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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

393名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:57:18
「愛ちゃん、お願い!!」
「わかった!!」

全身に光を纏い、「天使」へと切り込む愛。
自分の光は、虚ろな天使の攻撃の、唯一の防御手段となる。そのことを確信した愛は、容赦なく「天使」の懐に入り、近接
攻撃を繰り出した。

光に包まれた手が、そして足が「天使」を攻め立てる。
その度に、白い羽が揺れ、輝く羽根がふわりと散る。渾身の、蹴りと拳の乱打。
もちろん、全ての攻撃はまるで機械仕掛けのような正確さで次々とかわされる。だが、それで構わなかった。何故なら、愛
の特攻は「本命ではない」から。

「ぬぅん!!」

里沙の張り巡らせた輝く光が、弧を描いて天使に襲いかかる。
さらに光が、いくつもの光に。軌跡を描きながら無限に分裂し続ける光のワイヤーは、やがて「天使」を捉える鳥籠に姿を
変えた。

「天使」が、その翼を折り畳み、鳥籠が完全に閉じきってしまう前に上空へと急上昇を始める。
光が完全に出口をしまう前に外に飛び出されてしまっては、再び「天使」を捕まえるのは困難であった。が。

待ち構えていた。
里沙は、黒き翼を従えて。「天使」が突き抜ける軌跡の上に。
「銀翼の天使」は、里沙の姿を確認するや否や、右手に輝く剣を携える。
「悪魔」をも斬り伏せた、虚構の刃。それを、里沙は。

敢えて、受け止めた。
腹部に深々と刺さる言霊の剣から、血が滴り落ちる。
傷口から、じわりじわりと広がってゆく真っ赤な染み。

394名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:58:06
「この時を…ずっと待ってました」

里沙は、自分の体から急速に力が抜けてゆくのを感じつつ。
その蒼白になった両手のひらを。
「天使」の頭を挟み込むように、添えた。

精神干渉の、極たる業。
自ら卑しい汚れた力とさえ罵った、相手の心に自らの心を滑り込ませる ― サイコダイブ ―。
この一瞬に、里沙はすべてを賭けた。
無慈悲な天使の奥底に、安倍なつみの心が残っていることを信じて。

395名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:59:02


これまでにも、何度も里沙はサイコダイブを敢行してきた。
敵にも、そして味方にも。
ただ、こんな日が。安倍なつみに精神潜行を仕掛ける日が来るとは、思いもしなかった。

自らの心とは別の世界に、自分自身が再構築されるような感覚。
里沙の視界がはっきりしてくると、そこは見たこともない景色だということがわかる。

白。白、白。白。
そこには、何もない。
普通の人間であれば、何にせよ様々な景色が広がっているはず。
だが、白という色彩の他には、本当に何もなかった。言うならば、「無の世界」。

対象の人物にサイコダイブした精神干渉の使い手は、まず最初に様々な景色を目にすることになる。
例えば、大海原に面した砂浜であったり、太陽の降り注ぐ草原だったり。それらは全て、サイコダイブの対象となった人間
の精神世界であり、心模様であった。
つまり。

「銀翼の天使」 ― 安倍なつみ ― には、景色を描くような心は残っていない。

里沙をも塗り潰さんと広がっている白一面の世界が、何よりの証明だった。
彼女が操っていた白き言霊同様に、色彩すら見当たらない世界。

396名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:59:41
それだけではない。
かつて里沙が「黒の粛清」と対峙した時のこと。
粛清人に精神干渉を試みた里沙を阻んだのは、まるでとっかかりのない、鉄の球体のような相手の心だった。
それを知った時のような絶望が今、里沙に襲いかかろうとしていた。
いや、形すら見当たらない今の状況の方がより、残酷だ。

そんな…もう安倍さんの心は、残ってないの?

無力感が、足を伝い膝を落とさせた。
だが、すんでのところで力を振り絞り、再び立ち上がる。
ある人物の顔が、脳裏を過ったからだ。

今も、深い眠りについている、里沙の親友。亀井絵里。
絵里を何とかして再び目覚めの世界に導こうと、里沙は日夜彼女のいる病院へと足を運んでいた。
「銀翼の天使」の襲撃によって、昏睡状態に陥った絵里を救う唯一の方法。それが、サイコダイブだった。
その作業は広大な砂漠の中から一粒の砂を見つけ出すような、ほぼ不可能に近いもの。それでも。

窮地に陥った里沙を救うべく、絵里は束の間の目覚めを得ることができた。
明けない夜はないし、止まない雨もない。里沙は暗がりの中で一条の希望を見た気がした。

だから。
里沙は、白い、何もかも白く消し去ってしまうかのような砂漠に。足を、踏み入れる。
絶対に。絶対に安倍さんを探し出して見せるんだ。
後輩たちに生きて帰って来いと言った以上、自分たちも。
里沙の心には、あの日見たような希望の光が差していた。

397名無しリゾナント:2016/04/11(月) 22:01:47
>>391-396
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

光のワイヤーは以前拝見した過去作からのリゾナントだとは思うのですが
失礼なことに失念 してしまいました…申し訳ない

398名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:01:45
家を出て二十分、雨はまだ続いている。

 「あれが依頼のあった現場です」

目の前にあるのは一棟の社屋。
右に同じような洒落た外装をした建物が隣接している。
飯窪は傘を差し、鮎川は傘を差し、外套を着たまま歩く。
鮎川の足元で水たまりが弾けた。

社屋ビルの前を通り、隣の邸宅前に到着。
低い三段の階段を上がって、扉の前に立つ。

 「依頼主からは許可を取ってありますから、扉は開いてますよ」

無断侵入の説明をしつつ、飯窪は扉を開ける。
曇天でさらに陽光が射し込まなくなった薄暗い廊下が見えた。
戸口を覗き込もうとする鮎川のために横に退く。

 「まず現場を見てもらったほうが良いですね」

飯窪と鮎川が廊下を歩いていく。
途中の階段を通り過ぎて、突き当りを左に曲がる。
奥に開け放しの扉と、警察が張った立ち入り禁止の帯が見えた。

黄色い帯を手で払い、奥の部屋に入る。

399名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:03:14
 「勝手に入っていいの?」
 「入室の許可は出てます。事故として処理されてますから」
 「事故?」
 「死亡したのはリルカ・オーケン。映像や書物、ようするに物語関係の
  輸出入と制作を行ってる方で、この貿易映像社の副社長でした。
  今朝、彼女は自宅の書斎で死体となって見つかりました」
 「外国の人?」
 「ハーフだそうですね」

部屋にある家具は、書類棚と重厚な執務机。
貿易社の商品である書籍やDVDは山と積まれている。
苛烈な仕事が私生活にまで浸食してきたのが見てとれた。
絨毯を控えめに染める血痕が、不運な事故を静かに物語る。

 「そこがリルカさんの死体があった場所ね。
  殺人の可能性はないの?」

鮎川の目は血痕が落ちた絨毯を見下ろす。
血痕の周囲には陶器の破片が落ちていた。

 「朝にご家族が発見し、通報して警察が調査しました。
  現場と物証の状態から見ても、リルカさんは深夜まで
  自宅で仕事をしていて、立ち上がった時に過労かなにかの
  原因で足下がふらついた。
  そして寄りかかった棚の上にあった花瓶が落ちて、頭に落下」

飯窪は一歩歩み寄り、陶器の破片を指で示す。

 「痛みで後方に倒れた時、机に後頭部を打ってしまった。
  当たった角度が悪かったみたいで、午後一時から二時の間に
  死亡したと考えられます」

400名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:04:14
入手した警察の簡単な検死情報を思い返す。

 「そう見えて、実は誰かが仕掛けた殺人事件、という展開は?」


 「物語ならともかく、一般人は手のこんだ殺人はしません。
  ないとは言い切れませんが」
 「殺人じゃなく単に事故死だとしたら、救われないわね…。
  まだこんなに若いのに副社長になっても、机に頭を打って
  死ぬなんて悲しすぎる」

鮎川の面差しに哀しみが宿った。

 「副社長という座も大変だったようですね。
  この映像会社を社員二百人規模の会社に育てあげ、三男一女を
  会社の各部門を任せるほどに育て上げた訳ですから」
 「夫はどうしていたの?」
 「ルリカさんが発見される前夜にすでに行方知れずになってます。
  元々気弱な方であまり経営に向いてなかったそうです」
 「驚くほど夫が怪しいじゃない」
 「元々あまり家に寄りつかなかったみたいで、事故死という結果もあって
  警察の動きも鈍い。娘さんだけが心配して、旦那様の身柄を
  捕捉してほしいと依頼してきたんです。それも警察よりも先に」

鮎川を眺める。

401名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:05:25
 「私の目的は、その旦那様を見つけ出すことにあります」
 「見つけて、それで?」
 「それだけですよ」
 「それ、だけ?」
 「それだけです。この事件には鮎川さんが恐怖している事は
  ほとんど影響していないお話ですから」
 「余計な仕事はしない、ってこと?」
 「……私達が正義の味方をしているのは、誰かの人生を
  めちゃくちゃにした相手に復讐するためではありませんから」

まだ納得していない鮎川に飯窪は携帯端末を差し出した。
そこにはこの貿易社の経営主の経歴と、顔や全体の写真があった。
鮎川の鼻先に不快感の皺が浮かぶ。



机に座って控えめに微笑む社長、ロック・オーケン。
痩せた体に白の混じった髪は三対七という半端な横分け。
何かを睨み付けるような鋭利な目。
貧相な顔にペイントで十字架を模した模様が描かれている。
まるでピエロか何かの様だ。

 「……いかにもって感じね。
  怪しいDVDでも売ってたんじゃないかってぐらいの面構え」
 「見た目で判断するのは良く無いですよ。
  それなりにいいところもあったと思いますよ」

402名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:05:57
小声で「多分」と付け加えてしまった飯窪の弁護にも
鮎川は侮蔑の小さな笑みを口の端に刻む。

 「ロックさんの私室は二階です」

二人で部屋を出て、廊下まで戻る。
階段を上って二階に到着すると、廊下の横手にある扉を開けた。
左右の壁一面と床に、雑誌と本とDVDが溢れている。
左手の棚の中段ほどに、画面と録画再生機がそれぞれ六台。
何の為かは分からないが、六つの画面を一度に見る事態が想像できない。

窓際の机の上では、数年前に上映された映画がテレビで放映されていた。

 「なんで勝手にテレビが?」
 「自動再生でしょうか」

映像のひとつには、飯窪も見た事がある映画があった。
丁度、変身ヒーローが悪の計画を阻止している最中で
ヌンチャクを振り回す特撮ヒロインというのも斬新ではある。

 「まるで子供の部屋じゃない…」

鮎川の言葉通り、貿易社の社長の部屋に仕事の用具は何もない。
時間を知らせる時計すらなかった。
この部屋は、ただ子供のままで大きくなった男のための
夢物語と玩具で埋め尽くされ、戯れるためだけの部屋だった。
楽器や電子器具の山。
音楽楽器の雑誌が混ざっているのを見るに、彼は音楽にも精通してたらしい。

403名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:07:13
ロック・オーケンの理想を投影したような本は床に転がっていた。
表紙では、勇敢な戦士が右手に剣を握り、美女を
左腕で抱きつつ、白い歯を見せて笑っていた。
二人でさらに部屋を捜索したが、ロックの行方を示すようなものは出ない。

携帯端末を見つけて電話帳や住所録を見つけたが、空白ばかり。
何件かはあったが馴染みの楽器店のものがほとんどで
個人的な友好関係がほとんどない。
数少ない交友関係にその場で電話してみるが、誰も彼の事を知らない。

鮎川の不機嫌さが頂点にまで達する前に、二人は外に出る事にした。

404名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:19:33
>>398-403
『雨ノ名前-rain story-』 以上です。

「鮎川夢子」さんを知ってる人はその人物像で見てもらえると
ある意味で面白いかもしれません。
ちなみに書いている人はあの映画を見ておらず、原作との混合なので
別人として捉えてもらっても大丈夫です。

(スレ内)>>212
自分ではどうして推理モノを書こうとしたのか理由を
覚えていないのですが、これは当時書いてた話を掘り起こしてきました。

405名無しリゾナント:2016/04/13(水) 01:56:29
 「納得いかないわ!」

叫び声に数人の視線が向いたが、降り続ける雨の鬱陶しさに
早足でその場を後にしていく。
横目で見ると、鮎川の眼が怒りに燃え、唇が不快感に歪む。
雨除けの外套から静かに雨粒が流れた。

 「ロックという男は、自分の責任を全部放棄して
  奥さんに被せていただけじゃない!」
 「もう少し声を静めてください」
 「仕方がないじゃない、本当に不愉快なんだから」

鮎川は本当に怒っていた。

 「私は母親が殺されてから、姉を守るために人生を切り開いていった。
  言葉すら通じない屍傭兵の群れを薙ぎ倒してきた。
  女だからといって、引っ込んでる必要はないからね」

鮎川の声量が大きくなっていく。

 「夫なら、妻と家族を守るべきでしょ!?
  それを奥さんに任せて自分は夢物語に逃げ込むなんて!」

自分でも張り上げている事に気づき、鮎川は口を噤んだ。
落ち着いたところで、足を止めていた二人は再び歩き出す。

406名無しリゾナント:2016/04/13(水) 01:57:13
 「誰もが貴方のように勇気をもって苦難に立ち向かうような
  人生は送れないと思います。
  むしろほとんどの人はロックさんのようにしか生きれない。
  勝者が居れば必ず敗者が居る。
  強い人間がいれば、弱い人も居るんです。
  立ち向かう人間が居れば、逃げてしまう人も居る」
 「それはそうだけど…」
 「弱いということで否定されるなら、この世界では
  まるで英雄と犯罪者以外の人達は被害者でしか居られない。
  それを肯定することになるんですよ?」
 「………それでも、私は許せないわ…」

鮎川の声は、軽蔑と哀れみの色を帯びていた。

 「私が彼なら自分を恥じる、それか即死ぬわ。
  現世は諦めて、次の人生に懸けるしかないじゃない」
 「そう考えてしまう可能性があるから、依頼があったんですよ。
  警察は徘徊に近いロックさん相手に親切にはなってくれません。
  地道に捜すしかないんです、噂を頼ってでも」

鮎川が顎の下に手を添えて、飯窪がほのめかした事実を考え込む。

 「そうね、こんな弱い男なら自殺する可能性もあるか。
  じゃあ、急がなきゃね。で、次はどこに?」
 「依頼主の元へ行きます」

雨が酷くなっていく。雷雲が漂い始めていた。

407名無しリゾナント:2016/04/13(水) 01:59:05
質素な二階建ての家の玄関に立ち、呼び鈴を鳴らす。
扉から出てきた女性は、幼児を抱えていた。
母親の腕のなかにいる男の子が、二人を不思議そうな瞳で見つめた。
子供に目線で軽く挨拶して、依頼人の女性に自己紹介をする。

 「依頼を受けた飯窪です」
 「臨時手伝いのあゆ…鮎田です」

女性は複雑な表情をした。

哀しみと苦味を堪えるような瞳だった。
苦い物を呑み込んだように、女性が口を開く。

 「……父の失踪の件でしたね。どうぞ奥へ」

家の一室、女性は幼児を抱えたまま居間の椅子に座った。
向かい側の椅子に二人も座る。
ロック・オーケン捜索の依頼者である一人娘、モモコは
深呼吸したあと、飯窪だけに視線を向けて口を開く。

 「難しい捜索かと思いますが、よろしくお願いします」
 「はい。分かってます」

頭を下げるモモコに、飯窪は厳粛な面持ちで頷く。
これまでにない意味での難事件になる。
それは飯窪自身も強く感じていた。

408名無しリゾナント:2016/04/13(水) 02:00:01
モモコに抱えられた幼児は、飯窪と鮎川を興味深そうに眺めている。
幼児が丸みを帯びた手を伸ばしてくる。
鮎川の口元が綻び、子供に挨拶をした。

 「可愛いお子さんですね。人を怖がらないなんて良い子だわ」
 「本当は、親族以外には絶対に慣れない子なんですけどね」

モモコが侘しく微笑んだ。

 「すみませんが、早速質問をしてもよろしいでしょうか?」

遮る形となったが、飯窪の話にモモコが頷く。

 「行方不明のロックさんの人柄、友人関係を教えて下さい。
  そこから調査していきたいと思います」

間を取るように、モモコが椅子に深く身を沈めた。

 「父のロックは、実に不遇な男でした。
  虐げられ疎外されていたけれど、とてもいい人でした。
  優しくて、映画鑑賞や読書が好きなおとなしい男でした。
  若い頃には音楽を目指していた傍ら、良い物語を紹介したいという
  理想に燃えて、大好きだった日本に渡り、外国の映画や書籍
それらを輸入する小さな貿易会社を立ち上げました。
  社員は父と友人達だけだったので、個人輸入といった方が正しいですかね」

モモコの声の調子が下がる。

409名無しリゾナント:2016/04/13(水) 02:00:40
 「そこへ転がり込んできたのが、リルカ、私達の母です。
  母のリルカは、父の貿易会社を手伝い始めました。
  最初はよくあるように経理をしていたそうです。
  二人の協力で会社は次第に大きくなって、制作も手掛ける様に
  なっていきましたが、途中から数字に強い母が仕切りだしたんです」

よくある話だと、飯窪は思う。

 「数年後、会社の実権は母が握り、売り上げ至上主義の会社に変貌。
  そこで父はお飾りの社長になってしまったんです。
  父の生き甲斐であった居場所は変わってしまい、言うなれば
  言葉通りの………乗っ取りがあっさりと成功しました。
  それでも父は、母にとっての良き夫、私達にとっての
  良き父、時代に場所を譲る物わかりの良い経営者を演じたのです」

モモコが続ける。
よほど誰かに言いたかったのか、その言葉には憤りを含む。

 「でも長くは続かない。会社は利益追求の道具に成り果て
  父は生き甲斐を奪われて、なお逃げ場所がなかった。
  あとはもう目を閉じて耳を塞いで、自分の夢の世界で
  眠っているのか起きているのか分からない日々を過ごすしかなかった」

あのロックの私室は夢の繭として彼を生きながらさせていた。

 「ルリカさんの死にロックさんのせいである可能性は?」
 「………それは、無いです。絶対。だってあれは事故でしたから」

410名無しリゾナント:2016/04/13(水) 02:06:16
断言するモモコの顔に迷いは無かった。
母を失い、父を捜すモモコに同情はしても、それだけだ。

本当に、それだけだ。

 「ロックさんの行きそうな場所、何か参考になることはありませんか?」
 「警察は役に立ちませんね。まだ見つかってないとしか報告が来ません」

鮎川の眼が周囲を探る。

 「そういえば、貴方の他にも三人の兄弟が居ると聞いたけど
  その方々はどこに居るのですか?」

その言葉に、モモコの血相が変わった。

 「父が行方不明になっても、兄弟の誰も捜そうとしない!
  彼らは父より母の跡を誰が継ぐかを会社で会議してますよ。
  だから、だから私が依頼したんです!」

母親の怒気と怒声に、腕の中の幼児が泣きだす。
モモコが慌てて幼い息子をあやす。

411名無しリゾナント:2016/04/13(水) 02:06:55
 「兄さん達に話を聞いてもムダですよ。
  ……むしろ、聞いてほしくありません。
  それなら、父の古い友人がここから30分ほどの所に
  住んでらっしゃっるそうで、その方を頼っては如何でしょう。
  警察に訊かれた時にも連絡先を出しましたので」
 「ではその情報を頼らせて頂きます」

棚から取り出した黒革の手帳を開き、住所を携帯端末に入れる。

 「……あの、父に会ったら、伝えてもらえますか?」
 「ええ、どのように?」
 「…………もう我慢しなくていいよ、と」

モモコは飯窪と、そして鮎川を見据えて言った。
母親の腕のなかで、幼児が右手の指を咥えて微笑んでいる。

412名無しリゾナント:2016/04/13(水) 02:09:30
>>405-411
『雨ノ名前-rain story-』

もしかしたら途中でレス投下が途切れている可能性があるので
そのときはどなたか代理投稿よろしくお願いします。
リゾスレ8周年おめでとうございます。

413名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:46:37
家の扉を背に二人は再び歩き出す。

 「それにしても湿気が酷いわね」

雨除けの外套に手をかける鮎川に、飯窪の目が引きつけられる。

 「追手から逃れている最中の人間が迂闊に顔を出さない方がいいです。
  せっかくの雨ですから、そのまま隠しておけばいいじゃないですか」
 「あ、そっか」

鮎川が頭を覆う外套を手で引き下ろして、口元だけで微笑む。

 「探し物をしている内に自分の存在を忘れるだなんて」
 「たまには自分を忘れてもいいと思いますよ。けど
彼のように幻想へと完全に逃げるのはどうかと思いますけどね」

飯窪の呟きに、鮎川が理解不能と首を左右に振る。
その時、目の前から傘を差した男が近づいてきた。
絹のシャツに仕立てた背広。
整った容貌に軽薄な眼差しがあった。

 「やあこんばんわ。ちょうど印象的な人影を見つけたものだから」

男の唇が朗らかな声を紡ぐ。
危険信号が全身をめぐる。

 「何か用ですか?」
 「失礼、私はロメロ。リルカ・オーケンの三男だ」

含みを持たせた粘着質のある物言い。
しかも事故死した母の名前のみを口にし、失踪した父のロックの
息子であることを無視した事に、飯窪が気付かない訳もない。

414名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:47:45
 「そちらの素敵な方は?」
 「鮎川よ、鮎川夢子」

鮎川が胸を張って答えた。
先ほどの会話と矛盾が生じている事に本人は気付いていない。


鮎川の名乗りを聞いた男の唇と頬には、極大の皮肉な笑みが刻まれた。

 「へえ、へえそうか。そういう事か。あんたがあのダメ子か」
 「その名前を口にしないで。私を知っているなら話は早いけど」
 「これは失礼。それにしても、正義のヒーローが地味な仕事をしている」
 「余計なお世話よ、そっちこそ何が目的?」
 「姉さんの家に行こうと思ってたんだが、今家から出てきたあんた達を
  見かけてね、ちょっとお話をしないか?何か聞きたいんだろう?」

嫌な笑みを解かず、ロメロは飯窪の顔を舐める様に見つめる。
不気味さが増す。

 「それは聞いてほしいという事?」
 「………ロック・オーケンは、迫害された男でも
  優しい男でも無かったよ」

懐かしむように色を帯びていた。

415名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:48:15
 「自分が無い男。多分、あの男は自分が妻を殺したと思って
  現場から逃げたんだろうよ」
 「彼が夢見がちで他人に流されやすかったのは分かってます」
 「なにごとにも程度があるのさ。あの男はやり過ぎた」

言葉の一撃に飯窪は言葉を失った。
自分が主導権を奪ったことを確認し、ロメロがクツクツと笑う。

 「あの男が見つかったら俺にも教えてくれ」

毒液が滴るような悪意に満ちた笑みをずっと浮かべ続けた。
気障な仕草で回転し、雨の町へと去っていく。
不愉快さを振りまきつつ去っていく男の背を、鮎川は眺めている。
敵意に満ちた瞳が、まさに刃となって睨み付ける様に。

416名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:49:22
まるで老人が擬人化したような古色蒼然とした家だった。
この季節に、窓には厚い紗幕。
残る壁の三方を雑誌と本とDVDプレイヤーが埋め尽くしている。
堆積物に囲まれた革椅子に、老人が座っていた。
男が見ているテレビでは、アナログ時代の映画が映っていた。

ゾンビにされてしまった少女が愛した男に殺されてしまう悲恋は
男が持つリモコンによって遮断される。
男は二人の顔を見ようともせず、顎で傍らの応接椅子を指し示す。
飯窪と鮎川は顔を見合わせたが、仕方なく椅子に近づく。
雑誌と本と宅配食品が乱雑する床。
埃が積もった背を払って、二人は腰を下ろした。

男が顔を上げる。
眼窩に収まるのは、濁った瞳孔。
あらかじめ聞いていたとおり、白内障を発症して目が見えない様だ。

 「渋川さん、休んでる所をすみません」
 「いや大丈夫だよ。暇になってたんだ。さて、早速本題に行こうか」
 「お願いします。昨夜のことでなくても、ロックさんの事を
  聞かせていただけませんか?ご参考にしたいと思いまして」
 「参考、参考ねえ」

白いものが混じった顎鬚を撫でつつ、渋川が言いよどむ。

 「まず僕とあいつの関係だが、あの会社が今みたいになる前の
  共同経営者といった所だな。奥さんのものになってからは
  ぼくぁ退職金をもらって手を引いたけれど」

417名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:49:56
見えない目が本棚に向けられる。
そこには作成したと思しき映画や本が並んでいた。

 「そこに並ぶのは、難病の恋人を持った主人公の悲恋話や
  同性が妙に少ない学園もの、魔法や超能力で主人公が戦い
  宇宙や未来人がなにかをしたりしなかったりする話だ。
  奥さんが言ったように、これらは売れるだろうな。
  だが変わったよ。あの時から、あの時代から全てな」

見つめる鮎川は、侘しい眼差しになった。
一瞬訪れた沈黙を割るように飯窪は問いかけてみる。

 「ロックさんというのはどんな方でしたか?」
 「あいつはどうしようもない男さ、優しい男でも
  ましてや自分がないだけの男でもなかった気がする。
  そういえばリルカは可哀相だったね。
  きつい女だったが、あんな風に無意味に死ぬこともなかった。
  性格はきつかったが、あれだけ努力して会社に尽くした人間が
  あんなつまらない事故で死ぬなんて…ああ、そうか」
 「なんですか?」

418名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:50:33
 「いやさっきの言葉さ。ロックには自分がないようにも見えたが
  自分しかいないようにも思えたってね。
  ああクソッ、上手く言えないな。年をとると頭が錆びてしまいがちだ。
  そもそもロックがこの道に誘わなければ…。
  だがこの道の奥深さには感謝しているんだ、少なからずな…」

鮎川が小さく微かに呟いた。
「話の結論が前後していて聞くに堪えない」と。

 「…では、渋川さんから見て、ロックさんがどこに行くと思います?」
 「それは僕に対する皮肉かい?」
 「いえ、同じ夢を見ていた、同志である貴方に問いかけてるんです」
 「…どこにも行かないし、行けないよ」

苦い言葉が渋川の唇から漏れた。

 「幻想が逃げ場にならないなんて事は、あいつもとっくに知ってる。
  正義の味方が悪漢を倒し、美女と戯れるような幻想に逃げる事は簡単だ。
けど僕達が現実であるかぎり、逃げ続ける事は無理だ。
いつかは現実に帰ってこなくてはならなくなる。
逃げた分だけな……」

渋川は自分に反論した。

 「いや、行きたいんだよ。僕達は、自分がいない場所に。
  矛盾してるのは分かってるが、この気持ちは確かなんだ」

盲目の男は寂しげに笑った。

419名無しリゾナント:2016/04/15(金) 03:00:01
>>413-418
『雨ノ名前-rain story-』 以上です。

立て初めのスレの最初に投稿するのは恐れ多いです。
と、同時に話も中盤が終わろうとしていますとだけ。

420名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:32:49
ロック・オーケンは何処を捜しても居なかった。
行き先をなくした彼の様に、飯窪と鮎川の二人も街角で術を失くし佇む。
鮎川の手には紙袋が握られており、渋川から譲り受けた本が詰まっている。

 「ロックさんのグループが作ったのは、異世界に行った主人公が
  仲間とともに魔法や超能力で戦って大団円となるお話。
  奥様のリルカさんのグループが作ったのは、大きな敵に立ち向かう
  主人公や、取り柄のない主人公に美女や美男、美少女や
  美幼女が惚れて学園生活をするお話です」
 「感想は?」
 「…私はロックさんの作品が好きですね。奥さんのも魅力的ですが」
 「へえ、幻想物語が好きなのね」
 「ご都合主義の物語でも現実があるのは確かですから」
 「リルカさんの作品の方がその気は強いと思うけど」
 「そうですね。物語は物語であればいいと思います。
  ただ面白いだけでいいと思います、それは幻想ですから。
  でも、それって結局は、物語のための物語ではないでしょうか。
  面白いだけなら、こうしてお話にして残すよりもっと簡単に
  面白くなれる事はたくさんありますよ」

飯窪は長い息を吐く。

 「私も幻想好きだけどね。もっと言えば愛すべきものと思う」
 「私もですよ」

鮎川の想いに、飯窪は信条を返した。
雨の街角で、一歩進んだ。そこはあのオーケンの家だった。

 「ここで始まったからには、ここで終わらせるべきですね」

421名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:33:38
携帯端末が震えた。
飯窪はそれを一度確認すると、それを鮎川に示す。

 「警察の検死が確定したようです。リルカさんは何かの理由で
  棚に寄りかかり、頭に花瓶が落ちました。
  死因は脳挫傷。紛れもなく事故死です」
 「……そう」


鮎川が残念そうにため息を吐く。

 「ロックは哀れね。自分がリルカを殺したと勘違いして
  思わず逃げてしまうなんて。でも、無実が証明された以上は
  もう逃げなくてもいいのよね。早く捜しだしてあげないと」
 「そうですね。そろそろ助けてあげなくては」
 「その本人がどこに居るのか見当もつかないけどね…。
  さてと、次はどこに行く?」

鮎川の瞳に映る飯窪の表情は曇っていた。
数々の情報を組み合わせ、結論を出す覚悟を決める。

 「いえ、調査はこれで終わりです」
 「え?」
 「ロックさんは、逃げたままでいいのでしょう」

422名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:34:11
鮎川は驚きの表情と色を瞳に浮かべた。

 「何を言っているの?」
 「過酷な現実から逃れたのなら、もう彼を追う必要はないですよ」
 「良いの?それで貴方は、貴方の正義は許せるの?」
 「私が許す許さないという問題ではないです。
  彼が幸せであれば、それは私の願っていることと一致します」
 「後悔はないの?……いえ、それこそ私が言う事ではないわね。
  私は貴方の助手なんだから、従うわ」
 「一旦お店に帰りましょう。鮎川さんの事は私達がなんとかしますから…」
 「へえ、本当に終わるんだ」

背後の声に、二人は瞬間的に振り向く。
路地から姿を現したのは背広の男。
壁に寄りかかり、ロメロが苦しげな顔をして立っていた。
傘も差さず、頭や高価な背広の肩から背中が濡れている。

 「貴方は…」
 「兄貴達に追い出されてね、実権分与から外された。
  もう俺には何もないよ。ああ絶望だ。絶望だなあ。
  ……あいつだけ夢に逃げ込むなんて、そんなのは認めない。
  一緒に現実を認め合うことこそ家族じゃないか、そうだろう?」

ロメロの言葉に、飯窪の表情が歪む。
男の頬には痙攣した笑み。

423名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:34:55
 「ダメ!言わないで!」

飯窪は瞬間的にロメロへ走りだそうとする。
男は危険だ。全ての幻想が崩れていく音が聞こえた気がした。
綻びの溝から、右腕が現れて緩慢に上がっていく。
示された指先と、哄笑。

夢は現実へ。










 「そこであんたは何をしている?オトウサン」

424名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:43:55
  なあ、なぜあんたはそんな女ものの背広を着ている?
  どうしてそんな仮装をしている?
  ねえ父さん
  鮎川夢子っていうのはさ、これを言うんだよ

ロメロが鞄から取り出した箱は、地面に放り投げられた。
叩きつけられた箱は雨粒に徐々に濡れていく。
其処にはピンク色の彩りを纏った女性二人が映っている。
一人がまるで鮎川と同じ姿をしていた。

 「なんで?なんで私がここに映っているの!?
  これは私で、こっちも私……どういう事?どういう…!」

極度の混乱状態。
小さな瞳孔が恐慌するように戸惑う。
対して、DVDの表紙の鮎川は、自らが本物であることを誇る様に
胸を張っていた。

 「自分を見てみればいい。自分が自分であるという事を思い知れ」

ロメロの冷えた声に従って鮎川の瞳が下げられ、自らの手を眺める。
見るのは、細く皺が乗って枯れ木のような五本の指。

425名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:45:15
恐怖にかられた鮎川が鏡を捜す。
必死な瞳は、路上駐車されていた自動車の窓を見つける。
雨に濡れた表面に手をつき、自らの姿を映す。
自らを見返すのは華奢で柔らかい女性の姿、ではない。

鮎川を見返すのは、初老の角張った顔だった。
鮎川夢子は、いやロック・オーケンが両手を掲げる。
指先は恐る恐る自らの顔の造作を確認していった。

感触に跳ね上がった手が髪を触ると、女のカツラがずれて
白の混じった髪が露わになる。
怯えるように震える手で次に触った胸には、詰め物。
そこには女の様に化粧をして、カツラを被った哀れな男の姿があった。

雨音を切り裂く絶叫。
言葉にならない悲鳴。男は歩道に膝をついた。
雨水が女ものの背広の膝を濡らす。

幻想が、砕かれた。

鮎川夢子は、飯窪自身の知人が以前出演していた映画の主人公だ。
妙に事情に詳しかったのもその所為。
彼がどうしてあの映画に固執したのかは分からない。
だが、彼女が本来存在し得ない人物だというのは知っている。
知っているが故に、飯窪は気付かせない様にしてきた。

 「………これはどういう事です?」

飯窪は傘を差したまま、重い口を開く。

 「依頼人のモモコさんは、最初から事の起こりを知っていました」

426名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:47:48
>>420-425
『雨ノ名前-rain story-』 以上です。
次回ネタバラシ。

427名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:10:11
>>391-396 の続きです



10分。
10分、凌げばいい。
それは里保の覚悟であり、彼女を見守る春菜たちの願いでもあった。
しかし。

「のん、相手は専守防衛で行くみたいやで」
「…ああ、そんなこと、させるかよ」

こちらの心を見透かすように、やり取りをする二人。
双子みたいなのに双子じゃない「金鴉」と「煙鏡」の思考のコンビネーションは明らかに脅威だった。

里保が、水で象った刀を横に寝かせて構える。
防御を意識した構え。それを見た「金鴉」は。

「のんの能力は、擬態。能力者の血を摂取することで、そいつの能力もいただくことができる…」

里保に説明するように、呟く。
何を今更。そう思う里保に、追い打ちをかけるような言葉が続く。

「せやけど。基本的なこと、忘れてるやろ」

「煙鏡」がそう言うのと、「金鴉」が懐から取り出した「何か」を口に入れるのはほぼ同時だった。
それが何なのか、「千里眼」の能力を持つ遥の目が捉える。

428名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:12:33
「ああっ!あいつ、あいつ!!」
「どうしたの、くどぅー」
「蟲を!たっぷり血の詰まった蟲を食いやがった!!」

遥の言うとおり、「金鴉」は隠し持っていた蟲を、ばりばりと音を立てて噛み潰す。
かつて組織の幹部だった「蠱惑」の能力である「蟲の女王(インセクトクイーン)」と、血を摂取する必要が
ある「金鴉」の「擬態」は抜群の相性だった。結果。

「その目で。よーく、見とけ! のんの『擬態』の正確さをな!!」

それまで、体を崩壊させ、維持することもやっとだった体のフォルムが。
徐々に、変わってゆく。艶やかな黒髪。透き通るような白い肌。西洋人形のような整った顔立ち。
口元のほくろでさえも、完璧に。

「な、なんてことを」
「どう? 『さゆみ』の能力は」

里保の目に映るのは。
紛れもなく、道重さゆみ。

「あいつ!よりによってみにしげさんに!!」
「はははは!あんだけうちらの精神揺さぶったんや!今度はこっちの番やで!!」

憤る優樹を嘲笑うかのように、「煙鏡」が吐き捨てる。
相手の姿形に擬態する能力を「金鴉」が乱用しなかったのは。それを相手への致命的な切り札とするため。

429名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:13:07
「おいで、りほりほ。さゆみがあの世に送ってあげる」
「みっしげさんの声で!ふざけたことを!!」

リゾナンターたちは、現リーダーであるさゆみを慕っているものばかりではあるが。
普段はその感情を表に出すことができずにいた里保にとって、さゆみへの想いは格別なものがあった。
それだけに。

一気に「金鴉」のさゆみとの距離を詰めつつ、もう一振りの水の刀を出現させる。
二刀流。里保の心は揺さぶられ、荒ぶっていた。
精神的な揺さぶりとしては、効果覿面。

完全に刀の間合いに標的を捉えた里保は、片方の刀を上段から振り下ろす。
さらに、中段からの胴薙ぎ。これらをほぼ同時に、仕掛けた。
さゆみの姿をしていても、所詮相手は本物ではない。
覚悟と気合が、生まれつつある躊躇を凌駕していた。

「さすがは水軍流の使い手。情には流されんか。でもまあ…」

二つの刀の軌跡が、交わる。
「金鴉」は、さゆみの姿をした「金鴉」は避けることもせずに身を踊り出し、そして斬られた。
迸る鮮血が、里保の柔らかな頬に飛び散る。

「目の前で起こった『事実』に、耐えられるんかなぁ?」

430名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:14:27
殊更に。必要以上に。
さゆみの姿をしたその女は、痛みによる悲鳴を上げた。

「いっ!痛いよ!痛いよ、りほりほ!!」

斬られた箇所を手で押さえながら、助けを懇願するような目で里保を見る「さゆみ」。
そのビジュアルは。視覚から得た情報は。予想以上に強烈なインパクトとなって里保の脳に襲いかかった。

― うちが、うちが道重さんを斬った? ―

ありえない話。
もちろん、目の前にいるのは本物のさゆみではない。

「さゆみは、こんなにりほりほのことを愛してるのに」

血を流し、苦悶の表情を浮かべつつ、さゆみの姿かたちをしたものが。
こちらへと、ゆっくり向かってくる。

里保の心は、激しく動揺する。
自らの手で「さゆみ」を斬った罪悪心。そして「さゆみ」を斬らせた「金鴉」への怒り。
本物ではない。本物ではないとわかっているのに、感情が止められない。
身が裂けんばかりの憤怒は、やがて再び深淵の魔王のもとへ。

「ずいぶんうちらをコケにしてくれたからな。ささやかな復讐、っちゅうことや」

自分たちの心を春菜に乱された「煙鏡」は、憎悪の矛先を里保へと向けていた。
身の毛も弥立つような、里保の暴走。その凄まじい威力、脅威は承知済み。だが、こちらには能力を限界
まで引き上げた「金鴉」がいる。さらに、里保のことを仲間たちが放っておくわけがない。

431名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:15:31
いずれにせよ、連中を襲うのは破滅。
それに付き合う必要などあるわけもない。「Alice」をフイにするのは少々惜しいけれども、組織に復讐す
る方法など他にいくらでもある。
「煙鏡」は、まさしく純然たる悪意をもってこれからの未来図を描いていた。

その間にも、里保の体を怒りが駆け巡る。
様子がおかしいことに気付いた仲間たちが、次々に叫んだ。

「鞘師さん!その人たちの策に乗ったらいけません!!」
「里保ちゃん!そいつは道重さんじゃない!!」
「鞘師さんしっかりしろ!そんなやつに負けんじゃねえ!!」
「やっさん!!!!!」

だが、その声は里保には届かない。
心の闇のクレバスから、赤い目をした魔王が顔を覗かせる。
破壊。暴虐。ここにいる、全ての人間を血祭りに上げ、亡き者にする。
邪な、赤い衝動が里保の心を覆い尽くそうとした時。

― 鞘師は、そんなこと。しない ―

そこには、さゆみの顔があった。
無論それも、本人ではない。里保が描く、記憶の中のさゆみ。
いつも里保を陰日向から見守り、助言を与え、時には過度なスキンシップもあったが。
そのさゆみが、里保を食らい尽くそうとした幻を打ち消した。
外れかけた地獄の窯が、ゆっくりと元に戻ってゆく。

「そうだ…うちは…うちじゃ…」
「可哀相なりほりほ。せめて…さゆみの手で殺してあげるねっ!!」

あくまでも「さゆみ」を装い、里保を捕まえ縊り殺そうとする「金鴉」。
だがそれはもう、通用しない。

432名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:20:05
すれ違いざまに、二度、三度。
里保の放った剣戟は、「さゆみ」の体を切り刻んでいた。

「ぐっ!て!てめえ!!」
「無駄だ。その小細工は、うちには通用しない」

膝をついた「金鴉」は、ついに「さゆみ」の形を保てなくなる。
再び肌が煮立ち、顔が崩れ、崩壊の兆しが顕となった。

余計なことしやがって。
「金鴉」は「煙鏡」の奸計に乗ったことを後悔した。あの「緋の眼をした魔王」と再戦できるというから、
敢えてくだらない策を受け入れたというのに。
そのような意志を込めた視線を送るも、相手は素知らぬ顔で空に浮かぶだけだった。

「…ま、いいや。お前さえぶっ潰せば、全部終わる…」

気持ちを切り替え、改めて里保に目を向ける。
問題ない。こんな奴に、負けるわけがない。何故なら自分は、ダークネスの幹部。
「失敗作」などでは、決してないのだから。

「金鴉」に残された時間は、そう多くない。
早く「煙鏡」に処置を受けなければ。だがしかし、時間がないのは里保も同じ。
激戦のダメージは、徐々に限界へと近づいていた。
恐らく、次の段階はない。互いが、この戦いに決着をつけようとしていた。

433名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:24:39
>>427-432
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

そんなこと鞘師はしない的なリゾナント元は「旅立ちの挨拶」であって
決して「りほりほこわい」ではありませんw

434名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:04:08
 昨夜、モモコの熱心なとりなしで、険悪になっている
 ロックとリルカが話し合った。
 昔のような物語だけど売り出す会社に、仲の良い家族に戻ろうと。
 だがリルカに自らの経営手腕のなさから、弱さと愚かさを指摘された。
 ため息交じりの『いい加減に夢から醒めなさい』という一言。
 その一言で、ロックは逆上し拳を振り上げた。

 「しかし、拳をどうすることもできずにいるあなたに、リルカさんは
  静かにため息を吐いた。これが最後の引き金になったんですよね。
  あなたはリルカさんを突き飛ばして逃げた。
  モモコさんは雨の町中であなたを追いました。
  そのあとは警察の検死どおり、起き上がったリルカさんが書類棚に
  手をついた時に花瓶が頭に落ちて、倒れた拍子に頭を打って亡くなった」

残酷な事実を告げ、飯窪は心理を解剖していく。

 「モモコさんに説得された貴方は戻ってくると、二人で死体を発見。
  自分が殺したんだと勘違いして耐え切れなくなったあなたは
  逃げ場所を捜したんです。でも、会社にも家庭にもなかった。
  その瞬間、閃いたんですよね。
  唯一逃げられる場所が、貴方が愛した物語だという事に」

そうする事でしか自我の崩壊を押しとどめられなかった。

435名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:05:05
 「映画の中に居る鮎川夢子さんを演じるために自分が設定付けた
  シナリオと、誰かが必要だった。
  噂で聞いた自分と同じ正義の味方を語る誰かが。
  私達のお店を知ったのは単なる偶然ですか?」
 「……」
 「私、三番目のテーブルの窓際に座っているのを見かけた事があるんです。
  何度かお話もしたと思うんですが、覚えてますか?」
 「……」
 「漫画の話や映画の話、俳優さんや女優さんのことなども」
 「……」
 「私の人探しというのは、そのまま貴方自身を取り戻させるため。
  モモコさんや渋川さん達が話す自己像でロックさん自身を
  受け入れさせるためのものだったんです」

声が暗転する。

 「けれど、貴方は最後まで受け入れなかった。
  それを、貴方の息子さんが台無しにしてしまったんです。
  どうして教えてしまったんですか!?
  ロックさんを夢から引き戻す必要なんてなかったはずです!」

リルカが亡くなった以上、仲直りはできない。
リルカの力だけで成長した会社は、彼女の死によって衰退するか
崩壊していくのだろう。
息子たちは今まで以上に愛想を尽かしてしまうのも目に見えている。

436名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:05:28
ロック・オーケンの余生を満たすのはもう幻想しかないのだ。
鮎川夢子として居てくれたなら、その精神のままで安寧の心を
維持させることだって出来たのだ。
自分達はそうする事が出来る存在なのだから。

この世には醒めない方がいい夢もある。
 どんな悲惨な悪夢であっても、最悪の現実より酷い事はない。

だがロメロは毒蛇のようにクツクツと嗤った。

 「こいつだけ幸せな夢のなかにいるなんて許す訳ないだろ」

男の目には断崖絶壁の上にいる道化の幸福を指摘する悪意。
それ以上の激しい憎悪に満ちている。

 「母さんは弱いこいつに苦しんでいた。
  夢物語に没頭してまったく頼りにならないこいつに代わって
  会社を、家族を一人で支えたんだ。
  最後は過労からの事故死だって?過労になるまで追い込まれたのは
  こいつの、父さんのせいだ。
  元凶の男が一人だけ安楽な夢に逃げ込むなんて許されない!」

それは残酷なまでに、正しかった。
だが、それでは人は生きていられない。
弱い人間に過酷な現実だけを見つめろというのは、死を直視しろと
言っているのと同じことなのだ。
雨に打たれて、ロメロが哄笑をあげていた。

437名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:06:00
 「全部終わりだよ。兄さん達もモモコも見えていないんだ。
  全てを支えていた母が死んだ時点で会社も家も終わったんだ」

雨の紗幕が音の全てを消し去っていく。

 「………そうか」

女装した男の唇から、感情の断片が零れ落ちた。
雨に濡れてカツラが落下し、顔を上げる。
化粧が溶けて斑となり痩せ細った顔。
小さな瞳には、理性の光が灯っていた。

 「……僕は鮎川夢子ではなく、ロック・オーケンだったんだな」

それはまさに、完全なる自分を取り戻した彼の言葉。

 「僕は弱くて愚かで間抜けた男、僕自身であることが許せなかった」

全てを理解した顔に責めるように雨が降りしきる。
男は責め苦を受け入れる様に、両手を広げた。
両手で断罪の夜の雨を受け止める。

 「僕はこれからどうしたらいいんだろう。
  夢から醒めて哀れな男に戻った僕はどうすればいい?」

だれか ねえねえ だれか

438名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:06:30
夜の雨の底で、飯窪は何も言えずに無言で立っていた。
自分を守る傘を彼に差しだすことが出来ない。
ロメロが降りしきる雨よりも冷たい笑みを浮かべていた。
飯窪は奥歯を噛みしめて、結末を見届けた。

携帯端末を取り出し、依頼主を呼び出す。

 「ロックさんが正気を取り戻しました」
 「え?」
 「今から保護して頂けないでしょうか」
 「……という事は、父を見つけてしまったのですか?」
 「はい、お父様は生きておられました」

モモコが迷った声を出す。

 「困ったわね。会社と家督相続の資金捻出や会社のことで
  兄さん達ともめているし、子供の養育や離婚訴訟のことが
  あるので私の家ではとても……」

通信を切った。
携帯を戻すと、雨はロックとロメロに降り注ぐ。
同じように打たれながら、飯窪は雨に濡れる親子を眺めていた。
天から降る雨に、ただ自分だけを守って。

439名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:09:05
>>434-438
『雨ノ名前-rain story-』以上です。

次回で最終投下、後日談となります。
オリジナルキャラとして確立されそうだった時には思わず言いそうに
なってしまったんですが、こういう結果になって良い裏切り方ができたんじゃないかと。
ありがとうございました。

440名無しリゾナント:2016/04/19(火) 02:42:24
飯窪は見た事がある風景を見ていた。
自分があの会社と邸宅の前を歩いていることに気付き、足を止める。

 「飯窪さん?どうしました?」

小田さくらが隣に歩いていたはずの人影に声を掛ける。
だが飯窪は「うん」と曖昧な返事をしたまま顔を上げた。

建物の前には、売家の札が立っていた。
会社のほうはすでに別の人間が買収したらしく、ビルの入り口に
掲げられた社名は変更されていた。
一抹の寂しさとともに、再び歩き出した。
こればかりは慣れない。
慣れてはいけない。

異能者として強くなったとしても、人間としてはまたひとつの
欠片を失っていくのだから。

途中で歩道の人影とすれ違う。
一目で分かったのは、車椅子に座ったロック。
そして背後から押している人物、ロメロだった。
ロックは痛切な感情を込めた横顔で建物を見つめている。
ロメロの顔が動き、振り向く飯窪に気付いた。

唇の端を歪め、ロメロは例の皮肉な笑みを見せてくる。
全てを失った父を引き取ったのは、厳しい現実を突き付けたロメロだった。
意外な結末に、飯窪は複雑な感慨を抱く。

441名無しリゾナント:2016/04/19(火) 02:43:10
ロメロは車椅子を回転させる。
背中を向けて、父の車椅子を押しはじめた。
去っていく男の背中を見送ると、ロックが何かを語りかけ、ロメロが
鼻先で笑う光景が見えた。
耳を澄ませば、二人の会話が遠く聞こえる。


 「あんたの好きな夢物語は甘すぎるよ、これからは現実に
  則った話が売れるんだぜ」
 「何を言うんだ、物語は夢を語ってこそ物語なのさ」
 「寝ぼけてんじゃねえよ。
俺がおまえの夢を終わらせたから、今の再出発を始められたんだぞ」
「だから、全てを含めて今が夢の始まりなのさ。
いつの時代も、そういう苦難からの再生が物語の基本なんだ」
「再生すればいいけど、そう都合よくいくのか?」
「するしかないのさ」

飯窪は前に向き直り、工藤の元へと歩き出す。

「ねえ小田ちゃん、小田ちゃんはさ、物語好き?」
「物語?漫画や小説はたまに読みますが」
「私も好き。だって物語は救いなんだから」
「救い?」
「助けてくれる人が居て良かったよね、私達」
「…話が見えないんですが。あ、ちょ、飯窪さんっ?」

飯窪が唐突に走りだした事で、小田が叫ぶ。
だが数歩進んだところでバランスを崩した。
両手に持っていた荷物が揺れて体勢を保てなかったのだ。
「危ないですよー」と小田が手を差し伸べてくる。

442名無しリゾナント:2016/04/19(火) 02:44:25
「ちょっと二人―!そんな所でなにやってんの!?」

遠くの方からこちらに叫ぶ声があった。
前方に居た石田が手を振っている、片手には袋を持って。

「もう皆待ってるんだから。文句の電話がこないうちに帰るよ!」
「飯窪さんがこけちゃったんですよ、石田さんも手伝って」
「はあー?なにやってんのよもーっ」

文句を言いながらも戻ってくる石田に、飯窪は恥ずかしそうに笑った。
乾いた夏の風が吹き込んでくる。
まるで自身を取り戻したかのように、真上の雲が晴れていく。

久しぶりの蒼い日射しは夢のように綺麗だった。

443名無しリゾナント:2016/04/19(火) 02:50:14
>>440-442
『雨ノ名前-rain story-』これで終わります。
タイトルに関しては完全に比喩です。
こんな作品に付き合ってくださりありがとうございました。再び潜ります。

444名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:37:15
120話立てたけど眠いしレス消費で鞘石でもと思ったけど連投エラーで規制食らいました…w
見たいって言う人も居たけど貼れ無くてごめんなさい
いつまで規制なんだかもちょっと不明なので良かったら以下を転載よろー

って事でネタが古いけどレス消費のためやむなく投下
リゾスレ要素皆無・カプ要素有なので苦手な人はスルーしてくだされ


この前物販撮影をしてる時に亜佑美ちゃんの撮影を見てたんですね。
そしたら、初めて人の生写真を買いたい!って思ったんですよ。
自分の中で衝撃が起こったっていうか、何かが目覚めた気がしました。
タイプだったんだと思います―――

最近、亜佑美ちゃんと℃-uteさんをはじめとした先輩方との仲が良い。
どうも原因は、私達中学生メンバーは未だ参加できていない農作業系TV番組・SATOYAMAライフにて、
一見すると中学生位なのに、実際は高校生のお姉さんである亜佑美ちゃんの参加率が非常に高いってのがありそうだ。


同じ10期は仕方ないとしても。私と同期のフクちゃんだったり、香音ちゃんだったり、…道重先輩だったり、
私も尊敬してる鈴木愛理先輩だったり、光井先輩だったり。その他にも一杯。
ハロコンに向けて私自身も事務所の先輩達と過ごす時間が大幅に増え、
相対的にモーニング娘。としての仕事現場以外で一緒に過ごす時間はどんどん減っていった。

新人が先輩方と仲良くする事、それ自体はとても良い事だってのは分かっている。
分かっているのだけれど、複雑な乙女心が渦巻いて嫉妬と欲望に囚われる。

445名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:38:21
「それでですね、鈴木さんが…あ、愛理先輩の方なんですけど」
「譜久村さんって何だか一緒に居ると落ち着きますよね」
「光井さんに譜久村さんとこの間遊びに連れて行って貰って」
「矢島さんって背も高いしとっても優しいのに天然なところもあって」
「この間まーちゃんと須藤さんと菅谷さんと一緒の企画だったんですけど」
「はるなんが主に新しいネタ考えてくるんです。今日のは深海魚とか言ってて」

SATOYAMAでの先輩達との体験やら、
外で遊んだ時やレッスンの事とかも逐一報告混じりに話してくれるのはとても嬉しい。
後輩達が自分も尊敬している先輩達や同期達と仲が良いというのは喜ばしい事だ。
それに亜佑美ちゃんは後輩だけど年上だし、学校も違う。
大好きだけど同い年なフクちゃんとかちょっとズルイって思ってしまう。

それぞれに任せられる仕事の区分が違う時も多いという事も分かっている。
私としてはレッスンやお仕事で会う度に、亜佑美ちゃんの口からその様子が知れるのはとても嬉しい。
先輩達の素敵な部分を語る明るい亜佑美ちゃんも含めて微笑ましいし、
他人の良い面を見つけられるその姿に、負けず嫌いだけどそれを含めて素直で可愛いなって思う。
けれど、も・・・・

その口唇からは次々と私以外の名前ばかり出てくるのが何だか少しだけ面白くなかった。

「でも、どうせなら鞘師さんと一緒にダンス企画がやりたかったですよね〜…なんちゃって」
「ああー」
「って聞いてます?」
「うん」
「生田さんも心配してましたよ?鞘師さんが何だか最近特に上の空だって」
「そっかぁ」
「…鞘師さん、今何考えてるんですか」
「うん」
「私の事でも考えてるんですか…なーんて」
「そう」
「……じゃあこっち見て下さいよ」
「あー」

亜佑美ちゃんから発せられるのは、今日も相変わらず先輩達の話題ばかりだった。
最初は新曲の確認を口実に一緒に振りや歌の練習をしていたのだけれど、それも一通り済んでの帰り際。
優しくされてるというのは良いんだ。でも同時に先輩方にも優しく接してるんだろうなと勝手に嫉妬をしてしまう。

446名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:39:08
いや、もしかしたらとグルグル考え込んでいる内に、それ以外の話題も喋っていたかもしれない。
でも一生懸命話してる亜佑美ちゃんは可愛いなぁ等とどこか上の空で微笑みながらも、
今の私はただ次から次へと聞こえてくる話題に適当な相槌を打つのが精一杯だった。

暫らくして「へぇ」とか「そう…」と、生返事しか返さない私に業を煮やしたのか、
顔を覗き込みながら「鞘師さん、何か怒ってるんですか?」と尋ねられて、ハッと我に返った。
本人は全く意識していないだろうが、私にとっては戸惑う程に魅力的な上目遣いでつい視線を逸らしてしまった。

・・・あれ?なんで亜佑美ちゃんが泣きそうな顔してたの?

「いや、別に怒ってないよ?何で?」
慌てて手と首を振りながら全力で否定した。顔は引きつっていたかもしれない。
「ウソだ。絶対嘘だ。絶対機嫌悪いです。どうしたんです?私何か気に触るような事しました?」
「違うよ、何も。何もしてないよ」
と言うより何もないから色々考えていた、とは言えなかった。
「じゃあ、どうして。上の空だし明らかに私の話聴いてくれないし、その上さっきから何で一回も私の顔を見ないんですか、鞘師さん」
「………それ、は」
しまった。いつも通りの優しさに甘えて、ボーっとしてしまった上に困らせるどころか怒らせてしまったかもしれない。
そもそも言えるわけがないのだ。
あなたと私以外のメンバーとの仲に実は嫉妬しています、なんて子供じみた独占欲。
重苦しい沈黙が部屋を包む。
黙ったまま口を開こうとしない私に愛想を尽かしたのか、
「私には………言えないんですか」と言って立ち上がった。

「あっ………」
嫌われた?亜佑美ちゃんに?
いやだ。それだけはいやだ。
いや。嫌いにならないで。どこかに行かないで。


喉が渇く、息が苦しい。なんだこれ。こんなのしらない。こんなのいやだ。

447名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:39:59
「何ですか?…私と居ても面白くないんでしょう?」
気づくと、亜佑美ちゃんの腕を咄嗟に掴んでいた。この位置からでは亜佑美ちゃんの顔が見えない。
いつも通り明るい亜佑美ちゃんの声。
それなのに冷たく、どこか突き放すような言葉に聞こえて胸に突き刺さる。
「――やっぱり、私には何も言ってくれないんですね」
「……や」
「や?」

「いや。行かないで」
「…答えになって無いですよ」
都合が良すぎることは、自分でも分かっている。
これじゃ呆れられても文句は言えない。
でも。

「でも、いやなの。行かないで…!」
「鞘師さん、だから」
「嫌だ!」

静かな部屋に私の声が響く。


「……ごめんなさい。さっきの態度は私が悪かったです。言う通り上の空だったし、謝るから。
自分でも、都合の良いこと言ってるのは分かってる。…でも、嫌いにならないで。
お願いだから、一人にしないで。私から、いなくならないでっ……!ご、めんなさっ…ぃ」
心からの叫びだったのか、最後の方は喉が渇いて上手く声にならなかった。

亜佑美ちゃんの顔を、見ることはできなかった。リアクションも出来ない位驚いてるんだろうってのは分かった。
自分でもめちゃくちゃなことを言ってしまったのはわかる。
これでは、ただの駄々っ子。
勝手に嫉妬して、困らせて、勝手に不安になって、泣いて相手の気を引いて。
最低だこんなの。


なんとか呼吸をして、「ごめん、忘れて」と同時に掴んでしまった手を離し、壁際に身体を沈めた。
こんな自分に彼女を、年上の後輩を縛りつけてはいけないのだ。
目の前が暗くなるのを感じる。こんな薄汚れた感情は晒してはいけない。知られてはいけなかったのに。
どうしようもない程気分が落ち込むと、目の前が暗くなると言うけれど、そうか本当に暗くなるのか、と
渇いた心で考えていると、ぎゅっと抱きしめられた。気付いたら好きになってしまった亜佑美ちゃんの匂いがした。

448名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:40:30
「ごめんなさい、鞘師さん。気付かなくて。寂しかったんですね」
そう言って小さな子をあやすように、ぽんぽんと背中を優しく撫でられた。
なぜ彼女はこんなにも優しいのだろうか。私がメンバーだから?私が先輩だから?私が子供だから優しいのだろうか。
こんなに私はわがままなのに。好きな事以外には言葉足らずだし寝てばっかりだし、面倒くさいやつと思われても仕方ないのに。
「…ごめん。もう良いから。私のことは放っておいて、構わないから、行って…良いよ」
私なんかに、彼女は勿体ない。

「そうは言いますけど、鞘師さん。私の服、掴んだまま離してないですよ?」
確かに、見るとレースで縁取られたブラウスの裾を私の手ががっちり掴んでいた。
「あっ、これは、その…」
鼻を啜りながら服の裾を掴んで駄々をこねるなんて、本当に幼い子どものようだ。

その事実に気が付いて自分が恥ずかしく思える。
一体どうしてしまったんだ、私は。

「・・・どうしちゃったんですかって訊くのは簡単ですけど、話したくなるまで待ってますから」
そうして暫らく亜佑美ちゃんに撫でられていたらさっきの薄汚れた感情はだいぶ薄まっていった。
不思議だった。フクちゃんにこの気持ちを教えられた時、これからは隠し通さなきゃいけないって決めた時。
あの日、今と同じ様に慰めてくれた時にはこんなに薄まる事はなかったのに。

「………私は笑ってる鞘師さんの方が好きですよ?」
「ふぇっ!?」
笑いながらよしよしと頭を撫でられる。これじゃどっちが先輩なんだか分からない。
慰めてくれてるだけなのだろうけど、ふいに好きという単語を告げられてどうしたらいいか分からなくなってしまった。

意味なんて無い。
あったとしてもこれは親愛という意味での好きに決まっている。
私のような下心の好きではない。

「踊ってる鞘師さんも歌ってる鞘師さんも好きです」
「え、あ…」
「仕事に真面目な鞘師さんも、照れ屋だけど面白くて、ちょっと不器用な鞘師さんも好きです」
「あ、ありがとう」
亜佑美ちゃんの話し方があまりにもいつも通り過ぎて真意が掴めないけど、どうやら嫌われてないという事はよーく解った。

449名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:41:27
「それと、ですねっ」
「う、うん」
ふいに亜佑美ちゃんがニヤニヤしだした。こういう時はあまり良い予感がしない。
これが巷で話題のだーいし感というやつか。
「意外とお子様な鞘師さんも嫌いじゃないですよ」
「……あー」
「いやー、可愛かったですよぉ」
先程醜態を晒した身としては何にも言い返せなかった。
というより、立て続けに好きだの可愛いだの繰り返されて頭が沸騰しそうだ。


「鞘師さんは?」
「ん?」
「鞘師さんは今…何考えてるんですか?」
まただ、亜佑美ちゃんの今にも泣きそうな顔。ウチはそんな顔させたい訳じゃなかったのに。
そう思ったら自然と口が動いていた。
「…亜佑美ちゃんを泣かせたくないから言えん」
「そう簡単に泣きませんよ」
「嘘じゃ、泣き虫のくせに…」
「ふふっ…大丈夫です今日は泣きませんから」
なんか年上の余裕を醸し出してるみたいだけど、ドヤ顔にしか見えない。
笑った顔の唇も弾力があって美味しそうじゃなって無意識に思ってしまったのはいつからだったか。

「亜佑美ちゃんの唇が可愛い」
「またそういう…」
「事故じゃないチューしたい位」
「へ!?」
あ、今度は亜佑美ちゃんが真っ赤になってる。って唇を手で隠されてしまった。
この前の事思い出したのかな?あの時も真っ赤になってたっけ…フクちゃんに見られてたってのもあるけど。

「そ、そっ、そういう事はですね、あの、えっとす、好きな人とするものですし…」
消え入りそうな声で私は良いですけどって言うのがとても可愛くて、唇を隠した小さな手にそっと自分の手を重ねた。
「好きじゃよ」
「うあ…」
「唇だけじゃなくて、タイプって言うか亜佑美ちゃんが好き」
そこまで言うと、隠してた手の力がふわりと抜けていった。
「嘘じゃないですよね……もう一回、言って下さい」
「チューしたい」
「もう!そっちじゃなくて!」
「好きじゃよ」
言いながら重ねた手をゆっくり下ろした。
真っ赤になったほっぺと泣きそうな瞳とぷるっぷるの唇がもうウチを誘ってるようにしか見えなかった。

450名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:42:01
「ごめんなさい・・・鞘師さんの気持ち知ってたんですよ実は」
「はっ?」
OKなのかと思って近づこうとしたらごめんなさいってちょっと!!
バレバレだったのか!いやまあ唇唇言ってたのは否定できないけど。
「あの、ですね。私、譜久村さんに、相談に乗って貰ってて」
「・・・フクちゃん?」
あれ?私もフクちゃんに相談してて、って。えっ!?亜佑美ちゃんも?
「譜久村さんが、鞘師さんはバレバレだけど隠し通すつもりで居るから難しいかもよって言われて、それで」
「・・・・う」
「で、荒療治だけど嫉妬させてみたらって……ごめんなさい」
「うわー……めっちゃ恥ずかしい」
「でもちゃんと言ってくれて嬉しかったです」

「…亜佑美ちゃんは?」
「え?言いましたよね散々」
「えーーー…そうだけどさぁ」
「ふふふっ」
「わっ」
笑いながらスッと顔を近づけられた。このパターンは予測してなかった。
あれ?私から行きたかったのにと思った時には亜佑美ちゃんが近過ぎて慌てて目を瞑ってしまった。

「…私も好きです、鞘師さん」
名残惜しそうに離れた愛しい唇から待ち望んだ声が聞えたのは暫く経ってからだった。

451名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:48:44
以上でーす。古いネタ過ぎるスレ汚しでゴメンちゃいまりあ
連投し過ぎてエラー暫らく寝てろを喰らいましたし…大人しくしときますw
後は頼みますホゼナンターの皆様。・゚・(ノД`)・゚・。

452名無しリゾナント:2016/04/29(金) 22:27:27
>>427-432 の続きです



里沙が不退転の決意を固めてから、程なくして。
転機は、訪れる。
何もないはずの白の空間に、人の姿を見たからだ。
ただ、それは里沙が思い望む人物ではなかった。

静けさを表すかのような黒さを湛えた、ショートボブ。
そのふくよかな頬は幼さを感じさせるのに、瞳の色は妙に落ち着いていていた。
里沙は目の前の「少女」を、知っていた。
会ったことがあるわけではない。けれど、すぐに理解できた。
この人が、いつも安倍さんから聞かされていたあの人なのだと。

「もしかして、福田…さん?」

少女は答えない。
ただ、その場に立っている。
まるで、何かを守るために里沙に立ちはだかるように。
だが、里沙は確信した。彼女が、なつみがいつも話していた「福ちゃん」であることを。
そして。

「明日香」は、予備動作すら見せることなく。
何かを展開させ、そして里沙目がけ打ち放つ。その動き、そしてその軌跡。
里沙のよく知っている、ある得物。

「まさか、ピアノ線!?」

なつみから、福田明日香は精神操作のスペシャリスト、という話は聞いていた。
けれど、まさか自分と同じような戦い方をするなんて。
「明日香」の放ったそれをやっとの思いで回避し、態勢を立て直そうとする里沙は、思わず己の目を疑う

453名無しリゾナント:2016/04/29(金) 22:29:27
「違う…これは。福田さんの精神エネルギー、そのもの」

「明日香」が、里沙が使うピアノ線を扱うように。
自分の精神エネルギーを線状にして飛ばし、そして操っていた。
これはピアノ線という物体を媒介して精神の触手を伸ばすよりも何倍も効率がよく、そして効果的。

里沙も負けじと、自分の得物であるピアノ線を展開させた。
しかし、こちらがあくまでも物理的な制限によってその本数に限界があるのとは違い、相手のそれはあくまでも形のない精神エネ
ルギー。例えではなく、無数の条を編み出せる。

圧倒的な物量の差。
里沙はあえなく、「明日香」の操る精神の糸に絡め取られてしまった。

「く…これが…オリメン…の実力…」

かつては里沙も所属していた「ダークネス」。
その大元となった組織を作ったのはたった五人のメンバーだったと言う。

中澤裕子。
安倍なつみ。
飯田圭織。
石黒彩。
福田明日香。

彼女たちのことを、組織の構成員たちは敬意を表しオリジナルメンバー、「オリメン」と呼んでいた。彼女たちのすぐ後に組織に
入った「詐術師」こと矢口真里は時に自らのことを「オリメン」と嘯いたが、彼女程度では到底届かない高みがその称号にはあっ
たと言っても過言では無かった。

454名無しリゾナント:2016/04/29(金) 22:32:10
その称号に恥じない実力が今、形となって里沙を締め付け、そして縛り上げる。
精神の糸は容赦なく里沙の心を縛り、引き千切ろうとしていた。
それでも。

「こんなところで…あたしは…安倍さんを…安倍さんを助けるんだ!!」

強い意志が、叫び声となって放たれたのと。

「…もういいよ、『福ちゃん』」

柔らかな、春の日差しのような声が響くのは、同時だった。

精神の触手が、一斉に引き上げられる。
それとともに、「明日香」は掠れるように実体を失い、そして消えていった。
「明日香」と入れ替わるように。声の主は姿を現す。

白い世界に溶け込むような、白のワンピース。
その人の周りにだけ、さきほどの声と同じような、暖かな光が溢れているような雰囲気。

「『福ちゃん』がなっちの、『ガーディアン』だったんだねえ。こうなるまで、知らなかった」

「ガーディアン」。
高次能力者の精神世界において具現化されるという、世界の主を守護する存在。
かつて里沙がダークネスに所属していた時。上司の「鋼脚」の力を借りてとある能力者の精神世界に侵入した際に、中枢にて行く
手を阻んだのが、まさしく「ガーディアン」であった。ということは。ここは、精神世界の中枢であり。
目の前にいる人物は。呼吸が、意図せずに矢継ぎ早になってゆく。

栗色の、肩にかかるかかからないかの髪。
屈託のない笑顔。すべてが、里沙のよく知る彼女のままだった。

455名無しリゾナント:2016/04/29(金) 22:51:01
「待ってたよ、ガキさん」

ずっと、ずっと聞きたかった声。
そしてずっと、会いたかった。
深々と雪が降り積もる、聖夜の惨劇。あの悪夢のような事件を経てなお。いや、より一層。
多くの仲間が傷つき、リゾナントを去ることになってしまったにも関わらず。
心は、ずっと彼女を求めていた。

「あ、安倍…さん…」

今、目の前にいるなつみが現実なのか幻なのか。
それ以前に、今自分がどこにいるのかすらわからない。
それほど里沙の心は、激しく揺れていた。感情が、溢れそうになるのをただ堪えることしかできずにいた。

なつみが、里沙の目の前までやってくる。
そして、小さな体を、両手を思い切り広げて。
里沙を、抱きしめた。

「今までよく、がんばったね。なっち、ずっと見てたよ」
「そ、そんなことされたら…もう…なんでこう…」

普段は涙なんて、絶対に誰にも見せないのに。
どうしてこう、精神世界というものは自分の魂を剥きだしにしてしまうのだろう。
かつて親友の心の中で、堰を切ってしまった時と同じく。

里沙は、声を上げて泣いた。
まるで、なつみにあやされるのを求めるかのように。

456名無しリゾナント:2016/04/29(金) 22:58:05


どれほどの時が経っただろうか。
精神世界は現実の世界とは時の流れを異なものにする。
ただ、それほど悠長なことを言っている場合でもない。
里沙はようやく己の感情を収め、それからなつみと今一度、向き合った。

「安倍さん…これまでの経緯を説明していただけると、助かります」

里沙がここまでの危険を冒してなつみの精神世界にダイブした理由。
それは、なつみを救うために他ならない。ゆえに暴走とも言うべき今のなつみの状況を把握しておくことは、絶対不可欠であった。

なつみは、ゆっくりと、今まで自らの身に起こったことを語り出す。

ダークネスのやり方に異を唱え、自らの力を組織のために使うことを拒否したなつみを待っていたのは。
Dr.マルシェこと紺野あさ美の主導する「薬物による別人格の抽出」、そのための人体実験だった。
薬の強制的な投与により、日増しに自らの「闇」が深くなってゆくのを恐れたなつみは、ついにダークネスの居城を抜け出し里沙に
会うことを決意した。
しかし、その脱走劇さえも紺野の計画のうち。まんまと罠に嵌ったなつみは、喫茶リゾナントにおいて「聖夜の惨劇」を引き起こす。
紺野による野外実験の結果、なつみは表人格の面と破壊の権化とも言うべき別側面という、まるで異なる性質を不規則に繰り返す
ようになった。そうしたなつみの危険性を鑑み建設されたのが、「天使の檻」と名付けられたなつみのためだけに作られた隔離施設
だった。

ところが。
なつみの表の人格と、破滅的な力を振るう虚無の人格を融合させようと、警察機構の対能力者部隊の責任者であるつんくが動き
出す。かつてダークネスの科学部門の統括であった彼にとって、「天使の檻」のセキュリティはほぼ無力。まんまとなつみと接触し、
そして彼の開発した薬を強制的に服用させた。

「でもね。そんなつんくさんでも、読めないことがあった」

457名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:05:14
紺野は。
つんくが機を窺いそのような行動に出ることを予測していた。
そして最後の砦として、なつみに「本当の最後の切り札」を仕掛けたのだ。
つまり。何者かがなつみの人格に関わるような薬理的作用を施した時。虚無の人格がなつみのすべてを支配し、表人格を完全に隔離
してしまうという罠。
つんくはその罠にかかり、そして命を落とした。

「…つんくさんが」
「ガキさんも知っての通り、つんくさんは裕ちゃんが率いる組織の表も裏も知り尽くした人だけど。あの人にはそのこと以上の、罪
があったの」

現状を引き起こす最後の引き金を引いたのは、つんく。
そのことが、里沙に大きな衝撃をもたらしていた。
確かに、ダークネスの前身組織の礎を築き、そしてリゾナンター立ち上げにも関わっていたということは里沙も知っていた。また、
組織在籍時にはあまり聞こえのよくない実験もしていたということも、ダークネスの諜報機関に所属していたが故に把握していた。
つまり、現在の警察組織における能力者部隊を率いる正義の味方、などという人物ではないことを十分に理解してはいた。いたのだが。

「つんくさんの罪…って…」
「つんくさんは。能力者の卵をスカウトすると称して、幼い子供たちを警察とダークネス双方に引き渡していた。ガキさんは知って
るかわからないけど、数年前に矢口…『詐術師』がその子供たちを組織から掠め取った事件も、つんくさんが噛んでるはず」
「そんな!!」

里沙が感情を乱すのも当然の話。
以前リゾナンターを急襲した「ベリーズ」や「キュート」といった能力者集団は、元はと言えばつんくが各地から集めてきた子供た
ちだった。さらに、警察内の対能力者部隊を形成している「エッグ」もまた、つんくがスカウトしてきたという。とすれば、つんく
は自らが集めてきた人材を対立する集団同士に供給してきたと言うのか。

458名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:07:15
「だいたいそんなこと、何の目的で…!!」
「普通に考えれば、両者から利益を得るため。なんだろうけど、つんくさんの性格からしたらそれも違うと思う。あの人が何を目的
としてそんなことをしたのかはわからない。けど…」

言うか、言わないでおくべきか。
そんな風にも取れる表情を見せた後に、なつみは。

「つんくさんは、なっちに使った薬のプロトタイプを…リゾナンターの誰かに試していたのかもしれない」
「!!」

まさか、つんくがそこまでやる人間だったとは。
それに、一体誰をそのような薬のモルモットにしたというのか。
いや、一人だけ思い当たる人物がいる。なつみと同じように、自分の中にもう一人の人格を内包している人間を。

「まさか!さゆみんが!?」
「たぶん。ほんとにごめんね。なっちのせいで…」
「いや!そうじゃないです!!」
「いいんだよ」

なつみはそう言ったきり、俯いてしまう。
だが、里沙には伝わる。なつみの精神世界に足を踏み入れた里沙には、はっきりとなつみの声が聞こえる。

― なっちが、みんなを傷つけた事実は…変わらないから ―

「でも!それはあさ美ちゃんが!つんくさんが!!」

里沙はなつみの言葉を、必死に否定する。
確かに「銀翼の天使」は、あの日あの時に里沙の仲間たちを無残にも蹂躙した。結果、絵里はいつ目覚めるともわからない昏睡に落ち、
小春や愛佳は能力を失い、そしてリンリンとジュンジュンは祖国へ帰ることになってしまった。
「天使の檻」で起こった出来事に関しても、また然りだ。
それでも、そのことはなつみが意図してやったものではない。つんくと紺野という二人のマッドサイエンティストの思惑の果てに起こ
ってしまった不幸な事故だったのだ。

459名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:10:26
「なっちの中にいるもう一人のなっちはね。きっと自分を取り巻いているすべての人やものが嫌になって、『ホワイトスノー』を生
み出したんだと思う。その気持ちは、わからなくもないかな。だって、あの子となっちは、おんなじ根っこだからさ。けど、それは
間違いだった」
「そんな…何を…」
「本当に消さなきゃいけないのは。なっち自身だったんだよね」
「やめてください、そんな、嫌だ」

さびしそうに微笑むその表情。声のトーン。
里沙は狼狽え、頭を振り、懇願する。そんな、馬鹿げたことは。
何故、なつみが消える必要があると言うのか。

「なっちは…ずっと昔に、親友だった子。『福ちゃん』の能力を、この手で奪ってしまった。しょうがなかった。そうするしかなか
った。正当化すればするほど心が苦しくなって。だから、決めたんだ。『やれないことは、なにもしない』って」

なつみの言葉で、里沙は組織にいた時に彼女の時折見せる儚げな笑顔の意味をようやく知る。
なつみはいつだって、組織の動向に対し消極的だった。異を唱える時も、あくまでも自分の意見は出すこともなく。それは、今彼女
の言ったことが大きく影響していたのだろう。

「でもね。そうじゃなかったんだよ。なっちが『やるべきことを、なにもしない』せいで、より多くの人を傷つけた。より多くの人
の命が奪われたのかもしれない。今…こういうことになって、それがやっとわかったんだよ」
「安倍さん…」
「きっと、なっちが存在してる限り。紺野が。悪意ある人たちが。なっちを利用して、そしてもっと多くの人たちが苦しむことになる」
「そんな、そんなことないです!あたしが!安倍さんと力を合わせればきっと!!」

460名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:14:19
薄汚い、卑しい力と卑下されてきた、精神干渉の力。
しかしそれと同時に、里沙の力は今まで多くの人々を救ってきてもいた。
ハイジャックにより墜落しかけた機内では、偶然乗り合わせていた芸人を介して乗客の心を繋ぐことができた。
難病の子を抱えた母親の悲しき未来を、彼女の心に入り解きほぐすことで変えることができた。
そんな積み重ねや、仲間たちの支えが、やがて里沙自身の考えを変えてゆく。
この力は、人を救う道しるべにすることができる能力でもある。

だから、今は。
強い想いが、里沙の手をなつみへと差し伸べさせる。
しかし。

手に取ったはずのなつみの手は。
砂糖菓子のように儚く、脆く砕けてゆく。

「ガキさんの気持ちは、凄くうれしいんだ。けど。この世界を覆う『白い闇』はもう、なっちのことを蝕んでる」
「嘘だ!そんなことない!安倍さんは!安倍さんはあたしが助けるって!決めたのに!!」

受け入れられない。
認めることができない。
強く、叫ぶ。未来が、変えられるように。
けれど、あの日見た景色と同じ。
白く染められた空から、ふわり、ふわりと「雪」が降り始める。

「なっちね、もう決めたんだ。これ以上、誰のことも傷つけないって。もちろん、ガキさんのことも」
「あたしはどうでもいいんです!安倍さんが!安倍さんさえいてくれたら!!」
「…ふふ。ガキさんにも、できたんだね。ガキさんのことを慕ってくれる、後輩が」
「えっ」

光り輝く雪が、積もってゆく。
なつみの体だけを、掠め消し去りながら。
不意にかけられた言葉。里沙は思い出す。ただひたすらに自分についてきてくれる、たまに天邪鬼だけれども、まっすぐな瞳を。

461名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:19:44
その後輩が、窮地にいたら。
きっと自分は、その身を投げ出してでも救いに行くだろう。

「そんな…安倍さん…いやだよ…いやだよう…」

なつみの姿が、薄れてゆく。
おそらく今の自分の顔は、ぐしゃぐしゃなのだろう。
よくも衣梨奈に、「簡単に泣いちゃだめだよ」などと言えたものだ。
なつみを失いたくないという思いと、今の自分となつみを衣梨奈と自分へと置き換えてしまう思い。
その思いは矛盾することなく、里沙の心を駆け巡る。

「大丈夫だべ…どうしてもなっちと話したい時は、ほら…こうやって…」

消えてゆくなつみと同じように、やはり消えてゆく白い世界。
その中で、なつみは。自らの手首を口の前に持ってゆく。

見えないけれど、見える腕時計。

なつみと里沙が初めて出会った日。
父と母を亡くした里沙になつみが、不思議な腕時計型の通信機の話をした時の出来事が、鮮明に蘇る。
どこからどう見ても、手首に向かって独り言を言っている変な人にしか見えなかったが。真剣に通信機の向こうの「お母さん」と話
してみせるなつみを見ているうちに、知らない間に自分の心がほぐれてゆくのを感じていた。
そのことを話していた時のなつみは、まるで暖かな日差しのような笑顔を見せていた。

― この通信機があればね、いつでも。会いたい人と、話せるんだよ ―

そう、今まさに存在が消えゆくこの時に、見せているような笑顔を。

自らがこの世から消滅することを願った言霊は。
天使の温もりだけを残して、成就した。

462名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:22:16
>>452-461
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

463名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:06:07
>>452-461 の続きです



「は、はっ、な、な、なんだよこれはああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

溶ける。崩れる。剥がれ落ちる。
「金鴉」の体が、煙を立てて崩壊してゆく。
馬鹿な。10分にはまだ早すぎる。なのに、なぜこんなことに。
縋るような思いで相方のほうに目をやる。「煙鏡」は。

腹を抱えて、笑っていた。

「あああああああああああああいぼんてめえええええええええええええええ」

そこで、「金鴉」はようやく気付く。
自分が、「騙されていた」ことに。

「いやぁ、済まんなぁ。ちょっと時間間違えてもうたみたいや」
「ふふふふふふざざざざざざけけけけけけ」
「ま。そもそもうちの『鉄壁』でも、自分のオーバードーズは解除できひんかったけどな」
「はああああああああああああああああああああああ」

10分が限界など、真っ赤な嘘。
「鉄壁」で助けることができるというのも嘘だった。
最初から「金鴉」が助からないことを、「煙鏡」は知っていた。
いや、そうなるように自ら仕向けたのだ。

464名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:06:44
無意識のうちに、「金鴉」が自らのキャパシティーを超えて血液を服用するように。
それが勝利の、唯一の条件だと思い込ませるように。

「はあうああああああああああああああああああああ」

「金鴉」の顔が、目まぐるしく変化してゆく。
今まで擬態した人間の顔が同時に、多発的に浮かび上がり、そして消えてゆく。

形を、形を保たなければ。
「金鴉」は必死に自分の姿を脳裏に思い浮かべ、体を再構築しようとする。
だが。逆らえない。既に能力者の情報を限界以上に取り込んだことによる揺り戻しの力には。
それでも、この流れに従うわけにはいかない。
自分の。自分本来の姿を強くイメージすることで。形を。元の形を。
そこで、「金鴉」はようやく気付く。

本当の自分って、どんなんだっけ。

「擬態」を得意とする彼女は。彼女には。
元より本来の姿などないに等しかった。他者に姿を変え、そして能力すら変えてしまう。そして、元に戻る時に。
ほんの少しだけ、姿を変える前の自分とは違っていた。それが、何十、何百と繰り返されてゆく。
そのことに、気付かないはずはない。けれど。気付いてはいけなかった。

今ここにいる自分の存在さえも信じることができなければ、一体どこに足をつけて立てばいいのだろう。
何を拠り所にして生きていけばいいのだろう。わからない。わからない。わからなわからわかわかわわわわ

465名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:08:09
まるで、堰を切ったかのように。
手も、足も、筋肉も、骨すらも。ぐずぐずと音を立てて壊れ、腐り、流れ落ちる。やがて、頭だった塊を残し、
赤黒い液体の中に沈んでいった。

呆気に取られている春菜たちを尻目に。
「煙鏡」は、ゆっくりと赤黒い水たまりのほうへと降下してゆく。
心底汚らしいものを見るような目、それと、恨みがましく相手を見上げる目が合った。

「……」
「最後に言うとくわ。うちな。お前のこと…ほんまに嫌いやってん」

最早口も利けなくなった肉の塊に言いながら、「煙鏡」はそれに靴底を合わせ。
踏み潰す。
しんと静まり返った静寂に、鈍い音が低く響いた。

先程まで生きていた人間が、瞬く間に赤黒い液体に成り果てる。
燃え盛っていた命が、消えてしまう瞬間。
その場にいたリゾナンター全員の、魂が凍えてしまうような風が吹いた。

466名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:09:16
「ひ、ひどい…」

そして春菜からそんな一言が出るほどに。
「煙鏡」の行いには慈悲が無く、そして残酷だった。

「ひどい、やって? のんをこないな姿にしたんは、お前らやないか」

「煙鏡」は自らの行為をまるで悪びれないどころか、過酷な現実を突きつけた。
確かに、間接的に「金鴉」が自滅する原因を作ったのは自分たちだ。けれど、こんな結果を望んでいたわけではない。
抗議の思いは次々に言葉を迸らせる。

「うるせえ!ふざけんな!!」
「まさたちそんなことしてないもん!!」
「だいたい、こんな風になるように仕向けたのはあんたじゃないか!!」

香音が糾弾するのと。
「煙鏡」がいつもの高めの声を低くして言葉を発するのは同時。

「甘えたこと言うなや。うちらに牙剥いて、双方無事で済むと思うたんか。これは…殺し合いやで。もちろん、それは
うちとのんの間にも言えることやけどな」
「…少なくとも、私たちは殺し合いをしにきたんじゃありません!!」

結果はともかく。
きっと聖なら、同じことを言うだろう。春菜は、強く、そしてきっぱりと言い切った。
が。春菜の心はまったく「煙鏡」には届かない。

467名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:10:26
「おいそこの黒ゴボウ。お前は、うちの心に間接的に触れたはずや。せやから…もう知ってるやろ? うちが『コイツ』
んこと、どう思ってたか」

― うちは、こいつとは違う ―

それが、聖を通して春菜が受け取った断片的なメッセージだった。
にしても。それにしても。ここまで憎悪を滾らせるほどのものだったとは。

「さあて。お仲間もお目覚めのようやし。そろそろ『メインディッシュ』と行こうやないか」

「煙鏡」の言うように、「金鴉」に手ひどくやられていた衣梨奈や亜佑美も意識を戻しはじめていた。
しかし、戦うだけの力が残されてるとは到底言えない。

「その前に一つ、謝らなあかんことあんねや」
「は?今更お前が何を謝るってんだよ!」

思わせぶりな「煙鏡」に噛みつく、遥。
吠える子犬を往なすように手をやった「煙鏡」、刹那、その手のひらから電撃が迸る。

「うわああああっ!!」
「くどぅー!!」

敵の攻撃をまともに受け倒れる遥に、優樹が駆け寄る。
そこへ、今度は鋭い風のかまいたちが。足元を切られ、勢いのままに転倒する優樹。

468名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:11:38
「複数の能力を!?」
「お前ら知ってるか知らんかわからへんけど。うちらダークネスの幹部にはそれぞれ、誰にも明かせん『秘密』がある。
うちの能力は…ほんまは『鉄壁』とちゃうねん」

床に倒れつつ見上げるもの。膝をつき、動けないもの。
「煙鏡」の言葉は、リゾナンター全員を戦慄させた。

「うちの本当の能力は、一度見た相手の能力を。見ただけでコピーできる。『七色の鏡(ミラーオブザレインボー)』、
そういうこっちゃ」

高らかに笑い声を上げながら、漂う水の球体を出現させる「煙鏡」。
まさしく、倒れている里保の能力だ。

「そんな…そんなことが…」
「お望みとあらば、お前らの能力なんぞなんぼでも真似できるで? ま、全員分披露する前に…全員、あの世逝き
やろうけどな」

やっとの思いで「金鴉」を倒したのに。
里保を欠いた状態で、この敵に太刀打ちできるのか。
誰もが困惑と絶望に向き合う中。
ただ一人、「真実」を見つめているものがいた。

469名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:12:40


「天才」。
それが、彼女に与えられた最初の「二つ名」。
確かに、彼女はその名に相応しい活躍をしてみせた。
特に、悪魔の頭脳とも言うべき思考能力。標的を陥れ、知略の闇に葬り去る力は組織の上層部に賞賛されることになる。
しかし。それが彼女の欲するものに見合うものだったかと言えば。

違う。そうじゃない。
自分はもっと、評価されるべきだ。何故なら評価に相応しい才能の持ち主だから。
だが、現実に見合った評価がされているとはとても思えない。

― こいつらは、失敗作だ ―

遥か昔の記憶に残る声が、不吉な響きを持って囁いてくる。
うちが、失敗作やと? そんなはず、あらへん。
ではどうして。

答えはすぐに、導き出される。
「こいつ」のせいだ。この世に産み落とされた時から金魚の糞のようについてくる、不快な存在。
双子のようで、双子じゃない。そうだ。こんなやつと双子であってたまるか。
なぜなら自分は「天才」であり、「こいつ」は途方もないマヌケだから。
切りたい。切り離して、自由になりたい。
その思いを、組織の「首領」に訴えたこともあった。

― あかん。自分らは、二人でひとつのニコイチやからな ―

その言葉は、激しく彼女を苛立たせた。
ふざけるな。何故そのようなことを強制させられなければならないのだ。
「あいつ」と、あんな役立たずと死ぬまで離れられないなど、そんな理不尽なことがあってたまるものか。
彼女は決意する。
こうなったら、何が何でも独り立ちしてやろうと。
自分の影のようにくっついてくる「こいつ」さえ切り離せば、自分は真の「天才」として真っ当な評価を得られる。
そのためには、何だってやる。
彼女の血を吐き泥を啜る決意は、固まっていた。

470名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:13:56


「お前らも知っての通りや。うちとのん…『金鴉』は能力を扱う上で重要な精神力を共有しとった。逆に言えば、今はう
ち一人でその精神力を自由に使える」

言いながら、倒れている遥を指さし、さらなる電撃を振るう。
追い打ちをかけられた形になった遥は、びくっと大きく痙攣しそしてそのまま気を失ってしまった。

「そんな…あなたは『金鴉』と二人で一人のはず、一人きりでこんな力を使うなんて」
「うちが半人前扱いされてたんは、頭の悪いおまけがひっついてたせいや!」

今度は、氷。急激に冷やされた空気が白く煙る。
そして生成された氷柱が、春菜目がけて突き刺さる。
急所は免れたものの、鋭い氷の牙が肩と足の甲を深々と刺し貫いていた。
激しい痛みは、春菜の痛覚を限りなくゼロに近づける能力をもってしても決して消えはしない。

「さあ。次はどんな能力、見せたろか。ま、うちみたいな天才にできないことはないからな」

「煙鏡」の広げた両手から。
炎が。大岩が。風が。ありとあらゆる自然の力が。生み出されてゆく。
彼女の相方は、自らの体を犠牲にしてようやく複数の能力を扱うことができた。それなのに、目の前の相手はそのことを
軽々とやってのけている。そんな相手に、勝つことができるのか。

「大体や。うちがこないなヨゴレ仕事せなあかんのも、元はと言えばあの筋肉馬鹿がしくじったせいや。『蟲惑』ぶっ殺
せとは言うたけど、よりによって反感買う方法でやりおって…ほんま余計なことばかりしくさるわ」

リゾナンターを「力」で圧倒しているはずの「煙鏡」は。
激しく、苛立っていた。それこそ、過去の「金鴉」の失態を詰るほどに。
余計な足枷からようやく自由になれたというのに、何なのだ、この不快感は。
その理由は、程なくして明らかにされる。

471名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:15:41
「嘘つき」

意識のあるメンバーたちが顔を青くさせる中、その声が一際大きく響き渡る。

「…誰や。うちのこと嘘つき呼ばわりしたアホは」
「まーちゃんだよ!!」

叫んだ少女 ― 佐藤優樹 ― が、胸を張る。
先ほど「煙鏡」に斬られた足からは、痛々しいほどに血が流れていた。
それでも揺るがない心、揺るぎない意志。果たして、その言葉の意味は。

「何や…腹立つな。アホさ加減があの役立たずによう似てるわ」

そうか、うちの苛立ちの原因は、こいつか。
「煙鏡」は、一人平然と自分の前に立つ優樹にその原因を求めた。

「知らない!まーちゃんは、まーちゃんだ!!」
「さよか。さっさと死ねや、まー何とか」

声を張り上げる優樹に、鬱陶しげに掌を翳す「煙鏡」。
現れたいくつもの水球が、うねりながら優樹に向かって飛ぶ。
すると、不思議なことに。
凶暴な水の塊は、優樹に触れることなく消滅した。

472名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:16:47
「な、何やと?」
「だから言ったじゃん!お前は、うそつきだ!!」

明らかに、狼狽えた表情を見せ始めた「煙鏡」は。
身を低くし、床に手を添える。コンクリートを突き破り、現れたのは無数の人影。
ある者は片手が千切れかけ、ある者は腹を抉られ中の臓物が顔を覗かせ、そしてある者は顔の半分が欠けていた。
どこから呼び出されたのかはわからない。けれど、リゾナンターたちを取り囲んだのは紛れもなく、既に命を絶たれた亡
者たちだった。

「ははは、どや!死者を操る力や。うちの能力を一つ一つ披露しつつなぶり殺すつもりやったけど、気が変わったわ。う
ちのことを嘘つき呼ばわりしたお前が悪いんやで?」

虚ろな目をした亡者たちが、包囲網を狭めてゆく。
さくらさえ健在であれば、一瞬の隙をついて逃げ出すこともできるだろうが。
今戦えるメンバーでは、物理的に攻撃を凌ぐしかない。

「衣梨奈はピアノ線で防御するけん、亜佑美ちゃんはあのでっかい巨人で!」
「了解です生田さん!!」

戦闘態勢に入る衣梨奈と亜佑美。
しかし、優樹は二人の間に割って入る。

「優樹ちゃん!?」
「あゆみも、生田さんもあいつに騙されてる。そんなんじゃ、だめ」

いつも妙なことを言って周囲を困らせる優樹ではあるが。
こういう時の優樹の言うことは正しいのもまた、事実。

473名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:18:03
「うっさいクソガキ!ゾンビの餌食になってまえ!!」

号令代わりの叫び声とともに、優樹に向かって一斉に襲い掛かる亡者たち。
しかしその鋭い爪も。牙も。優樹の体を掠めることすら叶わずに、消えてゆく。まるで、最初から存在していな
かったかのように。
そこで「煙鏡」ははじめて、「ありえない」現実に気付く。

「う、嘘やろ…なんで、何でお前だけ」

失意は、その場に立つ気力さえ失わせる。
思わず膝をつく「煙鏡」。いや、そのことだけが原因ではない。

「嘘!嘘!全部ウソ!!お前の言ってることは、ぜーーーーーーーんぶ、ウソだぁ!!!!」
「や、やめろや!!それ以上は!!!!」

懇願空しく、「煙鏡」の呼び出した亡者たちはそれこそ煙のように、消えてなくなってしまった。
後に残るは、すっかり消耗しきった小さな少女のみ。

「よくわかりませんが。もしかして、『金鴉』さんがあなたの精神力を共有していたように。あなたも、『金鴉』
さんの体力を共有していたのでは?」

春菜の、鋭い一言。
もしそれが事実なら、「煙鏡」の急速なガス欠状態にも説明はつく。が。

474名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:18:39
「答える義務は…ないわぁ!!」

息も絶え絶えに叫び、「煙鏡」が何かを地面に投げつけた。
途端に溢れる、激しい光。

「せ、閃光弾!?」
「しまった!!!!」

すっかり油断していた。
閃光弾や煙幕のような道具は、強力な能力者は所持していないことが殆どだ。
何故なら、自らの能力があればそのようなものを使わずとも窮地を切り抜けることができるから。
その油断が、このような隙を作ってしまった。

さくらが起きていればまだしも。
突然の閃光に抗う術を持たないメンバーたちは、目を瞑らずにはいられない。
光がひとしきり退いた後には、既に「煙鏡」の姿はなかった。

「逃げられた!!」
「ちくしょう!はるの千里眼でも捉えられないなんて!!」
「あんなやつどうでもいい!それより、やっさんが!!!!」

「金鴉」に強烈な一撃を食らい倒れた里保のもとに、リゾナンターが集まる。

里保は、目を閉じて床に倒れている。
口からは、一筋の赤い血の跡が。
そして。

475名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:20:50
「…サイダー、いっぱい…しゅわしゅわ…ぽん…」

寝言。
どうやらただ、寝ているようだった。

「人騒がせな!!」
「でも、どうして無事で…」
「きっと、里保ちゃんに攻撃する前に『金鴉』の体は限界を迎えてたんだろうね」

香音の冷静な考察。
ともかく、里保の命には別状はなさそうだが。

「ひとまず、ここを出ましょう。譜久村さんたちの容態も気になります」

「金鴉」と「煙鏡」の撃退という一つの目的は果たした。
本来であれば無力化し身柄を拘束するのがベストではあったが、取り逃がしてしまったものは仕方がない。それ
に、あれだけの慌てぶりでは今すぐリベンジの為の何かを仕掛けるような余裕はないはず。
鉄骨の中に佇む巨大なロケットのことは気にかかるが、自分たちでどうこうできるような代物でもない。

「金鴉」によって荒らされた場所、今は静かな湖のような静寂を湛えている。
ただ、床にべっとりと広がる血とも肉ともつかないような液体が毀れ流れている。そのことだけが、この場所で
激戦が繰り広げられていたことを物語っていた。

「金鴉」は、死んだ。
それは、若きリゾナンターたちが経験した、最初の「戦闘による」能力者の死でもあった。
「煙鏡」の言うように、自分たちが望んでしたことではない、本意ではない結末であったとしても。結果的に
「金鴉」は死んでしまった。それだけは間違いない事実であり、少女たちの心に生涯に渡って焼き付けられる
であろう烙印だった。

それでも今は、その罪に膝を落とし蹲ることは許されない。
わずかに残された「煙鏡」の悪あがきの可能性に警戒しつつも、リゾナンターたちは地下のロケット格納スペ
ースから撤退を始めるのだった。

476名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:22:49
>>452-475
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

477名無しリゾナント:2016/04/30(土) 21:50:06
と思ったら1レスを残して規制されてしまいました
お手すきの方代理していただけるとありがたいです

478名無しリゾナント:2016/05/01(日) 13:02:09
こちらは番外編と言えば番外編なのですが
厳密に言えばhttp://www35.atwiki.jp/marcher/pages/1062.html のネタバラシ的な要素を含んでいます




「はーい、空いてますよ?どうぞ」

重厚な革張りの椅子に体を埋めつつ、部屋の主が促す。
扉を開けて入って来たのは、目に染みるような白のタキシード。

「おう、邪魔するで」
「ああ、いやいや、どうもお久しぶりです」

「煙鏡」は余所行きの笑顔を作り、軽く会釈をする。
対する来客者 ― つんく ― は、「煙鏡」の記憶と寸分違わずの砕けた対応。いつ見ても、胡散臭い。

「中澤に長いことお仕置きされてた言う話やけど、元気そうやな」
「そちらもお変わりなく…って敬語はここまでにしよ。今となっちゃ、あんたはうちらの『上の立場』でも何でも
ないんやからな。ざっくばらんにタメ語でいかしてもらおか」

ふと、現在の自分たちの立ち位置を思い出し、営業用の笑顔を引っ込める「煙鏡」。
今や自分はダークネスの幹部であり、目の前の相手は組織を抜けた何の関係もない中年である。そのこと
を強調するために敢えて、尊大な態度を取ることにした。

「…何や。俺の顔になんかついてるか?」
「はは、随分下品な顔に変えたみたいやけど、うちならあんたやってわかるわ。ま、座ってや。適当にお茶
でも出させたるから」

身なりや態度こそ記憶と一致しているものの、つんくの「顔」はとても同一人物とは思えないものであった。
ただ漂わせている胡散臭さは、本人であると納得させられるものがある。

479名無しリゾナント:2016/05/01(日) 13:03:39
おい、お客さんにお茶出しや。本場のアールグレイのやつやで。

社長室の外にいる事務員に聞こえるように、言う。
過去のしがらみはともかくとして。「煙鏡」はつんくが現在は警察機構の要職にいることを思い出してい
た。そんな人物が自分の元を訪れるということはすなわち、「もう戦いは、はじまっている」ということ。

「ずいぶん羽振りがええやないか」
「ああ、ぼちぼち儲けさせてもらってるわ。とは言っても前任のクソチビのシマ、そっくりそのまま貰ろ
ただけなんやけど。あいつも身内殺すようなマネせえへんかったら、こないな美味しいポジション失うこ
ともなかったのにな」

テーブルを挟み、「煙鏡」とつんくは相対する形となる。
組織から抜けたとは言え、目の前の人物が「煙鏡」のことをよく知っていた男であることには変わりない。
増してや、あの白衣の狸の師匠格的存在だったのなら猶更、警戒が必要だ。
もっとも、警戒するだけでは何も得ることはできない。おいしい情報を、いかに相手から引き出し自分の
利益とするか。

「なるほどな。矢口の後釜に入ったっちゅうわけか」
「アホ言え、あいつよりももっと稼いだるわ」
「おお、それは頼もしいな」
「せっかく娑婆に出たからには、腕の違いを見せ付けんとあかんやろ」

肚の探り合い。
「煙鏡」の最も得意とする分野ではあるが、そう簡単に相手も手の内を見せてはくれない。
搦め手が駄目となると。

480名無しリゾナント:2016/05/01(日) 13:04:53
「で、何の用や」

直球。
つんくがどうして、「敵」である自分の元へやって来たのか。
まずはそれを知る必要があった。

「俺も一応警察の人間やし。『組織』の現状がどうなってるか、気になってな」
「…なんでそんなんうちに聞くねや。ついこないだ戻ってきたばっかやぞ」

まだ本音を見せないか。
いや、組織について知りたがっているのは案外本気かもしれない。
「煙鏡」は、当たり障りのない範囲で情報を開示することにした。

「矢口さんと飯田さんと亜弥ちゃんは死んだわ。梨華ちゃんも半死半生。何でもリゾナンター、っちゅうや
つらのせいでそないなことになったらしいな。うちもよう知らんけど」
「…高橋の後輩たちか」
「せや、あのi914が率いてた連中や。今は代替わりしてるみたいやな。ま、そんなんどうでもええわ」

「煙鏡」が、苦い表情を作りつんくを一瞥する。
何が高橋の後輩たちか、や。自分、あの喫茶店を随分贔屓にしてるらしいやん。まったく白々しい。そう言
いたいのをぐっと飲み込み、つんくの次の言葉を待つ。

「そんな中。自分らが復帰したんは、組織にとったら渡りに船やったろうな」
「のんの奴はともかく、うちが帰ってけえへんかったらどないするつもりやったんやろ。美貴ちゃんも何や
おかしなことなっとるし、よっちゃんだけで孤軍奮闘してるみたいやで」
「ああ。吉澤のやつか。新人教育も兼務しとるみたいやし、めっちゃ忙しいやろな」
「って、知ってたんかい」

481名無しリゾナント:2016/05/01(日) 13:06:10
思わずそんな突込みが出てしまうのとともに。
「煙鏡」の心に、徐々に苛立ちの色がにじみ出る。話の内容に実がないのなら、いつまでもこの哀愁漂う
中年男と語らいを繰り広げている暇などないのだから。

「…うちに何の用で来たん?」

再び、ストレートに訊ねる。
しかしつんくの答えは。

「さっきも言うた通りや。組織の現状把握を踏まえた、顔見せ」
「は?ただの挨拶やって?そんなくだらない用事のためにわざわざ顔出しよったんか。はっ、弟子によう
似て食えないやっちゃ」
「はは、紺野のやつもええ感じになってるみたいやな」
「ええ、そうですそうです。あんたの弟子はあんたが見込んだ通りに立派に育ってますとも。底意地が悪
くて常に人をおちょくったような態度なんてソックリや!!」

ついに、溜まっていた怒りが爆発する。
もう心理戦はしまいや。こうなったら、とことん問い詰めたろうやないか。
苛立ちからかそれとも時間を惜しむからか。相手が望んでいることをこちらから敢えて口にすることにした。

「ところでほんまにそないな下らん挨拶しに来たん?大方あれや、うちらの動向探ろうと思て来たんやな
いか?」
「動向、と来たか。復帰して早速、動くつもりか」
「はっは、そんなん言えるわけないやん。何で部外者のお前なんかにうちの可憐な胸の内をオープンハ
ートせなあかんねん」

早速、ぶら下げた餌に反応したか。
内心、湧き上がる喜びを隠せない。さて、どうこいつを料理すべきか。
しかしつんくの次の一言は、浮足立った「煙鏡」に冷や水を浴びせる。

482名無しリゾナント:2016/05/01(日) 13:07:05
「久しぶりに『遊園地』にでも遊びに行くつもりか?」

遊園地、という思わせぶりな単語。
「煙鏡」は直感で理解する。こいつは、自分たちが「夢と光の国」で何をしようとしているか、知っている。

「何やと。お前その情報どこで手に入れた」
「ま、俺も色々情報網持ってるからな。よりええ取引をするためのな。例えば…中澤との取引、とかな」

つんくの言葉が、「煙鏡」の肝を冷やす。
冗談じゃない。目的を果たすことなく再びあの牢獄にぶち込まれたまるものか。

「ちょ、待てや。それはあかん。せや、こんなんはどうや。うちは今日、お前と会ったことは綺麗さっぱり
忘れたるわ。べ、別に取引のええ材料見つけたとか思ってへんで。最初から秘密にするつもりやったわ。そ
の代わり。うちとのんがこれからしようとしてる事も組織には内緒や」
「…ええで。別に俺も本気でそないなことしようなんて思ってへん。それに、お前らの目的は大体想像つくしな」

いつの間にか、追い詰めるつもりが追い詰められている。

「…ほう。何となく目的はわかる、やって?目的はほれ、ただの遊びや。それ以上もそれ以下もあらへん」
「目的は。せやな、不思議の国に囚われた少女を『救い出す』、とかな」

先程から、冷や汗がぬるりと背中を流れている。
こいつは。こいつは、どこまで知ってると言うのだ。

483名無しリゾナント:2016/05/01(日) 13:08:34
「は?お前何言うてるん?」
「けっこうイイ線いってると思うんやけどな。で、その少女を使って何をするか、や」
「ええわ。言うてみ」
「ええんか?」
「あいぼんさんは心が広いから、お前の話が厨二病丸出しの最終ファンタジーでも聞いたるわ…」

それまで、にやけ顔をしていたつんく。
その緩んだ表情が、驚くほど急激に鋭く。

「長い長い、牢獄生活。そんなものを与えた組織への、復讐」

ふざけるな。
何なんだ、こいつは。なぜそこまで、こちらの考えていることを言い当てられる。
確かこいつは能力者でもなんでもなかったはずなのに。
どうしてこの男は、こちらの手の内をまるで最初から知っているかのように話すのだ。
「煙鏡」の嘆きは、心の中でぐるぐると蜷局を撒き始めていた。

「は、はは。意外とええ線言ってるやないか。まあ外れやけど」
「そら残念。顔引き攣るくらいに、不正解やったんやなあ」
「べっ別に顔なんて引き攣らせてへんわ」
「そか。お肌の調子が悪いんやな。日本の米食うたら直るで」
「アホ。ドアホ。はぁ…聞いて損したわ。うちの貴重な時間返せ。ったくお前のつまらん妄想話でうちの毛
根細胞1万個くらい死んでもうた」

言葉ではおどけてはいるものの。
「煙鏡」は、1秒でも早くつんくとの会話を切り上げたかった。
これ以上この男と話をしてはいけない。それは経験則でもあり、本能でもあった。

484名無しリゾナント:2016/05/01(日) 13:10:56
「毛根細胞と言えば。うちの能力はなあ、「鉄壁」言うてな。自分の精神力の強さで、周りの事象を「拒否」
することで絶大な防御力を得ることができる。理論上は核ミサイルの直撃も防げるんやて。別にそんなんに
使うつもりもないし、ほんまに防げるとも思ってへんけど」
「ほう。俺も科学部門の統括やってたこともあるけど、凄い能力やな」
「チートな能力やな、今そんな顔してたで? ただな…」

思えば、こいつがここに来てから、自分は煮え湯を飲まされっぱなしである。
一矢くらいは、報いさせてもらうで。
そんな思いで、自らの能力について「煙鏡」は話し始める。
確かに目の前の相手は自分たちの「生みの親」ではあるが、保有能力について全容を把握しているわけでは
ない。その無知を、思い知らせてやる。そんな意図を込めつつ。

「ダークネスの幹部が全員能力を二重底にしてるのはお前も知ってるやろ」
「そやね」
「自分の能力をひけらかす馬鹿は早死にする。つまりはそういうこっちゃ。うちかて、ただぼけーっとあの
地下で隔離されてたわけと違うからな。乙女の言葉にささやかな嘘はつきものやで?まあ、お前に今更こん
な講釈垂れてもしゃあないか。 とにかく、精神めっちゃ使うから、こっちに来んねん。おかげで能力使う
た翌朝は枕元に抜け毛がべっとり…」
「若ハゲも大変やな…」
「って何言わすねん! 誰が若ハゲじゃ、やかましいボケ」

「煙鏡」の話には、2つの目的があった。
一つは、先ほどのように、自分の能力はあくまでもブラックボックスであり、つんくの知りえないものである
ということ。そのことを知らしめてやること。これは知を武器とするものにとっては屈辱以外の何物でもない。
もう一つは、こいつから早く「Alice」の話題を遠ざけること。
だったはずだが。

485名無しリゾナント:2016/05/01(日) 13:12:06
「『金鴉』と、『煙鏡』。古代の双子のような太陽神を模してつけられた二つ名か。まったく、ようできとる。金
の鴉は、己の光で自らの輪郭を変えてみせ、そして煙る鏡は。漂う煙で鏡を覆い隠す。か」
「おいお前…どういう意味や」
「さて。そろそろお暇させてもらうわ。せや、うちのとこで開発したリラクゼーション靴下の試供品、おいとくわ。
興味あるんやったら、安くさせてもらいまっせ」

「煙鏡」がつんくの言葉を訝しむ暇もなく。
つんくはソファから立ち上がり、帰る支度を始めた。
いかにも胡散臭そうな、靴下一式を机に残して。

「は?もう帰る?まさかお前、ハナからそのくっだらないもん売りつけるんが目的やったんか」
「ばれたか。うちんとこも、新薬作ったりせなあかんから、研究費が嵩むねん」
「しょうもな。余裕のよっちゃんってやつか」

高笑いを残しつつ立ち去ろうとするつんく。
それを、「煙鏡」が呼び止めた。

「あんたが何企んでるか知らんけど、これだけは言うとくわ。近いうちに組織の勢力図は塗り替えられるやろな…」
「不思議の国の少女、でか?」
「せやから、さっきの話とは関係ない言うてるやろ」
「そなの?ごめんね」
「うっさい、ひつこいわ。もうとっとと帰り」

おい、お客様がお帰りや。そこらへんに塩撒いとき。何やったらその胡散臭い男目がけて直接塩投げつけてもええ
ねんで。

どうにも調子が狂う。
やはりこの男は苦手だ。話していると、自分の知の指針が、狂ってしまう。

「自分、長いこと幽閉されてた割には時代に敏感やん。ツンデレ、っちゅうやつやろ?」
「ってまだお前おったんかい。今日は午後からうちも出かけるんや。どこへ何でお前に話せるわけないやろ。
いい加減にしいや。あほ。ぼけなす。出てけ出てけ。その下品な顔二度と見せるなや」

486名無しリゾナント:2016/05/01(日) 13:13:53
>>478-485
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「Answer」 了

487名無しリゾナント:2016/05/05(木) 22:41:50
「いててて・・・ちくしょう、あの小生物が!今度あったら、ボスに献上なんてしないでおいらのサンドバックにしてやる」
草原で目を覚ましたのはすでに眩しい太陽が頭上に現れることになっていた
アフリカの大地で無防備な状態で倒れていたというにも関わらず危険な肉食獣に襲われなかったのは幸運なことだった
「ああ、ちくしょう、リゾナンターも逃げてしまったし。まあ、おいらを恐れて撤退したんだろ
 命拾いだな、リゾナンター。キャハハハ。しかし、おいらの部下たちはどこにいったんだ?」

改めて視界のいい草原を見渡したもの、矢口の都合のいい黒ずくめの男達は一人もみあたらなかった
「おかしいな?転送装置はおいらが預かっているのに。ここにあるよな??
 しっかし、あついな・・・ま、いいやあいつらの代わりなんていくらでもいるし
 帰って冷たいビールでも飲むか。キンキンに冷やして、こう、喉元をくぅーっと潤して・・・!! 誰だ」
誰かに視られている、そう感じた詐術師は慌てて戦闘態勢を整えた
丈の低い叢に隠れているのであろう、人一倍空気を読むのが得意であった詐術師は誰かの臭いを感じていた

「ありゃりゃ、さすが詐術師さんですね。こっそり叢に隠れるようにしていたんですが。mistakeでしたね」
あっさりと姿を現した女を詐術師は知らなかった
「・・・誰だ?おまえ、おいらのことを知っているということは敵、のようだが」
素朴そうな肌の白い少女は特徴的な舌を巻いたような声で返した
「敵、で構いませんよ。あなたの部下は私が拘束させていただきましたので、詐術師さん、あなたにも来ていただきます」
「リゾナンターか?きさまも?」
「Resonanntor??」
「まあ、なんでもいい、おいらと会ったことを後悔しな」

少女に向かい駆け出し、一気に距離を詰める
手にしたナイフで少女の腹部を目がけて切りつけようと振るった
しかし少女は特に動揺することもなく、数歩後ろに下がり、しゃがみこみ、詐術師の足元を崩そうと足を突き出した
詐術師も幹部の名に恥じない動きで足を跳ね上がり躱し、その勢いのまま回し蹴りの体制に入る
少女は両手を地面につよく叩きつけ、倒立の姿勢になり、そのまま一回転
詐術師の回し蹴りをはじき、勢いのまま後方へとバック転で距離を置く

488名無しリゾナント:2016/05/05(木) 22:42:56
「おまえ・・・何者だ?」
こんなやつ、データにないと思いながら、詐術師は息を整える
「ふふふ、、、名前は教えませんよ」
一方少女はまったく疲れている様子はない
「でも、本気でいきますよ」
指揮棒を振るうように両手を掲げると、周囲に砂埃が巻き上がった
砂埃だけではない詐術師が手にしていたナイフが手を離れ、宙に浮いた
ナイフだけではない、詐術師の隠していたピストルも、鉄球も浮いている
「Oh! ずいぶんとdangerousなもの隠していたのですね」
「ちっ、まあ、いいや。まだおいらには武器があるんだから
 これ?おまえの能力だろ。ナイフに鉄球にピストル、砂埃
 金属だけが宙に浮いているんだから、磁力を操るってところか?
 キャハハ・・・無駄だよ、おいらの前ではすべての能力は無に帰す!!『阻害』発動!!」
余裕綽々な表情で笑いながら少女の顔向かい指さした

しかし・・・鉄球が落ちない、砂埃がやまない、ナイフの刃が元の持ち主へと向かう

「な、なんだと?能力を封じたはずなのに?も、もしかして、お前、ダブル(能力者)か??」
余裕綽々な笑顔は少女に移っていた。アニメ声で少女は答えた
「W??なんのことですか?」
指揮者のように両手を振るい、ナイフを右へ左へと操る姿をみて、詐術師は焦りを感じていた
「こんなやつ、データに入っていない。まずいぞ、ボスに伝えないと」
ポケットに手を伸ばす詐術師を見て少女は慌ててナイフを詐術師に跳ばした
指先がボタンに触れるのが一瞬早く、詐術師は姿を消し、ナイフは何も無い空を斬った

「・・・逃してしまいました、か」
構えを解くと砂埃は止んだ。自身も砂埃に目をやられてしまい、眼をこすりながら叢へと歩を進めた
何も言わずにナップザックから通信機を取り出し、起動させる
『Sorry. I miss Ms tricker. 』
『OK, I know, I know. But you tried hard, Chelsy.』
『Thanks, teacher.』     (まー修行番外編、『Chelsy』 episode0

489名無しリゾナント:2016/05/05(木) 23:01:03
>>
「Chelsy episode0」です。
おかしのチェルシーはCHELSEAが正しいスペルですが、code nameなのでChelsyにしました。
まー修行は完結。次はこっちを適当に書いていこうと思います。
まー修行を長い間読んでいただきありがとうございました。

490名無しリゾナント:2016/05/06(金) 23:34:47
転載ありがとうございます。
いや、単純にまー修行あげたし、一日に二作落とすのは14日しかもたないスレだからもったいないなって思っただけ。
もし、したらばで気づいた人いれば代理してくれるであろうし、そこは任せようかなっと。
別に深い意味はない(笑)

491名無しリゾナント:2016/05/07(土) 07:16:08
深読みし過ぎてしまったw

492名無しリゾナント:2016/05/14(土) 16:39:33


愛と里沙が作り上げた、光の鳥籠に里沙が突入してから。
愛は、その様子を固唾を呑み見守ることしかできずにいた。

「銀翼の天使」の精神世界へとサイコダイブしたのは間違いないが、そこでどのようなやり取りが繰り広げられて
いるかまでは愛には知りようがない。ただ一つだけ言えるのは精神世界における死は、肉体的な死となって能力
者に降りかかる。里沙に教えられたことだ。それでも、愛は信じていた。里沙が、無事で帰ってくることを。

不意に、鳥籠から光が溢れる。
天使が展開していた白き言霊、それらが、形を失いながら空中に溶けてゆく。
天使を天使たらしめていた、輝く翼もまた、消滅しようとしていた。
つまり。

「あぶないっ!!」

天駈ける翼を失ってしまえば、あとは落下するだけ。
「銀翼の天使」、いや、安倍なつみの身に何が起こったかはわからないが。
このまま地面に落下したら、無事で済むわけがない。

悪魔より授かりし黒き翼を尖らせ、ゆっくりと引力への抵抗を失ってゆくなつみのもとに飛んでゆく。
何とか間に合うか。だが、問題はそれほど単純では無かった。


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