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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

817名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:48:04
「相変わらずえげつない攻撃やな」
「せやかてうち非力やもん。それに、これやったら血ぃ、いっぱい見れるやろ?」

けたけたと笑いだす、「黒薔薇」。
その笑顔は狂気に染まり、さらなる惨劇を求めて美希に近づく。
しかし、インパクトの瞬間に力を逃がした美希はゆっくりと立ち上がった。
こめかみのあたりから少し流血はしているものの、大きな怪我ではないようだ。

「つまらんなあ。もっとどばっ、と血出ると思ったのに」
「生憎、鍛えてるんで」
「ま、ええわ。今からここらは血の海になるから。なあ、『白菊」」

まるで歩調を合わせるかのように。
同時に歩き出す、二人。再びの連携攻撃を予測し身構える美希だが、異変はすぐに訪れる。

「え…」

立ち上がったはずなのに、力が抜けたように膝を落としてしまう。
さっきの一撃が予想外に効いていた? 違う。これは。可能性を模索する美希に、二人の悪魔が囁く。

「なあ。こう見えてもうちらも『能力者』なんやで?」
「うちらに囲まれた時点で、自分、もうしまいやねん」
「黒き薔薇は、相手に眠りをもたらし。白き菊は相手に死をもたらす。なんてなぁ」
「寒。あの哲学マニアみたいな物言いやな。せやけどま、そういうこちゃ」

なるほど。毒ガス使いか。
美希はすぐに、相手の能力を看破する。
おそらく二人でコンビを組んでいるのは、一方の力で相手を昏睡させ、さらにその間に致死性のガスを吸い込ませ確実に亡き者
にするためだろう。しかし。

818名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:48:35
「もう遅いで? あんたはもう、一歩も動けん。うちらに嬲り殺しにされるだけや」

毒ガス中毒に陥った人間がそのことに気付いた時は、最早手遅れ。
全身の機能は失われ、死を待つのみだ。

追い込まれた美希が取ったのは、自らの身を隠すこと。
今度はプロテクトスーツだけではなく、全身ごと。

「はっ、悪あがきやな。そういうの、めっちゃむかつくねんけど」
「ええやん。どうせ遠くには逃げられん。追い詰めて甚振って殺す楽しみが増えたっちゅうことや」

手負いの兎を狙う狼が如く。
二人の狩人の目は、赤く血走っていた。

819名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:50:46


急ぎ足に、雑草が絡みつく。
だがそれほど抵抗のあるものでもない。すぐに慣れてゆくだろう。

自らが選んだとは言え、民家の明かりすら見えない山道。
だが、道はまっすぐ続いている。
何事もなければ、合流することはそう難しくないはずだ。

ふと、後ろを振り返る。
先を見通せない闇が、そこには広がっていた。
きっと、そこでは「二輪の花」が当てもない探し物をしているに違いない。

美希は、先ほどの修羅場からまんまと逃げ果せていた。
先程まで彼女がいたあの場所。恐らくは毒ガスの使い手である二人が意図的に選んだ窪地だったのだろうが。
それが逆に、美希にこれとない好条件を与えていたことを彼女たちは知らない。

空気調律。
それが、美希の能力だった。
自分の周囲の空間の、温度、湿度、空気の流れを自在に操る力。
美希の纏っていたプロテクトスーツを隠したのも、空気中の静電気を集めて電磁砲を放ったのも、この空気調律のおかげである。
そして。

自らを取り巻く毒ガスを、通常の空気と置き換える。
さらには領域内にいる対象の空間認識を狂わせ、ちょっとした方向音痴状態に陥らせる。
毒ガス自体の毒性は、深く吸い込まなければ日ごろその手の訓練を受けている美希にとっては、大きな問題ではなかった。

「黒薔薇」と「白菊」はまんまと美希の能力に翻弄され、そして逃がしてしまったのだ。
美希は改めて、自らの能力とそれを増強させてくれるプロテクトスーツの存在に感謝する。

820名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:52:06
彼女の纏っているプロテクトスーツ。
「機構」に属するとある技術者が、美希のためにカスタマイズしてくれた一品ものであった。
その技術者の唯一無二と言っても過言では無い技術力によってスーツは生み出され、美希の「空気調律」能力は美希のポテンシ
ャルを最大限に引き出すことに成功した。元々能力についてはそこまで秀でていなかった美希が「機構」指折りの使い手にまで
上り詰めることができたのは、スーツのおかげだと美希は重々承知している。

ただ、その技術者は不幸な事故により、もうこの世にはいない。
だから、何らかのアクシデントでスーツが壊れてしまった場合。もう新しいスーツは作られない。それが意味するところを、美
希は知っていた。いつか、いつの日か。その日がやって来ることを。

山道を、ひたすら奥へと進んでゆく。
二人の刺客を巻くためには車を捨てざるを得なかった。ただ、春水と合流した後に麓の町で調達すれば何の問題も無い。
ひたすら続く、一本道。その形状が方向音痴な美希にはありがたい。そもそもその方向音痴も、美希が「空気調律」の能力者で
あることから起因しているものだのだが。

少し歩けば、春水とすぐに合流できるはず。そう美希は予測を立てていた。
しかし、歩けど歩けど春水の姿は見えない。それどころか、奥に進めば進むほど例えようのない嫌な予感が美希を襲っていた。
まさか。そう思った時に、鼻をつく臭い。

何かが、焦げたような異臭。
そして。荒らされた地面。激しい戦闘が行われた痕跡に違いない。
足跡は、引き摺られるように奥へと続いている。

まさか、あの二人はただの囮!?

運ぶ足が、必然的に速くなってゆく。
春水の身が危ない。美希の推測通り「白菊」「黒薔薇」の二人組が囮ならば、春水を待ち受けているのは。
全速力になってすぐに、正面の暗闇が紅く輝く。ほんの、一瞬の瞬き。それでも、美希にはそれが春水の放つ炎であることは
理解できた。

821名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:53:35
光源が近づくにつれ、瞬きの間隔は広がってゆく。
まずい。早く辿り着かないと!! 必死の思いで、肺を絞るように駆ける美希が見たものは。

「あれ、ずいぶん早かったなあ」

最初に見た時と同じ、柔らかな笑み。
暖かく、そして甘いミルクティーのようなその表情。そしてそれとは反比例するような、瞳の色の冷たさ。

「もうちょっと遅かったら、こいつに『とどめ』のちゃぷちゃぷやったんやけど」

ピンク色の看護服に身を包んだ女の、足元には。
文字通り血に沈んだ、春水の姿があった。

「春水ちゃん!!!!」
「く…来るな…や…あん…たは、逃げ」

喘ぐように言葉を出そうとする春水、しかしその頭を女が無情に踏みつけた。

「こいつが悪いんやで。『あの子』に届こうなんて、身の程知らずのことをするから」
「今すぐ!!春水ちゃんを離しなさい!!!!」
「ま、楽しい殺人ショーや。ギャラリーが一人くらいおっても、ええかな」

美希の言葉などまるで届いていないとばかりに、懐から数本のナイフを取り出す女。
女の能力は、「磁化」。磁石化された春水の体にナイフが落とされたら。磁力の力で深くえぐり込まれるナイフ。飛び散る鮮血。
そのヴィジョンは。美希の感情を激しく昂ぶらせる。

「Free her(彼女を離せ!!)!!」

走る紫の電撃。
空を裂く勢いの光線に、思わず後ずさる女。

「…死体が、一つから二つに増えるだけ。そう、思わへん?」

女の笑顔が、消える。
瞳の色と。体を流れる液体同様に冷たく、感情のない顔。
流れ込む悪意と殺気に、思わず美希は身を震わす。
だが、ここで退くことは、春水の死を意味する。
「機構」きってのエージェントである美希でも経験したことの無い、修羅場が今、幕を開けようとしていた。

822名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:56:30
>>808-821
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「煌めく、光」 
後編はまたのきかいに

今日は狼には転載できなさそうです
代理していただけると爻、とってもうれしいですw

823名無しリゾナント:2017/01/29(日) 19:05:19
転載行ってきます

824名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:28:13
 では あとの事はお願いします 生田さん
 すみません 同じサブリーダーなのに私が先だなんて
 もしも薬の効果が中途半端に切れてでもした時は生田さんの
 チカラでしか抑える事は難しいと思って…
 や 大丈夫ですよ なんならレアでもミディアムでも…
 ごめんなさいごめんなさい冗談ですひぃ 本気で焼かないでっ
 ……でも本当に お願いしますね “次の私とも”それなりに
 接してあげてください ではまた


連続殺人犯は短命だ。
何故なら最後には逮捕されるか、精神が崩壊して自殺する事が多い。
多いとはいえ、結果が分かっている場合だけで、ほとんどの事件に
倣えばほとんどは未解決のものとして過去に流れていく。

カウンターの上に接続されたパソコンの画面を見て、春菜は顎に手を、肘をつく。
喫茶店内の窓を横切るのは通勤する背広姿や学生。
『リゾナント』のある十四区より東にある第十八区、十九区は全年齢共通の
教育機関が設置してあり、第二十区は新暦を迎える以前に設立された
ベンチャー企業群が連なり、今では二十三区まで拡大している。

二年前の日本壊滅から、二年の歳月で他国の支援を得ながら
システム機能を少しずつだが回復の兆しを見せている。
本来東京が存在した地域に新たに設立した共同復興都市『TOKYO CITY』
その裏ではリゾナンターの志に賛同した後方支援部隊の活躍による所が
大きいという話だが、彼らはその姿を見せずに未だに行方をくらましている。
今でも各地区でひっそりと活動しているらしいが、真意は不明のまま。

825名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:30:10
朝早くからの経理手続きや仕出しの手配を終えて、春菜はネットによる
各地区の動向を探っていた。主に掲示板やチャットだが、馬鹿には出来ない。
壊滅した後の日本であっても、ネットに依存してきた月日を考えれば
こんな便利なシステムを簡単に手放す訳がない。

“隠れ蓑”である喫茶『リゾナント』での情報収集力は先代から受け継いだ
ネットワーク網を介してであり、信頼する”情報屋”よりもその性能は
良くないが、見過ごせないものも確かに文字として、事実として映る。

 『また第七区で殺人事件だってよ』
 『あそこは珍しくないじゃないか。あそこは黒社会の入り口。
  ま、昔宗教集団が起こしたバイオテロ事件の方がよっぽど凄いけどな』
 『生体実験もしてたってホントかな?ドンが酔狂してたって』
 『どんだけ地球嫌いだよ』
 『国一つ沈めようとしてた奴らがなんで西を牛耳ってるんだ?』
 『詳しい事は未だに政府が黙ってるから分かんねえよなあ。
 誰が黙らしたのかも知らねえし』
 『お前らまたその話してんの?何スレ立てたと思ってんだ。
 『半年頑張ったけど結論でなかった悪夢再来』
 『残り火がなにしようが東に来なきゃどうでもいい』
 『二十二区はヤクザの頭が背負ってるって話だぜ』
 『マジかよ。俺の兄貴が働いてんだけど』
 『兄貴カワイソス。転職勧めてやれよ』
 『お前ら誰か乗り込んで来い』
 『指名手配犯にもならねえから野放し状態』
 『法律なんてそんなもんだよな。日本壊滅フラグキター?』

 来させないっつーの

春菜はため息を吐きながらパソコンを閉じた。
関心や興味のない者達が集まった所で真実には辿り着かない。
だが不幸の味は蜜の味。
楽しみを失った人間は卑下する為に満たされようとする。

826名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:31:28
情報を与えるのは楽だが、不幸を撒く行為だけはしたくない。
こうして網に引っ掛かるだけの魚で居てくれた方が良い事もある。
そこまで考えて、苦笑した。

自分も同じじゃないか、春菜の鼻孔にコーヒーの香りが刺激する。

 「またそんなの見てんの?」
 「情報を集めるには一番効率いいんだよ」
 「ガセも多いけどね。あまり真に受けないことが吉よ」
 「占いでも始めた?」
 「一回千円」
 「地味に現実的な金額ね」

亜祐美がカウンターの椅子に腰を下ろし、マグカップを傾けた。
凛々しい眉に瞳は狼と悪戯っ子が同居した様な印象を受けさせる。
受け取ったマグカップのコーヒーは砂糖入りで甘みがあった。

 「でも学生生活の時ってさ、周りの情報だけが頼りだった所ない?」
 「ああうん、分からない事もないけど」
 「今も平行線な気がするんだよね。
友達や街の人達に気持ち悪いやつだと思われない様に、とか。
  明るく楽しい人を演じて、空気を維持したり、とか。
  将来の夢の心配とか、家族事情も空気を読まない話にしない様に、とか。
  あ、言っとくと私じゃないからね。周りがそうだったって事だから」
 「でもリゾナンターになったのも学生の頃だしさ、よくもったなって思わない?」
 「今思い出すとね、目標があったからだと思うよ」

827名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:32:24
 他人を虐待する学生は相対的に目標が遠ざかる。
 何も目標がなくて日々が退屈な獣たちが強制的に詰められた檻では
 生き残るための共食いが行われるからだ。
 
 「社会人になってみて分かったのは、学生時代とは比べものに
  ならないぐらいの我慢大会がそこら中で行われてるって事。
  …どこかの親が女の子一人での外出に何も言わない事と同じ。
  親としては成績が上がって進学実績を出してもらえるか、芸能界でも
  入って自立してもらえればどうでも良かったのかもね。
  でも、今は感謝してるみたい」

過剰な干渉を見せずにやりたい事をさせてもらっている。
知識や精神を、好き嫌いを洗脳されなかった事でこうして生きている。
それがきっと相対的に得られたこその祝福だと思った。

 「あれ、なんか私達、らしくない事話してる?」
 「今更かよっ。……私もなんか軽く語っちゃってた気がする。
  はは、ここ最近昔とか思い出さなかったのに、なんでだろ」

グイッとマグカップの中身を飲み干し、春菜は背伸びをした。
その顔は少しぎこちない。落ち着かない様に髪を掻き下げる。

だがそれも無駄だと理解したように、春菜は笑った。

828名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:34:11
 「ま、いっか。そういう時もあるよ。でもさービックリしたよね」

  鞘師さんが外国留学して一年、鈴木さんが福祉関係の仕事がしたいって言って
  もう半年が経つんだよ。早いもんだね。

 「最近はあんまり連絡来ないけど、忙しいんだろうし気長に
  待ってようかと思って。今頃なにしてるんだろうね二人」
 「外国かあ。遠いね」
 「でも、元気にしてるだろうから心配いらないでしょ」
 「心配は全然してないけどね、まーちゃんが最近よく気にしてるから」
 「まーちゃん、もう熱は引いた?ごめんね、私もお見舞い
  行きたいんだけど……」
 「何言ってんの、マスター代理なのに風邪で寝込んでる子の
 お見舞いなんてリスク高過ぎだから」
 「じゃあ、今回も何か持ってってあげてくれる?」
 「そのために来たのを今思い出したわ、ご馳走様」
 「今日は何を持っていく気?」
 「そうね、軽いものっていったらやっぱりパン?」
 「パン好きだねー」
 「お母さんが好きだったのものだからねーま、あれほど
  美味くはないけど、食べれないことは無いから全然」
 「あ、昨日のおかずの残りあるからお惣菜パンにする?」
 「なんでも持ってきて、挟めば全部惣菜パンだから」
 「雑だな〜」

それぞれマグカップを持ちながら厨房へ入ろうとすると
カウンターに置かれていた春菜の携帯に着信が入る。

829名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:34:44
 「あゆみん、ちょっと画面見てくれる?」
 「え?いいの?」
 「いいよ。その携帯は殆どメンバーだけだから」
 「じゃあ全然見るけど、えーと………あ、どぅーだ」
 「出てあげて。今冷蔵庫開けてるから」


工藤遥は第十五地区のマンション群で佐藤優樹、小田さくらと共に
過ごしている筈だが、何かあったのだろうか。
今から会いに行くのだからどんな惣菜がいいか聞いた方が良いだろう。

 「あ、どぅー?今はるなん手が離せないのよ。
  うん、今ちょっとお店に寄ってんの、ねえ差し入れにさ
  パンにしようかと思ってるんだけど中身とか…え?
  うん、うん……………え?尾形と野中が、居なくなったあ?」

春菜が厨房から顔を出し、その表情には困惑が浮かぶ。
亜祐美の表情は強張り、指示を出すと慌てたように電話を切った。

 「二人が昨日から帰って来てないって」
 「昨日!?なんですぐに言わなかったのよ…」
 「とにかく話を聞きに行こう、あ、生田さんにも連絡しないと」

第十六区に居る生田衣梨奈への連絡はすぐに繋がった。
用意していた材料を再び冷蔵庫に入れて裏口から外へ出る。

二人が走り出す姿の背後に静かに佇み、蠢く闇はすぐに消えた。

830名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:36:55
怪しいと感じたのはその錠剤の形状、色、そして匂い。
全てにおいて小田さくらはその薬がどんなものかを知っている。
ダークネスが幼い子供達を”手懐ける為”に開発したものであり
さくらや牧野真莉愛、羽賀朱音は効果を試薬された被験体だった。

 精神系異能者の手によって精神を支配、干渉する為の
 微細な成分が調合してあり、それによりまだ
 異能の制御が甘い子供達に何度も服用させては”洗脳”して
 都合のいい実験体を作り出していた。
 依存症はないが副作用による精神異常を来す者も多かった。
 だが稀に、異能として発現する者が居たのも事実だ。
 真莉愛のようなドーパミンにも似た『覚醒物質』を与える事に特化したり
 朱音のように痛覚を遮断する『制御法』を会得する者も居た。

真莉愛と朱音は精神的にも不安定な部分が多々あったり、身体的な
発達にも影響を与えていたが、今では落ち着きつつある。

そういえば一人、不可思議な女の子が居た。
他の子供とは違い、まるで”自分の意志でそこに立っている”とでも言う様な。
『鏡使い』と言っていたが、そのチカラは念動力のようで。
発火能力のようで。風使いのようで。水使いのようで。発電能力のよう。
多種多彩が混じり合って朱色から黒へ変換されていくような。

決して混じり合えないもの。
不気味な気配と共に佇んでいた彼女の隣に微かに見えた”穴”。
あれは一体何だったのか。もう一度再会した時に聞いてみたいと思っていた。

831名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:37:38
―――どうして今こんな事を思い出しているのだろう。
これに頼る”時”を迎えたからなのか、胸騒ぎが、止まらない。
錠剤をケースに入れる。処分する事を決めかねていると。

 「お団子ー入るよー」
 「それは入る前に言うセリフですよ佐藤さん。開けるのと同時じゃ意味ないです」

振り返ると同時に机の引き出しにケースをしまい込む。

 「はいはい。よいしょっと」
 「ちょ、当たり前みたいに布団の上に、しわが出来ちゃうから…。
  そういえば佐藤さん。工藤さんが熱冷ましの薬に飲んでないの怒ってましたよ」
 「お団子が飲んどいて」
 「それじゃ意味がないので。フォローするのも限度があるんで」
 「むー!てかもう前の前の日に治ったって言ったのに!」
 「ちゃんと処方してもらったんですから全部飲まなきゃ。
  ていうかこんな所でのんびりしてていいんですか?」

さくらが人差し指で扉を示す。黒い影が覗いていたかと思うと
おどろおどろしく片目を黒髪で隠し、揺れた言葉が響き渡る。

 「まーーーちゃーーーんーーー?」
 「脱出!」
 「小田ちゃん!」

フィンガースナップ。『時間操作』により巻き戻された佐藤優樹の
『瞬間移動』は簡単に容易に妨害されてしまった。
一瞬何が起こったのか理解できなかったが、瞬時に佐藤の睨みが
小田を射抜くが、見て見ぬ振りをする。

832名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:39:07
 「逃げんな!ぶり返したらまーちゃんが苦しいんだぞ?」
 「もう治ったってば!熱だって計ったら問題なかったし!
  どぅーの作ったあんまり美味しくないご飯だって食べれるしーっ」
 「はあー?まーちゃんだって同じようなもんだろ」
 「ちょっと佐藤さんやめ、ベットで飛ばないでー!」

優樹はこの二週間、寝込んでいた。絶対安静で。
肺炎によって気管に炎症を患っていた為、喋る事も困難だったほどだ。
病院で入院する事も考えたが、優樹が家に帰りたいと愚図ったのを
考慮してもらい、自宅療養してつい先日、ここまで回復したという訳である。

それぞれは部屋を設けてもらい、実質ルームシェアという形で
マンションを居住区としている。ちなみに隣部屋は春菜と亜祐美が共有している。

 「でも私の記憶違いでないなら、佐藤さん泣きながら工藤さんのご飯食べてましたよね」
 「美味しくなかったから泣いたの!責任とってよね!」
 「じゃあまたご飯作ってやるよ」
 「それはもう良い!てか何言っちゃってんの?なんで居るの?」
 「ここ私の部屋ですよ佐藤さん」
 「今どぅーと喋ってんの!だーさくだかさくらんぼーだか知らないけどあゆみんと言い合ってな」
 「ここに居ない人をディスるのやめなよ。
  …別にご飯のうまいマズイはいいんだって、自分でもよく分かってるから。
  でもやらなきゃいけない事はちゃんとやらなきゃダメだって事が言いたいのハルは。
  いつかもっとヒドい怪我や病気になるかもしれないんだぞ?」
 「そうですよ佐藤さん。工藤さんの言いたいことも分かりますよね?」
 「……わぁかったよぉー」

渋々だが最後には理解してくれる。
愚図ると分かっているから遥もさくらも始終の事柄に大きな声は上げない。
猫型のクッションに当て付けるように掌を振り上げてるのは気が気じゃないが。

833名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:39:50
 「じゃあ今日はまーちゃんが食べたいもの食べようぜ。何がいい?出前?」
 「別になんでもいー」
 「それが一番困るんだけど、何もないならまたハルの美味しくないご飯だからな」
 「別にいーよ……それで。まさも手伝うから」
 「じゃ、じゃあちゃんと美味しくなるように味見してよ?」
 「…しょーがないなあ。ホントに手間のかかる子だよ」
 「でかい顔できるのも今のうちだからな。まーちゃんの味見で
  美味いかマズイか変わるんだぞ」
 「じゃあやんなーい」
 「じゃ、まーちゃんだけ朝ご飯はおあずけだな」
 「…どぅーなんてだいっきらいっ」

結局は優樹の嫉妬心による所が大きいのだが、その心が向う先は
彼女への愛深きものなのも周知の事実である。
目の前で揉め合う二人を背後に皺の寄ったベットと暴れた拍子に落ちたぬいぐるみ。

 「あのー痴話喧嘩なら片付けてから始めてもらってもいいですか?」

朝食を済ませた後のブレイクタイム。
昼には亜祐美が様子を見に来るという事で何が言いかと思案していた。
玄関のチャイムが訪問者を告げる。

 「石田さん、じゃないですよね。いくらなんでも」
 「どぅー出番だよ」
 「粗いなあ」

834名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:40:43
優樹に背中を叩かれ、遥はリビングの扉に視線を向ける。
『千里眼』の発動に暖色の煌めきとピーナッツ型に瞳孔が変形。
視覚的物質無効化と透視で玄関先に立つ誰かを視た。
同時に呆れたような、困惑した顔を見せる。

 「まりあが号泣して立ってんだけど、どうする?」
 「そのままにしたらご近所に怪しまれます」
 「だよなあ、ちょっと出てくる」

遥が扉を開けたと同時に牧野真莉愛の泣き声と慰める声が辺りに響く。
リビングに遥に肩を支えられた真莉愛と背後から羽賀朱音が顔を出す。
今日は休校のはずだが、朱音と真莉愛は制服姿だった。

 「まりあのせいでーっまりあのせいでーっ」
 「ちょっと落ち着きなよまりあ。ほらティッシュ。お茶飲みな?」
 「うぅ、ぐ、あい……」
 「どこの泣き上戸のじっちゃんだよ…何があったのさあかねちん」
 「その、簡単に言うとはーちんと野中ちゃんが行方不明なんですよね」
 「はぁっ?いつから?朝?」
 「昨日の夕方から……」
 「昨日!?なんでもっと早く連絡しないんだよ」
 「確かあかねちんは書道の合宿に行ってたんだっけ」
 「はい。帰ってきたらまりあちゃんが居なくて、そしたら
  こんな状態で帰って来てどうしようと思ってここに」
 「お前まで行方知らずになってんじゃないよーもー」

835名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:43:00
 「う、気がついたら菜園場で寝てました。ごめんちゃいまりあ」
 「そこで茶化さない。菜園場って里山?」
 「違います。学校の、お茶畑でずっと摘んでました」
 「え、まりあも合宿か何かだったの?」
 「いえ、部屋に居ても落ち着かないし、探しに行っても誰も居ないし。
  作業してたおばちゃん達のお手伝いを。昨日と合わせて40キロも摘んじゃいました」
 「記録更新してるし、てか一人でそんな事してたんだ…いや違くて。
  で、で。それがなんでまりあのせいになるの?」
 「昨日菜園場に向かう途中で二人に会ったんです。先に帰ったはずなんです。
  なのに連絡がつかないし、あかねちんも居ないし、工藤さん達に
  迷惑かけたくなかったし、怒られる前に見つけようと思って…」
 「まりあ…でもお茶摘んだのね」
 「うう、他にもたくさん収穫してから大変そうでつい…」
 「まりあさあ……あ?」
 「牧野、顔を上げて」
 「うえ?ぅぷ……」

遥の声を遮る声に真莉愛が顔を上げると、優樹がタオルを彼女の顔に押し付けて拭った。
拭い終えると頬を引っ張って、ジッと視線を交える。

 「いたいれふ、さおうはん」
 「泣き止まないとこの十倍の力で引っ張るよ」
 「ほめんなはひほめんなは」
 「牧野が本気なのは分かった。探すよ、一から」
 「……はい」
 「まりまーでしょ!」
 「はいっ、はいっ!佐藤さん!ついて行きます!」

真莉愛の泣き顔にそれだけを言って、優樹は頬を離した。
さくらと遥に視線を向けると、パンッ、と両手で乾いた音を鳴らす。

836名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:43:40
 「って事でそっこーで探したいんだけど、これ以上なんかある?」
 「……ま、その通りだな、はるなんに連絡してくる」
 「あかねちん、とりあえず着替えてきな」
 「あ、はい。まりあちゃんの服も持ってきます」
 「まりあももう泣かないの。お腹すいてる?おはぎ食べる?」
 「あ、え、い、頂きます…」

さくらに差し出された市販のおはぎを無表情のまま食べ続ける真莉愛の背後で
脱衣所の洗濯機にタオルを投げる優樹にさくらが声を掛ける。

 「ありがとうございます佐藤さん。空気変えてくれたんですよね?」
 「落ち着かないんだよーああいうジメジメしたの。
  雨降ったみたいに気持ち悪いの嫌いなんだよね、外で遊べないし」
 「なら晴れてる内に探しましょうか。今日で見つかりますかね」
 「見つかるまで探せばいーんだよ。どぅーにも言っといて。
  あ、やっぱいいわ、まさが言うから言わないで」
 「分かりました」

記憶の差異はあるが、優樹の根本的にある起因は変わらないようだ。

 「なに笑ってんの。さっさと準備っ」
 「佐藤さんもしなきゃダメですよ」
 「今しに行くんだよーだ!」

試薬を作るのにどれだけの異能者が関わり、被験者が居たかは分からない。
だが製作者の中で一人でも「子供達に救いを」と願ってくれていたなら
例え重い罪でも微笑んで許してしまっただろうか。

考えて、さくらは静かに苦笑した。

837名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:44:35
街角の大画面では報道が流れている。
報道官は三日前の興業支社襲撃事件を都内で第一事件と報道していた。
二十七人が殺された事件に住民が不安がっている。
街を行く人々は「最近は物騒になった」と言っては娯楽として消費するか
そもそも無関係だという顔で歩いていく。
第十区から西側の映像も放送されていた。
街宣車が通り、道を行く人々のうち何人かは息を飲む。
車体には興業の名前や愛国の文字が並び、それは組織が復讐に
動き出した事を示していた。
強化ガラスの窓の向こうの運転手は血走った目で街を見渡している。
助手席の男の顔には歪な傷跡が無数にある、カタギの顔ではないだろう。

ああ、戦いは終わりを知らずにまた始まるのだろう。

陰惨な事件は解決しようとする人間、聞いて知った人間を蝕む。
普通の人が信じる平和で、秩序によって整頓された世界をそのまま信じてほしい。
西側も別の意味でも秩序であるならそれを信じてほしい。

けれど信じるだけじゃどうにもならない事も世の中にはある。

 「おはようございます生田さん。朝から運動なんて精がでますね」
 「おはよう。どう?情報屋の端くれになってみて」
 「日々勉強中です、あ、オムライスご馳走様でした。
  クールなのに優しい二面性がやっぱカッコいいですね」
 「素直に受け取っとくよ。で、事件の情報とかある?」
 「十区から凄い騒ぎですよ。第七区は警察の車で侵入禁止になってます」

838名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:45:21
警察官の群れは殺気だって武装する男たちを制止する。
組織の上層部たちが入れろと言えば、警察官は入れられないという
問答を繰り返していた。

 「救急隊によればそれはもう見るもたえない人達が倒れてて
  原型を留めてないものは袋に詰めなきゃいけなかったそうですよ」
 「そんな細かくはいいから、帰ったらご飯食べてんくなる」
 「まあ簡潔に言えば、その会社を取り締まっていた若頭と共に全滅。
  見た人の中には縋りついて泣いてる人も居たみたいで。
  やり方は強引でしたけど、人柄と人望は厚かったようですね」
 「情報屋の知識を借りるとして、犯人は複数?」
 「一人です」
 「根拠は?」
 「玄関や壁には組織に所属していた人の痕跡しかありません。
  爆弾跡や弾痕、扉を破壊したのは車を使った可能性もありますが
  それにしては襲撃の目的は一人に絞っていたと考えます」
 「監視カメラの映像とか写真はないの?」
 「死体の写真なら大量にありますけど」
 「分かった。何かあったら連絡してよ。てか心強いね」
 「やー耐性って怖いですね。憧れの生田さんとお話が出来て良かったです」

帽子を深く被り、”情報屋”は人混みへと消えていった。
生田衣梨奈は鬱陶しいとでも言わんばかりに空を見上げて髪を掻き
居住区へ帰る道のりを走っていく。

帰って来て早々冷蔵庫からペットボトルを取り出して部屋に入る。

839名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:46:19
衣梨奈はベットの端に背を預けて静かにため息を吐いた。
布団に丸まって眠り続ける彼女に目を落とす。
外に散らされた黒髪に衣梨奈がしなやかに伸び、後頭部を撫でる。
呻くと彼女は態勢を変えたのか、また寝息が聞こえた。頭を軽く叩く。

 「そろそろ起きんかい」
 「んー」
 「顔洗ってくるけん、はよ起きんとご飯食べるよ」
 「んー」
 「もうしらーん」
 「んーっ」

窓から差し込む朝の光が洗面所に満ちていた。
手摺りにかけられているタオルで洗った顔を拭き、戻す。
正面、洗面所の鏡に自らの顔が映り、茶髪に黒い目の整った輪郭が見える。
いつも浮かべている皮肉な笑みも今はどこか遠い。

 「えりぽんいい?」
 「ええよ」

洗面所の扉が開けられ、譜久村聖が顔を覗かせる。
赤いフレームの眼鏡が僅かに歪んでいた。
長い黒髪の下にある黒い目がまだ眠いと訴えかけてくるが、挨拶する。

 「おはよ」
 「おはよ……あーやっちゃった。今日あそこのスーパーで
  卵の特売日だったのに、あゆみちゃんに怒られる」
 「いくら安かったと?」
 「五十円。ここから近いから買っておくねって言ったの。
  えりぽんに頼めばよかった…」

840名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:47:45
 「えりそこまで散歩で歩いてきたけん」
 「うー、あ、だからお風呂入ってたんだ」
 「汗だくなの嫌やもん」
 「お昼どうしよっか、お店にでも行く?」
 「顔見せに行けると?」
 「うん。これ以上休んでもられないからね」
 「じゃあお風呂入り。準備しとくけん」

譜久村聖も優樹と同様に高熱で倒れていた。

二週間という長い期間で運動も出来ずに窮屈な生活を送っていたが
今では表情にも明るみを取り戻している。
聖に変わり喫茶『リゾナント』は春菜と亜祐美に任せていた。
調理に携わっていた二人だからこそ心配はしていないが
常連客からの声もあってそろそろ復帰しても良い頃合いだろう。

ドライヤーで髪を乾かし、ヘアブラシで整えて髪を結える。
衣梨奈の手で彼女の髪には艶が戻っていく。
お風呂から上がってきた聖からは眠気が消えていた。

 「はーなんか、こんなに休んだの初めてかも。
  寝すぎて体が痛い。里保ちゃんよくこんなに寝てたよね。
  香音ちゃんがいつも雑な起こし方してたなあ」
 「みずきがずっと騒いでるのと一緒やろ」
 「優樹ちゃん達よりはまったりしてると思うんだけど。あ、優樹ちゃんも大丈夫?」

841名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:48:37
 「熱があっても暴れ回ってたみたいやから心配ないよ」
 「いやいや、そっちの方が心配だよ。皆ちゃんと寝かせてあげて。
  他にも何かあった?テレビとか見てないから外の事全然分かんないや」
 「あると言えばあるけど、聞きたい?」
 「聞きたい。え、聞いちゃダメなの?」
 「西の方で殺人事件が起きたと」

目の色が、変わる。安堵。彼女の色が戻ってきた。
泣き腫らして濁りきった目ではなく、リゾナンターのリーダーとして
意志を込めた目で衣梨奈を見据える。

概要を話し終えると、録画しておいたニュースなどに全て目を通して
残しておいた新聞の記事を読み、一息入れる。

 「久しぶりだね。こんなに大きい事件」
 「情報屋によると犯人は一人じゃないかっていう話」
 「一人…?これだけ一人で出来るものなの?」
 「知らん。でも出来んことはないやろ……能力者なら」
 「そっか……よし、頑張ろうか」

受け入れる。聖は記事をまとめながら自分を奮い立たせる。
“記憶の予定調和を越えた”のだ。

 「すっきりしとおね」
 「ん?うん、なんかね爽やかなの。よく寝たからかな」
 「凶悪犯やけど、もしもの時はどうすると?」

842名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:49:23
 「道重さんの決めた心を変えることはしないよ。
  絶対に死なせない。死んで終わりになんてさせない。
  たとえ重い罪でも絶対に生きて償わせる」
 「じゃ、その為にえり達も頑張るよ」
 「頼むね」
 「出来るだけやけどね。やる事はやるよえり」
 「努力努力」

握手を促され、衣梨奈は握り返す。
その時、衣梨奈の携帯に着信が入る。二件の通知。
一件は工藤遥から。もう一件は情報屋からの依頼だった。

 ―――そういえば どうして生田さんじゃなく私が?
 新垣さんなら生田さんの方が…………ああ なるほど
 うまくダシに使われた訳ですね……ふふ 大丈夫ですよ分かってます
 はあ そうですね前向きに行きましょう何事にも
 覚えてなくても覚えてることがあるならそれでいいですよね
 だって、まーちゃん達とまた話せるのが楽しみで仕方がないですもん

843名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:54:28
>>824-842
『朱の誓約、黄金の畔 - Forget about me -』

ラジオでカップリングの話があったようで興味深かったです。
ひなフェスの最終日に横山玲奈ちゃんがソロで歌うというのを聞いて
生で聞いてみたかった…。

844名無しリゾナント:2017/02/07(火) 04:00:39
『転載について』※ここは投下しないでください。

今回だいぶレスが長いのでどこかで半分にして投下してくださるととっても嬉しいです。
どうしても日常描写が欲しくてほぼ全員分書いたらとんでもない事に…。
二度とこういう無茶な事はしないようにしますので……。

845名無しリゾナント:2017/02/07(火) 04:04:44
あ、また微妙に誤字がorz

846名無しリゾナント:2017/02/08(水) 18:56:06
転載行ってきます

847名無しリゾナント:2017/02/08(水) 19:07:00
>>824-829
取り敢えず前編って事で転載済

848名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:01:17
第七区より西側はもはや闇の吹き溜まりだ。
表面はそうではないが、裏面を見ればそこら中に死体の山がある。

西と東が区分されてしまった理由は想像に難しくない。
同じ敵を仕留める、という目的のあった同種が囲めばその目的を
達する期間だけ、お互いの存在を認め合えるのだろう。
だが、その目的が達成されてしまえば、次の目的を得るしかない。
達成すれば次を、達成すれば次を、達成すれば次を。
それは欲に近いものなのだろう。狩人は獲物が居なければ生きていけない。

闇の味を知ってしまった者は欲を満たすために自身への生贄を求める。
弱者を、強者になるために消し去ってしまえという自己中心的な考えに喰われる。
そうして生き残ってきたとしても、いつかは駆逐される側となるとも知らずに。

加賀楓の目の前で一家を率いる組織の右腕が大きく深呼吸する。

黒い目には怒りと殺意が充満していた。
ダークネスの日本壊滅後、大抗争の末に三大組織と中堅組織による
平和協定を組んで均衡が保たれていた黒社会に突然訪れた嵐。
翻弄される日々、それが何よりも男を腹立たせる元凶だった。

 「お前が叔父貴の仇か」
 「仇って何?」
 「お前が何者かなんてどうだっていいんだよ。
  だがこのままじゃ俺達が危ないんでね、早々に消えてもらう」
 「この外見で騙せれる時代じゃないか。上等。
  私もあんた達の今後一切の人生をこの世から断ち切ってあげる」

849名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:02:10
お前達の闇ごと切り裂く。報復と知れ。
侠客の突進の上空に炎。

 「骨すら残させない、焼き尽くして死ね!」

楓が黒塗りの刃を振り回す、円環から突然現れる【門】からの
無数の火炎鳥が飛翔していった。

 「蜂の巣にしてやる!」

組織の屈強な男たちが一斉射撃。
違法改造されたサブマシンガン、ショットガン、アサルトライフル。
機関部から凄まじい数の空薬莢が吐き出され、炸裂する。
火炎鳥の悲鳴が響くが、撃ち落とせないものは追撃を止めない。

 「武器屋を出せ!」

右腕の怒声に三人の男達が現れる。組織が雇った助っ人だろう。
黒いローブを纏う姿に見覚えがあった。楓の目が一際鋭くなる。
彼らが広げたローブから大量の火器銃器が召喚されていく。
数十丁にも及ぶグレネードランチャーの総員射出に全員が物影に隠れた。

 「粉々になりなあ………!!?」

爆裂が不自然に断ち割られる。全てが無効化されていた。
濛々とした破壊の煙の中で、生存者たちの顔が上げられていく。
女の背後に見えたのは巨大な朱色の柱が二本。
樹齢千年はあるであろう木材で作られたかのような太い朱色の柱。
闇に覆われていた【門】は【鳥居】だった。

850名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:02:53
丹塗りの表面に白い斑点がある。斑点は長方形の紙片。
夥しい解読不明の札が張り付けられているのだ。
それが異能に通じる者ならそうであると誰もが理解できたが、門扉を
建造する為の超巨大なチカラのみで襲撃を無効化してしまったのだ。
嵐の前では微風が掻き消される原理に似ている。

 「見えてる?これがある限り、所有者の許可されたチカラしか発動できない。
  門は邪悪なる獣を封じ込めるための、いわば罪の証だ」

【鳥居】の柱の表面に貼られた呪符が青白い燐光を放つ。
全ての呪符に描かれた凄まじい数の呪印が焼き切れた。
朱色の門扉の間、四角形の空間が歪む。凄まじい悪寒。

 「つまりあんた達がどれだけの能力者と武器を携えても無意味。
  ただ死ぬ人間を選別してお互いに心中し合うしかないんだよ」

男達が出会ってきた戦場において何度も救ってきた本能的な危機感。
右腕として一家を率いた男の両足は流れるように全速後退に移行。
歪曲した空間から現れたのは青白い塊だった。

仮面を被った八本足の異質な生物に絶句する。仮面に亀裂が開かれたかと思うと
鰐のような虎のような獰猛な牙が並び、口腔は白煙を上げる唾液が糸を曳いていた。
吹きつける吐息はおぞましい程に熱い。

 「殺せ!殺せ!殺すんだああああああ!!」

悲鳴混じりの銃火器を一斉射出。
『武器屋』が『炎使い』、『土使い』、『光使い』の異能者を次々と召喚する。
爆裂、雷、熱、光、砲弾。無いよりはましだが、無能には変わらない。

851名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:03:49
轟音。
巨大な仮面が閉じられ、異能が火炎鳥ともども食われる。
口腔が咀嚼するように動く。異能の燐光が零れた。

召喚された異能者の中に【鳥居】の無効化をただ茫然と思考する者が居た。
異能自身が咀嚼する事で異能力を還元している。

異獣と呼ばれる存在を行使する里があった事を記憶が呼び起こしていた。
ダークネスによる日本壊滅時に中国からの護衛官が”隠れ里”へ訪問し
“白金の夜に”参戦する交渉をによってそのチカラが外へ公になった。
だが四年前に突如”里ごと消えた”という話を風の噂で聞いた事がある。
女はその生き残りと見て間違いはない。
間違いはないが、だからどうだというのだろう。

黒い口腔の傍らに影があった。楓の右手が黒塗りの刃を持ち
悍ましい光の列が溢れだしている。
血の色に似た目と邪悪な笑みが全ての殺意を表す。

 「行け、行け、逝け!!」

突進。【鳥居】の空間から迸る津波の様に異獣の首が伸びていく。
男達、異能者達のチカラは開かれた口腔へ還元された。
加速した大顎。
迫る下顎はアスファルトの道を削っていく。
あまりの速度と視界を埋め尽くす口に思考と行動が停止していた。
それでも反射的に異能が紡がれる。

852名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:04:58
溢れだす涙と共に異能者達が消失した。
血飛沫と切断された手足が宙に舞い、アスファルトに落ちる。
十人が一口で吞まれたのだ。
異形の巨大な口腔と牙の間からは絶望の表情を浮かべた男達が覗く。
漏れ聞こえる悲鳴は咀嚼と共に消えた。

 「まだだ、まだまだまだあああ!!」

右腕の男が立ち向かう。刀身が煌めき、半月の軌跡の裏には既に広がる大口。
アスファルトの床が口の形に切り取られ、男の上半身は消えていた。
均衡を失って倒れる下半身を仮面は静かに飲み込んでいく。

 「ああああ、あああああ、あ、あああああああああ」

一家の男達の足が一歩下がる。
死ぬ覚悟はできても、喰われることは原始的な恐怖を呼び起こす。
人間がまるで虫のように喰い荒らされていく。
大口が喉を上げて、最後の一人を呑み込んだ。
嚥下されていく人間が異獣の喉に膨らみを作り、終わると平坦に戻る。

 「ハーッ、ハーッ、ハーッ、ハーッ」

楓は重い呼吸を繰り返す。手が震え、黒塗りの刀身にも伝染する。
間違えて滑り落ちてしまえばまだ暴れまわる異獣との契約が切れる。

そうなってしまえばどうにもならず、楓は彼と共に【鳥居】へ
取り込まれるしかない。黒塗りの刃に力を込める。
呼吸を整えて、楓は動悸と抑えるために貪るように呼吸する。

853名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:06:10
視界には赤々と燃える第六区の街が広がっていた。
炎は天を焦がすように燃え盛っている。
これでもう一般の人間が西側へ来ることもないだろう。
第六区から第一区までの領域は”牢獄”だ。

 「大丈夫ですか?」
 「あいつを止めて。これ以上の犠牲は要らない」
 「…分かりました」

レイナが黒塗りに触れて【鳥居】から無数の鎖が出現すると
街の通行人たちを襲い始めている異獣を絡み潰す。
悲鳴を上げながらも成すすべなく吸収されていった。
楓の息遣いも落ち着いていく。

 「いくら加賀さんでもこの短期間で二十も喚んでる上に
  大型異獣は命を削ります。無理しないでください」
 「命なんて大げさでしょ、精神力と寿命は比例しない。
  ちょっと疲れただけだよ」
 「私がやりますよ。私は疲れなんてものはないから」

楓の白い手が伸びる。レイナの喉を掴んだ。
爪が白い喉に薄く血を滲ませる。

 「馬鹿言わないで。あんたを野放しになんてしない。
  人の子の皮を被ったバケモノなんて信用しない」
 「私は加賀さんと契約してます。加賀さんの望む事は
  全部叶えますし、出来ることは何でも出来ます」
 「言葉では何でも言えるの。バケモノに人の心が分かってたまるかってんのよ」

854名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:07:28
震える膝を叩き、加賀は立ち上がる。
敵はまだ居るのだから油断は出来ない。
何十何千何万の敵であろうと喰い尽くすまで止まれない。

 皆を消したあの女を殺すその時まで。

業火の音の間に、消防車の悲鳴のような警報音が響いていた。
レイナは首に滲む血に触れて、その色を見る。
色は、無かった。

 「それでもワタシはアナタをタスケタイ。
  ワタシタチノイノチヲスクッテモラウタメニ」

レイナの黄金の眼が静かに閉じられる。
炎に象られた影の彼女に歪な羽根が映し出されていた。
鈍い悲鳴と倒れ込む影に、レイナは目を開けて凝視する。

鞘に収めて安心したのか、加賀は意識を失って倒れていた。
レイナは慌てて彼女を起こそうとするが、対格差があり過ぎる。

“取り込む人間を間違えたことをこれほど後悔する事があっただろうか。”

 「手伝ってあげようか?」

見上げると女が立っていた。知っている顔をしていた。
もはや見間違う事すら出来ないぐらい精巧に作られた仮面のように思えた。

855名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:08:34
 「どうして……?」
 「どうしてだと思う?」

自分と同じ顔をしている女が静かに微笑んでいる。
横山玲奈は静かに微笑んで二人を見下ろしていた。

 「『血の共融』の反動で私は貴方の中に取り込まれた。
  でも貴方が喚ばれた事で私もこっちに喚び戻されたの。
  呼び出された私は瀕死の状態で里に放り出されてた所をある人に
  助け出されて、傷を癒してもらってチカラを取り戻した。
  三ヶ月もかかっちゃってね、その条件に、ある事をお願いされたの」
 「お願い?」
 「貴方に言ったら加賀さんにも伝わるからいーわない。
  でもその方が都合がいいんじゃないかな。貴方も私と同じで
  何か企んでるんじゃない?私のフリまでして」
 「………」
 「ごめんね。自分自身にだとなんか饒舌になっちゃうな。
  じゃ、行こうか。外まで連れてってあげる」
 「恨んでないんですか?私は貴方を殺したも同然なのに」
 「……おあいこにしてあげる」
 「おあいこ?」
 「私も貴方の居場所を消しちゃったから、おあいこ」
 「まさか……」

856名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:09:48
玲奈の微笑みに、レイナは静かに息を呑んだ。
異獣が最も恐れるのはその術を持つただの人間であるという矛盾。
その矛盾に従うしかない異獣という異界の住人。
加賀楓が使役する異獣の”共融”も究極の所は横山玲奈であるという事だ。

 レイナは異獣として、仲介役として存在するだけに過ぎない。

玲奈は何も用いずに【鳥居】を出現させて鎖を素手で解き、開け広げる。
描かれたローダンセが孤独に咲いていた。
アスファルトがゴボリと液状化したかと思うと、玲奈は態勢を崩す事もなく
形成された穴から出てきた異獣の口腔へ飲み込まれる。
楓を支えるレイナも同じく飲み込まれた。

闇の中でひたすら抱え続ける温かみと冷たい水の感触。
楓は今どんな夢を見ているのだろう。
髪に触れて、レイナは静かに彼女の頭に額を押し付けた。




目が覚めた。
心臓の動悸が激しくなっていた。久しぶりの悪夢。
空間を視線で眺め、何も存在しない事に安堵する。
悪夢の内容は赤ん坊の泣き声から始まり、傍らの奇妙な生物が
軋む声で語りかけてくるのだ。蛇のように尖る瞳。
人間のような不敵な笑み。

 「獣は愛を鳴き、啄むのは春の水」

最近、現実が悪夢化していて見分けがつかなくなっているのだ。

857名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:14:24
“見知らぬ自分”が語りかけてくる事に怯えすぎているのだろう。
気にし過ぎだと目を閉じて開いて眠気を追い払う。
思わず上半身を起こそうとするが体勢が崩れ、背後に倒れる。鉄製の音が響く。

 「あいってっ」
 「んあ?野中ちゃん何しとんの」
 「春水ちゃん?あれ?私…あれ、腕が…」
 「ああ、ったくー寝るにも骨が折れるっちゅーねん。ホンマに骨折れそうやわ」

野中美希は身動きが取れない事に気付く。
そして傍らには尾形春水が眠そうな声を出している事に僅かに安堵する。
裸足なのか、板張りの感触を足に感じ、唯一見える窓からは月が見えた。
照明はついていないのか、辺りは薄暗い。
目の前に洋風の縦鏡が設置されている、美希の視線はそこに固定されていた。

美希も春水も制服姿であり、身動きが出来ないのは壁に繋がり装着された鎖と
身体を捕縛する奇妙な枷の所為だった。
春水も同じような鎖と枷を取り付けられているが、彼女は固定されずに寝転んでいる。
通学中に何があったのか記憶が定かじゃない。。

 「春水ちゃん、どうなってるの?私達」
 「なんや野中ちゃん寝ぼけとんの?誘拐されたんやんか」
 「ゆうかい?Ghostbuster?」
 「妖怪って言いたいんやったら大外れやで。お化け絡んできたら握り潰す」
 「怖いよ春水ちゃん。Soft joke」
 「突っ込み待ちされたって時と場合を考えなあかんで、野中氏。
  計り間違えると私達みたいなのに吹っかけた日には血を見る事になる」
 「やった事があるみたいに聞こえるよ」
 「私はないよ。乙女やから…ってこんな事言うてる場合やないんや。
  誘拐されたんやで、覚えてないん?」

858名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:16:51
 「う、うーん……確かにそんな気がしてきた……でも春水ちゃん。
  今普通に寝てたよね?確実に寝てたよね?」
 「育ち盛りは睡眠欲も人一倍なんや。でも大変な事態に気付いた」
 「今も十分すぎるぐらい大変な事態だよ?」
 「違うっ、私ら今眼鏡じゃないよ、コンタクトレンズだよ。
  このまま目薬もせんと放置されるかもっていう状況を考えてみ」
 「……Impossible!」
 「その感じやと察したようやな…コンタクトを取らんと
  寝てしまうことがどんなに悲惨なことか……ふわー」

欠伸を手で押さえられず春水の欠伸姿を直で見る事になる。
変顔は見慣れてるがこれは少し恥ずかしい。
上書きされた様な言葉の列が並び、息が止まる。

 「獣は愛を鳴き、啄むのは春の水」

また聞こえた。赤ん坊の声が響く。痛くないのに痛い。頭に響く。

 「獣は愛を鳴き、啄むのは春の水」

見ると壁に取り付けられた鏡に美希の姿が映り込んでいる。
美希の目が蛇のような瞳で黒色の体を帯びていく。

859名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:18:35
 「春水ちゃ、春水ちゃん!」
 「な、なんや野中氏、びっくりするやろ」
 「私の体が、鏡!鏡!!」
 「鏡?」
 「私の体どうなってる!?What on earth is that!?」
 「んえ?………何もなってへんけど?」

美希の姿が得体のしれない怪物へと変化していく。鏡が見せつける。
怪物の象るそれは、『鳥』だ。
鏡の中の美希は鳥類へと退化させらている映像だった。
変化に致死性はないが、それだけに恐ろしい。
鳥のままで生き続けるなど最悪だ。

 「いいいいいいいいいぃぃ」
 「ちょ、野中ちゃんしっかりしいっ。鏡がどうしたんや?」

幻覚かと思われたが、鏡が幻であっても体の異常が現実だと訴えてくる。
春水が認識できる頃には美希の姿は黒い体毛で覆われた鳥類へと変化しているだろう。

獣は愛を鳴き、啄むのは春の水。
その言葉の意味を、真意を解かす思考が美希には残っていない。
あの悍ましい姿を見てから身体中に悪寒が止まらないのだ。
悪寒が麻痺へ、異常を徐々に実感する。
浸食していく自分に翼が生え出す様など考えるだけでも吐き気を催す。

 「あああImpossible! Impossible! Impossible!」
 「怖い怖いて野中ちゃんっ、何やってんのっ?」

860名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:19:47
 「■■■■!!■■■■■■■!!■■■■■■■■■!!」
 「それヤバイ英語ちゃうのっ?ヤバイ英語使ってる野中氏クレイジーやわ…」
 「春水ちゃん助け春水ちゃ……」

啄むのは春の水。

理解できるのと納得するのは同時だった。
情報端末を起動させ、脳内掲示板が意識の中に浮上する。
黒板にチョークで白字を書き足すように英語を連ねていく。

【text:一般検索『解析』
分析結果:鉄 コバルト ニッケル 鎖:強磁性体】

結果を確認して美希は『磁力操作』を春水に向けて干渉を開始する。
春水は静かになった美希を心配して何事かを言っていたが集中する。
バイオレットの煌めきに春水を捕縛する鎖が呼応するように震えた。
それに気づいたのか春水の表情も変わる。

 「何しとるんや野中ちゃんっ?」
 「ちょっと無理するけど我慢し、け」
 「野中ちゃん?」
 「時間かき、く」

鳥化でもつれる舌を必死に動かすが、本当に時間がないようだ。
夜盲症になりかけているのか急激に視力が悪くなっていく。
顏に対応が覆っていくのを感じながら美希は必死に力を行使する。
春水の鎖を必死に”引力”で働きかけるが、”重力”を伴うために上手くいかない。

 「の、野中ちゃんの顔から髭が生えてきとるっ」
 「come on!」
 「ちょっとま、バランスが取れへん」
 「come on!」

861名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:21:43
とうとう美希の言葉が言葉として成立しなくなってきたが
何の悪戯か、英語には適応されていないらしく連呼する。
春水は変化し始めた美希の状態に気持ちが慌てる。
『磁力操作』で持ち上げられた体を板張りの上で足を踏ん張り耐える。

 「ど、どうしたらええのっ?」
 「Come along!」
 「かおっ?顔貸せってどこのヤンキー…」
 「Come along!!」
 「分かった分かったっ、もう好きにせーっ」

言って春水は野中の目の前に屈んで目を閉じる。
間を置かずに、頬に温かい粘膜の感触。僅かに体毛が触れた。
後に吸い付く様な鈍い痛みに襲われる。

 「にいいいぃぃたあっ。野中ちゃん痛いっ、痛いってっ」

春水が目を開けると、すでに美希の顔は離れていく所だった。
顏の輪郭を覆うとしていた体毛が引いていき、美希は深呼吸した。

 「何でほっぺ噛んでんのっ?めっちゃ痛いっ」
 「いやごめん。ごめんよ。余裕がなくて思いっきり噛んじゃった。
  でも大丈夫、血は出てないよ、ちょっと赤いけど
  I owe you my life. Thank you.」
 「なんか全然嬉しくない〜。てかさっきのなんやったの?
 野中ちゃんの顔がまるで動物みたいに毛がワサワサーって」
 「相手を変化させる事ができるチカラを使ったからですよ」

862名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:23:47
突然の声に春水と美希が背後を振り向く。
女が、横山玲奈が微笑んで佇んでいた。

 「効果の低さと遅さから凶暴な動物には変化させられませんが
  一度誰かに使ってしまうと止められません。
  でも、まさか頬を噛んじゃうなんて、あれぐらいの言霊なら
  キスしても解除できましたよ。知りませんか?『カエルの王さま』」
 「き、キスって……あ、あんた、野中ちゃんを苦しめて何がしたいん?」
 「お二人の関係を知りたかったのと、どうやって危機を回避するのか
  この目で見てみたかったんです。すみませんでした」

玲奈が律儀に謝罪をする姿に春水と美希は内心動揺していた。
だが、美希には一つだけハッキリしておかなければいけない事がある。

 「どうして…どうして私が鳥嫌いなのを知ってるの?」
 「それはですね、あの鏡が私の使う武器だからです」

玲奈が示すのは、美希の視線が固定されている縦鏡だった。
最初の頃は春水も分からなかった美希の変化を映し出していたものだ。

 「鏡でどうして私のことが…」
 「鏡は人の心を映すという事で様々な儀式に用いられてきました。
  人だけじゃなく自然も、世界も、宇宙も、光も、闇も。
  もう一つの世界で構成された心は捉えた心と同じ性質を持ちます。
  それが野中さんの心を投影したんです」
 「私の恐怖心が私の心を覆っていくイメージを見せたって事…?」
 「心を食べる者。私はそれを異獣と呼び、従うことが出来る召喚士です」

863名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:25:02
初対面の玲奈とは違い、今の彼女は落ち着いていた。
殺気や狂気じみた気配もなく、言動すらも丁寧で大人にすら思える。
律儀に解説までできる余裕を持った、これが本来の彼女なのか、それとも。

 「イジュウって何?」
 「うーん、言葉で説明するのは難しいのでここにスケブがあります」
 「なんか取り出してきた」

玲奈がいつどこで購入したのか分からないスケッチブックにマジックペンを走らせる。
四角い枠に「鏡」と書いてその左右に「異獣」と「人間」と書いていく。

 「異獣は何百年も前にもう一つの世界が生まれた時に同じく生まれた性質によって
 特別な能力を、その存在を作り上げていきました。
 そして百三十年前、鏡を移動手段にしてこちらへやってきたんです。
 どうしてこっちに来たのか、理由は誰にも分かりません。
 でも中には凶暴な子も多く、解決策を講じることになりました。
 それが私のご先祖様、当時は退治屋をしていたそうです」

「異獣」と「人間」の下に「召喚士」という明記が追加される。

 「こちらの武器では傷すら付けられなかったので、異獣が通り抜ける作用を持つ
  鏡を材料に刀や弾丸を作り出す事も多かったようです。
  つまり人を倒すためというより異獣を倒すためだけに。
  でも退治屋なんていう職業に普通の人は穢れを呼ぶとして疎遠しました。
  だから隠れ里を作ってこの世界に度々現れる異獣と戦うために
  ひっそりと戦い、暮らしてきました。でも四年前、事件が起こります」

玲奈はなんの躊躇もなく「召喚士」の文字を塗り潰した。
闇のように真っ黒な穴となって春水と美希に見せつける。

 「召喚士の里が消えてしまったんです。”里ごと”」

864名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:27:22
 「まるで大きな怪獣が踏み荒らしたというより、”食べ尽くしたように”。
  その有様に出来るとすれば、異獣のチカラしか有り得ないんです。
  あの子達は本能的に自分達のチカラを高める為に不思議な力を持った
  人間を食べます。きっと、その犠牲になったんじゃないかと」
 「で、でもおかしくない?ずっと、何百年も従えてきた人達が
  どうして今更そんな事になるの?」
 「……裏切り者が居たんです。そうとしか考えられない」

玲奈の声が重く感じる。春水が喉を鳴らし、美希も表情が険しくなる。

 「あなたはどうして助かったの?」
 「私は運良くその場に居なかったんです。こう見えても召喚士ですから
  何人かとグループを組んで退治する事もあったんですよ。
  でも、その時に一緒だった人達ももう居なくなってしまいました」

玲奈の言葉が響く。静かな闇に漂う悲壮感のようなものは、無い。
だが嘘をついている様にも見えない。本当に彼女は一人なのだ。
僅かな同情心が、二人に募る。

 「……それで、私達にその話をしたことと、この状況は関係あるの?」
 「異獣がどんなものかは分かってもらえましたか?」
 「なんとなく、でも、急に言われてもちょっと整理が追い付かへん。
  しかもまだ私ら、君のこと全然信用してへんし」
 「ああ、まあ、そうですよね。でもこうでもしないといくら
  リゾナンターさんでも協力してくれないだろうなって」
 「協力?」
 「私と一緒に異獣を倒してほしいんです。その子、ある召喚士を
  そそのかしてこの世界を支配しようとしてるんです」
 「その話が本当だっていう証拠は?」
 「本当か嘘かの問題を言っている暇はありませんよ。
  こうしてる間にも何かしらの事件を起こしてるかもしれませんね」

865名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:33:18
威圧感。言動を回避していく状態では全てをきり返してくるだろう。
表情には不気味なほど余裕を貼り付かせて玲奈はスケッチブックを閉じる。

 「きっと他の皆さんはお二人を探してるでしょう。
  その間にあの子は召喚士と一緒にこの町をめちゃくちゃにし放題です。
  後手後手に回させてしまうハンデは紛れもなく野中さん、尾形さん。
  あなたたちお二人なのではないでしょうか」
 「これ、もしかして脅迫受けてないか?」
 「尾形さん凄い。大正解です。あ、プレゼントがないですね。ごめんなさい」
 「じゃあ代わりにこの鎖を外してくれるっていうのは?
  ちょっと体勢的にもキツいんやわー」
 「良いですよ」

玲奈が言葉を発したと同時に、二人の鎖が砂の様に粉砕した。
量子分解されたそれに驚愕の表情を見せると同時に、恐怖が全身を駆けめぐる。
触れる事もしなかったのに言葉を一つ掛けただけで可能にする。
これも異獣が作用するチカラの一種なのだと見せつけられたのだ。

そしてなんの条件もなく解放されたという事は。
この空間から出る術も当然、遮断しているのだろう。

 「どうして私達が必要なの?貴方のチカラで十分成し遂げられる筈じゃない」
 「……そうしないといけないんですよ。私は、この世界を壊すことを望んでいません。
  そして私が、私であるために。だから私の復讐を手伝ってください。
  返事はいつでもいいですよ。でも早めにした方が良いです。お二人のためにも……ね」

玲奈の立つ床が突然、波を立てる。
大きな口を広げたように無機質な闇の穴が彼女の体を呑み込んだ。
美希が手を伸ばしたが、空虚を掴むだけでしかない。
さざ波の落ち着いた世界で、春水の声は僅かに強張った。

866名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:37:01
玲奈の立つ板張りの床が突然、波を立てる。
大きな口を広げたように無機質な闇の穴が彼女の体を呑み込んだ。
美希が手を伸ばしたが、空虚を掴むだけでしかない。
さざ波の落ち着いた世界で、春水の声は僅かに強張った。

 「い、今のもイジュウってヤツなんか?チート過ぎるやろ……。なあ、私らどうしよう?」
 「とりあえず連絡を取るよ。この場所を報せなきゃ。
  悔しいけど、私達にはそれぐらいしか出来ないみたいだから…」
 「連絡するってどうやって?」
 「You'll see. 私を信じてて」

美希は自分のこめかみを指で示す。

【call:一般処理『信号送信』
 新規系列:完了 白紙処理・脳内容量拡大:完了
 To:
 本文:                          】


内容を書き、見えない紫電となって美希の言葉が空間を彷徨う。
兎のように四肢を伸ばし、壁の外へと吸い込まれていく。
誰かが受け取ってくれると信じて。脳内に浮かぶ顔に必死に祈る。
春水が美希の手を握った。心強さに美希の心は穏やかになっていく。

 「じゃあ今日はここでお泊りやな…決めた。コンタクト取るわ」
 「あ、春水ちゃんだけ。私も取る」

一人だけならきっと恐怖心を鏡に喰われていただろう。
春水の笑顔に救われる心をしっかりと自分のものであると手を強く抱きしめた。

867名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:47:02
>>848-866
『朱の誓約、黄金の畔 - Twins' flower -』

行き当たりばったりなのはストック無しでそのまま書いているので
自分もどんな結末になるのか分からないスリルを覚えてます…w
横山玲奈ちゃんの分裂はほぼ書き手の実験によるものです。
果たしてどちらが生き残るのでしょう。
野中美希ちゃんの脳内掲示板と能力に関してはまたのきかいに。

868名無しリゾナント:2017/02/17(金) 03:06:40
(いつものお願いです…)
20レスに近いので前半と後半に分けて頂けるとありがたいです。
気付けば春が近くなってまいりました…。
苦労人かえでぃーを書こうと思っただけなのにどうしてこうなった…w

869名無しリゾナント:2017/02/17(金) 03:13:43
>>865 の終盤が >>866 と重複してました。

「玲奈の立つ板張りの床が突然、波を立てる。
大きな口を広げたように無機質な闇の穴が彼女の体を呑み込んだ。
美希が手を伸ばしたが、空虚を掴むだけでしかない。
さざ波の落ち着いた世界で、春水の声は僅かに強張った。」

の方でよろしくお願いします。

870名無しリゾナント:2017/02/21(火) 20:29:21
後編転載行ってきます

871名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:04:30
気だるい午後。
外の陽射しに身をさらしながら椅子に座り、テーブル側の壁に
背を預けていると眠くなる。
喫茶店の休日にする事といえば掃除や雑務。
それが終わった所で珍しく事件依頼もない上に予定も入ってない。
こういった弛緩した時間を過ごすことも嫌いではない。

テーブルに肘を載せ、飯窪春菜は愛読している雑誌に目を戻す。
とても学究的な態度で、興味深い主題を長年にわたって精力的に
追跡している雑誌に視線を走らせる。

足音がして、扉の開く音が続く。
視線の端に人影、顔を上げると厨房から出てくる背広姿が見えた。
僅かに跳ね上がる鼓動。

 「あれ、まーちゃんどうしたの?一人でなんて珍しいじゃん」
 「そんな日もあるんだよ。はーあ」

佐藤優樹が春菜の体にもたれ掛かる。重い、とは言えない。
ただ想像以上に重量を感じて「グフッ」と声が漏れる。

 「ちょっとちょっと、読書の邪魔しないで」
 「面白い?マンガ?」
 「昨日発売した雑誌。中身はまあ小説だったり漫画だったり」
 「かしこぶっちゃって」
 「…なんか怒ってる?なんか言い方にグサッと来るんだけど」
 「暇なだけだから気にしないで」
 「気になるってか重いっ。まーちゃんで潰れちゃう」

872名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:05:11
春菜は顔面の全表情筋を引き締めて哲学者の神妙さを作り
目には身代わりで処刑される親友のために走る英雄の真摯さを宿し
唇からは新しい学説を熱弁する徒ゆえの言葉を放つ。

 「いい?まーちゃん。私とまーちゃんの体格や年齢は確かに
  私の方が勝っているかもしれない、でも持ってる部分っていうか
  まだ発展途上の十代とちょっとギリギリな二十代との間にある
  僅かに薄くてそれでも大きな壁ってものがある訳よ」

春菜の論理的かつ思索的な言葉に、優樹の反応は一つだった。

 「うるさい」

完敗。大完敗だ。冷たい言葉に春菜の表情も僅かに陰りを見せる。
思わずこの場に居ない石田亜佑美に憎悪を向けかけて頭を振った。
抵抗しようと体勢を逆に傾けようとするが、その何十倍もの力で
優樹が自身の体を押し付けてくる。あ、押されてるなーどころではない。

最後の、究極の抵抗を遂行する。

 「どかないとーこうだっ」
 「わひゃひゃひゃーっ!」

無防備な背中の脇に細く長い腕を滑り込ませ、一気に動かす。
くすぐり攻撃にはさすがに耐え切れず大声を上げて飛び退いた。
大勝利。春菜の表情はまさに悪戯の成功に微笑みが浮かんでいた。

873名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:07:56
 「こしょばいー!!」
 「えいっえいっ、どうだっ」
 「きゃー!」

春菜のくすぐりに優樹は耐え切れない、だが春菜も止めない。
興奮状態の優樹が彼女の腕を掴み、制するが離してくれない。
世界が揺れる。手が離れない。振動が意識を揺さぶり揺さぶられ揺さぶった。

優樹がしっかりと掴んでいる為に離れない。既に手は離れていた。
あ、ヤバイ。春菜はこの状態に覚えがあった。
耳鳴りが激しくなる。合図だ。優樹の能力が発動している。

「ままままーちゃ、まーちゃ」
「きゃー!きゃー!」

優樹の声で掻き消されてしまう自分のか細い声が悔しい。
一瞬にして闇が覆う。
意識が消える。

ああ、せめて来月で最終回のアニメを見納めてからが良かったな。
そんな思考が巡り、途絶えた。



二階の居住区にある一室。
譜久村聖と工藤遥、そして優樹の姿が並んでいた。

三人の目はベットの中で眠る春菜に注がれている。
聖が『治癒能力』が付与された紙片を片手に春菜の容体を回復させていた。
異能で傷ついた傷は一般の病院ではどうにもならない事がある。
特に優樹の『振動操作』はガラス状の物体ならば簡単に粉砕できる威力だ。
脳震盪ならまだしも頭蓋内血種や意識障害が起こらないとは限らない。

874名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:09:02
 「ただいま帰りましたーって、どうしたんですか?」
 「まーちゃんがやらかしちゃってはるなんがぶっ倒れちゃったんだよ」

小田さくらの手には衣装鞄が提げられていた。
だがそれには何も発さず、遥は優樹に叱責する。

「まーちゃん、反省しなよ。無意識にしたってやり過ぎ」
「……」
「まーちゃん」
「……」
「優樹ちゃん、はるなんが目を覚ましたらちゃんと謝るんだよ?分かった?」
「……はーい」
「あたしにはだんまりかよ…」

どうやら優樹と遥の間には何かあるらしい。さくらは冷静に分析していた。

「でも、でもどうやって謝ったらいいの?」
「ただ謝まるだけでいいんだよ。はるなんも事情を話せば分かってくれるよ」
「でも、でもでも絶対怒ってる。まさがはるなん怒らせてるの分かるもん」
「何かしたんですか?」
「……」
「佐藤さんが怒らせたって思う根拠はなんですか?」
「……どぅーが悪いんだ」
「は?」
「どぅーが、どぅーがまさに何も言わずに出かけて行ったから!
 探してもいないし連絡もつかなかったから!
 はるなんだけしかいなくて退屈だし、なんかこおワーッてなってたから!」

875名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:10:23
 「何もって、ハルちゃんと言ったよ?昨日言ったでしょ出かける事」
 「まさ覚えてないもん!誰も教えてくれなかったもん。お団子も居ないし
  皆居ないし、でもはるなんだけ居たから、嬉しかったの…」

優樹の言い訳が、つまりは遥の不在が原因である事は分かった。
興奮状態に陥った事も春菜の存在があったが故の安心感からなのも分かった。
となればやる事は一つだろう。

 「じゃあ工藤さんにも謝ってもらいましょ一緒に」
 「ええ、そういう方向にもっていく?」
 「大丈夫ですよ。ちゃんとフォローもしてあげますから」

遥の動揺に、さくらは片頬に笑みを貼り付けた。
さくらが片手を掲げ、全員の視線が集まる。

 「実はさっきお仕事料金のおまけにこんなものを貰いまして」
 「……え、やだ。やだぞハルはそんな、な、なあまーちゃん!」

衣装鞄の中身に遥が声を上げる。

 「小田ちゃん、一体なんの仕事してきたの」
 「そうですね。しいて言えば石田さんが自信喪失するほど過酷な護衛を少し」
 「この格好で?」
 「はいなかなかのスリルでしたよ」

何の躊躇もなく微笑んで見せるさくらに、聖は亜佑美を抱きしめたくなった。

876名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:11:12
 「そういえば当の本人は?」
 「次の仕事に一人で向かってしまいました。私はこれを持って帰れと言われて」
 「なるほどね……でも、いい考えかもしれない。うん」
 「ちょ、譜久村さんまでそんな事言わないでくださいよ。
  譜久村さんが賛同しちゃったらそれだけで詰んじゃうんですから」
 「私をどんな奴だと思ってるの。でも、はるなんの機嫌を直すなら一番だよ。ね」
 「ええ、絶対うまく行きます。石田さんはともかく、飯窪さんは好きでしょうから」
 「ま、まーちゃん…なんで黙ってんのさ」

聖の肯定からさくらに阻まれ、優樹は衣装鞄を見下ろしたまま沈黙。
遥の顔には絶望が生まれていった。

877名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:16:50
>>871-876
『猫の気まぐれは黒く白く』(前半)

やっぱり短編は書きやすいな…(遠い目)

878名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:40:46
正直な所、次に目を開けた風景は天国か地獄か。
もっと言えば病室か霊安室かと思っていた。
まるで夢を見ていたかのように春菜の自室には遅い午後の陽光が射し込んでいる。
数分前に聖が春菜の容態を見に来た時に、彼女の安心と喜びの表情が見て取れた。

 「良かった、まだ安静にしてて。何か飲み物持ってくるから」
 「私は生きてるんですか?」
 「軽い脳震盪だよ。でも今日一日は休まないとダメだからね」
 「あ、はい。すみません」

聖が居なくなると、人の気配がいつも以上に遠いものになったような気がした。
閉まりきっていない扉の向こうからは、時折一階からの声や音が漏れてきた。
それ以外の音は一切ない、窓のカーテンが風に揺れる音すら聞こえそうなほど
世界は静かなものとしてそこに在る。

思えば、優樹はどうしたのだろう。記憶が少しずつ鮮明になってきていた。
事故だという事を春菜は知っているが、彼女が詳細まで説明するだろうか。
誤解を招いて皆に責められてやしないだろうか。
負傷すると心配と不安な連想しか浮かばない、心も同時に弱っていた。

廊下から足音が響く。
靴下で擦り歩く音が部屋に近づいてきている。
戸惑うような足音だなと思っていると、部屋の前で止まった。
廊下側から手がかけられたらしく、扉の取っ手が回され、扉が少し開く、止まる。
妙な沈黙。
焦れた春菜が声をかけようとすると、取っ手が震えた。

 「は、はるなん?ハルだけど起きてる…?」

879名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:41:42
扉の隙間から遥の声が聞こえた。

 「あ、おかえり。帰ってきたんだね。ねえまーちゃんは下に居るの?」
 「や、あ、その、と、隣に居る」
 「ごめんね。迷惑かけちゃって。まーちゃんから事情は聞いてるよね?」
 「まあ、一応。あの、入ってもいいかな?」

不思議だ。遥もそうだが優樹とのコンビを組めば騒ぐように部屋に
入ってくるのに、奇妙な間を感じる。
遠慮し過ぎる質問に、それでも春菜は笑顔で受けた。

 「いいよ。入ってきな?」

疑問ながらも春菜は返答する。上半身を乗り出して壁に体を預ける。
僅かに眩暈がしたが、意識は保てた。
しかし取っ手は途中で停止したままで動かない。

 「どぅー?まーちゃん?」
 「まーちゃんこらっ、押すなってっ、まーちゃんから先入れよっ。
  ああもうっ、はるなん、一個だけ約束してもらうぞ!」
 「は、はいっ?」

いつものハスキーボイスではなく、地獄の底にいる亡者の口から
出ているような声に春菜の声も高く上がる。

 「とりあえずハル達が入っても、見ても、何も喋るな、一言も、喋るな」
 「ひ、一言も?」
 「良いって言うまで一言も、そうじゃないとハルははるなんに手を出しかねない」
 「わ、分かった」

880名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:42:35
遥の真剣な懇願に春菜は唾を呑み込んだ。意味は分からないが理解させられる。
扉の向こうにいる彼女の言葉からは凄まじいまでの圧力と覚悟。
春菜は妹のように可愛がる遥や優樹への愛情が揺らがない自信はあった。

 「何も言わないよ。絶対」
 「絶対だからな」
 「絶対。うん、まーちゃん。絶対何も言わないからね」

優樹に呼び掛けるが返事は無い。もしかしたら落ち込んでいるのだろうか。
遥が先頭に立っているという事は、何かがあるとして腹筋に力を込めて身構える。
いよいよ取っ手が回転し、扉が開かれた。
春菜の目が、しっかりと二人の姿を捉える。

 「………………………………………………へ?」

それはギリギリ二人には聞こえない声が漏れ出す。

漆黒の布地の袖口や、大きく襟が開いた胸元には純白のレースの縁取り。
短いスカートからは白い素肌の太腿が伸び、すぐに白い膝上丈の口下に続く。
レースで包まれた袖から伸びた白色の腕の先、手の五指には白絹の手袋。
それだけなら可愛い侍女である。
だが衝撃は二段構えというのが通例だろう。

遥と、遥の背後で見えないように抱き付いている優樹の頭部を横断するのは
夜色のレースと、繊細な飾り布の左右からは、黒い獣毛に覆われた三角耳。
いわゆる黒猫の耳が飛び出ていた。
ご丁寧にスカートの下からは黒猫の長い漆黒の尻尾が揺れている。

881名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:43:31
工藤遥と佐藤優樹はいわゆる猫耳なんとやらになっていた。
春菜の輪郭が細くなる。呼吸を貪っている訳でも蛸の物真似の最中でもない。
声が上がらない。静かに視線が震えるしかない。

うつむく髪に隠れていたが、遥の頬に朱が昇っていくのが確認できた。
今度は意味も分からず、理解も出来ない。
ただ徐々に膨らむ喜びに口角が歪み始めるのを止められない。
二人の肩が震えて、猫耳と猫尾まで震えている姿にいっそう歪む。
口を手で塞ぐが、耐え切れずに笑いがこみ上げる。だが耐える。

 「うん、うん、よし。いいよはるなん。喋っていいよ」

遥も覚悟を決めたのだろう。頬が未だに朱色に染まっているが
その瞳は現実を受け入れた光を帯びている。僅かに諦めた色もあるが。

 「ははは、あはははははははははははははははははははははっ!」

春菜は爆笑した。
声を吐き出して、春菜は腹筋を痛めたように腹を押さえ、二人を指さす。
遥の拳が震えているのを見て春菜はグッと口を手で塞いだ。

 「どう、したの?その、喜びしか生まれないあられもない姿は。
  え、えっと………ま、まーちゃん?恥ずかしいなら無理しなくていいんだよ」

春菜の声に深呼吸。明らかに深呼吸した。溜息にも似た吐息を遥の背中に吹きかけている。
それに対して遥が「熱いっ」と引き剥がそうとするが、執着にはどうしようもない。
そして満遍なく吐き出した後、突き飛ばすように優樹が遥と共に部屋に侵入する。

 「はーよっし。癒しタイム終了!」

882名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:44:26
何かを吹っ切ったように、開き直ったように腰を叩いて胸を張り、宣言する。
どうやら遥の匂いで優樹には癒し効果が得られたようだ。
それは良かった。良かったが、問題はこれからだ。

 「じゃ、そういう事だから」

春菜の思考もむなしく優樹がまるで一人ファッションショー並みの時間で
颯爽と退場していこうとする、遥がそれを止めた。

 「いやいやいや待って待ってまーちゃん。ここまで文字通り身を削ったのに
  そりゃないでしょ、特にハルの頑張りを無駄にしないで。ほら、どうよはるなん」
 「え、え?」
 「別に頭がおかしくなった訳じゃないからな。その、まーちゃんが
  謝りたいから聞いてあげてほしいのよ。な、まーちゃん」
 「……もう平気なの?」
 「あ、うん。譜久村さんには一日安静にって言われたけど、明日にはちゃんと元気だよ」
 「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

悪気があった事を自覚している優樹の気持ちに春菜は感動すら覚えていた。
自分の意見は譲らないが、明らかに自分が悪いと思う事は素直に謝罪してくれる。
そんな彼女がとても愛らしい。

 「大丈夫だよ。ほら、仲直りの握手しよ」

883名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:45:11
>>878-882
『猫の気まぐれは黒く白く』(中間)

ぐぬぬ。規制が憎い…。

884名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:46:44
一瞬の空白。遥の顔には虚脱。

 「いや、それとこれとはまた別問題だから」
 「今のどぅーは猫娘なんでしょ?
  なら言葉の変化があっても不思議じゃないんじゃない?」
 「まーちゃんもやるよな?」
 「まーちゃんはもうこれだけサービスしてくれてるからねえ。
  謝罪も貰ってるから、あとはどぅーが体を張ってくれるだけでこの話は
  本当のエンディングを迎えるんだよ」
 「ラスボスに立ち向かう前にもうボロボロなんだけど」
 「どぅーが何もしないならはるなんもまさもどぅーをずっと嫌いになるから」
 「そうなっちゃうかもねえ。この前貸した漫画の続きとかアニメのDVDとか
  ラーメンを奢ってあげる約束も無くなっちゃうかもしれないねえ」
 「そんなあ〜」

情けない声で遥が訴える、が、二人からそれを阻止する術を与えられている。
羞恥の苦渋と春菜から与えられる筈の愛情に答えようとする健気さが
遥の表情と瞳に同居していた。
凄まじい自制心に遥は大きく深呼吸をした。

 「……言えばいいの?」
 「ん?」
 「何をはるなんに言えば、いいのさ」
 「そうだなあ。でも典型的なのは聞いた事あるからね、メイドさん的な奴。
  思い切って両手を掲げて片足上げた猫の格好で『ご主人様、大好きだニャン☆』
  とか言ってくれれば凄い満足するかも」
 「じゃあ壁に向かって言えばおっけーな」
 「ダメですー、ちゃんとこっち向かないと認めません」
 「うーあーーーーまーーーーちゃんーーーーっ」
 「どぅー、これも人生だから。早くやんないとはるなんの体が悪くなっちゃうから」

885名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:47:44
優樹の言葉に春菜がわざとらしく頭痛に悩むフリをする。
溜息。遥の切り替えは予想以上に早い。

結論からして、優樹も遥も、根は優しい女の子だった。
部屋の中央に背中を向けて立つ。
両手が緩慢に挙げられていき、丸めた両の五指を顔の前に上げて揃える。
左膝を曲げて跳ねるように掲げ、足首を傾げる。
そして春菜の方へと振り向きつつ、顔面の表情筋全てが引きつりながらも
満面の笑みを構成して口から下を微量に出し、唇を舐め、言った。

 「ご主人様、大好きだニャン☆」


一瞬の空白。凍りつく病室。誰かの唇が破裂した。

 「ぎゃははははははははははははははははははははははははは!」
 「なんでまーちゃんが爆笑してんだよ!てか見んな!」
 「ははははははははははははははははははははははははははは!」
 「んな!!?」

優樹の笑声に重なるように、扉の向こうからも笑い声が響いてくる。
扉から現れたのは三人。
目尻に涙を浮かべていたのはいつ帰ってきたのか石田亜佑美。
笑いを我慢して聖が顔を俯いている。
傍らに居た生田衣梨奈が悪そうな笑みを浮かべ。
さくらですら憂いのある表情に笑みを浮かばせていた。

886名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:48:49
 「やー凄いですね。まさか本当にやってくれるとは」
 「笑いの神様がぶっ倒れるぐらい喜んでるって絶対」
 「でもきっと似合うって信じてた。どぅー可愛いもん」
 「はい、くどぅー笑って笑って、可愛く撮ったるけん」

衣梨奈の構える携帯に硬直する遥、無情にもシャッター音が響いた。

 「み、見てたの?」
 「うん。丁度あゆみちゃんとえりぽんが帰って来たから。
  ちなみに見に行こうって言い出したのもこの二人」
 「待って、生田さんが帰って来てるって事は…」

遥の言葉に、三人が微笑んで扉の影に手招きをする。
先程まで同じ場所で見ていたであろう四人が謙虚な姿勢で顔を出した。
尾形春水は右手に携帯を構えて。
野中美希は先輩二人の姿を見て両手を頬に添える。
牧野真莉愛はこれ以上ないほどの煌めきを放った瞳と笑顔を。
羽賀朱音は何も言うまい。

 「工藤さん、ちゃんと保存しときましたんでね…」
 「So cute! Keep a pet!」
 「まりあ付いて行きますよ!たとえくどーさんが猫になっても!」
 「可愛かったですよ、とても、とても、工藤さんが可愛い。ふふふ」

朱音が公では見せられない笑顔を浮かべてジッと見つめる。
その後ろからもう二人の姿もある。
活動期間はまだ短いが、それでも教育係の凛々しい姿を見る事が多いであろう
遥のポーズには各々の反応を見せる。

887名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:49:43
 「いや、その、全然似合うと思います。私には出来ませんけど。
  工藤さんなら許せるっていうか、許してもらえるっていうか」
 「工藤さんの頑張りは勉強になります。為になります。
  なのであと一時間ぐらいはそのままで居てほしいと思っちゃったりしました」

加賀楓は僅かに目を逸らしながら照れ臭そうに感想を述べ。
横山玲奈は遥に現在の格好を継続しろと強気な眼差しで強要していた。

 「……今ハル、何を信じていいのか分かんない」

拳を掲げて立ち尽くす遥の瞳に、真っ黒な絶望が浮かんだ。
皮肉な痙攣を起こす唇が歪み、僅かに目尻に輝くものがあった。
顔を真っ赤にさせ、そして項垂れる。
「後で覚えとけよ」という小声が優樹と春菜には聞こえた。

 「さてと、良いものも見れたし、はるなんも目が覚めた事だし。
  皆も帰ってきたって事でご飯食べようか」
 「「「「さんせーい!」」」」
 「二人は着替える?それともずっとそのままで居る?」
 「「そっこーで着替える!」」
 「ちょっとこんな所で脱がないで、脱衣所行きなさいっ」

遥と優樹の声が被り、猫耳や夜色のレースを外し始めた。
そのままその場で全て脱ぐ勢いだった為に春菜が制す。
二人の姿が一瞬、昔の幼いものへと変わったような気がした。
瞬くだけで現代の彼女達に戻っていたが、春菜は笑う。

888名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:51:41
 「何笑ってんだよはるなん」
 「なんだか、身体はいっちょ前に大きくなったけど中身は変わらないよね」
 「はいはい。どうせガキですよ。はあ、まーちゃんのせいですっごい疲れた……」
 「どぅーを泣かすためにまたやろうね」
 「もうやんないよ。絶対着ないから」
 「まーちゃんが着るならどぅーも着るよね」
 「んーん。まさ着ないよ」
 「あれ、そうなんだ」
 「うん」
 「ちょっと寂しいなあ」
 「猫じゃなくてもいいでしょ。癒し期間は売り切れです」
 「じゃあ今度はまーちゃんで癒されようかな」
 「もうやんないよっ」
 「おーいそこの三人、何あたし抜きで盛り上がっちゃってんのさ」
 「あ、出た。猫になりきれなかった女が」
 「は?どういう意味?」
 「仕事先じゃあ随分苦労したみたいだねえ、猫かぶりのあゆみさん?」

春菜の言葉に首を傾げる亜佑美だったが、人差し指で示された方向には
床に脱ぎ落された三角耳を拾うさくらの姿があった。
三角耳を被らずに両手で頭に乗せて、さくらが呟く。

 「石田さんの猫メイド姿、可愛かったにゃーん」
 「お、小田ァ!!」
 「写真あとで見せてよねー」
 「了解だにゃん」
 「ちょっと話し合おうか?ん?携帯出しなさい!」
 「はっはっはっはっは」
 「あ、ちょ。待ちなさいよ、小田ァァァァァ!」
 「小田ちゃんがやるとどうしてああもあざとく見えるんだろうね。しかも棒読み」

889名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:53:08
二人が人間の姿を取り戻し、亜佑美がさくらの携帯からようやく画像を
削除した後、二階のリビングでそれぞれの夕食に舌鼓を打つ十一人の姿がある。
食事前、衣装鞄に残っていた猫耳を見つけたさくらは真莉愛に、美希に、朱音に装着させる。
春水には朱音が無理やり付けたが、予想以上に乗り気の様で、猫のようにねだり始める。
三人からのブーイングにどことなく喜んでいる。

楓が玲奈に装着させるが、玲奈は楓の隙をついてリボンの付属された猫耳を装着させた。
楓は気付かないまま付けていたが、真莉愛に突っ込まれて頬を赤らめる。
聖が衣梨奈に猫耳を取り付けようとするが「髪が乱れる!」と怒られて落ち込む。
あまりに落ち込むものだから衣梨奈は「自分で着ける」と言って装着した。
さくらが構える猫耳を遥に羽交い締めされた亜佑美が装着されそうになる所を
優樹がさくらの背中に突進したために二人が抱き合う事故が起こったりもした。

笑いながら見ていた春菜の傍に優樹が座り込む。

 「結局、みんな付ける事になってんじゃん」
 「まあそういうもんだよね。ああそういえば思い出した。今日が何の日か」
 「何?」
 「22日は猫の日だよ。猫と一緒に暮らせる幸せに感謝する日。
  猫とともにこの喜びをかみしめる記念日が今日なんだって」
 「人間が猫になるのってどうなの?」
 「じゃあ単に感謝の日、でいいんじゃない?」
 「なるほど。じゃあはるなん」
 「何?」

890名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:54:01
 「あゆみー!」
 「ん?」
 「生田さーん!」
 「はーい」
 「お団子―!」
 「なんですかー?」
 「らぶりーん!」
 「はい!らぶりんです!」
 「はーちーん!」
 「はーい!」
 「野中―!」
 「yeah!」
 「はがちーん!」
 「はーいっ」
 「かっちゃん!横山ちゃん!」
 「「はーい!」」
 「ふくぬらさーん!」
 「なーにー?」

優樹の弾ける笑顔と共に大きな愛を叫んだ。

 「だーいっすき!!」

痛々しいながらも輝かしい青春の中で彼女は笑う。
コルクボードに最初に載せられていた全員の猫コスプレ写真は
ある一部からの必死の懇願によって公開は差し控えられた。
その後、コスプレ衣装はどうなったかというと。

 「ねえ、せっかく貰ったんだからお店の正装にする?」
 「「却下!」」

大事な思い出として箱に詰められ、押し入れの中に封印されている。

891名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:55:20
>>884-890
『猫の気まぐれは黒く白く』(後半)

うーん。投下できるかどうかやってみます。

892名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:56:18
あ、冒頭の投下し忘れがorz

893名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:57:34
>>884の前

ベットから右手を伸ばし、微笑む。優樹が一歩進み、近寄り、手を伸ばす。
両手で包み込まれたかと思うと、優樹の体に抱きしめられたのが分かった。
嫌悪感など一切感じない、とても心地のいい幼さの代謝が残る体温だ。
滑らかな黒髪の上にある三角耳が傾いて揺れた。

 「猫耳は分かるけど、この服どうしたの?」
 「お団子のお土産。オタクのはるなんが喜ぶからって」
 「や、まあ、ええっと。なんだろう、素直に頷けない。
  でも可愛いよ二人共。嫌だったはずなのに私のためにしてくれたんだ。
  それだけでも嬉しすぎるし、ほら、もう元気になっちゃった」
 「……でも別にはるなんの為じゃないよこれ」
 「あれ、そうなの?」
 「どぅーの嫌がる事がしたかったの。まーちゃんが着るって言ったら
  どぅーも絶対に着るし、そしたらまさも着るけど、どぅーが着るなら
  まさも着るの全然イケるし、だからはるなんのためじゃないの。
  でも喜んでるなら結果オーライだと思う事にした」
 「…そっか。で、くどぅーは巻き込まれたわけね」
 「まあ外で着るわけじゃないし、はるなんの前だけだしもう全然慣れたもんね」
 「…ふーん」

遥の余裕の態度に、春菜の心に芽生える思いがあった。
言わなくてもいいのだが、もう少しだけ自分の為に居てもらおう。

 「じゃあ慣れてるならもう恥ずかしい事もないってこと?」
 「まあそうだな。猫耳は何回もやってるし、服だって似合ってない事ないし」
 「でた。自分大好き。じゃあさ、語尾にニャン☆とかつけても大丈夫よね?」

894名無しリゾナント:2017/02/25(土) 04:38:28
 「何笑ってんだよはるなん」
 「なんだか、身体はいっちょ前に大きくなったけど中身は変わらないよね」
 「はいはい。どうせガキですよ。はあ、まーちゃんのせいですっごい疲れた……」
 「どぅーを泣かすためにまたやろうね」
 「もうやんないよ。絶対着ないから」
 「まーちゃんが着るならどぅーも着るよね」
 「んーん。まさ着ないよ」
 「あれ、そうなんだ。ちょっと寂しいなあ」
 「猫じゃなくてもいいでしょ。癒し期間は売り切れです」
 「じゃあ今度はまーちゃんで癒されようかな」
 「もうやんないよっ」
 「おーいそこの三人、何あたし抜きで盛り上がっちゃってんのさ」
 「あ、出た。猫になりきれなかった女が」
 「は?どういう意味?」
 「仕事先じゃあ随分苦労したみたいだねえ、猫かぶりのあゆみさん?」

春菜の言葉に首を傾げる亜佑美だったが、人差し指で示された方向には
床に脱ぎ落された三角耳を拾うさくらの姿があった。
三角耳を被らずに両手で頭に乗せて、さくらが呟く。

 「石田さんの猫メイド姿、可愛かったにゃーん」
 「お、小田ァ!!」
 「写真あとで見せてよねー」
 「了解だにゃん」
 「ちょっと話し合おうか?ん?携帯出しなさい!」
 「にゃんにゃんにゃーん」
 「あ、ちょ。待ちなさいよ、小田ァァァァァ!」
 「小田ちゃんがやるとどうしてああもあざとく見えるんだろうね。しかも棒読み」

895名無しリゾナント:2017/02/25(土) 04:45:22
スレと間違えて連投しましたorz

896名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:52:18
規制かかってしまったようで…どなたか代理投下お願いいたします

897名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:52:49
「他者認識は、他者がその存在を目にし、認めることだが…
自己は、その他者の中にある自分を見つめることによって、自己を認識する…わかるかい?」

小難しい言葉が並ぶ。科学者らしい言い回しだと思う。
ギリギリと脳が締め付けられる。段々と呼吸が回らなくなる。
能力を発動したい。だが、発動できない。
鎖がチカラを阻害する。この場所から、逃れられない。

「つまり、自己の中から他者がいなくなれば、お前という存在を認識する術は何もなくなる。
お前は最初から、この世に存在しなくなる」

遠くなる意識の中で、男の言葉を咀嚼する。
私は、誰かから名前を呼ばれることで、誰かから触れられることで、初めて存在するのではないだろうかと。
そして、その「誰か」がいない限り、私は私の存在を認識できない。

「お前の記憶から、お前以外の人間の存在を消す…さて、それでもお前は、自分の存在を肯定できるか?」

哲学的な問いだ。
だが、さくらは滑稽にも、その問いの沼に嵌まりそうになる。
誰もが自分の名を呼ばなければ、自分に触れなければ、どうやって私が私であると証明できる?

898名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:53:20

―――「お前なんか、いらない」


能力の否定。存在の否定。
小田さくらという、人物そのものの否定は、生命の拒絶だ。

「存在の消滅は、死より恐怖だと思わないか、小田さくら―――」

大切な人の笑顔が、浮かんで、そして消えていく。
あの日確かに見つけた青空が、また色を失っていく。

「……て」

さくらの名を呼び、手を携え、ともに闘った仲間の記憶が。
「小田さくら」の存在とともに、消滅し始める。

「やめ……」

闇がすべてを呑み込んでいく。
さくらの中から、仲間の笑顔が、記憶が、思い出が、消えていく。
譜久村聖が差し出してくれた手が、前線で生命を張った鞘師里保の姿が、
がむしゃらに誠実に、真っ直ぐに突き進む野中美希の笑顔が、ボロボロとその輪郭を失っていく。

「やめてっ!!」

899名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:54:14
絶叫。
発狂。
声にならないままに、さくらは吼える。

その時だ。
闇をはっきりと切り裂くものが、あった。

男は咄嗟に、さくらを解放した。

光?
いや、これは、熱……か?

瞬時には認識できないまま、二歩、三歩と男が後ろに下がる。

「……うちらの大切な先輩に触らんでくれます?」

雪を欺かんばかりの白さが、目に入った。
「ほう…」と思わず口を開く。

尾形春水は、その長き脚に焔を纏わせ、崩れ落ちたさくらの肩をしっかりと抱き止めた。

900名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:56:28
本スレ>>243-249 したらば>>897-899 ひとまず以上です
何処に着地するかは未定ですが頑張ります

901名無しリゾナント:2017/04/03(月) 00:56:19
投下できましたお騒がせしましたm(__)m

902名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:24:02
またしても規制がかかってしまいました
自分で行けるかもしれませんが一応こちらにも

903名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:25:23
まずいと思った瞬間には、美希の身体は大きく一回転した。勢いそのままに、彼女は春水へと投げつけられる。
春水はその身体をしっかりと受け止める。

「野中っちょ、もうちょっと考えてから……」

投げつけられたのは、ある意味でラッキーだった。漸く彼女とちゃんと話ができる。
こんながむしゃらに闘っても意味がない。とにかくしっかりと戦略を立てるべきだと言おうとした。
が、こんなに近くにいるのに、春水の声はまだ、彼女に届かない。彼女は男に再び突っ込まんと暴れる。

「ええいもう!ちゃんと聞け!」

大切な先輩が傷つけられて動揺するのは分かる。
だが、それで自分を見失って突っ込むのは自爆行為だし、ただのアホだと思う。
春水は美希の頭をぐいっと抑えつけ「小田さんは大丈夫やから。落ち着いて?な?」と少し宥めるような声を出す。

「小田さん傷つけたあいつは許さへん。だからちゃんと作戦立てんと意味ないやろ?」

殺気立っている彼女が、漸く呼吸を落ち着けてくれた。ただ真っ直ぐに、あの男を殺すことしか見えていなかった。
話にしか聞いたことはないが、鞘師里保のコインの裏―――すなわち赤眼の狂気も、こんな風に危うかったのだろうか。
だとしたら、彼女も内面に飼っているのだろうか。紫色の狂気を。

「“空気調律(エア・コンディショニング)”。
局地的に異常な湿度や不均一な密度を生み出し、それに伴う気圧の変化が音の伝わりや皮膚感覚をも乱す。
“発火能力(パイロキネシス)”よりは興味があるが、それも所詮は一時的なもの。大して研究意欲は注がれないな」

男はくいっとメガネをかけ直す。

904名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:25:58
再び美希が挑発に乗って突っ走ってしまいそうになるが、必死に手首を掴んで押さえつける。
数的有利なのは変わらない。
美希の“空気調律(エア・コンディショニング)”により、一度ではあるがその拳は入った。
先ほど男のズボンを燃やすことができた。距離を保ちつつ、火脚でも追い詰めることはできる。
強引に勝ちを求める必要はない。最悪、さくらを背負って逃げられればそれでも良い。
今はひとまず―――

と、春水が思考を組み立てているときだった。
目を疑った。
先ほどまで地に伏し、闇に呑まれて迷っていたさくらの姿が、なくなっていた。
どういうことだ?確かに男は「存在の消滅」と言った。
しかし、あれは他者認識を受けきれず、自己が自己を形成するのが困難になる「意識的な」消滅の意味ではないのか?
肉体ごと消滅するなんて、そんなことが…。

その疑問は、春水の腕の力が弱まるのと同時に美希が飛び出し、
再び男に攻撃を繰り出したことで、解消されることになった。

美希が大きく左拳を振り上げ、真正面から男に突っ込む。

と、インパクトの瞬間、それを受け止めた存在があった。
男の前に立ちはだかり、庇う姿が、あった。

春水も美希も、その存在に目を疑った。
だが、この部屋に居るのは、もう、彼女しかいない。

「小田、さんっ……?」

小田さくらは、両腕をクロスさせ、静かな瞳を携えて、美希の攻撃をしっかりと受け止めていた。

905名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:27:35
本スレ>>73-79 したらば>>903-904 ひとまず以上です
保全ネタの“悪夢”はこれのことでしたが、まさか落ちるとは思っていなかったです…

もし気付いた方がいたら代理投下お願いいたします

906名無しリゾナント:2017/04/09(日) 23:00:14
代理行こうと思ったけど自分も埋め立てですか?エラーが出てしまうので
しばらく時間をおいてから行ってきますねー

907名無しリゾナント:2017/04/09(日) 23:21:21
本スレにも書きましたが改めてこちらで

>>906
ありがとうございます!無事に行けました!
誰かが支援してくださったら投下できるんですかね?「埋め立ててですか?」エラーがよく分からない…

908名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:00:35
燦々と照りつける陽光が白い浜と青い波の繰り返しを照らす。
砂浜には日傘が並び、寝椅子に中高年が寝そべる。
子供と母親が浜で砂の城を作っていた。
原色の水着を着た若い男女が、波打ち際で水をかけあってはしゃいでいる。
水着姿の人々が溢れる、海水浴の光景だった。
そんな中で周囲を行く男達が振り返ってでも見たい景色がある。

赤と橙が横縞のホルターネックが、女の豊かな胸を覆っていた。
傷や虫の刺され痕すら一切ない肌に水着の赤と橙が映えて
自分の魅力を最大限に引き出す色合いを分かっているようだった。
譜久村聖はそんな視線を全く垣間見ることなく視線を横に向ける。

 「くどぅーのハリキッてる感がなんかウケる」
 「いーんですよ。譜久村さんだって借りる気満々じゃないですか」

横に立つ工藤遥は黄緑色のバンドゥで、腰には浮き輪の装備。
額には水中眼鏡を装備している。
浜辺の完全装備に本人も満足しているようだ。

 「しっかし海の家のご飯ってなんであんなに美味いんですかね。
  テンションが上がっちゃうとどうにも食べ過ぎちゃって、ふー」
 「朝ごはんにしてはちょっとハイペースだよ」
 「何か差し入れでも買ってってあげましょうか。
  生田さん達は今頃どうしてるんでしょうね」
 「さーどうかな、連絡もないみたいだし何とか頑張ってくれてるのかもね」
 「不機嫌なまーちゃんがハル的には心配ッスね…」

909名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:02:52
一週間も前に約束していた依頼に向かった生田衣梨奈、飯窪春菜、佐藤優樹。
三人を想いながらも、工藤にはある疑問がある。

 「んで、なんでハル達はこの”メンバー”で海水浴なんですか?
  まさか情熱的な特訓でもしようってんじゃないでしょうね」
 「そんな大げさなものじゃないよ、ちゃんとした依頼。
  この海水浴の警備と監視が今日のお仕事だよ」

譜久村の宣言に、工藤は少し間を置いて「なるほど」と付け加えた。

 「その依頼ってハル達だけですか?」
 「ううん、専門の人も来てるみたいだから、私達は気楽にやればオッケーだって」
 「なんか他人事じゃないですか?じゃあハル達なんで呼ばれたんです?」
 「そういう可能性があるからって事ではないでしょうか、工藤さん」

工藤がさらに問いかけようとすると、背後からの足音。
振り返ると加賀楓が立っていて、「よいしょっと」と呟きながら
近場にある日傘の下へ荷物をおろす。
藍色のラッシュガードに身を包み、ボーイッシュな出で立ちで佇む。

910名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:04:24
 「これだけ人が集まる場所では”何が起こるか分からない”。
  人一人が抱えられない事件が”起こるかもしれない”。
  浮きたつのは期待だけじゃないって事ですよね、譜久村さん」
 「本当に起こりそうだからやめろ。変に言葉に力籠り過ぎ」
 「あ、ご、ごめんなさい」
 「まあ私有地の海岸だし、所有してる人が単に心配性ってだけ。
  それにこの依頼の安全度はまあまあ高いから」
 「ハル達は別にいいんですけど、譜久村さんは日が浅いのに…」

言おうとして、工藤は口を噤んだ。
譜久村は少し困った顔をしたが「もう大丈夫だよ」と諭す。
一抹の寂しさに工藤が口を開こうとして、背後から声が上がった。

 「小田!おーだ!おい小田ァ!」
 「やめてくださいよ石田さん、暴力反対っ」

小田さくらが小走りでこちらに駆け寄る背後に、石田亜佑美が振りかぶった。
スイカの塊が、ではなく、スイカ柄のボールが何の合図もなく
見境なく後方から飛んできた。頭部の柔軟な衝撃に「ぶっ」と変な声が漏れる。

 「よっしゃ命中!」

石田亜祐美が両腕でガッツポーズを取り、砂浜に顔を出す。
赤と黒の横縞の水着にデニムパンツを履いた彼女は太陽のような笑顔だ。
砂浜に転げるボールを両手で拾い、小田は無表情に佇む。
薄紫のラッシュガードから水色の水着に覆われた谷間が覗いている。

911名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:05:29
 「石田さん、大人げないです」
 「別に痛くないんだから平気でしょ」
 「平気とかの意味じゃなくて、だから絡みづらいとか言われ」
 「シャラップ!それ以上は言わなくていいから」
 「あれだな、一発なんかしてやらないとっていうのが染み込んでんだよ」
 「芸人みたいに言うなし」
 「亜佑美ちゃんって何かと言うけど小田ちゃんに構ってるよね」

譜久村の言葉を聞いて、石田があらかさまに動揺した。
固まった表情が次第に震えだし、目を左右に揺れている。

 「そんなんじゃないですってば!小田ちゃんにはなんかこお…。
  そう!反応が鈍すぎるからこうして刺激してあげてるだけです!
  海に来てこんな無反応ってことあります!?」
 「あゆみんのテンションがどうにかなってるだけなんじゃねえの」
 「海に入ったら私だってテンション上げますよ」
 「じゃあ入ろう!すぐ入ろう!ほらどぅーも行くよ!」
 「はあっ?おいちょ、引っ張んなって!」

石田が工藤の腰に抱えられた浮き輪のロープを引っ張り
浜辺で跳ね上がったかと思うと、海水に飛び込んだ。

 「じゃあ私も先輩に付き合ってきますね」
 「怪我しない程度にねー」
 「はーい。あ、野中も行こう」
 「OK!行きましょう!」

912名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:06:43
いつの間にか背後から追いついてきた野中美希は薄緑色の映える
フレアトップの水着にストレートポニーを揺らせて小田と手を繋ぎ駆け出す。
浅瀬で沈むことなく浮き輪で海に浮上している工藤と海面をぷかぷか
浮いていた石田が浮き輪にしがみつく、その間に突っ込んでいった。
当然のように声が上がり、ボールが光に反射して空に飛び上がる。
海水に濡れた小田の表情が夕暮れ程度の明るさにまでなっていた。

 「ひと夏の一枚ゲット」

いつも以上に弾けまくる石田や工藤、小田と野中の姿を携帯で
収めながら、ふと思い、嬉しさが笑顔を浮かばせた。

 「………気を遣わせちゃってごめんね」

独り言からすぐに、背後から声が聞こえる。
とても楽しそうに海の家から駆けだす影が四つ。
砂の暑さに驚きながらそれぞれが水着を着こなせば
どこにでもいる女学生の海水浴デビューだ。

 「譜久村さん!遅くなりました!」
 「やっと来た。どう?初めての砂浜は」
 「熱いです!とってもとっても熱くてヤケドしてます!」
 「ホントにヤケドしたら大変だよ」
 「えへへへへえ」

譜久村の問いに笑顔で答えるのは牧野真莉愛。
白い水着にマントの様に羽織っていたバスタオルを両手で広げる。

913名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:07:25
 「水着はどう?サイズぴったり?」
 「はい。ごめんなさい、私ミズギって持ってなくて、わざわざ用意してもらって…」
 「横山ちゃんにはおさがりばかりでごめんね」
 「いえ全然。むしろたくさん欲しいです」
 「たくさんお姉さんが居るからわがまま言ったら貰えるよきっと」

横山玲奈が行儀の良いお辞儀をして礼をする。
薄紫のタンニキに、右肩にはアニメマスコットの形をした水筒を下げていた。
それは確か野中美希が所持していたものだったが、どうやら貰ったらしい。
その隣にはラッシュガードの裾を握ってレモン柄の水着を見せるのは尾形春水。
譜久村から見ても明らかに緊張しているように見える。

 「どうしたの尾形ちゃん、顔引きつってるよ?」
 「あーいえ、なんでもないんですなんでも」
 「そうには見えないんだけど、もう疲れちゃった?」
 「いや、自分的にはまだ心の余裕はあるんで、行ける気がします」
 「その余裕がもう限界に達しそうだけど、ていうかどこに?」

一人で屈伸をし始めると、それにつられて牧野と横山、加賀も参加する。
自分を奮い立たせているのか尾形が深呼吸をした。
譜久村の頭上に疑問符が立っていたのが見えているのか、ポツリと呟く少女が居た。

 「泳げないんだよね、はーちんは」

羽賀朱音が淡々とした口調で打ち明ける。
藍色の競泳水着にゴーグルを頭に装着してバスタオルを肩にかけている。
羽賀の言葉に何も言えずに尾形は奇声を放った。

914名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:08:25
 「なんで言うのーっ、自分が魚やって思えてきてたのにっ」
 「人間は魚にはなれないよ。エラだってないし」
 「そんなん分かってるわっ、でも泳げない人には大事な心なんや」
 「えっ、そうなの?知らなかった」

譜久村が驚き、尾形が照れくさそうに頭を掻く。

 「言ったことなかったんで。でも泳げないだけなんで海には
  全然入れるんですけど、でもあんまり積極的には入れないっていうか…」

その場で砂を蹴り、その砂が思った以上に飛んで牧野の足に掛かった。
その足をバタつかせて左右に地味に霧散するのを嫌がる面々。

 「尾形ちゃん以外は皆泳げるの?」
 「尾形ちゃん以上には泳げると思います」
 「最底辺みたいな言い方やめてっ。最底辺やけど……うっ」
 「自分で突っ込んで自分で落ち込んじゃった」
 「大丈夫だよ尾形ちゃん、近くに先生が居るじゃない」
 「ふぇ?」

尾形の肩を支えて、譜久村は浜辺に一歩進む。

 「くどぅー!出番だよ!くどぅー!」
 「はーい!?何ですかー!?」

915名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:09:01
呼ばれた工藤が浮き輪で海面に浮いて叫ぶ。
小田と石田はスイカのボールを不安定な立ち泳ぎで投げ合っていた。
野中はバランスを崩して水面に体を打ち付けて二人が助け出している。
工藤は浮き輪から出ると、紐を持って浜辺へと泳ぎ戻る。
海水で濡れた髪をたくし上げながら顔を振って海水を払う。

 「どうしたんですか、皆入らないんですか?」
 「問題が発生しちゃってね、くどぅーに救難信号を送ってみた」
 「ほう、助けてほしい事があるんですね?」

譜久村に助けを求められたという事に対して工藤が得意げな顔を浮かべる。
“いい女”からの頼み事というのは同性であっても悪い気がしないものだ。

 「何ですか?」
 「この尾形ちゃんに海の素晴らしさを教えてほしいの」
 「……ハルに頼んだって事は、泳ぎの方ですか」
 「さすがその道のプロだね」
 「プロ並みには教え込めませんけど。でも普通に
  泳げるぐらいにはしてあげられるかもしれないですね」
 「くどぅーは水泳が凄く上手い子なんだよ。
  前に道重さんにも泳ぎを教えてたんだって」
 「道重さん!?」

916名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:09:41
その名前に見事に反応した牧野が犬の様に体を伸ばす。
先ほどまで落ち込む尾形にちょっかいを出していた為に
右手の甲が横山の顎を打ち付ける。
「あうっ」と顔を無理やりあげさせられ変な呼吸音が上がった。

「牧野さん、地味に痛いですっ」
「ごめんなさい!まりあの手が勝手に動いて!」
「普通に自分からぶつけに行ってたけど」

羽賀の言葉に目もくれず、牧野は食い気味に工藤へ前のめりになる。

 「あの!工藤さん!まりあにも水泳教えてください!」
 「え?だって尾形ちゃんよりは泳げるってさっき言ってたじゃん」
 「さっきのはさっきので、今は今です。道重さんが工藤さんに
  教えてもらって泳げたって聞いた今が重要なんです!」

噛みつく様な牧野の姿勢に引き腰になる工藤。
先ほどまでのテンションを無理やり振り上げるような牧野は
両手を胸の辺りで祈るようなポーズを取る。

 「道重さんが教えてもらった事ならまりあは何でも
  吸収したいんです!道重さんが見てきたもの、感じたもの
  いろんなものを知りたいから!お願いします工藤さん!
  まりあもその勉強会に参加させてください!」
 「ああ分かった分かったってば。いくらでも教えるよ!」
 「わーい!工藤さん大好き!」


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