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仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

30 美髯公 :2015/07/13(月) 23:44:52

 また、十月十一日には当時の幕府の権力者並びに諸大寺に十一通の書状を送って、公の場での法論を要求した。その中の「北条時宗への御状」には「抑も
 正月十八日・西戎大蒙古国の牒状到来すと、日蓮先年諸経の要文を集め之を勘えたること立正安国論の如く少しも違わず普合しぬ、日蓮は聖人の一分に
 当たれり未萠を知るが故なり、然る間重ねて此の由を驚かし奉る急ぎ建長寺・寿福寺・極楽寺・多宝寺・浄光明寺・大仏殿等の御帰依を止めたまえ、然らずんば
 重ねて又四方より責め来る可きなり」(P.169 ⑮)と厳しく諫めている。

 しかし、幕府はこの警告に対しても、表面的には何の反応も示さなかった。しかし裏面では極楽寺良観を始め、建長寺道隆、また七大寺の僧達は周章狼狽し、
 その対策に躍起となっていた。これが三年後の文永八年(一二七一年)九月の竜口の法難、それに続く佐渡流罪という大難へと進展していくのである。
 文永六年(一二六九年)九月、蒙古国から二度目の使者が来日した。同年の十二月八日、書写した「立正安国論」に添えた奥書にこの事を記して、最期に
 「既に勘文之に叶う。之に準じて之を思うに未来も亦然る可きか、此の書は徴有る文なり是れ偏に日蓮の力に非ず、法華経の真文の感応の至す所か」(P.33 ⑩)と
 述べ、「立正安国論」で警告した事が、事実として現われた事を指摘し、遠く未来の事を深く憂慮されている。


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