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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

365名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:01:27
>>356-363 の続きです



春菜が聖に話を持ちかけたのは、各メンバーがミラーハウス跡地へと駆け出した時のことだった。

「譜久村さん。お話が」
「どうしたのはるなん、改まって」

いつになく真剣な、春菜の表情。
これから戦地に向かうのだ、気を引き締めざるを得ないのは当然の話だが。
彼女の表情は、それともまた違っていた。

「『金鴉』と『煙鏡』の対策なんですけど…」
「攪乱作戦だよね。あ、もしかして作戦の補足?」
「ええ、まあ…」

妙に春菜の歯切れが悪い。
おそらく、聖を前にして言い辛いことなのだろう。
聖自身も思い切りのあるほうとは決して言えないのだが、今は非常事態だ。
意を決して聞き出すことにした。

「はるなん。聖なら、大丈夫だから」
「譜久村さん」
「それが勝利に繋がることだったら、何だってやってみせる。だから…」
「…わかりました」

覚悟を決めたのか、春菜は少し目を伏せ、それから。

366名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:02:45
「今から私が言うことは、誰にも言わないでください」
「うん」
「譜久村さんは、『金鴉』に『接触感応』を試みてほしいんです」
「えっ…」

なるほど。
春菜が躊躇ったのも頷ける。それほど、春菜の言っていることにはリスクがあった。

「接触感応」。
聖が現在敵への攻撃ないし防御の手段として使用している「能力複写」の根本となっている能力。つまり、「接触感
応」によって相手の能力を読み取ることで、能力を「複写」する仕組みになっている。

しかし。相手は、どう考えてもまともな精神の持ち主ではない「金鴉」。
聖が彼女の精神を読み取ることによる被害は、想定すらできないものだった。

「あの二人は、『二人で一人前』という言葉に異常に反応してました。そこに、彼女たちを攻略する大きなカギがあ
ると、私は思うんです」

春菜はさゆみと「金鴉」が対戦している時の、さゆみが口にした件の言葉が「金鴉」と「煙鏡」を激しく動揺させて
いたことを、見逃さなかった。相手がフィジカルで自分たちを凌駕しているなら、付け入る隙は精神面において他は
無い。

「新垣さんは、その戦闘力もさることながら、相手の精神の脆い部分を突くことによって勝利を得てきたそうです。
本来なら、新垣さんに一番能力の質が近いのは生田さんですが…」
「うん、わかってる。えりぽんにはそんなこと、させられない」

367名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:03:34
春菜の言わんとしていることは、聖にもすぐに理解できた。
里沙の能力に、メンバーで最も近い能力を持っているのは衣梨奈なのは間違いない。
しかし、精神に「干渉」するのと、精神を「破壊」するのとでは、その力の込め方、加減がまるで違う。端的に言え
ば里沙と同じようなことをすれば、衣梨奈は狂気を孕んだ相手に対し、その狂気に飲み込まれてしまう可能性が高い。
かつて、春菜とともに和田彩花を救った時。
そうならなかったのは、彼女の中に人間らしい部分が多く残されていたからに過ぎなかった。

「新垣さんは、直接、精神の触手を使って相手の心を『押す』ことができる。けど、私たちにはそれができない。だ
から、まずは譜久村さんに相手の心の形を読み取って欲しいんです」
「…わかったよ、はるなん」

聖は、春菜に対し力強く返事を返した。
必ず成し遂げる。光り輝く、強い意志を持って。

368名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:04:40


狂気に顔を歪め、笑っている「金鴉」の前に。
立っているものは、最早誰一人いない。

彼女が宣言した通り。一人ずつ、確実に仕留める。
殲滅という目的の前に冷静になった小さな破壊者にとって、リゾナンターたちは敵ではなかった。

「…ちっくしょう!!」

最後の力を振り絞るように、亜佑美が立ち上がりながら僕を呼ぶ。
「金鴉」の体を鉄巨人の重厚な手が押さえつけ、躍り出た藁人形が縄状になった体を巻き付け締め付ける。
それでも。

「ぬるいんだよ!!」

鉄と藁の拘束を力づくで引き千切ると、火の出る勢いで亜佑美に向け突進する。
破壊の鉄槌とも言うべき拳を、腹部にまともに受けてしまった亜佑美はもんどり打ってロケットを支える鉄柱に激突した。

「のの、ちょいと本気出し過ぎとちゃう?」
「はぁ?バカ言ってんじゃねーよ!こんなの準備体操だっつうの」

上空に漂いつつ茶々を入れる「煙鏡」を軽くいなし、「金鴉」は肩をぐるりと回す。

「全員、再起不能。でもな、そんなんで終わらすつもりはないからな。アタマぶっ潰して、とどめ刺してやる」

「金鴉」にとっては、相手の生命の停止こそが任務完了の唯一の証。
彼女に以前ターゲットにされた菅谷梨沙子や夏焼雅は、邪魔が入ったとは言えどもある意味幸運だったのかもしれない。

369名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:06:06
「まずはどいつからいくか…」

「金鴉」が最初の処刑者を品定めしていた、その時だった。
それまでぴくりとも動かなかった聖が、ゆっくりと立ち上がったのだ。

「何だよお前、自殺志願か?」
「……」

挑発する「金鴉」に対し、言葉を発することもなくゆっくりと近づいてゆく聖。
「接触感応」を仕掛けるなら、油断しきっている今しかない。

「おい。のん、気ぃつけや。そいつ何かする気やで」
「大丈夫大丈夫。こんな死にぞこないの攻撃、今更受けたところで…」

ゆらり、ゆらりと体を揺らしながら。
一歩一歩、「金鴉」に近づく。そんな様を半笑いで見ていた「煙鏡」だったが。

「やばい!避けろや!!」
「なっ!!」

聖の手が「金鴉」の体に触れようとしたその瞬間に。
「煙鏡」が叫んだ。反射的に、体をずらして避ける「金鴉」。目標を失った聖はバランスを崩し、床に崩れ伏せた。

「そいつ…そいつはお前に『接触感応』、サイコメトリーするつもりや! 体に絶対に触らせたらあかん!間接的に!
そいつを早よぶっ殺せや!!!!」

当人の間において、言葉を使わない意思疎通が可能であるならば。
「金鴉」に「接触感応」を仕掛けられるということは。「煙鏡」にも「接触感応」を仕掛けられるということ。
そのことを、「煙鏡」は瞬時に理解したのだ。

370名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:07:06
「触れずに殺せ、ってか。ちっ、面倒くせーなぁ」

言いつつも、相方の苛立ちを感じたのか、「煙鏡」は指示通りに行動しようとする。
念動力で、破壊した床の瓦礫を浮上させ、聖の頭上へと移動させる。高速で叩き付ければ、人の頭など簡単に砕けてし
まうだろう。

「という訳。悪く思うな…よっ!」

コンクリート片を叩きつけようとした刹那、「金鴉」の目に聖の左手が自分の足を触ろうとしているのが映る。
しつけえんだよ、そんな言葉の込められた一撃。コンクリート片はその重量で聖の手をぐしゃぐしゃに潰してしまった。

「ったく油断も隙もねえなあ。あとはもう一回。今度はお前の頭に…」

潰された。
確かに、聖のそれは原型を留めないほどに潰された。
聖の、能力で生やした手の形をした、植物の根は。

本物の聖の手は。
しっかりと、「金鴉」の足首を握っていた。

「て、て、てめえ!!!!」

狼狽えるも、足を振って手を振り切るも。
もう、遅い。
発動した「接触感応」により、あらゆる情報が聖の中に流れ込んで来る。

371名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:07:54
「み、見るな!見るんじゃねえっ!!!!」
「触るな!その!!薄汚い手で!!!うちの心に触るんやない!!!!!」

抵抗するかのように、喚き散らす「金鴉」「煙鏡」だが。
止まらない。一度栓を切った瓶の中身の流出は、もう止まらない。

「双子のように」「明確な違い」「格差」「劣等感」…「失敗作」
「うちらは二人で一人なんかじゃない」
「嫉妬」「絶望」「憤怒」「憎悪」「殺戮」「殺戮」「殺戮」
「あいつとは違う。一緒にするな」

組織からも忌み子として扱われてきた二人の、闇を闇で塗り潰したような歴史、事実が濁流のように聖の中に押し寄せ
てくる。まずい。飲み込まれる。小高い丘にぽつんと立つような聖の存在は、今まさに凶暴な奔流によって。

― させませんっ!! ―

体の節々までをも侵そうとする絶望、崩れかけた聖を支えたのは。春菜。
「五感強化」により、聖の精神面をサポートし瓦解するのを必死に防いでいた。

「はる…なん…」
「させません!私が言ったんだもの!絶対に譜久村さんを取り込ませません!!」

とは言うものの、聖と精神的に繋がった春菜自身もまた、悪意ある流れに晒されていた。
耐えろ。耐え切れ。まだ、私にはやることがあるんだから。

そう。これで終わりではない。
春菜に、春菜にしかできないことがある。
それなくして、あの悪魔のような二人を倒すことなどできないのだ。

372名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:08:33
歯を食いしばり、膝に力を入れる。
春菜は、彩花の精神の中に入った時のことを思い出す。
そうだ。あの時に比べれば。これは。こんなものは。

ふと、体が軽くなる。
聖が「金鴉」に触れた、ほんの僅かな時間。その間に流れ込んできた闇の濁流が、流れきったのだ。
安心したかのように、聖の体から力が抜け、そして気を失う。

「譜久村さん、ありがとうございます。そして、ごめんなさい」

感謝の気持ちは、敢えて辛いことを引き受けてくれたことへの、感謝。
そして。先輩に辛い思いをさせることでしか活路を見いだせなかったことへの、謝罪。

「…よくも。よくも、のんたちの中を」
「あとは。後の、汚いことは。私が引き受けます」

春菜が、「金鴉」の正面に立つ。
聖が「接触感応」によって得たものは、聖を通して自分も受け取った。

「引き受ける?お前みたいなゴボウ女に、何ができるんだよ!」
「のん、そいつの生皮ひん剥いて、ゴボウのささがきにしたれ!!」

威圧をかけてくる二人。
大丈夫。怖くない。腕力勝負は苦手だけれど。

「あなたたちって。本当に『半人前』なんですね」

「金鴉」と「煙鏡」の顔色が、変わる。
私、「こっち」の勝負なら、自信があるんです。

373名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:09:13
>>365-372
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

374名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:37:45
>>365-372 の続きです



「何や。よう聞こえへんかったな。声が高すぎて」
「なんか梨華ちゃんみたいじゃね? アニメ声きめえんだよ!!」

春菜の発したキーワードは。
目の前の二人を動揺させるのに、十分すぎるほどの威力があった。
だが、こんなものは序の口だ。もっと。もっと揺さぶるんだ。
春菜は決意を示すかのように、さらに口を開く。

「もう一度、言ってあげましょうか?あなたたちは、二人一緒じゃないとまともに戦闘すらできない『半人前』って、
そう言ったんです!!」

まるでどこかの漫画のように、びしっと音が出るくらいの勢いで二人を指さす春菜。
虎の尾を踏む行為、なのは百も承知だ。

「金鴉」にやられ、意識を失っていた面々も、数人は意識を取り戻していた。
優樹。遥。香音。比較でしかないが、手ひどくやられた亜佑美やさくらに比べれば軽傷で済んだメンバーたちだ。
気が付くと春菜が何やら敵と口喧嘩をしている。不思議な光景ではあるが、春菜に何か考えがあるのかもしれない。
三人は息を潜めて、様子を窺っていた。

「…どうやら、苦しんで死にたいみたいだなぁ!!!!」
「私はあなたなんて、ちっともこわくないですよ。だって、二人でやっと一人前の『失敗作』じゃないですか。あ
なたたちって。どういう理屈かは知りませんけど、『金鴉』さん。あなたは、『煙鏡』さんのバックアップがない
と戦えない。だからあなただけが戦ってる。あっちの人は戦闘に参加できない。そうでしょ?」
「な、なにぃ!?」

激怒する「金鴉」に、春菜は聖の接触感応で得た知識を口にする。
浮き上がったこめかみの青筋が、大きく波打つのがよく見える。「金鴉」の怒りは、頂点に達していた。

375名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:39:18
「二人で一組の働きしかできなきゃ、ダークネスの人からも『半人前』扱いされますよね。一人じゃ運用すらまま
ならない、ただの『失敗作』です」
「こっ!のっ!やろう!!!!言わせておけば!!!!!!!」
「特に『金鴉』さん。あなた、絶望的に頭が悪すぎます。ただ目の前にいる人間を殴って、ぶち殺す…そんなの、『戦獣』だってできますよ?」

人の長所を見つけ、褒めることのできる人間は。
逆に言えば、人の短所を探り当て、これ以上無い言葉で罵ることができる。

これは、当時のリーダーだった新垣里沙に言われた言葉だ。
太鼓持ちを自称していた春菜の、表裏一体の特性にいち早く気付いたのは里沙だった。

― 同じ精神系の能力だけれど、生田は単純すぎるし、ふくちゃんは優しすぎる。心理戦って意味においては、あ
たしの戦法を引き継ぐのは飯窪しかいなさそうなのよねえ ―

そう言いながら、人を褒めることの裏側の意味、戦闘における使い方を里沙は教えてくれた。
無論、人の悪口を言うよりは人を褒め称えていたほうが性に合う春菜であるからして、そのような戦い方をするこ
とは無かった。しかし。

自分たちは、確実に勝たなければならない。生きて帰る、そう先輩たちに約束したから。

ならば、手段を選んでいる場合ではない。
春菜は、自らの心を敢えて鬼とすることにした。

376名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:40:20
「あなたはいつもいつも、『煙鏡』さんにコンプレックスを抱いてた。彼女に比べて、自分の扱いが悪いと。どうし
て自分はこんなに雑用みたいなことばかりやらされるのかと」
「やめろぉ!!ふざけんなぁ!!!!」

春菜は、口撃の標的を「金鴉」へと移す。
聖の接触感応でより心模様が明らかになったのは、こちらのほう。
そして、今回の主たる目的も、彼女の側にあるからだ。

「彼女に追いつきたい。超えたい。それでようやく自分は自分になれる」
「はあぁ!?でたらめなこと言ってんじゃねえよ!!!!」
「でも、それは一生無理ですね。だってあなたは、『煙鏡』さんのおまけだから」
「!!!!!」

『金鴉』の表情が、大きく、大きく歪む。

「あなたの力だって、所詮は借り物じゃないですか。だから、道重さんに翻弄されるし、鞘師さんにも歯が立たない」
「うるせえ!!!!!その!薄汚い口を!閉じろっ!!!!!」
「借り物の顔、借り物の能力。本当のあなたって、何者なんですか」
「殺す!殺す!ぶっ殺!殺っ殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!!!!!!!!!!!!!!」
「ああ。『失敗作』でしたよね」

堪忍袋の緒が切れるというのは。
あくまでも比喩であって、実際に何かが切れたりすることはない。
だが。その時確かに。

ぶちん、という音がした。

377名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:41:49
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「金鴉」は、獣の咆哮ですらない耳障りな金属音を上げると。
自らの懐に隠し持っていた、「全ての」血液の入っていた小瓶を口の中に放り込んだ。その数、10は下らない。
ばりばりと、硝子をかみ砕く音は。彼女が摂取した全ての血液の持ち主の能力を取り込んだことを意味していた。

顔が。「金鴉」の顔が。
目まぐるしく変わってゆく。見たことのない顔、そしてどこかで見たことのあるような顔。それらが入れ替わり立
ち替わり、やがてない交ぜになって融合してゆく。

「あ、あはは…やってもうた…もう知らんぞ…うちは知らんぞ!!!!」

「煙鏡」は今、相棒を襲っている状況を理解していた。
彼女の目に見えるのは、最早敵の確実な死という未来だけだった。

「金鴉」の手からは、炎が、氷が、粘液状の何かが。変貌する顔と同じように、交互に現れ、そして消えていた。
取り込んだ能力が暴走しているかのようにも見える。それが、春菜の最大の狙いだった。

さゆみと「金鴉」が交戦している際に。
最初に「変化」に気付いたのは、「千里眼」の能力を持つ遥だった。

378名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:42:42
「なあはるなん。あいつの体、何かおかしくね?」

そう言われ、自らの視力を強化する春菜。
すると、妙なことに気付く。

「金鴉」の体が、わずかではあるが悲鳴を上げている。
悲鳴、というのは物のたとえではあるが。不自然なまでに皮が撓み、肉が軋んでいる。

「…能力にって、肉体に負荷がかかってるってこと?」
「間違いねえ。あいつの体の細胞がヒィヒィ言ってる」

この時は。
さゆみの「治癒」という膨大な力を擬態したことによるもの、という考えも棄てられなかった。しかし、この地下
深くのロケット格納庫で「金鴉」と直接対決をすることで、予測は確信へと変わる。

「金鴉」の「擬態」という能力は、本人の肉体に唯ならない負荷を与えている。

フィジカルな戦いで敵わないのなら、精神的な隙を突き、自滅させるしかない。
それが、8人のリゾナンターたちが出した結論であり、勝利の方程式だった。

「くっそ…!ぜってえ…ぜってえぶっ殺してやる…!!肉片一つこの世に残してやんねえからな!!!!!」

「金鴉」の体は、過剰な能力摂取により崩壊しかけていた。
その意味では、リゾナンターたちの作戦は成功しつつあった。
ただし、そのような状態の彼女とまともに戦い、時間を稼ぐという人間がいればの話だが。

379名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:43:40
「のん!10分、10分が限界や!それ以上は、うちが『鉄壁』つこうて血ぃ抜いても、もう元には戻らへん!!」
「10分? 1分で十分だっての!」

「金鴉」の、血を、相手の阿鼻叫喚を求める視線が。
奥歯の根が震えながらも、恐怖に折りたたまれまいとする春菜の元に止まる。
知っているのだ。本能が、目の前の相手がこの状況を作り出したことに。
こいつは。潰さなければならない。そう、訴えていた。

「弱っちいくせに。のんのこと、ここまで追い詰めたこと。褒めてやるよ。じゃあな!!!!」

別れの言葉は、確実に息の根を止めるための、意思表示。
今まさに、春菜の命が絶たれようとしている。にも関わらず、優樹も、遥も、香音も。指ひとつ、動かすことすら
できない。与えられた恐怖に、生命の危機に、身が竦むのだ。

最早ここまでか。いや、違う。救いの光は、すぐ目の前に。

「金鴉」の、春菜の頭を叩き潰そうとした拳を遮ったのは。
透き通るような刃。水が織り成す、強き、刃だった。

「みんな…遅れてごめん」
「鞘師さんっ!!」
「里保ちゃん!!」
「やっさん遅いよ!!」

四肢を地に据え、水の刀を一文字に構えて。
鞘師里保は、そこに居た。

380名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:44:13
状況は、既に把握していた。
まともに戦える人間が、既に自分一人をおいて残っていないことも。
しかし。ここを凌げば、勝機が見えてくることも。

「どれくらい…保てばいい?」
「じゅ、10分です!!」

春菜は、先ほど「煙鏡」が口にした限界時間と思しき時間を叫ぶ。
「金鴉」の体の損傷からして、その言葉に嘘は無いのは明白だった。

「わかった」

拳に合わせた刃を大きく弾き、距離を取る里保。
10分。死闘を繰り広げ、緋色の魔王の力を引き出してしまった彼女にとって、あまりにも長い時間。
けれど、やるしかない。それが、全員が生きて戻って来ることができる、唯一の方法だから。

「さっきの、リベンジだ…徹底的に、やってやるよ!!!!!!」

獣の如き咆哮が、最後の戦いの幕開けとなる。

381名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:45:36
>>374-380
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

382名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:03:37
降り続く雨音が、室内の雑音を消していた。
女の長いため息が、机の上に落ちる。
時計は十時十三分。
早朝からの書類整理がやっと終了して、右肩を回す。
次に左肩を回し、首も回す。
疲れが泥の様に全身にまとわりついている。

携帯端末を起動し、呼び出してみる。
二回目の呼び出しで相手に繋がった。

 「もしもしあゆみん?」
 『ちょっと!こんな時に電話かけないでよ!』

石田亜祐美の叫びの背後に轟く爆音。
雨音の合間に金属が打ち鳴らされる音。

 「うわーなんか凄い音してるね」
 『あっちが爆弾持ち出してきてんのよ!
  これなら小田達も呼べば良かった!
  あ、ちょっと生田さん!勝手に突っ込んでかないで!
  で、何!?何か用!?』
 「あ、いや。うん、頑張ってね」
 『はあ?いやいや、はあ?』
 「いや、ごめん。また後でかけ直すから集中集中」

石田が何かを言おうとして轟音が重なり、通信は途切れた。
女は携帯を眺めてみた。

 「……とりあえず、小田ちゃん達に連絡いれとくか」

383名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:04:25
携帯端末を再び起動させる。
用事を済ませた後、女はリビングにあるテレビに向かった。
最近見ている番組の録画情報を呼び出す。
先週放映分を録画し忘れて、二週間前の番組になっているのを
見ると何気に泣けてくる。

映像が立ち上がり、主人公が喋り、主題歌が流れる。
続く番組本編の内容は、アニメだった。


正義の味方として変身する主人公が毎回苦難や強敵に対し
仲間達と協力して戦って解決する。
三年ほど放映が続いているから、もう第四期になるだろうか。

先々週の最後に不吉な前兆があったから、先週で何かが起こって
今週くらいに黒幕を倒すのだろう。
実際の番組も、そういう展開だった。
見終わると、毎回そうなるのだが、自分が正義を行って
勝った様な気になれて爽快さがたまらない。
次の放送は今日の夜だっただろうか。

384名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:05:03
一呼吸すると、見る前よりさらに疲れている自分に気付いた。
物語のなかの正義の味方は、たとえ裏切られ戦いに一時的は負けても
最後の大事な戦いでは必ず勝っている。

一方で、敗北したり、金の為に地を這ったり、守るべき依頼人が
殺されたり敵になったりした正義の味方のことは描いてくれない。
主人公に自分を重ねるのがよくある見方なら、誰でも自分が正しい
勝者の側に身を置きたいのは当然のことだろうが。

携帯端末が鳴り響く。
出ると、子供の泣き声を背景にした女性の挨拶だった。

 「はい。ああはい、そうですが……ええ、はあ…」

長く続いた依頼人の説明を遮り、受けるかどうかをあとで
答えると言って携帯を切った。
既にアニメは終わっており、二度見た事がある別のアニメが放映していた。

窓の外に視線を戻す。
雨はまだ止まらない。
テレビで確認した天気予報では、明日まで降るらしい。
この時間になっても石田から連絡がないというのは少し心配だが
喫茶店の留守番を任されている身として優先すべき事は先ほどの依頼を
受けるかどうかを決めなければ。
立ち上がり、椅子の背に掛けていた上着を取る。

呼び鈴が鳴った。

385名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:05:51
 「はーい?どちら様ですか?」

扉の外には、傘を差した人物が見えた。
開けると、横殴りの雨と湿気を含んだ風が吹き込んでくる。
雨と雲以上に午後の光を遮っていたのは、女性用の背広の人物だった。
耳たぶに付けられた耳飾りが、外からの風に揺れる。
閉じられた女モノの傘の先端からは、雨の雫が滴っていく。

女は一瞬、息を止めた。
表情が強張りそうになった、が、耐える。
客人を迎えるいれるための笑顔を作るために徐々に口角を上げる。
女だからこそ出来る他人への振る舞いをこなす。

 「あの、どなたでしょうか?」

女の問いかけに対し、口紅が塗られた唇に笑みが浮かぶ。

 「自己紹介をすると、あたしは鮎川夢子。
  あなたと同じ正義の味方、かしらね」

実際に目にするという衝撃に撃たれたが、なんとか耐えた。

 「……もしかして、貴方があの有名な鮎川夢子さん、ですか?」
 「ええ、その、申し訳ないんだけど室内に入れてもらえます?
  少し寒さがこたえてしまって震えが止まらないの」
 「あ、ええ、分かりましたどうぞ」

女が後ろに下がると、鮎川が店内へ入ってくる。
傘に入りきらなかった左右の肩や裾が雨に濡れていた。

386名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:07:09
 「ありがとう。それにしても驚いた。
  まさかあたしの事を知ってるだなんて」
 「鮎川さんこそ、どうして私達のことを?」
 「ここの常連客に話を聞いたのよ。若い少女達が様々な
  事件を調査して解決している集団があるって。
  まるでアニメのようだと思ったけれど、会ってみて分かったわ。
  客の中には本当に助けてもらった者も居るともね」
 「なるほど。鮎川さんにこうして注目されてるなんて、ビックリです」


 「なるほど、同じ者同士としては気になってたわけね。
  本当はあたしの仲間も紹介したいところだけれど…」
 「そうですね、皆にも会ってほしかったです」

女は肩を竦めておいた。

 「あ、すみません。私の名前は…」
 「飯窪春菜さん、よね」
 「ご存知でしたか」
 「ええ、私もそれなりに情報入手に関しては負けてないから」
 「さて、と。お互いの紹介は済ませましたが、ここに居る
  理由をお聞かせ頂いてもよろしいですか?」

387名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:07:42
鮎川の表情が曇った。ひとたび押しとどめた言葉を吐き出す。

 「襲撃されたの。
  あの仇敵のマッドサイエンティストによって
  作られた屍傭兵たちに三人の仲間が殺された。
  ESPや改造人間だった彼らでも太刀打ちできないほどの数に
  圧倒された他の派生組織らも造反に賛同したのよ。
  追っ手から逃げたものの、全ての隠れ家も破壊されていた。
  私は姉の響子と離れ離れになってしまって、命からがら
  この町に逃げ込んできたの」

一気に事情を話し、鮎川は苦い感情を顔に滲ませる。

 「まさかそんな事になってたなんて知りませんでした」
 「ええ、私も予想外の事だった。
  ようやくあの仇敵、デ・パルザの悪の計画を潰したと思えば
  まさか残党達が生き残っていたなんて…」

鮎川の苦渋の表情を飯窪は眺めた。

 「逃げている他の仲間を待って再起するまでの間
  しばらくここにおいてもらえないかしら?
  勝手な言い草だとは思うけど、ここが最適の隠れ家なの。
  なにも差し出せないけど解決すれば謝礼だって払うっ。
  だから…!」

飯窪は思考し、用意していた台詞を述べた。

 「良いですよ。しばらくここに居てください」

鮎川の顔には、驚きと疑いが絡み合って表現されていた。

388名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:08:15
 「ほ、本当に?」
 「困っている人を放り出すなんて正義の味方のする事じゃないです。
  噂の中にはありませんでしたか?
  どんな相手の依頼でも引き受ける、それが私達です」

鮎川が軽く息を吐く。
柔和な瞳が飯窪を見つめた。

 「ごめんなさい。実はその情報から、ここを訪ねたの。
  とくに心底困ってる依頼は絶対に断らないって聞いたから」
 「なるほど。あながち間違ってはないですけど、少しさっきの
言葉を修正すると、依頼の度合い的には断ることもあります。
  明らかに怪しい方とかね。
  ただ鮎川さんは有名な方ですから、その理由にも同情する余地がある。
  という私の独断と偏見で承諾したんです」
 「ありがとう。貴方に頼って本当に良かった」
 「ただ、交換条件を一つ付けさせてもらっても良いですか?」

飯窪はなるべく優しい表情を作った。

 「急ぎの依頼があるんですが、ご覧の通り、私は留守番係です。
  なので鮎川さんのお力をぜひともお借りしたいんですが」
 「それは非常に厄介な依頼なの?」
 「そうですね。鮎川さんの力が必要になるかもしれません」

彼女の心情を理解した鮎川が微笑む。
素直な笑顔を直視できず、飯窪は自然と逸らす。

 「では急で申し訳ないんですけど、行きましょうか」
 「ええ、きっと役に立ってみせるわ」

鮎川の足がまた外に向かう。

389名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:08:50
 「あ、待ってください」

飯窪は厨房に入ると、棚の隣に掛けられた雨除けの外套を手に取る。
男性客の忘れ物だったが、一年経っても取りに来なかった為に
壁の装飾となっていたものだが、この為にあったのだと思い考える。
頭の上の雨除けの庇を掴むと、視線を遮るように隠した。

 「追手に勘付かれてもしたら大変ですからね」

鮎川の唇が笑みを刻んだのを見て、飯窪も笑みを浮かべ返す。
鮎川が扉の外に出ていく瞬間、飯窪は視点を下に向けた。

静かなため息を落とす。

そして意を決したように鮎川の後を追い、扉を閉めた。

390名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:18:49
>>382-389
『雨ノ名前-rain story-』
お久しぶりです。以前、鞘工で『銀の弾丸』という作品を書いてました。
今回は飯窪さんのお話、能力描写はほぼありませんが
それでも良いよという方はお付き合いください。

391名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:55:08
>>374-380 の続きです



愛の放つ光に包まれた里沙が、両手から複数の鋼線を展開させる。
いや、鋼線ではない。一筋一筋がしなやかに波打ちつつも、眩い光を湛えている。
その正体とは。

「光のワイヤー、か。考えたね…」

天空には程遠い、地べた。
大の字に横たわり空を見上げていた「黒翼の悪魔」がひとりごちる。
二人の共鳴、は想定していたものの、このような結果を齎すとは思わなかったのだ。

一方。
文字通りの光のワイヤーを、鋼線と同じように撓らせ、波打たせ。
里沙は「銀翼の天使」を、迎え撃とうとしていた。

「里沙ちゃん…」
「『捕縛』できたら…あとは任せて」

里沙のやらんとしていることを理解し、愛が静かに頷く。
それが、作戦決行の合図だった。

「天使」が、白き翼を大きく広げる。
その小さな体の、何倍もの大きさの翼。羽毛ひとつひとつが、他者の消滅を願った言霊そのもの。
無数に犇めく羽根は、ゆらゆらと毛先を揺らし。零れ落ちる羽毛が、ひらひらと大空の下を舞う。ほんの僅か
な、静寂。
そして。

392名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:56:17
一斉に。木々に群れる鳥の大群が押し寄せるかのように。
言霊の羽根が、二人の前に拡散され、一気に飲み込んだ。身構えることさえ許されない、一瞬で。

羽毛はやがて光り輝く球を形作り、空に漂う。
傍から見ると、まるでもう一つの太陽が生まれたかのような光景。
ただし、その中では愛と里沙がどうなっているのか。まともに考えれば、既にこの世から消滅しているはず。

かつての後輩、そして自分を敬愛してやまないと公言する後輩の今際に立ち会っていても。
「天使」の表情は、少しも崩れることはない。悲しみも、憐みも、何もない。虚ろな双眸だけが、自らの作り出した分身と
も言うべき冷たい太陽を映している。

瞳に映る、輝く球体。
球体は。愛と里沙を飲み込んだはずの球体の表面は。
突然。破裂するように、波を打ち。偽りの太陽を突き抜けるように幾条もの光が拡散された。
愛と里沙の共鳴の形。言霊さえも透過する、光のワイヤー。

球を象っていた羽毛が、花火のように散らされる。
言霊が生み出した偽の光は、真実の光には抗えなかった。

「やっぱり、気付いてたか…さすがはダークネスが特別に警戒する人物、だね」

「天使」は、無意識のうちに愛の光を回避していた。
「悪魔」の放った黒血は避けることさえせずに消滅させていたのに。
それは、言霊の力では光を消すことはできないから。感情は無くとも、防衛本能がそう働いていた。
いくつもの死線を潜り抜けてきた愛と里沙が、そのことに気付かないはずがないのだ。

393名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:57:18
「愛ちゃん、お願い!!」
「わかった!!」

全身に光を纏い、「天使」へと切り込む愛。
自分の光は、虚ろな天使の攻撃の、唯一の防御手段となる。そのことを確信した愛は、容赦なく「天使」の懐に入り、近接
攻撃を繰り出した。

光に包まれた手が、そして足が「天使」を攻め立てる。
その度に、白い羽が揺れ、輝く羽根がふわりと散る。渾身の、蹴りと拳の乱打。
もちろん、全ての攻撃はまるで機械仕掛けのような正確さで次々とかわされる。だが、それで構わなかった。何故なら、愛
の特攻は「本命ではない」から。

「ぬぅん!!」

里沙の張り巡らせた輝く光が、弧を描いて天使に襲いかかる。
さらに光が、いくつもの光に。軌跡を描きながら無限に分裂し続ける光のワイヤーは、やがて「天使」を捉える鳥籠に姿を
変えた。

「天使」が、その翼を折り畳み、鳥籠が完全に閉じきってしまう前に上空へと急上昇を始める。
光が完全に出口をしまう前に外に飛び出されてしまっては、再び「天使」を捕まえるのは困難であった。が。

待ち構えていた。
里沙は、黒き翼を従えて。「天使」が突き抜ける軌跡の上に。
「銀翼の天使」は、里沙の姿を確認するや否や、右手に輝く剣を携える。
「悪魔」をも斬り伏せた、虚構の刃。それを、里沙は。

敢えて、受け止めた。
腹部に深々と刺さる言霊の剣から、血が滴り落ちる。
傷口から、じわりじわりと広がってゆく真っ赤な染み。

394名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:58:06
「この時を…ずっと待ってました」

里沙は、自分の体から急速に力が抜けてゆくのを感じつつ。
その蒼白になった両手のひらを。
「天使」の頭を挟み込むように、添えた。

精神干渉の、極たる業。
自ら卑しい汚れた力とさえ罵った、相手の心に自らの心を滑り込ませる ― サイコダイブ ―。
この一瞬に、里沙はすべてを賭けた。
無慈悲な天使の奥底に、安倍なつみの心が残っていることを信じて。

395名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:59:02


これまでにも、何度も里沙はサイコダイブを敢行してきた。
敵にも、そして味方にも。
ただ、こんな日が。安倍なつみに精神潜行を仕掛ける日が来るとは、思いもしなかった。

自らの心とは別の世界に、自分自身が再構築されるような感覚。
里沙の視界がはっきりしてくると、そこは見たこともない景色だということがわかる。

白。白、白。白。
そこには、何もない。
普通の人間であれば、何にせよ様々な景色が広がっているはず。
だが、白という色彩の他には、本当に何もなかった。言うならば、「無の世界」。

対象の人物にサイコダイブした精神干渉の使い手は、まず最初に様々な景色を目にすることになる。
例えば、大海原に面した砂浜であったり、太陽の降り注ぐ草原だったり。それらは全て、サイコダイブの対象となった人間
の精神世界であり、心模様であった。
つまり。

「銀翼の天使」 ― 安倍なつみ ― には、景色を描くような心は残っていない。

里沙をも塗り潰さんと広がっている白一面の世界が、何よりの証明だった。
彼女が操っていた白き言霊同様に、色彩すら見当たらない世界。

396名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:59:41
それだけではない。
かつて里沙が「黒の粛清」と対峙した時のこと。
粛清人に精神干渉を試みた里沙を阻んだのは、まるでとっかかりのない、鉄の球体のような相手の心だった。
それを知った時のような絶望が今、里沙に襲いかかろうとしていた。
いや、形すら見当たらない今の状況の方がより、残酷だ。

そんな…もう安倍さんの心は、残ってないの?

無力感が、足を伝い膝を落とさせた。
だが、すんでのところで力を振り絞り、再び立ち上がる。
ある人物の顔が、脳裏を過ったからだ。

今も、深い眠りについている、里沙の親友。亀井絵里。
絵里を何とかして再び目覚めの世界に導こうと、里沙は日夜彼女のいる病院へと足を運んでいた。
「銀翼の天使」の襲撃によって、昏睡状態に陥った絵里を救う唯一の方法。それが、サイコダイブだった。
その作業は広大な砂漠の中から一粒の砂を見つけ出すような、ほぼ不可能に近いもの。それでも。

窮地に陥った里沙を救うべく、絵里は束の間の目覚めを得ることができた。
明けない夜はないし、止まない雨もない。里沙は暗がりの中で一条の希望を見た気がした。

だから。
里沙は、白い、何もかも白く消し去ってしまうかのような砂漠に。足を、踏み入れる。
絶対に。絶対に安倍さんを探し出して見せるんだ。
後輩たちに生きて帰って来いと言った以上、自分たちも。
里沙の心には、あの日見たような希望の光が差していた。

397名無しリゾナント:2016/04/11(月) 22:01:47
>>391-396
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

光のワイヤーは以前拝見した過去作からのリゾナントだとは思うのですが
失礼なことに失念 してしまいました…申し訳ない

398名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:01:45
家を出て二十分、雨はまだ続いている。

 「あれが依頼のあった現場です」

目の前にあるのは一棟の社屋。
右に同じような洒落た外装をした建物が隣接している。
飯窪は傘を差し、鮎川は傘を差し、外套を着たまま歩く。
鮎川の足元で水たまりが弾けた。

社屋ビルの前を通り、隣の邸宅前に到着。
低い三段の階段を上がって、扉の前に立つ。

 「依頼主からは許可を取ってありますから、扉は開いてますよ」

無断侵入の説明をしつつ、飯窪は扉を開ける。
曇天でさらに陽光が射し込まなくなった薄暗い廊下が見えた。
戸口を覗き込もうとする鮎川のために横に退く。

 「まず現場を見てもらったほうが良いですね」

飯窪と鮎川が廊下を歩いていく。
途中の階段を通り過ぎて、突き当りを左に曲がる。
奥に開け放しの扉と、警察が張った立ち入り禁止の帯が見えた。

黄色い帯を手で払い、奥の部屋に入る。

399名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:03:14
 「勝手に入っていいの?」
 「入室の許可は出てます。事故として処理されてますから」
 「事故?」
 「死亡したのはリルカ・オーケン。映像や書物、ようするに物語関係の
  輸出入と制作を行ってる方で、この貿易映像社の副社長でした。
  今朝、彼女は自宅の書斎で死体となって見つかりました」
 「外国の人?」
 「ハーフだそうですね」

部屋にある家具は、書類棚と重厚な執務机。
貿易社の商品である書籍やDVDは山と積まれている。
苛烈な仕事が私生活にまで浸食してきたのが見てとれた。
絨毯を控えめに染める血痕が、不運な事故を静かに物語る。

 「そこがリルカさんの死体があった場所ね。
  殺人の可能性はないの?」

鮎川の目は血痕が落ちた絨毯を見下ろす。
血痕の周囲には陶器の破片が落ちていた。

 「朝にご家族が発見し、通報して警察が調査しました。
  現場と物証の状態から見ても、リルカさんは深夜まで
  自宅で仕事をしていて、立ち上がった時に過労かなにかの
  原因で足下がふらついた。
  そして寄りかかった棚の上にあった花瓶が落ちて、頭に落下」

飯窪は一歩歩み寄り、陶器の破片を指で示す。

 「痛みで後方に倒れた時、机に後頭部を打ってしまった。
  当たった角度が悪かったみたいで、午後一時から二時の間に
  死亡したと考えられます」

400名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:04:14
入手した警察の簡単な検死情報を思い返す。

 「そう見えて、実は誰かが仕掛けた殺人事件、という展開は?」


 「物語ならともかく、一般人は手のこんだ殺人はしません。
  ないとは言い切れませんが」
 「殺人じゃなく単に事故死だとしたら、救われないわね…。
  まだこんなに若いのに副社長になっても、机に頭を打って
  死ぬなんて悲しすぎる」

鮎川の面差しに哀しみが宿った。

 「副社長という座も大変だったようですね。
  この映像会社を社員二百人規模の会社に育てあげ、三男一女を
  会社の各部門を任せるほどに育て上げた訳ですから」
 「夫はどうしていたの?」
 「ルリカさんが発見される前夜にすでに行方知れずになってます。
  元々気弱な方であまり経営に向いてなかったそうです」
 「驚くほど夫が怪しいじゃない」
 「元々あまり家に寄りつかなかったみたいで、事故死という結果もあって
  警察の動きも鈍い。娘さんだけが心配して、旦那様の身柄を
  捕捉してほしいと依頼してきたんです。それも警察よりも先に」

鮎川を眺める。

401名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:05:25
 「私の目的は、その旦那様を見つけ出すことにあります」
 「見つけて、それで?」
 「それだけですよ」
 「それ、だけ?」
 「それだけです。この事件には鮎川さんが恐怖している事は
  ほとんど影響していないお話ですから」
 「余計な仕事はしない、ってこと?」
 「……私達が正義の味方をしているのは、誰かの人生を
  めちゃくちゃにした相手に復讐するためではありませんから」

まだ納得していない鮎川に飯窪は携帯端末を差し出した。
そこにはこの貿易社の経営主の経歴と、顔や全体の写真があった。
鮎川の鼻先に不快感の皺が浮かぶ。



机に座って控えめに微笑む社長、ロック・オーケン。
痩せた体に白の混じった髪は三対七という半端な横分け。
何かを睨み付けるような鋭利な目。
貧相な顔にペイントで十字架を模した模様が描かれている。
まるでピエロか何かの様だ。

 「……いかにもって感じね。
  怪しいDVDでも売ってたんじゃないかってぐらいの面構え」
 「見た目で判断するのは良く無いですよ。
  それなりにいいところもあったと思いますよ」

402名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:05:57
小声で「多分」と付け加えてしまった飯窪の弁護にも
鮎川は侮蔑の小さな笑みを口の端に刻む。

 「ロックさんの私室は二階です」

二人で部屋を出て、廊下まで戻る。
階段を上って二階に到着すると、廊下の横手にある扉を開けた。
左右の壁一面と床に、雑誌と本とDVDが溢れている。
左手の棚の中段ほどに、画面と録画再生機がそれぞれ六台。
何の為かは分からないが、六つの画面を一度に見る事態が想像できない。

窓際の机の上では、数年前に上映された映画がテレビで放映されていた。

 「なんで勝手にテレビが?」
 「自動再生でしょうか」

映像のひとつには、飯窪も見た事がある映画があった。
丁度、変身ヒーローが悪の計画を阻止している最中で
ヌンチャクを振り回す特撮ヒロインというのも斬新ではある。

 「まるで子供の部屋じゃない…」

鮎川の言葉通り、貿易社の社長の部屋に仕事の用具は何もない。
時間を知らせる時計すらなかった。
この部屋は、ただ子供のままで大きくなった男のための
夢物語と玩具で埋め尽くされ、戯れるためだけの部屋だった。
楽器や電子器具の山。
音楽楽器の雑誌が混ざっているのを見るに、彼は音楽にも精通してたらしい。

403名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:07:13
ロック・オーケンの理想を投影したような本は床に転がっていた。
表紙では、勇敢な戦士が右手に剣を握り、美女を
左腕で抱きつつ、白い歯を見せて笑っていた。
二人でさらに部屋を捜索したが、ロックの行方を示すようなものは出ない。

携帯端末を見つけて電話帳や住所録を見つけたが、空白ばかり。
何件かはあったが馴染みの楽器店のものがほとんどで
個人的な友好関係がほとんどない。
数少ない交友関係にその場で電話してみるが、誰も彼の事を知らない。

鮎川の不機嫌さが頂点にまで達する前に、二人は外に出る事にした。

404名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:19:33
>>398-403
『雨ノ名前-rain story-』 以上です。

「鮎川夢子」さんを知ってる人はその人物像で見てもらえると
ある意味で面白いかもしれません。
ちなみに書いている人はあの映画を見ておらず、原作との混合なので
別人として捉えてもらっても大丈夫です。

(スレ内)>>212
自分ではどうして推理モノを書こうとしたのか理由を
覚えていないのですが、これは当時書いてた話を掘り起こしてきました。

405名無しリゾナント:2016/04/13(水) 01:56:29
 「納得いかないわ!」

叫び声に数人の視線が向いたが、降り続ける雨の鬱陶しさに
早足でその場を後にしていく。
横目で見ると、鮎川の眼が怒りに燃え、唇が不快感に歪む。
雨除けの外套から静かに雨粒が流れた。

 「ロックという男は、自分の責任を全部放棄して
  奥さんに被せていただけじゃない!」
 「もう少し声を静めてください」
 「仕方がないじゃない、本当に不愉快なんだから」

鮎川は本当に怒っていた。

 「私は母親が殺されてから、姉を守るために人生を切り開いていった。
  言葉すら通じない屍傭兵の群れを薙ぎ倒してきた。
  女だからといって、引っ込んでる必要はないからね」

鮎川の声量が大きくなっていく。

 「夫なら、妻と家族を守るべきでしょ!?
  それを奥さんに任せて自分は夢物語に逃げ込むなんて!」

自分でも張り上げている事に気づき、鮎川は口を噤んだ。
落ち着いたところで、足を止めていた二人は再び歩き出す。

406名無しリゾナント:2016/04/13(水) 01:57:13
 「誰もが貴方のように勇気をもって苦難に立ち向かうような
  人生は送れないと思います。
  むしろほとんどの人はロックさんのようにしか生きれない。
  勝者が居れば必ず敗者が居る。
  強い人間がいれば、弱い人も居るんです。
  立ち向かう人間が居れば、逃げてしまう人も居る」
 「それはそうだけど…」
 「弱いということで否定されるなら、この世界では
  まるで英雄と犯罪者以外の人達は被害者でしか居られない。
  それを肯定することになるんですよ?」
 「………それでも、私は許せないわ…」

鮎川の声は、軽蔑と哀れみの色を帯びていた。

 「私が彼なら自分を恥じる、それか即死ぬわ。
  現世は諦めて、次の人生に懸けるしかないじゃない」
 「そう考えてしまう可能性があるから、依頼があったんですよ。
  警察は徘徊に近いロックさん相手に親切にはなってくれません。
  地道に捜すしかないんです、噂を頼ってでも」

鮎川が顎の下に手を添えて、飯窪がほのめかした事実を考え込む。

 「そうね、こんな弱い男なら自殺する可能性もあるか。
  じゃあ、急がなきゃね。で、次はどこに?」
 「依頼主の元へ行きます」

雨が酷くなっていく。雷雲が漂い始めていた。

407名無しリゾナント:2016/04/13(水) 01:59:05
質素な二階建ての家の玄関に立ち、呼び鈴を鳴らす。
扉から出てきた女性は、幼児を抱えていた。
母親の腕のなかにいる男の子が、二人を不思議そうな瞳で見つめた。
子供に目線で軽く挨拶して、依頼人の女性に自己紹介をする。

 「依頼を受けた飯窪です」
 「臨時手伝いのあゆ…鮎田です」

女性は複雑な表情をした。

哀しみと苦味を堪えるような瞳だった。
苦い物を呑み込んだように、女性が口を開く。

 「……父の失踪の件でしたね。どうぞ奥へ」

家の一室、女性は幼児を抱えたまま居間の椅子に座った。
向かい側の椅子に二人も座る。
ロック・オーケン捜索の依頼者である一人娘、モモコは
深呼吸したあと、飯窪だけに視線を向けて口を開く。

 「難しい捜索かと思いますが、よろしくお願いします」
 「はい。分かってます」

頭を下げるモモコに、飯窪は厳粛な面持ちで頷く。
これまでにない意味での難事件になる。
それは飯窪自身も強く感じていた。

408名無しリゾナント:2016/04/13(水) 02:00:01
モモコに抱えられた幼児は、飯窪と鮎川を興味深そうに眺めている。
幼児が丸みを帯びた手を伸ばしてくる。
鮎川の口元が綻び、子供に挨拶をした。

 「可愛いお子さんですね。人を怖がらないなんて良い子だわ」
 「本当は、親族以外には絶対に慣れない子なんですけどね」

モモコが侘しく微笑んだ。

 「すみませんが、早速質問をしてもよろしいでしょうか?」

遮る形となったが、飯窪の話にモモコが頷く。

 「行方不明のロックさんの人柄、友人関係を教えて下さい。
  そこから調査していきたいと思います」

間を取るように、モモコが椅子に深く身を沈めた。

 「父のロックは、実に不遇な男でした。
  虐げられ疎外されていたけれど、とてもいい人でした。
  優しくて、映画鑑賞や読書が好きなおとなしい男でした。
  若い頃には音楽を目指していた傍ら、良い物語を紹介したいという
  理想に燃えて、大好きだった日本に渡り、外国の映画や書籍
それらを輸入する小さな貿易会社を立ち上げました。
  社員は父と友人達だけだったので、個人輸入といった方が正しいですかね」

モモコの声の調子が下がる。

409名無しリゾナント:2016/04/13(水) 02:00:40
 「そこへ転がり込んできたのが、リルカ、私達の母です。
  母のリルカは、父の貿易会社を手伝い始めました。
  最初はよくあるように経理をしていたそうです。
  二人の協力で会社は次第に大きくなって、制作も手掛ける様に
  なっていきましたが、途中から数字に強い母が仕切りだしたんです」

よくある話だと、飯窪は思う。

 「数年後、会社の実権は母が握り、売り上げ至上主義の会社に変貌。
  そこで父はお飾りの社長になってしまったんです。
  父の生き甲斐であった居場所は変わってしまい、言うなれば
  言葉通りの………乗っ取りがあっさりと成功しました。
  それでも父は、母にとっての良き夫、私達にとっての
  良き父、時代に場所を譲る物わかりの良い経営者を演じたのです」

モモコが続ける。
よほど誰かに言いたかったのか、その言葉には憤りを含む。

 「でも長くは続かない。会社は利益追求の道具に成り果て
  父は生き甲斐を奪われて、なお逃げ場所がなかった。
  あとはもう目を閉じて耳を塞いで、自分の夢の世界で
  眠っているのか起きているのか分からない日々を過ごすしかなかった」

あのロックの私室は夢の繭として彼を生きながらさせていた。

 「ルリカさんの死にロックさんのせいである可能性は?」
 「………それは、無いです。絶対。だってあれは事故でしたから」

410名無しリゾナント:2016/04/13(水) 02:06:16
断言するモモコの顔に迷いは無かった。
母を失い、父を捜すモモコに同情はしても、それだけだ。

本当に、それだけだ。

 「ロックさんの行きそうな場所、何か参考になることはありませんか?」
 「警察は役に立ちませんね。まだ見つかってないとしか報告が来ません」

鮎川の眼が周囲を探る。

 「そういえば、貴方の他にも三人の兄弟が居ると聞いたけど
  その方々はどこに居るのですか?」

その言葉に、モモコの血相が変わった。

 「父が行方不明になっても、兄弟の誰も捜そうとしない!
  彼らは父より母の跡を誰が継ぐかを会社で会議してますよ。
  だから、だから私が依頼したんです!」

母親の怒気と怒声に、腕の中の幼児が泣きだす。
モモコが慌てて幼い息子をあやす。

411名無しリゾナント:2016/04/13(水) 02:06:55
 「兄さん達に話を聞いてもムダですよ。
  ……むしろ、聞いてほしくありません。
  それなら、父の古い友人がここから30分ほどの所に
  住んでらっしゃっるそうで、その方を頼っては如何でしょう。
  警察に訊かれた時にも連絡先を出しましたので」
 「ではその情報を頼らせて頂きます」

棚から取り出した黒革の手帳を開き、住所を携帯端末に入れる。

 「……あの、父に会ったら、伝えてもらえますか?」
 「ええ、どのように?」
 「…………もう我慢しなくていいよ、と」

モモコは飯窪と、そして鮎川を見据えて言った。
母親の腕のなかで、幼児が右手の指を咥えて微笑んでいる。

412名無しリゾナント:2016/04/13(水) 02:09:30
>>405-411
『雨ノ名前-rain story-』

もしかしたら途中でレス投下が途切れている可能性があるので
そのときはどなたか代理投稿よろしくお願いします。
リゾスレ8周年おめでとうございます。

413名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:46:37
家の扉を背に二人は再び歩き出す。

 「それにしても湿気が酷いわね」

雨除けの外套に手をかける鮎川に、飯窪の目が引きつけられる。

 「追手から逃れている最中の人間が迂闊に顔を出さない方がいいです。
  せっかくの雨ですから、そのまま隠しておけばいいじゃないですか」
 「あ、そっか」

鮎川が頭を覆う外套を手で引き下ろして、口元だけで微笑む。

 「探し物をしている内に自分の存在を忘れるだなんて」
 「たまには自分を忘れてもいいと思いますよ。けど
彼のように幻想へと完全に逃げるのはどうかと思いますけどね」

飯窪の呟きに、鮎川が理解不能と首を左右に振る。
その時、目の前から傘を差した男が近づいてきた。
絹のシャツに仕立てた背広。
整った容貌に軽薄な眼差しがあった。

 「やあこんばんわ。ちょうど印象的な人影を見つけたものだから」

男の唇が朗らかな声を紡ぐ。
危険信号が全身をめぐる。

 「何か用ですか?」
 「失礼、私はロメロ。リルカ・オーケンの三男だ」

含みを持たせた粘着質のある物言い。
しかも事故死した母の名前のみを口にし、失踪した父のロックの
息子であることを無視した事に、飯窪が気付かない訳もない。

414名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:47:45
 「そちらの素敵な方は?」
 「鮎川よ、鮎川夢子」

鮎川が胸を張って答えた。
先ほどの会話と矛盾が生じている事に本人は気付いていない。


鮎川の名乗りを聞いた男の唇と頬には、極大の皮肉な笑みが刻まれた。

 「へえ、へえそうか。そういう事か。あんたがあのダメ子か」
 「その名前を口にしないで。私を知っているなら話は早いけど」
 「これは失礼。それにしても、正義のヒーローが地味な仕事をしている」
 「余計なお世話よ、そっちこそ何が目的?」
 「姉さんの家に行こうと思ってたんだが、今家から出てきたあんた達を
  見かけてね、ちょっとお話をしないか?何か聞きたいんだろう?」

嫌な笑みを解かず、ロメロは飯窪の顔を舐める様に見つめる。
不気味さが増す。

 「それは聞いてほしいという事?」
 「………ロック・オーケンは、迫害された男でも
  優しい男でも無かったよ」

懐かしむように色を帯びていた。

415名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:48:15
 「自分が無い男。多分、あの男は自分が妻を殺したと思って
  現場から逃げたんだろうよ」
 「彼が夢見がちで他人に流されやすかったのは分かってます」
 「なにごとにも程度があるのさ。あの男はやり過ぎた」

言葉の一撃に飯窪は言葉を失った。
自分が主導権を奪ったことを確認し、ロメロがクツクツと笑う。

 「あの男が見つかったら俺にも教えてくれ」

毒液が滴るような悪意に満ちた笑みをずっと浮かべ続けた。
気障な仕草で回転し、雨の町へと去っていく。
不愉快さを振りまきつつ去っていく男の背を、鮎川は眺めている。
敵意に満ちた瞳が、まさに刃となって睨み付ける様に。

416名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:49:22
まるで老人が擬人化したような古色蒼然とした家だった。
この季節に、窓には厚い紗幕。
残る壁の三方を雑誌と本とDVDプレイヤーが埋め尽くしている。
堆積物に囲まれた革椅子に、老人が座っていた。
男が見ているテレビでは、アナログ時代の映画が映っていた。

ゾンビにされてしまった少女が愛した男に殺されてしまう悲恋は
男が持つリモコンによって遮断される。
男は二人の顔を見ようともせず、顎で傍らの応接椅子を指し示す。
飯窪と鮎川は顔を見合わせたが、仕方なく椅子に近づく。
雑誌と本と宅配食品が乱雑する床。
埃が積もった背を払って、二人は腰を下ろした。

男が顔を上げる。
眼窩に収まるのは、濁った瞳孔。
あらかじめ聞いていたとおり、白内障を発症して目が見えない様だ。

 「渋川さん、休んでる所をすみません」
 「いや大丈夫だよ。暇になってたんだ。さて、早速本題に行こうか」
 「お願いします。昨夜のことでなくても、ロックさんの事を
  聞かせていただけませんか?ご参考にしたいと思いまして」
 「参考、参考ねえ」

白いものが混じった顎鬚を撫でつつ、渋川が言いよどむ。

 「まず僕とあいつの関係だが、あの会社が今みたいになる前の
  共同経営者といった所だな。奥さんのものになってからは
  ぼくぁ退職金をもらって手を引いたけれど」

417名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:49:56
見えない目が本棚に向けられる。
そこには作成したと思しき映画や本が並んでいた。

 「そこに並ぶのは、難病の恋人を持った主人公の悲恋話や
  同性が妙に少ない学園もの、魔法や超能力で主人公が戦い
  宇宙や未来人がなにかをしたりしなかったりする話だ。
  奥さんが言ったように、これらは売れるだろうな。
  だが変わったよ。あの時から、あの時代から全てな」

見つめる鮎川は、侘しい眼差しになった。
一瞬訪れた沈黙を割るように飯窪は問いかけてみる。

 「ロックさんというのはどんな方でしたか?」
 「あいつはどうしようもない男さ、優しい男でも
  ましてや自分がないだけの男でもなかった気がする。
  そういえばリルカは可哀相だったね。
  きつい女だったが、あんな風に無意味に死ぬこともなかった。
  性格はきつかったが、あれだけ努力して会社に尽くした人間が
  あんなつまらない事故で死ぬなんて…ああ、そうか」
 「なんですか?」

418名無しリゾナント:2016/04/15(金) 02:50:33
 「いやさっきの言葉さ。ロックには自分がないようにも見えたが
  自分しかいないようにも思えたってね。
  ああクソッ、上手く言えないな。年をとると頭が錆びてしまいがちだ。
  そもそもロックがこの道に誘わなければ…。
  だがこの道の奥深さには感謝しているんだ、少なからずな…」

鮎川が小さく微かに呟いた。
「話の結論が前後していて聞くに堪えない」と。

 「…では、渋川さんから見て、ロックさんがどこに行くと思います?」
 「それは僕に対する皮肉かい?」
 「いえ、同じ夢を見ていた、同志である貴方に問いかけてるんです」
 「…どこにも行かないし、行けないよ」

苦い言葉が渋川の唇から漏れた。

 「幻想が逃げ場にならないなんて事は、あいつもとっくに知ってる。
  正義の味方が悪漢を倒し、美女と戯れるような幻想に逃げる事は簡単だ。
けど僕達が現実であるかぎり、逃げ続ける事は無理だ。
いつかは現実に帰ってこなくてはならなくなる。
逃げた分だけな……」

渋川は自分に反論した。

 「いや、行きたいんだよ。僕達は、自分がいない場所に。
  矛盾してるのは分かってるが、この気持ちは確かなんだ」

盲目の男は寂しげに笑った。

419名無しリゾナント:2016/04/15(金) 03:00:01
>>413-418
『雨ノ名前-rain story-』 以上です。

立て初めのスレの最初に投稿するのは恐れ多いです。
と、同時に話も中盤が終わろうとしていますとだけ。

420名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:32:49
ロック・オーケンは何処を捜しても居なかった。
行き先をなくした彼の様に、飯窪と鮎川の二人も街角で術を失くし佇む。
鮎川の手には紙袋が握られており、渋川から譲り受けた本が詰まっている。

 「ロックさんのグループが作ったのは、異世界に行った主人公が
  仲間とともに魔法や超能力で戦って大団円となるお話。
  奥様のリルカさんのグループが作ったのは、大きな敵に立ち向かう
  主人公や、取り柄のない主人公に美女や美男、美少女や
  美幼女が惚れて学園生活をするお話です」
 「感想は?」
 「…私はロックさんの作品が好きですね。奥さんのも魅力的ですが」
 「へえ、幻想物語が好きなのね」
 「ご都合主義の物語でも現実があるのは確かですから」
 「リルカさんの作品の方がその気は強いと思うけど」
 「そうですね。物語は物語であればいいと思います。
  ただ面白いだけでいいと思います、それは幻想ですから。
  でも、それって結局は、物語のための物語ではないでしょうか。
  面白いだけなら、こうしてお話にして残すよりもっと簡単に
  面白くなれる事はたくさんありますよ」

飯窪は長い息を吐く。

 「私も幻想好きだけどね。もっと言えば愛すべきものと思う」
 「私もですよ」

鮎川の想いに、飯窪は信条を返した。
雨の街角で、一歩進んだ。そこはあのオーケンの家だった。

 「ここで始まったからには、ここで終わらせるべきですね」

421名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:33:38
携帯端末が震えた。
飯窪はそれを一度確認すると、それを鮎川に示す。

 「警察の検死が確定したようです。リルカさんは何かの理由で
  棚に寄りかかり、頭に花瓶が落ちました。
  死因は脳挫傷。紛れもなく事故死です」
 「……そう」


鮎川が残念そうにため息を吐く。

 「ロックは哀れね。自分がリルカを殺したと勘違いして
  思わず逃げてしまうなんて。でも、無実が証明された以上は
  もう逃げなくてもいいのよね。早く捜しだしてあげないと」
 「そうですね。そろそろ助けてあげなくては」
 「その本人がどこに居るのか見当もつかないけどね…。
  さてと、次はどこに行く?」

鮎川の瞳に映る飯窪の表情は曇っていた。
数々の情報を組み合わせ、結論を出す覚悟を決める。

 「いえ、調査はこれで終わりです」
 「え?」
 「ロックさんは、逃げたままでいいのでしょう」

422名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:34:11
鮎川は驚きの表情と色を瞳に浮かべた。

 「何を言っているの?」
 「過酷な現実から逃れたのなら、もう彼を追う必要はないですよ」
 「良いの?それで貴方は、貴方の正義は許せるの?」
 「私が許す許さないという問題ではないです。
  彼が幸せであれば、それは私の願っていることと一致します」
 「後悔はないの?……いえ、それこそ私が言う事ではないわね。
  私は貴方の助手なんだから、従うわ」
 「一旦お店に帰りましょう。鮎川さんの事は私達がなんとかしますから…」
 「へえ、本当に終わるんだ」

背後の声に、二人は瞬間的に振り向く。
路地から姿を現したのは背広の男。
壁に寄りかかり、ロメロが苦しげな顔をして立っていた。
傘も差さず、頭や高価な背広の肩から背中が濡れている。

 「貴方は…」
 「兄貴達に追い出されてね、実権分与から外された。
  もう俺には何もないよ。ああ絶望だ。絶望だなあ。
  ……あいつだけ夢に逃げ込むなんて、そんなのは認めない。
  一緒に現実を認め合うことこそ家族じゃないか、そうだろう?」

ロメロの言葉に、飯窪の表情が歪む。
男の頬には痙攣した笑み。

423名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:34:55
 「ダメ!言わないで!」

飯窪は瞬間的にロメロへ走りだそうとする。
男は危険だ。全ての幻想が崩れていく音が聞こえた気がした。
綻びの溝から、右腕が現れて緩慢に上がっていく。
示された指先と、哄笑。

夢は現実へ。










 「そこであんたは何をしている?オトウサン」

424名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:43:55
  なあ、なぜあんたはそんな女ものの背広を着ている?
  どうしてそんな仮装をしている?
  ねえ父さん
  鮎川夢子っていうのはさ、これを言うんだよ

ロメロが鞄から取り出した箱は、地面に放り投げられた。
叩きつけられた箱は雨粒に徐々に濡れていく。
其処にはピンク色の彩りを纏った女性二人が映っている。
一人がまるで鮎川と同じ姿をしていた。

 「なんで?なんで私がここに映っているの!?
  これは私で、こっちも私……どういう事?どういう…!」

極度の混乱状態。
小さな瞳孔が恐慌するように戸惑う。
対して、DVDの表紙の鮎川は、自らが本物であることを誇る様に
胸を張っていた。

 「自分を見てみればいい。自分が自分であるという事を思い知れ」

ロメロの冷えた声に従って鮎川の瞳が下げられ、自らの手を眺める。
見るのは、細く皺が乗って枯れ木のような五本の指。

425名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:45:15
恐怖にかられた鮎川が鏡を捜す。
必死な瞳は、路上駐車されていた自動車の窓を見つける。
雨に濡れた表面に手をつき、自らの姿を映す。
自らを見返すのは華奢で柔らかい女性の姿、ではない。

鮎川を見返すのは、初老の角張った顔だった。
鮎川夢子は、いやロック・オーケンが両手を掲げる。
指先は恐る恐る自らの顔の造作を確認していった。

感触に跳ね上がった手が髪を触ると、女のカツラがずれて
白の混じった髪が露わになる。
怯えるように震える手で次に触った胸には、詰め物。
そこには女の様に化粧をして、カツラを被った哀れな男の姿があった。

雨音を切り裂く絶叫。
言葉にならない悲鳴。男は歩道に膝をついた。
雨水が女ものの背広の膝を濡らす。

幻想が、砕かれた。

鮎川夢子は、飯窪自身の知人が以前出演していた映画の主人公だ。
妙に事情に詳しかったのもその所為。
彼がどうしてあの映画に固執したのかは分からない。
だが、彼女が本来存在し得ない人物だというのは知っている。
知っているが故に、飯窪は気付かせない様にしてきた。

 「………これはどういう事です?」

飯窪は傘を差したまま、重い口を開く。

 「依頼人のモモコさんは、最初から事の起こりを知っていました」

426名無しリゾナント:2016/04/16(土) 17:47:48
>>420-425
『雨ノ名前-rain story-』 以上です。
次回ネタバラシ。

427名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:10:11
>>391-396 の続きです



10分。
10分、凌げばいい。
それは里保の覚悟であり、彼女を見守る春菜たちの願いでもあった。
しかし。

「のん、相手は専守防衛で行くみたいやで」
「…ああ、そんなこと、させるかよ」

こちらの心を見透かすように、やり取りをする二人。
双子みたいなのに双子じゃない「金鴉」と「煙鏡」の思考のコンビネーションは明らかに脅威だった。

里保が、水で象った刀を横に寝かせて構える。
防御を意識した構え。それを見た「金鴉」は。

「のんの能力は、擬態。能力者の血を摂取することで、そいつの能力もいただくことができる…」

里保に説明するように、呟く。
何を今更。そう思う里保に、追い打ちをかけるような言葉が続く。

「せやけど。基本的なこと、忘れてるやろ」

「煙鏡」がそう言うのと、「金鴉」が懐から取り出した「何か」を口に入れるのはほぼ同時だった。
それが何なのか、「千里眼」の能力を持つ遥の目が捉える。

428名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:12:33
「ああっ!あいつ、あいつ!!」
「どうしたの、くどぅー」
「蟲を!たっぷり血の詰まった蟲を食いやがった!!」

遥の言うとおり、「金鴉」は隠し持っていた蟲を、ばりばりと音を立てて噛み潰す。
かつて組織の幹部だった「蠱惑」の能力である「蟲の女王(インセクトクイーン)」と、血を摂取する必要が
ある「金鴉」の「擬態」は抜群の相性だった。結果。

「その目で。よーく、見とけ! のんの『擬態』の正確さをな!!」

それまで、体を崩壊させ、維持することもやっとだった体のフォルムが。
徐々に、変わってゆく。艶やかな黒髪。透き通るような白い肌。西洋人形のような整った顔立ち。
口元のほくろでさえも、完璧に。

「な、なんてことを」
「どう? 『さゆみ』の能力は」

里保の目に映るのは。
紛れもなく、道重さゆみ。

「あいつ!よりによってみにしげさんに!!」
「はははは!あんだけうちらの精神揺さぶったんや!今度はこっちの番やで!!」

憤る優樹を嘲笑うかのように、「煙鏡」が吐き捨てる。
相手の姿形に擬態する能力を「金鴉」が乱用しなかったのは。それを相手への致命的な切り札とするため。

429名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:13:07
「おいで、りほりほ。さゆみがあの世に送ってあげる」
「みっしげさんの声で!ふざけたことを!!」

リゾナンターたちは、現リーダーであるさゆみを慕っているものばかりではあるが。
普段はその感情を表に出すことができずにいた里保にとって、さゆみへの想いは格別なものがあった。
それだけに。

一気に「金鴉」のさゆみとの距離を詰めつつ、もう一振りの水の刀を出現させる。
二刀流。里保の心は揺さぶられ、荒ぶっていた。
精神的な揺さぶりとしては、効果覿面。

完全に刀の間合いに標的を捉えた里保は、片方の刀を上段から振り下ろす。
さらに、中段からの胴薙ぎ。これらをほぼ同時に、仕掛けた。
さゆみの姿をしていても、所詮相手は本物ではない。
覚悟と気合が、生まれつつある躊躇を凌駕していた。

「さすがは水軍流の使い手。情には流されんか。でもまあ…」

二つの刀の軌跡が、交わる。
「金鴉」は、さゆみの姿をした「金鴉」は避けることもせずに身を踊り出し、そして斬られた。
迸る鮮血が、里保の柔らかな頬に飛び散る。

「目の前で起こった『事実』に、耐えられるんかなぁ?」

430名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:14:27
殊更に。必要以上に。
さゆみの姿をしたその女は、痛みによる悲鳴を上げた。

「いっ!痛いよ!痛いよ、りほりほ!!」

斬られた箇所を手で押さえながら、助けを懇願するような目で里保を見る「さゆみ」。
そのビジュアルは。視覚から得た情報は。予想以上に強烈なインパクトとなって里保の脳に襲いかかった。

― うちが、うちが道重さんを斬った? ―

ありえない話。
もちろん、目の前にいるのは本物のさゆみではない。

「さゆみは、こんなにりほりほのことを愛してるのに」

血を流し、苦悶の表情を浮かべつつ、さゆみの姿かたちをしたものが。
こちらへと、ゆっくり向かってくる。

里保の心は、激しく動揺する。
自らの手で「さゆみ」を斬った罪悪心。そして「さゆみ」を斬らせた「金鴉」への怒り。
本物ではない。本物ではないとわかっているのに、感情が止められない。
身が裂けんばかりの憤怒は、やがて再び深淵の魔王のもとへ。

「ずいぶんうちらをコケにしてくれたからな。ささやかな復讐、っちゅうことや」

自分たちの心を春菜に乱された「煙鏡」は、憎悪の矛先を里保へと向けていた。
身の毛も弥立つような、里保の暴走。その凄まじい威力、脅威は承知済み。だが、こちらには能力を限界
まで引き上げた「金鴉」がいる。さらに、里保のことを仲間たちが放っておくわけがない。

431名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:15:31
いずれにせよ、連中を襲うのは破滅。
それに付き合う必要などあるわけもない。「Alice」をフイにするのは少々惜しいけれども、組織に復讐す
る方法など他にいくらでもある。
「煙鏡」は、まさしく純然たる悪意をもってこれからの未来図を描いていた。

その間にも、里保の体を怒りが駆け巡る。
様子がおかしいことに気付いた仲間たちが、次々に叫んだ。

「鞘師さん!その人たちの策に乗ったらいけません!!」
「里保ちゃん!そいつは道重さんじゃない!!」
「鞘師さんしっかりしろ!そんなやつに負けんじゃねえ!!」
「やっさん!!!!!」

だが、その声は里保には届かない。
心の闇のクレバスから、赤い目をした魔王が顔を覗かせる。
破壊。暴虐。ここにいる、全ての人間を血祭りに上げ、亡き者にする。
邪な、赤い衝動が里保の心を覆い尽くそうとした時。

― 鞘師は、そんなこと。しない ―

そこには、さゆみの顔があった。
無論それも、本人ではない。里保が描く、記憶の中のさゆみ。
いつも里保を陰日向から見守り、助言を与え、時には過度なスキンシップもあったが。
そのさゆみが、里保を食らい尽くそうとした幻を打ち消した。
外れかけた地獄の窯が、ゆっくりと元に戻ってゆく。

「そうだ…うちは…うちじゃ…」
「可哀相なりほりほ。せめて…さゆみの手で殺してあげるねっ!!」

あくまでも「さゆみ」を装い、里保を捕まえ縊り殺そうとする「金鴉」。
だがそれはもう、通用しない。

432名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:20:05
すれ違いざまに、二度、三度。
里保の放った剣戟は、「さゆみ」の体を切り刻んでいた。

「ぐっ!て!てめえ!!」
「無駄だ。その小細工は、うちには通用しない」

膝をついた「金鴉」は、ついに「さゆみ」の形を保てなくなる。
再び肌が煮立ち、顔が崩れ、崩壊の兆しが顕となった。

余計なことしやがって。
「金鴉」は「煙鏡」の奸計に乗ったことを後悔した。あの「緋の眼をした魔王」と再戦できるというから、
敢えてくだらない策を受け入れたというのに。
そのような意志を込めた視線を送るも、相手は素知らぬ顔で空に浮かぶだけだった。

「…ま、いいや。お前さえぶっ潰せば、全部終わる…」

気持ちを切り替え、改めて里保に目を向ける。
問題ない。こんな奴に、負けるわけがない。何故なら自分は、ダークネスの幹部。
「失敗作」などでは、決してないのだから。

「金鴉」に残された時間は、そう多くない。
早く「煙鏡」に処置を受けなければ。だがしかし、時間がないのは里保も同じ。
激戦のダメージは、徐々に限界へと近づいていた。
恐らく、次の段階はない。互いが、この戦いに決着をつけようとしていた。

433名無しリゾナント:2016/04/16(土) 19:24:39
>>427-432
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

そんなこと鞘師はしない的なリゾナント元は「旅立ちの挨拶」であって
決して「りほりほこわい」ではありませんw

434名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:04:08
 昨夜、モモコの熱心なとりなしで、険悪になっている
 ロックとリルカが話し合った。
 昔のような物語だけど売り出す会社に、仲の良い家族に戻ろうと。
 だがリルカに自らの経営手腕のなさから、弱さと愚かさを指摘された。
 ため息交じりの『いい加減に夢から醒めなさい』という一言。
 その一言で、ロックは逆上し拳を振り上げた。

 「しかし、拳をどうすることもできずにいるあなたに、リルカさんは
  静かにため息を吐いた。これが最後の引き金になったんですよね。
  あなたはリルカさんを突き飛ばして逃げた。
  モモコさんは雨の町中であなたを追いました。
  そのあとは警察の検死どおり、起き上がったリルカさんが書類棚に
  手をついた時に花瓶が頭に落ちて、倒れた拍子に頭を打って亡くなった」

残酷な事実を告げ、飯窪は心理を解剖していく。

 「モモコさんに説得された貴方は戻ってくると、二人で死体を発見。
  自分が殺したんだと勘違いして耐え切れなくなったあなたは
  逃げ場所を捜したんです。でも、会社にも家庭にもなかった。
  その瞬間、閃いたんですよね。
  唯一逃げられる場所が、貴方が愛した物語だという事に」

そうする事でしか自我の崩壊を押しとどめられなかった。

435名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:05:05
 「映画の中に居る鮎川夢子さんを演じるために自分が設定付けた
  シナリオと、誰かが必要だった。
  噂で聞いた自分と同じ正義の味方を語る誰かが。
  私達のお店を知ったのは単なる偶然ですか?」
 「……」
 「私、三番目のテーブルの窓際に座っているのを見かけた事があるんです。
  何度かお話もしたと思うんですが、覚えてますか?」
 「……」
 「漫画の話や映画の話、俳優さんや女優さんのことなども」
 「……」
 「私の人探しというのは、そのまま貴方自身を取り戻させるため。
  モモコさんや渋川さん達が話す自己像でロックさん自身を
  受け入れさせるためのものだったんです」

声が暗転する。

 「けれど、貴方は最後まで受け入れなかった。
  それを、貴方の息子さんが台無しにしてしまったんです。
  どうして教えてしまったんですか!?
  ロックさんを夢から引き戻す必要なんてなかったはずです!」

リルカが亡くなった以上、仲直りはできない。
リルカの力だけで成長した会社は、彼女の死によって衰退するか
崩壊していくのだろう。
息子たちは今まで以上に愛想を尽かしてしまうのも目に見えている。

436名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:05:28
ロック・オーケンの余生を満たすのはもう幻想しかないのだ。
鮎川夢子として居てくれたなら、その精神のままで安寧の心を
維持させることだって出来たのだ。
自分達はそうする事が出来る存在なのだから。

この世には醒めない方がいい夢もある。
 どんな悲惨な悪夢であっても、最悪の現実より酷い事はない。

だがロメロは毒蛇のようにクツクツと嗤った。

 「こいつだけ幸せな夢のなかにいるなんて許す訳ないだろ」

男の目には断崖絶壁の上にいる道化の幸福を指摘する悪意。
それ以上の激しい憎悪に満ちている。

 「母さんは弱いこいつに苦しんでいた。
  夢物語に没頭してまったく頼りにならないこいつに代わって
  会社を、家族を一人で支えたんだ。
  最後は過労からの事故死だって?過労になるまで追い込まれたのは
  こいつの、父さんのせいだ。
  元凶の男が一人だけ安楽な夢に逃げ込むなんて許されない!」

それは残酷なまでに、正しかった。
だが、それでは人は生きていられない。
弱い人間に過酷な現実だけを見つめろというのは、死を直視しろと
言っているのと同じことなのだ。
雨に打たれて、ロメロが哄笑をあげていた。

437名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:06:00
 「全部終わりだよ。兄さん達もモモコも見えていないんだ。
  全てを支えていた母が死んだ時点で会社も家も終わったんだ」

雨の紗幕が音の全てを消し去っていく。

 「………そうか」

女装した男の唇から、感情の断片が零れ落ちた。
雨に濡れてカツラが落下し、顔を上げる。
化粧が溶けて斑となり痩せ細った顔。
小さな瞳には、理性の光が灯っていた。

 「……僕は鮎川夢子ではなく、ロック・オーケンだったんだな」

それはまさに、完全なる自分を取り戻した彼の言葉。

 「僕は弱くて愚かで間抜けた男、僕自身であることが許せなかった」

全てを理解した顔に責めるように雨が降りしきる。
男は責め苦を受け入れる様に、両手を広げた。
両手で断罪の夜の雨を受け止める。

 「僕はこれからどうしたらいいんだろう。
  夢から醒めて哀れな男に戻った僕はどうすればいい?」

だれか ねえねえ だれか

438名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:06:30
夜の雨の底で、飯窪は何も言えずに無言で立っていた。
自分を守る傘を彼に差しだすことが出来ない。
ロメロが降りしきる雨よりも冷たい笑みを浮かべていた。
飯窪は奥歯を噛みしめて、結末を見届けた。

携帯端末を取り出し、依頼主を呼び出す。

 「ロックさんが正気を取り戻しました」
 「え?」
 「今から保護して頂けないでしょうか」
 「……という事は、父を見つけてしまったのですか?」
 「はい、お父様は生きておられました」

モモコが迷った声を出す。

 「困ったわね。会社と家督相続の資金捻出や会社のことで
  兄さん達ともめているし、子供の養育や離婚訴訟のことが
  あるので私の家ではとても……」

通信を切った。
携帯を戻すと、雨はロックとロメロに降り注ぐ。
同じように打たれながら、飯窪は雨に濡れる親子を眺めていた。
天から降る雨に、ただ自分だけを守って。

439名無しリゾナント:2016/04/18(月) 03:09:05
>>434-438
『雨ノ名前-rain story-』以上です。

次回で最終投下、後日談となります。
オリジナルキャラとして確立されそうだった時には思わず言いそうに
なってしまったんですが、こういう結果になって良い裏切り方ができたんじゃないかと。
ありがとうございました。

440名無しリゾナント:2016/04/19(火) 02:42:24
飯窪は見た事がある風景を見ていた。
自分があの会社と邸宅の前を歩いていることに気付き、足を止める。

 「飯窪さん?どうしました?」

小田さくらが隣に歩いていたはずの人影に声を掛ける。
だが飯窪は「うん」と曖昧な返事をしたまま顔を上げた。

建物の前には、売家の札が立っていた。
会社のほうはすでに別の人間が買収したらしく、ビルの入り口に
掲げられた社名は変更されていた。
一抹の寂しさとともに、再び歩き出した。
こればかりは慣れない。
慣れてはいけない。

異能者として強くなったとしても、人間としてはまたひとつの
欠片を失っていくのだから。

途中で歩道の人影とすれ違う。
一目で分かったのは、車椅子に座ったロック。
そして背後から押している人物、ロメロだった。
ロックは痛切な感情を込めた横顔で建物を見つめている。
ロメロの顔が動き、振り向く飯窪に気付いた。

唇の端を歪め、ロメロは例の皮肉な笑みを見せてくる。
全てを失った父を引き取ったのは、厳しい現実を突き付けたロメロだった。
意外な結末に、飯窪は複雑な感慨を抱く。

441名無しリゾナント:2016/04/19(火) 02:43:10
ロメロは車椅子を回転させる。
背中を向けて、父の車椅子を押しはじめた。
去っていく男の背中を見送ると、ロックが何かを語りかけ、ロメロが
鼻先で笑う光景が見えた。
耳を澄ませば、二人の会話が遠く聞こえる。


 「あんたの好きな夢物語は甘すぎるよ、これからは現実に
  則った話が売れるんだぜ」
 「何を言うんだ、物語は夢を語ってこそ物語なのさ」
 「寝ぼけてんじゃねえよ。
俺がおまえの夢を終わらせたから、今の再出発を始められたんだぞ」
「だから、全てを含めて今が夢の始まりなのさ。
いつの時代も、そういう苦難からの再生が物語の基本なんだ」
「再生すればいいけど、そう都合よくいくのか?」
「するしかないのさ」

飯窪は前に向き直り、工藤の元へと歩き出す。

「ねえ小田ちゃん、小田ちゃんはさ、物語好き?」
「物語?漫画や小説はたまに読みますが」
「私も好き。だって物語は救いなんだから」
「救い?」
「助けてくれる人が居て良かったよね、私達」
「…話が見えないんですが。あ、ちょ、飯窪さんっ?」

飯窪が唐突に走りだした事で、小田が叫ぶ。
だが数歩進んだところでバランスを崩した。
両手に持っていた荷物が揺れて体勢を保てなかったのだ。
「危ないですよー」と小田が手を差し伸べてくる。

442名無しリゾナント:2016/04/19(火) 02:44:25
「ちょっと二人―!そんな所でなにやってんの!?」

遠くの方からこちらに叫ぶ声があった。
前方に居た石田が手を振っている、片手には袋を持って。

「もう皆待ってるんだから。文句の電話がこないうちに帰るよ!」
「飯窪さんがこけちゃったんですよ、石田さんも手伝って」
「はあー?なにやってんのよもーっ」

文句を言いながらも戻ってくる石田に、飯窪は恥ずかしそうに笑った。
乾いた夏の風が吹き込んでくる。
まるで自身を取り戻したかのように、真上の雲が晴れていく。

久しぶりの蒼い日射しは夢のように綺麗だった。

443名無しリゾナント:2016/04/19(火) 02:50:14
>>440-442
『雨ノ名前-rain story-』これで終わります。
タイトルに関しては完全に比喩です。
こんな作品に付き合ってくださりありがとうございました。再び潜ります。

444名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:37:15
120話立てたけど眠いしレス消費で鞘石でもと思ったけど連投エラーで規制食らいました…w
見たいって言う人も居たけど貼れ無くてごめんなさい
いつまで規制なんだかもちょっと不明なので良かったら以下を転載よろー

って事でネタが古いけどレス消費のためやむなく投下
リゾスレ要素皆無・カプ要素有なので苦手な人はスルーしてくだされ


この前物販撮影をしてる時に亜佑美ちゃんの撮影を見てたんですね。
そしたら、初めて人の生写真を買いたい!って思ったんですよ。
自分の中で衝撃が起こったっていうか、何かが目覚めた気がしました。
タイプだったんだと思います―――

最近、亜佑美ちゃんと℃-uteさんをはじめとした先輩方との仲が良い。
どうも原因は、私達中学生メンバーは未だ参加できていない農作業系TV番組・SATOYAMAライフにて、
一見すると中学生位なのに、実際は高校生のお姉さんである亜佑美ちゃんの参加率が非常に高いってのがありそうだ。


同じ10期は仕方ないとしても。私と同期のフクちゃんだったり、香音ちゃんだったり、…道重先輩だったり、
私も尊敬してる鈴木愛理先輩だったり、光井先輩だったり。その他にも一杯。
ハロコンに向けて私自身も事務所の先輩達と過ごす時間が大幅に増え、
相対的にモーニング娘。としての仕事現場以外で一緒に過ごす時間はどんどん減っていった。

新人が先輩方と仲良くする事、それ自体はとても良い事だってのは分かっている。
分かっているのだけれど、複雑な乙女心が渦巻いて嫉妬と欲望に囚われる。

445名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:38:21
「それでですね、鈴木さんが…あ、愛理先輩の方なんですけど」
「譜久村さんって何だか一緒に居ると落ち着きますよね」
「光井さんに譜久村さんとこの間遊びに連れて行って貰って」
「矢島さんって背も高いしとっても優しいのに天然なところもあって」
「この間まーちゃんと須藤さんと菅谷さんと一緒の企画だったんですけど」
「はるなんが主に新しいネタ考えてくるんです。今日のは深海魚とか言ってて」

SATOYAMAでの先輩達との体験やら、
外で遊んだ時やレッスンの事とかも逐一報告混じりに話してくれるのはとても嬉しい。
後輩達が自分も尊敬している先輩達や同期達と仲が良いというのは喜ばしい事だ。
それに亜佑美ちゃんは後輩だけど年上だし、学校も違う。
大好きだけど同い年なフクちゃんとかちょっとズルイって思ってしまう。

それぞれに任せられる仕事の区分が違う時も多いという事も分かっている。
私としてはレッスンやお仕事で会う度に、亜佑美ちゃんの口からその様子が知れるのはとても嬉しい。
先輩達の素敵な部分を語る明るい亜佑美ちゃんも含めて微笑ましいし、
他人の良い面を見つけられるその姿に、負けず嫌いだけどそれを含めて素直で可愛いなって思う。
けれど、も・・・・

その口唇からは次々と私以外の名前ばかり出てくるのが何だか少しだけ面白くなかった。

「でも、どうせなら鞘師さんと一緒にダンス企画がやりたかったですよね〜…なんちゃって」
「ああー」
「って聞いてます?」
「うん」
「生田さんも心配してましたよ?鞘師さんが何だか最近特に上の空だって」
「そっかぁ」
「…鞘師さん、今何考えてるんですか」
「うん」
「私の事でも考えてるんですか…なーんて」
「そう」
「……じゃあこっち見て下さいよ」
「あー」

亜佑美ちゃんから発せられるのは、今日も相変わらず先輩達の話題ばかりだった。
最初は新曲の確認を口実に一緒に振りや歌の練習をしていたのだけれど、それも一通り済んでの帰り際。
優しくされてるというのは良いんだ。でも同時に先輩方にも優しく接してるんだろうなと勝手に嫉妬をしてしまう。

446名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:39:08
いや、もしかしたらとグルグル考え込んでいる内に、それ以外の話題も喋っていたかもしれない。
でも一生懸命話してる亜佑美ちゃんは可愛いなぁ等とどこか上の空で微笑みながらも、
今の私はただ次から次へと聞こえてくる話題に適当な相槌を打つのが精一杯だった。

暫らくして「へぇ」とか「そう…」と、生返事しか返さない私に業を煮やしたのか、
顔を覗き込みながら「鞘師さん、何か怒ってるんですか?」と尋ねられて、ハッと我に返った。
本人は全く意識していないだろうが、私にとっては戸惑う程に魅力的な上目遣いでつい視線を逸らしてしまった。

・・・あれ?なんで亜佑美ちゃんが泣きそうな顔してたの?

「いや、別に怒ってないよ?何で?」
慌てて手と首を振りながら全力で否定した。顔は引きつっていたかもしれない。
「ウソだ。絶対嘘だ。絶対機嫌悪いです。どうしたんです?私何か気に触るような事しました?」
「違うよ、何も。何もしてないよ」
と言うより何もないから色々考えていた、とは言えなかった。
「じゃあ、どうして。上の空だし明らかに私の話聴いてくれないし、その上さっきから何で一回も私の顔を見ないんですか、鞘師さん」
「………それ、は」
しまった。いつも通りの優しさに甘えて、ボーっとしてしまった上に困らせるどころか怒らせてしまったかもしれない。
そもそも言えるわけがないのだ。
あなたと私以外のメンバーとの仲に実は嫉妬しています、なんて子供じみた独占欲。
重苦しい沈黙が部屋を包む。
黙ったまま口を開こうとしない私に愛想を尽かしたのか、
「私には………言えないんですか」と言って立ち上がった。

「あっ………」
嫌われた?亜佑美ちゃんに?
いやだ。それだけはいやだ。
いや。嫌いにならないで。どこかに行かないで。


喉が渇く、息が苦しい。なんだこれ。こんなのしらない。こんなのいやだ。

447名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:39:59
「何ですか?…私と居ても面白くないんでしょう?」
気づくと、亜佑美ちゃんの腕を咄嗟に掴んでいた。この位置からでは亜佑美ちゃんの顔が見えない。
いつも通り明るい亜佑美ちゃんの声。
それなのに冷たく、どこか突き放すような言葉に聞こえて胸に突き刺さる。
「――やっぱり、私には何も言ってくれないんですね」
「……や」
「や?」

「いや。行かないで」
「…答えになって無いですよ」
都合が良すぎることは、自分でも分かっている。
これじゃ呆れられても文句は言えない。
でも。

「でも、いやなの。行かないで…!」
「鞘師さん、だから」
「嫌だ!」

静かな部屋に私の声が響く。


「……ごめんなさい。さっきの態度は私が悪かったです。言う通り上の空だったし、謝るから。
自分でも、都合の良いこと言ってるのは分かってる。…でも、嫌いにならないで。
お願いだから、一人にしないで。私から、いなくならないでっ……!ご、めんなさっ…ぃ」
心からの叫びだったのか、最後の方は喉が渇いて上手く声にならなかった。

亜佑美ちゃんの顔を、見ることはできなかった。リアクションも出来ない位驚いてるんだろうってのは分かった。
自分でもめちゃくちゃなことを言ってしまったのはわかる。
これでは、ただの駄々っ子。
勝手に嫉妬して、困らせて、勝手に不安になって、泣いて相手の気を引いて。
最低だこんなの。


なんとか呼吸をして、「ごめん、忘れて」と同時に掴んでしまった手を離し、壁際に身体を沈めた。
こんな自分に彼女を、年上の後輩を縛りつけてはいけないのだ。
目の前が暗くなるのを感じる。こんな薄汚れた感情は晒してはいけない。知られてはいけなかったのに。
どうしようもない程気分が落ち込むと、目の前が暗くなると言うけれど、そうか本当に暗くなるのか、と
渇いた心で考えていると、ぎゅっと抱きしめられた。気付いたら好きになってしまった亜佑美ちゃんの匂いがした。

448名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:40:30
「ごめんなさい、鞘師さん。気付かなくて。寂しかったんですね」
そう言って小さな子をあやすように、ぽんぽんと背中を優しく撫でられた。
なぜ彼女はこんなにも優しいのだろうか。私がメンバーだから?私が先輩だから?私が子供だから優しいのだろうか。
こんなに私はわがままなのに。好きな事以外には言葉足らずだし寝てばっかりだし、面倒くさいやつと思われても仕方ないのに。
「…ごめん。もう良いから。私のことは放っておいて、構わないから、行って…良いよ」
私なんかに、彼女は勿体ない。

「そうは言いますけど、鞘師さん。私の服、掴んだまま離してないですよ?」
確かに、見るとレースで縁取られたブラウスの裾を私の手ががっちり掴んでいた。
「あっ、これは、その…」
鼻を啜りながら服の裾を掴んで駄々をこねるなんて、本当に幼い子どものようだ。

その事実に気が付いて自分が恥ずかしく思える。
一体どうしてしまったんだ、私は。

「・・・どうしちゃったんですかって訊くのは簡単ですけど、話したくなるまで待ってますから」
そうして暫らく亜佑美ちゃんに撫でられていたらさっきの薄汚れた感情はだいぶ薄まっていった。
不思議だった。フクちゃんにこの気持ちを教えられた時、これからは隠し通さなきゃいけないって決めた時。
あの日、今と同じ様に慰めてくれた時にはこんなに薄まる事はなかったのに。

「………私は笑ってる鞘師さんの方が好きですよ?」
「ふぇっ!?」
笑いながらよしよしと頭を撫でられる。これじゃどっちが先輩なんだか分からない。
慰めてくれてるだけなのだろうけど、ふいに好きという単語を告げられてどうしたらいいか分からなくなってしまった。

意味なんて無い。
あったとしてもこれは親愛という意味での好きに決まっている。
私のような下心の好きではない。

「踊ってる鞘師さんも歌ってる鞘師さんも好きです」
「え、あ…」
「仕事に真面目な鞘師さんも、照れ屋だけど面白くて、ちょっと不器用な鞘師さんも好きです」
「あ、ありがとう」
亜佑美ちゃんの話し方があまりにもいつも通り過ぎて真意が掴めないけど、どうやら嫌われてないという事はよーく解った。

449名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:41:27
「それと、ですねっ」
「う、うん」
ふいに亜佑美ちゃんがニヤニヤしだした。こういう時はあまり良い予感がしない。
これが巷で話題のだーいし感というやつか。
「意外とお子様な鞘師さんも嫌いじゃないですよ」
「……あー」
「いやー、可愛かったですよぉ」
先程醜態を晒した身としては何にも言い返せなかった。
というより、立て続けに好きだの可愛いだの繰り返されて頭が沸騰しそうだ。


「鞘師さんは?」
「ん?」
「鞘師さんは今…何考えてるんですか?」
まただ、亜佑美ちゃんの今にも泣きそうな顔。ウチはそんな顔させたい訳じゃなかったのに。
そう思ったら自然と口が動いていた。
「…亜佑美ちゃんを泣かせたくないから言えん」
「そう簡単に泣きませんよ」
「嘘じゃ、泣き虫のくせに…」
「ふふっ…大丈夫です今日は泣きませんから」
なんか年上の余裕を醸し出してるみたいだけど、ドヤ顔にしか見えない。
笑った顔の唇も弾力があって美味しそうじゃなって無意識に思ってしまったのはいつからだったか。

「亜佑美ちゃんの唇が可愛い」
「またそういう…」
「事故じゃないチューしたい位」
「へ!?」
あ、今度は亜佑美ちゃんが真っ赤になってる。って唇を手で隠されてしまった。
この前の事思い出したのかな?あの時も真っ赤になってたっけ…フクちゃんに見られてたってのもあるけど。

「そ、そっ、そういう事はですね、あの、えっとす、好きな人とするものですし…」
消え入りそうな声で私は良いですけどって言うのがとても可愛くて、唇を隠した小さな手にそっと自分の手を重ねた。
「好きじゃよ」
「うあ…」
「唇だけじゃなくて、タイプって言うか亜佑美ちゃんが好き」
そこまで言うと、隠してた手の力がふわりと抜けていった。
「嘘じゃないですよね……もう一回、言って下さい」
「チューしたい」
「もう!そっちじゃなくて!」
「好きじゃよ」
言いながら重ねた手をゆっくり下ろした。
真っ赤になったほっぺと泣きそうな瞳とぷるっぷるの唇がもうウチを誘ってるようにしか見えなかった。

450名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:42:01
「ごめんなさい・・・鞘師さんの気持ち知ってたんですよ実は」
「はっ?」
OKなのかと思って近づこうとしたらごめんなさいってちょっと!!
バレバレだったのか!いやまあ唇唇言ってたのは否定できないけど。
「あの、ですね。私、譜久村さんに、相談に乗って貰ってて」
「・・・フクちゃん?」
あれ?私もフクちゃんに相談してて、って。えっ!?亜佑美ちゃんも?
「譜久村さんが、鞘師さんはバレバレだけど隠し通すつもりで居るから難しいかもよって言われて、それで」
「・・・・う」
「で、荒療治だけど嫉妬させてみたらって……ごめんなさい」
「うわー……めっちゃ恥ずかしい」
「でもちゃんと言ってくれて嬉しかったです」

「…亜佑美ちゃんは?」
「え?言いましたよね散々」
「えーーー…そうだけどさぁ」
「ふふふっ」
「わっ」
笑いながらスッと顔を近づけられた。このパターンは予測してなかった。
あれ?私から行きたかったのにと思った時には亜佑美ちゃんが近過ぎて慌てて目を瞑ってしまった。

「…私も好きです、鞘師さん」
名残惜しそうに離れた愛しい唇から待ち望んだ声が聞えたのは暫く経ってからだった。

451名無しリゾナント:2016/04/29(金) 00:48:44
以上でーす。古いネタ過ぎるスレ汚しでゴメンちゃいまりあ
連投し過ぎてエラー暫らく寝てろを喰らいましたし…大人しくしときますw
後は頼みますホゼナンターの皆様。・゚・(ノД`)・゚・。

452名無しリゾナント:2016/04/29(金) 22:27:27
>>427-432 の続きです



里沙が不退転の決意を固めてから、程なくして。
転機は、訪れる。
何もないはずの白の空間に、人の姿を見たからだ。
ただ、それは里沙が思い望む人物ではなかった。

静けさを表すかのような黒さを湛えた、ショートボブ。
そのふくよかな頬は幼さを感じさせるのに、瞳の色は妙に落ち着いていていた。
里沙は目の前の「少女」を、知っていた。
会ったことがあるわけではない。けれど、すぐに理解できた。
この人が、いつも安倍さんから聞かされていたあの人なのだと。

「もしかして、福田…さん?」

少女は答えない。
ただ、その場に立っている。
まるで、何かを守るために里沙に立ちはだかるように。
だが、里沙は確信した。彼女が、なつみがいつも話していた「福ちゃん」であることを。
そして。

「明日香」は、予備動作すら見せることなく。
何かを展開させ、そして里沙目がけ打ち放つ。その動き、そしてその軌跡。
里沙のよく知っている、ある得物。

「まさか、ピアノ線!?」

なつみから、福田明日香は精神操作のスペシャリスト、という話は聞いていた。
けれど、まさか自分と同じような戦い方をするなんて。
「明日香」の放ったそれをやっとの思いで回避し、態勢を立て直そうとする里沙は、思わず己の目を疑う

453名無しリゾナント:2016/04/29(金) 22:29:27
「違う…これは。福田さんの精神エネルギー、そのもの」

「明日香」が、里沙が使うピアノ線を扱うように。
自分の精神エネルギーを線状にして飛ばし、そして操っていた。
これはピアノ線という物体を媒介して精神の触手を伸ばすよりも何倍も効率がよく、そして効果的。

里沙も負けじと、自分の得物であるピアノ線を展開させた。
しかし、こちらがあくまでも物理的な制限によってその本数に限界があるのとは違い、相手のそれはあくまでも形のない精神エネ
ルギー。例えではなく、無数の条を編み出せる。

圧倒的な物量の差。
里沙はあえなく、「明日香」の操る精神の糸に絡め取られてしまった。

「く…これが…オリメン…の実力…」

かつては里沙も所属していた「ダークネス」。
その大元となった組織を作ったのはたった五人のメンバーだったと言う。

中澤裕子。
安倍なつみ。
飯田圭織。
石黒彩。
福田明日香。

彼女たちのことを、組織の構成員たちは敬意を表しオリジナルメンバー、「オリメン」と呼んでいた。彼女たちのすぐ後に組織に
入った「詐術師」こと矢口真里は時に自らのことを「オリメン」と嘯いたが、彼女程度では到底届かない高みがその称号にはあっ
たと言っても過言では無かった。

454名無しリゾナント:2016/04/29(金) 22:32:10
その称号に恥じない実力が今、形となって里沙を締め付け、そして縛り上げる。
精神の糸は容赦なく里沙の心を縛り、引き千切ろうとしていた。
それでも。

「こんなところで…あたしは…安倍さんを…安倍さんを助けるんだ!!」

強い意志が、叫び声となって放たれたのと。

「…もういいよ、『福ちゃん』」

柔らかな、春の日差しのような声が響くのは、同時だった。

精神の触手が、一斉に引き上げられる。
それとともに、「明日香」は掠れるように実体を失い、そして消えていった。
「明日香」と入れ替わるように。声の主は姿を現す。

白い世界に溶け込むような、白のワンピース。
その人の周りにだけ、さきほどの声と同じような、暖かな光が溢れているような雰囲気。

「『福ちゃん』がなっちの、『ガーディアン』だったんだねえ。こうなるまで、知らなかった」

「ガーディアン」。
高次能力者の精神世界において具現化されるという、世界の主を守護する存在。
かつて里沙がダークネスに所属していた時。上司の「鋼脚」の力を借りてとある能力者の精神世界に侵入した際に、中枢にて行く
手を阻んだのが、まさしく「ガーディアン」であった。ということは。ここは、精神世界の中枢であり。
目の前にいる人物は。呼吸が、意図せずに矢継ぎ早になってゆく。

栗色の、肩にかかるかかからないかの髪。
屈託のない笑顔。すべてが、里沙のよく知る彼女のままだった。

455名無しリゾナント:2016/04/29(金) 22:51:01
「待ってたよ、ガキさん」

ずっと、ずっと聞きたかった声。
そしてずっと、会いたかった。
深々と雪が降り積もる、聖夜の惨劇。あの悪夢のような事件を経てなお。いや、より一層。
多くの仲間が傷つき、リゾナントを去ることになってしまったにも関わらず。
心は、ずっと彼女を求めていた。

「あ、安倍…さん…」

今、目の前にいるなつみが現実なのか幻なのか。
それ以前に、今自分がどこにいるのかすらわからない。
それほど里沙の心は、激しく揺れていた。感情が、溢れそうになるのをただ堪えることしかできずにいた。

なつみが、里沙の目の前までやってくる。
そして、小さな体を、両手を思い切り広げて。
里沙を、抱きしめた。

「今までよく、がんばったね。なっち、ずっと見てたよ」
「そ、そんなことされたら…もう…なんでこう…」

普段は涙なんて、絶対に誰にも見せないのに。
どうしてこう、精神世界というものは自分の魂を剥きだしにしてしまうのだろう。
かつて親友の心の中で、堰を切ってしまった時と同じく。

里沙は、声を上げて泣いた。
まるで、なつみにあやされるのを求めるかのように。

456名無しリゾナント:2016/04/29(金) 22:58:05


どれほどの時が経っただろうか。
精神世界は現実の世界とは時の流れを異なものにする。
ただ、それほど悠長なことを言っている場合でもない。
里沙はようやく己の感情を収め、それからなつみと今一度、向き合った。

「安倍さん…これまでの経緯を説明していただけると、助かります」

里沙がここまでの危険を冒してなつみの精神世界にダイブした理由。
それは、なつみを救うために他ならない。ゆえに暴走とも言うべき今のなつみの状況を把握しておくことは、絶対不可欠であった。

なつみは、ゆっくりと、今まで自らの身に起こったことを語り出す。

ダークネスのやり方に異を唱え、自らの力を組織のために使うことを拒否したなつみを待っていたのは。
Dr.マルシェこと紺野あさ美の主導する「薬物による別人格の抽出」、そのための人体実験だった。
薬の強制的な投与により、日増しに自らの「闇」が深くなってゆくのを恐れたなつみは、ついにダークネスの居城を抜け出し里沙に
会うことを決意した。
しかし、その脱走劇さえも紺野の計画のうち。まんまと罠に嵌ったなつみは、喫茶リゾナントにおいて「聖夜の惨劇」を引き起こす。
紺野による野外実験の結果、なつみは表人格の面と破壊の権化とも言うべき別側面という、まるで異なる性質を不規則に繰り返す
ようになった。そうしたなつみの危険性を鑑み建設されたのが、「天使の檻」と名付けられたなつみのためだけに作られた隔離施設
だった。

ところが。
なつみの表の人格と、破滅的な力を振るう虚無の人格を融合させようと、警察機構の対能力者部隊の責任者であるつんくが動き
出す。かつてダークネスの科学部門の統括であった彼にとって、「天使の檻」のセキュリティはほぼ無力。まんまとなつみと接触し、
そして彼の開発した薬を強制的に服用させた。

「でもね。そんなつんくさんでも、読めないことがあった」

457名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:05:14
紺野は。
つんくが機を窺いそのような行動に出ることを予測していた。
そして最後の砦として、なつみに「本当の最後の切り札」を仕掛けたのだ。
つまり。何者かがなつみの人格に関わるような薬理的作用を施した時。虚無の人格がなつみのすべてを支配し、表人格を完全に隔離
してしまうという罠。
つんくはその罠にかかり、そして命を落とした。

「…つんくさんが」
「ガキさんも知っての通り、つんくさんは裕ちゃんが率いる組織の表も裏も知り尽くした人だけど。あの人にはそのこと以上の、罪
があったの」

現状を引き起こす最後の引き金を引いたのは、つんく。
そのことが、里沙に大きな衝撃をもたらしていた。
確かに、ダークネスの前身組織の礎を築き、そしてリゾナンター立ち上げにも関わっていたということは里沙も知っていた。また、
組織在籍時にはあまり聞こえのよくない実験もしていたということも、ダークネスの諜報機関に所属していたが故に把握していた。
つまり、現在の警察組織における能力者部隊を率いる正義の味方、などという人物ではないことを十分に理解してはいた。いたのだが。

「つんくさんの罪…って…」
「つんくさんは。能力者の卵をスカウトすると称して、幼い子供たちを警察とダークネス双方に引き渡していた。ガキさんは知って
るかわからないけど、数年前に矢口…『詐術師』がその子供たちを組織から掠め取った事件も、つんくさんが噛んでるはず」
「そんな!!」

里沙が感情を乱すのも当然の話。
以前リゾナンターを急襲した「ベリーズ」や「キュート」といった能力者集団は、元はと言えばつんくが各地から集めてきた子供た
ちだった。さらに、警察内の対能力者部隊を形成している「エッグ」もまた、つんくがスカウトしてきたという。とすれば、つんく
は自らが集めてきた人材を対立する集団同士に供給してきたと言うのか。

458名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:07:15
「だいたいそんなこと、何の目的で…!!」
「普通に考えれば、両者から利益を得るため。なんだろうけど、つんくさんの性格からしたらそれも違うと思う。あの人が何を目的
としてそんなことをしたのかはわからない。けど…」

言うか、言わないでおくべきか。
そんな風にも取れる表情を見せた後に、なつみは。

「つんくさんは、なっちに使った薬のプロトタイプを…リゾナンターの誰かに試していたのかもしれない」
「!!」

まさか、つんくがそこまでやる人間だったとは。
それに、一体誰をそのような薬のモルモットにしたというのか。
いや、一人だけ思い当たる人物がいる。なつみと同じように、自分の中にもう一人の人格を内包している人間を。

「まさか!さゆみんが!?」
「たぶん。ほんとにごめんね。なっちのせいで…」
「いや!そうじゃないです!!」
「いいんだよ」

なつみはそう言ったきり、俯いてしまう。
だが、里沙には伝わる。なつみの精神世界に足を踏み入れた里沙には、はっきりとなつみの声が聞こえる。

― なっちが、みんなを傷つけた事実は…変わらないから ―

「でも!それはあさ美ちゃんが!つんくさんが!!」

里沙はなつみの言葉を、必死に否定する。
確かに「銀翼の天使」は、あの日あの時に里沙の仲間たちを無残にも蹂躙した。結果、絵里はいつ目覚めるともわからない昏睡に落ち、
小春や愛佳は能力を失い、そしてリンリンとジュンジュンは祖国へ帰ることになってしまった。
「天使の檻」で起こった出来事に関しても、また然りだ。
それでも、そのことはなつみが意図してやったものではない。つんくと紺野という二人のマッドサイエンティストの思惑の果てに起こ
ってしまった不幸な事故だったのだ。

459名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:10:26
「なっちの中にいるもう一人のなっちはね。きっと自分を取り巻いているすべての人やものが嫌になって、『ホワイトスノー』を生
み出したんだと思う。その気持ちは、わからなくもないかな。だって、あの子となっちは、おんなじ根っこだからさ。けど、それは
間違いだった」
「そんな…何を…」
「本当に消さなきゃいけないのは。なっち自身だったんだよね」
「やめてください、そんな、嫌だ」

さびしそうに微笑むその表情。声のトーン。
里沙は狼狽え、頭を振り、懇願する。そんな、馬鹿げたことは。
何故、なつみが消える必要があると言うのか。

「なっちは…ずっと昔に、親友だった子。『福ちゃん』の能力を、この手で奪ってしまった。しょうがなかった。そうするしかなか
った。正当化すればするほど心が苦しくなって。だから、決めたんだ。『やれないことは、なにもしない』って」

なつみの言葉で、里沙は組織にいた時に彼女の時折見せる儚げな笑顔の意味をようやく知る。
なつみはいつだって、組織の動向に対し消極的だった。異を唱える時も、あくまでも自分の意見は出すこともなく。それは、今彼女
の言ったことが大きく影響していたのだろう。

「でもね。そうじゃなかったんだよ。なっちが『やるべきことを、なにもしない』せいで、より多くの人を傷つけた。より多くの人
の命が奪われたのかもしれない。今…こういうことになって、それがやっとわかったんだよ」
「安倍さん…」
「きっと、なっちが存在してる限り。紺野が。悪意ある人たちが。なっちを利用して、そしてもっと多くの人たちが苦しむことになる」
「そんな、そんなことないです!あたしが!安倍さんと力を合わせればきっと!!」

460名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:14:19
薄汚い、卑しい力と卑下されてきた、精神干渉の力。
しかしそれと同時に、里沙の力は今まで多くの人々を救ってきてもいた。
ハイジャックにより墜落しかけた機内では、偶然乗り合わせていた芸人を介して乗客の心を繋ぐことができた。
難病の子を抱えた母親の悲しき未来を、彼女の心に入り解きほぐすことで変えることができた。
そんな積み重ねや、仲間たちの支えが、やがて里沙自身の考えを変えてゆく。
この力は、人を救う道しるべにすることができる能力でもある。

だから、今は。
強い想いが、里沙の手をなつみへと差し伸べさせる。
しかし。

手に取ったはずのなつみの手は。
砂糖菓子のように儚く、脆く砕けてゆく。

「ガキさんの気持ちは、凄くうれしいんだ。けど。この世界を覆う『白い闇』はもう、なっちのことを蝕んでる」
「嘘だ!そんなことない!安倍さんは!安倍さんはあたしが助けるって!決めたのに!!」

受け入れられない。
認めることができない。
強く、叫ぶ。未来が、変えられるように。
けれど、あの日見た景色と同じ。
白く染められた空から、ふわり、ふわりと「雪」が降り始める。

「なっちね、もう決めたんだ。これ以上、誰のことも傷つけないって。もちろん、ガキさんのことも」
「あたしはどうでもいいんです!安倍さんが!安倍さんさえいてくれたら!!」
「…ふふ。ガキさんにも、できたんだね。ガキさんのことを慕ってくれる、後輩が」
「えっ」

光り輝く雪が、積もってゆく。
なつみの体だけを、掠め消し去りながら。
不意にかけられた言葉。里沙は思い出す。ただひたすらに自分についてきてくれる、たまに天邪鬼だけれども、まっすぐな瞳を。

461名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:19:44
その後輩が、窮地にいたら。
きっと自分は、その身を投げ出してでも救いに行くだろう。

「そんな…安倍さん…いやだよ…いやだよう…」

なつみの姿が、薄れてゆく。
おそらく今の自分の顔は、ぐしゃぐしゃなのだろう。
よくも衣梨奈に、「簡単に泣いちゃだめだよ」などと言えたものだ。
なつみを失いたくないという思いと、今の自分となつみを衣梨奈と自分へと置き換えてしまう思い。
その思いは矛盾することなく、里沙の心を駆け巡る。

「大丈夫だべ…どうしてもなっちと話したい時は、ほら…こうやって…」

消えてゆくなつみと同じように、やはり消えてゆく白い世界。
その中で、なつみは。自らの手首を口の前に持ってゆく。

見えないけれど、見える腕時計。

なつみと里沙が初めて出会った日。
父と母を亡くした里沙になつみが、不思議な腕時計型の通信機の話をした時の出来事が、鮮明に蘇る。
どこからどう見ても、手首に向かって独り言を言っている変な人にしか見えなかったが。真剣に通信機の向こうの「お母さん」と話
してみせるなつみを見ているうちに、知らない間に自分の心がほぐれてゆくのを感じていた。
そのことを話していた時のなつみは、まるで暖かな日差しのような笑顔を見せていた。

― この通信機があればね、いつでも。会いたい人と、話せるんだよ ―

そう、今まさに存在が消えゆくこの時に、見せているような笑顔を。

自らがこの世から消滅することを願った言霊は。
天使の温もりだけを残して、成就した。

462名無しリゾナント:2016/04/29(金) 23:22:16
>>452-461
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

463名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:06:07
>>452-461 の続きです



「は、はっ、な、な、なんだよこれはああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

溶ける。崩れる。剥がれ落ちる。
「金鴉」の体が、煙を立てて崩壊してゆく。
馬鹿な。10分にはまだ早すぎる。なのに、なぜこんなことに。
縋るような思いで相方のほうに目をやる。「煙鏡」は。

腹を抱えて、笑っていた。

「あああああああああああああいぼんてめえええええええええええええええ」

そこで、「金鴉」はようやく気付く。
自分が、「騙されていた」ことに。

「いやぁ、済まんなぁ。ちょっと時間間違えてもうたみたいや」
「ふふふふふふざざざざざざけけけけけけ」
「ま。そもそもうちの『鉄壁』でも、自分のオーバードーズは解除できひんかったけどな」
「はああああああああああああああああああああああ」

10分が限界など、真っ赤な嘘。
「鉄壁」で助けることができるというのも嘘だった。
最初から「金鴉」が助からないことを、「煙鏡」は知っていた。
いや、そうなるように自ら仕向けたのだ。

464名無しリゾナント:2016/04/30(土) 20:06:44
無意識のうちに、「金鴉」が自らのキャパシティーを超えて血液を服用するように。
それが勝利の、唯一の条件だと思い込ませるように。

「はあうああああああああああああああああああああ」

「金鴉」の顔が、目まぐるしく変化してゆく。
今まで擬態した人間の顔が同時に、多発的に浮かび上がり、そして消えてゆく。

形を、形を保たなければ。
「金鴉」は必死に自分の姿を脳裏に思い浮かべ、体を再構築しようとする。
だが。逆らえない。既に能力者の情報を限界以上に取り込んだことによる揺り戻しの力には。
それでも、この流れに従うわけにはいかない。
自分の。自分本来の姿を強くイメージすることで。形を。元の形を。
そこで、「金鴉」はようやく気付く。

本当の自分って、どんなんだっけ。

「擬態」を得意とする彼女は。彼女には。
元より本来の姿などないに等しかった。他者に姿を変え、そして能力すら変えてしまう。そして、元に戻る時に。
ほんの少しだけ、姿を変える前の自分とは違っていた。それが、何十、何百と繰り返されてゆく。
そのことに、気付かないはずはない。けれど。気付いてはいけなかった。

今ここにいる自分の存在さえも信じることができなければ、一体どこに足をつけて立てばいいのだろう。
何を拠り所にして生きていけばいいのだろう。わからない。わからない。わからなわからわかわかわわわわ


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