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企画リレー小説スレッド

4 第1回1番(2) :2007/08/19(日) 00:26:17

生前葬などというものは、大抵の場合余程の好事家で且つ富豪である者の特権だ。それに例外があるとすれば、死んだ後の葬儀がけして許されない場合であるが、そんな状況が起こりうる可能性とは如何程のものになるだろうか。
それでいて、この幼子はその稀有な例外に該当してしまったのだ。
男は、この辺り一帯を治めるヘルモンド子爵家の当主たるアルスタはその腕の中で淑やかに寝息を立てるただ一人の血縁を見、そっと唇を噛み締める。
艶やかな金の髪は見るものにため息をつかせるほどの美しさ。だがそれこそが死を呼び寄せる一因であるのだから、アルスタがこの髪を刈り取ってしまおうと思ったことは数知れなかった。無論、実行に移したことはついぞなかったのだが。
葬儀の後、アルスタは家人に兄弟二人だけにしてくれるよう頼み、自室に篭もり二人で過ごした。雲越しの光が絶え、夜の帳が落ちると同時に小さな子供は兄にもたれかかるようにして眠り、アルスタは黙したまま外を眺めていた。
クリス、と。ただひとり、最も近しい人の名前を呼ぼうとして、止める。晒されたあどけない顔を目覚めによって終わらせることが、何故だかひどく罪深い事のように思われた。
その代わりにとアルスタはそっとその額に顔を寄せる。口付けた白い額がひんやりとした感触を返す。
どうしようもない愛おしさと、それ以上の痛苦。
この子供は、死ぬのだ。アルスタは声に出さず呟いた。この美しい血族は、贄となって死ぬ。それは生まれ出でた時から定められた運命であり、当世に生まれついた最も美しい容姿の持ち主として避けられぬ責務だった。
その約定は、今からおよそ二億の日の昔に定められたのだという。
古き祖であるアルセスは異邦人だった。この地の領主の娘に手をつけた咎によりその子供を贄として領主に差し出したアルセスは、妻にして、しかしながら母であった者によって殺された。娘の狂態に心を痛めた領主は死んだアルセスとその子供を泥を捏ねて創造し直し、娘の家庭を再び作り上げた。しかし既に狂った女の精神は破綻したまま戻らず、絶望したアルセスはその苦しみを自らだけが味わう事を良しとしなかった。
アルセスは呪詛を吐いた。子々孫々に至るまで、その代で最も優れ、美しい女児を贄に捧げよ。このアルセスと痛みを同じくしない者は血の連なりより弾かれ、世にも無惨な最期を遂げるであろう。
子を殺す痛み。それ以来呪いの蔓延ったこの地には最も優れ美しい子が生まれる度に厄災が訪れるようになった。
河が氾濫しては人柱を、侵略者が攻め入ればその首級を、悪鬼が降り立てば生贄を。
血の束縛は今に至るまでけしてほどける事は無く、この家系は呪詛に縛られたまま、今この時に悲劇をもたらさんとしている。
贄を捧げることによりその地は平穏を取り戻し、世代が下るに従ってその行為は慣例化した。その土地を覆うのは漠然とした諦観と妥協だった。贄によって救いがもたらされるのなら、わずかばかりの痛みなど何ほどのものであろうや。人々はそう言って納得し、常に犠牲を強いられる丘の上の城に、その地の主にわずかばかりの敬意を払う。
寒い。そう、アルスタは感じた。実際の、気温についての肌寒さではない。血に、地に、そして人の意思によって雁字搦めに縛られたその運命が、途方も無く前途の無い、寒々しい道行きであるように思えたからだ。


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