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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

895名無しリゾナント:2017/02/25(土) 04:45:22
スレと間違えて連投しましたorz

896名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:52:18
規制かかってしまったようで…どなたか代理投下お願いいたします

897名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:52:49
「他者認識は、他者がその存在を目にし、認めることだが…
自己は、その他者の中にある自分を見つめることによって、自己を認識する…わかるかい?」

小難しい言葉が並ぶ。科学者らしい言い回しだと思う。
ギリギリと脳が締め付けられる。段々と呼吸が回らなくなる。
能力を発動したい。だが、発動できない。
鎖がチカラを阻害する。この場所から、逃れられない。

「つまり、自己の中から他者がいなくなれば、お前という存在を認識する術は何もなくなる。
お前は最初から、この世に存在しなくなる」

遠くなる意識の中で、男の言葉を咀嚼する。
私は、誰かから名前を呼ばれることで、誰かから触れられることで、初めて存在するのではないだろうかと。
そして、その「誰か」がいない限り、私は私の存在を認識できない。

「お前の記憶から、お前以外の人間の存在を消す…さて、それでもお前は、自分の存在を肯定できるか?」

哲学的な問いだ。
だが、さくらは滑稽にも、その問いの沼に嵌まりそうになる。
誰もが自分の名を呼ばなければ、自分に触れなければ、どうやって私が私であると証明できる?

898名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:53:20

―――「お前なんか、いらない」


能力の否定。存在の否定。
小田さくらという、人物そのものの否定は、生命の拒絶だ。

「存在の消滅は、死より恐怖だと思わないか、小田さくら―――」

大切な人の笑顔が、浮かんで、そして消えていく。
あの日確かに見つけた青空が、また色を失っていく。

「……て」

さくらの名を呼び、手を携え、ともに闘った仲間の記憶が。
「小田さくら」の存在とともに、消滅し始める。

「やめ……」

闇がすべてを呑み込んでいく。
さくらの中から、仲間の笑顔が、記憶が、思い出が、消えていく。
譜久村聖が差し出してくれた手が、前線で生命を張った鞘師里保の姿が、
がむしゃらに誠実に、真っ直ぐに突き進む野中美希の笑顔が、ボロボロとその輪郭を失っていく。

「やめてっ!!」

899名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:54:14
絶叫。
発狂。
声にならないままに、さくらは吼える。

その時だ。
闇をはっきりと切り裂くものが、あった。

男は咄嗟に、さくらを解放した。

光?
いや、これは、熱……か?

瞬時には認識できないまま、二歩、三歩と男が後ろに下がる。

「……うちらの大切な先輩に触らんでくれます?」

雪を欺かんばかりの白さが、目に入った。
「ほう…」と思わず口を開く。

尾形春水は、その長き脚に焔を纏わせ、崩れ落ちたさくらの肩をしっかりと抱き止めた。

900名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:56:28
本スレ>>243-249 したらば>>897-899 ひとまず以上です
何処に着地するかは未定ですが頑張ります

901名無しリゾナント:2017/04/03(月) 00:56:19
投下できましたお騒がせしましたm(__)m

902名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:24:02
またしても規制がかかってしまいました
自分で行けるかもしれませんが一応こちらにも

903名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:25:23
まずいと思った瞬間には、美希の身体は大きく一回転した。勢いそのままに、彼女は春水へと投げつけられる。
春水はその身体をしっかりと受け止める。

「野中っちょ、もうちょっと考えてから……」

投げつけられたのは、ある意味でラッキーだった。漸く彼女とちゃんと話ができる。
こんながむしゃらに闘っても意味がない。とにかくしっかりと戦略を立てるべきだと言おうとした。
が、こんなに近くにいるのに、春水の声はまだ、彼女に届かない。彼女は男に再び突っ込まんと暴れる。

「ええいもう!ちゃんと聞け!」

大切な先輩が傷つけられて動揺するのは分かる。
だが、それで自分を見失って突っ込むのは自爆行為だし、ただのアホだと思う。
春水は美希の頭をぐいっと抑えつけ「小田さんは大丈夫やから。落ち着いて?な?」と少し宥めるような声を出す。

「小田さん傷つけたあいつは許さへん。だからちゃんと作戦立てんと意味ないやろ?」

殺気立っている彼女が、漸く呼吸を落ち着けてくれた。ただ真っ直ぐに、あの男を殺すことしか見えていなかった。
話にしか聞いたことはないが、鞘師里保のコインの裏―――すなわち赤眼の狂気も、こんな風に危うかったのだろうか。
だとしたら、彼女も内面に飼っているのだろうか。紫色の狂気を。

「“空気調律(エア・コンディショニング)”。
局地的に異常な湿度や不均一な密度を生み出し、それに伴う気圧の変化が音の伝わりや皮膚感覚をも乱す。
“発火能力(パイロキネシス)”よりは興味があるが、それも所詮は一時的なもの。大して研究意欲は注がれないな」

男はくいっとメガネをかけ直す。

904名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:25:58
再び美希が挑発に乗って突っ走ってしまいそうになるが、必死に手首を掴んで押さえつける。
数的有利なのは変わらない。
美希の“空気調律(エア・コンディショニング)”により、一度ではあるがその拳は入った。
先ほど男のズボンを燃やすことができた。距離を保ちつつ、火脚でも追い詰めることはできる。
強引に勝ちを求める必要はない。最悪、さくらを背負って逃げられればそれでも良い。
今はひとまず―――

と、春水が思考を組み立てているときだった。
目を疑った。
先ほどまで地に伏し、闇に呑まれて迷っていたさくらの姿が、なくなっていた。
どういうことだ?確かに男は「存在の消滅」と言った。
しかし、あれは他者認識を受けきれず、自己が自己を形成するのが困難になる「意識的な」消滅の意味ではないのか?
肉体ごと消滅するなんて、そんなことが…。

その疑問は、春水の腕の力が弱まるのと同時に美希が飛び出し、
再び男に攻撃を繰り出したことで、解消されることになった。

美希が大きく左拳を振り上げ、真正面から男に突っ込む。

と、インパクトの瞬間、それを受け止めた存在があった。
男の前に立ちはだかり、庇う姿が、あった。

春水も美希も、その存在に目を疑った。
だが、この部屋に居るのは、もう、彼女しかいない。

「小田、さんっ……?」

小田さくらは、両腕をクロスさせ、静かな瞳を携えて、美希の攻撃をしっかりと受け止めていた。

905名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:27:35
本スレ>>73-79 したらば>>903-904 ひとまず以上です
保全ネタの“悪夢”はこれのことでしたが、まさか落ちるとは思っていなかったです…

もし気付いた方がいたら代理投下お願いいたします

906名無しリゾナント:2017/04/09(日) 23:00:14
代理行こうと思ったけど自分も埋め立てですか?エラーが出てしまうので
しばらく時間をおいてから行ってきますねー

907名無しリゾナント:2017/04/09(日) 23:21:21
本スレにも書きましたが改めてこちらで

>>906
ありがとうございます!無事に行けました!
誰かが支援してくださったら投下できるんですかね?「埋め立ててですか?」エラーがよく分からない…

908名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:00:35
燦々と照りつける陽光が白い浜と青い波の繰り返しを照らす。
砂浜には日傘が並び、寝椅子に中高年が寝そべる。
子供と母親が浜で砂の城を作っていた。
原色の水着を着た若い男女が、波打ち際で水をかけあってはしゃいでいる。
水着姿の人々が溢れる、海水浴の光景だった。
そんな中で周囲を行く男達が振り返ってでも見たい景色がある。

赤と橙が横縞のホルターネックが、女の豊かな胸を覆っていた。
傷や虫の刺され痕すら一切ない肌に水着の赤と橙が映えて
自分の魅力を最大限に引き出す色合いを分かっているようだった。
譜久村聖はそんな視線を全く垣間見ることなく視線を横に向ける。

 「くどぅーのハリキッてる感がなんかウケる」
 「いーんですよ。譜久村さんだって借りる気満々じゃないですか」

横に立つ工藤遥は黄緑色のバンドゥで、腰には浮き輪の装備。
額には水中眼鏡を装備している。
浜辺の完全装備に本人も満足しているようだ。

 「しっかし海の家のご飯ってなんであんなに美味いんですかね。
  テンションが上がっちゃうとどうにも食べ過ぎちゃって、ふー」
 「朝ごはんにしてはちょっとハイペースだよ」
 「何か差し入れでも買ってってあげましょうか。
  生田さん達は今頃どうしてるんでしょうね」
 「さーどうかな、連絡もないみたいだし何とか頑張ってくれてるのかもね」
 「不機嫌なまーちゃんがハル的には心配ッスね…」

909名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:02:52
一週間も前に約束していた依頼に向かった生田衣梨奈、飯窪春菜、佐藤優樹。
三人を想いながらも、工藤にはある疑問がある。

 「んで、なんでハル達はこの”メンバー”で海水浴なんですか?
  まさか情熱的な特訓でもしようってんじゃないでしょうね」
 「そんな大げさなものじゃないよ、ちゃんとした依頼。
  この海水浴の警備と監視が今日のお仕事だよ」

譜久村の宣言に、工藤は少し間を置いて「なるほど」と付け加えた。

 「その依頼ってハル達だけですか?」
 「ううん、専門の人も来てるみたいだから、私達は気楽にやればオッケーだって」
 「なんか他人事じゃないですか?じゃあハル達なんで呼ばれたんです?」
 「そういう可能性があるからって事ではないでしょうか、工藤さん」

工藤がさらに問いかけようとすると、背後からの足音。
振り返ると加賀楓が立っていて、「よいしょっと」と呟きながら
近場にある日傘の下へ荷物をおろす。
藍色のラッシュガードに身を包み、ボーイッシュな出で立ちで佇む。

910名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:04:24
 「これだけ人が集まる場所では”何が起こるか分からない”。
  人一人が抱えられない事件が”起こるかもしれない”。
  浮きたつのは期待だけじゃないって事ですよね、譜久村さん」
 「本当に起こりそうだからやめろ。変に言葉に力籠り過ぎ」
 「あ、ご、ごめんなさい」
 「まあ私有地の海岸だし、所有してる人が単に心配性ってだけ。
  それにこの依頼の安全度はまあまあ高いから」
 「ハル達は別にいいんですけど、譜久村さんは日が浅いのに…」

言おうとして、工藤は口を噤んだ。
譜久村は少し困った顔をしたが「もう大丈夫だよ」と諭す。
一抹の寂しさに工藤が口を開こうとして、背後から声が上がった。

 「小田!おーだ!おい小田ァ!」
 「やめてくださいよ石田さん、暴力反対っ」

小田さくらが小走りでこちらに駆け寄る背後に、石田亜佑美が振りかぶった。
スイカの塊が、ではなく、スイカ柄のボールが何の合図もなく
見境なく後方から飛んできた。頭部の柔軟な衝撃に「ぶっ」と変な声が漏れる。

 「よっしゃ命中!」

石田亜祐美が両腕でガッツポーズを取り、砂浜に顔を出す。
赤と黒の横縞の水着にデニムパンツを履いた彼女は太陽のような笑顔だ。
砂浜に転げるボールを両手で拾い、小田は無表情に佇む。
薄紫のラッシュガードから水色の水着に覆われた谷間が覗いている。

911名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:05:29
 「石田さん、大人げないです」
 「別に痛くないんだから平気でしょ」
 「平気とかの意味じゃなくて、だから絡みづらいとか言われ」
 「シャラップ!それ以上は言わなくていいから」
 「あれだな、一発なんかしてやらないとっていうのが染み込んでんだよ」
 「芸人みたいに言うなし」
 「亜佑美ちゃんって何かと言うけど小田ちゃんに構ってるよね」

譜久村の言葉を聞いて、石田があらかさまに動揺した。
固まった表情が次第に震えだし、目を左右に揺れている。

 「そんなんじゃないですってば!小田ちゃんにはなんかこお…。
  そう!反応が鈍すぎるからこうして刺激してあげてるだけです!
  海に来てこんな無反応ってことあります!?」
 「あゆみんのテンションがどうにかなってるだけなんじゃねえの」
 「海に入ったら私だってテンション上げますよ」
 「じゃあ入ろう!すぐ入ろう!ほらどぅーも行くよ!」
 「はあっ?おいちょ、引っ張んなって!」

石田が工藤の腰に抱えられた浮き輪のロープを引っ張り
浜辺で跳ね上がったかと思うと、海水に飛び込んだ。

 「じゃあ私も先輩に付き合ってきますね」
 「怪我しない程度にねー」
 「はーい。あ、野中も行こう」
 「OK!行きましょう!」

912名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:06:43
いつの間にか背後から追いついてきた野中美希は薄緑色の映える
フレアトップの水着にストレートポニーを揺らせて小田と手を繋ぎ駆け出す。
浅瀬で沈むことなく浮き輪で海に浮上している工藤と海面をぷかぷか
浮いていた石田が浮き輪にしがみつく、その間に突っ込んでいった。
当然のように声が上がり、ボールが光に反射して空に飛び上がる。
海水に濡れた小田の表情が夕暮れ程度の明るさにまでなっていた。

 「ひと夏の一枚ゲット」

いつも以上に弾けまくる石田や工藤、小田と野中の姿を携帯で
収めながら、ふと思い、嬉しさが笑顔を浮かばせた。

 「………気を遣わせちゃってごめんね」

独り言からすぐに、背後から声が聞こえる。
とても楽しそうに海の家から駆けだす影が四つ。
砂の暑さに驚きながらそれぞれが水着を着こなせば
どこにでもいる女学生の海水浴デビューだ。

 「譜久村さん!遅くなりました!」
 「やっと来た。どう?初めての砂浜は」
 「熱いです!とってもとっても熱くてヤケドしてます!」
 「ホントにヤケドしたら大変だよ」
 「えへへへへえ」

譜久村の問いに笑顔で答えるのは牧野真莉愛。
白い水着にマントの様に羽織っていたバスタオルを両手で広げる。

913名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:07:25
 「水着はどう?サイズぴったり?」
 「はい。ごめんなさい、私ミズギって持ってなくて、わざわざ用意してもらって…」
 「横山ちゃんにはおさがりばかりでごめんね」
 「いえ全然。むしろたくさん欲しいです」
 「たくさんお姉さんが居るからわがまま言ったら貰えるよきっと」

横山玲奈が行儀の良いお辞儀をして礼をする。
薄紫のタンニキに、右肩にはアニメマスコットの形をした水筒を下げていた。
それは確か野中美希が所持していたものだったが、どうやら貰ったらしい。
その隣にはラッシュガードの裾を握ってレモン柄の水着を見せるのは尾形春水。
譜久村から見ても明らかに緊張しているように見える。

 「どうしたの尾形ちゃん、顔引きつってるよ?」
 「あーいえ、なんでもないんですなんでも」
 「そうには見えないんだけど、もう疲れちゃった?」
 「いや、自分的にはまだ心の余裕はあるんで、行ける気がします」
 「その余裕がもう限界に達しそうだけど、ていうかどこに?」

一人で屈伸をし始めると、それにつられて牧野と横山、加賀も参加する。
自分を奮い立たせているのか尾形が深呼吸をした。
譜久村の頭上に疑問符が立っていたのが見えているのか、ポツリと呟く少女が居た。

 「泳げないんだよね、はーちんは」

羽賀朱音が淡々とした口調で打ち明ける。
藍色の競泳水着にゴーグルを頭に装着してバスタオルを肩にかけている。
羽賀の言葉に何も言えずに尾形は奇声を放った。

914名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:08:25
 「なんで言うのーっ、自分が魚やって思えてきてたのにっ」
 「人間は魚にはなれないよ。エラだってないし」
 「そんなん分かってるわっ、でも泳げない人には大事な心なんや」
 「えっ、そうなの?知らなかった」

譜久村が驚き、尾形が照れくさそうに頭を掻く。

 「言ったことなかったんで。でも泳げないだけなんで海には
  全然入れるんですけど、でもあんまり積極的には入れないっていうか…」

その場で砂を蹴り、その砂が思った以上に飛んで牧野の足に掛かった。
その足をバタつかせて左右に地味に霧散するのを嫌がる面々。

 「尾形ちゃん以外は皆泳げるの?」
 「尾形ちゃん以上には泳げると思います」
 「最底辺みたいな言い方やめてっ。最底辺やけど……うっ」
 「自分で突っ込んで自分で落ち込んじゃった」
 「大丈夫だよ尾形ちゃん、近くに先生が居るじゃない」
 「ふぇ?」

尾形の肩を支えて、譜久村は浜辺に一歩進む。

 「くどぅー!出番だよ!くどぅー!」
 「はーい!?何ですかー!?」

915名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:09:01
呼ばれた工藤が浮き輪で海面に浮いて叫ぶ。
小田と石田はスイカのボールを不安定な立ち泳ぎで投げ合っていた。
野中はバランスを崩して水面に体を打ち付けて二人が助け出している。
工藤は浮き輪から出ると、紐を持って浜辺へと泳ぎ戻る。
海水で濡れた髪をたくし上げながら顔を振って海水を払う。

 「どうしたんですか、皆入らないんですか?」
 「問題が発生しちゃってね、くどぅーに救難信号を送ってみた」
 「ほう、助けてほしい事があるんですね?」

譜久村に助けを求められたという事に対して工藤が得意げな顔を浮かべる。
“いい女”からの頼み事というのは同性であっても悪い気がしないものだ。

 「何ですか?」
 「この尾形ちゃんに海の素晴らしさを教えてほしいの」
 「……ハルに頼んだって事は、泳ぎの方ですか」
 「さすがその道のプロだね」
 「プロ並みには教え込めませんけど。でも普通に
  泳げるぐらいにはしてあげられるかもしれないですね」
 「くどぅーは水泳が凄く上手い子なんだよ。
  前に道重さんにも泳ぎを教えてたんだって」
 「道重さん!?」

916名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:09:41
その名前に見事に反応した牧野が犬の様に体を伸ばす。
先ほどまで落ち込む尾形にちょっかいを出していた為に
右手の甲が横山の顎を打ち付ける。
「あうっ」と顔を無理やりあげさせられ変な呼吸音が上がった。

「牧野さん、地味に痛いですっ」
「ごめんなさい!まりあの手が勝手に動いて!」
「普通に自分からぶつけに行ってたけど」

羽賀の言葉に目もくれず、牧野は食い気味に工藤へ前のめりになる。

 「あの!工藤さん!まりあにも水泳教えてください!」
 「え?だって尾形ちゃんよりは泳げるってさっき言ってたじゃん」
 「さっきのはさっきので、今は今です。道重さんが工藤さんに
  教えてもらって泳げたって聞いた今が重要なんです!」

噛みつく様な牧野の姿勢に引き腰になる工藤。
先ほどまでのテンションを無理やり振り上げるような牧野は
両手を胸の辺りで祈るようなポーズを取る。

 「道重さんが教えてもらった事ならまりあは何でも
  吸収したいんです!道重さんが見てきたもの、感じたもの
  いろんなものを知りたいから!お願いします工藤さん!
  まりあもその勉強会に参加させてください!」
 「ああ分かった分かったってば。いくらでも教えるよ!」
 「わーい!工藤さん大好き!」

917名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:12:49
心底嬉しそうにして飛び跳ねる牧野を工藤は一歩引いて回避する。
無表情で見ていた羽賀が小さく挙手をした。

 「工藤さんが手取り足取り教えてくれるなら参加したいです」
 「羽賀ちゃん、誰からその言い回しを教えてもらった」
 「あの、何か手伝えることがあったら、あ、浮き輪持って来ましょうか」
 「そういえば浮き輪これしかないな、借りてくるか」
 「まりあ行くー!よこやんも行こー!」
 「牧野さん早いっ、早いですっ」

加賀が救援用の浮き輪を借りると言って海の家へと駆ける。
その背後を追うように横山と牧野も走っていった。

 「犬が二匹、か」
 「でも良かった、相性の合う子が居て」
 「あと一人ぐらい居たらバランス良いかも」
 「そうだね。そうなると良いなあ」

譜久村の言葉に少し首を傾げるが、深くは考えなかった。
いつかの話をしている、そう思っていたからだ。

918名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:17:57
>>908-917
『黄金の林檎と落ちる魚』

海に泳がせたかっただけなんです…それだけなんです…。
水着のイメージは皆さんのご想像にお任せします(真顔)

919名無しリゾナント:2017/08/30(水) 02:44:05
尾形が海面に上半身を伏せて、前へ出る。
顔を上げたまま、目を閉じて手足で水を叩いて進む。
見ていると、足から腰、胸、顔と順々に海中に沈んでいく。
見ると、尾形は水底に横たわっていた。

急上昇。
水飛沫と共に尾形が水面から顔を出す。
ゴーグルを外して黒髪から水を滴らせながら、得意げな笑みを浮かべる。

 「五メートルぐらいはいけたんちゃうかな?」
 「ない胸を張れるほどじゃないからね。全然泳げてねえよ。
  五メートル間ずっと溺れてただけじゃんか」

工藤が呆れながら出来の悪さに怒りながら指摘する。
顔から離れる海水を両手で拭い取る尾形は呼吸を整えると
ゴーグルを再び装着する。

 「やっぱり酸素量が足りひんのですかね…しかも今サラッとディスりました?」
 「そうだろうな。あとは浮くって事をちゃんとした方がいいよ。
  最初は水に顔をつけて、静かに浮く感じで」
 「はあ……まさかのスルー」
 「ほら持っててやるから頑張れ頑張れ」
 「工藤さん!あかねも!」
 「順番順番」

920名無しリゾナント:2017/08/30(水) 02:46:11
工藤の言葉に近くで泳いでいた羽賀が頬を膨らませる。
尾形は工藤に両手を預け、顔を海水に入れて、体を伸ばす。
華奢ではあるが、女性特有の曲線があるため、浮力で体が浮く。
水面から尾形が顔を上げ、笑みを見せた。

 「浮いた!今春水ちゃんと浮いてましたよねっ?」
 「そりゃ浮くって。次は泳ぐ練習な。
  太腿を動かすように意識して足先を上下させてみて」

言われたとおりに顔を見ずにつけては上げて、水平となった
尾形が足を動かす。手を取っている工藤が押される推進力が
出ていたが、ここからが難しい。

 「次は水中で鼻から息を出す。水面から出た口で吸う事を繰り返す」
 「えっと、鼻から息を出して、口で呼吸」

尾形が試す。右から顔を出して、盛大に咳き込んだ。
工藤の手を振り払って立ち上がり、鼻と口から水を出す。

 「うぇーしょっぱい」
 「口で吐こうとするからそうなるんだよ。
  海の中で鼻から息を吐けば自然に口が息を吸ってくれるんだ。
  これを繰り返して体に染み込ませないとどうにもならない。はい練習練習」
 「ヒーン」

921名無しリゾナント:2017/08/30(水) 02:50:40
正直な所、いくら練習しても一日で完璧に泳げるようになるということは無い。
だが尾形の場合は水面の恐怖自体がある為にこのままでは一人で貝拾いを
させる羽目になってしまう。それは絵的にも少し切ない。
あと何回か練習させて、残りは浮き輪の補助で遊ばせようと思っていた。

 「加賀、さっきから後ろで平泳ぎしてるけど何かアドバイスしてあげてよ」
 「え、えーいや、私は工藤さんみたいに詳しくは説明できないので」
 「まあ泳ぎなんて勘っちゃ勘だからな」
 「でも尾形さんはスケート経験がありますし、きっと泳ぐ姿も綺麗ですよ」
 「確かに、もうちょっと自信持とうぜ尾形。筋は良いんだからさ。
  ……尾形?何顔真っ赤にしてんだよ、疲れた?」
 「綺麗って言われて嬉しいんですよ。ね、はーちん?」
 「うっさいっ」
 「かえでぃー、もっと褒めてあげて。褒めて伸びる子だから」
 「あ、あーはい。えーっと、えー…」
 「…こりゃ当分はかかるな」

工藤がやれやれと笑い、このまま加賀に任せようと思った時だった。

 「工藤さん工藤さん!まりあ出来ましたよ!」

牧野が告げ、その言葉通り海面を泳いでいく。
速度が上がり、波を蹴り立てて左側から右側へと進んでいく。
まるで親に自慢したいという気持ちを堪えきれない笑顔。
完全に雑誌特集にでも出てきそうなモデルかという完璧な幸福感。
足でもつらないかな、などと思いながら温い笑顔を返した。

922名無しリゾナント:2017/08/30(水) 02:52:35
そうして手が両脇へを水を掻いて顔を上げようとした時
近くに居た羽賀に背中からぶつかっていく。完全な不注意だった。

 「うわっ、ぶぷっ、何?なになに?」

牧野はバランスを崩しそうになったのを食い止めようとその背中に
しがみつき、身長差のある牧野が羽賀に覆い被さる状態になるため
羽賀はパニックになって悲鳴を上げて溺れそうになっていた。
浅瀬なのに何故か二人はもがいているように見える。

 「まりあちゃん離して!」
 「待って!なんか引っ張られてる!ぷわっ」

笑っているのか泣いているのか怒っているのか分からない悲鳴を
上げて水面に波を起こしている二人を助けに行く加賀。
だが加賀自身ももつれるようにしてバランスを崩し始める。
肩よりも下だった水面が首元まで浸かっていた。

 「ちょっと何やってんのっ」

ただ事じゃないと判断して石田と譜久村も加勢に入る。
牧野を引っ張って助け出し、石田にしがみつく羽賀は半泣きだ。
加賀も自力で浅瀬へと戻った。

 「人を巻き込まないっ」
 「ご、ごめんなさい、あかねちんごめんね」
 「ゲホゲホ、鼻に入ったぁ…」
 「あかねちん、一旦上がろうか」

923名無しリゾナント:2017/08/30(水) 02:55:38
羽賀と一緒に砂浜へ上がる石田、二人の背中を見送って
牧野はショックだったのか頭を垂れる。
その頭を譜久村が撫でた。

 「後でちゃんと謝れば許してくれるよ。わざとじゃなかったもんね」
 「うう、はい…」
 「加賀ちゃんもなんか変だったけどどうして?」
 「なんか急に足を引っ張られたんです。こんなに浅瀬なのに」
 「ええ?まさか手で掴まれたとか言わないよね?」
 「まりあもっ。グーッて足を引っ張られたみたいに浮けなくなって」

工藤と牧野の会話の傍らで、加賀がゴーグルを装着する。
大きく息を吸って溜めると顔から水面に入り込む、陽射しの光で水中が見えた。
見ると、確かに砂が削られて大きな穴を作っている。
まるでスコップで掘り出されたような空洞。
手を伸ばすと、水流を吸い込む引力が腕を通して感じる事が出来た。
どうやら”原因”の一つと見て間違いないだろう。

加賀は穴の方へ腕を伸ばすと、水面が、僅かに撓む。
見えない何かが水流を操っているかのように、蛇が泳ぐように。
砂粒が舞い、穴へ移り、窪みを埋める。埋める。埋める。
血の色を帯びた眼が拳を握り上げ、砂が盛り上がるのを”止めた”。
あっという間に穴は消え、平坦な地面が形成される。

不意に、加賀は横から視線を感じた。
フグの物真似でもするように頬を膨らませた牧野の顔面。
耐え切れずに水上する。

924名無しリゾナント:2017/08/30(水) 03:00:42
 「ぶはっ、何やってんですか牧野さん!」
 「かえでぃーが急に我慢勝負し始めたからまりあも参加しようと思って」
 「してません。てか誰とですか」
 「さっきチカラ使ってたみたいだけど何かあった?」
 「あ、あーはい。多分まだたくさんあると思いますあの穴。
  多分ここの海の事故が多いのは、あの穴が原因とみて間違いないと思います」
 「穴?」
 「これぐらいの穴が開いてるんです。
  引力があって水が渦を巻いて、きっとあれに足を取られるみたいです」
 「でも普通気付くんじゃない?」

工藤が神妙な顔で呟き、加賀が首を傾げる。

 「深さからして、少し水が荒れればすぐに埋まってしまうほどです。
  多分時間があれば痕跡は消えるんじゃないかと」
 「わざわざ人の手で掘り出される理由が分からないし、天然の穴にしては
  なんか引っ掛かるな…どう思います?」
 「うーん、とりあえずまだ穴があるなら、まずはそれを埋め直さなきゃね」
 「全部を直すには時間は掛かると思いますが、横山となら一時間で出来ます、ね」
 「うん。ただ場所までは…」
 「ハルに任しとけって。ちゃんと探し当てるからさ」

工藤が自分の目を指で示す。牧野が右手を空へ上げた。

925名無しリゾナント:2017/08/30(水) 03:02:28
 「まりあも手伝っていいですか?」
 「牧野さんが良いならお願いします。スタミナを考えると心強いですから」
 「了解しちゃいまりあっ」
 「じゃあ一回休憩を挟もう、ごめんねはーちん。泳ぐの中断させちゃって」

譜久村が謝罪すると、尾形は気付いたように、首を横に振った。

 「ああいえ、全然平気です。というかこれ以上はうまくならない気がするんで」
 「なーに言ってんの。後でまた教えるつもりだから覚悟しとけよー」
 「堪忍してくださいー」
 「ファイトです尾形さん」
 「あ、う、うん。がんばる」

片手のガッツポーズで応援する加賀の言葉に尾形は大きく頷いて答える。

 「こういう事になるなら少しぐらい泳げるようになれば良かったかな」

小声を漏らすが、それを汲み取ってくれるのは野中ぐらいのものだろう。
尾形の本心を知る事が出来るのは、その本心に触れられるのはごく一部だ。
譜久村がやれやれ、という感じで視線を向けていたが、それも一瞬の事。

 リゾナンターが、始動する。

926名無しリゾナント:2017/08/30(水) 03:07:17
>>919-925
『黄金の林檎と落ちる魚』

すみません。一応続きモノですorz
現実世界ではいろいろ起こっていていつまで想像できるのかと
少ししんみりしてます…。いやまだ夏は終わらない、終わらないのだ…!

927名無しリゾナント:2017/09/01(金) 03:53:30
石田が砂浜に戻ると、羽賀は海の家の近くにある水場で顔を洗った。
砂混じりの塩味で溢れていた口がどんどん潤っていき、鼻には多少の
違和感が残ったが、状態が回復していくのが分かる。

 「はいタオル」
 「ありがとうございます」

石田からタオルを差し出され、素直に受け取った。
母親のような石田に、羽賀は少しだけ照れ臭さを感じる。
尾形、野中、牧野と同じく自身の過去を忘れてしまった為に
本当の両親が居るのかは分からないが、それでも姉のような、母のような
存在に囲まれての日々はとても楽しく、幸せだ。

 「はあ」
 「スッキリした?」
 「はい。もう大丈夫です」
 「まりあちゃんもさ、ほら、爆弾みたいなものだからあの子は。
  自分では抑えられない所があるっていうかね」
 「考えてみると、多分、まりあちゃんも同じだったと思うんです」
 「え?同じ?」
 「急に足を引っ張られてあかねもパニックだったから」
 「あ、足?足を引っ張られたの?誰に?」
 「分かんないです。でも、水面を見た時に影が見えた様な気がする」
 「悪戯だとしたら許せない」
 「人間じゃないです。でもあんなの見た事ないから、新種かも」
 「それ思い出せる?譜久村さんに報せなきゃ」

928名無しリゾナント:2017/09/01(金) 03:54:24
石田が右手を差し出すと、羽賀が左手で握り返す。
浜辺へと戻ろうとした時、足首までしか海水がない岩礁に目が留まる。
いつの間に移動したのか、小田と野中が両膝を抱えて並んで座っていた。
何をしているのかと思って近づいてみるが気が付かないのか
二人は水底をジッと見ている。

 「小田ちゃん、何見てるの?」
 「魚が泳いでないか探してるんです」

石田の問いに、小田は水底を見たまま答えた。
気付いてたのかよ、と胸中で呟く。

 「こんな浅瀬で?居るの?」
 「まあ小さいのがちらほら。石田さんはどうしたんです?」
 「ちょっとハプニングがあったのよ。二人も気を付けてね」
 「Noted with thanks.」
 「心配してくれるんですか先輩」
 「あんたに何かあったら野中ちゃんを助けられないでしょ」

「じゃーね」と石田は羽賀を連れて海へ戻っていった。

929名無しリゾナント:2017/09/01(金) 04:09:33
 「素直じゃないなあ石田さんは」
 「あ、見て下さい小田さんっ。sea cucumber!」
 「しーきゅーかんば?なにそれ?」
 「ほら、ここですここ」

野中が指し示す所にナマコが居た。

 「ああなるほど、これの事か。知ってる?これ食べられるんだよ?」
 「Seriously? 小田さん食べた事があるんですか?」
 「ううん。だって河豚と同じで、有毒生物だからちょっと考える」
 「へーそれでも食べられるって、誰が最初に食べたんでしょうか?」
 「そういうのを食べなきゃいけないほど、時代が酷かったんじゃないかな。
  私達が予想付かないぐらいの、ね」
 「fascinating story. 詳しいですね」
 「そんなんじゃないよ。ネット環境が優秀なの」

野中が立ち上がり、海岸の突堤を眺める。
何かを探しているようだが、コンクリートの上を見て「あっ」と
発見したように声を上げた。

 「angle!小田さん、釣りをしてる人が居ますよ」
 「何か釣れてるのかな?こんなに人が多いのに……行ってみる?」
 「I'd love to! 見学したいですっ」

二人で突堤を歩いていくと、高齢の男が椅子に座っていた。
日除け防止に、闇色のサングラス。手元に竿とくれば完全に釣り人だ。
男が傍らに立つ二人を見て軽く会釈をすると、二人もお辞儀を返す。
するとまた前に目を戻した。

930名無しリゾナント:2017/09/01(金) 04:11:25
突堤の先の海には騒いでいる男女。
すぐ近くを船遊びの大型クルーザーが波を蹴立てていく。
平和な光景に、男が馴染んでいた。

 「釣りですか?」
 「見たままさ」

男が釣竿を小さく回し、遠心力を得ていく。
近くで見ると分かるが、痩せて見える男の肩や足や背は強固な筋肉質だ。
袖口や裾から出る手や足に刻まれた傷跡。
漁師でもやっていたのだろうか。

 「少し前に仕事を辞めてね、知人から譲り受けた海の家をやっている」
 「まさか今釣ろうとしているのは」
 「ああ、昼食で出す魚だが、結局は自分用になるだろうけどね」

男が釣竿を小さく振りかぶり、糸を飛ばす。
驚くほど意図が伸びていき、沖に立つ消波堤に当たった。
跳ね返った釣り針は消波堤の根元に絡みついていき、止まる。
釣り針が海面に届くことは無かった。
男が引っ張っても、釣り針は取れない。
力を入れると竿が曲がりそうなほどしなり、外れた。
糸が切れた竿は男の手元で揺れている。
小田と野中は男を見るが、男は見ずに、苦笑した。

931名無しリゾナント:2017/09/01(金) 04:12:42
 「はは、まあ不器用とはよく言われるんだよ」
 「冷静に言いますが、これだけ人が居る真昼では釣れないと思います」

私設海水浴場といっても人が多い。
ましてやクルーザーの船遊びが海面を見出していては魚も寄り付かないのだ。
大物を狙うなら、あまり推奨できない。

 「ここでするなら夜か朝釣りが良いですよ」
 「分かっていて昼に釣りをしているんだが。
  実はあそこに見える海の家が流行らなくてね、時間つぶしさ」

男が示すのは、他の海の家が陣取る場所から僅かに離れた岸壁の近く。
お客の姿はおろか、看板を掲げた外見のみで、営みの気配すら感じない。

 「何か原因が?」
 「バイトと喧嘩してしまってね。置き土産に風評被害をしこたま
  叩きつけられて全員辞めてしまったんだ。
  ガラの悪いイメージが拭えないのはやっぱり痛いよな、接客業は」

サングラスの奥の細い目には微笑み。
悔しさの帯びない表情は既に諦めきっていた。
男は糸を失った釣竿を海面から上げて、左腕の腕時計を見つめる。

932名無しリゾナント:2017/09/01(金) 04:13:50
 「とはいえそろそろ開けないと、悪戯されてもかなわんからな。
  じゃあね、お嬢さん」

小田と野中は顔を見合わせて軽く微笑んだ。

 「Two heads are better than one」

野中の英語に、男は素直に首を傾げた。

933名無しリゾナント:2017/09/01(金) 04:17:56
>>927-932
『黄金の林檎と落ちる魚』

少し短いです。スレ立てお疲れ様です。
訳アリのおじさんが登場しました。

934名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:28:48
海の家に賑わいの声が響く。

工藤遥がカレーを頬張り、隣に座る牧野はかき氷を匙で掬って口に運ぶ。
頭痛が来たらしく、こめかみを指で押さえている。
隣で横山が再びかき氷を掬う。
彼女もこめかみを指で押さえる。二人で笑い合った。
譜久村はタコライスとかき氷、羽賀はラーメン、尾形はたこ焼きとかき氷。
小田はしらす丼、野中はカツ丼、加賀は焼きそばを注文した。

 「見事なまでに定番が揃ったね」
 「もうちょっと皆珍しいの選ぶと思ってた」
 「いやいやいや。海で定番っていうのが良いんだろ」
 「石田さん元気出してください。スイカならまた買いましょ」
 「その私のスイカ大好きキャラいつまで引っ張るつもり?
  しかもお店に用意されてないってだけで落ち込むこと前提なの止めてくれる?」
 「ほらほら、スイカ割りやりたい人が手上げてるよ。優しい後輩だね」
 「じゃあ皆で割ろうねー2つ余るから皆分けて食べようねー」
 「怒んなよー」
 「先輩、私も後輩です」
 「へー良かったね」
 「つめたーい」
 「すまないねお嬢さん、まさかこんなにたくさんお客が来てくれると思わなくてね」

店主の男が笑った。手には石田が頼んだ魚介パスタの皿を持ち、テーブルに置く。
魚介類の芳醇な香りが麺と具材を引き立てている。

935名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:31:06
 「なにこれめっちゃ本格的。一口ちょうだい」
 「言いながらフォークで巻きとってるじゃない。あ、いただきます」
 「ちょっと熱いかもしれないから気を付けるんだよ」

工藤がフォークを伸ばして麺を巻きとる。
口に運び、噛むと舌には独特の味が広がる。
魚介類の芳醇な味が麺と具材を引き立てていた。

 「うま、魚介だからかなんかいろいろ混ざってる。
  でも臭みもないし和風だけど洋風みたいな、とにかくうま」
 「こら、あんまり取るな。自分で注文してよ」

亜佑美が皿を自分の手元に戻す。
隠すように食べる姿を見て、隣の譜久村は笑うしかない。

 「ははは、秘伝のソースを気に入ってくれたなら嬉しいね」
 「勿体無いッスよねーこんなに美味しい料理を出してくれるお店をハブるなんて」
 「今はネットで何でも美味しそうな料理が食べれる場所を調べられる。
  こういってはなんだが、情報を食べに来てる気がしてならない。
  けれどお嬢さん達みたいな笑顔を見る為に、この店は皮肉にも在り続けてる」
 「好きなんですね。ここが」
 「そうなのかな…。まあ、この店の最後のお客さんとして精一杯振舞わせてもらったよ」
 「まだ諦めるの早いよ。おじさん」
 「しかし……」
 「まあ明日楽しみにしときなって」

936名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:36:13
 「何か秘策があるの?」
 「簡単な話、人を呼べばいいんですよ」
 「チラシ配り!」
 「呼び込み!」
 「いやいや、もっと簡単な事があるだろう?
  人を呼ぶだけならチラシ配りも呼び込みも必要ない方法で出来るじゃん」
 「そんな簡単なことが出来る訳……」
 「出来るよ。だってあたしら、リゾナンターだろ?」

心に光を。放つ光は闇を払って共に鳴る事を誓う者。
共鳴者に成りえる者達と響き合い、呼応する者達。
たとえそれがどんなに闇で覆われていたとしても必ず共鳴する。
それが光と闇に愛された者達の宿命。

 「……でも、一時気持ちを合わせた所でまた離れるかもしれない」
 「ハルは思うんですよ。多分きっと、たった一度のきっかけで良いんです。
  たった一度だけでも気持ちを合わせたなら、それだけで上手くいく気がする。
  だからあのおじさんに見せてやりましょう。見えなくても、視得るものを」
 「何言っちゃってんのよ。凄い大変なこと言ってるの分かってる?」
 「それにどぅー、明日の調査はどうするの?」

937名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:42:59
 「あ、あーあーえっと。まあほら、昼にはまたここで食べるんですからその時に。
  大丈夫ですよ、リゾナントのバイトリーダー張ってますから」
 「なんだかなあ。行き当たりばったり感でさっきの言葉の説得力が。
  うーん………でもまあ、悪くないと思うよ。一か八かやってみる?」
 「さすが譜久村さん」
 「一番頑張るのはどぅーだからね。頼りにしてるよ」
 「私達も手伝いますよ工藤さん」
 「やってやりましょう」
 「I'm going to do it!」
 「ノリがいい後輩で良かったね、どぅー」
 「ですね……ありがとう、皆」

工藤の言葉は静かに仲間を頷かせた。
彼女の強い言葉が響く。遠くを見ているような、そんな、響きを残して。

夕方の浜辺での野外焼き肉では、若い連中が肉の奪い合いとなる。
海の家の店主による厚意により、夜は花火大会の花火が見れる見晴らしのいい
隠れスポットに向かい大騒ぎとなった。
男が保護者として率先してくれた事により、未成年の多い彼女達には有難かった。
何度も奢らされそうになる姿に、親戚のおじさんのようでもある。

 「今日初めて会ったのにもうあんな風に。若さかなあ」
 「妥協してくれてるような気もするんですけどね。
  でもあのおじさんが喧嘩するなんて、一体何があったんでしょう」
 「さすがに詳しくは聞けないよ。でも、仲が良くても喧嘩しちゃうのが人間だからね」

938名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:45:06
花火を見終えた後、最初に牧野が眠気眼をこすり、次に横山、尾形と睡眠欲を露わにし出す。
依頼主から指定された民宿へと帰り、男ともそこで別れた。
大部屋に人数分の布団が敷かれ、牧野と横山はすぐに夢の中へ落ちていった。

 「じゃあ電気消すよー」
 「おやすみー」
 「おやすみなさーい」
 「おやすみー」

反応して部屋の照明が落ちる。
暗い部屋には静けさ。かすかに聞こえるのは、空調機の音と個々の寝息。
遠い潮騒の音が聞こえ、子守歌となる。

布団の中で、加賀は思い出していた。
今日一日だけでいろいろな事があった。
笑い驚き、泳ぎ走り、食べて飲んだ。
一日中がお祭り騒ぎで、自分が心底楽しかったのだと気付く。

明日の調査で海の異変を解決すれば、その時間も終わるのだろうか。
整理する間もなく、疲労ですぐに瞼が下りた。


目が覚めた。
暗い部屋に、窓を抜けた星と夜の街の光が微かに射し込む。
横を見ると、枕元の時計の表示は午前三時。
深夜か早朝か迷う時間。
夜の潮騒の音だけがまだ遠く聞こえていた。
横から小さな寝息が響く。

939名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:46:12
欠伸をしようとして止まる。真夜中に起きた原因は、喉の渇きだ。
空調機を見ると冷房ではなく乾燥になっていた。
それでも加賀しか起きていないようだ。
布団から起き上がり、靴を履く。
備え付けの冷蔵庫へ向かい開けると、缶ジュースやペットボトルの水が
入っていたが、何故か温くなっていた。
冷蔵庫は最新ではなく、ダイヤルで温度調節をする年期の入ったもので
そのメモリが「0」を示している。
仕方がないので財布を掴んで静かに部屋を進み、廊下に出る。
階段を下りて、民宿の裏口から出た。
周囲には潮騒の響き。磯の香り、夜の浜辺で騒ぐ人間も居ない。
背後を見上げると、加賀が居た部屋が見える。誰も起きていないらしい。

 「かえでー」
 「うわっ、った、あ、よ、よこ?あんた何してんの」
 「かえでーも飲み物買いに行くんでしょ?」
 「まさか起きてたの?なんで言わないの」
 「どうするんだろうと思って見てたの。冷蔵庫も使えなかったし」
 「…つまり?」
 「私もついてって良い?良いよね?」
 「……はー、ちゃんと自分のお金で買いなよね」
 「やった」

940名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:48:11
横山と共に街灯が点々と灯る夜の道路を二人で横断していく。静かな夜だ。
椰子の木の間に、皓々とした光を放つ自販機を見つける。
近くに寄って確認すると、予想した通りの通常価格。
民宿にも設置されていた自販機は観光客価格だった為、先は付近の住民の
ための価格設定なのだ。
富士山の頂上にある自販機とまではいかないが、それでも高い。
だからこうしてわざわざ外にまで出たのだ。

 「ほら先に選んで」

横山は少し迷ったようにして、冷たいお茶を選んだ。
加賀も違う種類のお茶を選び、落ちてきた商品を取り出した。
左頬の肌が粟立つ。左側に何かがいる。

 「かえでー、何か感じない?」

横山の言葉に急いで顔を左に向ける。
海辺の道路沿いに街灯が点々と続くが、闇を追い払いきれていない。

二車線の道路の中央に、先ほどまではいなかった人影がある。
一人ではなく、数えていくと四人。子供だ。
女の子か男の子かは分からないが、車道の中央で輪になっている。
見た瞬間から、背中に氷柱が突っ込まれた様な悪寒。
子供達は両手を掲げて、左右の子供と手を繋いでいる。

緩やかに左から右へと足が動いている。
無言で行われる輪舞。異界の光景だ。

941名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:49:54
 「何あれ…」

幽霊や超常現象を信じない訳ではないが、加賀が持っているのは
視る力ではなく聴く力だけだ。
だが、眼前にある現実は異常そのものだった。
そして気付く。路上の子供達が、二人を見ていた。

 眼球が、無い。

闇色の眼窩からは、黒いタールのような涙が頬に零れている。
黒い口の黄色い乱杭歯の間から、同じくタールの涎が垂れていた。
『異獣』にも奇怪で異様な容姿の者は何匹も在るが、人型なだけあって
あまりにも質が悪い。

横山が加賀の背中にしがみつき、一刻も早くこの場から逃げたいと思う。
子供達は眼球の無い目で二人を見ているが気にしていられない。
三歩目で止まって上半身を戻す。

 『刀』が無ければ『本』の意味がない。
 油断した。まさかこんな所で遭遇するとは思わなかった。

 「よこ!走って!」

横山の腕を掴み、そのまま民宿の裏口に飛び込み、階段を三階まで駆け上がる。
勢いのまま部屋を跳ね開ける。同時に布団から小田が跳ね起きた。

 「どうしたの?」

942名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:50:47
そこから石田、工藤、譜久村と起きていく。
尾形、野中、牧野、羽賀は未だ寝続けていた。

 「出ました」

幽霊だか超常現象だかを見たという説明をどうすれば良いのか分からない。
だからこそその手の話を重要視できるように、そう呟く。

 「出ました」
 「出たって何が?」
 「窓、窓見てください窓。道路、道路を見てください」
 「なんだよお、面白いものでもある訳じゃなし」
 「ある意味で面白いですから早く」

加賀の慌てぶりがおかしいのか石田と工藤は笑ったが、窓辺で言葉が止まる。
民宿の三階の窓からでも、路上の子供達が見える。
七人も黒い涙を流す目で見上げていた。
見ているだけで恐怖を巻き起こす、異様な姿だった。

 「あれ、幽霊ってやつですよね?」
 「ああ、あーまーそんな気がしないでもないっていうか」
 「肉眼で見るの初めてだけど、攻撃したら反応するのかな」
 「ええー…」

943名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:52:07
加賀は二人の反応に、絶句した。
あんなに異常な光景なのに戸惑う表情しか浮かべない。
僅かに引きつって、だが恐怖を感じているのかよく分からない。
路上の子供たちはこちらを見上げたままの姿勢で動かない。
横山はまだ譜久村と小田に慰められている。

加賀に違和感が生まれていく。冷静に考えれば疑問がある。
子供達がこちらを見上げている。
『異獣』を従えているから分かる。

 “まるで次の命令を待っているようだ”

加賀が荷物から『刀』を抜き出すと、小田と石田がギョッとする。

 「ちょ、かえでぃー、一体何する気?」
 「さっきの石田さんの言葉を貰ってみようかと思います」
 「あまり大きい事はしちゃダメだよ」
 「大丈夫です。サイズはアレに合わせますから」
 「サイズ?」

加賀が鞘から僅かに抜かれた刃を構える。
横山の瞳が煌めく。体内から召喚された『本』が燐光を放つ。
周辺に居た全員の背筋が凍り付く。

子供達の一人が吹き飛ばされた。
“見えない風”に遊ばれるように小さな体が空中で回転する。
さらに向かい側の輪にいる他の子供達も吹き飛ばされた。
黒い血が暗い夜に撒かれ、また街灯の下に落下していく。
無言の悲鳴で、だが異形の子供達は逃げ惑うことなく吹き飛んでいく。
次々と吹き飛び、落下。街灯の下で黒い血を広げていった。

944名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:56:34
工藤と石田がスプラッター映画を見るように引きつった表情を見せる。
そして互いを見た後、気分の悪さに部屋を出て行った。
小田が僅かに目を細めて呟く。

 「まるで大きい犬が暴れまわってるみたい」
 「ああ、あれは鯱です」
 「しゃ、鯱っ?」
 「子供ですけど、並の人間ならぶつかった瞬間に破裂します」
 「凄いね…」
 「でもこれで、ようやく分かりました」

暗い路上には、七人の子供たちの幽霊が倒れている。
這った姿勢からそとってこちらを黒い穴の目で見上げていたが
その輪郭が崩れ、青い光を発し、崩れていく。
ようやく理解したと同時に、胃の底から怒りが沸き起こる。

室内に顔を戻す。吐き切った石田とダウンした工藤が帰ってくる姿と
小田と譜久村の苦笑した表情。

 「まんまと引っ掛かったって事ですね。しかもよこも知ってたな」
 「あれ、なんでバレたんだろ」
 「あんな消え方をするのはアイツらしかない」

さっきまで怯えていた表情が悪戯を暴かれた子供のように表情を浮かべる。
見た事のない異種で気付かなかった、人型が操る異獣はあまりにも謎と種類が多い。

945名無しリゾナント:2017/09/03(日) 02:00:10
 「演出担当はどぅーとあゆみん、空調機を調節したのは私。
  喉の渇きで真夜中に起きる様に考えたのははるなんだけどね」

譜久村が自分を示す。
喉の渇きから全てが計画の内だった。

 「こうしてこんな…」
 「まあ恒例行事っていうかね。ハル達も譜久村さんに騙された方だから」
 「まだ眠りこけてるこの子達も去年同じ目に遭ってるよ。
  その時はあたし達も参加して死んだフリしたり、手間が掛ったけどね」
 「横山ちゃんには計画してる所をバレちゃってね。でもかえでぃーと
  一緒に参加させた方が雰囲気でるかなと思って。
 「でも厳密にいえば私達は騙してないよ、幽霊とは一言も言ってないし」

小田の言葉に、加賀が口を結んだ。
指摘されれば、確かに勝手に幽霊だと思って騒いだだけだ。
悪戯をする方が子供、と言いたいが、加賀自身にも反射してくる。

 「ちょっと出てきます」
 「あ、かえでぃー」

頬を朱色に染める加賀は部屋を出る。廊下で一人。
階段を下りて、ホテルを回り込み、浜辺に向かった。

946名無しリゾナント:2017/09/03(日) 02:04:56
>>934-945
『黄金の林檎と落ちる魚』

拗ねでぃー発動。無理やり肝試しも挟んでみました。
新曲の「若いんだし!」聞きました。ライヴでDo!DO!と叫びたい…。

--------------------------ここまで投下お願いします。

少し長くなってしまったのですが、余裕がある行に狭めてもらっても
全然かまいませんので、投下しやすい形でよろしくお願いしますorz

947名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:06:56
夜の浜辺の突堤に腰かける。
街の街灯が背中から淡く届き、寄せては返す黒い波頭を照らす。
引っかけられた悔しさはすでにない。
夏場におけるお節介な行事ではあるが、今思い返せば笑い話だ。
気付けばまだ数ヶ月しか会っていない面々とも普通に会話が出来ている。
横山とは冗談すら言い合える関係を築き始めていた。
命の取り合いの緊張は薄まったが、心地よさを感じているのも事実だった。

夜の潮騒の間に、足音。

 「おや、どうしたんだね」
 「あ……えっと、ちょっと風に当たりたくて。どうしてこちらに?」
 「夜釣りだよ。早朝に釣れる魚もいるらしいからね。楓ちゃんだったかな?」
 「はい。加賀楓です」

海の家の店主が折りたたみの椅子と釣り具入れを下ろし、加賀の横に座る。
無言で釣竿を振るう。
糸が夜空を渡り、暗い海に落ちていく。
着水音は潮騒に消されて聞こえない。
夜に灯る小さな火。座る男の口にある煙草に火は灯っていない。
彼なりの配慮だろう。

 「お嬢さん達は一体どんな仲なんだい?年もバラバラのようだし」
 「ちょっと変わった仲ですけど、楽しいですよ。まだ出逢って一年にも
  満たないけど、でも、これだけ絆のある人達に会えたのは幸運だと思います」
 「そうか、それは、とてもいい人生だね」

夜の海へと釣竿を緩く動かしつつ、男は笑った。

948名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:07:33
 「お店を経営してて、まるで、そう、学校のような家庭のような雰囲気があるんです」
 「へえ?店を?そんなにも若いのに」
 「ああいえ、私はまだ駆け出しなのでお手伝い程度しか。
  でも先代達からずっと受け継いでるんです。やり方はずいぶん変わりましたけど」
 「一度行ってみたいもんだねえ」
 「ぜひ来てください」

ふと、加賀は思った。
言ってはみたものの、譜久村達の判断なしで招待してもいいのだろうか。
明日聞いてみた方がいいだろう。謝罪と共に。

当たりがないらしく、男が釣竿を握る右手首を返す。
釣竿の先の意図が銀の曲線を描いて戻り、釣竿を左手に取る。
また釣竿が振られ、糸と針が夜空を飛翔していく。

 「私はずっと仕事の毎日だったからね。毎日毎日、飽きもせずに。
  何度も縁はあったが、それも全て蹴って仕事に明け暮れた。
  だが、最後の最後に親友だった男が裏切った。あいつはただ
  利用できる人間を捜していただけなんだ。全ての厚意すらも。
  だからどんな小さなことでも良いから恩を返したくて海の家を引き取った。
  ……数十年にも叩き込まれた警官の正義感でも、誰の心をも動かす事は出来ない」

暗い海面に釣り針を投げ込み、しばらくして手首を返し、糸を戻す。
釣り針には、漫画の様に海草が引っ掛かっていただけだ。
海草を外し、男は再び釣り竿を力強く振る。
釣り針は夜空を飛翔していき、海原に落ちた。
空から夜は去っていき、水平線の端が紫に染まっている。夜明けは近い。

949名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:08:11
 「君達はまだ若い。だから、何度でも挑戦する事が出来る。
  何度でも、何度でもね。それが人生さ」
 「それは誰もが持ってる特権ですよ」
 「……そうだね。もう少し、頑張る事にするよ。
  君達の厚意を無駄にしないために」

背後から足音。
顔を向けると、突堤の根本に人影。横山と工藤が歩いてきていた。

 「あ、おじさんこんばんわ。あ、おはようございますかな?」

欠伸をしながら工藤が進んでくる。

 「午前10時まではおはようございます、らしいですよ」
 「ふうん。加賀ちゃんもおはよう」
 「おはようございます。どうしたんですか」
 「迎えに来たんだよ」
 「その割には遅かった気がするんだけど」
 「二度寝しちゃったから多分そのせいかな」
 「完全にそのせいでしょ」

加賀の言葉に横山が笑った。笑って受け流した。

950名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:10:18
 「小田ちゃんが言い過ぎたってちょっと落ち込んでたんだけど
  睡魔に負けて眠りこけてる」
 「いえ、私もちょっと大人げなかったです。すみません。あとで謝りに行きます」
 「加賀ちゃんは真面目というか、もうちょっと言ってやってもいいんだよ。
  もう知らない関係じゃないんだからさ」
 「……じゃあ、これからはもう少し言わせてもらいますね、たくさんありますから」
 「あら、これはちょっと焚きつけ過ぎたか」

三人は再び海へ目を戻す。
暗い先の空が、紫から赤となっていく。
そして銀色の光が現れ始めていた。

 「来たっ」

男の声で横を見ると、釣竿が揺れている。
一気に急な曲線を描いていくと、糸の先、浮きが上下し、沈んだ。

釣り針にかかった魚が、糸を右へと引っ張っていく。
海を右から左へ横切る。銀の線。
獲物はとんでもない速度だ。男の体も左へ流れる。
加賀は慌てて横から男が握る釣り竿を掴む、凄い引きだ。

 「こいつあ二人でも無理だ。この竿の強度でも持つかどうか」
 「おじさんっ、人手集めてくるから頑張って!かえでぃーも頼んだ!」
 「力任せに引っ張らずに魚を泳がせて弱らせましょう!」
 「あ、ああ分かった」
 「私も手伝うっ」

三人で息を合わせて釣竿を操る。

951名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:13:29
竿先が一体なんの素材で作られているのかは分からないが、凄まじい曲線にも
耐えているという事はよほどの業物なのだろうか。
だがこれならば最悪の場合にも折れる事はない、ならば考える事は一つだ。
加賀も釣りの技術や経験が高い訳ではないが、基本知識ならある。
彼女の掛け声に男は糸を巻いては泳がし、泳がしては糸を巻き、魚を寄せていく。

 「連れてきたぞ!あたし達はどうすればいい!?」
 「とりあえず網の準備を……あ!」
 「うわっ、なんだありゃ!」

十数分の格闘で距離が縮まっていた先、赤紫の波間に銀鱗が見えた。
三人が竿を引くと、海原を蹴立てて百、いや二百センチを超える大魚が跳ねた。
青に赤、緑の鱗。
無表情な魚類の目が、明けていく夜空から見下ろしていた。
巨体が波間に落下して、水しぶきを立てる。

 「あれですっ、あれです工藤さんっ、あかねが見た影!」
 「まさかあれがあの穴を作った犯人?」
 「人じゃないから、犯魚ですかね」

石田と羽賀の背後から眠気眼の譜久村と小田も現れる。
尾形、牧野、野中はやはり熟睡中のようだ。

 「よし、釣りあげるぞ!」
 「能力使わないの?」
 「でもおじさんも居るし、下手な事するとバレちゃいますよ」
 「大丈夫ですよ工藤さん、絶対に逃がしませんから」

952名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:14:30
工藤は二人の背中を見つめている。
男が汗を滲ませている中、加賀と横山にはまだ余裕があるように見える。

 「おじさん、大丈夫ですか?」
 「ああ、手が痺れてるが俺が頑張らないとな。一緒に釣りあげよう」
 「はい。よこももうちょっと頑張って!」
 「分かってる、よおっ」

二十分近い格闘で、釣り糸は突堤にかなり引寄せられていた。
魚も弱ってきているが、あまりの大物で糸も限界に近い。
勝負に出なければ、負ける。

 「おじさん、よこ、合図したら竿を引いて…………………せーーーのっ!」

三人は呼吸を合わせて、一気に竿を引く。
海面が弾け、大量の水飛沫とともに大魚が空中に引き上げられる。
全力で釣竿を引く、加賀の目が僅かに朱色に染まった。
放物線を描き、大魚が突堤に落下。
水中の銀鱗は、コンクリートの上で青や赤、緑の鮮やかな体色を見せる。

953名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:15:42
背鰭や尾鰭を振り、水を散らして大魚は突堤のコンクリートの上で跳ねる。
浜釣りの装備でよく釣れたと呆れるほどの大きさを誇る。
突堤の上で魚がまた跳ねる。
押さえようと伸ばした加賀の手から魚が逃げる。
男が先に居る工藤へ顔を向けた。

 「網を!」

跳ねるように工藤が動き、男の構えた網で大魚を捉える。
青い網のなかで魚が暴れるが、徐々に落ち着いていった。

 「やりましたね」
 「ああ、はは。大きいなあ」

男が初めて心の底からの笑顔を浮かべた瞬間だっただろう。
横山も予想以上に大きな獲物に珍しいのか、加賀の肩越しに魚を見ている。

 「やったね、凄いよかえでぃー」
 「横山ちゃんも頑張ったね」

譜久村や石田から賛美され、笑顔を向き合って浮かべる二人。
羽賀と小田、工藤は腰を下ろして大魚を見下ろしていた。
小田が首を傾げ、少し神妙な表情を浮かべている。

954名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:16:41
 「まさかこんな魚がこの海に居たなんて」
 「でも凄い色してますよねこれ。こんな模様見たことない」
 「だってそれ、普通の魚じゃないですからね」
 「え?」
 「残念ですが、それ食べられないです」

全員が小田の言葉に呆けたが、石田が反射的に口を開く。

 「ちょっと小田ちゃん、またそんな空気読まない事を」
 「不味いですよ。強烈な味で人が簡単に死んじゃいます」
 「まさか、猛毒持ってる?」
 「数年に一度しか見られないので希少価値は高いです。
  でも食べるとなれば……止めませんよ?」
 「止めなさいよ!全力で止めて!洒落になんないから!」

小田が優しい毒を含む微笑みを唇に宿す。
食べる為の釣りだったが、大魚の自然の防御が上回る。
魚は網の下で跳ねている。悲鳴が上がって思わず吹き出す工藤。

 「なんだよこのオチーっ」

工藤の笑いに誘われて他の面々ももはや笑うしかない。

955名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:22:47
 「あーあ、楽しみだったのになあ。私もう焼いてるイメージ出来てました」
 「でも確かあかねちんが食べられないんじゃなかった?」
 「今心底ホッとしてるでしょ」
 「……えへへ」
 「はーもう何この状況、ウケルんだけど」

笑い終えて、魚の処遇を考えたが、人の手が入らない沖合いに帰す事となった。
元々沖合に棲みついていたが、荒波に揉まれて浅瀬に留まっていたのだろう。
砂の穴は毒魚の特性によるものだと断定付けられた。
それによって被害者が出てしまう事態になったが、これでもう事故は起こらない。
きっと。

 「ありがとうな」

男は何故か魚に感謝していた。強敵への賛辞にも似た爽快さを込めて。
その場には立ち会わなかったが、沖へ斜方投射された魚は頂点から放射線を描き
大海原へと落下すると、毒魚として雄々しい巨体に背鰭の戦旗を立てて帰っていったという。

 「見て、赤い林檎だよ」
 「何その表現、かっこつけー」
 「でも長い夜だった気がします」
 「ホントにね」
 「寝オチしてたヤツらが言うことじゃないけどなー」

956名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:23:35
海原の左側から太陽が姿を現し、巨大な黄金の林檎となって陽光を投げかけていた。

 「じゃあ帰ってもうひと眠りしようか」
 「あれ、でも今日も警備の仕事が」
 「大丈夫だよ。お昼からでも。途中で寝ちゃってもダメだしね」
 「リーダーにさんせーい」
 「よし、じゃあ帰ろう」

朝日の眩しさを片手で防ぎ、譜久村が告げた。
反転して突堤を戻っていく。彼女の背にそれぞれが続いていく。
加賀が男に礼を言って走り去っていくと、それを見届けた。
全員が笑い合い、進んでいく。

数時間後には予期しない、新たな出逢いを迎えるとは知らずに。

                             Continued…?

957名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:33:48
>>947-956
『黄金の林檎と落ちる魚』以上です。

お疲れ様でした。これで今年の夏を終われそうです…。
実はこの後、三人と合流して新しい子との絡みをと思ったんですが
工藤さんの記念作品に着手したいのでここまでとさせて頂きます。
ありがとうございました。

958名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:04:08

紅い刃が大地へ斜めに突きたつ。
反対側からはダガーナイフが交差して刺さる。
交差する刃の峰で、太陽の光が切断された様に煌めいた。

 「はー、くどぅーもタフだねえ。風邪はすぐ引くクセに」
 「やー鞘師さんこそ、よくもまあそんなに血を出して元気ですね。
  貧血だからすぐ寝ちゃうんじゃないですか?」

鞘師里保の言葉に、戦闘訓練の直後の為、工藤遥かの息が乱れながらも言った。
笑う鞘師の隣に工藤が座り込む。
二人して”リゾナンターの為の秘密の特訓場”という名の丘に並んで
沈みゆく夕日を眺めていた。

 「まあ、えりぽんよりは加減を知ってるから、訓練相手には助かってるかな」
 「生田さん凄そうですよねえ。この前もボロボロになった二人が
  鈴木さんに怒られちゃって、まるでお母さんみたいでしたね」
 「あっはっは。香音ちゃんがお母さんか。くどぅーにはそう見えるって
  香音ちゃんに言っておくかな」
 「やっぱり譜久村さんですか、好きですねえ」
 「くどぅーもじゃないの?一回触ってみれば?ハマるよ?」
 「ハルは同意なしでハグしてますから、じゅーぶん堪能してます」
 「む、なにそれ、うちだってフクちゃんのあーんな所やこーんな」
 「分かってますって。そんなムキになんないでくださいよお」
 「もう訓練に誘わない」
 「ごめんなさい調子に乗りましたごめんなさい。次の依頼のためにどうしても
  鞘師さんと組手してもらわないと。相手がちょっと強いみたいで」
 「大丈夫だよ。ちゃんとやれてる。今のくどぅーなら負けない」

959名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:04:44
茶化さない、真面目で率直な感想に、工藤の唇が緩む。
鞘師は事実を言う。嘘は言わない。言えない、というのが正しいだろうか。

 「チカラの使い方、人との触れ合い方、うちもずっと
  悩んでた所だから、その苦労もちょっとは分かるよ」
 「なるほど」
 「うん。でも、本当によく乗り越えたなって、凄いと思う」

工藤が見ると、鞘師の横顔には夕暮れのような憂いの表情が浮かんでいた。

 「うちは、まだまだだなって、そう思うぐらいに」
 「何言ってるんですか。鈴木さんも言ってましたよ。
  鞘師さんが皆を助けてくれてるって。ハルもそうだなって思うし
  まーちゃんなんて鞘師さんに頼りきってる所あるし」
 「あー、優樹ちゃんはほら、皆でサポートしてる部分あるから」
 「でも、鞘師さんの存在は大きいですよ。それは、認めてます、皆」

不安そうに見つめる工藤に、鞘師がおかしそうに吹き出す。

960名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:05:30
 「何で笑うんですか」
 「いや、優樹ちゃんもさ、そんな顔をして言ったなあって。
  ずっと一緒に居ようねってメールまでくれて」
 「まーちゃんも感謝してるんですよきっと。素直じゃないから
  本人には言わないけど、本心ですよそれも」
 「うん。ありがとう。くどぅーだと説得力あるよ」

片膝を立てて座る鞘師の目は、前方を眺めていた。
夕日が橙色の煌めきを放ち続ける。

 「綺麗だね。うち、オレンジ嫌いじゃないよ」

鞘師が再び告げた。工藤も暮れなずむ風景を眺める。
言われてみれば、訓練と戦闘が連続する半生で、こんなにも世界を
ゆっくりと見送った記憶が無かった。

リゾナンターはたくさんの感情を見てきて育った傭兵の様なものだ。
工藤もまた、ある機密的な異能者養成所で戦線に向かった事がある。
子供ばかりの傭兵たちに紛れて、夕日の下での悲喜劇を見てきた。

リゾナンターとして戦線に向かうのも、実はあまり変わらない。
生まれて死に、殺し殺されることが繰り返される光景。
目の前で倒れ伏す姿も見てきた。
乾く喉に血溜まりの川。溺れる屍に滑る肉。乱れる息。流れる汗。
工藤の胸の内で何かが軋む。

 「消えちゃうのが勿体ないね」
 「はい……でも、また明日見れますよ」
 「そうだけど、今日だけしか見れないよ、この色は」

961名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:06:05
鞘師が告げる。先ほどの何かを無視して、工藤も肯定する。
世界が美しい。世界は美しい。残酷でも悲劇でも受け入れる、世界は、広い。

座る工藤の右手が動く。
大地に刺してあるダガーナイフではない、体毛が覆われた、鋭い爪。
鞘師が怪訝な顔を浮かべる。一閃。
紅い一閃、鮮血、問う鞘師との間で、静かに、殺意が芽生える。

 「何で?この手は何?」
 「ハルにも、分かりません」

他人が鞘師を殺すかもしれない。工藤は敵に復讐するだろう。
だが工藤は、それ以前に鞘師をどうにかしなければいけない気がした。
理解できないままに鞘師の上段の切り下ろしを工藤の爪が迎撃。
二つの彗星が激突し、離れていく。

鞘師の右上腕が切られて鮮血が噴出。工藤の右肩にも痛みと出血。
両者が追撃を放ちつつ駆け抜け、チカラが激突、拮抗。
裏切り、狂乱、工藤の顔裏から伸びていく体毛、浮き出る口角。
もう工藤の面影は、顔から半分のみとなっていた。

 「何で急に、それはくどぅーの意志なの?」
 「分かりません。分からない、分からないんです…!」

突きに薙ぎ払い、上段下段、左右と数十から数百もの紅線となって
双方の間で刃と爪が激突する。胸は激痛を訴えていた。

962名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:06:49
ア゛ウォオオオオオオオオオオオオオ!

工藤遥だった”獣”が人間とは思えない咆哮を空に吐き出す。

 「くどぅー!」

訓練時の比ではないほどの閃光の嵐。
工藤は叫んでいた。心の底からの叫びだった。
既に自分が「大神」になった事を理解し、苦痛を訴える。
せめて鞘師に止めてほしい。今ならまだそんな心が残っていた。
この一片の良心が消えない内に、工藤は自身の命を止めるべきと考える。

 「工藤、それでいいの?それで本当に……うちは……止めなきゃいけなくなる」

鞘師が構えをとる。”獣”の背筋が冷える、凄絶な構えに絶望する。
赤い刃は獣の頭部と身体を分断した。
跳ね飛ばされる頭部が丘の芝生に堕ちていく。
半生で最高の一撃といっても良いぐらいの、歪みのない切っ先。
貫通した刃先は背後の大木すら両断し、上半分が横倒しになり、重々しい音を立てた。
夕暮れに散った葉の間に、頭部の体毛がざわめく。
鮮血と共に獣が横へと倒れていく。

 「工藤、ごめん。出来ないよ、うちには」

跳ね飛ばされた頭部が体液となって地面に染み込む。
純白の体毛に覆われた強固な骨格と筋肉は、”カワ”となって彼女を護る。
視神経や脳髄を切り離された”カワ”に意志は無く、”カワ”に覆われた
小さな工藤遥はまるで赤子のように丸まり、腹部の位置で生きていた。
赤ずきんが狼に食べられたかのように幻想的な異能。
筋肉、皮膚、体毛、骨格ですら自分のものではない、擬人化。

963名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:09:01
 「……うちは、やっぱりこのままじゃいられない。
  咲いても朽ち枯れるだけなんて、うちには出来ない。
  世界を見るべきなんじゃうちらは、例え一人でも、独りじゃないから」

工藤の意識はまだ、あった。
思わず左手で自らの唇に触れる。唇は両端が上がり、半月の笑みを作っている。
笑っていた。工藤遥、笑っている。

 「工藤、最近血の匂いがするけど、何をしとるんじゃ?」

心臓が跳ね上がる。体液もそのままに、工藤は体を起こす。
洗い流している筈の事実を、鞘師はきっぱりと言い当てた。

 「うちにはもう何も出来ないけど、皆が居るから心配はしない。
  きっと皆がなんとかしてくれる。くどぅーも、独りじゃない」

虚ろな視線の中に飢える光。工藤は何も言えなかった。
舌にこびり付いた血の味が鮮明に思い出せる。
本能が、吠える。

肉を食み、血溜まりの道を舌で這い舐めながら、どこに行けばいいと啼いていた。

964名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:12:43
>>958-963
『銀の弾丸Ⅱ -I wish-』

内容的に続編にするべきか悩んだのですが、この形になりました。
投げ出さない様にオープニングだけ置いておきます。
シリアス路線なので基本は深夜投下とさせて頂きますがよろしくお願いします(土下座)

------------------------------------ここまで
またしたらばでお世話になります…。

965名無しリゾナント:2017/10/16(月) 03:38:30
それは決戦前夜。
以前の日常を捨てるように前に進むための戦いへ。
体力温存のために僅かな休憩をする事となった。
異能者である以前に、彼女達は人間。

眠気眼が見開かれた先に、静かに佇むのは頼りの仲間。

 「おはよう愛ちゃん」
 「ごめ、どれぐらい経った?」
 「まだ30分しか経ってないよ。皆まだ眠ってる」
 「ガキさん交代しよう。あーしはもう良いから」
 「その前に、愛ちゃんにもう一度確認したい」
 「……二度は無い。もう引き戻れんよ」
 「いくら生まれがあの組織からだとはいえ、愛ちゃんは
  普通に暮らしても良いんだよ。全てを私に被せれば
  あっちは今の生活を約束してくれる。
  スパイである私を差し出せヴぁ…」

頬を摘ままれ、言葉が濁る。
その姿に笑って、歯を見せた。

 「あーしが望む世界にガキさんがおらんのは、ちょっと寂しいな。
  生きてさえいれば全てが上手くいく。そう思わんか?」
 「…たくさんやりたい事、あったんじゃないの?
  引き戻せないなら、二度と引き戻せない可能性だってあるんだ。
  その可能性の方がきっと高い。やりたい事が全部消えるよ」
 「いつも思うけど、あんたは頭使いすぎやよ。
  もっと良い方に考えればいいのに、そのおかげで今までも
  たくさん助けてもらっとるんやけどね」
 「この道は真っ暗で、闇に溶けこんでる。まるで光が小さく見えるの」
 「皆で照らせば怖くないやろ。頼りない光を、大きく皆で囲って。
  ガキさんも一緒に囲ってくれるやろ、小さな、本当に小さな光を」
 「…全部終わったら、どうするの?」

966名無しリゾナント:2017/10/16(月) 03:39:29
 「そうやなあ…もっと光を増やす、かな。九人の光が小さいなら
  もっともっと増やせばいい。あーしらの共鳴はそのためのものやから」
 「もし、この戦いで減ってしまうことになったら…?」
 「考えは変えん。この希望を途絶えない事が、あーしらに出来る小さな
  光だと思っとる。増やす事がきっと、あーしらの運命とやらの願いやよ」
 「…分かった。もう何も言わない。私もその希望、見てみたくなった」

無数の星々が煌めき、散っていった。
静かな世界が大きく揺るがされ、半数を失って、光が、現れる。
九つの光が瞬き落ちていく姿に誰かは両手を上げる。
掬いとった光に繋がれた細い線と、結ばれた共の心。

 「どうしたとーみずき」
 「ん?いや、なんか今星が落ちてった気がして」
 「え?それ流れ星やないと?」
 「そうなのかな?一瞬だったからよく分かんなかった」
 「願い事を聞く暇もないって感じやんね。伝説だし」
 「でも伝説になるぐらいなんだから、誰かは叶ってるのかも」
 「叶わないから希望として伝説になったんやない?」
 「えりぽんならどうやって願いを叶えてもらう?」
 「そんなの、手と足で叶いに行くに決まっとるやん。努力努力」
 「努力でも叶わないってなったら?」
 「そんな事絶対ないから。人が努力しないって事ないから」
 「どうして言い切れるの?」

967名無しリゾナント:2017/10/16(月) 03:40:28
 「努力してなかったら、途中で諦めたりせんよ。本当に努力を
  したことがないっていうんなら、苦しい事すらせんって」
 「ふうん、そういうものなのかな」
 「その証拠がえりだから」
 「そっか。そうだね」

コーヒーの匂いが辺りに漂う。
壁には色褪せた写真の隣に、新しい写真たちが並ぶ。
常連客の中で譲渡の声を何度も聞くが、その予定はない。
再びその景色を眺める先輩の懐かしい表情を見てしまえば分かるだろう。
料理の詰まれた皿にフォークを刺し入れ、口に含む。
何十種類ものオリジナルレシピのノートを全て頭に叩き込んでいる。

いつか先代達に披露できるよう腕を訛らせない様に何度も作る。

 「じゃ、そろそろ寝るよ。明日も早いけん」
 「おやすみ」
 「みずきー」
 「んー?」
 「…なんでもなーい」

明日もよろしく。その次の日も。そのまた次の日も。

星が散って、落ちていく。
辿り着いた先でもまた、多くの光に囲まれるだろう。
自分の手と足で集まれ光よ、胸の高鳴る方へ。

968名無しリゾナント:2017/10/16(月) 03:46:08
>>965-967
いい気分だったので保全作を載せてみました。

969名無しリゾナント:2017/10/16(月) 21:43:36
ごめん、約束の作品間に合わなかった

970名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:04:52
 「はー…疲れたっと」

頭を下げた宇宙人のような街灯が、夜道に白い光を落としている。
街灯に羽虫が群がっていた。
蛍光灯にぶつかる音が夜に響く。
駅前ならともかく、アパートや個人住宅が並ぶ地区に人通りは少ない。
言い訳のように街灯が光を放つ夜道が延々と続いている。
噎せ返るような湿気を含む夜と、汗で肌に張り付くTシャツがただでさえ
暑い八月の夜をさらに不快にしている。
日本はそろそろ亜熱帯になってるんじゃないかとさえ思えた。

若者にありがちな、この現実は何か違うという自己逃避と切って捨ててしまいたい。
学生時代から今まで、全てに違和感がある。
なにかの遊びに思えて、世界がふわふわしていた。
なぜみんなは真剣に現実を受け入れているのだろう。
この焼かれて溺れてしまいそうな現実は理解できない。

 「理解できても、きっと私はすぐに見捨てるだろうけどね」

一人呟いて、足でアルファルトを強く踏む。
そうえば今、あの店には誰が居るのだろう。
喫茶『リゾナント』はこの地一帯ではもう十年の節目を迎えた。
そこでは彼女、飯窪春菜は成人しているという事もあって責任者を任されている。
マスター代理は譜久村が担っているが問題はない。
最初の頃は不安がなかったわけではないが、今ではしっかりと責務をこなしている。
張り合いのある仕事は楽しい。未来は明るい。

このまま生活を送るのなら、それはそれで幸せな事なのだろう。

 「きゃっ、何?」

971名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:05:43
靴の裏で何かが潰れる感触で、思わず飛び退く。
薄紙の塊を潰したような感触だった。
街灯の楕円が作る円の外れ、アスファルトの上には、虫の死骸があった。
羽はちぎれ、体液がスファルトに染みを作っている。
夏につきものの蝉だった。

 「いいい……うそ、でしょー…」

路上に蝉が留まっているわけがない、元々ここで死んでいたのだろう。
ついていないというか、気持ちの悪さが勝る。
可哀想という気持ちが芽生えたのは、死骸の上を越えた後だった。

手を合わせて顔を上げると、半分の月が夜空に捧げられている。
まるで満月だったのに誰かが噛みついてしまったみたいだ。
喫茶店に辿り着く。
「Clause」のプレートが揺れて、微かに鳴り響く鐘の音。
だが本当に微かな音だった為に、店内からの反応はない。
そもそも、もしかしたら誰も居ないのかもしれない。

 「まあ、明日には帰ってくるよね」

972名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:07:09
依頼の数も増加したり減少したりとバランスが悪い。
向かう人数もその時による上に、帰宅時間も一致しない。
ここ一週間のリゾナンターは多忙の毎日を過ごしていた。
飯窪も今しがた依頼を終えて帰宅したのだ。
喫茶店の風景も少し寂しそうに見える。

 「明日からお店も開かなきゃいけないし、忙しいなあ」

以前は居住区として利用していた二階には空き部屋が三つある。
一つは空き部屋というよりロフトだが、そこは荷物置き場と化していた。
休憩室としてのリビングを抜けて、飯窪は違和感を覚える。

 「あれ?」

テーブルの上に、鞄が乗せてある。
それはポシェットに近いサイズで、メーカーのマークが縫われている。
誰のかは判別できないが、触れて持ち上げてみるとそれとなく重量を感じた。
何かが入っている。
良心が痛むが、名前すら書いていないとすると中身を確認しなければ
このまま放置も出来ない。

チャックを引き、飯窪は覗き見をするように真上から見下ろす。
予想していたものと遥かに違っていて、一瞬怪訝な顔を浮かべた。
手を入れて、それを持つ。

973名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:08:04
 「なにこれ」

その数は十四、弾丸だった。
個人が所持しているゴム弾とは違って先端が尖った銀製の小口径。
初めて見るものだったが、どうしてこんなものが放置されているのだろう。

飯窪の体が固まる。
背後の扉の奥から物音が聞こえ、息を止め、耳を澄ます。
立ち上がって、扉の前へと足を運び、耳を押し当てる。
空き部屋の筈だ。
鍵は一階の厨房にあるが、その場所を知っているのはこの店の関係者のみ。
どんな用事があろうとも滅多に開かれることは無い。

音は一種類だけではなかった。
ねちゃねちゃとした音と、途切れ途切れに熱を帯びた声。
心がざわざわと騒ぐ。
扉の前に静かに寄り、声を聴きとろうとする。

 「ねえ、今どんな気持ち?当ててやろうか?」

部屋に踏み込みたくなる衝動を堪え、さらに聞き耳を立てる。
快楽に咽ぶ声の主に気付いて驚愕の色を隠せない。

 「もしかして照れてんの?こんなにドキドキしてさ…。
  この一瞬だけはハルも、緊張するよ…………はあぁ。
  やっぱり、ハルの孤独を埋められるのは君だけだ…!」

974名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:08:52
瞬間、頭の内部で何かが切れた。
数百種類の恋愛漫画による妄想空想の嵐の中で、理性を保つ。
興奮と好奇心が今までの思い出を脳裏で真っ赤に染め上げる。

 「どぅー!」

リビングに通じる扉を細身の腕でぶち破ろうと勢いをつけるが
外側に開くタイプだった為に一瞬態勢を崩す。

 「っ、もうっ。どぅー!皆がいないと思って、誰と、なに、やって…」

再び内側に勢いよく足を踏み入れたが、飯窪を責める声は続かなかった。
ここでラブコメなら、彼女は実はテレビの猫だかドラマだかの映像でも
見て騒いでいて、少し卑猥に聞こえたみたいな展開が待っていただろう。
現実は予想の斜め上を行く。

手に持っていた弾丸が落ちた。床を転がっていく。
転がっていくフローリングの床の先には、一面に青いビールシートが
敷かれており、視界がカメラのように一部分ずつ切り取っていく。
分厚いシートの上には赤い水溜りが大量に出来ていた。
赤い水に弾丸が浸かる。
青いシートの中央にだらりと投げ出されているのは、長い肉片。

975名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:10:26
青白い肌の先に五本の指。指の先には爪があると、当たり前のように確認。
何をどう見ても、人間の腕だった。
肩の下から切断された右手がビニールシートの上に転がっている。
断面には白い骨と赤い肉、皮膚の下の黄色いイクラのような脂肪の層が見えた。

腕の先、部屋の奥へと視線が動いていく。
糸鋸に鉈、柳刃包丁に肉切り包丁、ハンマーにナイフという凶器が
青いビニールシートの上に几帳面に並べられている。
先には、また切断された白い足が転がっている。
愛するものの死体を想像して、飯窪の目は終点の窓際に向けられる。

しまわれていた筈のテーブルの上には、人間の胴体が横たわっていた。
首から上が無く、小さな胸が二つ、女性だ。
鎖骨に水平の線が描かれ、胸から腹部へと垂直に切り開かれている。
肋骨が折られ、赤黒い洞窟のような胸郭が見えた。
赤い穴の上には、光沢のある長い髪。
手先は血に染まり、赤い滴を垂らしている。飯窪の口は開いたままだった。

工藤遥がゆっくりと顔を上げ、飯窪の存在たった今気付いたようにこちらを見た。
濡れた様な目には暖色の鋭さの輝きに陶酔。
口から顎、そして前掛けをかけた胸が真っ赤に染まっている。

遥が正座をし、テーブルの上の女の胴体にフォークとナイフを当てて、硬直していた。
工藤の斜め左前には、皿があった。
皿の上に丸みを帯びる痙攣した物体、心臓が載っている。

 食べていた。

976名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:11:35
それは関係の比喩ではなく、単純に、本当に、食事として食べていた。
生で食べる訳でもなく、ある程度は料理されている事を頭の後ろで理解する。

頭に上っていた血が急速に下がっていく。
手や足の先が冷えて、痺れる。
心臓がドキドキと鼓動を鳴らす。
恐怖なのか驚きなのか分からない、緊張していた。
ようやく飯窪の脳は冷静に現実を解釈し始めていた。

 「は、あ?」

口が開き、開いたなら眼前の光景に感情が動き始める。

 「なにこれ?ねえ、くどぅー?なに、やってんの?」

ビニールシートの前で、工藤の前で、飯窪は動けない。

 「食べ、いや、くどぅーはお肉好きだし、でも、こ、殺し…」
 「…あーあ、とうとう見つかった」

いたずらを見つかった子供のように、工藤は首を傾げる。
肩にかかる黒髪、滑らかく幼い頬。暖色の獣のような眼光以外は工藤遥だった。
その目に見覚えがある、異能発動時の、彼女の目だ。

 「誰なの?あなた、本当にくどぅーなの?」

977名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:18:46
>>970-976
『銀の弾丸Ⅱ -I wish-』

お待たせしました。オープニングから少し間が空きました。
書き始めたのが夏場だったので季節は夏から冬へと入っていきます。
お食事中の人すみません。

978名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:49:45
>>73 続きです。

悪夢の光景に世界が回る。落ち着きを取り戻そうと息をすると
生焼けのレバーを食べた時のような味が喉に来る。
ようやく部屋に溢れる血の匂いに気付いた。
嗅覚は眼前の光景が嘘ではないと全力で主張している。
口角が上がっていて、工藤は微笑んでいるように見えた。

 「やだ、やだこんなの、こんな」
 「落ち着いてはるなん。とにかく聞いて、ちゃんと説明するから」
 「ひっ」

工藤が腰を浮かせると、飯窪の足は後ろに一歩下がる。
少し寂しい笑顔で、工藤が腰を下ろす。
後方に引けていた飯窪の腰はその場で停止している。

 「ハルはハルだよ」

工藤が淡々と告げる。

 「でも、こうしないとハルは生きられないんだ」

979名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:50:30
工藤の口から出た言葉がよく分からない。
それでも頭の中で単語を分解して理解しようとする。
工藤遥。17歳。口が悪い。ショート。中二病。トリプルエー。
病弱でヘタレ。能力は。

 「……あ」

出来てしまった。唐突に、いや既に答えは出ていた。
理解できたできないしないといけないできないでもできてしまった。
小柄な彼女の巨大な影に寒気を感じなかった訳がない。
だが、彼女の場合は肉体変異させる『獣化』ではない。
では彼女の異常性は一体どこから生まれているのか。

 人を食べる、その本能がどうして彼女に芽生えたのか。

考えるが、この現状で冷静な答えが出てくる訳もない。
飯窪には他に考える事がある。

残念ながら日本では死体が道に落ちている事はないし、たまたま食卓に
出てくることもない、ましてや土葬の習慣もない。
なおかつ人間の死体を食べる習慣も、ない。
眼前の食卓や床のビニールシートの上にある死体は新鮮なものだ。
飯窪は唾を飲む。
血の臭いが喉に再び広がっていく

 「どぅーが、殺した、の?」

工藤が口を開くが、言葉が出る前に予測できた。

 「私も、食べるの?」

980名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:51:42
言葉にした瞬間、頭の中でサイレンが鳴る。飯窪は反射的に屈んで
ビニールシートに落ちている一番近い武器、ナイフを手に取った。
サバイバルナイフの柄についた血で手が滑る。
ホラー映画だと、主人公はパニックになって叫び声を上げて逃げる
シチュエーションだが、飯窪はナイフを握った。

リゾナンターとしての責務が、彼女にはある。
裏切り、その言葉に、だがナイフの刃先が迷う。

これまでにも先代のリゾナンター同士で争いが起こった事がある。
裏切り、意志の違い、分かれる未来、将来性。
まさか工藤とその立場になるなど、飯窪は考えた事がなかった。
だから悲しい。
工藤が人を襲ってしまった、その事実が既に目の前に置かれている。
飯窪の目が濡れて光りが籠る。

ナイフを握ったまま立つ飯窪に、座ったままの工藤が部屋で向かい合う。
工藤は白い手を床に伸ばす。
指先が血で赤く染まっており、現実だとさらに主張する。
飯窪のナイフが僅かに反応して、刃先が跳ねた。
切っ先は血に濡れた工藤の顔へ向けられていた。

981名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:53:11
 「そんな事ある訳ないだろ?」

手が戻り、握った濡れタオルで口から喉、胸元を拭う。
一回では取れないので、顔の血をさらに拭っていく。

 「はるなんを食べるなんて事、絶対にないよ」

血の赤が消えて、白い工藤の顔が現れた。飯窪のナイフは、動かない。

 「だって、くどぅーは食べなきゃいけないんでしょ?」
 「うん。でも、メンバーは食べない。はるなんを食べる訳がない」
 「本当に?」
 「言っても信じてくれないだろうけど、本当」

工藤の目に感情が渦巻く。

 「多分皆にどんな目に遭わされても、ハルは皆を殺せない」

それでも飯窪はナイフを下ろさない。
部屋に横たわる死体、血液、内臓。鼻をつく血の臭いという現実が
工藤の言葉を信じる事を拒否させようとする。
真実であろうと頭が理解しても、体が拒否する。

 「じゃ、ハルは出てくね」

982名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:54:59
遥が立ち上がり、飯窪のナイフがまた跳ね上がる。
自分の心に連動するようにナイフが動く。
向けてはいけないのに、弱い心が命令する。

 「ずっと隠してたけど、バレたらもう一緒にいられない」

遥は寂しそうに微笑む。
両手を首の後ろに回し、前掛けを解く。
飯窪の手のナイフは遥が動くたびに刃先で追ってしまう。

 「どこに行くっていうの?」
 「言わない。必要な荷物は持っていくけど良いよね」

床に転がる弾丸を拾う。
指の中で遊ぶように回した後、静かにポケットに入れる。

 「えっと、片付けできなくてごめん」

黒い髪が尾を引くように、遥が頭を下げた。戻った顔には微笑み、頬を掻く。

 「片付けと掃除の方法は、流しの下の裏に封筒で貼り付けてあるから
  それをやってみる方が良いと思う。臭いの取り方はコツがあるし。
  あ、流しの下っていってもシンクの下じゃなくて横の方だから」

憂い顔のような笑顔。初めて見る表情だ。
何故こんなにも普通に会話をしているのだろう。
背後には食べかけの料理が残される。それなのに彼女はいつもの調子で話す。

983名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:56:12
 「この店に来るのも最後かあ……好きだったなあ…」

血臭に囲まれる空間で呟いた工藤が飯窪の横をすれ違う。

 「じゃ」
 「待って」

思わず言ってしまった。ナイフを握っていない手が前に出る。
飯窪の手と工藤の間には、女性の胴体だけの死体や血だまりが広がっている。
二人の間には、血塗れの現実が横たわる。

すべきことは分かっている。
理解している。人間として、サブリーダーとしてするべき事を知っている。

其れよりも優先されたのはナイフを床に捨てて、両手で工藤を抱きしめる事だった。
工藤の熱い体が怯える様に震えた。

 「はるなん?」
 「私に押し付けないでよ。一緒に片付けるから、それから考えよう?」
 「何、を」
 「説明してくれるんでしょ。この有様を」
 「……うん」
 「なら、出ていくって言うなら、全部話してから出て行って」
 「…分かった」

984名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:56:52
血が流れている肉の体。人間の体を飯窪は抱きしめている。
裏切る心は誰にでもある。
だからきっと、この感情は元々飯窪の中にもあったものだ。
だから認めるしかない。認めるしかないのだ。
彼女を信じるしかない事に。
工藤はただずっと困惑し、それでも笑顔のままだった。

985名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 03:11:50
>>978-984
『銀の弾丸Ⅱ -I wish-』

工藤さんのセーラー服姿は女優さんになっても見れるのかな…。

>>86
おめでとうございます(他人事…w)

>>79
そうです。ファルスの台詞を貰いました。
興奮状態を表すために異常性を高めたかったので…w

986名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:49:54
飯窪から見て、工藤はまだ幼い。
大人の道に片足を突っ込んではいても、まだ17歳といえば子供だ。
リゾナンターは年相応に見えないメンバーも歴代を含めて多い。
彼女もその一人だが、生い立ちを考えると無理もないとは思う。
だが飯窪は、そんな大人びるだけの彼女があまり好きじゃなかった。
幼い子供が鉄の匂いを纏って死体に跨る姿などあってはいけない。
けれどそんな飯窪の想いを知る筈もなく、工藤は部屋の片づけを開始した。

慣れているとでも言いたげに既に首、手、足と切断されていたので
それぞれを市が指定するゴミ袋を二重にして入れて、口を縛る。
飯窪は言われるがままに解体に使った糸鋸や鉈、包丁やナイフに向かう。

指示通りに新聞紙に包んで同様にゴミ袋に入れる。
床の青いビニールシートは端から畳み、これもゴミ袋に入れる。
工藤がこちらを見つめていた。

 「壁の下の方まで広がる大きめのを使うと汚れなくて便利なんだよ」
 「…それ、あんまり役に立つ知恵とは思えないんだけど」
 「まあね。時と場合と人による、考えるとけっこー範囲狭いなこれ」

笑い声。普段通りに会話している事に気付き、ぞっとした。
十二個のゴミ袋が出来たが、下の方に血が溜まって重くなっている。
道具と敷物で数十キロを十二個に分割したものの、それでも一個に
対する重量が大きいのは確かだ。
硬直していた体は時間が経つと慣れてきたのか落ち着いていた。

987名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:50:31
 「ふう…で、これをどうするの?」
 「ハルが決めてある場所に埋める、はるなんは待っててよ」
 「どこに行くの?」
 「一回で行けるよ、今までもそうしてきた」
 「下、下まで手伝うよ」

飯窪は小さい袋を四つ持てた。工藤は一度に大きな八つの袋をまとめて持つ。
階段を軽やかに駆け下りていく工藤の背中を見る。
飯窪も続いて下りていく。
暑い夜のため、一階まで下りただけで汗が噴き出た。

 「工藤さん、こちらです」
 「すみません、また頼めますか」

車のエンジン音が聞こえたかと思うと、そこには見覚えのある
スーツを着た二人の男女がドアから現れる。
後方支援部隊、事前に応援を呼んでいたらしい。
つまりは、工藤の行動を以前から知っていた事になる。
それが少しだけ、悔しかった。

 「一緒に、来る?」


二人は無言のまま、車は夜の街に出る。
コンビニや二十四時間チェーンの店からの灯りを抜けていく。
車は郊外に向かい、当たり前のことだが、そこでようやく死体が
夜の山かどこかに捨てるのだと気付いた。

988名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:51:08
工藤の横顔に、飯窪は口を開き、悩みながらも聞いてみる事にする。

 「どぅーって本当は力持ちだったんだね」
 「え?」
 「ほら、さっきの私の二倍を運んだのに、この暑さなのに
  汗も出てないし、息も切れてない……いつもなら前髪が引っ付くぐらい
  もっと汗かいてるのに、もしかして隠してた?」
 「あー……うん。隠してた」

考えて、工藤が肯定する。

 「養成所に居た頃によく分からずにチカラを使いまくってたら
  周りの子達に怖がられてさ、それから手を抜くようにした。
  汗はチカラの分泌物でどうとでも見せられたし。
  目立つ事をしてると監視もキツくなるし、自由が少なくなるし。
  その頃から何度も抜け出してたしね」

車内にはまた沈黙。気まずい。
一時間ほどで、車は山中に入る。
国道は通っておらず、黎明技研の研究所と公務員の保養施設があるが
別ルートの山道を行けば、誰かに会う事もない。
山道を進み、中腹で停車する。
周囲に人がいない事を確認して、助手席の女はライトを脇に抱えた。
運転席の男は積んであったシャベルを担いで、ゴミ袋を持って外に出る。
工藤もゴミ袋を掴み、ガードレールをまたいでジャンプで越える。
重い荷物を持って飛び越えるなんて、どんな筋力だ。
飯窪はガードレールを跨いでようやく越えていく事がやっとだった。

989名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:51:43
ライトで照らしながら夜の山中を下っていく。
木々の梢の間から月光が降り注ぐが、森の闇は深い。
ライトで照らしても暗い下生えの雑草が足にまとわりつく坂を下っていく。
土の植物の匂い。
手に触れた枝が折れて、青臭さが鼻に突き刺さる。
飯窪は木の根で転ばない様に慎重に進むが、工藤は闇が見えているかのように
軽快に坂を下っていく。
飯窪は常に彼女の背中を見ながら降りていく。
月光がほとんど差しこまない夜の森を進むなど普通は怖いが、平気だった。

目の前に工藤が居るからだろう。
夜の闇の怪物だの、死者の霊だの、工藤の前では怖くともなんともない。

恐怖が目の前にあるのだから。

木々の間の開けた場所に出ると、雑草が茂る間に進み、工藤達が足を止める。
ゴミ袋を置いて、シャベルを握る。
垂直に下ろして、刃先を地面に深く突き立てた。

 「ここ?」
 「うん。はるなんは周りを見てて、大丈夫だろうけど念のために」
 「う、うん」

990名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:52:41
刃先で掘り返した土を脇に捨てる。シャベルを突き立て、繰り返す。
機械であるかのように一定のリズムでさくさくと土を掘っていく。
まるでケーキのスポンジでも掘っているかのような速度だ。

 「あのさ、穴ってどれぐらい掘るの?」
 「2メートルぐらいかな。浅いと野犬が掘り返して見つかる」
 「……焼いたりは出来ないの?」
 「場所が確保できないし、人をまるまる燃やすのに時間がかかる。
  あとは匂いですぐにバレるんだよ。だから埋めた方が簡単なんだ」
 「それも経験から?」
 「うん、経験から」

工藤が土を捨て、また地面にシャベルを突き立てる。
大人二人がようやく一回目の土を横に捨てる間に、工藤は三回も往復している。
まるで掘削機だ。
腰の深さまでになった穴に入り、工藤は男と共に本格的に掘っていく。
月光の下で数分ほど、無言で工藤は掘っていた。
男女二人も無言のまま言葉もなく手伝っていく。

胸辺りまで掘って、穴を広げる作業になる。

 「聞いても、いい?」
 「いいよ、なんでも」

工藤の手が止まった。動揺は一切浮かべない。

 「なんでも答えるよ。もう隠す理由もないし」
 「ええっと、工藤遥って名前は本名?」
 「あーていうか、ハルはもう死んだ事になってるから。
  でもこの名前で生きてきたから、この名前で呼んでくれると分かりやすい」

991名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:53:21
工藤の目は静かだったが必死さが籠る。冗談の表情では、ない。

 「分かったよ、どぅー」

二人の上に不愛想な月光が降り注ぐ。

傍らには土の山。
そして地面に置いたライトと分割された女の死体が詰まったゴミ箱。

 「この人は、どんな人間だった?」
 「能力者だよ。だから名前も分からない、分かるのは、今回の依頼を
  してきた人をつけ狙ってたから、返り討ちにした」
 「まさか持って帰ってきたの…?」
 「そのまま放置も出来なくて、せっかくだし」
 「…食べるようになったのって、そのチカラのせい?」
 「人の食べ物が食べられないって訳じゃないよ。
  でも全然食べた気がしないんだ。食べても食べてもすぐに消化する。
  牛肉や豚肉も好きだけど、気持ち的にも満たされるのはこっちなんだよね」

工藤はいつも肉類を美味しいと言って食べていた。
牛肉、豚肉、鶏肉、挽き肉。
彼女が食べて喜んでいる姿に微笑ましく感じていた。
だが人間の抱える飢えは限界を超えると相当、辛い。
意識が朦朧として正気を保てなくなる。それ以上の飢えを飯窪は知らない。
だが彼女はそれ以上なのだろう。
通常の食事では摂取できないほどの飢えを知ってるのだと遠回しに言っている。
彼女の気遣いを思うとかつての自らの愚かさを責めそうになる。
そんな飯窪に工藤は笑ってみせた。

 「普通の人を殺すのは抵抗があるけど、能力者ならまだマシかなって」

992名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:53:56
飯窪は返答できない。
彼女を妹のように愛しているし、勢いで許容はしたが人を殺すという事を
当たり前の様にしてはいけない。
家族から切り離された天涯孤独でも、ホームレスやカフェ難民でも日雇い派遣労働者でも。
異能者だとしても立場は変わらない。
自分に跳ね返る現実に、飯窪は顔を俯かせる。

 「ごめん」
 「それは、何の謝罪?」
 「黙ってた事、でもいくら皆でもこういうのって気味悪いでしょ、実際。
  この人達はハルと行動するって聞かないから手伝ってもらってるんだけど
  正直言って申し訳ないっていうか、やってほしくないんだよ。
  もうハルのわがままに誰も巻き込みたくない」

それでも工藤はリゾナンターとして活動を辞める事はしなかった。
都合が良かったのかもしれない。
だが、工藤遥はそれを容易な事態だと受け入れる事はしない。
どれほどの葛藤があっただろう。
別の意志とは裏腹に、仲間と共に過ごしていた時、彼女の中でどんな思いだったのか。
それでも真っ先に謝罪したのは工藤だった。

993名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:54:36
 「こんなヤツでも感情があって、普通に人間みたいに振舞うのって
  まともな人間からしたら凄く異常なことだしさ」
 「どぅーは怪物じゃないよ」

飯窪は反射的に言っていた。
本当は目の前の工藤が「悲しい」と言っている事に奇妙な違和感を覚えていた。
昨日までの工藤にだったらこんな感情は抱かなかった。
それでも好きだからと、納得させる。

 「工藤さん、これで良いですか」
 「あ、はい。これぐらいで大丈夫です」

既に穴は見下ろすほどに深く大きくなっている。
深さはすでに2メートル、幅は4メートルぐらいだろうか。
掘った土は小型トラックの荷台分ぐらいありそうだが、雑談をしながら
三人で十分の作業と思えば優秀過ぎるほど早い。
横に置いていた死体入りのビニール袋を運ぶ。重い。
振って投げようとして、工藤が声を上げた。

 「中身出して入れてほしいんだけど」
 「え?そんな事したら…」
 「入れたままだと土と同化するのに時間がかかる。だから出してあげて」

工藤にしてみれば、土に同化していつか証拠が消える方が安心できるのだ。
飯窪の手は迷う。工藤が心配顔になっていた。

994名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:55:10
 「きついならするよ。後ろ向いてゆっくりしてな」
 「うん……ごめん」

結び目を解いた途端、鼻につく血の臭い。
口で呼吸しても血の味が喉に来るようで思わず手で口を塞ぐ。
袋の下を持って、穴に向けて逆さにする。
右か左か分からないが、血に塗れた腕が穴の底へと落下していく。

穴の反対側では男達が同じように袋を逆さにして、女の太腿を落としていく。
三人で黙々と袋の結び目を解いては、手や足や太腿、分割された
胴体を落としていった。動物の肉とは違う、生々しい。

分解に使った道具すらも捨てるらしく、少し気になった。

 「道具も捨てるの?」
 「うん。一回使うと酸でも使わない限り証拠として残る」
 「ああ、ルミノール反応、ね」
 「中古ならそれなりの場所で安く買えるしね。ネット様様だよ」

穴の縁で、工藤が両手を合わせた。睫毛を伏せ、目まで閉じる。

 「ごめんなさい」

死者への礼儀と謝罪で自分の罪を誤魔化すための、偽善。
それでも工藤は手を合わせて、黙祷する。
する必要もないけど、それでもするのが工藤遥なのだ。
飯窪も手を合わせて黙祷する。男達も便乗する。

薄目を開けて前を見ると、工藤はまだ黙祷していた。
彼女は好きこのんで人を殺して、食べてる訳ではない。
もうすぐ死ぬ人に死んだら食べても良いですか、と聞くわけにもいかない。
生きにくい設定を二重に背負う彼女の心はまだ幼い。
どちらかがなければ普通とはいえないまでも、もっと楽に生きられただろう。


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