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仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

44 美髯公 :2015/09/22(火) 21:04:13

      【遠流の地・佐渡】
 
  十月十二日に国津の寺泊に着いた日蓮大聖人の一行は、日本海の風浪の静まるのを待ち、二十八日遠流の地・佐渡に第一歩をしるした。佐渡は、神亀元年
 (七二四年)に伊豆、安房、常陸、隠岐、土佐と共に遠流の地と定められて以来、多くの罪人が流されている。主だった所では、承久の乱の順徳上皇、永仁の
 京極為兼、正中の日野資朝、嘉吉の観世元清等の人達である。これらの人々が、この佐渡の地で生涯を閉じている様に、佐渡流罪は死罪も同然であったのである。
 佐渡の冬は天候が不順で、寒さも厳しい。今でも、シベリア方面からの季節風が、大佐渡山脈から吹き下ろし、厳しい寒さと雪が襲うという。大聖人はそうした
 佐渡の風土と鎌倉とを比べ、その模様を次の様に描写し、富木入道に送っている。

 「此比は十一月の下旬なれば相州鎌倉に候し時の思には四節の転変は万国皆同じかるべしと存候し処に此北国佐渡の国に下著候て後二月は寒風頻りにゆいて
 霜雪更に降ざる時はあれども日の光をば見ることなし、八寒を現身に感ず、人の心は禽獣に同じく主師親を知らず何に況や仏法の邪正・師の善悪は思もよらざるを
や」(P.955 ④)日蓮大聖人はこの様な佐渡の地で足かけ四年、正味二年四ヶ月に渡って配流生活を強いられた。しかし、発迹顕本を遂げられた大聖人は、溢れ
 出る様な勢いで執筆活動を展開されているのである。「開目抄」を始め「観心本尊抄」 「当体義抄」 「諸法実相抄」 「生死一大事血脈抄」 「草木成仏口決」
 「顕仏未来記」「如説修行抄」 「佐渡御書」 「祈祷抄」等、数十編に上っている。この佐渡配流時代は、大聖人の一生にとって最も苦難の時期ではあったが、
 その半面最も充実した時となっているのである。

 文永九年(一二七二年)に書かれた「最蓮房御返事」に云く「されば我が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ常寂光の都為るべし、我等が
 弟子檀那とならん人は一歩も行かずして天竺の霊山を見・本有の寂光土へ昼夜に往復し給う事うれしともけりなし申す計り無し」(P。1343 ⑧)と。流人の身として、
 着る物、食べる物も乏しく、しかも絶えず生命の危険にさらされた、いわば地獄のどん底の様な生活の中で、この地こそ仏道修行の道場であり常寂光の世界である
 と、弟子となった最蓮房を激励されているのである。


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