言いがたいものだ。
それでも今はこんなに普通に会話が出来る。
しかもそれを楽しんでいる事に間違いはない。
ヒトミだって、“天才マジシャン”の仮面を外せば、単なる一女子高生には
過ぎないのだから当たり前の事だ。

静かに梨華は口を開く。
「確かに、好きじゃないけど…」
「やっぱり?」
少し悲しそうな顔を見せるヒトミ。
その後梨華は「でも」と慌てて付け足した。
「…あなたのマジック好きだもの」
何だか気恥ずかしくて、俯いたまま梨華は話し続ける。

「私…今までTVとかあんまり見た事なくて、いつもみんなの話を聞いてばっ
 かりで…、みんなが楽しいって言う事がよく分からなかったの」
ヒトミは何も言わずに黙って梨華の話を聞いていた。

91ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:11

「でもこの前…あなたのマジックショーを見て思ったの、楽しいってこういう
 感じなのかなぁ…って」

スラスラと自分の今までの想いが語られている。
こんな事を今まで誰かに話した事なんてなかった、と思いながら梨華はさらに
ヒトミに話をする。
「私、あんまりうまく表現できないけど…見てる人を惹きつけるって言うのか
 な?そんなカンジ、したの、あなたのマジック…とってもおもしろかった。
 あんなに感動したの、久しぶりだわ」
ニューヨークの天才マジシャン、っていうのはまんざらウソじゃないわね。
全てを言い切って顔を上げた時、梨華は驚いた。
ヒトミと目が合ったとき、彼女が今までに見せた事もないような笑顔をしてい
たから。
その顔に次の言葉を失ってしまう。

「あ…えっと…ぁ」
顔を逸らせても分かってしまう。
ヒトミがジッとこちらを見つめている事が。
―――――そ、そんな顔しないでよぉ…
梨華がドギマギしていると、ヒトミから口を開いてきた。

「ありがと」

照れくささの中に少し嬉しさを混ぜた、そんな柔らかい表情。
そんな顔を見せられているこっちが逆に恥ずかしくなってしまいそうで、ヒトミ
の顔がまともに直視できない梨華。
ヒトミのマジックが人を惹きつけると言った。
それは彼女の時折見せるこんな表情がそうさせているのかもしれない。

あえて言うなら、彼女が自身でも言っていた『魔法』。

人を惹きつける魅力を持つ彼女の笑顔こそ、一種の『魔法』なのではないか。
梨華はどこかしらそんな気がしてきた。

「そんな風に言ってもらえたら嬉しいよ」
へへへ、と頭を掻く少年ぽさが残る仕草。
腹が立つけれどどこか憎めない、そんな言葉が梨華の頭をよぎった。
「ぃ、いぇ…どういたしまして…」
何故かぺこり、とお辞儀した。
「まぁあたしが好かれてる訳じゃない、てのはちょっとショックだけど」
「あ、そ、それは…」
「はは、いいのいいの」
それよかさ、とヒトミは梨華に向き直る。

「明日も新しいやつ考えたから見てね」
「あ、うん」
ヒトミの笑顔の前で首を横に振ることは出来なかった。

92ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:11
>名無し新年さま
�瑤靴泙辰晋世錣覆④穃匹ǂ辰拭▷幣弌,犬礇劵鵐箸鮠唎掘▷▷�
・初作品は黄板
・それは完結済み(よってこの話は3作品め)
・黄板の小説はいしよしではないです(ちょっと入ってるけど)
・HNはこことは違います

>名無し新年さま
鼻毛の話は私の学校でよく使うんです。
ブツブツ言ってる人に「鼻毛伸びるよ」って。。。
かくいう私も…(略 でも迷信ですから伸びませんよ。(笑
有名なんてとんでもない!トーシロです。

93名無し新年:2003/01/04(土) 14:59
続きキタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)人(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━!!
只今、作者様の作品を探し中。
すごい面白いです!!
今これにはまってます!!

94ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:50




次の日もその次の日も、梨華は屋上でヒトミのマジックを見た。
小さいけれど奇抜で壮大で圧倒させられるほどのヒトミの『魔法』。
時には笑い、時には驚き、そして時にはハラハラ・ドキドキという形容詞が
ぴったりの感情が起こる。
梨華も素直に楽しんだ。
また例の如く、からかわれる事はしょっちゅうだったけど、何か暖かい空気
が周りに漂っている事を知ると、それも何故だか心地良い。
今日はどんなマジックを見せてくれるのか、最近梨華はそんな事ばかり考え
ていた。


「ねぇ梨華ちゃん」
「はむ?」
今日の昼食は洋風Bランチ。
クロワッサン2個にロールパン1個、ちょっと甘めのスクランブルエッグに
ウィンナー・パスタ・スープがついて、ドリンクは100%オレンジジュー
スか牛乳か好きな方を選ぶ事が出来る。今日はオレンジにした。
ぱくっ、とロールパンにかぶりついた時、あゆみが今まであまりした事のな
いとても真剣な顔で言った。
「吉澤さんと付き合ってるの?」
「ぐっ」
口の中でもぐもぐしていたパンを飲み込もうとしたところに、いきなり突拍
子もない事を聞かれたものだから、梨華は慌てて胸を叩いた。
「い、いきなりなんなのよっ」
「だってぇ」
あさみは自分で頼んだオムライス定食をぱくり、とひと口頬張りそして何度
か噛み下してからようやく言葉を繋げた。

「最近、二人仲いいでしょ」
ウィンナーをついばみながら梨華はもごもごと反論する。
「そ、そんなことないわよ別に普通…」

95ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:51



「正直に言って!」


バシッ、とあゆみはテーブルを叩いた。
もちろん風紀委員には見つからない様、声・力は抑えて。
「し、柴ちゃん…?」
「もう校内中に噂は回ってるの」
「え、どんな?」
「…二人が、屋上でデートしてるって」
「えっ?!」
目が点、そうとしかいえなかった。
「なっ何よそれ、なんで!?」
―――――しかもどうして校内中に回ってるの!?
その梨華の心情を見透かしたかのように、あゆみはさらに続けていく。
「あのね、転校したての吉澤さんの行動が気にされてないワケないでしょ」
しかももうすでに人気沸騰中だし、ともあゆみは付け加える。

「え?どういう事?」
「知らないの?」
「うん」
未だ状況をしっかりと把握できてない梨華に、あゆみは大きくため息。
もうどうして梨華ちゃんはいつも…と梨華に聞こえるようにという気はない
のか、それともワザとなのか、ブツブツと何かの呪文を唱えるように呟く。
そしてゆっくりと顔を上げ、息に言葉を乗せるように言った。

「吉澤さんてすごい運動神経いいの」
「ふぁ?」
「ほら、ここの体育の授業ってクラス合同でやるじゃない」
「あぁ」
女学院の一学年10クラスの中の2クラスずつでの合同体育。
AクラスはBクラスと、CはD、EはF...といった具合に隣同士のクラス
で2つあわせて一気に体育の授業が行われる。
そんな事があれば、強いクラスや弱いクラスなんてものが現れるのは必然。
「でね、この間Cクラスと隣のDクラスがバスケの試合やったの」
吉澤さんがCクラスなんだけど、と言うあさみに思わず「知ってるよ」と言
ってしまいそうになるがなんとかこらえて目を逸らした。
ヒトミのクラスを知っている、なんて今の状態で言ってしまったら話が余計
にこじれてしまいそうになったからだ。
梨華は視線をあゆみに戻す。
「そしたらそのCクラス、前はいつも試合とかDクラスに負けてたんだけど
 なんと!初めて勝っちゃったらしいの、吉澤さんが入っただけで」
よく見るTVニュースのアナウンサーも顔負けのリアクションで、あゆみは
ドンッとテーブルに乗り出す。

96ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:51

「分かる?この意味?吉澤さんの加入によって試合が逆転しちゃったのよ、
 しかもDクラスにはバスケ部が3人もいるっていうのに」
「へぇ」
「もう吉澤さんは一躍ヒーローよ」
ホラ見て、とあゆみは食堂の隅を指した。

そこにはあのヒトミの姿。
この間と同じ、何人かの生徒に囲まれてあの爽やかな笑顔を見せている。
一つ違うとすれば、その周りを取り囲む人数が明らかに増えたという事。
―――――な、何アレ…

「あーまた増えてる」
「ま、また?」
「昨日より増えてるよ」
昨日もあんな感じだったの?!
そう言いたかったが如何せん、今は無理だった。
口には出さずに目だけであゆみに訴えかける。
「梨華ちゃんってホント学院の情報にはうといよね」
日本経済とかはすごい詳しいのに。
そしてあゆみはまたオムライスをひと口。
「それで本題に戻るけどさ」
「…何?」

97ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:51

「ホントに付き合ってないの?吉澤さんと」
「付き合ってないっ、そもそも女の子同士だよ!」
「だから今さらそんな細かい事気にしないの」
あゆみはマイペースというか、妙に能天気なところがある。
同性の恋愛ということが細かいとは思えないが、自分の興味・関心を示す物
はとことん追求してしまう癖を持つ。
それが例え小さい頃から仲の良い親友のプライベートだとしても。

「ホントに吉澤さんとは何にもないの?」
「ないったら…」
「じゃ吉澤さんのコトどう思ってる?」
「え」
「これっっっぽっちも、なんとも思ってないの?」
指と指でほんの少し隙間を作り目を細める。

―――――そんなこと言われても…

考えたことはなかった。
心の奥底では少しそんなような期待もあったけれど、それはあのショーの夜
にヒトミと出会った時に感じたもので、ヒトミが女だと分かった時にはそう
考えていたことを無理やり押し込めて封印してしまっていた。
「思ってない…よ」
「ほんのちょっとくらい、気にはなってるでしょ?」
「…別に」
「ウソだぁ」
あゆみは間入れず否定した。

「ウソじゃないわよっ」
「じゃなんで昼休み二人でいるの?」
「それは…」
本当の理由を言ってしまえれば事は丸く収まってくれるのだが、昨日ヒトミ
が、自分がマジシャンである事は秘密にしている、と言っていたのを思いだ
してそれを言うことが出来ないのだ。
おそらく学院内でその事実を知っているのは、ヒトミ本人と梨華。
ヒトミが校長かもしくは担任か誰かにそれを教えていたら人数は限定されな
いが、少なくとも二人はそれを知っている。
そんな少人数にしか知られていない事を、親友だからといってあゆみに言え
る訳がない。

「ただ普通におしゃべりしてるだけよ」
梨華はクロワッサンを手にして、かぶりついた。
「ふーん…」
「…」
「じゃ、二人は友だちだとしてもさ、梨華ちゃんは何にも思ってないの?」
あゆみの皿を見ると、もうすでにオムライスは跡形もなく消え去っていた。
「思ってないったら」
ごちそうさま、と手を合わせる。

「私、女の子を恋人にしたいなんて思った事ないもん」

98ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:52




とは言ったものの、

―――――柴ちゃんがあんなこと言うから…

今まで大して気にも留めていなかった相手が自分の事を好きだという噂を聞
いた時、無意識の内に意識してしまう事がある。

「今日のはちょっと一味違うよ」
梨華にとって今がまさにそんな状況だった。
またいつものように誰もいない校舎の屋上で二人、梨華はヒトミの顔を見る
事が出来ずになんとか目を合わせないようヒトミの手に集中していた。
「…へぇ」
もったいつけて焦らすように、ヒトミはわざとゆっくり動く。
「早くしてよ」
意識しすぎて口調がきつくなっている梨華にヒトミは微妙な表情をする。
―――――こんな風に言うつもりなかったのに…
かといって今さら「ごめんね」なんて言って謝るのも恥ずかしいし、第一ヒ
トミがちゃんとその謝罪の理由を把握していなければ意味がない。
もし分かっていなかった場合、その理由を説明するのもどこか気がひける。

「ま、あせらないでよ」
軽く梨華を宥めて、ヒトミはおもむろに制服のブレザーの中に手を入れた。
そしてちょっと怪しい手の動き。
「…なにしてるの」
「まぁまぁ」
また「変態っ」と叫ぼうかと梨華が躊躇している時、ヒトミの制服から白い
ある『モノ』が登場して梨華の顔が固まった。




「はいっ」




白い“ソレ”はヒトミの手の中から逃れようと、必死で暴れる。
「…キャアアアアアア!!」
「え?え?何何?!石川さん??」
「こっ…来ないでぇっ!」
バサバサと白い翼を羽ばたかせる“ソレ”に、梨華は顔を覆い拒否。

99ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:52




「わ、私、鳥ってダメなのぉっ!!」




「ええっ!?」
ヒトミは慌ててその手に掴んでいるハトを放す。
ハトはその翼を目一杯ばたつかせて青い大空へと飛び立っていった。

「あ〜あ」
空を見上げながらヒトミはそう呟いた。
「ゴメン、石川さん鳥嫌いだったんだね」
眉を下げて謝るヒトミ。
「なんか…ダメなの、羽、とか…」
「でも、あのショーの時は普通だと思ったのに」
「あれは遠くから見てただけだったから、まだ大丈夫だったんだけど…」
近くにいるのはどうしても我慢できないの、という言葉を吐いて、安堵感か
らか梨華はその場にへたり込んだ。

「そっかぁ、ゴメンね石川さん」
「ううん…大丈夫…」
そうは言ってもその場にへたり込んで動けないでいる様に説得力はない。
膝が震えて立とうとしても力が入らない。
「…そんなに嫌いだったんだ、ゴメン、ホント…」
「ホントに大丈夫だから、ちょっとびっくりしたけど平気」
「じゃあこのマジックは中止だね、石川さんみたいな人もいるって事で一個
 学んだよ」
今度からそういう人の事も考えなくちゃダメだね、とバツが悪そうに頭を掻
いてヒトミは笑顔になって、それから梨華の隣にどかっと座る。

100ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:53

そして腕を組み、今度はハトの代わりとなるショー用の動物を選んでいた。
「代わりの動物は何がいいかなぁ、やっぱウサギかな?でもウサギって誰で
 も使ってるしインパクトが足りないんだよね」
独り言にしては大きすぎる声でヒトミは言う。
「ね、何かいい動物いないかなぁ?」
と梨華にまで話を持ち込んできた。
急に話を振られて戸惑う梨華も気にせずにヒトミはどんどん話を進める。
「「キライ!」って人があんまりいなくて、それでもってかっけーやつ」
「えぇ?そんな都合のいい動物なんて…」
「なんかいないかなぁ、トラとかライオンとかサーベルタイガーとか」
「どうして猛獣系なの?」
「だってかっけーじゃん」
そう言うヒトミの顔はコレ以上ない、というくらいに輝いている。
「すごいよね、通常ウサギやハトが出てくると思わせといてハットからトラ
 だよ?これは話題呼ぶよね、めっちゃ注目されるよ」
「そうね」
確かにあんな場面でトラやらライオンやらが出てきたとなると、そこの会場
は盛り上がるのを通り越して大パニックだ。
しかしそのマジックのタネを考える以前にもっと考えなくてはならない事は
たくさんあるはずだ。

「でもあのシルクハットから出てくるのは物理的に不可能だわ」
「そっかなぁ、結構いけそうな気するんだけどなぁ」
そもそもその猛獣たちが出てきた後、どうやって処理するのか。
そう言いたかったが、ヒトミの事だ、勢いでどうにかして猛獣たちをてなづ
けてしまうかもしれない。
それじゃあまるでマジックショーというよりサーカスだ。

まぁしかし、それ以前に梨華が「そんな事を考えるのは止めよう」と口にし
た為に、今後のヒトミのショーに訪れる客達は難を逃れる事が出来た。
「別に猛獣じゃなくてもいいじゃない」
「かっけーのになぁ」
ヒトミはまだ諦めきれずにいるようだった。

101ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:53

「また違うのを考えてみるよ」
明日はちょうど土曜日で学校休みだし、と嬉しそうにヒトミは言う。
「今度は鳥は使わないから」
「フフ、ありがと」
「あ、もう昼休み終わりそうだ、立てる?」
「ん…なんとか」
足に力を込めるとさっきよりも膝はしっかりとして、なんとか中腰になる。
「あ、大丈夫みた…」
「い」、そう言おうとして少し気を抜いた時、ガクッと膝が落ち梨華は体勢
を崩してしまう。

「キャッ…!」
「おわっ」

ドサッ、という音と共に梨華は、気付くとヒトミの腕の中にしっかりと収ま
ってしまっていた。
立ち上がろうと少し腰を浮かせたヒトミの上にそのまま乗っかったのだ。
フェンスに寄りかかっていたものの、ヒトミの体は地面と平行で寝転がって
いる様に見える。梨華はその上に落ちてしまった。
「あってー…石川さん、大丈夫?」
自分の胸に顔を埋めたまま呆けている梨華を心配してヒトミは声をかける。
「へっ、あっ、だっだいじょぶっ」

その時、ふとヒトミと目が合ってしまった。


『梨華ちゃんは何にも思ってないの?』


急にあゆみの顔が頭に浮かぶ。
―――――な、何考えてるのよ!
ブルブルと頭を振って思考を断ち切り、なるべくヒトミの顔を見ないように
上半身をあげて言う。
「ご、ごめん、今どくから…」
体を離そうと勢いよく立ち上がろうと試みるが、今の今それができなくてヒ
トミに乗っかってしまったのに立つ事などできるはずがない。
梨華は再び体をよろめかした。
「きゃ…」
「あ、ほらやっぱ危ないって!」
そしてまたヒトミに支えられる。

102ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:53

「ちょっと休んでった方がいいんじゃない?」
梨華の手を持って顔を覗き込んでそう言うヒトミの姿は、昔絵本でみた異国
の紳士の事を思い出させた。
―――――でも、ヒトミは外国から来たけど紳士じゃないし

「ありがと、でも私、次の授業科学室でやるから…」
それを聞くとヒトミの瞳の色が微妙に変わったように感じた。

「おぶってってあげようか?」
「い、いいわよ、別に…」
「遠慮しなくていいのにー」
「歩けるから大丈夫!」
ヒトミのいってる事が冗談だとは分かりきっているのだが、梨華の性格上、
どんな事にもすぐにムキになってしまい、いつも事態は悪い方へと進んでい
ってしまっているのだ。
ヒトミはニヤリと微笑む。
「そうだね、パンツ見られちゃうもんね」
「関係ないでしょっ!」
梨華は繋がれていた手を振り解いた。

いつの間にか乱れていた呼吸を整えて体を落ち着かせると、顔や体、全身が
熱くなっている事に気がついた。
頬に手を当てると、手の平がひんやりとした感触。
―――――バカ…私ったら…
その熱は、梨華が授業を受けている間も、しばらく取れる事がなかった。

103ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:56
更新しました。
ちょっと一言………ベタやなぁ。(笑
ま、いいさ。ベタな展開好きなんだもん。

>名無し新年さま
ありがとうございますー。(^^)
そう言っていただけると俄然やる気が出てきます。
見つかりましたか?例のものは。。。(笑

104名無し読者:2003/01/06(月) 14:55
(゚∀゚)ノイイッ!!
このベタな感じがまた・・・ツボっすよ〜!
次の更新が待ち遠しいッス!!

105名無し新年:2003/01/09(木) 19:17
ベタベタサイコーーーーーーーーーー!!
ハットから、猛獣出すの見たいかも…。(w
楽しみです!ガンガッテください!!

106ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:40




キーンコーンカーンコーン...

「バイバーイ」
「またねー」
ベルが校舎中に鳴り響き、辺りには下校していく生徒達が溢れている。
梨華は鞄の中に道具をしまい込み帰り支度をしているところだった。
「石川さんまたね」
「あ、うん、さよなら」
次々と通り過ぎていくクラスメート達。
気がつけば教室に残っているのはあゆみと梨華の二人だけになっていた。
あゆみはすでに上着を着て、帰る用意は万全だ。
「梨華ちゃん終わった?」
「うん、行こ柴ちゃん」
電気を消して、二人は教室から出て行った。

いつも車で送り迎えされている梨華だが、友だちとだって帰りたい。
といっても車は外せず、時々あゆみも一緒にリムジンに乗って家までを送ってい
く事もあった。


「やーっと今週も学校終わったね」
ぐーっと伸びて一気に脱力するあゆみ。
「だね」

他愛もない話をしながら生徒玄関まで歩いていく。
もうほとんど生徒は下校してしまっていて、見かけるのは部活中の生徒のみ。
学校指定のジャージに着替えてパタパタと忙しく走り回っている様は、中学時代
自分がテニス部だったときの事をほんの少し思い出させた。
今思えばどうして高校になってもテニス部に入らなかったのだろう。
―――――まぁ、中学と違って忙しくなっちゃったからね
勉強、稽古、その他もろもろ。
高校生となった梨華は中学生の時とは比べ物にならないほど多忙だった。
―――――それに…あんまり上手くなかったし
部長という立場を経験したものの、練習しても他のメンバーには到底及ばず、よ
く試合で負けて慰められた事もあった。
しかしそれも今となってはどうでもいい事として、梨華の中に収められている。

梨華は昔を少し懐かしく思い出しながら、
「梨華ちゃん何やってんのー?先行くよー」
と、気付くと前を歩くあゆみの後に慌ててついていく。

使い古されたローファーを履き外に出ると、校門の前にもう車は止まっていた。
「よかった、今日はちゃんと間に合った」
そっと呟いたと思ったはずが、それはしっかりとあゆみの耳にまで届いていた。
「え?遅れたことあったの?」
「あっ、あ、んーまぁちょっとこの前ね…」
「へーめずらしいね、時間には律儀な梨華ちゃんが」
まさか言えない。
ヒトミのせいでそうなってしまった事なんて。
あれだけ彼女の事を批判しておいて、いまさらその話題を持ち出す事なんて梨華
には出来なかった。
「そんな事いいから早く車乗ろっ、ねっ?」
「そだね」
話をはぐらかす事に成功した梨華は、ほっと胸を撫で下ろした。

107ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:40

梨華は車に乗り込もうとドアに手をかけた時、校門に誰かが凭れかかっていた。
綺麗な薄い色の長い茶髪が特徴的な少女で、その整った横顔も凛として少し近寄
りがたい空気をあたりに漂わせている。
この学院の生徒ではない事が、彼女の着ている制服から分かった。
おそらくこの近くにある公立高のものだろう。
その少女は眠たそうに目をくしくしとこすりながらふぁ…、とあくびをした。

「梨華ちゃん、知り合い?」
後ろからあゆみが問い掛ける。
「ううん、知らないけど」
「あの制服となりの高校のだよね、何しに来たんだろ?」
「さあ…」
あゆみと揃って頭を悩ませていると、その少女がこちらの存在に気付いた。
―――――あ、聞こえたかな
なんとなく目を逸らす事も出来なくてそのまま見つめあう体勢になり、しばらく
そうしていたかと思うと少女の方が、興味ないといった感じに目を逸らす。
そうしてもう一つ、あくびをした。

眠たそうな少女に、梨華は何か引っ掛かるモノを感じた。

―――――なんだろう…どこかで会った様な気が…
記憶力は良いほうではなかったが、この目の前にいる少女の事を思い出そうと必
死で記憶の糸をたぐり寄せる。
それは決して遠くではなく、ごく最近の出来事だと絡まった糸を少しずつ少しず
つ解いていく。

―――――そうだ!この人確か…


「ごっちぃ――――ん!」


その声に今にも解けそうな糸がまたこんがらがった。
その呼び声に少女が振り向くと、さっきまでの眠そうな顔を一変させて、とびき
りの笑顔で手を大きく振った。
「よっすぃーおそーいっ!」

―――――ごっちん?よっすぃー?
何かの暗号か、それともどこかの国の言葉か。
少女が誰なのか思い出すのも忘れて少女の目線の方向に自分の目線も合わせると
そこにはヒトミがいた。
ヒトミは茶髪の少女に近寄って、ハアハアと乱れた息を整えた。
「ごめん、先生に…捕まっちゃってさぁ…ハァ」
「30分遅刻ー、ルーズだよねまったく」
「ごっちんも人の事言えないじゃんか」
二人は軽く拳で小突きあいながら笑い合う。
「んじゃ行こうよ、あいぼんたち待ってるよ」
「うん」
少女がヒトミの腕を掴んで道路を渡ろうとした時、ヒトミの首が少しこっちを向く。

108ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:40


「あれ?石川さん」
と、そこでヒトミが梨華に気付いた。
なんて事ないその一言に、梨華は何故か少しむっとする。
「もう帰り?今日は早いねー」
その一言にさらに梨華は苛立つ。
悪気があって言ってるのかは分からないが、そうでないのであれば余計に何だか
腹が立つ様な気がする梨華。
そんな事は露知らず、ヒトミはへらへら笑っている。
「おかげさまで!」
すっかり気を悪くした梨華はぷい、とそっぽを向いた。
「今日は機嫌いいと思ったのに」
「あなたにそんな心配されたくありません」
「つめた〜い」
おどけて肩を潜める。

「ね」
つんつん、と後ろにいた少女がヒトミの制服を引っ張った。
「あ、ごめんごっちん、帰ろっか」
「いやそーゆーことじゃないんだけどさ」
と言って、ヒトミから梨華へとその瞳を移す。
「この人…」
「あ、気付いた?ほら、あの時の」
「うん、覚えてる」
少女はこっくりと頷く。

「あのピンクの人でしょ」

それを聞いた途端、梨華は全身が真っ赤になった。
―――――やっぱりこの人、あのショーの時の人だ…!
絡んでいた糸がピン、と真っ直ぐに戻る。

タキシードを着たヒトミと二人のピエロ、そしてもう一人、あの見事なまでの水
中大脱出を行った白いワンピースの美しい少女だった。
あの時とは雰囲気も着ている物もまるで異なっていて、ぱっと見ただけでは分か
らなかったのに、向こうは一目見ただけでこっちがいつどこで出会った誰なのか
をしっかりと認識していた。
それほどまでにあのドレスは印象的だったのかと、さすがに恥ずかしくなった。

109ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:41

「石川梨華さんっていうんだよ」
悶々と考え込んでいるうちにヒトミは勝手に自分の紹介を始めていた。
一応なんとなく、ぺこりと頭を下げる。
「石川さん、こっちはあたしの友だちで後藤真希っていうんだ」
それに続き、真希も頭を下げた。
「ちは」
「あ、こんにちは」
「一緒の学校だったんだね、よっすぃー」
真希はすぐにヒトミに視線を戻す。
「うん、あたしもびっくり」
「よっすぃーが「さん」付けで呼ぶって事は…先輩?」
「うん」
「ふーん」
そしてまた視線を梨華に戻して
「よろしく、石川センパイ」
「あ…いえこちらこそ…」
「じゃ、そろそろ行こごっちん」
「ん」

それじゃ、と梨華に軽く手を振ると、ヒトミは真希と一緒に道路を渡っていった。


「吉澤さんの友だちだったんだ」
あゆみがため息をつくように言った。
「なんか冷たい感じの人だったね」
「…そうだね」
「どしたの梨華ちゃん?」
ヒトミと真希の背中を見つめている梨華。
あゆみの声が届いてないのか、反応を示さない。
「梨華ちゃんっ?」
「えっ、あっ、はいはいなぁに?」
「どうしたの?」
「えっ!?ううん何もっ、帰ろっか」
「あー…うん」
先に後部座席に乗る梨華の後にあゆみも続く。
梨華の瞳が後ろのあの二人を気にしているのはみえみえ。
それでも何とか気付かれないように、窓の外をぼんやり眺める振りをしてみたりする。
やっぱり気になるのは、もう数十メートル先を歩くヒトミと真希。
―――――梨華ちゃんって分かり易い…知ってたけど
そのうち車が発進し、それに連なって変わる梨華の顔を見てあゆみは小さく笑った。

110ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:41




あゆみを送ってからようやく家についた梨華は、玄関のドアを開け中に入ると、いつも
この時間帯には見かけない黒い革靴が置いてあるのに気付く。
―――――お父様もう帰ってきてるのね…めずらしい
「あ、梨華様おかえりなさいませ」
ちょうどそこに家政婦が現れた。
「お父様、早いのね」
「旦那様はお疲れになったらしくて、今日はお仕事を早めに切り上げてらしたそうです」
「そう」
いつも今より遅い時間に帰ってくる父。
疲れたような素振りを見せるのは毎度の事だけれど、今日のように早めに帰ってくるな
んて事は今までそうなかったように思える。
―――――たまには息抜きも必要か…
「お父様はお部屋?」
「はい、ただいまお休みなっておられます」
「そう、ありがとう」
家政婦はぺこりと頭を下げるとぱたぱたとキッチンへ行った。
それを見届けて、梨華もすぐ自分の部屋に向かっていった。

111ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:41


「ふぅ」
着替えもせずに制服のまま、ベッドの上にボサッと仰向けに倒れこんだ。
冷えた布団の感触が背中から浸透して気持ち良い。
思い出すのは、帰宅途中も頭から離れなかったヒトミの事。

『あれ?石川さん』

―――――なんなの、なによ、すぐ横にいたのに気付かなかったっていうの

『もう帰り?今日は早いねー』

―――――なんなの、なによ、毎日反省文書いてる訳じゃないんだから

思い出してはムカムカ、イライラ。
別にからかわれる事は初めてじゃないのに、というか彼女と顔を合わせる時はそれが
もう当たり前のようになってきているのに苛立つ理由が分からない。
ころんと右側に転がる。

「…っていうかなんで私があいつの事気にしなくちゃならないの」
誰に言うわけでもなく、自分自身に問い掛けた。
もう一度、今度は逆に転がる。
「関係ないじゃない、あんなの」

なら、この胸の内の不快なものは一体何?
何かが頭の中でぐるぐる回って、なんだかもやもやする。
初めてのような久しぶりのような微妙な気分。
「うー…」

明日から二連休。
休みの間もこんな状態が続いたらどうしよう、と梨華は頭を悩ませた。

112ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:42




夕食の時間。
ドア越しに聞こえる家政婦の声に呼ばれて、梨華は食堂へ足を運ぶ。
部屋から出るともうそこにはいい香りが漂っていた。
今日はビーフシチューか、ブイヨンをベースにしたデミグラスソースの匂い。
けれどそれほどお腹もすいていなく、食はあまり進みそうになかった。


食堂に着くと、父はもう席について何か書類をパラパラと捲って眺めていた。
その目はとても真剣で、さすが石川グループの上をいくといった所。
働く父の姿を改めて実感したような気がした梨華だった。

座ろうと、椅子を後ろにひいた時その音で父は梨華がやってきたことに気が付いた。
しかしそれは少し顔を上にあげて梨華の姿を確認しただけで、すぐに父の目線は
書類の方へと移ってしまう。
特に何も話すこともなかったので、梨華もそのまま気にせず席についた。
もうそんな事にも慣れてしまった。


それから程なくして料理が運ばれてきた。
見た目も香りも申し分ないビーフシチュー。
けれどそんな料理も、この無言の空間で口にしてしまえばその味は格段に落ちる。
また今日もそんな食事が始まろうとしていた。
その時、
「梨華」
一瞬幻聴かとも思えたが、父の目の先に入るのが自分だと気付くと梨華は食事の手
を止めた。
「何?お父様」
「今日また彼に会ってな」
梨華は表情を変えないで父を見据える。
「金曜日が楽しみだといっていたぞ」
梨華はハッとしたけれど、すぐに
「…そう」
呟くように言うと、またスプーンを口に運び始める。
父はまだ視線を外してはいない。
ただじっと梨華を見つめている。
梨華はそんな事にも気付かず、黙々と食事をしていた。
―――――そう言えば約束してたんだった
今さら悪気も何もあったものじゃない。

113ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:42
名も無い彼の立場がなんとなく可哀想に思えてきたな…。
極端だけど、まぁ…いっか。(爆

>名無し読者さま
そぉですか?そんなこと言うともうベタベタに…(笑
ありがとうございます!
なんとか書き上げたらその分の更新はしていくつもりです。

>名無し新年さま
サイコ--------!!ですか?イヤン(*^^*)ポッ(違
(0^〜^)ノ<ハットから猛獣、かっけーYO!
(;^▽^)<いや、だから無理だって…

114名無し新年:2003/01/10(金) 02:19
読んでるこっちも、彼のことを忘れていたのは秘密です(w

そっかーごっちんだったのね。わかってよかったっす。
たのしみにしてまーす!!

11550:2003/01/10(金) 16:47
更新、お疲れ様でした。
ミニスカ白ワンピはごっちんでしたか・・
自分は勝手に松浦さんかと思い込んでましたw
石吉、辻加護と来れば確かに・・

ごっちん登場で石川さんの気持ちはどう動くのでしょうか。
梨華父も何か考えてるのかなぁ?アヤシイw
次回更新、楽しみにしておりますね。

116ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:48




青く澄んだ空の下、白い雲に囲まれて、ここはどこなのか。
周りには何もないけど、どこかとても高い高い所にいる様な気がする。


『石川さん』

…ヒトミ?何してるの?

『ねぇ、なんで石川さんは鳥が嫌いなの?』

だからこの前言ったじゃない、羽とか…ダメなのよ

『羽がキライなのかぁ、もったいないなぁ』

どうして?

『だって羽があったら空飛んで、色んな所に行けるんだよ?遠くにだって行けるよ?』

出来る訳ないじゃない、そんなこと…

『できるよ、なんたってあたし魔法使いだから』

ウソ…

『ウソじゃないよ、ホラ見てて』

え…何して…


パチリ、と指を鳴らす音が聞こえると、周りには白い羽が舞う。
目の前にいたはずのヒトミは大きく手を広げて。

ヒトミは青空に溶けて、消えた。

117ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:48



***********


「待って!」

自分の叫び声でハッと気付く。
闇の中で耳を澄ますとチクタクという時計の針の音しか聞こえない。
「……夢…」
まだ少し頭がぼぉっとする。
ゆっくり起き上がると底は紛れも無い自分の部屋。
夕食の後すぐパジャマに着替えてすぐベッドに入ったのだ。
「…そうよね、夢よね…あんなこと」
片手で髪をかき上げてフゥと一つ深呼吸する。

夢の中のヒトミ。
学校で会う時と変わらないあの表情。
ちょっと人を小ばかにしたようなあの口調も全く同じで、指の鳴らし方も同じ。
現実には起こり得ない事。
広い空の中にすぅと溶け込んでなくなった。
自分の嫌いなあの羽で空を飛んでいた。
「…なんでこんな夢…」
眠りの中で見る夢には、何かしら意味があるらしいという事をどこかで聞いた。
ヒトミがいくら天才だからって空を浮遊することなんてできやしない。
非現実的な夢が現す意味は、いくら考えても分からなかった。
そもそもどうして自分の夢にヒトミが出てこなくちゃならないのか、今の梨華にはそっ
ちの方が気になってしょうがなかった。

―――――…まさか私…
誰かの夢を見る時はその人の事をどこかで思っている時。
自分が思ったつもりはなくても、心のどこかでその人物の事を少なくとも考えている。
そんな事をぐるぐるぐるぐる、瞬きをするのも忘れて考え込む梨華。
認めたくない、認められない、そんな事、あってはならない。

118ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:49

「もう、寝よう…」
何分考え込んでいたのか、もうすっかり冷えて冷たくなってしまったシーツに少し体を
震わせて、時計の音に耳を傾ける。
鼻が隠れるくらいにまでかけ布団を被り、もうすっかり眠気も取れて軽くなった瞼を
また無理やり閉じた。

しかしそれでも、梨華の脳は休もうとはしなかった。
目を閉じると無理やり思い出される今日の帰り道での事。
いや、もう昨日かもしれないけれど、時計は今どこを指しているのかは分からない。

『後藤真希っていうんだ』

そうやって笑顔で嬉しそうに紹介していた。
あの意味不明だった「ごっちん」というのも、彼女の名前を聞いた時にあだ名だったん
だと今になって思い返す。
そして「よっすぃー」というふざけた様なヒトミのあだ名。
どんな風に呼ぼうか二人であだ名を決めっこしたりしたんだろうか。
ニコニコ楽しそうに笑いながら、時にはふざけてわざと変な名前を付けたりしたり。
そう考えるともやもやした気持ちがまた梨華の胸の内を支配する。
「バカ、女の子なんだってばっ」
梨華とヒトミの微妙な関係。
友だちなんかじゃない。
親友なんて、自分はヒトミの事を何も知らない。
ましてや好きな人なんて。

なら、この気持ちの正体は何?
いくら問いかけたって誰もそれを教えてくれることはない。

119ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:49




案の定、この二連休の間で梨華はそのもやもやした気持ちに勝つことは出来なかった。
考えて考えて考え込むうちに睡眠をとることも忘れて、終いには寝不足に。

「うわ、何?その顔」
週の始め、顔をあわせた矢口の第一声はそれだった。
「…そんなに酷い顔してる?」
「いや、なんつーか…」
一昨日まではつるつると若々しかった肌を撫でる。
何だか少し突っかかる感触がする。
できものでも出来たのか、この二日間鏡を見ていなかったので肌の経過はわからない。
それでも、今の肌の感触と瞼の腫れぼったさを重ねて考えてみれば今自分がどんな顔を
しているのか、大体の想像はつく。
「めちゃめちゃ疲れきった顔してる」
「そぉ…」
「やめなよ、ただでさえ明るい方の性格でもないのに、暗くなってどうすんのさ」
普段ならここで「どーゆー意味よまりっぺ!」なんて言い返しもするところだが、睡眠
不足と激しく気落ちしてしまっている事が、梨華の口を重くしていた。
「………」
「ちょっと…大丈夫なの?」
「…平気よ…勉強始めよう…」
「え、あー…」
力なくシャープを握る梨華。
それすらも手にずっしりと重さが伝わってくる様だ。

―――――始めようっつってもなぁ…どうしよ…
矢口はとりあえず勉強を進める事よりも、先に梨華を元に戻すことにした。
まずはどうでもいい事から話に入り、徐々に徐々に気分を取り戻させる。
日ごろから口達者な矢口の腕の見せ所だった。
「ね、そーいえばさ」

しかし、今日は調子が狂っていたらしい。

「英語のやつ、どーなった?」
梨華の目に少し光が戻る。
矢口は心の中で、よし!と拳を握った。
「…英語?」
「そうそう、マジシャンの子に英語教えてもらえーって言ったじゃん」

矢口は地雷を踏んだ。

120ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:49



「誰が教えてもらってくるなんて言ったのよ…」


「いっ……!」
眉をこれでもかというくらいにつり上げて睨むその様は、この間ふざけて見た『神話の
怪物』というあまり趣味の良くない本の中に出ていた『メドゥーサ』という怪物を思い
ださせた。
髪の毛が何十匹もの蛇で、に睨まれた者は途端に石にされてしまうという。
ギラギラした瞳を真正面から見てしまった矢口は初めて梨華に恐怖を感じた。
―――――怖いって、梨華ちゃんっ…!
「ちょっと、梨華ちゃん何があったのさ?」
「何も無いわ…」
「無い訳ないじゃん、そんな顔してっ」
矢口は勢いに任せて開いた教科書をバンッ、と閉じた。

「今日は勉強なしっ、何があったのか全部矢口に話せっ」
小さい体をできるだけ踏ん反り返らせて腕を組んで仁王立ち。
「いやよそんなの…」
「そんなんで勉強したことが頭に入る訳ないだろっ、ただでさえ物覚え悪いのに」
「………」
言い返してこない、やっぱり変だ、そう矢口は確信した。
努めてできる限りの優しい口調で矢口は梨華に話かける。
「ね?話してみなって、話すだけで楽になれるかもしれないから」
「…まりっぺ」
そして梨華はぽつりぽつりとだけれど、少しずつ胸の内を矢口に明かしていった。

121ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:50




そして翌日の登校日。
昨日よりもさらに目を虚ろにさせた梨華は車から降りて、その頼りない足でフラフラと
生徒玄関へ向かった。
「あ、石川さんおはっ…!」
「おはよう…」
「お、おはよぉ…」
通り過ぎるクラスメートたちはもちろん、その他の生徒達も梨華の異変に気付きその身を
よじらせる。
梨華から放たれているオーラを周りの者たち全てが感じ取っている。
そんな事とは知らず、梨華はうつらうつらした瞼を必死でこじ開け視界を確保した。

―――――まりっぺは人の話を聞くタイプじゃないわ…

昨日、矢口に今自分は何に気をとられているのかを全て話した。
するとそれを聞いた矢口は何か良いアドバイスでもくれるのかと思いきや、


『あんたバカじゃないのぉ?』
の一言だった。
矢口のお陰で昨日は余計に眠る事が出来ず、余計に睡眠不足となってしまったのだ。
『いーい?相手が男だとか女だとかそういう事は一切無しと考えて、そのマジシャンがあ
 んたにとってどれくらいの存在でどれ程度の人間関係を保てるかってのが問題なの』

―――――そんな事言ったってねぇ…
ガタガタと自分の靴箱から指定の上靴を出し、靴を履き替えローファーをしまう。


『その子が他の子と一緒にいる時、あんたどんな気持ちだったのよ』

―――――どんなって、それが分かんないから相談したのに…
明らかに周りの子たちよりも遅い歩調で、梨華は階段を一段一段確かめるように上る。


『悲しかった?嬉しかった?ほっとした?』

―――――別に悲しんだり嬉しがったりするほどの事じゃないし、安心出きる訳でもなし


ガラッ、と教室のドアを開け自分の席に静かに着席する。
それと同時に、梨華よりも先に登校していたあゆみがなんとも言えない表情をして、何か
言葉をかける風でもなくそっと梨華に近寄り肩を叩いた。
「梨華ちゃん…なんかあった?」
「おはよぅ…柴ちゃん」
会話とはいえない会話。
とりあえずあゆみの方から梨華に合わせる。
「おはよ…」
「………はぁ」
「ねぇ梨華ちゃん、どうしたの?」
心底心配そうなあゆみに「なんでもない」と小さく言うと、ガラッ、と勢いよく教室のド
アが開かれて皆自分の席へと戻る。
「柴ちゃん先生来たよ…」
「あ、うん…梨華ちゃんホント大丈夫?」
こういう時、柴田はいつものように梨華をからかうのではなく優しく気遣ってくれる。
「うん、大丈夫だから柴ちゃん席戻って、怒鳴られちゃうよ…」
「うん…じゃ、また後で来るから」
そう言ってあゆみは、教室の真ん中の梨華の席から離れ、窓際の一番後ろの自分の席へと
戻っていった。

122ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:50


もともとそうではなかったけれど、なにか気を紛らわすモノがなくなるとまた昨日の矢口
の発言が頭の中に舞い戻ってくる。

『悲しかった?嬉しかった?ほっとした?』

そんな感情はない。
そんな感情ではない。

―――――あの時に思ったのは…

『そんな風に思ったんなら、それは―――』




「…川…石川?」
不意に自分の名前が呼ばれている事に気付き、ハッと頭を上げる。
中澤が生徒名簿を持ってこっちを見ている。
「…はい」
「どうしたん?気分でも悪いんか?」
「ぃいえ…平気です」
「…ほぉか、まぁ気分悪なったらすぐ保健室行きや」
そして中澤は再び名簿の中の生徒を呼び当てていった。

はぁ、と大きくため息をつく。

自分でも予感はしていた。
でも自分の予感は当たったためしがなくて、いつも軽くあしらっていたのに。
こんな時に限ってそれは見事に的中する。
自分がヒトミに大して、そして真希という少女に対して持っていた感情。
それを世間で俗に言う、嫉妬というものなのだと。

123ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:51
レスありがとうございます!

>名無し新年さま
やっぱり忘れられてましたか。。。そりゃそーですよね、作者ですら忘れて(略
>たのしみにしてまーす!!
Σ(;‘д‘)ノ<アカンて!(笑

>50の名無しハロモニさま
松浦さんはそれほど重要にはならないですね、ごめんなさい。
後藤さんはようやっと出すことが出来ました。。。長かった。(涙
石のおとーさんは、あれですね、あの…(0^〜^)<秘密♪

124YUNA:2003/01/12(日) 17:34
めちゃ②、面白いですっっ。
ついに、梨華ちゃんは自分の気持ちに気付いたっっ!?
続きがめちゃ②気になります。
楽しみにしてますっっっ♪♪♪

125名無し新年:2003/01/12(日) 17:41
嫉妬キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
やっと気付いたかい梨華ちゃん。
これからの展開に超期待!!

126ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:30




友だちとしての嫉妬とは違う。
ヒトミを一人の女性として彼女の事を見ていた。
いつの間にか。
自分の恋の対象として。

分かっていたけど分からない振りをしていた。
気付いていたのに気付かない振りをしていた。
意地っ張りなお嬢様。

女の子だから、女の子なのに。
世の中の一般常識に振り回されて自分の気持ちを否定してた。
女の子は女の子を好きになっちゃいけない。
女の子は女の子を恋愛対象として見ちゃいけない。
あゆみや矢口の様に言ってくれる人ならば良いけれど、そうじゃない周りの人たちからは
『異常』と見られてしまうのが怖い。
女子高で多いと言われるこの事実。
でもそれはおそらくきっと、憧れ。
自分より優れ美しいものに対する憧れの対象でしかない。
所詮はこの学院の中でくくられたものにしか過ぎない。


それに自分は石川家の一人娘だから。
将来を決められている私にはもう既に婚約者が決められているのだから。
大企業の一人娘がレズビアンだと知られたら、父も世間も許してはくれない。
想っちゃいけない。
好きになっちゃいけない。
この子の事を、ヒトミの事を。

127ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:30

―――――居るかな…?

屋上に続く階段をおそるおそる上っていく。
いつもよりもちょっと早く、昼食を食べてすぐここへ来た。
彼女がそこにいて欲しくないという気持ちと、それとは逆に居て欲しいという気持ちが胸
の中で7:3くらいの割合を占めている。
つまりは居て欲しくない。
なら何故自分は、今ここにいるのだろう。

やはり問いただしておきたかった、あの真希という少女の事を。
少しでもいいから、ヒトミとの関係を知りたかった。
友だち・親友、それ以上の関係。
もしかしたら姉妹なんてこともあるかもしれない。
ただいつものようにマジックを見せてもらうだけなのに、今日は全然別の理由でここに来
ていた。
そしてそれらの理由以上に、ヒトミの顔が見たかった。

カチャ、となるべく静かにゆっくりとノブを回してドアを開けた。
「うっ…」
ひゅうっ、と少し強い風が梨華の体を拒むように吹き抜ける。
スカートが捲れそうになるのを慌てて抑えて、ヒトミの姿を探す。
―――――居ない…
と思ったのもつかの間、


「あ゛ーもうっ、なんなんだよこの風ぇ!」


―――――ヒトミ?
「あーこらコノヤロ、動くなっつーの!止まってろ!」
間違いなかった。
ドアの横の壁の向こうからヒトミの苛立った声が聞こえる。
死角になって見えなかっただけだった。
「ヒトミ?居るの?」
そっと顔だけを壁から覗かせる。
「ヒト……」
梨華はそれを目の前のにして、目を見開いた。

128ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:30




「キャアアアアアア!!」




「えっ、げっ…石川さんっ!?」
耳にして二回目の梨華の悲鳴で、ヒトミはようやく梨華の存在を知る。
自分の足元でポッポポッポ鳴いている数十羽のハトたちを自分の後ろに追いやって、そし
てブンブンと首を振り乱しながら言った。
「ち…違うよっ、石川さんを怖がらせるつもりじゃなかったんだよ!早めに来て石川さん
 が来る前にちょっと練習しようと思って、それで…!!」
その場に崩れる落ちた梨華に、必死で説明するヒトミ。
「ゴメンッ、すぐ家に帰すからっ」
ヒトミは人差し指と親指で輪っかを作り、それを口にくわえてピィッ、と口笛を吹いた。
それを聞いたハトたちはピクッとそれに反応して、一切の動きを取りやめる。
それからヒトミは右手をグーパーグーパーと開き指をコキコキと鳴らす仕草をとった。

何度もヒトミのマジックを見てきた梨華には、それが指を鳴らす前のヒトミの癖なのだ
と言う事を理解していた。
そして思い出していた。
この光景を、どこかで見た、と。

高いこの場所。
上には青い空。
ヒトミの周りの白いハトたち。
驚くほどのこの一致。

―――――夢の中と一緒…

「続きは帰ってからな」
すぅ、と右手を軽く掲げた。
見れば分かる。
ヒトミが指を鳴らせばこのハトたちは一斉に飛び立っていくだろう。
あの夢の中で見た、あの白いものと同じ様に。
そしてそれと共にヒトミはあの青い空に消えたのだ。

―――――バカ…そんな事、ある訳ないって言ったの自分なのに
そう心の中で自分に言い聞かせても不安の波は留まらない。
―――――無理よ…だってヒトミは…



『あたし魔法使いだから』



「!?」


「よし、そんじゃな」
ヒトミが親指と中指を合わせて指を鳴らす形を作った。

129ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:31



――――――――――


―――――……






数十羽のハトたちは白い翼を羽ばたかせて、夢と同じ様に一気に空へと飛び立った。
ヒトミを残して。


「…あの…イシカワ、さん?」


耳元から心地良い低さの彼女の戸惑った声。
ぐっ、と腕に力を込める。
「あの…どうしたの…?」

何も考えていなかった。
苦手な鳥を前にしてガクガクと震える足に死ぬほど力を込めて、筋肉を奮い立たせて。
拒む体を無理やり立ち上がらせて。
それほどまでに夢中だった。
夢中で足を踏み切って、夢中でハトたちの中に飛び込んで。

夢中でヒトミの胸に飛び込んだ。

「あの…」
ヒトミの3度目の呼びかけに、ようやく我に返る。
胸に埋めていた顔をバッ、と離すとヒトミの顔はすぐ目の前。
今さらになって顔が熱くなる。
「あっ…ゴッゴメンなさいっ」
「…どうしたの?石川さん」
梨華はぐっ、と口を噤む。
―――――言える訳ないじゃないの…ヒトミが、夢のときと同じように……



『飛んでっちゃいそうだったから』

130ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:31

「ごめん、すぐどくから…」
背中にがっちりと回していた腕を解いて急いで後ずさろうとする梨華。
しかし
「っきゃっ!?」
「おわっ!?」
さっきヒトミに走り寄った時に鳥への恐怖はまだ抜け切った訳ではなかった。
恐怖を感じる事も忘れていただけだった。
「大丈夫?石川さん」
崩れ落ちそうになった梨華を慌てて受け止めるヒトミ。
腰の辺りに回された腕の感触。
意外に細く、意外に逞しい。
それとは違い細くても華奢な梨華の腕は、ヒトミの首にしっかりと巻きついていた。
―――――やだもぅ、さっきよりアブナイ体勢じゃない…!
「ねぇホントに石川さん大丈夫?足震えてない?」
「だい…じょうぶ…よっ」
「あ、ゴメン…そんなに怖かった?鳥」

『鳥』
その単語を聞いただけで、梨華の中で箍がはずれた。


「…っふ、…ぐっ…」
ぽろぽろと面白いくらいに流れる大粒の涙。
こんなに簡単に泣けるものなんだと、梨華は泣きながら感心する。
しかし驚いたのはヒトミの方だ。
「ちょっ…!石川さん、泣かないでよ」
泣くなと言われてすぐにピタリと泣き止む事ができる奴なんているだろうか。
そんなのは演技中の役者くらいにしかできない芸当だろう。
「…っく…ひくっ…ぐずっ…」
「ね、ねぇってばぁ…」
ポンポン、とあやされる様に背中を叩かれてますます涙は零れていく。
「…ふぇっ…っぐ、す…っく…」
「も、もう二度とあいつら連れて来ないからさ、お願いだから泣き止んでよ…」
梨華はヒトミの肩口に顔を埋めたまま、首をふるふると横に振った。

―――――違うの…鳥が怖かったんじゃない

「ね?石川さん」
今度はポンポン、と頭を撫でられる。
久しぶりに感じた人の腕の中の暖かさ。
高鳴る鼓動。
香水でも何でもないヒトミの匂いに包まれて、声を殺して泣いた。


―――――良かった…ヒトミが、いなくならなくて…


梨華はヒトミに対しての自分の気持ちを、初めて素直に言葉にする事ができた。

131ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:31




そうしてしばらく泣き止むまでヒトミに抱きついていた梨華。
もう体を離して、二人フェンスに寄りかかって座っている。
ヒトミから渡されたブルーのハンカチは、梨華の涙でぐしょぐしょに湿っていた。
「…ありがとぅ」
「いいえ」
ヒトミは濡れた方の面を裏返し、乾いた面を上にしてポケットにしまった。
「ごめんね…汚しちゃって」
「あたしも勝手に借りちゃったから」
まだ何となく潤んだ瞳を手の甲で擦ると、ちょっとからかう様に言った。
「今日はちゃんと自分のハンカチ持ってきてるのね」
「まさか、泣いてる人に「自分のハンカチ使え」なんて言えないでしょ?」
「確かに」
肩を竦めてクスッと笑うと、ヒトミもそれにつられてハハッと笑う。

「ねぇ、あのハトってあなたのだったの?」
話題が見つからない梨華は、寄りによって自分の嫌いな鳥を話のタネに持ってきた。
「うん、マジックで使ってるモノは全部持参品だよ」
「あのハト、飼ってるの?」
「そ、あとウサギもいる」
トラとかライオンはさすがにいないけどね、と言うヒトミにまた微笑む。

「一人暮らしで寂しいからね、動物が自然に増えてっちゃうんだ」
「え、一人暮らしなの?」
「うん、しかもめちゃ広い一軒家に」
あたしが日本に行くって言った時に、こっちに家を借りたんだ。と付け加える。
「やっぱ娘に不自由はさせたくないんだろうね、あんなにでかい家要らないのに」
「お父さんはどうして向こうに残ったの?」
「親父もマジシャンなんだ、向こうじゃ結構有名だよ」
親子二代で有名マジシャン。
よく考えたらすごい人と一緒に居るんだ、と梨華は思わず考え込んだ。

「ねぇ、じゃあどうしてヒトミは日本に来たの?」
「両親が日系?って言うの?血は完璧に日本人なの」
だからヒトミは日本語も喋れるし日本人なのか、と梨華はうんうんと納得する。
「日本語も完璧覚えた事だし、二人の故郷の日本に一度でいいから行きたいっ、て言
 って向こうでの仕事もすっぽかして駄々こねて、無理やりこっちに来たの」
親父はカンカンに怒ってたけどね。
ニカッ、と笑うヒトミは以前見た時のような悪戯っこの様な表情をしていた。

「そっかぁ、いいなぁ…」
ヒトミは首をかしげた。
「何が?」
「私、お母様いなくてお父様ともあんまり仲良くないから…」
「え…あ…ごめん」
梨華は首を横に振る。

「もう慣れちゃった」
ヒトミの方を向いてニッコリと微笑むと、心底すまなそうにしていたヒトミもその内
笑い返してくれた。

132ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:32



「あ、ねぇ石川さん、今日うち遊びに来ない?」


「えっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「あのね」
よいしょ、とヒトミは梨華に向き直って座る。

「別に学校でもいいんだけどさ、学校じゃできないマジックも色々ある訳ね?それでさ、
 あたしんちでいつも週に2・3回練習してるんだ」
ヒトミは手で色々なジェスチャーをしながら説明する。
梨華の鼓動が段々と、期待によって大きくなる気配がする。
「それでね?石川さんが最初に見たマジックショーの時にさ、あたしのアシスタントに
 3人、女の子いたでしょ?」

胸がちくり、と痛んだ。

「その子たちもいるんだけど、もしよかったらさ、石川さん来てよ」
「…でも…」
「あ、嫌だったら無理しなくていいんだよ?自由意志に基づいてだから」
「ううん、違くて…」
「あ、それともお父さんが許さないとか?結構厳しそうだったし」
「ううん、それはちょっとごまかしたら多分大丈夫…」
真希というあの少女も来る。
その事が、梨華の思考と行動に歯止めをかけていた。
あの子とヒトミの関係は、未だ分からずじまい、聞けずじまいのままだ。

本心は行きたい。
行ってあの子との関係を知りたがっている。
でもその反面、真実を知ってしまうのが怖い。
ヒトミと真希がもし、今自分が思っているような関係なのなら。
自分の本心に気付いた梨華は、そう考えるだけで今までとは比べ物にならないくらいの
不安感に押しつぶされそうになる。

「どうする?うち、来る?」
「………」
梨華は決心して、ごくりと唾を飲み込んでゆっくりとはいた。

「行く…」

133ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:32
何だか段々書き方変わってる気が…。まぁいいか。(爆
意外と早く書けたので早速更新しました。。。

>YUNAさま
これはこれはYUNAさまっ!(リストランテ風)
ありがとうございます、梨華ちゃんもやっと…。
YUNAさんの作品も密かに覗かせてもらってます。
お互い頑張りましょうね!

>名無し新年さま
はい、スレも100超えてやっと…。(ノД`)・゜・
引っ張りすぎたな…自分。(苦笑
( ゜皿゜)<キタイシチャダメダッテイッテルノニ…モウドウナッテモシラナイカラ(笑

13450:2003/01/13(月) 12:23
いよいよ石川さん、吉澤家に乗り込むんですねぇ〜!
しかし数十羽のハトを屋上に呼び込む吉澤さんにビックリですw
自分の気持ちに気づいてしまった石川さん、早く素直になって下さい・・
名も無き婚約者の彼とはどうなるのかも、密かに気になりますw

135YUNA:2003/01/13(月) 14:31
あぁ〜、なんか切ないっす...
梨華ちゃん、もっと素直になろぉよぉ〜〜(苦笑)
ってか、うちの駄文も読んでくださってるなんて...
嬉しいっす...(涙)
はい、お互い頑張りましょう♪♪♪


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