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仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

53 美髯公 ◆zkpDymnu/M :2015/10/01(木) 22:45:54

      【法本尊開顕の書「観心本尊抄」】

  「開目抄」で末法下種の人本尊を鮮明にされた日蓮大聖人にとって、次に為すべきことは末法一切衆生の、信仰の依処として本尊を説き明かし、実体化する事で
 あった。「観心本尊抄」は、正しくこの末法に顕れるべき本尊の正体を開顕された書であり、「開目抄」と共に宗門の二大柱石と称せられる所以である。更に「観心
 本尊抄」述作の縁となったものは、当時大聖人に対して、およそ四項目の批判が向けられていた。この事については「寺泊御書」に述べられており、
 「観心本尊抄」は第一項の「機を知らずして麤議を立て難に値う」と言う批判と、第四項の「唯教門計り」で観心の法門について説いていないではないか、との
 批判に対する回答であったとも考えられる。特に第四項の批判に対して、末法における観心即ち信仰の行、実践の在り方を完璧にされているのである。従って、
 「開目抄」が当時の思想、宗教を比較相対して文底下種法こそ真実の法である事を明かした「教の重」と言われるのに対し、「観心本尊抄」は「行の重」と言われる
 のである。

 こうした重要な御書が、大変な状況の最中で作成された事は、これまで縷々述べてきたが、現存している「観心本尊抄」の御真筆からも血の滲み出るような苦労を
 伺う事が出来る。御真筆は全編十七紙から成っているが、紙は一様ではなく前半は和紙、後半になると雁皮紙が使われている。しかも表と裏に認められているので
 ある。大聖人は「開目抄」を書き上げた直後に、富木胤継、四条金吾等の弟子檀那に宛てて「佐渡御書」を送っているが、その追伸に「佐渡の国は紙候はぬうえ・・
 ・・」(P.961 ⑦)と述べられている。「観心本尊抄」のような重大な御書を作成するに当たっても筆紙の窮乏には困惑されたのであろう。「観心本尊抄」は下総の
 武士・富木胤継に与えられた。「開目抄」が不惜身命の信心の人・四条金吾に与えられたのに対し、哲学的な省察を説き明かした「観心本尊抄」はどちらかと言えば、
 法理論の面に精通していた富木胤継に対して、与えられたのであろう。

 富木胤継に対しては、この「観心本尊抄」の他にも「法華取要抄」 「四信五品抄」また「立正安国論」の写し等、四十余編の御書が与えられており、他の門下を
 遙かに凌いでいる。現在、中山に富木胤継を始め太田、曽谷の各氏に与えられた御書の御真筆の多くが、残されているのはこの為である。当時は相次ぐ天変地夭、
 また戦乱等で騒然としている情勢にあった。御書が安全に守られ、後世に伝えられて行く為には、地方の有力な武士でもあり、社会的にも安定した立場にあった富木
 胤継のような信徒の許で、なければ望めぬ事であったろう。


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