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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

305名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:10:35
目の前に立ち塞がる標的、矢島舞美。
彼女の後ろには、「黒翼の悪魔」に捻じ伏せられたキュートの、そしてベリーズのメンバーたちがいた。
彼女たちと新たな粛清人たちの間には、薄い水のヴェールがドーム状に張られている。これがある限り、「ジャッジメ
ント」の五人は手出しをすることができない。

「やじ…ごめん…」

舞美の後ろで、愛理が苦しげに呟く。
かろうじて立ってはいるものの、その体は紗友希の操る「毒のジャッジメント」によって蝕まれていた。粒子化された
水粒によって希釈されているとは言え、そのダメージは計り知れない。

愛理だけではない。
キュート・ベリーズの多くが地に伏し、喘ぎ苦しんでいた。降臨した「黒翼の悪魔」に気を取られ、紗友希の罠にまん
まと嵌ってしまったのだ。結果、舞美を残してほぼ全員が戦闘不能にされてしまう。

「大丈夫。みんなは、私が守るから」
「それでこそ、矢島さんです」

「ジャッジメント」のリーダー ― 宮崎由加 ― が、舞美の前に進み出た。
対峙するその表情はあくまでも柔和だが。

「私が最初に言ったこと、覚えてます? 私が、矢島さんのことを尊敬してるって」
「……」
「あれ、本心からの言葉なんですよ? こんな状況じゃ、信じてくれないかもしれませんけど」

舞美には、由加の言葉は届かない。
彼女の神経は今、後方の仲間たちを守ることに全て注がれていた。

306名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:11:17
「だからこそ…この手で、殺したい」

舞美には、見えていない。
眼前に迫る、殺気を帯びた手のひらが。

「はいそこまでー」

由加を制止する声が、はるか頭上から聞こえてくる。
見上げると、そこには。

「なぜですか。『黒翼の悪魔』様」
「…うちらの戦いの、巻き添えになるから」

漆黒の翼をはためかせ、「悪魔」はふわふわと宙に浮いていた。
一瞬顔を曇らせる由加だったが。

「…わかりました。総員、撤退」

下される、撤収命令。
もちろん他の「ジャッジメント」メンバーたちは納得がいかない。

「そんな!もう少しで粛清が完了するのに!!」
「そうだよ、いくら幹部の命令だからって…」

黄色い声を上げ抗議する紗友希とあかり。だが。

「あんたたち、死ぬよ?」

その存在同様、ふわふわとした、気の抜けた声。
けれどもそこから、劫火の如く殺気の突風が吹き荒れる。
その炎は、紗友希たちの反駁心を一瞬のうちに焼き尽くしてしまった。

307名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:12:13
「…す、すいませんでしたっ!!!!」
「きー、りんか、いこっ!!」

一様に顔を青くし、その場から走り去る粛清人たち。
そして由加もまた、

「今回は、見逃してあげます。けど、忘れないでくださいね。あなたたちは永遠に『粛清の対象』であることを」

と苦虫を噛み潰した顔で吐き捨て、後ろにいた佳林に視線を送る。

「…うふふ」

意味深な笑みを浮かべ、踵を返す佳林。
何が起こったのかわからないまま、五人の粛清人が撤退してゆくのを舞美は見送ることしかできなかった。

脅威が去り、周囲に立ちこめていた毒が引いてゆくのに安堵したのか、舞美の張っていた水のバリアーは一瞬のうちに
流れ落ちる。全身の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになるのを懸命に耐えた。なぜなら。

翼をはためかせ、「黒翼の悪魔」が地上に降り立つ。
一難去ってまた一難どころの話ではない。

万事休す、と言ったところに聞こえてきたのは。
悪魔のそれとはまた違った意味での、間の抜けた声。

308名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:12:45
「うまくいったねー、舞美」
「えっ?」

舞美の疑問に答えるが如く、姿を変えてゆく悪魔。
姿を現したのは、ベリーズの熊井友理奈だった。

「熊井…ちゃん?」
「あたしもいるよ!」

さらに友理奈の後ろから姿を現す、小麦色の明るい笑顔。
ただでさえ複雑なことは考えられない舞美の頭の中が、さらに混乱する。

「ちぃーまで…どうして」
「あたしの『幻視』で、熊井ちゃんを『黒翼の悪魔』に見せてたの。凄いでしょ!」
「え…何それ…」

まだ思考がうまく纏まらない。なぜ友理奈に千奈美まで?
舞美が必死に散らかりそうな意識を繋ぎ留めようとしたその時。
青白い顔のツインテールが目の前に現れる。

「わあっ?!」
「要するに、本物の悪魔さんが近くにいることを利用したトリックってこと」

309名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:14:18
本人曰く粛清人たちに見つからないよう物陰に隠れていた、という嗣永桃子の弁によると。
「黒翼の悪魔」によって陣を破られてしまったベリーズ。しかし比較的ダメージの軽かった数人は、近づく不穏
な気配、つまり「ジャッジメント」の急襲に気付き機を窺っていたのだった。そして、作戦は決行される。
自身の能力である「重力操作」で空に浮かび上がった友理奈の姿を、千奈美の「幻視」が「黒翼の悪魔」へと変
える。これだけなら見破られてしまう可能性が高かったが、幸運だったのはすぐ近くに本物の「黒翼の悪魔」が
いた。彼女の放つ殺気が幻覚のそれと相交じり、幻覚のリアリティを飛躍的に高めたのだという。

「でもさ、『黒翼の悪魔』なんだからもっとギャルっぽく喋ればよかったかなあ。えっとー、黒翼ちゃんでーす、
ちょりーすあげぽよー、みたいな」
「くまいちょー、それギャルじゃなくて馬鹿な子だよ」
「えーっ、ももひどくない!?」
「うんこみたいな髪型のももに言われたくないよね」
「これは天使の羽!て・ん・し・の・は・ね!!」

緩い会話を繰り広げる三人を前に、舞美は思う。
何が何だかわからないけれど、とにかく助かったのだと。

そんな希望をあざ笑うかのように、舞美の眼前を一筋の光が通り過ぎる。
光は、空間を劈き、舞美の横にいた桃子を掠める。自称「天使の羽」の片方が、千切れ飛んでいた。

「え…あ…」
「みんな!ここから安全な場所まで避難するよ!!動ける子は倒れてる子を背負って、早く!!!!」

突然の出来事に呆気に取られているメンバーたちに、舞美が指示を飛ばす。
先ほどの光線は、悪魔のものか、それとも「銀翼の天使」のものか。いずれにせよ、自分たちが死の刃を鼻先に
突き付けられている事実には変わらない。ならば、一刻も早くこんな場所から離れるべきである。

310名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:15:18
「ほら!熊井ちゃんは倒れてる子を浮かして少しでも負担を軽くして!愛理は音のバリアを張って後方の流れ弾
に備える!舞美も水の防御壁を!」
「佐紀!!」
「ほら、あんたはこのチームのリーダーなんだから!しっかりしないと!!」

焦りがちな舞美の心を鎮めるが如く、動けるメンバーたちに細かい指示を出したのは、ベリーズのキャプテン・
清水佐紀だった。そうだ。絶対に、全員で生きて帰るんだ。舞美の心に、大きく希望の炎が燃え上がる。

ベリーズとキュート。
共に組織の思惑に翻弄されてきた、能力者の集団。
彼女たちの心は今、ひとつになっていた。
ここから生きて帰るために。そしていつか、ダークネスに、リベンジを果たすために。

311名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:17:04
>>304-310
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

312名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:23:10
>>304-310 の続きです



それまで見えていた景色が、ゆっくりと無機質な構造のものに変わる。
高橋愛と、新垣里沙。「つんくの手の者」により、彼女たちはとある場所へと転送されていた。
そこは、通路。それも、果てしなく長い。

「ここ…どこやろ」
「さあ。でも、一つだけ言えるのは」

里沙が、周囲を見渡しながら、言う。

「碌でもない場所なのは、確かみたい」

まるで核シェルターのような、頑丈な構造の床や壁。
それらが無残にもひび割れ、撓み、歪んでいた。高エネルギーの何かが、この場所を蹂躙したのだと里沙は判
断した。

「つんくさんは。あーしらに用があるって言ってた。つんくさんを、探さないと」

愛の言葉に、里沙が無言で頷く。
精神干渉の走査線が、縦横無尽に通路を駆け巡る。
そして里沙は、引き当てる。途轍もない、大きな力の痕跡を。

「あ、安倍…さん?」
「里沙ちゃん!!」

膝から崩れ落ち倒れ込みかける里沙を、愛が咄嗟に支える。
その顔は青ざめ、額には脂汗が滲んでいた。それでも、表情には希望と絶望が入り混じる。

313名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:24:27
「愛ちゃん。ここに。ここに、安倍さんが。でも、どうして」
「わからん。でも、きっと…つんくさんが鍵を握ってる」

この施設に里沙の敬愛する「銀翼の天使」 ― 安倍なつみ ― が居たのは、紛れもない事実だった。
そして、つんくがわざわざこの場所に自分たちを呼び寄せた理由。
全ては彼に会い、そして問い質さなければならない。
リゾナンター。そして。ダークネスに深く関わる、存在として。

しばらく歩くと、一目で異様さがわかる死体が見えてきた。
彼女は、血だまりに溺れるようにして床に倒れていた。

「この人、確かつんくさんの。石井、とかいう名前の」

里沙たちは、彼女の顔に見覚えがあった。
警察組織の能力者たちを束ねるつんくが、絶えず自らの側に仕えさせていた秘書的な存在。
そんな彼女が、全身から血を噴出させたように、息絶えている。

「…きっと、『これ』を解除するために」

石井が倒れている側には、最早何の役にも立たないセキュリティゲートの端末があった。
この場所に来るまでに、いくつもの端末を見かけた。それらの端末全てを解除するために命を投げ打った。目の
前の惨状について、二人はそう解釈した。

死者に黙祷し、愛たちは再び歩き出す。
里沙が、先頭を歩くような形。彼女は、なつみの、そしてつんくの痕跡を辿るように。自らの精神エネルギーを
探知機代わりにして歩いてゆく。

314名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:25:29
「…安倍さんの痕跡が。段々と、濃くなってる」
「里沙ちゃん、無理せんで」

愛が思わずそんな言葉を掛けるほど、里沙の消耗は激しかった。
なつみの身に、間違いなく何かがあった。そうでないと、この痕跡は。禍々しき痕跡は説明が付かない。
けれど、敢えてそれは口にしなかった。

あの聖夜の惨劇から、数年。
とある情報筋から、ダークネスがなつみをコントロールできずに、どこかの施設に隔離したという話は聞いてい
た。それがおそらくこの場所なのだろう。
里沙は、なつみの痕跡を辿りながら、あの日のことを思い出していた。

315名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:26:58


全身を、強烈を通り越した痛覚によって蹂躙されていた。
いや、最早痛覚というものが残っているかどうかすら定かではない。

冷たい、真冬の月のような貌(かお)。
安倍なつみ、いや。「銀翼の天使」は、冷ややかに地に伏したリゾナンターたちに視線を、落としていた。
だが、その瞳には感情の色はない。あくまでも無機質に、惨状を映すのみ。

喫茶リゾナントは。
いや、喫茶リゾナントだったそこは。
原型を留めることなく破壊されていた。
思い出の机も、テーブルも、カウンターも。
コーヒーカップも、キッチンも、観葉植物も。
ただの瓦礫と化していた。瓦礫に、9人のリゾナンターたちが倒れているだけだ。
皮肉にも。店の中央に設置したクリスマスツリー、その頂に掛けられていた「Merry Xmas」のレリーフだけが。風に吹かれてかたかたと音を鳴らしていた。

「あ、安倍…さん…」

体の中の空気を絞り出すように。
里沙は、自分の中に残されたわずかな力を振り絞ろうとする。
立ち上がるために。そして大切な仲間たちを、守るために。
けど、無情にも、指一本、動かない。毛先ほども、動かない。

316名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:28:11
「ウッ!ウガアアアアアッ!!!!!」

獣の咆哮が、闇を切り裂く。
ジュンジュンが、全ての力を獣化に注いだのだ。
瓦礫の山と化したリゾナントにうっすらと積もり始めた雪の白を食らいつくさんばかりに、漆黒の獣毛が逆立ち、
そして飲み込もうとしていた。

だめ、ジュンジュン…
声にすらならない里沙の悲痛な願いも届かず。
その鋭い爪も、牙も。天使の体に触れることすらなく、銀色の光に貫かれる。
重く湿った音を立てて倒れるジュンジュンの前で、無表情のまま手を前に翳した天使が立っていた。
大人と子供。いや、同じ生物という土俵にすら立っていない。
リゾナンターが9人同時に襲いかかった時と同じように、難なくジュンジュンを沈黙させてみせた。

このまま、自分たちはなつみに、いや無慈悲な「天使」に殺されるのだろうか。
今まで、ダークネスと戦ってきた自分たちの痕跡すら、ここで掻き消されてしまうというのか。
どうして。どうしてこんなことに。
消えゆく意識の中で後悔ばかりが色濃くなってゆく中、「それ」は起きた。

「あ…ああああ…いやああああああっ!!!!!!!!!!!!!」

それまで機械のような反応しか示していなかった「銀翼の天使」が、頭を抱えて苦しみはじめたのだ。
愛も。里沙も。絵里もさゆみもれいなも小春も愛佳もジュンジュンもリンリンも。銀の翼に打ち据えられた全員
が、ぴくりとも動かない世界の中で。天使だけが、嘆き苦しんでいた。破壊の化身とも言うべき存在だった彼女
に似つかわしくない叫び声はしばらく止まらず、輝く羽根が舞い散る中でなつみが瓦礫に崩れ落ちた時にようや
く絶叫は鳴りやんだ。

「なるほど。こういう結果になりましたか」

その機を見計らったかのように、誰かの声が聞こえる。
完全に意識が闇に沈み前に、里沙はすべてを悟る。
誰が、この惨劇を引き起こしたのかを。

317名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:29:23


あれから幾年の時を重ねた。
にも関わらず、「銀翼の天使」が里沙たちに刻んだ心の痕は消えてはいない。
恐怖、そして絶望。傷を彩る感情は今でも鮮やかに滲みだしてくる。
だが、そんなことよりも一番の問題は。
里沙の中に、「なつみ」と対峙する覚悟がなかったこと。自らの心が届かない現実を知ってなお、彼女と戦うこと
に躊躇したことだった。その後悔は、蹂躙されたトラウマよりもはるかに大きく、そして深い。

「里沙ちゃん…」
「愛ちゃん。私は大丈夫。大丈夫だから」

ピアノ線が収められたグローブに、力が入る。
愛はきっと里沙の感情を察して声をかけてくれたのだ。
自分たちがここにいる理由。つんくから聞かずとも、ある程度は理解できる。
そのことが、里沙の心を現実と向き合わせはじめていた。

あの時は、無理だった。けれど…

「お前ら、遅かったやないか」

声のするほうに視線を向け、その瞬間。
二人の血の気が、ひく。

つんくが、壁を背に座っていた。
いや、座っていたと表現するのは、彼女たちの視線よりつんくがかなり下にいたせいで。

318名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:30:48
「待ちくたびれ過ぎて、体半分になってもうた」

彼の言葉通りに。
つんくは、胴から下のすべての部分を失っていた。
床の血溜まりを吸い上げたのか、自慢の白のタキシードは赤と白のグラデーションを綺麗に作っていた。
一方、彼のすっかり血の気のなくなった肌はタキシードの白によく馴染んですらいた。

「つんくさん!!!!!」
「はは…油断したわ。完全にコントロール下にあったと思ったんやけどなぁ。飼い犬に手ぇ、噛まれたわ。完璧な
どない、か。最後の最後であいつに、逆転されてもうた」

これだけの出血、彼がもう助からないことは明白だった。
たとえ治癒の達人であるさゆみがこの場にいたとしても、何の効果もなかっただろう。

「ま、ああならんだけでもラッキーやったか…」

つんくが顔を向けた先には、原型を留めないほどに破壊されたかつて人であったらしき何かがあった。
途轍もない力が、その人間を押し潰し、砕き、そして肉の塊にした。つんくを、そしてその人を、誰がそんな目に
合わせたのか。

「俺の、最後の頼みや。あいつを…安倍を、止めて欲しい」
「!!」

わかってはいたものの。
実際に言葉にされるほど、きついものはない。
実力的な意味でも。そして、感情的な意味においても。

319名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:32:00
「つんくさん…あなたは…」
「虫のいい話やっちゅうのは、わかってる。ダークネスも、そしてリゾナンターも俺が無責任に育てて、世に放っ
たっちゅうことくらい、俺にも…わかってる…」

愛と里沙は、つんくがかつてダークネスの科学部門統括の席にいたことを知っていた。
特に愛は、「赤の粛清」に追われ絶海の孤島から脱出した時に。断崖絶壁からつんくの操縦するモーターボートに
飛び降りたこともあって、その経緯をよく知っていた。そして彼の差し伸べた手が後に、リゾナンターを結成する
大きなきっかけになったことも。

「せやけどな。これだけはわかって欲しいねん。俺は…この地球の平和を本気で願って…がっ、がはっ!!!!」

つんくが顔を背け、大きく体を震わせる。
尋常ではない量の吐血が、床を汚した。

「お前らの描く、物語…俺も登場人物として好き放題…やってきたけど…舞台から降り、る時が…来たようやな…」

つんくが、ゆっくりと目を閉じる。
先ほどまで強張っていた体が、ゆっくりと弛緩してゆくのが目に見えてわかった。

「つんくさん!つんくさん!!」
「もう…お別れや…お前らの活、躍…見て…る…から…」

そしてそれきり、つんくは沈黙した。

愛は物言わぬつんくの前に跪き、黙祷した。
僅かな間に流れる、さまざまな思い。しかしそれも、勢いのなくなった火種のように色褪せ、消えてゆく。

「愛ちゃん…行こう」

里沙に促され、立ち上がる愛。
二人は再び、出口を目指す。そして、二度と振り返らなかった。

静まり返った惨劇の間に、掠れた声がする。

「ほーんま…楽しみやで。俺の…作…った…最高傑作…どうなる…か…ほん…ま…」

声は、通路を吹き抜ける風に掻き消され、散り散りになって、消えた。

320名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:33:20
>>312-319
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

321名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:42:17
>>312-319 の続きです



愛と里沙は、通路の出口を目指し、歩く。
そこに辿り着けば、最早することは一つしかない。

「銀翼の天使」の、討滅。

言葉にするのは簡単だ。
けれど、それが難しいことは聖夜の惨劇を経験した二人はよく知っていた。
9人がかりですら、倒せなかった。かすり傷一つ、負わせられなかった。

しかし今は。
愛も。そして里沙も。
あの頃とは比べ物にならないほど、力をつけていた。
その実力は、ダークネスの一幹部を打ち倒すほどにまで。
もちろん、「銀翼の天使」がそれらの幹部たちと比べても別格なのは言うまでもない。

それでも。
彼女たちの闘志が揺らぐことはない。
必ず、成し遂げる。生きて帰って、戻ってくる。
かつて手製のお守りを自らの半身としてお互いに託した時のように。
二人の心は、強固な絆で結ばれていた。

光が、射す。
気の遠くなるほど、それでいてあっと言う間の通路は終点を迎えていた。
同時に、まるで毛色の違う二つの殺気の奔流が一気に駆け抜ける。

「これは!?」

里沙が「天使」の気配に気を取られ、見落としていたもう一つの脅威。
それは、感じるまでもない。
「天使」と「悪魔」が、彼女たちのはるか上空で、翼を交えていたのだから。

322名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:43:13


空に浮かぶ、二つの影。
一つは、闇夜を思わせる翼を広げる「黒翼の悪魔」。
そして、もう一つは。

彼女の周りには、「言霊」のエネルギーが具現化した「白い雪」が降っていた。
能力を持たぬ者であれば、触れただけで魂ごと吹き飛ばされる。
白い雪はまた、舞い落ちる羽毛のようでもあり。
彼女は、その羽毛を翼とし、空に揺蕩う。
「銀翼の天使」 ― 安倍なつみ ― 。

「たぶん、あたしの言葉なんてもう届かないんだろうけどさ」

「悪魔」につけられたいくつもの傷口から零れた黒い血が、形を変え漆黒の槍を成す。
その傷は、先の「エッグ」たちによってつけられたものばかりではない。
「悪魔」は、確実に消耗していた。

「ごとー、言ったよね。『なっちは優しすぎるんだよ。そのチカラがあれば何でも出来るのに…』って」

「天使」は答えない。
いや、それ以前に。彼女の瞳には、何の感情すら浮かんではいなかった。
その姿は、例えるなら破壊というプラグラムを入力されただけの、機械。

つんくが彼女に飲ませた、「内在した人格を入れ替える」薬。
さゆみを被験者として選び得たデータは、彼女にもその薬が適合することを表していた。
ただ、つんくにとって誤算だったのは。

「天使」が。安倍なつみが内包していた第二の人格など、存在しなかったということ。
言うなれば、強い光に照らされて生まれただけの影。そして、影には。主体となる人格など、存在してはいなかった。

323名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:44:15
「でも、撤回するよ。『チカラだけじゃ…何もできない』って」

螺旋を象る槍が、「天使」に矛先を向ける。
降りしきる「雪」を避け、標的を包囲したいくつもの槍が白い影に襲い掛かった。

だが。
黒血の槍は「銀翼の天使」に突き刺されも、貫かれもしなかった。
触れた先から、崩れ落ち、そして無に還る。
何故なら、この力は「言霊」の力だから。
なつみが、自ら以外のすべてのものを消し去るように願った、その願いを形にしたものだから。

「あの時は、素直に『もったいない』って思ったけど。今は、別の意味でもったいないって思うよ」
「……」
「『魂のない人形』が、そんなチカラを扱ってることがさ」

「天使」と「悪魔」。
かつて、彼女たちは交戦したことがあった。
「天使」の戦闘に消極的な態度に、「悪魔」は自らの欲望の蓋を外したのだ。
即ち、自分と対等な者と死闘を繰り広げることの、欲望。
ただ、その時は最後まで「天使」を自らの狂気に引き込むことはできなかった。

それが今はどうだ。
あの時の望みどおりに、互いの命をやり取りするような舞台は整った。
血沸き肉躍る、「悪魔」が待ち望んだはずのシチュエーション。
ずっと戦っていたい。彼女の欲望を叶える、最高の条件のはず。

なのに、「悪魔」の心は少しも踊らない。
逆に、あの「殺気だけのつまらない標的」を見るたびに、自分の心の温度は醒めていっているようにすら感じる。
今の彼女は、Dr.マルシェこと紺野あさ美の指示でこの場所にいるだけ。そのことの、なんと興の乗らないことか。
ただ、何もせずに次の行動に移るのもやや癪ではある。

324名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:45:11
「面倒だから…一気に終わらせよっかな!!」

黒き翼が、「悪魔」の眼前で交差した。
同時に、空を切り裂く勢いで「天使」に向かって飛び込む。
背には、翼の他に触手のような黒い腕が、六本。いずれもが、先ほどの槍と変わらぬ狂暴な刃を携えていた。

「―――Bullet『弾丸』」

その時。
「天使」が初めて言葉を紡いだ。
空から降る雪が、みるみるうちに形を変えて白い弾丸となってゆく。
突撃する黒の塊を認識するが如く、聖なる銃弾は突発的な豪雨のごとく「悪魔」に降り注いだ。

「くっ…!!」

白が黒を打消し、塗り潰す。
あと一歩で「天使」を貫く間合いに入るところを、最大級の攻撃により押されてゆく。
滅ぼされた黒血の殻から、生え変わるように新しい殻へ。それを幾度となく繰り返しても、天使の裁きは終わりそ
うになかった。

ついには、いくつかの「弾丸」を食らい、諦めた「悪魔」は勢いのままに地面へと墜落してしまう。

325名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:45:58
高橋愛と新垣里沙は。
その戦いを、固唾を飲んで見ていることしかできなかった。
正直なことを言えば、気圧されていた。

「黒翼の悪魔」とは一度、異国の地で一戦交えたことがあった。
あの時は、愛佳の「予知」に助けられた。故に、後の「天使」が与えたような絶望をメンバーが味わうこともなかった。
黒血の助けがあったとは言え、田中れいなが「悪魔」に立ち向かうことができたのも、そのような事情があったからだ。
それでもなお、メンバーたちには「悪魔」の残した恐怖を拭い去ることはできなかった。

そのような相手が、あの「銀翼の天使」と交戦している。
焼け付くような修羅場に、どうして気軽に足を踏み入れることができようか。
いくつもの思いが二人の中を逡巡する中、撃ち落とされた「悪魔」が。土煙を上げて地面に激突したのだった。

「あいたたた…容赦ないなあ…」

地表に思い切り人の形を刻み込んだ「悪魔」は、何事もなかったかのように自らが作り出した穴から這い出てくる。
まるで漫画のような光景に、愛も里沙も言葉が出ない。

「悪魔」は、全身土埃塗れになった体を丁寧に、ぱんぱんと叩き汚れを落とす。
そして目の前の傍観者たちに、ゆっくりと視線を向けた。

「ねえ」

掛けられた言葉に、思わず身構える愛と里沙。
それもそのはず。「黒翼の悪魔」は間違いなく、二人の敵だ。
れいなからの伝聞ではあるが、さくらを救出する際にもやりあったと聞く。
となれば待ち受けるのは、「天使」と「悪魔」との三つ巴の戦い。
一度戦火に巻き込まれたらもう、後に退くことはできない。
しかし。「悪魔」の口から出たのは、意外な言葉だった。

326名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:47:10
「悪いけどさ。手伝ってくんない?」
「はぁ?」

愛が抜けた声で聞き返すのも無理はない。
普通に考えれば、「黒翼の悪魔」はつんくが「銀翼の天使」を強奪するのを防ぐためにダークネスの差し金でここ
に来ているはず。ならば、彼女に味方をするということは必然的にダークネスに利を与えることになるからだ。

「それはできない相談やよ」
「何で?」
「だって!あーしらはリゾナンターで、あんたはダークネスだからっ!」

何で、の一言に頭に血が上ってしまう愛。
すると、今度は「悪魔」は里沙のほうに目線を移した。

「ニイニイは、どう?」
「いいでしょう。お受けしますよ、その依頼」
「さっすが。伊達にスパイやってただけのことはあるねえ」

里沙は、躊躇することなく「悪魔」の提案を受け入れた。
納得いかないのは愛のほうだ。

「里沙ちゃん!何で!!」
「愛ちゃんが納得いかないのもわかるけど。今はこれがベスト。て言うかこれしか道はない」
「色々あるやろ!そこの悪魔が安倍さんとやりあって弱った隙にとか!」
「愛ちゃんそれこの人の前で言ったら意味ないでしょ…」

直情型の愛を抑えるために。
里沙は順を追って説得することにした。

327名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:48:16
「まず一つが、今の安倍さんはどう見てもまともな状態じゃない。下手したらあのクリスマスの日の時より危険か
もしれない」
「む…」
「もう一つが、例え二人が消耗戦を繰り広げたところで、うちらに勝ち目があるかどうかはわからない。それどこ
ろか、安倍さんに対抗できる大きな駒を失ってしまう」
「確かに…」
「最後に、とりあえず今のところは、後藤さんはうちらに敵意をしめしてない。そうですよね?」

最後は、敵であるはずの「黒翼の悪魔」に同意を求めた。

「まあ、そうだね。今のなっちは、つんくさんの飲ませた『薬』のせいでちょっとばかし厄介なことになってるし」
「つんくさんが飲ませた薬!?」
「それは今は置いといて。あんたたちを駒に使いたいのはごとーも一緒だし、勝率は高いほうがいい。てことで、
おっけえ?」

あっけらかんとした物言いに、二人はかつて目の前にいた人物が先輩であったことを思い出す。
気の遠くなるような、昔の話ではあるが。

「いいでしょう。ただし、あくまで共闘は『安倍さんを鎮静させるまで』。その後は…いいですよね」
「里沙ちゃん、でも…」
「愛ちゃん。うちらはさ。フクちゃんたちに生きて帰って来いって、約束させたんだよ。そのうちらが生きて帰っ
てこれないんじゃ、後輩たちに示しがつかないじゃん」

愛は、里沙の目的がいつの間にか「天使の討伐」から「天使の鎮圧」に変わっていることに気付く。
それは、「黒翼の悪魔」という強い味方を得ることができたからだろうか。それとも。愛にはその理由を正確に推
し量ることはできなかったが、こういう時の里沙が頼りになることも知っていた。

「わかった。里沙ちゃんに任せる」
「ありがと、愛ちゃん」
「こーしょーせーりつ、だね」

呉越同舟、とはよく言ったもので。
里沙は複雑な思いを描きながらも、ある思いを強くする。
「黒翼の悪魔」という戦闘面の後ろ盾がある今なら、試すことができるかもしれないと。

「安倍なつみ」を、取り戻すための、自分に出来得る手を。

328名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:52:58
>>321-327
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

参考までに
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/411.html
http://www61.atwiki.jp/i914/pages/37.html

329名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:37:11
放置し過ぎで忘れられたシリーズですが http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/980.html の続きです。

330名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:38:06


 
ヒュウッ

「ううっ寒!」

ただでさえ空気が冷たいのに
風が吹いたら余計に冷たく感じるじゃん!

コート・帽子・マフラー・手袋のフル装備でも寒い

「まだ1月かぁ。もうすぐ3学期……あーあ、冬休みがもっと長かったら良いのに」

そしたら、学校に行かなくて済むのに
クラスメイトにも会わなくて済むのに

ずっと“ステップ”にだけ行きたいな

ビュウ!

「うわっ! 家から遠いのだけ我慢しなきゃいけないんだけど、この寒さは耐えられない……あ」

アレ、使っちゃう?

辺りを見回す
誰も居ない

「よし!」

──加速──アクセレレーション

331名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:39:54

ビュン!

身体の動きを早めるウチの、超能力
100mなら7秒で走れる

やっぱり早い!
これならすぐ着くね!
だけど
冷たい風が顔に直撃

「肌が痛ぁーいっ!」

──

「ハァ、ハァ、ハァ……つ、着いた……」

顔が凍ったみたいに動かせない
っていうか痛い
早く中へ入って暖まろう

ガチャ

「おはようございます! 石田、到着しました!」
「石田さん。あなた、能力を使って来ましたね?」
「えっ!?」

ヤバい!
バレた!

「いつも言っていますが、外で能力を使う事がいかに──」

声は平静を保っているみたいだけど
眉間には皺が寄り、眉毛はつり上がり、目元や口元や鼻はピクピクと動いてる

こ、恐い……

この先生の話って長いんだよね
ルールを破ったウチが悪いんだけど

332名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:41:01

「まあまあ、外は寒いですから」

えーと、どちら様?

先生の後ろから、知らない女の人が現れた
ハーフみたいに綺麗な人

「早くここへ来たくて、つい使ってしまったのでしょう。ね?」
「あ……ハイ」

先生の肩に手を添えてなだめつつ、ウチに笑顔を向ける女の人

この人、ウチが能力者って解ってる?

「はじめまして。今日、ここを見学させてもらう“ヨシ”です」

見学って言った
やっぱり能力者って解ってるんだ

大きな眼がウチを見てる

笑顔なんだけど、なんか違う
ウチに、期待してる?
なんで?

「あの……石田、亜佑美です」
「よろしく」

ヨシさんは、ウチに手を差し出した

握手、で良いんだよね?

「よろしくお願いします……」

ヨシさんの手まで、自分の手を伸ばす

333名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:41:49

綺麗な手
モデルさんみたい

ウチも大人になったら、こんな人になれるのかな
大人に、なれるのかな
ちゃんと生きていけるのかな

伸ばしたウチの手が、ヨシさんの手に触れた

(愛ちゃん!!!!)
(高橋さん!!!!)

今の!

思わず手を離す

手が触れた瞬間、声が聴こえた
耳からじゃない
頭の中から聴こえた

ウチは、この声を聴いた事がある
でもその時は胸の中、真ん中で鳴り響く様に

「去年、君は不思議な体験をしたね?」

ヨシさんを見ると、さっきまでの笑顔じゃなかった
これはきっと

「やっと見つけたよ。君は“共鳴”する者だ」

欲しいモノが手に入った、喜びの笑顔

334名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:44:35
>>330-333
Rs『ピョコピョコ ウルトラ』4 side Ishida

新スレのレス稼ぎに使って頂ければ幸いです。
自分はスレ立て予定時間に手を離せないので、どなたか転載をお願い致します。

335名無しリゾナント:2016/03/15(火) 21:46:54
転載行ってきました

336名無しリゾナント:2016/03/16(水) 07:02:55
>>335
ありがとうございます。
助かりました。

337名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:29:02
>>321-327 の続きです



「金鴉」と、8人の若き共鳴者たち。
戦闘の火蓋は、8人が同時に散らばることによって落とされた。

一か所に固まることなく、全員が別の場所に陣取る。
これは、非常に強力な「金鴉」の一撃を複数人が食らってしまう可能性を減らす最良の戦術。
最初に頭に描き、提案したのは春菜だ。

― あの人の攻撃は重いですけど、大丈夫。「当たらなければ、どうということはない」です! ―

どこかで聞いたことのあるような言い回しだが、言い得て妙。
逆に言えば、絶対に「金鴉」の攻撃は食らってはいけない。香音の「物質透過」能力である程度の被弾は避けら
れるものの、彼女の能力もまた万能ではないからだ。

「はは。よう考えたな。のん、油断してるとやられるで?」
「うるさい!!」

「Alice」の傍らで、ふわりと浮きながらまたも試合観戦。
そんな「煙鏡」の煽りに本気で腹を立てながらも、「金鴉」は周囲を飛び回る「小うるさいハエ」を必死に目で追う。

「ばーか!こっちだよ!!」
「いてっ!!」

優樹が床に落ちていた端材をテレポートさせ、「金鴉」の頭にぶつける。
子供の悪戯のような攻撃に思わず目を剥くが、もうそこには優樹はいない。

338名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:29:34
「…っのやろ」
「よそ見してんなよ、おらぁっ!!」

今度は、背後を遥が不意打ち。
背中を思い切り蹴り倒された「金鴉」だが、倒れたままの姿勢で足払い、遥を薙ぎ倒そうとする。

しかし手応えは無い。
香音の「物質透過」能力が遥にも行き渡っているのだ。

「ぶっ殺す!!」

背を向け逃げてゆく遥に、「金鴉」が右手を翳す。
誰の能力かはわからないが、手のひらに集まる熱源。それが蓄積され、無防備な遥に放たれようとしていた。

「そうはさせないって!!」

目の前に躍り出たのは、亜佑美と。
鉄骨に囲まれた空間に低く唸る、青鋼の鉄巨人。
人の体がいくつも覆われるような大きな掌が、放たれる熱線を完全に遮断した。

そうこうするうちに、今度は聖の容赦ない念動弾の集中砲火が襲う。
威力自体は強くなくとも、まとめて当たれば軽視できないダメージとなる。

「ちくしょう!どいつもこいつも!ちょこまかうぜえって!!!!」

「金鴉」は。
完全にリゾナンターたちの策に嵌っていた。

339名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:30:44


「たぶんなんですけど…あの『金鴉』って人は他人から頂いた力を、そう何度も使えはしないと思うんです」

倒されてしまったさゆみと里保以外の8人で、対「金鴉」シミュレーションを練っていた時のこと。
おずおすとそんなことを言い出したのは、春菜だった。

「そう言えばあいつ、能力の使用回数に限りがあるみたいなこと言ってたぞ」
「つまり…道重さんの力と蟲使いの力はもう、使えないってこと?」

遥の情報も踏まえ、聖が結論を促す。
春菜の静かな頷きは、肯定を意味していた。

「てことは。あいつは攻撃防御と遠距離攻撃の強力な二枚のカードを既に切ったってことっちゃろ。楽勝やん」
「生田さん、楽観視するのはまだ早いです。あの人は、他人の血を媒介に能力を使役していました。あといくつ、
ストックを持ってるか。それと、鈴木さんがされたみたいに」

さくらの言葉は、嫌でも思い出させてしまう。
香音の能力を「擬態」した「金鴉」の抜き手が、さゆみの体を貫いたあの瞬間を。

「最低でもうちらの能力の数と。そしてあいつの持ってるストック、か」
「能力の相性によってはコピーできないらしいですから、全部ではないでしょうけど」

普段は些細なことですれ違う亜佑美とさくらだが、今回ばかりはそんなことを言っている場合ではない。
蟲の力は使えずとも、自分たちの血を奪う方法などいくらでもある。それはそのまま「金鴉」への脅威につなが
っていた。

「でも、勝機はあると思う。聖たちが、全員で挑めば」
「そうですよ。道重さんが言ってたように、あの人たちは共闘できないんですから。個対多の戦法で行けば、相
手は必ず態勢を崩します」
「タコ板だって、変なの。イヒヒヒ」
「個対多だっつうの!で、具体的にどうすんだよ、はるなん」
「それはですね…」

340名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:31:54


個対多。
すなわち、全員で相手を攪乱し、隙を突いて攻撃すること。
例え相手が複数の能力を持っていたとしても、それを同時に使役することはできない。
何故なら、「金鴉」は能力の複数所持者ではあっても、多重能力者ではないからだ。

「がーっ!いらいらするんだよお前ら!!」

頭に血が昇った「金鴉」が、周囲を旋回する春菜に殴りかかる。
けれどこれも手応えはなし。発火能力で炎を纏ったらしき拳も空を切るのみだ。

時折思い出したかのように繰り出される、さくらの「時間跳躍」もまた「金鴉」のペースを乱していた。
もちろん、さくらの止められる秒数では致命的なダメージは与えられない。
だがしかし。敵の戦闘のリズムを崩すには、十分すぎるくらいの秒数でもある。

「そうか、わかったぞ! こうやってのんを疲れさせてから袋叩きにするつもりだろ! 上等じゃん、体力比べ
と行こうぜ!!」

先のさゆみとの死闘から早くも立ち直るほどのスタミナと回復力を誇る「金鴉」、腰をじっくり据えて一人ずつ、
虱潰しに仕留める作戦に出る。しかし。

「はるなん、そろそろいいっちゃろ?」
「はい、十分です!!」

春菜のゴーサインで、衣梨奈が動いた。
いや、駆け回っていた足をぴたりと止めたのだ。

「な、な、なんだぁ!?」

「金鴉」が激しく戸惑うのと、彼女の足が「何か」に掬われるのは、ほぼ同時。
見えない「何か」によって、小さな体は瞬く間に宙づりにされてしまった。全身は、隙間なく縛られていた。衣
梨奈の操る、ピアノ線によって。

341名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:33:17
「あなたが猪突猛進型のバカ女(じょ)で助かりました! 私たちの動きばかりに気を取られて、生田さんのロー
プマジック、もといピアノ線マジックに全然気が付かなかったんですから!!」

全員でのヒット&アウェイは、ただの囮。
本命は、衣梨奈が周囲に張り巡らせていたピアノ線の罠だった。
「煙鏡」にそのことを気付かせないように煙幕を張る準備もしていたが、光源の角度からか、その心配もなかっ
たようだ。

「ちっくしょ…こんなやわな線、すぐにぶっ千切って…」
「遅か!!」

衣梨奈は、両手から伸びる無数のピアノ線すべてに。
ありったけの「精神破壊」の力を、巡らせる。
常人ならばとっくに廃人と化すほどの威力。しかしこれも、次なる一手の布石でしかない。

「今だ!!」

春菜が、縛られた「金鴉」のもとへ、まっすぐに走り出す。
五感占拠。文字通り相手の五感を支配し、操作する。視力を奪う、聴覚を狂わせる、皮膚感覚を鈍らせる。その
どれもが敵の戦力を大幅に低下させる、戦闘補助になくてはならない要素だ。

もちろん、相手との実力差はそのまま能力への耐性となる。通常であれば、「金鴉」クラスの能力者に春菜の能
力は通用しない。が、衣梨奈の「精神破壊」の洗礼を浴びた後ならば、十分に通用する。

「さすがのコンビネーションやな。腐ってもリゾナンター、っちゅうわけか」

一糸乱れぬ連携を目の当たりにし、思わず「煙鏡」がそう零す。
春菜が吊るされた「金鴉」の前に立ち、その小さな頭に手を触れた時だった。
弾かれたように、春菜の体が痙攣し、そして崩れ落ちたのだ。

342名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:34:25
「はるなん!!」
「まさか、あのゆるふわはげが!?」

青き狼の僕を使って春菜を回収する亜佑美、そして背後の“相方”の介在を疑う優樹。

「誰がゆるふわハゲや! まあええ、うちが言いたいのはな」

「煙鏡」の言葉とともに、何かが切れる鈍い音が連鎖する。
切ろうとすれば硬度に負けて肉体の方が切断されるはずのピアノ線が、まるで伸び切って劣化した輪ゴムのよう
に次々と千切れ飛ぶ。結論から言えば。

「そんなんで倒せるほど、うちの相棒はやわと違う。そういうこっちゃ」

まったくの、無傷。
衣梨奈の束縛から逃れた「金鴉」は、涼しい顔をして立っていた。

「のんは、もう手に入れてるんだよ。使えるお前らの力は、全部」
「う、嘘やろ! 衣梨、変な虫なんかに刺されとらんし!!」
「お前ら全員、ここで死ぬから教えてやるよ。のんは別に血じゃなくても相手の力は手に入れられる。まあ、血
がベストだけど。でぃーえぬえー、だっけ、それが含まれてれば何でもいいんだと。例えば…汗とか」

確かに。
この場にいるリゾナンター全員が、激しく汗をかいていた。
これだけ激しく動けば、至極当然の話。

343名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:35:20
「能力に対する耐性くらいは、つくって言う話!!」

「金鴉」が、床面を思い切り殴りつける。
何の能力かはわからない。けれど、衝撃を与えらえたコンクリートは激しく波打ち、立っていたリゾナンター全
てを衝撃波が飲み込む。

凄まじいダメージに、次々とメンバーたちが膝を落とす。
体が痺れ、言うことを聞かない。
必死に全身に力を入れようとしていたさくらの前に、無情にも悪意の影が迫る。

「まずは、お前。ほんの僅かでも時間を止められんのはうざいし、な!!」

体が真っ二つに折れてしまうのではないか。
それほどまでの威力の拳が、さくらを襲った。
それも、一発だけではない。二発、三発、そして無数の拳。
全身を殴打されたさくらが沈黙するのに、時間はかからなかった。

「一人、一人。確実に仕留めてやる」

若き共鳴者たちの恐怖と、恐怖に抗う心がせめぎ合う。
だが小さな暴君にとっては、それすら些細なことでしかなかった。

344名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:36:03
>>337-343
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

345名無しリゾナント:2016/03/21(月) 12:43:24
>>337-343 の続きです



里保の視界に、白い天井が飛びこむ。
ひんやりした背中の感触。起き上がって周りを見渡すと、光と夢の国を象徴する様々なグッズが棚やらワゴンや
らに陳列されていた。ここは確か、リヒトラウムのグッズショップ。優樹が楽しげにぐるぐる回っていた場所だ
ったので、記憶に残っていた。
窓ガラス越しに見える空は相変わらず鈍色だったけれど、雨音は聞こえてこない。

雨、止んでたんだ…

ぼんやりそんなことを考えていると、ふと何かを夢の中に置き去りにしてしまったことを思い出す。

「そうだ!み、みっしげさんは!!!」

自分でもびっくりするくらい、必死になっている。
それは心の声であるはずの問いが、口をついて出てしまったことからも明らかだった。

「道重さんは、大急ぎで救急車に運んでもらったわ。もちろん、能力者御用達のの病院にな」

そんな慌てた里保を宥めるように、それまで入り口近くにいた愛佳が里保の側へとやって来た。
その表情には、安堵とともにやや疲れた色が滲んでいた。

愛佳の口ぶりから、さゆみが一命を取り留めたことを察する里保。
しかし他にも、訊かなければならないことはある。

346名無しリゾナント:2016/03/21(月) 12:44:22
「光井さん…どうして」
「ま、いろいろあってな。なーんも出来ひんけど、駆け付けたっちゅうわけや」

駆け付けた、という言葉から里保は連鎖的にこれまでのことを思い出してゆく。
小さな襲撃者。さゆみ。思いがけぬ結末。そして、赤い闇に取り込まれた自分自身。

「フクちゃん…えりぽん、かのんちゃん…みんなは」
「あいつらは。『金鴉』『煙鏡』とか言う奴と、決着を着けに行った」
「そんな!じゃあ、うちも」
「その、折れた刀でか?」

こんなところで寝てる場合じゃない。
そう勢い勇んだ里保を、制止した愛佳が里保の腰にぶら下がる赤い鞘を指して言う。
恐る恐る愛刀「驟雨環奔」は、ちょうど真ん中あたりからぽきりと折れていた。

…じいさまに、合わす顔がないな。

祖父から受け継いだ、水軍流の証とも言うべき刀。
水を友とし、使いこなせば嵐に荒ぶる大海原ですら鎮めることができるという言い伝え。
里保は結局刀の真価を発揮することなく、折ってしまった。

「それに自分、病み上がりやん。後を追っても足手まといになるだけかもしれへんで」

愛佳の言葉はあくまでも冷静で、そして現実を突きつける。
先の「塩使いの女」との戦闘もさることながら。「金鴉」との戦いで呼び出してしまった赤き魔王の如き力は、
里保を相当に消耗させてしまっていた。

347名無しリゾナント:2016/03/21(月) 12:45:07
「…それでも、うちは行きます。みんなが、待ってるから」

里保は折れた刀を、赤い鞘に差す。
それは彼女の心までは折れていない、何よりの証拠。
いや、一度はその刀同様、折られてしまった。自分の中に潜む、内なる悪意によって。
それでも、里保は立ち上がることができた。
夢の中のさゆみの言葉によって。

「なら、うちはもう何も言わへんよ。鞘師の決意は、伝わったから。きっと愛ちゃんも新垣さんも、そう言って
くれる」

愛佳は。
里保の中に、先に小さな破壊者たちを追いかけた聖たちと同じ光を見た気がした。
それはおそらく、希望だったり、強い意志だったり、若さだったりするのだろう。
後輩たちをわざわざ死地に送り出すのか。そんな考えはもう、やめた。
何故なら、彼女たちもまた、リゾナンターだから。自分たちから受け継いだものを、持っているから。

「光井さん…ありがとうございます!!」
「はは…ほんまに礼を言わなあかん人が、他におるやろ?」

深々と頭を下げた里保に、愛佳は言う。

「はい。この戦いが終わったら、真っ先に道重さんのもとへ」
「せやな。たっぷりサービスせなあかんで。お触りはもちろん、いっそのこと、ブチューッとな」
「なななな、何言ってるんですか!!」

顔を赤くしてぶんぶんと首を振る里保。
からかわれていると思ったのだろう、唇を尖らせて抗議の意思を表している。

348名無しリゾナント:2016/03/21(月) 12:46:06
「ともかくや。生きて帰って来い。うちが言えるのは、それだけや」
「…はい!!」

最後は力強く返事し、ミラーハウスのあった方向へと駆け出してゆく里保。
大きくなった後輩の背中を見つめながら、愛佳はある思いを強くする。

うちも、まだまやな…

自分は、あの頃のような駅のホームで俯いていた自分ではない。
けれど、あの日までは忌々しかった、あの日からは自らの存在証明のように感じていた能力は失われてしまった。
今回はそこを敵に付け込まれ、そしていいように使われてしまった。
これから、自分は何をするべきなのだろう。

芸能界で華々しい活躍をしている、久住小春。
故郷に帰り、父を支えているリンリン。リンリンと共に歩む、ジュンジュン。
今も、目覚めの日を待ち続けている亀井絵里。

雨上がりの空には、うっすらと赤みが差していた。
やがて、夜が訪れるだろう。けれど愛佳は知っている。明けない夜は、決してないことを。

349名無しリゾナント:2016/03/21(月) 12:46:50
>>345-348
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

350名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:40:43
>>345-348 の続きです



「…これで計画の概要は、以上です」

タータンチェック柄のミニスカートを穿いた女が、大仕事を終えたかのように言う。

闇の城の、中枢区画。
その中に、応接室と呼ばれる部屋がある。
普段は政財界の大物の使いの者たちが、慇懃無礼な態度を取りながら飼い主の意向を伝える場。
しかし、今は少しばかり様子が違うようだった。

革製のソファに座るは、ダークネスの幹部である「永遠殺し」。
そして、向かい側には、制服をモチーフとした戦闘服らしき服に身を包んだ二人の女。
一人はくどい二重とげっ歯類を思わせるような前歯が特徴的で、もう一人は特徴と言うべき特徴がないのが特徴と
言うべきか。どちらにせよ、然程器量が良いとは言えないような顔をしていた。
それを言ってしまえば、「永遠殺し」も人のことは言えないのではあるが。

「『宴』と銘打つだけあって、素晴らしい計画ね。うちとあんたたちのところは表立って協力関係は結べないけど、
あたしが『オブザーバー』としての立場を崩さなければ『首領』も認めてくれるはずよ」
「マジっすか!」

喜ぶあまり、つい口調が俗っぽくなる地味顔の女。
「永遠殺し」が一瞥すると途端に肩を竦め小さくはなるものの、顔に滲み出る喜びは隠せないようだ。

351名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:42:08
「…あんたは一応はあそこの『ナンバーツー』なわけでしょ。少しは威厳ってものが必要じゃないの?」
「で、でも!あたし、ダークネスの構成員やってた時から幹部の人たちと仕事するのが夢で!!」
「ですよねえ。あたしもこの子も、雑魚キャラ体質が抜けないって言うか。やっぱ正統派の連中とは一線を画すっ
て言うか。けど、だからこそこういうビジネスチャンスがあると思うんすけどね」

相変わらず舞い上がっている地味顔を窘めつつ、「永遠殺し」に秋波を送るもう一人の女。

「うちの七人の幹部も新旧交代が進んで、半分弱が新しい顔の連中ばかり。となると、ますますうちらみたいな古
参。かつ組織が疎んじてる外仕事もできる人材が重宝される。そう思いません?」
「ふふ、相変わらず貪欲ね。けど調子に乗ってると、また『坊主』にされるわよ?」

思わぬ過去を突かれ、ばつの悪そうな顔をする女。
これ以上弄られたらたまらん、とばかりに席を立つ。

「では、うちらはこれで失礼しますんで」
「あらそう。今回は本拠地の戒厳令のせいでご足労いただいたけど、次はあたしのほうからお邪魔するわよ」
「それはもう、是非!」

畏まりつつ、応接室を出る二人。
しかし、思い出したように地味顔の女が再び顔を出す。

「…何か忘れ物?」
「そう言えば、『共鳴するものたち』の攻勢が凄いんでしたっけ。色々聞いてますよ?」

「永遠殺し」がやや顔を顰める。
この時期に、できれば聞きたくない名前ではあるが。

352名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:43:28
「ええ。それが何か?」
「もしよければ、うちの『分隊』に手伝わせてくださいよ。『永遠殺し』さんのためならマジ動きますから」
「そう言えばあんたのところの『分隊』は一度あの子たちとやり合ってたわね。でも、偶然だとは思うけど『本隊』
の『7番目』がもう交戦してるはずよ。これ以上『関わりを持つ』のは、『先生』も納得しないんじゃない?」
「ええーっ…」
「それに。どうせあんたは目当ての子とかに会いたいだけでしょ」
「じぇじぇじぇ!」
「…古いわね。いつの時代の人間よ」

呆れつつ、扉が閉まるのを見届ける「永遠殺し」だが。
閉じかけた扉は、逆戻しのように再び開かれた。

「今度は何…って」
「今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大組織、その中核をなす連中との密室での商談…戒厳令下にアグレッシブっすねえ」

漆黒のライダースーツに映える、黄金の髪。
組織の情報部を統括する「鋼脚」は、いいものを見たような顔で部屋に入ってきた。

「戒厳令下でも仕事はなくならないわ。むしろ、腰を据えて取り組むいい機会かもしれない」
「さすがはダークネスいちの外交手腕の持ち主。加護のあちらさんへの根回しも、うまくいくわけだ」
「…吉澤も言うようになったじゃない」
「伊達に幹部やってませんからね」

言いながら、勢いよくソファに腰を沈める。

「あそこのメガネデブはうちの事情に首なんか突っ込んでくれないっすよ。やるだけ無駄と思うけど」
「そうかしら?少なくとも、妙な動きをしてるお偉いさんたちへの牽制にはなるわ」
「ほー、なるほどね」
「『Alice』が辻加護の手にあることは聞いてる。あの子たちにどうこうできる代物じゃないとは思うけど。だけど、
問題はその後よ」

「永遠殺し」が狛犬顔を歪ませ、得意げな表情を作る。
先手は打っておいた、とでも言いたげに。

353名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:44:29
「……」
「何よ、吉澤」
「いや。相変わらず一筋縄じゃいかねーなーって」
「言ってみなさいよ」
「保田さん。あんた、その後のことを見据えてますよね。その後ってのは…この事件の収拾がついた後、だ」

今度は、「鋼脚」が睨みを利かせる番だ。
これには、まいったわね、とばかりに「永遠殺し」は首を竦めるしかない。

「そうよ。私たちはあくまでも、裕ちゃん…『首領』のために動いてる。これ以上、紺野の思惑に引き摺られるわ
けにはいかないの」
「それにはあたしも同感ですね。ただ…あいつの中澤さんからの信頼は絶大だ」
「そうね。今のところはきっと、あの子の描いた絵図の通りにことは進んでる。『守護神殺し』の大罪を成した後
の、未来予想図の通りにね」

「永遠殺し」の眼光が、僅かに鋭くなったように「鋼脚」には思えた。

「知ってたんすか」
「薄々は。けど、さすがは情報部の首魁。眉ひとつ動かさないのね」
「これが仕事ですから。で、どうするつもりで?」

時間停止の能力が使われているわけでもないのに、時が凍りついたように温度をなくしてゆく。

「リゾナンターを、殲滅するわよ」
「へえ…」

常に冷静沈着。感情に囚われることのない「永遠殺し」が、盟友だった「不戦の守護者」「詐術師」の弔い合戦に
乗り出すとは微塵も思わなかったものの。それとはまた別の答えに、「鋼脚」は感心すら覚える。

354名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:45:30
「紺野がリゾナンターを自らの計画の鍵にしてるのはほぼ、間違いないわ。逆に言えば、その鍵を壊してしまえば
…あの子の計画は頓挫する」
「なるほどねえ」
「始末は私自ら、つけるわ。あんたのとこの『五つの裁き』も悪くないけど、下手に戦ってリゾナンターたちに余
計な力をつけてもらっても困るから」

古参幹部自らお出ましとは。
さすがの紺野も舌を巻くことだろう。
驚きと感心の意を込めた、「鋼脚」の口笛が部屋に響く。

「私はもう行くわ。情報部の人間と長話なんかしてたら、変な噂を流されかねないもの」

ゆっくりと、席を立つ「永遠殺し」。
それを、「鋼脚」が呼び止めた。

「…まだ何かあるの?」
「いえ、大したことじゃないんですが」

「鋼脚」は一呼吸置き、それから言った。

「『黒翼の悪魔』が、ダークネスに戻ってきますよ」
「!!」

「永遠殺し」の瞳が、かっと見開かれる。
面目躍如とはこのことだ。心理戦において一矢報いた「鋼脚」は、大きく背を伸ばし、ソファに深く凭れかけた。

355名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:47:09
>>350-354
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

愛れなの二人がつんくさんと明日の歌番組に出るそうで

356名無しリゾナント:2016/04/01(金) 11:57:29
>>350-354 の続きです



空を、見上げる。
相も変わらず、消滅を願った末の白い言霊は深々と降り注いでいた。
その景色は嫌でも、愛と里沙に聖夜の惨劇を思い起こさせる。しかし。
自分たちはもう、あの時の自分たちではない。
あれから、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた。そして何よりも。

「天使」に立ち向かえるだけの、強い意志。
それを手に入れることができた。力なき意志は、無意味であることを思い知らされたから。
意志なき力が、無意味であるのと同じように。

「あんたたち、飛べないでしょ」

そんなことを言いながら、二人の背中を触る「黒翼の悪魔」。
ぬるっとした感触に、思わず愛があっひゃぁ!と悲鳴を上げた。

「な、な、なにすんや!!」

本能的に危険な行為でないと悟りつつも、気持ちのいいものではない。
しかし「悪魔」は、顔を真っ赤にして抗議する愛を無視し、自らの背中を指さす。
すると、二人の触られた背から蝙蝠の羽のような立派な翼が生えてくるではないか。

357名無しリゾナント:2016/04/01(金) 11:58:50
「おっおおぉ!?」
「ごとーの黒血を塗ったから。たぶん、10分くらいかな。保つのは。細胞が死んじゃったら墜落するから、あと
は自己責任ってことでよろしくー」

自らの背中に翼が授けられたのを驚き半分喜び半分で凝視している愛をよそに、物騒なことをさらっと言う「悪魔」。
そして愛とは対照的に、里沙はいかにも複雑そうな表情を浮かべていた。

「どうしたの、ニイニイ」
「いや、別に」

かつては、自らの先輩であり。
スパイに身を落としてからも、組織の伝説的な能力者で。
そして今は敵でありながらも、共同戦線を組んでいる。
様々な思いが交差しない、はずもなく。

隣で、あひゃひゃ、翼生えてるやよー、などとはしゃいでいる愛を横目で眺めつつ。
最初はえらく抵抗していた癖に、いざ受け入れるとなるとここまで砕けることができる愛の単純さ。里沙は眩暈を覚
える反面、羨ましくも思ってしまう。自分も、こんな風にシンプルになれたら。

ネガティブになりがちな心を、自らの頬を両手で叩くことで切り替える。
そうだ。今はシンプルに、だ。安倍なつみを救う、その一点だけに集中すべきなのだ。

「後藤さん。確認しますけど」
「んぁ?」
「安倍さんを無力化できれば、問題ないんですよね」

真摯に視線を向けてくる里沙。
「黒翼の悪魔」は、無言で頷く。言葉は、要らなかった。

358名無しリゾナント:2016/04/01(金) 11:59:59
「了解です。愛ちゃん、行こう」

輝く意志と、黒き翼を携えて。
愛と里沙は、大空高く舞い上がる。目指すは、頂の「冷たい太陽」。

「じゃ、ごとーも行きますか」

明確な戦略を練ったわけではない。
しかし、この時点で既に愛と里沙をアタッカー、「悪魔」をディフェンダーとする陣形は出来上がっていた。
それは強大な敵を前にした時の、動物の防衛本能にも似ていた。

三対の黒い翼が、風を切る。
舞い落ちる天使の羽を縫うように、螺旋を描きながら。

里沙は、後方から追随するように飛んできている「悪魔」のことを思う。
本来ならば、共闘などというまどろっこしい方法を取らずに正面から力と力をぶつけ合う。それが彼女の本来のスタイ
ルであり、戦闘狂らしいものの考え方のはず。

しかし、そうはならなかった。
意思のない人形と戦うのはつまらない、という理由は確かに間違いないのだろうが。彼女自身の消耗具合もまた関係し
ているのではないだろうか、と里沙は踏む。根拠として、異国の地で自分たちリゾナンターを恐怖で威圧したあの日。
今の彼女にはそこまでの「圧」を感じないからだ。

それでもなおこの状況においては頼もしい後ろ盾になっているのも事実。
そのことは、隣を翔ぶ愛も感じていた。
いける、とは言わない。ただ、大丈夫だと。

359名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:01:09
果たして愛と里沙は「銀翼の天使」の射程圏に突入する。
無数の「白い雪」に囲まれた、虚ろな「天使」と目が合ったその瞬間。

奪われる。
その空っぽな二つの空洞に。
意識を、心を。そして、強い意志すらも。

ない。感情が無い。
そのことが逆に、精神の力を司る里沙や、かつて精神感応を得意としていた愛の心を激しくかき乱す。
昏く虚ろな闇に満たされた穴。その果ては、草木すら生えない不毛の世界。

「覗き込んじゃ、駄目だよ」

後ろで、「悪魔」の声がする。
そこでようやく二人は我に返る。無の暴虐が過ぎ去った後に残るのは、深い悲しみ。
里沙は、今「天使」が、なつみが置かれている状況を嫌と言うほど突き付けられていた。もうそこには里沙が敬愛し、
そして救うべき対象のはずのなつみなどいないのではないかとすら、思わされていた。

迫りくる絶望、それを払いのけたのはやはり。

「里沙ちゃん。大丈夫。大丈夫やよ」

共に困難の道を歩んできた、そして今まさに果てしない脅威に立ち向かおうとしている愛だった。
そしてその言葉を形にするかのように、右手を「天使」に向けて翳してゆく。やがて手のひらを包むようにして現れた
光は、無数の矢になって「天使」に放たれた。

360名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:02:11
それまでふわふわと一所に漂っているだけだった「天使」が、動く。
予め光の軌跡を知っていたかのように、筋と筋の境目を潜り抜け、一気に二人との距離を縮めた。

来る!!

予想だにしない、近接攻撃。
あの聖夜では、触れることすらできずに倒されたのに。
進歩と言っていいのか、それとも更なる危機の訪れと言っていいのか。

里沙が咄嗟に張った、ピアノ線の網。
しかしそれは無情にも、白い雪によって存在ごと掻き消されてしまう。
つまり、ピアノ線による精神干渉は「天使」には通用しない。

なに生田に偉そうに言ってんだ、あたしは。

かつて、後輩の衣梨奈に残した言葉。
ピアノ線が使えなくなった時のこと、考えときなさいよ。それがよもや自分に返ってくるとは。普通に考えれば、近接
攻撃に切り替えればいい。ただし、それが通用する相手に限るが。

「天使」には、そんな生ぬるい手は使えない。魂すら食らいつくす破滅の羽には、近づけない。

白い雪のような羽を纏った「天使」は、目にも止まらぬ勢いで愛と里沙の元へ降下し。
そして、通り過ぎて行った。

「な!?」

迎撃態勢に入っていた愛は、まさかの結末に思わず後ろを振り返る。
「天使」には、二人の姿など目に入っていなかったのだ。

361名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:03:01
「ま、そうなるか。しょうがないなあ」

自分に向かって飛翔する「天使」を目の当たりにして、「黒翼の悪魔」は傷口に手をやる。
べっとりとついた黒い血を前方に翳し、あっと言う間に作られた黒の弾幕。さらに。
「悪魔」は。自らの手の内に漆黒の刀を喚び出した。

すなわち。黒血で出来た、鋼を大きく上回る切れ味の妖刀。その名は、「蓮華」。
刃の色は深く、そして昏い。まるで、天使の放つ輝きを飲み込んでしまうかのように。

それを見てか見ずしてか、「天使」もまた己の右手に輝く剣を析出させた。
言霊が象りし、白い剣。闇を祓い、そして無に帰す輝き。
白と黒は、今まさに天空高く交わろうとしていた。

二人が突き進む先の交点。
まるで前哨戦であるかのように、「天使」が放つ羽毛と「悪魔」の飛ばした黒血が激しく飛び交い、そして鬩ぎ合う。

いくつもの黒血と白い雪がぶつかり合い、弾け消える。
エネルギーとエネルギーの衝突。その間隙を縫って。
無機質な表情を浮かべた「天使」は「悪魔」の間合いに入るや否や、その剣を漆黒のボディに振るう。
言霊の剣が唸りを上げて、「悪魔」に襲いかかった。
あまりにも無造作で隙だらけな、乱暴極まりない一撃。

「蓮華」を斜に構え、受け止めようとする「悪魔」。けれど。
言霊の剣は、嘘の剣。
いとも容易くその像はおぼろげとなり、まったく別の場所で再び像を結ぶ。

362名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:04:45
「あぶないっ!!」

思わず叫ぶ愛をよそに、「黒翼の悪魔」はあり得ないほどの異常な反射神経で刃を合わせる。
噛み合う、虚と実。畳み掛けるように虚は無となり、また虚を生み出す。その度に「悪魔」は黒い刃を翻し、背の羽
を翳し、暴君が如き剣戟を防いだ。が。

「くうっ!!」

適当に見えた白き剣の振り下ろしの角度は、少しずつではあるが「悪魔」を追い詰めていたのだ。
そして最後に姿を現した虚構の剣が、ついに空を舐めながらその刃を標的の胴に食い込ませる。
滑らかに肉体を侵食してゆく言霊の剣を、「悪魔」は自らの肋骨で合わせ、食い止める。骨の硬さで剣の動きが一瞬
止まった隙に、「天使」の体を蹴り飛ばし、そして大きく距離を取る。しかしそれは地球の引力というベクトルに照
らし合わせると。

墜落。
推進力を失った黒い翼は小さく縮み、闇より黒い血をたなびかせながら「悪魔」はまたしても地上に堕とされてし
まった。

「後藤さん!!」

後ろを振り返る余裕などない。なぜなら。

当面の脅威を退けた「天使」が、落ちてゆく「悪魔」から、自らの前を飛んでいる二つの影へと視線を移した。
瞬間。視線が具現化し、柔らかな白い羽となり。愛と里沙の心臓に絡みつき。
柔らかく締め付けそして握り潰されるビジョンが、強引に頭の中に刷り込まれる。

363名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:05:33
あまりにも原始的な、恐怖。
それでも、翼を畳み地へと吸い込まれるわけにはいかない。
次は、自分たちが「天使」に立ち向かわねばならないのだから。
固い決意を打ち出す二人の脳裏に、声が響いてくる。

― 大丈夫。あんたたちには、「共鳴」があるじゃん ―

間違いなく、「黒翼の悪魔」の声。
絞り出すような念話は、彼女が地面に激突すると同時に聞こえなくなった。

「愛ちゃん…」
「わかってる」

やるべきことは。方策は。
既に、二人の中で決まっていた。
緩やかに立ち上り始めた黄色と黄緑の波は、やがて互いが互いを響きあわせてゆく。

愛が手のひらから作り出したまばゆい光が、愛と里沙を包み込んでいった。

364名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:11:33
>>356-363
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

なちごまの戦いぶりは
http://m-seek.net/test/read.cgi/water/1259417619/857
あたりを参考にw

365名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:01:27
>>356-363 の続きです



春菜が聖に話を持ちかけたのは、各メンバーがミラーハウス跡地へと駆け出した時のことだった。

「譜久村さん。お話が」
「どうしたのはるなん、改まって」

いつになく真剣な、春菜の表情。
これから戦地に向かうのだ、気を引き締めざるを得ないのは当然の話だが。
彼女の表情は、それともまた違っていた。

「『金鴉』と『煙鏡』の対策なんですけど…」
「攪乱作戦だよね。あ、もしかして作戦の補足?」
「ええ、まあ…」

妙に春菜の歯切れが悪い。
おそらく、聖を前にして言い辛いことなのだろう。
聖自身も思い切りのあるほうとは決して言えないのだが、今は非常事態だ。
意を決して聞き出すことにした。

「はるなん。聖なら、大丈夫だから」
「譜久村さん」
「それが勝利に繋がることだったら、何だってやってみせる。だから…」
「…わかりました」

覚悟を決めたのか、春菜は少し目を伏せ、それから。

366名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:02:45
「今から私が言うことは、誰にも言わないでください」
「うん」
「譜久村さんは、『金鴉』に『接触感応』を試みてほしいんです」
「えっ…」

なるほど。
春菜が躊躇ったのも頷ける。それほど、春菜の言っていることにはリスクがあった。

「接触感応」。
聖が現在敵への攻撃ないし防御の手段として使用している「能力複写」の根本となっている能力。つまり、「接触感
応」によって相手の能力を読み取ることで、能力を「複写」する仕組みになっている。

しかし。相手は、どう考えてもまともな精神の持ち主ではない「金鴉」。
聖が彼女の精神を読み取ることによる被害は、想定すらできないものだった。

「あの二人は、『二人で一人前』という言葉に異常に反応してました。そこに、彼女たちを攻略する大きなカギがあ
ると、私は思うんです」

春菜はさゆみと「金鴉」が対戦している時の、さゆみが口にした件の言葉が「金鴉」と「煙鏡」を激しく動揺させて
いたことを、見逃さなかった。相手がフィジカルで自分たちを凌駕しているなら、付け入る隙は精神面において他は
無い。

「新垣さんは、その戦闘力もさることながら、相手の精神の脆い部分を突くことによって勝利を得てきたそうです。
本来なら、新垣さんに一番能力の質が近いのは生田さんですが…」
「うん、わかってる。えりぽんにはそんなこと、させられない」

367名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:03:34
春菜の言わんとしていることは、聖にもすぐに理解できた。
里沙の能力に、メンバーで最も近い能力を持っているのは衣梨奈なのは間違いない。
しかし、精神に「干渉」するのと、精神を「破壊」するのとでは、その力の込め方、加減がまるで違う。端的に言え
ば里沙と同じようなことをすれば、衣梨奈は狂気を孕んだ相手に対し、その狂気に飲み込まれてしまう可能性が高い。
かつて、春菜とともに和田彩花を救った時。
そうならなかったのは、彼女の中に人間らしい部分が多く残されていたからに過ぎなかった。

「新垣さんは、直接、精神の触手を使って相手の心を『押す』ことができる。けど、私たちにはそれができない。だ
から、まずは譜久村さんに相手の心の形を読み取って欲しいんです」
「…わかったよ、はるなん」

聖は、春菜に対し力強く返事を返した。
必ず成し遂げる。光り輝く、強い意志を持って。

368名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:04:40


狂気に顔を歪め、笑っている「金鴉」の前に。
立っているものは、最早誰一人いない。

彼女が宣言した通り。一人ずつ、確実に仕留める。
殲滅という目的の前に冷静になった小さな破壊者にとって、リゾナンターたちは敵ではなかった。

「…ちっくしょう!!」

最後の力を振り絞るように、亜佑美が立ち上がりながら僕を呼ぶ。
「金鴉」の体を鉄巨人の重厚な手が押さえつけ、躍り出た藁人形が縄状になった体を巻き付け締め付ける。
それでも。

「ぬるいんだよ!!」

鉄と藁の拘束を力づくで引き千切ると、火の出る勢いで亜佑美に向け突進する。
破壊の鉄槌とも言うべき拳を、腹部にまともに受けてしまった亜佑美はもんどり打ってロケットを支える鉄柱に激突した。

「のの、ちょいと本気出し過ぎとちゃう?」
「はぁ?バカ言ってんじゃねーよ!こんなの準備体操だっつうの」

上空に漂いつつ茶々を入れる「煙鏡」を軽くいなし、「金鴉」は肩をぐるりと回す。

「全員、再起不能。でもな、そんなんで終わらすつもりはないからな。アタマぶっ潰して、とどめ刺してやる」

「金鴉」にとっては、相手の生命の停止こそが任務完了の唯一の証。
彼女に以前ターゲットにされた菅谷梨沙子や夏焼雅は、邪魔が入ったとは言えどもある意味幸運だったのかもしれない。

369名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:06:06
「まずはどいつからいくか…」

「金鴉」が最初の処刑者を品定めしていた、その時だった。
それまでぴくりとも動かなかった聖が、ゆっくりと立ち上がったのだ。

「何だよお前、自殺志願か?」
「……」

挑発する「金鴉」に対し、言葉を発することもなくゆっくりと近づいてゆく聖。
「接触感応」を仕掛けるなら、油断しきっている今しかない。

「おい。のん、気ぃつけや。そいつ何かする気やで」
「大丈夫大丈夫。こんな死にぞこないの攻撃、今更受けたところで…」

ゆらり、ゆらりと体を揺らしながら。
一歩一歩、「金鴉」に近づく。そんな様を半笑いで見ていた「煙鏡」だったが。

「やばい!避けろや!!」
「なっ!!」

聖の手が「金鴉」の体に触れようとしたその瞬間に。
「煙鏡」が叫んだ。反射的に、体をずらして避ける「金鴉」。目標を失った聖はバランスを崩し、床に崩れ伏せた。

「そいつ…そいつはお前に『接触感応』、サイコメトリーするつもりや! 体に絶対に触らせたらあかん!間接的に!
そいつを早よぶっ殺せや!!!!」

当人の間において、言葉を使わない意思疎通が可能であるならば。
「金鴉」に「接触感応」を仕掛けられるということは。「煙鏡」にも「接触感応」を仕掛けられるということ。
そのことを、「煙鏡」は瞬時に理解したのだ。

370名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:07:06
「触れずに殺せ、ってか。ちっ、面倒くせーなぁ」

言いつつも、相方の苛立ちを感じたのか、「煙鏡」は指示通りに行動しようとする。
念動力で、破壊した床の瓦礫を浮上させ、聖の頭上へと移動させる。高速で叩き付ければ、人の頭など簡単に砕けてし
まうだろう。

「という訳。悪く思うな…よっ!」

コンクリート片を叩きつけようとした刹那、「金鴉」の目に聖の左手が自分の足を触ろうとしているのが映る。
しつけえんだよ、そんな言葉の込められた一撃。コンクリート片はその重量で聖の手をぐしゃぐしゃに潰してしまった。

「ったく油断も隙もねえなあ。あとはもう一回。今度はお前の頭に…」

潰された。
確かに、聖のそれは原型を留めないほどに潰された。
聖の、能力で生やした手の形をした、植物の根は。

本物の聖の手は。
しっかりと、「金鴉」の足首を握っていた。

「て、て、てめえ!!!!」

狼狽えるも、足を振って手を振り切るも。
もう、遅い。
発動した「接触感応」により、あらゆる情報が聖の中に流れ込んで来る。

371名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:07:54
「み、見るな!見るんじゃねえっ!!!!」
「触るな!その!!薄汚い手で!!!うちの心に触るんやない!!!!!」

抵抗するかのように、喚き散らす「金鴉」「煙鏡」だが。
止まらない。一度栓を切った瓶の中身の流出は、もう止まらない。

「双子のように」「明確な違い」「格差」「劣等感」…「失敗作」
「うちらは二人で一人なんかじゃない」
「嫉妬」「絶望」「憤怒」「憎悪」「殺戮」「殺戮」「殺戮」
「あいつとは違う。一緒にするな」

組織からも忌み子として扱われてきた二人の、闇を闇で塗り潰したような歴史、事実が濁流のように聖の中に押し寄せ
てくる。まずい。飲み込まれる。小高い丘にぽつんと立つような聖の存在は、今まさに凶暴な奔流によって。

― させませんっ!! ―

体の節々までをも侵そうとする絶望、崩れかけた聖を支えたのは。春菜。
「五感強化」により、聖の精神面をサポートし瓦解するのを必死に防いでいた。

「はる…なん…」
「させません!私が言ったんだもの!絶対に譜久村さんを取り込ませません!!」

とは言うものの、聖と精神的に繋がった春菜自身もまた、悪意ある流れに晒されていた。
耐えろ。耐え切れ。まだ、私にはやることがあるんだから。

そう。これで終わりではない。
春菜に、春菜にしかできないことがある。
それなくして、あの悪魔のような二人を倒すことなどできないのだ。

372名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:08:33
歯を食いしばり、膝に力を入れる。
春菜は、彩花の精神の中に入った時のことを思い出す。
そうだ。あの時に比べれば。これは。こんなものは。

ふと、体が軽くなる。
聖が「金鴉」に触れた、ほんの僅かな時間。その間に流れ込んできた闇の濁流が、流れきったのだ。
安心したかのように、聖の体から力が抜け、そして気を失う。

「譜久村さん、ありがとうございます。そして、ごめんなさい」

感謝の気持ちは、敢えて辛いことを引き受けてくれたことへの、感謝。
そして。先輩に辛い思いをさせることでしか活路を見いだせなかったことへの、謝罪。

「…よくも。よくも、のんたちの中を」
「あとは。後の、汚いことは。私が引き受けます」

春菜が、「金鴉」の正面に立つ。
聖が「接触感応」によって得たものは、聖を通して自分も受け取った。

「引き受ける?お前みたいなゴボウ女に、何ができるんだよ!」
「のん、そいつの生皮ひん剥いて、ゴボウのささがきにしたれ!!」

威圧をかけてくる二人。
大丈夫。怖くない。腕力勝負は苦手だけれど。

「あなたたちって。本当に『半人前』なんですね」

「金鴉」と「煙鏡」の顔色が、変わる。
私、「こっち」の勝負なら、自信があるんです。

373名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:09:13
>>365-372
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

374名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:37:45
>>365-372 の続きです



「何や。よう聞こえへんかったな。声が高すぎて」
「なんか梨華ちゃんみたいじゃね? アニメ声きめえんだよ!!」

春菜の発したキーワードは。
目の前の二人を動揺させるのに、十分すぎるほどの威力があった。
だが、こんなものは序の口だ。もっと。もっと揺さぶるんだ。
春菜は決意を示すかのように、さらに口を開く。

「もう一度、言ってあげましょうか?あなたたちは、二人一緒じゃないとまともに戦闘すらできない『半人前』って、
そう言ったんです!!」

まるでどこかの漫画のように、びしっと音が出るくらいの勢いで二人を指さす春菜。
虎の尾を踏む行為、なのは百も承知だ。

「金鴉」にやられ、意識を失っていた面々も、数人は意識を取り戻していた。
優樹。遥。香音。比較でしかないが、手ひどくやられた亜佑美やさくらに比べれば軽傷で済んだメンバーたちだ。
気が付くと春菜が何やら敵と口喧嘩をしている。不思議な光景ではあるが、春菜に何か考えがあるのかもしれない。
三人は息を潜めて、様子を窺っていた。

「…どうやら、苦しんで死にたいみたいだなぁ!!!!」
「私はあなたなんて、ちっともこわくないですよ。だって、二人でやっと一人前の『失敗作』じゃないですか。あ
なたたちって。どういう理屈かは知りませんけど、『金鴉』さん。あなたは、『煙鏡』さんのバックアップがない
と戦えない。だからあなただけが戦ってる。あっちの人は戦闘に参加できない。そうでしょ?」
「な、なにぃ!?」

激怒する「金鴉」に、春菜は聖の接触感応で得た知識を口にする。
浮き上がったこめかみの青筋が、大きく波打つのがよく見える。「金鴉」の怒りは、頂点に達していた。

375名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:39:18
「二人で一組の働きしかできなきゃ、ダークネスの人からも『半人前』扱いされますよね。一人じゃ運用すらまま
ならない、ただの『失敗作』です」
「こっ!のっ!やろう!!!!言わせておけば!!!!!!!」
「特に『金鴉』さん。あなた、絶望的に頭が悪すぎます。ただ目の前にいる人間を殴って、ぶち殺す…そんなの、『戦獣』だってできますよ?」

人の長所を見つけ、褒めることのできる人間は。
逆に言えば、人の短所を探り当て、これ以上無い言葉で罵ることができる。

これは、当時のリーダーだった新垣里沙に言われた言葉だ。
太鼓持ちを自称していた春菜の、表裏一体の特性にいち早く気付いたのは里沙だった。

― 同じ精神系の能力だけれど、生田は単純すぎるし、ふくちゃんは優しすぎる。心理戦って意味においては、あ
たしの戦法を引き継ぐのは飯窪しかいなさそうなのよねえ ―

そう言いながら、人を褒めることの裏側の意味、戦闘における使い方を里沙は教えてくれた。
無論、人の悪口を言うよりは人を褒め称えていたほうが性に合う春菜であるからして、そのような戦い方をするこ
とは無かった。しかし。

自分たちは、確実に勝たなければならない。生きて帰る、そう先輩たちに約束したから。

ならば、手段を選んでいる場合ではない。
春菜は、自らの心を敢えて鬼とすることにした。

376名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:40:20
「あなたはいつもいつも、『煙鏡』さんにコンプレックスを抱いてた。彼女に比べて、自分の扱いが悪いと。どうし
て自分はこんなに雑用みたいなことばかりやらされるのかと」
「やめろぉ!!ふざけんなぁ!!!!」

春菜は、口撃の標的を「金鴉」へと移す。
聖の接触感応でより心模様が明らかになったのは、こちらのほう。
そして、今回の主たる目的も、彼女の側にあるからだ。

「彼女に追いつきたい。超えたい。それでようやく自分は自分になれる」
「はあぁ!?でたらめなこと言ってんじゃねえよ!!!!」
「でも、それは一生無理ですね。だってあなたは、『煙鏡』さんのおまけだから」
「!!!!!」

『金鴉』の表情が、大きく、大きく歪む。

「あなたの力だって、所詮は借り物じゃないですか。だから、道重さんに翻弄されるし、鞘師さんにも歯が立たない」
「うるせえ!!!!!その!薄汚い口を!閉じろっ!!!!!」
「借り物の顔、借り物の能力。本当のあなたって、何者なんですか」
「殺す!殺す!ぶっ殺!殺っ殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!!!!!!!!!!!!!!」
「ああ。『失敗作』でしたよね」

堪忍袋の緒が切れるというのは。
あくまでも比喩であって、実際に何かが切れたりすることはない。
だが。その時確かに。

ぶちん、という音がした。

377名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:41:49
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「金鴉」は、獣の咆哮ですらない耳障りな金属音を上げると。
自らの懐に隠し持っていた、「全ての」血液の入っていた小瓶を口の中に放り込んだ。その数、10は下らない。
ばりばりと、硝子をかみ砕く音は。彼女が摂取した全ての血液の持ち主の能力を取り込んだことを意味していた。

顔が。「金鴉」の顔が。
目まぐるしく変わってゆく。見たことのない顔、そしてどこかで見たことのあるような顔。それらが入れ替わり立
ち替わり、やがてない交ぜになって融合してゆく。

「あ、あはは…やってもうた…もう知らんぞ…うちは知らんぞ!!!!」

「煙鏡」は今、相棒を襲っている状況を理解していた。
彼女の目に見えるのは、最早敵の確実な死という未来だけだった。

「金鴉」の手からは、炎が、氷が、粘液状の何かが。変貌する顔と同じように、交互に現れ、そして消えていた。
取り込んだ能力が暴走しているかのようにも見える。それが、春菜の最大の狙いだった。

さゆみと「金鴉」が交戦している際に。
最初に「変化」に気付いたのは、「千里眼」の能力を持つ遥だった。

378名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:42:42
「なあはるなん。あいつの体、何かおかしくね?」

そう言われ、自らの視力を強化する春菜。
すると、妙なことに気付く。

「金鴉」の体が、わずかではあるが悲鳴を上げている。
悲鳴、というのは物のたとえではあるが。不自然なまでに皮が撓み、肉が軋んでいる。

「…能力にって、肉体に負荷がかかってるってこと?」
「間違いねえ。あいつの体の細胞がヒィヒィ言ってる」

この時は。
さゆみの「治癒」という膨大な力を擬態したことによるもの、という考えも棄てられなかった。しかし、この地下
深くのロケット格納庫で「金鴉」と直接対決をすることで、予測は確信へと変わる。

「金鴉」の「擬態」という能力は、本人の肉体に唯ならない負荷を与えている。

フィジカルな戦いで敵わないのなら、精神的な隙を突き、自滅させるしかない。
それが、8人のリゾナンターたちが出した結論であり、勝利の方程式だった。

「くっそ…!ぜってえ…ぜってえぶっ殺してやる…!!肉片一つこの世に残してやんねえからな!!!!!」

「金鴉」の体は、過剰な能力摂取により崩壊しかけていた。
その意味では、リゾナンターたちの作戦は成功しつつあった。
ただし、そのような状態の彼女とまともに戦い、時間を稼ぐという人間がいればの話だが。

379名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:43:40
「のん!10分、10分が限界や!それ以上は、うちが『鉄壁』つこうて血ぃ抜いても、もう元には戻らへん!!」
「10分? 1分で十分だっての!」

「金鴉」の、血を、相手の阿鼻叫喚を求める視線が。
奥歯の根が震えながらも、恐怖に折りたたまれまいとする春菜の元に止まる。
知っているのだ。本能が、目の前の相手がこの状況を作り出したことに。
こいつは。潰さなければならない。そう、訴えていた。

「弱っちいくせに。のんのこと、ここまで追い詰めたこと。褒めてやるよ。じゃあな!!!!」

別れの言葉は、確実に息の根を止めるための、意思表示。
今まさに、春菜の命が絶たれようとしている。にも関わらず、優樹も、遥も、香音も。指ひとつ、動かすことすら
できない。与えられた恐怖に、生命の危機に、身が竦むのだ。

最早ここまでか。いや、違う。救いの光は、すぐ目の前に。

「金鴉」の、春菜の頭を叩き潰そうとした拳を遮ったのは。
透き通るような刃。水が織り成す、強き、刃だった。

「みんな…遅れてごめん」
「鞘師さんっ!!」
「里保ちゃん!!」
「やっさん遅いよ!!」

四肢を地に据え、水の刀を一文字に構えて。
鞘師里保は、そこに居た。

380名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:44:13
状況は、既に把握していた。
まともに戦える人間が、既に自分一人をおいて残っていないことも。
しかし。ここを凌げば、勝機が見えてくることも。

「どれくらい…保てばいい?」
「じゅ、10分です!!」

春菜は、先ほど「煙鏡」が口にした限界時間と思しき時間を叫ぶ。
「金鴉」の体の損傷からして、その言葉に嘘は無いのは明白だった。

「わかった」

拳に合わせた刃を大きく弾き、距離を取る里保。
10分。死闘を繰り広げ、緋色の魔王の力を引き出してしまった彼女にとって、あまりにも長い時間。
けれど、やるしかない。それが、全員が生きて戻って来ることができる、唯一の方法だから。

「さっきの、リベンジだ…徹底的に、やってやるよ!!!!!!」

獣の如き咆哮が、最後の戦いの幕開けとなる。

381名無しリゾナント:2016/04/06(水) 12:45:36
>>374-380
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

382名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:03:37
降り続く雨音が、室内の雑音を消していた。
女の長いため息が、机の上に落ちる。
時計は十時十三分。
早朝からの書類整理がやっと終了して、右肩を回す。
次に左肩を回し、首も回す。
疲れが泥の様に全身にまとわりついている。

携帯端末を起動し、呼び出してみる。
二回目の呼び出しで相手に繋がった。

 「もしもしあゆみん?」
 『ちょっと!こんな時に電話かけないでよ!』

石田亜祐美の叫びの背後に轟く爆音。
雨音の合間に金属が打ち鳴らされる音。

 「うわーなんか凄い音してるね」
 『あっちが爆弾持ち出してきてんのよ!
  これなら小田達も呼べば良かった!
  あ、ちょっと生田さん!勝手に突っ込んでかないで!
  で、何!?何か用!?』
 「あ、いや。うん、頑張ってね」
 『はあ?いやいや、はあ?』
 「いや、ごめん。また後でかけ直すから集中集中」

石田が何かを言おうとして轟音が重なり、通信は途切れた。
女は携帯を眺めてみた。

 「……とりあえず、小田ちゃん達に連絡いれとくか」

383名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:04:25
携帯端末を再び起動させる。
用事を済ませた後、女はリビングにあるテレビに向かった。
最近見ている番組の録画情報を呼び出す。
先週放映分を録画し忘れて、二週間前の番組になっているのを
見ると何気に泣けてくる。

映像が立ち上がり、主人公が喋り、主題歌が流れる。
続く番組本編の内容は、アニメだった。


正義の味方として変身する主人公が毎回苦難や強敵に対し
仲間達と協力して戦って解決する。
三年ほど放映が続いているから、もう第四期になるだろうか。

先々週の最後に不吉な前兆があったから、先週で何かが起こって
今週くらいに黒幕を倒すのだろう。
実際の番組も、そういう展開だった。
見終わると、毎回そうなるのだが、自分が正義を行って
勝った様な気になれて爽快さがたまらない。
次の放送は今日の夜だっただろうか。

384名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:05:03
一呼吸すると、見る前よりさらに疲れている自分に気付いた。
物語のなかの正義の味方は、たとえ裏切られ戦いに一時的は負けても
最後の大事な戦いでは必ず勝っている。

一方で、敗北したり、金の為に地を這ったり、守るべき依頼人が
殺されたり敵になったりした正義の味方のことは描いてくれない。
主人公に自分を重ねるのがよくある見方なら、誰でも自分が正しい
勝者の側に身を置きたいのは当然のことだろうが。

携帯端末が鳴り響く。
出ると、子供の泣き声を背景にした女性の挨拶だった。

 「はい。ああはい、そうですが……ええ、はあ…」

長く続いた依頼人の説明を遮り、受けるかどうかをあとで
答えると言って携帯を切った。
既にアニメは終わっており、二度見た事がある別のアニメが放映していた。

窓の外に視線を戻す。
雨はまだ止まらない。
テレビで確認した天気予報では、明日まで降るらしい。
この時間になっても石田から連絡がないというのは少し心配だが
喫茶店の留守番を任されている身として優先すべき事は先ほどの依頼を
受けるかどうかを決めなければ。
立ち上がり、椅子の背に掛けていた上着を取る。

呼び鈴が鳴った。

385名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:05:51
 「はーい?どちら様ですか?」

扉の外には、傘を差した人物が見えた。
開けると、横殴りの雨と湿気を含んだ風が吹き込んでくる。
雨と雲以上に午後の光を遮っていたのは、女性用の背広の人物だった。
耳たぶに付けられた耳飾りが、外からの風に揺れる。
閉じられた女モノの傘の先端からは、雨の雫が滴っていく。

女は一瞬、息を止めた。
表情が強張りそうになった、が、耐える。
客人を迎えるいれるための笑顔を作るために徐々に口角を上げる。
女だからこそ出来る他人への振る舞いをこなす。

 「あの、どなたでしょうか?」

女の問いかけに対し、口紅が塗られた唇に笑みが浮かぶ。

 「自己紹介をすると、あたしは鮎川夢子。
  あなたと同じ正義の味方、かしらね」

実際に目にするという衝撃に撃たれたが、なんとか耐えた。

 「……もしかして、貴方があの有名な鮎川夢子さん、ですか?」
 「ええ、その、申し訳ないんだけど室内に入れてもらえます?
  少し寒さがこたえてしまって震えが止まらないの」
 「あ、ええ、分かりましたどうぞ」

女が後ろに下がると、鮎川が店内へ入ってくる。
傘に入りきらなかった左右の肩や裾が雨に濡れていた。

386名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:07:09
 「ありがとう。それにしても驚いた。
  まさかあたしの事を知ってるだなんて」
 「鮎川さんこそ、どうして私達のことを?」
 「ここの常連客に話を聞いたのよ。若い少女達が様々な
  事件を調査して解決している集団があるって。
  まるでアニメのようだと思ったけれど、会ってみて分かったわ。
  客の中には本当に助けてもらった者も居るともね」
 「なるほど。鮎川さんにこうして注目されてるなんて、ビックリです」


 「なるほど、同じ者同士としては気になってたわけね。
  本当はあたしの仲間も紹介したいところだけれど…」
 「そうですね、皆にも会ってほしかったです」

女は肩を竦めておいた。

 「あ、すみません。私の名前は…」
 「飯窪春菜さん、よね」
 「ご存知でしたか」
 「ええ、私もそれなりに情報入手に関しては負けてないから」
 「さて、と。お互いの紹介は済ませましたが、ここに居る
  理由をお聞かせ頂いてもよろしいですか?」

387名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:07:42
鮎川の表情が曇った。ひとたび押しとどめた言葉を吐き出す。

 「襲撃されたの。
  あの仇敵のマッドサイエンティストによって
  作られた屍傭兵たちに三人の仲間が殺された。
  ESPや改造人間だった彼らでも太刀打ちできないほどの数に
  圧倒された他の派生組織らも造反に賛同したのよ。
  追っ手から逃げたものの、全ての隠れ家も破壊されていた。
  私は姉の響子と離れ離れになってしまって、命からがら
  この町に逃げ込んできたの」

一気に事情を話し、鮎川は苦い感情を顔に滲ませる。

 「まさかそんな事になってたなんて知りませんでした」
 「ええ、私も予想外の事だった。
  ようやくあの仇敵、デ・パルザの悪の計画を潰したと思えば
  まさか残党達が生き残っていたなんて…」

鮎川の苦渋の表情を飯窪は眺めた。

 「逃げている他の仲間を待って再起するまでの間
  しばらくここにおいてもらえないかしら?
  勝手な言い草だとは思うけど、ここが最適の隠れ家なの。
  なにも差し出せないけど解決すれば謝礼だって払うっ。
  だから…!」

飯窪は思考し、用意していた台詞を述べた。

 「良いですよ。しばらくここに居てください」

鮎川の顔には、驚きと疑いが絡み合って表現されていた。

388名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:08:15
 「ほ、本当に?」
 「困っている人を放り出すなんて正義の味方のする事じゃないです。
  噂の中にはありませんでしたか?
  どんな相手の依頼でも引き受ける、それが私達です」

鮎川が軽く息を吐く。
柔和な瞳が飯窪を見つめた。

 「ごめんなさい。実はその情報から、ここを訪ねたの。
  とくに心底困ってる依頼は絶対に断らないって聞いたから」
 「なるほど。あながち間違ってはないですけど、少しさっきの
言葉を修正すると、依頼の度合い的には断ることもあります。
  明らかに怪しい方とかね。
  ただ鮎川さんは有名な方ですから、その理由にも同情する余地がある。
  という私の独断と偏見で承諾したんです」
 「ありがとう。貴方に頼って本当に良かった」
 「ただ、交換条件を一つ付けさせてもらっても良いですか?」

飯窪はなるべく優しい表情を作った。

 「急ぎの依頼があるんですが、ご覧の通り、私は留守番係です。
  なので鮎川さんのお力をぜひともお借りしたいんですが」
 「それは非常に厄介な依頼なの?」
 「そうですね。鮎川さんの力が必要になるかもしれません」

彼女の心情を理解した鮎川が微笑む。
素直な笑顔を直視できず、飯窪は自然と逸らす。

 「では急で申し訳ないんですけど、行きましょうか」
 「ええ、きっと役に立ってみせるわ」

鮎川の足がまた外に向かう。

389名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:08:50
 「あ、待ってください」

飯窪は厨房に入ると、棚の隣に掛けられた雨除けの外套を手に取る。
男性客の忘れ物だったが、一年経っても取りに来なかった為に
壁の装飾となっていたものだが、この為にあったのだと思い考える。
頭の上の雨除けの庇を掴むと、視線を遮るように隠した。

 「追手に勘付かれてもしたら大変ですからね」

鮎川の唇が笑みを刻んだのを見て、飯窪も笑みを浮かべ返す。
鮎川が扉の外に出ていく瞬間、飯窪は視点を下に向けた。

静かなため息を落とす。

そして意を決したように鮎川の後を追い、扉を閉めた。

390名無しリゾナント:2016/04/11(月) 01:18:49
>>382-389
『雨ノ名前-rain story-』
お久しぶりです。以前、鞘工で『銀の弾丸』という作品を書いてました。
今回は飯窪さんのお話、能力描写はほぼありませんが
それでも良いよという方はお付き合いください。

391名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:55:08
>>374-380 の続きです



愛の放つ光に包まれた里沙が、両手から複数の鋼線を展開させる。
いや、鋼線ではない。一筋一筋がしなやかに波打ちつつも、眩い光を湛えている。
その正体とは。

「光のワイヤー、か。考えたね…」

天空には程遠い、地べた。
大の字に横たわり空を見上げていた「黒翼の悪魔」がひとりごちる。
二人の共鳴、は想定していたものの、このような結果を齎すとは思わなかったのだ。

一方。
文字通りの光のワイヤーを、鋼線と同じように撓らせ、波打たせ。
里沙は「銀翼の天使」を、迎え撃とうとしていた。

「里沙ちゃん…」
「『捕縛』できたら…あとは任せて」

里沙のやらんとしていることを理解し、愛が静かに頷く。
それが、作戦決行の合図だった。

「天使」が、白き翼を大きく広げる。
その小さな体の、何倍もの大きさの翼。羽毛ひとつひとつが、他者の消滅を願った言霊そのもの。
無数に犇めく羽根は、ゆらゆらと毛先を揺らし。零れ落ちる羽毛が、ひらひらと大空の下を舞う。ほんの僅か
な、静寂。
そして。

392名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:56:17
一斉に。木々に群れる鳥の大群が押し寄せるかのように。
言霊の羽根が、二人の前に拡散され、一気に飲み込んだ。身構えることさえ許されない、一瞬で。

羽毛はやがて光り輝く球を形作り、空に漂う。
傍から見ると、まるでもう一つの太陽が生まれたかのような光景。
ただし、その中では愛と里沙がどうなっているのか。まともに考えれば、既にこの世から消滅しているはず。

かつての後輩、そして自分を敬愛してやまないと公言する後輩の今際に立ち会っていても。
「天使」の表情は、少しも崩れることはない。悲しみも、憐みも、何もない。虚ろな双眸だけが、自らの作り出した分身と
も言うべき冷たい太陽を映している。

瞳に映る、輝く球体。
球体は。愛と里沙を飲み込んだはずの球体の表面は。
突然。破裂するように、波を打ち。偽りの太陽を突き抜けるように幾条もの光が拡散された。
愛と里沙の共鳴の形。言霊さえも透過する、光のワイヤー。

球を象っていた羽毛が、花火のように散らされる。
言霊が生み出した偽の光は、真実の光には抗えなかった。

「やっぱり、気付いてたか…さすがはダークネスが特別に警戒する人物、だね」

「天使」は、無意識のうちに愛の光を回避していた。
「悪魔」の放った黒血は避けることさえせずに消滅させていたのに。
それは、言霊の力では光を消すことはできないから。感情は無くとも、防衛本能がそう働いていた。
いくつもの死線を潜り抜けてきた愛と里沙が、そのことに気付かないはずがないのだ。

393名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:57:18
「愛ちゃん、お願い!!」
「わかった!!」

全身に光を纏い、「天使」へと切り込む愛。
自分の光は、虚ろな天使の攻撃の、唯一の防御手段となる。そのことを確信した愛は、容赦なく「天使」の懐に入り、近接
攻撃を繰り出した。

光に包まれた手が、そして足が「天使」を攻め立てる。
その度に、白い羽が揺れ、輝く羽根がふわりと散る。渾身の、蹴りと拳の乱打。
もちろん、全ての攻撃はまるで機械仕掛けのような正確さで次々とかわされる。だが、それで構わなかった。何故なら、愛
の特攻は「本命ではない」から。

「ぬぅん!!」

里沙の張り巡らせた輝く光が、弧を描いて天使に襲いかかる。
さらに光が、いくつもの光に。軌跡を描きながら無限に分裂し続ける光のワイヤーは、やがて「天使」を捉える鳥籠に姿を
変えた。

「天使」が、その翼を折り畳み、鳥籠が完全に閉じきってしまう前に上空へと急上昇を始める。
光が完全に出口をしまう前に外に飛び出されてしまっては、再び「天使」を捕まえるのは困難であった。が。

待ち構えていた。
里沙は、黒き翼を従えて。「天使」が突き抜ける軌跡の上に。
「銀翼の天使」は、里沙の姿を確認するや否や、右手に輝く剣を携える。
「悪魔」をも斬り伏せた、虚構の刃。それを、里沙は。

敢えて、受け止めた。
腹部に深々と刺さる言霊の剣から、血が滴り落ちる。
傷口から、じわりじわりと広がってゆく真っ赤な染み。

394名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:58:06
「この時を…ずっと待ってました」

里沙は、自分の体から急速に力が抜けてゆくのを感じつつ。
その蒼白になった両手のひらを。
「天使」の頭を挟み込むように、添えた。

精神干渉の、極たる業。
自ら卑しい汚れた力とさえ罵った、相手の心に自らの心を滑り込ませる ― サイコダイブ ―。
この一瞬に、里沙はすべてを賭けた。
無慈悲な天使の奥底に、安倍なつみの心が残っていることを信じて。

395名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:59:02


これまでにも、何度も里沙はサイコダイブを敢行してきた。
敵にも、そして味方にも。
ただ、こんな日が。安倍なつみに精神潜行を仕掛ける日が来るとは、思いもしなかった。

自らの心とは別の世界に、自分自身が再構築されるような感覚。
里沙の視界がはっきりしてくると、そこは見たこともない景色だということがわかる。

白。白、白。白。
そこには、何もない。
普通の人間であれば、何にせよ様々な景色が広がっているはず。
だが、白という色彩の他には、本当に何もなかった。言うならば、「無の世界」。

対象の人物にサイコダイブした精神干渉の使い手は、まず最初に様々な景色を目にすることになる。
例えば、大海原に面した砂浜であったり、太陽の降り注ぐ草原だったり。それらは全て、サイコダイブの対象となった人間
の精神世界であり、心模様であった。
つまり。

「銀翼の天使」 ― 安倍なつみ ― には、景色を描くような心は残っていない。

里沙をも塗り潰さんと広がっている白一面の世界が、何よりの証明だった。
彼女が操っていた白き言霊同様に、色彩すら見当たらない世界。

396名無しリゾナント:2016/04/11(月) 21:59:41
それだけではない。
かつて里沙が「黒の粛清」と対峙した時のこと。
粛清人に精神干渉を試みた里沙を阻んだのは、まるでとっかかりのない、鉄の球体のような相手の心だった。
それを知った時のような絶望が今、里沙に襲いかかろうとしていた。
いや、形すら見当たらない今の状況の方がより、残酷だ。

そんな…もう安倍さんの心は、残ってないの?

無力感が、足を伝い膝を落とさせた。
だが、すんでのところで力を振り絞り、再び立ち上がる。
ある人物の顔が、脳裏を過ったからだ。

今も、深い眠りについている、里沙の親友。亀井絵里。
絵里を何とかして再び目覚めの世界に導こうと、里沙は日夜彼女のいる病院へと足を運んでいた。
「銀翼の天使」の襲撃によって、昏睡状態に陥った絵里を救う唯一の方法。それが、サイコダイブだった。
その作業は広大な砂漠の中から一粒の砂を見つけ出すような、ほぼ不可能に近いもの。それでも。

窮地に陥った里沙を救うべく、絵里は束の間の目覚めを得ることができた。
明けない夜はないし、止まない雨もない。里沙は暗がりの中で一条の希望を見た気がした。

だから。
里沙は、白い、何もかも白く消し去ってしまうかのような砂漠に。足を、踏み入れる。
絶対に。絶対に安倍さんを探し出して見せるんだ。
後輩たちに生きて帰って来いと言った以上、自分たちも。
里沙の心には、あの日見たような希望の光が差していた。

397名無しリゾナント:2016/04/11(月) 22:01:47
>>391-396
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

光のワイヤーは以前拝見した過去作からのリゾナントだとは思うのですが
失礼なことに失念 してしまいました…申し訳ない

398名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:01:45
家を出て二十分、雨はまだ続いている。

 「あれが依頼のあった現場です」

目の前にあるのは一棟の社屋。
右に同じような洒落た外装をした建物が隣接している。
飯窪は傘を差し、鮎川は傘を差し、外套を着たまま歩く。
鮎川の足元で水たまりが弾けた。

社屋ビルの前を通り、隣の邸宅前に到着。
低い三段の階段を上がって、扉の前に立つ。

 「依頼主からは許可を取ってありますから、扉は開いてますよ」

無断侵入の説明をしつつ、飯窪は扉を開ける。
曇天でさらに陽光が射し込まなくなった薄暗い廊下が見えた。
戸口を覗き込もうとする鮎川のために横に退く。

 「まず現場を見てもらったほうが良いですね」

飯窪と鮎川が廊下を歩いていく。
途中の階段を通り過ぎて、突き当りを左に曲がる。
奥に開け放しの扉と、警察が張った立ち入り禁止の帯が見えた。

黄色い帯を手で払い、奥の部屋に入る。

399名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:03:14
 「勝手に入っていいの?」
 「入室の許可は出てます。事故として処理されてますから」
 「事故?」
 「死亡したのはリルカ・オーケン。映像や書物、ようするに物語関係の
  輸出入と制作を行ってる方で、この貿易映像社の副社長でした。
  今朝、彼女は自宅の書斎で死体となって見つかりました」
 「外国の人?」
 「ハーフだそうですね」

部屋にある家具は、書類棚と重厚な執務机。
貿易社の商品である書籍やDVDは山と積まれている。
苛烈な仕事が私生活にまで浸食してきたのが見てとれた。
絨毯を控えめに染める血痕が、不運な事故を静かに物語る。

 「そこがリルカさんの死体があった場所ね。
  殺人の可能性はないの?」

鮎川の目は血痕が落ちた絨毯を見下ろす。
血痕の周囲には陶器の破片が落ちていた。

 「朝にご家族が発見し、通報して警察が調査しました。
  現場と物証の状態から見ても、リルカさんは深夜まで
  自宅で仕事をしていて、立ち上がった時に過労かなにかの
  原因で足下がふらついた。
  そして寄りかかった棚の上にあった花瓶が落ちて、頭に落下」

飯窪は一歩歩み寄り、陶器の破片を指で示す。

 「痛みで後方に倒れた時、机に後頭部を打ってしまった。
  当たった角度が悪かったみたいで、午後一時から二時の間に
  死亡したと考えられます」

400名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:04:14
入手した警察の簡単な検死情報を思い返す。

 「そう見えて、実は誰かが仕掛けた殺人事件、という展開は?」


 「物語ならともかく、一般人は手のこんだ殺人はしません。
  ないとは言い切れませんが」
 「殺人じゃなく単に事故死だとしたら、救われないわね…。
  まだこんなに若いのに副社長になっても、机に頭を打って
  死ぬなんて悲しすぎる」

鮎川の面差しに哀しみが宿った。

 「副社長という座も大変だったようですね。
  この映像会社を社員二百人規模の会社に育てあげ、三男一女を
  会社の各部門を任せるほどに育て上げた訳ですから」
 「夫はどうしていたの?」
 「ルリカさんが発見される前夜にすでに行方知れずになってます。
  元々気弱な方であまり経営に向いてなかったそうです」
 「驚くほど夫が怪しいじゃない」
 「元々あまり家に寄りつかなかったみたいで、事故死という結果もあって
  警察の動きも鈍い。娘さんだけが心配して、旦那様の身柄を
  捕捉してほしいと依頼してきたんです。それも警察よりも先に」

鮎川を眺める。

401名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:05:25
 「私の目的は、その旦那様を見つけ出すことにあります」
 「見つけて、それで?」
 「それだけですよ」
 「それ、だけ?」
 「それだけです。この事件には鮎川さんが恐怖している事は
  ほとんど影響していないお話ですから」
 「余計な仕事はしない、ってこと?」
 「……私達が正義の味方をしているのは、誰かの人生を
  めちゃくちゃにした相手に復讐するためではありませんから」

まだ納得していない鮎川に飯窪は携帯端末を差し出した。
そこにはこの貿易社の経営主の経歴と、顔や全体の写真があった。
鮎川の鼻先に不快感の皺が浮かぶ。



机に座って控えめに微笑む社長、ロック・オーケン。
痩せた体に白の混じった髪は三対七という半端な横分け。
何かを睨み付けるような鋭利な目。
貧相な顔にペイントで十字架を模した模様が描かれている。
まるでピエロか何かの様だ。

 「……いかにもって感じね。
  怪しいDVDでも売ってたんじゃないかってぐらいの面構え」
 「見た目で判断するのは良く無いですよ。
  それなりにいいところもあったと思いますよ」

402名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:05:57
小声で「多分」と付け加えてしまった飯窪の弁護にも
鮎川は侮蔑の小さな笑みを口の端に刻む。

 「ロックさんの私室は二階です」

二人で部屋を出て、廊下まで戻る。
階段を上って二階に到着すると、廊下の横手にある扉を開けた。
左右の壁一面と床に、雑誌と本とDVDが溢れている。
左手の棚の中段ほどに、画面と録画再生機がそれぞれ六台。
何の為かは分からないが、六つの画面を一度に見る事態が想像できない。

窓際の机の上では、数年前に上映された映画がテレビで放映されていた。

 「なんで勝手にテレビが?」
 「自動再生でしょうか」

映像のひとつには、飯窪も見た事がある映画があった。
丁度、変身ヒーローが悪の計画を阻止している最中で
ヌンチャクを振り回す特撮ヒロインというのも斬新ではある。

 「まるで子供の部屋じゃない…」

鮎川の言葉通り、貿易社の社長の部屋に仕事の用具は何もない。
時間を知らせる時計すらなかった。
この部屋は、ただ子供のままで大きくなった男のための
夢物語と玩具で埋め尽くされ、戯れるためだけの部屋だった。
楽器や電子器具の山。
音楽楽器の雑誌が混ざっているのを見るに、彼は音楽にも精通してたらしい。

403名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:07:13
ロック・オーケンの理想を投影したような本は床に転がっていた。
表紙では、勇敢な戦士が右手に剣を握り、美女を
左腕で抱きつつ、白い歯を見せて笑っていた。
二人でさらに部屋を捜索したが、ロックの行方を示すようなものは出ない。

携帯端末を見つけて電話帳や住所録を見つけたが、空白ばかり。
何件かはあったが馴染みの楽器店のものがほとんどで
個人的な友好関係がほとんどない。
数少ない交友関係にその場で電話してみるが、誰も彼の事を知らない。

鮎川の不機嫌さが頂点にまで達する前に、二人は外に出る事にした。

404名無しリゾナント:2016/04/12(火) 02:19:33
>>398-403
『雨ノ名前-rain story-』 以上です。

「鮎川夢子」さんを知ってる人はその人物像で見てもらえると
ある意味で面白いかもしれません。
ちなみに書いている人はあの映画を見ておらず、原作との混合なので
別人として捉えてもらっても大丈夫です。

(スレ内)>>212
自分ではどうして推理モノを書こうとしたのか理由を
覚えていないのですが、これは当時書いてた話を掘り起こしてきました。


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