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物語スレッド

200遺された紀憶(10)-1 ◆hsy.5SELx2:2007/06/10(日) 02:30:54
時:83bhnviai

 眠れないので考えてみる。まだ、先程の紀述からさほど時間は経っていないのだけど。隣の部屋からはびっくりするくらい何の音もしない。もしかしたら、彼女はいないのかもしれない。それならそれでいい。でもやはり今はまだ、怖い。
 ぼくは逃げるべきなのだろうか。あの女性が言ったように、さっさとこの塔を出るべきなのだろうか。常識的に考えれば、たぶんそれが一番正しい。でも、それならどうしてぼくはまだこんなところに居るんだろう。行き場なんてどこにもないのは昔からだし、どこに居たってあの湖の側でうずくまっていたころより悪くなることはない。どうしていますぐにでも塔を出ないんだろう。どうしてまだこんな、彼女の側にいるんだろう。
 なんとはなしに壁を見た。彼女の部屋がある側の壁には簡素なクローゼット。その中身のことを考える。中には彼女がぼくの為に作ってくれたり、どこかから買ってきてくれた服がたくさん入っている。ぼくは服なんて最初に着ていたもので十分だ、どうしてかはわからないけれど汚れることも破れることもない服なのだから、と言ったのだけど、彼女は笑って答えた。
「それは自分勝手すぎるというものよ。いつも同じ服だと見ているほうだってつまらないじゃない?」
 無茶苦茶な理屈だなあ、なんて苦笑しながらも、ぼくはその日から彼女を喜ばせようと色々な服を着てみたっけ。どんな服なら自分に似あうだろう、どんな服なら彼女は喜んでくれるだろう、そんなことを考えている間は、本当に楽しかった。
 また、別のことを思いだした。ここに来た、二日目の夜のことだ。ぼくはその日、そのとき星見の塔にいたたくさんの姉妹に一日がかりで挨拶まわりをやって、へとへとになっていた。部屋に戻って彼女と二人きりになって、ようやく大きなため息をついた。ふと気付くと、彼女が心配そうな顔でぼくを見ていた。ぼくは空元気を振り絞って言った。
「大丈夫だよ。これくらいなんてことないし、大体住まわせてもらうんだから、精一杯こういうことはやっておかないと」
「ううん、そうじゃないの」
 ぼくはベッドに座っていた。彼女は床に座布団を敷いてぺたんと座り、上目遣いにぼくを見上げていた。言い淀むように何度か口を開閉させた後、彼女は言った。
「その……よかったのかな、って」
「え?」
「ううん。あんまり、真剣に気にされても困るんだけど、ふと思ったの。わたしはあなたをここに連れてきたけれど、それってあなたの自由を奪うことじゃなかったのかな、って。あなたを連れてきたことで、あなたをわたしに縛りつけちゃうんじゃないかな、って。ちょっと怖くなった」
「……そういうこと、言うなよ」
 ぼくは、自分でも驚いたのだけれど、怒っていた。彼女はびっくりしてぼくを見た。
「え……?」
「ぼくはぼく自身君と居たいと思って、ぼく自身の意思でここに来たんだ。ぼくらは君の意思だけで出来あがってるんじゃなくて……うまく言えないけど、二人の気持ちがあって、今のぼくらがあるんだよ。だから、そういう勝手なことを言われるのは、嫌だ」
 ぼくがそう言うと、驚いたことに、彼女はにっこりと笑った。
「よかった」
「え?」
「君が、わたしたち『二人』のこと、ちゃんと真剣に考えてくれてるんだなあ、って」
「………………うん」
 彼女の気持ちが春風のなかのほうらいばなみたいにふうわりと伝わってくるのがわかった。なんだかぼくは照れくさいような気分になって、きっとそれは彼女も同じだったんだと思う。ぼくらは何を言っていいのかわからず黙りこんだ。でも、その静けさはなんだか心地良かったんだ。


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