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短編スレ

1名無し護摩:2005/03/09(水) 19:07:25
過去にあちこち書いた短編をここにまとめる予定です。
(予定は未定)

2名無し護摩:2005/03/09(水) 21:04:42
手始めに。
昔、桃板に書いたものを。

3石川さんの長い一日:2005/03/09(水) 21:05:16
「あ、よっすぃ〜!」
番組の収録の合間に、梨華ちゃんに呼び止められた。
「なに?どしたん?」
「ちょっとこっち来て!」
スタジオの隅のほうに、引っ張っていかれる。
「あ、あのね」
「おう、なんでも言ってみな」
「実は…」
梨華ちゃんはウチの耳元で何か言おうとしたが、ちょうどウチがマネージャーさんに呼ばれてしまい、
「あ、終わったらメールする!」
と慌しく走っていった。
梨華ちゃん、なんだったんだろ。また、なんか悩んでんのかなぁ。
なんか、最近『キショイ』ってメンバーに言われることとか、気にしてるらしいし。

仕事のあとメールをする。
今日は梨華ちゃんのほうが終わるのが早いはずだ。
送信してすぐ、
『いつものとこで待ってる』と返事がきた。
返事、早!
もしかして、ずっと携帯とにらめっこしてメール待ってたんかな。

4石川さんの長い一日:2005/03/09(水) 21:05:34

待ち合わせの場所に着くと、梨華ちゃんはもう来てた。
「よ、おまたせー」
「ううん、こっちこそごめんね。あの…」
「なんか相談したいとか?どっか行こうか」
「あ、あのね…」
「うん?」
「言いづらいから、メールで、打って…いい?」
「うん…?」
一応返事はしたものの、それならなんで呼び出す必要があるんだろ。
呼び出したものの、やっぱ言いにくいんかな。
そう思い、彼女が横で携帯をカチカチ打ってるのをなんとなく見ていた。
ジーンズの後ろがブルった。
ウチは携帯を取り出して、画面を開けた。


「…もしもし?」
ウチは思わず梨華ちゃんに問いかけた。
梨華ちゃんは真っ赤な顔で居心地悪そうにしてる。
彼女からのメールは。
『ラブホテルに連れて行って』
だった…。

5石川さんの長い一日:2005/03/09(水) 21:05:52
「どういうことよ?」
梨華ちゃんの飛ばしすぎなメールの真意が理解できず、ウチは努めて穏やかに問う。
とりあえず、すぐそばのカフェに入ることにした。
なんだか今日はやけに寒いので、ふたりともホットココアを頼む。
「だって、あたしさ…」
「ああ」
「…まだ、一回もないんだよ…」
「なにが」
「…したこと」
彼女の声は消え入りそうに小さかった。
なんでかウチはぎょっとしてしまった。
付き合いは長いけど、こういうプライベートなことに触れたことはなかった気がする。
下ネタ話はいくらでもしたけど。
(まあ、梨華ちゃんはそばで真っ赤になって『ヤダ!』って言ってるんだけど)
「で、そういうトコも…行ったこと…ないの」
「はあ、そんで」
「お願い!一生のお願い!」
梨華ちゃんは急に席を立ち上がり、ウチに拝みこんできた。
周囲の視線が…痛い。

6石川さんの長い一日:2005/03/09(水) 21:06:18
結局押し切られ、ラブホに向かうことにした。
「今回だけだからね」
あくまで念を押す。
どういうとこか分かったら、気がすむだろう。
2時間ばかし休憩したら帰ったらいい。
道すがら、梨華ちゃんは
「ねえ、ベッドって回るのかな」
とかいちいちウチの袖を引っ張って聞く。
一体、いつの時代の人なのか。
そのあとも、お風呂は部屋から丸見えなのか、とか。
天井はガラス張りなのか、とか。
興味津々だった。


「てきとーにくつろいでよ、ウチは寝るから」
部屋にチェックインして、ウチは速攻ベッドにつっぷした。
梨華ちゃんは興味深そうに、きょろきょろしてる。
「ねえ、よっすぃ〜。お風呂にマット敷いてあるよ。なんで?」
「ねえ、なんでヘンなもの売ってる自動販売機があるの?」
「ベッドは丸くないの?」
「よっすぃ〜、バイブってなに?」
「ねえ…」
質問があんまりにも集中するので、梨華ちゃんが5つめを言おうとしたとき、ウチはがばっと
起き上がった。…特に4つめは引いたわ。マジで。

7石川さんの長い一日:2005/03/09(水) 21:06:39
「あのねー、梨華ちゃん…」
「なに?」
「アンタ、来たかっただけなんでしょ?もうこれで充分っしょ?…頼むから寝かせてよ」
うらめしい声を出し、ウチはまたベッドに身を沈めようとした。
「それだけじゃないもん!」
「へ…?」
顔だけ向けると、梨華ちゃんがイキオイよく脱いで、ウチにボディアタックというのか、
飛びついてきた。
「ちょっ!なにやってんの!」
下着姿の彼女は震えていた。
なんか、かわいそうなくらいに。
怒る気持ちもなんか静まり、そのまま彼女の頭を撫でた。

8石川さんの長い一日:2005/03/09(水) 21:06:57

「…どしたのよ。いったい…」
「…よっすぃ〜が好きだよ」
「…うん」
「でも、あたし、全然経験ないから、こうでもしないと…よっすぃ〜が振り向いてくれないと思って」
「バーカ」
ウチが笑って言うと、
「バカ言った!」
梨華ちゃんがほっぺをふくらませて真っ赤になった。
「なにもさ」
「うん…」
「こんな唐突な手段取らなくていいじゃん。マジびっくりしたよー。アタシ、手近ってとこで手ェ打っとくかって
思われてる?って」
「違うよ!よっすぃ〜だからだもん!」
「分かった分かった。じゃ、とりあえずー」
「うん」
「恋人同士のキスをしようか?」
「…うん!」

…休憩、のつもりだったけど、お泊りにします。
梨華ちゃんがよければ、の話だけどね。

おわり

9名無し護摩:2005/03/09(水) 21:08:50
これの続きで石川視点です↓

10吉澤さんのかくて平穏な一日:2005/03/09(水) 21:09:23
あたしが下着姿でよっすぃ〜に抱きついて数分後―――。

「今日、泊まる?」
よっすぃ〜が不意に言った。
「え…?」
「いや、さ…イヤ、ならいいよ?」
これって…やっぱ『そういう』コトだよね?

あたしは黙って頷いて、ベッドから降りてシャワーを浴びに行った。

―――自分から言い出したとはいえ、やっぱ恥ずかしい。
シャワーの飛沫を受け、あたしは今の迷いを断ち切るように首を振った。
よっすぃ〜は、恥ずかしくないのかな。
というか、慣れてる?
聞いたことなかったけど…やっぱり経験済みなんだろうか。
それを思うと、胸のあたりがキュッと苦しくなった。
そして、ちょっと泣いた。

よっすぃ〜は、ベッドにあぐらをかいて座っていた。
「ウチも入ってくるわ」
「う、うん」
さらっと言い、よっすぃ〜はバスルームに消えた。

11吉澤さんのかくて平穏な一日:2005/03/09(水) 21:09:43
…彼女が出てくるまでの時間は、とても長かった。
実際は、10分とかだったんだろうけど。

バスローブを羽織って出てきたよっすぃ〜を見て、あたしは何故だか悲しくなった。
「ちょ!なに泣いてんの?」
よっすぃ〜はあわててあたしの顔をローブの袖口で拭ってくれる。
「なんでも、ない…」
「なんでもないのに泣くか〜?どしたん?言ってみそ」
「よっすぃ〜」
「ん?」
「今まで、誰かと一緒に寝たことある?」
「…聞くの?」
「イヤならいい」
よっすぃ〜はしばらく考えてた。
やっぱり、誰かいるんだ…。
「あのさ」
「うん」
「思いきしビギナーだけど、いい?」
「え…?」
「だーかーらー」
よっすぃ〜はポリポリと頭をかいた。

「経験値、ゼロなんだって」

12吉澤さんのかくて平穏な一日:2005/03/09(水) 21:10:04


よっすぃ〜は、震えてた。
あたしを脱がす手も。
あたしを抱きしめる腕も。
あたしは、彼女にしがみつく。
人間の体温って、こんなにびっくりするくらい熱いものなんだ。
彼女の背中を伝う汗を見て、あたしは妙な感動をした。

「いい?」
あたしに確認すると、よっすぃ〜は足の付け根に腕を伸ばし、一番敏感な箇所に触れた。
それまでで、一番大きな声をあたしは上げた。
天井を、物凄く高く感じる。
虚ろな目に、部屋のオレンジの灯りが滲んで映る。
「…あ!あぁ…!」
張り詰めた力が抜け、あたしは彼女にすべてゆだね、昇りつめた。

13吉澤さんのかくて平穏な一日:2005/03/09(水) 21:10:22
「…大丈夫?」
少したって、よっすぃ〜があたしの顔を覗き込んで来た。
だんだん荒かった呼吸が落ち着いてきて、あたしは小さく
「ウン」
と返事した。

「なんかさー」
あたしを腕の中にくるみ、よっすぃ〜は言った。
「うん」
「不思議だね」
「どうして?」
「だって、つい数時間前までは友達だったわけじゃん?ウチら」
「そうだね…」
「好き、とか言ったほうがいいんかな?こういう時…」
「よっすぃ〜が『好き』って思った時に言って」
「ほうほう、なるほどー」
よっすぃ〜はおかしそうに言うと、

「好き…」

優しく、耳元に落としてくれた。

14名無し護摩:2005/03/09(水) 21:11:19
お粗末ですた。

2003年11月の作です。

15名無しタンポポ:2005/03/09(水) 22:11:14
なんか懐かしい感じがするなぁ・・・と思ったらもう二年前のお話ですたか。
あの頃に比べて二人の関係もモー娘もかなり変わりましたねぇ・・・。
次のお話も楽しみにしています。

16名無し( 護摩)よりレスのお礼です:2005/03/10(木) 22:06:33
〉名無しタンポポさん そうなんです。2年も経ってるんです(笑)。月日の流れの早さと娘。さんたちの変化にただただ驚くばかりです。 読んで頂いてありがとうございました!

17月夜の海に:2005/03/23(水) 20:14:40

…ここは、人気のない砂浜。
アタシは寒さに少し震えながら、ジッポでタバコに火をつけた。
夜の海は、暗い色をして。
単調に、繰り返し波を寄せては返していた。


何故こんな田舎の海岸に来たのか、自分でも分からない。
―――分かってるのは。
幼なじみのあの子が、ウチのアニキと婚約したってくらいで。


アタシは笑って祝福の言葉を述べたけど。
その足で、一番早く来た列車に飛び乗った。

18月夜の海に:2005/03/23(水) 20:15:08
ぼーっと海を眺めていたら。
岩場に人影が見えた。


…女の子?

闇に目が慣れてきて。
その子が、服を脱ぎ出したのが分かった。
思わず、赤くなる。


…てか、自殺!?
考えるより先に、アタシはやわらかい砂を蹴ってその子の元へ駆けてった。

19月夜の海に:2005/03/23(水) 20:15:22
「だ、ダメです!!」
いきなり現れた人間に、その子はギョッとした表情を向けた。
「あの…?」
「し、死んでも何ひとつイイことありません!周りの人間も悲しみます!!」
「そう、ですね…」
「よかった!思い直してくれたんですね!!」
アタシは感極まって、その子に抱きついた。
「キャ…キャー!!!」
…助けたのに、往復ビンタされてるのはなして?

20月夜の海に:2005/03/23(水) 20:15:39
―――アタシはその子に連れられて、古いボートハウスに行った。

彼女の名前は梨華ちゃんで。
この先の街に住んでるらしい。
「どうぞ、汚いトコだけど」
とすすめられて、軋むドアを開けて中に入って行った。

「…こんな時期に泳ぐ?しかもまっぱで!」
アタシは口を尖らせて、文句を言った。
梨華ちゃんは、また思い出してゲラゲラ笑う。
今日このネタでこの子に笑われるのは、これで7回目だ。

「だ、だって!あんな低い岩から飛び降りって!あ、あはは!」
アタシは赤くなって、彼女が入れてくれたコーヒーを一口飲む。
ここは梨華ちゃんのお父さんの持ち物で、何にもない小屋だけど、コンロだとか
簡単な調理器具がそろっていた。
コーヒーは冷え切った体に、浸透するようにぬくもりをくれた。

「でもありがとう、あなたは優しいんだね」
梨華ちゃんは華のように笑った。
あらためて見ると。
彼女はとても美人で。
この海辺の町の子だけあって、よく陽に焼けてはいるが。
スカートの裾からすんなり伸びた、健康的な褐色の足が視界に入り、
ガラにもなくドキっとした。

21月夜の海に:2005/03/23(水) 20:15:54

「…あなたは、どうしてこの町に来たの?」
彼女の高い声が微かにかすれていた。
色っぽい声だなぁ。
アタシはコーヒーのマグを傍らの小さなテーブルに置いて、彼女にそっと近づいた。

「…コーヒーの味がする」
「…梨華ちゃんは潮の匂いだね」

唇はいったん離れたけど。
また吸い寄せられるように、重なり合った。


「肌…真っ白だね。あたしのと大違い」
「…梨華ちゃんのほうがキレイだよ」


小屋を暖めていたストーブが、ふっと消えた。
燃料切れだ。
じわじわと、冷たさが押し寄せてくる。

22月夜の海に:2005/03/23(水) 20:16:14
灯りを消して。
彼女が立ち上がって、服を脱いだ。
天窓から、月の光が差し込む。
アタシはしゃがみこんでその様を見ている。
月は彼女の滑らかな肌に淡い影を落とし、壁にシルエットを描き出した。


―――アタシも、その幻影の中に入っていく。
すべては夢のようで。
彼女の甘い声に、引きずりこまれていく。


潮騒が耳に響く。
何度もキスを交わし、荒ぶる波が引いた時―。
冷え切ったこの部屋に、天窓から月だけが蒼い光を送っているのが見えた―――。

23名無し護摩:2005/03/23(水) 20:18:25
お粗末ですた。
2003年のいしかーさん生誕記念に桃板の短編スレでうpしたものです。
17−18までをエロなし、それ以降をエロありスレで当時発表しました。

24名無しタンポポ:2005/03/23(水) 23:57:00
��( `.∀´)<これ見たことあるような・・・まさか予知夢か!?

と思わずアホな事を考えてしまいますた・・・(恥)
そっか桃か・・・道理で見たことある気がするわけだわ・・・。

それにしてもごまべーぐるさんのアイデアの豊富さ、文章力のすごさは
昔からすばらしいものだなぁ・・・と再実感しますた。
これからも頑張ってくださいね。

25名無し護摩よりレスのお礼です:2005/03/25(金) 14:42:13
>24の名無しタンポポさん

いしかーさんもう20ですもんね(笑)。
時の過ぎるのはまったく早いもんです。
アイディアが豊富というより、脳内妄想がやや激しいのかもしれません(爆)。
読んでいただいてありがとうございます。

26明日、春が来たら:2005/04/20(水) 13:37:59
「この駅でいいんれすよねぇ」

その日。
辻希美はボストンバックを肩から提げて、駅前でメモを片手にキョロキョロしていた。
今日から、この街で下宿をする。
両親がオーストラリアに移住することになり、元々姉も留学しているので、彼女だけ日本に残って高校に通う。

駅名は耳にしたことはあるが、来るのは初めてだった。
家具などの荷物は、2日ほど前に先方の家に届くように手配した。

「あ、フランクフルト売ってるれす。おいしそうれす」
食いしんぼうの彼女は、屋台のような店の店頭で、フランクフルトが焼かれてるのを見て、口をほころばせる。
「でも、今は中澤しゃんのお宅を探すのが先なのれす」
口をひきしめ、手をグーに握り、辻は元来た道を歩いて行った。

『駅からほとんど一本道やけどなぁ。分からんかったらウチに電話するか駅前の交番で聞いたらエエわ』
管理人と名乗る女性は、電話で自宅までの道を、関西訛りで説明した。

「う〜ん…さっそく迷ったかもしれないれす」
辻は、照れ笑いした。

27明日、春が来たら:2005/04/20(水) 13:38:22
「なあ、ちょっと」
背後から、女の子の声がした。
『うひょ!?』
辻はびっくりして、恐る恐る振り返る。
振り向くと、自分と同じ年くらいの小柄なお団子頭の女の子が立っていた。
彼女も、自分と同じように旅行カバンを提げている。

『かわいい子れす…』
辻は、思わず頬を赤らめる。
女の子は、ピンク色のカットソーを着ていて、パッチワークのジーンズを
履いていた。色白で、黒目がちのつぶらな瞳がじっと自分を見ていた。
「あの…ののに何かご用れすか」
「自分、道に迷ってるんちゃうかと思てな」
女の子は関西弁で言った。とてもかわいらしい声だった。
「自分…ああ、のののことれすね!へいっ、中澤しゃんっておうちに行くんれすけど、見事に迷ったれす!」
辻は、頭をかいて笑った。

28明日、春が来たら:2005/04/20(水) 13:38:40
「中澤?自分、下宿するん?」
「へいっ。あ…もしかして、あなたもれすか」
「うん。よろしく、ウチは加護亜依」
そっけなく言い、彼女は『コッチやで』と指をさした。
「ののは、辻希美れす。よろしくれす。あの、加護しゃん。道分かるんれすか」
慌てて、辻もついて行く。
走りながら、ボストンバックの持ち手を肩に担ぎなおす。
「うん。前1回、オトンと来たことあるから。ホンマ一本道やで」
「そうなんれすか。あの、加護しゃんは関西のひとれすか」
「うん」
何故だか、加護は顔をしかめた。
何かまずいことを聞いたのだろうか。
辻はオロオロした。
「あ、あの。ののはれすね、東京出身なんれすけど、お父さんたちが海外に行くことなって、下宿するんれす」
気まずさを消すために、慌てて自分の素性を話し始める。
「そう。ウチも、東京のガッコ行けって言われてん」
「学校、どこれすか?」
「朝比奈女子ってトコ」
辻はうれしくなって、加護の手を握った。
「ののもれす〜!うれしいれす〜」
加護はまた顔をしかめたが、つながれた手をほどこうとはしなかった。

29明日、春が来たら:2005/04/20(水) 13:39:15
中澤家に向かう道すがら、辻は一方的に自分のことや学校のことなどを喋った。加護はほとんど喋らず、たまに『そう』とか『ふうん』などと相槌を打っていた。

「―――わあ!見てくらさい!桜れすよ!」
公園の前を通りすぎる時、辻は満開の桜を指さし、歓声を上げた。
「ああ…今年は桜、早いんやなぁ」
加護も立ち止まり、桜に見入る。
風に吹かれ、ひらひらと花びらが舞ってくる。
加護の小さな手のひらに、静かに舞い降りた。

「ピンクできれいなのれす。加護しゃんみたいれす」
辻がてへてへ笑いながら言うと、
「アンタ、けったいな子ぉやなぁ」
と、加護はわざとぶすっとして返した。
心なしか、顔が赤い。

「『けったい』って、なんれすか」
「アンタみたいなんを言うんや」
「はぁ〜。そうれすか」
ふたりはならんで、桜並木を通り抜けて行く。
ときどき、零れ落ちるように、花びらがふってきた。

あの日は。
穏やかな春の日で。
とても柔らかい風が吹いていた―――。


( ´酈`)<おわり

(  ´д`)<いやだから、ウチの誕生日…マァ、エエケド

30名無し護摩:2005/04/20(水) 13:41:01
昔タンポポの掲示板に、ぼん生誕記念で書いたものです。
日付は2003年2月7日ってなってます。
今日更新分のベース本編と併せて読んでいただけたら幸いです。

31名無し護摩:2005/06/29(水) 17:14:56
以前、人様のサイトに差し上げたものですが。

32La Vie en Rose:2005/06/29(水) 17:15:41
―――飯田視点

―――朝がきた。
薄目を開いて、自分の隣を見る。
圭ちゃんは、もう起きてるようだ。
めずらしい。
今日は、休日なのに。

ゆうべは、ひさしぶりだったから。
最後には。
ふたりとも、気絶したようになった。
圭ちゃんの、ハダカの肩がキレイだな、とぼんやり思ったことは覚えてる。

歌を口ずさみながら戻ってきた。
カオも好きな、あの歌を。
『バラ色の人生』
ステキな歌だ。

あわてて寝たフリをする。
「…カゼひくわよ」
布団をかけなおしてくれる。
まだ眠ってると思ってるんだね。
演技成功。

ねえ。
人生ってバラ色だと思う?
カオは、人それぞれだと思うな。
水色だったり、黄色だったり。
幸せの色は、ひとつじゃないよね。

『アナタゆえのアタシよ
アタシゆえのアナタなの』

あ、カオ、その部分は同意だな。
今まで、こんな幸せは知らなかったもん。
今までが不幸ってワケじゃなかったけど。
圭ちゃんがいなかったら。
多分、ううん、きっと。
この歌の本当の意味を知らずに一生を終えたかもしれない。

圭ちゃんは、タバコをくわえながら。
ウォークマンを開けて、お気に入りのこの曲のMDを入れた。
MDを入れる、カチャカチャという音が聞こえる。
ふと見ると。
キャミソールに、ヒップハンガーのジーンズって格好だった。
圭ちゃんがカゼひくよ。

ベッドから気づかれないように、うつぶせで薄目を開けてじっと見つめる。


『アナタに逢うと
アタシの胸ときめく』

圭ちゃんはこの歌が大好きだ。

この歌を愛するみたいに。

圭ちゃんに、愛されたい。

33バラ色の人生:2005/06/29(水) 17:17:45
───保田視点


―――目が覚めると。
隣のカオリは、まだ眠っている。
長い睫毛が、彼女の目の周りに、淡い影を落としている。
アタシは、肘枕をしてそれに見惚れる。

―――たまに、不思議になるわ。
どうして、アンタがアタシを選んだのかって。
美人で、スタイルもモデル並みで。

その気になれば。
いくらでも、素敵な恋人が見つかるのに。

『圭ちゃん…』

とっさに名前を呼ばれて、少しびっくりする。
―――ああ。
寝ぼけてるのか。

『圭ちゃん…きて』
昨夜の、掠れた様な甘い誘いを思い出す。
あの声だけで。
アタシは、どうにかなりそうだ。

喉の渇きを覚え、キッチンへ水を飲みに行く。
椅子に掛けたキャミソールやジーンズを身に着け、部屋を出た。

なんとなく、歌を口ずさんでみる。
幼い時、母親が持ってたレコードを何度もせがんで聴いた、お気に入りの曲。

『カオも好きだよ』
じゃれついて、そう言った。
『バラ色の人生』
いい歌だ。

寝室に戻ると。
ベッドに横たわっていた長い足が、微妙に動いた。
寝たふりしてるんでしょ。
分かってるわよ。

『…カゼひくわよ』
裸の肩に、毛布を掛けてやる。
まだ寝たふりは続いてるようだ。

人生がバラ色なら。
そんな素晴らしいことはない。

―――カオリ。
アタシ、幸せすぎて怖いよ。
いつか、失う時がくるんじゃないかって。

『あなたゆえのあたしよ
あたしゆえのあなたなの』

子供の時はピンとかなかったけど。
今なら、身をもって分かるわ。
アンタに出逢ったから。

タバコに火を点け。
ウォークマンにこの歌が入ってるMDを入れる。

―――気づいてるよ。
もう、とっくに起きてることは。

『もう〜。圭ちゃん気づいてるんなら、言ってよぉ』

『アンタ芝居ヘタ過ぎ』
そう言った後で。
カオリは膨れて、ふざけてアタシを組み敷いた。


「―――きてよ」
今度は、アタシが言った。

愛してよ。
アンタが、あの歌を好きなように―――。

34名無し護摩:2005/06/29(水) 17:19:21
以前PUNKさんのサイトに差し上げたものの再掲です。
書いた時期は2003年3月頃です。

35名無し護摩:2005/06/29(水) 17:20:09
補足。タイトルはいいらさんの一枚目のソロアルバムの曲より。

36名無し護摩:2006/01/18(水) 20:49:32
いしかーさん生誕記念です。

37名猫チャーミー:2006/01/18(水) 20:50:17
『名猫チャーミー』


チャーミーは、黒い猫です。
女の子です。
ヘタレです。
音痴です。
でも、とってもポジテブです。

「おんなのこ りかいしてよ〜」
今日も自慢のノドを道行くひとに披露しながら、お散歩していました。

38名猫チャーミー:2006/01/18(水) 20:50:49


「ちょっと!チャーミー!」
ご近所の保田さん家の飼い猫ヤッスーがゴミ箱の近くから呼び止めました。
ヤッスーは本当は「ケイ」というのですが、この辺の猫は何故か『ダーヤス』とか『ヤッスー』と呼んでいました。
「こんにちは、ケメちゃん」
「ヘタクソな歌歌って迷惑かけるんじゃないわよ!」
あ、『ケメ子』という呼び名もありました。
「ひどい」
チャーミーは(T▽T)←こんな顔をして泣きました。
ヤッスーは、
「そんなことより、新入りが入ったそうね!」
ヤッスーの言う『新入りさん』は、新潟から引っ越してきた久住さん家の、『コハル』という子猫でした。
昔アイドルだった国生さゆりというおんなのひとに、ちょっと似てます。
「コハルちゃんはまだちっちゃいから、ケメちゃんの毒牙に近づけるにはキケン…」
チャーミーがまだ言い終わらないうちに、
「んま!覚えてなさいよ!」
どこからか、
「ケイちゃ〜ん、ゴハンよ〜」
という人間の声が聞こえました。
ヤッスーの飼い主の声でした。
「にゃあお〜」
( *‘.∀‘)←ヤッスーは、こんなお顔で鳴いて帰って行きました。

39名猫チャーミー:2006/01/18(水) 20:51:19
「ああ…キショかった」
チャーミーは青い顔をし、胸の辺りをちょっとさすりたい気持ちになりながら歩いて行きました。

「チャーミー!」
横丁の角から、白猫のよっすぃ〜が飛び出してきました。
よっすぃ〜は、チャーミーのいちばんのおともだちです。
「こんにちは、よっすぃ〜」
「大変だYO、チャーミー!
マコトが川でおぼれたんだ!」
よっすぃ〜の顔は蒼白です。
「ええ!?
マコっちゃん泳げるんじゃ!?
夏に海水浴行ったって」
「足がつったらしい!
マコトの家に行ったけど六郎さんたち留守なんだYO!」
「たいへん!」
チャーミーは、よっすぃ〜と一緒に川に急ぎました。

「どうして川なんかに?」
「わからないYO。
とにかく急ごう」
「ええ」

40名猫チャーミー:2006/01/18(水) 20:51:54
川に行くと、マコっちゃんがこんな風に→\∬∬T▽T)/溺れてました。
よく見ると、マコっちゃんにちっちゃい猫がしがみついています。
「あ!コハルちゃんだ!」
チャーミーは叫びました。
「なんだって!?」
よっすぃ〜は驚きの声を上げます。
コハルはよっすぃ〜の妹分でもあります。
「よっすぃ〜さ〜ん!たすけてー!」
「アニキ〜!」
コハルちゃんとマコっちゃんが叫びます。
「待ってろYO!いま助けるからな!」
よっすぃ〜が勇ましく飛び込みます。
すると。
「オイラも足つったYO!」
よっすぃ〜まで溺れてしまいました。
\(0T〜T0)/\ハoTゥTル/\∬∬T▽T)/
3人、いや3匹並んでこんな風になっていました。

41名猫チャーミー:2006/01/18(水) 20:52:24
「どどどど、どーしよ…」
チャーミーは慌てふためきました。
泳ぎには自信ありません。
あたりを見渡したところ、ダンボールがありました。
『イチかバチか…』
チャーミーは川辺のギリギリまで近づき、ダンボールを差し出しました。
「みんな!これにつかまって!」
「と、届かないYO!」
「う…これでもかあ!」
チャーミーは腕がつりそうになりながら、さらにうんと手を伸ばしました。
「ぐ!が!…届いたYO!」
『オイラにつかまれ!おまいら!』
よっすぃ〜が叫ぶと、マコっちゃんとコハルはどうにか最後の力をふりしぼってよっすぃ〜につかまりました。

42名猫チャーミー:2006/01/18(水) 20:53:03
「んま!コハルを助けようとしてアンタまで溺れたの!?」
ヤッスーが言うと、マコっちゃんは照れたように頭をかきました。
チャーミーの活躍を聞いた猫たちは、いつものなじみの場所に集まっていました。
稲葉さん家のあっちゃんや矢口さん家のマリーなど、もう飲んだくれてる猫もいました。
「チャーミーさんのおかげですよ」
マコっちゃんが言うと、コハルも
「ちゃーみーさんばんざい!」
と続けました。
チャーミーは
「やだ、もう〜」
とテレっぱなしです。
「チャーミーは、勇敢な猫だYO!」
よっすぃ〜はチャーミーの片前足を上げて言いました。
「「「チャーミー!チャーミー!」」」
猫たちは、お祝いにチャーミーを胴上げしました。


チャーミーは黒い猫です。
だけど、その日はとてもうれしそうにほっぺたがぴかぴかしていました。


おしまい

43名無し護摩:2006/01/18(水) 20:55:01
タイトルは「名猫(めいねこ)チャーミー」と読んでください。
よくある「名犬○○」とかのもじりです(笑)。
んで、いしかーさんおたおめ!

44名無し護摩:2006/01/19(木) 14:25:38
一日早いけどヤグ生誕記念に。ベースなちやぐです。

45POWDER SNOW:2006/01/19(木) 14:27:12
雪の降る夜は、そばにいてほしい

そんな古い歌謡曲のようなことを思いながら、そっとなっちのそばを抜けてリビングに行った。
なっちは、よく眠ってる。
裸の肩が、暗闇の中、より白く見えた。

46POWDER SNOW:2006/01/19(木) 14:27:46
オイラは雪があんまし好きくない。
だって、おじーちゃんやおばーちゃんが死んだのも、こんな寒い夜だったから。
おかーさんは冬じゃなかったけど。
でも、大事なひとを遠くに連れてった、冬は嫌いだ。

東京の雪はきれいくない。
せめてなっちの地元みたいに、さらさらな雪だったらいいのに。

窓辺から、静かに落ちてくる雪が見える。
おーおー。
この寒いのに、ご苦労だねえ。
ああ、寒いから雪降るんか。

47POWDER SNOW:2006/01/19(木) 14:28:53
そんなバカなことを考えてたら、ホンキで冷えてきた。
やっぱまっぱにでかいニットだけってムリがあるな。
コーヒーでも沸かそうかと思いキッチンへ行こうとすると、不意に後ろから抱きしめられた。
「うん」
「コーラ、この寒いのにこんなカッコで。
どこの悪い子だべね〜」
なっちは『めっ』とオイラの頭をこづいた。
「うん」
なっちの脇のあたりに頭をこすりつけて、オイラはただごしごしやっていた。
「ヤグチ、冷えてるよ」
なっちはもっと強くぎゅってしてくれた。
この腕があれば、オイラはなんだってできそうな気がする。

48POWDER SNOW:2006/01/19(木) 14:29:23
だから
神様

なっちだけは、寒い夜に連れてかないでね


オイラはただ、それだけを考えていた。

49名無しタンポポ:2006/01/21(土) 17:51:43
こちらでいいんでしょうか。
いしやぐ生誕記念短編読ませて頂きました。
どちらもまったく違う世界観で石川主役のものはほのぼの、
矢口のものはちょっと切なくなりました。
実はベース弾きが森板でスタートしてから、ずっと読ませて頂いてます。
作者さんの描く世界観がとても好きで、いつも楽しませていただいております。
これからも応援しております。頑張ってください。
後藤先輩も頑張れw

50名無し護摩:2006/01/25(水) 21:25:10
レスのお礼です。

>49の名無しタンポポさん

( ´ Д `)<んあ〜、ありがとうだぽ。がんばるぽ

�堯福繊亜顗亜法礇泪犬如Ą¤鵑柄阿ǂ蘰匹鵑任唎譴討鵑痢¦泪鹸況磴世茵�

本当に長い間読んでくださってるんですね。ありがとうございます。
これからも楽しんで頂けるように頑張ります。後藤先輩もw

51名無し護摩:2009/08/15(土) 22:18:24
昔喫茶タンポポの掲示板に書いた短編です。

52指定席:2009/08/15(土) 22:19:25

―――石川視点

 駅前に、お気に入りの映画館を見つけた。
 ちょっと小さいけど、雰囲気があって。
 あんまり知られていないのか、お客さんがあたしひとりだけのこともある。
 古いけど、清潔な館内。
 すっごく座り心地のいいシート。
 今日も深々といつものシートに身を沈め、スクリーンの中の世界にひたる。

 こんないい映画館をあたしひとりだけ知ってるのはもったいないので、おさななじみの真里ちゃんにも教えてあげることにした。

53指定席:2009/08/15(土) 22:20:00


「ハァ? 駅前の映画館?」
 真里ちゃんは案の定、『?』なカオをした。
 しばらく考え、
「ソレってさ、もしかして3丁目のきったない雑居ビルの地下? 名前は確か…」
「名画座だよ」
「ソレだ! てか、まだあの映画館あったん? とっくに潰れたんかと思ってた!」
「失礼だよぉ。ちゃんと上映してるよぉ」
 あたしがぷくっとホホを膨らませると、
「つーかさ、だってオイラが前ソコ行ったの、うちのおとーさんがゴジラの映画見に連れてってくれたときよ? オイラ、小学校…何年だったかなぁ」
 真里ちゃんは首をかしげた。
「行こうよ! その時のステキな思い出のために!」
 あたしはイヤがる真里ちゃんを引っ張って、名画座へ行った。

54指定席:2009/08/15(土) 22:20:32

「…うっわぁ〜、相変わらずきったね…」
 ビルの階段を降りて、真里ちゃんは顔をしかめた。
 確かに、ここは古くてお世辞にもキレイとは言えない。
 でもでも。
 掃除がゆき届いているから、それなりにまだ見られる。

55指定席:2009/08/15(土) 22:21:10

「いらっしゃい」
 受付のバイトさんがニコニコと出迎えてくれる。
 名前は、ひとみちゃん。
 背の高い、ボーイッシュな女の子。
 映画の専門学校に行ってて、時間のある時はここでバイトしてる。
 ここまでの情報を聞きだせるくらい、あたしはひとみちゃんと仲良くなったのだ。
「こんにちは、ひとみちゃん」
「今日は、お友達と一緒なんだね」
「あ、ども」
 真里ちゃんはあたしの後ろから背伸びしてカオを出した。
 背が低いから、そうしないと見えないのだ。

56指定席:2009/08/15(土) 22:21:47

『石川さんの指定席』
 ひとみちゃんがそう呼ぶ、いつもの席に真里ちゃんと並んで座る。

57指定席:2009/08/15(土) 22:22:24

 今日の上映は『青いパパイヤの香り』だった。
 ベトナムが舞台の映画で、瑞々しい原色が、画面の中で息づいてる。
 主人公の少女の淡い恋や官能の目覚めが、流れるようなカメラワークで撮られていた。

58指定席:2009/08/15(土) 22:23:04

「しっかし、客いねーなー」
 映画が終わった後、真里ちゃんはキョロキョロと館内を見渡して言った。
 お客は、あたしたちふたりだけだった。
「知る人ぞ知るってトコだしね」
「いやいやいや、単に売れてないんだって」
「マニアしか来ないんだよ、きっと」
「てか、オマエはマニアなんかよ!」
 真里ちゃんはいちいちツッコんでくれるから好きだ。
 あたしは真里ちゃんに『キショイ』と言われないと、何か安心しないんだ。

59指定席:2009/08/15(土) 22:23:58

「よっすぃ〜ってカッコいいね」
 唐突に、真里ちゃんが言った。
 真里ちゃんはさっき、ひとみちゃんと話をし、あだなが『よっすぃ〜』ってことまで聞き出してた。
 …あたしなんて、その情報得るのに2ヶ月はかかったのに。
「それはダメ!」
 顔を赤くし、こう一度ダメ!と念を押すと、真里ちゃんはニヤっと
「やっぱりなぁ〜」
と笑った…。
 真里ちゃん…キライ。

60指定席:2009/08/15(土) 22:24:33

 そう。
 あたしがこの映画館に通っているのは。

 ひとみちゃんに、会うためなのだ。

61指定席:2009/08/15(土) 22:25:18


『イシカワ、オマエ分かりやすすぎ』
 真里ちゃんにこう言われながら、それでもあたしはせっせと通う。

62指定席:2009/08/15(土) 22:26:12

 ある日、週末の夜に行うレイトショーを観に行った。
 今週は、『ソビエト・ウィーク』だ。

63指定席:2009/08/15(土) 22:26:43

「てか、あんな客いない映画館でレイトショーする意義ってナニ?」
 真里ちゃんはやはりそう言ってツッコむ。
 上映プログラムのチラシを見せても、
「『不思議惑星キンザザ』? なんじゃこりゃ?」
とやはり顔をしかめてる。

64指定席:2009/08/15(土) 22:27:21

 映画はマニアックすぎてたまにさっぱり分からなかったけど、それなりに楽しめた。
 今まで退屈でしかなかった週末の夜が、とても充実してる。

65指定席:2009/08/15(土) 22:27:53

「石川さん、石川さん」
 穏やかな声にそっと起こされる。
 ハッと目を覚ますと、ひとみちゃんがあたしの横に立っていた。
 …あ。
 あたし、寝ちゃったんだ…。

66指定席:2009/08/15(土) 22:28:24

 ひとみちゃんはニコニコ笑ってる。
 バイト上がりなんだけど、一緒に朝ごはんをどうかって誘われた。

 …やったわ!
 レイトを観に来た甲斐があった!

67指定席:2009/08/15(土) 22:28:58

 朝焼けの中、ひとみちゃんと暗闇の世界を出る。
 今日もお客さんは、あたしひとりだった。

68指定席:2009/08/15(土) 22:30:01

 あたしはひとみちゃんと、駅前のマックに行った。
『付き合ってくれたお礼』
と、ひとみちゃんはあたしの分も払ってくれた。

69指定席:2009/08/15(土) 22:30:44

「石川さん、ほんと常連さんだよね。お世話になってますぅ〜」
 ひとみちゃんがおどけて、腕を前にやり大きな体をぴょこんと折り曲げた。
「ううん、楽しいし。映画好きになったし」
 そして、あなたが好きです。
は、心の中で言った。
「ウチは、いつかカッケー映画撮りたいんだ。通のひとが見てくれるような」
「へえ〜」
「友達と、ヒマさえあれば色んなモンをかたっぱしから撮ってる」
 ひとみちゃんは将来の夢や、好きな映画のこととかいっぱいお話してくれた。
 まだ朝早いマックで、ソーセージマフィンをかじりながら。
 初めて、いっぱいお話した。

70指定席:2009/08/15(土) 22:31:17


「夢はさ」
 ひとみちゃんはこう続けた。
「もうひとつあるんだ」
「なあに?」
「それはナイショ」
 ひとみちゃんは鼻先に人差し指を立て、笑って片目をつぶった。

71指定席:2009/08/15(土) 22:31:50

 それからしばらくたったある日。

72指定席:2009/08/15(土) 22:32:34


「ウチも、残念なんだけどね」
 ひとみちゃんは、悲しそうに笑う。
 この映画館が、閉鎖することになった。
 老朽化が主な原因で、この後に今流行りのシネコンを建てるらしい。
「お別れロードショーするんだ。そんで、今常連さんにどの映画がいいかアンケート取ってんだ。石川さんも書いて」

 ひとみちゃんに用紙を渡され、あたしはしばらく考えたあと、『ニューシネマパラダイス』と書いた。
 以前ビデオを借りて観て、とても感動したから。
 もう一度、こことサヨナラする前に大きなスクリーンで観てみたい。

「どうもありがとう」
 アンケート用紙を渡すと、ひとみちゃんはにっこり笑った。
 …この笑顔とも、お別れなのかな。

73指定席:2009/08/15(土) 22:33:14

―――そして

 最終日。
 あたしはひとみちゃんに言われた時間に、映画館に行った。
 そしたら、受付に知らない女の子がいた。
「んあ〜、いらっしゃい」
 すっごくカワイイ子だけど、なんだか眠そうだ。
 ひとみちゃんは…?
「ヨシコー、お客さんだよ〜」
 ヨ、ヨシコ?
 ひとみちゃんのことかな?
「おう、ごっちん受付ご苦労。あ、石川さん来てくれたんだね」
 ひとみちゃんは、腕まくりして奥の映写室から現れた。
「あっは! この子が梨華ちゃんだね! かっわいい〜!」
 眠そうなひとは、ニヤニヤ笑ってひとみちゃんを肘で軽くこづいた。

 なんか、仲良し?

「んじゃ、ゆっくりお楽しみください」
 ごっちんというひとは、扉を開けてあたしを中に入れてくれた。
 お礼を言い、いつもの席に座る。

74指定席:2009/08/15(土) 22:33:52

『んあ〜、ただいまより上映いたします。あ〜…オナカすいた』
開演アナウンスも、なんだか眠そうだった。

75指定席:2009/08/15(土) 22:34:46

「…ん?」
 ふと横を見ると、ひとみちゃんが大股で歩いてきてあたしの隣に座った。
 ひとみちゃん…受付は?

「あの…受付は?」
 もう映画が始まっているので、こそっと小声で言う。
「この回だけ、友達に代わってもらった。さっきの眠そうなの」
「…そうなんだ。でも、何で?」
 しばらく答えはなかったが、やがて遠慮がちにそして何かを決心したように
 ひとみちゃんは前を向いたままあたしの手を握った。

「あたしのもうひとつの夢はさ」

「石川さんと、映画を観ることだったんだ」

76指定席:2009/08/15(土) 22:35:29

―――銀幕が、霞んで見えないよ。
 大好きな映画なのに。

 いつもの席で、あたしはあったかい手をいつまでもいつまでも、握っていました。

77名無し護摩:2009/08/15(土) 22:36:38

終わりです。
2003年の(0^〜^)生誕記念に書いたものです。


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