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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

758名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:36:20
 「泣くと?里保。こんな事しでかして泣くと?ズルいやろそんなん」

衣梨奈を貫いた水の刃ごと引き剥がし、地面に叩きつける。
逃走を開始する鞘師の背中に遥と亜祐美が追うが動けない。
『精神支配』の黒幕が近くに居るのが分かっているのに何も出来ない。

 「鞘師さん、さやしさーん!!」

遥の叫びが響く。いつの間にか辺りは静寂に包まれていた。
さくらと共に野中美希が、尾形春水が死者の目を閉じさせる。

息の途絶えた女の子、男の子、赤子を撫でていく手にはもう
誰ものか分からない血液が何度も刷り込まれていく。
瞼の無い眼がこちらを見ている、心を貫く。
何度も、何度も、その度に涙の斑点が彼女達に降り注がれる。

死んでも生きてしまった彼らを認めるしかない。
道重さゆみの代から守ってきた不殺の掟を、ついに破ってしまった事を。

 「死んだ人達は物語のための障害物じゃないの。
  生きて笑って泣いていた人間、それを忘れないであげて」

例え誰かの人生を狂わせてしまったとしても、最終ラインだけは
その人が決めるものだと、その為の掟だと。
だがそれさえも奪ってしまう事があるならば獣になるしかない。

本当の獣に。バケモノになるしかない。

759名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:36:58
第三区の虐殺事件による犠牲者は四十二名。
ダークネスによる日本壊滅から新暦の中で史上最悪の事件となった。

 「香音ちゃんの潔い所は嫌いじゃないけん。
  里保があんなにいい加減なヤツとは思わんかったとよ」
 「…えりぽんはあれが本当に里保ちゃんだと思ってる?」
 「聖はそう思ってやったらええやん。えりは本人が何か
  言わん限りは何も言えん。だからいつか絶対言わせる。
  それが、全力で潰すことになっても」

香音との別れに落ち込む暇はなかった。
むしろそれを希望として「笑顔の連鎖」を絶やさない様に務めた。
リゾナンターである為の、人間としてある為の。
それが香音の願いでもあったのを誰もが覚えている。

  ―――おまえは夥しい夢の体を血で染めて
月明かりと星屑にただ手を掲げては涙を流すのでしょう
  花の庭は無為も無常も消え去り、赤眼の御使いは
  獰猛さを競う事を忘れて永遠の繭へと眠るでしょう



酷く暑い日だった。夢の中で何度も、何度も揺れ起こされる。
何処かも分からない、名前も知らない夢中の光景には
リゾナンターの面々と見知らぬ少年少女が集っていた。

760名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:38:25
 「まーちゃんは頑張り屋さんなんだよ。
  田中さんの時も道重さんの時もあの子は頑張ろうとしてた。
  今回もきっとそう、頑張りたかったんだと思う」
 「私の中で泣いてるんです。お姉さま、お姉さまって。
  まるで妹が泣いてるみたいで胸が疼くんです。
  ……まるで、本当に助けを求めてるかのようで、リアルだった」

楓の夢と聖の夢は差異はあるが、存在する世界は同じだった。
佐藤優樹が失踪した理由にももしかしたら、と思うぐらいに。

 「でももうあれが夢だとは思えないね……。
  そろいもそろってあの夢を見てるなんて思わなかったから」

譜久村聖、生田衣梨奈、飯窪春菜、石田亜佑美。
工藤遥、小田さくら、尾形春水、野中美希、牧野真莉愛、羽賀朱音。
そして加賀楓。きっと佐藤優樹も。

全員が其処に居たのも偶然ではない。
全員が夢を見ていたから、其処に居たのだ。

 「何か気付いた事はあった?」
 「……ハル、分かったかもしれません、まーちゃんが居る場所」
 「え、ホントに?」
 「でも自信はないよ、もしかしたらって思うだけ」
 「どんな事でもいいから言ってみなさいよ」
 「…まーちゃんがあの子を見つけた場所」

 鞘師さんを ”リリー”を見つけたあの庭園に似ている
 だってあの人を最初に見つけたのは まーちゃんだから

761名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:38:57
―――第三区には黒い歴史がある。
あの場所にはダークネスの本拠地があった所という事実。
区民は全て、組織に関わってきた者を血縁に持っていた。

その建造物は、湖から建物の群れが生えているようだった。
周囲から通された高架道路が橋の代わりになっている。
入り口には塔が無残に倒壊していた。

横倒しになった巨大な筒の内部には、赤錆を浮かべた機械が覗く。
おそらくかつてはこの塔から大規模な光学迷彩が発生し、塔の
存在を隠していたのだろう。

誰が作ったかは分からない。
拠点があった事実もあり、ダークネスの遺物として考える者も少なくはない。
立ち並ぶビルは炎に舐められたような焦げ跡が目立つ。
ほぼ全ての窓ガラスが割れ、内部の幾百幾千もの闇を晒していた。

崖に隣接したビルの屋上に滝が落ち込んでいて、道路へと小さな
支流を散らしていた。
アスファルトには点々と穴が穿たれ、雑草が伸びている。
路上には黒い骨格だけになった車が点々と打ち捨てられていた。
こういう雰囲気の施設をどこかで見た事がある。

 「ちぇるが居た養成所もこんな感じだったね」
 「……そうですね」

762名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:39:51
さくらの言葉に美希が無表情になる。虚ろになる目。
頭を優しく撫でる事で彼女が静かに微笑んだ。
清潔な墓地にも似た雰囲気が辺りを包んでいる。

 「思えばどうして佐藤さんはこんな所に来たんでしょう。
  こんなに寂しい場所を好き好んできたとは思えないんですが」
 「……何かあったんだよ。そうじゃないとあの子の説明もつかない」

 鞘師さんによく似た、鞘師さんじゃないあの子が居る理由

枯れた木々と雑草に覆われ、荒廃した庭園の敷地内。
聖の瞳は灰色の建物を真っ直ぐに凝視していた。
元は白塗りの塔だったが、火事の煤で汚れ、塗料が剥落していた。

塔の一角に、研究所とも病院とも取れるような不愛想な建造物があった。

 「入ってみよう」

玄関の大扉が大きく歪み、錠前も全て壊されていた。
膂力のみで扉を押し開き、隙間から入っていく。
床には乱雑に器具や書類が散乱し、全てが焼け焦げていた。
当時の猛火の幻臭すら漂ってきそうだ。

763名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:40:21
炎の跡も生々しい廊下を抜けていくと、壁の片側の一面に
ガラス窓があった。弾痕が残る窓以外は全て割れている。
暗闇の中に拘束具のついた手術台が設置されていた。

 「お化け屋敷だねホントに」
 「気持ち悪い……」
 「無理な子は外で待ってて。くどぅー顔色悪いよ」
 「出てこないお化け屋敷なら大丈夫です…」

廊下を進むと、いくつもの扉が破壊され、大穴が穿たれている
壁まである中で、終点の扉は四方から閉じられる隔壁という厳重さだった。

 「譜久村さん、まーちゃんの声が聞こえる」

遥の言葉に、その場に居る全員が固唾を飲んだ。
彼女の意志に押されるように、亜祐美の『幻想の獣』が発動する。

 「バアアアアルク!!!!」

板金鎧型の巨人がその膂力によって扉の表面に一撃を喰らわす。
緋色の火花が疾走し、向こう側の闇へと落下する重々しい音が鳴り響いた。
闇に沈んだ実験室は広大だった。
室内には生臭さと埃が充満している。

 「私、ここ、知ってる」
 「私も、知ってる気がする」

さくらと亜祐美の言葉が響く。
そこは絶対入ってはいけないと言われていた、ような気がする。

764名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:40:57
 不思議だ。建物に入ってからというもの、記憶が曖昧になるのだ。
 まるで夢に意識が喰われたように。

花の香りがした。
僅かに混じる血の匂いに、光明が静かに灯る方向へと視線を向ける。

 「まーちゃん!!!!!!!!!!!」

遥の絶叫。続いて春菜、亜祐美が駆け寄る。
刃を振り上げる佐藤優樹が何をしようとしているかは明らかだった。
血だまりの中に沈む”リリー”は泣いていた。
溢れだす血液的にも数十か所にも及ぶ傷口は全て致命傷。
即死にならないのが不思議なぐらい夥しい血液が床を濡らす。

それなのにリリーは泣いている。人間の様に泣いている。
鞘師里保の顔を持ったリリーが泣いている。
死にきれずに泣いているのか、痛みで泣いているのかは分からない。

ただ一つの真実として、リリーは死ねない。
優樹は虚ろな目で静かにリリーを殺すために刃を振り抜く。
人形のように、頬に飛び散る血が涙となって溢れて落ちた。
彼女が意識を失うまで何度も、何度も。

―――死者を操るものが死者であってはならない、という法則は無い。
蘇生するチカラはいくらでも存在する。
居なくなった人間を捜すチカラはいくらでも存在する。

765名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:41:40
けれど。それでも。
人間は手に入れたいものを必ず手に入れるチカラを持っていない。
幸せの大団円なんてものを期待していた訳じゃない。
ただ少しでも希望を、救いを残すことが出来たならそれで良かった。

それでもやはり、現実は、世界は、許さなかった。彼女を。

 「丹念に、入念に、肉体的に、精神的に外傷を作れば作るほど。
  その傷は膿となってその人間に悪害を及ぼす。
  リリーの心は、魂は限界の限界を超えてしまった。
  『精神支配』を実験で無理やり開花されてしまった事と
  支配する範囲、数の生成によって精神を崩壊させてしまった。
  どんな手当をしても、どんなチカラをもってしても彼女は救えない。
  もう彼女にはここに居る理由さえもなくなってしまったんだ」

佐藤優樹とリリーの間で何があったのか誰にも分からない。
衰弱するリリーに部屋に閉じこもってしまった優樹に尋問する事すら
出来るほど残酷にもなれなかった。
真相は闇に消え、進むべき道も失ってしまった。

 「どうして僕が黒幕だと?」
 「人が心を直すために必要なのは、療養。
  譜久村さん達とも面識があったみたいですね、通院記録もありました。
  睡眠不足に過度なストレスによる疲労。
  どんな薬を処方してたのか分からないぐらいめちゃくちゃな調合を
  してたみたいじゃないですか。例えば、血液、とか」

白衣の男の首には彼の名前と心理療法士の資格を示すネームホルダーが下がっている。
どこにも特徴のない平坦な顔。凡庸な雰囲気の男だった。

766名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:45:48
 「血液とは魂の通貨。意志の銀盤。血を吸う事、血を与える事というのは
  意識や記憶を共有するのと同じ事とは考えられないだろうか。
  支配とは恋愛感情に近い。愛に満ちた世界は理想郷だろう?」
 「だから子達の記憶を使って実験したと?」
 「シナリオはずっと前から存在してたものを利用したんだ。
  僕はダークネスの研究室にも出入りしていた事もあってね。
  永遠を探求するのは人間の本能だ。物語に縋っていると思われても
  仕方がないのかもしれない、臆病者の汚名も喜んで受けよう」
 「そんなもののために何人も殺したっていうの?」
 「ただの永遠じゃない、永遠の愛の夢だ。これしか人間が救える道はないんだ。
  皆で同じ夢を見れば、同じ道を共有できれば。
  それでこそ真の平和を得られるだろうと僕は信じている」

リリーが亡くなった後、裏ルートである異能者専門の闇医者に
死体解剖を要求した。結果、彼女は鞘師里保ではなかった。
異能力自体が矛盾していた事と、その存在の身体的調査をすると
人間の肉体とは到底有り得ない、”植物”の細胞が検出された。
人工皮膚を覆った植物人間。

その事実を含めた心理治療を優樹に後日行った。
優樹は静かに謝罪の言葉を口にしただけで、真実は硬く閉ざしたままだった。

 「まさかリゾナンターに二度も阻まれるとは思ってなかったけどね」
 「もう一つ、何であの女の子を鞘師さんに似せた?」
 「鞘師…?ああ、あの小娘か。
 “別の僕”だった研究員が不老不死まであと一歩の所で食い止められた。
 その時手に入れた血液で作ったのさ、失敗作もあったがね。
 丈夫な上にチカラの発現率も申し分ない。
 リリーは惜しかったが、あれが衰弱する様はとても爽快だったし良しとしよう。
 あれぐらいで計画を邪魔させたと思ってるなんて馬鹿なヤツだよ。
 一人を片付けた所で”僕”の代えはいくらでも居る。この僕のようにね。
 死ねば精神はまた別の”僕”へ移される、研究は無事に継続される。
 ははは、真実の永遠の愛を手に入れる日は近いぞ」
 「もういい、もう、お前は喋るな」

767名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:46:50
永遠の楽園は予定調和の牢獄に過ぎない。
自身が作った人格と物語は予想を越えず、自尊心の充足も肉の快楽も
どこまでも設定した通りものでしか成り得ない。
『LILIUM計画』と銘打った紙の上にしか存在し得ない。
妄想はどこまでも妄想であり、人間は人間でしかない。
異能者が異能者でしかない様に。

 「何故だ、何故殺さない」
 「本当の永遠が欲しいならくれてやろうと思ってね。
  ただし、殺人者は牢獄に、それが人間の法だもの」
 「お前は一体…!ひぁ」
 「永遠の孤独の中で泣き叫ぶ事がどんなものか思い知ればいい」

【扉】が口を開ける。
背後に現れた闇から伸びた物体が、白衣の男の顎を掴む。
それは、青白い肌をした人間の五指だった。
男が悲鳴を上げようとすると、背後の闇から次々と青白い腕が伸びて
肩や腕など上半身の各所を掴み、そして一気に引きずり込んでいった。

 「ぎゅあああああああああああああああああ」

闇から迸る黒々とした血液が浮遊して、再び【扉】に吸い込まれる。
無間地獄が咀嚼し、嚥下する音が聞こえ、また悲鳴。
甘い匂いを掻き消すような強い血臭が包み、【扉】は鎖で閉ざされた。
背後から静かに佇むバケモノは、その拷問を微笑んで見守っていた。

 「七つの地獄の苦しみを合計したものの千倍の苦しみを味わる無間地獄。
  お前のチカラはいらない。千年の孤独を、絶望を噛みしめろ」

768名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:47:37
楓と再会の約束を交わして一年が経った。
長いはずの月日をこれほど短く感じた事がないぐらいにあっという間の一年。
自身が成長したのか劣化したのか、その変化すらも分からないぐらいに。

時間が重い足を進ませ、リゾナンターは今も日々を戦い、生きている。

 「じゃあえりぽん、お店任せたからね」
 「はいはーい。って言っても聖だけでホントに大丈夫と?」
 「大丈夫。これ返すだけだから」
 「その大金払うぐらいの依頼ってめちゃ危ない感じせん?」
 「何かあったらちゃんと連絡する。情報屋さんにもこれから
  こういう仕事は受けないってちゃんと釘刺さなきゃだよホントにもう」
 「ま、気を付けて」
 「うん、行ってきます」

たとえ恨んで憎んで、心臓を刺し貫いたとしても。
毎夜の悪夢に亡霊となって出てきてくれても構わない。
そこでなら永遠の痛みと共に愛し、再会する事が出来るだろう。

 逃れようのない輪廻の運命の中で。

769名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:55:00
>>752-768
『朱の誓約、黄金の畔 -bloodstained cocoon-』

調べると加賀さんも鞘師さんに憧れてオーディションを受けた子なんですね。
影響力の高さを感じます。

よく分からない所はいつか行われるチャットなどで聞いてください。お答えします。

770名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:56:33
毎度毎度すみませんスミマセンスミマセンorz
レス量は十分考えてるはずなんですがどうしても長くなります、ので
小分けでもなんでもしてくださって結構なのでよろしくお願いしますorz

771名無しリゾナント:2017/01/13(金) 04:09:16
訂正
>>766
 「血液とは魂の通貨。意志の銀盤。血を吸う事、血を与える事というのは
  意識や記憶を共有するのと同じ事とは考えられないだろうか。
  支配とは恋愛感情に近い。愛に満ちた世界は理想郷だろう?」
 「だから適応した子達の記憶を使って実験したと?」

です。修正したのを削除してそのままだったのを忘れていました…。

772名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:49:49
最初に出会った時。
彼女は、希望と向上心に溢れた目つきをしていた。
こちらに挑み、そして敗れた時も。
悔しさ、自らの不甲斐なさを責める気持ちはあれど。
それでも、澄んだ目をしていた。目の輝きは、失われていなかった。

だからこそ、里保は思う。

何故今自分が対峙している彼女の瞳の光は、失われてしまったのだと。

773名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:51:31
無言のまま、少女が刀を構え、そして里保に襲い掛かる。
鋭い踏み込み、振り下ろされる刃。
禍々しい黒い斬撃を、里保は生み出した水の刀で受け止める。

「まだ…私のことを認めてはくれないんですね…」

虚ろな瞳のまま、少女は里保に問う。
腰に据えた刀を、あの時里保は抜かなかった。あくまでも水の刀で彼女の剣に応じ、そして捻じ伏せた。
少女の太刀筋は若く、そして拙かった。真の刀を抜いてしまっては、少女を傷つけてしまう。
伸び白のある少女の未来を慮ってのことだった。

少女は里保によって遮られた刃をひねるように回し、さらに斬り込もうとする。
その瞬間。彼女の刀と同じように黒く、そして昏い風が生みだされる。

…まずい!!

里保は咄嗟に、生成した水のヴェールを正面に張った。
巻き起こされた三つの風の爪が、しなやかな防御壁に深く食い込む。

「…それを防ぎますか」

少女は、里保との距離を大きく取る。
「仕掛ける」つもりか。里保は少女の行動に最新の注意を払い、警戒態勢に入った。

774名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:52:46
先に少女と手合わせをした時に、里保は少女の能力の特性を掴んでいた。
加賀流剣術、と少女は自らの流派を名乗っていた。聞いたことのない流派ではあるが、少女の真摯な太刀筋から、古くから
細々と伝わる伝統のある剣術と踏んでいた。

さらに言えば、その確かな腕前を支える異能。
少女は、自らの剣術に風の刃を交えることで自らの手数を増やしていた。
言うなれば、三つの風を合わせた「四刀流」。
だが、自らの剣術と異能を完全に統合できてはいなかった。一瞬の隙を突き、里保は少女に勝利した。そして。

― もっと強くなって、また来なよ。うちは、いつでもここにいる ―

激励の、つもりだった。
けれど、少女はそうは受け取らなかった。頬を紅潮させ、今にも泣きそうな顔で里保のことを睨み付けた。
それでもいい、里保は思った。悔しさや怒りは、時として自らを大きく伸ばすことができる。
そう信じて、少女の背中を見送った。

だが。少女が里保の前に再び姿を現した時には。
最初に会った時とは似ても似つかぬ修羅と化していた。
身に漂う気は黒く揺らめき、絶えず血を求めているかのように見える。
少女の瞳には、里保の姿は映っていなかった。ただ、目の前の人間を斬ることだけに捉われた、剣鬼。

775名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:53:59
少女が、刀を下段に持ち直す。
来るか。里保はペットボトルの水を撒き、そこから新たにもう一振りの刀を手に取った。

「…加賀流参之型『千刃走(せんにんそう)』」

そう呟いた少女の姿が、掻き消える。
いや、そうではない。少女は、目にも止まらぬ速さで一気に里保との距離を詰めていた。
そして、その走りは無数の凶暴な風とともに。
千の刃が走るとはよく言ったもの。一斉にこちらに向かってくる斬撃、水の防御壁ではあっと言う間に内側ごと切り裂かれ
てしまうだろう。

防御よりも回避。
里保は造り出した水の珠を足場に、天高く舞い上がる。
頭上を取り、制圧する。
上昇から下降に移行した里保が見たものは。

「甘いですね…」

攻撃対象を見失いそのまま突っ込むかに見えた少女はこれを見越したかのように里保の眼下で立ち止まり、構えていた。
左手を前に突き出し、弓を引き絞るかのように刀を後ろに引いた姿で。

「加賀流陸之型…『死螺逝(しらゆき)』」

ぎりぎりまで溜められた力が、一気に開放される。
捻りを加えた刀の一突きは、風を纏い螺旋の流れと化して、一気に上空の里保に襲い掛かった。

776名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:54:51
「ぐあああっ!!!!」

予想だにしない飛び道具、里保は荒ぶる風に巻き込まれ、全身を切り裂かれて墜落する。
通常であれば、再起不能の大怪我。それでも少女は戦闘態勢を解こうとはしない。

「まさか…この程度で、終わりませんよね?」

少女の言葉通り、里保は立ち上がった。
瞬時に纏った水の鎧によって被害は最小限に食い止められたものの、着衣は所々が切り裂かれ、浅い切り傷からはうっすら
と血が滲んでいた。

「その力は…間違った力だよ」

里保は、はっきりとそう言う。
確かに以前の少女とは段違いの強さだ。それは刃を交えても実感できた。
それでも。

手にした黒い刀を振るたびに、刀に生気を奪われてゆく。
少女の顔色は、病人であるかのように青白かった。
今の力が、その禍々しい刀によって与えられているのかもしれない。

「力に…正しいも間違いもないですよ…私は…鞘師さんを、斃します。ただ…それだけ…」
「そんなこと、ない」

777名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:55:34
あの時、あの人に言われた言葉。
里保はかつて自分を優しく見守ってくれた人物のことを思い出す。

― 鞘師はそんなこと、しない ―

そう言ってくれたあの人は、自分を緋色の魔王の手から救い出してくれた。
今度は、自分が目の前の少女に救いの手を差し伸べる番だ。

「力を、正しく使うこと。教えてあげるよ、加賀ちゃん」

すう、と息を吸い込み。
腰の刀を抜き、構える。
一瞬で決める。この子の、明日のためにも。
向けられた刃は、強固な意志と共に。

778名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:57:45
772-777
「剣の道」後半に続きます

加賀ちゃんの技ですが
千刃走→仙人草(クレマチスの和名)
死螺逝→白雪姫(クレマチスの品種)
が元ネタとなっております

779名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:04:33
脳は辛い記憶を忘却する機能がある。
苦痛を伴う記憶は薄れやすく、楽しい記憶は残りやすい。
大きな精神の傷は、揺り戻しで蘇る事もあるが、さらに限界以上の
過負荷がかかるような、あまりに辛い記憶は遮断してしまう。

 つまり、記憶をなかった事にする。

その上に自己に都合のいい記憶の物語が再構成されていき
精神の安定を保つ。

 「何も難しい事じゃないのよ。例えば今この店で流れてる音楽。
  これをアンタの脳に送るだけでも記憶の上書きになる。
  特にその人にとってとても印象強い曲をだよ。
  だから無理にもみ消すんじゃなく、代用する、が正しいわね」

喫茶『リゾナント』では音楽が流れている。
今日は繊細で力強い歌声より、切なくほろ苦い曲を聞きたい気分な為
店内には「Cold Wind and Lonely Love」が流れている。

先程までテレビが映っていたが、いつもの様に都内や世界の事件。
事故や災害や犯罪の報道ばかりで気分が落ち込む。
さらには芸能のことが続き、どこかの芸能人に恋人が発覚したり
離婚したりと忙しなくて仕方がない。

 「共鳴は強く結びつきを与える。それを信頼と呼んだり
  関係と呼んだりするけれど、作用するのは記憶ね。
  繋がりを得ようとする共鳴にとって脳は特別な器、記憶は雫。
  私達も何度も話し合ったけど、その度に反発したもんだしね」

780名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:05:31
新垣里沙が懐かしむように微笑んで、紅茶を飲んだ。
対峙する飯窪春菜も同じく紅茶を啜り、喉を潤す。

 「新垣さんは辛かったですか?」
 「…それはどっちの意味で?」
 「共鳴の結びつきを重く感じた事があるのかなって」
 「そりゃそうでしょ」

里沙がさも当然の様に肯定する。

 「下が高校生、上はまだ子供っぽさの残る大人。カメと私がちょうどその
  真ん中に居たわけだけど、ほんっとに苦労したからね。
  喧嘩はするし騒ぎ倒すし敵には容赦ないしで処理する身にもなれよってね」
 「…お察しします」
 「まあそんな状態でもさ、最初の頃は良かったのよ。
  まだ皆同じ道を目指して頑張ろうって気持ちにもなってたし。
  でも徐々に変わるものよ、ココロってやつわね」

リゾナンターが集束すればするほど、その集団にとって組織力が働いて
ダークネスを含めさまざまな敵と遭遇する事が増えていく
光井愛佳や久住小春が成長するにつれて自分という存在を考えるようになり
ジュンジュンやリンリンは自分の使命に向き合うようになり
亀井絵里や道重さゆみ、田中れいなはリゾナンターに対する思いを強めていき
高橋愛と里沙はそれぞれの決着のためにその時を迎えた

「それでも共鳴は結びつきを強める。むしろバラバラになりそうになる度に
 その繋がりを強めていく傾向を見せ始めた、これがどういう事か分かる?」

里沙は紅茶を置き、自身の腕に手を回す。
微かに力を込めたその意図に、春菜は僅かに理解した。

781名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:06:47
「心は同じ。
だけど考えるすれ違いに、いつしか体がいう事をきかなくなった。
心と体が違う方角にズレていく痛みは想像以上だったよ。
どんどん悲しさとか辛さが募ってって、反発心が強くなっていった」

仮想の憧憬に客と商品の関係を当てはめてみる。
彼らが言う「好き」や「愛している」は、一般的に使用される「好き」や
「愛している」と違うなどとでも言うのだろうか。
同性同士が分かち合う家族の愛情にも近い友情が世界の全てな気がした。
それをいつしか確認しなくてはいけなくなったと気付いた、果てしない寂しさ。

 「共鳴は記憶を強要する。思い出や記録が人間同士の一番強い繋がりだからね。
  何度も死にそうになったし、何度も仲間の裏切りにもあった。
  毎日の中で失うものもあったし、得るものもあった。
  誤魔化すことで日々を過ごしてたけど、あの時の私には方法が分からなかった。
  思い出を失ってほしくなかったって、今でも思うよ」

里沙の寂しそうな表情に、春菜も泣きそうになった。
だが堪えるしかない、これもまた共鳴の所為と言い訳にしたくない。
彼女が里沙に依頼するこれからの為にも。

 「白金の夜は、どうしたんですか?」

 ダークネスとの最終決戦。日本が壊滅するまで追い込まれたが
 原因不明の光明によって闇は払われ、世界が辛うじて救われたあの夜。

 「”白金の夜”、ね。誰が言ったんだか知らないけど
  あの日のことは、正直言うと私にも分からない事が多いの」
 「それはどういう…?」
 「さあね。皮肉だと思わない?相手の気持ちを何百と操ってきた人間が
  記憶が曖昧とか言ってるなんて。
  ……でも眩しいぐらいの光の中で、私は確かに生き残ったの」

782名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:07:53
自身の過去への決着をつけるための戦いで両目、両足、両腕を失い。
臓物すら飛び出す瀕死状態で倒れていた者達が次々と生還した。
闇の眷属以外は。

里沙が目が覚めた場所には意識を失った面々がそこら中で倒れていた。
敵や味方関係なく、そこが日本だという認識を一瞬忘れるぐらい枯れ果てた光景で。

 「分からないままに私達は生き残ったお店に帰って来て、なんだかんだあって
  それぞれの道を進むことを皆で決めた。全員で納得して、私は出て行った」
 「なんだかんだ、ですか」
 「そ、なんだかんだね。ここは曖昧な記憶っていうより気にしないでほしいかな」

「話したくない」という意味合いを明らかに浮かべた言葉に、春菜は頷く。
過去の事情を掘り返しても現実は変わらない。

 「そんな状況だったから、あの時の私は何もしてないよ。
  多分、生きてた人達は覚えてるんじゃないかな。
  終わりの果てまで忘れてるって、それはそれで寂しいでしょ」
 「そういうものなんですかね」
 「……その場に居た人にしか分からない事もある、覚えておきなね」

最後の最後で見せた里沙の甘さに、春菜は何も言えなかった。
店内の音楽が変わる。「ENDLESS SKY」が静かに流れ始めた。

783名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:09:00
 「大丈夫です新垣さん、私、ちゃんとやれますから」
 「生田やフクちゃんには相談したの?」
 「はい。もしもの時は……生田さんに、と」
 「ったく。あんた達は会うたんびに大人みたいな顔になるんだから。
 あ、飯窪とフクちゃんはもう大人か。じゃあこれね」

里沙が取り出したのは、錠剤入りのケース。
数を見るに、今用意できるのはこれだけなのだと納得して、受け取る。

 「一回につき一粒、いい?それ以上はダメだからね。
  チカラに作用し過ぎる記憶には必ずズレが出来ちゃうものだから
  あまり矛盾を作ってあげないように。じゃ、帰るわね」
 「分かりました。ありがとうございましたわざわざお店にまで…」
 「いいのよ。ちょっと皆に話を聞きたかったから寄っただけ。
  ……私が言うのもアレだけど、頑張んなさいよ」
 「はい、ありがとうございました」

店内を後にする里沙を見送って、春菜は早速連絡を取り付ける。

―――喫茶『リゾナント』を背に歩いていた里沙が振り向く。

何度も見上げてきた建物に別れを告げる事は何度もあったし
それに対して負い目を感じるような事も今は無い。
寂しさもなければ切なさも感じない。全てを任せたのだ。全てを。 

 「今のところ後遺症はない、か。他の子達の様子も見たかったけど
  上手くズレを調節してるみたいで安心したよ」

里沙は静かに微笑む。
改変された世界で生きる彼女達はとても人間らしい。
それだけでも分かれば後は彼女達の物語だ。

784名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:09:55
新たなリゾナンターになったとしても変わらないものがある。
繰り返された世界で、自分達がそうであったように。

 「記憶を何度も塗り替えても、愛情は変わらないものだね」

誰かに言うでもなく呟いた言葉に苦笑する。
繰り返される世界の中で、再び出逢える事をただ願っていた。



―――夜に浮かぶ、路上の信号はまだ変わらない。
一部の交通事情によって下校通路に利用するこの道路では車が
何度も行き来を繰り返すため、五分は待たなくてはいけない。
野中美希と尾形春水はその時間を会話で繋げる事で信号が青に
なるのを待っていた。点滅に変化して青へ。
小さな悲鳴。
振り返ると、人波の中で、女性が顔を手で押さえている姿が見えた。
指の間から赤い血が零れ、事件だと叫ぶ。

 「春水ちゃん! Stop!」
 「え?どうしたん……!?」

美希が肩を叩いて叫んだのに驚き、春水は後ろを向く。
事態に気付いて二人で人波を強引に掻き分けて進む。
屈んで苦しむ女の側に駆け寄って傷を確認した。

 「大丈夫ですかっ?」

額から頬に鋭利な傷跡。胸の奥に沸騰する憤怒に眉が歪む。

 「Damn it!」

美希は顔を上げて、雑踏を捜す。周囲には驚きと怯えの顔が並ぶ。

785名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:11:10
雑踏の先に、逃げる帽子の男達の背中があった。

 「春水ちゃん!この人お願い!」
 「あ、待ってえやっ、私も行くってばっ。すみません頼めます?」

手当と救急車への連絡はその場にいた親切そうな中年男性に任せ
美希は夜の街へ走り出す。春水はバックから靴を取り出し、履き替えて続く。

 「てか私達で何とかするの?ヤバない?あの人ら武器持っとるやろ?」
 「待ってたら逃げられちゃうよ!」
 「や、譜久村さんに追跡してもらうとか」
 「その間に犠牲者が増えるかもしれない!」
 「あーあー分かった、分かったよお、ホンマに野中氏は熱血やなあ」

前を逃げるのは容疑者達。
黒い帽子の右手には女性の顔を切った短刀。
赤い帽子の方は左手にバタフライナイフ。
二人の逃げる横顔が背後を伺い、そこには愉悦が混じった顔が前に戻される。
通り魔たちは人々を押し退けて逃げる。
美希と春水も人波の間を縫って走る。

 「なあ、もしかして誘われてない?」
 「That's just what I wan!痛い目見せてやろうじゃない」
 「ひー、野中氏が燃えとる、燃えてないけど燃えとるーっ」

女性の顔を傷つける通り魔など最悪だ。
逃走車たちはビルの角で右折。夜の歩道の人々に悪罵を投げられながら
二人は人波を抜けて犯人たちを追跡していく。
角を曲がると、ビルとビルの谷底に逃げる、男二人の後ろ姿があった。
左の赤帽子の男が背後を確認する。

786名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:12:08
唇には冷笑があった。犯人たちは曲がりくねった路地を逃げる。
どうやら疲労を待っているらしい。
女と男、そして体格差から見ても不利なのは美希と春水の方だ。

だが、速度で勝とうというのならこちらにも手が無いわけではない。
勝算があったからこそ美希も、春水も付いてきたのだから。

 「逃がさへんでーっ」

緩やかな強調のある声と同時に軽くジャンプした。

靴の裏側に装着されたローラーのベアリングが突出する。
スケート経験のある春水としては配管や粗大ゴミを避ける事は造作もない。
路地の闇を切り裂く閃光、ガリガリと地面を削っていくように音を鳴らす。

 「いっけー!春水ちゃん!」
 「さっさと捕まってやーっ」

黒帽子の顔に驚愕。犯人はさらに必死に走り、通路を曲がった。
脅しに一度『火脚』を喰らわせようと狙うが、射線が合わない。
突き当りには左右に抜ける路地、だが既に春水は黒帽子の背後を捉えていた。
間合いを詰めていき、男の左肩に届く寸前。

突き当りの道の右から左へ、一面の赤の壁が現れる。

 「……え?」

787名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:13:34
黒帽子の男が赤の暴風の中で黒い影になった。
熱風で春水は後方へ弾き飛ばされてダンボールの壁にぶつかる。
斜め横にいた赤帽子の男も熱波で転がっていく。

 「春水ちゃん!?」

突き当りを右から左へと吹き抜けたのは、赤の炎。
吹き荒れたと思った時には消失し、熱波が過ぎ去った夜の道路が現れる。

 「顔があ……顔が痛いいいいぃぃぃぅぅ…」

赤帽子の男の頬は火傷で爛れている。
前方では、右手を前に伸ばして足を掲げた姿勢のままで、黒帽子の男が
黒と灰色の塊となって立っている。
眼球は高熱で炙られて白濁し、末端部分の指や鼻、耳が徐々に炭化で落下。
頬や額の皮膚が割れて内部から赤黒い肉が見える。

肉の焼けた甘い炭の匂いに口を押えた。
放射の瞬間に口を開けていれば、熱気で気管と肺を焼かれていただろう。

 「春水ちゃん…な、なんて事を…」
 「違うっ、私やないってっ。あんな大量の炎なんか出せへんし…」


春水が発動できる『火脚』は千度を超える炎の帯で足を纏って
足技によって周囲を焼き尽くす小集団用。
だが眼前で発動したのは線や帯ではなく、道路の空間を全て埋め尽くす猛火。
まさに竜が放つ死の息吹に近い膨大な熱量だった。

788名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:16:21
道路を囲む壁やアスファルトの大地では、まだ燃え盛る炎が子鬼のように踊る。
高熱でアスファルトの一部は黒いタール状になっていた。
立ち尽くしたまま炭化した男の向こうに残り火が燃える。
高熱の余波で、月光と残り火が照らす路上には、夜には有り得ない陽炎が揺れる。

 「だ、誰……?」
 「あれ、おかしいな、一応面識はあると思うんだけど…まあいいや。
  そっちの方が都合がいいよね、うん」

現れたのは美希と春水と同年代ぐらいの女だった。
短い黒髪をパーカーの帽子に押し込み、その顔は半分だけ隠れている。
手の甲にローダンセが咲いており、五指に花弁を帯びていた。
刺青、ではなく、まるで水墨のようだ。

 「よくも、よくも弟を殺しやがったな!」

男の声が震えていた。
バタフライナイフを片手に泣いていた。
炭にされたかけがえのない兄弟を前に怒りで顔を真っ赤にする。

 「へへへ、ごめんなさい。でも当然の報いだと思いますけどね」
 「死ねよ」
 「わあ、怖いですね」

間合いを詰めた赤帽子の刃が振りかざされる。女は微笑んでいた。
武器を持たず丸腰であるにも関わらず、笑っている。
次の瞬間、女の右横を抜けた男の右足が、溶解し熱を帯びた大地を踏みしめる。
左足が続いて奇妙な歩行を見せた。
歩みの背後に、桃色の内臓がアスファルトに引きずられていく。

 「ぐえ、ぐあばああぁぁぁっっ」

胴体の断面から臓物が次々と零れていく。

789名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:18:10
大量の血液による海が出来たかと思うと、臓物が跳ねた。
上半身は街路の反対側に落ちていき、血の飛沫が女の靴に付着する。
何も感じない様に、女の左手が水平に掲げられ振られる。

 「い、今、斬ったの…?あの子?」
 「でも刃物なんて持ってないよ……どうやって…?」

まるで詐欺にでもあったかのような現実に背筋に冷や汗が流れる。
動体視力で抜刀すら見えないのだから、赤帽子の男が自らの死を
信じられないままに硬直していても仕方がない。

 「ああ、甘い匂いを辿っただけなのに殺しちゃった。失敗失敗」

女は微笑んでいた。パーカーの帽子で半分は隠れてはいるが
その唇は口角を歪ませて健気に笑って見せる。
美希は端末メガネを取り出し、見えない拳銃を打つかのような構えを取った。

 【Call:制御系『電磁場・銃身』
 銃身展開処理を一時記憶領域に四重コピー:完了
 円形筒に構築・直径三メートル:完了
 撃鉄用意:……】

『磁力操作』でそこら中に廃棄されている金属類を把握していた為
射出準備は既に完了している。端末メガネには照準の+が書き込まれた。
爆発寸前の美希の前に、右手の平を掲げて春水は制す。

 「Why?どうして止めるの?」
 「力では勝てんよ、だってあの子、能力者やもん」
 「そんなの分かってるよ、でもこのままじゃ殺されちゃう!」
 「野中氏が無茶したらその確率が上がるやろ、いいから見てて」
 「春水ちゃん…?」

790名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:20:13
我を忘れた様に戦闘態勢に入っていた美希に対し、春水は深呼吸した。
その姿を女は首を傾げてみている。思えば不思議だ。
何故女はあれほどの能力を持っていて静かに傍観していたのだろう。

赤帽子の男が死んで二分は経っているというのに。

 「な、なあアンタ、これはちょっとマズイんちゃう?」
 「どうして?」
 「この二人は確かに殺人者や、でも、能力者やない。
  ここは夢法則があるファンタジーワールドやない、法律があるんや。
  それにこれだけの大惨事、ほら、おまわりさんの音も聞こえてきたやろ」

聞くと、遠くの方からサイレンの音が響いてくる。
五区内にある自警団のものだろう。
その音に気付いているのか、女はウンウンと頷いている。

 「それで?」
 「や、それでって、人を殺されたら逮捕されるんや、罰せられるんやで」
 「なんだそんな事。それなら殺せばいいだけじゃないですか」

内臓が蠕動するような女の笑みに、春水の口が固まる。
ローダンセが咲き誇る手が左に振られた。
炭化して直立したままの通り魔が押され、アスファルトに倒れる。
乾いた音と共に、炭化した腕や足が折れて粉砕。

791名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:21:41
内部の赤黒い断面から体液が落下し、熱いアスファルトで蒸発。
隣には赤帽子の下半身が血の海を作っていた。

 「簡単なことじゃないですか。見た人が居なくなったら
  こんな事実なんて無いのも当然でしょう?」

突然、血液から炎が上がる。まるで灯油に引火したようにそれらは
亡骸にまで燃え移っていき、次々と覆い隠していった。
悪臭に美希と春水は耐え切れずに目を逸らし、吐いた。

美希は再び構えを取るが、春水がまた制す。

 「あれ、でもおかしいな。
この人達、朝のテレビで指名手配されてたと思うんですが」
「な、なんやて?」
「何でも女の人ばかりを十八人も刺殺してた通り魔とかで。
 ああそうですそうです、それで私、この人達の後を付けてたんでした。
 そんなに極悪人なら能力者かもしれないし、もしかしたら
 犠牲者が出てチカラを使ったら分かりやすいかもと思って」

新暦に入った頃、異能者の犯罪増加においてある法律が定められた。
裁判の迅速化と刑務所縮小化のために被疑者欠席のままの裁判と
死刑判決、および場所を問わない死刑執行可能とする法。

 【裁判の合理化】

それに適応されるのはリゾナンターと、第二十三区に定められた
『TOKYO CITY』内にある自警団のみとされている。

だが特別な条件下であれば、例えば指名手配されている殺人犯であれば
許可を得ていない一般人でも適応される事が稀にある。
法はここ数年で新暦を生きる人間としての責務ように人々は受け入れつつある。
それほどまでに”白金の夜”は、人々の記憶に刻まれていた。

792名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:23:07
 「あれ、知らなかったんですか?リゾナンターさん」
 「…!?あんた、まさか最初から知っててこんな事を…?」
 「いえいえ、お二人に会ったのは偶然です。でももしもお二人が
  リゾナンターじゃなかったら私、殺してたかもしれませんね。危ない危ない」

二人は底知れない畏怖を見ている気にさえなってくるその異常さに恐怖した。
その時、女が何かを思いついたように両手をパンと叩き鳴らす。

 「ああそうだ、ちょっと面白い悪戯をしましょう」
 「い、いたずら?」
 「はい。とりあえずお二人を誘拐する事にしましょう」

女の言葉に理解がついていかない。
だが反射的にまだ熱気を放つ道路から、周囲を探る。
左右のビルの壁面や陰に、いくつかの気配を感じた。
人が発する気配とは違う、この世界には、この世にはない異次元の気配。

“影”を知らない異形の者達の貌が穴を覗き込むように佇んでいた。

 「な、なんやこれ…!?」
 「Devil Demon…百鬼、夜行……」
 「大丈夫です。今は手出ししない様に言いつけてありますから」

春水が美希の服を掴み、美希は構えた姿勢を続けた。
だが一度で使用できる『磁力操作』の範囲は人間計算でもせいぜい十人。
気配は軽く四倍はある。だが登場から指一本はおろか、言葉すら発しない。

敵意ではなく畏怖。その理由は女にあるのだろう。
もし命令もなしに動けば女に逆に殺されると理解しているのだ。
それほどまでに女は別の威圧感を空間に漂わせている。

 「じゃあ取引しましょうか。私に誘拐される代わりに
  今ここに到着する人達のことは見逃します」
 「それ、完全にこっちは強制的じゃない」
 「まあそうですけど、このままでも何も変わらないですよ?」

793名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:28:09
涼やかな声で女は言った。
月下の路上には炭化し、切断された通り魔たちの死体が燃え尽きていた。
二人の死体は、単なる女の駆け引きの道具となっただけに過ぎない。
単なる取引の材料の為に人が死んだ現実に美希が歯を食いしばる。

 「……分かった。従うよ」
 「そう言ってくれると思いました。良かったですね、これで安心です」

何が安心なのか、女は嬉しそうにしている。
女に対して春水はどこか違和感を覚えたが、それが何か分からない。

 「アンタ、どこかで会った事あったりする?」
 「ヤダな、本当に忘れちゃったんですか?自己紹介したはずですよ。
 あ、影が薄かったならすみません。努力しますね」

女は笑って呟いた。パーカーを脱いだその顔に”見覚えは無い”。
だが女は困ったようにして、その名前を口にする。

 「横山玲奈です。よろしくお願いしますね」

朝の挨拶でもするようなお辞儀をする女に、二人は反応する事もなく固まっていた。

794名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:39:43
>>779-793
『朱の誓約、黄金の畔 -Mangles everlasting-』

横山ちゃんは完全に未知数です、加賀さんの「圧がある」という
知識しかないので少し圧めにしてみようかと思います。
12期日記を聞いたら「山ちゃん」呼びだったのが面白かったです。

795名無しリゾナント:2017/01/20(金) 05:02:30
>>793 訂正追加
女は笑って呟いた。
短髪だと思ったが、背後から絹のように濡れた輝きの長い黒髪を外界に散らす。
パーカーを脱いだその顔に”見覚えは無い”。
だが女は困ったようにして、その名前を口にする。

です。よろしくお願いします。今度も長くなって本当に申し訳ない…。

796名無しリゾナント:2017/01/20(金) 05:04:53
ん、少し文章が……。パーカーの帽子を脱いだ〜ですね。
パーカー脱いじゃったら全r(ry

797名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:33:25
五階建ての興業ビルは夜の中に静かに立っていた。
鋼鉄の正門は中央に大穴が穿たれ、強引に押し開かれている。
門の先、敷地には拳銃を握った腕が敷地の木の梢に引っ掛かっていた。

砕けたサブマシンガン、ショットガン、アサルトライフルが
芝生に無数に落ちており、散乱した金属片が月下に鈍く輝く。
ビルまでのコンクリートで舗装された道には赤い斑点が続き
やがて支流となって最後に血の川となった。

鮮血の流れの先に、伏せた禿頭の頭の上半身が転がる。
剥き出しの肩や腕には、虎の刺青があったが、更に赤や青や
紫の斑点が散り、絵の猛獣ごと腫瘍のように膨れがあっていた。
俯せの死に顔の頬や鼻も膨れ上がっていた。

男は黒社会の門番を任せられるほどの凶悪な性格を持ち
前科二十八犯の凶悪犯だった。過去に人間の身でありながら
ダークネスとの繋がりもあったと思われる要注意人物。
しかし、膨れた死に顔は闇を恐れる子供のような恐怖で凍り付いている。

小道の反対側には胴体。右肩や左腕や右脛から下が消失。
腹部にも大穴が開けられており、臓物が無残な断面を見せていた。
まるで”巨大な複数の獣たちに襲われたかのように”。

798名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:34:15
無残な胴体に続くのは眼鏡をかけた男の頭部。
眼鏡の右が砕け、大きく見開いた眼球の表面にハエが止まっていた。
頬へと涙の跡があり、鼻水は零れて顎まで伝っている。

冷酷な殺しをする殺し屋として組織の特効役を務めていた男は
泣きわめいた表情で死んでいた。
正面玄関の鋼鉄製の扉も無残に砕かれ、周囲には数十もの空薬莢が散らばる。
玄関付近は血の海。
人間の手や足が何本か転がり、挽き肉になった人体が撒き散らされていた。
原型を留めずに破砕された頭部もあり、何人が死んだのか正確には分からない。

廊下の壁や床に破壊の痕跡が穿たれている。
壁は爆砕されて大穴が開き、曲がり角の壁に突き立つのは槍の群れ。
天井には雷撃で焦げた跡。剛力で切断されたコンクリートの柱。
階段の手すりは砕け、使役獣の死骸が引っ掛かって舌を垂らしていた。

闇に沈む死山血河は二階へと続いていく。
二階の廊下の奥の扉も砕かれ、破砕された扉の奥に続く部屋の照明は壊され
街の灯りと月光だけが物体の輪郭をかろうじて浮き上がらせている。

799名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:34:58
室内は惨状だった。床から壁、天井にまで刀痕が縦横無尽に刻まれていた。
室内の机は砕け、本棚は内部の本ごと両断され、床に散らばる。
紙片がまだ空中を舞い、全てに黒い斑点や飛沫。
部屋には死体の山がある。

刀を握ったまま、首から食いちぎられた男、腕を『獣化』させた男は
前進を斑に染め上げて死んでいる。
異能者であった彼らの血臭が世界を覆っている。
死者たちの骸の間に、女が立っていた。
女、加賀楓の目は自らの足下を眺めていた。

黒塗りの刃の先に血の滴がつき、楓は右手を伸ばす。
指先で机に転がっていた誰かの肉片から千切れたシャツを掴み、血を拭った。

  「…やっぱり黒社会にもレベルがあるもんですね。
  弱小組織となると門番を務める人達を考えなければダメです。
  あのダークネスと対等まで張っていた三大組織なら相手が誰であっても
  無意味な脅しはせずに殺してから考えてたでしょうね
しかも異能者はたったの二人。殺し屋は二十人足らず。
  人数に装備、話にならないですよ、よくこんな世の中で生き残れてますね」

月光と街灯りが届かない闇で、楓の赤い眼が燐光を発していた。
夜に輝く夜行性の猛獣の目のようだ。

 「なんなんだ…」

虎の顔の刺青が血塗られている。支社を任された若頭の大柄の体が
執務机の向こうの椅子で硬直している。
武闘派であり、若い頃は人斬りとして鳴らした侠客の一人。
暗闘の死線を何十回と生き延びてきた折、組長から杯を直接受けた直参。
四人の若頭の中でも一家内では次期組長最有力候補とされる大物。
それが男の人生となる筈だった。

800名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:35:46
 「なんなんだお前は……全員殺して、何が目的だ?」

自他ともに全身が肝であると認めるほど剛毅な彼が怯えている。
彼の愛刀は部屋の片隅に握った右手ごと刺さったまま。
椅子に座った男の右腕は、肘から先が消失していた。

右足は肘から先が無く、傷口はそれぞれ食い千切られ、切断され
爆砕され、溶解していた。
二種類の断面からは大量の鮮血が椅子に零れ、さらに床に滴り
黒い血の海となっていた。
普通の人間ならば痛覚だけで死に、出血多量でも死んでいる。

だが男は死なず、そして体を動かす事をしない。
まるで”見えない触手”が締め潰すように。
男の体内で恒常的に発動する謎の異能力が彼に安らかな死を与えてくれない。

赤い眼は静かに男を睨み付ける。
背後の闇に、緑色の朧な光点が点滅する。さらに青や赤、数重もの瞳が現れる。

 「まあ分からないですよね。間接的にしか関わりはないですから。
  アンタとも、そこら中で倒れてる人達もね」

801名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:36:32
楓が黒塗りの刃を振る。背後の闇に灯る光点が尾を曳いて動き
異能者である二人の遺骸へと殺到、暗闇から肉を引き千切り
骨が砕ける音、無残な咀嚼音が続く。
異能力を”喰らった後の体”でも『異獣』達にとっては力の糧になる。

若頭だった男は自らの部下が闇の生物に喰われる光景から目を逸らす。
死に瀕しながらも、楓を見つめた。

 「分かっているのか。
 こんなことをすれば一家、組織を相手にする事になる」

精一杯の虚勢を震える声で紡ぐ。

 「さらに本家の協調関係にある黒社会の組織達も黙ってない。
  お前は死ぬ、死ぬんだ!」

白蝋の顔色で侠客が叫ぶ。

 「ええ、そうですね。でも、まあ言うなればそれが目的です。
 その事実がほしかったんです」
 「何……?」
 「その餌として選ばれた悪運を恨んでくださいね」

黒塗りの刃を掲げる。背後の動きが止まる。

【門】が現れ、鎖が跳ね上がり、開かれていく。

802名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:37:19
不可思議な文字が闇から青白く発光して螺旋を彩る。
膨大な文字は日本語でも英語でもない、古代文字でもない。
文字の一つ一つがまた小さな文字で描かれており、さらにその
一つ一つが多重多層の記号となって形成していた。

闇に残る燐光が数列を作り、実体化していく。
【門】から現れた存在が天井へと伸びていき、椅子に座る男の視線が
平行から角度を上げていき、ほぼ垂直となっていた。

 「なんだ、なんなんだこれは!?」

歴戦の侠客の顔には驚愕と恐怖で目に涙が滲む。
血臭と死臭に抱かれてしまった男に、楓は小さく息を吐く。

 「こんな非道な人生を選ばなかったら、アンタもちゃんとした
  家庭をもって、子供とキャッチボールして遊んだり、奥さんの
  愛に包まれて十分な大団円を送れたでしょうに」

悲哀の表情を込めて、右手の黒塗りの刃が下ろされる。
室内の天井にまで届く影が、重力に従って降下。
鮮血が噴き上がり、男の絶叫が室内に響く。
男の絶叫と咀嚼音を背景音楽に、楓は静かに目を伏せた。

表情が、消える。
顏が左側を向き、窓の外を眺める。
商業ビルの暗い連なりの向こうに、人間が居住すると示すように
人工照明が見えた。

 「一度滅びても闇は消えずに残ってしまう。こびり付く錆びみたい。
  …本当はあの時に死ぬはずだった人達を生かしたのはどうして?
  あの人達はもっと非情で、非道だって聞いてたけど…いや、それは
  もう随分前の話か、今の人達はどうにも甘いらしい」

803名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:37:50
  きっと、この男達が死に追いやってきた数も知らないのだろう
  “里が一つ滅ぶほどの虐殺を目論んだ組織”の下っ端達だが、同罪だ。
  同じ道を志した時点で、既に結末は選ばれていた。

楓の表情が崩れたかと思うと、大粒の涙が流れる。
天井を見上げて堪えようとするが、数滴が頬に落ちていく。
室内に響く若頭だった男の悲鳴は絶えていた。
彼がいた場所には闇色の塊が蠢き、物体が振り向いた。
緑や赤や青の眼の光点が、楓を見つめていた。

明らかに敵意、そして食欲と殺意。楓も赤い瞳で睨み付ける。

 「加賀さん、大丈夫ですか?」

レイナは左手を伸ばし、楓の持つ黒塗りの刃に触れた。
苦鳴。
光点の群れは、哀しい叫びと共に即座に分解されていく。
黒い物体から伸びた青白い燐光の文字が、【門】の鎖に
繋げられ、吸引されていった。

絶叫に嗚咽もまた分解され、鎖へと吸われていく。
猛風のように吸引され、あとには何も残らない。
【門】が自動的に閉じられ、鎖の捕縛の内に錠前が復活し、閉じられた。
眠るように目が閉じられ、存在は消えた。

804名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:38:21
静謐。
楓とレイナの横顔を遠い灯りが染めていた。

 「離してくれる?」
 「あ、へへ、ごめんなさい」

素直に手を離し、レイナは笑った。楓は目を逸らして鞘に刃を収める。
楓の眼は、人間味の帯びた黒い瞳へと戻っていた。
薄桃に赤らめる瞼を見せたくなくて振り返らずに言葉を漏らす。

 「それで、どうしたの?」
 「はい。全部”食べました”。証拠隠滅って、意外と大変ですね」
 「数が数だけに足跡を辿られても面倒くさいから。
  まあ……今度相手にするヤツはもっと面倒だろうけど。
  多分その証拠隠滅すら手掛かりにして来るだろうし」
 「能力者って面白いですね。私達とよく似てる人も居ましたし」
 「……それ、嫌味?」
 「いえ、あの、そういう意味ではなかったんです。ごめんなさい」

素直に謝罪するレイナだが、振り返る楓は明らかに怒っていた。
何かを言わなければとレイナは口を紡ぐ。

 「大丈夫ですよ加賀さんなら、もうチカラを意のままに操ってる。
  それなら今度こそできますよ、復讐を」
 「……当たり前じゃない。手伝ってもらうからね、レイナ。
  元々アンタや、あのバケモノのせいなんだから」
 「はい。私達は元々、そういう契約ですから」

805名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:39:39
『異獣』は異能力を得る代わりに、召喚士のチカラとなる事。

至極当然で、単純明快な契約である。
レイナは人型であると同時に、異獣召喚士が呼び出せる九十九の
異獣を使役する【門】の仲介人、百体目の人形異獣である。

レイナが依存する人間の女は随分前に自身が使役していた
異獣に誤って取り込まれてしまい、命を落としたという。
その彼女を楓が召喚した事で現世に戻ってきたが、中身は別物だ。

生前の年齢を考えると同年代だが、彼女と心を通わせる事はないだろう。
この先を考えても有り得ない。
彼女はただのバケモノであり、そして。

 ある目的を達成すれば、再び【門】に封じ込める。
 それまでの道具に過ぎない。

自身を取り戻す様に表情を引き締める。

 「とりあえず、しばらくこの地区の近くに居る。
  警察すらこの四区には無暗に近づかないらしいから。
  多分遭遇するなら……ここの親分でしょうね」
 「加賀さん、楽しそうですね」
 「……馬鹿言わないでよ。アンタ達じゃあるまいし」

レイナの黄金の目が闇の中で隣火となって光る。
死臭と血臭の舞う空間から出ていく楓の背後で、レイナは微笑んだ。

806名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:42:15


 「甘いなあ、加賀さんは。でも大丈夫ですよ。
  私が、私達が、ちゃんと叶えてアゲマスカラネ」


壁際に倒れた割れた姿見がレイナを映し出す。
もう一人の自分がこちらを見つめていた。
悲しそうに、嬉しそうに、苦しそうに、楽しそうに。
影を忘れた闇が静かに、ただ徐々に大きく蠢いた。

807名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:45:45
>>797-806
『朱の誓約、黄金の畔 - creature in a mirror-』

今回は少し短いです。
登場人物は多い予定だったんですが次回にでも。
B.L.T.買ってもう少し二人の知識を増やさなければ。

808名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:36:43
「おい!あいつは、あいつはどこや!!」

某国民的犯罪組織の、支店。
定例の支店会議を執り行う会議室に、勢い勇んで乗り込む人物が一人。
支店トップを張る女、普段は冷静沈着で知られる彼女は珍しく声を荒げていた。
どちらかと言えばフリーダムな雰囲気を醸し出している、彼女の言う「あいつ」。支店の二番手であり、女の相棒的存在で
もある「あいつ」が支店会議をサボタージュすることなど、日常茶飯事のことのはずだが。

「あの人なら、『白菊』さんと『黒薔薇』さん、それと店の一個小隊連れて出かけましたよ。何でも、『虎狩り』に出かけ
るとかで」
「なんやと!?」

先日、支店の参謀格に収まったばかりの髪の長い、前髪を七三に分けた少女が、事実を告げる。
「虎狩り」の意味はすぐに理解できた。間違いなく先日スカウトに失敗した少女のことだ。
その言葉に、驚きよりも先に怒りを覚える。
女が焦っていたのは、嫌な予感がしていたから。スカウトをするのに、わざわざ二人の幹部と大所帯を連れてゆく必要性と
は。

「アホが!何勝手なことしとんねん!!すぐに連れ戻し!!」
「いいんですか?『ちゃぷちゃぷ』さんの面子、丸潰れですよ?」
「なっ…!」
「それに。ニーチェも言ってるじゃないですか。『人生を危険に晒せ』ってね」

参謀の言葉が、女の感情に大きくブレーキをかける。
「あいつ」の「虎狩り」が、自らの命運を賭けるほどの大事だとすれば。
表だって自分が制止するわけにはいかない。この支店は自分と彼女の二枚看板で支えているようなもの、そんなことをすれ
ば組織内のパワーバランスに関わる。個人的な感情は、嫌でも収めなければならない。

「…くそが!!」

が。苛立ちまでもがそう簡単に収まるわけもなく。
負けるわけがない。という相手に対する信頼と、自分に背を向け独断で「虎狩り」に出かけた事実が女を板挟みにする。
それでも、女は知っているのだ。相手の帰りを待つ以外に、自分のすることなどないことを。

809名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:38:03


「で。そのミツイっちゅう人が、うちを匿ってくれるって話やけど」

あまり乗り心地がいいとは言えない車の中。
助手席に座った尾形春水が、運転している野中美希に話しかける。

「その人、ほんまに信用できるん?」
「実を言うとね。私も話に聞いただけで、会ったことないんだ」
「はぁ!?」

春水が怪訝な顔をするのも無理はない。
正直、普通に考えれば美希でもそんな伝手を頼るなんてどうかしてると思ってしまうが。

「Don't warry. うちの機構がお世話になってる、ロサンゼルス市警のハイラム警部って人がいるんだけど。その人のお墨
付きの人だから。大丈夫、信頼できる人だよ」
「へえ、そうなんや」

ハイラム・ブロック。
もともと市警のいち刑事課長に過ぎなかった彼は、ロサンゼルスにて勃発したテロ事件を「解決」することで飛躍的にその
名声を高めた。そしてその確かな実力は「機構」の知るところとなり、現在に至るまで良好な協力関係を築きあげている。
ただ、「機構」が彼に接触したそもそもの目的は、彼が日本のとある能力者集団との間に持っているコネクションであった。

その能力者集団の中に、先のミツイという女性は所属していた。
かつては驚異的な予知能力の持ち主だったそうだが、今では能力を失い、能力者時代に培った経験を活かして様々な活動を
しているという。
ハイラムの知己ということもあるが、美希は彼女の名前を聞いた時、その人に委ねれば何とかなる。そんな直感に似たもの
を感じた。言うなれば、心に響く何か。まさしくそれは…

810名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:39:54
「ちょ、さっきの交差点左と違うん?」
「あれ…そうだっけ?」
「また方向音痴が炸裂かい!はぁ…うちに運転免許があったらってつくづく思うわ」

呆れ顔の春水に、美希は肩を竦めずにはいられない。
ただ、抗弁する機会があるのなら言いたい。これは決して自分のせいではないのだ。どうしようもないことなのだ。とは言
うものの。
先程の交差点スルーはまだいいほうで、気が付くと東京と真逆の方向に走っている始末。方向音痴のプロ、方向音痴の
スペシャリスト。何度春水にそんなありがたくない二つ名をつけられそうになったか。
そして、今この瞬間も。

「オー…今の路地を右に曲がらなきゃならないんだった…」
「はぁ。こら気長にいくしかないねんなあ」

「機構」所属のエージェント。それが方向音痴だなんて、と美希は気が滅入る思いなのだが。
むしろそれが春水にとっては親近感を感じる要素であることを、美希は知らない。
春水が美希について行こうと思ったのも、偏に美希の人柄のおかげでもあった。

「それにしても、ええの? 任務とやらをほっぽり出してうちに付き合っても」
「ノープロブレム。ちょうど大阪の支部に同僚がいたから、きちんと引き継ぎできたし。その、春水ちゃんを無事に東京に送
り届けるには一日でも早く動かないと、って思ったから」

車は市街地を抜け、山道に入る。
峠を越えれば、とりあえずは関西圏を抜けることになる。

811名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:41:00
「ふう。ようやく第一段階突破だね」
「ああ、誰かさんのおかげで遠回りしたけどなあ」
「もう、春水ちゃんのいじわる…今のところは追っ手もいないみたいだし、少しは気を休めることができるね」
「そうやとええねんけどな」

おそらく春水は例の怪しいナース服の二人組の事を思い出している。美希はそう踏んでいた。
大阪であれほどの実力者がいる組織と言えば、思い当たるところは一つしかない。
美希が憎む「あの組織」ではないものの、全国の要所に拠点を持つメジャーどころの支店だ。時として海外にまでその欲望
の手を伸ばす彼らは、「機構」の監視対象組織の一つに入っていた。

春水が顔を顰めるのも無理はない。何せ彼らのやり口は一言で言えば「えぐい」からだ。
彼らの見初めた逸材を手に入れるためには、手段を選ばない。それは、春水の仲間たちを見せしめに殺したように見せかけ
たことからも明らかだ。ただし、それが通じないと解れば次は騙しではなく本当に実行する。
特に。あの二人組のピンク色のほうは、仲間に迎え入れると言うよりも、むしろ弱者を甚振り楽しむような素振りすら見せ
ていた。そんな彼女が、そう易々と「おもちゃ」を手放すだろうか。

今は、そんなことを考えても仕方ない。
美希は、車をただひたすら東へ向けて走らせる。

楽しいドライブ、とはいかずとも長い道中だ。
自然と会話は互いのことについて及んでくる。

「野中ちゃんの言う機構、ってどんなとこなん?」
「うーん、そうだね…」

812名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:41:57
春水に言われ、美希は自らの所属している「機構」について説明する。
アメリカにおいて外国での諜報・諜略活動を一手に引き受ける中央情報局。その下部組織でありながらも、半ば独立した指
揮体系を保持しているのが「機構」なのだと言う。
活動内容は、中央情報局の入手した情報をもとに行動すること。特に、「能力者」と呼ばれる異能の持ち主の絡む問題に介
入・解決するのが主になっているという。

「へえ。そんなエリートさんばっかのとこに野中ちゃんの年で在籍してるなんて、凄いやん」
「いやいや、私の場合は優秀なエンジニアさんが…」

そう言いかけたところで、美希が口を噤む。
どうやら何かに気付いたらしい。
バックミラーには、車間をぴったりと付けて追走する、スモークガラスの怪しい車が。

「春水ちゃん。後ろから、不審な車が」
「…ほんまや。もしかして、あいつらじゃ」
「わからないけど、振り切ってみる」

言うや否や、アクセルを思い切り踏みつける。
凄まじい爆音とともに、車両が急発進。見る見る間に、後方の車を置き去りにしていった。
これで必死に食らいついて来るなら、ビンゴなのだが。

「何やねん。あいつら、まったく追ってけえへんやん」
「うーん、私の思い過ごしだったのかな。人気のない場所に入ればもしかしたらアプローチをかけてくるかも、って思った
んだけど」

もし彼らが未だに春水のことを諦めていないと仮定して。
仕掛けるなら、ここ。そう美希は予想していた。それは「機構」のエージェントとしての直感だった。
その直感が正しいことは、すぐに証明された。

813名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:43:00
道の真ん中に立つ、ふたつの影。
車が近づきヘッドライトが影を照らすにつれ、姿が顕になる。

二人とも、白のナース服に白黒のボーダー柄のニットコートを羽織っていた。
ニットコートは、多少の模様の違いがあり。
白が多めのほうは、鬼の形相でこちらを睨み付け。黒が多めのほうは、下卑た笑顔で迎え入れる。
いかにも対照的な二人、けれども、こちらに向けている敵意は。ひとつ。

「尾形ちゃん!しっかり掴まってて!!」

言うや否や、美希はハンドルを大きく切った。
車体をぎりぎりまで近づけ、そして横に寄せる威嚇。だが、件の二人は顔色ひとつ変えることなくその場から一歩も動かな
い。その胆力、威圧感、ただものではないと美希は判断する。

「私が先に出る。尾形ちゃんはあいつらを無視して先に行ってて!」
「はぁ?何言うてんねん!うちも戦うわっ!!」
「こっちには車がある!すぐに合流するから!!」

ここで二人で共闘した場合と、一人でこの二人を相手にした場合をシミュレート。
結果、後者を美希は選んだ。これからやろうとしていることに関しては「一人の方が」都合がいいのだ。

不承不承ながらも首を縦に振る春水を確認し、美希は運転席のドアを開け放った。

「なかなかおもろいことするやん。ま、その鉄の塊ぶつけたとこで勝ち目なんてあらへんけど」
「つまらんことしてると、死ぬぞお前」

嫌らしい表情を浮かべ挑発する黒いほうと、殺意を剥きだしにする白いほう。
それを無視し、美希は訊ねる。

814名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:44:40
「あんたたちのボスは?」
「…お前ら如きに、姉さんが出張るわけないやろ」
「そう…いいよ、春水ちゃん」

それが、ゴーサインだった。
勢いよく車から飛び出した春水が、二人の刺客のボーダーラインを越えようと駆け出してゆく。

「なっ?!」
「逃がすかい!!」

春水を阻もうと、白いほうが手を伸ばしかけた矢先のこと。
掠める、紫電。攻撃をかわした時にはもう、春水は追いつけない距離に遠のいていた。

「ちっ…とんだ邪魔が入ったわ」
「まあええやないの。二人でこいつを甚振り殺す、っちゅうのも面白そうやし」

最悪一人だけでも足止め、と考えていた美希だったが。
まさか二人ともこちらに気を向けてくれるとは。春水に追手が差し向けられないことを喜ぶべきか、それとも巻き込まれ体
質の本領発揮を恨むべきなのか。
諦めたように、ふう、と美希は息を吐く。

「何やねんお前。もう白旗上げてんのかいな」
「ううん。あなたたちなら、『これ』を見せても問題ないかな、って」

美希がかぶりを振ると同時に、それまで普段着のように見えた彼女の衣服が形を変えてゆく。
体にフィットしつつも、防御性に優れたデザイン。それでいて機動性をまるで損なっていない。深い紫色の、プロテクトス
ーツ。

815名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:45:41
「ちっ、光学迷彩…?」
「It is not necessary to tell you.(あなたたちに教える必要は無い)」

それだけ言うと、美希は全速力で黒いほうへと向かってゆく。
先程見せた「飛び道具」から、距離を取って戦うタイプと見ていた黒いほうこと「黒薔薇」は少々面食らう。

「ちょ、何でうちやねん!」
「ええやん。甘いもんばっか食うてるから少しは体動かしや」

ひとまず自らが攻撃の対象から外れていることを知り余裕の白いほうこと「白菊」。
ついてない「相方」は不服そうに頬を膨らませつつ、すぐに思考を切り替える。

美希が、一気に敵との距離を詰める。
上段への突きや蹴りを主体とした、米軍軍隊格闘術に源を発した「マーシャルアーツ」。それが美希の戦闘スタイルであった。

矢継ぎ早に繰り出される、拳や蹴り。
だが「黒薔薇」も負けてはいない。美希の迅さに対応し、雨あられの攻撃を悉く防いでいる。
やがてこのままでは埒が明かないと見た美希が間合いを大きく取った。

「何や、逃げんの…」

言いかけた「黒薔薇」が、ぎょっとする。
右手を額の辺りに翳した美希。ともすると敬礼のポーズにも見えるそれは、体中から紫の光のようなものを集め。
一直線に、空間を斬り裂いた。

816名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:46:46
同時に、再び間合いを詰めてゆく美希。
謎の光線を回避するので精一杯だった「黒薔薇」の無防備な姿、さっきのような息もつかせぬ蹴り技と手刀のコンボを食ら
えばただでは済まない。

が、そこに立ちはだかるものがいた。
二人の戦いを静観していた「白菊」であった。

「近接と飛び道具の二段構えか。せこい真似するやん」
「くっ!!」

戦況は一気に二対一の不利な流れに。
「白菊」の乱入により態勢を立て直した「黒薔薇」も攻勢に加わり、美希は一気に窮地に陥る。

「おらあっ!!」

「黒薔薇」の上段蹴りに警戒し身構える美希を、死角から「白菊」の一撃が襲う。
見た目の華奢な感じからは想像もつかないほどの、重い拳。プロテクター越しに伝わる衝撃は、美希に確実なダメージを与
えた。
後方に態勢を崩す美希に、白の刺客は追い打ちをかける。蹴り技はないものの、右から左からやって来る剛拳。これには正
面を固めて防御に徹するしかない。

このままでは…
何とか状況を打開したい美希だが。

「うちのこと、忘れてへん?」
「なっ!」

今度は「白菊」の反対側から、「黒薔薇」が。
いつの間にか拾ってきたと思しきコンクリの塊のついた鉄パイプを、何の躊躇も無く重力に任せて振り抜く。
プロテクターの範囲外である頭にそれを受けた美希は、思い切り後方へと吹っ飛んでしまった。

817名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:48:04
「相変わらずえげつない攻撃やな」
「せやかてうち非力やもん。それに、これやったら血ぃ、いっぱい見れるやろ?」

けたけたと笑いだす、「黒薔薇」。
その笑顔は狂気に染まり、さらなる惨劇を求めて美希に近づく。
しかし、インパクトの瞬間に力を逃がした美希はゆっくりと立ち上がった。
こめかみのあたりから少し流血はしているものの、大きな怪我ではないようだ。

「つまらんなあ。もっとどばっ、と血出ると思ったのに」
「生憎、鍛えてるんで」
「ま、ええわ。今からここらは血の海になるから。なあ、『白菊」」

まるで歩調を合わせるかのように。
同時に歩き出す、二人。再びの連携攻撃を予測し身構える美希だが、異変はすぐに訪れる。

「え…」

立ち上がったはずなのに、力が抜けたように膝を落としてしまう。
さっきの一撃が予想外に効いていた? 違う。これは。可能性を模索する美希に、二人の悪魔が囁く。

「なあ。こう見えてもうちらも『能力者』なんやで?」
「うちらに囲まれた時点で、自分、もうしまいやねん」
「黒き薔薇は、相手に眠りをもたらし。白き菊は相手に死をもたらす。なんてなぁ」
「寒。あの哲学マニアみたいな物言いやな。せやけどま、そういうこちゃ」

なるほど。毒ガス使いか。
美希はすぐに、相手の能力を看破する。
おそらく二人でコンビを組んでいるのは、一方の力で相手を昏睡させ、さらにその間に致死性のガスを吸い込ませ確実に亡き者
にするためだろう。しかし。

818名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:48:35
「もう遅いで? あんたはもう、一歩も動けん。うちらに嬲り殺しにされるだけや」

毒ガス中毒に陥った人間がそのことに気付いた時は、最早手遅れ。
全身の機能は失われ、死を待つのみだ。

追い込まれた美希が取ったのは、自らの身を隠すこと。
今度はプロテクトスーツだけではなく、全身ごと。

「はっ、悪あがきやな。そういうの、めっちゃむかつくねんけど」
「ええやん。どうせ遠くには逃げられん。追い詰めて甚振って殺す楽しみが増えたっちゅうことや」

手負いの兎を狙う狼が如く。
二人の狩人の目は、赤く血走っていた。

819名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:50:46


急ぎ足に、雑草が絡みつく。
だがそれほど抵抗のあるものでもない。すぐに慣れてゆくだろう。

自らが選んだとは言え、民家の明かりすら見えない山道。
だが、道はまっすぐ続いている。
何事もなければ、合流することはそう難しくないはずだ。

ふと、後ろを振り返る。
先を見通せない闇が、そこには広がっていた。
きっと、そこでは「二輪の花」が当てもない探し物をしているに違いない。

美希は、先ほどの修羅場からまんまと逃げ果せていた。
先程まで彼女がいたあの場所。恐らくは毒ガスの使い手である二人が意図的に選んだ窪地だったのだろうが。
それが逆に、美希にこれとない好条件を与えていたことを彼女たちは知らない。

空気調律。
それが、美希の能力だった。
自分の周囲の空間の、温度、湿度、空気の流れを自在に操る力。
美希の纏っていたプロテクトスーツを隠したのも、空気中の静電気を集めて電磁砲を放ったのも、この空気調律のおかげである。
そして。

自らを取り巻く毒ガスを、通常の空気と置き換える。
さらには領域内にいる対象の空間認識を狂わせ、ちょっとした方向音痴状態に陥らせる。
毒ガス自体の毒性は、深く吸い込まなければ日ごろその手の訓練を受けている美希にとっては、大きな問題ではなかった。

「黒薔薇」と「白菊」はまんまと美希の能力に翻弄され、そして逃がしてしまったのだ。
美希は改めて、自らの能力とそれを増強させてくれるプロテクトスーツの存在に感謝する。

820名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:52:06
彼女の纏っているプロテクトスーツ。
「機構」に属するとある技術者が、美希のためにカスタマイズしてくれた一品ものであった。
その技術者の唯一無二と言っても過言では無い技術力によってスーツは生み出され、美希の「空気調律」能力は美希のポテンシ
ャルを最大限に引き出すことに成功した。元々能力についてはそこまで秀でていなかった美希が「機構」指折りの使い手にまで
上り詰めることができたのは、スーツのおかげだと美希は重々承知している。

ただ、その技術者は不幸な事故により、もうこの世にはいない。
だから、何らかのアクシデントでスーツが壊れてしまった場合。もう新しいスーツは作られない。それが意味するところを、美
希は知っていた。いつか、いつの日か。その日がやって来ることを。

山道を、ひたすら奥へと進んでゆく。
二人の刺客を巻くためには車を捨てざるを得なかった。ただ、春水と合流した後に麓の町で調達すれば何の問題も無い。
ひたすら続く、一本道。その形状が方向音痴な美希にはありがたい。そもそもその方向音痴も、美希が「空気調律」の能力者で
あることから起因しているものだのだが。

少し歩けば、春水とすぐに合流できるはず。そう美希は予測を立てていた。
しかし、歩けど歩けど春水の姿は見えない。それどころか、奥に進めば進むほど例えようのない嫌な予感が美希を襲っていた。
まさか。そう思った時に、鼻をつく臭い。

何かが、焦げたような異臭。
そして。荒らされた地面。激しい戦闘が行われた痕跡に違いない。
足跡は、引き摺られるように奥へと続いている。

まさか、あの二人はただの囮!?

運ぶ足が、必然的に速くなってゆく。
春水の身が危ない。美希の推測通り「白菊」「黒薔薇」の二人組が囮ならば、春水を待ち受けているのは。
全速力になってすぐに、正面の暗闇が紅く輝く。ほんの、一瞬の瞬き。それでも、美希にはそれが春水の放つ炎であることは
理解できた。

821名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:53:35
光源が近づくにつれ、瞬きの間隔は広がってゆく。
まずい。早く辿り着かないと!! 必死の思いで、肺を絞るように駆ける美希が見たものは。

「あれ、ずいぶん早かったなあ」

最初に見た時と同じ、柔らかな笑み。
暖かく、そして甘いミルクティーのようなその表情。そしてそれとは反比例するような、瞳の色の冷たさ。

「もうちょっと遅かったら、こいつに『とどめ』のちゃぷちゃぷやったんやけど」

ピンク色の看護服に身を包んだ女の、足元には。
文字通り血に沈んだ、春水の姿があった。

「春水ちゃん!!!!」
「く…来るな…や…あん…たは、逃げ」

喘ぐように言葉を出そうとする春水、しかしその頭を女が無情に踏みつけた。

「こいつが悪いんやで。『あの子』に届こうなんて、身の程知らずのことをするから」
「今すぐ!!春水ちゃんを離しなさい!!!!」
「ま、楽しい殺人ショーや。ギャラリーが一人くらいおっても、ええかな」

美希の言葉などまるで届いていないとばかりに、懐から数本のナイフを取り出す女。
女の能力は、「磁化」。磁石化された春水の体にナイフが落とされたら。磁力の力で深くえぐり込まれるナイフ。飛び散る鮮血。
そのヴィジョンは。美希の感情を激しく昂ぶらせる。

「Free her(彼女を離せ!!)!!」

走る紫の電撃。
空を裂く勢いの光線に、思わず後ずさる女。

「…死体が、一つから二つに増えるだけ。そう、思わへん?」

女の笑顔が、消える。
瞳の色と。体を流れる液体同様に冷たく、感情のない顔。
流れ込む悪意と殺気に、思わず美希は身を震わす。
だが、ここで退くことは、春水の死を意味する。
「機構」きってのエージェントである美希でも経験したことの無い、修羅場が今、幕を開けようとしていた。

822名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:56:30
>>808-821
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「煌めく、光」 
後編はまたのきかいに

今日は狼には転載できなさそうです
代理していただけると爻、とってもうれしいですw

823名無しリゾナント:2017/01/29(日) 19:05:19
転載行ってきます

824名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:28:13
 では あとの事はお願いします 生田さん
 すみません 同じサブリーダーなのに私が先だなんて
 もしも薬の効果が中途半端に切れてでもした時は生田さんの
 チカラでしか抑える事は難しいと思って…
 や 大丈夫ですよ なんならレアでもミディアムでも…
 ごめんなさいごめんなさい冗談ですひぃ 本気で焼かないでっ
 ……でも本当に お願いしますね “次の私とも”それなりに
 接してあげてください ではまた


連続殺人犯は短命だ。
何故なら最後には逮捕されるか、精神が崩壊して自殺する事が多い。
多いとはいえ、結果が分かっている場合だけで、ほとんどの事件に
倣えばほとんどは未解決のものとして過去に流れていく。

カウンターの上に接続されたパソコンの画面を見て、春菜は顎に手を、肘をつく。
喫茶店内の窓を横切るのは通勤する背広姿や学生。
『リゾナント』のある十四区より東にある第十八区、十九区は全年齢共通の
教育機関が設置してあり、第二十区は新暦を迎える以前に設立された
ベンチャー企業群が連なり、今では二十三区まで拡大している。

二年前の日本壊滅から、二年の歳月で他国の支援を得ながら
システム機能を少しずつだが回復の兆しを見せている。
本来東京が存在した地域に新たに設立した共同復興都市『TOKYO CITY』
その裏ではリゾナンターの志に賛同した後方支援部隊の活躍による所が
大きいという話だが、彼らはその姿を見せずに未だに行方をくらましている。
今でも各地区でひっそりと活動しているらしいが、真意は不明のまま。

825名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:30:10
朝早くからの経理手続きや仕出しの手配を終えて、春菜はネットによる
各地区の動向を探っていた。主に掲示板やチャットだが、馬鹿には出来ない。
壊滅した後の日本であっても、ネットに依存してきた月日を考えれば
こんな便利なシステムを簡単に手放す訳がない。

“隠れ蓑”である喫茶『リゾナント』での情報収集力は先代から受け継いだ
ネットワーク網を介してであり、信頼する”情報屋”よりもその性能は
良くないが、見過ごせないものも確かに文字として、事実として映る。

 『また第七区で殺人事件だってよ』
 『あそこは珍しくないじゃないか。あそこは黒社会の入り口。
  ま、昔宗教集団が起こしたバイオテロ事件の方がよっぽど凄いけどな』
 『生体実験もしてたってホントかな?ドンが酔狂してたって』
 『どんだけ地球嫌いだよ』
 『国一つ沈めようとしてた奴らがなんで西を牛耳ってるんだ?』
 『詳しい事は未だに政府が黙ってるから分かんねえよなあ。
 誰が黙らしたのかも知らねえし』
 『お前らまたその話してんの?何スレ立てたと思ってんだ。
 『半年頑張ったけど結論でなかった悪夢再来』
 『残り火がなにしようが東に来なきゃどうでもいい』
 『二十二区はヤクザの頭が背負ってるって話だぜ』
 『マジかよ。俺の兄貴が働いてんだけど』
 『兄貴カワイソス。転職勧めてやれよ』
 『お前ら誰か乗り込んで来い』
 『指名手配犯にもならねえから野放し状態』
 『法律なんてそんなもんだよな。日本壊滅フラグキター?』

 来させないっつーの

春菜はため息を吐きながらパソコンを閉じた。
関心や興味のない者達が集まった所で真実には辿り着かない。
だが不幸の味は蜜の味。
楽しみを失った人間は卑下する為に満たされようとする。

826名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:31:28
情報を与えるのは楽だが、不幸を撒く行為だけはしたくない。
こうして網に引っ掛かるだけの魚で居てくれた方が良い事もある。
そこまで考えて、苦笑した。

自分も同じじゃないか、春菜の鼻孔にコーヒーの香りが刺激する。

 「またそんなの見てんの?」
 「情報を集めるには一番効率いいんだよ」
 「ガセも多いけどね。あまり真に受けないことが吉よ」
 「占いでも始めた?」
 「一回千円」
 「地味に現実的な金額ね」

亜祐美がカウンターの椅子に腰を下ろし、マグカップを傾けた。
凛々しい眉に瞳は狼と悪戯っ子が同居した様な印象を受けさせる。
受け取ったマグカップのコーヒーは砂糖入りで甘みがあった。

 「でも学生生活の時ってさ、周りの情報だけが頼りだった所ない?」
 「ああうん、分からない事もないけど」
 「今も平行線な気がするんだよね。
友達や街の人達に気持ち悪いやつだと思われない様に、とか。
  明るく楽しい人を演じて、空気を維持したり、とか。
  将来の夢の心配とか、家族事情も空気を読まない話にしない様に、とか。
  あ、言っとくと私じゃないからね。周りがそうだったって事だから」
 「でもリゾナンターになったのも学生の頃だしさ、よくもったなって思わない?」
 「今思い出すとね、目標があったからだと思うよ」

827名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:32:24
 他人を虐待する学生は相対的に目標が遠ざかる。
 何も目標がなくて日々が退屈な獣たちが強制的に詰められた檻では
 生き残るための共食いが行われるからだ。
 
 「社会人になってみて分かったのは、学生時代とは比べものに
  ならないぐらいの我慢大会がそこら中で行われてるって事。
  …どこかの親が女の子一人での外出に何も言わない事と同じ。
  親としては成績が上がって進学実績を出してもらえるか、芸能界でも
  入って自立してもらえればどうでも良かったのかもね。
  でも、今は感謝してるみたい」

過剰な干渉を見せずにやりたい事をさせてもらっている。
知識や精神を、好き嫌いを洗脳されなかった事でこうして生きている。
それがきっと相対的に得られたこその祝福だと思った。

 「あれ、なんか私達、らしくない事話してる?」
 「今更かよっ。……私もなんか軽く語っちゃってた気がする。
  はは、ここ最近昔とか思い出さなかったのに、なんでだろ」

グイッとマグカップの中身を飲み干し、春菜は背伸びをした。
その顔は少しぎこちない。落ち着かない様に髪を掻き下げる。

だがそれも無駄だと理解したように、春菜は笑った。

828名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:34:11
 「ま、いっか。そういう時もあるよ。でもさービックリしたよね」

  鞘師さんが外国留学して一年、鈴木さんが福祉関係の仕事がしたいって言って
  もう半年が経つんだよ。早いもんだね。

 「最近はあんまり連絡来ないけど、忙しいんだろうし気長に
  待ってようかと思って。今頃なにしてるんだろうね二人」
 「外国かあ。遠いね」
 「でも、元気にしてるだろうから心配いらないでしょ」
 「心配は全然してないけどね、まーちゃんが最近よく気にしてるから」
 「まーちゃん、もう熱は引いた?ごめんね、私もお見舞い
  行きたいんだけど……」
 「何言ってんの、マスター代理なのに風邪で寝込んでる子の
 お見舞いなんてリスク高過ぎだから」
 「じゃあ、今回も何か持ってってあげてくれる?」
 「そのために来たのを今思い出したわ、ご馳走様」
 「今日は何を持っていく気?」
 「そうね、軽いものっていったらやっぱりパン?」
 「パン好きだねー」
 「お母さんが好きだったのものだからねーま、あれほど
  美味くはないけど、食べれないことは無いから全然」
 「あ、昨日のおかずの残りあるからお惣菜パンにする?」
 「なんでも持ってきて、挟めば全部惣菜パンだから」
 「雑だな〜」

それぞれマグカップを持ちながら厨房へ入ろうとすると
カウンターに置かれていた春菜の携帯に着信が入る。

829名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:34:44
 「あゆみん、ちょっと画面見てくれる?」
 「え?いいの?」
 「いいよ。その携帯は殆どメンバーだけだから」
 「じゃあ全然見るけど、えーと………あ、どぅーだ」
 「出てあげて。今冷蔵庫開けてるから」


工藤遥は第十五地区のマンション群で佐藤優樹、小田さくらと共に
過ごしている筈だが、何かあったのだろうか。
今から会いに行くのだからどんな惣菜がいいか聞いた方が良いだろう。

 「あ、どぅー?今はるなん手が離せないのよ。
  うん、今ちょっとお店に寄ってんの、ねえ差し入れにさ
  パンにしようかと思ってるんだけど中身とか…え?
  うん、うん……………え?尾形と野中が、居なくなったあ?」

春菜が厨房から顔を出し、その表情には困惑が浮かぶ。
亜祐美の表情は強張り、指示を出すと慌てたように電話を切った。

 「二人が昨日から帰って来てないって」
 「昨日!?なんですぐに言わなかったのよ…」
 「とにかく話を聞きに行こう、あ、生田さんにも連絡しないと」

第十六区に居る生田衣梨奈への連絡はすぐに繋がった。
用意していた材料を再び冷蔵庫に入れて裏口から外へ出る。

二人が走り出す姿の背後に静かに佇み、蠢く闇はすぐに消えた。

830名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:36:55
怪しいと感じたのはその錠剤の形状、色、そして匂い。
全てにおいて小田さくらはその薬がどんなものかを知っている。
ダークネスが幼い子供達を”手懐ける為”に開発したものであり
さくらや牧野真莉愛、羽賀朱音は効果を試薬された被験体だった。

 精神系異能者の手によって精神を支配、干渉する為の
 微細な成分が調合してあり、それによりまだ
 異能の制御が甘い子供達に何度も服用させては”洗脳”して
 都合のいい実験体を作り出していた。
 依存症はないが副作用による精神異常を来す者も多かった。
 だが稀に、異能として発現する者が居たのも事実だ。
 真莉愛のようなドーパミンにも似た『覚醒物質』を与える事に特化したり
 朱音のように痛覚を遮断する『制御法』を会得する者も居た。

真莉愛と朱音は精神的にも不安定な部分が多々あったり、身体的な
発達にも影響を与えていたが、今では落ち着きつつある。

そういえば一人、不可思議な女の子が居た。
他の子供とは違い、まるで”自分の意志でそこに立っている”とでも言う様な。
『鏡使い』と言っていたが、そのチカラは念動力のようで。
発火能力のようで。風使いのようで。水使いのようで。発電能力のよう。
多種多彩が混じり合って朱色から黒へ変換されていくような。

決して混じり合えないもの。
不気味な気配と共に佇んでいた彼女の隣に微かに見えた”穴”。
あれは一体何だったのか。もう一度再会した時に聞いてみたいと思っていた。

831名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:37:38
―――どうして今こんな事を思い出しているのだろう。
これに頼る”時”を迎えたからなのか、胸騒ぎが、止まらない。
錠剤をケースに入れる。処分する事を決めかねていると。

 「お団子ー入るよー」
 「それは入る前に言うセリフですよ佐藤さん。開けるのと同時じゃ意味ないです」

振り返ると同時に机の引き出しにケースをしまい込む。

 「はいはい。よいしょっと」
 「ちょ、当たり前みたいに布団の上に、しわが出来ちゃうから…。
  そういえば佐藤さん。工藤さんが熱冷ましの薬に飲んでないの怒ってましたよ」
 「お団子が飲んどいて」
 「それじゃ意味がないので。フォローするのも限度があるんで」
 「むー!てかもう前の前の日に治ったって言ったのに!」
 「ちゃんと処方してもらったんですから全部飲まなきゃ。
  ていうかこんな所でのんびりしてていいんですか?」

さくらが人差し指で扉を示す。黒い影が覗いていたかと思うと
おどろおどろしく片目を黒髪で隠し、揺れた言葉が響き渡る。

 「まーーーちゃーーーんーーー?」
 「脱出!」
 「小田ちゃん!」

フィンガースナップ。『時間操作』により巻き戻された佐藤優樹の
『瞬間移動』は簡単に容易に妨害されてしまった。
一瞬何が起こったのか理解できなかったが、瞬時に佐藤の睨みが
小田を射抜くが、見て見ぬ振りをする。

832名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:39:07
 「逃げんな!ぶり返したらまーちゃんが苦しいんだぞ?」
 「もう治ったってば!熱だって計ったら問題なかったし!
  どぅーの作ったあんまり美味しくないご飯だって食べれるしーっ」
 「はあー?まーちゃんだって同じようなもんだろ」
 「ちょっと佐藤さんやめ、ベットで飛ばないでー!」

優樹はこの二週間、寝込んでいた。絶対安静で。
肺炎によって気管に炎症を患っていた為、喋る事も困難だったほどだ。
病院で入院する事も考えたが、優樹が家に帰りたいと愚図ったのを
考慮してもらい、自宅療養してつい先日、ここまで回復したという訳である。

それぞれは部屋を設けてもらい、実質ルームシェアという形で
マンションを居住区としている。ちなみに隣部屋は春菜と亜祐美が共有している。

 「でも私の記憶違いでないなら、佐藤さん泣きながら工藤さんのご飯食べてましたよね」
 「美味しくなかったから泣いたの!責任とってよね!」
 「じゃあまたご飯作ってやるよ」
 「それはもう良い!てか何言っちゃってんの?なんで居るの?」
 「ここ私の部屋ですよ佐藤さん」
 「今どぅーと喋ってんの!だーさくだかさくらんぼーだか知らないけどあゆみんと言い合ってな」
 「ここに居ない人をディスるのやめなよ。
  …別にご飯のうまいマズイはいいんだって、自分でもよく分かってるから。
  でもやらなきゃいけない事はちゃんとやらなきゃダメだって事が言いたいのハルは。
  いつかもっとヒドい怪我や病気になるかもしれないんだぞ?」
 「そうですよ佐藤さん。工藤さんの言いたいことも分かりますよね?」
 「……わぁかったよぉー」

渋々だが最後には理解してくれる。
愚図ると分かっているから遥もさくらも始終の事柄に大きな声は上げない。
猫型のクッションに当て付けるように掌を振り上げてるのは気が気じゃないが。

833名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:39:50
 「じゃあ今日はまーちゃんが食べたいもの食べようぜ。何がいい?出前?」
 「別になんでもいー」
 「それが一番困るんだけど、何もないならまたハルの美味しくないご飯だからな」
 「別にいーよ……それで。まさも手伝うから」
 「じゃ、じゃあちゃんと美味しくなるように味見してよ?」
 「…しょーがないなあ。ホントに手間のかかる子だよ」
 「でかい顔できるのも今のうちだからな。まーちゃんの味見で
  美味いかマズイか変わるんだぞ」
 「じゃあやんなーい」
 「じゃ、まーちゃんだけ朝ご飯はおあずけだな」
 「…どぅーなんてだいっきらいっ」

結局は優樹の嫉妬心による所が大きいのだが、その心が向う先は
彼女への愛深きものなのも周知の事実である。
目の前で揉め合う二人を背後に皺の寄ったベットと暴れた拍子に落ちたぬいぐるみ。

 「あのー痴話喧嘩なら片付けてから始めてもらってもいいですか?」

朝食を済ませた後のブレイクタイム。
昼には亜祐美が様子を見に来るという事で何が言いかと思案していた。
玄関のチャイムが訪問者を告げる。

 「石田さん、じゃないですよね。いくらなんでも」
 「どぅー出番だよ」
 「粗いなあ」

834名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:40:43
優樹に背中を叩かれ、遥はリビングの扉に視線を向ける。
『千里眼』の発動に暖色の煌めきとピーナッツ型に瞳孔が変形。
視覚的物質無効化と透視で玄関先に立つ誰かを視た。
同時に呆れたような、困惑した顔を見せる。

 「まりあが号泣して立ってんだけど、どうする?」
 「そのままにしたらご近所に怪しまれます」
 「だよなあ、ちょっと出てくる」

遥が扉を開けたと同時に牧野真莉愛の泣き声と慰める声が辺りに響く。
リビングに遥に肩を支えられた真莉愛と背後から羽賀朱音が顔を出す。
今日は休校のはずだが、朱音と真莉愛は制服姿だった。

 「まりあのせいでーっまりあのせいでーっ」
 「ちょっと落ち着きなよまりあ。ほらティッシュ。お茶飲みな?」
 「うぅ、ぐ、あい……」
 「どこの泣き上戸のじっちゃんだよ…何があったのさあかねちん」
 「その、簡単に言うとはーちんと野中ちゃんが行方不明なんですよね」
 「はぁっ?いつから?朝?」
 「昨日の夕方から……」
 「昨日!?なんでもっと早く連絡しないんだよ」
 「確かあかねちんは書道の合宿に行ってたんだっけ」
 「はい。帰ってきたらまりあちゃんが居なくて、そしたら
  こんな状態で帰って来てどうしようと思ってここに」
 「お前まで行方知らずになってんじゃないよーもー」

835名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:43:00
 「う、気がついたら菜園場で寝てました。ごめんちゃいまりあ」
 「そこで茶化さない。菜園場って里山?」
 「違います。学校の、お茶畑でずっと摘んでました」
 「え、まりあも合宿か何かだったの?」
 「いえ、部屋に居ても落ち着かないし、探しに行っても誰も居ないし。
  作業してたおばちゃん達のお手伝いを。昨日と合わせて40キロも摘んじゃいました」
 「記録更新してるし、てか一人でそんな事してたんだ…いや違くて。
  で、で。それがなんでまりあのせいになるの?」
 「昨日菜園場に向かう途中で二人に会ったんです。先に帰ったはずなんです。
  なのに連絡がつかないし、あかねちんも居ないし、工藤さん達に
  迷惑かけたくなかったし、怒られる前に見つけようと思って…」
 「まりあ…でもお茶摘んだのね」
 「うう、他にもたくさん収穫してから大変そうでつい…」
 「まりあさあ……あ?」
 「牧野、顔を上げて」
 「うえ?ぅぷ……」

遥の声を遮る声に真莉愛が顔を上げると、優樹がタオルを彼女の顔に押し付けて拭った。
拭い終えると頬を引っ張って、ジッと視線を交える。

 「いたいれふ、さおうはん」
 「泣き止まないとこの十倍の力で引っ張るよ」
 「ほめんなはひほめんなは」
 「牧野が本気なのは分かった。探すよ、一から」
 「……はい」
 「まりまーでしょ!」
 「はいっ、はいっ!佐藤さん!ついて行きます!」

真莉愛の泣き顔にそれだけを言って、優樹は頬を離した。
さくらと遥に視線を向けると、パンッ、と両手で乾いた音を鳴らす。

836名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:43:40
 「って事でそっこーで探したいんだけど、これ以上なんかある?」
 「……ま、その通りだな、はるなんに連絡してくる」
 「あかねちん、とりあえず着替えてきな」
 「あ、はい。まりあちゃんの服も持ってきます」
 「まりあももう泣かないの。お腹すいてる?おはぎ食べる?」
 「あ、え、い、頂きます…」

さくらに差し出された市販のおはぎを無表情のまま食べ続ける真莉愛の背後で
脱衣所の洗濯機にタオルを投げる優樹にさくらが声を掛ける。

 「ありがとうございます佐藤さん。空気変えてくれたんですよね?」
 「落ち着かないんだよーああいうジメジメしたの。
  雨降ったみたいに気持ち悪いの嫌いなんだよね、外で遊べないし」
 「なら晴れてる内に探しましょうか。今日で見つかりますかね」
 「見つかるまで探せばいーんだよ。どぅーにも言っといて。
  あ、やっぱいいわ、まさが言うから言わないで」
 「分かりました」

記憶の差異はあるが、優樹の根本的にある起因は変わらないようだ。

 「なに笑ってんの。さっさと準備っ」
 「佐藤さんもしなきゃダメですよ」
 「今しに行くんだよーだ!」

試薬を作るのにどれだけの異能者が関わり、被験者が居たかは分からない。
だが製作者の中で一人でも「子供達に救いを」と願ってくれていたなら
例え重い罪でも微笑んで許してしまっただろうか。

考えて、さくらは静かに苦笑した。

837名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:44:35
街角の大画面では報道が流れている。
報道官は三日前の興業支社襲撃事件を都内で第一事件と報道していた。
二十七人が殺された事件に住民が不安がっている。
街を行く人々は「最近は物騒になった」と言っては娯楽として消費するか
そもそも無関係だという顔で歩いていく。
第十区から西側の映像も放送されていた。
街宣車が通り、道を行く人々のうち何人かは息を飲む。
車体には興業の名前や愛国の文字が並び、それは組織が復讐に
動き出した事を示していた。
強化ガラスの窓の向こうの運転手は血走った目で街を見渡している。
助手席の男の顔には歪な傷跡が無数にある、カタギの顔ではないだろう。

ああ、戦いは終わりを知らずにまた始まるのだろう。

陰惨な事件は解決しようとする人間、聞いて知った人間を蝕む。
普通の人が信じる平和で、秩序によって整頓された世界をそのまま信じてほしい。
西側も別の意味でも秩序であるならそれを信じてほしい。

けれど信じるだけじゃどうにもならない事も世の中にはある。

 「おはようございます生田さん。朝から運動なんて精がでますね」
 「おはよう。どう?情報屋の端くれになってみて」
 「日々勉強中です、あ、オムライスご馳走様でした。
  クールなのに優しい二面性がやっぱカッコいいですね」
 「素直に受け取っとくよ。で、事件の情報とかある?」
 「十区から凄い騒ぎですよ。第七区は警察の車で侵入禁止になってます」

838名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:45:21
警察官の群れは殺気だって武装する男たちを制止する。
組織の上層部たちが入れろと言えば、警察官は入れられないという
問答を繰り返していた。

 「救急隊によればそれはもう見るもたえない人達が倒れてて
  原型を留めてないものは袋に詰めなきゃいけなかったそうですよ」
 「そんな細かくはいいから、帰ったらご飯食べてんくなる」
 「まあ簡潔に言えば、その会社を取り締まっていた若頭と共に全滅。
  見た人の中には縋りついて泣いてる人も居たみたいで。
  やり方は強引でしたけど、人柄と人望は厚かったようですね」
 「情報屋の知識を借りるとして、犯人は複数?」
 「一人です」
 「根拠は?」
 「玄関や壁には組織に所属していた人の痕跡しかありません。
  爆弾跡や弾痕、扉を破壊したのは車を使った可能性もありますが
  それにしては襲撃の目的は一人に絞っていたと考えます」
 「監視カメラの映像とか写真はないの?」
 「死体の写真なら大量にありますけど」
 「分かった。何かあったら連絡してよ。てか心強いね」
 「やー耐性って怖いですね。憧れの生田さんとお話が出来て良かったです」

帽子を深く被り、”情報屋”は人混みへと消えていった。
生田衣梨奈は鬱陶しいとでも言わんばかりに空を見上げて髪を掻き
居住区へ帰る道のりを走っていく。

帰って来て早々冷蔵庫からペットボトルを取り出して部屋に入る。

839名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:46:19
衣梨奈はベットの端に背を預けて静かにため息を吐いた。
布団に丸まって眠り続ける彼女に目を落とす。
外に散らされた黒髪に衣梨奈がしなやかに伸び、後頭部を撫でる。
呻くと彼女は態勢を変えたのか、また寝息が聞こえた。頭を軽く叩く。

 「そろそろ起きんかい」
 「んー」
 「顔洗ってくるけん、はよ起きんとご飯食べるよ」
 「んー」
 「もうしらーん」
 「んーっ」

窓から差し込む朝の光が洗面所に満ちていた。
手摺りにかけられているタオルで洗った顔を拭き、戻す。
正面、洗面所の鏡に自らの顔が映り、茶髪に黒い目の整った輪郭が見える。
いつも浮かべている皮肉な笑みも今はどこか遠い。

 「えりぽんいい?」
 「ええよ」

洗面所の扉が開けられ、譜久村聖が顔を覗かせる。
赤いフレームの眼鏡が僅かに歪んでいた。
長い黒髪の下にある黒い目がまだ眠いと訴えかけてくるが、挨拶する。

 「おはよ」
 「おはよ……あーやっちゃった。今日あそこのスーパーで
  卵の特売日だったのに、あゆみちゃんに怒られる」
 「いくら安かったと?」
 「五十円。ここから近いから買っておくねって言ったの。
  えりぽんに頼めばよかった…」

840名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:47:45
 「えりそこまで散歩で歩いてきたけん」
 「うー、あ、だからお風呂入ってたんだ」
 「汗だくなの嫌やもん」
 「お昼どうしよっか、お店にでも行く?」
 「顔見せに行けると?」
 「うん。これ以上休んでもられないからね」
 「じゃあお風呂入り。準備しとくけん」

譜久村聖も優樹と同様に高熱で倒れていた。

二週間という長い期間で運動も出来ずに窮屈な生活を送っていたが
今では表情にも明るみを取り戻している。
聖に変わり喫茶『リゾナント』は春菜と亜祐美に任せていた。
調理に携わっていた二人だからこそ心配はしていないが
常連客からの声もあってそろそろ復帰しても良い頃合いだろう。

ドライヤーで髪を乾かし、ヘアブラシで整えて髪を結える。
衣梨奈の手で彼女の髪には艶が戻っていく。
お風呂から上がってきた聖からは眠気が消えていた。

 「はーなんか、こんなに休んだの初めてかも。
  寝すぎて体が痛い。里保ちゃんよくこんなに寝てたよね。
  香音ちゃんがいつも雑な起こし方してたなあ」
 「みずきがずっと騒いでるのと一緒やろ」
 「優樹ちゃん達よりはまったりしてると思うんだけど。あ、優樹ちゃんも大丈夫?」

841名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:48:37
 「熱があっても暴れ回ってたみたいやから心配ないよ」
 「いやいや、そっちの方が心配だよ。皆ちゃんと寝かせてあげて。
  他にも何かあった?テレビとか見てないから外の事全然分かんないや」
 「あると言えばあるけど、聞きたい?」
 「聞きたい。え、聞いちゃダメなの?」
 「西の方で殺人事件が起きたと」

目の色が、変わる。安堵。彼女の色が戻ってきた。
泣き腫らして濁りきった目ではなく、リゾナンターのリーダーとして
意志を込めた目で衣梨奈を見据える。

概要を話し終えると、録画しておいたニュースなどに全て目を通して
残しておいた新聞の記事を読み、一息入れる。

 「久しぶりだね。こんなに大きい事件」
 「情報屋によると犯人は一人じゃないかっていう話」
 「一人…?これだけ一人で出来るものなの?」
 「知らん。でも出来んことはないやろ……能力者なら」
 「そっか……よし、頑張ろうか」

受け入れる。聖は記事をまとめながら自分を奮い立たせる。
“記憶の予定調和を越えた”のだ。

 「すっきりしとおね」
 「ん?うん、なんかね爽やかなの。よく寝たからかな」
 「凶悪犯やけど、もしもの時はどうすると?」

842名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:49:23
 「道重さんの決めた心を変えることはしないよ。
  絶対に死なせない。死んで終わりになんてさせない。
  たとえ重い罪でも絶対に生きて償わせる」
 「じゃ、その為にえり達も頑張るよ」
 「頼むね」
 「出来るだけやけどね。やる事はやるよえり」
 「努力努力」

握手を促され、衣梨奈は握り返す。
その時、衣梨奈の携帯に着信が入る。二件の通知。
一件は工藤遥から。もう一件は情報屋からの依頼だった。

 ―――そういえば どうして生田さんじゃなく私が?
 新垣さんなら生田さんの方が…………ああ なるほど
 うまくダシに使われた訳ですね……ふふ 大丈夫ですよ分かってます
 はあ そうですね前向きに行きましょう何事にも
 覚えてなくても覚えてることがあるならそれでいいですよね
 だって、まーちゃん達とまた話せるのが楽しみで仕方がないですもん

843名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:54:28
>>824-842
『朱の誓約、黄金の畔 - Forget about me -』

ラジオでカップリングの話があったようで興味深かったです。
ひなフェスの最終日に横山玲奈ちゃんがソロで歌うというのを聞いて
生で聞いてみたかった…。

844名無しリゾナント:2017/02/07(火) 04:00:39
『転載について』※ここは投下しないでください。

今回だいぶレスが長いのでどこかで半分にして投下してくださるととっても嬉しいです。
どうしても日常描写が欲しくてほぼ全員分書いたらとんでもない事に…。
二度とこういう無茶な事はしないようにしますので……。

845名無しリゾナント:2017/02/07(火) 04:04:44
あ、また微妙に誤字がorz

846名無しリゾナント:2017/02/08(水) 18:56:06
転載行ってきます

847名無しリゾナント:2017/02/08(水) 19:07:00
>>824-829
取り敢えず前編って事で転載済

848名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:01:17
第七区より西側はもはや闇の吹き溜まりだ。
表面はそうではないが、裏面を見ればそこら中に死体の山がある。

西と東が区分されてしまった理由は想像に難しくない。
同じ敵を仕留める、という目的のあった同種が囲めばその目的を
達する期間だけ、お互いの存在を認め合えるのだろう。
だが、その目的が達成されてしまえば、次の目的を得るしかない。
達成すれば次を、達成すれば次を、達成すれば次を。
それは欲に近いものなのだろう。狩人は獲物が居なければ生きていけない。

闇の味を知ってしまった者は欲を満たすために自身への生贄を求める。
弱者を、強者になるために消し去ってしまえという自己中心的な考えに喰われる。
そうして生き残ってきたとしても、いつかは駆逐される側となるとも知らずに。

加賀楓の目の前で一家を率いる組織の右腕が大きく深呼吸する。

黒い目には怒りと殺意が充満していた。
ダークネスの日本壊滅後、大抗争の末に三大組織と中堅組織による
平和協定を組んで均衡が保たれていた黒社会に突然訪れた嵐。
翻弄される日々、それが何よりも男を腹立たせる元凶だった。

 「お前が叔父貴の仇か」
 「仇って何?」
 「お前が何者かなんてどうだっていいんだよ。
  だがこのままじゃ俺達が危ないんでね、早々に消えてもらう」
 「この外見で騙せれる時代じゃないか。上等。
  私もあんた達の今後一切の人生をこの世から断ち切ってあげる」

849名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:02:10
お前達の闇ごと切り裂く。報復と知れ。
侠客の突進の上空に炎。

 「骨すら残させない、焼き尽くして死ね!」

楓が黒塗りの刃を振り回す、円環から突然現れる【門】からの
無数の火炎鳥が飛翔していった。

 「蜂の巣にしてやる!」

組織の屈強な男たちが一斉射撃。
違法改造されたサブマシンガン、ショットガン、アサルトライフル。
機関部から凄まじい数の空薬莢が吐き出され、炸裂する。
火炎鳥の悲鳴が響くが、撃ち落とせないものは追撃を止めない。

 「武器屋を出せ!」

右腕の怒声に三人の男達が現れる。組織が雇った助っ人だろう。
黒いローブを纏う姿に見覚えがあった。楓の目が一際鋭くなる。
彼らが広げたローブから大量の火器銃器が召喚されていく。
数十丁にも及ぶグレネードランチャーの総員射出に全員が物影に隠れた。

 「粉々になりなあ………!!?」

爆裂が不自然に断ち割られる。全てが無効化されていた。
濛々とした破壊の煙の中で、生存者たちの顔が上げられていく。
女の背後に見えたのは巨大な朱色の柱が二本。
樹齢千年はあるであろう木材で作られたかのような太い朱色の柱。
闇に覆われていた【門】は【鳥居】だった。

850名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:02:53
丹塗りの表面に白い斑点がある。斑点は長方形の紙片。
夥しい解読不明の札が張り付けられているのだ。
それが異能に通じる者ならそうであると誰もが理解できたが、門扉を
建造する為の超巨大なチカラのみで襲撃を無効化してしまったのだ。
嵐の前では微風が掻き消される原理に似ている。

 「見えてる?これがある限り、所有者の許可されたチカラしか発動できない。
  門は邪悪なる獣を封じ込めるための、いわば罪の証だ」

【鳥居】の柱の表面に貼られた呪符が青白い燐光を放つ。
全ての呪符に描かれた凄まじい数の呪印が焼き切れた。
朱色の門扉の間、四角形の空間が歪む。凄まじい悪寒。

 「つまりあんた達がどれだけの能力者と武器を携えても無意味。
  ただ死ぬ人間を選別してお互いに心中し合うしかないんだよ」

男達が出会ってきた戦場において何度も救ってきた本能的な危機感。
右腕として一家を率いた男の両足は流れるように全速後退に移行。
歪曲した空間から現れたのは青白い塊だった。

仮面を被った八本足の異質な生物に絶句する。仮面に亀裂が開かれたかと思うと
鰐のような虎のような獰猛な牙が並び、口腔は白煙を上げる唾液が糸を曳いていた。
吹きつける吐息はおぞましい程に熱い。

 「殺せ!殺せ!殺すんだああああああ!!」

悲鳴混じりの銃火器を一斉射出。
『武器屋』が『炎使い』、『土使い』、『光使い』の異能者を次々と召喚する。
爆裂、雷、熱、光、砲弾。無いよりはましだが、無能には変わらない。

851名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:03:49
轟音。
巨大な仮面が閉じられ、異能が火炎鳥ともども食われる。
口腔が咀嚼するように動く。異能の燐光が零れた。

召喚された異能者の中に【鳥居】の無効化をただ茫然と思考する者が居た。
異能自身が咀嚼する事で異能力を還元している。

異獣と呼ばれる存在を行使する里があった事を記憶が呼び起こしていた。
ダークネスによる日本壊滅時に中国からの護衛官が”隠れ里”へ訪問し
“白金の夜に”参戦する交渉をによってそのチカラが外へ公になった。
だが四年前に突如”里ごと消えた”という話を風の噂で聞いた事がある。
女はその生き残りと見て間違いはない。
間違いはないが、だからどうだというのだろう。

黒い口腔の傍らに影があった。楓の右手が黒塗りの刃を持ち
悍ましい光の列が溢れだしている。
血の色に似た目と邪悪な笑みが全ての殺意を表す。

 「行け、行け、逝け!!」

突進。【鳥居】の空間から迸る津波の様に異獣の首が伸びていく。
男達、異能者達のチカラは開かれた口腔へ還元された。
加速した大顎。
迫る下顎はアスファルトの道を削っていく。
あまりの速度と視界を埋め尽くす口に思考と行動が停止していた。
それでも反射的に異能が紡がれる。

852名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:04:58
溢れだす涙と共に異能者達が消失した。
血飛沫と切断された手足が宙に舞い、アスファルトに落ちる。
十人が一口で吞まれたのだ。
異形の巨大な口腔と牙の間からは絶望の表情を浮かべた男達が覗く。
漏れ聞こえる悲鳴は咀嚼と共に消えた。

 「まだだ、まだまだまだあああ!!」

右腕の男が立ち向かう。刀身が煌めき、半月の軌跡の裏には既に広がる大口。
アスファルトの床が口の形に切り取られ、男の上半身は消えていた。
均衡を失って倒れる下半身を仮面は静かに飲み込んでいく。

 「ああああ、あああああ、あ、あああああああああ」

一家の男達の足が一歩下がる。
死ぬ覚悟はできても、喰われることは原始的な恐怖を呼び起こす。
人間がまるで虫のように喰い荒らされていく。
大口が喉を上げて、最後の一人を呑み込んだ。
嚥下されていく人間が異獣の喉に膨らみを作り、終わると平坦に戻る。

 「ハーッ、ハーッ、ハーッ、ハーッ」

楓は重い呼吸を繰り返す。手が震え、黒塗りの刀身にも伝染する。
間違えて滑り落ちてしまえばまだ暴れまわる異獣との契約が切れる。

そうなってしまえばどうにもならず、楓は彼と共に【鳥居】へ
取り込まれるしかない。黒塗りの刃に力を込める。
呼吸を整えて、楓は動悸と抑えるために貪るように呼吸する。

853名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:06:10
視界には赤々と燃える第六区の街が広がっていた。
炎は天を焦がすように燃え盛っている。
これでもう一般の人間が西側へ来ることもないだろう。
第六区から第一区までの領域は”牢獄”だ。

 「大丈夫ですか?」
 「あいつを止めて。これ以上の犠牲は要らない」
 「…分かりました」

レイナが黒塗りに触れて【鳥居】から無数の鎖が出現すると
街の通行人たちを襲い始めている異獣を絡み潰す。
悲鳴を上げながらも成すすべなく吸収されていった。
楓の息遣いも落ち着いていく。

 「いくら加賀さんでもこの短期間で二十も喚んでる上に
  大型異獣は命を削ります。無理しないでください」
 「命なんて大げさでしょ、精神力と寿命は比例しない。
  ちょっと疲れただけだよ」
 「私がやりますよ。私は疲れなんてものはないから」

楓の白い手が伸びる。レイナの喉を掴んだ。
爪が白い喉に薄く血を滲ませる。

 「馬鹿言わないで。あんたを野放しになんてしない。
  人の子の皮を被ったバケモノなんて信用しない」
 「私は加賀さんと契約してます。加賀さんの望む事は
  全部叶えますし、出来ることは何でも出来ます」
 「言葉では何でも言えるの。バケモノに人の心が分かってたまるかってんのよ」

854名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:07:28
震える膝を叩き、加賀は立ち上がる。
敵はまだ居るのだから油断は出来ない。
何十何千何万の敵であろうと喰い尽くすまで止まれない。

 皆を消したあの女を殺すその時まで。

業火の音の間に、消防車の悲鳴のような警報音が響いていた。
レイナは首に滲む血に触れて、その色を見る。
色は、無かった。

 「それでもワタシはアナタをタスケタイ。
  ワタシタチノイノチヲスクッテモラウタメニ」

レイナの黄金の眼が静かに閉じられる。
炎に象られた影の彼女に歪な羽根が映し出されていた。
鈍い悲鳴と倒れ込む影に、レイナは目を開けて凝視する。

鞘に収めて安心したのか、加賀は意識を失って倒れていた。
レイナは慌てて彼女を起こそうとするが、対格差があり過ぎる。

“取り込む人間を間違えたことをこれほど後悔する事があっただろうか。”

 「手伝ってあげようか?」

見上げると女が立っていた。知っている顔をしていた。
もはや見間違う事すら出来ないぐらい精巧に作られた仮面のように思えた。

855名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:08:34
 「どうして……?」
 「どうしてだと思う?」

自分と同じ顔をしている女が静かに微笑んでいる。
横山玲奈は静かに微笑んで二人を見下ろしていた。

 「『血の共融』の反動で私は貴方の中に取り込まれた。
  でも貴方が喚ばれた事で私もこっちに喚び戻されたの。
  呼び出された私は瀕死の状態で里に放り出されてた所をある人に
  助け出されて、傷を癒してもらってチカラを取り戻した。
  三ヶ月もかかっちゃってね、その条件に、ある事をお願いされたの」
 「お願い?」
 「貴方に言ったら加賀さんにも伝わるからいーわない。
  でもその方が都合がいいんじゃないかな。貴方も私と同じで
  何か企んでるんじゃない?私のフリまでして」
 「………」
 「ごめんね。自分自身にだとなんか饒舌になっちゃうな。
  じゃ、行こうか。外まで連れてってあげる」
 「恨んでないんですか?私は貴方を殺したも同然なのに」
 「……おあいこにしてあげる」
 「おあいこ?」
 「私も貴方の居場所を消しちゃったから、おあいこ」
 「まさか……」

856名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:09:48
玲奈の微笑みに、レイナは静かに息を呑んだ。
異獣が最も恐れるのはその術を持つただの人間であるという矛盾。
その矛盾に従うしかない異獣という異界の住人。
加賀楓が使役する異獣の”共融”も究極の所は横山玲奈であるという事だ。

 レイナは異獣として、仲介役として存在するだけに過ぎない。

玲奈は何も用いずに【鳥居】を出現させて鎖を素手で解き、開け広げる。
描かれたローダンセが孤独に咲いていた。
アスファルトがゴボリと液状化したかと思うと、玲奈は態勢を崩す事もなく
形成された穴から出てきた異獣の口腔へ飲み込まれる。
楓を支えるレイナも同じく飲み込まれた。

闇の中でひたすら抱え続ける温かみと冷たい水の感触。
楓は今どんな夢を見ているのだろう。
髪に触れて、レイナは静かに彼女の頭に額を押し付けた。




目が覚めた。
心臓の動悸が激しくなっていた。久しぶりの悪夢。
空間を視線で眺め、何も存在しない事に安堵する。
悪夢の内容は赤ん坊の泣き声から始まり、傍らの奇妙な生物が
軋む声で語りかけてくるのだ。蛇のように尖る瞳。
人間のような不敵な笑み。

 「獣は愛を鳴き、啄むのは春の水」

最近、現実が悪夢化していて見分けがつかなくなっているのだ。

857名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:14:24
“見知らぬ自分”が語りかけてくる事に怯えすぎているのだろう。
気にし過ぎだと目を閉じて開いて眠気を追い払う。
思わず上半身を起こそうとするが体勢が崩れ、背後に倒れる。鉄製の音が響く。

 「あいってっ」
 「んあ?野中ちゃん何しとんの」
 「春水ちゃん?あれ?私…あれ、腕が…」
 「ああ、ったくー寝るにも骨が折れるっちゅーねん。ホンマに骨折れそうやわ」

野中美希は身動きが取れない事に気付く。
そして傍らには尾形春水が眠そうな声を出している事に僅かに安堵する。
裸足なのか、板張りの感触を足に感じ、唯一見える窓からは月が見えた。
照明はついていないのか、辺りは薄暗い。
目の前に洋風の縦鏡が設置されている、美希の視線はそこに固定されていた。

美希も春水も制服姿であり、身動きが出来ないのは壁に繋がり装着された鎖と
身体を捕縛する奇妙な枷の所為だった。
春水も同じような鎖と枷を取り付けられているが、彼女は固定されずに寝転んでいる。
通学中に何があったのか記憶が定かじゃない。。

 「春水ちゃん、どうなってるの?私達」
 「なんや野中ちゃん寝ぼけとんの?誘拐されたんやんか」
 「ゆうかい?Ghostbuster?」
 「妖怪って言いたいんやったら大外れやで。お化け絡んできたら握り潰す」
 「怖いよ春水ちゃん。Soft joke」
 「突っ込み待ちされたって時と場合を考えなあかんで、野中氏。
  計り間違えると私達みたいなのに吹っかけた日には血を見る事になる」
 「やった事があるみたいに聞こえるよ」
 「私はないよ。乙女やから…ってこんな事言うてる場合やないんや。
  誘拐されたんやで、覚えてないん?」


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