したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

企画リレー小説スレッド

35 第1回8番(I)有瀬昴 :2008/03/07(金) 02:45:57
 PANGEONで夢を見続ける彼女。六年前あの子の遭遇した事件について、最も詳しく知る者の一人が僕だろう。彼女の経験を特別悲しく飾り立てるつもりはない。当時あの動乱のさなかにあって、その程度に凄惨な出来事はありふれていた。たしかに彼女には少し込み入った事情があって、始まりから終わりまでに一連の流れがある。そういった意味であれはたしかに悲「劇」的ではあったのかもしれないけれど、傍観者にとってしか意味をなさないそんな評価など僕の知ったことじゃない。

 余計な叙情性なんかを持たせないために、ざっと説明してしまおう。彼女は当時十一歳。あの国の経済水準ではそれなりの資産家といえる家庭の娘で、病弱な兄がいた。内戦のごたごたで、この兄が誘拐される。武装民兵による身代金目当ての犯行で、両親はこの要求を素直に呑んだ。しかし取引成立を目前として全く無関係な強盗が一家を襲い、両親を殺害した挙句金品権利書の類を強奪。身代金を得るという当てが外れた民兵組織は匙を投げ、誘拐実行班は面倒な人質の処分を押し付けられた。作戦の失敗でヤケ酒を浴びた連中は、人質を爆弾運びに使うという杜撰なアイデアを真剣に検討しはじめる。しかし病弱な兄はその役さえ務まりそうもなく、ならばと連れて来られたのが妹の彼女だった。こうして奇しくも、兄は本来の目的通り「人質」として役目を果たす。銃を突きつけられた兄を眼前に脅された妹は、それが何であるかも知らされぬまま爆弾の運び手となった。

 爆弾と言ったけれど、実際は局所的なバイオ兵器だ。ごく限られた範囲の人間を殺戮しつつ、その毒性は数分で綺麗さっぱり消滅する。たかが民兵組織の一斑がこんなものを持っていたのは、あの死の商人マグドールが内戦という最新兵器の実験場にタダみたいな値段で試作品を流したからだ。その名もおあつらえ向きな「ファーゾナー」。形としては、卵大のプラスチックケースに過ぎない。彼女はそれをポケットに忍ばせて、近場の市民礼拝堂へと向かった。

 道中、おかしな様子を見てとったのか、二名の親切な海外義援隊員が彼女に話しかけている。また、彼女と顔見知りだった礼拝施設長自身も、ひと声を掛けている。後から考えれば、これらは事件を阻止する機会だった。ここで彼女が助けを求めていれば事態はまた別の展開を見せただろう。けれど結局、彼女は礼拝堂にケースを投げ込んだ。結果として施設関係者九名と礼拝参加者六十一名が死亡、堂内の生存者はたったの一名だった。この一名は施設長の弟で、兄の静止を振り切って死毒渦巻く現場に後から飛び込んだのだという。こうして「ファーゾナー」の性能は証明されたが、それを観測するものは誰もいない。

 その後、実行班の連中はすぐに逮捕され、処分すら面倒がられていた兄は無事解放された。兄妹は再会するが、彼女らは既にして戦災孤児だ。そしてまた散り散りになり、戦災に巻き込まれてマグドールに拾われて、行き着いた先がこのPANGEON。仰々しい機関の中で、彼女は今も夢を見続けている。そんな彼女を、僕は偽名を手に入れてまで追いかけてきた。けれど、近づけるのはここまでだ。

 彼女は自分が何を持たされているか知らなかったけれど、それがよくないものであることは知っていた。だから、彼女は彼らに逆らうべきだったのだろう。もちろん、当時十一歳の彼女にそれは難しかった。義援隊や施設長に助けを求めるという発想すら、兄を守ることで頭がいっぱいの彼女には厳しすぎる要求だったろう。けれど、叱ってやることは必要だった。独りで自分を責める彼女をちゃんとした言葉で叱り、慰めてやれる者が必要だったのだ。六年前のあの時、彼女の傍にいた人間にはそれができなかった。だから今さらになって、僕はその役をデフォンに期待しているのだろう。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

■ したらば のおすすめアイテム ■

踏み出せば何かが変わる - 三浦 大輔


この欄のアイテムは掲示板管理メニューから自由に変更可能です。


掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板