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幻想郷の女の子に愛されて眠れない(東方ヤンデレ)スレ26夜

1 : ○○ :2022/02/05(土) 12:58:49 p7r5QzE.
ヤンデレ――――それは純愛の一つの形。
ヤンデレが好きで好きでたまらない人の為の26個目のスレです。
短すぎてうpろだ使うのはちょっと……な人はここを使うといいかも。

私はあなたの物よ、それで良いじゃない

※注意書き
・隔離されているとはいえ、此処は全年齢板。
 過度のエロ��グロはここでは禁止。
・ヤンデレに関する雑談やシチュ妄想などもこちらで。
・このスレの話題や空気を本スレに持ち込まないこと。
 苦手な人もいるということも忘れずに。
・隔離スレであることの自覚を持って書き込んで下さい。
・馴れ合いは程々に。 突っ込みも程々に。

・パロやU-1等の危険要素が入るssはタイトルに注意事項を書いた上でロダに落としてください。
・スレに危険要素のあるssのリンクを貼る時は注意事項も一緒に貼ってください。
・危険要素のあるssをWikiに保管する際は保管タイトルの横に注意事項を明記してください。
・危険要素は入っていないもののスレを荒らす危険性のあるssは
グレーゾーンのssとして作者の自己判断でロダに落とすようにしてください。
・グレーゾーンのssは作者と読者が議論して保管方法を決定してください。

まとめはこちら ttp://www26.atwiki.jp/toho_yandere/
279様作成ロダ ttp://ux.getuploader.com/TH_YandereSS/
前スレ(25夜)ttps://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/22651/1559561112/


2 : キツネつきと道化師とキツネ 33話 :2022/02/12(土) 04:26:46 Qciq4hmM
明らかに外の知識で相手の行動を操作して、なおかつ○○に対して敵対的に挑戦してきている存在が無視できなくなった。
その確かな証拠を前にして、外の知識が無ければぶつけてこれないキャラクター名を○○は東風谷早苗と、現状で唯一情報の共有と言うか説明なしで理解してくれる者と一緒に、戦慄しながら見続けていた。

しかしながら、寒空の下でいつまでも突っ立ているわけにはいかない。
下手人を見つけて、確かな証拠を得て、なのでひとまずは稗田邸の離れに突っ込めと○○が命じたこともあって、事態のほとんどは収拾したと言っても構わないけれどもまだ全部が終わった訳ではない、ボーっとしていても状況は刻一刻と変化を見せてしまう、望むと望まざるにかかわらずにである。
「旦那様」
奥から奉公人の一人が戻ってきた、その表情はまだ心配げにしてくれていたので、気付かれてはいないと見て良かったの。
「一度戻りましょう、ここには誰もいれませんから何か気になる事がおありでもどうか日が昇ってからに致しましょう……夜通しは体に毒ですし、奥様である九代目様もご心配しています」
九代目様、つまりは阿求の事を耳にすれば稗田○○と言う人物は自動的によりも鋭くそちらの方向に意識が向かうように、調教などでは無くて○○は自分で自分をそう訓練してしまった。
「寝てないのか、阿求は……」
「はい、どうやらそのご様子です。さすがに温かくはしておられるようですが」
「寝るようにとは言っておいたのだがな……ああ、いや、でも阿求なら待ちかねないか」
いつもなら○○は多少なりとも困ったような笑みを見せるのだろうけれども、既に弟の方の亡骸は少しでもマシな場所に安置するために持って行ってくれたのではあるが、バラバラにされた二重底仕様のでかい桶を見ると、やはり○○としても息が詰まった。
「……そうだな、今日はもう、せめて明るくなってからにしよう。こんな場所、寒空である以上にこの場所が俺を苛んでいる」
まだ少しフラフラしているが、比較的以上に素直に稗田邸に戻る事を○○は決めてくれた。


○○がこの場にとどまる事をもう止めてしまったのであれば、東風谷早苗としてもこの場所にとどまる意味は無い。
○○がいるからこんな場所つまりはゴミ捨て場にまで来たのだ、事件は悲劇だし心も痛くなるけれどもしかしながら、東風谷早苗が行動する目的はまだまだやはり○○の存在が最重要な部分であった。
それが無ければ多分何もしなかっただろう、今回だけではない、これまでの事全部がである。

とはいえ……今回はそろそろ限界と言う物を東風谷早苗としても感じざるを得なかった。
その鋭敏な感覚は、やはり八坂神奈子にだけは迷惑をまだまだかけたくないなと言う、○○の事を追いかけたいと言う気持ちとはその実で相反する部分の存在が大きく関係していた。
「ええ、まぁ……私もさすがにそろそろ横になりたいので」
○○の事を呼びに来てくれた奉公人が、相当に迷った困った風な様子で早苗の事を見ていれば、おのずと限界と言う奴も彼女は推し量る事が出来るしいくら何でもそこまで阿呆でも無ければ図々しくも無い。
一応まだ厄介なファン程度の立場には収めておこう、程度の計算高さだって存在はしている。
「○○さん」
けれどもこれだけは、○○に対して別れの挨拶をすることは堪え切れなかった。
幸いと言うべきかどうかは判然としないけれども、○○は声をかけられても全くの無視を決め込めるほどに冷淡な人物ではない。
ましてや、外の知識を持ってして○○に敵対的な挑発を挑戦状をたたきつけている存在が、まだ二人だけの秘密とはいえ明るみに出てしまえば、○○の心理状況的にも東風谷早苗の事は仲間としか思えなくなっているので、振り返らざるを得ないというよりは振り返ってやりたいとすら思ってしまっていた。


3 : キツネつきと道化師とキツネ 33話 :2022/02/12(土) 04:27:38 Qciq4hmM
「……ああ」
ただ寸での所で○○だって、東風谷早苗とは仲良くしすぎるべきではないぐらいの事は、思い出せた。
そのため手も降らずに、短い言葉を早苗に対してかけるのみであったが……そこには逡巡の色が確かに見えていた。
早苗からすれば実はその程度で全く十分であった、自分を無視は出来ない程度の優しさと、こんなに冷たくて良いのかと言う逡巡があれば。
その程度でも十分嬉しいと思ってしまえる辺り……彼女は○○に執着を見せつつあった。
「じゃあ、また」
早苗はやや所ではなく嬉しそうに手を振った。
「…………ああ」
さっきよりも迷ってしまったが○○も、結局は早苗の事を拒絶できなかった。
十分だ、早苗にとっては。
次があると言うのは何とも可能性に満ちている、そう思えた。
「はい」
場と状況に明らかにそぐわなかったが、早苗は笑いながら空を飛んで帰って行った。

「何なのでしょうか……」
奉公人が、無論であるし誰しもが抱く感想を素直に呟いてくれた。これは○○に聞かせると言うよりは、本当に疑問に思ってしまったから素直に口をついて出てしまった、それ以上の物は○○も感じなかった、ならばそれだけで済ませるべきだとすぐに○○はそう思う事が出来た。
「洩矢諏訪子への意趣返しと言うか、嫌がらせと言うか……そもそもの根っこはそこだろうね。洩矢諏訪子はほとんど毎日、遊郭に通って遊び歩いているようだから。まぁ、比較的以上に真面目な東風谷早苗にとっては腹立ちの原因だろうから……彼女の夜遊びも意趣返しの一部なのかな?」
少しばかり喋り過ぎたような気配が○○自身ですらあったけれども、幸いな事に奉公人は苦笑しつつも納得したような顔を浮かべてくれた。
思わずホッとしたような感情を○○は抱いたものの、今回の事も合わさって東風谷早苗が怪しまれなかったことに対して、安堵の感情をあまりにも大きく外に出し過ぎた。
それはともすれば、疲労感の噴出のように見えた。

「旦那様……人力車をご用意しております。奥様である九代目様もご心配なされていますので」
うずくまったり等はしなかったけれども、それでも肩が大きく下がって酷い場合は倒れる前兆ではないか、と思われてもおかしくないような姿は十分に、誰の目にも観測できた。
だからこの奉公人も、スッとした動作で○○の後ろ側に回ってそれどころか、○○の背中に優しく手を振れるまさにその瞬間まで、○○は誰かが近づいてきたことに気付かなかった。
そうだった、基本的に稗田家の奉公人はましてや自分の護衛と監視を兼ねているような存在は、手練れしかいない。それを思い出すには十分な動きを、この奉公人は行ってくれた。
「ああ……」
頼もしさとゾッとするような感覚を同時に、○○は抱いてしまった。
奉公人ですらここまでやれるのだ、その上自らの妻である阿求は……○○への不利益となると一気に苛烈となってしまう。
やはり話せない、どうあがいても話せなかった、自分に対して敵対的に挑戦状をたたきつけているような存在がいることは。
下手をすれば里がひっくり返る。

人力車に揺られている時間がどれほどだったかは、○○ですら判然としなかった。
寝てはいなかったが、景色はほとんど所か全く見えていなかった。ずっと自分に挑戦状をたたきつけてきた人物について考えていた。
外の知識を用いて自分を挑発したと言う事は、間違いなく自分と同じような立場、外から来た人間と思っていいはずだ。
ただ、残念ながらそれ以上の事はまだ何も分からなかった、あまりにも情報が少なすぎる。
ただ向こうは、自分が外のミステリー小説が好きだと言う事からその知識を使って馬鹿にしてきた、その程度の事しか分からなかった。
何もかもが堂々巡りをしていた、今は何を考えても答えにたどり着かないそれを渋々ながらも認めざるを得ず、しかたが無く○○は目を閉じて気が付いたらもう稗田邸に付いたと人力車の引き手から声をかけられたのであった。


4 : キツネつきと道化師とキツネ 33話 :2022/02/12(土) 04:28:16 Qciq4hmM
「……上白沢の」
人力車から降りてまず見えたのは、上白沢夫妻が稗田邸の前で自分を待っているような雰囲気でいた事であった。
中途半端に眠ってしまったせいか、○○の動きはぐったりとした物に近かった。ただ、今のこのぐったりとした様子は、中途半端に眠ってしまったせいだけであるならどれだけ良かったか、と○○は考えてしまったが皮肉気な笑みすら浮かべる事は出来なかった。
相手は虎のしっぽをなでて遊んでいるのだから。
「○○」
とはいえ何も言わない○○の今の様子を、察する事などできるわけは無いし○○としてもまだ悟られたくも無かった。
「○○、後は俺に任せてくれ」
とはいえ、興奮を隠しきれていない上白沢の旦那の様子を見ると、それがたとえ自分の友人であると言うのに嫌な物を感じてしまい。
「後でな、全部は朝になってからにしてくれ。できれば昼以降が良い」
とだけしか言う事が出来なかった。
とはいえ、友人が見せるこのおかしな興奮の原因を妻である上白沢慧音ならば何か知っているはずだと言う考えも、同時に湧いてくる。
○○は数秒ほど上白沢慧音の顔を見て、お前の旦那が今見せているこの興奮は何なのだ?と聞いてやろうとも思ったが、それを友人の目の前でやるのはいくら何でもいやらしすぎる。
それもあるし……何より眠りたかった。


「おかえりなさい、あなた」
そして案の定と言えば案の定であったけれども、阿求は殊勝にも○○の帰りを寒々しさがどうしても際立つ玄関先で、座布団こそ敷いていたけれども正座姿で待ってくれていた。
「阿求」
○○はやや慌てながら――皮肉にもこの時は自分に敵対的な挑戦を取る裏側を忘れる事が出来た――自らの妻の元に駆け寄った。
幸いにも、服装の方は比較的着込んだ状態を維持してくれていた。○○が出かけ際に温かくしておくようにと言いながら、自分の室内用の羽織ものをかけてやった後、やっぱりと言えばその通りなのだけれども阿求は○○に欠けてもらった羽織ものは絶対に脱がずにおいてくれたようであった。
それだけではなく、玄関先で待ち続ける事を阿求が望んだとはいえ、奉公人達だって何もしないわけは無く、阿求の部屋から誰かが持ってきてくれたのだろう火鉢が彼女の横には置かれてちゃんと火もついていた。
だけれどもずっと、ましてや朝までこのままで平気なはずは無い。やはり夜は出来る限り眠るべきだ、身体の弱い阿求の場合は特にそれが重要となる。

「もうほとんど終わった。証拠も確実だ、後は里の規則通りに処すれば良いだけだ……少なくとも今すぐ何かがある事は無い……だから今日はもう、寝よう……急に眠くなった」
初めは阿求を寝かしつけるための言葉たちであったけれども、本当に眠りたいのはどちらかと言えば○○の方であった。
言葉をいくつもつなぎ合わせていく中で、最悪の終わり方を迎えてしまった脱力と帰宅できたと言う安堵が合わさってしまって、阿求の肩を持つ手からも力と言う物が抜け落ちつつあった。

「ああ……お可哀そうに」
これには阿求も気の利いた事よりもすぐに横になる事の方が重要だと、すぐに気づいてくれた。
外が何となくバタバタとしている音が聞こえた、上白沢の旦那の声も聞こえた、それだけでは無くて純狐の声まで聞こえてきた。
不味いかなと思わなくもない、だが、もうほとんど終わったはずなのだ。上白沢の旦那には悪いが、この一件はもう――いや、自分を挑発した存在の事があるけれども、外の知識でこちらを挑発した相手ならば残念ながら上白沢の旦那は、幻想郷土着の存在には意識の外からの攻撃に近い付きあわせるのはいくらなんでも忍びない。
それぐらいまでを考えた辺りで、○○はいつもの阿求と一緒に眠る寝室にたどり着いた。
後ろからは当然の事で阿求がぴったりとついてきてくれて、部屋にたどり着けばとてもかいがいしく○○の来ていた上着を脱がせてくれて、いつもの場所にキレイにシワを伸ばしながら掛けておいてくれた。
上着を脱いだとたん、外行きの気力だとかふるまいと言う物から解放されたような気持に○○はなった、実際はもう朝までどこにも行ってほしくない阿求の意向の方がずっと強力なのだけれども。
ただ今回は、いや今回だけでなくとも基本的に○○は阿求の意向に付き従っているのだけれども……今回ばかりは、横になれると言う事に率直に○○は喜んでいた。
そこから先の○○は、横になったとたんに眠ってしまった。


5 : キツネつきと道化師とキツネ 33話 :2022/02/12(土) 04:28:57 Qciq4hmM
翌日の○○は、彼らしくも無く朝食の時間を完全に過ぎたはっきりと言って昼に近い時間に起床した。
「……若干やっちまったか」
横になったまま身体を動かして、壁掛け時計を眺めた。
「大丈夫ですよ、あなた」
でも阿求なら許すのだろうけれども、そう考えるよりも前に阿求が○○に大丈夫だと言ってくれた。
意識して先回りしたのかそれともただの偶然か、けれども○○からすれば阿求には出来れば計算で先回りしておいてほしかった。
度し難いとは特に――この時に○○の脳裏には、上白沢の旦那ではなくて東風谷早苗の顔が思い浮かんだ。
意識してしまっている、彼女の事を。
だから○○はこの思考をすぐに中断してもう再開しない事に、瞬時に決めてしまった。

「ああ……阿求」
○○の視界に移った阿求は、普段は自室で行っているはずの書き物の仕事を、わざわざ文机や書類の一式を持ち込んで、稗田夫妻の寝室で特に精神的疲労で疲れて眠り続けている夫である○○の横に居続けたいから、○○が心配でずっとこの寝室に阿求はいたのだろうと様子を見ればすぐに分かった。
それよりも○○は、阿求がきっと奉公人も手伝ったはずの文机とか文書資料などを寝室に持ち込んでくる際に全く気が付かず、ずっと寝ていたことの方が○○としては少々以上に驚きを持って感じなければならない事象であった。
「阿求。どれぐらいの人数が、その作業場を整えるのに出入りしたんだい?」
なので思わず○○は阿求にそう聞いてしまったが、阿求はクスクスと面白そうに笑いながら答えてくれた。
非常に上機嫌であった、昨晩と違って誰も稗田夫妻の事を邪魔しないし邪魔になりそうなものがあればまず間違いなく奉公人がそれを排除するだろうから。
「いえ、あなたがお休みになるのを邪魔したくはありませんでしたから。お手伝いを頼んだのはお一人だけでしたのよ、大きな荷物は文机ぐらいしかありませんし」
そう言いながら阿求は立ち上がってニコニコとしながら、○○が日中で着用している衣服をまだ布団の上で座っている○○に対して持ってきてくれた。

それだけではなく、阿求は○○に対して服まで着せようとしてきた。
ほとんど子ども扱いをされているのだけれども……それぐらいして、○○の事を留めおきたいと言う欲求を阿求からは感じる事が○○には出来た。
「あれは二人とも、屋敷の奥に閉じ込めて置いています。逃げられるはずはありませんので、もう気を揉む必要はありませんよ」
阿求はなおもニコニコとしながら、着替える前にまずは○○の寝癖を直すために阿求自身が使っている櫛(くし)を使って髪の毛をすいてくれた。
これがもしも演技などであれば、阿求の私物を使ったりはしないだろう。だから○○が感じた阿求の○○に対する執着は、事実だと捉える事が出来た。

「まぁな……正直な話でもう、事後報告でも構わん気がしてきているのは事実だ」
「じゃあそうなさいな。何がどうしてああなったかの聞き取りは、既にうちの奉公人が早朝から始めています。あなたがそこまで手を煩わせることはありませんよ」
「そうか」
阿求の手回しの速さにはいつもながら、息を飲むけれども助けられる事も多い、実際今この瞬間にだって○○はその手回しの速さによって助けられている。
「それに上白沢の旦那さんも、実に気にしておりましたよ?もっと言えば関わりたがっているようでしたけれども」
「ああ……昨晩も門の前で待ってくれていたね……本気で疲れていたから明日にしてくれと言っておいたが」
チラリとみた時計は、もうそろそろ昼ご飯の事を考え始めるような時間であった。
上白沢の旦那からすれば今朝にもう一度会ってくれるぐらいの心づもりだったはずだ……少し悪い気がしてきた、真っ先にそう思える辺りやはり自分は彼とずっと友人の関係を続けたいのであった。
「散歩がてら、彼にあって来よう。手伝いたいと言うなら喜んで手を借りるよ、第一寺子屋の中で起こったような事件だ。今回の事柄は」
「そのまえにあなた、せめて何か頂いてからにしませんと。あれから疲れていたとはいえ、眠っていたとはいえお飲み物ですら一滴も召し上がっておりませんもの、乾いてしまいますわよ」
そう言うと阿求は、沸かす動作を省略して既に用意されていたお湯を使ってお茶を入れてくれた。
どこからどこまで、稗田阿求と言う存在は自分の先回りをしてくれるのだろうか。
ただそれを、恐ろしいとは微塵も○○は感じなかった。本当に純粋に、助かるだとか有り難いだとかそう言う風に考えていた。
「うん、ありがとう。助かる、本当にね」
お茶の用意もそうだが、起きたらすぐに食べるであろう食事も○○は素直にそしてありがたくいただくのみであった。


6 : キツネつきと道化師とキツネ 33話 :2022/02/12(土) 04:29:33 Qciq4hmM
やはり明るい方が良いな。歩きながら当然とも言えるような事を
散歩がてら道を歩くすがら、昨日と途中までは同じ道を歩いているが、とっぷりと日もくれた時に歩くよりもやはり気分は今の方が断然良かった。
そして相手の表情もよく見えた、○○が独りで散歩――そんなはずは無いのだけれども――をしていると、普段からそうなのだけれども道行く人たちは○○に会釈をしてくれる、その際の表情が今回は物憂げだったり心配そうだったり、とにかく名探偵の活躍を知って昂っているような気配は一切なかった。
「うん、心配してくれてありがとう」
この言葉も○○は何度も道行く人たちに繰り返した、今も寺子屋にいきなり行くのに手ぶらは不味いだろうと思い、道すがらにある菓子屋でいくつか詰めてもらった時だって。
特に今はまだまだ明るいから、相手の表情がよく分かった心配されていると言う顔がである。
そう思えば、昨晩は夜だからやっぱり寒かったが、酷い顔をしていたはずの自分の表情をあんまり見られずに済んだのは良かったのかもしれないなとは考えてしまった。

その延長線、あるいは変化球だろうか。
「○○!?」
自分がやってきたのを窓から見た上白沢の旦那が、結構離れているはずなのに彼が自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、授業も放り出してドタバタとやってきたのを見るに至っては。しかも窓から乗り出そうかと、一瞬迷う素振りすらしっかりと○○の目には見えてしまった。
こればっかりは暗くてよく見えない方が良かったかなと思わずにはいられなかった。

「あとは俺に任せてくれ」
あんまり良くないなと思っていたら、○○が何かを喋る前から上白沢の旦那は自分の番を要求してきた。
確かに、最初から○○は上白沢の旦那に手伝ってもらおうと思っていた、阿求の言う通り聞き取りだのなんだのに関しては自分が手を煩わせたり気を揉む必要は、なるほど確かにないなと思っていたのだけれども。
意気揚々と関わりたがっている上白沢の旦那の姿を見ると、やる気があるのは良いのだけれども勢いが良すぎて心配になってしまうのも事実であった。

どういう事だ?なぜ上白沢の旦那はこんなにも、暴走の気配を見せながら関わりたがっているのだろうか。
説明を求めるかのように、教室で授業の続きを受け持った慧音の方を見たけれども、慧音は――困った風も全く見せずに――笑顔で手を振ってくれた、特にその笑顔は明らかに慧音にとっては夫である存在に向かっていた。
嫌な予感しかしなかった、何より上白沢の旦那もその慧音からの妻からの笑顔を見て、明らかに発奮していた。
コイツに任せて大丈夫なのかと言う気持ちは、確かに、あるが。
あんな連中の顔をもう一度見たいかと言われたら、答えは全くの『ノー』であった。

「そう、まぁ、そうなるね」
○○が上白沢の旦那の聞きたがっていそうな言葉を使ったら、目に見えて彼は顔を紅潮させて意気と言う物をさらに大きくしてくれた。
出来ればそうして『くれて』いると思いたいけれども。
「何をすればいい?何でも言ってくれ」
上白沢の旦那の明らかに前のめりな状況を間近にすると、友人だからで済ませて良い範疇を超えている気も、確かに、沸き起こってくるものの。
「何がどうなって……あの哀れな兄弟は殺されたのか。それが分からない限りは、こちらとしてもモヤモヤが残ったままになる……まぁ、何も考えていなかったが一番あり得る可能性なのも理解はしているが、それでもね、やっぱり調べておきたい」
「任せてくれ、早速始めたいがちょっと出る事を慧音に伝えてくるよ」
○○は菓子折りを渡す事はおろか、そもそも菓子折りを持っている事も忘れて上白沢の旦那は妻である慧音に、一旦外に出る事を伝えに行った。


7 : キツネつきと道化師とキツネ 33話 :2022/02/12(土) 04:30:13 Qciq4hmM
やや以上に呆然としながら、○○は友人である上白沢の旦那がいったん中に入って行くのを眺めている事しかできなかった。
そしてすぐに、上白沢夫妻が連れ立って寺子屋の外に出てきてくれた。
「じゃあ、行ってくる」
○○への挨拶もそこそこに、上白沢の旦那はやっぱり揚々としながら件の二人を捕まえている稗田邸へと、それこそ走り出した。
すぐに出てきた事からも明らかであるけれども、妻である慧音は彼がそうなる事を完全に許容所か望んでいる風でもあった。
その様子は、○○が名探偵として活動することを望んでいる阿求ともどうしても被ってしまった。
最も上白沢慧音だって一線の向こう側なのだから、被るのは普通の事であるのだがなとすぐに、慧音の事は気にならなくなった。
やはり気になるのは自分の友人の方であったが……さすがは上白沢慧音、と言っておくべきだろう、○○が何を気にしているのかもう把握していた。

「私の夫は」
それどころか、慧音は自分の夫の内面に関して語る事を何も嫌がらなかった、むしろ聞かせたがっている風でもある。
けれども、気にはなる物のせっかく話してくれるのならば○○としても文句と言う物はない、ここは素直に傾聴するのみであった。
「名声や栄光を求めている」
「名声と栄光ね」
「まぁ、今に見ていておくれよ。絶対に面白くなる」
「何も分からんぞ」
だがやっぱり、慧音は全部を話してくれる訳ではなかった。
名声と栄光を求めているでは、何もわからなかった、それぐらいならば○○にだって当てはまるのだから。
「とはいえ、話してくれなさそうだなと言うのも分かってしまえる」
だがこれ以上の立ち話に意味を感じないのは○○の方が強かった、このまま何をしようとも下手をすれば○○は授業を邪魔したような格好になってしまう。
「見ていてやろう」
諦めら交じりに、菓子折りを突き渡して○○は寺子屋を後にした。

続く


8 : ○○ :2022/02/26(土) 22:31:25 zFViQTTE
 唯一の解答

 その日村は異様な雰囲気に包まれていた。何かが弾けそうでしかしそれは誰かの言葉になることがなく、
そうでいて皆の心の中に潜んでいて、一瞬の何かの切っ掛けで弾け出そうとしている、そんな喉を焼く
ような空気が僕の村に漂っていた。村の大人達は誰かに会う度に何か小声で話している-子供には聞かせ
ないように-聞かせることがないように-聞こえないように-としながら。重りが肩の上に乗っかったように
重苦しい中を歩いていると、いつもの道で顔見知りに出会った。
「なあ○○!」
いつも通りの元気な声が僕の心を少し和らげた。僕が返事をすると、寛太は僕の耳に回り込むようにして
小声で聞いてきた。
「今日なんかとっつあん達が皆、なんかおかしいんだよ。一体どうしたんだ・・・?」
分からない、そう返す僕に寛太は話しを続ける。
「そうだよな。皆大人は俺たち子供には話さないんだよな・・・。こんな雰囲気なんて見た事ないぜ。」
はじっこくて色々と顔が利き、村で色んなことを知っている彼にすら分からないのならば、恐らくは何も
分からないだろう。そんな不安を持て余す僕達に声が掛かった。
「おうい、長が皆をよんどるぞ〜!長ん所の家まで二人とも早う来てくれや!」
「分かったよ、おじちゃん!今行くからさ!」
大きく返事をした寛太に付いていくように僕も駆け足で村の真ん中へ向かっていた。


 長の家の前には村の皆々が、殆どの人々が集まっていた。居ないのは出稼ぎに来ている人か、重い病人位
だった。腰の曲がった三軒隣のお婆さんまで来ていたのには驚かされた。あの人が家の外に出るのなんて、
年に一度の村の祭り位のものだろう。大人の輪の中に子供がいる。村長が役人様に接するように腰を低くして
その子供に話していた。
「長、皆きましたで!」
僕らを呼んでいた長兵衛おじさんが長に声を掛けた。
「おうよ、ありがとうさ! ……諏訪子様、これでこの村の皆は揃いましたです。動けるもんは全部来ました
ようですがい、いかがでしょうか。」
「ふむ……。そこ。」
子供の声がした。恐らくは手を差しているのだろうが、大人の背に隠されていた僕には声は聞こえども、
よく見えなかった。
「諏訪子様、太郎の息子の八右衛門でしょうか。」
「いんや、その奥。」
「でしたら花子ですか。」
「違う違う、その向こう。」
「おい、ちょっとすまん、退いてくれ…。ああ、健三郎の倅ですな。おい、寛太、こっちへ来るんだ!」
僕の横で声が上がった。どよめきにもにた、喜色を僅かに孕んだ声がした。
「いやいや違うんだ…。うむ、もういい。私が行く。」
「諏訪子様のお通りだ!空けてくれ!」
長の慌てたような声がすると、僕の目の前の大人が草をかき分けるようにして避けていった。
「○○、お前だ。」
「諏訪子様…本当でしょうか?この子にそんな大役が…。」
寛太の父親が声を掛けた。困惑と安堵と裏面に嫉妬が塗された苦い声。
「私の言う事が信じられないのかい?」
「いえ…「滅相もございません!ほら、多吉!諏訪子様に失礼な事を言うんでないが!」」
寛太の父親の声を慌ててかき消すように長が声を張り上げた。そのまま膝を地面につきながら僕の
目の前の少女に向かって謝りの言葉を言う。
「どうかな、○○?許そうかな?」
昔に遊んでいた少女が、変わらない姿と声で僕に問いかけてきた。周囲の視線が一身に僕に注がれる。
「だ、だいじょう、ぶ…。」
急に集まった注目に押されながらも、僕は声を出した。
「そうかい、それなら許そう。」
はい、と言いながら彼女が手を僕の方へ伸ばしてきた。昔やっていた通りに彼女の手を掴む。
僕の手を握る妙に強い力は、数年経っても相変わらずだった。
「じゃあ、行こうか。」
「恐れながら諏訪子様…。」
長が膝をつきながら後ろから声を掛けた。
「ああ、もういいよ。後で家に帰って子供に粥でも炊いてやりな。歩けるようになったから
回復祝になるさ。あと今年は飢饉避けに串をを作っときな。」
「有り難きことに御座りまする。」
長が震える声をあげた。
「さあ行こうか○○。…来てくれるよね?」
手に掛かる力以上のものによって、僕の手がカチコチに固まっている気がした。口の中が渇き、頭が
遅ればせながらに回転を始める。今からどこに行くのか分からずとも、結末はハッキリと心と魂が自覚
していた。

僕の答えは一つだった。


9 : ○○ :2022/02/26(土) 22:34:20 zFViQTTE
>>7
外界の知識を持ちつつヤバい人を相手取るのは中々相手のレベルが高そうですね。
乙でした


10 : キツネつきと道化師とキツネ 34話 :2022/03/08(火) 18:35:48 BuvU1Lk2
>>7の続きです

上白沢慧音が具体的な事は何も話してくれず、また○○の方もあれ以上居座ってしまっては今度はこちら側が授業の邪魔をしている悪者になりかねなかった。
そのため○○は持って来た菓子折りを慧音に突き渡して、そのまま寺子屋を後にしてしまった。
上白沢の旦那が何をやるかは分からないけれども、それでも何か聞き出せれば御の字、めっけもの程度の気持ちもあった。
……無論、あの連中に誰が入れ知恵したかは気になるが、気にはなる物のまだ長髪を受けていると言う事実を自分と――東風谷早苗の二人だけで隠しておきたかった。
上白沢の旦那ならばともかく、秘密の共有をする相手があの東風谷早苗だと言う事にいささか所で済ませはならない不安はあるが……状況的にそうならざるを得なかった。
最悪の場合はこちらがずっと黙っていればいい、東風谷早苗にこちらの考えを証明する手段は無い。
それに彼女がこの情報を表に出す事、それによる利益はどう考えても存在していない、騒動があまりにも大きくなりすぎるし……最悪の場合は八坂神奈子に迷惑がかかると脅してやるのも心苦しいけれども有用な手段であった。

それに認めなければならない部分も存在している……結局の所で、動きようが無いのだ。
相手がどこぞの誰かが全く分からない、多分男だとは思うけれども性別ですらどっちに振れるか分からない全くの謎の人物を相手に、何を考察できると言うのだ。
相手の行動を、相手が再びこちらに興味を持ってくれるのを待つしか無かった。
余りにも材料が少なすぎた、○○は何も手札を持っていないのと同義であった。

少しばかり○○は天を仰いだ。
空は……いっその事腹が立つぐらいに良い天気であった。
ただこんなにも天気の良い日に、イライラしたくないと言う考えも同時に湧いて来てくれた。
「……取り調べに俺が出向く必要はない物の。そうなると手持ち無沙汰だな」
ひとまずは上白沢の旦那に状況をどうこうしても構わないと言う感じに与えてしまった、そのためすぐに帰る必要性は無くなってしまった。
第一、あの連中にもう会いたくないと言う気持ちを優先できることに、○○は幸運だと思ってしまった。
本来ならば連中に入れ知恵をした存在を調べなければならないのだけれども……誰にも気づかれてはならないの部分には、○○は上白沢の旦那も入れてしまっている。
外の知識で外の出身である○○を小ばかにしてきた存在を、土着の存在と一緒に調べるには乖離がどうしても存在してしまう。
だけれども今は、○○は少しばかり何も考えたくなかった。
自分の事を挑発してきた存在が再び動いた時、それは今回よりも直接的に何かをやってくる可能性の方が高い、そうなると○○は気を休める事が出来なくなってしまうだろう。
だから、せめて今だけはと言う気分でいつもの道を歩いていつもの喫茶店へと歩を進めていた。


いつもの道を通っていると、正面から見慣れた人影が……常連として通っている喫茶店の店主が小走りで、明らかに青ざめさせた表情を携えながら○○の方にやってきた。
別に○○の居所が知られているのには、不思議はない、そもそも隠そうとしていないから。
ただ問題は、あの店主が何かを抱えている事であった。
一瞬、○○の脳裏には最悪の可能性をよぎらせてしまっていた。
あの謎の人物は、○○の行きそうな場所全てに種をまいて、○○を挑発しているのではないかと。
「ああ、よかった稗田○○様……今日お越しになられなかったらどうしようかと……」
店主の顔が青ざめていたから、やはり自分を頼りたいと思ってしまうような何かが起こったらしい。
自分に頼ろうとする人間を増やすのは、それは阿求の絵図が見事に機能しているから問題は無いはずなのだけれども……果たして阿求の絵図通りなのか、阿求の絵図すらも利用して○○に挑戦しよとしている輩の余波なのかがこの時点では分からなくて、○○も息を止めてしまっていた。


11 : キツネつきと道化師とキツネ 34話 :2022/03/08(火) 18:37:07 BuvU1Lk2
「遊郭街に関して、旦那様が避けていらっしゃるのは重々承知しております。けれども、物の本でしか見た事のないような、純狐が遊郭街の頂点と一緒に話し合っている様子を、ただの喫茶店の店主には荷が勝ちすぎてどうにもできないのです!どうか、お助けを……」
どうやら多分、謎の人物がまいた種ではなさそうではあったが。
そっちは大丈夫でも、今度は全然違う場所から全く違う種類の難題が降ってわいてきたような形であった。
○○は目元を手で覆って、もみほぐして気を取り直していたが何も良くはならなかった。
ただ思う事は「偶然とは思えんな、遊郭街の頂点である忘八たちのお頭があの純狐と一緒に、俺がいつも使っている喫茶店で連れ立って茶を飲むなど。偶然なんかであって堪るかよ」偶然では片付けたくないと言う思いであった。
「恐らくは……」
それには喫茶店の店主も同意してくれた。
「遊郭街を取り仕切っております忘八たちのお頭は、開口一番に旦那様はよく来るのかとお聞きになられました。明らかに、出会う事を望んで、貴方様が来そうな場所を歩いているのだと、そうとしか思えません」
○○は人前、それも往来のど真ん中であるにも関わらず大きなため息をついた。
「結局のところで、あっちを片付ければ今度は違う方向から何かが来る、そう言う風に世界は出来ているのかもな」
○○はいっそ稗田邸に戻ろうかとも乱暴な事を考えてしまったが。
件の夫妻に対する取り調べを、やや前のめりであったのが不安とはいえせっかく彼に任せてしまった、彼も十分以上に乗り気である、それを反故にはしたくなかった。
「すぐに行くよ」
それにお気に入りの喫茶店が困っているのならば助けたい、そんなもっともな気持ちの方が○○の中では強かった。
だから特に長く考える事も無く、○○はすぐに目の前にいる店主に対して色よい返事を告げた。
まさしく快諾してくれたその様子に、店主は往来のど真ん中であると言うのに深々とお辞儀をしてくれた。かなり目立つ姿なのは言うまでも無かった、やや恥ずかしくなったしこの状況は確かに良くない、○○は後を護衛の奉公人のうちの誰かに任せて、一足早く歩き出してしまった。

「ははは……はぁ」
行きつけの喫茶店の店前は、既に物々しさと心配そうにしている両方の感情が入り混じっていた。
喫茶店があるぐらいだから、周辺には飲食店だとか本屋だとか雑貨屋だとか、それなり以上ににぎわった場所であったしどうせ散歩するなら帰りに何かしたり買ったりしやすいそんな場所を○○も散歩道として利用していた、なのでここは結構にぎわった場所であった。
それに対して○○が出した感情は、非常に乾いた物であった。
自分とその興味以外はどこか何も考えていないような純狐はともかくとして、堅気とは言えない遊郭外の連中を取りまとめる、遊郭宿を経営する忘八のその頂点に立つあの忘八たちのお頭が、自分がしかも純狐と連れ立っていきなりこんな表の世界の大通りを歩けばどうなるかぐらい、考えなくても分かるはずなのだけれども。
「分かっているからこそ、だろうな……俺を無理やり動かした、会いたいんだ。でも理由が分からないな」
あの高名な名探偵である稗田○○がやってきた事で、辺りの人間は一番の助けが来た事で沸き立ったが、それに対してほとんどお決まりの通り一遍の挨拶のような物を手を上げてしておくだけで、○○は忘八たちのお頭が何を考えているのか、ずっとそれを考えていたが。
「まぁ、直接聞くのが一番早いか」
答えが目の前にあるのならば、しかも向こうから来てくれたのであるのならば、ああだこうだと考えるよりも本人から聞いてやるのが一番早い。○○はちょっとばかり鼻で笑いながら、喫茶店に入って行った。


12 : キツネつきと道化師とキツネ 34話 :2022/03/08(火) 18:37:57 BuvU1Lk2
喫茶店の中は、客はおろか店員すら一人もいなかった。当たり前だ、純狐と忘八たちのお頭がいきなり来たのにその緊張感と圧迫感に耐えられなくて、外に出て行って逃げてしまうのも無理はない、責めようとは思わない。
むしろ自分と忘八たちのお頭と純狐、この三名以外に誰かいた方がやりにくいまである。多分、純狐はともかくとして忘八たちのお頭は少しぐらいは内密な話を持ってきているのだから。
喫茶店の扉が開いて、扉の上部に備え付けている鈴の音が瀟洒な音を出してくれた。本来は店主や店員が客の来訪を伝えるための物であるけれども、今回は違った。
鈴の音が店内に鳴った事で、座席から一人の男が立ち上がって出入り口の方向を見やって、入ってきたのが稗田○○であることを確認したら大層な笑顔を浮かべてくれた。
ただ不思議な事に、その笑顔からは忘八どものお頭をやっているような、とても強い権力者の雰囲気よりも、無邪気にしているような笑顔であった事だ。
もしかしたらあんまり大きな意味は無いのかもしれない、と○○は残念そうに思いかけたが、この子とは稗田阿求の耳にも届く。
やっぱり何かあると思うべきだ、これが阿求の耳に届いた場合には間違いなく彼が不利になってしまう。
不利を上回る、何か明確な利益か目的が無ければこんな事をするとは……ちょっと考えにくい。
「まぁ……本人に聞こう」
ニコニコと手を振ってくれる忘八たちのお頭に、思いのほか気圧されてしまいながらも○○は彼の目の前にやってきた。

ただし、仲良くする気はない。
阿求が嫌がるだろうからと言う部分もあるけれども、それを考えなかったとしてもやっぱり遊郭街の頂点と下手に仲良くなろうとは思えなかった。
「目的は?そして何の利益が貴方にあるのですか?忘八どもを束ねる事の出来る貴方は、自分の行動が色々と余波を望むと望まざるにかかわらずに起こしてしま事ぐらいは、理解しているはずだとそう考えたいのですが」
忘八たちのお頭の前に立った○○は、座らずにそのまま仁王立ちのような姿を作りながら、声も出来る限り詰問の形を取るように心がけていた。
「もちろん純狐さん、貴女もいきなり来たのに。何か理由がおありのはずだ」
それと一緒に純狐に対しても、出来るだけ強くどういう思惑があるので?と、問いただした。

「それの事ね」
最初に声を出してくれたのは純狐の方であった。
急に無作法にやってきた割りには、純狐はとても丁寧にコーヒーカップを置いて話を始めてくれた。
なるほど息をのむ美しさだ、そう思いながらも○○は半歩ほどではあるが出来るだけ純狐から下がった。
○○は彼女の事が怖いのではない、人里の中でほとんど怖い物は無い、だけれども○○は彼女に見とれてしまう自分の中にある可能性に恐怖したのだ。
○○が半歩下がったのを、そしてその意味を忘八たちのお頭は分かっているのか笑みを浮かべたが面白そうではなくて、感心するように、評価するように見ていた。
「ヘカーティアに言われたのよ、ご挨拶は済ませておきなさいって。○○さんにも、一言やっておかないとならないって、上白沢さんだけじゃ半分しか済ませてないって。まぁ確かにそうかもね。でもいきなり門をたたいても会えるかどうかは分からなかったから、遊郭街を仕切っているこの人に会う方法は無いかって、声をかけたのよ。昨日に小さい騒ぎを起こした謝罪もついでになさいってヘカーティアは気にしていたし」
挨拶をすると言うのはとても正しい所作のはずなのだけれども、純狐の中には○○に対する意識が抜け落ちているような気配がどうしても拭えなかった。
○○とも目は合わせているはずなのだが、合わせているだけで注目はしていない、目の前にある障害物程度、しかもそれを見ながら別の事を考えている様子であった。


13 : キツネつきと道化師とキツネ 34話 :2022/03/08(火) 18:38:33 BuvU1Lk2
そう言えば、と思い出した。
昨晩、帰ってきた時は○○は特に精神的に疲れ切っていたので早く眠りたくて、素通りしたけれども。
稗田邸の門前でやいのやいのとやっている声の中に、上白沢の旦那と一緒に純狐の声もあったのを思い出す事が出来た。
「彼と、上白沢の旦那と、俺の友達と何を話したんだ?何も会話が無かったとは思えん」
それに、とも○○は思った。上白沢の旦那の方が色々な人間と話しやすい、たとえ純狐のような絶世の美女としか言いようのない人物とでも。
妻である上白沢慧音が、そもそもで絶世の美女に近い存在なのだから身体で取られたのならば身体で取り返すぐらい、気概もあれば能力まである。夫が少し女性と話すぐらいで、上白沢慧音は苛まれない。
その点を鑑みれば、もしかしたら上白沢の旦那の方が広い世界にいるのかもしれなかった。
「ああ……」
ようやく純狐の意識が、○○の方向に向かったけれどもかなり言葉を選んでいる様子であった。
「ご挨拶するってのはそれもあるの、特にヘカーティアが言うにはいきなりよりも、あの時の挨拶はこれの事だったのかと、稗田○○なら気づけるから今のうちにってね」
純狐はそれだけ言い終えると、面倒くさいと思ったのだろう、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干して立ち上がってしまった。
追いかけて、前に立ちはだかってやろうかと思ったときにはもう消えていた。
比喩では無くて本当に消えていたのだけれども、それぐらいの事が出来てもあんまり驚かない。

○○はため息をつきながらも、友人である上白沢の旦那の事を思い浮かべていたら。
「まぁ、ご友人から聞き出せばよろしいでしょう」
抜群とも言える塩梅で、忘八たちのお頭が○○に友人である上白沢の旦那の事を話題として振ってきた。
実に楽しそうな、愉快そうな声色に……何故かは分からないが妙にイラついてしまった。
さすがに殴りはしなかったが、利き腕に力はこもった。
多分所か間違いなく、こいつが一番訳が分からない。
「忙しいお方でしょうから、先の質問には正直にお答えいたします」
そして○○の知りたい事を自ら喋りだすあたり、やはり間違いなくこいつは、遊郭街の支配者を続けられるだけあり曲者だ、阿求が嫌がる以前の問題で仲良くしたくはない、近づこうとも思わなかった。
「とは言っても恥ずかしながら、わたくしの場合も同じなのですよ○○様、ただご挨拶に伺いたかった……いや、私の方がもう少し能動的だったかもしれませんね」
コーヒーカップの中身をくゆらせながら、純狐と違ってこちらの方が感情が見える態度を忘八たちのお頭は取っていたが、とらえどころが無いのは純狐もこいつも変わりが無かった。
むしろこっちの方が何を考えているか分からなかった、純狐ですら何かを隠そうとしていたけれどもこいつは、隠したいのか見せたいのか判然としなかった。
「挨拶?」
○○はオウム返しを行って、忘八たちのお頭からもう少し聞き出そうと努めたが。
彼はそんな○○の思惑を分かっているのか、相変わらずニコニコとしていた。


14 : キツネつきと道化師とキツネ 34話 :2022/03/08(火) 18:39:07 BuvU1Lk2
「はい、ご挨拶です。思えばわたくしはまだ○○様とちゃんとした形で挨拶も会話も出来ていないなと思いまして。これでも割と気になっておりました」
そう言って彼はコーヒーの中身に口を付けた、いやにもったいぶった動きをしていたがそれがこいつのやり方だと思えば敢えて待ってやることも○○としては苦ではなかった。
ちらりと、忘八たちのお頭は○○の方を見て、どうやら○○はずっと待っているようだなと理解してくれた。けれどもまだまだ、いやさっきからずっと楽しそうであった。
「とは申しましても、私だって何もなしにご挨拶が出来るとは思ってはいません。純狐様が○○様に挨拶できないかとお頼みに来ましたのは十分理由になりますが、もっと強力な物が欲しくて、ですからこれでもお伺いを立てて――
忘八たちのお頭は自分以外の何かの存在を示唆し始めた時、対外的で腹の底を隠した微笑では無くて本物の、ただ宗教的で恍惚とした笑顔を浮かべた。
○○はこの時初めて、この男が怖いと思った。
損得勘定が強く動く遊郭街のその頂点ですら、勘定を無視した動きをこの時この男は行っていたのが○○の目には見えたからだ。

「○○様とお会いするには、私のような忘八などと言う下賤な生業をしている人間にとっては……今日のように『後ろ戸の国』からのご支援や目くばせが無ければ、とてもとても、怖くてできませんよ」
「後ろ戸の国?」
○○はそう問い返しながらも、毎日のいつだって触れる事が出来る稗田家所蔵の歴史書や調査の書類を、記憶の中で片っ端から思い出して見返していた。
確かに何かの書類で見た記憶があるからだ、この男が口走った『後ろ戸の国』と言う単語が。
○○は忘八たちのお頭を前にしながらも、と言うよりはついに口走ってくれたもしくは教えてくれた取っ掛かりを、それをどこで見たのか内容はどのような物だったのかをそれを必死になって思い出していた。
思い出そうとするうちに○○の視線は、狼狽とは全く違う意味で左右に動いて頭の中で資料を必死になって参照し始めていた。
その姿を見た忘八たちのお頭は、とても面白そうにそして嬉しそうにしていた。
「摩多羅様の存在無くしては、私は遊郭などと言う苦界を調整して取りまとめて生きよう、等とはとても思いませんでした」
「ああ〜……!!」
けれども忘八たちのお頭が焦れたのか、また取っ掛かりを今度は答えまで教えてくれた。
「摩多羅隠岐奈!!」
頂点に立っているはずの彼の更に上に立っている、その存在を答えを示されたからとはいえついに○○も思い出せた。
思い出して、その名前をついに言の葉に対してつんざくようにして出した時、忘八たちのお頭はしずしずと頭を下げた。
本来ならばそのように頭を下げられる側である彼が、いやにしずしずとした仕草で頭を下げていた。
それは○○に対しての物なのか、それとも……自分よりさらに上に対しての物なのか。
ただなんにせよその時の彼は間違いなく、宗教的で恍惚としていたのは確かであった。もはや狂信の領域に達している可能性が強かった。

「なぜ今になって?」
忘八たちのお頭は間違いなく、自分の核心とも言える部分をさらけ出しつつあった。
しかしそれを教えるのは今でなければならない理由は?と○○が聞いたら、彼はにべも無く笑っていた。
「別に今だからと言うわけではありません、むしろ私と○○様はとても似通った存在でございますから。ですから出来るだけ早いうちにご挨拶はしたいと思っておりましたものの……私同様、○○様も後ろに控えます存在がとてもお優しいですから中々……それも叶いませんで。丁度いい時を探しあぐねいていたら、今までかかっただけの理由でございます」
「似ている?」
どうにも彼から同族意識を持たれている事に、○○は引っ掛かりを覚えたが、問い返しながらもそれだけではないようなと言う気もしていた。


15 : キツネつきと道化師とキツネ 34話 :2022/03/08(火) 18:39:44 BuvU1Lk2
「はい、似ております」
「土着の人間であるお前とそうは言っても流れ者である俺が、ねぇ」
「お互い、自らの後ろにとてつもなく強力な存在が控えて下さいます」
「阿求の事か?」
○○は突如として、脳裏にピリッとした嫌な物が走ってきた。
「はい、稗田阿求様の事にございます。私には摩多羅隠岐奈様が、○○様には稗田阿求様が。どちらも滅多に表にはお出でになりません、さながら後ろ戸の向こう側から見守ってくださってもらっているような関係ではございませんか。私にせよ貴方様にせよ」
「否定はせん、しようとも思わない、俺と阿求を比べたら間違いなく阿求の方が権勢は上だ。俺が阿求の慈悲によってこういう立場をもらっている事も含めて、否定は全くしないが……」
阿求には負けている事を○○としては認めつつも、だけれどもその声には怒気と言える物が含まれていた。
忘八たちのお頭が『おや?』とは思ったが、その事について口をまわす余裕は与えられなかった。
○○は感じた怒気をそのまま勢いに変換して、忘八たちのお頭の鼻っ柱を一発殴った。

「っ!?」
大げさな声こそ出さなかったが、思わず彼は懐から洒落た刺繍(ししゅう)の入ったハンカチを取り出して、鼻っ柱を抑えた。
こういう細かい所でも、彼が権力者であり金を持っている事をうかがわせるけれどもそれは今に関してはどうでも良い。
「阿求の事を評価してくれているようだから、許そうかとも思ったが。やはり我慢できなかった、阿求は阿求だ。摩多羅隠岐奈も含めて、他の誰とも似ていない、唯一無二だ。俺はそこに惚れている。阿求を他の何かと比べてもらうのは、これっきりにしてもらおうか」
この場に稗田阿求本人がいてくれたら、キャッキャと喜びそうではあったけれども。
それは自明の理であるから論ずるまでも無いにしても、なぜか殴られた側の忘八たちのお頭も目を細めて稗田○○の事を見ていた。
彼も明らかに楽しんだり喜んだりしていた。

続く


16 : ○○ :2022/03/08(火) 18:40:28 BuvU1Lk2
>>8
諏訪子様
自分を頼ろうとする状況を作ったんだろうなぁ……


17 : ○○ :2022/03/16(水) 22:12:11 b7HyTKzY
ギスギス命蓮寺の続きをのんびり待ってる
みんなはどのお話の続きを見たいとか待ってるのとかある?


18 : ○○ :2022/03/17(木) 01:14:35 u/Uynmck
いろいろありますけど、特に藍の鼠の天ぷらを揚げたやつの続きが特に気になりますね


19 : キツネつきと道化師とキツネ 35話 :2022/03/21(月) 05:20:23 pzzbSCSc
>>35の続き
完結

○○は目の前にいる男から、その底が全く見えなくてややもすれば恐怖のような物を感じざるを得なかった。
幸いな点としては、○○の目の前にいる忘八たちのお頭は決して○○の事を悪い風にはとらえておらず、あるいは味方よりも尊くて貴重な同類だとみなしてくれていた事であった。
そうでもなければ、○○がカッとなって彼の鼻っ柱を殴ったと言うのに、それでもなおニコニコと――もっと言えば恍惚――な顔で○○の方を目を細めながら見るはずは無かった。

視点を変えれば、○○は忘八たちのお頭から凄まれてはいないので、何だコイツはと言う不気味さはありつつも恐怖の感情をそこまで強くは味合わずに済んでいた。
ありていに言ってしまえば、忘八たちのお頭は元々割と優しい性格をしていると言うのもあるけれども、○○に対しては特に優しいと言ってよかった。
「まだもう少し話したい事がある、とはいえ……○○様もお忙しい身のはずです。今は大丈夫でも、何か事が起こればどこへでも馳せ参じる必要がございます……私はそろそろお暇致しましょう。摩多羅様が後ろ戸の向こう側から見て下さるとはいえ、一番の理由である純狐様が○○様にご挨拶したかったからと言う理由付けはもう使えませんし」
そう言いながら、相変わらずキレイな物腰で所作正しく、忘八たちのお頭は席を立った。
意外な事に、彼はそれなりに荷物を持っていた。
「意外にございましょう?」
思ったより大きな荷物を、遊郭街の支配者であるはずの彼が持っている事に○○は目を丸くしていたら、さすがはと言うべきか、忘八たちのお頭は自分が注目されたことにもう気づいた。
「自らで為せることは、出来るだけ自らで為そうとしているだけなのでございますが……どうにも、意図を悪くとらえる方が多くて」
この時の忘八たちのお頭は間違いなく、残念そうな無念そうな、そんな表情をしていた。

○○が忘八たちのお頭に注目しすぎていたので、ガタガタと後ろから音が鳴るまではこの場にまだ誰かがいる事に気付かなかった。
「ああ、彼は私の側近のような物ですよ。事務処理や計算仕事、そして私の代わりにいくつかの遊郭宿に……まぁ、商い拡大の動きが全く潰えたとは思いませんので、警告もたまには与えに行く役を担わせています。私が直接出張ると、それだけでうわさが立ちますから」
言っている事は全て理解できる、それよりもこの片腕らしき……何というか背丈がどうのでは無くて小物そうな男よりも、忘八たちのお頭の方がたくさん荷物を持っているのが、彼は自分で自分の事を成したいとは言っていたが、やはり少し以上に意外な気持ちで○○は思うのであった。
「ああ、ここに来る前に美味しそうなお菓子やらを見つけたので。買い込んでいたら、荷物が増えたのですよ」
忘八たちのお頭は自分の荷物を重そうに持ち上げて肩にかけていたが、その姿は随分と楽しそうでうれしそうであった。
反対に小物そうなこの男は、忘八たちのお頭は側近だと表現していた男の方は、特に何かを持っている訳ではない手持ち無沙汰に近い状態であったからなのか、ずいぶんともじもじといたたまれないような気まずいような雰囲気を出していた。
「……行きますよ」
忘八たちのお頭がその男に促した時、この場において初めて楽し気な感情が全く消え失せて、それでも苛立ちは全く無くて悲しそうな顔と声をしていた。


20 : キツネつきと道化師とキツネ 35話 :2022/03/21(月) 05:21:06 pzzbSCSc
少しだけ○○は、なるほどと思った。
この男は多分では無くて間違いなく優しいし、横暴と言うわけでも無いのだろうけれども……摩多羅隠岐奈の事が話題になった瞬間、自分が信じている本尊の事になると一気に様子がおかしく恍惚過ぎて冷静さを失っていた、それも明らかに。
かぶれている、その上でそれを指摘されても激昂すらしなさそうだと……そこまで思う事が出来てしまった。
「幸せそうな顔をしているな」
思わず○○は忘八たちのお頭に皮肉をぶつけてしまった、その瞬間に忘八たちのお頭が連れている男がビクンと体を震わせた。
少なくとも、遊郭街で彼に対してどころか人里全体にまで話を広げたとしても、阿求や慧音が遊郭街の事を嫌っていたとしてもたかがひとりの住人が、忘八たちのお頭に対してこんな口はきけない事をはっきりと意味していた。
小物そうな男とはいえ、相手が遊郭街の支配者であるならば小物になってしまうのも道理である、この男が震えてしまうのも無理はない。
自分はまた、阿求の権勢をかさに着てしまった……それを○○が理解するのに大した時間は必要では無かった。

「はい、幸せにございます」
○○が阿求の力を無自覚の内に振り回してしまった事に恥じ入ってしまっていたが、忘八たちのお頭は○○の皮肉にもその直後に○○の心中にやってきた恥じ入っている様子にも、意にも介さずに、自らの幸運を喜んでいた。
「摩多羅様に目をかけてもらっているお陰でございます」
だがそれだけには留まらずに、去り際に際して、自らの進行する対象への感謝の言葉を述べて。
その後に、いまだ阿求から与えられている影響をそして権力を無造作に振り回してしまったと言う事に恥を感じている○○を、無視よりも酷くて気づいていなかった。

この場で一番かわいそうなのは、○○からは小物そうだなと思われてしまったこの男だろう。
男は恐る恐る、忘八たちのお頭に手を触れようとはしたけれども、遊郭街では超然とした扱いが常となっているのだろう、異性である遊女ですら恐らくは触れる事すらはばかられると言うのにましてや男性に触られる、その事で嫌がられたらどうしようかと寸での所で思ったようである地点を境に、男の手をぴたりと動きを止めてしまった。それでも代わりに、立ち往生して困っているような表情は強かった。
忘八たちのお頭に振れる事こそなかったが、極めて近くで微動だにしていなければ気配と言うのはもはやうるさいぐらいであった。
「ああ……」
忘八たちのお頭も恍惚さから現実に戻ってきてくれたし、その際に置いて機嫌の悪そうな表情や雰囲気は一切出さずにいてくれた。
「何を気にしているんだい?私たちは仲間なのだから、早く歩いてよと思ったのなら、それにその程度を言うのすらはばかられる横暴な存在にはなりたくないんだよ……それ以上に私達は出自が似ているんだから。出来るだけ仲良くしようよ」
緊張した面持ちの側近とは違って、忘八たちのお頭は本当にオロオロとしていた。
これがこの男の一番怖い所かもしれない。
何というか不気味なのだ、信仰心の高さも合わせてよりそうなってしまう。

「ああ、そうだ……言い忘れるところでございました」
側近である以上友人と思いたい男を落ち着けるのを優先していたが、忘八たちのお頭にとってはやはり一番言いたいことがあったようだ。
挨拶をちゃんとしていないと言うのも、多分本心だから厄介なのだけれども。
「上白沢ご夫妻には特にその旦那様には、私が言っていたことは伏せて構いませんと言うか伏せて欲しいのですが、この後においては出来る限り労ってあげてくださいな。あのお方はお可哀そうだ、今のままでもあのお方が許されているのだけれども、本人が納得していない」
「は?」
なぜここで、自分の友人にそんな気をかけてやるような言葉を、この男は出すのだろうかと○○は訝しむ以外には無かった。
しかし忘八たちのお頭は○○がまだ訝しむ事しか出来ていないうちに、スッとした動作で○○が常連となっている喫茶店から立ち去った。相変わらずキレイな所作であった。
遊女を扱っているとはいえ一番安い物ですら他の遊郭宿であるならば一番を張れそうな者ばかりを集める、高級な店の主ゆえかその部分は。
側近であり忘八たちのお頭からすれば友人と思いたいようである、あの男も慌てて○○に頭を下げて出て行った。


21 : キツネつきと道化師とキツネ 35話 :2022/03/21(月) 05:21:57 pzzbSCSc
かくして残されたのは○○ただ一人となってしまった。
やれやれやっと終わった、と言うような気持ちにはなれなかったが会話を知らない外で待つしか無かった喫茶店の店主には、それはあずかり知らぬことであった。
「ああ、○○様!旦那様!ありがとうございました。あんな雲の上の存在が二つも一気に入り込まれては、こちらとしてもどうする事も出来なく。ようやく帰ってもらえて、これで営業を再開できます」
「ああ……」
満面の笑みで喜びを隠さない店主と違って、仕事を終えたはずの○○の表情はすぐれないとまでは言わないけれども、決して調子のよい物では無かった。
「あいつ……どういう意味だ?言いたい事だけ言って帰るのは分かるが、中身が判然としない」
キョトンとしている喫茶店の店主を、その存在に気付いていないように○○もようやく歩き出して……結局コーヒーをはじめ飲食を全く行わずに喫茶店から出て行ってしまった。


そのまま○○はウロウロと歩き回るだけであったが、それは見た目だけの話で合って頭の中ではずっと忘八たちのお頭の意図を、特に最後に残した○○の一番の友人である上白沢の旦那を労うような言葉をかけた意味を、常に考えていた。
里中をウロウロと歩く○○の姿は、最初こそ見慣れた光景であるから住人達もいつもの散歩に出かけられているのだな程度にしか思わなかったが。
しかしながら、そんな光景が一日に何度も見えてしまうと……ましてや今回の事件の凄惨さを考えればその捜査を一番前で行っていた○○の、その精神状態に変調を来したのではと心配になってくるのは自然な事であった。
ここで真っ先に○○の精神状態を彼の身に何か不調がと心配してもらえるのは、阿求の普段から行っている情報操作とそもそもの○○の人柄が相乗効果を上げていたと、そう考えてやるべきだろう。

「旦那様」
ついに○○に日ごろからついて来てくれている監視兼護衛役が不安と心配に耐え切れずに、しびれを切らした。
「人力車をご用意いたしますので……本日はもうお屋敷でゆっくりなさった方が心身のためだと、口はばったいように私自身も思っておりますが……素直に心配なのです」
一気に○○の前に立ってくれた護衛の者は、非常に申し訳そうにしているが同時に○○の事を心配してくれているのも事実であったし、それが分からないほど○○も頭が悪いはずは無い。
「ああ……そうかもしれないな…………うん、そうしよう」
「幸いにも、ご友人である上白沢の旦那様も取り調べに参加して、お手伝いなされています……旦那様は下手人をあげた段階でもう十分お働きになられました」
「うん、ありがとう」
そう殊勝にも礼を述べながらも、しかし何故上白沢の旦那はあんなにも前のめりに参加したがったのだろうか。

ぐるぐる、ぐるぐると。
事件発生から今までに起きた事、そして人力車に乗り込むまでを脳裏で想起していた。
何度目かの想起で、弟の方の死体をあの二重底の桶――外の知識でなければ分からないキャラクター名がでかでかと書かれて、挑発をしてきた裏側が存在する――から見つけ出した後の事に考えが巡ってきた。
あの時はもう……精神的な疲労で少しでも早く寝床についてしまいたかった。
だから、完全にその事の意味を考えずに終えてしまったが……しっかりと眠って更には忘八たちのお頭から意味深に労ってあげてくださいと言われた今なら、はっきりと、注目できたことがある。

「純狐と俺の友人は、俺の友人は上白沢慧音が妻なのに一線の向こう側が妻なのに、よく上白沢慧音は自分の旦那が間違いなく美人の純狐と会話している様子を我慢できたな……」
あの時、稗田邸の門前には上白沢夫妻はもちろんだが、様子の変化に気付いた純狐やヘカーティアにクラウンピースもいた……それだけではなく、純狐と上白沢の旦那の声が邸宅に入った後も同時に聞こえていた。
何をしているかまでは、そもそも聞こえているだけで聞き取ろうとしなかったから、今となっては分からないが、それでも間違いなく会話はしていた。
なのに、一線の向こう側である上白沢慧音は黙って聞いていた。明らかにおかしいと、○○はようやく気付く事が出来た。
「旦那様?」
人力車の引手が、○○からブツブツとした独り言が増えて来たところでさすがに、再びにそしてさっきよりも大きな心配が出てきたので、人力車を止めて後ろを振り返ってきた。
「寺子屋にやってくれ!上白沢慧音なら旦那が何を考えているか、知らないはずは無い!確認したい事が出来た!!あいつ何かやる、でもそれが何か分からん!!」
だが心配をよそに、○○は出てきた不安の種とその不安がどういう方向に動くか分からずに、上ずった声で叫ぶのみであった。


22 : キツネつきと道化師とキツネ 35話 :2022/03/21(月) 05:22:53 pzzbSCSc
とはいえ、人力車の引手は素直であった。
普段の○○の行いか、あるいは明らかに危機感を抱いている姿に触発されてくれたか。ただこの場合、○○にとっては素直に寺子屋に向かってくれただけで十分であった。


寺子屋に大急ぎで向かった○○であるが、その物々しい様子とは全くの裏腹に内部で出会った慧音は。
「ああ」
○○の見せる緊迫した様子にも全く動じずに、全くもって軽く迎え入れてくれた。
「予想していたな?」
○○も慧音の軽い様子には、こいつは色々と知っていると断言できてしまえたのでいきなり話に入り込んだ。
「いや、上白沢慧音よお前は純狐と俺の友人が会話しているところに割り込まなかったが、何も気配を隠さないなんてことはあり得ない。もっと踏み込もう、純狐は何を考えている、俺の友人はどういう役回りを望んで実行しているんだ?」
この問いかけに対して上白沢慧音は胡乱(うろん)な様子で笑みを、敵意こそないがうさん臭い笑みをゆっくり出しながら、そして言葉の方もゆっくりと出してきた。
「いやに断定的じゃないか、稗田○○」
○○はその慧音からの、答えを出さずに時間を稼いでいる様子に苛立つよりも皮肉気な笑みの方が先に出てきた。
「一線の向こう側を嫁にした者だぞ、俺は……それから、時間を稼ぐな。すぐに、はっきりと言え」
○○からはっきりと時間稼ぎを止めろと明言されたものの……上白沢慧音はそれでも、うさん臭く意味ありげに笑いながら、目の前にいる○○をジッと見つめるだけであった。
「このまま稗田邸に帰って、お前の旦那を止めてやろうか」
○○が実力行使を示唆した時、ようやく上白沢慧音の眉根に動きが見えて焦りを誘発できたが……壁にかかった時計を見た時に、ホッとした顔を浮かべられてしまった。

「これでもね」
そのまま上白沢慧音はうさん臭い笑みにホッとした物も混ぜながら――とはいえ相変わらず時間稼ぎ気味の口調だが――話を始めてくれた。
「稗田○○がずっと気付かないままと言うのは考えられないとは、これに関しては私もあの人も同じ意見だった、純狐たちをこちらの都合で動きをある程度ですら影響を与えられないから余計にね。だから私の旦那には急ぐようにとは助言をしておいた、具体的には制限時間を区切って置いた」
○○の背筋に嫌な感触が走ってきた。今の上白沢慧音は、ほとんど勝利宣言をしているような物であった。
「もう間に合わないと?」
「いや、もう過ぎた」
そして満足そうに窓辺に寄って行った、何かを待っているかのようであった。
「そろそろ……ああ、きたきた。稗田邸から急報を持ってきてくれたぞ」
「旦那様!○○様!!」
稗田邸の奉公人が血相を変えて自分の名前を呼んできて、○○はさすがに「何があった!?」声を荒げて窓辺によるしか無かった。
「上白沢の旦那様が抑えきれなかったのです!下手人の内の一人を刺し殺してしまったのです!!」
友人の手までもが血に汚れてしまった事に、○○は落胆と衝撃を受けたものの……とうの上白沢慧音はそう考えていないようであった、そして間違いなく張本人であって何よりも○○の友人である彼の方がもっとであろう。
上白沢慧音はどこか誇らしい顔をしていたから、やってしまった彼も間違いなくそう思っていたであろう。
ここで上白沢慧音にどういう絵図が存在するんだと、聞いてやろうかと思ったが……聞く前から慧音の方から口を開いてくれた。


23 : キツネつきと道化師とキツネ 35話 :2022/03/21(月) 05:23:39 pzzbSCSc
今回は、上白沢慧音の機嫌がとても良かったらしい。
「私の夫はね、実はとても野心家なんだ……最もそれが心配で結婚までして管理下に置こうとしてしまった。若干悪い事をしてしまったなとは思うよ、もうちょっと上手い手が無かったかなとは、今になって何度も思ってしまうよ」
「…………」
○○は何も返事をしなかった、喋らせるだけ喋らせてみようと言う考えはあると言えばあったけれども、下手に返事をしては上ずったような嘲笑したような物になりそうで。
「本当はね、私の血が欲しかったんだ。それで名を上げようと……まぁ、子供の頃だから浅はかだと言って笑ってしまう事も可能なのだけれども、子供の時分でそこまで考えてなおかつ何種類も私を襲撃する方法を思いついたことを、むしろ褒めてやるべきだと思うよ。だから結婚したんだけれども」
○○はなおも黙っていたが、慧音の口から出てくる自分との結婚に価値があるかのような口ぶりに、その根っこにある傲慢さに○○は口角の端がひくひくと痙攣していくのを自覚せざるを得なかった。
実際問題で、極上の女だからどうしてもそうなってしまうから余計に。

「あの兄弟が死んだことは至極残念だ、けれどもその犯人を私の夫が始末したのを嬉しいと思ってしまうのだよ。私の夫にもいざと言うときはこういうことをする、いやもっと言えば出来る存在だと言う事をようやく、世間に知ってもらえた喜びがあると言うのも事実だ」
残念だと言う言葉を疑う気は、そこまでは○○も上白沢慧音に対して引いた感情は持っていなかったけれども、隠しきれない喜びが慧音の表情を獰猛な物に変容させていた。
一線の向こう側がたまにみせる、あの獰猛な笑みを今の上白沢慧音は浮かべていた。
○○は阿求でそれを何度も見ていた、特に酷かったのは○○の懐の中身を横領していた連中を、○○は慈悲のつもりでさっくりと始末したのだけれどもその後始末をやる時の阿求の顔は、阿求の事を愛しているはずなのに見ていられないほどに獰猛だった。


24 : キツネつきと道化師とキツネ 35話 :2022/03/21(月) 05:24:17 pzzbSCSc
どうにも一線の向こう側と言う存在は、流血と親和性が高いようであった。
血が流れていると言うのに、たとえ処されるのがお似合いな悪党であろうとも法ではなく個人の思惑で私刑を行ったと言うのに、しかもその蛮行を来したのは今回に至っては自分の旦那だが……ここまで考えて、○○はこれ以上上白沢慧音と話をしていても自慢話が始まるだけだと、頭を振って稗田邸に戻るために人力車に飛び乗る事にした。
はた目から見れば、急報に際して急いだように見えるけれども。その内実は、ただただ今の上白沢慧音が面倒だと思ったからに過ぎない。

しかしこの事件は、ここで終わってしまうなと言う徒労は人力車に乗った途端に○○は理解してしまった。
幻想郷だからと言うべきなのか、それとも相手が上白沢慧音の夫でありそもそも犯人がクソッタレだからと言う、二重に強力な力学が働いているからなのか、はたまた幻想郷だからも含めて三重の力学なのかもしれないけれども。
人力車の引手は、稗田邸から急報を持って来た者からの言葉に初めは大層驚いていたが……すぐに、好印象を確かに抱いている表情で納得したような顔を浮かべながら。
「旦那様の懸念がこれなのですか?」
心配するようなと言うよりは完全に疑問を氷解させたい、好奇心から質問をしてきた。
「……ああ。遅かったがな」
外の知識で自分を挑発している存在の事を、まさか言えるはずは無いので言葉少なげに答えるしかなかった。
「いえ、いずれ処されるような連中ですから。九代目様も、阿求様もご理解いただけるはずですよ」
人力車の引手は○○の口調が重いのは、自分の友人が何か罰せられてしまわないかを心配しているだと思って、きっと大丈夫ですよと言う言葉をかけるのみであった。
(黙っているから当然だが……やはり、そう思うよな)
そう思いつつも、それよりも○○はもっと心配になると言うよりは。
自分を挑発した存在が表に出れば苛烈な状況になってしまうと、ますます確信を持つ事になってしまった。
裁判と言えるような物を完全にすっ飛ばして、私刑に走った人物を完全に支持していたし……そもそもが彼の妻は人里の最高戦力である上白沢慧音だ、どうとでもしてくる。
ただ問題なのは、私刑を問題視していないこの幻想郷の人里の空気であった。
(もし何かあっても、俺の小遣いを横領していた奴らを……拳銃で始末した時のように、バレたとしても阿求がキレて暴れる前に俺が処理しないと)
けれどもそんな決断をしている割には、○○はあの時よりも沈鬱な気持ちにはならずに済んでいた。
それは何故か?
東風谷早苗は間違いなく、常人である上白沢の旦那よりも強いからだ。
(問題なのは、東風谷早苗に対する俺の感情が大きくなってきている事か……)
ため息を大きくついてしまったが、この意味は○○本人にしか理解は出来ていなかったし、今はまだ所か最後まで理解されてほしくも無かった、そうなれば間違いなく荒れてしまう。




「すまない」
稗田邸に戻った○○は、客室で何故か風呂上がり――とてもじゃないが殺人を犯したばかりの人間への対応ではない――の様子の上白沢の旦那から謝罪の言葉を真っ先にもらってしまった。
「我慢できなかった」
何も言わずに目の前に座る○○を前に、いつもとは完全に口数の多さが逆転している○○と上白沢の旦那の状態にも彼は気付かずに、○○に対して妙に楽しそうに言葉を紡いでいた。
「風呂に入ったのか?いや、風呂をうちの者が与えてくれたと言うべきか」
ひとまず○○は湯上りの様子であることからひも解いて、会話をして、上白沢の旦那を落ち着けようとしたが。
まさか天気の会話をするわけにもいかない、必然的に会話は直近の事となるので……その事で上白沢の旦那の顔は酷く誇らしい表情となった。
「ああ、汚れずにやれるように何度も慧音とも話したりして頭の中で絵図は作っていたんだがなぁ……興奮してしまって。だけれどもこれでようやく、俺は、完全では無いのかもしれないけれども慧音の付属品では無くなった気がして晴れ晴れとしている」
しかも楽しんでいるのが○○の目には、はっきりと見えた。興奮してしまってと悪びれているけれども、おちゃらけながら言われればそう思わざるを得ない。
こいつぶん殴ってやろうかと、友人相手だと言うのに○○はそう思ってしまったが。
普段は○○の方が彼からそう思われているはずだと、すぐに気が付いたので自制するのみであったが……それでもとは、思う所はどうしても存在はしている。
○○は基本的に、死人など望んではいないからだ。
だがもっと言えることは、上白沢の旦那の中にある劣等感を見て取ってしまったときに、酷く哀れにそして同情心が湧いてしまったのだ○○の中に。
同情した時、ああやっぱり自分は彼の友人なのだと言う事も同時に納得してしまった。


25 : キツネつきと道化師とキツネ 35話 :2022/03/21(月) 05:24:54 pzzbSCSc
「遺体見たよ、急報を持って来た者は興奮していてどっちをやったかとは言ってなかったが、妻の方だったんだな。しかし派手にやったな、あれじゃどっちをやったか言い忘れるのも無理は無いか」
少し○○は笑ったが、決して良い意味の笑みでは無かった。なのに上白沢の旦那はそれに呼応して彼も笑みを浮かべた。
「何回刺したか覚えているか?腹部と胸部に刺し傷が無数にあったから……間違っていたら訂正してくれて構わない、最初は順手で持った刃物を腹に何度も刺して、その後は倒して馬乗りになって刃物は逆手に持ち胸をって流れだと思ったが」
「さすがだな、○○。そんなんだから刺した回数は覚えてないんだ、すまないね」
どうやら○○の推測は全部当たっていたようで、上白沢の旦那は素直に称賛してくれたものの……○○は嬉しくも無いのにお義理で笑みを一瞬作るだけだ、今の○○の心理状態ではそれが限界であった。

「男の方は?夫の方だ、何もしていないとは思えんのだが……ずっとここにいたのかお前は」
とにかく今の○○は、やや事務的でも話を進めたかった動き続けている方が気もまぎれると思ったからだ。
「ああ。可哀そうに、ずっとほっとかれてるんだな、まだ気が付かれてないんだ」
でも上白沢の旦那のちょっと面白そうな顔を見ると、すぐに気を張らねばならないと気が付かされた。
「どういう事だ?」
○○は静かにゆっくりと上白沢の旦那に問いかけたが、静かでゆっくりなのは○○自身に時間が欲しかったからに過ぎなかった。
「半分こしたんだ、純狐とね。俺も英雄になりたいからどっちか片方はくれって言ったら、純狐はすぐに夫の方を始末させろと言ってきたから、俺は本当にどっちでも良かったからじゃあそうしようと。楽な交渉だった」
その楽な交渉のせいで、あの夫婦に入れ知恵をしたものを○○は全くの手掛かりなしから探す羽目になったのだけれども……伝えていないのだから上白沢の旦那が先走った事をこのネタで批判することはお門違いであった。

○○はこれ以上上白沢の旦那にどのような言葉をかければいいか分からなかったので、放っておかれていると言う夫の方を見に行くことにした。
もう生きているとも思わなかったが、あるいは絶命していた方が楽かもしれなかった。
そして純狐の過去を考えれば、ただ始末するだなんて彼女の中の溜飲が下がるはずは無い。
あの男は間違いなく、純狐の過去において息子を殺した男の身代わりとして機能してしまった。

「……死ぬより酷いかもな」
夫の方が閉じ込められている部屋のカギを開けて中を見た時、まず視覚的情報よりも嗅覚が異常を検知した。
血しぶき、吐しゃ物、歯も転がっていた。だけれども夫の方は、どこにもいなかった……
その代わりに、こんな凄惨な部屋の隅っこでクラウンピースは待っていてくれた。
「遅かったね」
すぐにクラウンピースは○○の方に向いてくれたし、彼女は嫌悪感と怒りを持ちながらもまだ冷静であった、会話する相手としては実にホッとする相手だ。
「来てくれても良かったのですよ、こちらとしても聞きたいなと思っている事もありますから」
「あんたがお友達と会話する邪魔は、やっちゃ悪いかなと思ったから待ってたの」
「心遣いに感謝いたします」
クラウンピースに対して○○は、こんな凄惨な現場で彼女から気配りをしてもらった事に素直に頭を下げた時、多分あの忘八たちのお頭も気圧されずに所作正しくいつも通りにキレイなお辞儀をするだろうな、脳裏にはっきりと、その情景が想像できてしまった。
あの男が、自分と○○は似ていると言った事が急に現実味を帯びてしまった。


「稗田○○、あたいと二人っきりで話せる?」
クラウンピースはそう提案しながらも、少し迷っていた。
「もちろん、あんたの奥さんが許せばの話だけれども」
やはり彼女は、よく物が見えていた。
「会話は聞こえないけれども、我々が見える範囲でなら」
「それでも構わないよ」


26 : キツネつきと道化師とキツネ 35話 :2022/03/21(月) 05:25:26 pzzbSCSc
稗田邸の広い庭で、そのど真ん中で○○とクラウンピースは二人で相対していた。
もちろん最初にクラウンピースが求めた、二人っきりはさすがに無理であった。会話こそ聞こえないが、だれの目にも見える場所なのですぐに阿求が縁側に座ってこちら側を見ていたし、女中や奉公人もひっきりなしにこの庭が目に付く、つまりは○○とクラウンピースの姿も目に付くのであった。
「あんた達っていったい何なの?」
奥の方に見える稗田阿求の事をかなり気にしつつも、クラウンピースは本題に入った。
「と言うと?」
○○は何でも聞かれた事には答える気はそのままであるけれども、上白沢の旦那について聞かれるとは思っていたが、そうか自分も含まれているのか、いや無理は無いかと色々な事を考えてしまったから大分目を丸くしてしまった。
「……疲れないの?あんたら常日頃からそんなに演じてるの?今回ばかりは事件の最中はキレてたりしてくれてたけれども」
何となく痛いところを突かれているような気は○○もしたけれども、困ったなとは思いつつもあんまり悪い気はしなかった。
「私の場合は稗田阿求と契約をしたから、かもしれない」
「つまり稗田○○の場合はそれが、対価の内の一つ?」
「はい。全くもって、その通りですね。仔細は……まぁいずれ、私も有名人になりましたし妻の阿求はもっとだからいずれ分かりますよ。種族の差を考えればクラウンピースさんは間違いなく、新聞か何かで私たち夫妻の名前が踊っているのを見た時に、こういう事だったのかとご理解いただけるかと」
「上白沢の旦那の場合は?」
クラウンピースは決して納得したわけではないようだけれども、○○が1から10まで納得と理解と、何よりもこの契約で利益を得ていると確信しているのを見て取ってしまえば、クラウンピースとしては十分に当てられてしまい、もう結構となって話題をもう一人の方に変えてきた。
「……断片的な情報しかありませんが。それでもわかることがあると言えばある、上白沢慧音の影に隠れる事よりも、彼女の重荷になる事を恐らく彼は嫌がっていた」
「……その脱却方法があれ?」
「なぜ彼が血を求めたのかは分かりませんがね……いっそ上白沢慧音本人に聞いてみるのも良いかもしれないな。今の彼女は、さっきまで会っていたから分かるのですが、今回の事で非常に上機嫌で……もちろんあの兄弟の死に対しては至極残念だと言っておられましたが、死の原因を自分の夫が処断したのが嬉しいようで」
「あたいはやめておく」
ドン引き、通俗的に言えばその時のクラウンピースはそんな表情を浮かべて一歩後ずさった。
この後ずさりは、象徴的な意味を○○に対して与えるためにクラウンピースが意図したのもあるだろうけれども、ある程度以上には本気で逃げたかったはずだ。

「次は私が質問する版です、クラウンピース」
別に、クラウンピースには逃げられても構わなかったのだけれども。
一応はこちらも質問をせねば、まとまりと言うのが付かなかった。
「夫の方は、あのクソッタレ旦那の方は純狐が持って行ってしまったのですか?私の友人からは、純狐と半分こにしたんだとしか聞かなかったのですが……まぁ、何となく所では無く酷い目に合っているのは必定なので、構わないと言えば構わないのですが」
「うん、そうだよ。ご主人様の提案で、血しぶきとかあった方が黙って持って行くにしても酷い目にあわせてるのが分かって、そっちの方が向こうも納得してもらえるだろうって」
「良い提案ですよ、それは」
○○は苦笑を浮かべながらもクラウンピースの主であるヘカーティアの気配りを、素直に褒めてくれた。
「貴女が残ってくれたのも、伝言を確実に届けるためですか?」
「まぁね……今思えば置手紙だけでも良かったかなって気分だけれども」
クラウンピースは思いついた気配りに対して、大きなため息をついた。
「おや、それはまた何故?感謝こそすれ、貴女の事を邪険に等は扱いませんよ」
「あんたら何なの?」
○○は疑問符を出しながら、クラウンピースに対して素直に頭を下げたのだけれども。実を言えばそんなしゃなりとした行儀のよい行動自体が、クラウンピースにとってはため息の源泉であった。


27 : キツネつきと道化師とキツネ 35話 :2022/03/21(月) 05:26:11 pzzbSCSc
「何なの?と言う風に問われましてもね……質問の意図を図りかねてしまっては、どのようにお返事をすればいいのか」
「ただの人間には思えない。あまりにも演じ続けている」
「演じる……ですか」
ここに来てようやく、○○の表情に曇るような物が出てきた。
「思い当たる節があるって感じだね?」
「…………ええ、まぁ」
かなり迷った物の、○○はクラウンピースからの疑問に頷いて肯定を与えてしまった、とはいえ困ったなと言う様子はある物の○○からは後ろめたさが感じられなかった。
「ただただ生きていて、歴史に名前が残せるだなんて思えませんよ。私の友人はその事に気付いているのかいないのか、そこまでは分かりませんがね。けれども名を残すと言うのは、大なり小なり他人の求める何かを理解してそれに合わせないと」
「……上白沢慧音の旦那はどうなんだろうかな?」
ややいたずらっぽくクラウンピースは、お前の友人は一体どうなのだろうな?と、どこも見ずに答えた。
この質問に対して、○○はさっきよりも困ったような顔を浮かべた。
「まぁ、彼は……何なのでしょうね、名声と栄光を求めているのは確かでしょうけれども……まぁ志が高いのは良いのですが」
一瞬、上白沢慧音が自慢げに話してくれた彼はそもそも最初は自分の血を求めていたと、暴露してくれた事を思い出した。
○○の口がいくらか空回りして、結局言わない事に決めた。
はっきり言って上白沢慧音が暴露したあれは、情事に近い何かを感じた。そんな物を口に出すのは、非常にはばかられる。
「どっちがマシなのだろうね?」
クラウンピースは乾いた笑みを浮かべながら、くるりと背を向けた。どうやらこれ以上は、彼女としてもうんざりするのだろう。
「好きで演じている稗田○○と、演目も知らずに演じている事にも気づいていない上白沢慧音の夫、どっちもあたい以上の道化ではあるけれどもね?」
○○は思わず笑ってしまった、ただし妙に快活に。
「演目ぐらい少しは選びなよ、稗田○○」
「無理です。既に対価を得てしまい、それ無しでは生きられなくなった」
クラウンピースからの厳しい言葉にも、あるいは優しさに対して○○は首を横に振りながら拒否した。
「あっそう……」
完全に呆れてしまったクラウンピースは、そのままどこかに飛んで行ってしまった。


28 : キツネつきと道化師とキツネ 35話 :2022/03/21(月) 05:26:55 pzzbSCSc
これ以上はもうあまり語る事はない。
上白沢の旦那が下手人の一人を刺殺した事は、好感を持って人々に受けいられて。
稗田○○がクラウンピースと会話したことも素早く、阿求の思惑もあり里中に伝播した。
残ったもう一人、男の方は姿形も全て消え失せたが閉じ込めていた部屋に血しぶきや抜け落ちた歯が転がっていたこと、クラウンピースが残って○○と話を従った事と合わせれば純狐が何かをやったのは、どんなに察しの悪い物でもそう予測してくれる。
命蓮寺主導での兄弟の法要が営まれ、その準備に繰り出した稗田夫妻や上白沢夫妻の姿は、もはや完全に事後処理の内であった。

ただ引っかかるのは、○○は演じる事に何も後ろ向きな事は感じていないが、上白沢の旦那は演じている事を自覚させるべきかはたまたこのままの方が良いのか、そこだけが少し以上に迷い所であった。
けれどもこれは内側の問題だ、自分一人でああだこうだと考えても結局答えが出なくても、諦めのような物が出てきたとしても、まだ、飲み込むことは可能であった。第一上白沢の旦那の行動が問題になるようなことは、彼の人格を考えても少し考えづらい。
じゃあ今回の事は?と言われると、かなり困る質問なのだけれども……

そしてそんな質問をしてきそうな者が、最低でも二名は○○の脳裏に出てきてしまう。
東風谷早苗と、○○の事を外の知識で挑発してきた謎の人物だ。謎の人物に関しては、手でも叩きながら喜んで嘲笑しそうだからまだこちらとしても鼻で笑いながら対応できるかもしれないが。
厄介な事に東風谷早苗の場合は、道徳的な理由で否定的に今回の事象を見ている事であった。
そしてそんな東風谷早苗の考えに対して、○○もある程度は理解を示せる事であった。
この命蓮寺主導の法要に、人里とは近い存在である東風谷早苗も出席していた。
稗田○○はその立場上、この法要において常に表に立っている必要がある、ゆえに東風谷早苗が○○の姿を見つけるのは非常に簡単であった。
そして早苗は、○○と秘密を共有する仲にまで発展してしまった、○○に挑発的な態度を外の知識を用いながら行う謎の人物がいる事を。
上白沢の旦那が起こした刺殺事件――人里の認識ではあれは正当な行いだと、妻の慧音の穏やかな圧力もありそうなっているが――と、謎の人物による○○への挑発。
――で、どうするんですか?これで終わり?――
早苗は何も言わなかったが、そんな声が聞こえてきそうな疑問を大いに感じている表情を作って○○に見せてきた。
ただ、○○が答えてくれないとは早苗も分かり切っていたからか……すぐに焼香を行いに奥へと入って行った。
○○も早苗から離れるように、喉が渇いた素振りを見せながら置かれている飲み物を手に取ったが。
○○が口に入れる物は阿求が用意しているから、上等な物のはずなのに。
やはり内心にある引っ掛かりが、○○から上等な物を味わう余裕を確かに奪っていた。
○○は自分がやや慌てながらお茶を求めたのも、見られているような気がしてならないのだ。





29 : ○○ :2022/04/17(日) 23:05:01 uqy8Xdmk
ふと思ったんだけどさ、このスレで投下される話って、基本的に1人又は複数の
幻想少女に惚れられるのは幻想郷に来た後な訳じゃん?例えばだけど河童の
技術で幻想郷に藍ケーブルが引かれてフレッツ紫でインターネットができるように
なったら、マッチングアプリとかで惚れた相手に四六時中メッセージ攻撃をして
相手からうざがられてブロックされ、逆上して何らかの方法で相手を幻想郷に
「取り寄せる」展開とか作れるんじゃないかなって思った。もし相手が複数の
幻想少女とマッチングしてメッセージのやり取りしてたら修羅場になるだろうね。


30 : ○○ :2022/05/06(金) 19:30:59 y//giQOo
金回り良さそうなキャラのヤンデレは見てて哀れになりそう


31 : ○○ :2022/05/07(土) 22:38:59 kq6ooBmw
切っ先の先で

 気が付くと周りは一面の青色だった。抜けるような青い空と、そして何も無くただ青い空が広がっている
空間。前には何も無く横にも遮るものは存在しない。上には太陽が照り輝き、下を見ると僕は細い棒の上に
立っていた。何も無い、凄まじいまでにそこには有るはずの地面が存在しなかった。遙か彼方に僅かに見える
地上。もしも自分の立っている場所から足を踏み外せば、幾ばくかの空気抵抗を感じただけで一巻の終わり
となってしまうのは確実だった。瞬間的に恐怖が湧いてくる。生存本能に訴えかけるように全身の神経が
警告信号を発する。忽ち足が震え反射的に腰を抜かして棒の上に座り込んでいた。棒を掴む手は頼りなく
どうにか落ちずに済んでいたのは奇跡的にすら思えた。息があがる。汗が手の平にじっとりと滲み出す。
急な世界の変化に戸惑いながらも、まさに今、自分が危険に曝されていることだけは確実だった。
 ふと隣に人の気配がした。音も無くいつの間にか誰かが隣に立っていた。同じ様な細い銀色の棒の上に
こともなげに立つ女性。帽子を被り青い長い髪が視界の端に入る。彼女の方に顔を向けると光の加減か何故か
顔が見えなかった。
-進みなさい-
声がしないのにそう聞こえた気がした。耳が音として感じない筈なのに、彼女は言葉を発していない筈なのに
けれども彼女がそう言ったのが、心に響いた。
不思議とこの道を進まないといけない気がした。彼女のように歩くことはできないながらも、細い棒を掴んで
ゆっくりと進んでいった。のろい歩み-正確には歩みですらない、はっているようなものだが。それでも
僕は進んで行った。遙かな下の景色に怯えながらも、ひたすらに進んで行く。どんどんと銀の道は細くなり
やがてあと少しで完全に無くなる所まで進んでいった。
-進みなさい-
再び彼女の声が聞こえた。目の前には棒の先が見えている。進もうとしても手が強張り一歩も、一センチも
その場から動けないように固まっていた。
「無理・・・です・・・。」
隣にいる彼女に言う。細い棒を物ともしない彼女は、いつの間にか空中に浮いていた。最早彼女が只の人間
なんていう存在で無い事は明白であった。天に住む人間。背中に彼女が手を添える感触がした。
-大丈夫。私を信じて-
少しずつ体が動き出す。ゆっくりと抵抗するかのように、だけれども確実に前に進んでいた。周りには光りが
溢れ出す。手の感覚が棒の先端を捉えた気がした。
-私に委ねて-
彼女の言葉と共に一面の光りの中、僕は夢の中の世界を落ちていた。


32 : ○○ :2022/05/07(土) 22:41:43 kq6ooBmw
>>28
長編完結乙でした。
いよいよ二人とも心の底に隠していた激情が見えてきたお話でした。
幻想郷の濃い雰囲気を味わせて頂きました。


33 : 作為的な怪奇現象 1話 :2022/05/18(水) 02:18:31 izNCR16E
二か月ぶりにお邪魔いたします
>>28の続編となります

「よう」
上白沢の旦那がいつものように――かつてと比べて浮ついたような機嫌の良さが見えるようになってきたが――道すがらにある稗田邸に入って来て、御用聞きとは違うけれども稗田○○の様子をちょくちょく確認に来てくれていた。
特に今日の場合は、寺子屋が休日で休みだからか昼を少し過ぎたぐらいの来訪であった。
「ああ」
一番の友人である上白沢の旦那の来訪を、○○は決して嫌がりはしない。
嫌がりはしないのだけれども……直近の事件で上白沢の旦那が現状からの脱却を強引にそして苛烈に推し進めた結果としての、義憤からの刺殺事件……あれは上白沢の旦那だけではなく○○の方の意識にも強引な変化を強要してしまった。
○○は上白沢の旦那を嫌がりなどはしないのだけれども、彼の方から上白沢の旦那に会いに行く頻度は微妙な減少を見せていたのは、○○は既に気付いていた。

「最近顔を見ていないから、元気かなと思ってな」
心中複雑な○○の事に等気付かずに、道中で手ぶらは不味いと思って用意してくれたのであろう、そして世間のよくある男は塩味で女は甘味とは異なり稗田夫妻の場合は、阿求は塩分の強い物を好みその夫の○○は甘いものを好む、それを知っている上白沢の旦那はまんじゅうを携えて来てくれていた。
「何もないからずっと新聞とかを読んでいたんだよ、何かないかなと思ってね。お茶入れるね」
たまには洋菓子を持ってきてくれないかなと自分勝手な事を考えながら、○○はお茶の用意を始めた。
「暇すぎておかしくなってないか心配だったが、大丈夫そうで安心した。でもまぁ、依頼が無いのは少し物寂しいと言うか面白くないと言うか……」
何か厄介ごとを望むような、野次馬のような面持ちで上白沢の旦那は穏やかな午後の空を○○の部屋の窓から眺めた。
「穏やか過ぎるなぁ……」
「過ぎるとは何だ過ぎるとは」
前までならこの会話は、○○が何か騒動を望んで上白沢の旦那がそれを諫めるのが、それがいつものパターンだったのになと少し○○としてはごちりたくなったが、やるだけ無駄だし何だったら有害な行為にまでなりえるのでぐっと耐えてお茶の用意に専念することにした。
やはり、上白沢慧音がやんわりと穏やかながらも確かな圧力をかけているのと、市井(しせい)の評価がもともと高かったのもあり、子殺しの犯人を視察してしまった事件は、事件として扱われていないむしろ英雄譚のように扱われてしまっているのが……
○○は友人に対してこんな表現や評価は使いたくないのに、上白沢の旦那の増長を招いているのではないかと思えてならなかった。
けれども今はまだ、何だか浮ついたような笑みが多いなと思えるだけだし、その浮ついた笑みを妻の上白沢慧音は間違いなくこう評価してしまう。
以前よりも明るくなったと。


34 : 作為的な怪奇現象 1話 :2022/05/18(水) 02:19:01 izNCR16E
人里の最高戦力がこう思っている以上、もはや稗田○○にすらどうする事も出来ないどころか下手に触るべき問題ではなくなってしまった。
○○はお茶を用意しながら、残酷な事を考えざるを得なかった。
上白沢の旦那にはこのまま温室のような世界に、上白沢慧音の庇護のもとで閉じ込めてもらっておいた方が……いっその事で誰も苛まないのではないかと、その中にはもちろん上白沢の旦那本人も含まれていた。

「何か面白そうなものはあったか?」
少し向こう側でお茶の用意をしながら、難しい感情をどうにか処理ししようとしている○○の気持ちには及びもつかせずに、上白沢の旦那は笑みを浮つき気味に出しながら○○が読んでいた各種新聞の束を拾い上げた。
「ほう……遊郭街で刃傷沙汰ね」
めざとくもとは思わなかった、と言うよりはやはりさすがに○○も新聞の一面に踊るこの話題には興味をひかれたので上白沢の旦那がまずそれを話題に出すのは、想定の範囲内でしか無かった。
「うん?この新聞……朝刊じゃないのか?いやと言うか、ここにある新聞全部が夕刊の分じゃないか」
「夕刊に出す新聞を直接印刷所から持ってこさせている。それこそ出来上がった端からカラスがここまで持ってきてくれているんだ」
だから○○が上白沢の旦那に対してめざといなとようやく思ったのは、夕刊である事に気付いた時であった。
とはいえ上白沢の旦那は、天狗が発行している新聞なのだから印刷所も妖怪の山に近いはずなのに、それが店頭に売り出されるよりも早くに○○の目の前にやって来ている。
○○がそう簡単にゴシップを吹聴するような性格ではないから、発行人たちも提供しているのだろうけれども、それは提供する際の心理的障壁を低くする方向にこそ働けれども直接的な理由ではない。
どの様に考えようとも、上白沢の旦那の頭には稗田と言う強大な存在を意味するこの二文字が出てきた。
「まぁ」
上白沢の旦那が予想以上に協力的なブンヤたちの動きに対して目を丸くさせて口もやや開きながら○○の方を見ていたら、やはり彼の方から補足と言うか謙遜あるいは自虐的な感情を出しながら口を開いて答えてくれた。
「割と無理はさせている、こっちは情報をいち早く得られるから良いけれどもタダでとは中々ね。それに渋る天狗のブンヤも全くいないわけではない、盗み見られた場合の事も考えてしまうのがまぁ通常のブンヤの思考だからね」
しかしながら結局は、タダではないとはいえ協力をさせる事に成功している最も大きい、着目するべき部分はそこのはずだと上白沢の旦那は痛感していた。
少なくとも組織力では絶対に、自分では勝てない。それを思うと心が激しく沈鬱で重々しくなってしまう、彼の中にある野心は決して衰えている訳では無いのだから。
「とはいえ今回の刃傷沙汰はそこまで大きな問題にはならないよ。射命丸が週1で何かあれば適時に遊郭街の動向を送ってきてくれているから分かるんだが、単に太い客の取り合いでしかない。遊郭でほぼ毎日遊んでいる洩矢諏訪子もいるから、大きな話にはならない」


35 : 作為的な怪奇現象 1話 :2022/05/18(水) 02:19:32 izNCR16E
○○は色々な事を淡々としゃべりながら、やっぱり淡々とお茶とお菓子の用意を続けていた。
淡々としているのにもやっぱり理由があった、上白沢の旦那が浮ついているあるいは心中のぎらついた物にも気づいていたからだ。
だから淡々と、努めて淡々としておいて上白沢の旦那の心中を刺激しないようにと同時に○○自身に対しても尖った物から遠ざかるようにして置いた。
……もしかしたら黙っておいた方が良いのかもしれないと言う疑念は、あったけれども。
だけれどもここからどうやって穏やかな話題に移行すれば良いのかと言う、技術的に難しい問題が大きくあった。
明らかに上白沢の旦那の様子を過剰に気にして、話題を変えて逃げたと思われるのは必定であろうから。

「お茶の前に少しお手洗いを借りるよ」
何を考えているのか、出来れば落ち着くための時間を上白沢の旦那自信が求めているからだと思ってやりたかった、彼が急に席を立ってお手洗いへと向かってしまったのは。
一応、彼の進行方向は○○も確認した。ここでカッとなって帰られてしまってはいよいよ○○でも対処が不可能になってしまう恐れすら存在していたからだ。
しかしまだ幸いにも、上白沢の旦那は真っ直ぐとお手洗いの方向に向かってくれた。稗田邸は広いから、お手洗いを経由して玄関へ向かうのはかなり不自然な動きとなってしまう。
それを言ってしまえば、さっき来たのにもう帰ってしまう行為自体が不自然なのだけれども、だがさすがに……それは無いと思いたかった。


けれども上白沢の旦那が思ったより危なっかしい事と同じぐらいに、○○の方も危なっかしい状況であったのだ。
違いと言えばそれを○○の場合はある程度自覚している事だけれども。それが良いのか悪いのかは、全くもって不明であった、もしかしたら自覚していない方が阿求が陰に陽に○○の行く道から何かを先回りして掃除をしてくれていたかもしれない。

上白沢の旦那が心中にある劣等感と野心を刺激されて、落ち着きに行くためにお手洗いに向かうと言う方便を用いて部屋を出た後、○○も少し落ち着きたくて窓から景色を見ようと思った。
その○○の視線の先には、窓の外から身を乗り出して笑顔でこちらを見ている東風谷早苗の姿があった。
○○は思いもよらない人物の姿に息を呑んでしまった、だが同時に嫌だとは思わなかった事にも○○は残念ながら気付かざるを得なかった、○○は東風谷早苗の事を全く嫌いになれなかったのだった。
出来れば嫌いになれないで終わって、好きにならないように気を配りは続けているが……
ここで笑顔の東風谷早苗に対して、逡巡しながらも固いながらも笑顔を見せてしまった時点で、○○は踏みとどまれるかどうか非常に怪しいのであった。


36 : 作為的な怪奇現象 1話 :2022/05/18(水) 02:20:22 izNCR16E
「これは、東風谷早苗」
ぎこちない笑顔と声ではあるけれども、○○は窓から身を乗り出してと言う来訪者としてはあまりにもおかしな事しかしていないはずの早苗の事を、迎え入れるような立場を取ってしまった。
もうこれを訂正したり修正するのは難しいだろうし、○○からしてもそれはやりたくなかったと言うのが実際の所であった。
「○○さーん」
そして早苗も、○○が突然自分の姿を見つけたことに驚きこそしたけれども、悪感情を抱いていない事にとても気を良くして、キャッキャとした雰囲気で窓枠から更に乗り出して、室内にいる○○に対して笑顔と、彼女の健康的で魅力的な姿を惜しげもなく披露していた。
確かに○○は早苗の事を拒絶しなかった、けれどもこれ以上の深入りは危険だと言う認識はあって然るべきであったので、立ち尽くしたままでその距離は一歩たりとも縮めようとはしなかった。
「ふぅん……」
○○の中にあるせめてもの防衛本能に対して早苗は少し以上に悲しそうな顔を、恐らくは○○に見せたくて演技が何割か存在している風に左右に揺れたりしながら浮かべていた。
……残念ながら早苗の胸はかなり、大きかった。左右に揺れる早苗の動きに合わせてしなやかに、そして扇情的に揺れ動く部分の存在には、○○はどうしても無視を続ける事が難しかった。
やはりこういう時は不格好でも、わざとらしくとも、○○は目を閉じてしまうのが最も効率的な手段であった。

「ああ……まぁ良いか。今回はそんなに時間取れないし、上白沢の旦那さんが席を立てばなと思ったら立ってくれただけで、十分か」
○○が目を閉じた時に早苗は、今日はもうこれ以上は無理そうだなと認識したのか、悲しそうな声をさらに強くしつつも諦めたような気配も見せた。
「それより○○さん、多分○○さんが気になりそうな……まだ事件にまでは発展していませんが、人里の名探偵が乗り出す理由は十分、いくらでも作れるかと。それに私は諦めてませんからね、○○さんに外の知識で挑発してきた奴を追いかける事も含めて」
○○は目を閉じているので早苗がどのような顔をしているか分からないが、しかしながら何かが、薄い紙きれのような物が空を切る音はしっかりと聞こえた。
なので目を閉じたままでも、○○は早苗が何かを渡したがっている事にはしっかりと気づく事が出来た。
「そこに置いておいて」
かすれるような声で○○はそう言うだけであったけれども、早苗は拒絶されなかっただけでまだまだ先があると考えられるので笑顔を浮かべていた。
「はい」
パサリと言う音が、眼を閉じている○○の耳にも聞こえた後は少しばかりの風が吹いた。

○○は風の吹き方で、何となく早苗が今回は大人しく去ってくれたなとは思ったけれども。
だけれども○○はどうしても恐る恐ると目を開かざるを得なかった、早苗はそんな性格をしていないとは分かっている物の○○自身に対する執着がどうしても見えている以上、いつもとは違うだまし討ちをやらないとも限らないと考えてしまったからだ。

だが幸い、早苗は長期戦をはじめから想定しているようなのでまだまだ彼女は、そこまでの変容を見せていなかった。
つまりは今回の所は、○○にメモ書きを渡すだけで帰ってくれた。

ゆっくりとした動作で、○○は早苗が残していったメモ書きを拾い上げた。
「ああ……」
メモ書きは○○さんへと言うとてもきれいな文字、それが早苗の中にある○○への執着心を現わしているかのようであったけれども。
やはり一番の問題は、内容の方であった。
けれども早苗に感謝しなければならないのは厳然たる事実であった、早苗が外の知識を使って挑発している謎の人物の事を、○○がシャーロックホームズが好きだと気付いてわざわざそこになぞらえて挑発している輩の事を、諦めていないから自分はいち早くこれを知る事が出来た。
そのメモ書きの内容は、比較的安全で人間も遊びに出かけられる原っぱのあたりで、光る獣が出没したと言う情報を書いてくれていた。
早苗のメモ書きはこう締めくくられていた。
何だかバスカヴィル家の犬と似ていませんか?

続く


37 : 作為的な怪奇現象 2話 :2022/06/09(木) 03:26:37 cH/c.Ya6
>>36の続きです

なるほど……光る獣、外の知識を用いて○○に対して○○がシャーロックホームズを非常に好んでいる事を見て取ってそのネタで煽ってきた存在の事を知ってしまった以上、この一件はどうしても目に留まってしまったが最後調べざるを得なくなる。
それに早苗が用意してくれた事件に関するメモ書きは、この光る獣が出てきた場面も事細かに記してくれている、これと言った遮蔽物の無い原っぱにおいて、夜間に突如出でてきたと言う状況もシャーロックホームズの原作、いや聖典とかなり似通った状況が構築されているように感じてしまう
○○にとっては喫緊においてもっと重大な事項が存在している。
拾い上げてから気づいたのだけれども、早苗が寄こしてくれたメモ書きはかなり仔細に渡って情報が書き込まれており、なおかつその書き込まれ方も非常に丁寧で……およそメモ書きと言うのは不釣り合いなほどにその文字はキレイに描写されていた。
その上、○○はこのメモ書きそのものに対して、可愛いと言う感情を抱いてしまった。これが一番の問題であった。

確かに稗田の奉公人をあちらこちらへと情報収集に駆り出した際も、集めてくれた情報を紙に書き記す際においては彼ら彼女たちは、子細にそして読みやすくしようとしてくれている。
だがそれは稗田に対する信仰心ゆえだ、でも東風谷早苗は違う稗田家とは関わりの無い人間が何故にここまで……ここまで可愛くメモ書きを制作してくれるのだろうか。
やはり、○○が問題だと思った通りで一度この早苗からのメモ書きを可愛いと思ってしまったら、しかもそれを手渡されこそしていないがわざわざ届けに来てくれたことも相まってしまえば、メモ書きから感じる可愛いなと言う感情はするりとそしてすばやく東風谷早苗本人への好意的な感情へと変化してしまった。

(どうしようこれ……)
○○はメモ書きの中身以上に、早苗の書いてくれたメモ書きそのものに対してもどのように処理すればよいのか分からなくなっていた。
○○はメモ書きを持ったまま突っ立ち、メモ書きの内容とメモ書きそのものをずっと見比べていた。
読み進めていくうちに、光る獣に追い立てられたことで遊女が一人大けがまで負っていると言う事を○○は初めて知った。
こんな情報は、本当にこのメモ書きを見るまで知らなかった。
早苗のメモ書きにも、射命丸をはじめとした天狗の新聞が面白おかしく書き立てると思っていたのにという、補足のような疑問のような一文も記されていた。

(阿求が握りつぶしているのか……?)
遊郭内部でのゴタゴタに関しては、阿求にとっては名探偵である稗田○○がその能力を誇示して崇め奉られる事実を作りだしそして見届ける事の次に、彼女にとっては面白い娯楽として機能している。
そんな彼女が、たかが遊女のケガなんぞに面白そうな顔こそすれ心を痛めるはずは無い、増してや動き出すはずがない。むしろ遊郭街を苛ませる方向に阿求のその頭脳は発揮される。
となれば、情報が表に出ない事で助けを呼べないと阿求が判断すれば、次の瞬間には阿求はこの情報が表に出ないように、それこそ旦那である○○にも気付かれないように素早く握りつぶしてしまう事は、十分にあり得るでは無くて間違いなくそうするなと、夫である稗田○○は残念ながらそう断言してしまえた。


38 : 作為的な怪奇現象 2話 :2022/06/09(木) 03:27:17 cH/c.Ya6
そのまま突っ立たままでいると、奥の、お手洗いのある方向から足音が聞こえてきた。
どうやら上白沢の旦那がちゃんと戻ってきたようであった。
○○は思わず、背筋を跳ねさせてしまった。別に何もやましい事はしていないのに、だけれどもこの早苗が自筆したこの書状――いつの間にか○○の中ではメモ書き以上の価値を持っていた――をそのまま持っているのは明らかに不味いと、○○の意識はそう警告した。
○○が手に持っているこの紙片の製作者が稗田家の家中で常に動き回っている奉公人、これらの内の誰かであるのならば全く問題は無い、○○が稗田家の奉公人をあちらこちらにやって情報収集をやっているのはもはや通常業務のうちである、隠せるような物ではない事もあるけれども○○からしても隠す気はないを通り越して、名探偵であられる稗田○○の活躍の片りんとして妻の阿求がその事実を陰に陽に表に出したがってすらいる。
だけれども今回は○○が持っている紙片は、それ所か○○の中では書状と言う風に思い始めているこの物品は、本来稗田家とは何の協力関係も無い東風谷早苗が、ただただ○○の歓心を得るために無償で集めてまとめてくれた情報である。
稗田阿求への信仰心がそうさせている、これで全部を説明できる奉公人からのまとめられた情報であるならば、たとえその情報を渡したのが女性であろうとも阿求への信仰心は阿求が○○と共に生きる事を望んでいる、妙な事になる確率は万に一つもあり得ない。
最も阿求本人が我慢できないから、○○の周りで会話が発生する女性の奉公人は大体が少し以上に年を召しているのだけれども……

だけれども東風谷早苗の場合は、阿求への信仰心はない所かむしろ否定的であり批判的な部分も少なくはない、○○が名探偵のようなふるまいをしている事もそしてその舞台を稗田阿求が用意している事も含めてだ。
だが今回の東風谷早苗は……稗田阿求への否定的で批判的な態度があるにも関わらずに、○○に新しい情報を寄こしてくれた。
たとえそれが、以前の事件で外の知識を持ってして○○を嘲笑してきた謎の人物を追いかけると言う名目があっても、そもそもその事は伏せ続けている、もっと言えば早苗と○○が共通の書く仕事をしていると言う事実がもはや最大級の爆弾だ。
そこに加えて、東風谷早苗が自発的に情報を、明らかな好意を見せている様子で丁寧に情報の書き込みを行った紙片を渡したことまで含まれてしまえば、爆弾の大きさと危険性は○○にはもはやとっさに想像すら出来なくなった。

つまり、○○は隠すしか無いのだ。
東風谷早苗の好意以前の問題として、東風谷早苗と先ほどあった事はおろか情報を提供してもらったと言うことそのものをだ。
とはいえ足音が聞こえると言う事はもうそう遠くは無いと言う事だ、隠す場所を探す時間はほとんど与えられていないけれども、さりとてこいつを肌身離さず持つのも、阿求は基本的に邸内でも出会えば笑顔で寄ってきてくれるし○○もまさか逆らったり離れたりするはずは無い。
やはり持つのは危険すぎる、だが考える時間が与えられていない○○は一番最初に目についた本棚の一番奥に突っ込む事しかできなかった。

「……何やってるんだ?」
戻ってきた上白沢の旦那の目にした○○の姿は、○○も予想はしていたが案の定でおかしな姿でしか無かった。
○○はせめてこの固い表情を見られないようにと、くるりと背を向けて窓の外を見るような仕草を取ったが、その際に置いて空に東風谷早苗がいないだろうかと不意にそして自然とそう思ってしまった。
「しばらく特段の事が無いなと、自覚すると……何か急にソワソワし始めてな」
ひねり出した言葉であるけれども、これまでの付き合いが上白沢の旦那とは○○も持っているから、彼も○○のこれまでの趣味嗜好はよく知っているので、くくくと笑ってくれるだけであった。
中々にいやらしい笑顔を今の上白沢の旦那は見せているはずなのだけれども、○○としては実にホッとしてしまった。
「そうか、そうだよな。お前があんまり安穏としている状況に満足し続けられるとは思えん」
上白沢の旦那は少し憎まれ口を言ってくるがだからこそ気付かれていない、どうしても○○はホッとしてしまった。
そしてそのホッとしてしまったと言う感情ばかりが先行して、嘘を言った事に対する罪悪感は○○にはほとんど存在していなかった。

続く
今回短くて申し訳ありません


39 : 作為的な怪奇現象 3話 :2022/08/06(土) 04:39:25 DBmtW6Gg
>>38の続きです

○○は平静さを保つのが精いっぱいであった。
とっさに○○が使っている本棚に早苗からの手紙を隠したがために、○○は視線をそちら側に持って行きそうになってしまいそれを堪えるのにまず必死であった。
あんまりちらちらと本棚の方を気にしてしまっては……いや、既に気にしすぎて○○の行動はおかしくなっていた。
ちらちらと見ないようにと言う部分には思い至り、更には努めて見ないようにと言う努力の存在もあり成功はしていたが……それ以外の部分においては、失敗を重ねつつあった。
具体的な部分を言えば、○○は本棚こそ見ずに済ませていたけれどもその余波として自らの友人である上白沢の旦那の方ばかりを見ていた。

「……どうした?」
上白沢の旦那もさすがに、気付き始めたような雰囲気があった。
幸いにもまだまだ、○○の事を信頼しているそもそもが彼相手に疑うと言う概念が少ないために、やっている事が冗談含みの範囲だと思ってくれているのか、半笑いではあったけれどもだからこそシャレとして上白沢の旦那は目の前にいるおかしな行動を取っている○○の事を考えてくれていた。

「……話題が無くて困っている」
さすがに○○がこの場において何も言わないのは、それが最も悪い手段なのは彼も瞬時に理解できるのだけれども。
それに対する効果的な返し方、あるいは回避の手段と言うのがとんと思いつかなかったのが実情であった。
ひねり出せた言葉は○○も自分で自分に対して鼻で笑いたくなるぐらいにお粗末な、そんな一言であった。
だけれども、やはり○○と上白沢の旦那にある少なくない時間を友人として過ごしていると言うこれまでの実績がここで生きてくれた。
「はははは、穏やか過ぎるのも名探偵には毒か」
上白沢の旦那は、彼にしてはやや珍しくかなり崩れた表情と体勢を見せながら、目の前で自分かばかりを見ている○○に対して、全くもって真っ当な友人が友人に対して見せるような表情を朗らかに浮かべてくれていた。


だけれども、そんな上白沢の旦那にも苦手と言うか警戒心を呼び起こす存在と言う物はあった。
また足音がこちら側に寄ってくる音が聞こえてきた。
奉公人では無いのは明らかであった、○○の部屋で止まった後にしずしずと、座って居を正すために動作する音が聞こえなかったからだ。
上白沢の旦那が声を全く出さずに口だけを動かして『稗田阿求』とつぶやいた。
そのつぶやきを行っている瞬間は、上白沢の旦那は誰もどこも、目の前にいる友人である稗田○○の事すら見ていなかった。
それだけ、上白沢の旦那にとっては稗田阿求と言う存在は人里の最高戦力である上白沢慧音を妻とする事が出来ていても、人里の最高権力に対しては狙われるいわれや罪などは存在しないけれども、一定以上の恐怖心を絶対に内包させながらこの人里で生きていた。
ただ……上白沢の旦那には申し訳ないのだけれども、稗田家で動いている奉公人やそれこそ稗田阿求を妻としている稗田○○の場合は事情が違った。
信仰心であった、これらの者が恐怖しない代わりに稗田阿求に対して持っている感情と言うのは。
この信仰心を稗田○○が思い出した時、少しばかり精神が正常な動きに戻る事が出来た。
やはり自分には阿求しかいない、阿求の隣にいないと自分が自分ではなくなる感覚を○○は思い出す事が出来た。
――まだ東風谷早苗の存在は心中に置いてあるのだけれども、彼女の事を決して嫌いにもなれないのであった、自分の感情に嘘をつくのはやはり難しかった。だからせめて表に出さないように気付かれないようにしなければならなかった――


40 : 作為的な怪奇現象 3話 :2022/08/06(土) 04:40:14 DBmtW6Gg
上白沢の旦那は阿求の来訪に緊張感を取り戻し、そして稗田○○は自分の魂がもはや稗田阿求に対して致命的な部分においてまで必要不可欠であることを再確認した。
それらの心持の調整を、どちらともが瞬時に行った。瞬時に行わざるを得なかった、と表現するのがより的確だろう。
「あなた」
阿求は他の奉公人と違って、何の予備動作も無く○○のいる部屋のふすまを開けてくるからだ。

当然だ、稗田邸は現当主であるこの九代目様の本拠地である。
人里の最高権力者が己の邸宅で一体何を気にする必要があると言うのだ、との表現は間違ってはいないが枝葉であると言うのは稗田という家あるいは組織と仲を深める事が出来ている上白沢の旦那には、理解が出来ていた。
(今日も焦ってるな。今日明日の話ではないとはいえ、短命の業がある以上他の一線の向こう側よりも旦那と一緒にいられる時間は、圧倒的に少ないからしかたが無いのだが……)
上白沢の旦那がやや哀れそうに稗田阿求を見て、彼女が持つ短命の業がそもそもで彼女の行動原理に著しく影響を与えている事に思考を向けたが。
とうの稗田阿求は上白沢の旦那に全く声をかける事はおろか反応すら無かったと言えた。
反応する必要が無いのだ阿求にとっては、上白沢の旦那が○○に会いに来たのもう知っているならばこの部屋にいるのも分かっている、これ以上どう話を展開させろと言うのだとまで稗田阿求ならば不機嫌そうに答えかねない。
それよりも、上白沢の旦那に見られていようがややの遠慮と気恥ずかしさから目線を背けてもらっていようとも、稗田阿求にとっては一番の存在である○○のひざ元へ滑り込む事の方が……彼女の短い時間を有効活用すると言う意味でも、より重要で高潔とまで言える行為なのだ。
(重要だろうってのはともかく……)
とはいえ上白沢の旦那としても、何らかの宗教的恍惚さすらを持った笑みすらをも、阿求が○○の元に短い距離なのに駆け寄るがごとく向かう中での表情として観測してしまえば。
遠慮とはばかりから目線を少し逸らしていたはずなのだが、そこにいくばくかのゾッとする、下手に触れるべきではないと言う回避する感情が出てくるのであった。

幸いと言うべきかどうかは分からないが、上白沢の旦那が恐怖含みで稗田阿求から目をそらしたので――最も稗田阿求が上白沢の旦那程度に邪魔をされようとも、どうとだってしてくるけれども――ので、稗田夫妻の会話は何の隔たりや遅延を受けずに始まった。
「あなた、射命丸が今週分の遊郭街の動向報告に来ましたが。せっかくですしあなたもお聞きになりますか?最近は依頼の閑散期が期せずして訪れましたし。運が良ければ何かあるかもしれませんから」
どうやら射命丸文は、明らかに――稗田阿求の身体の弱さと小ささを考えればほとんどの女性がそうなってしまうけれども――稗田阿求よりも恵まれていて魅力的な肉体を持っているけれども、毎週毎週あげさせる遊郭街動向調査と天狗の種族としての長い物には巻かれて行く気質が、ようやく阿求からのある程度以上の信頼を得たようで、さすがに二人っきりは不可能だけれども阿求の目の届く範囲であるならば、我慢できるようになってきたようである。
それに依頼の閑散期が期せずして訪れて……○○が飽いたような刺激を探すかのような落ち着かない様子をやはり阿求は何とかしたいと思ってくれていたようである。
――ソワソワしていたとしてもその理由は閑散期が原因では無いのだけれども。だがまだ、幸いにもその事実は知られていなかった。


41 : 作為的な怪奇現象 3話 :2022/08/06(土) 04:41:01 DBmtW6Gg
「射命丸か……」
○○は射命丸の名前を呟きながら何か、感情や思考を転がすようにどこも見ていないのだけれども何も考えていないはずは無い、とそう断言できるだけの緊張感は確かにこの時の○○は有していた。
傍から見れば迷っている風な様子だ、何のかんので射命丸はうさん臭い部分を否定できない存在だから。
しかし○○の考えは、秘密を胃が痛くなろうとも隠し通さなければならない彼は、違った事を考えていた……そしてそれはまた東風谷早苗が絡んでしまった。
えらく都合がよく話が転んでいないか……と、もしかして彼女固有の能力である奇跡を起こす程度の能力とやらが、この場において強力な力学として作用しているのではないかと言う直感じみた疑念を抱くに至るのは、それを抱かずにいろと言うのはかなり無茶な話であろう。

だが。
「カマをかけてみるかな、射命丸に……何もなければそれで構わないし、何かあればめっけものとはこの事だから」
あつらえたような怪奇現象を早苗から教えてもらった以上、そしてその現象が自分を明らかに嘲笑している誰かの入れ知恵によるものである可能性を否定できなかった以上、少々強引にでも関わる必要があったのも○○にとっては事実であった。

小膝に駆け寄ってきてくれた阿求を心苦しくも降ろしながら、○○は立ち上がって射命丸が阿求への報告の為に待たされているはずの部屋に向かった。
「ああ……分かっているよ。ついて行く」
その時○○は上白沢の旦那の事を見なかったが、それでも彼は何か返事のような物を……それも恐れからかすれたような声で、○○では無くて阿求に向かって言った。
この友人のかすれたような恐れたような声を聴いた時、しまったと○○は思った、また不用意に阿求にトゲを飛ばさせて上白沢の旦那と言う友人を苛ませてしまった事にだ。
阿求の考える舞台には常に、名探偵の相棒が必要でありその役目は基本的に上白沢の旦那が負わなければならないと、阿求はそう考え続けている。
何より上白沢の旦那は上白沢慧音と言う、阿求自身と同じ一線の向こう側を妻としている、微妙な塩梅の力学や事情などを一々教えなくても済むので貴重と言えば貴重であるはずなのだが……重宝はしているはずなのに、扱い方に苛烈さがどうしても垣間見えていた。
これもやはり彼女が背負う短命の業が、周りへの穏やかさを奪っているのだろうか。


続く


42 : ○○ :2022/08/06(土) 05:08:07 WW4d4rNo
久しぶりの更新乙です
毎回楽しませてもらってます


43 : 作為的な怪奇現象 4話 :2022/08/20(土) 00:56:32 /9h3u5IY
>>41の続きです

毎週の定例行事である遊郭街の動向報告書を射命丸は、稗田邸に持って行った際にいつもの部屋に通されて、この館の主である稗田阿求の事を待っていた。
その時の射命丸は1人っきりでありなおかつ、いい加減稗田邸への訪問にも慣れて来ていたから足を延ばして姿勢を崩した状態で稗田阿求の事を待っていた。

稗田邸の主である稗田阿求がやってきた時はさすがに居を正すが、それだって最初の時と比べれば随分と、楽な姿勢だなとだいたいの者が見ればそう言う印象を抱くだろう。
射命丸としては遊郭街を取り仕切り、また拡大させまいと動いてくれている件の、遊郭宿を経営する忘八たちのそのお頭が遊郭街全体を統制して、また遊郭と言う組織が動き回れないように締め付けている様子を事実だけを淡々と伝えるだけで良い、本当に楽な仕事となりつつあったのが大きい。
稗田阿求としても、あの忘八たちのお頭が遊郭街の拡大を阻止しなければ生き残れないと実感している事、そしてその実感を原動力に拡大阻止に動き、またそれに成功している事は厳然たる事実である。
一線の向こう側となっている存在が、権力を持っている場合が多いとはいえ総数としては少なくいわゆる通常の存在が男女ともに多く、渋々と遊郭と言った存在を認めている事に加えて。
そんな渋々存在を認めている遊郭街が、ギリギリの一線とお目こぼしによって存続を勝ち得続けようと尽力している忘八たちのお頭の事も、やっぱり阿求は渋々に渋々を重ねながらも彼が有能であることを認めなければならなかった。
ここ数か月は、阿求が射命丸からの方向を読みながら渋々と忘八たちのお頭は上手くやっているのだなと、それを確認する作業の場としての機能しか見られなかった。
それが射命丸に対して楽過ぎてこれでまぁまぁな金額のお駄賃をもらっているのが、それに対するいくばくかの恐れ、その程度の悩みしかもっていなかった。

「やぁ、射命丸さん」
だから、稗田○○が部屋のふすまを開けて入ってきた時――当然の事で、妻である稗田阿求もいるとはいえ――には、足を延ばしてそれこそバタバタさせてストレッチのような物をしていた自分の、あまりの間の悪さ運の悪さを呪いたくなった。
更に言えば丈の短いスカートを、どうせ稗田阿求が夫である○○には会わせないだろうと言う、これもまた慣れと言うよりは舐めた考えから、露出の少ない着衣を着替えが面倒なのでいつもどおりのミニスカートを履いて来た自分の考えの甘さを、射命丸は大いに呪うしか無かった。

稗田○○が入ってきた瞬間、射命丸のボケーっとまではいかないが魅力を隠すことを忘れただらっとした姿に、射命丸の目には稗田阿求がはっきりと口角の端をヒクリと動かす姿が見えた。何というか理不尽極まりないなと、射命丸はそう思うしか無かったのだけれどもこんな事が言えるはずも無かった。
だけれども○○は……多分これが彼なりの優しさと言うか処世術なのだろう。
「報告書を」
としか言わなかった、あくまでも射命丸が持って来た情報にしか興味を見出していないと言うそう言う態度を貫いており、射命丸の顔すら見なかった。
せいぜいが射命丸の持ち物、特に今回は傍らに書類束を置いていたので、○○の視線はそこのみに集中させていた。
これは○○にとっても幸運であった、体のいい視線の逃げ場が存在させられるのだから。


44 : 作為的な怪奇現象 4話 :2022/08/20(土) 00:57:56 /9h3u5IY
「ええ、まぁ、はい……」
無論の事で射命丸は報告書を○○に渡す以外の動作を、極端な事を言えば許されてはいなかった。
この状況で稗田○○を見る勇気が、稗田阿求の不興を考えれば出来るはずも無くさりとて稗田阿求もやっぱり怖い。
射命丸は目線の安定させ所を求めているうちに、稗田○○の後ろ側にいる上白沢の旦那と……彼に関しては目線すら会う事が無かった射命丸の方が目線を通らせたのに。
上白沢の旦那は初めから、この場で自分は徹底的に気配を消して置物になろと試みているのが明らかな、どこも見ていない虚空を見つめるような表情で天井ばかりを見ていた。
敵にはならないが同時に味方にも絶対になってくれない性質の存在と化していた。

「ははは」
射命丸が目線の置き場をどこにすればいいか、それが分からずに悩んでいると報告書を読み進めていた○○が、笑ってくれた。
少し射命丸はホッとした、この状況ならこの場にいる者がつまり射命丸も含めて、稗田○○に対して目線をやる事の意味付けとしては十分であるからだ。
「あの男、忘八たちのお頭はそれなり以上に頑張っていると言うか……まぁ必死と言うべきか。こっちに目を付けられるぐらいならば、遊郭内でやや暴君と思われる方がマシと判断しているのか。だとしてもいきなり相手の私室に音も無く乗り込むを通り越して待ち伏せとは……そこから先は質問攻めと言うのは恐ろしいけれども、彼からすればやましい事が無ければ全てに答えられるし、実際に潔白だったら彼の方から頭を下げて謝罪して後々にうまみのある仕事などを割り振っている辺り……支配者としての特性と気配りはあるんだな」
少し上機嫌そうに、実を言うと○○はあの忘八たちのお頭に対して頂点に立てる存在がそんなに生半可なはずは無い、と言う評価のような物は与えていたのだった
それと同時に、頂点に立てる存在が全く何も怖い所が無い、なんて事もやっぱりありえないと言うのは重々理解していた。
ただその能力と恐れの混在こそが、○○の忘八たちのお頭に対する評価や注目に値すると言う魅力につながっている部分もあった。

「……そうですね」
稗田阿求はと言うと、今のあの男でなければ遊郭街は統制できないだろうと言う実際上の問題で、渋々に渋々を重ねて今の忘八たちのお頭を評価しているに過ぎなかったので。
あの男でなければ大分話はこじれるだろうと言う部分に置いて、阿求は最愛の夫である○○と同じ意見を持つ事が出来たのは確かに重畳であり、とても多幸感を得る事が出来ているのだけれども。
やはり同じ意見を持つための対象が、渋々存在を認めている遊郭街であるのがたまらなく腑に落ちない微妙な気持ちを抱かせるようで、阿求の言葉は夫である○○がしゃべり倒した後だと言うのに『そうですね』の一言をしぼるだけで、それすらも出てくるまでに微妙な間と言う物が存在していた。

「まぁ……遊郭街に関してはあの男が目端を効かせているのが分かればほとんど十分だろう」
そう言いながら一応、○○は阿求に射命丸からの報告書を渡したけれども、阿求の中にある○○がそう思うなら自分もその意見だと言う――逆でも通用するのだが、○○も阿求の出した意見には逆らわないどころか盲信する――決定事項を覆したくなくて、通りいっぺん程度にぱらぱらとめくるのみであった。
毎週毎週作らせるこの報告書、不釣り合いなほどに実入りの良い仕事とはいえ毎週報告を持ってこさせる射命丸には、○○は少し悪いなと思いつつも、悪いなと思っているのならばこそさっさと○○は思っている事をやりたい事を実行して、この場でかかる時間を短縮するべきなのであった。
ただそのために行う事が、射命丸に対してカマをかける事だと言うのはかなりの問題なのだけれども。
けれども○○の中に罪悪感らしきものは……実は少なかった。
良いだろう別に、射命丸よお前は長生きできるんだからこの場で感じる圧力程度の時間なんてことないはずだ、と言うような吐き捨てるとまでは行かないものの全体から見ればとても少ない割合なのだから付き合えよと言う、割合では測り切れない部分を無視している、間違いなく乱暴な気持ちを○○は抱いていた。


45 : 作為的な怪奇現象 4話 :2022/08/20(土) 00:58:59 /9h3u5IY
「で、まぁ。射命丸さん」
射命丸からの遊郭街動向報告書は、全くもって通りいっぺん程度の確認だけで――これ作るのに毎週2日とか3日ぐらいかけてるんですよと射命丸は言いたかった――稗田○○だけでなくて稗田阿求ですらもが、報告書への興味を早々と無くしてしまっていた。
(何の為に報告書作ってるんだろ……いや定例報告何て大きな動きが無い方が良いもんだけれども)
射命丸は何も憎まれ口などは絶対に声には出さなかったが、やはり2日以上はかけて作っている報告書への興味が薄い場面を見せられては、感情の動きを穏やかになどは出来るはずは無かった。
だが射命丸にとっての不運はそこにあった、この状態で腹芸がいつも通りに出来るはずが無かった。
「何か面白そうな事、目立った事ってありましたか?」
○○はやや急き立てるように射命丸に対して質問をしてきた、間と言う物を出来るだけ少なくしたかったと言う○○の意思は明らかであった。
ただそれはまだ、稗田阿求にとっては依頼の閑散期だからちょっと○○が焦れている程度の認識であったし、この場においては誰の敵にも味方にもならないと決めてしまった上白沢の旦那はと言うと○○の急き立てるような様子にはとんと気付かなかった。

そして射命丸がこの日一番の悪運を引いてしまった。
報告書へのぞんざいな扱いからの不満により腹芸が出来なくなってしまった射命丸は、少しばかり次の新聞のネタに使えそうな事柄を思い出してしまった。
そう言えば最近、遊女が変な獣だか妖だかただの集団錯乱なのかよく分からない騒動が、何度かあるなと言う事を思い出した。
何故この時に限って思い出してしまったか、だってそちらの方がずっとすっと楽しいからだ。少なくとも新聞製作を一時中断させてでも用意している報告書へのぞんざいに近いような扱いをされた後では、清涼剤が欲しくなる。
どのように紙面を彩ろうかと言う所まで考えたところで、これは出来るだけ自分の腹の中で隠しておきたいと、遊郭街の動向調査をしている傍らで見つけた役得のような物だからだ。
だけれども、天狗の射命丸がそう簡単に稗田の不興を買うはずが無いし、買わないように全力であると阿求は分かっているとはいえ夫には射命丸とあまり会話をしてほしくないのが、隠しようが無いし我慢できない素の感情であった。
なので阿求はずっと、○○よりも強烈に射命丸の事をつぶさに観察していた。

「何かあるんですか?」
阿求の声は隙間に入り込むように絶妙の間で出された、射命丸が醜聞とはいえ紙面を躍らせれそうな楽しい話題を見つけた瞬間であった。
さすがは稗田家の、阿礼乙女の九代目様と言うべきだろう。
それだけでなく阿求は○○よりも前に出てきた、○○にはこれ以上前に出て来なくて大丈夫だからと片手では○○を優しくなだめるようにしながらも、射命丸を見ている阿求の目は血走っていた。
我慢するつもりだったのかもしれないが、我慢しきれなかったと言う事らしい。あるいは射命丸がすぐに答えを言わなかったことも、まぁ、関係が無いとは言い切れないだろう。

「言え、何か思ったなら言え」
阿求の口調が段々と高圧的になり。
「判断は夫が、○○がします。貴女からのお話が夫のお眼鏡あるいは嗅覚に反応するかどうかは」
ついには、と言うよりはまたしても阿求は夫である稗田○○を持ち上げ始めた。
ただ射命丸にとって悪い運が減少を見せたのはその瞬間であった、阿求の脳裏でまた○○が面(おもて)に立って何かを調査し捜索して、解決する絵が見えたことによる愉悦が阿求の中にやってきたからであった。
「ふふ、ふふふ」
あまつさえ阿求はすべてを置いてけぼりにして愉悦から来る、どう考えても純ではない笑い声まで上げ始めた。


どこも見ていなかった上白沢の旦那も、稗田阿求が愉悦から笑み所か笑い声まで上げだせばさすがにその方向を見る。
だけれどもと言うべきか、上白沢の旦那は淡々としていた。
○○ですら急に愉悦から笑い出した阿求の背中に手を回して、また温かいお茶も前に出して落ち着くように気を配っていたけれども。
そんな光景を目の前にしても上白沢の旦那は淡々と、無表情を貫き通していた。
嘲笑も恐れも、ありそうな感情が何もなかった、とにかく物の如く感情も気配も停滞させてそれでいて稗田阿求が求める役柄だけはやり通す事でこの場を乗り切ろうと言う算段だったのだ。
そしてこの場を乗り切ると言う部分には、射命丸が稗田阿求をこれ以上刺激しないと言う部分も含まれていた。
「稗田阿求の溜飲がどうやら下がったらしい、今のうちだと思うぞ射命丸文」
上白沢の旦那は射命丸に対してそれだけ言ったら、また彼はどこも誰も何も見なくなった、眼は確かに開いているのに、彼の視力は健康体のはずなのに。
射命丸文は人間と言う物が怖くなりそうであった、これは忘れようがない光景だ。

続く


46 : ○○ :2022/09/14(水) 00:23:15 YosJsekg
たたりいろ

おやおやここはどこだいって顔だね。ウンウンそうだね…。どうだい分からないだろう?行けども行けども暗闇の中。
行きは良い良い、帰りは恐いってねぇ。よく言った物だよ全く…。ふむ、思い出したようだね。早苗は何処だって。
まあ、そう急ぐことではないさ、旅は道連れ世は情け、こんなに狭い人里でそんなに急いでどこに行くってさ。
ボチボチ思い出していこうじゃないか。どうせ私と少し話しをしていく位の時間はあるんだからさぁ…。

さてはてあの子には困ったものだね。遠い御先祖様としても、近くで見守る神様としてもだね。綺麗だろう?
別嬪だろう?優しい子だよ全く。器量好しの愛想良し、里の人気者になるのは親としても当然だね。親の欲目って
言いたいかい?良いんだよ…神奈子を含めて皆そう言うからねぇ。私としてもそう思っているんだから、アンタが
そう思うのも不思議じゃなしってもんだよ。

そうそう。アンタは今日、早苗に会う積もりだったんだよね。人目に付かないように裏道を通って山の方へ
一目散って。いやあ若いねえ。私も似た気持ちになる日が遠い遠い昔にはあったんだよ。今日の日が近づくにつれて
ソワソワする早苗を見ていれば分かるってものだよ。二人で人目を避けて逃避行ってのは中々洒落ていることだわさ。



ところでさ…    なんで…   お前達、人目を避けているんだい?



ああ、そんなこと私にッ…  よりによってこの私に言える筈がないよなあ…。 


アイツを裏切っているんだからなあ!!

ああそうだろう?いつお前が神社に入ったんだい?私が認めたとでもいうのかい?バレないように人の噂に上らない
ようにしていれば大丈夫だと思っていたかい?!残念だねえ!残念、無念、不覚の至りってさあ!笑えよ!笑ってみろよ!
二人して一緒にいたあの夜のようになあ!あのニタニタしたドブのようなそのふてぶてしい馬鹿みたいな顔でなあ!
どうだい?このXX野郎。XXにも劣るようなXXめ!いつもの威勢はどうしたんだい?その色目で下心を隠して私の早苗に
取り入ったんだろう?どうなんだいこのXX野郎!!言えるなら言ってもいいんだよ?二枚も三枚もあるその舌で、
私に言い訳を言ってもいいんだよ!ひょっとすれば私が○○のように言いくるめられるかもしれないからなあ!!
幾らでも言ってもいいんだよ!なあ!なあ!なあ!お前えええ!!


ふふふっ、そうだったねぇ。私ということがすっかりと忘れていたねぇ…。そういえば、さっきXを引きちぎったん
だったなあ。おまけに一発張り倒したものだから歯も抜けてしまったんだから、アンタそりゃあ一言も喋れ
なかったんだねぇ…さあて、そんなお前に一つ質問だ。万が一にも億が一にも正解すれば私は助けてやってもいいんだよ。
仮にも私は神様なんだから人間に示す慈悲ってものがあるからねえ。質問はたった一つだけ…

今から私はお前に何をしようとしているかなぁ? お前の薄汚い命が掛かっているんだからね。ゆっくりと考えていいんだよ……


うんうん、流石だねえ正解だよ。間違えてくれなくて残念だよ…それじゃあ「私は」お前を殺さずに何もしないでおくよ…。
こうしてお前がゆっくりとミシャクジに呑まれていってくれれば、せめて少しだけでも私の心が晴れるからねぇ。
早苗の隣にいることを私が認めたのは○○だけだ。断じてお前じゃない。

ふふふ…それじゃあ…ね。


47 : ○○ :2022/09/14(水) 17:30:14 .ki0Yo4A
>>46
早苗の恋路を邪魔する者は容赦なく祟る諏訪子様恐ろしくもたのもしい…


48 : ○○ :2022/09/20(火) 04:21:24 Rhl0oH3w
>>47
むしろ諏訪子が早苗の恋路の邪魔してないこれ?
許嫁の○○以外とくっつくのを認めないってことだと思う


49 : ○○ :2022/09/20(火) 18:12:13 t1P5xUJo
諏訪子の言い方を見ると、もう一人の男が○○を騙して早苗を奪い取ろうとしたように見える


50 : ○○ :2022/09/20(火) 22:07:52 3zB1s8L.
お家調べ

さて諸君の中には今、引っ越しをしようとしている諸兄はおられるだろうか?もしそうであるならば
これから紹介する記事を見て貰ってから、引っ越しをしてもらった方がいいかもしれない。なにせ
幻想郷はいくら広いといえども、諸兄の希望に添う物件は条件によっては少ないだろう。であるならば
事前に先人の記録を参照しておき、場合によっては他山の石としておくべきかもしれない。家のように
大きなイベントについて予め知っておけば避けられたことで後々後悔するならば、それはとてもとても
やり切れないのだから。

マッチングAI パターン1 優先条件:プライバシー

 今回諸兄にご紹介するのは、最近幻想郷に入ってこられたA氏についてである。外界ではしばらく
の年月一人暮らしをしていたのだが、この幻想郷に入って以降は人里で長屋暮しをしているようだ。
では条件を伺ってみよう。

-長屋を引っ越しされたい御理由は?

  いえ、私は最近この幻想郷に放り込まれたんですが、それまでは外界で暮らしていたんですよ。
 ちょっとばかし良い物件が無いかと思いましてね。それでこうして花果子念報を見ましたら、
 まあ何と物件を紹介しているっていうじゃ有りませんか。それでこうして話しを伺いに来てみた
 次第なんですよ。

-それでは御条件を伺いましょうか……成程、プライバシーが保たれる場所が欲しいということですね。

  そうなんですよ。まあ今の住居に不満がある訳では無いんですが、もうちょっと条件が良い
 家があればなあって思いましてね。長屋では音も気配もはっきりと分かってしまいますから、そこ
 が今回はどうにかなればなあっていうことなんですよ。

-そうですか、中々外来人には昔の長屋暮しはキツいですからね。慣れない人は少なからず居られる
でしょうね。それでは当社のAIであなたの希望を分析してみましょう。きっと良い物件に出会えますよ。


-さて、結果が出ました。今回は第三マッチングまで出ていますね。まず一番目は紅魔館です。求人情報
では定番ですね。

  うーん……。確かに個室はありそうですが、しかし一人という訳には行かないかもしれませんよね…

-そうですね。執事として働いている場合には一日中呼び出しに備えることが必要です。その分待遇は
確保されていますが。

  そうですね、他のマッチングはありますか?

-二番目のマッチングは竹林です。迷いの森ですので、他の人が誤って入って来ないようになっています。
家の築年数は少々経っていますがその分、家賃が半分程度に安くなっています。

  成程、一理ありますね。最後のマッチングは何ですか?

-三番目は人里外れの農地ですね。他の家より離れた一軒家ですので、プライバシーが十分に保たれる
物件になります。

  いやあ、これは良い物件ですね。それで家賃はどの位ですか?

-他の物件よりもかなり割安になっております。一割程度です。

  一割程度ならばそれ程でも…おやおや驚いた。10パーセントの大安売りじゃないですか。どうして
 こんなに安くなっているんですか?

-実は太陽の畑に近いので心理的瑕疵物件となっているんですよ。他の方ならば色々危険ですが、
○○さんならば大丈夫ですよ。少々他の家と遠いのが難点ですがどの道問題が無くなりますので…。


発行 花果子念報 文責 姫海堂・・


51 : ○○ :2022/09/20(火) 22:13:39 3zB1s8L.
>>45
深い所で蠢いた深層が表に出てきた気がしました。
長編ありがとうございます。


52 : 作為的な怪奇現象 5話 :2022/09/21(水) 03:31:05 XDNa57Wk
>45の続きです

しかしながら射命丸にとっては、人里の最高権力である稗田阿求から知っている事を話せと言われた以上は、もはや話さずに済ますことは出来なかった。
妖怪の山の総意では無い物の、天狗だけを見て取れば人間からのその一番の集合体である人里との関係は良くしておくことに越したことはない、なまじ新聞製作を生業としている射命丸の場合は個人的にも人里との仲をこじれさせたくはなかった。

とはいえ、射命丸にも素直に言えない事情は存在していた。
誇りと言えば聞こえはいいがもはや傲慢との評価もされやすい天狗の中でも、その中でも特にとも言える射命丸でさえ身内や友人が直接かかわる可能性が出てくるとなると、躊躇してしまうのであった、彼女だって心を持った生き物なのだ。
「阿求から割とすごまれても素直に話さないのは……お友達が関係してしまう可能性を危惧されておられるのですか?」
その上この男は、稗田○○ときたら稗田家によって能力にゲタを履かされているのだろうけれども、的中率の高さもさることながら誰を相手にしても物怖じをせずに思った事を言える、聞けるこの人格はそれそのものが強者たりえる要素であった、そこに稗田阿求からの個人的な愛情を根拠に稗田家の家格が乗るのだから始末に負えないとまで言えたかもしれない。
それと同時に、喧嘩をしてはならない存在でもある稗田○○と言う存在は。
むなしい意地を張るなだとか利益に反するだとかの話ではない、ただただ空虚な行いな上に周りに迷惑をかけかねないのだ。

とはいえ、射命丸が素直に話せば知り合いに迷惑をかけてしまうかもしれない、そこが難しい所なのだが……射命丸はとっさに自分をお節介物にしてしまおうと思い突きに恵まれた、良い思い付きであったそれは。
「そうですね、稗田○○さん。それじゃあ今から、この射命丸文は貴方への依頼人として振る舞います」
稗田○○は目を細めながら、しかしながら幸いにもと言って良いとは思うが楽しそうにしながら射命丸の事を見た。
稗田阿求は射命丸の真意には気を付けているようだが、最愛の夫である○○が楽しそうにしているので今は静観の構えを見せてくれて……この状況で大きな役割を得たくない上白沢の旦那は相変わらずどこも誰も見ないで気配を出来る限り小さくしようと努力していた。

「お節介者ならば、友人や知人を売ったと思われるよりは遥かに……露見しても遥かにマシな立ち位置と言う算段で?」
「まぁそうなりますね」
意地悪な絡め手だと言う事は射命丸自身が一番よく分かっている、だから彼女の辟易としたような吐き捨てるような感情は、完全に自分自身の方向に向いていた。
「何か不都合に見舞われた場合はご一報を、評判の回復に手をお貸しいたします」
そして多分○○が入り婿であるはずなのに稗田阿求からの愛情を根拠にしているとはいえ、家中やその周辺での評判が決して悪くない理由が多分これだろう。
根っこの部分では自分の名前が売れることそのものに対する、愉悦だとかはあるのかもしれないけれども、そのために相手の為にほとんど無償で事を行えると言う精神性が存在していた。
ただ意地悪な評価だけれども、射命丸はそれを高潔だとはほとんど思わなかった。
稗田阿求から無制限にお小遣いをもらえるから、無償で誰かのために何かをやりやすいだけでしかないと、厳しい事を言えばそう射命丸は○○の事を断じていた。
ただ、それはこの一件とはまるで関係が無い。射命丸はすぐにその、嫉妬にも似た感情を振り払って忘れるように努めた。
少なくとも今この場においては。


53 : 作為的な怪奇現象 5話 :2022/09/21(水) 03:31:57 XDNa57Wk
「これは……」
射命丸が内容を言いかける段階に置いて一拍の間をあけて稗田阿求の方向を見た。
「話しますよ?ほら例の、原っぱの、光る何かの話と関わるので……」
断片的な情報であの話だと阿求には伝えている、阿求と射命丸はまだ――出来ればこのままずっと――早苗が○○に接触して来て作為的な可能性のある怪奇現象の事を伝えてきたが。
事件のわりに紙面を賑わさないなと思っていた理由はやっぱり、案の定で阿求が遊郭街の醜聞を遊郭街が外に助けを求めれないようにするために出来る限り握りつぶしていたようであった。
「……っ」
舌打ちと言うまでには悪意的な物は感じ取れなかったが、阿求は確かに逡巡していた。
「まぁ……ずっと握りつぶせるとも思っていませんでしたし」
けれども○○の中にあった楽しそうな顔が、少し不安げな顔になって阿求に降り注いだ時に阿求はと言うと一気にほだされてしまった。
言葉にこそ射命丸は出さなかったけれども、ホッとしたと言うよりは疲れたような顔をしていた。まぁこの状況がやりやすい何てはずは無いので、射命丸がそう思ってもしかたは無いしちらっと上白沢の旦那の方を見たのも、関わってはくれないのかと言う苛立ちや呆れの感情もあったのかもしれない。
だが現実は射命丸一人で話をして、稗田○○に面白そうな顔をしてもらわなければならなかった。
――稗田○○にとっては見えない敵の手掛かりかも知れないと言う、完全に秘匿された○○以外では早苗しか知らない動機があるのだけれども、そしてこの動機は火薬庫だそれも超大型の――

○○の感情は二種類の色味を抱えながらそれでいて、その色味の違いを絶対に秘匿しなければならなかった。
そして今現在は、姿を現さない敵への手掛かりかも知れないと言う興味よりも、新しい依頼に対する楽しそうならば良いのだけれどもと言う感情を優先して前に出していた、この感情は常日頃から○○の中にあると知られている感情だからだ。
だがここに来て三種類目の感情が突如として表れてきた。
楽しそうに振る舞う事と実際に楽しいと思ってしまっている事に対する、東風谷早苗への罪悪感であった。
その罪悪感を覆い隠したくて、○○はジッと射命丸の表情を見る事にした。
下手に妻や友人の方向に意識を向けると、小さなミスから大きな穴を作り出してしまいそうで怖かったからだ。
「さて、阿求からのお墨付きも貰った……射命丸さん、気にする事は無くなった形だ」
にこやかに○○は射命丸に対して気にせずにお話をと迫るのだけれども、腹の底に何かを隠している状態の笑顔が、たとえ依頼が至極の楽しみと言う歪んだ思考があったとしても。
腹の底を隠そうとしながらする何かの行為と言うのは、腹の底を隠す為に往々にしてやりすぎあるいは焦り過ぎと言う物になってしまいかねなかった。
今はまだ……期せずして来てしまった依頼の閑散期だから○○が焦っていると言う物の味方で覆い隠せていたが……いずれボロは出てくるだろう。

「まずは前情報と言うか前提からお話いたします……基本的に遊郭街の方々、特に遊女に至りますと遊べる場所と言うのが非常に限られます」
射命丸はおずおずと喋り始めた、この情報が依頼とどういう関係があるんだと稗田阿求にすごまれる、また機嫌を悪くされると非常に面倒だからだ。
しかしながら今は肝心の○○が手を使って『続けて』と言うような動作をしてくれて、全くもって助かったと言うような塩梅であった。
稗田阿求が彼の邪魔をするはずが無いからだ。


54 : 作為的な怪奇現象 5話 :2022/09/21(水) 03:32:59 XDNa57Wk
「そうなりますと……きらびやかで合ってもその実では鳥かごに近い遊郭街とは違う、空気の通りが良い場所空気が美味しい場所に行きたいときは、やや危険でも人里の敷地とは言い難い場所にある原っぱなどに向かう必要があるのですよね」
「人里の内部で、お弁当を広げられそうな場所は大体が稗田家の持ち物だからな」
○○が補足してくれた情報に対して上白沢の旦那と射命丸はそうなんだ……と言うような気持を抱いたが、阿求はそれに対して誇らしそうにすると言うよりは『ざまあみろ』と言うような感情を、ここにはいない誰かと言うよりは不特定多数に、つまりは遊女に対して向けていたのが射命丸の目には毒であったし、上白沢の旦那もはっきりと観測したくなくてすぐにまたどこも見ない虚ろな視線を作り始めた。
射命丸は逃げる事の許される上白沢の旦那に少し、苛立ちのような物を感じざるを得なかったが……この場を逃げる事が出来ない以上は知っている事を即座に喋り続けて、走り抜けるしか彼女には出来なかった。

「まぁ……遊女が外に出るのにまさか遊女だけでと言う事は考えられません。遊郭街には無い開放的な空気が欲しいと言うのは確かにあるでしょうが、遊郭街に足しげく通う客にとっても遊女を何人も連れて外で遊べると言う見栄を張る場面でもあるのですよ」
しかし走り抜けたい射命丸にとっても、危ない話題を使っている以上は一区切りごとに稗田阿求の顔色を窺わなければならないのは何とも歯がゆかった。

「女と酒と……まぁ要するに乱痴気騒ぎですよ。多分稗田家の持ち物ではないお弁当を広げられる空間があったとしても、乱痴気騒ぎを上白沢慧音が見逃すはずは無いので、結局人里の外に向かう以外はありません。それに遊女に変な事をしないように見張る目的で荷物持ちをしている男衆もいれば、余興をするために呼ばれた芸人や奇術師なんかもいます。もはやあれ自体が、催せる旦那の権勢誇示と、そんな太い客を確保している遊女の権勢を遊女仲間に対する誇示、客と遊女どっちを見ても自らの権勢を誇示する意味合いしかないんですよね。遊女でなくとも、あんなに大きな催しに余興として使ってもらえる芸人にとっても媚を売る場面としては最適です。最近では機械を使って派手な演目も増えてますし、広い場所でやるからその分準備に前日以上の時期から始めなければならないほどに時間もかかりますが……動く金額が大きければそれだけ旦那に頭を下げる人間が増えてそんな旦那が熱を上げている遊女にも媚を売る人間が増える……旦那とその隣にいる遊女にとっては金はかかりますが……いや金をかけてるのは旦那1人だけか。とはいえ旦那にせよその隣にいる遊女にせよ、自分が金をばらまく側になれる催し物と言う物は、権勢の誇示と強化以上にただただ愉悦でもあるので、旦那と遊女が違うだけでこの種の催し物は定期的にあるんですよ。と言うよりはやっておかないと、権勢の維持が出来ない」

射命丸の説明から見えてきたのは、ただただ欲望のみであった。これにはあの可愛い閻魔様でなくとも、眉根をひそめる者がいてもおかしくないぐらいの、乱痴気騒ぎであった。
気配を消している上白沢の旦那ですら皮肉気な笑みが口角の端に見えていたし、そうであるならば気配を消す必要のない○○は呆れが一周回って却って優しそうな顔をしつつも、それでもやはり頭を左右に振って度し難いと言う意思を見せていた。
ただこの二人は皮肉気に面白そうな顔をするだけで構わなかったけれども……稗田阿求は少し、一歩進んだような事を考えているのが表情だけで見えてきた
ただまぁ、彼女の考えている事は言われなくても○○には分かった。権勢誇示のための催し物を、少なくとも遊郭の外で行う事を邪魔できないかと言う部分だ。
さすがに内部で行う分には邪魔できなくとも、自らの肉体的魅力の低さが一周回ってそれで食って行っている遊女に対する嫉妬心と行動できるだけの頭の良さと家格が合わさって、かなりこじれたことになっているのは、彼女の事を妻としている○○が一番よく分かっていた


55 : 作為的な怪奇現象 5話 :2022/09/21(水) 03:33:35 XDNa57Wk
○○は何度か、阿求には幻想郷でも上から数えれるぐらいの頭の良さがあると言って慰めていたけれども。
最愛の存在である○○からの慰めには確かに嬉しくは思っていたけれども、それとこれとは別なのだ、稗田阿求のほの暗い楽しみの一つに遊郭街に対する有形無形の嫌がらせは、遊郭街を夫から遠ざけると言うもっともらしい理由を建前にしながら行われ続けていた。
恐らく人里の範囲外とはいえ、野外で行われる太い客とそれを捕まえた遊女の乱痴気騒ぎは、同じく遊郭街が夫を篭絡しないか惑わしてしまわないかと、過剰に心配する一線の向こう側仲間である――最近はちょっと分からないが――上白沢慧音も巻き込んで、禁じてしまうだろうなとは○○としても上白沢の旦那としてもすぐに予想出来てしまった
だからと言ってこれを止める義理もそして利益も無いのだけれども。
権勢もあれば実力行使も出来る、人里の最高権力と最高戦力の嫁たちを止めないと言う点では、○○と上白沢の旦那の二人も遊郭街にとっては敵に近い中立なのかもしれなかった。

「続きを」
○○は阿求の表情から確かに見えるほの暗い愉悦の表情を見て、少し哀愁を帯びた顔で何か考えていたが。
結局は阿求の内心における黒々とした思考回路とそこから導き出される行動に対して、○○は傍観と言う名の後押しを決めた。
この場における稗田阿求に対して唯一物を言える○○の関与しないと言う方針は、無言ゆえに消極的かもしれないが肯定の意思でしかないのだ。
それに○○としても全く持って消極的と言うわけでもなかったのだった。
「阿求が楽しそうな今のうちに……射命丸さんも話してしまいましょう」
(あ……これが稗田阿求の楽しみなんだ。と言うか○○さんですら、何で嬉しそうなんだろう。奥さんが楽しそうにしているから?うっわ不健全極まりありませんね)
射命丸は○○からの……もっと言えば○○が少し影がある物の嬉しそうに阿求が楽しそうだと呟く言葉に射命丸は、はっきりと不健全だなとしか思わなかった。
最も射命丸は飲み込むしか無いのだけれども、この感情だって。

続く


56 : ○○ :2022/09/21(水) 03:35:46 XDNa57Wk
>>50
紅魔館、竹林と言う事は永遠亭あるいは妹紅、そして最も条件の良い物件が風見幽香の近く
状況的には幽香のそばに誘導しているが紅魔館や永遠亭に妹紅が幽香の援護をしていたらと考えたら
草の根妖怪ネットワークどころじゃない何らかのネットワークが構築されていそう
意中の相手をものにする為のネットワークが


57 : 作為的な怪奇現象 6話 :2022/11/03(木) 17:21:32 Vjy70rcA
>>55の続きです

「場所はこの辺りです」
射命丸は懐にて常に持ち歩いている地図を広げて、ペンでその場所を指し示した。
「ギリギリ人里の外か……ギリギリ結界や各種法術が利いていそうだが、よくやるよ」
○○は日ごろから色々と、調査の為に歩いているし誰かを方々にやって情報を集めさせているお陰か、地図を見ただけでそこがどこであるのかを瞬時に理解していた。
「あと、そこは珍しく開けている場所ですが。稗田家が開かせたのです、何かおかしなものが人里に近づいた際に隠れる場所が無い方が、見つけやすいですしこちらが備えているぞと見せつけられるので都合も良い。人里の外に住んでいても人里で遊びたければ正規の手段はいくらでもありますから、ここを通ってこっそり来る意味もありません」
そこに稗田阿求が補足を入れてくれたのであるけれども、普段ならばともかく今回は遊郭街の隠れた乱痴気騒ぎがあるからか、だれがどう見ても不機嫌そうであった。

本当にこの女は、遊郭街に対する敵意はもはや妄執としか言えないなと上白沢の旦那はシラフであるはずなのに腹の底で結構な暴言を紡いでしまったが。
すぐに自虐的な感情に上白沢の旦那は苛まれることとなった、遊郭街に対する妄執としか言いようのない敵意は、自分の妻だって抱いているからだ。
しかもよりにもよって人里の最高権力と最高戦力に妄執からの敵意を抱かれるのは……哀れな気持ちが湧き上がるのは確かであった。

「連中……乱痴気騒ぎもそうだが阿求の疳の虫を二回も踏みつけているのか……」
○○はやれやれとも言わず、ため息だって漏らさなかったが、妻である阿求が明らかにその丈夫でないはずなのにその上小柄な全身に対して、力を大きく溜めているのを見て取ってしまい、顔を歪めてしまった。
ただそれは、心配しているから顔が歪んだのであった。
もちろん真っ当に阿求の心身の状態を心配しているのが八割がたの感情だけれども、もう二割ではあろうことか――本当に、気付かれたくない事ばかり増えると○○は心中で頭を抱えた――あの忘八たちのお頭の事を心配していたのだった。
忘八たちのお頭がこの乱痴気騒ぎを、さすがに感知こそしているはずだけれども止めれないのには何らかの理由があるはずだ、それを思うと少し同情してしまうのが実際の所なのである。
(阿求のついでとはいえ、あの男も少しばかり助けてやるか……)
あの男に対する同情の源泉は、やはりあの男への評価が大きかった。

「遊郭街がどうにかなる分には、実を言うと稗田家としましてはかなりどうでも良いのですが……」
阿求から話を引き取るように、○○は話し始めた。
そして次の段落と言う奴に行く前に射命丸の顔を見た、怯えこそはしてくれずに済んだけれどもやはり話題が阿求の疳の虫を刺激しているだけに、射命丸の緊張の度合いはどうしても高まる。
「ご友人が心配だと言う貴女の事を無視も出来ない、これでも私はお人好しな所があるので」
お人好しだからとのたまった○○に対して、上白沢の旦那は笑おうかどうか迷って○○の顔を見たが、射命丸には笑ってはならないと言う判断しか出てこなかった。
「そうなんですか……」
○○の意図は全く分からないが、だったらもう月並みな言葉を使ってこの場を乗り切る以外の事を射命丸は考えなかった。
それにここまで来たらもう戻れない、○○がその気になったのならばなおの事である。


58 : 作為的な怪奇現象 6話 :2022/11/03(木) 17:22:21 Vjy70rcA
「現場を一通り調べるのも良いが……射命丸さんのお友達にカマをかけて見ても良いな」
「あのう……出来ればお手柔らかに」
随分と前のめりな○○の姿に射命丸は明らかに言いよどんだ様子を見せたが、困惑しつつも止める事は出来なかった。
そもそも止めるぐらいなら最初から依頼しなければいいではないかと、稗田阿求からぬか喜びさせやがってと言う思いも含めて後々で不利益となる事は必至である。
つまりもう射命丸は後戻りできないのだ。

ただ、後戻りできない以外にも困惑の理由はあった。
「ふふ、あなたったら。久々の依頼で気がはやるのは分かりますが……射命丸さんのお友達の誰がをまだ聞いておりませんよ」
阿求の言う通り、この部分が射命丸に困惑を与えていたし……もっと言えば依頼したことを不味かったかなと、自分一人で動いていた方がマシだったのではとすら思わざるを得なかった。
射命丸は思わず上白沢の旦那に助けのような物を、せめて何か行動をと言う目線を送ったが……無視されている訳ではない物の相変わらずこの男の目線はどこにも向いていなかった。
ちゃんと命があって生きているはずなのに、ここまで虚無を演じられるのかと感心するぐらいであった。
それだけこの男は、あの上白沢慧音を人里の最高戦力を妻としていても稗田阿求の事を恐れているのであった。
むしろ上白沢慧音が妻であるが為に人里の中枢に近づける故に、盲目的に崇拝できなくなってしまい恐れる心だけが増えてしまったと言ってまっても良かったかもしれない。


「…………ああ」
だが○○は、射命丸が上白沢の旦那に思わず助けを求めたり上白沢の旦那が視線に気づいてすらいないのではないかと言う程にまで虚無を身にまとっている事に、こちらもこちらでやはり気付いていなかった。
上白沢の旦那と同じように○○も自身の身の回りと身の振り方ばかりを考えてしまっていて、他者や場の状況と言う物への観察と対応が不十分になってしまっていた。
どうせ今回の事件は、東風谷早苗からある程度教えてもらっていると言う○○と早苗しか知らない事実を他の人物が知るはずは無いと言う当然の部分を、○○は気が付きにくくなっていた。
それだけ、外の知識で自分を挑発してきた謎の人物、姿も形も分からない人物によって悪影響を○○はしっかりと受けていた。
「……まぁそれは道すがら聞きましょう。ご友人へカマをかけるのは現地を見てからでも遅くは無い」
そう言いながら○○は外出用の上着をさっと羽織って……そのまま外に出ていくことはせずに、一度阿求の方向を見た。
「少し調子が良いし気温も悪くないですから……私も行きますわ」
こう言う事がときたまあるのだ、そして今回はある方であった……だけと言いきれたら○○としてもどれだけ楽であるし助かった事か。
(いるかもしれんな……東風谷早苗は…………いやいると思うべきだ)
○○は心の中で警戒心を上げてそうなるであろうと想定しておいて、心の準備を行って。
「分かったよ阿求」
腹の中身とは裏腹に言葉の方だけでなく表情ですら、阿求の為に彼女の使っている外出用の上着を持ってきてやった阿求に対して甲斐甲斐しく羽織らせてやっていた。
この時上白沢の旦那は射命丸の方を見て「来ますよね?まぁ来た方が良いのだけれども」とだけ、この時だけ意識を虚無から現世に戻してきて射命丸に圧力をかけていた。
「抵抗できないって分かっている癖に」
射命丸は思わず、上白沢の旦那に対して憎まれ口のような物を叩いたが、上白沢の旦那はふっと、全くもってほんの少しだけ笑うだけで済ませた。
「稗田阿求からの怒りを買うよりは、貴女からの憎まれ口ぐらい軽いものだよ」
そう言うだけでまた上白沢の旦那はまた何も考えずに稗田阿求の望み通りに踊れる人形に戻ってしまった。
よくやれるなと、射命丸は感心しながら思った。
たぶん上白沢の旦那にとっては稗田阿求の前だけで我慢すればいいと、本気でそう考えていられるからこれが出来るのだろう。
だが上白沢慧音も、自分が望む彼の姿に調教をしているような気配を射命丸は感じていた。
ややもすれば暴走、ややもすれば幼稚な功名心すらをも肯定されているけれども、それはたぶん幸せなのだろうけれども。
上白沢慧音の傍でも人形時見ているような気配を、上白沢の旦那にから射命丸は感じていた。
(まぁ、一生捨てられる心配は無いのでしょうから、気にするだけ意味のない事なのかもしれませんが。それに上白沢慧音も彼で実は愉悦を満たしていると言う事には気付いていないでしょうし)
そう思って射命丸は上白沢夫妻については考えるのをやめておいた、いびつだが愛情は双方ともに相手に持っているし。
何より外に向いて迷惑をかけてこないから、勝手にやってくれと言う程度の物であった。


59 : 作為的な怪奇現象 6話 :2022/11/03(木) 17:23:17 Vjy70rcA
場所が場所だからだろう、人里の勢力圏内とはいえ人家のある場所では無いから○○がたびたび使う表現ならば護衛と称した監視役――今回は護衛と言う向きの方がずっと強いが――も一小隊ほどの人数が稗田夫妻を追いかけるために用意を始めてくれていた。
射命丸は稗田家が清廉潔白な組織では無い事を知っているからぎょっとはしなかった物の、この物々しさには、話が大きくなりつつあると言う事には頭を抱え始めていた。

しかし射命丸の懸念なんぞ、稗田阿求は知らなくても問題は無いしそもそも知っていたところで気にするはずも無かった。
「じゃあ、頼みます」
○○は自分たち夫妻を乗せる人力車の引手にはもちろんだが、護衛の為について来てくれる屈強な連中に声をかけて、仕事を始めようと合図をした時、そしてその合図通りに仕事が始まった姿を。
稗田夫妻を乗せた人力車が引かれはじめ、護衛の連中は人力車について行きあるいは前方の安全を確保するために前を走ってくれていた。
とうぜん人力車はもう一台あって、そこには上白沢の旦那が乗っているのだけれども、彼は目に映るものすべてに対して特に何の反応も見せなかった。
想像の範囲内だし、たとえ範囲外であったとしても稗田阿求の機嫌が良さそうだから反応する意味を感じないのであった。
そう当然ではあるが稗田阿求の機嫌はとても良かった、彼女の愉悦と言うのは最愛の夫が場を動かしている場面を見る事なのだから、だから○○の合図で人力車が動き出し屈強な護衛達が追いかけて来てくれる姿に、稗田阿求の感情が刺激されないはずは無かったのであった。
「この依頼がひと段落付きましたら、お外でお弁当でも広げて散策に出かけるのも良いですわね」
そして阿求は、自分がまた○○が辺りに一言出すだけでそれが動いてくれる場面を見たくて、この先の予定と言うのを既に決めてしまっていた。
たっだピクニック程度ならば、いくら一線の向こう側でもそう、物騒にはなりにくいので○○も阿求の肩を抱きながら微笑を浮かべて。
「そうだな、どこにする?」
と○○は穏やかに受け答えをするのみであったが、一線の向こう側が増してやその人物は人里の最高権力者だ、自分の権力を最大限に濫用してくることを○○は思慮に入れていなかった。
「今から行く開けた場所、私達で唾をつけてしまいましょう。良いじゃないですかどうせ、あそこは緩衝地帯として稗田家の仕事で切り開いて置いたのですから、だったら稗田夫妻でどう扱おうと自由です、少なくとも遊郭街ごときには使わせない!」
喋り続けている阿求は、口を回して言葉を出しているうちに興奮してきたのか、最後の方は彼女らしくもなく敵意と言う物にあふれていた。

良くない兆候だ、○○はサッと阿求の肩をさっきよりも強く抱いてこちら側にもっと引き寄せた。
「ああ、あなた。すいませんでした思わず興奮してしまって」
「構わないよ、これぐらい」
○○は相変わらず微笑を浮かべながら阿求の事を落ち着けるための言葉を使っているが、それでも○○の全ての感覚は今の阿求をつぶさに観察して、警戒していた。
呼吸はもちろんだが脈拍も○○の身体に感ずるぐらい荒くて速くなっている、熱くも無ければ寒くも無い程度の気温のはずなのに額にはうっすらと汗も見える。
最近、阿求の精神状態がよく荒れ模様になる。
単にそう言う時期と言うだけかもしれないが、阿求は身体が弱い、そして体が弱れば精神にも悪影響を与える。
今すぐではないとは思いたいが、備えておく警戒しておく、何よりも覚悟しておく。
○○はその必要があった。
稗田阿求との契約を、これを履行し続ける大一番は確実に迫っている事だけは、○○は理解しておかなければならなかった。


そしてくだんの広場に、稗田家が人里との緩衝地帯を設けるためにあえて切り開いたまま放置していた場所に、○○は人力車から降り立って辺りを見渡した。
この時の姿が阿求にとってはとてつもなく颯爽(さっそう)とした姿で降り立っていると、○○に対してそのような認識を持っているために胸を抑えて乙女の顔をしていた。
実態はとてつもなく暴力的で権力の乱用が存在するのだけれども。
ただこの時の○○が阿求の方を見ても気にしていたのは、この時の阿求が興奮しすぎて胸を悪くしないかどうかだけであった。

続く


63 : ○○ :2022/12/06(火) 14:12:57 3THeO1N2
文字化けが凄すぎて何を書いているのかわからん…


65 : ○○ :2022/12/06(火) 14:34:49 3THeO1N2
ID:2YEvSBKQ
スレ荒らしのためあぼーん推奨


71 : ○○ :2022/12/06(火) 16:53:04 3pGJlc1Y
ついにこっちにまできちまった…


76 : ○○ :2022/12/07(水) 18:39:58 yRLTonz6
NGワード→「??」でスッキリ?


111 : 避難所管理人 :2022/12/22(木) 21:39:59 ???
【業務連絡】削除作業完了しました。【管理人】
追記:1000に到達したヤンデレスレですが、過去ログへ送って問題ないでしょうか?


112 : ○○ :2022/12/25(日) 12:00:46 plMnNgLs
わたしはいいと思います


142 : 避難所管理人 :2023/01/07(土) 10:29:01 ???
>139-140
避難所管理人です。
御親切な書き込みありがとうございました。
そしてそれにも関わらず削除して誠に申し訳ないです。



掲示板専用ブラウザを利用していない方もいらっしゃることから、
板側で書き込みを参考にした対策を取らせていただいたため、
荒らしに対抗策を取られることを遅らせるために削除させていただきました。
対策は上手くいけばしばらく保つと思います。
状況確認と必要な場合に可能な限り早く削除する体制はこちらで続けていきますので、
どうか御了承ください。


143 : 作為的な怪奇現象 7話 :2023/02/03(金) 02:02:27 ggpqmDu.
>>59の続きです

くだんの広場に○○が降り立ってすぐに、○○はもちろんであるけれどもこの場にいる全ての人物が気付いたことがある。
臭いのだ、この場の空気が。
「何だこの……胸が焼けるような嫌な臭い。阿求、ハンカチで鼻を抑えた方が良い」
○○はとっさに懐からハンカチを取りだしたが、しかしながらそれは阿求のためであった、○○はそのまま自分では自分のハンカチを使わずに、人力車の中にまだとどまっている阿求に対して手渡した。
稗田阿求の身体の弱さを考えれば人力車に留まるのは妥当な判断だろう、とはいえ人力車の中ならそこまで臭いも、何より稗田阿求自身だってハンカチの一枚も持っているはず。
上白沢の旦那はそう思いながら、自分のハンカチで自分の鼻先を抑えながら、阿求にハンカチを渡したと思ったら、人力車からまた身体を出してきた○○が今度は明らかに女物のハンカチ、つまりは阿求のハンカチで○○の鼻を抑えているのには、別に表情だとかにはあからさまに出さない物の、やや閉口するような感情を覚えざるを得なかった。
分かり切っていた事なのだけれども、詰まるところで事件も依頼も依頼人も、全て稗田夫妻がイチャつくための踏み台なのだ。
ただ上白沢の旦那は閉口するような感情を抱いたとしても、正直な話で部外者だ、本当に辛いのは依頼主と言うか流れで依頼主にさせられた形すらある、射命丸の方だろう。

上白沢の旦那はチラリと射命丸の方を見たが……まぁ、案の定と言えるような表情であった。まさか明るい表情を、そんな物を浮かべられているはずは無かった。
○○からダメもとでカマをかけられたとき、それこそ○○の性格を考えれば本当に何も無かったり話してくれずにいたとしても、○○ならば残念そうにはするがすぐに引き下がってくれた。
だが話してしまった以上、もう射命丸の手を離れてしまった言って良かった。よほどの不利益が射命丸に降りかからない限りは、もうこの依頼をやっぱりなかった事にしてくれとは言えなくなってしまった。
ましてや知り合いの腹の底を探る様な物らしい、それが余計に射命丸の表情に後悔と苦悶のような表情を作っていた。

……それに、射命丸に不利益が入ろうが恐らくこの話はもう止まらなくなってしまった。
○○と阿求がイチャイチャしながらお互いのハンカチを交換……したのを恐らく彼女は……東風谷早苗は見計らって出てきた。
少し、空気が張り詰めたのを感じた。まだ稗田家中にまでは波及していない様ではあるけれども、○○が慌てて人力車の中にまだいる稗田阿求の様子を確認したり、東風谷早苗に近づくべきかをはかりかねていた。

厄介なファン。
いつだかに○○が自ら、特に東風谷早苗の事は話題にしていないのに彼女の事をそう表現したのを上白沢の旦那は思い出した。
……そう言う事にしたいのだな。と言うよりは、そう言う事にしてしまわないと危険な事になりかねない。
上白沢の旦那は理解できた、それも瞬時に。
この嗅覚に関しては、一線の向こう側を嫁にした物だからこその……仲間意識と言っても良かっただろう。
上白沢の旦那は胸が焼けるような悪臭を、ハンカチを鼻に押し当てて軽減させつつも真っ直ぐとした足取りで○○の元に向かった。
たぶんここで一番かわいそうなのは射命丸だろう、本格的に肩を持ったり助け船をだすつもりは上白沢の旦那の方になくとも、それでもある程度でも苦境を見て取って同情してくれる存在がいなくなったと、そう言ってしまってよかったのだから。。
だが見方を少し変えれば、完全な部外者にもなれるのだからそう悪くは無いだろうとも上白沢の旦那は思っていた、依頼をした時点でもう止まらなくなってしまったのならばそれ以上関わらなくても、○○は何も言わないだろうし稗田阿求も○○の活動が見られればそれで満足してしまう。
だから射命丸の事はもうあまり、考えてはいなかった。今はそれよりも○○が大事であった、上白沢の旦那にとっては。


144 : 作為的な怪奇現象 7話 :2023/02/03(金) 02:03:38 ggpqmDu.
「ああ……まぁ、精神的な余裕と言う点では、私にこれ以上はね?と言う感じに釘を刺すことをあなたにせよ○○さんにせよ両方が考えてはいても、上白沢慧音は自分に魅力がある事に自信を持っていますから、旦那が他の女と少し近づいても余裕はあるか……稗田阿求と違って」
……どうやら上白沢の旦那が東風谷早苗に刺さなければならない釘は、二種類に増えてしまったようだ。
いや、○○の事を気に入っているのであれば稗田阿求に対して良い印象を抱くはずは無いのだから、結局はそうしなければならないと言うのは遅いか早いかの差でしか無いのかもしれないけれども。

上白沢の旦那はチラリと、早苗が何故か連れてきた河城にとりの方を見た。
別に彼はにとりに対して敵意だとか疑いを持つような事は無いのだけれども、この状況が穏やかであるはずは無いのはにとりとしては十二分に理解できていた、それゆえでにとりは上白沢の旦那に対して会釈の様な媚びの様な笑顔を見せつつも、自分はこの件とはそこまで関係していないとでも表現がしたいのか、ゆっくりとだけれども確たる意思と足取りで上白沢の旦那と東風谷早苗の見せる、近場にいるにとりだからこそはっきりと分かってしまったある種のにらみ合いから距離を取ろうとしていた。
そして幸いな事ににとりが逃げる事を、だれも咎めなかった。
もしも何かあれば○○が後でそれとなく、あるいはあからさまかも知れないけれども、どちらにせよ○○がにとりを全く放置するとは思えないし、○○が接触するのならばこの状況に臆して距離を取りたがる人物の方が、稗田阿求の疳の虫を騒がせる可能性は限りなく低くなってくれるだろう。
やはり東風谷早苗は自分が見なければならない、上白沢の旦那は分かっていた事とは言え……東風谷早苗の一切迷っていない目線を見るとうんざりとするような感情がどうしても上白沢の旦那の中には出てくる。
この役目、彼は義務とまで思う事が出来ているけれども、どう考えても厄介で疲れる仕事なのだから。
「東風谷早苗、お前は怖くないのか稗田阿求が?俺は怖い、だから東風谷早苗、俺はお前の前に出て邪魔をする必要があるんだ」
……主に稗田阿求の苛烈さのせいで、上白沢の旦那は疲れてしまうのだけれども。
「厄介な相手だなぐらいには思っていますよ、稗田阿求の事を。それと結婚できてる○○さんへの尊敬の様な念はありますね」
「……俺だから良いが、本人には言うなよ?稗田阿求にはもっとだ、そうなると俺も東風谷早苗の事を厄介の源泉と考えて、一切の擁護が出来なくなってしまう」
「さすがにそこまでのあからさまな事はしないですよー」
早苗は一応、稗田阿求にちょっかいを出さない事を明言しているけれども……両手を上白沢の旦那の前でふりふりさせながら、笑顔で言われても……はっきりと言って信用は出来なかった。
確かに今すぐ強硬策をとると言う事は無いのかもしれない、だがそれは飽くまでも『今はまだ』と言いうような気配を覚えざるを得なかった。
いずれは必ずというのが分かっているのに、今が大丈夫だからと言ってもそれは慰めとしてはあまりにも弱かった。
第一……稗田阿求にこんな事を思うのも不敬であるよりも実際的で唯物論的な上白沢の旦那にとっては、ただただ怖いのだけれども。
稗田阿求と実に健康体である東風谷早苗の身体の丈夫さを比較して考えてしまうと……
ただもっと怖いのは、東風谷早苗が後釜で満足するか?と言う部分も存在していた。

「まぁ、信じてもらおうとは思ってませんよ」
怪訝な顔を早苗に対して浮かべ続ける上白沢の旦那に対して、早苗はさっきから笑顔で応対を続けている。
この程度の障害は、全く持って予測の範囲内とでも言いたいのかもしれない、早苗の笑顔からは邪気と言う物が見えなかった。
こうなってしまうと上白沢の旦那の方が東風谷早苗に対して、精神的な部分で後れを取ってしまう。
少なくとも上白沢の旦那は今の早苗に対して、厄介だとか不気味だとか、およそ東風谷早苗の事を強敵であることを認めざるを得ない単語を、いくつも思い浮かべてしまっていた。
だからと言って逃げてはならないのだけれども、逃げれば○○が苛まれてしまう。
結局自分は○○の友人でありたいし○○の事を助けたいのだなと、苦難にまみえている時の方がそれを強く思わされる。
笑みも浮かぶ、自嘲だとか皮肉気な物などではなく、真っ当な意味での。
「やっぱり貴方は、○○さんの事を大事に思われているんですね」
早苗からもそう言われてしまった、彼女の言葉尻に茶々を入れるだとかそのような悪意は感じ取れなかったが……厄介だと思っている存在から言われるのは、気恥ずかしさよりも苛立ちが勝る、たとえ言葉通りで皮肉など無かったとしてもだ。


145 : 作為的な怪奇現象 7話 :2023/02/03(金) 02:05:00 ggpqmDu.
だが、こんな所までやってこれる早苗に上白沢の旦那が見せたイラっと来たような表情一つで、臆するはずは無かった。
「ひとまずこれは、私よりも貴方が○○さんに渡した方が……稗田阿求の疳の虫も、騒がせずに済むでしょう」
むしろ早苗は、上白沢の旦那に対して何かを押し付ける事までやってのけていた。
一瞬、上白沢の旦那は早苗の突き出してきた……袋自体は何の変哲もない、紐の付いた布袋であるけれども、その中にある物が問題であった。
すえた悪臭のする布切れが袋の中には入っていた、きっとこいつがこの地に漂う悪臭の源泉、これだけでは無いと思うがそのうちの1つなのかもしれなかった。
袋の中にある悪臭を放つ布切れは、悪臭を放つだけはあり黒々とした汚れがにじんでいた、元は真っ白な布切れだったのかもしれないがここまで汚れて、しかも悪臭まで放つようになったのであればもはや雑巾にも使えない程に汚れていた。

「何も関係がない、とは思いません」
「まぁな……」
それは上白沢の旦那も認める所であった。
とはいえ、素直にその袋を受け取りたくなかった……単純に汚いと思ってしまったからだ、たとえ早苗が原因の布切れを袋で一枚噛ませてくれて、直接触れる事も無いように紐付きであったけれども、それでもやっぱり忌避する感情は止められなかった。
「別に」
ただ早苗からすれば、どっちでも良かった部分がある。
「貴方がこいつに触れるのを嫌がるのならば、私が○○さんに渡してきますよ?稗田阿求が何を思うかは知りませんがね」
その時の早苗の笑みからは、挑発的な物よりも嬉しそうな物を上白沢の旦那は感じ取ってしまった。
……やりかねないではなくて、こんな、言ってしまえば乙女のような笑みを浮かべてしまう早苗なら、やりかねないでは無くてやるとしか言いようがなかった。
しかしながらこんな状況で乙女心を出せる東風谷早苗と言う存在は……こいつには怖いと言う感情がないのか?そう思ってしまった、上白沢の旦那は稗田阿求が怖くて早苗から悪臭の源が入った袋をひったくるように受け取ってしまったのに。

「はははっ」
稗田阿求に対する怯えから動き出してしまった上白沢の旦那の事を、早苗は軽く乾いた様子で笑った。
……これなら苛立ちだとか怒りだとか、そう言った感情を見せられた方が心を解する存在であると分かって、有難いぐらいであった。
「稗田阿求をダシにすれば、俺が怖がって動くと言うのは……それが考えなのか?」
先ほど早苗の口から出てきた稗田阿求の名前に、早苗が何も考え無しに危ない橋を渡っているとは思えずに……と言うよりは考えと言う物が早苗にはあってほしかった。
「まぁ、ある程度以上はそう考えてましたよ?最も別に、貴方がもっと稗田阿求を怖がって動けなくとも、その時でも私が行くので本当の所は、どっちでも良かったのですがね」
とはいえまさか、上白沢の旦那としても早苗にいきなり決意と言う物を持たせたくはなかった。
……上白沢の旦那はしばらく、東風谷早苗から遊ばれても構わなかった。
稗田阿求に接触されるよりはマシだった。

「ま、言いたい事はありますけれども。これ以上貴方を苛ませたり茶化しても、利益はありませんから」
そう言うと早苗は、挨拶も無しに飛びあがって……人里の方向に飛んで行ってしまった。
ここで一番哀れなのは、早苗に連れてこられた上に一人置いてけぼりにされてしまった河城にとりであろう。
彼女はヤバいと思いつつも、挨拶や会釈もなしに立ち去るのが一番まずいと思っていたのだろう。
袋を持った上白沢の旦那や、奥の方で事態の推移を見守る○○に向かって固い笑顔でペコペコと頭を下げながら、少しばかり歩いてから……彼女は妖怪の山の川に住んでいる存在なので、そちらの方向に飛んで行った。
上白沢の旦那は本当にほっとした……特に、まだ人力車の外には○○しかいなかった。
つまり、東風谷早苗がいたと言う情報はさすがに隠せないが、一番怖い存在が東風谷早苗の挑発含みの行動に、本気で気づかないでいてくれている可能性があったからだ。
そしてその可能性は、上白沢の旦那に近づいて来てくれた○○の表情も、さして悪くはなかった事から確たるものとなってくれた。

……とはいえ、この場を乗り切れただけなのだけれども。

続く


146 : 作為的な怪奇現象 8話 :2023/03/03(金) 00:34:10 QMHjWtCY
>>145の続きです

○○は空を見上げて、明らかに何かを知っていそうなにとりの方にではなくて東風谷早苗が飛んで行った方向を、ずっと見やっていた。
「河城にとりは……何かを知っているのかな?」
上白沢の旦那はこの空気を――ただでさえ東風谷から手渡された、悪臭のする布切れ入りの巾着を手に持っているのに――何とかしたくて、とにかく話題の方向性ぐらいは上白沢の旦那としては操作しておきたかった。
「あれは」
だが○○は、上白沢の旦那のせめてものと思いながらひねり出した言葉を……無視されたとは思わなかった、それはあまりにも悲しいから、だから上白沢の旦那は○○がまた考え込み過ぎて聞こえていないんだとそう思い込むことにした。
「あれは、東風谷早苗は厄介な好事家あるいは夜遊びを続けて朝帰りが常でシラフの時の方が少ない洩矢諏訪子に対する、意趣返しとしての遊び歩き……そうでなければならない」
○○の口ぶりにやや、上白沢の旦那は皮肉気な笑みをこぼさざるを得なかった。
「そう『する』んだろ?東風谷早苗がどう思おうとも。稗田阿求は、彼女が存命のうちは全ての現実よりも上に稗田阿求がいるんだから」
東風谷早苗の意向に関係なく、そう『する』。
ここで留めておいたのであれば、付き合いの結構長い事もあり○○も上白沢の旦那に同調して皮肉気に笑みを、つられて出してしまったかもしれない。
けれども上白沢の旦那は少し、喋り過ぎた。

「そうだが?」
○○がスッと上白沢の旦那に向かって目線を、間違いなく圧を出しながら目線を合わせてきた時、上白沢の旦那は稗田阿求から圧をぶつけられた時と、非常によく似た雰囲気を感じ取らざるを得なかった。
よく似たで済んでいたのは、まだ○○が彼の事を友人だと認識しているからだろう。
「俺は阿求をこの世で最も大事にしている、阿求が俺を最優先にしてくれているのだから当然の事だ」
○○が上白沢の旦那に対して本気で何かを、苛立ちを覚えたのであれば、このセリフをつらつらと述べている間も、上白沢の旦那に対して更なる圧を込めるために目線を合わせたままでいただろう、だが○○は目線をどこも見ていないような中空に向けて述べだした。
上白沢の旦那はこの○○の行動に対して、感情が高ぶったゆえにどこも見れなくなったつまりは本気なのか、それとも自分自身に言い聞かせているのか、判断をつけかねざるを得なかった。
だけれどもこれ以上、上白沢の旦那が自分から何か喋るその勇気は出てくるはずも無かった。

……いつもこうだなと感じる、自分から何か動くと大体こうなる。
鬱々とした気持ちにならない訳ではないけれども、いざもっと不味い事になるとそれを考えた際に上白沢の旦那の脳裏に浮かんできたのは……東奔西走する慧音、自らの妻の姿であった。
それは、不味い。
とても不味い、稗田家の不興を買うよりも慧音が苦労する事の方が、この旦那にとっては不味いと思える事であった。
……今はまだ、上白沢の旦那はそこまで思い至っていないけれども、この二人は非常によく似ている存在であった、だから仲良く出来ているのかもしれないけれども。
裏を返せば……これに近づける東風谷早苗は……かなりヤバい女と言う事になってしまうのだけれども。
最も、ヤバくなったのか最初からヤバかったのか、あるいはヤバくしてしまったのか……そこまでは分からないけれども。


147 : 作為的な怪奇現象 8話 :2023/03/03(金) 00:35:25 QMHjWtCY
「……で、それは?」
○○がいつものワクワクしたような様子を隠せていない表情で、上白沢の旦那が東風谷早苗からある意味では押し付けられた巾着袋を指さした時、上白沢の旦那はホッとしたと言う以外の感情を出すのは難しかった。
そしてこのホッとした感情をそのまま持続させるには、余計な事を言わない事、阿求の思い通りになるのは悔しいけれども自分は名探偵のよき友であり助手、その配役から逸脱しない事であった。

「ああ……その、見るか?どう考えても気持ちのいい物では無いのだけれども……」
「だから余計に面白そうでね……ああ、そう……何も考えずに君に渡すはずがないだろうし……気付いてほしいと言う意図を強く感じる」
強くて大きな間も、○○から感じざるを得なかった。
明らかに○○は、東風谷早苗の名前を出さないで済むような言葉の使い方を選んでいた。
「……ああ」
上白沢の旦那は何も言わなかった、東風谷早苗の事を指摘するのは自分の台本にはどう考えても書かれていない事象だと、そう理解が出来ていたから。

○○と上白沢の旦那はややまごつくような場面を見せながら、問題となっている茶巾袋を上白沢の旦那は○○に手渡した。
別の意味でまた上白沢の旦那はホッとせざるを得なかった、こんな悪臭の源を自分の手に持ち続ける事が無くなったおかげで。
「ふぅむ……」
とはいえ、予想通り○○も中身の悪臭が耐えかねる上にどす黒く汚れた布切れに対して少しばかり眉根を寄せたけれども、やっぱり面白そうな気配を感じ取ったのか笑みの方が眉根を寄せる顔よりも強く前に出ていた。
「機械油だね」
「油?」
機械類になじみのまだまだ薄い幻想郷土着の人間である、上白沢の旦那は油と言う言葉に反応して怪訝な反応を示した。
まぁ、しかたがないだろう、油と言えば食用油を想像してしまうのは。
「いや待て……ああ、そうか。いつだったかにカラクリの歯車に何か塗りたくってるのを見たことがある。そう言う奴だろう?」
しかしあの上白沢慧音の夫を――慧音本人が一線を越える程に愛してしまったからこの夫の能力はもう些末な部分かもしれないが――やれるだけはあり、○○が説明をする前に上白沢の旦那は自力でこいつがどういう物かに心当たりを付けてくれた。

「ああ、そうだ。とはいえ……これが河城にとりと言うよりは、河童と関係あるとは思えないのだよね」
「なぜ?怪しすぎて怪しくないなんて言うなよ?」
少し、場の空気が元通り――極端にそして露悪的に評価すれば稗田阿求の思う、見たい空気なのだけれども――になったのか、それで稗田阿求は安心して、人力車から降りてこの場の様子を観察……と言うよりは観劇でも始めたと言うべきなのかもしれなかった。

「河童は川辺に住む連中だ、水質には非常に敏感な連中だよ。機械油を全く使ってないとは考えられないが、もっと臭いのきつくない物を性能よりも水質を気にして選ぶ傾向にある……」
「じゃあ河城にとりはどういう役回りだろう?」
「誰かの代わりに疑われておきたいとにらんでいるよ、俺は」
中々、今回も真っ正直に真っ直ぐな方向に話は転がったりはしてくれ無さそうであった。

ここで○○は人力車のそばに降り立っている阿求に気付いて……まさか阿求に対してこんなものを近づけたくないと言う……まぁ確かに真っ当な考えから、持っていた巾着袋を上白沢の旦那に付き返してしまった。
げっ、とは思ったが○○が阿求の方ばかりを見ているので受け取らざるを得なかったが、すぐに地面に置いてしまった。
それぐらいは許してほしかった。


148 : 作為的な怪奇現象 8話 :2023/03/03(金) 00:36:54 QMHjWtCY
「阿求」
○○は阿求を招き寄せる前に、もっと言えば近づいていくその途上からすでに自分の身体に悪臭が付きまとっていないかを随分気にして手のひらやら袖口を鼻に持って行ってしきりに確認をしていたけれども。
阿求は○○の気にしている部分など、私は気にしていませんよと言いたいのだろう駆け寄って抱き着いてくれた。
その際、この場について来てくれた護衛でもある、稗田家の精強な者たちはそれとなく違う場所を見たり、いきなり雑談を始めたりした。
それを見ていると、上白沢の旦那も配慮すべきとの考えが自然とわいた。

「大丈夫かな?」
○○は、阿求なら絶対に気にしないと言う信頼はある物の、だからと言って女性を相手にしているのに何も気にしない等と言うのは、いくらなんでも心のある存在のやる事ではない、ましてや相手は自分を愛してくれているのだから。
「無体な事を言わないでくださいな、私は○○は何の汚れも無い存在だと思っているのですから。たとえ汚泥の中に足を滑らした後でも、それはあなたの崇高な行いの途上で起きた、名誉の負傷です。私はあなたの、○○の為にいくらでも布切れを汚してきれいにしてみますわ」
阿求なら実際にやるだろう、それでもそれを信じ切る事が出来ても、わざわざしっかりと口に出して表現されると非常に、気恥ずかしい物だけれども……護衛の為に付き添ってきた稗田家の者たちは、すでにその気恥ずかしさを目にしないように視線を外してくれている。


「それで、これからは何を?」
「うん、カマをかけて見ようかなと……まぁ、何となくさっきの河童じゃなくて山童かなぁ、とは思うけれども……それでも河城にとりにカマをかければ、彼女本人は口を割らなくても場の状況が動いてくれる」
「それはとても、楽しそうは性の悪い感想ですね。ふふっ」
「ははは」
とはいえ一番楽しいのは、○○が辺りを闊歩して……悪く言えば引っ掻き回して何かを調べている場面を見る事なのだけれども、阿求の先の言葉を思い出せば、阿求にとって○○の名探偵としての行動はすべてが、崇高なのである。
人里でならばともかく、河童にそれをやるのは悪い気はするものの……まぁ良い、人間の寿命は連中よりも短いから良いだろうこれぐらいと言う、正当化を○○は内心で見せてしまっていた。
――何よりも阿求はその業から特になのだから、余計に堪えて欲しい、むしろ堪えろとまで言いたかった――

続く


149 : ○○ :2023/03/05(日) 01:19:42 iA7lJL7g
いつも大作お疲れ様です。
思惑が渦巻いてるけど抱き着く阿求が可愛くて癒されました


170 : 避難所管理人 :2023/03/24(金) 19:36:09 ???
【業務連絡】削除作業完了しました。【管理人】
なお、スレ立て荒らしが発生したためスレ立てに制限をかけています。
そうそう新たなスレが必要となる場所ではないですが、
相談等あれば運営・削除依頼スレなどで御連絡ください。
引き続き、荒らしを見つけ次第早めの削除を行っていきます。


225 : 作為的な怪奇現象 9話 :2023/03/26(日) 04:14:51 rMAw5scM
>>148の続きです

「さて、河童なら人間とは幸いにも少し以上に仲良くしてくれているから、それに技術者気質の連中だから、しきりに作った物を見せたがっているのはますます幸いだ、こっちから会いやすい」
やはり行動こそが○○にとっての健康の秘訣なのだろうか、色々と○○は頭をそして体を動かしている時の方が、明らかに生き生きとしている。
面倒を嫌うよりも前に、薄暗い部屋で書類や本の山に囲まれて思索にふけると言うのは、○○の性格とは合わない……と言う上白沢の旦那の考察に対しては、自画自賛の気配もあるけれども彼自身もそれなりに正しいと思っていた。
しかしながらそれなり止まりであった、まだ言語化出来ていないのが上白沢の旦那としては悔しいけれども。

「今日はさっそく河童の集落と言うか出張所に行こう、あそこは人里とも商いがあるから割と近くに拠点を構えてくれていて助かったよ。カマをかけに行くと言うのが目的なのは、やや申し訳ないけれどもね」
○○が両手を揉みながら、ワクワクとしているのは間違いが無いのだけれども上白沢の旦那と目が合ったら、○○は急かす様な様子をやや出しながら、上白沢の旦那にあてがわれている人力車に乗るように、一緒に行くぞと言う様子を大いに出していた。
そして無論の事で上白沢の旦那が乗ってきた人力車の引き手も、稗田夫妻に呼応して扉を開けて……くれたと上白沢の旦那は思いこむ努力を……今回だけではない、意識しているかいないかの差でしかなく、常に行っている。
その努力のたまものだろう、上白沢の旦那の主観ではさながら夢遊病患者の如く、意識をあまり持たずとも人力車の扉をくぐって席へと座ったのは。
意識が覚醒した後でさえも、自分が稗田阿求の台本に沿った動きをしたことさえ分かっていれば、そこまで大事だとは思いもしないのだ。
その途上にて、何も考えていなさそうな上白沢の旦那の姿に対して、○○は一瞬目をむいたけれども……
「例の、汚れた布が入った袋は忘れないで持ってきてくれよ?」
それだけを言ったら、すぐに稗田阿求の方を優先した。

確かに○○は稗田阿求に対して愛はある、それを残念と思うかはたまた純粋だと思うか。
あるいは、○○が阿求を愛するように仕向けている?

辺りに突風とまでは行かないが、風が舞った。
まさかと○○は思ったが……気付かないふりをして、阿求の方だけを見た。
○○が気付かないと言う事を、○○自身が選んで演じたため、緑の巫女の視線と姿は結局誰にも観測されることは無かった。


「げっ……”やっぱり“何かあったな」
人里との交流と交易の為に、利便性の比較的良い場所に出張所のような物を作っている河童たち、そのうちの一人が明らかに仕立ての良い人力車を見た瞬間に、そうは言っても中心地からは外れているこの場所に、お大尽と言えるような存在が……いやそれだけならばまだ、河童から何かを買いたいと言う好事家が現れたかもしれないと言う、楽観的な予測もまだ立てて良い。
人力車を守るように体格のいい連中が付き従っている、つまりあの中身の社会的地位がそれだけで推し量れてしまうし、商いがやりたいのならば護衛がいたとしてもあんなには必要はない。
「やぁ、どうもどうも。突然に申し訳ありませんね」
そして満を持して――少なくとも降り立った彼はそう思っていそうだった――人力車から降りてきたのが、あの稗田○○であると言う事に至っては、本格的に何かが起こっている事を、この河童は理解して認める必要に迫られてしまった。
自然と、空気を求めるかのようにこの場合は平穏を求めて、自分の後ろ側に逃避する場所でも無いかと一縷の望みを探したかったが。
この場合は抜け駆けと表現しよう、この場にいる他の河童が、辺りを見て逃げ場を探していた河童に視線を寄こして逃げるなよと圧力をかけていたし。
その河童にしたって、他の河童から逃げられないように動線をふさがれていたし、もっと言えばこの動線を塞いでいる河童にしたって他の河童から……
つまり互いが互いに、逃げたいのはやまやまであるが逃げるわけにはいかない、であるのならば誰かが逃げるのを妨害する事に決めてしまったのだった。
最も、後ろに行くだけでは何も解決しないのだけれども……
ただそれでも、逃げ場をせめてどこかと思って探した河童が最も貧乏くじを引いていた、この者は寄りにもよって一番前に、つまりは稗田○○に一番近い場所にいてしまった。
(くそ、逃げ場がないな……)
この河童はまだ、余所行きあるいは商い用の笑顔を作る余裕はあったが、内心の逃げたいと言う意識が強すぎて、表情に対して継ぎはぎだなと言う印象は本人ですらぬぐえなかった。
「申し訳ないとは思っている」
○○もつい、用向きを言う前にまず謝罪の様な言葉を出してしまったが……態度のほどはまるで悪びれてはいなかった、思ってもいないなら言うなと河童は言いたかったがそうすれば面倒が増えるだけだ。


226 : 作為的な怪奇現象 9話 :2023/03/26(日) 04:18:14 rMAw5scM
「げっ……”やっぱり“何かあったな」
人里との交流と交易の為に、利便性の比較的良い場所に出張所のような物を作っている河童たち、そのうちの一人が明らかに仕立ての良い人力車を見た瞬間に。
そうは言っても中心地からは外れているこの場所に、お大尽と言えるような存在が……
いやそれだけならばまだ、河童から何かを買いたいと言う好事家が現れたかもしれないと言う、楽観的な予測もまだ立てて良い。
人力車を守るように体格のいい連中が付き従っている、つまりあの中身の社会的地位がそれだけで推し量れてしまうし、商いがやりたいのならば護衛がいたとしてもあんなには必要はない。
「やぁ、どうもどうも。突然に申し訳ありませんね」
そして満を持して――少なくとも降り立った彼はそう思っていそうだった――
人力車から降りてきたのが、あの稗田○○であると言う事に至っては。
本格的に何かが起こっている事を、この河童は理解して認める必要に迫られてしまった。
自然と、空気を求めるかのようにこの場合は平穏を求めて、自分の後ろ側に逃避する場所でも無いかと一縷の望みを探したかったが。
この場合は抜け駆けと表現しよう、この場にいる他の河童が、辺りを見て逃げ場を探していた河童に視線を寄こして逃げるなよと圧力をかけていたし。
その河童にしたって、他の河童から逃げられないように動線をふさがれていたし、もっと言えばこの動線を塞いでいる河童にしたって他の河童から……
つまり互いが互いに、逃げたいのはやまやまであるが逃げるわけにはいかない、であるのならば誰かが逃げるのを妨害する事に決めてしまったのだった。
最も、後ろに行くだけでは何も解決しないのだけれども……
ただそれでも、逃げ場をせめてどこかと思って探した河童が最も貧乏くじを引いていた。
この者は寄りにもよって一番前に、つまりは稗田○○に一番近い場所にいてしまった。
(くそ、逃げ場がないな……)
この河童はまだ、余所行きあるいは商い用の笑顔を作る余裕はあったが、内心の逃げたいと言う意識が強すぎて、表情に対して継ぎはぎだなと言う印象は本人ですらぬぐえなかった。
「申し訳ないとは思っている」
○○もつい、用向きを言う前にまず謝罪の様な言葉を出してしまったが……態度のほどはまるで悪びれてはいなかった、思ってもいないなら言うなと河童は言いたかったがそうすれば面倒が増えるだけだ。


227 : 作為的な怪奇現象 9話 :2023/03/26(日) 04:19:05 rMAw5scM
「げっ……”やっぱり“何かあったな」
人里との交流と交易の為に、利便性の比較的良い場所に出張所のような物を作っている河童たち、そのうちの一人が明らかに仕立ての良い人力車を見た瞬間に。
そうは言っても中心地からは外れているこの場所に、お大尽と言えるような存在が……
いやそれだけならばまだ、河童から何かを買いたいと言う好事家が現れたかもしれないと言う、楽観的な予測もまだ立てて良い。
人力車を守るように体格のいい連中が付き従っている、つまりあの中身の社会的地位がそれだけで推し量れてしまうし、商いがやりたいのならば護衛がいたとしてもあんなには必要はない。
「やぁ、どうもどうも。突然に申し訳ありませんね」
そして満を持して――少なくとも降り立った彼はそう思っていそうだった――
人力車から降りてきたのが、あの稗田○○であると言う事に至っては。
本格的に何かが起こっている事を、この河童は理解して認める必要に迫られてしまった。
自然と、空気を求めるかのようにこの場合は平穏を求めて、自分の後ろ側に逃避する場所でも無いかと一縷の望みを探したかったが。
この場合は抜け駆けと表現しよう、この場にいる他の河童が、辺りを見て逃げ場を探していた河童に視線を寄こして逃げるなよと圧力をかけていたし。
その河童にしたって、他の河童から逃げられないように動線をふさがれていたし、もっと言えばこの動線を塞いでいる河童にしたって他の河童から……
つまり互いが互いに、逃げたいのはやまやまであるが逃げるわけにはいかない、であるのならば誰かが逃げるのを妨害する事に決めてしまったのだった。
最も、後ろに行くだけでは何も解決しないのだけれども……
ただそれでも、逃げ場をせめてどこかと思って探した河童が最も貧乏くじを引いていた。
この者は寄りにもよって一番前に、つまりは稗田○○に一番近い場所にいてしまった。
(くそ、逃げ場がないな……)
この河童はまだ、余所行きあるいは商い用の笑顔を作る余裕はあったが、内心の逃げたいと言う意識が強すぎて、表情に対して継ぎはぎだなと言う印象は本人ですらぬぐえなかった。
「申し訳ないとは思っている」
○○もつい、用向きを言う前にまず謝罪の様な言葉を出してしまったが……態度のほどはまるで悪びれてはいなかった、思ってもいないなら言うなと河童は言いたかったがそうすれば面倒が増えるだけだ。


228 : 作為的な怪奇現象 9話 :2023/03/26(日) 04:19:52 rMAw5scM
「げっ……”やっぱり“何かあったな」
人里との交流と交易の為に、利便性の比較的良い場所に出張所のような物を作っている河童たち、そのうちの一人が明らかに仕立ての良い人力車を見た瞬間に。
そうは言っても中心地からは外れているこの場所に、お大尽と言えるような存在が……
いやそれだけならばまだ、河童から何かを買いたいと言う好事家が現れたかもしれないと言う、楽観的な予測もまだ立てて良い。
人力車を守るように体格のいい連中が付き従っている、つまりあの中身の社会的地位がそれだけで推し量れてしまうし、商いがやりたいのならば護衛がいたとしてもあんなには必要はない。
「やぁ、どうもどうも。突然に申し訳ありませんね」
そして満を持して――少なくとも降り立った彼はそう思っていそうだった――
人力車から降りてきたのが、あの稗田○○であると言う事に至っては。
本格的に何かが起こっている事を、この河童は理解して認める必要に迫られてしまった。
自然と、空気を求めるかのようにこの場合は平穏を求めて、自分の後ろ側に逃避する場所でも無いかと一縷の望みを探したかったが。
この場合は抜け駆けと表現しよう、この場にいる他の河童が、辺りを見て逃げ場を探していた河童に視線を寄こして逃げるなよと圧力をかけていたし。
その河童にしたって、他の河童から逃げられないように動線をふさがれていたし、もっと言えばこの動線を塞いでいる河童にしたって他の河童から……
つまり互いが互いに、逃げたいのはやまやまであるが逃げるわけにはいかない、であるのならば誰かが逃げるのを妨害する事に決めてしまったのだった。
最も、後ろに行くだけでは何も解決しないのだけれども……
ただそれでも、逃げ場をせめてどこかと思って探した河童が最も貧乏くじを引いていた。
この者は寄りにもよって一番前に、つまりは稗田○○に一番近い場所にいてしまった。
(くそ、逃げ場がないな……)
この河童はまだ、余所行きあるいは商い用の笑顔を作る余裕はあったが、内心の逃げたいと言う意識が強すぎて、表情に対して継ぎはぎだなと言う印象は本人ですらぬぐえなかった。
「申し訳ないとは思っている」
○○もつい、用向きを言う前にまず謝罪の様な言葉を出してしまったが……態度のほどはまるで悪びれてはいなかった、思ってもいないなら言うなと河童は言いたかったがそうすれば面倒が増えるだけだ。


229 : 作為的な怪奇現象 9話 :2023/03/26(日) 04:20:33 rMAw5scM
「お察しの通り、商いでもなければ気になる機械類を見せてくれと言うわけでもないんだ……情報が欲しくてね、河童の身内かもしれないんだよ」
相変わらず、よく言えばひょうひょうとしている、悪く言えばうさん臭さを持ち合わせながら○○は、さりとて諦める気など無いと言う頑なさも持ち合わせながら、上白沢の旦那の方に目くばせを与えた。
ようやく、この薄汚れた布の履いている茶巾袋を手放せるのか。
河童に対する厄介な事になったな君たちと言う同情心が、この瞬間には上白沢の旦那の中から消えてしまった。
悪いなとは……思ったけれども、自分は何もしない感情も出さない方が良いなとも思った。
間違いなく○○の雰囲気がそれを上書き所か、上白沢の旦那の態度がわざとらしくて却って嫌味に聞こえる。
それぐらいの客観視は上白沢の旦那にだって可能だった。


「多分、機械油だと思うんだけれどもね。こういうのは河童さんたちの方がお詳しいかと思って」
上白沢の旦那から茶巾袋を受け取った○○は……中身の悪臭の事には一切言及せず――どう考えてもわざとだ――完全に不意打ちの形で○○は目の前の河童に茶巾袋の中身を見せた。


「おえっ!?」
不意打ちの効果は最大限に存在したようで、運悪く○○の応対をせざるを得なかった河童は更に運の悪い事に、機械油らしきものの悪臭を思いっきり嗅ぐことになったが。
「山童の臭いじゃないか!河童と一緒にするな!!こんな物を河童は使わん!どうせあいつらまた、山の適当な所に捨てて行った奴だろそれ!?」
不意打ちと、後はそこに加えて種族間の対抗意識と言う奴が感情に対して火を付けてくれたのだろう、○○が何かを聞く前に中々重要そうな情報を目の前の河童は口走った。
上白沢の旦那には○○の後ろ姿しか見えていないが、○○が当たりを引いたぞと言う喜びの感情を抱いたのは、これを例え背中姿でもはっきりと確認できた。
同時に、まだ阿求が乗ったままの人力車からも……華やいだような雰囲気が、稗田阿求の姿が無いのに○○が喜んでいるのと同じぐらいに、間違いなくそうだと思う事が出来た。
あるいは人力車の座席に垂らされている御簾(みす)が揺れ動くのが、無意識下でも視界の端に捉えたことで、中に載っている阿求の感情に気付いたか。
もっとも、人力車の位置的に○○の表情は中にまだ乗っている阿求からも観測できる位置だ。
○○が喜んでいるのならば、稗田阿求も喜ぶだろうではなく絶対に喜ぶと言うのは、どんな簡単な文章問題だの作中の登場人物の意図よりも簡単に思う事が出来る。
それぐらい、稗田夫妻の精神的なつながりは密接なのだ。もはやどちらか片方がいなくなることを、まるで想像できないぐらいに。


230 : 作為的な怪奇現象 9話 :2023/03/26(日) 04:23:09 rMAw5scM
「なんだよ、やっぱり山童に私たちは巻き込まれているだけか!?」
「最近羽振りがいい山童がいくらか見えて嫌な気したが、やっぱりろくでもない仕事だったんだな!」
「あいつらはいつも妙な物を振りまきやがって!姿が見えないのに気配がうるさい!!」
「けばけばしい連中だ!風情が足りない!!」
「ついに尻尾だしたな!山童はいつもそうだ!変な事に首突っ込んで、周りを巻き込む!」
さすがは、職人どうしと言う奴か。
○○が茶巾袋の中にある小汚い布切れを見せた瞬間、もっと言えばそのすえた臭いが辺りの河童たちが認識した瞬間には、全てが伝播してくれたし○○は情報を聞き出すことに成功した。
河童たちは山童が関わっていると即座に断言した後は、稗田家が急にやって来て厄介な事になったなと言う鬱憤をこの場にはいない山童に対して大いにぶちまけていた。
そのうちのいくつかは、河童にも言える事の様な気はしないでもないが……今はその部分は本題と関係がない。

「山童ねぇ」
相変わらず○○は腹の底を隠しつつ、うさん臭さの気配が抜けない様子を見せていたけれども。
河童たちからすればいけ好かない山童をとっちめてくれるかもしれない存在、そのように○○の配役は変化したので、言いたい事聞かせたい事がわんさかとある河童たちは、いつの間にか○○の周りに集ってとにかく山童に対して言いたい放題を重ねていた。
「そう、遊郭での仕事が増えてるんだ。山童は」
遊郭の事に話が向くと、河童たちの熱気はさらに上がった。
風情が無いと山童に対して文句をたれながらも、それならば春を売り物にしている遊郭はきらびやかなようで下世話な空間であるはずなのだが。
それはそれ、これはこれと言うか……遊郭での仕事を山童にほとんど取られている現状への苛立ち、こちらの方がより正確だろう。

いつの間にか○○は手近な物に腰掛けながら、河童の証言を一つ一つ吟味する様子を見せていた。
「では、最近遊郭街で頭角を現していそうな山童について、知っていることがあったら教えていただけませんか?もしかしたらその中に、私の目当てがあるかも」
そうしながらも、○○の視線はあっちこっちに向いていた。
河城にとり、彼女を探していたから。
当然だろう、彼女は今回の件に置いて主たる人物ではなさそうではあるが、中心へ迫れるカギを持っている可能性が非常に高かったからだ。


とはいえ、河城にとりも○○が行動を開始している事はあの広場で出会った事で、嫌でも理解を深めている。
ならば自分を追いかけてやってきそうな、河童のたまり場には姿が無くても不思議でも何でもなかった。
とはいえ場の主導権は○○が依然有している、河城にとりがいないのであれば他の手段、この場合は他の河童たちを突っついて騒がせるだけでも十分であった。
実際、○○は自分が知らなかった遊郭街における機械仕事で存在感を高めつつあり、立場を向上させている山童の存在を知る事が出来た。
河童も遊郭街での仕事が全くないわけでは無いのだけれども、水場からあまり離れたがらない河童よりは山でなくともまだ何とかなる山童の方が商売をするのに分が良かったと言う事らしい。


231 : 作為的な怪奇現象 9話 :2023/03/26(日) 04:24:40 rMAw5scM
だがしかし、あの場に落ちていた河童が主張するところの山童の臭いがべったりついた汚れた布切れとの矛盾が生じる。
「みなさんは遊郭街でのお仕事には縁遠いと言う事ですか?河童が全くいないわけではなさそうですが」
「にとりとか、有名どころが取っていくんだよ。にとりはあんなんだけれども、腕は良いし色々やってくれるから最初からにとりを指名されたら、太刀打ちできないんだよ。水回りや防水の事なら私らでもにとりとそん色ないって自信はあるけれどもさ」
しかしながら、それとなく河童と遊郭街の関係を聞いてみれば、全くつながりがない訳ではなかった。
どうやら河城にとりは、河童にしては珍しく遊郭街でそれなり以上の立場で仕事を持っているようであった。
これだけあれば、首を突っ込むには十分だろう。
とはいえ、自分が遊郭街に出向く事が出来ないのは非常に歯がゆかった……最も歯がゆさよりも阿求が嫌がるから行かないと言う選択を考えるまでもなく、○○は行うのだけれども。
ここから先はいつも通り、稗田家の者たちに適せん指示を出して、遊郭街内部で情報を集めてもらい、ここぞと言う時に遊郭街の外にいる主格に自分の姿を出せば……

そう言う風に絵図を○○は描いていたのだけれども。
一筋の、寒さが少し気になる風が吹いたことで、○○は帳面や筆記具を守ったり埃を目に入れたくなくて、あるいは風が顔面に当たるのを嫌がり顔を違う方向に背けた。
顔の方向を変えた○○の目に見えたのは、簡素な作りをした小屋であった、恐らくあそこで河童は話をしたり食事をとったり、あるいは仮眠を取ったりするのだろう。
中には誰もいないようで、明かりと言える物は何も灯っておらず、窓やすだれもしっかりと閉められていた、と思っていた。

すだれが揺れた、あのすだれは明らかに室内にあるのに……。
不思議と言うか怪訝な思いがあったけれども、すだれが揺れて室内がほんの一部見えた時に、東風谷早苗と目線が確かに合い、その上で東風谷早苗が憂いはあるけれども○○と目線があった事を、確かに喜んだ笑みを浮かべた、乙女の顔であった。
恐怖した、東風谷早苗が自分に乙女の顔を見せたことに対する恐怖であった。

続く
>>226から>>228にかけて同じ内容を書き込んでしまいました
申し訳ありませんでした


342 : ○○ :2023/04/28(金) 20:22:05 wB1C3hw.
いつもありがとうございます


349 : 避難所管理人 :2023/05/01(月) 05:30:25 ???
【業務連絡】削除作業完了しました。【管理人】
なお、スレが見づらくなると思われるため、
最新のもの・特別な内容を含むものを除き、
試験的に削除についての業務連絡も古いものは透明削除していこうと思います。
不都合などあれば御連絡ください。


456 : 避難所管理人 :2023/05/17(水) 18:40:12 ???
【業務連絡】削除作業完了しました。【管理人】


457 : 作為的な怪奇現象 10話 :2023/05/22(月) 02:17:59 epQv7bhI
>>231の続きです

「なるほど!ある程度、予想通りだったよ!」
○○は立ち上がると同時に、自分の周りに集まって山童相手に悪口半分の情報提供を行ってくれた、河童たちに。
そこまでの声量がどこに必要なのか、そして○○はこんなにも声を張り上げられたのだな。
と言う二重の疑問を上白沢の旦那は抱きながらも、急な大声に対して、耳が痛いと言う感情が強かった。
その急な大声で耳が痛いと言う部分は河童たちにとっても同じ所か、河童たちの場合は○○からの急な動きに対して。
恐怖、と言うにはまだまだ遠い感情だけれども。
それでも河童たちはようやく、いけ好かない山童の事を稗田○○に何とかしてもらえるかもと言う。
そのはやる心がようやく、ともすれば迷惑と言う物をかけかねないと言う事実を、ようやく気付く事が出来たようであった。
「山童か!」
だが○○の中にある心配りとでもいうか、河童の方向には矛先と言える物は向いていないと言う事だけは、河童たちを落ち着けるためにも強調した。


そのままくるりと、○○は踵を返すように阿求が待っている人力車の方向に向かって行った。
その際においてまた風が、今度はやけに冷たい風が吹いて来て○○の背筋を震わせた。
この冷たい風も、そしてその方向が東風谷早苗のいた小屋の方向から吹いて来たのも、偶然とは思えなかった。
何せ阿求の待つ人力車の方に向かうにつれて、寒さも勢いも増しているのだから。

「ああ、寒い。急だね、風も寒さも、どちらも季節外れとまでは行かないが。参っちゃうよ」
阿求の待っている人力車の中へと、逃げ込むようにして舞い戻った○○は飽くまでも急な強い風と寒さに対して。
これらにのみ、参ったなと言う雰囲気をおどけたようにしながら出した。他意と言う物は決して存在しない。
○○の演技はもはや堂に入っていると言って良かった、他意など存在しないと言う風に振る舞うのではなくて、本当に存在していないと思い込ませていた。
だが思い込ませる方向が、自分で自分に対してと言うのが……一抹以上の寂しさ、あるいは恐怖すら他者からは呼び起こすだろう。
特に、一番の友人である上白沢の旦那からは、寂しさも恐怖も人一倍に抱いてくれるだろう。


それと同時に、稗田阿求に対する言い知れぬ不気味さと反感も……上白沢の旦那は一番の友人ゆえに出てくるかもしれない。
――東風谷早苗の場合はもっと?――
だが堂に入っているとは言っても、演じている事をどこかで分かっていれば○○としても、余計な思考が。
あるいは無意識下の自分が嘲笑してくることがある。
今回はそれをごまかすために、寒いな寒いなと、滑稽なほどに繰り返していた。
もちろんの事で、寒いなとは言いつつも笑顔をコロコロと○○はその表情で回していた。
言って見れば○○は、最愛の妻――この点においては全くの事実だ、○○は無意識下の自分にすら嘲笑などはさせなかった――
そう、最愛の妻である阿求に対してじゃれているような物であったのだ。

それに対して阿求は――ここが○○の行う演技の見せどころかもしれなかった。
結局のところ、彼女がどう思うかが○○にとっては全てであった。
もしも阿求が、その方が阿求にとって都合が良いのならば、カラスの羽を白いと言いだした場合、射命丸の黒い羽根にキレ散らかす可能性すらあった。
それぐらいに○○は阿求の事を考えていた、彼女が全てであった。
恐怖は無かった、ただ失敗したら悲しくなるだけだ、阿求の信頼に応える事が出来なかったであり恐怖ではなかった。


458 : 作為的な怪奇現象 10話 :2023/05/22(月) 02:19:28 epQv7bhI
「ほら、あなた」
だが幸いにも、今回の演技は阿求のお眼鏡にかなうと言うか、そもそもで疑念の欠片も存在していなかった。
値踏みするような、点数を付けるような雰囲気がこの時の阿求からは全く感じられなかった。
「私のひざ掛けぐらいしか、温かくなってきたからありませんが。無いよりはマシなはずです」
コロコロと笑う○○に対して、阿求の方もあらあらと言う風に他意なく笑いながら、自分の使っていたひざ掛けを、肩から掛けてくれた。
「それで、首尾は?」
そのまま阿求は、自分の体温も使って欲しいのかピッタリとくっつきながら今回の訪問の出来栄えを聞いて来た。
最も、○○が芳しくない自己評価を下しても阿求の方が無理やり引っ張り上げるのだけれども。
――自己評価にもあまり意味がないな――
また無意識下の自分が嘲笑してきた、今度は上白沢の旦那の声を無意識下の自分が使ってきた。

「うん、まぁ。首尾がどれほどかってのは、評価するのはこれからだけれどもね。まだやりたいことがある、と言っても手紙を出すだけだが」
「おや、どなたに?」
○○はこの時になって初めて、少し迷ったような、一気に言い出せないようなよどんだ様子を見せた。
「ああ……何となくわかりました。忘八どものお頭にも?」
「それと……」
○○は急に無意識下の自分ではなくて、意識下の自分が東風谷早苗を意識してしまったのを、認めざるを得なかった。
ただしまぁ、時間の問題なのかもしれないのだけれども。
どっちみち、いずれどうにかせねばならない、ただし○○としては出来るだけ穏やかにしたかったし……
外の知識で稗田○○を、外出身のくせに随分と幻想郷に馴染んだ自分を共通する外の知識で馬鹿にする存在。
これの解決に東風谷早苗の力は、恐らく不可欠だから。

でもこの場は、どうにかせねばならない。
「八坂神奈子にも」
○○はとっさに名前を出した彼女に対して、洩矢神社の諏訪子と共に二柱をつかさどる彼女に、謝罪せねばなと素直に思った。
多分これから、自分は彼女に迷惑をかける。
洩矢諏訪子のようにフィクサーを気取って遊郭街に食い込むようなことはせず、かといって諏訪子からの遊郭街から流れてくる利益を捨てれない。
さりとて東風谷早苗の苛立ちには理解を示している。
多分、東風谷早苗の抑え役は現状どころかこの先も八坂神奈子しかいない。
そして東風谷早苗も、八坂神奈子には迷惑をかけたがらない。
よし、振り回そう。
○○は八坂神奈子を振り回すことに決めてしまった、だから○○は八坂神奈子に謝罪を示さねばならなかった。


459 : 作為的な怪奇現象 10話 :2023/05/22(月) 02:20:52 epQv7bhI
「なるほど」
また阿求の返事も色よい物なのが、八坂神奈子を強引に舞台に出してしまう後押しにもなった。
「洩矢諏訪子は、もちろんこれからもつながりを持ち続けるべきですが……あの神様は遊郭街と近すぎますからね」
「それもあるが……洩矢諏訪子と繋がっているのならば八坂神奈子ともそれなり以上の仲を作っておきたい。片方だけでは塩梅が悪い」
「二柱そろってこその守矢神社と言う側面は大いにありますからね」
ひとまずはそこを前面に出すしか無かった、多分これ以上の理由は思いつかない。
忘八どものお頭への手紙に何を書くかはポンポンと思いつくのだけれども。

「八坂神奈子にはひとまず今回は挨拶以上の手紙は良いだろう……後々に置いて守矢神社のもっと言えば山の勢力下でも動きやすくなるための布石だな」
「まぁ、これと言って何と言う話題もありませんからね」
東風谷早苗の手綱を握れという大きな話題が○○にはあったのだけれども、阿求がそれを話題にしないのは本当に助かる。

「忘八どものお頭には……あの男がたびたびに置いて外で宴会を催している連中の事を知らないはずは無いが、今は放っておかせる」
「ふふふ……首級はあくまでも、○○の物ですからね。それ以外の展開は、私の中にはありません」
「あるいは騒動の発端に好き放題やらせてしまうか……どちらにせよ怪しい連中の名前と人相はこっちに寄こさせるが」
「ああ、それもそれで面白そうですわね。○○にすら助けてもらえないと言うのもどん詰まりっぽくて、どうせ遊郭街の連中ですからね」
相変わらず阿求の笑顔は、遊郭が絡むと実に獰猛なそれになる。
好き放題にして壊してしまう勢いで遊んでいる、なまじ阿求は自らの中にある悪意にも気づいているから、それでいて自重しないものだから。
冷静に悪意を持って遊郭街を苛ませている、性質と言う奴がどこまでも悪い遊びを阿求は行っていた。

最愛の妻ではあるのだけれども、遊郭街を振り回している時の表情は見るに堪えない。
すまないと思いつつも○○は、外の風景でも不意に眺めるかのように、人力車の窓から外の様子を見やった。
視界には上白沢の旦那が河童たちの聞き役に徹していた、少なくとも先ほど○○に対して山童への鬱憤をぶちまけていた時よりは大人しかった。
「何か聞き出せたかな」
○○は特に、他意など無くそう呟いた。
別に○○に人力車から再び出ていく気はなかったのだけれども、阿求にとっては万に一つもと思えば行動に出る理由としては十分だ。
ましてやこれは、阿求にとってもはや魂の一部とも言える○○に、そばに居て欲しいという欲求だ、いつだってその欲求には正直だ。

「うん、分かったよ」
阿求が○○の袖を握ったのならば、○○は阿求を抱き寄せるのみである。
(少し阿求の身体が冷たいな……)
だがちょっとしたむつまじさを楽しむよりも、阿求の身体の方を○○は気にしていた。
もしかしたらこれは気のせいかもしれない、だけれども何もしない訳には行かないし、別に損をするわけではない。
「阿求。阿求の方が寒さに弱いんだから、このひざ掛けはやっぱり阿求が使わないと」
○○はそう言いながらひざ掛けを阿求に返すだけではなく、自分が着用している上着も阿求の肩にかけてやった。
阿求は言葉は無かったが、と言うか○○からの献身が嬉しすぎて言葉を出せなかったと言って構わなかった。
そのまま阿求はギュッと、○○に抱き着いてくれた。
下手な言葉よりも阿求の嬉しさを表現するのは、こちらの方が適切ですらあった。

○○は嬉しそうな阿求を見て、ほほ笑んだけれども。
(うん、やっぱり気のせいじゃない)
阿求の身体が少し、冷たかったのは。○○の考え過ぎではなかった。

続く


461 : 避難所管理人 :2023/06/19(月) 19:31:11 ???
【業務連絡】削除作業完了しました。【管理人】


462 : ○○ :2023/07/23(日) 00:55:16 y1DCC9Uk
>>459
更新乙です。早苗さんの動きが気になりますね

>>461
ご対応ありがとうございました。


463 : ○○ :2023/07/23(日) 00:58:37 y1DCC9Uk
探偵助手さとり if6

 ある日のこと、探偵は彼女の書斎の前にいた。普段はしっかりと閉ざされているその重厚な造りの
扉は珍しく開いており、重い色の中に僅かに光りの隙間を差し込ませていた。普段は彼女が一緒にいる
ときにしか書斎に入ったことはなく、彼が一人でいるときにはいつもその扉は固く閉ざされていた。
興味という訳ではない-彼の名誉のために言えば、彼は他人の秘密を暴きたてることが取り分け好きな
天狗とは別の種類の人種なのだから-それは有り体に言ってしまえば「魔」が差したかのように、
彼は誘われるように扉を開けて・・・そしてその中に入ってしまった。彼女が何故、自分が居る時に
しか、その部屋に彼を入れないようにしているのか、という考えは無論そのときの彼の頭の中には
存在していなかった。

 彼が部屋に入ると書斎の中はきちんと整えられていた。何か重要そうな書類が開かれている訳でも
なく、意味ありげに破られた手紙が散らばっていることもない。ただ本棚には本が置かれており
相当に古い書物であることが、それ程書籍に詳しくない彼からしても、容易に外観から見て取れる程
であった。外国語の題名が背表紙に書かれており、彼は目についた文字をいつの間にか読み上げていた。
「シ、シス、ルフ・・・」
途切れと切れの音が彼しか居ない部屋に響く。ふと、彼の後ろに誰かが居る気配がした。
咄嗟に探偵が振り返る。無人の部屋はしんと静まりかえっていた。自身が入って来たままに、
開いている扉を見た彼は、扉に近寄って部屋を閉めた。何か人目を避けるようにしたい衝動のような
気分が湧いてきたためであった。息が漏れる。自身の細い息がシュルシュルと音を立てて沈黙の
地霊殿の一室の中で唯一音を発している。…本当にそうなのか?唐突な疑問が探偵に浮かぶ。
愚問だ。そう彼は理性では感じていた。付近に人の姿は無く、そして音もしない。自分しかいない
筈なのにしかし気配を感じる。理性を超えた本能が感じる、何者かがそこにいる感覚。じっと闇の
中から何かが見ているような……。


464 : ○○ :2023/07/23(日) 00:59:27 y1DCC9Uk
 探偵は無理に体を動かし本棚へ向かった。徒に時間を費やしている訳にはいかないだけでなく、
何か体を動かしていないと消せない焦燥感が心の奥底に湧き上がっているのを感じていた。
一体何がそれ程に気に掛かるのかと正常な時に尋ねられれば、探偵とて首を捻るしかないであろう。
いわばこれはその場で体験しない限りは分からないような感覚であり、そして生々しいまでの肉迫する
ものがそこにはあった。
ページを捲ってみるとそこには異国の文字が見えた。グニャグニャと流れるように文字が動くように
見える。瞬きをするといつの間にか文字は日本語に変わっていた。
「どういうことだ・・・」
妖怪がいる世界-幻想郷-に連れてこられてからこの方、不思議な現象にはよく出会ってきた積もり
であった。西洋の吸血鬼や巫女、果ては神といった存在すらここにある以上、そういった昔の世界で
は日常的とはかけ離れた出来事すら見てきた彼からすれば、高々そこにあるのは仕掛けのある本、
そう断じてしまって良いものであった。普段ならば取るに足らない、例えば紅魔館にいる司書の女性
よりも-そういったものである筈であった。理性が彼の脳に刺激を与える。これは単なるビックリ箱
であり心臓がいつもより少しだけ早く鼓動しているだけだと。彼の目は最早動かなくなった文字を
捉えるのみであり、そこにはもはや何も脅威は存在しないと。彼の耳には自分の息しか聞こえてこないと。
しかし、そうであっても彼の本能は警告を発していた。ここには誰もいない筈なのに、そこにいる自分に
確実に危険が迫っていることを。
 指が震えて本が落ちていた。無論わざと本を粗末に扱おうとした訳では無い。そもそも彼はそこまで
乱雑な人間では無いのだから。むしろそれは反射的な動きであった。人間が太古に持っていたかのような。
本を拾い上げるために彼は屈み、そしておもむろに絨毯の上に座った。日本人として和室に慣れていた
所為もあるだろう。慎重に本のページを捲る。一ページ目を過ぎ、二枚目になり、なおもゆっくりと
ページを繰り続ける。
「ふーっ・・・。」
いつの間にか十枚以上のページが進んでいたが、拍子抜けするほどに何も起こらなかった。てっきり
文字がもう一度動いて妖怪でも出てくるのでは無いかと思っていた程であったが、あっさりするほどに
何も起こらなかった。文字は読みやすく、話しは淡々と進んで行き、登場人物の男は地下の世界を
勇敢に進み続けていた。地下繋がりでこの本を丁寧に仕舞いこんでいたのだろうか?そう彼が思い始めた
頃に、彼の目に見慣れた或いはこの地下で聞き慣れた三文字が飛び込んで来た。-さとり-と。


465 : ○○ :2023/07/23(日) 01:01:19 y1DCC9Uk
 思わぬ言葉の登場に男の目が本に釘付けになった。しっかりと本を引き寄せて中身を確かめる。
そこには確実に彼の知る古明地さとりの名前があった。しかし妙だった。彼女はそこでは恐ろしい怪物
として描かれている。グロテスクで奇っ怪で醜悪でまるで世界の悪を集めたような兎に角恐ろしい姿で
物語に登場しているのであった。無論、彼女がさとり妖怪である以上普通の人間とは違うことは承知
である。それに彼女には人間には無い第三の眼を持っていた。体とコードで繋がれているその眼で彼女
は他人の心を読んでいた。それには探偵時代にはとても活用していたものであり、彼の命を救った
ものでもあった。しかし彼女は幻想郷にいる他の少女とも同様に、あくまでも人間と殆ど変わりが無い
姿である。さとりにしても第三の眼をコートに隠してしまえば外見上は何も見分けがつかない程であった。
「何故だ・・・。」
探偵の声が漏れる。恐怖の姿を示す彼女。まるで催眠を見せられたような悪夢の世界・・・・。
そうだ。彼の心で閃きが走った。彼女はきっと外来人を暇つぶしに催眠術に掛けて幻想を見せたのだろう。
彼女の能力をフルに使えば自分の姿を他人に見えなくすることすら出来ていた。現役時代にはまれにお世話に
なっていたものだった。注意点として、防犯カメラにはしっかりと姿を取らえられてしまうことは、
良く肝に銘じておかないといけないことであった。そうだ、きっと彼女はその能力を使ってこの迷い人に
悪戯めいた悪ふざけをしたのであろう。まるで気まぐれな彼女の妹のような行為であったが、そもそも
妖怪はそういったことは生態として好むものであった。恐怖を糧に生きるためであろうか。それをしない
妖怪は排除されるとも聞いていた。そうと決まればこの本はそれを記したものに違いがないのだろう。
自分の武勇伝を記すような、他人に読ませるのは少し気恥ずかしいような若気の至りのようなものであろう。
そう考えて彼は本の次のページを捲った。そこには予想外のカタカナの文字があった。

「クトゥルフ?」
予想にしなかった単語のためか声が部屋に響いた。慌てて彼は辺りを見回した。部屋の中には誰も居らず
物音一つしない。
「どういう意味だ・・・?」
唐突な単語にしばし探偵は呆気に取られていた。堅苦しい教育本であった筈が、次のページでは漫画に
変わっていたような感覚に似たもの。ふわふわとした違和感。まるで地面が崩れ無重力に引かれて高い
場所から落ちていくような浮遊感。一体どういうことであろうか?この本は彼女の悪戯の話しであった
筈であった。それがこの単語が出てくるのは何故なのか?まるでこれではかの神話に連なる一つの物語
の一幕であるような、この本の作者が実際に体験したことのような、リアルな臨場感が文字からオーラ
として吹き出して彼を取り囲んでいるようですらあった。
 しかしそんな筈はないのだ。何故なら彼女はただの妖怪であって、神話に伝わる伝説の恐ろしい旧神
で有るはずがないのだから。そうだ、彼女はいつかの異変の際に巫女に討伐をされていたそうじゃないか
もしも古き神がそこにいたのであれば、異変は大惨事になっていただろう。彼が外界で僅かに読んだ
本に記されてい古き神は、災害として人間を飲み込んでいく存在でありまかり間違っても挑む存在では
ありえなかった。そうだそうなのだ。さとりはそんな存在では無い。彼女はただの少し力の強い妖怪
でないといけなくて、だから決してあのような存在ではないのだから。

「半分-正解、といったところですね。」
後ろから彼女の声がした。息がかかるような直ぐ後ろから。


466 : ○○ :2023/07/23(日) 01:02:15 y1DCC9Uk
「ですから、半分は正解で半分は外れ、ですよ。○○さん。」
つい一瞬前までは誰も居なかった筈の探偵の背後に彼女はいた。反射的に振り返る探偵。捻った肩に
彼女の柔らかい体がぶつかった。
「ふふ…少し懐かしい本ですね・・・。ほんの数百年前といったところですか。」
あっさりと人間の寿命を飛び越える発言をしながら、さとりは探偵の肩を掴んだ。成人男性の体がまるで
幼い子供を抱えるように動く。
「さて、座ったままも何でしょうから、ソファーにでも行きましょうか。」
立ち上がった探偵の腕を持ち移動するさとり。第三の眼が彼の腕に緩く回されていた。
 探偵をソファーに座らせその横に座るさとり。普段の彼女よりやや高揚しているように、探偵には感じられた。
「ふふ…ええ、分かりますか。そうですね、直ぐに分かりますよ。」
「……。」
黙ったままの探偵。それに構うこともなくさとりは話しを続ける。普段の冷徹とまで言えるほどの冷静な彼女
からすれば、この状態は一種異様とすら言えるものであった。
「さて……どこから話し始めましょうか…。」
勝手に本を持ち出していたという弱味が、探偵をさとりの為すがままにさせていた。
「おやおや○○さん。そうですか、そこが疑問ですか。」
さとり妖怪としていつもの悪癖が顔を出していた。言葉ではなく人の心と会話をする彼女の癖は、割と少ないながらも
-そしてある意味で致命的な彼女の悪癖である。
「あの本が本物かと…。ええ、実に簡単な事ですね。」
彼女の顔に黒い影が表れたように探偵には感じられた。こういう時、彼女の心は素晴らしくロクでも無いことを
考えているのはほぼ間違いがなかった。血の池地獄すら生温い地と赤に彩られた旧地獄。その管理人である彼女。
幻想郷の中で有名人である彼女を警戒のし過ぎるということはないであろう。
「あの本は嘘ですよ…。ただのお話です。昔々に幻想郷に迷い込んだ外界人がトラウマを見て作った、ありふれた
お話です。見せるのが恥ずかしい位のものですよ…。」
それは探偵にとって意外な言葉であった。これまでに彼女の妖怪としての力と行動を見せつけられた彼にとっては
正に彼女が旧支配者として幻想郷に君臨していても、十分にあり得る話しだと思えてしまっていたのだから。
ふと安堵しかけた探偵の心の中に、別の疑念が湧き出す。悪魔は契約の細部に宿るという。ならば、彼女はあの
本に書かれている姿や行いをやっていなくとも、別の何かではないのだろうか。あの本に描かれていた、人ならぬ
姿をした恐ろしい何かだと。聖水に混じった一滴の泥。普段ならばあっさりと記憶の底に流れてしまいそうな
ほんの僅かな疑念。しかし彼女はそこすらも捉えていた。
「うーんどうやら○○さんには信じて貰えていないようですね…。」
考えるようすを見せる彼女。白い指が僅かばかりに彼女の顎に添えられていた。
「では、心を読み解くさとり妖怪としてこう言いましょうか。」

「信じて下さい-----と。」


467 : ○○ :2023/07/23(日) 01:02:48 y1DCC9Uk
 時が流れていた。部屋の中でありとあらゆる物が静止した空間で、ただただ時間だけが流れていた。
無音になったその場所で、唯一探偵の耳には規則正しい音が響いていた。脈を打つ自分の鼓動だけが探偵の頭の中に響いていた。
「ーーーーー-。」
無音に耐えきれなくなったかのように、探偵の息が漏れる。細く長い息がそこに生きる者としての存在を確かにしていた。
「どう、ですか。」
さとりの目が探偵を見つめていた。今までに無い彼女の声がした。ここまで心細いようなさとりの声を探偵は聞いた記憶が無かった。
飲み込んだ唾が探偵の喉を通り、乾いた粘膜を薄らと焼け付く痛みと共に流れていく。心の中を覗くことができる筈の彼女。
彼女が不安げに見せるその表情が、アンバランスな感覚を産みだしてた。絶対的な強者であり、その力を信じている存在であり、
そしてそれを全て隠す事なく探偵に伝えてきた彼女が、その力故に探偵に対して求める立場にいた。
「これだけは私の気持ちです。」
探偵の心が揺れた。今までと異なる彼女。さとりと遭ってからのこれまでの彼の人生を振り返ったとしても、このようなことは
初めてだった。妖怪に対する不審を、そして恐怖を振り払うに十分な彼女の態度を見て、探偵の心が鼓動に合せて跳ねた。


468 : ○○ :2023/07/23(日) 01:03:21 y1DCC9Uk
いつしか探偵は息をすることを辞めていた。彼女の言葉を信じたい気持ち。それとは
別の意識が明確な意志を持たないままで動いていた。探偵の視界の端が黒く染まっていった。
その中でさとりだけが探偵には鮮明に見えていた。

 次に探偵の意識が戻った時、そこは灰色の世界だった。太陽の降り注ぐ地上ではなく、
然りとて今までいた地底の地霊殿でもなく、全く別の灰色の雪が積もる世界だった。
世界に空は無く、地面も無く、そしてそこには自分自身以外は何も存在しなかった。
無の世界。そう言える程に辺りには見えるものが無く、探偵が歩み出した足は自然に駆け足に
なっていった。
 やがて探偵の足が止まった。息が上がり膝に手を付いて荒い呼吸を繰り返す探偵。
そこが初めてみた場所であったのに、探偵にはそこがどこであるのか、奇妙な確信を持って
答えることができた。-原始の世界-探偵にはそれが分かっていた。さとりがかつて遠い昔に
遙か遠い昔に生きていたその世界。昼も無く、夜も無く、天も無くそして地も無い。人が
神によって生み出されるより前、いや、それは最早天地創造よりも前の混沌の世界であった。
そしてそこに生きる存在は、あの書物に書かれている存在では無かった。何故ならば、
その近現代に人間によって書かれた空想の書物よりも深く古い時代に、神代に人成らぬ存在によって
記された事実の書物であるから。人間が天より盗み出した火を用いて文明の灯りを燃やす時に、
消し去っていた不都合な事実の存在であるから-故に彼女は世界が生まれたことで、あたかも
穴が空いて世界が見えるようになった七日目に死に、幻想郷に流れ着いていたのだから。
旧地獄とは即ち、彼女のような存在が生きていくための場所。人が生まれて天国と地獄が出来る
よりも前、そこにいた四凶と呼ばれた存在の一つ。それがさとりの根源だと、探偵には理解できていた。
 信じたくない気持ち。それが彼女の言っていた優しい嘘の言葉によるものであっても。だからこそ
彼女を信じたくて。人の心が読める彼女にとって、力によって示される結果は信じたくないもので
あったとしても、残酷な真実となる。それ故に彼女は自分の力を誇り、それに縋ってすらいた。
探偵にだけは嘘を付きたくなかったとしても、見せられる現実に耐えきれる程に彼女は強く無い。
だから彼女は探偵に本当の言葉を言わなかった。自分が--であると。


469 : ○○ :2023/07/23(日) 01:03:57 y1DCC9Uk
「見つけてほしくありませんでした。」
探偵が後ろから抱きしめられる。見えない所にいる彼女の表情が探偵には見える気がした。
「どうして…ここまで………。」
彼女の腕の力が籠る。激情を皮一枚で堪えているように微かに腕が震えていた。探偵が体をさとりの
方へ向けようとすると、半分程で探偵に回されている腕が更に締まった。
「見られたく、ないです…。」
「僕はさとりを見たい。」
さとりに体を向けるとさとりの顔があった。涙で濡れた彼女の顔が更に崩れていく。
「あっ、あ。」
声が出なくなったさとりに探偵は自分の本心を言葉にした。
「さとり…どんな君でもずっと一緒にいるよ。」
「永久に混沌の輪廻の中にいたとしても。」
緩んでいたさとりの腕が再び探偵を強く抱きしめた。


 鼻歌を歌いながらさとりが外出用の身支度をしていく。最近事件で外界に向かう時に被るキャスケット
帽子を頭に乗せて、ステッキを手に取った。さとりの第三の眼より少し小さい眼がついている茶色のステッキ。
普通のステッキとは違い持ち手の部分以外がフェルトの布で包まれている。そのステッキを丁寧に
持ち上げ、彼女は外界に向けて歩いていく。彼女の姿を優秀な助手が目に留めた。
「あっ、さとり様〜。捜査にお出かけですか?」
「ええ…ちょっと外界にね。凶悪な悪霊が幻想郷に出没しているらしいから。」
「お体にお気を付けて下さいね。」
「そろそろ本気で捕まえようと思うのよ…折角だから彼と一緒にね…。」
ステッキを頬にすり寄せるさとりに、お燐が少し引きぎみの声で答える。
「そ、そうですか…。お気を付けて…。」
「うふふ…また今晩までその姿でいて下さいね。あなた。あそこは女性しか入れませんから。」
「そうですかー。それではアタシは失礼しますね…。」
名探偵の助手という立場を捨て去るかのようにお燐がその場を去って行くのを横目に、さとりは宙へ浮いた。
-さあ、一緒に行きましょうか。あなた-さとりが心の中で彼に掛けた声は、しっかりと届いていた。


706 : ○○ :2023/12/24(日) 05:46:52 KY/4.zbM
本当に、いつもありがとうございます……


846 : 避難所管理人 :2024/06/28(金) 20:46:52 ???
【業務連絡】削除作業完了しました。【管理人】


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