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仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

39 美髯公 :2015/09/13(日) 23:27:19

  この様に地涌の菩薩の本義というのは、厳しい現実社会を直視し、自らの使命に従って人間群の中に飛び込み、民衆を救い社会を変革していく主体的、
 能動的な行動にあるといえよう。そして仏法を社会に開き、社会を仏法で潤して活力を与えて行く所に、地涌の菩薩の使命がある。大聖人の竜口以前の行動は、
 やがて陸続と出現する地涌の菩薩に対する、実践の在り方を示したものであったと考えられる。「種種御振舞御書」に云く「法華経の肝心・諸仏の眼目たる
 妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけたり、わたうども二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にも
 こへよかし」(P.910 ⑱)と。

 こうした大聖人の熱誠を尽くした戦いに対して、時の社会、民衆、そしてそれを代表する幕府権力が報いたものは何であったかといえば、松葉ケ谷の草庵への夜討ち、
 伊豆への流罪、小松原に於ける東条景信の要撃、更に竜口の死罪、佐渡の流罪という数々の大難であり、その他数知れない程の迫害であった。なかんずく竜口の
 頸の座に据えられる事によって、既に自らの死を賭けて、大聖人は上行菩薩として使命を全うし、法華経の金言そのものを証明し、乗越えられた訳である。
 故に、それ以後は末法御本仏として、万年尽未来際に残すべき三大秘法の御本尊の開顕と確立、そして大聖人の精神、意志を後世に伝えるべき伝持の人の
 育成の為の活動に入ったのである。

  有名な「開目抄」下の「日蓮といゐし者は去年九月十二日子丑の時に頸はねられぬ、此れは魂魄・佐土の国にいたりて返年の二月・雪中にしるして有縁の
 弟子へをくればをそろしくてをそろしからず」(P.223 ⑯)の御文に、この間の心境が伺われる。実際に頸をはねられた訳ではないのに、「頸をはねられぬ」と
 言われているのは、上行菩薩の再誕としての、それ以前の自分は、ここで全て終わったのだという意である。次の「魂魄・佐土の国にいたりて」の「魂魄」とは、
 久遠元初の自受用報身としての生命であり、佐土以後に於いてはその内証の境涯を自在に顕されていったのである。「開目抄」の人本尊開顕はその第一声で
 あったと考えられる。

 「三沢抄」に云く「而るに去る文永八年九月十二日の夜たつの口にて頸をはねられんとせし時より・のちふびんなり、我につきたりし者どもまことの事を
 いわざりけるとをもうて・さどの国より弟子どもに内内に申す法門あり(中略)此の法門出現せば正法・像法に論師・人師の申せし法門は皆日出でて後の
 星の光・巧匠の後に拙を知るなるべし、この時には正像の寺堂の仏像・僧等の霊験は皆きへうせて但此の大法のみ一閻浮提に流布すべしとみへて候」
 (P.1489 ⑩)と。「内内申す法門」とは、いうまでもなく「開目抄」の人本尊開顕と「観心本尊抄」の法本尊開顕を意味しているのである。
 ここで留意しなければならない点は、同じく「三沢抄」の「さどの国へながされ候いし已前の法門は・ただ仏の爾前の経とをぼしめせ」(P.1489 ⑨)の文である。
 この文の真意は日蓮大聖人を単なる釈迦仏法の弘通者と見なすのではなく、末法の御本仏と知って、その場から翻って佐渡以前の御書を見ていかなければならない
 という意味である。


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