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企画リレー小説スレッド

3 第1回1番(1) :2007/08/19(日) 00:21:54
そこは、それ以上は無いというほどに極まった冬そのものの森だった。
吸い込まれそうなほどに澄み切った青空というモノがあって、飲み込まれそうなほどに澱んだ曇天が無いという道理は無いだろう。錆色の天蓋は真冬の大地と相俟って寒々しい空間を演出し作り出す。北国特有の停滞した空気。吐き出す息は白というよりも灰色そのもの。歩む地面には霜が降り、しゃりしゃりと音を立てて大地の確かさを伝えてくれる。
大地の最果て、極北に程近いその空を伝播するのは重く、それでいて荘厳な旋律だった。節くれ立ち捻じくれた樹木の群、反響する重低音が喚起する重苦しくそれでいて悲しげな細波の情景。金管のみの音色が大気を押し潰し、森は暗色で満ちていく。木管の姿は無い。灰色の大地に満ちた寒々しい空気は、吹き付けた温かい息との温度差で木製楽器に亀裂を生む。ただでさえ悴む指と自然下がっていく音程。悪環境の中、それでもオーケストラはその荘厳さを失う事無く音を広げる。大地の上を旋律で埋め尽くしながら、路を往く楽団はさながら葬列のように歩みを進める。
否、それは比喩ではない。
森を往くその集団こそは正しく葬列であるのだと、最後尾よりわずかに離れた位置から追随する男は認識していた。列の中心で担ぎ上げられているのは漆黒の長方形、棺そのものなのだ。そのちっぽけな箱こそが今この時の世界の中心なのだと、静かに主張するかのように。葬列より響き渡る音の連なりはただ粛々と続いている。葬儀に楽団を伴うのがこの地の風習であり、死者を音楽によって送り出すのが弔いの作法だ。
音の群と、連綿と続く葬列。
捧げられるのは森という世界の中心である、一抱えほどの棺。
だが、知っている。
男は、知っているのだ。
男は延々と奏でられる音に包まれながら言いようの無い居心地の悪さを感じていた。それはあるいは、葬儀という陰鬱な儀式が生み出す暗い感情の所為かも知れず、あるいは重々しい音が彼の耳を圧迫する所為かも知れず、またともすれば、
「にいさま」
つと、男の袖を引く弱々しい力が働く。彼の脇から一歩下がって付き従う小さな影。視線を下げ、儚げな雰囲気と質素なドレスで彩られた美貌を眺め、男は嘆息した。
ともすれば、どころではなく。このどうしようもない諦念と違和感はまず間違い無く、
未だ死んでいない者の葬儀を執り行う事に起因しているのであろう。
棺の中は、空なのだ。
その中に収まっているべきである者は、そのすぐ傍に。
「わたくしは」
緩やかに波打つ金髪に手を遣り、端麗な目をそっと細める。それだけで男は、兄である身としてこう思うのだ。なんと滑稽なことか、と。
ドレスの色は漆黒だ。己の喪に服する、などと酷く滑稽な真似をしながら、それでいてその様は変わらず美しい。はしばみ色のやわらかな瞳に、人形じみて高い鼻。ふっくらとした唇は寒さからか紫に染まり、白い肌はより一層白さを増している。
死に満ちた冬の空気の中にあっても。いかなる姿、状況であっても美しいのだと、そう感じさせるだけの、美貌。
その口から紡がれる、どうしようもない絶望を前に、男は悲嘆に暮れる他は無く。
「わたくしは今、死ぬのですね」
弔われるべき当人は、静かに呟いた。
死人にはおよそ似つかわしくない微笑みを浮かべながら。
儚く。


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