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仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

58 美髯公 ◆zkpDymnu/M :2015/10/10(土) 23:43:41

 この様に時・応・機・法の四義は、仏の説法において必ず則る方軌であるといえよう。もし、機と応とが相応しなかったり、時を誤ったり、法の実体が不明瞭で
 あれば、そのこと自体すでに説法として、成立しないと言っても過言ではない。末法の御本仏日蓮大聖人もまた、この法規に則って法を説かれた事は言うまでもない。
 例えば「観心本尊抄」の次の文には、正しく四義を具足している。
 「此の時(時)地涌の菩薩始めて世に出現し(応)但妙法蓮華経の五字を以て(法)幼稚に(機)服せしむ」(P.253 ⑯)
 さらに、本抄の総結の文に当たる次の文にも明らかである。
 「一念三千を知らざる者には、仏・大慈悲を起し(応)五字の内に此の珠を裏み(法)末代(時)幼稚の頸に(機)懸けさしめ給う」(P.254 ⑱)と。

 日寛上人は以上の点から鑑み、「如来滅後五語百歳始観心本尊抄」の題号に、四義が完璧に具足していると述べているのである。
 すなわち「如来滅後五五百歳」とは上行菩薩出現の“時”を表わし、上行が始めて弘むる義を明かした「始」は“応”であり、末法の衆生の観心を明かした
 「観心」は“機”であり、また法は、人即法の「本尊」である。従って、本抄の題号は「如来滅後五五百歳に始む観心の本尊抄」と読むのが正しい。そして
 その題意は「如来滅後五五百歳に上行菩薩始めて弘む観心の本尊抄」となるのである。ここに「始む」とあるのは、正像二千年には未だかつて弘まらなかった
 大御本尊を、末法の始に久遠の本仏が出現して始めて弘通するとの義に他ならない。「本尊問答抄」に「この御本尊は世尊説きおかせ給いて後二千二百三戎余年が
 間・一閻浮提の内にいまだひろめたる人候はず、漢土の天台日本の伝教ほぼしろしめしていささかひろめさせ給はず当時こそひろまらせ給うべき時にあたりて
 候へ」(P.373 ⑰)とある通りである。

  それでは日蓮大聖人御一代において、何時、これを始められたかと言えば、一往は佐渡期からといえる。「観心本尊抄」を完成された直後の八月、経王御前の
 病気平癒の為に、四条金吾夫妻に与えられた「経王殿御返事」からも解る様に、御本尊を顕し授与されているのである。すなわち「先日のまほり暫時も身を・
 はなさずたもち給へ、其の本尊は正法・像法・二時には習へる人だにもなし・ましてかき顕し奉る事たえたり、(中略)日蓮守護たる処の御本尊を・したため参らせ
 候事も師子王に・をとるべからず、経に云く『獅子奮迅之力』とは是なり、又此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし」(P.1124 ⑥)と。


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