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仏教大学講座講義集に学ぶ       【 日蓮大聖人の生涯 】

11 美髯公 :2015/05/30(土) 22:47:14

  それは当時の人々の耳目を驚動する未聞の極理であった故に、末法救済の依り所として人々に明確に示す為には、それだけの体系化が求められた。確かな文証、
 理証、現証の裏付けがあってこそ、世の人々を納得させる事が出来、求める心を充足せしめていくからである。そのためには、八万法蔵と言われる釈尊の一切経を
 始め、あらゆる論釈、他宗の教義等を知悉しなければならなかった。大聖人は出家する事を決意されたのである。時に嘉禎三年(一二三七年)の十六歳の時で
 ある。師の道善房により剃髪の儀式を済ますと、名を是生房蓮長と改めた。しかし、清澄寺はそうした大聖人の心を十分に満たしうる条件は備えていなかった。
 「本尊問答抄」に「遠国なるうへ寺とは名づけて候へども修学の人なし」(P.370 ⑨)と慨嘆している様に、大聖人のつくべき碩学はいなかったのである。

 そこで大聖人は一旦、安房からも近い新興の中心地、鎌倉に出て学ぶ事にした。だが、鎌倉は学問的に何ら得る所なく、数年で帰山したようだ。そして改めて、文化の
 中心である京畿地方に仏教を求めた。仁治三年(一二四二年)、二十一歳の頃であったと伝えられている。まず天台宗の根本道場であり、当時の仏教界の最高学府
 ともいうべき比叡山に登り、ここを中心として三井園城寺、四天王寺、高野山、さらに京都、奈良の諸宗寺院を回って仏教研鑽に努めたのである。この遊学の期間は
 十数年に及んだ。


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