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灼眼のシャナ&A/B 創作小説用スレッド

1SS保管人:2003/11/24(月) 19:22
ライトノベル板でSSを書くのは躊躇われる、
かといってエロパロ板は年齢制限が…

そんな方のために、このスレをどうぞ。
萌え燃えなSSをどんどん書いて下さい。

225名無しさん:2006/03/18(土) 01:15:46
>93-119
教授とドミノが可愛すぎる
これ書いた人 まだいたりする?

226名無しさん:2006/03/30(木) 21:34:50
ここの小説って著作権あるのですか?

227名無しさん:2006/04/03(月) 03:03:59
皆さん、ものすごく文才溢れてます
もしかしてプロの方ですか?素人にしとくのは勿体無い
31氏とても面白く読ませてもらいました。感動しました。

228名無しさん:2006/04/03(月) 15:22:23
大蛇の街、とても面白かったです すげー

229名無しさん:2006/04/22(土) 22:11:03
誰か、シャナのバットエンドもの書いて

230名無しさん:2006/04/29(土) 18:25:26
吉田一美のハッピー話書いてエ。

231ヴィルヘルミナのユウウツ 1/2:2006/05/11(木) 16:27:02
 悠二はヴィルヘルミナと睨み合いを続けていた。彼は今更ながらシャナに付いて行け
ば良かったと後悔していた。
 床からベッドに座る彼女を見上げた。
「決着つけるであります。ティアマトー、だまって見てるであります。」
「御意」
 ゴクリ。
 喉が渇いたので、そっと麦茶のカップを手に取る。
 ビシッ。
「!?」
「なにするであります」
 リボンで伸ばした手を叩かれた。
「逃がさないであります」
「ご、ごめん。間違えただけ」
 ヴィルヘルミナはリボンを緩めない。
「あとで言いつけるであります」
「か、かんべんして」
「沈着冷静。悠二黙礼」
 ヴィルヘルミナはギロリと睨む。
「シャ、シャナはいまなにしてるのかなあ」
「う。うるさいであります」
 彼女は怒りに任せて引っ張った。そして慌ててリボンを緩めるが、間に合わない。
「う、うわああ」
 ドシッ。勢いで彼女のおなかに当たった。
「か、硬い」
 悠二は背筋に殺気が走ったのを感じた。
「ご、ごめん」
「さ、どくであります」

232ヴィルヘルミナのユウウツ 2/2:2006/05/11(木) 16:27:57
「あははは。うん」
 苦笑いをかみ殺し、手をさすりつつ悠二は聞いた。
「ヴィルヘルミナさんは、なにが好きなの?」
「……メロンパンであります」
「へ〜、シャナと同じなんだね」
「レトルト食品も、癖になります」
「レ、レトルト?」
「なかなか美味しいであります」
「ふ〜ん」
「りょ、料理だって出来るであります」
 悠二はふと考え、言った。
「じゃあ今度シャナと出かける時、メロンパン買ってきてあげる」
「ま、待つであります」
 悠二は立ち上がろうとしたところで呼び止められ、振り向いた。
「く、訓練であります。二人で一緒に行くであります。街はどこでも危険であります」
「そ、そんな」
「不測の事態に対応するためであります」
 悠二は落胆で勢いがなくなった。
 ヴィルヘルミナはそれを見て複雑な表情をみせたが、すぐに気持ちを切り替えて言
った。
「シャナがそろそろ来るであります。元気出すであります」
「そうだね」
 ヴィルヘルミナはため息をつくと言った。
「走る用意をするであります」

 また今日も、日常が繰り返される。少しの変化を加えて。

233名無しさん:2006/05/11(木) 23:46:13
ヴィルヘルミナはシャナの事を、シャナと呼ばないはずでは?

234名無しさん:2006/05/15(月) 01:03:49
実は、書きかけのSSがあるんですが、続きを書いて載せても良いでしょうか?
主旨は「死んだ某フレイムヘイズが、一時的に復活してシャナや悠二達と出会う」です。
一番の問題は「フレイムヘイズにも死後の世界は存在した」という部分が出てきてしまうことなんですが…。

235名無しさん:2006/05/16(火) 09:57:58
ぜひ!!

236234:2006/05/17(水) 23:52:21
ではこの一言を励みにして、以下に投下してみます。
まだ未完成なので、投下が遅れたらすいません。

一応時間軸は「9巻と11巻の間」です。設定は特に何も変えてません。
あと、肝心の某フレイムヘイズが出てくるまでに少々時間を有しますが、ご了承願います(ヲイ)。

237Bake to the other world:2006/05/17(水) 23:55:03
〜序〜

よぉ、元気してたか?
あ、ここに来ちまったってことは、元気とは言えねえか。
そっか、お前さんも来ちまったか…まぁ正直、あの状況じゃ来るのは時間の問題と思ってたけどな。
もう一人の、あの鉄面皮のお姫様は来てねぇ…ってことは、生き残ったか。ありゃ、そういえば虹の野郎もいねぇ、ってことは…おいおいお前さん、やることが憎いねぇ〜。
とりあえず俺が知ってるのは、奴の企みが失敗に終わったってことだけなんだが、あれはお前さんのお手柄なのかい?

…なんだ、どうした?ハトが豆鉄砲食らったみてぇな顔しちまってよ。お前さんらしくもねえな。
まあ、無理もねぇか。俺だって最初は信じられなかったからな。
冗談で言ったつもりがよ、まさか本当に「ここ」があるなんてなぁ。
ま、とにかくまずはお疲れさん。そこに座りな。そしてエールで一杯やろう。
今すぐにとは言わねぇが、まあゆっくりとお互いの顛末、語り明かしていこうじゃねえか。


その世界は、ひっそりと浮かんでいる。
二つの世界の、そのまた向こうに。
去りし者達はそこから、残りし者達を、見守り続けている。
会うことを熱望しながら、かつ、こちらに来ないことを、切に願って。

238Bake to the other world:2006/05/17(水) 23:59:09
〜1〜

9月上旬の、とある日の真夜中。
坂井悠二は、ふらふらとおぼつかない足取りで寝床に向かった。
とろんとした目つきでポケットに入れておいた目覚まし時計を見ると、時刻は既に午前1時になろうとしていた。
“紅世の従”に存在を喰われた残り滓の“トーチ”である彼は、本来ならばとうの昔にこの世から消えてなくなっているはずだったのだが、トーチになった瞬間に自身の体内に転移してきた宝具『零時迷子』の能力のおかげで、毎日午前0時になると存在の力を完全回復して、その存在を今日まで保つことができている。
そしていつもなら、存在の力の回復と同時に、自身の体内に蓄積していた疲労も解消される。
はずなのだが、
(おかしいな…なんか、体が…だるい…)
彼はこの日に限って、午前0時以降も重度の疲労感を感じていたのであった。
(存在の力は、ちゃんと回復しているのにな…)
悠二は目を閉じて、自身の存在の力の量を計ってみた。すると確かに、いつも0時を回った時と同じ量の存在の力が、身体に満ちているのが分かった。
(なんでだろう…っ、もしかして…?)
だるさの原因について一つ思い当たる節があった悠二は、布団に入ると、昨日あった出来事を思い返してみた。

(いつもの通り、下校途中シャナと合流して、道々話をしながら帰ったんだ。それで…確か女の子のスタイルの話を僕が始めたんだったかな?その時僕が何か失言して、しまったと思った時にはもう遅くて、すぐ横でシャナが『贄殿遮那』を構えてて、「峰だぞ」ってアラストールの声が聞こえた後、大太刀が振り下ろされて…)
「…ッ!!」
その瞬間の恐怖を思い出し、悠二は布団の中で身体をビクッと震わせた。といっても、彼が恐れおののいたのは、峰打ちを食らったことについてではなかった。
 
悠二がフレイムヘイズの少女『炎髪灼眼の討ち手』――シャナと出会ってから、もう数ヶ月になるが、彼はこの手の峰打ちは幾度となく食らってきた。
その原因はほとんどが、悠二による、彼女の機嫌を損ねるような発言である。
女の子の気持ちに非常に鈍感な朴念仁である悠二は、シャナとの会話の折、たびたび無神経な失言を彼女に放っていた。
そのため、ただ峰打ちを食らうだけなら、この数ヶ月の間に悠二にとっては既に日常茶飯事と化していたのである。
今さら、彼にとってさほどの脅威では(といっても、その瞬間は怖くて、猛烈に痛いことには変わりはないが)なくなっていた。

しかし今回は、峰打ちの他に、あるとんでもないおまけがついてきたのである。

239Back to the other world:2006/05/18(木) 00:04:36
〜2〜

昨日の夕方は、夕日の見えない曇り空だった。
「覚悟しなさいっ、悠二!!」
「ま、待ってくれ誤解だ、言葉のあやだよぉ〜っ!」
「うるさいうるさいうるさぁーいっ!!」
「峰だぞ」
そして、例によって大太刀は悠二に向けて振り下ろされた。

と、ほぼ同時に、それは起こった。



ピカッ!



ガラガラ、ドォーン!!!

「わぁっ!?」
シャナは突然自分の目の前に現れた強烈な閃光と轟音に驚いて、思わず叫んだ。
一筋の稲妻が、シャナが持っていた大太刀に落ちたのである。
この日の御崎市は、朝から空一面厚い雲に覆われており、落雷の発生しやすい天気であった。
しかもこの時悠二とシャナが歩いていたのは、近くに建物のない、真名川の土手道だった。
こんな天気の日に屋外の、しかもさえぎるもののない場所で、大太刀を――よりにもよって完璧な研ぎ味の、サビ一つない名刀を――振りかざしていたのだから、このときのシャナの行動はまさに自殺行為だったといえる。
「び、びっくりした…」
しかし、落雷の直撃を受けたに等しいはずのシャナは、目の前で起こった出来事に驚きはしたものの、火傷一つなくその場に立っていた。
手にはしっかりと、刀身からプスプスと煙を上げる大太刀を(もちろん刃こぼれ一つしていない)握ったままであった。
大太刀の握りの部分が強力な絶縁体であったことと、何より彼女がフレイムヘイズという、普通の人間の何倍もの力を有する存在であったことが理由であろう。
「シャナ、無闇やたらと『贄殿遮那』を振り回すのは、少し考え物かもしれぬぞ」
シャナの胸元にあるペンダント型の神器『コキュートス』から、彼女と契約している“紅世の王”である“天壌の劫火”アラストールが、遠雷の轟くような声でシャナに言った。
「うん、そうだね。これからは気をつける」
シャナは少し反省した表情で返事をした。
そして大太刀を『夜笠』の中にしまおうとした、その時、


「悠二っ!?」
大太刀から飛び火した雷を食らって、あお向けに突っ伏している悠二を見つけるやいなや、シャナはあわてて駆け寄った。

240Back to the other world:2006/05/18(木) 00:09:13
〜3〜

(瞬間、頭の中が真っ白になって…あぁ、恐ろしい)
悠二は寝返りを打ちながら、その瞬間の恐怖をあらためて思い返した。

「…ん、んっ」
悠二は目を開けると、シャナが顔を自分の方に向けて座っていることと、自分がなぜか布団を着せられて、あお向けになっていることに気がついた。
「悠二」
「…シャナ?」
「気がついたみたいね」
シャナは、悠二の意識が戻ったことに安堵の表情を見せた。
「あれ、僕、どうなって…?」
「悠二、雷に打たれて、気絶してたのよ」
「…っ、そっか」
シャナの言葉で自分の意識が吹き飛ぶ瞬間の様子を思い出して、悠二は青ざめながらも納得した。
「…あれ?」
少し気持ちが落ち着いてきたところで、悠二はある事に気がついた。
首をゆっくり動かして辺りを見回しながら、悠二はつぶやいた。
「僕の部屋じゃ、ない?」

その部屋は、自宅にある自室より二周りは大きいであろう大部屋で、悠二はその角にしかれた布団に寝かされていた。
反対側の角にはベッドが置いてあり、その前には、ちょうど職員室で教師が使うタイプの事務机があった。
壁際にはズラリと角ばった書類棚が並び、寝ている悠二の視点からはまるで高層ビル群を地上から見上げるかのような圧迫感があった。
明らかに自分の家ではない光景に、悠二は当然のように疑問を口にした。
「シャナ、ここは一体」
「我々の住居であります」
「っえ!?」
会話に突然介入してきた声に、悠二は思わず首を上げて、声のする方を向いた。
すると部屋の入り口から、メイド服を着た色白の女性が入ってきた。
「カ、カルメルさん!?」
「ヴィルヘルミナ、悠二の意識が戻ったよ!」
「…それは、よかったでありますな」
「結構」
嬉しそうな少女の声に、フレイムヘイズ『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルは、契約している“紅世の王”である“夢幻の冠帯”ティアマトー共々、不機嫌さを明らかに混ぜた声で答えた。

241Back to the other world:2006/05/18(木) 00:12:59
〜4〜

(いきなりカルメルさんがいて…びっくりしたよな)
悠二は布団のなかで、まだ今日のことを回想していた。

「ど、どうして僕はここに?」
「実はね…」
戸惑う悠二に、シャナが説明を加えた。以下は、その内容である。

失神した悠二はシャナに背負われて、最初は坂井家まで運ばれた。が、
「あれ…?」
シャナが取っ手をガチャガチャと回してもドアは開かない。家の鍵が閉まっていたのだ。
いつも家にいるはずの悠二の母・坂井千草は、今日に限って家を留守にしていた。
「おかしいな、千草、なんでいないんだろ…」
千草は悠二とシャナが帰宅してくる時間には、いつも坂井家で夕食の準備をしていた。
ごくまれに留守にするときはあったが、その際には必ず何か書置きを残して外出するようにしていた。
それが今日に限ってどういうわけか、壁にもポストにも玄関の扉にも、何もなかった。
「どうしよう…」
頼みにしていた人物の不在に、シャナが路頭に迷っていると、
「これは一体、何事でありますか?」
「状況説明」
背後から突然聞こえてきた声に、シャナは驚きと歓喜を半分混ぜた声で言った。
「ヴィルヘルミナ?!」
「何はともあれとりあえず、我が家に向かうのであります」

「…というわけなの」
「なるほどね。母さん、留守にしてたんだ。でも、何で今日に限って連絡もよこさず…」
「奥様の事情に関しては、私が説明するであります」
と、以下に示すのはヴィルヘルミナが語った内容である。ちなみに、本来悠二に語った内容はもっと至極簡潔なものであることを断っておきたい。

242Back to the other world:2006/05/18(木) 00:15:21
〜5〜

悠二が平井家に運び込まれていた頃、坂井千草は御崎市内中心部にある御崎市民病院にいた。
彼女は昼過ぎ、友人が交通事故にあったという連絡を受け、家を空けていたのである。
あわてて病院へ駆けつけたところ、幸いにも命に別状はなかったので、千草はホッとした。そこでお見舞いに集まった友人達と世間話に興じていたところ、
「あら、いけない」
千草は一つ、大事なことを忘れていたことに気がついた。
緊急の用事であったため、うっかり息子とそのガールフレンドに、書置きを残すのを忘れてきてしまったのだった。
「しまったわ、どうしようかしら…そうだ」
千草はポンと手を叩くと、病室をいったん出て、病院の公衆電話から電話をかけた。
「もしもし、平井さんのお宅でいらっしゃいますか?」
「…これは奥様、ご無沙汰であります」
「あら、カルメルさん。こちらこそ」
「今日は一体、いかようなご用件でありますか?」
「はい、本当に不躾なお願いではあるのですけれど…」
千草は、今自分が友人の見舞いで病院にいること、友人との久しぶりの再会で、帰宅が少し遅くなりそうなこと、自分が帰るまでの間、悠二とシャナの面倒を見て欲しいことを、ヴィルヘルミナに伝えた。
「…そういう訳で、カルメルさんには本当にご迷惑をお掛けするのですが、お願いできませんか?」
千草はつとめてすまなそうに言った。
「そう、で、ありますか…」
そんな千草の言葉に、ヴィルヘルミナは複雑な気持ちでそう答えた。
『炎髪灼眼の討ち手』の少女の養育係でもあったヴィルヘルミナは、御崎市に現れた当初、自分の育てた少女に害なす存在として、悠二の抹殺を試みた。その一件に関しては紆余曲折を経てどうにか一応の和解には至ったが、彼女はいまだ、悠二に対する警戒を(特に少女との接触に関して)解いていない。
(あの“ミステス”を、ここへ引き入れるのでありますか、あの方と、共に…)
(危険)
お互いの間でのみ会話できる自在法で、ヴィルヘルミナとティアマトーは相談した。
受話器の向こう側が急に静かになったことに、千草はヴィルヘルミナが拒絶の意思表示をしたものと判断して、
「いえ、だめでしたら結構です。今すぐ家に戻りますから…」
「うっ…」
千草の、残念さをわずかに奥底に秘めた声を聞いて、ヴィルヘルミナはいよいよ悩んだ。
彼女は、千草のことは、一人の人間として大変尊敬しており、初対面以来、気配りを欠いたことは一度もない。
「…いえ、そのようなことは全く」
「本当によろしいのですか?」
「どうぞお気遣いなく、奥様」
「そうですか。ではお言葉に甘えて、ご面倒をお掛けしますわ」
千草はそこにいない電話の相手に小さくお辞儀をすると、受話器を置き、再び友人の待つ病室へと戻っていった。

243Back to the other world:2006/05/18(木) 00:17:31
〜6〜
(あの後の一言には、参ったよな)
悠二は布団の中でため息をついた。

さっさと説明を終えたヴィルヘルミナは、一言、きっぱりとこう言った。
「では早速、鍛錬を始めるであります」
「迅速行動」
「えぇっ?!」
不機嫌な調子のまま放たれたヴィルヘルミナとティアマトーの言葉に、悠二は信じられないといった様子で声を上げた。
「何か?坂井悠二」
そんな悠二に、ヴィルヘルミナは冷たい調子で問うた。
「だ、だって、今日は雷に当たって死にかけて」
「お笑い種でありますな、とうの昔に死んでいるというのに」
「笑止」
悠二の言い訳に、ヴィルヘルミナとティアマトーは語調を変えず、しかしわずかに嘲りを込めて言い放った。
「で、でも、まだ夕方じゃ」
「現在時刻午後10時30分であります」
「時間適当」
「えっ、もうそんな時間…?」
悠二は驚いて自分の斜め前にある窓を見た。すると、外は既に深い闇に包まれていることが分かった。
(ま、参ったな。こんな時間まで気を失ってたなんて)
悠二は、自分が想像以上に長い間倒れていたことを知って、困惑した。
ヴィルヘルミナの機嫌が明らかに良くないこと、そしてその理由は、一連のやり取りで簡単に察しがついた。
悠二がここに寝ている、それが理由である。もっとも実際は寝ていたわけではなく失神していたのだが、ヴィルヘルミナにとってその光景は「厄介者が人の家にズカズカ土足で上がりこんで、5時間以上もグースカ眠っている」程度にしか移らなかった。
(何か、いい言い訳はないかな…)
悠二はこの状況をを切り抜けるための言い訳を考え始めた。
ヴィルヘルミナの言葉は取り付く島もないものではあったが、同時に全くの正論でもあった。
そして正論であるだけに、悠二には彼女が満足するような説得ができなかったのである。
(…あっ、そうだ、一つあった!)
ふと、悠二はこの状況を逃れられる唯一ともいえる方法を思いついた。
それはヴィルヘルミナが、おそらくこの街で――いや、もしかすると今では世界でただ一人、畏れる人物を利用する方法。
(さすがのカルメルさんも、これなら…)
悠二は半ば確信に近い自信を抱いて、その言葉を放った。
「…あっ、母さんが心配してるから…」
しかし、悠二にとっては対ヴィルヘルミナ最終兵器ともいえたこの言葉も、
「本日は私の監視の元、この家に宿泊するという旨、既に奥様も了承済みであります」
「えぇっ!?」
一刀両断、あっさり切り捨てられ、悠二はとうとう何も言えなくなった。

244Back to the other world:2006/05/18(木) 00:21:19
〜7〜

(昨日は珍しく母さんが家にいなくて…)
悠二の回想はつづく。
(でも、ここにいられるのって、ある意味母さんのおかげなんだよな)
ちなみに彼が今寝ているところは、坂井家の自分の部屋ではなく、平井家である。

千草は午後7時ごろ帰宅し、夕食の準備を急いで済ませ、息子を迎えに行くために平井家に電話をかけた。
が、
「ご子息は、ただいま病気で寝ているのであります」
「まあ」
電話に出たヴィルヘルミナの言葉を聞くやいなや驚いて、頬に手を添えて声を漏らした。
「全く大事はないのであります。心配は御無用であります」
「本当に、申し訳ありませんでした。カルメルさんには大きなご迷惑をおかけしてしまったようで」
「いえ、奥様が謝る必要は全くないのであります」
(そう、悪いのはすべて…あの、)
(親不孝者)
「では、それほど容態が悪くないのでしたら、今から息子を迎えにうかがいます」
「!?…そ、それは」
「えっ、何か不都合なことでも?」
「その」
ここでヴィルヘルミナは言葉に窮した。

シャナが平井ゆかりに存在を割り込ませて以来、平井家を用いるのはシャナとヴィルヘルミナの二人のみである。
来客も時折ガス・水道の集金の人間が訪れるのみで、外部の人間を玄関から先に引き入れたことは一度もない。それには理由があった。
ヴィルヘルミナは最初この家を訪れた時シャナに、この家を自分達のフレイムヘイズとしての活動拠点とする、と宣言した。
そしてその言葉通り、数日後にはこの家は十畳の大部屋を中心に、外界宿を中心に集めた“紅世”関係の資料でいっぱいになっていた。
そんな家の中に、外部の人間を入れるのはもっての他であった。
たとえそれが、自分が心から尊敬している人物であっても。

(うむ…一体、どうしたものでありましょう)
(回答迅速)
(わかっているであります!)
頭をゴン、と殴った後、ヴィルヘルミナはようやく返事をした。
「…ご子息の具合も、まだ万全には至らぬ様子。本日は、こちらで預からせていただくのであります」
「えっ、いえ…それはさすがにご迷惑では」
千草は自分を平井家に入れない理由を問いただしたりはせず、ただヴィルヘルミナのいきなりの提案に対して素直にそう言った。
「問題ないであります」
「でも」
「全く、問題ないであります」
千草の言葉をさえぎるように、ヴィルヘルミナは言った。
「…そうですか。では、失礼ながら再びお言葉に甘えさせていただきます」
その言葉の熱心さに千草はとうとう折れ、再びペコリと小さく頭を下げてそう言った。
「かしこまりました、奥様」
ちなみに千草は、ヴィルヘルミナの保護者としての能力には大いに信頼を置いているので、自分の息子とシャナが間違いを犯すのではないかという事に関しては、全く心配していない。

245Back to the other world:2006/05/18(木) 00:24:13
〜8〜

(それで…さすがに今夜はやらないと思ったんだけどな)
悠二は、はぁ、と再び布団の中でため息をついた。

必死の言い訳も空しく、この夜悠二はいつもの通り鍛錬を行なう羽目になった。
悠二が雷に打たれた直後のひどい様子を直接見ていたシャナは、少し気の毒に思いながらも、
「一日でもさぼったら、きっと怠け癖がつくから、やっぱりやらなきゃ駄目」
と、その気持ちを隠してあえて厳しく言い、悠二に対して優しくないアラストールは、当然の様に
「うむ。少しでも体が動くのならば、鍛錬を行なった方が貴様にとっては薬だろう」
と、きっぱりと言ったので、悠二ももはや拒否することができなくなったのだった。

しかし悠二は、ひょんなことから平井家に泊まれるようになったことに、実は内心喜びを感じていた。
シャナと出会って以来、彼はこの家に来たことは一度もなかったのだ。
もっとも、シャナはこの家を倉庫か寝床程度にしか認識しておらず、少し前まではむしろ坂井家にいる時間の方が圧倒的に長かったので、彼がここに来る必要は全くなかったのだから、彼にとってさほどの興味はなかった。
しかしヴィルヘルミナが現れて、シャナの坂井家で過ごす時間を限定するようになると、悠二はこの家に行ってみたいと思うようになった。
そんなわけで、この日の夜は、
(今日は、今まで知らなかったシャナのことが、分かるかもしれない)
などという、(不純な妄想も若干含んだ)期待を、悠二は持っていた。
ところが、少年の淡い期待は、厳しい保護者達によってものの見事に打ち砕かれた。

「入浴は当然、最後に。また貴方が寝る場所は、あちらであります」
と、鍛錬終了後、ヴィルヘルミナが指し示した場所は、ダイニングキッチンであった。
「えっ、こんなところで寝るんですか?」
「他にどこがあるのでありますか?」
「悠二なら、私の部屋で」
とシャナが言いかけるやいなや
「断固拒否」
ティアマトーがすかさず釘を刺した。
「坂井悠二よ、言うとおりにせぬか」
アラストールも勢いに乗って悠二を攻める。
こうして、3人の監督にコテンパンに打ちのめされた悠二は
「…わかったよ」
と言って、布団を持って、ふらふらとおぼつかない足取りで寝床まで向かったのだった。

246Back to the other world:2006/05/18(木) 00:27:24
〜9〜

(やっぱり、あの時の雷が…)
悠二は改めて、今自分を襲うだるさの原因について思った。
最初は、鍛錬の時の疲れがまだ何となく残っているものと考えていた。
しかし、鍛錬を終えても時がたつにつれてどんどんたまっていく疲労に、悠二は何かがおかしいと感じ始めた。
現に今こうして横になっている間も、疲れは増し、身体は重くなっていくばかりである。
まるで疲労が鉛の塊になって、全身にのしかかって来るように感じられた。
(存在の力は回復している、でも疲れは増すばかり…雷が原因だとして、一体何が…)
疲労に押しつぶされそうになりながら、悠二は考えをめぐらせた。

(…!)
と、悠二の脳裏に、一つの恐ろしい可能性が浮かんだ。
(まさか…雷があれに、何らかの影響を?)
実は悠二の体の中の宝具『零時迷子』――正しくは、その中に封印されている『約束の二人』の片割れ、ヨーハン――は、悠二に転移してくる直前、“壊刃”サブラクによって謎の自在式を打ち込まれ、変異を起こしたのであった。
今のところ悠二には目立って大きな異変は起きていないので、シャナ、アラストール、ヴィルヘルミナらは、ひとまず御崎市にとどまって様子見をするという結論に落ち着いた。
しかし、自分の中に、そんな得体の知れないものが入っていると思うと、悠二にはやはり大きな不安があった。
(変異が…あの雷で、早まったとしたら…!)
悠二は冷や汗が湧き出るのを感じた。
雷が自在式に影響を及ぼすなどという根拠は何一つない。
しかし悠二はここ最近アラストールから受けている“紅世”に関する講義の中で、「“紅世”とは、力そのものが混ざり合う世界」であるようなことを聞いた。
そして雷は巨大な電気エネルギー…一種の「力」の塊である。宝具や自在式に何らかの影響を与えている可能性は捨て切れなかった。
(いや、でも)
しかし、否定したかった。
確かに、いつかは何とかしなければならない日が来るのは分かっていた。
でも、
(まさか…こんなに、早く?)
いきなり、その覚悟をせまられるようになるとは、思っても見なかった。

と、
(ぐぁっ!?)
ズシ、と音でも鳴るように、悠二の身体に最大級の疲労が襲い掛かってきた。
いや、それはもはや疲労などではなく、言葉では言い表せない程の「苦痛」だった
(う、くっ…シャ、ナ…!)
助けを呼ぼうとしても、既に声すら出なかった。
(こんな、終わりは、嫌、だ)
苦しみもがく悠二に、容赦なく苦痛は襲い掛かる。
(みん、な…)
薄れ行く意識の中で、彼の脳裏に、今までの色々な思い出が、走馬灯のように映し出された。
(今度こそ、本当に、ダメ、かも…ご、めん…)
最後に誰に対してか謝って、悠二は海の底へ沈むように意識を失っていった。

247Back to the other world:2006/05/18(木) 00:29:55
〜10〜

…ここは、どこだ?
真っ、暗、だ。
僕は、どうなって、しまったんだ?
死んだ、のか?
それとも、変異を、起こして…何か、化け物、に?

ああ…。
何て、こった。
あっけない、終わりだったな。
こんなに、早く来るなんて…分かってたら、もっと、いろいろ、やりたいことが、あったのに。
せめて、別れの、あいさつくらい…。

…あれ?
なんだ?
はるか遠くに、何かが、見える。
とても明るい、あれは…炎?
炎…紅蓮の、炎!?
僕は無我夢中で駆け出した。
…シャナ!!

近づくごとに、紅蓮の炎は大きくなってくる。
何で彼女がこんな所にいるかなんて、どうでも良かった。
とにかく、彼女に会いたかった。
そして、姿が見えた。
見まがうはずもない、炎髪。
凛々しい後ろ姿。
僕は何も考えられず、そのまま彼女に、後ろから抱きついた。
後で峰打ちを何発食らおうが、かまわなかった。
ただひたすら、彼女の感触を感じたかった。
シャナ…!


…あれ?
僕は抱きついてからしばらくして、何か違和感を感じた。
…何かが、違う?
僕はもう一度、抱きついた後ろ姿を見た。
髪の毛…は、やはり間違いなく、炎髪だ。
感触…も、いつもと同じ…!?


違う。
僕の両腕に伝わる感触は、いつもと違う…
いつもと違う?
そうじゃない。
いつもは…そう、ないんだ、こんな感触。
感触に、なぜだか心地よい違和感を感じていると、僕はもう一つ、重大すぎる違いに、今さらのように気がついた。


背が…高くなって―――!?

248234:2006/05/18(木) 00:43:05
ここでいったん切ります。続きはあと1時間以内には投下します。
最初の2話、タイトルが間違ってます。スイマセン。

249Back to the other world:2006/05/18(木) 06:15:06
〜11〜
(時間は少しさかのぼる)


ふう、着いた着いた。
この街、この間来たときは、あの変人のせいでとんでもない事になってたけど…今はどうかしら?

うんうん、順調に復興してるみたいね。
さて、まずはあの子のところへ行ってみるか。

到着。
じゃ、早速入りますか。
扉は…っと、ああ、その必要はなかったわね。

ほほう、綺麗に整理整頓されてるわね。
この前見たときは、悲惨な事になってたからなぁ。
やっぱり、彼女が来たおかげかしら。
私も整理整頓が苦手で、随分お説教されたからな。
さて、あの子の部屋は…と、確かここだったわね。

いたいた。
ぐっすりと眠ってる。かわいい寝顔ね。
それにしても、何度見ても、私の子供時代にそっくりね。
いやいや、本当によく見つけられたもんだ。

さて、あの男は…あそこか。
何か最近、間抜けっぷりが増してないかしら?
昔からどっか抜けてるところはあったけど、このごろひどくなってる気がするわね…。
2、3回くらい喝を入れてやりたいところだけど…出来ないのが残念ね。

奥の部屋には…この前合流した彼女たちか。
こんな遅くまで書類とにらめっこなんかしちゃって。
相変わらずの頑張り屋さんだなぁ。全然変わってない。
んっ、今日はもう一人、お客さんが来てるみたいね。
ちょっとのぞいて見よっ、と。

あらら、誰かと思えば…彼、か。
こんなところで寝かされちゃって、かわいそうに。
まあ、あの子の保護者があの三人じゃ、無理もないか。
何か、もがき苦しんでるけど…悪い夢でも見てるのかしら?
助けてあげたいけれど、私にはどうすることもできないのよね。お生憎さま。
さて、一通り確認もしたし、次はどこに行こうかしら?


…えっ、ちょ、何?
何か、身体に巻きついてるような…?
…腕?えぇっ!?
そ、そんなはずないじゃない!?
何で、どうして、私に…私に触れることができるのよ!?

250Back to the other world:2006/05/18(木) 06:20:52
〜12〜

「ふむ…」
街の明かりもまばらになった頃、ヴィルヘルミナはスタンドの明かりのみの薄暗い十畳間で、事務机の上に乗った書類の山と格闘していた。
彼女は、外界宿から毎日のように送付されてくる大量の書類を、ほとんど一人で全部目を通し、分類して書類棚に保管している。
ドレル・パーティ崩壊後、それまで完璧に整備されていたフレイムヘイズへの情報網は大混乱し、フレイムヘイズ達には多分に余計な情報も送られてくるようになった。
平井家に送られてくる書類も、実は半分以上が大して重要なものではないのであった。
しかし元来几帳面な性格の彼女は、たとえどんなに不必要そうな情報にも一度は目を通し、保管しておかないと気が済まないのである。
そのため、デスクワークは毎日のように夜更けまで続き、徹夜になることもしばしばであった。
(我ながらこの性格には、少々困ったものであります)
(非効率)
(うるさいであります)
ヘッドドレスにゴン、とげんこつを一発かまし、ヴィルヘルミナは再び書類へと目を向ける。
(そういえば)
ふと、ヴィルヘルミナは、とある人物のことを思い出した。
(彼女にも、随分言われたものでありましたな)
何かにつけて几帳面な自分をからかっていた、ズボラな性格の女。
(戦いの時以外の彼女は、全くもって大雑把で…)
ずっと孤独で戦っていた自分に初めてできた、唯一無二の親友。
(しかし、私は変わっていないのでありますな)
戦いのときは最強のパートナー、またある時は…最強のライバル。
(…集中)
仕事を忘れ、昔の思い出にふけっている相棒を、ティアマトーが戒めた。
(要集中)
(っ分かっているであります!)
ヴィルヘルミナはヘッドドレスをもう一度殴りつけると、肩をトントンと叩き、ふう、と重く息をはいた。
壁にかかっている時計を見ると、既に3時になろうとしていた。
「ふむ、どうやら少々休養が必要なようでありますな」
(怠慢)
ヴィルヘルミナは右手、左手で一回づつ、ゴン、ゴンとヘッドドレスを殴りつけ、イスから腰を上げた。
「眠気覚ましには、カフェイン摂取がもっとも効果的であります」
そうつぶやくと、彼女はキッチンへと向かっていった。
あの“ミステス”が寝ていることはもちろん知っていたが、そんなことは別にどうでも良かった。

251ささやかな一時 1|2:2006/05/18(木) 15:12:23
>>233
そうだった。orz 脳内で書き換えてしまったのかもしれない。
それでも読んでくれてありがとう。
>>234氏。ちょっと割り込み? になるかもしれませんが、入れさせてもらいます。

 約束を取り付けた吉田一美は彼を正面に、見つめなおした。赤く火照った顔の坂井悠二
にドキドキして眼を下ろす。
 悠二は悲しそうな声で静かに呟いた。
「いつ終わるか分からない永遠か……」
 一美はその意味を考え、体が震えた。
 勇気を出して、大きな声で答える。
「私はここに居ますから」
「え!?」
「悠二くんはここに居ますか?」
 忘れことのない現実、からシャナとの今後へと思いをはせていた彼は、慌ててすぐに答え
られなかった。一美の胸のうちにあるだろう炎を感じて、どうしようもなさへ思考がゆく。
「僕は……ここに居る」
 それでも彼はかすれた声で答えていた。
 悠二は座りなおし改めて彼女を見る。
「どうにもならないんだ」
「はい」
「あの大きな戦いで、僕たちに出来たのは小さなことで。でも――」
 一美は息を飲み込む。
「僕たちのは存在感はあった。吉田さんとはこんなかたちで時間を共有出来るなんて思わ
なかったよ」
 彼女は次が分かった。

252ささやかな一時 2|2:2006/05/18(木) 15:13:45
「私は――」
「僕は――」
 二人は笑っていた。
 たぶん同じことを言いたかったに違いない。
「楽しかった」
 花火の光に、凛々しい彼を思い出す。
 瞳を真っ直ぐ向け離さない、美しい彼女を思い出す。
 二人は真っ赤になりながらも見詰め合った。
「悠二くん」
「吉田さん」
 この先の言葉を言ってはいけない気がした。
 二度と戻ることのない日常を踏み越えてなお、二人にはまだ踏み越えることの出来ない
『日常』がある。
 でも、二人は笑っていた。
 今日の一時は誰でもない。
 誰の物でもない。
 可能性。一美は神様に感謝していた。

 割り込みすいません。>>234氏。

253Back to the other world:2006/05/18(木) 17:58:40
〜13〜

(…あれ?)
気がつくと、悠二は自分が立ち上がっていることに気がついた。
(ここは…)
悠二は辺りを見渡した。が、暗くてはっきりと分からない。
(苦しく…ない?)
全身を襲っていた苦痛も、すっかり消えていた。
(何も、なかったのか…)
悠二は腕を動かそうとして、
「んっ?」
自分の腕が、何かやわらかいもの触れていることに気がついた。
「何、だ?」
それが何であるか確認しようと顔を近づけたその時、

カチャリ、カチッ

と音がして、急に辺りは明るくなった。

254Back to the other world:2006/05/18(木) 18:02:50
〜14〜

(仕事中に昔の思い出にふけってしまうとは…)
(不覚)
(うるさいであります)
ヴィルヘルミナはヘッドドレスに向けてげんこつを振り下ろしかけて、やめた。
(…安眠の妨げであります)
そして再び、シャナを起こさないようにそっと廊下を歩きだす。
(しかし、あの頃のことは)
歩きながら、思う。
(何百年を経ても…いくら忘れようとしても…忘れられぬものでありますな)
かつての日々を。
(良かったことも、悪かったことも…映像が、今なお脳裏に焼きついて…)
そんなことを考えながら、キッチンの扉を開き、電気をつけた。

「…む?」
ふと、ヴィルヘルミナはわずかに眉根を寄せた。
彼女の視界に、妙な映像が飛び込んできたからである。
目の前に立っているのは、寝ているはずの“ミステス”の少年。
それだけならば、寝ぼけていることをたしなめて終わりなのだが、
「…む、む?」
そのおかしな光景に、ヴィルヘルミナはさらに眉根を寄せ、まばたきをした。
少年はただ立っているだけでなく、腕を何かに回していたのだ。
目をこすって、その、何かを確
「!!!!!!」
瞬間、物凄い勢いでキッチンの扉は閉められた。


(@△※●&%$#)
(心頭滅却心頭滅却風林火山酒池肉林四面楚歌…)
ヴィルヘルミナは扉の向こうで、この数百年で最大級の驚愕をあらわにした。
彼女の、普段は非常に冷静沈着な思考回路は完全にショートし、混乱を極めた。
ティアマトーは落ち着くように促したが、彼女もまた同様に驚愕・混乱していた。
彼女達が見た光景は、いろんな意味で、あまりにもありえなさ過ぎた。

「…んっ?」
突然灯された明かりと、それから数秒後の大きな物音に少し驚いた後、ようやく悠二は自分がどこにいるのかを確認した。
周りに置かれている物は、テーブルにイス、冷蔵庫に電子レンジ…。
彼が現在立っている場所は、紛れもなくさっきまで寝ていた平井家のダイニングキッチンであった。
「夢、だったのか?」
自分がさっきまで見ていた光景のことを思う。
「それにしちゃ、何だかリアルだったような…」
あの感触。あの姿。
悠二が一人でいぶかっていると、


「えっと…とりあえず、その失礼な腕を放してくれないかしら?」
「…!?」
いきなり飛び込んできた聞き覚えのない声。
あわてて悠二は声のした方を見た。
そして、ようやく自分が今置かれている状況を、把握した。


一人の女性が、
悠二の目の前に後ろ向きで立っていて、
悠二は、自分の両腕を、
その女性の胸にまわしていた。

255Back to the other world:2006/05/18(木) 18:07:12
〜15〜

「…ヴィルヘルミナ!?」
「っは!?」
「っむ!?」
シャナの声に、ヴィルヘルミナはようやく自分を取り戻した。
「凄い物音がして目が覚めたんだけど…どうしたの、顔色が真っ青だよ?」
「表情、挙動、共に心乱を極めていたな。お前達らしくもない。一体何があったのだ?」
「・・・・・・」
いまだ頭の中が混乱して発声もままならない相棒に代わって、ティアマトーがヘッドドレスから答えた。
「奇妙奇天烈摩訶不思議」
しかし、彼女もやはり動揺は隠せない。
「えっ、それだけじゃちょっと良く分からないんだけど…」
シャナが首をかしげる。
「お前達がそれほどまでに動揺するのだ。よほどのことなのだろうな」
アラストールはティアマトーの言葉から、彼女らの動揺が“紅世”関係のことではない、何か個人的な事情によるものと判断していたので、呆れながらそう返事をした。
「ねえヴィルヘルミナ、何があったの?教えて、お願い」
シャナは壁にへたり込んでいるヴィルヘルミナに顔を寄せて言った。
「・・・・・」
ヴィルヘルミナはやはり下を向いて黙ったままだったが、右腕をスローモーションのようにゆっくりと持ち上げると、人差し指でキッチンの入り口を差した。
「キッチン…!?まさか、悠二に何かあったの?」
「・・・・」
「…っ、悠二!」
「杞憂だとは思うが」
シャナはキッチンの扉を勢いよく開いた。

キッチンでは、悠二が布団の上に、腰を抜かしたようにへたり込んでいた。
「悠二っ、何があったの!?」
「一体何事だ、坂井悠二」
「シャ、シャナ、アラストールっ!!」
「…見たところ、別に何もおきてないみたいだけど」
「うむ。あ奴の身体にも、特に異常は見られぬ」
「…っえぇ!?」
「何よ、悠二?」
「何だ、騒々しい」
「み、見えないの?」
「何が?」
「っここに立ってる人だよ!?」
悠二は右手の人差し指で、自分の前方を差す。
「はあ?」
「何を言っているのだ?」
「だから、ここに人が、女の人が立ってるんだよ!?」
悠二はわめきながら、右手をぶんぶん振り回して、その場所を強調した。
「誰が立ってるって言うのよ?“従”の気配だって、かけらも感じられないわよ」
「自在法を使用した気配も皆無だな」
「いや、そういうのとかじゃなくって」
「…寝ぼけて悪い夢でも見たんじゃないの?」
「…まあ、確かに変な光景は見たけど」
「やっぱり。もう、夜中に騒いで、ヴィルヘルミナまで怖がらせて、人騒がせもいいところよ」
「全くだ。こんなことでは先が思いやられるわ」
「いや、僕は本当に…」
「…まだ、言うつもり?」
「これ以上の戯言は慎むべきだぞ」
「だから…」
「…いいから、さっさと寝なさいっ!!!」
バカッ、と脳天を峰打ちされ、悠二はその場に倒れこんだ。

「ヴィルヘルミナ、別に何でもなかったよ」
「・・・?」
「うむ。何も変わりは無かったな」
「・・・?」
「悠二が夜中に寝ぼけて、一人で騒いでただけみたい」
「・・・?」
「でももう大丈夫よ。ヴィルヘルミナの分まで、私がお仕置きしておいたし」
「そう、で、あり、ます、か・・・?」
「全く、あ奴もあ奴だが、お前達もお前達だ。たかがあれしきのことで自身を取り落とすとは」
「ちょっと根を詰め過ぎなんだよ、こんな夜遅くまで仕事なんて。少し寝た方がいいよ」
「・・・その、よう、で、あります、な」
「就寝必要」
「うん。じゃ、おやすみ!」
元気よくあいさつをして、シャナは自分の寝室に帰っていった。
バタン、と扉の閉まる音が聞こえた後、残されたヴィルヘルミナは、
「ふ・・・む・・・?」
いまだ一人首を傾げていたが、
「就寝」
「わかって、いるであります」
ティアマトーに諭されて、足取りも重く自室へ戻っていった。

256Back to the other world:2006/05/18(木) 18:10:20
〜16〜

平井家に再び静寂が戻った。
(やっぱり、夢、だったのかな?)
脳天を殴られてうずくまりながら、悠二は先程までの出来事を思う。
(…そ、そうだよな)
さっきまでそこにいた、何かのことを。
(だって、ありえないじゃないか、あんなこと)
夢だ、と一人で確信する。
「うん、きっと」
「ちょっと」
「っ!?」
いきなり飛び込んできた声に、悠二は舌を噛みそうになった。
そして、恐る恐る振り向くと…。
「…夢じゃ、ない?」
一瞬で、さっきまでの確信は粉々に打ち砕かれた。


悠二が振り向いた先に、いた者。
それは、一人の女性。
背丈はヴィルヘルミナと同じくらいの、欧州系の若い美女だった。
服装は、黒いマント(悠二には、それだけはなぜか見覚えがあった気がした)に裾長の胴衣、中世風の鎧帷子と金色に輝く拍車を身につけ、両足には黒い長靴、という、昨今日本の街中ではそうそう見られない、まるでRPGゲームのキャラクターのような出で立ちだった。
しかし、そんなことが全く目に入らない程、悠二を驚かせたのは、
「…!!!!!?」
女性が持つ、長い頭髪と、瞳の、色。
「え、え、え、炎、髪、しゃ、しゃ、灼、眼・・・・!!?」
悠二は、まるであごが外れたかのように口をあんぐりと空けっぱなしにして、呆然となった。
一方の女性はというと、かなりの驚きの表情はしているものの、それは悠二のように間抜けなものではなく、凛々しさは保ったままだった。
女性は、悠二に視点を合わせるために、しゃがむと、
「うひゃっ!?」
悠二の両肩に強く両手を乗せて、自分が納得するようにつぶやいた。
「…やっぱり、触れられるわね」
「あ、あ、あ」
そのまま女性は鋭いまなざしで、頭の中がごちゃ混ぜになっている悠二に目線をぴったりと合わせ、ゆっくりと、しかし貫禄のある澄んだ声で尋ねた。
「もう聞くまでもないかも知れないけど…私の声が、聞こえるのね?」

257名無しさん:2006/05/20(土) 14:39:46
イイ!!激しく支援。

258234:2006/05/21(日) 01:51:20
>>251
いえいえ、どうぞお気になさらずに〜。
>>258
ありがとうございます!
何よりの励ましになります!

259Back to the other world:2006/05/21(日) 01:56:34
〜17〜

「え〜っと…何から話せばいいのか、正直私にもよく分からないんだけど…」
悠二に自分の声が聞こえることを確認した女性は、少し困惑気味に話を切り出した。
「とりあえず自己紹介をしておくわ。私の名前はマティルダ・サントメール。正体は…もう分かってると思うけど…」
と、マティルダと名乗った女性はここでいったん会話を切り、悠二の言葉を待った。
悠二はいまだ動揺していたが、相手の質問の意図を察して、ゆっくりと、考えながら言葉を紡ぐ。
「彼女の…シャナの…、前に『炎髪灼眼の討ち手』だった人…?」
「ご名答」
悠二の回答に、マティルダは満足げな表情を浮かべた。
そんな彼女に、悠二は不思議さを隠さず聞いた。
「…えっと、でも、僕も詳しくは知らないけれど、確か…先代の『炎髪灼眼の討ち手』は、大昔に起きた“従”対フレイムヘイズの大戦争で、命を落としたって…」
それは以前、“紅世”の講義の中で、アラストールが言葉少なげに語ったことであった。
「そうよ、当たり前じゃない。じゃなきゃ何で今、あの子が『炎髪灼眼』なのよ」
「あっ、そうか、そりゃぁ…そうだよな」
自分の質問のトンチキさを思い知った悠二は、恥ずかしそうな顔をした。
「全く、しっかりして頂戴よ、悠二君」
「!?」
苦笑交じりに放たれたマティルダの言葉に、悠二は再び驚愕の表情になった。
「ど、どうして、僕の名を!?」
「さてさて、どうしてでしょう?」
マティルダはいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「まあ、こんなところで話すのも何だし、イスに座ってゆっくりと、ね」
まるで自分の家であるかのような振る舞いで、横にあるイスに座った。

260Back to the other world:2006/05/21(日) 02:00:35
〜18〜
「そっか、もう五百年近くになるんだ…」
マティルダは、あらゆる感情をこめた、一言では言い表せない感慨深い表情を浮かべて、悠二に向かって話を始めた。
「あなたの言うとおり、私は16世紀に起こった“従”対フレイムヘイズの大戦争…長ったらしいから、通称の『大戦』って言うことにするわね。その最後の大決戦で、命を落とした。あっ、言っておくけど、全然無駄死にじゃなかったわよ。あのあとの私の持ち上げられ方ったら、そりゃーすごかったんだから」
「は、はぁ…」
向かいのイスに座る悠二は、重大な出来事をまるで近所のイベントのように話すマティルダの軽い調子に、困惑しながらうなずいた。
「でも惜しかったなぁ。あの瞬間までは、まだほんの少し、最後にまともに戦える可能性が残されてたんだけど…」
「あの…瞬間?」
「いやね、一番の宿敵をやっつけた後なんだけど、そのせいかちょっと油断してたらね…」
「油断してたら…」
「こう、敵の暗殺者の黒い腕がね、私の右胸をガバッ、とえぐってくれちゃって」
手振りを交えながら、マティルダは説明する。
「…ッ!?」
その軽いが、リアルな説明に、悠二はまるで自分が攻撃を受けたように顔をしかめた。
「もう、あの時は本当に痛かったわ…で、結局最後はもう剣を振るうこともままならない状態になっちゃったってわけ。まだ最後の親玉が残ってたのに」
「それじゃ、その親玉はどうやって…?」
「フフッ、それはね…秘密」
「?」
「とにかく、今は秘密。…いずれあなたにも、知る時が来るかもね」
言い終わると、マティルダは悲しみとも笑顔ともつかない微妙な顔をした。
その含みのある顔を不審に思い、悠二が質問しようとすると、
「それで結局親玉を倒すことには成功して、『大戦』は終わった。だけど私はその最後の戦いで力尽きて、この世から消滅した」
「…」
マティルダはそれをさえぎるように話を進めたので、悠二はやむをえず口をつぐんだ。


と、そこで悠二は、ようやく根本的におかしなところを思い出す。
「あの、ところで」
「何かしら?」
「死んだはずの…マティルダさんが、何で、僕と…会話、出来てるんだ?」
本来ならば一番最初に問うべきことであったが、一方的に繰り出されるマティルダの話に思わず聞き入っていたため、忘れていたのであった。
「あのね、それはこっちが聞きたいことよ。私だって、いきなりあなたに胸を引っつかまれて、随分びっくりしたんだから」
「そ…それは、そうだろうけど」
さっきの光景を思い出して、悠二は赤面した。
と、そこでもう一つ不思議だった点を再び問う。
「あと、何で、僕の名前を知ってたんです?」
悠二の至極当然とも言える問いに、マティルダは少し間を置いてから、答えた。
「…一言で言えば『あの世』があったから、って言うのが理由かしら」

261Back to the other world:2006/05/21(日) 02:04:59
〜19〜

「『あの世』?」
「要するに、この世でも“紅世”でもない『死後の世界』ってことよ。私はとりあえず、同じ「大戦」で死んだ知り合いの爺さんの言葉を借りて『あの世』って呼んでるけど、他にもいろんな呼び方があるみたいで、正式名称は分からないわ」
「一体、どんな世界なんです、そこは?」
「うーん、とりあえず言えることは、この世界では死ぬ寸前までの身体を永遠に保ったままでいることができる、ってことぐらいかしら」
「…つまり、天国みたいなところか」
「それとはちょっと違うわね」
「?」
「『あの世』には、天国とか地獄っていうような、そういう概念はないの。この世に居る時に悪人だった人間、善人であった人間、果ては“従”やフレイムヘイズまで、みんな同じように暮らしてるわ」
「えっ!?」
「私も驚いたわ。あれだけ憎み合ってた者同士が、死んだらとたんに仲良くなっちゃうんだもの。本当に、何と言うか…呆れちゃうわね」
マティルダはそう言って、肩をすくめた。
「それじゃ、僕の名前は『あの世』で人づてに聞いたってこと?」
「そうじゃないわ。私が直接聞いたのよ、あの子の口から」
「…えっ?」
「それだけじゃないわ。私が死んだ後からのヴィルヘルミナたちの行動、あの子が新たに『炎髪灼眼の討ち手』になった時からその戦いぶりまで、全部この眼で見てきた」
言って、マティルダは自分の灼眼を指差す。
「よ、要するに」
この、一見分かりづらい答えを、悠二はこれまでの話から、何とか自分なりにまとめてみようとした。
「『あの世』に行った人は、この世に降りてくることが出来る、ってことか」
「まあ、そんなとこね。でも、永遠にこっちにいることはできないわ。大体1年に3回くらいしか来ることは出来ない」
マティルダが答えると、悠二はもう一つ質問をした。
「…今日来たのには、何か理由でもあるんですか?」
「全然。私はいつも気分次第、来たいと思ったときに来てるわ」
「えっ、僕はてっきり、何か自分達に伝えることがあって来たんじゃないかと…」
「何言ってるのよ。私は既に『あの世』の存在。何をどうしたって、こっちから意思表示は出来やしないわ」
「そ、そうか…」
またしても自身の質問のおかしさに気づかされ、悠二が一人納得していると、


「それより悠二君、私もあなたに説明してもらいたいことがあるのよ」
マティルダが腕組みをしながら、逆に質問をしてきた。
「?」
「何を思って、私の胸を引っつかんできたか、ってことね」

262Back to the other world:2006/05/21(日) 02:16:14
〜20〜
 
出し抜けにやってきた詰問に、悠二は顔を真っ赤にしながら、慌てて昨日から今日までの顛末を説明した。
「…っていう訳で、決して僕は、そんな、つもりで、抱きかかった、訳じゃ、ない、ですよ?」
「分かった分かった。もういいわ」
あまりの慌てぶりに、マティルダは苦笑しながらそう言った。
「それで、あなたはそのときの雷があなたの中の『零時迷子』に、何らかの影響を与えたんじゃないか、って思ってるわけね」
「うん。あくまで予想だけど、雷の電気エネルギーで変化した『零時迷子』が僕の『存在の力』を変換して、『あの世』の存在も顕現することが出来るものにしたんじゃないかな?」
「なるほど、それがあなたを通じて私に流れこむから、あなたは私と会話できるのみならず、触れることも出来るって訳ね」
「うん。だから多分、さっきシャナやアラストールがマティルダさんの姿を見ることが出来なかったのは、僕が手を離してたからだと思う」
「それに対して、あなたが私に抱きついてた時にここに来てたヴィルヘルミナとティアマトーには、私の姿が見えたのね」
「うん、そういうことだと…ってええええ!!!!」
悠二はイスから転げ落ちそうになった。
「そんな大声出すと、また峰打ち食らうわよ」
マティルダは呆れ顔で忠告する。
「カ、カルメルさんが、来てた?」
「だれが電気をつけたと思ってるのよ」
「…た、確かに」
「私たちを見るやいなや、今まで見たこともないくらい驚いてたからなぁ。フフッ、あの時の彼女の顔ったらなかったわ」
「…そりゃ誰だって、死んだはずの人に会ったら驚くと思うけど」
「それにしてもあなた、ヴィルヘルミナには随分と痛い目にあわされてるみたいね」
「…ま、まあ、色々と」
これまでヴィルヘルミナに受けた制裁の数々が脳裏をかすめ、悠二は身震いした。
「彼女は本当に融通がきかない、頑固な人だからなぁ。おまけに無愛想だし」
マティルダもまた、生前の彼女の行動の数々を思い出し、ため息混じりにつぶやいた。
「はぁ、全く」
悠二は彼女のつぶやきに、小さく同意してしまった。
しかし、そこでマティルダが悠二に向き直って、言った。
「でもね悠二君、彼女はああ見えてもね、実はとっても感情豊かで、素直なのよ」
「…前にアラストールからも、同じようなことを言われた気がするな」
「でしょ?だから、まあ気長に付き合ってみて。そのうちにきっと、彼女の弱いところや優しいところ、面白いところなんかがいっぱい見えてくるわ」
「弱いところ、優しいところか…」
「あの子のペンダントの中にいる男だってそうよ」
「えっ、まさか?」
悠二はマティルダの言葉に耳を疑った。
『男』とは紛れもなく、押しも押されぬ偉大なる“紅世”真正の魔神“天壌の劫火”アラストールのことである。

263Back to the other world:2006/05/21(日) 02:16:54
〜21〜

「彼なんか、あんな悟りきった堅物のふりして、私がひとたび他の男に言いよられたりすると、とたんに不機嫌になっちゃうんだから」
「えぇぇぇ!!?」
峰打ちの恐怖も忘れ、悠二は大声で叫んでしまった。
確かにあの魔神が、見かけ(悠二にとってのそれは想像でしかないが)よりかなり人間臭く、俗世に通じていたことは悠二もうすうす感づいていた。
しかし、まさか彼が「そこまで」いっていたとは。
「もう、ヤキモチ焼きもいいところよね。それで、しょうがないから恥ずかしいのを押して愛の歌を歌ってあげたんだけど「知らん」の一点張りで聞いちゃくれなかったわ」
「あの、アラストールが…?」
「あなたもまだまだね。そんなことだから、彼らにいいようにやられるのよ。あの子のことが――シャナのことが本気で好きなら、もっと向かっていかなきゃダメよ」
「そ、そんなこと言ったって…」
マティルダの強気な姿勢に、悠二はたじろいだ。
「全く、はっきりしないわね。それとも何、もう一人のあの子…『ヨシダさん』だったかしら?彼女が気になるの?」
またもや唐突な名前の登場に、悠二は仰天した。
「!…っどうしてそれを?」
「言ったでしょ?私はいつもシャナのことを見守ってるって。あのカーニバルの日のこと…しっかり見てたわよ」
マティルダは人差し指を立てながら「しっかり」を強調した。
悠二はさらに焦りだす。
「えぇっ、ど、どこから、どこまでを…」
「何から何まで全部よ。『儀装の駆り手』が来たこと、この町でのカーニバル、“探耽求究”の企み…それから、シャナとあの子を泣かせたことも、あの子を押し倒したこともね」
「ゲホッ!?お、いや、それは誤解で…」
「男の言い訳はみっともないわよ」
マティルダはさらに尋問を続ける。
「そ、そうじゃなくて」
と、そこで、答えに窮する悠二を見て、マティルダは尋問を止め、意地悪な笑みをニマッ、と浮かべた。
そしてこう言った。
「…まあ、それに関しては、私にとやかく言う権利は無いわ。私の恋愛だって、随分周りの皆を苦しめたとは思ってるし」
それを聞いて、悠二はお返しとばかりに質問をぶつける。
「…マティルダさんと、アラストールの恋愛が?」
「とにかく、私はシャナの母親の立場として言わせてもらうけど、あの子は一度惚れた相手にはひたすら一途に、不器用にもまっすぐに向かってくるわ」
自身の質問を見事なまでにサラリとかわしたマティルダに、悠二は降参とばかりにボソリとつぶやいた。
「…はあ」
「それを受け止めるかどうかはあなたの勝手。ただ、中途半端だけは絶対、ダメよ。今すぐ答えを出せとは言わないけれど、そのときになったら、イエスかノーかだけははっきりさせて」
「…わ、わかり、ました」
悠二はただそう言って、うなずいた。
彼女の、シャナやアラストール、ヴィルヘルミナやマージョリーとも違う、圧倒的な雰囲気の前には、か細い“ミステス”坂井悠二は、何も言い返すことはできないのであった。

264五十殿:2006/05/22(月) 20:33:32
Back to the other world さん、読ませてもらいました。
先代の炎髪灼眼の打ち手が登場するとは(驚)
この後の展開に、期待大!!

265通りすがりのVIP:2006/05/22(月) 23:11:05
「すばらしい作品だ!!」 「私はこんな作品を」 「ずっと待っていた!!」

266名無しさん:2006/05/23(火) 08:58:20
「早くううう、続きをおおお」

267名無しさん:2006/05/23(火) 17:51:32
「これは、よく出来た小説ですね。続きがとても気になります。
「黙らんか、痩せ牛。続きを読むのはこの私だ!!」

268名無しさん:2006/05/23(火) 18:02:58
「まったく、あの二人は仲良く出来んのか?」
「うおおおお、マティルダーーーー!! 続きはまだかーーーー?? あのミステスの小僧、俺のマティルダに・・・殺してやるぅぅぅ」
「うお!? むやみに虹天剣を放るなーーー」

269234:2006/05/23(火) 23:00:09
>>五十殿
ありがとうございます。続きはちょろちょろとではありますが書いているので、よろしければ今後とも読んでください。
>>265〜267
おぉ〜これは九垓天秤の方々(笑)。皆さんに喜んでいただけるとは身に余る光栄ですm(_)m
励みにして頑張りたいと思います!

270Back to the other world:2006/05/23(火) 23:04:22
〜22〜

「…で、これからどうするんですか?」
「んっ、何が?」
悠二の問いに、マティルダは他人事のように聞き返した。
「何がって、せっかくこうして僕らと会話できるようになったんだし、色々したいことがあるんじゃないかな、と思って」
「ん〜、まあねぇ」
マティルダは右手の人差し指をあごにそえてつぶやいた。
「じゃまずは早速明日、アラストールやカルメルさんと再会か」
悠二は当然のように言った。

「あぁ、その必要はないわ」
「えっ!?」
しかし、マティルダがあまりにあっさりと即答してきたので、驚いて悠二聞き返す。
「何で…?」
「何でって…今さら会って、何になるって言うのよ?」
「えっ、そりゃ、色々話したいこととかもあるんじゃないんですか?」
「う〜ん、まあ確かに。最近のあの男のヘタレっぷりには、ちょいとばかり言ってやりたいこともあるけれど…」
「じゃ言ってあげればいいじゃないですか?」
「話したいのは山々だけどね、やっぱりやめておくわ」
「どうして?」
悠二の無知な、しつこい問いかけに、マティルダは小さくため息をつき、紅い双眸で悠二をしっかりと見すえ、こう言った。
「…あのね、シャナの立場を考えてご覧なさい。彼女は私が死んだことによって成立している存在なのよ」
「!」
思っても見なかったところを突かれ、悠二はハッとなった。
「彼女だけじゃないわ。アラストールやヴィルヘルミナ、ティアマトーだって、五百年たった今でも、未だ私の死を引きずって生きてる。もがき苦しみながらも何とかしてそれを受け入れ、新たな討ち手を育て上げた。そんなところに今さら、私がのこのこ出て行ったら・・・どうなると思う?」
「そ、それは・・・」
悠二は何も言えなくなった。


彼には、知る由も無かったのだ。
マティルダ・サントメールという存在が、アラストール達にとってどれほどまでに大きな、大きな存在だったのかを。
そんな彼女を『大戦』の末失って、彼らがどれほどの喪失、苦痛を味わったのかを。
そしてそれから数百年。彼らがどれほどの思いを込めて、新たな討ち手―――シャナを育て上げたのかを。

271Back to the other world:2006/05/23(火) 23:06:32
〜23〜

「…何も分かってなかったんだな、僕は」
悠二は悲しげにつぶやいた。
「まあまあ、そうしょげた顔をしないの」
「・・・じゃ、もう帰るんですか?」
「うーん…それがね、あなたの存在の力の影響かしら、今私は『あの世』に帰ることもできない状態なのよ」
「ええっ!?」
「さっき試してみたんだけど、どうにも『あの世』への入り口が開かないのよね」
「じゃ、一体どうするんですか?」
「ま、とりあえず私は、あなたの中にある『零時迷子』の影響が消えるまで、この町にいさせてもらうことにするわ」
「えっ」
「なぁに?何か文句でもあるの?」
「いや…ただ、僕のそばにいたら、アラストール達にばれる確率が高まるんじゃ?」
「大丈夫よ、あなたに触れさえしなければ知られやしないわ」
「そ、そんな…保障はできないですよ」
「あら、それってどういう意味かしら?さっきの腕に残ってる感触がそんなに気になるの?」
マティルダはまたもや先程の「事件」を持ち出して悠二をからかう。
悠二の方はと言うと、三度の詰問に、ただただ動揺するばかりであった。
「ゴホッ!?な、何をいって」
「全く、男っていつの時代も変わらないものなのね」
マティルダは呆れ顔でつぶやいた。
「あっ、じ、時間ももう遅いみたいですし、もう寝ますっ!」
悠二は話をうやむやにしようと慌ててイスから立ち上がり、ほったらかしになっていた布団に入った。
「ハイハイ、今日はいろいろありすぎて疲れたでしょうしね。お休みなさい。また明日、いろいろお話ししましょ」
マティルダはイスに座ったまま布団のほうを向いて、小さく手を振った。
時計の針は、もう四時を過ぎていた。



「・・・」

「・・・二」

「悠二っ!いい加減起きなさいっ!!!!」

バカッ!

「痛あっ!?」
頭頂部への猛烈な痛みを受け、たまらず悠二は目を覚ました。
「・・・ん?」
目の前には、見慣れた少女が、大太刀を手に怒り顔で立っている。
「全く、何時だと思ってるのよ?」
いつものように、怒る少女。
(あれ)
「何処まで世話を焼かせるつもりだ、痴れ者め」
いつものように、厳しい魔神。
(やっぱり、夢だったのか?)
その光景に悠二は、昨日の謎だらけの出来事を、またもや夢だったと納得しようとした。


が、
「!!!」


『あら、おはよう、悠二君』
彼女は、いた。
少女のすぐ右横に。
何食わぬ顔で、悠二にあいさつをしてきたのであった。

272Back to the other world:2006/05/23(火) 23:09:10
〜24〜

「…ちょっと悠二、どうしたのよ?」
「何だ、腑抜けた顔をしおって」
悠二は、腰を抜かして、何も無いただの空間を震える指で差していた。
その意味不明な行動に、シャナとアラストールは呆れ半分、疑問半分に尋ねた。
「ま、ま、ま」
「・・・はぁ?」
「気でも触れたのか、坂井悠二」
「ま、ま、マティ」
思わず、その『空間』にいる人物の名を言いかける悠二に、
『喋ったら、どうなるか分かってるわね?』
その人物が、悠二にしか聞こえない声で忠告する。
その手には、紅蓮の炎でできた剣がしっかりと握られていた。
「!?」


「…マテ?」
「何が言いたいのだ。はっきりと言わぬか」
追い詰められ、悠二は何とかごまかそうと頭をひねる。
そして、
「あ、あのね、つまり、その…マティー…ニって、強いお酒だな〜と思って、ハハ、ハッ」
と、どうしようもないまでに無残な嘘をついた。

「何、それ」
「いや、だからさ、こないだ佐藤が言ってたんだ。マージョリーさんがマティーニを飲みすぎて、二日酔いで苦しんでたって」
「ふぅーん・・・で?」
あからさま過ぎる悠二のごまかしに、シャナは冷ややかな目線を向けながら言った。
「だからさ、やっぱりお酒の飲み過ぎってよくないよな〜って思ってさ、つまりはそういうことだよ。ハハハ、ハッ…」
悠二のこの態度を、シャナは、
(絶対、何か隠してる)
と思いつつも、
(まあいいわ。後で縛り上げてでも絶対聞きだしてやる)
と、その場は保留にする事にし、
「…とにかく、早く着替えなさいよ、遅刻しちゃうじゃないのっ!」
「えっ!?」
言われて悠二は時計を見た。
「…わわっ、本当だ、やばいっ!」
時計の針は、八時半を回ったところであった。

273Back to the other world:2006/05/23(火) 23:13:19
〜25〜

悠二がシャナにたたき起こされ、頭を抱えてうずくまっていたのと、ちょうど同じ頃。
「うげぇ…おえっ、ぎ、気持ち悪いぃ…」
御崎市旧住宅街にあるひときわ大きな屋敷である、佐藤家。
そこにあるバーで、一人の女性が、やはり頭を抱えてのた打ち回っていた。
フレイムヘイズ『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーである。
「だ〜から言ったろうがよ、あんな強え酒ばっか飲んでると、ヤバイ事になるってよ、ヒヒブッ!?」
彼女の足元に置かれた神器『グリモア』から、彼女と契約している“紅世の王”である“蹂躙の爪牙”マルコシアスが、相変わらず軽薄に言うと、マージョリーはすかさず足で小突いた。
もはや何百年と続けられた、彼らのやり取りである。
「だーってぇ、久しぶりだったんだもの、マティーニはぁ…おえっぷ」
カウンターに体を突っ伏しながら、マージョリーは言い訳をした。
「それが理由ってかぁ?ヒヒッ、とんだご都合主義だなぁ、我が腐った酔っ払い、マージョリー・ドーブッ!?」
「お黙り、バカマルコ…おぷっ!?」
「ワーッ、よせよせ、やめろ〜っ!」
「ふぅーっ…何よぉ、『清めの炎』はぁ?」
「んなもん、そんなたびたび使ってやれるかぁ!たま〜にゃ自分で酔いを覚ます方法くらい、考えてみるんだな、ヒャッヒャッヒャッブハッ!?」
マージョリーは『グリモア』をつま先で、かなり強めに蹴った。
「イテテ…おいおい、逆ギレってやつかぁ?」
「違うわよぉ…この前テレビで見た…フットボールの試合…真似して、みただけよぉ」
「ヒヒッ、おめえの場合、フットボールっつーよりは、アレじゃねえか、「ケイワン」とか言うやつじゃねえのかブッ」
「お黙り…バカマルコ…うえぇ」
そばにあったクッションを『グリモア』に投げつけて、マージョリーは中庭へ出ようと、手探りでもぞもぞとスラックスとカーディガンを拾い、それぞれダラダラと身に着け、バーを後にした。


「あ〜、気持ち悪いぃ」
髪の毛をクシャクシャに乱したまま、マージョリーは、中庭へ続く廊下を歩く。
(何よ、バカマルコの奴…ちょっと炎を出すだけなんだから、やってくれたっていいじゃないのよ…)
心中で相棒を罵りながら(無論、本心からではない)、ヨタヨタと、足取りも重く。
(酒量をわきまえる、なんて器用なことが、私にできるわけないって事ぐらい…んっ?)
と、中庭へと続くサッシを開けたとき、マージョリーはふと、妙な感覚を覚えた。
「?何か、変な感じねぇ…」
この世には存在しないはずのものが、存在している。
マージョリーが覚えたのはそんな、フレイムヘイズとってはごくありふれた感覚だった。
(また新手の“従”かしら…?)
しかし、来るべき“銀”の襲来に備えて、『玻璃壇』は毎日、入念にチェックしている。
それに、マージョリーはこの感覚を、どうも不思議に思った。
(何か…違う気がするのよね。“従”とは)
もし“従”の気配なら、どんなに酷い二日酔いでも一瞬で吹き飛び『グリモア』を引っつかんで飛び出しているはずなのだ。
フレイムヘイズの中でも屈指の殺し屋“弔詞の詠み手”マージョリー・ドーとは、そういう人物である。
しかし、今回のこの「気配」には、マージョリーは違和感こそ抱けど、酔いは相変わらず全身に回ったままだし、身体も全く反応しなかった。
マージョリーは、その常日頃抱くことのない違和感に首を傾げつつも、
「…まあ、いいか。そんなことより、水よ、水ぅ…うえぇ」
またまた激しい二日酔いに襲われると、ふらふらと厨房のほうへと向かっていった。

274Back to the other world:2006/05/23(火) 23:16:35
〜26〜

「しっかし坂井にシャナちゃん、危なかったなぁ」
「ホントだよな。もう少しで出席とり終わってたぜ」

遅刻ギリギリではあったが、シャナが悠二の片腕を取って屋根の上を飛び移っていくという荒業を使ったおかげで、二人はどうにか1限に間に合うことができた。
そして4限までをこなし、今はいつものメンバーと―――悠二にシャナ、佐藤啓作に田中栄太、吉田一美に池速人、そして緒方真竹の7人との昼食タイムである。

「でも…間に合ってよかったですね」
「珍しいな、坂井。お前、別に家から学校までそこまで距離なかったろ?」
「そうよ。私や田中や佐藤は御崎大橋渡らなきゃいけないし、池君や一美の家だって、坂井君の家より奥に行ったとこにあるじゃない」
友人達が口々に悠二たちに話しかけてくる。
しかし、

「・・・」
悠二は下を向いて、呆けたような表情をしたまま黙っていた。
「おい坂井、どうした?」
そんな悠二に、まず池が声を掛けた。
「そういや、なんか朝から様子が変だったよな?」
「お前、まさか…大丈夫か?」
次に佐藤と田中が「知っている者」の立場から、池とは全く違った意味での心配を込めて言った。
「何だか顔色も悪いみたいですし…何かあったんですか」
吉田もまた「知っている者」の一人として、また、それとは別の“感情”から、前者三人とはまた違った意味で、心配そうに言う。

「・・・」
しかし悠二は友人達の呼びかけに、相変わらずうつむいたまま、黙っていた。
「おい、坂井っ!?」
池がもう一度呼びかけた。
と、同時に、

ドゴッ。
「ぎゃぁっ!?」
シャナが、悠二の頭頂部に思いっきりひじ打ちをぶちかました。
「・・・シャキッとしなさいよっ!」
「う…あ…?」
シャナに怒鳴られた悠二が頭を抱え、辺りを見ると、友人達が心配そうにこちらを見つめていた。
「坂井、マジで大丈夫か?」
「え…ああ。だ、大丈夫…たぶん」
佐藤の問いかけに、悠二は頼りなさげに答えた。
「…そういうことじゃないんだろうな?」
「うん…一応」
田中の「知っている者」としての心配を含んだ問いかけにも、悠二は同じような口調で答える。
「もしかして坂井君、私のお弁当が…何か、味がおかしかったですか?わ、私今日、ちょっと味付け濃くしゃったかもしれないし…」
「えっ…そ、そんな事ないよ、大丈夫」
少しも減っていない悠二の弁当を見て言った吉田の言葉にも、悠二は力が抜けたように答えた。
「ちょっと坂井君、あなた本当に変よ?なんかさぁ、幽霊にでも取り憑かれて、力を吸い取られた、って感じ?」
「ブフッ!?」
緒方の言葉に、悠二は吉田を心配させまいと無理やり口元に運んだ弁当のおかずを、ノドに詰まらせた。

275Back to the other world:2006/05/23(火) 23:24:42
〜27〜

「…ッ!?〜〜!!」
『ほう、なかなかスルドイわね、彼女』
悠二の背後で、本来いるはずのない、もう一人の『炎発灼眼の討ち手』が感心しながらそう言った。
『そ、そういう問題じゃ…ゲホッゲホッ』
一方の悠二は、胸をドンドンと叩きながら、自分にしか見えない相手に向かって突っ込みを入れた。
「さ、坂井君!?」
すかさず吉田が自分の水筒から麦茶を注いで、悠二に差し出す。
「ゴクッゴクッ…ぷはっ!?」
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、大丈夫…」
吉田の心配そうな声に、悠二はつとめてそう言った。
しかし実はこの日、悠二は全く大丈夫などではなかったのだった。

276Back to the other world:2006/05/24(水) 01:53:29
〜28〜

この日の1限の授業は、世界史だった。
『えっ、何、今ちょうど中世ヨーロッパやってるの?』
世界史担当の教師が黒板に「中世ヨーロッパの文化について」と書き出すやいなや、悠二の隣に立っている―――もちろんシャナや吉田をはじめ、クラスにいる他の誰の目にも見えていないが―――マティルダが、興奮気味に言った。
『な、何ですかいきなり!?』
いきなりの大声に驚いて、悠二は彼女にしか聞こえない声で(つい先程、悠二とマティルダは、まるで“紅世の王”とフレイムヘイズの間におけるような、お互いにしか通じない会話ができることを知った)言った。
『何って、中世なんて、まさに私の全盛期だった時代よ』
『あ…そ、そっか』
『分かんないとこあるんなら、教えてあげよっか?』
『け、結構ですよ』
『遠慮しなくてもいいのよ、多分先生より詳しいから。どれどれ、ちょっと見せてごらん』
『だから結構ですって…わっ?』
言って、マティルダは机に顔を寄せてくる。
『なになに「ルネッサンスの芸術家達」…あっ、レオナルド!懐かしいわぁ…彼はガヴィダの爺さんと訳の分からない話ばっかりしてたわねぇ。変な宝具もいっぱい作ったって聞いたけど、どこにいったのやら。あらら、アルブレヒトも載ってるじゃない…私、彼に肖像画描いてもらったのよ。戦乱のドサクサでどっかになくしちゃったけど』
マティルダは悠二の教科書に載っている偉人達の肖像画を眺めながら、自身の懐かしい思い出を語りだした。
これで悠二が、少しでも世界史に興味がある人間であったならば、マティルダの話を興味深々に聞くことができたのであろう。が、残念なことに彼は世界史の時間を時折睡眠タイムに使ってしまうほど、全く興味はなかったので、
『マ、マティルダさん、そ、そんなに近づくと、触れちゃいますよ』
眼前に迫ったマティルダの端整な顔立ちに見とれてしまい、気がついたときにそういうのが精一杯であった。

その後の授業でも、
『あら、英語じゃない。私、ヨーロッパとアジアの言語ならほとんどペラペラなのよ。教えてあげるわ』
とか、
『数学かぁ…私、化学と幾何学の知識はどうしてもヴィルヘルミナに勝てなかったのよね。いい機会だわ、私にも解かせて』
などと言っては、マティルダは毎度毎度悠二の教科書に顔を近づけていき、その度に悠二は身体に触れてはしまわないかで神経をすり減らす、またマティルダの、シャナのそれとは違った大人の色香漂う灼眼に思わず見とれてしまいそうになって、普段しない場面で激しく緊張してしまう(これに関しては自業自得だが)という、二つの苦労を背負う羽目になったのである。
そして4限を終えて昼休みになる頃には、悠二の身体は心身ともにヨレヨレになっていたわけである。

277Back to the other world:2006/05/27(土) 22:27:07
〜29〜

「坂井、何でそんなに動揺してるんだ?」
窒息の危機をどうにか逃れた悠二に、池が問う。
「い、いや別に」
「嘘つけ!オガちゃんの言葉にメチャメチャ動揺してたじゃねえか」
「えっ、何、私のせいだって言うの?冗談にきまってるじゃない」
「もしかして坂井君、本当に幽霊に取り憑かれちゃったんですか?」
「何言ってんだよ吉田ちゃん、んなわけねーだろ、な、坂井」
「そ…そうだよ、そんなわけないよ、ちょっと疲れ気味なだけだよ、うん…」
佐藤の言葉に、悠二がまた力なく答える。

とそこで、
「じゃ、茶番劇も終わりね、悠二」
この問題に関してまだ全くも発言していない人物が、
「そろそろ話してもらうわね…朝のこと」
氷のような冷たい視線を放ちながら、
「うっ!?」
悠二にとっては先程の緒方の発言など比べ物にならない、必殺の一言を放った。

「何だ坂井、やっぱり何かあったんじゃねえか!」
「黙ってんじゃねえよ、全く」
「坂井君、隠し事はなしってあれほどいったのに…」
「な〜に坂井君、言ってごらんなさいよ」
「友達じゃないか、水臭いぞ」
シャナの一言に、友人たちが口々に悠二を攻める。
「え…いや、ホント、何にもないんだってば」
「『マティ』って何?」
「だから、あれは朝言った通りで、マージョリーさんがマティーニを飲みすぎて…」
「って言うんだけど、本当?」
と、シャナは佐藤と田中のほうを向いて尋ねた。

(しっ、しまったっ!)
悠二はそこで、自分の致命的なミスに気づいた。
『あーあ、バカね』
マティルダが心底呆れて、悠二に言った。
『も、もうダメだ…マティルダさん、正直に話そう』
『ダメよ、何とか切り抜けなさい。あなたは知力でここまで生き延びてきたんでしょうが』
悠二の弱気な提案に、マティルダは厳しく言った。
そして悠二は自分の愚かさを呪い、腹をくくった。

278Back to the other world:2006/05/27(土) 22:31:01
〜30〜

しかし、
「え、ああ。坂井、よく知ってるな」
「…え?」
天は彼を見捨てなかった。
「つい昨日、マージョリーさんの要望で、家のバーにバーテンを呼んでな」
「…えぇ?」
奇跡は、起きた。
「んで、いつもの通り散々飲み散らかして…バーテンが疲れて帰っちまった後も、一人でずーっと飲んでて…朝は悲惨な状態だったぜ」
「ええぇ!?」
「何をそんなに驚いてんだよ、お前が言ったんだろ?」
「あ…ああ、うん。そ、そうだよ。ほ、ほーら、言った通りでしょ…?」
「う…ん?」
(何で…?)
シャナは自分の予想が外れたことに、驚きを隠せなかった。
(絶対怪しいよね、アラストール?)
首をかしげながら、シャナは胸元にいる魔神に、お互いにのみ聞こえる声で尋ねた。

(…)
しかし、本来ならばすぐに返ってくるはずの返事が、ない。
(…アラストール?)
(んっ?)
二度目の呼びかけでやっと返事が返ってきたが、それはおおよそ“紅世”に名を轟かす魔神らしからぬ、間抜けな返事だった。
(どうしたの?)
(い、いや。別に何でもない)
(何、アラストールまで私に隠し事?)
(ち、違う、断じてそれはない。ただ…)
(…ただ?)
(何か、おかしな気配を感じぬか?)
(えっ?)
言われ、シャナは目を閉じて、存在の力を探ってみた。
しかし、
(…特に、何も感じられないけど)
(そ、そうか…)
(…?変なの)
シャナはいつもらしくないアラストールを不思議に思った。

アラストールは一人、心の中でつぶやく。
(むぅ…我としたことが、シャナに恥ずかしい態度を見せてしまった。しかし…)
御崎高校に着いたあたりから、時折感じていた。
自分のすぐ近く―――“ミステス”の少年の辺りに「何か」が存在している、という気が。
しかし、それは“従”ではなく、別の「何か」。
しかも、なぜかアラストールには、その気配に覚えがあった。
(一体、この感覚は…?)

と、彼に、ある一つの可能性が浮かび上がった。
昨夜の『万条の仕手』と“夢幻の冠帯”の異常なまでの動揺。
自分自身が今、感じている気配。
そして“ミステス”の少年が口走った言葉―――


(愛しているわ“天壌の劫火”アラストール)
(!!?)
ふと、彼の中に、一人の女性の姿がよぎった。
数百年間、忘れようとしても決して忘れることのない、あの女性の姿が。

279Back to the other world:2006/05/27(土) 23:12:11
〜31〜

(…っな、何を、馬鹿な)
アラストールは浮かび上がった幻影を振り払うと、自分の考えのあまりの馬鹿馬鹿しさに、吐き捨てるように心の中でつぶやく。
彼の考えは、確かに馬鹿げていた。
それは、絶対にありえないことだった。
思いついても、考えてもいけないことだった。
(全く、我としたことが…)
気のせいだろう。
アラストールは、そうやって何とか自分を落ち着かせた。


『ひぃ〜、た、助かったぁ』
『ほう、運のいいこと』
『はは、全く…しかし、まさか本当にそんなことになってたなんてなぁ』
悠二は心底ホッとした。
『でもね悠二君、残念だけど…このままじゃ、どの道バレるのは時間の問題ね』
『えっ、なぜです?』
『気づき始めてるのよ、あの子の胸元にいる男が』
言って、マティルダはシャナを指差した。
『えぇっ!?』
『どうやら、あなたの近くにいるだけで、ほんの少しではあるけれど存在の力が私に流れ込んでくるみたいね。彼、じわじわとではあるけれど、私の気配に気づき始めてるわ』
マティルダは腕を組みながら、しげしげとシャナの胸元(のペンダントにいる男)を見つめていった。
『な、何で分かるんですか?』
『彼と私がいったいどれだけの時間を過ごしたと思ってるのよ。もう『コキュートス』を見なくたって、何を考えているのか分かるわ』
マティルダは得意そうに言った。
『いや、見たって分かりゃしない気が…』
『何か言ったかしら?』
『い、いや別に。で、どうすりゃいいんです?』
『とりあえず、今日のところは早退させてもらったら?』
『えっ!?』
『今のあなたの様子なら、周りのみんなも不自然には思わないわ』
確かにその通りであった。
このクラスの、少なくとも自分のまわりにいる5人は、自分を体調不良と思い込んでいる。
今自分が早退するといったところで、誰もおかしいとは思わないだろう―――ただ一人をのぞいて。
『で、でも、そんなこといったって』
『あとね悠二君。私、やりたいことを一つ、思いついたのよ』
悠二の反論を無視して、マティルダが続けた。
『な、何ですかいきなり?』
マティルダは少し微笑んで、こう言った。
『あなたのお母さん―――坂井千草さんと、お話がしたいの』

280Back to the other world:2006/05/28(日) 01:47:28
〜32〜

「えぇぇぇーーーっ!!?」
「うぉ!?」
「何だ!?」
悠二はクラスメイトの存在も忘れて勢い良く立ち上がり、教室中に響く大声で叫んでしまった。
「そ、そんな、無理ですよ…っ!?」
と、我に返った悠二は、そこでやっとクラスメイトが自分を好奇の目で見つめていることに気がついた。
「さ、坂井、君?」
「おい、坂井?いったいどうしちまったんだ?」
「誰に向かって喋りかけてんだよ?」
吉田、田中、佐藤の三人が、明らかにおかしい悠二の行動に疑問を隠さず尋ねた。
「い、いや別に」
「いや別にじゃないでしょ?今のはどう考えてもおかしいわよ」
「坂井、熱でもあるんじゃないのか?」
緒方、池の二人も、同様に尋ねる。
「あっ、うん、そ、そうかもしれない。ぼ、僕、今日はちょっと早退するよ」
池の言葉を口実に、悠二は早退しようと荷物を超高速でまとめ、一目散に教室を飛び出した。


と、
「ちょっと悠二、待ちなさいよ!」
教室を出て廊下を駆け出そうとしたその時、シャナが悠二を、怒りがこもった声で呼び止めた。
「シャ、シャナ!?」
呼ばれた悠二が振り向くと、シャナが仁王立ちしてジロリと睨んでいた。
怒りがこめられたままの声で、シャナが問い詰める。
「いったい何があったのよ、答えなさいよ!」
「だ、だから何でもないって」
「そんなわけないっ、絶対何か隠してる!」
「ち、違うったら、ただ気分が悪いから、早退するだけだよ」
悠二は何とか言い逃れようとしたが、
「うるさいうるさいうるさいっ!嘘に決まってる!」
シャナは一歩も引かない。
悠二はシャナの押しの強さに気おされまいと、必死になった。
そして、


「っ…だから違うって言ってるだろ!」
「…!」
穏やかな彼が常日頃出さない、怒鳴り声でシャナに立ち向かった。
それは恫喝と言うにはあまりに弱弱しく、優しいものだったが、普段の物静かな姿を見慣れていたシャナにとっては、十分に効き目があるものであった。
シャナは一瞬たじろいだが、すぐに向き直ると、
「・・・もう知らないっ、勝手にどこにでも行けばいい!」
そう捨て台詞を吐いて、悠二とは反対方向に廊下を駆け出していった。


「シャ、シャナ…」
小さくなる背中を見て、悠二がつぶやいた。
『あーあ、泣かせちゃったわね』
教室の壁をすり抜けて出てきたマティルダが、まるで他人事のように言った。
『…誰のせいだと思ってるんですか』
無責任なマティルダの物言いに、悠二は少し怒って言った。
『あら、最初に抱きついて私を顕現させちゃったのは、いったい誰だったかしら?』
しかし、マティルダは厳然なる事実を持ってして、悠二の言い分を封じ込める。
『…ま、まあそうですけど』
少し気弱になった悠二を、
『それにあなたも、もう少し冷静に行動してれば、こんなことにはならなかったはずよ』
マティルダはさらに攻める。
『そ、そんなこといわれたって』
『ま、あの子には後で謝るとして、まずはここから出ましょ』
『…ハイハイ、分かりましたよ』
マティルダの一方的な物言いに悠二は結局何も言い返せず、あきらめてトボトボと昇降口へ向かい、御崎高校を後にした。

281Back to the other world:2006/05/28(日) 03:46:19
〜32〜

平日の昼下がりのせいか、商店街は人通りが少なかった。
『しかし悠二君、もう少し頭の回転を早くしたほうが良いわよ』
その道をトボトボと歩く悠二に、マティルダが声を掛けた。
『一応、いざと言う時には切れてる、って評判なんだけどな…』
『まだまだ、あんなもんじゃダメよ。これからの戦いを生き抜こうと思ったら、せめて…牛骨宰相くらいの頭脳は身に着けてもらいたいわ』
『誰ですか、それ』
『以前私が戦った相手の一人よ。彼の知略にはずいぶんと手を焼かされたわ。ま、最後にはやっつけたけどね』
かつて『大戦』で自分たちを大いに苦しめた知略家を思い出しながら、マティルダは言った。
『はぁ…』
『そういえば彼とも『あの世』で会ったわ』
と、そこでマティルダが思い出したように言った。
『えっ、て、敵同士なのに?』
『昨日言ったじゃないの。『あの世』では敵味方なしだって。最も、もう殺そうと思っても殺せないから、ってのもあるけど』
『あ、ああ、そういえば』
『話してみたら、その頭の切れは予想以上だったわ。本当に恐ろしい奴と戦ってたんだなって実感した。ただ随分気弱なのが気になったけど』
『えっ、気弱?』
『だって私と顔を合わすなり、いきなり逃げ出しちゃうんだもの。呼び止めるのに苦労したわ。そうそう、あと彼、超弩級の鈍感でね』
『はぁ?』
『彼のことが大好きな女の子がすぐ傍にいるのに、全然、かけらも気づいてないのよ。もう何百年になるかしらね』
『えぇっ、な、何百年?』
『またその女の子が最高に不器用でね、彼のことの散々けなしたり、罵言暴言を浴びせるのよ。もちろん愛情の裏返しなんだけど』
『はあ』
『全く、私の胸をぶち抜いた時みたいな勢いがどうして出せないかなぁ。見てて歯がゆいったらありゃしないわ。まるで誰かさんと誰かさんみたい』
マティルダはそう言って、「誰かさん」の一人たる少年を流し目で見た。
しかし、悠二はそれには気づかず、全く違う質問をした。

『ちょ、ちょっと待って』
『何?』
『胸をぶち抜いたって…それって、その、前言ってた『大戦』で戦った敵の暗殺者でしょ?』
『そうよ』
『あと『牛骨宰相』ってのは、聞いたところ、その『大戦』の“従”側の司令塔だった、ってことですよね?』
『ええ、その通りよ』
『ってことは…“紅世の従”も、その、そういうこと…恋愛とかをする、ってこと?』
『今さら何を言ってるのよ。“従”だって、フレイムヘイズだって、立派に恋をするものなのよ』
『あ…っ、そういえば、前に同じことを言われた気がするな』
悠二は、かつてシャナとの関係に思い悩んでいた自分に、極めて的確なアドバイスをしてくれた、ある人物を思い出した。

282Back to the other world:2006/05/28(日) 03:47:23
〜33〜

『それってもしかして、紳士の格好した爺さんじゃない?』
『そっ、そうだけど…知り合いなんですか?』
悠二はマティルダの顔の広さに心底驚いて尋ねた。
『ええ、ちょっとね。あいつ、あんな格好して気取ってるけど、本当はね…』
『えっ、それってどういう…』
『…ま、今言うのはやめとくわ。これもいつか分かることだろうし』
昨夜に続いて、またもや含みのある顔で話を断ち切ったマティルダに、悠二が不思議そうに尋ねた。
『それにしちゃ、『あの世』の人たちのことはよく喋りますね』
『だって、彼らはもう死んでるんだもの。いくら私があなたたちに喋ろうと、何も起こりゃしないわ。でもね、まだ生きてる人たちのことは…言っていいことと悪いことってのがあるのよ』
『はぁ…なるほど』
マティルダの論理に、悠二はよく分からないながらもとりあえず納得した。


『それにしても、何百年も気づかないなんて…とんでもない鈍感だな』
と、悠二のあまりに棚上げな意見に、マティルダはまた呆れて言う。
『あらあら、あなたがそれを言うの、悠二君?』
『どういう意味ですか?』
もちろん、朴念仁たる少年は、その言葉の真の意味が分からずに尋ねた。
『さあねぇ、自分で考えたら?』
『えっ…』
悠二は逆に言い返されてしばらく考え込んだ、が、答えは出なかった。
その様子を見ながら、マティルダは、
(まったく…『あの世』とこの世、似たもの同士ってあるものね)
と、心の中で感慨深げにつぶやいた。

283Back to the other world:2006/05/28(日) 03:51:13
〜番外編1〜

ちなみに同じ頃『あの世』ではこんなことが起こっていたとかなかったとか。

「クシュン?!」
牛骨の賢者が突如、くしゃみをした。
「いきなり何だ、痩せ牛。はしたない」
その様子を見て、黒衣白面の女が無愛想な顔(を装って)で叱った。
「も、申し訳ありません。っクション!?」
牛骨はすまなさそうに謝ったが、もう一度くしゃみをしてしまった。
「何度も無様な真似をするな!」
その情けない様子に、女は目線を尖らせてさらに叱る。
「はっ、も、申し訳ありません…」
牛骨はますますすまなさそうに縮こまった。
「我らは死んだとはいえ、元…いや今でも『とむらいの鐘』の精鋭『九垓天秤』の一角なのだ。お前、最近少したるんでないか?」
「ま、まったくその通りです…このくしゃみはおそらく、こんな私をあざ笑っているフレイムヘイズ達がいるという証拠なのでしょう」
牛骨が縮こまったままそう言うと、女は、
「…?どういう意味だ?」
と尋ねた。
「いえ、こちらに来てから知ったことなのですが、何でも人間たちは、くしゃみの回数に意味を求めるそうなのです」
「…下らん」
牛骨の解説を、女は一言バッサリと切り捨てた(フリをした)。
「はは、確かにそうですね。くしゃみ一回で良い噂、二回で悪い噂、三回目で恋の噂だとかなんとか、全く馬鹿馬鹿しい話ではあるのですが」
「痩せ牛、今すぐくしゃみをしろ」
「はっ?」
いきなりの女の要求に、牛骨は戸惑った。
「いいから、今すぐくしゃみをしろ、と言ってるんだ」
女はつとめて平静を装いながらそう言った。
しかしその長い右手は地面でモジモジと動かされ、白面はうっすらと紅色が浮かんでいた。
「いえ、しかしですね、それは…」
ところが、超弩級の朴念仁である牛骨には、それが意味するところが分からない。いたって普通に答えた。
女は牛骨のその態度に、ますます苛立つ。
「グズグズするな鈍牛!何でもいいから早くくしゃみをすればそれでいいのだっ!」
「は、はいっ!ハ…クション!」
その様子を見て女は、表情は変えず、しかし心中では大いに心躍らせた。
(やった!これでようやく…ようやく私の想いが…)

しかし、世の中とはうまくいかないものである。
「クション」
「なっ…!?」
「おや、四回もくしゃみが出るとは…どうやらただの風邪のようですな…わわっ!?」
何も無かったかのように答える牛骨に、女は怒りを爆発させた。
「っ馬鹿者!!!誰がくしゃみをしてよいと言った!?」
理不尽なことは分かっていたが、それでも言わないと気がすまない。
「えっ、そ、それはチェルノボーグ殿が」
「黙れ黙れ痩せ牛!!」
女はそのまま右手を牛骨にぶつけた。
「ひぃ、も、申し訳ありません…!」
そして牛骨は何一つ気づかないまま、ただただ謝った。


と、まあ、こんな日常を千年近く続けている二人の物語はまだまだ続くのだが、それはまた、別の話。

284234:2006/05/28(日) 17:47:15
ぎゃ〜〜!!!“徒”のはずが、全部“従”になってるっ(泣)。恥ずかし〜!!!
申し訳ないです…。

285五十殿:2006/05/28(日) 19:59:15
本当ですね。
私も今まで気づかずに読んでました(笑)

286名無しさん:2006/05/28(日) 23:49:48
「なによ、気付かなかった訳?」
「ハッハァー、よく言うぜ。我が鈍感なる姫君、マージョリー・ドーよぉ。
さっきまで気付かなかったくせになぁ。ウハハハハハ、ブッ」

287名無しさん:2006/06/09(金) 01:26:20
ここって保管庫あるの?

288名無しさん:2006/06/28(水) 15:31:43
続きが気になるであります。
『続執要望』

289名無しさん:2006/07/03(月) 23:23:59
続きを早く!!!!!!!!!!!

290234:2006/07/09(日) 23:02:12
最後の投稿から1ヶ月以上経ってしまいましたorz
今さらですが、続きを書きました。
まだ完成には至りませんが(え)、気長に見守っていただければ幸いです。

291Back to the other world:2006/07/09(日) 23:07:33
〜34〜

悠二がマティルダに戦々恐々とさせられていた頃。
「・・・・・」
ヴィルヘルミナは、平井家の自室の事務机に座っていた。
「・・・・・」
しかし、いつものように、“外界宿”からの書類に目を通しているわけではなかった。
「・・・・・」
ただ頬杖をついて、呆けたように壁を見つめているのみである。
「正気覚醒」
そんな様子を見かねたティアマトーが、たしなめるように言っても、
「・・・・・」
その声が耳に入っていないかのように、全くの無気力状態であった。

しかし、それも無理からぬことではあった。
(あれ、は)
昨日の夜。
(本当、に)
彼女は、見てしまったのだ。
(夢?)
見るはずのないものを。
それは、一人の大切な、大切な人の姿。

―――さようなら、ヴィルヘルミナ、ティアマトー。貴方達に、天下無敵の幸運を―――

「誇大妄想」
相棒の堂々巡りを終わらせるため、ティアマトーが一言きっぱりと言い切った。
「・・・・・」
「正気覚醒」
「・・・・・む」
ヴィルヘルミナは頬杖をつくのをやめた。
「・・・そう、で、ありますな」
どれだけ考えたところで、あんなことは現実にはありえない。
しょせん、妄想に過ぎないのだろう。
そんなことで思い悩むのは、時間の浪費である。
「全く・・・何ゆえ今さら、あのような幻覚を」
今はもう、現実を見すえているはずだったのに。
あいつにも、きっぱりとそう言ったのに。

―――ふふん、負け惜しみかい?―――

「…ッ!」
ガッ!
ヴィルヘルミナは拳で自分のこめかみを、思いっきりひっぱたいた。
それはティアマトーに向けたものではなく、不甲斐ない自分自身へのものだった。
ズキズキと痛む頭を押え、ふと時計を見ると、
「む」
時刻は0時30分だった。
「時間浪費」
「うるさいであります」
ヴィルヘルミナは、今度はヘッドドレスの相棒を殴りつけた。
「ふむ、昼食摂取の後、食料調達に出かけるのであります」
とにかく、気分を切り替えよう。
外に出て空気を吸えば、こんなふざけた妄想にふけることもなくなるだろう。
ヴィルヘルミナはそう自分に言い聞かせ、スクッ、とイスから立ち上がって、昼食のカップめんを作りにキッチンへと向かった。

292Back to the other world:2006/07/09(日) 23:12:21
〜35〜

9月の前半というのは、まだまだ残暑が厳しい時期である。御崎市ももちろん例外ではない。
ましてや昼下がりともなれば、その暑さはジリジリと焼け付くようなものとなる。
「それにしても…暑いなぁ」
悠二はそんな暑さの中、通りをひたすら歩いていた。
『何よ、だらしないわねぇ。私なんか四六時中、紅蓮の炎の真っ只中にいたのよ』
ダラダラとやる気なさそうに歩く悠二を見て、マティルダが後ろから茶化す。
『そりゃ『炎発灼眼の討ち手』だったんなら当然でしょ?』
『フフッ、その通り』
悠二の突っ込みに、マティルダはまたいたずらっぽい笑顔で答えた。
その子供のような笑顔を見て、悠二は苦笑交じりにつぶやいた。
『・・・なんか、意外だったな』
『ん、何が?』
『僕の中の想像では、先代の『炎発灼眼の討ち手』って、もっと威厳があるっていうか、近寄りがたい感じっていうか、そういう風な人かと思ってたから・・・』
『あら、何それ?まるで私がガキっぽい奴みたいな言い方じゃない』
『いっ、いえいえいえ、決してそういう意味じゃ』
悠二は慌てて否定した。
『じゃどういう意味よ?』
『その、何か、ずいぶん気さくに話しかけてくるし、いつもニコニコ笑ってるし、『伝説の人』って言う割には…意外だな、って思って』
これは正直な感想だった。
初めて会ったときから、悠二にはマティルダの圧倒的な存在感は感じ取っていた。
しかしそれとは裏腹に、彼女の態度、仕草は、どことなく軽く、子供っぽいものだった。
『そうかしら?』
悠二の指摘にも、マティルダは全く気にした様子はない。
『今だって、僕の母さんと話がしたいなんて言うし…』
『なぁに、話しちゃまずいことでもあるの?』
『い、いや、そんな事はないけど、なんでかなって思って』
学校を早退する原因にもなった、マティルダの一言。
悠二には全くもって、意味が分からなかった。
『あのね、私はシャナの母親みたいなものよ。自分の娘がお世話になってる人にご挨拶しておくってのは、別に普通のことじゃないの?』
そんな悠二の疑問をよそに、全く当然のように、マティルダは答える。
『ま、まあそうだけど』
『それと・・・やっぱり私からも言っておかないとね』
『何がです?』
『お宅の息子さんにはもっとがんばってもらわないと、うちのシャナはあげられませんよ、ってね』
『な、何を言って』
『冗談よ冗談。フフッ』
言って、マティルダはまた、子供のようにニカッ、と笑みを浮かべた。

293Back to the other world:2006/07/16(日) 00:28:46
〜36〜

『・・・そういえば』
と、そこで、悠二は根本的な問題に思いあたる。
『ん、何かしら?』
『その・・・母さんと、どうやって話すつもりなんですか?』
『あ、そういえば、特に考えてなかったわ。単なる思い付きだったし』
『そんな、無責任な』
軽い調子で話すマティルダに、悠二は少々憮然とした。
『なんなら直接会いに行きましょうか?』
と、いきなり突拍子もないを言い出すマティルダに、
『じょ、冗談はやめてくださいよ』
悠二は慌ててそれを拒否する。
『フフッ、分かってるわよ』
そんな悠二を見て、マティルダはまた愉快そうに笑った。
『本当に、もう・・・』
『怒らない怒らない』
『はぁ・・・。じゃ、どうするんですか?』
『そうねぇ・・・あなた、小型の電話か何か持ってないの?最近の人間は皆持ってるって聞いたけど』
『携帯か。残念ながら、僕は持ってないです』
『えっ、なんで持ってないのよ?時代遅れね〜』
何百年も前に死んだマティルダさんに言われたくないな、と言いかけて、悠二はどうにかその言葉を飲み込んだ。
『母さんがああいう機械、ダメなんです。だから買わせてもらってません』
『ふぅーん、可愛いお母さんじゃないの』
『ど、どうも』
母親を「可愛い」と表現された悠二は、少々ばつが悪そうに短く返事をした。
『・・・で、どうするんですか?』
『うーん・・・公衆電話とか、近くにないの?』
『公衆電話か・・・』
言われ、悠二は困った。
最近携帯の普及によって、公衆電話の台数が減少傾向にあるのは、ここ御崎市も例外ではない。
かろうじて目にするところといえば駅周辺だが、その辺りは先日の“変人”と評判高い某・紅世の“王”襲撃事件によってズタズタに破壊され、公衆電話もその憂き目に遭っていた。
『どこか人目に付きにくい、静かな場所にひっそりとある公衆電話とか、ないのかしら?』
『そんな都合のいい場所あるわけが・・・』
と、悠二はそこで突然、口をつぐんだ。
『・・・ちょっと、悠二君?』
そんな様子を見て、マティルダは不審そうに悠二に声を掛ける。
すると、悠二はボソッと、一言こうつぶやいた。
『・・・あった、一ヶ所だけ』

294Back to the other world:2006/07/16(日) 01:55:19
〜37〜

南中に達した太陽が、だんだんと傾き始めている。
向かいのマンションの影が、ほんの少し部屋の中に入ってきている。
「・・・・・・」
その部屋の中、ヴィルヘルミナは呆然として、右頬を押えていた。
その清楚なはずのメイド服のエプロンには茶色のシミが点々と浮かんでおり、さらにその普段は凛々しく妖艶ですらある口元はだらしなく半開きになっており、おまけにその周辺には細かい緑色や黒色の物体が付着している、という始末である。



つい先程まで、彼女は少し遅めの昼食をとっていた。
しかし、その食べ方は何とも酷いものであった。
力なく握られたハシからは見る見るうちに麺がこぼれおち、彼女のメイド服のエプロンにボトボトと落ちた。
「麺落下」
「あ」
まるでティアマトーに言われて初めて気づいたかのように、ヴィルヘルミナは麺を手でつまんで口の中に放り込んだ。
一連の動作は、まるでゲームセンターのUFOキャッチャーのようであった。
「無作法」
「もぐ・・・んうるさいで、もぐ・・・んあります」
相棒の戒めも、まるで耳に入っていないかのように、ヴィルヘルミナは麺を咀嚼する。
「んぐ・・・っ」
ゴクリ、と一のみした後、今度はレンゲでスープをすくおうとする。
「要集中」
「分かって、いるで、あります」
しかし、
「あ」
相棒の忠告も空しく、力なく握られたレンゲから薄茶色の液体がビチャビチャと垂れ、エプロンをさらに汚した。もはや幼児用の前掛け同然である。
「自業自得」
「う、うるさいで、あります」
ヴィルヘルミナは(かなり理不尽に)ヘッドドレスにガン!と拳を一発。
そして、自身がこぼしたスープのシミをじっと見つめ始めた。
「・・・ふむ・・・勿体無いで、ありますな」
と、
「・・・姫?」
次の瞬間、フレイムヘイズ「万条の仕手」ヴィルヘルミナ・カルメルは、突如奇っ怪な行動を起こした。


「はむ・・・んちゅ、ちゅぅぅ・・・」
突如頭を下げたかと思うと、いきなりエプロンを口でくわえ、シミを吸い始めたのだ。
「!?即刻中止!姫!」
さすがのティアマトーが、まくし立ててこの行動を止めようとした。
しかし、
「んふっ、ちゅちゅっ・・・ちゅうぅぅ・・・」
聞く人が聞いたら大いに誤解を招きそうな音を盛大に奏でて、ヴィルヘルミナはエプロンを吸い続ける。
昨日起こったことによるストレスは時間を追うごとに彼女を追い詰めていった。
そしてここに来て、ついに理性のタガが外れてしまったのだ。
それにしても、歴戦の勇者「万条の仕手」の振る舞いとしてはあまりに情けない一連の行動。
周りに誰もいないとはいえ、これは酷すぎた。
と、そこへ一条のリボンが現れたかと思うと、


パシッ!
「っ!?」

ヴィルヘルミナの右頬をはたいた。



「ティア・・・マトー?」
突如起こったことにしばし呆然とするヴィルヘルミナ。
「正気覚醒」
ティアマトーは普段と変わらず、端的に述べた。
しかしその短い言葉には、改めて相棒を心から思い、戒める意味がこめられていた。


「私としたことが・・・面目、なかったであります」
ヴィルヘルミナは相棒に対して、心から反省した。
「以後厳禁」
「も、もちろんであります」
「請願了承」
ヴィルヘルミナの言葉に、ティアマトーはあっさり彼女を許した。
元来“夢幻の冠帯”ティアマトーという人物(?)は冷静沈着、かつさっぱりとした人物である。一度怒ったあと、さっさと相手を許してしまうのであった。


「・・・さて、そろそろ食料を調達に行くのであります」
ヴィルヘルミナは、仕切り直しとばかりにそう言うと、リボンでメイド服を新たに編みなおして着替え、寝室においてあったザックを背負うと、一旦平井家を後にした。

295螺旋の風琴:2006/07/18(火) 00:55:41
初めまして

名前の通りシャナで一番好きなキャラは
螺旋の風琴です。

楽しく読ませて貰ってます
続き早く読みたいです

何か思いついたら書かせて頂きます。

ではでは

今日見つけて1日がかりで全部呼んだバカょり

296螺旋の風琴:2006/07/18(火) 01:08:50
初めまして
シャナで一番好きなキャラは名前の通り螺旋の風琴です

楽しく読ませて貰ってます

思いついたら書かせて頂きます

そん時は宜しく

297螺旋の風琴:2006/07/18(火) 01:36:12
初めまして
楽しく読ませて貰ってます
どもども
思いついたら書かせて頂きますので
そん時は宜しくお願いします。

298螺旋の風琴:2006/07/18(火) 10:55:48
テスト
あた



シャナ

299螺旋の風琴:2006/07/18(火) 16:14:12
すいません

間違えて書きすぎました

300名無しさん:2006/07/31(月) 22:05:47


301名無しさん:2006/07/31(月) 22:57:33


302名無しさん:2006/08/01(火) 21:07:12
ほしゅ

303名無しさん:2006/08/10(木) 15:46:33
hosyu

304名無しさん:2006/08/13(日) 00:09:24
続きマダー?

305名無しさん:2006/08/13(日) 03:10:47
悶々悶々と毎日待ってます

306名無しさん:2006/08/13(日) 19:17:54
気長に待とう

307名無しさん:2006/08/21(月) 18:01:04
保守

308名無しさん:2006/08/26(土) 21:30:06
むー

309名無しさん:2006/08/27(日) 17:45:09
ほす

310名無しさん:2006/08/27(日) 18:06:31
むむむむむむ

311名無しさん:2006/08/27(日) 21:45:46
楽しみです

312名無しさん:2006/08/28(月) 15:20:05
続きみたいよー

313名無しさん:2006/08/30(水) 00:51:39
1ヶ月ごとだからそろそろきてもいいはずだ!

314名無しさん:2006/09/09(土) 19:53:34
むむむむむむ

315Back to the other world:2006/09/11(月) 17:33:45
〜38〜
「結構遠くまで来たわねえ」
 「まぁ、僕が思いついたのは、ここぐらいしかなかったから・・・」

『人目につきにくい、静かな場所にある公衆電話で、悠二の母・千草と話がしたい』というマティルダの要望を受け、悠二が選んだ場所。

そこは、御崎神社であった。

悠二は以前ここに、シャナや吉田、佐藤たちと、期末テスト終わった打ち上げと称して遊び来たことがあった。
そしてその時、休憩所から少し離れたクスノキの下にひっそりとたたずむ、古びた公衆電話を発見していたのだ。
「あぁ、あれな。本当は殿舎を解体する時に取っ払っちまう予定だったらしいんだけど、近所の爺さん婆さんたちに反対されて、仕方なく残したんだって。『ワシらが使っとる物を勝手に取り壊すな!』とか何とか言われてさ」
とは、その時の佐藤の弁である。

御崎山の中腹にあるこの神社は、初詣の時などを除いて特に参拝に訪れる人もほとんどいない。
それでも悠二は念のため、休憩所をのぞいてみたが、誰もいなかった。
「ちょっと汚いけど、ここなら多分大丈夫だと思う」
「なるほど・・・なかなかいい場所ね。じゃ、さっそく行きましょ」
かくして、二人は電話ボックスへと向かった。


同じ頃。
“弔詞の読み手”マージョリー・ドーは、ジリジリと焼け付くようなアスファルトの上をグッタリとしながら歩いていた。
普段から不機嫌そうなその表情は、さらにその度合いを増している。
「しっかし暑いわねぇ、日本の夏ってのは。イライラしてくるわ」
「ヒヒッ、まあおめえは普段からイライラしてっけどなぁ、我が厄介なる癇癪持ち、マージョリー・ドブッ!?」
「・・・お黙り、余計に暑くなるでしょうが。あーもう、あちぃあちぃ・・・」
言うと、マージョリーは『グリモア』から栞を一枚抜き取り、それをウチワ代わりにしてあおぎ始めた。

そんな様子を見て、マルコシアスが尋ねた。
「しっかしよぉ、そんなに暑ッ苦しいのが嫌なら、あのまま家にいりゃ良かったじゃねえか?」
言われ、マージョリーは少し間を置いて答えた。
「・・・そうねぇ。そうしたいのは山々なんだけど」
と、マージョリーは立ち止まって、少し遠くに見える山に視線を送る。
「で、あそこに、おめえの言う『違和感』の正体があるってぇのか?」
マルコシアスがまた尋ねる。
「そうね。朝に感じたのと全く同じ。あそこに近づくにつれて強まってるわ」
「ヒヒッ、二日酔いのせいで感覚もイカレてたんじゃねえのかブッ!?」
「お黙り。酔ってたって“徒”の気配ぐらい察知できるわよ」
「そうは言ってもなぁ。さっき『玻璃壇』も見てきたじゃねえか。あれにゃなーんも映っちゃなかったぜ。ま、また新手のフレイムヘイズが来やがった、ってんなら話は別だがよ」
マルコシアスがそういうのは、宝具『玻璃壇』は、“徒”やトーチなどの居場所を突き止めることのできるものであるが、なぜかフレイムヘイズの居場所だけは察知することができないからだった。

「いや、違う・・・なんか違うのよ」
「一体何が違うってぇんだよ、我が迷える哲学者、マージョリー・ドー?」
「・・・ハッキリとしたことは言えないけど、何だか気持ち悪い感覚なのよ」
「ほーれみろ、やっぱり酔いがさめてねえだけじゃねえか」
「そうじゃない。なんか、この世にも“紅世”にも存在しない『何か』が、存在してるっていうか・・・」
「・・・はぁ?」
普段あまりお目にかかることのない、相棒の妙な様子に、マルコシアスは困惑した。
「それだけじゃない。私、この『何か』を知っている気がするのよね。ずいぶん前に消え失せた『何か』を」
「おいおい、トンチキなことを言うなよ、おめえらしくもねえ。じゃあ何か?『ユーレイ』でも出てきた、ってのかよ?」
「今は何とも言いようがないわねぇ。とりあえず行ってみるしかないわ、あそこまで」
「全く、とうとうアルコールで思考回路がやられちまったんじゃねえのかブッ!?」
「お黙り、とにかく行くわよっ!」
『グリモア』に膝蹴りをかまし、マージョリーは再び歩を進める。
少し遠くに見える山―――御崎山へと。

316234:2006/09/11(月) 17:38:07
すいません。前回から一ヶ月以上間が空いてしまいました。
これからまたぼちぼちと続けていきたいと思います。
そこで、少しご了承いただきたいことがあります。

できれば13巻発売までに終わらせたかったのですが、ご覧の通りの超絶遅筆のため、それができませんでした。
したがって、今後の内容は13巻の内容と食い違ってくる、あるいはありえないことが起こっている可能性があります。
これだけ遅らせておいてなんですが、そこはどうかご容赦を。

317名無しさん:2006/09/11(月) 22:36:31
全然おk。
wktkしながら待ちますね

318Back to the other world:2006/09/13(水) 01:39:54
〜39〜

御崎神社に置かれていた公衆電話は、昔ながらの、液晶が付いていない緑色タイプであった。
取っ手や本体は所々塗装がハゲており、番号ボタンの数字も一部消えかかっていた。
近くに置いてあった電話帳もボロボロで、ボックスの壁には何やら怪しげな店の物らしき電話番号がシールで貼ってあったり、また卑猥な落書きもあっちこっちに彫ってあった。

「あらあら、『〇〇と×××したい』ですって?随分とストレートな愛情表現ですこと」
マティルダはボックスの中をのぞくなり、いきなり壁に彫ってあった落書きを音読した。
慌てて悠二が注意する。
「ま、マティルダさん!?何読んでるんですかっ!」
しかしマティルダは特に気にした様子もなく、
「あなたこそ何言ってるのよ悠二君。あなたくらいの年齢ならこれくらいのお話、お友達と普通にするでしょ?」
逆に悠二に対して切り返してきた。
「いっ、いくらなんでもそこまで直球な話はしませんよっ!」
「あらあら、『そこまで』ってことは、やっぱりそういう話はするんだ」

「・・・っ!?」
やぶ蛇だったのか、焦った悠二は意味もなく「そういう話」をしていたことをバラしてしまった。
「そ、そ、それは・・・」
自分の失策を悟った悠二は、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
そんな様子を見て、マティルダは呆れながら言う。
「あのねぇ・・・今さら何赤くなってるのよ。私は別に気になんかしてないわよ。そんなの、あなたくらいの年頃なら普通のことだもの」
「そ、そうは言っても・・・」
「女性に直接聞かれるのは恥ずかしい、ってこと?」
「・・・うん、まあ、そんな感じで・・・」
気まずそうな悠二の返事に、マティルダは少し間を空けて言う。
「・・・まあ、確かに今の話を、例えばシャナやヨシダさんにしたとしたら、それなりにヤバかったかもね」
「っ!?へ、変なこと言わないでくださいよ」
唐突に二人の名前が出てきたので、悠二はまた動揺した。
「例えばの話よ。でもね、私は一応、大人の女性よ。それなりに酸いも甘いも噛み分けてるの。身も心もピュアなあの子達とは違うわよ」
「そ、そうか・・・」
「さ、そんな話はいいから、早く電話をかけてちょうだい。向こうが出る前に私に受話器を渡して」
「はいはい、了解です」
せかすマティルダに追いやられるように、悠二はボックスの扉を開けた。


同じ頃。

“万丈の四手”ヴィルヘルミナ・カルメルは、買い物を終え、帰宅しようとしていたところであった。
「ふむ。こんなものでありましょう」
その背中のザックには大量の荷物を積め、またその両手にも一杯のビニル袋が下がっている。
定例の買出しの時と比べ、明らかに量が多すぎであった。
ティアマトーがたしなめる。
「過積載」
「問題ないのであります」
「衝動購入」
「うるさいであります」
ヘッドドレスを殴りつけようにも両手がふさがっているので、仕方なくあきらめる。

「これで、少しは気晴らしに、なったのであります・・・さて」
と、スーパーを出たヴィルヘルミナは、どういうわけかいつもとは違う方角に歩を進めた。
「?逆方向」
ティアマトーは当然のように尋ねた。
しかしヴィルヘルミナは、
「今回はこちらでよいのであります」
と、少し遠くに見える山を見ながら言った。

「あそこに行けば、私の疲れも悩みも、いま少し、解けることでありましょう」
しかし、ティアマトーには、相棒がいったいどこのこと指して言っているのか、分からなかった。
「・・・行先確認」
ヴィルヘルミナは、答えた。

「・・・この国の人々が、何かに思い悩んだ時、訪ねる場所であります」


かくして、運命の時は、近づく。

319名無しさん:2006/09/14(木) 00:20:10
激しくGJだ!

320名無しさん:2006/09/15(金) 21:12:24
北アあああああああああああああああああ!!!

321名前がな(略:2006/09/24(日) 15:27:25
 午前零時。
 何時もの夜の鍛錬を零時迷子による存在の力の回復に合わせて終了しようとした時、
そういえば、と悠二が口を開いた。
「昼休みに聞いた話、覚えてる?」
「なにを?」
「駅を二つ三つ越えた辺りで吸血鬼が出た、とか言う噂。」
 言われてクラスメート達から耳にした、
『貧血で倒れたり休む人が増えていて、そのほとんどに血を吸われたような痕があった』
『記憶が曖昧になったりする者もいるが、死者はいないらしい』
『デフォルメされたねこっぽい変なナマモノが夜の街を徘徊している』
などと言う他愛も無い噂話を思い出す。
「それが?」
「ああいう吸血鬼とか悪魔とかみたいな、所謂化け物の伝承や迷信の中にはさ、
"徒"やフレイムへイズを元にした物もあるのかな?」
「結構あるんじゃないかしら。封絶が広まったのは割りと最近だし。」
 その返答に、悠二は微妙な顔をする。
「噂の吸血鬼が実は"徒"、なんて事はないよね?」
「馬鹿。そんな訳ないから情けない顔するんじゃないわよ。」
「うむ。たとえ本物であったとしても、噂が広まっている以上直ぐに始末されるであろう。」
「そっか。・・・ってちょっと待って。なんか『吸血鬼は実在する』、って意味に聞こえたんだけど。」
「そうだ。シャナも下界宿で聞いた事を覚えているか?」
「確か"変異種"、だっけ?大した事はない連中って事くらいしか覚えてないわ。」
「まぁ"徒"と比べれば無害に等しい故に興味を向ける者も少ないからな。」
「無害って・・・、普通の人間はともかく、
フレイムへイズから見れば存在の力を奪って世界に歪みを作ったりするわけでもないから放置されてるって事?」
「その通りだ。人の文明が今のように発達する以前には、
街一つの住民全てが血を吸われ滅ぼされた事もあったようだが、
そこには世界の歪みは無いに等しかったと云う。」
 なんでもないことのように言われ、悠二は絶句する。
"徒"以外にもそんなとんでもない連中がいるのか、と。
「なに、気にする必要はない。彼等も無法を働く同胞は彼等自身が裁く。噂もすぐに終息するであろう。」
アラストールにしては珍しい、気遣いとも取れる言葉で、その日の鍛錬はお開きとなった。

322名前がな(略:2006/09/24(日) 15:28:12
こういう独自設定な与太話ってありでしょうか?

323名無しさん:2006/09/24(日) 18:27:07
いいんじゃない?

324234:2006/09/25(月) 01:15:49
僕もアリだと思いますよ。
独自設定を考えるのが大変ですけど(^^;)

ところで、割り込みになってしまいますが続きを投下します。
長くて、しかも話の進行遅くてスイマセン。


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