したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

61 美髯公 ◆zkpDymnu/M :2015/10/14(水) 21:49:40

  すでに召籠を赦免されていた日朗、日昭等の弟子を始め四条金吾、富木常忍等の信徒達と劇的な再会を行った大聖人は、疲労を癒す暇もなく四月八日には
 幕府で、平左衛門尉頼綱と対面した。文永八年(一二七一年)の竜口の法難の直前にも、平左衛門尉は評定所に於いて大聖人を尋問したが、その時の尋常とは
 思えない激高した状態とは一変し、柔和にしかも礼儀を尽くして大聖人に接してきたのである。初めは平左衛門尉も周囲の者も、大聖人に念仏や真言や禅について
 質問し、更に爾前権教で得道出来るかどうかといった問題を聞いたりなどしていた。それに対して大聖人は、一つ一つの問に対して、経文を引いて確答し、逆に
 今回の余りに理不尽な佐渡流罪について詰問している。更に言葉を継いで「又恨むらくは此の国すでに他国に破れん事のあさましさよ」(P.357 ⑰)と慨嘆した。

 この諫言の内容は「撰時抄」に詳しい。「王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず念仏の無間地獄・禅の
 天魔の所為なる事は疑いなし、殊に真言宗がこの国土の大いなるわざわひにては候なり大蒙古を調伏せん事・真言師に仰せ付けらるべからず若し大事を真言師・
 調伏するならば、いよいよいそいで此の国ほろぶべし」(P.287 ⑮)と、三度の国家諌暁を行った。文応元年(一二六〇年)七月十六日に「立正安国論」を
 提出して、時の権力者・北条時頼を諌暁した第一回の諌暁と、竜口法難の直前、平左衛門尉に対して諫言した第二回の国諌と、今回とを総括して大聖人は
 「三度の高名」と述べている。

 大聖人の口から蒙古侵逼の言が発せられるや、それを待ちかねていたかの様に平左衛門尉は、蒙古は何時侵攻してくるのかと直截的な問いを投げかけた。幕府が
 大聖人を呼んだ目的は、この蒙古侵攻の時期を聞き出す事にあったと言えよう。当時の鎌倉幕府にとって最重要問題は、言うまでもなくこの蒙古問題であった。
 蒙古来襲は、日蓮大聖人が「立正安国論」以来、機会ある事に警告してきた他国侵逼難の現実化である事はすでに述べた通りである。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

■ したらば のおすすめアイテム ■

小林さんちのメイドラゴン : 1 (アクションコミックス) - クール教信者


この欄のアイテムは掲示板管理メニューから自由に変更可能です。


掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板