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仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

33 美髯公 :2015/07/20(月) 21:35:18

 更に言葉をすすめて「詮ずるところ、上件の事どもは此の国ををもひて申す事なれば世を安穏にたもたんと・をぼさば彼の法師ばらを召し合わせて・きこしめせ、さなく
 して彼等にかわりて理不尽に失に行わるるほどならば国に後悔あるべし、日蓮・御勘気をかほらば仏の御使いを用いぬになるべし、梵天・帝釈・日月・四天の御とがめ
 ありて遠流・流罪の後・百日・一年・三年・七年が内に自界叛逆難とてこの御一門どうしうちはじまるべし、其の後は他国侵逼難とて四方より・ことには西方より
 せめられさせ給うべし、その時後悔あるべし」(P.911 ⑨)と。ここでかねてからの持論である自界叛逆と他国侵逼の二難を舌鋒鋭く警告しているが、大聖人は自身が
 罪を蒙って苦しむ事よりも、そのためにこうした戦乱に巻込まれ、苦悩の淵に沈んでいく民衆と社会を憂えているのである。

  この大聖人の私心を捨てきった真情は、二日後に認められた平左衛門尉宛の諫状(「一昨日御書」)にも溢れ出ている。云く「抑貴辺は当時天下の棟梁なり
 何ぞ国中の良材を損せんや、早く賢慮を回らして須く異敵を退くべし世を安じ国を安んずるを忠と為し孝と為す、是れ偏に身の為に之を述べず君の為仏の為
 神の為一切衆生の為に言上せしむる所なり」(P.183 ⑰)と。この「一昨日御書」が、はたして平左衛門尉に渡ったかどうかは定かでない。ともあれ、この十日の
 取り調べに当たって、平左衛門尉は居丈高に詰問するつもりであったのが、返って大聖人から諫言される結果になったからであろう。ただ動転し激怒した、
 その有り様について、大聖人は「すこしもはばかる事なく物にくるう」(P.911 ⑭)と記されている。

 かくして、九月十二日申時(午後四時頃)日蓮大聖人は逮捕された。平左衛門尉が直接数百人の兵士を率いて、逮捕に出向したのである。
たった一人の貧しい僧を捕らえるのに、胴丸に身を固めた数百人の武士が押しかけて来たのであるから、その有り様は尋常なものではなく、捕物と言うよりむしろ
 恫喝的な襲撃に近かった様である。松葉ケ谷の粗末な庵室は踏み荒らされ、少輔房という郎従は大聖人の懐中にあった法華経の第五の巻をもって、大聖人の額を
 打ったという。第五の巻には「諸の無智の人の悪口罵詈等し、及び刀杖を加うるもの有らん」に始まる三類の強敵が説かれた勧持品が含まれている。仏の滅後、
 悪世末法に法華経を説くならば必ず迫害を蒙る事を明かした経巻によって、仏説通り打擲された訳である。故に「上野殿御返事」には「うつ杖も第五の巻うたるべしと
 云う経文も五の巻・不思議なる未来記の経文なり」(P.1557 ⑥)と記述されている。


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