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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

721名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:57:54


「…なるほど。お疲れ様。さっきも言ったように、その子は『能力者の隠れ里』で能力の使い方を勉強してもらった後にリゾナントで預かるの
が一番だと思う」
「そうですね。聖もそれがベストだと思います」

さゆみは、聖や里保の仕事ぶりについてはまったく心配してなかったようだ。
朱音を隠れ里に預けるというのも、予め考えていた結論、という風に聖には思えた。

「ところで。ふくちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「はい。どうして、この仕事に聖たちを向かわせたか。ですよね」

想定していたとは言え。
さすがにさゆみ本人から問われると、緊張が走る。
まるで、聖がリゾナンターとして生きてきた時間の全てを問われているような感覚にすら陥っていた。
それでも、答えなければならない。今回の仕事で学んだことの、全てを。

「もちろん、能力の相性というのもあると思うんです。里保ちゃんの能力は攻撃に特化しているし、聖の能力は、どちらかと言えばサポートに
向いてると思うので。でも、それ以上に」

722名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:59:21
聖は、大きく息を吸う。

「今のリゾナンターの最大の攻撃手段である里保ちゃんを、どのように動かすべきか。たぶんなんですけど、同じ攻撃タイプの子にはその役割
を果たすのは難しいと思うんです。そうなると、候補として聖の他にもはるなんと香音ちゃんも、だと思うんですけど」
「ふふ。じゃあどうして3人の中からふくちゃんを選んだんだと思う?」
「それは…聖が、『能力複写』の持ち主…だから?」
「どうしてそう思うの?」
「きっと、『司令塔』として考えたことを実行するのに、手数が多いほうがより多くの可能性を広げることができるからなんだと思います」

少しの沈黙。
さゆみの答えは。

「まあ、正解にしときましょう」
「ほんとですか!!」
「ええ。でも、補足するなら…さゆみが今回りほりほのパートナーにふくちゃんを選んだのはね。簡単に言えば、ふくちゃんはちょうどいいの」
「えっ?」

意味がわからず、思わず訊き返す。

「はるなんだと、きっと先輩であるりほりほを立てるあまりに正しい判断ができなくなるかもしれない。その点鈴木ならきっとそういうことは
ないんだろうけど、あの子の強さは時にりほりほを傷つけてしまうかもしれない。その点、ふくちゃんは受け身でしょ。今回の件では、それが
いい方向に働く、そう思ったの」
「受け身…ですか」
「あ、今の全然悪口じゃないからね。それがふくちゃんのいいところでもあるんだから。もっと自信持っていいとさゆみは思うよ」

さゆみのフォローを全身で受けつつも。
確かに今の自分には能動的な点が欠けてるのかもしれない。ただ、時には受け身がいい方向に働くのかもしれない。聖はそう、前向きに考える
ことにした。

723名無しリゾナント:2016/11/29(火) 20:00:34


受け身だから、いや、受け身であることでわかることもある。
聖は今回の仕事でそのことを学んだ。それは今回パートナーとして行動した里保だけではない。きっと他のメンバーと組んだ時にも、そのこと
が役に立つ日が来る。そう信じていた。

「でね。ふくちゃんにもう一つ言いたいことがあるんだけど」
「ん?何でも言っていいよ?」
「朱音ちゃんを預かるって決めた時、ラッキー、とか思ったでしょ」

不意打ち。
言われてしまうと、今でも鮮明に蘇ってくる、朱音の柔らかな感触。
聖のストライクゾーンは小4〜小6ではあるが、朱音ならばもう1、2学年上げても良いと思っていた。
おまけに、帰り際に目を覚ました朱音と少しだけ話をしたのだが。顔に似合わずはきはきとしっかり喋る。それが、またいい。これにはきっと
道重さんも同意してくれるに違いないと。

「ついでに朱音ちゃんに抱きつけてキラーン!とか思っとったじゃろ」
「み、聖そんなんじゃないもん!!」
「どうだか。罰として二の腕すりすり100回の刑ね」
「それはだめ!だって聖、里保ちゃんに触られすぎて敏感に…ああぁっふっふぅ!!」

人もまばらな電車の中でこだまする、歓喜の叫び。
コンクリートの建物が増えてゆく、旅路は終着駅に近づいていた。

724名無しリゾナント:2016/11/29(火) 20:04:04
>>705-723
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「繰る、光」  了

さすがに長くなりすぎましたが(汗
他の作者さんが12期執筆に果敢に挑戦してる中、乗り遅れ気味に書いてるともう13期w
メンバーははーちぇるを残すのみですが果たしてお披露目までに間に合うのか…

725名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:24:45

 かえでぃー 気付いてるんでしょ? きみの心が繋がってる事
 いつでも待ってるからね いつか一緒に歩ける事
 え? はは そうだけど でももっと近づけるよきっと
 かえでぃーがここに居る事もちゃんと意味があるんだからさ
 …本当に待ってるんだよ皆 皆 ね
 かえでぃーを信じて 待ってるから
 例えどんな立場になっても 敵になっても 信じてる

726名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:28:45
それは死の閃光。
男の首が飛び、断面からは鮮血が噴出し、天井から床を染める。
頭部が本人の足下の床に落ち、転がった。
断面から血が溢れて、血の海を広げていく。
女が刃を振って血糊を払い、鞘に納める。

笑声。

床に転がる男の首が掠れた声で笑っていた。
女が硬直していると、床に倒れた男の胴体が動く。
左手を伸ばし、傍らに転がる頭部を掴んで当然のように首の断面に合わせた。

途端に傷口が埋められ、皮膚が繋がる。
数秒で首が繋がり、男の口から呼吸が漏れる。

 「ははは、あああああーああーあー………ふう。
  肺がないとやっぱり声が出ないもんだなあ…」

声と共に切断で逆流してきた血が唇から零れる。
男は左の手の甲で血を拭った。

 「餓鬼だと思って見くびったよ。立派な能力者じゃないか。
  今日のお人形は中々に威勢がいい。最高の優越感が得られそうだ」

男の額の右、左眼球、鼻の下、胸板の中央、左胸、鳩尾。
それぞれに『風の刃』がどこからか現れて串刺しにしていく。
全てが人体の急所を狙って貫通している。

727名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:30:35
女が黒塗りの刃を振り下ろす度に『風の刃』が発射。
右側頭部、右頬、首の右側、右胸板、肝臓がある右下腹部。
致命傷を与えるために次々打ち込まれ続けた。

倒れていく男の足が止まる。
腕が振られ、血飛沫。どこから取り出されたか分からないナイフで
女の左肩が抉られていた。
傷口を気にせず、女が間合いをとって後退する。

 「いってえな……普通なら十回は死んでる」

血の穴となった左の眼窩の奥で、蒸気と共に蠢く物体。
視神経と網膜血管が伸びていき、眼球を形成していく。
水晶体、瞳孔が再生すると上下左右に動いて正面に止まる。

それを合図に男の全身から湯気があがると、他の傷口も再生の兆しを見せた。

 「”お人形さんが言った通り”、俺は不死者なんだ。
  組織に居た科学の大先生がある能力者の研究で入手した細胞を移植したのさ。
  つまりは普通の武器じゃ殺せない。さあどうする?」

不死身の男を前にして少女の態度は変わらない。
黒塗りの刃を構えて前に出る。同時に男の胸板を切り裂く一閃。
だが切断された肋骨は癒合し、筋肉が接着し、皮膚が覆っていく。
時間が逆流したかのような再生を見せつける。

だが女の刃は揺るがない。
溜息のような息を一つ、吐いた。
その姿に男が反応する。

728名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:31:33
 「なんだよその面倒くさそうな態度は。ムカつくなあ。
  死ぬ可能性があるのはそっちなんだぞ。
このままじゃジリ貧なのを理解できないぐらいはやっぱり餓鬼のやり方か」
 「そうね、だから、面倒くさい事は任せようかと思うの」

女が久しぶりに言葉を発した。
それに対して男が僅かに笑みを浮かべたが、一瞬で消失する。

黒塗りの刃から異様な波長を感じたのだ。
狂気の波が男の肌に粘着し、気味悪さに鳥肌が立つ。

 「なんだよ、それ」
 「気付いた?でも、もう決めてあるのよ。アンタを餌にする事は」

刃が静かに振られる、男にではない。
まるで”ソコ”に何かがあるかのように刃が空を斬る。

 【扉】が視えた気がした。

その瞬間、女の左右には黒犬と白犬が着地する。
体色が違うだけで同じ大型犬。猟犬に似た逞しく伸びた四肢に尖った耳。
筋肉によって覆われた全身の終点には太い尻尾。

 「犬の餌にってか?ふざけてんじゃねえぞ」

729名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:33:05
男が右手を掲げる。
違和感。男は自らの右手首の断面を眺めた。
血と共にナイフを握った右手が宙を飛んでいく。
激痛とともに跳ねて部屋の中央に着地。

 「なっ………!!!!????????」

右手が落下する前に、男が長年の殺人で身に付けた肉食獣の直感は
今のこの場において捕食者は自分ではなく、眼前の女こそが
捕食者であると告げていた。

 「気付いた時にさっさと逃げれば良かったのにね」

女の言葉に反撃よりも逃走に移るために膝を撓める。
伸ばそうとした男の姿勢が崩れた。
体重がかけられると共に右膝と左脛に朱線が引かれ、鋭利な切断面が描かれた。

 「ぐぎぃっ」

残った左手を床について男は転倒を避ける。
先に切断された右手がようやく床に跳ねて落下。
左手一本で上半身を起こすと、女が見下ろしていた。
横手には黒犬が侍っている。口には鮮血を吐く男の手を咥えて。

 「この子達、良い子でしょ?普通の子達よりも頭が良いの。
  人殺しの首を掻き切ってくれるとても従順な良い子達でしょ?」
 「ころず、ごろじっで……!?」

730名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:33:59
反撃に動く左手と同時に、鮮血に気付いた時には左肘が切断。
不死者の背後で白犬が左腕を咥えていた。
通常の人間なら右腕を失った衝撃で即死するか、手足の失血で死亡する。

だが不死者を自称する男は既に血液を作り、手の指が復活し始めていた。
自らの血の海に転がる男の前に女が立つ。
右手は無造作に黒塗りの刃を下ろし、刃は男の右肩に突き刺さる。
全身の激痛に足される新たな痛みに、男は悲鳴を漏らした。

 「ああ、やっと痛がってくれた。
そんな事してるから100%の力が発揮できないんじゃない」
 「なん、くそっ、なんで俺を見つけてこんな事を……」
 「意味がないことは話したくないの。無意味は嫌い。
  アンタはただ餌になるしかないんだ、殺人鬼」

女が刃を引き抜く。男の新しい四肢を再び切断。
右手が握る刃に再び全体重をかけていく。
激痛にまた男が全身を震わし、刃を引き抜き、空中に掲げる。
女の峻厳な目が男を射すくめる。

殺意を込めて、憎悪を込めて、何度も何度も殺す、殺す、殺す。

 「大丈夫、精神を強く持ってれば死なないわ。
  死ぬ前に抵抗して、さっきみたいに殺気を見せて」

女は男の肉へ、刃を振り下ろしていく。
肉を突き貫く音に悲鳴が混じる。

731名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:35:15
 「なんなんだ、なんだよおまえはあ!」
 「言ったよね、無意味は嫌いなの、さあ早く、治さないと死ぬよ?」

冷徹に冷静に告げる女は既に自分の異常さを自覚していた。
だから止めない、止まらない、止める理由がない。

床の上の肉、貫かれた肝臓の表面で肉色の泡が立ち、修復していく。
砕かれた骨が再生し、再統合されていく。
裂かれた筋肉たちが繊維を伸ばして統合していく。
桃色の真皮が修復され、続いて表皮が張られていく。
表情に正気がなくとも、男は生存していた。
生きたい。生きたい。生きたい。生きたい!!

 「………」

誰かの名前を呼んでいたが、その言葉にも意味はない。
男が崇拝していた者も今は居ない。
存在しない。だから女はただただ刃を振り下ろす。

732名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:36:07
白犬と黒犬はその光景をただ見つめていたが、背後の気配に
気付いて懐くように駆け寄っていく。
その間際、女は感知していた。
男の今までにない、生きたいと願い発現する異能力の鼓動を。
甘い匂いだ。
どんな果実よりもどんな甘菓子よりも濃厚で柔軟で強硬な甘い匂い。
嗅ぐのは三度目だろうか。短髪をかきあげ、汗を拭う。
その甘い匂いを反応するのは、もう一人の影も同じだった。

 「――― 充分です、加賀さん」
 「……じゃ、五分で終わらせて。
  時間がかかり過ぎたから早めに移動したいの」
 「はい」

左右に犬を従えた長髪の女が一歩、また一歩と前進。
向かうのは事切れようと座り込む男の頭頂。
一度手を合わせたのを見て、それがどちらを意味するのかと思ったが
どちらにしても結果は同じなのだからと考えを遮断する。

宙を見上げる女は何かに触れたかと思うと、一呼吸して口を開けた。

 咀嚼。嚥下。それは生物が行う基本的食事行動。

女は彼女が何をしているのか理由を知っている。
だが理解は出来ない。空気を直接喰らった所で得られる力はない。
だがそうしなければいけない理由がある。

733名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:36:50
僅かに目を細めれば、其処には確かに”何か”が浮遊している。
常人には見えない、異能者であるからこそ視得るもの。

 【異能力】

彼女が一生懸命喰らっているのはそれだ。それしかない。
女にはまるで臓物を喰らう化け物に見えた。
何故なら彼女が『異獣』である事を知る数少ない人間で、故意に彼女に
異能力を食べさせているのは紛れもなく女自身である。
満ちる事に僅かな笑みを零す彼女に、女は凍てついた視線を送った。

相手の男は不死者だと豪語していたが、女にとっては二度目の遭遇だった。
一度目の不死者は『LILIUM計画』と称した研究に命を捧げて
真の不老不死に近づくあと一歩の所だったが、結局その命題を捨てる事となった。

リゾナンターと呼ばれた者達の抑止力が、その支配を止めたのだ。

思えば、あの力を得ることが出来たなら既に目的は達成できていたかもしれない。
この界隈に詳しい情報屋から得たもので一番近い人物を選んだのだが、これでは足りない。
足りなさすぎる。

 「加賀さん、ごちそうさまでした」

女は律儀にそう言った。何とも人間に近い事をするのだろうこのバケモノは。
人間に近すぎるせいで『異獣』の尊厳などまるで無い。
人型であるが為に能力という能力を持ち合わせる事なく現れている異界の住人。
異獣召喚士としての自分の力の弱さに、女は拳を固く握りしめる。

734名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:37:26
 「行こう。あとは警察が何とかしてくれる。
  証拠も何もないからきっと迷宮入りになる事件だろうけど」
 「それって加賀さんには不都合なことですか?」
 「どうともならないよ。今までもそうだったでしょ?」
 「そうでしたね。……あの、加賀さん」
 「何?」
 「……ご、ごちそうさまでした」
 「それさっきも聞いた」
 「あ、あはは、へへ。ごめんなさい」

何がおかしいのだろう。言おうとして、溜息が零れる。
バケモノに人間らしさを求めても仕方がない。
ただ力のままに鍛えるだけの存在に関係性を見つける事は無意味だ。

異獣召喚士である以上、異獣を鍛えなければいけない。 
喰らって喰らって喰らい尽くしてバケモノを強くしなければ。
たとえどんな事をしてでも、たとえどんなものを利用してでも。

あどけない笑顔を見もせずに女は刃を構える。
黒塗りの刃に掛かれた文字の列が線となり、宙に描かれていく。

文字で象られたのは鎖が散らされた【扉】
 黒犬と白犬の両目が煌めいたかと思うと、その扉に向かって
 飛び跳ねた姿が白煙のように消えた。

文面を最後まで読むことなく、再び右手が振られる。
刃が紡いでいた光の文字が掻き消され、【扉】が閉じられる。
鎖が戻り、錠前が施され、目が閉じるように闇へ消えた。

735名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:38:31
黒塗りの刃は鞘へと収まり、不気味な気配が一切遮断される。

 「行こう、レイナ」
 「はい加賀さん」

女、加賀楓の後を異獣、レイナが付いて歩いていく。
血生臭い世界を背負い、加賀は静かに前を見つめている。





 ――― もし時間が開いたらお店に遊びに来てよ
 コーヒーが飲めないなら紅茶もお茶もあるし
 美味しいフレンチトーストでもてなしてあげるよ
 待ってるね ずっとずっと待ってるから
 君のお友達も連れておいでね かえでぃー

736名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:50:19
>>725-735
『朱の誓約、黄金の畔』

とりあえず冒頭部分のみを書かせて頂きました。
本編の開始は今しばらくお待ちください。

【注意事項】
長いです。残虐な描写を含みます。
あくまでも13期2人の成長録です。リゾナンターと特定名の無い人達が出ます。
それでも良いよという方はお付き合いください。

737名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:54:24
この掲示板に気付いた方がいらっしゃいましたら
いつでも構わないのでスレに投下してもらえたら有難いです。
自分のPCでは途中で上げられなくなる可能性がある量になってしまったので…。
今後は少なめにして投下する予定なので今回のみよろしくお願い致します…。

738名無しリゾナント:2017/01/03(火) 09:02:59
久しぶりの転載行ってきます!

739名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:10:03
依頼のあった第六区内の住宅街は静まり返っていた。
目の前には古い家がそびえ立ち、昼だというのに暗く見える。
玄関の前に立ち、呼び鈴を鳴らしたが返事は無い。
その代わりに鍵が解除された音が鳴り、自動で扉が少し開かれる。

 「そのまま中へ入ってくれ」

電子合成された声が響く。老いた男の声だった。
彼女、譜久村聖は警戒しつつ、扉を抜けて邸内に足を踏み入れる。
同時に玄関から続く廊下へと、照明が灯っていく。
通路の両脇には黄土色の紙箱が積み上げられており、七段の箱は
まるで壁のように廊下を狭くしていた。
埃が積もっているのを見るに、引っ越しした当初から長い間
放置していたような光景だった。

足下に蜘蛛の巣があって、小さく悲鳴を上げて避けながら廊下を進む。

 「こっちだ」

740名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:10:43
廊下の奥からまたも合成された声が響く。
薄暗い照明の下、紙箱の谷間を通って、譜久村の足は廊下を抜ける。
箱の壁が途切れた地点の左右には、閉められた扉と開け放たれた扉があった。

開け放たれた方の奥には本棚が見えており、革の背表紙が並んでいる。
床には絨毯がなく、脇には扉が設えている。地下室だろうか。
すると徐々に鼻先をかすかな消毒液と汗のすえた臭いが掠める。

戸口を抜けると、部屋が広がる。
天井まで届く本棚が壁を埋め尽くし、膨大な本の山が現れる。
詩集や美術書、戦史や歴史書まで分野は広い。
机の上には見た事のない機械や工作器具。
まるでブリキ店の作業場を想像させる。

 「なるほど、話には聞いていたが可愛らしいお嬢さんだ」

夜景が見えるほど天井近い窓の前にはベッドが設置され、男が横たわっている。
額に刻まれた皺と黄ばんだ白髪、眉の下にある目は閉じられている。
老人の口は透明な樹脂製の呼吸器に覆われており、喉に穴が開けられ
別の呼吸器が取り付けられている。
ベッドの横にある機械に連結していて呼吸を補助していた。

布団から出た細い腕には、いくつもの輸液のための管が繋がれ
傍らの装置に続いている。最先端の管理装置だった。
病人の体調変化を感知したらしく、機械が軽い警告音を発する。

 「気にしないでくれ、いつもの事だから」

741名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:11:20
喉についている発音装置が、老人の声を電子合成する。
老人の眼はいつの間にか開いていたが、瞳孔の焦点が合わない。
同時に機械に付属する回転筒が旋回して薬液を選ぶと、輸液管に流す。
しばらくして病状が安定したのか、警告音が止まった。

年老いて瀕死の病人を包む空間は病院を思い出させる。

 「そこに座ってくれ。立って話を聞くのは辛いだろう」
 「は……はい」

聖は横手にあった椅子の背を掴み、引寄せる。
老人の隣に椅子を置い座り、男の姿を改めて見つめる。
視覚を失い、自律神経も不可能となった姿で静かに横たわる。
薄暗い室内には呼吸音だけが響く。

 「”私が依頼者だ”。経歴や名前は、知らない方がいい。
  言うほどのものではないし、君にとってはただの老人。
  私にとって君はただの機械として利用するに過ぎない存在だ」

老人は奇妙な会話を始めた。
情報屋から極秘で依頼された時に分厚い封筒を預かっていた。
今では悪戯や冗談が混じるような余地が一切見当たらない。
だが、日本紙幣を扱う依頼を聖は断っている。
危険性を十分に把握しているから断るのだ。

742名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:12:02
 「あの、私は今回の依頼を受ける気はありません。
  この封筒を返しにきたんです」
 「……私は、半年前にこの町へ引っ越してきた。
  その時はまだ元気でね、つい二ヶ月前に還暦を迎えた」

聖の話を一切受け入れずに始まった話に、老人を直視する。
細い体。金髪に染めていたであろう白髪。
傘寿は越えていると思わせる顔に目が見開いてしまう。

 「遺伝的にいつか発症すると言われていた病気だ」
 「病気……どんなものなんですか…?」
 「欠乏症に近い。だが人間では成り得ない。
  能力者の中でも五万分の位置の確率で発症される奇病さ」
 「能力者しか発症しない病気という事ですか?」
 「病気というのも正しいかどうか分からないがね。
  何せ症状を生む患部というものが存在しない。
  だが神経の壊死や呼吸器不全、内臓機能不全で死ぬ。
  正式な病名もない事から、この病魔を『異能喰い』と呼ぶものが多い。
  患部がないという時点で、治療法も一切無いのさ」

老人は説明を省くように結末を告白した。
聖はどう聞いて良いのか分からず表情が曇り、無意識に手が口に触れる。

743名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:12:48
 「どうしてそんな事に……原因も分からないんですか?」
 「能力者だから、では納得できないかい?
 …すまない。脅す訳じゃないんだ、そうだな…原因があるとすれば
  能力者の力を失ったから、だろうかね…」
 「そのチカラも聞いてはいけませんか?」
 「聞いたところでどうにもならんよ。もう全てが遅すぎた。
  だが…医療とは不思議なものだな」

老人が毒を含んだ薄笑いを浮かべる。
自らとこの世を笑うかのような表情に聖は痛みを感じ続けている。

 「この病魔を放置して死ねば、自然死で話は簡単だった。
  だが私の家族がそれを許さず、意識不明の私にこの機械たちを
  付けさせてしまった、一度付けてしまったものを外すと、これは
  家族や医師、本人であっても殺人行為とみなされ、罰せられる」

老人の声は、機械じみた冷たい響きを帯びていた。

 「私にはもう自力では何もできない。介護士という他人の手を借りて
  全ての世話をしてもらうしか存在しえなくなってしまった」

男の顔には苦痛が広がる。

 「若い時から能力者としての自分が生きる術を模索し、研究し
  音楽や詩を愛し、学問を身に付け、他人の運命を支配してきた。
  そんな私が、私が下の世話さえも他人に委ねている!
  その介護士に小銭や思い出の宝飾品を奪われても何もできない!」

744名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:13:31
老人の怒りを機械が再現しきれず、電子音声が掠れる。
見えない瞳孔が見開かれ、傍らの機械を見つめた。

 「私はこうなった自分を終わらせたいが、既に動けない」
 「だから私に……あなたのその命を終わらせてほしい、と?」

聖の先取りした確認に、老人が目を上下に動かし肯定した。
もはや首を動かすことも出来ないほど病状は進行していた。
これがあと何年も続くのかと思うと背筋が冷える。

 「それは私に……殺人者になれ、と………」
 「誰にも頼めないんだ、私には既に自死する力が無い。
  この病院に縛り付けた私の家族はもう六年も会いに来ない。
  患者の苦しみを終わらせようと違法行為をするような
  熱血医師が担当でもないならば……あとは他人だけだ」

 リゾナンターの名は聞いている。
 君はそのリーダーを継承した事も。
 ならば私ではなくとも、君は体験した事があるはずだ。
 人を殺す、その経験を。

電子音が響く。

745名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:14:36
 「私が能力者として自覚したのはもう四十年も前だ。
  しかも都内で幼い少女達が活動するほどの腕利きを束ねる
  組織リーダーが人を殺した事がない、など、ありえない」

【異能者】と総称される者達に厳密な法律は存在しない。
だが人間の世界で生活する個人としては当然適応される。
今回の老人の依頼ははっきりとした殺人依頼だ。
本人が望んでいても、これは殺人なのだ。
聖は封筒を握りしめ、結論と共に突き返す。

 「出来ません。私には、出来ません……!
  私は貴方に対して何の思い入れもありませんし
  私は能力者としての自覚はありますが、人間です。
  リゾナンターは人を殺す事を良しとしません。
  先代達が懸命に守ってきた不殺の心を違えはしません!」

席を立ち、封筒をベッドの上に置いて話は終わりだと示して扉へと掛ける。

 「本当にそうなのか?」

老人の声が聖の歩みを止めさせた。

 「この封筒に入った金は偽造口座から動かしたものだ。
  君が怪しまれない限界の金額。そして私が病に伏せる以前から
 調べたリゾナンターと呼ばれる存在への価値を厚さで表している」
 「調べた?どういう事ですか?貴方は一体……」
 「この状況を予期していなかった訳ではない、という事だよ」

746名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:15:21
老人は声だけを痙攣させて、笑っていた。

 「君が四代目リーダーになる前のリゾナンターの経歴は相当だ。
  不殺を教え込んだのはその時の経験から組織を存続させるための
  処世術だったとしても不思議ではないぐらいにね」
 「貴方は私達に何も話さないのに、私達の事はお見通しだと?」
 「情報は与えているだろう、私は、能力者さ」

聖の息が途絶する。

 「え?ちょ、待っ…」

老人の声で、聖の眼は生命維持装置の電源を見る。
スイッチを下に一センチ下げればそれで老人が死ぬ事に悪寒と
恐怖が背筋を一刷毛していく。子供でも可能な殺人だ。

 「何をしてるんですか!?」
 「その封筒にはある仕掛けがあってね、君の触れた手から
  採取した指紋に反応して能力を発動させることが出来る。
  支配系の象りは実にシンプルなのさ」
 「やめてください!」
 「頼む、私を楽にしてくれ。救ってくれ、リゾナンター」
 「何でですか、なんで私達なんですか!?」

精神支配が老人の異能であるならリゾナンターである意味はない。
理由もない、だが老人は求めている。紛れもなく彼女達に救いを、希望を。

747名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:16:11
 「それが君達の存在意義だと知っているからだ」

聖の目が開かれると同時に、一滴の涙が溢れた。
決然と答えた聖の左手は伸びていた。

機械の手前の空間で、指先が揺れていた。
視線を振って、機械を見る。
警告の赤い点滅。知らない間に、電源が落ちていた。
止まったという事は、事実として聖の指が動いた事になる。

 「やだ、そんな…こんな……!」

慌てて聖は電源を入れ直す。
しかし一度途切れた場合、すぐには立ち上がらない仕組みだった。
画面は暗く、声明を維持していた薬液が止まったまま。
聖は反射的に機械を叩きようやく注入が再開されて画面が戻る。

画面の心拍数は急降下の一途を辿っていく事に絶望した。

 「報酬を受け取れ、リゾナンター。それが君達が行った正義の対価だ」
 「違います!」
 「違わない。現に私は救われたのだ。もう何も悔いは、…ない」

老人の息が浅くなっていく。
血圧の急降下で意識が薄れていき、全身が死に近づいていく。

748名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:16:58
 「ああ、これが死か」

老人の声が響く。

 「痛い苦しい。怖い、本当に怖い」

電子合成された声は混乱の極みで、動かない筈の老人の四肢が跳ねる。

 「私はこれ、ほどの、苦し、み、を、与えていた、の、か」

謎の言葉とともに老人の顔には笑みが刻まれた。

 「…………すまない…」

老人の息が大きく吐かれ、そして止まった。
四肢の痙攣が続いたが、それもすぐに止まる。

 「おじいさん!」

ベッドに横たわる男の顔は苦悶の表情のまま硬直する。
難病と老いが重なった顔。口に手を掲げても呼吸の気配はない。
蘇生処置をしようにも原因不明の病魔に施す術を聖は持っていない。

749名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:17:41
口が震え、添えた指を噛む。うっ血したがそれどころではない。
この状況下において気を休める事は出来ない。
この家に来るまでに通りに人が居ない事を思い出し、用心して
この部屋の物には一切指紋を残してはいない。

だがハッとして、老人の胸に置かれた封筒を見下ろす。
そして機械のスイッチにも目を通す。
絨毯に落ちてしまった髪を拾う時間は惜しい。
触れた事実がない事に自信を無くしている、焦りが募る。

深呼吸をするが手が震え、グッと爪を立てて拳を作る。
廊下に出ると七段の箱の一つに開き入っていた手袋を拝借。
掃除機が無造作に置かれていた為、起動。
簡単に床を掃除すると、ゴミは袋に入れて持ち帰る事にする。

手袋で機械の指紋を拭き取り、そのまま封筒を掴み上げて
一緒に袋の中へと放り込む。酷く重く感じた。
機械が停止した事で連動した通信により連絡が入っている筈だ。
聖は扉に向かい、家を出た。

足跡から追跡される可能性もある為、単語帳を使用する。
川縁に寄って靴を封筒の入った袋と共に紙片の付属能力【発火】で燃焼。
予備の靴がないため、裸足で場所を移る。
小石で傷ついた跡から血が滲んだ。後味の悪さに吐きそうになる。

携帯端末を取り出し、急ぎ早に電話帳を開いて応答を待つ。
すぐに繋がった事への安心感に、一気に脱力感が増した。

750名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:19:20
 「えりぽん、えりぽん、ごめん。ちょっと、迎えに来てくれないかな。
  あと誰かもう一人……はるなんを……っ、ごめん、大丈夫。
  ごめん、ごめん、ごめんなさい…っ」

焦げた匂いが取れない。携帯端末が滑り落ちる。
その匂いを近い過去に嗅いだ事がある。


悲劇の百合の結末。それを語れる者は数少ない。
灰となった白黒の世界の中で静かに咲いていたのは枯れた花々達。
焼かれて消えた命の幾星霜。終止符を打ってしまったのは。
否定できなかった自分の胸を切り刻みたい。

絞めつけられた痛みを取り除く術を知らず、聖は俯きむせび泣いた。

751名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:25:18
>>739-750
『朱の誓約、黄金の畔 -ardent tears-』

変に小分けしてしまったのでレスが増えてしまった事をお詫びします…。
タイトルにサブタイトルを付けてみる試みを始めました。

752名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:31:31
夏の暑さに何度も夢を見る。
青い月明かりすら届かない夜の森は、深い海の底のようだった。
雨の止んだ後のような湿気る匂い。

リゾナンターはこれまでの再会の中でこれほどの残酷なものを知らない。

 「まーちゃんが連れて行った!?」
 「誰も見なかったの?小田も?くどぅーも?」
 「ごめんなさい……私が部屋に入った時にはとっくに…」
 「ベッドも冷たかったから多分随分前に出て行っちゃったんじゃないかって」
 「どうしよう譜久村さん、これかなりヤバイんじゃない?」
 「まーちゃんが行きたい場所なんてたくさんあり過ぎるし…」
 「とにかくここに居ても仕方がないよ、とりあえず情報屋さんに電話するね」
 「佐藤さん、大丈夫かな…」
 「大丈夫だよ、あの子はしぶといし根性あるから」

誰もが心配していたが、信じていた。
彼女が無事帰ってくる事を。だが、それだけでは何の進展もない事に気付いている。
無情にも時間は過ぎていく事に歯痒さを覚えた。

カランコロン。
店内に響く音に反射的に振り返る。
『close』と書かれたプレートを掛けた筈なので常連客の入店は有り得ない。
宅配は裏口から対応を求めるようにお願いしている。
初めての入店で勝手が分からない一見さん。その判断で声を掛けた。

 「すみません、今日は臨時休業で……」

聖の代わりに飯窪春菜が対応しようとすると、言葉が詰まる。
それに気づいた石田、工藤、小田と視線を向けていく。

753名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:32:10
 「か、かえでぃー?」

言葉にしたのは牧野真莉愛だった。
扉から顔を出したのは彼女が一番見知ったもので
何故ここに居るのか本物なのか頭が理解するのに十秒かかった。

 「かえでぃー!どうしてここに!?」
 「久しぶりだねまりあ」
 「え、ええ?本当に?本当に?本物?」
 「本物だよ、もう顔すら忘れちゃった?」
 「そんな事ないよ!忘れてないよまりあは!」

興奮して矢継ぎ早に喋り出す真莉愛に冷静に対処し、女は視線を先に向けた。

 「お久しぶりです。加賀楓です」
 「どうして君がここに?あの事件で家に帰った筈じゃ…」
 「…正直私にも今どんな状況に追い込まれてるのか分からないんです。
  でも私がここに来た理由は、あります。夢を見るんです」
 「夢?」
 「はい、皆さんと、そして鞘師さんの夢を」

喉を鳴らす音がどこからか響く。
二年前に真莉愛を含む六人の異能者の実験被験体となった少女達を
救出した『トレイニー計画』の一人。
半年後に同じく計画の被験体だった羽賀朱音を救出した事も記憶に
新しいが、二人を引き取ったのは”血縁者不明”が一番の理由だった。

楓の場合は身内の人間が見つかった事で預けたのだが、その彼女が
再びこの店に現れた事とその言動に周囲の空気は鋭さを増していく。

754名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:33:15
 「なんだか、穏やかな再会って訳じゃないみたいだね」
 「加賀、ちゃん、君が見る夢ってどんなの?」
 「……鞘師さんが、”人を殺す夢”」

楓の強い言葉に張り詰める。
電話を終えた聖が戻ろうとして足を止めた。
目の前に居たのは自身が見た夢の中に居た少女の一人だったからだ。

 「鞘師さんはどこに?」
 「鞘師さんは……居なくなっちゃったの。もう、ここには居ないよ」

真莉愛の言葉に明らかに悲しさを帯びる表情を浮かべた。
だが吹っ切るように顔を上げる。

 「何があったか話してくれませんか?
 どうにも私には、自分が無関係だとは思えないんです」
 「巻き込まれる事になるんだよ?せっかく普通の生活に
  戻れたのにまた……もしかしたらもう二度とも戻れないかもしれない」

石田亜祐美の言葉に、楓はひたすら前を向いていた。

 「……この二年間、私に平穏な時間なんてありませんでした」
 「え?」
 「能力者にとってどんな状況でも状態でも、平穏なんて有り得ない。
  私を引き取ってくれた人達ですら未だに私を受け入れてませんしね」

陰りを見せる表情に同情したのも事実だった。
追い込まれてしまった異能者が集う、リゾナンターの根底にも確かにある現実。
追い返すように帰路を促したところで、彼女の不安は拭えない。

755名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:34:17
 「分かった。話すよ」
 「譜久村さん」
 「でも聞いたらもう、引き返せないよ」
 「覚悟の上です」

楓の目に、聖は口を開く。闇の中を彼女は静かに見つめていた。
何の憂いも見せない、冷淡な無表情のままに。

再会する事は喜びを招く事もあるが、悲しみを招く事もある。
鞘師里保が殺戮を犯した、などという虚言を信じる者は居ない。
居ないと思っていた。

信じる者が居れば信じない者も居るのは当然の事で、そういった者は
大抵の確率で敵となって立ち塞がってくる。
取るに足らない存在であれば力でねじ伏せる事も出来るのだろうが
それが自分にとって無関係でなければ、これほど厄介なものはない。



 半年前、現在封鎖されている都内第三区。


路上で、店の前で、社内で、窓の向こうで。
無表情な殺戮者達の、静かな虐殺が行われた。
青白い顔と肌の人間達が蠢き、区民に牙を爪を立てていく。

眉一つ動かさずに、数人が男の腹部に爪を立てる。
指先が腎臓を引き出し、腸詰のような小腸が夜気に湯気を立てた。
一人が女の上顎に手をかけ、もう一人が下顎に手をかけて
剛力で引き裂いていく。見知った顔だとは思いたくない。

756名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:34:56
リゾナンターの面々が口を開けたまま硬直している。
一歩を踏み出したのは耐え切れなかった工藤遥と石田亜祐美。

 「リイイイイイオオオオオオオオン」
 「ウオオオオオオオオオオオオォォン」

もはや慟哭の叫びで亜祐美が『幻想の獣』を発動。
同時に遥が『変身』を発動し、体毛が全身を覆い隠し牙をむく。
切断された人間の上半身と下半身がそれぞれ別方向に千切れ飛ぶ。

だが上半身だけは動きを止めない。
自らの下半身を捜すように手で地を這う。
両断された他の個体も上半身だけで動いていた。
青白い人間達の正体が分かると吐き気に苛まれる。

 「あの時と同じだ。田中さんの事件、『ステーシー事件』と…!」

春菜がパニックに陥り戦意を消失するのを鈴木香音が支える。
その言葉の真意に小田さくらは最悪の事態を予期した。

 「まるでゾンビみたいに増え続けてます。鈴木さんこれって」
 「ゾンビリバーだよ小田ちゃん。まさかあの悪夢がまた
  再来したのかと思うと私も意識失いたくなるよ…」

香音は諦めを帯びながら、それでも歯を食いしばって光景を見つめる。
『死霊魔術』によって死にたての死体を操作したあの事件でその
犯人は既に死亡している。死体も確認した。

757名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:35:41
だが今、その光景が広がっている。
『死霊魔術』が途絶えたならば『精神支配』を疑うべきなのだろう。

だが、その死体を誰が生成したのか。

 「終わらせてあげよう。私達があの人達の終わりになってあげよう」

意志が宿らない魯鈍な目が一斉にリゾナンターへ向けられる。
感情を持たない冷血動物、魚類の目。
その中に唯一つだけ、意志を持つ瞳があった。
血のように燃えるような圧力を込めた両眼。

 「里保ちゃん、私達は信じてるから。どうして里保ちゃんが
  そこに立っているのか理由を聞きたいけど、信じてるよ」

異能が吹き荒れる。死者はそれでも前進してきた。
圧倒的な数を抑えきれない。上半身、もしくは右や左半身となっても
死者は死に生きていた。

 「里保―!!!!」

生田衣梨奈が叫んだ。
死体を生成したのが里保ならば、黒幕は誰なのか。
何故彼女は何も話さないのか。気に喰わなかった。

『精神崩壊』を込めた拳を『水限定念動力』で構築された刃の表面に激突。
振動に耐え切れずに刃が水へ戻るが、突進は終わらない。
敵の狙いは里保か、リゾナンターか。
顎を掠める拳に横顔からギロリと視線を向ける。
左手に構築された水の刃が衣梨奈の横腹を食い破った。
追撃は、ない。
力を振り絞って首根っこを掴み、衣梨奈は里保の額に頭突きを喰らわす。

758名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:36:20
 「泣くと?里保。こんな事しでかして泣くと?ズルいやろそんなん」

衣梨奈を貫いた水の刃ごと引き剥がし、地面に叩きつける。
逃走を開始する鞘師の背中に遥と亜祐美が追うが動けない。
『精神支配』の黒幕が近くに居るのが分かっているのに何も出来ない。

 「鞘師さん、さやしさーん!!」

遥の叫びが響く。いつの間にか辺りは静寂に包まれていた。
さくらと共に野中美希が、尾形春水が死者の目を閉じさせる。

息の途絶えた女の子、男の子、赤子を撫でていく手にはもう
誰ものか分からない血液が何度も刷り込まれていく。
瞼の無い眼がこちらを見ている、心を貫く。
何度も、何度も、その度に涙の斑点が彼女達に降り注がれる。

死んでも生きてしまった彼らを認めるしかない。
道重さゆみの代から守ってきた不殺の掟を、ついに破ってしまった事を。

 「死んだ人達は物語のための障害物じゃないの。
  生きて笑って泣いていた人間、それを忘れないであげて」

例え誰かの人生を狂わせてしまったとしても、最終ラインだけは
その人が決めるものだと、その為の掟だと。
だがそれさえも奪ってしまう事があるならば獣になるしかない。

本当の獣に。バケモノになるしかない。

759名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:36:58
第三区の虐殺事件による犠牲者は四十二名。
ダークネスによる日本壊滅から新暦の中で史上最悪の事件となった。

 「香音ちゃんの潔い所は嫌いじゃないけん。
  里保があんなにいい加減なヤツとは思わんかったとよ」
 「…えりぽんはあれが本当に里保ちゃんだと思ってる?」
 「聖はそう思ってやったらええやん。えりは本人が何か
  言わん限りは何も言えん。だからいつか絶対言わせる。
  それが、全力で潰すことになっても」

香音との別れに落ち込む暇はなかった。
むしろそれを希望として「笑顔の連鎖」を絶やさない様に務めた。
リゾナンターである為の、人間としてある為の。
それが香音の願いでもあったのを誰もが覚えている。

  ―――おまえは夥しい夢の体を血で染めて
月明かりと星屑にただ手を掲げては涙を流すのでしょう
  花の庭は無為も無常も消え去り、赤眼の御使いは
  獰猛さを競う事を忘れて永遠の繭へと眠るでしょう



酷く暑い日だった。夢の中で何度も、何度も揺れ起こされる。
何処かも分からない、名前も知らない夢中の光景には
リゾナンターの面々と見知らぬ少年少女が集っていた。

760名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:38:25
 「まーちゃんは頑張り屋さんなんだよ。
  田中さんの時も道重さんの時もあの子は頑張ろうとしてた。
  今回もきっとそう、頑張りたかったんだと思う」
 「私の中で泣いてるんです。お姉さま、お姉さまって。
  まるで妹が泣いてるみたいで胸が疼くんです。
  ……まるで、本当に助けを求めてるかのようで、リアルだった」

楓の夢と聖の夢は差異はあるが、存在する世界は同じだった。
佐藤優樹が失踪した理由にももしかしたら、と思うぐらいに。

 「でももうあれが夢だとは思えないね……。
  そろいもそろってあの夢を見てるなんて思わなかったから」

譜久村聖、生田衣梨奈、飯窪春菜、石田亜佑美。
工藤遥、小田さくら、尾形春水、野中美希、牧野真莉愛、羽賀朱音。
そして加賀楓。きっと佐藤優樹も。

全員が其処に居たのも偶然ではない。
全員が夢を見ていたから、其処に居たのだ。

 「何か気付いた事はあった?」
 「……ハル、分かったかもしれません、まーちゃんが居る場所」
 「え、ホントに?」
 「でも自信はないよ、もしかしたらって思うだけ」
 「どんな事でもいいから言ってみなさいよ」
 「…まーちゃんがあの子を見つけた場所」

 鞘師さんを ”リリー”を見つけたあの庭園に似ている
 だってあの人を最初に見つけたのは まーちゃんだから

761名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:38:57
―――第三区には黒い歴史がある。
あの場所にはダークネスの本拠地があった所という事実。
区民は全て、組織に関わってきた者を血縁に持っていた。

その建造物は、湖から建物の群れが生えているようだった。
周囲から通された高架道路が橋の代わりになっている。
入り口には塔が無残に倒壊していた。

横倒しになった巨大な筒の内部には、赤錆を浮かべた機械が覗く。
おそらくかつてはこの塔から大規模な光学迷彩が発生し、塔の
存在を隠していたのだろう。

誰が作ったかは分からない。
拠点があった事実もあり、ダークネスの遺物として考える者も少なくはない。
立ち並ぶビルは炎に舐められたような焦げ跡が目立つ。
ほぼ全ての窓ガラスが割れ、内部の幾百幾千もの闇を晒していた。

崖に隣接したビルの屋上に滝が落ち込んでいて、道路へと小さな
支流を散らしていた。
アスファルトには点々と穴が穿たれ、雑草が伸びている。
路上には黒い骨格だけになった車が点々と打ち捨てられていた。
こういう雰囲気の施設をどこかで見た事がある。

 「ちぇるが居た養成所もこんな感じだったね」
 「……そうですね」

762名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:39:51
さくらの言葉に美希が無表情になる。虚ろになる目。
頭を優しく撫でる事で彼女が静かに微笑んだ。
清潔な墓地にも似た雰囲気が辺りを包んでいる。

 「思えばどうして佐藤さんはこんな所に来たんでしょう。
  こんなに寂しい場所を好き好んできたとは思えないんですが」
 「……何かあったんだよ。そうじゃないとあの子の説明もつかない」

 鞘師さんによく似た、鞘師さんじゃないあの子が居る理由

枯れた木々と雑草に覆われ、荒廃した庭園の敷地内。
聖の瞳は灰色の建物を真っ直ぐに凝視していた。
元は白塗りの塔だったが、火事の煤で汚れ、塗料が剥落していた。

塔の一角に、研究所とも病院とも取れるような不愛想な建造物があった。

 「入ってみよう」

玄関の大扉が大きく歪み、錠前も全て壊されていた。
膂力のみで扉を押し開き、隙間から入っていく。
床には乱雑に器具や書類が散乱し、全てが焼け焦げていた。
当時の猛火の幻臭すら漂ってきそうだ。

763名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:40:21
炎の跡も生々しい廊下を抜けていくと、壁の片側の一面に
ガラス窓があった。弾痕が残る窓以外は全て割れている。
暗闇の中に拘束具のついた手術台が設置されていた。

 「お化け屋敷だねホントに」
 「気持ち悪い……」
 「無理な子は外で待ってて。くどぅー顔色悪いよ」
 「出てこないお化け屋敷なら大丈夫です…」

廊下を進むと、いくつもの扉が破壊され、大穴が穿たれている
壁まである中で、終点の扉は四方から閉じられる隔壁という厳重さだった。

 「譜久村さん、まーちゃんの声が聞こえる」

遥の言葉に、その場に居る全員が固唾を飲んだ。
彼女の意志に押されるように、亜祐美の『幻想の獣』が発動する。

 「バアアアアルク!!!!」

板金鎧型の巨人がその膂力によって扉の表面に一撃を喰らわす。
緋色の火花が疾走し、向こう側の闇へと落下する重々しい音が鳴り響いた。
闇に沈んだ実験室は広大だった。
室内には生臭さと埃が充満している。

 「私、ここ、知ってる」
 「私も、知ってる気がする」

さくらと亜祐美の言葉が響く。
そこは絶対入ってはいけないと言われていた、ような気がする。

764名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:40:57
 不思議だ。建物に入ってからというもの、記憶が曖昧になるのだ。
 まるで夢に意識が喰われたように。

花の香りがした。
僅かに混じる血の匂いに、光明が静かに灯る方向へと視線を向ける。

 「まーちゃん!!!!!!!!!!!」

遥の絶叫。続いて春菜、亜祐美が駆け寄る。
刃を振り上げる佐藤優樹が何をしようとしているかは明らかだった。
血だまりの中に沈む”リリー”は泣いていた。
溢れだす血液的にも数十か所にも及ぶ傷口は全て致命傷。
即死にならないのが不思議なぐらい夥しい血液が床を濡らす。

それなのにリリーは泣いている。人間の様に泣いている。
鞘師里保の顔を持ったリリーが泣いている。
死にきれずに泣いているのか、痛みで泣いているのかは分からない。

ただ一つの真実として、リリーは死ねない。
優樹は虚ろな目で静かにリリーを殺すために刃を振り抜く。
人形のように、頬に飛び散る血が涙となって溢れて落ちた。
彼女が意識を失うまで何度も、何度も。

―――死者を操るものが死者であってはならない、という法則は無い。
蘇生するチカラはいくらでも存在する。
居なくなった人間を捜すチカラはいくらでも存在する。

765名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:41:40
けれど。それでも。
人間は手に入れたいものを必ず手に入れるチカラを持っていない。
幸せの大団円なんてものを期待していた訳じゃない。
ただ少しでも希望を、救いを残すことが出来たならそれで良かった。

それでもやはり、現実は、世界は、許さなかった。彼女を。

 「丹念に、入念に、肉体的に、精神的に外傷を作れば作るほど。
  その傷は膿となってその人間に悪害を及ぼす。
  リリーの心は、魂は限界の限界を超えてしまった。
  『精神支配』を実験で無理やり開花されてしまった事と
  支配する範囲、数の生成によって精神を崩壊させてしまった。
  どんな手当をしても、どんなチカラをもってしても彼女は救えない。
  もう彼女にはここに居る理由さえもなくなってしまったんだ」

佐藤優樹とリリーの間で何があったのか誰にも分からない。
衰弱するリリーに部屋に閉じこもってしまった優樹に尋問する事すら
出来るほど残酷にもなれなかった。
真相は闇に消え、進むべき道も失ってしまった。

 「どうして僕が黒幕だと?」
 「人が心を直すために必要なのは、療養。
  譜久村さん達とも面識があったみたいですね、通院記録もありました。
  睡眠不足に過度なストレスによる疲労。
  どんな薬を処方してたのか分からないぐらいめちゃくちゃな調合を
  してたみたいじゃないですか。例えば、血液、とか」

白衣の男の首には彼の名前と心理療法士の資格を示すネームホルダーが下がっている。
どこにも特徴のない平坦な顔。凡庸な雰囲気の男だった。

766名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:45:48
 「血液とは魂の通貨。意志の銀盤。血を吸う事、血を与える事というのは
  意識や記憶を共有するのと同じ事とは考えられないだろうか。
  支配とは恋愛感情に近い。愛に満ちた世界は理想郷だろう?」
 「だから子達の記憶を使って実験したと?」
 「シナリオはずっと前から存在してたものを利用したんだ。
  僕はダークネスの研究室にも出入りしていた事もあってね。
  永遠を探求するのは人間の本能だ。物語に縋っていると思われても
  仕方がないのかもしれない、臆病者の汚名も喜んで受けよう」
 「そんなもののために何人も殺したっていうの?」
 「ただの永遠じゃない、永遠の愛の夢だ。これしか人間が救える道はないんだ。
  皆で同じ夢を見れば、同じ道を共有できれば。
  それでこそ真の平和を得られるだろうと僕は信じている」

リリーが亡くなった後、裏ルートである異能者専門の闇医者に
死体解剖を要求した。結果、彼女は鞘師里保ではなかった。
異能力自体が矛盾していた事と、その存在の身体的調査をすると
人間の肉体とは到底有り得ない、”植物”の細胞が検出された。
人工皮膚を覆った植物人間。

その事実を含めた心理治療を優樹に後日行った。
優樹は静かに謝罪の言葉を口にしただけで、真実は硬く閉ざしたままだった。

 「まさかリゾナンターに二度も阻まれるとは思ってなかったけどね」
 「もう一つ、何であの女の子を鞘師さんに似せた?」
 「鞘師…?ああ、あの小娘か。
 “別の僕”だった研究員が不老不死まであと一歩の所で食い止められた。
 その時手に入れた血液で作ったのさ、失敗作もあったがね。
 丈夫な上にチカラの発現率も申し分ない。
 リリーは惜しかったが、あれが衰弱する様はとても爽快だったし良しとしよう。
 あれぐらいで計画を邪魔させたと思ってるなんて馬鹿なヤツだよ。
 一人を片付けた所で”僕”の代えはいくらでも居る。この僕のようにね。
 死ねば精神はまた別の”僕”へ移される、研究は無事に継続される。
 ははは、真実の永遠の愛を手に入れる日は近いぞ」
 「もういい、もう、お前は喋るな」

767名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:46:50
永遠の楽園は予定調和の牢獄に過ぎない。
自身が作った人格と物語は予想を越えず、自尊心の充足も肉の快楽も
どこまでも設定した通りものでしか成り得ない。
『LILIUM計画』と銘打った紙の上にしか存在し得ない。
妄想はどこまでも妄想であり、人間は人間でしかない。
異能者が異能者でしかない様に。

 「何故だ、何故殺さない」
 「本当の永遠が欲しいならくれてやろうと思ってね。
  ただし、殺人者は牢獄に、それが人間の法だもの」
 「お前は一体…!ひぁ」
 「永遠の孤独の中で泣き叫ぶ事がどんなものか思い知ればいい」

【扉】が口を開ける。
背後に現れた闇から伸びた物体が、白衣の男の顎を掴む。
それは、青白い肌をした人間の五指だった。
男が悲鳴を上げようとすると、背後の闇から次々と青白い腕が伸びて
肩や腕など上半身の各所を掴み、そして一気に引きずり込んでいった。

 「ぎゅあああああああああああああああああ」

闇から迸る黒々とした血液が浮遊して、再び【扉】に吸い込まれる。
無間地獄が咀嚼し、嚥下する音が聞こえ、また悲鳴。
甘い匂いを掻き消すような強い血臭が包み、【扉】は鎖で閉ざされた。
背後から静かに佇むバケモノは、その拷問を微笑んで見守っていた。

 「七つの地獄の苦しみを合計したものの千倍の苦しみを味わる無間地獄。
  お前のチカラはいらない。千年の孤独を、絶望を噛みしめろ」

768名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:47:37
楓と再会の約束を交わして一年が経った。
長いはずの月日をこれほど短く感じた事がないぐらいにあっという間の一年。
自身が成長したのか劣化したのか、その変化すらも分からないぐらいに。

時間が重い足を進ませ、リゾナンターは今も日々を戦い、生きている。

 「じゃあえりぽん、お店任せたからね」
 「はいはーい。って言っても聖だけでホントに大丈夫と?」
 「大丈夫。これ返すだけだから」
 「その大金払うぐらいの依頼ってめちゃ危ない感じせん?」
 「何かあったらちゃんと連絡する。情報屋さんにもこれから
  こういう仕事は受けないってちゃんと釘刺さなきゃだよホントにもう」
 「ま、気を付けて」
 「うん、行ってきます」

たとえ恨んで憎んで、心臓を刺し貫いたとしても。
毎夜の悪夢に亡霊となって出てきてくれても構わない。
そこでなら永遠の痛みと共に愛し、再会する事が出来るだろう。

 逃れようのない輪廻の運命の中で。

769名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:55:00
>>752-768
『朱の誓約、黄金の畔 -bloodstained cocoon-』

調べると加賀さんも鞘師さんに憧れてオーディションを受けた子なんですね。
影響力の高さを感じます。

よく分からない所はいつか行われるチャットなどで聞いてください。お答えします。

770名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:56:33
毎度毎度すみませんスミマセンスミマセンorz
レス量は十分考えてるはずなんですがどうしても長くなります、ので
小分けでもなんでもしてくださって結構なのでよろしくお願いしますorz

771名無しリゾナント:2017/01/13(金) 04:09:16
訂正
>>766
 「血液とは魂の通貨。意志の銀盤。血を吸う事、血を与える事というのは
  意識や記憶を共有するのと同じ事とは考えられないだろうか。
  支配とは恋愛感情に近い。愛に満ちた世界は理想郷だろう?」
 「だから適応した子達の記憶を使って実験したと?」

です。修正したのを削除してそのままだったのを忘れていました…。

772名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:49:49
最初に出会った時。
彼女は、希望と向上心に溢れた目つきをしていた。
こちらに挑み、そして敗れた時も。
悔しさ、自らの不甲斐なさを責める気持ちはあれど。
それでも、澄んだ目をしていた。目の輝きは、失われていなかった。

だからこそ、里保は思う。

何故今自分が対峙している彼女の瞳の光は、失われてしまったのだと。

773名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:51:31
無言のまま、少女が刀を構え、そして里保に襲い掛かる。
鋭い踏み込み、振り下ろされる刃。
禍々しい黒い斬撃を、里保は生み出した水の刀で受け止める。

「まだ…私のことを認めてはくれないんですね…」

虚ろな瞳のまま、少女は里保に問う。
腰に据えた刀を、あの時里保は抜かなかった。あくまでも水の刀で彼女の剣に応じ、そして捻じ伏せた。
少女の太刀筋は若く、そして拙かった。真の刀を抜いてしまっては、少女を傷つけてしまう。
伸び白のある少女の未来を慮ってのことだった。

少女は里保によって遮られた刃をひねるように回し、さらに斬り込もうとする。
その瞬間。彼女の刀と同じように黒く、そして昏い風が生みだされる。

…まずい!!

里保は咄嗟に、生成した水のヴェールを正面に張った。
巻き起こされた三つの風の爪が、しなやかな防御壁に深く食い込む。

「…それを防ぎますか」

少女は、里保との距離を大きく取る。
「仕掛ける」つもりか。里保は少女の行動に最新の注意を払い、警戒態勢に入った。

774名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:52:46
先に少女と手合わせをした時に、里保は少女の能力の特性を掴んでいた。
加賀流剣術、と少女は自らの流派を名乗っていた。聞いたことのない流派ではあるが、少女の真摯な太刀筋から、古くから
細々と伝わる伝統のある剣術と踏んでいた。

さらに言えば、その確かな腕前を支える異能。
少女は、自らの剣術に風の刃を交えることで自らの手数を増やしていた。
言うなれば、三つの風を合わせた「四刀流」。
だが、自らの剣術と異能を完全に統合できてはいなかった。一瞬の隙を突き、里保は少女に勝利した。そして。

― もっと強くなって、また来なよ。うちは、いつでもここにいる ―

激励の、つもりだった。
けれど、少女はそうは受け取らなかった。頬を紅潮させ、今にも泣きそうな顔で里保のことを睨み付けた。
それでもいい、里保は思った。悔しさや怒りは、時として自らを大きく伸ばすことができる。
そう信じて、少女の背中を見送った。

だが。少女が里保の前に再び姿を現した時には。
最初に会った時とは似ても似つかぬ修羅と化していた。
身に漂う気は黒く揺らめき、絶えず血を求めているかのように見える。
少女の瞳には、里保の姿は映っていなかった。ただ、目の前の人間を斬ることだけに捉われた、剣鬼。

775名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:53:59
少女が、刀を下段に持ち直す。
来るか。里保はペットボトルの水を撒き、そこから新たにもう一振りの刀を手に取った。

「…加賀流参之型『千刃走(せんにんそう)』」

そう呟いた少女の姿が、掻き消える。
いや、そうではない。少女は、目にも止まらぬ速さで一気に里保との距離を詰めていた。
そして、その走りは無数の凶暴な風とともに。
千の刃が走るとはよく言ったもの。一斉にこちらに向かってくる斬撃、水の防御壁ではあっと言う間に内側ごと切り裂かれ
てしまうだろう。

防御よりも回避。
里保は造り出した水の珠を足場に、天高く舞い上がる。
頭上を取り、制圧する。
上昇から下降に移行した里保が見たものは。

「甘いですね…」

攻撃対象を見失いそのまま突っ込むかに見えた少女はこれを見越したかのように里保の眼下で立ち止まり、構えていた。
左手を前に突き出し、弓を引き絞るかのように刀を後ろに引いた姿で。

「加賀流陸之型…『死螺逝(しらゆき)』」

ぎりぎりまで溜められた力が、一気に開放される。
捻りを加えた刀の一突きは、風を纏い螺旋の流れと化して、一気に上空の里保に襲い掛かった。

776名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:54:51
「ぐあああっ!!!!」

予想だにしない飛び道具、里保は荒ぶる風に巻き込まれ、全身を切り裂かれて墜落する。
通常であれば、再起不能の大怪我。それでも少女は戦闘態勢を解こうとはしない。

「まさか…この程度で、終わりませんよね?」

少女の言葉通り、里保は立ち上がった。
瞬時に纏った水の鎧によって被害は最小限に食い止められたものの、着衣は所々が切り裂かれ、浅い切り傷からはうっすら
と血が滲んでいた。

「その力は…間違った力だよ」

里保は、はっきりとそう言う。
確かに以前の少女とは段違いの強さだ。それは刃を交えても実感できた。
それでも。

手にした黒い刀を振るたびに、刀に生気を奪われてゆく。
少女の顔色は、病人であるかのように青白かった。
今の力が、その禍々しい刀によって与えられているのかもしれない。

「力に…正しいも間違いもないですよ…私は…鞘師さんを、斃します。ただ…それだけ…」
「そんなこと、ない」

777名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:55:34
あの時、あの人に言われた言葉。
里保はかつて自分を優しく見守ってくれた人物のことを思い出す。

― 鞘師はそんなこと、しない ―

そう言ってくれたあの人は、自分を緋色の魔王の手から救い出してくれた。
今度は、自分が目の前の少女に救いの手を差し伸べる番だ。

「力を、正しく使うこと。教えてあげるよ、加賀ちゃん」

すう、と息を吸い込み。
腰の刀を抜き、構える。
一瞬で決める。この子の、明日のためにも。
向けられた刃は、強固な意志と共に。

778名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:57:45
772-777
「剣の道」後半に続きます

加賀ちゃんの技ですが
千刃走→仙人草(クレマチスの和名)
死螺逝→白雪姫(クレマチスの品種)
が元ネタとなっております

779名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:04:33
脳は辛い記憶を忘却する機能がある。
苦痛を伴う記憶は薄れやすく、楽しい記憶は残りやすい。
大きな精神の傷は、揺り戻しで蘇る事もあるが、さらに限界以上の
過負荷がかかるような、あまりに辛い記憶は遮断してしまう。

 つまり、記憶をなかった事にする。

その上に自己に都合のいい記憶の物語が再構成されていき
精神の安定を保つ。

 「何も難しい事じゃないのよ。例えば今この店で流れてる音楽。
  これをアンタの脳に送るだけでも記憶の上書きになる。
  特にその人にとってとても印象強い曲をだよ。
  だから無理にもみ消すんじゃなく、代用する、が正しいわね」

喫茶『リゾナント』では音楽が流れている。
今日は繊細で力強い歌声より、切なくほろ苦い曲を聞きたい気分な為
店内には「Cold Wind and Lonely Love」が流れている。

先程までテレビが映っていたが、いつもの様に都内や世界の事件。
事故や災害や犯罪の報道ばかりで気分が落ち込む。
さらには芸能のことが続き、どこかの芸能人に恋人が発覚したり
離婚したりと忙しなくて仕方がない。

 「共鳴は強く結びつきを与える。それを信頼と呼んだり
  関係と呼んだりするけれど、作用するのは記憶ね。
  繋がりを得ようとする共鳴にとって脳は特別な器、記憶は雫。
  私達も何度も話し合ったけど、その度に反発したもんだしね」

780名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:05:31
新垣里沙が懐かしむように微笑んで、紅茶を飲んだ。
対峙する飯窪春菜も同じく紅茶を啜り、喉を潤す。

 「新垣さんは辛かったですか?」
 「…それはどっちの意味で?」
 「共鳴の結びつきを重く感じた事があるのかなって」
 「そりゃそうでしょ」

里沙がさも当然の様に肯定する。

 「下が高校生、上はまだ子供っぽさの残る大人。カメと私がちょうどその
  真ん中に居たわけだけど、ほんっとに苦労したからね。
  喧嘩はするし騒ぎ倒すし敵には容赦ないしで処理する身にもなれよってね」
 「…お察しします」
 「まあそんな状態でもさ、最初の頃は良かったのよ。
  まだ皆同じ道を目指して頑張ろうって気持ちにもなってたし。
  でも徐々に変わるものよ、ココロってやつわね」

リゾナンターが集束すればするほど、その集団にとって組織力が働いて
ダークネスを含めさまざまな敵と遭遇する事が増えていく
光井愛佳や久住小春が成長するにつれて自分という存在を考えるようになり
ジュンジュンやリンリンは自分の使命に向き合うようになり
亀井絵里や道重さゆみ、田中れいなはリゾナンターに対する思いを強めていき
高橋愛と里沙はそれぞれの決着のためにその時を迎えた

「それでも共鳴は結びつきを強める。むしろバラバラになりそうになる度に
 その繋がりを強めていく傾向を見せ始めた、これがどういう事か分かる?」

里沙は紅茶を置き、自身の腕に手を回す。
微かに力を込めたその意図に、春菜は僅かに理解した。

781名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:06:47
「心は同じ。
だけど考えるすれ違いに、いつしか体がいう事をきかなくなった。
心と体が違う方角にズレていく痛みは想像以上だったよ。
どんどん悲しさとか辛さが募ってって、反発心が強くなっていった」

仮想の憧憬に客と商品の関係を当てはめてみる。
彼らが言う「好き」や「愛している」は、一般的に使用される「好き」や
「愛している」と違うなどとでも言うのだろうか。
同性同士が分かち合う家族の愛情にも近い友情が世界の全てな気がした。
それをいつしか確認しなくてはいけなくなったと気付いた、果てしない寂しさ。

 「共鳴は記憶を強要する。思い出や記録が人間同士の一番強い繋がりだからね。
  何度も死にそうになったし、何度も仲間の裏切りにもあった。
  毎日の中で失うものもあったし、得るものもあった。
  誤魔化すことで日々を過ごしてたけど、あの時の私には方法が分からなかった。
  思い出を失ってほしくなかったって、今でも思うよ」

里沙の寂しそうな表情に、春菜も泣きそうになった。
だが堪えるしかない、これもまた共鳴の所為と言い訳にしたくない。
彼女が里沙に依頼するこれからの為にも。

 「白金の夜は、どうしたんですか?」

 ダークネスとの最終決戦。日本が壊滅するまで追い込まれたが
 原因不明の光明によって闇は払われ、世界が辛うじて救われたあの夜。

 「”白金の夜”、ね。誰が言ったんだか知らないけど
  あの日のことは、正直言うと私にも分からない事が多いの」
 「それはどういう…?」
 「さあね。皮肉だと思わない?相手の気持ちを何百と操ってきた人間が
  記憶が曖昧とか言ってるなんて。
  ……でも眩しいぐらいの光の中で、私は確かに生き残ったの」

782名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:07:53
自身の過去への決着をつけるための戦いで両目、両足、両腕を失い。
臓物すら飛び出す瀕死状態で倒れていた者達が次々と生還した。
闇の眷属以外は。

里沙が目が覚めた場所には意識を失った面々がそこら中で倒れていた。
敵や味方関係なく、そこが日本だという認識を一瞬忘れるぐらい枯れ果てた光景で。

 「分からないままに私達は生き残ったお店に帰って来て、なんだかんだあって
  それぞれの道を進むことを皆で決めた。全員で納得して、私は出て行った」
 「なんだかんだ、ですか」
 「そ、なんだかんだね。ここは曖昧な記憶っていうより気にしないでほしいかな」

「話したくない」という意味合いを明らかに浮かべた言葉に、春菜は頷く。
過去の事情を掘り返しても現実は変わらない。

 「そんな状況だったから、あの時の私は何もしてないよ。
  多分、生きてた人達は覚えてるんじゃないかな。
  終わりの果てまで忘れてるって、それはそれで寂しいでしょ」
 「そういうものなんですかね」
 「……その場に居た人にしか分からない事もある、覚えておきなね」

最後の最後で見せた里沙の甘さに、春菜は何も言えなかった。
店内の音楽が変わる。「ENDLESS SKY」が静かに流れ始めた。

783名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:09:00
 「大丈夫です新垣さん、私、ちゃんとやれますから」
 「生田やフクちゃんには相談したの?」
 「はい。もしもの時は……生田さんに、と」
 「ったく。あんた達は会うたんびに大人みたいな顔になるんだから。
 あ、飯窪とフクちゃんはもう大人か。じゃあこれね」

里沙が取り出したのは、錠剤入りのケース。
数を見るに、今用意できるのはこれだけなのだと納得して、受け取る。

 「一回につき一粒、いい?それ以上はダメだからね。
  チカラに作用し過ぎる記憶には必ずズレが出来ちゃうものだから
  あまり矛盾を作ってあげないように。じゃ、帰るわね」
 「分かりました。ありがとうございましたわざわざお店にまで…」
 「いいのよ。ちょっと皆に話を聞きたかったから寄っただけ。
  ……私が言うのもアレだけど、頑張んなさいよ」
 「はい、ありがとうございました」

店内を後にする里沙を見送って、春菜は早速連絡を取り付ける。

―――喫茶『リゾナント』を背に歩いていた里沙が振り向く。

何度も見上げてきた建物に別れを告げる事は何度もあったし
それに対して負い目を感じるような事も今は無い。
寂しさもなければ切なさも感じない。全てを任せたのだ。全てを。 

 「今のところ後遺症はない、か。他の子達の様子も見たかったけど
  上手くズレを調節してるみたいで安心したよ」

里沙は静かに微笑む。
改変された世界で生きる彼女達はとても人間らしい。
それだけでも分かれば後は彼女達の物語だ。

784名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:09:55
新たなリゾナンターになったとしても変わらないものがある。
繰り返された世界で、自分達がそうであったように。

 「記憶を何度も塗り替えても、愛情は変わらないものだね」

誰かに言うでもなく呟いた言葉に苦笑する。
繰り返される世界の中で、再び出逢える事をただ願っていた。



―――夜に浮かぶ、路上の信号はまだ変わらない。
一部の交通事情によって下校通路に利用するこの道路では車が
何度も行き来を繰り返すため、五分は待たなくてはいけない。
野中美希と尾形春水はその時間を会話で繋げる事で信号が青に
なるのを待っていた。点滅に変化して青へ。
小さな悲鳴。
振り返ると、人波の中で、女性が顔を手で押さえている姿が見えた。
指の間から赤い血が零れ、事件だと叫ぶ。

 「春水ちゃん! Stop!」
 「え?どうしたん……!?」

美希が肩を叩いて叫んだのに驚き、春水は後ろを向く。
事態に気付いて二人で人波を強引に掻き分けて進む。
屈んで苦しむ女の側に駆け寄って傷を確認した。

 「大丈夫ですかっ?」

額から頬に鋭利な傷跡。胸の奥に沸騰する憤怒に眉が歪む。

 「Damn it!」

美希は顔を上げて、雑踏を捜す。周囲には驚きと怯えの顔が並ぶ。

785名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:11:10
雑踏の先に、逃げる帽子の男達の背中があった。

 「春水ちゃん!この人お願い!」
 「あ、待ってえやっ、私も行くってばっ。すみません頼めます?」

手当と救急車への連絡はその場にいた親切そうな中年男性に任せ
美希は夜の街へ走り出す。春水はバックから靴を取り出し、履き替えて続く。

 「てか私達で何とかするの?ヤバない?あの人ら武器持っとるやろ?」
 「待ってたら逃げられちゃうよ!」
 「や、譜久村さんに追跡してもらうとか」
 「その間に犠牲者が増えるかもしれない!」
 「あーあー分かった、分かったよお、ホンマに野中氏は熱血やなあ」

前を逃げるのは容疑者達。
黒い帽子の右手には女性の顔を切った短刀。
赤い帽子の方は左手にバタフライナイフ。
二人の逃げる横顔が背後を伺い、そこには愉悦が混じった顔が前に戻される。
通り魔たちは人々を押し退けて逃げる。
美希と春水も人波の間を縫って走る。

 「なあ、もしかして誘われてない?」
 「That's just what I wan!痛い目見せてやろうじゃない」
 「ひー、野中氏が燃えとる、燃えてないけど燃えとるーっ」

女性の顔を傷つける通り魔など最悪だ。
逃走車たちはビルの角で右折。夜の歩道の人々に悪罵を投げられながら
二人は人波を抜けて犯人たちを追跡していく。
角を曲がると、ビルとビルの谷底に逃げる、男二人の後ろ姿があった。
左の赤帽子の男が背後を確認する。

786名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:12:08
唇には冷笑があった。犯人たちは曲がりくねった路地を逃げる。
どうやら疲労を待っているらしい。
女と男、そして体格差から見ても不利なのは美希と春水の方だ。

だが、速度で勝とうというのならこちらにも手が無いわけではない。
勝算があったからこそ美希も、春水も付いてきたのだから。

 「逃がさへんでーっ」

緩やかな強調のある声と同時に軽くジャンプした。

靴の裏側に装着されたローラーのベアリングが突出する。
スケート経験のある春水としては配管や粗大ゴミを避ける事は造作もない。
路地の闇を切り裂く閃光、ガリガリと地面を削っていくように音を鳴らす。

 「いっけー!春水ちゃん!」
 「さっさと捕まってやーっ」

黒帽子の顔に驚愕。犯人はさらに必死に走り、通路を曲がった。
脅しに一度『火脚』を喰らわせようと狙うが、射線が合わない。
突き当りには左右に抜ける路地、だが既に春水は黒帽子の背後を捉えていた。
間合いを詰めていき、男の左肩に届く寸前。

突き当りの道の右から左へ、一面の赤の壁が現れる。

 「……え?」

787名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:13:34
黒帽子の男が赤の暴風の中で黒い影になった。
熱風で春水は後方へ弾き飛ばされてダンボールの壁にぶつかる。
斜め横にいた赤帽子の男も熱波で転がっていく。

 「春水ちゃん!?」

突き当りを右から左へと吹き抜けたのは、赤の炎。
吹き荒れたと思った時には消失し、熱波が過ぎ去った夜の道路が現れる。

 「顔があ……顔が痛いいいいぃぃぃぅぅ…」

赤帽子の男の頬は火傷で爛れている。
前方では、右手を前に伸ばして足を掲げた姿勢のままで、黒帽子の男が
黒と灰色の塊となって立っている。
眼球は高熱で炙られて白濁し、末端部分の指や鼻、耳が徐々に炭化で落下。
頬や額の皮膚が割れて内部から赤黒い肉が見える。

肉の焼けた甘い炭の匂いに口を押えた。
放射の瞬間に口を開けていれば、熱気で気管と肺を焼かれていただろう。

 「春水ちゃん…な、なんて事を…」
 「違うっ、私やないってっ。あんな大量の炎なんか出せへんし…」


春水が発動できる『火脚』は千度を超える炎の帯で足を纏って
足技によって周囲を焼き尽くす小集団用。
だが眼前で発動したのは線や帯ではなく、道路の空間を全て埋め尽くす猛火。
まさに竜が放つ死の息吹に近い膨大な熱量だった。

788名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:16:21
道路を囲む壁やアスファルトの大地では、まだ燃え盛る炎が子鬼のように踊る。
高熱でアスファルトの一部は黒いタール状になっていた。
立ち尽くしたまま炭化した男の向こうに残り火が燃える。
高熱の余波で、月光と残り火が照らす路上には、夜には有り得ない陽炎が揺れる。

 「だ、誰……?」
 「あれ、おかしいな、一応面識はあると思うんだけど…まあいいや。
  そっちの方が都合がいいよね、うん」

現れたのは美希と春水と同年代ぐらいの女だった。
短い黒髪をパーカーの帽子に押し込み、その顔は半分だけ隠れている。
手の甲にローダンセが咲いており、五指に花弁を帯びていた。
刺青、ではなく、まるで水墨のようだ。

 「よくも、よくも弟を殺しやがったな!」

男の声が震えていた。
バタフライナイフを片手に泣いていた。
炭にされたかけがえのない兄弟を前に怒りで顔を真っ赤にする。

 「へへへ、ごめんなさい。でも当然の報いだと思いますけどね」
 「死ねよ」
 「わあ、怖いですね」

間合いを詰めた赤帽子の刃が振りかざされる。女は微笑んでいた。
武器を持たず丸腰であるにも関わらず、笑っている。
次の瞬間、女の右横を抜けた男の右足が、溶解し熱を帯びた大地を踏みしめる。
左足が続いて奇妙な歩行を見せた。
歩みの背後に、桃色の内臓がアスファルトに引きずられていく。

 「ぐえ、ぐあばああぁぁぁっっ」

胴体の断面から臓物が次々と零れていく。

789名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:18:10
大量の血液による海が出来たかと思うと、臓物が跳ねた。
上半身は街路の反対側に落ちていき、血の飛沫が女の靴に付着する。
何も感じない様に、女の左手が水平に掲げられ振られる。

 「い、今、斬ったの…?あの子?」
 「でも刃物なんて持ってないよ……どうやって…?」

まるで詐欺にでもあったかのような現実に背筋に冷や汗が流れる。
動体視力で抜刀すら見えないのだから、赤帽子の男が自らの死を
信じられないままに硬直していても仕方がない。

 「ああ、甘い匂いを辿っただけなのに殺しちゃった。失敗失敗」

女は微笑んでいた。パーカーの帽子で半分は隠れてはいるが
その唇は口角を歪ませて健気に笑って見せる。
美希は端末メガネを取り出し、見えない拳銃を打つかのような構えを取った。

 【Call:制御系『電磁場・銃身』
 銃身展開処理を一時記憶領域に四重コピー:完了
 円形筒に構築・直径三メートル:完了
 撃鉄用意:……】

『磁力操作』でそこら中に廃棄されている金属類を把握していた為
射出準備は既に完了している。端末メガネには照準の+が書き込まれた。
爆発寸前の美希の前に、右手の平を掲げて春水は制す。

 「Why?どうして止めるの?」
 「力では勝てんよ、だってあの子、能力者やもん」
 「そんなの分かってるよ、でもこのままじゃ殺されちゃう!」
 「野中氏が無茶したらその確率が上がるやろ、いいから見てて」
 「春水ちゃん…?」

790名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:20:13
我を忘れた様に戦闘態勢に入っていた美希に対し、春水は深呼吸した。
その姿を女は首を傾げてみている。思えば不思議だ。
何故女はあれほどの能力を持っていて静かに傍観していたのだろう。

赤帽子の男が死んで二分は経っているというのに。

 「な、なあアンタ、これはちょっとマズイんちゃう?」
 「どうして?」
 「この二人は確かに殺人者や、でも、能力者やない。
  ここは夢法則があるファンタジーワールドやない、法律があるんや。
  それにこれだけの大惨事、ほら、おまわりさんの音も聞こえてきたやろ」

聞くと、遠くの方からサイレンの音が響いてくる。
五区内にある自警団のものだろう。
その音に気付いているのか、女はウンウンと頷いている。

 「それで?」
 「や、それでって、人を殺されたら逮捕されるんや、罰せられるんやで」
 「なんだそんな事。それなら殺せばいいだけじゃないですか」

内臓が蠕動するような女の笑みに、春水の口が固まる。
ローダンセが咲き誇る手が左に振られた。
炭化して直立したままの通り魔が押され、アスファルトに倒れる。
乾いた音と共に、炭化した腕や足が折れて粉砕。

791名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:21:41
内部の赤黒い断面から体液が落下し、熱いアスファルトで蒸発。
隣には赤帽子の下半身が血の海を作っていた。

 「簡単なことじゃないですか。見た人が居なくなったら
  こんな事実なんて無いのも当然でしょう?」

突然、血液から炎が上がる。まるで灯油に引火したようにそれらは
亡骸にまで燃え移っていき、次々と覆い隠していった。
悪臭に美希と春水は耐え切れずに目を逸らし、吐いた。

美希は再び構えを取るが、春水がまた制す。

 「あれ、でもおかしいな。
この人達、朝のテレビで指名手配されてたと思うんですが」
「な、なんやて?」
「何でも女の人ばかりを十八人も刺殺してた通り魔とかで。
 ああそうですそうです、それで私、この人達の後を付けてたんでした。
 そんなに極悪人なら能力者かもしれないし、もしかしたら
 犠牲者が出てチカラを使ったら分かりやすいかもと思って」

新暦に入った頃、異能者の犯罪増加においてある法律が定められた。
裁判の迅速化と刑務所縮小化のために被疑者欠席のままの裁判と
死刑判決、および場所を問わない死刑執行可能とする法。

 【裁判の合理化】

それに適応されるのはリゾナンターと、第二十三区に定められた
『TOKYO CITY』内にある自警団のみとされている。

だが特別な条件下であれば、例えば指名手配されている殺人犯であれば
許可を得ていない一般人でも適応される事が稀にある。
法はここ数年で新暦を生きる人間としての責務ように人々は受け入れつつある。
それほどまでに”白金の夜”は、人々の記憶に刻まれていた。

792名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:23:07
 「あれ、知らなかったんですか?リゾナンターさん」
 「…!?あんた、まさか最初から知っててこんな事を…?」
 「いえいえ、お二人に会ったのは偶然です。でももしもお二人が
  リゾナンターじゃなかったら私、殺してたかもしれませんね。危ない危ない」

二人は底知れない畏怖を見ている気にさえなってくるその異常さに恐怖した。
その時、女が何かを思いついたように両手をパンと叩き鳴らす。

 「ああそうだ、ちょっと面白い悪戯をしましょう」
 「い、いたずら?」
 「はい。とりあえずお二人を誘拐する事にしましょう」

女の言葉に理解がついていかない。
だが反射的にまだ熱気を放つ道路から、周囲を探る。
左右のビルの壁面や陰に、いくつかの気配を感じた。
人が発する気配とは違う、この世界には、この世にはない異次元の気配。

“影”を知らない異形の者達の貌が穴を覗き込むように佇んでいた。

 「な、なんやこれ…!?」
 「Devil Demon…百鬼、夜行……」
 「大丈夫です。今は手出ししない様に言いつけてありますから」

春水が美希の服を掴み、美希は構えた姿勢を続けた。
だが一度で使用できる『磁力操作』の範囲は人間計算でもせいぜい十人。
気配は軽く四倍はある。だが登場から指一本はおろか、言葉すら発しない。

敵意ではなく畏怖。その理由は女にあるのだろう。
もし命令もなしに動けば女に逆に殺されると理解しているのだ。
それほどまでに女は別の威圧感を空間に漂わせている。

 「じゃあ取引しましょうか。私に誘拐される代わりに
  今ここに到着する人達のことは見逃します」
 「それ、完全にこっちは強制的じゃない」
 「まあそうですけど、このままでも何も変わらないですよ?」

793名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:28:09
涼やかな声で女は言った。
月下の路上には炭化し、切断された通り魔たちの死体が燃え尽きていた。
二人の死体は、単なる女の駆け引きの道具となっただけに過ぎない。
単なる取引の材料の為に人が死んだ現実に美希が歯を食いしばる。

 「……分かった。従うよ」
 「そう言ってくれると思いました。良かったですね、これで安心です」

何が安心なのか、女は嬉しそうにしている。
女に対して春水はどこか違和感を覚えたが、それが何か分からない。

 「アンタ、どこかで会った事あったりする?」
 「ヤダな、本当に忘れちゃったんですか?自己紹介したはずですよ。
 あ、影が薄かったならすみません。努力しますね」

女は笑って呟いた。パーカーを脱いだその顔に”見覚えは無い”。
だが女は困ったようにして、その名前を口にする。

 「横山玲奈です。よろしくお願いしますね」

朝の挨拶でもするようなお辞儀をする女に、二人は反応する事もなく固まっていた。

794名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:39:43
>>779-793
『朱の誓約、黄金の畔 -Mangles everlasting-』

横山ちゃんは完全に未知数です、加賀さんの「圧がある」という
知識しかないので少し圧めにしてみようかと思います。
12期日記を聞いたら「山ちゃん」呼びだったのが面白かったです。

795名無しリゾナント:2017/01/20(金) 05:02:30
>>793 訂正追加
女は笑って呟いた。
短髪だと思ったが、背後から絹のように濡れた輝きの長い黒髪を外界に散らす。
パーカーを脱いだその顔に”見覚えは無い”。
だが女は困ったようにして、その名前を口にする。

です。よろしくお願いします。今度も長くなって本当に申し訳ない…。

796名無しリゾナント:2017/01/20(金) 05:04:53
ん、少し文章が……。パーカーの帽子を脱いだ〜ですね。
パーカー脱いじゃったら全r(ry

797名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:33:25
五階建ての興業ビルは夜の中に静かに立っていた。
鋼鉄の正門は中央に大穴が穿たれ、強引に押し開かれている。
門の先、敷地には拳銃を握った腕が敷地の木の梢に引っ掛かっていた。

砕けたサブマシンガン、ショットガン、アサルトライフルが
芝生に無数に落ちており、散乱した金属片が月下に鈍く輝く。
ビルまでのコンクリートで舗装された道には赤い斑点が続き
やがて支流となって最後に血の川となった。

鮮血の流れの先に、伏せた禿頭の頭の上半身が転がる。
剥き出しの肩や腕には、虎の刺青があったが、更に赤や青や
紫の斑点が散り、絵の猛獣ごと腫瘍のように膨れがあっていた。
俯せの死に顔の頬や鼻も膨れ上がっていた。

男は黒社会の門番を任せられるほどの凶悪な性格を持ち
前科二十八犯の凶悪犯だった。過去に人間の身でありながら
ダークネスとの繋がりもあったと思われる要注意人物。
しかし、膨れた死に顔は闇を恐れる子供のような恐怖で凍り付いている。

小道の反対側には胴体。右肩や左腕や右脛から下が消失。
腹部にも大穴が開けられており、臓物が無残な断面を見せていた。
まるで”巨大な複数の獣たちに襲われたかのように”。

798名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:34:15
無残な胴体に続くのは眼鏡をかけた男の頭部。
眼鏡の右が砕け、大きく見開いた眼球の表面にハエが止まっていた。
頬へと涙の跡があり、鼻水は零れて顎まで伝っている。

冷酷な殺しをする殺し屋として組織の特効役を務めていた男は
泣きわめいた表情で死んでいた。
正面玄関の鋼鉄製の扉も無残に砕かれ、周囲には数十もの空薬莢が散らばる。
玄関付近は血の海。
人間の手や足が何本か転がり、挽き肉になった人体が撒き散らされていた。
原型を留めずに破砕された頭部もあり、何人が死んだのか正確には分からない。

廊下の壁や床に破壊の痕跡が穿たれている。
壁は爆砕されて大穴が開き、曲がり角の壁に突き立つのは槍の群れ。
天井には雷撃で焦げた跡。剛力で切断されたコンクリートの柱。
階段の手すりは砕け、使役獣の死骸が引っ掛かって舌を垂らしていた。

闇に沈む死山血河は二階へと続いていく。
二階の廊下の奥の扉も砕かれ、破砕された扉の奥に続く部屋の照明は壊され
街の灯りと月光だけが物体の輪郭をかろうじて浮き上がらせている。

799名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:34:58
室内は惨状だった。床から壁、天井にまで刀痕が縦横無尽に刻まれていた。
室内の机は砕け、本棚は内部の本ごと両断され、床に散らばる。
紙片がまだ空中を舞い、全てに黒い斑点や飛沫。
部屋には死体の山がある。

刀を握ったまま、首から食いちぎられた男、腕を『獣化』させた男は
前進を斑に染め上げて死んでいる。
異能者であった彼らの血臭が世界を覆っている。
死者たちの骸の間に、女が立っていた。
女、加賀楓の目は自らの足下を眺めていた。

黒塗りの刃の先に血の滴がつき、楓は右手を伸ばす。
指先で机に転がっていた誰かの肉片から千切れたシャツを掴み、血を拭った。

  「…やっぱり黒社会にもレベルがあるもんですね。
  弱小組織となると門番を務める人達を考えなければダメです。
  あのダークネスと対等まで張っていた三大組織なら相手が誰であっても
  無意味な脅しはせずに殺してから考えてたでしょうね
しかも異能者はたったの二人。殺し屋は二十人足らず。
  人数に装備、話にならないですよ、よくこんな世の中で生き残れてますね」

月光と街灯りが届かない闇で、楓の赤い眼が燐光を発していた。
夜に輝く夜行性の猛獣の目のようだ。

 「なんなんだ…」

虎の顔の刺青が血塗られている。支社を任された若頭の大柄の体が
執務机の向こうの椅子で硬直している。
武闘派であり、若い頃は人斬りとして鳴らした侠客の一人。
暗闘の死線を何十回と生き延びてきた折、組長から杯を直接受けた直参。
四人の若頭の中でも一家内では次期組長最有力候補とされる大物。
それが男の人生となる筈だった。

800名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:35:46
 「なんなんだお前は……全員殺して、何が目的だ?」

自他ともに全身が肝であると認めるほど剛毅な彼が怯えている。
彼の愛刀は部屋の片隅に握った右手ごと刺さったまま。
椅子に座った男の右腕は、肘から先が消失していた。

右足は肘から先が無く、傷口はそれぞれ食い千切られ、切断され
爆砕され、溶解していた。
二種類の断面からは大量の鮮血が椅子に零れ、さらに床に滴り
黒い血の海となっていた。
普通の人間ならば痛覚だけで死に、出血多量でも死んでいる。

だが男は死なず、そして体を動かす事をしない。
まるで”見えない触手”が締め潰すように。
男の体内で恒常的に発動する謎の異能力が彼に安らかな死を与えてくれない。

赤い眼は静かに男を睨み付ける。
背後の闇に、緑色の朧な光点が点滅する。さらに青や赤、数重もの瞳が現れる。

 「まあ分からないですよね。間接的にしか関わりはないですから。
  アンタとも、そこら中で倒れてる人達もね」

801名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:36:32
楓が黒塗りの刃を振る。背後の闇に灯る光点が尾を曳いて動き
異能者である二人の遺骸へと殺到、暗闇から肉を引き千切り
骨が砕ける音、無残な咀嚼音が続く。
異能力を”喰らった後の体”でも『異獣』達にとっては力の糧になる。

若頭だった男は自らの部下が闇の生物に喰われる光景から目を逸らす。
死に瀕しながらも、楓を見つめた。

 「分かっているのか。
 こんなことをすれば一家、組織を相手にする事になる」

精一杯の虚勢を震える声で紡ぐ。

 「さらに本家の協調関係にある黒社会の組織達も黙ってない。
  お前は死ぬ、死ぬんだ!」

白蝋の顔色で侠客が叫ぶ。

 「ええ、そうですね。でも、まあ言うなればそれが目的です。
 その事実がほしかったんです」
 「何……?」
 「その餌として選ばれた悪運を恨んでくださいね」

黒塗りの刃を掲げる。背後の動きが止まる。

【門】が現れ、鎖が跳ね上がり、開かれていく。

802名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:37:19
不可思議な文字が闇から青白く発光して螺旋を彩る。
膨大な文字は日本語でも英語でもない、古代文字でもない。
文字の一つ一つがまた小さな文字で描かれており、さらにその
一つ一つが多重多層の記号となって形成していた。

闇に残る燐光が数列を作り、実体化していく。
【門】から現れた存在が天井へと伸びていき、椅子に座る男の視線が
平行から角度を上げていき、ほぼ垂直となっていた。

 「なんだ、なんなんだこれは!?」

歴戦の侠客の顔には驚愕と恐怖で目に涙が滲む。
血臭と死臭に抱かれてしまった男に、楓は小さく息を吐く。

 「こんな非道な人生を選ばなかったら、アンタもちゃんとした
  家庭をもって、子供とキャッチボールして遊んだり、奥さんの
  愛に包まれて十分な大団円を送れたでしょうに」

悲哀の表情を込めて、右手の黒塗りの刃が下ろされる。
室内の天井にまで届く影が、重力に従って降下。
鮮血が噴き上がり、男の絶叫が室内に響く。
男の絶叫と咀嚼音を背景音楽に、楓は静かに目を伏せた。

表情が、消える。
顏が左側を向き、窓の外を眺める。
商業ビルの暗い連なりの向こうに、人間が居住すると示すように
人工照明が見えた。

 「一度滅びても闇は消えずに残ってしまう。こびり付く錆びみたい。
  …本当はあの時に死ぬはずだった人達を生かしたのはどうして?
  あの人達はもっと非情で、非道だって聞いてたけど…いや、それは
  もう随分前の話か、今の人達はどうにも甘いらしい」

803名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:37:50
  きっと、この男達が死に追いやってきた数も知らないのだろう
  “里が一つ滅ぶほどの虐殺を目論んだ組織”の下っ端達だが、同罪だ。
  同じ道を志した時点で、既に結末は選ばれていた。

楓の表情が崩れたかと思うと、大粒の涙が流れる。
天井を見上げて堪えようとするが、数滴が頬に落ちていく。
室内に響く若頭だった男の悲鳴は絶えていた。
彼がいた場所には闇色の塊が蠢き、物体が振り向いた。
緑や赤や青の眼の光点が、楓を見つめていた。

明らかに敵意、そして食欲と殺意。楓も赤い瞳で睨み付ける。

 「加賀さん、大丈夫ですか?」

レイナは左手を伸ばし、楓の持つ黒塗りの刃に触れた。
苦鳴。
光点の群れは、哀しい叫びと共に即座に分解されていく。
黒い物体から伸びた青白い燐光の文字が、【門】の鎖に
繋げられ、吸引されていった。

絶叫に嗚咽もまた分解され、鎖へと吸われていく。
猛風のように吸引され、あとには何も残らない。
【門】が自動的に閉じられ、鎖の捕縛の内に錠前が復活し、閉じられた。
眠るように目が閉じられ、存在は消えた。

804名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:38:21
静謐。
楓とレイナの横顔を遠い灯りが染めていた。

 「離してくれる?」
 「あ、へへ、ごめんなさい」

素直に手を離し、レイナは笑った。楓は目を逸らして鞘に刃を収める。
楓の眼は、人間味の帯びた黒い瞳へと戻っていた。
薄桃に赤らめる瞼を見せたくなくて振り返らずに言葉を漏らす。

 「それで、どうしたの?」
 「はい。全部”食べました”。証拠隠滅って、意外と大変ですね」
 「数が数だけに足跡を辿られても面倒くさいから。
  まあ……今度相手にするヤツはもっと面倒だろうけど。
  多分その証拠隠滅すら手掛かりにして来るだろうし」
 「能力者って面白いですね。私達とよく似てる人も居ましたし」
 「……それ、嫌味?」
 「いえ、あの、そういう意味ではなかったんです。ごめんなさい」

素直に謝罪するレイナだが、振り返る楓は明らかに怒っていた。
何かを言わなければとレイナは口を紡ぐ。

 「大丈夫ですよ加賀さんなら、もうチカラを意のままに操ってる。
  それなら今度こそできますよ、復讐を」
 「……当たり前じゃない。手伝ってもらうからね、レイナ。
  元々アンタや、あのバケモノのせいなんだから」
 「はい。私達は元々、そういう契約ですから」

805名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:39:39
『異獣』は異能力を得る代わりに、召喚士のチカラとなる事。

至極当然で、単純明快な契約である。
レイナは人型であると同時に、異獣召喚士が呼び出せる九十九の
異獣を使役する【門】の仲介人、百体目の人形異獣である。

レイナが依存する人間の女は随分前に自身が使役していた
異獣に誤って取り込まれてしまい、命を落としたという。
その彼女を楓が召喚した事で現世に戻ってきたが、中身は別物だ。

生前の年齢を考えると同年代だが、彼女と心を通わせる事はないだろう。
この先を考えても有り得ない。
彼女はただのバケモノであり、そして。

 ある目的を達成すれば、再び【門】に封じ込める。
 それまでの道具に過ぎない。

自身を取り戻す様に表情を引き締める。

 「とりあえず、しばらくこの地区の近くに居る。
  警察すらこの四区には無暗に近づかないらしいから。
  多分遭遇するなら……ここの親分でしょうね」
 「加賀さん、楽しそうですね」
 「……馬鹿言わないでよ。アンタ達じゃあるまいし」

レイナの黄金の目が闇の中で隣火となって光る。
死臭と血臭の舞う空間から出ていく楓の背後で、レイナは微笑んだ。

806名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:42:15


 「甘いなあ、加賀さんは。でも大丈夫ですよ。
  私が、私達が、ちゃんと叶えてアゲマスカラネ」


壁際に倒れた割れた姿見がレイナを映し出す。
もう一人の自分がこちらを見つめていた。
悲しそうに、嬉しそうに、苦しそうに、楽しそうに。
影を忘れた闇が静かに、ただ徐々に大きく蠢いた。

807名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:45:45
>>797-806
『朱の誓約、黄金の畔 - creature in a mirror-』

今回は少し短いです。
登場人物は多い予定だったんですが次回にでも。
B.L.T.買ってもう少し二人の知識を増やさなければ。

808名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:36:43
「おい!あいつは、あいつはどこや!!」

某国民的犯罪組織の、支店。
定例の支店会議を執り行う会議室に、勢い勇んで乗り込む人物が一人。
支店トップを張る女、普段は冷静沈着で知られる彼女は珍しく声を荒げていた。
どちらかと言えばフリーダムな雰囲気を醸し出している、彼女の言う「あいつ」。支店の二番手であり、女の相棒的存在で
もある「あいつ」が支店会議をサボタージュすることなど、日常茶飯事のことのはずだが。

「あの人なら、『白菊』さんと『黒薔薇』さん、それと店の一個小隊連れて出かけましたよ。何でも、『虎狩り』に出かけ
るとかで」
「なんやと!?」

先日、支店の参謀格に収まったばかりの髪の長い、前髪を七三に分けた少女が、事実を告げる。
「虎狩り」の意味はすぐに理解できた。間違いなく先日スカウトに失敗した少女のことだ。
その言葉に、驚きよりも先に怒りを覚える。
女が焦っていたのは、嫌な予感がしていたから。スカウトをするのに、わざわざ二人の幹部と大所帯を連れてゆく必要性と
は。

「アホが!何勝手なことしとんねん!!すぐに連れ戻し!!」
「いいんですか?『ちゃぷちゃぷ』さんの面子、丸潰れですよ?」
「なっ…!」
「それに。ニーチェも言ってるじゃないですか。『人生を危険に晒せ』ってね」

参謀の言葉が、女の感情に大きくブレーキをかける。
「あいつ」の「虎狩り」が、自らの命運を賭けるほどの大事だとすれば。
表だって自分が制止するわけにはいかない。この支店は自分と彼女の二枚看板で支えているようなもの、そんなことをすれ
ば組織内のパワーバランスに関わる。個人的な感情は、嫌でも収めなければならない。

「…くそが!!」

が。苛立ちまでもがそう簡単に収まるわけもなく。
負けるわけがない。という相手に対する信頼と、自分に背を向け独断で「虎狩り」に出かけた事実が女を板挟みにする。
それでも、女は知っているのだ。相手の帰りを待つ以外に、自分のすることなどないことを。

809名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:38:03


「で。そのミツイっちゅう人が、うちを匿ってくれるって話やけど」

あまり乗り心地がいいとは言えない車の中。
助手席に座った尾形春水が、運転している野中美希に話しかける。

「その人、ほんまに信用できるん?」
「実を言うとね。私も話に聞いただけで、会ったことないんだ」
「はぁ!?」

春水が怪訝な顔をするのも無理はない。
正直、普通に考えれば美希でもそんな伝手を頼るなんてどうかしてると思ってしまうが。

「Don't warry. うちの機構がお世話になってる、ロサンゼルス市警のハイラム警部って人がいるんだけど。その人のお墨
付きの人だから。大丈夫、信頼できる人だよ」
「へえ、そうなんや」

ハイラム・ブロック。
もともと市警のいち刑事課長に過ぎなかった彼は、ロサンゼルスにて勃発したテロ事件を「解決」することで飛躍的にその
名声を高めた。そしてその確かな実力は「機構」の知るところとなり、現在に至るまで良好な協力関係を築きあげている。
ただ、「機構」が彼に接触したそもそもの目的は、彼が日本のとある能力者集団との間に持っているコネクションであった。

その能力者集団の中に、先のミツイという女性は所属していた。
かつては驚異的な予知能力の持ち主だったそうだが、今では能力を失い、能力者時代に培った経験を活かして様々な活動を
しているという。
ハイラムの知己ということもあるが、美希は彼女の名前を聞いた時、その人に委ねれば何とかなる。そんな直感に似たもの
を感じた。言うなれば、心に響く何か。まさしくそれは…

810名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:39:54
「ちょ、さっきの交差点左と違うん?」
「あれ…そうだっけ?」
「また方向音痴が炸裂かい!はぁ…うちに運転免許があったらってつくづく思うわ」

呆れ顔の春水に、美希は肩を竦めずにはいられない。
ただ、抗弁する機会があるのなら言いたい。これは決して自分のせいではないのだ。どうしようもないことなのだ。とは言
うものの。
先程の交差点スルーはまだいいほうで、気が付くと東京と真逆の方向に走っている始末。方向音痴のプロ、方向音痴の
スペシャリスト。何度春水にそんなありがたくない二つ名をつけられそうになったか。
そして、今この瞬間も。

「オー…今の路地を右に曲がらなきゃならないんだった…」
「はぁ。こら気長にいくしかないねんなあ」

「機構」所属のエージェント。それが方向音痴だなんて、と美希は気が滅入る思いなのだが。
むしろそれが春水にとっては親近感を感じる要素であることを、美希は知らない。
春水が美希について行こうと思ったのも、偏に美希の人柄のおかげでもあった。

「それにしても、ええの? 任務とやらをほっぽり出してうちに付き合っても」
「ノープロブレム。ちょうど大阪の支部に同僚がいたから、きちんと引き継ぎできたし。その、春水ちゃんを無事に東京に送
り届けるには一日でも早く動かないと、って思ったから」

車は市街地を抜け、山道に入る。
峠を越えれば、とりあえずは関西圏を抜けることになる。

811名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:41:00
「ふう。ようやく第一段階突破だね」
「ああ、誰かさんのおかげで遠回りしたけどなあ」
「もう、春水ちゃんのいじわる…今のところは追っ手もいないみたいだし、少しは気を休めることができるね」
「そうやとええねんけどな」

おそらく春水は例の怪しいナース服の二人組の事を思い出している。美希はそう踏んでいた。
大阪であれほどの実力者がいる組織と言えば、思い当たるところは一つしかない。
美希が憎む「あの組織」ではないものの、全国の要所に拠点を持つメジャーどころの支店だ。時として海外にまでその欲望
の手を伸ばす彼らは、「機構」の監視対象組織の一つに入っていた。

春水が顔を顰めるのも無理はない。何せ彼らのやり口は一言で言えば「えぐい」からだ。
彼らの見初めた逸材を手に入れるためには、手段を選ばない。それは、春水の仲間たちを見せしめに殺したように見せかけ
たことからも明らかだ。ただし、それが通じないと解れば次は騙しではなく本当に実行する。
特に。あの二人組のピンク色のほうは、仲間に迎え入れると言うよりも、むしろ弱者を甚振り楽しむような素振りすら見せ
ていた。そんな彼女が、そう易々と「おもちゃ」を手放すだろうか。

今は、そんなことを考えても仕方ない。
美希は、車をただひたすら東へ向けて走らせる。

楽しいドライブ、とはいかずとも長い道中だ。
自然と会話は互いのことについて及んでくる。

「野中ちゃんの言う機構、ってどんなとこなん?」
「うーん、そうだね…」

812名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:41:57
春水に言われ、美希は自らの所属している「機構」について説明する。
アメリカにおいて外国での諜報・諜略活動を一手に引き受ける中央情報局。その下部組織でありながらも、半ば独立した指
揮体系を保持しているのが「機構」なのだと言う。
活動内容は、中央情報局の入手した情報をもとに行動すること。特に、「能力者」と呼ばれる異能の持ち主の絡む問題に介
入・解決するのが主になっているという。

「へえ。そんなエリートさんばっかのとこに野中ちゃんの年で在籍してるなんて、凄いやん」
「いやいや、私の場合は優秀なエンジニアさんが…」

そう言いかけたところで、美希が口を噤む。
どうやら何かに気付いたらしい。
バックミラーには、車間をぴったりと付けて追走する、スモークガラスの怪しい車が。

「春水ちゃん。後ろから、不審な車が」
「…ほんまや。もしかして、あいつらじゃ」
「わからないけど、振り切ってみる」

言うや否や、アクセルを思い切り踏みつける。
凄まじい爆音とともに、車両が急発進。見る見る間に、後方の車を置き去りにしていった。
これで必死に食らいついて来るなら、ビンゴなのだが。

「何やねん。あいつら、まったく追ってけえへんやん」
「うーん、私の思い過ごしだったのかな。人気のない場所に入ればもしかしたらアプローチをかけてくるかも、って思った
んだけど」

もし彼らが未だに春水のことを諦めていないと仮定して。
仕掛けるなら、ここ。そう美希は予想していた。それは「機構」のエージェントとしての直感だった。
その直感が正しいことは、すぐに証明された。

813名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:43:00
道の真ん中に立つ、ふたつの影。
車が近づきヘッドライトが影を照らすにつれ、姿が顕になる。

二人とも、白のナース服に白黒のボーダー柄のニットコートを羽織っていた。
ニットコートは、多少の模様の違いがあり。
白が多めのほうは、鬼の形相でこちらを睨み付け。黒が多めのほうは、下卑た笑顔で迎え入れる。
いかにも対照的な二人、けれども、こちらに向けている敵意は。ひとつ。

「尾形ちゃん!しっかり掴まってて!!」

言うや否や、美希はハンドルを大きく切った。
車体をぎりぎりまで近づけ、そして横に寄せる威嚇。だが、件の二人は顔色ひとつ変えることなくその場から一歩も動かな
い。その胆力、威圧感、ただものではないと美希は判断する。

「私が先に出る。尾形ちゃんはあいつらを無視して先に行ってて!」
「はぁ?何言うてんねん!うちも戦うわっ!!」
「こっちには車がある!すぐに合流するから!!」

ここで二人で共闘した場合と、一人でこの二人を相手にした場合をシミュレート。
結果、後者を美希は選んだ。これからやろうとしていることに関しては「一人の方が」都合がいいのだ。

不承不承ながらも首を縦に振る春水を確認し、美希は運転席のドアを開け放った。

「なかなかおもろいことするやん。ま、その鉄の塊ぶつけたとこで勝ち目なんてあらへんけど」
「つまらんことしてると、死ぬぞお前」

嫌らしい表情を浮かべ挑発する黒いほうと、殺意を剥きだしにする白いほう。
それを無視し、美希は訊ねる。

814名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:44:40
「あんたたちのボスは?」
「…お前ら如きに、姉さんが出張るわけないやろ」
「そう…いいよ、春水ちゃん」

それが、ゴーサインだった。
勢いよく車から飛び出した春水が、二人の刺客のボーダーラインを越えようと駆け出してゆく。

「なっ?!」
「逃がすかい!!」

春水を阻もうと、白いほうが手を伸ばしかけた矢先のこと。
掠める、紫電。攻撃をかわした時にはもう、春水は追いつけない距離に遠のいていた。

「ちっ…とんだ邪魔が入ったわ」
「まあええやないの。二人でこいつを甚振り殺す、っちゅうのも面白そうやし」

最悪一人だけでも足止め、と考えていた美希だったが。
まさか二人ともこちらに気を向けてくれるとは。春水に追手が差し向けられないことを喜ぶべきか、それとも巻き込まれ体
質の本領発揮を恨むべきなのか。
諦めたように、ふう、と美希は息を吐く。

「何やねんお前。もう白旗上げてんのかいな」
「ううん。あなたたちなら、『これ』を見せても問題ないかな、って」

美希がかぶりを振ると同時に、それまで普段着のように見えた彼女の衣服が形を変えてゆく。
体にフィットしつつも、防御性に優れたデザイン。それでいて機動性をまるで損なっていない。深い紫色の、プロテクトス
ーツ。

815名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:45:41
「ちっ、光学迷彩…?」
「It is not necessary to tell you.(あなたたちに教える必要は無い)」

それだけ言うと、美希は全速力で黒いほうへと向かってゆく。
先程見せた「飛び道具」から、距離を取って戦うタイプと見ていた黒いほうこと「黒薔薇」は少々面食らう。

「ちょ、何でうちやねん!」
「ええやん。甘いもんばっか食うてるから少しは体動かしや」

ひとまず自らが攻撃の対象から外れていることを知り余裕の白いほうこと「白菊」。
ついてない「相方」は不服そうに頬を膨らませつつ、すぐに思考を切り替える。

美希が、一気に敵との距離を詰める。
上段への突きや蹴りを主体とした、米軍軍隊格闘術に源を発した「マーシャルアーツ」。それが美希の戦闘スタイルであった。

矢継ぎ早に繰り出される、拳や蹴り。
だが「黒薔薇」も負けてはいない。美希の迅さに対応し、雨あられの攻撃を悉く防いでいる。
やがてこのままでは埒が明かないと見た美希が間合いを大きく取った。

「何や、逃げんの…」

言いかけた「黒薔薇」が、ぎょっとする。
右手を額の辺りに翳した美希。ともすると敬礼のポーズにも見えるそれは、体中から紫の光のようなものを集め。
一直線に、空間を斬り裂いた。

816名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:46:46
同時に、再び間合いを詰めてゆく美希。
謎の光線を回避するので精一杯だった「黒薔薇」の無防備な姿、さっきのような息もつかせぬ蹴り技と手刀のコンボを食ら
えばただでは済まない。

が、そこに立ちはだかるものがいた。
二人の戦いを静観していた「白菊」であった。

「近接と飛び道具の二段構えか。せこい真似するやん」
「くっ!!」

戦況は一気に二対一の不利な流れに。
「白菊」の乱入により態勢を立て直した「黒薔薇」も攻勢に加わり、美希は一気に窮地に陥る。

「おらあっ!!」

「黒薔薇」の上段蹴りに警戒し身構える美希を、死角から「白菊」の一撃が襲う。
見た目の華奢な感じからは想像もつかないほどの、重い拳。プロテクター越しに伝わる衝撃は、美希に確実なダメージを与
えた。
後方に態勢を崩す美希に、白の刺客は追い打ちをかける。蹴り技はないものの、右から左からやって来る剛拳。これには正
面を固めて防御に徹するしかない。

このままでは…
何とか状況を打開したい美希だが。

「うちのこと、忘れてへん?」
「なっ!」

今度は「白菊」の反対側から、「黒薔薇」が。
いつの間にか拾ってきたと思しきコンクリの塊のついた鉄パイプを、何の躊躇も無く重力に任せて振り抜く。
プロテクターの範囲外である頭にそれを受けた美希は、思い切り後方へと吹っ飛んでしまった。

817名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:48:04
「相変わらずえげつない攻撃やな」
「せやかてうち非力やもん。それに、これやったら血ぃ、いっぱい見れるやろ?」

けたけたと笑いだす、「黒薔薇」。
その笑顔は狂気に染まり、さらなる惨劇を求めて美希に近づく。
しかし、インパクトの瞬間に力を逃がした美希はゆっくりと立ち上がった。
こめかみのあたりから少し流血はしているものの、大きな怪我ではないようだ。

「つまらんなあ。もっとどばっ、と血出ると思ったのに」
「生憎、鍛えてるんで」
「ま、ええわ。今からここらは血の海になるから。なあ、『白菊」」

まるで歩調を合わせるかのように。
同時に歩き出す、二人。再びの連携攻撃を予測し身構える美希だが、異変はすぐに訪れる。

「え…」

立ち上がったはずなのに、力が抜けたように膝を落としてしまう。
さっきの一撃が予想外に効いていた? 違う。これは。可能性を模索する美希に、二人の悪魔が囁く。

「なあ。こう見えてもうちらも『能力者』なんやで?」
「うちらに囲まれた時点で、自分、もうしまいやねん」
「黒き薔薇は、相手に眠りをもたらし。白き菊は相手に死をもたらす。なんてなぁ」
「寒。あの哲学マニアみたいな物言いやな。せやけどま、そういうこちゃ」

なるほど。毒ガス使いか。
美希はすぐに、相手の能力を看破する。
おそらく二人でコンビを組んでいるのは、一方の力で相手を昏睡させ、さらにその間に致死性のガスを吸い込ませ確実に亡き者
にするためだろう。しかし。

818名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:48:35
「もう遅いで? あんたはもう、一歩も動けん。うちらに嬲り殺しにされるだけや」

毒ガス中毒に陥った人間がそのことに気付いた時は、最早手遅れ。
全身の機能は失われ、死を待つのみだ。

追い込まれた美希が取ったのは、自らの身を隠すこと。
今度はプロテクトスーツだけではなく、全身ごと。

「はっ、悪あがきやな。そういうの、めっちゃむかつくねんけど」
「ええやん。どうせ遠くには逃げられん。追い詰めて甚振って殺す楽しみが増えたっちゅうことや」

手負いの兎を狙う狼が如く。
二人の狩人の目は、赤く血走っていた。

819名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:50:46


急ぎ足に、雑草が絡みつく。
だがそれほど抵抗のあるものでもない。すぐに慣れてゆくだろう。

自らが選んだとは言え、民家の明かりすら見えない山道。
だが、道はまっすぐ続いている。
何事もなければ、合流することはそう難しくないはずだ。

ふと、後ろを振り返る。
先を見通せない闇が、そこには広がっていた。
きっと、そこでは「二輪の花」が当てもない探し物をしているに違いない。

美希は、先ほどの修羅場からまんまと逃げ果せていた。
先程まで彼女がいたあの場所。恐らくは毒ガスの使い手である二人が意図的に選んだ窪地だったのだろうが。
それが逆に、美希にこれとない好条件を与えていたことを彼女たちは知らない。

空気調律。
それが、美希の能力だった。
自分の周囲の空間の、温度、湿度、空気の流れを自在に操る力。
美希の纏っていたプロテクトスーツを隠したのも、空気中の静電気を集めて電磁砲を放ったのも、この空気調律のおかげである。
そして。

自らを取り巻く毒ガスを、通常の空気と置き換える。
さらには領域内にいる対象の空間認識を狂わせ、ちょっとした方向音痴状態に陥らせる。
毒ガス自体の毒性は、深く吸い込まなければ日ごろその手の訓練を受けている美希にとっては、大きな問題ではなかった。

「黒薔薇」と「白菊」はまんまと美希の能力に翻弄され、そして逃がしてしまったのだ。
美希は改めて、自らの能力とそれを増強させてくれるプロテクトスーツの存在に感謝する。

820名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:52:06
彼女の纏っているプロテクトスーツ。
「機構」に属するとある技術者が、美希のためにカスタマイズしてくれた一品ものであった。
その技術者の唯一無二と言っても過言では無い技術力によってスーツは生み出され、美希の「空気調律」能力は美希のポテンシ
ャルを最大限に引き出すことに成功した。元々能力についてはそこまで秀でていなかった美希が「機構」指折りの使い手にまで
上り詰めることができたのは、スーツのおかげだと美希は重々承知している。

ただ、その技術者は不幸な事故により、もうこの世にはいない。
だから、何らかのアクシデントでスーツが壊れてしまった場合。もう新しいスーツは作られない。それが意味するところを、美
希は知っていた。いつか、いつの日か。その日がやって来ることを。

山道を、ひたすら奥へと進んでゆく。
二人の刺客を巻くためには車を捨てざるを得なかった。ただ、春水と合流した後に麓の町で調達すれば何の問題も無い。
ひたすら続く、一本道。その形状が方向音痴な美希にはありがたい。そもそもその方向音痴も、美希が「空気調律」の能力者で
あることから起因しているものだのだが。

少し歩けば、春水とすぐに合流できるはず。そう美希は予測を立てていた。
しかし、歩けど歩けど春水の姿は見えない。それどころか、奥に進めば進むほど例えようのない嫌な予感が美希を襲っていた。
まさか。そう思った時に、鼻をつく臭い。

何かが、焦げたような異臭。
そして。荒らされた地面。激しい戦闘が行われた痕跡に違いない。
足跡は、引き摺られるように奥へと続いている。

まさか、あの二人はただの囮!?

運ぶ足が、必然的に速くなってゆく。
春水の身が危ない。美希の推測通り「白菊」「黒薔薇」の二人組が囮ならば、春水を待ち受けているのは。
全速力になってすぐに、正面の暗闇が紅く輝く。ほんの、一瞬の瞬き。それでも、美希にはそれが春水の放つ炎であることは
理解できた。


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