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仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

45 美髯公 :2015/09/23(水) 21:44:37

  大聖人が最初に住まわれた配所は、塚原にある三昧堂であった。「塚」というのは、元来祭壇として築かれた丘状の盛土の事であったが、後には墓地として
用いられる所を指す様になった。たいがい、人里離れた地味の乏しい大地で、忌み嫌われる場所であった。
 「種種御振舞御書」にも「十一月一日に六郎左衛門が家の後ろ塚原と申す山野の中に洛陽の蓮台野のやうに死人を捨つる所に一間四面なる堂の仏もなし、上は
 いたまあはず四壁はあばらに雪ふりつもりて消ゆる事なし、かかる所にしきがは打ちしき蓑うちきて夜をあかし日をくらす、夜は雪雹雷電ひまなし昼は日の光も
 ささせ給はず心細かるべきすまゐなり」(P.916 ④)と。佐渡は十一月から十二月にかけて根雪がくる前、それも大体夜に大きな雷鳴が轟き渡るという。

 「妙法比丘尼御返事」にも、塚原三昧堂での生活を回想している。「佐渡の国にありし時は里より遙かにへだたれる野の山との中間につかはらと申す御三昧所あり、
 彼処に一間四面の堂あり、そらはいたまあわず四壁はやぶれたり・雨はそとの如し雪は内に積もる、仏はおはせず筵畳は一枚もなし」(P.1413 ⑯)と。
 これらの御書の叙述から判断すると、塚原は野と山との中間にあり、三昧堂は本間六郎左衛門の住居から、見通せる様な所であったらしい。一間四面のあばら屋で、
 板間は合わず壁は崩れ、蓑を着て雨露を避け、雪をしのぐという状態の中で、「開目抄」の構想を練り、翌年の二月に完成されたのである。「開目抄」は文字通り
 雪中にしるされた御書であった。


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