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仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

40 美髯公 :2015/09/16(水) 23:31:11

      【門下に及んだ弾圧】

  さて、竜口の法難後、大聖人は公式の決定通り、依智にある本間六郎左衛門の邸へ護送された。幕府内でも大聖人の処分に異論が出たらしく、十月十日
 佐渡に向かって出発するまで、およそ一月近く依智に留め置かれた。ところがその間、鎌倉では不審な火事や、人殺しの事件が頻発した。念仏者達は「日蓮が
 弟子共の火をつくるなり」(P.916 ①)と讒訴したために、幕府はこれを口実として一挙に大聖人一門を弾圧し、根絶やしにしようと計った。鎌倉の弟子・檀那の内、
 二百六十余人の名を記し、所領没収、御内追放、流罪、斬首等の刑罰に処した。十年前の伊豆流罪は、日蓮大聖人一人が受けた難であったのに対し、
 今度の法難は弟子・檀那全体に対する弾圧に広がったのである。それだけ、大聖人の教勢が拡張し、対外的にもかなり影響を与えつつあったと推測される。

 この間の弾圧の模様は大聖人にも知らされており、多くの御書に記されている。
 「今度はすでに我が身命に及ぶ其の上弟子といひ檀那といひ・わづかの聴聞の俗人なんど来って重科に行わる」(P.200 ⑱)
 「竜口の頸の座・頭の疵等其の外悪口せられ弟子等を流罪せられ籠に入れられ檀那の所領を取られ御内を出だされし」(P.504 ⑦)
 「同文永八年辛未九月十二日佐渡の国へ配流又頸の座に望む、其の外に弟子を殺され切られ追出・くわれう等かずをしらず」(P.1189 ⑰)
 「故聖霊は法華経に命をすてて・をはしき、わづかの身命をささえしところを法華経のゆへにめされしは命をすつるにあらずや」(P.1253 ⑱)

 これらの文によると、召籠、流罪の処罰を受けたのは出家の弟子達であった。筑後房日朗等五人は土籠に入れられた人達である。これらの人々の安否を気遣って
 書き綴った「五人土籠御書」には「今夜のかんずるにつけて。いよいよ我が身より心くるしさ申すばかりなし、ろうをいでさせ給いなば明年のはるかならずきたり給え
 みみへ・まいらすべし」(P.1212 ⑩)とある。又、佐渡流罪中に書かれた「諸法実相抄」にも「現在の大難を思いつづくるにもなみだ、未来の成仏を思うて喜ぶにも
 なみだせきあへず、鳥と虫とはなけどもなみだをちず、日蓮は・なかねども・なみだひまなし」(P.1361 ⑤)とある様に、ここには日蓮大聖人の、御本仏ではある
 けれども、弟子の苦悩を、自分の苦しみとして涙を流される、一人の人間としての姿が浮き彫りにされている。大聖人の振舞いは仏界所具の九界の振舞いなのである。


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