したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

皇軍(明治〜WW2)がファンタジー世界に召喚されますたvol.26

1名無し三等陸士@F世界:2017/01/29(日) 10:52:34 ID:ci0mzTRQ0
自衛隊ではない日本の軍隊のスレッドです。
議論・SS投下・雑談 ご自由に。

ローテク兵器VS剣と魔法

戦国自衛隊のノリでいて新たなジャンルを開拓すべし
銃を手に、ファンタジー世界で生き残れ!

・sage推奨。 …必要ないけど。
・書きこむ前にリロードを。
・SS作者は投下前と投下後に開始・終了宣言を。
・SS投下中の発言は控えめ。
・支援は15レスに1回くらい。
・嵐は徹底放置。
・特定の作者専用スレは板として不可。
・以上を守らないものは…疫病と戦争、貧苦と死に満ち溢れたファンタジー世界に召喚です。 嘘です。

254303 ◆CFYEo93rhU:2019/11/30(土) 11:01:29 ID:k83QLRus0
「騎兵が来るぞ!」
竜騎兵と軽騎兵がこちらの右翼側に展開し、速歩から駈歩で接近を開始する。

「盾隊出せ!」
義勇団は戦力を中央から左翼に集中させているので、非常に薄い右翼部隊を防御すべく、銃弾を防ぐ鉄板を張った木製の置き盾が並べられる。
馬が怖がるよう、長さ1シンクの棒を棘のように突き出した盾は不格好だが、私達に格好をつけている余裕などない。

歩兵隊員が一斉射撃を見舞わすが、遠い。
「射撃命令があるまで撃つなと言っただろうが!」
「叱責する暇があるなら防御陣に組み替えろ! 総員銃剣構え!」
私は中央で歩兵隊員を纏める団員を叱咤し、右翼の団員にも“死守命令”を出した。

私達の横隊が空撃ちしたのを見た敵騎兵隊だったが、何故か距離を保ってこちらの様子を窺っている。
「敵の砲兵だ!」
気付いた時には、右翼の至近距離で敵の騎馬砲兵隊が射撃態勢に入っていた。
右翼から陣形が滅茶苦茶に荒らされ、折角の盾隊も砲撃で粗方破壊されてしまった。

騎馬砲兵の活躍を見届けると、竜騎兵と軽騎兵が襲歩で押し寄せ、まず中央の大砲の周囲に居た歩兵を至近距離から射撃した。
そして抜刀、対騎兵防御の準備など出来ていない戦列を支えるのは精神力のみだろう。
私の為、仲間の為、自分の為、理由は何でもいいが、とにかくその精神力が頼みの綱だ。

義勇団の本陣が置かれた廃屋には、予備の1/4バルツ砲が2門あるが、これは奥の手。今、前に出す訳にはいかない。

中央が荒らされ、左右が完全に分断された私達の義勇団に向かって、緋色の歩兵横隊が前進を開始した。
1.5シウスの距離だったものが1シウスに迫り、3/4シウスに迫る。

「やるぞ、今だ。狙うは白馬の“魔女”だけだ。続け!」
乗馬している団員が臨時の騎馬隊となり、駈歩で敵の右翼を迂回するように本陣を離れた。
中央や左翼の歩兵隊員達は、既に銃を撃ち尽くし抜刀していた竜騎兵や軽騎兵を戻らせまいと銃剣で必死の抵抗をしてくれている。

私達の臨時騎馬隊が本陣から十分に離れると、隠し玉の1/4シウス砲から、散弾が放たれた。
至近距離からの散弾は何人かの味方も巻き込むが、この場には敵の方が圧倒的に多い。しかも多くが騎兵。一矢報いたろう。

私達の接近を見た敵軍の後方からは予備の軽騎兵と胸甲騎兵が向かって来た。
40騎は居るだろうか。こちらは10騎も居ないのに。

「白馬……奴が来る! 討ち取れ!」
白銀の鎧を煌めかせ、王旗を掲げた副官を従えた“魔女”が、胸甲騎兵と共に私達に接近してきたのだ。
千載一遇の好機に、私達は勢い付いた。

だが発砲音と共に硝煙を潜り抜け、白い肌を煤で汚した“魔女”によって、その気勢が削がれる。
半シウスの距離で馬を走らせながらの銃撃が連続で命中するなど、悪夢でしかない。

だが軽騎兵と胸甲騎兵は“魔女”の後方に従っているだけで、周囲を厳重に守っている訳ではない。
「足を止めるな! 突撃しろ!」
私は右手に剣を、左手に拳銃を持ち、“魔女”に向かって突撃する。
拳銃を撃つのは槍の間合いだ。
発砲音が鳴ると、私の横を走っていた古参の団員が胸を撃たれて落馬した。

硝煙が晴れると“魔女”が咥えた弾丸を銃口に吐き出し、込め矢で突き固めているのが見える。
早過ぎる。従者が換えの銃を持っていて、撃つごとに受け渡して装填している訳でもない。
そんな事を考えているとまた発砲音と共に団員が胸に穴を開けて馬から落ちた。

私が首魁だと分かっているだろうに、あえて生かしておくつもりなのだろうか。

“魔女”は鞍に装着されたポケットにマスケットをしまい、腰に下げた鞘から華麗な装飾の施された剣を抜いた。
相手は銃をしまい、こちらは装填済みの拳銃を持っている……。
罠かも知れない。しかしここまで来て止まる訳には行かない。

255303 ◆CFYEo93rhU:2019/11/30(土) 11:02:47 ID:k83QLRus0
距離は5シンクも無い。
私が左腕を伸ばして“魔女”に狙いをつけた時、“魔女”は鞍のポケットから拳銃を取り出し、一瞬のうちに撃鉄を上げると発砲した。
その硝煙が煙幕のように私の視界を奪い、同時に私の後ろで射撃機会を狙っていた団員が血を吐きながら馬の背にもたれかかる。

白煙の向こうに影を探しても“魔女”は居ない。
私の後ろで発砲音がしたので振り返ると、“魔女”が団員の革鎧ごと上半身を斬り落としていた。
馬には腰から下だけが残り、上半身だけ落馬させられている。

一思いに首を刎ねるなり、胸を突くなりすれば良いものを、見せしめのように行われる“魔女”の虐殺。
“魔女”の硝煙で煤けた顔も、白銀の鎧も、真っ白だった馬も、返り血で赤く染まっている。

これで、乗馬していた団員は私だけになった。
「これが、栄光あるイルフェス王国軍のやる事か!」
私の撃った拳銃は“魔女”を捉えた。命中した。
「この距離で外すのはいただけないな。失望した」

命中はした。しかし剣を持つ右腕を僅かに掠る程度の浅い傷しか与えられなかった。
「ところで戦況が見えているか? 剣と天秤の旗がどこにあるか」
“魔女”の言葉に、私は本陣の方向を振り返った。
旗竿にレジットの服が結ばれて、義勇団の旗は見えない。
緋色の軍服を着た歩兵隊が、倒れている団員達を銃剣で突き刺し回っている。

「ダルテュール伯爵には、我が王家も世話になった誼がある。
 最後まで、誰一人として逃げなかった組織を鍛え上げた貴様に、
 私は感銘を覚えている。これは本心だシモーヌ。私の――」
「気安くその名を呼ぶな!」
「何でもいいが、貴様の家はもうそろそろダルテュール伯爵ではなくなるだろう?
 ネアロ男爵家になるのは何年ぶりだ? 私に仕えれば今回の件は不問とし、
 伯爵の土地は安堵され禄も出す。これは父王陛下も承諾済みだ。書面もある」
「ハッ? いつからアルテュールがイルフェス王の土地になった?」
「貴様が署名した瞬間から、そうなる」
「なぜ私が。アルテュールには母上も居るし兄上も――」

自分の言葉を、自分で反芻した。
「兄上は……」
「最期まで抵抗したが、聞き分けの無い貴族はみっともないと思わないか?」
「貴様が……何も、そこまで……」
「私がアルテュールを包囲している間も、貴様はあちこち駆け回っていたな。
 そのせいで危機を伝える伝令が貴様を捕まえるのに四苦八苦していたようだが」
「…………」
「貴様の告発のせいで、我が王国がどれだけの損害を受けたと思う?
 信用というのは金貨で簡単に買えるものではない事くらい、解るだろう」
「そんなもの、自業自得だ!」
「ほう、言ったな?」

“魔女”がニヤリと顔を歪めた。


その後の事は覚えていない。
思い出そうとしても、魂が拒絶する。
ただ、ビリビリに引き裂かれた服とも言えない布を纏って、アルテュールの館に辿り着いた事は薄っすらと覚えている。

今はイルフェス王国の軍服に身を包み、王女義勇連隊の一員として“魔女”の“寵愛”を受けながら、故郷アルテュールの平安を願うばかりだ。

256303 ◆CFYEo93rhU:2019/11/30(土) 11:03:41 ID:k83QLRus0
投下終了です。
悪役の令嬢が欲しいものを手に入れる話。
西大陸編の外伝はかなり久々で、完全な一人称視点は初めてかも知れません。

257303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/01(日) 13:49:23 ID:k83QLRus0
本編の続き投下します。

258303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/01(日) 13:52:37 ID:k83QLRus0
朝食を終えた頃、皇国軍機の羽音が聞こえた。
バルコニーから身を乗り出して空を眺めると、一際巨大な
皇国軍機からロマディア市内全域に向けて大量の伝単が
ばら撒かれているところで、宮殿の敷地内にも落ちてきた。

まるで雪のように降り注ぐ高品質な紙の束。これだけでも皇国の国力が痛い程に分かる。
実際、市民は我先に伝単を拾い集め、様々用途に再利用しているくらいだ。

庭に出て手に取り、すぐに内容を確認する。

『7日後の朝からロマディア全域を攻撃するので
 ロマディア市民は早急に市外に避難するように
 ラピトゥス島は特に危険なので近づかないように』

『第三国の国民もロマディアから撤収するように
 期日までに避難しなかった場合の損害について
 皇国は一切の責任を負わないものとする』

伝単を見て、フェリスは遂に来る時が来たと感じた。
ロマディアが大規模な空襲を受けて瓦礫の山になる日が。
「おお、皇国軍の死の宣告!」
ここに居たら7日後に死ぬかもしれないのに、何故か気分が高揚する。
最初の頃は、特に期限を定めない降伏、避難勧告だった。
それが程なくして2週間以内に降伏せよという文章に変わり、そして7日後に攻撃すると!
フェリスはそれを副官の女性将校テレーズにも見せる。
「残る伝書鳩は何羽だったかな」
「13羽です」
「なら最後まで見届けられるだろう」
師団司令部と通信中隊が持つ伝書鳩を多目に連れてきたのは正解だった。
本格的な戦闘となれば本国との通信に徒歩の伝令兵が安全だが、時間がかかりすぎる。
「何も閣下が残る必要は……もしもの事があれば、コーンウォース伯爵家にとって損失です」
「少なくとも今の私は只の軍人だし、もしもの事はいつ起きてもおかしくないんだ。父上だってそれは承知だろう」
「しかし……」
「残って事態を見届ける空将も必要だろう。これは命令だ」
そう言ってしまえば、公的にはただの副官であるテレーズは黙るしかない。
子供の頃から付き合いのあった幼馴染という事は、今は無関係なのだ。

259303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/01(日) 13:53:57 ID:k83QLRus0
朝食後の散歩にセソー大公国軍の空軍司令部を訪ねると、
飛竜軍司令官がぶつぶつと呟きながら作戦案を考えている。
「午前中は第1連隊で午後は第2連隊? いやそんな事をしている余裕は……」

行き詰って頭を抱えている。
少しガス抜きに付き合った方が良いかも知れない。
「こうなれば軍の存在意義は国体の護持でありましょう」
「は?」
「ユラに仲介を頼むよう、現場からの陳情として宰相や外相を説得されてはいかが?」
「は、ユラを?」
「ええ、ユラは原則中立の方針を放棄しておりませんし」
ユラ神国が列強国として振る舞える“パワー”の一つがこれだ。
東大陸で最も広く信仰されているユラ教の総本山がある事もあり、
単純な経済力や軍事力以上のパワーがあるのはどの国も認めるところだ。
だから、特に列強国同士の戦争になった場合、仲介する能力のある強力な
中立国となると多くの場合でユラ神国が第一候補となってしまう。

ただ皇国の元世界のスイスのような永世中立国でもない。
中立の度合いが他国より高いというだけで、最終的には時と場合による。

それに何より、ユラ神国は皇国と相互防衛に基づく軍事同盟を結んでいる。
リンド王国との戦争被害が大きかったのとユラ神国が直接攻撃された
訳ではないとして野戦軍の派兵をしていないだけで、今も有効な条約だ。
事実、皇国軍の領内通行や基地の提供などは公然と行われ、ユラ領内における兵站支援などで事実上参戦している。
「閣下、ユラは今や皇国の同盟国です」
「しかし此度の……セソー大公国の対リンド戦争においては皇国に積極加担しておりません」
「東大陸の列強全てが皇国と国交を持っている訳ではないのはご存知でしょう。
 大内洋に面していない大陸東側の国家群と皇国は国交以前に交流さえない所もまだ多いのです。
 リンド王国はともかく、皇国と仲介できるのは現状ユラ神国以外に考えられませんが」
「ううん……」

もう一押しだろうか?
「ユラは皇国の軍事力を身をもって知っている数少ない列強国です。
 皇国が最終通告を出した以上、ユラの大使もロマディアから避難するでしょう。
 他の都市の領事館なら知りませんが、ロマディアに居たら危険ですからね。
 恐らくユラの大使館員はいつでも逃げ出せるように準備はしていた筈。
 7日後の朝からですから、今日中にでもロマディアから脱出しておかしくありませんよ?
 むしろ外務卿はじめ外交官吏の面々が率先してやらないのが理解できませんね」

フェリスは軍人で外交職員ではないから部分的にしか知らないが、それでも観測範囲で
セソー大公国の外交部門がやっている事は中立国に対してセソー大公国の正義と軍事行動を
支持して欲しいという働きかけで、これは素人のフェリスから見ても理解不能の行動だった。
戦争初期の段階ならまだしも、首都に攻め込まれる寸前の今する事ではないだろう。
根本原因を作ったのが自分達だから一方的に嘲笑えないが、これは流石に無い。

確かに前リンド国王の突然の崩御から現女王の即位と皇国との国交樹立までの
鮮やか過ぎる手筈は怪しいが、それが生きてくるのは戦争の大義や勝った後に
リンド王国を弱体化させる手段としてで、負けそうな段階で叫んでも遅い。

260303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/01(日) 13:55:12 ID:k83QLRus0
だがしかし。
(もしも私が同様の立場だったら、こんな無責任な事は言えない)
もしもマルロー王国が皇国軍に攻め込まれ、首都ワイヤンが爆撃の災禍に曝される寸前となった時、飛竜騎士である自分は戦闘中止命令を受けるまで戦うだろう。
たとえ勝ち目がないと分かっていても、数百騎の部下たちを死地に送り込むだろう。そして自分は地上の司令部で……。
自決? そんな身勝手な事したら、騎士達に呪われるだろう。
降伏? まだ隣の戦区で戦っている将兵を見捨てて?
(所詮他人事だから言える事か)
それ以前に、母国が早々に降伏しなければ、今頃自分はリンド王国国境方面に進出していた筈だ。
そして、その前線司令部で皇国軍の爆撃を受けてとっくに死んでいた可能性もある。
飛竜陣地は中隊ないし大隊単位で建築されるが、師団司令部が敵飛竜からの被害を避ける為に各陣地を転々と
移動した場合、指揮系統に乱れが生じる為、どこか一箇所の大きめの飛竜陣地に固定してしまうのが普通だ。
勿論、そこは他より多くの対空砲や対空ロケット弾が配備され、歩兵や騎兵に対地砲兵、場合によっては戦竜兵も配備される。
それを逆手にとって、司令部がない飛竜陣地をさも重要な場所のように偽装するという事もあるが……。

結局それは、飛竜による攻撃だけでは、敵の飛竜陣地を潰しきる事は不可能という作戦の前提がある。
飛竜による爆撃に加えて、騎兵隊や歩兵隊が飛竜陣地を蹂躙してこそ、真に決着が付く訳だ。
しかし皇国軍の飛行機は爆撃だけでそれらを纏めて吹き飛ばすから、作戦の前提が崩れる。

フェリスが色々と考え込んでいると、側に居た飛竜軍司令官が沈痛な面持ちで語り始めた。
「子爵閣下、閣下は飛竜部隊の将軍として対皇国戦術も研究していると存じます」
「まあ、戦術研究も仕事の一つですから、それはまあ……」
「それで閣下は、何か新たな手立てを考案されましたか?」
「恥ずかしながら、あまり現実味のある方法は考案出来ません」
考案していたとして、今この場で教えるつもりもさらさら無いが。

「閣下、我が陸軍部隊が皇国軍の鉄竜を撃破したのはご存知ですね?」
「リンドですら対処できなかった鉄竜を撃破したとか。見事なものです」
「皇国軍も慌てたようで、敵部隊は後退しました」
フェリスはセソー大公国軍の公式発表前に既にその情報を知っていた。
陸軍の砲兵将校が自慢げに教えてくれたのだ。
将校ともあろう者が“これは機密情報なのですが”と前置きすれば秘密が守られると思っている訳は
無いだろうから、余程自慢したかったのだろうか。リンド王国ですら成し得なかった事を成したと。
その日のうちに軍の公式発表が行われたから遅いか早いかの問題だが、規律の問題だ。
他にも色々と有意義な情報は得られたが、良いのかそれで。軍法会議ものではないのだろうか。
これは一部のロマディア市民すら口にしていたのだが、それも軍からの公式発表前だった。大丈夫か。

ついでにフェリスが知っている情報には続きがある。
皇国軍が後退したのは一時的なもので、体勢を立て直してからはまた進軍している。
いや後退ですらなく停止といった方がより正確だろう。セソー大公国軍が一時でも前進した気配は無い。
もし、それを切欠に皇国軍を押し返したのなら、今もこちら側が戦線後退を続けて首都目前まで迫られている説明がつかない。

261303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/01(日) 13:57:34 ID:k83QLRus0
「皇国軍の兵器と言えど、人が造った物である以上、相応の威力のある兵器で攻撃すれば撃破出来るのです!」
「神話にある、絶対に死なない怪物とは違いますからね」
「そうです。皇国軍は決して神でも怪物でもない。我々と同じ人間です」
「同じ人間であると。その点は対等ですね」
鉄砲が当たったら人は死ぬ。みたいな当たり前の話をされても反応に困る。
大砲を当てれば皇国兵だって死ぬだろう。皇国製の兵器だって壊れるだろう。
当てられないから困ってるんだろう?
こちらの野砲の距離より、皇国兵の小銃の距離の方が長く、連発銃はさらに長く、皇国製の大砲は地平線の向こうからすら飛んで来るんだろう?

少数事例であれば、リンド王国軍だって皇国軍の将兵を銃撃したり砲撃したりして死傷させたし、飛竜による爆弾で軍艦も損傷させた。
だから射程に入って命中弾を得られれば、何らかの被害を与える事は出来るのだ。
それが戦局を動かすような決定的な事態に繋がるかどうかは別問題として……。
まあ鉄竜に関しては、一般的な野砲である1/2バルツ砲が通用せず生半可な攻撃では
ビクともしない重装甲を備えているという話だから、それを討ち取ったとなれば
凄い事であるが、その後同様の話を聞かないという事は、それっきりだったのだろう。
二度目三度目があれば、またやってやりましたと絶対に自慢する筈だ。
つまりこれも例外的な少数事例という訳だ。
どの程度の大砲を使えば有効なダメージを与えられるかという評価を得られたのは
収穫だが、それを生かした次が続かないという事は、対策されたと考えるべきだろう。

騎士の鎧の隙間を狙えば釘1本でも討ち取れるとか言ってるのと同じだ。
その騎士は強弓と斧槍と剣と盾で完全武装しており、鎧を着ていない戦士より俊敏で、鎧に特有の死角が殆ど無い。
その釘で、騎士の鎧に傷をつけても、騎士本人には何のダメージも無い。
釘で篭手などを打てば、一瞬手を引っ込めるかもしれないが、すぐに剣を持ち直して反撃してくるだろう。
そういう事だ。

「時に閣下、飛竜が持てる爆弾の重量はいかほどでしょう」
「1発きりの大型爆弾なら、12バルツですか」
主に要塞等の頑丈な建造物を爆撃する、飛竜を長射程の臼砲のように使う大型爆弾だ。
この程度は、飛竜に関わる軍の将校なら誰でも答えられる事。
「いいえ、24バルツです」
「!?」
その数字を聞いた瞬間、真意が解った。
解ったが、解りたくなかった。
24バルツ爆弾などというものは無いから、12バルツ爆弾を2発、1騎の飛竜に運ばせるのだろう。
そして、敵の陣地や鉄竜、軍艦等、重要目標に突っ込ませる。

「無人飛竜を体当たりさせる、という訳ですか」
「然様です。流石閣下、理解がお早い」
飛竜騎士が乗る指令騎1騎に対して2〜4騎の重爆装飛竜を用意する。
重爆装飛竜には飛竜騎士は乗らず、目一杯の爆弾を括り付け、突入すべき標的を指示して体当たりさせる。
今まで人間を載せていた分の重量を全て爆弾に振り分ければ、飛竜でも大型爆弾を2発積める。
しかしそうすると爆弾を投下するタイミングを操作する手段が無いから、飛竜ごと体当たりさせると、そういう事だ。
地面や障害物に激突しそうになれば飛竜は自身の判断で避けるので、正確に言えば標的の近くまで飛ぶように指示するという事になる。
飛竜が標的に近づいたタイミングで爆弾の固定が解けて起爆するように、指令騎が上空で操作する訳なので事実上の体当たり攻撃。
攻撃が成功しようがしまいが飛竜にとっては片道切符となるし、攻撃方法の仕組みから精度の高い爆撃は不可能。
そもそも皇国軍を相手にするなら指令騎も無事で済むかどうか。

262303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/01(日) 13:58:11 ID:k83QLRus0
この戦法の利点は、飛竜が途中で迎撃されて力尽きても、上空で点火さえしてしまえば後は決まった時間が
経過した時に爆発するから、精密攻撃は不可能だが何らかの損害を与える可能性が期待出来るという事だ。
欠点は利点の裏返しで、戦果確認騎を兼ねる指令騎が撃破されたら敵に与えた損害が全く不明になる事だ。

過去、そういう事を考えた人は居たが、2発の大型爆弾を落としたければ2騎の飛竜を使えば
良いだけであり、何らメリットが見出せない戦法なので、実際にやろうとした人は存在しない。
似たような考えとして、3〜4騎の飛竜で1発の大型爆弾を運ぶというのもあったが、これもそこまで大威力の爆弾を
苦労して造り、離陸から投下まで息の合った飛行で運んでまで得られるメリットが無いので、実戦で使われた事は無い。
同じ結果を得たいなら、臼砲を使えば済む事である。

が、今のセソー大公国軍にはとにかく飛竜の数が無い。
小国相手ならともかく、列強国相手ではもはや抑止力としても機能しないレベル。
その列強国の飛竜をも退けてきた皇国軍相手では、存在しないも同然。
だから2発の爆弾を使いたければ2騎の飛竜を使えば良いなどと言っていられない。
1騎の飛竜を限界まで酷使しても尚不足するのだ。
本当は12バルツ爆弾を3発積みたいだろう。体格に優れた若い飛竜なら可能だ。
途中で骨折するかもしれないが、どうせ体当たりで死ぬなら骨折しても構わない。
だが離陸直後に骨折したら攻撃そのものが不発になるから、2発で我慢する。
「騎馬隊の兵士に、馬に爆弾を括り付けて敵陣に突撃させろと命令するようなものですよ」
「人の命と飛竜の命を天秤にかけるなら、閣下はどちらを選ばれますか?」
卑怯な質問だ。二択なら人の命に決まっているが、だからといって飛竜の命を粗末にしていいという理由にもならない。
両方を大切にするべきだ。飛竜騎士なら尚更だ。愛竜を自爆突撃させる飛竜騎士は、後を追って自決するかも知れない。

だが、下がりに下がった将兵や市民の士気。
それでも戦争を止めようとしないセソー大公。
陸戦で使う大砲は悉く皇国軍歩兵や砲兵、空襲の標的にされる。
乾坤一擲に賭けるのであれば、取れる手段など選んでいられなかった。

それでも飛竜騎士の端くれとして、言わねばならない。
「私には、既に同盟を解消した他国の軍事作戦をとやかく言う資格はありません。
 飛竜軍司令官として、それが最善の策だとお考えになるなら、やれば宜しいでしょう。
 我が国にとっても貴重な戦訓が得られます。ですがもし迷いがあるなら、他の方策を試すべきです」

その言葉を残して、フェリスは軍司令官の部屋から退室した。

263303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/01(日) 13:59:27 ID:k83QLRus0
投下終了です。
本編の方は、今月中には終わる予定です。

264名無し三等陸士@F世界:2019/12/01(日) 15:50:04 ID:OvOMxCeA0
投下乙です!

いやぁ、末期ですなぁ

265名無し三等陸士@F世界:2019/12/01(日) 22:01:23 ID:.78nQQms0
投下乙です。
上が決断しないと軍としてはどうしようもないですね。

あと、わざとだと思うのですけどこの話の悪役令嬢ではかなりの確率で、なろうでの評価は……

266303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/05(木) 22:34:59 ID:k83QLRus0
感想ありがとうございます。

>>264

私は末期戦もので主人公が理不尽な状況にあって、そのままずるずるとバッドエンド一直線も好きですし、大逆転してハッピーエンドも好きです。

>>265

一時的な停戦であればともかく、講和となると君主の専権事項。
戦闘停止命令されない限りは戦い続けねばらないのがそこらの傭兵と違うところ。

>なろうでの評価は……

規約違反で載せられないような内容ではないと思うので、
なろうには『皇国召喚』の番外編として投稿するつもりですが……。

悪役令嬢は冒頭で婚約を破棄されないといけないんでしたっけ。
エレーナ殿下に婚約破棄を叩きつける奴なんざ思いつかんですが。

267303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/07(土) 21:28:50 ID:k83QLRus0
本編の続き投下します。

268303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/07(土) 21:30:54 ID:k83QLRus0
皇国軍が攻撃予告の伝単を投下してから2日が経った。
通告どおりなら5日後に大規模攻撃が始まるのだろう。
そんな日に、フェリスはセソー大公レオニスの私的な夕食に招待されて居た。
軍の高官同士で会食した事は何度かあるが、大公ご本人とは初めてである。
フェリスがいつ出国するか分からないから、最後の晩餐のつもりだろうか。
状況が状況であるし、あくまで軍人としてこの地に留まっている関係上、
フェリスはデコルテのドレスではなくマルロー軍服を着ての会食である。

「麗しい御婦人と晩餐をご一緒出来て光栄です」
「お褒めの言葉をありがとうございます。私も北方の要石と称される殿下に御招き頂き光栄です」
心にもない事をペラペラ喋る技術は、貴族の生まれを有難く思える。
「フェリス嬢は飛竜軍少将との事、しかもその首にあるのは、一級銀翼勲章では?」
「そのとおりです。殿下は我が国の軍事にも精通していらっしゃりますね」
「銀翼勲章となればマルロー王国軍の誉れでしょう」
「旅団長以上の証のようなものです」
実際旅団長以上なら殆どが、連隊長でも何割かは銀翼勲章を佩用しているから、特段の有難みは無い。
百年前ならともかく、今は高位の飛竜指揮官である証以上の価値は無い。金翼勲章なら別だが。
実際、佩用できるのが銀翼勲章くらいしかないというのはむしろ恥ずかしい話で、
褒めるなら空中狙撃徽章とかを褒めて欲しい。略綬だから暗くて見えないか。

「ご謙遜を! 二級までならともかく、一級銀翼勲章は階級だけで得られるものではない事くらい、私も存じておりますよ」
「ありがとうございます」
「一級銀翼勲章をお持ちの貴婦人が助力して下されば、我が軍も百人力ですよ!」
「……助力とは?」
「我が国に残って居るのは、そういう事なのでしょう? 飛竜部隊の指揮官として、我が国を救うと」
「祖国マルロー王国は、リンド王国及び皇国に降伏しましたので、ここに居ても戦闘行為には一切加われませんが」
「我が軍の軍服をご用意します。大将の軍服を!」
は? 何を言っているのかこのモノは。
「それはつまり……国際法違反なのは殿下ほどの方ならご存知の筈……」
負ける公算が非常に高い戦いに、軍服を偽って参加するなど、何の利益があるのか。
生き延びたとしても戦後にどんな非難を受けるか分かったものではない。
コーンウォース伯爵家の面子を潰す事になるし、銃殺ではなく絞殺されても文句は言えないだろう。

体格の良い赤人が侍る中、戦争継続に乗り気なレオニスと正反対のフェリスを尻目に、淡々とした給仕が開始された。
北の趣都と呼ばれるだけあり、この季節の極北洋で獲れる新鮮な魚料理を中心に多種多様な料理が運ばれてくる。
だが……この上等な料理も数日の間に食べる者も作る者も居なくなるのかと思うと、他国の事ながら淋しくも感じた。

269303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/07(土) 21:31:38 ID:k83QLRus0
丁度、飛竜隊の話が出たところで、フェリスは本題を切り出す。
まだロマディアに残っているマルロー王国の外交官は、セソー大公レオニスを
講和の席に着かせるよう説得する事や圧力をかける事を本国から指示されているらしい。
「貴国の飛竜部隊ですが。殿下は皇国との戦争において飛竜部隊がどれ程の戦果を挙げたか、ご存知でしょうか」
「飛竜は最強の戦力であり、無くてはならない存在だ。此度の戦争でも相応に活躍している」
「リンド王国軍が顕著でしたが、偵察や攻撃に出た飛竜が帰って来ない事を以て、付近に皇国軍の存在を探知するという事に相成りました。
 貴国の空軍も同じ意味では活躍していると言って良いかもしれませんが、しかし我が軍やリンド軍と、貴国軍では規模が違います。
 100騎の飛竜が失われても、我が軍やリンド軍は壊滅的な損害とはいえず、立て直せます。しかし貴国は違います。
 私が飛竜師団の戦闘指揮官として助言できるのは、ここまでです。あとは殿下のご決断を待つのみ」
「ふむ。敗軍の将に期待した私が愚かだった」
「このまま事が進むと、新たに“初代セソー大公”位が創設されるやもしれません」

現セソー大公であるカミーロ家が断絶して困るのはリンド王国とマルロー王国。
そこでマルロー王国の降伏後、両大国は秘密裡にセソー大公となり得る家系を協議していた。
結論としては、カミーロ家に匹敵する家格の貴族は存在しないが、どうしようもなければ代理と成り得る貴族は存在し、
マルロー王子との婚姻によって“初代セソー大公”とする事は、一応は可能であるという結論になっていた。
しかし、そういう御家騒動は北方に新たな火種を生む。
リンド王国と北方諸国同盟との戦争が御家騒動であったし、皇国という圧倒的な力を前に、
この期に及んで「我こそが正統な」と名乗り上げて事を荒げるのは懲り懲りだという意見が多い。
だからレオニスには、穏便に講和して貰いたいのだ。

しかし説得が上手く行かないなら、「お前の一族が死んでも代わりは居る」と告げなければならない。
果たして“命が絶たれる”場合と“貴族でなくなる”場合とで、危機感は違ってくるのだろうか。
軍服と白旗を掲げる機会は今夜から5日後の朝までしか無いが。

270303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/07(土) 21:32:13 ID:k83QLRus0
一通りの食事が終わり、レオニスは葉巻タバコを、フェリスは酔い醒ましの水を飲んでいた。
傍らに立つ赤人奴隷は上半身を曝け出しているが、暖炉と蝋燭によって室内は暖かく保たれている。
ありがたい事だが、きっちりと軍服を着こなしているフェリスにとっては意外と暑い。
酒を飲んでいると余計に火照ってしまう。

フェリスは懐中時計に目をやる。
「私は少し、夜風に当たりたいと思います。殿下も御一人で、熟考なさって下さい」
そう言って席を立って剣をベルトに差したところで、壁に掛けられた時計が鐘を打った。

帽子を被り食堂を出ると、テレーズが速足で向かって来たところだった。
「閣下。もう長居は無用かと……」
フェリスに拳銃を渡しながら小声で耳打ちしてくる。
「脱出の準備は?」
「滞りなく完了しています。閣下のご命令があれば、今すぐにでも出発出来ます」
「しかしこちらの大公殿下がな……」
フェリスにそこまでの義理は無いと言えば無い。
本国へ送った情報から、新たな命令が来る事は考えにくい。
そもそも伝令が本国から到着する前に、ロマディアの戦闘は決着するだろう。
伝書鳩は大使館と駐在武官が持っているもので、派遣軍の師団長でしかないフェリスの元に届く事は無い。

フェリスの師団司令部は実態としては既にロマディアに無く、副官のテレーズが残るのみである。
あとは、当地で雇った軍属扱いの荷馬車くらい。
全員、乗馬と馬車でいつでもロマディアを離れる準備は出来ているが……。
ロマディアを離れたら、陸路を使うか海路を使うかはその時の情勢次第。
「市内の状況を考えると、宮殿に居た方が安全だろうね」
「この場で、脱出の機会を窺いますか?」
「ラピトゥス城という考えもあるが、戦闘用の城塞にマルロー王国の将軍が
 居るのは拙いだろうし。事が終わるまでは自室で武器を置いて大人しく過ごすさ」
2丁の拳銃を懐のベルトにしまい、話しながら廊下を進む。
突き当りを曲がると歩みを止め、照明が少なく静かな廊下の先、階段の辺りを見据えた。

テレーズが、自分用に持っていた拳銃の撃鉄を上げて暗闇の先を照準する。
「いや、事が終わる前に始まるか」
叫び声と銃声の後、鉄兜と胸甲を着けた将校が、白刃を煌めかせて階段を駆け上って来た。
「そこに居るのは誰か! 合言葉は?」
胸甲の将校がフェリス達に誰何する。
「合言葉は知らんが、まず話し合う必要があると考える次第だ!」
「何を話し合うのだ!」
「私は敵ではない」
剣と胸甲で武装した将校の後ろから、カービンを持った兵士が続いてきた。
それを見て、フェリスは確信する。
「飛竜騎士か? なら私はやはり敵ではない。こちらも武器を下ろすから、そちらも武器を下ろして欲しい」
フェリスに命じられたテレーズが撃鉄を半コックに戻し、ベルトに差した。

そんなこんなで兵士達と問答していると、後ろから飛竜軍司令官が現れた。
「大公はどうした?」
「いえ、まだです……」
その一連のやり取りで、フェリスはこれが末端の兵士の暴走ではなく、飛竜軍司令官による組織的なものだと把握する。

「閣下。これは空軍の意志ですか?」
「子爵閣下ですか……私なりに考えた結論です」
その言葉に、フェリスは廊下の端に寄って道を空けた。
他国の事であるし、無理に止めようとしても多勢に無勢である。
宮殿の周囲には近衛兵が居る筈で、彼らを排除してまで事に及んだのだから、もう覚悟は決めている。
これ以上飛竜を死地に赴かせない為の、他の方策を考え直した結論がこれなのだ。
レオニスの事を“殿下”と呼ばず、単に“大公”と呼び捨てているのもその証拠だろう。

飛竜軍司令官は、兵士達がレオニスの居る部屋に入るのを後から追う。
フェリスとテレーズも、彼らを追った。

271303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/07(土) 21:33:18 ID:k83QLRus0
葉巻を吸って寛いでいたところ、いきなり突入してきた空軍将兵に
レオニスは目を丸くしたが、自軍と判るとすぐに焦りの表情に変わった。
室内は廊下と違ってかなり明るく、どの部隊かすぐに判別可能だ。
「皇国軍か! 飛竜部隊がどうしたか?」
予告期限より前に皇国軍が夜襲を仕掛けて来たので、至急の報告に来たと勘違いしていた。
飛竜軍司令官まで居るのだから、余程重大な報告だと思ったのだろう。

「違います。今すぐ、皇国とリンド王国に降伏すると、こちらに署名して頂きに参りました」
飛竜軍司令官は、既に書式が整えられ、レオニスの署名さえあれば即時に効力を持つ文書を見せた。
特に講和条件について何も書かれていない内容は、無条件降伏に等しい。

だが皇国は停戦ではなく降伏を望んでいるのだ。
停戦して、講和内容について協議して、それが破談して戦争再開などという事は認めない。
とりあえず降伏しろ。話はそれからだ。という強い意志。
「貴様ら、血迷ったか!」
火の点いたままの葉巻を投げつける。

「殿下! ここは一旦落ち着い――」
「お前が嗾けたのか! マルローの女狐め!」
確かに、涼むといって部屋を出た直後にこれでは、状況証拠的に怪しさ満点だ。
だが勿論、フェリスはこんな茶番の糸を引いていない。
マルロー王国軍人として、そんな事をする意味も無ければ命令も受けていない。
むしろ本当に皇国軍の攻撃であれば、そちらの方がフェリスにとって“本来見たかったもの”である。

レオニスは椅子の脇に置いてあった自分の剣を取り、抜いた。
貴族の嗜みとして剣技を磨くとしても、本業として武芸を磨いている者に敵いはしない。
しかもレオニスは1人で、兵士達はこの部屋に居るだけでも12人だ。

殺そうと思えば簡単だ。剣を使う必要すらなく、拳銃で済む。
だがそれでは降伏文書に署名させる事が出来ない。
脅しも兼ねた拳銃は、部屋に残っていた赤人奴隷に向けられ、躊躇なく発砲された。

「剣を置いて下さい。手荒な真似はしたくありません」
既に手荒な事になっているのだから、レオニスは壁を背に剣を離さない。
しかし多勢に無勢。数人の兵士が一斉に飛びかかれば、身柄を拘束するなど容易いだろう。


だが、事態は飛竜軍司令官の思い通りには進まない。
レオニスは兵士と揉み合いになった末に転倒し、後頭部から大量の血を流して倒れていた。
固い大理石の床には鮮血が広がり続け、顔に近寄ってみても呼吸が無く、首筋を触っても脈が無い。
「何たる事だ! 生かして捕らえろと言った筈だ!」
「そんな、殺すつもりは……」
兵士は動揺し、飛竜軍司令官に助けを求めるような視線を向ける。

「講和するに絶好の機会ではありませんか。いち早く全軍の停戦をして、
 この事を皇国に知らせるのです。でなければ、5日後に予告どおり
 攻撃が始まるのではありませんか? 主の居なくなったロマディアを」
「私は空軍の将に過ぎない。全軍の指揮権を持つのは殿下であって……」
「貴方がやった事だ。貴方から軍務卿に報告すれば良いでしょう」

フェリスの言葉に、飛竜軍司令官が叫んだ。
「この女共を捕らえよ! 罪状は大公殿下の暗殺!」

272303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/07(土) 21:34:48 ID:k83QLRus0
その命令に一瞬戸惑った飛竜騎士達の隙をつき。フェリスとテレーズは駆け出した。
部屋の入口を見張っていた兵士を突き飛ばすとそのまま廊下を走って、階段を目指す。

結果論だが、ドレスでなく軍服を着ていて良かった。
こうなったら着替えている暇など無く、一目散に逃げるしかない。

階下からは、時折叫び声と共に銃声や剣戟の音が聞こえる。
戦闘が行われているのは間違いないが、誰と誰が?

「こちら側の階段は使えそうにないな」
「しかし裏手の階段はラピトゥス城に近いです」
「なら横の窓から降りるか」
飛竜に乗る者であれば、度胸付けや、実際に墜落した場合の受け身として、高いところから安全に飛び降りる技能を訓練させられる。
フェリスは手近な窓から下に誰も居ない事を確認すると、剣の柄で鍵を壊して窓を開けた。
「本当にやるんですか?」
「律儀に階段使って下りて行くよりは安全だと思う。安全な階段を探し回っている間に退路が塞がったら困るしな」
追ってくる相手も飛竜騎士だが、逃げ場の無い狭い通路を無理矢理通るよりは、広く動ける空間に行った方が良い。
外に出ても、飛竜は夜は飛べないのだ。

窓枠の外に身を乗り出すと、そのままふわりと宙を舞って地面へ着地する。
後を追って来たテレーズも、教練の模範となるような美しい着地を見せた。

「散歩していた甲斐があったな」
2人は夜の闇に紛れ、レオニスが愛する庭園の生垣に身を潜めた。
数人の飛竜騎士が追って来るが、迷路のように配置された生垣に自分達が遭難しそうになっている。

正門は厳重に施錠されて警備の兵士も最低2人いる。幾つかある裏門も状況は似たようなものだ。
ではどうするか。
「柵を乗り越えるぞ」
門とは離れた場所にある柵をよじ登るのだ。
身のこなしの軽い2人になら可能。

セソー大公国軍が市内に作っている陣地の位置は把握している。
後はそこを避けつつ市外に出て、帰国するのみ。

流石にこの短期間でロマディアの隅々まで把握するのは無理だが、主要な道路や橋、運河は頭に入っている。
飛竜騎士の特権。地形を上空から見られる事であり、空からの景色と地上からの景色を頭の中で合成する技能。
地上の景色を見ただけで、俯瞰した風景を頭の中に描ける技能。

最も警備が厳重なのが、皇国軍の主力部隊が目前に布陣している西側。
次に無血占領されたノイリート島のあるシテーン湾に面した北側。

東側か南側から脱出したいが、双方一長一短がある。
東側は海岸線に沿って開けており、夜が明けると隠れる場所が少ない。
南側は河川が流れて複雑な地形で隠れる場所が多いが、その分遅くなる。

「ここは夜が明けるまでに南から市外に出て、夜が明けたら西に向かおうと思う」
「西ですか? 東ではなく?」
「飛竜騎士として考えてみろ。わざわざ皇国軍が布陣する方向に飛竜を飛ばして撃ち落されに行くか?」
「西に逃げれば追手は来られないと」
「それくらいの理性は残っていると信じたい、というだけかもな。同じ空軍の将官として」

フェリスの決断には、しかし単純な誤算があった。
飛竜は来ないから追い付くには時間がかかるという前提で考えられた脱出計画は、馬で追いかけて来た飛竜騎士によって阻止される事になる。
その数4騎。宮殿で追いかけっこした者達とは違うが、軍服からセソー大公国軍の飛竜騎士である事は間違いない。

射撃を避けるようにジグザクに走るが、人の脚と馬の脚の差。
すぐに追いつかれてしまい、回り込まれてしまった。

フェリスは拳銃を手に、先頭に居た飛竜騎士を撃った。
その銃声を皮切りに銃撃戦が始まる。
しかし互いに動き回るので決め手を欠き、遂に剣を抜くが。

「テレーズ馬に乗れ!」
互いの銃弾が空になったところで、フェリスは最初に撃って主を失った馬に飛び乗った。
2人が馬に乗って駆け出した直後、銃声を聞いて駆けつけて来た応援の飛竜騎士が放った銃弾が、フェリスの腹部を抉る。
後ろに座るテレーズにもたれ掛かるように力を失ったフェリスだが、まだ息はあった。
フェリスから手綱を奪い、西を目指して一目散に逃げる。
その間も断続的に銃撃を受けるが、テレーズは逃走を続けた。

フェリスはテレーズの胸に体を預けて目を閉じる。
次に目を開く時は永遠に来ないのだろう。

273303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/07(土) 21:44:13 ID:k83QLRus0
投下終了です。
次回か、その次あたりで本編ラスト行けると思うので、お付き合いいただけると幸いです。

274303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/15(日) 15:36:04 ID:k83QLRus0
本編の続き投下します。

275303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/15(日) 15:36:35 ID:k83QLRus0
目覚めると、知らない天幕だった。
すぐ傍に副官のテレーズが座っている。
テレーズは目が合うとハッとして立ち上がり
「先生! 目を開けました!」
そう言って天幕を出て行った。
どこだここは。
軍の野戦病院にも見えるが、それにしては小奇麗過ぎる。
液体の入った非常に精巧な作りのガラス瓶がベッド脇のポールにぶら下げられ、そこから細い管を経由し、腕に刺さった針を通して、透明な液体が注ぎ込まれている。
詳細は分からないが、怪我人に使っているのだから何かの薬だろう。ただの薬の容器にしては出来過ぎているが。
こんな方法で薬液を体内に入れるというのは不安感が拭えないが、どうせ拾った命だし、折角なので体験しておこう。
薬というのは口から飲むか、肛門から入れるか、患部に塗るものという常識からして、針で直接体内に入れるというのは驚きだ。
そこでふと気づく。針を通して液体を入れるという事は、もしやこの極細の針は中空構造なのか? 裁縫針より細いのに。

暫くすると、テレーズと共に白衣を着た男が天幕に入ってきた。
フェリスの腕を掴んで脈を測ったり、目を覗き込んだり、舌圧子を押し当てて舌や喉を見たり……。
服をはだけさせ、胸と背中に聴診器を当て、傷の辺りに手を当てて触診。
フェリス自身は何をされているのかよく分からない。
「貴官の氏名、所属、階級は?」
「フェリス・コーンウォース。マルロー王国軍第7飛竜師団長。空軍少将」
「宜しい。これだけハッキリ答えられれば、もう大丈夫でしょう。弾丸は摘出したから、あと数日、ゆっくり休めば歩けるようにもなる」
「ありがとうございます!」
「これが私の仕事だから。じゃあ、私は他にも山ほど仕事があるんでね、フェリスさんを頼むよ」
そう言って、白衣の男はそそくさと天幕を後にした。
「今の人は、誰?」
「皇国軍の軍医で、イシカワ大尉」
何となくそんな気はしていたが、皇国軍だったか。

「私は捕虜?」
「捕虜ではないそうですよ。意識が戻ったら事情を聴きたいとは言ってましたけど」
「戦争はどうなった?」
「何故か敵国の皇国軍がロマディアの反乱部隊と暴徒を鎮圧して、そのままなし崩し的にセソー大公国は休戦、誰が講和条約の責任者となるかでモメてます」
「大公夫人が居ただろう」
「夫人なのか、ご子息なのかでモメてます」
まだそんな事やってたのか。
「……テレーズが、助けてくれたのか」
「ピクリとも動かなかったのですが、鼓動はありました。だから馬で皇国軍に突撃しました」
「よく撃たれなかったね」
「私の上着を振りながらで意図を汲んで頂けたのか皇国軍には撃たれなかったのですが、その前に追いかけて来た飛竜騎士の流れ弾に当たったようです」
そう言ってテレーズは服をめくり、脇腹の傷痕を見せた。
フェリスと違い掠った程度で重傷ではなかったが、放っておけばどうなったか分からない。
「私の為に……」
「閣下の傷に比べれば、こんなの何でもありません。お揃いで嬉しいです」
「それで助けを求めたと」
「はい。皇国軍も、自分達で予告した日時より前にロマディアが大変な事になって焦っていたようですが、事情は把握して頂けました」

「それにしても、ここは本当に野戦病院か? 気持ち悪いくらい綺麗だが」
「はい。そのようです。閣下の場合は女性であるのと他国軍の将軍で、皇国軍将兵と同じ場所に入れるのは都合が悪いから別室を用意したと聞かされました」
野戦病院というのは、もっとこう、吐き気がする程に血生臭くて、将兵の苦悶の喘ぎ声とノコギリの音が響く場所。
ここは多少臭うものの、それは薬品の匂いで、それも殆ど気にならない程度だ。血生臭さとは無縁である。
「そう言えば、ここでは何人の怪我人が居る?」
「軽い怪我人を含めると1000人近く居るそうですが、多くは日帰りで、閣下のように大怪我をして病床にあるのは50人程だそうです」
「多いな」
「流れ弾を受けたロマディア市民も多くいるそうですので」
「軍の野戦病院が敵国の市民の面倒まで見てるのか。ご苦労な事だ」
「ロマディアの民間医師は既に多くが町を離れており、セソー軍の医師は自軍将兵優先で、手が回らないのでしょう」
「宮廷医師も居ただろう」
「残念ながら、騒乱で命を落とされました」
宮廷医師が診察治療するのは大公とその家族、宮殿や市内に住まう貴族とその家族であり、下々の民を触る事など無いだろうが。

276303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/15(日) 15:37:27 ID:k83QLRus0
改めて、着せられている服をめくって腹部を見ると、真っ白な包帯が巻かれていた。
その下がどうなっているかは見えないが……。
「凄いんですよ。閣下の開腹手術が終わって、包帯が巻かれた後も、その方が治りが良いからと
 毎日看護兵が来て包帯を取り換えてくれるんです。それは今朝方巻かれたものですから綺麗ですよね」
そりゃあ、血や膿などで汚れるから毎日取り換えた方が良いだろうというのは分かるが……。
実際にそれをやるとなると、どれだけ大量の包帯の在庫が必要になるのだろう。

テレーズの腹部は包帯が取れているが、銃創は綺麗に縫合されている。
「随分、丁寧な仕事するね……」
戦場における傷口の縫合とは、もっと大雑把なものだ。
兵士自身によるものと軍医によるもので差はあるが、軍医によるものでもここまで綺麗に縫う必要あるのだろうか?
焼きゴテで無理矢理傷口を塞ぐ方が簡単なので、高級将校や貴人相手でなければそちらの方が主流だというのに。

「その透明な液体は、鎮痛剤と、あと何と言ってましたっけ、抗生剤と言うものらしいです」
「それ程痛みを感じないのは、何かの鎮痛薬だろうとは思っていたが、抗生剤とは
 聞いた事が無い。私は医者じゃないから専門用語は分からないが、何かの薬なのか」
「殆どあらゆる病気の元となる瘴気を無効化するんだそうです」
「ほ?」
「手や足を撃たれたら、切るじゃないですか。あれは撃たれたところが腐って、そこから瘴気が出て、全身に回るのを防ぐ為ですよね」
「そうだね。そうしないと全身に瘴気が回って、傷口を塞いでも結局死んでしまう」
「そういう瘴気を消して全身に回るのを予防する薬だとか」
「ああそうか。私の撃たれたところの傷から瘴気が出るのを防いでる訳か」
「そういう事らしいです」
「ほぉ……」
道理で高熱にうなされていない訳だ。
でもそれじゃあ、ずるいだろう。
外科治療の巧みさもあって、皇国兵は即死か、余程酷い怪我か病気にならない限り復帰出来るじゃないか。
現役復帰は無理でも、治癒して娑婆に戻れれば、兵士としては無理でも人として生活出来る。

いや、皇国軍の兵器の火力を見れば、これくらい強力な医療が無いと将兵が死ぬ一方で戦争にならないのかも知れない。
しかし結果論ではあるが、皇国軍の野戦病院を実地体験出来た。これは価値ある情報になるだろう。
瀕死の自分をここまで治療したのだから、兵器だけでなく医療技術も相応に凄まじいという事だ。
それはそれとしても、皇国に大きな借りが出来てしまった。
個人的に命を救われた件もそうだが、敵国の反乱騒動を即座に鎮圧したとなれば、本当に大きな借りだ。

「何か口にしたいな」
「先生は、まだお腹に入れるのは駄目で、唇を湿らす程度と」
テレーズは飲み水の入った瓶から小皿に少し水を注ぎ、看護兵から説明を受けていたガーゼを浸して、フェリスの唇を拭う。
「こうしていると、子供の頃を思い出す」
「私もです」
天幕の中は、平和だった。

277303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/15(日) 15:51:14 ID:k83QLRus0
現在、反乱軍に加わったセソー大公国軍の将兵は皇国軍の憲兵隊が身柄を拘束している。
セソー大公国軍の憲兵に任せたらまたどんな事件を起こしてくれるか分かったものではないので、
講和が成り戦争が正式に終結するまでは、皇国軍が捕虜という名目で面倒を見るという措置だった。
こういう事を未然に防ぐのも憲兵の役目だろうに、反乱軍の中にはよりにもよって空軍憲兵も混ざっていたのだから。


何でこんな、他国の尻拭いを自分達が……。
慈善事業でやっているのではなく、皇国の国益の為にやっている訳だが。
特に此度の戦争はリンド王室と皇国皇室への侮辱や否定的な外交姿勢を
撤回させるという非常に政治的な目的があるので、妥協点を探るなど無いのだ。
皇国の講和条件を呑むか呑まないか。呑まないなら滅びて貰うしかない。

皇国軍が警備するロマディア宮殿内で、皇国とリンド王国、マルロー王国、ユラ神国、
そして当事者のセソー大公国の関係者が集まり、セソー大公の死体検分の後、本題に入っている。
つまり、講和条約についてだ。

「それで結局、大公妃殿下と大公世子殿下の扱いをどうされるのです?」
大公が死亡したのが確認されたのだから、規定に従って大公世子が新しい大公として即位する。
だが新大公となる大公世子はまだ幼く、摂政が置かれる予定である。
そこで誰が摂政となるかでモメているのだ。
君主たる大公の代理として、権力と同時に責任も発生する。
摂政の候補になりうる貴族や有力者達は皆、何故、前大公のしでかした事の責任を自分が負わねばならないのか
という思いがあり、かといって大公妃(新大公にとって大公太后)が摂政となるのはそれはそれで面白くないのだ。
講和条約には、大公代理として摂政の署名が絶対に必要なので、ここをハッキリさせないと話が進まない。

セソー大公国の有力貴族は概ね親リンド派と親マルロー派に分かれる。
親リンド派といっても別にマルロー王国と敵対してリンド王国につくというものではないし、逆もそうだ。
どちらの王家に親しみを感じるかとか、どちらの国との関係をより重視するかといった程度の話。
リンド貴族やマルロー貴族に出自を持ち、連なる貴族ならば明確に、血筋的にどちらかになるが、
彼らも現代ではセソー大公国に暮らすセソー貴族なのだから、無暗に波風を立てる事はない。
功罪で言えば、このような緊張関係がどちらか一方の列強国に傾倒する事を防ぎ、
大陸北方、シテーン湾の安定に寄与してきたという功績の方が大きいだろう。

亡くなった前セソー大公は、それで言うと親リンドであった。
だから親リンド派の旗色が若干悪い訳だが、今後の外交関係を考えた時、リンド王国と
皇国との関係が東大陸においてより重要になるだろうというのは、論を俟たない。
その点ではリンド貴族とのパイプが強い親リンド派の貴族が優位である。
そこに、親大公妃派とそうでない派閥が重なり、責任の押し付け合いの様相である。
ここに来て功罪の罪の面が表面化してしまった。

278303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/15(日) 15:52:16 ID:k83QLRus0
ユラ神国から派遣されてきた外交官である枢機卿が言い放つ。
「セソー大公国の皆様、ご自分達の置かれている状況を理解しておられますか?
 現在はあくまで皇国とリンド王国の善意によって休戦しているに過ぎず、
 戦争状態は終わっていないのです。皇国はやるといった事は必ずやります。
 もしこの講和会議が何も決まらないまま終わるような事があれば、
 リンド王国とマルロー王国も貴国に差し伸べる手は持たないでしょう」
皇国の担当者は、文官も武官も一見すると優しい顔をしたまま黙ったまま。
このアルカイックスマイルは非常に不味い。
現在は前大公の喪に服するのと講和条約の事前協議として停戦しているに過ぎない。
皇国軍は停戦しているだけで、戦闘態勢自体は解いていないどころか国境外に戦力を集結し、
ひとたび命令さえあればロマディアのみならずセソー大公国全土を半月以内に灰塵に出来る。
国土と国民が物理的に無くなれば、戦争はそこで強制的に終了だ。

皇国軍は今まで東大陸軍(東大陸派遣軍)で使っていた戦車が子供に見えるくらい巨大な新型戦車を
リンド王国に上陸させ、関係各国の武官等を招いてその主砲の威力を実演し、関係者の度肝を抜いた。
今まで皇国軍が使っていた戦車ですら、その主砲威力は要塞砲に匹敵するというのに、
それが前座だったとでも言いたげに、要塞砲ですら容易に崩せない
厚みの石垣を爆破し、何十枚も重ねた鉄板すら貫通して見せた。

さらに、沖合に今まで見ていた軍艦の倍程もある超巨大戦艦を走らせ、
空気を震わせる轟音と共に主砲を斉射するという実演もして見せた。
艦の速力や主砲の射程と破壊力については秘匿とされたが、
皇国が見せた範囲であれば、速力は20ktで射程12kmだった。

あんなに巨大な鋼鉄の戦艦が、順風を受ける戦列艦の2倍の速度で走り、実用射程に至っては50倍!
沿岸から内陸に10マシルの都市でさえ射程内に収め、艦砲射撃出来るという事実だ。
見た事も無い程に巨大な大砲であり、実弾射撃の標的となった場所にあった城塞は跡形もなく吹き飛んでいた。
王家直轄の城塞で、取り壊して近代式の要塞に再建する予定の場所だったのだが、想定外の威力に言葉を失う。
その威力は皇国軍が今まで使用していた野砲や爆弾の比ではなく、形あるものは何も残らないだろう。
沿岸から12マシル以内の全ての地域は、今後この艦砲射撃を受けるかもしれないのだ。
近代式の要塞に再建したところで、この砲撃を前にすれば何の意味も無い。

今まで自分たちが見てきた皇国軍の兵器は何だったのだという
落胆すら覚え、圧倒的な存在感と畏怖の念を魂に刻み付けられた。

本国にはまだまだ部隊があり兵器もあるとは聞いていたが、
皇国軍は全く本来の力を出さずして戦っていたのだ。
これを見たリンド王国軍関係者の放心状態たるや。

そしてこれらの兵器を披露したという事は、皇国の意に沿わない結果に
なればこの力を使う事があるかもしれないと宣言しているに等しい。
実際、これらは皇国軍が他の地域での活動を一時停止してまで行った東大陸への
大増援作戦の一環として送り込まれたもので、必要となれば使う為のものだ。

279303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/15(日) 15:53:07 ID:k83QLRus0
皇国は政府としても軍としても、講和を迫るのは相手の為であるという態度だ。
『皇国としては別に好きなだけ相手してやるが、本当にそれでいいのか?』と。
『慈悲深い皇国は、敵対国の人命すら配慮するからこそ講和を勧めるのだ』と。

恫喝そのものであるが……。
不思議で仕方がないのは、このド派手な実弾演習にはセソー大公国の武官も
招かれていたのに、現状で一番の当事者である彼らに危機感が見られない事。
特にロマディアは海に面しているのだから、陸からだけでなく
海から巨大戦艦が攻めて来たら逃げ場はなく一巻の終わりだ。
宮殿、市街地、いずれも海岸線から5マシル以内に立地しており、
ロマディアの胃袋たる周辺の農村地域ですら10マシル以内なのだから。

勿論、内陸に10マシル以上なら大丈夫という事でもない。
皇国軍は列強の飛竜母艦に相当する飛行機母艦を保有していて、
そこから戦闘用の飛行機を運用可能と見られている。
皇国軍にとってこれは戦艦以上に重要で極秘の存在なのか、
未だにその正体について友好国にすら明かしていないが、
存在は確実だ。皇国軍人も、仄めかしてはいるのだから。
ただそれがどれくらいの能力を持っていて、何隻あるのかが
不明であるので、各国は皇国軍の洋上航空戦力を計りかねている。

そして皇国軍母艦の搭載飛行機の行動半径は、
少なく見積もっても250マシル(300km)はある。
つまり沿岸から250マシル以内は爆撃圏内。

ではそれよりさらに内陸なら安全だろうか?
否。
この艦砲射撃と航空爆撃によって得た地域に飛行場を作って、そこから
さらに内陸を爆撃するという方法で、理論上はどこでも攻撃され得る。
真っ先に攻撃される場所か、そうでないかの問題でしかない。
皇国との戦争において、後方の安全地帯など存在
しない事はリンド王国が証明したではないか。

危機感という意味では、むしろユラ神国関係者の方が大きかったかも知れない。
リンド王国の王都ベルグは内陸にあり、艦砲射撃を受ける心配はない。
しかし聖都ユラは海に面している為、艦砲射撃を受けてしまう。
ユラの神殿、宮殿、門前町として発展した首都は何かあれば皇国軍の艦砲射撃によって灰燼に帰すだろう。
行政府や立法府としての首都機能を内陸に移したとしても、神殿だけはどうしたって移動できない。
神殿やそこに安置されている宝物が無くなれば、ユラ神国はユラ神国である土台を失ってしまう。
教皇といった聖職者達に神性を与え、信徒の信仰心を物的に担保するのがユラ神殿という場なのだから。


皇国本国では総理大臣と国防大臣を始めとする閣僚諸氏が頭を下げて
衆議院と貴族院を相手に説得し、非難囂々の中で意思決定されたなど、
この世界の国々に対しては絶対に知られたくない事であったが。

280303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/15(日) 15:58:27 ID:k83QLRus0
皇国は、今回の戦争の講和条件として、原状回復を前提に

リンド王国の現女王及び王配、リンド王室と皇国皇室を正統と公式に認める事。
リンド王国及び皇国の内政に干渉しない事。
リンド王国及び皇国に賠償金を払う事。

の3点を求めており、逆に言えばそれ以上は求めていない。
皇国との国交樹立とか、領土割譲、資源採掘権などは講和条約の条件としては求めていないのだ。
賠償金を払えない場合、代わりに領土を割譲するとか、現物や利権で払うといった
代案は提示されているし、賠償金の額からしても呑まざるを得ないだろうが。

賠償金の金額についてはある程度、交渉による減額に応じる用意はあるが、
それ以外の2つはリンド王国の国体の正統性に関わる部分なので絶対に譲れない。
リンド王室と婚姻した事で、間接的に皇国の皇室が“列強に値する正統な王朝”
と認められている部分が多分にあるので、ここが躓く事は許されないのだ。
そうでなくても、皇国に理解のある女王を引き摺り下ろされては今後の
東大陸外交が振出しに戻ってしまうし、武力によって他国の王位継承に
口出しして、それが通ってしまうような前例を作る訳には行かない。
(皇国自身が武力を背景にリンド王室と関係を結んだ件には目を瞑る)

「皇国は本日を含めて4日以内。3日後の午後6時を期限として、
 セソー大公国と正式な講和条約を締結する事を望みます」
皇国の外務当局者の言葉である。
望みます。という言い方ではあるが、実質強制である。
3日以内に署名しろという脅迫に等しいが、この会議の席の誰も皇国の提案に異を唱える者は居ない。
唱えられる訳が無い。
3日後の午後6時までに講和が成らなかったら……。
皇国の敵国でも何でもない筈のユラ神国関係者、セソー大公国との
戦争では皇国側の当事者のリンド王国関係者も冷や汗を浮かべる。

拷問してでも、誰かを摂政に推挙し、署名させなければならない!


結局、新しいセソー大公である小レオニスの摂政に推挙
されたのは、叔母にあたる前大公の妹レミニアだった。
弟だとそこそこ大物だし、本人が嫌がっている。
レミニアは、本人に大した権威も権力も無いが、腐っても大公家の
血筋なので他の貴族からの横槍を無視しても崩れない程度の土台はある。
リンド王国への留学経験があり、前大公の下では内務省で働いており、政務能力はある。
候補は居ないかと匙を投げて、それが頭にぶつかったような形の推挙。
「大臣達が勝手に決めて、事後報告ですか」
ロマディア騒乱にて負傷したレミニアは、郊外の自宅で療養中であった。
銃撃を受け、軽い裂傷で済んだが、一歩間違えれば死んでいたのだ。
貴族や関係者達が押しかけて来た時、レミニアは乗馬を留めておく厩舎で、愛馬の世話をしていた。
「私がこのような怪我を負う原因となったのが、そもそも――」
「レミニア殿下! 時間が無いのです!」
そう言って、外務卿が条約の書面を差し出す。
「これに摂政として署名しろと?」
「はい!」
「内容を見た上で言ってますか?」
「我が国に選択肢はありません。期限が来れば皇国軍の再攻撃が始まります」
「ロマディア市内には、反乱軍を取り締まり治安を維持すると居座ってますが、あれらも攻撃してくると?」
「恐らくは……」
レミニアにも言い分がある。
ここまで脅迫に近い形で署名させようという事を、何故前大公であるレオニスに行わなかったのか。
マルロー王国が抜けた段階でレオニスを“説得”していれば、こんなごたごたにはならなかった。
それを、レオニスが居なくなった途端に立場の弱い自分に押し付けてくる……理不尽だ。
「現リンド王室の承認。これは認めるしかありません。私も異議はありません。
 内政干渉の禁止にしても、明文化の上で認めざるを得ないでしょう。
 ですがこの賠償金の金額は? 減額交渉してこれですか?
 こんなの、国が無くなってしまいます」
「皇国が欲して、我が国から差し出せるようなものは他に無く……」
「皇国製品を輸入するのでは駄目なのですか? あと領内の通行権とか……
 何でもいいから賠償金の代わりになりそうな事を提案して下さいよ。
 私を推挙したという事は、当然私が会議の矢面に立つのでしょう?」

281303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/15(日) 15:59:23 ID:k83QLRus0
以下は皇国に対しての義務であるが、リンド王国に対しての
義務(王室への意見無用、賠償金等)や、皇国とリンド王国と
マルロー王国の三者の許認可が必要な事業なども設定された。

国交の樹立と通商の開始。公使館と商館をロマディアに置く。
賠償金を金または銀にて支払う(総額の35%以上は金である事)。
毎年一定量以上の皇国製品を輸入する(品目や金額は都度改定)。
皇国の皇室及び婚姻、血縁関係のある他国王室等への批判の禁止。
皇国が指定するシテーン湾に面する場所に無償の労働力を提供する。
ノイリート島とその付属島を割譲する。
上記を除くセソー大公国の領土(属領含む)を無期限の租借地とする。なお租借料は無料とする。
上記租借地における皇国軍の駐留と通交を無制限に認める。
上記租借地における特定の税収の一部を皇国のものとする。
上記租借地における特定の資源採掘権を皇国のものとする。
上記租借地における皇国の領事裁判権と治外法権を認める。
セソー大公国の国内法につき新法の設定、旧法の改定、
各種行政の重要懸案については皇国との協議を必要とする。

……等々。


賠償金は当初要求より大幅に減額されたが、その分本土が租借地とされ、
一般的な領事裁判権の範囲を超える無制限の治外法権まで盛り込まれた。
皇国の領土になった訳ではないので、この地域は依然セソー大公国の
固有の領土であり、皇国の天皇と皇族、臣民は皇国法に従うが、
それ以外の人々はセソー大公国法に従うという二重規範が適用される。
しかもそのセソー大公国法は皇国との“協議”によって決められる。

マルロー王国が手を引いた後もあがき続け、皇国兵のみならず
自国兵や自国民をも無駄に傷つけた事への懲罰的な意味が多分にあった。
これくらいの譲歩をしなければ皇国が納得しなかったという事でもある。
外務省を通じて東大陸に伝えられた内大臣府と宮内省の強い要望もあった。

また、この地は大陸北方の極北洋に面する要地であると共に、リンド王国と
マルロー王国という北方の二大列強国の緩衝地帯としても機能していた。

大陸北方に野心を見せる東方や南方の列強や大国が、
セソー大公国を誑かして足掛かりとし、再びこの地に
騒乱が起きるような事を皇国は何よりも望まない。
故に、しばらくの間は皇国がセソー大公国を事実上の植民地、
あるいは保護国とする事で睨みを利かせるという理由もあった。

282303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/15(日) 16:12:40 ID:k83QLRus0
レミニアは、この条約に署名する際、周囲の重鎮に漏らした。
曰はく――
『私が大公殿下の摂政として署名する訳で、責任は全て私にある。
 大公殿下が成人なさった後であっても、決してこの件を持ち出して
 大公殿下の私生活や政務を煩わせる事をしてはならない。
 いずれのこの条約について大幅に改定する必要があるが、
 皇国のみならずリンド王国やユラ神国も納得させねばならない。
 その為には、この件を持ち出して政争の具にするような面を
 特に列強各国に見せてはならず、粛々と条約内容を守る事。
 その時になったら当事者だった私が大公殿下を補佐する。
 事が成った後であれば、私はどうなろうが受け入れる』


レミニア・カミーロはセソー大公国憲法を制定し、小レオニスの成長とセソー大公国の発展を見届け、
何よりの懸案だった皇国との諸条約をほぼ誰の目から見ても満足の行く形で改定させると、即座に隠居した。
その後、程なくして絞首自殺。享年45歳。
生涯結婚せず、大公と国に尽くした麗婦人の、あまりもあっけない最期。

不穏を感じていた使用人が毒になり得るものや刃物等を厳重に管理している中での事であり、
貴族に対する斬首でなく平民に対する絞首を自ら選んだ事は、多くの者に衝撃を与えた。

北方諸国同盟との戦争当時の皇国関係者で自害する者すらおり、
君主や元首でもない相手に皇国天皇から異例の弔電が出された。

幼い頃から影に日向に支えてくれた小レオニスに
とっては実の母親を失うよりも辛かったと手記にある。
東大陸初の立憲君主、セソー大公レオニス・カミーロ曰はく
“私にとって、叔母のレミニアは姉であり母であり父であった”
“レミニアが自死した事で、私は真に大公として独り立ちせねばならなかった”

レミニアの遺産は生涯を過ごした小さな邸宅と僅かな現金のみであったが、
セソー大公国に対する有形無形の遺産は金額では計れないものだとされる。



セソー大公国との講和が成り、東大陸での戦争状態は終わった。
特に東大陸では、大内洋に面するユラ神国、リンド王国という二大列強国と同盟関係を結び、影響力を揺るぎないものとする事に成功。

本土列島と神賜島。
大内洋、西大陸、東大陸。
この新世界に瞬く間に名を轟かし、世界の覇権を握った皇国は、従来の『列強国』という概念を超える『超大国』として、千年を超える繁栄を誇る事になるのである。



平成元年2月。

冬の新宿御苑にて執り行われた大喪の礼には、皇国に次ぐ大国であるリンド王国女王、シャーナも王配の陽博と共に参列している。

21発の弔砲は、皇国にとって転移前という古い時代の終わりであり、新しい時代の幕開けでもある砲声であった。

283303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/15(日) 16:17:54 ID:k83QLRus0
投下終了です。

くぅ〜疲れましたw これにて完結です!
(中略)
本当の本当に終わり

西大陸のライランス王国編や東大陸の北方諸国同盟編の本編の続きを書くつもりはありません。
そういう意味では本当にこれにて完結です。

書くとしたら外伝や後日談で、そちらは機会があれば投下しようとは思ってます。
『皇国召喚』世界での平成編を書きたいとか思ってたら、もう令和ですよ。
しかしそれが却って「今の時代の話」ではなく「少し前の時代の話」
として心理的抵抗感が薄れて書きやすくなった感じはします。

本当に長い事、お付き合いいただき、ありがとうございました。

284名無し三等陸士@F世界:2019/12/15(日) 16:59:17 ID:.1oOitpE0
完結お疲れ様でした!
最後はちょっと悲しい終わりでしたね。

285名無し三等陸士@F世界:2019/12/20(金) 03:45:13 ID:BmLLBGIA0
完結おめでとうございます。お疲れさまでした。
架空戦記は中々完結させるのが難しいジャンルの小説ですが見事に完結。
本当にお疲れさまでした。
読者としても楽しく読ませていただきました。次回作も待っております。

286名無し三等陸士@F世界:2019/12/20(金) 04:01:01 ID:BmLLBGIA0
てか遡ってみたら10年の連載かあ、、、
読み始めた頃20代だったのに気がつけば30半ばw

287303 ◆CFYEo93rhU:2019/12/20(金) 23:12:37 ID:k83QLRus0
改めて、これにて完結です。
こうやって支援レスしていただけたから、続けられました。
ありがとうございます。

終わったという安堵と共に、終わってしまったという寂しさがあります。
拙い内容かもしれないが、私にとってはこれ以上のものは無い最愛の作品なので。

>>284

皇国と敵対して早期に下らなかった君主は死ぬというジンクス。
スカッと爽快に終わるより、ちょっと後味悪いというか、そういう方が好きです。
皇国や同盟国の発展の影には犠牲があったんやと。

>>285

皇国召喚の外伝掌編を突発的に投下する事はあると思いますが、新規の次回作の確率は非常に低いです。
現代日本(の超強化版)が異世界転移というのも、考えはしますが、色々な事情で形にするのは難しいです。
編成表とかの設定はあるけれど本文に取り掛かれないやつ!

>>286

そんな残酷な事を口にするのはやめるんだ!

288 名無し三等陸士@F世界:2019/12/26(木) 22:50:02 ID:0lcvtDxk0
お疲れ様です。非常に楽しめた作品でした。感謝。

289名無し三等陸士@F世界:2019/12/30(月) 22:57:04 ID:06BBujPs0
完結する小説は良い小説
素晴らしいことです

290名無し三等陸士@F世界:2020/01/23(木) 07:59:51 ID:kFn8UjI.0
お疲れ様です。
なろうへの転載分見てますが、「東大陸編20『リンド王国の戦後』」が番外編の章に入ってしまってますよ。

291303 ◆CFYEo93rhU:2020/01/25(土) 01:30:00 ID:k83QLRus0
303です。
今年もよろしくお願いします。
本編は終わりましたが、外伝を投下する「かも知れない」可能性は残しておきます。

>>288
>>289

ありがとうございます。
私自身にとっても嬉しい事でした。

>>290

報告ありがとうございます。

最初期に「西大陸編⇒番外編⇒東大陸編」
の順番に投稿したのですが、なろうの投稿システムを理解をしておらず
変な形の更新の仕方(最新部分が本編の最新話とならない)してしまった
せいで、最新部分より前の部分を更新するたびに章分けがずれるので
東大陸編を投稿する度に手動で直してます。

上手く反映されなかったか、単純に直し忘れたか、どちらかです。

292名無し三等陸士@F世界:2020/01/29(水) 23:53:58 ID:1BFHmj9s0
うおっ良く見たら『皇国召喚』が終わってる!
遂に完結か、お疲れ様でした( ̄^ ̄)ゞ

久し振りに驚きつつ見たが矢張り良作作品だった、もう一度見なおそう。


後、関係ないが・・・帝國召喚書いてた、HPの「KUROのどこかでみたような世界」が「くろの新世界」
に仮公開してたな何時からか分からんし、内容は更新してないが頂き物(SS)も復活してた。

293303 ◆CFYEo93rhU:2020/11/02(月) 03:17:55 ID:kVk7UVQs0
東大陸北部の内陸の盆地に位置し、農地に適した土地の少ないモルン公国は、古くから各国に傭兵を派遣してきた。
所謂、血の輸出によって外貨を稼いできた国だ。

しかし近年、各国は傭兵に頼らない常備軍制度を拡充させてきた。
特に大国、列強国といったところは傭兵に頼らずとも完全に戦争を遂行出来る国家体制を整えている。
そうなってくると、傭兵を派遣する相手は常備軍を維持できないような小国しかなくなる。
派遣する人員の絶対数が減り、需要が減れば単価も安くなり、外貨獲得手段が失われる。
他に輸出出来るような特産物も無く、あれよあれよという間に極貧国へ転げ落ちる。

往時には男手だけでは足りず、女傭兵団すら複数あったほどのモルン人傭兵はしかし、
少ない農地を過剰な人員で耕し、野山を駆けて兎や猪などを狩るのであった。
木の実や野草を食い尽くす勢いで放牧された豚や羊達も、計画的な牧畜とは程遠い状態。

この状況を長期的に見れば、どう考えても限界がある。
長年、国を挙げて戦士を生業にしてきた者達が、いきなり農民になるのは無理だ。
過去のモルン公国は、必要な食料は穀物から酒までほぼ輸入に頼ってきた。
自国の農地で生産される量は全体の1割程度しかなく、時勢によって
輸入が途絶えた時に、一時的に食い繋ぐ為くらいの扱いだったのだ。

さらにこの国特有の問題として、農業(第一次産業)に対する激しい差別感情がある。
モルン公国においては、農業とは戦士になれない弱者が仕方なくする賤業であり、
体力と根気と専門知識の要る高度な職業だと理解している者は余りにも少ない。

そうすると、どうなるか。
精強な傭兵団として通っていたモルン人達は、盗賊団に鞍替えする。
必要なものは戦って得る。ただし合法的に得てきた今までとは違い、違法な方法で。
国家公認の傭兵ギルドは事実上の盗賊ギルドとなり、内陸の手近な小国から狙われていく。

表向きは、傭兵隊を派遣してその地域や街道の治安を守り、対価として金銭を得るというもの。
だが、派遣される方は別に頼んでいないのだ。
武器を持った男達が勝手に来て居座り、金銭を要求しているだけ。
「モルン人傭兵が守ってやってるんだから安心しろ」という言葉とは真逆の行動。
ここで金銭を払わなければ、命の保証はない。

飢餓から脱し、かつての豊かさをもう一度手にする為、モルン人達は
戦争中でもないのに国家ぐるみの略奪を公然と行うようになった。

そうして自身の狼藉によって治安の悪化した地域に出向き、護衛と称して武力を売り込む。
襲撃する側も護衛する側もモルン人の場合、茶番劇も甚だしく、周辺各国は不信感を募らせる。

当然、自国の軍隊から護衛を出そうという話になるが、小国にとってこれは大きな負担である。
そうなると結局どこかの傭兵を頼るか、出兵の余裕を持つ大国を頼るしかなくなる。
しかも対処療法ではなく、荒廃したモルン公国という根本を改める事が求められた。

このような事態に動いたのは、この地域では指導的立場にあるセソー大公国である。
内陸部の鉱山で採掘された鉱物や、川や湖で獲れた魚などを
自分達の産業や食料にしたり、シテーン湾沿岸諸国に輸出している。
金や岩塩の鉱山もあるので、内陸部の辺境とはいえ、交易が滞るのは非常に損害が大きいのだ。
セソー大公により“モルン盗賊団討伐隊”が編成され、モルン公国に対する懲罰的軍事行動が下命された。

294303 ◆CFYEo93rhU:2020/11/02(月) 03:19:33 ID:kVk7UVQs0
地竜に曳かれて現れたのは、セソー大公国軍の河川砲艦。
セソー大公国は海に面している大国だが、こんな辺鄙な上流まで何しに?
元傭兵隊長の盗賊頭が疑問を抱いていると、砲艦に備えられた1バルツ砲が火を噴く。

砲艦は河上司令部として投錨し、司令部要員を除く将兵を下船させ、この場に飛竜中隊が来るのを待つ。
周囲の木を切り倒し、簡易的な竜舎を建築する。
只の寝床で飛竜陣地ですら無いが、文明圏でもない場所ならこれでも十分だ。
使い終わったら解体して資材にしても良いし、燃料にしても良い。

竜舎を作り終えた2日後の昼に、飛竜中隊が到着した。
飛竜の胴体を覆うように装着された竜具。
そこに描かれたセソー大公国の国籍標章に、将兵の士気が上がる。
飛竜中隊は今日はここで休み、翌日からモルン公国を目指す。

飛竜中隊は12騎で編成され、全騎が飛竜騎士と狙撃手の編成。
大型の爆弾は装備せず、小型の擲弾を数発持っているだけだ。

飛竜の準備が済むと、砲艦護衛部隊を除く歩兵隊もモルン公国へ向けて出発する。
モルン公国攻撃部隊には狙撃兵中隊も含まれており、砲艦から下ろした旋回砲も装備に加えられた。
旋回砲として使われる1/8バルツ砲は一般的な野戦砲である1/2バルツ砲に比べると非力に
感じるが、一般的なマスケット銃弾の15倍超の質量を撃ち出すれっきとした大砲である。
人間が担いで運ぶ事が可能な大砲としては最大級のもので、馬の背に積載しても良く、
砲車の牽引輸送が無くても運用可能な為、険しい山を踏破する山岳歩兵隊などで利用される。
セソー大公国は海に面した平野にあるので軍に山岳歩兵部隊は存在しないが、
今回は幾つかの歩兵連隊から選抜した人員で山岳兵部隊を編成していた。

先行する飛竜中隊は後から来る歩兵隊の進路となる道路の状況を確認しつつ、
モルン公国までの道程を報告しに一旦司令部に戻る。
「道路状況は思った程悪くありません。ここから直線距離で20マシル。道路に沿って歩いても30マシル程です。
 途中、道路沿いに10箇所程の町や村があるので、そこで食糧他消耗品を調達出来るよう交渉して参ります」
「頼んだぞ」

地竜によって遡上してきた河川砲艦3隻、輸送船18隻。
戦列歩兵中隊10個、擲弾兵中隊4個、山岳歩兵中隊1個、狙撃兵中隊1個、工兵中隊4個、飛竜中隊1個。
このうち2個の戦列歩兵中隊と2個の擲弾兵中隊、2個の工兵中隊が司令部となる砲艦と軍需品倉庫となる
輸送船、竜舎のある川岸を護衛するので、攻め込むのは12個歩兵中隊と2個工兵中隊、1個飛竜中隊。
1日遅れて、飛竜中隊がもう1個来る手筈になっている。
その他、輸送馬車中隊、主計小隊等が後方支援部隊として随伴する。

小国を相手にするには十分な戦力だが、今回の相手は国民皆兵と言っても良いモルン公国。
歩兵のみで、砲兵や騎兵や戦竜兵の参加は無いが、そこは飛竜兵が空中騎兵となろう。
モルン公国や周辺国に飛竜部隊は無く、空を駆ける飛竜を邪魔する者は居ない。
飛竜という戦力が存在しない地域だから、対空装備も皆無である。
この事は、懲罰を加えるにあたっての事前調査によって判明している。
そして12騎から成る飛竜中隊を相手に出来る程の対空装備は、1週間や2週間で準備できるような代物ではない。


途中、飛竜隊による“露払いと事前交渉”により陸路を進む歩兵隊は何の障害も無く、
腹一杯の食事と酒を楽しみつつ、旺盛な士気を保ったままモルン公国へ迫っていた。

軍の部隊に直接命令を下すのは陸軍省と空軍省だが、発議は内務省
経由であったので、内務省から与えられた任務はモルン公国への懲罰。
曖昧な要求であるが、軍司令部ではこれを以下のように解釈した。
モルン公国人を殺せるだけ殺し、モルン公国から奪えるだけ奪うべし。
国民皆兵であるから、男も女も老いも若きも関係ない。
全てが潜在的な盗賊なので、区別は不要である。

歴史ある傭兵団など、もう不要である。
今更モルン公国がどうなろうが、大国にとってはどうでもよい。
むしろ大国にとっては、中小国が有事に独自の傭兵を雇わずとも、
自分達の保護国となる事を望む考えが多いので、邪魔ですらある。

295303 ◆CFYEo93rhU:2020/11/02(月) 03:24:30 ID:kVk7UVQs0
狼藉のお陰で、周辺国はモルン公国と国交を断絶しており、
モルン公国へ来る旅人や交易している商人は居ない筈だ。
故にモルン公国に居る人間は無条件にモルン人だと言える。

先行して領土に侵入した飛竜中隊は、眼下にモルン公国の城下町を認めた。
こちらも数日前から飛竜を飛ばしていたから、相手も襲撃を受けると分かっていたのだろう。
古いながらも武骨な公城からは弩や弓を装備した盗賊団がわらわらと出てくる。
「攻撃開始!」
阻塞気球の一つすら準備していない時点で、飛竜を防ぐ手立てはほぼ無いと言って良いだろう。
城壁や塔の上の胸壁や木盾に身を隠す盗賊団目掛けて、導火線に火を着けた擲弾が投下される。
対空兼用のバリスタを射撃準備していた数人の盗賊が、バリスタごと擲弾に吹き飛ばされた。
見たところ、対空砲も無ければ対空ロケット弾も無い。数基のバリスタがあるのみだ。
しかも、一般的な対空用バリスタは鏃に炸裂弾頭があり、発射後一定時間で炸裂するが、
ここのバリスタは鏃に特有の膨らみが無く、直撃しないと効果が無いタイプであった。
弾速が速い対空砲ですら命中は容易ではないのに、大砲より低速のバリスタを飛竜に直撃させるのは至難の業。実質不可能である。
飛竜騎士と息の合ったコンビネーションを見せる狙撃手がカービンを使い、地上や城の上を走り回る盗賊達を狙撃していく。
用意したカービンを撃ち尽くすと敵の攻撃範囲から離れて、速度を抑えた水平飛行に移り次弾装填。

木々が生い茂っていれば上空からの隠蔽になるだろうが、この辺りの地形は
荒涼たる草原であり、林や森といったものは無いのだ。隠れる場所など無い。

擲弾による爆撃、カービンによる狙撃、そして飛竜が急降下して蹴り殺したり、上半身を咥えて噛み殺す。
人間に家畜化されて長い年月が経つが、急降下して獲物を狩る姿は飛竜本来の野生を取り戻したかのように、実に生き生きとしていた。
周囲に盗賊団が居ない事を確認した飛竜騎士達は愛騎を着陸させ、盗賊の衣服を剥ぎ取り、飛竜の食事休憩が始まる。
着陸時は狙撃手が周囲の警戒をしつつ、騎手が飛竜の世話をするのだ。
何かあればすぐに飛び立てるように目を光らせている為、盗賊団は飛竜騎士の行いを遠目に見ている事しか出来ない。
剥ぎ取った衣服のうち金目の物は背嚢に、残りは燃やして再利用されないようにし、腹を満たした飛竜は再び飛び立つ。

30分程の攻撃で300人近い死傷者を出した盗賊団に対して、飛竜中隊の損害は無く、悠々と帰路に着いた。
この日は、約2時間おきに飛竜の襲撃があり、その度に盗賊団は100〜200人程度の死傷者を出し、
各所に落とされた擲弾から、家屋の多くが木造の城下町とその近隣の農地は
大規模な火災に陥り、盗賊団は反撃を諦めて城に引き篭もるようになった。
たった12騎の飛竜が半日間の反復攻撃を繰り返しただけでこうなるのである。
完全武装の飛竜隊が好き放題に暴れたらどうなるかを、存分に見せつけた形だ。

こんな痩せた土地しかない辺境地域で飛竜を使った戦闘が行われるとは考えにくい。
飛竜の運用には大きなコストがかかるから、わざわざそんな金をかけてまで不毛の地を
侵略にしに来るような酔狂な軍隊が居るとは、以前ならば考えられなかったらだろう。
だから飛竜に対する防御策を考えない古城や、対空火器皆無な状態でも問題なかった。
昨今はその前提状況が変わった。
セソー大公国はより大きな損害を防ぐ為に、短期的には大きな出費に甘んじたという事だ。

296303 ◆CFYEo93rhU:2020/11/02(月) 03:25:02 ID:kVk7UVQs0
翌日、増援の飛竜中隊が到着し、歩兵隊も敵地に到着する段階になり、いよいよ本格攻撃が下命される。

戦列歩兵隊は盗賊団が集まる古城の風上に布陣した。
事実上、2個大隊規模であり、これが国を相手にした戦争と考えた場合には余りにも小規模であったが、
攻城戦になる事を見越して置型の盾を用いており、弩や弓矢はほぼ無効化出来る。
そもそも銃でない遠距離武器といえば弩であり、弓兵は圧倒的に少ない。
そして、遠距離から撃ち下ろすように射られる弓矢に対しては、
「そこか」
上空から盗賊団の動きを監視する飛竜隊が攻撃を加え、無力化していく。
城壁の所々にある矢弾を防ぐ木造の小屋とて、擲弾の炸裂を受ければ大きく破壊され、
破壊された箇所から追い打ちに内部に擲弾を投げ入れられれば、小屋の中は肉片と硝煙で充満する。

城壁の間際を飛び、速度を落として窓の隙間から擲弾を投げ入れて攻撃する飛竜騎士すら居た。
さらに戦列歩兵隊が銃を斉射すれば、硝煙が煙幕になり、盗賊団は正確な照準が付けられなくなる。
セソー大公国軍歩兵隊は狙撃隊が硝煙の外から敵集団を監視し、戦列歩兵隊の指揮官に撃つべき方向を告げる。
飛竜対策をしている近代的な城塞や要塞でもない古式の城なので、塔の上から
攻撃するような戦法が取れず、狭間から弩を射るくらいの反撃しか出来ない。
飛竜の擲弾でも破壊が難しい頑丈な場所は、安全だが視界が悪い。
故に飛竜隊がどこを飛んで何をしようとしているのか、盗賊団は全く把握出来ない。

2個の飛竜中隊はそれぞれ部隊を半個中隊ずつに分割し、計4個の半個飛竜中隊が入れ代わり立ち代わり盗賊団を攻め立てる。

この間に工兵中隊によって即席の砲撃陣地が造られ、砲架の上に旋回する1/8バルツ砲が設置される。
盗賊団は、セソー大公国軍の攻撃陣地が造られるのを妨害する事すら満足に行えないのだ。

数的優位を保った篭城戦という、本来防衛側が圧倒的に有利な戦場にも係わらず、実態は逆だった。
城に追い立てられた防衛側は孤立無援。理由が理由だから、適当な所で手打ちとも行かない。


1/8バルツ旋回砲の設置が完了すると、狙撃兵中隊の副隊長の指揮で砲撃が開始される。
砲兵陣地が出来上がってからは、動く人影が見えなくなるまで、来る日も来る日も、セソー大公国軍の一方的な火力が叩き込まれるだけであった。


モルンの地を根城にする盗賊団討伐により、セソー大公の爵位にモルン公爵が加わった。
セソー大公国から代官と開拓民を兼ねる警備兵とその家族合わせて1000人程度の移民が来たが、特に何がある訳でもない辺境。
開拓といっても出来る事は限られ、それまで防衛上の観点からあえて整備されていなかった域外との連絡道路を建設するなどして過ごしていた。

それから十数年の時が経った。

旧モルン公国。
現セソー大公国モルン公爵領。
セソー大公からすれば建前上は直轄領であるが、実際の統治は代官に丸投げされていた。
飛び地であり、交通の便も悪く、産業も無く、ただ領地があるだけの存在。
皇国との戦争時には直接の被害を受けず、本国が降伏したのでそれに付随して降伏した形だ。
セソー大公国の領土である為、条約にある租借地の範囲に含まれ、皇国はここに飛行場と大規模な物流倉庫を建設。
大陸の内陸部に貴重な活動拠点を得るのだった。

297303 ◆CFYEo93rhU:2020/11/02(月) 03:27:13 ID:kVk7UVQs0
投下は以上です。
本編は完結しています。

298名無し三等陸士@F世界:2020/11/02(月) 21:51:57 ID:rMI7NNHo0
???「在モル皇軍は危険な飛行場をてっきょしろーモルン人の土地をかえせー」
いやスレを見ていた甲斐があったうれしい

299303 ◆CFYEo93rhU:2020/11/03(火) 00:44:13 ID:kVk7UVQs0
サブタイトルは『皇国領モルン』でした。
租借地ですが、実質割譲されたようなもの。

>>298

憲兵「話は基地で聞こうね」

300名無し三等陸士@F世界:2020/11/03(火) 01:23:43 ID:.1oOitpE0
更新…だと…!?
乙でした!

301名無し三等陸士@F世界:2020/11/03(火) 01:28:47 ID:.1oOitpE0
根絶やしにされたのだろうなぁ。

302名無し三等陸士@F世界:2021/01/12(火) 22:43:39 ID:DMxb7HMo0
なあ、くろべえさんは?

303名無し三等陸士@F世界:2021/01/14(木) 02:41:09 ID:OvOMxCeA0
久々に見たら更新されてる!?

くろべえさんが生きているわけないやろ
復活したとしても別名じゃないかね


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板