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幻想郷の女の子に愛されて眠れない(東方ヤンデレ)スレ第25夜
ヤンデレ――――それは純愛の一つの形。
ヤンデレが好きで好きでたまらない人の為の25個目のスレです。
短すぎてうpろだ使うのはちょっと……な人はここを使うといいかも。
私はあなたの物よ、それで良いじゃない
※注意書き
・隔離されているとはいえ、此処は全年齢板。
過度のエロ•グロはここでは禁止。
・ヤンデレに関する雑談やシチュ妄想などもこちらで。
・このスレの話題や空気を本スレに持ち込まないこと。
苦手な人もいるということも忘れずに。
・隔離スレであることの自覚を持って書き込んで下さい。
・馴れ合いは程々に。 突っ込みも程々に。
・パロやU-1等の危険要素が入るssはタイトルに注意事項を書いた上でロダに落としてください。
・スレに危険要素のあるssのリンクを貼る時は注意事項も一緒に貼ってください。
・危険要素のあるssをWikiに保管する際は保管タイトルの横に注意事項を明記してください。
・危険要素は入っていないもののスレを荒らす危険性のあるssは
グレーゾーンのssとして作者の自己判断でロダに落とすようにしてください。
・グレーゾーンのssは作者と読者が議論して保管方法を決定してください。
まとめはこちら ttp://www26.atwiki.jp/toho_yandere/
279様作成ロダ ttp://ux.getuploader.com/TH_YandereSS/
前スレ(24夜)ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/22651/1506918758/l30
前スレ996
さとり様はすべてに対して回り込むことができるからなぁ……
相手の最高を、いつだって最適に演じて見せれる
前スレ998-999
蓬莱の薬は来るのかなと思っていたが、やはり使ったか……
一番わかりやすくて、強力で、後戻りもできない道だからな
蓬莱人が病んだら一番厄介そう。鈴仙やてゐですら、下手に好かれたくなくて一線を引いてそう
前スレ1000
この中だったらヤンデレに二発撃ちこむのと、相手が妹紅なら自分に向かって撃つ
このジョークが好き
次より八意永琳(狂言)誘拐事件、日中うつろな男と同じ世界観の続編を投稿いたします
またお付き合いいただけましたら、幸いです
「……くっそぉ。体が重いな」
とある家にて、とある男が。不機嫌そうに唸りながら布団からはい出してくる。
そうしながら、壁に掛けられた時計にも眼をやって。
不機嫌なのだから、やはり恨めしそうな顔であくびをしながら壁掛け時計を見やっていた。
どうやら彼が起きぬけにつぶやいていた体の重さはの原因は、寝不足にもあるようだけれども。
「ぐぁ……」
それは補助的要因であって、直接的原因ではなさそうなのが男からのうめき声。
そして背中やわき腹と言った部分を、若干かばいながら歩き出した彼の姿を見れば。
何らかの傷や怪我を背負っている事は、容易に想像できるであろう。
「おはよう」
母親らしき女性に、男性が朝の挨拶を述べた。通常であればこの男性は中々礼儀の立っている人物であり。
「……」
無言で苦虫をかみつぶすような表情しかしない母親の方が、非難されるであろう。
「昨日は何時に帰ってきたの?」
表層だけを鑑みれば、である。中身を見れば実は母親の方に理と言う物が出てくる。
「何の関係が?」
男はわざとらしく話をはぐらかして、食卓に座って朝ごはんを食み出した。
中々礼儀の良さそうな男ではあるが、いただきますの挨拶も抜きで。
ガツガツと小鉢や汁物を使いながら、米をかき込んでいく。焦っているような素振りだ。
「関係あるわよ。自分の子供が妙に遅い時間に帰ってくるようになったし……それに」
「仕事になら、これまで通り遅刻もせずに行っている。疑うなら職場に確認すれば良い」
母親らしき女性がまだ何か言いたげであったが、機先を制するように。
と言うより最初から、母親に喋らせないように。頭で何度も考えたのだろう、どのような会話をするか。
だから、仕事になら行っていると言う言葉も。始めから、適切な場面で強く出すと決めていたように見える。
しかし、仕事もあるけれども母親とあまり話したくないからなのか。
男の見せる食事の所作が、最初からあまりきれいでは無かったが。更に荒れた物に変わった。
舌打ちを鳴らしたかと思えば、汁物を茶碗の米へと放り込んで。おかずもその上に乗せて。
よく言えばお茶漬けのようにしてしまったが、それにしては見た目が余りにも酷すぎる。
即席でこんなものを作ったのだから、食べる所作もやはり、更にひどくなった。
さじ(スプーン)でもあればもう少し食べやすいのだろうけれども、箸で汁にまみれた米やおかずは。
きれいに食べるのには、少々所では無くて不自由で不便だ。
しかたがなく男は、行儀が悪い事――そもそも汁物をかけた時点で悪い――承知で。
汁物の力を借りて、米もおかずも何もかもを流し込んだ。
「ごちそう様!」
いただきますは言わなかったが、しめの挨拶はした。
けれども他の部分でせめてもの何かが帳消しだった。上げ膳据え膳だけの問題では無い。
急いでいたと言うよりも焦っていたせいだろうが、彼の周りは汁やら米粒やら何やらが飛散しており。
それが食卓の上だけで済んでいるのならば、まだ少しは申し訳も立てられたかもしれないが。
飛散した物は、到底そんな狭い範囲には収まっておらず。
何をどうやって、そうなったのかは謎であるけれども。男性が座っていた場所の真後ろ。
つまりは背中の方向にまで米粒が飛んで行っているものまであったのだ。
男性の母親らしき女性は、ため息を付いたりすることも無く。
「仕事に行ってくる!」
そう言って逃げるように自宅を後にする息子の事を、哀しそうな表情で眺めた後。
自らの息子が散らかした食事の後片付けもそこそこで……この母親は文々。新聞を手に取った。
その新聞はしばらく前の物であるが、一面の事件については射命丸以外も特集などと銘打ち。
雑誌の形で色々な天狗が発行したし、講談師も明らかにその事件を題材にした勧善懲悪の芝居が作られた。
その新聞の上段には『八意女史誘拐事件、一日もかからずに解決!』と扇情的に書かれており。
題字の下側には、飼い犬を連れて歩いている稗田の婿○○と。上白沢慧音の夫が写っていた。
更にもう片方の新聞にも、稗田の婿である○○と上白沢の夫が写真で掲載されており。
少しは名の通った猟師の事務所に。稗田、上白沢の両夫妻が乗り込んでいく様子が写っているだけではなく。
中身には別の写真が、山の巫女である東風谷早苗が度々訪れており。何事かを察するには十分。
天狗の射命丸もそう踏んだが、両家および東風谷早苗の口が堅く。類推するのみにとどまっているが。
八意永琳誘拐事件を解決した二人が動き回っている事は、人々に様々な事件を予感させたが。
その後の動きが全くない事から、気づいた時にはもう解決していたらしいと。
野次馬根性の強い物は、天狗でなくとも少々では無く悔しがったり。
稗田の奉公人の場合はうわさ好きの連中に眉根を潜めたりしていたが。この母親の場合は、噂は好きでは無かった。
もっと別の、大きな理由から。稗田の婿○○と、その友人である相棒の上白沢の夫の事を気にしていた。
二人が写っている写真を見ながらは母親らしき女性は。
「もうこのお2人に、ご依頼するしかないのだろうか」
さめざめと泣きながらつぶやいて。自分も仕事があるから、外に出かける支度を始めた。
同時刻、○○は飼い犬を連れて。自らの友人である上白沢の旦那と連れ立っていた。
時間を合わせて何処かに行こうと、そう約束したわけでは無いのだけれども。
しかし不意に合えば、そしてお互いに同じ方向に向かっているのならば。
周りからは仲が良いと思われているし、上白沢の旦那は少しばかり苦笑するが。
上手くは付き合っているのには代わりがないから、仲が良いと見られても構わなかった。
しかし、どこからどう漏れたのかは分からないが。
先日の猟師衆の頭領がおかしくなった事件の調査が天狗の新聞にすっぱ抜かれてしまい。
また何か厄介ごとを解決するために動いておられたらしいと、そう見られるのには。はっきり言ってうっとうしい。
はっきりと、声を荒げたことこそないが。その話題はのらりくらりと、あるいははっきりと無視して逃げた。
そのお陰で、話題を出そうと言う動きはすぐになくなったが。
寺子屋に子供を通わせる保護者達からの目線が、それがまぶしくてたまに腹が立つ。
それはまだ続いているどころか、新聞を毎日読むような人たちは、自分たちの事を知っているし。
何かの為に動いたことも分かっているから、あの保護者達同様のまぶしい視線が。
今、○○と一緒に彼の飼い犬と散歩している時にも感じるので……
「お前の飼い犬……ちゃんと散歩とかさせてるのか?なんか興奮しているぞ」
なので、○○とその飼い犬だけを注視する事にしていたが。目線の端でチラチラと、観察してくる者が見える。
そしてますます、上白沢の旦那は。視界を意図的に狭めて、ついに犬だけを見ていた。
こういう時案外○○は役に立たない、羨望が案外と気持ちいいようだから。
「まさか、ちゃんと毎日最低でも二回は散歩してるし。食事もちゃんと与えてる」
しかし○○も、羨望の視線には気づきつつも。上白沢の旦那が余り注目されたくないのは分かっているし。
それに○○も彼とは上手くやって行きたいから、合せてくれていた。
うがった見方をすれば、今でなくても構わないと言う部分はあるかもしれないが。
「それにしたって興奮しすぎじゃないか?行きたい方向があるような。たまには紐外してやったらどうだ?」
「屋敷の中ではほとんど放し飼いで、広場に出れば紐も外してやっているんだがなぁ……」
○○の飼い犬、彼がずいぶん可愛がっているからと言うのもあるが。
妙に吠えて、飼い主である○○の言う事もまるで聞かず。
どこかに向かわせろと言わんばかりに、○○とは別の方向に突っ走ろうとしている。
○○もかなり頑張って、力を入れて愛犬が暴走しないように堪えていたが。
犬と人間では、純粋な力の差を比べた場合、残念だがまったく太刀打ちが出来ない。
「あっ!?トビー!戻って来い!!」
「行っちまったな」
○○の愛犬も、飼い主が自分を可愛がってくれているのは理解しているからなのか。
噛んだり、体当たりしたりはしなかった。むしろ自分の飼い主にこっちにいてくれと言わんばかりに。
一目散に突っ走らずに、何十歩か行った先で○○の愛犬は振り返り。
頼むご主人、こっちに来てくれと言う風に。こちらを見つめながら吠えていた。
「まぁ、少しだけなら付き合えるよ?追いかけようか」
上白沢の旦那は、腕時計を見ながらまだ余裕がある事を伝えたら。○○は済まなさそうな顔をしてくれた。
普段は○○に振り回されているが、今回ばかりは少しだけ胸がすいてくれた。
○○の愛犬トビーは、件の八意永琳に対する――狂言――誘拐事件でも出馬した。
あれは狂言だったので、自慢の鼻の良さは全く生かす機会は無かったが……
誘拐事件こそ狂言だが、鼻の良さは掛け値なく本物だ。風邪に飛ばされたハンカチを、見つけてくれた逸話もある。
だから今回も、何かに鼻の良さからいち早く気付いて。それをご主人である○○に伝えようとしてくれているのだろうけれど。
「かなり奥の方だな……」
まだ人里の敷地内でこそあるが、その端っこの方に愛犬トビーはぐんぐんと進んで行った。
これには○○も、危ない物を見つけたんじゃと思わずにはいられ無くて心配になる。
「敷地外を示す結界や立て看板は、分かりやすく、ぐるりと囲んでいるから大丈夫だと思うが」
付き合っている上白沢の旦那も、それは同じくである。
今日は○○に恩を売れたと言う考えも、すぐに消え去ってしまった。
ふいにトビーの動きが止まって、向こうだと言わんばかりに吠えつづけた。
どうやら目的の物がみつかったようだ、人里の外にはまだ出ていない。
○○も上白沢の旦那も、まずはその事に安堵した物である。だけれども、きっと○○がそういう星の下にいるのだろう。
○○の愛犬トビー号が評判の鼻の良さで見つけた物は、新しい事件の到来を予期する物であった。
「女が倒れているぞ!?」
上白沢の旦那が驚愕の声を、大音量で漏らした。
幸い流血などは無かったが、そう言う問題でないのは明らかだ。こんな、人けの少ない場所で倒れているんだから。
何かの事件を予感させる。
「…………!?」
○○も、目の前で倒れている者がいれば。さすがに名探偵を気取っていても、衝撃に思考が一拍遅れるのか。
「何をやっている、手を貸せ!永遠亭に連れて行くぞ!?」
上白沢の旦那が、倒れている女性を背負おうとしながら。○○に発破をかけるが。
「そいつに触っちゃ駄目だ!!不味い事になるぞ!!」
こんなにも薄情な物言いには、思わず○○の事を蹴り飛ばしてやろうかとも思ったが。
「そいつは鬼人正邪だ!!一線の向こう側の存在だ!!下手を打てばまずい事になる!!」
残念ながら○○の記憶力は中々素晴らしくて、その上稗田家に婿入りしたから。
各種記録も、阿求がベタ惚れしているからほとんど自由に閲覧できる。
だから、こういう時。たいていは、○○の覚えた危機感の方が正しいのだ。
クソッタレ。
上白沢の旦那は、心中で汚く吐露しながら。正邪を打ち捨てこそしなかったが。
地面に置く以外の選択肢が、全く見えてこなかった。
続きます
前スレで行数だけなら100ぐらいいけると教えてくださった方、ありがとうございます
1行の文章を短くするのを意識したら、上手く行きました
切り札はいつだって悪手2
夜が深くなり幻想郷が暗闇に包まれた時、人里の中心でもそれは同じであった。明治の時代になったといえども電気は未だに普及しておらず、
日の光が落ちた後に行く道を照らす物は、己の持っている灯か上空に輝く月だけである。住人が寝静まった街並みを○○が一人歩いていく。荷物
を持たずに手にはライトだけをを持っていた。提灯を使わずに外来品のライトを使っているのは、ハイカラ好きの金満家か外来人だけであろう。
街の中であっても現代とは比べ物にならない程に通りは暗く、それ故に人通りは既に絶えていた。周囲に人の姿は見えない中、自然と○○の足取
りは速くなっていた。
突然○○の前に人が現れた。路地からのそりと通りに姿を見せた影は、そのまま○○の方に近寄って来る。良くても不審者、悪くいけば腹を空
かせた妖怪のお出ましに○○の足が止まる。相手の方を向いたままジリジリと後ろへ下がる○○。下がった分だけ前の男二人が距離を詰めてきた。
後ろを振り向いて逃げだそうとする○○。すると、さっき通り過ぎた家の横から更に二人の男が道に出てきた。丁度前と後ろを挟まれた形となっ
てしまい、壁際に追い詰められる○○。
「おい、痛い目見たくなけりゃありったけの物だせや。」
闇夜に男の低い声が響く。凄みを効かせるかのように二人が懐から何かを抜き出した。暗い夜の中でも、いや、光が殆ど無い中でこそ僅かな灯り
によってチラチラと反射する光り物が存在感を見せていた。
「お前、外の人間だろ。外来人がタップリと溜め込んでるのは知ってるんだよ。」
男が腕を振りかぶり、○○の頭に重い衝撃が走った。視界にピカピカと火花が瞬き、思考が乱れる。そのまま何度が顔に拳を喰らった○○が、た
まらずに壁にもたれるようにズルズルとへたり込むと、今度は足が飛んできて自分の腹に吸い込まれていった。
「うぐっ」
声にならない呻き声をあげる○○。体が痙攣して胃袋からせり上がってきた液体が周囲にまき散らされた。ヨロヨロと懐から小物を取り出す○○。
頭からぬるりとした血が滴り、口の中に鉄の味が染み渡っていった。
「いい加減にしろよな…。始めっからそうやって出せば良いんだよ。」
○○から物を取り上げようとする男。抵抗したから殴ったといわんばかりの台詞であるが、抵抗しなければ殴らないとは言っていないところに、
この男達の本性は隠されているのだろう。○○の持っていた物を掴む男。大事な物なのであろうかそれから中々手を離さない○○を、もう一度蹴
りつけようと足を上げると、途端に辺りに光と音が降り注いだ。
「うわぁっ!何だこりゃ!」
「目が潰された!」
昼間でも十分な目つぶしとなる程の光が、暗い明りに目が慣れていた夜に炸裂したものだから、男達にとっては堪ったものではない。光を一番近
くで見ることとなった男は卒倒し、目を押さえて体をくねらせるが白くなった視界は一向に戻らない。刃物を構えて後ろに陣取っていた男二人が、
涙が流れる目を片手で押さえながらも、仲間の敵とばかりに刃を振り上げて襲ってきた。○○が手に持ったミニ八卦炉のスイッチを連打する。震
える腕で撃たれた光線はホーミング機能でもついていたのだろうか、無機質な音が二度鳴ると見事に襲ってきた男二人を貫いていった。男達が刃
物を落とし倒れ込む。地面に落ちた小刀が乾いた音をたてた。三人が次々と倒されてしまい瞬く間に形勢が逆転したことを知った残った無事な男
が、仲間を見捨てて逃げ出していく。後ろ姿を見せて脱兎の如く走り出した男に向けて○○は炉のボタンをを押したが、光線はカーブを描き、目
を押さえて倒れている男の足の肉を抉り取っていた。ビクリと男の足が跳ね上がる。昔外界で学校に通っていたころに見た、蛙の実験に似ている
気がした。男達から受けた傷と何度も撃った弾幕のために、○○の腕はすっかり力が入らなくなっていた。○○の狭まった視界の中で地面が波を
打つように揺れている。重くなった八卦炉を支えられずに○○は腕を下ろした。
大きな音に驚いた辺りの住人が、次々と戸口を開けて通りに姿を見せていた。後ろに控えさせた家人に提灯を持たせ、寝間着を着たままの主人
が○○達の方に注意深く寄ってくる。暗い中に血だまりが浮かび上がると主人の口から驚きの声が漏れた。
「ひぇっ、こりゃ酷い!」
「死んでいるのか?!」
駆けつけた他の住人が声をあげる。主人が倒れている男の肩を恐る恐る揺さぶるが不気味な程に反応がない。力が抜けきった体から、止めどなく
血が流れるのみであった。
「うわぁ…これは死んでるんじゃないか…。こいつ。」
「こっちの男も動かないぞ、こりゃあ駄目だな…。永遠亭まで持ってっても、もう無理だ。持たない。」
「こっちの方は無事だ!足から血が出てるから縛る物を持って来てくれ!大丈夫か、しっかりしろよ!」
「殺しか!おい、お前、動くなよ!」
住民達が倒れている男達を見ていくが、ライトを持っていたために外来人だと一目で分かった○○に対しては、隠しきれない敵意に似た感情が見
て取れた。まだ息がある男の足を縛り介抱をする住民達。しかし○○に対しては何も手当がされずに、放置されているばかりかむしろ逃げ出さな
いように監視されている始末であった。力なく地面に腕が投げ出されていたが、それでも八卦炉だけはしっかりと手のひらの中に持っていた。欲
しい物が買えない子供が癇癪を起こしているかのように、決して離さないようにしているそれを偶々目にした者がいた。
「この紋様…霧雨の娘さんの物じゃないか…。」
「-!!!-」
空気が見えない音を立てて揺れた。何か決定的な歯車が噛み合わさり、金属が軋む音をギリギリと鳴らしていくかのように、周囲の人の表情が潮
を引いたかの如く変わっていく。
「するとおい、この人は若旦那ってことじゃ…。」
一人がポツリと漏らした言葉。疑心に囚われた住民の心に生まれたさざ波が、大波を産むのにさほど時間は掛からなかった。
「若旦那!大丈夫ですか!」
「若、酷い怪我で。あいつらにやられたんですか!」
「家から布と水持って来い!ありったけ持って来い!」
「お前は今すぐ霧雨さん家に行くんだ!早く!慧音先生の所にも誰か!」
「先生が来てくれれば永遠亭まで行けますんで、もう少し辛抱して下せい。」
先程とは打って変わり皆が○○の方に寄ってくる。一人の女性が布を頭に当て、滲み出る血を押さえた。見る間に黒く染まっていく布。ついさっき
までは生きている男を介抱していた村人まで、今は○○の方に注意を向けていた。
「こいつらが若を襲ったんですね!」
「なんて野郎だ…。」
「この…、屑野郎めぇ!」
「ちょっと待て、後にしとけ。今は若旦那の方が先だ。」
手の平を返すとはまさにこの事か。倒れている男に殴りかかろうとする若い住人を隣の中年の男が押さえ込む。○○へ最初敵意を見せていたことへ
の反動も相まって、現場は異様な興奮が充満していた。
空から星が落ちてきた。突然に上空で何かが光ったかと思うと、それは見る間にこちらに向けて飛んでくる。流れ星のように尾を引いて、どんな
星よりも速いスピードでその星は空を飛んでいた。どんどんと大きくなってきた光がこちらに向けて落ちて来る。地面に大穴を開けるのではないか
と思う速度で星は○○の元へ墜ち、光が収まるとそこには魔理沙が居た。寝起きであったのであろうか、いつもの西洋風の魔女服ではなくマントに
似た外套を一枚羽織り足は靴すら履いていなかった。乗ってきた箒を無造作に離し、○○の方に駆け寄る魔理沙。周囲にいた村人が魔理沙のために
体を避けた。
「○○、大丈夫か…?」
「ああ…。」
「良かった…。」
「やはり、こちらの方は若旦那様で…?」
恐る恐る魔理沙に尋ねる住人に、余所行きの声音で魔理沙が答える。
「ええ、この人は私の連れで御座います。皆様に手当をして頂いたようで。」
「勿論です!この男共が若を襲ったようでして。今先生を呼んでいますのでもうすぐ永遠亭に運べるかと。」
「いえ、私が運びます。そちらの方が速いので。皆様にはすみませんが上白沢先生が来るまで、ここで待って貰ってもよろしいでしょうか?ウチの人
を襲った犯人もいるようですし。」
「どうぞどうぞ!」
「それでは失礼します。皆様には後日お礼致しますので。」
○○を箒に乗せて空中に飛び上がる魔理沙。空中に浮かぶ際に魔理沙の視界の端で、村人が乱暴に男を縛りあげているのが見えた。
まどろみの中で声がする。魔理沙の声と若い女性の声。何やら話しているようだがハッキリと聞こえない。誰かが治療してくれたのだろうか、体に
違和感があるものの、あれほど痛めつけられたのに痛みが殆ど無い。起きなくては、義務感にも似た気持ちから目を開けようとする。魔理沙の声がす
る。海から引き上げられるようにして○○が目を開けると、魔理沙が自分をのぞき込んでいた。
「大丈夫か、○○。」
「うん…大丈夫だ。」
「良かった…。○○の目が覚めなかったらどうしようかと思って…。」
魔理沙が○○を抱え大粒の涙を流す。静かな病室の中で○○は静かに魔理沙の胸の中で抱かれていた。
「お二人さん、良いムードの所悪いんだけれど、ちょっといいかしら。」
部屋の外から声がした。先程の女性とは違う声だった。
「永琳、ちょっと待ってくれ。」
魔理沙が○○の顔に布を巻き付けて目隠しをする。○○が魔理沙に訳を尋ねるが、手早く魔理沙は布を巻いてしまい、自分の付けていたピンで留めて
しまった。
「大丈夫だ。」
外にいた女性が入って来た気配がした。先程の女性ともう一人…恐らく二人だろうか。
「ずいぶんな歓迎ぶりね。これでも一応医者よ。」
「若い○○の目には毒だぜ。入院して動けなかったんだし。」
「ハイハイ…。まあ頭や内臓に異常は無かったから、後は腫れが引けば大丈夫ね。」
「そうか、じゃあ今から退院できるな。」
「痛みは鎮痛剤で抑えているだけよ。」
「薬を処方してくれれば、幾らでも私が飲ませるさ。」
「一週間程は経過診察をする必要があるわ。」
「毎日箒に乗せて通うよ。」
「全く…、あなたの方が病気ね。生憎私の対象外だけれども。命連寺にでも通って座禅でも組んだらどう?」
「残念ながら遠慮しとくよ。」
あれよあれよという間に退院が決まり、一刻後には○○は箒に乗せられて空を飛んでいた。空の旅は二度目だが意識の上では初体験である。魔力で作
られた命綱が前にいる魔理沙に付いているとはいえ、細い箒一本で飛ぶのは何だか心許なかった。一方の魔理沙は上機嫌そうに○○に話しかけた。
「さて、これから○○にはウチの家に入って貰わないとな。」
「えっ…。」
いきなりの話しに絶句する○○。これまで魔理沙とは気の置けない友人という気安い関係を維持していたと思っていたが、恋人をすっ飛ばして一足飛
びに婿入りと来たことに驚いていた。
「あの話はもう幻想郷中に広まっているからな。捕まった一人は妖怪のウヨウヨしている人里の外に追放したし、逃げたあと一人も村の外で手足を縛
られて崖から落ちて死んでいるのが見つかったから。もう○○は何も心配しなくていいんだぜ。」
「そんな、いきなり言われても…。」
「もう既に○○は霧雨家の若旦那ってことになっているんだぜ。だからあの時、○○が襲ってきた男を返り討ちにしても、二人殺しても誰も文句を言
わなかったんだからな。もし○○が只の外来人なら今頃はあいつらと○○が逆の立場に成っていたから、私に感謝してくれよな。まあお礼は○○自身
でいいぜ。」
黙り込んだ○○に魔理沙が言葉を続ける。甘い毒を言葉に忍ばせて。
「それに暫くは毎日私が付きっきりで看病するからさ。後の事は後で考えたらいいんじゃないか。」
「そうだ…な。」
あまりの目まぐるしさに付いていけずに、考えが止まってしまう○○。今はただ、何も考えずに魔理沙の体に体重を預けていたかった。
>>6
新作お疲れ様です。今まで横恋慕という可能性を考えていなかった…。
ヤンデレ危うきに近寄らずでしょうか。次回も楽しみにしてます。
「なぁ、どうする?」
よろよろと、そして弱ったと言う態度を噴出させながら上白沢の旦那は、奥で微動だにしない○○に近寄った。
「絶対に近づかない事と……今すぐ上白沢慧音に知らせよう」
「もちろん、稗田阿求にもな。まぁ、慧音に伝える事と九代目様に伝える事はほぼ同義でああるが」
○○がこの男の妻である慧音の事を口に出したので、お返しとばかりに○○の妻である阿求の事を持ち出したが。
目の前で倒れているのが鬼人正邪と言う、事件の大きさはもとより厄介さに頭が痛くなり。
お返しとばかりの皮肉も、上滑りしてしまいどうにも。笑う気にはまったくなれなかった。
「よし……それじゃ、一緒に行くぞ。どちらかが残るだけでも危うい」
○○が若干ではあるが、倒れている鬼人正邪を気にしながらこの場を立ち去ろうとした。
「放っておくのか?」
上白沢の旦那が、若干の抗議的な意味を含ませた声で聴くが。理解は出来るのでどうしても弱い。
「そうだ……何をするにしても俺たちの妻がいない場所でこの問題を動かすわけにはいかん……分かるだろう?」
「ああ……」
悔し事は悔しいが、理解できてしまえる以上、上白沢の旦那も大人しく首を縦に振る以外にはなかった。
○○の方はと言うと、上白沢の旦那以上に恐れがあるのか。不意に鬼人正邪が起き上がって飛びかかってこないかでも心配しているのか。
○○は鬼人正邪の方を向きながら後ずさりをするようにして、この場から立ち去ろうとしていたが。
「前だけ向いていた方が良い」
上白沢の旦那に対して○○は、やはり妙な事を言っていたが。妙なのはそれだけでは無い。
○○の愛犬であるトビーを抱えて、犬が興奮しないように目線も隠してやっている。
そして何度も、首を横に振っている。だがその動きは明らかに、上白沢の旦那の方向は向いていない。
「そのままの状態でゆっくり歩けば、多分大丈夫だ」
何かがあるのでは。そう思うには十分であったが、○○の表情から読み取れたのは。
○○は、明らかに何かの危機を感じている。それのみであった。しかし残念なことに、それが何なのかよく分からない。
……であるならば、少々の煩わしさや悔しさは存在しているが。○○の言う通りに動くほかは無いのであった。
「後で教えろ」
故に上白沢の旦那は、小声でこうつぶやくことしか出来なかった。
そして倒れている鬼神正邪が、完全に見えなくなった辺りで。
○○は踵を返したようにクルリと回り。愛犬を抱きかかえながら、走り出した。
「おい、待ってくれ」
説明をまだ寄越してもらっていない上白沢の旦那は当然、どういう訳があるのかと早く聞きたがっていたが。
「もっと離れるぞ」
○○はそう言って、ぐんぐんと速度を増していくばかりであった。
付いて行く以外にはない、こういう時の○○は話を聞くような性格でないのはよく分かっている。
稗田阿求を連れて来れば、別かもしれないけれども。
そして往来が比較的増えてきた場所まで戻ってきた。
この際に結構な数の人間に見られたが、○○が愛犬をいたわるかのような仕草をしたので。
突然走り出した飼い犬を追いかけていたら、思ったより遠い場所まで追いかける事になったと言う。
そう言う演出が上手くいってくれた。またその演出をやったのが、稗田の婿殿である○○と上白沢の旦那と言うのも無視はできないだろう。
天狗の新聞が色々と、――もちろん二人の妻たちも関係している――派手に書き連ねてくれたお陰で。
この二人は、人里で起こった厄介ごとの解決人として。はっきりと認知されている、そんな人物の行動ならば、少々突飛でも案外気にしない。
「一旦、稗田邸まで来てくれるか?」
「それは構わんが……一言位の説明はねだらせてはくれないか?」
二人が若干の小声になりながらだが、○○は辺りを少しばかり気にしながら。そして道の隅に移動してからようやく話してくれた。
「いつから向こうが気づいていたかは分からんが、俺は鬼人正邪と確かに目が合った」
上白沢の旦那は、○○からのその説明に絶句する他は無かった。
「つまり……俺たちは鬼人正邪からにらまれて…………その気になったらいつでも?」
「多分な。邪魔をするなと言う意思は確かに感じ取れる、そう言う目つきだったよ。久しぶりに怖かったよ」
「そ、そうなのか……」
○○は稗田阿求に影響されているせいなのか、乾いているとは言え笑っていたが。上白沢の旦那はそうも行かなかった。
「しかし……鬼人正邪。なんか派手な服を着ていたな。あいつ今、どこで何をやっているんだ?」
○○は服装から鬼人正邪の動きについて何か推察を重ねようとしていたが。
傍にいる相棒は、そんな部分に頭を回して考察する余裕は一切なかった。
「ただいま」
「お帰りなさい、あなた……あら、上白沢さん所の旦那さんも一緒なんですね。遅くなったのはそれだけですよね?」
○○が稗田邸の門をくぐり、妻である阿求がそれを出迎える。
いつもより若干遅い北区に、阿求が気にするような言葉を掛けてくれた。
多分ここで『何でもないよ』と言い切れば、腹の底はともかくとして阿求はその言葉を一旦は受け入れてくれた気はする。
だが○○は……阿求相手では何かを隠そうと言う意志がまるで存在していないのだろう。
「鬼人正邪が倒れているのを見つけた……まぁ、向こうに戻ったとしてもとっくにどこかに行ったとは思うが。眼が動いてた」
かなりの厄介ごとが起こっていると言うのは確実なのに、○○の奴。あっけらかんと阿求に全部を話してしまった。
「あらぁ……でも何もされなかったんですよね?」
「一応は。邪魔をするなと、言われてはいないが、目線でそう言われたのは分かったから」
もっと恐ろしいのは、稗田阿求が妙に冷静だったことだろう。
それぐらいでなければ、稗田の九代目は勤まらないと言われればその通りであろうけれども。
笑みすら浮かべて○○とその事について喋っているのには、閉口物である。
「実は最近、鬼人正邪が妙におとなしいと言うか。見かけても普通に飲食しているだけで」
「気になるねぇ、それ。あの天邪鬼がさ。飲食だなんて、普通すぎる」
「だとしてもアレに下手に触れるのも。あなたや上白沢の旦那さんに触れなかったのなら、一線は弁えているようですから」
「確かに。確実に何かが起こっていると分からない限りは、触れたくも無い。反撃喰らって伸びてるだけならざまぁみろと思うのは多そうだし」
「……なぁ、稗田のお2人。一応慧音には言っておくぞ?」
横から聞いてばかりの上白沢の旦那も、何かを言わずにはいられなかった。
「と言っても、どこに住んでいるかもあんまり分からないから……」
しかし阿求は、まだ少し笑っていた。
……何となしに、解体現場で騒いでたり、ガラス瓶を叩き割る寺子屋のやんちゃな生徒どもを思い出した。
何が面白いのかはよく分からないが、派手に土煙を上げたりして壊れるのが。それが案外面白いのだそうだ。
「それよりあなた、実はね。またご依頼の方が参られているのですよ」
「へぇ!」
しかし○○の思案顔も、新しい依頼人が来たと言う阿求からの報告に。
その時の○○の妙に楽しそうにしやがる顔で、上白沢の旦那の疑念も。ぽっきりと腰を折られたような形になってしまった。
「気に病むことは無いよ、鬼人正邪が何かを考えているのなら、早晩気配を見せてくれるさ!」
上白沢の旦那は『そうじゃない!』と言ってやりたかった。こいつの、新しい事件を心待ちにしている態度が気に喰わないのだ。
第一、もしも鬼人正邪が本当に大きなことを考えていたら。
それはもう、稗田の領分ですら無く。二人の巫女や、霧雨の魔法使い。
精々が、半人半霊や紅魔館のメイド。出張るとしてもここら辺が関の山である、それを分かっていなさそうな事に腹が立つ!
「あの野郎」
上白沢の旦那が、○○の事件に対する面白さを優先している姿に腹を立てている頃。
「手加減しやがって。私も本気を出しにくいだろ」
鬼人正邪は、いくつかある隠れ場所までたどり着いて。そこに保管してある軟膏を塗りたくって、ギシギシ言う体を労わっていた。
「また私の方が黒字じゃないか。あいつばかり赤字になりやがって、急所を狙ってくれない」
軟膏を塗りたくりながら、鬼人正邪は思い通りに行かない現状にブツクサと言ってすねるような姿を見せていた。
「さすがに首に手を掛けた時は、力を入れてなくても慌ててくれたが・・・・・・ちょっと失神したふりをしたら泣き出すんだから」
「あいつ、何で力を入れてくれないんだ。あいつは血の味が口の中に広がってるんだから。同じ目に合わせてくれても良いだろうに」
正邪は手鏡で口の中を調べて、特に影響がないどころか。傷一つない事を確認していた。
「こんな派手なだけの『おべべ』それを汚すだけじゃ、全然足りないんだよ。こんなの、暗闇で騙す為の派手さだから安いんだよ」
「どうせ忘八頭から新しいのはいくらでも引っ張れる。遊郭街の間諜(スパイ)として動く仕事はいつまであの街が持つか分からないから」
「だから……あいつのお友達を破滅させて。あいつとは未来永劫憎しみ合いたいのに……何であんなに優しいんだ」
汚れた派手な服を洗い桶に突っ込んだ後、正邪は新しい服を――これも派手だった――着て。
その後、服の派手さに合うように口紅や上の手入れをしたあと。
ゆっくりと、人里の『奥を』目差して飛び去っていった。
稗田阿求や上白沢慧音が唾棄して絶対に向かわない、人里の奥の方にである。
続く
>>2 ->>6 の続きとなります
>>9
何だろう、何か怪しい。悪漢の登場に作為的な匂いがする
そう思ってしまうのはヤンデレに関わりすぎたからかもしれない
そうでなくても、体よく厄介者を始末したい里人は多そうだから乗っかったってのはあるかも
それに、ミニ八卦炉でなくとも。妙なマジックアイテムを持たされている人間は
裏にいる存在が危なくて、近づきたくない
書けるうちに書く
「耳が早いですね」
○○が新しい依頼に知的好奇心を旺盛に働かせているのを見て取った上白沢の旦那は、若干の諦めを混じらせながら阿求にごちるしかなかった。
……きっと、ここに古明地こいしがいたならば笑ったであろう。
上白沢の旦那は、無意識のうちとは言え稗田阿求に呆れを見せるような態度をして。
なおかつそれが許されているのだから。阿求も阿求で、上白沢の旦那が見せた態度に苦笑するのみで済ませている。
ここに奉公人がいないからとは言え……それでもやはり上白沢の旦那は。
○○の遊びに付き合っているうちに、無自覚の内にその立場を。良いか悪いかは本人に聞くしかないが。
確実に、その立場を上向かせていたのである。
「ええ、実は依頼人はうちの奉公人なんですよ……まぁ、いきなり相談する訳にも行かないから。色んな人にお伺いは立てたようですが」
阿求がそう言った時、上白沢の旦那は天を仰いだ。
○○に依頼を持ち込む前に、稗田阿求に依頼しても良いかお伺いを立てる前に。
どうやら今回の依頼人、そうとう回り道をしてくれたようだと言うのが。阿求の一言だけで分かってしまったからだ。
八意永琳(狂言)誘拐事件、前回の頭領がうつろになった事件。
それらの解決のために走り回ったのは、隠したくても周りが、特に稗田阿求が大いに宣伝したがるので。
目立つのが○○だけで済めば良いのだが、妙に仲良くやって付き合っている上白沢の旦那にもその影響は及んでしまう。
「今回の依頼も、上手くいけば無論……宣伝を?」
上白沢の旦那は重たい表情と声で、阿求の考えを問うてきたが。当の阿求は朗らかな笑顔で、○○に至ってはワクワク顔だ。
そして阿求はワクワク顔の○○を見たらさらに上機嫌になりながら、上白沢の旦那に。
「ええ、もちろん。夫の名声が上向くことは、私にとっても喜びですから。私ばかり良い目を見ても面白くありませんから」
「時間が無いんですよ、他と違って、本当に時間が無い。これでも焦っているんです」
私ばかり良い目を見ても。そして時間が無いと言う言葉に上白沢の旦那は引っ掛かりを若干覚えた。
――そうですね、それぐらいしないと○○と貴女の関係は釣り合わない――
そんな感じの言葉も、頭の中に出てきたが……すぐに仕舞い込んだ。それを言う事によって稗田阿求から。
致命的とは言わなくとも、回復困難な不興を買いそうな。そう言った恐れをすぐに、この旦那は想像できた。
稗田夫妻のいる場所は深淵だ。
何故こう思ったかは分からない、稗田阿求の献身っぷりに恐怖したのかもしれない。
しかし上白沢の旦那はすぐに、これは深淵だと結論付ける事が出来た。
「そうですか」
深淵と言うのは眺めていたら案外仄暗い面白みや楽しさがあるけれども。君子危うきに近寄らずと言うではないか。
なので上白沢の旦那は、本当に一言だけの返答で済ませてしまった。
余りにも進もうとしてくれないこの男の姿に、稗田阿求は失望と言うほど深くは無いけれども。
しかしながら呆れと残念さを混ぜたような顔は作ってくれた。
『こいつ、自分がおかしい事を自覚しているのか?』
上白沢の旦那は、冷静な狂いの片鱗を見たような気すら覚えたが。なればこそ、この場で言える事はただ一つ。
「○○、依頼人の目当てはお前のようだから。帰って良いか?」
「駄目ですよ」
帰宅したいと言う希望を真正面からぶつける事ではあるのだが、間髪入れずに稗田阿求から押し留められた。
「依頼人さんは、○○だけでは無くてあなたにも話を聞いてほしいと考えているのですよ」
「至極もっともだ……残念だよ。私も有名人らしいから」
押し留められたのではなくて、どちらかと言えば強制のような気配も感じるのだけれども。底は敢えて無視した。
無視して、有名人はつらいよと言う態度をうそぶいて見たが。正直、茶化した態度を取った事をすぐに後悔した。
稗田阿求の目が怖かったのである。音こそ鳴らさなかったが、舌打ちの真似事もしていた。
そしてその怖い目と、舌打ちの真似事。無論の事であるが、○○には見えないように強く気を配った場所。
不意に後ろを向いた瞬間に、この二つを同時に繰り出してきたのである。
しかし今の阿求と○○は近い位置関係にあるから。これは中々の冒険だと思うのだけれども……
そこはさすがに、稗田の九代目様と言うほかは無かった。
「阿求、依頼人はどこに?」○○が不意に後ろを向いたが、すぐに向き直った。
しかしその時には、時間にして数秒ですら無かったはずなのに。稗田阿求の雰囲気は、1秒と掛からずいつも通りに戻った。
「ひとまず一番広い客間に通しています。あそこなら盗み聞きも難しいですから」
そしてまた稗田阿求は上白沢の旦那の方に向いた、今度は○○に向ける朗らかな顔のままであるが。
それが、分からなかっただけでいつの間にかその顔は演技のそれに変わった事ぐらい。彼だって理解している。
「来てくれますよね?」
「ああ、また手伝ってほしいな」
稗田阿求の声の裏側にある有無を言わせない姿よりも、軽い調子の○○の方が暖かい存在に見えた。
「まぁ……乗りかかった船だ」
快諾は何となく、心の引っ掛かりを無視できなくて。何となしに玉虫色の答えになってしまったが、○○にとっては十分らしく。
「よし、じゃあ依頼人から話を聞こう」
○○はクルリと向こうを向いて、一番広い客間とやらに向かったが。
できれば一緒にいてほしかった。お前が不意に稗田阿求から目を離したら、不用意な自分の責任があるとは言え。
だとしても、九代目様の持つ底知れ無さに一人で対応しなければならなくなると言うのに!
事実、稗田阿求は。○○が向こう側に行くのを確かに見て取ったら、急に表情の全てを消してこちら側に向いてきた。
「○○のお友達ですから、この程度で終わらせますけれども」
つまり自分が、上白沢の旦那でなくて。○○とも親しくなければ、五体満足でいられるかどうかすら怪しかったことではないか。
「どうか○○に独り舞台を踏ませないで下さいな。それはあんまりにも、寂しいじゃないですか。相棒がいないと、話が締まりません」
いったい何を考えているのか、何を目的にして稗田阿求は動いているのか。
この言葉だけでは、それを判別する事は出来なかったが。
自分はもう、この船と言うか舞台から降りる事が出来ない。
それを理解するのに、さしたる時間は必要なかった。
「ご足労おかけしてしまう事は、申し訳ありませんわ。本当に」
そして上白沢の旦那が、降りれない事を理解した瞬間。稗田阿求も機敏にそれを察知したのか、急にいつもの朗らかな調子が戻った。
「埋め合わせと言っては何ですが、後で菓子折りをお渡ししておきますね。流行の菓子屋の、おせんべいですけれども、気に入ってますの」
一応世間的には、上白沢の旦那が若干は巻き込まれていると言うか。ご足労掛けられていると言う認識らしい。
今はそのお情けを噛みしめるしかなさそうである。
かくして○○と、稗田阿求か無理やり連れてこられた上白沢の旦那は。
新しい依頼人が待っていると言う、大きな客間に通された。
なるほど確かに、寺子屋の教室2〜3個分の広さはある。これじゃ客間と言うよりは宴会場だけれども。
稗田阿求は確かに客間と言ったから。その用途で使っているのだろう。まったく豪勢な事だ。
その客間と稗田阿求が表現した大広間の中心に、今回の依頼人である女性が座っていた。
年の程は、50に乗るか乗らないかと言った塩梅。なるほどこれなら、稗田阿求もそこまで心配する必要はないだろう。
それに、そもそもの部分で。
「ああ、九代目様に夫様!それに上白沢の旦那様!私のご依頼を聞きに来てくださり、本当に感謝の極みにございます!!」
この女性は、先ほど稗田阿求が言っていたが。この稗田邸で働いている女中なのだから。であるならば、依頼人の腹の底に対して不安な部分は何もないと言い切れる。
稗田夫妻と上白沢の旦那を見た瞬間の平身低頭っぷりと来たら。
敬虔な信者の中でも特にと言わんばかりだ、それよりも思う事と言えば。
いったい自分はいつから、神仏と同格の扱いをされるようになったと言うんだと言う。その部分に関する、窮屈さだが。
それでも、稗田阿求からぶん投げられたあの目線に比べれば。あの敵意に変わる一歩手前の感情に比べれば。
窮屈なだけで、頭を下げてもらえる今の方がマシなのが、酷い状況である。
「頭を下げるのはこれだけにして!さぁ、依頼内容を話して!説明と言うのは、出来るだけ早く済ませてしまうべきなんだ!」
○○はと言えば、退路を断たれている自らの友人の事など。気付くための材料を与えていられないから仕方ないが。
妙に楽しそうに、新しい依頼に立ち向かおうとしていた。
「は、はい……では。お話いたします。これは、私の息子が悪い知り合いにつかまっていないかと言う不安が元にありまして」
依頼人に至っては、稗田夫妻や上白沢の旦那たちの事を神格化すらしていそうだから。余計に気付く事は出来ない。
そうしてこの依頼も始まりの鐘が鳴ったと言えよう。
菓子折りでは安すぎるぞと上白沢の旦那は思ったが。先ほどの稗田阿求からの視線は、夢にも出てきそうだから。
黙って聞くしかなかった。
続く
>>11 ->>13 の続きとなります
ご感想の程、どうかよろしくお願いいたします
>>15
目の前の事件も気になるがやはり気になるのは○○と阿求の最期
二人にとって幸せな結末になればいいのだけど…
切り札はいつだって悪手3
寝起きの耳を揺さぶる大きな音なのに、肝心の内容についてはくぐもってしまい、頭にはあまり入ってこないアナウンスが駅のホ
ームに鳴り響く。会社や学校に向かう人の波が蛇のように揺れ、蟻の如く流れていく。数千もの人間が社会の歯車に、あるべき位置
に収まりつつ役割を果たしている。人混みをかき分けるようにけたたましく発車のアナウンスが流れ、僕がいつも乗っていた電車が
目の前で過ぎ去っていた。
次に来る電車を待つために、未だ行き交う人々が途切れない駅のホームに並ぶ。昨日よりも少し気温が下がった平日の初夏の空気
は、爽やかな温度で僕の熱を奪っていく。隣にいる彼女が日傘をコツンと地面に叩き、僕に言った。
「そろそろさっきの電車で、騒ぎが起きるころね。」
「何の騒ぎ?」
騒ぎが起きることではなく、聞くべきはその内容だった。良く当たる占い師は言うに及ばす、最先端の科学の結晶である天気予報で
すらも彼女には及ばない。量子の悪魔が闊歩する確率によって生み出される精度を超え、太古から息づいていた人知を越えた力に
よって授けられる予言。かいつまんで言うなれば、彼女の言った事は全て実現するということだった。
「暴力事件。鞄が当たった事を巡って、女性と男性の。」
「そうなのか。じゃあ二つ先の駅で乗り換えよう。A線ならいけそうだ。」
「うーん。」
僕の意見に賛成という訳ではなく、何処かに欠陥があると言いたげな思案顔の彼女。幾通りにも張り巡らされた考えが、纏まらない
ためい言うのを控えているのではないことは、彼女のどことなく勝ち誇った笑みが僕に教えてくれていた。あどけない幼児のような
笑顔。宝物を大事に隠しておきたくて、それでも宝石を誰かに見せびらかしたくて、しっかりと宝石箱を後ろ手に隠しながら、その
存在を僕に分かるように振る舞う。彼女の持っている壊れそうでちっぽけな、太陽の光を浴びて輝くガラス細工のプライドを、そっ
と手に取るように掬い取る。僕の小さな努力は、それに見合った以上の答えを返してくれた。
「A駅の前のB駅にしましょうか。」
一駅だけ双六の駒を進めた僕は、数分後に目的の駅のホームに降り立っていた。乱れたダイヤのために、普段電車の中から眺める
よりもずっと多くの人がホームで並んでいた。苦虫を噛みつぶした顔でスマートフォンを眺める人々。チカチカと電光掲示板が点滅
し、すぐ近くで先程起きた暴力事件を乗客に伝えていた。テレビで話題となっている俳優を全面に起用した大型広告を背に、人員整
理の駅員が何人も動き出す。大勢の人の波とは逆の方向に僕と彼女は歩いていた。地下鉄への乗り換えのために、空いていたエスカ
レーターを降りようとすると、彼女が僕にだけ聞こえる位の小さな声で言った。
「階段。」
斜め四十五度に進行方向を変えて、階段の方に体を向ける。隣にいたサラリーマンの後ろに滑り込むように入り込み、そのまま長い
階段を降りていく。視界の端で後ろにいた女性が、面食らったようにエスカレーターに乗り込むのが見えた。長年の歩行者によって
角が摩滅した階段を降りていると、隣で大きな音がした。大型のスーツケースがけたたましい音を立てて、エスカレーターの片側を
滑っていく。人間よりも乱暴に、そして随分と速く到着したスーツケースは、その代償に中身を地下一階にて散乱させていた。慌て
て降りてきた持ち主がバラバラに散らばってしまった中身を拾い集めようとする。思わず駆けつけようとした僕を、彼女の腕が引っ
張っていた。
「綺麗な人なら直ぐに助けに行くのね。」
「そんな事ないよ。」
「嘘ばっかり。目でしっかり顔見てたじゃない。」
女心と秋の空とことわざは存在するものの、晴天から突然暴風雨が吹きすさぶ彼女の機嫌は、それ以上に変わりゆくものであった。
第一、今は秋ではない。ドンドンと僕を引っ張るようにして進んで行く彼女。見た目に反してその力が強いために、僕は前につんの
める格好になり、それを補うために早足になった。羊飼いに導かれる羊の如く、そしてキリストに着いていく信徒のように、僕は彼
女に先導されていく格好で地下鉄の駅を進んでいくことになったが、周囲から奇異の視線に晒されることが無かったことだけは、唯
一の救いであった。
彼女に引っ張られた甲斐もあり、僕は普段よりも少し遅い位の時間に最寄り駅に着いた。十分程度の遅れならばカバーできる範囲
だ。あれから機嫌を直した彼女が笑顔で僕の手を離す。甘い雰囲気を漂わせながら。
「またね。」
そう言って手を振る彼女を後ろ背にして、僕は脇目も振らずに会社の方に走って行く。ああ、まただ、また彼女に頼ってしまった。
僕は彼女の事を知らないのに、彼女の名前も、住所も、携帯電話の番号も。トラブルが起きそうな時にいつの間にか隣にいる彼女を、
僕はいつも受け入れて、そして常に彼女に頼りっぱなしになっていた。彼女が本当に人間かすら僕は知らないというのに。ああ、本
当は僕は薄々感じてしまっているのだ、彼女が人間を超えた力を持っているということに、そして僕がそれを知っているが、敢えて
見ない振りをしてきたという事に。心臓が破裂しそうな程に鳴り響く。今までの常識が崩れていき、自分がこれまで過ごしてきた世
界が崩れ去る。彼女が僕をどこからか見ている気がした。今の世界以外の、幻想の世界のどこからか。彼女に恐れを感じているので
はなく、けれども彼女に頼っていることに後悔をし、そしてそれをズルズルと許している自分が一番嫌だった。全てをやり直そう。
そう僕は固く、生まれ変わり震えるように決心した。
日が暮れて夜空が街を覆った時間に、会社のビルから出てきた僕を彼女が出迎えた。朝の時の爽やかな服とは違い、お嬢様めいて
いて高級そうで、うっかり触れると形が崩れてしまいそうなフリルの飾りが付いた服だった。僕は彼女に構わず歩き出す。
「そっちは危ないけど。」
彼女が僕に注意をする。いつもならばそれを僕は受け入れていたが、今の自分は違っていた。
「僕はこっちの方に行きたい。」
そして僕は、彼女が危ないと言った方向に向かっていった。自分の人生を賭けて、今まで過ごしてきた自分という存在を信じて、今
もひしひしと感じている未知への恐怖と僕は戦っていた。
「ふうん…。」
悪戯を思い付いた子供がするように、ニヤリと笑う彼女。きっと彼女には僕にこれから起こる事が見えているのだろう。僕の目の前
には夜の暗闇が広がっていた。全身に震えが走る。視界がピカピカと点滅し、自分が真っ直ぐ歩いているかも分からなくなる。それ
でも僕は足を止めずに歩き続けた。自分の信じる方向へと。未来へと向かって。
>>15
阿求がヤバい…底知れない狂気が渦巻いているのがヒシヒシと伝わってくる気がしました。慧音の夫にすらこういう態度なのだから、
他の人にはいざとなれば、かなり凄い事をしてきそうな予感…
物がない部屋がこんなにも広く感じるとは思わなかった
ベランダの戸を開けると、夏の装いを始めた風が吹き抜けていく
「いかがでしょうこのお部屋は。一人暮らしにはうってつけの広さかと…しかしですね、あの、なんですか…うーん…お嬢様には…もっと似合うお部屋があるのではないかと…」
窓から遠く見える高級マンション、以前はそこに住んでいた。
私の顔色をうかがう不動産屋のバツの悪そうな顔を眺めながらゆっくりと口を開く
「正直、エレベーター乗り降りするの好きじゃなかったんです。それに学校からちょっと遠かったし」
広すぎたのだ、学生一人暮らすには。
それにあんなセキュリティのかかったマンションに入れられることには最初から反対だった。まるで閉じ込めておくみたいな父の傲慢さが息苦しくてしかなかった
嘘じゃない
本音と建前は一致していた。
私はあの部屋から解放されたかったし、ならば次の帰る場所を選べるならばここしかないと思った。ううん、ここがいい。
「ですがその、もっとよいお部屋を用意できますよハーン様。管理しているウチがいうのもなんですがここはいささか…」
あれだけ嫌っている父の権力を使ってこの部屋の契約を取ろうとする私に困惑している。無理もない私をこんなアパートに住まわせたと父に知れたらなにがあるかわからないからだ
「そちらとしても都合がいいのではないですか?」
「その、なんと申したらよいか。確かにこのようなアパートの部屋を埋めていただけるの助かりますが」
「告知義務というものがあるのでしょう?」
額の汗を拭うハンカチが止まらない、焦りがシャツの襟に侵していくのがよく見える
宅地建物取引業法により、不動産の瑕疵内容については、必ず説明を行う告知義務がある。
簡単に言うなら、例えば、例えば━━
「ご、ご存じなのですか…」
「トモダチだったんです」
「しっ」
「知っていてこのお部屋に入ろうというのですか!?ご学友が亡くなられたこの部屋に!?」
『こういうこと』だ。
先日私のトモダチが亡くなった。
ここはそのトモダチ…彼が住んでいた部屋だった
『そういう部屋』だった
「ハーン様!あたなのために無礼を承知で申し上げます!『正気の沙汰』ではありませんよ!!どうか考え直しください!」
不動産屋の言うことはもっともだった。
トモダチが亡くなった部屋になど住めるわけがないし知らなくても住まわせるようなことをできるわけもない
トモダチを亡くしたショックで心が弱っている悲しみの勢いに過ぎない慰めだと思われている
ここに他の誰かが住むのを嫌がる所謂ある種の弔いのようなものだと思われている
間違いではない、間違いではないのだけれど
「いいんです、ありがとうございますそこまで言ってくださって。でも、もう決めたことなんです」
「しかしっ…!」
「父に讒言を吹き込んでも構わないんですよ」
不動産屋は息を飲んだ。口元を震わせて奥歯をぎゅっと噛み締める
私がやろうと思えば他愛もない作り話を父に信じこませることができるし、父がその結果どんなことをする人間なのかもわかっている
こんな汚い手を使ってそのトモダチの部屋に住もうとしてる。
なぜそんなことをするのか
自分の心の隙間を埋める為?
トモダチを忘れない為?
嘘じゃない、それは本当。
本当だけど
亡くなったトモダチの部屋に住めることに悦びを感じているのも理由だと言ったら
世の中には吐き出してはならぬ言葉がある
それは人を冒す病の言葉
ストロベリームーン
太陽が地平線の向こう側に消えて夜になると、彼女は時々部屋のガラス越しに月を見ていた。彼女が眺めるのは決まって丸く光る
満月の日であった。ベランダのカーテンを少し開けて部屋の電気を消すと、周りにそれ程高いビルが無い半分程田舎のマンションか
らは、空に浮かぶ黄色い月が綺麗に見える。僕の前でグラスに注いだ透明な滴を口元に運ぶ彼女。曇り無き澄んだ水が、彼女の整っ
た白磁の顔に赤みを与えた。普段から傍目にも美人な彼女であったが、こうやっているとまるで、お伽噺に出てくる登場人物のよう
ですらあった。さながらかぐや姫のように。
暗闇の中で彼女を見ていると、この世に二人だけしかいないような気がしてくる。彼女の姿、息づかいが自分の中に入ってきて、
そしてそれが僕の感覚を埋め尽くしていく。アルコールが全身を熱くして、体に浮遊感を与えてくる。どこまでも遠くの世界まで
飛んで行きそうな感覚を。目の前の彼女が微笑むと僕まで嬉しくなり、眉を顰めるとこの世の終わりのようにすら思えてくる。蕩け
きった夢の世界。ふと、彼女が外を見て言った。
「あら、今日は月が赤いのね。」
僕も、彼女に合わせる様に窓の外を見た。雲が無い空には大きな月が映っていた。赤い、あかい、アカイ月。偶々点けたテレビのニュ
ース番組で、キャスターがストロベリームーンについて解説をしていたのを、ぼやけた頭で今更ながら思い出した。
「綺麗な月だね。」
「夏目漱石の真似?」
柄にも無い知的な会話はすぐに打ち消されてしまったが、彼女の笑顔が見れたのならば安い物に思えた。
不意に彼女の顔から、引力で潮が引くかのようにサッと笑みが消えた。目線を合わせることすら苦しくて、だけれども尋ねずには
いられない程に苦しくて、それでも僕にだけは悲しみを見せまいとする彼女。彼女の目が潤み、今にも消えてしまいそうな声がした。
「ねえ…。もしも、もしも私が月に帰ってしまうとしたら、どうする…。一緒に来てくれる…?」
「……。」
あまりにも急な質問に、僕は言葉を失ってしまった。考えたこともない彼女の質問。あまりにも非現実的なものだったが、僕は彼女
がまるで、かぐや姫が月に帰ってしまったかのように、僕の手の届かないどこかに消えてしまいそうに、そして、今のこの瞬間が儚
く脆く壊れてしまいそうに感じた。彼女の手を握る。僕がいると、君の側に僕が居ると。僕の存在を彼女に確かめさせるようにしっ
かりと彼女の両手を包みこんだ。
「ありがとう…。」
宝石の涙が零れて、ゆっくりと僕の手に流れ落ちた。
>>22
○○を手に入れられなくても、○○の部屋に住むことでその存在を感じることができるとういうことでしょうか。
誰の手にも届かないのであれば、自分が一番近くに感じたいと思っているという、ある種のホラーチックな感覚を感じました。
現在25スレ23まで更新済み
・前スレうつろな男シリーズの6〜10、967、1000が連続更新規制のために更新ができておりません。
・まだらに隠した愉悦シリーズを正邪にて登録しています。
>>23
これは、輝夜の帰還が近いのかな
あるいは輝夜に都合よくつくりかえたのかな?月の方を
ストロベリーの赤ではなく、月が燃えているのだろうか
>>22
勝ったのは蓮子の方なのか
そもそも蓮子がいないのはなぜか。想像が膨らむ
次より、>>15 ->>17 の続きを投下いたします
○○から促された依頼人は、馬鹿みたいに丁寧な態度はそのままではあったけれども。
早く喋れと言う部分は神託にも近かったから、すぐにそう言う体勢になった。
上白沢の旦那も――忌々しい事に癖となっている――いつも通りの仕草で、手帳を取り出した。
旦那は手帳を取り出した瞬間、自分が何も考えずに手帳を取り出したことに毒づきたくなったが。
きっと毒づかなかったのは防衛本能と言う奴だろう、表情をピクリとも動かさずに、まずは稗田阿求を確認した。
稗田阿求はと言うと、上白沢の旦那がいつもの癖で手帳と筆記具を取り出した様子をしっかりと確認していた。
そして上白沢の旦那が稗田阿求と目があった時。彼女は満足気に、コクリと頷きつつ笑った。
いつの間にか自分の行動基準が、名探偵を気取っている――あるいは稗田阿求から気取らされている――○○の。
彼の行動や思考に強く影響を受けて、自分も次の動きを決めている事には恥の概念が強く鎌首をもたげたけれども……
稗田阿求と喧嘩は出来ない。
結局のところ、相手が稗田阿求である以上。何もできないのが現実なのである、精々が距離を取る程度の事しか出来ないけれども。
その距離だって、稗田家の九代目様自らこっちを捕らえに来る。
諦める事は嫌だけれども、稗田家との喧嘩は出来ない。慧音にも迷惑がかかる。
そうなると結局出来た事と言えば、稗田阿求からの視線を外すこと。ぷいっと、無視するような態度を取るぐらいしか出来なかった。
幸い今は、手元に手帳と筆記具がある。それを注視していれば、体面は立ってくれる。
「はい……では、お話します」
丁度いい塩梅に、依頼人が話を始めてくれた。
「私の息子は、つい先日まではそれはもう真面目に働いて暮らしてくれました。
孝行息子と言うほどの際立った善行は無いのですが、だとしてもまぁ、何処に出しても恥ずかしくの無い息子でした……
……ええ、これまではね」
依頼人はここで話を少し区切って、若干手を震わせながらお茶を飲んで喉を湿らせた。
依頼人から感じる悲壮感と言うのは、前回の頭領がうつろになった事件よりも上だなと感じた。
まぁ、しかたの無い事ではあるだろう。
前の依頼人は、頭領には随分世話になったようだけれども。そうは言っても他人。
今回の場合、依頼人が気にかけているのは、自らの腹を痛めて生んだ息子の事に関わるのだから。
悲壮感で比べるのは、筋違いと言う物であろう。
とは言っても、早く話を進めてほしかった。
○○もそう考えているのか、自分から質問しだした。○○は思ったよりも『イラチ』の気配がある。
「酒ですか?それとも賭博?あるいは両方と言う線もあるかな……?」
○○からの質問を受けた依頼人は、更に苦悶の表情を浮かべた。そして○○からの質問に対して首を横に振るのみであった。
どうやら事態はもっと悪いという事らしい。九代目様の夫様から声を掛けられているのに、はっきりとしない態度には大体訳がある。
「多分どれでもありませんのですよ、皆様方。確かに酒や賭博は、人の身を駄目にする魔力がありますが。
正直な話、そう言った分かりやすい悪癖の方が。こちらとしてもやりやすいぐらいでした。
悪癖の種類が分かりやすい分、そしてよく見聞きする物ですから、悪い例をいくらでも例に挙げて叱り飛ばせます。
しかし……どうやらうちの息子は、日常的に殴り合いをしているようなのです」
日常的に殴り合いをしていると聞いて、手帳に筆を走らせ続けていた上白沢の旦那も思わず手を止めて依頼人の方を向き。
いや、それよりもと思い直し。○○の方を向いたら。案の定であった。
「へぇ、それは…………豪気だな」
○○は少しだけ笑っていた。この少しと言うのが問題なのだ、○○は本当はもっと笑いたかったはずだ。
周りには皮肉気に見える程度には抑えている笑みではあるけれども、付き合いのある上白沢の旦那には違うと断言できた。
どうやら酒や賭博と言った分かりやすい悪癖ではなさそうだと知って、○○と来たら、今の状況を面白そうだと感じている。
稗田阿求はと言えば……コクコクと頷くのみ。つまるところ○○が舞台を踏むことが出来ればそれでいいのだ。
演目が成功する事に越したことは無いが……少々失敗しても、九代目様の権力がある。
「相手は分かっているのですか?その……殴り合いの相手。そもそも殴り合いを日常的にやっているのは確かで?」
どっちも当てにならないと、上白沢の旦那は結論付けざるを得なくて。また依頼人であるこの母親が急に哀れに見えてきたので。
せめて自分だけでも親身になってやろうと思った……
いや、○○も事件や依頼に対しては真剣に取り組むのだろうけれども。依頼人の為を思っているかと聞かれたら。
それは……いささか微妙としか言いようが無かった。
意識しているんぼ甲斐ないのかは定かではないが、依頼人にとって損をするような行動はとっていないのだ。
厄介な事である、これが意識していなかったら余計に厄介だ。
だったらはっきりと、計算していると言われた方が。好きにはなれないが、深慮に感嘆ぐらいは出来る。
「殴り合いをしているのは確かです……ある日息子がいやに遅くに帰ってきたと思いましたら。
挨拶や弁明もせずに、洗面所に閉じこもり。水道の水を大量に使って、何かを洗っているような動きをしまして。
さすがに看過できませぬから。いったい何をやっているのだと言いながら洗面所に乗り込みましたら……
また依頼人の声が詰まった。稗田阿求が黙って、お茶のお代わりを依頼人に差し出してくれた。
上白沢の旦那は、少しばかり『クソ』と心中で毒づいた。
こういう小さな気遣いが積み重なる事の価値を、稗田阿求はよく知っている。
上白沢の旦那だって、分かっていないわけでは無いが。意識することが少ないから、こういう時に出遅れる。
「ありがとうございます、九代目様。お茶のお陰で少し落ち着きました。続きを話します。ですがもう、核心ですので」
案の定、この小さな優しさのお陰で。目の前の依頼人は更に、稗田に対する信仰心を増やした。
上白沢の旦那は、自分もその余波と言うか、恩恵に預かっているのが、それが悔しくてたまらなかった。
「息子が閉じこもる洗面所に乗り込みました所……息子は、鼻や口から血を出しておりまして。それを拭くための手拭いも真っ赤に染まっておりました。
体にもその血は流れているので、急いで服を脱ぎましたが。無視できない程に赤く染まっておりました。
最初は息子が悪癖の影響で、悪いのに捕まって命からがら逃げたのだと思いましたが。正直その方が良かったです。
私に何を思われているのか、すぐに理解した息子は口を開きましたが。
はっきりと言って、アレは的外れも良い所でした」
『今日も勝ったよ!?この血も、半分はあいつからの返り血だ!俺は口の中を切ってと鼻を少し曲げられたぐらいだ!!』
「あんなものが弁明なはず有りますか!いい年をして、殴り合いの喧嘩をしただけでも大事だと言うのに!
その上、勝ったとうそぶいて……すらいません。息子本人は。本気であの日は勝ったと思い込んでいます」
○○はさめざめと泣きながら話す依頼人からの言葉を聞きながら――表情はほとんど見ていない――思案にふけっていたら。
急に、ばっと前を向いて。
「今日『も』?もしかして息子さんは、貴女が息子さんがどこかで喧嘩をしていると気づく前から?」
依頼人の言葉尻を大層気にしだした。上白沢の旦那も、寺子屋で教鞭をとるような身だから、分からなくもないが。
今、そこか?と言う気分はどうしても存在したが。
○○と来たら中々――ともかくとしてはあるけれども――耳ざとくて頭も回っている。
「……はい。息子は服を脱いでいたので、よく観察できてしまった部分があります」
依頼人であるこの母親が、重々しく認めた。どうやら彼女の息子さんは、母である彼女が気づいた時には。
かなり先の方に進んでしまったようだ。
「全身に無数の青あざがありました……体中にまだらのように広がった青あざです。
すぐに扉を閉められて、出てきたときには服を着ていたので背中や下半身は分かりませんが
けれども、前だけでも随分な量がありましたから。無事だとは思えません」
大体の事を話し終えた依頼人は、さすがに声こそ押し黙らせていたが。懐から手拭いを取り出して、大粒の涙を畳にこぼさないようにして拭いていたが。
やはり息子が、それにこの様子だと随分可愛がっている息子が。訳の分からない大喧嘩を日常的にやっていると言うのは。
上白沢の旦那には子供がいないから、完全には分からなくとも。寺子屋の生徒の誰かだと仮定すれば。
この母親の痛い気持ちは、十二分に理解することが出来た。
「息子さんは笑っていましたか?」
依頼人から一通りの話を聞きだした後、○○がまた質問をした。
少し黙っていろと言う気分になったが、案外的を得ている質問の場合が多いのだ。
「はい……○○様の言う通りです。息子はケラケラと、音の鳴るおもちゃが壊れた時みたいに、しばらくずっと笑っていました」
「勝ったのがうれしいのかな?それとも喧嘩そのものが楽しいのかな……勝つに越したことは無いけれども」
そろそろ○○の横っ腹を小突いてもいい頃だと、上白沢の旦那は思ったが。
そう言う気分になる事を稗田阿求は予期していたのだろうか。
彼女は上白沢の旦那と、○○。この間に鎮座している。これではちょっかいも出せない。
「愉悦を感じるねぇ……話に聞くだけだけれども、息子さんから愉悦を感じるよ」
「○○……推理するなとは言わんから。この母親の前で不用意な発言は…………」
横腹を小突くことが出来ない以上、この程度が限界だが。○○には多分聞こえていない。
「青あざで体をまだら模様にさせられているのに、ケラケラと笑える……この愉悦は何だ?」
続く
お手すきでしたら、またご感想をお願いいたします
>>19
ふと思ったのは、レミリアから逃げようとしているのか?○○は
その都度、運命を操って○○の周りを危なくしつつ。レミリア抜きでは回避できなくした
そう考えたら、面白くなってきた
>>25
更新作業お疲れ様です
やはり自分の書いた物がまとめられていると、うれしくなる
どうか、お体には気を付けてください
朝目が覚めたら様子のおかしい天子ちゃんに拉致られていて
「この世界全てを創り直して共に新世界のアダムとイヴになろう」などという衝撃的な告白をされただひたすらに困惑したい
その後も熱烈に愛をアピールされて天地創造に勧誘されたい
まあそれは夢天子ちゃんでその後なんやかんや本編通りに夢天子ちゃんは退治されるんだけど
本音が出る夢の世界の天子ちゃんがそんな発言をしたってことは彼女の本音は…?って悶々としたい
肝心の通常天子ちゃんはそんな素振り微塵も見せなくて告白されたことを本人に言ったら鼻で笑われれば尚良し
やっぱり何かの間違いだったのだろうかでもあの告白は嘘とは思えないどういうことなんだアーッ!って誰にも言えない感情を抱えたい
ところでここまで書いて何だけどこれってヤンデレなんでしょうかね?
>>31
上級者向けのヤンデレですね…
ヤンデレとはっ!暗闇の荒野に愛を見出だすry
>>31
貴方のお陰で夢人格の方にもヤンデレを適用する発想を見出だすことができた…ありがとう…
でも唯一ドレミーさんだけは夢人格なさそうで寂しい
自分でも何言ってるのかわからなくなってきたけどいいよね…
その日の夜は仕事が早く終わったのですぐに寝た。
どうして早く終わったのかは覚えていないしそれは物語の本筋には何一つとして関わらない。
次の日の朝。目が覚める。
「おはようございます」と誰に言うまでもなく呟き、布団から体を起こし違和感。
いつもと周囲の環境が違う。ここは勝手知ったる我が家ではない。辺りを見回す。そこそこ上等な部屋だ。
「おはよう。起きたのね」と返事が帰ってくる。呟きが聞こえていたらしい。
返事?誰が?顔を向けると部屋の入口、そこに美しい青髪の女が立っていた。
青髪の女―――比那名居天子。お偉い天人様、らしい。(その割に天人らしさは皆無だ。しょっちゅう問題を起こしている)
不定期に店(これまでに何の説明もなかったことを謝罪しよう。俺――つまるところ語り部――は蕎麦屋を営んでいるのだ)にやってきては蕎麦を食っていく、
まあ要するに客と店主という、ただそれだけの関係だ。天界は桃くらいしか食うものがないとぼやいているのを聞いたことがある。
なんだ。とうとう嫌気がさして天界の食生活の改善を行おうというのか。俺は天界に誘拐されたのか。ここは彼女の家なのか?
…いや待て、それならば俺よりもマシな職人はそれこそ山程いる。
だがそれ以外で何か、人を自分の家まで運ぶような要件でもあったというのだろうか?想像もつかない。
「ぐっすり眠っていたとはいえ、ここまで起こさないように運ぶのは苦労したわ」
運ぶのに苦労した。やはり彼女が俺をここまで運んだらしい。
「…ここは」 「私の家よ。まあ、一番小さい部屋だけど」
一番小さい部屋でこれか。さすが天人様だ、文字通り住む世界が違う。
いやそんなことはどうでもいい。問題はなぜこんな所に連れてこられたかだ。彼女は困惑する俺など構わずに言葉を続ける。
「さて。私が貴方をここまで連れてきたのは他でもないわ―――」
ごくり、と唾を飲む。まだこの時はいろいろと考えていたが、次の言葉を聞いて俺の思考は停止した。
「私はこれからこの世界全てを創り直す。だから、一緒に新世界のアダムとイヴになりましょう」
………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………は?
続く(かどうかは未定)
>>27 ->>29 の続きとなります
「思ったよりも大変な事態かもしれないな……」
依頼人から一通り話を聞いた○○は、また不用意に呟いた。
「○○……依頼人の心労を考えろ」
上白沢の旦那が、また苦言を呟くが。その程度でへこたれるような人間でない事も理解しているから。
自分で言っている言葉のくせに、自分でも分かるくらいに上滑りしていることが。上白沢の旦那にとっては苛立ちであった。
案の定○○は、この旦那からの苦言に対しても生返事すら浮かべずに。
無言のままで、さりとて口元は動かし続けながら、何かを考え続けていたかと思えば。
これもまた、いつもの事ではあるのだけれども。いきなり○○は依頼人の方向を向いた。
「息子さんと仲良くしている方、またそうだろうなと思われる方、男女問わずに書き出してくれませんか?」
そう言いながら○○は、上白沢の旦那が持っていた手帳の。さすがに後ろの方から白紙を取ってくれたが。
それでも横から取って行き、白紙部分を切り取って行くその鮮やかな手際には。
呆れと早業に対する驚きの両方で。『あっ』と言うような間すら無かった。
「はい……わかりました」
依頼人であるこの母親は、無論の事であるが。自分の息子に対する心配と、目の前にいるのが稗田夫妻と上白沢の旦那であると言う緊張感から。
これと言って、まともな受け答えが出来ていなかった。
「なるほど……」
名前を書きだすだけならば、一分もかからなかった。しかしその一分足らずに、この母親が出してくれた情報で。
○○はと言えば、思案顔がさらに深まった。
目の前の依頼人はともかく、それなり以上に付き合いのあるこの旦那にはそれが分かった。
「手がかりとしてはまずここからだな……ひとまず2〜3日はください」
どうとでも判断できる抽象的な言葉だ。しかし依頼人にとっては、わらにもすがる思いだから。
2〜3日くれと言った○○に対して。動いてくれるとの確約に、今までずっと神妙出会った態度が。それが更に酷くなったのは書くまでも無かった。
依頼人とは一旦別れた後、○○はすぐに動き出した。
とは言っても、稗田家に詰めている人力車の引き役に何事かをいくつか頼んだだけで終わった。
無論の事であるが、その者達は○○からいくらかの報酬を前払いでもらっていた。
○○はこういう時、向こうが構わないと言っても必ず、動いてくれた人間にはいくらか渡してくれる。
だから入り婿の割に、○○は存外良く思われているのかもしれない。
――あるいは、生贄よりはマシな留め金替わり。俺と一緒で――
不意に嫌な思考も頭にもたげてきたが、それはわざとらしく頭を振って追い出した。
「終わりか?」
そして○○と他愛のない話でもして、気分を落ち着けることにした。
「ああ、今のところはね。あの人たちは誠実だから、今日の夜には何か持ってきてくれるよ」
そう言いながら○○は、依頼人から聞き出した。依頼人の息子と仲のいい人物の一覧を眺めた。
「それに、この名前の一部に見覚えがある」
「稗田の婿殿に覚えてもらえるとはな……いやまて、良いか悪いか、どっちだ?」
本来ならば覚えの良さを喜ぶべきだろうけれども、今は依頼が絡んでいる。どっちにでも転べる。
「悪い方。金貸しの顧客名簿で、いくつか見た覚えがある」
○○の意外な副業に上白沢の旦那が驚いていたら、すぐに○○が訂正してくれた。
「稗田家の副業だよ。稗田家は間違いなく上位中の上位の存在だ。だからこそ、里で何が起こっているかの情報が入りにくい時がある」
ここで○○は少し黒い笑みを見せた。
「だから稗田家は、良心的な高利貸しを運営しているんだ。そこで焦げ付く人間は、要注意人物として気を付ける事が出来る」
しかし○○の黒い笑みよりも、『良心的な高利貸し』と言う矛盾した言葉に頭がくらくらしそうであった。
「あの依頼人の息子も、その客なのか?」
「それは今から顧客名簿を見て調べるけれども……違うだろうね。稗田家の奉公人は、その家族も調査しているから」
そっちの線は望み薄という事らしい。まぁ、分かっていた事ではあるが。稗田家がそうそう変なのを掴むはずが無い。
「そうだな……じゃあ今は本当に、外で調べてくれる人たちの報告待ちか」
「そうだね」
上白沢の旦那が仕方がないと言う風に言った言葉も、○○からすれば留め置かれている気分で嫌な物らしかった。
案外活動的なのは、普通は喜ぶべきことのはずなのだが。やっている事と、○○の立場の兼ね合いがそれを。
難しい所では無くて、許さないにまで格上げしてしまっている様相もある。
ここに東風谷早苗がいたら、また歪んだ表情でおとなしくしていろと言ってくるだろう。
上白沢の旦那は、そうは言っても友人だから。歪んだ表情で苦言は言わないが。
「堪えろ」
釘の一本ぐらいはさしておこうぐらいの事は考える。それぐらい○○の動きは、急激に変化してくるのだから。
「いや待て、稗田阿求も呼んで来よう。俺はそろそろ慧音の所に帰る」
しかし、この旦那もいつまでも○○の横にいる訳にはいかない。それにそろそろ妻である慧音の下に帰りたかった。
なので……東風谷早苗の苦言以上に即効性のある方法を取らせてもらう事にした。
そして時刻は夕刻頃にまで針を進めた。
「人力車が止まったぞ?」
寺子屋で採点だったり、次の授業の準備を進めていたら。軒先に人力車が止まったのを慧音が見つけた。
「○○かもな」
慧音の旦那は、『かもな』と言う言葉を使ったが。心の中では全くの断定調であった。
そもそも時間よりも、人力車で乗り付けそうな親御さんは1人も思いつかなかった。
ハイカラ趣味があっても、精々が自転車である。人力車何て言う高級品を乗り回せる人間はそういない。
「ああ、やっぱり○○だ。1人みたいだ」
慧音も、○○や稗田阿求以外には考えていなかったから。軽い物であった。
「お茶でも入れようか?」
「良いよ別に。この時間に一人で長々と歩くとは思えない。お茶なら俺が入れるよ」
慧音も、自分の旦那がまた○○の影響で新しい依頼をしょい込んでいる事は知っているので。さして重大事とは思っていなかった。
「そうか」
稗田阿求がいれば空気も変わったろうけれども。1人で応対するという事に、慧音もそう大きい事だとは思っていなかった。
「上白沢先生は?」
上白沢の旦那が、勝手知ったる態度で稗田邸を訪れるのと同様に。○○も同じような雰囲気をまとっていた。
「奥だよ。慧音にも聞いてほしいのか?」
「いや……別に。昼ぐらいに飛ばした調査員からの報告だが……」
○○の態度が少し重くなった。
「正直依頼人の息子さん、依頼人は心配しているけれども。案外義憤にあふれた人間かもしれない」
態度の重さは気になるが。そのまま聞き続けるしかなかった。
「依頼人から聞き出した、息子さんと仲のいい人間だけれども。全員が稗田の隠れた副業である、良心的な高利貸しの客だった」
旦那はため息をつくしかなかった、しかし。
「依頼人の息子はいないのだろう?」
「ああ、それは確かだ。何度も確認した。他の高利貸しにもそれとなく聞いてみたが、それっぽい奴はいなかった」
それに関しては、良かったと○○が言ったが。上白沢の旦那も同じ気分である。
だが話の肝はそこでは無かった。
「隠し通せることでは無いから、いつかは上白沢先生も気付くだろうけれども。隠されていて不意によりは、今話した方が良い」
○○が明らかに周りを警戒しだした。
「上白沢先生を呼んでくれ。言わないのは不義理だ」
○○は若干迷っていたようだが、結局慧音を呼んでくれと言った。
理由は、隠すのは悪手だからだそうだ。
なるほど確かに、その通りだ……悪い話程、正直に話した方が案外傷は浅くて済む。
しかし、気になる事がただ一つ。○○は明らかに何かを警戒していた。
正直な話、稗田家の婿殿が警戒する事と言えば、正直な話一つしか思いつかなかったし。
自分だって、今更慧音への愛が目減りする訳は無いが。それでも疑念を抱かせないように気を付けている事がある。
……いや、そう言う気配りもあるのだろう。自分と慧音の仲に不用意ないさかいが無いようにと。
○○は気にしてくれているのかもしれない。
事実、○○の表情は珍しく真面目一辺倒であった。これには慧音も、それ相応の態度で挑んでくれる。
○○が依頼の事を話している時も、横から言葉をはさまずに聞いてくれたが。
「私の夫が、また○○君と一緒に依頼を引き受けたのは知っているが……うん、依頼人の息子の事は知っているよ。生徒だったから。少し直情的だが、悪くは無い」
○○程に保護された存在が気に掛ける物には、慧音も1つしか思い当らなかった。
それ故に、態度は硬直する方向に動いてしまう。
○○はただ黙って、硬直した慧音の態度に対しても。真っ直ぐと向き合っていた。
「結論から言おう」
そして話す文章がまとまったのか、急に口を開いてくれた。
「依頼人の息子、その友人が遊郭にはまるのを阻止しようとしているっぽい動きなんだ。何で殴り合いに発展したかまではまだ分からないが」
そして悪い予感程よく当たる。
また遊郭絡みか!!
「…………それだけじゃないんだ」
上白沢の旦那が、また遊郭絡みである事に嘆いていたら。
○○は、皮肉気でもなく面白がっている訳でもない、ひたすらに重々しい表情を作っていた。
「まだ何かあるのか?」
慧音が更に警戒心を込めた声で問うてきた。この警戒心が○○には向いていないとはいえ、こんな態度を稗田の婿殿に取れるのは。
きっと、上白沢慧音だけだろうなと。その夫は思った。
「あるんですよ……さっきも言ったけれど、稗田の隠れた副業である。『良心的な高利貸し』の
それの顧客だと、依頼人の息子の……その友人達がそうだと分かったから
手がかりをつかむために、昼食の後、ずっとそこに詰めていたんだ」
「詰めていた?また変装したのか?」
上白沢の旦那からの何の気なしの質問に対して○○は。
「もっと酷い」
哀れみすらも携えた笑みで首を横に振った。
「その『良心的な高利貸し』の店舗には、隠し部屋が合って。その隠し部屋から客が金を借りる様子を監視出来るんだ。俺はずっとそこにいた」
「……怖っ」
上白沢の旦那は思わず声を上げてしまった。
つまり、隠れて金を借りに来たつもりなのに。隠しておくことなどできずに、種々の場所にすっかりと自分の遍歴を晒されているという事だ。
元より、慧音の夫だから。慧音の名声の為にもそう言う世界には足を踏み入れないと決めていたが。
今の話で、その決意は岩どころか鋼のように固くなった。
第一、情報収集のために稗田家ですら高利貸しの裏稼業をやっているのだから……
「誰が来たんだ?」
夫が世間の裏側に恐れおののいているが、慧音は例え何となくでもそう言う事には気づいていたのだろう。
ややもすれば慧音の今の態度は、何を今更である。
「案の定だが、依頼人の息子の友達が何人か来た。金を借りた後の足取りも見たが、迷わずに遊郭の方向に向かった」
「その友人たちの1人が、依頼人の息子の事だと思う。まじめすぎて困る知り合いがいるとぶつくさと言っていたから……呟いている特徴も依頼人の息子に当てはまっていた」
上白沢慧音は、○○からの説明に首を何度か頷かせるだけ。明らかに続きを催促していた。
「ただ、そのうちの一人の連れが問題だった」
「遊女如きに、何の問題がある」
また慧音の暴論が始まった。遊郭が絡むと、慧音はいつもこうなる。
慧音の夫はたまらずに、自らの妻の背中辺りをさすって落ち着くようにと。たとえあまり意味が無くても、促した。
全く効果が無いわけでは無いので、若干の唸り声はあるが、夫の方に体を寄せて。腰辺りをがっちりと掴み。
遊郭如きが私の夫に対して、手を出せるなと言わんばかりの獰猛な姿であった。
○○も分かっているのか、若干言葉を選んでいた。
「そうですね、遊女如きならここまで深刻には思わない……連れ歩いている女が鬼人正邪でなければね」
「……ほぉ」
慧音の獰猛さに笑みが加わって、さらに迫力が増した。
「確かに鬼神正邪でした。派手な着物や化粧で誤魔化していますが、資料を見返したので断言できます」
鬼人正邪!慧音はその名前を聞いた時、少しだけ笑ったのが横合いにいる夫にはしっかり見えたが。
夫にとっては、今朝がた○○の愛犬の散歩に付き合った時に。倒れている鬼神正邪を見つけたと言う大きな出来事がまだ頭に残っている。
そして鬼人正邪が遊郭で何事かの仕事を持っている事実は、鬼人正邪程の厄介者が。
たかが客引き程度の仕事をするとは思えない。間違いなく今の遊郭に何かが裏で起こっている。
今朝がたの倒れている姿も、全くの無関係とは思えなかった。
……だからこそだろう。
「面白い話じゃないか、何か進捗が合ったら私に聞かせてくれないか?」
遊郭何て一回滅べばいいぐらいに思っている、所帯持ちの、一線の向こう側にいる女性にとっては。
鬼人正邪が遊郭で蠢いていると言う事実は、何事にも勝る娯楽として機能してしまった。
「お気持ちはわかります。阿求も同じことを言ってましたから……でも、依頼人との約束は果たさねばならない」
○○の以来の裏側に見えたことを、稗田阿求も上白沢慧音も面白がり始めたが。
○○は努めて淡々と、依頼人に対しては誠実でなければならない以上の事を言わなかった。
多分これが、○○なりの処世術で自らを守るための立ち位置でもあるのだろう。
こういう場面を見ると、面白い事件が無いかと言う○○の不謹慎な態度も。一線の向こう側にいる人物たちからの。
ややもすれば毒気のある勢いにあてられないための防御反応なのかもしれなかった。
「そうだね、依頼人の息子の事は何と言っても一番心配だよ」
普段は○○の事を妙な面白がりと、悪く思っているこの上白沢の旦那も。考えを改めながら、○○に同調する言葉を紡いだ。
続きます
>>31
夢人格の登場は創作の幅が明らかに広がった
>>34
これは夢なのか、それとも現実か
どっちでも怖いけれども。
ドレミーさんの紺珠伝での力を例に取ると、夢の世界を現実とほぼ遜色ない場所にしてしまえるようだし
この世界の横に新しい世界を作るぐらいは、案外出来るお方が多そう
ねぇ、アイツ邪魔よね?
始末したら、私のこともっと好きになってくれる?
みたいなセリフを思い付いたが
これを言わせたら似合うキャラは誰だろうな
フランドールと幽香は個人的には鉄板
>>35 ->>39 の続きとなります 人はいるからだれか見てるはず
ある場所で、男が能面を被って舞を舞っていた。間違いなくそれは、能楽の一場面であった。
楽器を奏でる者がいないので、無音の状態ではあるが。能面を被り舞を舞うこの男は、頭の中に演目が入っているのか。
全く問題とせずに、舞を舞い続けていた。
その男の傍らには、従者と思しき男性がいたが。その従者には男の趣味がよく分からないのか、黙って座っていたが所在なさげではあった。
男は何度か従者の方に顔を、しっかりとでは無くてチラリと向けるが。
何度確認しても、従者の方にその気が無いらしいのが残念なのか。
いや、はっきりとそう言葉には出していないが。それでも、その能面を被って舞を踊る男の後姿は。
その男は決して、ひ弱な体型などはしてはいなかったが。どうにも、特に背中が小さく見えている。そう言う雰囲気があった。
そう、いわゆるしょげていると言った。そう言う雰囲気であった。
従者らしき、傍についている男もその雰囲気には気付いていたが。本人にその気がない以上、こればかりは興味を持つことも叶わなかった。
しかしそれでも、この男は優しかった。
残念ではあるが、無理強いはしたくない。興味が無くても構わないとは思っていないが。
いずれ、理解してくれると。そう、楽観的と言われるかもしれないが、少なくとも本人はそう信じていた。
「おい!忘八のお頭!!」
そこに、鋭い声の女性が入ってきた。
この遊郭街の事実上の支配者である男にしては、何とも寛容な一面を見られるのと同時に。
この遊郭街の実質的な支配者に対して、何とも恐ろしい暴言を吐くものがいるのかと言う。
特にこれと言った事を知らない者にとっては、この場面は驚愕と不安とが入り混じった場面として映るはずであるのだが。
「やぁ」
暴言を吐かれたはずの、この遊郭街の支配者は。笑みすら携えて、実に気さくな様子で暴言の主であるその、いきなり入ってきた女性に相対した。
「鬼人正邪。待っていたよ」
しかしそれは、相手が鬼人正邪と言う厄介者中の厄介者だから、一見すると挑発じみた暴言には乗らなかったと考える事も出来たが。
従者として付いてきた男の眼には、そう言う腹芸は見えてこなかった。
この遊郭街において、間違いなく最高権力者として挙げられるこの男は。
確かに朗らかな笑みで相対していたのだ。裏側も腹芸も無しに、鬼人正邪との待ち合わせを。
鬼人正邪が来てくれることを、心待ちにしていたのだ。
鬼人正邪を相手にしていると言うのに、心の底から楽しそうに出来ているのだ。
「後戸(うしろど)の国へ向かう気にはなってくれたかな?鬼人正邪。摩多羅(またら)様も一度は会いたいとおっしゃられていた」
この忘八達のお頭は心の底から、鬼人正邪の事も邪険には扱わず。むしろ施しを与えようとすらしていた。
従者のような役割を持っている男にとっては、そちらの方が怖かった。
これならば、稗田家に呼び出された時の方がマシだった。
ロクな話が無いのは理解していても、実際何人かの一線をよく分かっていないチンピラを始末する事にもなったが。
それでも、稗田家に呼びされた時の方がマシなのだ。予想の範囲内に話の推移が収まってくれる。
「約束の物だ!」
鬼人正邪はなおも口汚く、と言うよりは近づかせまいとしながら。懐から何かを取り出して、忘八達のお頭に投げつけた。
厄介者である自覚を十分持っている故に、自分に好き好んで近づく輩の頭がどれだけおかしいか、十分知っているのだ。
その上この男は、そんじょそこらにいるような、頭の中身が色々な事を経験したが故に哀れな事になってしまった。
そう言う、小さな存在ではあり得ないのだ。この男は間違いなく、遊郭街の支配者で。最高権力者なのだ。
それが鬼人正邪にも施しを与えようと、嫌味や裏側も無しに、そうしようとする。
鬼人正邪の性格、天邪鬼と言う属性をもってしても。遊郭街は天邪鬼にとって面白い場所だけれども、この男のせいで早晩どうにかなってしまうと。
鬼人正邪はそう結論付けざるを得なかった。
「手厳しいね、鬼人正邪。でも気にする必要はないよ。後戸の国は、私たちのようなあぶれ物を救ってくれる場所だから」
「忘八共のお頭よ、お前の予想通りだった。アイツはクロだ、私に色目使いながらアメをちらつかせてくれたよ。全部録音できた」
相も変わらず、殊勝を通り越して怖いぐらいの寛容と施しを見せる忘八達のお頭に。鬼人正邪は、その話の内容を無視して、頼まれた仕事の事だけを話し出した。
忘八達のお頭も、鬼人正邪のそのかたくなな様子には少しばかり悲しそうな顔を―相変わらず苛立ちは無かった―したが。それだけだった。
「そうか……出来ればこういう予想は外れてほしいのだがね。本当に、悪い予想ほど頭がさえる」
忘八達のお頭は、鬼人正邪から投げ渡された物を慣れた手つきで触っていたが。
傍についている男には、それが何なのか全くわからなかった。
手のひらの中に収まる程度の小ささで、細長くて、見たことの無い材質で作られている。それぐらいしかわからなかった。
「お頭、鬼人正邪が投げ渡したそれは何なのですか?その、なにかの武器なのでは?」
男は忘八達のお頭からの覚えをよくしようとしたのか、鬼人正邪の方を睨むように見やるが。
「やめるんだ、そんな危ない物じゃないから安心していいよ。むしろとても有用な物だ」
そう言いながら忘八達のお頭はなおも、やはり慣れた手つきで鬼人正邪から投げ渡された物体をいじくっていた。
「○○君ならば、稗田のあの入り婿は外の出身と聞いているから。彼ならば分かるかもしれないんだがなぁ……説明が難しいよ」
そして妙な事を口走ったが。付いてきた男、従者のような男はその意味を完全には理解できなくて、さして重要とも思わず。
「それは何ですか?お頭」
素直に聞くのみであった。しかしこの忘八達のお頭は何も苛立ちを見せなかった、むしろ微笑すら携えながら。
「MP3レコーダーと言う物だと聞いている。我々が話す言葉を、音の形のまま記録できる装置だとの事だ。摩多羅(またら)様が貸してくださった」
「えむぴーすりー……何ですって、お頭?」
従者のような男は初めて聞く単語に、頭の中での処理が追いつかなくて。ろれつを回すことが出来なかったが。
幻想郷出身のはずの彼は、流暢にその単語を口に出していた。
「凄いな……8ギガあるから足りるかと思っていたのだが。音声だけで使い切りそうになるとは。余程喋ったんだな」
「証拠が多くて助かるだろう?あのエロジジイどもの首をさっさと跳ねちまえよ、恩を感じるなら早くそうしてくれ」
そしてまた、『8ギガ』等と言う、およそ幻想郷の住人から飛び出したことが無いであろう単語を口走った。
鬼人正邪は慣れているからなのか、MP3レコーダーにも、8ギガにも、どちらの単語にも反応しなかった。
「証拠が多いか……むしろ嘆かわしいよ。後戸の国へは1人でも多くの物を迎え入れたいのに。
だからと言って、今この時に稗田や上白沢に遊郭を潰される訳には」
「あたしはごめんだ。話に聞くだけで、虫唾が走る。それだったら天界の方がまだ見込みがあるね。不良天人の比那奈居みたいなのがいられるからさ」
しかし、後戸の国と言う単語には。強い反応を鬼人正邪は示していた。
その反応の強さは、拒絶と言う表現以外にはありえなかった。
「……それでも後戸の国は、皆の背中にあるんだ。どれだけ拒絶されようとも、後戸の国は逃げないから。安心していい」
「そう言う態度が崩れないから安心できないんだよ!逃げ切れなさそうで怖くなるっつってんだよ!!」
しかし忘八達のお頭は、鬼人正邪から拒絶されればされるほどに、優しさと悲しさを合わせたような声と顔を作っていたが。
そうやって忘八達のお頭から寛容さを見せられれば見せられるほどに、鬼人正邪からの拒絶は。
……いや、ここまで来ればそれは最早、拒絶を通り越して恐怖の域に達していた。
拒絶と恐怖の感情が入り混じっている鬼神正邪の顔を見た、忘八達のお頭は。
……本当に悲しそうな顔をしながら、目を閉じて、その悲しいと言う感情に耐えていた。
眼を閉じながら、色々な事を考えていたが。
小さなため息をついて、少なくともその場は何かを諦めたような顔を作った。
「分かった」
そう言って、後戸の国に関する話は引き取られたが。諦めたわけではなさそうのは確かであった。
しかしこの場では無理と言うのは、この忘八達のお頭も、嫌でも理解している。
「また引き続き、間諜の役目を頼むよ」
少しばかり引き下がった忘八達のお頭は、鬼人正邪から渡されたMP3レコーダーを懐に入れた後。また違う物を取り出して投げ渡した。
「容量は、前回渡したのと同じ8ギガですまないが、出来るだけ多くの会話を集めてくれ。遊郭を広げたがる者達は、出来る限り把握しておきたい」
「ふん。その中身に入ってる録音だけで、10人ぐらいの首を跳ねれると思うぞ」
鬼人正邪は毒づくが、それ以上の事は言わずに大人しく新しいMP3レコーダーを仕舞い込んだ。
「それじゃあ、助かる者があんまりにも少なくなる。あんまりにも流血の後じゃあ……後戸の国にいる事自体に罪悪感を抱いてしまう。私はみんなに助かってほしいんだ」
「じゃあな!」
忘八達のお頭がまた後戸の国に対して言及したので。鬼人正邪は急いで背を向けて、能楽の稽古場を飛び出した。
続きます
案外、行数だけなら多めでも投稿できるな
「そう言う態度が崩れないから安心できないんだよ!逃げ切れなさそうで怖くなるっつってんだよ!!」
しかし忘八達のお頭は、鬼人正邪から拒絶されればされるほどに、優しさと悲しさを合わせたような声と顔を作っていたが。
そうやって忘八達のお頭から寛容さを見せられれば見せられるほどに、鬼人正邪からの拒絶は。
……いや、ここまで来ればそれは最早、拒絶を通り越して恐怖の域に達していた。
拒絶と恐怖の感情が入り混じっている鬼神正邪の顔を見た、忘八達のお頭は。
……本当に悲しそうな顔をしながら、目を閉じて、その悲しいと言う感情に耐えていた。
眼を閉じながら、色々な事を考えていたが。
小さなため息をついて、少なくともその場は何かを諦めたような顔を作った。
「分かった」
そう言って、後戸の国に関する話は引き取られたが。諦めたわけではなさそうのは確かであった。
しかしこの場では無理と言うのは、この忘八達のお頭も、嫌でも理解している。
「また引き続き、間諜の役目を頼むよ」
少しばかり引き下がった忘八達のお頭は、鬼人正邪から渡されたMP3レコーダーを懐に入れた後。また違う物を取り出して投げ渡した。
「容量は、前回渡したのと同じ8ギガですまないが、出来るだけ多くの会話を集めてくれ。遊郭を広げたがる者達は、出来る限り把握しておきたい」
「ふん。その中身に入ってる録音だけで、10人ぐらいの首を跳ねれると思うぞ」
鬼人正邪は毒づくが、それ以上の事は言わずに大人しく新しいMP3レコーダーを仕舞い込んだ。
「それじゃあ、助かる者があんまりにも少なくなる。あんまりにも流血の後じゃあ……後戸の国にいる事自体に罪悪感を抱いてしまう。私はみんなに助かってほしいんだ」
「じゃあな!」
忘八達のお頭がまた後戸の国に対して言及したので。鬼人正邪は急いで背を向けて、能楽の稽古場を飛び出した。
続きます
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ダブっていますね
しかし、亡八さんがある意味でヤンデレ化していないか?
正邪すらドン引きするとは……不吉なフラグがビンビン立ってますね
探偵助手さとり12
日の光がアスファルトの地面を強く照らすよく晴れた日の昼間に、探偵とさとりは二人揃って道を歩いていた。
蝉の声は未だに聞こえていないが、しばらく道を歩いていると薄らと汗ばんでくる暑さだった。
シャツのボタンを外し襟元を扇ぐ探偵。風を少々取り込んだ程度では体に溜め込んだ熱は解放されないものの、
それでも何もしないのではやり切れない気がした。探偵がハンカチを取り出し額の汗を拭う。
ふと隣に居るさとりに目が向く。何事もないようにさとりは探偵を見返した。澄んだ目がじっと探偵を見ている。
外見を通り越し、心の底を見通す彼女の眼。彼女の心に映るのは果たして自分なのだろうか、それとも自分でも自覚していない何かなのだろうか。
沈黙を続ける二人。無言の時間に堪えきれずに、探偵は前を向き再び目的地へ歩いていく。そっとさとりが探偵の手を握る。
何も言わずに、けれどもしっかりと探偵の手を握るさとり。体温の低いひんやりとした冷たさが探偵の手に伝わってくる。
暑い空気をさます冷たい感覚が、探偵にはどことなく心地よかった。
依頼人の家に着くと、既にそこには同業者が到着していた。珍しい光景にいるのはコメンテーターとして活躍している有名な探偵会社の社長であり、
探偵もテレビやネットで彼を時々目にしていた。鋭い推理で次々と行方不明者を見つけていく様子が、ゴールデンタイムの特番で組まれていたときには、
真面目だとは天邪鬼でもなければ言いにくい、そんな探偵ですらしっかりと録画をしていた位なのだから、相当な遣り手であった。
ふと、隣にいるさとりのことが思い起こされた。この仕事をやってはいるものの才能の方はからっきしであり、実際の仕事になると、
全て彼女に頼っているのは、二人だけの秘密であった。あそこにいる彼も誰かに助けてもらっているのだろうか、空想染みた事が浮かんでくる。
幻想郷には八百万の神やら妖怪がいるそうだから、さとり以外にも一人や二人はきっとこっちの世界に来ているだろう。
きっと彼も自分と同じ様に、心を読む暇な妖怪か嘘を暴く能力者か何かが、背後についているのかもしれない。
探偵にはそれがもっともらしく思えた。心を読んださとりが探偵の方に口を近づける。ニヤニヤといつもの笑みを浮かべて。
「所長、下らないこと考えてないで、仕事をしましょうか。」
口に出して伝えられたのは、辛辣な言葉であった。
今回探偵達が呼ばれたのは、依頼人が何物からか嫌がらせを受けていた事件に対してであった。名探偵が集まった人々を相手に宣言する。
「それでは皆様、今回の事件の真相をお聞かせしようかと思います。」
彼の側には女性が控えていた。年は若く眼鏡を掛けた姿は、まるで有能な秘書を思わせる姿であった。彼女から書類を受け取り名探偵が推理を披露していく。
「げっ、まじかよ…。」
探偵がコッソリと呟く。そもそも探偵の方は、出発前に事件の概要をさとりから教えて貰っているだけであり、現場で依頼人の家族から今回の事件に対する
意見を集めて、そこから推理をしようと思っていたため、競争相手が既に調査を終えて、真相解明をしようとしているとは想像すらしていなかった。
これでは勝負にすらならない。コールド負け、あるいは不戦敗と言ってもいい位である。
競争相手に先を越されてしまうという、かなりの窮地に探偵は立たされていたが、それでも隣のさとりは平然としていた。
それを見た探偵には、読心術が使える彼女が焦っていないのならば、ひょっとしてこの名探偵の推理は間違っているのではないか、という考えが浮かんできた。
もしも名探偵が真相を暴いてしまえば、古明地探偵事務所の名声がそこそこ落ちて、探偵が赤っ恥を掻いてしまう以上、もしもさとりが本気ならば、
名探偵の機先を制しているのではないだろうか、ならばこの名探偵の推理はきっとどこかに穴があるに違いない。そう探偵は楽観的に考えた。
すると、急に安心感が湧いてきた。さっきまでは、いつ自分の無能が暴かれるかとヒヤヒヤしていたが、最後に逆転できるのであれば焦る必要はない。
全てが分かっている振りをして、どっしりと構えていればいいだけなのだから。そう探偵は思い、余裕綽々で名探偵の推理を眺めていた。
「被害者の人が時間を変えても、犯人はそれを知っていた。つまり、この事件の犯人は被害者の方を良く知っている人物が犯人なのです!」
おかしい、探偵の心の中には焦りが生じていた。先程からしばらく名探偵が推理を披露していたが、その全てが穴が無く完璧な推理であった。
探偵が自身で推理していれば、さとりから散々訂正を喰らうのであろうが、流石は名探偵、僅かな証拠から次々と犯人に繋がる推理を展開し、
もう少しで犯人を暴こうとしていた。いてもたっても居られずに、後ろで組んだ手が落ち着き無く動いてしまう探偵。
ふと、隣にいるさとりが探偵の服を掴んだ。さとりの方を向く探偵。彼女の目には焦りは見えなかった。
その目を見ていると、心の焦りが取れてきて、何だか探偵の心も落ち着いてきた。そして探偵が前を向いた瞬間、
「犯人は貴方です!」
推理小説の決め台詞と共に、名探偵が犯人を指差していた。
沈黙が部屋に流れた。依頼人やその家族は思わぬ真相に驚いていたし、不意を突かれた探偵はすっかり固まっていた。
衝動的に名探偵の推理を打ち消したくなり、満足げな顔をしている相手に向かって、大声で異議を唱えたくなる。
探偵は足を前に進めようとして、シャツを後ろから捕まれた。バランスを崩してずっこける探偵。さとりが後ろから探偵を支えた。
「所長、落ち着いて下さい。」
犯人が先に、ライバルに暴かれてしまったというのに冷静なさとり。堪らず探偵が小声で抗議する。
「そんな事言っている場合じゃないだろ、先に犯人を暴かれてしまったじゃないか。」
「ええ、ですから大丈夫です。」
「どういう事なんだ?あの従兄弟が犯人じゃないのか?」
二人の目の前では、名探偵によって動かぬ証拠を指摘された犯人が、暴れ回って名探偵を近づけさせまいとしていた。
振り回された椅子によって、テーブルの上に飾られていたガラスの花瓶が砕け散り、悲鳴と共に大きなアンサンブルを奏でる。
ふと、秘書の女性が犯人の方に近づいていく。手には何も持たず、両方ともにブラリと垂らされていた。犯人が無言のままで椅子を振るう。
探偵が駆け出そうとするが、さとりがまたも探偵を押さえる。今度は肩をしっかりと掴んでいた。椅子が女性に叩き付けられる瞬間、女性が消えた。
「えっ…。」
女性を見失った犯人が、間抜けな声を出す。勢い余って床に叩き付けた椅子は、足の部分が砕け散っていた。
早業で犯人の後ろに回り込んだ女性が、犯人の首筋に一撃を叩き込む。鮮やかな手刀により、大柄の犯人は床に倒れ込んだ。
一連の事件が終わった後、探偵とさとりは先程とは別の部屋で依頼人に会っていた。犯人が暴れた跡は多少なりとも片づけられていたが、
それでも散らばった細かいガラスは完全には取り除けていなかったためである。依頼人が探偵に礼を言う。
「折角探偵さんに来て頂いたんですけれど、あんな事になってしまってすみません。まさか先に叔父さんが別の探偵さんを呼んでいたなんて…。
先に調べて犯人が分かっていたのなら、言ってくれれば良かったのに…。」
「いえいえ、お怪我が無かったのは不幸中の幸いです。それでは私達はこれで…。」
「所長、準備ができましたよ。」
「あ、ああ…そうかい…。それじゃあ頼むよ。」
依頼人の家から帰ろうとした探偵をさとりが止める。さとりからの予告が一切無い、不意打ちではあるものの、取り繕う術は慣れたものである。
「××ちゃん、大変だったね。怪我が無くてよかったよ。」
恐らくはさとりに呼び出されたのであろう、名探偵の方に依頼をしていた叔父が依頼人達が居る部屋に入ってきた。
「さて、それではこれから所長が、本当の真相をお知らせ致します。」
ニッコリと笑いながら、さとりが部屋にいる面々に対して宣言をした。
いつもと同じ様に、さとりの声を脳内に響かせ、その通りに探偵が話していく。
「さて、今回の事件には真犯人がいま…す。…マジかよ…。」
「え?」
「どういう事だい?」
依頼人と叔父も突然の推理を、直ぐには受け入れられていないようであった。依頼人が探偵に反論する。
「犯人は弟だったじゃないですか!叔父さんが呼んでくれた名探偵さんがちゃんと推理してくれましたよ。」
「ええ、確かに事件の犯人は弟さんです。しかし…その弟さんをそうさせた人がいたとすれば、その人は真犯人と言えるのではないでしょうか?」
「まあ、そんな人がいればそう言えるだろうね。…失礼、一服させてもらうよ。」
叔父が煙草を吸いながら探偵の方を向く。強い視線が探偵に向けられる。
「ここに弟さんのタブレット端末があります。こちらを見ると、弟さんはネット上で随分とSMSに影響を受けていた様ですね。
そして、特に影響を与えた人が一人居ます。ブラックと名乗っている人ですが…どうですか、覚えはありませんか?」
探偵が叔父の方に端末を向ける。思わぬ人物が真犯人だと示されて、依頼人に動揺が走った。
「えっ…、どういう事、叔父さんが…。」
「なんの事だろうか?そんな匿名の物、どうとでもなるだろう?」
「確かにネット上では匿名ですが、ほら、この通り、あなたのスマホにも全く同じ文面があればどうでしょうか。」
さとりが、いつの間にか叔父から取ったスマートフォンを二人の目の前に出した。
「ばっ…馬鹿馬鹿しい!そんなの嘘っぱちだ!」
「そうですか、それでは、ご両親さんにも、同じ事を説明されてはいかがですか?ご納得頂けるといいですね。」
さとりによって開け放たれた扉の向こうには、驚愕と怒りに満ちた依頼人の両親がいた。
事件が終わり、二人が探偵事務所までの道のりを歩いていく。涼しい夜の風が心地よかった。
風に誘われるようにして、さとりがポツリと探偵に言葉を漏らした。
「私の事、嫌いになりましたか。」
静かな湖に投げ込まれる小石。波紋が湖面を揺らして伝わっていく。
「別に…。」
さとりの足が止まる。
「あなたらしいですね…。感情を向けられてもそうして飄々としている所が。だから時々塗りつぶしたくなるんです。
あなたの全てを、私の黒い部分に引きずり込んでしまいたくなってしまう。永久にずっと、閉じ込めたくなってしまう。
あんなものだけじゃなくって、人を超えた本当の力で…。」
「そうするつもりなら、とっくにそうしているだろう?」
「私がどんな思いで我慢してるか、少しは知っているんでしょう?」
「ちょっとだけは、ね。」
「本当にずるい人…。本当に…。」
>>44
亡八が不穏な動きを見せているのが気になりました。○○や慧音の旦那と対決する日が来るのでしょうか。
乙でした。
>>31 >>34
夢人格と本人の人格が違うのがいいですね。本人が周囲に隠していることが暴かれてしまいそうで、
それを必死に否定することになるのでしょうか。
>>49
さとりは苛烈になれば、この探偵を完全に監禁だろうと洗脳だろうとできるんだけれども
それをやらないのは愛だし、折々に触れて自分の有能さを再確認させて
その結果、探偵が自らさとりの軍門に下ってほしいのだろうけれど
さとりの甘さに探偵も気づいてるから、少し甘えてるなぁ……良い関係だけれども
次より、まだらに隠した愉悦の7話を投稿いたします
上白沢夫妻に進捗状況の、かなり厄介な話がまたもや裏側で蠢いていることに気づいてしまった以上。説明はせねばならない。
そして厄介であればあるほど、周りはどう思うか分からないが存外に○○は、やる気を見せる。
酷い時は、手ごたえのある難事件を起こしたら賞金を進呈しようかとのたまい。上白沢の旦那から脇腹をどつかれたこともある。
その性格を気力にあふれて殊勝と見るか、それとも閻魔辺りから修羅道に落ちるぞと苦言を頂戴するかについては定かでは無いが。
だが今この時に関しては、一度引き受けてしまった以上と言う、責任感が強い事も事実である。
しかし阿求の物の味方は、○○とは明らかに少しばかり趣を異なる物としていた。
「鬼人正邪がねぇ」
無論、上白沢夫妻に説明した事柄は、真っ先に阿求に説明した。
第一、○○が外での調査を頼んだ者達は稗田の奉公人たちだ。
場合によっては荒事も扱いますと言う時点で、あの奉公人たちは只者ではないけれども。
問題はそこでは無くて、稗田家に対する絶対的な忠誠心。いや、信仰心である。
外からの流れ者である○○が、こうも上手く稗田家の入り婿に収まれたのは。
あの者達の忠誠を通り越した信仰心があったからだ。
その信仰心のお陰で、当の稗田阿求が○○にベタボレしていることを。むしろ良い事だと考えていた。
不思議な事に、○○は古手のお手伝いさんや奉公人から礼すら言われたことがある。
本居小鈴以外に、九代目様と親身になれる方がいなくて困っていたと。
……実を言えば○○の方も。その言葉を聞いて、阿求のこれまでの人生に思いを巡らせた時に。
逆玉か、と言う少しばかり嫌らしい考え方よりも。何だかさびしい人生を送らざるを得なかったのかと思い。
同情心の方が強くなった。
……別のお手伝いさんは、阿求の財産のせいでこじれないかと心配していたようだが。
結局はその同情心が、阿求との関係を上手くいかせた。
ややもすれば同情など、憐れまれているようで嫌がる者もいるが。稗田家の九代目とは、それでも親身な方らしかった。
それぐらい、他人を寄せ付けないし。先の情報収集役の者達の信仰心を考えれば。
向こうの方も、阿求の事を妙に敬いすぎているのだ。
あるいは、稗田阿求にとっては○○と言う存在は。所有物と言う表現は誤解を大きく招きそうではあるけれども。
魂の一部にくっ付いている、いや、くっ付けてしまったのかもしれなかった。
だとすれば○○は阿求の生命維持装置であるかもしれなかった。それも稗田阿求専用の、他に使い回すことが出来ない装置だ。
――ならば本体がなくなったら、阿求専用の装置はどうなる?――
まぁ、○○は阿求に恩を感じているから。それも構わないのだけれども。
「まぁ、鬼人正邪は天邪鬼ですから。ねぇ?特に遊郭での暗躍は、面白いのかもしれませんねぇ」
遊郭が絡んでいることが断定されてしまった以上、阿求の機嫌が良いなんてことはあるはずも無い。
少しばかり間延びした口調は、全く持って阿求らしくは無かったが。いつもと違うそれが、明らかな演技であると。
それを気づくのにさしたる時間は必要では無い。
けれども意外な事に、○○は今の状況を怖いとは思わなかった。
そう言う部分を見れば、○○も中々に阿求に惚れている。
「うん」
真横で相対している、阿求の夫である○○は。明るい時に情報収集で活動させた者達からの経過報告を見ながら返事をした。
○○の対応は生返事に近かったが、○○の性格を知っていれば依頼に夢中になっているのは、よくある事。
今回も今回で、ゐリア人の息子は遊郭とは距離を置いているようだが。それでも裏で何事かをと言う気配が見える。
その部分を考えないにしても、大丈夫なのではあるけれども。
第一、阿求の方が○○には強く惚れているし……そもそも○○の暇つぶしの舞台を与えている側でもあるし。
何よりも阿求は、生返事に対して気落ちするような。そんな生易しい性格はしていない。
彼女は、稗田の九代目様なのだ。それを忘れてはいけない。
いざとなれば稗田家の力を使って、今の状況を強引に納得いくところまで作り変える。
人里の仲、それも後ろめたい集団である遊郭であるならば。どうとでもなる。
「この依頼人の息子さんの周りにいる、ちょっと悪い友達は。鬼人正邪を抱いたのですかね?」
「いや、抱いていないと思う。狙ってはいるけれども、まだ、と言うより不可能だね」
阿求が○○の横から、○○が手に取っていない資料の一部を拾い読みすすめたが。
殆どの事はもう話しているから、それに○○が阿求に嘘や隠し事をするなどという事はあり得ない。知らなければ分からないと正直に言ってしまう。
合ったとしても、思い違いや把握が不足していたから故の誤報。
であれば、阿求は最初から許す。
○○からすれば、資料の再確認はもう少しは真面目な雰囲気があるのだろうけれども。
稗田阿求からすれば、ちょっとした時間にふって湧いた。夫婦の語らいである。
「鬼人正邪って、思ったより良い体していますから。慧音先生のような抜群ではなくとも、謹製は間違いなく取れていますから……意外ですね」
……そして阿求からすれば、共に行う知的遊戯こそが営みでもあるのだ。
阿求は体が弱いから。
「阿求、日はとっくに沈んでいるけれども……寒くない?」少しばかり、○○が違う話題を持ち出した。
阿求の体が弱いのは周知の事実であるが。特に寒さは、阿求の体にはかなりの毒であるらしい。
真夏でも冷たい水を飲まないように気を付けている位である。故に稗田家で出される飲み物は、基本的にぬるいか熱いであった。
奉公人もその部分は徹底していた。極まった物に至っては、自宅でも冷たい物を飲まないと聞いた。
「一枚羽織っていますから、それに……」
阿求は羽織物をヒラヒラさせながら意味深でなまめかしい目つきをした。
「○○の近くにいれば、寒くても随分とやわらぎますから」
そうかと思えば、阿求はピタリと○○の横にくっつくようにして収まった。
阿求の方から、○○へと。磁石が吸い寄せられるかのようにスッと動きピタリと収まった。
「嬉しいね」
しかし○○からしても、これはいつもの事だ。素直に嬉しいと言って、阿求の肩を抱き寄せた。
「それで、あなた。正邪が多分抱かれていないと考えたのは何故です?」
「稗田家裏稼業の良心的な高利貸しの隠し部屋で観察したときも思ったけれども……口調以外の部分が全然だったんだ」
「口調以外の部分が?」
阿求も○○の見聞きして、その結果考えたことには興味を持っているが。
それよりも――稗田家の奉公人にとって――ほほえましく映るのは、阿求と○○が全く離れない事であろう。
阿求はピタリとくっつき、○○も阿求の肩を抱きとめる事をやめようとしない。
急須の中身が無くなったので、新しいお茶を入れようとする時でさえである。
囲炉裏の火で水を沸かしながらの時も。お互いがお互いを求めながら、同じ火に当たっていた。
「そう。口調は本当に親しげ、と言うよりは馴れ馴れしかったが。鬼人正邪を連れていた奴はデレデレしていたよ」
この時○○は言葉を選んだ。鬼人正邪は上白沢慧音のように、確かに抜群の体では無いが……
それでも鬼人正邪は、謹製が取れているので男好きする体だ。
だが阿求は……それを悟られぬように○○は――無駄かもしれないが――グイッと、さらに強く阿求を抱きとめた。
「あら」
阿求が少し、艶っぽい声を出した。喜んでくれている。全くの無駄骨ではなさそうで、そこは安心だ。
少なくとも鬼人正邪の体を褒めなければ良い。
「デレデレしているから、口説くような気配も見せていたし、鬼人正邪も相手の肩やら下半身やらを触ったりしてその気を底上げしていたけれども」
もう一度阿求を見る、大丈夫そうだ。
「けれども向こうから触られることは、明らかに嫌がっていた。アレは本心じゃないよ、天邪鬼らしい態度と言えばそうなるかもね
口説かれている時もニコニコしているだけで、相づちは適当な物ばかり。最初はこっちも笑えたけれども。
段々と、その男が人形相手に口説いているように見えてきて。ちょっと怖くなったよ。鬼人正邪の腹芸もそうだけれども」
哀れとは言わなかった。遊郭絡みでその言葉は、特に阿求の前では禁句である。
「……でもなんで、鬼人正邪は。遊郭に絡んでいるのだろうか。金回りの良さだけとは思えない。まともな理由ではないだろうけれど」
「ふぅん……」
阿求が意味深な呟きを見せたので、恐々見たが。大丈夫であった。少し黒い笑みを浮かべている程度、これは遊郭に対する黒さだ。
「私が思うに。内心とは裏腹の口調や態度こそが、鬼人正邪の、天邪鬼にとっての最高級の栄養なのだと思うのですよ」
阿求が私見を述べたが、思うところがあるのか――遊郭が悪い方に動くことに――だから相変わらず黒い笑みだ。
「遊郭だなんて下賤な場所、腹芸と建前のぶつかり合いですよ。こと忘八どうしの権力闘争ともなればね」
○○は少し思い出した。今の忘八の最高権力者と相反する勢力が確かに存在する事を。
鬼人正邪がそれを知っていても不思議では無い。
忘八達のお頭の動きが最近活発なのは、そろそろいくつかの天狗の新聞も気付いている。
「中に入って、醜聞のど真ん中でそれを見物しようと?」
○○は当たり障りのない感想を述べたが。
「あるいは、遊郭街の権力者の間諜なのかも。スパイ行為ですよ。鬼人正邪が好きそうな感情が渦巻きそうですから」
阿求は更に突っ込んだ私見を述べた。それに対して○○は、正邪が着ていた服や。
その時見た服装をもとに、調べさせた報告書を読み直した。
「あり得るかも。鬼人正邪は客引きや、ひいき客への遊女の手配も行っている。鬼人正邪が、金だけが目的とは思えない」
「だとしても」
今度は○○が疑問を呈した。
「鬼人正邪がなぜ、今朝方にボコボコにされた状態で倒れていたんだ?ただの人間よりは強いはずなのに」
「ねぇ、あなた。鬼人正邪は一線の向こう側ですよ。私と同じで」
阿求のこの言葉を、○○は実のところまだ阿求と慧音の例でしか、しっかりと分かっていなかったのだ
続く
投稿お疲れ様です
このじっとりとした雰囲気がほんとに好きでたまりません
貴方の耳には届かない
ttps://i.imgur.com/LZyR2db.jpg
>>56
気づかれなくてそれでも一途に
といえば純愛っぽいけどこいしちゃんこれ言うの何回目なんだろうって考えるとゾクゾクする
文字通り四六時中傍にいそうなこいしちゃんですね、素晴らしい
>>56
こういう可愛い絵に不穏なキャプションついてるの好き
しかし絵師ニキ本当に上手くなったよね、もっと描いてほしい
>>56
○○の周りから女性が消えそう
関係ないけど絵師ニキがマルチしてなければこのスレで35人がイラストを見てる計算なわけで、つまりはこのスレにそれだけ人がいるってことだよね
けっこう人がいて驚き
>>56
よくアニメである、状況を動かす重要人物が1カットだけ移りこむような
○○の傍にいたら、そういう謎の人影の目撃例が多発しそう
それと同時に、○○の強力な護衛でもあるんだよね……○○を害したらその日のうちに終わるな
他のヤンデレ少女は、○○が誰それに好かれているから気をつけろと
地雷が見えているから警戒できるけれど、こいし様は無理だな。そもそもの警戒情報すら出てこないのに……ある日、突然
次よりまだらに隠した愉悦の8話を投下いたします
「○○様、何人かの奉公人達から、報告書でしょうか?そのような物を預かっております。持ってきたとき朝が早かったので、側役の私に預けて行きました」
朝食の後、依頼の事は忘れていない物の。情報収集にやった件の奉公人達待ちであるから、ひとまずは愛犬の散歩でも行って時間を……
そう思っていたら、老齢の奉公人から本当に絶妙の間と言う奴で、次の段落を与えてくれた。
「ご依頼の件は存じております。依頼人の息子は、私も老人ですから、小さい時分を知っておるので心配でございます」
ふっと、少しだけ話した老奉公人の思い出話に。その老奉公人が親身に、そして本気で依頼人の息子の事を心配している様子がうかがえた。
「ふふふ」
阿求の笑い声も聞こえた。
阿求にとって、ここ最近の一番の楽しみと言うか。求めている物は。
自分の夫が頼られている、敬われている、評価されていると言った場面を確認する事だから当然と言えば当然ではあるのだが。
……阿求は隠してこそいるけれど、○○が逆玉に、自分と一緒になってくれた事自体は喜んでいるが。
○○が財産目当てなどと思われることを絶対に回避したがっていた。
だが今のところは、阿求の目論見通りに事は運んでおり。阿求が怯えるほどにまで避けたい事象は、随分遠かった。
「その、○○様。言ってみれば私は今回のご依頼では部外者でございますが。
あの息子が悪くならい為ならば、この老体も喜んで差し出します」
それはこの老奉公人の態度を見れば、火を見るより明らかである。
何度も何度も、頭を下げて。それだけにとどまらず何か言いつけがあれば、すぐにご下知を、即座に動きますとまで行ってくれた。
演技ならばそれはそれで、底知れない心中に怖くなる位であったから。真実以外の何物では無さそうである。
「うん、まぁ。今はそうそう状況が一気に動きそうでは無いから……報告書は俺の机に置いといて。
俺の愛犬が紐をくわてえグルグル庭で回ってるから、散歩の後にちゃんと確認するよ」
「ははっ」
老奉公人は、驚くほどの平身低頭でその場を後にした。
きっと言いつけどおり、○○の私室に報告書を置きに行くのだろう。
あの様子では、無人の私室にはいる時でも一礼して入りそうだ。
しかし鬼人正邪の影が見えるだとか、遊郭がまた絡みだした事など言えるはずも無く。
そもそも後者の遊郭が絡んでいる事実は、阿求の機嫌を悪化させる一番の要因だ。
昨日も二人きりでだと言うのに、状況に対する意見交換の時。彼女は明らかに危なかった。
少し心配になったので、阿求の顔を見たが。
「今回も上手くいくと良いですね。今回の場合は内々の物ですが……でも悪くなさそうで。ふふふ。
これも上手くいけば、あなたは名実ともに何でも好きに出来る存在ですよ」
長年勤めている老奉公人にあそこまで恭しく頭を下げてもらっている○○、それを確認する事が出来た事がことのほか嬉しそうで。
さすがに先ほどの老奉公人がいた時は、微笑程度の笑いに抑え込んでいたが。
件の人物がいなくなって、二人きりになると。そうなるともう、タガが完全に外れてしまっていた。
「何でも好きに出来るね。まぁ事実が知りたくて窓から侵入位はやっちゃうかもしれないけれど……」
それ以上となると、○○が理想としている名探偵もたまに無茶をやるが。さすがに申し開きが出来なくなってしまう。
けれども阿求からすれば、まだまだ些末であるらしい。
「ふふふ。私が許します」
短い一言で、ほとんどすべての事に対する免除の印を。
○○は別に寄越せとも、必要だとも言わなかったし。これから先もねだることは無いけれども。阿求の方が無理矢理、くっつけてくれた。
押し付けるですら多分ない。無論阿求は完全なる善意でそれをやっているのだろうけれども。
感覚的には、後光が勝手に設置されてしまったかのような物だ。
幸いな部分は、まだこの存在をしっているのは。稗田夫妻に限られるという事ぐらいか。
「……はは」
むしろどこまでやったら、流石の阿求も。上白沢の旦那のように苦言を呈してくれるかなと考えたが。
どこまでやっても苦言の1つもやってこなかったら、それはそれで怖い。
こうなると自らを強力に律して、同時に自分の真実の求め方に良い顔をあまりしない友人を大事にせねばならない。
同じように、外の名探偵の事を案外好きで。自分が愛犬にわざわざトビーと言う名前を付けている意味も理解している。
東風谷早苗の事も思い出されたが……アレは頼ったらだめだ。
東風谷早苗自身が一線の向こう側という事もあるけれども、それ以前に妻である阿求が一線の特に向こう側だ。
それと仲良くするのは、無謀な行為だ。
向こうも向こうで、稗田阿求と言う一線の向こう側と付き合うのはおっかなびっくりなはずだから。
東風谷早苗に関してはそう問題では無い、おたがいが距離を取ろうとしているから、案外均衡が取れている。
少なくとも偶発的な事態はほとんどなさそうだ。
けれども東風谷早苗のように思慮と分別のある存在ならば、存外安心できる。
愛犬トビーと遊んでいる時の方が……無論気にしすぎかもしれないが、阿求が今どんな顔をしているか怖くなることがある。
幸いまだ、怖いと思った事は一回も無いが。一度感じた疑念はそう簡単には拭えない。
「あら……あなた、飼い犬が鳴いていますよ。紐を加えたまま、庭を走り回っていますし。待たせすぎでは?」
愛犬トビーが不意に鳴いたり、吠えたりしても。飼い主である自分の事を呼んでいるのではと言う。
至極全うな感想しか、今まで出してこなかった。
うるさいとすら言った事が無かった。実に、実に慈愛に満ちた感想しか出てこないのだ。愛犬トビーに対しては。
何処に出しても恥ずかしくない、誰に聞かれても大丈夫な感想しか出てこない。
こういっては何だが、トビーの事を愛犬だと即答できる○○ですら。
1日二回の散歩をねだって走り回る愛犬の姿には、広場で離してやったら。戻って来いと言っても30分以上走り回った前科のあるこの愛犬に対しては。
飼い主である○○ですら、たまにため息が出てくるのだと言うのに。愛犬に対して何回か、少し黙れ落着けと言ってしまった事があるのに。
阿求からは、そう言うめんどくさいと言う感情が一切見えてこない。不自然なほどに。
無論、考え過ぎだと言われるであろう。だから誰にも、この事は話していない。
「元気ですよねぇ、うちの飼い犬は」
でも、疑念はある。確たる証拠が無いだけで、無視できない疑念は存在している。
「うちの飼い犬に、疲れるっていう概念はあるのかしら」
阿求は○○の愛犬トビーの事を、一貫して『飼い犬』と呼んでいる。
少なくとも阿求がトビーの事を、ちゃんと名前で呼んだ記憶が一切ないのだ
そこに頭脳明晰な才女であるが故の、歴史書の編纂を生業とするが故の、言葉と文字に対するこだわりを見てしまったような気がするのだ。
「夕方の散歩は、奉公してくれてる人に頼もうかな……また調べ物があるかもしれないから」
出かける際に、考えすぎかもしれないけれども阿求に対して、夕方は多分散歩に行かない旨を伝えておくと。
「そうですね、あなた!いろいろと今回の依頼も、裏で絡んでいる内容が多くて濃そうですからね!」
弾んだ声であった。
いや、もちろん。阿求は何よりも、以来の解決のために東奔西走する○○を見るのが。
そして依頼を解決して、名声を上げていく○○を見るのが何よりも興奮できる遊びであるのは理解しているが。
「いってらっしゃい、あなた」
阿求が○○にばかり出かける際の挨拶をして、手を振り続ける阿求の姿は。
どうしても気になってしまう。
「あー……考え過ぎだと誰かに思いっきり言ってもらおうかな。いっそのこと、そっちのが落ち着く」
愛犬トビーを散歩に連れて行きながら、阿求に対して感じているわだかまりを。
罪悪感もあるから気にしながら歩いていたら、愛犬も飼い主の気分がすぐれない事を察したのか。
今日のうちの愛犬は、飼い主の気持ちを煩わせないようにと気を回してくれたのだろうか。
いつもは結構はしゃぐ性質なのに、今日に限ってはおとなしかった。
家の愛犬にも気を使わせているような恰好は、阿求に対して妙に感じている違和感から発展した罪悪感も合わさり。
早めに解決しようと言う考えにまとまり、落ち着いてくれた。
いつもよりもはしゃがずに散歩をしているから、普段通りの道を歩いていてもいつもよりずっと早くに周りつつあった。
「確かここで、昨日はトビーが騒ぎ出したんだよな」
そして依頼とは関係あるか分からないが……鬼人正邪が倒れている場所につながる、小道の真ん前にまでさしかかった。
さすがに思うところや、考えたい事もあるから。○○は愛犬トビーの手綱をしっかりと握りながら、昨日愛犬が走って行った道を見やっていた。
その先に、鬼人正邪が昨日は倒れていた。
飼い主である○○が更に真面目で固い面持になったのを、手綱を握られていれば感じ取れるのか。
愛犬の殊勝さは更に増した。
その、騒がない様子が。多分○○の中で思索にふける時間と精神的余裕をもたらし。
依頼人の息子を調べていたら、鬼人正邪を見かけてしまったと言う。
偶然にしては若干出来過ぎているつながりを見つけてしまった。
そうしているうちに○○は、昨日鬼人正邪を見つけた場所に対する興味と言うか。
事態が動くとすればまたここかもしれないと言う、推測にまでたどり着いたのだ。
あてずっぽうと言われるかもしれなかったが……鬼人正邪はお尋ね者だ。
そして嫌われ度数と言うのも高い。そんなのをボコボコに出来たら……
誰かが自慢するはずだ、追い打ちに掛ける物がいるはずだ。
そんな様子も無く、あの広場に打ち捨てられていた。人の目の届かない場所に。
鬼人正邪と喧嘩をした人物は、どうやら事態が表に出るのを嫌がっていたようにすら考えられる。
「見るだけ見てみるか、何も無ければそれで構わない。と言うよりもそれが一番いいが……野営とかしてたりして」
○○は少しだけ確認してみる事にした。
心中では、あの場所に何らかの意味があるのではと考えていたが。あてずっぽうだろうと言われたら反論の余地は無いので。
何も無ければ、笑い話にしてしまえばいい。
出来れば、笑い話にしてしまえると言う、そっちの方が良かったのだけれども。
「何てことだ」
また誰か倒れていた。性格には、今回は気の幹に立てかけられている男性で。
何故か女物の着物が。本来この男性が来ている衣服の上から、掛け布団のように掛けられていた。
「ああ、クソ!!」
思わず駆け寄ったが。すぐに○○は、何故だか悪態を付くような声を出してしまった。
しかしここに上白沢の旦那はいないけれども。彼だって同じような声は出さずとも、今の○○の感情を理解できるはずだ。
倒れているのが、依頼人の息子なのだから。
依頼人から、自分の息子が悪い習慣を背負い始めているから。どうか調べてくれと、助けてくれと。
そう、今回の依頼における中心人物が、倒れていたのだから。
しかもその場所は、昨日に置いて鬼人正邪が倒れていた場所でだ!
続く
絵師さんがまだいるなら……またリクエストしたいな
長編書いてると、挿絵が欲しくなる。自分には絵心が全くないから余計に思う
>>56
こいしちゃんの絵を描いて頂いたので短編を
「大好き」
あなたの側でそっと囁く。気づかれる位に側で、気づかれない位に小さな声で。私の愛を込めて囁いた告白は、いつものように風に乗って消えていく。
私がいくらあなたに好きと言ったとしても、あなたは私に気づいてくれない。当然だよね、分かっている。妖怪の私はあなたには見えない。
それでも、私はあなたに愛を伝えたくって、いつもあなたの後ろにいる。外に居ても、家の中に居ても。あなたに「おはよう」と言って一日が始まって、
「おやすみなさい」と言って一日が終わる。私はあなたのどんな事でも見ているのに、それでもあなたは気が付いてくれない。道を歩いている時も、
食事をしている時も、そして眠って居る時も。あなたを見ていることしかできなくって、それでもあなたの事が好きで、
だけれども声を掛けることしかできなくって。気づいて欲しいの。私の愛に。私の全てを溶かしてしまったあなたへの愛を。
でも駄目。あなたは私に気が付いてくれないないから。そんな私にできるのは、あなたの後ろを憑けていくだけ。
あなたが道でいつもすれ違う人に見とれている時も、あなたが友達と楽しそうに話している時も、そして、恋人と会っている時も…。
あ、あの女、処分しておいたからね。勿論あなたには気づかれないように、こっそりと、だけれど。
さてと、今日もあなたと一緒に行こうね。
「大好き。」
>>66
何故今度は依頼人が倒れていたのか… 女物の着物があるということは、正邪の仕業
ということでしょうか?それでも動機が謎だ…
※文量が多くなりましたので、話を分割しましたが、最後の方以外は病み要素はありません。ごめんなさい
ライフ・エディター①
「この本はどこに?」
「ん、その本はそこの棚に入れて置いてくれ」
「あ、はい」
「ここの整理が終わったら一旦昼食にしようか、○○」
……外来人の○○はどうしようもない人間であった。何をやらせても人並み以下、物心を宿す前に負け犬根性は染み付き、努力や工夫、思考することを怠り、親や自分の才能のせいにして何もしないような人間であった。
人間関係も最悪の一言で、親兄弟以外には一切の関係が、文字通り無い状況であった。誰かに好まれることは勿論、憎まれることも、意識されることさえ無い。
○○は劣等感の塊であった。だが、劣等感こそ抱きすれ、絶望をすることは無かった。
絶望をするだけの挫折が無いのだ。○○の終わるはずであった短い生涯において挫折というものはなかった。何もしないから、挫折することは無い。挫折をしないから、何かに絶望することも無い。
○○は、自分の才能を嘆きながら、他人の才能を嫉みながら、或いはこんな能無しの体を宿した親を恨みながら、自殺を試みた。せめて死ぬものならこの社会の、才能があるヤツらに復讐をしてやろう、と1度は考えた○○だが、そんなことをするだけの度胸など無かった。
なにせ、○○はどこまでもどうしようもない人間なのだから。
幻想入りを果たしたのは、復讐をすることすら出来ない臆病な自分を恨み、泣きじゃくりながら人気のない森に入った矢先のことであった。
○○は既に現実世界のお荷物でしか無かった。彼を必要とする人間などいなかった。唯一の顔見知りである親兄弟ですら。○○を必要としていなかった。
漠然と、帰路につこうとした。生きるのは嫌だが、今の○○に死ねるだけの勇気もない事もわかった。だが、西へ東へどこを歩いても森、森、森。恨めしいやら、命が惜しいやら、もう、何故泣いているのかすらも分からなく頃、彼は運良く人里に転がり込んだ。
人里の守護者である慧音とはその時に良くしてもらってからの関係だ。幻想郷についての説明に外に帰る方法、そして当分の里での仕事の斡旋に住処の確保。手取り足取りをサポートしてくれた。······そして、瞬く間に仕事を失ってしまった自分をこうして労働力として雇ってくれていることも。
元より要領の悪い○○は、ほんの少しでも技能のいるような仕事はてんで基礎すらこなせず、それならば技能も要領もない肉体労働ならば、と思われたが、華奢で元々人より体力がない上、外の世界の利器に飼い慣らされた○○はすぐにへばってしまい、これまた、お荷物にしかなってなかったのだ。2ヶ月もする頃には、○○の名前は(当然悪い意味で)知れ渡るようになっていた。
死に対する恐怖心はそうは簡単には洗い落とせず、当然、職を追われる度にもがくように職を探し続けた○○であったが、その結果は嘆かわしいものであった。そうして、いよいよ首が回らなくなった所で、しぶしぶながら、あれやこれやと自分を気遣い、助けくれた慧音の家の戸を二度、叩いたのだ。今にも、また泣きだしそうな顔で自分の顔を見上げる○○を前に、驚きながらも、どうしてこんなことになっているのかを聞き出した。
「なるほど、困ったものだな。お布施がなければ外の世界にも帰れまい。」
事の全てを聞き出し、手を差し伸べて欲しい、と申し訳なさそうに、うつむきながら頼む○○に、慧音はしばらく悩むような素振りを見せた後にこう言った。
「……ならばこうしよう。お前にはしばらく、私の元で助手として働いてもらおう。○○に与える仕事も、きっちりと○○の手腕に合うものを選んでやる」
「このまま野垂れ死にでもされては困るからな、仕方ない」
ライフ・エディター②
そうして、外の世界に戻るためのお布施を条件に慧音先生の元で働き始める生活が始まった、のだが。
「お前は箸もまともに持てないのか?」
「なんだこの字は! ミミズを墨に漬けて、紙の上で躍らせたのか?」
「うつむくな、人と話すときは目を見てと教わらなかったのか?」
「ボソボソと話すな、はっきりと聞こえる声で話せ」
伊達に里中に無能の悪名を轟かせたわけじゃない。慧音が仕事を選んでくれるとはいえ、常識や勉学が欠落している○○は、ちょっとした事であられもない痴態を晒しては、慧音の頭を抱えさせた。
教職にも就いており、その性格も堅物という言葉が似合あう慧音には(仕事とは関係がなくとも)○○の姿は見ていられるものでは無かった。事あるごとに鋭いツッコミをかまし、その度に必ず、○○に教育を施した。
職を追われ、長屋に居着くだけの金すら払えなくなった○○は、慧音の家を借りて暮らしていた。寝食を共にする生活が続くにつれて、○○も、慧音も、少しずつ心を開き、そして互いを知り始めた。今では満月の夜になると獣としての姿が現れることも○○は知っている。
職場も住処も一緒という状況では隠し通すのもなかなかに難儀なものである。……努力はしたさ。
そして、慧音は○○の生涯を知った。外の世界の話に始まり、まだ言葉も話せない頃の思い出話に、小学校に中学校の思い出。そしてここに来るに至った経緯。休憩時間の話の種に、朝ごはんに夜ご飯の飯の種、短いながらも、1日を通して殆ど離れ合うことの無い密接な時間を通し、お互いに打ち解けて行った。
初めこそ、○○にとって慧音とは、自らを親の仇のようにガミガミと怒鳴り立てる恐怖の対象でしか無かったものだが、今では尊敬のできる良き人生の教師のようなものになりつつある。慧音に叱られる度に何度も折れそうになった、投げ出してしまいたくなった。だが、叱れば叱った分だけ、激励を恵んでくれる。どんなに下手を打っても慧音は○○を見捨てることは無かった。結果が実るまで、必ず。
そんな慧音の熱い教育の甲斐もあり、○○は(時間は常人の倍以上かかるが)着実に出来ることを増やして行った。とはいっても、誰にでも簡単に出来るような事ばかりだが。もちろん、○○自身も嬉しいとは思ってはいない。誰にでも簡単にできる事を、苦労して出来るようになった所で、己の惨めな劣等感が増すだけ。
だが、それでも。○○の人生において初めての、苦労が、努力が報われる、という快楽は、より一層、外の世界に帰りたい、もう一度やり直したいという思いを強くさせた。
○○は慧音に、引いては自分を殺した外の世界に、希望を見いだし始めていた。
ライフエディター③
「○○……」
夕暮れ時も迫る教室の中、窓の外の夕焼けをぼんやりと眺めながら慧音は黄昏ていた。例のお尋ね者、○○を引き受けてから早1年が経とうとしていた。
……何も更生させようなどという気は無かった。他の外来人達と不平等の無いようにしっかりと働かせてやろう、と言うだけの話であった。ここに至るまでの過程で行われてきた"教育"は最低限、仕事をこなせるようにさせるためのものであった、はずだった。
私は自分のことをつくづく卑しく思う。私はこの男のを教育する度に、得体の知れない愉悦を、快楽を覚えていた。気がついた頃にはあれこれとイチャモンをつけて"教育"を施して居る私がいた。そして、アイツが、○○が苦労して良くなる度に、私がこのお尋ね者をを良くしてやったのだ、と低俗な感情に浸った。
「……」
陽が傾き、少し、空が暗くなった。嫌だ。このまま時が止まってしまえばいいのに。
……○○と寝食を共にする内に、○○は私に己の生涯を、心の内を、そして外の世界のことを話し始めた。……身が、心が、焼けるような思いだった。私はたまらなく不安になった。この○○が、再び外の世界に帰った時、○○はどうなってしまうのだろと。残酷な現実にもみくちゃにされて、今度こそ死んでしまうのではないかと。
……気づいた時にはもう遅かった。私はこの男に"惹かれて"いたのだ。体の半分は人間とは言え、その精神の構造は妖怪側と差し支えないと言ってもいい。
──妖怪は精神面への刺激に弱い。
いつの間にやら、私の心はこの男に心の安寧を見出していたのだ。
自らを押さえつける理性は、まだ辛うじて残っていた。だか、近いうちに私はこの男の愛に堕ちてゆくだろう。だが、○○の目は光っている。生気が無かった目は希望に満たされ、その視線は外の世界へと向いている。
───外の世界に戻ってしまうともう二度と手が届かなくなってしまう。そんな不安を抱えながら過ごしていたある日のことだった。
「慧音先生、その、そろそろお布施を頂けないでしょうか」
「俺と同じ時期に長屋に流れ着いた人達も、続々と帰還を果たしています」
「その、慧音先生には迷惑をかけました。仕事も、その、ぜんぜんダメだったと思うんですけど、やっぱり俺、やり直したいんです。お願いします!」
「○○……そうか。そろそろ頃合だろうな、今まで良くやってくれた」
「だが、今すぐにはダメだ。巫女と帰還の予定を取りつけねばならん。その間だけは待ってもらえるな?」
「はい!お願いします!」
ついにその日はやってきた。外の世界に羽ばたかんとする○○の想いが溢れ出したのだ。心が跳ね上がり、汗が湧き出てくる。それと同時に、私を抑えていた残り僅かな理性が蕩ける。
───いやだ、帰らないで欲しい、お前がひどい目にあう姿を想像したくないんだ。
頭を深く下げる○○を前に私はひたすら冷静を装い、なんとか耳障りの良い言い訳を紡ぐことができた。だが、それも長くは続かないだろう。
「そうと決まれば話は早いな。今日は寺子屋も休みにして、話を取りつけに行くとしよう。○○、子供たちを頼む。私は菓子折でも持って少し神社の方に出向いてくる。子供たちを見送ったら家でゆっくりお茶でも飲んで休んでいてくれ。」
私は逃げるように寺子屋を飛び出した、もう時間はない。○○は今まさに羽を羽ばたかせ、羽ばたこうとしている。はやく、はやく、はやく、どうにかしないと。
面従腹背
女性が多い、いやほぼ全てが女性である紅魔館にあっても、僅かながらに男性は、それも人間の男性が存在している。
最近幻想郷でも流行りだした愛人という、ややもすれば爛れていたり、そこまでは行かずとも箔を付けるためだけに、
形だけの地位に就いているのではなく、れっきとして彼は執事の役割を果たしていた。
執事の彼の仕事は多岐に渡っている。屋敷の中の清掃や料理であったり、食材を求めに人里まで買い物に出ることもある。
多くの人が思っているのとは正反対に、紅魔館は人間を食べているのではないのだから、それも当然と言えば当然なのだが。
今日も彼と私の二人だけで、人里にある店を訪れていた。八百屋に加えて味噌、醤油と日持ちする乾物を買えば、女が持つには重くなるのだが、
そこで彼の出番となる。手押し車を男手が引けば、それだけで相当な荷物を運べることができる。以前は少々嵩が張る買い物をするときには、
十把一絡げの妖精が隊列を組んでいくか、それとも私が何度も紅魔館を往復する必要があったのだから、かなり便利になったといえよう。
最近ぼちぼちと看板が立つようになった洋裁屋へ行くと、奥にいた店員が出迎えに来た。私達二人を見てやや面食らった顔をする店員。
折り目のついた真っ白なシャツを着た執事と、小綺麗な洋装のメイドがいるのは、幻想郷広しといえども恐らくは紅魔館ぐらいであろうから、
私達がどこの誰か分からずに、戸惑ったということではないのだろう。第一私が着ている服は彼女自身が作ったのだから。
「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ。」
アンティーク調の机に陶器を出す店員。紅茶ではなく緑茶を注いだのは、うちの館のお嬢様が紅茶の味には煩いことを知っているからだろう。
人里の人間には物珍しい舶来品であったとしても、館の住人は毎日飲んでいるのだから。
「いつもの方はお休みですか?」
甘い和菓子を小皿に出しながら店員が尋ねてくる。
「ええ、今回からは私と彼女がこちらに寄らせて貰うことになりまして。」
「…そうですか、どうぞご贔屓になすって下さいな。」
一瞬僅かに見えた彼女の顔は、露骨なまでに露悪な感情を曝け出していた。ただの人間風情が、という不満、落胆。
そっと彼を庇うように店員との間に立ち、なんてもないような顔をして包みを受け取る。渡された肌着がとても重たく感じた。
全ての物を買い終えて店を出た後は、紅魔館に戻るだけであった。人里の外れまで彼が手押し車を押していく。ガラガラと音を立てて動く車は、
幻想郷の風景と相まって、どこか牧歌的な風景を醸し出す。人ひとり通らない道をゆっくりと歩いていくと、いつの間にか目の前に彼女がいた。
一瞬前までは何も無い空間に、彼女がいた。完全であり、瀟洒であり、そして人外の力を持つ彼女。銀色の髪を風に靡かせる彼女が、
私達の目の前に立っており、そして彼女の目は執事の彼に注がれていた。二言三言交わし、彼を胸の前で抱えるようにして、
いわゆるお姫様だっこの格好をして空へ飛び立つ彼女。手押し車を力で浮かせた私は、その後に続いていくように飛んだ。
決して二人の邪魔にならないように。視界に決して入らないように。
この館で上手に生きていくには、少しの知恵がいる。他の妖精のように何も考えずに生きていくのが妖精らしい生き方なのだろうが、
私はそれが嫌だった。ひたすらに他の妖精の失敗を糧にして、上の顔色を伺って、したたかに悪魔の館で生き抜いてきた。
他の妖精がおざなりにする掃除を真面目にやって覚えを良くし、そしてメイド長が執事を抱えて空中を飛んでいるときには、
メイド妖精を強引に追い越してでも、必ず一番先頭を飛んでいる事に気が付いてからは、はしたない事がないように後ろに控えて飛ぶようにしていた。
その甲斐があってか、最近は殆ど彼と私が組んで人里に買い出しに行くようになっていた。
そして夕食が終わった後、外に出た日には必ず、私はメイド長の部屋に参上していた。
「何か変わったことはあった?」
メイド長から尋問と共に鋭い視線が注がれる。この感覚には何度遭っても慣れることがない。心臓の奥まで掴まれるような、
彼女の持っている銀色のナイフを皮膚の隙間から差し込まれるような、この息の根が止まりそうな感覚は、一生慣れることがないのだろう。
「…洋装店の店員は、咲夜様が居ないことに落胆しているようでした。」
「彼だって執事よ。私と同じじゃないかしら?」
不満そうなメイド長。不意に心臓がドキリと音を立てる。そうだ、あのときは店員に、彼が執事だということをさりげなく伝えるのを、
すっかり忘れてしまっていた。紅魔館の服をよく作っている馴染みの店員ならば、知っているだろうと勝手に高ををくくっていたが、
よく考えれば知らない可能性もあった。頭が瞬間的にフル稼働する。かつて何度も自分を窮地から救った脳味噌が、勝手に答えを声に出していた。
「○○様が、権力者に媚びる人物かどうか探ったかと。」
「ふふっ。流石○○ね。自分の人脈を広げようとしてるなんて。」
起死回生の一手は無事に成功しており、メイド長の機嫌というオマケもついてきた。ほっと息を撫で下ろす。
「そういえば、あなた、よくやってくれているわね。今日も色々助けてくれたみたいだし…。そうね、あなたにも良い人をあげるわ。
ほら、ここで眠っている村人。あなたがよく目で追っていた人よね。受け取りなさい。」
一瞬呼吸が止まる。どうして知っているのか?いつの間に気が付かれたのか?他の妖精の馬鹿話にも付き合わずに、恋愛に興味が無い振りをして
やり過ごし、まだ誰にも言ったことすらないというのに!今までの自分の浅慮に汗が流れ出て、握りしめた手が無意識の内に震え出す。
彼女は私の考えなど、全てお見通しだったということなのか?全てを、私が今、そこに眠っている彼のために捧げようとした全てを!
「はっ、ありがたき幸せ…。」
まるで全てを見ているようなメイド長から渡された飴に、私はただ頷くことしかできなかった。例えそれが、悪魔によって与えられたものであっても。
>>72
自分が損な役割を果たしてしまうとしても、それに従おうとする所が
二律背反を出していますね
ライフ・エディター④
ふらふら、と里の中を歩き回る。同じところをぐるぐる回っているのかもしれない、いや、ここはもう里の中ですらないのかもしれない。ひょっとすればもう神社の境内にでもいるのかもしれない。
私の中にはもう、○○しかいなかった。視界には○○と過ごした日々が、耳には○○の声が聞こえ始める。
駄目なんだ。あいつはまだま、駄目な奴なんだ、勉強もできない、運動も出来ない、文字だってロクに読めないし、料理だって、あいつに作らせたものは料理への冒涜とすら思えるほど酷いものだった。他にもダメなところなんて、上げようとすれば山ほど出てくる。アイツは全てがダメダメなんだ。
○○は言っていた。外の世界がいかほど残酷か。この幻想郷の何十、何百、何万、いや、それこそ数え切れないほどの人間が世知辛い世の中を競い合って生きていると。形成される社会は複雑に多様化され、正直者が馬鹿を見る世界だと。
こんなもの、誰がどう見ても失敗すると分かるじゃないか。だと言うのに、○○は自分に都合のいいだけの偽りの希望を抱き、その身を滅ぼそうとしている。
……いや、待て。そもそも、○○に希望を教えたのは誰だ?○○に希望を与えたのは誰だ?
……私だ。私が、○○に希望を与えたのだ。諦めないこと、希望を持ち続け、努力する尊さを教えたのは、私だ。
「くっ、ふふっ、ははは!あっははははは!!!!」
簡単なことじゃないか。あれほど、どうして、なぜ、と悩み続けた日々が馬鹿みたいだ。あまりの単純さに笑いすらこみあげてくる。
───私の"教育"によって希望を抱いたのなら、同じように私の"教育"で希望をへし折り、絶望を与えてやればいいだけの話じゃないか。
努力?諦めない?そんなものは今日でやめだ。なんの取り柄もない無垢なる教え子に、悪戯に希望を抱かせてしまうような悪しき教育などいらぬ。努力は報われず、報われるのは持って生まれた才能だけ、それでいい。
さあ、○○、お前がどれほどちっぽけな存在か、そしてどれほど現実が残酷かを私が教えこんでやろう。
「ただいま、帰ったぞ○○」
半獣が、教え子の待つ自分の家の扉を開ける。
鬼をも凍りつかせるような、おぞましい、愉悦に充ちた笑顔とともに。
「おかえりなさい!それで、どうでしたか?」
どたどたと、廊下を駆けながら○○がやってくる、眩しいくらいに目を輝かせながら。
ああ、忌々しい。悪い世界にたぶらかされた目を私に向けないでくれ。ああ、はやく、"教育"を開始しなくては。
「その事なんだがな、○○」
「お前は外の世界には帰せなくなった」
「……は?ど、どういうことですか!!巫女さんに何かあったんですか!?」
ポカン、と口を開けて気の抜けた声を出す○○。だが、その表情は直ぐに焦りを含むものに変り、目がぎょろぎょろと泳ぎ始める。
希望を守る心のガードが崩れた、そろそろいい頃合いだろう。
───さて、そろそろ社会勉強の時間と行こうじゃないか○○。
「巫女?ふふ、そんなものをまだ信じていたのか、お前は。ダメじゃないか、世の中には人を騙す悪い人間もいるのだぞ?」
「なあ○○、お前、本当に外の世界でやり直せると思っているのか?」
「どういう、意味ですか」
「そのままの意味だ。今の自分の力でやり直せると思っているのかという話だ」
「……」
「冷静にも考えてみろ」
「寺子屋の子供たちでもできるようなことすらろくにこなせない人間が」
「人と目を合わせることすら難儀な人間が、才能に飼い慣らされ、牙を抜かれた人間が」
「気のおける友人の一人もいない、孤独で、貧弱なお前が」
「どうして外の世界で生きていけると思うのだ?」
「けい、ね、せん、せい……?」
○○の瞳がぎょろぎょろと揺らぎ始め、言葉がしゃくり始める。そうだ、お前はダメなんだ。希望など必要ない、外の世界はお前を嘲笑っている。
「里中からお払い箱になり、あまつさえ、私の元で飼いならされているお前が、外の世界でやっていけるわけがないだろう」
「なあ、○○?」
「……がぅ」
「人と話すときは目を見て、ハキハキと、だぞ?」
「違う!!!」
───部屋中に、いや、里中に響き渡らん程の怒号をあげ、○○の瞳が慧音を睨みつけた。
ライフ・エディター⑤
「……違う!おれは、おれはっ!」
「何がどう違うのだ?俺は、何なのだ?」
涙を堪え、半ばしゃくりながらも何かを言い返そうとしていた○○だったが、怒声を振りまくだけで、何も言い返すことが出来ない。
だって、何も違わないのだから。慧音の言っていることは何も違ってなどいない。
「○○、お前のことは私がよく、いいや、1番分かっているつもりだ。……そう、お前自身よりもな。だからな○○、私は考えたんだ」
──お前の人生を、私が支配してやろう、とな。
「....!!」
「○○の全ては私が決める。お前の生きる場所も、お前が成すべきことも、お前の意思に代わって私が全てを繋ぎ上げ、そしてお前の人生を彩ってやろう。お前の1番の理解者である私がな」
なにを、何を言っているんだ。
もはや、○○の脳はパンク寸前であった。かつての恩師からは想像もできない陵辱を受け、気付いた時にはおぞましい目付きでブツブツと何かを語り始めている。
命が危ない、逃げろ。○○の中に第六感がこれでもかと言うほど鳴り響く。だが、逃げようにも、がくがくと腰が抜けて脚が震えるばかり。
だって、目の前の半獣は、大妖怪ですら逃げ出すような、おぞましい顔をしているのだから。
はやく、はやく、はやく、はやく、はやくはやく、はやくはやくはやく、逃げないと。
「だから、だから、な、○○」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
じりじりと距離を詰める慧音を前にやっとこさ体が、脳が、生きる希望を求めて動き出す。突っ切るようにと慧音の脇をくぐり抜けると、開きっぱなしの玄関を飛び出した。
……つもりだった。
「どこへ、どこへ行こうと言うのだ」
地面を蹴る足は空を切るばかりで前に進むことは無い。違和感の方向に反射的に首をやると、そこには、頭から角を生やした慧音が、自分の服の裾を掴み上げていた。
そして、そのまま、余った方の手を自分の首に添えて、自分の首を吊るし上げた。
「○○、人の話は最後まで聞くものだぞ」
「がっ、うっ、ぐっ、あっ...」
ギリギリ、と首を絞める手に力が込められる。骨が、肉が締まり始め、嗚咽が盛れる。
「外に逃げて助けでも求めるつもりだったか?」
「1つ、教えておいてやろう○○。里中に厄災を振りまいたお前が、助けを求めたところでなぁ、誰も助けはしないぞ?私の顔が人里の守護者として里中に知れ渡っていることも忘れたか?」
「ダメだなぁ、つくづくお前はダメなやつだ。叩けば叩くほど、埃が出る」
「さて、話を戻そうか。お前の人生は、私が仕立てあげてやる、何一つ不自由などないようにな。」
「だから、だから、な、○○」
───お前の全てを、私におくれ。
んちゅっ。
ライフ・エディター⑥
首根っこを鷲掴みにされたまま、押し付けられるように慧音の唇に口付けさせられる。甘い香りが鼻を付き、絡めとるようなキスが思考を、感情を蕩かす。数十秒にも及ぶ熱いキスが終わると、慧音の手が離され、地面に叩きつけられる。
「....けほっ、こほっ、」
腕をついて、咳ごむところに間髪をいれずに慧音が抱きついて来る。
罵られたり、首を絞められたり、かと思えばキスをされたり、○○の中からはすっかり感情という物が抜け落ちてしまっていた。怒ればいいのやら、悲しめばいいのやら。はたまた恥れば良いのか。
空っぽになった○○の心に、○○の体を強く抱きしめた慧音が語りかける。
「ずっと、ずっとお前のことが好きだったんだ」
「寝食を共にする内に、私の心は、お前に安寧を見だしていたんだ」
「だから、○○が外の世界に帰るって言った時は、ほんとに、ほんとに辛かったんだぞ?」
「お前が、手の届かない所に行ってしまう、いや、それだけなら良かったさ、外の世界で幸せにやって行けるなら、それで良かったんだ」
「だが、今のお前はそうもいかない、私の、私の愛したお前が、手の届かない所でなぶり物にされる、それだけは、それだけは耐えられないんだ」
「どこにも行かないでくれ、ここから離れないでくれ。食べたいものがあるならなんでも食べさせてやる、したいことがあるなら何でもさせてやる、この幻想郷で行きたい場所があるなら、どこへでも行くせてやる、気に食わない奴がいるならこの歴史からだって消し去ってやる!お前が望むならこの身体だって捧げるさ!……それが私の役目なんだからな」
「だから、な、私だけの、この上白沢慧音だけのお前で、○○でいておくれ。」
「頼むよ○○、頼むから、首を縦に降ってくれよ……」
さっきとは打って変わって、哀願するように○○の肩に縋り付き、泣きそうな顔で○○の顔に頬擦りをする慧音。
愛に蕩かされ、惑わされ、長い間精神を蝕まれた慧音はすっかり壊れてしまっていた。かつて、自殺を試みようとした時の○○のように。
「……」
それでも、それでも尚、○○の頭の中には外の世界で眩しく笑うヴィジョンが映し出されていた。
自分の人生を、引いては、外の世界での下克上を捨てきれないことを悟った○○は、首を縦に振ることなく、ただ、ただ、逃げるように、誤魔化すように、自分が壊した慧音の体を抱きしめることしか出来なかった。
おしまい。
以上となります。お目汚し失礼しました。
元来真面目な存在が病みに落ちるのは、素晴らしいよね
もう手遅れ、致命的な行動を起こしちゃったのに徹しきれてない心の動きも
慧音先生らしくて、そのなりきれていない部分が、慧音の心をさらにかきみだす
罪悪感の存在が、どうしても、ますますおかしくしてしまう
>>78
慧音先生は混乱したり、矛盾した行動を取ったりする姿が
本当によく映える
真面目な性分だからこそ、おかしくなった時の落差で愛おしくなる
次より、まだらに隠した愉悦の9話を投稿いたします
最初は倒れている人物に向かって駆け出そうとした○○であったが。
その人物が、依頼人であるあの母親から頼まれた。悪い友達や悪い習慣から息子を救ってくれと頼まれた。
その息子自身であるのだから……○○の駆け寄ろうとする歩みは寸での所で急停止せざるを得なかった。
しかもその依頼人の息子が倒れている場所は。つい昨日に鬼人正邪が倒れている場所と同じなのである。
その事実が、○○が引き受けたこの依頼に対する……危険だと言う本能からの警告はもちろん受け取ったが。
「面白いじゃないか、お前。どんな人生送ったら昨日の今日で、鬼人正邪と同じ場所で倒れる事が出来るんだ?」
純然たる知的好奇心、興味も同時に湧き上がってしまったのだ。
「上白沢の旦那がいなくて良かったよ……幻想郷だから神仏に例でも述べればいいのかな?」
この興味に対して、きっと批判的な感想を持つであろう上白沢の旦那がいない事を万物に感謝したいぐらいであった。
もしこの場に彼がいたならば、○○はいよいよ張り倒されてしまっていたかもしれなかったが。
妙に楽しそうに過ごす場面を見られても、いぶかしまれるだろうから。
どうせ彼とは特に予定や約束も無しに街中でよく合うから、気を付けなければと。
かかる興味に対して『くっく』と笑いながら依頼人から助けてほしいと言われたこの息子の事を見ていた。
……無論、助けてほしいと言う依頼人からの切実な願いを忘れているわけでは無い。
○○の上手い、と言うか厄介なところだと上白沢の旦那は言うだろうけれど。
○○はちゃんと、興味と引き受けた依頼に対する誠実さが、これがちゃんと同居しているのだ。
かの完全記憶能力を持った九代目様の権力は、もちろん無視はできないけれども。
一度興味を持って、それ以前に引き受けると口にした以上はと言う責任感だって、興味と同じぐらい存在していた。
その責任感から、東奔西走して。何だかんだで依頼人に真実を伝える事が出来ているのだ。
そして何だかんだで、依頼人も納得することになる。
……裏側で阿求がそう言う、納得しなければならないだけの大義を作る事は。
無いわけでは無かったが、○○は好奇心と知的遊戯に突き動かされている割には、世間的に見ても誠実な方であった。
「きっと鬼人正邪とかかわりがあるんだろう?まぁ、でも、君を助けてほしいとは言われているんだ……それは実行するよ」
目の前の男性が、依頼人の息子が、鬼人正邪と同じ場所で倒れている以上は。鬼人正邪と関係があると判断すべきと言う事実に。
知的好奇心を大いに刺激された○○は、なおも気絶したまま眠りこける件の男性を前にして呟き続ける。
「しかし……俺が動いている事をまだ知られたくは無いね……こういう時に有名人はつらいよ」
無論、聞いてもいないのにつぶやき続けたのには意味がちゃんとあった。
別に○○の頭が遂におかしくなったわけでは無い――それはそれで、出歩かなくなるから阿求が喜びそうではあるが――単純に起こしたくなかったのだ。
心の中だけで呟かなかったのは、○○の中にある演技がかった事が好きな性格が影響しているのだろう。
だが、見つかりたくはなくとも状況は動かしたかった。
「起きるまで待つのも、いつになったら帰れるか分からんから……」
○○は少しばかり小声になりながら、依頼人の息子をつま先で優しく突っついた。
あくまでも起こす為に必要な力だけを、足先には込めていた。
「うう……」
男がうめいた。
「よし、トビー静かにしていろよ」
起き上がりそうな気配を見せたことで、○○は愛犬をすくい上げるように抱えて、男からは見えない位置に移動して。茂みに隠れた。
「ああ……」
男は前夜の疲労が、こんな野ざらしの場所で一晩過ごしたのであれば却って疲れる位だからなのか。
しばらくは眼を開けていても、うつらうつらとしながら周りを、口を半開きにしながら見渡していたが。
誰かが寒くないようにとかけてくれた、女性物の着物に目をやったら。
「正邪!?」
その男は、鬼人正邪の。しかも下の名前を叫びながら、一気に意識をこちら側に舞い戻らせてくれた。
さすがに見つかる心配があったから、○○は一言だって漏らさなかったが。
しかし声も無く笑う事は出来た。それも大いに、嫌らしい笑みを。
上白沢の旦那が見ていたら、知的好奇心に突き動かされるのも考え物だと言いながら……
ここまで来たら、いよいよぶっ飛ばしていたかもしれなかった。
「正邪!?近くにいるのか!?これはお前の着物だろう、かけてくれたのか!?」
正邪の名前をしきりに叫ぶこの男性のように、フラフラと立ち上がらなければならない程に。
その後、○○はなおも観察を続けた。
正邪の名前をしきりに叫び続けて、正邪の姿を探そうとする男の事を。その一部始終を観察していた。
「いないのか……まぁ良い。洗って返してやろう」
結局その男が、依頼人から助けてほしいと頼まれた、依頼人の息子が。正邪はここにいないと気づいて。
なおかつ、諦めるまでにかかった時間は。少なく見積もっても30分近くはあった。
○○は見つからないように、何度も隠れる場所を変えなければならなかった。愛犬を抱えながらだから、あまり動きたくは無かったが。無理だった。
それぐらいこの男は動き回って、鬼人正邪を探そうとした。
しかしその様子に、怒り心頭だと言った雰囲気は存在していなかった。
「寒いんじゃないのか!?羽織物とは言え、一枚脱いだんだからな!!いるなら何か言え、正邪!!」
寒くないように掛けてくれた着物の事をしきりに気にしていた。
これは天邪鬼に哀れまれたという事だから。かなり嫌がりそうなのが普通であろうはずなのに。
むしろ正邪が軽装の薄着で帰らざるを得なかったことを、気にするような素振りと言葉であった。
「正邪……」
立ち去ろうとする際も、男は少しばかり涙目を浮かべているのではと言う、そんな声と姿であった。
例え声が聞こえなくとも、鬼人正邪の物と思しき羽織物を。
こいつを鼻先に近づけて、匂いを嗅ぐような仕草だけでも見れれば。種々の判断を付けるにはきっと、十分であろう。
「ふぅん……これはかなり面白いかもしれない」
件の男、依頼人から助けてくれと頼まれている息子。それの姿が完全に見えなくなって、見つかる心配もなくなった頃にようやく○○は出てこれた。
結局○○は、40分以上隠れる羽目になってしまった。
「面白くなってきたが……ああ、トビーすまないね。声が漏れても不味いからって、口を長時間押さえてしまって」
トビーがふいに吠えないように、○○から口元を抑えつけられていたこの愛犬は。
飼い主に対する恩義こそあるから「わふん……」と、若干苦しそうな音を漏らすのみであったが。
機嫌が悪くなっているのは、さとり妖怪でなくとも理解できた。
それだってもちろん、○○は気にしていたが。それよりも気になる事があった、○○は懐中時計を急いで確認すると。
「ああ、やっぱり!」普段の散歩に使う時間を、既に大きく超えてしまっていた。
始めの方こそ、今日は余りはしゃがなかったから早く歩くことが出来たが。
この待ち時間に、随分と時間を食われてしまった。
「阿求が心配している!トビー、走って帰るぞ!!」
「わん!!」
愛犬は、今度は走るのかよと言いたげに、いつもより不協和音を乗せた声で吠えたが。
○○が気にしているのは、1に帰りが遅くなったことによる阿求の機嫌――あるいは苛烈さ――を刺激していないか。
2つ目には、この依頼は急いで情報を収集して解決させた方がよさそうだと言う直観であった。
残念ながら○○の愛犬トビーは、完全に振り回されていた。
「ただいま、阿求!」
○○は一目散に稗田邸まで帰ってきた。帰ってきた後も、一目散に私室に向かった。
愛犬トビーを、普段から邸内では放し飼いとは言え。完全にほっぽりだしていたが。
この愛犬には悪いけれども、実はそうした方がこの犬の身にも良い巡りあわせがやってくるのである。
……つまるところ、稗田阿求は案外と。愛する夫である○○の事を中心に据えて考えてしまっているのだ。
○○が案外と犬好きだから、トビーは存在しているのかもしれなかった。
「阿求、遅くなったのは素直に謝る!埋め合わせもする!でも今は待って!!」
一目散に○○が私室へ駆けたのは、結局のところ阿求がそこで待っていると。
それを断言する事が出来たからだ。
基本的に○○は、日中は種々の資料整理や文書仕事の際は、私室にこもる。
阿求は、少し機嫌が悪くなったら。○○が文書仕事をしている部屋に、机も筆記具も、参照している資料も。
全てを持ち込んで、○○の横で執務の続きを始めてしまう。
だから、散歩に行ったっきり中々帰ってこない○○に、残念なことに阿求は機嫌を悪くした。
と言うより、十中八九悪くすると。○○は分かっていたし。
中々帰ってこない○○に、奉公人はやきもきして……もう1時間もすれば、内々に捜索隊だって組織されたかもしれなかった。
しかし○○が一目散に駆けながら帰ってきて、犬の散歩に行く前に、昨日に依頼関係で情報収集を頼んだ奉公人達からの。
その者達からの、報告書。これを読み漁り始めた時に、阿求は。
「あらあら」
と、笑顔の裏に隠しているようで隠れ切っていないピリピリ感が。完全になくなった。
何故ならこの舞台は、名探偵としての役柄は阿求が用意しているから。
その上で踊り狂っている姿こそ、阿求の見たい○○の姿なのだ。
そして阿求が舞台を用意していることを――知っていても信仰心が勝るから構わないと言うけれど――知らない奉公人達は。
また○○様が、九代目様の旦那様が、引き受けている依頼に関して何かを見つけたようだと。
そう言う、畏怖と感嘆と信仰心の上積みになってしまうのだ。
恐らくこの光景に苦笑するのは上白沢慧音だけ。
渋い表情をするのは、その上白沢慧音の旦那だけであろう。
特に上白沢の旦那は、この名探偵が活躍する舞台が阿求によってこしらえられている事を知っている。
○○も、舞台の存在を知りながら踊り狂う事を良しとしていることまで知っているのだ。
故に、理解できないのだけれども。その度に上白沢慧音は、稗田阿求と○○の間に契約が交わされている事をほのめかしていた。
だが今ここには、上白沢夫妻のどちらともがいない。
なので阿求と、種々の事を了解して踊り狂う○○のみである。裏を知っているのは。
それ以前にここは稗田邸だ。誰がそれを邪魔できるのだとしか、言う事は出来ない。
「ああ、やっぱり!偶然のはずがある物か!!いきなり潰れるかよ、店が!これは迫れるかもしれん」
ややわざとらしく、○○は感嘆の声を上げた。そうかと思えば、ドドドとせんばかりに部屋を飛び出した。
阿求は満足そうに、さきほどよりもずっと朗らかに笑っている。だからこれで良いのだ。
「調べてほしい事がまた出来ました!」
○○は奉公人達の中でも屈強な連中に声をかけた。その屈強さは、力仕事以外の事も容易に想像できる屈強さであった。
されどもその余りにも屈強な奉公人達は、言うなれば稗田家の私的な戦力である。
稗田家程の、しかも今は九代目様がおられる今の状況で。
その戦力たちの信仰心は、疑うべくもない。ここは幻想郷だ、むしろ稗田家の戦力とは名誉が付く役職だ。
「はい、もちろんでございます。なんなりと」
屈強な奉公人達の頭目らしき人物が、恭しく答える。上白沢の旦那ならば、少し引いたような笑みを浮かべたろうけれども。
○○は阿求を受け入れる事が出来たので、この程度で引く等はあり得ない。
「こいつと、こいつと、こいつを一日中調べてくれ。それから、もしもこいつらの誰かが、女性を口説こうとしたら。その女を調べてほしい」
「けれども、絶対に接触は持たないで。あくまでもどこに行って、何をやったかを調べるだけで良い」
○○は、昨日依頼人から聞き出した、依頼人の息子の交友関係から抜き出した。
稗田家裏稼業である、良心的な高利貸しの顧客たちをもう一度。
今度は徹底的に、その人となりや行動範囲を調べるように伝えた。
それだけならば、昨日に頼んだことの強化版であるのだけれども、1つだけ違ったのは。
その者達が口説こうとしている女性についての情報も調べてほしいとの事だが。
はっきりとは言わなかったが、○○からすればそちらの方が大本命であった。
「もし口説こうとしている女性を見かけたら、その女の特徴も合わせて書き記してほしい。多分こっちからの方が、何かにつながるはずなんだ」
○○の最後の呟きは、別に念押しなどでは無かった。
阿求が喜ぶから、普段から色々と。特に依頼に関する事に対しては、独り言をつぶやくことを。
完全に意識していたからこそ出て来てしまった、いわゆる職業病どころではなく。
○○の独り言とは、阿求に対する愛情の証明方法。そのうちの1つでもあったのだ。
ただ、今この時に関しては。いや、阿求は確かに後ろで聴いていたから良いのだけれども。
それは阿求だけを見た場合だ。
九代目様がニコニコしていて、その旦那様がこれが一番大事かもしれないと呟いた。
稗田家の私的な戦力を担う者達にとっては、もはや天命だ。
稗田阿求の期待と、○○の思い描く構図。この両方を不意にしてしまったら、自害すらきっといとわないだろう。
○○は、そうはいってもまだ一般的な感覚を持ち合わせていたから。
――だからこそ上白沢の旦那から、敢えて無視していると言われているのだけれども。
今この場でこの呟きは……そう思ったが、もう後の祭りであった。
「ははっ!了解いたしました!!お前たち、今すぐ調べに行くぞ!!」
バッと、顔を上げたまさにその瞬間に。屈強な奉公人達は飛びだして行った。
「大丈夫ですよ、あの人たちは有能ですから」
あの人たちに余計な重圧を与えてしまったのではないかと、○○は危惧したけれども。
阿求の機嫌はすこぶる良かった。
同時刻、遊郭
だがそこは、遊郭の中でも特に深い部分。
忘八達のお頭の自宅……大邸宅のある場所であった。
無論、他の忘八達と同じく。このお頭も、自宅と遊郭宿は兼用している。
なので遊女たちがひっきりなしに、あちらこちらを動いている。その中でも、忘八達のお頭の私室に遊女が入る事には。
それには二種類の意味があった。
叱責か、賞賛。初めて客前に出る遊女を、忘八が『試す』以外では、この二種類しかなかった。間は無い。
遊女たちに何事か指示があれば、管理をしている者たち伝いに遊女には伝わる。精々が手紙であろう。
最高権力者とは、基本的にそう言う物だ。軽々しく人前であれやこれやと、指示を出すものでは無い。
最も、この男は『試す』事をあまりしなかったが。
故に、遊女たちにとっても男の奉公人達にとっても。この男は底が知れなくて恐ろしかった
「鬼人正邪、最近妙に疲れていると思ったが。まさかほうほうの体で私の部屋で眠りこけているとは思わなかったよ」
「頭、頭!やっぱりアマノジャク何て、使うのはよしましょうよ!」
だがその、底が知れぬ恐ろしさを抱かれている最高権力者である、遊郭街の忘八達のお頭の部屋で眠りこけている。
そんな図太い神経ですら生ぬるい表現の女がいた。
鬼人正邪である。
忘八達のお頭の従者は、機嫌が悪くならないように、媚びたような声を出したが。
「もとより承知の上だ。苦界の間諜(かんちょう)なんぞ、アマノジャクでなければ勤まらん。後戸の国は、全てに対して開かれている」
忘八達のお頭は、意に介さなかった。
それよりも、薄汚れてボロボロの体の鬼人正邪の方。彼女がなぜこうなったかの方を、気にしていた。
「引手茶屋(※)での仕事はちゃんとやっている。間諜(かんちょう)の仕事もな。私生活には立ち入らないと言う契約のはずだ」
鬼人正邪は忘八達のお頭から声を掛けられてようやく起き上がろうとしたが。
「うう……」
おっくうなのか、しんどいのか。ひとおもいには起き上がらずに、うめきながらであった。
「誰かと喧嘩したのか?鬼神正邪よ。そうは言っても鬼のはしくれのお前が、人間にそこまでやられるとは思えんのだが」
忘八達のお頭は、鬼人正邪に質問するが。
「お前のこの私室を、駆け込み寺代わりに使っても良いと言ったのは、お前だろう?」
質問には全く答えずに、正邪と忘八達のお頭の間で交わされた契約。それを盾にしていた。
「まぁ、そうだな。私が言いだした事だ、保護にはせんよ」
「風呂借りるぞ。引手茶屋に、いつもの奴が来る前におめかしをしないと。仕事してくるよ……間諜(かんちょう)、スパイ行為もな!」
「MP3レコーダーの空き容量は、まだ十分か?」
「ああ、まだ大丈夫だ。それより昨日、ひいき客がいつも使う遊郭宿が一個、急に明かりが消えて閑散としていたが?」
急に店じまいをしてしまった宿の話を、正邪からふられた時。忘八達のお頭は悲しそうな顔をした。
「そうするしかなかった。あそこが一番活発に動いていた。眼を付けられる前に、私が直々に刀を振るった」
「さっすがぁ!」
鬼人正邪は下卑た笑いをしながら面白がったが。
忘八達のお頭は、首を横に振って。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…………」
懐から数珠を取出し、仏に祈りをささげて。安らかな眠りを祈っていた。
続く
※引手茶屋(ひきてぢゃや)
遊郭街に置いて、遊女と遊ぶ前に立ち寄る場所の1つ
ここで遊女を指名して、遊女が来るまでの待ち時間の間。
世話役に酒や食事を持ってきてもらう。
本作の設定では、鬼人正邪はこの引手茶屋で身分を偽り働いている。
いつも楽しみに見させてもらってます。
1口サイズの掌編ですが。とにかくスレが活気だって欲しい(´・ω・`)
「なぁ、これ見てくれよ」
「はあ、これはなんですの?」
「うーん、どこでも誰とでも文通ができるというか、まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか」
携帯、もとい、スマホと呼ばれる物をひょい、と紫に投げ渡す○○。紫はまじまじと、ぎこちない様子で画面を見つめている。
スマホの画面に映し出されていたのは最近流行り(?)のSNS、ツブヤイッターの画面だ。
「こいつ、俺の事をコケにしてきたんだよ。すっげーイラついてさ」
「だからさ、紫」
───こいつのことぶっ殺してくんない?
「容易い御用ですわ」
しばらくスマホの画面を見つめた後、○○にスマホを返すとスキマの中に紫は消えていった。
○○は紫の愛を受け入れた。
……外の世界で歩むはずだった余生をらせること、 そして、自分の言うことをなんでも聞くことを条件に。何も本気で言うことを聞くとは思ってなかった。これなら諦めてくれるだろうと高を括っていた。
……全く、妖怪の恋心というのは恐ろしい物である。
「……」
俺は王様になった。面白半分で大金を要求して、目の前にあっさりと札束を積み上げられたことを皮切りにして。
気に食わない奴はみんな紫に殺させた。気に食わないクラスメイトも、ネットで"俺様"に喧嘩吹っかけてきたやつも。目の前で命乞いだってさせてやった、ざまあみろ。
欲しいものはみんな紫に買わせた。きらびやかに輝く宝石に、名高いあのブランドのバッグ。
「……良かったのですか、紫様」
「ええ、むしろこうしてくれた方が助かるわ」
「……?」
「快楽というものは満たせば満たすほど薄く、つまらなくなるもの」
「有象無象共の命も、輝く宝石も、とってもお高い鞄だって、いずれ、いいえ、この調子だとすぐにでもガラクタになるわ」
「凡人の○○にどれだけの快楽が思いつくのでしょうね。気に食わないやついなくなった、欲しいものも無くなった、じゃあ、次は?」
「……」
「満たされない、つまらないだけの薄い快楽に染った心を操るのなんて訳ないわ」
「ねぇ藍、あなたはどんな○○が好きかしら」
「うふふ。楽しみね?藍」
───机の上に、床に、部屋の至る所に散らばった高尚な宝石にアクセサリー、誰のものか分からないスマートフォンを両手で救いあげると、藍の前にボトボトと落としてみせた。
すっ、と宝石の一つを手に取ってみるが、何かを思考する前に藍はそれを放り捨てた。
>>86
まさしく、優しい虐待……だけれどもそれを、意識して行っているのが恐ろしい
藍も、それが案外と効率的なのに気付いちゃってるから。同じことをやっちゃいそうで
それでビクビクしてるのかな
次より、まだらにかくした愉悦の10話を投稿します
「…………」
鬼人正邪は、引手茶屋にてひいき客を待っていた折。何となしに辺りを見回してみたら。
「誰が動いてるんだ?」
何となしに、屈強で厄介そうな男を何人も見つけてしまった。
そしてその男たちは何かや誰かを待っていた。
「正ちゃーん」
誰かの命令や、何かに属している者達が何を待っていて。何の利益が合ってその命令に服従しているのだろうか。
あるいは。
「正ちゃん、今日も来たよ。よかったよかった、今日は俺が一番乗りみたいだ」
ひいき客の何人かは、金貸しにまで足を運んででもこの遊郭――あの忘八頭の言う通り、ここは苦界だ――に通おうとしている者がいる。
馴れ馴れしく私の偽名を呼んできたこのひいき客も、その度し難い手合いの1人だ。
「あらぁ〜」
顔だけは崩しながら、正邪は目線の方では目ざとく。辺りをうろついている、おおよそカタギとは思えない男の方をもう一度見たら。
はっきりと見えてしまった。カタギでは無さそうな男は、1人や2人では無かった。
先ほど、自分が一番乗りだと言って喜んでいたひいき客が。一分足らずで自分をある意味では狙っている他のひいき客が。
その姿を認めて、小さく舌打ちをした音など。こんなものはどうでも良い。
二人目のひいき客にも、カタギとは思えない屈強な男が付きまとっていたのだ。
これは……偶然である物か。
「ふふふ」
二人目のひいき客にも一人目と同様に。よく分からない笑顔を向けながら、ひいき客の方にはあまり目を向けずに。
何度も何度も、そいつらの後ろ側に何かが無いかを調べていたら。
(おいおいおいおい!?)
二人ともに尾行の存在がいたことは無論驚きではあるが、につき一人につき一人と言う順当な人的資源の使い方をしていなかった。
一人につき二人は付きまとっていた。鬼人正邪が確認できただけでこの人数である。
これにはさすがに、いつもの演技の鋭敏さが思わず停滞してしまい。
張り付いた笑顔のままで二人のひいき客を尾行する、四人のおおよそカタギではない男。
偶然のはずが無い。おおよそこの輪っかの中身に、鬼人正邪は巻き込まれていると考えてよかった。
何か。
何か共通項があるはずだ。
「いつもの遊女さん、今空いているか調べてくるわね。お酒と料理はいつもの感じでよろしいかしら?」
とにかく今は考える時間が必要だ。
いわゆる常套句を使って、引手茶屋の奥の方向に正邪は逃げ出して。とにかく落ち着ける時間を作った。
二階に移動して、窓からもう一度外の様子をうかがう。
やはり外の様子に変わりは無く、二人のひいき客を尾行している四人の屈強な男は。お互いに相手の事を目線で返事らしきやり取りをしながら。
さりとて会話すれば尾行の存在に気付かれる事を危惧して、四人が四人とも。
遊郭街をぶらついて、暇つぶしのような冷やかしのような態度を取っていた。
しかし、必ず誰かが残っていた。偶然とはいえ尾行者四人が一堂に会した事で、役割分担は楽に行えたようである。
皮肉な話だ。
しかし皮肉気な様子と言うのは、留まるところを知らなかった。
「嘘だろう……三人目にも尾行がいるぞ」
正邪はこの事実に、愕然として。へたり込みそうになるほどの衝撃に襲われたが。
そこは、伊達にアマノジャクを名乗っていない。
忘八達のお頭の間諜として動きつつ、あの男から色々と優遇待遇を貰って。それでいていつも通りに振る舞う事に美学を感じているのだから。
そして遊郭ほどの裏表の激しい空間こそ。喋る言葉と腹の底の、余りにも大きい隔たりのある遊郭こそ。
アマノジャクにとっては、精神によって生きている人外にとっては。
最高級に面白くて生き生きと出来る場所なのだ。
とにかく、今はこの三人のひいき客を捌かなければならない。もっと言えば、さっさとお気に入りの遊女をあてがって。
お引き取り願いたかった。
……無論、あの三人の狙いは十二分に分かっている。
スケベだから遊郭でも遊ぶけれども。一番の狙いは、自分。
この鬼人正邪が――連中は自分が鬼人正邪とは知らないけれど――狙いなのだ。自分を抱こうと動いているのだ。
「ふんっ」
三人のスケベ心に対して、階下にもう一度降りて行く際。鼻で息を鳴らしながら、中指を立ててやった。
見えない所では、遊女と言うのは案外こういう物だ。
たまに客も遊女も本気になりすぎて、曽根崎心中(※)よろしく身投げする者どもはいるが。
圧倒的に少数派であった。だから心中物の人形浄瑠璃や歌舞伎は作られるのだ。
珍しい話だから、耳目を引いてくれるのだ。
「あらあらあらぁ〜貴方の事、上の窓から見えたわよ。取りあえずお酒はいつものこれで良いかしら、遊女もいつもの子で?」
階下に降りた正邪は、驚くほどに移り変わりが。素の表情と演技の間にある幅が広かった。
引手茶屋の女、正ちゃんことその正体は鬼人正邪であるとは。
この引手茶屋にて働いている奉公人や、番台に座って計算している者達は知らないが。
しかしこの客前に出ているときの表情と、普段の表情のあまりに大きい差は皆知っている。
番台に座って、収支表やらを繰っていた旦那は。思わず鼻で息を漏らして。
下卑たように面白がる音を漏らしたが。
客はみんな、女を前にして鼻の下を伸ばしているし。聞こえた者がいたとしても、それは引手茶屋の人間。
何も問題は無かった。
奇しくも正邪こと偽名を正ちゃんのひいき客である三人が、最も番台に近かったが。
一番のお目当てである正ちゃん――鬼人正邪なのだけれども。それを知っているのは、こいつらの友人だけ――を前に、必死であった。
何せこいつら、恋敵が真横にいるから。必死で、目当ての女と、鬼人正邪こと今は正ちゃんの偽名を使う女と会話しようとしていた。
誰かが話しているのに、少し思い出そうとしただけで、そこに間髪入れずに違う話題を二人のうちの誰かがぶっこんでくる。
話好きの輩は、とにかく自分以外の誰かが話すのを嫌がって。部屋の奥にいようとも右往左往しながら話を始めだすことがあるが。
今のこれは、それよりも酷い。ただ自分の話がしたいのではなくて、目の前の女を他の物に取られたくないがための。
必死のあがきなのだから。醜いことこの上ないが、鬼人正邪からすればそれが中々、面白かった。
けれどもそろそろ、早く呼んだ遊女が来てほしい物だとしか思えなかった。
それに今日は、こいつらは気づいていないけれども。外にカタギではなさそうな屈強な男が。
それがこいつらを尾行して見張っている。
あらぁ〜とか、そうなのぉ〜とか、うふふとか。正邪はその程度の言葉でしか、三人を扱っていなかった。
相づち未満の言葉だけを、特に今日はそれが酷かったが。この三人に三人とも、二人の尾行者が付きまとっているのだから。
合計で六人の尾行者が、この引手茶屋の近くをうろついてるのだから。
なまめかしい相づちを打ってやっているだけ、優しいとすら思ってほしかった。
――けれども、この三人の友人のあいつ。この三人はアイツの事を友人とは思っていないだろうけれども。
正邪の中で考える事と言えば、もっぱらあいつの事であった。
昨晩は、少しばかり戯れが激しすぎて。一昨日は自分が寝転がっていた場所で、あいつは性も根も尽き果てて倒れてしまった。
寒くしないように、上着を脱いで布団のように掛けてきたが。
彼は、大丈夫であろうか。
自分に対する、初めは手を引いてほしいと言う説得。そのうち口喧嘩。
今ではこちらと彼、どちらが先に根を上げるかの根競べともいえる。野外での大乱闘。
――衣服がはだけたことなど、一度や二度では無い。でもそれこそ、鬼人正邪が求めていた物である。
こいつらを破滅させるのは、こいつらの事を慈悲深くも友人と思っている彼。
そいつと会うための、下準備にしか過ぎなかった。
こいつら相手に肌など、許すはずも無い。布団もお香も酒も食事も無くて構わない、野外で構わない。
こいつらを慈悲深くも助けようと必死になる、彼。彼との大乱闘こそ、この私、鬼人正邪は求めている。
ようやく三人とも、いつも使う遊女が来てくれたので。それを見送った後、正邪は二階に引き取って。顔の筋肉をほぐしていた。
「大変だったな」
横から、この引手茶屋の親分が声をかけてきた。
先ほど、番台で収支表を繰りながら鼻で笑ったあいつだ。
相変わらず、先ほどの事を思い出しては皮肉気な笑みを浮かべているが。それは外に向いている、正邪の方には向いていない。
最もこの男も、自分の事を鬼人正邪とは知らず。氏名不詳の、自称を正ちゃんとしか思っていない。
この遊郭で自分の正体、鬼人正邪であると知っているのは。忘八達のお頭とその隣にいた従者のような男だけだ。
外では、多分、あの三人を助けようとしている彼だけだ。
早く彼と大喧嘩がしたかった。いつもの、あの、暗いけれども人里の端っこだけれども、開けた場所で。
「気付いてたか?あの三人が三人ともに……」
正邪が彼の事を思い出していると、引手茶屋の親分が少し真面目な面持ちになった。
さすがに親分ともなれば、そう言う事に気づけるものらしい。と言うより、気づけるように自らを訓練したからこその今の立場なのだろう。
「ああ、三人共に尾行がいたな……二人ずつ、合計六人。人手を豪華な使い方してるなとは思ったね」
「やはりな、思い違いでは無かった」
正邪が気づいた通りの事を、この親分も気付いていた。
「どこから尾行を送り込まれたと思う?」
正邪は何となしに聞いたが、もう記憶の参照が終わっている正邪には一つの答えしかなかった。
「高利貸しに目を付けられたんだろうな。年齢と仕事と、家柄。その割に女遊びが激しかったから、金貸しの世話にはなっているとは思ったが」
この親分と同じ、そう言う予測を立てていた。
「あの連中も、そろそろいなくなるな。まぁ、儲けさせてもらったよ。お前も儲けたろうけれど、深入りはするなよ」
親分はそう言って話を終わらせてどこかに行ってしまったが。鬼人正邪はまだ思考していた。
だとしてもだ、それにしたってと言う考えが出てくる。
ただの高利貸しにしては、人手の使い方が豪華だ。
それにあの尾行している連中、皆が顔見知りっぽい動きをしていた。
同業者だから、目線で少し挨拶をする以上の物を正邪は感じた。
「確か同じ高利貸しを使っていたな……それだけで終わるか?他にどこかに、根っこがあるんじゃ」
あの男、忘八達のお頭に聞いてみるか。
掛け時計を見たら、もう上がる事が出来る時間だ。あいつら、ぐだぐだと長話しやがって。
「正ちゃん、もう上がりだろう?大変だったな、今日は!」
階下に降りたら、親分がそう言ってくれたので。言葉通りに正邪は引手茶屋での今日の仕事を後にした。
そして正邪は、適当に食べ歩きをしながら。誰も付いてきていない事を慎重に確認しつつ。
忘八達のお頭の邸宅に通じる、秘密の裏道を通って行った。
「やぁ、鬼人正邪」
忘八達のお頭の私室の扉を開けたら、その男はそこにいた。
大人しく、そして丁寧に。収集品と思しき能面を、翁の能面を綺麗にみがいていた。
今日は従者らしき男はいない、話がしやすくて助かる。
「今日は、彼はいないよ。彼には基本的に遊郭宿からの定例報告をまとめてもらっている」
正邪の目線に気付いたのか、忘八達のお頭が補足を入れてくれた。
「後はまぁ……私が直接出張る前の、警告も伝えてもらっている。私が出れば、最悪の事態になりかねない」
忘八達のお頭は、昨日に置いて、反意を企てているうちの1つを。そいつを処断した事がまだ心に悔いを作っているようであった。
ここまでの権力者なのに、血を見るのが嫌いとは。珍しい話だ。
しかし、それはどうでも良い。
「気になる事があってね。私の今日来たひいき客が、三人が三人とも、尾行があった。それも二人ずつ」
話を始めると、このお頭はすぐに思考を現実に戻してくれた。
「二人ずつ?合計で六人?人手の使い方が豪華だね。気になる」
やはり最高権力者ともなれば、こういう時は頭の周りが早い。
「高利貸しに目を付けられたとも考えられるが……それにしたってな」
そう言って正邪は、その三人が使っていた高利貸しを上げて行った。
遊びが派手なだけあり、同じ高利貸しを使っていると言う、被りもあったが。
ただ、三人が三人とも使っている高利貸し。その、とある高利貸しが問題であった。
「稗田の高利貸しだ!!その尾行も、稗田の人間だ!!」
忘八達のお頭の顔が、真っ青になって。
きっと大事な物なのだろうと言うのは分かっていたが、翁の能面を必死に抱える姿は。
こいつの中に有る、余りの信仰心の高さに。正邪も恐怖した。
続く 感想の程、どうかよろしくお願いいたします
※曽根崎心中(そねざきしんじゅう)
近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)が執筆した、人形浄瑠璃の演目
内容は正邪が言った通り、遊女と客との悲恋および心中もの
この話が流行したことにより、心中ものと言う新しい演目が出来上がるが。それと同時に遊女との心中も増加
江戸幕府は、心中に歯止めをかけるために。同作を含めた心中ものの上演を禁ずるまでに至った
あれも良かったここグッと来たとあれこれ考えてる内に文章がぐっちゃぐちゃになって感想を書くのはまあ苦手も苦手なんですけど、楽しませてもらってます。
だんまりか楽しませてもらってるしか言えないのが歯がゆい。
切り札はいつだって悪手1.5
昼の時間が長くなっているこの頃、珍しく○○がフラリと白玉楼より外出した。私に見つからないようにわざわざ遠回りをして、
そして偶然見かけた従者の妖夢にすら、はっきりと行き先を告げずに屋敷を出るのは、滅多に-いや殆どといって良い程に、今までなかったことだった。
悪い予感が走る。女の勘とでも言うべき第六感が○○の身に何かが起こると告げていた。このまま○○の帰りを待っているなどできそうにもない。
堪らなくなり○○の後ろをそっと憑けようと草履を履いた。
「幽々子様、晩ご飯は如何されますか?」
扇子を差し出しながら私に尋ねる妖夢。
「うーん…。軽くつまめる程度にしておいて頂戴。」
勘に従って妖夢に注文を出しておいた。私にはそもそも必要が無い物であったし、恐らく○○はそんなに食べないだろう。
だって○○はずっと私と「同じ物」を食べているのだから。あの時に彼を見初めて、そして白玉楼に招くようになり、私は彼に大事な物をあげ、
彼の大事な物を奪った。純粋な彼を騙すように好意と善意に付け込むようにして…。まあ、仕方が無いのだろう。
好きになった人を逃したくないのならば、私のように黄泉の国の住人が取れるのはただ一つ。神話にも刻まれる太古より、そうしてきたのだから。
こっそりと○○の後ろを浮いていくと、蓬莱人のやっている焼き鳥屋に辿り着いた。辺りを見回してから暖簾をくぐる○○。
店の中には男が一人座っていた。男は手を少しあげて○○を呼ぶ。昼間から宴会をしている妖怪神社の巫女以外にとっては酒を飲むにはやや早い時間か、
二人以外には誰も店には居なかった。居酒屋という密談には格好の場所。そして指定された人の居ない時間。おまけに相当恨みを買っているのだろう、
待っていた男の背後に怨霊が何匹も憑いているのを見れば、話しの内容を聞かずとも禄でも無い話しだと分かるだろう。
チラリとこちらに視線を向ける店主に手で合図をして、私は○○の隣の席に座った。
後ろから話している○○を眺める。私が贈った着物と帯が店内の光に相まって○○の背中に良く映えていた。素晴らしい、本当に素晴らしい。
いつ見ても大好きな○○と、
本当に下らないあの男。
ああ、紫の名前を借りているようだけれども、私はあんな男なんて知らない。私と紫との間に割り込む奴なんて…消さないと。
店で○○が話しているうちに、スキマが開いて私がマヨイガに飛ばした蝶が戻ってきた。すぐに殺してもよかったのだけれども、
藍ちゃんの知り合いだったら可哀想だから、一応、というやつだ。紫がスキマから手だけを伸ばし、こっちに向けてヒラヒラと振っている。
頃合いだと思った私は、○○の肩に手を置き耳元で直接話しかけた。
「電話が掛かってきた振りをして。そのままちょっと店の外に出ましょう。」
私が後ろに居たとは知らずに、ギョッとする○○の背中を押すようにして店の外に連れ出していく。電話を耳にあて取り繕う○○の首筋に、
後ろから抱きつくように腕を絡める。こういう時に幽霊の体は便利だ。体重を無視して宙に浮かぶことが出来るのだから。
丁度電話をしている格好になるようにして○○に話す。
「紫はあの男なんて知らないって言ってるわ。」
スマートフォンの受話口に話すように○○が言う。
「でも、あの人は知っている様子だったよ。八雲さん家と商売もしているって。」
「真っ赤な嘘。」
「そんな…。」
○○が息をのんだ。すっかり騙されていたと分かって、揺れた○○の心に重ねるように話していく。
「妖怪の山に話が通っているのも嘘。商売をしているっていうのも殆ど嘘。あの男は今まで色んな人を騙してきたの。」
自分が危ない橋を渡っていたことに気が付いて、震えている○○に駄目押しのように付け加える。
「あの男の後ろに怨念が絡みついているでしょう?背後霊が訴えているわ。」
亡者が語るが如く、声音を低く、強くして。
「よくも、騙したな…ってね。」
「ははっ…。そう、だったのか…。」
騙されていたことが分かり、すっかりと自信が砕けてしまっている○○。可哀想。私が助けてあげなきゃ。
「もう大丈夫。私が「ついて」いるから。」
そう言って正面から回り込んで抱きしめてあげると、○○は素直に体を預けてきてくれた。体に手を入れてそっと○○の魂を撫でてあげる。
震える存在をゆっくりと、慈しむように、元気づけるように。
「…ありがとう、幽々子。」
その甲斐あってか、○○はすっかり元気を取り戻した様だった。
「戻りましょうか。」
「うん。」
○○は頷いて私と腕を組みながら、一緒に店に戻っていった。
店に戻るとこちらに視線を向けた店主が、口笛を吹く素振りをした。普段ならば冷やかしにも聞こえるその声も、
今は三騒霊のコンツェルトにも匹敵する。○○が男に話しかけた。
「実は**さんのお名前をうちの者が知りませんでして…。どういったご関係ですか?」
○○が相手に突っ込んでいった。ああ、格好いい。本当に素晴らしい。流石私の○○だ。
「それを言えばそちらにご迷惑が掛かりますからねぇ…。」
「言って頂いて構いませんよ。」
男の後ろで紫がスキマを広げて顔を出していた。○○にも見えるように、手をヒラヒラと振っている。男の方は瞬時に考えを巡らせたようであった。
顔をしかめつつ懐から何かを探っている。よく見れば苦し紛れと分かるのだが、中々演技は堂に入っていた。
「ほら、コレだよ。大失態だな。」
男が筆をチラリと○○に見せた。ああ、本当に大失態だ…。お前がな!
堪えきれなくなった紫が、扇子で口元を隠した。きっといつものように凄まじい笑みが浮かんでいるのだろう。
見る人の心臓を凍り付かせる妖怪の笑顔が。…そろそろ頃合いだろう。
「どういう意味かしらね?」
姿を現して、○○の後ろから男の方に向かっていく。人外であることを見せつけるようにゆっくりと、音も無く。
「どういう意味かしらね、幽々子。」
後ろからも紫が現れて、男の懐から筆を抜きとっていた。男の肝っ玉を筆と一緒に抜き取るかのように、ジリジリといたぶっていく。
上質な恐怖は妖怪の主食であり、ご馳走である。スキマに飲まれようとしている男が、恨みがましく○○を睨み付けようとする。
私は大事な○○が汚されないように、自分の後ろに隠して一面に蝶を放った。
全てが終わった後で、店の中には静けさが漂っていた。店主に代金を払い店を出る。辺りはすっかり暗闇が覆っている時間だった。
妖怪の領分である漆黒の闇が幻想郷に広がっていた。
>>92
天邪鬼の性質として、好きな人に嫌われようとしているのでしょうか…
その人と二人の世界を作りにいきそうなタイプですね
>>86
完全に恋人を操りにかかっているタイプは計画高いですね。
>>78
外の世界への諦めが付かないのならば、その内また一波乱ありそうな…
誰かカナちゃんのヤンデレ書いてくれないかな……
連投すまん、俺が自分で書くわ
神奈子に「あなたが書くのよ」って詰め寄られて書かざるをえなくなったんですか……
もしかしてカナ・アナベラルかなって夢美教授がアッアッアッ…
神奈子様って強引な感じのヤンデレはぴったり似合いそうだよね
>>99
「なあ、どうだい。」
疑問ではなく、確認。八坂神奈子が目の前の人物に問いかけるように言う。
「いや、今暫くは必要ないだろう。」
そう答える男性。どうやら気乗りはしていない様である。
「そうかい…もうそろそろ書いてもいい時分じゃないかと、私は思うんだがね。」
「そうだろうか…。」
「ふうん…。」
煮え切らずにあくまでも避ける相手を見て、神奈子の目の色が変わった。
「なんだい、それとも、あたしとの色々を書くのが嫌だっていうのかい。」
瞬間、時が止まった。世界に二人だけが取り残されたような感覚が走り、全身の血液が止まる。
口の中がカラからになり、声が男の喉につっかえて出なくなった。
「……いや、そういう訳ではない。」
気圧された末にようやく出てきた言葉は、ありきたりな言い訳であった。
「それならどうなんだい。まさかどこぞのカラスに気兼ねしているっていうのかい?」
「そうではない!」
思わず男の言葉が強くなった。目の前の人物は天狗といえども「そう」してしまえるだけの力がある。
延焼を防ぐためにも男は余計な事は言えなかった。
「そうかい…安心したよ。なら、いいんじゃないかい。誰も私達の邪魔をする奴は居ないさ。」
「……ああ。」
諦めた男の声が空間に響いた。
>>102
拙くてもいい、使い古された言葉でもいい、月並みでもいい
愛する人が書いてくれた、自分に対する文章
これこそが、一番嬉しい文章なのだと神奈子は言っているのだろうな
それを知っているから、天狗も下手に神奈子の事を書けないのだろうな
次より、まだらに隠した愉悦の11話を投稿いたします
「……」
前日に稗田の息のかかった者達を、よりにもよって遊郭に。確かに別の思惑から調査任務を任せたが。
よりにもよって、遊郭に稗田の人間を赴かせたことから。
遊郭の最高権力者である忘八達のお頭が、もんどりうちながら何か不味い事をしでかしたのではないかと。
従者と共に、記録を繰りながら徹夜で確認作業をしたり。
鬼人正邪は鬼人正邪で、自分が忘八達のお頭の不味い部分を刺激してしまったと。
そう断言できた以上、後ろから従者が恨み言を言うのも全て無視して逃げた。
そんな、遊郭街の裏側で起こった一筋の騒動など露知らずに。
「なんでこう……悪い予感程、簡単に的中してしまえるのだろうか」
○○は稗田邸にて、昨日に調査を頼んだ者達からの報告書を読み進めていた。
○○の様子はまだまだ、あくまでも厄介そうな部分に目を見張らなければならない程度の物だったが。
依頼人が、今回に限っては稗田家の奉公人という事で。
……その上どうやら、依頼人が大層心配している息子が。
悪い友達どころか、鬼人正邪と何事かのつながりがあるとまで来ている。
昨日は、鬼人正邪が倒れていた場所に。依頼人が助けてほしいと言っている、件の依頼人の息子が倒れていた物だから。
少しは面白がってしまったが……
「まさか打率五割を超えるとは……よりにもよって三人が、あの鬼人正邪をたらし込もうとしているだと?」
報告書を全部読んだ後に出てきたのは、その三人に対する妙な同情心であった。
きっと知っていたら、近づくことはおろか見ようともしなかったはずなのに。
だと言うのに、この三人は鬼人正邪を……引手茶屋での自称は正ちゃんと言うらしいが。
変なところで本名と似通った偽名を使っているのには、面白みを感じる事も出来なくはないが。
しかしそこに、素直な意味での面白さや笑みは出てこなかった。
笑みも、若干引きつったような笑みにしかならなかった。正体を隠していれば、中々にモテてしまえる事も含めて。
「きっと、蠱惑的なのだろうな……人外以前に、鬼人正邪も一線の向こう側なのだから。気付いていなければ、蠱惑で済むのだろうか」
報告書をもう一度、ざっくばらんに眺めながら○○は独り言をいくつか呟いた。
また鬼人正邪の場合は、引手茶屋で使っている名前も自称だから。
正体に関する部分を、絶妙な塩梅で見せていないのだ。
……であるならば、この三人に関しても情状酌量の余地は出てくる。
問題は依頼人から任された、息子の調査及び悪い友達からの救出だ。
……依頼人はまだ何も知らないから――それにどう話せば良いか分からない――悪い友達がまさか、鬼人正邪だとは知らない。
けれども依頼人の息子は、鬼人正邪だと知りながら動いている。
その上、昨日の様子から見るに。倒れている自分の上に掛けられていた着物を鬼人正邪の物だと、完全に分かっていた。
それでいて、妙な優しさに対して。馬鹿にされたとも思わずに、ギュッと大事そうに握りしめながら、鬼人正邪の名前を叫んで探し回り。
最終的には、鬼人正邪の物であろう着物の匂いを嗅ぎながら、さめざめと立ち去って行った。
……あの着物はまだ彼が持っているのだろうか。いや、持っていなくとも丁重に扱った事は確実だ。
で、あるならば。それを突きつけてやれれば『解決だけ』ならば、それが一番の近道なのかもしれない。
依頼人は稗田の奉公人だから、息子さんの部屋を調べたいと言えば。
向こうから、絶対に邪魔の入らない時間を教えてくれるであろう。そこで鬼人正邪の着物を見つける事が出来れば。
出来なくとも、女物の衣服を洗濯した証拠や痕跡だけでも見つかれば。
そこからあの息子のやっている事を、全部把握して隠し事を突き崩せるはずだ。
それに、多分持っているだろう。
女物の衣服と言うのは、特に着物は。浴衣程度の軽さであっても、結構神経を使ってあらわねばならないから。
しかしその最速のやり方。
果たしてそれが、あの母親と息子の為になるのであろうか。そう言う問いが生まれてくる。
『鬼人正邪相手だと言うのに、最速の解決が何故悪い』
眼を閉じて、最速がはたして最善なのだろうかと言う問いかけを自分自身にやっていたら。
幻聴とは違うが、不意にそんな言葉を投げかけてくれそうな人物が、脳裏に思い起こされた。
上白沢慧音の旦那である。
思えばあの男も、妻である上白沢慧音以外の女性は全て。
稗田阿求、東風谷早苗などと。姓名を両方ともつけた、正式名称で呼んでいる。下の名前で呼ぶのは、妻である上白沢慧音だけだ。
あの男も、意識しているかどうかはともかく。一線の向こう側の存在を妻にしている事を、しっかりと分かっているようであった。
……いや、それは○○自身もそうであるどころか。あるいはもっと酷いとすらいうべきなのかもしれない。
○○は自分でも分かっていた。自分の方が、阿求の都合に合わせすぎていると。阿求も気付いていて、気にしている。
だからこそ、阿求は少しでも自分が○○の都合に合わせられるように。
○○が大好きなシャーロック・ホームズじみた、探偵ごっこの為の舞台を用意してくれている。
眼を開けて、○○は横合いにいる自らの妻である阿求の方向を見た。
普段は阿求も、執務室を持っているから。
同じく○○も○○専用の執務室があるので、日中の作業はお互いの部屋で行っているのであるが。
ときたま――昨日のように不意に帰りが遅くなったりしたら――日中も同じ空間にいたがるのである。
最も、それを拒否する理由や都合など、○○の側には存在していないから。
むしろ嬉しいぐらいなのであるけれども。
「あら、○○。どうしました?何か、考え事がまとまったのですか?」
眼を開けた○○に見つめられていることに気づいた阿求は、優しく微笑みながら自らの夫に近寄った。
「まだ道半ば。案はあるけれども、どれが最善かが分からなくてね」
無論、○○はそんな阿求を――とてもかわいい姿だ――抱き寄せた。
「○○ならば、時間はかかってもちゃんと最善の解答を導き出すと信じていますよ。今までもちゃんと解決したじゃないですか」
抱き寄せられた阿求は、無条件で○○の事を信じていて。賞賛した。
だがその賞賛の何割か以上を、阿求の手助けによって手に入れたことには。
若干の良心の呵責を感じなくもないのだが……。せっかくの舞台を汚したくないと言う気持ちの方が勝った。
「ありがとう、阿求」
結局○○は、素直に礼を述べた。阿求はますます嬉しくなったようで、更に強く抱きついたが。
これがいっぱいの強さなのかと。○○は感じた。
やはり稗田阿求の体は、弱かった。残酷な事に頭は物凄くいい。
「これからどうするおつもりですか?」
阿求が○○に、自らの匂いを付けるかのように全身をこすりつけるのがひと段落したら。阿求が問うてきた。
「そうだね。依頼人の息子さんの部屋を見たいと言うのは……まぁ、稗田の奉公人だから今すぐにでもやれそうだが。
それは後の方だ……仕掛けも考えているが、鬼人正邪が見え隠れする以上はね。
一気に動くとすれば、確実に全部を解決できる自信がある時だけだ」
今後の展望を○○は述べながら、阿求を小膝に座らせて。体を冷やさないようにと、新しいお茶をいれてあげた。
「それ以外で出来そうなのは……東風谷早苗に協力を依頼しようかな」
○○は阿求の様子を確認した。
他の女の名前が出たからだ。ついでに言えばまだ出す、カラス天狗の射命丸文だ。
遊郭よりはマシだとは思うが……無理は禁物だ。
「射命丸さんとも仲が良い方ですからねぇ……まぁ、場所が場所ですから。私も今回ばかりは調査は全部他の方にやらせるべきかと」
東風谷早苗と、その先にいるカラスの有力者である射命丸文。二人の事は阿求としても危険視ししていない。
まぁ、天狗のブンヤにしたって稗田家にケンカを売ってしまうほど軽率では無い。
それが分かっているから、阿求も比較的穏やかと言うか。
遊郭に調査として赴いてほしくないから、使える手段は全部使ってでもという事らしい。
「昼を過ぎた頃なら、東風谷早苗が神社の宣伝をやりに、人里に来るはずだから……ちょっと声をかけるか」
しかし大丈夫そうならば、○○としても臆することなく進める。
そして昼を少し過ぎたころになって。○○は外に行く服に着替えた。
阿求が当然見送りに来るが、その前に○○は依頼人である奉公人の方に赴いた。
「やぁ、ちょっと聞いておきたいけれども。息子さんは昨日の夜に帰ってきた?」
稗田の奉公人ともなれば、稗田夫妻に対しては馬鹿みたいに丁寧になる事があるから。
○○も慣れてしまって、言いたい事や聞きたい事を先に行った方が早いと結論付けている。
しかし今回は、悪い友達――鬼神正邪なのだが――につかまっていそうな息子の事だから。
心配から少し、言葉が少ないし。喋り出しも遅かった。
「実は、昨日の朝どころか。昨日は一日中息子の姿を見ていなくて」
朝方に帰ってきていないのは知っている……愛犬と散歩したときに、鬼人正邪が倒れていたのと同じ場所で倒れていたから。
帰ってきているはずが無いのだ。
問題は、夜にもまた帰らなかった事だ。
「一度も?着替えや食事をしに帰った形跡は?」
「それはありました……ドロドロの服が洗い場に丸めて置かれており。昨日の残り物も平らげていましたから」
「風呂場を使った形跡は?あとは衣服を洗ったりした形跡」
「風呂場は濡れていましたが、幸い昨日は血を洗ったような形跡はありませんでした。選択の形跡は、一個も」
依頼人の話から、女物の衣服の話は見えてこない。と言うよりも、あったら真っ先に言うはずだ。
「着替えをしに帰った以外で、何か変わった点は?例えば自分の服をまとめて持って行って……しばらく帰らなくても良いようにとか」
○○が一番不安視していたのはこれである。もし軽い家出のような物をされたら、接触が一気に難しくなる。
おまけに彼は、神出鬼没の鬼人正邪と何らかの会うための手段を持っている。
神出鬼没に会えるのだから、本人も鬼人正邪のやり方を学んでいるはずだ。
ただの青年を探すよりも遥かに難しくなる。
「いえ……実を言うと、私もそれを気にしていまして。息子の部屋を何度ものぞいていますが。幸いにもそう言う気配は無く」
○○の思考回路がヒクリと動いた。
「息子さんの部屋には、たびたび?家探しとまでは行かないけれども、確認を?」
「……はい、お恥ずかしい話ですが。こうなってしまっては、息子の事を少しでも分かっておかないと」
「何か、鍵のついた箱とか持っていなかった?」
「いえ……ただ、勝手に入るなと何度か腹立たしげに言ってきただけです」
「……そう」
依頼人から聞き取りながら、○○はまた疑問にぶつかった。
あいつ、鬼人正邪から掛けてもらった女物の衣服。
一体どうしたんだ?洗うにしても、よそで男が女物の衣服を洗っていたら目立つ。
となると、まさか持ち歩いているのだろうか。
それはそれで、鬼人正邪とより深くつながっているから。不味い事態なのだが。
「そう、ありがとう。答えてくれて」
「いえ……旦那様。私の方こそ、至らない息子の為に色々と、お調べになってくださって」
息子を気にする依頼人に、鬼人正邪の話はまだ出せない。
依頼人は深々と頭を下げてくれたが。核心に触れない話をしてしまった自分自身に、○○は良心が痛んだ。
「ああ〜……」
東風谷早苗がいつもいる場所に足を向けたら、妙な笑い方。恐らく呆れの混じった顔をされながら。
挨拶未満の言葉をかけられた。
「何かやりました?○○さんが私に何の用もないのに来るはずがありませんから」
そう言われながら○○は、射命丸の新聞を手渡された。
その新聞にはこう書かれていた
権力闘争か!?数日で五つの遊郭宿の明かりが消える!!
続く
バイオレンスな感じのヤンデレが欲しいので言い出しっぺの私から書きます
1/2
「もう十分、見せしめにはなっただろう」
「そうだな、じゃあ、バイバイだな」
九尾の大妖怪、もとい、八雲藍が傍らで何かをしている魔法使い、霧雨魔理沙を咎める。
ぼんやりとした月明かりに照らされて、闇の中の物が照らし出されていく。片腕にナイフを持ち、両腕を血みどろに染めた魔理沙、そしてその傍に横たわる人のような何か、藍の真横には縄で縛られ、猿轡を噛まされた男が正座で座らせられている。
血みどろの手で八卦炉を手に取ると、地に横たわるソレに向けて魔理沙が光線を放つ。ただのお遊びとは違う、人を壊す為だけの兵器的で無慈悲な一撃。人の体を持つそれは一瞬で蒸発し、時をひとつ数える頃にはえぐれた地面から煙が上がっているだけだった。
「今日は楽しんでもらえたかな?○○」
「こういうのが趣味なら、私たちに言ってくれればいくらでもしてやるのに」
ニマニマと、ひまわりのように明るい笑顔を向ける藍と魔理沙。
が、当の○○はと言うと、なんともきまづそうな、言葉にしがたい絶妙に、"微妙"な表情をしていた。
他の者にうつつを抜かす○○の気を引き締めさてやる、と始まったこの催しはそろそろ、両手の指では数え切れなくなるほど行われていた。
○○に作り過ぎた料理をおすそ分けしに来た里娘が、○○に外の世界への帰還の話を持ちかけた友人が、○○と遊んだ寺子屋の娘が、この場所に引っ張り出されては、身の毛もよだつような惨たらしい拷問を受けては死んで行った。
言わば、○○にとってこの光景は見慣れてしまった物なのだ。最初は必死になって抵抗をした、目を背けようとした、人間がおぞましい悲鳴をあげ、人で無くなっていく様を見た時には胃の中のものを吐き戻し、三日三晩その恐怖に怯え続けた。だが、それでも構いもせずに人を屠りつづける藍と魔理沙の前に、○○の精神は考えることを、拒絶することを放棄してしまった。
ただ一つ、こんにちに限っては1つだけ、そして致命的に違うことがあった。それは
「ただな○○、私達もこうも回りくどい方法取られると困るんだ」
「そうだぞ?お前は私たちをからかっているつもりなんだろうが、こっちは○○が盗られるかもしれないって、冷や汗物なんだ」
「致し方あるまい。超えてはいけない一線を考えるべきだったぞ?○○」
─────今日は、○○にもペナルティーを受けてもらうぜ
そう、彼女達の狂気の矛先が○○に向いた事だろうか。
2/2
「安心しろ、私たちの大切な大切な、唯一無二の愛人なんだ。ガラクタにはしなさいさ」
「そうそう、ちょっと痛いだけだぜ、ちょっと、な」
他人が破壊され、無様に朽ちていく中でも、彼女らの愛人である自分にはその狂気の刃が向くことは無い、と本能は高を括っていたのかもしれない。予想外の形で壊されたその幻想は、○○の身体に再び、痛みに対する恐怖、そして絶望を思い出させるのに十分すぎる程であった。
猿轡から悶えるような声を漏らす○○に、魔理沙の手にしたナイフが当てがわれようとしたその時。
「見つけたぞ!」
1人の女性が茂みをかき分けて姿を現した。藍と魔理沙の顔も思わずそちらに向けられる。飛び出してきたのは人里の守護者、上白沢慧音だ。人里の人間がウン10人と拐われ、無残な姿で見つかる事件を受けて、事態を深刻に見た慧音が精力的に調査をしていたのだ。そしてこの今日が、目星を付けた場所、時間帯を本格的に洗い出した日なのである。
「なっ…!」
見廻りなどが施されている中で人目をかいくぐって、特に証拠も残さないで誘拐をなしえているわけであるから、頭のキレる妖怪か、もしくは無理を押し通せるだけの力を持った妖怪だろう、とある程度の犯人のアテを付けていた慧音だったが、目の前にいるソレは思考が止まり、体が固まってしまう程、あまりにも予想外すぎるものであった。
「!?」
なんとか次の言葉を紡ごうとしている慧音の横を突如、熱い光線が掠めた。
「む、腕が鈍ったんじゃないか?魔理沙」
「しょうがないだろう?藍。私は新しい生きがいを見つけたんだ、こっちの方はすっかり腕が鈍ってしまったぜ」
「ダメじゃないか、○○を付け狙う悪い虫は五月蠅の如くいるんだぞ?しっかりするんだぞ?」
「お前達…っ!」
まるで友達のようにヘラヘラと笑いながら話し合う2人、その中からは罪悪感などといったものは微塵も感じられない。
まさかこれほどまでの大物が黒幕であったとは予想もしていなかった慧音、ギリギリと歯を食いしばって2人を睨みつけるが、顔には焦燥の表情が浮かぶ。
だがそれでも、もう火蓋は魔理沙によって切られてしまっている、背中を向けて逃げ出そうものなら直ぐにも撃ち落とされるのが関の山だ。
────もう、やるしかない
「うぉぉぉぉぉ!!!」
自らを恐怖の淵から奮い起こそうと、角が飛び出しそうなくらいの雄叫びを上げ、2人に向かって弾幕を張りながら突っ込んで行く
「うっ、ぐっ、はぁっ、はぁっ....」
………無惨も無惨、圧倒的な実力者2人を前に叶うはずもなく、慧音は地面に横たわっていた。2人が元々強い、と言うのもあるが、それ以外にも2人の動きが強固なものであったことも大きい。統率された軍隊のように、2人の息は乱れず、一瞬たりともお互いの行動が場をかき乱すことがなかった。
「やっぱりこうして正解だったな」
「ふふ、そうだな、血眼になってあれやこれやとドンパチを起こしていた頃が懐かしい」
「メス猫の駆除に時間を取られることないし…なっ!」
「つっ!…ぐっ、あっ……」
そう言って魔理沙が慧音の頭を踏みつけ、地面に擦り付ける。ボロボロで息も絶え絶えな慧音のうめき声は蚊が泣くように細いものだった。
2人はなにも最初からこのようになっていた訳では無い。当初こそ恋敵として毎日のように、弾幕を飛ばし合い、藍の言葉の通り、血眼になって戦い合っていたのだ。
が、聡明な2人のことである。このまま互いに消耗し合うよりは○○をこのまま共有する方が丸く収まると言うことに思い至るのは遅くはなかった。藍はともかく、我の強い魔理沙は反対的であったものの、藍の狂気とも言える執念を前に(それを迎え撃つ魔理沙の狂気も相当であるのだが)とうとう折れてしまった。
互いに敵対し合っていたおぞましき愛欲は認め合うことで密接に絡み合い、歪で、そして何よりも強固で圧倒的な絆を紡ぎ出していた。
ただ、○○を愛すると言う1点のみにおいて。
「で、どうするんだ?」
「無名の妖怪ならともかく、この幻想郷に大体的に名を知らしめている訳だ、迂闊な真似はできんな」
しばらく悩む素振りをしていた藍であったが、にたり、と口角を上げると魔理沙に話しかけた。
「……して魔理沙、そろそろ欲しくはないか?」
「あぁ?欲しいって何が?」
「私たちの悪行を都合よく包み隠してくれる、"協力者"がな」
「ふぅん、なるほど」
「ああ、そうだな、そろそろ私たちの首も回らなくなってくるだろうしな」
「「なあ、慧音?」」
魔理沙の手にしていたナイフが器用に投げられ、自身の目の前すれすれの場所に突き刺さり、地面を抉る。
守護者としての誇りを捨てて忠誠を誓うか、守護者としての誇りを見せて生き地獄を見るか。
残された時間はそう長くなかった。
おしまい
試しに投稿致します
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>>107
依頼人の息子さんは既に正邪に取り込まれてしまっているのでしょうか。
天邪鬼とやっていくのはかなり辛いのかもしれません
>>109
かなり強烈な脅迫が効いていますね。もはや二人には怖い物がなさそうな。
>>109
ある意味では、動き続けた○○が被害を拡大させたような気もしてきた
>>110
惚れさせるってのはいいね、これはギャグ調だからまだ平穏だけれども
富や名誉や権力を○○の前にぶちまけ続けて、何とかしてなびかせようとして
けれども上手く行かなくて。○○に何かを渡すために無理な乱獲を続けた場合
平穏には到底遠い場所に向かってしまう
次より、まだらに隠した愉悦の12話を投稿いたします
「ああ、うん。そうだね」
○○は東風谷早苗から手渡された射命丸の執筆している新聞を手に取って、生返事を浮かべるのみであったが。
酷く残念なことに、それがある種の防御としては最良なのだ。
「何だか界隈が、人里の奥の方がまたきな臭く動き出してきて……こっちも心配なのですよ」
ただ○○が生返事を浮かべる事に関しては……早苗も――ため息交じりだが――仕方ないと判断していた。
……○○の嫁は稗田阿求なのだから。
彼女は、一線の向こう側。自分以外の妻以外の女をあてがう機関である、遊郭の事など。
どうなっても構わないどころか、放っておけば破壊するために出向きかねない。
それがギリギリのところで実行されていないのは、○○の方が、夫の方が一線の向こう側を妻にしたと言う。
その自覚を強く持っていてくれているからに過ぎない。その努力は、東風谷早苗としても認めなければならない。
「○○さん、貴方の常日頃からにおける努力。自らの立ち位置を、寸分たがわずに理解しての行動には敬服しますよ?」
理解はしているからこそ、いくらかは労いの言葉を掛ける事も出来ているけれども。
しかしながらトゲが多い。
「しかしですね……うちの神社に参拝したり、信仰してくださっている方の多くに。人里の住人がいますから」
だがそのトゲだって。守矢神社の参拝客の内訳を考えれば。
「精進落とし(※)って概念、○○さんならご存知ですよね?」
「ああ、知っている。聖と俗は案外と相性が良いからね。と言うよりも、どちらか一方だけでは、どちらともに繁栄は難しい」
それに精進落としだのなんだの言って、女遊びも含めた遊びをする事が多い信仰者たちの事も考えれば。
東風谷早苗が今回の事態を、座視する事が出来ずに○○に対して今回の内情を聞き出そうとするのは。
信者を守ると言う責任感もあるだろうけれども、神社だって案外商売気を出さなければ生きていけないから。
信者が減ればそれだけ神社がさびれる。
さびれて、忘れ去られることを防ぐために幻想郷に進出してきた東風谷早苗からすれば。
客が不慮の事態で一気に少なくなる。
神社と言う商売を考えた場合、老衰や大往生以外で、信者に不幸が集中すると言うのは致命的だ。
「うちの神社としては、精進落としと言う概念もありますし。信者が遊郭で遊ぶこと自体は別に良いんです。遊郭の出先機関にはさせませんけれども」
○○の脳裏に、以前の事件。
八意永琳の――狂言だと知っているのはこの場では○○と東風谷だけ――誘拐事件だ。
事実の一部は巧妙に伏せられているが、遊郭内部の反体制勢力が、守矢神社の境内近くで。
新規の客を漁ると言う、随分と向こう見ずで。落とし穴の上で踊りを踊るようなまねをしていた。
出先機関と言う単語を使ったのは、その事を差しているのだろう。
「理解しています。神社と言うのは、見えない物を売っていますからね。平穏や安定を売る商売としては、遊郭のいざこざに巻き込まれるのは神社の評判に関わる」
「それもありますが……」
東風谷早苗はここで一言区切って、周りを見た。
幸い、ここは人里の中だ。
守矢神社の巫女と、九代目様の夫が何か話し込んでいれば。
周りは自動的に、素恋異常に真面目な話だと考えてくれる。結構な往来で話をしているのに、皆こちらを避けて。
密談をしやすい雰囲気を作ってくれていた。
「……はは」
その雰囲気、○○は有り難いと思ったが。東風谷早苗はうすら寒い物を感じたようであった。
どうやら東風谷早苗の方が、まだ感覚としては外の物を残しているようであった。
この雰囲気を有り難いとしか思わなかった○○は、自分が随分と幻想郷の空気になじんでいると。
今になって分かった。
「まぁ良いです」
しかし早苗はすぐに話を戻した。うすら寒い物を感じたが、もしくは感じたからこそ。早く進めたかったのかもしれない。
「実は今、うちの諏訪子様が遊郭街に出向いて。忘八さん達のお頭と会談をしているんです」
もっと別の可能性としては、東風谷早苗は中間管理職故に。
この事態の早期収拾こそが、苛まれずに済むと言う実に現実的な考えかもしれなかった。
「諏訪子……洩矢諏訪子が?東風谷さんの神社の、二柱のうちの一柱が?」
「ええ、そうです。さっきも言いましたが、命蓮寺と違って、うちの神社は煩悩を否定しませんから。遊郭通いも、黙っていてそして本気にならなければ」
「……つまり、信者さんの中で。遊郭に通われている方は案外と?」
「ええ、まぁ。実際に数えたわけじゃありませんけれども。行った事が全くない人の方が、圧倒的に少数。むしろ変わり者かも」
だったら自分はどうなるのだろうかと、○○は考えたが。
元々そういう道を自分で選んだのだ。大体、全てに対して納得している。
阿求と契約した事に、後悔の念は一切なかった。
「……じゃあ、少し話しましょうか。今の依頼の関係で、依頼人の息子さんの周りを調べていたら、遊郭にたどり着いたのですよ」
東風谷早苗は苦虫を噛むような表情をしていた。
「ほんっと、どの案件でも何故か遊郭の影が。大にせよ小にせよ、絡んできますよね」
「それだけ一大産業なのでしょうね」
「まぁ、それは確かに。否定はできませんね。世界最古の職業は娼婦とも言われていますから」
東風谷早苗は皮肉気に笑っていた。冷笑的な立場でいないと、精神の安定が崩れそうなのかもしれなかった。
だが冷笑的な感覚は、遊郭に対してだけでは無かった。
「何かあるでしょう、他にもまだ」
「何かとは?」
「遊郭にちょっかいかける程度には、何かを見つけちゃったんでしょう?あの忘八達のお頭さんが、急におかしくなって対立している遊郭宿をいくつも潰すんですから」
さすがは、東風谷早苗と言うところか。意図的に話さなかった鬼人正邪の事を。
鬼人正邪だとは知らなくとも、隠す程度には大きい何かを抱えていると、すぐに気付いていた。
「鬼人正邪を見つけてしまった。遊郭街でね。今彼女は、引手茶屋で働いている。いったい何をやっているのだか」
鬼人正邪の名前を○○が正直に白状すると、東風谷早苗は天を仰ぎながら、ぺしんと自らの額を叩いた。
滑稽な演技でもしていないと、いよいよ自分の感情が暴走しそうなのだろう。
「知ってるんですかねぇ、忘八さん達のお頭は」
「知ってそうな物だけれどもねぇ、阿求は間諜をやっているのではと推理しているが」
「……なるほど。ドロドロしてそうな仕事、好きそうですものね鬼人正邪は」
「それでね、1つ頼みがあるんだよ。東風谷早苗」
○○は東風谷早苗がため息をついた頃合いを見計らって、本題に入った。
「何ですか?まぁ何も無いとは思ってませんでしたけれども」
「天狗の情報網を貸してほしい。射命丸を始めとしたね。ブンヤをやっている天狗の情報網なら、最高だ」
東風谷早苗は、○○からの協力の依頼に対して何度かコクコクトやるだけで。
はいともいいえとも言わなかったが、表情を見る限りでは、悪い風には思われていなさそうだ。
「無論、ただでとは言わないよ。私だって、いくらか自由に出来る資金はある。仲介を依頼している東風谷さんにも、なにも無しとは言えないよ」
東風谷早苗は少し口を開こうとしたが、結局閉じてしまった。しかし皮肉げな顔ではあった。
「分かってはいるさ」
○○が恥じ入るように声を出す。
「ちゃんとね、分かってる。自由に出来るお金も結局は阿求から貰っているお小遣いなんだから」
「いや、別に……変な事言おうとしたわけでは」
東風谷早苗はそういうけれども、目線が宙をいくらかさまよっている。
似たようなことは考えていたと思ってもよさそうだ。
「まぁ、でも……ほとんどタダ同然でやってるらしいじゃないですか。永遠亭からもあんまり貰わなかったそうで。私だったら多めに請求したいですよ」
狂言誘拐事件を狂言と思わせないための工作に、ある日いきなり指名されたことを知っている東風谷の口調は、いささか厳しかった。
「偉いじゃないですか。その姿勢は。あんまり貰わないだなんて」
けれども若干慌てて○○を褒めてくる姿勢の方が、○○にとっては癪であった。
「永遠亭からは代わりに、まぁ向こうの厚意もあるけれども。薬や阿求の健康診断の費用をかなり割り引いてもらっている」
ややぶっきら棒に○○は答えた。あくまでも阿求への得を優先していると答えたが、ぶっきらぼうにしか答える事が出来なかった。
強がっていると言う自覚があったからだ。結局阿求から随分と利益を得ているのでは、この行為にもさほど意味は。
阿求以外の者は、意味を見出すことはできないだろう。
むしろ、永遠亭からの口止め料を要求しなかったことは。阿求から○○への、阿求の厚意と好意による利益の流入を加速すらさせる。
――その利益をあまり使わないのも、強がりでしかなかった。
だが今の問題は、○○の強がりだったり。それを見た東風谷早苗からの、哀れみによる優しさを噛みしめる事では無い。
「話題を戻したい。今回の依頼人は、息子の事で随分と心を痛めているから……少なくとも真実をね。調べて、伝えたい」
東風谷早苗が少しばかり息をついた。
「その依頼人さんの息子さん……さっき少しだけ話題に出した鬼人正邪とつながりが?」
「ほぼ間違いない。正直、その息子さんと鬼人正邪の関係を断ち切れるか……甚だしく疑問なんだ」
「だとしても、何もしないわけにはいかないですよね?」
「まぁね。今考えてるのは、その息子さんの友達が、鬼人正邪を口説こうと入れあげているから。そいつらを動けなくしたい」
「あの息子さんは、元々の行動原理は。友人が遊郭にどはまりしているのを阻止したいと言う部分だ。初心を思い出せば、あるいは」
いくらかの者達が、鬼人正邪を口説いていると知った東風谷早苗は。今日一番の変な笑みを見せた。
「まぁ、どうせ鬼人正邪なら。正体を隠しているでしょうから。だまってりゃ美形ですから、蠱惑的なんですかね」
そして奇しくも、○○と同じく。分からなければ蠱惑的と言う評価を下していた。
そして、いくらか首を振った後。東風谷早苗はまじめな顔に戻った。
「まぁ、そう言う事情でしたら協力しますよ。聞いちゃった以上はね、全くの一般人がこっち側に影響受けておかしくなるなんて、見たくも無いですし」
こっち側と言った後、東風谷早苗は妙な表情を浮かべた。
偶然にも○○もその時妙な表情を浮かべたが、もうあの息子さんは鬼人正邪に大きく傾いているような気がしたからであって。
東風谷早苗の自虐に反応したのではない。
「ああ、○○様!旦那様!!」
東風谷早苗と○○が妙な顔で変な笑みを浮かべあっていると。
「東風谷早苗、事態が不味い方向に動いたかもしれない。依頼人があんなに息を切らせるだなんて」
件の依頼人である女中が、必死になってこちらに走り寄ってきた。
「○○様!うちの息子が、何者かに大八車に乗せられて、ボロボロの様子で自宅の前に打ち捨てられていったのです!!」
あいつ、鬼人正邪と何やった。○○はこめかみを抑えたが、しかし冷静さは失っていなかった。
「東風谷早苗、計画変更だ。依頼人の息子を見張ってくれ。カラスの力を借りて」
続く
※精進落とし
祭礼や、神事が終了した後、その間は精進料理であったが
肉食や飲酒、異性との交わりを再開することを表現した言葉
歴史を紐解けば、各地の大きな寺社仏閣の近くには
大概の場合、花街や盛り場が存在しており。聖と俗が入り混じっていたことがうかがえる
○○「俺彼女とかいないのにどうもウチの大学に俺の彼女のフリしてる人がいるらしい」
メリー「そうなんだ、大変だね」
直接的な描写はありませんが性的な話でそういう単語が入ってるので苦手な人はスルーしてください
菫子「○○ってさあ」
○○「うん?」
菫子「童貞?」
○○「は?違うんだが?バリバリのプレイボーイなんだが?性豪の○○とは俺のことぞ?」
菫子「ふうん?じゃあさ、私の初めて貰ってくれない?」
○○「???……え?」
菫子「この歳でまだ処女なんて恥ずかしいじゃない?けど流石に知らない男は嫌だし、○○ならいいかなって」
○○「…………あ、ドッキリ?」
菫子「違うわよ。なに?性豪さんはビビってらっしゃるのかしら?」
○○「あー、えっと……すみません、本当は俺童貞なんで荷が重いかと」
菫子「え、さっきのあれ、本気で騙すつもりで言ってたの?」
○○「うっせえ!男は見栄を張る生き物なんだよ!」
菫子「幼馴染相手に見栄もなにもないでしょうに……で?」
○○「ん?」
菫子「ヤらない?」
○○「その話続くのかよ!」
菫子「そっちが勝手に自爆しただけでもともと本題はこっちなんだけど。というか、やけに渋ってるけど○○はそういうのに興味無い?それとも私じゃ嫌?」
○○「…………えー、確認だけど、マジでドッキリとかじゃ?」
菫子「ないない」
○○「実は虐められてて誰かに命令されてたり?」
菫子「してない」
○○「……俺で後悔しない?」
菫子「終わってからじゃないと判断つかないけど……そう思うなら頑張って」
○○「じゃあ……あ」
菫子「ああ、ゴムなら買ってるわよ」
○○「ありがとうございますよろしくお願いします!」
菫子「ん、素直でよろしい」
────────────────────────────
菫子「下半身の違和感がすごい」
○○「すまん……」
菫子「や、男の初体験としては気を使えてた方なんじゃない?」
○○「優しさが沁みる」
菫子「けど、やっぱり初めてじゃそんなに気持ちいいとまではいかないのねー。痛くて泣き叫ぶって程でもなかったけど」
○○「そんなエロ漫画みたいなのをチェリーボーイに求めるのは酷では?」
菫子「まーね。で、今後どうしよっか?」
○○「なにを?」
菫子「またシたい?」
○○「……………………お前の目的は済んだだろ」
菫子「すっごく間が空いたわね。ま、たしかに済んだけど今後を考えるなら経験は積んでおいた方がいいと思うのよ。私も、○○も」
○○「いや、けどなあ……」
菫子「あんた、仮に今彼女ができたとして、今日の経験だけでリードできる?」
○○「それは無理」
菫子「ほらね。いいじゃん、幼馴染の誼みってことでさ」
○○「……わかったよ。ああ、お前の親父さんに知られたら殺されるんじゃねえかな、俺」
菫子「バレないように頑張ってねー」
○○「くそう、己の性欲が憎い」
菫子「まあまあ。それよりさ、だいぶ落ち着いてきたんだけど……もう一回どう?」
○○「……お願いします」
菫子「えへへ、はいはーい」
────────────────────────────
菫子「ふう……とりあえず、これで○○が性欲に負けて変な女に捕まる可能性は減ったかな?」
菫子「初めてはもう少しムードある方がよかったけど、それは仕方ないよね」
菫子「まあ、○○の初めても貰えたし……へへ、○○可愛かったなあ」
菫子「あとは恋人になれるよう、女の子アピールをもっとしていかないとね」
菫子「……これでも他の女が○○に近づくなら能力を使って……いや、そんなことにならないように頑張ろう」
菫子「ふふふ、そうよ。私が○○の最初の女であり、最後の女であり続けるの」
菫子「大好きよ、○○。ずっと私のそばにいてね」
>>119
最初の女であり最後の女であり続けるってセリフいいなあ
>>119
今後を考えるなら経験は積んでおいた方がいい(相手が菫子じゃないとは言ってない)
まあ肉欲って男を縛るにはかなり有効だよね
理性で抑え込むのが難しい本能的な所に踏み込んでくるのいいよね。気がついたら取り返しのつかないところまで堕とされたりして。
彼女と、彼女が好いている者にとっては最良
少なくとも彼女はそう考えているし
彼女が好いている者に対して、利益を引っ張れる
閉じた関係だが、閉じているがゆえに荒波は無さそうだな
ヤンデレでも、この境地にたどり着ければ。周りに迷惑をかけずにすむのかな
彼女と、彼女が好いている者にとっては最良
少なくとも彼女はそう考えているし
彼女が好いている者に対して、利益を引っ張れる
閉じた関係だが、閉じているがゆえに荒波は無さそうだな
ヤンデレでも、この境地にたどり着ければ。周りに迷惑をかけずにすむのかな
外の世界で活動できるのが菫子だけだから荒波がないだけで、幻想郷の中でやろうものなら他の幻想少女が閉じた関係を強引に開けてくるからそりゃもう大惨事よ
>>116 の続きとなります
「息子さんは、今どちらに?」
大慌ての依頼人であるこの母親に、○○は優しくも。やや有無を言わせないような力強さをもってして聞き取りを始めた。
後では東風谷早苗が、最初から渋い表情と感情ではあったけれども。それが更に色濃くなったのは言うまでもない。
しかしこの場を立ち去ろうと言う気配は存在していなかった。
腕組みをしながらではあるが、こちらを視界に収め続けてくれている。
愛想はまだ尽きていないという事らしい。
依頼人であるこの母親は、事情をまだよく呑み込めていないし、何より息子がボロボロの体で家前に打ち捨てられたとあれば。
こう、九代目様である阿求の旦那様である○○に促されたとしても。
少しばかりの狼狽が存在していた、部外者の色が強い東風谷早苗が近くで腕組みをしている事も。全くの無関係ではないだろう。
「東風谷早苗の事なら大丈夫ですから。協力を依頼したんですよ」
「ええ、お手伝いしますよ」
早苗は軽く、そう言うのみであった。場を取り仕切る手伝いまではやらないぞと言う、意思表示にも見えた。
そうでなくとも、東風谷早苗は、このことに対して。少しばかり冷めた物の味方をしている。
カラスに話を通して、手伝いをやってくれるだけ有り難いと思わねばならないだろう。
「だからお話になってください、不安に感じる必要はありませんので」
東風谷早苗からは、協力してくれるんですと○○が言っても何も言ってこなかった。
なので○○も安心だし、何よりも依頼人の不安が幾分和らいだ。
「永遠亭です・本人は……何故か物凄い剣幕で嫌がったのですが。血も随分流れていまして。
それで近所の方々が、無理矢理にでも永遠亭の方に連れて行ってくださいました」
「今もまだそちらに?貴女は永遠亭の方には行きましたか?」
「はい、息子はまだ永遠亭に。私は、知らせを聞いてからすぐに、ご依頼をしている旦那様に伝えに来たので……」
「だったら一緒に向かいましょう…………ああ、あれは。ははは、阿求が用意してくれたんだ」
ボソリと○○が呟いたので、東風谷早苗がその方向に目をやったら。
人力車が、おあつらえ向きに三両も!三両も用意されて、何かを待っていた。
一両は○○、二両目はこの依頼人で……三両目は、もしもの時の為に東風谷早苗に用立てたのだと一目でわかった。
依頼人の母親は、息子の事で頭がいっぱいだったからだろう。今の今まで、人力車が来てくれているなんて気付かなかった。
○○は微笑みを見せていたが、東風谷早苗は「稗田阿求も周到な事、あるいは心配?かける訳ないじゃないですか、ちょっかいなんて」
東風谷早苗はそう言ってブツクサと何事かの文句を言い始めた。
「○○さん、私は後で永遠亭に向かいますから。ご依頼通りに、数をそろえてきますよ!」
協力の依頼を反故にするつもりは、幸いにも無かったが。
稗田阿求からのいらぬ世話と心配に、早苗が気を悪くしたのは確かであったから、機嫌が少し悪くなり。
ややもすれば攻撃的な大声ではあるが、言われた事は分かってますよとだけ言い残して。
イライラとした雰囲気を振りまきながら、東風谷早苗は空へと浮かんでいき、山の方向へと飛び去ってしまった。
依頼人はその様子を、空へと飛び去った東風谷早苗と、自分の横合いにいる○○。
この両方を交互に見比べていた。
「大丈夫ですよ、まぁちょっと巻き込んじゃったかなと言う部分はあるかな」
○○は少しばかり話を誤魔化しながら、一台の人力車に乗り。人夫にいくらか声を掛けたら。
三代目、付いてくるかもしれなかった東風谷早苗の分は立ち去り、普段の仕事に戻って行った。
「早くいきましょう、息子さんの事が心配だ」
稗田の女中であっても、さすがに人力車を普段使いできるぐらいの高給取りではないから。
それに血まみれで打ち捨てられていった息子の事もあったが、○○の。
旦那様からの合いの手、催促には。根っこにある稗田阿求に対する信仰心から息を吹き返して。
大人しく二台目の人力車に乗って、永遠亭への道を向かった。
永遠亭へ到着するや否や、母親としての気苦労や不安が一気に噴出したのだろう。
言葉にもならないようなか細い声を漏らしながら、出迎えに来た鈴仙に付いて行って。奥へと。
ボロボロになって打ち捨てられた息子が運び込まれた病室へと、一目散に向かって行った。
その様子を見ていたら、今度はてゐが○○の方に向かって来て。表情だけで分かる、おおよそ友好的では無かった。
「やれやれだ!今度はどんな事件なんだい!?」
さすがにてゐも、いたずらウサギなどと言われて評判が若干悪いが。
そこは永遠亭の構成員、医療従事者であるから。あの母親の心配には一定の配慮があった。
けれども、それだって、相手が患者とその家族だけに限定されていた。
部外者……増してや、楽しいからと言うある意味では最悪の理由で探偵業を。
しかも稗田阿求と何の取り決めをしたかは分からないが、その舞台をふんだんに用意してもらって踊り狂っている○○が出て来ては。
阿求と同じく一線の向こう側である、上白沢慧音を妻にしているあの男と違って。余り優しくは出来なかった。
「彼の容態は?周りの空気を鑑みるに、命に別状という事は無さそうに見えるけれども」
しかし○○も……はっきり言って、覚悟よりも慣れの方が強くて。てゐからのこの、若干の抗議含みの声にも、さして恐ろしいとは思わなかった。
「ったく、私も旦那が出来たら稗田阿求みたいになるのかね。恐ろしいよ」
ひょうひょうとしている○○に、てゐは皮肉気な声をぶつけるけれども。
そもそもが対して効果の無い事を何度もやれるほど、てゐは辛抱強くは無い。中々に合理的だから。
すぐに医療従事者としての顔と頭に戻った。
「疲れすぎてぶっ倒れた、ってのが正直な診断だね。つーかあいつ、何やってるの?何処からどう見ても喧嘩っぽい傷だったよ」
どうやら○○が思った通り、永遠亭での診断で深刻な部分は見つからなかった。
ならば、その点については安心して構わない。永遠亭のお墨付きを覆せるような医療機関は、誰も知らない。
「流血の程は?輸血が必要なほどなら、随分な怪我だけれども」
「その必要も無いよ。血って、粘度もあってべったりとするから。見慣れてないと少しの流血でも大惨事に見えちゃうことが往々にしてあるから」
どうやら流血の程も、見た目ほど対した物では無いと言うのが実情のようだ。
「だったら少し、強気に事を運べるかな。第一、彼はもう隠し通せなくなってしまったんだから」
なので○○が、まるで将棋盤を眺めながら良い手が見つかったかのように。笑みを浮かべながらつぶやくが。
医療従事者としての顔と頭に戻ったからこそ、てゐは先ほどの茶々を入れるような言葉の時と違って。
本気の憤りを○○に向かって見せていた。
「彼は今日中に退院できる?」
けれども○○の様相は相変わらずで、何も変化が無かった。これにはてゐも憤りから、未知の物に対する謎を深めるような感情に変わった。
「ああ、まぁ……退院は出来るよ。退院は。けれども喧嘩になるような生活習慣を変えてもらわなきゃあねぇ」
それに、喧嘩で作った傷だと言うのも。てゐからすればやや、真面目にならなくなる材料であった。
母親の心労には付き合えるので、本人の前では出さないけれども。
「その点は大丈夫だろう……任せてほしい」
「……ほんとアイツ、何やってるの?」
○○が歩き出したので、てゐも付いて行く。それに疑問があったからだ。
「アイツ、こっちからの問診に対して。何にも答えてくれないんだ。やっと口を開いたかと思ったら、止血が終わったら帰らせてくれ、だとさ!」
「そうか……まぁそうだろうな。愛情なんだろうな、それが。口を割らない事で、操(みさお)を立てているんだ」
「……実を言うと、もう一つ聞きたい事がある。確かに今回の患者は喧嘩の傷だけれども。喧嘩相手は患者に対して、全て急所を外していた」
「では、流血沙汰は?」
「喧嘩相手が、このぐらいの流血なら大したことは無いと、実戦からの経験で知っていた。一番酷い傷は、不慮の事故。疲れすぎてぶっ倒れた時の傷だろう」
「そうか……彼女も泡を食っただろうな」
「は?お前は、○○お前は、喧嘩相手に目星がついているのか?」
「完全に」
○○の頭の中では、もはや今回の依頼人の息子と鬼人正邪。これを分けて考える事は不可能であると断じていた。
問題は、彼の方がその状態に対して。中々の愛着を持ってしまった事か。
「うちの師匠と同じだ……稗田夫妻もだぞ!」
どうやらてゐは、めんどくさいと思ってしまったようだ。最後に吐き捨てるような言葉を言うだけで、てゐは病室がどこにあるかを口頭で指示して。
何処かに行ってしまった。
病室の前まで来るずっと前から予想は出来ていたが。案の定であった。
母親であるかの依頼人が、ぶっ倒れた状態で打ち捨てられてしまった息子に対して、怒りと悲しみから詰問を加えていた。
「どこで何をやっていたのよ!?」
「ただの行き違いだ!」
「行き違いで何で血を流すことになるのよ!!」
「次は上手くいく!話はもう出来上がっている!」
「だったらその話を喋りなさい!!」
「…………」
しかたの無い事ではあるが、母親の金切り声は最早声としての形を成すギリギリの状態であり。
かの依頼人の息子が黙りだした後はもう、ギリギリ判別できていた物もついに不明瞭な物となってしまい。
女性の金切り声以上の物は分からなくなってしまい、何を言っているのかまるで見当がつかなかった。
これ以上は表で張り込んでいても、何も出てこないだろう。なので一思いに病室の扉を開けて、お邪魔する事にした。
そんな事が許される、阿求の権力と権勢に感謝だ。
「ああ、旦那様!?申し訳りません、旦那様!こんな愚息の為にいらぬ手間等でわずらわせてしまい!!」
急に現れた○○に対しては、いつもの馬鹿みたいに丁寧な態度が戻ってきたので。
どうやら状況判断の方まで思考が侵食されたわけでは無かったようだ。
「まぁ、まぁ」
○○はいつもの柔らかさで、この依頼人。それ以上に、寝台に寝かせられている彼の母親に対して落ち着くように言う。
傍らにいる鈴仙から、じっとりと見られている事は敢えて無視した。
彼女なら気付いているだろうからだ、自分が情報が欲しくて、なかなか入ってこなかった事ぐらい。
「少し話をしよう」
○○は依頼人であるこの母親を少しばかり落ち着けたら、件の彼の方向に向かった。
けれど話す内容は慎重を期さねばならない。鬼人正邪の話題を出すにしても、出し方と言う物がある。
ただ幸運な事に、何かを知っているのは○○だけだ。件の彼を覗けばであるが、この彼がそれを言うはずが無い。
鬼人正邪と両思いなのだから。
「お話しできるようなことが……果たしてあるかどうか」
「旦那様の前なのよ!言葉に気を付けなさい!!」
「まぁ、まぁ」
やや反抗的な態度の息子に、この母親がまた激昂するが。一言いうだけで、○○はすぐに話題を始めた。
「君からの話が役に立つか立たないかは、私が決める」
「正直に話しなさい!」
○○はこの母親を、片手で制止した。そうしなければ飛びかかったかもしれない。
次何か、興奮しだしたら追い出そうと心に決めた。
「まぁ、大体の事はもう分かっているよ。何者かが大八車で君を、家の前まで運んで、助けが来ることを期待してそこに放置した。そんな所だろう」
助けが来ることを期待した、その部分だけは他の文章よりもゆっくりと、そして大きめに言った。
件の彼は前だけを向いている。唇を触ったり、左の頬を触ったり。時折座り位置を直そうとするついでに、ズボンをはき直したり。
大体この三つであった。動きのクセと種類を確認した○○は、話を次に進めた。
「相手も死人が出る事は望んでいないようだ……まぁ確かに、死人が出ると事が大きくなり過ぎる。
行方不明ならしばらくは大丈夫だけれども、それでもある一線を超えると、捜索隊が出てくる。これはやりにくくなる」
件の彼は相変わらず何も話してくれない。質問を出して、答えろと言わない限りは黙っているつもりらしい。
それならばそれで構わない。下手に喋られると、この母親が心配からまた騒ぎ出す。
最も、向こうからの行動が期待できない以上。喋りとおしてできる事はたかが知れている。
そろそろ種をまいて退散する時だろう。
てゐさんの言う通り、怪我の度合いは軽い。今日中に退院してくれる。
「しかし死人が出る事を気にしているのは、これは存外にも悪くなさそうな相手だ……けれども気を付けてほしいんだ。世の中、あんな小心者だけじゃないから」
間を開けた。その間で、○○は件の彼の方向を見た。動きを全て記憶するためだ。
「最近、あんまり治安の良くない場所で、鬼人正邪の目撃例が度々あるんだ……私の予想だと、君は自警団的な動きを勝手にやっているようだ
そう言う人間は、有り難いと言えば有り難いが、危なっかしいと言う感情の方が勝るね」
鬼人正邪の名前を出したとき、案の定な態度を取った。
唇を触り、左ほほを触り、下半身の座り位置が気になるのかモゾモゾと動いた。
「君の正義感には敬服する」
全てを確認できた○○は、彼の肩をしっかりと握りながら褒める事を忘れなかった。
十分種はまかれた。あとは彼の動きを待つだけだ、その為の監視要員は東風谷早苗の協力で手に入る。
悪い条件では無い。
「私はね、稗田や上白沢のような遊郭否定派ではない。むしろ必要だとすら考えている」
同じ頃合い、洩矢神社の二柱の一つである洩矢諏訪子は、遊郭の最深部にてこの遊郭における一番の権力者。
忘八達のお頭との会談に臨んでいたが。
実態としては、諏訪子が乗り込み。件の忘八達のお頭も、不穏分子が諏訪子のお膝元である神社でちょっかいを掛けていたから。
忘八達のお頭は、平身低頭の姿で諏訪子に対して酒や食事を与えて。文句を聞き取る形を取っていた。
諏訪子も、さすがにそれらを蹴り飛ばすほどの暴君では無い。
なので酒や食事を、有り難いと言いながら口を付けて行ったが。
無論、それは全くの嘘では無いけれども。諏訪子の一番の目的は、この忘八達のお頭を観察する事であった。
その結果、祟り神として数多の信仰を受けた経験がある諏訪子は断言できることがあった。
この男には、この遊郭街の最高権力者には、精神的な後ろ盾がある。
分かるのだ、諏訪子は祟り神だから。神様だから。
何かを信仰した人間が、時には馬鹿みたいに丈夫になるのを何度も見た!
そしてここは幻想郷である。
ここまでの権力者の精神的な後ろ盾は、人間とは思えなかった。
神、あるいはそれに類する存在。
諏訪子は与えられた上等な酒を飲みながらも、喉の奥で苦虫をかみつぶしていた。
何だったら自分がこの男を飲み込んでしまおうとすら、来る前は考えていたが。
この男に精神的な後ろ盾がある以上、下手に侵食すれば、戦争へと発展しかねない。
最も厄介なのは、この男は信仰を明かしていない。
まだその時では無いからなのか、そもそも最初から死ぬまでそのつもりなのかは分からない。
後者ならば、まだ良い。前者ならば大問題だ、その時と言うのは大体にして、穏当な結果を生まないのだから。
「神社やってるからね、精進落としの概念ぐらい、受容できなきゃ。信者付いて行かないもの」
「はい……ありがとうございます、洩矢諏訪子様。私も少しばかり、稗田家からの覚えを良くしようと……逸った感は認めざるを得ません」
「稗田か……人間の一生何て短いんだから、ちったぁ色覚えろよ」
「心優しくも力強いお言葉、恐悦至極にございます」
稗田阿求は短命を運命づけられているからこそ、遊郭に対して苛烈なのだろうなとは考えたけれども。
今はこの男におべんちゃらを使って、動きを観察していたが。
全てのおべんちゃらに対して、強い拒否反応を見せていた。馬鹿みたいに丁寧で、型どおりにはまりすぎた言葉たちがその良い例だ。
人里からの信仰もそれなり以上にある洩矢神社が、品の無い言い方をすれば。
ケツを持ってやるとまで言っているのに、この男はその全てに対して、明確な喜びを表さなかった。
「洩矢諏訪子様はもちろん、もう一柱の八坂神奈子様、風祝の東風谷早苗様に対しても、心労を与えたことは誠に、頭をいくら下げようとも――
強がりなどでは無くて、本当に必要が無いと思っている。
この案件、長くかかりそうだ。放っておきたいが、放っておけば遊郭の爆発に巻き込まれる。
諏訪子は毒づきながら飲む酒の不味さに耐えながらも、冷静さと不気味なほどの笑顔を維持していた。
「うん、うん……まぁ確かに。うちを遊郭の出先機関には絶対にさせないけれども……遊郭が楽しいってことはね、私も長くいるから分かってるんだよ」
「……洩矢様は女性でございますが。ああ、失礼いたしました。神様ですからね、性別は些末でしたね」
「そう、だからさ、あんたが一旦預かりにして明かりを消している遊郭宿、そこで遊ばせてよ。タダでとは言わないからさ」
だが今できる事は、この遊郭街の最高権力者と近づくことである。
何を考えているにしても、やるにしても。それを防ぐことは出来なくとも、被害を最小限に抑えるだけでも。
この男の真意を見定める機会が無ければならない。
「乗り切った……少なくともこの場は、何とか」
洩矢諏訪子を問題の、不平分子と思わしき遊郭宿に案内した後。
飲み散らかし、食べ散らかしたお膳を片付ける気力も出てこず。またそれをしてくれそうな女中を呼ぶのもおっくうで……
けれども彼の信仰心を最も表す、翁の能面だけは取りに行った。
その翁の能面をたおやかに扱いつつも握りしめながら。忘八達のお頭は、畳の上に横になってしまった。
「鬼人正邪は使えるが……彼女の集めてくれた情報は、少しずつ使わねばな。今回は使いすぎた。後戸の国には、周りが不平分子と呼ぶような者だって……」
忘八達のお頭は急に起き上がり、翁の能面をまるで神棚にでも安置するかのように扱った。
「摩多羅様はお約束になってくれたのだ。遊郭の、苦界の全てをお救いになって下さると」
神器を扱うかのように安置した翁の能面の前で、忘八達のお頭は深々と礼をした。
続きます
十日も開いてしまった……
>>129 の続きとなります
けれども。このお頭は、何かに愛されているし愛していると同時に、呪われているのかもしれなかった。
何かに愛されている証拠は、外からの住人である東風谷早苗や○○が驚くであろう。MP3レコーダー。
これを何物かから貸与されている事、この忘八達のお頭は幻想郷土着の住人なのに。
何かを愛している証拠は、この忘八達のお頭が能楽に使う翁(おきな)の面を。
それはもう、大層大事に。ご本尊でも扱うかのように恭しく手にする事だろう。
そして、それらと同時に呪われている証拠は。
「クソ!!下手打った!!」鬼人正邪がこの場にやってきた事であろう。しかも泥だらけで。
つい先ほどまで、遊郭街のいざこざに巻き込まれかけた事で懸念の意をわざわざやってきて、伝えに来た洩矢諏訪子との会談を。
これを何とか、今日の所はしのいで。諏訪子からの少し遊ばせてほしいと言う申し出の快諾で(無論、タダでは無い。どちらにとってもそれが重要であった)。
何とか、お互いに。特に向こうが警戒感を解いていない以上は、和やか等とは程遠いが。
それでも何とか、うまい具合に持ち込めそうな雰囲気を何とか、維持して破滅的な状況だけでも回避したのに。
「ん、ああ、わりぃな。さっきまで誰かいたのか?戻ってくるなら違うところで風呂借りるけれども」
また、何か。厄介ごとを持ち込んできた事であろう。
そうでなくとも、こいつは間違いなく何かを
ほうほうの体で、諏訪子が飲んで食べた後片付けを忘八達の頭はやっていたが。
手に持っていた酒瓶は、つるりと手から零れ落ちて。飲み残しを畳にぶちまけて、忘八達のお頭の足元に飛び散ったが。
「うわぁ!?」
まさかこの最高権力者が、こんなにも迂闊(うかつ)と言うか滑稽(こっけい)な動きをするとも考えていなくて。
鬼人正邪は思わず叫び声を上げたが。
「お前、少しは気を……ああ、いや。何でもないわ」
鬼人正邪は最初こそ唸るように言ったが、その語勢はすぐにしぼんだ。
最初こそ、鬼人正邪も泥だらけで急いでいただけあってよく見えていなく。
この忘八達のお頭が、殊勝にも後片付けを誰かの手では無くて、自ら行っていると思ったのだし。
何となしに慣れていない風な動きが見えたのは、やっぱり権力者様だからそう言う雑事には慣れてらっしゃらないのだとも考えたが。
「鬼人正邪……やはり君は後戸の国への向かえいれるだけの、甲斐と言うのものがあるよ」
真正面、つまりは鬼人正邪の方向に固定された眼のままで。片手には翁の能面を。
後生大事に持っているのは、鬼人正邪も知っていたが。今は胸にしまい込むようにして抱えている。
安置している場所にフラフラと寄って、祈りでも込めに行ったような動きは無かったと断言できる。
じゃあ、つまりこの男は。最初から持っていたのである、胸に抱えながら。
そんな事をしながら、誰かが――洩矢諏訪子だと知ったら、鬼人正邪は逃げるかもしれない――飲み散らかした後片付けをしていたのだ。
これだったら、権力者様だから雑事に離れていない方が遥かにマシであった。
「風呂屋行ってくるわ」
鬼人正邪は思わず、逃げ出してしまった。そんなドロドロの状態で風呂屋に行ったら目立つだろうと。
忘八達のお頭が、か細い声で指摘して。自室にある風呂を使えばいいと、暗に促してくれたが。
無論、鬼人正邪はその申し出を。無視と言う形で断った。
どうせ、鬼人正邪は、自分はお尋ね者だと言う自覚が強かったから。
こういうのには慣れていて、いろんな場所に隠れ家を持っている。
今の時分ならば、小川で水浴びでもそうそう凍えはしない。
しかし。この男の態度に変化らしい変化は無かった。
忘八達のお頭は、なおもぶつぶつと口を動かしながら、翁の能面を胸に抱えながら、鬼人正邪の方を見ていたので。
はっきり言って、少し気になって振り向いた事を後悔した。
これが非難やら怒気を含んだ感情であるならば、鬼人正邪は面白がったが。
そんな事をして良い相手では無いのは、明白である。
鬼人正邪の耳には聞こえなかったが、忘八達のお頭がぶつぶつ言っているのは。アレは何事かの祈りだ。
「ソソロソニソソロソ、シシリシニシシリシ。ソソロソニソソロソ、シシリニシニシシリシ」
忘八達のお頭の呟きは、聞こえなかったが。聞こえたところで大差は無かった。
やばい奴と言う評価の上積みにしかならない。
件の、依頼人の息子が血まみれで何者かから自宅前に打ち捨てられて、そして○○達は知らないが遊郭街で忘八達のお頭がまたおかしくなった。
それから一週間以上が経過した。しかし不幸にも、何も無かった。
それは脳に刺激がほしくて動き回る○○にとっても、○○が名探偵でございと言わんばかりに動き回る事を望む阿求にとっても。
実に歯がゆくて、七転八倒したいほどにじらされる三日間であった事は言うまでもない。
無論、何もしていないはずは無い。
東風谷早苗は○○からもたらされた協力の依頼を、腹の底はともかくとして頷いた以上は真摯に動いてくれた。
何羽からの妖怪の山暮らしの、つまりは只者では無いカラスを。お目付け役のカラス天狗ごと送ってくれた。
そのカラスとお目付け役の天狗に。件の依頼人の息子。
何物かに自宅前に打ち捨てられて、血まみれになっていたあの息子。
それの監視と報告をこの三日間、一分の隙や漏れも無く行わせていた。
「あややややや。どうもどうも」
問題はそのお目付け役のカラス天狗が射命丸文であるということなのだが。
「こんばんは、射命丸さん。ご協力感謝しますわ」
毎度毎度、○○の妻である阿求が。射命丸との対応を一手に引き受けていて、そして毎度毎度、馬鹿みたいに丁寧に対応してあげているから。
「これ、ちょっとお包みした、せんべい程度ですが。良かったら」
無論、射命丸ほどのカラス天狗が。そんな馬鹿みたいに丁寧な態度が、しかもお茶すら無くていきなり包まれたお菓子を渡されると言う行為が。
報告書置いてさっさと帰れ、と言う暗に追い出そうとしているのは。射命丸が気づいていないはずが無い。
けれども――射命丸が目付なのは東風谷早苗からの批判含みの嫌がらせかもしれない――射命丸が、ブンヤをやっているカラス天狗が。
「へっへっへ。こちら、昼分の報告書です……所で旦那さんは。○○さんは、報告書読んで何か、動きは……?よろしければうちの新聞で独占したくて」
その程度で臆する物か。大体カラス天狗と言う種族は、呆れの感情すらも尊大な自尊心への糧にしてしまえる。
まこと、両人共に嫌がるであろうが。○○からすれば天邪鬼と案外似た性質を持つ存在だと感じていたが。
幸いと言うか残念と言うか、○○は射命丸と相対することは無かった。
分かっている、何故阿求がそうしてくれたか。射命丸文は間違いなく美人だからだ、おまけに健康的だから肉付きも良い。
それが病弱で満足な体とは――種々の意味で――言えない稗田阿求にとっては大層気になってしまい。
夫を射命丸から遠ざけておく理由としては、もうこれだけで十分だ。上積みする必要はない。
なので○○は、おとなしく。射命丸が来る頃合いには自ら屋敷の奥の方に移動して、資料を読む素振りを見せたり。
もっと軽い時は、愛犬の相手をしていた。今日もそうであった。
「今、『私の』夫は、飼っている犬といますわよ」
稗田阿求が、○○の飼っているかの愛犬に対して。どのような感情を持っているかは。
実の所、悪い予想も存在しているが。この場合は美人で肉付きも良い、射命丸の方が危険だとは。
誰の目にも明らかであった。
「いや……そうじゃなくて」
話を強引にでも、そしてすばやく打ち切ろうとしている阿求であるが。射命丸は堪えない。
天狗のブンヤがこの程度で、という事だ。
「ああ、もう。そうですね真正面から行ってしまった方がよさそうですね。○○さんは報告書呼んで、ご依頼に対しての調査、これに新しい動きを加えましたか?」
結局射命丸は、おためごかしを抜きにして正面から、聞きたい事を表面に出した。
稗田相手にそれが出来るだけ大したものと思うか、稗田が相手だから射命丸もいつもの嫌らしさを抜かれてしまった見るべきか。
「何も考えていないはずはありませんわ、それでも、十割の確信や断言が持てないとだけ……それでは」
阿求は射命丸からの質問に、はっきりと。いまだ精力は旺盛であると、今は思考する時だと伝えて。そのまま、にこやかに立ち去ってしまった。
さすがにこれを追いかける勇気は、射命丸も持っていない。
もう帰るしかなかった。
「……今日は少し粘ったようだね、慧音」
「まったく、ブンヤの連中は。しつこくてかなわんよ。悪い興味だけで動いている」
頭上を見上げた上白沢夫妻は、稗田邸に一番近い喫茶店にてそう呟いた。
上白沢夫妻は、○○への陣中見舞いもかねて。依頼人の息子は、もとは寺子屋の生徒だったから。
何かの役に立つかもしれないと、その時の行動記録を、○○は上白沢『夫妻』に求めていた。
慧音も、依頼の内容を聞いて。そして一週間以上前の、自宅前に打ち捨てられた事件。
これらが合わされば、元生徒という事もあり。協力するのに心理的な抵抗はまるでなかった。
求められたのは昨日であったが、それより前から気になっていた慧音が少しずつまとめていたこともあり。
昨日の今日で、中々にまとまった内容の物を手土産に、上白沢夫妻は陣中見舞いする事が出来たのだが。
稗田邸に向かう道すがら、稗田邸の奉公人が慌ててやってきて。
『今、射命丸がいます』
そう伝えてくれたので、かち合わないように手近な喫茶店にでも入るように促された。
上白沢夫妻も、カラス天狗の。それも射命丸の厄介さとしつこさは、嫌でも知っている。
「やれやれ……ついでにせんべいでも買っていくか」
「そうだな……少し遅れたし、書類だけでは味気ないな」
コーヒーを二杯も飲んでしまったせいか、旦那は塩分を欲していたし。慧音も書類だけでは何だか重みが足りないと感じたし。
何より土産ついでに自分も食べたかった。
「よぉ。陣中見舞いに来たぞ、射命丸が粘ってたようだな、かち合いたくなくて時間が余ったよ」
上白沢の旦那が入ると、○○は顔を上げてにこやかになってくれた。
射命丸がうろついているから、迂闊に歩けない鬱憤が晴れてくれたようだ。
「ああ、今日の射命丸は粘ってたよ。一番近い喫茶店にいたのか?コーヒーを頼んだら甘い豆菓子をくれる」
「何でわかった」
「射命丸が帰ってから、15分ぐらい。人間の歩く速度ぐらいは、把握している。15分あれば、菓子屋によってここまでくれば、それぐらいの時間だ」
「初歩だったな」
「買った物は、せんべいかな?持ち方に緊張感が無い。饅頭なら潰れないように持つ」
「ははは。ほら、お待ちかねの書類と。ついでに手土産にせんべいだ」
上白沢の旦那は、少しだけ笑って。それ以上は付き合わずに慧音がまとめてくれた書類と手土産のせんべいを渡した。
「ああ、丁度良かった。このせんべいは、阿求が好きな味なんだ」
「そうだったのか、それは良かった。目についたものを包んでおくれと言っただけだったが」
「俺はあそこの、豆大福が好きだ」
「分かったよ、次は○○、お前の為に大福にしてやる」
ちょっとした雑談を交えつつだったが、○○は徐々に真面目な面持ちで上白沢慧音のまとめた書類を読み始めた。
その横に、カラスの足跡を模したハンコが押された書類。射命丸が今日持ってきた報告書だろう。
それらを読み比べながら、一言もしゃべらなくなった。
「ああ、上白沢のご夫妻さん。いらっしゃい。お茶のお代わりは、大丈夫ですか?」
それでも、○○の部屋に妻である阿求が入ってきたときは。ふっと顔を上げて、阿求に微笑んだ。
「上白沢ご夫妻が、おせんべいを買って来てくれたよ」
「あらあらあら、それはどうもご丁寧に……でも、私好みの味しかありませんね。待っててね○○、ようかんを切るから」
「ああ、ありがとう」
パタパタと稗田阿求が動いているときも、○○は文章とにらめっこしていた。
そのうちに阿求がお茶とようかんを用意してくれたが。
さすがにお茶は自分で飲むことが出来ていたが。
「はい、○○。あーん」
切り分けたようかんを食べる際、稗田阿求に口まで持って行ってもらっているのには閉口したし。
見ていて恥ずかしかったので、窓の外に目線を移さざるを得なかった。
幸いなのは、○○が文書の中身に熱中していたから。イチャついていなかった事だろう。
「なぁ、上白沢ご夫妻。聞きたい事がある」
不意に、興味を引かれた事柄に対して○○が、事情をもっと知っていそうなこの夫妻に顔を上げた。
「多分慧音に聞いた方が良いだろう」
上白沢の旦那も、記憶力の良い慧音に譲ろうとしたが。
「そんなことは無いさ、お前の方が年長で交流は少ないが。『キラメンコ事件』はよく覚えているだろう?」
「ああ、アレ」
上白沢夫妻が苦笑するように何かの事件を引き合いに出したら。
「まさしくその事件について聞きたい。いじめっ子を、あの息子が正義感からいじめっ子の宝物のメンコを隠したり。取られないようにどこかに置いておいたそうだな」
まさしくその事件について聞きたいと言われたが、少しばかり分からないと言う表情を浮かべた。
「面白い事件だとは思うが……」
慧音は呟いたが、○○はまじめな面持ちであった。
「あの依頼人の息子は、鬼人正邪からの贈り物を隠し持っている。幼い時の成功体験は、示唆的な内容だ」
○○は完全に真面目であり、そんな様子を嬉しがり……あるいは面白がる阿求は。チラリと、上白沢慧音に顔を向けた。
話せという事だ。
「分かった……いじめっこが、色々と問題を起こして。あの時はやっていたメンコの、かっこよかったり綺麗な柄を独り占めしていたんだ」
「うん」
○○は続けてくれと言った面持ちで、上白沢慧音を見たままだ。片手でようかんを探そうとしたが、見ていないから外してばかりであったら。
阿求がまたしても、ようかんをようじに刺して。○○の口元に持って行ってあげた。
顔は真面目一辺倒なのに、やっていることは過保護な母親と子供な物だから。
面白いを通り越して、不気味としか言いようが無かったが。上白沢夫妻は両名共に、その光景については何も言わなかった。
「そりゃ、私も何もしなかったわけでは無いが。ああいう手合いは本当に、縛り付ける事に関してだけは天才的だからな
けれども、その依頼人の息子はどうにも大人びた部分があって。
ややもすればもう少し年上でもはまりそうなメンコ集めにも、紙を押し固めているだけだと言って
自分で画用紙をノリと文鎮で、それっぽいのを作った後、覚えていた柄をかき込んだりして
……まぁ、あの乱暴者を挑発していたな
そのうち、乱暴者が更に、挑発の効果もあったのかメンコを収奪し始めて。
けれどもそれは上手くいかなかったんだ。あの息子の友達はみんな、どこかに隠してしまったから
無論いうはずも無いが、代わりに、見つけたら持って行けばいいとの約束だけはしたんだ
乱暴者は、まぁ、それで勝ったと思い込んだのか。色んなところを探し回ったが。
最終的に、誰かの家に上がり込んで子供の持ち物だけでなく親の持ち物もひっくり返したところを見つかって。
頭をゴチン!さ……まぁ、私もその後頭突きしたがな」
「なるほど」
上白沢夫妻からすればちょっとした小話のはずなのだが、○○の面持ちは神妙そのものであった。
けれども相変わらず、ようかんは阿求が口元に持って行ってくれている。
それを○○も拒否せずに、口を開けて入れてもらっている……過保護な母親とこも共どころか。
これでは、鳥のヒナと親鳥の関係にすら、上白沢夫妻の旦那には見えてきたが。
もしかしたら、その親鳥とヒナと言う関係は当たっているのかもしれなかった。
……○○には血縁も地縁も無い。ただただ、稗田阿求が気に入ったと言うだけで今の地位を許されている。
奉公人達の阿礼乙女に対する信仰心が、○○の存在を問題にしない。
つまるところ、絶対的に阿求の方が上なのだ。
そしてその関係はこの先も変わらない。
成長しないと言うよりは、成長を許されていないヒナ鳥。
ここまで考えたところで、上白沢の旦那はお茶を飲んで自らの思考回路を誤魔化した。
「それで結局、メンコはどこに隠されていたの?」
「ああ……それが傑作なんだ」
ややもすれば不気味な雰囲気に、流石の慧音も思い出話で清涼感を得ようとして。
柄にもない遠い目をして、思い出し笑いをしてしまったが。話は続けなければならない。
「その乱暴者にとっても聖域は存在していた……私の下足箱や職員室だ」
「なるほど……」
○○は慧音からの種明かしにいたく、感心していた。
「件の乱暴者が、他人の家にまで上がり込んでメンコを探そうとしたことで話が大きくなって。
私もついに、あの息子に対して、友人たちにどんな助言を与えたんだと聞いたんだ。
その際に、開口一番であの息子は、私に対して深々と頭を下げて謝罪したんだ。
『上白沢先生を利用してしまいました』と。本当に深々とした謝罪だった。
最初は意味が分からなかったんだが、案内されてようやく意味が分かった。
寺子屋にある私の下足箱の、天井部分に封筒が張り付けてあったんだ。
その中に、友人たちのキラキラしたメンコが入っていたし。そこだけでも足りなくなったから。
今度は職員室にある、私のイスの裏側に、封筒を張り付けてそこに他の友人たちのキラメンコも入れたんだ。
あんな乱暴者でも、私の事だけは本当に怖いと思っていたから。私の近くや持ち物に対してだけは、触れようとも思わなかったんだ」
「つまり……それの応用なのかもしれない」
上白沢慧音から話をすべて聞いた○○は、また急に神妙な面持ちに戻り。
天狗からの報告書を読み漁った、後ろに放り投げられている過去の分も。
特に付せんを貼った部分を入念に読み直した。
「やはり、あの息子は鬼人正邪の服を外に持ち出していない!」
○○は意を得たを言わんばかりに立ち上がり、部屋につってある外出用の上着に袖を通したと思ったら。
今度は室外に飛びだした。
「ああ、良かったすぐに会えて!」
その後邸内をぐるぐる回ったかと思ったら、件の依頼人に駆け寄った。
興奮した面持ちの旦那様に、その妻である稗田阿求が付いてくるだけでなく。
上白沢夫妻まで付いて来れば、依頼人の女中は泡でも食ったような面持ちになったが。
「許可を下さい!今なら息子さんは仕事に行っているから、ご自宅には誰もいませんね?だから、家探しをする許可を!息子さんは持っているはずなんだ!!」
依頼人の女中が泡を吹く前に、○○は要件を全て伝えて。
そして快諾を得たが、稗田家の女中が九代目様の、稗田阿求の夫に対して首を横に触れる訳が無いだろう!
上白沢の旦那は、思わず心中でそう毒づいてしまった。
「よし、行くぞ!!」
けれども○○は上白沢の旦那からの毒づきに気づくはずは無く、思うように動きだしたし。
そもそも稗田阿求がそれを望んでいる、ならばこれを、誰が止めれる。
そして、今は誰もいない依頼人の自宅へとたどり着いた。
「あ、鍵が……」
向かうのに夢中で開ける事を失念していた○○であったが。
「借りていますよ」
稗田阿求がすぐにあけてくれた。上白沢の旦那が鼻で笑いそうなところを、妻の慧音が手を口元に近づけて制してくれた。
「よし……キラメンコを上白沢慧音の近くに隠したのと同じ発想だ。ここにあるはずだ、普段は使わない場所!」
○○は自分の推理を口から無遠慮に放出しながら、あちらこちらを歩き出し始めた。
「息子の部屋はここだぞ?」
上白沢の旦那が指差したが。
「そこには無い!」
見てもいないのに、断言されてしまった。やや気分が悪くなったが。
「ここだ!この桐箪笥(きりだんす)だ!!一番高い箪笥!」
「おい!?」
○○が目を付けた桐の箪笥を、次々と開ける様子には。上白沢の旦那も声を荒げてしまったが。
「あの女中は、とてつもなく普遍的で迷信的で、ハレの日に使う物は厳重に保管しているはずだ!普段は触りもしないはず!!」
○○は自らの推理に興奮しているのか、聞こえていないし……一番の問題は、稗田阿求もそれに同調して興奮している事だ。
「あった!!」
そして、幸いか不幸か本当に分からないが。○○は見つけてしまった、自分の推理の正しさを見つけてしまった。
その桐箪笥(きりだんす)は、高価な箪笥だと一目でわかった。
だからその中に入っている者も、高価な衣服ばかりで。基本的にハレの日に使う物ばかりを、厳重に保管していた。
確かにあの女中は、あの依頼人は。普遍的な部分が大きい、いわゆる最大多数の道徳や美的観念に支配されていると言っても良かった。
そんな人物の持つハレの日の衣装も、高そうではあるが抑えた配色で。きらびやかさは少ないが。
「これだよ、鬼人正邪は依頼人の息子が寒くないように。これを掛けて置いてくれたんだ。自分の衣服を!遊郭で使う衣服を!!」
○○が広げるその衣服は、きらびやかさが行き過ぎていて。はっきり言って、けばけばしさからくる下品さが際立っていたが。
鬼人正邪は、遊郭で身分を偽って働いている事を思い起こせば。
このけばけばしい下品さは、決して不思議では無い。
○○の言う通り、これは過去に行った事の応用だ。
依頼人の息子は、自分が監視されるかもしれないことに気づいていた。そうでなくとも遊郭で使いそうな衣服を持ち歩くのは危険だ。
しかもそれは、鬼人正邪の服。
ならば、隠すしかない。
それも、普段は使わない場所に。
あの息子が、寺子屋にいる時に。一番の隠し場所は、乱暴者ですら触れようとしない、上白沢慧音の近くだと気づいたのと。
全く同じ動きをしていたと言えるであろう。
「さぁ、仕掛けを作ろう……申し訳ありませんが、上白沢ご夫妻。これを永遠亭に、私が今から書くお手紙を添えて持ち込んでいただきたい」
解決は近そうだが、大団円には遠い気分であった。
続く
感想の程、どうかよろしくお願いいたします
>>136
けばけばしい下品な服装……こういうのを、あえて着けてもらうようなシチュエーションって良いですよね。
信頼の上で。
以下、1-2レスほど、お借りします。
「あなたの番ですよ」
外の世界のゲーム機で遊ぶのが、ここ最近の夫婦の流行りである。
外来品と言っても二十世紀の物で、妻が幻想入りを果たす前に遊んでいたものだ。
そのような骨董品を引っ張り出してみると、今となっては――私がまだ外にいた頃と比較しても、ポリゴンは荒々しくや文字も読みづらいものであった。往年の名作とはいえ、マニアでもなければわざわざ遊ぶことはない。しかしそれは、外界の話だ。
この幻想郷では、未だに電気は一部の人妖の特権であり、ビデオゲーム等というものは極々限られた貴族の遊びのようなものだ。その贅沢を感受できる数少ない場所がこの家であるということを、妻はそれとなく、けれどもしきりに訴える。
「うーん。とりあえずサイコロを振ってみよう」
「あっ。そこはカードを使った方がいいですよ」
「さっき拾ったやつかい?」
「はい!」
日本を舞台にした双六で対戦しているはずなのだが、妻はよく手助けをしてくれる。二人の楽しみ方はいつもこうだ。準備ができるまでは互いを手伝う。それから正々堂々と全力をぶつけて、勝った負けたと一喜一憂する。接待でなしに、お互いが楽しめるようにする。
つくづくゲームとはコミュニケーションを取るためのツールなのだと実感する。いや、させられている。
妻は楽しみながら計算のできる才媛なのだ。その手練手管は私の興味が他に向くことを許さない。
よその世界、よその家、よその女――すべてが妻の敵である。
私のコマが出雲に止まった。
「やったあ!出雲そば屋を買い占めちゃいましょう!」
「出雲そばかあ。一回ぐらい、実物を食べてみたいなあ」
「……晩ごはんは、おそばにしましょうか?」
「昨日の残りがなかったっけ」
「いえ。ありますけど。あなたがおそばを食べたいなら、と」
「なら残りでいいよ。勿体ないし」
「はい」
妻の茹でるそばは、美味い。材料も調理法も寸分の狂いもなく私の好みに合わせているからだ。きっとこの世で一番のそばに違いない。
しかし食べてみたいのは、あくまで出雲そば屋のそばなのだ。そして食べ終えてから、やっぱり家のそばが一番だと思うことだろう。どんな麺をしているのか、汁はどうか、具はどうだ。そういった好奇心を満たしたいだけのことだ。
けれどもそれは妻の神経を逆なでする。外界の物。他家の味。それはこの家においての異物である。妻が異物を祟る前に、私が祝(ほう)ってやらねばならない。
「ところで、明日の献立はなにかな」
「……まだ決めていませんけど」
「美味しいそばが食べたいなあ。焼酎にあいそうなやつ」
「はい!腕によりをかけますね!」
機嫌を良くしたのか、妻は私の肩に寄りかかってきた。器用にだらしなくコントローラをつついている。テレビでは貧乏神をモチーフにしたキャラクタが暴れている。ブラウン管に映るドットは荒い。
この家にはHDMIの映るモニタも新型のゲーム機もない。ただ古びた二十世紀の遺物だけがある。この家は外界とも人里とも隔絶した夫婦の聖域なのだ。そして私は、死ぬまでここから出られることは叶わないだろう。「外」に捨ててきたものもいくつかある。
失ったものを数えてみると、思いの外、多い。
数えるのに疲れてくる。
何気なく妻の肩に腕を回した。
そしてそのまま、自分の顎を撫でるように無心で撫で回していると、妻は吐息をもらして軽く震えた。
なんだかどうでもよくなってきた私は、コントローラをポチポチとつつき、
「あーっ!ひどーい!ひどいですっ!!」
「悪く思うなよ」
と、貧乏神をつけてやった。
しばらく前に里の方でも本物の貧乏神が暴れていたらしいが、きっとそいつも、なんだかんだと周りを幸せにしていったのだろう。
>>138
そのうち、何かなくしたのは分かるが。なんなのか思い出せなくなって
ついには思い出せない事があるという事実すら忘れてしまうのだろうな
そうなればそうなるほど、東風谷夫妻の仲が睦まじくなるのが
見ていて辛いけれども、幸せそうでよかったとも思えてしまう
次より、まだらに隠した愉悦の15話を投稿します
その後上白沢夫妻は、○○から頼まれた通りに。永遠亭へ、件のけばけばしい服と一緒に。
○○の手紙も一緒に持ち込んだ。
手紙の内容は残念ながら見せてくれず、すぐに蜜蝋で封印を施されてしまった。
気にはなるが、そこは我慢した。
それよりも永遠亭にそれらを持ち込んだ際にてゐから投げかけられた、痛い視線の方が。余程心に残った。
鈴仙はどうなのかなと、若干の怖いもの見たさで視線を寄こしてみたら。
「あははー」と笑うだけであった。それだって随分と乾いた笑いである。
つまるところ、稗田夫妻とはあまり関わりたくないのだ。
まぁ、その気持ちは理解できる。むしろ理解できるぞと、手を取って何度も上下に振ってやりたいぐらいであったが。
そんな事をしたのが稗田阿求に知れたら、彼女は自分を○○の周りを彩っている演者の1人に数えてしまっている。
こちらは首を縦に振った覚えなど全くないのだけれども、だとしても稗田阿求は自らの考える舞台の完成度にしか興味が無い。
それをぶち壊しにするような真似は、たとえあの上白沢慧音の夫であっても許されないだろうし……
それ以前の問題として、私が不用意に女性の手を握れば。
それすなわち、妻である慧音の機嫌が悪くなる。
第一、上白沢慧音と稗田阿求は。
遊郭に対する敵対意識――不快感だけで動かれた方がマシだ――により、強固な同盟関係にある。
つまり一線の向こう側でも、特にこの二人はおかしいと見てよかった。
上白沢の旦那は、自分の妻である慧音に『おかしい』等と言う表現を脳裏だけとは言え使った事に恥じ入る物があったけれども。
……仮に妻の慧音が、何かおかしな事をしでかしたとしても。
相当な事でない限りは、稗田阿求は擁護に回ると断言できた。
ましてやそれが、上白沢夫妻の間だけで完結するならば。
下手をすれば、その何かおかしな事は、表にすら上がらないで終わってしまうであろう。
「どうした?妙な顔をしているぞ」
全く、自分は自らの意思とある程度の打算があったとはいえ。とんでもない危険地帯にいるんだなと1人ごちていたら。
妻である慧音が声をかけてきた?
「いや?手紙の内容が気になるのと、何か○○に振り回されてばかりだなと言う気分でね」
無論、この旦那は事実を。今まさに考えている事を明るみには出さないが。
かといって、言葉に出している事も嘘では無かった。
天狗のブンヤみたいな真似がうまいなとも感じたが、嘘では無い以上は、後ろめたさも無い。
それに慧音と一緒になった時に考えていた打算も、少しは実行させてもらった。
不意にこの旦那は、妻である慧音の手を握った。
「ああ、稗田夫妻がやったみたいな。ようかんをあーんってのは、さすがにそこまでは……」
だが○○程開き直れない自分の甘さと言うか、弱さも同時に感じた。
稗田阿求と○○夫妻の関係、延々と続く親鳥とヒナ鳥の関係をもっと酷くした。
そもそも成長を許されていないヒナ鳥と言うのは、自分だって同じなのに。
しかし、中々嫌な事を考えながらではあったが。
「うん?いやまぁ、私はお前が望めばそれぐらい……ああ、いや。お前はもう少しかっこつけたいよな」
上白沢の旦那が、妻である慧音の手を握ると。急に機嫌が良くなった。
今の機嫌の良さと比べれば、妙な顔をしているぞと言われた時の声にあるトゲ、遅れてだがそれがはっきりと認識できてしまえた。
何故先ほどの慧音が、若干機嫌が悪かったのか。それぐらいこの旦那は理解できる。
永遠亭と言う、別嬪の宝庫に短時間とは言え足を踏み入れたが。
無論、何か病気でも抱えたならば。この妻、上白沢慧音は半狂乱ともいえる姿で担いで行ってくれるだろうけれども。
それ以外では、置き薬を定期的に持ってきてくれる鈴仙にすら、会わせたくないのだろう。
思えばその通りだと、認めるしかない。
置き薬を鈴仙が持ってくるのは、確実に渡せると言うのもあるが大体が放課後の寺子屋だ。
そう言う時、どんな面倒くさい仕事をしていても慧音は『私が処理する!』と言って。
こちらの返答すら聞かずに、向こうに行ってしまう。
……冷静に考えれば、『処理』と言う表現も若干不穏な物を感じる。
やはり同盟関係の稗田阿求以外の女性は、夫でも持っていない限りは不安材料なのだろう。
女性と言うだけで、そうなるのだ。
……まぁ、八意永琳は――あくまでも慧音にとって――もう大丈夫だろう。
書生君を、狂言誘拐に付き合ってやったことで、随分うまく(?)取り込めたようだから。
「一番気になるのはあの手紙の内容だ。八意女史の返答もよく分からん」
堂々巡りになりそうなので、上白沢の旦那は――打算の行使も含めて――更に妻である慧音に寄って歩いた。
「うむ、そうだな『24時間以内に暫定値を届ける』これだけ言えば、理解してくれるとしか言わな方からな」
慧音は旦那の疑問に同調しながらも、旦那の腰に手を回した。
普通逆だろと思わなくも無かったが、いつだか東風谷早苗は、幻想郷では常識に囚われてはいけないとぼやいていた。
なるほど確かにその通りだ。ならば稗田夫妻も、常識に囚われずに見るべきだ。
「ふん、良いさ良いさ。○○から聞き出せばいい。ここまで付き合わせて、詳細を知らせない何ぞ、許さん位の勢いで相手するさ」
ならば自分も少し、常識に囚われずに強気に行ってみるか。
何だか妙におかしくなって、上白沢の旦那は笑いながら。それでも打算は行使し続け、ついでに人目も無いから。
若干、妻である慧音に抱きつくようなかたちであった。色々な部分に手が触れるが、慧音は問題にしなかった。
「私はお前に、隠し事なんて何もしないからな。ずっと守れるぐらいの気概を持っているさ」
それよりも、磁石で砂鉄を引きつけるかのごとく。慧音は自分の旦那を――包み隠すように――抱きしめ返した。
八意女史からの――きっと外出身ならば分かるのだろう――24時間以内に暫定値を出すと言う返答を伝えに。
一度稗田邸に戻った時。
「遅かったね」
○○は稗田阿求から膝枕を受けながら、何かまた違う報告書を呼んでいた。
「やれやれだよ……」
さすがに上白沢夫妻が戻ってきたら起き上がってくれたが、この言葉が報告書の中身なのか自分たちに向いているのか少し分からず。
自分たちに向いていたら、流石に声を荒げてやろうかと思った折。
「俺はあの息子に、恨まれるかもしれない」
そう言いながら、報告書を渡してくれた。
報告書とは言っても、それは紙一枚で済む文字の量であったが。簡潔すぎてむしろ残酷であった。
○○が見せてくれた報告書は、件の依頼人の息子。
その息子が、遊郭にどはまりして高利貸しにすら足を延ばした友人たちを助けようとしていたが。
それが遂にほぼほぼ、叶わなくなった事の報告であった。
早い者では、今夜中に。
一番遅い物でも、ひと月の間に返済が滞った額が、ある水準を超えたら。
高利貸しに属する、屈強な連中との『お話』をせねばならないそうだ。
稗田の裏稼業である高利貸しは、市中の情報が欲しいだけで利益はそこまで求めていないが。
それ以外はそんなに優しくない。
「あの息子の邪魔をしなかったら、俺があの息子を調査しなかったら。友人の何人かは『お話』を食らう前に
あの息子からぶん殴られて、真摯に相手をしてもらえたかもしれないが……
ああ、このまま行けば。あの息子が助けたかった友人は全滅だ。恨まれるかもな」
「自業自得だ」
○○が依頼人との約束を果たす為に、皮肉にも依頼人の息子の正義感を完遂できなくしてしまった事に心を痛めていたら。
慧音は吐き捨てるように言った。どうやら遊郭の次に嫌いなのは、そこを利用する客のようだ。
「八意女史からの返答だ『24時間以内に暫定値を出す』との事だ。意味は外来出身ならわかるとも言っていたが」
若干気分を悪くした慧音は、早く帰ろうと。早口で言い切った。
「ああ……十分だ。ご足労掛けて申し訳ない」
○○も意を察して、少しかしこまった。
「次は三日後の午後二時に来てくれ……それまでにあの息子は気づくかもしれないが。依頼人が仕事で、息子が休みの日。
あの息子は慎重だから……永遠亭に持ち込んだアレを使うとなれば。三日後のはずだ」
そして次の日取りを教えてくれた。その日にすべて終わる予定のようだ。
だが、大団円は最早望めない。かの息子の友人殆どの破滅が約束されたのだから。
「じゃあ、我々はこれで」
そう言って慧音は、足早に去ろうと。旦那の方の手を引いた。
時間も時間だから、おかしくは無いが。急すぎる。
ふっと、例の息子の友人について考えてしまった。
○○には稗田阿求、自分には慧音、例の息子には鬼人正邪がいる。
それと、普通では無いのかもしれないが強く結びついている。そのお陰で『愉しめた』事は一度や二度では無い。
ならば、例の息子の友人、遊郭に足しげく通った例の息子の友人達から見たら。
自分たちはどのように見られているであろうか……
少しだけ考えたが。答えを出した所で、何か問題があった所で。
それはどうにもできないことに気づいた。
だがどうにも出来ないという事を、あまり考えたくなくて。
その日は夕食の後、慧音に少し抱きついてみた。
本当に自分の体は因果な体だ、その気になりやすくて分かりやすい。
「実は私も、稗田夫妻を見ていたら熱が上って来てな」
幸い慧音もその気だった。
根本はだいぶ違う気もするが、構う物か。打算含みなのは、最初からだ。
続く
>>143
どうにもできないことだらけだと、何も手につかなくなって、寝ることさえできなくなってしまう
だから眠れるようになるまで一緒に居てくれる相手がいることはありがたい……
せーらんにせーらん自身の耳で手首を縛られてつれてかれそうになったけど、別に耳を千切ったわけじゃないからお互いどうにも動きづらくて意味不明な状況に陥る夢をみてしまったのでご報告です
>>143 の続きとなります
絶望と言う感情が、果たしてどのような異常を体に及ぼすか。それをこの男は、幸いにもまだよく分かっていなかったが。
まさか友人たちが次々と、酷い物では白昼堂々と明らかにカタギではなさそうな屈強な輩から。
両脇を抱えられて何処かに行ってしまった時でさえ、心痛こそ覚えたが。その日の残りの作業に支障は出なかった。
けれども今のこれは。
今日は休みであるけれども、残りの一日を全部横になって過ごしたとしても。それでもなお、明日の予定に支障が出るなと理解してしまっていた。
男は高そうな桐箪笥(きりだんす)を、その中の引き出しの1つを開け放したままにしながら。
ペタンとへたり込みながら、ヒラヒラと舞い落ちたかのように床に落ちている、一枚の紙切れを見つめていた。
その紙切れには短いながらも丁寧な文章が書きつけられていた。
男はその文章の中身をもう一度確認するように、紙切れを手に取ったが。その手は震えていた。
この男から平常な精神はおおよそ奪われてしまっていた。
拝啓、突然のお手紙と君の宝物を預かってしまった事をお詫びする。
もう気づいていると思うが、私は稗田○○だ。永遠亭でお会いしたから、いくらかの予測はつけてくれていると思う。
実は君の母上から、君が深夜に帰ってくるような生活習慣を取るようになっただけではなく。
喧嘩の後と思わしき、血まみれの状態で帰ってくることを。君の母上が大層気にしていた。
なので、どのような秘密の生活を持っているのかの調査を依頼された。
間の過程は省くけれども、君が一体誰と通じているのかは、もう知っている。
このままでも構わないと思う気持ちはあるけれども、依頼の事もある。
どのように転ぶにせよ、話し合う必要がある。
人質を取るようで申し訳ないが、確実を期するために、桐箪笥の中に隠していた宝物は預からせてもらった。
君がこの手紙を見つける日は恐らく×日だろう。(間違ったらすまない、けれども丁重に預かる事は約束する)
その日の午後二時半に、稗田邸に来てくれないか。裏口に回れば、私が出迎えよう
稗田○○より
追伸 キラメンコ事件の事を聞いたよ。上白沢先生の近くに隠しておけば、乱暴者もそこだけは怖くて手を触れない。
なるほど、上手い考えだ。君の母上が、ハレの日の着物は普段は手を触れないのと同じ理屈か。
さほど長い文面では無いのだけれども、○○から残された手紙を。
この男は十回以上読めるぐらいの時間、手に持ったままで微動だにしなくなった。
さきほどこの手紙を、地面から拾い上げる際には随分と震えていたのに。感情が一周回って、今は起伏が無い状態なのだろうか。
そのまま、馬鹿みたいにゆっくりとした動きで。男は壁に掛けられた時計を凝視し始めた。
時刻は現在、11時を少し過ぎたころだ。
まだ、この手紙を書いた張本人。○○からの、稗田○○からの、あの九代目様である稗田阿求の夫からの。
指定された時間には、まだ三時間以上存在していた。
その事実を確認すると、この男は、また急にガタガタブルブルと言った様子で震えだして。
歯もギリギリと鳴らし始めた。
「余計な事を!!」
感情の昂ぶりが頂点に達したとき、男は叫んだ。
と言うよりは、叫ぶ以外の事が出来なかった。
依頼人の自宅で、その息子が大いに感情を爆発させてからしばらく経った。
○○は別にその場面を見ていないが、もしかしたら依頼人の息子が、感情を抑えきれずに乗り込んでくるかもと。
半分は懸念であったが、もう半分では期待もしていた。
けれども射命丸から借りたカラスからの偵察では、あの手紙の事には気づいたようではあるが。
乗り込んでくる可能性は無いようであった。
安心半分と、待つのかと言う気持ちが半分であったが。
より待たされていると言う気分は、あの息子の方だろう。
カラスからの報告では、部屋の中を行ったり来たり。玄関から外に出たかと思えば、また入って行くと言った感じだそうだ。
苛立ちは間違いなく溜めているし、それを聞いた時の阿求が引き出しから物騒な飛び道具――回転式拳銃(リボルバー)!?――を取り出して。
中に弾を込めだしたときは、流石に後ろから抱きついて止めたが。
「ご心配なく、永遠亭に作らせたゴムを打ち出す道具ですから。余程の急所に連続で叩き込まない限りは安心だと聞いてます」
一瞬、ああそうなんだ。思ったよりは安全で良かったと、考えて手を放しかけたが。
例え非殺傷武器の代表格とも言えるゴム弾でも、当たれば痛いし、骨の一本ぐらいは上手くいけば折れてしまう。
それにどうやらこいつは、火薬の力で打ち出す方式のようだ。
空気圧であってもやばい事に変わりは無いが、火薬の大音響はきな臭さに拍車がかかる。
「いやいやいや」
とにかく阿求の手からは、例え非殺傷武器であろうとも持たせたくなかった。
おまけに手慣れた感じも恐怖を助長させた。何かあれば躊躇せずに、弾倉の中身を全て浴びせ倒しそうな雰囲気があった。
もし今、あの息子が鬼人正邪からの贈り物を取り上げられた怒りで乗り込んできたら。
阿求はやるだろう。多分では無く、絶対に。
なので抱きついたままではあったが、上手い言い訳が中々思いつかなくて。頭の中がグルグルと駆け回っていたら。
ようやく、上白沢夫妻の姿が脳裏で通り過ぎてくれた。
「そこまで物騒な話にはしたくない。火薬の音を、花火でもないのに。しかもこんな昼間の室内で……
それに、上白沢夫妻に来てほしいと言ったのも。何かあればあの2人の方が。
特に上白沢先生の腕っぷしが良いだろうから」
だから、そんな物騒な物はしまって欲しいと言うのを表現するように、ゴム弾を打ち出す銃を取り上げようとしたが。
阿求はなかなか手放してくれなかった。
……あの息子が、鬼人正邪の服を使って『そう言う事』をしていたり。
そもそも鬼人正邪本人と『そう言う事』をしている事が、永遠亭からの解析結果で分かったと言う事実を。
本人はともかく、どうやって依頼人に話せば良いのかが分からなくて頭が痛いのに。
この期に及んで、阿求が凶器を振り回す場面は御免こうむりたかった。
「阿求、多分あの息子が何かやるとすれば、俺に向かうだろう。何かあった時、俺がそいつを突きつければ、嫌でもすぐに分かるだろう」
「……言われてみればそうですね」
結局、○○自身が護身用として。ゴム弾発射機を持っておくという事で、阿求は渋々渡してくれた。
納得はしていないだろうから、上白沢夫妻が来たときに阿求を最悪の場合は止めてくれと頼むしかない。
「よぉ」
「ああ、来たね。後出しですまないけれどもあの息子は二時半に来るよ」
「それは良いさ……所で何か、物々しくないか?」
「はははは」
二時になって上白沢夫妻が来たとき、ちょっとした世間話から始めたかったが、旦那の方がすぐに気付いてしまった。
「随分と、あの息子の事を挑発してしまった形だからね。あの友人たちも全員、高利貸しにとっ捕まったよ
そう、だから……阿求が随分と心配してくれてね。出来れば使わないように動きたいけれども」
ゴトンと、回転式拳銃を机の上に置いた時。上白沢夫妻も、さすがに息を呑んだ
中に込められているのはゴム弾とは言え。火薬を使っている以上、丈夫にするにはどうしても。
重くてゴツいものになってしまう。
「俺はこれがあるから、護身は何とかなる。申し訳ありませんが上白沢先生、阿求に何も無いように隣について頂けませんか?」
とは言うが、これは方便だ。
阿求の事だ、回転式拳銃がもう一丁ぐらい。用意してないはずがないぐらいの考えでいた方が良いだろう。
「……そうだな。さすがにそんな物を振り回すぐらいの話にはなってほしくない」
さすがに上白沢慧音も、阿求と同じ側にある存在とは言え、銃が持つ迫力には気圧されてくれた。
中身がゴム弾とは言え、最初に拳銃を見せたのは効果的だった。
いわゆる平和的解決としての弾幕ごっこの雰囲気は、この拳銃からは読み取れない。
あとはあの息子が、暴走しない事を祈るのみだ。
永遠亭から、鬼人正邪の服はもう返してもらっているから。最悪それを交渉材料にすればいい。
……最初から交渉材料にしているとは、あの息子の立場ならば断じてしまいそうだけれども。
「二時十五分か……」
上白沢夫妻に来てほしいと言ったのは二時、あの依頼人の息子に来てほしいと言ったのは二時半。
最大でも30分しか時間は無い、お茶を飲んで一息つくよりも気を張り詰め続けた方が良いと。
別に誰が言うでもなしにそう考えたのか、目の前に急須と湯飲みはあったが。誰も手に取らなかった。
「そういえば」
不意に上白沢の旦那が声を出した。
「あの依頼人に、今日、自分の息子がお前に……稗田○○に文句を言いに行くと言うのは教えているのか」
「教えていない」
○○の質問に対する返答は、完全に即答であった。まったくの逡巡も無かった。
「……そうか」
上白沢の旦那はやや、何かを言いたそうな顔つきになったが。
「まぁ……仕方がないのかもしれないな」
すぐに理解してくれた。あの依頼人の、『稗田』に対する信仰心を思い出してくれたのだろう。
「そろそろ裏門で出迎えてくるよ」
その後、また緩慢な時間が……と言う訳にはいかなかった。もうずいぶん時間は押し迫っている。
待たせるのも悪いからと思ったのだろう、○○は立ち上がって出迎えに向かおうとしたが。
「○○、ちゃんと銃は持ちましたか?」
もう○○にゴム弾とは言え銃を持たせようとしているのは、○○としても諦めの感情ではあるが。
阿求が付いて来ようとするのは、せめて止めたかった。
口には出さなかったが、いつも見慣れている阿求の衣服の一部が、重そうな物が包まれて膨らんでいるのを○○は見逃さなかった。
それがどうしても、○○からの返答を一泊以上遅らせる結果となってしまった。
「俺が行こう。慧音は残ってて。九代目様の近くにいた方が良い。あの息子は苛立っているはずだから、余り仰々しいと……」
幸い、上白沢の旦那が反応してくれた。
「助かるよ」
二重の意味で、助かる。上白沢慧音ならば護衛としては最上であるが。女性的な魅力も最上であるのだ。
そんなのを横に連れたら、いやそもそも連れる事が出来ない。
阿求がそんな、そんな隙を。見逃してくれる物か。
東風谷早苗に協力を依頼する時だって、努めて確認しなかっただけで後ろから護衛が尾行していたはずだ。
その証拠が、いやに迅速に配備された人力車だ。
それぐらいの事は、見なくても理解できてしまっている。稗田阿求を嫁にしているのだから。
「ああ、そうだな」
ただ気になるのは、上白沢慧音の視線が目まぐるしく。夫や○○や阿求の方を移動していた事か。
返答もやや早口だ、先日の折に遊郭の話題が出て機嫌を悪くした時と似ている。
ただ、銃すら(中身が非殺傷弾とは言え)持ち出し始めた阿求を一人にするのが不味いとは、考えてくれた。
「すぐに戻る」
上白沢の旦那も気になったのか、こう付け加えた。
「そうなってほしいよ」
しかし慧音の機嫌がやや悪いのは、この言葉で確定されてしまった。
「急ごう」
阿求は銃すら持ち出したし、慧音の機嫌も決していいとは言えない。
上白沢の旦那は焦燥感をやや覚えながら、早足で行ったが。
途中で依頼人と鉢合わせした。しかしこれは、もしかしたら必然かもしれない。
○○に依頼をして、常日頃の付き合いを考えれば上白沢夫妻が何らかの協力をするのはすぐに考えつく。
夫妻ともに度々足を運んでいれば、そして自分が依頼人だと分かっているから。
気になって辺りをうろつくのは仕方がない。
「君の息子に来るように言った。そろそろ裏門の近くで俺を待っているはずだ」
○○もややめんどくささを感じたが、何も言わないでおくのも良くないと言えば良くない。
素直に喋ったが、簡単過ぎた。そして返答も待たずに○○と上白沢の旦那は二人でそとにずんずんと、向かってしまった。
「やぁ、永遠亭の病室で会って以来だね」
「……」
裏門にたどり着いた○○は、思い切ってその戸を開け放ったら。依頼人の息子は、真ん前で仁王立ちのような姿で待っていた。
しかし○○は臆せずに、笑顔で応対した。
「お茶菓子の用意もしてあるんだ。すぐに出すよ……それよりも立ち話もなんだから、中に入ろう」
むしろ笑顔の度合いがきつすぎて、嫌味ったらしさが出て来てすらいるが。
上白沢の旦那はその嫌味ったらしさに、この息子が切れて飛びかかる事よりも。後ろ側を気にしていた。
「○○、依頼人が追い付いてきた」
「そうか……」
○○が少しばかり唸った。やはりそっちの方が面倒だと思っていたようだ。
しかし○○はへこたれないと言うか、すぐに、この面倒くささすらこの息子を動かす為の材料にし始めた。
「君のお母上からの横槍は、酷く面倒だろう……私も面倒だ。話がうまく進まなくなる。さぁ、中へ」
「クソッ……」
汚い言葉だが、この息子は歩みを進めてくれた。銃も使う必要は、今のところは無さそうで安心だ。
この息子が付いてくる意志を見せるとすぐさま○○はクルリと振り返り、依頼人の方に向かった。
「息子さんと、少し話し合いをしてきます。ご安心を……預かった物を返すのが殆どの用向きですから」
○○よ、お前の言葉は少し組み立てがおかしいぞと言いたかったが。
厳粛な面持ちの○○には、稗田に対する信仰心の厚いこの女中は、息子の方を何度も見やるが。
「そう、悪い結末にはならないはずだ……ええ、ええ。阿求とも話し合って、妥協点を見つけようとしますから」
稗田阿求の名前を出されたら、この幻想郷ではそう簡単に覆せるものでは無い。
しかし、○○は自らの妻の名前を出したとき。体に妙な力がこもっていて。
悔しげな感情をしているように、上白沢の旦那には見えたが。それは見間違いでは無いだろう。
オロオロとする依頼人に対して、○○は大丈夫だからと何度も言ったおかげで。
随分と後ろから付いてきたが、さすがに○○と阿求の部屋までは付いてこなかった。代わりに物凄く深いお辞儀はあったけれども。
きっと見えなくなるまでやっていたのであろう。
「阿求、例の物を彼に返してあげて」
部屋に戻った○○は開口一番そう言った。
阿求は何も言わずに例の物が収められている場所に向かったが、しずしずと等と言う雰囲気では無かった。
どうにもピリピリした空気にあてられていた。
第一、部屋に入った時に。阿求は立っていた。座って待つことに耐えきれなくて、飛びだす寸前だったようだ。
もう少し依頼人の相手をしていたら、危なかっただろう。
非殺傷のゴム弾とは言え、阿求も回転式拳銃は持っているはずだから。
最悪盾になろうかと○○は思ったが、それはそれで阿求の怒りが更に燃え盛る。○○は視線を巡らせて、座布団の位置を確認した。
まともに当てられるよりは、マシになってくれるはずだ。
「どうぞ」
ポイっとは投げ渡さなかった。鬼人正邪の興味と言うか、そう言う事まで出来てしまえる感情が、○○には向いていないから出来る芸当だろう。
思ったよりは、上手くいきそうであった。
「どこまで知っている?」
阿求から手渡された、けばけばしくて下品なぐらいの派手な衣装を検めながら。この息子はようやく口を開いた。
「君が鬼人正邪と通じている事も含めて、ほぼ全部」
息子の口から、深いため息が漏れた。
「もうこの際だから、こちらが有利に立つために全て把握しているぞと言ってしまうね」
しかし○○は手を緩めずに、二枚の封書を渡した。
投げ渡さずに、相手の近くに差し出す形だ。これなら阿求も刺激しないだろう、○○が雑に事を運べば。
阿求も、夫が嫌いなら私も嫌いと考えて。雑になってしまいそうだから。
「永遠亭にね、その衣服を色々と調べてもらったんだ。それから……」
○○は、この依頼が持ち込まれる前に。愛犬と一緒に散歩していた時、鬼人正邪が倒れていた場所を口に出した。
その場所は上白沢の旦那も良く覚えている。偶然、散歩の際に出くわしたので、折角だから一緒に歩いていたからだ。
その事を口に出した際、この息子は封書の一枚目を読んでいたが。
「――ッ!?」
急に真っ赤な顔つきになって、興奮も含めた種々の感情で体を震わせていた。
「大丈夫だ、こっちの言う通りにしていれば。君の母親にもその事は言わない……けれどもここにいる者達は把握している」
そう言いながら、○○はこの息子にお茶とお茶菓子を供した。
これでも口にいれて、落ち着きなさいという事らしいが。そんな気分にはなれないだろう。
この息子は、震える手で二通目の封書を読みだしたが。すぐに泣きそうな顔つきに変わった。
「そう、全部知っている」
上白沢の旦那は、まだ何も知らないのだがなと腹の底で愚痴ったが。まぁ、教えてくれるだろうと言う信頼はある。
実際、言ってくれそうな雰囲気だ。
「君に返却したその派手な、遊郭で使いそうな衣装からも。
人里の端っこの方の、とある場所。その両方から君の体液が検出された!永遠亭のお墨付きでね!」
上白沢の旦那にだって、○○の言いたい事は分かる。
つまりこの息子は、鬼人正邪と一緒に人里の端っこで、しかも野外で。
喧嘩じみたやり取りをしながら、くんずほぐれつ『愛し合う』だけではなく。
鬼人正邪から寒くないように掛けてもらった、あの派手な服を使って。
己で己を慰めるための、『ちょっとした』道具としていたのだろう。
かなりおかしなやり取りではあるけれども、天邪鬼が相手だと考えれば……
傍から見たら喧嘩っぽい方が、下手に愛の言葉をささやかれるよりも、自分に対する執着を確認できるのかもしれない。
続く
妹紅「今日も仕事なのか?」
妹紅「離れているのが辛いんだ。ずっと隣にいてくれないか?」
妹紅「そうか、親御さんから受け継いだ大切な居酒屋だもんな。放っておくわけにはいかない、か」
妹紅「それなら、私も○○の店で働かせてくれないか」
妹紅「ああ、でも、外回りしてる時間の方が長いんだったな。それなら私も裏方に回った方がいいか」
妹紅「経験のない奴にそんな重要な場所任せられない?」
妹紅「理解はできるが、悲しいな」
妹紅「というわけで、私も焼鳥屋を始めてみることにした」
妹紅「いやはや、毎日が失敗続きだよ。○○が私と一緒には働けないと言った理由がよく分かった」
妹紅「でも、私は諦めないからな」
妹紅「だいぶ店が軌道に乗ってきた。そろそろ私も一人前の商売人と言っていいだろう」
妹紅「店は人に譲ろうと思えばいつでも譲れるようにしてあるから、私はいつでも○○の店に移れるぞ」
妹紅「『まだそんなこと言ってるのか』って、私は最初からずっとそのつもりだぞ」
妹紅「これでもダメなのか?」
妹紅「○○の居酒屋、資金繰りが悪化したそうじゃないか」
妹紅「さて、ここに居酒屋を一件維持するのに十分な額を稼いでいる焼鳥屋がある」
妹紅「○○の店、私が買い取るよ」
妹紅「○○はこれからも親御さんから継いだ店を続けて良いんだ。帳簿は私がめくるようになるだけさ」
妹紅「そうかそうか、これからは公私ともに宜しくな、○○」
>>152
○○の側が、耐え忍ぶ性格だから何も言わないけれど
妹紅、○○の店が苦しくなるように動かなかった?都合がよすぎる物
次より、まだらに隠した愉悦の最終話を投稿いたします
「けれども、1つ教えてほしい。これだけはどうしても掴めないんだ……鬼人正邪とはどうやって知り合った?」
鬼人正邪との密会場所での秘め事はおろか、鬼人正邪の来ていた衣服を用いて。
自らの体液をぶちまけるような事まで行っていた事を、永遠亭の力まで借りて看破されてしまったのだ。
稗田○○が、そして永遠亭からもお墨付きがある以上。彼にこの――そもそも全くの事実だからどうしようもない――状況を否定する材料は存在しなかった。
今の彼の頭の中では、鬼人正邪との秘め事に関する記憶ばかりが、走馬灯のように駆け巡るばかりであり。
先ほどの稗田○○からの質問である、鬼人正邪とのなれ初めはどこから始まったと言う部分は。
その最初から最後まで聞こえていなかった。
「ふぅん……固まっちゃったね。仕方がないのかもしれないけれど。まさか衣装を相手に『何』してたまでバレてたとは思わなかったはずだから」
稗田○○は、うんともすんともいわなくなった――鬼人正邪の服は落とさずに――彼を横目でやりながら上白沢の旦那に向かったが。
上白沢の旦那からすれば「ちょっと可哀想になってきたぞ、手心を加えろ」これ以外の感想はほとんど出てこなかった。
「うん……やり過ぎたかな?手心は、これから加えるよ」
「そう思っているなら、そのにやけ面を少しは締まらせろ」
……ややもすれば。この手心とは、鬼人正邪にも妻以外の女性にも向いているから。
そう、本来であればこの。一線の向こう側にいる女性を伴侶としたこの二人の男性にとっては。
いらぬ騒動や、被害を出してしまう。軽率にも程がある言葉なのだけれども。
よくよく中身を分析すれば、そうはならないと。一線の向こう側について好意的に思って、付き合っているからこそ。
その際どい判断が正確に出来るのでもあった。
この時、上白沢慧音が二通目の封書を見ている事も大きかった。
その二通目の封書には、鬼人正邪との密会場所に飛び散った物の鑑定結果が記されている。
稗田阿求はそもそも二通とも正確に把握している。
「つまり、彼と鬼人正邪は。野外で?したのか?」
慧音が若干気圧されながら、疑問文をつぶやく。だが怒りや暴走の気配は存在していない。
「なかなか度し難いですね。まぁ、迷惑を掛けなければ別に」
阿求も度し難いなどと言うが、十分に冗談の範囲内の声色だ。ただ迷惑の範囲に関しては、自分たち夫妻の身と、実に狭いのだけれども。
けれども、稗田阿求にせよ上白沢慧音にせよ。実に穏やかな気持ちでいられる。
それは、鬼人正邪はこの男性と『そう言う事』をかなりの頻度で行っていると断言できるからだ。
鬼人正邪に、天邪鬼的なやり方とは言え惚れている男がいる以上。
鬼人正邪が、自分たちの夫に『そう言う意味』でちょっかいを掛ける心配はなくなったも同然なのだから。
ある程度の手心も、容認や黙認の対象になってくれるのだ。
お尋ね者であるから、何かの騒動に巻き込まれる可能性はなおも存在はしているけれども。
旦那を取られる、あるいは誘惑される可能性こそが。
稗田阿求と上白沢慧音、一線の向こう側にいる者達は女性が旦那へ色目を使う事こそを恐れているし。
旦那に対する色目や誘惑の方にこそ、苛烈になってしまうのだ。
「まぁ、時間はあるさ……依頼人、あの母親ならいくらでも止めておく」
○○は何の気なしに、今度はちゃんと自分の手で甘味を食べながら、目の前の彼の母親の事つまりは依頼人の事を口に出したら。
やはりそこが、母親に鬼人正邪との仲がバレると言う部分が。目の前の彼にとってのいわゆるアキレス腱であったようで。
○○が声を掛けたり、上白沢の旦那が推理や捜査を楽しんでいる○○に非難含みの声をかけたことも全く聞こえていなかったのに。
○○が母親の事を口に出したら「頼みます!それだけは、母にだけは黙っていただきたいのです!!」
と、全てが知られてしまった事に対する呆然とした表情よりも更に酷い。青ざめた顔での絶叫になってしまった。
いや文章の上では彼の為にいくらでも止めると言っているけれども。
きっと、聞こえたとしても信じなかっただろうし。
「そんなに叫んだら、聞こえてしまうよ。まぁ、落ち着きなよ。ひとまず質問に答えて欲しいんだ」
だいたい、○○の話の展開方法は。本人にその気がなくとも、上白沢の旦那から見れば脅し含みにしか見えなかった。
可哀想に鬼人正邪とつながっている彼ときたら
「はい……はい……いか様な事にでも答えます」相変わらず青ざめた顔のままで、殊勝になってしまった。
しかし○○は本当に悪気なく、脅す気も無く。ただただ、自分の知らない事実を知りたいだけでしかなかったのだ。
だから余計にたちが悪いと、上白沢の旦那は見ているけれども。
とにかくいえる事は、○○にばかり喋らせたら。目の前の彼の憔悴が深くなることだ、これだけはすぐに断言できたから。
「君は鬼人正邪と、どういう経緯で知り合ったんだ?それだけは教えてほしい」
質問のやり直しは○○では無くて、上白沢の旦那が行った。
「少し長くなります」
「構わないよ、時間なら気にする必要はない。お茶とお茶菓子も、食べながら出構わないから」
上白沢の旦那が勝手に司会進行を担ってしまったが。稗田○○は特に問題視せずに、傾聴の構えを取っている。
妻である稗田阿求は、面白くないと言う顔をはっきりと上白沢の旦那に向けたが。夫である○○が気にせず大福を食べているので。
少しため息をつきながら、お茶をすすっていた。
幸いにもこの旦那の妻である慧音が、稗田阿求を宥めたので。渋々と言う部分はまだ残っているが、首を縦に振っている。
「私の友人達……彼らが今どうなっているかは分かりませんが」
話し始めは、やはり遊郭に馬鹿みたいなはまり方をした、彼の友人達から始まった。
高利貸しによって、ついに連れて行かれたあの友人達。
その事を話したとき、彼が○○の方に若干強い目線を唸りながらやったが。すぐに引っ込めて、上白沢の旦那の方に戻った。
手鏡がここに合ったら、稗田阿求の方を確認していただろう。相当強い目線で、稗田阿求が彼の事を威嚇したのは火を見るよりも明らかだけれども。
「友人達の変化に気付いたのです……朝から随分と、寝起きで気力が上がらない以上に、フラフラしたような動きでしたし
そう、何だか寝ていないような動き。まぁ遊郭に通っていましたから実際に寝ていないのでしょうけれど。
そしてイソイソと何処かに急いだり、そうかと思えば気の強い発言。俺はモテるんだと言うような驕った発言が多くなっていきましたし。
何よりの変化としましては。
私に対しては女の落とし方や扱い方等と言う下卑た話題が多くはなりましたが、以前と同じように警戒心は互いにありませんでしたが
友人同士で不意に一緒になった際には、明らかに互いが互いを……あの時の私は事情を何も知らなかったので
喧嘩等と言った、いわゆる酷い事態にこそなりませんでしたが
野良猫どうしのにらみ合い、縄張り争い。そう言った印象がすぐに浮かびました。
まぁ、元々が……あまり品の良くない奴だなとは思っていましたが。
それでもまぁ、ゲラゲラ笑いながらもそれはそれで仲が良いと思っていたはずなのに
一体なぜと言う感触は拭えませんでした。そして最初に気付いた、寝ていないかのような披露した姿に
女性に対してモテるだのなんだのと言う驕った物言い。それを思い出したので、友人たちを観察する事に決めました
友人たちの振る舞いに注目しだした所、何だか格好をつけすぎているような……
これと言った祝い事や記念日でもないはずなのに、妙に決めているなと言うことに気づきました。
そして友人の1人が、花束を持って。風流など解しそうにない性格のアイツが、花束を持って歩く姿を見かけたときでしたね
ああ、コイツは……と言うよりもあの友人たち全員が女絡みでおかしくなったんじゃと言う予測はすぐにひらめきました
しかも同じ女絡みで、喧嘩を始めそうになるまでその仲がこじれだしたのだと。
私は酷いほどにまでの脱力感を覚えましたが、それでもまぁ、少しは付き合いのある人間が悪くなっていくのを見るのは忍びなく
そのまま花束を持った友人を尾行する事に決めました。
そこで行きついた先は……もう稗田夫妻も上白沢夫妻もご存じのとおりで。遊郭街にございます。
私はそのまま花束を持った友人の尾行を続けましたが……あの甘ったるい演技声は癪に障りました。
尾行の終わりが見えるずっと前から、新しい客だと分かったのか。
周りの呼び込みどもが、私に甘ったるい演技をしながら、うちの店はどうだと言ってくるんです。
もちろんすべてに対して拒絶しました。私の目的はあくまでも、友人の悪い習慣が何かを確認する事でしたから
しかし花束を持った友人は、最初から向かう先を決めているからなのか、呼び込みには全部、袖(そで)を振っていましたが
拒絶とは程遠い感情でした。折を見てそちら側にも行ってしまいそうな雰囲気がありましたよ。
そしてついに、あの花束の届け先が判明した瞬間が来ましたが。
ようやく真相を知る事が出来たと言う喜びは一切ありませんでした。
ええ、何せ、あの引手茶屋には。様子がおかしくなった友人が全員居ましたから。
いや、予測は付けていたはずなんです。けれども全部当たってしまった時の落胆は生涯忘れないでしょうね。
幸いにもあの引手茶屋は、遊郭で遊ぶ客もいましたが。ただただ、1人酒をしたいだけの客の為の場所もありました。
私は友人たちに見つかるかもしれないと言う事にも気づかず、とにかく一部始終を見届けたくそこに入りました。
弱い酒をチビチビやりながらとはいえ、酒の力は徐々に私の感情を強くしていき。
汚い言葉ではありますが、『商売女』に何を。花束なんぞ、気取った物を持ち出してまで必死になっているのだと。
しかも他の物は花束より酷い。しっかりとは見えませんでしたが、金属製のアクセサリー?そう言った物を渡している者もいました。
友人達への憤りや呆れもありましたが、それ以上にあの商売女、あの時はアレが鬼人正邪とはまだ知りませんでしたが。
その気も無いくせに、ヘラヘラと笑顔のような物を振りまきながら、一応は私の友人達から金目の物や金そのものを巻き上げている姿に
今すぐ止めねばと言う思いが混みあがりましたが。遊郭街と言う場所を考えたら、カタギでは無い者が辺りを警護しているのは必定。
私がいました、1人酒客のための居場所も、仕事明けと思しき遊郭街の男性関係者らしき存在が。
甚だしい場合は、入れ墨を隠そうともしないものもいくらだっておりました。
皮肉にもそう言うカタギでは無さそうな証明を見るにつれて、私の頭は冷えて冷静になりました。
そしてとうとう、友人たちは遊女をそれぞれ引きつれてどこかに消えて行きました。
鬼人正邪は、友人達から貰った物の値踏みをしながら。そして当然の如く、花束は最もぞんざいに扱っていました。
分かりますよ、確かに食う事も出来なければ金目の物でもありませんから。けれども友人が余りにもあんまりだから。
そのまま飲食代を払って……女が世話をしてくれない場所の飲食代なので、思ったより安かったですよ。
同じものを飲み食いしても、女が世話するだけで何倍にも跳ねるのが妙におかしかったのを覚えていますよ。
すいません、少し話がそれました。
とにかく鬼人正邪に、あの時は正体を知らず、引手茶屋の女世話役以上には思っていませんでしたが。
とにかく一言だけでも残したかった。
幸い、女が世話してくれる入口から入った客でも、辺りを見回して、気に入らなければ出ると言う者はおりましたので
冷やかし客のふりをすればよかったのは助かりました。
私はズンズンと、鬼人正邪の前まで向かいながらも辺りを見回すふりをして。
最も近づいた時に一言だけ
さっきの男どもは、私の友人なんだ。友人をたぶらかすのはやめてくれ。
それだけを言ったら、そのまま踵(きびす)を返して引手茶屋を後にしました。
幸い、他の者にも誰にも咎められませんでした。妙な動きをするなぐらいには思われたかもしれませんが、どうでも良かったです。
どうせ、あの後はもう二度と行かないと決めましたから。
話が少しだけ、幕間に入ってくれた。
喋りとおしだった彼は、大きな息をついて。少し冷めてえぐみを持ち始めたお茶を一気に流し込んだが。
この際、冷めたお茶のお茶のえぐみは。気付けとして中々に有用だったのかもしれない。
「何かご質問有りますか?」
彼は、鬼人正邪と密通してしまった彼はすぐに、話を再開すると言う意思を見せてくれた。
「鬼人正邪はどうやって、君を調べたのかな?」
○○が答えた。相変わらずおもしろそうだと言う顔をしているが、喋りとおしで気持ちの昂ぶっている彼にはもう気に病むような材料では無かった。
「あの日以降私は、遊郭の女なんぞ結局は打算と金勘定で作られた存在だと、しきりに話しました」
「なるほど……鬼人正邪はあんな場所で結構働けるから、口はうまそうだ。遊郭通いを批判する友人がいるとのボヤキから
そこから、君が鬼人正邪に向かって残した。友人たちを惑わさないでくれと言う言葉を思い出して、同一人物だと推測したんだな」
「……同じ事を言っていました」
鬼人正邪と密通した、目の前の彼は悔しそうに唸るが。○○は相変わらず、推測が当たった事を喜んでいた。
そろそろ小突いて、笑みを抑えろと伝えねばならなかった。
「ある日の帰宅時、後ろから声を掛けられたのです……予想はされたでしょう、鬼人正邪からです」
「鬼人正邪は悪びれもせず、お前の友人をたぶらかしている商売女だよと……
チラチラと赤い舌を見せながら挑発していましたが。私は正直な話、笑ってしまいました
何と言いますか、下手に演技されるよりも嫌らしい素の性格を見せてくれた方がこちらとしても安心できましたから。
それでその通りの事を言いますと、鬼人正邪はキョトンとしていました
……今思えば、あの時。鬼人正邪は私に興味を持ったのかもしれません。
怒りなどの荒ぶる感情ではなく、お前が悪人で本当に良かった、下手に善人だったらどうしようかと言う心配がなくなった安堵感でしたから。
嫌われることを常としている部分のあるアマノジャクとしては、珍しい性格を持っていると……思われてしまったんでしょうね。
それで……軽率なのは認めます。私は鬼人正邪からの、人気の無い場所で話そうと言う誘いに乗ってしまいました。
あの時はまだ、直前とは言えまだ、目の前の彼女が鬼人正邪だとは知らなかったとは言えね。軽率でした。
けれども私の答えが最も軽率なのでしょう。
人気の無い場所……ええ、二通目の封書に書かれているあの場所。私と鬼人正邪の体液がばらまかれているあの場所ですよ。
そこで鬼人正邪はついに正体を現しました。
『このツノ見えるか?私は人間じゃ無くて天邪鬼、しかも鬼人正邪なんだよ!!』
向こうはお尋ね者が目の前にいると言う事実をもってして、私を怖がらせたかったのでしょうが。
正直言いますと、あんなにも他人を値踏みできる存在が、同じ人里の存在だと思いたくなくて。
余計に安心したと、ケラケラ笑いながら答えてしまったんですよ。
もうあの時には、ちょっと私の方も馬鹿になっていたんでしょうね。鬼人正邪は自尊心を傷つけられたと言わんばかりに私をはたきましたが。
『お尋ね者様なら、それぐらいやって貰わないと困る。もっと強くても良いぐらいだ。その方が拍のついたお尋ね者だ、鬼人正邪よ』
一言一句思い出せます。私はそう、鬼人正邪に言いました。それだけで済めば、まだ良かったのかもしれない。
『私の友人から手を引けと言っても、タダでとは言わん。手付金代わりに財布の中身は置いて行くよ』
そう言いながら私は、財布の中身の銭も札も、全て鬼人正邪に対して嫌らしく投げ渡したのです。
『そんな金を持って帰ったら、私の意地が汚される!!』
そう怒鳴った鬼人正邪は、私が地面に向かって投げたお金を踏みにじりながら真っ直ぐとやってきて。
私の腹を殴りました。けれども、私はまだそれでも面白かった。
『鬼人正邪に夜道でぶん殴られただなんて、きっと天狗の新聞に載れるぞ、私もお前も有名人だ!』
そう挑発しましたら、鬼人正邪が。
『だったらもっと辱めてやる!』
そう言って……ああ、ここから先はご容赦ください。鬼人正邪が衣服を脱ぎ散らかしたとだけの説明で、どうかご容赦を。
およそまともな男女の営みが発生する場面では無いが。鬼人正邪は何とかして、目の前の彼を辱めたかったのだと。
そう上白沢夫妻も、稗田阿求ですら思って黙っていたのに。
「襲われたのか?その日一回じゃなかったんだろう?」
○○と来たら!!
「はい、その通りでございます」
彼が答えてなかったら、もっと強く小突いているところだった。
「私はあの人気の無い場所に翌日も、何か無いかなと思って向かいましたら。いたのですよ鬼人正邪が。
そこでまた面白くなってしまって」
『昨日の支払いがまだだったな、商売女の鬼人正邪』
私はそう言い放って、前の日と同じように金を地面に投げ落としながら、鬼人正邪に与えようとしたのですが。
『そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない!!』
ええまぁ、前の日と同じ展開でした。鬼人正邪は結局一銭たりとも持って行こうとはせずに。
丁寧で念入りな手つきでばらまいた金をすべて回収して、私の財布に戻した後。私に突き返しました。
「なるほど……それの繰り返しをするうちに、終始馬鹿にしてくる君を屈服させるために、自らの肌すら武器にしたのか」
彼はうなずいて、少し補足してくれた。
「しかし、友人たちを鬼人正邪から遠ざけたいと言う思いも本物でしたが……鬼人正邪は、私の素の感情を出す為に
あの時よりも更に、友人たちを破滅させる方向に動きました。
私としても鬼人正邪を屈服させるために、何とか金銭を受け取らせたかった」
「その結果が殴り合い?」
○○はさすがに、若干の呆れを含ませた声になった。
「……はい、その通りです。お札を何枚か握り固めて、鬼人正邪の口に突っ込もうとしたこともありました
商売女とやる事やってるんですから、金は払わないと」
彼はそう言って、若干の正当化を滲ませるけれども。
鬼人正邪が自分の衣服を一枚、彼の為に無駄にしたり。
その衣服に対して、鬼人正邪としばらく会えない事の鬱憤を晴らす道具にした事は。
先の正当化を全て根底から覆す事実である。
もう鬼人正邪は彼との大喧嘩を装った営みから離れられないし。
彼の方も鬼人正邪とやる事やった後、無理くりにでも金を渡そうとして、突き返される一連の行動に信頼関係すら見出している。
そうでなければ、疲れてぶっ倒れるまで鬼人正邪と付き合う事なんて無いはずだし。
最初の数回で、鬼人正邪の事を上白沢慧音にでも言ったはずだ。
「付き合いきれんよ、お前たちの愛の営みには。勝手にやってくれ」
上白沢の旦那は、ついそんな事を口走ってしまった。
「いや、まだだ」
だが○○は、落着の為の何かを考えてくれていた。
「あの依頼人に、君の母親の事を誤魔化す必要がある……ちょっと付き合ってもらうよ?」
今まで黙って、そして面白そうに聞いていた○○であったが。
付き合ってもらうよ、と言った時の○○は。稗田阿求から伝染したであろう、稗田の重みがあった。
そんな稗田○○様を見ている、妻の稗田阿求は。自らの夫の権力者的な動きと雰囲気に。
恍惚な顔で見惚れていた。
鬼人正邪と彼のように、動きが派手ではないだけで、根っこは同じだなと上白沢の旦那は思った。
「阿求、忘八達のお頭に連絡を入れて、鬼人正邪を呼び出してくれ。場所は洩矢神社だ。俺の名前と、もちろん君の名前も使うよ?」
彼からすれば、もう頷く以外の選択肢は無い。
「おいおい……東風谷早苗がとうとうキレるぞ?」
止めるつもりは無かったが、東風谷早苗さんが可愛そうにも程があり、上白沢の旦那はぼやいたが。
「俺にだって、自由に出来る金はある」
そう言って、○○は立ち上がったが。鬼人正邪とはまた違う理由で、東風谷早苗は報酬を受け取らない気がしてきた。
「神社に行ってくる!」
件の彼を後ろに連れながら、中々に泰然とした声と姿で○○は神社に行くと言った。
依頼人である、彼の母親も。急に覚醒した稗田○○の姿には、礼儀作法に対して完璧なお辞儀をしていた。
しかし洩矢神社と言わなかったのは、何かの小細工をするための布石なのだろうか?
上白沢の旦那は、正直どうでもよくなってきたけれども。
「あの、一発殴って良いですか?」
洩矢神社に到着して、次期に忘八達のお頭が鬼人正邪を連れてくる旨を東風谷早苗に伝えたところ。
稗田阿求の目の前だと言うのに。だけれども至極当然の怒りを、東風谷早苗は顕わにしていたが。
「ご迷惑なら、博麗神社に場所を移します」
「そうして欲しいですねぇ!!」
最初に○○が神社としか言わなかったのは、最悪金で動きそうな博麗霊夢に頼むためかとも上白沢の旦那は思ったが。
「まぁ、まぁ。早苗。あの忘八達のお頭とはもうちょっと話がしたかったんだよ」
洩矢の二柱の一つ、洩矢諏訪子が待ったをかけてしまった。
「ええ〜……?」
東風谷早苗もこれには、上役が相手とはいえ露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
「ここは良い密会場所だよ。あの忘八頭からは、まだもうちょっと聞きだしたい事があるんだ」
洩矢諏訪子は、策略家らしい顔を浮かべていた。
「奇遇ですね、洩矢諏訪子。稗田といたしましても、遊郭街の動向は酷く気になりますが……立場上、あまり会談も出来なくて」
「恐らく、向こうもそうだよ。稗田に目を付けられたくないけれども、かといってやり過ぎるとそれはそれで不安定になるから恐々としている」
「うちを遊郭の出先機関にはさせないんじゃなかったんですか!?」
阿求と諏訪子のややめんどくさい会話に、早苗が声を荒げて割って入ったが。
「出先機関と、密会場所を提供するフィクサーじゃあ、立場が全く違うじゃないかぁ。早苗ぇ」
洩矢諏訪子は、稗田と遊郭街のいざこざの間に入って。何らかの利益を得ようと画策。
そうでなくとも、裏面の事情を出来るだけ手に入れたがっていた。
東風谷早苗は、何も言わず。付き合いきれないと言わんばかりに首を横に振って、立ち去った。
そうこうしているうちに、あの男が。
忘八達のお頭がやってきた、鬼人正邪を連れて。後の方の従者は、体がガクガクと震えていた。
「1つお尋ねしたいのですが」
その姿を見た阿求は、開口一番で忘八頭に質問した。
「貴方は鬼人正邪を使っている事を、把握していましたか?」
「はい、もちろんです稗田阿求」
「人妖問わず、出入りしている存在は把握しております。鬼人正邪は性格的にも間諜(かんちょう、スパイ)に向いていると思ったので」
「実際、向いていますわ。新聞だけとは言え、急に何件も明かりが消えたのは……」
「はい、商い拡大を目論む確かな証拠を突きつけています。もう2〜3件も、今すぐにでも潰せます」
「黒幕は?」
「まだ分かりません」
「では、それはまたの機会にしましょう」
忘八達のお頭は恭しくお辞儀をした。後ろの従者は、意識が半分飛んでいたので、忘八達のお頭によって、頭を下げさせられた。
その横で件の彼は。
「すまない、鬼人正邪。私の母が、稗田の奉公人であったばっかりに……」
「お前、良いとこの坊ちゃんっぽかったもんなぁ……」
彼は鬼人正邪に謝りながら金を渡そうとして、鬼人正邪は女に触られたら男が喜びそうなところにちょっかいをかけていた。
「よし!」
それを見ながら○○は、急に大きな声を出した。
これにはさすがに、鬼人正邪も彼も、ビクつく。
「まずは君、洩矢神社でお祓いを受けろ!よろしいですか?洩矢諏訪子」
「うん、いーよー。早苗ー、お祓いの準備してー!形だけで良いからぁ!」
「それから更にぶしつけですが、天狗の新聞を使って。彼が1人で、厄介そうな妖などと戦ったと言う、英雄譚をでっち上げてもらいたい」
「おっけー、そっちもやっとくね。鬼人正邪はどうすんの?」
「このままで良いでしょう。間諜を続けるかどうかはともかく、この関係を崩す方が悪くなる」
「謝罪すると言っている!金も受け取れ!!」
「頭下げんな、金も持って帰れ!!」
「ああ!?抱かせてくれたお礼もさせてもらえないのか!?」
「てめぇから金貰ったら!一気に私のやった事が陳腐になるんだよ!!」
相変わらず件の彼は、鬼人正邪に金を渡そうとするどころか。頭まで下げようとして。
鬼人正邪も鬼人正邪で、下手に金や謝罪を受けたら。優位に立てなくなることを危惧して。
全ての優しさを拒否していた。
その姿を見て○○は笑っていたが、上白沢の旦那は妻である慧音にもう帰ろうと言うのみであった。
了
しばらくいたしましたら、同じ世界観でまた投稿させていただきます
まとめwikiの日中うつろな男の最終話に、良い小説だとコメントをくださった方
ありがとうございます
Q
長編さんの文章力にパルパル来ますが、どうすれば良いでしょうか
「水橋さんあなた胃にあなが空いてたんですよ」
気づいたら病院のベッドの上だった
急に倒れて運ばれて手術していたらしい
他人事のように先生の説明に相づちをうった
ストレスが原因らしい
━━ストレス。
そんなもの、当たり前だと思ってた
苦しくて苦しくてしかたない。
『みんな』もそうやって生きていると
そう信じていたから
誰もがみんな、過去のあやまちや嫌な思い出に今この瞬間も心を蝕まれ辛く苦しく、強く生きていると思っていた
そうじゃないとなんとなく気づいたのは病院のベッドの上でぼんやりと、みんなの笑顔を思い出しながら眠りについた夜のことだった
どうして、みんな笑顔でいられるの?
初対面の人は私のことを『いつも怒っている気難しい女』だと感じているらしい。そう、いつも怒っている。間違いじゃない
このまま結婚して添い遂げると思っていたたった一人の男と盗っていった女を今でも許せない。
悲しくて、たくさん泣いて、涙がすごく熱くて、その熱は怒りとなって全部全部呪った
私水橋パルスィのみすぼらしいみじめな嫉妬であっけなく全部終わらせてしまった。そのつもりだった
全部消せば私の怒りも嫉妬も苦しみも泡みたいに全部全部ぜーんぶ!消えると、思ってやった。心の赴くままに
でも違った。なんにも消えなかった。ひとつも消えなかった
そう、誰もがそんな消せない後悔や苦痛を抱えて生きてると思ってたの
毎日、苦しみながら起きて苦しみながら眠る
毎日毎日、ふと思い出して難しい顔しなきゃならない
毎日毎日毎日、ずっと振り払えない。暇潰しみたいに思い出してしまう
思い出すなんてものじゃない、ずっと。ずっと心をぐるぐる回ってる
なのになんでみんな笑顔でいることができるのか、わからなくて
羨ましくて
私にはそれができない
忘れることも乗り越えることもできない
だからまた新しい男を自分のものにしようと追い回すだろう、愛がほしいと叫ぶだろう。今度こそと、間違えないと
自分の心を満たすためだけに。それこそが自分の心に穴を開け続けているとも気づかずに
その穴から誰かを愛する優しさが漏れていることも気づかずに
これからもずっと私の涙を救う者は現れない
それを阻んでいるのは私だから
自分を呪ったら、病みたいに広がっていく。なにもかもに穴を開けていく
優しさも愛しさもなくして、誰のためにも生きられない。自分のためにも生きられない
こんな自分がだいっきらい
だいっきらい
誰か、助けて。
裏切りと代償
ええ、そうね…たしか丁度一年前でしたかしら。あの人がちょっとフラフラしていたのも、夏が終わって秋になる頃でした。
夏の暑い日々がちょっとだけ和らいで、私も夏の疲れが出たのかなって思っていたので。だから私、主人の元気が出るようにって、
あの人の好物を並べてみたり、お風呂から出られた後で人形に任せるのでなくって、私自ら慣れないマッサージなんてものをしてみたり、
その時は大分喜んでいらっしゃったんですけれども…。結局は悪い虫にたぶらかされていたんですからね。そっちの方に気が取られていたんでしょう。
本当に至りませんでした。勿論主人にも悪い点はあったと思うんですよ。夫婦なんてものは、二人で一つ、一心同体なんていうじゃありませんか。
私めに不満があるのでしたら、言っていだだけましたら良かったのにって。これまでどんな事でも言ってもらえれば、
できる限りは主人に合せてきたつもりなんです。それが、まさか…。
え?私と主人の間に割り込んできた、邪魔者についてですか?そうですね、もう済んだことですし、今更何を言ってもどうにもなりませんね。
所詮は人の人生にしゃしゃり出て、無駄にあがくことしかできない屑でしたので、そんなものに一々腹を立てていては、勿体ですね。
ああいう泥棒猫なんてのは、私と主人の仲が悪くなるのが大層好きなようですからねえ。そんな相手の土俵に乗るなんて、相手の思う壺ですし。
ですからあんな事があった後でも、私が主人を家から閉めだしたり折檻したりするなんて事、ありませんでしたよ。
魔理沙は随分温いなんて言っていましたけれど。
おや、その後ですか。いいえ、私はあの後直接は雌犬に会っていませんので、何も見ていないんですよ。噂もとんと聞いていませんしね…。
どちらかといえば、新聞記者さんの方がよくご存じじゃありませんか。………ねぇ。
ふふふ、どうやら記者さんでもお知りにならないようですね。そうですね、夜の幻想郷は誰も人目がありませんからね。おやおや、お上手な冗談ですね。
残念ながらいくら私でも、殺した相手を人形にする趣味なんて物はありませんよ。まあ明日までには色々とお分かりになればいいですね。
なにせ…**ですからね。
>>152
穏健派なヤンデレですね…
>>162
長編お疲れ様でした。結末が最後まで分からずドキドキする作品でした。
次も楽しみにしています。
>>164
自己不信が極まって愛着障害を起こしているように感じました。
グルグルと螺旋を描いて落ちていくような気がします。
裏切りと代償2
あらあら、一体どうされましたか?まるでお家が大変な事になったような顔をされていますよ。おやおや、人聞きの悪い。そんな事「私は」
しておりませんよ。皆様がご自分でやられている事ですからね。そんな超能力者でもないのですから、人を操るだなんて、そんなそんな…。
でも、ここらの人はよくご存じですからね。ええ、あなたがウチの人に色々とちょっかいを掛けていらっしゃった事は、皆さんご存じですよ。
人の主人を取ろうとする泥棒猫なんて、人間の風上にも置けない輩じゃありませんこと。大勢の方がご協力して下さったのですよ。
嬉しいことに、そんな女をのさばらせておけないって、皆様仰って下さいましてね。ええ、ですからあなたはこの街にいる皆さんを、
敵に回してらっしゃいますのよ。それはそれは、あなたのお父様も気が気ではないでしょうねぇ。お手紙でもよろしかったのに、先程わざわざ
お目見えになられまして、あなたの事をどう取り扱っても構わないと、すでに死んだと思うなんて仰られていましたよ。あらあら、
なんて孝行娘なことでしょうね。涙を流される程に嬉しいなんて。私色々とお話させて頂いた甲斐があったというものですよ。
…全く、これではどうしようもありませんね。ああ、長兵衛さん、四郎さん、それ位で結構ですよ。まさかいきなり襲いかかってくるなんて、
話しもなにも有った物じゃありませんね。野獣か妖怪のような女じゃありませんこと。ウチの人もこんな女に、なにかされなくて本当に良かったですわ。
霧雨家の名前に汚れが付く所でしたわ。まあ、勿論ウチの人に比べれば家名なんてどうでも良い事ではありますが、それでも評判は有る方が
いいものですから。さて、如何致しましょうかね。他人の主人から離れるようにと、道理を説いた私に襲ってくるようでは、最早話し合いも何も、
有った物じゃありませんからね。それならばちょっと伝手がありますので、そちらでしっかりと見て頂く方がいいでしょうね。ええ、あなたのような
女性にはお似合いの、ピッタリのご商売がありますの。人の旦那に手を出すような、好色な方にはきっと満足頂けますわ。そちらでしたら、
住み込みで毎日働けますし、何でしたらお給金の中から御家族に仕送りが出来ますよ。そうですね、善は急げといいますから、今から行って頂きましょうか。
ほら、こちらの男性が案内して下さいますよ。それでは宜しくお願い致しますね…。
>>165
>>167
甘い毒だよなぁ……何をするにもやるにも魔理沙の家名がついて回るけれども
ただそれは、邪魔になんてならずに。○○への最大限の利益となって帰ってくる
それと同時に○○の敵に対する牽制、それ以外に対しては○○の身の回りを『自発的』によくする
駒となってくれる可能性が高まる、自らの家名を利用できるようになった魔理沙はやっぱりしたたかで怖い
次より、八意永琳(狂言)誘拐事件
および、日中うつろな男
そして、まだらに隠した愉悦と同じ世界観で続編を投稿いたします
「結局のところ、彼にせよ鬼人正邪にせよ。精神的に優位に立ちたかっただけなんだ」
上白沢の旦那は、不意に○○と出合ったので。折角だからと甘味所に誘ったが。
ぜんざいを見つめながら、いきなり以前の依頼について私見を喋り出した時にはさっそく今回の行いを後悔しはじめていた。
最近は依頼が無い状態が続いていて。
上白沢の旦那からすれば『まぁ、そういう時もあるだろう』ぐらいの認識でしかなかったが。
知的好奇心による、脳への刺激ばかりを重要視している○○にとっては。依頼が無い状態と言うのは暇で暇でしょうがない、苦痛とすら言える時期なのだった。
「彼が、施しは出来る限り受けないと言う考えの持ち主であった事は、鬼人正邪が彼を気に入るうえで絶対に外せない要件でもあった」
上白沢の旦那からすれば、基本的に○○が解決に乗り出す依頼と言うのは。
……稗田阿求がそう仕向けているから。名探偵には名相棒が必要だと言う、彼女の方針も多分に、理由としては存在するが。
「意地でも金を払おうとする男と、意地でも金を貰わずに負い目を感じさせようとした鬼人正邪……天邪鬼らしい展開だよ」
黙ってところてんを、二杯酢(お酢としょうゆの合わせ調味料)で食べながら聞いている。上白沢の旦那だって、巻き込まれる運命であるだけに。
ここ最近、依頼の方が一段落して待機の時期が長く続いている事に関しては。
基本的に寺子屋で教鞭をとる事が、主たる業務である上白沢の旦那にとっては。はっきり言って少し休めるぐらいにすら思っていた。
「あの後もそれとなしに調べたけれど。俺達が隠し通したり天狗の新聞で英雄譚をでっち上げたあの男。鬼人正邪にまだ対価を渡す気でいるよ」
慧音の人里に対する善意もあるから、さほどの月謝を取らずにやっているけれども。
だからこそ有形無形を問わずに周りの住人、子供たちの親は、月謝以外での対価を提供したがっている。
金勘定はもちろんの事、煩雑なうえに重要ではあるけれども。銭の絡む以上は真面目に取り組まなければと思えるので、まだマシですらある。
しかし有形無形の対価、これが最も厄介極まりない物であると上白沢の旦那は考えていた。
ある時は野菜だったり、魚だったりの食糧。またある時は、草むしりだったり寺子屋の修繕と言った労役。
「実際、件のあの男。鬼人正邪にどれだけ『して』もらったか、全部覚えているよ」
○○は相変わらずぜんざいを見つめながら、私見を述べ続けているが。上白沢の旦那は、ところてんを二杯酢で食べながら全く別の事を考えていた。
実際、慧音が育てている家庭菜園。あれにも月謝代わりの手助けが随分と入っている。
あれは自分たち上白沢夫妻が食べる用の、つつましやかな物であるはずなのだけれども。
つい先日も、肥料を随分大量にいただいてしまった。
それ以外の部分でも、月謝以外の有形無形の援助は数えきれないし、覚えきる事も難しい。
「鬼人正邪の動向も若干気になるからね、継続的な調査はまだ続いてる。それによると正邪と密通した男は、明らかに蓄財を始めている」
○○の私見と若干被るようで、そこは悔しいが。
有形無形の対価に対して、こちらも有形無形に限らずお返しをすると言うのが常態化してしまっていた。
寺子屋で勉学を教えている時点で、それこそがこちらの提供している行為ではないのかと考えたこともあるが。
慧音のついでとは言え、慧音と結婚した事で自分も『先生』と呼ばれて。
巷を歩けば、ほぼ自動的に頭を下げてもらえる今の状況は。はっきり言って、美味しかった。
有形無形を問わずに、その利益が思いのほか大きい事に気づいてしまった以上は、もう何も言う必要が無いとなってしまった。
「鬼人正邪に支払うためだろうね、あの蓄財は。最も鬼人正邪はこれからも拒否し続けるだろうけれども」
「支払いか……」
支払いと言う表現に対して、上白沢の旦那はようやく口を開いた。しかしそれは、ところてんが器からなくなったからと言うのが最も大きな理由であろう。
けれども、寺子屋の経営に対する周りの住人からの有形無形の支払いに対して。自分が依存していることは確実であった。
特に慧音の夫と言う立場。これに対して――種々の意味で――気持ちが良いと思った事は。
ああ、認めなければならない。一度や二度で済むはずが無い。
数えきれないほどある。
それに対して自分は、慧音に何を与える事が出来るだろうか。
そうだ、冷静に考えたら今食べているこのところてんの支払いだって。
元を辿って行けば慧音の事業からくるおこぼれだ。
以前の依頼の際、○○が考え事に夢中で。ようかんを稗田阿求に用意してもらって。
そしてなおかつ、食べさせてもらってまでいた姿に。通俗的に言えば『引いて』しまって。
親鳥とヒナ鳥より酷い。と思ってしまったが。
自分の懐事情を全て、慧音の事業に頼っている自分だって。○○とは何も違わない気がしていた。
○○はなおも、自分の目の前にあるぜんざいを見つめ続けている。
相も変わらず私見を述べ続けているが、よくよく見れば普段の顔つきと比べて。
まるで楽しそうと言う気配が見えない。
依頼が図らずとも閑散期に入った事で、知的好奇心が満たせない事で鬱屈としているのだろうか?
「彼は、鬼人正邪との密通で手に入れた快楽等々の対価を支払いたがっている。支払いたいと切望しているんだ
そしてその為の能力もある。鬼人正邪が支払いを受け取らないのは、また別の問題なんだ」
……きっと違うだろう。依頼の閑散期に入ったが故に、自分の寄生的生活形態に嫌でも思いを馳せてしまったのだろう。
大丈夫だ、○○。それは自分も同じだ。
私だって結局は慧音の背中におぶってもらっている、ただそれだけなのだ。
慧音ならば自分がいてくれるだけで構わないと言ってくれるだろう。そう信じているし、実際に言われたら嬉しい以外の何物でもない。
けれどもそれで安堵してしまって、結局は何もしない自分がいるのもまた事実だ。
鬼人正邪に何が何でも支払いをしようとする――させるではなく、しようと言うのが彼の善性だろう――彼の方がよっぽど清いのでは?
「あの男の善性と言うか几帳面さと、鬼人正邪の天邪鬼的性格からくる対価の拒否。
これは水と油と思われがちだけれども、その実は水魚の如く交わると言うのが面白いね。
あの男はこれからも、鬼人正邪に操(みさお)を立てるだろうし。鬼人正邪も鬼人正邪で
愛想を付かされないように、他の男なんて作らないよ。遊郭での仕事は実入りが良いようだから続けそうだけれども。
引手茶屋の女世話役ならば、肌なんて許さなくとも。そもそも最初からそれは仕事の内に入っていないから。
少しだけ調べたけれども、最近の件の彼。ちょっといいお菓子とか食べているようなんだ。
あれはきっと、鬼人正邪から貰っている。
根が几帳面で善性があって、道徳心も人並み以上だから。腐らせることの方がもったいなくて、律儀に食べているんだ。
これは鬼人正邪としても、面白くて有利な展開だよ。
このままあの男が、鬼人正邪からのお土産を食べて続けていれば。彼はいわゆる『ヒモ』だ
そんな状態に居続ける事を、生真面目な彼が耐えられるはずは無いけれども。
それ故に鬼人正邪は対価など絶対に受け取らない
けれども彼は、対価を支払いたいと思い続ける。それもなんだか後ろめたさを感じる金じゃない。
高利貸しからの金や、保護者から貰う金じゃない。真っ当な稼ぎ――そう、真っ当な稼ぎだ!真っ当な稼ぎによる金を払い!責任を遂げたがっている!
それがあれば、密通を続けるとは言え。彼と鬼人正邪の関係は、中々に対等な関係になれる!」
上白沢の旦那が殆ど喋らずにいるせいか。○○は自らの私見を……
ついには殆ど息継ぎをせずに喋りつづけていた。
いつもならば喋りたいだけ喋れ、俺は適当に相づちらしきものを打つだけだと、放任に限りなく近い無視を決め込んでいただろうけれども。
ヒモと言う言葉が強くのしかかってしまった。ヒモと言う言葉を使う時の○○は、強い顔をしていた。
そしてその後、取りつかれたように真っ当な稼ぎと言う部分に執着してしまった。
「○○」
自分が案外と何もしていない事を、○○は意図してなんていないだろうけれども、図らずに付きつけられた上白沢の旦那の気持ちは重い。
けれども今の話をやめてくれと言う、その理由を言ってしまうのも。自分が酷い小物に思えてしまって、言えなくって。
「ぜんざい、冷めたら美味しくなくなるぞ。それに妻が心配するだろう……どちらともの妻がね」
早く食べろといった塩梅の言葉しか出てこなかった。
「……そうだな」
それから更に数日後。
いっそのこと、何か依頼でも舞いこんできてくれないかと、柄にもなく切望し始めた頃であった。
「奇遇だな」
少し――日用品の、私物では無い――買い物をしていたら。○○から声を掛けられた。
○○の脇には袋が抱えられていた。
「へぇ」
少しだけ面白い顔を、上白沢の旦那は浮かべた。稗田の婿殿らしくないからである。
「稗田の婿殿なら、殆どの買い物は。御用聞きが来てくれて、全部運んでくれる物と思っていたが。何だかおかしな光景だよ」
○○のような、稗田阿求程の人物と結婚した人間でも。そう言う事はするのかと思うと。
面白いと言うか、意外だなと言う感情が出てきた。
「何たまたまだよ……依頼も無いし、頭を使えないから。散歩がてら鈴奈庵に面白そうな本でもないかと思ってね」
「ますますおかしな話だ。稗田家なら、一生かかっても読めないぐらいの蔵書があるだろうに」
「稗田家にある蔵書は、資料や歴史書ばかりだよ。学術書や教科書ばかりでは、息抜きと言うには辛い」
「ああ、なるほど……どこか喫茶店でも入るか?」
「うーん…………」
○○の受け答えが、少しばかり遅かった。
間があると言うよりは、本気で何かを考えている様子であった。でも何を?喫茶店にはいる位……高い物じゃあるまいし。
確かに家で飲んだ方が安いとは思うが。
「いやいや、今日は借りた本をすぐにでも読みたい……それに懐の中身は有限のはずだから」
もっと謎めいていたのは、稗田家の婿殿ならば。そもそも稗田阿求の方が強く強く惚れているのだから。
喫茶店で飲むコーヒーぐらい……稗田阿求ならば、毎日何十杯でも飲める金額を、お小遣いとして渡してくれそうな物なのに。
そして稗田夫妻の間に何かがあると言う事は、慧音も何も言っていないし。その雰囲気だって感じ取っていない。
「……何かあったのか?」
上白沢の旦那が、やや恐々としながら。そして声を潜めながら聞く。
「…………考え事が多くてね。頭を動かしているのに、何も思いつかないんだ。その上いじくりまわしているだけなんじゃと言う疑念まで湧く」
まただ、また受け答えをしてくれるまでに妙な間があった。
そして何よりも上白沢の旦那を悩ませるのが、この意味深な言葉たちである。
その上その言葉たちは、○○と来たら友人であるはずの上白沢の旦那すら見ずに。
もっと遠く、上白沢の旦那の背中よりもさらに向こう側を見ていた。
「何かあるのか?俺の後ろに」
上白沢の旦那が振り返るが……老若男女問わずに通行人や荷物を運ぶ労働者が見えるのみ。
「それにそろそろ、今日は定例の荷物が稗田家に届く頃合いだ。阿求に力仕事はさせたくないから、もう帰るよ」
そう言いながら○○は、上白沢の旦那の方は相変わらず見ないで。歩を進めた。
「……すまない。でも荷ほどきは阿求にさせたくないんだ。俺ときたらこだわりが強いと言うか……その、ああ、うん。こだわりだな
それと同時に重要な事は胸の内に秘めっ放しで」
そしてまた変な言葉を○○は喋り続ける。
思えば数日前に、甘味所でひたすら喋り通しだった時と同じような雰囲気を○○は持っている。
あの時○○は、前回の依頼で調査した男性。鬼人正邪と密通した男性の精神性をほめたたえつづけ。
ともすれば、自分たちの日々の生活における資力が無いようなことを。
すべた妻の権勢と事業とに頼っている風な事を言い続けた、あの時と同じ雰囲気であった。
「すまない、急いでいるんだ」
○○は上白沢の旦那の肩に手をやって、急いで帰ったが。
すまないと言う時の声色は本物だったし……何よりも蒼白とした顔をしていた。
何かに怯えているような顔、そうとしか言えなかった。
「何だこれ?」
○○のおかしな様子に、依頼の閑散期に入ってしまって活力ばかりが溜まってしまうと言う。
欲求不満からくる苛立ちとは違う物を見て取ってしまい、かといって答えを出すには材料が足りなさすぎる事から。
答えの出ない問題を、頭の中で堂々巡りさせていたら。その答えは、幸いにもすぐにやってきた。
○○は興味のある事柄の一部始終を知るためならば、カギをこじ開けてでも押しとおる癖を持っているが。
その手癖の悪さは、逆算すれば誰かの懐に手紙を入れる事も可能とするほどに、卓越していた。
カバンの中に見慣れない封筒が入っていると思ったら、その宛名は○○であった。
様子のおかしい○○が入れてくれたのは、すぐに気付いた。
だからすぐに読んだ。普段はともかく、自分はやはり○○の事を心配していた。
けれどもその中身は、○○の苦境が書き記されていた。けれどもこんな苦境は、誰にも相談できないだろう。
一線の向こう側を嫁にした、○○と同じ種類の存在である自分にしか話せないであろう。
○○だ、急にこんな手紙を君の私物の中に潜り込ませてしまってすまない
けれどもこんな方法でないと、どこで誰が聞いているか分からないんだ。
数日前、君に誘われて甘味所に入ったよね?あそこでも阿求が気を使って、用意してくれた護衛がずっと俺たちを尾行していた。
普段ならば別にいいやと思っている、あの護衛の人たちも君との会話にまでは聞き耳を立てない。
けれども深刻そうな話はすぐに気付いて、阿求に報告する。
だから真実を話せなかった。
今から書き記すことを、もし荷が勝ちすぎて嫌だと思うのならばすぐに忘れてくれて構わない。
こんな方法で君に真実を話して、巻き込む私を卑怯者だと思ってくれても構わない。
けれども同時に、今から記すことは全くの真実だ。
明日来てくれたら、その証拠も見せる。けれどもこれは阿求には知られたくない。
阿求はずっと気に病んでいるからだ、上白沢慧音先生と違って自分の体は魅力に欠けているだけではなく。
生来の病弱さから、夜を楽しませることが出来ないと。常に気にかけてくれている。
だからこそ、彼女は自分の権勢と財力で、私に埋め合わせをしている。
そんな私の身に降りかかったこれを、阿求が知ったら。死人が何人出るか分からない。
もしも気になるなら、明日、世間話でもするような態度で私の部屋に来てくれ。その証拠を見せる。
私は今、何人かの出入り業者から。阿求からもらったお小遣いを。
横領されている。
横領されていると言う文字を読んだ瞬間、上白沢の旦那は即座にお手洗いに向かい。
○○からの横領されていると言う告白の手紙を破り捨てて、全て流してしまった。少しでも欠片を残せば、そして見つかれば。血の雨が降ると確信できたからだ。
――けれども。○○は被害者なのに、なぜこんなにも心を痛めなければならないのだろうか。
だが○○の回りくどさは、理解できた。
血の雨が見たいと言ってしまえるほど、屈折はしていないから。
続く
前シリーズ完結お疲れさまです。新シリーズも期待してます。
ノブレスの頃はちょっと長くて追うのが辛かったですが、最近はサクサクしててとても読みやすいです。
どうやって長文さんは良質で長い話をポンポン投下してるのか
その能力が妬ましい
>>175
「妬ましい…?」
「貴方は私が居るのに、他の人の事を考えるのですか?」
「どうして二人の世界に他人を割り込ませるんですか?」
「貴方は私の事だけを考えていれば良いんですよ…。」
「そしてそれを本に記して下さいね。私の為だけに。」
>>173 の続きとなります
「なんか今日の旦那先生、様子が変だったね」
「うん、僕たちの事がいまいち見えてなかった。体育の時間とか、急にボーっとしだしたり」
「病気かな?季節の変わり目だから」
「だったら不安だね。早く良くなってほしい」
寺子屋の授業が終わって、生徒たちは思い思いの方向に。
ある者は帰宅したり、ある者は友人と連れ立ってどこかに駈け出したり。
どのような動きをするにしても、授業が終わった後の解放感に身をゆだねていて。
どう見積もっても爽やかな雰囲気を皆々が持っているのが、放課後と言う物の通常ではあるのだけれども。
今日の寺子屋の生徒たちは、放課後から感じ取る事の出来る解放感よりも、気になる事を噂し合っていた。
それは旦那先生……あの上白沢慧音の旦那も、妻と同じく寺子屋にて教鞭をとる事を生業としていたが。
いや、評判の程は上白沢慧音が最高峰であるからかすんでしまうだけで。
上白沢の旦那の指導も、十二分に評価されていたのだけれども。
今日に限っては教鞭の質と言うか、精細に欠ける部分が非常に多く目についた。
国語の時間など、書き馴れているはずの漢字だと言うのに。10秒以上考えなければ思い出せ無くなってしまった始末。
算術の時間も、所々で計算間違いを犯してしまい。生徒に指摘される始末である。
「一体、どうしたんだ?」
職員室にある自分のイスに座りながら、机の上に広げられている今日生徒にやらせた授業の課題。
あるいは、宿題を……全くの感慨も無くみつめていたら。さすがに妻である慧音が声をかけてくれた。
いや、ここまでの時間になるまでの間だって何も無いわけでは無かったが。
休み時間の間から折々に触れて慧音は。愛妻である慧音は、この旦那に対して。
心配そうな目線を何度も寄越してくれたが。
その度に旦那は、『あと何時間で今日の授業は終わる』とか『今日一日の授業は乗り切れるさ』と言った事を呟いて。
そう、呟くだけだ。実を言うと愛妻であるはずの慧音の方すら、まともに見えていなかった。
慧音にもあの事実は、まだ知られたくは無かった。それは○○も同じのはずだ。
だから○○は、不意に往来で出会った時――もしかしたら、行動範囲から推理して会いに行ったのかもしれないが――
とにかく昨日、往来で出会った時に。○○はこちらのカバンの中に
それは○○から告白された、横領の被害にあっていると言う事実に対して。
いまだに体の不調が抜けきらないのだ。脳の方は既に理解を完全に完了しており、額の大小にかかわらず稗田阿求が取り得る行動を。
どこまで酷くなるか、また抑えられる範囲とすればどこまでが可能だろうかなどと。
たった一人で堂々巡りの思考を巡らせる羽目となってしまったのだったが……○○の苦境を思えば、嫌な感情は湧いてこなかった。
それよりもただただ、恐怖のみであった。
一線の向こう側の女性たちが、それを。旦那からの金品の横領を許すものか。
ましてや稗田阿求は、人里の最高権力者だ。誰がそれを止めれる、稗田阿求がベタボレしている夫の○○でも難しい。
ならば、上白沢慧音の旦那以上の価値や身分を見つけられない、自分が何を言おうとも……
「熱は無いようだな……けれども今日一日、ずっとおかしかったぞ?」
そして誠に残念なことに、愛する妻である上白沢慧音も。人里の最高戦力も、一線の向こう側なのである。
慧音は自らの旦那である彼のおでこに手を当てて……無論、それだけでは無い。
自らの頬を、旦那の頬にすりすりと当てて。その際に、慧音の長くて綺麗な髪がはらりはらりと、旦那の方にまとわりつく。
傍から見ればじゃれついているような雰囲気で、慧音は自らの旦那の体に何か異常はないかを確かめていた。
「ああ……どうにも意気が上がらない」
これ以上慧音を心配させてしまってはならないと、旦那の方は慧音の背中やら肩やらをなでて落ちつかせたが。
意気が上がらないと旦那が述べたとおり、この旦那の方も通りいっぺんの。
まるで台本にそうしろと書かれているかのような、大根役者のような動きしかできなかった。
普段ならば、そして放課後の寺子屋であるならば人の目も全くないとまで言い切れる。
これがもしも本当に、旦那の方が風邪やら何やらで。動きに精細が無くなっているだけならば。
慧音が心配して近づいてきたとき、たとえ動きが鈍かろうと遅かろうと。
慧音が持つ『そう言う魅力』にあてられて、旦那の中に有る男の部分が反応してくれたはずなのに。
今日はそれすら無かった。
「永遠亭に行くか?」
これには慧音もいよいよ、熱は無くとも他に何か。風邪以上に厄介な病の前触れでは無いのかと恐れを抱くには十分だ。
何せこの夫妻、稗田阿求の体の弱さに対する気遣いと、慧音の見られたくないと言う意識があるから隠しているが。
結構盛んなのだ。そして上白沢慧音自身、自分の魅力には気づいているし。旦那が相手なら、反応されたり求められたりすることも。
むしろ望んでいる。
だから、無反応は今の旦那の姿は。極端な言い方をすれば緊急事態なのである。
そうでなくとも、普段よりもずっと危険な水準に達していると。上白沢慧音は、そう断じていた。
愛妻である慧音から声をかけられた後も、この旦那は。妻である慧音の顔ばかりを見つめ続けていた。
だが、男としての部分やそう言う反応は無かった。
考えたことと言えば、ただ一つ。
最高権力者である稗田阿求と、最高戦力である上白沢慧音は。同じ方向を向くだろうな。
ならば、○○からの被害の告白は。横領被害の事実は。
黙っているしかない。
「少し散歩して……外の新鮮な空気を吸って帰るよ。どうにも自分でも分かるよ、反応が鈍い」
「そうか……でも、ちょっとでも良くないと思ったら、すぐに永遠亭に行くんだぞ?私も付き添う」
そう言いながら慧音は、自分の旦那に口づけをしたが。返しの反応は無かった。
ただただ、慧音が自分の旦那の唇に。自らの唇を押し当てているだけだった。
傍から見ればそれでも熱いのだろうけれども、普段はもっと熱い。
明らかにこの旦那の反応は鈍くなっていた。
そりゃあ、鈍くもなるさ。
血の雨が降る一歩手前だと、急に理解せざるを得なくなってしまったのだから。
その事ばかりを考えてしまって、それ以外の事柄に対する思考がどうしてもおろそかになってしまうのだから。
けれどもこの鈍さは、風邪などの病気から来るものでは無い。
その証拠に、熱は無くて日本の足で立つことも出来ている。歩くことも出来ている。壮健なのであるけれども。
気力と言う物は見えなかった。
「○○いますか?」
「これは、上白沢様の所の旦那様!ああ、丁度良かった!今日は○○様が何だかふさぎの虫に取りつかれているようで……
それでも、ご友人と少し世間話でもすれば気分も晴れてくれるでしょう、さぁこちらへ!旦那様はいつものお部屋におります」
「悪い癖だ……しばらく依頼が無くてつまらない等と言いだしそうだ」
稗田家の、もう何度通ったか分からない程に通りなれた門をくぐりながら。
奉公人が気にしていた、○○がふさいでいると言う事実に対して。上白沢の旦那は空笑いを出しながら、依頼が無いからだと。
はっきり言って、自分でも分かる。その呟きが少々わざとらしいぐらい。
けれども、しばらく依頼が無いと言うのは、嘘では無い……はずだ。依頼が無いから、自らを見つめているうちに気付いたとも言えるのだから。
少なくとも上白沢の旦那はそう思っている。だから、嘘はついていないはずだ。
「しかし……『上白沢の』旦那か。生徒たちからの固有名詞も、旦那先生だからな。結局は慧音次第か」
だが自分が嘘をついているかいないかよりも、慧音次第と言う部分に気付いてしまい。
その引っ掛かりの方がずっと深刻であった。
「来たか」
特に挨拶も無く、上白沢の旦那は○○の居室にふすまを開けて上り込んだが。
親しき仲にも等と言う部分は、この段階においてはまるで適用されないし。二人ともそんな事は考えていなかった。
○○はただ一言つぶやくのみで、それがあいさつの代わりとして十分機能した。
上白沢の旦那に至っては、来たこと自体でもう礼儀は成していた。
○○は早く友人に説明をしたかったし、上白沢の旦那も○○が言うところの証拠を早く見たかったからだ。
「まずはこれを見てくれ……」
○○は上白沢の旦那の目の前に、一冊の帳面を取り出した。そこには何枚かの付せんが張られていた。
旦那は特に何も言うことなく、その中身を検めた。
「家計簿?」
「そうだ……稗田家の財政上の物では無くて。ごくごく個人的な支払い。甘い物やコーヒー代、書籍代なんかを記しただけの物だ」
「立派な行いじゃないか……これだけ細かくつけていれば、そうそう変な事も無いし。不測の事態に対処するための蓄財も出来る」
「蓄財?お小遣いを溜めているだけだよ。それだって、家計簿と言ってくれるがお小遣い帳と言った方が正しいよ」
「……話を前に進めよう」
○○が急に自嘲的で後ろ向きな笑いを、何かの発作の如く浮かべだしたが。
残念ながらそれに対して効果的な慰めの言葉や対処を、上白沢の旦那は知らなかった。
だから話を前に進めて、極めて事務的な感情を○○に求める事しか出来なかった。
「……そうだな」
○○もこの発作を抑えるには、感情を出来るだけ平坦にするべきだとは。もうとっくに気づいていたらしく。
すぐに淡々とした声に変わってしまった。
「付せんに1番と書かれている所を開いてくれ」
「ああ」
抑揚も殆どつけず、言葉の間に逡巡を続けるような間も無くして。
○○と上白沢の旦那は。一線の向こう側の女性を嫁にしている、二人の夫は。
淡々と確認作業を開始した。
「何を買ったかは、全く関係ない。末尾に記してある合計金額だけを覚えてくれればいい」
「2円と35銭(明治時代の1円は現在の約二万円)の支払いか……」
「商品自体は後から運んでもらって、支払いもその時行う。これが、その時の領収書だ」
「……は?」
上白沢の旦那は、領収書の数字を見ておかしな声を出した。
その領収書には、3円と85銭と書かれていたからだ。
「差額の1円と50銭は、何処から出てきたんだ?」
「頼んだ商品を、例えば粉末コーヒー何かを実際より多めに納入したりしてある程度は誤魔化しているが……ほとんどは書き換えだ」
「か、書き換え!?」
「声が大きい。奉公人は気を利かせて近くはうろつかないが、阿求は違う」
○○から指摘されて、思わず上白沢の旦那は自分の口を自らの手で覆った。
動きが急すぎて、痕が出来そうな程に強い覆い方であった。
しかし○○は淡々とした感情を維持するために、上白沢の旦那への指摘はそれ以上行わず。
白紙を一枚と筆記具を取り出して、実演をやって見せた。
「2と3と言う数字を、そして3と8と言う数字をよく見てくれ」
上白沢の旦那も、○○にならってとにかく実演の内容をよく見る事に集中していた。
「……2は見ようによっては、3の上半分に見えなくもないか?3は確かに8の右半分と似ているな。左に付け足せば、いけそうだ」
「……そうだ」
○○は重々しく頷いた。
「一度気付けば、多分そっちも出来るはずだ。それに領収書の数字ってのは、案外悪筆が多いんだ。みんな忙しいから、走り書きになってしまう」
そう言いながら○○は、また領収書を。今度は何枚も出してきたので、上白沢の旦那も思わず身構えるが。
○○は半端に笑いながら言った。
「大丈夫だ、この領収書は正しい金額が書かれている……けれども悪筆だ。癖も強い。そこを利用したのだと、犯人は思ったより小規模だと思いたいけれどね」
○○から見せられた『正しい金額』の書かれた領収書を恐々と見比べていると、あることに気づいた。
「2の数字が、少し小さいな……下側に線を付け足せば、3に見えなくもない」
「全くその通りだ……3の数字は正しい状態でも、8を半分に割ったようだから。改ざんも一番楽だろう」
○○は相変わらず重々しい、先ほどよりも更に重々しさを濃くしながら。上白沢の旦那が改ざん方法を把握した事を確認したら。
これまた、猫がネズミでも見かけたかのような素早さで書き込みをした白紙を丸めて。
火鉢の中に放り込むだけでは無くて。火箸も使って、丹念にまさぐり、完全に燃やし尽くしてしまった。
神経質とも言われそうな行動ではあるけれども、これが一番安心できる方法でもあるのだ。
ましてや、稗田阿求と言う存在を○○は嫁にしているのだから。
上白沢の旦那もそれを思ったらすぐに、○○が見せてくれた領収書の束を綺麗にまとめて。
○○はもちろんの事、それを直した
二人は○○の机の上を綺麗にして、密談の証拠を消してしまった。
だが、問題にどうやって対処するかは。二人とも全く思い浮かばなかった。
「犯人の目星は?」
二人して頭を抱え続けるのも嫌で、上白沢の旦那がのろのろと口に出した。
「ついている。取りあえず、良いと思っておくことにした」
「……そう思っとこう。それから今思い出したんだが、昨日往来で出会った時に通りの方を凝視していたが、あれはもしかして」
あの時の○○には、何かが見えていた。今ならそう断言できた。
「ああ、指摘の通りだよ。何人かの人間が配達したときに限って、領収書の改ざんがある。その何人かの一人が、稗田用の運送箱を持っていたから」
「やはりな……」
とは上白沢の旦那は頷くけれども。この程度の推理を当てたところで、事態は一向に改善しない。
表情は重いままだ。
そのまま重い表情のまま、何も喋らずに時間が過ぎて行ったが。
何も喋らなかったのは、ある部分では○○の聴覚を敏感にしてくれて。外の状況にいち早く対応できるようにした。
「しまった、今日の荷物が届いた」
「何!?今日は大丈夫なのか?」
「ああ、この曜日の領収書を改ざんされた経験は無い。それより、阿求が俺の荷物を持ってくる!将棋盤出せ!!」
○○は将棋盤を出せとしか言わなかったが、何をしたいかは誰にだってわかるだろう。
遊んでいたふりだ。ともすれば仕事のふりでは無いのかと言われそうだが……
稗田阿求が相手では、○○にベタボレしている彼女が相手では。しかも人里の最高権力者。
深刻な話をしているのを気づかれるよりは、遊んでいた事に眉をひそめられる方が。
穏やかな部分に話を落着させられる。
最も、遊んでいようとも稗田阿求は何も言わないとは。断言できたけれども。
○○は将棋盤の上に将棋駒を、開始前の定位置では無くて色々な場所に置き始めた。
「ちょっとは説明してくれ」
「俺が負けそうになってる事にする、駒の配置は俺に任せてくれ」
「頼む」
しかし○○がちょうど良さそうな配置を初めて、1分も経たないうちであった。
足音が聞こえた、軽やかな足音だとは上白沢の旦那も気付いた。
断言できる、稗田阿求がやってくる。
言われずとも一番わかっているのは、○○であろう。配置中の駒を何枚か、落としてしまった。
さすがに任せきりには出来なくなって、上白沢の旦那も手伝った。
「○○、入りますよ」
稗田阿求の声が聞こえた。はっきり言って、○○が最初に思い描いていた丁度いい感じに負けそうな配置は、全くできなかった。
「ああ、阿求か。何か用?」
けれども、入れないわけにはいかない。声が若干上ずっているのが気になったが、それは負けそうで頭を動かしている所に、阿求の声が急にで。
とにかく、雑でも良いから遊んでいるで押し通すしかない。
「○○、ご気分は戻られましたか?朝から何だが、寝起きだからと言う訳でもなく……奉公人も何人か気付いていましたよ」
「うーん……」
頼む○○、何か喋ってくれ。上白沢の旦那はそう思う事しか出来なかった。
「負けそうだから、むしろ朝より嫌になってきたところ」
○○はそう言いながら、ヤケクソ交じりに小さく笑ったが。ヤケクソなのは実際その通りだろう。
領収書の改ざん、犯人も分かっている。けれども動けないのだから。
「あら?」
稗田阿求は『おやおや』と笑って言いながら、盤面を覗いた。○○はその前に、阿求が持ってきてくれた荷物を引き寄せたが。
この、おやという声には顔が一気に阿求の方向を向いた。
「……上白沢の旦那さん。二歩をやってますわよ?」
「……」
だが○○は何も言わなかった。上白沢の旦那も背筋が凍って何も言えず、○○の方を見たら。
○○が何かの紙片を――領収書だ――、ポケットに押し込んだ後。
「やった、勝ってた!!」
すぐに、○○が子供っぽく両腕を天に上げて喜んだ演技をしたが……
大チョンボであるのは言うまでもない。
まさか、将棋においてもっとも代表的な反則である『二歩』を見逃すなんて……
しかも……○○が紙片をポケットに押し込んだという事は…………
上白沢の旦那も、しかたなく意地の悪そうに笑う演技をしながら答えるが。
そもそも、二歩を見逃した時点で悪い方向に向かって一気に転がった。
「重症ね……」
稗田阿求がボソリとつぶやきながら上白沢の旦那を見た。このつぶやき、間違いなく上白沢の旦那に聞かせていた。
今度は息が止まりそうであった。
名探偵の名相棒――稗田阿求が無理矢理その役柄に押し込んだのだが――なのだから、何とかしろとでも言いたげだ。
あるいは、意地の悪い罠を仕掛けた上白沢の旦那に対する非難か?
この際そっちの方が良いかもしれなかった。横領被害に気付かれる可能性が少なくなる。
「勝ったら気分が良くなってきた!喫茶店にでも行こう、それに外の空気を吸いたくなってきた!」
空虚な笑いを見せながら、○○はかなり強引に上白沢の旦那を引っ張って行った。
だが稗田邸を出た後は、全く喋らず。
喫茶店の一番奥の席、見られにくくて声も聞きとられにくい席に向かうまでは何も喋らなかった。
「見てほしい物がある」
喫茶店の一番奥の席に座り、頼んだ物が届いてようやく○○は口を開いたが。
どう考えても悪い話だ。聞きたくないと言う思いはあったけれども、知らずにいる事も出来なかった。
○○は、稗田阿求に見られる前に。何かの紙片をポケットに押し込んでいた。
その、件のポケットから。○○はある紙片を……やはりそれは領収書であった。
そこには2円と78銭と『書かれている風』に読める数字『らしき物』があった。
「本当は、1円と10銭と書かれているはずなんだ……いくらかの数え間違いはあっても、2円と78銭はあり得ない」
1を2に書き換えるのも大したものだが、7に書き換えるだけでなく。0も8に改ざんされてしまっていた。
2を3、3を8に書き換えるだけでは済まなくなってきた事実に。
上白沢の旦那は結局、この喫茶店で何も喋れなくなってしまった。
続く
>>176
パチュリーで妄想した
あの図書館にある本が、魔道書だけとは思えない
そもそも本を読むこと自体が、物凄く楽しいと思える存在のはず
>>175
良質と言っていただき、誠にありがとうございます
でも10年前にどこぞの掲示板で書いた文章は、発掘されたくない。読むと脳が痛くなる
探偵助手さとり13
太陽が真上に登り歩道を照らす中で、さとりと探偵は昼の街を歩いていた。うだるような夏の暑さは少し和らいでいたが、
それでも日差しがアスファルトを照りつけ、熱い空気を探偵に纏わり付かせていた。滲み出た汗が額を流れる。ハンカチで汗を拭う探偵。
「暑い…。」
思わず言葉が口から漏れた。いくら天気に文句を言っても結局は何も変わりはしないのであるが、それでも自然と湧き出るものであった。
ふと横にいるさとりを見ると、彼女は汗ひとつかかずに涼しい顔をしていた。妖怪は汗をかかないのであろうか。それともこの助手が居た、
地底とやらは暑かったのだろうか。探偵の心の中に疑問が生じた。
「私の屋敷は暑くありませんが、場所によっては熱いですよ。」
探偵の心を読んださとりが答える。
「死んだ罪人が送られる灼熱地獄とか?」
「今は使っていませんが、昔はよく怨霊が焼かれていましたよ。」
成程、地獄の業火からすれば地上の暑さなどはどうという事はないのかも知れない。人間は精々が数十度で騒いでいるが、
彼方は炎が出ている以上は数百度という単位なのであろう。文字通り桁が違う。
「手を握りましょうか?」
唐突にさとりが言った。
「急にどうして?」
探偵が尋ねる。さとりは優秀な助手であるが、しばしば探偵が理解できない行動をとる。もっともそれは、後になれば、
そして後の祭りとなれば、それこそが最善の行動だと分かるのであるが。頭が良いタイプにありがちな他人の考えが分からないという欠点は、
少々目を瞑らなければならないだろう。これまでさとりが探偵にしてきたことを考えれば。だがしかし、心を読む妖怪にしては、
それはあまりにも、余り有る、探偵の両の手には余り過ぎた皮肉な欠点なのであるが。
「…いいです。」
ムスッとした様子で進むさとり。不機嫌になったさとりの様子を見て、しまったと思った探偵が後を追う。
「ほら、悪かったって。」
「結構ですよ。」
どうやら一瞬でかなりの具合までさとりの機嫌が悪くなってしまったようである。そして彼女はここからが恐ろしい。
「そうですよ。ええ、所長の思っている通り。その通りです。いつもの私の気まぐれですよ。「急に機嫌が悪くなったな」ってそうですね。
私はいつも急に機嫌が悪くなる面倒な女ですよ。ええ、「何で怒っているか分からない」、そうでしょうね、所長はいつもそうですからね。
鈍感、本当に…。これじゃあ私が馬鹿みたいじゃないですか。」
怒濤の攻撃がさとりから降り注ぐ。心を読まれている以上、下手な事を思っただけで全てが彼女に筒抜けとなる。これは中々に恐ろしい。
「いくぞ。」
探偵が構わずさとりの手を取る。言い訳をするよりも、何も考えていない行動の方がまだマシだと言えた。
「またいつものように誤魔化そうとして…。」
むくれるさとりの手を引き、進んで行く探偵。ジャンケン遊びでチョコ以上、パイナップル未満まで歩数を進めると、さとりの足が再び止まった。
後ろを向いて探偵が尋ねる。
「どうした?」
「--------」
さとりの声が発せられたが、探偵の耳には既に入っていなかった。一本の赤い筋が後ろを歩いていた人の首筋を走り、そしてスローモーション
のように徐々に川が太くなり、帯と成って流れ出す。命が不可逆的なまでに撒き散らされたことに気が付いた通行人は、膝から崩れ落ちる。
糸が切れたマリオネットのようだ。そう探偵は思った。
次の瞬間、探偵はさとりの腕を掴んだまま全力で走り出していた。全力で自分の手でさとりを握りしめ、がむしゃらに走っていく。
普段ならば痛いという苦情が、最低でも二言三言は来そうな行動であったが、さとりは大人しく探偵に腕を引かれていた。案外に軽いさとりを引っ張りつつ、
ビルの合間の路地を二つ抜けると、未だ間近で起こった凶行に周囲の人は気が付かずに、何事も無いかのように過ごしている安全な場所まで来た。
忘れていた負担が急に復活したかの如く、心臓が激しく探偵の体を打ち付け、息が詰まり全身の細胞が酸素を求める。汗が額に浮かび出し、
重りを付けられた足が自分の体重を支えきれずに、解けた手が地面についた。
「貴方…。」
さとりが後ろから探偵に抱きつく。柔らかい感触を伝える小柄な影に、もう一つの影が被さろうとしているのが探偵の網膜に映った。
「きゃっ。」
強引にさとりを振り解き、そのまま体を捻る探偵。したたかに地面に投げ出してしまったさとりに心の中で詫びながら、足をもたつかせながら振り向くと、
丁度相手が刃物を振りかぶっているのが見えた。一般人には縁が無いであろうその凶器は、ナイフというには大きすぎて、もはや刀とカテゴライズするのが
相応しいものであった。破れかぶれの格好で探偵は持っていた鞄を通り魔に突き出す。強烈な、コンクリートで殴られたような感触が指を襲い、
刃物を受け止めた鞄は横へ吹っ飛んでいった。慣れていないせいであろう、自分が切りつけた刃物に体重を持って行かれた通り魔が、
よろけるようにして二、三歩歩き一旦ぶれた体制を整える。今度は腹の前で突き刺すように刃物を固定し、通り魔は体を落とし探偵に飛びかかろうとした。
興奮で口が歪み黄色い歯から零れた涎が、ひび割れた唇からぬらぬらと垂れていた。
探偵に向け躍りかかった通り魔が目の前で横に飛んだ。物理法則を無視するかのように男の体が跳ね、ゴム毬のようにバウンドして吹き飛ばされていく。
太陽を受けて燦々と輝くガラスに男の体が突っ込み、ショーウインドウが派手に壊れる音がした。
「さて、行きましょうか。」
いつの間にか探偵の横にいたさとりが、探偵の手を取って歩き出した。未だに状況が掴めていない探偵をよそに足を運ぶさとり。
「犯人なら大丈夫です。複雑骨折の上に全身にガラスが刺さっているせいで、当分は動けなくなっています。」
「先程の被害者でしたら、もう既に別の人が手当をしていますよ。救急車は二分後に到着します。」
「鞄でしたら、ほら、私が持っていますよ。財布も貴重品もちゃんと入っています。」
「事情聴取も要りませんよ。他の人が十分に証言してくれますよ。」
探偵の心に浮かぶ疑問に先手を打って答えていくさとり。しばらく歩いて冷静になった探偵の心に一つの疑問が浮かんだ。-心が読めるのに、
どうして通り魔が近づいているのにさとりは気が付かなかったのか-と。横にいるさとりの顔を見る。さとりは口元に微笑を浮かべて探偵の方を見返した。
まるで、探偵が自分を助けたことが嬉しいかのように。何も答えないさとり。二人の間に無言の時間が流れた。
「…こうやっていると涼しいでしょう。」
「ああ…。」
さとりの言葉に探偵が応える。探偵は遂に、心の中の疑問を口に出すことは出来なかった。
>>183
これはかなりヤバそうな…阿求が絶対に妥協しない以上、コッソリと事件を解決
しないと危険ですが、望みが薄い様な…先の展開にハラハラします。
>>185
とても好きなシリーズです。いじけているさとりが可愛かったです。
「」が現世で誰を好きになろうと、誰に愛されようと、誰と結婚して子供が生まれようと全然構わないヘカ様
人は結局最後には死んでしまう以上、最後には自分の元にやってくることを知っているからこそただただ全てを受け入れている
その上で生きてる間に「」が不幸になることなく最高に幸せな生涯を送れるように可能な限り尽力するのだ
ヘカ様って究極にスケールのデカい神様だから、その分寛容さというか余裕というかも凄そう
最後には地獄で一杯一杯愛せる事を知っているからこそ、現世で無理に奪ったり捻じ曲げたりせずに「」の幸せを応援してくれるんだ
なので「」が蓬莱の薬やらなんやらで不死になろうとするなら全力で阻止するよ。その過程で誰が不幸になろうと知ったことではないよ
まさに神様的理不尽スタイル。ヘカ様大好きです
初投稿です。好きなキャラをイメージして読んどいてください。
「こんにちは。貴方もしかして、迷い混んだ?」
「こんにちは。だったらここに、泊まりなさい。」
「こんにちは。今日の調子は、どうかしら。」
「こんにちは。お邪魔しても、良いかしら?」
「こんにちは。たまには一緒に、出掛けない?」
「こんにちは。少し、お話したいのよ、」
「こんにちは。また改めて、よろしくね。」
「こんにちは。ねぇ、さっきの人は誰?」
「こんにちは。最近、私がおかしいの?」
「こんにちは。お願い、私から、離れないで...」
「こんにちは。もう、貴方を、
ニ ガ サ ナ イ 」
絶対おかしいところあるけど許して......
文才と語彙力が無いんだよおぉぉぉぉ!!
>>183 の続きです
「この後どうする?」
「え?ああ……思ったよりも時間を食ってしまったな……」
種々の事をいぶかしみ始めた稗田阿求から逃げるようにやってきた、喫茶店の店内にて。
○○から告白された継続的な被害を受けているとの事実だけではなく。
大丈夫だと思っていた曜日にまで、その間の手が広がった現実を証拠と付きつけられたことで。
上白沢の旦那は、○○から言葉をかけられるまで一切、一言も言葉を発する事が出来なかったが。
ようやく出てきた言葉だって、ロクな物では無かったし。行動も言葉と同様に精細に欠けたものでしかなかった。
割と何回も来ているはずの喫茶店なのに、掛け時計をキョロキョロと探す有様であった。
「まだ30分ほどだから……もうちょっとブラブラしていても、早々怪しい行動とは言えないが……しかし、二歩を見逃したのは辛いな」
「ああ……そうだったな」
そもそも上白沢の旦那は、そこまで豪奢な装飾をほどこされていない物の。懐中時計を持ち歩けるぐらいの立場なのに。
――そもそもこれだって、何年か前に妻である慧音からの誕生日のお祝いだと言う事実は考えないようにして置いた。
それを完ぺきに忘れて、壁掛け時計を探してキョロキョロしていたのだ。
おまけに、将棋における代表的な反則である二歩を見逃したのは。
演技で遊んでいるふりをする上では、致命的な失敗であるのは論ずる必要も無い。
「まぁ……君が俺に、いつ気付かどうかと言う罠を仕掛けていたと言うのは。即興でなくとも、あれ以上の言い訳と言うか設定は中々思いつかないから
それで乗り切るしかないが……」
あまつさえ、上白沢の旦那は。自分がとっさに口に出した言い訳すら忘れていた。
弁明では無く、何処からどうとっても良いわけであるから。単純に忘れやすい物なのかもしれないが。
さっきの事だろうと言う、自らに対する苛立ち以上に絶望感は無視できなかった。
「俺、そんな事を言っていたのか?」
○○が嘘を言うなどとは、そんな事は一切考えていないどころか。そもそも、その発想が無いので信じているが。
自分の記憶には、二歩が上白沢の旦那が仕掛けた中々にいやらしい罠であると言う風な演出の存在は。
上白沢の旦那の記憶には、今初めて刻み込まれたのである。
この、記憶が本当に抜け落ちていると言う告白には。
すまないと思いながらも、誰かに知ってもらいたいと思って領収書の改ざんと横領被害を告白した○○も。
本当に罪悪感やしまったと言う、後悔の念と言う物が○○の顔には浮かんでいた。
「謝らないでくれ……誰かに知ってもらいたいのだったんだろう?それにこんな事……一線の向こう側を娶った者どうしじゃないと、角が立つ」
上白沢の旦那が、慌てながら手のひらを前に突き出していなかったら。この旦那が言う通り、深々と頭を下げて○○は謝罪していたであろう。
巻き込んでしまってすまない、ぐらいの事も付け加えながら。
けれども、上白沢の旦那が欲しいのはそんな物では無い。
「解決するぞ、名探偵?」
この事態に対する、妥当で穏当な結末である。
「……ああ」
普段は○○の名探偵ぶった態度や、それ以上に○○のやりたい事を全力で支援する稗田阿求には。
苦々しい感情や表情でもってして対応していた。普段であるならば、○○に対する名探偵と言う言葉も。
はっきりって、皮肉以外の何物でもなかったはずなのに。
今日この時、口を突いて出た名探偵と言う言葉は。掛け値なく本物であった。
けれどもそこに安穏として、一抹の危機感すらをも抱かないでいられるほど。○○は楽天的では無い。
○○は数秒間、目線を上白沢の旦那の方からそらしたが。それは罪悪感だとか、気恥ずかしさから来るものでは無かった。
「二回目だ……」
「え?」
不意に○○が、全く違う話を持ち出して来たことに。残念ながら上白沢の旦那は、すぐに気付くことが出来なかった。
「阿求が気を使って、手配してくれている護衛と。目線が合った。一回はともかく、この短時間で二回目となると。意識しだしてる」
護衛だとか短時間だとか言うけれども、○○が目線をやっている方向を見ても、断言できなかったのが悔しくて仕方が無かった。
「一番屈強そうなのか?」
斜め後ろ程に、明らかに鍛えあがった肉体を持った人物が二人いたが。静かに、本当に静かに暖かいコーヒーを飲んでいたのが気になった。
そう言えば、稗田阿求は冷たい物があまり体に合わないと言う話を聞いたことがある。
夏場でも、ぬるいお茶や水を飲んで。冷やしすぎないように気を付けている位であるとか。
見れば○○も、暖かいコーヒーを飲んでいて……冷たい水は脇に寄せている。
「二回目はやめておけ。向こうも作為に気付かせてしまった事を、若干まずったと思っているから」
冷たい水に対する態度は、あの屈強そうな二名はどうだったのかなと考えたが。
○○はそれを見透かしたように、やめておけと言って釘を刺した。
「その……せめて答えだけは教えてくれ。あの屈強そうな二人組か?それから、稗田阿求が冷たい物が体にも苦手と言うから、冷水も?」
「ああ、今回は比較的わかりやすくて助かった。冷水に関しても、稗田の家中で働くものは、ほぼ飲まないよ」
○○はその通りだと言って、答えを示してくれたが。
冷水に対する態度を、あの屈強な二人組はどうしていたかを確認し忘れたのは。
上白沢の旦那としては、痛恨の極みであった。
「けれども、そろそろ出よう……何かあったら、またこちらから連絡を入れる」
そう言った後、○○はやや音を出しながら立ち上がった。これもある種の、自分への尾行兼護衛を続けてくれている人たちへの。
かなり回りくどさは感ずるが、挨拶と合図。これらを内包した行為なのであろう。
立ち上がるので、その際の振り向きざまにもう一度だけ確認が出来た。
屈強な2人組は、明らかに安堵したような雰囲気を携えていたが。それよりも上白沢の旦那が特に確認したのは。
無論、冷水の位置であった。返す返すも、稗田阿求は冷たさや寒さが体に毒だと言う話を、先ほどに思い出せなかったのがつらい。
……そして冷水の位置は、机の一番奥に鎮座されており。
最初に提供された時にそこに置いた以外は、一切触れていないのが。
机に滴る結露の水滴や、コップの中身にあるはずの氷がすっかり溶けてなくなっている事。
これだけで、一口も飲んでいない事が十分に確認されたが。
○○は、慣れていると言うのもあるが。見るべき場所を、横領被害にあっていると言う今の状態でも。
的確にやる事が出来ている事実には。被害にすらあっていないのに、本日の寺子屋の授業で小さいとは言え失敗を連発した自分と重ねてしまい。
あまつさえ、黙っていなければならないから、どうしてもそうなってしまうが。
妻である、愛する慧音から。熱は無い物の、何か厄介な病気を患ったのではないかと心配までされてしまった。
○○が稗田阿求に疑われてはならないのと同じく、同じく一線の向こう側である慧音にもこの事実は。
ずっと伏せておくべきである、例え――望みが薄いとは分かっている、けれども立ち向かわなければ絶対に悪くなる。
例え、穏当な解決が奇跡的に得られたとしても。隠し通すべきである。
「この事実は全部隠せ。喋っちゃ駄目だ、阿求の権勢や家中の人手が使えないのは辛いが。俺だって……稗田性だ」
自分が稗田性を名乗っている事を○○が言う時、若干の逡巡が見えたけれども。
「事実じゃないか、何を言葉に詰まる」
そう言って上白沢の旦那は○○を励ますけれども。○○が逡巡した理由、嫌と言うほど上白沢の旦那だってわかっている。
結局は、阿求の好意と善意からくる贈り物しか、良い手札は無いのだ。
そしてそれは、上白沢の旦那だって同じである。
「もう少し散歩してから帰る。今日は、この話をずっと考えていて……寺子屋での授業が上手くいかなくてな……」
○○と別れる際に、上白沢の旦那は恥ずかしいけれども。本日の指導や教鞭に冴えが無かったことを告白した。
本当に恥ずかしかったが、○○は何よりも手札の数を、知っている情報の量を重視する。
そこから質を考えて、取捨選択する。
であるから、自分の状態や状況を言わないのは。
○○に対しての不利になりかねない……そう考えていたはずなのに。
「……そうか、やはり告白するにしても性急すぎたな。良いよ、良いよ。季節の変わり目で機嫌がすぐれないと言うのは、間々ある。俺もその手で行こう」
○○が明らかに罪悪感を抱き始めていた。
結局この告白は、○○の足をひっぱただけでは無いのだろうか?
「じゃあな、何かあればまた連絡する」
そう言いながら別れる際の○○の姿は、はっきり言ってキョロキョロしたりして。落ち着きがややなかった。
上白沢の旦那は、数少ない味方すら。協力すべき立場である自分すら、○○から意図せずして遠ざかったのではと。
そう考えるには十分であった。
真っ直ぐと帰る気はしなかった。
「……散歩でもしよう。どこか、気のまぎれそうな物がある場所は」
こういう時、一線の向こう側を嫁にしていなかったら。勢いで遊郭に行く物なのかなと考えたが……
○○が横領の被害にあった事を、脇が甘いとは思わずに全てを犯人に。犯人の血であがなおうと動くのと同じで。
フラフラと上白沢の旦那が遊郭街に向かっても。その隙をついて籠絡したと、妻の慧音はそう考えて遊郭を攻撃しかねない。
しかもその攻撃、比喩ではなくて本当に、人里の最高戦力の出陣と言う最悪の結果になりかねない。
――横領被害と、精細を欠いたが故の悪い勢いで遊郭へ。この二つに雲泥の差があるのは。
上白沢の旦那だって、分かっている。
けれども、遊郭に向かわないのは最低でも守らなければならない一線である。
最初から考えてい無い事もあるにはあるが、確かに遊郭には向かわなかったが、それでもおぼつかない足取りで。
そうは言っても聖なる雰囲気を守っている洩矢神社のふもとへと、上白沢の旦那は足を向けた。
あそこならば……年中屋台や市が立っている。
遊郭街とその近隣施設の次に、盛んな場所であるけれども。
信者が遊ぶのはともかく、神社としては遊郭と距離を置くと言う東風谷早苗の方針があるから。
どれだけ騒いで、飲んだとしても。清い場所であるのは有り難かった。
「うーわぁ……珍しいお客さん」
洩矢神社の境内で、信者や日常の清掃や神事やら雑事やらを。
それら全てを、そつなくも真摯にこなしていっていた東風谷早苗であるが。
今日この時、この日初めて。雑な感情と言う物が出てくるだけではなく、あまつさえそれを表に出してしまった。
昼をすっかり過ぎて、夕方とも言えるような時間であったのは助かった。
大きな神事でもない限りは、誰かの相手と言うのは日中で全部片が付いてくれるから。
この境内も、決して立ち入り禁止と言う訳では無いけれども。
夕方、日没の時間をそろそろ気にしだす折となっては。
外の世界の有名観光地ならばいざ知らず、幻想郷では人がまばらになる時間である。
……無論、例外はある。日が沈んだからこそ出来る、卑猥な話と言うのもあるし。そう言う施設――遊郭――も存在する。
……そして東風谷早苗が遊郭を特に思い出してしまったのには、無論理由がある。
上白沢の旦那には責任は無いのだけれど、友人である○○が、あの名探偵気取りが関わると厄介ごとばかり。
○○が関わる、あの名探偵気取りの関わる案件には。何故だか、大なり小なり遊郭の影が見え隠れするどころか。
先日の一件では遂に、遊郭街の最高権力者である忘八達のお頭と。
遊郭に慈悲を与えて存在を認めている、人里の最高権力者の稗田阿求との会談。
その為の密会場所を、神社の二柱の一つである、洩矢諏訪子が提供してしまった。
諏訪子自身は、自分たちは遊郭の出先機関の職員では無くて、二大巨頭に顔見世の場所を作ったフィクサーだと言って。
大層ご満悦な顔で、あれ以来上機嫌が過ぎる様子で外出するのが鼻につくぐらいであった。
おまけに帰宅は遅いどころか、朝帰りもそんなに珍しくなくなったし。
帰ってきた折の諏訪子は、鼻につく匂いを。
ケバケバしいお香、あるいは化粧品の匂いを漂わせていた。あんな強い臭気、香りとは言いたくない。
分かってはいる。忘八達のお頭に、稗田家との密会密談場所を提供した見返りが全くないなんて。
そんな事があり得ないという事ぐらい。
けれども自分一人でやり合うには、たとえ家族である諏訪子が相手でも分が悪い。
なのでもう一柱である八坂神奈子にも、早苗は助力を乞うたけれども。
『金を払って遊ぶ者と、金を貰って何かを提供する者。それ以上の関係は築いていない……ああいう腹芸は諏訪子は上手いから』
そう言って、神奈子は諏訪子の暗躍に全く口を出さない。と言うよりは、出したくないとまで。
はっきりと態度で表してきた。
『今の状況は、遊郭街のケツもちだ……稗田が怒りだす前に、間に立って火の粉を減らす……そこに利益が全くないわけでもない』
あまつさえ、諏訪子の暗躍に対して。いくらかの理解もにじませてきた。
結局その話はそれでおしまいにした。そうしないと、神奈子と諏訪子の両方に対して、早苗は声を荒げそうになってしまうからだ。
「ほんっと、珍しいお客さんで……○○さんは調査任務ですか?それともあなたは○○さんの別動隊?」
早苗らしくも無く、腕を組みながら人差し指をくるくると回したり、相手に刺したりするようなしぐさを見せながら。
それ以上に苛立ちを全く隠さずに、早苗は上白沢の旦那に向かって行った。
本当に、今が夕方で。人気が少なくて良かった。
この時間まで境内にいる人間は、信心深いから……変に頭を回して、見ないように覚えないように努めてくれる。
本当に、幻想郷と言う場所は……忘れられる心配こそないが、無いけれども。
幻想郷住民が見せる信心深さに対する若干の呆れと恐怖を、早苗は首をふって払った。
「東風谷早苗?」
相変わらず上白沢の旦那は、早苗の事を正式名称で呼んでくる。『さん』を付けないのは、仲よくなり過ぎないようにと言う自制だろうか?
「いえ?普段からそうやって、自分の奥さん以外は上下の名前を全部呼ぶのは大変でしょうに」
早苗は自分の嫌味ったらしさと性格の悪さに、嫌悪感を抱いたが。止められなかったし、止めた方が多分酷くなる。
いざとなったら、諏訪子様に助けてもらおう。夜遊びにふけっている姿を我慢してるのだから、それぐらいはやって貰わないと。
けれども上白沢の旦那は「はぁ……慧音以上に仲の良い女性を、作ろうとも思いませんから」
一線の向こう側が、心強いと同時に激昂したときは危険な諸刃の剣だとは、理解しているだろうけれども。
計算して近づかないのもあるけれども、天然だって十分に混じっている返答に。
「あはははは……」
早苗は少し、けれども本当に面白いと思ってしまって。笑う以外の事が出来なかった。
「はぁ……似たような症状を見せるんですね」
ややもすれば神経質な早苗の笑い声に、上白沢の旦那は少しばかり虚を突かれたけれども。
皮肉気な笑いを見せる姿には、さすがに、少しずつではあるけれども早苗も心配になってきた。
「また振り回されているんですか?」
「いや、○○に責任は無い」
「まぁ確かに……極論言えば、依頼人の周り。問題起こしてる奴からの業が巡り巡って、ですからね」
「依頼人の周り、ねぇ……話を聞くだけならば、案外面白い事もあるのだろうけれど。そうは言っても、○○は依頼される側だから
○○の立場は、責任感こそあるけれども、他人だからなぁ。当事者の様な焦燥感は、知らなかった。私も同じだが」
少し早苗には、上白沢の旦那が何を言いたいのか分からなかった。
言っている事は理解できるのだけれども、質問に対する答えとしては不適当と言うか、ずれている様子が見えたけれども。
この旦那の裏にいるのは、上白沢慧音であるから。そこを追及することは無かった。
最も、そうであっても。
遊郭での存在感を増して、ケツもちになりつつあると同時に。夜遊びにふける諏訪子よりは。
十分に優しく、同情的に見れるのだけれども。
「まぁ、お互いともが。振り回される側なのかもしれませんね」
これ以上突っ込んだ会話をする気も無かった。
魅力十分な上白沢慧音に癒してもらえ、ぐらいの気持ちだ。彼女は女である早苗から見ても、ちょっと触りたくなる位の魅力だ。
一人歩きできるならば、そこまで重大事でもないだろう。
喫茶店での○○とこの旦那の会話を知らない早苗は、そう考えてしまったが。
それを責める事の出来る者など、誰もいない。
「私はもう奥に引っ込みますけれども……養蚕(ようさん)の神事に使う虫の世話もしなきゃだし。
神社自体に閉門は無いですが、ケーブルカーが動いているうちに帰らないとしんどいですよ」
そう言って最初よりは柔らかい態度で、早苗はこの場を後にしようとしたが。
「養蚕(ようさん)?絹を作ってくれる虫、蚕(かいこ)の事ですよね?」
「ええ、そうですよ?」
養蚕に対して、上白沢の旦那が妙に興味を引かれたのは、早苗としても意外であった。
絹織物自体は高級品として珍重されるが、それを製造してくれる虫に関しては。
気持ち悪いと、男性でも思う場合が多いのに。
「確か、蚕(かいこ)って。完全に人の手で世話をし続けないと、エサすら食べれずに……」
「ええ、簡単に全滅しますよ。這う能力も、品種改良を続けすぎて衰える通り越して無くなったから。
本当に、虫の口元に持って行ってやらないと、餓死するんですよ。こんな生き物、多分これだけですよ」
「そこまで貧弱なら、人間がいなくなったら?」
「数日持たずに絶滅ですよ」
「ああ……なるほど…………それは、本当に……興味深い」
早苗は、絹の生産者である蚕(かいこ)についての知識を披露したら、上白沢の旦那は感慨深そうに天を見上げた。
(この人、疲れてるなぁ……)
「疲れてるねぇ」
奇しくも、後ろからの声と同じような言葉を思ってしまったから。
急に、新し能力が出現したのかとびっくりしたが。
何てことは無かった「あ、なんだ。諏訪子様」洩矢の二柱のうちの一柱、洩矢諏訪子であった。
「今日は、遊びには出かけられないんですね?」
早苗は随分と皮肉気な言葉を諏訪子に向かって出した。
今日はまだ遊郭に遊びに出かけていないけれども、どうせそろそろ出かけるだろうなとも思ったからだ。
「いつもの、気に入ってるのが休み入れてるから。しばらく私の相手ずっとしてくれたから、しかたないよ」
けれども諏訪子は、皮肉を絶対に理解しているはずなのに受け流し。
あまつさえ、遊び人の雰囲気を堂々と早苗に向かってぶちまけた。
これはきっと、上白沢の旦那がまだ。蚕に、養蚕についての興味深い事実で感じた物を反復し続けて。
周りに目も耳も向いていないから、諏訪子もこんな際どい話が出来たのだろうけれども。
「東風谷早苗……ああ、これは。洩矢神社の洩矢諏訪子様。気付かずに申し訳ありません」
そのまま、感情の反復を続けた末。ようやく戻ってきた上白沢の旦那であるが。
やはりこの男、余りにも感慨深すぎて。洩矢諏訪子が近づいてきた事はおろか。
「疲れてるねぇ」
「疲れてる……まぁ確かに、そうですね」
先ほどと同じ言葉を掛けられたと言うのに。まるで初めて聞いたかのように相手をしていた。
もしここに○○がいれば、二歩は自分が○○に対していつ気付くか仕掛けた嫌らしい罠だと。
そう稗田阿求に即興で付け足した設定を口走った事を忘れていた事と相まって。
今すぐ帰らせたかもしれなかったが。
不幸にも、○○は先に帰ってしまった。
だが早苗は、さっき言われたことが聞こえていない事に。確かに不安を感じた。
……それと相反して、諏訪子は笑っていた。
その雰囲気は、忘八達のお頭に密会と密談の場所を提供した時と同じような雰囲気だと。
早苗は断言できた。
「意地悪しちゃだめですよ?疲れてるなら休ませないと」
諏訪子が何かを嗅ぎ取ったのは、内容は確かに気になるが。
下手に首を突っ込みたくない早苗は、諏訪子に釘を刺そうとするが。
「養蚕に興味あるの?何だったら見ていきなよ、別に隠し立てするような事じゃないから、そこの小屋の中で蚕を育てているから
誰だって好きに見れるよ。早苗、実演してあげなよ」
しかし諏訪子は、早苗から差された釘を、釘とは思ってもいなかった。
カエルの面に、小便をかけたような物でしかなかった。
「……」
東風谷早苗は何も言えなかった。やはり、諏訪子は神様であった。
人間とは違う価値観と勢いの存在なのだと、改めて思い知った。
「…………」
早苗は後ろで見ている諏訪子と上白沢の旦那を、明らかに気にしながら蚕へエサを運んでやっていた。
「中に入りなよ、その方がよく見えるよ」
しばらくすると、諏訪子はまた歩を1つ進めた。
もう早苗は何も言わなかった。
「良いのですか?洩矢諏訪子」
「構わないよ、エサの時間とフンの世話には気を使うけれども。出入りは特に気にしなくても」
「……では、お言葉に甘えまして」
諏訪子に促されて、旦那は中に入ったが。
それ以降、養蚕の為の小屋に入った後は、諏訪子と上白沢の旦那は喋らなかった。
けれども何も考えていない訳がない、上白沢の旦那は個人的な事を。
そして洩矢諏訪子は、上白沢の旦那に打つ次の一手を考えている。
それぐらい、早苗にだって理解できた。観察も推理も容易だ。
上白沢の旦那は、物思いにふけっていて視線が案外と早苗の作業は見ずに蚕の方ばかりを見るし。
諏訪子は、上白沢の旦那とは違う方向を向いて。ほくそえむのを必死で抑えていた。
そして上白沢の旦那は、ほくそえむのを必死で抑えている諏訪子にも。
気が気では無い早苗にも気づかずに質問をした。
「この蚕は、食べさせてやらねば餓死するのですか?文字通りの意味で。何匹かを一か所にまとめて、そこに葉っぱを盛ってやっても?」
「無理なんだよ、すごいよね」
この質問は、諏訪子が答えた。
ますます早苗は気が気では無い。
「いっそのこと、葉っぱで虫をかぶせてやっても?」
「口の上にあるから、食べれないんだよ」
「では、葉っぱの上に置いてやれば」
「口の届く範囲しか食べれないよ、這う力が極端に弱いから、仰向けになったら起き上がる事も、葉っぱのある場所によじ登る事も出来ない」
「そんなに弱いのか……」
「でも絹を吐き出すんだから、高級品を作ってくれるんだからすごいよね」
「私にはそんな芸当は、絹を出すなんて事はできませんけれどもね。私の出す物にいかほどの価値が……」
そう言って上白沢の旦那は、また急に黙りこくってしまった。
諏訪子は、また喋らなくなってしまった。
上白沢の旦那が喋らない限りは、自分から口を出すことは無かった。けれども頭は動かしていた。
それは上白沢の旦那も同じであるけれども……内容が問題だ。はっきりと後ろ向きであったのだから。
(私は一体、何を生み出せているのだろうか)
上白沢の旦那の思考の根底にあったのは、これであった。
蚕のように絹を吐き出す事も、金目の物は一切吐き出すことが出来ずに。
ただただ、慧音の事業である寺子屋運営の。確かに教鞭をとっているけれども、それは自分が慧音の夫だから。
慧音の好意と善意で、ただその役を与えてもらったに過ぎない。
実際問題、寺子屋の生徒たちから自然発生的に与えられた固有名詞は。
『旦那先生』である。そして生徒たち以外からの、特に稗田家中の奉公人達からの呼び名も。
『上白沢様の所の旦那様』である、いくらかの表記ゆれはあっても上白沢慧音と言う存在が、まず一番最初にやってくる。
そう、上白沢慧音のついでなのだ。
自分は上白沢慧音の夫だから、寺子屋で2人目の教師になれた。
いくらかの偶然はあったとはいえ、比較的容易に○○と……
稗田○○と仲良くなれたのも、それは自分が上白沢慧音の夫と言う。
慧音の威光によって、自らの価値が高められているから、稗田家にも易々と出入りできる身分になれたに過ぎない。
「私は金目の物を、生み出せているのだろうか」
不意に口をついた言葉は、誰にも聞かせていない。独り言である。
東風谷早苗は、作業の手を止めて。真剣に心配そうな顔で上白沢の旦那を見やるが。
声はかけるなと、諏訪子が止めていた。
その間にも、この旦那は取り留めのない思考で。どんどん後ろ向きになる。
そして、そして。いつだったかの事も思い出してしまった。
いつだったか急に、自分は周りからどう思われているのだろうかと。
慧音のような極上の別嬪から、かなり強烈に惚れられて。
稗田○○程では無いけれども、名声もお金も、立場も与えてもらって。
その返礼は出来ているのだろうか?
あの時は結局、答えが出せる気がしなくて情欲をぶつけてごまかしてしまったが。
慧音は、受け止めてくれた。
それで満足してしまった。
○○は名探偵気取りだと思う事も多かったが、妻である稗田阿求からの助力もあるとは言え。
ひらめきは本物である。
実際に、先日解決した鬼人正邪がらみの厄介ごとも。
鬼人正邪と密通している男が、どこに鬼人正邪からの贈り物を隠しているだろうかという段階になって。
寺子屋に残されている資料から、かつての成功体験の応用だとひらめき。
そして実際に、見つけた。
……あの資料も、結局は慧音がまとめた物だ。
稗田阿求が助力しているとは言え、○○が仕上げをやっているのは事実だ。
けれども自分は?
慧音に情欲をぶつけることこそあれど……そのときだって慧音は優しく。
『満足してくれたか?』と確認してきてくれるが。
酷く自分本位の生き方のような気がしてならない
今はもう、満足し続けていた自分が、酷く小物に見えてしまっていた。
それも蚕(カイコ)未満の。金目の物を何も生産できていないのだから。
「…………そろそろ、ケーブルカーの最終便が出る頃かな?」
上白沢の旦那は、考えをまとめてしまった事で。これ以上のひらめきに恵まれる事が出来なくなり。
この場を後にしたがった。
最初は却って欲しかった東風谷早苗も、憔悴を続けていくこの上白沢の旦那の姿を見れば。
ケーブルカーの話を持ち出すことは『帰れ』と言外に言ってしまうようで言えなかったが。
いざ上白沢の旦那から、帰ろうとする声を貰っても。
喜べなかった。
かといって引き止める事も出来なかった、もう日没は近い。上白沢慧音が心配するには、いやもう心配しているはずだ。
「○○さんに会ったら言ってください、最近の貴方、シャーロック・ホームズ気取りのほかに、エラリー・クイーン(※)っぽさも出て来てるって!」
東風谷早苗としたら、この程度の軽口が限界であった。
「分かりました、伝えておきます」
実際、○○の名探偵気取りに頭を痛めているはずのこの旦那は、知らない名探偵の名前を出して。
○○に対して、お前の名探偵気取りがまた酷くなったぞと言う軽口に。
全く反応しなかった。
「まぁ、○○さんは名探偵が好きですから。喜ぶでしょうけどね!」
しかたがないので、軽口のオチは早苗が付けたが。本来ならばこの種のオチは、上白沢の旦那が付けてくれた。
しかし上白沢の旦那は、何も言わずに養蚕小屋を後にした。
一番の問題は、諏訪子が付いて行ったことだ!
「諏訪子様!!」
今日一番の、悲鳴にも近い大声を早苗は上げたが。諏訪子は無視した。
「やぁやぁ、旦那さん。一個だけ別れのあいさつ代わりに言わせて」
「なんでしょう?」
「君か○○、どっちかが厄介ごと背負ってるよね?あるいは両方かな?それも秘密裏に処理したい。協力できるって、○○に伝えといてよ」
「分かりました……○○も喜ぶでしょう」
上白沢の旦那は気づいていなかったが、これはある種の証拠を。
洩矢諏訪子に提出してしまった形であった。
否定も肯定も、するべきではなかった。
続く
※エラリー・クイーン
アメリカの名探偵
作家名もエラリー・クイーンであるが、これは二人の作家による連名
>>185
思うのだけれども、さとり様
自分の価値を証明するために、わざと危険に相手を巻き込んでないか?
>>188
ヘカ様は控えめに表現しても、世界そのものだから
世界そのものを、○○のために作り変えそう
壮大すぎて、○○ですら気づかないうちに
>>189
そもそも、好かれた方が悪いのかもしれない……
あっ、慧音先生、どうもです。
これ?手作りのおにぎりっすよ。昔からおにぎりが好きなんすよねぇ、軽く塩を降って高菜をふりかけるともうね、たまんねぇっすよ!、これがあるだけでもう一生頑張れちゃうっすよ!
━━━━━━━━━━━━━
今日もよく頑張りましたのご褒美〜
どんぶりに溢れんばかりのうどんを月見で彩る...んーーーたまんねぇなぁ!こいつがあれば辛い毎日を生きていけるってもんだな!
おっと、1人になっちまうとついつい独り言が出ちまうな...麺が伸びちまうぜ。いただきまーす!
━━━━━━━━━━━━━━━
あっ、慧音先生、どうもです。
え?マジっすか!?ホントにいいんすか?ご馳走になっちゃって。あ、はいはい!それはもう喜んで!
それにしてもデッケェ家だなぁ…うちの実家の2倍あるんじゃないかって、おっ、出来たんですか?
え、俺の好きなもの…?
おほーー!!!高菜のおにぎりじゃないっすか!頂いていいっすか?
んーー!!塩味も効いてて最っ高ですよ!俺が作るのより美味しいですよ!え、まだある…?
お、おおっ、おおーー!月見うどんじゃないっすか!いい、いいんですか!?こんなにいっぱいご馳走して貰って……
はい、はい、それはもう頂きますとも!
いやぁ、どんぶりもこんなにでっかいやつにして貰ってなんと申して良いのか...いただきまーす!
んーー!!美味しい!!なんかだしの味とかもすごい深みがあるし麺ももっちりとしてて全然違うし、蕩けちゃいそうっす!もう自分の手作りの味に戻れないですよ!
ん、あれ?なんかおかしいような...んーーー?
え、麺が伸びるから早くしろ?あ、すっ、すいません!そそ、そうですよね!せっかく丹精込めていただいたんですし、伸びちゃうと台無しですよね!いただきます!
天子の日
天子「ねえ今日は何の日か知ってる?」
○○「ハイハイ、どうせ天子の日だろ?」
天子「じーっ…。」
○○「ほら、特製チケット、「何でも言う事を聞いてやる券」だ。」
天子「わーい!って、天子の日だけ、って…これなによ。○○の癖にしけてるわね。」
○○「無茶言うなよ…。あと、俺が出来る事だけだからな。」
天子「まあいいわ。さて、今日は○○に何をしてもらおうかしら。」
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天子「うーん、今日はたっぷり遊んだわ。」
○○「つ、疲れた…。」
天子「最後のお願いは何にしようかな〜?」
○○「げ、まだするのかよ。」
天子「当たり前じゃない!まだ一番大事な事を残しているのよ。」
○○「おいおい、勘弁してくれよ。財布は全部使ってしまったぜ。(よし、予想通りに目玉を最後に残してきたな…)」
天子「まだ十分は時間があるわ。うーん…」
○○「残念だったな!実はこっそり時計を進めていたんだよ!(この為に密かに特訓してきたかいがあったぜ!)」
天子「えっ……。」
○○「そういう訳で、最後の願いはキャンセルだ。いやあ、残念だったなあ。」
天子「ふーん、○○ってそういう事言うんだー。」
○○「うっ、約束は約束だぞ。」
天子「それなら今なら大丈夫だね。今日も天子の日、だし。」
○○「…はっ!そうだったか!騙したな天子!」
天子「○○がそれ、言うかなぁ?まあ、大丈夫だよ。最後のお願いはお金は一文も掛からないからね。うふふ…。」
>>189
迷った人と会う辺り、アリスが似合いそうな雰囲気でした。
>>197
諏訪子様は一体何を目的にしているのか。影で自由に動きつつ、大事な場面で不意に浮上してくるのでしょうか。
乙でした。
>>198
歴史に関わる慧音先生には、この程度は造作もない事なのでしょうね。
>>197 の続きとなります
○○は、昨日は深刻さを隠す為に遊んでいるふりでやっていた将棋で、二歩を見逃すと言う大チョンボからの回復は結局あきらめた。
だからあの大チョンボを利用する方向に動いた。
幸いにも上白沢の旦那が、二歩は自分が用意した罠だと。いつ気付くか試していた、などとうそぶいてくれたのが助けとなった。
……問題は上白沢の旦那が思わず口走ったこの言葉を、当の本人が完全に無意識で口走っており。
全く気付いていない、覚えてもいないと言う点であるけれども。
それに関しては、残念ながら今は何もできない。
○○はそれよりも、横領被害の実態把握に全神経を傾けるべきだと考えていた。
それ前の間、阿求には申し訳ないとは返す返すも考えてしまうが。
仮病と言う訳でもないが、何となく精細を欠いたような動きを見せて。○○は阿求からの追及を何とかかわして行くことに決めたのだけれども。
「え?旦那さんが。熱を出して寝込んだって?」
最悪の場合は1人で、この横領被害の実態を掴もうと言う決心を起床時に付けたと言うのに。
間髪入れずに、悪い報告がまた持ち上がった。
(ジリ貧どころじゃないな……明らかに下降線に乗ってしまっている。俺1人で何とか出来るのか?)
「はい、そうなのでございます。○○様。上白沢様の所で、布団から起き上がると同時に夫様が倒れられて。永遠亭に担ぎ込んだと」
○○は神妙な面持ちで、暖かいお茶を口に含みながら聞いているが。
奉公人からの声は、心の中での考え事に夢中で。聞こえていないとまでは行かなかったが、うんともすんとも言えなかった。
しかし、これはまだ誤魔化しのきかせやすい部分であった。
上白沢の旦那と○○は、公私ともに頻繁に交流があると言うのは。別に隠すような事では無い、周知の事実だ。
昨日も――間を取るためとは言え――二人で喫茶店で会話をすることが出来る程度には仲が良い。
昨日の会話が、深刻さなど全くない雑談であれば。全く持って普段の光景そのもので、終わらせることは出来たのだけれども。
「心配だな……」
○○は湯飲みの中に残ったお茶を眺めながら、1人ごちる。
「本当に……その通りでございます。上白沢先生は、今日の授業は宿題の採点と課題用紙を何枚かするだけで。昼までには終わらせるとの事です」
「……そうか」
○○は残ったお茶を、冷める前に飲み干しながら言った後。少し思案顔になった。
傍から見れば、そして二人の関係を考えれば。
この思案顔は、○○が上白沢の旦那を心配しているようにしか見えなかったのは、○○としても助かった。
……確かに心配はしている。
けれども周りの考える心配と、○○の考える心配は。全く持って別方向を向いているのは。
○○としても自覚していたし、そして横領被害と同じく隠さねばとも即断出来た。
そもそも上白沢の旦那は、昨日の時点からおかしかった。
演技などでは無くて、確かに精細を欠いていた。
本人の言なので、疑う余地は無いが――だから余計に厄介、そして深刻だ――寺子屋の授業でも小さな失敗を連発したようだ。
その言葉を聞いた時、○○としてはもっとうまいやり方、せめて下手でも慰めをするべきだと。
熱を出して倒れたと聞いた今になって、ようやく思い至った始末であった。
あの時の○○は、上白沢の旦那から授業で小さな失敗を連発したと聞いて。
心の中で小さく詫びた、それだけで済ませてしまった。
近くには阿求が手配した、護衛兼周囲の監視役がいたはずだから。
あまり深刻な話題を長引かせたくなかったので、小さくて短い返事をしただけで立ち去ってしまった。
だがあの時、短くても良いから。急にこんな話題を君におっ被らせてすまないぐらいは、言ってよかったのでは。
覆水盆に返らずとはこの事である、そこそこ跳ね返りの強い性格のあの上白沢の旦那ならば。
少しの憎まれ口と一緒に、『いまさら外野には置けんぞ、協力させろ』ぐらいの事は言いそうな性格だ。
そしてその種の言葉を口走れたのならば、言霊と言うのは、はっきり言って全く馬鹿に出来ない存在だから。
あの旦那の中で気力と言う者が醸成される、その手助けとなったはずだ。
結果論と言われればその通りだが、自分は友人の健康すら損ねる始末になってしまった。
…………上白沢夫妻の場合は、まだまだ長生きするはずなのだから。
それを考えると、非常に心苦しい。
「……心配だな、今は永遠亭?それとも自宅に戻れたのかな?」
「詳しい診断は分かりませぬが、永遠亭から帰ってきたのは確かでございます。今日の授業は、宿題の確認と課題用紙をやるだけで
なので、昼までには終わらせるとは連絡網で回って来たことは聞き及んでおります」
ひとまずは、少しばかりの安堵が出てきた。
けれども、だからと言って上白沢の旦那を無視する運びにはならない。
周りの人間とは違う方向性とは言え、心配をしているのは確かなのだから。
「そうか……昼まではあの旦那1人なのか」
ならば、昼までならば上白沢慧音に聞かれると言う心配を感じずに。あの旦那から少しは聞き取れるかなと考えた。
何も無ければそれでいいのだが、ここまで急激な変化を知らされれば、裏側を考えずにはいられない。
「お見舞いに行かれますか?」
湯飲みのふちを、指でツツツと撫でながら壁時計を見て。何時間ぐらい話せるかな、そうは言っても熱が出たのは本当だから。
等と考えていたら。
妻である阿求が、横から急須を持って。お茶のお代わりの必要かどうかを確認しながら聞いてきた。
阿求の後ろ側には、書類を保管するタンスが合った。
無論、その一部は○○が使っている。そこの、とある引き出しの、一番奥に隠すような形で。
○○は自身に横領被害を被らせた、実行犯と思しき人間の名前を書きだしており。
それぞれに、白の要素と黒の要素も羅列して。推理の助けとしている。
……偶然だと思いたかったが。
阿求の真後ろに、その絶対に見られてはならない。被害の確かな証拠を羅列した文章が眠っているタンスがあったのだ。
思わず○○は、その文書が入っている引出に目をやりそうになったが。
寸での所で、阿求ならそれだけで何かに気付きかねないと。第一昨日の二歩を見逃した件を。
阿求が、忘れるはずは無いと思い直して。眼球周辺の筋肉が、急発進と急減速をほぼ同時に命じられた事で。
若干のこわばりを、自分でも分かるほどに隠せなくなってしまいそうだったので。
「ああ、阿求。散歩がてらに様子を見てくるよ……上白沢先生も、すぐに帰ってくるとは思うが。少しは隣に誰かいた方が安心してくれるだろうし」
そんな、全くの嘘では無いけれども。あまり意味の無い事をつらつらと喋りながら。
阿求の手から急須を受け取り、顔面の特に眼周辺の筋肉のこわばりを見られたくなかったから。
急須は丁重に、食卓に置いて。阿求の小さな体を、○○の小膝に乗せて。少しばかりイチャつくような姿で、間を作った。
その姿は、いつもの事だ。ならばその後に来る展開も、○○は簡単に予想できる。
「では、私はこれで。何か御用がおありでしたら、および立て下さい」
家中の者は、稗田夫妻が不意に互いが互いを求め合う様子を見るのに慣れている。
こういう時、年季が多ければ多いほど。家中の奉公人は即座に、稗田夫妻から離れて。
夫妻だけの時間を作ろうと努めてくれる。
この素早さには、○○も大いに助けられている。
場面の展開として、これほど優秀で即効性のある状況も、そうそうないであろうから。
本当に……稗田家の奉公人は、上から下まで優秀な人物がそろっている。
そう思いながら、○○はタンスの方向に目をやった。
今度は阿求が自分の小膝にいるので、見られる心配は無い。
「季節の変わり目だからなぁ……お汁粉でも買って行こうか。それとも快気祝いの方が良いかな…………」
お汁粉と言って、思い出した事があった。
「そう言えば、上白沢の旦那は。塩気のある物の方が好きなのかな、この間もおせんべいを持ってきてくれたから」
妻である阿求の嗜好には敏感――阿求は塩気のある物が好きだ――であるけれども、そう言えば他人が何を好きかはあまり考えたことが無かった。
平時であれば、上白沢の旦那辺りから『依頼が絡まなければ、他人にはほとんど興味が無いんだな』ぐらいの苦言はいただけたであろう。
「そうですね、でしたらせんべいなどはお見舞いには向いていませんし……急に用意するのも嫌らしいですから。快気祝いでよろしいのでは?」
「そうだね、阿求……確かこの間、旦那さんが持ってきてくれたおせんべい、阿求が好きな味ばかりだったよね」
「ええ、よく覚えてくださいましたねあなた。あの店は少し味が濃いので、男性向けとされがちですが……私はあれぐらいの方が好きなのですよ
塩気があると、暖気を感じられますから。生姜醤油味ならば、最高ですね」
阿求が味の好みの話をしているのを聞きながら、飲み干された味噌汁の器の底を○○は眺めた。
稗田家で供される食事の味付けは、高貴な家柄らしく上品な味付けであるから……
つまるところ、薄味に仕上げられるのが殆どであった。
阿求の体が寒さを毒としているから、生姜等と言った体を温める薬味を好むのは、自然の成り行きかもしれなかったが。
味付けの濃い物が好きと言うのは、多分、稗田家の味付けが単純に好みからは遠いのかもしれなかった。
「帰りに、おせんべいでも買って帰るよ。せっかく天気も良いから、昼ごはんまでには帰るけれども、散歩もしてくるよ」
永遠亭から自宅に戻っているのだから、そうそう重病では無いはずだ。
そうは思いつつも、○○は。不安の種があちらこちらで芽吹いているのを、心中で感じ取っていた。
無論何も無いかもしれないし、と言うよりはそれを望んでいた。けれども、それが薄い望みである事は○○も分かっている。
季節の変わり目に、○○からの衝撃の告白。横領被害を受けていると言う告白を受けたのだから。
心理的に何も無いはずが無い。
……けれどもそれだけで、永遠亭に担ぎ込まれるほどの高熱を出すだろうか。
聞いた話ではあるけれども、起き抜けにまともに歩けずに倒れてしまったと言うではないか。
いや、いや……それだって。
立派に一線の向こう側に立っている上白沢慧音からの言葉のみ。
しかも自分は、その事実を家中の人間から聞いただけ。又聞きよりも酷いかもしれなかった。
だから、口づてに伝わるうちに。妙に重症化している風に伝わったと……正直、そっちの方が良かった。
「ああ……見舞に来てくれたのか?」
けれども、上白沢慧音が大慌てで。そのせいで話が大げさに伝わってしまったと言う。
せめてもの希望は、病床の上白沢の旦那を見る事で。粉々に打ち砕かれてしまった。
「何があった?」
○○はキョロキョロと、上白沢宅の中を見回し。奥まで確認して、確かに上白沢慧音がいない事を断言出来てから、言葉を紡いだ。
何かが有ったのは明白だ、少し考え事を続けすぎたせいでは、ここまで酷くはならない。
「そうだな……昨日、あの後に洩矢神社に行ったんだ」
○○の表情筋が少し強張ったが、高熱で半分夢うつつの上白沢の旦那は気づかなかった。
しかし、よりにもよって散歩先に洩矢神社とは!
前回の事件、鬼人正邪がらみの厄介ごとの最終局面で利用した自分が言うのは、甚だしく筋違いなのは分かっているが。
あの後、洩矢神社の一柱である洩矢諏訪子は。
遊郭と稗田家の間に立って、密会場所を提供したり。稗田家の動向をそれとなく伝えると言った役回りを。
外の言葉で言うならば、フィクサーと言った役回りを好んでやっている。
いつだったか東風谷早苗と不意に、散歩先で出くわした時。
『諏訪子様は調整役だとか言って、うそぶいていますけれども……』
等と、全く評価していない重々しい声で、○○に聞かせると言うよりは思い出して嫌気がさすと言った様子であった。
東風谷早苗から、前回の依頼を解決する際に天狗の情報網と監視網を借りた恩恵はまだ続いており。
しかもそれは○○よりも、阿求の方が使えると大いに評価して気に入っており。
さすがに毎日では無いが、遊郭街の動向を大体週に一回ぐらいの頻度で。
天狗の新聞では無くて、新聞になる前の生の情報と言う奴に触れている。
大言壮語と派手な見出しで耳目を引く天狗の新聞と違って、カラス天狗が任務として行った情報収集活動の成果を手にしているのだ。
敵だと認識している遊郭内部の情報であるから、阿求がいつどうやって天狗からその情報を引き取っているのかは分からないが。
それでも、遊郭街においては、忘八達のお頭とは違う存在による統制が生まれた事。
しかもその新しい統制は、阿求にとっては好ましい状況であるらしく。
阿求と一緒に風呂に入っている折に、気分が良くてつい口をついたあの言葉はよく覚えている。
『洩矢諏訪子さんったら、遊郭街で女を抱いているそうで……まぁ、神様ですから男も女も無いんでしょうね』
結局それ以上の事は教えてもらえなかったが、洩矢諏訪子が暗躍を始めているのは知っていた。
(クソ……洩矢諏訪子の性格を見誤った)
高熱に浮かされて、『そうだな』といったっきり、うわ言のように『えー』とか『あー』とか言って思い出そうとしているばかりの上白沢の旦那の横で。
○○は洩矢諏訪子の謀略を案外好んでいる性格を見抜けなかった事を、悔しがった。
東風谷早苗の真っ当な性格と、豪快であるが常識的な判断が多い八坂神奈子の陰に隠れている事を。
もっと考えるべきであったと、○○は悔しがった。
「洩矢神社という事は、洩矢諏訪子に?」
上白沢の旦那は、布団に寝ているのに眼が回っているので。仕方なく○○が、聞きたい事だけを聞くことにした。
「あ、ああ!そうなんだ!」
洩矢諏訪子と言う名前を聞いた瞬間、上白沢の旦那はガバリと起きそうになったのを。○○が宥めた。
こんな姿を上白沢慧音に見られたら、自分であってもどうにかなってしまう。
そうなると、上白沢慧音と稗田阿求の仲が間違いなく、こじれてしまう。それだけは避けたい。
「何を言われた?」
「見抜いてくれた」
その言葉を聞いた時、○○の脳裏には改ざんされたいくつもの領収書が見えた。
だが先走らずに、落ち着いて。
「何を見抜いたんだ?」
と聞くのみである。無論、間違っても『くれた』等と言って、ありがたがる気は無かった。
「俺たちが、厄介ごとを抱えている事をだ」
○○は眼を見開いて、驚愕に震える体を抑える事が出来なかった。
「それで、何という風に返したんだ?返答は!?」
思わず語勢が荒くなった。病人を前にしてやる行動では無かったが、暗躍が好きそうな洩矢諏訪子の影を前にして。
神を前にして、平静を保てというのが無理な話である。
「協力できると言ってくれた、○○も喜んでくれるだろうと言っておいた。あの人は中々優しいよ、俺みたいな、慧音のついで。あるいはオマケにも優しいから」
○○は眼を見開く事しか出来なかったが、○○だって神を前にしていつもの状態を維持できていない。
そう考えれば、上白沢の旦那が不用意に応えたのも。無理からぬ話かもしれなかった。
――しかし一つだけ言えるのは、○○は遠からずのうちにもう一度、洩矢諏訪子と会わねばならぬことであった。
……無論、1人で。
上白沢の旦那はこんな状況であるし、阿求に知らせる訳にも行かない。そうすれば、横領被害が白日の下に晒され。
血の雨が降ってしまう。
……そもそも、友人であるこの旦那をこんな目に合わせた張本人、そうとすら思っていた。
「言ってみれば俺は、慧音の腰ぎんちゃく……もっと酷い例えを言えば金魚の――
「もう良いから、寝て早く体を治せ!!」
しかしこのまま洩矢神社に乗り込んで、友人に何をやったと聞きだすのも。
洩矢諏訪子の思った通りになりそうで。そこが癪であった。
「あら?」
○○が今から洩矢神社に乗り込んでやろうかと、そんな事をいくらか思う頃になった折。
稗田邸にて、夫である稗田○○の帰りを待っている阿求は。ちょっとした間違いを見つけた。
「……今日の荷物、このおせんべいは私しか頼みませんのに。夫の荷物に紛れていましたわね」
「……そもそも、夫も私もこのおせんべいは、今日頼んでませんのに。まぁ、あれば食べますけれども」
「……そもそもあの人は、甘い物の方が好きなのに。○○が頼むとは思えませんのに」
全ての事柄は往々にして、上手くいけば上手くいくほど。どこかで慣れと言うか、舐めた感情が出てくる。
それが犯罪に関わるものであれば、相手に対する舐めると言う感情は。
他の事柄に比べて、大きくなりやすい物であった。
全ての犯罪は、過度な冒険心と調子に乗った心と、相手も同じだけの知性を持っている可能性を考えない。
それが原因でほころぶものであるのかもしれない。
続く
>>198
やっぱり先回りは典型的だけれども、実際にやろうとしたら大変だから
愛が重くていい
>>199
もしかして天子さん……○○を天界に連れて行った?
確か天界の時間の流れって、1日で下界でいう所の50年とかそういう流れ方してたはず……
○○「……どうすっかな」
諏訪子「ありゃ、○○じゃない。そんなところで何してるの?」
○○「……諏訪子さんか。なんでも……いや、ちょうどいいか」
諏訪子「なになに?何か悩み事かな?私でよければ聞くよー」
○○「じゃあ、一つ聞きたいんですけど……」
○○「幻想郷から外の世界に帰ることってできるんですね」
諏訪子「え……?……っ!?」
○○「その反応で確信しました。本当に帰れるんですね」
諏訪子「……鎌をかけたんだね」
○○「はい。まあ、こっちには来られるのに向こうには絶対帰れないなんて不自然でしたし、この考えに行き着くのは当然ですよね」
諏訪子「……○○、あのね──」
○○「あ、隠してたことに対する説明も言い訳もいいです。で、もう一つだけ聞きたいんですが、もしかして俺がこの世界に来たのも仕込みですか?」
諏訪子「……そ、れは……」
○○「あ、はい、わかりましたもういいです」
諏訪子「ま、待って!話を聞いて!」
○○「はあ、その話を聞いて今俺が感じているものを払拭できるんですか?」
諏訪子「あ、う……」
○○「はは、できないんですね。ちょっと一人にしてもらえます?あ、返事とかいいんで」
諏訪子「っ……」
○○「……行ったか。はあ、諏訪子さん相手でもあんな物言いしちまうってことは相当頭に来てるんだな、俺」
○○「どうしたもんか……って、行くしかないわな」
○○「あーあ、こんなことなら知らなきゃよかった」
○○「というわけだ、帰してくれ」
早苗「お断りします」
○○「なんだ、もっと焦って縋ってくると思ってたけど、堂々としたもんだな。開き直ったか?」
早苗「そうですね。知られてしまったのでしたら仕方ありせんから」
○○「……そもそも、なんで俺を連れてきた?」
早苗「○○君を愛してしまったので」
○○「異世界に無理矢理連れてきて、そんな素振りも見せずまるで善人のように保護して、外に帰れないと嘯いて傷心につけ込むのがお前の愛なわけだ」
早苗「すみません、そこは私の我儘です。ですが愛しているというのは本当です。貴方が望むならなんでもしますよ?多少の例外はありますが」
○○「例外ね……今後、どうするつもりだ?」
早苗「と、いうと?」
○○「俺はお前がどんな奴かを知った。帰すつもりが無いことも。だからこれまでと同じ接し方はしないつもりだが、お前はそれに対してどうする?」
早苗「どうもしません。これまでのように○○君に尽くすつもりです」
○○「俺が今すぐ殴りかかったらどうする?」
早苗「どうもしません。それで○○君の気が晴れ、心穏やかに過ごすことができるのであれば受け止めさせてもらいます」
○○「殺すかもしれないぞ?」
早苗「○○君がそれを望むのであれば本望です。あ、ですが、それなら先に二柱への説明をさせていただけますか?○○君が謂れのないことで責められるかもしれませんので」
○○「……お前を殺した後、俺は外の世界に帰ると思うんだけど?」
早苗「はい。ですが、私の望みは私と○○君、どちらかの最期まで○○君の傍にいることですので」
○○「狂ってるよ、お前」
早苗「すみません」
○○「……はあ、もういいや、疲れた。早苗、膝枕してくれ」
早苗「…………よろしいのですか?言いたいことを言っても、殴っても、犯してもいいのですよ?」
○○「よろしくねえけど、何言っても無駄だろうし、何やっても喜ぶだろ、お前」
早苗「わかりませんよ?」
○○「……いい性格してるよ、ほんと。ま、殴っても爽快感より罪悪感が勝ると思うし、自分のやりたいことするわ」
早苗「…………」
○○「覚悟しろよ?えげつねえ我儘言うし……あと、一生許すつもりはないから、そこは勘違いするなよな」
早苗「……はい、心に刻みます」
○○「よし。あと、さっき諏訪子さんにわりとキツイこと言っちゃったからフォローしといてくれ」
早苗「……なんといいますか、○○君って優しいですよね。諏訪子様も神奈子様も私の協力者ですよ?」
○○「諏訪子さんも加担したんだから悪いんだろうけど、そもそも元凶がこれだし」
早苗「ですねえ」
○○「お前な……まあいいや。ほら、それより膝枕」
早苗「はい!」
お人好しとガンギマリって相性いいんじゃないかなって
この早苗さん間違いなくヤベー奴なんだけど恋人にしたら楽しそう
いい性格したガンギマリヤンデレ……いい
○○が外に帰れることに気づいたのも早苗の誘導なのでは?ボブは訝しんだ
たとえ、呪詛や恨み辛みのこもった感情をふつけられたとしても
無視よりマシ、無視は一切の変化が存在しない
慧音「今日は席替えをするか」
あいつもこいつもあの席を
ただひとつ狙っているんだよ
このクラスで一番の○○の隣を
命がけだよ〜()
そもそも慧音先生が作ったくじ引きだったら
仕組まれてる可能性高いよね
最近「この幻想少女のヤンデレが見たい」じゃなくて「こんなアイデアが浮かんだからヤンデレが書ける」みたいな動機でSS書いてる自分の存在に気が付いて「どうしてここでSS書いてるんだろうなぁ」という思いに囚われ始めている
初心を取り戻すために推しで一つ
「君、いつも独りだよね」
○○と出会ったのは、行きつけの居酒屋だった。席で一人酒を楽しむ私に彼がこう話しかけてきたのだ。
「一人が好きなのよ」
「それなら、どうして頻繁にこんなところに来ているんだい? 酒は自宅でも呑めるだろ?」
私は○○を睨んだ。が、彼は気圧される様子もなく言葉を紡ぐ。
「おぉ、こわいこわい。そんな顔して酒を呑むんじゃあないよ。酒が可哀想だ」
「それは、そうかもしれないけど」
「あ、女将さん。熱燗ひとつ」
彼はなかなか気まぐれだった。
「えーっと、どこまで話したっけ」
「酒が可哀想だ?」
「その前。
ああ、そうだ。君はどうして居酒屋に来ているのかって話」
「それは……」
正直なところ、私自身よく分からない。
私が答えに窮しているのを見て、○○は話し続ける。
「俺から見るとね、君は口ではなんだかんだ言いつつも人恋しいんじゃないかって感じがするんだよ」
「なっ」
「可愛い子がそんな構ってちゃんな雰囲気出してたら声の一つもかけたくなるだろ?」
「よっ、余計なお世話よ」
私は彼を突き飛ばすと、おあいそを置いて逃げるように店から出た。
可愛いだなんて言われたのはいつ以来だろうか。そんなどうでも良いことが頭の中をぐるぐる回っていた。
あの日以来、○○とは度々一緒に呑むようになっていた。私が独りで呑んでいるところに彼が割り込んでくるのだ。
いつの間にか私も観念して、隣の席を空けるようになった。いや、また彼と顔を合わせることを承知であの居酒屋に通っていたのだから、最初から観念していたのかもしれない。
そうした日々を過ごしているうちに、私は居酒屋以外でも四六時中○○のことばかり考えるようになってしまった。ああ、むしゃくしゃする。どうしてあんな人間のことなんか。
彼の前では必死に顔に出さないようにしつつ、気が付けば目で彼のことを追っている。一緒に呑んでいる間だけでは飽きたらず、頭の一つに彼の尾行をさせて家までついて行かせたほどだ。
「ねぇ、あんたは私のこと、どう思ってる?」
私は○○に度々そう訊くことがあった。彼の返事は決まってこうだった。
「嫌いじゃないよ。蛮奇ちゃんと呑む酒は最高」
私は本気で訊いているのに、彼ははぐらかす。そういうことをするから、余計に恋い焦がれてしまう。
でも、今日ばかりは追及の手を止めるわけにはいかない。
「風の噂に聞いたんだけど、あんた、お見合いしたんだって?」
彼の眉がピクッと動いた。
「ああ、職場の上司の娘さんとな」
「良い人?」
「顔は蛮奇ちゃんほどじゃないが、明るくて気立ての良い子だったよ。あと──」
「ごめん、私が訊いといてなんだけど、これ以上は止めて。
あんたが私じゃない女のことを楽しそうに話してるの、なんだか
ムカつくから」
嫌な沈黙が○○との間に流れた。
「私ったら勝手に盛り上がっちゃってさ、馬鹿みたい。
なんかゴメン」
私は手元の酒を呷った。いくらか視界がすっきりした気がする。
「私は○○のことが好きなんだと思う。
○○は私のこと、好き?」
我ながら卑怯な女だ。こんな訊き方をしたら、いいえとは言えないじゃないか。
「私のことだけを見てよ。
ほら、私は人恋しい構ってちゃんだもの。分かってて近づいたんでしょ? 責任とってよ」
妖怪である私が、ただの人間に過ぎない○○に泣き縋っている。○○と出会う前はとても考えられなかった光景だ。
そんな私の姿を目にして、○○は微笑んだ。
「蛮奇ちゃんの素直な気持ちが聞けて、俺は嬉しいよ。
言われなくても責任をとるつもりさ。お見合いは断ったよ」
事の次第は知っていたけれど、○○の口からその言葉を聞けて私は心底ほっとした。
「ところで、お見合いの話は誰から聞いたんだ?」
「乙女には人には言えない秘密の一つや二つあるものよ」
四六時中あなたのことを監視しているだなんて告げたら、嫌われてしまうかもしれない。
彼なら笑って許してくれそうな気もするが、もしもを考えるとどうしても言えなかった。そして、まだ○○のことを信じきれない私のことを、私は切なく感じるのだった。
パチェ「○○は外の世界の出身なのよね?」
○○「ん?ああ、そうだよ」
パチェ「じゃあ、やっぱりあるんじゃないの?」
○○「なにが?」
パチェ「幻想郷には無い外の世界の料理が食べたい、なんて思うことが」
○○「あー、まあ、あるな」
パチェ「ふーん、咲夜の作るものじゃ不満なんだ?」
○○「その言い方はずるいと思うぞ」
パチェ「冗談よ。ねえ、例えば何を食べたいの?」
○○「言っても分からないだろ?」
パチェ「まあまあ、いいじゃない」
○○「妙に食い下がってくるな。んー、そうだな、ハンバーガーとか?」
パチェ「ハンバーガー、ハンバーガー……あれか。○○はどこの店の何が好きなの?」
○○「うーん、迷うけどやっぱりマ○クのビッグ○ック……って、あれ、なんでパチュリーが店のことなんて──」
パチェ「さて、私は用事ができたからちょっと離れるわ。○○も仕事に戻っていいわよ」
○○「え、おい……なんだったんだ?」
────────────────────────────
パチェ「はい」
○○「はいってお前、先に私室に呼んだ理由を…………え?ビッグマッ○セット?なん……え!?」
パチェ「くすくす、いい驚きっぷりね」
○○「いや驚くだろ普通。え、なに?幻術か何か?」
パチェ「いいえ、本物よ?ほら、食べてみなさい。期待は裏切らないと思うわ」
○○「変なもの入ってない?」
パチェ「入れる理由がないもの」
○○「たしかに。まあ色々聞きたいことはあるけど……いただきます」
パチェ「……どう?」
○○「すげえ、マジでビッグマ○ク……ん?」
パチェ「美味しくない?」
○○「いや、美味い……んだけど、久しぶりに食べたせいか?なんか美味過ぎる」
パチェ「美味しいのね?……よかった」
○○「もしかして何か混ぜたのか?」
パチェ「混ぜたというか、改良したのよ。貴方が今食べてるそれ、私がさっき作ってきたんだもの」
○○「つく……は?え、どうやって?」
パチェ「実物を分解して成分を調べて、貴方の好みと栄養を考えて組み合わせて再構築……要は調理ね。調合は得意だし、錬金術も苦手ではないからわりと簡単だったわ」
○○「魔女すげえ。けど、肝心の実物とか材料はどうやって持ってきたんだ?」
パチェ「そこは八雲の賢者との取引。まあ、貴方が満足してくれたのならあの術式を渡しても全然お釣りがくるわ」
○○「貴方がって、俺のために?」
パチェ「そうよ。あ、ハンバーガー以外でも外にしかない料理はほとんど覚えちゃったから、食べたいものがあったらなんでも言ってね……栄養バランスを考えると毎日は駄目だけど」
○○「……なんでそこまでしてくれるんだ?」
パチェ「あら、女が男にこれ程のことをする意味、本当にわからない?」
○○「……今わかった。その、ありがとう」
パチェ「いいのよ、私がしてあげたかっただけだもの。ああ、答えは急がなくていいし、私を選ばなくても恨んだりしないから安心して」
○○「良い奴過ぎて裏を疑うレベルなんだが」
パチェ「じゃあ、今答えを出してくれる?他の子の方がいいなんて言ったら恨んであげるわ」
○○「すみませんでした」
パチェ「それでいいの。さ、せっかく作ったんだから全部食べていってね」
○○「おう。改めて、いただきます」
パチェ「はい、召し上がれ」
────────────────────────────
パチェ「これで食欲は押さえられた……いや、あんなジャンクフードだけではなく日本食ももっと質を上げて……」
小悪魔「なんと言いますか、パチュリー様は用心深いのですね」
パチェ「用心深い?」
小悪魔「はい。この幻想郷で○○さんの故郷の味を作れるパチュリー様のアドバンテージは凄まじいと思うのですが、それでも上を目指しているようですので」
パチェ「アドバンテージ?貴女はさっきから何を言っているのかしら」
小悪魔「え?他の女性を制して○○さんの恋人になるための行動なのでは?」
パチェ「違うわよ。私は○○の欲求を全て満たしてあげたいだけ」
小悪魔「……はい?」
パチェ「○○が辛い思いをするのが嫌で、○○に笑っていてほしい。だから私が○○の不満を取り除くの」
小悪魔「え、あの、でもさっき、○○さんに告白じみたことをしてましたよね?お付き合いしたいんですよね?」
パチェ「そうなればこの上ない喜びだけど、別に○○が他の女と好き合っても問題ないわ。○○が幸せでいられるのなら」
小悪魔「えぇ……」
パチェ「ああ、違うか。そうなれば私が影で○○を幸せにし続けるの。ふふ、とてもやりがいがありそう」
小悪魔「……ちなみに、○○さんが誰かとお付き合いして、その誰かが○○さんを悲しませたりしたら──」
パチェ「言ったでしょう?○○の不満は取り除くわ」
小悪魔「で、ですよねー」
パチェ「ああ、貴女○○が好きなのかしら?いいわよ、好きにアタックしなさいな。ただ──」
パチェ「何があっても○○を幸せにしなさいよ?」
小悪魔「し、しませんしません!あ、幸せにしないってことじゃなくて、そもそもアタックとかしませんってことです!」
パチェ「あら、そう?」
小悪魔「はい!私は○○さんとは絶対にどうにもならないのでご安心ください!では!」
パチェ「……行っちゃった」
パチェ「ま、いいわ。さて、どうしましょうか。料理は……まあ今はこれでいいか。先に睡眠の質を上げる魔法の開発を……いや、私が選ばれる可能性を考慮して閨事の作法を……ああ、私の容姿に飽きるかもしれないし変身魔法……うーん、幻術の方がいいかしら?」
パチェ「ふふ、やることが山積み。ああ、恋って素晴らしいわね」
>>214
向上心のあるヤンデレは見てて応援したくなるから最高
レミィぐらいの距離感から観察してたい
>>213
この正常な思考が嫉妬や独占欲で崩れていく様子がヤンデレの醍醐味だよね
>>215
愛は真心とはいうけどパッチェさんちょっと極まりすぎじゃないですかね……でもこういうの大好き
>>207
○○が、罪悪感の方が勝るからやめとくと言ったが
だからこそ早苗は気に入ったんだろうな
幻想郷と言う異世界で唯一、神奈子と諏訪子と言った神様よりも自分に近い存在
それでいて、眉根をひそめながらも近くを歩いてくれる。惚れるわな
>>213
この後、○○の有利に事が運ぶように(○○以外はどうなろうと知らない)
暗躍を見せてくれそう。それを考えると、ゾクゾクする
>>215
掛け値抜き、損得勘定抜きの献身
王道中の王道だと思ってる
次より、懐の中身に対する疑念の5話を投稿いたします
「何だ諏訪子……今日は早いんだな」
洩矢神社にて、社殿にやってきた八坂神奈子は呟いた。
神奈子の眼の先にいるのは、ざっくばらんな会話が出来るほどに仲も良ければ年季もある相手。
その上この時の神奈子の口調は……呆れと言うか諦めと言うか。そう言う弱々しさが表に立っている声色であった。
そう、今の洩矢神社で神奈子がそんな疲れを見せながら声をかけるのは。
フィクサーを気取って、遊郭街にて存在感を増し続けている。洩矢諏訪子以外にはいなかった。
「あー……うん。今日ぐらいは早めに帰って、早起きしておかないと不味いかなと思って」
少しは真面目な事を言ってくれていそうな諏訪子であったが、しかしながら彼女はその実全く真面目では無い。
今の諏訪子の姿は、しかめっ面を浮かべながら熱いコーヒーを飲んでいるだけであった。
……そうは言っても諏訪子は神様だから、神様であるという事を知っている者達からすれば。
『洩矢様は何ぞ、難しい事をお考えでいらっしゃる』ぐらいには、幸いにもそう考えてくれる信者は多い。
「昨日も、行ってたんだよな?」
けれども八坂神奈子は、洩矢諏訪子とは旧知の仲である。少なくとも昨夜に置いては何をやっていたかぐらいは、理解できる。
「もちろん」
「……そうか。それから、早苗から伝言だ。暗躍は遊郭街の内部だけにしてくれとさ。人里での情報収集は早苗がやるから……
要するに、昨日みたいに上白沢の旦那にちょっかいを出すなとさ」
「無理だよ、それは。そうは言っても遊郭は、人里に置いてもっとも金を稼いでいる機関だ。稗田と全く関わらないなんてありえない」
……神奈子だって、長年の付き合いからくる直感があるから。諏訪子が早苗からの伝言と言うよりは忠告を。
それを素直に聞き入れるとは到底思ってなどいなかったが。
いくら何でも即答は酷いだろうと、そうとしか思わなかった。
「それでも諏訪子、答えを腹の底にしまうぐらいの――
思わず神奈子は声を荒げそうになったが、寸での所で気づいて外の方向へと目をやったら。
早苗の姿が見えた。見える程度の距離なのだから、ここで声を荒げればまた何かがあった事ぐらい、気づかれてしまう。
幸い、早苗は信仰してくれている人間と何かを話している最中だったので。
神奈子からの言葉を、諏訪子がひらりと受け流してしまった事に激昂しかけた、その表情や雰囲気に対して。
どちら共に読み取られることは無かったが。
「え!?」
その代り、早苗の方が何かの異常事態に見舞われてしまい。短い言葉であるけれども、切っ先の鋭い声を上げてしまっていた。
無論、フィクサーなど柄では無いと言う神奈子は早苗が見せた様子に、何が起こったのか見当がつかずに緊張感を走らせたが
「ああ……やっぱりか。昨日は早じまいしておいてよかったよ」
諏訪子はと言うと、熱いコーヒーを飲み干しながら。何かの予測が的中した事を喜んでいたが。
その喜ぶ表情は、黒々しい物が際立っていた。それが神奈子を珍しく苛立たせた。
「お前は出るな、私が行く」
「うん、まぁ。一旦任せるよ」
諏訪子が立ち上がりかけたところを、完全に阻止する形を取りながら。神奈子はずんずんと境内に降りて行った。
しかし諏訪子はと言うと、しばらく――と言っても10秒すら無い――考えた後、些末だと思ったのか。
半端に浮き上がらせた腰を、何だかんだで浮き上らせたが。
それは奥の方に置いてある、ポットで新しいコーヒーを入れるための起立でしかなかった。
神奈子から機先を制されたと言うのに、諏訪子のあの態度は。
どうやら諏訪子の中では、もうだいぶ図柄と言うのが出来上がっていて。
今は別に、自分が表に立とうが立つまいが。そのどちらを取っても多勢に変わりは無いという事なのだろうか。
それとも戯れに上げた観測気球の一部であるから、重大視していないのだろうか。
だがどのような設計図を、諏訪子が脳裏にて描いていたとしても。それを諏訪子は教えてくれないだろうし。
自分は……もう一度早苗の表情を確認したら、その顔が青ざめていた。
そんな状態の早苗を放っておくことは出来ない、後手後手に回っている事は理解している。
それでも自分は、青ざめ表情の早苗の隣に『いなければならない』のだ。
あの子には、多かれ少なかれとは言え。間違いなく無理をさせて、幻想郷に連れてきてしまった。
その負い目……諏訪子はそこにだけは手を出さず、茶化すことも無いが。
……諏訪子ほどに長生きして、暗躍が好きな性格ならば。気付いていない方がおかしい。
「早苗」
一体諏訪子は何を考えているのだろうか……そもそも素直に、コーヒーのお替りを入れに行ったのだろうか。
社殿の奥に消えた諏訪子の姿は、ここからではもう確認できない。
「早苗、何があったんだ?私で何とかできる事なら何でも――
「上白沢の旦那さんが倒れた!」
洩矢神社の一柱である、八坂神奈子が境内にまで下りてきたとあって。周りの信者は早苗を相手にする時以上に恭しく頭を下げたが。
そのような礼儀作法の全てを、早苗はどこかにかなぐり捨ててしまいながら。今知った事実の方がより重大で、なおかつ深刻だと。早苗の姿は、そう告げていたし。
上白沢慧音が一線の向こう側である事は、神奈子も知っている。だがそれよりも!
この話はあの旦那の急病だけでは終わらない!!
恐る恐る、神奈子は早苗を少し奥に。
ひそひそ話をしても聞かれない場所まで連れてきた。殊勝な信者たちは、何も言われずとも真反対へと引き下がって行った。
「昨日、諏訪子がちょっかいを出したのと関係があると思うか?」
距離を見て、安全だと断言できた神奈子は喋りはじめたが。早苗は神奈子ほどに精神力が戻っておらず。
苦悶に歪んだ表情を浮かべながら「無いはずがありません……」としか言わなかった。
けれども黙ってこそいたが、行動はあった。昨日の事を思い出しているのだろう……養蚕(ようさん)小屋の方を苦々しく。
はっきり言って、睨みつけるような形ですらあった。しかし早苗がなぜそのような事をしてしまったのかは……
昨夜に置いて、結局遊郭街へと足を向けてしまった諏訪子の影響は無視できないし。
それ以前に、玄関先から出て行く諏訪子の事を早苗は、随分罵り調で全部ぶちまけた。
……あれは、神奈子様にも、つまりは私にも聞かせるために。大きな声を出したのだろう。
確かに諏訪子のやった事は、調整のための情報収集とは名ばかりの、野次馬よりも酷い火遊びかもしれなかった。
妻である上白沢慧音と比べて、余りにも小さな自分の実力に苛まれている姿は。ともすれば殊勝ではあるけれども。
それを慰める役として、諏訪子が似合わないという事だけは分かる。
それがここに来て、上白沢の旦那が倒れると言う。最悪の結果を招いたのであった。
何とか早苗から聞き出した限りでは、永遠亭から自宅には戻れているようだが……だからと言って喜べるはずは無かった。
上白沢慧音は間違いなく、一線の向こう側なのだから。
その上、大事な大事な旦那にちょっかいを掛けたのが。遊郭街で頭角を現し出している諏訪子と来れば……
上白沢慧音があらぬ憶測を、と言うよりは妄想をたくましくすることは言うまでもないだろう。
そうなれば諏訪子を上白沢の前に突き出すだけでは済みそうにないし。
諏訪子がそんな事、抵抗するはずだ。
「謝りに行かないと……」
一通りの事をしゃべり終えた後、早苗はふらふらと。ケーブルカーの方に歩いて行った。
飛べるのに、飛ぼうという事が思いつかないらしかった。
「待て、早苗……直接向かえば上白沢慧音を刺激。そうでなくとも、いぶかしませるかも知れないぞ。
旦那が倒れたのならば、今日の寺子屋は早じまいするはずだ」
「じゃ……どうすれば良いんですか」
早苗はもう既に半泣きであった。このまま放って置けば完全な泣き顔になるまで、あと何分もかからないであろう。
神奈子は悩んだ。無論神奈子だって、謝罪の意を全く述べないのは罪悪感もあるけれど、悪手という事ぐらい理解している。
けれども、今この場で向かうのもやっぱり悪手なのだ。
「早苗の所にまで『倒れた話』が来たという事は、稗田○○にも急病の報告は入っているはずだ……
稗田○○ならば、あるいは……何か引っ掛かりを覚えて、早苗に会いに来てくれるかもしれない。
今日は今から、予定通り宣伝活動を続けろ」
「○○さんが来なかったら?」
「……その時は、私が稗田に手紙を出す。うちの諏訪子が遊郭街で『うろうろ』していますが、そちらのご機嫌に影響ないでしょうかと……当たり障りなく。
それから、今日の宣伝活動は私も出る」
神奈子が人里に降りるのは、早苗をいつも通り一人で行かせるには余りにも心配という事もあるけれど。
今現在、上白沢慧音が殴りこんでこないという事は。あの旦那は殊勝にも沈黙を守ってくれているが。
一線の向こう側にいる女性を娶ったものどうしと言う、○○に対する信頼と仲間意識は大きい。
だから昨日の事を言うとすれば稗田○○で、文句を言いに来るとしても稗田○○のはずだ。
……そう思いながら、八坂神奈子は神社の出入り口をもう一度確認した。
上白沢慧音が殴りこんでくる様子は、無かった。時刻は10時30分を少し回った程度。
そろそろ、と言うかもう今日の寺子屋は終わったかもしれない。
掃除ぐらいなら、生徒だけでも何とかできるだろう。それに人里の方向の騒がしさは。
上白沢の旦那が倒れたことを心配すると言う、それのみ。
八坂神奈子は、出来る限りの白の要素。上白沢慧音が殴り込みには来ない、その状況証拠を頭の中で考えあぐねいていた。
そして今日の宣伝活動は、八坂神奈子が隣にいたお陰で。つつがなくとは到底言えないが、失態だけは犯さずに済んだ。
だが。
「今日の風祝様は、どこかお加減が悪いのだろうか……」
「寺子屋の、上白沢慧音様の旦那様も倒れられたと聞く」
「心配じゃのう……季節の変わり目は体を壊しやすいと言うのは良く聞くが」
早苗の宣伝活動に、普段の眼球をきらめかせるぐらいの輝かしさを見て取れなかった見物人は。
口々に、今日の早苗の様子から、何か風邪の前兆にでもやられているのではないかと、口々に噂と心配を飛びかわしていた。
「さっきは、稗田様の所の……○○様を見かけたのだが。きっと上白沢様の所にお見舞いに行った帰りのはずだが。
難しそうな様子で顔は下を向いておられた。流行病なら心配だのう……」
「うちの子は体があまり強くないんだ……今の内に永遠亭で健康診断とやらを受けに行くかな……」
等と、稗田○○も難しい雰囲気であったと言う噂話まで聞こえてきた。
だが八坂神奈子と東風谷早苗の聞き耳は、そこで完全に止まってしまった。
その後も里の住人は口々に、自己流の健康法を披露したり、やっぱり永遠亭に行くのが一番だと言う者もいたりで。
病気の予防法に話が進んで行ったが。酷い言いぐさだが、そんな事はどうでも良かった。
稗田○○が難しそうな様子をしていた。それが聞こえた瞬間、東風谷早苗は八坂神奈子の方を。
助けを求めるかの如く見たし。
八坂神奈子は八坂神奈子で、一番話が出来そうな存在が来てくれるかもと言う期待と。
諏訪子のやらかした事に対する謝罪をどうすれば良いかで、感情は一杯であった。
「とにかく、午前の部は終わりだ。一旦神社に帰るぞ」
「……はい」
そう神奈子が言って、早苗もうなずいたが。
帰り支度は、えっちらおっちらと。わざと時間をかけていた。
……無論、期待していたからだ。期待ばかりでもなかったけれども。
しかし何も起こらない方が辛いのも事実。
そして稗田○○は――里の評判ではいたくお優しい方、だから話をしにきてくれたのだろうか――
洩矢神社がよく宣伝活動に現れる場所に来てくれた。
「俺の友達に、何やった?洩矢諏訪子が、あの暗躍好きが」
その時の○○はわざとらしい笑顔でもなく、明らかな怒りの感情も見えず。
淡々と、能面でも被ったかのように表情が動いていなかった。
「こっちも忙しいんだ……ただでさえ…………」○○は領収書の改ざんの事が頭にあったが。
部外者にそれを出来るだけ言いたくなくて、首を横に振って自らに自制を促した。
……しかし。
これが計算の結果であるならば、やはり稗田○○は。
妻である稗田阿求のお陰と言う部分は大きかろうとも、名探偵としての格を得つつあるのかもしれなかった。
皮肉な事に、今のこの様子は、稗田阿求が喜びそうな雰囲気を今の○○は持っているなと。
八坂神奈子は、そう断言できた。
続く
見てくれる方、ありがとうございます
それから感想の程、さしつかえなければよろしくお願いいたします
>>215
「○○ガチ勢」って単語が思い浮かんだ
ヤンデレってやっぱり狂気ともいえる愛情が前提だよね
>>210 のネタを使用
「ねえ、本当にそう思っているのですか?」
嘲るように、見透かすように、-そして何よりも不快な事には-哀れむように彼女は僕に言う。
「本当に無視をしていればいいと、そう思っているのですか?」
まるで出来の悪い生徒に教えるように彼女は僕に言う。べたりと粘っこく脳裏に貼り付く声が、僕の神経を逆なでするかのように、
感情を刺激していく。
「ほうら、もう既にあなたの心は波立っているでしょう。」
後ろから伸ばされた手の平が、僕の頬に触れられる。地底の妖怪特有のひんやりとした感覚がした。
「いくら強がりを言っていても、あなたの心はドキドキと不安で一杯。叫びそうな心の声を無理に押し込んでいるだけ。」
彼女の体重が僕の肩に掛かる。椅子に座って居る僕は、そのまま後ろから抱きしめられるような格好になった。彼女の吐息を耳元に感じる。
「そんなあなたには…はい、これ。」
目の前に突然長い銀色の物が現れた。くすんだ銀色をした長い棒。ヤスリのようにでこぼこがついていたが、その鋭利さは凶悪であった。
僕ですらしっかりと握りしめないといけないような大きな金属を物ともせず、彼女が指だけを使って僕の腕にそれを押し当てる。
軽く回されたそれとは正反対に、僕の心の中で急速に重く、悪い予感が膨らんでいく。
「大正解…。」
左腕で僕を抱え、右手でヤスリを動かす彼女。一往復で服が破れ、次の往復で刺激が腕全体に走った。今まで見た事が無かったピンク色の皮膚の下から、
瞬く間に赤い液体が浮き出してきた。そして紅い玉が瞬く間に皮膚から零れだし、表面張力を失い流れ出す。
「ふん ふふん ふーん。」
鼻歌を歌いながら彼女が腕を動かす度に、強烈な痛みが腕を襲う。彼女の腕から逃れようとするが、あの細い体のどこにそんな力があるのか、
椅子を僅かに揺らすことが精一杯であった。容赦なく襲う痛みに堪らず叫び声が漏れる。
「声を出したら無視になりませんよ。○○さん。」
彼女の腕が抱えるように僕の顔を押さえてきた。息が出来なくなる感覚に一瞬にしてパニックになる。
「駄目ですよ、落ち着いて下さいね。はい、もう一度。」
彼女の可愛い声と共に一際深く腕が抉られる。神経を抉られたのか頭まで衝撃が走り、そして全身から力が抜けていった。
「ああ…素晴らしい心の悲鳴。」
陶酔しているかのような彼女の声。床に倒れふしながら彼女を見上げると、頬が薄らとピンク色に染まっていた。
パチリと彼女が指を鳴らす。するとあれだけ血が吹き出ていた自分の腕が傷一つ無い状態に戻り、絨毯には染み一つ付いていなかった。
「恐怖を味わう催眠術はどうでしたか?」
「やめてくれ…。すまなかった…。」
「え?聞こえませーん。」
わざとらしく耳に手を当てる彼女。愉悦が顔からにじみ出しているのは、心が読めない僕にもよく分かった。猫が獲物をいたぶるように、
自分の手中に収めている物に対して絶対的に振る舞うかのように。
「○○さんは私のこと無視してる筈でしたし…きっと、きーっと、空耳ですよね。」
一人芝居をする彼女。痛みによって引き起こされた恐怖が自分の中で暴れ出す。
「さて、悪い○○さんにはもう一回しましょうか。今度はきっと○○さんも無視出来なくなるでしょうしね。」
彼女の手には銀色の棒が再び握られていた。立ち上げる勇気を全て削いでしまうかのように。
>>223
阿求が気が付いた疑念に、どう○○が動くのか期待大。
>>215
ここまでしておいて他の人が近づくのを許すのは、純粋な狂気ですね。
>>213
湿っぽいグズグズの崩れていく雰囲気が良い…
インタビュー
そうですね、主人と会ったのは丁度3年前の事になりますね。その頃は私も森の外れにいまして、偶々主人と出会ったのです。
まあそこからはそれ程までには大したお話ではありませんよ。主人が良い人でしたから、他の里人とは違っている私も受け入れて下さって、
そしてこうしてあの人を家に迎えることができましたの。未練、ですか…。いいえ、それ程はありませんのよ。まさかあんなに悪い環境の、
魔法の森で新婚生活を送る訳にはいきませんからね。人里の方が主人には過ごしやすいですし。
それに主人に来て頂いてから、この家も大分繁盛しているのですよ。前は里の大店という位置づけでしたが、お陰様で、
今では色々な方に来て頂いていますので。やはりあの人がいないと駄目ですね。外界から来られた人は色々ご存じですから、
それでこんなに家を立派にして下さったのですよ。…ええ、勿論昔から贔屓にして下さっているお客様もおりますし、
それに店の者もしっかりと勤めてくれていますのよ。あれもこれも、主人が上手に引き出して下さるからこそですわ。世の中には、
宝の持ち腐れという言葉もありますし。
いえいえ、本当、私は大して何もしていませんよ。あれも魔女の真似事ですから永遠亭には劣りますが、幸い皆さんが買って下さるので、
有り難いことです。あれも主人が裏では色々と骨を折って下さっているのですよ。表からは見えませんが…。それに魔女のお茶会といっても、
昔とった杵柄というやつで御座いましょう。皆さん今では、主人の顔を覚えて下さっていますからねえ。周りの人も良い人に恵まれましたお陰で、
これまで厄介な事に巻き込まれることも無く大過なく過ごせましたし、人徳という物なのでしょうね。ん?母ですか…。実は病弱で人前には
滅多に出ませんのよ。私の母親としては、主人も一度きりしか会っておりませんし…。ほう…父親が本当の父親では無いと、そう仰りたいのですね…。
付き合いの長い射命丸さんでなければ、体に一つ、大穴が空いている所で御座いましたよ。
ふむ、ならば母親が人ではないと。それはそれは…。中々に無茶を仰いますね。妖怪と人との間から生まれた者は半妖になると、
相場は決まっていますでしょう?お日様が西から昇るような話しですことね。それに幾ら遺伝子が黒が優勢だの、やれ金が劣勢だのと、
外界の遺伝子工学でそう仰られましても、永遠亭の薬師以外には良く分からないことですよ。
ふふふ…、射命丸さんは本当に想像が豊かですね。千年前から金色の髪を持つ人間がこの里に居らずとも、現に私はこうしておりますからね。
妖怪と人間の境界を越える者が私の母親だとは…いやはや、空いた口が塞がりませんよ。私が八雲すら主人の為に利用しているなんて、
そのような噂は否定するまでも御座いませんよ。まあ、確かに母はいつでも私達を気に掛けて下さるのは事実ですが、それは親の贔屓目、
欲目というものでしょう?さてさて、いつもの文々新聞の三面記事となった所で、お終いにしましょうか。これ以上話していると、
母に怒られてしまいそうですし。昔から言うでしょう?壁に耳あり、障子に目ありってね。
>>225
こういうさとりが大好き
夢の中の彼女
さっきまでは自分の部屋に居たはずなのに、目の前に突然不気味なモノが現れたことで、自分が夢の中に居ることを悟った。
どこかぼやけてはいるものの、それでもソイツは人とは違っていた。いつものようにそいつから距離を取ろうと夢の中を泳いでみる。
宇宙遊泳しているかのような感覚で、フワフワと僕は動いていく。ちっとも動きがないソイツは僕に構わないようで、
しかしそれでも僕との距離はちっとも変わっているようには感じなかった。ソイツの輪郭が徐々にはっきりと、脳裏を通じて目の前の光景に
現れてくるのを感じていた。明らかにダーウィンの進化論を超越している形をとっている以上、自分に友好的であるのは、
望みが薄いと言わざるを得ないだろう。腕の代わりに多めにある首で握手を出来るとは、多分思えない。
一筋の線が入り、目の前の空間に亀裂が入った。そしてそのまま線は何本も増えていき、ソイツが切り刻まれていく。駄目押しのように
剣がソイツに突き刺さり、煙が消えるようにソイツは消滅していった。
「---」
いつものように、剣を収めた彼女が言う。声として耳には聞こえないが、彼女が何を言っているのかは脳が理解していた。舞台に立つ男装の
麗人のような彼女。いつも少し離れて見る彼女は強く、細く、美しかった。ふと彼女が手を伸ばす。思わず自分は彼女の手を取っていた。
「漸く声が聞こえたな。」
初めて耳にした声はいつも思っていた通りの声で、そして震えが走る声だった。
>>225
さとり様がほんっと楽しそう……
でもさとり様って、肉弾戦が苦手と聞いたことがあるから
反撃を期待して、わざと隙を作りそう。襲われてるのにすっごい赤らんだ顔で喜びそうで怖い
>>227
魔法使いの能力プラス霧雨の家格で集めた人手……
もしかしたら魔理沙がその気になってしたたかさも手に入れたら
阿求より権力持てるかも
次より>>219 の続きとなります
「その……」
八坂神奈子は短く、不恰好な呟きしか出せなかった。しかし稗田○○の表情はまるで変らない。重々しいままである
友人である上白沢の旦那が倒れたことの抗議を―だと言うのに呟くように―八坂神奈子と東風谷早苗にぶつけた後は。
感情の動きを少しでも荒らさないようにと努めているのか。顔全体を見ると、小刻みに震えている様子がうっすらと確認できた。
やはり、稗田○○は無理をしている。だが無理をしてでも自らの感情を抑えねば……
何かあった場合に出てくるのは、稗田阿求だ。人里の最高権力者である。
だから○○は、稗田○○は、稗田阿求に何事をも勘付かれないために。また、なだめるためにも。
演技性の強い姿を見せて、抑えて置かねばならなくてはいけないのだろうか。
不意に八坂神奈子は、そう考えて……ここは自分が喋り続けるべきだと言う結論に達した。
それに、自分の横にいる早苗は……
「その、その……上白沢さんの旦那さんが、昨日に、洩矢神社に散歩に来たと言うのは?」
「知っている、本人から聞いた――――だから、いつも宣伝活動をやっているここに来た。何か知っているはずだろうと思って――
そう、だから、知っている事を全部、教えてくれると助かる」
早苗は“あわあわ”と言った感情に呑まれながらでしか喋れないし、稗田○○も稗田○○で。
妙に口数が多いなと言う割に、不意に言葉と言葉の間が奇妙に途切れている。
その途切れた瞬間から、次の言葉が紡がれるまでの間。その時に見せる○○の表情は、大きな変化を見せる一歩手前であった。
だが、一歩手前で○○は耐えていた。
自分が感情を荒ぶらせてしまえば、人里の最高権力者である稗田阿求の動きが。
これが予想がつかないを通り越して、暴走にまで発展してしまうと、それを強く自覚している者の動きとも言えた。
故に見せてしまう、奇妙な間なのだ。その間と言う奴で、○○は必死になって大人しくなろうとしていた。
こんな様子を間近に見てしまえば、八坂神奈子としても何もしないわけにはいかなくなる。
大体、早苗を守るために興は人里に降りてきたんだ。
このまま稗田○○と別れれば、一体何をしに行ったんだと諏訪子から笑われてしまうし。早苗の事も放ったらかしにしてしまう。
……無理して幻想郷に来てもらった早苗の信頼を裏切る事にもなる。
私たちの事など、見えても努めて視線を外してさえいれば、私達だってそこまで固執しなかったのに。
そうしているうちに、早苗も私も諏訪子も、無意識に線引きを初めて。お互いがお互いの事を感知、出来なくなるところまで自然と進むのに。
けれどもさ根はやさしかったから、私たちの苦境にこそ寄り添ってくれたのだから。
「諏訪子が何かちょっかいを掛けたらしい……君の友人である、上白沢のあの旦那さんに」
気付いたら神奈子は、早苗の前に立って。盾になるような形で、稗田○○の話し相手を始めた。
「知ってる……俺が一番知りたいのは、洩矢諏訪子が俺の友人に、何を吹き込んでその心中を荒らすような事になったのかだ」
至極もっともな疑問である。直前に誰と会っていたか分かったのならば、次はその話の無いようであるが。
不幸にも八坂神奈子は、先日夕刻において諏訪子が上白沢の旦那に何かを吹き込んで、ちょっかいを掛けている場面を見ていない。
早苗からは確かに聞いたが、見ていない以上詳細な話はどうしても、不可能になってしまう。
「そ、その……」
聞いているだけの者と、現場で見聞きした者では。質問に対する反応はまるで違ってくる。
神奈子の場合は聞いているだけだったから、思い出す為にどうしても時間が余分にかかるが。
早苗は即座に反応できてしまった。
「諏訪子様が、少なくとも言葉尻だけを取って見れば。○○さんと上白沢の旦那さんの2人に、協力と言うか、寄り添うと言うか……」
「恩を売られている気分だ。遊郭と稗田の間に立って、両方からの覚えを良くしようとする存在からの助け船、どうしてもいぶかしんでしまう」
あたふたと説明をしてくれた早苗であるが、○○からの印象は最悪その物であったが。
これに反論をすることは、早苗はもちろんであるが神奈子にだって出来なかった。
「それから、何だかずいぶんと俺の友達が、自虐的な事をいくつか呟いていたんだが。それについての心当たりは?」
「えっと……そう、諏訪子様が本格的にちょっかいを出す前に、その……」
養蚕小屋での出来事を早苗は、昨日の事であるから楽々と脳裏に描き出すことが出来たけれども。
楽々と描き出せるからこそ、あまりにも突っ込んだ行為をやった諏訪子の事を、ありのままに行ってしまっていい物かと言う恐れも出てくる。
……このまま無言を貫き通せば、稗田阿求からの追及を恐れる稗田○○であるならば。今も懐中時計を何度も、チラチラと確認しているから。
限界線と言う奴は、きっと最初から設定しているだろうから。そこを一秒でも超えたら、くるりと背を向けて帰って行くであろう。
……神奈子としても、そんなやり方を。少しは考えてしまったが。
余りにも不義理で不誠実という事も、同時に理解している。
「養蚕小屋にいたんだ」
最初に話を始めた時と同じで、この時も神奈子は。自然と口が動いていた。
「養蚕?蚕の事か?虫の、絹を吐く虫の事だよな?」
「ああ、そうだ」
「何の関係があるんだ?」
「……」
神奈子は一瞬詰まったが、頭を横に何度か振って自らを奮い立たせた。
「酷く失礼な事を諏訪子はやった……諏訪子はあの旦那の劣等感に気付いて、そこを突破口にして存在感を待そうだなんてことを思い立った。
蚕を見ていた時の上白沢の旦那は、自分の存在が寺子屋の代表で人里の守護者である、上白沢慧音の。
それのおまけ程度だと思ってしまった。その事実に、手を掛けてやれば絹と言う高級品を生み出す蚕よりもずっと酷いと思ってしまったんだ」
稗田○○は幸いにも理知的な人物で、思慮もあったから。
神奈子が説明をしている間は、文句も言わずに茶々も入れずに。
ただただじっと、神奈子と早苗の顔を見比べながら黙って聞いてくれていたが。
「思ってしまったと言うよりは、思わされたと表現した方が適切な表現だと言う気がする」
神奈子の説明が終わった後、○○の評価と言うか感想は実に辛辣であったが。
友人が高熱を出して倒れるまで精神的に籠絡されたとあれば、無理も無い表現と対応であろう。
「諏訪子が何かちょっかいを掛けたらしい……君の友人である、上白沢のあの旦那さんに」
気付いたら神奈子は、早苗の前に立って。盾になるような形で、稗田○○の話し相手を始めた。
「知ってる……俺が一番知りたいのは、洩矢諏訪子が俺の友人に、何を吹き込んでその心中を荒らすような事になったのかだ」
至極もっともな疑問である。直前に誰と会っていたか分かったのならば、次はその話の無いようであるが。
不幸にも八坂神奈子は、先日夕刻において諏訪子が上白沢の旦那に何かを吹き込んで、ちょっかいを掛けている場面を見ていない。
早苗からは確かに聞いたが、見ていない以上詳細な話はどうしても、不可能になってしまう。
「そ、その……」
聞いているだけの者と、現場で見聞きした者では。質問に対する反応はまるで違ってくる。
神奈子の場合は聞いているだけだったから、思い出す為にどうしても時間が余分にかかるが。
早苗は即座に反応できてしまった。
「諏訪子様が、少なくとも言葉尻だけを取って見れば。○○さんと上白沢の旦那さんの2人に、協力と言うか、寄り添うと言うか……」
「恩を売られている気分だ。遊郭と稗田の間に立って、両方からの覚えを良くしようとする存在からの助け船、どうしてもいぶかしんでしまう」
あたふたと説明をしてくれた早苗であるが、○○からの印象は最悪その物であったが。
これに反論をすることは、早苗はもちろんであるが神奈子にだって出来なかった。
「それから、何だかずいぶんと俺の友達が、自虐的な事をいくつか呟いていたんだが。それについての心当たりは?」
「えっと……そう、諏訪子様が本格的にちょっかいを出す前に、その……」
養蚕小屋での出来事を早苗は、昨日の事であるから楽々と脳裏に描き出すことが出来たけれども。
楽々と描き出せるからこそ、あまりにも突っ込んだ行為をやった諏訪子の事を、ありのままに行ってしまっていい物かと言う恐れも出てくる。
……このまま無言を貫き通せば、稗田阿求からの追及を恐れる稗田○○であるならば。今も懐中時計を何度も、チラチラと確認しているから。
限界線と言う奴は、きっと最初から設定しているだろうから。そこを一秒でも超えたら、くるりと背を向けて帰って行くであろう。
……神奈子としても、そんなやり方を。少しは考えてしまったが。
余りにも不義理で不誠実という事も、同時に理解している。
「養蚕小屋にいたんだ」
最初に話を始めた時と同じで、この時も神奈子は。自然と口が動いていた。
「養蚕?蚕の事か?虫の、絹を吐く虫の事だよな?」
「ああ、そうだ」
「何の関係があるんだ?」
「……」
神奈子は一瞬詰まったが、頭を横に何度か振って自らを奮い立たせた。
「酷く失礼な事を諏訪子はやった……諏訪子はあの旦那の劣等感に気付いて、そこを突破口にして存在感を待そうだなんてことを思い立った。
蚕を見ていた時の上白沢の旦那は、自分の存在が寺子屋の代表で人里の守護者である、上白沢慧音の。
それのおまけ程度だと思ってしまった。その事実に、手を掛けてやれば絹と言う高級品を生み出す蚕よりもずっと酷いと思ってしまったんだ」
稗田○○は幸いにも理知的な人物で、思慮もあったから。
神奈子が説明をしている間は、文句も言わずに茶々も入れずに。
ただただじっと、神奈子と早苗の顔を見比べながら黙って聞いてくれていたが。
「思ってしまったと言うよりは、思わされたと表現した方が適切な表現だと言う気がする」
神奈子の説明が終わった後、○○の評価と言うか感想は実に辛辣であったが。
友人が高熱を出して倒れるまで精神的に籠絡されたとあれば、無理も無い表現と対応であろう。
「九代目様」
「あら」
偶然だろうか。そう阿求が思い始めていたら、稗田家の主治医が急に訪ねてきた。
永遠亭にはさすがに劣るが、八意永琳が常日頃から稗田家に詰めれるわけでは無いから。
微細な変化を観察するこの主治医の存在は、稗田家にはなくてはならなかった。
ましてや阿求は、体が弱いから。
「どういたしましたの?急病だと言う報告が間違って届きましたか?」
阿求はいつも通り笑顔で応対するが、本人には分かる何かの引っ掛かりがあった。
体調の方にでは無い、思考の方にだ。
「突然のご訪問、申し訳ありません。しかし、山の巫女が。東風谷早苗が急に、午後の宣伝活動を休むと立て看板がありましたので」
「まぁ、お体でも悪くされたのでしょうか?」
違う気がする。そうは思ったが、努めて一般的な言葉を口に出した。
「はい、そうなのです。立て看板には、巫女が体調不良の為と書かれていました。上白沢様の旦那様も倒れたと聞きましたから……心配で」
「それで様子を見に来てくださいましたの?」
「はい、そうでございます。しかしおせんべいを頬張っているその後様子だと、大丈夫そうで安心しました。しかし、意識して暖かくしておきましょう。
どうやら風邪が流行りだしているようですから」
上白沢慧音の寵愛を受けているあの旦那と、現人神の東風谷早苗が同時に体調不良?
片方だけならばともかく。阿求はその考えを、まだ胸の内にしまっていた。
それに……夫が頼まない。甘い物が好きな夫は頼まない、この味の濃おおせんべいが、夫の荷物にまぎれていた。
「ああ、そういえば」
主治医はまだ話を続けているが。正直この医者は、腕は良いが少し話の長いのが気になっていたが。
「○○様を見かけましたよ、上白沢様の旦那様のお見舞いの帰りでしょうか。東風谷早苗の宣伝活動を見に行かれるご様子でした」
今日はこの、少し話の長い主治医の性格に。有り難いと本心から思った。
市中の話がこうやって、思わない所から手に入るのだから。
続く
お燐「さとり様って色んなお仕事をされてますけど、すごく元気ですよね。何か良いリフレッシュ方法でもあるんですか?」
さとり「んー、あると言えばあるんだけど、あなたにはあまり効果がないというか……」
お燐「?と、いうと?」
さとり「そうね……あそこに○○がいるじゃない?」
お燐「ええ、いますね」
さとり「それをね……ねえ、○○。少しいいかしら?」
○○「あ、はい。どうされました?(今日もさとりさんは可愛いな)」
さとり「仕事中にごめんなさいね。事務仕事をしていて肩が凝ってしまったから、少しだけ揉んでもらえないかしら」
○○「ええ、もちろん。では失礼します(可愛い上に優しい上司の頼み……それも触れていいとか断るわけがないです)」
さとり「ありがとう……んっ、いつも悪いわね。雑務からこんなことまでしてもらって、○○がいてくれて本当に助かるわ」
○○「いえいえ、ここに身を置かせてもらってるんですからこれくらい当然のことですよ(あーさとりさんめっちゃいい匂いするしすげえ柔らかい。お付き合いしたい)」
さとり「ふふ、○○は働き者ね。そうだ、この後クッキーでも焼こうかと思うのだけれど、○○も一緒に食べましょう?」
○○「いいんですか?さとりさんの作るお菓子はどれも美味しいですし、是非ご一緒したいです(天使……いや、神だ。こんなどこの馬の骨だか分からない男にも労りを忘れない女神。ほんと好き、一生ついて行きます)」
さとり「わかったわ。んっ……もう止めていいわよ。ありがとう、すごく気持ちよかった」
○○「それは良かったです(落ち着け俺。変な意味で捉えるな……いや無理だわさとりさんエロ可愛すぎるわ)」
さとり「じゃあ、クッキーが焼けたら呼びに行くから、仕事に戻ってもらえる?」
○○「はい。楽しみにしてますね(さとりさんとのお茶のためにもさっさと終わらせなければ)」
さとり「……と、いう感じかしら」
お燐「マッサージってことですか?」
さとり「……まあ、そういうことね」
お燐「なるほど。じゃあ、あたいも今度○○に頼んで──」
さとり「ああ、○○はやめておいた方がいいわよ」
お燐「え?でも今さとり様は頼んでましたよね?」
さとり「だって、あの子人間よ?私みたいな肉体の弱い妖怪ならともかく、お燐の満足できる力で揉めるかしら」
お燐「あ、そっか。んー、それなら地底でいい店がないか探してみます」
さとり「そうなさい」
お燐「……あ、そういえばあたいも仕事の途中だった。さとり様、すみませんが失礼しますね。マッサージのこと教えてくれてありがとうございます」
さとり「はいはい、行ってらっしゃい」
さとり「……………ふふ、ごめんねお燐。ただのマッサージでも疲れには効くでしょうから、ちょっぴり隠し事をしたのは許してね」
さとり「ああ、本当に気持ちがいいわ。素直な好意、尊敬、劣情。心が洗われるよう」
さとり「向こうの世界なんかに帰さないし、帰りたいなんて思わせない。私の全てを以てここを貴方の楽園にしてあげる」
さとり「可愛くてカッコいい大好きな○○。ずっと貴方の心を私に見せてね」
>>235
○○の心が他の女に向かない、他の女が○○に目をつけない内は表面上は平和
けど人の心なんてどうなるか分からないし心が読めるさとりにとっては毎日が薄氷の上を歩いてるようなものだよねこれ
>>235
バレなきゃ純愛よ
ドリフの大爆笑みたいなノリのタイトルだが
『もしも、○○が暴漢に襲われて落命したら』
みたいな題名が頭の中に降ってきた
「不幸中の幸いといっていいでしょう。あれだけの事故にも関わらず、彼女の命に別状はありませんでした」
「……ただ、彼女にとっては酷な話なのですが、その……彼女の身体は──」
────────────────────────────
早苗「ただいま戻りました」
○○「ああ、おかえり早苗。飯も風呂も準備できてるけど、どっちにする?」
早苗「うーん、悩ましいですが……○○さんで」
○○「真面目な顔して何言ってんだか。ほら、先に風呂行ってこい」
早苗「うぅ、どうしても駄目ですか?」
○○「……目、閉じて」
早苗「!はい……んっ」
○○「続きは夜にな」
早苗「えへへ、はい。じゃあお風呂に入ってきます」
○○「ゆっくり温まるんだぞ」
早苗「もちろんです。夜のためにぴかぴかに磨いてきますよ」
○○「言わなくていいから」
早苗「はーい」
○○「全く……さて、ああいう時の早苗の風呂は長いし、料理の方はもう少し待ってからでいいか」
早苗「さあ、ここからは夫婦の時間ですよー」
○○「ムードもへったくれもないな」
早苗「いいじゃないですか。それとも三つ指をついた方がいいですか?」
○○「いや、そこまでは言わないけど……あ」
早苗「ん?あー……やっぱりこの傷、気になります?」
○○「気になるというか……それは、俺が……」
早苗「何度も言いますけど、あの事故は誰が悪いというわけではありませんでした。○○さんが気にすることはありませんよ」
○○「だけど、俺があの時……」
早苗「たしかに、あの時の○○さんの行動が違っていれば事故は起こらなかったかもしれません。ですがもっと酷いことになっていた可能性だってあります」
○○「…………」
早苗「それに、ほら、私はこうして日常生活を問題なく過ごせてしますし……避妊技術の発達していない幻想郷でそれらを気にしなくてよくなりましたし?」
○○「っ……」
早苗「ご、ごめんなさい。今のはさすがに言っていいことではありませんでした……ですが、私はこの身体になってしまったことを不幸とは思っていませんよ。それは本心です」
○○「身体にそんな大きな傷跡があることも……子供が作れない身体になったこともか?……俺に気なんて使わなくていいんだぞ」
早苗「本当ですってば。だいたいこんな所にある傷なんて○○さんにしか見られることはないですし、あなたを恨んでいるなら夫婦になんてなりません。それに私は現人神ですから、子供はどのみち諦めなければならなかったでしょうしね」
○○「それは、そうかもしれないが……」
早苗「ね?私がなんとも思っていないのですから、どこにも問題はないでしょう?ここにいるのはお互いを愛するただの夫婦です。それとも、○○さんは同情と罪悪感だけで私を妻にしたのですか?」
○○「そ、そんなことはないぞ。そりゃあ罪悪感はあるが、俺は早苗が好きだからここにいるんだ」
早苗「ふふ、ありがとうございます。なら、私は謝ってもらうより、たくさん愛してほしいかなーって」
○○「……わかったよ……ありがとう」
早苗「えへへ、気にしないでください。夫婦ですから」
────────────────────────────
永琳「一つ間違えれば半身不随になっていたかもしれないなんて、あの子にとっては些細な問題だったんでしょうね。子供が作れなくなるのも……ああ、むしろ計算の内か。そこまでする根性はすごいけど、魅入られた男性には同情しかないわね」
鈴仙「師匠?なんの話ですか?」
永琳「なんでもないわ。ただ、負い目を首輪にする女は怖いってだけ」
鈴仙「???」
絶対に○○を離さないという鋼の意思を感じる
子供が作れなくなるのが計算の内っていうのは○○の愛が向くであろう子供ができる心配が無くなるみたいな感じかな?
だとしたら本当にえげつない
>>238
暴漢が戸愚呂兄みたいにされそう
>>239
○○の前での態度と裏でやったことのギャップが実に良い
>>239
負い目を首輪にして自身が罪を許すことで恩にもする
これは逃げられませんね
カチャリ。と、刀が鞘から抜かれ、○○の首に当てられる。
そして、○○の頬をそっと撫で、耳元に小さな、そして優しい声で彼女はこう告げる。
「ねぇ、○○さん。私、貴方の事が好きなんです。だから、だから、貴方を離したくは無いんです。
自己中には....なりますが、私と一緒になって、くれますよね?」
的な事を言って受け入れたら首切られて半人半霊に断ったら刺されてタヒ+魂監禁とかいう
マルチバッドエンド式みょんが浮かんできた
誰か文章力くださいぃ....
>>234 の続きとなります
「それで、俺の友達は」
○○はまだしらない、妻である稗田阿求が――ただの凡百ともいえる失敗でもなさそうな気すら抱き始めたことを。
けれどもそれを知らないから○○は、存外にも威厳のある空気は維持していた。
○○はここで一旦呼吸を整えた。さながら、俺の友達と言う部分を、上白沢の旦那が友達であると言う部分を強調しているようであった。
「俺の友達は、洩矢諏訪子から協力してもらえると言ったようなことを口走っていたが」
「……諏訪子は、○○君と上白沢の旦那さんが、何か厄介ごとを抱えているんじゃないかと。
いや、邪推だろうとは私も考えているが……その、何かあったのかい?」
「その話はしない。今の段階でお話しできることは何も無い。
何かあったらこっちから伺います、だからそっちからは何もしないでくれと、洩矢諏訪子さんにお伝えください」
稗田○○はそう言った後、もう何度目か分からないほどの数であるが、また懐中時計を確認した。
「ああ……」
そしてほんの少しだけうめき声のような物を上げたかと思えば、懐中時計をパチンと閉じて懐にしまい。
そのまま何も言わず、別れの挨拶も会釈も無しに、立ち去ってしまった。
どうやら限界点を超えてしまい、まっすぐ帰る以外の事が出来なくなってしまったようだ。
「神奈子様……」
「何だ?」
足取りはしっかりとしているが、明らかに機嫌の悪い○○を見送りながら。早苗は、神奈子の名前こそ言ったが。
宙に向かうように声をあげた。
「午後の宣伝活動は休みたい……」
「そうしよう……その方が良い」
そしてそのまま疲労を訴えた。疲労を感じているのは神奈子も同じであった。
早苗と神奈子は、体の芯からにじみ出てくる疲労感に負けてしまい。
その日の午後の宣伝活動は早々に、二言三言程度のやり取りで中止を決めてしまった。
○○も……頭の中を早急に切り替えたがっていたが。
洩矢諏訪子の暗躍、友人の昏倒……それ以前に今も続いている横領被害。
これら全部を、しかも同時進行で考えなければならなくなり、頭の中を切り替えるのは容易ではなくなったが。
しかしながら阿求に、妻である阿求は――自分は気にしていないが、阿求は負い目を感じている――
妻である阿求が感じている負い目の事を考えると、また感情が粟立ってきてしまった。
○○自身は、全てを納得の上で阿求との契約に応じたと言うのに。
最後の最『期』で、友人である上白沢の旦那を発狂寸前まで怒らせてしまいかねないと言う心配事と言うか。
申し訳なさはあるけれども……しかたがないだろう、それが稗田夫妻にとっての愛の形なのだから。
だがそれでも阿求は、その負い目を少しでも埋めるために、○○には一切の不自由を。
特に金銭的な不自由は絶対にかけさせないと、最初から宣言されていた。
それは確かに○○の側からだけで物を見ればありがたいが、そう無闇に喧伝する事でもないとして。
それでも使わねば阿求が心配してしまうから、それに第一、稗田阿求は一線の向こう側だから。
遊びにもある程度の制限を、阿求だけではなく阿求を妻としてめとった当の○○ですら。
知らず知らずのうちに一線を引いて、そこから先には踏み出さないように気を配っているありさまである。
……最も、○○はそれで構わないと思っている。
確かに遊びに対する制約はあるが、遊郭街の事は少し調べただけで中々に深淵だ。
あまり近づこうとは思えない。最も、阿求に頼んで作り上げた『名探偵』が活動する場としては……
皮肉かもしれないが、中々に面白くて映える場所かもしれないのだけは苦笑を禁じ得ない。
けれども契約に際しての○○からの要求である、阿求が○○の話を『遺す』と言う部分さえ確約されれば、それで十分とすら考えているのだから。
構わないと、大上段に構えて仕立ての良い座椅子に深く腰かける事が出来ればどれだけ楽で済むか。
無論、阿求の言ってくれたことも理解している。
話を『遺す』以上、そうそう汚点など『遺せ』ない。神話ほどだとやりすぎで、現実感と言うか度々依頼をしたくなる親近感が薄れるけれども。
失敗談ですら超然としているべきなんですとは……いつだったかの寝入りばなに語ってくれたのを覚えている。
……であるならば、有象無象のどことも知れぬ輩に長年横領をされていたなどと言う事実は。
例え事実だとしてもその事実を放置する事は……阿求が求める『超然たる』存在からは程遠い。
歴史の授業でその逸話が披露されれば、明らかに舐められる。
結局阿求が横領被害の事を知ったならば、何かやる。間違いなく。
「…………」
少しばかり、散歩と言うにはふらふらしすぎたとは考えているが。外出間際に阿求に、阿求の好きなおせんべいでも買って帰るかと。
ただのぼやき、ですらない独り言のような毛色は存在していたけれども。
手ぶらで帰る事を恥と考える位には、自分は阿求の事を愛してしまった。
最『期』が上白沢夫妻と比べれば、あまりにもはっきりと予測できているはずなのに。
こんな性格だから幻想郷に迷い込めたのだろうか。
『遺せる』事がこんなにも嬉しいのだから。
だが○○は少し反省せねばならないだろう。感情の起伏を激しくし過ぎた。
出来るならば早々に帰宅するべきなのだけれども。今帰宅すれば重々しい表情に気付かれて、そこから……
と言う可能性を○○は想起してしまい。
「ああ、阿求が好きそうな味だな……」
等という取り留めのない事を話して、時間を稼いで、少しでも感情の粟立ちを抑えようと努力していた。
そのお陰もあって、阿求が前々から好きだと言っていた味付けのおせんべいはもちろんだが、新作もいくつか求める事が出来た。
わざわざ目の前で焼いてくれた事も、時間稼ぎとしてはこの上なく自然であるし。
焼ける際の香ばしい香りに心を落ち着けることが出来た。
土産があれば、時間を稼いだことの言い訳も立てやすい。
だったはずなのに。
たまに犯人の事が恨めしく思える。
もう少しうまくやってくれと。特に今回の場合はそうだ、お前たちがうまければ俺だってもう少し、妥当で穏当な着地点が探しやすいのに。
「あれ……」
帰宅したとき、おせんべいを頬張っている阿求を見かけてしまい。
しかもそのおせんべいは、袋から今まさにだした、新品の状態であったから余計に。
○○は素っ頓狂にも近い声を出してしまった。
「○○、お帰りなさい」
不覚にも、阿求が帰宅の挨拶を先にしてくれたのに。
「うん、ああ。いや、おせんべいは無かったような気がしたから買ってきたのだけれども」
自分の記憶と目の前の現実に、明らかな矛盾が発生してしまっているから。
挨拶よりも先に、焦って状況確認を先に持ち出してしまった。
「――」
この時阿求は、せんべいの咀嚼も止めてしまいながら。○○を、上から下までしっかりと確認した。
「あら、○○。おせんべいを買って来てくれたのですか?でも変ね、今日の荷物に……」
奇妙な間であるが、阿求が作り上げた朗らかさが、その奇妙な間に対する疑問を封殺していた。
「いや、うん。そうだよね」
○○は努めて阿求の作り上げた朗らかさに乗ってしまい、誤魔化そうとするが。
今この場を操縦しているのは間違いなく、稗田阿求の方であった。
「阿求が今日の荷物で、おせんべいを頼んでいると知ってたら失敗しなかったのになぁ」
そして不用意な発言を、往々にして不用意な発言や行いと言うのは、やってからようやく気づけるものだ。
「ああ――」
阿求は返答こそあったが、また奇妙な間が出来上がった。
ようやく○○は気づいた、今の阿求は間違いなく何かを考えていると。
まだ気づかれていないとは信じたい。
もしも確信していたら、こんなものでは済まない。
「いえ、いえ……」
阿求は喋っていても、言葉と言葉の間に奇妙な何かが出来上がっていた。
「○○の失敗じゃないので、安心してくださいな。今日は、荷物を担当している人が……店の方が
ええ、ええ。間違って入れていたんですよ。まぁ、でも、このおせんべいは度々注文しますから。
間違ってはいっていても、ええ、ええ。特に変ではありませんわよね?」
何故阿求は疑問文でこちらに聞いているのだろうか。
こちらからの失言を待っているのだろうか。
なんにせよ不用意な発言は出来ない。阿求は完全記憶能力者なのだから、後から矛盾を洗い出す為に。
いくらでも記憶を閲覧できる。
「そう、阿求好きだものね、そのおせんべい……」
「ええ、でも」
阿求が噛み砕くせんべいの音が酷く獰猛に聞こえた。捕食動物を想像してしまった。
「別に男性が塩気のある物ばかりを気に入ると言う道理はありませんのに……第一、少し関われば……」
阿求が○○の方向を見直した。
そこに捕食動物が見せような獰猛さは無かったが。
何をやろうとも、どこまでやろうとも包み込まれてしまう、深い沼のような雰囲気を見てしまった。
「○○はコーヒーやお茶のお供に、大福を好んでいるのは。伝票から気づけるはずなのに……随分不用意な方もいらっしゃるのですね、世の中には
いけませんわねぇ……どうにも私の方も基準が、名探偵をそこに置いてしまっている」
コロコロと阿求は笑っているが、そして笑いながらしなだれかかってくれたが。
どこか独占欲を感じ取ってしまった。
「あ、そうだ……○○。何か入り用だったり、不便はありませんか?」
阿求が○○の身の回りを心配する時、阿求は更にまるまるにしなだれ……と言うよりは、しがみついた。
これは容易に離してくれそうにない。
今日はもう、横領被害の実態解明の為に調査はもちろん、頭を回すことも危険だろう。
「いや、今日も荷物は届いたし……何とでもなるよ」
「いえね……まぁ、そうなんですけれども。○○の荷物におせんべいが紛れている時にふと気になったのですが」
そう言って言葉を切った阿求は、また間を作って、何かを考えていた。
心臓が跳ね上がる音が、自分自身の耳にも聞こえたような気がした。
もしそれが事実ならば、阿求は間違いなくこっちの変化に気づいてしまった。
「○○ったら今日の荷物には、インクと紙の束を少しだけでしたから。ちゃんと頭を回す為の甘味やらコーヒーやらが足りているのか気になりまして」
それ以前の話かもしれない、既に変化の一端はもう、阿求は手に入れたのかもしれなかった。
確かに……伝票を改ざんされないようにと。
改ざんが難しそうな数字に値段を調整する事にばかり集中してしまっていた。
普段ならば水の如く飲むコーヒーですら削ったのは、失敗だったかもしれなかった。
続く
最近レスが多くてうれしい
>>243
書き続けてたらそのうち上手くなるから、さぁ書いてみよう!
>>243
思いついたアイデアをこういう短編でもバンバン消費していくと経験値たまっていくわよ
無理に長編書こうとするとつまって書けないこともあるからとにかく今は一本一本まるっとおさめて完成させていくのがいいと思います
そうすると色んな文章書きたくなってしょうがなくなってくわよ
アドバイスありがとうございます!
ちまちまと頭の中で短編考えてみます
探偵助手さとりif5
探偵が眠る夜、さとりはその横に居た。寝顔は地上に居た時と変わらずに平静であり、いまだに自分という物を持っている探偵。
幾らさとりが探偵に対して迫っていても、探偵はさとりを受け入れてはいなかった。単に物質的な面ではない。探偵の着ている服は
さとりが用意したものであるし、今探偵が眠っているベットを含め、部屋の中にある全ての調度は地霊殿に元々あったものであり、
そして探偵の命すらも-さとりの手の上にあった。地霊殿にいるペットはいざ知らず、只の人間が旧地獄の外に出れば一時間も持たない
であろう。生命活動が、ではなく-第一それはもっと短いのだから-この世に存在していた痕跡全てが、の方であるが。
「あなたはどうして、私を受け入れてくれないのかしら。」
ポツリと呟くさとりの声。さとりの他には起きる者がいない部屋で、虚ろな声が微かに鼓膜に響いた。
「心をいくら読んでも分からない。」
第三の眼が探偵を鋭く睨む。心の奥底を覗いても、解けない問い。全てを知っている筈なのに、それでも探偵の心はさとりには分からなかった。
妖怪に屈したくないという人間の意地、そんなつまらないものではなくて、もっと違う別の何か。ノイズを取り除き、浅知恵をくぐり抜け、
深層心理を突き破った先の、原始の魂に刻まれた刻印。かつての探偵を形作ってきたそれをなぞると、今までの歴史が流れ出す。
「違う…。」
ありきたりの出来事、普通のトラウマ、人間にとってはよくある悲劇。かつて幻想郷に流れ着いた人間の心を読んだ時にも見た事がある、
そんな事が探偵の核心だとは思えなかった。誰にでもあることが原因ならば、何故自分はこの探偵という人間に執着しているのだろうか?
他の人間には感じなかった何か。最近貸本屋で流行りだした三文小説のように、過去やら前世に責任を覆い被せることが出来ない以上、
そこに何かがあることだけは、確かだった。目に見えず、触れられず、それにも関わらず、そこにあるもの。それは心を読むさとりの手に触れるが、
掴もうとするとフワリと逃げていく。追いかけようにも捕らえられず、唯々水の様に魂の中に漂っていた。
「ふう…。」
ズルリ、と探偵の中から触手が抜き出された。赤い血の色をしたさとりの「手」がどんどんと探偵の体の中から取り出されていく。
探偵の体には傷一つ付けていないが、しかし脈打つように動くそれは、たっぷりとした長さをもってさとりの眼に仕舞われていった。
「あなた…。」
さとりの手が優しく探偵の額に添えられる。小さき者を見つめるように、探偵を慈しむさとり。ここ数日、さとりは毎晩探偵の枕元で心を読んでいた。
普段の能力とは違い、もっと深く心を読む力。過去の記憶を辿り、潜在意識に隠れている本人が忘れた事も探り、魂の全てを曝け出す力。
妖怪の恐れや謂われを白日の下に晒すその力によって、さとりは幻想郷中から嫌われていた。
さとりの周囲に影が浮かぶ。暗闇では何も見えない人間の為に僅かに灯された闇の中でも判る、他の空間を飲み込む黒が辺りを包む。
深い、深い、地の底よりも、地獄の最下層よりも、全ての物よりも深く、そして全てを含む闇。矛盾する言葉によって表される、整合性を持った現象が
一つの部屋の中で顕現していく。さとり妖怪の形に作り上げていたその力が、探偵の事となると、枷が外れた様に押さえていても漏れ出してしまう。
普段は妖怪として振る舞うために付けている仮面が、探偵と二人だけとなったことで今のさとりからは取り外されていた。
探偵の体が闇の中に沈む。音も無く水に侵されるようにゆっくりと沈んでいく。闇の中でさとりは探偵に触れた。全ての根源である混沌の渦の中で、
探偵の体は確かにそこにあった。
「ああ、本当に……このまま沈んでいたいわ。」
原始の闇の中でさとりの声は探偵だけに響いた。
>>235
○○には心を読める事を絶対にバレないようにしそうな気がしました。
>>239
奇跡を敢えてそちらの方向に使うのは、ある種振り切れてしまって極まっているような…
>>247
嵐が起きる直前の、一瞬噛み合わないような、フワリとした瞬間がイイ。
ここから阿求によってどう崩れていくのかが楽しみです。
復活してんじゃねーか
ここ最近で一番肝冷やしたわ
怖いから過去ログ全部保存しておこっと
最近のSSざっとwikiにぶちこんできたわ
誰でも編集できるんだからもっと前からやっとけばよかった
編集乙です。
遅まきながらしたらば閉鎖か、的な噂を聞いて心臓止まるかと思うくらい驚いてしまいました
なんともなくて本当に良かったです
>>215 さんのパチュリーがとても好みだったので描かせてもらいました
イメージと違ってたら消すので言ってくださいね
ttps://i.imgur.com/3x3BB3M.jpg
>>255
かわいい顔してるだろ。ウソみたいだろ。ヤンデレなんだぜ。その人。
>>255
あれこのパッチェさん普通に可愛いのでは?(お目目グルグル)
長編さんの作品に出てくる○○って
何かイキイキとしてるというか
添え物じゃなくてマジで考えて動かしてる感がある
だから東方キャラもよりちゃんと動けるのかもしれんが
同じこと考えたやついる?
>>255
可愛らしいパチュリーですね。甘い作品になりそうです。
>>253
編集お疲れさまです。
インタビュー2
おやおや、またいらっしゃったのですか。いくら霧雨と謂えども、それ程人様がお聞きになって感心するお話なんて、そうそう
持ち合わせてはいませんよ。……そうですか。前回の記事が好評だったと。自分の話した物が評判だと聞きますと、
なんだか自分の手柄のように感じてしまいますね。あくまでも主人の事を話した積りだったのですが、これは私も少しばかり、
射命丸さんを見習って鼻を低くしないといけませんね。
前の続きとなりますと、主人と結婚してからですか…。あの頃は随分と私も色々とがむしゃらにやっておりまして、そうでしょう?
今まで魔女の真似事をしていたのが、急に店の女主人をしないといけなくなったのですからねえ。そりゃあ、父の代から或いはその
前から霧雨に仕えてくれていた方はおりますが、いくら周りを固めて頂いても、結局は自分の足で立たないといけませんからね。
当時は慣れない仕事をするのに必死でございましたよ。言い訳にはなりませんが、そのせいであの人には大分素っ気ない態度を
とってしまっていました。私の為に色々と話しかけて下さっていても上の空でしたし、顔を合わせても仕事の用事ばかり、食事すら
一緒に取らない事もよくありましたの。まあこれは内緒ですが、夜の方もおざなりでして、生娘でなくなってもあの人に任せっきりで、
適当に向こうの気が済むままにしていましたの。決して主人が下手な訳ではありませんでしたが、私の方が忙しいせいで其方まで気が回らずに、
そうなっていました。まあ私の方は兎も角として、主人が他の女性に靡かなかったのは幸いでした。あの人が私以外に知らないで
良かったですわ。…色々と昔の悪知恵も役に立つ物ですね。
いえ、なんでもありませんよ。え?私の方ですが?いやはや、そんな事をする積りは毛頭御座いませんが、万が一、億が一で私がそんな、
主人を裏切るような事になれば、間違いなく自分で死んでいますよ。ええ、それについては魔女の言葉として申し上げますわ。でも、それはそれ、
私も独り立ち出来るようにと、あの頃は焦っていましたので。それが変わったのは、子供が出来たのが判ったときですわ。それまでは
全てを取り仕切ろうとしていたのですが、ひとたび出来た事が判ると、上げ膳下げ膳の世界になりまして、箸よりも重い物は
持たせて頂けなくなりましたの。笑い事ではありませんよ。少し前までは店の全てが自分の物だと思っていたのに、全て自分を通さないと
動かないと思っていたのに、それが全て出来なくなってしまったのですからね。始めのうちはその内にボロが出ると思って余裕綽々でいましたが、
返って私が居た時よりも良くなっていたのを見て、言葉にできないような衝撃を受けたものです。魔女を捨ててゼロから築き上げていた物が壊れて、
私に残ったのはあの人だけでしたからねえ。そして当時は夫婦仲もあのような具合でしたので、あの人すら失ってしまえば私には最早、
何も残らないのですから。私もあんまりにも辛くって、思わず母に泣きついてしまったのですわ。
母は私を抱きしめまして、泣くがままにしていたのです。そうして私が泣き疲れて落ち着いた頃ですが、あの人をこっそりと力を使って
部屋に連れてきましたの。そうしたら、あの人は私をしっかりと抱きしめてくださいまして…。ご自分も辛かったでしょうに、
私の事を愛していると言って下さいましたの。あの人の温もりと感触を感じながらそれを聞きましたら、私はどんなに恵まれていたか、
幻想郷一幸せな女であるかとしみじみと感じまして…。ワアワアと子供のように泣きながら主人の胸元に顔を擦りつけながら詫びたのです。
そうしたら、主人は私が頑張っていた事をねぎらって下さって、そして今からは自分がそれを引き受けるから、温かい家庭を築いていこうと
言って下さって。それを聞いて私は、表の事を主人に任せて、自分は家に収まろうと思ったのですわ。
それからは、私は家庭の時間を一番に考えるようになりまして、今までは仕事仕事で主人の事も家庭の事も禄にしていなかったのですが、
それを改めまして。そうして今の様になったのですよ。
さて、ここまで喋ったらコラムには丁度いい具合でしょう。ああ、それから先程の分の処理はキチンとお願いしますね。でないと色々と
問題がありますので…では、よしなに…。
少しご報告します
懐の中の疑念は続きがいつかけるか分からなくなりました
住んでいる下の階から出火
消防の尽力により一命は取り止めましたが
執筆用のパソコンやら何やら、全て家に放置せざるをえませんでした
ゆえに、続きがいつ書けるか見通せなくなりました
災難でしたね、ゆっくりと休養なさってください。長々とお待ちしております
…今日は雨か…
「そうだね、あぁ、ジメジメした季節っていうのは嫌だね」
だよねー、でも暑いよりマシだな、暑いの苦手だからさ。
「…そうなのか?…じゃあこれ…嫌かい?」
あぁ、いやいや、全然嫌じゃないよ。
ナズは抱きしめていて気持ちいいからね。
柔らかくていい匂いだし。あぁ可愛いなぁ。
「くふふ…そうかい?そう言って貰えると嬉しいよ。」
…でもねナズ…
「?なんだい?」
朝も昼も夜も寝てる時もずっと抱き締めるのもどうかと思うんだけど…
「それは…少しでも長く君を感じていたいからかな…
…君にはすまないと思っている…だが…やめられそうにないよ…もう君が近くにいないと落ち着かないぐらい君の事が好きなんだよ…離れたくないんだ…」
…ま、可愛いからいっか。ナズ〜(なでなで
「っ⁉︎…ふぅ…っ♡…ふーっ♡ふーっ♡ふーっ♡〇〇♡〇〇っ♡もっと♡もっとしてぇ…♡」
マミゾウさんって、裏で暗躍しまくって
最終的に自分に頼らざるを得なくする、そう言う状況を作りそう
ぬえ辺りは苦言を呈するけれども
そのぬえの意中の相手を、マミゾウが暗躍してぬえに差し出したりして
徐々に協力者を増やしてきそう
はぁん…せーらんに首輪を付けられてペットとしてとして飼われたい…そしていつのまにか尻に敷かれてお団子仕込みながらしあわせにくらしたい…
尻にお団子を仕込まれる!?(早とちり)
ヤンデレの性格を考えていたが
ヤンデレってのは、意中の相手のポケットに現金を、完全善意でねじ込むような
そう言う性格のような気がしてきた
>>247 の続きとなります
短いですが、これ以上書かなかったら勘が鈍る
「早かったねー」
八坂神奈子と東風谷早苗は、疲労感を全く隠せずに洩矢神社に帰宅したが。
たまたますれ違った神奈子と早苗の様子を見て、心配そうにしてくれた信者達と違って。
洩矢諏訪子の態度は軽薄その物であったし、なお酷い事と言えば。
「稗田○○とは会えたのー?」
稗田○○の話を持ち出した際には、緊張感など欠片も無くて。野次馬同然のニヤ付きすら見せていた事だろう。
「神奈子様、少し頼みますね……付き合ってられない」
二柱の一つとして、現人神として諏訪子に仕えて信仰しているはずの早苗ですら。横顔だけでも分かるほどに憎々しげな表情を浮かべて。
奥へと引っ込んで行ってしまったが……諏訪子はそれを見ながらでも「ははは」軽く笑うのみであったし。
「神奈子、稗田○○とは会えた?」
「ああ……」
諏訪子が黒幕、あるいはフィクサーらしくニヤニヤとすればするほど。早苗と同じように、神奈子にも疲労感と言う物が。
無視できない程ににじみ出てくるけれども。神奈子は踏ん張っていた。
早苗に無理をさせている以上、幻想郷に連れてきてしまった以上……今この時、諏訪子の事を相手にしている時に限らず。
神奈子本人もあまり気付いていないが――気付いたところで正当化するが――彼女の行動原理は、早苗が中心であった。
「そう。稗田○○は何か言ってた?友達ぶっ倒れた上に、稗田○○の性格を考えれば、何も言わない方があり得ないけれども……
いや、敢えて世間話だけに留められても気味が悪いな」
ぶつぶつと情景を想像している諏訪子であるが、やはり楽しそうであるのは言うまでもない。
諏訪子は今この、遊郭と稗田家の間を行ったり来たりして、かき回せるこの状況を大いに楽しんでいる。
これはもしかしたら、両方からそこそこの利益をかすめ取ってやろうと言う、コウモリじみた活動よりも厄介で、性質が悪かったかもしれない。
今の諏訪子はあくまでも、利益よりも騒動や厄介ごとの種にこそ楽しみを見出している。
ここでようやく神奈子は、稗田○○から去り際に言われた言葉を思い出した。
どこまで通用するかは分からないが、言わないと言う選択肢は無い。それは彼に対する不義理にもつながる行為だ。
「稗田○○から、お前に伝言がある」
「へぇ!」
稗田○○からの伝言と聞いて、諏訪子は明らかに気色ばんだ笑みを浮かべた。
もうこれは間違いが無い、遊郭と稗田の間で動き回る事による。
遊郭には稗田の動向を知らせ、稗田には遊郭の顔役として抑えをすることによる、双方からもたらされる利益は。
あくまでも二の次なのだと。
それをはっきりと諏訪子の気色ばんだ笑みで理解してしまった神奈子は、思わず渋い表情になってしまうが。
「稗田○○は、何かあれば向こうからこっちに来ると言っている。だから余計な事はするなとさ!」
これ以上停滞してしまっては、伝言すら伝えられない。一思いに、一呼吸で、神奈子はぶちまける事にした。
「そう……『何かあれば』ねぇ…………そうか、そうか。これで確証としては十分かもね」
出来る限りキツイ調子で伝えたが、演じているのは。神奈子自身が無理をしているのは明らかであった。
実際、諏訪子には何の効果も無かったどころか。
様子のおかしい上白沢の旦那だけでも十分であったが、稗田○○が大急ぎで釘を刺しに来たことで。
何かあるのではと言う疑念に、確証を持たせるのが十分な事は論ずるまでも無かった。
間違いなく稗田○○は、何かを抱えている。それも秘密裏に片付けてしまいたい何かが。
だがそれに対して、諏訪子のようなお節介を掛ける気は神奈子にはなかったが。
諏訪子は違うと言って良かった。
「大丈夫、大丈夫だって神奈子。直接相手することは無いからさ」
神奈子の懸念を読み取った諏訪子が、手のひらを前に出して弁明するが。
ニヤ付いた表情が、その本気度を著しく減衰させている。
「それじゃあ私は、ちょっと遊びに出かけてくるよ。あそこは何だかんだ言って、人里一番の歓楽街だ……人も金も、そして情報も集まる」
神奈子が歯を軋ませ始めた頃合いを諏訪子は見て取ったのか。諏訪子は脇に隠していたカバンを引っ掴んで、神奈子の傍を通り抜けてしまった。
止める気にはなれなかった。
第一、神奈子の見えない所にカバンを用意していたという事は。今日も今日で、遊郭街に向かう事は最初から決めていたという事だ。
残念ながら諏訪子を止める事は神奈子には出来ない。
二柱のいさかいが、信仰に関わると言う事もあるけれども。
神奈子自身が理解してしまっているからだ。遊郭街に深く入り込む諏訪子が、決して無意味なわけでは無い事を。
忘八たちのお頭からすれば、反体制勢力に対するけん制として神の威光を利用できる。
ここ最近の遊郭内部の反乱勢力に対する抑えとして、神様……それも祟り神の威光は絶大だ。
そして稗田家と遊郭の間に神様が入り込んでいれば、稗田阿求としても直接火の粉をかぶらずに済むとすら考えている。
そう、稗田阿求ですら今の諏訪子の暗躍をそれなりに好意的に見ている。
となれば……諏訪子の動きを封じるとまでは行かなくとも、抑えてしまう事は。
忘八達のお頭はともかく、遊郭との間に盾を1つおきたい稗田阿求の不興を間違いなく、大いに買ってしまう。
……それは、人里からの信仰に依存している洩矢神社としては致命的だ。
確かに人里の信者たちは、ついこの間来た我々の事をよく信仰してくれているが。
そうは言っても新参、稗田家とは歴史の重みと厚みがまるで違っていた。
結局神奈子に出来る事と言えば、渋い表情で意気揚々と遊郭街に向かう諏訪子の後姿を、こいつを見送るのみであった。
洩矢の二柱が、まるで正反対の様子を見せた会話を終えるか終えないか。
あるいは諏訪子が遊郭街にたどり着いたかどうかの頃。
「ああ」
今日の分の荷物を、夫妻ともにまだ置いたままでいたので、いい加減夫妻の部屋に持って行こうとした折。
阿求が近くを歩いていた奉公人の男性に声をかけた。
「お忙しい所ごめんなさい、ちょっと荷物を私たち夫婦の部屋に運ぶのを手伝ってくれません?一人一個持てば余りが出ないので……」
とは言っても、阿求が○○以外の男性には何の感情も抱いていない。
精々がこの奉公人の長所や特技は何だったかなと、それについて考えるぐらいである。
「もちろん、お手伝いいたします。九代目様」
声を掛けられた男性の奉公人も、第一が稗田家の奉公人と言うのは稗田家の信者と同義である。
例え阿求が○○とは婚姻を結んでいない、まだ独身の頃だとしても。
阿求に対して妙な感情なんぞ、一切抱かない。そう、一切だ。
全ての決定権は九代目様、阿求の御心のままである。そうとまで考えているのが普通なのだ。
――そして稗田家程の場所で働いている奉公人ともなれば。
そんじょそこらの奉公人何ぞ、束で来られようとも片手でいなせるほどの特技がある。
今回、阿求が声をかけた奉公人は……荷物の程が大したことは無いとは言え、力仕事には向いて無さそうな体躯を持った男であった。
けれども力仕事ばかりが稗田家で求められているわけでは無い。
この若干華奢(きゃしゃ)な奉公人の特技と言うか……二つ名とも言える評価は。
頭の中にそろばんを突っ込んだ男、そう言われている。
そんな二つ名であるのだから、数字には。計算にはめっぽう強い。
頭の中にそろばんが突っ込まれているのでは、とすら思われるのだから。
無論、少々の暗算。それも日常の買い物程度ならば、少し宙を見ればその間に頭の中で計算が済む。
「あなたはこれを持ってくださいな」
「はい」
そしてこの計算に強い奉公人は、阿求に言われた通りに。指示された荷物を手に取った。
それは稗田○○が頼んでいた、今日の分の荷物であった。
稗田○○は、自分の荷物は自分で運んで、少しでも気づかれにくくしていたが。
今日は遅かった……○○も動きが鈍ってしまった。何せ犯人共が、大胆を通り越して無謀になりつつあるのだから。
○○は阿求が何かを探り始めていることに気づいていたが。
だが白状すれば、自分が被害を受けている事はもう隠せない。今日はもう、気付かない事を祈るしかなかった。
――実を言えば、阿求の方もまだまだ断言と言う者が出来ないで苦しんでいた。
だから今は、周りから攻めはじめる事にしたのだ。まずは、味方を増やしたかった。
(あれ……)
そして今日この時、計算にめっぽう強い。そろばんを頭の中に突っ込んだとすら言われる男に荷物を運ぶ手伝いを頼んだのは。
(○○様のお荷物、インクと紙の束しか無い割に。値段が高いな)
偶然などでは無い。
続く
どうか感想の程、お手すきでしたらよろしくお願いします
呼んでくれる人がいるのは分かっていても、感想の有無はやっぱり大きいんです
自分の魅力を理解して、尚且つそれを利用することに躊躇がなくて
そして独占欲の強い白蓮さんに朝となく夜となく監視されたい……
>>270 の続きとなります
稗田阿求は間違いなく、確証こそない物の何らかの違和感を覚えて。
仮に杞憂だとすれば、後から笑い話にすればいいと思いながら、少しばかり動きを見せていたが。
諏訪子の場合はもう少しだけ、趣と言うか。杞憂ならばそれで構わないと言う部分には変わりはなくとも、どう思うかについては随分違っていた。
阿求の場合は、『何も無い所に吠えかかる、少し頭の悪い犬でしたわ』と自嘲と自虐を織り交ぜながら、談笑の種にしてしまえるが。
洩矢諏訪子の場合は、遊郭街にて存在感を現し始めている彼女が、何故遊郭街にてぽっと出のはずなのに大手を振るう事を許されているかと言えば。
それは今の遊郭街の支配者、そして稗田阿求から、自分たち夫妻以外の人間の為という事で、最低限のお目こぼしを貰う事に成功している。
あの忘八達のお頭に対して、諏訪子は全面的に協力しているからだ。
人里から好意的に見られていて、稗田家としても相手が神であるからいくらかの手心と言うか深入りしない立場の存在が。
遊郭街の今の支配者であるあの男に対して、全面協力しているのだ。
……無論、それは諏訪子としてもいくらかの権力の積み増しと。下世話で俗っぽい対価を求めてこそはいるが。
あの忘八達のお頭が失墜、最悪の場合では変心した場合。被害と言うか、被る火の粉に加えて面倒くささと言うのはこの程度では済まない。
――それよりはマシとは言え、忘八達のお頭や取り入っている諏訪子に隠れて、稗田阿求が激怒するようなことをしている輩がいた場合も。
はっきり言って、面倒くささと言う点では等しい。
「やぁ、やぁ……忘八のお頭。今日も少し世話になるよ」
しかし、遊び人の気配を隠そうともしなくなった諏訪子であるから。どこで気付くか、何に違和感を覚えたのか。
それに関しては、稗田阿求が耳にしたとすれば。気付いてくれた事に対する感謝があるから、大っぴらにする事は無いだろうけれども。
――そこから気づいたのか――と言う、呆れの感情が同じくらい、下手をすれば感謝よりも大きくあるだろうから。
きっと稗田阿求は余り感謝の念を表には出してくれないだろう。そんな暇があれば旦那である○○の周りをさらに固めて、守りに入る。
けれども忘八達のお頭の場合は違う。
彼は、もう遊郭街の外では生きていけない。遊郭街のような空気が無ければ、即座に窒息してしまうという事を十分に理解しているから。
きっと諏訪子に対して――本当の信仰心は諏訪子以外に向けているのは確実だが――平身低頭で、更なる奉仕。
支払っている金銭以上の何かを、この忘八達のお頭は自発的に与えてくれるし。
――正直なところでは、諏訪子もそれをあてにしている節がある。
今でさえ十分に、支払った金銭以上の利益を享受しているけれども。
こういうのは別に、多くて困ることは無い。ましてや洩矢諏訪子は神様だから。
人間では扱えない量や数の愛欲だって、受け止めれるし、実際に受け止めてきたことも多い。
洩矢諏訪子は祟り神だから。祟りと言うのは、場合によっては八坂神奈子のような、軍神と言った分かりやすい力よりも。
より大きな意味、大きな恐怖、そして大きな依存心にも近い信仰を得る事を。
祟り神である洩矢諏訪子はよく知っていた。
「洩矢諏訪子様、本日も遊郭街へのお目通りの程。誠にありがとうございます。神様の遊び場としての認知も進み、他のお客様もご利益の一端を得ようとしまして
我々の宿で遊んでくださるお客様が増えまして、鼻も高く、嫌らしい所では懐の程も随分暖かくなりました」
忘八達のお頭は恭しく頭を下げながら、そしてその後ろにはきらびやか――過ぎる――衣装をまとった女性たちが何人かいた。
全員が全員、きらびやかなくせに十二単のような荘厳さや奥ゆかしさ、慎ましさはかけらも感じ取れない。
物質的な意味でも、布切れの薄さと言う物がありありと見て取れた。
最も、ここに来る客はそれを期待どころか、金を払ってそう言う事をしに来ているし。速くおっぱじめるためには持ち物は軽い方が良い。
けれどもそんな、薄布を見ながら洩矢諏訪子はふと、稗田阿求の事を考えていた。
あの娘の場合は、こんな服装をしても似合わないなと……
早苗は発育が良いから、初々しくて良さそうだ。神奈子は、大女の気があるとはいえ、それはそれで『そう言う』服を着せるのも、なかなか面白い。
だが稗田阿求の場合は……別に諏訪子は、稗田夫妻の事は公務で話している位だから。
稗田阿求の奥深い部分、ましてや肉欲の事なんて何も知らないけれども、それでも着衣越しに見て。
稗田阿求の体は、申し訳ないけれども貧相としか言いようが無かった。
稗田家の存在で、ましてや九代目様として事実上人里の頂点に君臨しているのに。
ならば栄養状態に至っても、およそ頂点と思っても差し支えは無いはずなのに。体の発育に関しては、貧相としか言いようが無かった。
やはり体が弱いと言うのは、事実のようだ。
最高の栄養状態と、最高水準の医療機関である永遠亭が付きっ切りだから壮健のように見えるだけで。
実態は薄氷なのだなと、にべもなく考えていた。
――だからこそ、魅力あふれる肉体を持っている遊郭街の。ましてや忘八達のお頭が経営しているような宿であるならば。
一番安い遊女ですら、他の遊郭宿であるならば、一番を張ってもおかしくない。
なるほど、稗田阿求が恐怖と言うよりは。遊郭街全体に対して、恐慌含みで相手をするはずだ。
何せどんなに安い遊女ですら、自分よりは魅力ある肉体を持っているのだから。
そう考えれば、上白沢慧音はよくぞ稗田阿求と良好な関係を維持できているなと感嘆する。
あれは、旦那の前ではどうしているかは知らないが。普段はゆったりとした服を着ていながらも。
体の線などを強調していなくとも、その豊満な魅力を隠しきれていないのはよく分かる。
稗田阿求からすれば、何にも増して夫である○○には近付けたくない存在のはずだが。
上白沢慧音は、あの探偵稼業に巻き込まれている神経質そうな旦那の存在が。
結婚しているからと言う事実が、そして上白沢慧音の方も少々暴走気味の愛を旦那に抱いているから。
こちら側に、○○の方に来ると言う心配が無いから良好な関係を築けているのだろう。
――正直、そうであってほしい。
上白沢慧音は、人里の最高戦力と言う側面のみで。それが必要と言う部分のみで、稗田阿求が演じているのだとすれば。
あまりにも恐ろしい。
まぁ、しかし。
稗田阿求の事を考えるのはここらで良そう。
今日『も』遊びに来たのだから。神奈子の表情からは何度も『またか!』と言うような声が聞こえてきそうであったが。
そんな神奈子だって、自分が遊郭街に食い込むことによる利益を、しっかりと把握している。
文句は言わせん。実際、投資以上の物を取り返せる風向きは確かにあるのだから。
「今日も良い女ばかり取り揃えてくれたねぇ……いい子いい子。何だったらお前の事も抱いてしまいたいよ。どっちもいけるからさぁ」
稗田阿求の正確や、出方について考える事をやめた諏訪子は。
少しばかり酒が入って、聞し召し始めていた。
この忘八達のお頭は、まぁ確かに、それなり以上には良い顔を持っているけれども。
酔い始めた女性がやった事とはいえ、忘八達のお頭に対してこんなにも子ども扱いとは。
声こそ出ていないが、遊女のうち何人かから息を呑んで張りつめてしまった空気が出てきたが。
それは遊女の全員では無かった、今日用意された女達の何人かは、もう既に諏訪子の夜お手付きが入っている。
忘八達のお頭が用意するだけはあり、戸惑ったりしてもそれは最初の方だけである。
すぐにこの女たちは、洩矢諏訪子と言う存在について。
ああ、下手をすれば子供のような雰囲気すらあるけれども。相手は神様なんだと言うのは。
それを『肌』によって理解する事が出来る位には、洗練されているし要領だって十分である。
実際、今日この時に息を呑んで張りつめてしまった遊女は全員。諏訪子の相手をするのが初めて――
つまり、まだ神様によるお手付きを経験していない遊女たちであった。
「あっはっは……この子達は、初めてだったよね?私の相手をしてくれるのは」
実際諏訪子としても、初めての女たちを前に。少しからかう程度の者でしかなかったし。
それぐらいの事を許容出来てしまうぐらいには、諏訪子は遊郭街に多大な利益を。
現金以外の、特に遊郭街と言う組織に対して安定性と言う物を与えていた。
事実、諏訪子が遊び歩くようになってから。きな臭い動きは眼に見えて減った。
黒幕は相変わらず息を殺して、きっとまだ諦めてはいないだろうけれども。
観測気球すら見えなくなったのは、良い兆候以外の何物でもないだろう。
事実ここ最近の稗田阿求の機嫌は――遊郭街に関する事だけならば――懸案が無いので、良いぐらいであった。
忘八達のお頭だけではなく、それの配下である遊女たちだって、高級遊女ともなれば夜鷹のように体だけとはいかない。
世情にも案外通じていなければ、太い客と会話を合わせる事が出来ないし。
世情と言う物を少しでも理解すれば、稗田家の、特に稗田阿求の機嫌1つで自分たちは魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)するこの幻想郷に置いて。
巫女でも魔女でもメイドでもない、ただの人間にとってほぼ唯一安全な場所である、人里から放り出されるのだと、理解は嫌でも出来てしまえる。
――それ故に、商い拡大を目論む連中の頭の悪さには、忘八達のお頭だけに限らず。
高級遊女たちは、怒りすら覚えている。
その懸案を通り越した稗田阿求の癇癪からくる災厄から、諏訪子は自分たちを守ってくれる存在。
諏訪子は、高級遊女たちからそう思われることに成功していた。
「はい、そうでございます。洩矢諏訪子様。実は近々、宴席がありまして。
その前に洩矢様の、神様のお手付きになっておいて、お座敷の事を知っておいてもらおうかと考えまして。
無論、彼女らは私が今日、勝手に連れてきているだけなので。お代はいつも通りで構いませぬ」
「そう、ありがと」
諏訪子は短く礼を述べた後、実に慣れた手つきでまだおぼつかない様子の遊女を、自身の横に引き寄せつつ。
目の前に並べられた大皿から、料理をひとつ、つまんだが。
「――?」
「いかがしましたか?洩矢諏訪子様」
少し、諏訪子の様子が。
いや、素声自身は何も言っていないから。おかしいとすら思われないのが大半であるけれども。
けれども諏訪子は少しばかり、思考が一か所に固定されて、そしてさすがは忘八達のお頭である。
客の様子の変化には、とてつもなく聡い。もttもそうでなくては、遊郭街に置いて支配者役などは出来ないのだろうけれども。
「いやね……別に変では無いのだけれども。板前変わった?前のもこれも、どっちも美味しいけれども。
若干、切り分けた物の歯触りが違うからさ」
「調べてきます、しばしお待ちを」
「悪いね」
諏訪子はそう、相変わらず言葉は短いけれども。しかしながらちゃんとした様子で謝った。
……だがそのちゃんとした様子と言うのは、忘八達のお頭に対する取り越し苦労を掛けたかもしれない事だけではない。
はっきり言って、取り越し苦労なら。杞憂ならばそれで構わない。
戻ってきたときに、お猪口をひとつさし出して、酒を一杯与えればチャラに出来る。
それで笑って済ませれば、それで終われる。
だが。
「洩矢様」
忘八達のお頭が、何枚かの書類を持って戻ってきた。
これは、取り越し苦労や杞憂では無いかもしれない、そう言う気配が見えてきた証拠だ。
まだ確証や断言は、諏訪子も忘八達のお頭も無いけれども。
ここまでの頂(いただき)に立つことが出来る存在の感じる、おかしな気配と言うのは。
概ね当たっているのが常である。
そう言った物を感じ取れる才能が有り、またそれを磨いたからこそ。
どちらともが、何かの頂点に君臨できているのである。
「洩矢様がごひいきにしてくださっている板前ですが……近々において、宴席の予約をしている客が、予行だと言って連れ出しているようです」
「あの板前、高いよね?あの板前より上となると、この遊郭街では……」
「あの板前は、私が雇っているのでひいき目もありますが。五本の指に、どんなに低く見ても十本の指には数えられます」
「それを連れだした?私の知ってる奴が連れ出したのかい?ああ、それとも鬼が?星熊勇儀が、たまに地上の遊郭で遊ぶとは聞いたが」
「いえ……鬼の星熊様が無理を言って、と言うのでしたら私も苦笑しながら戻って来れます」
「そいつ、私の気に入ってる板前連れ出した奴、鬼じゃないならどこで金稼いでるんだろ?」
「どうぞ、写しを取ってきましたのでお納めください。私の方でも調べを進めます」
諏訪子がいよいよきな臭い物を感じ取らざるを得なくなったころに、忘八達のお頭は。
するりと、諏訪子に対して手がかりとなり得る物を。
諏訪子お気に入りの板前を連れ出した、謎の人物が記した予約表を差し出してきた。
「――遊女はここに残って。料理はみんなで食べていいよ、ちょっと山に戻って、指示だけ飛ばしてくる」
稗田阿求だけではなく、洩矢諏訪子も。
そして洩矢諏訪子の場合は、より危機感を持って対応を始めた瞬間であった。
前門の虎、後門の狼どころではなくなった瞬間でもある。
続く
いよいよ寒くなってきましたので、みなさん体調の程にはお気を付けください
???ただでさえ寒いのにこれ以上寒くなったらわちきしんでしまう…(チラ
ねぇ…◯◯。その……よかったら一緒に……凍えてみない?
いやほら、凍傷とかにはならないくらいでさ
ひもじくて、寒くて、暗くて……でも隣にはお互いがいて……そこにはふたりの呼吸と体温があるの
それでそのどっちかがだんだん弱々しくなっていって……どうしようもない気持ちになったところでやめる…みたいなやつを、さ?
愛したり愛されたりって感じがすごくするとおもわない?
>>272
稗田の旦那や上白沢の旦那が心を痛めているのに何故犯人は地雷原で踊るようなことをするのか
…嗚呼救われない
>>277
愛したり愛されたりの満足感からどうしようもない気持ちにならないまま最期までいってしまいそう
23スレ985-986の続きになります。
誘惑来たれば3
豹変した彼女とあの後どのような会話を交わしたのかは、僕は殆ど覚えてはいなかった。ただ呆然として自分の家まで歩いていた事だけを
薄らと覚えている。自分の家に辿り着いた時には随分と土で汚れた記憶だけがあった。そして家に入るなり倒れ込むようにして、次に目を覚ますと、
僕は屋敷の一室にいた。西洋風のレンガ造りの屋敷の中は、明りが点いていて昼間のように明るかった。顔見知りだった彼女が紅茶を煎れていた。
カップが軽い音を立てる。いつの間にか知らない場所に移動しているのに、何故だか僕はホッとした。彼女が僕に煎れた紅茶を勧めてくる。
おずおずと僕が口を付けた液体は、砂糖は入っていないのにどこか上品な甘さがした。
「…それで、ここまで逃げて来たって訳ね。」
いつの間に彼女に話したのだろうか。彼女は僕の今の状況を知っているようだった。
「怖くて…。」
「二人とも?」
「そうです…。」
「そう…。」
どこか満足げに頷く彼女。
「…どうにかならないでしょうか?」
「あなたはどうしたいのかしら。」
彼女が反対に僕に尋ねてくる。自然と言葉が僕の口から出ていた。
「神様の夫婦になんて…、なりたくない…。だって…」
「だって…?」
「ヒトじゃなくなってしまうから!九代目様だっておんなじだ!死んでも一緒にいるなんて…。」
「嫌?」
「いやだ…イヤだ、イヤだ!」
目から涙が流れ落ちる。堪えようとしても、止めどなく流れる涙。視界がグチャグチャになり、前が見えなくなった。
「そうなのね…。」
あくまでも僕の意見を聞く彼女。柔らかく包むように。僕の顔に優しく布地が当てられて、視界に彼女の姿がはっきりと映った。
「可哀想…。」
僕の眼がグズグズになる。彼女から掛けられた言葉によって、我慢が壊れてしまったように。僕の視界が再び塞がれた。今度は涙ではなく、
彼女の体によって。
「大丈夫……。ここに居れば大丈夫だから…。」
自分の荒い息が聞こえる。意識が体から浮かび、渦を巻いて落ちていく。幻に溶かし込むように、夢に溺れるように。足下がフワフワと浮き立ち、
立っている場所が泥のように感じた。毛の深い絨毯に体が沈み込む錯覚の中で、彼女が僕を支えていた。深い水に落ちないように、しっかりと抱きしめて。
「助けて欲しい?」
耳元に寄せられた彼女の口から言葉が零れる。壊れきった僕の心に溶け込むように注がれた声が、僕の魂を支配していた。
「--------」
自分の喉から出た声すら、今の僕の耳には入らなかった。彼女の胸で視界が閉ざされている筈なのに、彼女が笑ったのが僕には分かった。
彼女の指が間に割り込むように差し込まれる。細い、白い、指だった。僕の心臓をなぞるように指先が舞う。クルクルと時計の針を逆さまに戻すように。
何度か指を回した後で、彼女が僕の体の真ん中を付いた。
「これで大丈夫。時計の針を止めたから…。あなたと私はずっと一緒。永遠に…。」
彼女の非現実的な言葉と裏腹に、僕の心臓は規則正しく動いていた。彼女の懐中時計と同じ時を刻むかのように。
>>272
里の動きが慌ただしくなってきたようですので、これから大きく動きそうですね。
諏訪子様の動きの予想がつきません。
>>277
非日常での感覚が、より強い刺激になるのでしょうね。
>>276 の続きとなります
「……」
諏訪子は珍しく、真面目な表情で書類の束を。
天狗に頼んで借りたカラスから送られてきた報告書を、一通一通、丹念に目を通していた。
奇しくも阿求と諏訪子がほぼ同時に、今の状況に対する違和感を覚え。
どちらともが自分なりに、使える手段を可能な程度で、さりとて手心など加えずに行使し始めた。
そしてその行使の量や勢いの度合い、比べるならば諏訪子の方が上であった。
遊郭内での不祥事がそのまま、諏訪子の権勢に直結するのだから、真面目にならないはずが無かった。
そうなってから、何日かたった。あれからずっと――相変わらず諏訪子は、遊郭街へ遊びに行っているが。
と言うよりは、もしかしたら神社にいるよりも遊郭街にいる時間の方が長いぐらいにすらなってきているが。
しかしそれでも、随分と締まった表情を浮かべるようにはなってくれた。
「……何だかなぁ」
しかし、早苗の表情は全く晴れなかった。
諏訪子はここ最近では最も真面目な、フィクサー気取りで裏で糸を探っている様子も無いと言うのにであるが。
それは、家中の存在であるならば嫌と言うほど見えてしまうからである。
諏訪子は、さすがに水も食物も一切無しで、ひっきりなしに来る報告書を読んでいるわけでは無かった。
傍らには緑茶と、お茶菓子が供されている。無論、早苗が不機嫌な原因はそれでは無い。
それを咎めてしまうほど、早苗は狭量では無い。
早苗が問題としているのは。
「…………あーん」
諏訪子が時折見せる、この光景である。まるで子供が親から食べ物を口に運んでもらう事を期待しているかのような。
そう言う光景である。
洩矢諏訪子ときたら……遊郭通いが多すぎて。遊郭でやるようなことを、思わず持ち出してしまうようであった。
しかも神社で。
「ふぅー!?」
早苗が思わず、縄張りを荒らされた蛇のような声で諏訪子を威嚇した。
「どわぁ!?」
報告書に意識を集中していた諏訪子は、まさかそんな声が聞こえてくるとは思わず、跳ね飛んで驚いたが。
「ああ、何だ早苗か……なんか機嫌悪いね?」
とうの諏訪子は、この有様である。自分の行動がいかに、利益の存在を無視できない神奈子ですら、苛ませているか。
それを全く……いや、諏訪子ほどの存在がそれを理解できていないなど、あり得ないから。
冷酷な損得計算で、無視をしていると言い切るべきかもしれなかった。
「何を調べているかは知りませんが!報告書の検分なら、遊郭街でやったらどうですか!?
あそこなら諏訪子様が今見せたみたいに、『あーん』とした動作をしても、口に食べ物を突っ込んでくれますよ!?」
「え、ああ……」
しかし、神奈子と早苗を苛ませてる事柄を。冷酷な損得勘定で無視をしていたとしても。
今のこの、早苗から指摘された事実には。あの諏訪子ですら、目を丸くしていた。
しかし。
「あーごめんごめん、よくやってもらってたからさぁ」
悪びれる様子は無かった。あったとしても、少し恥ずかしがる程度。そこに殊勝さはかけらも無い。
「だから遊郭街に行けと言ってるんですよ……」
そんな諏訪子の姿に、早苗も平素の関係をどこかに置いて行ってしまい。
かなり荒っぽい口調に変わりつつあったが。
「ははは、でも内容が内容だからね。遊女たちが調査の内容を心配して、ちょっとオロオロさせてしまうんだ」
それに対する諏訪子は、相変わらずにこやか……しかし早苗の眼にはニヤニヤとした物に映っていた。
「こっちはピリピリしています!」
早苗は最後にそう言い捨てて、神社から外に出て行ってしまった。
「あっはっは」
諏訪子は、分かっているくせに茶目っ気たっぷりに笑いながら。
数多ある報告書をいくつかの組に、諏訪子なりの方法で仕分けて行った。
さすがに、上白沢の旦那が倒れてから数えても――つまり諏訪子と阿求が違和感を覚えた日。
いくらかの日数が経ったので。上白沢の旦那も回復して、早苗もまぁなんとか意気が戻った。
しかし諏訪子と阿求は、腹の底で考えるのみで事態をまだ口外してはいない。
横領被害を受けている当の被害者である、稗田○○も言うはずが無い。
言えばどこかで破滅の音がするのは必定だから。
だが事態は、沈黙を保ったままで活動を続けていた。圧力の溜まり続ける容器は、限界まで変化を見せない事は往々にある。
しかしながら○○は一人きりで。精々が上白沢の旦那だけが援軍の状態で考えて、動いて、なおかつ気づかれてもならない○○にとっては。
これは余りにも分の悪い戦いであった。
「……」
「……」
そもそもが心労による一時的な発作だった、上白沢の旦那はもうとっくに回復して、○○と喫茶店でコーヒーを共にできているが。
楽しげな雰囲気を出せるはずが無かった。何せ二人とも、この里で起こっている。
稗田阿求に対して唾を吐くような真似をしている輩の事を、誰がとまでは分からなくともその存在を、信じなければいけないのだから。
「それで○○……」
稗田○○には暖かいコーヒーと焼き菓子が、上白沢の旦那には最近流行の氷菓子の亜種のようなコーヒーが供されて、しばらく経った折。
無言ではいくらなんでも良くないと。
それに○○には阿求が放った護衛が常に付いて見ているから、これ以上の無言は余りにもおかしい。怪しまれる。
そんな二重の意味を持たせながら、重々しく口を開いた。
「俺が倒れている間に、何かわかった事はあるか?容疑者の段階でも構わんから、数を特定する事ぐらいは、出来ていてほしいな」
容疑者の数ぐらいは知りたいと、上白沢の旦那が言ったとき。
○○は、焼き菓子を咀嚼(そしゃく)する口の動きが瞬間的ではあるが、止まってしまった。
残念ながら上白沢の旦那はそれを見てしまった。
「捗々(はかばか)しくはないようだな……」
若干諦めながら上白沢の旦那は、流行であるコーヒー味の氷菓子に目を落とした。
「犯人は最低でも三つの業者において横断的に協力関係を築いている。あるいは配送、あるいは問屋と言った具合だ」
しかし犯人が1人や2人では済みそうにないとの、○○からそう言われてしまうにおいては。
何もわからなかったんだ……と言われた方がマシだった。慰めの言葉を紡ぐことで、この場を紛らわせる。
だが、一度話し始めた○○の邪魔をしたくも無かった。
コーヒー味の氷菓子にスプーンを差したまま、上白沢の旦那は○○の方に目線を戻した。
「ずっとずっと、配送業者を確認して、自分が何を買ったかをつぶさに記録して突き合わせた。
稗田家では、基本的に御用達の業者を作らないと言う方針がある。
好みだと言う菓子屋に料理屋ぐらいは存在するが、普段使いする物品に食料品、そしてそれを運んでくれる業者。
これらは必ず、一定期間の持ち回り制で。その業者の数も増減する。決まった業者は作らない。
ご用命を受けてから1年以上たった折に、思い出したかのように再び使う業者もあれば。
二か月かそこら程度の休眠期間をおいて、再び使い始める業者もある。
こんなめんどくさい方法を使う理由は、御用達と言う存在を作る事によって、変な権力を持たせないためだ」
上白沢の旦那は、コクリと頷いた。
洒落た、コーヒー味の氷菓子はそろそろ溶け出しているが。食べる気にはなれなかった。
幸い器が大きいので、とけ切っても一息で飲んでしまえばいい。
「それでも……信用できる業者と言うのは確実に存在するし、さっき言った三つの業者がそうなんだが。
三つとも使っていない時期は、存在していなかった」
「少し質問をしたい……」
上白沢の旦那は、嫌な可能性に気付いてしまい。それを確認しなければと思ってしまったが。
仮に、それが的中していたとして自分は、何が出来るのだろうか。
そうは思ったが、聞かざるを得なかった。ここまで来ては知らない方が、不調を来す。
「聞きたい事がある、○○、お前が横領被害を受け始めた正確な時期は分かるか?
お前の話を聞いていると、その三つの業者はかなり長くから稗田家の用命を受けているようだが?
そして、○○。お前が稗田阿求と結婚してからも、そんなに短いわけでは無い」
上白沢の旦那が質問をした時、稗田○○は「クククク……」と神経質に笑い始めた。
手に持っていた焼き菓子は、手の力が不用意に強くなった事で割れてしまった。
これは、凶兆以外にあるまい。
「…………分からないんだ。俺がお小遣い帳を付け始めたそもそもの理由が、何か高値を掴まされてる気がする、あるいは隠れた無駄遣いかなだったから
そう、だから。今の質問には、全く分からないと答える他は無い」
やはり、凶兆であった。考えうる限りでは、最悪の答えであった。
「……今日の荷物は、横領が。改ざんの心配は無いのか?」
堪らず上白沢の旦那は、質問を変えてしまったが。
「確率的には、分は良い方だよ」
○○は、はっきりと断言してくれなかった。この言い分では、合ったり無かったりという事らしい。
そこまでやられて尽きない、稗田家の財力も大したものではあるが。
今そこは、まるで重要では無い。
結局、この案件と言うか。
今まさに受けている被害の、その首謀者たちが想像以上に広い範囲で○○を追い込んでいる。
今日の会見で、上白沢の旦那が確認できたのはそれだけであった。
ただ聞くことしか出来なかった。
上白沢の旦那は最早自分が恥ずかしかった。○○には言ってないが、倒れて以降の慧音の様子が自分に対して過保護ではと思うぐらいだからだ。
そして慧音は、普通は喜ぶべきなのだが――恐ろしく魅力的だ。そんなのからべったりとされてしまえば――
昨日も、反応して。相手をしてもらったが、それを思い出す事すら恥ずかしくなってきていた。
もしかしたら意気が上がらない理由は、そのせいで疲れているからではと思うと、余計に。
何せ今日の朝は、気づいたら慧音の上に乗っていたのだから。
だが○○は、上白沢の旦那が恥ずかしがる。こんな状況でも反応する自分の男としての部分への、苦悩には気づかず。
殆どうわの空で、無論本人はずっとこの件に対するせめてもの落着を探しているが。
業者が特定出来ただけ、それですらまだ増える可能性があるし。
全ての業者を特定してもまだ、誰がそれをやったのかを特定する必要があった。
万に一つも間違いは許されない。稗田阿求の性格を考えれば、そして被害の実態を合わせて考えればなおの事である。
上白沢の旦那と稗田○○が、全く別の事で苦悩しながら。会話も無く往来を歩いていたら。
「不味いかもしれん……」
○○が不意に、けれども誰に聞かせる訳でもなく。
うわ言と言うのがぴったりな声色で、しかも状況がまた悪化したような事を呟いた。
「どうした、○○?」
上白沢の旦那が恐々として振り向くが。○○は歯を食いしばって、目線をあちらこちらに動かして。
何かを考えているようではあるが、混乱しているようでもあった。
「俺の後ろにいてくれ、話は俺がやる」
しかしこう言われてしまえば、そして○○が歩を進めている先にいる人物は。
稗田邸に度々入るようになれたおかげだろう、それが稗田の家中で働く奉公人であると、そう理解するのに時間は必要なかった。
立ち振る舞いの上品さからして、市中に入ればなおの事、他とはまるで違うのだから。
「やぁ……」
○○はゆっくりと……事情を知っている上白沢の旦那から見れば、それが警戒心の高さだと言うのは、理解できてしまった。
「これは、○○様じゃないですか!奇遇ですねぇ」
「ああ、そうだね」
それだけに、何も知らない――はず――のこの奉公人の笑顔がまぶしかった。
「珍しいね、外で会うなんて」
「あはは…………ちょっとインクと紙の束が欲しかっただけで。計算をやっていると、いろんな所にちょこちょこ書きたくなりますから」
「ああ、そうなんだ…………そうだ、思い出した。そろばんを頭の中に突っ込んだとか、そう言われてたよね、貴方は」
「ええ、まぁ…………他の方と違って、体は華奢(きゃしゃ)でひ弱な方ですらあるかもしれませんが、私は計算が得意で、そのお陰で稗田家で働けております」
「ああ、そうだった。そうだった。当たってて良かった」
「いえ、思い出してくださって嬉しいぐらいですよ」
そのままよくある、社交辞令的な会話が少し続いた後にその計算に強い奉公人とは別れたが。
○○が急に横道に逸れたので、急いで追いつくと。その顔は顔面蒼白であった。
「何があった?何か変な会話をしていた風には見えないが」
「会話じゃない、あの奉公人が購入した物が問題なんだ。彼は計算が得意だから、気づいたかもしれない。
いやそもそも、あの奉公人に阿求は荷物を運ぶのを!しかも俺の荷物を運ばせた!こう動いてくれると期待して!」
「頼む、○○!何があったか教えてくれ!!」
狂乱含みの○○を見ていると、上白沢の旦那も狂乱が巻き起こるが。
○○はまだ冷静な部分で、口に手を抑えて一言ずつゆっくりと喋った。
「この間、俺は警戒しすぎて。インクと神の束しか買わなかった。だが犯人達は、俺が買うと思ったおせんべいを、余分に入れて水増しした」
背筋が寒くなった。思い出してしまったからだ。
○○とは何度も喫茶店やらでお茶を共にしたが。彼が塩気のある物を好んで食べている場面は、ただの一度も無かったからだ。
「俺は甘い物が好きで、阿求は逆で塩気のある物が好きなのだが。世間的には男が塩気のある物を好むからな、犯人は間違えたんだ。
……もちろん、領収書は高めに改ざんされていた。その時の荷物を、領収書付きの荷物を部屋まで運んでくれたのが。
阿求から指示されて、あの計算が得意な奉公人が運んだんだ。
彼の眼には、改ざんされた領収書が見えていたはずだ…………
そんな計算に強い男が、あの時俺宛てとされた荷物と、同じものを買っていたんだ。せんべいまで同じだった」
確認作業。そんな言葉が上白沢の旦那の脳裏に浮かんだが、口から出てくれなかった。
続く
>>279
咲夜さんは、その能力も相まっているのだろうけれども
目の前の彼との間に生じるすべての変化を拒絶したのかな
咲夜さんと彼以外が止まっていれば、変化は無くなるから
小鈴「……………………」
阿求「なに?そんなに私の顔を見つめて。整った美しい顔以外に何かついてる?」
小鈴「いや、その……うーん……」
阿求「なによ、怒らないから言ってみなさいって」
小鈴「じゃあ言わせてもらうけど……阿求、あんたよく○○さんと夫婦になれたわね」
阿求「あら、そんなに意外?」
小鈴「意外というか、どうやって誑し込んだのかって話よ」
阿求「誑し込むなんて酷い言い草ね。私達のは純愛よ、純愛」
小鈴「いやまあ、あんたが○○さんに向けてる愛情は純粋過ぎるくらいだけども……他が苛烈過ぎて怖いのよ!」
阿求「そう?」
小鈴「そうよ。阿求の独占欲と嫉妬心は異常としか言いようがないわ」
阿求「愛する男性が他の女と仲良くする様を見て、心穏やかな女の方が少ないと思うけど」
小鈴「そりゃそうでしょうけど、金と権力にものを言わせて排除なんてするのはあんたくらいよ」
阿求「私と立場が入れ変われば同じように実行する女性は少なくないと思うんだけどなあ」
小鈴「……ともかく、そんな阿求と、○○さんはよく結婚してくれたなってことよ。あんた、実は○○さんのことも脅してたりするんじゃないの?」
阿求「私があの人に、愛する人にそんな無粋なことをすると思う?」
小鈴「ありえないわね。だからこそ不思議なのよ。一体どんな手を使ったわけ?」
阿求「……うーん、小鈴は勘違いをしているみたいだけど、そもそも○○さんは私が嫉妬深い女だと知らないわよ?」
小鈴「……へ?」
阿求「ええ、たしかに私は嫉妬に狂い、○○さんが私だけを見てくれればと常々思っている。障害になりうるモノも排除してきた。けれど、それを欠片でも○○さんに見せたことはないわ」
阿求「だって、そうでしょう?多少の嫉妬程度なら愛嬌と捉えてくれるでしょうけど、その嫉妬に身を焦がすような女を傍に置きたがる男性などいないのだから」
小鈴「か、隠してる?あんたのあの激情を?どうやって?」
阿求「我慢よ、ひたすらに我慢。○○さんが他の女と話している所を見た日にはそれこそ狂いそうになるけれど、本心を見せて○○さんが私に嫌悪感を抱くことに比べれば、その程度天国だもの」
小鈴「…………」
阿求「私の想いは異常だけれど、異常であることを認識していれば正常を装うことはできるから……どう?疑問は解けた?」
小鈴「……ええ、阿求の重すぎる想いも一緒にね」
阿求「それはよかった……ああ、よかったといえば、貴女、私の友達でよかったわね?」
小鈴「?……なんで?」
阿求「いやあ、私の旦那様って本が好きじゃない?それで、独り身の時から鈴奈庵にもよく通っていたと思うのだけれど……」
阿求「私はそれが妬ましくて妬ましくて……たまらなかったのよね」
小鈴「っ……!?」
阿求「……なんて、ね。まあ、私の想いもどんな人間かも知ってる友人が……敵になるなんてことはないわよね?」
小鈴「……も、ちろんよ」
阿求「うんうん。さて、聞くことも聞けたし今日は帰るわ。ああ、○○さんが来ることがあれば程々に仲良くしてあげてね」
小鈴「え、ええ。わかったわ。またね」
阿求「ええ、また」
小鈴「…………は、は。○○さん、来ないといいなあ……」
>>255
自分の拙い話にイラストを書いていただいて感謝しかないです
イメージもぴったりでした
>>288
自分の異常性を理解してるヤンデレってエグいことしそうでいいよね
○○に阿求の所業を教えてみたい
>>281
ゆっくりと崩壊に近づいていく局面や、壊そうとしている人外と、それに抗う人間の対比が鮮やかでした。
じっくりと壊れていくのか、いっそひと思いにしてくれと言いたくてもできないジレンマが厳しそうな。
>>288
自分が尋常なく嫉妬していても、それでも夫の方を優先するって、とってもヤバい感じがしました。
インタビュー3
あら、またお見えになられたのですね。本当に飽きもしないことですね。うちの家にはそれ程までに大したものはありませんよ…。
へえ…一日密着取材ですか…。それはそれは…色々と射命丸さんもなさっているのですね。天狗の方も色々と大変ですね。
まあそれでは、折角いらっしゃったのですから、少しだけ見ていかれますか?他のお家とは大して違いも無いかとは思いますが…。
今は朝食の時間です。村の人や店の者は既に食べてしまっているんですけれども、うちの主人は寝坊ですから。まあ他の店では考えられない
でしょうが、うちは特別ですからね。主人が「ぱそこん」というのですかね、河童の機械を少々叩くだけで、店の帳簿から請求書から何から何まで、
勝手に機械が計算してくれるそうじゃないですか。こっちなら店に十年勤めている手代が一晩中掛かって作ったものよりも、正確ですからね。
おまけにデータを機械にいれてしまえば、売上げの予測すらできるそうじゃありませんか。この前の年なんかは、麦の出来が少々悪いのを見越して
先に動いて下さっていたので、お陰様でそれ程痛手ではありませんでしたのよ。余所様は身代を切り崩して大分苦労されていらっしゃった
そうですから、主人に感謝しないといけませんね。
ああ、今から主人と一緒に出かけるんですよ。人里でしたら歩いていけばいいのですが、妖怪の山に行くにはちょっと遠すぎますからね。
私が箒で少し飛べば、主人も助かると言って下さいますので。随分と物珍しそうですね…、そんなに私が箒で飛ぶのがおかしいですか?
「それはおかしいんじゃ」とは…はて、一体どういうことでしょうか?主人は只の人間ですから、空から落ちたらひとたまりもありませんよ。
落ちないようにしっかりと腰紐を付けておくのは当然じゃありませんか。一重では万が一ということもありますからね、
こうやって何重にも結んでおけば、余計な不安をしなくても済むという寸法ですよ。こうやって…はい、これで大丈夫ですね、あなた。
ちょっと動きづらいのは仕方ありませんよね。嫌ですわ…他の女性がいらっしゃるから、主人が恥ずかしがっていますわ。ほら、あなた、
今から空を飛ぶのですから、シャキッとして下さいまし。何も他の女性を抱いているのではありませんよ。あなたの妻を抱いているだけですから、
恥ずかしがらなくても結構ですのよ。
いやはや、本当に夕方まで付いてこられるとは思いませんでした。敏腕記者の射命丸さんも、よっぽどお暇ですのね…。ええ、なにせ主人が
あなたを横目で見たのが数十回、顔が二十一、胸は三十五、腰に至っては二十九…まあまあ何とも、嫌らしいことでしょうね…。おまけに
射命丸さんが空中をはしたない格好で飛ばれるものですから、主人が三度も赤面しておりましたよ。どうして、ですって?妻が主人の手綱を、
しっかりと握っておくのは当然のことでしょう?全く…主人が劣情を催しそうに成る度に、私も母の能力を借りて分からないように、
主人の眼を塞いでいたのですからね…。あれほど迄に苦労するのは久々でしたよ。ええ、これですよ。この黒い隙間を丁度、黒目に当てるのは
中々大変なのですからね…。まあ、主人をいつも見ているのは妻の勤めですし、…それに主人の視界を私の眼に映すのは、主人の見ている世界を
見れるようで、密かに愉悦に浸れるものですし…。ふふふ…今も私の視界の一部には主人が映っていますのよ。どうしてって、そりゃあ世の中には
色々と厄介な者はいますからね。人の家庭を壊すことが生き甲斐の泥棒猫、なんてものに引っかかれたら災難じゃありませんか。そうならないように、
しっかりと家庭を守ることが良き妻と母も言いますからね…。
ああ、そうです、折角ですから母に会っていきますか。ええ、遠慮は要りませんよ。母も会いたいと仰っていましたし。ほら、あなたの後ろに…
驚きましたか…ええ、実は母は幻想郷の外から来た外来人でしたので、病弱ということにして人前には余り出ないようにしていましたの。
外の世界ではマエリベリー=ハーンという名前でしたが、今では……。射命丸さんならよくご存じでしょう…?
ヤンデレ――――それは純愛の一つの形。
ということで久しぶりにまとめ漁ろうと思うんだけど、あっこれは純愛…みたいなのあったら教えてくださいな
純愛の意味をWikiで調べてみたら「邪心のない、ひたむきな愛」って書いててこれ当てはまるヤンデレってどれくらいいるんだろうって思ってしまった
自分的にはWikiだと早苗の24スレ目の少し長めの話、このスレだと>>214 のパチュリーの話がそれっぽいかと思う
壊れたお守り
「これ…何…?」
彼女がそう言って何かをつまみ上げた。彼女は細い手にすっぽり収まる程の小さい物をじっと見ている。気怠い午後の昼下がりの空気が鋭利な刃物で、
瞬く間に切り刻まれていった。この一瞬を絵画に切り取るならば、きっと印象派のいい素材になるであろう。そう思える程の綺麗な彼女。しかしながら、
その美しさは白刃の日本刀のそれであり、
「何でこんな物…、持ってんの?」
目の前に彼女の指が突きつけられると、自分の首下に刃物が突きつけられているような感覚がした。僕の額から汗が滴り、首筋を流れた。
「何のこと…かな?」
彼女の勢いに押されて、思わず弱い口調になってしまった。これではまるで、尋問をされているようですらある。
「これよ、これ!」
「ああ…。ただのお守りじゃないか。」
「どこで手に入れたの?」
「この前、博麗神社に行った時に貰ったやつ。」
「買ったの?」
「違うよ…貰ったんだよ。」
「本当…?」
彼女の顔がじっと見据えてくる。下手な嘘や誤魔化しを見破る勘は、今日も健在そうであった。数秒の無言の時が流れる。口の中がカラカラに乾いていた。
「ふうん……。そっか。」
「いいの?」
「買ったんじゃないなら、いいや。」
彼女から無理難題を突きつけられていた筈なのに、反感よりも先にホッとしていた自分が居た。細い息が口から漏れ、背にしていた壁からずり落ちるように、
腰が畳に落ちていく。
「……もし買ってたのなら、只じゃ置かなかったけれど。」
「!!!」
弛緩しきった体に、再び雷に撃たれるような衝撃が走る。実験台にされたモルモットのように激しく反応を示す僕の側に彼女が寄ってくる。腕が取られ、
彼女の体が寄せられるが、嬉しさよりも別の感情が心を占めていた。
「ねえ、天人の私がいるのに、ホント何考えているのかしらあの巫女。折角の私が付いているのに、○○にお守りなんて居る訳が無いじゃないのにねぇ?」
僕の目の前に翳された物が、煙となって消えていった。
「はい、これで○○は私だけのものになりました。○○には私が付いていればいいんだからね。」
>>293
ヤンデレを書くと、純愛の筈なのにどうしても腹黒になってしまう矛盾。
上であげられた214の方の作品は、そこを上手に書いていますね。
>>286 の続きとなります
「やぁやぁ、射命丸」
洩矢諏訪子が射命丸文の自宅兼作業場にやってきたとき、諏訪子程の存在が自ら来るのだから自明の理ではあるけれども。
ヤバいかもしれないと、好奇心よりもこれから起こり得る。まだ可能性の段階かも知れないが、何事かの存在に。
射命丸ははっきりと背筋に寒気が走るのを、感じ取る事が出来た。
そもそも今現在に置いて既に、射命丸は配下のカラスを洩矢諏訪子に貸している。
今の洩矢諏訪子が何をやっているのかは……有名である。
本人に隠す気が無い、もっと言えば喧伝して権勢の強化に役立てているからと言うのが最も大きいが。
実に短い期間だと言うのに、洩矢諏訪子は遊郭街の――この幻想郷でもっとも金と情報の動きが激しい場所――ドンと言えるまで上り詰めた。
一線の向こう側である稗田阿求の存在も、無視はできない。
今の遊郭街の支配者に対する、商いを手広くやる気が全くないあの忘八達のお頭に対する反抗勢力の存在は。
稗田阿求が苛烈なる鬼へと変化する可能性を、常に内包どころか。これまでで最も高めている。
とは言え、男性のそういう欲求を相手にして儲けるための、そう言う商いは。
物の本に寄れば、最も古い職業とまで言われている。
神社の巫女だって、歩き巫女ぐらいになれば。巫女と言うのはただの方便であって、流れ歩きながら春を売っているのが実情であった。
つまり。稗田阿求が、そしてもちろん上白沢慧音も。
一線の向こう側にいる女性たちが、どれほど苛立ちを溜めて握り拳に力を入れようとも。
一線の向こう側の女性を娶った旦那以外の、それ以外の物の方が圧倒的に大多数で。
遊郭と言った機関が無くとも、売る者も買う者もいなくならない。
故に稗田にせよ上白沢にせよ、いら立ちを隠さずに獰猛な態度に終始していても。
遊郭が破壊されて、売る存在がバラバラになられた方が旦那が、下品な言い方をすれば泥棒猫に汚される可能性が高くなる。
だから遊郭をある種の牢獄として扱う事で、彼女たちは溜飲を下げている。
特に旦那が存在する、一線の向こう側の女性となるとそれは顕著だ。
だと言うのに。ここ最近の遊郭街の動向を見て取れば。
その牢獄から脱獄して、遊郭内だけに限定していたはずの。乱れ飛ぶ春が人里を覆い尽くす、それが現実の脅威となっていた。
そんな状況なのに、稗田にせよ上白沢にせよが。遊郭へとカチコミを掛けていないのは。
洩矢諏訪子、この神様の存在は絶対に無視できなかった。
彼女がどういう訳か……権勢が欲しいと言うのが大方の見方ではあるが。
遊郭街で遊びながら、忘八達のお頭と同じ考えをもってして遊郭街内部で動き回っている。
有り体に言えば、ケツ持ちだ。
そのお陰で、商い拡大を目論む勢力はすっかりと鳴りを潜めたが。
商いを拡大したいと言う意思の根源は、欲望だ。簡単に消えるはずが無い、ましてや金の動きが派手な遊郭街の人間が。
そう簡単に諦めるはずが無い。
それが分かっているから稗田阿求は、射命丸に対して直に『お願い』をして。
毎週毎週、射命丸自身に遊郭内部の動向を報告書にまとめさせて、提出してくれと言っている。
実入りは、稗田阿求直々の『お願い』であるから中々に美味しいが。
正直怖くなってきたから手を引きたいと思っていたところに、洩矢諏訪子もカラスを借りに来て。
しかもそれだけでは終わらずに、射命丸が軽く調べているだけでも、遊郭街の今の支配者である。
あの忘八達のお頭が、明らかに血相を変えて色々な所に人をやって何かを調べていた。
今の遊郭街の支配者のケツ持ちである諏訪子が、調べ物を始めたのと全く同じ時にそのような事が起こった。
そして今日は、諏訪子が直々にやってきて。
「ねぇ、射命丸。確か今日は稗田阿求の所に行って遊郭街の動向調査の定例報告を渡すんだよね?」
案の定、遊郭街の事を気にしだした。
「え、ええ……もしかして洩矢様。洩矢様もカラスを借りて何かをなさっていましたから、何かの文章がおありなのですか?」
射命丸は平身低頭でそう言ったが、もしそれだけならば度々神社に来る白狼天狗や、借りてるカラスに届けさせればいい。
「それもあるが……ちょっと稗田阿求と会いたくてね。何だったらついでに、あんたの報告書も届けてあげるよ」
第一、洩矢諏訪子が直々に。射命丸が配達する報告書を、そんな下っ端じみた仕事をする必要が無い。
射命丸の報告書を稗田に渡すのは、ただの方便。ついでですら無いかもしれない。
「この袋に入ってるのが、報告書かい?」
「え、ああ……そうですが」
事実、諏訪子は射命丸からの返答を全く待たずに。近くに置いてある書類を引っ掴んでしまい。
「んじゃ、行ってくるね〜」
中身も勝手に検めて、報告書だと確認すると。手をヒラヒラとさせながら、射命丸の下から立ち去ってしまった。
「……どっと疲れましたよ」
人里の方向に飛んでいく諏訪子を見ながら、射命丸は呟くしかなかった。
稗田の九代目と、洩矢の二柱の一つの会談。それも、物凄く急な話である。
気にならないと言えば、それは間違いなく嘘になる。
しかし有無を言わさずに、報告書を持って行ってしまった諏訪子。それ以前からの調査。
全く同じときから、血相を変えだした忘八達のお頭。
そして諏訪子が会いたがるのが、稗田阿求。
特に稗田阿求の存在が問題だ。これが遊郭内部だけで終わるのであれば、多分少しは動いた。
稗田阿求の存在が、上から下まで恐怖と危険を想起させてしまうのだ。
彼女の○○に対する態度、その愛情のあまりの深さは。もはや触れてはならない、タブーであるのだから。
「……なんてことだ」
相変わらず○○は横領被害を受けていた、奉公人の1人からも○○が被害を受けているのではとの懸念を持たれてしまった。
それから二日経ったが犯人の馬鹿者どもは調子に乗り始めて、今日の領収書も滅茶苦茶な数字が書かれていた。
どうにでもなれと、若干思い始めていた頃に○○は横っ面を思いっきりはたかれた気分になって。
意識を強制的に覚醒させられた形であった。
いつも遊郭内部の動向調査の、定例報告書を。何故か洩矢諏訪子ほどの存在が渡しに来ているのだから。
何も無いはずが無い。
さすがに阿求も、射命丸では無く諏訪子が来たことには。何かあると勘付かざるをえない。
遊郭の話だから、余り○○には聞かせたくないという事で。阿求は諏訪子を別室に、阿求自ら案内したが。
別室に向かおうとする諏訪子と、○○は何度も目が合ってしまった。
無論、友人である上白沢の旦那にちょっかいを掛けていたことを忘れるはずは無いので。
今度は何をしに来たと言う印象が無いと言う訳では無いので、諏訪子の事をじっとりと見つめ続けていたのもあるが。
若干困ったような顔を浮かべながら、歯にも力がこもっているあの表情。困惑の表情だけは、見間違いのはずが無かったし。
「やぁ、稗田○○、久しぶりだね。神奈子や早苗とはこの間、世間話してたんだってね」
「ええ……よろしくと言っておきましたが。伝わりましたか?」
内心ではこの時諏訪子に対して、伝わってなきゃ許さんぞぐらいには思っていたが。
どうにも、敢えて○○とも接触しようとしている様子に。○○は当たりを付ける事が出来なくて苦しかった。
「射命丸が定例報告持ってくるついでに、私もちょっと稗田阿求の小耳に入れたい事があってね。それじゃ」
しかし諏訪子は立ち去り際に、阿求の方を気にしていた。何かを話したいが、阿求の前では無理という事らしい。
「○○様」
阿求と諏訪子が別室に引っ込んで行く姿を見やりながら、事態が静かに、だが大きく動いていると断言できたが。
つまりその動きは、自分だって揉まれてしまうのだという事でもある。
阿求以外に、○○が横領被害を受けているかもしれないと気づき始めた。
あの奉公人から声を掛けられた。少しばかり笑顔が怖かった、例え怒りがあろうともそれがこちらに向いていないと分かっていても。
「○○様、九代目様から仰せつかっていますので。ご入り用ならばなんなりと、いつでもお申し付けください。
そろばんを頭に突っ込んだと言われてるだけあり、計算は、資金の出し入れも私の業務ですので。
それに九代目様からよく言われておりまして、○○様の懐は常にうるおしておけと」
しかも、○○が被害に合っている事を気づき始めているこの奉公人は。よりにもよってドンぴしゃに、金の話をしだした。
「最近の○○様は、お仕事に使う物しか買われていないので。大事な書類を書かれているのか……インクも紙の束も、霧雨商店の最高級品ばかりですので。
それでしたら、公費ですから。自弁してしまい、圧迫されていないか心配で」
もう駄目だこれは。気付いている。
大体自分が普段使うインクと紙の束は、寺子屋でも使う物。
要するに高くない。それは領収書の物品覧に書かれている。金額は滅茶苦茶だけれども。
「何も考えていないわけでは無いんだ……ああ、うん」
嘘だけれどもこう言うしかなかった。
いや……即興で構わないのならば、思いつかなかったわけでは無い。
「確か永遠亭から置き薬を運びに来るのは……」
ここで焦って鈴仙の名前を出さなかった自分を褒めたい。
「永遠亭の方々は毎日何かしらで人里を歩いていますが……稗田邸で使う置き薬の補充は、少なくとも今日ではありませんね」
「そうか」
仰々しいため息を出してしまった。
どうでも良くなってきたと言う感情はあるけれども、めんどくさくならないように『ケリ』を付けるべきかもしれない。
少なくとも阿求に陣頭指揮を取らせては駄目だ。
永遠亭ならば、八意永琳の狂言誘拐事件の時に。黙って手助けしてやった話をダシにすれば、物品の1つや2つ。
例えそれが危険な物でも、致死性のある薬物だとしても融通してくれるだろう。
「ちょっと、散歩してくる」
「はい、いってらっしゃいませ。○○様」
その奉公人の声色と雰囲気は、出陣しようとする武将を見送る家中の者。
そう言った方が様子と合っていた。
この時確かに、○○にあきらめの感情が湧いた。これはもう、手早くやるしかない。
粗雑に動いてしまっても阿求にもみ消してもらおう。だがそれと同時に。
「何かあったら……お供として一緒に歩いてくれないか?稗田の奉公人なら、荘厳な雰囲気だ」
この気付いてしまった奉公人を宥めるためにも、確保しておきたい。
死体の1個や2個で、騒ぐようなもろい根性ではなさそうだから。頼りにはなるけれども怖い。
暴走を防ぐ意味でも、確保しておこう。
「はい、何なりと。いつでもお申し付けください」
続く
咲夜「できちゃった」
○○「うん、なにが?」
咲夜「あなたとの子供」
○○「?????」
咲夜「あなたがパパになるのよ」
○○「俺童貞よ?」
咲夜「ふふ、あなたが寝てる時に、ね?」
○○「可愛らしく『ね?』って言う場面じゃなくない?」
咲夜「でも子供ができたのは事実よ。竹林の薬師のお墨付き」
○○「うーん……」
咲夜「ふふふ、○○、これでどこにも逃がさな──」
○○「じゃあ結婚するか」
咲夜「……へ?」
○○「幻想郷の結婚ってやっぱ神前式になるのか?」
咲夜「え、あの……」
○○「あ、でも紅魔館的にはルーマニア式か?……というかそもそも金が無いんだけどどうしよう」
咲夜「えっと、○○?」
○○「どうした?あ、もう段取り決めてたりする感じ?」
咲夜「いえ、そうじゃなくて、あの……嫌じゃないの?」
○○「いやー、言いたいことは沢山あるよ?けど赤ちゃん授かったなら仕方ないなって。自分の子が片親とか嫌だし」
咲夜「ご、ごめんなさい……」
○○「謝るくらいなら……まあいいや。けど、一つ聞かせてくれ」
咲夜「……なに?」
○○「いや、咲夜は俺にちょっとやべえ愛情を持ってこんなことをしたみたいだけど……お腹の子はちゃんと愛せるのか?」
咲夜「!……ええ、愛せるし、愛しているわ。この子はお嬢様に命令されたって渡しはしない」
○○「それならいい。それに……」
咲夜「?」
○○「幻想郷で一緒になるなら咲夜が良いかなとは思ってたんだ。男としてはだっせえ経緯だけど、結婚してから愛を育むのも悪くないだろ」
咲夜「っ……○○!」
○○「おっと。お腹目立たないとはいえ妊婦なんだから、いきなり飛びついてくるのは──」
咲夜「ごめんなさい、ごめんなさい!私……私は……!」
○○「……お前のやったことは悪いことだ、そこは反省はしろ。けど突き放したりはしないから、まあ、今は安心して泣いとけ」
咲夜「うん……うん……!」
ヤンデレちゃんが浄化されるのすき
…やぁ、〇〇。いかにも暇って顔をしているね。ちょうど私も今日は仕事が終わったところでね、何か面白い事でもないかと思っていたんだが…
そうだ、〇〇。一緒にお酒でも飲まないかい?少し前に手に入れたいいのがあるんだが…
くふふ、そうか、じゃあ少し早いが飲み合おうじゃないか。
…どうだい?悪くないだろう。口に合うといいんだが…くふふ、よかった。お気に召したようで私も嬉しいよ。どんどん呑みたまえ。沢山あるからね…くふふふ…
…くふふ、〇〇。君ってば結構お酒に弱いんだね。まだ一瓶しか呑んでいないじゃないか?大分酔ってるみたいだね…くふふ、身体が自由に動かせないんじゃないかい?意識も朦朧としてるし…今なら何しても覚えていないよね…?
ん…〇〇…(倒れた〇〇の上に覆い被さる
…くふふ、〇〇との距離がこんなに近い…
んー…っ…んぅ、くちゅ…ちゅぷっ…っぷぁ…
あは…キスしちゃったねぇ…私ずぅっとこうやって〇〇にキスしたかったんだぁ…
くふふ…〇〇怒るかな?でも酔ってるから明日には忘れてるだろうね…大丈夫、悪いようにはしないさ…
>>303
もしや書籍のあの子?…もし違ってたら…そのときはその時だ!
>>304 (うんうん、薬の効果で記憶が混濁しているようだ。これなら私のしたことも覚えていないだろう。上出来だ。くふふ…それにしても…大変だったなぁ…能力を使ってあちこちから材料を探し集めて…それを持って月の医師に頼み込んで…ま、いいさ、おかげで君の事を半日好きにする事ができたからね…
…さて…次は段階を上げて惚れ薬でも作ってもらおうかな…?)
>>300 の続きとなります
永遠亭の誰でも良いから、先の狂言誘拐事件に置いて。狂言だと分かりつつも、そしてなおかつ永遠亭の大黒柱とも言える。
八意永琳の偏愛の成就に協力してやった事をダシにして。○○は永遠亭から道具の提供を。
心苦しいが、強要しようと言う決心に揺らぐ気持ちは一切なかったが。
ふと思った事がある。鈴仙・優曇華院・イナバに声をかけるのは、阿求の存在を考えれば不味いのではと。
彼女が永遠亭の存在だという事は別に秘密でも何でもないが、彼女があんな野暮ったい行商服を着ている理由は。
それははっきりと言って、自分の体が魅力的なのを隠す為だ。以前はジロジロ見られるのが嫌だと言うのもあったろうけれども。
稗田阿求も上白沢慧音も、どちらともが旦那を手に入れてからは。自営の意味にもう1つ、それも好奇の眼よりも重要な意味が追加されてしまっていたのは。
一線の向こう側を嫁にした、稗田○○ならばよく分かっている。
自分たちを不必要に誘惑しないためだ。それも特に、俺自身、つまりは稗田○○の方をである。
上白沢慧音であるならば、彼女も鈴仙に負けず劣らず良い身体――こんなこと阿求の前では絶対に話題にしない――を持っているから。
自分の体で奪われた者を奪い返すぐらいの気概はある。いや、気概だけならば阿求だってあるけれども。
阿求の倍は、体が弱いと言うのも関係しているだろう。体の方は、魅力と言うのにかなり欠けているのは。
阿求も○○も話題に出さないだけで。いや、○○はさほど気にしていないが。阿求がものすごく気にしているのは。
これは四六時中一緒にいれば、嫌でも理解できる。
そう、だから……今日人里を歩いている永遠亭の人物が。もしも鈴仙・優曇華院・イナバだったら。
○○が横領被害を受けているのに気づきかけている、その上に奉公人の1人からはもう殆ど断定されている。
そんな微妙では無くて間違いなく悪化している、そんな状況において。美人と話を下と言う事実が、阿求にどのような動きをもたらすか。
自体がどのように推移するか予想は出来なくとも、より悪化するという事ぐらいは即座に理解できた。
しかし永遠亭以外で今の所、道具を用意できそうな機関は存在していない。
今日人里を歩いているのが、鈴仙であるならば。諦めて、遠回りでも良いから永遠亭に直接乗り込もうかとも考えたが。
「…………ツキが回ってきたかな?阿求が苛烈に動くと言う、最悪だけは避けれるかもしれん」
目の前を、八意永琳が薬漬けにしてまで手に入れた、意中のお相手と一緒にいるのを見た時は。
思わず黒々とした笑みが、○○には浮かんできてしまった。
八意永琳であるならば、あれも一線の向こう側の女性でありつつ。今はもう、意中の相手を――随分強引な方法だが――手に入れることに成功している。
独り身の鈴仙と話をするよりは遥かに、安全な存在だ。それに阿求も、狂言誘拐事件の事は全部知っている。
なおの事安全と言える配剤である。
だが、念には念を入れたとしても。損をすることは無いし、バチだって当たるいわれは存在していない。
散歩に出る時はもはや、自動的に○○の背後には。稗田家中の奉公人の中でも、特に屈強なのが。
自分の護衛として付いて――まとわりついていると思う事も確かにあるが――くれている。
彼も、○○が横領被害にあっていると気づいてしまったあの奉公人と同じように。確保をしておくべきだろう。
何だか話がだんだんと大きくなっているのが、本当に癪に触る。
放っておきたいと言う気持ちは、白波のように出たり消えたりしているが。
阿求が陣頭指揮を取れば、被害の程は計り知れない。自分ならばまだ、最低限の流血で済ませられる可能性が残っている。
それを信じて、護衛として付いてきている人物に。幸い今日は一人歩きだからか、護衛も一人だけだった。
まだ、増える速度も。この程度で収める事が出来れば、まだ――
「少し永遠亭の人と……ああ、永遠亭に頼みごとがあるんだ。けれども……阿求が何か質問して来たら俺が誰と話していたか正直に話して構わない。
けれども、今はまだ、俺1人で。出来る限り少ない人間だけが知っている状況にしておきたい」
震える声を無理やり整えたら、自分でも分かるぐらいに目つきの悪い男が完成してしまったが。
皮肉な事に、それが演出としては大きな効果を上げてしまった。
自分の護衛として付きまとっている――阿求の指示だから仕方ない――奉公人は。
稗田家中の奉公人がたまに阿求に対して見せる、平身低頭よりも更にかしこまった。
ご神体かご本尊でも拝むかのような勢いと綺麗な所作で、頭を下げてくれた。
「ありがとう」
何を言えばいいか分からなかったが、心中に驚愕と呆れの感情が入り混じったお陰で。
抑揚こそないが、するりと礼の言葉は紡ぎ出せた。
そしてそのまま○○は、きっと今も薬漬けにして自分に依存させている男性と一緒にいる、八意永琳の方へ向かった。
「こんばんは、八意先生。書生さんも一緒で……」
この間は、決して次の言葉を探しているための間では無い。
「まぁとにかく……収まるべきところに収まって、安心できますよ。そのご様子でしたら」
息災と言う言葉は意地でも使いたくなかった。何せ○○は、あの狂言誘拐の事を、全部知っているのだから。
分かる物にだけ分かる皮肉程度で収めているのは、○○が見せる優しさである。
「ああ、これは!稗田の旦那さん!」
書生君は何も――、そう、一切何も!――知らないものだから。
生来の人の良さも相まって、恐ろしい程に○○の事を疑っていない。八意永琳が投与し続けている薬の影響も、まぁ、あるだろうが。
「ええ、ええ……」
○○もこの哀れな書生君に対しては、見ようによっては被害者ともなりえてしまうから。
かけるべき言葉がまるで思いつかなくて、あまり喋りたくは無かった。
だから。
「失礼ですが……少し稗田家中で…………必要な物を伝えたくて。八意先生でしたら信用できるので。ええ、内密な話で」
稗田家の威光を、ここぞとばかりに使わせてもらう事にした。
これは、効果てきめんであった。
「そ、それは。気付かずにすみません。そうですね――」
「そこの喫茶店で、席を取っといて。すぐに追いつくから、先に何か頼んでいて。何でも頼んでいいわよ」
八意永琳は間違いなく抜群の体を持つ美人であるが、哀れな書生君、薬漬けにまでされて八意永琳を好きになるように仕向けられた。
その哀れな書生君は、何にも疑わずに。それ所か。
「そうだね、えいり――じゃない、八意先生。ええ、そうですね。大事な話のようですから、下っ端の僕は少し喫茶店で待ってますね」
少しばかりの謙遜を見せるだけでなく、思わず口走りかけた『永琳』と言う、親しげに下の名前で呼ぼうとした姿に。
「安心しましたよ、上手くいっているようで」
○○は思わず、二回目の皮肉を紡いでしまったが。
「何の用かしら?」
皮肉への反応もあるのだろうけれども、八意永琳の様子は。
早く終わらせたいと言う気持ちがありありと見える、淡々とした事務的な物に打って変わってしまった。
まぁ、遠目に見れば真面目な様子に見えるから。そう悪くも無い。敵意は見えないので良しとする。
「本題を言う前に、1つだけ誓っておく。血判状も朱印も無いが、信じてもらうしかない。今から言う危険な物品は、自分には使わない」
「……剣呑ね」
永琳は、最初に信じてくれと言う態度を取る○○に。厄介な事が起こっていると察してくれたが。
表情も声色も、相変わらず事務的であった。早くあの書生君の下へ、意中の彼の所に戻りたいのだろう。
そして折角喫茶店にでも入ったのだから、何か甘い物でもつつきあう腹積もりだってあるかもしれない。
ならばそれを邪魔する方が、○○としてはやりにくくなる。
こちらも出来るだけ事務的に、もったいぶらずに伝えてしまうべきだろう。
「飲めば確実にくたばる毒薬を、正直何錠いるか分からない……余ったら返すから、5錠ほど用意して欲しい。多分それで足りる」
「……別に稗田家が清廉潔白な存在だとは思っていないけれども」
はっきりと言及したわけでは無いけれども。○○の口ぶりは明らかに、何人かの命を狙っている風にしか聞こえない。
実際はそれだって、○○が横領被害を受けていると言う事実を知れば。
その犯人たちが、阿求に見つかる前に。余りにも可哀想で酷い目にあうだろうから、安らかに送ってやるぐらいの気持ちだ。
だがこの場面で、八意永琳が少し驚いたような顔をするのが癪に障った。
お前は狂言誘拐まで起こしただろう、俺たちを巻き込んでなし崩しに協力までさせて。
始めはそれを脅しに使おうかとも思ったが。鈴仙・優曇華院・イナバならばともかく、八意永琳には危険だと。
彼女の表情を見れば、はっきりと理解できた。とても冷たい表情だ、やはり彼女も阿求と同じで、一線の向こう側だ。
自分が好きなもの以外にはとことん、感情を動かさずに処理できてしまえる。
「ツケを払ってくださいよ。ほら、あの時の誘拐事件……結構大変だったんだ。こっちも忘八のお頭にまで協力してもらって
阿求が遊郭を嫌いなのは、貴女も同じのはずだから分かるはずだ。こっちは恐々と機嫌を図っていたんだから」
狂言と言う言葉は使わなかった。書生君があの誘拐事件を真実だと信じ込まされているから。
だからこそ、あの誘拐事件は真実なのだ。狂言などでは無い。
きっと重要なのは、あの書生君が『見せられている』――そう、見ているでは無い――世界の方だ。
「……まぁ、遊郭にまで協力を仰がざるを得なくなったのは。責任は感じているわ。稗田阿求も、私と同じ意見だろうから」
まだ安堵は出来ない言葉であった。
「毒薬に対して注文は?○○さんはミステリーが好きだから、ストリキニーネでも用意しようかしら?」
「アガサ・クリスティの作品で度々出てくる、凶器である毒薬ですね。でもあれは、中毒症状が苦しいそうですから。私の注文は……
そうですね、出来る限り苦しまないもので。あまり苦しまれて、ゲロでも吐かれたら始末が大変ですから」
「優しいのね、その様子だと○○さんは誰かに不利益を、それも長期間に渡って故意の行動によって被っているのに。
けれども貴方は、自分が被害者である事を稗田阿求にバレてしまうのを一番恐れている。
稗田阿求が知れば、どう考えても苛烈に動く。だからその前に、主犯格を稗田○○自身の手で始末して、終わらせておきたいのね」
そう、八意永琳に看破された通り。ゲロでも吐かれたら大変だと言うのは、全くの嘘だ。
事実は彼女が説明した通り、例え犯人であっても、阿求が命をもってして償わせるのが確実だからこそ。
その者達には、あまり苦しんでほしくないのだ。
「無論、私の妻である阿求に。そんな凄惨な場面に長居してほしくないのもありますよ?」
八意永琳の私見については、一切否定しなかったが。いくらかは、事実も補足として混ぜて置いた。
「そうね、稗田阿求は見た目通りで繊細な部分も多いから。心労は出来るだけ少なくした方が良いのは、医者としても賛成よ」
「それで?作ってもらえますか?出来れば今日中に用意して欲しい、奉公人を1人永遠亭に夕刻ぐらいにやりますので」
○○はもう、これ以上の雑談交じりの交渉はしたくなかった。何せ時間が無いのだ。
「ええ、了解したわ。5錠と言わず、予備も用意してあげる。楽に死をもたらせられる一品をね」
○○が最後まで避けていた、直接的な表現。最後の最後で、八意永琳は。
嫌がらせでは無くて、恐らくは自分にも○○にも、ちゃんと理解させるために直接的な言葉を使ったのだ。
そう思う事にした。
「助かります」そう言った時にはもう、八意永琳はやや早歩きで。意中の彼である書生君が待っている喫茶店に向かっていた。
別れの挨拶も無い。
だが、確約はもらえた。それで十分だ。
口約束だが、狂言誘拐事件において協力してやったのは貸しとして使える。
八意永琳も、ちゃんと作ってくれるだろう。夕刻頃に、○○が横領被害にあっている事に気付いた奉公人を。
彼は今の所、味方として確保できているから。出来上がった品物を、永遠亭に取りに行かせればいい。
だが次は、そうも行かないだろう。
「すまない、まだもう少し時間が掛かる。次は洩矢神社に行く」
少し遠ざかった場所で、自分と八意永琳との込み入った話を待ってくれていた護衛に、次の行先を伝えながら。
○○の脳裏には、洩矢諏訪子のあのにやけ面が出て来て。正直、腹立たしいぐらいであったが。
射命丸が届けるはずの遊郭に関する定例報告を、わざわざ洩矢諏訪子が届けに来た。これは何かある。
――それに、自分が横領されているあれだけの金額は。普通の遊びでは早々使いきれない、それぐらい分かっている。
つまり、この幻想郷で、巫女でも魔女でもメイドでもないたかが人間が金銭感覚をマヒさせる場所と言えば。
遊郭しか思いつかなかった。
で、あるならば。遊郭街で今の忘八達のお頭のケツもちをやっている諏訪子の情報は、必要不可欠であった。
だがどうやら。諏訪子は、初めから○○にも何事かが起こっているぞ、と。○○に対して、無理にでも気づかせているような物であった。
大体、隠れようとせずに堂々と稗田邸を歩いたり。○○と何度も目線を合わせている。
だから、洩矢神社に付くや否や。
東風谷早苗から『諏訪子様が、待っています……当たっちゃったよ、来るって予測』と、疲れた様子でブツクサ言いながら案内されたり。
神社の、よりにもよって本殿の内部に。護衛は入れてもらえず、○○だけ通された時点で。
この向こうには洩矢諏訪子が待っていると。大きな証拠が二つもあって、覚悟できたはずなのに。
「ああ……もう!この、あんたって人は!!とんぼ返りして俺を待っていたのか!?」
○○が諏訪子の前で叫んでしまったのは、これは○○の敗北以外の何物でもないし。
何より当の諏訪子に至っては「あっはっはっは。私は神様だよ」と、冗談で反す余裕まであった。
「まぁまぁ、稗田○○。お茶とお菓子用意してるから、食べなよ」
一応諏訪子は、○○の事を大事な客人だと思っているらしく。有名どころのお菓子をこんもりと盛ってくれていたので。
お茶の方も、上等な物であるのは疑わなかった。しかし、食べる気にはなれなかったし、座る気にすらなれなかった。
ひっくり返さないのは礼儀と言うよりは、もったいないと言うごく当然の思考からだ。
「立ったままでいい。すぐに帰る」
そしてそのまま○○は、諏訪子から次の言葉が出る前に。○○の方が聞きたい事を一方的に喋る事にした。
――具体的には、○○が心当たりを付けた三つの業者。
○○が阿求から貰っているお小遣いを、こいつを横領してかすめ取っている犯人がいるのが、ほぼ確実な三つの業者。
これの名前を、前後の説明も無く口に出しただけだが。
「素晴らしい!稗田阿求はまだそこまで気づいていないよ、今ならまだ間に合う」
諏訪子からそう言われても、全く嬉しくなかった。フィクサーに褒められても、裏ばかり感じ取ってしまう。
「だから、この資料を渡そう。使い終わったら、燃やしてほしいな。原本は私が持ってるから、また必要になったら私に言えばいいよ」
しかし、洩矢諏訪子から渡された資料は……断る事は出来なかった。
なぜなら遊郭に足を運ぶことはおろか、奉公人を使って内部を調査することすら出来ないのだから。
阿求が間違いなく気付いてしまう。
故に、遊郭街でドンを張り始めた諏訪子からの資料は。必要不可欠な物であった。
○○は黙って受け取り、中身を検めた。
「正確な数字は分からなくとも。どれぐらい儲けているかの心当たりはカラスを何羽も飛ばして調査すれば、大よその見当は付く……」
中身を検めている○○に、諏訪子がどうやってこの資料を作ったのかを説明してくれた。
「ここ最近、急に羽振りが良くなった連中を。手間だったけれども、全部洗ったんだ。その結果、後ろめたい金を使ってるのは、そして稗田○○。君と関わりがあるのはその四人だと断定出来た
他の人物は後ろめたいと言っても親の遺産だったり、女のヒモだったりだった。
けれどもその四人だけは、どうやって金を作っているのか分からなかったが。全員が、稗田家の出入り業者で。
なおかつ、この四人は随分仲良く遊郭で遊んでいた」
実によくできた資料と、諏訪子からの説明であった。
しかし1つ、気になる事がある。
「阿求にはどんな説明をしたんだ?あんたほどの神様が出張ったんだぞ?」
「それは、忘八達のお頭が思ったより良い男だから。良いところ見せたいからで、ひとまずは納得してくれた。
後ろめたい金で遊んでる人間が、いよいよ破滅しそうだから。何かあると思いますが、私も前に出て収拾に努めますので、お気になさらずとだけ」
「それで阿求は本当に納得してくれたのか?」
「一応ね。遊郭へ遊びに行くついでに、事が起こりそうだと耳に入れに来た程度であるのは、まぁ、つじつまが合っているとは言ってくれた」
「全然信じてないじゃないか!!」
○○はまたしても大声を出したが。諏訪子は一切ひるまずに。
「だから、急いで始末を付けろ。忘八達のお頭のケツもちだからと言う部分もあるが、これが爆発すると私も危険なんだ」
諏訪子は急に声の調子が一気に落ちて、大真面目な雰囲気になった。これには思わず、信仰する人間の気持ちが分かった。
「始めは私も、遊び半分で上白沢の旦那にちょっかいかけて、稗田○○が何か抱えてるなと、面白がっていたのはどうか謝らせてくれ。
けれども遊郭街で、私が一番気に入っている板前を連れ出された瞬間から、何かおかしいと思った。
こんな遊び方が出来るのは、神様や鬼以外じゃ問屋でも経営してなきゃ無理だよ。
それでも、上手く言っている商売人ってのは、基本的に金銭管理がまともだ。酒ぐらいは好きだから記憶無くなるまで飲む奴、たまにいるけれども。
それだって、沢山飲むの分かってるから立ち飲みで少しでも安くしようと考える。
それが上手く商売をやれている人間の、基本的な部分だ。
けれどもあいつ等は、金の使い方がおかしかった。稼ぎに見合わない遊び方なのに、まるで潰れないんだもの
だから、調べた。そしたら稗田家から横領。稗田阿求に弓引く真似じゃないか……
その上、稗田○○。あんたが私を見る目、明らかに絶望を宿した眼だった。私が何を言うか分からなくて、最悪を想像したんだろうね。
あの瞬間に確信した、稗田家の中でもよりにもよって稗田○○から横領だと!?」
ここで諏訪子は、言葉を切って。手元にあるお茶を一気に飲み干した。それで少しは落ち着いたが、話す内容は先ほどと同じであった。
「早く、ケリを付けてくれ。私も手伝う」
「この四人の居場所は、分かりますか?それから、約束したから奉公人を。外にいる彼にも、あともう一人は……はは、もう気づいているんだ
金銭の計算が、あの奉公人の仕事だから。大体の物の値段も、頭に入っていたのが運の尽きだ。
あと、カラスを借りられているのでしたら、永遠亭に薬を頼んでいるので。カラスに持ってこさせるのは可能ですか?」
○○は、より大きな覚悟を決めざるを得なかった。まさかこんなにも早くに始末を付けねばとは思わなかった。
まだ、心の準備が出来ていなかった。
続く
ここってNGワードあったんだな……
最後の投稿に妙に苦労した
>>301
永遠亭に行って、絶対に男が生まれる薬とか施術やりそうだなと考えた自分は
実は信用できてないんだな……
○○は彫刻師である。その腕は確かであり、里の人間のみならず妖怪にもファンがいるほどであった。
ある日、○○はそういったファンの一人であるレティ・ホワイトロックからの依頼を受ける。
「素材は私の方で用意したから、私をかたどった氷像を掘ってほしいな〜」
かねてより氷の彫刻に興味があった○○は二つ返事で依頼を受けた。
いくらレティが作った氷とはいえ、この氷は氷に他ならない。春先になれば溶けて形が崩れてしまうため、人里離れたレティの住処へと持って行かねばならない。それまでに氷像を完成させるために寝食を惜しんで作業を行う○○。○○が彫刻に注力するためにレティも○○の家に泊まり込みで家事を行い全力でバックアップ。
「ありがとよ、レティ」
「こうしてると、なんだか夫婦みたいね〜」
いよいよ氷像も完成の日を迎えた。これが終わればレティは○○と別れて住処へと帰らなければならない。
意を決してレティは○○へと告白するが、○○は言葉を濁す。
「やっぱり、人間と妖怪じゃ難しいよ」
「嫌よっ!」
レティの起こした癇癪は、冷気を巻き起こした。その冷気はレティの目の前にいた○○を包み込み、レティが我に返ったときには彼女が愛した男の氷像が出来上がっていた。
彼は、息をしていなかった。
「ああっ、ごめん…なさい……○○……そんなつもりじゃ…………」
その意気消沈ぶりたるや、人里の中で起こった局地的な吹雪の裏に妖怪の存在を察して駆けつけた博麗の巫女が、退治する気も起こせずに一言二言かけて帰っていったほどである。
それ以来、レティの住処には彼女が愛した男が作った像と、彼女が愛した男の像がまるで夫婦のように並べられている。レティにとってこれらの像は己の罪悪感を酷く刺激するものであったが、溶かしてしまう気にもなれないのだった。
水蜜「〇〇〜?出てきなよ〜?どこにいるの〜?今なら許してあげるからさ〜!
…早く出てこないと…私…何するかわからないよ…?」
一輪「早く出てきなって…どっちにしろ逃げたのには変わりないんだから…罪が重くなるだけだぞ…早く…あ、いたいた、全く、こんな所にいたのか」
水蜜「よかった…〇〇…会いたかったよ…よしよし、いい子だから、皆で一緒に幸せに暮らそう?な?」
ひっ…だっ、誰か…!(ドンっ
うわっ…な、ナズっ!
ナズ「おやおや、どうしたんだい?」
助けてくれっ!突然みんなが変になって…っ
ナズ「それは困ったねぇ、もう大丈夫、私が君を助けてあげるからね」
ナズ「おいおい、〇〇をこんなに怯えさせては可哀想じゃないか、一体全体これはどうしたんだい?」
水蜜「〇〇が逃げるんだよ、早く捕まえなきゃ」
一輪「放っておくとすぐいなくなるんだから…うちで捕まえておいた方が安心できていいでしょ?」
ナズ「???何の事だ?話が一向に見えてこないんだが…」
水蜜「ああもう、アンタには関係ない事でしょ、早く〇〇を渡してよ」
ナズ「そうはいかないよ、だって〇〇は…
…元から私だけのモノだからな」
なっ…!ナズっ…?(ナニかを嗅がされる)
ナズ「くふふ、抵抗しないでくれよ、もう絶対離さないからね?これからは一生私だけの〇〇なんだからさ…♡」
水蜜「好き勝手言わせておけば…っ!」
一輪「ただでさえ弱いアンタが2対1で勝てるとでも思ってんの?痛い目見ないうちに〇〇を置いて失せなさい」
ナズ「おやおや、戦闘は数だけではないよ?物事に勝つには"戦略"も必要なのさ」
水蜜「何を偉そうに…さっさと〇〇を」
ナズ「例えば」
ナズ「例えばここまで全て私の予定通りだったとしたら?」
一輪「?」
ナズ「例えば私がわざわざ君たちのスケジュールを確認して〇〇が私と話しているのを見せつけて嫉妬心を煽ったとしたら?」
水蜜「…何が言いたいのよ」
ナズ「例えば私が今〇〇を殺そうとしているならば?」
一輪「…っ!」
水蜜「はん、何バカなこと言ってんの?〇〇が死んだら何にもならないじゃない」
ナズ「くっふふふ…君は実に馬鹿だなぁ、いいかい?私が〇〇を殺す、すると〇〇は私を恨むだろう?そりゃあそうさ、だって自分を殺した相手なんだから。恨むって事は相手を強く思うって事だ。〇〇が最期に私の事を思いながら死んでいく…あぁ、考えただけでもゾクゾクするよぅ…♡」
一輪「っ…アンタ…頭おかしいんじゃない?」
ナズ「あぁ、自分でも狂ってるって思うさ、でも…もう抑えきれないんだ…〇〇を想う気持ちが、日に日に強くなって、〇〇を独占したくなって…あぁ…人を好きになるってこんなにも素晴らしい事なんだなぁって…今まさに実感しているところさ…」
…ナズ…
水蜜「こォんの…っ…卑怯者っ!」
ナズ「くふふっ、君が言うに事欠いて卑怯者、とはね…ただでさえ非力な人間を二人がかりで陵辱しようとしたら奴らには劣るよ」
水蜜「っ…」
ナズ「ま、今回はこの辺で〇〇と一緒においとまするとしようかな、もう既に戦う気力も無さそうだからね…もっとも、闘ったとしても私は誰にも負けないがね」
水蜜「小物がァっ…!」
一輪「水蜜、ここは一旦退がるわよ、〇〇を殺されてしまっては元も子もないわ」
水蜜「ぐぅッ…」
一輪「次は姐さんと星も連れてくるわ。アンタなんか手も足も出ないようにボロボロにしてやるんだから。それまで〇〇をきちんと世話しておく事ね、もし酷い状態だったら消し炭にしてやるからね」
ナズ「おお、怖い怖い、増援とやらが来ないうちにこちらも退散するとしよう。ね?〇〇。誰にも分からない幸せな場所でずっとずうっと一緒にいようねぇ…?」
うーんこのご都合主義&駄文
>>312 の続きとなります
「洩矢諏訪子」
結局○○は、立ったままですぐ帰ると言いながら。事態の急速な変化に腹を決めるしかなく、ここで終わらせるために。
座り込んで、諏訪子の用意してくれた上等なお菓子に手を付けた。
だが稗田家で、阿求が用意してくれる物よりも格と言う物が。ほんの1段だけ落ちる様な味わいなのは。
無論お茶の味もそうであったが。これは、意図しているのだろうか。
――無論、どちらでも構わない。
「貴女が使っているカラスに、手紙を届けさせたい」
それよりも、今は根回しを。可能な限り、そして思いつく限り実行に移していかなければならない。
「……稗田阿求?」
神妙な面持ちで、菓子を食しながらだと言うのに重々しい○○を前にして。何を今更と言われそうな諏訪子の言葉であったが。
「それ以外の方が、きっと驚かれるでしょう。この場合は」
○○の方は、覚悟と言うのが決まりつつあるからなのか。少しは冗談を含みながら、返答をすることが出来ていたが。
余り喜ばしくないのが事実、諏訪子も笑うに笑えなかった。
「筆記用具持ってくるよ」
結局諏訪子の出せる言葉は、この程度しか存在しなかった。無理に何か、気の利いた事を言おうとしたって。
上滑りしてしまうぐらいならば、お互い分かっているだけに、無言の方がいっその事やりやすいぐらいである。
「ついでに……外で待っている奉公人に、人も連れてきてもらおう。ええ、さっき言ってた。
どうやら私が被害にあっている事に気づいてしまった、その奉公人をね。見届け人としては最高だ!」
もっと言えば、顔を突き合わせる時間も少ない方が良い。だが○○の中に有る律義さが、かなり不自然な説明口調ではあるが。
筆記用具を用意しに向かってくれた諏訪子に、彼女に対してなんにも言わずに一旦とは言え離れる事を良しとしなかった。
阿求は一体、どんな顔をするだろう。
そんな事を考えながら考えた○○の阿求への手紙は、疑問よりも恐怖の感情が。
たった一文字を書く間にも、強烈に想起してしまい。
阿求に比べれば、はっきり言って上手くない自分の文字だとは自覚していたが。
この時阿求に対して出した手紙の文字は、実に酷かった。
もしかしたら、寺子屋に入りたての子でも。これよりうまく書ける子は、いくらでも見つかりそうな程であった。
最もそうでなくとも、カラスが手紙を届けに来た時点で。
それも予告なしで、定例の日時でもないのに。しかも手紙の主は○○で――なおかつ阿求は不味い事態が起きている事に、もう気づいている。
「……」
阿求は黙ったままで、○○からの手紙を読んでいる。○○は阿求に対しては実に誠実だから。
この手紙を書いた場所が洩矢神社であると正直に書いて、ケリを付けたい事が出てきたから、夕飯までには終わらせて帰る。
お昼ごはんは、洩矢神社の近くで食べるから申し訳ない。
けれども、ケリを付けて帰ってきたら、何をやっていたかは必ず話すと。そう約束して文章を結んでいた。
さすがに、阿求もいくらかの予測と覚悟を決めていたとはいえ。
もっと言えば、自分の○○に対する愛情が、ともすれば暴走と紙一重の差でしかない事も理解していたし。
――――○○宛ての荷物に、○○が頼まないはずの。甘い物が好きな○○は、外でお土産として買う以外では頼まない。
塩味の効いたおせんべいが入っていた瞬間から。疑問は存在していたし。
もしそれが故意であるならば、何らかの金銭的被害を○○が受けているのであれば。
場合によるも何も、実力行使しかあるまいと考えていたが。
そうは言っても、稗田の九代目、稗田阿求と言う立場が。性急だったり、強力な調査の為には足かせとなっていた。
だからまずは、あの計算に強い奉公人にそれとなく、○○宛ての荷物を確認させることから始めたが。
「最悪ね……当たっていたなんて。それよりも、○○が気付いて調べ始めた時にまだ気づいていなかった自分に腹が立つ!」
阿求は震える手でも、○○が自分に書いてくれた手紙は大事に書棚に保管して。
そしてすぐに、まっさらな紙も書き掛けの書類も一緒くたに。両手で無秩序に、無遠慮に握って。
全てをぐしゃぐしゃにしてしまった。
まだ昼前とは言え、午前中からの仕事を全て台無しにしてしまった格好ではあるが。
どの道今日はもう、仕事を続行できる気分でもなければ。しばらくは再開すら難しい、それぐらいにいきり立ってしまった。
「――――ッ!?」
稗田の九代目、稗田阿求としての尊厳。それを守らねばと言う部分がまだギリギリ生き残ってはいるが。
今の阿求は、叫んでいないだけで。行動は奇声を上げている人物のそれとまるで変りは無かった。
腕を振り上げ、天に向かって吠えて、虚空に向かって蹴り上げる。そんな奇怪な行動をひたすらに繰り返して。
「ふぅ……ふぅ……」
線が細くて、体力も低い阿求が。頑健である○○やほかの奉公人以上に、本来は出すべきでは無い息遣いをしている。
だがそのまま、倒れ込むことはおろか座る事すらしなかった。
「必要になるかも……永遠亭と接触したという事は、道具の一つはあるはずだけれども。それじゃ、私の気が収まらない」
書棚とは違う方向の、私物が収められた棚の方向へと。阿求はあえぎながらも、確たる意志と足取りでそこへ向かった。
棚から引き出しをひとつ、開け放った。その引き出しの中身は、大きさの割に非常に贅沢な使われ方をしていた。
小脇に抱えられるほどの大きさの手提げかばん、その程度の大きさでありながら、細工もほどこされていて。
重厚さときらびやかさを併せ持った、小物入れであった。
「絶対に必要になる……と言うよりは、私だって意地があるのよ。私は○○の妻なのよ!
妻が夫の為に、夫の前に立ちはだかる難関を突破する、その道具を用意しなきゃ!!」
阿求は引き出しの中に有った入れ物を、大事そうに抱えながらも獰猛な表情を浮かべていた。
「ああ……」
ある一品の収められた入れ物を、大事そうに抱えながら阿求はとある人物を探していたら。
その人物の周りに、阿求が望むような姿が見えていた。
その人物とは――そう、阿求が彼ならば気付けるかもしれない、あまつさえ証拠を見つけれるかもしれないと思って、情報に触れさせた。
頭の中にそろばんを突っ込んだとすら言われる、この稗田家の奉公人であり。
その頭の中にそろばんを突っ込んだと言う、そんな異名を持つ奉公人の前にいたのは。
阿求が指名して、夫である○○が散歩などで一人歩きをする場合には。必ず付き従うように指示した、護衛の奉公人であった。
その護衛の奉公人は、そろばんを頭に突っ込んだ奉公人に対して。神妙に何かを伝えて。
伝えられた方は、やはり計算に強い彼を情報に触れさせたのは正解だった。明らかに怒りを堪えながら「すぐに用意する」とだけ答えた。
どちらともに、稗田家の奉公人としてあるべき姿――と言うよりは、信仰心である。
「頼みがあります」
阿求は、はやる気持ちを抑えながらも。ひたすらに、九代目としての威厳を維持……と言うよりは、そうしないとまたさっきのような狂乱が。
さっきよりも酷い、今度は奇声を上げながら暴れてしまいそうだから。阿求は演じていた。
阿求がギリギリのところでふんばれたのは、第一に○○の邪魔をしないため。第二に、下手人の命はどうあがいても稗田からは逃げられないからだ。
「きゅ、九代目様!?」
護衛の奉公人は、顔を青ざめさせたが。
「大丈夫ですよ、夫が、○○は今洩矢神社で何かを待っているのでしょう?それで、時間がまだあるから役者をそろえて欲しいと」
「は、はい!その通りにございます」
阿求はまず、青ざめた奉公人の心配事を解消してやったが。それだけである、しかしそれだけやれば十分でもあるのだ。
「カラスから夫の○○から手紙が届きましたから……戻る前に、この箱を夫の○○に渡してくださいな。夫の役に立つはずです」
護衛として○○に付いている、屈強な奉公人は。恭しく阿求から箱を手渡された。
きっと、○○に渡す時も、今の様子を反転した様子で。今度は受け取るでは無く、差し出してくれるだろう。
「夫の○○も、個人的に何か道具を用意しているとは思いますが……これがあれば、一気呵成に終わらせられます」
阿求は先ほどから、『夫の○○』と言う言葉を何度も強調しているせいで。やや文章としては不恰好だが。
それを気にするよりも、強調を何べんでもやる事の方が阿求としては重要であったし。
奉公人達の脳裏にも刻み込まれる。今回の事で更に、○○の立場は更に阿求と同列になれるだろう。
――そう思ったとしても、怒りが収まることは無いけれども。○○が被害を受けていたのは、事実だ。
「絵島事件(※1714年、大奥の女性が多数、歌舞伎役者と密通した事件)のような真似だけは起こさないで下さいよ」
護衛の奉公人に、もう一人役者を呼びにやってもらっている間も。○○は、諏訪子と共に本殿でお茶をすすっていた際。
不意に○○が、事件を終わらせるために協力しているとは言え、憎まれ口とも取られかねないような声を出した。
「だいじょぶだいじょぶ」
しかし諏訪子は、懐が広いと言うべきなのか、あるいはいつでもどうとでも出来るから気にしていないのか。
ざっくばらんとしていて、お菓子を口に頬張りすぎてモゴモゴとした声で。
そうであるのだから、物凄い軽い調子であった。
「貴女のくれた資料を読んでいたら……どうやら洩矢神社は、遊女たちが気兼ねなく遊べる。数少ない名所になっているようじゃないですか
変な気を起こして、人里にでも流入したら。阿求が、そして上白沢慧音が何をやりだすか!」
「ちゃんと気にしてるよ。けれども遊女の皆さんには神社をご贔屓にしてもらって、お陰様で儲けさせていただいてますぅ」
○○の心配をよそに、諏訪子は余りにもうさんくさくて、演技性が強すぎて滑稽なぐらいに強調された、商売人の真似をして茶化していた。
さすがに○○も、お茶をすすりながら唸り声を上げて。批判の意思をぶつけざるを得なかった。
「だいじょぶ、大丈夫だって」
さすがに、少しは真面目になってくれたので。唸り声は収めてやった。
「往時の徳川幕府に隠れて羽目外すのと、祟り神である私にも上白沢慧音にも、何より稗田家にも弓引くような真似。
どっちが恐ろしいかな?」
「そりゃ、こっちの方が恐ろしいでしょうが」
「まぁ、実例も上げようか。ここではそんな事、遊郭の外部機関みたいなことはまださせてないけれども。遊郭内部で忘八達のお頭と相反する、遊郭と言う組織すら壊しかねない
夜鷹じみた無許可営業の遊女も斡旋屋も……
もう既に何人か投げ入れ寺(※身よりの無い遊郭関係者を弔う寺。基本的に、同じ塚に葬られる)に、命蓮寺が弔ってくれるって言うから任せてるよ」
「――――」
少しばかり、○○は口に含んだお茶すら呑み込めないほどになってしまったが。頭は動いていたし。
真っ先に出てきたのは、阿求の顔であった。ここ最近の阿求の表情は。
――自分が横領被害を受けている事柄以外では。穏やかであった。
「稗田阿求なら知っているよ。私がもう、何人も命蓮寺に投げ入れたってことは」
「全く知らなかったぞ。遊郭街ですでに、それなりの人数が亡くなった事は。永遠亭のお陰で、性病の一切は無いも同然のはずなのに。
全く目立たずに、始末したのか?」
「あー、少し補足させて。事故とかに偽装はしてるけれども、あと命蓮寺が投げ入れ寺の役割を持ってくれているのは、実はかなり前から何だ。
稗田阿求や上白沢慧音が怖いから、遊郭街で亡くなった人間は昔はまともに弔われていなかったけれども。
命蓮寺が来てからは、あれは人里とも遊郭とも、そして妖怪の山とすらも距離を取ってる独自の立ち位置だから。
亡くなった存在に対しては、全て平等に弔いますと言う立場なんだ。
まぁさすがに……例年に比べて変な理由で亡くなる奴が多いのには。聖白蓮も察してるから。
ちょいちょい、洩矢神社に来ては嫌味を言われるけれども。問題では無いよ」
「そう……ですか」
「黒幕はまだ分からないけれどね。まぁ、さすがにビビってるはずだから。悪くは無いよ」
阿求が○○には見せなかった事もあるが。
既に粛清が始まっている事実には。そして血なまぐささを一切感じとらずにいられるこの状況が、恐ろしいとしか言いようが無かった。
丁度、永遠亭へ向かったカラスが。八意永琳に頼んだ品物を――毒薬だ――持って帰ってくれなかったから、体の1つは震えていただろう。
そして役者も、小道具もそろったと思ったのに。
「稗田○○様」
護衛の奉公人が、何かの箱を――装丁で分かる、高そうだ。阿求の持ち物だとすぐわかる。
そんな箱を、恭しく○○の前に差し出した。
「九代目様、稗田阿求様より。夫様である貴方の役に立つだろうと言う物を、預かって参りました」
「――ありがとう」
ロクなもんじゃないだろう。そう分かっていても、受け取らないと言う選択肢は存在しないし。
第一、自分ですら一体阿求が何を渡してきたのか。恐ろしくて、すぐに確認したかった。
――箱の中身は、とても殺傷力の高そうなリボルバーであった。
そして箱を開けたとほぼ同時に、横に立っていた。そろばんを頭の中に突っ込んだ、計算に強い奉公人が冷たく笑った。
やはり彼は、死体の1つや2つで騒ぐようなタマでは無いようだ。ならば武器を前にして思うのは、戦果への期待だろう。
「おお!これならば確実ですな!!」
護衛の奉公人は、無邪気に喜んでいた。比べるならばこっちの方が怖かった。
「ああ……」
○○は抑揚なく答える事しか出来なかった。少し遠くに移動した諏訪子の様子を見やると。
少しおどけた風に、首を振っていたが。若干の呆れと恐怖は、あったはずだ。
何せ諏訪子ですら、遊郭街の不穏分子の始末に対して。血なまぐささだけは立たせないように苦心していたのに。
阿求は始めから、血なまぐささを求めているのだから。
――洩矢諏訪子の用意した資料に書いてあったが。遊女たちが稗田阿求や上白沢慧音の目を気にせずに遊べる、数少ない場所として。
この洩矢神社は、非常に人気のある名所となった。
「なるほど……説明されたら、あからさまに。と言うか馬鹿みたいに見つけれるな」
本殿の中から、境内を覗き見たら。なるほど確かに、若い女とやや年を食った男の連れ合う姿が。
極まった物では、老人とも言える男性が、若い女を2人も3人も囲っていた。
それらが若い女に良い所を見せたくて。
あれ食べたい、これ見たい、それが気になる。それらのおねだりに対して、全く考えもせずに財布を取り出していた。
うわさに聞く疫病神ほどでは無いのかもしれないが、今ここから見える若い女たちは、財布のひもの緩ませ方を。
そしつをしっかりと分かっていた。
そして最も特筆すべきは、遊女たちが生き生きしている事だろう。
当然である。人里の表側は、遊郭の事が大っ嫌いな稗田阿求と上白沢慧音の眼が、常に光っている。
ならば人里の裏側である、精々が表と裏の間にある灰色の部分でしか。遊女達は――客の金で――遊べないし。
行ける場所が限られていては、まとわりつかれた客も、さすがに前に買ってやった物位は。
同じ場所を歩いていては覚えてしまっている。
これでは財布のひもをゆるませる技術を持っていても、重複して買わせるのは難しい。
だが洩矢神社ならば別だ。ここは人里の表側の空気が残っている、と言うよりは奇跡的に表と裏が喧嘩せずに同居している。
いつもとは違う雰囲気の空気と色に、前買ってあげた物とは違うと考えてしまい、財布のひもは一層緩む。
無論そんな空間が存在できているのは、洩矢諏訪子の尽力のお陰だ。
洩矢諏訪子は、遊郭街で遊ぶ際に。きっちりと代金を支払っているが、すでにその分の支払以上の利益が出ているのは明らかであった。
なんならあの忘八達のお頭に渡している、遊び代は。
ややもすれば、忘八達のお頭の取り分を。神様自らがわざわざ、届けに来てくれたと言う見方すら可能だ。
「なるほど。人里の表側を歩けない遊女たちに、この場所を解放したのか!まぁ、有料ですけれども」
「遊女の客が、ほとんど払ってるけれどもね」
やや嫌らしく褒めた○○に対して諏訪子は、さらに嫌らしい調子で。それでいて事実を述べた。
これにはお互い、笑いあうしかなかった。
見届け人の奉公人達は、どうすれば良いかややわからず。愛想笑いだけで誤魔化していた。
「来たよ」
○○と諏訪子が笑いあってから、ややあって。諏訪子が空を見たら、短くそう言った。
諏訪子の方を向くと、彼女の足元にはカラスが1羽いた。あのカラスが、偵察要員のうちの1羽なのだろう。
「すぐに来ます?」
「もちろん。犯人たちが……稗田○○の財産を横領している連中の気に入っている遊女はもう把握している。
幸い、忘八達のお頭の配下だから。私の言う事は絶対に聞いてくれる。ここまで連れて来てくれる」
「それは良かった」
若干吐き捨てる様な声に、○○はなってしまったが。
もう全部を知らされた、二人の奉公人達はと言うと、やってやりましょう!と言う態度しか見えなかった。
護衛として後ろからついてくれる奉公人は、屈強なので腕っぷしにも自信があるだろう。何も言わなければ彼が殴り掛かりそうだ。
「俺に始末を付けさせてくれ。俺のヤマだ」
そう言って、鬱憤を自分で晴らさせろと主張したが。実際は全く違う、少しは楽な終わり方を提供してやりたいのだ。
多分それが一番、お互いにとって尾を引かずに済む。
「さっさと終わらせよう。演出は少なめで」
○○も疲れているからか、大好きなミステリーにありがちな事は求めなかった。
ただ望むのは、稗田○○が奉公人を連れて。自分たちを閉じ込めたという事は、もう全部ばれていると。
潔く認めて、この毒を飲み干してくれる事であった。
遊女たちの笑い声が聞こえてきたが。笑い声のみであった。何をしゃべっても、失敗すると分かっているから。笑いっぱなしで誤魔化しているのだろう。
男の声は4人、諏訪子の言った通りだ。4人ともが、遊女の気を引きたくて色々な事をしゃべっている。
後であそこの店に行こう、向こうも見に行こう、何でも買ってあげるよ。と言った具合だ。
そりゃまぁ、懐は潤っているだろう。阿求からこれでもかと言うほどのお小遣いをもらっているから、その1割でもかなり遊べる。
ましてやこいつらは、自信過剰になって馬鹿みたいな金額を抜き始めた。
しかし、遊女たちは洩矢諏訪子の息がかかっていて。そして全部知っているから。
金の心配ならするなと、4人の男の誰かがうそぶいた時。
その笑い声が、ひきつけを起こしたような物に変わったが。
浮かれて、鼻の下を伸ばしている男たちは気づかなかった。哀れである。
「いやはや、楽しみだ」
4人の男の中の誰かが、金がある事を自慢している奴の声とは違った。そいつが、本殿で行われる催し物を楽しみにしていた。
確かに見方を変えれば、特に連れてきてしまった稗田の奉公人の2人から見れば。
これは、成功の確約された催し物だろう。
屈強な方は更に鼻息が荒く。計算が得意な方は、冷笑が更に濃くなった。
バンッ!と本殿への扉があいて、4人の男が突き飛ばされて入ってきて。そしてバンッ!と扉が閉められた。
幕は上がった。だがこの劇は、出来るだけ短く収めたい。
「こんばんは、知ってると思うが自己紹介しておく。稗田○○と申します。いつも荷運びなどで、お世話になっております」
突き飛ばされて、這いつくばって、何が起きたか分からない4人の犯人だが。
○○が丁重な態度でまずは、自己紹介を。はっきりと全員の顔を見ながら自己紹介をした時。
4人ともが事態を理解、せざるをえなかった。
正面には、自分たちが長期にわたって財産をかすめ取ってきた張本人、稗田○○が。
そして左右には、明らかに稗田の奉公人が道を塞いでいるだけではなく。
犯人たちの後ろ側、つまりは○○の正面には。いつの間にか洩矢諏訪子が立っていた。
「あ、あああああ!!?!?」
前も右も左も、無論、後ろも全てふさがれていると理解できた時。4人のうちの1人が、奇声を上げ始めた。
計算に強い奉公人は、顔をしかめて耳をふさぎ。屈強そうな奉公人は、黙らせようと前に出るが。
「様子がおかしい。触らない方が良いだろう」
○○は、奇声を上げた奴が胸を抑えたのを見て、まさかと思ったら案の定で。ジタバタとその場で暴れながら、泡まで吹きだした。
「ほっといて良いだろう。口に布でも突っ込んで、奥に転がして置いて」
どうやら卒中を起こしたらしい。既に痙攣(けいれん)は呼吸にまで影響を与えているようで。
顔は真っ赤で、口からあふれる泡との対比が気味悪かったが。このまま放っておけば、こいつは毒もリボルバーも必要ない。
「後3人だ。君たちから弁明も何も聞く気は無い。俺は阿求の下に早く帰りたいんだ。だから時間を掛けずに済む方法を用意した」
○○は残った3人の目の前に、1錠ずつ丸薬を置いた。
「それを飲めば、ぱったりと。眠るように三途の川を渡れる。どうかこれ以上の面倒を掛けさせないでほしい。水が欲しいなら、用意してあるから差し上げよう」
最後に水筒を3人の前に置いたら、1人がもう一度前後左右を確認した。
どうやらそれで諦めてくれたようで、丸薬を手に取って。水筒の中身を一気に飲んだ。
そうかと思えば、その男は体を後ろ側にそらしたまま、後頭部から床に倒れた。
恐らく後頭部を強打する前にはもう……そう思うべき力のこもっていない倒れ方であった。
ただここからが、少し長かった。
「後2人……命乞いも弁解もいらん…………十分楽しめたはずだ。まだ昼食を取ってないから、早く食べたいんだ。出来れば阿求と一緒に」
あまりにも素早い絶命に、残りの2人が怖気づいたのか。1人は丸薬を手にこそ取ってくれたが、飲んでくれず。
最期の1人は、丸薬の方を見てすらいない。きっとこいつが一番手ごわいだろう。
しかたが無いので、洩矢諏訪子の用意した資料をもう一度読み漁る。
顔写真も付けてくれているので、助かった。
「確か、君は」そして丸薬を手に取ってくれた方に狙いを定める。
「君の親族に、近々婚姻を控えている者がいるね。君がその丸薬を飲んでくれたら、君の事は不幸な事故で処理しよう」
「捕捉させてー」
諏訪子が楽しげな声で入ってきた。この際、来て『くれた』と思う事にする。
「私ねー君のお姉さんの今日の予定、全部知ってるんだー」
そして喋りはじめた内容は、結婚相手の男性と会食に使う料理屋で昼食を取ったり。程度ですら無かった。
姉の結婚相手の職業や、名前、大体の立ち位置など。事細かに説明してくれた。
そうは言っても、血の繋がっていない人間にまで責が及ぶ可能性を、示唆していた。
「その丸薬を飲んだら、忘れてあげよう。正直、阿求が前に出たら、どこまでを焼き尽くすか分からないんだ」
諏訪子が喋り終わった後、○○は慈悲を与えた。
だが、やっぱり、丸薬すら見なかったあいつが。やらかした。
丸薬すら見なかったそいつは、親族の婚姻を叩き潰すとの脅しに顔面蒼白となった友人を。
しかも妙なところで頭が回る。○○の護衛である、屈強な奉公人に向けて、友人を突き飛ばした。
計算が強い奉公人は、荒事には向いていない体であるから、すれ違いざまに鼻っ柱を殴られた――荒事に向いていないのは○○も同じであった。
そしてよりにもよって、そいつは○○にも向かってきた。恐らくは、逆ギレと言う奴だろう。
生還するつもりはさすがにないだろうが、向かってきたその男ははっきりと、自分の喉を掴んできた。
だが、○○には。阿求が与えてくれた、リボルバーが合った。
轟音が鳴った。
しかし、阿求が急に与えてくれたリボルバーの発射に対する準備すら、洩矢神社はもう行っていた。
外では急に、大道芸が始まった。笛や太鼓が打ち鳴らされたので、先のリボルバーの轟音が誤魔化された。
リボルバーの一撃を食らった最後の、自分に向かってきた男は卒中とも違うもんどりうち方をしていた。
「大人しくしろ!」
鼻っ柱を殴られた計算に強い奉公人は、もう回復しており。自分を、何よりも稗田○○の首を絞めた男を取り押さえた。
男の体には穴が開いており、そこから大量の血が流れ出ていた。
そしてその血が流出している場所は――丁度、肺がある場所であった。
人体に肺は2つあるはずだが、呼吸器官に穴が開いたせいだろう。もう1個が無事でも、酸素が補給できなくて苦しんでいた。
放っておけば、命は無いが。この状況では誰も治療も、永遠亭への輸送もしてくれない。
ふともう一人の、突き飛ばされた方を見ると。屈強な奉公人が、そいつの首を絞めていた。こちらもジタバタしていた。
窒息は苦しいだろう。それに、もう一発撃ってしまった。
自分は一線を越えてしまった。
「そいつは俺が始末する。俺のヤマだ」
○○はそう言って、男の頭に一発くれて……瞬時に終わらせてやった。
続く
―――1人暮らしの利点は、他人が居ないことだ。
面倒がない。煩わしい事がない。
―――1人暮らしの欠点は、他人が居ないことだ。
助けがない。いざという時、孤独になる。
質の悪い風邪を引いた時、俺はそれを痛感した。
現在体温39.0。全身が重い。体の節々が痛む。吐き気がする。視界が回る。
食事もろくに作れなかったので腹が減ってたまらないが、体は少しも動いてくれないのでどうしようもない。
体が熱い。熱くてたまらない。熱に浮かされた曖昧な意識の中で、虚空に向けて手を伸ばした。
辛い。寂しい。誰か。誰か。
暗転する意識の中で、誰かが手を握ってくれたような気がして――――
次に目が覚めた時、頭上にはメリーの姿があった。何故か膝枕。
額には冷えピタ。キッチンでは蓮子がお粥を作っている。
どうにも看病に来てくれたようだ。ありがとう、と掠れた声でお礼を言うと、
メリーも蓮子もなんでもないのよ、と微笑んでくれた。それが何故か、とても嬉しかった。
二人は風邪も治るまで献身的に看病をしてくれた。
治ってからもなし崩し的に蓮子とメリーと同棲関係にある。
一人暮らしは面倒がないが、やはり誰かがいるというのはいいものだ。
………しかし、疑問は残る。
彼女たちは【どうやって俺が風邪を引いたことを察知し】、
【どうやって鍵がかかっているはずの家に入ってくることができたのか】。
自分はそこまで勉強熱心という訳ではなく、大学を2-3日休むことなど頻繁ではないにしてもそれなりにある。
同棲する前は、彼女たちは家に遊びに来るほど親しい関係ではなかったはずだ。
それをピンポイントに、風邪を引いた時に限って?不条理だ。明らかにおかしい。
鍵の問題もそうだ。彼女たちに合い鍵を渡した覚えなどないし、そもそも合鍵自体作っていない。
本来我が家は密室状態であったはずなのだ。
……でもまあ。その疑問を口にしようとは思わない。
口にしてしまえばまた一人になるかもしれない。それは寂しいからだ。
リアルに風邪引いた時に妄想が捗ったので書いてみました
ぶっちゃけまだ微熱残ってるので文章とか展開とかおかしい所あったらごめんね
お大事に…
ところで、そちらの方は…?
>>324 の続きです
この日、上白沢の旦那は○○からの誘われて。洩矢神社のふもとにある飲食店にて、昼食を共にしていた。
無論、稗田阿求と上白沢慧音と言う、この男二人の妻公認での出歩きである。それ以前に、○○が出歩く際には必ず、阿求が付けている護衛がいる。
――上白沢の旦那は、慣れてきているはずだったのに。護衛として後ろから付いてきてくれている人間を、何度か見やった。
○○はその度に、機嫌が悪いと言うかやけっぱちのような声で「気にしなくて良い」と言って、上白沢の旦那を前に向かせた。
「……どこに行くんだ?」
ツカツカと歩き続ける○○の後ろから、上白沢の旦那は声を掛けるが。
「洩矢神社のふもとだ。商売っ気の強い神社だから、色々と店が。屋台以外にもそこそこちゃんとした造りの店も増えてるんだ」
友人である上白沢の旦那の方は、やや見てくれるが。歩くことに、移動することに集中しているのか。
一切歩調を緩めたくないのだろう、友人への目配せは必要最低限であった。
「……」
上白沢の旦那は、少し会話をしたかったが。それが全くできなくて気をもんでいた。
何故ならば、○○とこうやって出歩くのは実に一週間以上ぶりだからである。
さらに言えば、出歩くどころかこうやって会話すらしていなかったのだ。この一週間以上。
前回の会話……と言っても、会話と呼べるかどうかは極めて怪しかったが。
それでも前回の事は、よく覚えている。
若干酒が入っている様子、聞し召した様子の○○が夕方ごろにいきなり、慧音と一緒に住む扉をけたたましく叩いた。
はっきり言って、○○らしくも無い様子の来訪の仕方に。上白沢の旦那は、妻である慧音と共に。
やや呆気にとられていたら。夫妻のどちらかの言葉も待たずに、○○の方から一方的に話された。
『全部終わった。迷惑かけたな、後は事後処理だけだ、これ以上悪くはならん……ああ、上白沢先生。事情は阿求から……いや、旦那さんからも聞いてくれ』
それだけを言い残して、外に待たせてある人力車に飛び乗って。○○は稗田邸に帰ってしまった。
無論、上白沢の旦那は。○○の言った言葉、一体何が終わったのかを理解していたし把握もしていた。
だから、妻である慧音をなだめる事も兼ねて。自分が○○から教えられた……あの横領被害の事を白状した。
行っても大丈夫なのだろうかと言う心配はあったが、若干酔った状態とは言え、慧音に対しても隠そうとしない態度は。
つまり……○○が何かをやった事を意味する。それも稗田阿求の、最低でも黙認、下手をすれば強い後押しの下で。
○○は動いたのだと、そう考えるしかなかった。
無論、横領被害の事を初めて知った慧音はその顔面を青ざめさせた。
当たり前だ、こんな事を稗田阿求が知れば、○○への愛がもはや暴走している稗田阿求が、何もしないはずは無い。
稗田家の家格、九代目としての権力。全てを使って、何かやる。今はその何かが起こる前に、嵐の前の静けさとすら慧音は考えたのだろう。
慧音は脇目もふらずに、稗田邸へと走って行ったが。
物の10分もしないうちに、トボトボとしながら帰ってきたのは、印象深く記憶している。
『稗田○○が銃すら使ったらしい』慧音から聞けたと言うか、恐らくは稗田阿求が慧音に伝えてくれたのはその程度だったのだろう。
だが同時に、慧音は酷く安堵もしていた。
『稗田○○が自ら前に出て、大ナタを振るったのならば。阿求の溜飲も、いくらかは下がるだろう。
稗田○○が率先して手を汚してくれたお陰で、阿求は夫を慰める役に自動的に配役された。
最も、稗田阿求からすれば。稗田○○が銃すら使った事は、当然の行動で、何らけがれたものでは無いと考えていそうだがな……』
……慧音の言っている事は、残念ながら、酷く理解できてしまった。
稗田阿求が動けば、周りの事などお構いなしに、標的もろとも薙ぎ払うだろう。
それに心を痛めた稗田○○は、先回りして標的だけを始末したのだ。
確かに○○のお陰かも知れなかった、裏側でとんでもない事が起こったのを知るのは、ごくごく一部に限る事が出来たのは。
結局、ここ最近ではやっていると言うふれこみの串焼きの店にたどり着いても、○○は中々話してくれず。
まずは店員を呼んで、簡単な注文から始めた。
洩矢神社自体に、商売っ気と言う物が強いからか。ふもとには飲食店やら何やらが、結構な数の店舗が営業している。
洩矢諏訪子が様々な方面で顔を売っている事もあり、この店も繁盛していた。
無論、洩矢諏訪子自身が、遊ぶことに対して寛容だから。この店も呑み客が多かった。
「ああ……ウーロン茶を」
上白沢の旦那は、昼間から飲むことにやや抵抗が合って。やや迷言った末に、当たり障りのない飲み物を頼んだが。
「瓶ビールを」
○○はまったく迷わずに酒を頼んだ。
「おう、来た来た」
そして○○は何ら罪悪感も見せず、むしろ慣れたような手つきでグラスに黄色くて泡の出る液体を。
膨れる泡がグラスからこぼれない、ギリギリを見極めて満杯まで注ぐ、そんな技術までいつの間にか持ち合わせていた。
「酒の一滴だって、おろそかには出来んよ。水よりはずっと高いんだから」
その上いっぱしの呑兵衛みたいなことまで呟く始末であった。
「――串焼きも頼もう」
やや心配し始めた上白沢の旦那の表情を見た、○○は。少しだけ間と言う物を作ったし。
すぐに串焼きを頼んだが、上白沢の旦那の目に写った○○の表情から、申し訳なさと言うのを。
それを感じたのが錯覚でないと信じたかった。
「随分、慣れた手つきで飲み食いしてるな……その、やっぱり大変だったのか?」
串焼きをややもすれば、むさぼり食う様子の○○に気圧されながらも。上白沢の旦那は心配していた。
串焼きの店だけあり、その上で繁盛しているから。店内には種々の物を焼いている煙が、もうもうと立ち込めていた。
上白沢の旦那は、この煙が○○の神経や感情をいぶして、悪影響を与えていないか心配になった。
「火薬と血の匂いを上書きしたいんだ。昨日は焼肉屋にいたよ」
既に瓶ビールを半分ほど飲んでいるが、○○の表情はいつも通りであった。これには上白沢の旦那も、安堵の息が大きく漏れた。
「事後処理は、大変だったか?」
ようやく串焼きに手を付けながら、○○に聞いた。○○は、手元のカバンから何枚かの紙切れを。
それは全て、新聞の切り抜きであった。
「全部阿求が手配してくれた。俺はさっきも言ったが、火薬と血の匂いを消すのに必死だった」
○○から手渡された紙片は四枚であった。
2人は就寝中の卒中で。1人は転倒した際に、打ち所が悪くて。1人は、酔いすぎて橋から落ちて、とがった物が胸に刺さってしまって。
全てが事故死を伝える新聞記事であったが、これが横領被害を犯人たちの末路を、隠ぺいしたのだと言うのは明らかである。
四枚の紙片にはすべて、言っては悪いが小さな事故なのに、永遠亭は八意女史の検視結果がわざとらしく載せられていた。
「なるようになったよ。この一週間以上、伝票の数字は一銭たりとも改ざんされていない。お陰で毎日外食できるよ……」
「○○、まだ日も高いから。瓶ビール一本で済ませて置け」
事の成り行きは、大筋で理解できた上白沢の旦那は。
キューっとやって、瓶ビールを一本。物の15分程度で飲み干した、○○の体をいたわることに軸足を移すことにした。
「心配しなくていい。実は今、阿求が洩矢神社にいるんだ。それを迎えに行くから、あまり聞し召さないようにしたい」
稗田阿求の名前が出て、少しばかり背筋に寒気が走った。店内は暖かいのに。
「その、俺はいても良いのか?」
出来れば立ち去りたかったが、それでは友人にあんまりにも失礼だし。
「いや、いてほしい」
こう嘆願されたら、断ると言う選択肢は無かった。
「でも一応、阿求が極まってるから。覚悟だけはしておいてくれ」
逃げないけれども……相変わらず背筋の寒気は増すばかりだ。
稗田阿求は本殿の内部にいた。
そこで彼女は、鼻から息を思いっきり吸って。吐くことはあまりしなかった。
まるでこの内部の空気のひとかけらですら、吐き出して消費したくないと言わんばかりの、そんな妙な呼吸を繰り返していた。
そんな事を繰り返しながら、阿求はグルグルと、ある床の一点を中心にして歩き回っていた。
その床の一点には、どす黒い塊がこびりついていた。
それは明らかに、血の塊。それが乾いて、酷く変色した物であった。
だが稗田阿求は、その乾いた血の塊を、それを酷く愛おしそうに見つめていた。
そしてなお酷い事に、血の塊は一か所では無かった。もう少し離れた場所にも存在しており、そちらに対しても阿求は愛おしそうに見つめていた。
そうかと思えば、阿求は懐から何かを取り出した。金属でつくられた筒状の物体だ。
「すっごいよね。愛する人が使った物なら、薬きょうすら愛せるんだ」
奥から冷かすような声が、洩矢諏訪子の声が聞こえた。
「邪魔しないでいただけません?」
阿求はそう言うが、目元がトロンとしており。心ここに有らずであった。
「あの人が大ナタを振るった場面の空気と、あの人が大ナタとして使った弾丸の薬きょうから香る、火薬の匂い。堪能したいのですから」
あまつさえ阿求は、使用済みの薬きょうをぺろりと舐める事までした。これにすは諏訪子も、少し後ずさりををしながら。
「死の匂いだよ。ここに充満しているのは」
「私の夫である○○は当然の行動をした、その結果に異論も疑問もありません」
諏訪子はやや、今の阿求を茶化しながらも批判含みに、事実を付きつけたが。
阿求はそれを十分理解して、なお楽しんでいるようであった。
付き合ってられない。
諏訪子は早苗から何度も浴びせられた言葉や感情と同じものを、皮肉にも思う報になって、ようやく理解した。
だが、本殿は自分が祭られている場所の本拠地のようなもの。
逃げる事が出来ないと言う点では、早苗よりも酷い状況であった。
(まだか?○○)
思わず諏訪子は、ふもとで『真っ当な』飲食店にいるはずの○○が早く来ないか、柄にもなく助けを待っていた。
「あーきゅーうー?」
稗田阿求が死の匂いですら、夫である○○の行動の結果だから愛しそうにしているのが。諏訪子には不気味だったから。
酒で聞し召している様子とは言え、○○が阿求を迎えに来たのには。ホッとしたものであった。
「ごめんごめん、思ったより下の店が美味しくて。酒が進んでさ」
そう言いながらも○○は、しっかりとした足取りで阿求の方に向かい。
また、阿求が空薬きょうを愛おしそうに持っているのを見て、一瞬目を見張り取り上げようとしたが。
残念ながら距離があった、懐にしまうぐらいならすぐに出来る。
「ああ、やっぱり匂いよりも本物の体温の方が極上ですね。お酒や焼き物の匂いも、貴女の匂いと合わされば、どんなお香よりも貴重です」
「だったら」
○○は空薬きょうの事を言おうとしたが。
「無体な事を言わないでくださいな○○。あなたの上げた戦果の象徴、持ち歩きたいと言う慎ましい思いぐらいあります」
どうやら阿求は、引き渡す気は無いようである。
懐の中身に対する疑念 了
感想の程、どうかよろしくお願いいたします
セミがさんざめく蒸し暑い夏の日の事、俺は故郷の廃洋館の前に立っていた。
俺の地元には、幽霊の出る屋敷があった。
とは言えど、昔は荒れ果てた屋敷などではなく立派な屋敷で、俺は当時小学生だった同級生と一緒になってよく遊びに行ってたんだ。
心霊現象ってのはポルターガイストで、小心者だった俺はよくそれに驚いて、ポルターガイストの少女に笑われていた。
だが、次第に屋敷に住む者や客人は驚かされる事にも慣れて滅多な事では驚かなくなった。
その為に、ポルターガイストの少女も飽きてしまったのだろう、ある日を境にとんとその現象が起こらなくなったのだ。
そうしてポルターガイストの少女のことも忘れて、俺達は将来の夢のために故郷を離れてそれぞれ別の大学に行ったのであった。
何故、俺が今更こんな所に来たのか。
それはオカルト掲示板でこの洋館の事が書き込まれてあったからだ。
実際に行ったと思われる人達の『家具や絵画が動いているのを見た』『人がいる気配を感じた』という書き込みを見た時、俺は彼女が帰って来たのだと思い行きたいと思いを止められなかった。
散々驚かされたとはいえ、結構可愛かったし子供心に惚れていたんだと思う。
もう一度だけ会えればいいと思って、夏休みを利用して帰郷してこの洋館に来た……という訳だ。
久方ぶりの洋館、外観からしても窓は割れて蜘蛛の巣は見えるなど荒れ果てている。
この洋館に住む家族は俺が高校三年生の頃に出て行ってしまったから、二年放置されているとなればこの荒れ具合も納得だった。
扉を開けて中に入っても、特に埃は舞わなかった。
妙だな、と思いながらも扉を閉めて「お邪魔しまーす」と勢いよく挨拶をする。
誰に、とでもないが昔からやって来たためについ癖で言ってしまうのだ。
懐中電灯を持って中を探索する。
中こそ荒れているが、埃などはあまり舞わなかった。
誰かが整理しているのだろうか、彼女がいるのだろうかと恐怖半分、楽しみ半分で歩いて行く。
すると、ズズズと何かが動く音がした。
音のした方に目をやると、椅子が動いている。
あれだ、あれこそが自分の探していたポルターガイスト現象だ。
ちょっとした懐かしさも感じながら、俺は椅子の動いた方へと足を進ませていく。
歩き慣れた廊下はギシギシと鳴っていたが、それ程気にはならなかった。
さて、椅子が動いて行った先は客室であった。
ギィイ……と鳴らしながらも扉を開けて、中の光景を見やると、荒れ果ててはいれど綺麗に椅子と机は配置されていた。
まるで俺を歓迎するかの様に
一番手前の椅子に座ると、いつの間にか例の騒霊少女が自分の目の前で俺を見詰めていた。
突然のことに驚いてしまい、情けない叫び声を上げながら椅子と一緒に倒れこんでしまう。
その様子を見た少女は前と変わらない声と顔でクスクスと笑う。
「あっはははは!やっぱり貴方は変わらないわね!あの時よりも立派に大きくなってたみたいだけど、根っこは可愛いビビリだわ」
とても嬉しそうに可愛らしく笑うもんだから、文句も引っ込んでしまうものだった。
不満そうな表情は隠しきれなかったが。
「ごめんなさい、懐かしい顔が来たから顔を合わせたくなっちゃって。はい、立てる?」
そういうと少女は俺に手を差し出してくる。
腰を抜かしていた俺は、彼女の手を取って立たせてもらった。
そして、椅子も彼女が動かして元どおりになった。
少女は俺の向かいに座ったのを確認すれば、俺は質問をしだす。
「君は……」
それを遮って、騒霊の少女は「カナでいいわ」と自分の名前を明かす。
「ありがとう、じゃあカナと呼ばせてもらうよ。カナは何でいきなり今になって帰って来たんだ?」
俺が中学生の頃にはもうポルターガイスト現象は起こらなくなっていた。
5年以上は経ってるのに何でここに来たのか。
それは聞いておきたかったのだ。
「簡単よ、それは。行った先で誰も驚かなくなったから、詰まらなくて帰って来ちゃったの」
それは何とも彼女らしい理由だった。
「でも、帰ってみたら驚いたわよ。誰もいなくなって、廃墟になって雰囲気が出てたんだから。だから、そこでまたポルターガイスト現象を起こしてたのよ。近くにあったカフェのパソコンで『物が動く館がある』という噂を流してね」
噂を流し、彼女がそこに来た人間を驚かす。
マッチポンプだが、楽しかったのだろう……しかし、彼女はため息をついて退屈そうにこう言った。
「でも、一人でこの館に来る客を待つのも暇でね……だからさ、〇〇。ここで一緒に暮らしましょ。昨日今日の付き合いじゃないし……私の事、意識してたんでしょ?貴方の友達から聞いたわ」
さっきまで開けっ放しにしてたドアが閉まり、椅子が机の方に押されていく。
どうやら本気の様であり、俺としても子供の頃の初恋の相手からの同棲の誘い、嬉しくないわけはない。
だが、俺には断る理由があった。
「ごめん、カナ。俺さ、叶えたい夢があって大学に行ってるんだ。ここでは叶える事が出来なくて……」
少し歯切れが悪くなったが、きちんと自分の思いも伝えた。
ここに拘束するほど本気の彼女が聞き入れてくれるか、不安ではあったが……「そう、分かったわ」という言葉とともにあっさり解放された。
「今日は遠くから疲れたでしょ。ここに泊まっていくといいわ、寝室は綺麗にしておいたから」
「いや、いいよ。ホテルの予約も取ったし、そこに泊まるから……じゃあね」
「ええ、また会いましょう」
そうして、俺はこの奇妙な館を後にしたのだった。
深夜、彼の泊まったホテルの部屋の前に彼女は立っていた。
「うふふ……まさかあの子が叶えたい夢があるからという理由で私との同棲を振るとはね。立派になったものだわ……」
「でも、平気よ。貴方が私の洋館に住めないなら、私が貴方の家に住めばいいんだもの……私も、可愛い貴方に惚れてたのよ?だから、これから一緒に過ごしましょ。両思い同士にね」
そう言って、姿を消して彼の部屋に入っていったのだった……
やっとカナアナベラルちゃんの書けた……
>>331
どうにか大惨事は避けられたけれども、最終的には阿求の一人勝ちになったのか…
この世界だとどうやっても阿求の掌の上から逃れられるビジョンが見えない
>>333
可愛い押し掛け女房が来るなんて勝ち組じゃないか!(ぐるぐる目)
る〜ことの項目すらないですが、誰か書いてあげてください
ナズ「○○、ちょっと物探しに付き合ってくれないかな?」
○○「えー?どうしよっかなー」
ナズ「なに、タダ働きとは言わないさ。用が済んだら甘味処に寄ろう。私が手ずから食べさせてあげてもいい」
○○「犬とお呼びください」
ナズ「ははは、君は本当に節操がないね。ま、悪い気はしないけどさ……さて、それじゃあ行こうか」
○○「おうよ」
一輪「○○ってこうやって私が隠れてお酒飲んでるの、姐さんに言わないでいてくれてるわよね。なんで?」
○○「酒入った一輪が色っぽいから、それを見られなくなるのが嫌だなって」
一輪「筋金入りの助平ねえ」
○○「ふふん」
一輪「褒めてないわよ?まあでも、それなら口止め料くらいはあげてもいいかしら。はい」チラッ
○○「鎖骨っ……神はここにいたっ……」
○○「マミゾウさん耳かきしてください」
マミ「儂はお前のばあさんじゃないぞ?」
○○「?こんな美人をばあさんなんてとんでもない。俺はマミゾウさんの太ももを堪能しつつ耳も幸せになりたいだけです」
マミ「本気で言いつつ、他の者にも平気で言うからタチが悪い……まあいい、こっちゃ来い」
○○「あざす!」
○○「響子ちゃんには抱っこ以上のことをしてはいけない」
響子「?抱っこされるの気持ちいいですよ?」
○○「そだねー」
星「○○さん、なぜ私には他の者に言っているようなことを言わないのですか?」
○○「え、さすがに毘沙門天様は恐れ多いというか」
星「…………」
○○「な、なーんて冗談ですよ。星さんデートしましょうよデート」
星「…………」
○○「えーっと?」
星「あ、す、すみません。男性から初めて名前で呼ばれてびっくりしちゃいました」
○○「ちくしょう可愛いなこの人」
村紗「……また覗き?」
○○「あ、いや、なかなか風呂から出てこないから心配になって、な?」
村紗「あっそ……じゃあ一緒に入る?」
○○「え?……え!?」
村紗「嘘に決まってるでしょ。さっさと行かないと叫ぶわよ」
○○「ちくしょう!男の純情を弄びやがって!」ダッ
村紗「……助平なくせに度胸無いんだから」
○○「ぬえのその姿って本物じゃないんだよな?」
ぬえ「だったらなに?」
○○「いや、男かもしれん奴にちょっかい出すのはやめとこうと思っただけ」
ぬえ「な、わ、私は女だ!!」
○○「いやいや、嘘かもしれないじゃん」
ぬえ「女だってば!ほら、触ってみろって!」
○○「いやいやいやいや……」
──────────────────────────────
○○「いやあ、幻想郷に迷い込んだ時はどうなるかと思ったけど、命蓮寺に拾われて良かった」
○○「女性しかいないし、皆美人だし、多少のセクハラなら怒られないし」
○○「これは誰かと結ばれる可能性も?……なんちゃってなんちゃって!」
○○「いやあ、『外の世界に帰れない』って聞いた時は絶望しかなかったけど、もうむしろ外に帰るなんて考えられないよな」
??「あの……」
○○「うお!?あ、ど、どうぞー」
白蓮「はい、失礼します」
○○「あ、聖さんでしたか。えっと、さっきの聞こえました?」
白蓮「?いえ、なにか仰っていたのですか?」
○○「いやいや、なんでもないです……ところで、何か用があったのでは?」
白蓮「ええ、食事の用意ができたことを知らせに来ました」
○○「ああ、ありがとうございます。しかし、ほんと申し訳ないです。居候させて貰ってるのに料理一つできなくて……」
白蓮「気にしないでくださいな。人には得手不得手がありますし、○○さんに食べてもらうということで皆向上心を持つようになりましたもの」
○○「聖さんもですか?」
白蓮「ふふ、内緒です」
○○(かわええ)
○○「……けど、本当に修行とか手伝いとかしなくていいんですか?」
白蓮「言ってしまえば○○さんは不運に見舞われた被害者ですもの。そんな人に仏門の教えを押し付けることはできません。それに、お手伝いならしてくださっているでしょう?」
○○「いや、まあ、そうなんですが、皆の仕事量に比べたらかなり少ないんで」
白蓮「心苦しく思われるのでしたら、○○さんのその明るさで皆ともっと交流をしてください。貴方が来てから、皆本当に楽しそうにしていますから」
○○「……ありがとうございます。そういうことなら、もっと皆にセクハ……ごほん、皆と仲良くさせてもらいます!」
白蓮「はい。ですが『○○さんが外に帰れないこと』は『皆』知っています。辛く思ったのならたくさん甘えてください。私達は同じ屋根の下に暮らす家族ですもの」
○○「……ありがとうございます。俺、ここに拾われて本当によかったです」
白蓮「それはお互い様ですよ。○○さんがここに来てくれて『私達も本当に嬉しく』……運命のように思っていますから」
○○「あはは、照れますって……あ、そうだ、晩飯でしたね。行きましょ行きましょ」
白蓮「はい」
○○「ちなみにその後、お時間頂けたりは?」
白蓮「あら、私でよろしいのですか?」
○○「もちろんです!」
白蓮「まあ嬉しい。それでは、謹んでお受けいたします」
○○「っしゃあ!」
白蓮「ふふふ……」
新年のおみくじ
○○「さあ〜て、年が明けたから神社でおみくじでも引こうかな…」
○○「(ワクワク…)良い結果が出ますように…」
-大吉-
やったぁ!貴方は大吉です!全てが上手くいくようになります。どんな時も絶好調、失敗知らずの有頂天。
こんな幸運はもう二度と無いでしょう!なにせあなたには、緋蒼天の天人様が付いているのですから。
世の中の全てが道を開いてくれるように感じるかも知れません。貴方の邪魔をしようものなら、相手の方が
砕け散るでしょう。ああ、浮かれている貴方に少しだけ注意があるとすれば、天人様に嫌われないようにした
方がいいということ。そして大吉ということはこれ以上は…
○○ ビリビリビリ「冗談じゃないぜ、全く!こうなったらもう一度おみくじを引いてやるぞ。」
-吉-
割りと良い状態ですね。可も無く、不可も無く、といった所でしょうか。運勢は悪戯に色々と移り変わる
のでしょう。人生万事塞翁が馬、と昔の人は言ったそうですね。ところでどうして貴方の運命はそれ程までに
動いているのでしょうね?上がったと思えば下がってしまうその激しさは、まるで誰かが貴方の運命を操って
いるようじゃありませんかね。例えば永遠に幼き赤き月の名を持つ少女がいるような…
○○ ビリビリビリ「おいおい、一体どうなっているんだ?よし、もう一度だ。今度は良い結果が出る筈だ。」
-凶-
うーん。貴方の運勢はあんまり良くはないようですね。そんなにおみくじを引きすぎて、金欠になってしま
っても知りませんよ。そんな貴方にはきっと貧乏神でも憑いているのですね。でも大丈夫。お金が無くなる以
外の不幸は貴方には起こらないでしょうから。ですからきっと取り憑かれた貴方も、きっときっと幸せに生き
ていけるでしょうね…。死が二人を分かつまで、って素敵な言葉もありますし。
○○ ビリビリビリ「ダメダメ駄目だ!この野郎!いくら引いても引くだけどんどん悪くなっていくじゃな
いか! ……もう一回、もう一回だ…これ以上悪いものは無いんだ…」
-大凶-
ウ シ ロ ヲ ミ ロ !
……ようこそいらっしゃい、○○さん。何度も神に伺いを立てて嫌われてしまった貴方でも、いえ、そんな
貴方だからこそ、私の地霊殿は受け入れますよ…。さあ、こちらへどうぞ…
>>331
完結お疲れさまです。物語が進むと一気に激しい動きになったのが印象的でした。
○○は戻れぬ川を渡ってしまったのでしょうか…
>>333
地縛霊だと思い込んでいた幽霊が、まさか取り憑いてくるのは彼にとっては予想外でしょうね。
>>337
一見幸せそうな空気が流れていて、分かる人には分かる隠されたドロドロとしたものが見え隠れ
しているように感じました。
三回目のくじの時の感想的に書かれてる内容はそんなに気にしてないっぽいけど、この○○は何吉が出れば満足してたんだろうか?
>>337
知らぬが仏ってやつか
よかったな○○、余計なことに気づかなければ誰かどころか全員と結ばれるぞ!
最近、ほぼ廃墟同然な大きな館を買ったんだ。
事故物件っぽくて安いし、俺によく懐く金髪の小さい帽子かぶった女の子もいるから充実してるんだけど俺がどこかで女の子と話してると家鳴りがひどくなるんだ。
もう生活が困難なレベルで、困ってるんだけど誰か原因知らない?
後、あの女の子どこから来てるんだ……
ふふん、どうだ、〇〇、ついに今年は12年ぶりの子年だぞ。
…ん、当たり前って…はぁ…全く、面白みがないねぇ…ま、いいさ、とにかく今年は私が干支だ。ちょうど君がここに迷い込んできたのも12ヶ月前…そう、12、全く同じなんだ。くふふ、完全に一致している。これはもう運命といっても差し支え無いのでは?…いや、運命に決まってる。そうでもなかったらただの人間である君なんかに私が心惹かれるはずかないからね…大体どいつもこいつも馴れ馴れしすぎるんだ…私が見つけてきた〇〇なのに…特にご主人…貴女は寅なのだから2年後だろう…図々しいにもほどがある…はぁ…ま、いいさ、今はこうして君を独り占めできているからね…さぁ、〇〇、そろそろ君と私に取っての"初"を致すことにしようじゃないか、なぁ?
あけましておめでとうございます。今年も愛に狂った少女達から逃げきれますように
>>338
結んで帰ったら酷い目に愛そう
>>337
何も知らないみたいに抱っこされてる響子もばっちり噛んでると思うとヤバい(語彙力消失)
>>342
思い込み系っていうの?
こういう話通じないタイプ好き
みんな初詣あうんしてきた?
まだのひとははやめに初詣あうんしようね
◯◯さん◯◯さん!
あけましておめでとうございますっ!
本年もどうぞよろしくお願いいたしますねっ!
それにしても昨年は色々ありましたねぇ
年明け早々◯◯さんがわたしのこと「だれだっけ」なんていうんですもの、びっくりしちゃいましたよ。
あぁ…いえ!影が薄いのは自覚しているので大丈夫です!
……ぁあ!夏!夏と言えば◯◯さん博霊神社のお祭りのあと狛犬、磨いてくれてましたよね!
あんなに真剣に磨いてくれるんですもの、私もわくわくしてにやにやしちゃいけないぞーっなんて思いましたけど、どうしてもほほが緩んじゃいますね。えへへ…
すごくやさしい手つきでまるで撫でられているようで、とっても嬉しかったです!
護って、護りつづけて。見返りなんて求めませんでしたけど、◯◯さんにたくさん磨いてもらったお陰で秋も冬も元気に過ごせました!
な、の、で!
今日はその恩返しに◯◯さんの寝正月を護ろうかとおもいまして……よいしょっと…
はい、膝枕ですよー♪ぽんぽん♪おいでー♪
……え?「あんた狛犬のなんだっけ」……って?
……ふふっ……高麗野ですよ。
>>333
結構まえにカナちゃんのはなししてたひとかな
カナちゃん◯◯に執着してるけど◯◯の夢を受け入れてかつ自分もナチュラルにそこにいたいって言う良妻感がgoodですわよん
>>342
ナズいい…(語彙)
よく考えてみると干支に当てはまる幻想少女もだいぶ増えてきましたよね。あなたのおかげ生まれ年が酉年だからって理由で干支に関係なく私と君は一緒っていう久侘歌さまが脳幹に宿りました
ありがとうございます
ちょっと前にはやった、誰もお前を愛さないってフレーズを少し変えて
お前は誰も愛せないって宣告して、ヤンデレ少女を厳しく断罪したら
すんげー化学反応起きて、愛していることを証明するために○○がより振り回されそう
連作物でございます、まとめにも収録されています
八意永琳(狂言)誘拐事件
日中うつろな男(フランドール物)
まだらに隠した愉悦(正邪物)
懐の中身に対する疑念(阿求物)
これらと同じ世界観で、また投稿いたします。今回は複数物となります
諏訪子がいつものように遊郭街で、まだ日も高いうちからお気に入りの遊女から膝枕でも貰いながら。
早苗が見たらまた苛立ちそうなほどに、ボーっと過ごしていたら。
「いるって聞いたからさ、まぁ、挨拶ぐらいはと思って」
少しばかり意外な存在、星熊遊戯から声を掛けられた。
「ああ、珍しい……程でもないか」
星熊遊戯は、そうは言っても神様である洩矢諏訪子がくつろいでいる部屋のふすまを、遠慮なしに勢いよく開け放ったが。
相手が星熊遊戯であるならば、鬼であるならば、恐らく諏訪子でなくとも殆どの者が。若干の諦めを混じらせた苦笑のみで、まぁ良いかと考えてしまうであろう。
「あぁ、邪魔するつもりは無いよ。最近、ここらで有名になってきたもんに、まぁさすがに無視してるようで悪いから、挨拶だけさ。そんじゃ」
そう言うけれども、星熊遊戯はふすまをしめては行かなかった。
「ああ、なるほど……」
しかし諏訪子は、すぐにその行動の意味を理解した。
星熊遊戯の後ろを、板前と一緒に何人かの遊女が。板前がいるから無論であるが、大皿料理を運びながら通り過ぎた。
皆、開けっ放しのふすまを気にしていたが。大皿料理を運んでいるから両手がふさがっており、ややびくびくで会釈をしながら通り過ぎるしかなかった。
鬼を無視する事も神を無視する事も出来ない、彼と彼女たちには同情するのみである。
「……星熊様とは、何事も無かったでしょうか?」
ややおくれて、忘八達のお頭が。勢い余るような姿で入ってきて、開けっ放しのふすまを丁重に閉めながら問いかけてきた。
「一応ね。まぁ、私が星熊遊戯が連れていた、あの板前や遊女に手出したら、ちょっと分からないけれども」
忘八達のお頭は、少し疲れた様子ではあったが。しかしながら納得したように、頭をコクコクと頷かせていた。
「星熊様は、ご自分の力強さを認識しているのが……それはまぁ良いのですが。鬼相手ではどうにもやりにくくて」
諏訪子は少し吹きだしてしまった。妖怪の山で自分たちが、新参だと言うのに中々信仰を得られた理由の一つに。
鬼よりはやりやすいと言うか、話が出来るからと言う部分は、間違いなく存在していたからだ。
「良くも悪くも、裏表が無いんだよ。鬼って存在は。腹芸が出来ない代わりに、腕っぷしに全部つぎ込んじゃったような存在だから」
その分、便利だとか利益があるだとか。そう言った分かりやすい成果を目の前に置けば、何とかなるのだが。
毎回毎回そうそう、上手い話を持って行けるわけでは無い。
地底でなんだかんだで、洩矢の力を伸ばせたと同時に、案外うまくいかなかったのは。
やはり、支配されることを嫌がる鬼の性格と。そうは言っても核融合炉がエネルギー供給の点で便利以外の何物でもない。
この両方がうまい事混じりあってしまったが故である。
まぁ、鬼とは喧嘩しない程度に上手くやれればいい。
「後で、星熊遊戯が気に入ってる連中の名前教えて。そいつらには手出さないようにするから」
「お……?」
今日は後どれぐらい遊んだら帰ろうかなと、考え始めながら外を見ていたら。星熊遊戯以上にめずらしい人影を見つけた。
「物部布都?珍しいな、あいつが一人歩きだなんて」
少し窓枠から身を乗り出して、物部布都がなにをやっているかを確認してみたら。
両手に何か、色々な物を買い集めていた。酒やら、食べ物やら、お菓子やら。
はっきりと見えたわけでは無いが、どれもそんなに安い物ではなさそうであった。
――無論、遊女と一緒に食するよりはずっと安くつくけれども。
「物部様にございますか?」
様子が気になった諏訪子に、忘八達のお頭が。やはり彼は、こんな場所で頭目を勤めあげれるだけはある。
種々の事柄に対して目ざというえに、記憶力も素晴らしい。
「男がいるご様子です……いえ、正確にはまだ本当の意味で、物部様の男になったわけではなさそうですが」
「贈り物攻勢ってやつか……意外とあの娘、はまっちゃう性格のようだねぇ」
カラカラと笑いながらではあるが。そもそもこんな場所に、表側の権力が複数滞留しだした事を。
諏訪子も、忘八達のお頭も。警戒するべきであった。
皆が皆、この忘八達のお頭のように。一番怖い物をちゃんと理解して、そこに目を付けられないように動く。
また、踏み越えてはならない一線をしっかりと確認する。
商売、ましてや春などと言う、もっとも古くから売り買いなされているくせに特殊な物を、商売の道具にしているのならば。
少しは信心深い方が良いと言うのを、理解していない輩がいると言うのを。
諏訪子は忘八達のお頭から――もっと大事にしているご本尊はあるけれども――ある種の信仰を手に入れて。いくらかの緩みが。
そして忘八達のお頭は信心深い故に。
特殊な場所における不信心が、この幻想郷でもたらす不利益を理解しているが故に。
不信心者の思考を、弱さを、実の所では理解していなかった。
「こんどは命蓮寺から依頼が?」
遊郭街に複数の権力が滞留するようになった事を、稗田○○はおろか。稗田家じたいが、それをまだ知らなかった。
「いえ、命蓮寺からと言うより。ナズーリンと言う方からの個人的な依頼だそうです」
「ふむ……知られたくないんだね。調べている事すら」
まだ知らない故に、○○は新しい依頼に心躍るぐらいの気持ちでしかなかったし。
「客間で待たせていますから、お聞きになさりたいのなら」
「もちろん、聞くよ。久しぶりの依頼だ」
稗田阿求としても、夫である○○の一番の知的遊戯である。依頼された謎を解き明かすと言う、高尚な遊びに熱中してくれているのが。嬉しくて仕方が無かった。
だからこの時はまだ、稗田夫妻は無邪気なままであった。
続く
新作待ってました!シリーズ全部読んだで
>>347
材料
〇〇
はじめに、〇〇を独占して…
ちくしょう!あの雌豚!台無しにしやがった!
あいつはいつもそうだ!
〇〇は私の人生そのものだ
〇〇はいつも不運な目に遭ってしまう
だから〇〇は私が助けてやらねばならない
〇〇は私だけのものだから
(他の)誰も(彼女が見張ってるから)〇〇を愛せない
違う、そうじゃない
>>347
はじめに、○○に近付くメス共をきゅっとして……
ちくしょう! ○○まで巻き添えにしやがった! お前はいつもそうだ。
この返り血はお前の人生そのものだ。 お前はいつも失敗ばかりだ。
お前はいろんな人に手を出すが、一人だって添い遂げられない。
お前は誰も愛せない。
レミリア「フラン、また暴れてるわね」
パチェ「仕方ないわよ。今度こそ、そう思っているのに同じ過ちを繰り返してしまうのだもの」
微妙に違う
>>353
こっちの方が好き
俺の書いた奴って勝手にwikiに追加していいんです?
別に構いませんよ
小傘ちゃんは基本的にいい子だけれども
自分以外の雨具には恐ろしく嫉妬しそう
レインコートですら、ギリギリ許容できるのが長靴だろうな
>>350 の続きとなります
>>351 ありがとうございます、よろしければご感想など、またお願いいたします
「……ああ、何かきやがったな」
寺子屋の窓から何気なく外を見やった上白沢の旦那は、穏やかな外の様子にも関わらず、1人愚痴るような声を出してしまったが。
「どうした……ああ、あの人力車。稗田のだな」
妻である慧音も、疑問に思うような声は始めだけで。人力車がいきなり寺子屋に乗り付けてきたのを見れば。
そんな高級品をそんな使い方が出来るのは、ましてや上白沢慧音相手に。稗田阿求以外には思いつかない。
幻想郷の神様なら、洩矢諏訪子もそうだけれども。意外と目立つのが好きだから、往来を堂々と歩いてくる。
「誰も降りてこないな」
上白沢の旦那が渋い顔を浮かべたままでいると、慧音がまた声を出してくれた。
人力車からは確かに降りてくる気配は無い、引いてくれる人足夫が足早にこちらに向かうのみ。
懐に手を入れたかと思えば、手紙を取り出した。
「用があるのはどっちだろうな」
上白沢の旦那がそう呟くけれども、彼だってうすうすわかっている。かなりの確率で自分を迎えに来たのだと。
そう、稗田阿求が。また何か、稗田○○に依頼が舞い込んだから。相棒役である自分の登壇を。
願っていると言う態度はとっているけれども、その実態は命令だ。拒否権は存在していない。
稗田阿求が慧音と、何事か相談をしたいのならば。もう少し隠れようと言う意思がある。
慧音の妻となって、そんなに短いわけでもない。それぐらいの空気の違いぐらい、彼だって理解を深めている。
「まぁ……どっちでもおかしくはないが」
慧音もあいまいな態度を口では表現しているが、苦笑しながら夫の方を見ているのでは。
演じているにしても、上手くいっていないと言うほかは無い。
慧音も気付いているのだ、稗田阿求の考えている事が。
自らの演出する舞台に、稗田○○の為に、相棒役をまた必要としているという事が。
――とは言え、以前よりは稗田邸に。○○の下へ向かい、依頼に巻き込まれることを嫌だとは思っていなかった。
○○の事が心配だからだ。
○○は、そしてその妻である稗田阿求も。前回の事件の事は、内々に実行犯を『事故の形で処理』したことから。
酷い話だが、ありふれた物なので世間一般にはもう既に、忘れ去られている事もあり。
稗田夫妻はともに、稗田○○が横領被害を受けたと言う事実を。
知っている者からすれば、不気味なほどに話題にはしない。
それは部外者のいない、稗田夫妻と上白沢夫妻だけがいる場でも。時折1秒程度の、無音からくる緊張感で張りつめるだけで。
努めて――そう、努めてだ――依然と同じ雰囲気を保っていたし。
それは成功していると言えよう。我々は知っているからどうしても、問題になってしまうだけなのだ。
稗田夫妻の仲に一切の変化は無い。横領被害の事をお互いが話題にしたがらないのも、仲の良さの証拠として挙げられる。
――だが、何かが変化した。確実に。
依頼に巻き込まれることを以前ほど嫌だと思わない理由は、もしかしたら、この何かを確認したいからなのかもしれない。
「失礼いたします」
稗田家の奉公人らしく、所作は美しく。されども稗田阿求からの勅命であるから、断固とした意思を持って。
稗田家から使わされてきた勅使は、寺子屋の中に入ってきた。
ふと、上白沢の旦那は壁の時計を見る。まだ昼休憩の時間が始まってすぐであった。
一応は、稗田阿求も気を使って。手が空いているであろう時間を狙ったのだろうか。
……そう思う事にしてやろう。
「上白沢の旦那様に、九代目様よりお手紙です。この場で中身を確認してほしいとの事です」
「ああ、やっぱり」
稗田阿求からの勅使は迷うことなく、上白沢の旦那の方向に歩いてきた。
有無を言わせない態度で、稗田阿求からの手紙を突き出してきたが。相変わらず所作に関しては美しかった。
それが一層、断固とした意思を強調させているし。信仰心の高さに身震いすら覚える。
黙って受け取るしかなかった。
勅使はこちらが手紙を受け取っても立ち去ろうとはしなかった。むしろ、待っていた。
あの人力車で連れて行くつもりだろうかと思いながら、手紙の中身を検めると。書かれていたのは次の無いようであった。
暇であろうともなかろうとも、来なさい。新し依頼を○○が受けるでしょうから
稗田阿求
ここまで威圧的な文章を、思いつくどころかよくぞ届けれるものだ。
「ははは……」
乾いた笑いが混みあがってしまった。
ただし、これでも抑えた方である事は、声を大にして言いたかった。
本当ならもっとあからさまに、口の端っこでも吊りあげたりして、不快感を示すのが普通だからだ。
そうしなかっただけ、褒めてほしかった。
「内容は?……ああ、なるほど」
横合いから慧音が覗き見たが、慧音の方の反応も、はっきり言って芳しくは無かったが。
「まぁ、仕方ない」
一線の向こう側である慧音は、阿求の感情に寄り添っていた。
「行ってやれ」
苦笑交じりであるが、慧音は自分を送り出した。
少し寂しさと言う物は感じ取ったが。
ふと、嫌な思いつきをしてしまった。稗田阿求と言うか、阿礼乙女は体が弱いのが常だから……
つまり、早々長い間、これに付き合わされるわけではないだろうと言う。
本当に嫌な想像である、思いついた自分自身に不快感を抱いてしまった。
「そうだな、○○が待ってる」
嫌な想像を振り払うように、上白沢の旦那は。稗田阿求が逃がさないとはいえ、新しい依頼に首を突っ込むことにした。
ただし、稗田阿求の手のひらの上にいる事を努めて忘れたかったから。待っているのは○○だという事にしたかった。
最も、どっちでも構わないだろう。
稗田家の奉公人にとっては自分がこの手紙を見て、首を縦に振る事こそが重要なのだから。
「それでは、稗田邸にお連れ致します!人力車へどうぞ、お乗りください」
事実、○○の名前を聞いたこの勅使は。少しばかり色めき立つのを隠せなかった。
稗田阿求が演出して、多分誇張もしているとは言え。○○は名探偵の看板を掲げられているのだから。
稗田家の、稗田阿求の信者であるならば。その夫である名探偵○○の支持者になる事が、義務とも言えるのだから。
1つ幸いな事を上げるとすれば、奉公人達はそれが義務であることに気づかないうちに、義務を果たしている事だろう。
本人は幸せそうだから、この夢は覚めない方が多分、誰にとっても損をせずに済む。
ナズーリンとしては、やりにくいことこの上なかった。
秘密裏に稗田阿求と接触して、稗田○○に依頼をすることの許可を得れた。ここまでは良かった。
けれどもどうにも、回り道を何度も強いられているような気配。それだけはどうしても否定できないし。
そもそもの部分で、こんな事をやっていて良いのだろうかと言う、意味や価値の有無では無くて、罪悪感が強くあった。
罪悪感を特に感じる時は、回り道を強いられていたり、待ち時間が必要であるにもかかわらず、その間に何もできずに待つ事しか出来ない時などだ。
つまるところ、今まさにそういう状況に陥っている。
一応自分は、命蓮寺とはそこそこ以上に懇意にしているし。命蓮寺の生きるご本尊である寅丸星が主ではあるが。
懇意止まりだと言うのも認識している、命蓮寺にはたびたび足を運ぶし、実は自分の部屋も用意されているが。住居は別にある。
それでも聖白蓮、彼女は少し甘いから。感情のもつれから発生する―まだ発生していないが、時間の問題だと認識している―問題は。
良し悪しはどっちにもあるけれども、内部である聖よりも、外部である自分がお節介を焼く。
そちらの方が、命蓮寺内部のわだかまりになりにくい。
……そう、マミゾウ親分にも話をして。始めは彼女に協力してほしかったのだが。
『稗田○○に頼めばいいだろう』そう言われたっきり、つまり逃げられたのだ。
――――分かっている、雲居一輪は一線を超え始めたからだ。だから稗田○○の名前をマミゾウは出したのだ。
「お茶のお代わり、いかがです?ナズーリンさん」
「え、あ、いや」
「ああ、阿求。ついでに俺の分も頼むよ」
罪悪感と、一線の向こう側を探らねばならぬ緊張感から。ナズーリンはお茶の進みが早くなってしまったが。
正直、稗田阿求から施しは受けたくなかった。彼女は一線の向こう側の中でも、特に向こう側にたどり着いているのは。
これは、事情通の間ではもはや常識の問題として機能していた。
……マミゾウ親分も事情通なのだがな。はなから逃げに徹されるうえに、稗田○○に頼めと言われた事は。
正直、少し恨みたいぐらいの気持ちだ。
稗田○○に関わるという事は、必然的に稗田阿求ともかかわらねばならない。でなければ、命が無い。
揺り戻しなのかもしれないが、稗田○○が妻である稗田阿求に比べて、穏やかで優しいのも。
実を言えば、救いにはなっていない。スイカに塩を振るかの如く、より強調されるだけの始末なのだ。
今のこれだって、稗田○○はまごつく自分を見て。気を使って、自分もお茶を飲み干して。
あくまでも稗田阿求は、自分のついでにナズーリンにもお茶をくれたと言う体を作ってくれた。
確かに、稗田阿求にお茶を汲ませると言うのは、かなりはばかられる行為だ。
夫である、そして稗田阿求がもはや狂わんばかりに愛している、稗田○○を除けば。
だから、緊張で縮こまっている自分を見て、少し助け船を与えてくれたつもりなのだろうが。
残念ながら、助かっていない。
しかし稗田○○は、何を考えているのか。少しばかりの微笑を浮かべながら、こちらを見るのみである。
「よう、○○。待ったか?」
二杯目のお茶を、礼儀として少しだけ口を付けて、また無為に時間を過ごしていたら。
ようやく役者が、上白沢慧音の夫が、稗田阿求が稗田○○の相棒扱いしている男が来てくれた。
これでようやく、話が進んでくれそうであった。
「ああ、これで話が出来る。君にも聞いてほしかったんだ」
稗田○○は、ナズーリンに向けるよりも更に嬉しそうな顔を浮かべた。この顔で一番安心したのは、実はナズーリンであった。
よそ様向けの顔であるなら、稗田阿求も激昂しないであろうから。
「ナズーリンさん」
何をどう話そうかと、ナズーリンが頭の中で話を整理し始めた折。稗田○○は、はなから用意していた物を読むように。話を始めた。
「恐らく、貴女の中に有るのは罪悪感だ。今回の調査依頼が、命蓮寺と言う看板を外して、ナズーリンさん個人からの依頼である事からも、それは表れている。
それから、私の友人である上白沢の旦那さんを待つ間、話は出来なかったけれども。
その間に何度か、ナズーリンさんはこちらと目が合いましたが……他の依頼人から感じる、請い願うような態度は見えなかった。
それよりも、疑問。自分が行っている事は、果たして正しい事なのか、実は自分は余計な事をしているのではないかと言う疑問があった。
その疑問は、罪悪感という感情も呼び起こした。
唇を噛んだり、ため息のような吐息、うつむき加減の仕草などまるで叱られている子供のようでしたよ」
○○の独演会に、上白沢の旦那は『また始まった』と言う困った笑みを見せているが。
稗田阿求はナズーリンに対して「それで?どうなんですか?」答え合わせをしろと言う圧力をかけてきたが。
もし間違っていたらどうするつもりだったのだ、この女は。事件ごとなかったことにしかねないのが恐ろしい。
「それから」
だが、○○の独演会はまだ続いた。幸いにも先の言葉は、まぁまぁ当たっていたので。
今回もごまかしがきく程度の言葉である事を、ナズーリンは強く望んでいた。
「ナズーリンさんの懸案は、恐らく雲居一輪か村紗水蜜。このどっちかだ」
「雲居一輪の方だ」
だが今度の○○は、より突っ込んだ話を始めようとしていた。慌ててナズーリンは答えをこの場で明示した。
さっきから稗田○○の口数が多い事にナズーリンは。何か嫌な事でもあったのだろうか?と勘繰らずにはいられなかったが。
稗田阿求の手回しが素晴らしく、事情通にすら先の横領被害の事は隠し通していた。
何も知らないナズーリンは恐々とするのみであるが、事情を知っている上白沢の旦那は心配になってしまう。
やはり、○○が人を相手に銃すら使う事になったのは。確実に、○○の精神状態に何らかの影響を与えていた。
「不思議ですね、○○。なぜそこまで当てれたのですか」
しかし稗田阿求は、○○の言葉がズバズバと、正鵠(せいこく)を得ている事に気を良くして。
先ほど指摘した、ナズーリンの罪悪感の事はすっかりと、本人からまだ聞いていないのに、当たっていたことになってしまっていた。
最もこれを指摘できる存在が、どこまでいるかは疑問である。
思わずナズーリンは上白沢の旦那の方を見たが、彼は申し訳なさそうな顔を浮かべて。
「色々あったんだ」
こう言うのみであった。○○の機嫌が悪そうな事に、何かがあったからと言うぐらいしか教えてくれなかった。
「命蓮寺の構成員は、聖白蓮、寅丸星、村紗水蜜、雲居一輪が正式な面子だ。これでも周辺の事は調べていましてね。
ナズーリンさんとマミゾウさん、それからぬえさん。これらは懇意にはしているが、信者では無い。
常日頃から、戒律に縛られずに生きていますから、何かがあったとしても何を今更程度の話ですよ
飲酒も、肉食も、あるいは……遊びにしたって」
遊びと言う部分で、○○は少し言葉を区切って。言いにくそうにしていた。
ナズーリンにも、マミゾウに関しては思い当たる節があるからだ。
配下のタヌキを連れて、またマミゾウの配下であるから可愛い演技もお手の物だ。
遊郭街でたまに、動物喫茶みたいなことをやって小銭を稼いでいるのを聞いたことがある。
極めて特殊な客商売を行っている遊女たちからは、可愛い物に飢えているから。
次はいつやるのかと聞かれて、大層人気があるそうだ。
また本業である金貸しの場としても、遊郭街は最大の需要を持つ空間だ。
恐らく稗田○○もその事は知っているから、言葉を言いにくそうにしていたのだろう。
だがナズーリンに出来る事は、そこを突っ込まない事のみであった。
「……まぁ、否定はしない。私も本来の住居は命蓮寺の外にあるからな」
「だからこその罪悪感でしょうね。それに初めから一輪さんと水蜜さんに限定したのは、このお二方は、戒律に対してしばしば無視するような行動がありますから
もしも寅丸さんや聖さんに何かが合ったら、表には出したくないでしょうから、皆さんで解決しようとします
しかし一輪さんと水蜜さんは、たまに戒律を無視して飲酒や肉食にふけりますが、それだって聖さんが解決しようとする。
ではなぜナズーリンさんが?恐らく、雲居一輪さんがいきなり真面目になったんでしょうね。そこに厄介の種があるんだ」
「何で当てれるんだ?」
段々とナズーリンは、稗田○○の方も怖くなってきた。
稗田阿求から狂わんばかりに愛されているから、稗田家の持つ力も利用できるし。
稗田家がただの名家だとはナズーリンも思っていない、諜報能力だっていくらかはあると知っている。
それを使ったとしても、妙に知っているなと言うのが実際の感想である。
「たまたまですよ。馴染みの喫茶店に行くがてら散歩していた時、マミゾウさんが仲のいいぬさんと水蜜さんを連れて、遊びに出かける風でしたから。おかしいなと思って。
水蜜さんなら、不良仲間の一輪さんも誘うはずだと思って、ずっと引っかかっていたのですよ。
それからあまり時間を置かずに、ナズーリンさんが来られましたから。一輪さん絡みかなと」
「……1つ頼みがある。この事は、可能な限り内密にしてくれ。マミゾウ親分は知っているが、めんどくさがって協力してくれないんだ」
厄介そうとは言わなかった。言葉尻には気を付けねばならない、目の前には稗田阿求がいる。
「もちろん。さぁ続きをお話し下さい」
「雲居一輪には、今、意中の男がいる。けれどもこの男が問題なんだ」
「良くある話ですが、雲居一輪さんはどうやら少し真面目になったご様子。真面目な姿が受けるのでしたら、厄介そうな男には見えませんが」
「少し、悪趣味な表現をするならばね。あの男は、稗田○○の頭を少し悪くしたような存在なんだ。その上、優しすぎて何もかもしょい込む」
ナズーリンからすれば、もっと言いたい事は合った。
稗田○○と違って、一番の厄介――つまり稗田阿求――と手を組んで遊んで、なだめる才能が無い。
けれども真面目だ、仕事には遅れないし率先してやってくれる。それを非難する事は出来ない。
そう、その優しさが複数の厄介をしょい込んだ!けれどもしょい込む原因は、善意からの手助け!非難すればこっちが非難される。
だからあの男は厄介なのだと、そう、言い切る事が出来れば。どれほど胸がすくかとも考えるが。
こちらの胸がすくと同時に、激昂した稗田阿求から、脳天に火箸を突き刺されかねない。だから、言えないのだ。
続く ご感想の程、よろしければお願いいたします
目隠し
あら、こんばんは。こんな夜道に如何されましたか?いくら里の近くとはいえども、こんな夜更けに女手一人で歩いていては、妖怪に襲われてしまいますよ。
近頃は用事があって外に出ていた村人を食べてしまう、怖い人食いがウロウロと出歩いている様ですし。博麗の巫女にもまだ見つかっていないようで、
村の噂の種になっているそうですね。
…ああ。そうだったのですか…。それは大変でしたね…。そんなご苦労がおありとは。ええ、結構ですよ。大したお力にはなりませんが、向こう村まででしたら、
丁度私達も行く道中ですので、ご一緒しましょうか。丁度二、三刻ばかり歩いていきましたら、付く頃でしょうから。
ええ、そうです。実はこちら私の主人でして、ちょっと病でこの様に目隠しをしている状態になっていますが、これでも実は中々な男前ですのよ?ふふふ…。
「ご不自由じゃありませんか?」ですか?いえいえ、傍目には大変そうに見えて皆様気に掛けて下さいますが、本当は私、それ程難儀をしている訳じゃありませんよ。
実は…、私、主人の心が読めますの。おしどり夫婦が相手の考えている事が分かるなんてことは、世間でも度々話されていることですが、そのような物ではなくて、
本当に主人が考えていることが解りますの。今この瞬間も。あら、いやだ、あなたったら。私という妻が側に居るのに、他の女の人の事を考えていては嫌ですよ。
この様な上っ面の美しさに心奪われて、死んだ人もそこそこいらっしゃるのですから…。
うふふ…。嫌ですわ、そんなに血の匂いを漂わせて、か弱い人間の振りをなさるなんて。ただの村人でしたら騙せてしまえそうですが、残念ながら、私、
性根がひん曲がっていると、嫌われ者が集う地底でも大層ご評判ですので。ええ、この眼であなたの心を読めば、私達を食べてしまおうとしているその心が、
よおく見えましてよ。
あらあら、そんなに急いでどうされましたか?いくら心では駆け足早足、脱兎の如くといえども、実際にあなたは一寸も進んでいませんよ。ええ、そうです。
その心の内で罵倒されている催眠術ですよ。如何でしたか?さとり妖怪の本場の読心術を体験されて良かったですね。御代はあなたの命で結構ですよ。それじゃあ…。
はい、あなた、やはり目隠しを外された方が良いですね。ええ、半分はそうですよ。あの妖怪は相手の欲望に合わせて、自分の姿を変えることが出来ますので。
見えないようにした方が都合が良かったので。うーん、もう半分ですか?いやですね…。私が嫉妬深いのは、よくご存じでしょう?
そんなあなたを他の女に会わせるなんて…。そんなこと私が許す筈、ありませんでしょう?
>>345
あうんちゃんには、ストーカー系もよく合いますね
>>362
後ろに控える阿求の存在感が際立つ印象でした。○○に何かあれば危うそうな…
早鬼「はぁ……」
八千慧「あら、溜息なんて貴女らしくもない。何かお悩みでも?」
早鬼「ほっとけ」
八千慧「……○○さんのことですか?」
早鬼「なッ!? 何でアイツのこと知ってんだ!」
八千慧「貴女が生身の人間の男を一人、直々に取り押さえるところを部下が見ていましてね。それも一度や二度ではないとか……。名前については我々の諜報力をもってすれば容易いことです」
早鬼「……わざわざ名前まで調べるとは、お前まさかアイツのこと……」
八千慧「報告通りの執心ぶりですね……まあ、安心して下さい。特に興味はありませんので」
早鬼「ハッ……男には苦労してないってか」
八千慧「御明察恐れ入ります。かくいう私も、良い人を見つけましてね」
早鬼「あぁ? じゃあ何か、『鬼傑組の頭が男を囲ってる』て噂は本当かよ」
八千慧「ええ、彼と出会ったのは昨日今日の話ではありませんよ。開け広げにしていないだけで。……立場というものがありますからね」
早鬼「嫌味か、てめぇ」
八千慧「むしろ忠告ですよ、情夫を囲う同士としてのね。この畜生界で宝物を手元に留めておきたいなら、その実体も情報も、おいそれと外に出してはならない」
早鬼「……分かってんだよ、ンな事は! アイツの意思で私の元にいてくれりゃ、見せびらかしたりしないさ。でも逃げ出しちまったらああするしかねえだろうが!」
八千慧「そうして無理に捕まえることで、なおさら『ここに居たくない』と思わせてしまう。悪循環ですね」
早鬼「だがお前の話を聞く限り、アイツが俺のモンだってことはもう割れてんだ! 他所の連中に捕まりでもしたらただじゃ済まねえ、でも嫌われたくもねえし、どうすりゃいいんだよ……」
八千慧「その消沈ぶり……かつての貴女からは想像もできませんね。いっそ霊長園にでも引き渡しては?」
早鬼「……『考えてみたことがある』って言ったらどう思う」
八千慧「相当追い込まれていますね。……時に"北風と太陽"という説話をご存知ですか?」
早鬼「……何が言いたい」
八千慧「例え消極的な動機であっても、自らの意思でそばにいてもらうよう仕向けるんですよ。好いてもらうのはその後でいい。私はそうしています」
早鬼「消極的な動機?」
八千慧「私の場合は、彼の優しい人格を利用しています。見張りに敢えて気弱な者を任命し、『自分が逃げたらこの人達はどうなるんだろう』と同情を誘い、逃亡を躊躇させる」
早鬼「……」
八千慧「根底に『逃げたい』という思いがあることを前提とした策ですが、閉じ込める形になる以上そこは甘受せねばなりません。好いてもらうのはその後でいい」
早鬼「はん、お前らしいやり方だな。……だが、こればかりは力技じゃどうにもならん。お前に助けられるとは意外だったが、その助言、有り難く頂いておくぜ」
八千慧「ただでさえ不安定な時勢。貴女の組織が崩壊すればそれこそ収集が付かなくなりますから。……後はまあ、同士ですし。この件に限っては、ですが」
早鬼「そうかい……さて、そうと決まればさっさと帰って段取り立てなきゃな」
八千慧「ああ、私の策を参考にするのなら、もう一つ忠告を」
早鬼「?」
八千慧「同情を誘う、と言いましたがね。そうなると当然、件の部下達と彼との間に、同情をするに値する内容の会話があるわけです。大半は一方的な仕事の愚痴ですが、彼もお人好しなもので、それはもう親身になって聞き役を買って出るんですよ」
早鬼「……」
八千慧「それが続くと、部下の中には"勘違い"するのが出てくるものでしてね。ええ、ベタベタと、馴れ馴れしく。……何が言いたいのかというと、ある程度までこれを許容する忍耐と、一線を超えれば早急かつ秘密裏に駆除する算段を用意しておかねばならない、ということです」
早鬼「……肝に銘じておくよ。じゃあな」
――さて、思いのほか長話になってしまいましたね……お土産に甘納豆でも買って帰りましょう
――彼の本当の好物は豆大福ですが……それは部下伝いの情報で、まだ私が知り得ない筈のこと。怪しまれる要素は排除しなければ。
――いつか、貴方のありのままを、貴方の隣で、貴方の口から聞ける関係になるまで。待っていて下さいね
ヤクザキャラのせいでヤンデレ感が出し辛い。恋敵を消したからって『だから?』って感じ
>>357
え…?〇、〇〇?何で…そんなの付けてるの…?わっ、私がいるでしょ…?ねぇ、ねぇってば、なんで私を使ってくれないの?ねぇ、嫌だよ、私の事飽きちゃった?もう私は要らない?用済み?うざい?なんで?なんでなの?私嫌われるような事した?ねぇ、聞いてる?〇〇、なんで?…私じゃ駄目なの?…私をもっと使ってよ、また優しく撫でてよ、ねぇ、〇〇、〇〇ってば…もっ、もしかして…私…〇〇に…捨てられた…?
…ひッ、ヒヒッ…そっかぁ…私…駄目な子だったんだ…〇〇に見捨てられちゃうぐらいどうしようもなかったんだ…
…そんなの…嫌だよ…〇〇…私は〇〇のモノなんだよ…?ココロもカラダも全部ぜんぶゼンブ…今更捨てるなんて…させないよ…ずっと一緒に…ずっとずうっと一緒に居るんだ…
…ね?〇〇?私の君への愛、伝わったかな?…ならさっさとそれを捨ててよ、早く、私を使ってよ。ほら、早く、もっと私に近寄ってよ…じゃないと…汚い雨に濡れちゃうよ…?
早鬼ちゃんは…こう…アグレッシブ系ヤンデレというより依存系ヤンデレでへにょへにょしおしおになっちゃってるのもかわいいかも…
隠岐奈「うーん……」
舞「お師匠様、どうしたんですか?」
隠岐奈「ああ、○○の待遇について考えていてね」
里乃「え!? 私達の後任ですか!?」
隠岐奈「いやいや、お前達にはまだしばらく働いてもらうよ。彼にはまた別の役職を用意する」
舞「役職って……二童子の他に何かあるんですか?」
隠岐奈「そこが悩みどころだよ。常に私のそばにいて、外界に派遣する必要がなく、私以外の誰とも接しない役を新設しないと」
里乃「ええと、つまり○○さんを独……そばに置くための……名誉職?」
隠岐奈「そう。なかなか二人の時間が取れなかったが、これで晴れて好き放題というわけだ」
舞「そういう事なら、○○さんにも相談してみたらいかがです?」
隠岐奈「いや、それではサプライズにならないじゃないか」
里乃「えっ」
舞「……あの、お師匠様。ひょっとして○○さんには何も伝えてないんですか……?」
隠岐奈「もちろん。何不自由なく私と共にいられる生活をプレゼント! さぞ喜ぶに違いない」
舞「せめて直前にでも、意思を確認した方が……」
隠岐奈「? 彼が私の誘いを断るはずないだろう。付き合ってるんだから」
里乃(うわあ……すっごく嫌な予感)
○○「ふう……家具の入れ替え完了、と。霖之助さん、本当にありがとうございました。一人じゃ日が暮れてましたよ」
霖之助「なに、君はお得意様だからね。こう見えても半妖だし、このくらいは朝飯前さ。しかし思い切った改装だね」
○○「出会った頃は知らなかったとはいえ、神様ですからね……お付き合いするなら、出来るだけ綺麗にしておかないと」
霖之助(お人好し過ぎて心配だったが、神様なら安心か。怒らせると下手な妖怪よりよっぽど危険だが……まあ彼なら問題ないだろう)
○○「隠岐奈さん、喜んでくれるかなあ」
――数日後、○○は失踪した。
本人の痕跡は一切残っておらず、後にはただ、先日ささやかな改装を終えたばかりの住居だけが、無残な残骸を晒していたという。
調査にあたった博麗の巫女曰く、家屋の破壊は弾幕によるもので、まるで癇癪を爆発させたかの如く精彩を欠いており、力のある妖怪の手によるものとは
思えないが、そうすると血痕一つ残っていないのは不自然で、奇妙な事この上なく、注意を要するとの事であった。
>>365
八千慧さんと早鬼さんは確かに魅力的なキャラだけれども
レミリア以上に憮然として一線越えちゃう様子が似合うからなぁ
それでも嫌われないように苦心する様子から、発展はさせれそう
>>366
そのうち傘売場襲撃しそう
>>368
ああ、不幸な擦れ違い……摩多羅様は二人っきりになりたいんだ
○○は、市中で、幸せに暮らしたいんだ。でも市中だと摩多羅様以外の存在が多すぎる
残念なことに、○○にはそれを理解できなかった
次より、権力が遊ぶときの3話、>>362 の続きを投稿いたします
「その男の人、幸福にも雲居一輪さんの意中のお相手は、今どちらにおられますか?接触は無理でも、姿ぐらいは確認したい」
「今の時間なら、命蓮寺に行けば多分いる。正式な檀家や信者になったわけでは無いが。興味があるのか、度々来てくれて。ちょっとした手伝いもやってくれる」
「なら、善は急げだ。行きましょう!」
「その格好で、か?」
ナズーリンは思わず勘弁してくれと言う感情を出してしまった。
もしかしたら稗田○○は、稗田阿求から甘やかされすぎて。自分が有名人だということを失念しているのではないかとすら勘繰る。
歯に衣着せぬ言い方が許されるのであれば、お前が命蓮寺に来たら、変な騒ぎが出てきかねない。
いきなり、依頼した事を少しばかり後悔しはじめたが。一線の向こう側を探るには、同じように一線の向こう側である必要がある。
逃げたマミゾウの事はまだ恨みたい気持ちだが、稗田○○に頼めと言うのは理解できる。
けれども、やはり危うい。
「大丈夫ですよ」
しかし○○は、ナズーリンの懸念に気付いているらしく。朗らかに――その上嬉しそうに、やはり依頼が無いと暇らしい――言ってくれた。
「これでも私の顔が随分と売れていると言うのは、自覚していますから。変装して行きますよ。ちゃんと二人分あるから、安心してください」
2人分と言う言葉に、ナズーリンに向けた物であるのだが。上白沢の旦那は『俺もいくのか……』と言う雰囲気を少しだけ見てとったが。
どうにかその感情を表に出さないようにしている風に、ナズーリンには見えた。
やはり上白沢慧音を妻とするほどの存在でも、稗田阿求の事は怖いようだ。
遊郭街ほどでは無いけれども、彼の存在もいくらかの『必要だから』と言う、稗田阿求からのお目こぼしの気配は否定できなかった。
「○○、人力車は用意していますが?」
「いや、人力車で乗り付けたら目立つ。大した距離でもないから、歩いて行くよ」
一応それぐらいの経済観念はあるようだと、ナズーリンは変なところで感心してしまった。
効果の程は、よく分からないとしか言いようがないけれども。
案外と稗田○○は、稗田阿求の抑え役として機能しているのかもしれない。
だが、歩き始めてナズーリンはすぐに気付いた。使わないのは人力車だけだと。
稗田○○が後ろを、はっきりと気にしていたのでナズーリンも確認すると。屈強そうなのが、最低でも2人は見えた。
護衛と監視、あの屈強そうな奴の任務にはすぐに思い至った。
存外に稗田○○も、稗田阿求の繰り出す過剰とも言える手段の数々に、苦労しているのかもしれなかった。
……だがそれは、件の男の頭の悪さと言うか。優柔不断さを際立たせてしまい。
ナズーリンとしては苛立ちの種でもあった。
別に一輪を選べとは言っていない。確かに、少しは仲よくしているから、恋が成就するのならばそちらの方が良いけれども。
厄介な事になる位なら、失恋を慰めてやる方がめんどくささは格段に少ないと断言できる。
歯を食いしばりすぎて、ナズーリンの口内には苦虫の味がほとばしっていた。
フラフラするぐらいならば、こっちか向こうかのどちらかだと、ハッキリとさせて欲しかった。
「近くにいる。件の男を見つけたら、それとなく知らせる」
命蓮寺の境内にたどり着く少し前に、雑踏をかき分けつつ進んでいると耳元にナズーリンの声が聞こえたが。
その方向を振り向いた時にはもう、彼女の後姿すら見えなかった。
しかしこの雑踏では仕方が無かった。
どうやら命蓮寺も、洩矢神社ほどでは無いけれども商売っ気と言うのを出さないと、なかなかやって行くのは難しいと考えているようであり。
茶屋だとか、大道芸だとか、屋台もそれなりの数が存在していたし。おみくじや占いまで売っている、巫女もどきの女性までいた。
あれは完全に、神社のそれのはずだけれども。どうやら命蓮寺は神仏習合(しんぶつしゅうごう)を否定していないようだ。
まぁ、元々が生きてる物は全部大切にしようと言う考え方だ。そこら辺の教義は、若干おおらかなのだろう。
しかし件の男はここにはいないだろうと、○○はすぐに考えるに至った。
依頼人であるナズーリンの話では、件の男は真面目な様子で。
飲酒や肉食にしばしばふける、いわゆる不良の雲居一輪が。その男の気を引きたくて、不良仲間の水蜜からの誘いも断るほどになったと言う。
ならば、こんな所で油は売っていないだろう。
「境内に行くぞ」
「ここは良いのか?」
まだ考えを話していないから、上白沢の旦那はそう聞くが。全部、最初から最後まで喋るのも案外時間がかかる。
「件の男は、中々に真面目な様子じゃないか。遊んではいないと思う」
幸い、上白沢の旦那も納得してくれた。ただ久しぶりの依頼にはやる気持ちが勝り、少しおいて行くような足取りになってしまった時には。
上白沢の旦那は文句をぶつくさと呟いたが。その声も本気では無い、と言うか半分あきらめているような物だった。
上白沢の旦那にも、少しは同情心が出てきたと言うのも大きい。
自分が上白沢慧音の、無くても特段の不便が無い『追加部品』だとは。慙愧(ざんき)の念に堪えないが、認める他は無い。
それと似たような立ち位置なのだ、稗田○○も。もしかしたらもっと酷いかもしれない。
だから、ぶつくさと呟く声も通りいっぺんの物でしかなく。すぐに歩調を上げて追いかけた。
無論、屈強そうな護衛も。特に信仰心が高いのか、売り子の女性全てに目を光らせていた。
稗田阿求の心配の種は、婚姻を結んでいない限りは、全女性に向いているらしい。
それを見たナズーリンは『自分も危ないんだな』という事を、再び自覚する他は無かった。
境内の方はさすがに、宗教施設としての趣を残していた。
特に奥まで歩いて、賽銭を入れる様な信心深い人間ともなれば、参道での出店目当ての人間よりもずっと、少なくなっていた。
稗田○○も上白沢の旦那も、変装用の衣装の襟を少し直して、帽子もかぶり直し。顔をあまり見られないようにと、自然にそのような動きをした。
上白沢の旦那に関しては、この動きに対して自分自身が毒されたと感じたが。
それに毒づく暇もなく、○○はどんどん前に進んでいた。
依頼を受けて調査に来たと、気付かれないように気を付けているはずなのに、久しぶりの依頼に浮かれている心を抑えられないようだ。
何となく稗田阿求が、上白沢の旦那、自分を掴んで離さない理由が分かった気がした。
稗田○○が名探偵の役であるなら、相棒役が必要と言う舞台演出上の理屈もあるのだろうけれども。
究極的には上白沢の旦那としては、この一連の行動を、大掛かりな遊びの認識でいるが故。
根っこの部分では浮かれることなく、冷静故に。なおかつ彼の嫁はあの上白沢慧音だ。一線の向こう側が何なのかは分かっている。
冷静で、ともすれば呆れと嘲笑すら存在するかもしれないが、水を差す心配は無い。
だから自分は、稗田阿求から指名されたのだろう。
境内をそれとなくウロウロしていたら、やはりナズーリンの方もそれとなく近づいてきて。
「本殿の方、縁側。荷物を運んでる男、前に雲居一輪がいる」
そう言ったと思ったら、彼女はまた離れて行って。命蓮寺の内部、関係者以外入れなさそうな場所に移動したが。
外から見える場所とは言え、ナズーリンが調査してくれと頼んだ、件の男も。関係者しか入れない様な場所にしか見えない。
ナズーリンが自分たちに依頼した理由が何となく分かった。こういう時、第三者の方が手心と言う物を加えずに見てくれるし。
万が一、調査がばれた時も。自分達がナズーリンの名前を頑として言わなければ良いし、恐らくはナズーリンもそれをあてにしている。
「少し座ろう」
賽銭箱――これも神社風だ、やはり神仏習合でも構わないようだ――に気持ち程度の小銭を投げ入れた後。
○○は不意に、手近な長椅子に向かって行った。その間も、と言うか賽銭箱に小銭を入れようと財布を取り出している時から。
○○は外からも見える縁側の方向に、視線が固定されていた。それに○○程ではないが、上白沢の旦那も、そこは気になってはいた。
何の荷物かまでは分からなかったが、それはあまり問題では無かった。それよりも、件の男と雲居一輪の関係性の方が重要であった。
「聞き取れるような距離では無いのが、残念だな」
ご自由にどうぞと言わんばかりに設置されている、長椅子で休むふりをしながら。○○はつぶさに観察を続けつつも、残念そうに呟く。
「だが、表情の方は。雰囲気の方は、隠しようが無いな」
しかし○○程では無くても、上白沢の旦那にだって分かる何かはある。
「仲がよさそうだ」
「うん」
○○もそれは否定しなかった。
○○と上白沢の旦那の目に映っている様子は、仲睦まじい以外の何物でもなかった。
特に雲居一輪の方が、やはり気を引きたいのだろうか。特に、言っては悪いがまくしたてる様な印象すらあった。
途中、依頼人であるナズーリンが横合いを通ったが。その際に見えた雲一輪の行動は特筆に値するだろう。
件の男の前を、一輪は自分も荷物を持っているから、動きにくいはずなのに。
なのに件の男の前をふさいで、自分以外の女性の姿すらあまり見せたがらなかった。
正式な面子では無いとは言え、マミゾウやぬえと同じく、かなり懇意にしているはずの人物に見せる様な行動とするには、少し無理があった。
なるほどと上白沢の旦那は思った、ナズーリンが自分達に依頼してきた理由が分かったからだ。あれは一線の向こう側だ。
それにナズーリンの方も、小柄ではあるが魅力が無いと言う訳では無い。
――すくなくとも体が弱い稗田阿求よりは魅力がある。
そこは関係が無いので置いておくとしても、パッと見の魅力に関しては。ナズーリンは雲居一輪よりも勝っていると言えよう。
雲居一輪の衣装は、やや野暮ったさが見える。
あくまでも尼僧『風』の衣装ではあるが、元の衣装が尼僧のそれであるから、自らの体が持つ魅力は。
それを出す事には、不慣れと言えよう。
…………それを言ってしまえば、命蓮寺の聖白蓮は。魅力の出し方が相当ひどい事になるなと。
いつだかの新聞に載っていた姿を思い出して、考えてしまった。特に最近持ち込まれてきた、バイクに乗っている姿など。
様になりすぎて、目に毒だった。
慧音が新聞を読む自分を気にしていたから、そう言う装束が嫌いでは無いとだけ言ったら。
どこかから用意して、夜になると着てくれた。
慧音は背も高かったから、似合っているとしか言いようが無かった。
――だが、稗田阿求には無理だろうな。かなり辛い物がある。
何となく稗田阿求が、この大掛かりな舞台を用意してやる気持ちが分かった。
富は自分がいくらでも与えてやれるが、名声となると入り婿の○○には難しい。
最も名声に関しては、慧音の旦那である自分も同じように難しいのだが。
「ふぅむ。今日の手伝いは、終わりのようだね」
種々の荷物を全て、あるべき所に置き終わったのだろう。
一輪は件の男の腕などを、気軽な仲と言う風に叩いたりして、労っている風であったが。
「離れたくないって空気がよく分かる」
一線の向こう側の中でも特にである、稗田阿求を嫁にした稗田○○程ではなくとも、上白沢の旦那にだってわかった。
いくらかの粘着性が、今の一輪の感情にある事ぐらい。目の前の人物と離れたくないのだと。
しかし件の男の方にも用や予定があるのか、一輪からはお菓子を手渡されるのみ……ではなかった。
「ふぅん」
○○の声が少し、面白そうな物を見た時の声に変わった。
「封筒のような物が見えた。懐に無理矢理入れたなぁ……金か?」
上白沢の旦那も、予測を付けるが。件の男の慌てっぷりを見るに、金じゃない方が少し驚く。
お菓子とは違う、遠慮のしかたであった。
「後を付けるよ」
横合いにいる○○は、即座に立ち上がり。件の男が出てくる前に、座りっぱなしで凝り固まった筋肉をほぐしていた。
上白沢の旦那もそれに倣(なら)ったが、向こうの方からナズーリンが来るのを見れば、少しわくわくしてきたのは、認めざるを得なかった。
何か新しい情報をくれそうだからだ。
「見たよな?」
ナズーリンは何をとも言わなかったが、依頼された以上はそこそこ関係者だ、分かってしまえる。
「件の男性が、雲居一輪から手渡されたのは……お菓子以外にも、お金もありましたよね?」
ナズーリンは、○○の言葉に少し歪んだ顔を見せながらうなずく。
「一応、それが彼の仕事でもあるのだがね。人手が必要な所に行って、なんでもやって、それで現金を得ている」
「何でも屋、あるいは便利屋と言った具合ですか」
「そう、そのはずなんだが……どうにもね、相場以上の金を一輪が渡しているようなんだ」
「気を引くため?真面目な様子が受けるから、真面目にしていると言うよりは。渡す金を工面するために遊ばなくなったんじゃ」
「もしかしたら……」
ナズーリンもやはり、そこは懸案だったようだ。ともすれば、命蓮寺の金、公費にも手を出しかねないと言うのは。
横領事件を捜査――一応、捜査だと思いたかった――した経験のある○○胃と上白沢の旦那からすれば。
即座に思い浮かべる、懸念であった。
「まぁ、何をやっているかは。尾行して確認しますよ。それじゃ後で、稗田邸にでもいらっしゃってくだされば、何か報告できるはずなので」
ナズーリンの表情からは、また稗田阿求と会うのか、と言わんばかりの硬い表情が見えたが。
残念ながらそれを確認してやれたのは、上白沢の旦那だけであった。
上白沢の旦那は、○○に毒されたかなと思い始めていた。
この尾行など、まさしく探偵っぽくて。はっきり言って、楽しいと言うかワクワクしてきた。
見るなと言われたお守りの中身を見ても、あまつさえ踏んづけて見ても何も無かったじゃないかと、ほくそ笑むのと同じような興奮が合った。
――考えれば、自分はあの頃から。土着の人間のはずなのに、幻想郷になじんでいなかった。
――だから慧音が、結婚『してくれて』守ってくれているのだろうか。
「どうした?」
「いや?何も」
嫌な事を思い出していたら、歩調が緩んで。○○から心配されたが。
「思ったより件の男の歩調が速い、置いて行かれないように、急ぐぞ」
内心までは、喝破されずに済んだ。目の前の依頼を楽しんでいてくれて、助かった。
「昼酒か?」
件の男の尾行は、思ったより長く続いた。そのうちにたどり着いたのは、ちょっとした盛り場だ。
――無論、遊郭ほどのいかがわしさは無い。純粋に飲んで食う店ばかりだ。だからまだ、尾行が続けれる。
待ち合わせでもあるのか、相変わらず歩調に関しては速いぐらいであった。
「待ち合わせの相手は、友達だとは思うが……男かな女かな」
○○が少し、嫌な事を呟いたが。同じような懸念は、上白沢の旦那にもあった。
「女なら最悪だな。女から貰った金で、女と遊ぶんだから」
「男友達ならまだ、言い訳も立つんだがな。正直祈りたい」
やはり○○としても、どうか男友達でありますようにと願っていたが。迷信を信じない上白沢の旦那にとっては。
幻想郷の土着民のくせに、祈ると言うのは気力の無駄遣いとまで思っていた。だから、なるようにしかならないとしか思っていない。
神?仏?妖怪?巫女や魔女、メイドと言うような職業ぐらいにしか思っていなかった。
だから迷信深い俺の両親は、上白沢慧音に俺を売りとばしたんだ!!
唯物論何て、知らなければよかった。もう少し一般人として生きたかもしれなかったのに。
「男友達である事を祈ろう」
女友達だったならばの可能性が的中した場合の、後々における動きを予想していると、○○は思ったのだろう。
やや緊迫して怖い顔を作っている上白沢の旦那に対して、気休め程度だが、落ち着くように言ってくれたが。
上白沢の旦那からすれば、件の男、尾行している相手の会う存在が、男でも女でも良かった。
「目当ての店は……喫茶店かぁ。しかも結構洒落ている」
○○は件の男が見上げている店を、自分も確認したとき。悪い可能性が当たりそうであるから、混みあがる物を抑えた声になった。
確かに、男友達と洒落た喫茶店で談笑、と言うのは考えにくい。待ち合わせならばともかく。
……自分と○○はやっているがな。
「ははは……」
だが、一度悪い方向を確認してしまったのならば。祈るなんてやめて、覚悟を決めるべきだ。
その方が、次の策を考えるために、頭を早くに切り替える事が出来る。
「○○、女が出迎えて、中に入れてしまったぞ。俺は恋愛なんてそんなに分からないが、あの女は件の男が好きみたいだな」
上白沢の旦那はズバズバと、事実を言葉として文章として並べて行く横で。稗田○○はより一層、緊張感に固まる顔を作っていたが。
……確か、これと似た顔を以前に見たことがある。
ああ、そうだ。鬼神正邪が倒れていた時、あの事件の時だ。正邪も結局、我々の嫁と同じく、一線の向こう側で。
あの時であった青年とは、まだ野外で落ち合い、よろしくやっていると聞いている。
「まさか……あの女」
「物部布都だ……尾行は中止だ。考えを、策を練り直すぞ」
そう言いながらも、喫茶店に入りこそしなかったが。外観からせめて、件の男と物部布都をもう一度だけ、確認しておいたが。
「ああ、もう……進んでいる。結構な荷物が見えたぞ、物部布都のやつ、贈り物攻勢で気を引いている」
稗田○○がもう一度、当たり前だが先ほどよりも大きく込みあがってきて、それを堪えながらつぶやいていたが。
稗田○○は、状況が悪くならないよう祈る――無論、祈るだけではなく動き続けるが――けれども。
上白沢の旦那は、この段階になっても祈ろうとは思わなかった。
動き続けて、それでもだめなら、その時はその時までとしか言いようがないのだから。
続く お手すきでしたら感想の程、よろしくお願いいたします
>>363
そういえばここでさとり様は、あくまでも一般人をよそいつつ相手をしているけれども
自分の正体を知らせることが最後通告すら超えた、終わりの宣告だけれども
そこまでいかない、泥棒猫相手には。すべてに対して先回りして、びびらせて終わらせることもありそう
今回は相手が、人食いの妖怪だから一気に終わらせているだけで
まぁ、生き残ってもトラウマで外出もままならなくなりそう……それはそれで、ああなるぞと言う脅しだけれども
コードエラー
「……そうですか。残念です…。」
自分の目の前に居る女性は顎に手を当てて、考えているようだった。部屋に満ちた沈黙が重く自分にのし掛かる。自分が引き起こした癖に、
あるいは自分のせいだからなのかもしれないが、月の最高指導者の失望を買った事に対して、小心者の自分には耐えきれずに、
そそくさと部屋から退出しようとしていた。安全な立場から見ていれば、一生に一度あるかないかのレベルでの栄達を棒に振ったこと
を勿体ながるか、女性の前から逃げだそうとする情けなさを揶揄するだろう。しかし、ああしかし、百聞は一見に如かずと言うとおりに、
この体験は百回見るよりも強烈であった。見えないプレッシャーが、彼女から這い出てくる様に感じ、ただの下っ端の自分を取り囲んで
きそうな幻覚すら感じる。
半ば本能的に逃げるように、お世辞にも綺麗とはいえない敬礼をかざし、ブリキ人形のようにぎこちなく回れ右をして出口の方に向かって
行っていた。いくら指導部といえども、私室はそこまでは広くない筈なのに、ああ、それでもプライバシーすら満足には確保できない、
自分の共同部屋とは違い自由への扉を遠く感じる。もっとも、突然の出来事のせいで、自分の事で頭が一杯になっていたとしても、
恐らくは注意深く彼女を見ておくべきだったのだろう。彼女の唇の端は僅かに歪んでいたが、私の脳はその情報を追いだしてしまっていた。
深い絨毯に足が取られるように感じながら、懸命に足を動かしていく。声を掛けられないように、一歩、一歩歩いて行く。後ろから彼女の
視線を強く感じ、それでも振り返って仕舞えば最後になってしまうことは確かであったから、泥沼の中を単独行軍していく。訓練用の重りも
持っていないのに息が上がり、体の末端が疲労したように固まり出す。汗を拭うことすらせずに、ようやくドアに手を掛けた。
入室時に護衛から渡されたカードを端末に翳す。入る時には音も無く動いたドアは一センチも動かない。一瞬心臓がストライキを
起こしたように感じ、再度端末にIDを触れさせる。やはり動かない。乱暴にカードをドアに叩き付ける。普段ならば絶対にしない乱暴な行動
だったが、今の自分にはそれを考える余裕すらなかった。なおも開かないドアを見て、取っ手に手を掛ける。全身の力を込めて横に引く。
営倉規則第12条により「いつ何時も」横向きに開くことが定められている筈の扉は、自分の目の前に絶対的な壁として立ちふさがっていた。
「どうしました?帰らないのですか?」
彼女が自分に声を掛けてくる。この場でこんな事が出来るのは彼女だけだった。
「ああ…ひょっとして、カードの情報が抹消されてしまったのかもしれませんね。」
とぼけたように言う彼女。情報技術が発達したこの月面で、情報の抹消とは死亡時に行われる処理であった。隊長クラスが申請を出して軍長
まで決裁が上がり、ようやく正規の手続きが取られる筈のこの措置は、彼女にとってはさほどの手間ですらないのであろう。
「どうです?この端末で調べてみますか?」
弾かれたように彼女から小型端末をひったくり、叩き付けるようにカードを読み取らせる。赤い文字で自分の行方不昧が宣告されていた。
これまでの経歴を、そして人生を否定されたように感じて全身に血が上る。衝動的に首に爪を付けて、生体タグを強引に取りだそうとすると、
いつの間にか側にいた彼女に腕を掴まれて制止された。
「○○、無駄です。」
「依姫様…。」
彼女の口元からは、笑みが零れていた。
>>368
賢者なのに他人の気持ちすら分からないのが良いですね。
恋は盲目なのでしょうね。
>>374
二人のヤンデレはとってもヤバそうな感じがしました(小並感)
このシリーズは阿求の存在が例え登場していなくとも背後で蠢く感覚を醸し出して、ドロリとした雰囲気を感じました。
>>365
を読んだら新キャラが出てきて頭に『はてなマーク』が浮かんで調べたら
東方鬼形獣というのが出たんですね
暫く別件で忙しくて放置してたとはいえ一応東方関連のwikiを管理してる身としては
相当まずい
バレないうちにメニュー欄に鬼形獣を追加しないと…
一度目の過ち
学生にとってのテストしかり、社会人にとっての休み明けしかり、この世には例え分かっていたとしても、気が進まないもの
が残念ながら存在するということは、賢明な諸兄にとってはよくお分かりであろう。そしてそれは気が進まないために、ついつい
後回しにしがちなものであり、何かの弾みで、超絶なラッキーとやらで、万万が一それが消えてしまうことを望んでしまうのは、
純然たる小市民たる僕にとって、しょうがない、そう、いくら強調しても強調しすぎる程でない位に、当たり前の事なのは、やはり
世間一般の人にもよく理解して貰えることであろう。 もっとも、そういう類いの出来事は大抵が、後に回してしまった結果、
自分の首を決定的に締めてしまい、自業自得な羽目になってしまうのも、割と世間一般では良く有ることであるのだが。
その日、僕は家の前にいた。登記上は大家さんの所有物であり、賃貸契約によって、法律上は僕が独占的に住んでよいことに
なっているそこそこ新しめのマンションの一室の前で、僕はドアノブを握ろうとして辞めるという、誠に奇妙な行動を繰り返していた。
これがオートロックのマンションであったために、この付近を通る人は限られており、平日の昼間なんていう時間も相まって、
僕が一人うじうじと悩んでいる時間を作り出していた。無論、鍵が無い訳では無い。僕のポケットにはしっかりと入っているのだから、
そもそも鍵が無ければ、このマンションのオートロックを抜けることは出来ない筈だ…多分。僕がこの家に入りたくないのは、
端的に言えば家にいる彼女のせいであった。今、僕の家にいる彼女、天子とちょっと気まずい関係になってしまったが故に、
僕は自分の家に帰りたくなくなってしまっていた。
それを僕の友人が聞けば、おそらくはそんな事と言って笑うのであろうが、僕にとってはかなりの一大事である。貧乏学生の身分では
社会人のように漫画喫茶のような豪華な施設で時間を潰すことも出来ず、或いは友人の家で一夜を過ごした日には彼女が凄まじいことに
なるであろうことが瞼の裏に浮かんでくるに至り、僕は結局はこのドアの前で犬のようにウロウロとする羽目になってしまっていた。
「はあ…」
溜息が漏れる。中々踏ん切りが付かずにドアを握っては離していたが、やはりそれでは状況は解決せずに、ついに僕は思いきって
ドアをゆっくりと開けた。どんな顔をして彼女に会えば良いのか、どんなことを言えば良いのかすら分からずに、寒さによって間が抜けた、
顔を晒しながら、僕は家の中に入っていった。廊下でも息が白く見える。何も音がせずに、しんとした廊下を進んでいく。
学生街によくあるワンルームの部屋は、薄いドアによって仕切られていた。向こうの部屋に彼女がいる筈なのに、物音一つ聞こえない。
気配すら感じない部屋を前にして僕は一瞬考え込んだ。天子はもう家から出ているのだろうか?いやいや、そんな筈はない。
僕は家の前にいたのだから、彼女が家を出れば鉢合わせをする筈だ。まさか世紀の大怪盗よろしく、マンションの四階から大脱出を
することはないだろう。いくら彼女が行動力がありすぎて何をするか分からないと言っても、そういう方向でないのは確かなのだから。
ドアをゆっくりと開ける。部屋の真ん中のフローリングに天子が座っていた。良かったという気持ちが湧き出たが、天子は動かない。
いや、よく見ると部屋は何も動いておらず、静まりかえっていた。テレビは言うに及ばす、明りも消えているために部屋は薄暗くなっており、
最近はいつも付けていたクーラーすらも動いていなかった。不自然な状況を僕の目と脳が収集する合間に、唇が勝手に動いていた。
「天子…。」
「ああ…○○…。」
パソコンが再起動するように、身動き一つしなかった彼女が僕の方に寄ってくる。数時間ぶりに彼女との距離が近くなる。
「ゴメン…。」
「別に…いいわ…。」
僕の体温を感じるかのように、抱きつき腕を回す彼女。普段の彼女からは予想も出来ない程に、しおらしい状態だった。普段ならば、
ダース単位で飛んでくる言葉もなく、台風の日にゴーストタウンとなった様な、静かな、奇妙な、違和感すら感じる程である。
「ずっと家の前に居たんだし…。」
小さな声で呟く彼女。僕の背中で彼女の腕が動かされる。体温を求めるように、あるいは心臓を探るように。
-二度目は無いから-
「え?」
小さな声で告げられた言葉を、聞き返すことは出来なかった。
>>378
管理人様お疲れ様です。
更新自体も比較的ゆっくりなペースですので、お時間の取れるときで大丈夫だと思われます。
メニューに出てくる画像をランダムに(正式)
メニューに東方鬼形獣の項目を追加
SS以外も10件表示しちゃう「ランダムSS 10件表示機能」を追加
ひとまずこれで…
>>374
布都ちゃんはアホの子として知られてますが、生前は任務とはいえ悪女ムーブかましてたので油断なりませんね
>>376
階級社会と職権濫用の組み合わせはいいぞもっとやれ
>>379
傍若無人キャラが弱気になってるのすき
夜も更けた頃。魔法の森にほど近い獣道にて、ミスティア・ローレライの屋台が営業中であった。
ただ今晩の営業は、"いつものように"とは言えなかった。
客は一人。経済規模が決して大きいとは言えない幻想郷において、深夜営業となれば、別に珍しい光景ではない。
ただ、両者の間に漂う空気が、尋常ではなかった。
「……それで?」
どれほどの沈黙を経ての事か、極限まで張りつめた緊張の糸を断ち切ったのは、ミスティアの方であった。
「私が○○に相応しくない、なんて。どうして初対面のあなたに言われなきゃいけないの? ニワトリさん」
「貴女が傲慢に過ぎるからです」
ニワトリと呼ばれた客は、『庭渡です』と訂正する事すらせず、バッサリと答えた。
「鳥の肉食を禁ずるとは。○○さんを何だと心得ているのですか?」
「……別に禁止なんてしてない。私が屋台をやってる理由を知って、○○が自分からそうしてくれているだけ。あなたこそ○○の何なのよ」
「……自分から……?」
能面のような顔をして、久侘歌が呟いた。
「そうよ、別に私が○○に――」
「――分かっていない」
ぴしり、と異音がひとつ。久侘歌の掌中で、湯呑がひび割れていた。
「自分から、ではありません。喜んでしてくれている訳ではないのですよ。忖度してくれているだけです」
「……どうしてそう言い切れるの」
どうにか憤怒を抑えつつ、ミスティアは尋ねた。久侘歌のあまりの自信満々ぶりに、只ならぬものを感じたためだ。
「『どうして』、ですか」
久侘歌は、あくまで淡々とした風を崩さない。
「鶏の唐揚げを作ってさしあげたら、喜んでいただけたからです」
みしり、と音がした。ミスティアの指先で、火箸の結晶構造が僅かに歪んだ。
「鶏肉が、人間にとってどれほどありふれた食材かご存知ですか? 畜産技術が進んだ外界では、毎日のように食されています。
外界出身の○○さんにとって、それを自ら断つということの意味。……その重みを知りもせず、自発的だからという理由で感謝の念もない」
「何を――」
ミスティアの発する怒気をものともせず、久侘歌は続けた。
「自分は、人喰いである事を受け入れてもらっている癖に」
「――黙れッ!」
久侘歌の頬を掠めた光弾が、獣道をバン、と穿った。
「……殺してる訳じゃない、ただ脅しているだけ……!」
「糧とするのが肉であれ心であれ、人喰いには変わりありません」
鼻息荒いミスティアに対し、久侘歌の弁はにべもない。
「人間にとって脅威であることを止められない、それは仕方がありません。貴女はそういう妖怪ですから。しかし焼鳥の撲滅云々は単なる
思想に過ぎません。○○さん一人を例外としたところで何の問題もないはずです。私はそうしましたよ」
「だから! ○○は自分から――」
「――そこですよ、ミスティアさん。確かに○○さんの鶏肉断ちは自発的なもの。しかし本当に彼のことを想うなら、外来人の食文化を学び、
理解した上で、これを制止して当然なのです。『人喰い妖怪と仲良くしてくれる分、これでおあいこ』と。愛するとはそういうこと。しかし
貴女にはそれができない。一方的に思いやってもらい、それに甘んじている。彼の人格に全く相応しくない」
何様のつもりだ、喉まで出ていたミスティアの言葉は、久侘歌が翼を広げた音で遮られた。
「私が○○さんと出会った時には、既に貴女がいました。知った当初はおおかた諦めるつもりでしたが……今日、お話しできて良かったです」
久侘歌は、行き過ぎなほどに澄んだ瞳で、ミスティアを射抜いた。
「諦めずにすみましたから」
そう言って、有無を言わさず飛び去った久侘歌を、ミスティアは凄絶な面持ちで睨み付けていたが。
その方角が、妖怪の山ではなく人里の方であることに気付いた途端、絶叫と共に飛び立ち、これを猛追した。
やがて人里の上空で、"ごっこ"では済まない規模の弾幕戦が展開されたが、これは寺子屋の半妖と博麗の巫女によって早々に鎮圧された。
ただ、その翌朝になって失踪が発覚した○○という男の捜索は、未だ成果が挙がっていないという。
>>381
お疲れさまです
これを機に鬼型獣キャラの作品が増えるのを期待
>>376
どっちに転んでも地獄じゃないか……
首に縄つけられた状態で周りに見られながら飼殺されるか、依姫様の私室の中で飼殺されるか
>>379
ここで天子は、存外にもトラブルの種を○○には見出さず。周りを責めだしそう
>>383
鶏肉を○○の意思で断つ行為に、愛とみるか重荷とみるか
でも庭渡様は神様だから、蓬莱人程ではなくても、足の一本ぐらいなら再生しそうだな……
そうでなくとも、卵ぐらいは用意してくれそう、自分で生んで
次より>>374 の続き
権力が遊ぶときの4話を投稿いたします
ナズーリンから身辺調査を依頼された件の男が、よりにもよって一線の向こう側を同時に相手していると知って。
鬼人正邪が、往来から外れているとは言え、人里の敷地内で倒れているのを見つけた時よりも、○○は深刻な表情を浮かべていた。
「どうする。○○。ひとまず離れたとはいえ、何かできる事があるだろうか?」
何にせよ、接触はおろか尾行すら怪しくなってきた。雲居一輪だけならば、まだ、稗田邸に匿ってもらってだんまりを決め込んでも良かったろう。
第一、依頼人がナズーリンだから。そうは言っても命蓮寺の関係者が依頼者と言うのは、何かあった場合の心強さが違う。
しかし、物部布都まで舞台に躍り出たのであれば。事情が全く違ってきてしまう。
○○程周辺の事情を調べているわけでは無いが、命蓮寺と物部布都の所属する神霊廟が、あま仲が良くない事ぐらいは知っている。
ややもすればこの依頼、二つの勢力の正面衝突にまで発展しかねない。しかも原因が男の取り合い、天狗のブンヤが沸き立ちそうな話題だ。
「一旦稗田邸に戻るか?」
「いや……」
上白沢の旦那が、少し立て直しを図るために稗田邸へ戻る事を提案したが。○○はこんな状況でも何か、考えをめぐらせれるようだ。
「広場へ行く」
「広場?」
上白沢の旦那が『何のために』と言う部分を聞く前に、○○は動き始めていた。
しかし幸い、独り言に大分近かったが、○○は歩きながら喋ってくれた。
「神霊廟自体は、ごくごく少数の物しか行き来できない場所のようだが。だからと言って何もしてない訳じゃない、命蓮寺とは信者を取り合っているようだし。
だから彼女たちはほぼ毎日、人里を練り歩いてビラを配ったり。最近では手近な広場を、そこの管理人を調略出来たようで、そこで出し物をやっている。
物珍しいから、周辺の店も案外好意的だ。集客にある程度つなげれるからね。
特にあの、珍妙な『希望の面』は人気が合って……それを模した饅頭なんかが結構売れているようだよ」
流行、廃りにうとい自分と違って。○○は、市中の情報がいつ、何の役に立つか分からないと言う、探偵稼業の影響もあるのだろうけれども。
中々広く、周辺の事情を頭に入れて置くようにしている事に、少しばかり唸ってしまった。
「時間が惜しい。ナズーリンさんが来る前に、もう少し調べたい」
そう言いながら○○は、後ろで常に控えている、阿求が用意した護衛兼監視役の人間に対して、身振りで何かを合図したかと思えば。
そのまま数分ほど、その場で待っているだけで人力車が二台、目の前に用意されてしまった。
「行こう」
さっきは○○の広範な知識に、少しは舌を巻いていたはずなのに。今度は稗田阿求の影響力が一体どこまで広いのかが分からなくて。
恐怖の感情が呼び起されて、逃げ出したい気持ちも込みあがったが。
ふと、そもそも今回の依頼に首を突っ込まざるを得なくなった原因の、稗田阿求からの手紙がまだ懐にしまってある事を思い出した。
人力車の座席にしかたなく座りながら、懐に入れっぱなしにしていた稗田阿求からの手紙を、もう一度広げる。
暇であろうともなかろうとも来なさい。相変わらずこの文言が、ひどく目を引いた。
もう一度読んでみれば、こんなものが手紙である物かとすら思えてきた。
命令書、下手をすれば脅迫文にも近い。
もし逃げればどうなるか。さすがに死ぬような事にはならないと思うが……少なくとも慧音に迷惑がかかる。
寺子屋の仕事が出来なくて、慧音を1人にしてしまった事を最初は気に病んでいたが。
今では全く違う考え方になった。稗田阿求の機嫌を悪くするような手は、極力避けねばならない。
「こっちだ」
盛り場とは言え、乗合馬車ならともかく人力車が乗り付けてくるのは、やはり不用意に目を引いた。
○○は乗り付けてきたのが誰かなのかを、往来の人たちに気付かれる前に、こちらの手を引いて雑踏に紛れ込ませてくれた。
そう言えば、あの人力車を引いてくれたのは、最初に自分たちに付いてきてくれた監視及び護衛の人間だが。
人力車の世話もあるから、そうそう付いて行くことは出来ずに。おいて行くような形になってしまったが。
あの者達が慌てるような気配は無いどころか、人力車をどこかにやるために、離れてすらいった。
少し気になって、辺りを見回すと。○○も自分の意を察したのか、こう耳打ちしてくれた。
「そう、君が思った通り。こっちには既に、阿求の手の物が配置されている。誰がってのは、俺は気づいているけれども。まぁ、知らない方が良いよ」
稗田阿求の影響力の底は知れない。物部布都の姿を確認したのは、まったく予測できない事態だったのに。
それに対応しようと努める○○よりも、急激な方向転換についていける、稗田阿求の用意した組織の方が。
より強大で、恐ろしい存在であった。
どうやらこの人里に住まう限りは、稗田阿求と言う人物の目からは逃れられないのかもしれなかった。
下手をすれば、誰にも見せていない日記帳すら。稗田阿求位の存在なら、手の物を使って探し当て中身を検め、そのまま元の位置に。
いやもしかしたら既に……慧音が俺を喜ばせようと、夜の為に用意している物位なら…………。
ここまで考えて、背筋に寒気が走ったので。上白沢の旦那は、○○に付いて行って。以来の事だけを考える事にした。
「命蓮寺と神霊廟の事はどれぐらい知っている?」
幸い、別の話題はすぐに○○が提供してくれた。悔しいけれども、稗田阿求が自分の登壇を何度も強制したのは、案外正しいのかもしれなかった。
「あまり仲が良くない程度だ」
「そうだな、両方とも人里を拠点にしているし。いざこざは博麗の巫女以前に、上白沢先生とかうちの阿求の不興を買うから、なんとかお互い、無視に近い共存だが。
実の所では水と油よりも酷い関係だ。簡潔に言うけれども、命蓮寺は来世利益。現世で徳を積んで、次をよくしましょう。
そして神霊廟は、現世利益だ。次も大事だけれども、今を犠牲にする理屈の正当化にはならないとまで言っている。
命蓮寺の檀家や信者に、強制では無いとは言え肉食と飲酒を戒めているのは徳を積むためだし。
神霊廟が折々で人里で振る舞い酒をやっているのは、現世利益の追求なんだ。
この二つは、繰り返しだけれども水と油どころじゃない」
うんざりしつつも説明してくれた○○の心中には、同情の念を覚える。
特に、命蓮寺と神霊廟の組み合わせが。水と油ですら無い程に酷いと言うのには、酷く納得してしまった。
かたや堅苦しい禁欲主義者、かたや身を滅ぼさない程度に快楽を追及。
「その両端に女が2人、間に男が1人か……ゾッとするな」
上白沢の旦那は、○○から聞かされた話を噛み砕き、理解を深める事が出来たが。理解できたが故に、恐怖と向き合う必要が出てきた。
「まったくだ……けれどもまだ、最悪では無い。命蓮寺はナズーリンが現状を訝しんでいる。どの組織にも氷みたいに冷静になれる存在はいる」
「それを期待しているのか?」
「この期待が運頼みだと言う点は、残念だけれども認める。けれども物部布都が外歩きをしている点は、男と会うために遊んでいる点は。
もしかしたら問題視されているかもしれない。そうでなくとも、神霊廟周辺を確かめておきたい」
案外運頼みの行動に、上白沢の旦那はやや虚を突かれて。がっかりしたような気分にもなったが。
そもそもが、この依頼はまだ始まったばかりだ、その言う点を考える必要があるのかもしれない。
「どーぞー、振る舞い酒だー……です」
神霊廟の面子が出し物をやっていると言う、その広場にやってくると。初めから珍妙な物が見れた。
額にお札を貼った女の子が、つたない声と、あまりきびきびしているとは言い難い動きで、お酒を辺りの人間に振る舞っていた。
「アレは……?」
○○から手を引かれたと言うのもあるが、思わず避けてしまったが。存外酒の魔力に抗える者は少なく、辺りは案外人山が出来ていた。
「宮古芳香……神霊廟の協力者、青娥と呼ばれる女性が使役しているキョンシー。陪臣(ばいしん)ではあるが、あれでいて数百、いやもっとかな?とにかく長生きしている。
その上、自意識も……怪しい物だがな、あるという事だから。
神霊廟の首魁である、豊聡耳神子からすれば、現世利益の宣伝には使えると言う判断なのだろう」
だが上白沢の旦那は、もっと直接的な物を見てしまった。
「あのキョンシーの横。あの女が青娥と言う女なのか?」
○○は女性と表現したが、上白沢の旦那は女と呼び捨てだった。
「……ああ。俺が君の手を引いて、遠ざかった理由が分かったろう?昼酒よりも厄介な何かだ」
「うさんくさい女だ……」
相変わらず○○は言葉を、表現を柔らかくしているが。上白沢の旦那は容赦が無かった。
しゃなりとしているが、それは演じている物で。稗田家とも付き合いがあり、上白沢慧音程の名士を妻にしていれば。
そのしゃなりが、上っ面だけと言うのはすぐに気が付いた。
それでいながら青娥と言う女は、自分が演じている事に気付く者は多いだろうと、自覚しているのが嫌らしい。
――短く表現すれば、肌の露出が多かった。胸も豊満であることを――いや、作ったのかも。キョンシーを使役できるなら不思議では無い――利用している服装だ。
「女性人気は出そうにないな。特に慧音や、稗田阿求のような存在にとっては、特に」
「うん……そう思ったのだけれどもね」
○○が訝しむように周りを見渡す。
それに倣うように、上白沢の旦那も辺りを見てみた。
「女性客も多いな」
「豊聡耳神子は、中々、男装が様になるような女性だから。同性から人気が出ると言うのは、まぁ、理解できるのだが」
「今気付いたが……みんな何かを待っているな。豊聡耳ではないのか?」
「それだったら、お立ち台で毎日演説しているから。良い席を早めに取りたがる」
○○の言う通りであった。所在なさ気にうろつくよりも、そちらの方が効率がいいはずなのに。
○○と上白沢の旦那はしばらく辺りを、青娥が配っている酒の方には近づかないようにしつつも。
しかしやる事が無く、所在なさ気に動き回るしかなかった。
だが待ったかいは有った……と、思いたかった。何もわからないよりは、それよりは、せめてと思いたい。
広場の出入り口の方向から、黄色い歓声が沸きあがった。
「豊聡耳か?」
上白沢の旦那が、言葉を低くしながら○○に聞いてみたが。
「多分違う。首魁が来たなら、もう少しまとまりがあるはずだ」
なるほど、○○の言う通りだった。
「あの男!?」
上白沢の旦那は思わず声を大にしたが、幸い黄色い歓声にかき消されてくれた。
「物部布都もいるな。いかんな、雲居一輪がこれを知ったら――だがそれよりも、物部布都の方が、あの男を人気者に仕立てている」
○○と上白沢の旦那は、その警戒心を一気に引き上げられてしまった。
当然だ、黄色い歓声の中心は――ナズーリンが調べてくれと頼んだあの男で。
その近くを警護するかのように、物部布都が。辺りをチラつく女性を、一掃とまでは行かないが、かなり強引に引き離していた。
「散れ!散るのじゃ!!ちゃんと商品はあるし、商品は逃げないし、振る舞い品もこの男がちゃんと持ってきたぞ!!」
だが物部布都としても仄暗い楽しみがあるのか、件の男の守護者面出来るのが。本当に楽しくて、愉悦を感じていた。
女に付きまとわれて、半ギレではあったが。愉悦が勝っていた。
だが一番目を引いたのは、件の男の方だろう。
「あの男……便利屋どころの職業じゃないぞ。あの男、歩荷(ぼっか)だったのか!」
○○が『何故それに気付けなかったのか』と悔やみながら見ていた、件の男は。
とんでもない量の荷物を背負って、腕や腰にも括り付けて、あまつさえ胸にも括り付けられていた。
とてもではないが、1人で運べる量ではなさそうだが。さすがに少しばかり歩調は遅いが、それでも、確実に歩けている辺りは、件の男は素晴らしかった。
「――歩荷をあそこまでの人気者に仕立て上げるとはな。物部布都の手腕には恐れ入るが。一番の理由は、人気者の近くに入れる愉悦かな
だが何故、物部布都が歩荷にあそこまで入れ込むかが分からない」
とは言うが、○○は広場から立ち去ろうとした。
「調べないのか?」
上白沢の旦那は言うが、一番調べたいのは○○だと早くに気付くべきだった。
「調べたいさ。だがこの、英雄でも現れたかのような歓声の中で、どうやって調べればいいんだ」
言う通りであった。この場で水を差す行為は、自分たちの嫁が上白沢慧音や稗田阿求でも、後々の生活に大きな支障が出てしまう。
――だが、敵情視察とまでは行かないものの。様子を確認だけでもした甲斐はあった。
蘇我屠自古が、気づいていた。自分たちがいきなり現れて、いきなり帰った事を。
「クソ……青娥も布都も。妙な遊びを覚えやがって。だが危惧している連中が、上白沢と稗田の旦那なら、まだ……相談できるか?」
続く
お手すきでしたら、感想の程また、よろしくお願い致します
炎は燃え上がり
月の都、最高指導部の人々のみが集まる一角にその部屋はあった。汚れることなどを考えてもいない白色のソファー、
艶やかな木目が切り出された天然の一枚板テーブル、シャンデリアライトすら飾られていないのに仄かに光を放つ、
ムーンサルト社製の発光壁。十把一絡げで扱われている下級兵士は言うに及ばす、高級士官の部屋よりも更に数段高い調度品がある場所に、
依姫は居た。彼女の部下が丁寧にグラスを机に置く。泡が薄く湧き出るエールは、部屋の照明に当てられて薄い黄色になっていた。
恭しく頭を下げて部下が部屋から出て行く。音も無くドアが開き一瞬廊下の空気が流れ込むが、すぐに扉は閉まり部屋は、
外から閉ざされた空間となった。誰か人を待っているのだろうか、炭酸が抜けるのに任せソファーに座っている依姫。
彼女を待たせる人とは何者なのだろうか。月の中でもほぼ最高の地位である役職に彼女が就いている以上、
その彼女よりも上位となれば、最早片手の指で数えられる程に限られている。
あるいは役職の上位者ではないのだろうか。そうなれば彼女と親しくしている人物はそれ程いない以上、未知の人物となる。
もしも公式な仕事ならば、月面中央司令部の一室が使われるであろう。あらゆる情報にアクセスできるように端末が置かれているし、
あそこの照明は何時も抜けるような真っ白であった筈だ。そして殆ど有り得ない話しであるのだが、盗聴を気にするのであれば、
貴賓室に行くべきであろう。二十四時間体制で戦術兵器に分類されるカテゴリーBのライフルを担いだ護衛が扉の前に張り付いているが、
そこにうかうかと入り込むスパイはいない。以前に月面基地に滞在していた地上の侵入者すらも、この区域には一歩も入り込めていなかった
筈である。もっとも、幽霊に足があるかは微妙な問題ではあるが。
ふと、一瞬、空気が揺れた。部屋の壁に穴が空き、何かが紛れ込んだ様な感覚。その刹那の間に依姫は立ち上がっていた。
今の瞬間に誰かが部屋に来たのだろうか。いつの間にか室内には依姫以外の人物がいた。深く被られた帽子の所為か、その人物の顔はよく見えなかった。
相手が来るなりに嬉しそうに抱きつく依姫。薄暗い室内で身を任せる彼女の姿は、まるで恋人に会った姿のようであった。
依姫の体重が相手に掛かり、腰に回された腕が依姫の柔らかい体に沈む。後ろに纏めたポニーテールをずらし、キスをせがむよう
首筋を見せつける彼女。相手の顔が依姫の首に近づき、赤い花が咲いた。
「どうだ、○○。」
依姫が声をあげた。目の前にいる相手に囁くような小さな声でなく、部屋の中に通るような声で。そして後ろの棚の中に隠れている自分にも、
はっきりと聞こえるように。思わぬ言葉に心臓が止まる。全てバレていたのだろうか。計画に穴が生じたことで頭が混乱し、息が乱れてくる。
手が震え握っていた物を取り落としそうになり、慌てて強く握り込んだ。
「出てこないのか?出てこないのならば、このまま私は抱かれるぞ。」
再び依姫の声が響き、視界に火花が散った。大きな音がするのも気にせずに扉を強引に開けて、気が付くと依姫に向かって駆けていた。
腕を振るのに合わせて、手に持ったナイフが息をするように脈打つ。振り返ろうともしない依姫に向けて、そのままナイフを振りかざした。
彼女の首筋に残る赤い跡が、いやに目に付いた。
思いっきり叩き付けたナイフは、依姫の肌の上で止まっていた。手品のような超常現象を起こされたことに驚くが、ナイフを引き戻して
再び振るおうとした。無理に動かそうとした筋肉に衝撃が走る。右腕はナイフごと、何かに固定されて動かなくなってしまっていた。
「フェムト、それは須臾による時間の積み重ね。認識が出来ない限りなく細い糸により編まれた糸は、決して穢れが付かなくなるわ。」
「姉上、やはりその説明では地上の者は分からないのではないですか。」
「あらあら…そうかしら?」
部屋が明るくなり、室内に居た人間の顔がはっきりと見えるようになった。依姫に抱きついていたのは、豊姫様であった。彼女の指の先が僅かに光る。
恐らくはあそこに何か仕込んでいたのであろう。現代でも再現できていない科学には、相変わらず驚かされるばかりであった。しかし最早、
どうでも良いことであった。最高指導者の寵愛を受けながらも、嫉妬によってその相手を殺そうとした者に、人間らしい明日がある訳が無いのだから。
「馬鹿者め。」
依姫の腕が振られる。顎に丁度良い角度で当てられた拳は、上手い具合に意識を半分だけ刈り取っていった。腕だけが吊り上げられたまま、
顔が床に叩き付けられる。最悪な事に、奥歯に隠していた薬が転がっていくのが見えた。目敏く見つけた依姫がカプセルを回収する。
中身が零れていないかチェックする依姫。数秒眺めて得心がいったのか、上着の内ポケットに仕舞いこみ、カプセルの代わりに筒を取り出した。
「念のために打っておくか。」
首筋に針が刺さる感覚がして、数秒後には何か熱いものが体に流れ込んできた。血流を通って全身に流れる薬。ぼやけていた意識が鮮明になった。
依姫に襟首を掴まれるようにして、猫のように軽々と持ち上げられた。
「どうだ○○、大丈夫か。」
「……。」
「そうか、最悪か…。私は最高だがな。」
こちらの憎しげな視線をものともせず、上機嫌な依姫。殴られたためか口の中が無性に熱かった。
「ふふふ…、まさか全部お見通しだとは思ってはいなかっただろう?折角私の目を盗んで一時間も前から隠れていたのにな?」
そこまで知られていたのならば、襲撃はお見通しだったのだろう。依姫はなおも話す。
「それにどうしてあのナイフを選んでいたんだ。ああ…勿論、私が使っていたからナイフだからだろう?嬉しいな。しかし神を宿す巫女に対して、
只の刃物とは無謀が過ぎるぞ○○。横にわざと置いていた月兎の下級兵が使う豆鉄砲の方が、よっぽどマシだったのにな。
いくらそうなるようにしていたとはいえ、それではいけないぞ○○。」
「どういうことだ……。」
「ははは…。全て仕組んでいたことさ。○○。お前の嫉妬を煽るために、全て…全て仕組んでいたのさ。疑念が浮かぶようにお前の前から、
逢い引きができる位だけ消えるようにして、わざわざ姉上に協力してもらってキスの跡を付けておいて…。そうして跡がお前に見えるように、
過ごしていたんだからな。お前の嫉妬に歪む顔がとっても良かったぞ。最高だ。」
「何故だ。何故そんな事を!」
「私が依り憑かせる姫だからさ。お前に嫉妬の炎を憑かせ、永遠に私の隣で燃えさせるのさ。人間のお前が燃え尽きることなど心配しなくていいぞ。
八百万の神の力をもって私が離さないのだからな。ふふ…素晴らしいなあ。ずっと二人だけでいられるのだから。姉上の様に取り込んでしまって、
一つになることがなく、常にお前は私の隣にいるんだ。私に…私だけに愛を向けてな!」
>>383
静かな対決というのがいいですね…。冷静になっているんだけれども、その実
切れているよりもえげつないという。
>>390
ドロドロの沼に嵌まっていきそうな感覚がしてきました。命綱が切れそうで
切れないような。乙でした。
>>393
たぶん○○は、依姫様のところから逃げたいと思っていたはずなのに
策略があったとはいえ、依姫様に執着してしまった時点で。同じ穴のムジナになってしまった
この嵌められたという感情を清算しない限り、○○は逃げるにしたって敗残兵のように逃げざるを得ない
恐らくそれは嫌がるだろうから……うわぁ、ドツボだ
次より、>>390 の続き。権力が遊ぶときの5話を投稿いたします
ナズーリンは約束通り、夕刻頃に来てくれた。その時間にはもう、寺子屋の仕事も一段落しているので上白沢慧音はもちろん。
無理矢理仕事に一区切りつけた稗田阿求も、尾行の結果わかった事を稗田○○が伝える場に、なとしてでも参加していた。
ナズーリンは始め、この人里の有力者が大方集まっているこの場に、1人でいなければならないと知って。
稗田○○に頼めばいいと言ったっきり、厄介事から全力疾走して逃げだしたマミゾウの事を。
恨みたいではなくて、ついに恨みだしていたが。
稗田○○と上白沢旦那が行った尾行の結果を聞くに及んでは、そんなちっぽけな苛立ちは、霧散してどこかに消えてしまっていた。
「物部布都だと!?あの男、他に女が所の話じゃないぞ!?」
しばらく頭を抱えて、何かいろいろ考えて。少しはましな事をしゃべろうとは、ナズーリンも努力はしていたが。結局出せたのは、通りいっぺんの、ありふれたものでしかなかった。
「ただ仕事を貰ったから程度では無さそうなのが、更に深い根を感じさせます……所でナズーリンさん、件の男性が歩荷という事はご存知でしたか?」
「……いや?まぁ、歩荷だと言われても何となく納得出来るな程度だよ。体力はあったからな」
ナズーリンは件の男の職業が歩荷だという事に、知らなかったが知っても以外とは思わない程度の軽さだが。
稗田○○は少し引っ掛かり、考えるべきことのように扱っていたが。それ以上は話題にしなかった。
一応、調査の役に立つかもしれないので聞いておくぐらいなのですが。命蓮寺と神霊廟の関わりは、今はどれぐらいあるのですか?
「……うーむ」
○○からの次の質問に、ナズーリンは考え込むような顔を作ったが。芳しくない事ぐらいは分かる、そう言う表情であった。
「まぁ……往来で不意に出合った時に、会釈をする程度かな。豊聡耳神子は威厳があるし、聖は元々がお人よしだから簡単な挨拶ぐらいはする。
それ以外となると、物部布都は『ああ……』程度の声を出すぐらい。蘇我屠自古は、目線すらあわさないな。
青娥は挨拶……っぽい文章を言うが。裏は知らん」
青娥の事が、ほんの一瞬だけれども話題に上った時。稗田○○が横目で明らかに、稗田阿求を気にした。
不覚にもナズーリンは神霊廟に置いてもっともうさんくさいうえに、恐らく最も色気を武器にしている存在の名前を出してしまった事に、ようやく気づいた。
少し、稗田阿求の目が泳いでいる。上白沢慧音は幸いにも――彼女は自分の肉体に自信があるからだろう――阿求の方を気にするのみで。
ナズーリンを非難と言う事はしなかった。
「どうやら」
しかし阿求の眼は泳ぐのみで、耐えようと努力しているという事はナズーリンを非難していないと認識したのだろう。
この場の指揮者としての立場を、稗田○○は自分に集中させようと動いた。
どうやら助けられたらしい。
「つまりさほど交流は無いと……どちらも刺激するのが得策では無いとは考えているから。距離を取って信者の獲得合戦の身に注力していると
神霊廟は飲み屋の多い盛り場で、命蓮寺はやや真面目ですがそれでも大道芸や屋台を黙認する程度には集客に力を入れている」
稗田○○はやや長々と喋ったが。それが無理矢理捻り出してくれた事ぐらい、ナズーリンは理解せねばならなかった。
「ああ、ああ。そうなんだ。ついでに言うと、屋台連中の認可作業や設営は、命蓮寺が全部何枚か噛むようにしている。
何もしないわけにはいかないが、野放図にやって馬鹿騒ぎを広げたくないと言う聖の考えだ」
ナズーリンも、稗田○○から目線で『何か喋れ』と圧力を加えられなくとも、この場においては何か喋るしかなかった。
例えそれが、さっき確認した事などだったとしても。繰り返しだったとしてもだ。
だからナズーリンは、件の男について知っている事を。例え稗田○○がもう調べていたとしても、喋り続ける事にした。
うさんくさい女の影が、青娥の影が薄くなるからだ。
「件の男だが、小規模ながら屋台村を認可するにあたって、屋台の管理も命蓮寺が噛む以上。そうそうみすぼらしかったり派手すぎる屋台は、聖が嫌がった。
なので、もういっそのこと命蓮寺で立ててしまおうと言う結論に落ち着いた。
件の男は、その際の業者の1人で。なるほど稗田○○が調べたとおり、歩荷だから必要な荷物の荷運びをほとんどやっていたが。
自分の事を便利屋程度には認識しているから、屋台程度なら中々手際よく立てていたし。
簡易なものとはいえ、屋根材を持って上まで運んだりもしていた。
その時はまだ、一輪も件の男の事は。出入りする業者や手伝ってくれる人の1人程度の認識でしかなかったが……
なるほど、今思えばわかった事がある。特にどこかの信者と言う訳でもないのに、聖やうちのご主人、寅丸星の話を真面目に聞いている理由が分かった。
歩荷なら、恐らく山にも頻繁に足を踏み入れているはずだからな。山に携わる人間は、基本的に信仰心が強い割合が高い。
……それで、屋台村のような物が出来上がった後も。屋台が安全に立ち続けるように、保守点検や整備は必要だし。
命蓮寺だって、毎日いろいろと必要な物は出てくる。件の男は命蓮寺の事を気に入ったのか、その後もたびたび仕事に来てくれるようになったが……
ここで終わってくれれば良かったのだがな。段々と一輪の動きが、彼女らしくない落ちついたものに。
無理に変わろうとしていたし。その上、相場以上の金を件の男に渡していたから、今回依頼すると相成ったわけなのだけれども……
物部布都が一輪の恋敵とはなぁ…………」
ナズーリンが喋りつづけたお陰で、青娥の影は徹底的に希釈されてくれたけれども。それはそれで、物部布都と言う、厄介な存在がまた色濃くなってしまう。
しかも彼女は、少し悪女の気配があると稗田○○は感じていた。
「物部布都さんは、歩荷である件の彼を人気者に仕立てて……何を運んでいるかまでは、周りの歓声が酷くて調べられませんでしたが。何か、売り物?を運んでもらっているようでしたね」
「ただの売り物では無いのだろうな」
人里のど真ん中であんなことをやっているのだから、少々吹っかけて入るかもしれないが、それでも物騒な物では無いだろう。
だとしてもやっぱり、疑問は出てくるので。稗田○○にしてもナズーリンにしても、どこか疑問符を付けざるを得なくて。
イライラとまでは行かないが、モヤモヤして落ち着かないと言うのが正直な感想であった。
「まぁ、一日で終われるとは到底思っていませんでしたから。また明日も動き回りますよ」
至極真面目な顔を浮かべてこそいたが、お茶を飲む際の稗田○○は少しばかり隠せていなかった。
やはり依頼があると言う状況が、楽しくて仕方ないようだ。
「稗田様、九代目様……込み入ったお話の最中に、誠に恐れ入りますが。九代目様のお耳に入れておきたい事がございまして」
「何でしょう?」
稗田○○の方も、今日の尾行で手に入れた情報は、全てナズーリンに伝え終わったから。
ナズーリンの方も、人里の最高権力と最高戦力と同じ場にいては。お茶の味すら分からなくなってくるから。早く帰りたかったが。
そうすぐに、言葉をはさめるような状況ではなくなってしまった。
稗田家の奉公人が、何事かを伝えに。九代目様である稗田阿求に、メモ書きを渡しに来た。
和室の客間であるから、縁側からも廊下からも出ていけるけれども。それがやれるほど、神様や鬼では無いナズーリンには、それは荷が重かった。
それに、稗田阿求が見ているメモ書きをごく自然に稗田○○も覗いてきたし。阿求も阿求で、二人で見るような体勢をつくっている。
今立ち上がれば、夫妻の事を邪魔してしまう。
ただでさえナズーリンは、うさんくさいうえに肉体的魅力の高い青娥の事を。
肉体的魅力に関しては、低いと言わざるを得ない稗田阿求の前で。一線の向こう側の中でも特にの人物の前で、出してしまった負い目がある。
黙ってお茶をすすりながら、時間が過ぎる事を待つしかなかったのだが。
「もしかしたら、少しは運が向いているのかもしれない」
稗田○○が、ナズーリンの方を向きながら意味深な事を呟いてきた。どうやらナズーリンは、まだ帰れそうになかった。
どうせ明日も来ると分かっているから、それに関しては覚悟を決めているのだが……長引きそうな気配にはうんざりした。表には出さないが。
「阿求。偶然とは思えないよ、これは。だって今日の今日だもの。うん、気になる、ちょっと会ってみよう。ああ、ナズーリンさんすぐに戻りますので」
そしてやっぱり、稗田○○は立ち上がりながらも。ナズーリンを引き留めるような言葉を出した。
ナズーリンがうんともすんとも言う前に、稗田○○は出て行ってしまった。もうこれは、彼が帰るまで待つしかない。
だが思いのほか、稗田○○はすぐに帰ってきた。
「ナズーリンさん、ご安心ください。蘇我屠自古さんは、ナズーリンさんと同じ方向を見て、同じように今の状況を懸案だと考えていますから」
ただし、蘇我屠自古を連れて。これだったら、話がさほどうまくいかなかったと言われたかった。
そう思うべきなのか、それとも。二つ返事で付いてきたであろう蘇我屠自古を恨むべきなのか。
ナズーリンとしては、どちらを主にして考えればよいのかよくわからなくなってしまった。
続く お手すきでしたら感想の程、よろしくお願いいたします
>>398 からの続きとなります
「さぁ、さぁ。蘇我屠自古さん。こちらへお座りください」
話が徐々に大きく――そして面白く――なってきたと稗田○○は思っているのだろう。
○○は率先して、蘇我屠自古の分の座布団を用意して、そこに座るように促した。
上白沢の旦那は、少しばかりこの屠自古と言う女性に同情と言う物を覚えた。
稗田家と言う物を、神霊廟なる秘密の場所に自由に出入りできるほどの。求聞史記にその名を連ねられる程ならば。
稗田○○がどういう位置にいるかは、本能で理解できているはずだ。稗田阿求が稗田○○にどれほどの狂おしい愛を注いでいるかを。
避けるべきだ、稗田○○に何かをやらせることなど。ましてや蘇我屠自古は女性、そして稗田阿求よりも肉体に魅力がある。
稗田○○が蘇我屠自古に用意した座布団の位置は、よりにもとってナズーリンの隣であったが。
少しは、あまり仲の良くない神霊廟と命蓮寺の面子が横並びに座る事に、蘇我屠自古はたじろいだが。
ナズーリンが懇願するように、自分の隣を勧めてくれたのもあり。すぐに稗田阿求の機嫌を悪くしてはならない事を思い出した。
「さて、場は整った」
蘇我屠自古がナズーリンの隣に座った事で、話を更に深く進められる体勢が出来て、稗田○○は若干愉快そうであったが。
ナズーリンも蘇我屠自古もただひたすらに安堵、稗田阿求の目線がまだ探る程度、致命的ではなかったからだ。
しかし二人とも、まだ警戒心は解いていない。どちらもまだ会話をしたわけでは無いが、自然と二人とも同じ行動を。
衣服の胸あたりをきっちりと、留めるしぐさを見せた時。上白沢の旦那はいくらばかりかの苦笑を見せた。
しかし上白沢慧音の座り位置が、旦那の方に近づいたのを見るにあたっては。
どうやら上白沢の旦那が一番冷静なようだが、嫁である上白沢慧音がこの有様では、やはり、名探偵に頼るしかなかった。
精々、上白沢の旦那が自発的に助け船を出した時に。有り難いと思う程度しか出来なかった。
「何か、伝えたい事があるはずだろう?」
この短時間でナズーリンの喉は乾きにより痛いぐらいであったが、こちらが協力的でなければ。
稗田○○はともかく、稗田阿求の動きが怖い。そもそも乗り込んでいる時点で、しかもお互いが所属する組織には内緒で。
それだけを取って見ても、ナズーリンと屠自古の立場は酷く悪い。
「ああ、喋るよ。お2人は今日、広場で神霊廟の布教活動と言うかお祭り騒ぎを見に来ていたが」
だから蘇我屠自古も素直に喋り出してくれたけれども。
やはり、稗田○○と上白沢の旦那がいきなり現れて、何かを確認したら深刻そうな面持ちで帰る事になった原因と言うか切っ掛けを。
屠自古は横合いに座っているナズーリンに目を向けたが、早く終わらせたいと言う判断が勝って、話を続けた。
「うちの布都が鳴り物入りとでもいわんばかりに入ってきたら、急に深刻そうになりながら帰ったが?あれは何があったのだ?
いや、実を言うと私も布都に対して不味いんじゃと言う思いを抱いていて。そうは言っても同じ神霊廟の面子だから。
最悪の場合、第三者であるそちらに依頼と言うのは、まぁ、頭の片隅には合ったが。正直布都が何をやったか心配でな
それで来てみたら、命蓮寺の面子が先に依頼をしていたから。そして連れてこられた
この話、大分こじれているのか?」
始めは言葉を選びながらではあったが、徐々に蘇我屠自古も、全く同じ時に何らかの危機感を覚えて稗田○○に依頼をしに来たと言う事実に。
偶然である物かと言う考えが勝ってきて。ともすれば命蓮寺と神霊廟の激突にまで屠自古は思いを馳せる事が出来た。
「ええ、まだ表面化はしていませんが。こじれにこじれています。でも、相反する二つの勢力の、そこそこ以上の立場にいる構成員が。
同じように危機感を抱いてくれているのは、まだ運が尽きていない証拠です。何とか出来なくもない、今ならまだね」
○○はそう言って、ナズーリンとまだ何も知らない蘇我屠自古を励ましたが。
件の男、命蓮寺と神霊廟の施設に出入りして。歩荷やら屋台の組み立てと言った力仕事に従事しているだけならばともかく。
命蓮寺からは雲居一輪、神霊廟からは物部布都。この二人から同時に惚れられていると言う事実を聞くに及んでは。
先ほどのナズーリンと同じく、蘇我屠自古は頭を抱えた。
「しかしまぁ!」
けれども頭を抱えて唸っているナズーリンと屠自古の事を、○○は意図的に無視しているのか。それとも今が楽しいからなのか。
相変わらず議事進行の速度に停滞などと言う物は無かった。
「危機に行く手間が省けました!蘇我屠自古さん、件の男ですが、どういう経緯で神霊廟の仕事を……と言うよりは物部布都さんの仕事を手伝うように?」
「ああ……」
蘇我屠自古は、供されているお茶を一思いに飲み干して。気付け薬の代わりとした。
だが気付け薬が欲しかった最大の理由は。
「分からないんだ。いつの間にか布都の奴、男に入れ込んでいた。
それも一人で愛でるのではなくて、あんな風に人気者に仕立てて、その近くに入れる愉悦を楽しんでやがる」
「やはりあの熱狂っぷりは、物部さんの演出が多分に含まれているのですね……」
幸い稗田○○は、自分の予測が一つ当たっている事を確認できて、気を良くしたのみだったが。
稗田阿求は、少し、考えた後に。
「明日も調査に出かけられますか?○○」
「もちろん!分からないことだらけだ、物部さんが歩荷の男性にあそこまで入れ込む理由が分かれば。もしかしたら雲居さんの方もわかるかもしれない」
夫である○○に質問をしたら、動き回れることと、頭を使える事に機嫌の良さがやや前のめりであった。
これでも隠そうとしてくれているのだろうか?と言う疑問は稗田阿求以外の全員が思っていたが。
ナズーリンと蘇我屠自古は、立場的に言えるはずも無く。
上白沢夫妻は、そもそも稗田阿求のこの性格と言うか、○○に対するつんのめるほどの協力と支持を。
こいつに水を差す方を強く恐れていた。なので、誰も何も言わない。
「おう……鬼の、星熊勇儀?地上の遊郭でも遊ぶのじゃな」
「おお!仙人、で良いんだよな?物部布都。珍しい顔と会えたねぇ!」
「まぁ、その認識で構わん」
稗田邸にて、命蓮寺と神霊廟の一構成員程度の間ではあるけれども。いくらかの連帯感を得たころ。
場所は遊郭街であった。仙人の物部布都と鬼の星熊勇儀、この2人が図らずとも出会い。
「ところで物部とやら。随分な荷物だなぁ……一人用とは思えんな。アタシがお気に入りにお土産持っていくときみたいだ!」
物部布都の方はどうか分からないが、星熊勇儀の方は、一線の向こう側とは言え女性であるはずの物部布都が。
大量の荷物を持って、ましてや遊郭街を歩き回っている事に。ただ純粋な興味を持った。
「――――そうじゃのう」
勇儀の方は、天狗のブンヤと違って別に裏の意味だとか。そう言う腹の底は一切ない。何故なら幻想郷の鬼だから。
しかし布都の方は、何かを考えていた。
「やれやれ、仙人様は頭が良い事は良いんだがね」
勇儀がやや茶化すが。勇儀の両横には遊女がおり、後ろにも遊女や板前が付いてきていた。
その上一升瓶を飲みながら歩いているので、上機嫌この上なかった。しかし酒が入っている以上、下手は打てない。
しかし布都の考えは、もう少し楽観的であった。
「まぁ、いずれはバレると言うか……バラす必要があるからのう…………最初に見つかったのが、命蓮寺の入道使い以外では鬼の勇儀なら。
真っ直ぐにも程があるおぬしなら、真摯ではあるか。実は意中の男がおってのう、その者には良い目を見て欲しいのじゃ」
「ほう」
布都の呟きの最初の方は、鬼の事を揶揄(やゆ)するかの口調だが。嘘が嫌いな幻想郷の鬼の性格を、布都は把握できていた。
「恋敵がいるのじゃ。厄介でのう。それで我も、手段を選んでいられなくて……思いつく限りをのう」
意中の男の事も、恋敵の事も。本当の事しか言っていない。そして布都が男に恋していて、色々とやっていると聞いて。
勇儀は、自分の後ろをついてきて。今日の料理に使うであろう食材を抱えている、板前の方を向いた。
その顔は、何かを愛でる様な顔つきであった。
それを布都は見逃さなかった。
「良い目も見て欲しいし、守りたいと言う欲もある。自慢げに聞こえるかもしれんが、大抵よりは強い自信がある」
「守りたいと言う欲か。そう、うん、そう言う欲。案外好きではあるね」
「しかし、どうにもややこしくなりやすい」
「ああ!分かるよ!お互い、強いのは良いんだがね!!」
「おぬしみたいなやり方が出来ればそれも、武器にしてしまえるのだがのう」
最後の布都の呟きは、若干、かみ合っていなかったが。
布都の視線が、勇儀の顔では無くて。それよりやや下の方にある事を見抜ける存在がここにいれば。
物部布都の気にしている事にも、思いを至らせることが出来たかもしれない。
続きます
お手すきでしたら、ご感想の程、よろしくお願いいたします
魔理沙「○○って何で外に帰らないんだ?」
○○「そうだな、今の生活と外での暮らしを天秤にかけた結果だろうか?」
魔理沙「マジか。私にはお前が哀れに見えて仕方ないけどな」
○○「魔理沙お前、首にナイフ当てられてる状態でよくそれを口にしたな」
魔理沙「乙女は度胸だぜ」
咲夜「度胸と無謀は違うわよ。私が腕を引くだけで死ぬだけの盗人風情が」
魔理沙「そうしたら○○はお前にどんな感情を抱くだろうな?」
咲夜「ちっ……」
レミ「いやいや、生きてさえいれば薬師がなんとかするでしょ。というわけで私右手」
フラン「じゃあ私右足」
パチェ「左足」
美鈴「では押さえ役の咲夜さんに代わりまして私が左手ですね」
魔理沙「……○○助けてくれ。こいつら思ってたよりヤベェ」
○○「はぁ……皆、ステイ」
レミ「冗談よ、今はね。で、○○の何が哀れだって?」
魔理沙「こんな所でお前らに囲われてることがだよ」
レミ「ごめんね○○。冗談じゃなくなったわ」
○○「はえーよ……それで、魔理沙。お前は俺の境遇が不満なのか?」
魔理沙「逆に聞くが○○は現状に満足してるのか?広いとはいえ館に閉じ込められて、こいつらに愛を囁く生活でいいのか?自由への渇望や、外の世界への望郷の念は無いのか?」
○○「望郷の念については無いと言えば嘘になるな」
魔理沙「そうだろう?」
○○「けど、俺は今に不満は無いかな」
魔理沙「な……」
○○「魔理沙は俺を哀れだと言ったが、ならお前は幸せなペットと不幸な野良のどちらを哀れむんだ?」
魔理沙「人間は畜生とは違う。何よりお前は外を知っている」
○○「放し飼いのペットも、飯や寝床はより美味かったり快適な場所を選ぶんじゃない?それに人間だって辛いより楽しい方を好むし、不幸より幸せな方がいいって奴の方が多いと思うぞ」
魔理沙「っ……けど!!」
○○「とまあそれっぽいことを言ってみたけど、俺が外に帰らない理由は他にある」
魔理沙「……なんだ?」
○○「俺が帰ったら皆が泣くから」
魔理沙「は?」
○○「外に帰ってやりたい事、会いたい人、食べたいものなんて沢山あるけど、皆を泣かせてまでの欲求かと問われれば違う。これが理由かな」
魔理沙「……はは、惚気かよ」
○○「悪いな。けど事実だ」
魔理沙「うへえ、私ただの嫌な奴じゃん」
○○「いや、魔理沙の義憤は友人として素直に嬉しかったよ。ありがとな」
魔理沙「やめろよな。お前がそういうこと言うから咲夜が刃当ててきてる」
○○「咲夜、ステイ」
咲夜「はい」
魔理沙「はーやれやれ。じゃあ、友人の平穏は確認できたし私は帰るよ」
○○「もう遅いし泊まっていけばいいのに」
魔理沙「やだよ。五体満足で朝日を拝める気がしないし……何より馬に蹴られたくない。またな」
○○「おう……って、馬?」
レミ「魔理沙の奴、よく弁えてるわね」
咲夜「そうですわね。私達が限界だって分かっていたようですし」
○○「え?限界」
パチェ「あら、あんなに情熱的なことを言っておいて惚けるの?」
フラン「私達の涙にそんなに価値を見出してくれてたのね。とってもとっても嬉しいわ」
美鈴「私、今なら死んでもかまいません」
○○「え、ちょ、皆、なんで服脱いで……ていうか柔らかいものが当たって──」
「「「「「当ててんのよ」」」」」
○○「う、うおあああああああああああ!!」
小粋な台詞回し好きだわあ
燃える炎
月の中央に位置する大講堂では、今まさに指導部による議論が交わされていた。国内の重大事案を
話し合う場であるこの講堂には、年一回主だった首脳部が集まり色々な物事が決まっていく。
議事通りに進んで行く筈の場において、唐突に依姫の声が響き渡った。
「私の○○が相応しくないと?」
「穢れた地上の人間など、果たして月に相応しいかと申しただけだ…。随分とただの人間に入れ込んでいるようだが、
貴殿は何か身に覚えでもあるのかね?」
依姫に向けて嫌らしく言う男。依姫とは遠い派閥である者にとっては、どのような事であっても攻撃を加える材料になるのであろう。
「成程…、つまりそういう事だな。」
立ち上がる依姫。腰に差した刀が抜かれることを予期してか、男を守るようにガード役が二人の間に立ちふさがっていく。
「あなたは○○が穢れているという。それは即ち、○○の側に居る私も穢れているということだ。ならば、
神に決めて貰おうではありませんか。公平、正大に。」
中央の広間に進む依姫。相手との間に存在している、議論の相手に剣が届かないようにとの信念を持って作られていた空間は、
この瞬間にその歴史的な意味を発揮していた。
「盟神探湯を行いましょうか。大神(オオミカミ)のお力によって。」
依姫が腕を上げると議事堂が真っ赤になった。突然大きな炎が講堂の真ん中に現れていた。燃えさかる炎が依姫と男と赤く包む。
周囲にいた人は慌てて後ろへと逃げていくが、不思議と彼らは熱は感じず、服も焦げていなかった。
「さて、如何ですか?」
依姫が男の方へゆっくりと歩いていく。炎に全身を包まれている筈なのに、依姫の足取りは確かであった。
護衛と共々すっかり運命を共にしていた男の下へ依姫が辿り着くと、炎は急に消え去った。
火傷一つ無い腕で、男の一部だった物を持ち上げる依姫。黒い塊が崩れ、炭が僅かに零れ落ちた。
この場にいる者に審判の結果を見せつけるように掲げる依姫。
「さて、私と彼、どちらが正しかったか…お分かり頂けましたでしょうか?」
誰一人として、彼女の質問に答えようとする者はいなかった。
>>401
闇の中で登場人物がもがく程、先が見通せなくなっていく気がしました。
緊迫感がいいですね。
>>403
仲が良さげな雰囲気ですね。紅魔館内だけは安定しそうな…
>>403
ラブラブですなあ
あなたの作品はキャラのやり取りが面白いし、その面白さに病みが溶け込んでいて好きだ
>>405
依姫に敵対してはいけない(戒め)
>>403
もう○○は紅魔館から出ないでくれ……外出時も紅魔館の誰かと一緒にいてくれ
下手に○○が離れると、間違いなく爆発する
そうか、○○は安全装置だったのか……
>>405
穢れってなんなのだろうか……穢れを嫌って月に行ったというけれども。
下手な地上人よりもドロドロした世界じゃないか
次より>>401 の続き、権力が遊ぶときの7話を投稿いたします
ナズーリンと蘇我屠自古が深刻そうに会話をしつつ、帰路に付いて行くのを見送りながら。
上白沢夫妻も、自分たちもそろそろ帰ろうかとした折に○○が。
「それじゃあ、明日は昼ごろにそっちに行くよ」
等と、まったく悪びれもせず。またうそぶくような態度も見せずに、あっけらかんと言ってのけてきた。
「……分かった」
明日も寺子屋はあるのだがなと思いつつも。うそぶく様子すら見えない○○には、コイツは大真面目なんだなと判断する他は無く。
素直に首を縦に振るほかは無かった。
帰り際、妻である慧音が少しばかり謎かけのような物をしてきた。
「稗田阿求は、稗田○○の求めと願望に対して。唯々諾々(いいだくだく)と従っているが。何故だと思う」
「判断するための材料が足りなさすぎる」
明日も付き合うのかと言う、苛立ちとまでは行かないが。めんどくさいと言う思考が、上白沢の旦那から投げやりな返事を紡がせた。
「--お前は実際的な。幻想郷にしては珍しい、唯物論的な人間だからな。最後の『最期』を迎えても『遺せる』物に対して、無頓着だから」
少しばかり慧音が悲しそうな表情をしたが、それは少しだけで。すぐに何かを懸念するような表情に変わった。
「明日は昼まで寝てても、稗田○○が来るまで寝ても良いぞ。そもそも、朝に起きれないはずだからな。久しぶりに思い出させた方がよさそうだ。
ここ最近、人間以外との付き合いが多かったから。マヒしているのかもしれんな」
慧音のその言葉の意味を、上白沢の旦那は最初こそ図りかねていたが。
寝入りばなに、慧音に押し倒されてそのまま夜が白み、薄紫色の空が見えるまで寝かせてはくれなかった。
残念なことに、上白沢の旦那はこの時になってようやく。『久しぶりに思い出させた方が』の言葉の意味を理解できた。
上白沢慧音は、人間では無いという事を久しぶりに思い出せた。半分しか妖怪じゃないのではない、半分とは言え妖怪なのだ。
朝になって、ゆるゆると起き上がりながら。朝風呂を慧音の手伝いで浴びせてもらっている時も。
慧音の体力はまるで尽きてなど折らず、いつもと同じように溌剌(はつらつ)としていた。
これでいてさらに上が人里の外にはいると言うのが驚きであるが。
それでも人里においては慧音が最高戦力と認識されているだけの事はあった。体力だけを取って見ても、人間の倍どころでは無い。
幻想郷の人間は、ともすれば妖怪に恐怖し、神や仏を崇める『義務』を背負っているが。
唯物論的な自分は、お守りの効能やバチの存在を疑い足で踏んづけたり地面に叩きつけて『実験』してしまうような自分には。
こうやって、組み敷かれると言った状態を、定期的に味わう必要があるのかもしれなかった。
けれども慧音は酷く優しかった。
結局一晩寝れなかったが、慧音が与えてくれた妖怪に対する理解は。甘い毒の形で与えてくれた。
毒である事は慧音も理解しているから、せめて甘い形にしてくれたのだった。
つまるところ、上白沢の旦那だって男なのだから。その点をついてくれたのだった。
実際、興が乗ってしまい。求めたら応えてくれた。それが一番の証明だろう。
「上白沢先生から聞いたよ。どうやら、お楽しみだったようで」
簡単な朝食を取り、布団に優しく寝かしつけられた後。意識が戻ったのは、○○から茶化すような声を掛けられた時であった。
「おはよう……って時間でもないけれども」
恥ずかしい場面を見られたこともあり、勢いよく起き上がったのであるが。時すでに遅しである。
朝では無いけれどもおはようと○○は言ってくれたが、笑い出しそうになるのを懸命にこらえている姿であった。
どうやら悪くは思われていないようであるが、だからこそ余計に上白沢の旦那は恥ずかしくなってしまうのである。
これでも、慧音から優しく布団に寝かしつけられた折には。昼前に鳴るように目覚ましを置いたはずなのだが。
周りを見れば、時計は無残に転がって。鳴動装置もしっかりと切られていた。
どうやら眠りながら目覚ましを切ってしまったようだ。
「例の歩荷だが、あれだけの荷物を一気に運べるのなら有名人だと思ったが。やっぱりそうだったよ、すぐに素性を知る事が出来た」
恥ずかしくなりながら、転がった時計や寝ていた布団を直していると。○○はこちらの意を汲んでくれたのか。
すぐ依頼の話に入ってくれた。上白沢の旦那としても、そちらの方がよほど有り難かった。
「気力は残ってるか?昼には少し早いが、どこかで腹ごしらえしたら、昨日の広場にもう一度行こう。今回は蘇我屠自古さんも協力してくれる」
回復ではなく、残っていると聞かれたのは。上白沢の旦那としても恥ずべき事であるが。
しかし実際の所であるのだから、反論は出来なかった。正直まだ少し疲れているからだ。
回復したとは言い難い。
「すまん」
実際、回復したとは言い難い事例にいきなりぶち当たってしまった。
着替えも食事も、疲労感からいつもよりゆっくりとした動きで。効率も悪い方法で行わなければならず。
その影響は、沸き立つ広場を見れば一目瞭然であった。
もう既に、件の男。雲居一輪と物部布都の両方から惚れられている。あの歩荷が、大量の荷物を持ってきたらしかった。
「並べぇ!並ばぬかぁ!!商品は逃げはせぬ!!」
相変わらず物部布都は、商品を求めて濁流のように向かってくる客に対して、しきりに叫んでいるが。
やはりどうにも、楽しんでいる風があった。
「しかし不思議なのは、歩荷が何故あんなにも英雄扱いされているのだろうか。彼が持ってきた商品は何だ?」
幸い稗田○○は、遅れたことに対してはあまり重大視はしていなかった。物部布都の愉悦と手腕に感心しつつも、目の前の光景を不思議だと思っていた。
「それはお前が稗田家の人間だからだよ。苦も無く手に入れられるからだ。稗田の代わりに山に入ってくれる専属の奴がいるだろうから」
○○が不思議がっていると横合いから声を掛けられた、この声は昨日聞いた。蘇我屠自古だ。
屠自古の横合いには、頭巾をかぶって顔を隠しているが。ナズーリンの姿もあった。
「あの歩荷は山のかなり深い所まで入って行って、そこで採取した……」
終わりまで言う前に、屠自古は客層を見て少しばかり呆れの笑いを浮かべた。
「特に、美容に効果があると言われるような薬草や。そんな薬草を使って作った、軟膏などを持ってきているんだ、あの歩荷は」
「なるほど……青娥さんは色気を出し過ぎていますから、女性人気は少なそうなのに。
女性客の多いのは、麗人である豊聡耳さんだけが理由では無いとは思っていましたが。なるほど、美容の為の商品を、あの歩荷は」
○○はしきりにうなずきつつ『その手があったか』と感心しきりであった。美容には疎い男性には、中々無い目線であるのはその通りであるが。
――恐らく稗田阿求は、美容にはあまり興味が無いだろう。昨日、慧音に一晩相手してもらった上白沢の旦那には。
残酷なまでに理解できてしまえる、上白沢慧音程の肉体と顔があれば、気にすることも。
稗田阿求の場合は、顔はともかく、室内仕事が主だから肌もきれいだけれども。
――――体に関しては。
ここまで考えて、昨日あれだけ相手をさせられていたと言うのに、上白沢の旦那の男としての部分が反応してしまい。
「○○、これからどうする?」
慌てて自分から話題を出して、自分の中にある感情を制御しようとした。
「そうですね……」
○○はちらりと、頭巾をかぶって顔を。それ以上に耳を隠しているナズーリンを見た。
普段ならこんなものせずとも歩いているはずだが、神霊廟の陣地と言う場所柄があるのだろう。
「ネズミを貸してほしいのか?分かったよ、貸すよ。正直、配下のネズミで調べようとは思ったが友人の事だから中々調べる気にはなれなかったが。話が違ってきた」
「ありがとうございます」
ナズーリンはすぐに、自分特有の属性を鑑みてくれた。ここまで言ってくれたのならば、ネズミを調査役として借りる手はずはもうついている。
「さて……ナズーリンさんからネズミを借りれたから。とは言っても、何もしないわけにはいかない」
そう言って○○は、近場の喫茶店に入って時間を潰そうと言った。
○○の推測では、あの狂乱が収まるにはまだしばらくかかるし。余りウロウロしていては、蘇我屠自古はともかく、他に気付かれるかもしれない。
第一、青娥と言う女は、阿求も上白沢慧音も。両方が嫌う属性を持った存在だ。
この最後の事を言う時だけは、○○は周りを気にしていたが。その気持ちはよく分かる。
○○は洒落たクッキーをあてにコーヒーを楽しみながらも、外の様子を見やって。狂乱が収まるのを待った。
狂乱が沈み始めた折を見て、○○は即座に動いた。始めから過不足なく、おつりを待つ必要も無い金額を用意しており、それを店員に渡すと同時に。
○○は素早く外に出向いた。まだ体力が戻っていない上白沢の旦那は、動きが一拍遅れてしまった。
「こっちです」
○○の事を見失いそうになったが、今更思い出した事で恥ずかしいが、稗田阿求が整えている、○○の為の護衛兼監視役が、案内してくれた。
「しめたぞ」
遅れたことを恥じていたが、○○は全く気にしていなかった。それよりも運が向いている事に嬉しそうだったが。
それがますます、上白沢の旦那を苛む。少しは苛立たれた方が、普通の反応だからそっちのが良かった。
「物部布都と件の男が一旦別れた。連れ立っていたら、ネズミに任せてしまおうと思ったが……上手くいけばあの歩荷の家が分かるぞ」
そう言いながらも、○○は足早に例の歩荷を尾行するので。しかも件の男は歩荷と言う職業柄だろう。
足腰が丈夫で、普通よりも早い足取りであった。○○はともかく、昨日一晩慧音に楽しませてもらった旦那にとっては。
少しばかりぜぇぜぇと言った声を上げてしまうほどの疲労感を感じざるをえなかった。
「急いで」
しかし○○は優しかった。昨日の事を理解しているのか、急げと命令調では言わずに。急いでと言う言い方だし。
その言い方も、嫌味だったり荒い部分は全くなかった。
――結局慧音の威光におんぶされて。しかも今回は、○○を見失いかけた時、稗田阿求の組織力に助けられている。
恥じ入るを通り越した惨めな気持ちが出てきたが、今は止まる訳にはいかなかった。それこそ目も当てられなくなる。
「……あそこが彼の家か。まぁ、あれだけの荷物が持てる、有名な歩荷だから。実入りもあるようだな。そこそこ良い家だ」
ようやく尾行が終わって、正直ほっとした。帰りは人力車を使いたい気分になった。どうせ稗田家が用意してくれると言う投げやりな気持ちもあった。
「最悪だ」
しかし○○は件の男の家を突き止めたと言う喜びは、すぐに霧散してしまった。
「物部布都はしっているのか……?この事を。知っているのならば、表に出ていないだけで、こじれている所では無いぞ」
「どうした?」
○○が素の顔に戻って、不安げな事を言う物だから思わず聞いたが。○○は煙突から立ち上る煙を指さすのみであった。
「つまり?」
疲れから、上白沢の旦那は少し頭が鈍くなっていた。
「飯炊きの煙だ!俺の調査では、あの歩荷は独身。1人暮らしだと言うのに、帰ったら飯炊きの煙がある!雲居一輪かどうかは確認するが……」
確認作業をするのは○○の慎重さの表れだが。
どう考えても、帰宅時の件の男の為に料理を用意しているのは雲居一輪だろう。
「何て奴だ……やれやれ、俺はあの歩荷に同情すべきなのか?それとも呆れるべきなのか?二重生活とはね!!」
それよりも当初の予想よりもずっと、この依頼のこじれ具合に。○○は頭痛すら覚えるのか、こめかみを押さえていた。
続く お手すきでしたら、ご感想の程よろしくお願い致します
似顔絵
そういえば、君、まとめサイト最近見た事あるかな?どうやら新しい機能が付いたみたいなんだけれども…
そうそう、それ。画面に色々な子が出てくるんだけれども、どうやらランダムで表示されるみたいらしいね。
でもさ、僕のパソコンでは結構よくあの子が表示されるんだ…。本当にランダムだったら、どの子も偏り無くってのは
無理にしても、大体は満遍なく表示される筈だよね。だけれども、僕がその子の作品を投稿しようとすると、
必ずその子が出てくるんだ。どうしてだろうね…?
当然僕も色々な作品を書くんだけれども、その子以外の作品を書いているとさ、何回かするとその内、
その子が出てくるんだよ。まあ、偶然って思うようにしているんだけれどね…。でもさ、その子を見ていると、
どうしても僕を見ているような気がしてきて…。なんだか悪いような気がするから、なるべく早めに作品を
書いてあげるようにしているんだよ。じっと僕の事を見ている、そんな気がするんだ…。
>>412
これはヤバい…まさかこうなるとは…
振り回される二人に同情。
>>413
>>413
へぇ…先輩が愚痴をこぼすなんて珍しいと思ったらそういう事があったんですね…
…あっ、そういえば俺も最近例のスマホアプリのすごろくゲームやってるんですけどね、あれ、Live2Dでキャラが動くんですよ、まばたきとか、身体の動きとか、なかなか良く出来てて見ていて楽しいんです。
…なんですけど、たまにそのゲームやってる途中他のタブ開く時とか、画面が固まる時、その時に限って半目になってる時が多いんですよね…なんていうか、こう、まるであっちから睨まれてる気がして…まぁ、たまたまって言われたらそれまでなんですけどね笑
それにしてもやけに回数が多いなって思って…すいません突然自分の話なんかしちゃって…あれ、先輩?どこ行ったんですか?あれ???先ぱ…むぐっ!
ヤンデレ×チョコというとだいたいやばいもん混入させてくるみたいなのだけど、死んでしまった○○に届けることのできないチョコを毎年作って墓に供え続けるみたいなのどうだい
チョコを作ってる間頭の中を後悔がぐるぐる回るのよ。
こんなことならもっと勇気を出しておけば良かったとか、陰湿なストーカーまがいのことのことをした時間を悔やんで悔やんで、その時間があればどれだけ彼とお話しすることができたかとか
ほんの些細な思い出が綺麗に輝いて、眩しくてボウルの中で捏ねてるチョコに涙が落ちるのよ
違うのにな、今度はほんとに美味しいチョコを作ってあげたいのにな
こんなに苦しいのに、悲しいのにどうしてチョコを作り続けるんだろう
それでもチョコを作ることを止めてしまったら、糸が切れるみたいに離れてしまうと思うからこれからもずっと作り続けるだろう
病みナズ バレンタイン編
…ふぅ、やっと見つけた。全く、私の用が無い時はいるくせに私からの用がある時に限って中々居ないんだな、君は。
…まぁいいさ、はい、これ、君にやるよ。…ん?何って…チョコだよ、包装を見たら分かるだろう?…ま、君みたいな冴えない奴にわざわざチョコをあげる酔狂がいるとも思えなかったのでね、可哀想に思った優しい優しい私が仕方なく君のために作ってあげたのさ。ありがたく思ってくれたまえよ。
…ふふっ…そんなに喜んでくれるなんてね…私も作った甲斐があったと言うものだよ。
…ん、なんだ、ポケットに何か入っているのか?
…ぇ…?…な…なんだいっ…それは…よっ…四つも…
…も、もらった…?本命…?え…?なんで…?まだ昼も過ぎてないのに…っ…お、おかしいじゃないか…だって…君は…私の…私だけの……………
…そっ、それで…っ…返事は…したのか…?
…して…ないのか…あ…あぁ…良かった…
…なら何も心配はない…くふふ、私は君に今返事をしてもらうことにするからね…ね、〇〇、どうなのかな…?
…もし…答えを間違えたら…くふふふ…私の家でちょっとした"教育"をしなくてはならなくなってしまうかもね…安心してくれ、私が責任を持って一生君の"教育"をすると誓うよ…
私と付き合ってくれるなら…ずっとずうっと私の家で一緒に暮らそうね…私の…私だけの〇〇として…ね♡今回の件で君に近づく悪い妖怪がいることがわかったからね…他の奴に盗られないように…閉じ込めておくんだ…私だけが君を愛せるように…君が私だけを愛せるように…ずっとずっとずっトずッとズット…♡
>>412 の続きとなります
上白沢の旦那にとっては、喋る必要が無いとも言えるが。見方を変えればこれは、特等席で舞台を見ているような物であった。
あるいはこの感情自体が、現実逃避の最たるものなのではとも考えてしまえるが。
「一つ目の疑問」
蘇我屠自古とナズーリンが、事態の進捗を知るため。また、ナズーリンの場合はネズミを借りるための。
ネズミはナズーリンの個人的な配下だから、円満に使うためのいくらかのすり合わせ。だけで終わってくれと。
屠自古もナズーリンも期待と言うか望むと言うか、祈ってすらいたが。
「この状況で激突が起こっていないという事は、雲居一輪と物部布都の間には、何らかの協定があるはず。その協定の中身」
件の男、ナズーリンと蘇我屠自古が台風の目ではないかと疑い。調査を依頼したあの男が。
もはや台風の目ですら無くなっている、もっと酷い状態にあるのには。
雲居一輪と物部布都が、上手い事かち合わないように件の男に愛情を向けていると知ってしまえば。
ナズーリンは天を仰ぎ、蘇我屠自古は昨日と同じように再び頭を抱えて、今日この時に至っては唸り声すらあげていた。
「二つ目の疑問」
しかし稗田○○も、この依頼が自身の財布の中身を横領された事件は別としても。
過去類を見ない程に、どうなってしまうか分からないと言う点が重くのしかかっており。
「あの男は何を考えている。一線の向こう側が分かっていないのは確実だが、馬鹿みたいに純朴なのか、あるいは二人の女に良くしてもらって有頂天なのか。
どちらにせよあの男は、自身の生業としている職業の世界では才能もあるようだが……」
目の前でもはや絶望にすら打ちひしがれている2人の依頼人の心情など、ほとんど無視しながら喋っていたが。
稗田○○としても、この一件はもはや依頼云々が関係なくなった。そう認識していたので、依頼人がどう言おうが調査せねばならなくなった。
「三つ目の疑問」
目の前にいる二人の依頼人の様子とはお構いなしに、稗田○○は喋り続けるが。
ここまで来たらもう、これは、依頼人への説明と言うよりは。自分自身が状況を確認するための反芻(はんすう)のような物であった。
「二人ともが協定を作成する事に同意したのであれば……どちらともが、切り札と思っているやり方が存在しているはず
――最も恐ろしいのは。どちらかがこの切り札に痛恨の一撃を食らった時だ」
一通り喋った後、○○は少しばかり黙ってしまったが何もやっていないはずが無かった。
傍らにある帳面の中身を、あちらこちらと検め見て。何か思いつくたびに書き込んだかと思えば。
いくつか勘案して、上策だと思った物はすぐに。稗田○○の横には、常にと言っていいほど存在する阿求に。
何事かを耳打ちして、根回し、あるいは用意を頼んでいた。
蘇我屠自古とナズーリンも、何も考えていないわけでは無いが。この状況のあまりに大きさと不味さを考えれば。
率先して動いてくれている、稗田○○の横から入って。水を差すわけにはいかないし。
稗田夫妻の会話を邪魔する勇気と言う物が、まず出てこない。
「さて……」
一通り、○○から阿求への頼みごとが終わった後。稗田○○は依頼人である二名の方向へと顔を向けてくれた。
「雲居一輪さんだけではなく、状況を考えれば物部布都さんも監視を。最低でも調査はせねばならなくなった。
幸い、細かい所を行き来できる存在。ナズーリンさんのネズミを借りる算段はもうついています」
本来ならば、今日この席では。ネズミを借りるにしても、どれぐらいの数借りるか。そしてどこを調査するかの相談が主だったはずなのに。
いつの間にか稗田○○……と言うよりは稗田阿求の意向が大きく働いているのだろうけれども。
ナズーリンが持つネズミ、その全てを使う事がいつの間にか決定していた。
ナズーリンにとって唯一の慰め所は、横合いに座っている蘇我屠自古が。彼女が、非常に申し訳なさそうな顔をしている点であろう。
「いや……うちの所の雲居一輪も。何もやっていないとは思えない」
物部布都のやや激情的な性格は知っているので、内部にいる者ならば余計に分かるであろう。ナズーリンの知らない事だって。
だから蘇我屠自古の心労に関しては、非常に同情的に物を見る事がナズーリンには出来た。
実際、ナズーリンが屠自古に同情的になっても。
「いやいや……どっちがヤバい策を考えているかと問われたら。うちの布都だって方に、金を賭けても構わんよ」
屠自古の方が、精神をやられかねない勢いで憔悴していた。
「蘇我屠自古さん」
時間がかかりそうだと稗田○○は思ったのだろう。蘇我屠自古がやや神経質に笑いだしたら、すぐに口を挟んだ。
「貴女にも協力をお願い……具体的には、ナズーリンさんのネズミを手引きしてもらいます。場合によっては、神霊廟内部にも……」
神霊廟の内部にまでと言われて、蘇我屠自古はやや息を詰まらせてしまったが。結局は観念した。
「まぁ……命蓮寺の連中がその気になれば。神霊廟への侵入方法は、その日のうちに見つけれるだろう。神秘性を保つ以上の意味は、あまりだからな」
屠自古の横で、ナズーリンが謝罪の意も込めるように。大きく頭を垂れてくれた。
「ありがとうございます」
すぐに首を縦に振ってくれた蘇我屠自古に、稗田○○は安堵した姿を見せたが。
果たしてこの安堵の感情は、素直な蘇我屠自古と、すんなり状況が動いて機嫌を悪くしなかった稗田阿求。
このどちらにかかっているのかなと。上白沢の旦那は考えてしまった。
この場においてはいまだに、一言もしゃべっていないのだけれども。主要な登場人物の表情を見るだけでも面白いと思ってしまうのは。
こればかりは、趣味が悪いと言われようとも、どうしようもなかった。
結局この日は、ナズーリンからネズミを全部借りる事と。調査対象は神霊廟内部であっても例外でない事を確認しただけであった。
次の日の事は、上白沢の旦那は何も聞いていなかったが。まぁ、何も言われずとも向こうの都合次第で。
人力車の一つでも迎えに寄こして、連れて行かれるだろうと考えていたから。
その時が来ればそうなる程度の認識と言うか、諦めにも近い感情であった。
「ああ、やっぱり来た」
だから、稗田阿求が稗田○○の相棒役である自分を連れて行った。あの日と同じぐらいの時刻に外を見たら、案の定で。
人力車が寺子屋に横付けされた。どうやら今日は、○○が自ら来てくれたようで。人力車の引手が、恭しく扉を開けている。
「そこそこ大きな話になりそうではあるがな……」
しかし案の定と言う感情で笑えたのは、全くの最初だけであった。すぐに一線の向こう側が、同じ地点、同じ男を見ている事には。
上白沢慧音を妻にしている自分には、嫌でも理解を素早く終えなければならなかった。
そう考えれば、自分はまだ分かりやすい分。幸せなのだなと考えながら慧音を見たら。
「何かあったら、こっちも手伝う。いつでも言ってくれ」
慧音の方は既に、警戒態勢を格段に引き上げていた。頼もしい限りであるが、自分が大して強くない事も確認してしまえる。
「訳が分からん。いや、より屈折した感情だと言うのは分かる。訳が分からないと言うのも、頭痛を覚えるから逃げたいと言う感情からかもしれん」
挨拶も抜きに、○○はいきなり依頼の事から話始めたが。今の状況で普通の挨拶が余り意味をなさない事は、理解している。
ましてや自分たちの仲を考えれば。
「ネズミが優秀なのは助かった……」
そう言いつつも、○○の顔つきは険しかった。
「物部布都は――信じられんが――遊郭街でしばしば、大量の物品を買い揃えている。同じ時刻に、雲居一輪は件の男の家で昼食かな?そいつの用意をしていた」
昼食の用意を雲居一輪が行うのは、先日の尾行で飯炊きの煙を見た時点で理解できている。
しかし物部布都が遊郭街で、と言うのはいささか妙だと感じられた。
「しかも物部布都は上客らしい……もっぱら商品を買うだけだが。まぁ、件の男への贈り物だとは思うが、あれだけの量となるとな。1人用とは思えん」
「今日も、広場に行くのか?」
「ああ」
ぶつぶつと呟いて考え事をする○○に、時間がかかりそうだと思って言葉を掛けたら。案の定であった。
「衣装は用意してきた」
稗田○○の事は、良い奴だとは思える。頭の出来も素晴らしいはずだ。
けれどもこの話の展開振りを考えると、こいつもこいつで、稗田家の家格以上に。
稗田阿求に影響されて、周りの事情を考えずに済むように調教されてしまっている。
――そう考えれば、稗田○○も随分と。哀れな存在なのかもしれない。
続く お手すきでしたら、感想の程よろしくお願いいたします
>>418
あんたが一番、悪い妖怪だよと言いたい衝動に駆られる
誰が落とした〇〇
それは私 と夜雀が言った
私の歌の能力で
私が落とした 〇〇を
椛って千里眼使って、片目は常に○○の方見てそうだな
そのせいで若干フラフラしてるんだけれども、射命丸辺りが気を使って
あの子は、片目が少し不自由で……ということにしておいたら
誰も損してないし、みんな優しいけれども、なんだか悲しい状況になりそう
>>424
「どうしてさとり妖怪にならないのかしら?あの人が考えている事がいつも分かっていいわよ。」
>>421 の続きとなります
「おや……?」
稗田○○が、自分が知る状況が断片的過ぎてまだ、理解が深まらずに寺子屋で上白沢の旦那を話し相手に、頭を悩ませている頃。
洩矢諏訪子も、彼女も彼女の立場に置いて。少しばかり変化を感じ取っていた。
「物部布都と星熊勇儀?珍しい顔ぶれだねぇ……」
珍しい顔ぶれと言うのは、往々にして何かが起こる前触れでもあるのだけれども。
ただそれが、殆どの場合は放っておいても大丈夫な物なのだ。けれど殆どという事は全部では無い。
だから不愉快とまでは行かないが、どうしても頭の端っこに置いて引っかかってしまう。
立場が立場だから、色々な事を覚えて置いて頭を悩ませなければならないのは、それが辛い所だとは。よくぼやく。
……しかし。事実上、遊郭街のケツもちとなり遊郭街を守る方向に動いているので、そこに囚われている遊女はともかく。
洩矢諏訪子の性格をよく知っている八坂神奈子と東風谷早苗は、鼻で笑うだろう。
洩矢諏訪子、彼女は長期戦を楽しめる性格だから。
だから、物部布都と星熊勇儀と言う。かなり珍しい顔ぶれを見ても。
やれやれとは思うが、それだけのはずがないのである。味方によっては、稗田○案ると同じで。
何か懸案の一つでも無いと退屈でつまらないと、そう考えてしまうぐらいには業が深いと言うか、度し難い性格を洩矢諏訪子も持っていた。
だからまるで深刻な風は、洩矢諏訪子には存在していなかった。
だが皮肉にもそれが良かったのだろう。
「おお!山の所の神様じゃないか、往来で会うのは初めてだねぇ!」
星熊勇儀は、酒で聞し召しているのもあるが上機嫌だったし。
「ふむ……まぁ、おぬしは有名人であるから。まぁ、ここで色々やっていれば、いずれは会うか……」
物部布都の方も、妙なのに会ってしまったなぐらいには思っているが。他意や害意は無かった。
有名な神様と、有名な鬼と、有名な仙人。
この三者が、遊郭街と言う蠱毒にも限りなく近い生体を持つ場所とは言え、往来で互いが互いに目線を合わせあうのは。さや当てのようにも見えてしまえるし。
何より、ただの人間どうしでそんな事をやるよりも遥かに、目線を引いてしまうし。
そして洩矢諏訪子も星熊勇儀も、立場がそれを許していると言うのもあるが、どちらも豪快に遊んでいる為。
後には遊女たちがしずしずと付きまとっているし。
物部布都も、女遊びこそしていないが。遊郭街でしか買い求めれないような、珍奇な物を集めているようで。
また物部布都も、自分で荷物を背負う事などほとんどないと言えるし。
女遊びこそしていないが、買っている量を考えれば既に上客である以上、遊郭街としてもそんな事はさせたくなかった。
以前に、二階から見かけた物部布都が色々持っていたのは。あれはごく初期の、珍しい場面だったのだなと諏訪子は、1人で勝手に納得していた。
物部布都だけはシラフのようであるが、それでも。
諏訪子も勇儀も布都も、少しばかりゆらゆらしながらお互いに観察しつつ鞘をぶつけていた。
ここに忘八達のお頭がいたら、とっくに話に割り込んでくれて、状況を動かしてくれていただろうなと諏訪子が考えていた。
しかしあの男だって、中々可愛い所があるからそれなりに好きだが。忘八達のお頭と言う立場上、色々とやらなければならない事は多いはず。
度々、自分の相手が出来ずに執務に戻っているが、まぁそれぐらいは構わないと思わなければならない。
たまには自分がやってやらなければと、諏訪子がようやく考えて。話題を探しに視線を散らし出した折りに。
「おう?」
ちょっと珍しい物を見かけた。今のこれに比べれば、可愛い物かもしれないが。
「あんた、忘八達のお頭ん所の、そうあんただよ。あんたって、忘八達のお頭の従者だか秘書だったよね?」
そう言いながら諏訪子が指を向けた男は、どうやらあの忘八達のお頭が連れ歩かせてもらっているくせに、肝が小さいようで。
ちょっとした喜劇の一場面の如く、肩をビクンと跳ねあがらせていた。
何でこんなのを連れ歩いているのだろうか、案外事務能力は高いのだろうか?
「へ、あ、ああ。これはどうも、洩矢様。へ、へぇ、さいでしてね……お頭から、色々買い集める御用のある物部様が、不便なさらぬようにと、あたしをお付けになりまして」
「まぁ、量が多いから助かっておる。おぬしは忘八達のお頭と懇意にしているようだから、次あったら助かっていると伝えて置いてくれるとありがたい」
少しばかりの世間話にまで、場の空気は和らいでくれた。
星熊勇儀は、鞘当だとかそう言う細かい腹芸は、出来ないとは言わないがあまり好きでは無いらしく。
横で待ってくれてはいるが、一升瓶に口を付けて勢いよく飲み始めるどころか。
「やぁ、飲み干してしまった。次をおくれ」
諏訪子が見た時点で、まだ三分の一かそれよりはあったはずなのだが。この鬼、星熊勇儀は一息で飲み干した。
このよく言えば豪放ともいえる姿に、やや剣呑な表情を見せていた物部布都も。目を丸くして勇儀の方を見ていた。
「我は繊細故にな……身も心も」
その後、物部布都には何か気になる事でもあるのだろうか。1人で愚痴とまでは行かないが、重々しくつぶやいていた。
身はともかく、心は繊細とは諏訪子には思えなかったが。黙っておくのが、恐らくはお互いの。
それ以上に往来を通る人々の為だろう。
その後、布都はさすがに鬼と比べるのはそもそもの段階で無謀だとでも悟ったのか。ふるふると頭を横に振ったかと思えば。
次に布都が目を付けたのは、無論の事であるのだろうけれども洩矢諏訪子の方であった。
しかしより正確に言うならば、洩矢諏訪子の体だろう。
「のう」
もう少し時間が経ったら、こちらから動いてみようかと考えていたが。存外に布都の動きは早かった。
「おぬしは、今日も昨日も遊女たちと『致している』のだろう?」
言葉だけを見れば、やや遊ばれている、からかわれているような気はするが。
この仙人様、物部布都の顔つきは真面目であった。少しの笑みも無かった。何かを気にしている顔だ。
そして物部布都は、勇儀を見た。勇儀はその視線にも気づかずに――また気付く必要も無い、鬼だから――
連れ歩いている遊女から受け取ったお代わりの一升瓶を、やっぱり直接口を付けて。一気飲みはしなかったが、一息で何割も持って行った。
諏訪子はその様子を見て、少しは味わえよと思ったが。物部布都の顔はまだ真面目と言うか、何かを気に病む顔であった。
諏訪子が布都の視線をつぶさに観察すると、布都の視線は勇儀と言うよりは勇儀の体に向いていることに気づいた。
「ううー……相変わらずこの酒は刺さるね。私好みだ」
一升瓶から口を外してとつとつと酒の感想を述べる勇儀であるが。物部布都にとってはそんな事、どうでも良いと見受けられた。
それよりも、酒の感想を述べる際、さすがに勇儀でも体が左右に揺れたが。
その際に、勇儀の持つ立派で豊満な胸が揺れた。ブラジャーだなんてハイカラな物は幻想郷ではまだ流行っていないから。
勇儀のそれは、サラシできつく巻くだけと言う実に古臭いやり方であったし。
酒を飲んでいるときついのが嫌になるのか、随分緩められていたから。その豊満で魅力的な部分が揺れるのは、止めようがなかった。
諏訪子は肝が据わっているので、軽く乾いた笑いを出す程度で目の前の光景を処理できるが。
物部布都の方を確認したら、やはりであった明らかに気に病む姿と言うのが色濃くなっていた。
「のう、洩矢諏訪子……おぬしは、そのう。少なくとも星熊勇儀と比べれば、立派な体では無いが、その様子だと遊女に好かれている」
少し、洩矢諏訪子としても物部布都の思考が理解できた。
厚手の服装で分かりにくいが、物部布都の肉体的な魅力は低いと断言せざるを得ないだろう。
その割に良く星熊勇儀と付き合えるなと言う、忍耐力にやや感嘆するが。そこで気に病んでしまう事を加味しても、鬼相手に覚えを良くして置けば。
遊郭街で動き回る際にも、色々と都合がいいだろうと言う計算はあるのだろう。また鬼は裏表が無さすぎるので、気にするだけ無駄と言う考え方も出来る。
しかし、何だか物部布都の動きは。努力は理解できるが、わちゃわちゃして効率と言う点では首をかしげたくなるなと思ったが。
別に彼女は敵意も無ければ悪意や害意も無い。それなら少しは優しくするべきだろう。
それに、そうだ思い出した。物部布都にはどうやら意中の男がいるのは、忘八達のお頭が教えてくれた。
――ここで雲居一輪の事を諏訪子が知っていれば、恐らく布都の姿を見るや、逃げたはずだけれども。
それを知らない諏訪子は、存外にも優しくしてやるかと言う考えを強く持った。
「ここよ、ここ」
諏訪子は笑いながら、西洋風の表現ではあるが自信の左胸を軽く叩いた。
「まぁ、それは理解できるが……もっと実際的な」
布都の考えは最もである。自分に信仰と祈りを与えてくれる信者だって、しかも諏訪子は祟り神だから。
怨敵や仇敵に対する不幸を願っている。恐ろしく実際的な願いだ。
だから布都の1人ごちる気持ちも理解できる。
「まぁ、あとは……そうだね。自分にしか出来ない事を、相手より優れている部分を見つけろ。それぐらいしか言えないね」
ここで物部布都が、雲居一輪の名前を出さずとも。
せめて『奴よりも』等と言って、誰か恋敵の存在を匂わせてくれれば。洩矢諏訪子としても、稗田家に何か警告の一個だって与えられたはずなのに。
物部布都は少しばかり中空を見やって、考え事にふけってしまった。しかも無言のまま。
それが歯車を悪い方向にやってしまった。
「ふむ……洩矢諏訪子、礼を言わせてくれ。少しばかり気が晴れたと言うか、絵図が見えた」
洩矢諏訪子の事を非難するいわれはないし、そんな事をしてしまっては洩矢諏訪子が余りにもかわいそうで、と言うよりそもそも責任が無いのは自明であるし。
稗田阿求だって、さすがにこの事で諏訪子を責めはしない――そもそも稗田○○とは関係ない部分で物部布都は争っている――けれど。
物部布都の背中を押したのは、間違いなく洩矢諏訪子であった。
「何か事が起こるとすれば、件の男の周辺だ」
そう言いながら稗田○○は、神霊廟が催し物をやっている例の広場にて。
うさんくさい女として、稗田阿求と上白沢慧音が絶対に嫌いそうな、青娥からは離れた場所で。
甘酒を飲んで、客のふりをしながらも重々しくつぶやいた。
「件の男の家は、どうしている?」
上白沢の旦那も、○○にならって甘酒をチビチビやりつつ。○○に今後の事を聞いてくる。
「ナズーリンさんのネズミに、四六時中張り込みをさせている。彼女が優秀だから、そのネズミも優秀なのは助かった。男の家の中に入って、何があるかを――」
全部言いかける前に、○○が周りを気にしだした。
上白沢の旦那も少し周りを確認してみると、頭巾をかぶった女性――ナズーリンだ――が近くを素通りしたかに見えたが。
「第一報だ」
やはり、素通りのはずはなかった。○○の手には、いつのまにか折りたたまれた紙片が握られていた。
いつの間に受け渡しを完了したのだろうか、早業に舌を巻いてしまった。
○○が甘酒を急いで飲み干したので、上白沢の旦那もそれに倣った。
すると今度は蘇我屠自古が、くずかごを持ちながらこちらに近づいてきてくれたニコニコしているが、こちらを確認したらその顔は少し緊張の色が見えた。
「首尾は?」
屠自古はくずかごを差し出して、甘酒を飲み干した入れ物を捨てれるように親切にしている演技をしながら、状況を問うてきた。
「今から確認する。そっちにもナズーリンさんが渡す手はずになっているはずだ」
「――ああ。ネズミが一匹、私の服の中に入った」
少しばかり間があったが、ネズミに服の中を蠢かれても一切騒がない胆力には驚いた。
「――――」
紙片の中身を読みやすいように、喫茶店に――この喫茶店の店主の事は、気にしないで良いらしい。稗田が言うならそうなのだろう――移動して。
○○はナズーリンから手渡された紙片の中身を読み始めたが、少しの唸り声だって見せずに。
顔つきだけを険しくしていた。
ややあってから、○○は紙片を上白沢の旦那にも渡してくれた。
「まぁ、ロクな事が書いていないのは理解できるが……」
上白沢の旦那は恐る恐る、中身を検めたが。案の定と言うか、予想よりも酷かった。
詳細な内容は、省くけれども。昨日雲居一輪は、件の男の家で寝泊まりしたとの事だ。
これは断言できてしまえた、そもそもネズミが一部始終を見ていたのだから。
そう、一部始終を。それに雲居一輪は、随分慣れた様子で件の男の家で動き回って。
寝具の用意に関しても、やはり、随分慣れているとの事だ。
ここまで読めば、後半に何が書かれているかは予想できたが。万に一つの可能性があるので読み進めたが、予想が外れることは無かった。
余談ではあるが、雲居一輪の肉体的魅力は、上白沢慧音のそれと勝るも劣らないとの事だ。
あの尼僧風の衣装で、随分分かりにくくなっているだけの事らしい。
直接的な表現では無いが、あの2人の間に、夜の間に何があったかはこれで分かるだろう。
「恐らく」
上白沢の旦那が読み終えて、紙片を机に置いたら○○が話し始めた。
「ナズーリンさんが依頼をした時点ですでに、もうだいぶ進んでしまっていたんだ。雲居一輪と物部布都、互いが互いに。
鞘当だけでは満足できなくなりつつあったんだ、それで両名共に水面下での争いを隠せなくなってきた。
物部布都も最近、かなり派手に遊郭で物品を買い求めているそうだ。贈り物の量が増えているんだ」
「なぁ、これは……穏当な決着は望めるのか?」
「……分からないとだけ答えさせてもらう。しかしだからと言って、手を引く理由にはならない」
穏当さが見えなくとも手を引く理由にはならないと言うのは、最もな考え方である。
つまり○○からは暗に、覚悟を決めろと言われたような物である。
続く
お手すきでしたら、ご感想の程よろしくお願いいたします
ドライブ整理してたらだいぶ前の文章が出てきたから思い切って世に出してしまおう
>>213 続き
はたして私は○○の妻となったわけだが、私の業はそんな程度で収まってくれるほど浅くはなかったらしい。
朝はいつも彼よりも早く起きては寝顔を眺め、夜は彼と共に眠りにつく。彼から視線を一寸たりとも離したくないという思いが強かった。
○○が仕事へと向かうときも頭を一つ尾行させ、彼の帰りが遅い日はその頭の力を借りて彼を監視しつつ家で彼を待った。
「遅くなって悪かったね。先に寝ていてくれても良かったのに」
「気にしないで。あなたのことを想っていればこんな時間などあっという間よ。
どこに行ってたの?」
「△△の奴が一緒に呑もうって言うからさ──」
彼は嘘偽りなく今日のことを話す。他の女の絡むような、話せば私が不機嫌になると分かっていることですら。
「蛮奇は耳聡いからな。どうせどこかから知られるんなら、素直にゲロっちまった方が良いだろ? やましいことは何一つしてないんだから」
○○は誠実だ。そんな彼だからこそ私は惚れ込んだのだし、それでもなお彼のことを信用しきれない私に嫌気がさす。
ある日、朝食を食べていると彼が唐突に切り出した。
「俺達、別れた方が良いんじゃないか」
青天の霹靂に、私は持っていた箸を取り落とした。
「ど、どうして? 私が嫌いになったの?
それとも、私以上に好きな人ができたの?」
うまく回らない舌で必死に彼を問い質す。彼の返答は、思いもかけないものだった。
「俺と話してるときの蛮奇ちゃん、苦しそうじゃないか」
自覚はある。どうやら彼の目は誤魔化せなかったらしい。彼も私のことを見てくれていて、心配してくれていて、それがたまらなく嬉しくて、でもそれが彼を苦しめていて、そもそも私が悪いのに、どうして私は彼を信じきれていないのか、私は彼をどうしたいのか。
色んな感情が綯い交ぜになって、考えがまとまってくれない。でも黙っていることは出来なくて、もごもごと言葉にならない声だけが漏れる。
そんな私の様子を見て、○○はただ表情を硬くするばかりだ。
「俺はね、蛮奇ちゃんのそういう一人で抱え込んじゃうところだけは嫌いだよ」
○○に嫌われた。私はいよいよ言葉すら出なくなって、水面に浮かぶ魚のように口をパクつかせるだけとなった。
「正直、俺は蛮奇ちゃんがどこまで俺のことを好いてくれているのかを計りかねているんだ。蛮奇ちゃん、告ってくれた日以外で俺に本音を言ってくれたことって無いだろ?
俺は地底に住んでいるっていうサトリ妖怪じゃないんだ。言葉にしてくれなきゃ何も伝わらない」
「……それはそうだけど、私は怖くて仕方ないの。
もはや私は○○無しではいられないのに、私みたいな女の本性を知ったら○○は私の傍から離れていってしまうかもしれない」
「まさか、俺は蛮奇ちゃん一筋だよ」
「それなら」
私は全て打ち明けてしまおうと決めた。
「私が『他の女と一言も話さないで』って言ったら従ってくれる?
私があなたをこの部屋に閉じ込めたら逃げ出そうとしない?
私が何をしても私を嫌わないでいてくれる?」
○○の顔が引きつった。
「確かに、そこまで行くとさすがに難しいかもしれない」
「だから私は、そういうことを考えてしまう私が大っ嫌い。
○○と話していると、そんな私のことを嫌でも意識しないといけないから胸が苦しくなる」
言葉に出すと肩の荷が少し下りたが、私が下ろした分は○○に背負わせてしまったようだった。
「これは、想像以上にゾッコンだな」
「私が我慢すれば全て丸く収まるなら、いくらでも我慢するから」
「しかしだなぁ、俺は苦しんでる蛮奇ちゃんなんて見たくはないんだ。少しぐらいなら我が儘を言ってくれたって良いんだぞ」
ああ、○○は優しい。
「それなら、私のことをただギュッと抱き締めて」
「そんなことで良いのか? いつも、もっと凄いことしてるってのに」
「ええ、それだけでいいの」
同衾とは違い快楽を介さない、ただ愛を確かめ合うためだけの行為。それが私にとってこの上ない贅沢なのだ。
温かい春
今日はどうだった。そう妻が言った、時。
「---」
声が聞こえて、夢うつつから現実に引き戻される。深く引き込まれるようなまどろみの中から目を覚ますと、そこには妻の顔があった。
「大丈夫?あなた。」
「ああ、少し…眠ってしまっていたようだ。」
「そう…。なんだかうなされていたみたいだったから。」
言い訳をするかのように言葉を紡ぎながら顔を上げようとすると、柔らかいものでぐっと顔が押さえられた。はて、いつの間に膝枕をされていたのだろうか、
きっと、思いもよらぬ程に眠っていたのだろう。そのまま顔をうずめると、妻の手が私の肩に降ってきた。夢を見るような、温かい湯の中にいるような、
そんな温もりを感じながら手の温度を感じる。側の囲炉裏の炎がパチリとはぜる音がした。
「ねえ、**って…誰?」
不意に妻が予想外の名前を口にした。何年か前に見た、雪の精の彼女。
「昔の知り合いの妖精だよ…。」
「そう…。」
薄皮一枚を隔てて向かい合う心。隠さなくてはいけないのに隠す事ができず、然りとて誤魔化すこともできずに、沈黙が流れていた。
「好きだったの…?」
「いや、付きまとわれていただけさ…。」
何気ないように、そして細心の思いを乗せた言葉。白刃の刃で身を切るように、己の全てを賭けるように、心に横たわる重い何かを、
自己犠牲の蜜で彩る彼女。いつも妻はそうだった。どれだけ私のことを思っていようとも、それを表に出そうとしていない。
心配することはないと、そう言えたのならばどれだけ良いのだろうか。例え君の炎に焼かれたとしても、私にとっては妻の妹紅だけが全てであった。
そして彼女は壊れそうに薄い心で耐えていた。本当は振り乱したくあるのだろうが、それをじっと心の中にしまっていた。
私に負担を掛けまいとする妻の優しい嘘を、そのまま私は知らぬ振りをして飲み込む。甘い毒として。
「そう…。なら、良かった……。」
私の頭に添えられた手に力が入る。
「…今年の冬は暖かいね。」
「そうだな。」
言葉にできない感情を、私と妻は感じていた。
>>429
舞台が整い、後は結末があるのでしょうか。カチリと歯車が回る感覚が好きです。
>>430
純愛がいいですね。儚げな雰囲気が醸し出されています。
>>430
何かあったときの『方法』はいくらでも思い付くんだろうな
けれどもそれに対する忌避感がありつつも、計画を立て続けてそう
>>431
この○○、妹紅の肝を食わされて
無限の時間に精神が崩壊しかけてるんじゃ……ほとんどの時間を寝てそう
次より>>429 の続き。権力が遊ぶときの10話を投稿いたします
○○の足元に、二匹のネズミがかしこまるようにして立ち止まっていた。
店主は慌てるそぶりは見せないどころか、このネズミは店主が連れてきた。
紙片の中身を深刻そうに検めるだけならば、まだ、話が人里の住人だけで済むから。
この店主に根回しが入っていても、稗田家の関わりを理解していれば驚くに値しないが。
ともすれば衛生的に忌避される、ましてや喫茶店のような飲食を提供する場所だと言うのに。
ここの店主は特段動じる様子もなく、二匹のネズミを連れてきた。
「一方は雲居一輪、もう一方は物部布都を調べてもらっている」
そう言いながら、片方の紙片はこちらに渡してくれた。もう一方も読み終われば渡してくれるだろう。
振り回されていると断言できても、○○の事を本気で嫌いになれないのは、こう言う細かな所作で相手の事をちゃんと見ているのが分かるからだ。
こちらに手渡されたのは、雲居一輪の調査報告であったが。
昨晩が随分であったから、その反動だろうか。
思ったより静かにしてくれていた。それでも命蓮寺での勤め以外に、件の男の家で細々とした雑事は。
暇を見つけてこなしてやっていた。
これでは通い妻ではないか。物部布都はよくぞ我慢できるなと言う印象を強く持った。
雲居一輪を調査した報告書を読み終えた後、○○の方を見たが。
○○の眉や頬がピクピクと、痙攣するかのように動いていたのは。何より雄弁であった。
そのまま黙って、○○は自分が読んでいた紙片。
物部布都の動向調査の報告書を渡してくれたが。読む前からげんなりとしていた。しかし、読まねばならない。
「あいつ、いくら使うつもりだ。遊郭街で色々と、買い集めているのは事前に少しは知っていたが。量が昨日より更に増えてる」
雲居一輪と違い、艶っぽい話は--この場合、無いことに恐怖すら覚える。
物部布都がいつまでも我慢できるとは、到底思えない。
いやそもそも。
「雲居一輪が通い妻だから、雲居一輪に出来ぬとも自分にできることを探した結果かな……」
この散財こそが、既に起こった変化だとも考えられる。
○○は「だろうな」と答えてくれたが、目尻を抑えて苦悶の表情を濃くした。
「だが、遊郭街が気を使って荷物持ちまで用意しだしたのは、悪い兆候だ。あの派手な出し物の売り上げはあるのだろうがこんなやり方、いずれ破綻する
雲居一輪だって、こんな。命蓮寺と男の家を行き来する二重生活、体力がいずれ尽きるし。
物部布都ほどではなくとも、雲居一輪だって自腹をかなり切っている。
……もしかしたら、既に自腹では無くなっているかもしれんがな」
○○の言う通りだ。今はまだ大丈夫以外の何物でもないのだ。
だがいずれ、どちらかの首魁が気付く。
そうなれば何もないはずがない。
ましてや、ここまで大きな金が動いてしまっては。
唯一の慰めは、遊郭街が自分達は後ろめたい集団だと理解しているから。
物部布都の事を他言しないし、雲居一輪は件の男の回りだけを歩き回っているから派手ではないことか。
無理やりまだよかった点を見つけて、この依頼が他のものに比べて、最悪ではないと無理に。
上白沢の旦那はそうやって、自分を無理に納得させていた。
次に○○の方を見たら、彼は相変わらず難しい表情を浮かべながら。
飲んでいたコーヒーを脇に置いて、二枚の白紙を開き、筆記用具を手にしながら。
何かを悩んでいて、筆が止まっていたが。
こう言うとき、人々の中では書くべき文章はもう頭の中にあるのだ。
だけど、書けないのだ。
「この方法は、あまり使いたくないんだ」
ややあって、○○が溜め息をつきながら呟いた言葉で、何故書かないかはほとんど説明できるだろう。
「その方法とは?」
しかし上白沢の旦那は超能力などないから、聞かねば分からない。
「豊聡耳神子と聖白蓮に手紙を、事情を打ち明けるかどうかだ」
かなりの難題を考えてるとは理解していたが、上白沢の旦那もいざ聞いてみると嘆息が持ち上がった。
○○はチラリと脇で控えている二匹のネズミを見た。
ナズーリンから借りているだけはあり、こちらの言葉も理解できているのだろう。
先程まではただじっと、黙って待っていたのに。
二大巨頭の名前が出ると、明らかに挙動がおかしくなった。
端的に言えば怯えていた。
「やはり荷が重いか……うん、分かったよ君達には頼まない。もう少し阿求と相談するよ」
残念そうではあるが、しかたないとも感じ取れる声色で。○○は筆記用具をしまった。
ネズミの様子も、肩と言われてもどこにあるかよく分からないが。
肩を撫で下ろしたのがよくわかった。
「じゃあ、これまで通り。雲居一輪と物部布都を監視してくれ」
二匹のネズミは明らかに、ペコリと頭を下げてから。柱を器用に上っていき、換気窓から出ていってしまった。
二匹のネズミは辺りを明らかに気にしていた。
自分達が害獣として認識されているのを理解しているから?
いや、もっと差し迫った事情があった。ナズーリンに使役されるほどなら、ただのネズミよりも知恵も力も強い。
たかが人間ならば少々見られても、逃げ切れる自信がある。
ネズミ取りの罠なんぞ、とっくに理解している。
それだけの理解力があるからこその恐怖とも言えた。
この二匹は、雲居一輪と物部布都の監視が役目だから。
どこかの段階で別れる必要があるのだが……そうはしなかった。
「ちゃんと当たり障りのない話にしてくれたわよね」
ある人通りの少ない横道に入ったとき、女性の声がした。
その声の主は、二匹のネズミの進路上に対してダンッと音をたてながら足を踏み下ろした。
ネズミ達は潰されなかったし、恐らくは『まだ』その声の主。
雲居一輪は『まだ』このネズミに生き残れる機会を与えていた。
そう、雲居一輪に。バレていたのだった。
ナズーリンがいよいよ思い腰を上げたことを、それどころか名探偵の呼び声高い、稗田家の旦那様にすら依頼したことをも。
この状況で一輪がまだ、『ネズミを』潰さないのは。
ナズーリンが色恋に疎い組織人だと言う認識から来ていた。
しかし物部布都に対しては、もっと言えば件の男の周りに対しては、そうもいかない。
自分達が一輪に踏み潰されなかったのは、決してナズーリンとの仲間意識が理由ではないことぐらい。
恋に狂った一戦の向こう側がどれ程危険かは、この二匹のネズミはよく理解していた。
「あの人が成金仙人の相手してるから、しばらくならあの人の家で話が出きるわ。やって欲しいことがあるの」
雲居一輪にとっては、あの人、件の男の家にいれることは嬉しいのだろうけれど。
状況があまりよくないし、何よりネズミ達にとっては時間のかかると言うことは心労が増すと言うことである。
あの二匹のネズミの事は、いや、信頼はしている。
けれども別れたあとは、特段考えることもなかった。
不意に現れたら、報告を上げに来たのだろうと思い出す程度だった。
結局、この日の調査は。はっきり言って失敗だと断言する他はなかった。
山奥に入らないし、そもそも入っていけるだけの体力があるかも怪しい買い物客からの黄色い声援。
それを浴びている件の男と、その男の近くで指図を飛ばして悦に入っている物部布都を眺めるだけ。
つまり昨日とまったく同じことをやったに過ぎなかった。
「すまない、徒労だったよ。今日の収穫は特にない。これなら家でネズミからの報告を待っていればよかった」
「いや……気にすることは無いさ」
上白沢の旦那は、○○の事を友人と思っているから。
優しい言葉は確かに、かける以外の選択肢は存在していなかったが。
甲斐が無かったなと言うのは、これを隠すのは少々難しかった。
「少し、阿求と相談するよ。この依頼、依頼人が隠れたがっているから。少し難しい」
そう言って○○と別れてしまった。
特にやることもないし、飲み歩きの趣味も無いので、上白沢の旦那も帰宅したが。
次の日の文々。新聞が問題であった、天狗の新聞だからどこまで信じていいか分からないが。
件の男ではなかったものの、歩荷が何人か滑落して大怪我したようだ。
それで、仲間を永遠亭まで運んだ者の中に、件の男もいたし。
しばらくは残った歩荷に……つまり件の男の仕事も増えそうだと言うことが書いてあった。
雲居一輪も物部布都も、二人とも件の男の職業上の才能を高く評価しているのは間違いがない。
件の男の評価は、これでまた上がるだろう。
偶然にしては出来すぎている。
かなりの悪い予感に身悶えすら覚えていたら、妻である慧音が横合いからやってきたが。
妻の気配にすら気付けなかったのは、よほど自分も不味いと思っているのだろう。
そして慧音の手に、封筒が。それも厚手で装飾も見える、明らかに高級品が見えたとき。
事態が一気に動きそうだと言う予感と、またお前か稗田阿求と言う。二種類の厄介事がふりかかってきた気分だったし。
「まぁ、お察しの通り。稗田からだ」
「やっぱり」正直、慧音には悪かったが。これ以上の言葉を出せなかった。
稗田家からの、しかも稗田阿求とさからの手紙だと言うのに。上白沢の旦那はやや乱暴に封書を破った。
しかしこれでよかった、中身にかかれていたのは。
今から射命丸の所に行く。来い。
稗田阿求
これのみであった。
上白沢の旦那は、思わず奇声を上げて怒りを表現したくなったのを、済んでの所で堪えた。
堪えられたのは、○○を友人と思っているからだ。
続く
お手すきでしたら、感想の程よろしくお願いいたします
運命の女神
視界に人影が見えて、ふと足が止まった。日中であるというのに傘を差す人物。黒い日傘から伸びた影が、道路の端から長々と伸びていた。
こちらに向かいながら、向かうようで、向かっているようで。伸びた影を踏みながら、目の前まで来た少女に声を掛ける。
「……で、どうしてここに居るんだ。」
「偶然じゃないかしら。」
サラリと答える彼女。見知らぬ人からすれば、きっと彼女の表の顔を見て判断するのだろう。だが、僕は彼女の本当の姿を知っている。
別に人よりも観察眼が優れている訳ではなく、結局のところそれだけ経験をしたに過ぎないのだから。彼女の直ぐそばで。
「偶然っていう言葉は、三回までしか使えないんだよ。」
「丁度ぴったり今日で三回ね。」
「今日一日だけで三回だ。」
「誤差じゃないかしら。」
「これが誤りですむなら、世の中の大抵は謝れば済むだろうな。」
「そんなに多かったかしら…。」
人形のように小首を可愛らしく傾げる彼女。しかしそんな彼女に指を突きつけて断罪するように、証拠を突きつける。
「早朝、午前中、そして今、よく知っているだろう。」
「朝食の時間と、朝のおやつの時間と、昼食の時間は気が付いていなかったからいいんじゃないかしら?」
「オイオイ、ちょっと待ってくれ…。ひょっとしてその時も居たのか…?」
思わぬ犯人からのの自白に、流石の自称街の名探偵(当社比調べ)の灰色の頭脳にも驚きが走っていた。しかも、こいつ、食事時ばかりじゃないか?
「英国貴族にはお茶が欠かせないのよ。」
僕の思考を読んだかのように言葉を返す彼女。だが、甘い。例えるならば紅茶に砂糖を何個もいれている、彼女の「れもんてぃ」並に甘い。
「御先祖様はルーマニアなのに?」
「うっ…。と、兎に角、いつでもあなたの事はお見通しなの!」
「さっきは偶然って言ってたけど?」
「偶然の必然よ!」
堂々と矛盾した言葉で宣言する彼女。だれか彼女に辞書を与えてくれないだろうか。具体的には季節外れのサンタクロース辺りが。
「まあ、良い。ここでサヨナラだ。」
「じゃあ、またね。」
「いやいや、その挨拶は違うんじゃないか…。って、もう消えたのか。」
出てきた時と同じ様に急に消え去る彼女。また近いうちに彼女に会う気がした。まるで誰かが運命を操っているかように。
>>437
ただでさえ危ない中で更に竜巻がやってくるとは。
一体、ここからどうなるのか…
>>438
あなたの周りで最近、事故や事件はなかったでしょうか
あるのならば、それはあなたが嫌な事を感じたり味わわされてから、どれぐらいの時間が経ってからでしょうか
次より>>437 の続き、権力が遊ぶときの11話を投稿いたします
「射命丸か……ふむ、あの女か」
上白沢の旦那は、まだギリギリとした苛立ちを堪えながらも。ハッキリ言って諦めと○○に対する友情。
これらを半分ずつ混ぜた複雑な感情の荒波に、本格的に飲み込まれないように気を付けていた為。
不用意にも妻である慧音が、横にやってきた事にもあまり気付いていなかった。
――その際、慧音は夫であるこの男性の肩に優しく手を触れたが。はっきり言って艶っぽかった。
しかし上白沢の旦那は、稗田阿求からの朝一での呼び出し以上に、酷く無礼としか言いようのない手紙に憤慨していたので。
この艶やかさには気づかなかったし、奇声こそ挙げていないが憤慨する感情はまるで収まらず。
ともすれば酷く有り難い物として、神棚にでも捧げられそうな稗田阿求直筆の手紙を。
その紙片の一部をくしゃりとなるまで握りしめてしまっていた。この握りしめ方は、断じて感極まった物では無い。
幻想郷の住人としては、ましてや人里の住人としてはかなり問題のある行動だ。
しかし慧音は、その事は全く問題視しておらず。
「射命丸なぁ……もっと酷いのもいると言えば良るが……あの女もうさんくさいからなぁ……いや、頭は悪くないから、大丈夫だとは思うが」
あーでもないこーでもないと、色々とぶつくさ呟いていた。
その頃には上白沢の旦那は、諦めと○○に対する友情、この二つを半々に混ぜた複雑な感情を持ちながら立ち上がって。
しかたなく外出用の衣服に袖を通していた。射命丸の所なら山間だから寒くなるだろうと余分に服を着るのも面倒だが。
そこは○○への友情で無理に支度を続けていた。
慧音はそんな様子の夫をじっと見つめていたが、彼の精神状態に対する疑問や心配は無かった。
それよりも射命丸文の方が心配であった。いや、彼女の安全なんぞかけらも考えていない。
慧音の脳裏には、射命丸の肉体が詳細に思い起こされていた。完全記憶能力者の稗田阿求と比べるのが間違いなのであって。
歴史家の慧音だって、十二分に驚異的とも言える記憶能力を保持していた。
その記憶力で、射命丸の肉体の一部を思い出すたびに。自分に肉体と比べていた。
その度に難しい顔をしたかと思えば「こっちは勝てるな」と呟いて、やはり艶っぽい笑みを浮かべていたが。
必ずしもこの艶やかな笑みが、男性的な部分を満足させるわけでは無かった。ましてやこんな状況では。
「手袋……一応持っておこう」
(寒いなら私の手を握れば良いぞ)
それでいて自分の夫がぶつぶつと呟いて、鬱憤を少しでも晴らそうとする行為には。
『まだ』口には出していないが。当意即妙な返答を心の中では発していた。
これが出来るという事は、大した愛情と言える。ただしそこで止まらないのが、幻想郷の幻想郷たるゆえんであり。
上白沢慧音も含めて、一線の向こう側と稗田○○が表現するような人物。その本領と言う物がこの先に存在しているのだ。
上白沢慧音の脳裏に、一幕の絵図が浮かんだ。
射命丸の自宅だか作業場にて。
いきなりやってきたとはいえ、稗田阿求も含めた―阿求も来ると慧音は断言していた。彼女は一線の向こう側の中でも特にだ。だから来る。
何故なら相手は射命丸文だから。自分のように、肉体的魅力に自信のある自分ですら。
新聞の為だとは思うが、またぞろしなだれかかられでもしたらと思うと。
いやそんな事は、少なくとも自分の夫にはそんな事は一度も無かったが。
しかしながら稗田阿求は絶対に射命丸の所に一緒に乗り込むだろう、となれば稗田○○には、もとより危険だからと言うのもあるが。
慎重に慎重を重ねて受け答えするから、そっちには絶対に向かわない。
だがこっちは?私の夫の近くに私がいなかったら、これ幸いとばかりに何かをやるかもしれない。
何かあれば自分の力で取り返す自信は存在しているけれども。無いに越したことは無いと言うのは、衆目の一致するところではあるはずだ。
うがった見方をすれば、慧音も十分おかしかったという事だ。
「私も行くぞ。山に行くのなら、私もいた方が良いだろう」
「え?寺子屋はどうす―
「課題の用紙を何枚か用意して、採点も自分でやらせれば時間は持つだろう。どちらにせよ昼までには帰ろう」
かなり圧力のこもった、食い気味の返答だと。稗田阿求からの急で無礼な手紙に憤慨していた旦那の思考は。
不味い事になったかもしれないと言う、危機感に変化した。
「射命丸が相手なら、理屈も会話も理解できる奴だから大丈夫だろう」
思わず現状に対する楽観的な物言いをしてみたが。
「だからだよ。あれは良い女だ。理屈も会話も理解できるから、自分が良い女だと分かっている。まぁ、最も……私には負けるが」
最期の部分の強調っぷりに、下手に止めない方が良いと上白沢の旦那は考えてしまったし。
○○が度々口に出す、一線の向こう側の姿と言う奴が見えたからだ。
それにもう1つ、こっちのが大きかった。○○に比べれば、射命丸に気を使う義理と言うのも存在していない。
上白沢慧音からすれば案の定ではあるが、その旦那からすればここまでやるかと言う気分になってしまった。
稗田邸の前では、もう既に○○は準備を終えておりこちらを待ってくれているだけだった。
それだけならば、待たせたことを詫びるだけで済むのだけれども……。
稗田阿求も、山用の防寒装備を増しに増している姿を見れば。かなり不味い事になっているなと思わずにはいられなかった。
「――いっそ呼びつけたらどうだ?射命丸の事を。向こうは絶対に断わらんだろう」
だってお前たちは稗田だからなと言う言葉を飲み込みながら、上白沢の旦那は提案をしたが。
「いや……」
稗田○○が、かなりバツの悪い顔を浮かべた。
「俺の考えなんだ。呼びつけたら不意打ちにならないから……まぁ、さすがに奥までは行かないよ。洩矢神社で会見する」
手袋だとか肌着を二重に着たりとかの、それらの用意がほとんど意味をなさなくなった事よりも。
そうは言っても、そこまで深い場所に有るわけでは無い洩矢神社に行くのに、かなりの防寒装備をこさえている稗田阿求の方が心配になった。
「阿求は寒いのが身に堪えるからね、用心はどれほど重ねても無駄では無いよ。でも、阿求」
「――はい?」
少しの間があった。稗田○○を相手に、阿求のその間は本来ありえないものである。
「朝一で山に行くのは、まぁ、まだ空気も冷たいだろうから。上白沢先生もいるし、洩矢神社の敷地内だから――
「いえ」
暗に○○は、待っているように言ったが。稗田阿求程の存在がここまでやって引くとも思えなかった。
それは食い気味の返答を待つまでも無かったし。
「相手は射命丸文ですから」
怨嗟に塗れた阿求の声を聴くに、○○も考えを変えざるを得なかった。射命丸文には悪いが、阿求の飛ばす針の盾になって貰う事にした。
そして用意した人力車で、洩矢神社ふもとのケーブルカーまで向かう事になったのであるが。
阿求は一思いに乗らずに、上白沢慧音の方を見やった。その見やり方には、悪意や敵意こそないが、それでも剣呑さを2人の旦那は感じた。
「上白沢先生、ハッキリと言って貴女が羨ましい。あのメス天狗が何をやっても、貴女のデカい体なら十分戦えますから」
射命丸の事をメス天狗と言うのは、キツイ物言いだが予想の範囲内である。しかし上白沢慧音に対する形容詞は――ああ、問題大有りだ。
「阿求、行くよ」
上白沢慧音からの明確な返答や反応が出てくる前に、背筋を凍らせた稗田○○が急いで人力車に乗り。
妻である阿求に来るように促して、この場を無理やり動かしてくれた。
稗田阿求はそれを無視するはずが無いので、軽く会釈をして○○の下に向かい。
何かが起こる前に、上白沢の旦那も妻である慧音の手を引っ張り。二台目の人力車に乗った。
「慧音」
人力車が出てから旦那は、妻に不安げな声を向けたが。
「なに、何とも思っていないさ」
上白沢の旦那に、来いと言う言葉のみで終わらせた手紙よりも酷くて無礼であると言われてもおかしくない言葉と言うか、態度を阿求は示したのに。
上白沢慧音は確かに、勝ち誇ったような。あるいは優越感を味わうような笑みを浮かべていた。
ああ、上白沢の旦那は確かにそうだと断言せねばならない。
何故なら自分は、上白沢慧音の夫。この女性の事を結局は愛していると言う結論にしかならないのだから。
けれども恐ろしかった。
「もう少しこの余韻を味わわせてくれ。せめてケーブルカーの駅にたどり着くまでは」
そう言って慧音は、自分の夫を。狭い人力車の中で更に密着するように、抱き寄せた。
上白沢慧音の魅力あふれる肉体に、慧音自身の手でいざなわれると言うのは。こんな状況でも本能が確かに反応してしまった。
続く
お手すきでしたら、ご感想の程よろしくおねがいいたします
そういえば今日はさとりの日だった…
コイヨコイ
「ふう……。ままならない物だな…。」
磨き上げられて埃一つ落ちていない机の上に、グラスを置いた女性が言葉を漏らした。穢れの無い月の都であれば、そこに満ちる気配は不浄なものが
含まれていないのは当然であるのだが、彼女の周りの空気は取り分け澄んでいた。それは彼女の持つ力の所為であろうか。神を依る巫女たる依姫ならば、
どのような神であっても憑けることができるのだから。普通ならば臆してしまいそうになる彼女を前にして、目の前の人物はそれを感じさせないように言った。
「お館様なれども、気になる事があるのでしょうか。」
ジロリと依姫の視線が一瞬のうちに流された。厚顔無恥という訳ではなく、その対極。穢れ無き表情を浮かべながら自分の前に座る若者を見ると、
どうにも普段の調子がでてこない。指導者としての隔たりを感じさせず、然りとて不快でもなく。むしろ彼と居ると心が安まる。だからこれほどまでに頻繁に
こうやって誘っているのだから。彼は果たして此処に居る意味が分かっているのだろうか。そこまで底なしの粗忽者では無い以上、拒絶はされていない…
と信じたい。希望的な、ややもすれば、独善的な感覚になりかねないのだが、それでもそれ位は信じたいのだ。神を司る巫女としては。
「一番欲しいモノは容易には手に入らない。そういう事だ。」
「そうですか…。そんな事もあるのですね…。」
考え込む仕草をする彼。そのような表情すらも目の前で得るのであれば、依姫の内心を喜ばせる材料であった。グラグラと煮えたぎるような感情。
深い奥底に潜みながらも、その衝動が沸き立った時には、押さえようもなくなっていた。火山の地下から吹き出すマグマを、果たして一体、誰が止めれようか。
「……。」
「どうかされましたか?」
「……っ。大丈夫だ。」
「悩み事でも?」
「……今日は遅くなった。戻ってくれ…。」
淵を越えようとする感情をどうにか押しとどめる。その気になれば、彼を幾らでも好きな様にできるのに。秘神の「愛鳥」の噂は言うに及ばず、彼女の姉でさえ…。
危険な衝動に乗っ取られないように、自身を必死に抑制する。この恋が苦しいのであれば、せめて自分の矜持に賭けて見苦しくないようにしないといけないと、
自分を形作る魂の中に存在するナニかに突き動かされるようにして。依姫の口から微かな息が漏れた。泡を微かに湛えているシャンパングラスの中身を通して見る世界が、
涙に彩られて徐々にぼやけて崩れていった。
>>443
阿求はかなりヤバいなあ…と感じました。
そろそろ大事な人以外への人間性を捨てかねないような、危うさがありますね。
>>445
姉である豊姫に対する意地で、何もしていないだけなのかな……豊姫何かやらかしてそうだな
そして彼も、底なしの粗忽物でないのならば、今の自分の立場を分かっているが故の
朴念仁の演技だろうか
だとすればこの擦れ違いは、起爆までの時限装置かも
地祇より、>>443 の続き権力が遊ぶときの12話を投稿いたします
「お願いします、マジでお願いします!対価ならば言い値でお支払いいたしますので!!横にいてください!!」
稗田夫妻と上白沢夫妻がやってくる少し前に、思考能力すら怪しくなった射命丸文がやってきた。
どこも見ていないような、心配になってしまう姿であったが。比較的仲よくしている東風谷早苗を確認するや否や。
思考回路は復活したようで何よりであるが、その代わりになりふり構わなくなってしまっていた。
「さっきまで私大変だったんです!なのに人里の二大巨頭夫妻が出てくるなんて!!」
どうやら射命丸は公務で随分、難局に立たされているようであった。
そこから間髪入れずに、稗田と上白沢両夫妻から呼びつけられたらしい。
両夫妻が来ることは、ついさっき諏訪子様から聞いていたので、めんどいから人里で評判の飯所に言った後、甘味所で更に時間を潰そうかと考えていたが。
新聞の内容が扇情的で、眉根を潜められるのが常の射命丸文が相手とはいえ、あの四名を相手に白と言うのは酷く可哀想ではある。
射命丸が思わず口走った、二大巨頭夫妻と言うのも。どう考えても褒め言葉とは思えなかったが。
早苗としても正直な話、あの両夫妻の事はそれぐらい言いたくなる事はしょっちゅうである。
「分かってますよ、文さん。貴女まで呼びつけられていたのは驚きですが、今では哀れだと思えますよ」
「じゃあ一緒にいてくれますか?」
「もちろん」
早苗としてもこれを無下に断る等と言う選択肢は存在していない。全くの善意、何物も求めないぐらいの気持ちだったのに。
「ひ、ひとまず財布の中身は置いて行きます……」
残念ながら射命丸には、早苗の完全なる善意と言う物がこれっぽっちも伝わっていなかった。
「それは直す!もう、タダで構いませんから。私もあの両夫妻には呆れっぱなしでしたから」
かなり力を込めて、射命丸の腕を取って。彼女の財布を彼女自身の懐に、もう一度安置させた。
「いや、でも……多分巻き込まれますよ?」
射命丸はまだ気にしていたが、早苗としては何を今更である。
「うちの諏訪子様が、遊郭街で顔役気取りだしてるんですから。今更、あの二大巨頭から逃れられるとは思っていませんよ」
「あー……」
射命丸は早苗からのその言葉だけで、深く納得してしまった。
「所で洩矢諏訪子様は?」
そう言いながら射命丸はまだ、タダでは忍びないと思っているのか。財布を懐に直そうとしないので。
グググと言うような力のせめぎ合いは続いていた。
「いますよ。稗田も何したいのか知りませんが、来る以上はいないわけにはいかないので。昨日鬼と飲み明かしたせいで、まだ倒れてますけれどもね」
「ははは」
射命丸は軽く笑うのみであったが、当事者の身内である早苗としては頭が痛い話である。
比較的うまくいっているし、今日も射命丸が呼びつけられたという事は、こちらの話ではなさそうであるが。
いざ呼びつけられた射命丸の身になれば、哀れとしか言いようがない。
彼女としても何をやったのか分からないらしく、戦々恐々とした雰囲気はいまだ健在である。
財布だって、いまだに直そうとはしていなかった。
「射命丸さん、そんなに気にしてるなら。最近評判の甘味所のシュークリーム。あれを全種類買って来てください」
これは射命丸の方に、いくらか身銭を切らせねば。当の射命丸が納得しそうになかった。しかし彼女にそう高い買い物はさせたくない。
「それだけで良いんですか?」
射命丸は眼をぱちぱちさせているが、早苗からすればその程度ですら。そもそも射命丸に身銭を切らせるのが嫌なのである。
彼女はどう考えても、巻き込まれているだけなのだから。
「ええ、十分です。どうせ多分、稗田阿求が暴走した結果でしょうからね、これは」
射命丸が何かを言い出す前に、早苗は彼女の手を引いて。会見場所に案内した。
会見場所では、カエルが潰されたような声を出している諏訪子が、座布団を枕にしていまだにグデングデンであった。
「これでも朝よりはだいぶマシになったんだ」
早苗の姿に気付いた諏訪子は、目線だけを移動させてよくなった事を強く訴えていたが。
「そうですか」
早苗の態度は冷たかった。それよりも、射命丸に座布団やお茶の用意をしてやりたかった。
射命丸がお茶やお菓子を食んでいる際は、諏訪子はまだ座布団を枕にして、ぜいぜい喘いでいたが。
複数の足音が鳴り響きだすと、諏訪子は飛び起きて。目についた湯飲みを――射命丸に出したものなのにと早苗は毒づいた。
その中にある緑茶を、一気に流し込んで気付け薬の代わりにして。何とかこの会見の間だけでも気力を保とうとしていた。
「どうも、洩矢諏訪子さん。射命丸さんを呼んでいただいて。ああ、東風谷さんまでご一緒していただけるのですね」
最初にふすまを開けて、この場に入り込んだのは稗田○○であった。
少しほっとした。稗田阿求と比べるのがだいぶ間違っているのだとは、理解しているけれども。
彼は稗田阿求の苛烈さとそれでいて○○自身に対する愛情、この二つの落差からくる化学反応を最も警戒している。
彼がこの場を取り仕切ると言うか、司会進行を担ってくれるのであれば――
「ふぅ……ふぅ……」
自分から朝一で洩矢神社に来たくせに、どうにも機嫌の悪い稗田阿求を宥められるかもしれない。
(前だけ見て。私が喋る)
稗田阿求が明らかに機嫌の悪そうなのを見て、射命丸は具合が悪くなりそうだったのを。早苗は上手く誘導してやった。
「こっちは何が何だか、まるで分らないし見当もつかなくてね」
射命丸の座りをピシっとした物にして、それ以外の事を出来るだけやらせないと早苗は決めたので。
こちら側の司会進行は、早苗自身が受け持つことにした。早苗の視線は、稗田○○に固定されていた。
上白沢夫妻もどうやら、何をしに来たのかいまいち分かっていなさそうだった。どうせ稗田阿求から呼びつけられたのだろうけれども。
後でまた、射命丸から財布を出されそうではあるなと思いながら。早苗はこの場の会話を出来るだけ、○○と自分だけにしようとした。
「まぁ、ね」
○○がやや頭の中で言葉を選んでいる様子が、早苗にはよく分かった。
ガサゴソと○○は自分のカバンの中身を見やるが、一思いにやろうと思えばとっくにできているはずだ。
どうやら早苗の必死の願い、せめて穏当にする努力は見せろと言う部分は通じたようだ。
「やや気になる文章を見つけまして」
たっぷり時間を使っていたが、出てきたのは新聞紙が一部のみであった。
○○がちらりと、阿求の方を見やる。相変わらずの様子である、機嫌が悪そうで何よりだ。
しかしなぜ機嫌が悪いのかは何となく分かった、阿求が○○の方へしなだれかかるからだ。
(だーれが。こんな状態のこいつを、取るかって話ですよ。おまけに稗田家の権力全部使って苛烈に守りやがるのに……)
早苗はひくつく口角を必死に抑えつつも。
(美人の射命丸さんを呼びつけたのはあくまでも調査のためだと、信じられないのですかね)
ここにさとり妖怪がいない事を、感謝しなければならぬような事を考えていた。
「気になる文章とは?我々はさとり妖怪では無いので、ハッキリ言って下さらないと……」
まだまだ言い足りないぐらいの早苗であるが、自分の機嫌の悪さは自覚しているので、あまり喋らない事にした。
代わりに稗田○○に喋らせる。
「ある人物の肩を随分持っているなと」
稗田○○としても、既に聞きたい事は彼の中で整理されていたのは、幸いな事であった。
射命丸の新聞の、ある一部分が赤いインクで強調されるように線を引かれていた。
「何故とか、誰がと言う部分は言えませんが。私は探偵の依頼として、この赤線が惹かれた人物を調査しています。
それだけで射命丸さんから聞き取れるとは思っていません、しかしながら射命丸さんの新聞は扇情的な部分が多い。あるいは醜聞に飛びつくようなかたちなのに」
○○は言葉を区切り、真っ直ぐ座っているがはっきりと言ってまだ酒臭い諏訪子に、新聞を手渡した。
「あ、ああ」しかも目を開けながら寝ていたのではないか?この反応の遅さは。
「赤線を引いた前後を読んでください」
「…………なんか英雄譚じみてるね。射命丸の新聞っぽくない、ずっと誰かを褒めているね」
射命丸が喉の奥からキュウと言う音を漏らしているのが、早苗にはわかってしまった。
「射命丸さん、お頼みした物は手に入れれましたか?」
「しゃ、写真だけですが。現物は、歩荷達の管理物なので中々……」
「十分です」
射命丸が懐に入れていた封筒、そこに何枚かの写真が入っているのだろうけれども。
○○が受け取ろうとすると、稗田阿求が割って入り。射命丸からひったくるようにして奪い、それから○○に阿求の手で渡していた。
こんな面倒な事をしないと、安心できないようだ。
稗田○○はやや思考を回して、射命丸に何か言おうかと迷ったが。
「どうも、助かります」
この言葉のみで終えた。その方が良いだろう、稗田阿求がこの様子では。
「ふむ…………悪い予想ほど当たる」
○○は何枚かの写真を、皆にも見せてくれた。
だが早苗はチラリとしか見ずに。
「千切れたロープの写真ですね。これに何の意味が?」
○○に早く話を進めろと圧力を加える。稗田阿求の方は見なかった。
「千切『られた』ロープの写真です」
○○は千切れたロープの写真に対して、これは人為的な物だとの補足を加えたら。
射命丸の頭が前に倒れて行った。
「脅されているんです!!雲居一輪と物部布都に!おまけに物部布都は、星熊勇儀と仲良くなってしまって!!断れないんですよ!!
おまけに歩荷が事故を起こす事を、あいつ等私に伝えて、私を事後従犯に仕立てもしたんです!!」
そして射命丸は土下座の体勢を作り、自分の苦境を訴えて。許しを請い始めた。
○○はこめかみを抑えながら。
「だろうなとは思ったが、鬼の登壇までは予想していなかったな」
また一段深くなったこの事件に対して、重々しくつぶやくしか今は出来なかった。
続く
お手すきでしたら、ご感想の程よろしくお願いいたします
夢の中で
走る、走る、足を動かし懸命に走っていく。体の感覚は曖昧で、地面の感覚も不確かで、ただ僕はがむしゃらに走っていた。
彼女に会わなければ、それだけを思って足を動かしていく。行く先も考えずに、必死で僕は走っていた。
ふと目の前に彼女が現れた。脈絡がなく、突然の出来事で、それは余りにも唐突で。だけれども僕は何も違和感を覚えずに、
彼女が居ることに安心していた。彼女が青い帽子を取るといつものように髪がサラサラと零れていた。青い色がトレードマークの
天界の服が、風も無いのにフワフワと揺れている。僕が彼女に手を伸ばそうとすると、彼女が何か僕に話しかけてきた。
「----」
彼女の口が動き、何かを僕に向かって言う。けれども僕には聞こえない。いつもならば聞こえる筈なのに。何か、一体何なのか。
僕が彼女に手を伸ばし、体に触れる瞬間に-
手にした布団の感触で違和感を感じ、目を開けると暗い部屋が目に入ってきた。寝起きで強ばっていた体を動かすと、徐々に
視覚に情報が入り込んできた。まだ夜も明けない未明の時間。僅かに灯した部屋の明りが枕元に置いた時計を照らし、
都会の静かな空間を作り上げていた。夢で彼女を見たのは何故だろうか。ボンヤリとした頭で考える。それ程までに、そうだったのか。
それとも夢の出来事なのか。夢うつつの頭にとりとめのない考えが浮かび、闇に消えるようにして霧散していた。
夢の出来事だった。そう考えてもう一度眠ろうとした僕に、彼女の声が聞こえてきた。
「ねえ、○○---」
寝耳に水が入ったような衝撃で起きかけた意識が、何故だか急速に色褪せて、僕は無意識の中に引きずり込まれていった。
>>450
正常な人物と異常な人物の差は何なのか。ふと弾みで壊れて行きそうな危うさがありますね。
>>450 の続きとなります
「鬼は、いや……星熊勇儀ならば自分の強さとそれを振るった際の余波は自覚している。となればやはり、雲居と物部か」
射命丸が脅されており、歩荷たちの事故はやはり作為があり。無論のこと犯人は雲居一輪と物部布都。
互いが互いを恋敵だと理解して、認めるには程遠い敵対関係だと言うのに。意中の男に利益があれば変なところで共闘。
しかも物部布都が最近、鬼と急接近を果たしていると言う新情報も与えられてしまい。
この会談にて射命丸を呼びつけた成果と言うのは、なるほど確かに存在していた。調査するならば、知らないままでいるよりも知っていた方が良い。
だが一気に与えられてしまえば、望んでいた未知の情報とは言え頭がくらくらとしてしまう。
○○はさすがに意識を飛ばしこそはしなかったが、その代わりに眉間やおでこに深いしわを刻みながら、今すぐに対応を考える羽目となった。
上白沢の旦那は稗田阿求の方を確認してみたが……やはり確認しない方が良かったなと言う感覚に襲われた。
なんともまぁ、楽しそうな顔をしていたのであった。
さすがに夫である稗田○○が真横にいる手前、事態の急速な悪化の可能性も理解できているから演じているが。
急速に深刻な表情を作ってぶつぶつと、現在の状況とそれに伴う対応を頭の中で整理している○○の背中を。
甲斐甲斐しくさすってやったりしているが、結局は稗田阿求の愉悦とは、この夫が辣腕を、ともすれば強権をふるう事にあるのだ。
しかし悲しい事に、○○だって強権をふるう事に対して、拒否感こそあるが仕方ない場合もある程度には考えているし。
愚かしくも稗田○○の個人財産からの横領を、幾度にもわたり実行した下下手人は。○○の『持たされた』連発銃の餌食となったが。
○○だって理解している。それだけの強権を許されたのは、強権をふるう道具として手に持っていた連発銃も。
結局は稗田阿求からのおこぼれだという事ぐらい。
だから今回だって、もしかしたら。
最終的には雲居一輪と物部布都の両方を呼びつけて。○○の考えた協定案を、無理やり飲み込ませることになるやもしれない。
残念なことに実はそれが結構、ありかなと思える位の結末なのだが。それは置いておく。
上白沢の旦那が思っている事の肝は、そんな事になっても恐らくはまぁまぁ何とかなる。
しかしその何とかなる原因は、○○の人徳なんぞ一切関係が無い。稗田阿求の、九代目としての力が漏れているだけだ。
それが分かっているから、○○は強権を振るう事を嫌がる傾向にある。しかし、稗田阿求は、その事を理解しているのだろうか。
していないはずは無いと思いたいのだが……していてこれなら救いようは無いのだけれども。
ふっと、多分ここでは一番冷静そうな東風谷早苗の方を見たら。
確かに稗田阿求の方を見ていた。上白沢の旦那は、彼女の苛立ちを見れて少し安心した。
「よし……ひとまず、洩矢諏訪子さん。頼みがあります」
「……ああ。聞くよ」
早苗は、この諏訪子の重々しさは。二日酔いによるものなのかどうか、判断が付きかねた。
「遊郭街に、星熊勇儀さんが遊ばれている事実は?」
「知ってるよ……昨日も鬼としこたま飲んでしまって、ぐでんぐでんだったんだ」
「ぐでんぐでんの所、誠に申し訳ありませんが……星熊勇儀さんと接触して。それとなく物部さんの話を仕入れてくださりませんか?」
「行ってくるよ」
返答もそこそこにそう言って諏訪子は、おもむろに立ち上がって部屋を後にした。
「ご足労おかけいたします」
○○はそう、丁重に謝意を含めて詫びたが。早苗から見れば、そんな丁重な姿は必要なかった。
体調不良はただの二日酔いだし、すぐに席を立って遊郭街へ赴いたのは。
良い顔をしない早苗から逃げて、向こうで寝ればゆっくりできるぐらいには考えているだろうから。
「よし……星熊勇儀に関しては、現状これ以上の接触は持たない方が良い。鬼は中々神経質な種族だからな」
懸案が一つ、片付いたわけでは無いが対処を見つけて。○○も少しは思考のまとまりが回復してきたようだ。
「次は……射命丸さん」
「は、はい!」
洩矢諏訪子の時は、目を開いて相手の方を見ていたが。射命丸が相手になると。
考え事をしながら――と言う体だと上白沢の旦那は見抜いていたが。目をつむりながら、射命丸とは全く違う方向に顔をやっていて。
これならば不意に目が明いても、射命丸の姿は見えないはずだ。
そこまで気を使うか、稗田阿求に。
「雲居さんと物部さんは、また来られますか?」
「え、ええ……」
○○が顔をひっきりなしに動かすものだから射命丸は、少し気圧されて。付き添ってくれている東風谷早苗に目をやったが。
「考え事に夢中なんですよ。気にせずに答えて大丈夫……ですよね?」
東風谷早苗は、大丈夫だとは思いながらも稗田阿求に確認を求めた。早苗は稗田阿求の事をよくは思っていないが、しかし警戒すべき相手ではある。
「ええ、もちろん。思考の邪魔さえしなければ。むしろ質問に答えない方が思考の邪魔です」
言い方が悪い!上白沢の旦那の脳裏にはこの言葉が浮かんだが。稗田阿求を相手にすることの不毛さは理解している。
大体、人里に住んでいる以上。稗田阿求の機嫌はそこねられない。
そう言う意味では東風谷早苗の方が、この言葉を言える余裕があるのだけれども。
彼女は彼女で、稗田阿求とサシで本気の相手をする気が無い。特に稗田○○が絡んでいる以上は。
「えっと……来ます。昼を過ぎたら、1時ごろに来ると」
しかし喋れと言われたのならば、射命丸には黙ると言う選択肢は無い。
「両方ともですか?」
「はい、両方とも」
「二人が何を話したか、会話を終えたらすぐに……ああ、いや。また射命丸さんに何か頼むかも」
雲居一輪と物部布都の目当てが射命丸である以上、なるほど確かに横道に逸れさせるのは二人が気づく原因を与えかねない。
「ネズミ……いや、即応性に欠ける。人里ならともかく。そうは言っても借り物だ」
ネズミも、妖怪の山と人里を往復させるのは。借りものである以上、余り酷使もしたくなかった。
しかも射命丸の自宅兼作業場は、中々に深い場所だと言うのは分かっている。
飛べるならともかく。
「……東風谷さん」
そう、東風谷早苗ならば飛べるから。情報の伝達にある程度の速度を持たせられる。なのでおずおずと、○○は声をかけたが。
すぐに、横には阿求がいる事を思い出して。別の意味で申し訳なさそうな表情を作った。
この状況で断れるはずがないのだ。なのに、東風谷早苗に頼みごとをする雰囲気を見せてしまった。
これなら射命丸に、横道にそれて稗田邸に情報を持ってきてくれるように頼んだ方が良かったのでは?
そうは思ったが、もう遅い。
「分かりました、分かりました。雲居一輪と物部布都の会話内容を記録して、持っていきますよ」
しかし早苗は、○○の苦境は理解しているので。稗田阿求に対する呆れの感情はあるが、○○からのお願いを無下にするほど非情では無い。
その優しさが○○の身に染みて、彼は大きく頭を下げたが。
どうにも稗田阿求は、それが面白くないようだ。なるほど確かに、東風谷早苗も射命丸文と負けず劣らず美人だ。
嫉妬深いのもここまで来れば、橋姫こと、嫉妬の権化である水橋パルスィといい勝負が出来そうだ。
だが、このままでは○○が可哀想だと言う感情が勝り。
「いくらくれます?」
少しばかり実際的過ぎて、嫌らしい話……金の話を持ち出して、中和してやろうと考えた。
稗田阿求の顔が、少しほころんだ。東風谷早苗との間に、妙な信頼関係や絆(きずな)が出来る気配が消えたと思ったのだろう。
クソが!早苗は人差し指を立てているけれども、心の中で中指を立てていた。
「そうですね。洩矢諏訪子さんにも頼みましたし、射命丸さんにも何も無しと言う訳にはいかない」
そう言って○○は三本指を立てた。(明治時代の1円は、現在の1万5千円前後)
「三円ですか……まぁ、仕事の難易度が低いですからね。立聞くだけですし。文さんも、稗田から仕事貰って実入りがあるから、丁度良いのかな?」
そういえば射命丸文は、遊郭の動向を毎週文書にまとめさせて、届けさせていたのを思い出した。
いつだったか射命丸から、割の良い仕事だが稗田には余り関わりたくない。とぼやいていたのを聞いた。
立ち聞きを喋るだけで1円もらえるなら、確かに割が良いと思ったが。稗田阿求がまたぞろ、余計な事を口走った。
「あなた、折角ですし三十円渡しましょうよ」
この言葉を聞いて、早苗は口に含んだ緑茶が喉を通らなかった。三等分しても、十円もらえるのだから。
ただの告げ口にである。
横では射命丸が、平身低頭で頭を下げている。だが脂汗のような物を垂らしているのは見て取れた。
相場が滅茶苦茶すぎて恐怖すらしているのだろう。
上白沢の旦那は口をあんぐり開けて、驚愕していたが。慧音は苦笑、どうやら稗田の金銭感覚に慣れているようだ。
だが早苗の感じた一番の恐怖と言うか、嘆きは。
「そうだね。それじゃあ、三十円お渡ししますので。等分して洩矢諏訪子さんにも十円をお渡しお願いいたします」
稗田阿求に全く物を言わない稗田○○であった。
三十円は、幻想郷では大金のはずなのに。
もしかしたらもう既に、○○が外にいたころの感覚は。金銭感覚も含めて。
順調に破壊されているのかもしれなかった、稗田阿求の手によって。
続く
お手すきでしたら、ご感想の程よろしくお願いいたします
もしも、○○が誰かを殺めてしまったら
まぁ、全力で○○が犯人にならないように守るだろうけれども
キャラの特色で全く違う動きするだろうから、考えたら面白そう
あー……PCとスマートフォンで投下してる名残(キャッシュ)がぁ
申し訳ない
よくある
続き待ってます
関西熟年夫婦5 久々に投稿 弐号に転落した華仙ちゃん
――――――――――――――――――――。
もうわかった。うん。あの人だな。
重心が右に傾き、下手な音頭を取るように摺り足で歩く長身の男。
昼どき、繁華街の人込みでも、収まりの悪い異物感をたたえて彼の頭がもたりと揺たれながらこちらへ近づいてくるのが見えた。
「相変わらず、人に物を教える人間とは思われへんな」
机に並べた化粧道具を信玄袋に詰め込み、手鏡を開いて今日の出来栄えをみる。
下唇右下の紅が少しだけはみ出していた。よかった、こういうの男は何かと見つけてはすぐに萎えようとする。
指で紅をぬぐい、舌で唇を湿らせた。苦い。
「うん、かわいい」
「こんなクソ暑い日にようおそとですわってられんな、おじょうさん」
「外来人まるだしの格好で、女に会いに来る感性の人間に言われたら傷つくわ」
腕を伸ばして、彼の袖を掴んで立ち上がった。
「いこか」「うん」
私達が歩いていても、彼らは一瞥するだけで隣を通り過ぎていく。横目に好奇をちらつかせて。
なんだかんだ、自分もそれにはもう慣れてしまっていた。元々は青蛾のものだったけど。
どこで彼の優先順位が入れ替わったのはわからない。あの日は爪先が荒れていたのかもしれない。
化粧室から帰ってくるのが遅かったかもしれない。
今は楽しい。最後にあった日は前の季節の始めごろだった。
前よりも早かった。それだけでうれしい。
今日はいつまで一緒にいれるのだろう。前よりも長くいてくれたら。今日は彼にとって合格点だったのだろう。
可愛い華でいないと、可愛い、可愛い、華でいないと。
重たい硝子戸を引く音が聞こえた。
「今日は早かったわね」
机に並べた化粧道具を信玄袋に詰め込み、手鏡を開いて今日の出来栄えをみる。
右眉の左端が少し薄く描きすぎていた。よかった、こういうの男は何かと見つけてはすぐに萎えようとする――――――――
>>430
こういうスナック感覚で読めるヤンデレ好きなんだよなあ。
さくっと表情が想像できるの、すばらしい。
わかさぎ姫「私、あなたと話していると幸せなんです。もう、あなたの居ない生活なんて考えられない」
わかさぎ姫「でも、ずっとこのままでは居られないんですよね」
わかさぎ姫「私があなたと出会って30年は経ちました」
わかさぎ姫「人生は50年ほどしかないと聞いています。もうあなたはそれほど長く生きられない」
わかさぎ姫「それで、私、考えたんです」
わかさぎ姫「人魚には色々な言い伝えがあります。人魚の歌を聞いた船乗りは遭難するとか、人魚の脂を体に塗ると寒さを感じなくなるとか」
わかさぎ姫「……人魚の肉を食べると、不老不死になるとか」
わかさぎ姫「この湖で船を出す人なんて居ませんし、痛いのは嫌ですから言い伝えを確かめてみたことなんてありませんでした」
わかさぎ姫「でも、あなたを失うことの方が痛いのより嫌なんです」
わかさぎ姫「効果があるかは分かりません。でも、試さずにはいられなかったんです」
わかさぎ姫「この料理、食べてくれますか?」
短編? なんとなくオリキャラでるけど気にしないで。
「だ、krrら!なんかい言ったらわかんのんじゃ、あのクソ嫁ぇ!」
そう言い放ち、右手を仕切り台に叩きつけた。
「いった!揺らすから指きれたじゃん、勇儀。酔っ払いつれてきたんならちゃんと面倒見な!」
「わぁるい。ほら、酒こぼれてるよ、ちゃんとしな」
この男はとにかく切れていた。
深夜弐時の晩酌を一人で楽しんでいると、玄関先から薄戸をぶっきらぼうに何度もたたく音が聞こえた。
下着一枚、甚平をのんびりと着流して、戸を開いた。
「……また、麻美と喧嘩でもしたのかい」
そこには、玄関先の地べたで既に赤面状態の酒臭い男が尻もちをついてうつむきがちにしかめっ面をしていた。
「……一杯、付き合えや」
「いやだね、晩酌中なんだ。痴話喧嘩によそ様を巻き込むんじゃないよ」
「かえらん…。かえらんぞ……、ここで折れれば男がすた、る」
と言った瞬間に、ぱつんっ、とフグのように男の顔がふくらんで口元から、えのきが2本飛び出した。
数秒かたまったのちに、こりゃ風呂桶持ってこなけりゃいけんなと考えていると、男は心底不味そうに嘔吐物をゆっくりと嚥下した。
私は、ため息をついて、しゃがんで服の袖で男の口元を拭いてやりながら、
「わぁーーったよ、付きやってやるから服着替えな。前においていった着物あらってっから」と自宅へ促した。
―――――――――――――。
「藍、日本酒一合と二号ひとつずつ。こいつのは、白湯に二、三滴たらすだけでいいよ」
「勇儀、銘柄は何呑むの?」
しゃなりと音が聞こえた気がした。少し絞めれば折れてしまいそうな骨格だな。
「――――漣でいいかな、辛口がのみたい」
「はい、かしこまりました」
数年前から、藍の所作や見なりに目がいくようになった。
細く艶やかな金髪に、薄く透明な長い眉。冬国の女のように毛穴一つない肌。
「華奢」とは、本来この女のために生まれた言葉ではないのか。と男の背中をさすってやりながらぼんやりと考えた。
喧嘩の理由は、些細なものだった。
麻美が軒裏の川辺で洗濯仕事をしていた時に、男の息子が一人でひこうき遊びとやらをしていて、家の前の路で配達中の外来人に
轢かれかけたことが麻美の耳に入ったらしい。
男は、家の中で子どもの面倒を見ずに趣味の将棋を打っていたことが妻にとっては許しがたいことだったらしい。
この夫婦は普段は仲睦まじいのだが、お互いが同じ気性の荒い故郷の出身だったため、頭に血が上ると手が付けられなくなるのだ。
正直、月に一度は似たようなことが起こるため、その愚痴に毎度付き合わされる立場の鬼にはたまったものではない。
「たくよぉ、子供ができてから一気に嫁から母親に変わりやがって。母親ってのは日々家計を支えてる夫をもう少し大事にあつかえってんだ」
射命丸「大丈夫ですよ、椛。監視や付きまとい、尾行がバレたのは確かに最良ではありませんが」
射命丸「それでも椛は私と同じで美人で可愛いですから」
射命丸「それなら、男性は反応できます。バレたのならもう開き直って押しきりましょう。襲ってくれたら最高ですよ」
射命丸「あ、詰め寄られたとき胸元がはだけやすいように、服に切れ込みいれといても良いですね」
言霊
「……何て言ったんだい、さとり。」
「ここから出れば酷い事が起きる、と。そう言いましたよ○○さん。」
僕の目の前で言う彼女。その目はしっかりと僕を捉えており、嘘を付いているようには思えなかった。
僕の考えたことを読んだのだろう。彼女の目が細くなり表情が変わった。
「あらひどい…。私が嘘を付いていると思っているのですのね。」
そう言いながらも彼女の顔は笑みさえ浮かんでいる。まるで全てを見通すかのように、神の言葉を告げる預言者のように。
ゆっくりと伸ばされた手が僕の肩に掛けられる。服の上から触られただけなのに、まるで心臓を掴まれたかのように、
僕の体が震えた。
「まあまあ、こんなに怯えて…。」
「……ッ!」
「ああ…なんて悪い子…。」
さとりの手が僕の唇に当てられる。口を塞ぐように、声を出させないように。そして意思を砕くように。たった指一本だけだったが、
僕の激情が彼女の指によって押さえこまれているのを感じた。
「不安なのでしょう?私の言葉が。」
「……。」
肯定することもできず、然りとて否定することもできない僕を見透かすように彼女は言う。
「これまで私の言ったことが外れていた事が有りましたか…?」
「○○さん、よく思い出して下さい。全て当たっていたでしょう?」
「そして私の言ったことに従わなかったら…どうなったか、思い出しましたか…?」
僕の額に汗が浮き出て、流れ落ちてくる。徐々に、しかし段々と多く。彼女の顔が僕の耳元に寄せられる。
「ねえ、酷い事になったでしょう?」
「もう一度体験したいですか…?」
「戻りましょう。私の居る場所へ…。」
彼女の囁きに、僕はその場から動くことができなかった。
>>455
○○が万一外の世界に戻ってしまっても、最早生活が出来なさそうな。
結果としてそうなったとしても、中々に恐ろしい…
>>461
果たしてわかさぎ姫の言葉を断れるのか…無理かな…
メリー「あなたいい人」
メリー「だから簡単に騙される」
こんな情勢だからエイプリルフールと言われてこんなのが思い浮かんでしまった
幽々子様へ
今日は○○さんにプロポーズされてから一周年の記念日です。そして、○○さんの四十九日でした。
私、○○さんからのプロポーズに心を打たれたんですよ。
「これからずっと、末永く幸せに暮らそう」
○○さんはそう言って私に指輪を渡してくれました。あの人はこのとき既に自分の命が長くないことを知っていたんですね。永遠亭で確認してきました。
今日は4月1日。外の世界では嘘を吐いても良い日として知られているそうじゃないですか。
先が短いことは分かっている、でも、命短き境遇で私を泣き落とすことを良しとしなかった。だからこの日に普通に告白したんだ。
姑息です。卑怯です。
そんなこと気にしなくても、私は○○さんのことがずっと好きだったんですから。
残された時間が短いなら、それ相応の思い出作りがしたかったです。なのに、○○さんは三ヶ月もしないうちに入院生活に入ってしまって……
半霊である私にはあと何十年も時間があるはずなんですよ。それをこれっぽっちの思い出だけで乗り切れだなんて、残酷じゃないですか。私には耐え切れそうにありません。
ですから、私は○○さんの後を追います。
自分勝手であることは理解しています。遺される側の辛さは身にしみていますから。
それでも、駄目なんです。
不出来な従者の身勝手をどうかお許しください。
妖夢より
病みナズ エイプリルフール編
…〇〇?起きてるかい?…あっ、あのね…その…
…わっ悪かったね…冷静になって考えてみたんだがね…やっぱりいくらなんでも監禁するのはやり過ぎたと思ってね…
…
すまない…すまなかった…許してもらおうとなんか思ってない、いくらでも私を罵ってくれ、私を嫌ってくれ、私はそれに値する存在だ…
…さぁ、これで君は自由だ、本当に…長い間すまなかったね…
…うわっ!…え…?な、何してるのさ、なんで私を抱き締めるのさ…あ、そうか、一週間ぶりだもんね…上手く立てないよね…
…?違う?…じ、じゃあなんで君は私を…?
…っ…だって私は…君の事を…無理矢理…
…う…ぁ…っ…ごめんね…っ…ごめ…ひぐっ…うっ…ごめんなさい…っ…
…ん、太陽が…眩しいね、いい天気だ。さぁ、行こうか、博麗神社まで送らせてくれ。
[少女飛行中…]
…ん、見えたね、あともう少しだ…
…そうだ、そういえば今日は何の日か知っているかい?
…あ、そうか、君は分からないか…
じゃあ教えてあげるよ…
今日は"えいぷりるふぅる"だよ
…くふふっ!そう!嘘をついてもいい日さ!
この場合どこからが嘘だと思う?そう!君を逃すという所から嘘なんだよっ!
…あぁ…そう、その顔だよ…君の顔が絶望に怯える顔…あぁ、堪らなく愛おしい…
おっと、あまり暴れると君を落としてしまうよ?この高さだ、人間である君ならぐちゃぐちゃになってしまうんじゃないかなぁ、ねぇ?
…でも大丈夫だよ、私は君がどんな形になってしまっても愛してあげるからね…さぁ、私の家に帰ろうか…
…ん?なんでわざわざこんな事を…って?
…だって君、最近私から逃げるのを諦めてたじゃないか。駄目だよ、そんなの。人間っていうのは生に執着する姿こそ美しいんだからさ。もちろん君も例外じゃないよ?
最近の君はまるで魂がなくて…人間らしくなかった…そんなのつまらないじゃないか…
だから一度希望を見せてあげれば元に戻るかなって思ってね、たまたま"えいぷりるふぅる"だって聞いてちょうどいいと思ったのさ。外の世界の風習に則って事を起こせば君も喜んでくれると思ってね、いやぁ、上手く行ってよかったよ。
ずっと、ずうっと一緒だからね?私だけの〇〇♡
>>467
治せなかったことを永遠亭あたりに責任転換しないあたり、妖夢はいい子なんだが……
幽々子様や、妖忌が見たらと考えると心が苦しくなる
>>468
おそらく、このナズーリンが最も恐れているのは。完全な無視だろうな
だからこんな、わかりやすい悪党になったのかもしれない
次より、権力が遊ぶ時の14話を投稿いたします
「しまった!!」
射命丸の自宅及び、新聞製作の作業場に到着してからいくらか時間がたった折に。
東風谷早苗がいきなり、ひどく悔しそうな声を出して両腕を振り上げたかと思えば大声を上げ始めて。
「最初からお金の話なんて持ち出さなかったらよかった!!あの女の嫉妬をなだめなきゃいけない○○さんが可哀そうで、報酬の話をしたけれども……!?」
「ここここ、東風谷様!?」
射命丸は急に暴れる一歩手前になった早苗を見て、普段は早苗に文とざっくばらんな関係であるはず射命丸ですら。
怯えてしまい、久方ぶりに早苗に対しては使ったであろう様付の呼称を用いてしまったが。
「ああ……すいません、文さん。急に気づいちゃったんですよ……あいつの、稗田阿求の深淵なるこだわりにね」
そこそこよりも確実に仲のいい射命丸からの警護に、幸いにも早苗はここがどこで、近くにだれがいるかどうかは思い出してくれたし。
早苗が見せた苛立ちの原は、もちろん射命丸ではなかったが。
生まれながらの天狗であり、妖怪の山で生きていようともわかる、稗田の家格を知る射命丸にとっては。
八つ当たりでもいいから、早苗には射命丸文に対してぎゃーぎゃー言ってほしかった。
ここには早苗と文しかいないとはいえ、稗田阿求に対して『あいつ』等と口走る早苗のほうが、よほど怖かった。
自分が新聞製作を生業の一つにしているからこそ、他のブンヤだって耳ざといし目端も利く事ぐらいわかっているから。
しかし、東風谷早苗は止まらなかった。
「文さん、見えてましたよね?私がお金の話を持ち出して、いくばくかの報酬を求めたとき、稗田阿求が笑ったところ」
「え、ええ、まぁ……ブンヤですから、目端は利かせてないと商売になりませんから…………」
会話に付き合うのもまずい気はしたが、ここでまるで会話しないのも早苗の不機嫌さに対して、燃料を与えるようなものとしか思えず。
結局、会話は出来上がってしまった。
「告げ口に1円(明治時代の1円は現在の1万五千円前後)もらうだけでも、ずいぶん稗田からの施しをもらいますが。まぁ、まだ良いですよ。
でも1人10円も渡したのは、間違いなく私たちを陳腐化させるためですよ!仮に稗田○○に助力してお礼をもらった事が世間に知れても……
いや、稗田阿求なら必ず、この話をばらす!たかが告げ口に10円もらったとは、さすがにそこまで露骨な表現はしないでしょうけれども。
だとしても、丁寧な言葉に隠して見下した感情をうまくあの女は乗せてくる!少しは学があれば、私も文さんも、稗田○○の仕事にたまたま協力できたのを良いことに!
妙に吹っ掛けて金を得たなと思える、そんな噂を、稗田なら流すぐらい造作ありませんよ!!」
射命丸が聞いていてくれているのをいいことに、早苗はほとんど息もつかずにしゃべり続けたが。
彼女だって、風祝であり現人神であるだけのことはあり。これだけ興奮していてお、ちゃんとした文章を作っており。
叫んでいるような気配はあるが、完全には叫んでおらず。ちゃんと射命丸の耳にも聞こえて、理解することができた。
だからこそ、射命丸は神妙な面持ちを作っていた。早苗の言うこと、稗田ならば、というよりは九代目である稗田阿求ならば。
稗田○○に対して、本来ならば自分がもっと上手に出られるだけの格があるはずなのに。不思議なことにあそこまでの健診を見せている稗田阿求ならば。
東風谷早苗が先ほど予想した通りのこと、たまたま協力できたのをいいことに小金を大目にもらおうとする。
そんな早苗と文たちの姿を、稗田阿求ならば出入りしてくれるやんごとないお身分の方々や、主治医やら奉公人達に対して。
それとなく伝えていくだろうし。そして稗田家に出入りできる存在ならば。そういった言外の行動を察知して、理解できるだけの能力がある。
たかが告げ口に10円も巻き上げた……とまではいかないでも。さかしらに小金をせしめたぐらいには思われるのは、もはや避けようがない。
「文さんは悔しくないんですか!?」
早苗はそう言って、射命丸文の自尊心に訴えかけるけれども。しかしながら射命丸は、黙って首を横に振って。
「相手は稗田です。それに稗田家にとって、10円を三名に渡すぐらい。何てことないんですよ。
これでも長く生きてますから、稗田家の財政状況も少しは知ってます。今日のこれは、私たちにおまんじゅうを奢ってくれる程度の出費です」
呆れの意思が混じった冷静さで、何よりも今は目の前で鼻息を荒くしてしまっている早苗を。
彼女を何とか落ち着けようとして、私は――早苗の前には諦めたように見えたが――何とも思っていませんからと。
そう言いながら早苗のことを落ち付けていた。
諦めたような射命丸の表情が気になったが。
早苗は一つだけ質問した。
「私がここで……まかり間違って、稗田に文句を言ったりしたら。やっぱり、迷惑ですか?」
「…………ええ、かなり」
そこそこ異常に仲のいい早苗に対して言うものだから、射命丸はかなり迷って、申し訳なさそうにしていたが。
しかしながら、射命丸文の口から出てきた『かなり』という言葉が、真実であるということは十分に信じることができたし。
「10円がおまんじゅう奢る程度も、ですか?」
「ええ……残念ながら」
稗田家にとっての10円の価値が、自分たちと比べて著しく低いことも。やはり真実だと信じられたが。
それよりも射命丸の言葉のほうに早苗は惹かれた。
射命丸は稗田家にとっての10円の価値が低いことに、残念なことにと言った。
なぜその部分を早苗が重要視するのかは、言っても理解してもらおうとは思っていないが。
「そうですか……じゃあ、私と同じような感覚の貴女に、迷惑をかけるわけにはいきませんね」
今この状況で早苗にとって最も重要なのは、射命丸文が苛まないことであった。
「しかし稗田は、と言うか稗田阿求は驕っていますね。10円がおまんじゅう一個奢るのと似たような価値観とはね」
なので早苗は、この稗田阿求に対する憎まれ口を、射命丸だけに聞かせて終わりにした。
早苗が矛を降ろしたのを見て、射命丸はようやく肩に込められている力を解いて、楽にしてくれた。
第一、自宅で肩ひじ張っている射命丸の姿がること自体がおかしかったのだ。
そう、これで良いのだ。稗田阿求との喧嘩は、東風谷早苗個人で行うべきだ。だから何かを言おうとする射命丸に手の平を見せて黙らせながら。
「なんかむかつくから、これがおわったら、甘いものでも食べに行きましょうよ、文さん」
露骨なぐらいの笑顔で、早苗は射命丸のことを黙らせた。
少なくとも矛は収めてくれた以上、これ以上早苗に突っ込みを入れるのも無粋である。
「……そうですね」
射命丸もさすがに、早苗が何かを考えているのは察知したが。自分をまきこまないでいてくれるのは、そう意識して動いてくれるのは。
理解して、ありがたく思うべきであった。
そもそも洩矢神社はすでに、洩矢諏訪子の暗躍癖が存分に発揮されていて。何かがあった際の中心地帯と化してしまっている。
ならば、稗田からすればたかが天狗の自分は。身を引くべきなのかもしれなかった。
「そろそろ時間ですね。私は奥で隠れていますよ」
雲居一輪と物部布都が、一方的に言いつけた時間が近くになったのを、壁掛け時計で見やった早苗は。
せっかく射命丸が用意してくれたお茶とお茶菓子がまだ残っているのにと、恨み節にも近い雰囲気を出しながら奥に向かった。
射命丸は、一言声をかけようとしたが。これが終わったら美味しいものを食べに行く約束があるので。そこで何とかするしかなかった。
どちらにせよ、一線の向こう側が二人も射命丸の自宅兼作業場に乗り込む前に。他の事はやるべきではなかった。
少なくとも今の状況で何とかしようとするのは、早苗に迷惑というか、不義理であろう。
早苗が奥の部屋で待機しだすと、場が一気に寒々しいものに変わった。
これがしばらくすれば、修羅場一歩手前にまで発展してしまうのである。
何を考えているのかは知らないが、恋敵がわざわざ同じ場所に介することを計画している。
どちらも相手を嫌がっているくせに、抜け駆けを警戒して互いが互いを監視することにしている。
こんな事を言えば射命丸は雲居と物部の両名から、恐ろしいだけの悪感情をもらうことになるし。
奥で警戒してくれている早苗が、これはもう駄目だと考えてくれて、乗り込んでくるであろう。そうなればこの自宅兼作業場も、どうなるか。
そうならなくとも雲居と物部両名の、痴情のもつれから来る、悪くすれば殴り合いを止める羽目にはなりそうだが……。
それはそれでやっぱり、早苗は自分のために出てきてくれるだろう。
恐ろしく不謹慎な考えではあるが、妖怪の山が噴火してくれないかなと考えてしまった。
そうなれば、少なくとも今日の会合は延期となってくれるだろうし。運が良ければ稗田○○が何とかしてくれそうだ。
しかし不謹慎ながらも延期が許されるような事態は、一個も起こってくれず。
「あややややぁ〜開けます、開けますから!扉をそんなにけたたましく叩かないで。壊れる、壊れる……」
およそ友好的とは思えない来訪の仕方を伝える、殴りつける扉の音で舞台の幕が上がったのが伝えられたし。
最初の一歩目から、早苗はいきなり沸点ギリギリまで怒りの目盛りが上昇もした。
早苗のこともなだめたいが、自宅の設備をぶち壊しかねないこの来訪者の相手もしなければならないと着て。
射命丸はいきなり二律背反に立たされてしまった……。
せめてこの来訪者である、雲居と物部が大人しくしてくれているのならば。早苗もプスプスとした音や煙が頭から出そうでも。
射命丸への迷惑を考えて、何とかこらえてくれたろうけれども。
扉を開けた先にいたのは、物部布都だけであった。
「我しかいないのか!?」
射命丸の自宅兼作業場へと、無作法に上がり込んだ物部布都であるが。手土産はおろか挨拶も抜きに、いきなり喧嘩腰であった。
「雲居一輪はどうしたと聞いているのだ!?なぜ、我しかいないのだ!!あの腐れ尼僧の飯炊き女!!」
幸いその喧嘩腰は射命丸へは殆ど向いておらず……とはいえ、物部布都の言い草はもはや聞くに堪えない位の物であった。
尼僧であることを、仏教とは敵対していることを隠さない、道教信者の物部布都である事を加味しても。酷い以外の評価はない。
雲居一輪への表現は、首魁の豊郷耳神子に聞かせてやりたいと、早苗は思わず舌を打ちながら聞いていたが。
残念ながら射命丸にそこまでの余裕は、一切存在していなかった。
「その……別に私は、いらっしゃるという事しか聞いていないので。二人で来るみたいな事は確かに聞いていますが、聞いているだけなので……」
射命丸は自己弁護に終始するしかなかったが、実を言えば射命丸の言葉を物部布都は聞いていなかった。
「しくじった!!」
しばらく口に手を当てて考えていた物部布都であるが、何かに気づいてまた大きな声を出した。
「あの卑しい女め!!すっぽかして我を置いていきおった!!」
その卑しい女とは……どう考えても雲居一輪の事ではあるが。早苗からすれば物部布都も大概、こちらに関しては卑しいよりもずっと酷い。
「おい、ブンヤ!こんな感じで頼むぞ!!」
紙の束を叩きつけるような音がしたかと思ったら、また、ドタドタとした音を出したかと思えば。
扉をバタンと、やっぱり大きな音を出しながら叩きつけるように閉めて。それで物部布都は出て行った。
そして入れ替わるように、東風谷早苗が出てきたが。最初の約束通り、稗田○○に渡す情報をメモ帳に書いていたが。
少し見ただけで、乱雑に直してしまって。物部布都がったたたきつけた紙の束を拾い上げた。
「多分、こっちを見せたほうが良いでしょう……なんというか、好きな人のためなら何でもするんですね。私もそうなっちゃうのかな、不安ね」
早苗が拾い上げた紙の束の内容は、やはり件の男性に関わる事ばかりであった。
――自分たちが仕組んだくせに――事故で歩荷が何人かケガを負って、しばらく動けなくなった事で。
残った歩荷に負担が大きく乗っかることになったが。それでも雲居一輪と物部布都が好いている件の男性は、非常に優秀だし何より勤労精神も高いようだ。
動けなくなった歩荷仲間の代わりに、やはり彼が。雲居と物部に好かれている件の男性が、一番抜けた穴を埋めてくれているようだ。
つまるところ、雲居と物部は自分たちが好いている男性をもっと褒めろと言っているのだ。射命丸が執筆している文々。新聞を使って。
「……怪我した歩荷への悪口がひどいですね。この指示書。自分たちが怪我させたくせに」
しかし早苗も早苗で、少しばかり何かに気づいた。
「怪我した歩荷って、やっぱりあのお二人。雲居一輪と物部布都に嫌われたがために……なのですかね」
メモ帳よりもこの指示書を見せたほうが、稗田○○の役に立つだろうと思ったが。
ちょっとした思い付きを言ってやれるぐらいは、稗田○○に対しては同情している。
この思い付きがはずれでも構わないし、当たっていても構わない。けれども怪我した歩荷には何かの共通点がありそうだった。
続く
お手すきでしたら、ご感想のほどをお願いいたします。PCを新調したので、更新が早くなりそうです
やはりスマートフォンで書くのは、結構しんどい作業だったんだな
>>472 の続きとなります
「これはこれは……ははは、はは」
東風谷早苗から提供された、物部布都がいきりたちながら射命丸に叩きつけて帰った。
次の新聞で書けと強要してきた話題の骨子を記した紙片を読みながら、○○は皮肉気な笑顔で状況のまずさを和らげようとしたが。
どうにも上手くは行ってなかった。稗田家に対する礼儀――そんな物、東風谷早苗が今の状況で持てるとは思えないが――で、原本をこちらに渡して。
射命丸は写しを持って行ったが……早苗は原本だというのに、余白において物部布都のひどく無礼なふるまい。これらをすべて書き記していた。
書き記してくれているのは、まぁ、貴重な情報なので助かる以外の何物でもなのだけれども。
別紙に付記する解いたこともしないで、原本に書きなぐるとは。稗田○○としても、東風谷早苗の苛立ちに対しては気になる点ではある。
どうせ物部布都も雲居一輪も、件の歩荷の事が。両名から好かれているあの男を称賛するような記事が出てくれば。
射命丸に叩きつけた指示書なんぞ、必要ではなくなるだろうからとはいえ。悪口雑言を原本に書きなぐるのは、かなり気になる点ではある。
しかし。
「あなた、お茶のお替り入れましょうか?」
そう、その『しかし』という点が。阿求の声で○○の脳裏では、ひと際鮮やかになる。
「頼むよ」
「おまんじゅうも、新しい箱を開けましょうか。私もお茶請けのお替りも欲しくなりましたし」
「うん、ありがとう。そっちも頼むよ」
東風谷早苗の苛立ちは、この事件の次に気になる事象である。仮にこの事件が解決すれば、繰上りで東風谷早苗の抱えている苛立ちこそが、序列一位の問題になるけれども。
「あなたが気に入っている和菓子屋さん、おまんじゅうの新作が出来たとかで。お手伝いさんに用意してもらったんです」
「ほう、楽しみだ」
稗田阿求は、夫が東風谷早苗――多分、これが洩矢諏訪子ならここまで露骨じゃなかった――から持ち寄られた新情報を検証しながら。
この先においてどう動くか、それを考えていると稗田阿求はかいがいしく夫の世話を焼きだした。
――稗田阿求のこの行動が嫉妬であると断じるのは、阿求の夫となって短くもない○○からすれば、苦も無くできる判断であった。
阿求の嫉妬心が、ふとした時に緑色の陽炎でも見えるのではと言う確証等は無いけれども、ちょっとした思い付き等ではない強烈な絵が見えたし。
ここは幻想郷だから何かの間違いで橋姫こと、水橋パルスィと出会ってしまったら。先に○○の脳裏に見えた、緑色の陽炎をまとう稗田阿求の姿。
きっと現実になるだろう。
それを防ぐには、東風谷早苗とは努めて事務的で。それ以上にどうにかして、東風谷早苗と出会う回数も時間も、思いつく限り減らすべきだ。
けれども、だからと言って東風谷早苗の事を全く無視できるかと言えば違う。彼女の事も心配なのだ。
洩矢神社で東風谷早苗との会談を終わらせてから、そしてやっぱり東風谷早苗が、手に入れた情報を稗田邸に持ってきた。
年齢は○○と同程度、いやそれは稗田阿求も同じだから良い。
問題は東風谷早苗の肉体的魅力が、かなり高いからだ。そんなのと半日未満の時間で二回も、稗田○○は出会ってしまった。
東風谷早苗に言わせれば、普通の調査業務だろうが!と、キレながらも心の底でその言葉を収めてくれるだろうけれども。
稗田○○にとっては、そうやって稗田阿求の堪忍袋の尾を踏みちぎらないように東風谷早苗が。きっと心の中で中指ぐらいは立てているだろうけれども。
そうやって心の中でぐちゃぐちゃの感情を抱えたまま、東風谷早苗が忍耐を続けているのが。極端に言えば恐ろしいのである。
いずれ爆発する。可能性があるではなくて、遅いか早いかの違いだけであり、いずれ爆発する。何とかする必要がある。
出来るだけ早く、そして継続的に。
――だが。
「阿求、付き合ってくれ。まずは永遠亭だ、その後に里でもう少し聞き取り調査だ。多分今日は長くなる……と言っても半分以上の時間は移動だろうけれども」
どちらが破滅的事象に近いかと問われれば、残念ながら妻である阿求のほうだ。感情を排した合理的判断においてもそうだし。
「は、はい!お供しますわ、あなた!!」
この顔だ。稗田○○もわかっている、結局○○自身が一番弱いのだ。彼女の笑顔にはとてつもなく弱い。
阿求の予定やら仕事やらを無視した、突然の話だというのに。彼女は1もなく2もなく、何の苦も存在させずに。
お供をしてくれという○○からの突然の申し出に対して、全力で快諾してくれた。
○○だって、阿求の夫であるから。常日頃の阿求の行動、どの時間に初めて、あるいは一息入れるのかといった仕事のやり方は。
これらは、傍から見ているだけでも○○は理解していた。
○○の腕に絡みつく阿求の頭を優しくなでながら、壁の時計を見やった。仕事が一つ遅れるのは確実であった。
時間的に、里へ戻ったらちょうど昼食の時間だ。となれば、一緒にと言うのは毎日そうだけれども、今日の昼食は外でとることになる。
その後も――時間がない――○○は聞き取り調査の本命である、件の歩荷に奇襲をかける予定だ。
いくらかの罪悪感を件の歩荷に対して抱いていたが、阿求の爆発の方が恐ろしくて……里に対する影響は甚大で、長引いてしまう。
「大丈夫ですよ」
けれども仕事を1つ、遅らせてしまうなと思っていたら。そんな○○の懸念に対して安心を与えるように、阿求が○○に声をかけた。
「今やっている事は、八雲紫からの物なので。アレは少々待たせたって問題はありません」
(アレ……ね)
八雲紫の事は、資料でしか見たことはない。
――写真すら無い事には、阿求の作為を感ずる――けれども、かなりの美人だと言う事は各種資料を参照するだけでも。うかがい知れる。
あと、胸も大きいそうだ。阿求よりもずっと。
『アレ』という言葉に、仲の良さを感ずるか……それとも。だが……少しばかり嫌な感触を覚えたのは確かだけれども、今は阿求のほうが大事であったし。
結局は阿求の事を、○○は最優先に考えてしまっているのだ。
だがその事は……今は、考えないでおこう。考える事がいずれ来るかどうかすら、実は怪しいけれども。
八雲紫と自分が接触するのを、阿求は嫌がるだろうから。
(げ……)
鈴仙・優曇華院・イナバは、連れ立って永遠亭にやってきた稗田夫妻を見て。口にこそ出さなかったが、ものすごく厄介で嫌だという感情を抱いてしまったし。
多分その感情は、稗田夫妻の両方ともに対してバレていたけれども。稗田○○が、もはや喜劇的とでも言わんばかりの露骨な笑顔と表情の使い方のおかげで。
鈴仙の見せた嫌な感情は、奇跡的に薄まってくれた。
「少し、聞きたいことがあるんですよ……今、入院されている。あぁ、歩荷の事故についてね。八意先生はご在宅で?」
鈴仙としてもこの頼みごとを拒否することはできないし、そもそもする訳がなかった。した方が面倒なことになる、だから。
「師匠ー!ししょー!!稗田夫妻がぁ!」
一目散に逃げつつ、八意永琳の事を大声で呼んで。鈴仙は脱兎の如く逃げて行った。
「……今度は、何なのかしら?」
全くもって面白くないという顔をしながら八意永琳は、稗田夫妻を自分の執務室に呼び寄せたが。
かなり、こちらに合わせてくれていると言うのが見て取れた。
八意永琳の肉体も、恐ろしいとまでの形容詞をつけても構わないほどに、極上であるけれども。
少しばかりやぼったい作業服を着ていて、わざとらしく泥汚れがついていた。
「ごめんなさいね、さっきまで薬草の栽培で作業をしていたから」
この言葉も実にわざとらしかった。大体、八意永琳が野良仕事をやっているならば鈴仙・優曇華院・イナバが、何もしないはずはない。
自分も手伝うか、そうでなくとも他の調剤なりなんなりを師匠不在の間でも出来るだけ進めたがるし。
それ以前に永琳の泥汚れがわざとらしい。なぜ背中にまで、べっとりと泥汚れがついているのだろうか。正面と同じぐらい汚れている。
それに泥汚れもどちらかと言えば、砂っぽい。農場ならばもっと黒い土、赤い土のはずだ。
野良仕事用の服に着替えるのが限界で、農場まで行く時間も惜しいとみて。縁側から飛び降りて転げまわったのだろうか……?
だがそれを滑稽とは、いくら何でも○○は思わなかった。むしろここまでやってくれた事に対する畏敬の念や、申し訳なさである。
となれば、早々に用事を済ませて退散するのが。八意永琳に対する、引いては永遠亭に対する。申し訳なさに対するせめてもの謝罪と礼儀であろう。
○○はカバンから、物部布都が射命丸に対して叩きつけた紙片を八意永琳に。今回に関しては、○○はさすがに丁寧に八意永琳の机に置いたが。
手渡すような真似は絶対に避けたし、八意永琳も不意に肌が触れないように身を引いていた。
「悪口の相手に対する情報が欲しい」
「……ああ、やっぱり。一人や二人程度ならともかく、あんな一気に歩荷が事故にあうなんて。しかもロープが切れたと言うから。余計にね……
かなり奥地まで入り込める歩荷が?装備の不備に、あれだけの数が全員気づけなかった。奇妙としか言いようが無いわ」
やはり八意永琳ほどであれば、何か妙なものに気づきかけていたのだろう。最も、だからと言って積極的に調べる義理が存在していないから、そこから進める気はなかったが。
ちょっとした偶然から、八意永琳はこの件を知ることができたけれども。彼女は一線の向こう側であるから、問題はない。
これ以上頭を突っ込むことはしないし、何年たとうとも聞いてくる事もない。
「で?怪我した歩荷たちの特徴は?」
○○は努めてぶっきらぼうに、八意永琳に対して求める情報のみを聞いていた。これぐらいで良いのだ、もっと冷たくても良いぐらいかもしれなかった。
八意永琳も、○○から渡された物部布都が記した、乱暴な指示書を返しながら。
「嫌な奴らよ」
とは言ってくれるが、八意永琳の方も不意に手を触れないように。机から紙片を半分垂らす形で、○○に紙片を返してくれた。
阿求はどうしているだろうか。
不意に不安になったので、○○は妻である阿求の方を確認することを優先した。机に半分垂らされた形の紙片は、○○に半分放っておかれてしまい。
自重により、バサバサとした音をたてながら地面に落ちてしまった。幸い、ヒモで止められていたから完全にばらける事はなかった。
しかし永琳はもう一度、黙って紙片を取り。今度は机から落ちないように、置く位置を調整してから。椅子を後ろに寄せて、○○から少し離れておいた。
しかし幸い、阿求は少しゆらゆらしているけれども。
「これ、あなたのカバンに入れておきますわね」
紙片の束をわざわざ阿求が手に取ったこと以外は、特段、おかしな点はなかった。
それよりも阿求は妙に楽しそうだった。何よりも八意永琳が、不意に○○と触れ合わないように、そして自身の魅力を何とか隠そうとしてやぼったい作業着を着て。
わざとらしい程に泥まみれになってまで、隠してくれた事に。
……うれしいとは、思っていないだろう。しかしながら、愉悦は間違いなく感じていた。八意永琳がここまでやることを、ともすれば恐怖含みでやっている事を。
間違いなく稗田阿求は喜んでいた。
ふっと、稗田阿求という存在について。稗田○○は栓も無い事を考えてしまった。
稗田阿求に対してここまで気を使って、協力的で、何より鈴仙・優曇華院・イナバにせよ八意永琳にせよ。
この恐怖含みの感情を稗田阿求に対して抱いていることに。
○○の好きなシャーロック・ホームズ譚において。ロンドンの犯罪の半分に関わっている、悪のナポレオンとまでホームズが評した。
悪の帝王、モリアーティ教授の存在と。稗田阿求の存在は似ているのではと考えてしまったし。
若干の趣の違いはあるけれども、○○を華やかな舞台に上げて、その為に周りの動きも無理やり調整させて。愉悦に走っている阿求は。
ロンドンならぬ、幻想郷の犯罪界に対して後出しでも無理に首を突っ込める。稗田としての権力も合わせれば…………
が……その事は栓無き事だと無理に考えて。
「嫌な奴ら、ですか。なかなか気になる言葉ですね。正直あの事故
――ではないのだけれども――での被害者に選ばれた者たちは、何らかの基準がありそうだとは思っていましたので」
事件の話、調査内容の話に対して。無理に軌道を修正したが。少し、自部の中でもわかる部分があった。無理がある。
けれども、無理があるという事実は無視するしかなかった。
「物言えば、唇寂し、秋の空……これがわかる連中ばかりではないのが、残念ね」
八意永琳もどこかちぐはぐな今の状況に対して、思うことはあっても前に進めることが一番だと考えてくれて。
彼女の言う嫌な奴らに対して、何か暗示や手がかりのようなものを与えてくれた。
「芭蕉の句ですね。悪口雑言が止まらないやつもいますからね……そうか、件の歩荷は。雲居と物部に好かれているあの男は、嫉妬されていたのか」
「それに、話を聞いた限りでは。件の歩荷――誰だか知らないけれど、何となくわかるわ――の装備や道具にいたずらをしかけていたようなの」
永琳からの手がかりは、これで十分だった。彼女が嫌な奴らだと表現するはずである。稗田○○も思わず、天を仰いで嘆きの姿を見せた。
よくもまぁ、治る程度の怪我で済んだものである。
阿求も得心を得たようで、何度かコクコクとうなずいていた。
「雲居さんと物部さんがそこまでやる理由、何となくわかりましたわね。いるんですよね世の中には、嫉妬の炎を燃やすのが一番の娯楽という。
そんな救いようのない連中がいるんですよね。これに関してだけは、あのお二人の味方をしたいかも」
けれども事故を計画したことにまで、阿求が心を寄せるのはかなり、良くない気がした。
少しばかり話が悪い方向に矢印を向ければ、少なくともこの事故に関しては無罪放免……いや、もうなったような物だ。
どちらにせよ、一線の向こう側を下手に刺激はしたくない。内々に処置を施すしかない。
始末しろ、証拠を破棄せよ、何も言うな。
モリアーティ教授ならば言いそうな指令ではあるけれども、幸いなことにホームズ譚におけるロンドンには、モリアーティと真っ向から対立するホームズがいるけれども。
残念ながら今の幻想郷、特に人里には。ホームズ役を担っているはずの○○ですら。モリアーティ教授の立場に座っている稗田阿求の従僕。
そもそもが○○の立場であるホームズ役を授けたのは、正真正銘でモリアーティ教授のような立場にいる。
稗田阿求から与えられたものなのである。この時点で、力関係はもはやくつがえし様が無いし。○○もそれでいいと思っている。
八意永琳も、いくらかの呆れはあるけれども。それだけだ。
ならば、せめてもの慰めとして。この案件に対して、全力を出して挑むのみであった。
ああ、けれどもだ。
相変わらず稗田夫妻の移動方法は、基本的に人力車だ。
体が弱い阿求の事を考えて、また永遠亭は人間でも安全に行き来の可能な道こそ、既に整備はされているけれども。
案外遠いし、整備というのはあくまでも身の危険を感じずに歩けるという意味でしかない。
だから移動はもちろん人力車で、人力車の中と言うのは簡易的とはいえ密室である。
増してや普段は人通りの少ない竹林であるならば、そして人力車を引いているのは稗田の手の物。会話が漏れ聞こえようとも、まるで心配はない。
「八意先生が教えてくれたあの歩荷たち……どうにも性格が悪いですね。好きではありません。怪我だけで済んだのもあまり面白くない」
幸いこの言葉は、人力車の担い手は考えなくていいから。実質的には稗田○○だけが聞いているけれども。
事実上のモリアーティ教授と同じ権力と立場の稗田阿求が言う。好きじゃない、面白くないは。
処分される一歩手前の言葉であるし。気をまわして暗躍してくれる存在が、稗田家にはわんさかいる。
「……ま、雲居と物部に一任しよう。すくなくともまだ、稗田には迷惑をかけられていない。
道具や装備への嫌がらせが度を過ぎれば……こっちが気付く前に件の歩荷を好いているあの二人のどっちか。
多分両方が、どうにかしてくれるよ」
「それもそうですね。何かあれば射命丸の新聞に、雲居と物部がまた記事を書かせるでしょうから。それを読んでほくそ笑んでおけば良いですね」
幸い、阿求は。あの永琳が嫌な奴らと表現した歩荷が、面識もないという事が幸いして。
――どっちが幸いかはわからんが――雲居と物部の好きにさせればいいと考えてくれた。
――稗田○○の言葉に首を縦に振りながら。これは演技ではなくて、真なるものであった。
稗田○○も愉悦を認めなければならなかった。
人里一番の権力者である稗田阿求の意志を、○○は自分の一言でいくらでも操作できたという事実に。
愉悦を、大いに感じていた。
続く お手すきでしたら、ご感想の程よろしくお願いいたします
>>476
縁側から降りて庭で転げ回るえーりん想像したらちょっと草
続きどうなっちゃうん…?
追記 遅ればせながら新pcおめでとうございます(`・ω・´)
>>476 の続きとなります
○○としてはこの方法。雲居と物部が好いている件の歩荷に、奇襲じみた聞き取り調査……
いや、状況を考えればこれは尋問をである。こいつはあまり取りたくなかった。
しかし……いつも同じことを言っているような気はするが、時間が無いのだ。急ぐ必要があった。
あの二人が凶行に走った以上、そして凶行に走った原因を作った連中が。
木っと入院生活で暇すぎて、却ってそれが良くなかったのだろう。
自らの嫉妬心に対する内省など、まるで期待できないばかりか。幻想郷成立以前からの年季を持っているはずの八意永琳ですら。
嫌な奴らと表現して、月の頭脳にすら匙を投げられている始末。
今回は、さすがに雲居にせよ物部にせよ、いきなり致命的な打撃を与えることに躊躇でもあったか、それとも歩荷と言う職業柄丈夫だったか。
あるいは雲居と物部の好いている件の男が、その職業上の才能を精一杯に活用してくれたお陰なのか。
どのような理由にせよ、治る程度のけがで済んでくれたが。
次も同じように、治る程度で済むという保証はないどころか。
八意永琳の言うとおりに嫌な奴らであるのならば、次はもっと、殺意を乗せてくる。確実性も考えて動くだろう。
死人が出る可能性が出てきた以上、罪悪感はあろうともやるしかない。
死人を出さないことこそが重要だと言う、合理的判断を盾にしながら、自分自身に対する精神安定剤としながら○○は人力車から降りた。
「寸前まで……いや、件の男性に迷惑をかけてしまうかもだから。聞き取り調査も含めて、目立たず行きたい」
○○は阿求と同じ部屋で、普段とは違う地味で一般的な服装を身にまとい、変装用の服に着替えながら。
○○の方は、雲居と物部と言う一線の向こう側から、二人同時に好かれている件の男性に随分な同情を抱えて始めていたから。
それに稗田家の権力がどれだけ強力で有用であると同時に……危険な劇薬であるかも理解している。
理不尽な嫉妬を抱かれて、歩荷と言う事は山への行き来は日常茶飯事だ。それに必要な装備にいたずらを。
今は永遠亭で、幸いにも入院すれば治る程度のケガで済んでいる連中から、やられていたという事実だけでも酷いのに。
一線の向こう側が二名も同時に……ここに稗田家まで舞台に。もう立っているような物だが、少なくとも目立つような真似は避けるべきだ。
後々のためにも、何より同情心を抱いてしまった件の男のためにも。
「ええ、そうですね。確かに我々が出張るのを、雲居と物部が良い顔はしませんからね。少し目立たないように、隠れる程度で良いかもしれませんね」
幸いと言うか当然というか、阿求は○○の言う通り目立たないようにしようという考えに賛同してくれたが。
わざわざ、少しよりもずっと変装して出かけるという事に。しかも○○と一緒に。稗田阿求にとってはそれが、酷く楽しくて。
○○の言ったことは聞こえているし、それに応じた動きもしてくれるけれども。
○○の感じている剣呑さ、そこから来る真剣な感情と言ったものは。残念ながら今の稗田阿求には期待できなかった。
○○はやや、唇をきつく引き締めたが。そもそもが稗田阿求と言う存在は、人里においては超然とした存在である。
全てがきっと許される。幻想郷と言う場所に込められた神秘性も相まって、稗田阿求はきっと無謬性の塊なのだろう。
「ナズーリンさんのネズミからの情報によれば……まいったね、お昼ご飯は別に、毎日決まった場所を使っているわけではないようだ
ある程度の範囲で、その時の気分で店を決めるようだね。まぁ、でも……」
チラリと、○○は阿求を見た。阿求も○○が何を求めているのか、すぐに理解した。
「どれぐらいの範囲ですか?うちの手の物に辺りを張り込ませますから」
阿求の口から『手の物』と言う言葉が出てきて、○○は思わず苦笑のようなものを出したが。その程度で壊れるような夫婦仲ではない。
しかし、阿求の用意した舞台の上で。これでもかと言うほどに踊り狂ってる○○でも。
阿求が用意してくれた手の物が、いやこの手の物は○○だっていつでも使えるし。どこへだって調査のために出向かせることはできるが。
踊り狂うことをよしとしている○○でさえ、この手の物が自分の持ち物ではないことぐらい。
まかり間違ってもベイカー街遊撃隊(ホームズが個人的に費用を出して、市中での調査に赴かせている浮浪少年たち)
そんな事は夢にも思うことはできなかった。
いくらシャーロックホームズのような存在を気取っているとはいえ、それぐらいの見極めはできていた。
>>476 の続きとなります
○○としてはこの方法。雲居と物部が好いている件の歩荷に、奇襲じみた聞き取り調査……
いや、状況を考えればこれは尋問をである。こいつはあまり取りたくなかった。
しかし……いつも同じことを言っているような気はするが、時間が無いのだ。急ぐ必要があった。
あの二人が凶行に走った以上、そして凶行に走った原因を作った連中が。
木っと入院生活で暇すぎて、却ってそれが良くなかったのだろう。
自らの嫉妬心に対する内省など、まるで期待できないばかりか。幻想郷成立以前からの年季を持っているはずの八意永琳ですら。
嫌な奴らと表現して、月の頭脳にすら匙を投げられている始末。
今回は、さすがに雲居にせよ物部にせよ、いきなり致命的な打撃を与えることに躊躇でもあったか、それとも歩荷と言う職業柄丈夫だったか。
あるいは雲居と物部の好いている件の男が、その職業上の才能を精一杯に活用してくれたお陰なのか。
どのような理由にせよ、治る程度のけがで済んでくれたが。
次も同じように、治る程度で済むという保証はないどころか。
八意永琳の言うとおりに嫌な奴らであるのならば、次はもっと、殺意を乗せてくる。確実性も考えて動くだろう。
死人が出る可能性が出てきた以上、罪悪感はあろうともやるしかない。
死人を出さないことこそが重要だと言う、合理的判断を盾にしながら、自分自身に対する精神安定剤としながら○○は人力車から降りた。
「寸前まで……いや、件の男性に迷惑をかけてしまうかもだから。聞き取り調査も含めて、目立たず行きたい」
○○は阿求と同じ部屋で、普段とは違う地味で一般的な服装を身にまとい、変装用の服に着替えながら。
○○の方は、雲居と物部と言う一線の向こう側から、二人同時に好かれている件の男性に随分な同情を抱えて始めていたから。
それに稗田家の権力がどれだけ強力で有用であると同時に……危険な劇薬であるかも理解している。
理不尽な嫉妬を抱かれて、歩荷と言う事は山への行き来は日常茶飯事だ。それに必要な装備にいたずらを。
今は永遠亭で、幸いにも入院すれば治る程度のケガで済んでいる連中から、やられていたという事実だけでも酷いのに。
一線の向こう側が二名も同時に……ここに稗田家まで舞台に。もう立っているような物だが、少なくとも目立つような真似は避けるべきだ。
後々のためにも、何より同情心を抱いてしまった件の男のためにも。
「ええ、そうですね。確かに我々が出張るのを、雲居と物部が良い顔はしませんからね。少し目立たないように、隠れる程度で良いかもしれませんね」
幸いと言うか当然というか、阿求は○○の言う通り目立たないようにしようという考えに賛同してくれたが。
わざわざ、少しよりもずっと変装して出かけるという事に。しかも○○と一緒に。稗田阿求にとってはそれが、酷く楽しくて。
○○の言ったことは聞こえているし、それに応じた動きもしてくれるけれども。
○○の感じている剣呑さ、そこから来る真剣な感情と言ったものは。残念ながら今の稗田阿求には期待できなかった。
○○はやや、唇をきつく引き締めたが。そもそもが稗田阿求と言う存在は、人里においては超然とした存在である。
全てがきっと許される。幻想郷と言う場所に込められた神秘性も相まって、稗田阿求はきっと無謬性の塊なのだろう。
「ナズーリンさんのネズミからの情報によれば……まいったね、お昼ご飯は別に、毎日決まった場所を使っているわけではないようだ
ある程度の範囲で、その時の気分で店を決めるようだね。まぁ、でも……」
チラリと、○○は阿求を見た。阿求も○○が何を求めているのか、すぐに理解した。
「どれぐらいの範囲ですか?うちの手の物に辺りを張り込ませますから」
阿求の口から『手の物』と言う言葉が出てきて、○○は思わず苦笑のようなものを出したが。その程度で壊れるような夫婦仲ではない。
しかし、阿求の用意した舞台の上で。これでもかと言うほどに踊り狂ってる○○でも。
阿求が用意してくれた手の物が、いやこの手の物は○○だっていつでも使えるし。どこへだって調査のために出向かせることはできるが。
踊り狂うことをよしとしている○○でさえ、この手の物が自分の持ち物ではないことぐらい。
まかり間違ってもベイカー街遊撃隊(ホームズが個人的に費用を出して、市中での調査に赴かせている浮浪少年たち)
そんな事は夢にも思うことはできなかった。
いくらシャーロックホームズのような存在を気取っているとはいえ、それぐらいの見極めはできていた。
>>476 の続きとなります
○○としてはこの方法。雲居と物部が好いている件の歩荷に、奇襲じみた聞き取り調査……
いや、状況を考えればこれは尋問をである。こいつはあまり取りたくなかった。
しかし……いつも同じことを言っているような気はするが、時間が無いのだ。急ぐ必要があった。
あの二人が凶行に走った以上、そして凶行に走った原因を作った連中が。
木っと入院生活で暇すぎて、却ってそれが良くなかったのだろう。
自らの嫉妬心に対する内省など、まるで期待できないばかりか。幻想郷成立以前からの年季を持っているはずの八意永琳ですら。
嫌な奴らと表現して、月の頭脳にすら匙を投げられている始末。
今回は、さすがに雲居にせよ物部にせよ、いきなり致命的な打撃を与えることに躊躇でもあったか、それとも歩荷と言う職業柄丈夫だったか。
あるいは雲居と物部の好いている件の男が、その職業上の才能を精一杯に活用してくれたお陰なのか。
どのような理由にせよ、治る程度のけがで済んでくれたが。
次も同じように、治る程度で済むという保証はないどころか。
八意永琳の言うとおりに嫌な奴らであるのならば、次はもっと、殺意を乗せてくる。確実性も考えて動くだろう。
死人が出る可能性が出てきた以上、罪悪感はあろうともやるしかない。
死人を出さないことこそが重要だと言う、合理的判断を盾にしながら、自分自身に対する精神安定剤としながら○○は人力車から降りた。
「寸前まで……いや、件の男性に迷惑をかけてしまうかもだから。聞き取り調査も含めて、目立たず行きたい」
○○は阿求と同じ部屋で、普段とは違う地味で一般的な服装を身にまとい、変装用の服に着替えながら。
○○の方は、雲居と物部と言う一線の向こう側から、二人同時に好かれている件の男性に随分な同情を抱えて始めていたから。
それに稗田家の権力がどれだけ強力で有用であると同時に……危険な劇薬であるかも理解している。
理不尽な嫉妬を抱かれて、歩荷と言う事は山への行き来は日常茶飯事だ。それに必要な装備にいたずらを。
今は永遠亭で、幸いにも入院すれば治る程度のケガで済んでいる連中から、やられていたという事実だけでも酷いのに。
一線の向こう側が二名も同時に……ここに稗田家まで舞台に。もう立っているような物だが、少なくとも目立つような真似は避けるべきだ。
後々のためにも、何より同情心を抱いてしまった件の男のためにも。
「ええ、そうですね。確かに我々が出張るのを、雲居と物部が良い顔はしませんからね。少し目立たないように、隠れる程度で良いかもしれませんね」
幸いと言うか当然というか、阿求は○○の言う通り目立たないようにしようという考えに賛同してくれたが。
わざわざ、少しよりもずっと変装して出かけるという事に。しかも○○と一緒に。稗田阿求にとってはそれが、酷く楽しくて。
○○の言ったことは聞こえているし、それに応じた動きもしてくれるけれども。
○○の感じている剣呑さ、そこから来る真剣な感情と言ったものは。残念ながら今の稗田阿求には期待できなかった。
○○はやや、唇をきつく引き締めたが。そもそもが稗田阿求と言う存在は、人里においては超然とした存在である。
全てがきっと許される。幻想郷と言う場所に込められた神秘性も相まって、稗田阿求はきっと無謬性の塊なのだろう。
「ナズーリンさんのネズミからの情報によれば……まいったね、お昼ご飯は別に、毎日決まった場所を使っているわけではないようだ
ある程度の範囲で、その時の気分で店を決めるようだね。まぁ、でも……」
チラリと、○○は阿求を見た。阿求も○○が何を求めているのか、すぐに理解した。
「どれぐらいの範囲ですか?うちの手の物に辺りを張り込ませますから」
阿求の口から『手の物』と言う言葉が出てきて、○○は思わず苦笑のようなものを出したが。その程度で壊れるような夫婦仲ではない。
しかし、阿求の用意した舞台の上で。これでもかと言うほどに踊り狂ってる○○でも。
阿求が用意してくれた手の物が、いやこの手の物は○○だっていつでも使えるし。どこへだって調査のために出向かせることはできるが。
踊り狂うことをよしとしている○○でさえ、この手の物が自分の持ち物ではないことぐらい。
まかり間違ってもベイカー街遊撃隊(ホームズが個人的に費用を出して、市中での調査に赴かせている浮浪少年たち)
そんな事は夢にも思うことはできなかった。
いくらシャーロックホームズのような存在を気取っているとはいえ、それぐらいの見極めはできていた。
だから……少し悲しいが、手の物への支持は。自分ではなくて阿求にやらせようというか。阿求のほうがずっとその権利もあり適任だと考え。
少し阿求の後ろに行こうとしたが。阿求は決して、○○に遠慮のようなものを感じてほしくはなかった。
増してや、妻である阿求に対しては特に。
「あなたのためなら、ベイカーストリートイレギュラーズでもなんでも、用意できるんですからね。私と契約してくれたんですから
部隊に必要なものは何でも言ってください。その日のうちに用意して見せますわ」
その日のうちと言う言葉は特に強調されているように感じた。そしてそれが誇張でもなさそうなのが、特に恐ろしい。
「--ああ」
やや考えてしまったが。阿求が少し引いたという事は、引き続ける。こちらが前に出ない限り。
それに○○が表に出て、色々とやる事。それこそが阿求の覚える愉悦の、本丸とも言えるのである。
可憐な姿が強いので、中々分かりにくい事だけれども。阿求は思いのほか権力志向が……もっと言えば、○○に権力を持たせたがっている。
「彼です。ただ、今回調査している事柄においては彼が首謀者だというわけではない、巻き込まれている形です。
ただ巻き込まれてはいるが、事情を一番理解しているのも彼。だから彼から直接、こちらが気になっている事を聞き取りたい」
そう言いながら件の歩荷の写真を回していくと、やはり歩荷としての才能が高い事は、稗田家ほどの場所で働いていれば耳目も広くとっているのか。
ああ、彼か……と言うような反応を見せた者もいたが。それははっきり言って、まるで重要ではない。
一番重要なのは、稗田家ほどの場所で働ける存在に求められるのは。忠誠と確かな能力の両立。これのみである。
阿求が呼んで、そして○○が指示を与えている。この奉公人たちからすればこれこそが重要なのだ。
やや、うんざりとはしない物の。阿求の権力に対してうすら寒いものを確かに感じて、○○が指示を言い終わって奉公人たちが持ち場へと向かった後。
阿求の顔をすぐに確認したが。屈強で有能で忠誠心に厚い奉公人たちが、指示の内容を即座に記憶し理解して、向かっていった。
無論、奉公人たちはみな向かっていく前に、○○に対して会釈をした。
そんな姿を見る事が出来たものだから、阿求の顔は愉悦にまみれたいた。確かに、そして強烈に。
阿求が用意した、本来ならば阿求のために存在する奉公人たちが。入り婿であるはずの○○の言葉に唯々諾々としたがっている。
それを見るのが究極の愉悦なのだ、○○が権力を駆使しているのが究極の愉悦なのだ。
――だが、阿求が愉悦にまみれている姿は。阿求が楽しんでいる姿は。ただ、純粋に、良かったと。そう思ってしまえるのだ、○○は。
先ほど八意永琳にずいぶん迷惑をかけていてもだ。雑な言い方をしてしまえば、お前らは長生きできるから良いだろうと。
八意永琳の場合は不老不死らしいから、長生きの度合いが過ぎるが、それ以外が相手でも同じ結論にたどり着くだろう。
――○○は、もうそれでいいと思っている。
少しばかり視線が気になった。
人力車を路肩、だいぶ隅の方に止めているとはいえ。そうはいっても往来だ、ましてや人力車ほどの大きな物体。
そう簡単には、全てを隠せないから。いったいどんな金持ちが人力車を止めっぱなしにして、何を待っているのだろうか。
そんな好奇の視線が、直接目と目が合っているわけではないが。すだれ越しに向こうの事を見ていると、そうやって気にする人間が何人もいることに気づいてしまう。
特に子供は容赦がない。場合によっては、指すらさしてくるが、親がいればまだいい。すぐに引っ込んでくれる。
一番厄介なのは子供同士で往来を歩いている場合だが……それに愛する対処はもうできていた。
往来で立ち止まりっぱなしであることを注意する大人が、都合よく毎回出てきてくれた。
この都合の良さに、稗田の作為を感じるのは簡単というか。感じなければならなかった。稗田阿求を妻としているのならば。
しかし阿求は、往来の人からそれとなく感じてしまう好奇の視線も。子供に至っては指すらさしてくる無作法にも。
それら一切を、全く気にはしていなかった。なぜならば今、阿求は最愛の夫である○○と一緒に。
簡易的とはいえ、人力車の中と言う密室の中で、肩と肩を触れ合わせるほどに近くにいるのだから。
彼女からすれば、楽しくなはずがない。
いつの間にか、この依頼に関して○○が動き回る調査業務は。稗田阿求にとっては、ちょっとしたデートのようなものに変わってしまっていた。
それで阿求は、稗田邸では自宅とはいえ、結構な数の奉公人がいるから。結構人の目を気にせざるを得ないから、今は自宅の時以上に。
最愛の夫である○○に対して、寝入りばなや風呂場でしかやらないようなぐらいに、密着していた。
夜半では、阿求も一日の仕事疲れが出てしまって。確かに盛大に密着はしているが、その愉悦をすべて感じ取れるかと言われれば。難しかった。
例え九代目の完全記憶能力者ゆえに、その時の事を思い出せても。思い出し笑いと、実際に行っているでは。絶対に越えられない壁が存在していた。
しかし今は、ちょうどお昼前である。少しは空腹を抱えているが、疲れているとはいいがたい。だから頭も十分にはっきりしている。
その状態で夫である○○に密着することは、愉悦を1から10までしっかりとかみしめる事が出来る。
本来ならば○○はもっと、ナズーリンからの依頼に注力するべきなのだけれども。
○○は阿求にはとことん弱い。しなだれかかる阿求の肩を抱き、髪の毛も優しくなでつけてやってしまった。
もうここまで来れば、○○としてもタガをはめなおすことは。頭ではわかっていても、出来るわけがなかった。
仮に、阿求がこのデートにのめりこみすぎて。○○の方もほだされて。
依頼に関する調査がおろそかになって、穏当な結末を得ることを逸したとしても。稗田の権力で何とかすればいいと思っていそうであったし。
また、何とか出来てしまう。
「九代目様、旦那様。件の男性が今日の昼食に使う店が分かりました。席は取っております。
それから、今日は件の男性。友人と食事をとるようで。会話内容から何か役に立つのではと思い、簡易的ながら聞き取れた分だけ会話を記しておきました」
しなだれかかる阿求を完全に受け入れながら、むしろこっちも阿求を抱き寄せながら。不覚にも依頼の事を全く考えていなかった。
「……ああ。よし、阿求行こう」
少し間が開いたが、一番厄介なのは。
この後、件の歩荷と何を話せばいいのか。ほとんど考えていないことである。
続く 連投してしまい申し訳ない
462の続き 適当に書くと出来悪いなぁ(笑)
「家“計“はね。家事やってる女からしてみれば、あんたも父親なんだよ」
藍の声色は冷たく、きっぱりした女の語気に一種の圧迫を感じた。
気づけば、店の暖簾は片付けられており、既に彼女は私服に着替えていた。
「早くお帰えり。あの子は子どもの面倒で愚痴もはけないんだよ」
男は、その言葉を受けても、黙り込み腕に顔を埋めるように突っ伏していた。
私達が、無理に彼を家路に帰さないことを分かったうえで、甘えているのだろう。
藍はその様子を見て静かにため息をつき、立ち上がって店の奥へと引っ込んでしまった。
しばらく凪の時が流れ、既にとっくりの中は空かしてしまった。
そろそろ、この阿呆に付き合ってやるのも潮時だ。
男の首元まで伸び切った中途半端に長い襟足を、彼の首に手のひらを押し当てるように掴み梳いてやる。
同時に、自分の奥歯の付け根から唾液が条件反射のように滲み出てきた。
「ほら、もう酔いも冷めてんだろ、かえんぞ」
「――――はぁっ…ごっそさん」男は、よたよたと立ち上がって、懐からがしゃりと銭を置いて引き戸に手をかけた。
「あと、三百円足りないよ。酔っ払いさ――――」
藍が言い終える前に、扉の向こう側で滝の音が勢いよく夜町に響いた。
「………手数料色付けてはらっとくよ」
つづく
自信があるのはいい事ですね
もしかして古文の人?
レミリアとかのどう考えてもお金持ちキャラは、それとなく欲しいもの用意して
自然と引きこもりを養成しそうだな
ランキングで阿求スレ上がってたから久々に見たけど、圧倒的だよな。どうやったらあんな面白いのかけんだよ…
アリス「○○、今日の夕食は何がいい?」
○○「ああ、いや、気にしないでいい。適当に作って食べるから、どれをどのくらい使っていいか教えてくれ」
アリス「…………」
○○「ご、ごめんって。じゃあ、シチューがいいかな」
アリス「よろしい。まったく、すぐそうやって遠慮するんだから」
○○「そりゃあ遠慮だってするって。今の俺、傍から見れば……というか、名実共にヒモだぞ?」
アリス「この状況でそれは当てはまらないと思うけどね。外に出たくても出られないんだから」
○○「いや、けどなあ……」
アリス「外の世界からこの魔法の森に来ちゃったなんて、誰から見ても不可抗力よ。私は気にしないし、○○も気にしちゃ駄目」
○○「……うい」
アリス「もう……そんなに気になるなら、私と結婚する?」
○○「結婚……え!?」
アリス「私が稼ぐ、○○は主夫。これならヒモじゃないでしょ?」
○○「いや、えっと……冗談だろ?」
アリス「うん、冗談」
○○「……だよな。焦るわ」
アリス「冗談でも言わないと、○○ずっとウジウジしてそうだったし。ま、私は本当に気にしてないから、○○も気楽にいきましょ?」
○○「……さんきゅ。うっし、気分転換に魔法の勉強でもするか。アリス、暇なら手伝ってくれないか?」
アリス「ええ、いいわよ。けど、随分熱心ね?」
○○「魔法を身につければ、この森の瘴気にも耐えられるようになるかもしれないんだろ?それならやるしかないって」
アリス「……そうね、頑張りましょう。私が教えるんだから、半端は許さないわよ?」
○○「任せろ!」
─────────────────────────────────────
アリス「うんうん、○○は順調に知識ををつけてるわね」
アリス「ふふふ、ああ、楽しみ。○○はいつ気づくかしら?」
アリス「自分に魔法の才能が無いって」
アリス「魔力の量も、流れも、完全に一般人のそれだって、いつ気づくかしら?」
アリス「何年も必死に勉強したって瘴気を防ぐ力は得られない。それどころか小さな火が起こせるかどうかも怪しいって知ったら、どんな顔をするでしょう」
アリス「きっと傷つくわ。とっても深く。でも安心して?私がいる。私が○○を支える」
アリス「○○が来て私の世界は色づいた。○○は私の全て」
アリス「どんな風に歪んでもいい。どんなに荒んでもいい」
アリス「だから、私を頼りにして?私を必要として?私に依存して?」
アリス「外の世界なんて忘れて、私だけを見て?」
アリス「私を貴方の全てにして?」
─────────────────────────────────────
アリス「さあ○○、今日の夕食は何がいい?」
○○「そうだな……じゃあ、オムライス」
アリス「あら、今日はさっと言ってくれるのね?」
○○「ウジウジしてたらまた冗談が飛んでくるからな」
アリス「それでいいのよ。さて、それまではまた魔法の勉強かしら?」
○○「おう、手伝ってくれるか?」
アリス「もちろん。ふふ、今日も頑張りましょうね」
逃れられない密室で知らぬ間に少しづつ侵食されていく感じ素晴らしい
やっぱりヤンデレは愛と狂気だよ
>>482 の続きとなります
「これは……良い兆候だと良いんだがな」
阿求が用意してくれた手の物が、雲居と物部が好いている件の歩荷を見つけるどころか。その友人との会話内容すら記してくれたおかげで。
極めて前向きに、当初の予定を変更する事が出来そうであった。
「うん、悪くない」
一通り読み終わった後、当然の如くその紙片を阿求に渡した。
「ふぅむ……なるほどこれは。この友人さん、有望そうですね」
○○の事を冷静に狂いながら愛し続けているからと言うのは、無論の事理由としては最も大きいが。
○○が計画の変更をどたん場で決めようとしていることに、阿求も随分と好意的に受け止めていた。
「阿求が用意してくれた人たちが記したこの情報――まぁ、正しいだろう。疑う余地はない」
少しばかり○○は、間と言うものを作ってしまったが。幸いまだ、阿求にはこの間が後ろ向きであるという事はバレていない。
少なくとも捜査の進捗状況と、これからを考え併せている。それぐらいにしか、今のところは思ってくれている。
そう、だから。あれやこれやが全部自分の物ではないことは、今は考えないほうが良い。考えてはならないとまで言い切ってもいい。
これから先も。
「しかし八意女史から嫌な奴らとまで表現された連中。やっぱり嫌われていたんだな、この友人も口が悪くなっているね。無理はないけれども
月の頭脳にすら嫌な奴らと匙を投げられるぐらいなら、普通の人間にとってはとっくに
鼻つまみと考えていいはずだったんだ。件の歩荷が、篤実(とくじつ)で実直すぎて、やや朴念仁の気配があるけれども
それは玉に瑕ぐらいには思われるが、それ止まりだ。職業上の、歩荷としての才能の高さの前には。
どれも些末だ。あれだけの男ならば、周りに評価してくれている人間もいる。この友人もそのうちの一人とみるべきだ」
○○がつらつらと喋りながら、もう一度。阿求の手の物が持ってきてくれた情報を。
見直すために、○○は阿求の肩の後ろから紙片を覗き見た。
その際、○○は阿求の髪の毛に触れるのはもちろん。○○の吐息が阿求の柔肌に対して。意図していなくとも吹きかかることになった。
○○は一瞬、この行為をすんでのところでやめておこうかと思ったが。
やめておこうかと言う思考が頭に走ったのよりも、さらに素早い思考で。やめずに続けるべきだとの判断を下した。
シャーロックホームズじみていて、どことなく行動はエラリークイーンも交じっていると。東風谷早苗からは批判されているけれども。
そんな批判が、外の世界を知っている彼女から来るのは先刻承知の上である。
それよりも。稗田阿求が求めるように、自分は舞台の上で踊り狂うべきであるし。第一自分はそれを――求めているはずだ。
外の世界では絶対に、自分ごときが立つことはできないほどに大きな舞台と、まぶしいほどの光と称賛。
そしてそれは、阿求が手を回してくれているから。百年後も二百年後も続く、絶対にだ、阿求がそう約束してくれた。
阿求と○○自身が息絶えても、この賞賛は続く。そう、繰り返しになるけれども絶対にそうなる。
稗田家が所有している蔵を一つどころかいくつでも空にしてでも。阿求は約束を守ってくれる。
だからこれで良い。そもそも自分はもう、十分すぎるほどの愛と称賛と大きな舞台を得ている。
自分が何かを言うのはお門違いもいいところだ。
それに今だって、こうやって。阿求の髪の毛をさらりと撫でて、肩から背中にかけて手を滑らせた。
阿求は自分の肉体的魅力の低さに、ともすれば緑色の感情すらわき起こしそうなほどに、狂ってしまうが。
だとしても稗田阿求が女性であることには間違いがない。
阿求はこうやって○○から不意に触られることを、許容しているどころか望んでいる。
阿求の表情は実に、実に嬉しそうであった。こんな顔をされてほだされない男がいるとすれば、そいつはかなりの悪党だ。
これだけでも、ずいぶんな対価であるのは。論ずるまでもないことのはずだ。
○○は気を取り直して、依頼に関することに思考回路の軸足を向けることにした。
「計画変更だ。件の歩荷とその友人の会話を出来るだけ聞き取って……その後は件の歩荷ではなくて、この友人に接触するぞ」
「何をお話になられるのですか?」
と、阿求は聞いてくれるが。緊張感と言う物がなかった。
既に何名かの命が、雲居と物部によって握られているはずなのに。やはり八意永琳ですら、露骨に嫌っているという事実を確認してしまったからか。
阿求は○○とのデートに浮ついていた。あんな嫉妬深い連中に比べれば、確かにそうなるだろうなと言う程度の感想に落ち着きたくはなるが。
それでも、死人は少ないほうが良いという考えができる程度には。
まだ○○は、殊勝な態度でいる事が出来ていた。
「この紙片を見る限りじゃ、件の男の友人はなかなか好青年のようじゃないか。それに少なくとも阿保ではない。
となれば、友人だってそこそこいるはずだ……幸い雲居と物部が厄介な連中にはいったんケガと言う形で退場させているから
件の男、あの歩荷の友人には、稗田の家柄を少しばかり見せながら。好きにすればいいと言えばいい。
幸いこの友人君も、件の男と同じ職業。歩荷のようだからね。仲間に根回しをするのに、俺達の姿は。
直接協力とかはしなくとも、一言二言、支持する言葉を与えておけば……」
ここまで喋って、○○は少し気がかりを脳裏に描き出してしまった。
月の頭脳にすら匙を投げられているほどに、性格の悪いあの連中であるが。かといって物の見事に市中に投げ放ってしまうのも。
これはかなりまずい事になりそうだという懸念が、いきなり湧き出してきた。
あの手合いが、己やこれまでを顧みることなど、期待しな方が心中がかえって穏やかで済むと言うのもあるから。
正直評価は低いままであるが、そんな連中であるからこそ、食い扶持が全部なくなったらどうなるか。まるで予想がつかなかったのだ。
○○は少しばかり考えてから。こればっかりはと思いながら、阿求に頼みを一つするしかないと、腹を決めた。
「阿求、連中の事だが。そう、八意永琳にすら匙を投げられた、あの嫉妬深い連中。
金を稼ぐ当てがなくなったら、何をするかわからないから……そう。稗田で世話をするのは最終手段かもしれないが
何か、自棄を起こさない程度には向こうも自活出来てくれていないと。こっちが不安になってしまう」
幸い阿求は神妙に首を縦に振ってくれた。
「そうですね、まぁ、乗り掛かった舟と言うのもありますし。依頼人の方々。
今はナズーリンさんだけではなく、蘇我屠自子さんも依頼人の内で。あの二人の一番の要望は、身内が凶行に走らないことですからね」
もう走ったようなものではあるのだがな。ただくたばり損なったというだけで、もしかしたらそれをあの二人は口惜しいと思っているかもしれない。
それにあの凶行の計画と実行は、おそらく雲居一輪だ。ロープをネズミにかじらせるのは、ナズーリンと近い彼女がやったとみるべきだ。
となれば……物部布都は次にどう動くかな。雲居一輪の一手が思いの他、パッとしないことに。
あるいは自分にお鉢が回ってきたと思うか、それとも雲居一輪の手際が悪かったことを、本人の前でなじってくるか。
……ど知らか一つだけ遠い宇野は考えにくい。たった一つの原因だけで事が進んでいるのならば、実に簡単で良いのだが。
両方を内包しながら。そして今はまだ○○でも思いついていない第三の感情も、あると見るべきだ。
「身内の手が血でまみれるのを、ナズーリンさんも蘇我屠自子さんも望んではいないだろう」
そう言って神妙な顔をする○○の手は、血で汚れているのだけれども。
けれどもあの時、自分の財布の中身を横領していた連中を。○○自身の手で処断していなかったら……もっと酷くなっていた。
とても残念な話だ。血でこの手を汚すのが唯一の妥当な解決法であり。そもそも、そのための武器は阿求が用意している。
きっとまた、自分がこの手を血で汚すようなことがあっても。
阿求は恍惚に満ちた笑みを見せながら、比喩ではなくて本当に返り血を浴びた場合でも同じように、笑顔を見せてくれながら。
自分の手や体を、それはそれは甲斐甲斐しく洗ってくれるだろう。
そんなことをしてくれる存在が、そんな存在とデートしている事に。愉悦がないわけではない。
けれどもそんな状況は、出来る限り少なくするべきなんだ。
だから今日だって、ちょっとした聞き込み調査と並行して。つつましくデートをするぐらいで終わらせたいと○○は願っているのだ。
問題は依頼のためとはいえ、盗み聞きですらデートの範疇に含んでいる。
稗田阿求の思考や感情であろうことは、東風谷早苗ならばすぐさまその点を突いて避難してきそうだが。
幸い今ここに、東風谷早苗はいない。
かくして、稗田阿求の手の者たちの活躍――暗躍とは言わない――により。
結構ゆるゆると、稗田夫妻は街歩きデートを楽しんでいたはずなのに。ついたころは件の歩荷と友人が席に着くよりも早いぐらいであった。
そしてきっと、この店にだって。件の歩荷過疎の友人が、その日その時の気分で決めたはずの店だけれども。
手が回っていないと考える方がおかしい。おあつらえ向きに、稗田夫妻が座る席の真後ろであった。
この友人は、件の歩荷に何かまじめな話をしようと考えているからだろう。普段よりは少しはお高めの。
完全な個室ではない物の、ちょっとした話をするにはなかなか適当な店を選んでいたが。
そこは稗田の家格がたっぷりと活用されているのは明らかで、○○が目当てとしている件の歩荷と友達。
それと稗田夫妻、それ以外の目につく客はもしかしたら関係が。
あるいは無かったとしても、稗田への信仰は人里で生まれた人間の義務……お願いは命令と同義。極まればありがたいご神託だ。
霧雨魔理沙ほどの能力があれば例外かもしれないが。そこまでの存在ならば、既に有名だ。
(――栓も無い事だ)
稗田阿求が何かをやったという気配は、感じざるを得なかったが。不意に首を横に振る代わりに、湯飲みのお茶を飲みほした。
そしたらすぐに店員が――男だった――急須を持ってきて、お茶のお替りを入れてくれた。
これも含めて、栓も無い事だ。
「お前はこの状況を大いに活用するべきだ」
怪しまれないように、阿求と取り留めのない会話を――楽しい会話だ――繰り広げながら。
件の歩荷かその友人が喋りだすのを待っていたら、やや苛立ちを乗せている声で友人のほうが声を出してくれた。
これは有望そうだ。往々にして苛立っている、冷静さを欠いている人物からは色々聞ける場合が多いし。
今回は稗田○○はまだ、外野で観察している立場だ。苛立っている原因に○○の姿は、絶対に上がってこない。
しかも目の前にすら――少なくとも彼らの主観では――まだいない。期待できそうであるし。
「お前はもっといい目を見るべきだ。正直あの連中は好きじゃないどころか、気に食わん。
あんな連中百人よりお前ひとりのほうがよほど、尊いとすら思っている。
奴らの上りを全部持って行っても良いぐらいとすら、俺はまじめに思っているぞ」
そのうえこの友人君は、義憤で動いている。義憤と言うのは口の滑りをよくする効果がありそうだ。
ますます、期待してもよさそうであった。
「それから……証拠を抑えていないのが残念だが。あいつらはお前の道具に――
ちょっと待てお前。お前今、『やっぱり』って顔しなかったか?気づいても黙ってヘラヘラしてたのか!?」
その上、八意永琳にすら匙を投げられる性格の悪さは。隠そうとしても隠せるものではないようで、既にまっとうな連中にとっては。
どんなに悪くても『あいつ等め……』といった具合の、暗黙の了解に近いものがあったのが、この口ぶりでよくわかった。
「いつからだ?いつからだと聞いてる、結構長いはずだぞ。お前の道具にいたずらをやりやがったのは」
ややまくしたてるような友人の声に件の歩荷は『まぁまぁ』だとか『周りの迷惑になるよ』などと。
やはり性根は相当純粋なようで、さっきから至極まっとうなことしか言っていなかった。
極めつけの言葉は、多分これだろう。
「連中がそう簡単に戻ってこれるというか、来るというか……そもそも君も含めた周りが、受け入れる?」
努めて優しい声色を件の歩荷は出していたが、紡ぎだされる言葉は突き放していたのは言うまでもない。
出来るだけ柔らかい表現をするならば、住む世界が違うから。お互いにとってうっぷんをためる原因にしかならない。
ぐらいの表現であったが、腹の底では戻ってこないほうが良いとは思っていそうであった。
しかしながら天性の純粋さがそうさせるのか、あくまでも件の歩荷は、雲居と物部が好いているこの男は。
「山向きの性格じゃないんだよ。もっと人気の多い場所のほうが、多分、今よりは……」
お互い違う道のほうが多分、対立せずに済ませられる。ぐらいの表現を使おうと苦心していたし。もしかしたら本心かもしれなかった。
かくして、稗田阿求の手の者たちの活躍――暗躍とは言わない――により。
結構ゆるゆると、稗田夫妻は街歩きデートを楽しんでいたはずなのに。ついたころは件の歩荷と友人が席に着くよりも早いぐらいであった。
そしてきっと、この店にだって。件の歩荷過疎の友人が、その日その時の気分で決めたはずの店だけれども。
手が回っていないと考える方がおかしい。おあつらえ向きに、稗田夫妻が座る席の真後ろであった。
この友人は、件の歩荷に何かまじめな話をしようと考えているからだろう。普段よりは少しはお高めの。
完全な個室ではない物の、ちょっとした話をするにはなかなか適当な店を選んでいたが。
そこは稗田の家格がたっぷりと活用されているのは明らかで、○○が目当てとしている件の歩荷と友達。
それと稗田夫妻、それ以外の目につく客はもしかしたら関係が。
あるいは無かったとしても、稗田への信仰は人里で生まれた人間の義務……お願いは命令と同義。極まればありがたいご神託だ。
霧雨魔理沙ほどの能力があれば例外かもしれないが。そこまでの存在ならば、既に有名だ。
(――栓も無い事だ)
稗田阿求が何かをやったという気配は、感じざるを得なかったが。不意に首を横に振る代わりに、湯飲みのお茶を飲みほした。
そしたらすぐに店員が――男だった――急須を持ってきて、お茶のお替りを入れてくれた。
これも含めて、栓も無い事だ。
「お前はこの状況を大いに活用するべきだ」
怪しまれないように、阿求と取り留めのない会話を――楽しい会話だ――繰り広げながら。
件の歩荷かその友人が喋りだすのを待っていたら、やや苛立ちを乗せている声で友人のほうが声を出してくれた。
これは有望そうだ。往々にして苛立っている、冷静さを欠いている人物からは色々聞ける場合が多いし。
今回は稗田○○はまだ、外野で観察している立場だ。苛立っている原因に○○の姿は、絶対に上がってこない。
しかも目の前にすら――少なくとも彼らの主観では――まだいない。期待できそうであるし。
「お前はもっといい目を見るべきだ。正直あの連中は好きじゃないどころか、気に食わん。
あんな連中百人よりお前ひとりのほうがよほど、尊いとすら思っている。
奴らの上りを全部持って行っても良いぐらいとすら、俺はまじめに思っているぞ」
そのうえこの友人君は、義憤で動いている。義憤と言うのは口の滑りをよくする効果がありそうだ。
ますます、期待してもよさそうであった。
「それから……証拠を抑えていないのが残念だが。あいつらはお前の道具に――
ちょっと待てお前。お前今、『やっぱり』って顔しなかったか?気づいても黙ってヘラヘラしてたのか!?」
その上、八意永琳にすら匙を投げられる性格の悪さは。隠そうとしても隠せるものではないようで、既にまっとうな連中にとっては。
どんなに悪くても『あいつ等め……』といった具合の、暗黙の了解に近いものがあったのが、この口ぶりでよくわかった。
「いつからだ?いつからだと聞いてる、結構長いはずだぞ。お前の道具にいたずらをやりやがったのは」
ややまくしたてるような友人の声に件の歩荷は『まぁまぁ』だとか『周りの迷惑になるよ』などと。
やはり性根は相当純粋なようで、さっきから至極まっとうなことしか言っていなかった。
極めつけの言葉は、多分これだろう。
「連中がそう簡単に戻ってこれるというか、来るというか……そもそも君も含めた周りが、受け入れる?」
努めて優しい声色を件の歩荷は出していたが、紡ぎだされる言葉は突き放していたのは言うまでもない。
出来るだけ柔らかい表現をするならば、住む世界が違うから。お互いにとってうっぷんをためる原因にしかならない。
ぐらいの表現であったが、腹の底では戻ってこないほうが良いとは思っていそうであった。
しかしながら天性の純粋さがそうさせるのか、あくまでも件の歩荷は、雲居と物部が好いているこの男は。
「山向きの性格じゃないんだよ。もっと人気の多い場所のほうが、多分、今よりは……」
お互い違う道のほうが多分、対立せずに済ませられる。ぐらいの表現を使おうと苦心していたし。もしかしたら本心かもしれなかった。
「お前なぁ。一歩間違えば、滑落していたのはお前かもしれなかったんだぞ!!」
だがこの友人君にとっては、仲間の装備に悪質な細工を施されていたというのが。酷い怒りを引き起こしているが。
証拠さえつかめれば……と言う悔やむような声色は色濃かった。
やはり人間の身一つでは、また本業と兼ねながらの調査となると中々しんどいという事だろう。
……少し物騒な想像をしてしまった。もしもこの友人君が雲居一輪なり物部布都と接触したら。
やはり自分の懸念は本物だったと、その確証を得てしまった彼の動きがひどく心配になってしまった。
「阿求」
○○はもう一度、阿求に確認をとることにした。
「俺たち、稗田の名前を出す必要はないけれども。例の嫉妬深いあの連中、日銭を稼げるぐらいには動いてほしい」
「ええ、心得ていますわ。あなた」
阿求との約束は、確認は、これだけで十分だ。それぐらい信頼している。
「で、どうしますか。これから」
約束に確かな担保を、阿求が○○に与えた後。彼女は○○からの次の一手を心待ちにしていた。
「うん……あの友人君は煮え切らない件の男性に対する、抗議のつもりかな?会話もせずに勢いよく食べてる
多分、食べ終わったら即座に席を断ちそうだ。俺達も急ごう、あの友人君と接触する。阿求も付き合ってほしい」
付き合ってくれと○○に言われた阿求は、○○の役に立てると思いやる気を出したようで。
「はいっ!」
周りに気づかれないように小声だが、力強さは確かに感じ取れた。
最も、見方を変えれば。○○が阿求を利用していると、彼は自覚していた。
「お釣りは良い」
短く、小さく言いながら。この友人君は自分の分の料金を十分に払える金額を。
叩きつけようとしたが、すんでのところで思いとどまったらしく。握りこぶしをゆっくりと机に降ろした姿は、やや滑稽だった。
だがそれよりも滑稽なのは、この光景を横の席に座っていた客――のふりをした稗田家の配下――が。
手に隠し持っていた手鏡で、その様子を覗き見れると。阿求が教えてくれた事だろう。
自分はホームズを気取りたいと阿求に頼んでいるのに、ベイカー街遊撃隊すら満足に扱えないことに。
恥じ入るような気持ちが沸き上がるが。そもそも勝とうと思うのが間違いとも思えて。
「行くよ、阿求」
阿求の肩を抱きながら――自分への誤魔化しだ。勝つ事を諦めたことも含め――。
苛立ちを全く隠さずに、席を辞した友人君を追いかけた。
おあつらえ向きに、何人かの屈強そうな人間も席を立つのが見えたが。
そういう事は、基本的に求めていないので。手の平を少しばかり、押し出すようなしぐさで合図して。
自分たち夫妻だけで、出来うる限りはやると言うことを示した。
優秀である彼らはすぐに、○○のしぐさの意図を読み取ってくれたし。
簡単なしぐさや動作一つで、屈強な連中を動かしている○○の姿に。阿求はご満悦であった。
「失礼」
往来が少し――稗田家の手の物が周りに多いことを確認してから。○○は件の歩荷の、友人君に声をかけた。
「はい?」
はじめは道でも聞かれた程度にしか思わなかったが、○○と阿求が顔をはっきりとその友人君に見せると。
――○○はともかく――阿求の顔を見間違える人里の住人は、よくよくおかしな奴だ。
「……ひ、稗田ご夫妻?」
初めの『ひ』と言う言葉に、悲鳴のようなものを感じたのは。気のせいだと強引に自分を納得させた。
「大丈夫」
だが、まずやるべきことは。目の前の彼を出来る限り、落ち着かせて安心させることだろう。
稗田○○の顔はよく覚えていなくても、名探偵と言う役柄は阿求がしっかりと宣伝しているから。知っているだろう。
「今抱えている依頼で……あの歩荷さんの事を調べているんだ。正確にはあの歩荷さんの周り」
そう○○が言ったとき、彼は明らかに安堵して。そして幸運を目の前にして、喜んだような表情を。
後、汚い感情をも含めれば『ざまぁみろ』と言う色も、○○の目には確かに見えた。
「立ち話もなんだし、往来の人の迷惑になる。コーヒーぐらいなら奢るよ」
そう言って○○は――稗田夫妻は歩き出して。彼はその後ろを黙って、しずしずと付いて行った。
どたんばで計画を変えたが、上手く行っているようで何よりだし。阿求も機嫌がよさそうだった。
だが聞き取り調査と言っても。八意永琳から聞いた、嫌な奴らだという感想が事実であるという事。
それ以上の収穫は、残念ながらなかったが。○○からすれば、本命はこの後にあった。
「ひとつお願いがあるんですが……例の、滑落事故に会った連中の事ですが」
歩荷とは言わずに連中と○○は表現した。目の前の彼も、当然だという風にうなずいた。彼からしても、同じ扱いは自尊心が許さないだろう。
「件の歩荷さんの周りを……落ち着けるのが私への依頼なんですよ。依頼人の事を明かす事は出来ませんが。
しかしながら、あの連中を遠ざけることが安定の第一歩であることは。私の状況が分からずとも……
貴方や、貴方のお仲間。それに渦中にいる件の歩荷さん。それら全部の利益であることは……」
○○は確認するように彼の顔を見た。
「いなくなってくれたら、清々します!」
吐き捨てるように言った。問題はなさそうだ、皮肉気な感情が沸き上がるが。
「じゃあ、問題はなさそうだな」問題ないと言う時、少し心が痛かったが。
雲居と物部の動きが外に向くと、いよいよ隠せなくなる。せめて内側にしたい。
それなら、最悪の場合でも両勢力の首魁を呼んで話をすればいい。ブンヤにもかぎ分けられる心配は薄い。
「あの連中が、自分から歩荷以外の仕事を選ぶように仕向けてくれませんかね?無論、協力は惜しみません」
○○は筆記用具を取り出して、一枚の手紙をしたため始めた。
そして書き終えた手紙を、脇で控えていた。阿求が用意してくれた自分の護衛兼監視に渡した。
「八意永琳先生に、この手紙を渡してほしい」
護衛兼監視は、恭しく礼をして永遠亭へと向かった。
「もしも、連中が何かごねましたら……八意先生を頼ってください。連中の不法行為を、八意先生なら
……残念ながら、入院生活が暇すぎたのが悪かったのでしょうね。悪い話ばかりしています。
貴方のお友達のお道具に、悪い細工をした事も。話しているようなので。それを記録してくださいと頼みました」
命蓮寺にせよ、神霊廟にせよ。
依頼人であるナズーリンにせよ、蘇我屠自子にせよ。問題や恥は外に出したくないから、内々に処理したいだろう。
けれども。これで終わるとは、○○だって思っていない。雲居と物部は、戦友とは程遠い関係なのだから。
今回はたまたま、好いている男に利益があるから。ギリギリ協力できているだけだ。
晴れ晴れしい笑顔で、稗田○○にお礼を言う目の前の彼と違い。○○は全く喜べなかった。
続く。お手すきでしたら、ご感想の程よろしくお願いいたします
>>488
好きな男の前では絶対に本性を見せないヤンデレちゃんいいよね
闇より深い闇
人工的な光は専らが提灯、稗田の様に進んだお大尽で精々がランプ。外界のような電気の蛍光灯などは望むべくも無い。
そんな幻想郷では夜の世界に活動する者はごく少数である。どうしても夜に行動しないといけないような、切羽詰まった人物。
そうした奴らが村の外に出てきた時に、彼らを待ち構えて喰らう妖怪。そしてお日様の下を歩けない、後ろ暗い素性の者。
夜の帳を目隠しにして朽ちかけた荒ら屋に集っていたのは、最後の類いの連中であった。むさ苦しい男ばかり、十人程の集まりは
息を潜めて屋敷に潜伏していた。元は大きな家であったのだから、きっとそこに住んでいた家族はさぞかし裕福であったのだろう。
埃を被った机、穴が空いた障子、何かに破られた上半分の掛け軸。僅かに残る調度品が、過去の住人の品の良さを微かに伝えていた。
それを思うと今ここに居る者にとっては皮肉とすら言える。荒くれ者に相応しい頭領の男が辺りを見回すと、だらけていた空気が
すぐに静まっていった。男の顔に刻まれた刀傷が蝋燭の光に照らされて、凄みのある顔を作り出している。蛇の道は蛇と世間では言うが、
悪に塗れた人生であってもその道数十年以上となれば、いっぱしの何かは付いてくるのであろうか。ふとした瞬間に感じるような、
胸騒ぎを男は覚えた。
これを只の勘と侮って軽く扱うような者であれば、男は今まで生きてはいないであろう。官警の手入れがあった時、山の獣に
襲われる直前、ほんの直ぐの距離を妖怪が通っていき、兄貴分がいなくなった出来事。いずれの時も、これに似た嫌な予感がした。
水飴のように粘り着くような、息が詰まる視線を感じる。心臓が見透かされてその奥にある魂が狙われる感覚。この独特の気分はやたらめったら
と味わうものではない。人生の修羅場、命を賭けるという表現に相応しい出来事が起こる時だけに、味わってきた感覚であった。
「おい…」
「ちょっと時間が掛かり過ぎかもしれやせんね…。おい、ちょっと下りてアイツを見てこい!」
自分の側に控えていた子分に声をかける男。相手もわきまえたもので、すぐに望んでいた返事が返ってきた。親分の考えている事が
解らずに、頓珍漢な言葉を喋る間抜けは、既に居なくなっていた。-そいつが望むと望まざるとに関わらず-だが。
「分かりやした!」
威勢の良い掛け声と共に、一番の若手が飛び出していった。たしかアイツは数ヶ月前に入ってきたか。度胸があり気も利く。
中々にどうして見所のある若造であるが、如何せん大勝負に使うにはこれまでの実績が足りなさ過ぎた。すぐ上の先輩に大役を取られた
時に見せた顔は、表向きは神妙にしてはいたものの、内心では忸怩たる焦りが渦巻いているのを男は感じ取っていた。
将来が楽しみな奴だ。そう男に感じさせる手下だった。男はふと、自分が感傷に浸っていた事に気が付いた。悪党の癖に白々しい。
心の内で男は反射的に毒づいていた。
ガラガラと車を引くような音がした。家の前に薄い月の明かりに照らされた影が差し、一番近くにいた者が戸を開けようと近寄った。
相当重い車のようで、台車にはこんもりと積み上げられている。思わぬ大勝利に荒くれ者どもの空気が緩んだ。
「ちょっと待ってろよ。」
駆け寄った者が戸を開けながら呟く。そこまで来た金に引き寄せられて、下品なまでに頬が緩んでいた。
「……へ?」
扉の先には、猫車が一台止まっていた。女が一人で大きな車を押しているだけで、迎えにいった男の姿は無い。思わぬ光景に一瞬思考が止まるが、
すぐに目の前の女を見て、手下達の表情がにやけた。女から匂い立つ香りに欲に塗れた感情が刺激される。その表情を貼り付けたまま、
駆け寄った者はいつの間にか自分が、地面と冷たい鉄の輪っかに挟まれていることに気が付いた。声を出す迄も無く、体を、顔を、
そして頭の中身を強引に潰されていく部下。グルリと屋敷の中を見回した女が、車に積まれていた何かを取り出して男の方に投げつけてくる。
側にいた腹心の部下の頭が、数時間前に送り出した筈の首だけになった手下と衝突し、スローモーションで砕けていく姿がはっきりと見えた。
女が次の首を取り出す。風も吹いていないのに蝋燭の光が消え、屋敷の中に届くのは月明かりだけになっていたが、先程の若者のモノに違いないと
男は確信していた。
想定外の事であったが、男は近くに置いていた人質を腕一本で手元に引き寄せた。相手に首筋を見せつけるように目隠しを掴んで顔を引き上げ、
白刃の刃物を喉に突きつける。効果があったのか女の動きが止まった。部下の誰かのモノだった手首を掴みながら、投擲する直前で女がピタリと
静止している。間一髪で消えかけた自分の命を繋いでいことに男は気が付いた。そしてにらみ合う二人。身動きが取れない中で、数秒の時が流れた。
「もしもし、私、メリーさん。」
不意に男の後ろから声がした。修羅場に不釣り合いな少女の声。素っ頓狂に明るくて、そしてどことなく虚ろな声。誰もいない筈の空間から、
包丁が生えてきて、男の手の平を赤い絵の具を撒き散らして汚した。痛みで持っていた刃物を落とす男。体制を崩したために、
反射的に受け身を取ろうとした左手が、生きているように動く包丁で床に固定された。
「良くやったわ、こいし。」
いつの間にか目の前に少女がいた。無表情でこちらを見ている彼女。少女から生えている目玉が、強く男を睨み付けていた。大事に人質を抱える彼女。
先程までの凍えるような表情とは異なり、大切な者を慈しむようですらあった。粗方屋敷にいた者を始末し終えたのだろうか。
猫車を押していた女に引きずられるようにして、男は外に連れ出されていた。屋敷の外で数人の部下が苦しんでいた。脚だけを鉄砲で撃たれたのだろうか、
腕だけの力で、必死にこの惨劇の場から逃れようとしていた。人質を抱える少女が指図をするように何度か指を振る。苦しんでいる部下の頭が、
熟した実が木から落ちるように弾けていった。
空中から羽の生えた少女が下りてきた。暗い夜目には少女に埋め込まれた赤い宝石が光っているように見えた。手に持った筒に光を集める少女。
目を開けていられない眩い光と共に轟音がする。しばらくして男が目を開けると、家があった場所には何も残されていなかった。
「さて、一体どうしましょうか。」
目の前にいる少女が言う。獲物をいたぶる獅子の如く。
「○○さんにこれだけのことをしたんですから、それ相応の対価は払って貰わないといけませんよね。」
人外の力を男に見せつけるようにして。
「地獄からも見捨てられた地底の奥の奥。そこで歓迎しますよ。」
闇よりも深い闇が歌った。
「死ねると思うなよ。」
>>495
阿求の○○への愛は倒錯しているのか、それとも純愛なのか。複雑な感情ですね。
>>488
囲い込み型のヤンデレはこうやって型に嵌まると強い…
>>495 の続きです
喫茶店を立ち去るとき。件の歩荷の友人である男性は、恐ろしくかしこまったしぐさで。
ピッシリとした形のお辞儀を、歩荷と言う職業ゆえに体幹が鍛えられているのか。
頭を下げ切っても微動だにさせずに。
去り行く稗田夫妻に対して、きっと完全に見えなくなるまであのお辞儀を維持していただろう。
それぐらいにかしこまった姿であった。
あそこまでかしこまったお辞儀をした理由は、あの稗田○○にコーヒーを奢ってもらった。
等と言うその程度の理由ではないのは明白だ。
○○だって分かっている、きっと彼がやりたかったであろう。
あの嫉妬深いだけの連中を追い出すために動くことに対して。
あの稗田○○が背中を押しただけではなくて。
計画が上手く行くように協力までしてくれたからだ。八意永琳まで担ぎ出して。
「ひとまずは……か。完全解決にはまだまだ遠いが……時間は稼げた。だからと言って、この時間も果たしてどこまで稼げたかな」
後光が行くべき道を照らして、与えてくれたとすら思っていそうな先ほどの男性と違って。
○○はどうしても悲観的な見方を続けざるを得なかった。
どういう方向に口が裂けようとも、事態が好転したとは言えなかったからだ。
たしかに雲居と物部が極論から極端な行動に走り。
何名かが落命してしまうかのような、依頼人であるナズーリン。
ひょんな事から合流した蘇我屠自子にとっての一番の懸念。
所属する勢力の名前に傷がつくという事態は、ひとまず。
――ほんとにひとまずとしか言いようがない――先延ばしにできた。
だが今度は雲居一輪と物部布都の。両名がじかに顔を合わせての衝突の危険が出てくるのだけれども。
しかもこの二人は、はっきり言ってただの人間よりもずっと強いし。どちらとも中々に、血の気が多い生き物でもある。
もしかしたあら時間を稼げたというのは、錯覚かもしれないなと。
とつとつと考えているうちに、○○はより悲観的な方向に思考を傾けたが。
「それでも、あなた。場合によっては時間すら稼げない例だって、いくらだってあるんですから。
それに依頼人の、上役にばれたくないという希望に叶うように動いているのですから。
あなたはとてもよくやっています。制限付きの中で動いているのに!」
○○が悲観的な分の反動とでも言うべきか
――だからと言って、○○が楽観的ならばそれに阿求は乗っかるが。
○○のやっている事は、現状を鑑みれば実によくやっている。ともすれば、この状況で○○以上にやれるなど。
そんなことがあり得るのか?とでも言いたげな程に、阿求は自らの夫である○○の事を褒めちぎっていた。
もっと突っ込んだ話をするのならば。○○は、稗田○○と言う存在は。稗田阿求の夫なのだから。しかも名探偵なのだから。
稗田○○のなすことと言うのは、良いかとても良い。どうあがいても悪く等ならない、ぐらいには思っていたと。
稗田○○には、断言できてしまえていた。
「――そうだね、阿求。幸い雲居と物部は、互いが互いにいがみ合っているけれども。意識的に接触は持ちたがっていない。
あの嫉妬深い連中を片付ければ、極まった行動に移る可能性は随分低くなった。
奇妙なことに、お互いがかち合わないように自然とそういう動きをしているのも。まぁ、有難いと言えば有り難い」
そして結局、阿求の楽観論と言うか。阿求の見たがる世界に、○○も意見を合わせてしまった。
いつもの事だ。
この事についてはもはや、論じたりするという気力どころか、必要性すら持っていなかったかもしれなかった。
ともすれば、○○のほうが阿求に合わせているのだけれども。
だけれども○○は、稗田阿求の事を愛していると断言できるのだから。
恋愛模様と言うのは、誠に一筋縄ではいかない絵柄であった。
ひとつ、言い訳じみたことを言うのであれば。
阿求の見たがる世界の中心には、絶えず○○がいるからだ。
それが○○の心を慰めて。
――常人から見れば阿求は、慰めるどころではない程の金と権力を乱舞させているが――
だがこの時の○○はと言うと、不覚にも。
阿求の見たがる世界の中心には、絶えず○○がいるという事柄の。あまりにも危険な部分が、全くもって見えていなかった。
それは、過去に起こった。○○の個人資産――少なくとも阿求はそう認識している、阿求からのお小遣いだとは考えていない――。
そいつが横領された際に、結局○○は恩を売って、自分の目が黒いうちは都合よく使える協力者ぐらいにしてやって。
使い倒してやる、それだけで済ませる程度の落着すら見出してやる事が出来なかった。その悔恨がいくらかはあったから。
稗田阿求と言う存在が、自分は稗田○○であるからいかに危険な存在か。実に巧妙に、見えなくなっていたという事実を、忘れていた。
○○が、阿求が。つまり稗田夫妻が仲睦まじく。待たせている人力車に乗った時であった。
稗田夫妻が往来を、調査のために歩き回っていると知られたくないから変装しているからと言うのも。
この場合は不利な方向に働いてしまった。
もっと言えばデートが楽しかったから阿求ですら周りが見えていなかった。
物々しさを阿求が嫌がって護衛は必要最低限で済ませてしまった。
その数少ない護衛のうち一人も、○○が八意永琳に対してしたためた手紙を、永遠亭に届けるために行ってしまった。
そもそもが、ここはおてんとうさまが降り注ぐ天下の往来であるから、人通りも多くてそもそも限界があった。
数え上げればきりがないけれども、何か悪いことが起こる場合と言うのは往々にして、不幸なめぐりあわせと言うやつが。
幾重にも絡み合ってしまうのは、古今東西で変わることはないだろう。
「なぁ。小銭で良いから恵んでくれよ」
恐らくこの身なりの小汚い上に、はっきり言って臭い男も、相手が稗田夫妻だと知っていたら近づくどころか逃げていただろう。
けれども今、稗田夫妻は変装をしてしまっているし。しかもこの変装がなかなか上手かったのも、皮肉な結果を招いた。
そう、接近を許してしまうというよりも、○○の視点では稗田夫妻だと気付いてもらえなかった。
そんな結果を招いてしまった、稗田夫妻だと分からせていればお互いに荒事を回避できたはずなのに。
この時稗田○○の表情は、大いに凍り付いてしまったが。
それは決して、この物乞いに対する嫌悪感などではなかった。
物乞いなんぞ、はっきり言ってこの程度の存在なんぞ。
稗田阿求にとっては路傍の石よりも軽い……程度で済めばどうとでも出来る。
ここで最も重要なのは、今この時は稗田阿求にとっては最愛の存在である、○○とのデートに赴いているという心持だという事だ。
それを邪魔された上に、阿求にはデートを邪魔された場合に苛烈になる大きな理由が存在している。
無論、今日や明日にいきなりと言う事は無いけれども……稗田阿求は体が弱い。
当代である九代目は、永遠亭と言う史上最高の医療機関が常に気にかけているゆえに。過去八代よりは、ぐらいには考えていいけれども。
それでも短命の業を、はたしてどこまで取り除く事が出来たか……
それゆえに稗田阿求は、自分の短命の業に抗うように濃い人生を望んでいた、その顕著な例が○○の立たされている舞台の存在だ。
即興劇のような物ゆえに、台本らしきものが阿求の頭の中にあったとしても。それら全部を実行、ないし実現はできないとはわかっている。
けれどもこの、身なりの汚い物乞いの存在は。どれほど台本を練り直そうとも、出てこない存在だ。
増してやデート中には。
しかもこの物乞い、やりなれているとでも表現しておこう。
声をかける向きをしっかりと考えて動いていた、○○の座っている方の窓、男の方に声をかけるのではなくて阿求の方に声をかけた。
なるほど、か弱い女性相手の方がやりやすいのは確かにその通りであるが。
残念ながら稗田阿求のか弱さは、あくまでも体力面と見た目だけである。
○○は阿求が一体何を持ち出すか、全く分からなかったが。致死的な何かをするのを、○○はしっかりと感じ取ってしまった。
御者である人力車の引手なら……多分、返り血がこちらに向かう可能性を忌避するはずだ。
しかし不覚にも、○○はすぐに阿求を止める事が出来なかった。こういった荒事をも望まれている事を、重々自覚している稗田家の奉公人の方に。
屈強な奉公人の方に、残念ながらほんの少しだけではあるけれども、○○も意識を向けてしまった。
けれどもその、ほんの少しだけでもあれば良いのだ。
阿求の手に拳銃が握られているのが見えた。五日の時に、阿求が貸してくれたものよりも小さい。
阿求の小さな手にも合うように、特別に作られた小型拳銃だろうか?こんなもの、幻想郷のどこで製造されているのだ?
だがそれよりも重要なのは。拳銃を出して、引き金を引く程度の時間は。刃物で切りかかるよりもずっと、短くて済むのだから。
ましてや弾道の射線上に○○はいない。おあつらえ向きだ!つまり最悪だ!!
「おじさん」
鮮血が辺りに飛び散る場面を想像してしまい、またそれを止めれそうにないと悟ってしまって。
○○は思わず逃げに、目をつむってせめてまともに真っ赤なものを見ないようにしたが。
運は向いていた。○○にとっても、何よりもこの物乞いにとって。
火薬が弾けて、鉛玉が飛んでいく音の代わりに洩矢諏訪子の声が聞こえたからだ。
「分かるよね?」
○○はやや震えながら目を開けたら、諏訪子の手が阿求の持っている拳銃をしっかりと握りながら。
もう片方の手には、これもまたどこで手に入れたのだろうか。明らかに上等な皮で持ち手を保護した。
刃と言うよりは、兵士が使うようなナイフを持っている諏訪子が、物乞いに来た浮浪者の首筋にしっかりとナイフを当てていた。
前後左右、諏訪子がこのナイフをどこに引いてもこの浮浪者の首筋はかっ切られる。
それはナイフの持つ冷たい感触を首筋で感じ取っている、この物乞いが一番理解しているだろう。
「分かってるなら、そのまま後ろに下がって。もう戻ってくるな」
物乞いは悲鳴やお慈悲を等と許しを請う言葉はおろか。
息遣いですらほとんどせずに後ろに下がって。そのまま雑踏の中に紛れて、見えなくなった。
もう二度と会わないことを願うばかりだ。彼の命のためにも。
「あぁ……」
物乞いが完全に見えなくなってから、諏訪子は肩の力を撫でおろしながら。ナイフを懐に直した。
「いやぁ、助かった。こんなもん持ってるけれどもさ、血で濡らす回数は少ないほうが良いからね。
善悪はともかく、傑物相手なら勲章ものと思えなくもないけれども」
諏訪子は愛用のナイフが、あんな矮小な存在の地で汚さずに済んだことを喜ぶ『風』な言葉をつらつらと述べていたが。
良かったの意味が、そもそもの部分で死人が出ずに済んだことを諏訪子が喜んでいるのは、間違いなかった。
しかしその事を掘り下げる事は、別にしなくて構わないどころか。やったらこじれるだけだ。
「何か?そのご様子だと、何か仕入れてきてくださったかのように思いますが」
「ああ」
間違いなく、諏訪子が一番ほっとしたのは。○○がさっきの事をもう完全に放り投げる方向で、話を進めた時だ。
「すぐに星熊勇儀のところに戻らなきゃだから、手短に話すね。
物部布都は明らかに、雲居一輪の事を見下している。それは雲居一輪だって、物部布都の事を目の前で成金仙人と呼んでいるから。
同じように見えるかもしれないけれども、質と言うか見下し方が全然違う。
物部布都は明らかに、雲居一輪の事を低い階級、卑しさの強い存在としての見下し方をしている。
ともすれば湯女(ゆな。銭湯にて、代金をもらい男性の体を洗う女性。江戸では殆どの銭湯に存在した)
と同じか、あるいはもっと酷い見方を雲居一輪に対してやっている」
しかし鮮血の場面を見ずには済んだが、新しい予告を突き付けられた気分であった。
「雲居一輪は、物部布都からそこまで下劣な存在だと思われている事には?」
「幸い知らない。さすがに直接言えば、どう考えても戦争が始まるぐらいの思慮は、あったようだね」
ひとまずはとすら思えない。そう思っていること自体が問題なのだ、二人の憎しみあいを考えれば。
何より雲居一輪は、物部布都の目の前で成金仙人等と言って、けなしている。
物部布都のほうが雲居一輪に対して、もっとひどい事を考えて自らを抑えているとはいえ。
目の前でけなされ続ければ、いずれはその心の防波堤も決壊してしまう。
そうなった時、もはや依頼は失敗したのと同じだ。
それに、共通の敵がいなくなるのが決まっている以上。
雲居一輪と物部布都は心置きなく憎しみ会えるだろう。
「なるほどつまり……物部布都は件の歩荷を。もっと素晴らしい存在に引き上げて。
権勢も威光もある姿にして、その隣に誉れ高い仙人様である自分を配置して。
雲居一輪の入る隙と言うのを……せいぜいがお手伝いさんぐらいにまで陥れるという事か」
「もっとひどい事、物部布都は考えてそうだけれどもね――」
諏訪子が少し、阿求の方を気にしたが。情報は全部伝えたほうが、阿求の機嫌が悪くならないとすぐに思い至り。
「物部布都は、雲居一輪の肉体を。肉付きが良すぎて邪魔だと、引き締まってないだとか散々に言っているが。
つまり、物部布都も認めざるを得ないんだ。雲居一輪の肉体的魅力を」
けれどもこの情報を聞いたとき○○は、思わず阿求の機嫌を確認したが。
幸いなことに大丈夫であった。
「じゃあ、私は星熊勇儀とまだ約束があるし。遊女を遊びに連れていく用もあるから。帰るね」
けれども諏訪子は、ナイフまで持ち出してすぐに。稗田阿求の目の前で、危ない話をせねばならない息の苦しさに耐えかねて。
星熊勇儀を引き合いに出して、すぐに退散してしまった。
人力車が動いている間、○○は目を閉じて考え事にふけり。阿求はその様子をうっとりしながら見ていた。
やはり時間は決してこちらの味方ではなかった。
共通の敵がいなくなれば、憎しみあいは加速するのみ。時間稼ぎはさほど出来ていないどころか。
むしろ爆発までの時間を短くしてしまったのではとすら思う。
――だけれどもだ。
だけれども、名探偵の役柄を与えられているとはいえ。稗田○○は歩みを止めてはならないのだ。
依頼された以上、そしてそれを引き受けると言った以上は。
あれから数日どころか。10日以上の日数がたってしまった。
件の歩荷、つまるところ雲居一輪と物部布都の両名から同時に、色濃くて劇物ともいえる愛を抱かれているあの男。
かの男性が、職業上の才能に恵まれている事は。
雲居にせよ物部にせよ、かの男性が評価されることに喜びを見出しているようだから。重畳ではあるが。
世の中の動きと言うのは、外でも幻想郷でも大差ないどころか。
そうは言っても箱庭ゆえに、狭さがむしろ煮詰めるという具合を引き出してしまい。
嫉妬に狂って、言の葉において愚痴をいうだけならばまだしも。山に入るのが日常ならば、自らにそういうことをなされた場合。
それは命の危機にはつながるという事ぐらい、分かっているはずなのに。と言うよりは、分かっているからそんな悪辣な事をやったのだろう。
件の歩荷の装備に対して。
自分より――しかも真っ当に――評価されているからと言う、不当な動機から。装備に対して日常的な嫌がらせをなしていた。
月の頭脳、八意永琳にすら匙を投げられる始末の。あの連中に関しては。
○○が八意永琳に、証拠集めを依頼して。件の歩荷の、真っ当な友人に対しても○○が背中を押したこともあり。
あの連中はすでに、歩荷の職はやめて、そうであるのだから山の近くに居つく理由もなく。すでに離れてくれた。
阿求にお願いした通り、ちょっとした日銭を稼げる程度には仕事にありつけるように周りを調整しているから。
雲居一輪と物部布都が、爆発するとすれば一番の原因であろう、あの嫉妬深い連中の影と言うやつは。
既にあの、件の歩荷の周りからはすっかりと消え失せてくれているし。
先日に背中を押した、件の歩荷の友人は誠実そうだったから。やはりその周りも誠実なのは、何よりの事であった。
結論から述べるならば、あの歩荷の周りの空気や雰囲気と言うやつは。もとからあの歩荷は篤実(とくじつ)で実直だったから。
自然と周りの人間も、そういう信頼に足る存在であったとはいえ。目の上のたんこぶと言うやつがすっかりと消えてくれたこともあり。
何の憂いもなく、毎日山に入っていっては。歩荷の仕事に精を出すことが出来ていると、阿求が使っている手の者たちの調査報告からも。
間違いなく確かであると、断言する事が出来ている。それ自体は、重畳である。
しかし、件の歩荷やその友人たちからすれば。それだけでもうこの話は、大団円を迎えたと言っても構わないけれども。
依頼を持ち込んできたナズーリンにしても。
全くの偶然とはいえ、実はナズーリンと同じ懸念を抱いているがゆえに合流できた蘇我屠自子にせよ。
そして何よりも、依頼を受けてしまった稗田○○。これらにとっては、今の状況は何にも喜べるところがなかった。
依頼人にせよ、稗田○○にせよ、今の状況は時間稼ぎに成功した以上の価値は、存在していないという所では意見の方、一致していた。
件の歩荷の身の回りこそは、確かに安定させる事が出来た。
そのおかげで、雲居もしくは物部――と言うより二人ともが――極論に走る可能性は消す事が出来た。
あの二人は、自分の深い愛を証明するために、より過激な方向に行くだろうと言うのは。
少し考えればたどり着く結論であるから。
それが外に向かわなくなったのは、ナズーリンは命蓮寺、蘇我屠自子は神霊廟の。
評判が、殺人事件で傷がつく可能性は減じる事が出来たけれども。
直近の懸案がなくなったという事は、雲居と物部はお互いを憎みあう心の余裕が生まれたことを意味していた。
頭痛の種を取り除いたまた更に向こう側に、同じぐらい大きな頭痛の種が転がっていた。
しかもこの状況が一歩でも間違えば。
それは二大勢力の正面衝突になりかねない、しかも理由が男の取り合いなどと言う物凄く情けない理由だ。
ここで正面衝突すれば、衝突した理由の情けなさから、好奇心から大きな耳目を引くだろうし。
天狗の新聞はあることない事書き連ねるのは必定。
そして普段よりもずっと、強烈な紙面を書き連ねるであろうは。
雲居と物部から脅されて、紙面の一部をあの二人の好みに合うように改変させられている。
射命丸文であることは疑いようがないし、なお酷い事に、射命丸の文々。新聞は結構人気があるから、巷の噂を牽引する力があった。
稗田○○は、射命丸が雲居と物部から脅されている恨みを爆発させることをきっと恐れているだろうと考えて。
彼のとりなしによって。
ナズーリンと蘇我屠自子は射命丸文に対して、菓子折りの大きさで現金の入った封筒を隠して、彼女に渡したが。
稗田から既に大金を渡されているが故の、これ以上の施しを受けるは賢明ではないという処世術か。
あるいは、ここで受け取ってしまえば恨みを水に流す必要が出てくるという考えかは知らないけれども。
射命丸は、菓子折りこそは受け取ったが。そこに張り付けられていた現金の入った封筒はと言うと。
ナズーリンと屠自子の目の前ではがして、突き返されたと。
稗田邸にて、結果を話すために帰ってきた折に、二人ともがうなだれながら答えていた。
しかしながら。ナズーリンとの蘇我屠自子の両名には、誠に申し訳が無いけれども。
依頼を完遂させようとしている稗田○○にとっては、射命丸周りの事は、枝葉の出来事であった。
だから○○は今日も、穏当で妥当な落着点を探すために。ナズーリンから全部借り上げている、ネズミを使って。
件の歩荷の周りを、つまり雲居一輪を、そして物部布都を調べ続けていた。
そしてたった今も、時刻にすれば午前の11時を少しだけ回った折に、ナズーリンの所のネズミが報告書を。
今日だけでもこれで、三回目の報告書提出であった。
しかし○○の表情は全く浮かない。
「ありがとう。それじゃ、予定通り引継ぎをしてくれ」
ちゃんと間諜として動き回ってくれている、目の前のネズミに、食べ物を分け与えながらお礼を言えるけれども。
はかばかしく無いことぐらいは、○○の表情を見ずとも声だけで十分理解できるから。
本当に、申し訳なさそうにかしこまりながら。○○から渡された食べ物を胃袋に押し込んで、一礼して立ち去った。
本当は、○○もネズミをあちらこちらに散らせながら。自分自身も外に出て調査、件の歩荷の近くをうろつくだけでも良いから。
周りを知っておきたかったが。○○は残念ながら、稗田阿求ほどに豪胆ではなかったという事だ。
もう10日以上も前の話のはずなのに、○○の脳裏にはまだ色濃く。
妻である阿求が、拳銃の引き金を引くことに全くの躊躇を見せていなかったことが思い起こされるのだ。
無論、阿求と距離を取りたい等とは、一切考えていない。
○○の恐怖は、自分がどこかで何らかの不利益。特に今は、あのような物乞いに絡まれてしまう事を恐れていた。
別に、物乞い自体は怖いとは思っていない。あの時、物乞いの首筋にナイフを突きつけた洩矢諏訪子ほどではなくとも。
○○だって、心配性の阿求から色々な武器を。護身具としてもらっているから、それで横っ面をガツンとやればいい。
けれども果たして、稗田阿求がその程度で許すだろうか。
いや、多分許さない。
だから、○○としてはどうにも。外出しようという意欲が沸き立たないのである。
なお厄介なことに、稗田邸に引きこもっていても。ほとんど所か、足りない物を思い浮かべるのが難しい程に。
何でも手に入るし、届けてくれるし、奉公人が手伝ってくれる。
その気になれば、自室のある一点から全く動かずとも、○○は一日を何の不自由なく過ごす事が出来るだろう。
呆れかえるほどに○○は、阿求の背中におぶさって生きていた。
「あなた」
多分もう読まないであろう報告書を、直したすぐに。待ちかねていたかのように、阿求が声をかけてくれた。
「何だい?」
○○も自分でもわかるほどに、現金な物であった。
まったく動きがない状況に、焦燥感を覚えていたが。阿求から声をかけられたら、少しばかり気分が慰められた。
「ナズーリンさんが会いたいと……」
しかしちょっとした報告ならばネズミを使えばいいのに、ナズーリン自らが来るという事は。
「この依頼、取り消したいと。何かがあったようですね」
案の定、ロクな事ではなかった。
だが、次善の策はある。
「阿求、カラスを使う。天狗に連絡を。ナズーリンさんが何も考えなしにとは思えない……あるいは察してほしいのか」
射命丸には申し訳ないが、また協力してもらうしかない。ナズーリンさんの真意に関しては……
何もないほうがもはや困る。
続く お手すきでしたら、ご感想の程よろしくおねがいいいたします
ちょー久しぶりにSSを書いたのでマエリベリー・ハーンのヤンデレを。前回の映姫といつか書いた豊姫からも成長はしてませんが……。川の石ころ程度の認識で読んでください。読まなくても問題は無いです。
一つ、昔話をしましょうか
私の家は結構な富裕層でね、何一つ不自由したことは無かったわ。
え?今でもそうでしょって?
さてね、それは関係無いことだから置いといて。
不自由無い暮らしだったわ。ねだれば何でも与えてくれて。洋服、人形、ネックレス。
ありとあらゆるものを私は手にしたわね。
ただ、それ故に自分で手に入れる欲が欠落してた。
ほら、自分で稼いだお金で買う物って特段、大切に感じるでしょう?あの感覚が無かったの。
ところがある日、隣に一つの家族が引っ越してきた。
私たちと違って、何と変哲も無い、ごく普通の家族だったわ。引っ越してきた当日、うちに挨拶にきたの。
父と母、それと男の子が一人。
男の子も平凡な顔立ちで、一目惚れとか、そういうのはあり得なかったわね。
でも好きになったんでしょって?
ええ、好きになってた。不思議よね。恋って突然なんだもの。
それでね、お隣さんだから出会う確率も高いでしょ?最初の頃は会っても挨拶する程度だけだったけれどいつの間にか一緒に買い物する仲にはなっていたのよね。初デートは結構緊張したわぁ…。後で聞いたら彼もドキドキしてたって。
それからね、彼とは何度もデートをする仲になって最後は2人同時に告白したの!もう私嬉しくて思わず泣いちゃった。
彼ね、本当に嬉しい時、くしゃっとなるのよ。その顔がまたたまらなく可愛いの!写真見てみる?あ、やっぱ貴重な顔を見せるのは勿体ないわね。
でね、そのうちに彼からあるプレゼントを貰ったの。なんだと思う?
ええ、お察しの通り指輪よ。思わず泣き出しちゃったわ。
彼と一生を共に過ごせると思ったら全身が湧き出すくらい嬉しくて……。
でも、そんな素敵な彼だから狙うコソ泥も多かったのよね。
その筆頭が、あなた。
うふふふふふ。ゴミムシを消すのも、良妻の役目よね。
ていうか、ここまで聞こえてる?
一応、意識が保てるようにはしてあるけれど……。
ま、いいわ。
あなたは境界の世界で永遠に彷徨いなさい。
>>505
取られたくないなら○○に自分の名前でも書いといた方が良いかもな
落ちる雷
彼女が一歩踏み出す。怒りの鉄槌を振りかざすために。そして、目の前の哀れな犠牲者に向けて雷を落とすために。
止めなくては。瞬間的に感情が沸きだしてくる。彼女の怒りは凄まじく全ての物を砕いて進んで行く。
他の何者にも邪魔をされず、天地人全てを見通す天人の姿は傍若無人そのものでさえある。傍らに人無きが如し。
天界に住まう存在にとっては、地を這う人間などは物の数にすら入らない。なればこそ止めなくてはいけない。
もはやこれ以上の被害は望んではいないのだから。
そう思って彼女に向かって一歩踏み出した。地面に付いた脚に鋭い衝撃が走った。
「-----!!」
僕は自分の足を抱えて転げ回った。痛いなんて物ではない。伝わった衝撃によって足に刃物で肉を刺されたような痛みが走り、
その痛みが全身の神経を針で引っ掻いていく。涙が勝手に絞り出されて息が短く漏れる。彼女に何か言って止めさせようなんていう
さっきまでの威勢は粉々に砕け散っていた。
僕が倒れる音が聞こえたのだろうか。彼女が一瞬こちらに視線をやった。かつてのように鋭い、人の心を見透かすような視線。
顔を戻した彼女が剣を抜いた。色を纏い空気を震わせる刀身に光が走った。スローモーションのように、
彼女が腕を振り下ろしていくのが見える。あれが刃物として人を物理的に切り裂くのでは無いと、
いつか彼女は僕に語ったことがあった。あれはもっと恐ろしい物の筈だった。ただの人間一人に使うなんてものでは無い。
それは世界を壊す力。天変地異を起こし、地上の在り方を変えてしまう力。それが今、無情にも振り下ろされていく。
ふと、男と目があった。恐怖に満ちた慈悲を請うような、そして僕を恨む視線。それが僕に注がれていた。
その視線を受けてもなお、恐怖に痺れた僕の足は一歩も動かなかった。
>>504
二人の間にはもはや衝突しかないのでしょうか…
>>505
彼のことを惚気るのと同じ口で、相手を殺す言葉を話すのがヤンデレたる由縁ですね。
>>504 の続きとなります
依頼人であるはずのナズーリンが、それも懸案事項はまるで解決していない。怪我で済んだとはいえ、厄介な連中だったとは言え。
雲居一輪と物部布都は、比喩抜きでの歩荷たちにとっての命綱であるはずの道具類への細工が施した。
その厄介な連中は、○○が、『稗田」○○が。手を回し、助け舟も出してやって雲居一輪と物部布都が好いている、件の男に嫉妬している。
あの厄介な連中を、遠ざけることには成功したが。それは状況が次の段階に進んだ、あるいは沈み込んだとも言える。
共通の敵が消えたという事は、戦友などとは間違っても考えるはずのない。雲居一輪は物部布都に対して面と向かって、成金仙人と罵り。
物部布都も、さすがにそれを言えば戦争になると理解しているが。腹の底では雲居一輪の事を、色情の権化とも言うような表現を使ってけなすのを。
ともすればそのけなす対象は、実に魅力的な聖白蓮の肉体にも向かっているというのは。
それに関しての聞くに堪えない表現や言葉の数々は、遊郭街に足しげく通っている諏訪子からの報告書で。知っているのだ。
その中身は一番に受け取っている稗田○○だけではなく、依頼人であるナズーリンや同じ懸念を共有している、蘇我屠自子も知っている。
そう、ナズーリンも理解しているはずなのだ。共通の敵がいなくなってしまった以上、雲居と物部は。
互いが互いを憎しみあう余裕というやつが生まれてしまった、件の歩荷の周りは実に、清々しい程に安定して。
懸念と言う奴は、八意永琳にすら匙を投げられた嫉妬深い連中が立ち去ったおかげで、何も思いつかなくなってくれた。
けれどもそれが第二の、依頼人と名探偵たちにとっての新しい懸念。雲居と物部の正面衝突の可能性を生じさせた。
雲居と物部が、互いが好いている男の敵に、致命的な一撃や凶行に走る可能性よりも。
ずっと鮮烈で危険な可能性が持ち上がったのだと、賢将とまで言われているナズーリンには分かっているはずなのに…………
「この依頼、取り消したい」
客間にて、依頼先である、また名探偵である稗田○○が――無論、横には稗田阿求――前に座るや否や。
「急な話で、実に失礼な物言いだというのは十分に理解してる。けれどもこの依頼、もう、良いんだ。調べなくても
その……こんな幕切れで、申し訳ないが……その。もう……」
確かに座るや否や、ナズーリンはこの依頼をこれ以上は調査しなくて良いと、言おうとは努力していたが。
大きな引っ掛かりが、明らかに存在するような言い方であった。
何より○○としても気になるのは。
「調べなくて良いと申されても……理由が分からなくてはね。真っ当な理由をお聞かせ願えませんか?」
そう、理由を全く放してくれない、ナズーリンの態度というか。
理由を言わない理由、これが○○からすれば最も気になる部分であった。
「賢将らしからぬ話の切り口ですね……急な話だというのに。その理由を説明しないのは。それとも、理由を説明『できない』のですか?
説明できない、それ自体が、理由の一部なのですか?」
○○はつらつらと述べながらも、ナズーリンの表情をつぶさに確認している。
もちろん、それと並行してちゃんと、阿求の顔を確認している。ナズーリンの体躯は小さいほうだが、健康体であるから阿求よりはずっと。
ずっと、肉体的魅力は存在しているからだ。
幸いにも阿求はまだ笑ってくれていた。依頼しておいてそれをもう良いという、大きな無礼よりも。
阿求にとっては、依頼人も依頼人が心配している事柄も、はっきり言ってどうなろうとも興味がない。
唯一の興味というか気にしている事は、自分の夫である稗田○○に対して、良質な依頼や稀有で面白味のある謎解きを、与えられているかどうか。
そして幸い、今回のナズーリンの行動に対して。○○は苛立ったり、ましてや怒りを覚えたりはしていない。
だから阿求の顔に、危険な兆候や変化は見られない。むしろ機嫌がよさそうとまで言えた、夫である○○にはそれぐらいの違いは理解できる。
どちらにせよ、大丈夫そうで何よりだった。
おずおずと阿求の顔を見ているナズーリンも、一番危ない橋は渡れていそうだと言う事で。肩の力は少し和らいでいた。
無論。稗田○○ではないナズーリンは、今日この場を乗り切り、自宅に帰るまでは安心できない。
「理由は、説明……『しない』とは思いません『出来ない』のですよね?こんな急すぎる話、礼儀もなっていない話を。
ナズーリンさんが望んでやるとは思えない」
「私は……」
無言のままであるのは良くないと――何より稗田阿求の心証に――思ったであろうナズーリンは、口を開こうとしたが。
たった一言だけで、再び沈黙が生まれてしまった。もしかしたら何も言わないよりまずいかもしれないと思い、ナズーリンは冷や汗をかくが。
ナズーリンの口は空回りを続けているだけで、『私は』以降の言葉は全く出てきてくれなかった。
「ふぅん……」
さすがに阿求が、少しばかり焦れてきたが。夫である○○は、まだ興味津々でナズーリンの方を見ている。
ナズーリンの行動に対する興味、好奇心から来る疑問、これらはまだ尽きていない。だから、まだナズーリンは安全であった。
しかしこの状況を長く続けてはならない、何よりこの状況は稗田○○の興味の持続のみにかかっている。
それぐらい、ナズーリンは理解している。だから、ナズーリンは何かを言わなければならないのだ。
「その……私も。ネズミたちを世話する必要がある。ネズミたちの親玉だからというのもあるが……でも、その……
ついてきてもらった、ついてこさせた責任というのがあるから……ちゃんと、ちゃんとね……五体満足で。
そう、ネズミの妖怪である私が使役しているから。あの者たちだって、普通のネズミではないことぐらいは理解しているだろう。
だから、野生のネズミとは全然違って……そう!家族と言う物だって、持っている者は珍しくない!
この間も、結婚したり子供に恵まれた者が。いるんだ!その者たち、使役している者たちに対する責任は!
むろんのこと、家族たちへの責任も私には存在している!
飢えないように、怪我しないように、致命的な何かが起こらないように努力する責任がある!」
そしてナズーリンは何とか、頑張って色々な事を言ってくれたが。
しかしながら、依頼を取り消すことに対する理由は。結局一言も出てこなかった。
このナズーリンの言葉からわかるのは、あくまでも大将としての責任感がとても大きいというのが分かるのみであったが。
それすらも、どうにかこうにかして、ひねり出したと言う物であった。
しかし○○は、その一言一句を傾聴しており。愛用の帳面を開いて、気になった部分をいくつか書き留めていた。
阿求からは十分見れる位置だったし、彼女が帳面の中身を覗こうとも○○は、むしろ見せてくれるが。
ナズーリンにはそんな事は出来ない、○○の方から見せてくれない限りは、帳面の中身を見る事は許されない。
しかし中身に書かれている事いかんによっては、その後が運命づけられてしまう。
「ちょうど……ね。さっきも言ったけれども、最近結婚した配下のネズミには、もう子供もいるんだ。
人間でいえばまだ乳飲み子だが……ずいぶん可愛がっている。夫妻ともに、すっかりとのぼせ上って……
まぁしかし、ほほえましい姿ではある。そういう姿を見るとね、私はこいつらの大将なんだからと、初心に戻る事が出来て……
その……そう。旦那さんに何かが合ったら、私は……私は…………きっと、恨まれる」
無論、ナズーリンとしても色々と考えて行動している。しかし考えても考えても、制限が存在。
あるいは、どうしても優先しなければならない物がある。
「私は連中の大将だ。連中の命に責任がある。無駄死にだと分かっているのに、やる事は出来ない」
この場に来て最も、ナズーリンは言葉を詰まらせたりすることなくナズーリンが。
ネズミたちの大将である、賢将ナズーリン。
依頼人である命蓮寺の構成員、ナズーリンではなく。賢将ナズーリンとして発言して。
「……以上だ。私は、もう帰ろうと思う。賢将、つまりは将軍だから。冷徹な判断が求められることもあるけれども
しかし……無駄死にだけは…………」
帰ると言ったのに、立ち上がったまでは良いが。色々と、まだ言いたい事はあるけれども。
さりとて、何かを気にしているのは明らかで。明らかに何かを、ナズーリンよりも大きな何かからの視線。あるいは影だろうか。
なんにせよナズーリンは何かを気にしている、まるわかりであるどころか。
○○の目には、演技性が強すぎるというべきか、正直わざとらしいとも取れたが。
察してくれと言わんばかりの動きと考えれば、ナズーリンの動きにもいくらかの理解は可能であるけれども。
本丸ともいえる、『何故』という部分が分からない限りは。理解も半ば程度しか与えてはやれなかった。
「まぁ。ナズーリンさんにも、色々とあるのですよね?」
やや疑問文形式というのには、喋ってから○○も不格好だなと思ったが。
「あるんだ」
ナズーリンはやはり必死であった。即答であるのが、一子であることの何よりの証拠と、捉える事が出来るだろう。
「なるほど」
必死さをナズーリンから感じ取った○○は、これ以上は聞き取ろうとするのは無理だろうなと、諦めたわけではなかったが。
ナズーリン本人の自発的意思は、当てにできないとだけは考えるしかなかった。
「分かりました、ナズーリンさん。ご足労、どうもありがとうございました。少しは分かりましたよ、まだ何となくの段階ですが。
まぁ、悪くはない」
○○が手を前にやって、退室しようとするナズーリンにもう良いよと促した。
だがナズーリンは、最終的には退室したものの。立ち上がっているくせに、出ようとするのを逡巡してしまったが。
その逡巡する様子に、○○はナズーリンの隠している何かが。彼女の持ちうる背景に対する、賢将ナズーリンという立場。
それに対して致命的な何か。という推測に関しては、かなりの確度で正しいなという事だけは実感できた。
今は、それで良しとした。
「それで、どうします?私は、○○。あなたがまだこの状況を、面白いと思っているのならば。それで良いのですが」
ナズーリンが立ち去ってから、稗田夫妻の部屋に戻ったら。阿求はすぐに口を開いたが。
いささか物騒な気配がするのには。○○も苦笑を混じらせねばならなかった。
ここでナズーリンが無礼であると――実際、無礼だから余計に困る――一言でも漏らしてしまえば。
……事情の存在は、さすがに阿求も気づいているだろうから。死んでしまう事はないだろうけれども、『清算』は求められるだろう。
「何も考えていないわけではない……まぁ、ナズーリンさんは面白くないと思うかもしれないけれども」
○○はあくまでもナズーリンが不快感を感じるだろうなと、そこを気にしていたが。
阿求は、○○が何かをするつもりだというのを聞いて。実に機嫌がよさそうに笑みをこぼしていた。
――ナズーリンに対するいら立ちが、○○自ら始末をつけたという風には、阿求は見てくれているだろう。
ならば、それでよかった。少なくともこれ以上はひどくならない。
「射命丸は協力してくれるかな……呼んだから来るだろうけれど、いい返事が聞けるか。ただでさえ雲居と物部から、介入を受け続けているのに」
ならば○○が次に気にするのは、射命丸の協力が手に入るかどうかであるが。
「あら、私たちはあの二人とは関係ありませんよ。ごねるならお札を叩きつければ良いんです。天狗ならそれで十分でしょう」
阿求は随分ひどい事を言っている。天狗への評価が低いのか、それとも相手が射命丸文だからなのか。
もっと言えば、大金で囲われているという事それ自体が、射命丸の危機感を膨らませているのだけれども。
しかし、何も言わないし、何も聞かないではおいた。
「まぁ、そうなのだけれどもね」
○○はその一言だけで済ませて、ちゃぶ台に乗っているおまんじゅうを食(は)んで、時間を稼いだ。
「奥様、旦那様。お呼びになっていた天狗の射命丸文、来られましたので客間にお通しいたしました」
さすがに稗田阿求からの手紙――ろくな言葉を選んでいないだろう――が来れば、射命丸としても無視は出来なかったし。
時間を稼ごうにも、稗田の家格を考えれば、それだって不敬にあたると。もっと上の天狗から、何か言われるだろう。
結局来るしかないのだ。
よくもまぁ、今更だと上白沢の旦那からは言われてしまいそうではあるけれども。こんな荒っぽい生き方が許されているものだ。
例え稗田の人間、それも九代目であると考えてもだ。
――やはり、阿求に課せられている、阿礼乙女に課せられている、短命という業がそれを許されているのだろうか。
短命という業が、周りからの甘い視線や態度を誘発しているのだろうか。
――――そしてそれに付き合う○○という人格にも。それは適用されているのだろう。
今日や明日という話ではないけれども、きっとどのような謝罪文を書こうとも。
一番の友人である上白沢の旦那からは…………いっそ暴れさせてやってもいいかもしれない。何をかことも許されるとは思っていないから。
「ああ、すぐに行く」
周りの人間や妖から、頭痛の種と思われているのは、きっとこういう所なのだろうなと思いながら。○○は返事をした。
今だって、射命丸の事は殆ど考えていなかった、友人の事ばかりを考えているのだから。
だが一番悪いのは、この状況に気づいているのに矯正しようという気が、まるで起こらない事だろう。
このまま最期まで行こうと、これはもう決めてしまっている事だ。
だから自分は存在を許されている、稗田阿求からの狂わんばかりの愛の源泉も、これだからだ。
「やぁ、射命丸さん」
客間でみた射命丸はやはり、げっそりと言うか、うんざりと言うか。どちらにせよロクな事にはならないと、分かっているから。
始まる前から疲労感に苛まれていた。
「時間が惜しいし、射命丸さんも物事は素早く収めたいはずなので。単刀直入に頼みごとを言いますよ」
「ナズーリンさんの配下、そのネズミを。ひとまず二、三匹ほど捕まえて来てくれませんか?取引の材料に使いたい」
射命丸文は、少し泣いていた。
続く お手すきでしたら、ご感想の程、どうかお願いいたします
>>507
人間など、物の数に含めてはならない。数に含めてしまえば、天子ならば、天子の性格なら
しょっちゅう排除に動いてしまいかねない
けれども、○○は人間。人間を天子の中で、物の数にはもう入ってしまっているのだろうな
>>505
私の○○だと喧伝しない方にも責任があると、だれか言ってくれ……
けれどもそれは、猫の首に鈴を付けるイソップ童話のようなものなのだろうな
>>513 の続きとなります
その日の稗田阿求は、機嫌が少々悪かった。
そしてなおまずい事に、その起源の悪さを認識しているのは。現時点では○○だけであった。
周りにも、阿求の機嫌の悪さが認識。そしてその認識が広く共有されているのであれば。
対応策は、色々とある。どうとでも出来るのだけれども……阿求の中にある阿礼乙女としての責任感とでも言おうか。
どちらにせよ、今の阿求の機嫌の悪さ。それは阿求がしっかりと、隠していた。
ただし、射命丸文を例外として。
残念ながら、稗田○○が射命丸にナズーリンのネズミを捕獲してくれと頼んでから。三日も経ってしまった。
射命丸からすれば、さっさと仕事を終わらせて。稗田阿求から、過剰ともいえる量の報酬を恐々と受領して。
また声がかかるのは、忘れたころであるのを祈るのみであったのだが。
三日かかっても!終わらなかった!!
稗田○○からの『お願い』を実現するために、関わり続けることになってしまった。
本来の射命丸ならば数時間もあれば、長くとも恐らく半日も見積もれば。
幻想郷最速を自負している彼女の力と、結構な数の妖怪カラスの目と力があれば。そこまで難易度の高い仕事ではなかったはず。
それは、天狗らしいともいえるが。射命丸自身ですら、突飛な『お願い』でナズーリンからの敵意をあおる事を抜きに考えれば。
そんなに難しい仕事ではないと、言い聞かせる事は可能であったのだけれども。
三日も足踏みを余儀なくされてしまった。
最初は下手をすればあくび交じりに、ちょうどいい小遣い稼ぎぐらいの軽い気持ちだった妖怪カラスも。
ここまで上手く行かなくては。何かある、異変とまではいかなくとも、楽な仕事ではないというのは。
丸一日、大空を駆け回っても。ただのネズミしか見つからなかった時点で、気づかねばならなかった。
幸いなことに稗田○○は。
「そうですか、今日も、上手く行きませんでしたか。思った以上に、ナズーリンさんも必死と言うか……追い込まれているのだろうか?」
そう言うのみで終わらせて、「明日に期待しましょう」続く言葉もそれだけで、すぐに射命丸の事を解放してくれたが。
常日頃から穏やかな○○の事は、舐めるだとか侮るなんて感情は一切ないが。心配はしていなかった。
稗田阿求が怖すぎるから、かすんでいると言う見方の方が、より正確かもしれないが。
稗田阿求。
彼女は結婚してから、あからさまに怖くなった。結婚する前から、あの稗田家の存在と言うだけでも、接触には並々ならぬ慎重さは必要だったけれども。
まだ、お近づきになれば甘い汁のおこぼれでも、ぐらいには考える事が出来る程度には、稗田阿求とは、会話もできたけれども。
結婚してからは明らかに、人格が変容している。
自分以外のほとんどの女性、ともすれば旦那のいる上白沢慧音だって例外ではない。
ならば独身で――こんな事を稗田阿求の目の前で言えば、命も危ないが。
射命丸は自身の美貌や女性的な魅力というやつに、自信はいくらか以上持っている。
稗田阿求も射命丸が自己の魅力に対して、しっかりと自覚しているのは、理解できているうえに。
今の稗田阿求ならば間違いなく、自分の肉体と射命丸の肉体を比べて。勝手に緑色の炎を内に燃え上がらせてしまう。
今のこの状況、射命丸が稗田○○に取り入るために時間を稼いでいると。
あるはずもない事を、勝手に思い描いてしまうのは。いまはまだ、ただの妄想だとギリギリの線で、稗田阿求も冷静に思ってくれているが。
これ以上、時間をかけてしまえば。それもどうなるか、全くわからない。
そうでなくても自分が近づく状態を、稗田阿求は快く思っていない。なのにこの仕事、なかなか終わらない。
終えるための材料が、ナズーリンのネズミがびっくりするほどに見つからないのだ。
稗田○○は相変わらず、射命丸が三日かけてもナズーリン配下のネズミを、捉える事はおろか見つける事すらできないと伝えられても。
幸いにも信じてくれて、なぜそのような事態になったのか、射命丸を責めることもせずに思案顔を続けていたが。
「もう、お伝えできることは無くなったのでは?」
思案顔の○○は、好き好んで名探偵が活躍する舞台を作り上げている、稗田阿求にとっては何よりの好物のはずなのに。
やはり射命丸ほどの美人がいれば、心の底から楽しめないのだろう。奉公人ならばともかく、不遜で有名な天狗が相手ではという事だろう。
「ほら、今日の分のお給金です。早くいいお返事を下さいね」
しかし稗田阿求が上手いのは、こういう部分である。
稗田阿求は手ずから――投げ渡しているという事実は、ほとんどの者が無視する――引き出しの中から1円札を何枚かよこしてくれる。
そう、その光景は稗田阿求が手ずから、稗田○○の目の前で行っている。
この瞬間に、射命丸文は稗田夫妻から割のいい仕事を与えてもらっているという、下の立場に自動的に配置されたのだ。
確かにこの場には稗田夫妻しかいないが、それは全く重要ではない。
稗田阿求が用意した金を、稗田阿求の目の前で射命丸文が受け取ったという事実が。稗田阿求の中でのまとまりと言うか、理論の整理には。
ただその事実のみが重要なのである。その事実で、射命丸文の存在は、割のいい仕事とに飛びついた存在として。
稗田阿求の中では射命丸の存在が、矮小化されることに成功するのである。
無論、射命丸もそれに気づいている。というよりは、気づいているからこそ稗田阿求が投げつけた何枚かの1円札に飛びついて、演じたのである。
げに恐ろしきは、1円札をメンコのようにひらひらと、舞い散らせられるぐらいの財力を持つ、稗田家であるけれども。
それは表面的であり、些末だ。稗田阿求は一線の向こう側だ。
真に警戒するべきは、稗田○○の周り。稗田○○から不興を買わない事、稗田○○から不用意に気に入られない事。
しかし幸い、稗田○○は少し上の方を向きながら。
「偶然じゃない……こんなにも時間がかかるのは、偶然じゃない。ナズーリンさんの警戒心があるんだ。警戒させたのは……どっち?両方?」
妻であるはずの稗田阿求が、現金を投げつけるという傍若無人な態度が目と鼻の先であっても。
思案と、思案の助けになるであろう砂糖のかたまり、飴(あめ)を机の上から探り当てて口へと放り込んで。
ぶつぶつとつぶやくのみであった。少なくとも射命丸の方は見ていないし、興味も抱こうとしていない。
その○○の態度に、美人である射命丸はひどく助けられているのである。もしかしたら周りを助けるために、いかにも名探偵らしく。
いささか突飛で珍奇な行動を取っているのかなと言う、推測も射命丸の中には持ち上がるが。
それを確認、判断する必要はない。触らぬ神に祟りなしの、おそらくは最も分かりやすい事例であろうから。
「へっへっへ……それじゃ」
三下っぽい笑みを、若干わざとらしく出しながら、お札を握りしめて。射命丸は出入り口も使わずに、縁側から飛び立った。
射命丸の眼下には、稗田邸がぐんぐんと小さくなっていくが。稗田邸が完全に見えなくなるまで、稗田阿求は縁側からこちらを見ていた。
「良いかい?」
射命丸の姿が完全に見えなくなって、稗田阿求が確かに安心した折に。
おずおずではないが、さりとて軽い感じは一切出さずに。重厚で真剣な声を出しながら、洩矢諏訪子が。
稗田夫妻の居室を区切っているふすまの向こう側から、声をかけてきた。
ふすまは完全に閉まっているけれども、やはり諏訪子の神格がそうさせるのか。
射命丸の影が完全になくなってからの、登場であった。
さすがに神様が相手ともなれば、阿求も射命丸よりは柔らかい態度になる。
それに諏訪子自身、身を守る本能は研ぎ澄まされている。
ここ最近は、女の身であるが女と、遊女ばかりと遊んでいるのは。
神様には男も女もないし、今は男にはあまり興味がないという、良い性格付けになっていた。
「聞きたいというか、まぁ、伝えといたほうが良いかなという。半々ずつの理由なんだけれども」
阿求の柔らかい態度に、諏訪子もようやくホッとしたのか。閉じられたままのふすまを静かに開けて、入ってきてくれた。
「どうです?お茶でも」
「ああ……じゃあ、いただこう」
射命丸には結局出さなかったお茶まで、諏訪子が相手なら出してやれる程度には、阿求は余裕があった。
諏訪子は少し迷ったが、下手に断るのも後が怖いし。もう阿求はお茶を入れ始めていたので、ならば飲むのが良いだろう。
しかしお茶の香りが、ややわざとらしかった。抹茶を足して、香りを強くしているのだろうか。
諏訪子は気になって、袖口に鼻先を近づけてみた。自分の匂いや体臭には、どうしても鈍感になってしまうが。
もしかしたら遊郭で浴びている、遊女たちの体の匂いが移っているのだろうかと不安になる。
稗田阿求の性格というか、常に気にしている事を考えれば。酒臭い方が遊女のおしろいを香らせているよりはマシだろうし。
早苗にプッツン来られて、水をぶちまけられるよりも怖い。
諏訪子はゆっくりと座って、阿求が手ずから用意してくれたお茶をありがたく。さらにゆっくりとした所作と態度でいただいた。
○○は2個目の飴を口に放り込みながら「着替えたんですね、人力車で見かけたときと服装が」
と、雑談なのか頭の体操に取り掛かったのかよくわからないことを言い出したなと思ったが。
「……東風谷さんは、かなりまじめな方ですからね。それ故に心配だ。洩矢さんに手まで上げだしたようで」
「…………どこで分かった?」
「遊郭街で鬼の星熊が相手にせよ、それ以外の用事や約束があるにせよ」
○○は星熊遊戯の事には、さすがに諏訪子が一番の遊び場としているのが、公然の認識である遊郭には言及したが。
遊女に関しては『それ以外の』と言って誤魔化したが。
「何にせよ、あの場所にいたのであれば。酒はつきものだし、星熊遊戯と会っていたのであれば、酒の量は半端じゃない。なのにシラフに近い」
結局遊郭の事も、『あの場所』と言って、誤魔化し直した。
「シラフに近くなった理由は何だろうか……しかも洩矢諏訪子を相手にして、シラフにさせてしまう事を許される存在。
何より諏訪子さんの座布団への座り方は、やや慎重だった。痛みをこらえているのだろうか。
ならばますます、そんなことが許される存在は限られてしまう。
鬼の星熊遊戯……何かあったのなら、鬼ですから大乱闘が始まる。こらえれる程度の痛みで終わるとは思えない。よって除外。
八坂神奈子さんは、諏訪子さんが遊郭街に食い込むことの利益を、十分理解しているが故に、どうしても。
責めると言っても、口だけ。どうしても甘くて弱くなる。けれども東風谷早苗は違う。
利益は、まぁ、否定もしないし理解もしているが、限度という意味では東風谷さんの方が、許容量は低い。
だから諏訪子さんは、東風谷早苗さんと何かあったのだろうなと」
ともすれば。○○のこの行動は、嫌悪感すら誘発されかねないが。
諏訪子の目には確かに、見えた。断言出来た。
色々と相手の事を見透かしているような態度であっても、○○は一番気にしている存在を爆発させないために、動いているのだ。
そう、稗田阿求だ。
稗田阿求は、洩矢諏訪子が何かを抱えているというのをツラツラと述べているのを見て。
ひいきにしている歌舞伎役者が、自分の目の前で演じてくれているのを眺めるかの如く。
恍惚としていた。
先ほどは射命丸が、くせ者の上に美人である射命丸が来ていたから。――早苗ならば、仕事を与えているのはあんたの方でしょうと言うだろう。
どうしても稗田阿求は、自分の貧相な体と比べてしまい、○○が向こう側に転ぶ妄想に支配されてしまう。
まだ良かったことと言えば、稗田阿求が『今はまだ』これは妄想であると、自覚している点であるが。
それは、稗田阿求がまだ。体が弱い程度の認識で済ませる事が出来るからだ、切羽詰まっていないからだ。
切羽詰まれば、どうしても劣化してしまう。そこに種族の違いや生まれや育ちの良さと言うのも、まるで関係ない。
なのに、鬼の場合は腕力。そして稗田家の場合は、稗田阿求の場合は、たとえ体の弱さが極まり切羽詰まろうとも。
その権力に、陰りは見えない。厄介だ。
――無論、○○の中に今の状況を楽しいという感情があるのは。
この舞台に立たせてもらっている事を、嬉しがっているという感情の存在は、理解しておかねばならないが。
論点をそこに立脚すれば今の状況を多少なりとも、問題だと思っている○○ですら。
『稗田○○』という立場を優先してしまっていると、結論付けねばならないだろう。
そして稗田○○という言葉には、立場には。様々な特典が存在している。
……考えようによっては、稗田阿求は確かに○○を縛っているが。
○○も『稗田○○』になる事で、自分を縛っている。
全てが全ての部分で自発的に自分を縛っている、とは、さすがに思わないでやれるけれども。
「ああ、まぁ…酒の匂い『とか』をプンプン香らせながら帰っちゃったから。バケツを、入った水ごとぶつけられて」
「『とか』ですか、ふふふ」
だがまだ切羽詰まっていない。いずれ切羽詰まるだろうとは思うが、ただの先送りだろうけれども。
それに今回は、『とか』の部分に反応した稗田阿求を、これ以上見たくなかった。
「酔った勢いでね、何なら風呂入るのと一緒に早苗の事も抱こうか?って言ったら、腹殴られてさ、ハハハ」
諏訪子は逃げるように、下世話な話でこの場を乗り切ろうとしてしまったし。
「ふふふ……まぁ、らしいと言えばらしいのですかね。腹芸は、そこまで上手くなさそうですからね、東風谷さんは」
実際、乗り切れてしまった。稗田阿求が笑ってくれたからだ。
「本題に入ろう」
そして諏訪子は、阿求の笑顔に乗せられるしかなくなった。
「『向こう』で星熊遊戯『とか』と遊んで、酒飲んでたら。あんたらの依頼人なのかな?ナズーリンがうろうろしていて。
あんたがちょっと調べてくれと頼んだ、物部布都に接触したがっているような、そんな気配が見えてさ。
それに切羽詰まってるような表情してて。思いつめてるような、そんな感じ。
射命丸は雲居と物部に脅されて……雲居とは同じ勢力のナズーリンが、物部に接触したがって……
まぁ、深くは聞かないけれども。稗田○○なら、依頼を解決するのに情報が欲しいだろうから。知りたいだろうと思ってね」
洩矢諏訪子からの新しい情報は、名探偵である稗田○○の精神と知能を大きく刺激してくれた。
「天狗とカラスでも見つけれないネズミ……切羽詰まったようなナズーリンさん、物部布都との接触を考え始めている?
溺れる者はわらをも掴むと言うが。ナズーリンさんにとってのわらが、物部布都という考え方は?可能、か?」
与えられた情報を整理、統合していくために。○○は、稗田○○はまた、周りを無視するように。
思索に没頭しているが。
それこそが、稗田阿求が望む稗田○○の姿でもあるし。それを望まれることに、稗田○○の悦びも存在する。
諏訪子は思わず、腹の底で毒づいた。
お似合いの夫婦だと。
続く
お手すきでしたら、ご感想の程お願い致します
時代の流れ
「嘘だよね…。」
「……。」
「ねえ、蓮子、嘘だよね!この時代に残るなんてこと!」
金髪の女性が向かいあった黒髪の女性に、涙を流しながら詰め寄っていた。訴えかける女性の激しい感情の渦に飲み込まれまいとするかのように、
蓮子は一歩後ろに下がり○○の腕を取った。男の体に隠れるようにする蓮子の行動に、メリーの感情が一層激しくなる。
「どうして…ねえ、どうしてなの!」
「……ごめん、メリー。」
短いながらも、しかし決定的な別れの言葉を告げられたメリーの体が揺れた。ハンマーで頭を殴られたかのように、体を震わせ頭を押さえるメリー。
ドラマで見るかのように粘りけのある血が、メリーの頭からしたたかに流れ出しているようですらあった。血走った目で○○を睨むメリー。
「あなたが蓮子を誘惑したのね…。私の親友を…。」
メリーの迫力に押されて蓮子の体は恐怖で震えていた。○○の腕が一層強く握られる。それを見咎めたメリーの視線が一層厳しくなった。
「返しなさいよ…。」
「私の蓮子、返しなさいよ!!」
○○の方に詰め寄るメリー。蓮子を後ろに庇うようにして、○○がメリーの前に立ち塞がった。
「こんな古くさい過去に残って、蓮子が無事で済むと思っているの?テクノロジーも進歩していない、娯楽も無い、病気になれば死んでしまう、
おまけに蓮子にはパスカードすら無いのよ。ただの小旅行で済んでいたのとは訳が違うの。解るでしょう?」
-野蛮な過去の人間の頭でも-嘲るようにメリーが付け足した言葉に、蓮子が叫んだ。
「○○はそんな人じゃない!」
「未来の人間を囲おうとするゲスじゃない。」
「違う!私がこの時代に残ろうと思ったんだから!私が残りたかったんだから!○○のせいじゃない!」
反論する蓮子にメリーが負ける物かと言い返す。
「そんなの一時の気の迷いよ!」
「私は本気よ!一生この時代に取り残されてもいい!」
「蓮子…。」
激しい蓮子の訴えによってメリーの言葉が詰まった。彼女の視線がグルリと回される。決して改心したのではない。むしろ逆の、違う道を探るように
取って置きの方法を選ぶかのように-弱点を突くかのように。
「そう。じゃあどうやって生きていくのかしら。蓮子は。」
勝ち誇ったかのように宣言するメリー。嬲るかのように蓮子に事実を突きつけていく。
「いくら昔の時代と言っても、この時代にだって戸籍は必要よ。フラリと迷い込んだ得体の知れない女性が一人、勝手に生きて行くなんて、
それこそホームレスになるしかないわ。正体不明の人物と一緒に住むなんてペットを飼うのとは違う。不可能よ。」
「大丈夫よ。」
「何がよ?言っとくけど、蓮子にはまともに生活するお金すら無いのよ。」
「お金位幾らでも稼げるわ。未来を知っていれば。ほら。」
蓮子のポーチから紙片が取り出された。数日前に購入されていたクジは、そこそこの等級の当選を射貫いていた。大口の当選金ではなく、
身分確認が不要な程度の当選金を蓮子が当てたことに気が付き、メリーの表情が曇る。
「それに身分だって大丈夫。この時代にはSBT生体端末なんてないのだから。役所なんてハッキングし放題よ。」
「あなた、それ本気で言ってるの?!」
「ええ、本気よ、メリー。」
自分の右手を見せつけるようにして、○○の影から蓮子が出てきた。メリーに反対するために。自分の意思を貫くために。
メリーの顔がはっきりと歪んだ。
>>519
徐々に状況が塞がっていく中で、ナズーリンと布都が接触するとどうなるのか。
転がっているものが悪い方向に弾みがついてしまうのでしょうか…
>>519 の続きとなります
上白沢慧音が自らの夫の方によって来た。
別に、それだけならばよくある事だ。稗田阿求と違って、幸いにも彼女は肉体的魅力に対して、非常に恵まれているから。
よくそれを武器にして遊んでいるし、旦那が相手であれば遊ばれることも大歓迎であった。
しかし今はお日様が高くのぼっている時間帯であるので、そういう事は『あまり』ないし……何より上白沢慧音は手元に、封書を。
一目見ただけで、高級品だと分かる封書を。チラリと蜜蝋での封印も上白沢の旦那の目には見えた。
そこまでやれる存在の中で、自分に手紙を『送り付けてくる』者は、一人しか思いつかなかった。
「はいはいはい……人力車の気配はしなかったがな…………」
稗田阿求だ、彼女が名探偵である稗田○○の相棒として。登壇を強制する以外には、思いつかないのだ。
上白沢の旦那は、諦めと苛立ちの感情を均等に混ぜ合わせながら、立ち上がって外出用の衣服に手を取った。
「ああ……運悪く、お手洗いにいるときに人力車が来たんだ。そう、もちろん稗田だ」
「人力車が見えると見えない、これだけで心の準備がまるで違う……」
上白沢の旦那はぶつくさと言いながら、着替えをしている。
彼はまだ稗田阿求からの手紙をまだ確認していないし、実は慧音ですらそうであったのだが。
この手紙を持ってきた、稗田家の奉公人が人力車と一緒に来た時点で。あの者が上白沢の旦那を、ともすれば両方に来いと言っているのは、まず間違いない。
だから上白沢慧音にしては非常に珍しい事だが、彼女ですらこの手紙をまだ、ちゃんと確認していなかった。
「ああ、私も誘われている」
だから今回、稗田阿求が彼女の登壇も『命じた』事については、今まさに知ったのであった。
「はっはっは……誘われている、ねぇ?」
上白沢の旦那は思わず皮肉気なと言うよりは、ここでのこれがせめてものガス抜きともいえるぐらいに。攻撃的な表情を見せていたが。
「……大捕り物があるそうだ」
「それは○○が言ってるの?それとも稗田阿求の文章のみの情報?」
慧音は思わず、自分の旦那からのこの指摘を中々に含蓄のあるものだなと感じ入ってしまった。
――洩矢諏訪子辺りが見ていれば。上白沢慧音だって自分の旦那の意見に、間違いなど無いと、無意識に信じ込んでいると。
その一点を見つけて、腹の底で笑ってくれたろうけれども。
残念ながら、今この場には上白沢夫妻しかいない。
稗田阿求の○○に対する愛情を考えれば、○○が何気なく期待した程度、何か見つかればいいな程度の発言でも。
増してや今は、ナズーリンから一方的に依頼の取り消しが――無論、受け入れるわけなかったが――なされたのを最後に。
残念ながら○○の調査は停滞期を迎えてしまい、射命丸を巻き込んであっちこっちにカラスを飛ばしてるな、程度の気配しか上白沢夫妻も理解する事が出来なかった。
稗田阿求にとって、名探偵である稗田○○が獲物をかぎ分けてとびかかる、それこそが一番の娯楽である。
そう考えれば、稗田阿求は一番の娯楽から遠ざかってしまい、飢えてしまっている。
そんな中で、○○が動きを見せればなるほど確かに、大捕り物だと阿求が騒ぎ出す可能性も多分に存在していた。
「まぁ、行けば分かる――厄介なのは、大したことなければがっかりだけれども。ほんとに大きくても、苛立つだろうってところだ!」
だがこの話がどちらに転ぼうとも。稗田阿求直々のお願いに対して、断るという選択肢は存在していない。
天狗の射命丸ですら、唯々諾々と従わなければならないのに。ならばたかが寺子屋の教師夫妻なんぞ……乱暴な言い方だけれども、それが真理であった。
「やぁ。来てくれたね、ありがとう」
稗田邸の門前で、稗田夫妻は待っていてくれた。以前の事があるので、上白沢の旦那はやや恐々と稗田阿求の服装を確認したが。
幸いにも洩矢神社に射命丸を呼びつけた時とは違って、重装備に重装備を重ねたような、耐寒装備ではなかった。
そうであるのだから、おしゃれにも気を配る余裕と言う物が存在している。
山を登り、洩矢神社に向かった時と比べて随分と機嫌が良いのは、おしゃれが出来るという部分を、無視する事は出来ないだろう。
どうやら今回の話は、人里の内部だけで済んでくれそうであるので。そこに関してはホッとしたが、裏を返せば稗田の庭で何かやるんだ。
「今なら、件の男は外に出ているから。はちあってしまう可能性はない、乗り込むには絶好の機会だ」
ほらな!と上白沢の旦那は思って、眉が少しばかり吊り上がったが。もういい加減慣れた、眉が吊り上がってもまだ笑顔の範囲内であった。
ただし、皮肉気なと言う補足は、絶対につけなければならない笑顔だけれども。
件の男の家に到着した○○は、実に手慣れたものであった。
懐から初めて見る、歯に衣着せずに表現すればよく分からない工具を取り出してきて。
その工具を、玄関のカギ穴に突っ込んだかと思えば。
「ふんふふ、ふんふふ――」
鼻歌を歌いながら、ガチャガチャと手先を動かして。ものの1分だって経たないうちに。
「開いた。もっと高い鍵に交換しないと……雲居と物部のどっちに頼んでも、資金を出してくれるだろう」
そんな言葉でうそぶきながら、玄関扉を開けてしまった。
いったいいつのまに習得したのか――習得した『場所』は稗田家だが――○○は件の男の家に招き入れるかのような態度でおどけていた。
少し癇に障る気はしたが、今のこれも含めて稗田阿求の思い通りに、大舞台を用意してくれた返礼として稗田○○は行動しているのだろうかと考えたら。
癇に障ると言った感情はすぐに消えて、○○の事を哀れむような感情に変わった。
一度、稗田○○からではなくて○○という人格に対して、語り掛けておきたいと考えたが。
○○がどこにいようとも、稗田阿求が手の物を使って。護衛と監視を行わせているはずだ。
聞いてみたいという感情まで消えたわけではないが、不可能かなと言うあきらめの感情も同時に出てきた。
「で、何をするんだ?○○」
上白沢の旦那は、あえて稗田姓を呼ばなかった。普段から呼び捨ての間柄ではあるが、今回のこれは明らかに感情と意味を乗せていた。
「何もしないよ」
「はぁ?」
しかし皮肉気な感情は、○○のおどけたような振る舞いが相変わらず、鳴りを潜めないので少しばかりとげのある物になった。
何もしないと言っているくせに、部屋の中身を引っ掻き回して。とくに家具の後ろや、屋根裏なんかまで覗き始めた。
「じゃあ○○、今のこれは?何かを探すように覗いているが」
「探してない、バタバタ騒がしくしているだけだ。向こうは見つかりたくないようだから」
「ちゃんと説明してくれ」
○○が何も考えてないはずがない、とはいえ自分の事で頭がいっぱいで、説明を後回しにする癖に関してはため息が出てくる
――きっと稗田阿求は全部知っているのだけれども。故に、ため息は余計に大きくなる。
「そんなに暇じゃないんだがな」
「大丈夫だ、カラスを使って事前調査はしてある。だから、ここにいるはずなんだ」
「何も見つからないじゃないか」
上白沢の旦那は、なおもガチャガチャと動き回っている○○に対して、鼻で笑うような態度を取った。
妻である慧音から、少しばかり背中を叩かれた。
まずいかと思ったが、稗田阿求はまだ笑みを浮かべている。まだ許容範囲という事らしい。しかし妻の言う通り、ここで止めた方が賢明だろう。
○○は窓を開けて、おもむろに空を眺め始めた。
「良い天気だなぁ。帰りに散策がてら、甘いものでも。阿求は塩気のあるものが好きだから、おせんべいも買おう」
等と言っているが、○○のその行為が何かをごまかす、隠しているのは明らかであった。
そしてその、まだ伝えてくれていない情報が空にある事も、○○が空ばかりを眺めている事から、上白沢の旦那が推測するのも苦ではなかった。
(射命丸か?あいつに何かを頼んだのか?)
空に関連する人物と言えば、この依頼において恐らく一番の割を。貧乏くじを押し付けられているのは、間違いなく彼女だろう。
それを裏打ちするとまでは行かないが、少なくとも先ほどの○○の言葉が、全部が嘘というわけではなくとも。
やはり、何かを待っている間の時間つなぎというのはより信憑性が増した。
話題がなくなって誰も何も言わなくなっても、○○は空を見続けていた。
そのまま5分、ついには10分も経ってしまった。
初めは不法侵入であることに後ろめたさと言う物があったから、突っ立ったままでいたけれども。
動かずに何分も経っていたら、却って疲れてしまうので、結局座布団を失敬することになってしまった。
○○はチラリと、こちらではなく座布団に注目して。ため息をついた。
「新しい座布団だね……それが必要なぐらい足しげく通っているのは、分かってはいても、いざその証でも見つけてしまうとね」
それ以外にも○○は首を振り、辺りを見た。
上白沢の旦那もそれにならうと……一人分と言うには多いぐらいの食器が見えた。
コーヒー用、お茶用と使い分けるぐらいのこだわりがあの歩荷にあったとしても、あの量は――二人分ならばまだ良かった。
三人分はありそうであるからだ。件の歩荷と、肌の触れ合いもある雲居一輪と、雲居の恋敵の物部布都。
三人分と言う事は、この三名分の食器……。
すこし表情がゆがんだので、○○と会話でも出来ないかと、視線を戻したけれども。
○○は空を見上げる方に意識を戻していたので、会話はかなわなかった。
いっそ立ち上がってとも思ったが……視線を感じた。チラリと見たら稗田阿求からの物であった。
それ自体は、別に構わない。
問題は上白沢の旦那が立ち上がろうかなと、腰を動かしたら。それをめざとく稗田阿求が見つけて、○○の……『稗田』○○の横に移動したことだ。
妻である上白沢慧音に対して、やや狂わんばかりという部分が気になるとはいえ、婚姻も結んでおり。
他の男に走る危険性は、考慮の外とまで言えるはずなのに。自分の肉体的魅力の低さから嫉妬心にまみれ、デカい体等と罵り。
今度は男相手にも、もはや妄想に近い警戒心を抱いている。
その事実を目の当たりにして、目を見開いてしまったし。○○も、いきなりやってきた稗田阿求の行動の理由に思い当たり。
友人である上白沢の旦那と目が合って、やや困った笑顔を見せてくれたが。それもすぐに鳴りを潜めて、稗田阿求の方に意識を傾けた。
……疑問や問題はあるけれども。○○が何があったのかを把握してくれたのであれば、それでよかった。
もしかしたら自分は、そうとう○○に対して同情の感情を持っているのかもしれなかった。
稗田阿求は、手のものを付ける際に護衛などと表現しているが。もっと大きな任務は、○○の監視だ。下手なことをしないようにと言う。
それを考えると、ため息しか出てこなかった。
「捕まえました!捕まえましたよー!!」
○○と稗田阿求が、いくらか雑談を楽しみ始めてからいいくらか経った折に、予想通りではあったが射命丸が乗り込んできた。
彼女の手元には、小動物でも飼う際に使われる箱が持たれており。その中身は……ネズミであった。
しかしただのネズミでないことは、動きを見れば理解できた。
明らかに射命丸だけに敵意を向けて、暴れている。ただのネズミならば、もっと無秩序のはずだ。
それに、この秩序だった。明らかに知性を感じさせる動きには覚えがあった。
喫茶店で報告書を受け取った時の事を思い出したからだ。
「○○お前、ナズーリンさんの配下を捕まえて閉じ込めたのか!?」
上白沢の旦那からの叫びに、○○は困った笑いを見せた。先ほどは、稗田阿求に振り回されているなと、同情で見れたが。
今回は少し苛立った。寺子屋の教師をしている、上白沢の旦那からすれば生徒が襲われたのと同じか、もっと酷いはずだ。
「分かってる」
○○は、上白沢の旦那が苛立つ原因に思い至っているのかいないのか、そこまでは分からないが落ち着けようとはしてくれた。
「すぐに返す。次の場所も決まってる……最近ナズーリンさんがよく使う喫茶店とかの場所は、もう把握している」
そう言いながら○○は、射命丸が捕まえたネズミを監禁している箱をひょいっと受け取り。
稗田阿求は稗田阿求で、射命丸に1円札を何枚も渡して。
恐らく仕事量からすれば、多すぎると言えるぐらいの金額のはずだ。それぐらい渡していた。
しかし稗田阿求がなぜそのような事をするのか、何となく理解できる。
多額の金銭を渡すことにより、射命丸の存在を矮小化させているのだ。
これも自らの肉体的魅力の低さに苛まれるが故の、なのだろうか。確かに射命丸は、健康的で美人だ。
だとしてもあんまりだという思いはあるけれども、早く逃げたい……実際、わざとらしい笑顔を作りながら、現金を握りしめて。
射命丸は即座に、どこかに……つまり逃げてしまった。
「行こう」
○○は射命丸の方はほとんど見ずに、彼女が立ち去った後は言及すらしなかったが。
冷たい対応だなと思いつつも、そっちの方が射命丸も助かるのだろうなと思えば。
やはり○○のやり方の方が、ある程度以上には正しいのだろうなと言うのが。癪(しゃく)である。
以前と同じであった。
飲食を提供する以上は、衛生的に忌避されるネズミなどと言う存在がいるのは、喫茶店としても大問題であるはずなのに。
ネズミの入ったカゴを○○は持ちながら、店に入ったけれども。店主も店員も、まるで問題にせずに席へと案内してくれた。
「まぁ、コーヒーでも飲みながら待とう」
○○の気にすることはない、急ぐ必要はないといった態度にため息が漏れそうになるけれども。
稗田阿求の方を見た、彼女は相変わらず楽しそうであった。水を差してしまう事に恐れを感じてしまうには、十分な姿であった。
○○は上白沢の旦那の方を見た。すると即座に。
「おごるよ」
○○は、上白沢の旦那の懸念や心の引っ掛かりを把握して、気遣いを与えてくれたのだろうか。
しかし、支払いが無いのはありがたい。そう思ってやる事にして。
「きつねうどんと、食後にコーヒーで」
少しばかり高めの一品を頼んでやる事にした。妻である慧音は遠慮して、飲み物だけだったので、もっと高いのにすればよかったなと考えた。
どうせ稗田の財政力を考えれば、射命丸にあれだけ払えるのだから。ここでの支払いなんぞ、物の数ではないだろうから。
「そろそろだ」
○○は時間を計っていたのだろうか。○○が飲んでいた甘いコーヒーが、丁度空になった頃合いだった。
この喫茶店は、決して閑古鳥(かんこどり)が鳴いている訳ではない。
そこそこの客がいる、むしろ閑古鳥であっても満員であっても、それが異常であるのに。
いきなり多くの人間が、出入りではない、入りっぱなしであった。
全て整然とした、整列した様子を崩すことなく、である。
その上、都合のいい事に自分たちが座っている隣の席が、ポカンと空いてくれた。
まさかと思って
菅白沢の旦那は、○○に目をやったら。
「大丈夫だ」
上白沢の旦那が、その整然とした様子に少し以上に驚いた様子で目をやった時に。
○○ではない、『稗田○○』が声をかけてくれた。
そして『稗田○○』が大丈夫だと言うならば、本当に大丈夫なのだろう。
それが本当に、上白沢の旦那としては癪(しゃく)でならない。
続く
お手すきでしたら、どうかご感想の程よろしくお願い致します
>>520
一番の被害者は、○○……しかし、ここからメリーが○○をこっち側(未来)に連れ去ったら
ちょっと面白くなりそう
記憶を消してもう一度見てみたくなる作品が多いな
>>526
ほんとに記憶消されて「あなたと私は恋人同士だったのよ」されそう
>>525 の続きとなります
らしくないような気がした。
賢将と呼ばれている上に、それなり以上の配下を持っているはずのナズーリン。
今の姿は、そんな彼女らしくないのではと上白沢の旦那は感じた。
この喫茶店を、それなり以上にナズーリンが利用しているのは、明らかであったのに。
それなり以上に利用しているならば、近場で何事かの、大きめの催し物は確かにないのに。
閑古鳥でも満員御礼でもおかしいぐらいの、ほどほどの人入りが常であるはずなのに、この日この時に限っては。ナズーリンの分の席しか空いていなかった。
無論、それだけならばまだ良い。ナズーリンも、自分が知らないだけで何か。催し物、あるいは仲のいいもの同士による集まり云々が存在していて。
たまたまその波に乗ってしまったぐらいには考えてくれたろうけれども……
「――稗田○○だと?」
ポカンとおあつらえ向きに存在している空席の隣に、稗田夫妻が、そして上白沢夫妻がそろって着席しているのを見れば。
ナズーリンのような賢将でなくとも、何かの存在には嫌でも気づかされて、目の前に叩きつけられてしまう気配と言う物を感じ取ってしまう。
「まぁ……一応、謝罪の言葉は出した方が良いのかな」
○○がどっちつかずと言うか、嫌々と言うほどではない物の癇(かん)に障るような言葉を出した。
観客の立場に徹しきって逃げることも可能な、上白沢の旦那ですらこの言葉は癇に障ったどころか。
「もちろん、これはすぐにナズーリンさんの所にお返しします」
射命丸が捕まえてきた、ナズーリン配下のネズミの入ったカゴを、丁重にこそ扱っていたが、状況を考えればこれは、人質を前にした交渉のようにすら思われても仕方がない。
カゴに入った自身の配下を見た途端、ナズーリンの表情は案の定変化、それも剣呑な物へと変化していった。
「雲居一輪と稗田家がつるんでいるのか!?またなんで、何の利益が!?」
ナズーリンは仲間が人質に取られているから仕方がないが、頭に一気に血が上ったようで大きな声を上げた。
だがそれが、稗田家の権力とこの場の不気味さを際立たせている。
ナズーリンの怒声に対しても、店員はおろか客『役』の者たちも、眉根を一切動かさずに。ただ正面だけを見据えて、コーヒーを。
全員が温かいコーヒーを飲んでいた。稗田家の奉公人は、信仰心の高い信者とほぼ同義であるから。
病弱な稗田阿求が、寒さや冷たさが体に毒であるから、その奉公人や協力者たちも、稗田阿求に合わせて夏場でも温かいお茶を飲むという。
そこまでの連中を、今この場では集めているのだ。
さすがにナズーリンも、自分がかなりの怒声を喚き散らした事に気づいて。そこに気づけば、今の状況が極めて異質なことには、容易く気づけてしまえる。
いっそ気づけなかった方が、苛まされず、恐怖せずに幸せかもしれないが。
悲しい事に、ナズーリンの賢将という肩書は、決しておためごかしやお世辞などではなかった。
ナズーリンが、今の状況は稗田家の作った場所の、そのど真ん中に放り込まれているのだと気づいて。
これ以上怒声を、無礼なふるまいをしないように彼女自身の手で、自分の口に手を当てて周りを、特に稗田夫妻を刺激しないようにした。
「いえいえ、違いますよ。いくらなんでも『まだ』雲居にも物部にも接近しようとは思いません……そろそろかなとは思いますが。特に雲居には」
だが幸い、おそらくも何も稗田阿求の機嫌を左右できる稗田○○は、まだまだ冷静で今の状況を楽しめていた。
こんな状況でもどこか楽しめてしまえる、稗田○○の性格には、上白沢の旦那も思う部分や、批判的な感情も沸き立つが。
それは、稗田阿求が怖いという事もあるが。ナズーリンさんの懸案事項を、彼女の仲間に関する不安ごとの方が、上白沢の旦那としても親身になれる話であった。
「それ、返してやれ。ナズーリンさんも不安がっているはずだ、仲間なんだから」
幸いにも稗田○○の機嫌がまだまだ良いという事は、稗田阿求の方も爆発からはまだまだ遠い。
上白沢の旦那が、ナズーリンさんの仲間が捉えられているカゴを掴んでも。特に問題はなかった。
稗田○○としても、すぐに返す気ではあったようだ。ならばますます、すぐに返せとは思うが。
仲間が捉えられているカゴを受け取ったナズーリンは、上白沢の旦那への会釈などもそこそこに。
捉えられている仲間をカゴから解放して、一匹一匹、彼女自身の手で丁寧に、何かケガなどがないかを念入りに調べていた。
そして調べ終わった後、仲間を自分自身で守ろうというのだろう。ナズーリンさんの懐にネズミたちを入れて。こちらへ向き直った。
その表情は、まだ疑問や不安が入り混じっている物の。少しは信じる気になれたのか、表情は怒鳴り声をあげた時よりもずっと、柔らかい態度で。
「どこまで知っている?」
ナズーリンさんからの質問も、まだ緊張感はあるが、あくまでも質問と思える程度の声色だ。
「実をいうと、全部推測なんです。間違っていたらどうか、ナズーリンさんの方から好きな時に、横から入って構いませんので、訂正していってくださいね」
ナズーリンは少しため息のような物をついたが、再び座りなおしてはくれた。
「まず初めに、また謝らなければならないのですが。三日以上前から、射命丸さんのカラスを使って……そうですね、正直にそして正確に表現しましょう。
ナズーリンさん、貴女の配下であるネズミを何匹か捕まえようと動いていました。お話を聞くためにもね」
ナズーリンのこめかみが小刻みに動くのが、上白沢の旦那にも確認できたが。
彼女は必死に耐えて。懐に隠した配下のネズミたちに、衣服越しに触ったような気配が見えた。
あくまでも配下のネズミたちの無事を、安全を、心配させない事を優先しているのだろうか。
だとすれば、個人的には素晴らしい頭目だという評価を与えられるけれども。冷血すらをも通り越した稗田阿求相手では、あまりにも分が悪いだろう。
「そうだね。何も説明せずに、依頼を取り消してくれと言ったっきりなのは。収まりがつかないだろうとは思っていたが……結局何も話さなかったのは、間違いなくこちらの落ち度だ。謝罪させてくれ、稗田○○が何らかの手段を取るのは、自然の成り行きだろう」
ゆっくりと、実にゆっくりとナズーリンは言葉を述べた。全部が全部、嘘ではないだろうけれども。
だからってこんなやり方……というような気配は、見え隠れしていたが。稗田○○は気にしていないし、稗田阿求にとってもまだまだ許容範囲内であった。
ナズーリンはちらちらと稗田阿求の方を見ていた、やはり気になるのだろう。
「とはいえ……あんなにも急で、何の説明もなしというのが。私としても腑に落ちなかったのです。少し考えてから、そもそも説明すらできない状態に追い込まれているのではと思ったのですよ。まぁ、やや強引な方法だなとは思いましたが、天狗の力を借りてナズーリンさんの配下であるネズミを捕まえて、無理に話させようと思ったのですが……」
○○ではない、『稗田○○』がいったん言葉を区切った。
上白沢の旦那のこめかみが、少し痛くなった。やはり自分は○○が好きなのであって、『稗田○○』は嫌いなのかもしれない。
『稗田○○』を前にして、ナズーリンが正直になれるとでも思っているのだろうか?上白沢慧音の旦那である、自分ですらおっかなびっくりなのに!
「まぁ……仲間を狙ってました等と言って、良い顔をしてくれるとは思っていませんよ。そこは良いんです」
良くないだろ、と思いながら上白沢の旦那はきつねうどんの汁を飲んで、自分の気持ちをごまかした。
「けれども気になったのがね、射命丸さんとカラスをかなり手広く配置しまして、ナズーリンさんの配下を探していたのですが。ナズーリンさんは度々見かけましたが……配下のネズミが全く見つからなかったのですよ。これは、おかしいなと思いました。射命丸文は、彼女の書いている新聞は、かなり好き嫌いの激しい紙面ですが。それでも情報収集能力に関しては、さすがは天狗と言えるだけの物があります……なのに、欠片も見つからなかった。
そうしているうちに、天狗以外の情報源から――ああ、これを明かす事は出来ません。どうかご容赦を」
洩矢諏訪子の事だろうなと上白沢の旦那が思ったが、見ればナズーリンも心当たりがあるのか、自嘲のこもった顔を見せていた。
「洩矢諏訪子だろう?我ながらうかつな行動をしていたよ、見られているのに気づきながら、動くのをやめなかった」
ここまで来ればほぼ間違いなく、稗田○○の言う情報源とは洩矢諏訪子だろうけれども。
彼女に対する、協力者となってくれている事に対する礼儀だろう。稗田○○は微笑を浮かべるだけで、明確な事は何も言わなかった。
「ええ、まぁ。その情報源からナズーリンさんについて、物部布都に対して、接触を考えているような動きを見せているとのお話を聞いたので。信憑性はかなり高かったので、その線で考えを巡らせました。そして、ナズーリンさんは同門であるはずの雲居一輪さんを信じられなくなったのだろうなと。それで、意趣返しもしくは純然たる有利不利の考えから、物部布都さんに接触を持とうとしたのかなと……そして接触の理由ですが、全く見つからないナズーリンさんの配下の事が思い当たりました。
お互い、神霊廟と命蓮寺、もめごとの種とならないように関わり合いにならないように、意図的に避けているはずなのに。それでも接触の気配を持とうとするのは、そうとう追い込まれているはずだから」
「お察しの通りだ!雲居一輪め、あの女はかなり前からもう、ネズミを使ってこの依頼の手伝いをしていたことに気づいていた!!」
「きっと、歩荷たちの事故が起こった時にはもう既に、なのでしょうね。狙われた歩荷たちが使っていた縄は、明らかにかじられた跡があった。不自然なほどに、狙いすまされていた」
「……それを知ったのは、かなり後になってからだ」
「ええ、信じますよ。早期に知っていたら、隠す方が悪手だと理解されるはずですからね。それより私が知りたいことがもう一つ」
「……ああ、何でも話す。結果的に、ネズミを保護してくれたんだから」
なるようになったというか、星回りと言うやつは稗田○○の味方をしてくれているのかもしれない。
ナズーリンの口から出た保護という言葉は、それを裏打ちすることが出来るだろう。
射命丸を脅したほどなのだから、ナズーリンの配下だって、雲居一輪は人質に取るだろう。
天狗の射命丸相手よりも更に直接的な言葉を、血なまぐさい言葉を、もしかしたらナズーリンは受け取っていたかもしれない。
「物部布都と接触しようとしたとしか、私は聞いていないのですが。最終的にそれは成功しましたか?それともやらなかった、あるいは――物部布都はナズーリンさん、貴女の存在を感知しましたか?目が合うとかで」
この場合の稗田○○の狙いというか、最も重要視している部分は上白沢の旦那としてもすぐに気づけた。
物部布都がナズーリンの存在を認識しているかどうかだ。しているとしていないで、どのような問題、あるいは変化がこの場において起こるかは。残念ながら思い当たらなかった。
「……十中八九気づいているだろうね。目が合った回数も、両手両足の指を使っても足りない」
これを聞いたとき、稗田○○が少し難しい顔を浮かべた。宙を見ながら、机に指をコンコンと叩きながら、絵図を描いているようではあったが。あまり芳しくはないようだ。
「ナズーリンさん、ネズミはまだ何匹捕まっていますか?それによっていくらか話が変わるのですけれども」
「……あと10匹」
「射命丸さんが集めた情報と同じ数だ、それは良い。問題はそのネズミさんたちに、命の危険は?」
「ある」
ナズーリンからの言葉は、非常に重々しい物であった。稗田○○も予想はしていたろうけれども、いざ聞かされると道のりの難しさを眼前に叩きつけられて、表情は重々しくなる。
「じゃあ時間はかけれないな。物部布都に対して、結果的に有利な状況に放り込みかねないが……命の危険となるとな。射命丸さんにはもう指示を与えてあります、いつでも動けます」
「頼む、動いてくれ!別口の依頼と考えてもいい、費用に糸目はつけない!!」
動けると稗田○○が言うと、ナズーリンの表情が変わった。無論、色目ではない真剣な表情だ。配下の事をそこまで考えているという事だろう。
甘いなとは思ったが、印象は良くなった。けれども一線の向こう側を相手にするには、彼女のような性格は、大きく不利に働いてしまう。
既に雲居一輪と物部布都は、好いている男の利益になるならば最早なんだってやれる。命すらも、好いている男と自分以外の物ならば。
きっとただの石ころか、それ未満だ。
「分かりました、ナズーリンさん。けれども別口の依頼ではなくて、この依頼の延長線で考えますよ」
そう言って○○は――上白沢の旦那には断言出来た、この時の彼は○○だった――立ち上がって、外に目線を向けたが。
急にはたと思い至って、稗田阿求の方に向き直った。稗田阿求に向き直った時の○○は、『稗田○○』だった。
「射命丸文に行動開始と伝えてくれ、残った十匹も今すぐ救出してくれと」
上白沢の旦那は二度手間だと鼻で笑ったが、それでも構わないのだ。むしろ二度手間を『稗田○○』が敢えて選んだことで、射命丸は助かったのだ。
射命丸と稗田○○が、二人っきりにならずに済んだ。稗田阿求が緑色の感情や、妄想に支配される可能性を限りなく少なくしたのだから。
とはいえ、ここまでくると最早滑稽なものに上白沢の旦那には見えていたし。
よくもまぁ付き合い切れる稗田○○に対して、興味と少しは何か言えと言う腹立ちが交互に彼の中に出てくる。
そしてこの腹立ちの原因の何割かは、外に見える稗田阿求が冷や汗を流しながら頭を下げている射命丸に対して、また何枚もの1円札を浴びせているからであろう。
一体彼女はこの数日だけで、いったいいくらもの金額を、稗田阿求から無理やり渡されたのだろうか。
金額もそうだが、稗田家の格式と言う物を考えると。明らかにこれは射命丸の弱みとして機能してしまう。
そのうちに上白沢の旦那は段々と、細かい腹立ちの方が優勢になってきたので。
もう一杯何か、飲み物がないとやってられなくなってきた。
お品書きに手を取る前に、上白沢の旦那は『稗田○○』に対して目線を合わせたら。○○であってもきっと気づいてくれたろうけれども。
「ああ、もちろん。二杯でも三杯でも、おごるよ。上白沢先生も、どうぞ遠慮なさらずに」
この言葉を言う目の前の男は、○○ではなくて。『稗田○○』であった。
腹が立ったので、一番高いものを頼んでやった。
上白沢の旦那が、友人が見せてくる○○と稗田○○の使い分けに対して、腹を立てながら飲み物を流し込んでいたころ。
場所は遊郭街……それも奥の方、洩矢諏訪子や星熊遊戯が遊ぶような場所であった。
そんな場所で、物部布都は人型に切り分けられた式神だったり、鳥の形をした式神だったり。
多種多様な生き物の形を模した式神を前にして、その内のいくつかを耳に押し当てながら。一人でほくそ笑んでいた。
「あの肉欲まみれの生臭尼め、やはりこらえきれずに天狗やあの者を理不尽に嫉妬する輩以外にも、実力行使していたな。同門であるはずのナズーリンとやらがこちらを見ていた時にピンと来たが……思った以上の拾い物であったわ。まぁ、首魁からして乳を自慢するような服装をした輩だからな」
そして……雲居一輪の事だろう。彼女の事をボロクソにけなしながら、勢いで聖白蓮の事も酷い言いようで表現しながら。
物部布都は、耳に押し当てていた式神を破り捨てた。出来るだけ細かく、元の形が何だったのかも分からないほどに破り捨てた。
それと全く同じ時に、稗田○○や上白沢夫妻の足元に存在していた人型の紙人形が。
ビリビリの細切れになっていった。この残骸(ざんがい)をだれが見ても、紙ナプキンだか何かの残骸としか思わないだろう。
続く
お手すきでしたら、ご感想の程よろしくお願いいたします
おそろしくなってまいりました
おつです
1人でもやっかいなのに2人も向こう側に直行させるとか恐ろしい男よ
>>532
>>533
反応の程、ありがとうございます
見ていてくれる人がいると分かっていても、やはり、反応が欲しいのです
これからもお手すきでしたら、どうか、よろしくお願いいたします
次より、>>531 の続き。権力が遊ぶ時の23話を投下いたします
努めて慎重に、そして行動を起こしたのであれば一切の停滞を見せずに、それは行われた。
ナズーリンの把握と射命丸の調査の結果が一致を見たことから、ナズーリンの配下、捕まっているネズミに対する数の不一致に関する懸念は全くなくなった。
「一応聞いておきますが、ナズーリンさん。捕まっているネズミは、残り十匹。これに間違いはありませんね?」
「ああ、無い。雲居一輪がいよいよおかしくなって、私の配下を捕まえだした時に、まずいとはすぐに思えたから。他で指示を受けているネズミを可能な限り捕まえ、助けに行ったのだが。稗田○○が捕まえた三匹を除いた、あの10匹だけは、間に合わなかった」
ナズーリンがやや早口に、やはり心配なのだろう、その事を説明してくれた時でも、○○は……『稗田』○○は今後の事をよく考えていてくれていた。
「現状、このままいけば雲居一輪の失策によって、物部布都が有利になりかねない。でもやっぱりまずは……」
色々考えながらも、優先順位を決めたとき。○○は大きなため息をついた……この時の○○には、『稗田』の冠はついていない。
上白沢の旦那は、無意識のうちに、今の○○には稗田の冠がついているかどうか、それを考えてしまう自分に若干の嫌気がさしたが。
仕方がないのかなという考えも出てくる。『稗田』○○は稗田阿求の事を考えすぎ、気にしすぎなようにも感じられるからだけれども。
○○本人にそれをなんとなしに言ったところで。○○は一笑にて終わらせるだろうから。
自分の今の立場を得られている、最大の要因が、稗田阿求にあるという事ぐらいは。○○は十二分に理解しているのだから。
――そしてそんな立場は、上白沢慧音の夫である自分も、似たようなものである。
そこに考えが向いてしまうと、その、仕方がないのかなという考え方は。どうしても大きくなり、強化されてしまう。
馬鹿みたいな財力の有無こそあるが、上白沢姓を名乗る事に対する特典は、その存在は、上白沢の旦那だって理解しているし。
今の今まで、それを十二分に活用してしまっている。
そういう立場だからこそいう権利があるとみるべきか、それとも無いとみるべきか。
答えは出てこなかった。
「命蓮寺に手紙を書く。ここまで来た以上、隠し通す方が難しい、だったらもう伝えてしまうべきだ」
上白沢の旦那の中にある、権利はあるか無しかの問答は。稗田○○の明らかに深刻そうな声色によって、中断させられた。
なんとなしに、妻である慧音はともかくとして、ただの旦那である自分の存在に、どこまで意味があるのか疑問に思えてきて嫌になるが。
稗田阿求が用意している台本には、即興劇とはいえ常に、主人公である稗田○○の相棒を要求しているし。
妻の座は稗田阿求以外に変わりは存在しないだけでなく、尋常ならざる被害妄想と嫉妬を合わせて考えれば。
女性の相棒と言うのは絶対に考えられない。名探偵を気取って活動する稗田○○に対して、日ごろから批判的な東風谷早苗ですら危ない。
……かえって批判的な態度の方が、仲良くなりにくいから、ギリギリの所で助かっているのは、かなり皮肉な感想が浮かんでくる。
けれども稗田阿求が、名探偵の相棒役として上白沢の旦那を要求しているのは、ここに疑いの余地はない。
何だったら座ったままで高い飲み物を飲んでいるだけで、稗田阿求の機嫌が取れるとすら考えてもよかった。
実に簡単な仕事だ、ため息すら出てきそうなほどに。
それに……上白沢の旦那には一つ、懸念が浮かんでいた。もしかしたらその懸念の解消に、自分たち『夫妻』が、役立てるかもしれない。
それにこの懸念、一線の向こう側である上白沢慧音を妻としているこの旦那には、どんな予測よりも簡単に、断言する事が出来た。
懸念は実際の物になると。
そして自分は稗田阿求の妄想を鎮める役回りではあるけれども、○○のためと思えば、何でもない。
「――手紙を命蓮寺に?そう、という事は、聖白蓮に?」
案の定であった。稗田阿求は聖白蓮の存在に、美人で肉体的魅力も抜群であるから、よく射命丸の文々。新聞に限らず天狗の紙面に踊る、聖白蓮の魅力的な姿が稗田阿求の脳裏では、踊り狂っていたであろう。
○○は間違いなく、敢えて『命蓮寺』という組織名を出してぼかしたが……。けれども稗田阿求ときたら……。
とは思うが、無理はないなという思いもすぐに出てきて、それは大きくなってくれた。
上白沢の旦那は、妻である慧音の方を見たら、その無理はないなという思いは、ますます大きくて強くなった。
慧音も――慧音の場合は勝てる自信がありそうだが――眉根が少し大きく動いていて、あまり面白くないような顔をしていた。
自分たちは一線の向こう側を、彼女が言った存在であるという事を理解して、妻としているのだ。
だからこれは、つまるところ。仕方がないのだ。
息を止めれば苦しくなるのと、ほとんど同じような意味である。
しかし慧音の場合はすぐに立て直った。稗田阿求が『でかい』等と言って罵った体……特に胸の辺りに目をやってから。
そう、慧音の場合は自信があるのだ。
上白沢の旦那が、そういえば聖白蓮も胸が大きいなと思い出したのは、さっと目線を○○に戻した時であった。
あれ以上見ていたら、慧音はこの旦那に対して、お前には私の胸があるから大丈夫だと耳打ちしてきたであろうし。
多分、そのうちやるだろうけれども。今はまずい、稗田阿求の目の前でそれをやるのは、恐ろしくまずい。
「ああ」
稗田阿求が命蓮寺の――聖白蓮の事を案の定、妄執的に気にしだしたのを見て。
○○だって、予測はしていたろうけれども。いざそれを目の前にすれば、対応をもう一度、出来るだけ思い出しているのか。
妻である阿求に対してだというのに、少し短くて薄い反応を珍しく見せてしまった。
「雲居一輪に動けるだけの余裕を与えたくないし。仲間の配下にすら、手をかけるだけの可能性が出てきてしまった以上、稗田家だけでこれを処理するのはもう難しいし、するべきではない。命蓮寺の首魁にも知っておいてもらわないと、困る」
○○はやや考えるような時間を見せてから、頭の中で必死になって作ったであろう言葉を述べていた。
1から10までその通りであるが、気になる事と言えば聖白蓮の名前を出さなかった事か。
「――ですね」
やや稗田阿求からの返答に、時間がかかったが。彼女が○○にしなだれかかったのは、良い兆候だと思いたかった。
少なくとも表情に獰猛(どうもう)な部分は見えない。
そろそろこちらから口を出すべきだろう。
考えてみれば、自分も○○にはかなり甘いのかもしれなかった。自分の心理を整理したら、あるのは稗田阿求への恐怖だけとは限らないからだ。
「その手紙、こっちで配達しようか?」
聖白蓮の牙城である、命蓮寺に行くという事は。しかも手紙を届けるという事は、彼女に会うという事だ。
命蓮寺の信者と称している者のいくらかは、美人の彼女目当てというのは公然の秘密だ。それと会うのだ。慧音に何の刺激もない、はずがない。
「ああ、そうだな。私たち夫妻で手紙を届ければ、それだけで事情の存在を察してくれるだろう」
案の定、慧音が横から。少々強引さを感じさせるような、早い口調で入ってきたが。
この際においては、上白沢の旦那が1人で急に決めた手紙の配達に、何の嫌悪感も見せていない方が重要である。
今日の夜が果たして、まともに眠れるかなという心配は上白沢の旦那にはあったが。稗田阿求をなだめ続ける○○を見続けたくないと言う感情の方が、強い物であった。
「雲居一輪はこっちで、ナズーリンさんと対処するよ……もう気づいているはずだ。ナズーリンさんの配下を奪還する作戦はもう始まっているんだから。それ以外にも、物部布都もせめて二〜三日は、動きを鈍らせたい。洩矢諏訪子に頼んで巻き込ませる形で鬼の酒宴、星熊遊戯と酒を飲んでいてもらおう」
鬼の酒宴に叩きこんで黙らせるという、物部布都に同情したくなるような計画を話した時。稗田阿求はクスクスと笑った。
「二日酔いどころか、三日、いやもっと?酔っぱらい続けそうですね」
それなりに気の利いた言葉も出してくれた。その時、○○はソファにどっかりと座りなおした。
緊張の糸をやっと緩める事が出来たのだろう。すくなくとも上白沢の旦那の目には、そう写った。
「じゃあ、頼むよ。返事はその場で聞いてくれ」
上質な封筒で、中身に関しては付き合いと友情の問題から見るなどという事は、予想できる事を抜きにしても考慮の一端にすら上がらないけれども。
便箋の封印に蜜蝋(みつろう)が使われている時点で、中身の方も高級品であることは推し量れる。
その上稗田阿求がその蜜蝋に対して稗田家の家紋を押した。
しかもそれをただの奉公人ではなくて、おそらく稗田家の次に人里では目立つであろう、人里の守護者である上白沢慧音とその夫。上白沢夫妻が二人とも連れ立って、この手紙を持ってくるのだ。
命蓮寺の首魁――○○は稗田阿求を気にして、このような表現で留めていた――である聖白蓮も。状況の大きさ、重要性、あるいは剣呑さにも気づいてくれるだろうというのが。一応は上白沢の旦那がでっち上げた理由だ。
このでっち上げも幸い、全部が全部嘘というわけでもないから助かっているが。一番の理由は、稗田阿求が聖白蓮相手に妄想的に苛めば、○○の心労が増えるから。
この仕事、しかも手紙を一通送って何事かの存在を知らせる程度なら、さっさと済ませてしまえと言う程度の考えが一番大きかった。
――それに、上白沢の旦那の横にいる、妻である上白沢慧音は。恵まれた体を持っている、稗田阿求はカッとなってデカい体等と罵るが。
慧音ならば、稗田阿求と違って、聖白蓮の美貌を前にしても自分だって十分その線で戦えるし、勝つ自信しかないだろうから。問題というのがあまり見当たらなくて済ませれるのだ。
数少ない問題は、今夜果たして眠れるのかなという事であるけれども。全体から見れば些末だし、上白沢の旦那の男としての部分と相談すれば。役得という結論に落ち着いてしまう、悪くないという評価よりもずっと良い結論に落ち着いてしまうのだ。
いっそ、先ほどの喫茶店で酒でも腹に突っ込んでおけばよかった。うどん等の軽食が充実していたから、そういう使い方も想定しているようで、酒類もそこそこあった。
聞し召すほどではなくとも、酒の力を借りておけば。役得という結論に対して、これと言った罪悪感や後ろめたさを感じずに飛びつけたろうに。
そんなことを考えながら、命蓮寺の参道に存在する屋台村をあてどもなしに眺めてみるが。あるのは甘酒程度であった。
そこらへんは命蓮寺の首魁、聖白蓮のまじめさがそうさせているのだろうか。どちらにせよ神霊廟の面々が催しているようなほど、騒がしくはなかった。
そういう考えも悪くはないのだが、今の上白沢の旦那にとっては少々間が悪いとしか言いようがなかった。
それに妻である慧音が、命蓮寺の境内、そして中枢に近づくにつれて体を密着させてきていた。
この変化を来した原因は何かなと、目線をあちらこちらに移動させてみたら。案の定であった。
命蓮寺の次席に位置すると言っても差し支えはないであろう、寅丸星がこちらを見つけて。わざわざ、出迎えてくれるかのような態度を取っていたが。それは表層的だ。
ただの散策とは全く違う雰囲気を、表情を、それに上白沢の旦那は懐にしまっていた、稗田○○からの手紙を取り出して確認までしているのだから。
手紙の存在が何事かの存在を、しかも大ごとの存在を暴露していると言っても過言ではないだろう。
しかもそれを持ってきたのは、あの上白沢夫妻だ。何かの評判で、命蓮寺はどこか穏やかすぎる、そんな空気が強いと言われているのを聞いたことがあるが。
この状況でもその空気は、寅丸星も、さすがに持続させる事は出来なかった。
「何か……まぁ、あるんでしょうね」
寅丸星はため息や、見えてこない状況に対する恐れを内包させながら、上白沢夫妻の前にやってきた。
やはり自分たちが来てよかった。まかり間違っても、稗田夫妻にやらせるわけにはいかないと、上白沢の旦那は断言出来た。
寅丸星は美人だ、何もかもが稗田阿求とは真逆だと言っても構わなかった。
背が高く、均整がとれた体つきで、胸も――胸の事を考えたあたりで、慧音も同じことを考えたのだろう。上白沢の旦那への密着の度合いが、さらに強くなり、胸を強調するかのような押し当て方であった。
寅丸星の目線が少し、右往左往として泳いでいた。可哀そうになるが、ここで下手に彼女に反応すればそっちの方が、彼女にとって可哀そうなことになりかねない。
ここは努めて事務的にふるまうのが正解である。
「私が言うよりも、このお手紙を見ていただける方が。正しく理解していただけるかと」
手紙を寅丸星に渡す際、手紙の端っこを持って、寅丸星もその意味をすぐに理解したようで突き出された手紙の端っこを持った。
少しばかり気にしすぎている自分に嫌気がさしたし、慧音が引っ込めた旦那の手の先に対して明らかに、見せつけるように触れてきた。
上書き、もっと踏み込んだ表現を使えば浄化であろうか?少し笑えて来る、もちろんバカげた意味である。
けれどもこの感情は、腹の底に飲み込んで。仕事の話だけをするべきだと、自分自身に強く言い聞かせる
「貴女も含めてですが。指導者の方にも、この場で呼んでもらいたいのです。お返事も今すぐ」
寅丸星の名前も聖白蓮の名前も使わずに、よくもまぁ会話が出来るなと。上白沢の旦那は自分自身に対する、ちょっとした驚きがあった。
寺子屋で慧音の『ような』雰囲気をまとって、教師の『真似事』をしている意味は、どうやらあったようで何よりであった。
「立ち話では目立ちますし」
そういって寅丸星は手紙を持ったまま、上白沢夫妻を命蓮寺の内部へと案内した。
ある程度狙っていたのだろうけれども、今この場に雲居一輪の姿は見えなかった。
稗田邸ほどではないが、十分に広くて落ち着いた雰囲気の客間にて、上白沢夫妻は命蓮寺の指導者……聖白蓮の到着を待った。
この場で返事をくれと言った以上、そして稗田○○も返事をすぐによこして欲しがっているから。返事が来るまでは帰るつもりはない。
寅丸星がお茶の入った急須と、湯飲みを二つ、お茶菓子もおぼんに乗せて入ってきた。
湯飲みの中身は、まだ空っぽであった。通常であるなら、星がお茶を入れてもてなすのだけれども。
上白沢夫妻は、特に上白沢慧音が通常の存在ではない。一線の向こう側である。
やや迷った様子を星は見せたが、上白沢の旦那が必死になって星から目線をそらしているのを、彼女も感じた折に。
早く出て行ったほうが良いと感じ取ってくれて、おぼんごと置いて出て行ってくれた。
やや、慧音が聞き耳を立てているのが。慧音の方しか見ていない旦那の目にはよくわかった。
そして寅丸星が完全にどこかに行ったのを感じ取った慧音は、あからさまにほっとしたような様子を見せながら、お盆の上に乗ったお茶の用意を、夫である彼に対して嬉しそうに与え始めた。
ホッとした。しかしながら、同時に嫌な事にも気づいてしまった。
肉体的魅力の大きい、上白沢慧音ですらこうなのだ。ならば稗田阿求の相手をしている○○は、どこまでの場所に、自分を晒さなければならないのだろうか。
もっと気になるのは、○○は一体何の取引を稗田阿求とかわして稗田○○になったのだろうか。
いや、稗田○○になる事の対価は既に払われている。人里きっての、今後何十年も語り継がれるような名探偵である。
それに○○はなった。けれどもそれだけなのだろうか?
死ぬまで名探偵として活躍できるだけの下地と、継続的な協力は存在しているか。
それだけだとは思えない、稗田阿求にとっても○○にとっても。
稗田夫妻の間に交わされた秘めたる契約。
何かの小説の表題にもなりそうな思い付きに対して、かなり真面目に上白沢の旦那が考え始めた、全くその時。
「ほら、せっかくだからお茶もお菓子もいただこう」
妻である慧音が、自分の目の前にお茶の用意をキレイに、見事に整えてくれた。
「……ああ」
断る理由はない。断った方が厄介なことになる。
それでも急な思い付きに第六感を刺激されていたので、お茶とお菓子はありがたくいただきながらも、その事について考えるのはやめなかった。
慧音は、自分の夫が何か色々考えているなという事には、微笑を携えながら夫の表情を愉快そうに眺めてくれていたから、上白沢の旦那にも自分が考え事をしている事に気づかれている事は理解していた。
慧音は別に、上白沢の旦那がやっている思索を邪魔しようとはしなかった。
稗田阿求ほどではないけれども、上白沢慧音だって自分の夫が、極めて真剣に何かを考えだしたりすれば、その姿に種々の興奮を覚える事が出来るぐらいには。
上白沢慧音だって稗田阿求と同じく、一線の向こう側であるのだから。
それでも、見ているだけで愉快なのならば見続ける事は、ずっと中断なく行われるし。
――上白沢慧音は間違いなく美人である。そんな人物から、右から左から楽しそうに眺めてもらえれば、嬉しさや興奮が出てくるのは必然ともいえるし。
もっと言えば、慧音は自分の肉体的魅力の存在に十分すぎるほど気づいているし。夫である上白沢の旦那であるならば、慧音は自分の体をそういう風にみられることは全く、嫌悪感など存在しないどころか、むしろそういう風にみられることを望んですらいる。いや、それは全く良い――残念というべきか幸いと言うべきか。
けれどもある行動だけは、上白沢の旦那の斜め下辺りから、彼自身の表情を仰ぎ見るような動きだけは。これだけは少し、やめて欲しかった。
不快感を抱くからではない、実に扇情的であるから自宅以外ではやらないでほしい。という意味でのやめて欲しいであった。
こういう時、上白沢慧音が自分自身の肉体的魅力、その高さを理解しているという事が厄介な方向に話が回ってしまう。
たわわな胸、稗田阿求はそれも含めて『でかい』等と言って罵ったが、この旦那の目には慧音の体は肉感的に映っている。
それらがたゆたうような動きを見せて、この旦那の目の前で踊っているような雰囲気すら見せるというか。
意図的に見せていると言った方が、より正しい表現だろう。
これが自宅であるならば、もしかしなくても上白沢の旦那は、最低でも慧音の膝枕ぐらいは与えてもらいに行って。
もしかしたら上白沢慧音のたゆたう体、これらのどこかに手を触れて一人遊びのようなこともしだしたかもしれないし。
そういう意味で見られることを望んでいるのであれば、その、一人遊びのようなことに入れるように誘導すらしていたかもしれない。
だが、この際においては日がまだまだ高い事は考慮しなかったとしても。ここは自宅ではない、命蓮寺の客間だ――もしかしたら美人ぞろいで有名だから、命蓮寺であることが理由の一角にあるだろうなとは、思ってしまったが。
しかしながら自宅以外の場所を、連れ込み宿でもないのに『そういう意味』で使う事は、厳に慎まれるべきであろう。
「うむぅ……」
上白沢の旦那はわざとらしく唸りながら、時間を数秒だけ稼いで、やや上の方を見上げてごまかした。
案外何とかなるものだなと思った。慧音の扇情的な姿が視界の中から出ていくだけで、随分と気持ちが落ち着いてくれた。
「○○は」
それに加えて、まだ思い付きは思いつき以上の価値が無くて。全く整った形にはなっていないけれども、何でもいいから口に出しておかないと。
慧音の扇情的な姿に、自分の精神が飲み込まれそうであった。最も、命蓮寺から帰路につき自宅へ帰れば、我慢する理由がなくなる。
だが今はまだ、我慢する理由がある。今はそれだけで十分と思う事にしておく。
「○○は何を貰って、何を使っているのだろう。稗田阿求があれだけの、稗田家の力を、何にもなしに与えているとは思えない。たとえ世間的には釣り合っていなくとも、○○は何かを与えたはずなんだ。そうでないと話が、つじつまがまるで合わない」
「ふむ、まぁ、『私たちは』他の里人と違って、稗田家との付き合いも多いだけでなく深い上に、こうやって厄介ごとの存在を知ってもいれば、解決にいくらかの助力を出すこともあるからな。そう、『私たち』は、その事について考える事が出来るだけの知識と、余裕があるからな」
稗田夫妻の関係について上白沢の旦那が、どうしても拭い去る事の出来ない疑問を口にした際。
案の定ではあるけれども、慧音はあまり教えてくれなかった。もしかしたら慧音ですら、あまり知らないのかもしれない。
むしろ気になるのは、『私たち』という部分を慧音が妙に強調しながら話しているところだ。
そしてどこか優越感が、その他大勢に対する優越感を思わせる口ぶりでもあった。
「すまないな。けれども、稗田○○が稗田姓を名乗る事を稗田阿求が許しているという事は。稗田の家格を使う事を許している事でもある。ぐらいしか言えない」
これと言ったことを教えられないことに、慧音はやや罪悪感を刺激されているのか、謝ってくれたが。
「気にはしていない。稗田夫妻の事だから、もしかしたら慧音にすら教えていないだろうとは考えている」
上白沢の旦那の言う、気にするなに嘘偽りはない。それよりも、せっかく斜め上を見上げて扇情的な慧音の姿を、視界から外していたのに。慧音はその視界に対して、ぐいぐいと入ってくる。
しかもさっきと比べて、胸元がはだけているように見えた。
「うん、まぁ。実をいうと私も、まだまだ予測の範囲だし……その時が来るまで答え合わせは出来ないだろうなとは考えている。しかし、稗田○○が稗田家の力を使う事に、稗田阿求が恐ろしく乗り気で、それが愉悦の一部である事は確かだ」
この時、慧音は少し俗っぽい、もっと言えば悪い笑みを浮かべた。悪辣とまでは行かないが、およそ真っ当な楽しみ方をしている笑みではなかった。趣味の悪さを感じさせた。
「宦官(かんがん、古代中国において男性器を切り落とした官僚。子孫を残せないことを条件に、大きな権力を得た)の様なものだよ。稗田阿求は、自分の権力を稗田○○に分け与える事で興奮を得ていいると言っても過言ではない」
やはり稗田阿求が、慧音の事を。でかい体等と言って罵ったことは、根に持っているのだろうか。
「私と違って稗田阿求は、愉しませることも愉しむことも出来ない体だからなぁ……背も低くて、でっぱりもないし」
そう言いながら慧音は、自分の旦那に対して。ねっとりとした口づけを行った。
間違いなく、慧音は稗田阿求から罵られたことを根に持っているようだ。
「しかし私の姓である、『上白沢』だって。人里では稗田ほどではなくとも、力はある。それと、私の体で。この二つでどうか勘弁してくれないか?今夜はお前のためにこの体を明け渡すから」
慧音の言葉を聞くに。稗田阿求は、自分の夫が稗田姓が持つ力の行使をすることに、愉悦を感じていると言ってやや馬鹿にしているけれども。
上白沢姓が持つ力の足りない分を、自分の肉体的魅力に見出している慧音だって。
ネッコは同じように上白沢の旦那は感じたが。
結局同じじゃないかという疑問と、男性的な興奮は。両立してしまえるのだ。
今夜は眠れそうにないし、眠るのがもったいないとすら思えてしまった。
ある部分では、上白沢の旦那が夜に頑張る事は、義務の一部であるのだけれども。
本人が、上白沢の旦那が愉しんでしまっている以上。義務という言葉から感じられる、どこか重苦しい部分は、存在していないのと同じであった。
私は○○よりもずっと楽をしているのが、申し訳なくは感じたけれども
続く
お手すきでしたら、感想や反応のほど、どうかよろしくお願いいたします
>>540 の続きです
上白沢慧音が、その自らにとっても大きな自慢でもある、胸を強調したような密着の効果はやはり大きかったようで。
不意に上白沢の旦那が、慧音の胸にも触れるような形で寄りかかってきてくれた時には。慧音の喜びと言うか愉悦は、最高潮に達したのは言うまでもないと、上白沢の旦那は、そう思いたかった。
「失礼しますね」
けれどもその『思いたい』と言う部分を、上白沢の旦那がしっかりと認識する前に。もっと酷くなったという部分だけを強調して、認識せざるを得なくなってしまった。
聖白蓮の声が、間違いなく上白沢慧音の中にある対抗心と言うやつに火をつけてしまったが。
そもそも手紙を持ってきたのは上白沢夫妻だし、返事はその場で聞きたいと言ったのも上白沢夫妻だ。
こうなってしまうのは、定められた道筋と考えるべきなのかもしれない。
――無論、ふすま越しで構わないと言い張ってしまおうかとも、上白沢の旦那は少しだけ考えてしまったが。
聖白蓮と寅丸星の、命蓮寺の二大巨頭が――慧音にとっては体も含めて――あの手紙を見たという事は。物部布都の事も書いてあるだろうけれども、命蓮寺にとって一番の問題は雲居一輪のやった事だ。
彼女が人質――ネズミだが――に取っているネズミたちの事、そしてその奪還作戦を天狗の力まで借りて行った事。
今日の今日で手紙まで命蓮寺に渡しているという事は、その事も書いてあると思うべきだ。
ナズーリンは仲間を殺されかけているし、物部布都の所属する神霊廟とは激突の危険性がはらんでしまったし。
そうならないために稗田家が、上白沢夫妻が、気位の高さが往々にして問題視される天狗の力まで借りている。
深刻に受け止めるなと言われる方が、最早どうかしている状態である。もっと早い段階で知りたかったとも思うけれども。
雲居一輪は巧妙に、ナズーリンの手下を人質にまで取っていたのでそれも叶わなかった。
真面目な人柄が有名な聖白蓮が、顔を見せないわけにはいかない。
「その……入りますよ?上白沢ご夫妻」
だが同時に、上白沢慧音が一線の向こう側だと言う事は。聖白蓮の美貌を目当てに来ている連中が多いのと同じく、公然の秘密である。
少しでも偉くなれば、この事は知っておかなければならない。聖白蓮ほどの、中々以上の勢力の首魁を張っているのであれば、その事実は本能にまで刷り込んでおかなければならない。
だから聖白蓮は、自勢力の本丸ともいえる場所だと言うのになぜか、一思いに部屋に入っては行かなかった。
聖白蓮も自分の肉体的魅力の高さには、自覚せねばやってられない位の物がある。
これならば命蓮寺にとっては、商売敵で潜在的な天敵である神霊廟の者が。たとえ乗り込んできたのが豊聡耳神子であっても、一線の向こう側である上白沢慧音を妻にしているその旦那が来るよりも、遥かにマシだったであろう。
「ああ、もちろん。お邪魔しているのはこっちだ、何をそんなに気にしているんだ?」
上白沢の旦那はヤバいなと思いつつも、どんな言葉を出せばいいのか全く思いつかなかったら。先手と言うか、場の主導権は慧音が持ち去ってしまった。聖白蓮も寅丸星も、これは中々取り返しにくいのが実情ですらある。
雲居一輪の事で負い目があるから、余計にそうなる。
「……それもそうですね」
若干の間が出来上がった後、聖白蓮は勇気を振り絞ってふすまを開け放った。――勝手知ったる自宅のはずなのに、それだけ一線の向こう側は厄介なのだ。
こんな連中ばかりだ、幻想郷は。寅丸星は仏門らしくもなく、思わず腹の底で毒づいた。
「この度は……うちの門弟である雲居一輪が。大変な事の中心に居座ってしまったようで。お手紙を頂くまで、全く、何も知らなかったからと言い張るような真似は致しません」
聖白蓮はキレイな所作で、ふすまを開けて入ってきて、そしてやはりキレイな所作で聖白蓮は正座のままで頭を深々と下げ。明らかな、謝罪の姿を見せた。
それはまぁいい、と言うよりは仕方がない。問題はこの後だ、きっと着替える時間もなかったのだろう、聖白蓮の衣装は、初めて幻想郷にやってきたときと同じ物であった。
バイクを乗り回すときに使っている、体の線を強調したライダースーツでないだけマシだったかもしれないが。
胸の辺りに回された紐のようなしつらえは、聖白蓮の肉体的魅力、特に胸を強調して語るうえで、頻繁に言及されている。
少しばかりめまいを上白沢の旦那は覚えた、もちろん慧音以外の女性にそういう事を感じた意味でのめまいではない。
きっと聖白蓮は今すぐではないにしても、近いうちにおいて、今回の不始末の謝罪と詫びを入れるために、稗田家に向かうだろうし。
聖白蓮の性格を考えれば、あの手紙に『来い』と書かれていなくても来るだろう。
けれどもこんな服装では来てほしくなかった。慧音は肉体的魅力のすべてに自信があるから大丈夫だけれども、間違いなく稗田阿求が苛まれてしまう。
お人よしとは聞いていたが、いっそ人気取りのための演技であってほしいが。そんな気配は、頭を下げてくれた聖白蓮からは見えなかった。
残念この上ない事だと、意地悪な考えが浮かんでしまったが。指摘しないと言う事はあり得なかった。少しでも不安に思うのならば、今夜は慧音がその気になったらしいとは全く別の意味で眠れなくなってしまう。
純粋な恐怖で、眠れなくなってしまう。
やはり聖白蓮には何か、せめてその服装で稗田家には来るなぐらいの事は。ぶしつけであることは十分に承知しているが。
生々しい事を言ってしまえば、こちらの恐怖心を減らすと言う精神衛生上の問題にだって足を突っ込ませる必要性が出てきてしまうのだ。
聖白蓮に対して、せめて肉体的魅力を隠す服装で稗田家に来てくれ、と言ってしまうのは。もちろんここまで直接的な表現は使わないけれども。聖白蓮と寅丸星、このどちらかが、きっと両方とも気づいてしまうだろう。言いたいことの本丸と言う部分は。
しかし、出来るだけ柔らかい表現を使ってやらねば位の事は、命蓮寺に対して雲居一輪に振り回されているのだから、同情的に考えながら。柔らかい表現を探していたら。
「どうした?」
少し、不味ったかもしれなかった。上白沢の旦那がずっと、聖白蓮の方を見てしまっていたのだから。
稗田阿求ほど酷い――こんな感想、抱きたくなかった――訳ではないが、上白沢慧音だって一線の向こう側なのだから。
この時の慧音の声は、明らかに硬かった。
こんな自分でも寺子屋では慧音と一緒に、ずっと教鞭をふるっているのだから。普段と不味いときの声色の違い位、夫であるならば聞き分けられる。
上白沢の旦那は、それが重要で今すぐ解決すべきであろう課題とはいえ。聖白蓮を見続けたのは悪手だ、それを腹の底で悔やむような呻きを感じながらだが、慧音の方へ旦那の方から近寄った。もっと言えば、密着の度合いを――すでに十分強いが――強くすることにした。
「うん、いやね」
上手い言葉なんて、何も思いつかないけれども。何もしないよりは、絶対に悪くはないはずだ。
実際慧音の顔つきは、ほころぶとまでは行かないが安堵の雰囲気は多少なりとも見えた。
少なくとも現状をよくするためのとっかかりは、まだ十分に残されていると判断してよかった。
そしてこのとっかかりを十分に利用し、また確保し続けるには。こちらは誠実である必要が、どんなに最低でも嘘をつかないで喋る必要がある。
だが天狗みたいな意味での、嘘はついていないと言う喋り方は絶対に避けるべきだ。
「少し、気になる事があって」
そう上白沢の旦那は言いながら、妻である慧音の耳元に寄って言った。先ほど感じたことを、稗田家に来る際は稗田阿求を刺激しないように、あの服装はやめさせるべきだろうと言う事を。
ここまで来たらその言葉は、自分でなく慧音に言わせるべきだとも思いながら。
そしてその慧音への耳打ちの際、聖白蓮はおろか寅丸星の方すら見ないように、努力していた。
寅丸星は、どうせ見ないんだろ?と言う部分に嫌と言うほど気づいてしまったから、喉奥から抗議の意味しかないうめき声を出していたが、聖白蓮にたしなめられてしまった。
「一線の向こう側……なるほど。理解できたよ」
しかし腹立ちを抑えるだなんて、そもそもがいきなりやってきた上白沢夫妻の方が、明らかに失礼なのだから。寅丸星がボヤいてしまう事ぐらいは、許さねばならなかった。
聖白蓮がじゃない、上白沢夫妻がである。
上白沢夫妻が、特に上白沢慧音が度し難いこだわりを発揮してしまい、上白沢の旦那の言葉を直で聞かせたくないと思ってしまったころ。
「少し演劇風味が強すぎるかなと言うのは、まぁ、自分でもわかっている」
稗田○○がそう言うが、けれども何となく楽しそうに言っている。
それをナズーリンがどうだこうだ等と言う事は、上白沢の旦那ですら危ないときがあるのに出来るはずはない。何より今まさに、稗田○○以上に稗田阿求が愉しんでいるのだから。
「……配下のネズミたちがみんな助かれば、何だっていい」
だからそれぐらいしかいう事は出来なかったし、ナズーリンの方も下手に会話しない方が良いと気づいたので、小さい声で早口に言って終わらせたし。
配下が助かればもうそれでいいと言うのは、限りなく純粋な気持ちでもあるのだから。
そう言いながらナズーリンは用意された人力車に乗り、稗田夫妻も夫婦専用の物に乗っていった。
ネズミではなくて、雲居一輪の方に軸足を変えて調査した甲斐はあったと稗田○○は嬉しそうだった。
物部布都が遊郭街にて、洩矢諏訪子とも顔見知りになり。布都の方もそれを狙って、後ろ盾にしようとしている節もあるけれども、星熊遊戯の拠点に通えるようになった事に対する、雲居一輪なりの対抗意識が働いている事が、調査の結果判明していた。
あの歩荷の家は、元々整理整頓の上手い人間だと言う事もあったので気づきにくかったが。道具類のほとんどは、今現在は雲居一輪が持っている倉庫――あの歩荷の為に借りたという事はさすがに伏せているが――にほとんどが収納されていた。
雲居一輪の脳内では、あの歩荷の私物を独占できるという愉悦を感じる事で、猥雑な商売を斡旋、紹介している物部布都とは違うと思いたがっているのかもしれなかった。
事実、カラスが覗き見ていたところ。雲居一輪は実に恍惚な笑みを浮かべながら掃除をしたりなどの手入れを行っているそうだ。
物部布都が遊郭街を拠点にしている分、彼女は清廉な自分に愉悦を見つけているのかもしれないと、稗田○○がナズーリンに渡してくれた報告書の写しに、そんな走り書きがなされていたが。
ナズーリンはその『清廉』と言う言葉を見て、酷い不快感を覚えた。
無理もないだろう、彼女は今現在、天狗やカラスが飛び回って救出作戦を開始しているとはいえ、まだそれは終わっていないのだから。
完全に終結、救出作戦が完了するまでは安心などは出来なくても、無理はない。
呼んでいるうちに不快感をこらえる事も難しくなってきたので、ナズーリンは報告書を折りたたんでしまいこんでしまった。
どうせ、自分は待つしかできない。調査も用意も号令も、全て稗田○○がやってしまっている。もう終わったという言葉を聞くだけで済ませてしまいたかった。
だが人力車が止まった折に外を見たら、同じ危機感を教諭できている蘇我屠自子が心配そうな顔で駆け寄ってくるのを見れば。
意識的に大したことを考えないようにしていた、ナズーリンの思考回路も、再び動かさないわけにはいかない。
「ナズーリン!」
ナズーリンが何かを言う前に、屠自子は人力車に飛び乗ってしまった。それを待っていましたと言うかのように、人力車は再び動き出した。
前を走っている人力車に乗っている稗田○○が、後ろにかかっている目隠しのすだれを少し持ち上げて、ナズーリンと屠自子の動きを嬉しそうに見てくれていた。
善意からの行動と言うのは、信じてやれないことはなかったが。お節介だとも、感じてしまう。
「なんで言ってくれなかった!お前の所の配下が、命が危ないっていうのに!何か手伝えたかもしれないのに」
そして屠自子は案の定、ナズーリンの心配をしながら相談もしてくれなかったことを非難してきた。
立場が逆であれば、ナズーリンだって同じような事を言うだろうが。きっと屠自子も隠れるだろうなと、間々ならないなと言う皮肉な面白さを感じてしまった。
だがこの状況では、悪いのはナズーリンの方だろう。だから努めて、落ち込んだ様子を出すしかなかった。
「そうは言うがね、屠自子。雲居一輪は命蓮寺の配下で、私も一応は命蓮寺の存在だ。一緒に住んでいないと言うだけで、まぁまぁ泊まってるし、命蓮寺には私の布団も部屋もあるから」
「だから、神霊廟の蘇我屠自子は、私は巻き込まないほうが良いと思ったのか?」
「そうだ。自勢力ならともかく、他勢力に面倒をかけるわけにはいかない」
「雲居一輪と物部布都は同じ穴のムジナだ。どちらかが何かをやれば、もう片方もロクな反応をしない。両方共を一気に無力化するべきなんだ。雲居一輪のやった事は確かに悪辣だが、それを知った物部布都はこれ幸いにと、大義を得たと言わんばかりに何かロクでもないことをやる。そういうやつなんだ、物部布都は!だから雲居一輪を無力化するのは物部布都を無力化することにもつながるんだ、頼むから次は相談しろ!!」
ぐうの音も出ないとはこのことであった。ナズーリンはしきりに「すまない」と言うのみであったが。
蘇我屠自子にとっては、もうこの問題は終わったものと認識しているようで。それ以上ナズーリンを非難することはなかった。
それよりも、物部布都の性格をよく知っているがゆえに、あいつが次に何をやるのかを考えて頭を痛めていた。
「そうだ、何かやる。物部布都は何かやる。事情を少しでも知れば、猥雑とはいえ商いを紹介しているだけの物部布都に、大義を与えてしまいかねん…………」
確かにその通りだろう。雲居一輪のやった事は悪辣そのものである、非難するがわに回れると言うのは厄介なものだ。
その上物部布都は間違いなく、一線の向こう側なのだから。
だがナズーリンも蘇我屠自子も、一線の向こう側に対する認識がまだ足りていなかった。
バレなければ問題ないと考えて、稗田○○の近くに盗聴用の式神を配置すると言う事は。
既に、ナズーリンや蘇我屠自子の近くにも配置されているという事である。
物部布都はいやらしい笑みを浮かべながら、ナズーリンと蘇我屠自子の人力車内での会話を聞いていたが。
既に遊郭街にいるはずの物部布都に対しては、稗田○○が手を回していた。洩矢諏訪子もよほどの事でない限りは、稗田○○の『お願い』に対して、無批判に実行する。
そっちの方が結局、稗田阿求の機嫌もよくなるのだから。それに稗田○○は遊郭街をつぶす事には消極的だから、余計に稗田○○のお願いであるならばすぐに実行できる。
「おう、仙人様!」
酒や飲み会や、騒々しいのが好きな鬼であるならば。物部布都も誘って楽しもうじゃないか、と言った具合に言葉を使えば。
洩矢諏訪子ほどのくせ者であるならば、造作もなくそういう風に状況を動かす事が出来る。
それに今回は、物部布都から何かを探る必要はなかったから。余計に簡単であった。
「山の神様とも一緒にいるんだがな、いろんな奴誘って楽しもうぜって話になったんだ!お前も来いよ!!」
そういって星熊勇儀は、物部布都から返事なんぞ聞く前に、彼女の腕を引っ張った。
やられた、稗田○○がもう動いた。
物部布都はそう悔やんだが、状況を知っている事を知られていない物部布都が、最も有利な位置にいるのは変わりないので。
前祝いでもするか、ぐらいの気持ちにはなれたし。
星熊勇儀が飲みすぎて酒で汚すのだろう。衣服や、下着……そう、下着もだ。
下着も運んでいる男の、若い板前を見るに至っては。星熊勇儀も多分こっち側だと思い。
まぁいいかと言う思いは、より強くなった。
続く
お手すきでしたら、感想や反応などありますと、嬉しく思います。よろしくお願いいたします
テレワーク中上司の○○さんの後ろを通り過ぎる女の子がいて、独身て聞いてたし彼女かなって思いきって聞いてみた
△△「今の誰スカ?」
○○「誰って?」
△△「いや、さっき後ろいましたけど。彼女さん?」
○○「おれ今彼女いないぞ?(いままでもいたことないけど)」
△△「黄色いリボンついた帽子かぶった緑髪の」
○○「?????」
○○「それって今△△くんの後ろにいるコじゃないの?」
ただのホラーじゃねえか!
神の経(と)おりみち
「なんじゃ、こりゃ…。」
ある日外に出ると、世界が一変していた。数ヶ月前に外界から流れ、幻想郷に馴染んでしばらく経ったと思える時分であったが、
こんなことはついぞ聞いた事も、そして見た事が無かった-他の人の顔が見えなくなるなんてことは-。朝起きて外に出ると、
道行く人の顔が、霞が掛かったかのようにすべて見えなくなっていた。どういう訳か声は聞こえるのだが、顔が見えないので何処の誰だか
分からない。混乱する頭でとってつけたような挨拶をして、自分の家にとんぼ返りする羽目になった。
元いた世界では勿論のこと、そして今居る幻想郷ですらこのような奇怪な現象にはお目に掛かったことなんぞなく、
幸いにして生きてきたのであるが、どうやらこの幻想郷はとんでもない出来事が起こるようである。妖怪の山にある神社の巫女さんならば
きっと嬉々として常識を捨てなければならないと仰るのだろうが、生憎と自分はそこまで幻想の世界に溶け込む積りは無かったので、
適当に聞き流していたのが少々悪かったのかもしれない。いや、随分と大袈裟に言えば生死を分ける程度には致命的なのかもしれない。
なにせ他人の顔が見えなければ、買い物一つすることすらできないのだから。
さて、どうしようか。この状況はすこぶる不味い状況である。どうしたらいいのだろうか?外界でもこんな病気は聞いたことすら無い以上、
町医者に行ったところで、気が狂ったか妖怪に取り憑かれたと思われるのが関の山。ならば天才の医者が居る永遠亭に行ってみるか、
あるいは奇跡を使えるという守矢に行くしかないのかもしれない…。一瞬、そこでも顔が見えなければどうしようかと思ったが、兎に角
やってみなければ始まらないだろう。
「無駄さ。」
振り返ると天子が居た。青い髪が腰に流れ、右手に持った黒い帽子がクルリと一回転廻される。いつか彼女が持って来た桃の香りが辺りに
漂っていた。何故に彼女がそこに居るのか、どうして訳を知っているのか、普通ならば湧き上がる諸々の疑問を吹き飛ばすようにして、
はっきりと顔が分かる彼女がそこに居た。昨日までの日常を取り戻すかのようにして。
「天子…」
声が漏れ、弾かれたように足が動く。数歩の距離ももどかしく感じ、足が縺れるのにも構わず彼女に向かって体を動かす。倒れる自分を
支えるようにして、彼女の腕の中に飛び込んだ。近くで見る彼女の顔は例えようも無い程に美しくて、そして神々しかった。
瞼を摘まみ、僕の眼を医者が診るようにじっくりと見る天子。
「ふむふむ…うん…。こんな感じなのね。」
「良かった…。他の人の顔が見えなくなって…。」
「大丈夫。私の姿は見えるでしょう?」
「ああ…天子は大丈夫。」
僕を抱きながら天子が言う。
「そう、なら良いじゃない。他の人間は必要ないんだから。」
僕の体を貫く神経に、一筋の電気が走った。
>>544
命連寺の方には話しが付いたので、半分は解決か…
もう一方の布都ちゃんが恐そうな感じですね。
>>545
自由自在のこいしちゃんですね。
光の先へ
幻想郷の闇が深まる夜の時間、起きているのは人里の一部か魔法使い、あるいは妖怪ばかりとなった時分に、僕は館の一室にいた。
少し離れた棚の上で蝋燭がゆらゆらと揺れているが、それが街で売っている普通の人間が使う物とは違う物であることを、僕は知っている。
蝋燭の頼りない炎では精々が近くを照らすのが精一杯だが、それは数本でこの部屋を満遍なく照らしていた。彼女の腕が乗せられた椅子は
当主の書斎の特注品でもないのに飾りがふんだんに使われており、広い部屋と相まって彼女の財力を示している。グラスを口に運ぶ彼女。
先祖の貴族の肖像画を背にして、未だ少女といえる彼女が僕に視線を戻した。
「ここの暮らしはどうかしら?」
「…とっても良いよ。」
彼女の質問に正直に答える。館での暮らしは以前居た現代と殆ど変わりがない程であった。正直にそのことを彼女に告げる。
「そう…。」
微笑む彼女。天使の様な笑みとは彼女の事を言うのであろう。きっと後世のために彼女の肖像画が御先祖様のお隣に掲げられるのならば、
この瞬間が切り取られるに違いないと確信する姿。だが、僕は知っている。彼女が悪魔と呼ばれていることを。
「ならここで、暮らすのはどうかしら?住人として。」
「それは……どうだろうか…。」
彼女の申し出に言い淀んでしまう。彼女が善意で言っていると、理性では僕は理解しているのに、それでも僕の本能は理性に反対する。
全力で叫んでいる。彼女は悪魔なのだと、人間と相容れない存在なのだと。
「どうしてかしら…。不自由があるのなら言って貰えれば良いのよ。」
「……。」
それは言えない。世話になっておきながら、妖怪への偏見、恐怖、忌諱、それらがない交ぜになった感情をぶつけるのは、最低だから。
「ごめんなさいね。私には言いたくないことだってあるものね。」
「い、いえ、そんなことは…。」
彼女の謝罪が僕の罪悪感を傷付ける。これがもっとはっきりとした物であれば、ここまで悩まずには済んだものなのに、
自分が最低な事を突きつけられ、そしてそれを認めたくなくて、苦し紛れに自分をそこへ追いやった要因へ八つ当たりの怒りをぶつける。
「それじゃあ、もう少しここに居たらどうかしら?いきなり何かするのは大変でしょうし。」
彼女の言葉が誘惑に聞こえ、それに頷きたくなる。ここから出て行くのであれば、直ぐに動かねばならないのに、それを挫くような甘い罠。
現実が僕に重くのしかかってくる。逃げたくなる自分に差し出される道が光り輝いて見え、それを懸命に押し殺す。彼女を信じれば良いのか、
それとも信じてはいけないのか、二つの矛盾する考えがまたも自分の中に渦巻いていく。ああ、以前も考えて結局は行動できずに、
そうして時間ばかりが過ぎていった。心臓が大きく動き、頭に血がどんどんと昇っていく。視界が暗くなり、目の前に差し出された結論が
僕をペチャンコに押しつぶそうと迫ってくる。不意にハムレットの言葉が頭の中に浮かんだ。
「To be or not to be. That is the question.」
彼女の呟いた言葉が、僕の耳に流れ込んでいた。
>>547
神経を操作、操るのは神様の御業か……天人は神様ではないが、人一人ぐらいならばどうとでも出来るか
天子ちゃんはもっと傲慢になるべき、そっちの方が愛も大きくなるだろうから
>>549
愛情の表現方法に限りなどあるはずはなく、私は愛されているのだろうかと言う不安は、自分がどれだけ愛しているかを相手に示すことで縛ろうとするのだろうか
to beを選んだとしても、いずれはまた選ぶ必要性が出てきそう
>>544 の続きとなります
「こんばんは」
稗田○○の言う、演劇風味が強すぎると言った意味がようやく分かってきた。
彼は雲居一輪が借りている倉庫の中にずかずかと入りこんだ。雲居一輪も何が起こっているのかようやく、全ての理解が進み始めてきた。稗田○○の姿を見れば、依頼は取り消されていなかったのだなと、断言を与える材料としてはこれ以上の物はない。
「一応、ナズーリンさんの名誉の為に弁解させてくださいな。ナズーリンさんは確かに、依頼の取り消しを求めてきましたが……一度話を貰った以上は、私の方が納得できないんですよ。だから勝手に調べを続けていました」
雲居一輪は稗田○○からの説明に、うんともすんとも言わずに。カラスに飛び掛かられて乱れた衣服や、張り付いた羽を捨てて行った。
特に髪の毛に関しては、くしまで取り出して整えなおしていた。女性だからと言う以上に、やはり、報告書にも見た通り。雲居一輪は件の歩荷と、肌を触れ合わせていると言うのが大きな理由だろう。自分自身の美貌の維持は、あの歩荷をつなぎ留めるのにもつながると自覚している。
事実雲居一輪は手鏡まで取り出して、稗田夫妻を無視する――実際、無視していた。襲撃をかけられたのだから無理はないが――ような形になってまで、自分の見た目が大きく崩れていないかを気にしていた。
「くくく……」
稗田阿求まで目の前にいるはずなのに、ここまでする雲居一輪にはさすがの稗田○○も少々いやらしい笑い方を浮かべたが。
しかしまだ、笑える程度であると言うのが、雲居一輪にとっての命綱となっていた。
気づいているのかいないのか、稗田○○は傍らにいる自らの妻である阿求の方を見ながら思った。
全ては稗田阿求次第なのだ。稗田阿求と契約をして、命も含めてその時が来れば全て差し出すことを決めた自分でさえ。
稗田阿求と比べれば、実に小さな存在だと言うのに。
だが、今それは関係がない。少なくとも今日や明日の話ではないから、まだ、このままでいい。
稗田○○は懐に入れていた飴玉を口に放り込みながら、ナズーリンたちの方を確認した。
その時にはもう救出作戦は全部終わっていた。
倉庫の外ではナズーリンが天狗とカラスが助けてくれた配下のネズミを、一匹一匹、丁寧に確認して。目立った外傷や、健康状態に不安がないかを身長に調べていて。傍らには蘇我屠自子も心配そうにしてくれていたが。すべて確認し終えて、ナズーリンが全身の力を抜かしてへたり込むのを見るに至っては。
どうやら配下のネズミの方は大丈夫そうだが、今度は緊張の糸をぶった切ってしまったナズーリンの方が心配になって、屠自子は彼女の後ろに回って倒れないように支えてやった。
「まぁ……何が起こったのかは。天狗にまで頼んで、救出部隊を作ってもらったので、それに襲われているのならば理解はもうできているでしょう」
雲居一輪はまだぶぜんとしながら、体についたカラスの羽を背中にまで手を回して取りつつ、地面に落ちたら落ちたで八つ当たりで蹴散らしながらであったが。
何度か目線があったので、認識はしてくれているようである。それならばまだ、こちらの話は聞こえている。理解したり、まともな反応が返ってくるかどうかはまた別の話ではあるけれども。
「そう、それで……さすがにここまで私たちが大きく動いたのであれば、そちらにしても予想は出来てもらってないと困るとも言えますが。勝手ながら、命蓮寺に手紙を出した益田。さすがに、貴女一人を悪者にはしたくないので、物部布都の事も同じぐらいの分量を書きましたが……まぁ、心の準備はしていただきたいと存じます」
稗田○○が命蓮寺の事を口にだしたら、ようやく雲居一輪はまともな、観測が容易な反応を出してくれた。
最も、観測が容易と言うだけで決して友好的ではなかった。
「あの成金仙人はどうなんのよ!調べがついてるなら、私とあいつでやった事分かってるんでしょ!?」
案の定、物部布都の事を酷い表現をしながらあげつらってきた。私がこうなるなら、あいつも同罪だろうと言いたいのだろうけれども。
「まぁ確かに……」
稗田○○は慎重に言葉を選んでいたが。しかしながら雲居一輪の方が、罪が重いと言う評価に変わりはなかった。
例の事故、件の歩荷に対して言われもない嫉妬だけならばともかく、歩荷にとっての命綱である道具類への嫌がらせは看過できない。
八意永琳にすら匙を投げられるだけあり、他のまともな連中からも早く出て行ってほしいと思われていた。
「ええ、まぁ。『事故』に関しては、もう何も言いません。演出の存在は知っていますし、何だったらあなた方の犯行を立証も出来ますが……まぁ、良いでしょう」
だからその『事故』を演出した事に対しては、不問にしてやることにした。そうとうに甘い判断ではあるが、件の歩荷に何らかの不利益をこうむれば一線の向こう側は何をするか分からないし。
「しかし、雲居さん。お仲間のナズーリンさんの配下を捕まえて、脅すと言うのは。ちょっと悪辣すぎませんか?」
雲居一輪のやった事の方が、問題は大ありだ。猥雑とはいえ手広く商いを始めようとしているだけの物部布都とは、話が全く違ってくる。
「人質を取るだなんて」
稗田○○がそう言って、雲居一輪の何が問題なのかを自覚させようとしたけれども。
「ネズミ質(じち)よ」
雲居一輪は上げ足を、いやらしくとってきた。
「妖怪ネズミが親玉なんですから、その配下も人間と同じぐらいの知性、知識、判断能力を兼ね備えていますから。些末な違いですよ」
人質ではなくネズミ質だと雲居一輪が言った折に、一番の中心地にて不安を募らせていたナズーリンが、ジロリと雲居の方を見たが。
この場で一番激昂するであろうはナズーリンだとは、既に稗田○○も心当たりをつけていたので。雲居一輪からの返答が来る前に、既にもう視界に入れておいて警戒していたし。
稗田阿求が、この場において何も連れてきていないはずがない。そもそもが人力車の引手からして、稗田家の場合はその手の者である。力仕事が主で張るが、その中には荒事も含められている。
すぐに稗田○○が手をかざして。
「まぁ、まぁ。ナズーリンさん。ここはどうか、私に任せてくれませんか」
優しくそう言ったので稗田家の手の者、ここまで人力車を引いてきた屈強な者二人が間に割って入ったが。まだまだこの者たちも穏やかな動きをしていた。
ナズーリンもこの穏やかさが、稗田○○の描いた絵図に、そこから離れすぎた場合はちょっと分からないとは、すぐに認識出来てしまえた。
蘇我屠自子も残念ながら、この場で一番危ないのはナズーリンだと認識していた。
「奥に行こう。ネズミを安全なところに運ぼう、見た感じ、みんな疲れているようだから。ここよりも広い場所に……」
屠自子の言っている事はすべてがもっともであった。たとえより大きな懸念、ナズーリンが爆発したらまずい事になると言う感情を隠していたとしてもだ。
「……ああ。水と砂糖を用意してくれ、固形物はその後で与えたほうが良いだろう。一番酷いのは一週間どころじゃなく、こんな、狭い場所に」
ナズーリンも自分の感情を、決して安定させることが上手く行っておらず、およそ賢将とは言えない状況だと自覚していた。
事実ナズーリンは、解放されたネズミたちをかき集めながらも雲居一輪の事をにらみつけていたが。それだけに留まらず、口も動いてしまった。
「ガキっぽいと思ってくれても良いぞ、聖白蓮に私からも、出来るだけきつく罰を与えてくれと頼んでやる!」
ナズーリン本人が自嘲している通り、告げ口なんて、と思われるようなやり方であったが。雲居一輪はその上を言った。
「お前は恋したことないからよ」
やはり雲居一輪は、まともな精神状況じゃなかった。売り言葉に買い言葉よりも、多分酷い。雲居一輪は明らかに、勝ち誇っていた。
稗田家が命蓮寺に話を持って行き、天狗も動く事になり、新霊廟の一部もナズーリンにい方しているのに。雲居一輪は優越感を味わっていた。
一瞬、ナズーリンの表情から嫌らしさすら消えた。不快感が限界点を突破したのは明らかであったし、そう言った点をこの状況で突破してしまうのは、ロクな事にはならない。
「ナズーリン、行こう!」
屠自子は思いっきり動いて、ナズーリンの前に立ちはだかった。
これにはさすがに、ナズーリンも屠自子とはいくらか以上に、所属している勢力を通り越した信頼関係を得ているから冷静になってくれた。
「……ああ」
ナズーリンもまだまだ言いたいことは尽きて等、そんなことあるはずはなかったけれども。
屠自子に迷惑をかけたくないと言う考えを、自分の中で一番前に持ってきて、何とかこらえきる事に成功した。
稗田○○も、蘇我屠自子が確かにナズーリンを遠くにやったのをしっかりと確認してから雲居一輪の方に向き直ったが。
相変わらず、勝利を確信している表情をしていた。
これには稗田○○も思わず、ナズーリンに対して同情的な感情を抱くには十分なほどに雲居一輪の態度は、癪(しゃく)に障(さわ)ると言えた。
「正妻ぶるって感じでしょうかね?今の雲居さんのお姿を表現する言葉を選ぶとすれば」
稗田○○にしては珍しく、挑発的な言葉を出した。稗田家の奉公人兼護衛の者たちは、ちょっと意外な顔をしたが。
そんなことを言われても余裕を見せている、異質な姿の雲居一輪を見るに至っては。その意外性を発揮するのもやむなしの認識となった。
稗田阿求は……夫の意外な姿を脳裏に焼き付けるのに必死以外の感情はなかった。
「あの成金仙人。成金だから実入りのいい仕事を紹介してくれてるのには、まぁ、恩は感じているわよ。もうちょっと広い家に引っ越しできそうだから」
だがこの場で一番厄介な物は、正妻ぶっているなと馬鹿にされたはずの雲居一輪が。まるで意に介していない事であろう。
「全部調べてるんでしょう?ネズミやカラスを使っているんだから。私とあの人が夜に何をやっているかも」
雲居一輪は自分の肉体的魅力、こいつの高い事を良い事に、物部布都が見せた躊躇なんぞまるでなく、やる事をやっている事を。
一思いにそれが選べることを、誇りにすら思っている風であった。
ここまで来れば正妻ぶるなどではない、雲居一輪の認識では正妻なのだ。あの、件の歩荷の。
(駄目だコイツ……)
○○は思わず匙(さじ)を投げてしまった。それが表情にも表れたのだろう、雲居一輪はここに来て一番、良い笑顔を見せてくれた。
あの稗田○○に勝った、とでも思っているのだろう。匙を投げられたとの違いが、分からなくなってしまっている。
「まぁ、詳細と言いますか。もっと込み入った話は、数日中に最低でも物部布都さんもお招きしてしまう事にはなりますが……」
駄目だコイツと思ったからこそ、あんまり後先考えずに嫌な奴の、物部布都の名前を出したが。雲居一輪には効いていなかった。
もはや完全に匙を投げるには、十分な状況と言えよう。
「今日はもう、引き取らせていただきますね。さて阿求、甘いものでも食べて帰ろう」
それから二日経った。上白沢の旦那が予想した通り、やはり聖白蓮は稗田家に詫びを入れるために来訪する運びとなった。
ただし、その運びは周りの者に何事かが起こっている事を、悟られないようにと言う配慮と注意がなされていた。
表向きは、稗田阿求の編纂する歴史書における各種資料の作成及び聞き取り調査だ。
これを疑うこと自体が、人里では不敬にあたる。疑い深いうえにすぐに動いてしまう博麗霊夢には、もう話をつけている。
故に、たっぷり時間をかける事が出来る。
雲居一輪と命蓮寺内部の動向については、寅丸星からその後について、稗田家に手紙を渡してくれていたので。雲居一輪が相変わらず勝利を確信している様子しかないことに、稗田○○は思わず剣呑に笑ってしまったぐらいで。これと言ったことはなかった。
物部布都は、やはり相手が星熊勇儀と言うのが彼女にとっては運のないことだったのだろう。
鬼の酒宴は本当に長かった。それが始まるように煽った洩矢諏訪子も、無論のこと巻き込まれている。
東風谷早苗から皮肉すら取り払った、かなり直接的な文句を書いた手紙が稗田家に届きまでした。
内容は、洩矢諏訪子が帰ってこない。何かやっただろう?これのみであったが。
上白沢の旦那はこんな手紙を○○から見せられても、稗田阿求からの召集の命令文書よりはまともな手紙だとしか思えず、苦笑を浮かべるのみであった。
どうやら○○は、かなり荒っぽいを通り越した酷い文章を上白沢の旦那に送り付けて、呼びつけている事を知っているらしい。
止めないことはもうどうでもいい、止めれるはずがないからだ。それよりも知っているか知っていないかの方が疑問であったため、せめて状況を認識しているだけ、上白沢の旦那は嬉しかった。
自分も随分、稗田阿求の業の深さに毒されてしまったかなと。帰宅時に考えてしまった。
「知った事か」
聖白蓮が雲居一輪を連れてきて詫びを入れる日、もちろんの事、豊郷耳神子とついでに――鬼の宴会から逃げたいのだろう――洩矢諏訪子も、鬼の宴会に叩きこまれてべろんべろんの物部布都を連れてきてくれる日。
ナズーリンに対して、来るかどうかを一応確認したが。あの時の雲居一輪の、勝ち誇った笑みに対して、思い出すだけで怒りが込みあがるのだろう。
再びそれを、直に目にしてしまったら、今度こそ何をやるか分からないとナズーリン自身が思ったのだろう。
来る気はないとの意志は、稗田○○がその事を話題にした瞬間、全部を聞く前に出したこの言葉だけで充分であった。
「分かった。何が起こったかは、あとで報告書をそちらに上げるよ」
「ああ」
○○は礼儀もあり、報告書を寄こすと約束したが。きっとそれも、斜め読みしたらすぐに捨ててしまいそうだなと感じた。
むしろそっちの方が良いだろう、特筆することが起こらなかったと言う事なのだから。
「うっわぁ……」
「あらあら」
豊郷耳神子と洩矢諏訪子に両脇を抱えられた物部布都を見たとき、○○は自分がそう仕向けたとはいえ、物部布都のべろんべろんを通り越した状態を見るに至っては。若干の引いた感情と罪悪感が沸き起こったが。
稗田阿求は面白そうにしていた。こういう時に見せる阿求の笑顔程、怖い物はないが。これと言える、絶対に効くと言えるような方法はないのが現状。
出来る事と言えば、○○は阿求の肩を少し寄せる程度しかできないが。これだって、必ずいい方向に向くとは限らないのが現状、いい方向に向きやすいと言うだけだ。
「物部さん、目に光はちゃんとありましたよ。べろんべろんで、思考回路も遅くなってますが……何も考えていないと言う事はなさそうで、何よりと言いますか、面白そうと言いますか」
「ごめん、トイレを借り゛て……やべ、借り゛るね」
物部布都を
豊郷耳神子に預けたと思ったら、洩矢諏訪子は稗田夫妻にお手洗いを借りたいと願ったが。稗田夫妻のどちらかがそれに対して、首を縦に振る前に、諏訪子は歯を食いしばりながらトイレに向かっていった。
「掃除もするから!」
まさかと思ったが、多分その通りだろう。諏訪子の奴め、鬼の宴会で色々と限界を超えても我慢を強いられたため、お手洗いにぶちまけに行こうとしているようだ。
しかしまぁ、諏訪子自身で掃除してもらえるなら、構わないかなと考え直して。雲居一輪と物部布都が向かわされた部屋に移動した。
今回の一軒の張本人二名とその付き添いである命蓮寺と新霊廟の首魁以外は。
ナズーリンの代わりに見届ける気でいる蘇我屠自子と、ここまで来たら最後まで見届けたい上白沢夫妻のみであったが。
蘇我屠自子はもう物部布都なんてどうにでもなれと言う気分でいるし、豊郷耳神子も物部布都よりも聖白蓮との話し合いに重きを置いているのは。彼女の目線が聖白蓮を追いかけているのを、隠そうともしない点で明らかであった。
稗田夫妻がどのような処分を物部布都に課しても、極刑でない限りは、豊郷耳神子はうなずいてくれるだろう。
雲居一輪の場合はもはや、聖白蓮がしっかりとみると。何通かもらっている手紙で、既に明言を貰っている。
(このまま終われ)
上白沢の旦那は祈りながら、命蓮寺と神霊廟から来た手紙を流し読みしながら思ったが。
蘇我屠自子が警戒したように、稗田阿求が面白がったように。
物部布都の目に光はまだ灯っており、何も考えていないはずがなかった。たとえひどく悪用していようとも、仙人の知性は本物である。
「歩き巫女(根無し草の遊女とほぼ同義)の登場か」
またべろんべろんである物部布都を運ぶのに、時間がかかると思われたのも物部布都に有利に働いた。
雲居一輪が聖白蓮――体の魅力を隠せる重厚な袈裟を着ていたことの方が、上白沢の旦那は重要事項であった――に連れられてきたとたん、ものすごく酷い事を口走った。
続く
お手すきでしたら、ご感想や反応程がありますと、嬉しく思います。よろしくお願いいたします
Tenko Holic
夜も遅くなり静かな時間が街には広がっていたが、この部屋の住人にとってはそうではなかった。何かに耐えるようにしてベットの
脇に座り体を固くする男。半袖の上から自身の腕を掴む指が、見え隠れする跡を残していた。荒い息が漏れる。獣のように、呻くように、
そして苦痛に耐えるようにして。コンクリートの部屋には冷房がかかっていたが、男の額からは汗がまた一つ流れていた。
「くっ……。」
耐えきれずに小さく漏れる声。懸命に押し殺している苦痛が徐々に大きくなってきたのを感じる。原因ははっきりしている。
-なにせ、本人が言っていたのだから-しかしながらこの世の中にこういった事が有るとは、夢にも、いや夢にすら思いもしてなかった。
彼女に出会うことが無ければ、一生気が付くことすらなかったであろう。世間の理といった表の世界とは違う世界、夢幻の狭間に存在し、
現実と非現実を矛盾すら気にせず取り込んでいく幻想郷なんてものが存在することは。
手が自分の腿の上にいつの間にか落ちていた。余りの痛みに耐えかね、瞬間的に意識が飛んでいたのは、ぼやけた男の頭にも明白だった。
果たしてこのまま耐えきれるだろうか?そんな感情が巡り、ふと弱気になる。意識が飛んでいた間に感じる筈だった分の痛みが追加され、
更に理性を荒いヤスリの目で削り取っていく。残った脳味噌が悲鳴を上げ目の奥でチカチカと光が飛ぶ。耐えきれずにベットに倒れ込み
スマホを探ってリダイヤルの表示を指に乗せる。男の全身に走っていた痛みが、何故だか弱まった気がした。
荒い息を吐き背を丸める男。徐々に痛みが引いていくにつれ朦朧としていた意識が回復し、ゆっくりと元気が沸いてくるようにすら感じた。
強ばった指を引きはがすように、スマホから指を離していく。手から零れた機械から光が消えた。汗を拭う男。憔悴しきった顔に、
勝利の笑みに似た感情が浮かび全身で開放感を感じる男。次の瞬間、男の背が痙攣したかのように丸まった。
「------!!!」
何の前触れも無く、再び男の体を襲う痛み。只の痛みが続いていたのならば、まだ男も耐えられたのかもしれない。同じ刺激は人間を麻痺
させるのだから。しかし一旦痛みから解放されると、それが再び襲って来た時に耐えられないものになる。一度はその解放された安堵を
知ってしまったのだから。なけなしの気持ちは吹き飛び、ただ痛みから逃れようとして全身の筋肉が硬直する。このまま無限に続くかと思われた
痛みに苛まれている男の横で、スマホが軽快な音楽を奏で始めた。画面に表示された文字をろくに確認もせずにスライドさせる男。
予想通りの声が向こうから聞こえてきた。
「大丈夫?○○。」
確信に満ちた声で話す彼女。答える声すらも満足に出せずに、男は僅かに呻くだけだった。
「やっぱり、こんなことだろうと思った通りじゃない。人間の癖に無理するからよ。」
いつの間にか自分の目の前にいた彼女。
「天子……。」
男の声を聞き少女の顔に笑みが浮かんだ。今までに見たことも無いような表情だった。
>>554
いよいよ二人の対決が近そうな…。正妻としての誇りを持つ場合、厄介そうですね。
このまま押さえ込めそうで、しかし爆発しそうな雰囲気すら感じました。
天子「あっ、時間だ。」ピッピッピ
衣玖「総領娘様、お電話ですか?」
天子「そう、一日一回は架けてあげないとね〜♪」
衣玖「へ〜まめですねー。……あの飽きっぽい総領娘様が。(小声)」
天子「聞こえてるわよ衣玖。私の声を聞かないでいるとおかしくなるようにしておいたから、
一応、ちゃんと責任とって電話してるんだから。あっ、○○、元気?」
衣玖「ええ…(ドン引き)」
モンスターペアレントならぬ、モンスターワイフって
ヤンデレ幻想郷だったら誰だろうな
個人的には華扇ちゃん。旦那が止めるまでは相手を追いかけたりぶっ飛ばし続ける
問題は旦那がいないとき
皆さん、第16回人気投票に投票しましたか?え、まだしていない…?
後ろの人が見ていますよ……。
天子の場合
「えっ、投票……。私に入れてくれたって?!」
「と、当然でしょう!天人の私に投票するのは当然じゃない!ようやく○○も私の魅力に気が付いたのね!」
(よかった〜。○○が投票してくれないと、どうしようかって思ってた…)
さとりの場合
「○○さん、投票済ませましたか?今日までですよ。」
「そうですか。もうお済みになられたんですね…。まあまあ、私に投票してくれたんですね。嬉しいです。」
「ところで、昨年は「私が」一押しだったような気がするんですよね…。」
「○○さん……。今年は「誰に」しましたか?」
レミリアの場合
「ご機嫌よう○○。最近は暑いわね。」
「幻想郷の皆が投票結果を待ち望んでソワソワしているわ。永遠亭の宇宙人達も千年変わらぬ妖怪の山も…。外界の話しなのにねぇ。」
「私…?そうね、順番が高ければ越したことはないけれど、それに一喜一憂するほどには若くないのよ。」
「それに皆の三番目よりも誰かの一番目が良い、って言うじゃない?」
「ところで○○は誰に投票するのかしら?出来れば、嘘は付かないでほしいのだけれども…。」
>>557
絶対に、他にも何かやってそうだな天子
あるいは緋想天で、追撃されることを望んでいたから。○○からの反撃を待ち望んでいるのか
>>559
これ一番残酷なのはさとり様だろうな。分かってるくせに、口に出させる
しかしそうでありながら、自分が再び○○の一位になれるようにやるんだろうな、色々と
次より、権力が遊ぶ時の26話を投稿いたします
「これでも、お主に対しては感謝すらしているのだぞ?のう、雲居一輪」
きっと最初から、と言うか鬼の宴会に巻き込まれていた時から、何らかの作為は物部布都ほどの存在ならばおよその予想をつけれているだろうから。
自分たちのやった事、雲居一輪のやっていそうなこと、いずれは相対するだろうから。
星熊勇儀からしこたま酒を流し込まれながらも、きっと物部布都はいざ相対したときにぶつける言葉を、確実にそして虎視眈々と作っていたのだろう。
しかし幸いな事に、まだべろんべろんすらをも通り越した状態であるがゆえに。口調はひどくゆっくりで、目に光こそ灯っているが、目線の安定は一切存在していなかった。
真横に自らの勢力の首魁である、豊聡耳神子がいることにすら気づいていないと言う時点で。べろんべろんの件も含めて、おかしくなっていると上白沢の旦那は思ったけれども。
案の定、豊聡耳神子は物部布都を黙らせようとしたが、その前に雲居一輪を見ると。
案の定まだまだ、勝ち誇った表情を雲居一輪は見せていた。
これにはさしもの豊聡耳神子も、一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたし。こんな状態でもまだまだ聖白蓮はと言うと、雲居一輪の事を諦めていない、見捨てていないようで。
勝ち誇ったような笑みを、いまだに見せ続けている一輪の表情に、泣きそうな顔を聖白蓮は見せていた。
豊聡耳神子も雲居一輪の表情は、しっかりと見る事が出来た。そして口に出した言葉があった。
「大きな不快感がある……この状況で、それとはね」
豊聡耳神子はこの場で多分、あいさつや社交辞令と言ったお決まりの言葉以外の、本物の感情を出した。
初めはひどく無礼を通り越して、火種に油をぶち込みに行っている形の物部布都を止めようとしていたが。
その手が、空を切ったのを上白沢の旦那の目に、はっきりと確認できた。
物部布都は、自分の所の首魁が自分に対していくらか以上の同意するような感情を持ってくれたと思ってくれたものと、判断しているようだけれども。
上白沢の旦那には、違うだろうなと言う予想しか出てこなかった。
あの表情とよく似たものを、上白沢の旦那は○○との会話で見たと断言出来た。どこか匙(さじ)を投げたような表情だ。
物部布都を止めたって、雲居一輪は止まらないし。それは逆の場合だってしかりだ、結局はどっちも止まらない。両方いっぺんに止めるしかない。
「止めたほうがいと思うんだが」
上白沢の旦那は物部布都が出してくるであろう、戯言をこれ以上出させる方には反対であった。
はっきりと反対の意志を示した時、豊聡耳神子はすこし判断付きかねると言った顔をした。
止めるのも止めないのも、どちらも欠点が大きく見えてしまうと言った辺りか。
「どっちでも良い」
結局豊聡耳神子は、ひどく場当たり的な回答を出してしまった。資料で見ている程度ではあるが、こんなにもどっちつかずの回答を出すような存在では無さそうではあるが。しかし今の彼女は、もしかしたら自分でもどのような立ち位置を取れば良いのかが、分かっていないのかもしれなかった。
……最も無理はないだろうけれども。二大勢力の激突の危険性が持ち上がり、その火種は自分の所の側近のうちの一人であり、そもそもの原因が男の取り合いともなれば。
話の大きさと情けなさが合わさって、思考回路に何らかの停滞やマヒが見えてしまっても。彼女を責める事は出来ないだろう。
「なぁ、○○。まだ喋らせるつもりなのか?」
豊聡耳神子は、やや無責任な感情を吐露しつつ。どうにでもなれと言うような立場を取っただけに、上白沢の旦那は更に強く、物部布都を黙らせるべきだと進言したが。
稗田○○は――今の○○は間違いなく『稗田』だ――顔の前で少しばかり指と指を合わせながら。口元をもごもごと動かしながら、何かを考えている姿を見せていたが。
上白沢の旦那には、考えている事は確かにその通りであったけれども、どこか、楽しんでいそうな。好奇心からくる興味深そうな顔を浮かべているのを、上白沢の旦那はしっかりとかぎ分けていたし。
もっと言えば――かぎ分けている事をかぎ分けられた。もちろん、稗田阿求に。
何も言うなと言う圧力を感じるには、十分な視線を上白沢の旦那は稗田阿求から頂戴した。
「……っ」
何か、最終決定権はお前にあるから良いけれども、と言ったような皮肉でも叩きつけてやろうかとも思ったが。
怖気づいてしまった。お茶を飲んでごまかすぐらいしか、上白沢の旦那には思いつけなかった。
稗田邸で供されるお茶は、濁ってなどはおらず上等な味であるのが、却って皮肉と言えよう。
「まぁ、興味があると言う部分は否定しません。下世話だと言われてしまっても、ち反論は出来ませんね……けれども我々の見えないところで事が起こるのも、悔しいですね」
やや歪曲的な表現ではあるけれども、稗田○○はそう言った後に物部布都に対して手の平を差し出した。
どうぞ続きを、ご存分にと言われたのはその態度で明らかである。
物部布都は喉の奥からやや、酒を飲みすぎたせいで濁った声であったが確かに嬉しがっている様子を見せた。
ずるずると、座布団の上にも座っていられなくなってきていたが。
稗田○○は物部布都が何を言うかを興味深く待っていたので――そして二番目は雲居一輪――。豊聡耳神子はせめてと思って、物部布都の頭に自分が座っていた座布団を当ててやった。
どうやら聖白蓮と同じく、豊聡耳神子もかなり自勢力の構成員たちに甘いようだ。開放感のあるようで、悪くはなさそうだが。
その開放感こそが、物部布都と雲居一輪の暗躍を招いたともあれば。皮肉としか言いようがない。
けれども物部にせよ雲居にせよ、ややうんざりとした場の空気に全く、意にも介していなかった。
それは稗田○○がこの状況を楽しんで、鑑賞している事は、実はあまり関係ない。
お互い、自分の恋路にしか興味がなくなっているのだ。
雲居一輪は自分の方こそ正妻だと思っているけれども、どうやら全く同じような事を物部布都も思っていたようであった。
上白沢の旦那は思わず目を閉じて、ロクでもないことが起こる直前の空気を、せめて目にしないように努めたが。
稗田○○の方が、こういう場面を直視できるだけ、どうやら丈夫のようであった。であるのだから、稗田阿求はもっとと言える。
こんな場面ですら、高名な名探偵であるがゆえに巻き込まれた、酷い場面ぐらいにしか考えていなかった。
上白沢慧音はその旦那と同じく、努めて自らの気配を消すことにした。蘇我屠自子はどこかオロオロしていたが、手を出せば火傷するのは必定、何もできなかった。聖白蓮はどこか遠くを見ていた、現実逃避がいくらか始まっているのかもしれなかった。
雲居一輪はまだ勝利を確信していたが、それは物部布都だって同じであった。
目閉じていても、剣呑な状況は残りの感覚から察する事が出来てしまえる。上白沢の旦那はこの状況に、喋らせても良いのかと考えるけれども。考えるだけで、口には出せない。出すことは許されていない。
「皮肉でも当てこすりでもないんだぞ、雲居や。我は本当に、歩き巫女(流れ者の遊女と同義)風情のお前にだって十分に感謝している」
十分にと言う表現の部分に、恐ろしく冗談に構えた態度が、透けて見えるどころか声色も考えれば最早隠してすらいない。
それ以前に歩き巫女と言う呼称を使っている時点で、敵意すら隠してはいないだろう。
「ふんっ。成金仙人だから、口の使い方に関しては、そもそも学ぶ機会がなかったのね。哀れだわ」
けれども雲居一輪にしたって、物部布都と同じく敵意なんて欠片も隠していない。
「お前はあの者に何を渡す事が出来ている?」
成金仙人と言う言葉にはやや、自尊心を傷つけられたのか。それとも酔いがまた悪く回ってきたのか、どちらにせよ物部布都の言葉は少し落ち着いたものになった。
「家庭よ。あの人、親とは折り合いがあんまり良くないみたいだから」
「随分偉そうに、自分を評価しておるのう」
「お前ほどじゃないわよ、成金仙人」
物部布都は鬼の宴会で飲み続けたため、そうしないと色々と危険なのだろう、ほとんど横になりながらではあるが。目の色は明るく灯っており、雲居一輪だけを見据え続けていた。
洩矢諏訪子はやってこない、気配すら感じられない。お手洗いに歯を食いしばりながら駆け込んでから、今はどうなっているのかまるで分らないが。
神様をあそこまで追い詰める宴会と言うのも、もはや恐怖が込みあがるけれども。
諏訪子が気を使ってくれたのかもしれない。物部布都を少しばかり調べさせて、物部布都の足止めも依頼したと言う事は、彼女から何か聞き出そうとしているのだろうか位には、思っていても不思議ではない。
また物部布都と雲居一輪の激突が、言うほど激突と表現できるほどの騒動が起こっていないのも。洩矢諏訪子がまだお手洗いでゲロゲロ出来る空気を作っているのは。
これは中々皮肉と言えよう。
あるいは稗田邸に収容されたのが、さすがに立ち振る舞いを上品にしなければと思わせる事に成功しているのかもしれなかった。
上白沢の旦那はいっそのこと、二人の本気での激突を少しばかり望んでいた。
そうなればお手洗いで半ば倒れているであろう、洩矢諏訪子はもちろんだが。
豊聡耳神子、聖白蓮、稗田家のお手伝いさん。これらが全部、止めに入ってきてくれるから。
けれども物部布都も雲居一輪も、たまに稗田○○と稗田阿求の方を確認するだけで。まだ、苛立ちを夫妻のどちらも抱えていない、なんだか面白そうにしてくれている事にホッとして、あるいは味を占めて。恋敵への攻撃を続ける事を選ばせていた。
「我はお主の、全てにおける上位互換であるぞ?」
「言うじゃない」
「我にだって確かに、気にしている部分はある、足りぬと思っている部分はある、それさえあれば十全と思う部分はある」
物部布都はそう言いながら、いやらしく指を突き付けてきた。その指が向かう先は無論の事、雲居一輪ではあるが。
特に突いている部分は、確かに存在していた。胸とか、腰回りとか、どちらにせよ肉体的魅力を語るうえでよく話題に出される部分、そこを物部布都は間違いなく、いやらしく指を振って指摘していた。
「ふふ」
しかしまだ、雲居一輪は揺るがない。ややわざとらしく座りなおして……その際に、胸が揺れるように仕組んでいた。
上白沢の旦那は思わず、稗田阿求の方を見やった。彼女が慧音に対して、慧音の健康的な体を――夜においては上白沢の旦那を興奮させる――デカい等と言って罵った事は、色濃いどころかこの先ずっと覚えたままであろうから。
稗田阿求の目の前で、肉体的魅力を誇示するような真似を見れば。この先どんな状況であろうとも、きっと稗田阿求の動向を警戒してしまう。
最早本能に刷り込まれてしまったと言っても、過言ではないだろう。
案の定、稗田阿求は口元にハンカチを押し当てて。見た目の方は、飲んでいるお茶でぬれた唇を、拭き取るようなしぐさではあるけれども。
それだけだったら、○○が稗田阿求の背中に手をやって、増してやさすってやるはずがない。
いくら体が弱いからって、お茶も飲めない位に弱いなんてことは絶対にない。
導火線の近くで火花が散ったような気配、それが今現在の状況であるけれども。その事に気づいているのはまだ、稗田夫妻と上白沢夫妻だけであるし。
上白沢慧音はと言うと、その気配を確かに確認してから上白沢の旦那に耳を寄せて。
「放っておけ」
そう言い放つのみであった。その声には明らかに面白がる、そして敵意があった。
もしかしたら慧音が、自分の体を阿求からデカいなどと言って罵られた恨みは。この先ずっと、維持されて。何かの拍子に出ては、稗田阿求を苛む何かを、放っておく方向に動きかねない。
となれば、自分が何とかするしかないのだろう。上白沢の旦那は、それが正しいのかどうかはわからないが、何もやらないのが一番の悪手である事を自分への納得させる材料にして、口を出すことにした。
「今の態度は……少し、下品な気がしたんだが」
この場においては稗田夫妻の次に、発言した場合の余波と言うか。状況の変化の大きさを考えて、気を配らねばならないため。出来る限り柔らかい表現からを上白沢の旦那は選んだはずだけれども。
雲居一輪曰く、ナズーリンに対しては恋をしたことが無いから分からないのよ、と言う態度を取ってしまうだけはあり。
最早なんにも分からなくなってしまっているようであった。
「そりゃ、あんたらは対等な関係じゃないから。旦那の方が常に冷や汗かいてなきゃならない物ね」
まさか導火線に火をつける方向は、稗田阿求ではなくて上白沢慧音だったとはな。
上白沢慧音が、湯飲みを振り上げているのが、上白沢の旦那には見えた。
止めるしかない。でも止めた後はどうなるだろう、どうすればいい?
だが、止めるしかない。
続く
舐めた態度したのは一輪が最初だけど声で初めに陰口の罵声したのは慧音の旦那さんだからやり返されるのも残当としか言えない。
でも一輪もわかってんだろうか?里の権力者、しかも一線の向こう側のよりによって連れ合いの方に侮辱と取りかねない発言して敵ばっか作ってどうすんだこの尼さん。
>>563 の続きとなります
「言うに事欠いてそれか!?雲居一輪!!私に夫を蔑みやがって、お前はどれほどの存在だと思っているのだ!?」
上白沢慧音にとっての琴線、絶対に触れてはならない虎の尾、超えてはならない部分。それはやはり旦那に対するいわれもない悪口であった。
彼女自身は別に、意外と耐えれるのだ。自分が強い事を知っているから。
「良い!慧音は俺が止める!!」
幸い、上白沢慧音が振り上げた湯飲みは上白沢の旦那が飛び掛かった事により。宙こそ舞ったが、雲居一輪に激突することはなかった。
「○○!お前は稗田阿求の近くにいろ!!慧音は俺が外に連れ出す!!」
しかしながら雲居一輪は、明らかに上白沢の旦那に対してさげすむ様な表現を使った。
ぶつからなかった湯飲みは牽制でも意思表示でもない、ただの先制攻撃でしかないのは論ずるまでもない。この湯飲みが激突しようが、軌道がそれてしまおうとも、上白沢慧音は第二、第三の攻撃を加える事を既に、決めてしまってる。
これを止める事は、およそ常人では無理な相談だけれども。
「俺なら大丈夫だ!慧音、とにかくここは稗田家に、稗田夫妻に任せよう」
彼ならば話は全く違う、あの上白沢慧音の旦那であるならば。実際、旦那が慧音に対して落ち着かせるために抱き着いた際。
完全にいきり立っていたはずの慧音だったのに、彼女は完全ではないとはいえ正気を随分取り戻して。上白沢の旦那を振り回さないようにと、苦慮している様子がありありと見れた。
「諏訪子さん!洩矢諏訪子さん!ちょっと助けてくれませんか!?」
上白沢の旦那が、振り上げている慧音の手を真正面から降ろさせている間、○○は飲みすぎてトイレで半分倒れているはずの諏訪子を大声で呼びつけた。
さん付けではあるが、およそ神様に対する態度としてはかなり、軽いものだと言うほかはない。
実際、稗田阿求は少し愉しそうにしていた。神様を呼びつけられる旦那の姿に対してと言うのは確かにある。
けれどもさらに大きな理由、この状況を何故楽しめるかと言われれば。彼女は、増してや人里の稗田邸の中にいるのであれば、彼女は間違いなく歩く聖域であるからだ。そう、彼女は安全だ、どこをどう歩こうとも。
だからこんなにも、いつだって、愉悦を追い求める事が出来る。上白沢慧音もそうではあるけれども、彼女にだって人里の守護者としての恩義を大量に、人里に対して与えているけれども。
結局は彼女の権力の源泉は、ただただ純粋な強さにしかそれを求める事は出来ない。里一番の寺子屋の女教師と言う立場だけでは、ここまでの権力は難しい。
歴史書の編纂も、やはり稗田の持つ歴史にはかなわない。
稗田阿求がニヨニヨとしながら近づいてきても、間違いなく嫌な感じを予想しようとも、上白沢夫妻はそれを甘んじて受け入れるしかないのが実情であるのだ。
上白沢慧音ですら、阿求がニヨニヨとしながら歩いてきたら――不快感がすさまじかった、敵意とは違う――慧音は旦那が自分に抱き着いていきり立っている様子を抑えていると言うのに、全身の筋肉が再び、ビクンと動いて暴発を恐怖する様子が、上白沢慧音に抱き着いている上白沢の旦那には、はっきりと観測できた。
「ええい、もう!ほんとに倒れてるのかこれは!?休みたい方便じゃなくて!?」
間の悪い事に○○は行ってしまった、どうやら鬼と本気で飲みすぎたせいで、すっかりトイレでぶっ倒れている様子の洩矢諏訪子。彼女が来ないことにしびれを切らしたようで、部屋から出て行ってしまった。
確かに洩矢諏訪子は、戦力としては最上の存在だ。シラフであるならば。
お前がいなくなってどうすると、上白沢の旦那は嘆きの感情が出てきた。お前の存在は稗田阿求の次に強力な聖域である場合が、それどころか稗田阿求を抑えられる恐らく唯一の存在だと言うのに。
しかしきっと稗田阿求は、いなくなってしまった○○よりも。神様を叩き起こしに行く○○の姿の方が、より重要で阿求の心を満足させる姿なのだろう。
上白沢慧音に何事かを言う前に、あけ放たれたままのふすまを見やって、そうすると阿求の若干嫌らしい笑みはかなり嫌らしい笑みにまで変化していった。
そんなかなり嫌らしい笑みを浮かべながら、稗田阿求は上白沢慧音の方に目線を完全に移動させた。
上白沢慧音に抱き着いている旦那の肌や手には、慧音がまた全身の筋肉を反応させたのを感じ取ったが。
今度のこれは、暴発を警戒しての冷や汗を混じらせた反応とはまるで違っていた。これに近い反応はと聞かれたら、稗田阿求が上白沢慧音に対して、彼女の体を『デカい体』と言って罵った時とかなり酷似していたが。
今は慧音の方を落ち着ける事を最優先に考えるべきだと判断して、彼女の体に対してより一層抱き着くことにした。
この旦那は、ますます慧音の魅力十分な肉体に埋もれていくことになった。慧音は無論の事であるが、それを嫌がる事はない。
ただそうすると、稗田阿求のいやらしい笑顔が少しばかり固まった。
○○が洩矢諏訪子を叩き起こすために出て行ったときに、開けっ放しにしているふすまからは、既に奉公人の何人かが覗き見ている。
穏やかで通っている上白沢慧音から、あんな大きな声が聞こえてきたのだから、そうなってしかるべきではあるが。
何となしに、稗田阿求はこの状況を悪用――彼女の視点で言えば活用――しそうだと上白沢の旦那には予想できたが。
稗田阿求が最も輝く場所である稗田邸で、いったい自分は何が出来ると言うのだ。自分よりもずっと立場の強い存在である上白沢慧音ですら、不意の暴発を恐れるような筋肉のこわばりを見せていると言うのに。
稗田阿求から感じる嫌らしさは留まる事を知らない、奉公人たちは続々と集まって、開けっ放しのふすまから、覗きたいけれども直接覗くことを徐々にはばかりだしたのか、目線が消えた。しかし人気は全く消えない。半端に閉まっているふすまの向こうにいる事は、すぐにわかった。
「起きて!諏訪子さん!!」
今度は○○の大きな声が聞こえた。やはり洩矢諏訪子はトイレで、飲みすぎたせいで倒れていたのだろう。しかしよりにもよってトイレでとは、倒れていても構わないからここにいて欲しかった。
「中々、面白い事になったと。少なくとも私はそう思っています」
相変わらずニヨニヨとした笑顔を携えながら、阿求は慧音の耳元に近づいて行って。慧音と上白沢の旦那にだけ聞こえるような声量で、何事かを言ってきた。
無論、慧音の反応は。
「はぁ!?阿求、お前の立場でこの状況に陥ったら、そんな顔は出来ないと思うぞ!?」
このように爆発したものであった、自分の旦那が明らかに罵倒、あるいは蔑(さげす)まれたのだから、こうなって当然ではあるけれども。
なぜこうなったかがまだ、全くわかっていないふすまの陰に隠れている奉公人たちにとっては。あの上白沢慧音の激昂した場面だけで、恐怖を増幅させるには十分だ。
しかし内実を知れば、果たしてどれだけの人間が真面目に取り合ってくれるだろうか。一線の向こう側は色恋沙汰に対して、必死になりすぎると言うだけの話なのだが……いや、でも上白沢慧音は一線の向こう側だ。稗田阿求と比べればまだ、そこまで遠くではないと言うだけで。慧音も十分、一線をひどく突破している。
一線の向こう側に属する条件の一つには、きっと純粋な力や幻想郷特有の事情がついて回るはずだ。
で、あるならば。稗田家と喧嘩するのが、分の悪いと言う話であると言うだけなのかもしれない。
稗田阿求は相変わらずニヨニヨと笑っている。
「水持ってこい!」
稗田○○が洩矢諏訪子を復帰させるために、飲み水を大声で求めているからだろう。なんだかバタバタともしている。
やや苦戦しているが、神様を叩き起こすために出張っている姿は、ただの人間がそれをなす事すらできないだろう。
そもそも神様を叩き起こせると言う時点で、だいぶ人間離れしている。
なるほど今は、稗田○○の独壇場を、稗田阿求以外の者の目にも触れさせている。稗田家の奉公人たちはますます、稗田○○に対して、名探偵であるどころか神様すら叩き起こせる旦那様と言う信仰心を抱いてくれるだろう。
稗田阿求が稗田○○にもっと、名声も権力も名誉を与えたがっている事を考えればこれは最大級の愉悦であろう。
金なら既に大量に与えているから、あとはその金に対して玉の輿(たまのこし)の成金じみた匂いを消すことだって目的なのだから。
一挙両得だ。
「慧音、落ち着こう。ここは稗田家の中だ。それに奉公人たちが集まってきた、分はどんどん悪くなっている」
1人だけ楽しそうな稗田阿求の姿に、慧音は熱を溜め続けているが。今ここがどこである事を思い出させたら、さすがに少しばかり、抱き着いているからよくわかるが全身のこわばりを、嫌々とではあるが抜かしてくれたのが分かった。
「そのデカい体、邪魔くさい気もしますがどうやら男性が好む体と言うのは理解しています。忌々しい事に」
けれども稗田阿求からの言葉の酷さたるや、けれども慧音は慧音本人に対してならば意外と耐えれる。だから今まさに、旦那をそしった雲居一輪の方向に怒りを向けたのだ。
ならば今ここで何も言わないのは、人生における恥となる。相手がたとえ稗田阿求であろうとも、自分は何かを言わなければならない。
「悪いか、稗田阿求。確かに慧音は俺に良くしてくれている。だが俺が求めたくなるような姿を維持する努力を知らんだろう」
「そりゃまぁ、私は貧相な体ですから。確かにそっちの意味では貴方は得していますね」
だがさすがは稗田阿求という所か、即座に言い返してきた。自分の体の貧相さを言葉だけでなく、衣服の襟(えり)をいじったりしながら笑っていたが。
やはり自分の体の貧相さこそが、稗田阿求にとっての最大の泣き所なのだろう、自分で言いながら明らかに機嫌が悪くなっている。
「けれどもね」
だが稗田阿求には最大の武器がある。
「私は稗田なのよ?せっかく私の夫の、○○の相棒にしてやってるんだってことを、自覚なさい。別に○○が他の相棒を選んだなら、そっちを選ぶわ」
彼女は阿礼乙女、稗田家の九代目、稗田阿求だ。今の言葉は脅しではない、本気だ。ただいまはその手段を取っても、利益が無いからやらないだけだ。
「諏訪子さん!ええ!?さっきの騒動も聞こえてないって!?じゃあ説明するんで、聞きながら加勢してください!!来て!!」
○○が諏訪子を完全に起こしてくれたようだ。案の定、トイレで酔いつぶれて倒れているのか寝ているのか、よくわからない状態になっていたようだ。
しかしもうすぐ連れてきてくれるだろう。
そろそろ終わらせるべきだと稗田阿求は考えたようだ。
「けれども慧音先生、私だって貴女と同じような存在ですから。夫に色々と与えたがる貴女の気持ちはわかりますわよ?お互い夫の立ち位置をより良い場所に、より高い場所に上げるための努力は惜しんでいません。だから貴女のデカい体を利用しましょう。そのお体に触れる事を許される存在は、まぁ子供は抜きにしても、この旦那さんぐらいの物ですからそれを利用しましょう。ごめんなさいね、私お前に嫉妬しているのよ。牛女。どうせお前はその体でどうにかできるんだから、私より簡単でしょ?」
多分この日この時が、それ所か彼女の人生の中で一番。稗田阿求の見せた最も嫌らしい顔だと上白沢の旦那には断言出来た。
どうやらかなり前から思っていたらしい事を全部、言い放つ事が出来て。稗田阿求は非常に清々とした表情をしていた。
一体明日からどうするつもりだ、こいつは。しかし上白沢と稗田家の立場の強さを考えたら、きっと、隠してしまうのだろうなと思いながらも。
上白沢の旦那は更に、可能な限り強く慧音の体にしがみついて、歯止めとしての役目を全うしようと努力した。
けれども力以外の部分を問題として、この旦那は慧音の暴走を止める事が出来ていた。慧音は自分に抱き着いている、上白沢の旦那の手などに触れた。
そこまでは行かなくとも、寒いなと思ったときは慧音に抱き着くことがたまにあった。慧音はその時の事を思い出して、どうにか自分を落ち着けているのは旦那の目には明らかであったし。
稗田阿求の目にも、上白沢夫妻の間にある何らかの閨(ねや)なのだとは簡単に予想できた事であろう。
少し稗田阿求の口元が歪んだ、それは稗田夫妻の間には閨(ねや)が少ないからだ。
「一つ助言を与えますわ」
一体どこが?と言いたかったが。稗田阿求から直々に稗田の威光を振りかざされたら、上白沢の旦那としてはどうしても、身も心も二の足を踏んでしまう。
「そのデカい体は戦闘力も十分高いんですから、暴れなさいな。家具などが多少壊れても神霊廟と命蓮寺に請求しますから。でもお前の体に触れていいのはこの旦那だけなんだから、旦那に止められたらとまるでしょう?里一番の暴れ牛を唯一止めれる男と言う称号は、中々重いかと存じますが?」
そして二の足を踏んでいるうちに、稗田阿求は恐ろしく酷い事をつらつらと述べていきやがった。
しかし慧音の目線は、雲居一輪の方向に移動した。
稗田阿求の言う通りにすると言うのは癪(しゃく)だけれども、だけれども雲居一輪のひどく無礼な言葉を忘れているわけではない。
だけれども雲居一輪にとっての幸いな事柄は、慧音の目線が移動したことを把握している存在が、上白沢の旦那だけではなかった事だ。
「南無三!!」
横合いから聖白蓮が割って入り、雲居一輪を思いっきり殴り飛ばしてしまった。なるほど、上白沢慧音に突っ込まれる前に、首魁自ら罰を与えておけば、多少はと言う事だろう。
聖に殴られた雲居一輪は、障子をぶち破りながら庭先に転がってしまった。生きてはいるだろうけれども、完全に伸びてしまっている姿であった。
「ちっ……まだ喋りたいことは合ったのだがのう」
全てを言い終わっていない物部布都は、やや残念がりながらも。洩矢諏訪子よりは飲んでいる量が少ないからか、よろよろではあるがまた起き上がろうとしたが。
豊聡耳神子は、聖白蓮がここまでしたのだから、返礼が必要と思ったのだろう。
物部布都の鼻っ柱を、布都の方は全く見ずに裏拳で殴った。
雲居一輪よりは冷静な物部布都は、まだほくそ笑んでこそいたが。黙ってはくれた。けれどもどうせなら気絶してほしかった、飲みすぎてつぶれた洩矢諏訪子のように。
けれども上白沢の旦那にとって最大の幸いは、今の雲居一輪が全く色っぽくなかったことだ。下着も見えなかった。
体に自信がひどいぐらいにある慧音ならばともかく、稗田阿求が更に緊張感を増していくのを見るのは、もはや寿命が縮む。
こんな空気を作っているのが、体が弱くて短命の業を持っている稗田阿求と言うのが最大の笑いどころではあるが。
「しっかり捕まっていろ」
しかし稗田阿求の今の表情や感情を確認する前に、慧音から声をかけられた。
目は閉じなかった、けれども慧音の表情は確認した。片目をつぶってウィンクをしてくれた。
そして上白沢の旦那は、慧音に捕まったままでまだ無事な方の障子に突っ込んでいった。
適当に暴れた後、自分は慧音にそろそろ止まろうと言うだけで良い。
ああ!なんて簡単な仕事なんだ!!
続く お手すきでしたら、ご感想があると大変うれしくなります。どうかお願いいたします
小さな出来事
休日の夜も深まった頃、やるべき雑事は終わり程よく疲れた体でお気に入りのサイトの更新をしていく。
日課という程ではない。なにせそれ程は更新をしていないのだから。むしろある種の習慣なのかも知れない。
パチリ、パチリとゆっくりとキーボードを叩いていると、ふと違和感を覚えた。もう一度操作をする。
またしてもページが反応しない。見間違えなどでなく、操作ミスでもなく、純然たる結果としての何か。
僕はしばらく手を止めて考えた。これは一体何であろうかと。この作品が取り立てて危険だという訳ではないだろう。
現実とは異なる世界-つまり幻想郷から投稿されたと思われる作品ならば、もっと特有の匂いがする筈だから。
そういったものは粘りつくような、捉えて放さない執念染みた黒い残滓が文字の隙間からほんのりと浮かび上がってくる。
であるのならば、一体これは何なのか。「彼女」は僕に関わった事があっただろうか?これは拒否なのだろうか?
それは間違いないだろう。他の人で起きた以前の出来事よりは穏健な方法だが、恐らくは「何かの」都合が悪いのだろう。
警告には至らないレベルの小さなサイン。微かな囁き声を聞き逃す代償は大きな警告を呼び寄せ、そしてその先は……
いくら僕でも経験したくはない。
少し考えて、結局僕はそのページの更新を諦めた。疲れているのもあるのだが、それは言い訳に過ぎない。
世界の物事に潜む、触れてはいけない裏側の部分を隠すための、都合のよい取って置きの言い訳。
「まあ、大丈夫さ…。」
誰に言い聞かせることでなく、そう呟いて僕はページを閉じた。
そういえば心当たりがもう一人いた事に、僕はページを閉じてから気が付いた。書いた事ではなく、書かなかった事が原因ならば…
色々と辻褄が合ってしまいそうになる。そうすると彼女はお冠なのだろうか。いやいや、それ程彼女の心が狭い訳ではないだろう。
幾ら何でもだ。もし彼女がその気ならば、僕はとっくにこの世に存在していないのだから。
「まあ、大丈夫さ……。」
気まぐれのようにそう呟いた言葉は、空気中に小さく消えていった。
>>568
一輪や布都の感じとはまた違う、阿求の悪意。狂気じみていながらも、
理性を離そうとしていない、むしろ理性と同居しているその感覚は、
他の人物とは違うように感じられました。
>>569
こういう日常に近づいてくるヤンデレ最高です
>>568 の続きとなります
稗田阿求が上白沢慧音に、最上級の悪意をぶつけて。暴れても費用は神霊廟と命蓮寺に請求すると言う、また出来ると言う、格と立場の違いも同時にぶつけられてから。
そこから数えて丸三日も経ってしまった。その間中、恐らくはなおまずい事に、上白沢の旦那は○○とも会えていなかった。
いや、会おうと思えば会えた。あそこまでの暴言を冷静に叩きつけておいて、明日からどうするのだろうかと、不安視していたが。
恐怖すら覚えるほどに、冷静さを維持していたからこそ。稗田阿求は上白沢慧音以外には悪意をぶつけなかったし、また見せてもいなかった、つまりは隠し通せたのだ。
無論、稗田○○に関しては例外的な立ち位置である。やや怒りをにじませながら、滅茶苦茶になった室内で、慧音を別室にて待機させながら――その際、一時的とはいえ離れる際、旦那の方から慧音に口づけをした。慧音は非常に喜んでくれた。
そして上白沢の旦那は稗田阿求が一体何を言ったのか。それらを一言一句、聞かせてやることに成功した。
完全記憶能力者の稗田阿求や、高名な歴史家であり、なおかつ妻である上白沢慧音ほどではなかったが。
あまりの怒りに、自分の記憶能力が研ぎ澄まされてくれたらしかった。
上白沢の旦那が稗田阿求からの暴言と悪意と、恐るべきはその冷静さを伝えたとき。
○○、もしくは稗田○○は。目をぎゅっと閉じて、恐れていたことが起こったと言う様な反応を見せてくれた。
この状況を問題だとは思ってくれているのは、彼が稗田阿求に対して明らかに甘い――立場を考えれば甘くならざるを得ないのだろうけれども――とはいえ。
上白沢の旦那からの報告を深刻そうに受け止めてくれたのは、間違いなくこの旦那にとっては朗報であった。失望なんていう感情を抱かずに済んだともいえる。
しかしそこからの○○のどっちつかずとしか言いようのない振る舞いは、実に上白沢の旦那の心を苛立たせた。
重々しいため息に嫌々と言う気配を見て取ってしまったのが、考えすぎかもしれないけれども若干気になったが。
それでも○○は意を決して、まっすぐと稗田阿求の方に向かったが。
「聞きましたか?私が、上白沢ご夫妻にぶつけた言葉を」
まず最初に声を出したのは、稗田阿求の方であった。それが上白沢の旦那には不満で仕方がなかった。
結局は彼女が船頭をすることに、今回に至っても、唯々諾々(いいだくだく)と従うのだろうと言う気配を、予測を、感じ取ってしまったからだ。
○○は阿求からの『聞きましたか?』で始まった一連の言葉に対して、やや挙動不審の態度を見せた。
本来ならば○○が、おそらくは幻想郷の力関係を考えれば○○のみが、稗田阿求にこのことを意見できるはずなのに。
稗田○○は――そうだ、『稗田』○○だ――横目で上白沢慧音の夫である自分を気にしつつ、結局は稗田阿求の方ばかりを見ていた。
この時点でもはや、期待は出来ないなと断じるほかはなかった。実に腹が立った、その腹立ちこそが三日間もの間、こちらからですら○○に接触を持たなかった最大の理由だ。
「ええ、まぁ。謝りませんからね?」
結局のところ稗田阿求も、自らの夫である○○がひどく甘い事を知っているから。この言葉も○○の方向ではなくて、そのやや後ろで腕組みをしながら明らかなにらみつける表情をしている上白沢の旦那の方を見ながら。
絶対に謝らないと宣言した。○○は上白沢の旦那に対して申し訳ないと思っているのか、それでいて何もできないのがいたたまれないのだろう。
気にはしてくれているのは、フルフルと震える背中からうかがい知る事は出来るけれども。こっちを見てくれないのには、ますます腹が立つ。
「……期待はしていない。ああ、全く、期待してないよ」
完全にわざとらしく、上白沢の旦那は二回、それも全く同じ意味の言葉を出した。
一度目は固い口調、つまりは稗田阿求に対して。二度目はやや砕けた、間違いなく○○に対して。
それでもまだ友人だと思いたい、それもまた事実なのだから困る。
しかし稗田阿求はまだこちらを見続けている、相変わらずニヨニヨとした笑顔を見せながら。
嫉妬を全力で上白沢慧音にぶつける事が出来て、長らく感じていた胸のつっかえをすべてぶちまける事が出来て、非常に気分が良いのだろう。
ニヨニヨとした笑顔は、むしろさっきより強いぐらいであったし。
多分稗田阿求は、上白沢の旦那に対しても下に見るような感情があるのだろう。だからニヨニヨとした笑顔が消えないのだ。
なるほど確かに、稗田阿求が全力で音頭を取り、根回しを行っている点は絶対に見逃せないが。
稗田○○は人里一番の名探偵、数々の依頼人の抱える厄介ごとを解決してくれる、最後の砦だ。
そして実際、解決した数だってたくさんある。名声はもはや十分、むしろまだまだ稗田阿求はその名声を高めにかかるだろう。
それと比べて上白沢の旦那は、あの上白沢慧音の旦那であると言う点以上の価値をイマイチ見いだせなかった。
寺子屋で教鞭は取っているが、それだって元々慧音がやっていた仕事に乗っかっているだけの話だ。
自分自身で思い付き、目指し、そして得た立場ではない。上白沢慧音との婚姻ですら。少なくとも人里の人間の主観でものを見れば、そうなってしまう。
――いや、最後の部分に関しては慧音の主観ですらそうなってしまうだろう。
幻想郷にしては全くもって珍しい、珍しすぎて組織運営の毒となりかねない、唯物論的価値観で上白沢の旦那は生きていた。
いずれは排除される運命であったろう、唯物論を捨てない限りは。
それが排除されずに済んでいるのは、上白沢慧音が婚姻を結んでくれたことによるものである。結局どこまでも自分は彼女に守られていたが。
……それに関する、個人的な慚愧(ざんき)の念は今のところは関係がない。重要なのはどう考えても妻が馬鹿にされたことである。
このままどちらかが根を上げたり、慧音が心配になって見に来るまで、腕を組みながらにらみつけを続けてやっても良かったが。
幸い?にも稗田阿求の方が場を動かしてくれた。
「ねぇ、○○。私は今の状況に満足していませんのよ?私は今よりもずっと、あなたを、○○を、百年先でも言の葉に上るような存在に仕立て上げられるのですよ?」
そう言いながら稗田阿求は、明らかに上白沢の旦那の方を見てきた。稗田○○と比べたら、上白沢の旦那の存在は実に小さいとでも言いたいのだろうか?
「実際その通りだよ。研究者でもない限り特に覚えたり、調べたりもしないかもな。まぁしかし、慧音の旦那でありつつ名探偵様の相棒だから……それなりに?かな?」
稗田阿求の悪意を確かに感じたから、上白沢の旦那としても何も言わないわけにはいかない。
けれども慧音が雲居一輪の発した、自分への暴言に対して即座に怒りを爆発させたのと同じように。
上白沢の旦那も自分自身への何かに対しては、案外耐える事が出来た。
稗田阿求ほど、悪意のこもった笑顔を上手く出す事は出来なかったが。しかし稗田阿求に対して、目線をそらさずにいる事こそが、今できる最大限の抗議だとは理解していた。
さすがに阿求が一点を見つめたまま黙り続けたら、稗田○○も阿求の見つめている先が気になり、ようやく上白沢の旦那の方を見てくれた。
しばらく、上白沢の旦那と○○の間で、無言状態ではあるけれども目線を合わせ続ける事が出来た。
そのうちに、ふと思った事があった。
上白沢慧音も、そしてその旦那も。自分自身に対する悪意や暴言に対しては、なかなかどうして耐える事が出来るけれども。
自分以外、それも婚姻を結んだ伴侶(はんりょ)に対する場合はどうなのかな?と思った。
言おうか言うまいか、相手は稗田阿求である以上はどうしても、二の足を踏んでしまったが。
稗田阿求の体の弱さを主たる理由とした暴言を吐けば、○○も反応してくれるかなと期待してしまった。
そしてなお、嫌らしい事に。稗田阿求の様な嫌らしい笑顔が、この時にはものすごく自然と、苦労せずに作る事が出来た事であろう。
そんな自然と出てきた悪意のある顔を見たら、○○が急に反応してくれた。少しうれしくなったが。
「やめてくれ、阿求に何かを。言ってやろうぐらいの事、考えたはずだ。顔を見ればわかったよ、悪意が見えた」
慌てながら歩み寄りながら、自分を明らかに止めに来ている言葉を聞くに及んでは。少しのうれしさも霧散した形だ。
「気分が分かったはずだろう?けれども悪意を先にぶつけてきたのは、そっちだ。雲居一輪だけならば、まだ、何とかなったのに」
だから上白沢の旦那としては全くもって珍しい事に、○○に対して本気の苛立ちをぶつけた。
今までの事は、そうは言っても人助けと言う部分が根っこにあったから。苛立ちが全くなかったわけではなかったが、それでも茶化せる程度の物だった。
しかし今のこれは違った、妻である慧音への暴言が確かに存在しているからだ。
「大丈夫だよ、その苛立ちはそう長い事は続かない。君たちは長生きしろ」
けれども○○は……自分よりも間違いなく、稗田に毒されていた。稗田○○にはもはや覚悟が存在していた。
「妻である阿求の体が弱い事は重々承知している、承知したうえで俺は阿求と婚姻を結んだ。けれども阿求の体の弱さ……寿命の事を話題にしていいのは俺だけだ。俺の覚悟は、傲慢だと思われようともこの人里で一番重い」
怒りとは違うが、この時の稗田○○は間違いなく、上白沢の旦那より上に立って物を言っていた。
これは珍しい事であるどころか、初めての事である。
だが上白沢の旦那が○○の事を諦めきれないのと同じく、○○も上白沢の旦那とこれ以上こじれる事は、何としても避けたかった。
「失礼な事であるのは重々承知している、だが今日はもう帰った方が良いと考える」
しかし阿求が暴言をぶちまけて、まだ一時間も経っていないと言うのに、何とかできるはずはないと言うのも。
○○は十分に理解していた。
○○は上白沢の旦那の肩に手をやって、本当に名残惜しそうな表情をしていた。
離れたくはないが、状況を落ち着かせるためには一度離れしかない。そんな感情があるのはすんなりと理解出来て、また受け入れる事も出来た。
「人力車を用意してくれ!上白沢ご夫妻はお帰しする方が良い!」
けれども威厳のある声を出して、稗田家中の奉公人たちに指示を飛ばす稗田○○の姿に。
稗田阿求はもはや、興奮どころか情欲すら覚えているのではないかと言う姿には。
せっかく収まりかけていた苛立ちが、またぶり返してきた。
稗田阿求は相変わらず、奉公人たちが遠慮をして中に入ってこないのを良い事に、最大級の悪意を笑顔に乗せて、こちらに振りまいていた。
上白沢の旦那は黙って部屋を出ていき。隣室で待ってくれている慧音の方に戻っていった。
「こんなもので済ませられるか、貧相な体の上に弱々しくて何もできない、稗田阿求と一緒にしないでくれ」
その日の慧音は中々眠らせてくれなかったが。その理由はこの言葉を聞けば、慧音の怒りも理解できるがために、付き合う以外の選択はなかった。
そんな事があってから、丸三日が経った。
一体慧音と稗田家の関係は、自分も身の振り方を考えるべき時が来るのだろうかと。戦々恐々としていたが。
あったのは、寺子屋に通っている親御さんはもちろん、周りの住人からも○○の行っている探偵の仕事で。何らかの揉め事に巻き込まれたという認識でしかなかった。
さすがに稗田邸で暴れた話までは、隠せなかったが。上白沢夫妻にはまったくの罪がないと言う部分だけは、共通していた。
しかもその認識も詳細を聞いてみればマチマチで。
命蓮寺が原因とも、新霊廟が原因とも、そもそもこの二つの勢力がぶつかりかけたとも、衝突を回避するために穏健派と接触を持っただの。
慧音が稗田邸で暴れた後も、稗田○○が両勢力の首魁やらを呼びつけて、話をしただの。
虚実が入り乱れていたし、両勢力の首魁を呼びつけた話など上白沢の旦那ですら、真実かどうかの確認が取れなかった。
――直接○○に聞けばよいのだがな。
そのマチマチな認識の全部が全部、嘘ではなのが嫌らしいところだ。全くのはずれでもない部分が、多少は存在しているのが。
人々の言の葉に上る噂話に、複数の解釈を与えて里の人間を混乱させていた。
その上、上白沢の旦那が○○とは会う気にもならないことを。里の人間たちは、稗田○○様がよほどの事をなさっていると、1人で集中したいと、こちらに都合よく解釈してた。
多分これも稗田阿求が流した噂だろう。
ここら辺が稗田阿求の手回しの上手さと、勝ち取っている信仰心の強さだろう。恐らくは、噂を流した大元の人間は、自分が恐らくは嘘を流していると分かっていたはずだ。そうでなくとも、里の人間の噂話を聞いたとき自分が流した話と違うと気づくはずだが。
稗田家の九代目様、稗田阿求自らお頼みくださった使命の完遂。こちらの方がよほど重要だと認識しているはずだから。
こうやって、人々が虚実入り乱れた話に右往左往している様子を、稗田阿求が満足そうに見る事が出来れば。
噂話を流した大元の人間たちの心は、使命を完遂できたと言う達成感に包まれるのだ。それでこの話は終わりだ。
あとは丁度いいときに、稗田阿求が表向きの発表をすれば、それで万事解決となってしまう。
何だったら○○の口から『もう終わった』だの『衝突は回避された』とでも言わせればいい。
最前線で状況の悪化を食い止めた、名探偵○○の名声はまた一段と高まるからだ。
○○の後ろには稗田阿求がついているのだからな!ならば稗田○○の言葉を疑う事こそ、稗田阿求への不敬となる。
稗田阿求にとってはそれが何よりも重要なのだ、事実かどうかはまるで関係がない、ただ○○の立場の向上こそが重要なのだ。
そんな、極論を言ってしまえば上白沢夫妻にとっては、もう手を引きたい事柄を。上白沢の旦那は、妻である慧音が入れてくれたお茶を飲みながら考えていた。
至極当然の事ではあるが。昨日も慧音はあまり寝かせてくれなかった、さすがに初日ほどではなかったが。
しかしそれよりも、稗田阿求がでかい等と言って罵るだけの事はあり、慧音の体を扱うのは、こちらも大きく体力を使わなければならなかったが。
むしろそれこそ慧音の感じる悦びの本質であった。ぐったりと布団の上で、溶けるように眠ってしまっているが、それが情欲をすべて発散した結果であるからだ。
特にこの三日間は全部、そうであった。
さすがに寺子屋での教鞭(きょうべん)を、教師役をさぼる事はこの三日間、一度もなかったが。
疲れている理由を生徒に言えるはずもないけれども、疲れているから何度かイスに座って説明をしたが。
それすらも、名探偵○○と一緒に活動していたから、名誉の負傷でもなされたのかと言う噂話が飛び交っていた。
たった三日だというのに、である。噂も娯楽の一種なのだろうけれども、その中心に配置されるのは。
はっきり言って、ものすごくやりにくい。たとえ向こうに悪意が無かったとしてもだ。
そもそもこの噂の発端にいる稗田阿求は、悪意を全開にしていると言うのに。
稗田阿求の悪意について思考が走ったら、あの時感じたのと同じような苛立ちがまた、上白沢の旦那の中でうごめいて来た。
これ以上はまずい、そう思った上白沢の旦那は頭を何度か振って。窓の外を眺めることにしたが。
稗田阿求の事が思考の中でうごめかない様に、中々に広い寺子屋の庭と、授業が終わった後もまだ、何か色々と遊んでいる子供たちを眺めておくことにしていたが。
廊下の方から、やや焦ったような足音が聞こえてきた。音の大きさからみて、子供でないのは明らかだった、つまり慧音の足音だ。
凄く嫌な予感がしたが、もはや回避は出来なかった。
正門から○○が入って来たからだ。
稗田阿求の手回しに疑いの余地や、不足している部分などは存在しておらず。むしろ過剰。
寺子屋の月謝が格安である事の穴埋めとして、庭仕事などを提供してくれる大人が、大急ぎで『稗田』○○に対して頭を下げた。
噂好きかどうかは関係なく、稗田○○が厄介ごとを人里の為に抱えているのは、周知の事実だ。
稗田阿求が望んだから、そうなった。
もちろん、庭で遊んでいる子供たちにも手を止めて挨拶をしろと、やや厳しく言いつけていたが。
○○はそんなやや厳しい声を出す大人たちに対して、『まぁまぁ、落ち着いて』とでも言わんばかりの笑顔を向けて、抑えるように命じていたが。――そしてまた評判が上向く。
かなり遠くからでもわかった、○○が疲れている事は。
それも買い白沢の旦那のように、夜の間ずっと相手をしていたことの様な疲れ方ではないのは、明らかであった。
初めは、今日も来ないのかと○○に思っていたが。
○○が男としての部分をまるで発散できていないのを、見るに至っては。罪悪感が沸き起こってきた。
やはり自分は、まだまだ○○と友人の関係であり続けたいのだと、この時に断言する事が出来た。
だが慧音はどう思うだろうか、自分はどちらも大切なのだと、どっちつかずな言葉を慧音には使いたくない。
……稗田阿求の事は、はっきり言ってもう嫌いだから。奴をなだめるために野良仕事に出てくるよぐらいの、下世話な冗談にしてしまおうか。
幸い、この場には慧音と自分の二人しかいない。
そう思って、先ほど部屋の扉が慌ただしく開いた後は、気配こそ感じるが声をかけてこない相手に。
それにこの気配、読み違えるはずはない、慧音に向かって皮肉気な笑みを浮かべながら振り向いて。
「○○が、夫様が来たよ、はははは。稗田阿求と何をやっていたのだか」
そう言うと慧音は思いっきり、自分に向かって抱き着いてくれたが、これはまだ予想できた。けれども予想できない事が一つ降りかかった。
「稗田阿求をネタに、何か下世話な冗談を言いたい気持ちはわかるが。絶対に言うな」
慧音は上白沢の旦那にだけ聞こえる程度の声で、そう警告した。
「私の為に怒ってくれる君の気持には感謝している、だが稗田阿求の事は私に任せてくれ…………何より、どこで誰が聞いているか分からない。私たちの城である、寺子屋ですら」
それは火種となりえる可能性を、出来る限り少なくしておくと言う、安全のための物ではなかった。
それは、慧音の声が耳元でささやかれているからこそ分かる、明らかな震えがあったからだ。
慧音ほどの存在が、である。
「どこで誰が聞いているか分からない、これを肝に銘じておいてくれ。この三日間は努めて話題に出さなかったからよかったが、ここから先は違う。実はさっき、稗田阿求と会ったが。あいつはこの三日間、私たちが何を食べたか全部言い当てた」
「まさか……いや、カラスか?」
「えむぴーすりーぼいすれこーだー……まったく知らない物を使っていた。道具の名前しか教えてもらえなかったよ」
どうやら自分は稗田家の諜報能力を、それを私利私欲で使い倒す稗田阿求の精神性を。完全に甘く見ていたようだ。
続く
お手すきでしたら、ご感想の程をどうかよろしくお願いいたします
>>569
どんな文豪の書いた、自分を勇猛果敢に描いた文章よりも
好いてる○○からの純朴な文章を求めるのは、中々キレイで良いじゃないかと思ったが
ヤンデレがそこだけを求めるとは思えん
○○の、自分に対する恋や愛の文章を、何かの武器に使いそう
自分と○○の周りは敵だらけぐらいには思っていそうな子、多そうだし
小さな出来事2
僕はいつものようにキーボードを叩いていた。やはり休日の夜。草木も眠る丑三つ時まではいかないまでも、
やはり夜の街は眠ろうとしていて静まりかえっていた。暗くした部屋にパソコンの光だけが周囲を照らす。
ふとパソコンの操作が引っかかる。何度クリックを繰り返しても、やはり操作を受け付けない。
ふと手にしたCDのジャケットを見る。最近発売された楽曲のタイトルがイタリア体で書かれており、歌手の着飾った
写真が写っていた。テレビで人気が急上昇している新進気鋭の女性だ。
CDのプラスチックケースが音を立てて割れた。丁度顔の部分を真ん中から割いていくように。
あんまりにもはっきりとした「彼女」からの警告に、思わず小さな笑みすら浮かべてしまう。恐らくは-いや、ほぼ確実に
彼女はこの歌手が気に入らなかったのだろう。成程彼女らしい行動だ。小気味よく、はっきりとしていて、そして
鋭い。
割れたCDケースを眺めていた僕は、クルリとそれを回してからゴミ箱に放り込んだ。彼女が見ているかのように。
物理的に彼女が見ている訳ではないことは、よく分かっていた。なにせ僕のワンルームには僕以外の人は居ないのだから。
流石にマンションのコンクリートから透視することは不可能だろう。それに今度はどうやってケースを割るのかという問題が
出てくる。結局のところ僕には、ただの偶然として片付けるか、それとも超常的な存在がいると仮定するかという、
二択を選択する道しか残されていなかった。
勿論、僕は彼女を見たことはない。いや、正確を期するのであれば、この世界で見たことが無いと言うべきなのであるが。
しかしながらそれは、彼女をなおざりにすることには繋がらない。僕のようにこの不安定な世界で幻想郷を覗き見るのであれば、
それはある意味で死活問題なのだから。
ゴミ箱に収まっていたケースが、再び高い音を立てて割れる音がした。
>>576
阿求の毒が凄まじい・・・このまま周囲の人物を巻き込んで毒を振りまいて
壊して行きそうな。留まるのか、それとも今後ますます激しくなっていくのでしょうか・・・
ヤンデレ少女に「取られたくないなら自分の名前でも書いとけ」って横になりながら呆れつつ言ったら
マジで妙案だと思って先走りそう
>>580
やっと○○を捕まえて名前書こうと服脱がしたらビッシリ他のやつの名前書かれててドン引きするヒロイン見たくないですか?
永琳「皮を全部移植して新しくしたあと、私の刺青を○○の背中に描きました」
SCP財団風報告書で○○の事を語るってのは
需要ある?
よく分からんからとりあえず書いてみてくれ
>>576 の続きとなります
稗田阿求がもはや私利私欲で動く事に、何の罪悪感もないどころか。許されるとすら考えているかもしれないし、そしてそれは概ね当たっているだろう。
自分たち上白沢夫妻の城である寺子屋ですら、と慧音が言ったのならば。○○自体に悪意等は存在しなくとも、愛が暴走している稗田阿求が、恐ろしい程に問題のある存在となる。
○○にはやや申し訳なさが先立ってしまうし、彼がいくら稗田阿求にはうんざりするほどに甘いとはいえ。
何かを覗き見たりするようなコソ泥のマネはしないと信じている。しかし彼は寺子屋に入れない方が何事かを心配せずに済む。
稗田阿求が○○の周りに、何を用意しているか分からない。少なくとも寺子屋からは遠ざけたい。
そう思った上白沢の旦那は、急いで庭に出ていき○○を出迎える事にした。
「ああ……久しぶり。いや、たった三日しか経っていないが」
上白沢の旦那と相対した○○はもごもごと、言葉を出しにくそうにしていた。しかし上白沢の旦那は○○に対しては、何の嫌悪感や危機感は持っていなかった。問題は○○の周り、巡り巡ってたどり着く稗田阿求だ。
「○○、お前には何の悪意も敵意もない」
出来る限り穏やかな口調を作りながらも、上白沢の旦那は最大の懸案である稗田阿求、および彼女の持つ権力によって作られる状況を警戒していた。
案の定、正門には二名の屈強そうな男がいた。庭仕事をしているような、野外作業ゆえの鍛えられ方とは明らかに違った。
何となく、今まで見た護衛兼監視よりも強そうな気配を感じる。
もしそうだとすれば、稗田阿求は露骨になってきたと言う事か?
それに稗田阿求が配置する護衛兼監視役の屈強な人間が、あの見えている経った二名で済むとも思えない。
今日は、きっと○○が気にしたからであろう、人力車を使わずに来ているが。となればそのぶん、人力車の管理に使う人出が減るとしか思えなかった。
つまりこちらへの監視の目は、普段よりも強くなると考えていいはずだ。増してやあんなことがあってまだ三日しか経っていないのだから。稗田阿求が、利用しないはずはないし忘れるはずがない。特に忘れるはずがないと言う部分は、何百回繰り返しても良い。
「喫茶店にでも行こう。立ち話もなんだろうから」
どちらにせよ寺子屋の敷地内で立ち話ばかりをするのは、やや不格好である以上に不自然である。稗田阿求に知られたら危険だ。
だから場所を変えなければならない、ジッとしていても大丈夫な場所、喫茶店ならばよく行くので非常に自然な行為だし、絵面でもある。
「……そうだな」
上白沢の旦那はやや急いで、喫茶店へ向かう事を○○に提案した。それを断るような理由は無いので、○○は首を縦に振るが。
やや急いで提案したのが、やはり、○○の中で引っ掛かりを見つけてしまったのだろう。少し悲しそうな表情を浮かべた。
けれどもそんな表情を上白沢の旦那以外に見られる方が不味いとは、すぐに思い至ったのだろう。
○○は帽子を取り出してそれを目深にかぶった、これならば少しは真面目に今の依頼を考えている風に見えるだろう。
「阿求が何をしたか、聞いたか?」
少し歩いてから、当然口を開く前に○○は辺りを用心深く確認していた。何もいないとは思わないが、大丈夫な配置と言う事だろう。
「信じるからな?」
しかし警戒心はたとえ○○の前でも、完全には抜けない。けれども○○に対する警戒心は無い。
だから上白沢の旦那の口ぶりは信じることが前提の、こいねがう様なものであったのは言うまでもなかった。
どこかすがるような気配も存在していた。
「もちろんだ。俺には何もない、出る前もだいぶ確認したし……阿求にも約束はさせた」
稗田阿求の名前が出たときは、上白沢の旦那の表情にピクリとして、しわが浮き上がったが。
○○の手前、それは抑え込むことにした。
「えむぴ、いや、何だっけ?えむぴー……」
だから代わりに稗田阿求が使っていると言う道具の話に向かったが、慧音ですら初めて聞く名前でたどたどしかった為に、上白沢の旦那はさらにひどかったけれども。
「MP3ボイスレコーダー」
○○はすらすらと、道具の名前を述べた。
さすがだなと言う気持ちはあったが、それよりも重要な問題が今転がっている。
「それは幻想郷で手に入るものなのか?通常の手段で、あるいは河童あたりと仲良くなってたとしても」
「……ほぼ不可能だろう。録音と言う概念は確かに存在するが、MP3ボイスレコーダーほどの技術力があるとは思えない。でも光学迷彩……いや、あれは妖術の類か?」
予想通りの答えだった。河童ですら、作れるかどうかは若干怪しいそうだ。
何か別の事を気にしだしているが、自分たち夫妻にはあまり関係なさそうで、上白沢の旦那は聞き流していた。
「核融合発電が実用化しているのに、と言う考えはあるけれどもな。地底で発電したものをあのケーブルカーで使っているそうだし」
しかし○○がその、上白沢夫妻にとって未知の技術と道具を用いてきた話に向かうと。また突っ込んだ話を始めてきた。
「分からん話をするな」
上白沢の旦那はけんもほろろに対応した。
すこし冷たい気もしたが、稗田阿求の夫と言う立場に座れるだけはあり、また上白沢夫妻の会話を盗み聞きした謎の道具の事も知っている○○は。
上白沢の旦那自身よりもずっと、深い話が出来るけれども。上白沢の旦那にそこまでの知識は与えられていない。
だからこの話は、続けようと言う気が起きなかった。
「……ああ、そうだな。実際的な話をしよう」
幸いにもすぐに○○は、このよくわからない、おそらくは幻想郷の根幹に関わってしまう一部の者にしか理解できない話を、すぐにやめてくれたが。
○○からすればもしかしたら、上白沢の旦那が生返事をしたままでも良いから、この話を続けていた方が良かったかもしれなかった。
実際的な話に移ると言う事は、もちろんナズーリンさんの依頼の事について。慧音が稗田邸で暴れた事を隠せない以上、どうにかする必要がある。
その話は、絶対にするだろう。と言うよりはする必要がある、この依頼をどのような形であれ決着を迎えさせることは重要だとの認識は、○○と同じく持っている。
けれども上白沢の旦那にとっては、もっと重要な事柄がある。それにそのもっと重要な事柄は、この依頼よりもずっと長引くと断言出来た。
それ以上に稗田○○の心労の種にもなりえた、稗田夫妻の、稗田阿求の悪意と毒性に関する話だから。
しかし、言わねばならなかった。放置すれば上白沢夫妻がこの悪意と毒性に対して、真っ先にやられてしまう。
「実際的な話をするのは全くもって構わない。けれども、その、実際的な話と言うのは。どっちの事を言っているんだ?」
やや意地悪な言葉を使って、○○に質問をくわえてみた。
○○も実際的な話が依頼以外にも存在している事は、稗田阿求のやっている事を知っている以上、上白沢夫妻に脅しをかけているのと全く同じである以上。
これを把握することはもはや義務とも言えた。そして幸いにも○○はその義務の存在を、理解して把握に努めてくれていると言うのは。
上白沢の旦那から意地悪な質問をぶつけられた瞬間に、○○が目を閉じて唇を噛み締めたのを見れば、確認は出来たも同然であった。
「…………歩きながらと言うのも、不格好だろう。その話は喫茶店についてからで」
かなりの間が存在してから、○○は声を出してくれたが。ただの時間稼ぎだった。
しかし逃げる気配は存在していないし、○○が悔やむ様な、あるいは自らを責めるような感情でいるのは間違いない。
……そしてこんな状態の○○を、これ以上追い詰めたくないと言うのも。上白沢の旦那としても、その感情に嘘偽りはない。
「話せる範囲で良い」
上白沢の旦那は、少しばかり追及の手を緩めた。甘いと思われても構わなかった、けれども○○には優しくしておきたい。
「うん、ありがとう」
○○は素直に礼を述べたが、この優しさこそが○○にとっては申し訳ない物であった。
行きつけの喫茶店の、最もこちらの動きを悟られにくい一番奥の席に着席したとき、○○がやや申し訳なさそうな言葉を出した。
「一番よく使う場所だから、もしかしたら警戒心を呼び起こすかもしれないが……」
上白沢の旦那は辺りを少し見まわしたら、近い席には客が誰もいなかった。確かさっき、一人いたはずなのだが、もういなくなっている。
あれも、もしかしたら稗田家の人間かもしれなかった。○○が座る席を取っておくと言うよりも、もっと重要な守るぐらいの気持ちだったかもしれなかった。
「気づいてるよ、あの席に一人いたね。コーヒーを一気に飲み干して、出て行った」
○○も上白沢の旦那の目線には気づいていたが、コーヒーを一気飲みしたことは知らなかった。なんだかんだ言っても、○○は目端が利くようだ。
「なるほど、じゃあほぼ確定だな」
案の定と言うべきか、それとも稗田阿求が自分の気配を分からせるためか。まだ○○が何も言っていないのに、温かいコーヒーと焼き菓子が二人分出てきた。
「悪いが合わせてくれ」
上白沢の旦那はいつも、熱いものがあまり得意ではないのでアイスコーヒーを飲んでいるのだが。今日は何も聞かれることなく、温かいコーヒーが出てきたことを、○○も少し以上には気にかけていた。
「全く無理と言うわけではない」
そう言って、○○には気にするなと言って、そしてもっと安心してもらう為にホットコーヒーを口にしようとしたが。
いきなり全部平気になんて、なるはずはない。口をつけようとしたが、唇に触れる前に湯気からの感触でかなり熱い事を理解してしまい、結局上白沢の旦那は口をつけようとして、途中であきらめたように机に置いてしまった。
○○が少し申し訳なさそうに唸った。
「気になるなら、店を変える」
「いや、ここで良い。店を変えたと稗田阿求に知られる方が不味い」
「……その通りだな」
○○はますます落ち込むような表情を見せた。そろそろ話題を変えなければならない。
「ナズーリンさんからの依頼はどうなる?」
焼き菓子を一枚、口に入れながら、上白沢の旦那は直近の課題を話そうと○○に求めた。
と言うよりは、求めてあげたと言うべきだろう。○○だってそれぐらいの事は、察知する事が出来る。
いつもなら○○は、依頼に対して動く事こそが最上の娯楽とでも言わんばかりに笑顔を隠し切れないぐらいであったが。
この日の○○は、上白沢の旦那が一番の厄介な話を避けてくれたことを感謝しつつもと言った表情をしていたが。
その一番の厄介について――稗田阿求の悪意――を話したとしても、この場では解決できない。だったら依頼の話をするしかないだろう。
「ナズーリンさんと蘇我屠自子さんの二人とも少し相談したんだが……その、あの騒動に対する、仕方ないと本気で思わせるためには……」
やや○○が言葉を言いにくそうにしていたが、騒動と言われたならば一つしか思い当たる物は無い。
「慧音が暴れたことならば、気にする必要はない。稗田阿求にあそこまで言われて、何もしないわけにはいかない。続けて欲しい」
○○は何度か首をコクコクと振った。謝罪の意思を感じるには、十分な殊勝さを持った表情とともに。
「騒動には騒動をぶつけるしかない。増してや、上白沢女史が暴れたことを仕方ないと思わせるにはね……雲居一輪と物部布都には乱闘してもらう」
上白沢の旦那は乱闘と聞いて、やや鼻で笑った。
「となれば、放っておくだけでよさそうだな。あの二人は戦友と呼ぶには程遠いから、勝手に何かやってくれるだろう」
上白沢の旦那からのこの指摘には、○○も皮肉気な笑みを浮かべてくれた。純粋な笑みではないが、さっきよりは気力が戻ったようで安心した。
「むしろ逆だよ……まさか天下の往来のど真ん中で乱闘してもらうわけにはいかない。放っておけばすぐに衝突するからこそ、こちらから上手く干渉して、迷惑にならない程度の場所と大きさに調整しないと」
○○からの指摘はもっともであり、また公衆の利益にも適ったものであるから、思わず上白沢の旦那は笑ってしまった。
「算段はどれぐらい付いているんだ?」
上白沢の旦那がこう聞いたときには、かなり○○の様子は回復していた。上白沢の旦那も嬉しくなってくる、こぼれる笑顔から皮肉気なものは無かった。
その純な笑顔に、○○も影響されて気分が上向いてくれた。
「うんまぁ、諏訪子さんに頼めばちょっとした監視は相手が星熊勇儀でも物部布都でも、何も問題はない。雲居一輪に関しては、聖白蓮がほぼ付きっきりだ。動向は全部入ってくる……状況的に、物部布都を命蓮寺に突っ込ませる事になりそうだ」
上白沢の旦那は更に笑うしかなかった。
「同情するしかないな、聖白蓮には」
この時には熱いぐらいだったコーヒーも、温かい程度にまで落ち着いてくれた。
これぐらいの熱さであればもう耐えられる程度であったので、いつも通りの量を口に含む事が出来た。
それを見ていた○○の肩の力が、確かに小さくなったのが上白沢の旦那の目には確認できた。
やはりかなり気にしてくれていたようだ。
それを理解できるだけでも、稗田阿求と○○を夫妻などと言って同一視せずに、別の存在として理解できる。
やはりまだ、自分と○○は友人の関係でいる事が出来る。何よりもそうあり続けたい。
「今日はありがとう」
だから素直に、上白沢の旦那は○○に対してお礼の言葉を言った。
案の定○○は、上白沢の旦那が悪い感情を抱いていないのは分かっても、礼を言われる何てことは無いと考えているらしく、少し虚をつかれたような表情をした。
「俺は何も……コーヒーを飲みながら、勝手にしゃべっているだけだ」
「だとしてもだ。お前は俺たち夫妻の状況をずっと気にしてくれている。そう……」
稗田阿求の名前を出そうと思ったが、寸での所で上白沢の旦那は辺りを、目線を動かすだけだが確認しておいたが。
やはりそうしてよかった。
こちらに顔こそは向けていないが、それっぽいのがいくつか見えた。あのガタイの良さは、やはり人里では目立つ。
と言うよりは、稗田阿求の性格を考えればわざと目立たせていると考えられる。
それに、稗田阿求の名前をわざとらしく使って、悪趣味な冗談にするのは。慧音から止めてくれとも頼まれている。
「○○、お前は明らかに違う。俺たちの状況に対して、気をもむ事が出来ている」
だからこの程度の言葉で、ごまかしておくことにしたが。
この言葉の裏に稗田阿求がいる事は、気をもんでいるからこそ○○は理解できていた。
「何、俺は阿求とはずっといる……そう、ずっといるから大丈夫だ。多分俺だけだ、阿求の事で色々言えるのは。だから、任せてくれ」
「大丈夫だ、分かってるし。信じ続けれる」
稗田阿求は○○と上白沢の旦那で、この店を使っている事は完全に把握しているだろう。
けれども、会話の内容は記録していない。そう信じるには十分だった。
しかし、○○が稗田阿求の事を愛してしまっているのは、ちゃんと考慮して尊重すべきだったので。
間を作ってごまかすために、飲み頃の温度のコーヒーを上白沢の旦那は口に含んだ。
続く
お手すきでしたら、感想がありますととてもうれしいです
>>578
ただ単に、こいしちゃんがジャケットに写っている女性に対して好きじゃないと思ったのなら
まだ可愛いものだけれども
能力を駆使して、その女性を調査した結果ならば……恐ろしい
だとすれば一歩間違うと、○○の身の回りの女性が危険ですね
しかも社会生活を送るうえで、女性と全く会話しないと言うのは不可能……
○○「八意さん聞いてください、やりました!」
永琳「あらあら、そんなに慌ててどうしたの?何かいいことでもあった?」
○○「はい、ついに人里で仕事を見つけたんです!」
永琳「…………え?」
○○「前々から探していたんですが、なんと食事処で雇ってもらえることになったんですよ。いやあ、外の世界で料理を趣味にしててよかったです」
永琳「ど、どう、して?」
○○「え?ああ、俺、両親が共働きだったので子供の頃から自分で飯作って──」
永琳「そうじゃなくて!なぜ人里で働こうだなんて……」
○○「なぜって、いつまでも居候させてもらうのは悪いですし、俺みたいな男がいたら皆さん居心地悪いでしょう?」
永琳「そ、そんなことないわ!」
○○「隠さなくても弁えてますって。ですから今日中には出ていきますし……あ、すぐにとは言えませんがお世話になった分の生活費はどれだけかかっても必ずお返ししますからね」
永琳「っ……そん、なの……」
○○「では、他の皆にも挨拶してくるのでこれで。八意さん、本当にお世話になりました」
永琳「…………」
───────────────────────────────────────
鈴仙「し、師匠!○○さんが!で、で、出ていくって!」
輝夜「私の所にも来たけど……ああ、大掛かりな冗談ではないのね。吐きそうよ」
てゐ「○○、本気なんだ。冗談でも笑えないけど、これは本格的に笑えないかなあ」
永琳「そうね……いえ、○○の性格を考えたら居候の立場を良しとしないことなんて想像はついたのに、見通しが甘かったわね」
鈴仙「い、行かせちゃうんですか?なんなら私の能力で……」
てゐ「あやつり人形にでもするの?」
鈴仙「そ、それは……でも……」
輝夜「まあ、イナバがどうこうしなくても行かせない方法は幾つか思いつくけど、とりあえず意思確認をしてもいいかしら?」
永琳「と、いうと?」
輝夜「百歩譲って○○が独り立ちしたとしましょう。じゃあ人里の女といい仲になったら──」
輝夜「──良かった、皆同じ意見のようね。ならどうやって○○にここへ帰って来てもらうかを話し合いましょうか。私にかかれば時間なんて有って無いようなものですもの、ね?」
───────────────────────────────────────
○○「なんでもするのでもう一度ここに置いてください……」
てゐ「はー、あれだけ啖呵切っておいてやっぱり駄目でしたとか言っちゃうんだ?」
○○「うぐぅ……!」
輝夜「意地悪言わないの。けど、何があったの?」
○○「売上金が無くなったって疑われて……あ、もちろん俺じゃないんですけど、事実を証明する方法も無くて……俺って外の世界から来た奴ですし、誰も味方してくれなくて……」
鈴仙「そ、それは辛かったわね」
○○「優しさが沁みる……」
永琳「そういう事情なら仕方ないわね、出ていったことは無かったことにしてあげましょう」
○○「ほ、本当ですか?ありがとうございます永琳さん!」
永琳「ここで人里に帰しても泥棒扱いされている○○が健やかに生きていけるとも思えないもの。けど、これからはお客としては扱わないからしっかり働いてもらうわよ?この永遠亭の一員としてね」
○○「願ったり叶ったりです。任せてください」
輝夜「言質は取ったわよ?」
○○「え?」
てゐ「あー、頑張りなさいってさ」
○○「あ、うん、超頑張る」
鈴仙「えへへ、これからもよろしくね?」
永琳「末永く……ね」
○○「?はい、よろしくお願いします」
>>590
○○が何も知らないまま囲い込みが終わってるのいいよね
>>580 のネタを使用
署名
ふと、彼女が言った言葉が気になった。
「まあ酷い。他の女に行ってしまうなんて。これじゃあ浮気じゃない。」
天狗のゴジップ新聞を読む最中の出来事。普段ならば何気ない言葉。すんなりと無味無臭の如く、普段ならば水の様に流していくその言葉は、
何故だか僕の心に引っ掛かった。水の如しと言われる日本酒を飲むように、その声が脳に響きドクリと血流をこめかみに流し込んでいく。
アルコールが入ったかのように大胆になっていた僕は、彼女に向かってこう言った。普段ならば絶対に言わないような言葉を。
「そんなに取られたくないのならば、名前を書いておけばいいじゃないか。」
瞬間、沈黙が部屋を覆った。しくじったような感覚が僕を襲う。冗談ではない-なにせウイットを名乗れる程の真剣さはないのだから。
さりとて真剣でもない-冗長さに富んでいないのだから。
禅問答のように矛盾した空間に耐えられなくなった僕は、次々と言葉を連ねていく。失敗を重ねた人物が
失地挽回を果たそうとするかのように。
「大体自分の物だって言っていないのに、浮気なんて言う方がおかしいんだよ。そんなに離したくなければ、自分の物にしてしまえば
いいんだから。」
再び流れる沈黙。汚名を返上しようとして、返ってより泥沼に嵌まっている気がする。これでは汚名返上ではなく挽回している雰囲気すらある。
下手なテストの回答を笑うことすらできない。
「・・・・・そう。」
本を置き彼女が腰を上げた。一歩足を踏み出す。何気ない一歩である筈なのに、何故だか彼女から見たこともない気迫が漂っている気がした。
静かな図書館の中に彼女の足音が響く。薄いヒールが高い音を規則正しく刻んでいくのは、僕の不吉な予感を高めていった。
距離を置こう、普段とは違う彼女を見てそう考えた僕であったが、座っている椅子から立とうとしても足が動かない。
一歩たりとも動かないことに気が付くと、途端に焦りが噴出してくる。いくら腕で体を動かそうとしても、強力な接着剤で貼り付けられたかの
ように、腰が椅子に張り付いたままである。みっともなくあがこうとするが、それでも体は動いてくれない。僅か十歩にも満たない距離で
あったが、恐ろしい恐怖を感じさせる時間が過ぎ、彼女が僕の目の前に立った。図書館の主としての姿は普段と同じである筈なのに、
それでも僕にはいつもの無気力すら漂わせる彼女と、とても同一人物とは思えなかった。
彼女が腕を伸ばす。手の平から僕が見た事すらない文字が光と共に浮かび、複雑な紋章と共に浮かんで消えていく。そう、
僕の体に吸い込まれるようにして消えていった。痛みも感覚もなくただ光が周りを取り囲み浮かんでは消えていく。数十秒だろうか?
時間が経ったあと、そこには普段の彼女が居た。いつものように無気力さを醸し出すように、髪がナイトキャップから零れる。
何が起こったのだろうか。僕は彼女に問いただすことができなかった。
>>588
果たして阿求の毒と布都、一輪の悪意とどちらが悪いのか。
濃厚な悪意を持っていそうな阿求の方がかえって周囲に悪いのではと思ってしまいました。
>>590
普通に考えれば悪人を庇えば立場が悪くなると気が付きそうなのに、
最早それすら気が付けないとは、相当永遠亭に染まってそうですね。
>>592
何されたか分からないってトップクラスに怖いと思うの
フラ「お兄様、抱っこしてー」
○○「はは、フランは甘えん坊だな。ほら、おいで」
フラ「わーい!」
フラ「お兄様ぁ、お腹空いたー」
○○「じゃあ咲夜さんの所に行こうか」
フラ「はーい。お兄様が食べさせてくれる?」
○○「好き嫌いしないって約束するならいいぞ」
フラ「えー……わかった」
○○「よしよし、えらいぞ」
フラ「えへへー」
フラ「お兄様ー、眠いー」
○○「はいはい、着替えと歯磨きは済ませたか?」
フラ「うん、ちゃんとしたよ」
○○「おーけい、じゃあ部屋までお姫様抱っこで連れて行ってやろう」
フラ「やった!お兄様大好き!」
フラ「お兄様、チューしよ、チュー」
○○「あらま、おませさんだこと。ほらよ」チュッ
フラ「えー、おでこー?」
○○「ちゃんとしたのはフランがもっと大きくなってからな」
フラ「私の方がずっと年上なのになあ」
○○「よく言うぜ。オバケが怖いって俺を起こしてトイレに行ったのは誰だっけ?」
フラ「わー!わー!レディの秘密を言わないで!」
○○「あははは!」
───────────────────────────────────────
レミ「フラン」
フラ「あら、これはお姉様。ご機嫌麗しゅう」
レミ「……○○といる時のように振舞ってくれてもいいのよ?」
フラ「私、無駄な労力は使わない主義なの。それで、要件は?無ければそこを退いて頂けるかしら?」
レミ「そうね、要件という程じゃないけれど幾つか質問しても?」
フラ「ええ、その程度ならお付き合いさせてもらうわ」
レミ「ありがとう。では、フランは何故○○の前では幼子のように振る舞うのかしら?」
フラ「簡単なこと。人間は幼くて可愛いモノに甘くなるからよ」
レミ「なるほどね。けれど、貴女の最終目標は彼を伴侶にすることではなくて?このままでそれは達成できるのかしら?」
フラ「さあ?できるかもしれないし、できないかもしれない」
レミ「まともに答える気は無いと?」
フラ「ふふ、そんな顔をしないでくださいな。実際どちらでもいいのよ。可愛い妹分のフランちゃんと添い遂げてくれるならそれでいいし、それが駄目なら恐怖と愛を植えつけて眷属として縛ってもいいの」
レミ「…………」
フラ「愛は見返りを求めないものだし、相手がどんな心境、姿になろうとも変わらぬものよ。私はどんな形になっても○○を愛し続けるわ」
レミ「我が妹ながら恐ろしい一途さね」
フラ「ふふ、お褒めいただきありがとうございます。他にご質問は?」
レミ「そうね……パチェの使い魔を知らない?」
フラ「ああ、アレなら○○に色目を使ったから壊したわ」
レミ「……あまり私の親友のものに手は出さないでほしいのだけれど」
フラ「私の○○に手を出したのはそちらが先。むしろ飼い主に責任を問わなかったことを感謝してほしいくらいよ」
レミ「はあ、わかったわかった。○○にちょっかいを出さないように皆に言っておくから、余計な揉め事は起こさないでちょうだいね」
フラ「流石はお姉様、話が分かるわね」
レミ「……さて、聞きたいことは聞けたし私はもう行くわ。フランも頑張りなさい」
フラ「ええ、ご機嫌よう」
フラ「……さ、私も可愛い可愛いフランちゃんにならないとね」
フラ「ふふ、○○、貴方ロリコンなら早く手を出した方がいいわよ?……なんてね」
>>595
ぅゎょぅι゛ょこゎぃ
けど覚悟決まってる感じがしてけっこう好きかも
※文才が無い為、地の文がありません。
そのため情景が分かりにくい箇所があると思われます。ゴメンナサイ
病みナズ 避けられ編
小傘「…それでね〜、その時私の驚かせた人が〜…」
〇〇「…それでよく驚いたねぇ…あっいや別に怖く無いなんて言ったわけじゃ…」
…ん、やぁ、お二人とも、何の話をしているんだい?
小傘「あ、ナズ!おはよ〜!」
〇〇「っ…お、おはよう…ございます…」
…?顔色が悪いぞ?大丈夫か?
〇〇「…!ち、ちょっと…用事を思い出したのでこれで…じ、じゃあ!」
小傘「え?ちょっ、突然過ぎるよー…」
………?
寅丸「やっぱり男手があると助かりますね〜、重い物を運ぶ時も楽になりますからね〜」
〇〇「あはは…でも人間の俺より寅丸さん達の方が力はあるんじゃ…イテテテヤメテクダサイチギレマスチギレマス」
寅丸「そういう事は頭の中では思っても口には出さないモノですよ、〇〇」
〇〇「ワカリマシタゴメンナサイゴメンナサイ」
寅丸「…ふふふっ、面白いですね」
…おや、〇〇にご主人、大変そうだね、私も手伝おうか?
〇〇「っ!?」
寅丸「ナズ!ちょうどいい所に、そうですね、手伝ってもらいましょうかね」
〇〇「…あっあの、じゃあ自分先に行ってますね!」
寅丸「あらあら、あんなに慌てて…転ばないといいんですがね…」
………
〇〇「きゅっきゅっきゅー、手すりも壁をピッカピカ〜♪」
村紗「ゴキゲンねぇ、何かいいことでもあったの?」
〇〇「いんや?ただこっちの世界の生活が楽しくてねー」
村紗「それはそれは、〇〇が来てから心なしかみんなもどこか明るくなってね、こっちも何だか楽しくなっちゃうよ」
〇〇「本当?…そうならいいんだけどね…」
村紗「?どったの?」
〇〇「い、いや、何でもないよ…
…っ!こ、今度はあっちを掃除してこようかな!じゃ!」
村紗「え?…あ、もう行っちゃった…」
…なぁ、
村紗「うわっ!?…な、なんだ…ナズか…どしたの?」
…今…彼と何を話してたんだい?
村紗「なっ何って…特に他愛もない世間話よ、驚かせないでよ全く…」
…ふーん…
村紗「…って事があったのよ…」
小傘「あー、私の時もそうだったよ、たまたまかなって思ってたけど違ったのかなぁ?」
寅丸「私の時も…ナズが来たと同時に離れて行ってしまいましたね…」
村紗「…ね、もしかして…さ、」
寅丸「〇〇…ナズの事が嫌いなんでしょうか…?」
小傘「本人に聞いてみないとわかんないねー…」
村紗「そうだよねぇ…あ、噂をすれば…」
〇〇「?どうかしたの?…」
小傘「ね、ね、〇〇」
〇〇「?」
寅丸「…もしかして…このお寺の中に苦手な人がいるのでは?」
〇〇「…っ!」
村紗「その顔を見ると図星らしいね…」
小傘「何か嫌な事でもされたの?」
〇〇「とっとんでもない!何もされてないよ!」
寅丸「じゃあ何故あれ程までに避けるのですか?」
〇〇「…」
村紗「話したくないならそれでもいいけどさ…もう少し何とかならないの?あの皮肉屋、見た目と言動に寄らず結構打たれ弱い所あるからその内泣き出しちゃうかもよ?」
〇〇「そっそれは…そんなに露骨に態度に出てました…?」
寅丸「態度というより彼女が来た瞬間に避けたりする行動の事ですよ…あれでは少し可哀想すぎます…」
〇〇「ごっごめんなさい…」
小傘「ナズの事苦手なの?」
〇〇「…実は…その…」
村紗「誰にも言わないから安心なさい」
〇〇「…その…怖くて…」
寅丸「怖い?」
〇〇「その…いつも不機嫌そうで…その不満が自分にあるんじゃないかと思って…」
村紗「あー…確かにそう見えるかも…」
小傘「私達は慣れちゃったけど側から見るとやっぱり不機嫌に見えるのかなぁ」
寅丸「ナズはあれで平常ですよ、怒ってなんかいないと思いますが…」
〇〇「…どうも…その…取っ付きにくくって…でも…まさかそんなに…その、顕著に行動に現れてるとは思わなかったもので…申し訳ない…」
村紗「なーんだ…ただの思い違いかあ…」
小傘「思い違いでよかったよー…わちきドキドキしちゃって…」
寅丸「とにかく、苦手なのは分かりましたから、せめて今度からあそこまで露骨に避けるような真似はやめてあげてくださいね?」
〇〇「は、はい、分かりました…」
……怖い?…私が?…なんで…
続く?
>>595
こええわ…
女の子はやんちゃでちょっとズルい子が好きですわ
性格も見た目も様変わりしても愛せる自信はないですね
尖っててアリだと思います
>>595
添い遂げてくれるなら一生猫かぶったままでも良いって考えられるのはすごい
歪だけどそこにはたしかに愛がある
>>597
ここからナズはどう行動するのか…
>>595
レミリアと会話してるフラン魅力的
強烈な愛ですな
歪んでるから強烈なのか、強烈だから歪むのか
ロリBBA最高じゃー
阿求「目が覚めたらセッ○スしないと出られない部屋?とやらに閉じ込められてしまっていたわけですが、セッ○スってなんでしょう?おそらく英語だと思いますが、○○様はセッ○スって知ってますか?」
○○「オーケーオーケー、とりあえずセッ○ス連呼するのはやめようか」
阿求「?はい。どうやら○○様はご存知のようですが、どんなことなんです?」
○○「えー……つまり…………子供を授かるためにする行為です」
阿求「はぁ、子供……子供?」
阿求「…………え、あの、子供を授かるって、つまり……」
○○「……そういうことだね」
阿求「……………………」
阿求「────────っ(声にならない悲鳴)」
阿求「すみません、取り乱しました。それと、何度も口にしてしまい申し訳ありません」
○○「いや、こっちこそごめんね」
阿求「いえ……えー、つまり、その、ソレをしないとここから出られないわけですね?」
○○「ドアに書いてあることが本当ならそうなるね」
阿求「そう、ですよね……」
○○「あー、まあ、探せば他の出口があるかもしれないし、助けを呼ぶ方法とかも探してみようよ。幸い食料と水は大量にあるしさ」
阿求「生活に必要なものは全て完備されていますし、娯楽品や嗜好品までありますものね」
○○「しかし、ここまでの用意をして俺達にさせたいことがアレって……犯人の意図がわからないな」
阿求「悪趣味であることは確実ですけどね」
○○「違いない。ま、とりあえず部屋を調べてみようか」
阿求「そうですね」
○○「……で、収穫無し、か」
阿求「よく考えてみれば、犯人の目的がアレである以上出口を複数作る意味がありませんからね」
○○「たしかに……くそう、無駄骨か」
阿求「……どうしましょう」
○○「諦めるのはまだ早いって。食料を使い切れば犯人が何かしら接触をしてくるかもしれないしさ」
阿求「…………私は、構いませんよ?」
○○「え?」
阿求「その……アレをしてここを出てもいいかな、と」
○○「ほ、本気で言ってる?」
阿求「はい。このままここに滞在していて、もしも体調を崩したら出来なくなってしまいますし……○○様が相手なら、私は嫌ではありませんよ?」
○○「なん、だと……」
阿求「○○様は私のような女が相手ではお嫌ですか?」
○○「あ、いや、俺としてはむしろ願ってもない……ごほん。全然構わないけど、阿求ちゃんは不味くない?」
阿求「はい?なぜでしょうか?」
○○「や、だって、阿求ちゃんってあの稗田家の当主でしょ?許嫁がいたり政略結婚的なものがあったりするんじゃないの?」
阿求「ああ、そういうことでしたら問題ありませんよ。稗田は代々当主が見初めた相手と結婚する仕来りですから」
○○「あれ、そうなの?」
阿求「稗田家とは言いますが御阿礼の子の転生ということを前提としたものですから、究極的には御阿礼の者の血さえ残していればいいのです。家も十分過ぎる程大きいですし、そのようなことを気にして相手は決めていませんよ」
○○「なる、ほど?」
阿求「あ、もちろんここで、その……アレをしたからといって、○○様を強制的に伴侶にするなんてこともしませんので安心してください」
○○「……あー、うん、そっか……」
阿求「あ、あれ?私、何か失礼を?」
○○「いや、なんというか……ここを出るための手段でしかないんだよなーって再認識したというか……」
阿求「え、と……?」
○○「あーやめやめ、仕方なくヤるってだけで彼氏面とかキモいわ俺。後腐れなくいこう」
阿求「……ぁ、えっと、あの……」
○○「うん?」
阿求「私は、そう思っていただけた方が……嬉しいですよ?」
○○「……え?いや、けど、さっき伴侶にはしないって」
阿求「きょ、強制的にはです。だって、こんな仕方なくのことで○○様を縛りたくありませんから」
○○「なんと」
阿求「そ、それに、誰にでも体を許したりはしませんよ?体調を考えてというのも事実ですが、○○様以外とここに閉じ込められていたらもっと本当にギリギリまで……いえ、ここで命を断ちます」
○○「えぇ!?」
阿求「ですから、その、後腐れなくでも文句は言いませんが……私を○○様のものにしてくださっても、いいのですよ?」
○○「」プチッ
○○「そんなこと言われたら我慢なんて出来ないよ?」
阿求「はい」
○○「っ……阿求ちゃ──阿求、こっちに来て」
阿求「はい……ふふっ」
───────────────────────────────────────
阿求「部屋の準備、ありがとうございました」
紫「滅多にわがままを言わない貴女の頼みだし、別に構わないのだけど……上手いこと成し遂げたわね」
阿求「以前から○○様が私にそれなりの好意を抱いてくださっていたのは気づいていましたから」
紫「なら、わざわざここまでする必要はなかったのではなくて?」
阿求「いえ、それではきっと○○様は稗田という名に臆していたでしょうし、なにより自分の意思で私をキズモノにしたという事実は出来上がりませんでした」
紫「吊り橋効果……いえ、ストックホルム症候群の方が正しいかしら」
阿求「それが何を指すかは存じませんが、まあいいでしょう。紫様のおかげで私は幸せになれたのですから」
紫「それはそれは……それで?次は私に何をさせるつもり?」
阿求「そうですね……処分してもいい外の世界の女が一人欲しいです。あ、八意先生が治せる程度の性病を持っている者でお願いします」
紫「……一応、何に使うか聞いても?」
阿求「○○様には浮気をしていただこうかと」
紫「病気持ちの女と」
阿求「痛い目を見れば二度と浮気をしなくなると思いません?」
紫「一度もしたことが無いのだから信じてあげてもいいのではなくて?」
阿求「仕込みでもない女に○○様の気が向く可能性なんて、考えたくもありません」
紫「……そう。わかった、適当に見繕ってあげる。けど貴女、地獄に落ちるわよ?」
阿求「くすくす、頓智ですか?私は地獄にいる期間の方が長いですよ?」
紫「言葉もないわね」
阿求「ふふ、許してくださいな。稗田『阿求』の一生に一度のお願いです」
紫「はあ……ま、難儀な人生のご褒美に好きな人と添い遂げるくらいは手伝ってあげましょう」
阿求「ありがとうございます。では、○○様を待たせているので私はこれで」
紫「ええ、また会いましょう」
紫「……げに恐ろしきは女の情念也、ね」
>>602
セックスしないと出られない部屋なんてバカエロネタもヤンデレにかかれば既成事実部屋か…
始めの方読んでスレチかよとか思ってごめんなさいめっちゃ面白かったです
>>602
セ○クス連呼も無垢な少女を装ってると思うと恐ろしいな
しかし綺麗だ
IDが選ばれてますね
>>602
ヤンデレが使用すると恐ろしいですね
とても面白かったです
この阿求が好み過ぎたので描かせてもらいました
場面は>>601 冒頭のセッ○ス連呼阿求です
読み直した時のすっとぼけ感ほんと好き
いつも通り言ってもらえれば消します
ttps://i.imgur.com/ORd0Ulh.png
>>606
くっそ可愛い!
そしてそれだけに裏で全部仕組んでる事実が本当に怖い
絵師ニキひっさしぶりに見た
この阿求が性病女と浮気させようとしてるとか興奮するわ
アルカトラズ島みたいな所で
至れり尽くせりの状態で捕まるの良いよね……
絵師ニキがおられるのなら
私の書いてる長編の阿求さんをイメージして
具体的に言えば、権力が遊ぶときでの阿求さん
慧音に対して思いっきり悪意と嫉妬をぶつけている阿求さんを、絵で見たい……
>>610
絵師ニキじゃないけど悪意と嫉妬をってどこだっけ?
その場面読み直したくなったけど長すぎて特定できねえ
>>565 ->>568
の阿求さんの慧音先生に対する態度です
>>588 の続きとなります
物部布都は、仲間の配下を誘拐したり人質にしたりまでした雲居一輪と比べれば、随分とまだ好きに動く事を許されていた。
それでも首魁である豊聡耳神子から、さすがに早く帰ってくるようにと言われたり。
それ以外ではこの程度の処分で済んでいる事に不満がある蘇我屠自子から横目で何度も見られたり、面白い事になったとしか思っていない霍青娥が度々話しかけてくる。
はっきり言ってその程度で済んでいた。だから物部布都は、稗田邸で上白沢慧音が大暴れした後も……そもそも暴れる理由を作ったのが雲居一輪の単独犯であるから余計に。
一線を踏み越えてしまっている物部布都は、ただの商売人でございますと言う風を、さすがに首魁である豊聡耳神子にはかしこまっていたが。
裏で動いていた蘇我屠自子にはかなりわざとらしい様子を、挑発も含んで見せていた。
霍青娥はそもそも、最初から外野であったくせに面白そうだと思うと、急に近づいてくるのがうっとうしかった。
なれども、その程度だ。早く帰らねばいけないぞと言う圧力など、雲居一輪の状況と比べれば無いも同然の圧力である。
雲居一輪は既に、所属している命蓮寺の首魁である聖白蓮が、稗田○○と言うか稗田夫妻に約束した通り、ほぼどころか完全に付きっきりで監視している。
聖白蓮は甘いと聞いていたから、保護者としてと言うような言葉を使っていたが。雲居一輪の好きに出来なくなったと言う状況こそが、大事であったし。
物部布都が好きに動ける状況の、最も大きな部分である。
だからこの日も、物部布都は何の気兼ねもなしに大手を振って、遊郭街へと色々な物を仕入れたり遊んだり――布都の場合は、あくまでも酒を飲む程度だが――していた。
星熊勇儀は自分に関係のない事だから、特段気にしていなかった、出歩ける程度でよかったよ程度の声をかけられたら、それでもう勇儀の中でその話は終わった。
この遊郭街の支配者である、忘八たちのお頭が珍しく布都に挨拶をしにやってきたが。彼の立場で物を考えれば仕方がないであろう、彼は遊郭街の1から10にまで責任を負っている。
何か騒動の気配がありそうだと思えば、確認しないわけにはいかない。
それに――あくまでも布都の主観での話だが――雲居一輪との恋愛関係におけるいざこざは、遊郭とは関係がない。
布都が好いている件の男が、遊郭に出向かないようには厳重に警戒していたし。そもそも――布都は断言できていた、あれは下品だと――肌すら晒している雲居一輪。
彼女が、奴が色を使ってつなぎ留めて置いてくれたおかげで、遊郭街へと向かう可能性を減じてくれていた。
……布都からすれば譲歩に譲歩を重ねた結果の、お目こぼしであったのは言うまでもない。
それでも、そんな状況を許していたのは。
やはり物部布都は完全に、雲居一輪の事を見下していたからと。そうでなければ耐えられるはずがなかった。
奴には色はあるかもしれないが、色以外の物はないと物部布都は断言していた。
物部布都は件のあの男、よりにもよって一千の向こう側である物部布都と雲居一輪が、いっぺんに好いてしまうと言う、奇跡的な動きをしたあの男の事を。
物部布都は色こそ与えられないが、色以外の全部を与えてやれると考えていた。
だから物部布都は、雲居一輪のことを見下し続けていたとはいえ、自分は奴の色以外のすべてにおける上位概念であると信じ続けたからこそ。
あるいは権力者と言うのは側室の一つや二つ持つものだと言う、曲解と自分に都合のいい理論を無理やりに構築していた。
それを続けることで物部布都は、好いている男の肌を奪われていると言うあの状況を耐える事が出来ていたが。
続けてしまったからこそ、物部布都は一線の向こう側だと認識されてしまった。むしろ往来で取り合いの乱闘をしていた方が、耳目は引くが面倒と言う点では恐らくだいぶ、少なく済んだ。
そして特筆するべきは、精神状態に関して……どう考えてもまともではなくなってしまっていた。
そして雲居一輪が間違いなく失脚したことにより、物部布都の精神は。
待たされ続けただけに勝ったと信ずるその高揚感は、雲居一輪よりも激しくて。その余波によりその精神はついに回復不可能と、八意永琳にすら断じられてしまう様な領域に、到達したと言ってよかった。
しかし大手をふるって遊郭街で酒食も含めた買い出し、男の為に贈り物をこさえに来たと言う部分は、引っかかるけれども。
これらにふけること自体は、止めない方が良いと言うのはもっぱらにおける大筋の理解ではあるけれども。
洩矢諏訪子だけは止めないにしても、もう一歩程踏み込んだような気配、監視の目を、物部布都に注いでいた。
それに第一、諏訪子が動くのは今更である。件の、上白沢慧音が大暴れする原因となった稗田邸での命蓮寺及び神霊廟の首魁も含めた会談の席には。洩矢諏訪子もいたどころか、彼女が物部布都を足止めして、連れてこれるように仕組んだ。
何をいまさらと言う立場は、諏訪子に自由に動ける立場をも提供していた。
宴会をとある人物、物部布都の足止めに利用したことについては、宴会の発起人である星熊勇儀から面白くないと言う顔をされたが。
諏訪子の神格だけでも、まぁ黙らせる事は出来たが。何本かの一升瓶を贈る事で、まぁその話は終わってくれた。
鬼の分かりやすい性格は、やりにくいとやりやすいも両極端であった。
「あー、物部布都いる?」
「え、ああ……はい、洩矢様。上の階に」
勇儀が拠点に使っている建物に、諏訪子は何の気遅れもなしに入っていく。
辺りの奉公人や、遊女ではなくとも掃除やらをこなしている女中は、ちょっとビクビクものであった。
星熊勇儀が暴君だとは全く思わないが、やはり鬼に対する畏敬の念は少しばかり動きをぎこちなくさせていた。
そこに山の神様、しかも祟り神がやってきたのだから。もしかしたら諏訪子の方こそ、この奉公人たちの心に寄り添って、さっさと出ていくべきなのかもしれない。
「そう」
二階のどの部屋とは言われなかったが、諏訪子は全部見ればいや程度の気持ちで上にあがっていった。
「い、一番奥から見て二番目の部屋にございます!」
奉公人の一人が、一番重要な部分、であるどこの部屋だと言っていないのを思い出したのか。諏訪子の後ろ姿に、急いで声をかけてくれた。
「そう、ありがとー」
だが奉公人からそんなことを言われなくとも、おそらくは一目見ただけで、諏訪子ほどの存在ならば気づけたであろう。
「うわ……」
部屋の扉が一つ、開けっ放しになっていた。
この建物で働いている人間が、そうでなくとも星熊勇儀の世話をしなければならないから、そんな不用意な真似をするはずはない。
なのに、である。
諏訪子は思わずおののく様な言葉をつぶやいて、若干、宙を見上げるような動きも見せたが。行くしかあるまい。
洩矢諏訪子は、そうは言っても懸案事項の二本柱が一本である物部布都の事を、気にするなと言う方が無理なのだし。
稗田○○の依頼に付き合ってやれば、稗田阿求の機嫌もある程度はなだめる事が出来る。
こういう時は勢いに頼るべきだ、場所柄諏訪子はここにいるときは、来てすぐでもない限りはシラフであるはずがないのだし。
それ以上にシラフの時が少ない、星熊勇儀との付き合いもある。よっぽどひどくない限り、酔っ払いの相手には慣れている。
「入るぞ、物部や!」
やや大きな声で威嚇のような気配も見せながら、諏訪子は物部布都にあてがわれている部屋に入っていったが。
物部布都は、部屋の一番奥で窓の欄干を握りしめながら、はっきりとわかるほどに体を震わせていた。
足元には徳利が転がっていた。
諏訪子は思わずその本数を数えた、本数時代では物部布都は既に泥酔している。しかも何か嫌な事があって、酒に逃げた、そんな悪い酔い方をしているはずだから。
泥酔しているとしていないでは、また対応が違ってくる。幸い、仙人の体である物部布都の事を考えれば、まだ泥酔からは遠い本数であったが。
油断はできない。雲居一輪のように見下げられてはいなくとも、外野である洩矢諏訪子にちょっかいを出されたとは、思っているかもしれない。
振り向きざまにげんこつの一発ぐらいは、飛び出すかもしれない。
若干の臨戦態勢を含ませた動きで、諏訪子は物部布都の方向へと、近寄ると言うよりはにじり寄っていった。
「物部やー?物部布都やー?」
とはいえ口調の方は、出来る限りの猫なで声を作って。刺激を少なくしてやった。
もしかしたら階下の奉公人たちが、ビクビクなのは。勇儀が原因でもなければ、いきなり来た諏訪子が原因でもない。
物部布都の明らかに、打ちひしがれた姿に恐怖しているのかもしれない。
何故なら諏訪子ですら怖いからだ、たかが人間にこれを耐えろと言うのは酷な話だ。
あと一歩、近寄れば。もういっそのこと、吐息を感じられそうだと言う距離になって。物部布都はこちらに振り返った。
もちろん、普通の勢いではない。
いっそ、何かやられる前に先制攻撃をくわえようかと思ったが、やらなくてよかったとすぐに考えを改めた。
「諏訪子どのー!!」
物部布都が明らかに、泣き出したからだ。それも怒りなどではなくて悲しみの涙なのは、明らかであった。
「おおお、よしよし……よしよし…………とりあえず甘いものでも食べて落ち着こう」
諏訪子は物部布都がこれ以上、興奮することが無いように。一思いに布都の事を抱き寄せた。
そして布都の視界が、諏訪子の体によって見えなくなったのを良い事に。
辺りに散らばっている徳利(とっくり)を、部屋の奥に放り投げて。もちろん酒の入った一升瓶も、すぐに手に取れないようにとっくりと同じように転がして、遠ざけた。
その際、しっかりと酒の量がどれぐらい残っているか確認した。どうやら三分の一だって飲んでいないようだ。
この程度なら、まだ、何とかできそうな酔い方のはずだ。
「よしよしよし……私のなじみの茶屋にでも行こう!うん!そうしようそうしよう!」
とにかく酒からは遠ざけるべきだ。この部屋の隅にある程度なら、一思いに取りに行ける。
諏訪子は努めて明るい声を出しながら、布都を立ち上がらせて外へといざなった。
続く
お手すきでしたら、ご感想の程があると嬉しいです。よろしくお願いいたします
白蓮「○○さん、こんにちは」
○○「……こん、にちは」
白蓮「あら、あら、どうなさったのですか?顔色が悪いですよ?」
○○「いや、それは……」
白蓮「ふふ、自分がフった相手が翌日訪ねて来るとは思いませんでした?」
○○「…………」
白蓮「ごめんなさい、意地悪を言いましたね」
○○「……報復にでも来たんですか?」
白蓮「報復?まさか。どうして愛する人に危害を加えられましょうか」
○○「では、何用で?」
白蓮「はい、脅迫に来ました」
○○「脅、迫……ですか」
白蓮「ええ」
○○「……何を材料に、何をさせようって言うんです?」
白蓮「その前にお聞きしたいのですが、○○さんにとって私は親しい人物ですか?」
○○「はい?……いや、まあ、親しかった……んじゃないですかね?」
白蓮「今では私がお嫌いですか?」
○○「まさか。けど、気まずいというか、前みたいには接することはできないというか……」
白蓮「ふふ、ありがとうございます。それが聞ければ充分です……では、脅迫させていただきますね」
○○「……どうぞ」
白蓮「私と恋仲になってください」
○○「……なるほど、諦めてはくれないわけですね。ですが、答えは知っているでしょう?」
白蓮「はい」
○○「じゃあ、どうやって脅します?」
白蓮「……人里の内は妖怪に襲われない、いわゆる安全地帯のようなものですよね」
○○「え?……まあ、そうなんじゃないですか?」
白蓮「ですが、この人里にも悪人はいますし、治安の悪い箇所もあります」
○○「はあ……」
白蓮「なので、この要求を断られたら、その足でそういった場所へ行ってみたいと思います。何も持たず、誰も連れず、生まれたままの姿で」
○○「…………は?」
白蓮「手前味噌になりますが、私は顔も身体も男性が好むものだと思っています。命蓮寺を良く思わない方もいるでしょうし、行けばきっと酷いことをされるでしょうね」
○○「…………」
白蓮「凌辱の限りを尽くされ、最後には殺されてしまうかもしれません」
○○「…………」
白蓮「あら、○○さん。さっきよりも顔色が悪いですよ?」
○○「……自分を使っての脅迫かよ」
白蓮「はい、けれど安心してください。断ったところで○○さんには何の損失もありません。一人の傷心の女が消えるだけです」
○○「……無茶苦茶だ」
白蓮「ですが、こうして貴方は悩んでくれています」
○○「っ……」
白蓮「出来れば私を選んで欲しいですね。○○さん以外とだなんて、考えるだけでもおぞましいですし」
○○「だ、だったら──」
白蓮「でも、私はこれ以上に貴方に振り向いてもらう術を持っていませんから、仕方ありませんね」
○○「ぁ、ぐ……」
白蓮「もしも受け入れて下さるのでしたら、私は今後一切わがままは言いません。全身全霊をもって貴方に尽くします。ですから……どうか……」
○○「っ……おれ、俺、は…………」
>>606
滅茶苦茶可愛いイラストありがとうございます!
自分の妄想が誰かの心に響くことほど嬉しいことはありません
>>616
この脅迫えぐいなあ
俺だったら断れない
永琳「……原因はともかく、今の貴方を外には出せないわ」
永琳「自分は老いていくのに、貴方の容姿は若いまま」
永琳「自分を優しく介護する貴方の背後に、若い情婦の姿がちらつく」
永琳「今際の際、貴方が新しい嫁を取る事実がのしかかる」
永琳「貴方が良き伴侶であればあるほど、妻にとっては未練となる」
永琳「"不老不死の優男"なんて、女の敵そのものよ。同じ女として見過ごせないわね」
永琳「……でも、破れ鍋に何とやらと言うわ」
永琳「後天的に不老不死になった者同士、いい落としどころだと思わない?」
○○「先生……」
てゐ「どの口がいうウサ」
鈴仙「○○さんの波長が変わったの、師匠が手料理振る舞った頃なんですよね」
輝夜「さすが自分の肝臓でレバニラ作る人は肝が据わってますわ(棒)」
>>597
>>597
病みナズ 避けられ編 2
〇〇は私のことが苦手だと言った。私が怖いんだそうだ。仕方ないじゃないか、君を見るとついつい緊張していつも以上に顔が強張ってしまう。顔が赤くならないように我慢するので精一杯なんだ。そう、私は君が好きなんだ。まともに話したこともないくせに、目を合わせるのだって一苦労のくせに。でもどうしようもなく好きなんだ。じゃあ私はどうすればいい?
…やぁ、〇〇。
「っ!?…あ…あっ、はい、おっおはようございます…?」
…なんでそんなに緊張してるんだい?
「あっ、ごごごめんなさい…」
…はぁ、私は君に危害を加えるつもりはないよ、もっと普通にしていてくれ。
「はっはい…」
…そう、今日は少し君に頼み事があってね。
「…じ、自分にですか?」
あぁ、実は私と一緒に来てもらいたい場所があってね…
…もちろん無理強いはしないよ、君が良ければ、の話だ。
「…っい、行きます!」
…そうかい、来てくれるのか。くふふ、それは嬉しいなぁ…そうと決まったら出発は早い方がいい、何時からなら空いてるかな?
「…今日はちょうど予定もないので何時からでもいけます、なんなら今からでも…」
そっそうか、なら早く行こう、ほら、しっかり掴まってるんだぞ
「えっ、ちょっ、一体何を…」
…すっすまない…まさか気絶してしまうだなんて…君が一緒に来てくれるって聞いてつい…張り切り過ぎてしまったようだ…君は空を飛べなかったね…
「だ…大丈夫です…ちょっとびっくりしただけで…
…ところで…ここは?」
…あぁ、ここは私のお気に入りの探索ポイントの1つでね、比較的文明の進んだ世界のモノが落ちている事が多い場所なんだ。
「あぁ…言われてみれば元の世界で見た事があるモノもチラホラ…」
そこでだ、君に来て貰ったのは他でもない、価値のあるもの、レアなもの、便利な物などを君に判断してもらいたいんだ。
「なるほど…楽しそうですね、分かりました、早速見てみますね」
…なぁ、ずっと気になってたんだが…
「は、はい?」
…その、敬語をやめてもらいたいんだがね…どことなく他人行儀で落ち着かないんだ
「あっ、ご、ごめんなさ…ごめん、これでいい?」
…うん、ではよろしく頼むよ。〇〇。
続かせたい
>>621
ナズーリンにマミゾウ親分みたいな、人付き合いの才能が1割でもあれば
まだ、立場の違いというのにも気づかず、気づかせず、気にならずに付き合えたかもしれないのが不幸だな
>>615 の続きとなります
洩矢諏訪子が明らかに変調をきたした物部布都を、何とかなだめすかせて茶屋にでも連れて行こうとしているとき。
「さてと……」
稗田家の旦那様で、何よりも名探偵であられる稗田○○が、今度は変装などせずに堂々と命蓮寺の正門に、阿求が用意した人力車から夫妻で連れ立って降りてきた。
上白沢の旦那は当日と言うか、さっきこれを知らされて付き合わされているが。この日この時に訪問することは、もう話が通っているそうだ。
気になる事は命蓮寺の方にも新霊廟の方にも、もっと言えばこの依頼がどうなるかすら割とどうでもよくなってきた。
それらよりもずっと重要なのは、上白沢慧音に対する強烈な嫉妬、それ以上に悪意の存在を隠さなくなった稗田阿求と一緒にいる事の方が心配だ。
命蓮寺と言う、その首魁が聖白蓮と言う、美人で肉体的魅力も高い女の場所に行くと言う、状況が状況だから上白沢慧音も何が何でもついてくるだろうけれども。
聖白蓮のこと以上に、今は等とは言えずにこれからずっと、稗田阿求と上白沢慧音が同じ場所にいる場面では、両夫妻の旦那たちは緊張感で辛い状況に身を置かねばならなかった。
両夫妻の妻同士の軋轢は、稗田阿求にせよ上白沢慧音にせよ、徹底的に隠しているのが更に旦那たちの状況を辛くしていた。
命蓮寺と神霊廟が――事実と称されているが阿求の台本だ――激突を迎えてから、何日かぶりに見せた動きとして演出されていた。
あんな事が、阿求の台本をすべて知っていたとしても、少なくと上白沢慧音が神霊廟と命蓮寺の首魁の目の前で怒りを爆発させたのは事実だと言うのに。
阿求の台本があくまでも神霊廟と命蓮寺の激突の可能性にまで、事態を小さく見せていたからか。
稗田夫妻と一緒になって、後ろから上白沢夫妻が人力車から降りたとき、上白沢夫妻はともに目の前の光景に対して、意外だなと言うか呆れと言うか、悪くないのかなと言う。
評価するべきかどうかで迷うような感情を催してしまった。
里の住人たちは、稗田阿求がそうしたはずだからここにいる人間の全員が、彼女が何種類か用意した情報のどれかを持っているはずだ。
どんなに世情や世間の動きに疎かったり、あるいは興味が無かったとしても。命蓮寺と新霊廟の衝突、という事になってる話と、上白沢慧音がそのせいで暴れる事になった――本当は稗田阿求のせいだが――話は知っているはずだ。
だと言うのに、命蓮寺が客寄せとして運営している屋台村においては本日も客入りの程は盛況としか言いようがなかった。
あんな事があったのにな、と思うのはあくまでも上白沢夫妻が少々堅物の域にまで入り込んだ真面目だからだろう。
けれども娯楽のための空間である以上、そこに客が集う事にはある程度の納得と許容を見せる事の出来ている稗田○○でも。
稗田夫妻と上白沢夫妻が人力車から降り立ったのを見るに至った、この屋台村の、客はもちろんの事で屋台の店主たちも。
これは何か起こるぞと言う、好奇心以外の何物でもない楽しそうな感情を見るに至っては、稗田阿求と比べる方が若干間違っているとはいえ、稗田の冠をつけずとも穏やかである事は上白沢の旦那としても疑っていない、そんな○○でさえ、苛立ちがあるなと言うのは上白沢の旦那には理解できた。
その苛立ちは隠しているのが余計に怖かった、上白沢の旦那には○○の微笑が余所行きだったり社交的な物よりもずっと、固いものであると即座に気づく事が出来たから。
そしてその固い表情が、気のせいや思い違いなどではない事は、まっすぐと命蓮寺へと向かうための道を作れと。
稗田○○が言外に、指示を出すために手を振ったが。
その手先の動き方は、いつもの少し軽く等ではなくて明らかに大きな動きで、雑であった。
表情こそとりつくろえたが、それ以外となるとかなり難しいぐらいに○○は、頭に来てしまったと言う事だろう。
以前の上白沢の旦那であれば、この明らかに好奇心を隠せていないどころか、隠そうともしない野次馬に苛立つのはわかるとしても。
そもそも○○、お前だって名探偵としての活動は、依頼の解決に動く理由の半分以上は、好奇心から来るものだろうと批判したろうけれども。
今となっては、その好奇心が実は○○に許された数少ない心安らぐ時間とまで、○○の事を擁護できるようになってしまった。
稗田阿求と言う最大級の権力者が持ってしまったがゆえに、最上級の悪意と嫉妬に対して、爆発しないように動く役目を一身に。
しかもそんな役目を背負わされている事は、上白沢の旦那以外は知らないとまで言ってしまっても過言ではなかった。
これはもはや、いつかの○○に対する横領事件よりも、ずっと難易度が高くて、なおかつ解決の見込みがあの事件よりも低い事象である。
その上この稗田阿求が持つ悪意と嫉妬の抑え役は、一生続いてしまうだろう。上白沢の旦那は何の楽観論も頭に浮かばせる事が出来なかった。
「…………」
○○は黙って、整理されていく群衆を見ながらも。妻である阿求が不意に暴走しないように、その肩を優しくも絶対に離さないように絡みつくようにして、抱いていた。
稗田阿求は、なぜ○○が自分の肩を抱くかという部分。きっと気づいているだろう、不意に阿求が悪意や嫉妬をまき散らすのが、致命的だと○○が思うゆえに。
○○は阿求を抱きとめているのだと。気づいているはずだ、稗田阿求ほどの才女ならば。
しかし彼女は、気づいているはずなのにその起源は実に良さそうであった。
○○が阿求の肩を抱いているのは、決して愛情がないとは言わないが、今はもっと危険な物を抑える為だと言うのに。
稗田阿求の上機嫌の理由が知りたくて、上白沢の旦那は慧音に寄りかかりつつも稗田阿求の方を見ていた。
最も、上白沢慧音も稗田阿求の持つ、最上級の悪意と嫉妬に負けない位の、主に肉体的魅力での優越感を抱いているから。
上白沢の旦那が、妻である慧音に寄りかからなくとも意外と何とかなったなと言うのは。
慧音も横目で、稗田阿求の機嫌を確認こそしていたが、決して危機感や懸念から来たものではないと言うのは。
真横にいたからこそ観測できた、本当に小さいけれども、しかし確かに感じる嫌らしい笑みを見る事が出来たからだ。
「稗田阿求は何を糧(かて)にあんなにも、機嫌をよくする事が出来るのだろうな。私みたいに、イケる体も持っていないのに」
しかし表情の方は、慧音は抑えていたけれども。夫であるこの旦那に耳打ちする内容は、最初から最後まで酷い有様である。
ここで上白沢の旦那は、やや遅れてしまったが、自分の役割と言う物を急に理解できた。
もっと早くに気づくべきであったが、自分と○○の立場は非常に似通っている。お互いに一線の向こう側を妻としてめとっている。
しかもいくらかの個人的事情に違いはあれども、それなり以上に望んで今の立場にいる。
少なくとも自分は慧音を、○○は稗田阿求と夫婦でいる事に不満は無い。
だからこそ自分たちは冷静になり続ける必要がある、一線の向こう側が暴走しないように。
「厚着をしてごまかしているが、実に貧相な体だ。他の連中はかしこまって、顔や声以外は中々、見る事もはばかるが……いやいや、気づくと中々、可哀そうになってくるよ」
上白沢の旦那が自分の役割を確かに理解した横で、慧音は歪んだ優越感をどんどん大きくしていた。
それと共に、きっと稗田阿求に気づかせたいのだろう。慧音は自分の体を押し付けていた。
幸い稗田阿求はまだ気づいていない。
何故なら好奇心に沸き立った群衆に○○が苛立ったことで、やや乱雑についてきた護衛の奉公人に指示を出して群衆整理を命じた。
その結果、○○の苛立ちから来る乱雑さに、無意識のうちに奉公人たちも影響されたのか珍しい事に、群衆整理をする際も少々手荒だなと思えるような手つきであった。
だが明らかな苛立ちが野次馬どもを相手に感じていた○○は、特に何を言う事もなく憮然として、整理されていく群衆を見ていた。
見守るなどではない、ただ単に整理されてすくのを待っているだけだ。
焼きかけの一銭焼きも放置して、屋台を一時離れなければならない店主もいた。あの鉄板の上の物は、食べられない位に焦げるだろう。
○○にも気づいているはずだ、上白沢夫妻の方向にも鼻に香りが漂っているのだから。
だが○○は動かない、憮然としたままである。まさに権力者のそれだ、あまりよくない性質の物ではあるけれども。
だが、それでも良いのだ稗田阿求にとっては。○○の為に作られていく、大きな道に対して稗田阿求はクスクスと笑っている。
その笑い方に、黒いものを見て取るには上白沢の旦那としては、容易な物であった。
もちろんそれは慧音にとっても、容易なものである。
ただ慧音の場合は、悪意をぶつけられたからお返しとして、慧音の方も阿求に悪意を向けていた。
しかしどうやっているのかはわからないが、どうやら稗田阿求は自分たちの会話を盗み聞きしている。
それを思い出したのか、慧音は思いついた最高の悪口を、どうやって自分の旦那に伝えればいいか分からずに少しまごついていた。
できればそのまま、まごついたままで機会を逸してほしかった。よくよく考えれば、自分に陰口なんて言う趣味は、全くもって性に合わない。
あの時に言いかけたのは、気の迷いと言う事でもう処理することにした。
それは慧音にとっても同じのはずだから……しかし慧音は頭が良かった。慧音は思いつくや否や、上白沢の旦那の耳元に自分の口を近づけた。
そして慧音にとってそれはとてもいい思い付きだったし、上白沢の旦那にとっても甘さの香る、良い物であったけれども。
こんな状況では甘い物も大して喜べない。
実際、慧音が出してくる言葉も酷い物だった。それだけ稗田阿求に対する怒りがあるとはわかっていても。
「肉体的魅力が全くないから、権力を与える事でしか相手をつなぎ留めれないんだ。稗田阿求にとってはいつの間にか、権力を振り回している○○を見るのが情欲の代替品になってしまったがな」
慧音は阿求の心理を、さも歪んでいると言わんばかりであるし。実際、度し難いとしか言いようがないけれども。
先に稗田阿求から悪意をぶつけられたのは慧音だとはいえ、彼女も歪みつつある。
稗田阿求と違って肉体的魅力に自信があるから、阿求への当てつけも含めてその部分を
あけっぴろげにしつつある。
まだ真横にいる上白沢の旦那にしか、見えない位だが。慧音の胸の谷間が見えた、明らかに胸元を緩めて見せてきている。
止めるべきだ。○○が阿求を真横に誘導して、肩を抱き、離さないようにして抑えているのに。自分が何もしないわけにはいかない。
さらに上白沢の旦那は、妻である慧音の方に寄りかかった。○○が稗田阿求を抱き寄せているのとは、まるで反対だなと少しばかり罪悪感が湧いた。また自分の中の男としての部分が反応するのが、理解できるからだ。
「帰ってからにしよう」
もっと上手いやり方、言葉があるような気はしたが。このまま何もせずに慧音が抱いている優越感と当てつけを燃やさせるわけには行かない。
慧音の目をじっと見た後に、慧音が衣服をやや、まだ上白沢の旦那に見える程度ですんでいる胸の谷間に目線を、慧音の目には分かるように移動させた。
「余り誰かに見られたくない、慧音の肌を」
不意に、良さそうな言葉が頭に降ってわいた。独占欲が強い様な気もしたが、その懸念(けねん)は杞憂(きゆう)であった。
慧音が嬉しそうな顔をしてくれながら、胸元を閉めてくれたからだ。
「大丈夫だ私はお前の物だ、二人っきりの時はいくらでも触ってくれよ」
どうやら慧音の興奮する点と言うのが、今更ながら分かってきた。
群衆整理が終わった後、屋台村のど真ん中を大手を振って両夫妻は歩を進め、命蓮寺の門をくぐった。
その間中、稗田阿求が不意に毒や悪意を飛ばさないように、○○は阿求の肩を懸命に抱いていた。
上白沢の旦那も、妻である慧音の意識を自分の方にだけ向けるために、出来る限り慧音の方に寄っていった。
「後ろから見ると、もっとよくわかるな。稗田○○が阿求の肩に触れている手、骨ばった鶏ガラを握りしめているようじゃないか。衣服の上からでも少し痛いんじゃないか?」
しかし慧音は、自分の夫が寄ってきてくれるのが嬉しくて完全に冷静さを、ひいき目に見ても失いつつある状況であった。
「ほかの女性に興味はない」
少なくとも今は、慧音の意識を稗田阿求から離すべきだ。幸いにも――そう思わないとやってられない――稗田阿求以外は慧音に対して毒あもちろん悪意だって持っていない。自分でなくとも、他に意識を移すだけでも十分に効果がある。
だけれども一番効果があるのは、やはり、嬉しい事だと言えばその通りだが自分が向かうのがやはり一番であった。
「うん」
慧音はやや甘い声を出しながら、さらに旦那の体を求めるように、引き寄せてきた。
上白沢の旦那は慧音の、豊満で魅力的な肉体に更に埋もれる事になった。
慧音の言った、阿求の体は鶏ガラ云々という言葉を、まさか肯定するわけではないが。
自分の状況を客観視すれば、○○の手はあくまでも衣服に触れているのだ、程度の浅さなのが分かった。
「そうだな、稗田阿求も生物学的には女性だ。分類はちゃんとしないとな」
そして稗田阿求から毒と悪意をぶつけられた、慧音の怒りの深さも。
「来るなとは口が裂けても言いませんし、その立場も無いと分かっています」
命蓮寺の正門を、屋台村を堂々と横切りながらたどり着いたとき。ひたすらに呆れと疲労感を抱えていいる、この命蓮寺において間違いなく次席の立場である、寅丸星が出迎えてくれたが。
表情を見れば、出迎えではなくて文句を言いに来たのが正しい表現だと、すぐに考えを改めねばならない。
「でもね、裏口の場所は教えたでしょう?」
寅丸は大きな声こそ出さずに、稗田と上白沢の両夫妻に問うてきたが。上白沢の旦那としては、裏口の存在は今初めて知った。
何故なら今日のこれだって、いきなり稗田家からの勅使が手紙を持ってきて、それに従う以外の選択肢がなかったからだ。
さすがに今回ばかりは、手紙を書いたのは稗田阿求ではなくて○○であった。だから文章も、下手に出てくれていた。
最も断れないのだから、下手に出られても、相手が○○だから困る程度で済ませられるが。他だったら張り倒したくはなる。
しかし裏口の存在を教えてくれなかったのには、いくらかの引っ掛かりと言う物が出来てしまった。
なのでその理由を、今でなくとも良いから話してもらいたくて、上白沢の旦那は○○の方に視線を向けた。
「何?」
寅丸星は、稗田夫妻と上白沢夫妻の間に横たわっている、妻同士の軋轢と旦那同士の同族意識を知らないから、困惑した顔で言葉を出したが。
残念ながら、寅丸星はこの両夫妻の複雑な関係については全くの部外者だ。話すわけにはいかない。だから申し訳ないが、寅丸星の言葉にも困惑にも、反応は出来なかった。
「ああ、もう……」
教えてくれる気がないと分かったらしく、寅丸星は汚い声を出した。ここに聖白蓮がいれば、間違いなくいさめられたけれども。
聖白蓮は、本人が約束した通りで一番の懸案である雲居一輪の見張りとして、本当に付きっ切りのようであったらしく、ここにはいなかった。
稗田と上白沢の両夫妻とも、段々と苛立ちを膨らませている寅丸星の方は特段気にはかけず。
慧音は半笑いの苦笑を漏らすのみ、上白沢の旦那は中々こちらを向いてくれない○○を相手に、根競べを始めた。
稗田阿求は、慧音に対してやった時ほどではないがニヨニヨした笑みを浮かべているが……まばたきの回数が多いのが気になった。
まさか寅丸星の肉体にも嫉妬していると言うのだろうか?確かに彼女は長身で、槍をもっているだけあり引き締まった体だ。
やや引き締まりすぎと思う節もあるけれども……確かに稗田阿求の病弱な体と比べれば、だれの体を比べても自分よりは光っていると思ってしまうだろう。
それでも寅丸星は色気を前に出すような性格ではないと、少し考えればわかるはずだろうと言う、呆れや腹立ちが上白沢の旦那には出てきた。
上白沢の旦那は少し唸った。
その唸り声に、○○も友人の苛立ちやあるいは批判的な意識の原因が、どう考えても自分のふるまい方にあるのは理解していたから。
さすがに、あるいはようやくと言うべきか。○○は上白沢の旦那の方を向いてくれた。
しかし向いてくれたのみで、やっぱりこういう展開かと思わざるを得ない、○○は言葉を選んで何とか喋ろうとはしているが、結局出せないのだ。見つからないのだ。
諦めてしまったのか、○○は結局目線を上白沢の旦那の方から外してしまった。
上白沢の旦那は、自分の歯がきしむのが分かるほど、歯を食いしばってしまった。
寅丸星はその光景を見ながら。
「多分お前が一番、冷静だと思いたかったんだがなぁ」
一言呟くのみであったが、上白沢の旦那には聞こえていなかったし。上白沢慧音は無視をした。
寅丸星は舌打ちをした。この状況、だれがどう考えても彼女が最も貧乏くじを引いていた。
いっそ雲居一輪を放逐しようかとも、そんなひどい事を一瞬考えてしまったが。聖白蓮は意地でも雲居一輪を更生させようとするし。
その意思が、行動が、清いものであると言うのは寅丸としても理解しているが。
よりにもよって人里の二大夫妻に首を突っ込まれるのは、ただただ厄介の種である。だが独断で稗田○○に依頼してしまったナズーリンには、あまり何とも思わないのは。長く付いてきてくれているから、という部分は無視できないだろう。
だとしても外に出したくない、口の堅そうな者に依頼したのは悪くない判断だ。雲居一輪と物部布都が動き回ったせいで、水泡に帰したが。
そういえばマミゾウ親分に貰ったタバコが、まだ胸元に余っていたのをいまさら思い出した。
聖は喫煙もあまり、良い顔をしないが。こんな状況で我慢ばかりしていろと言うのも、寅丸星としては腹が立つ。
稗田阿求は体が弱いからタバコの煙も、よくないだろうから喫煙は遠慮するべきなのだろうけれども。
知った事か。
だが寅丸星が紙巻きタバコを胸元から取り出して、更にはマッチを使おうとしたら。
「ああ、いや……そうですね。あと、たばこは出来れば……我々が帰ってからにしてほしい」
稗田○○が急いでこの、膠着した状況を動かそうとしてくれた。
やはりたばこは、喫煙は稗田家では禁忌のようだ。冷たいものが良くないから、夏ですら温かいお茶を飲むと言う稗田の奉公人の話を思い出した。
寅丸星は顔がひくついた。しかしそれは、タバコが吸えなかったことが原因ではない。
稗田○○が、稗田阿求が絡まないと何にもしないからだ。もっと早くに動かそうと思えば動かせたはずなのに。
「まぁ……色々ありまして。解決するにしても、どう解決するかはありまして……まさかぶん殴って終わりにするわけにもいかないでしょう」
と、稗田○○はもっともらしい事を言うけれども。稗田○○の視線は、寅丸星がわざとらしく手元でもてあそんでいる、紙巻きたばこに固定されていた。
それに今の言葉だって、裏口を使わない理由としては弱すぎる。
「裏口を使わないのもそれか?」
なので、敢えて聞いてやる事にした。どんな答えを出すか気になったから。
「それはですね」
稗田○○はさすがに、まだもう少し冷静に物を見ていられるからだろうか、答えに窮していたら。
案の定でずっと立場の強い、稗田阿求が口をはさんできた。
寅丸星は稗田○○の言葉を聞いている時よりも、腹が立った。手でもてあそんでいた、たばこの吸い口をぎゅっと、指で押しつぶしてしまった。
マミゾウ親分がくれただけの事はあり、上等な物だから。これ以上傷を付ける前に、胸元に戻すことにした。
「ありがとうございます」
別にお前のためじゃない。だが寅丸星は何も言わなかった。
「まぁ、何と言いますか」
寅丸星が何も言わない気らしいと、稗田阿求はすぐに理解できたようでたばこの話はすぐにしまいにした。
彼女としては吸う気が無くなった時点で、もう十分なのであった。相手の気持ちはさほど重要ではない。
寅丸星も自分の気持ちが重要ではないと思われているのは、理解しているが、厄介ごとを終わらせる方に意識を向けるべきだ。
個人的な苛立ちは、抱えていたとしてもかみ砕いて飲み込まねば。
「稗田の家格を考えましてもね……」
稗田阿求はそれっぽい事を言おうとしてくれたが……不意に旦那である○○の方を見たら、明らかに顔がほころんだ。
寅丸星は、上等のたばこを直しておいて良かったと考えた。あんな顔を見たら、上等なたばこを一本だけとはいえ、握りつぶして無駄にしてしまいかねない。
「夫のかっこいい場面が見たかったんです」
「カッコつけてんじゃない!!」
しかし星も限界を迎えてしまった。屋台村の大通りで、いきなり群衆整理をやる理由としては薄弱だからだ。
思わず大声を寅丸星はあげて、不味ったかと思ったが。
まだニコニコと、楽しそうにしている稗田阿求を見るに至っては。さっさと感情を爆発させるべきだったと考えた。
唯一の良かったところは、多分、稗田○○がこの状況を悪い状況だと考えて、頭を振り絞ってくれている事だろうけれども。
「雲居一輪さんとお会いしましょう。横には聖白蓮がずっと付いてるんですよね?」
ロクな事が思いつかなかったのだろう。結局、稗田○○も、寅丸星を無視するような形で命蓮寺の奥へと進み行ってしまった。
稗田阿求は無論、付いて行く。上白沢夫妻はさすがに少し、気にしてくれて会釈ぐらいはしてくれたが。上白沢慧音が半笑いだった。
こんなことをされたら寅丸星はたまらずに、追いかける事もしないで、しまいなおした上等なたばこを取り出して火をつけた。
続く
お手すきでしたらご感想の程、どうかよろしくお願いいたします
>>628
煙草吸う星ちゃん…絶対かっこいい()
空「君が笑ってくれるなら、私は悪にでもなる」
空と君との間には、今日も冷たい雨がふる
○○「ただいまー」
菫子「おかえりー。お疲れ様、ご飯とお風呂、どっち先に済ます?」
○○「んー、風呂で」
菫子「ん、わかった。着替えとバスタオル用意しておくから入っちゃってて」
○○「サンキュー」
菫子「じゃーん、今日はあなたの好きな唐揚げよ」
○○「おっ、美味そう。いただきまーす」
菫子「どう、美味しい?」
○○「うん、すげー美味いよ。お袋が作ったのにそっくりだ」
菫子「ふふ、よかった。いっぱい食べてね?」
○○「おう」
菫子「じゃ、また明日の朝起こしに来るわね」
○○「ん、送って行こうか?」
菫子「ううん、あなたも疲れてるでしょうしいいわ。あ、私が帰ったからって遅くまで起きてちゃダメよ?」
○○「わかってるよ、ありがとな」
菫子「よろしい、じゃあね」
○○「気をつけて帰れよー」
菫子「起きなさい、朝よー!」
○○「ん……あと三時間……」
菫子「馬鹿なこと言ってないの。ほら、朝ごはん出来てるわよ」
○○「んー、サンキュー」
菫子「言いながら布団被らない!あ、お弁当は昨日の唐揚げの残り入れてるからね」
○○「あ、マジ?やった……ぜ……」
菫子「だから寝るなー!」
───────────────────────────────────────
○○「って感じでさー」
△△「へー、だからお前最近調子良さそうなんだ。いいなー、俺も恋人ほしいわ」
○○「ん?恋人?」
△△「え、恋人だろ?」
○○「いや、違う。というか誰か知らん」
△△「え?……え!?や、だってお前、めっちゃ親しげだし」
○○「けど名前すら知らん」
△△「どういうことなの……」
○○「残業えぐかった時あっただろ?その時にフラフラで家に帰ったらなぜか彼女が居てさ、色々世話してくれてて……どういうわけか今でも続いてる」
△△「なにそれこわい。え、本気で誰だよ」
○○「本気で分からん。学生っぽいんだけど近所で見かけたことも無い」
△△「……帰ったら居るって、鍵は?」
○○「どうしてるんだろうな?」
△△「お袋さんの味にそっくりって……」
○○「なんでだろうな?」
△△「名前、聞いたりは?」
○○「……なんか、聞くの怖いじゃん?」
△△「なんでそんなことしてるかとか、家はどこかとか……」
○○「……聞くの、怖いじゃん?」
△△「…………たしかに」
○○「…………だろ?」
他所で女作らなければセーフ
聞いたらなんだかんだ普通に答えてくれそう
でも他の女と仲良くしたら終わり
長編さんの阿求って人間扱いして良いのだろうか
>>621
病みナズ 避けられ編 3
…作業を始めてから半刻ほど経った。〇〇は作業に熱中してくれている。
…私に背を向けながら…
…つまり…
…つまりその行動は…
…私を信用してくれてるって事だよね…?
…私に背後から襲われないって思ってくれてるんだよね…?
…くふふ、勇気を出して君と一緒にここまで来た甲斐があったよ…
…もっ、もういいかな…?
…私はもう十二分に我慢したよ…?
…い、いいよね…うん…良いに決まってる…
…敬語もやめてくれたし…私に背中を見せてるし…
…何より私と一緒にこんな所まで来てくれたんだ…
…きっと〇〇も私の事が好きなんだ…
…両想いなんだ…
…なら…いいよね?
…私の家まで…来てくれる…よね?
…手が…〇〇の首筋に伸びる…
…ゆっくりと…少しずつ…確実に…
…首を掴む直前…〇〇は私に気が付いた…
…最初は驚いた表情だったが…私だと気付くと…すぐに笑いかけてくれた…
…〇〇は…私のモノ…この笑顔も…全部…
全部全部全部全部全部全部…
あぁ、好きだ〇〇、好きだよ、好きなんだ、大好き、愛してる、頭がおかしくなりそうなくらい好きなんだ。好きすぎて狂ってしまいそうだ。
…だから…だから私が完全に狂ってしまう前に…
…私と一緒に来て…ね…?
それから外来人の〇〇は鼠の妖怪と末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
はい、これで話は終わりだよ。早く寝た寝た。
…ん、おやすみ、⚪︎⚪︎。
…ね、これで良かったんだよね、〇〇。相変わらずここは誰にもバレていないし、君との子供も順調に成長している。全てうまくいっている。嬉しいよね、〇〇。
…だから…
…だから…
…もっと笑ってくれていいんだよ…〇〇…
バッドエンディング1
「避けられない愛」
あとがき
長編阿求作者様の文才が妬ましい…
ここまで見てくださった方、ありがとうございました
>>628 の続きとなります
「さてと!やぁ、聖さん!こんばんは」
聖白蓮が、雲居一輪と一緒に待ってくれている部屋に入った時。稗田○○は非常に明るい、そしてわざとらしい声を出しながら着席をした。
不幸な事に、寅丸星は境内でタバコを吸いだしたので。追いかけてきてくれているはずもなかった。
彼女の呆れと疲れと、その他もろもろの感情がにじんだ表情があれば。聖白蓮に対する説明の何割かを、それだけで担う事が出来たのだけれども。
そういった、事情の一端も知りえない、雲居一輪の監視に注力しなければならない聖白蓮にとっては、何も知らない状況に追い込まれている今の状況は上白沢の旦那には、それを可哀そうだと思える程度の余裕はある。
しかし稗田○○には、○○が稗田姓を名乗り続けるためにも、そのような余裕は持てない。
それぐらいは理解できてしまえた。
「捜査の一環だとはわかっているが、奇襲は控えろ。寅丸さんが明らかにイラついてたぞ」
しかし聖白蓮との会話、増してや雑談などは上白沢の旦那としても避けたいのが本音だった。だから○○への軽口に擬態(ぎたい)するしかなかった。
「それが目的だと言ったら?イラ立ちは向こうから冷静さを奪う」
○○もどうやら、上白沢の旦那がやりたい事、説明を遠回しでもやろうとしているのは気づいているらしく。少し合わせてくれた。
彼の妻、上白沢慧音だって一線の向こう側なのだから。肉体的魅力の特に高い聖白蓮との会話には、細心の注意がいる。
そしてそれは肉体的魅力の低い、稗田阿求を妻としている○○は。そこに輪をかける必要がある。
いっそ少なければ少ないどころか無い方が良いとまで、冷たいかもしれないがそれが無難で妥当とまで言えた。
だから上白沢の旦那は、聖白蓮の方は見ないようにしつつも、彼女にも絶対に聞こえるようなややわざとらしくても構わないから、大きな声で○○に向かって――ここが重要なのだ――声をかけた。
若干どころではなく『察してくれ』と言う様な態度を、上白沢の旦那だってずるいやり方だとは理解しているけれども。
上白沢慧音への愛と、一線の向こう側に対する恐れが混ざった結果、こういうやり方しか思いつかないのだ。
それでも上白沢の旦那は、自らも自覚しているがまだ動きやすい位置にいる事が出来ている。
聖白蓮の肉体的魅力は確かに高いが、上白沢慧音だってその手の魅力に関しては負けていない。また上白沢慧音には、寝取られたならば寝取り返す、奪還してやると思えるだけの気概と……それが出来る体が存在している。
しかし稗田阿求には、気概の点は問題ないどころか周りへの被害を考えてすらいない程だ。
しかし、気概に関しては上白沢慧音と同じぐらいか、むしろ権力も上乗せされてしまってより酷くすらなっているけれども。
寝取り返す気概は十分でも、奪還できるだけの肉体的魅力という点に話を展開させてしまうと……
残念ながら、という結論に達さざるを得なかった。
上白沢の旦那はため息を出してしまった。
それは、稗田夫妻の事を気にし続けなければならない事に対しての物だと言うのは、その通りではあるが。
結局、合わせてしまう自分自身に対する呆れも同時に、無視できないほどには存在していた。
しかし聖白蓮は、聡い人物ではあるから、○○が境内で出迎えに来てくれた寅丸星と。喧嘩程の緊迫した事態ではなくとも、何かいざこざがあったのはすぐに理解してくれたが。
(稗田と上白沢、この二つの夫婦……夫どうしは軽口を叩きあえるぐらいだけれども。妻どうしが少しどころじゃなくおかしい様な……)
稗田と上白沢両夫妻の妻同士が目線すら合わさない事にも、なのに夫同士は緊迫と緊張と懸念を確認しあうかのように、意識的、無意識的に関わらず何度も目線を合わせていた。
実は聖白蓮は、この両夫妻に何かが合ったのではと気づいていたが……
聖白蓮はチラリと雲居一輪の方も確認した。彼女は、意中の男性である、件の歩荷と『そういう事』をしているのも知っているから。
両夫妻が自分たちと、この騒動における落着のための話し合いに来た、そんな場面だと言うのに、雲居一輪は指の手入れにご執心であった。
あの人と一夜を共にする事がある以上、いつだってキレイに手入れをしていないと満足できない以上に不安なのだろう。
聖白蓮は横目などではなくて、明らかに苦悶に歪んだ表情を浮かべながら、しかしながらまっすぐと雲居一輪を見ていたが。
雲居一輪の見せる、指先の手入れ具合は。もはや強迫観念すら見えそうな物であった。今の一輪は、聖を無視しているような形ではあるけれども。そう見えるだけで、一輪は
聖白蓮からの視線にすら気づいていない程に夢中なんだな、と理解できてしまった。目線が全く振れないのだ。
こういう時、聖は自信の聡さが良いのか悪いのか、よく分からなくなってしまう。聖は一輪から突き飛ばされたような感覚も味わってしまった。
やや、逃げるようにして、聖白蓮は稗田と上白沢の両夫妻の方向に目線を移した。
しかし今度は、一輪から突き飛ばされるよりもしんどい、あるいは恐ろしい感覚を味わった。
稗田○○は喋る間を図りつつも、楽しそうな顔を浮かべているしその妻である稗田阿求は、稗田○○の事を楽しそうに見ていた。
上白沢の旦那は稗田○○の事を不安そうに見ていたが、この状況がどうのこうのではなくて稗田○○だけを心配していそうだった。
もしこの状況に対する不安や懸念があるなら、聖か雲居のどちらかを見るはずなのに。それが全くなかった。
上白沢慧音は……彼女が一番精神的に安定していそうであったが、一番どす黒い意志を感じてしまった。
慧音は聖白蓮の方を見てくれていたが、もちろん真っ当な意味は見えなかった。今回の件を穏便に解決しようとする意志は、一切見えなかった。
あんな、舐め回すような目線で聖の全身。卓を挟んで向かい合って座っているから、下半身こそ見えないが、その代わりに顔や胸を舐め回すように見ていた。
女どうしであっても聖は、それを気持ち悪いと思ってしまった。
その後勝ち誇るような顔、次いで稗田阿求の方に目線をやったが。その際の慧音は、明らかに稗田阿求を見下すような表情をしていた。
その顔は聖自身への勝ち誇ったような顔よりも、醜悪だと聖白蓮は断じてしまえた。
唯一の良かった点は上白沢の旦那がこの状況に気づいており、そしてなおかつよく思っていないようではあるが。
残念ながら上白沢の旦那は、問題だと思っているから先の事は思い浮かばないようである。良い案と言う物が、考え付かないようであった。
その間も聖白蓮は両夫妻、四人全員を見やっていたが。
不意に妻どうしの目線が合う瞬間があった。どう考えてもお互いに、避けているような雰囲気を感じざるを得なかったが。
そうは言っても一室で肩を並べていたら、完全に相手を無視しきるのはどだい不可能な事であろう。
聖白蓮は思わず戦慄してしまった、事情などは分からなくともこの両夫妻の間に何らかの火薬庫が存在しているのは、もう理解できている。
願わくば、どちらも相手を避けると言う、おそらくは一番穏当な結末を瞬時に望んだが。
恐らく無理だ、稗田○○ですら面白そうなことがありそうだと言う、そんなニヤケ面が消し飛んだ。
演じていたという安心感と、よりによってそんな演技を選ぶかという苛立ちの両方があるが。
それよりも重大な事があるのは確かだ。
「あの!お、お話を持ってこられたとは思うのですが!?」
しかたがない、というよりはこうするしかないと判断した聖は。立ち上がるような形で、声を出した。
だが稗田○○は目を閉じてぼそりと「不味い……無いものが見えた」と呟いた。
いったい何が悪いのだ!?聖白蓮は若干の混乱に叩きこまれてしまったが。上白沢の旦那には分かった。
立ち上がった時、聖白蓮の豊満な胸が確かに、揺れてくれたからだ。
無論、聖白蓮は確かに自分の女性的魅力に対して、無自覚などではないが。ここまで大きな火薬庫に火をつける理由、としては今までそんなことは無かった。
気づかな買ったことを、責めるいわれはない。それが道理であることは稗田阿求も理解しているが。
理解と納得と感情は、どうしても一致という姿を見せるのは難しい。
「○○!阿求を止めろ!!」
上白沢の旦那は、もはや反射的に言葉を発した。この状況で何かをやるとすれば、最も劣等感と嫉妬と、そこから悪意を作り出した稗田阿求だろう。
稗田○○は、上白沢の旦那からの警告に息を吹き返したが。遅かった。
稗田級にどれだけの権力と、またそれを乱用することが許されていようとも、上白沢慧音が思っている通りそれらは情欲の代替品。
肉体的魅力の低さを補うどころか、誤魔化しているぐらいの意味しかなかった。
上白沢慧音がいて、聖白蓮がいて、それらほどではなくても男を情欲で掴んだ雲居一輪がいる。
悪意ですら気分がすいたり落ち着いたりするのは、ぶつけて直後が最高潮であり、結局はまた嫉妬にまみれる。
「――ッッ!!」
稗田阿求は、はっきり言って奇声を発した。
来ることが分かっていたからというのもあるから、聖白蓮はこの場にお茶もお茶菓子も用意していた。
そしてなおまずい事に、稗田家中独自の決まり事、阿求は寒さや冷たさが大敵だから、家中の人間は夏でも温かいものを飲むと、情報を仕入れていた。
阿求が奇声を上げながら手に取ったのは、熱いお湯の入った急須(きゅうす)であった。
唯一の良かった点は、待つ時間が結構あった事で中身のお湯が少しは冷めてくれた事だが。別にそれは決定的な救いではない。致命傷は負わない程度だ。
「あっつ!?」
かかれば無論、聖白蓮程の超人であろうとも、熱いものは熱い。
「阿求!!やめろ!!」
息を吹き返したのが遅かったとはいえ、それでも○○は阿求の後ろに回って両脇を羽交い絞めにしたが。
○○が阿求に出来る、限界と言うのはこの程度だった。まだ足が、ジタバタできる。
聖白蓮は、熱いお茶がかかった衣服をバサバサと脱ぎ散らかしていった。
皮肉なことに、火傷しないようにと言うとっさの行動は、聖白蓮を薄着にしてしまい、魅力が分かりやすくなった。
「そのデカい胸の肉、揺らしてんじゃないわよ!!」
酷い言い草だ。元々は確かに、雲居一輪の暴走がこの会談と言う場面を作ったけれども。
暴れているのが稗田阿求でなければ、後々の外交的関係は最悪ですら生ぬるくなったであろう。
…………裏を返せば、こんなに暴れた後でもそんなに。というよりは全く、稗田家の立場や選べる行動に悪影響などと言う物は無いのだ。
聖白蓮は自分の肉体的魅力が原因で稗田阿求がいきなり、爆発したのだと分かったが。
留めようとしているのが稗田○○だけな事に驚愕して、上白沢夫妻の方を、熱湯にまみれた服を脱ぎ捨てながら見たが。
上白沢慧音は酷い顔で、稗田阿求の方を指さしながら爆笑の声抜きと言う様な表情をしていた。
肝心の上白沢の旦那は、やや稗田阿求と自分の妻を交互に見やった後。
「○○、すまん!いったん慧音を逃がす!!」
そう言って上白沢慧音の腕を取って、隣の部屋へと引っ込んでしまった。
「お前!!姐さんに何するのよ!!」
聖白蓮がやや呆然としていたら、さすがに、爪の手入れに夢中だった一輪も。この状況には、一応はまだ聖白蓮の事を首魁と、姐さんとは思っているらしく。激昂した声を出したが。
爪の手入れに直前まで夢中だったので、○○に行動の手札が得られていた。
しかし○○は、阿求ほど道徳や倫理を捨てきれていない。一輪を、女性に手を挙げる事は出来なかった
「くそったれがぁ!!」
なので代わりに、机をひっくり返して。とりあえず雲居一輪の方に蹴り飛ばした。
これもどうかとは思うが、雲居一輪の人間を超えた身体能力があれば、避けられることを○○の中では期待していた。
実際、一輪は避けるよりも上を行く、受け止めて横にいなすと言う技を見せてくれた。
「少しは落ち着け!!頼むから!!全員が深呼吸をしろ!!」
一番先に暴れたのは自分の妻だと言うのに、○○の言葉は自分たち夫妻の事を棚に上げるような言葉であったが。
「全員離れろ!!距離を取れ!!俺たちは殴り合いに来たんじゃない!!」
殆ど泣いている稗田○○の姿には、聖白蓮も彼の精神状態と置かれている立場が、どうやらかなり酷い事を理解したし。
……そもそもの発端が雲居一輪であることを思い出したので。白蓮は一輪の腕をひっつかんで、部屋の端に移動した。
この頃には、一度下がった上白沢夫妻も、やや遠巻きに見てくれていたので。本気で何かが怒ったら、おそらくは突っ込んでくれそうではあった。
上白沢の旦那も妻である慧音に何かを頼んでいるし、友人である○○の方にもよって行き何事かを伝えている。
「ああ、分かった。そうしよう」
○○は玉を振りながら、上白沢の旦那からの提案に同意を示していた。
稗田と上白沢、両夫妻の旦那どうしは、色々な状況の解決策を模索してくれていたが。
両夫妻の妻である、稗田阿求と上白沢慧音は、どちらも醜悪(しゅうあく)な感情に支配されており。
騒動の発端である雲居一輪や、その首魁の聖白蓮に苛立ちを向けるならまだしも。
上白沢慧音は、半笑いで稗田阿求を見ながら「お互い、男好きする体を持つと苦労するな」と、やっぱり半笑いで聖白蓮に同情の念を示してきた。
そして稗田阿求が最も獰猛(どうもう)になったのは、上白沢慧音が言葉を発した時であった。
今度は、稗田○○が妻を連れて隣の部屋に引っ込んで、落ち着かせに行った。
続く
感想の程ありますと、嬉しく思います。お手すきでしたらお願いいたします
横山光輝の三國志読んでたら
曹操が「あの猛勇を連れてこい!話がしたい!」っつたら
部下がよくわかってなくて、ボコボコにして連れてきたら、曹操がぶちきれたってネタがあったんだが
これ、ヤンデレに応用出来そうだなと思っちゃった
鈴仙ってモブの玉兎と地上にいるときも時々連絡取り合ってると聞いてから重い女感が増した
月から地上に行くのも、地上から月に行くのも簡単じゃないから何らかの形で月から地上に来た◯◯に今まで会えなかった分の想いが爆発してヤンデレになる鈴仙アリだと思います
>>639 さんのネタを使用しました。
〜人生には選択肢が二つある。即ち進むべきか・・・〜
「どういうことだ?」
素っ頓狂ともいえる、ある種出し抜けの疑問。普段の彼女を見ていればこの様な気の抜けた、本心のままの疑問
を見る機会など殆どないであろう。それは依姫のどちらかといえば真面目とも言える性格のせいでもあるし、
月の都の中で重要な政務を執り行うためでもある。その彼女が今この瞬間は、状況を全く理解できずに疑問を
呈していた。
「はっ!依姫様が以前お話になっていた人物を、こちらに連れてきました。」
「それが…一体…。これはどういうことだ?」
地面に転がされている○○を見れば、普通に連れてきた訳ではないのは明らかであった。いくら月の都が厳格な
身分制であったとしても、流石にそこまでいけば行き過ぎだといえよう。手錠を後ろ手に掛けられて、
僅かに身じろぎをするのだが、服の下を殴られているのだろうか。苦痛に顔を歪めながら、依姫を睨んでいる。
「貴方様の御人徳にあります。」
胸を張って、むしろ誇らしげに語る部下。硬直していた依姫の頭の中で、氷が溶けるようにゆっくりと現実が
染み渡ってくる。これではまるで懲罰の様ではないか。依姫が考える。悪い予感が頭の中に巡る。まさか、まさか
私の話を部下は聞き違えたのだろうか。いつかの気にも留めていなかった、話しの隅にに登った僅かな言葉の切れ端から
このような事件が起こるとは、流石の依姫にも想像できなかった。しかし部下達のの様子を見るに、それは本気で
そう思っているのだろう。依姫が不快に思っている、最近目立つ下級兵に道理を分からせてやったと。
依姫の息が荒く漏れる。目の前がチカチカと光り出し、地面が歪む感覚が視界の中を蠢く。ああ、一体どういう
悲劇なのだろうか?まさか自分が思っていたことと丸っきり逆のことが起きるなんて!
「た、退出しろ!今すぐにだ!!」
「はっ!」
敬礼と共に部下達が部屋から出て行く。依姫が震える手でモニターに浮かぶ呼び出しボタンを押した。数分以内に
貴人用の医療班が駆けつけるだろう。しかし…一体どうすればいいのだろうか。このままではいけない。
当然そんなことは依姫にも分かっていた。○○の鋭い目が依姫を今も睨み付けている。嫌われてしまったのだから
いっそこのまま○○を拘禁して…そんな考えが脳内で過ぎり、必死にそれを打ち消していく。歪んだ欲望に囚われる
ことを恐れるかのように自分の胸を握りしめる。二つの選択が目の前で揺れている、苦難に濡れた王道を進むべきか、
それとも悪を尽くす覇道を手に入れるのか。もう間もなく来る医療班に、○○をどちらの区画に連れて行くように
指示するかで、彼の運命は全く別のものになってしまうであろう。後方に位置する安全な特別医療区画か、それとも
今までに生きて出た者がいない司令部奥の特別室か…。
決断までの時間は、もう間もなくであった。
>>635
極まった愛の一つの終着点の形ですね。乙でした。
>>638
完全に阿求がおかしくなってしまっているのがまずいですね。
このまま探偵組の二人にもひびくのでしょうか。
>>640
鈴仙と玉兎○○。月と地上。舞台は整った!
さぁあなたの頭のなかの世界を私にみせてくださいまし?
>>641
天津神の一員の言う事よくわかってなかった兵士の方が悪いってなるだろうな、月世界だと
でも王道と覇道の境界でフラフラして、何にも得られなくなりそうになって
より○○に執着する依姫様が一番、らしい気がする
次より、権力が遊ぶ時の第33話を投稿いたします
「よし、よし。阿求、ここに座ろう……と言うか、どうかここに座ってくれ」
稗田阿求に力仕事を、色々な意味でさせるわけにはいかないとして、上白沢夫妻が率先して作り直した会談の席に、稗田○○は戦々恐々とした様子を、隠す事も出来ずにいたが。
何故ならもはや、会談の席自体が異様としか言いようがなかったからだ。
差し向かいなのは、まだ先ほどの会談の席と同じであったが。差し向っている距離と言うのがここでは問題になる。
長机の端と端に座ろうとしているのだ、一番距離が遠い、話し合うには明らかに不便な距離を稗田夫妻及び白蓮と一輪はとろうとしている。
そして長机の中央辺りに、普通の会談の席のように上白沢夫妻は差し向って座った。
上白沢の旦那は既に憔悴しきった顔をしていたが、これは力仕事が原因などでは絶対になかった、妻である上白沢慧音はどこか楽しそうな気配が抜けていないし、旦那に対しては明らかに悪い笑顔を見せてくれることがあった。
こっちの方が力仕事よりも明らかに、憔悴する理由だった。
「ね、阿求。この依頼はまだ終わっていない、ここで放り出すわけにはいかない。依頼を完遂させるためにも、この会談は必要なんだ」
しかしながら稗田阿求にとっての最後の一線は、やはり、○○の存在そのもの、○○が納得していたり楽しんでいられるかどうか、○○の望みが叶えられているかどうか、これが最も稗田阿求にとっての大事な事であった。
だから、○○は作り直された会談の席に、○○は一切の不平不満を言わずに。
横合いには○○の妻である阿求の存在を、求めていた。
○○の横に妻である阿求、もはや○○を愛しすぎて狂い始めているではなくて、間違いなく狂っている阿求にとっては、その姿はやはり最も甘美な物であった。
それを○○自身が――今回の場合は状況のさらなる悪化を防ぐためと言う、かなり消極的な理由が存在しているけれども。
○○は決して阿求の事を嫌がっていない、こんな状況でも○○は聖白蓮にも上白沢慧音にも、肉体的魅力の高い女性に一切目移りしなかった。
やはり○○も、稗田阿求ほどではないけれども、そうとうに妻である阿求の事を愛してしまっていた。
やはりこの感情は大きかった。横にいてくれて、肩を懸命に抱いてくれて、声をかけてくれる。これらが全部、真の物だと気づく事が出来る、吐息すら感じられるぐらいに近いのだから、勘違いを起こすような心配は一切ない。
「そうですね」
少しだけ阿求が落ち着いたが、上白沢慧音や聖白蓮や雲居一輪の方向に目線を向けたとき、仄暗い優越感を見た気がした。
「そうですね」
阿求が先ほどと同じ言葉を紡いだが、その中にある意味は明らかに違っていた。
「やっぱり、あなたがいないと駄目ですね。特に今のこの状況、○○がいないと何も終わらない」
先ほどの『そうですね』に交じっていたのは優越感だと理解するのは、阿求が○○自身を異様に高く評価する言葉を聞けば、十分だった。
「ありがとう」
けれども○○が口に出せた言葉は、感謝の言葉だけだった。
異様なのは○○も同じだなと、○○自身も気づいていた。そして異様だと言う評価は、上白沢の旦那も同じように評価していた。
少しばかり、湯飲みが机を打ち付ける音が、高く鳴った。彼らしくない所作である、感情や思考でイライラすることは合っても、彼はもっと大人しい性格なのに。
これが自分に対する批判的感情であることは、○○にはすぐにわかった。そして同時に感謝した。
稗田阿求を、恐れていてもなんとか自分とまっとうに付き合おうとしてくれている。で、あるならば道徳や道義と言った部分も彼は○○にはまっとうで合ってほしいのだと言う意思が見えた。
その事に関する感謝の念は……可能ならば今すぐ伝えるべきなのだが。今は阿求が横にいた。
……そして自分でも分かる、歪んだ認識が存在していた。
この状況で上白沢の旦那に声をかけていないのは、阿求が近くにいるからというよりは、阿求に嫌われるようなことをしたくないからという方が大きかった。
長机の端の方に、稗田夫妻はともに着席した。しかしまだ、もう一方の端には誰も着席していない。
聖は雲居の腕を取り、何もしないようにと言う部分もあるけれども、下手に近づかない方が賢明だと感じていたからだ。
それがこんな形で表れてしまった、長机の端と端に座って、距離を無理やり稼ぐことになろうとは。
もう片方の端の方に、聖白蓮と雲居一輪が着席するように稗田○○が手の動きで促した。
もう片方の手は、当然と言えば当然であるけれども稗田阿求の肩をしっかりと抱いていた。
上白沢の旦那は肯定と否定の感情をごちゃまぜにしながら、その様子を見ていた。特に○○が稗田阿求の肩を抱いている部分に対してであった。
稗田阿求は、さっきまで爆発を続けていたのに。夫である○○が再びこの場を仕切り始めたら、急にヘラヘラとした表情に変わった。そしてそのヘラヘラ顔の、一回目の最高点は間違いなく、聖白蓮と雲居一輪に対して着席するように、指示した時であった。
なお悪い事に、稗田阿求は武者震いのような姿まで見せた。あの女の肩まで抱いている稗田○○が、それを気づけないはずはない。
……たしかに現状、稗田阿求を強力に抑え込めるのは稗田○○のみであろう。ならば彼が阿求を抑えるのはもはや義務。
けれども義務以上に愛情がありはしないか、上白沢の旦那はうがってみていた。愛情の存在までは否定しない、しかし稗田○○はその愛情が大きすぎないか、それが彼にとっては心配であった。
「お代わりいるか?」
少し、唇を噛み締めてため息をこらえたら。慧音がこちらの意を察したように、お茶のお替りを勧めてきた。
慧音はこんな状況でもニコニコとしていた。稗田阿求も上白沢慧音も、優越感を互いが互いに向けていた、だからどうにかなっているのだけれども。
慧音の場合は、肉体的魅力を阿求にも見せつけたり、聖白蓮よりも上だと思い込めるだけの――
というよりは、上白沢の旦那の一番の女は自分だと信じ切っているし――上白沢の旦那からしても慧音以外の女になびこうなどとは、思うだけでも恥だと考えてまでいる。
――もしかしたら自分も稗田○○と同じかもしれない。
慧音は少しわざとらしく、旦那の手に触れながらお茶のお替りを渡してくれた。
――この時、上白沢の旦那は気分が高揚するのをしっかりと、自覚した。
もちろんそれと同時に、こんな場面を稗田阿求に見せれば不味いとも分かったが、水を差すことに対する若干どころではない拒否感が、上白沢の旦那に言葉を紡がせなかった。
「大丈夫だ、稗田阿求の方は見ないよ。君の懸念も私は同じように持っているが、それ以上に今は君だけを見ていたい。君の、私に対する執念だけを」
けれども慧音は何もかもに気づいていたようだ。
上白沢の旦那は自分の気分が更に高揚していくのに、無頓着などではいられなかった。
それは稗田夫妻も、聖白蓮と雲居一輪の方も、両方ともを見なくなってしまったと言う形で現れてしまった。
そして皮肉なことに、今の上白沢夫妻がどうにも自分たちの世界に入り込んでしまったなとは、それを最も確認しているのは稗田夫妻であった。
「続けましょう」
けれども○○は、これ以上の阿求からの介入を様々な意味で良くないと思っていたので。もう自分だけで話を動かしてやろうと決めた。
それで稗田阿求の、肉体的魅力が低い以前の身体が弱いための、旦那に対する情欲の代替品となる。
自分が旦那に与えている権力を、旦那が、○○が振り回す部分を見せる事になろうとも。
実際、おずおずと聖白蓮が雲居一輪を、相変わらず暴れないように腕を取りながら座った時に、稗田阿求はますます興奮しだした。
彼女の肩をしっかりと抱いている○○は、それが嫌でもわかったろう。だけれども○○の考えは鈍らなかった、この依頼、最低でもこの会見を早く終わらせることだと考えをより強固にする事にしかならなかった。
「雲居一輪さん」
ようやく始まる……と考えながら○○は、もちろん、一輪の方に声をかけた。
彼女にはもう、意中の相手が○○以外の存在が、これでもかという程に濃く存在している。だから雲居一輪に対してだけは、気を付けて名前を全部読んでいるけれども、聖白蓮よりは危険性は少なかった。
……あくまでも稗田阿求の心理状態にだけ、目を向ければの話だけれども。
○○が徹底的に気を使って、聖白蓮の事を何とかしてまともに見ないように努力していたから、雲居一輪の事はこれでもかという程に見ていたので。
彼女が横合いで自分の腕をひっつかんで、最悪の場合の防波堤となっている聖白蓮にも、若干のうっとうしさを見せたり。
そして一番目についたのは、一輪が先ほどから必死になって手入れを続けていた、手先の整い方を随分と気にしている所であった。
さすがに、名前を呼ばれたら目線ぐらいは向けてくれたが。
稗田夫妻にも上白沢夫妻にも興味がまるで見えなかった。ただ目線の先に存在している、それ以上の意味を雲居一輪は持っていなさそうだ。
やはり恋敵の存在が、明らかに雲居一輪をおかしくしているのだろうけれども。
おかしくなっているのは、物部布都も同じはずだと。もういっそのこと、そうであってくれないと困る、それぐらいにまでは○○も思っていた。
「……何?」
ついに根負けしたようで、雲居一輪は稗田○○に反応を示してくれた。
相変わらず稗田○○は大いによそ行きの顔ではあるが、だからこそやましい意味を感じさせなかったのはあったのだろう。
余りにも事務的、近づかれることを拒んでいた。○○は阿求と言う一線の向こう側を嫁にしつつも、女性とどう話せばいいか十分に理解していた。
そして話したい事こそあるが、近づきたくはないと言う態度は、雲居一輪にもめんどくさい以上の感情を出すことを抑制もしていた。
「私としましても、ナズーリンさんからの依頼を一度引き受けてしまった以上はね。まさか放り出すだなんて、やりたくはないんで」
何よりも探偵と言う立場を、○○はこれでもかと利用した話しぶりだ。
のらりくらりとしつつも、目的の達成までは絶対に離さないぞと言うのがよくわかる態度だ。わざとらしい微笑がよく似合っていた。
ついに雲居一輪が根負けしたようなため息を出した。○○のわざとらしい笑顔はより強くなり……稗田阿求は楽しそうにしていた。クスクスと言う笑い声が、誰の耳にも聞こえた。
ずっと妻である慧音の顔を見ていた上白沢の旦那も、この阿求の嫌らしい笑い方に、ハッと我に返されてしまった。
実質的に、○○が雲居一輪から一本取ったともいえるのだから。稗田阿求は、それは嬉しかっただろう。
上白沢の旦那からすれば、こんな笑い方が出来る稗田阿求がいるから○○はこんないやな演技をする必要があるんだなとは思ったが。
「……で、どうすりゃいいの?ナズーリンの配下捕まえちゃったのは、頭の一つも下げなきゃダメかなとは思ってるけれども」
両夫妻の旦那は、一輪のあまりの軽薄さに少々目をむいて、恐怖すら出てきたが。どちらも敢えて無視を決め込んだ。
くしくもどちらの旦那ともが、とても強い嫁を持っている。あるいは権力、あるいは純粋な戦力。何かあってもどうにかなる、あくまでも自分たちは。
「まぁ、ナズーリンさんと一輪さんの間に関してもおいおい……ですが今は件の歩荷さん。あの男性を含めて、あなた方三人の事で話がしたい」
三人という数字が出て、一輪の表情は明らかに歪んだ。めんどくさいと言う感情が消えて、敵意にまみれた。三人と言う事は、物部布都も関わってしまうからだ。
しかし幸いその敵意はこちらにはあまり向いていないから、まだ話が出来る。
「あの成金仙人が今更、何が出来ると言うのよ。私はあの人と夜も一緒にいるのよ!!」
だが一旦鳴りを潜めていた敵意を、○○が思い出させたことによって。一輪はまた強い感情の波に、飲み込まれてしまった。
反射的に立ち上がってしまった一輪を、失礼が無いように以前の問題があるから、聖白蓮は精一杯の力で再び座りなおさせた。
「……姐さん、痛い」
一輪は抗議の声を上げたが、聖は無視した。むしろこの程度でよく済んでいる、物部布都のなんだか品のない商い程度を、とっくに通り越した人質事件の主犯なのに。
そしてこの程度で済ませているのは、実は○○の方も同じであった。
「あの男性とは……中々、夜の方も、上手く行っているようで」
○○の方から、一輪の喜びそうな話題を出してやった。一輪の表情はパッと、また一気に変化した。今度はとても嬉しそうで楽しそうであった。
「そうよ!あの成金仙人に、稼ぎの役を取られたのは癪だけれども、それ以外は、家の事も周りの事も、全部!私が受け持ってるわ。アイツと違って夜も!!だから私も必死になって体の手入れをする、やりがいってものがあるわ!あの人からすれば、あの成金仙人は、ただの同僚よ同僚。稼ぎのいい話を持ってきてくれた事は、あの人は優しいから感謝しているけれども。それだけよ!!」
「そうですか」
○○は大人しく、そして短く返事をするだけだ。
上白沢の旦那からは、○○が何かを諦めてしまったような感情が見えたが。多分それは当たっているだろうし、また非難をする気もない。
「まぁ、上手く行っているようで何より」
それだけか?と上白沢の旦那は思いながら○○の方を見たが、壁に掛けられている時計をちらちらと見るばかりであった。
「何かを待っているのか?」
上白沢の旦那はこらえきれずに聞いてしまったが、○○からしても少し安堵したような表情だった。
「まぁな」
しかしその割に、言葉は間延びしていた。その時に上白沢の旦那はピンときた、これは時間稼ぎなのだなと。
「うん」
○○はそう言ったっきり、器に盛られたお菓子に手を出して、何の気なしにと言った感じで食べだした。
しかし壁の時計はまた見た。
聖白蓮も、○○が何をしたいのかイマイチ分からなくて腹が立ってきた、というのはあるにはあるが。
そもそもの発端は自分の身内である事と、どうにもこの夫妻が危なすぎる事とが合わさって。黙って待つしかなかった。
先ほどの会話を聞けば、○○も何も考えていないわけではないようで、既に何かをやっていて今は待っているところだと言うのは明らかだが。
出来ればそのなにかは、やってから来てほしかったなと思い始めていた。
だが○○は我慢強かった。
時計を何度も見ていたが、お茶とお茶菓子で粘り続けても特段表情に変化は無かった。
もう15分近く、無言の状態が続いている。
慧音も段々と焦れてきたのか、足先でツンツンと旦那の方をつついてきていた。
上白沢の旦那としては、はっきりと言ってやめて欲しかった。興奮してしまう。
聖白蓮とは全然違う意味で、○○の待っている何かが早く来てくれと願っていた。
稗田阿求は相変わらずだ、○○の考え一つで自分たちが留め置かれているのだ。これが権力以外の何だと言うんだ。彼女はそんな場面を見るのが好きなんだ。
ついに聖白蓮ですら、無言と退屈に耐えきれずにこっくりと半分眠り始めてきたとき。
外からカラスの鳴き声が高く響いた。
○○はその声に息を吹き返して、喜び勇んでいるのが隠せない様子で外に出て行った。
聖白蓮はため息を盛大につきながら、状況の変化を噛み締めていた。
ついに雲居一輪の、手先の手入れを止める気力もなくなっている。
上白沢の旦那も、慧音からの色っぽいちょっかいにそろそろ我慢の限界を迎えていたから。
○○に急いでい付いて行ったがが、この旦那が○○に急いで向かう理由はとっくにお見通しだから。
慧音は旦那に向かって、ウィンクをするぐらいの余裕があった。
上白沢夫妻がいちゃ付いている様子に、聖白蓮は呆れる事すらできずに力のない笑みを浮かべていた。
「○○、カラスは何を届けてくれたんだ?」
上白沢の旦那はそう言いながら、○○の横合いについたが。○○は手紙を手に持ちながら、少し天を見上げていた。どうやらあまりよく無さそうだ。
「物部布都が今、洩矢神社で諏訪子さんと一緒にいる。というかこの手紙、諏訪子さんが書いてる。射命丸に頼んだんだがなぁ、見つかったのかな」
「それだけじゃないだろう?それが原因でそんな顔、浮かべるとは思えん。むしろ面白がりそうなのに」
早く言え、上白沢の旦那は○○にそう圧力をくわえたら、○○はすぐに言ってくれたが。
「物部布都が件の歩荷にフラれた。それもどうやら、雲居一輪の口八丁の結果のようだ。激突を覚悟しよう」
○○からの言葉には、上白沢の旦那も○○の肩を抱いて慰めてやるしかできなかった。
続く
お手すきでしたら、ご感想の程いただけましたら大変うれしく存じます
いぢわる
「そっちは危ないですよ、○○さん。」
僕の側で彼女が言う。何かにつけて勘の鋭い人間というものはどこのクラスにも一人はいるのだが、どういう訳か
彼女のそれは他とは違っていた。いや…最早彼女は、普通の人間を超えた力を持っているとすらいえるだろう。
他人が考えていることを寸分の狂いも無く言い当てるのは、小説の中に生きる名探偵でもないのであれば、
人間業ではない。それに第一、シャーロック=ホームズですら、親友で助手のワトスン博士の思考を読むだけであった筈だ。
「あそこの人が…。」
彼女の言葉に目がそちらに向く。前を歩く人は、ごく普通のスーツを着ているように見えた。
「あっ、そういえば…○○さんは昨日から、私の言葉が聞きたくないんでしたねぇ。」
「………。」
彼女の言葉に応えまいと無言を貫く僕であったが、内心は気が気でなかった。
「おい!お前!何やってんだ!」
すれ違いざまにぶつかった男へ向け、スーツの男性が罵声を飛ばす。豹変する姿と辺りに響く大声に、付近の空気が
たちまちに凍り付いた。言い争いを始める二人に巻き込まれないように、遠巻きにしてに人が流れていく。
「仕事でのストレスをぶつけるなんて、みっともないですね。」
揉め事の原因すら推理する彼女。内心なんて分かる筈もないのに、彼女の言葉は堂々としていて、僕には全く真実に
思えていた。自分の心を落ち着かせるために、僕は頭をフル回転させた。服が乱れていたのだろうか?それとも腕時計が
年齢には似つかわしくない程に安物だったのだろうか?あるいは靴が汚れていたのかもしれない。
「その店はちょっと…。入らない方が良いと思いますよ○○さん。」
僕の思考に突然彼女の声が割り込んできた。
「さっきの事を頑張って考えている○○さんには悪いですが、私は別の店がいいと思うんですけれどね…。」
突然の彼女の言葉に僕の考えがまとまらずに乱されていき、そして先程の騒ぎが僕の心の中でリフレインする。
「不安が広がっていますよ…。さて、さっきの結果はどうでしたか?」
彼女の言葉を聞かないと決めた筈の僕の意思は、ボロボロに崩れ去っていた。
>>648
果たして色々と壊れかけた状態で、三人の関係を無事に纏めることができるのか…
幽々子「なんというか、○○は本当にトロいわねえ」
○○「いっつもポヤポヤしてるお嬢様には言われたくないな」
幽々子「あら、主人に口答えするの?そんな男に育てた覚えはないわよ?」
○○「育てられた覚えもないんだよなあ。育てるっていうのは妖夢姉くらい愛情を持った接し方を指すんだよ」
幽々子「妖夢は甘やかし過ぎなのよ。おかげで剣の腕も全然上がらないへっぽこじゃない」
○○「うっ……」
幽々子「頭も良くないし料理の腕も微妙だし和歌にも興味は示さない……あなた何なら出来るの?」
○○「す、好き放題言いやがって……ま、こんな粗暴なお嬢様の相手くらいなら出来るかな」
幽々子「はあ、口の減らない……あーあ、もっと優秀な従者が欲しかったわ」
○○「悪かったな出来が悪くて……あ、お嬢様、あっちに屋台あるぞ」
幽々子「何してるの○○、行くわよ」ダッ
○○「疾っ!?ちょ、待てよお嬢様!」
△△「………………へえ」
──────────────────────────────
幽々子「……あなた誰?」
△△「へへっ、初めまして、△△と言います。○○とかいう奴、西行寺様を困らせる屑のようなので代わりに焼きを入れときましたよ」
幽々子「は?」
△△「とりあえず見てくださいよこれ」ドサッ
○○「かっ……ぁ……」
幽々子「○……○……?」
△△「こいつ、あんな雑魚のくせに西行寺様の従者だってんだから笑っちまいますよね。俺一人でボッコボコっすよ。で、俺はこんなゴミと違って何だって高水準でこなせます。どうです?俺をこいつの代わりに従者にしません──」
幽々子「妖夢っ!来なさい妖夢っ!!!」
妖夢「……なんですか幽々子様?大声……出し…………て……」
幽々子「惚けていないで○○を永遠亭に連れて行きなさい!全力で!最速でっ!!」
妖夢「っ……は、はいっ!」ダッ
○○「妖……姉……ご、め……」
妖夢「こんな、酷い……○○、もう少しだけ辛抱してね。お姉ちゃんが永琳さんの所に連れて行ってあげるから……」
○○「ぁ……ぅ……」
妖夢「っ……行きます!」ビュンッ
△△「……あ、れ?」
幽々子「あなた、前に人里に行った時の会話を鵜呑みにしてこんなことをしたのかしら?馬鹿じゃない?親しいからこその軽口に決まっているでしょう?あなたが私達の何を知っているの?あの子の、○○の何を知っているの?」
△△「……っ」ゾクッ
幽々子「なんてことをしてくれたの?あなたがあそこまでしたのが誰か分かっているの?妖夢の、私の、大切な……大切な人なのよ?それをあんな……っ」
△△「ご、ごめ……なさ……」
幽々子「……ああ、もう、死ねよ……いや、殺す。私が殺す。痛いってことがどれだけ怖いかを刻み込んで殺す。てめえがもう殺して下さいと泣き叫ぼうが止めない!生まれてきたこと後悔しようが痛めつける!!だから私がてめえを殺し切るまでしっかり生きてろよこのゴミクズがよおおぉぉぉぉ!!!!」
大切な人を傷つけられて口調が変わるほどブチ切れるの大好き
>>651
豹変する幽々子様いい…
○○を送り届けた後の妖夢も絶対こわい
日記
ああ、君はどうしてこれ程までに私を悩ませるのだろうか。どうして私の側にいないのであろうか。君が私の近くに
いてくれるだけで、私の心は揺れ動き君の一挙手一投足から目が離せなくなってしまう。君は只の一兵卒であり、
私とは厚い壁で阻まれているのに、だけれども私はそれすらどうでもいいのだ。君がいくら頑張って功績を挙げた
としても、それは精々が将来の幹部候補生の箔付きにしかならないのだが。それでも私は君のことを気に掛けて
しまうばかりだ。君が危険な任務にいかないように、わざと後方勤務に回しているのが分からないのだろうか。
それも仕方の無いことなのかもしれない…。君はあの軽薄で野蛮な部隊の連中に乗せられて、地獄との前線で押し寄せる
純化された妖精どもを打ち破ることを夢見ているようだが、とんでもない!あんな物、いくら殺しても復活する
奴らの相手なんて、所詮は永遠に続く無駄なことに過ぎないのだから!司令部が仇敵をあしらっているだけのことに
月の都に攻め込まれないようにだけ気をつけて、後は適当に時間を稼いでいることにどうして君は気づいてくれないんだ!!
確かに月のプロパガンダは良く出来ている。それは私も認めよう。なにせあれを作ったのは、あの天才の御方の元生徒
だからな…。あの御方には遙かに及ばすとも、この月の中では大変に優秀なものだ。それに君が乗せられてしまう
のも無理ではないだろう。だが…だけれども、君が傷つくこととはそれは別問題だ。いくら皆が熱狂していようとも、
君はあの目を持っているだろう?私にだけ、ふと見せてくれる、あの愁いを帯びた目。私だけが君のあの素顔を知って
いるんだから。他の誰にも見せていないだろうな。きっと他の雌が君に気が付いてしまったら、当然に君を手に入れようと
するだろう。至極普通の結論だ。地球が月の空に浮かぶ程度に当たり前のことだ。安心していい。君に色目を使っていた
あの女は、最近前線送りにしておいたから大丈夫だ。一番損耗が激しい場所に配属しておいたから、きっと一ヶ月も
しないうちに行方不明か名誉の特進になるだろう。だからどうか…どうか私に気が付いてくれないか。
君のことを考えるだけで、私の心が張り裂けそうになる。今までは難なくこなしていた仕事ですら、ややもすれば
仕事にならない程だ。一体どうすれば君の視界に入れるのだろうか。ああ、何も思い付かない!どれ程までも
普段の私が尊敬されていようとも、それは君との間には全く関係のないことなのだから。月の事ならば何でもできる
私が、そう、君のためならば何でも動かせる私が、君のことになれば何もできなくなってしまう。只の小娘のように
狼狽え、あれやこれやと妄想を連ねて空想を重ねて、そして肝心の君の前では何もできなくなっている…。
私は一体どうすればいいのだろうか…
>>651
二人だけの関係があるのがいいですね。壊されるとその分仮面を捨てて
激怒する程のうかがい知れない関係なのでしょうね。
>>654
重い激情と、それを日記に記すことで周りには悟らせないようにしてるのが良い
久しぶりにwikiを更新
と言っても大した更新はしてないが
管理人さんお疲れ様です。
美鈴が出てきたのが嬉しい…
管理人さんお疲れ様です。
このスレが結構な楽しみです
まとめの更新作業、ありがとうございます
徐々にページが分厚くなるのは、見ていて気持ちが良いですね
綿月姉妹って、滅茶苦茶な取引もちかけそう
私と一緒に食事をしないとこいつの命は無いぞ、みたいな
明らかに情緒不安定な独裁者やってそう
そこで○○に媚びる勢力が一番強そうなのが、月世界の病んでいる所なんだろうけれども
>>648 の続きとなります
諏訪子が結局は洩矢神社に物部布都を連れてきたのは、なじみの店への迷惑も考えてはいるけれども、そっちの方がどうとでも出来るからだ。
暴れたなら暴れたで、構わない、神格を見せつければいい。むしろ暴れてくれた方が、諏訪子としては、実はそっちの方がよほどやりやすかった。
「おえええ……」
泣きながら吐しゃ物を、トイレにぶちまけられてしまえば。ひたすらにめんどくさいとしか思えなかった。
だからと言って無視をしたり、あるいはたたき出すのは……実はたたき出すのが一番、諏訪子としてはやりにくかった。
何せ洩矢神社に布都を連れてきたのは、諏訪子自身がそうしたのだから。奥の方で神奈子が、ほぞを噛んだような表情を見せながらも布都の背中をさすってやってる諏訪子を見ているだけだった。
そのうち神奈子は軽く、力のない笑みを浮かべたような表情を見せて、部屋の奥の方へ。少なくとも布都がトイレに吐しゃ物をぶちまけている音、これが聞こえない場所にまで移動した。
諏訪子は神奈子からの優しさを噛み締めるしかない、本来なら神奈子には怒り出しても良いぐらいの理由がある。これまでの、遊郭街での遊び歩きも含めて。たとえ遊女が遊郭街の外で遊べる場所としての、洩矢神社を整備したことにより、かなりの金額が洩矢神社にも降り注ぐようになっていたとしてもだ。
「うげ、ええええ……」
しかし、諏訪子は神奈子からの優しさを噛み締めてばかりではいられない。
布都がまた吐しゃ物をぶちまけ始めた。いったいどれだけ呑んだんだとも思うが、トイレでぶちまけている自分自身の吐しゃ物の悪臭が、悪循環をもたらしているのかもしれなかった。
この悪臭は、シラフに近い諏訪子ですら喉奥に込みあがるものを感じざるを得ないからだ。
「……騙されておる」
「うん」
少し酷いと思ったが、諏訪子は短く返事をするだけであった。
布都が少し、喋り始める事が出来るようになった。相変わらず、トイレの中に視点を集中させて、何回もツマミをひねって水を流しているが。
だが短時間で喋れる程度になれたのは、すぐに水で流せてしまえるこのトイレのおかげだろう、多分まだ吐くだろうけれども。
だが何にせよ、水洗トイレには惜しみない称賛を贈りたい気分だ。
ぶちまけられた後の片付け、掃除が随分と楽であるのだから。諏訪子自身も、つい先日にはよりにもよって稗田邸で、トイレでとはいえぶちまけてしまったのだから。余計に、称賛の念は強くなる。
「……騙されておるのだ!あの、男はぁ、あの腐れ尼僧のぉ……腐れ尼僧にはぁ……どうせぇ色欲しかぁ……」
だがまだまだ布都の調子は、本調子とは程遠い。自分で大きな声を出しておいて、その大きな声を出すと言う行為そのもので、また嘔吐感が刺激されてしまい、しどろもどろな喋り方になって、トイレの開口部に口を突っ込んで。
嫌な音と、不快な悪臭を合わせてトイレの中にぶち込んでしまった。
しかし諏訪子としては、布都の背中をさすりながらも。床にぶちまけられるよりはずっとましだと、自分で自分を納得させるほかは無かった。
「よしよし……まぁとにかく…………」
布都に何か優しい言葉をかけようとしたが、足音がわざとらしく鳴っているのが、間違いはないこれは諏訪子に聞かせるための足音だ。
「早苗、早苗、早苗!!待つんだ、そっちは諏訪子がやってくれるから!!」
足音の持ち主に関する推理は……古今東西にいる名探偵の様な、灰色の脳細胞などに頼らずとも、神奈子からの慌てたような声がなくとも、推理はたやすい。
「ううう……」
布都がうめいているが、小康状態には落ち着いてくれている。なので顔を少しばかり、他の方向に向ける余裕は出来てくれた。
いっそない方が良かった気もするが、こうなってしまえば向かざるを得ない、向かなければ早苗はますます怒り散らすだろう。
意を決して諏訪子は早苗の方向に顔を向ける事にした、そうしなければ怒り散らすと言う懸念はもちろんだが、やはり、早苗には無理をさせていると言う負い目は諏訪子にだってある。
本当に負い目だと思っているのならば、もう少し慎ましく動いてくれと、早苗ならば言うだろうから負い目の存在は絶対に言わないけれども。
だが諏訪子が見た、早苗から注がれている表情は、いっそのこと怒りの感情をぶつけられていた方が、分かりやすくてそちらの方が良かったぐらいだった。
端的に言えば、早苗はヘラヘラとした表情を浮かべながら、吐しゃ物をトイレに巻き散らかしている布都を介抱してやっている、諏訪子の事を見ていた。
怒りの感情をぶつけられることを覚悟していた諏訪子も、これには息が詰まった。
「我はぁ……我の方がぁ……」
トイレの中に盛大にぶちまけ続けている布都は、残念ながら今の一周回った感情を持っている早苗の方は、まるで見えていない。
見えたとしても、泥酔状態の今ではどう思うかは随分と怪しいけれども。
だから布都が早苗の顔を見る見ないは、ともかくとして、布都の独り言は止めなければならないだろう、たとえ今の彼女が意中の男にフラれた直後で、精神的に安定していないとしてもだ。
それでも精神的に安定していない布都よりも、感情が一周回った早苗の方が脅威としては上だと判断したからだ。
「新しいお友達ですか?」
早苗は語尾を伸ばすと言った、いやらしさは無かったけれども。その冷静さが実はかえって恐怖を増幅させてしまう。
「意外ですね、物部さんは一線の向こう側だからてっきり、他を敵だと思ってそうでしたが。諏訪子様とお酒飲める程度には」
「わぁれぇををを〜〜!あの色欲まみれの尼僧と一緒にぃ、するでぇ、ないわあああ。ちゃんと相手の事をうぉおお」
物部布都が一線の向こう側であることを指摘したら、やはりと言えばまぁその通りなのだろうけれども、雲居一輪と同一視されたと思ったらしく、それいたく誇りを傷つけられたような反応を、物部布都は示したが。
早苗からの声がまぁまぁ聞こえているのは、ともかくとしても。やはりその動き方には、問題しか見えなかった。
一気に動いて、雲居一輪と似たような存在だと言ってきたことへの抗議を、布都流行りたかったのだろうけれども。泥酔状態でそんな、急激な動きをすれば。
「うぉえ……」
「まぁこんなのを○○さんが相手するのも可哀そうか」
早苗は明らかに嘲笑するが。また布都の喉奥から、怪しい声が聞こえてきたのならば、はっきり言って案の定だとしか言えないので、早苗からしてもクスリと笑う程度であった。
神奈子はまだ、早苗の服の袖を引っ張ったりして、早苗の精神衛生に悪いこんな場所からは早く立ち去ろうと、そう提案しているけれども。
早苗がここに、意地を張って居座る理由も実は神奈子としてはよくわかっている。
洩矢神社は早苗の家だからだ。家から逃げてどこに行くと言うのだ、とでも言わんばかりに早苗は憮然とした姿をしていた。この場合、表情のニヤケ面はもはや挑発ですらない。武勇とすら言えた、こんな場面ですら笑えるのだと言う。
「まぁでも、良いんですよ。○○さんからは諏訪子様も、お仕事貰ってますからね。特に今回は、あの二人が下手打たないように……○○さんも頭を痛めているようですから」
またしても早苗は物部布都と雲居一輪を同一視するような発言をした。
布都はもちろん、何度だって、抗議の声を上げようとするけれども。喉奥から変な声が聞こえたので、諏訪子は急いで布都の頭をひっつかんで。
やっぱり、布都はトイレに向かって吐しゃ物をぶちまけたので。まさしく今、ぶちまけている、そんな状態だったので布都は何も言えなかった。
「良いんですよ別に、布都さん。トイレは汚れる場所ですから、後で諏訪子様が掃除してくださるのでしたら……○○さんも色々な連中の顔色伺いながら、探偵の仕事しなきゃならないんですから。諏訪子様が協力してくれるなら、まぁ、悪くはないんでしょう。遊郭街なんかで頭角を現せられるんですから、それの協力があれば、○○さんも大助かりでしょう」
しかし早苗は明らかにイライラしている。口数の多さと速さと、隠す気もないトゲは、早苗の苛立ちを推し量るには十分すぎるほどの材料である。
「早苗」
ついに神奈子が、まずいと思ったらしく。早苗の衣服を、先ほどよりも強く引っ張りながら声をかけた。
「甘いものでも食べに行こう」
しかし神奈子だって、早苗には負い目を感じている。半ば強引に幻想郷に着させてしまったと言う負い目が、イマイチ、強さを奪っていた。
「……行きたい店があります。ええ、喫茶店なんですけれどもね。クッキーが美味しいらしくて」
早苗は神奈子相手ならば、諏訪子ほど腹立ちを持っていないからだろう。少し優しくなった。
諏訪子は相変わらずゲロゲロしている物部布都を介抱しながら、早苗を連れて行ってくれた神奈子の事を見やりつつも。
少しだけ、自分の黒幕然とした、フィクサーを好む性格に自己嫌悪が、本当に珍しく本当に少しだけとはいえ感じた。
射命丸に自分の書いた手紙を渡した後でよかったと。もう今頃は、稗田○○も、
今回、短くて申し訳ない
>>657
602まで更新
避難所管理人様宛
何度か更新を行っておりますが、規制に引っかかっているようです。
現在画像でのチェックをページ更新事に行っておりますが、こちらの解除は可能でしょうか?
お忙しい中申し訳ございません。
>>663
×避難所管理人様
○ヤンデレスレまとめWIKI管理人様
間違えてしまい申し訳ない…
熾烈な○○争奪戦の末やぶれたこいしちゃんが数年後せめて○○を奪ったヒロインの子をさらうことで復讐しようとするが「(泥棒猫の母親に似た)その目で私を見ないで」って憎悪向けるけど純真無垢な○○のこどもに慰められ「(父親○○に似た優しい)その目で私を見ないで」ってなるやーつ
ってのを考えたんだけどくもってるだけで病ませられてないわ…
ヤンデレって難しいよね
ネタ思いついて練ってみても「これただの頭おかしい娘では?」ってなってメモ帳に封印した話めっちゃ多いや
>>666
頭おかしい娘の話見てみたい…
見せて頂けませんか…?
お蔵入り
パラパラと彼の机の上にある書類を捲ると、そこに書き込まれた電子の光が仮想空間に映った。VRと言われる
技術は既に現実化して久しいが、ある種の人物は-例えばレトロ主義者などは-未だに頑固に紙の媒体を使用している。
もっとも、紙と言ってもあくまでも神経にリアリティを映しこんで、そこに有るように錯覚をさせているだけなのだが…。
情報化が進んだとしても、人間のものぐささが解消される訳ではなく、むしろ物理的な面積以上の情報を保存できる
ようになったせいで、余計な情報を抱えて捨てられなくなってしまっているだけに過ぎないのかもしれない。
かつては本を捨てればそこには多少の空間が生まれたものの、今ではいくらデーターを削除したとしても、人間の
脳味噌を埋め尽くす程に情報が溢れている。
そんな文筆家の彼の机を呆れるように僕は眺めた。いくらデータとはいえ、これは酷い。まるで国立博物館に所蔵
されている昔の漫画を見ているようである。この世紀になって未だにこれ程なのは、ひょっとして宇宙広しと言えども
彼だけではないのだろうか、とさえ思えてくる。適当なデータを摘まみ上げ一読をする。どう見てもただの小説であった。
恒星を跨ぐベストセラー作家の未発表作品群と言えば、誰か熱心なファンが中身も見ないうちに買いそうなものであるが、
そんなせっかちさんでも、これにはがっかりするであろう。なにせ題名しかなかったのだから。
ふと、悪戯心が芽生えた僕は、彼にデータを放り投げた。手の中で丸めた情報が紙飛行機の形になって飛んでいき、
彼の目の前でまた一枚の紙になる。僕に散々言われて机を片付けていた彼の手が止まった。
「おや、売れっ子作家にも、思い出の作品があるのかな?」
「…………。」
冗談交じりで言った僕の言葉に、まんじりともしない彼。固まっていた彼であったが、急にぐしゃぐしゃと目の前の
紙を丸め、そのままゴミ箱に放り投げた。削除ボックスに入れられたファイルが溶けるように消えていく。
「どうして…。」
何やら彼は絶句していた。
「おいおい、一体どうしたっていうんだ?単なる題名しかないデータじゃないか。」
「違う…、あれは削除した筈なんだ…。昔に…。」
「うっかり復活したか、コピーでも取っていたのではないかな?」
「そんな筈は無い!!」
突然叫ぶ彼。VRのイヤホンが震えた。
「あれは絶対に削除した筈なんだ!なのに、なのに……まただ!」
「いやいや最近もハッキングだって新しい手口が出ただろう?きっとそういう類いじゃないかな?」
「ハッカーは外部接続が無い場所に入り込めるか?」
「いやまあ…そりゃあ、無理だけれどもさ…。でもさ、あれって只の題名しか書かれていない文章だぜ。
それが一体どうして怖がるんだよ?そりゃあ消したはずの文章が復活したら、僕もビックリするけれどさ。」
「あれは駄目なんだ…。アイツが夢の中で俺と演じるんだよ。そして朝になるとそのファイルに続きが書いてあるんだ…。」
「寝ぼけて書いた………。いや、すまん。そんなに本気で睨まないでくれ。」
「だからいつも続きを消して、いつも跡が残らないように消して…、パソコンごと壊しても、また見つけた瞬間の気持ちが
分かるか?!」
「うーん…。中々俄には信じられない話しだな…。」
「そうだろう…。だからこの話しは終わりだ。これで絶対に終わりだ。」
そう言う彼の後ろで一筋の光が現れたのが見えたのだが、僕にはそれを言う勇気がなかった。なにせ消した筈の紙が、
復元されるかのように、巻き戻るかのようにもう一度復活しているのだから。だれが動かしているのだろうか?
この場には僕と彼しかいないのに…。その事実が僕の心を鷲掴みにしていた。
>>662
早苗さんはどこに向かうのか…守矢も初期から見ると徐々に混迷が深まっていますね。
○○「皆、聞いてくれ!近頃外の世界から流れてくる人が増えたらしくて、それに伴って外来人の待遇改善が決まったんだ!」
「「「……は?」」」
○○「まず、人里に外来人専用の長屋が建てられるそうで、皆の家にローテーションで泊めてもらう必要が無くなったな。皆、これで男を泊めるなんて不安が無くなるぞ」
魔理沙「元々不安なんてないんだが?」
○○「次に仕事だけど、能力や年齢を考慮して働きやすい所を斡旋してくれるそうだ。給料も仕事に見合った分が約束されているから、皆に無理に手伝いをさせてもらってお駄賃を貰うような悲しい懐事情とはおさらばだぜ」
咲夜「嘘でしょう?……冗談よね?私と働くの楽しいって言ってたじゃない?」
○○「あ、じゃあ、これで皆に食事まで作ってもらうなんて負担をかけないで済むな。ふっ、これを機に自炊とか始めてみてもいいか」
妖夢「え、なんですかそれキレそう」
○○「そうそう、人里には湯屋もあるから霊夢の神社の温泉も借りなくて済むか。今まで気を使わせて、背中流したりしてもらって悪かったな霊夢。もう行かないから安心してくれ」
霊夢「○○さん?どうしてそんなことを言うの?」
○○「それと外の世界の生活水準を知ってる俺達に配慮して、霖之助や河童と提携したグッズ開発もしてくれるらしい。なんとレトロゲーとかも範囲に入ってるから、東風谷の所に入り浸らなくてよさそうだ」
早苗「私に飽きたんですか?私はもう必要ありませんか?」
○○「いやあ、皆には本当に世話になったな。二度と迷惑をかけたりしないから、俺みたいな余所者のことは早く忘れてくれよな!」
「「「………」」」
紫「楽しそうにしている所悪いのですけれど、その話は無くなりましたわ」
○○「うお!?ゆ、紫さん、突然現れないで……って、え?無くな……え!?」
紫「無くなったというより、権力を持った若者が先走ってそのようなことを口にしてしまっただけで、元々無かったと言うべきかしら。残念だけれど人里にそこまでする余裕は無いのよ」
○○「なん……だと……」
紫「ごめんなさいね。けど、貴方にはこの子達がいるでしょう?ねえ貴女達、○○とこれまで通りにしてもらってもいいかしら?」
霊夢「も、もちろんよ。湯屋なんかより温泉の方がずっといいわ……背中だって、流してあげるし」
魔理沙「へへ、私は一人暮らしだからな。○○が泊まりに来るのは大歓迎だぜ。不安なんてしてないしさ」
咲夜「今度からはお駄賃を増やしましょう。けど女を侍らせるような所に行っちゃダメよ?」
妖夢「どの道幽々子様のお食事の用意がありますから、○○さんの分も作るくらいわけないですよ。いっぱい好きなもの作ってあげます!」
早苗「これからも色んなことをしたりお話したりしましょうね!」
紫「よかった、問題なさそうね……ええと、今後も外来人の待遇が変わったりはしないから、その、安心して?」
○○「それのどこに安心する要素が!?俺の独り立ち計画は!?」
魔理沙「ま、気にすんなって。今までだって上手くやれてこれたんだ、これからもなんとかなるって」
咲夜「そうよ。○○を見捨てるなんて有り得ないんだから、もっと頼りなさい」
妖夢「○○さんが気に病むことなど何もありません」
早苗「私達がこれからも支えますから、ね?」
○○「皆……ありがてえ……」
霊夢「……紫、あんたの言うこと信じるから……頼むわよ?」
紫「はいはい、それじゃあね」
紫「外来人の子達には悪いけど、現状を崩せば幻想郷そのものが危うくなるから、このまま彼女達の安全装置になっていてもらわないとね」
紫「……さて、他のグループにも早く伝えて、待遇改善なんて言い出した正しい最悪をどうにかしますか」
うーんこれヤンデレかなあ?
小耳に挟んだ話だが
文豪が奥さんとしばらく離れたいと思って、色々理由つけて海外に言ったら
何をどうしたのか、向こうで奥さんが待ってたって話
真意不明だがリアルヤンデレ
>>668
だれがデータを復活させたのかは知らないが、好いている人物のすべての才能を評価してくれている子がいるんだぞ
彼はもっと気楽にその幻想少女から評価されるべきだ
>>670
意外と、安穏を嫌がったどこかの○○かもしれない
キャンプを楽しむ人間の心理は、不便だから面白いと言うのがあるから
充実しすぎて嫌になった○○が、どこかにいるのかもしれない
>>662 の続きとなります
「やってくれたな」
そう言いながら、稗田○○は手紙を雲居一輪に対して、苛立ちを具現化するように乱雑に放って寄こした。
いつもの稗田○○であるのならば、そう言いつつもどこか、変化どころか騒動を楽しむ性格を持ち合わせている彼ならば、隠しきれない笑みと言う物があるはずなのだが。
稗田、上白沢両夫妻の激突と、それ以前の問題としての稗田阿求の心理状況の悪化とそれに伴う悪意に満ちた行動。
それらが稗田○○にしては珍しく、平穏とやらを求め始めていたのか、○○の顔からは笑みと言う物が、わざとらしいものですら見えなかった。
しかし手紙を眼前に叩きつけられても、雲居一輪は不敵に笑って見せていた。ちょうど手先の指の手入れも、彼女なりに満足いくような状態にまで持っていく事が出来たのか、しっかりと○○たちの顔を見ていた。
そして一輪は、○○の苛立ちは彼が状況をうまくさばく事が出来ていないと言う事は、いくばくか以上に自分の思い通りになったとの自信を持ちながら、○○から叩きつけられた手紙を受け取った。
「ああ、やっぱり」
そして自分の持った自身が、思った通りであることを手紙で確認して、雲居一輪の見せる不敵な笑みは、さらに色濃いものとなった。
「あの人、ようやくあの成金仙人と手を切ってくれたのね」
確認したい事が書かれていたからだろう、雲居一輪はすぐに手紙の方向に対する興味を失ってしまったようで、ポイと投げ捨ててしまった。
「これが件の歩荷さんの手紙だったら?」
○○はなおも雲居一輪の方を、やや腹立たしさを内包させながら見下ろしていた。さきほどよりもずっと、敵対的な様子で雲居一輪と相対していたので、稗田阿求としては今の状況においては一輪との距離が近い事には、まったく疑問や懸念に、苛立ちは存在していなかった。むしろワクワクした顔をしていた。
「○○」
追いついて来た上白沢の旦那は、やや不味い気配を感じたので、追いつくだけでは満足せずに耳打ちのような体勢を取った。
「さっきカラスに預けた手紙を思い出せ。お前の計画にもろ手を挙げて賛成すると言うわけではないが、悪く無いかなと言う気もしている……毒を持って毒を制すか、悪くない」
「……そうだな」
さすがに○○も、たとえ稗田○○として動いているときでも、上白沢の旦那の事は間違いなく稗田阿求の次に大事にしている。穏やかに、それでいて危機感を指摘されたりまた共有できれば、○○としても湯だったような苛立ちや腹立ちは、随分落ち着いてくれる。
○○は何度かうなずいて、心をさらに落ち着けてから、稗田級が座っている席の隣へと戻って行った。
「よくもまぁ……」
しかし雲居一輪への苛立ちは、まだまだ残っている。あくまでも飛び掛かったりするような、激情的な部分を鎮める事が出来たのみだ。
「怖くないのか?件の歩荷が物部布都をふったらどうなるか。逆の立場で考えたことは……」
最後まで言いかけて、○○は自分の考えが間違っている事を急に理解してしまい、自嘲的な笑みを見せた。
「私がふられる訳無いからよ。私の方が……俗な言い方だけれども、良い女だもの」
「でしょうね!」
○○の中にある自嘲的な部分は、さらに大きくなった。上白沢の旦那には、まるあるが何を考えているのか、幸か不幸か手に取るように理解できた。
雲居一輪のような傲慢な自信家が、自分がふられる訳ないと考えているはずだ、と考え直したのだろうと。
実際にその通りなのだから、始末に負えない。
「しかし……ここに来ていきなり、件の歩荷さんが物部布都さんをふる、とはねぇ」
○○はお茶をすすりながら、いぶかしげな顔を聖白蓮に見せた。
お前、何か知っているだろう?と言ったような表情だし、実際上白沢の旦那としても、雲居一輪が何かをやる以上、命蓮寺の目をすべて誤魔化せるとは、ちょっと考えにくかった。
白蓮は唇をかむようなしぐさを見せて、何かに耐えるような形を作った。出来うることならば、○○が諦めてこれ以上は何も言ってこないでくれと……そんなかっこうだ。そんなかっこうは、寺子屋で教鞭を取っている上白沢夫妻にとっては、見慣れた光景だが。まさか聖白蓮でそれを見る事になろうとはな、と思いながら、上白沢の旦那は稗田夫妻の方を見やttら。
はっきり言って、呆れる以外にはなかった。稗田阿求がことさらに、楽しそうな顔を浮かべているからだ。
きっと相手が聖白蓮だからだろうな、と言うのは言うまでもなかった。
稗田阿求にはない肉体的魅力を持っている聖白蓮が、自分の旦那である○○から明らかに苛立たれながら、詰問を受けている場面が。それが楽しくて楽しくて仕方ない、不幸にも上白沢の旦那は一線の向こう側に対する理解が、特に稗田阿求に対する理解が、この短期間のうちで急速に深める事が出来ていた。
稗田阿求にとっては、肉体的魅力を完全に排した、何らかの理屈によって○○とつながることこそが……彼女の中にある情欲のはけ口なのである。
「そう……そうですよね。でも」
「でも!?」
○○は、上白沢の旦那としてもこの部分は絶対に勘案しなければならない。
聖白蓮は○○からの強い詰問に対して、言葉をよどませて。そのよどみにこそ、○○は苛立ったが。
絶対に勘案しなければならないのは、この詰問は、決して稗田阿求を楽しませるための何かではない。○○だって必死なのだ、稗田阿求と上白沢慧音の、二つの巨人が――あくまでも比喩(ひゆ)である事に皮肉気な笑いを、上白沢の旦那は気づいてしまった――激突することを、○○は真剣に恐れているのだ。
いや、真剣に恐れているのは、上白沢の旦那だって同じだと思いたいし、伝えたい。
しかしながら、『くくく』と笑っている上白沢慧音を、夫と言う立場を最大限に利用して、止めているだけ。
果たしてここに、何の意味があるのだろうか。上白沢の旦那はどうしても、自分の価値を見出せなかった。
「うん、うん……でも夜まで待ってほしいな。見られている場所で、と言うのは苦手だ」
上白沢の旦那は小さな言葉でこう言うしかできなかった。○○からの詰問に対して、聖白蓮はまだ無言を守っていて、辺りの音と言う物が少ないから余計にそうなる。
だが上白沢慧音にとっては、それは中々以上に良い雰囲気だと言う認識を持っていた。
上白沢の旦那にとってはあくまでも、稗田阿求を刺激しない以上の意味は無かったのだが……いや、慧音の場合は気づいていてなおかつ、とみるべきだろう。
もう少し強く、慧音に注意を与えるべきかなと思いつつ心配な稗田阿求及び、友人の○○を確認したら。
かなり嫌な物を見てしまった。稗田阿求と目線があってしまったのだけれども、稗田阿求は明らかにこちらをバカにしている、そういう目線だった。
なるほど。上白沢慧音が度々言及する、稗田阿求にとっては権力こそが、体が弱くて情欲すらままならない事に対する、代替品なのだと、稗田阿求からバカにされて嫌でも理解できた。
○○は、件の歩荷がいきなり物部布都をふった原因に、聖白蓮も関りがあるとまだ踏んでいるらしく、詰問の体勢を崩していない。
○○はとても厳しい顔をしていた。捜査に対して、一切手を緩めていない証ともいえる。
その、厳しく操作を進めている様子の○○の顔を、稗田阿求は見やった。
こちらに対して優越感を抱くよりも、○○を見続ける方がずっと重要なのだろうから、上白沢夫妻への馬鹿にしたような視線は思ったより少なかったのは、助かったと上白沢の旦那にとっては言えよう。
ただし、馬鹿にされて腹が立つのと。厳しく捜査を進める、詰問する○○の事を見る稗田阿求の顔が欲情している……上白沢の旦那としては、はっきり言えば気持ち悪い顔。
一体どっちを見ている方がマシなのだろうかと言う、中々に難しい問題に直面してしまったが。
別に無理して選ぶ必要もない事に、すぐ気づいた。なぜなら今、上白沢の旦那の目の前には妻である慧音がいるからだ。
そして幸いなことに、敬意根の肉体的魅力は少なくとも稗田阿求よりは高い。
上白沢の旦那はいくつかのことに目を背けながら、妻の方向に視線を戻した。
「そのご様子だと、聖白蓮、あなたは件の歩荷がいきなり物部布都をふった、その原因に思い当たる節がおありのようだ。捜査の助けになる、ぜひ教えていただけませんか!?」
一輪と布都による殺人未遂、稗田家での阿求と慧音の激突、そして今回も命蓮寺で阿求が我慢できずに暴れてしまった。
内でも外でも問題があるせいで、○○の神経は明らかに興奮状態で、いつもの様子からは遠かったが。
まだ、ナズーリンと蘇我屠自子からの依頼と言う部分に思考を傾けていれば、怒鳴り散らしていても冷静な部分の方が、まだ優勢であった。
――○○もわかっている。この件が終わったらと思うと、ついには自分自身も制御することに失敗するのではないかと言う危機感があったけれども。
だからと言って、依頼をおろそかにする訳にもいかなかった。責任感もあるが、まさかよそ様でこれ以上の暴走を見せるわけにはいかないからだ。
……何をいまさらと言うのもわかっているけれども。もっと根深い、ただの現実逃避と言う部分も合わせて、気づいてはいる。でも今は何もできない。
「聖白蓮!!」
○○は自己嫌悪を無視しつつ、聖白蓮はそんなことに気づけるはずもなく。○○は聖白蓮から知っている事を聞き出すために、また大きな声を出した。
阿求は、○○が大きな声を出して周りに影響力を行使しようとするたびに、明らかに上気した表情を見せていた。
上白沢の旦那はもう、少なくとも今は、分かりやすかったり直接的な激突がない限りは……もう、傍観と言うか諦観(ていかん)。諦めを含みながらこの場面で観客に徹すれば良いと、考えてしまっていた。
実際、上白沢の旦那の妻である、慧音に至っては観客と言う立場にすらいない。
彼女の中ではいつの間にか、お茶とお菓子を楽しんでいるデート、それぐらいの認識にいた。先ほど○○が聖白蓮の名前を強く呼んで、知っている事を聞き出そうとした、ややもすればびくつく様な声も、慧音にとっては路傍の石であった。
「聖白蓮、何も知らないのであればこっちも諦めます。けれどもしっかりと、何も知らないと言えばいい」
上白沢夫妻はともに、○○の事を邪魔するわけもなく。稗田阿求はむしろ、○○の背中を押す側だ。
内面の事情を全く知らない聖白蓮でも、それぐらいの事は理解できたから、助け部舟と言ったものを期待するだけ無駄であると、すぐに断じるしかなかった。
少し見方を考えれば、○○の口から出た何も知らないと言い切るのであれば、諦めようと言う態度が唯一の温情かもしれなかった。
……かと言って、たとえ状況のすべてを知っているわけではないと言うのが嘘ではなかったとしても。果たしてそれが誠意と言う物に値する行動かと問われれば……それにこの状況はどう考えても、稗田○○でなくとも聖白蓮が大なり小なり、何かを、少なくとも全く知らないはずはないと考えるであろう。立場が違っていれば、聖白蓮ですらそう思う。
違う立場であるならば自分ですら、何か知っているはずだと思ってしまう、聖白蓮にとってはそれが重い口を開かせる最後の一押しであった。やはり誰だって、悪くは思われたくない、悪い状況であろうとも心証を少しは良くしようとしたがる、それが自然であろう。
「会話は聞いてないの」
聖白蓮がようやく口を開いた。
「それで?それだけじゃないでしょう?」
だがようやく動いたこの状況、○○がただの一言それだけで、せっかくの状況を手放すはずは無かった。
「あの歩荷さんは、その、稗田邸であんな事があった後でも、この命蓮寺の屋台村は通常通り営業していましたから。毎日、何かしら、資材やら何やらを運んだり、屋台村自体の保守点検もありますから。いつも通り来てくれていましたの」
「……会わせたと言う事か?二人っきりで」
「まさか!?そこまで迂闊じゃありませんよ!!」
聖白蓮はこの場で見せる混乱と焦りが、最高潮になった。稗田○○の事を稗田阿求が恐ろしく愛しているのは、聖も理解しているから、どうしても○○からの不興には敏感に、恐怖の感情が沸き起こってしまう。
「屋台村の隅っこ?それとも命蓮寺の境内?まさか個室に二人っきりは……」
○○は最後に何かを言おうとして、雲居一輪の表情を確認した。それで何かを察する事が出来たようだ。
「ああ、良かった……さすがに二人っきりにはしなかったようだ」
雲居一輪の表情には若干の、不満げな顔が見えていた。さすがに二人っきりにするのは、聖白蓮としてもそこまでは許さなかったと言う事らしい。
「しかしそのご様子だと、聖白蓮、会話は聞いていないという所から考えて貴女は、遠巻きに見守ってこそいたが、ヒソヒソ話されたら何も聞こえないし、そしてどのような会話をしたのか聞き取ることもしなかった」
○○の声色は言外に、お前のやり方は甘かったぞと非難しているような、そういった物であったが。
「まぁいいですよ。本人から聞けばいい」
幸いにも、と言う事になるのだろうかはこの場の誰にも、よく分からなかったが。稗田○○の目の前には、いまだに勝利を疑っていない雲居一輪がいる。まぁ、無理もないだろう、件の歩荷はついに物部布都と手を切ったようであるから。
「あの人はあの人なりに、美学を持っているって事よ。少なくとも、あの成金仙人のやっている事のような、下品な催し物はどれだけ客入りが良くっても、好きじゃなかったって事なの」
雲居一輪は、稗田○○から質問される前に意気揚々としながら件の歩荷との会話の内容を要約してくれた。
「ほんとにそれだけか?」
稗田○○は、勝利に酔いしれている雲居一輪に対する呆れをにじませながらも。しかしながら彼女が、果たしてそれだけの会話で満足できるだろうか。
なのでもう少し、稗田○○は突っ込んだ話を求めたが。この状況の雲居一輪は別に、話すなと言われても話すだろう。彼女の楽しそうな表情は、衰える気配がない。
「まぁ……キスぐらいはしたかったわね。でもあの人、外でやるのあんまり好きじゃないっぽい。あと仕方ないけれども、だれかの気配があるのも嫌だった見たい、真面目なのね。でも、そこが良いんだけれども」
実際に交わりあった雲居一輪から見れば、キスも出来ないと言うのは欲、
求不満が更に輪をかかったと言うような状況のはずだけれども。
よほど件の歩荷に惚れている、と言う事だろう。ややもすれば拒絶の意思とも取る事が出来かねない、口づけの拒否も、自分があの人を評価している理由の一つである真面目さ誠実さの表れだと考えていた。
「やや突っ込んだことをお聞きしますが、雲居一輪。――彼の方から求められたことは?」
もはや傍観を通り越した諦観(ていかん)の領域に達していた上白沢の旦那も、○○の性格から考えれば、やや所ではなく突っ込んだ質問に、驚きを隠せなかった。
上白沢の旦那は○○と雲居一輪の表情を交互に確認した。
○○は阿求の方を少し見ながら、彼女を少しばかり抱き寄せた。どう見ても落ちつけにかかっていた。
稗田阿求は体が非常に弱い、ならば少しどころではなく、『そういう事』が成されているのは考えにくい。肉体的魅力の低さは、稗田阿求自身も強く自覚していて、一歩間違えば慧音やほかの女性に対する意味も理由も存在しない、暴力となって表れる。
それは○○も知っている、なのに肉体的魅力が決して低くはない雲居一輪に対して、そういう事を聞いたのは……きっと意味がある、そう上白沢の旦那は信じたかった。
次にまじまじと見た雲居一輪の表情は……果たしてこれが○○の思い通りなのかどうかはわからないが。とにかく、思い出を反すうして嬉しそうな顔をしていたが、曇るとまではいわないが残念そうな顔も見えた。思い出のある部分が、雲居一輪にとってはいささかの不満なのだろう。
「私ばっかりねぇ、誘うのは。別に構わないのに」
雲居一輪の表情は、はっきり言ってどうでもよかった。この答えに対して、○○の中でどのような推測があるのか、そっちの方が上白沢の旦那としては重要事項であったが。
その結果は、全くもってかんばしくは無かった。
○○は目じりをやや抑えながらなので、表情はあまり見えなかったが。上白沢の旦那と○○の付き合いは決して短くはない。それどころか、濃さまでも存在している。
目じりを抑えている○○の向こう側にある表情が、悪い意味である事にはすぐ気づいた。
「命蓮寺でのお仕事に、件の歩荷さんは、どれほど貢献されていますかね?雲居さんの目から見て。特に最近は」
「屋台村の連中にも、自分である程度は維持管理が出来るように教育してくれてるわ。すっごく、大助かり」
ただし、雲居一輪からの評価には惚れてしまったが故の、無理にでもよく見ようと言う力が働いている。○○は聖白蓮の方に目を向けて、正しいかどうかを確認しようとしていた。
「ええ、まぁ。特に食べ物系の屋台の方に、掃除をするように。自分が見ていない、出入り業者がいなくてもある程度は維持しろと、これは全部の屋台に言ってますね。紐の結び方も教えたりして……助かってますね。掃除が少なく済むだけでも、お寺の仕事に集中できますし」
○○は悪い予想を振り払いたいようだが、それが出来ずにいた。しかしまだ、断定するには早いと思っているのか。
あるいは間違いであってくれと確認したいのか、質問を再び雲居一輪に行った。
「雲居さん、最近は件の歩荷さんと、デートをされていますか?したいと言う雰囲気はありますか?そう、雰囲気です、お二方における」
「はっ……こんな状況だから。二人っきりで居られるわけないじゃない。あの人も、なんかめんどくさい事になってるなとは、理解しているから。早めに済ませようと考えてはくれているわ。あとは、屋台村の連中に色々教えるのが多くて、時間が押しているからすぐに変えるわね。私は別にいいのに」
上白沢の旦那には、はっきりと、○○が若干以上の絶望を感じているのが見えた。
しかしまだその切望を、知り合い以外には見せない方が良いと考えているのか、固い顔のままではあるが感情を出さずにいて。
「上白沢夫妻、ちょっと話がしたい」
二人の事を呼んで、奥へと行った。とうぜん、稗田阿求もついて来た。
「……不味い事になるだろう。雲居一輪は惚れすぎていて周りが見えていない、聖白蓮はこの状況に対して神経が参っていて、逃げるように寺の仕事がしたくて、気づくそぶりもないだろうけれども」
開口一番、○○は悪い状況を覚悟しろと言ってきたが。
正直な話、ここまで来たら上白沢の旦那にだって、色恋と言う物がそんなにわかっていなくたって、少しは察せられる。
確認するように慧音の顔を見たが、慧音もやはり少し、半笑いであったから気づいていたようだ。
稗田阿求は……どう転んでも夫の利益になればいいとしか思っていない。
「あの歩荷、物部布都だけじゃなくて、雲居一輪もふるぞ。責める事は出来ないがな……激突の真ん中にはいたくないだろうから」
続く
お手すきでしたら、反応やご感想の程ありますと大変うれしく思います
よろしくお願いいたします
「ヤンデレヒロインを産み出すためにヒロインに精神的負荷を与える!!」って感じで物語考えてるんですけど「精神的に追い込まれて悲しい目にあっただけの女のコ」止まりになってしまう……もしかしてそういうの好きなんだろうか俺…ってなってからヤンデレ観が狂いだしてきた
ヤンデレってなんだよ……(哲学)
気のせい
夏の暑さを幻想郷が忘れ去り秋の夜が深まった頃、僕は彼女に何気なく明日の予定を話した。
久々に地上に出て人里で友人に会うことになっていた。手帳に記した日付は間違いなく明日の昼前を紙に残している。
いつものように何気なく聞き逃す程度-何も僕が彼女を軽んじている訳ではない。むしろそれ程までに二人の関係は
気の置けない間柄だと主張したい訳なのだが-どういう訳か彼女から思いもよらない返事が返ってきた。
「行きません。○○さんは明日地上に行きません。」
「え?だから明日、人里に行くんだってさ。」
「○○さんは大丈夫です。…そんな所に行きませんから。」
「いや、そういうのじゃなくて…さ……。」
取り付く島もない、とはこのことなのだろうか。あるいは頑なな、と表現した方がいいのかもしれない。こちらに
背中を向けながらも、第三の眼が睨みつけるという器用な様態を演じた彼女は、用事が終わったのか僕の方へ
クルリと振り向き、洗い物をして濡れた手を拭く。
「○○さんは、私を置いて人里へ行きません。だから大丈夫なんです。悪いことは起きません。めでたしめでたし。
それでこの話しは終わりです。」
僕の心を読んでいる筈の彼女は、今やすっかり僕と反対のことを言っていた。
>>677
いよいよ二人が激突をするのか、そうなれば相当荒れそうな気がしますね。
>>678
それもヤンデレの一つの新しい形かもしれませんね…
チルノ、リグル、みすちー、ルーミア、大ちゃんで好きな人が被ってしまう。
チルノ(皆とは仲良しだけど…)と友情と愛情の間に産まれた親友に対する冷たい感情に戸惑いアタイってなんて嫌なやつなんだ!と泣きそうになる
リグル(〇〇のやつ私がいるっていうのに皆に…!)と〇〇に狂った感情を向けだすがあの優しさは私だけにむけられたものじゃなかったんだ…私は〇〇の特別な存在じゃない…!というどうしようもない孤独に押しつぶされそうになっている
みすちー(このメンバーなら私で間違いないでしょ)と内心親友を見下しているが本心は「〇〇が選ぶなら私以外の誰かなはず、私は絶対にない」と思っているので本当に自分が選ばれなかった時の絶望を知りたくなくてふるえる
ルーミア(実は前から気に食わなかったんだよね…)と親友ひとりひとりへ恨みつらみをこぼすがほんとはみんなのことが羨ましくて羨ましくてたまらない。誰かこのちっぽけな闇を振り払って
大ちゃん「やった!皆一緒だね!」と笑いこの人数で囲めば絶対勝てるよ!とレイド戦みたいなこと言い出す。仲良しのまま〇〇を皆で分け合おうねってスタンス、打算でも策略でもなく本心からそう思っている
皆も心が弱ってるときにそんなことを一番善良(であるはずの)大ちゃんが言うので「それはさすがにおかしいだろ」と戸惑いつつも「大ちゃんが言うなら…」と…
〇〇「えっ5人同時とか…変でしょ…」とか言って大変なことになるのは明白
>>677 の続きとなります
諏訪子が物部布都を張り込んでいる射命丸と配下のカラスを見つけたとき、丁度いいぐらいにしか思っていなかった。
稗田○○と即座に届く天狗配達の手紙で意思の疎通が出来るならば、この状況ではこれ以上にこの状況を相手にするための武器はないだろうぐらいの感覚だ。情報伝達の速さは力であると、諏訪子は十分に知っていたからだ。
ただそんな諏訪子でも、稗田○○からの返信が届いたときは。
「正気か?」
思わずそうやって、酷いつぶやきを浮かべてしまった。心の底で思うだけで表に出さないようにするという、そんな腹芸も思わず使えない位に驚いたものであった。
すくなくとも諏訪子のような神様よりは神格だったり立場だったリ、そういった物が小さい射命丸のキュウと言う様な声で諏訪子はようやく我に返ったが……
諏訪子は、事態に対する諦めからの面白くなってきたと言う感情を、射命丸と共有したくて思わず彼女に手紙を渡してやった。
こんな感情を、1人で処理したくないという気持ちがやはり大きかったのだ。
射命丸は恐る恐る手紙の内容を見たが。見るや否や射命丸の顔は一気にひきつったものに変わったが、あまり大きな声を出されたら計画に支障が出ると諏訪子は判断したのか「しー」と言いながら諏訪子は、自身の人差し指を射命丸の視界に入るようにしながら、黙るように命令した。
諏訪子の身長は自分よりも低いが、それは諏訪子が神様である以上、向こうに最初から警戒心を抱かせないための擬態だと。
相手の目を見続ける事に慣れている、諏訪子の微動だにしない視線に射命丸が射貫かれる前から、分かっていた。
しかし思わず射命丸が驚嘆の声を上げようとしてしまった事を、別に諏訪子は責めなかった。
それは手紙の内容が射命丸の想像をはるかに上回る、酷い報告と言うよりは計画、あるいは指示書であったからだ。
稗田○○は一体何を考えているのかはわからないが、物部布都を煽って、命蓮寺に突っ込ませろと言い放ってきた。
命蓮寺にいることには、疑問の余地等は無いのだけれども。この計画だけはまったくもって、射命丸には理解できなかった。
「聖白蓮はこの計画を知っているのでしょうかね……」
息を整えてから最初に出てきた言葉に感情は、困惑や疑問以外には存在しなかった。どう考えてもあの二人を、しかも片方は盛大に酔っぱらってる状態でぶつけるなど。
シラフの時ですらあり得ない判断だとしか、射命丸には思えないのに。
だがこの時には諏訪子はもう、稗田○○と不意に何らかのやり取りをする可能性を常に考えているからであろう、室内ですら持ち歩いている筆記具を懐から取り出して新しい手紙を書きしたためていた。
「知らないと思うよ。稗田○○、あの男は少しケレン味が強いから、劇的な場面を作りたいし見たくて奇襲するのが好きなようだし」
諏訪子は手紙を書きながらも器用に、だが稗田○○に対するちょっとした呆れの感情を吐露した。
射命丸ほどではないが諏訪子も稗田家周りに呆れの感情を持っているのだなと、射命丸は感心したけれども。
射命丸の場合はあくまでも稗田にとっては小銭をぶつけられて、早苗の言う通り矮小な存在が小金を稼ぎに動き回っている風に演出されてしまった、少なくとも既に稗田家中の奉公人からは間違いなく、あの天狗はまた九代目様から小さい仕事でお小遣いをもらいに来たと、そう思われてしまっているけれど。
諏訪子の場合は遊郭のケツ持ちに就任できたお陰で、稗田相手に色々と顔を見せる事があっても、稗田家中の人間からは射命丸ほど笑われずに済んでいる。
稗田家の、稗田阿求の視点から物を言えば諏訪子はもうとっくに遊郭に何かあった際に真っ先に気づいて警告してくれる、潜入調査官だ。まさか信仰心の厚い稗田家の奉公人が、九代目様の嫌っている遊郭に通うとは思えないし、稗田の奉公人ともなれば交友関係も一般と比べればキレイな物だから。稗田阿求としても諏訪子からの情報はありがたい。
そして遊郭側からしても、諏訪子の存在は自らを嫌っている以上は稗田と下手に接触できないがゆえに、稗田と定期的に情報のやり取りをしている諏訪子は、稗田阿求の考えが急変したときに真っ先に危険を知らせてくれる一番の協力者である。
何より諏訪子はもう、遊郭内部の序列を外部協力者だというのに一気に駆け上っている。
今の遊郭の支配者である忘八達のお頭は現状維持こそが稗田に目を付けられない唯一の道だと理解している。
だからこそ商いの拡大をもくろむ勢力は、見つけ次第処断に走るぐらいの恐怖をまき散らして統制を強めているし、拡大をもくろむ勢力にはなお悪い事に、諏訪子ですらその見つけ次第処断と言う方法にいささか以上の理解と協力までしている。
射命丸も、ブンヤの一員である以上は何も知らないはずは無かった、例年以上に遊郭内部での『事故死』が多い事には気づいていた。だが何も言わない、稗田も遊郭も諏訪子も怖いから。
たかが小銭目当ての天狗と、事実上遊郭の守護者としてふるまっている神様。
射命丸は思った、洩矢諏訪子よりも私の方が立場が弱い分大変な立場にあるんだぞと。幸い、あんたの所の風祝である早苗がこっちに同情してくれているからまだマシだがと。
驕(おご)った考え方であると射命丸は思ったが、思わずにはいられなかった。喋りさえしなければ良いとまで考えるぐらいには、射命丸もいい加減、稗田相手に仕事をするのを止めたかった。
少なくとも諏訪子が今書いている手紙を届けるのは、配下の妖怪カラスにやらせよう。健康的で肉体的魅力も高い自分が届けるよりは、稗田阿求の苛立ちも刺激させずに済むはずだ。
射命丸は黙りながらも稗田から離れたいと考えつつ、諏訪子が手紙を書き終えるのを待っていたら。
奥の方から、何かが落下して床に落ちる音が、甲高い音が鳴り響いた。
「……神奈子が早苗を連れ出してくれていてよかったよ」
諏訪子は甲高い音に、耳が刺激されて不愉快そうに顔をしかめた。射命丸にも今の音が何なのか分かった、何かが割れた音だ、ガラスだか瀬戸物高までは分からないが。
どちらにせよ、トイレで派手に嘔吐物をまき散らすような酔っ払いならば、よくやりそうな失敗である。酔い覚ましに水か何かが欲しかったが……入れ物の手を滑らせて、と言ったところだろう。
「射命丸、悪いんだけれども。この手紙をあんたんところのカラスにもう一回届けさせて、私は物部布都につきそう……それで射命丸、あんたは掃除しといてくれない?」
「……ええ、分かりました」
はっきり言っていやだったが、まだ一線の向こう側の怖さがない諏訪子の方が聞いていてマシなのは事実であった。
稗田と違って一銭にもなりそうになかったが、射命丸はただ働きでも構わないと殊勝にもそう思ってしまうぐらいに稗田相手に冷や汗を、もう何百年分もかいてしまったからだ。
「我を見くびるか!?」
物部布都の叫び声は、状況の悪さも手助けとなりどんな大声よりも耳に悪かった。
射命丸が掃除道具を手にして、物部布都が巻き散らかした水の入っていた容器やそれを入れるための器の掃除を始めた際。
諏訪子は射命丸の期待通りに、相変わらず動きも目線も何もかもが定まっていない物部布都を連れ出してはくれたが。
一体洩矢様は何を、物部布都に吹き込もうとしているのだろうか。吐き散らかすだけ吐き散らかして、水も好きなだけ飲んだとはいえ、酔いの力でただでさえおかしい物部布都はもっとおかしくなっているはずなのに。
「まぁ、まぁ……物部や。私はお前の方が社会的にも重要人物だとは信じているよ」
物部布都相手に何をしようか、そして考えているのかはわからないが。諏訪子の言葉は射命丸からすれば驚くほどに冷静であった。
諏訪子も知っているはずだというのに、一歩間違えば大量に落命する事故を演出すること成功しかけていたのに。
意中の相手との恋路にとって邪魔であると、何を基準に判断されるか分からずに、そのどこに向かうか分からない殺意の矛先に……
まぁ、洩矢諏訪子は随分な神様だから大丈夫にしても。
射命丸の場合はもう、絶対に嫌であった、もうあんな連中と付き合うのは。それよりも小間使いのように掃除をしているぐらいの方が、気楽であった。驕り高ぶっているとすら思われている幻想郷の天狗にしては実に、殊勝な姿に感情であるが。
それよりも、どうか諏訪子が失敗せずにいますようにと。物部布都が暴れだしませんようにと、祈る以外の事は出来ないと言うよりは、やりたくなかった。
もう、これいじょうの面倒事は、ごめんこうむる以外の何物でもないのだ。
「よくある話だ。いい男ってのは、良くも悪くもモテるからねぇ……特に上の立場に立てる存在程……愛人も、側室も……」
「正妻は我であるぞ!!あんな肉塊だけが自慢の腐れ尼!!」
射命丸は出来る限り気配を消しつつ、割れたガラスやらの掃除を続けていた。暴れだしたら自分への被害も覚悟しなければならないし、たとえあの怒声が自分でなくとも聞くだけで辛い。
「あれだけの大きな催し物を何度も、そして毎回大きな売り上げを出せるんだ。物部や、あんたの手腕は本物であるぞ……」
だが諏訪子の口調や態度に変化は見られなかった、そこら辺りに格や年季の差を見て取ってしまったが。
物部布都の事は褒めて落ち着けようとしつつも、雲居一輪の事は絶対に悪く言わないように苦心している様子も、同じぐらいに射命丸はかぎ取る事が出来た。
ここであまりにも物部布都の肩を持ちすぎてしまえば、増してや雲居一輪の事を下げるような物言いをしてしまえば。
物部は道教ゆえに神様、神道との相性は良くは無いけれども。神様からの擁護と言うのは神道の存在ではなくとも、増してや幻想郷では強力な後ろ盾だ。
そう言った、物部布都に対する明らかな味方とならないように、諏訪子は注意していた。
どうせこの一件が終わったら、諏訪子は物部布都から離れようとするだろうし。物部布都だって意中の相手にしか興味がない。
空虚な関係だなと、射命丸はそれを悲しく思った。幸いな事は両方とも相手の事をそんなに重要視していない程度か。
しかしそれはそれで余計に空虚だが。射命丸ごときがこの案件に首を突っ込む必要はない、黙って散らかった床を掃除する作業に集中することにした。
そうしているうちに、物部布都を落ち着ける為もあったのだろうけれども。二人の会話は射命丸の耳にも聞こえない程度の、ヒソヒソしたものに変わって。射命丸が気が付いたときにはもう、二人ともがどこかに……命蓮寺へのカチコミにいったのだろう。
射命丸は諏訪子とはまた違った理由で、ブンヤとしての必要性によって持ち歩いている筆記具からメモ帳を一枚切り取り。
掃除が終わったので帰るという旨を書き残して、どこかに行ってしまった。
しかしながら物部布都はいきり立っている、諏訪子が落ち着けるために苦心したのが全くの無駄とは言わないが。
心中までは無理で、穏やかにする事が出来たのは、ただ単に大きな声を出さずに済ませているだけであった。
物部布都は飛ぶことも忘れて、人里の大通りのど真ん中を、明らかに鼻息を荒くしながら一直線に、命蓮寺の方向へと歩いていた。
まさか往来のど真ん中で、何よりも一番の目的である雲居一輪がいないのだから大丈夫だとは思うが、諏訪子はもう不安でたまらずに布都を追いかけていた。さすがにここで全く関係のない人間と喧嘩でもしたら、最悪の場合は博麗が、そこまでいかなくとも上白沢や稗田だってさすがに何もしないというわけにはいかなくなる。
たとえ表向きには、神霊廟の一員がおかしくなったと言う事になっても。稗田阿求は知っている、稗田○○空の頼みで物部布都の監視を続けている事、そしてそれに失敗したこと。
そうなってしまえば自分の名前にも、稗田阿求の心証だけとはいえ絶対に悪くなる。そのツケはいつか必ずやってくるので、諏訪子は必死になって物部布都を追いかけていた。
しかし今のところ、里人がいきり立って走っている物部布都を見ても。
その心証は好奇心が勝っており悪くは無かった。稗田邸での大乱闘は……諏訪子の直感では裏があると分かっていたが、表向きは命蓮寺と神霊廟の激突未遂事件と言う事になっている。
そしてそれを人里の人間は、稗田阿求からの手回しによって、信じ込まされているぐらいは諏訪子にも推理できた。
最もそれはそれでいいのだ、裏側なんて諏訪子には、関係ないと向こうに思われたままの方が、ずっとやりやすい。今、諏訪子が気にするべきは、監視してくれと言われた対象である物部布都が妙な事をしないように見張るだけだ。
「ふぅん。諏訪子様ったら、大変そうですね」
だが洩矢諏訪子は、物部布都を見失えば稗田阿求からの心証が悪くなる、この一点に思考を集中しすぎた。
諏訪子はとある喫茶店の席で、しかも窓際の席で、クッキーを食べながらコーヒーを飲んでいる早苗に、まるで気づけなかった。
「神奈子様、お会計お願いしますね」
早苗はお皿に残ったクッキーを急いで口に放り込み、コーヒーも飲み干して外に出て行ってしまった。
神奈子は一思いに追いかけようにも、このままいけば食い逃げだ、真面目な神奈子がそんな事は出来るはずは無かった。
「早苗!?」
神奈子は完全に早苗に付き合うつもりであったから、まさか急に、諏訪子が前を通りかかったとはいえ、せせら笑いに行こうかと思っているかもしれないなとは、神奈子も考えたっとはいえ。
喫茶店でのくつろいだ時間を、急に切り上げるとは考えていなかったし。食い逃げをするわけにもいかないので、支払いは確実にせねばならない。
それだけの理由があれば、早苗を見失う理由としては十分であったが。
諏訪子が物部布都を追いかけているのを見てすぐ、であるならば……神奈子だって諏訪子ほどあっちこっちに顔を売ろうとしている訳でなくとも。
「雲居一輪と物部布都の間に起こった問題絡みだろうな……命蓮寺か、早苗が追いかけたり先回りするとすれば」
神奈子としても予測はたやすい。
「……はぁ〜」
神奈子は大きなため息を出したが、早苗が厄介そうな野次馬となりそうな動きに対して、神奈子は批判するような気持ちがまるで出てこなかった。
やっぱり自分は早苗に対して甘かった、そう思いながら神奈子は命蓮寺の方向へ足を向けるしかなかった。
続く
お手すきでしたら、感想の程がありますと嬉しく思います。よろしくお願いいたします
>>679
さとり様は探偵に必要な情報収取の苦労が、サードアイのおかげで無いも同然ですからね
身辺調査もお手の物
さとり様が○○の地上行きを嫌がったのは、会うはずの友人に何らかの問題があるのだろうけれども……
その友人、考えている事によっては命が危ないですね
>>681
優越感と見下す感情と罪悪感が入り混じってる中で、大ちゃんの思考が際立ってぶっ飛んでる
純粋すぎるのも狂いなんだろうな
この大ちゃん、仲良しグループ以外は何とも思ってなさそう
妖精の残酷さが実は一番出てそう
紫「……本当のお母さんに会いたい?」
○○「うん!お姉ちゃんに聞いたら僕を産んでくれた人間のお母さんがいるって!」
紫「……藍?」
藍「も、申し訳ありません。私達と○○の種族の違いを聞かれて誤魔化し切ることが……」
紫「馬鹿……ねえ○○、ママ達が本当の家族じゃないって聞いて嫌じゃなかった?」
○○「なんで?ママとお姉ちゃんはママとお姉ちゃんでしょ?大好きだよ?」
紫「……ふふ、そうね、その通り。うん、分かった。本当のお母さんに合わせてあげましょう」
○○「本当!?」
紫「ママが○○に嘘ついたことあったかしら?」
○○「ううん、ない!やったー!」
紫「ふふ、じゃあママ達はお母さんを探すから、向こうで橙と遊んでてくれる?」
○○「はーい!」
藍「……ゆ、紫様、よろしいのですか?○○は赤ん坊の時分にこちらに流れてきた子。良い結果になるとはとても……」
紫「あら、悪い結果になったらあなたは○○を見捨てるの?」
藍「まさか!血は繋がらなくとも私はあの子の姉ですよ!?」
紫「ええ、知ってるわ。だったら何を恐れることがあるというの?○○が傷ついてしまったら癒えるまで私達が傍に居てあげるだけでしょう?それとも、あなたの懸念はあの子の願いより優先すべきことなの?」
藍「!……すみません、私としたことが……」
紫「いいのよ、藍の考えも正しいのだから。もしもの時はいっぱい慰めてあげましょうね」
藍「はい、身命を賭して」
紫「大袈裟ねえ。さて、じゃあお母さん探しをしましょうか」
藍「見つかりますか?」
紫「当然。けど、両親共に不慮の事故に会っててお墓参りに行くってオチだったりしてくれないかしらねえ……」
───────────────────────────────────────
○○「ここにママが来るの?」
紫「ええ、もう少しで来るから、会ったらちゃんとご挨拶しましょうね」
○○「うん!」
藍「…………」
紫「藍、表情が暗いわよ?」
藍「暗くもなります。○○の母親は……」
スッ
△△「…………」
○○「あ、お、お母さん?はじめまして、○○です!」
△△「…………」
紫「あら、△△さんは耳が聞こえないのかしら?」
△△「っわ、私に何の用!?あんな脅しまでして!」
紫「脅しとは心外ですわ。あなたのお子さんがあなたに会いたいと言うので会わせてあげようかと思ったまでです」
○○「お母さん?お母さんなんでしょ?僕○○っていうんだ!産んでくれてありがとう!」
△△「っ……黙れクソガキが!!」
○○「ひっ……」
△△「お前、お前さえいなければ私はあの人に捨てられなかったんだ。たった一度別の男と寝ただけじゃない。なんでこんなことになるのよ。なんで私の体に宿ったのよ……」
○○「お、お母さ──」
△△「私を母と呼ぶな!なんで産まれてきた!私は望んでなかったのに!捨てたのに!なに勝手に存在してるんだよクソガキ!」バシッ
○○「あぐっ……ぅ、うぁ……」
○○「うわああああああああぁぁぁぁぁん!!!」
ぞわっ
藍「貴、様っ……!!」
△△「ひっ、ぁ、あ……」
紫「藍、あなたが今すべきことは泣いている○○を放置して暴れること?」
藍「!」
藍「○○、痛かったな、怖かったな。もう大丈夫だぞ。お姉ちゃんが抱っこしてあげるから、あっちに行ってような」
紫「…………さて」
△△「っ」ビクッ
紫「ああ、別にあなたをどうこうしようとか思ってないから安心して頂戴な。ただ一つ確認をしたいだけ」
△△「確、認?」
紫「そ。まあさっきのを見て分かっているんだけど、最終確認。あなた、○○を引き取りたいと思ってないのね?あの子に愛情は欠片もないのね?」
△△「お、思うわけがないでしょう!私はアイツのせいで──」
紫「ああ、あなたの事情は興味無いわ。じゃあ、私達が引き取っていいのね?」
△△「好きにすればいいわ。もう私には関係ない」
紫「言質は取りました。ふふ、ありがとう」
△△「も、もういいでしょう?私は帰るわよ!」
紫「お好きに……ああ、最後に一つ」
△△「なによ──」ゾッ
紫「あの子を捨てるに飽き足らず、今また傷つけたあなたに……平穏な死が待っているとは思わないことね」
△△「ひっ……!」ダッ
紫「……人のことは言えないけど、愚かね」
藍「紫様、あの女はどうしますか?」
紫「どうもしないわ。何もしなくてもまともな人生なんて歩めないでしょうし。それより○○は?」
藍「泣き疲れて先程眠りました……私達はきっと地獄に落ちますね」
紫「あら、分かってた?」
藍「少し考えれば分かりますよ。紫様は○○の願いを引き合いに出しましたが、○○を母親に会わせたのはあの子の縁を断ち切り、人間そのものに隔意を持たせるためですね?」
紫「ええ。こうでもしないと○○の意識はいつか外に向いてしまうもの。そうなれば私達は育ての親と姉にしかならない……あの子の女になれない」
藍「そうですね」
紫「へえ、藍は姉で満足していると思っていたのだけれど」
藍「ふふ、私は紫様の式ですよ?」
紫「馬鹿にしてる?」
藍「いいえ、感謝しています」
紫「言うわね…………今回、私達は私達の都合のために○○を利用し傷つけたわ」
藍「はい」
紫「以後、このようなことは許されない……いいわね?」
藍「承知しました」
紫「その上で、○○の全てになるの」
藍「母であり、姉であり、友人であり、親友であり、恋人であり、妻である」
紫「ええ。私達の全てを以てあの子の世界を完結させる。もう二度と外へなど関心さえ持たせない」
藍「私達が育て、私達が作ったものだけを食べ、私達だけを抱き」
紫「望むのであれば私達と同じ時を生きて、いつか私達の手に抱かれて死ぬ」
藍「嗚呼、○○」
紫「私達の可愛い○○」
「「愛しています」」
愛情が深過ぎて捻れて歪んでそれでも愛してるって感じがして好き
摩多羅隠岐奈は
見た感じ尊大で、自分の能力にあるいは魅力に疑いとか微塵も持ってなさそうだが
参ったことに能力も魅力も本物で、本人がそれを自覚してる。殊勝さのかけらもない
……だからこそ。自分以外を選ばれそうになったときの、精神の破綻が面白そう
>>688
○○を構成するのはこれまでもこれからも紫と藍だけなんだな
面白い話だった
旦那、つまりは○○の後ろでめちゃくちゃ怖い顔して威圧する
それが似合うキャラは誰だろうかな……
終電にて
あら、○○、もうこんな時間だわ。これじゃあ終電が無くなっちゃったわね。………え?どういう事かしら?
そんな抜け道みたいな乗り継ぎなんて、一体どうして知っていたのかしら。全く…パチェの知識も当てにあらないわね。
いえ、こっちのちょっとしたことよ。それよりどうするの?まさかそんな綱渡りの方法で乗れるなんていうのかしら…。
そんなの簡単なことよ。○○が途中まで来てくれればいいわ。中間の場所までなら○○もちゃんと帰れる足があるで
しょうから。言った責任として実際に試してみればいいんじゃない?
ふふふ…。どうしたのかしら?まさか途中で電車が止まってしまうなんてね。よっぽどの事だったのかもしれないわね。
まあ別に酔った乗客のトラブルなんて、よくよく考えたらいつでも起こることだもの。単純に運が無かったのかも
しれないわ。それでどうしようかしら?○○が家に帰る電車も今は無いから、これじゃあ仕方ないわね。途中の大きな
駅に行きましょうか。そこならきっとバスかタクシーとかの、何かいい方法があるかもしれないでしょうし。
ほら、こっちに行きましょうか。
残念だったわね。こっちにもさっきの乗り継ぎのせいで人が溢れているなんて。三十分待って漸く数人が進んだだけ
なんだから、タクシーをいくら待ったとしてもこれじゃあ帰れないわよ。これから少し立てば雨が降るんだから、
もうどこか泊まれる場所に行かないと駄目ね。こっちの道なら明るいから人通りも多いわ。
もう、○○ったら。こんな道に行くなんて。さっきからグルグル同じ場所を回っているだけじゃない。これじゃあ
いくら歩いても同じよ。いつまでたっても泊まれる場所になんて着かないわ。もうあそこの場所にしましょう。
もう、別にいいじゃないの。○○がどんどん歩くお陰で、すっかり私歩けなくなってしまったんだから。
雨も降ってきたし別にあそこのホテルでもいいじゃないの。最近はこういう場所も普通のホテル代わりに
なってきたみたいなんだし、ここに入ったって別に気にすることはないんだから…。
ねえ○○……。こないの?こういう場所にきたのだから、○○も私となら大丈夫だからじゃないの?私も○○となら
大丈夫だからここに来たんだから、ね…。ほら、こっちに来て…○○。私とあなたがこうなる日。不思議な力でそうなる
ようになっていた。ううん、それが運命だったんだから。
>>685
早苗さんがこの騒動に加わることで、余計に混乱が生じることしか見えないのが
守矢神社の二人にとってはつらい所ですね。
>>688
外の世界を閉ざそうとするならば、まず先に外に触れさせる。奪おうとするならば、最初に与える。
矛盾しているような方法ですが、かえって真理なのかもしれませんね。
>>693
確実に⚪︎⚪︎をモノにしようとしているところが好きです
無様な
「うわーん!!」
地底の奥底に位置する地霊殿のそのまた最奥に作られている執務室。普段ならば静かに地霊殿の主が執務を執っている
のであるが、その日に限っては少々-いや大分と騒々しさが増していた。人目も憚らずに部屋に飛び込む男。そのまま
目に付いたさとりに向かって飛び込んでいく。机の前に座っている筈の彼女が部屋の中央まで動いていたのは当然ながら
彼女が能力を使って男の声を読んでいたためである。もっとも、誰が聞いても読み間違える筈など無いものであるのだが。
「どうしましたか、○○さん。」
「さとりぃ…。」
情けない声を出す男を宥めるさとり。ソファーに埋もれるように座るさとりが男の頭を抱える。涙が流れる顔がそのまま
服に押しつけられていくが、さとりは気にも留めずに男の頭を撫でる。
「さとり。」
「はい。」
「さとり…。」
「はい、○○さん。」
「ううう…。」
「大丈夫ですよ。」
声も出せなくなった○○をソファーに横たえ、膝枕に乗せてさとりがあやす。赤子に子守歌を歌うかのように彼女の言葉
が空気に乗せられて、男の中に染み渡っていく。
「悔しかったんでしょう。」
さとりの膝の上で男が頷く。
「恐かったんでしょう。あんな事があったんですから当然ですよ。」
男の顔がさとりに一層押しつけられる。涙が更に溢れ出す。
「でも大丈夫。私が居ますからね。私以外の人ならこんな男の人、きっと嫌いになりますよ。みっともなく泣いている
だけの人なんて。」
傷を抉るように現実を指摘するさとり。男の体が強ばるのを彼女の手が撫でていく。ゆっくりと緊張を解していくかの
ように。
「でも私は○○さんの味方ですからね。どんな○○さんでも私は受け入れますよ。どんなあなたでも好きですからね。」
「さ…さとり……。」
男の顔を上げるさとり。恐怖と戸惑いに揺れる瞳に甘い毒を囁いていく。
「愛していますよ○○さん。ずっとずっと…………私以外の人に行ったら駄目ですよ。」
「うん…。」
今の彼女にとって、男の心を操るのは赤子の手を捻るよりも易しいものであった。
幻想君主論
1、伴侶を得た際にこれを失わないためには如何に行動するべきか。
さて、序論に加えてここからいよいよ本論に入りたい。この幻想郷において伴侶を得た際には、如何に行動する
べきであるかを考えていきたい。過去に数多くの幻想郷の女性達がこの問題に取り組まないことで、悲劇的な結末を
迎えたことは論を待たない。これについては多くの過去の論者が繰り返し論じていることでもあるが、私はこれに
ある種の注意書きを付け加えたい。
即ち、泥棒の悪意にさられたとしても二人の愛が確実であるならば、恐れることは無いと書いているものがあるが、
これについては十分に注意が必要である。このような記述は、例えば神霊廟の首領である***の書いた**という
書物において記されているのだが、この本の読者においてはこれを実行しているのが、かの有名な人物であるという
ことを念頭に置く必要がある。彼女は並外れた力量を持っており、知恵も十分であるどころか三国随一といっても差し支え
ない人物である。このような人ならば何も策を練らずとも取り立てて危機は起きないのであるが、通常の力量を持つだけの
人物が無策でいるならば、それは運命の女神に伴侶の命運を託しているだけである。
勿論ある程度の幸運に恵まれているならば、平穏に生きて行くことも可能であろう。しかし一度悪運に見舞われた
ならば、侵略者はあっさりとあなたの最愛の人物を奪ってしまうことであろう。そしてあなたに残されたのは、灰色の
人生である。これを読んで気分を害される人もおられるであろうが、私はここでしっかりと注意を込めて書いておきたい。
あなたの伴侶が奪われてしまうのを、指をくわえてむざむざと起こしてしまうのか、それとも事前に対策を練って
しっかりと迎え撃つことでそれを防ぐのか、賢明な人ならばどのような行動をとるべきかお分かりになるであろう。
さて、このような本を読んでこれを大いに批判する人物が居るのかもしれない。即ち、恋愛は神聖であり策略などは
似合わない、ということを述べる人物はこれに当たる。実はそのような人物に対してこそ、大いに注意が払われなければ
ならない。このことは少し前に人里で起きた出来事を記載すれば事が足りるであろう。ある女性が婿養子として伴侶を
迎え入れようとしていたのであるが、その男性の周りに別の悪い女性が迫ろうとしていた。悪い女性は男性に対して、
婿養子として**家に入るのは政略結婚であるとか、あるいは女主人が過去に箒を使って空を飛んでいたことから、魔女が
悪い術を使って男性を唆かしているなどど嘘を吹聴し、女主人が男性を騙そうとしていると思わせようとしたことがあった。
幸いにして、女主人はそのような女が男性の周りを辺りをウロウロしていることを事前に知っていたため、逆にその女性
の隠している不都合な事実を男性に知らせることで、男性が悪女に騙されることを防ぐことができた。もしも女主人が
全くの無為無策であったならば、不道徳な女性が男性を騙し取り、男性はその女性の異性関係に大いに悩まされることに
なってしまったであろう。思慮深い人物ならば是非このような人物の暗躍を許してはならない。それはとりもなおさず、
伴侶の人生すらも不幸にしていまうのであるからなのだ。
>>696
こういう優しい虐待なヤンデレ娘の動き方がすごい個人的に好み。○○は何も考えなくていいんだなと
憧れるようなうすら寒い様な
>>697
流血の惨事を回避できるのならば謀略の一つや二つ、あった方が良いかなと思ってしまう
「どうするんだ?」
上白沢の旦那が少しばかり、しびれを切らしたように○○に対して言葉を投げかけた。
「知ってるくせに」
対して○○はあいかわらずうそぶきながらも……若干の投げやりな雰囲気を友人である上白沢の旦那は、それを如実に感じ取っていた。
○○も、そろそろ疲労の方が勝ってきて。この依頼が終わればもう、多少の騒動には目をつぶると言ったような態度に見えた。
上白沢の旦那は明らかに疲労や心労を溜めている○○の姿に、少しは思いやったような顔を見せるけれども――上白沢の旦那は○○を思いやるさいに、チラリと稗田阿求の方を見やった。○○の抱えるあれやこれやに、稗田阿求がまるで関係がないなどとは思えなかったからだ。
けれども上白沢の旦那は、自分はまだマシだと理解しなければなかった。それは自らの妻である上白沢慧音が、抜群の魅力を持っているというだけでも十分な部分である。
だからこそ、自分が恵まれている状態に甘んじてはならないとして、喋る事が出来た。
――稗田阿求に対するいら立ちが無いとは言わない。
「聖白蓮はお前の計画……もはや隠しようのない大騒動で何もかもを覆い隠すというのは、知っているのかな?」
上白沢の旦那は○○の背中を叩いて、自分が隣にいるぞと主張しながら話を始めた。
その際、横目で気を付けている稗田阿求の身体が少し震えたような気がする。
「阿求、寒いのか?だったら中に入っていた方が良い」
○○は愛妻である阿求の事を気遣うけれども。それが実は的を外している意見だという事は、さすがに上白沢の旦那も気づいていたし……○○はそんなに鈍感じゃない、彼の横に立っている上白沢の旦那には○○の表情がやや硬い事に気づく事が出来たから、自信をもって○○はわざと外しているのだと言えた。
「いえ、あなたの横にいれば大丈夫ですよ」
しかし稗田阿求は、まさかの事で○○からの優しさや気づかいを全くもって拒否したが。
拒否の言葉こそ、気づかいに対する遠慮と取れなくも無かったが。○○の横にいた上白沢の旦那、その間に無理に入って行ったのは。これは一切の無視が出来なかった。
「まぁ、名探偵は名探偵なりに考えがあるのだろう。ここにいないと…・・・と言う事かな?」
だが状況の変化は、上白沢の旦那があるいはドンっという様な、突き飛ばすような動きを取り、稗田阿求は上白沢の旦那がしたように、○○の背中に手を回して元気づけるようなことを、行ったのであった。
意外な事に稗田阿求から突き飛ばされても、恐怖と言う感情は無かった、男相手にも嫉妬できるのかと言う驚愕とその余韻に呆れのみであった。
「……」
しかし上白沢慧音はやや腹立ちを感じたのか、彼女はスッと旦那の横に立った。
こんなことは言いたくないし思いたくも無かったが、上白沢の旦那にも、理解してしまえることがあった。
後ろから見れば稗田夫妻よりも上白沢夫妻の方が、こう、何と言うべきか。絵になると、そう判断せざるを得なかった
それがものすごく嫌なんだろうなと、対抗意識の源泉となっているのだろうなと言うのも理解できた。
後ろから見ているだけであるが、稗田阿求はかなりわざとらしく夫である○○とイチャイチャし始めていた。
少し○○も気圧されていたし、上白沢夫妻の方を確認したが。○○の方が残念ながら立場が弱い、結局は合わせてしまう。
けれども……○○が阿求の肩やら髪の毛やらに手を触れたとき。彼女の笑顔を見て、ああ良かったと思う様な表情を○○が浮かべていたが。
この朗らかな笑顔が真の物であるのは、そこに疑う余地は無いのだ。
信じられないような形での相思相愛だが、悪いとは思わないのも事実だ。これで周りへの嫉妬やら、悪意やらが少なければ最高なのだが。こっちの心労が減る。
そのまま奇妙なほどに稗田夫妻と上白沢夫妻は、お互いへと注意を向けずに命蓮寺の縁側で時間をつぶしていた。
○○の仕込んだ何かが発動するのを待っていると言えば、聞こえは良いけれども。命蓮寺の、特に聖白蓮の視点で考えれば、この二つの夫妻は居座っているようなもの。
まだ○○よりは動きやすい立場の上白沢の旦那が、たまに奥の方を確認して。誰かが来ないか、または来ないにしても気にしているようなそぶりは無いかと、確認しているが。
やはり稗田阿求が暴れたり、上白沢慧音がそれを明らかに面白そうに見ていたのが効いているのだろう。
どう考えても厄介な連中と思われているようで、気配と言う物がない、と言うか近づいて来ようとする意思すら見えてこなかった。
それは縁側で出迎えたっきり、タバコを吸い始めて追いかけてこなかった寅丸星にも言えた。まさかもういい加減、連続で吸っていたとしても手持ちはすべて吸い切っているはずだが、寅丸ですらこちらを確認しようとしてこなかった。
もしかしたら屋台村で、あるいは里にでも繰り出して、お茶でもしているのかもしれないが……命蓮寺にとっての自分たちが厄介者であることは上白沢の旦那としても自覚しているので、放っておかれているだけマシだと思うほかは無かったのが、悲しい所である。
「いやいや……ここまでは望んでいないぞ。少なくとも今じゃない」
上白沢の旦那が、放っておかれるというのは実はまだまだ甘い対応であるのだなと、今の状況を噛み締めながら待っていたら。
○○から悪い気配と言うか報告を聞き取ってしまった。驚いた上白沢の旦那は、○○が見ている方向に目をやったら。
とても体格のいい男性がトボトボとした様子であるが、けれどもまっすぐと、この命蓮寺の境内に入って来た。
後ろからは寅丸星が、何事かを男性に言い含めながら、待っているようにとでも言ったのだろうか。その男性はえらく大人しく辺りに据え付けられている長椅子に腰かけたが。
その男には上白沢の旦那も見覚えがあった……そう、件の歩荷だ。あの、よりにもよって一線の向こう側である、雲居一輪と物部布都から同時に好かれてしまったあの男がここに来てしまったのだ。
まだ物部布都は来ていない。と言う事はかち合うのはもはや必定であり……それに○○の予測では件の歩荷は、物部布都だけではなく雲居一輪もふってしまう事で、以前の生活を取り戻そうとしていると判断していたし。
上白沢の旦那も、その○○の判断には異論の余地は無いと考えている。彼がどこまで知っているかはわからないが、激突の中心に立ちたくないのは誰だってすぐに考え付く。
ならば命蓮寺の次席に座っている寅丸星であるならば、まずい事が起こりかけているのには、件の歩荷の姿を見た瞬間から気づけるだろう。
だからひとまずは長椅子に座らせて待つように言ったが……星からすればこのまま門前払いしたいぐらいの気持ちだろう。
寅丸星がまっすぐと、稗田及び上白沢の夫妻の方向に近づいてくる際も。さっきまでタバコをすっていたからそう言う風に想像してしまうが、ニコチンが切れたようなイライラした顔で近づいて来た。
無論、今の寅丸星の苛立ちの原因にニコチンの欠乏は殆ど関係がない。
「だが……命蓮寺に丸投げするわけにもいかない」
どすどすと言う様な足音が聞こえそうな動きで、寅丸星がやってきたが。○○だってそんな状況の寅丸星を気遣う事が許される程度の余裕は存在しているし、彼女だって稗田のような厄介な夫妻と近づきたいとは思っていないだろう。
星は両夫妻に近づくや否や、盛大なため息をついて言葉にこそはしていないが、お前たちが何とかしろと言ってきた。
もちろん寅丸星のこの主張は、至極もっともである。
「ええ、まぁ……こっちで可能な限り調整しますよ。出来れば最後までうまくやりたいぐらいですよ」
「もう半分は失敗してるよ。いや、半分どころじゃないか?」
○○は素直に、そして最大限あるいは全部こちらで引き取ると言ったが。寅丸星は憎まれ口をひとつ叩きながら、よく見えるが会話に巻き込まれない程度に遠い場所に移動していった。
しかし彼女には、そのような権利ぐらいは合ってしかるべきだし……
稗田阿求の動きを見る限り、憎まれ口にも逃げたことに対しても、あまり気にもしていないからだ。
状況をどうにでも動かすことのできる稗田○○の姿に、寅丸星よりも○○の方が今の状況では立場が強いと思っているのだろう。
一体彼女の権力欲はどこまで強いのだろうか……そしてなお厄介な事に、稗田阿求は、彼女は持って生まれた権力を自分が使うのではなく、意中の相手に貸し与えて使われる方に興奮している。
その事を考えると寅丸星のように上白沢の旦那もため息が出そうになったが。
寅丸星と違って、上白沢の旦那の場合は稗田○○の友人であるという立場が付きまとうし、彼本人もそれを続けるべきだと思っている。
今後も稗田阿求とは何らかの形で、否応なしに付き合う事を彼は求められる、寅丸星とは違う対応が求められると理解していたので……
上白沢の旦那は黙って目を閉じて心を落ち着かせて……せめて余計な事を何も言わないように努力した。
だが妻である慧音が後ろからぎゅっと抱きしめてくれて……それ自体は精神統一や心を落ち着けるのに有用であるけれども。
どうにも慧音は稗田邸での一件以来、たがを外して稗田阿求を挑発する方向に、方針を変えたような気配がする。
――慧音の肉体的魅力に対しては、上白沢の旦那もかなり正直であるし、それを許されているし、どう取り繕ってもそれに頼っている部分もあるから心苦しいけれども。
やはりそろそろ、慧音にはやや強めに稗田阿求への挑発を止めるべきだと頼むべきだろう、そうするべきなのだけれども。
「何、おまえはそう難しい事を考える必要はないんだ。少なくとも私にはな」
慧音からそう優しくて甘い吐息を掛けられながら、さらに強く……慧音の肉感的な部分を慧音自身が主張するように抱きしめられたら。
今でなくとも構わないか、せめて二人っきりの時に、そんな甘くて緊張感のない考えに上白沢の旦那は支配されてしまった。
「慣れたよ、もうね」
上白沢の旦那は思考も少し以上にゆるんでしまい、抱きしめてくれている慧音の方に体重を預けてしまった。
かかとも半分以上浮いていて、力もこもっていない。何もかもを上白沢慧音に預けてしまっている格好だが……幸か不幸か、上白沢慧音は旦那からの体重も含めたすべてを、受け止めてしまえる。
――こうやって、上白沢夫妻がイチャイチャしだした時。これに関しては残念な事に、上白沢の旦那はまだ精神統一と妻の方へと意識や神経を傾けていたので、周辺の事情を把握しようという部分は全く欠けていてしまった。
だから代わりに、全部を理解していたのは哀れにも寅丸星ただ一人であった。
件の歩荷へと稗田○○が近づき、上白沢夫妻は立ち止まったままで事の成り行きを見守っている『風』である。
その二つの、大体真ん中ぐらいの地点で、阿求が急に立ち止まった。
そこで稗田阿求が不意に、と言うよりは権力者然とした自分たちの姿に悦に入ったような表情で、ちょっと上白沢慧音の事を小ばかにするために、上白沢夫妻の方向を阿求は見やったが。
まさにその見やった瞬間は、上白沢夫妻がいちゃ付いていた瞬間であったのだが。
恐らくも何も……上白沢慧音も見られることを狙っていた。慧音は寅丸星も観客として数えていたかもしれないが、一番の観客――稗田阿求は見たくなかったろうが――として彼女は稗田阿求の事を選んでいたのだと、寅丸星にははっきりと断言出来た。
上白沢夫妻がイチャイチャしているのを稗田阿求が見たとき、彼女の口元から不格好に空気が漏れた。
叫ぶ事は出来ないが、沸騰する自分の感情を制御は出来なかったと見える。
そんな姿の阿求を見た慧音は、にんまりと笑いながら、大きな胸をわざとらしく揺らした。
阿求の口元から漏れる空気がさらに大きくなって、やはり胸の小ささを稗田阿求自身も気にしていたのだろう、上等なはずの着物の上から胸をかきむしって嫉妬の感情に支配され、暴走していた。
「目を閉じていた方が落ち着くなら、もう少し目を閉じておけば良い」
それでいて上白沢慧音は、旦那に対しては優しくて甘ったるい動きをしつつ、自分のキレイに整えられた手の平で視線を隠して、不味い部分を的確に旦那には見せないように動いていた。
旦那の主観で物を見れば、現状は目に余るために目を閉じて逃避の感情を抱いてしまうのは、これを非難するのはかなり酷な事だと言えた。上白沢慧音がそこに思いをはせたのは、これは、寅丸としても信じてやる事は出来るけれども。
それだけではない。慧音が旦那に対して甘く色っぽくやるのと同じぐらい、稗田阿求に対するどす黒い感情も存在しているのだと寅丸星には見えていた。
この時の上白沢慧音は、はっきり言って自らの色欲を隠す気持ちがみじんも無かった。
それは旦那が喜んでくれるからと言うのが一番目の理由であるのだとは、それぐらいは寅丸も思ってやれるが。
二番目の理由、はっきり言ってちんちくりんの稗田阿求に嫌らしく見せつける為と言うのも、
一番目の理由と同じぐらいに大きな理由だと寅丸星は上白沢慧音に言ってやりたかった。
そして旦那の目線を自分のしなやかで艶やかな手の平で隠してやってるのにも、先と同じ二つ分の理由があると。
いっそ寅丸星は上白沢慧音の夫に対して、はっきりと言ってやりたかった。お前の妻はかなりの悪女だと言う事を、伝えてやりたかった。
無論、お前の妻である上白沢慧音は、お前にはひどく優しいし色欲も肯定してくれるどころか、こいつ自身が色欲にまみれているから気にする必要は無いけれども。
自分たち以外の夫妻、特に稗田夫妻、と言うか稗田阿求に対してはいくらでも残酷になれるのだぞと言い放ちたかったが……。
寅丸星の脳裏には、例の稗田邸での、命蓮寺と神霊廟の激突未遂事件の情報が思い起こされていた。
今の今までは寅丸星も、雲居一輪がひどく失礼だったうえに物部布都も、火に油を注いで回ったのだろうと、そう考えてしまったが。
今は、先の考えが浅はかな物だったと考えざるを得なくなった。考えてみればあの席で暴れていたのは、上白沢慧音ただ一人だ。雲居に関しては聖が先手を打って、先にぶっ飛ばして、気絶させていたとはいえ。
物部布都にも、雲居一輪にも、またその首魁である豊聡耳神子や聖白蓮にも突っかからず。稗田邸の家屋だけを攻撃していた。一度気づけば何もかもがおかしい。
その原因として、稗田阿求が何か言ったのだと、寅丸星はそう判断するしかなかった。だが稗田阿求の余計な一言よりも、家屋の修繕費が神霊廟との折半とはいえ命蓮寺にも回ってきた腹立ちよりも。
寅丸星にとっては、上白沢慧音の戦闘力の方が一番恐ろしかった。だてに人里の守護者を名乗り、そして人里の最高戦力として機能しているだけの事はあるのだから。
それに加えて、人里の最高権力者である稗田阿求との確執を抱えている事に寅丸は気づいてしまった。
決して命蓮寺が小さな組織であるという、そこまで謙虚な考えは寅丸としても持ち合わせていないが……
分が悪い、なにより何の利益も見いだせない。上白沢慧音と稗田阿求の間に立つなど、そんなことに何の意味も利益も見出す事が出来なかった。
あの二人の夫である、二人の旦那ならばまだしも……そう考えて、目を閉じられていないはずの稗田○○の方向に目線をやって、こいつなら立場的にも物言いが許されると考えて、頼むよ……と言った塩梅で目線をやったが。
幸いにも気づいてはくれていた、その上件の歩荷の目の前に立って何事かが起こっているのを見えないように配慮までしてくれた。
けれどもそれだけであった。
「阿求!」
稗田○○は自信の愛妻である稗田阿求を呼びつけて、横にやって、肩に手をやったら。
それ以上の動きは見えなかった。
事態を重くは見てくれていそうだが……まともな動きがあるかと言われたらどうにも…………しかしながら。
「私には関係が無いか。私は外野だ」
そう言い聞かせるというよりは、そうじゃないと困ると願いながら。寅丸星は自分の部屋へと退散していった。
確かまだ……隠していた酒が残っているはずだから。
続く お手すきでしたらご感想などありますと嬉しく思います
○○「今だから言えるけどあの頃お前のこと好きだったんだよな」
霊夢・「幻想郷の巫女だから、遠慮してた」って言われて、普通の女のこだったら彼の隣にいれたのかなって。なんで終わったことみたいにいうのって言いかけて、空からケーキを落として地面に叩きつけられたみたいにもうどうにもならないことなんだなって、私、彼と同じ高さで生きてなかったんだと人生を呪い始める。
魔理沙・魔法であの頃の〇〇にしちゃえばいいじゃん!!と〇〇の精神をあの頃にするがそうすると〇〇にとって目の前にいるのは『あの頃の魔理沙』じゃないわけで拒絶されるんだけどじゃあ私もあの頃になればいいじゃん!!と魔法をかける
早苗・「今は?」って聞ける度胸もないからとっくに負けてたんだなって、「そうだったのー?」と笑うも家で泣き叫ぶ。奇跡があったことが、こんなにも苦しいなんて
咲夜・時間を操作して過去に行きかつての自分に「意地をはらず素直に彼に想いを伝えるのよ」ってアドバイスして過去〇〇と過去咲夜は結ばれるけど(あぁ、でもそれは『私』じゃないのね)って泣きながら元の時間に戻ると、自分そっくりの咲夜と〇〇が結婚してて自分の居場所はないんだと知る。でも待って?今の二人の関係は私が過去に行ったからこそなしえた関係なのよ?この時間を作ったのは私。居場所は見つけるものではなく作るもの、この時間は私のものよ…『あなた』じゃない。…とナイフに手をかける。過去咲夜を刺そうとしたらかばった〇〇にぶっ刺さるのでまた過去に行くみたいなのの繰り返し、なんどもやりなおすけどどんどんひどくなっていく
鈴仙・私は今でもずっと、って手を握ろうとするけど○○の指輪に気づいて握れず、かといって目の前の笑顔に泣くこともできずだけど今取り繕う強さもなく、赤い瞳で狂わすこともできず、逃げ出すこともできない。ただただ何もできない臆病者。
チルノ・『あの頃』っていつだったんだろう。たぶん、たぶん皆いた時の話。大ちゃんもリグルもルーミアもみすちーも皆いた時の話。だけど、だけど、恋敵だった親友たちを消してまでここまで来たから、だからなんにも手に入らなかったのかな。最強の敗北者
妖夢・これはつけいる隙がありますね…と、まだ〇〇が自分の間合いにいることにほくそ笑む。
文・「お前に速さ勝負で勝てたら告白するつもりだったんだけど結局一度も勝てなかったんだわ」と言われる。誰も自分に追いつけないことが、やっと誰にも追いついてもらえないことだと知った
天子・精神崩壊し『あの頃』に幼児退行。『あてしチコ!地子だよ!仲良くしてね!』
菫子・『今だから言えるけどあの頃〇〇くんのこと好きだったんだよね(今もだけど)』というスミィちゃん。「へーっそうだったん?」と返答するが目の前の女が誰なのかどこであったのか全く思い出せない〇〇。初めてあったんだから当たり前なんだけど
>>693
強引に帰宅するための足を手に入れようとしたら
なんか交通機関でひどい事故が起きそう
幻想郷君主論2
2 如何にして伴侶を危険から遠ざけるべきか
さて、これより如何にして伴侶を危険から遠ざけるべきかについて論を述べていきたい。古い異国の言葉にあるように、
全て物事は最初に対応するのが良策である。その火種が小さい内に消すことができれば、大きな炎が燃え上がる前に
食い止めることができるであろう。それではこの問題について適用すればどうなるであろうか。結論としては、伴侶を
どこか遠くに隔離しておくことが最良の手段となるであろう。外部から人間が訪れにくい場所に住居を構えれば、
それだけ他者の誘惑も少なくなるものである。そういった意味からすれば、地霊殿や冥界などといった場所は最も
適当な場所であるといえよう。どちらも普通の人間だけでは辿り着くことができず、また外部から訪れる者もいない
場所である。このような場所に伴侶がいるのであれえば、外部からの危険に対しては万全の状態であるといえよう。
さて、このような場所に続くのはやや隔絶されている場所である。例をあげるとするならば、紅魔館があげられる
であろう。さてこの場所は比較的人里に近いといえども、その性格上外部の人間が訪れることがあまりない状態である。
また屋敷の前に門番がいることも安全を高めている。これは伴侶がその配偶者に黙って屋敷を抜けだすことも同時に
防いでいる。一方で永遠亭はその条件に当てはまらない。ここは迷いの竹林にて外部と離されているものの、人里の
人間は頻繁に病院として永遠亭に通っている。そのため外部の人間が恒常的に入り込みやすい状況であり、前述の
紅魔館とは様子が異なることが、賢明な読者にはおのずから分かるであろう。さて、こうして状況を整理すると、
案外に人里と隔絶している場所というものは、残念ながら限られてくることが分かるであろう。次の論ではこうした
場所にいる優れた人物が、どうやって伴侶を危険から遠ざけているかを論じていきたい。これは読者に大抵当てはまる
だけでなく、他の方法にも有効である場合が多々あるためである。まさに日の下には新しきものはなべて無し、
と言われる類いのものである。
>>702
着々と舞台は整っているのに、解決の糸口が見えないですね。
難しい局面ですね。
>>703
咲夜さんの状況が酷くなっていく所が印象的ですね。自分から不幸になりに
いってしまうようにすら、見えてしまいそうになりました。
wiki健在だったのね、色々作品増えてて嬉しい
リアル事情有るといえ、半ば放棄する形で今の管理人さんに任す形になってしまった非常に申し訳ない
病みナズ 短編
…あっ、起きた、おはよう、〇〇。
ご飯できてるよ、早く食べちゃってくれ。
…食欲無いのかい?でもちょっとは食べないと…
…あっ、食べてくれた。どう?美味しいかい?
…ふふ、喜んでもらえたようで嬉しいよ。
…あっ、もう人里へ出かける時間だね、私も一緒に行くよ。
…ふふっ、こうやって君と歩いてるとまるで夫婦みたいだね。あぁ、幸せだなぁ…
…あっ、忘れ物をしてしまった…
ぐぬぬ、君との時間が減るのはとても惜しいが…致し方ない…
すぐに取ってくるから君はその辺を歩いているといい、すまないね…
…くふふ…〇〇の枕…布団…♡
…すーっ…ふぁぁぁ…♡
…〇〇の匂いがするぅ…♡
…〇〇がいる時は恥ずかしくてこんな事出来ないからな…今のうちに沢山吸っておこう…♡
…ふふ…そろそろ戻らないと〇〇が心配するだろう…ちゃんと元に戻して…と、よし、じゃあ〇〇の元に戻るか…
…いやぁ、待たせてしまっ…た…ね…?
…〇、〇…?その隣の女は誰なんだい…?
…何でそんなに仲良さげにしてるんだ…?
…浮気…してたのか…私に隠れて…
…許さない…私だけの〇〇なのに…
…〇〇にまとわりつく虫は排除しないとね…
ナズ「…〇〇っ!」
〇〇「うわっ!?…き、君は?」
リグル「ちょっと!私の〇〇に何か用?」
ナズ「私の?はっ、ふざけるな!〇〇は昔からずっと私のモノだ!」
リグル「はぁ?…〇〇!?もしかしてコイツと浮気してたの!?」
〇〇「ちょっ、ちょっと待ってくれ!理解が追いつかない!」
ナズ「早くそいつから離れるんだ!〇〇!」
リグル「くっ、離しなさいよ!私の〇〇を何処に連れてくつもりよ!」
〇〇「いってててて!待って!ストップ!ストップ!」
リグル「やめなさいよ!〇〇が痛がってるじゃない!」
ナズ「君こそ!私の〇〇に触れるんじゃない!」
〇〇「待て待て待て待て!そもそも君は一体誰だ!?」
ナズ「…は?」
リグル「そうだよ!誰なのよ!〇〇とどう言う関係なの!?」
ナズ「…寝ぼけてるのか?〇〇?私は君の彼女だよ?」
〇〇「えっ!?かっ彼女!?…も、もしかして…最近妙な視線を感じると思ったら君の仕業か?」
ナズ「…はぁ、酷い言い掛かりだな、朝は君の為にご飯まで用意したっていうのに…君だって美味しそうに食べてくれたじゃないか」
〇〇「なっ…あのご飯もなのか!?俺はてっきりリグルが作ってくれてたのかと…」
リグル「人ん家に勝手に入ってご飯を置いてくなんてことしないよ!このストーカーめ!私の〇〇から離れろ!」
ナズ「…はぁ、なるほどね…どうやら君はこの虫けらに洗脳されてしまったみたいだな、大丈夫、私がちゃんと元に戻してあげるからね…ちゃんと私だけの〇〇に…ね…♡」(〇〇を掴んで空高く飛ぶ
〇〇「えっ、ちょっ…うわぁぁぁぁっ!?」
リグル「っ!油断したっ!〇〇っ…!?うわっ…!?な…何よこの鼠の量は…いっ、いつの間にこんなに…身動きが…っ…〇〇っ、〇〇ーっ!」
…くふふっ、隙をついて〇〇を取り返したぞ…
…あれ?〇〇、気絶しちゃってるのか?かわいいなぁ…あぁ、いつも遠くから眺めることしかできなかったが今はちゃんとこうやって私の腕の中…ふふっ、あったかい…♡もう二度と君が盗られないようにこれからはずっと私の家で暮らそうね?〇〇♡
エンディング2
「ずっと見ていた」
ナズ…怖いけど可愛いなぁ
>>702 の続きです
稗田阿求と上白沢慧音の間に走っていた緊張感に気づけない程、稗田○○は鈍感な存在ではなかった。
○○は慌てて阿求を呼びよせて、せめてこれ以上の悪化だけは防いだが。
かなり遠巻きに見ていた寅丸星の雰囲気から、呆れのような物を見て取ったかと思えば、奥の方に引っ込んでいってしまった。
もちろん……○○自身もわかっている。自分のやっている事があくまでも、対症療法であることは。悪化を食い止めているだけであり、悪化の原因に対しては一切の処置を施していない。
だから寅丸星は呆れたのだ、けれども彼女が呆れた部分の一部には○○自身も密接に絡んでしまっているのだ。
根治を目指せばそれは、○○は自分自身の否定にもつながるのだ。
その否定とは……自分が阿求と婚姻関係を結び続ける事も密接に関係する。
自虐するような感情が出てくるけれども、この自虐が阿求に対する否定だという事にぐらい、○○は気づいている。
「話がしたい」
なので件の歩荷がせっかく目の前にいるのだし、彼と話をすることにして、この感情をごまかすことに、もっと言えば自分でも気づかない位に小さく、あるいは消してしまう事にした。
自虐の感情が阿求の事をも否定したのは明らかで、それで更に自分自身への腹立ちから、○○は若干以上に圧力の強い、怖い顔をしてしまったが。
不幸にも全く責任のない件の歩荷である彼は、可哀そうにも少々以上に怯えたような顔をしていたが。
そこに○○が持つ、あるいは阿求から持たされた力の気配を感じ取り、阿求は少し以上に機嫌がよくなった。
「状況は知っているという事だよな?」
件の歩荷は小さくうなずいた。声がまともに聞こえなかったが、仕方がないと思って自分ばかりが喋る事にしてしまった。もうこの際、相手からの返事があろうとも無かろうとも、どちらでも構わない。
もう○○の中で台本はほとんど出来上がっているし、騒動と騒動が絡み合いかねない現状においては、素早く処理してしまいたい。
実はそれが件の歩荷にとっても一番、安全な結果となるであろうのはまだ彼は知らない。
「二股とはね」
しかしよりによって一線の向こう側を、二名も一気に相手している事には感嘆の念もあるけれども、こういった厄介事の最終解決者としては無駄に話を大きくしやがってという感情もあるので、やや切れ味のするどい言葉を投げてしまう。
やはり二股とみられることは、件の歩荷としても相当に心外だったようで、がたりと立ち上がったが。
○○はともかくとして、先ほどから上白沢慧音と陰に陽にさや当てを続けている阿求は、感情があふれっぱなしでいるから、はっきり言って不機嫌極まりない顔をしている。
人里の人間で、慧音と阿求の間に広がる亀裂を知らない人里の住人にとっては、この不機嫌な阿求の顔は人里の住人にとっては死刑宣告の一歩手前ぐらいまでの圧力と威力がある。
「……貴方はまだ大丈夫だ」
どこまでの意味や効果、あるいはまともに受け取ってくれるのだろうかと言う疑問はあるがそう言いながら落ち着ける事にした。
>>702 の続きとなります
稗田阿求と上白沢慧音の間に走っていた緊張感に気づけない程、稗田○○は鈍感な存在ではなかった。
○○は慌てて阿求を呼びよせて、せめてこれ以上の悪化だけは防いだが。
かなり遠巻きに見ていた寅丸星の雰囲気から、呆れのような物を見て取ったかと思えば、奥の方に引っ込んでいってしまった。
もちろん……○○自身もわかっている。自分のやっている事があくまでも、対症療法であることは。悪化を食い止めているだけであり、悪化の原因に対しては一切の処置を施していない。
だから寅丸星は呆れたのだ、けれども彼女が呆れた部分の一部には○○自身も密接に絡んでしまっているのだ。
根治を目指せばそれは、○○は自分自身の否定にもつながるのだ。
その否定とは……自分が阿求と婚姻関係を結び続ける事も密接に関係する。
自虐するような感情が出てくるけれども、この自虐が阿求に対する否定だという事にぐらい、○○は気づいている。
「話がしたい」
なので件の歩荷がせっかく目の前にいるのだし、彼と話をすることにして、この感情をごまかすことに、もっと言えば自分でも気づかない位に小さく、あるいは消してしまう事にした。
自虐の感情が阿求の事をも否定したのは明らかで、それで更に自分自身への腹立ちから、○○は若干以上に圧力の強い、怖い顔をしてしまったが。
不幸にも全く責任のない件の歩荷である彼は、可哀そうにも少々以上に怯えたような顔をしていたが。
そこに○○が持つ、あるいは阿求から持たされた力の気配を感じ取り、阿求は少し以上に機嫌がよくなった。
「状況は知っているという事だよな?」
件の歩荷は小さくうなずいた。声がまともに聞こえなかったが、仕方がないと思って自分ばかりが喋る事にしてしまった。もうこの際、相手からの返事があろうとも無かろうとも、どちらでも構わない。
もう○○の中で台本はほとんど出来上がっているし、騒動と騒動が絡み合いかねない現状においては、素早く処理してしまいたい。
実はそれが件の歩荷にとっても一番、安全な結果となるであろうのはまだ彼は知らない。
「二股とはね」
しかしよりによって一線の向こう側を、二名も一気に相手している事には感嘆の念もあるけれども、こういった厄介事の最終解決者としては無駄に話を大きくしやがってという感情もあるので、やや切れ味のするどい言葉を投げてしまう。
やはり二股とみられることは、件の歩荷としても相当に心外だったようで、がたりと立ち上がったが。
○○はともかくとして、先ほどから上白沢慧音と陰に陽にさや当てを続けている阿求は、感情があふれっぱなしでいるから、はっきり言って不機嫌極まりない顔をしている。
人里の人間で、慧音と阿求の間に広がる亀裂を知らない人里の住人にとっては、この不機嫌な阿求の顔は人里の住人にとっては死刑宣告の一歩手前ぐらいまでの圧力と威力がある。
「……貴方はまだ大丈夫だ」
どこまでの意味や効果、あるいはまともに受け取ってくれるのだろうかと言う疑問はあるがそう言いながら落ち着ける事にした。
けれども言いたい事、聞きたい事はどちらも優先させてもらうし。
実はそれが彼にとっても、最も生存率の高い状況なのだ。彼はきっと知らないだろうけれども。
「物部布都をふったそうだね?中々、思い切った事をする。そして次は雲居一輪もふるのかい?」
二股扱いされている事も件の歩荷である彼からすれば、非常に手厳しくて辛い一言であるだけに。
物部布都をふったという事実、そして雲居一輪にも……○○が思った通り、やはり彼女の事もふるつもりだったようで、彼の所作がピンとした。
かなりわざとらしい姿勢の良さになった。これは敬うだとかそうではなくて、恐怖からのそれであった。
だがこの歩荷が恐怖を感じようが、どう思うが、そこは些末として○○は考えずにいる事にしてやった。
それはそれで事情を知らないでいる彼にとっては、非常に辛い時間が流れる事になるけれども……そこは耐えてもらうしかなかった。
それにどうせ、彼が雲居一輪もふってしまうという部分にも、そう悪い判断ではないという思いはあった。
彼には荷が重かったのだ。たとえ付き合っている相手が物部か雲居のどちらか一人であったとしても、似たような状況に陥った可能性が高い。
ならばいっそこじれてくれた方が、彼が逃走と言う手段を取ることに対しての言い訳もある程度たつし。
彼の事は可哀そうだと思っているので、そういう論調を作る事に対してもやぶさかではない。
もうしばらくすれば物部布都が、この命蓮寺に突っ込んでくるようにと言う手はずも打ってある。雲居一輪が今更引くわけもない。
神霊廟と命蓮寺の評判にいくらかの傷がつくことに関しては……かなり申し訳ないが、両勢力の首魁には我慢してもらう事にした。
戦争よりも男の取り合いを演じてくれていた方が、分かりやすくてバカバカしいから、宗教上のいさかいと言う物は小さく済むと考えていた。
どのみち上白沢慧音が暴れた時点で、全てを隠す事は不可能になった。その分の責任と言うか後始末を二つの勢力にぶつけるのは、お門違いだという意見を言われたならばもっともであるが……
稗田阿求と上白沢慧音が互いが互いに、憎しみあいそして馬鹿にしあっているという事実が表に出るよりは、はるかにましである。
この事実が表に出れば人里が割れるとまで言っても構わなかった。
少しばかり、人里が真っ二つに割れる想像をしてしまい背筋が寒くなったが。その恐怖の感情に耐えるために、目を閉じて気を張った。
ますます顔がいかめしくなり、目の前の彼に対する申し訳ないという思いが上積みされるが……致し方ないと、諦めるほかは無かった。
「まぁ、男女関係にまでは首を突っ込まないよ。仕事の関係で色々と調べさせたは貰ったけれども……君が物部とも雲居とも別れようという判断は、肯定するよ。稗田邸であんなことがあってはね」
○○はそんなことを言いながら、自分のあさましいとも言える言葉の使い方選び方に、自分自身に対してため息が出そうであったが。
稗田邸であんなこと、その話題を出したら件の歩荷がいたたまれない様な、責任を感じているような表情をした。
なるほどこういう朴訥(ぼくとつ)な所に惚れたのだなと、○○は理解した。
だがナズーリンの言う通り、稗田○○の頭を少し悪くしたような奴だという評価も、また、事実と言えよう。
これならば悪党の方が、女をとっかえひっかえするような奴の方が、話が分かりやすくて良かったかもしれないが。
一線の向こう側が、しかも今回の話においては一線の向こう側が同時に二人も関わってくるのだ。ただの悪党では御しきれないので、やはりこうなるのが運命なのかもしれない。
しかし一線の向こう側がどうにも強すぎる上に、なぜどいつもこいつも可愛かったり美人なのだろうか。
これは幻想郷にかけられた呪いかもしれないなと、○○は奥歯に込めた力でその感想と言うか恐らくは事実と、ずっと付き合う必要を再認識していた。
「雲居一輪が何をやったかしっているか?」
少なくともこの男性よりは、一線の向こう側を知ってしまった○○はまだ優しい言葉を使えた。彼に一線の向こう側はちと荷が重い様な気がしてならないからだ。
あれらをめとる事が出来る存在は、やはり、自分も含めてそして友人の上白沢の旦那もやっぱりで、おかしくないといけないのかもしれなかった。
○○からの質問にこの男はふるふると、弱々しい態度で首を振って否定をした。
「まぁ……若干ね。雲居さんのお仲間とも少々、考えにもずれが、調べているとどうしても目についてしまって。そう、だから」
○○はやや歪曲的に言葉を、話題を展開していった。ある程度は自白を促しているような形であるし、○○としてはいやらしいやり方であるのも自覚している。
そして目の前の歩荷と○○の考えにもずれがあるのは承知している。
○○の考えている事は、雲居一輪が仲間の配下すら人質に取った暗躍劇。
この歩荷の考えている事は、ただただ夜の話、下ネタだ。
しかし知らないなら知らないで良いというか、そっちのがこの歩荷の気配を小さくできる。
男の取り合いとそれにドン引きした男、この話はこの程度の醜聞で終わらせるべきだ。
しかし裏側で話を出来る限り小さくしているなど、件の歩荷には気づく余地がない。
あの『稗田』○○であるという事実を、横合いに妻である阿求の姿もあるから『稗田』の力は特に強くなっているだろう。
ただしその特に強くなっている『稗田』の力は、阿求1人でも全くそん色ないどころか、むしろ純粋な稗田の力である事ぐらいは頭の端っこで常に、感じ取っているようにしなければならない。
だが依頼にそれは関係ないけれども、稗田○○と言う生き方には密接に関係があるから二律背反は辛くなる。
その辛さが、ギリギリと腹の底からやってくる鈍痛(どんつう)となって顕現(けんげん)してくるが、この鈍痛にせよ辛さにせよ、目の前の彼には関係が無いのも明らかな事であるから必死に隠すけれども。
必死に隠そうとしなければという思考回路がすでに、いくらか以上の無茶をする必要があるから、平常のそれではない。つまりは近くで○○の顔を見ている彼は、件の歩荷は、その平常ではない表情の一部をどうしても、感じ取らなければならないから、ますますいたたまれない表情や感情を抱いてしまうけれども。
「抱いた?と、思うんだけれども」
結局ついに○○は、知っていたけれども出来れば彼から聞きたかった言葉を、直接的な意味を込めて口に出してしまった。
男はか細く肯定の意味である言葉をつぶやいた。ほんとに小さな言葉だが、こちらの耳には聞こえてくれたので、許すことにした。
結局許してやった理由としては、抱いたという知っている情報以外にも、か細い声ではあるけれども推測でしかない情報に、確定した情報を与えてくれた事だからだ。
「そうか……最近は抱いていないようだね…………そう、実は雲居一輪からもらった明らかに余分な報酬も、返すことにしたと?」
やはりこの男は雲居一輪もふろうとしている。彼女からもらっているこの命蓮寺での仕事の報酬は、やはり過剰で合ったようで、更には彼もそれに気づいていたようだ。だから、それも返して、終わりにしようという事らしい。
なんだか自分勝手だなと思わなくもないが、一線の向こう側と言う物が何なのかを幸か不幸か、○○はよく理解しているので、件の歩荷である彼が本能的に、逃げたくなったという意思の方を尊重してやった。
それにどう考えても不幸な結末しか思い浮かばないので、逃げたほうが良いだろう。
あとは……明確に雲居一輪もフラれてもらって、物部布都と精いっぱい無様に喧嘩してもらうしかない。
それ以外には射命丸にもまた手を回して、今後の新聞に描かれる両勢力の醜聞を如何にして穏やかに盛り上げて、そして着地させるか。
いっその事、神霊廟と命蓮寺が売り上げに明らかな減少を見せた場合には、洩矢神社にも協力を仰いで、何か催し物の計画やらを新霊廟と命蓮寺に口添えをしても――
色々な事を○○は考えながら、考え事を少しでもまとめるために誰の目線も合わないであろう、空中へと目を向けたが。
ここは幻想郷である、飛べる存在と言うのはさほど珍しくないが――
待ち構えていたような東風谷早苗の姿を、○○は目にしてしまったが、明らかに待ち構えていたという事は、東風谷早苗は○○の事を待っていて○○と目を合わせに来ていた。
東風谷早苗は○○と目が合った瞬間に、ニッコリと笑みを浮かべてくれた。
しかし幻想郷の巫女服と言うのは、なんであんなにも扇情的なのだろうか。そんな考えを抱いていたら。
東風谷早苗は手をひらひらと動かして、○○に挨拶をしてくれたし、その表情も朗らかで慈愛に満ちた物であったが。
あのような顔に見覚えがある事は非常に問題であった。
慈愛に、満ち過ぎている顔だと断言できた。上白沢慧音が夫に向ける顔、あるいは稗田阿求が○○に向けるような笑顔と同じ雰囲気を感じ取ったのである。
○○は、東風谷早苗から向けられている笑顔に、一線の向こう側を見て取ってしまった。
○○の思考回路は一気に凍り付いてしまった、来ることはないだろうと思っていた場所から、手痛い不意打ちを食らったかのような感覚を味わったが、その味わいは猛毒の趣すら存在していたのだから、にべもない事ではあるが。
「は?」
○○がずっと空を凝視しているのを、さすがに阿求も気になって○○と同じ方向に目をやったら。途端に阿求の機嫌が悪くなったが。
機嫌の悪くなったような阿求の顔を見て、早苗は明らかに鼻で、そして獰猛に笑った。上白沢慧音が阿求の事をバカにしている時と同じような雰囲気を、確かにその時の早苗は持っていた。
「でかい肉が飛んでいますね……下品な…………肉塊」
阿求は相変わらず、酷い言葉を、目の前には件の歩荷がいるから叫んだり怒鳴る事こそなかったけれども。
しかしながら、だからこそ阿求のつぶやきはより一層、阿求の中にある劣等感を刺激してしまい、悪辣とまで言えるような言葉を用いてしまわねば、自分自身の劣等感が暴走しかねないのだ。
事実阿求は、東風谷早苗の事をかなりの言葉で罵ったが、やはり自分の身体がはっきり言ってそういう意味での魅力に欠けている事は、上でニコニコとしながら手を振っている早苗の、飛んでいるからこそ揺れる肉体が眼に映し出され続けているから、阿求はぶつぶつと口を動かし続けていた。
○○の耳にすら聞こえない程の小声だが、たぶんこれは聞こえない方が良いとはすぐにわかった。
それよりも、登場人物を少なくするべきだと○○はすぐに思い当たった。
「すこし大事な話をしたい。聞こえないところまで下がっていてほしい」
○○は件の歩荷にそう命じた、彼に拒否権等は無い、言われた通りに椅子から立ち上がって遠くの方に移動していった。
続く
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ガラケー派なので携帯での動作は分かりません
最近男は夢を見ていた。見るのは決まって空の上、雲の上に位置する晴れ渡った天の世界で、いつも少女に連れられて
いた。夢の中とはいえ、男が空を飛べる訳ではない。残念ながら物理現象は相も変わらず存在しているようだ。
物理学者ならば安堵するかもしれない世界であるが、只の人間である男にとっては少々都合が悪い。なにせ、雲の上に
いるだけでもおっかなびっくりという具合であるのに、どうやってそこから空を飛べばいいのか。しかしそこは夢の中、
上手い具合に助けが入るようである。男にとってはそれが彼女であった。男を連れ出すように彼女が姿を見せる。
目に映える青い服を着た少女。空の色と相まって、普段モノクロの夢しか見ない男に対して鮮烈な印象を与えていた。
少女の手を取る男。細い手であるが、不思議と自分の手よりも力強く感じるものであった。フワリと空中に浮かび、
空を飛ぶ二人。抵抗が無くなったかのように風を切る音すら感じずに、ただ下を雲が流れていく。
ふと男は感じた。このままいけば、どこまで行くのであろうかと。けれどもそれを言う事はなく、ただ黙って男は
彼女の手を握っていた。まるで幼子が母親に手を引かれていくかのように。
>>708
完全に自分が正常だと信じていそうな雰囲気ですね。確信犯のようです。
>>714
人里の重鎮の二人が割れると大変なことになりそうな。挽回が難しそうな気がしました。
>>715
更新ありがとうございました。皆様の積み重ねで多くの作品が集まっていますね。
>>708
完全に自分が正常だと信じていそうな雰囲気ですね。確信犯のようです。
>>714
人里の重鎮の二人が割れると大変なことになりそうな。挽回が難しそうな気がしました。
>>715
更新お疲れ様です。お忙しい中ありがとうございます。
二重投稿失礼しました。
>>714 の続きとなります
だがこれで良いのかと言う気持ちは、○○の中にすぐに湧いて出てしまった。
件の歩荷が退場していったのを確認するや、早苗はにんまりとしながら降りてきた。
阿求の肩を抱いている○○の腕に、阿求が震えるような体の振動はもちろん、喉の奥から怨念にまみれた汚い音も同時に○○の耳には聞こえてしまったからだ。
それらは早苗が着地したときに予想通りではあるけれども、最高潮を迎えた。
阿求の間近に着地した早苗の眼にも耳にも、阿求のすさまじい怨念は感じ取れているはずなのだが。早苗はクスクスと笑っていた。見世物小屋で好奇の視線を向けるような感情が、その時の早苗にはあった。
「諏訪子様がなんか、慌てて物部布都さんを追いかけてましたから。お手伝いしようかなと……遊郭と人里の両方を渡り歩いてる諏訪子様も、何か、迷惑をかけちゃまずいので。私なら体力もあるので、助手になれない事も無いかなって」
一体東風谷早苗はどういう腹積もりで、ここに降り立っているのだろうか。
「東風谷早苗、貴女の真意を聞きたい」
なのでここは、思い切って質問をぶつける事にした。
「私もストレス溜めてるって事ですよ」
的を射ているのかいないのか、よくわからない答えを出しながら、早苗はため息をつきつつ阿求の方を見た。
「遊んでいるのか?」
○○と同じ疑問を阿求も思っているらしいが、阿求の場合は早苗の遊び方に自分たち稗田夫妻よりも品性や知性の低さを、見て取るというよりはそういう事にしてしまいたくて。い見下したような笑みを浮かべていた。
だがそんな阿求の顔を、早苗は冷笑しながら眺めている。おまけに背は早苗の方が高いから、威圧感は彼女の方が上であったのは阿求としてはまたしても、苛立ちと劣等感を刺激されてしまう。
「ええ、まぁ……○○さんの言う通りで、私もちょっとぐらい遊んで良いかなぐらいには。諏訪子様がふらっふら遊びまわってますから、私にもその権利はありますよ。まぁ私は女を抱く趣味はないので、適当に顔見知りと遊んでいられればそれで」
そう言いながら早苗は○○の方に顔を向けて、穏やかな笑顔を向けてくれた。
顔見知りと遊んでいられればと言うけれども、その範囲は物凄く限定……はっきり言って○○だけだとしか思えないような、早苗のふるまい方である。
「火遊びもほどほどになさいませんと」
阿求が必死に、ギリギリとした感情を抑えながらも早苗に忠告を与える。
「だっさ。人里で一番お金も権力もあるのに、余裕ないんですね」
けれども早苗は忠告ごと踏みつぶしてきた。阿求の眼が見開かれていき、明らかにまずい状況になりつつあった。
○○は慌てて阿求の口元に手をやって、これ以上はだめだから落ち着くようにと、それを行動で示した。
「かわいそう」
早苗はそんな○○の様子に対して、○○の方を見ながらはっきりとそう言った。それは○○への同情と阿求への挑発を同時に含んでいる言葉であった。阿求がこの状況で、何も言わないはずはない。
「稗田で合っても可哀そうなら、どうすれば幸せになれるとでも?」
かなり驕り高ぶった言葉であるが、○○はそこに関しては無視をしてやることにして。早苗に質問を投げかけた。
「洩矢諏訪子が奔放である事への腹立ちと嫌がらせか?東風谷早苗。それにこちらも、稗田も無関係とは思えないのが辛いな」
この質問を受けたとき、早苗は少し悩んだような顔を見せて、少々長考していたけれども。
「わかんないんです。でも○○さんと話しているのは、嫌じゃないんですよ。引っ掻き回すのと同じぐらいに楽しいかな」
東風谷早苗らしくない返事を聞くことになったのが、○○としては最も恐怖心を抱く答えであった。
早苗自身ですら自分の考えが分からないというのは、これはおそらく真実であるから余計に。
引っ掻き回すだけ回して、諏訪子への嫌がらせのつもりなのか……それともあるいは、○○へ向ける朗らかな笑顔、慈愛にあふれる笑顔こそが、早苗の中で優先される感情なのか。
とうの早苗ですら分からない以上、計算もへったくれもない状況だ。○○にとって一番苦手な状況と言える。
「まぁ、私の事はお気になさらずに。勝手に遊んで、勝手に判断して、勝手にどうにかしますから」
その勝手にどうこうする中身が問題なのだが、早苗はもちろんの事それを理解しているので、こんなあいまいな答えを告げるのみであるのだ。
けれども気になるのは、早苗の表情がコロコロと移り変わる事である。稗田阿求の方を見ているときは獰猛さと冷ややかさを隠さずに、○○の方に顔を向けるときは、向けきる前に目を閉じて表情の方を整える動きを見せてから、さっきまでの表情が影響しているのか少し固いながらも、だけれども明るい表情を作ろうと苦心していた。
「媚びるな。私の夫に」
早苗の笑顔にやはり阿求はカチンときたようで、何か一言残さねば気が収まらないと言った様子で、まくし立ててこそいないが怒気は恐ろしい程に存在していた。
「媚びてませんよ」
しかし早苗は……こんな場面を作るのだから、覚悟と言う奴は既に決まっていると言っていい。増してや喧嘩を売っている相手が、あの稗田阿求なのならば腹が決まっていない方がおかしいと言えよう。
「可哀そうだと思っているだけです」
けれども早苗からのこの一言には、稗田阿求も小首をかしげていた。
「それはつまり……○○が、それとも私が、可哀そうだと?」
「両方」
早苗は非常に簡潔に答えた。
しかし阿求は頭に大量の疑問符を浮かべながら早苗の事を見ていた、これは稗田阿求の自己評価の高さにつながる事象と言えよう。
「○○が、可哀そう?分かりませんね、何でそうなるのかが」
稗田家の権力と財産を無尽蔵に○○に与えているのに、なぜ○○が可哀そうなのだと早苗は思うのだろうか、増してや言うのだろうかと言った塩梅だ。
なるほど確かに、稗田家は人里の中では頂点に立っている。人里の外で合っても、その影響力は計り知れない。ただ○○にはそこまでの事をする気がないだけで、その気になれば土地の一つはいくらでも理由をつけて焼き払えるだろうな、と思う事はしばしばある。
……それだけの権力に飲み込まれているのだ、○○は。望んでそうなったとはいえ、たまに寒気がするのは否定できない。
そして少し目線と言うか軸足を変えてしまえば、その権力は自分自身の身を焼き焦がしてしまいかねないし。自分は最初から最後まで、阿求の舞台にに立つ必要もある。
それを念頭に置いてもう一度○○は、早苗の顔を見た。
早苗も○○からの視線に気づいて、こちらを向いてくれた。やはり阿求に向けるものと違って、柔らかくしようという努力が見える表情だ。
「だから、私の夫に媚びるな」
「ほんとに可哀そう。両方とも」
そう言い残して早苗はその場を離れたが、完全には立ち去らなかった。そこら辺をぶらぶらするような歩き方で、こちらを見つつ、何かを待っていた。
一思いに立ち去らない早苗に、阿求は明らかにイライラして舌を鳴らしていた。
だが早苗はまるで臆することなく、ぶらぶらとしながら待っていた。稗田夫妻の方はもちろんの事で、横目どころかしっかりと見ながらであった。
「たぶん、そろそろ……物部さんも健脚だろうから」
早苗が時計を目にやりながら呟いた、その場面を見ていないし、事情を知らない稗田夫妻にはわからないが、早苗は彼女が物部布都を見かけた時間をしっかり覚えてそこから何分経ったかを確認していた。
「おまけに走っているから、歩くよりずっと早くここに到着するでしょう」
早苗のこの言葉は、ちゃんと夫妻に聞こえるように喋った。
「物部布都が来るのか!?」
○○は今のこの場面から解放されそうだという、そんな期待も胸に抱きながら声を出した。
「ええ、さっき喫茶店でお茶してたら見かけたので。まぁこの状況で物部さんがここ以外に来る場所はないだろうなと。それから、諏訪子様もいましたよ」
「いや、それは頼んだから良いんだ……」
この状況に対する劇的な変化が近い事に、○○は少しばかり息を吹き返しながら、境内の出入り口を見やった。
こんな状況にワクワクするぐらいしか、逃げ場のない○○に対して、早苗はますます○○の事が可哀そうになってきた。
そして先ほど、勝手に考えて行動すると言った通り、早苗はもう少し○○に付き合おうと。
今はまだ、稗田阿求に命を狙われない範囲で○○に近づくことを決めた。
自分の感情に確かな評価を与えるためにも。
ただの思い付きや気の迷いであるのならばならばそれでいいし、本気になれたのならばそれは幸福な事だから。
早苗が命蓮寺の境内をぶらぶらとしながらも、稗田夫妻、特に稗田○○の方を気にしながら動き回っていた。
いっその事阿求が帰れと言えば、早苗は帰ってくれたかもしれなかった。けれども阿求の中の何か、意地と言う部分だろうかそれとも誇りと言うべきか。とにかく阿求は心中の苛立ちに対して抵抗していた。
早苗から目線こそ外さないが、口元こそゴニョゴニョと動いて怨嗟の感情を反すうしているのが分かる程度だ。
○○もたまに阿求から、気になっている――決してやましい意味は無いと阿求に分からせるために、阿求の肩を抱き続けながら――早苗の方に目線をやるが。
やはりどっちに転ぶかはどうやら早苗にすら分からないようだけれども、○○に対する好意的な感情は本物であるらしく、○○と目線が合うや否や、早苗はにこやかに手を振ってくれた。
まだよく見かける程度の知り合いに対するそれ、だとは思いたいが、阿求以外の女性から尊敬ではなくて好意を受けたり、増してや○○の方から阿求以外の女性に対して良い顔をする事こそが問題そのものであるし、場合によっては男が相手でも阿求が嫉妬を燃やすのは、先ほど上白沢の旦那のいた場所に強引に入って来た事から立証済みだ。
けれども東風谷早苗は、洩矢諏訪子の奔放な動きに頭を痛めている。
幻想郷内での立場上昇が源泉、巡り巡ればそれは洩矢神社の立場も上向くという事は早苗にも恩恵があるとはいえ。
洩矢諏訪子と言う身内が、役得を精一杯その身に浴びようと遊び歩いている姿は彼女の苛立ちや腹立ちの原因だというのはすぐに分かるし。
既に洩矢神社には、洩矢諏訪子には、何度も協力を依頼している。間接的かもしれないが○○だって東風谷早苗には、迷惑と言う物をかけてしまっている。
そんな彼女からにこやかに、挨拶程度の意味かもしれないけれども、そのように柔らかく対応してもらえたのならば。
○○としても少し手を振ったり、笑顔のような物を出したりして返礼と言う物を出してやらねばとそれぐらいの理性と道徳は存在しているけれども。
「ッ!?」
阿求の身体が小刻みに震えだしたのが、肩を抱いている○○にははっきりと感じ取れた。
精密機械が崩壊する前兆のように、不穏で不気味な感触が阿求の肩を抱いているゆえに、○○は全身でそれを感じ取らざるを得なかった。
片手でだけ抱いていた阿求の肩を、○○はそれだけでは足りないと思い阿求の正面に立って、つまりは○○の視界から東風谷早苗を外した。
「げせ、下世話な、下世話な言い方ですが……あなた、私以上に金も権力もある女がいるとお思いで?」
阿求は感情の制御が全く上手く行ってないようで、流暢(りゅうちょう)に言葉を話す事にも難儀していた。
どうやら射命丸ほどには見下せないようだ、東風谷早苗の事は。
だが東風谷早苗は、そんな気はしていたが阿求の事も自分を苛立たせる存在として認識しているのか。
「あんまり○○さんに無茶させちゃ駄目ですよー?」
こういいながらちょっかいをかけてきた。出来るならば今はやめてほしかった、けれどもどのような態度を○○が早苗に対してとろうとも、○○の脳内で描かれる予想に良さそうな物は一つも浮かんでこない。
たまらず○○は、近くにいる上白沢の旦那に対して助けを求めるかのような視線を送ったが。
一番の友人である彼は、かなり前からこの状況に精神をやられてしまっているようで、ずっと目を閉じているうえに。
その閉じられた目の上から、上白沢慧音の艶めかしい手先が彼のまぶたの上に覆いかぶさっているのも、はっきりと確認できた。
友人である彼ならば、ここで声を出せば何らかの助力を得られるという、それぐらいの自信と言うか付き合いはあると信じているけれども。
彼よりも彼の妻、上白沢慧音の方がずっと怖いのは一線の向こう側をめとった存在の共通項であろう。
なにをどうしようとも、妻である女性の方が怖くなってしまう。
更には○○の妻である阿求が、ぎゅっと○○の衣服を握りしめて感情の爆発こそ起こしていないが、悲痛な感情は痛いほどに感じ取ってしまう。
○○の胃袋は針を刺したように痛いけれども、これは現状が悪いこと以外にも阿求の事を好いているからこその、胃袋の痛みだと○○には即断できた。
ちょっとNGワードが何なのか全く分からない
一旦切ります
救いの手
「ねえ、本当にそう思っているのかしら。」
彼女の声が刺さる。本当に…?いや違う、本当にそうなどは思っていない。だけれども事実として言うなれば、あるいは
もっと直接的に現実社会で穏健に生きていくためには、それを偶然として受け入れるしか僕には方法が無かった。
「そうさ……全部偶然さ…。」
「本当?」
「………。」
息が詰まり、彼女の言葉に答えられない。目の前の矛盾に苛まれて、それでも受け入れることしか出来ずに、
思考が行き詰まる。
「先々月は事故が二件、先月は自殺、そして今月は急病……。ちょっとあなたの周りのお友達には、死の匂いが絡みつき
過ぎているわ。決して偶然なんかで済ませられない程に。」
分かっている。それでも、僕はそう認める訳にはいかなかった。僕がこの社会で生きていくためには。
「警察、病院、学校…。全部が調べたさ。そして僕も何回も言ったさ…。だけど、駄目だったんだ!何も分からなかったんだ!
○○は偶然に駅のホームから落ちた!××は白血病!そして**は進路で悩んでいた!全部調べ尽くされて、それでも分からなくって、
結局何も解決しなかったんだよ!」
堪えていたものが吹き出すように、声が大きくなる。改めて考えても、絶対に偶然なんかじゃない。あいつらが死ぬなんてことは、
絶対に有り得なかった。
「幽霊の事は言ったのかしら?」
あっさりと言う彼女。僕も暫く前ならば笑い飛ばしていただろう。そんな非現実的な存在などは、商売っ気のある人物が勝手に
作りだしているのだと。しかし今、あの体験をしてしまった後では、そんな「空想的な」ことは二度と言えなかった。なにせ、
死は自分の目の前に迫っているのだから。
「誰も信じなかった…。」
「そう…残念ね……。」
彼女の顔が微かに悲しみを帯びた。初めて見る表情だった。
「それで、貴方は何もしないのかしら?」
「何もできないよ…。幽霊相手に何をすればいいんだよ…。」
そう、僕はあの後必死になって調べたが、結局のところ何も分からなかった。相手がどういう存在なのかすらも。あいつらが
死ぬ前に幽霊が見えたと言っていた、それだけが僕に残された唯一の手掛かりで、それはあまりにもぼんやりとし過ぎていた。
だから僕は全部偶然と思い込んでいた。あいつらが死んだのはただの偶然で、人間の力を超えた超常現象などは何も無いと
いうことに決めつけて、どうにか恐怖心を押さえ込んでいた。もしも本当に幽霊がいたとしたのなら、そして僕がそいつに
何もできないのならきっと僕は狂ってしまうだろうから。
現実を突きつけられて、黙りこくってしまった僕に彼女が言う。
「それはいけないわ。だって半分はあなたの力と行動が必要なんだから。」
「……もう、どうにもならないさ…。」
「いいえ、そんな事はないわ。だって私がいるんだから…。普通の出来事ならば貴方の力で乗り越えられるかもしれない。
だけれども、貴方の力だけでは乗り越えられない程に大きな障害が襲ってきたのなら、それを乗り越えるには他の力がいるの。
貴方と私の力の二つを合わせれば、きっと大丈夫だから。貴方は死ぬ運命ではない。私が保証するわ。」
しっかりと彼女が僕の手を握る。手から伝わる温かい思いに、僕の眼頭が熱くなった。
>>722
本当に心の底から信じていれば、他人の言葉に揺らがないのか、それともそこに至って
いないことを喜べばいいのでしょうか。金で釣り出したのはかなり悪化していますね。
独白
ええ、確かに私はあの時彼女に会いました。丁度今日のような日曜日の夜中だったと思います。
空気は澄み切っていて、だけれども月は見えていませんでした。ひんやりと肌を刺すような空気が辺りには
充満していて…。そんなところに彼女はいました。そうですね…貴方達が言うところの幻想郷という場所だったの
かもしれませんね。私には現実でないどこかとしか分かりませんでしたが…。まあ結局のところ、そこが現実で
あったのか、あるいは幻想郷であったのか、あるいは私の夢の世界であったとしても、それは私には関係が
無いものですからね。私にとっては彼女に出会ったという事だけが、それだけが重要なのですから…。
彼女についてですか?貴方達の方がよくご存じではありませんか?きっと私のような人に何人も会われているの
でしたら、他に彼女を見ている方も居られるでしょうから。…そうですか。まだいらっしゃらないのですね…。
それはなんといいますか、私も少しだけ優越感を抱いてもいいのかもしれませんね。彼女がこんな風に思っている
私を見れば、きっと何か一言文句でも言うのでしょうか。でも彼女を知っているのが少ないのであれば…憧れなのか、
或いは他の感情なのか…。いえいえ、いけません、これではいけませんね。彼女もきっとそれを望まないでしょうから。
それでは少しだけ話しをしましょうか。彼女について、僅かなお話を…。
私が彼女に出会った空間は、ええ、あえて空間と言わせて頂いたのも、私にはそこがどこだか、とんと見当も
つかない場所だからなんですよ。先程も申し上げた通りに、正に夢か幻か…幻想の世界に迷い込んだような感覚でした。
確実にこの世界で無いと私は思っているのですが、まあ、所詮私一人が言っていることですからね。お上手な奇術師
にかかれば、私のようなずぶの素人などは簡単に騙せてしまうでしょうから。
成程、成程…。そこは天界と仰るのですね。天に住む彼女に相応しい場所なのでしょう。穢れもなく、迷いもなく、
ただ神聖な静けさが満ちるその世界は、広く雲が空にかかり、地面もまた白く輝いていたように見えました。
そこに彼女はいました。青い服を着て帽子を被る、天人様のお姿がありました。そこで私は天人様に声を掛けて
頂いたのです。そのお言葉については申し訳ありませんが、ここでは申し上げられないのです。あくまでも
本筋とは関係ないと言うだけであって別に大したことではございません。私が申し上げたいのは、天人様が、
地を這う人間に対して天に住む御方が、恐れ多くもお声を掛けて下さったという事なのです。いかかでしょうか。
バテレンの耶蘇教徒などは天主様という方を崇め奉っているようですが、正にそのような感覚と同じなのでしょう。
私も彼女のお姿が目に入りましたら、まるで雷に打たれたかのように衝撃を感じまして、敬服に至る次第であります
からに。きっとあれは体験した人にしか分からないものでありましょう。それ程までに彼女は神々しかったのですから。
四季映姫が思わず半笑いで
「あなた、地獄にすら行けませんよ?」ってのが多そうだなヤンデレ幻想郷は
NGワードが全くわからん……
少し細切れに投稿してしまう事をお許しいただきたい
「何か、お手伝いしましょうかぁ?」
しかし東風谷早苗は、○○の感情を阿求の感情を、これらを理解しているのかいないのか、よく分からない態度でゆらゆらと動きながら声をかけてきた。
さすがに近づきこそしないが、その瞳は確実に稗田夫妻の方向を捉えていた。
○○は振り向こうかと思ったが、先ほどから早苗は的確に○○と目線を合わせに来ようとしている。
それを思い出した○○は、自分にしがみついて来てくれる阿求の頭を柔らかい手つきで撫でながら、もう片方の手で早苗の声が聞こえてきた方向に手の平を見せつけて、これ以上は近づいてくるな、もっと言えば黙っていてくれと主張した。
幸いにも早苗は、○○のそう言った行動が何を意味するのかぐらいは、理解してくれているし。そこまでをも無視するほどに、今はまだ、傍若無人ではなかった。
○○の目には○○自身が努めて、早苗の事を視界に納めないようにしていたし。
稗田阿求は必死になって、○○の側にいようとしいていて、阿求が用意したとはいえ○○の来ている上等な衣服は阿求の爪やら握りしめやらで、傷がいっていたが。
早苗はいまだなお、ゆらりゆらりと動いて、稗田夫妻のどちらかと目線が合わないかと、いまだなお努力するかのような動きを見せていた。
上白沢の旦那は早苗の声が聞こえたあたりで、再び『ロクな事にならねぇな』と言う雰囲気を聴覚だけで感じ取ってしまい、まだ目を閉じて慧音の艶やかな手先による目隠しも求めていた。
なのでこの状況を完全に把握しているのは、上白沢慧音だけであったが。彼女は……稗田阿求から悪意だの嫉妬だのをぶつけられた余波で、慧音自身も阿求に対して悪意を隠さなくなった。
なお悪いことに、慧音の場合は阿求に嫉妬する要素が無かった。体は健康的で、身長もあり、肉体的魅力は少なくとも稗田阿求よりは十分どころか、抜群である。
早苗は、明らかに悪意を持って慧音から見物されている事に、舌を少しばかり打つが。ちょっかいにちょっかいでやり返して、ふざけてこないだけマシだと考えて、我慢することにした。
あくまでも東風谷早苗の興味の対象は稗田夫妻、もっと言えば稗田○○なのだから。
件の歩荷は完全に放っておかれ、一時的ではあるが忘れられてしまったが。これが常識人の限界と言う物なのかもしれなかった。
そのまま何分か、と言っても大きな時間ではなかった。
やはり東風谷早苗の予想は正しかったようで……命蓮寺につながる参道において、歓声と言うよりは、はやし立てるような声が聞こえた。
物部布都が命蓮寺に殴りこんでくれたようだ。
この声に○○と上白沢の、二人の旦那は息を吹き返して。阿求と早苗もそちらに意識を向ける事になった。
唯一上白沢慧音だけは、もうちょっと眺めていたかったなと、意地の悪い考えを持っていた。
件の歩荷は、さすがにそこまで予想が立てられないほどに、朴訥(ぼくとつ)では無かったようで。
このはやし立てるような歓声が、何を意味しており、また何者によってそのような声が出てきたか位は、予想していたし。
寅丸星は二杯目はおろか三杯目を頂こうかとしている時に、この野次馬根性丸出しの歓声を聞いたので、腹を立てながら表に出てきたが。
出来る限り関わりたくはないという意思があるので、稗田と上白沢の両夫妻のいざこざを見ていたのと同じ場所で、遠巻きに見ようかとしたが。
東風谷早苗と言う、新たな役者の登場を把握したら、さっきよりも遠い場所に移動してより安全な方法を取ってきた。
この声に○○と上白沢の、二人の旦那は息を吹き返して。阿求と早苗もそちらに意識を向ける事になった。
唯一上白沢慧音だけは、もうちょっと眺めていたかったなと、意地の悪い考えを持っていた。
件の歩荷は、さすがにそこまで予想が立てられないほどに、朴訥(ぼくとつ)では無かったようで。
このはやし立てるような歓声が、何を意味しており、また何者によってそのような声が出てきたか位は、予想していたし。
寅丸星は二杯目はおろか三杯目を頂こうかとしている時に、この野次馬根性丸出しの歓声を聞いたので、腹を立てながら表に出てきたが。
出来る限り関わりたくはないという意思があるので、稗田と上白沢の両夫妻のいざこざを見ていたのと同じ場所で、遠巻きに見ようかとしたが。
東風谷早苗と言う、新たな役者の登場を把握したら、さっきよりも遠い場所に移動してより安全な方法を取ってきた。
○○は少しばかり迷いながら、阿求の方をちらちらと見ていたが。
阿求はただでさえ必死なのに、更に強い力で○○の衣服を掴んだ、まるで子供が駄々をこねているかのようにも見えたが。
それよりも重要なのは、阿求は体が弱いというのに、無理をしながら力を出しているのは明らかであると言う部分だ。
先ほど、物部布都が参道に現れたのを示す歓声に、意識を傾けたのは○○のように状況が動きそうだ、と言う部分に注目したのではなく。
どうやら、○○が1人で行ってしまうのではと懸念したからこその、意識の傾け方だったのだなと、○○は今更になって理解した。これは何が何でも付いてきそうだなと、そう考えるしかなかった。
そして東風谷早苗は○○と阿求の、言葉を使わずに行った意思のやり取りを、しっかりと確認していた。
「役者がそろったようだ……ああ、阿求」
○○はまだ迷っていた、阿求を連れていくかどうかを。ロクな事にはならないだろうから、体の弱い阿求を近くにおいても良いかどうか……迷っていたのだ。
「行きましょう、あなた」
けれども阿求は、そんな○○の逡巡や苦悩、そして思考の隙間に対して即座に入り込んできた。
阿求は握りしめていた○○の衣服を離す際、硬い表情をしたけれども、最後には阿求から○○に対する信頼が勝った。
阿求が先に行けば、○○は追いかけてきてくれるという信頼だ。
案の定○○は、阿求を追いかけてしまった。横にいる事にも、なし崩し的にそうなってしまったが。
東風谷早苗はその様子を見て、舌を打った。結局○○は稗田阿求に振り回されっぱなしであり、その様子がとても、悲しく思えたからだ。
○○に対する早苗の念は、更に増した。
続く
分からん……慧音が阿求を見下しながら悲しく思ってやる場面の表現の何が悪いのか
全くわからん
パスポートや通行証みたいな感じで
誰の影響下にいるかが一目でわかるものを持たされている○○
たぶんたくさんいる
路地裏
ふと○○が足を速めた。連れだった少女の手を引き、後ろを気にしながら無言で速度を上げる。腕を持って
いかれながらも、○○についていく少女。いつも無口で冷静な彼女が見せた一瞬驚いたような表情が、
○○にとっては新鮮に思えた。
当てずっぽうに路地に入り最初の角を曲がる。少し前まで歩いていた大通りからは死角になるその場所は、
ビルの壁に囲まれていて人通りが無かった。急な行動を咎めるように彼女が声を出そうとした瞬間、○○は
壁に彼女を押しつけた。
「〜〜〜〜!」
そのまま体で口を塞ぐように押さえる○○。普段の彼の物腰穏やかな言動からは考えられない行動だった。
急な動きに戸惑いの表情を見せる彼女。まるで不審者が女性を襲おうとしているように見える状況であったが、
それでも多分に信頼が勝っていたのであろう。大声を上げずに目で訴えかけていた。
「静かに…。」
小さく、しかしはっきりとした声を出す○○。その真剣さの理由が数秒後に明らかになった。
「嘘だろ………。撒いた筈なのに…。」
黒色の人物が近づいて来る。いや、それを人と言ってしまっていいのかには疑問が残る者であった。
なにせそれは、黒い影が人の形を作り上げているのだから。しかしそれは実に人間のように歩いて来ていた。
顔も分からないそいつに、○○は見つめられている気がした。
「……人外の存在に早めに気がつけたのは合格点。そして気が付いた瞬間にすぐに立ち去ろうとしたのも
高得点。だけれども大通りから外れたのはマイナス点。低級な悪霊は大勢の人間が居る場所では生命力に
乱されて形が崩れてしまうから、次からは成るべく人の多い場所へ移動すること。そしてああいう手合いは
獲物のオーラを見て追跡してくるから、視界に入らなくてもそれだけで安心するのは不十分。どちらかと
いえば距離を離すことを優先した方が効果的。」
先程とうって変わり、淀みなく○○に向かって話し出す少女。その場にいる悪霊を無視しているのでは無く、
取るに足らないと、そう彼女の態度は物語っていた。二人に向かって襲い来る黒い影。少女の手から、
数発の光が飛んで行った。
「月符を使うまでもないわ。行きましょう、○○。」
呆気に取られる○○の腕を自分の体に絡め取るようにして、彼女は何事も無かったかのように歩き出した。
>>733
いよいよ決着がつく時が来たのでしょうか。荒れる事になりそうな予感がしました。
>>734
役所に行って申請してくださいねーって手帳みたいなの渡されるんだ…
そして手帳偽造も横行するんだ…
フランドールとか背中の羽についてる宝石で
めちゃくちゃきれいな指輪作りそう
もちろんマジックアイテムとしても喉から手が出るほどの物だが
魔理沙ぐらいになるとヤバさの方を先に感じて逃げる
分からずに逃げないのもいるが
誰か埴安神のヤンデレを書いてくれや
>>739
誰かに頼るな
お前が書くんだよ
>>739
埴輪にされる739氏
交渉
外の冷たい空気が風となって吹きすさぶ中、ビルの中の会議室は暖かな空気に包まれていた。昨日の夜のニュース
では、朝は今年一番の冷え込みだとキャスターが知らせていた。湯気を立てブラックのコーヒーがカップに置かれて
軽い音を立てた。インスタントの軽い苦みが眠気を吹き飛ばすかのように舌に残る味わいだった。
「では、一セットXX円にて如何でしょうか?今回の商品は弊社で新しく販売したものでして……」
売り手の男性が相手に探りを入れる。今までの製品とは変わった点が、価格に上乗せされる形で反映されていた。
「ううん…。どうしたのものか。難しいですね…。」
堂々としている売り手とは反対に、買い手側の男は悩んでいた。今までに扱っていなかった商品のためであろうか。
頭の中で色々とこねくり回すかのように考えている様子が、外にはっきりと漏れ出ていた。
「以前の商品を改善した新シリーズですので、性能的には値段相応、いや今までよりもかえってお安くなっている
節すらありますので……」
相手の迷いを悟りここぞとばかりに売り手側が攻めていく。優柔不断な男の本丸に迫っていくかのごとく。
「でもなぁ…。さとりが何て言うか…。」
男がポツリと漏らした言葉。恐らくは彼の上司なのであろうか。目の前で悩んでいる男に影響力を持つ人物の登場に、
男性が書類を持ち出した。
「こちら、御社の方に見て頂けるように資料をご用意致しました。こちらの冊子の三ページ目に乗っている商品が、
今回の商品になりまして、ええ弊社の自慢の商品でございますので、こうしてご検討頂けるようにお持ちしましたので…」
厚手の紙にカラーページで綺麗に刷られた写真を見せながら、買い手を説得しようとする男性。不意に男のポケットから
鈍い音が生じた。
「ちょっと失礼…。」
買い手の男が席を立つ。大事な商談の間に挟まってきた用事にしては男の顔がほころんでいたのが、男性にとって少し
気に掛かる、微かな小骨が喉に引っかかったかのような小さな違和感であった。
「お待たせ致しました。」
「いえいえ、美味しいコーヒーを頂けましたので。」
先程とは裏腹に顔つきが変わった男が席に座る。今までの弱い風采は消え失せて、どことなしか自信に漲っている雰囲気すらあった。
「それでは先程の件ですが、こちらとしてはXXで購入させて貰いたいかと思います。」
「………。成程、中々に難しいご提案ですね……。」
瞬時に頭の中で計算を働かせる男性。いままでの優柔不断の態度に隠れていたのだろうか?男が出した案は売り手側の
ギリギリを攻めてくる値段交渉であった。
「今回新しく扱う商品でございますが、纏まった数をご用意して頂ければ今後御注文する数も増えるかと思いますので。」
「うーん…そうですね……。」
一転して受け手に回った男性が言葉を濁す。この数を逃がすことは惜しくあったが、しかし値段はこちらの限界を突いて
きていた。将来ここで扱う量が増えるとしたら、この買い手を見す見す他の業者に取られるのは大損になってしまうで
あろう。将来の欲と現在の利益が天秤に掛かり男性の心の中で均衡を失い揺れ動く。
「では、そちら様にはご検討頂くというということで…。」
「いえいえ!ここでやらせて頂きましょう。」
買い手の申し出を反射的に遮る売り手の男性。思わず反応してしまい内心でしくじった感情が沸いてきたが、それを
押し隠すように契約を進めていくしか、男性には道が残されていなかった。
「ではこちらの方で。今日はありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。」
売り手の男性が会社を去ろうとする。軽く相手に向かって礼をする際に、見送る男の側に小柄な女性が居ることに気が付いた。
一見何も感情を示していないように見えたが、女性の目の奥底からはこちらを見透かすような鋭さが男性には感じられた。
なぜだが不意に、そう、全くの不意に男性には、交渉の途中で掛かってきた電話の一件が思い起こされた。
>>2
「おお!お主!!奇遇であるなぁ!!」
命蓮寺参道から聞こえた、沸き立った声からほどなくして。やはり物部布都が勢いよくやってきた。
その後ろには、○○から協力を依頼されている洩矢諏訪子だってもちろんのことで、布都の事を追いかけていた。
諏訪子は、何故かいる東風谷早苗の事を見て、唖然としたようで彼女らしくもない格好、口を開けたままで早苗に向かって指さしながら、何でここにいるんだ?と言う感情をぶつけたが。
遊郭に入り浸りながらたまに稗田家と密談をして、また遊郭に向かってほとんど洩矢神社にいない諏訪子の事は、まともに相手したくないようで、早苗はプイっと分かりやすく顔を背けて。あなたとはしばらく話をしたくありませんと、返答をしたような物である態度を取った。
布都は、追いかけてきた諏訪子の事など、はっきり言って何とも思っておらず。
待ち構えているような姿である稗田夫妻に上白沢夫妻に対しては、以前の稗田邸での大騒動があるから、気にするようなそぶりを見せたが。
こいつらは全部知っているから、何をいまさらとすぐに思い直してしまったようで、結局は件の歩荷への愛が勝ってしまった。
遠巻きに監視しているような雰囲気の、早苗や寅丸星の事は、認識しているかどうかも怪しかった。
「のう、のう……我の話を聞いてはくれぬかのう?」
布都は種々の立場の存在から監視されている事にも、まるで気に留めずに。愛してしまった存在へと、請う様な姿で近づいた。
その顔は赤らんでいるが、走ってきた事よりも酒の力と興奮しきっているが故、そう考えたほうが適当な物であった。
物部布都は、稗田○○の目論見通りに雲居一輪にカチコミをかけるために、命蓮寺へとやってきてくれたが。
まさか自分が好いている――厄介と思われフラれたようだが、まだ好いているようだ――件の歩荷が命蓮寺にいるとは思っていなかったらしく。
しかしながらとてつもなく嬉しい予想外の出来事に、布都の抱える興奮は更に大きなものとなり、興奮から来る赤ら顔もますます大きく。
もはや情欲から来る紅潮と言った方が正しい様な、そんな有様の表情であった。
しかし物部布都はとてつもなく好いている、件の歩荷の前となってしまうと、増してや商売の場以外でとなると、嬉しくて仕方ないけれども気恥ずかしさの方が勝るらしく、もじもじとした動きをしていた。
神霊廟の面々は命蓮寺と違い、現世利益を求めるような売り文句で信者を増やしているから、彼氏や彼女を作る事も肯定されるはずなのだが。
ともすれば恋愛すら、煩悩と言ってしまいかねない命蓮寺の戒律の中にいる、雲居一輪は情欲すら隠さずに、色恋に関して猪突猛進の気配すらあるのに。
現世利益を重視すると言う事は恋愛も肯定する神霊廟の、物部布都の方が明らかに奥手であった。
思い返せば雲居一輪は、件の歩荷の肩やらを気軽に触っていたが。物部布都の場合は、派手な催し物こそあるが、布都の方から件の歩荷に明らかな接触を見せたのは、一度も確認していなかった。
厳し戒律のはずの命蓮寺の雲居の方が、色が多く。緩い戒律の新霊廟の物部の方が、色に対して奥手。これは結構面白い矛盾なのではと考えたけれども。
物部も雲居も一線の向こう側であることをすぐに思い出した、これはただの恋愛のこじれで終わるはずがないのだ。思い出した○○の笑みは、すぐに消えてしまった。
――そして○○の思考の奥底では、この一件とは関係ないけれどもあと一つ。東風谷早苗の事だ。
彼女は……もしかしたら……一線を踏み越え始めているのでは。
彼女はまだ遠すぎず近すぎずと言った、絶妙な距離感を保ちながら稗田夫妻を見つめ続けているのが、はっきりとは確認しなくとも気配で。それ以上に阿求の機嫌が悪そうなのが、触れている肩越しに分かるので、見ないでも分かる。
だが、今は、その事は関係ないので物部布都と件の歩荷、そしていずれは飛び出してくるであろう雲居一輪を警戒し続ける事にした。
まさかこんなややこしい事件の方が、心をかき乱さずに済むとは思わなかったが。事実は変えられない。
「のう……今すぐ考え直してくれとはさすがに我も申さぬ…………でも、稗田のお屋敷で……合った事は知っているはずだから、お主が少し退きたくなった気持ちは十分わかる……でものう…………」
おずおずと、何回も不自然な間を作りつっかえながらも、物部布都は件の歩荷に対して、こいねがう様な態度で語り掛けていた。
先ほど○○が気付いた矛盾の通り、物部布都は狂いながらもしっかりと好いている、件の歩荷の、たとえ衣服越しであろうとも腕やら肩やらに、触りたいという欲求こそ見えるが、一思いにそうするのは気恥ずかしいのか、あるいは、はばかられる様な思いがあるのか。
何にせよ、物部布都が見せるもじもじとして明らかにドギマギした感情と動きは、先ほどよりも分かりやすい物になっていた。
ナズーリンの言う通り、件の歩荷は、人は悪くないどころか良すぎるぐらいの物であるから。
あんな純情な姿を見せられたら、どうやら二つの勢力がぶつかると言う、厄介ごとや騒動から逃げたいという思いがあっても。
今もなお、純粋にに自分を好いていてくれている、そんな感情を確認してしまうと彼の中でも、逃げたほうが良いという合理的な考えに対して、迷いと言う物を見せているのが、少し離れた場所で観察している○○には、ありありと見て取れてしまった。
また物部布都は確かに一線の向こう側だが、確かに彼女が件の歩荷に対して良い目を見て欲しくて思って動き回ったり、与えたりしているものには過剰では?と言う向きは存在するけれども。
好いているという部分には一切の裏側や、打算と言う物が存在していないのだ。
それが、ナズーリン曰く、稗田○○の頭を少し悪くした感じだ、等とずいぶんと酷い評価を知らないうちに食らっているけれども。
件の歩荷、彼が○○自身と似ているというのは、○○自身が最も自覚してしまう物であった。
件の歩荷も稗田○○も、どちらともに甘いのだ、特に好意に対しては。厄介だと思っても突き放せない。
そしてその甘さは、件の歩荷の場合は物部布都だけでなく雲居一輪にも。○○の場合は、もしかしたら、東風谷早苗に対しても――――
○○はまさかと思いながらも、自分は東風谷早苗の事を?と言う絶対に踏み込んではならない領域を、ほんの数舜とはいえ感じ取ってしまい。
それを上書き、あるいは塗りつぶすかのように。○○は露骨ともいえる態度で件の歩荷と物部布都を監視しながら。
肩を抱いている、妻である稗田阿求の肩から、もう少し上の方へ移動して髪の毛をさらさらとなでたりして、必死に考えてしまった東風谷早苗の事を忘れようとした。
阿求は、まだ気づいていないようではあるけれども。
例えそうであったとしても、最初に悪意と嫉妬をぶつけたのは阿求の方からとはいえ、上白沢慧音の方からもいよいよ、手心が一切無くなった嘲笑を浴びせられている。
それがあるのか、阿求は○○が自分の髪の毛を、さらりとやりながら手遊びに興じ始めた時。
阿求自らほっぺたを寄せて、犬が自分の匂いを街路にこすり付けるような動きを始めた。
上白沢恵奈は言葉にこそしていないが、阿求の事をちんちくりんだと言って笑っている。
それは阿求にはないが慧音にはある、抜群の肉体的魅力を露骨に見せつけている事だけで証明の作業は十分であろう。
――どうか東風谷早苗が、そのような楽しみを見つけませんようにと○○は願った。
「来てくれたんだ!!」
○○の意識が、数舜とはいえ確かに自分の中で存在感を示した、東風谷早苗の影を振り払いたくて阿求へと意識を固定する作業に集中してしまい。
雲居一輪がとてつもなく嬌声に満ちた声を出しながら、件の歩荷へと走り寄った時も。
稗田夫妻の直近を通ったのに、○○が意識を向けたのは通り過ぎてから何秒も経ってからであった。
しかも○○は、最初の方は雲居一輪が通り過ぎたとは、気づいていなかった。
間の抜けたことに○○は、雲居一輪が通り過ぎた場所を見やって、何か通ったはずだが、と言う様な疑問符を付けながら見ていたという有様だ。
「雲居一輪!深呼吸するなりして、落ち着いてから近づく方が賢明だと思うが!?」
そんな間の抜けた有様から復活できたのは、諏訪子からの若干以上にわざとらしい大声のお陰であった。
諏訪子は、○○からの計画である。大騒動で何もかもを覆い隠して、男の取り合いと言う何とも情けない事実を広く知らせる事によって、二大勢力のいさかいを陳腐化させると言う計画を、忘れていたわけではなかったが。
さすがに間に挟まれそうな件の歩荷に対する、同情の念が沸き起こったのと。イライラを明らかに溜めている寅丸星、憔悴した様子の聖白蓮。これらに対する同情も多かったからだし。
どうやら助けては、関わってくれそうにない上白沢夫妻に。こちらを認識しているのかどうか怪しかった稗田夫妻と言う肝心の存在が機能不全に陥っている事。
駄目押しに早苗ですらイライラと……何かに憤るような感情が見えてしまったせいで。諏訪子は○○からの計画を一旦止めてでも、状況分析と言うか諏訪子自身が落ち着いて辺りを見回して考える時間が欲しかった。
「全員落ち着け、全員だ!」
本来ならば稗田○○がいうべき言葉だろうと思いながら思いながらも、諏訪子がこの場を取り仕切り始めた。
けれども諏訪子は早く稗田○○に復活してもらわねば、と言う思いからわざとらしい大声は維持し続けていた。
その甲斐あってか、○○は辺りを見回して諏訪子と同じ懸念(けねん)を持ってくれたようで、前に出てきてくれた。
上白沢夫妻は相変わらず、関わろうとしてくれないどころか。慧音の動き方を見れば、慧音の方が、今回は夫には関わってほしくないような雰囲気が見て取れた。
○○もすぐにそこに気づいて、悲しそうだが尾を引かずに一人で歩みを再開した。
稗田阿求は、夫と見える範囲とはいえ肌のふれあいを中断するのが、悲しそうであったが。
夫の大舞台が見れるので、それとの交換なら悪くない取引だと思ってくれたようで。諏訪子としては一番の懸念事項がすんなりとしてくれた事に、安堵の息を漏らした。
寅丸星と聖白蓮は、○○が前に出てきてくれた事で多少なりともホッとしてくれたが、今度は早苗が難しい顔をしだした。
しかし早苗は、洩矢諏訪子は決して馬鹿ではないし、勘も良い事を十分に知っていたから。
この場は、少し後ろに下がって存在感を薄くすることにした。この場でなければならない理由は、どこにもない。
「ええ、まぁ。この場で決着をつけてしまいましょう。全員にとってそれが一番、時間を無駄にせずに済む」
○○は随分と息を吹き返してくれたようで、依頼に関する調査を行っている時には、折々に触れてよく見られる、演技がかった動きを見せていた。
諏訪子は皮肉な物だと思った、ともすれば嫌らしいこの性格と言うか趣味を、今は待ち望んでいたのだから。
今の状況を○○に投げ渡す事が出来て、妻の阿求は○○の立つ舞台にご執心なのだから、諏訪子はいつもの暗躍するような立場に戻れた。
稗田○○が雲居一輪の横を通り過ぎた時、○○と違って苛立ちを隠さずに○○の事を視線で追いかけた。
前回の大乱闘は雲居一輪の、上白沢の旦那に対する無礼な言葉が発端であったため、聖白蓮は憔悴していても、雲居一輪が実は件の歩荷からふられつつあると言う事に気づいていなくとも、稗田○○に暴言を浴びせてしまってはいよいよ、どうにもならなくなる事には瞬時に理解できた。
ズリっと、音が鳴るようなすり足で、聖白蓮は雲居一輪の横に、せめて間髪入れずに張り倒せる位置に移動しようとしたが。
「ああ、聖さん。それには及びませんよ」
○○はそう言いながら少しずつ近づいてくる聖を、手で制した。少し迷いながらも聖は、○○はもちろんだがチラチラと横目で見てきている、稗田阿求の視線が非常に気になった。
○○の態度はまだ、願う様な態度であったが。阿求からの視線は突き刺す気配を感じざるを得なかった。
元々聖白蓮には、そもそもの発端が雲居一輪である上に前回の暴言と言う弱みがある。そこに稗田阿求に対する確かな恐れが混じれば、聖白蓮が歩みを止めるどころか、後ずさりして元いた位置に戻ってしまうのは、残念ながら自然な事であった。
だが聖白蓮は、果たしてここで退いてよかったのだろうかと言う罪悪感を、最初は持っていたが。
聖白蓮が沈痛な面持ちで退いた、その姿を見た稗田阿求が、寒気とは明らかに違う全身の震えを見せたのを見るに至っては、興奮した表情を見てしまっては。
聖白蓮の感情は、退いてよかったと言う方向に傾かざるを得なかった。雲居一輪に対する、仲間に対する情が枯れたわけでは決してないのだけれども。けれども稗田阿求の趣味嗜好が歪んでいる事を、確認してしまっては。近づきたくないなと言うのが本音でしかなかった。
……と言うよりは人里の重鎮夫妻両方共か、とは。上白沢夫妻はなぜ何も、動きを見せてくれないのだなと確認したときに聖白蓮は感じた。
上白沢慧音はまたしても声を出さずに、口を開けて稗田阿求を思いっきり嘲笑して。まだ冷静そうな旦那は、上白沢慧音に甘えっきりで、なお酷い事に上白沢慧音もしっかりと旦那の事を甘やかしているのだから。
(幻想郷っていったい……)
根本にかかわる疑問すら聖白蓮は考えてしまう程であった。
「さて……」
稗田○○だってもちろん、周りの不穏を通り越して最早修復不可能な空気には気づいているが。
せめて目の前にある、片付ける事が可能そうな問題を片付けようと、少しは殊勝な考えを持っているとは信じて欲しかったが。
「宗教戦争だなんて、博麗の巫女がどう考えても出張ってくる。せめて色恋なら色恋だと分かりやすく終わらせろ。しばらく放っておいてあげますから、物部布都に雲居一輪、二人で話し合うんだ。件の歩荷さんへの愛を証明して見せろ、戦っても構わん!」
これのどこが片付ける等と言える、そんなやり方なのだと、○○は自嘲の笑みを込めながら妻である阿求の元に戻るしかなかったが。
愛に狂った物部布都も雲居一輪も、少し冷静ならば○○が実は自分で自分に苛立ちを抱えているのは、理解できそうなものなのに。
雲居一輪はまったくそんなことに気づかず、そして暴言をこらえようともせず。
「お前がどう思おうが私とこの人で幸せになるから!放っておきたけりゃそうしなさいよ!!成金仙人よりも良い女なんだから!私の方が!!」
命蓮寺の戒律はもっと、おしとやかな物だったはずなのだがなと言う疑問が、○○の頭の中で芽生えたけれども、愛に狂い、一線の向こう側に到達した存在であることを思い出せばそれは些末、あるいは自然だ。
むしろ緩い戒律の神霊廟にいる物部布都の方が、明らかにイライラしているのに、腹の底や独り言等ではまぁともかくとして、件の歩荷が目の前にいると言うのもあるだろうけれども、ほとんど汚い言葉を使っていない。
相変わらずこれは、面白い矛盾だ。しかし眺めるならともかく、付き合いきれない。
しかしここで一番可哀そうなのは、件の歩荷だろう。
別に○○は件の歩荷に対して、お前も話し合いに参加しろ等とは言っていないし、少しばかり離れたところに移動したとしても。まったくそれをとがめるつもりは無かった。彼の逃げたいと言う意思は、○○としては最大限尊重するのが、最初からの考えであったけ、けれども。
だかっらと言って、積極的に逃走を手助けしてやる義理は存在していなかった。
件の歩荷は、オロオロとしていた。右往左往と、金銭的に世話になった物部布都と、肉体的に世話になった雲居一輪。
この二人を交互に見ているばかりで、逃げようと言う気はあまり見えなかった。
○○は少しだけ、彼に対してため息を漏らした。わざわざ雲居一輪と物部布都の名前だけを出して、彼の事を言及しなかったのは、せめて少しだけでも彼が安全地帯に向かいやすくなるようにと言う、○○なりの配慮だったのだが。どうやら彼は気づいていないようだ。
彼の朴訥(ぼくとつ)さは長所と短所が複雑に絡み合っている。
ここで少し遠くに移動するぐらいの冷徹さがあったら、二人いっぺんに好かれてしまうと言う事態は避けれたかもしれないのが、ほんの少しばかり残念に思うが。
もうここまで来たら、死人が出ない程度に納めれば……それで十分だろう。
続く
wikiを見てて自分も投稿してみたいと思ったんだけど、これまでしたらばと縁がなくて、「初投稿」にあたって事前に押さえとくべきルールみたいなものを知らないんじゃないか、いきなり投稿したら迷惑なんじゃないかと尻込みしてる。そもそも初投稿とかはダメとか、そういうルールがあるんじゃないかと(多分杞憂なんだろうけど)。その手の情報が掲載されてる場所ってないかしらん?
>>748 の補足。 >>1 のあたりは確認済み。書き込み内容が見切り発車的過ぎたと思う。サーセン…
特に無いのではないでしょうか。
大歓迎ですわよ読む方以上に書く方は少ないのですから
本イチャスレまとめのイチャスレ講座とか見たりするのはいかがかしら、参考になるかも
ルールとかは明言されてないものはたぶんあるんですが在中してるうちにみなさんの中に(これは、たぶんあんまよくないかな)って意識がフワフワしてる感じだから、ルールじゃないけどあんま好まれない手法とかは存在すると思います。これはなんかもう投下していくうちに感じ取っていただくしかないですかね
>>751
ちょっとそのイチャスレ講座ってのがどこにあるかわからなかったので、マジ申し訳ないんですがその、…URLほちい……
>>752
ttps://w.atwiki.jp/propoichathre/sp/pages/1222.html
まぁたぶん、うんこれぐらいはわかってますよぐらいのことしか書いてないとは思いますが
ありがとう。読んでみて、自分の心配していたことが明確ガイドラインに対するものでなくて、まさにさっき言ってくれたような不文律に対する心配だったということが分かった。ともあれ、いらん心配でレスを重ねてしまい申し訳なかった。今後は講座にある匿名の話の意思を汲んでく。
牛崎潤美の元ネタである濡れ女について調べたが
これはまた、ヤンデレ属性強いな
>>747 の続きです
初めに行動を起こしたのは、案の定で雲居一輪の方であった。
「ねぇねぇ、よく考えてよ。この成金仙人の、あんな下品な商売が長続きすると思う?遅かれ早かれ飽きられるわよ。あなたも山に戻りたいんでしょ?じゃ、私が身の回りを整えるからさ。それで良いでしょ?」
彼女はとてつもなく甘ったるい声で、まるで遊郭街で効く事が出来そうな声色と体の使い方で、件の歩荷にしなだれかかりながらも、しっかりと彼の腕を掴んで。
慎ましく行きましょう等と、清い事を口では言っているがその実で清貧なのは言葉だけで。それ以外の部分はみだらと言ってよかった。
雲居一輪は精一杯、自分の肉体的魅力を使いながら件の歩荷が山を人生の一部にしている事を、可能な限り尊重した後。いやらしく物部布都の方に目線をやった。
誰も別にそんなことは言っていないが、自然と、先攻後攻と言う概念が物部布都と雲居一輪の間で出来上がってしまったし。
互いが互いを見下しているので、相手が何を言おうとも勝てると言う自信もあるのが実に滑稽であった。
しかし物部布都もさすがに、雲居一輪の無礼なふるまいにはワナワナと肩を、それ以上に拳を震わせていたが。
立場かあるいは豊聡耳神子から言われたのか、何にせよ暴力はまずいと、物部布都の中にある最後の理性がそう訴えているのだろう。わなわなと震える、きっと利き手をもう片方の手でぎゅっと握りしめていた。
「…………肉塊がぶら下がるな」
たっぷりの時間を使って物部布都はようやく言葉を出した。しかしその言葉もあまり長い物ではなくて、わなわなと震えがちの物であった。
少なくとも現時点で勢いと言う物は明らかに、雲居一輪の方に分があると言えたけれども。
「歩荷の肩と腰に、無用な負担をかけるな、この……肉塊!!」
頭を使っているのは物部布都の方だなと、遠巻きにて見守っている面々はそこに気づいた。
残念ながらまだ雲居一輪の事を仲間だと思いたいし、守っている聖白蓮ですら。今の雲居一輪がろくに頭を使えなくなっている事を、認めざるを得なかった。
物部布都の言っている事は、感情的であることを加味したとしてもよくよく考えれば、理屈は通っている。
山に出入りするのが常である歩荷にとって、荷物を支えてなおかつ山道を歩き続けるのに、肩と腰は重要な機関と言える。
里にいる、ふもとにいる時でも次の仕事の為に、肩や腰はもちろんだがそもそも肉体をいたわり支障を来さない様に、気を使うと言うのは別に歩荷でなくとも必要不可欠な思考であるが、物部布都からすれば増してや彼は歩荷なのだからと言わんばかりの剣幕を持っていた。
「ははは」
しかしながら雲居一輪は、物部布都からの指摘を全て鼻で笑い飛ばした。その後には
物部布都に対して、自らのの肉体を、少なくとも肉体的魅力に関しては物部布都より勝っていると自信があるからだろう、布都に対して明らかに見せつけながら件の歩荷に、更にしなだれかかるような動きで抱き着いていた。
布都はまだ利き腕をもう片方の手で、必死になって握りしめて押さえつけていたが。顔面の方は湯だったような赤ら顔に変わっていった。
フラれた衝撃でやけ酒に走っていたようではあるが、あの赤ら顔は残っている酒の影響ではなく、完全に精神的な物であった。
○○も諏訪子も、不味いなとは思ったが間に入ってまで……とは考えなかった。冷たいようだが、何とかしたいとは思っていてもその身を危険にさらすほどの価値は、この騒動に対してどちらともが思ってなどはいなかった。
裏で動き回っていいる○○と諏訪子が、まだ監視こそしているが積極的な介入を見せない事に、何よりも物部布都が最も気にしている部分を刺激して、その感情を暴れさせたことに対して雲居一輪は明らかに気をよくしていた。
聖白蓮の心痛や、寅丸星の呆れ顔なんぞは気づいてもいない。
「虚飾にまみれているのよ、お前のやり方は。お前は人気商売を自称しているのかもしれないけれども、私みたいに実体のないやり方よ」
気をよくしてしまった雲居一輪の、はっきり言って物部布都に対する人格攻撃は止まらない。
阿求は雲居一輪のやり方に対して、少し面白くないような顔をしていた。まだ怒りや腹立ちという程、大きなものではないけれども、阿求の一輪に対する心象はかなり悪くなっていると言う他はなかった。
もっと具体的に言えば、阿求は自分と同じように肉体的魅力の低さを気にしている、物部布都の側に同情を示していた。
「あんまり首を突っ込むべき依頼ではない。受けておいてなんだがな」
○○はそんな阿求の心理が気になったので、釘を刺すという程ではないけれども、面倒そうな話だから遠巻きにしているのが無難であろうと示してはおいた。
稗田の家格的に、どちらか一方に対して肩入れすると言うのは、安易にするべきではない。
「ええ、もちろん。どうしても比べるなら物部さんかな、程度の心情でしかありません」
幸い阿求も○○と同じように、遠巻きに見守りながらよっぽどまずくなりそうならば、その時は間に入る程度の認識を持っていてくれた。
○○の出した妥協的な計画である、宗教戦争よりも男の取り合いを前面に出して、この話題を大したことないものにまで小さくする、と言う考えには全面的に賛同してくれていた。
もっとも○○が正気を失って、いっそ博麗霊夢が出てくるような激突を起こして巫女に全部投げてしまおう、等と言いだしても阿求は全面的に賛同したが。
それを考えると少し寒気がしたが。阿求はそんな○○の冷や汗だらけの思考回路に気づく様なそぶりもなく、最愛の○○から肩を抱かれている、ただその一点が楽しくて楽しくて。
今もなお阿求は、一触即発としか言いようのない雲居と物部と、そしてその間に挟まれている件の歩荷の完全に困ったと言う、逃げ出したいかのような表情を見ながら、楽しく笑っている。
こちらに害と言う物が及ばない限りは、物部布都に対して思った少しの同情心だって。○○と一緒にいられることに比べれば些末どころか。
風変わりな舞台演劇でも見ているかのような表情にしか、○○には見えなかったけれども。阿求を関わらせない事の方が、○○にとっては安堵できる材料であったので。
ただただ、○○は黙って阿求の肩を抱き直して○○と阿求の密着度合いを強くし直した。
阿求の身体から、阿求の全身から震えるような振動が○○の手先だけでなく、密着しているから体にも感じたが。
阿求の事を愛してしまった、近くに居続けたいと思う○○にはこれは寒さからではなくて。興奮からの物であると、また妙な呆れ心が出てきたけれども。
可愛いじゃないかと、○○は阿求に対して相変わらず甘々な態度と感想しか抱いていなかった。
目ざとくすべての登場人物の観察を続けている寅丸星から、駄目だコイツと思われている事にも、気づいていなかったが。
寅丸星はならばと、稗田夫妻にぶつけれるぐらいの対抗馬として、上白沢夫妻の方を見たが。こっちはこっちで、場合によってはもっと酷いとしか、寅丸には思えなかった。
上白沢慧音は自慢の肉体で旦那を後ろから包み込みながら、艶やかな手指で旦那の視界をふさいで、余計な物が見えないように配慮して……くれているだけでも十分酷いが。
上白沢慧音の旦那は、ヘラヘラした顔で上白沢慧音の肉体のすべてを堪能しいていた。
寅丸は先ほどまで飲んでいた酒が、悪い周り方をしだしてきたのが、定まらない目線等で自覚を始めてきた。
雲居一輪の事だけでも十分なのに、ここで酔って倒れるなどあったら、恥の上塗りである。
せめて立ち続けなければならない、何も見ないでおくことにした。
無駄に奇麗な青空にいっそ恨めしいぞと、お門違いなことを考えながら。寅丸星は大空を見上げて、それ以外は何も考えないようにしておいた。
何よりも己の精神を守る為に。これは、もう、仏門がどうのと言う領域を軽々と飛び越してしまっている。
――最も恐ろしさが無いわけではない。まさか人間がその領域に達しているのだから。
寅丸星が、その内面を解析していけば聖白蓮と違って、雲居一輪の事をついにはある程度かもしれないが、見放し始めたけれども。
後から話を聞けば、一時的とは言っても見放してよかったかもしれない。
この時に雲居一輪は、肉体的魅力の低さを劣等感としている物部布都に対して、人差し指を突きつけながら、声こそ出してないが大きな口を開けて。
はっきりと、嘲笑の最高潮を向かえていたのは。後々にこの話を小さく滑稽(こっけい)にするための天狗の新聞においては、特に射命丸は好きそうな光景であるけれども。
稗田○○は冷静に、これはちょっと下品すぎると冷静に考えていた。上白沢の旦那は妻である慧音の細くてきれいで艶やかな手先に、口づけまで始めていた。
寅丸星は辺りの観察を放棄して、聖白蓮は雲居一輪が哀れだと言う気持ちで一杯なので、彼女の事しか見ていなかった……
物部布都はどんどん頭に血が上っていき、せっかく利き手を封じ込めていた手を離してしまい、雲居一輪に対して人差し指を突きつけて。詰問、あるいは批判するような態度を作ったが。
雲居一輪は完全に物部布都よりも――もはや妄想じみているが――上だと思っているので、物部布都の真っ赤な顔はそれだけ布都が追い詰められてムキになって、冷静さを失っている証拠とでも考えていた。
確かに。物部布都はこんな状況でいつもの冷静さを、増してや酒がまだ体に残っているから普段通りにやれるはずはないが。
酒の威力がまだ残っている事を自覚しており、頭に血が上っている事も自覚している布都の方が一輪よりも遥かに冷静であった。
雲居一輪に対していっそぶん殴りたいと思う気持ちは、秒ごとに高まっていくが。一輪の体が、布都の表現で言えば肉塊が、件の歩荷に対して相変わらずまとわりついているのが最大級に邪魔であったので、握りこぶしに力がこもるばかりではあったが耐える事が出来ていた。
布都にとって最悪なのは、この歩荷が愛している山へと行き来出来なくなるような怪我、それを追ってしまう事の方がよっぽど、布都にとっては耐えられない事である。
それがあったから、一時的とはいえ雲居一輪と結託する事が出来た。あの歩荷を不当に、嫉妬するどころか小細工まで弄する連中の排除ならば手を結べた。
だが今の雲居一輪は、布都の目には先の排除したこの歩荷の敵たちと根っこの部分では変わらないとまで思っていた。
この歩荷が山へと向かう時の、障害とまで考え始めていた。正妻ぶっている事も腹は立つが、良妻ぶっている事の方がなおのこと怒りを布都の中に湧き起こしていた。
「のう、のう……お主に聞きたい事があるのじゃ。雲居一輪、お前じゃない!!」
物部布都は雲居一輪の事を見下しているけれども、まだ冷静な布都は雲居一輪だって布都自身の事を見下しているとは理解していた。
いや、もちろん布都だって恋には狂っているから。自分がふられたのは雲居一輪のせいであるぐらいの事は思っていたけれども。
きっと布都が何を言おうともやろうとも、雲居一輪は布都の事を野蛮な人ねとでもせせら笑いながら、気にも留めないと言うのは、実に簡単な予測だ。
「わしは、お主がわしとこの女の事をどう思っているのかを知りたいのじゃ!!雲居、お前は黙れ!!」
となればと。物部布都は、この場においては件の歩荷が気配を消して騒動に巻き込まれないようにと、そう願っているのは理解していたから心苦しかったが。
しかしながら雲居一輪の独壇場など、虫唾が走るものを布都は見たくなかった。そっちを見ていた方がよっぽど、布都は自らを制御しきれなくなって、結局は自分が好いている彼の事を一番、迷惑をかけてしまうとやや強引ではあるがそれでも、それらしい理論は布都の中でも組み立てられた。
何より彼の言葉ならば、彼の考えた結果の行動であるならば。物部布都はまだ、耐える事が出来るのだ。
少なくとも雲居一輪を見ているよりは、彼の顔を見ていた方がよっぽど、布都は冷静な感情を取り戻して、相手の立場に立った物の見方を可能と出来た。
喧嘩の中心に立ちたくないと言うのは、至極もっともだ。
だが布都からしても、何もしないはずがなかった。
「湿布は足りているか?肉体作業と言う仕事柄、湿布は毎日使っているから、消費も早いだろう」
布都にだって、布都にしか知らないこの歩荷に関する事ぐらいあると、そう言う自信は存在していた。
それに布都は遊郭街に出入りしたり等で、色々と珍奇な物をかき集めて大々的に売りさばくのをここ最近では大きな商いとしていた。
その恩恵、あるいは役得とでも言おうか。布都はもちろんだが、布都の好いている件の歩荷にも色々な物を分け与えていた。
直接金を渡すことも考えたが、あんまりにも品がない気がしたのでそれは布都もやめたし、一度だけ金を渡そうと言うのを布都がほのめかした時、件の歩荷が戸惑ったような表情を見せたのも大きいし……
何より雲居一輪と同じ土俵に上がって、同じような事をやるなどと言うのは布都としても嫌であったし。
朴訥(ぼくとつ)の気配が強いこの歩荷は、自分の事はあまり話さないだろうと分かっていた。だから、自分の体の不調の事も、特に歩荷ならば職業病ともいえる腰やら肩やらの不調も、仕方のないものと考えそうな性格だと布都にはわかっていたが。
色ばかりの雲居一輪よりは、と思っていて信じてもいたが。
その甲斐が、ようやく巡ってきたと言わんばかりの笑顔――嫌な笑顔だなとは布都もある程度以上は自覚している――が布都の表情にはありありと表されてきた。
何故なら雲居一輪はこの歩荷の身体が意外と、傷を負っていて少なくとも湿布が手放せないような身だとは、雲居は気づいていなかったのだ。布都は彼女の表情を見れば、十二分に雲居一輪が何も知らない事を知る事が出来た。
「抹香(まっこう)で鼻が馬鹿になっておるのかのう?もっとも、それを加味したとしても、なぁ?お前は夜もこの者といた気がするのだが、のう?」
布都はとてつもなく嫌らしく、語尾を釣りあげながら一輪に人差し指を何度も突き付けた。それは雲居一輪が色ばかりを使って、この歩荷に付きまとっている事の批判もあるが。
もっと大きい批判は、色を惜しげもなくこの歩荷にぶつけて、更には一晩居続ける事に何度も成功しているくせに。身体の不調に何も気づいていないのか?と言う部分だ。
案の定雲居一輪は、自分が知らない事を物部布都が知っていたことに対して、明らかな狼狽を見せていたが。
件の歩荷はやはり優しいと言うか甘いと言うか、そういう性格のようでぼそぼそとまた喋った。
何を言っているかは○○たちの耳には聞こえなかったが。
「我は気づいたぞ!?肌も合わせずにな!!」
布都の勝ち名乗りじみた言葉で、何を言ったのかは大体予想できる。彼は、別に何も言わなかったから……と言った具合の言葉を言って、一応は雲居一輪の事を擁護してやったのかもしれないが。
布都の勝ち名乗りの方が、納得できるような強い言葉であったのは、残念ながら聖白蓮ですらそう思ってしまった。
「それで正妻か!?笑わせるな!!」
布都はここぞとばかりに、肌を合わせているくせに気づいていなかった一輪を罵倒してやるといわんばかりに、声を荒げた。
雲居一輪は件の歩荷と、一緒にいる時間的には有利な状況であるけれども。物部布都は時間的『不利』をしっかりと理解していたからこそ、そして雲居一輪が意外と暴走しやすい性格だと見抜いていた。
いずれ失敗する方に賭けていたし、件の歩荷の朴訥とした性格。二人の女性から好かれているだけでなく、二人の女性の身体も好きにできると言う状況は、真面目な彼には気にしてしまう材料だとして、布都の方から色は遠ざけて商売だけに注力していた。
「その肉塊と財布の中身を浴びせてやるしか、お前はやっていないではないか!!」
時間を独占し、肌も合わせていた一輪は明らかに油断していたとしか言いようがなかった。
家政上の差配に関しては、明らかに布都の方が上であると言う、証拠を突きつけられたようなものである。
一輪もこの歩荷に対して、確かに色々と与えていたが。物部布都のように商売をして稼いだものではなかった。
一輪のやった事と言えば、月々に命蓮寺から聖白蓮からもらえるお給金の一部を、この歩荷に渡してやっただけである。
命蓮寺の財政管理がどのような物かはわからないが、もしも一輪が口をきいて彼が担っている、命蓮寺の屋台村に対する保守整備の日当を、出来る限り高くしたとしても。
布都のように大きな商いを催したわけではない、巡り巡れば命蓮寺の金を何とかして件の歩荷に引っ張ろうとしているだけである。
はっきり言って、弱いとしか言いようがなかった。少なくとも一輪のやっている事は、商売とはいいがたい。
「屋台村の最終的な主である、聖白蓮のおこぼれをかき集めているだけではないか!!雲居一輪、お前はな!!」
ここぞとばかりに布都は一輪を罵倒する。罵倒と言う行為が下品ではあるけれども、言っている事はかなり正しい。
商売の旗振り役を担っている布都の方が、布都が自分の方が一輪よりも上だと言い切っても。中々これに対して、反論をすることは難しかった、それは雲居一輪ですら同じであった。
続く
ご感想などありましたら嬉しく存じます
>>748 待ってるぞ
病みナズ クリスマス編
…なぁ、〇〇。次の金曜日…何の日か…知ってるかい?
…そう、流石に君でも知ってたね。クリスマスだよ。どうせ君の事だから今年もひとりぼっちなんだろう?しょうがないから私が一緒にいてあげるよ。たまたまその日は私も暇だし、流石に君一人じゃ可哀想だからね。
…ね、そうだよね?今年も君は一人なんだよね?他に一緒に居る予定のある奴なんていないよね?
…駄目だよ?私以外とクリスマスを過ごすだなんて。許さないよ。
君は、私と、一緒に、クリスマスを、祝うんだ。分かるよね?
…っていうより、クリスマス以外でも君には他の奴と一緒にいて欲しくないんだがね…
だって君には私がいるじゃないか、ねぇ、そうだよね?ねぇ、君は私のモノだよね?この前だって小傘と一緒に歩いてたのだってたまたまなんだよね?アイツより私の方が仲良いよね?ね?そうだよね?
…なんで…返事してくれないのさ…ねぇ…何にそんなに怯えてるの?私じゃないよね?私じゃないよねっ!?
…くふ、くふふっ…そうだよね、君は私の事が好きなんだよね…♡大丈夫だよ、知ってるさ…ちゃんと知ってる…
…だから、アイツとの約束は断るんだ。断って私と一緒にデートでもしようじゃないか、なぁ?
じゃ、早く断ってきてよ。ねぇ、早く。ついでにまとわりつくのはやめろって言ってきなよ。そしたらアイツも君に馴れ馴れしくするのもやめるだろう?なんなら私が直接言ってやってもいいぞ?私の〇〇に近づくな、今度やったらぼろ雑巾にしてやるぞってね。
…さ、どうする?君から言うかい?それとも私が言おうか?好きな方を選ぶといい。ああいうのには一度ピシッと言ってやらなきゃ分からないんだからさ。
…ねぇ、だからさ…いつまでも震えてないで…早く…答えて?
>>760
十中八九、ナズーリンのネズミが頑張ってるよなぁ
この状況は○○は大丈夫でもそれ以外に刃を突き立てられているようなもの
高潔であるならば自分への傷は耐えられても、他人への危害となると急に弱くなる
>>759 の続きです
一輪は件の歩荷にお金を渡すために、遊び仲間である村紗やぬえからの誘いに対しても断らなければならなかった。
その点では布都の方がずっと有利だ、商売の分け前を少しばかり、件の歩荷に対して有利な数字にするだけで済む。
一輪と同じく、この歩荷のためならば少々の不利益は不利益とは思わずに、飲み込む事が出来る。
布都から一輪にとって不利な事実を羅列されたことにより、一輪は明らかに狼狽を強めていた。
その狼狽を何とかして振り払おうと、ただでさえ密着している件の歩荷に対して、一輪は更にくっつこうとするが。
既にスキマを見つける事の方が難しくなっている状態なのに、更にくっつくと言うのは、それは無理な力が件の歩荷に対してかかると言う事であり。
しかしながらこの歩荷は、だからこそ惚れられたという向きもあるけれども、奥歯を噛み締めて一輪からかけられる無理な力に耐えていた。
しかし肌の触れ合いもなしに、肩や腰の違和感を常に抱えていると言う事に気づけた物部布都にとっては、これを気づくことはさほど難しい仕事ではなかった。
「もっとこの男の身体をいたわらんかぁー!!」
拳こそ飛ばなかったが、その分は布都の剣幕へと移動したようなものであった。
しかし皮肉な事に、布都が剣幕を乗せれば乗せるほど、一輪は自らの不利を悟ってしましこの歩荷への執着を更に強くする事となってしまうし。
この場合は、一輪からの力がより一層にこの歩荷へと加わる事を意味している。今まで、肌も許してくれたからと言う負い目を、この歩荷は一輪に感じているからか、はっきりとした態度は示さなかったけれども。
どうやら限界を超えてしまったようで、この歩荷は少々唸ってしまった。それはこの修羅場に対する非難ではなくて。痛みからの唸りであるのは明らかであった。
布都は瞬時に、しまったと思ったが。すぐに状況は変化してくれた、それも布都の好みの方向に動いてくれた。
件の歩荷の方から、しがみついてくる雲居一輪を拒否するような動きを見せた。
稗田○○は思わず、これは破滅的な事がいよいよ起こるぞと、覚悟を決めながら喉の奥から嘆息したような息を漏らしたが。
稗田阿求にとっては、自分たち夫妻が破滅さえしなければ、それ以外は興味が驚くほどに薄い。
それよりも悪い予感が阿求の中には、出てきてしまった。
○○が自分を捨てるなどとは思ってもいないが、○○が稗田と言う家格の高さを気にしているのは知っている。
あるいは阿求の方が○○を捨てないかと――絶対にない、絶対に!と阿求は心の中で何度も叫んだ――○○の方が心配しているのではとまで考えてしまった。
「私にはあなたしかいません。○○の思う通りにやりたい事を、助ける。それが私の存在意義です」
阿求はそう言いながら、○○にしがみついてきた。
このたった一つの悪い予感、と言うよりは妄想、これを打ち消したくて阿求はより一層、○○の方に密着していったが。
頑健な雲居一輪がやるのと違って、阿求がどれだけ力を込めて、○○にしがみついても。○○の方は痛くも痒くもなかったが。
阿求がまた、悪い妄想に取りつかれているなと言うのは、○○にはすぐわかった。なので○○は、阿求の方に少し体重を寄せて、自分はずっと側にいると言葉を使わずに伝えた。
そんな事をしていると、○○の方も少し皮肉気な笑いを浮かべた。
「なんだか両極端な光景だな……俺達と比べると」
「ええ、あんな連中と違ってね」
別に○○は、物部や雲居やその間に放置されてしまった件の歩荷、これらの関係性をせせら笑ったり、見下す感情はなかったのだが。
阿求はどうやら違ったようだ。自分たち夫妻の方が上だと、はっきりとそう思って、悦に入っていた。
そのような性格や感情は、結局のところ阿求が抱いている劣等感の裏返しだ。
この部分を○○がどういおうとも、きっと何を言っても阿求はとても喜んでくれるだろうけれども。
阿求の感じる劣等感を○○が気にしていないとは信じてくれても、阿求は気にし続ける未来しか見えない。
結局のところ○○が出来るのは、阿求の肩をもう少し強く抱いてやる事ぐらいなのだ。
――ああ、忌々しい。
いくら隠そうとも、忌々しいと言う感情を抱いたのは事実であった。
しかし○○からすれば、いっそのこと阿求からの。
自分たち夫婦の関係性が強固である事の話題ならばともかく、他者と比べて、他者を見下しながらと言う部分への答えを濁した事。
こっちに気づかれてしまった方が、ずっと良かったと目の前の光景を見ながら思った。
件の歩荷は、雲居一輪からしがみつかれる、しなだれかかられるのを拒否しただけではなく。近くにいてもらわれるのも、明らかに嫌がるような動きを見せた。
雲居一輪はキョトンとしていた、何が起こったのか把握できない、あるいは把握したくないとでも表現できるだろうが。
物部布都は目の前の光景に対して、真っ先に把握、あるいはもっとも見たかったがゆえに過剰なほどに見つめ続ける、だけでは収まるはずもなく。
「ふぁー!くぁっはっはっはっは!!!」
人差し指を突きつけているだけでもかなり、悪い印象を与えてしまうけれども、それに加えて喉の奥から恐ろしく汚い声を出しているのは、輪をかけて悪い印象を与えてしまうのは必至だろうけれども。
物部布都からすれば、別に、雲居一輪から悪く思われるのはまったく問題が無かったから、何も気にしている風ではなかったが。
雲居一輪を見下す事に必死な布都は、近くに自分が好いている件の歩荷がいる事に、どうやら、忘れてしまっている様子であった。
(あーあ……)
物部布都は敵の失敗が嬉しくて見えていなかったが、遠巻きにして見守ってやっている○○には気づかざるを得ない部分が存在した。
件の歩荷が明らかに雲居一輪だけではなくて、徹底的に敵の失敗を嘲笑う物部布都にも、引いたような感情を見せながら明らかに距離を取ろうとしたし。
何だったら逃げようかと言う意思も見えた。チラリと稗田夫妻の方向を見たからだ、○○か阿求の色よい返事があったならば、彼は間違いなく逃げ出したろうし。
それはそれで……別に、悪くは無いかなと思っていたが。残念な事に○○の苦笑するような顔を、彼は逃げてはならないと言う風に受け取ってしまったようで。もう何歩か距離を取るだけで、諦めたような沈鬱な姿を見せた。せめて気配だけは消そうと努力しているのが、却って悲しさを引き立ててしまっているが。
逃げても文句は言わないが、逃げられるのはやっぱり面倒さが大きくなるかな、と言う矛盾した考えを○○も持っていたので。
少し可哀そうだが、この状況を何とかするために少々苦労してもらう事にした。
さすがに後々の穴埋めは、阿求に頼んでこっそりとやってやる必要ぐらいは、○○も感じている。
「ふぁー!っはっはっは!!?えぶ、くぁっはっは!?」
だが件の歩荷と稗田○○との間でのちょっとした目配せに、布都は全く気付かずになおも拒絶された一輪の事をひたすらに面白そうに笑っていた。
あまりにも楽しくて、感情が高まりすぎて布都は半ば過呼吸のような息遣いまで起こしていたが。
そんな甲高い笑い声も、今の一輪からすれば酷い挑発だ。○○たちからしてもあの笑い声は癇に障るだろうなとは思えるが、当の本人からすれば、我慢できないぐらいの騒音となる。
布都からのほとんど挑発じみた笑い声も確かにあるが、最初に挑発を重ねていたのは一輪の方だ。それに耐え続けた物部布都の事を考えてしまえば。
「うるさい!!」
雲居一輪が物部布都をぶん殴ったのは、最初に殴ってしまったのは一輪の立場を悪くするなと。遠巻きに見ている○○は思うしかなかった。
やはり頭が良いのは物部布都の方らしいが、最もその頭の使い方がやや邪悪なような気がしてならない。
正直、どっちの女も選びたくないとなるのが大半の男の答えだろう。
「くっくっく……」
しかし物部布都の頭の使い方が若干、邪悪とはいえ。最初に殴ったのは一輪だし……
「お前は窮するとすぐに手が、荒っぽい方法で何とかしようとするのう?それで身内にも迷惑をかけて」
布都の言う通りだ。一輪は同じ命蓮寺の仲間であるはずのナズーリンの、その配下を人質に取って、○○への依頼を取り消させようとした。
最も○○は、金で動くのではなかったと言うのが、雲居一輪が見誤った部分であるけれども。一度引き受けてしまった以上、答えを知らずにはいられないのだ○○は。
「いやはや……お前に殴られたおかげで、ますます我に有利な状況になった。世間はどう思うかのう?」
布都は殴られた場所が少々、悪かったのか。鼻から血を流しているけれども。布都は悠々(ゆうゆう)とした態度で、手持ちの布切れを鼻に当てて、なおも嫌らしく一輪に相手をしている。
布都からすればこれは名誉の負傷、あるいは雲居一輪の性格の悪さを証明するための、道具とする算段がもう付いているのかもしれない。
ようやく一輪も、最初に殴ったことに関しては不味いと気づけたようだ。ナズーリンからすれば、彼女の配下であるネズミを人質に取った事をまだ反省していない事を重大視しそうだが。
世間的には今の、男の取り合いの方が面白いのは、ナズーリンからすれば面白くないだろう。
布都からの挑発、あるいは事実の羅列に対して。一輪はまた拳に力がこもって、二発目を見舞おうかと考えたはずだけれども。
布都の言う事も何とか理解できるようで、わなわなと震えるの見であった。しかしながら利き腕をもう片方の手で押さえていないので、布都ほどは我慢強く無さそうだなと。
○○だけではなく、布都の方もそう思ったようで。彼女からの挑発は全く止むことが無かった。
「お主は色しか見ておらんのだな!!あの男の、才能にまるで目を傾けておらん!!」
布都はケラケラ笑いながら、ゆらりゆらりと動きながら。声でも動きでも、一輪をいやらしく挑発して。更なる一撃を期待していた。
一発ならばまだともかく、二発三発と数を重ねれば、いよいよ勢いだとかそういう言葉では一輪を擁護できなくなる。
聖白蓮ですら、擁護できなくなる。布都がそれを期待しているのは、明らかであった。
それに何より鼻っ柱からの流血は、もはや隠し様が無い。これだけでも信者を使ってあることない事吹き込むだろう、物部布都は。
「あの男がどれほど深くまで山に入れると思っておる!?どれほどたくさんの荷物を運べると思っておる!?どれほどの仲間に恵まれておると!?」
最初は布都も、演じているだけだったのだろうけれども。演じているうちに興が乗りすぎてしまい、特に動きの点が三文芝居でももう少し穏やかな動きでは?と思うぐらいに派手な物になっていたが。
そう言えば物部布都は、酔っているんだったなと思えば、その三文芝居じみた動きにもある程度の納得が出来た。
「雲居一輪!!お前はあの者の中身を、全く見ておらん!!体の頑健さぐらいには目をやっているかなと、夜ごと肌を共にしているようであるから、分かっているかなと思ったが……」
布都はせめてヘラヘラしようと努力しているが、件の歩荷の身体の事になると徐々に演じる事も難しくなってきているようだなと、○○たちは理解し始めた。
「あれだけ近くにいたのに、肌まで合わせているのに!!何故わからぬ!!」
一度演じる事に失敗したら、増してや酒が入っていればなおさら、演じ続ける事は難しいと見えて。布都は徐々に等ではなくて、完全に素の感情をさらけ出してしまっていた。
「肩と腰だけだとでも思っておるのか!?あの者が身体に抱えている不調がぁ!!」
腕をぐるぐる振り回しながらだが、先ほどの三文芝居と比べれば明らかに今の布都の姿の方が、鬼気迫るものを持っていた。
どうやらあの歩荷、致死的だったり致命的な物ではなないようだが。色々と体に傷をつけているようである。
山へと日常的に赴くのが歩荷の生業とはいえ、と言う部分もありそうであった。なまじあの男は才能があるゆえに、他の仲間の為に無理や無茶を重ねているのかもしれなかった。
「何も分からなかったのか!?何も!?」
ここで布都が一輪を殴り返したら、不利になると最後の一線で考えているのだろう。布都尾は詰め寄りこそするが、手は両方とも後ろにやって不意にぶん殴らないように気を付けていたし。一輪が後ずさっても追いかけなかった。
一輪も布都の剣幕に押されたのか、彼女は布都にではなくて逃げるようにして、件の歩荷の方に目線をやった。
○○もそれに合わせて、自然と件の歩荷へと目線をやったが。どうやら物部布都の怒りはある程度真実のようであった……
件の歩荷は、別に椅子なども何もない場所なのに。丁度いい木が合ったからかもしれないが、背もたれ代わりにするだけならばともかく、座り込んでしまっていた。それどころか少しばかり首が下方向に……寝てこそいないが、うつらうつらとしていた。
精神的な負荷があるから、と言う風に見る事も可能かもしれなかったが。稗田夫妻のどちらもそんなに鍛えたような存在ではないが、立ちっぱなしでもまだ大丈夫と言った様子なのに。
ましてや稗田阿求は、体が弱いのに。最愛の○○が隣にいるから、と言うのもあるけれども。まだまだ立ちっぱなしでも大丈夫そうな様子だと言うのに。
件の歩荷はほとんど迷うことなく、座る事を選んでいた。やはり身体的に不調を抱えているようであったのは、見ればわかる。
その状態で、はっきり言って体力を使う夜ごとの営みをさせていると、布都の目には一輪の行為がそういう風に映っていたのは、想像に難くはなかった。
物部布都は別に、この歩荷の男性的な部分は否定していないが。時と場合があるとだけは言いたいのだろう。
「あれを見れば分かるだろう!!?」
布都の怒号で、うつらうつらとしていた歩荷も目を覚ました。
出来ればこの歩荷には眠っていてもらった方が、彼は気を揉まずに済む様な気もしないではない。
そんな風にだいぶこの歩荷に対して、可哀そうだと思ってしまえるようになっている○○は、急いで立ち上がろうとする彼に対して。
良いよ別に、といった風に手の平を見せて、そのままでいても大丈夫だよとの動きをいせてやった。
件の歩荷はやや迷っていたが、体力的な肉体的な不調には敵わないようで。またペタンと言った風に地面に座ってしまった。
その様子を全部見ていた物部布都は、苦虫をかみつぶしたような表情で、もういっそのこと泣きそうな表情とまで言っても構わなかった。
「我が何であんな下品ともとれる商売をしていると?体力を使わずに済むからだ!!それでも半分はあの男が山で採ってきた希少な薬の材料だ!!」
「じゃあ休ませればいいじゃない!!なんだってあんな!成金じみた出し物!!」
「忘れられたら元も子もないではないか!!我はあの男に良い目を見て欲しいのだ!!」
一輪の言う、休ませればと言うのも確かに理解できる疑問ではあるけれども。阿求の場合は、その後に布都が叫んだ、忘れられたくないと言う叫び。こちらに対して阿求は、とてつもなく心を打たれたと言う反応を見せた。
この調子で行けば、下手をすれば阿求は物部布都の方を応援してしまいかねない。稗田が軽々しく、どちらかに肩入れするのは避けるべき事だ。
「――阿求は俺を忘れないだろう?じゃあ十分だ」
少なくともここで無言は不味いと思って、○○は阿求に声をかけたが。
「私が満足しない。ええ、心配しないでください。子々孫々にいたるまで、あなたの評価を英雄にして見せます」
「俺は果報者だよ」
だから十分だと、そう付け加えようかと思ったが。より阿求の事をムキにしてしまいかねないから、それ以上の事は言えなかった。
最も何を言ったって、ムキになりそうではあるが。
「あんたはあの人に何をさせたいのよ!?」
雲居一輪はそう言うけれども、物部布都の腹と言うか、彼の為に描いている図案がこの程度で、増してや恋敵どころか単なる敵としか思っていない雲居一輪相手の言葉で、その図案を変更するはずがない。
「あの男は天才じゃ。天才は天才らしく、もてはやされるべきじゃ!!」
なるほどと、○○は思った。現世利益を追求する神霊廟の、それも幹部構成員らしい考え方である。
雲居一輪はそんな物部布都の方針に対して、まるで理解できないとまで言ってしまっても差し支えないどころか、どこか見下したような表情までしていた。
質素倹約勤勉が基本理念の命蓮寺らしい、目立つことをあまり良しとはしない考え方を雲居一輪は持っていたのだろう。
ここに来ていきなり、神霊廟のの構成員らしい考え方と、命蓮寺の構成員らしい考え方が○○には見えたような気がする。
「あんなバカ騒ぎ」
やはり一輪は、神霊廟が借り上げている空き地での催し物を、良しとは思っていないようで、吐き捨てるような言い方をしたが。
「人を集めねば何にもならん。千人の『ふぁん』から頭が良かったり出資者になってくれそうな者を見つければよい」
やはり物部布都からすれば、あの催し物はあくまでも最初の一段階目ぐらいの気持ちで。もっと先々の事まで考えていたようである。
もちろん、それに伴い件の歩荷の体力を考えたような動きだって、物部布都は深遠に考えを巡らせ続けているだろうが。
雲居一輪は面白くないと言う顔を、相変わらず作り続けていた。
一輪にとっては、件の歩荷と二人っきりで静かに暮らせればそれで良いのだ。金銭の方は、あるに越したことはないが。それだけの為に動こうとは、考えていないようである。
あくまでも一輪は、安寧や静けさを求めているようであるが……物部布都からすればそれは、評価されていないと言う風につながるらしい。
「高潔な人格の持ち主が宝の持ち腐れをしようとしているのを、座視しておれぬわ!!」
「宝の持ち腐れ?既に十分、あの人は評価されていると思うけれども?」
一輪の言いたいのは、件の歩荷の仕事仲間からの評価を言っているのだろうけれども。
「足りぬわぁ!!」
布都がその程度で満足するはずはない。けれども雲居一輪からすれば、物部布都の姿は強欲な商人にしか見えずに、金を追いかけすぎているような、そんな風刺画でも見ているかのような気分になった、嫌な表情をしていた。
「はん!」
しかし物部布都は、雲居一輪からのそんな嫌な表情を見ても、全く堪えたような気分は持たなかった。布都はあくまでも、実際的な考えの持ち主と言えた。
「馬鹿にしたければし続ければよい。だがお前はその感情を食えるのか!?腹を膨らませる事が出来るのか!?」
結局は儲け話を、商いを提供し続ける自分の方が、一輪よりもずっと実際的な価値が高いと考えているようだ。
「お前は即物的ね」
「食わねばやっていけん」
一輪の言う事は最もであるが、布都の言う事も最もであるから、どちらも譲るはずはなかったが。
「お前は、あの人を使って即物的価値観を満たすことに、精一杯なのね」
一輪の方が、やや、おかしくなっていた。彼女は懐から刃物を取り出した。
諏訪子も、聖白蓮も。刃物が出てくればさすがに、ボーっとすることは続けれなかった寅丸星も。雲居一輪を取り囲むようにした。
確かに辺りに緊張感が走ったが、物部布都が刃物の一撃程度で死ぬとは、到底思えないから。
まだまだ、修羅場と言うには遠い感情であったし。
物部布都にしたって、弱くはないから刃物を突き付けられようとも。全く怖いとは思っていなかった、何なら奪い取って逆に突きつけれる、その程度の体術も身に付けている。
「ふん。刺すか?構わんぞ、返り討ちにしてやる」
物部布都はいやらしく、来たければ来いと、挑発をしてやる余裕がまだまだ存在していたが。
「お前のような即物的な奴が、山を愛するあの人と釣り合うはずがない」
確かに物部布都は、稼ぎを更に増やす事でこそ、あの歩荷は報われるのだと言う考え方に対して、違和感はないとは言わないけれども。
精神性ばかりに目を向けている雲居一輪も、やはり、おかしいと言うべきなのかもしれない。
愛に狂った雲居一輪の発想は、刃物を物部布都には使わなかった。
雲居一輪は、刃物を投げナイフのようにして扱ったが。投げた先は物部布都ではなかった。
雲居一輪は、件の歩荷に投げナイフを投げて、突き刺してしまった。
「別に、私は。あの人が一生、身体を悪くしても看続ける事が出来るわ。お前と違って物には執着しないから」
ついに雲居一輪は、物部布都から殴られた。先の雲居一輪のとてつもなく悦に入りながらの言葉は、ほとんど布都の耳に入っていなかった。
「こんばんはぁ、○○さん」
何日か経った折に、○○は友人である上白沢の旦那を連れながら。なじみの喫茶店でお茶とお菓子を楽しんでいたら。横から東風谷早苗が声をかけてきた。
部外者、それも女性からの声が割って入ってくるとは思っておらず。○○も上白沢の旦那も、はっきりと面食らった様子を見せてしまったが。
「あの後、どうなりました?諏訪子様に聞こうかなと思ったんですが、あんまり話をしたくなくて」
あの後の事を思い出して、○○は少しこめかみを抑えながら、気を紛らわせるためにクッキーを一枚頬張った。
それを見た早苗はなぜか、嬉しそうな顔をしながら。
「そのクッキー、美味しいですよね。コーヒーとよく合うように作られてる……良い店ですよね、さすが○○さん」
クッキーよりも、○○の事を褒めていた。
上白沢の旦那はピクリと、何か勘づくものがあったのか○○に目配せをした。○○も同じように、と言うよりは○○の方が立場的に気づかなければならない。
「ああ」
やや事務的な声を○○は作ったが、早苗は堪えた様子が無かった。
「大変だったよ……いや、一番大変だったのは八意女史だろうけれどね」
○○が苛立っているのは、友人である上白沢の旦那の目には明らかであった。
「もちろんの事だが、諏訪子さんもいたし命蓮寺の敷地だし、ひとまず聖さんと寅丸さんで雲居一輪を取り押さえて。そう、覚えているでしょうが東風谷さんには、物部布都を抑えてもらいましたね」
「あの時の布都さん凄かったですよ、私ごと雲居一輪を始末しかねない程にね」
「ええ、その節は苦労をおかけしました。そうですよね、苦労したんだから結末を知りたいと思って当然だ」
○○はとにかく、そういう事であってくれと願った。あるいは諏訪子絡みでの苦労の発散先、嫌がらせでも構わなかった。
○○は少し、喫茶店の上等な椅子に深く腰かけ直しながら。あの時の事を思い出していた。
「諏訪子さんから、永遠亭に件の歩荷を収容出来た事と、命に別状はない事を聞いたのですが。その後の方がずっとイライラしましたよ。残念ながら雲居一輪が言うように、あの歩荷が一生物の障害を負ったとしても、彼女は面倒を看続ける事が出来るでしょう。ただしそれは、雲居が即物的だと言って批判している、物部だって同じなんですよ。目の前で恋人、と物部が思っている男性を傷つけられたものですから、爆発してしまっていました。下手をすれば命蓮寺の本殿を攻撃しかねなかった」
「その時には、と言うか諏訪子様が命蓮寺に戻ってきた時には、諏訪子様が物部布都を抑えているからってんで、帰らされたんですよね」
早苗からは最後まで見届ける事が出来なかった、そんな嘆きが見えたが。嘆き過ぎのようなきらいも、上白沢の旦那にせよ○○にせよが感じた。
「ええ、ちょうど八坂神奈子さんが命蓮寺に来てくれたので。東風谷さんも疲れていたでしょうから、ちょうどよかったです、お渡し出来て」
早苗は言いたそうな事はあったようだが、○○の言葉を待ってくれた。
「最初はね……もう雲居一輪が明らかに悪いから、彼女を徹底的にあの歩荷から遠ざけようとも思ったが。永遠亭から使いが、鈴仙さんがあの歩荷さんからの手紙を持ってきてからまた雲行きが変わってしまったんだ。彼は、話がしたいと言ったんだ。物部布都だけじゃない、雲居一輪とも。信じられない事に、雲居一輪が急所を外してくれているのは分かっていると……ほんとに、よくもまぁ、かばえるよね。ナズーリンさんの言う通り、ちょっとアホだあの人は」
○○が呆れを色濃く出しながら、コーヒーに口をつけた。少しぬるくなっているので、あまり美味いものではなくなっているので、○○の顔は好物を前にしてもすぐれない。
「まぁ、永遠亭の中であるし雲居一輪の身体検査はしたから、大丈夫だとは思ったが。あの話し合いで雲居一輪を突き放さなかったのは、あの歩荷の優しすぎるところだよ。確かにあの歩荷は、物部布都の催し物のおかげで懐具合が良くなった。雲居一輪と言う通い妻のおかげで、家庭環境が良くなった。その両方ともに感謝はするべきだと考えていたんだよ……刃物でぶっ刺された後でも、雲居一輪にそう思ってやれるんだ」
早苗は訳が分からないを一周回って、喜劇でも見ている気分になったのか少しばかり笑い出し板。
それにつられて、○○も笑い出したが。上白沢の旦那は笑えなかった。
○○が笑い出した時、早苗がものすごく嬉しそうな顔をしているのが見えたからだ。
東風谷早苗は明らかに、○○に呼応している。あまり良いものと思えなかったからだ。
稗田阿求の影を考えれば、どうしてもそうなる。
「で、どうなったんです?」
しかし早苗はめざとく、上白沢の旦那が笑っていないのを確認したら急に、笑うのを止めた。
「ああ、結局のところで、物部にしたって雲居にしたってあの歩荷に弱いんだ。と言うよりはあの歩荷も物部と雲居に精神の重要な部分を支配されたと言ってしまっても、そう断言してしまっても構わないね。一番信じられなかったのは、雲居一輪に刺されたおかげで、今までで一番、休めてるとまで言い切ったんだあいつは!刺した雲居一輪もおかしいが、それを受け入れたあの男も十分すぎるほどおかしい!」
見聞きしたことを早苗に説明しているうちに、その時に感じた信じられないと言う気持ちが復活してきたようで、○○の口調は珍しく荒い物になったが。早苗はこくこうと頷き、何かを思い出したようで少し笑みを浮かべたかと思えば。
「阿部定事件(1936年の五月十八日、阿部定と言う女性が愛人の下半身の一部を切り落とした事件)みたいですね。あれも男の方が首を、阿部定から絞められるのにはまってたそうですから。そういう趣味があるんですかね?あの歩荷さん」
上白沢の旦那は阿部定事件と言う物を、知らなくて当然だ。なぜなら彼は、幻想郷で生まれた、土着の存在だから。
しかし、東風谷早苗と○○は違った。外の出身だ。
だから、早苗から言われた阿部定事件のようだ、と言うたとえ話に対して、ヒステリックなほどに笑い出した際も。
面白いなどとは、欠片も思わなかった。はっきり言って、怖かった。
「後はもう、あまり説明できることはないね。物部布都は酷く抵抗したが、やはり肉他的魅力の低さが負い目のようで。結局はあの歩荷を半分こにする協定を……まぁ、この協定はこっちから言い出したんだが、その協定を飲んだよ。一応言っておくが、半分こにするのは時間的な意味でだ」
上白沢の旦那からすれば、この結末には疑問符が大量について回る信じられない結末であるが。
東風谷早苗は、この話の結末に疑問符何ぞつけていなかった。
「中々興味深い結末で」とだけ早苗は言って。
少し離れた、しかし○○の事がよく見える席に座って。東風谷早苗も○○と同じように、コーヒーとクッキーを楽しみ始めた。
「○○、気づいているのか?」
上白沢の旦那はそう言いながら、○○にやや厳しく言った。
○○は返答をしなかったが、ちょうど窓際の席だったので、外をずっと見ていた。緊張感のある顔だったので、分かってくれていると思う事にした。
権力が遊ぶ時 了
今年最後の投稿になります
また来年から、同じ世界観で続きの話を新しい事件で投稿いたします
みなさま、どうかよいお年を
なんとか年内までに処女作だしてブヒりたいが間に合うかわからん。困った。(筆を動かせ豚野郎)
>>759
権力が遊ぶ時は類稀な長編なので、近いうちに初めから読んでいきます。いつか感想とか出します
>>760
自分に自信があるようで、しかし言葉の中に相手に縋るものが入っているのは、
やはり本心では信じていないのかも、と感じました。
>>769
表の事件の裏で密かに人里の重鎮の中で蠢いているものが感じられました。
長編乙でした。次も楽しみにしています。
小町「いやぁ、一体何事かと思ったよ。あんたが匿ってくれなんて血相変えて来たんだからさ。」
「けれども身から出た錆って、言われても仕方ないんじゃないかい。」
「幻想郷の綺麗所と浮き名を流したんだから、男の本望ってやつじゃないかい?」
「そんな気は無かったってさ、文屋にああ書かれちゃあ信じるなっていう方が無理じゃないか?」
「本当はそうじゃないって…ふふ、また○○に騙される所だったじゃないか。」
「やめてくれよ、あたいもあんたにそう言われちゃあ、うっかり本気にしちゃうじゃないさね…。
これじゃあ、初心な生娘にも負けそうだよ。」
「ふうん…あたいみたいな奴にもそんな事言えるんだね…。」
「ねえ○○、その言葉…ホントの本気かい………?」
〇〇「劇場版仮面ライダーゼロワン…いいね。すき。最高の気分で年が越せそう」
輝夜「ダブルライダーキックがもう最高だった」
鈴仙「えっ?」
鈴仙「師匠!?映画に誘って一緒に行ったんじゃなかったんですか?」
永琳「えっ!?デートって女性から誘ってもいいの!?」
鈴仙「駄目なんですか!?」
永琳「駄目だと思ってた……」
鈴仙「知らなかった…そんなの…」
てゐ「どういう世界で生きてたんだよ。月か」
てゐ「そんな受け身な恋してたらアッという間に他のオンナに盗られて終わるウサ」
永琳「ウッ」ガクッ
鈴仙「やめて!そんな話耐性のない人が聞いたらしんでしまウッ…」ガクッバタッ
てゐ「はいチケット。これ持って誘ったきたら?」
永琳「映画のペアチケット!?」
鈴仙「そんなデートに誘うための口実の権化みたいなもの実在したんですか!?」
永琳「ほ、本物みたいよ…伝説のアイテムだわ…」
鈴仙「ほぇー」
てゐ「いや普通に手に入りますけど」
永琳「ま、〇〇」
〇〇「なに?」
永琳「こ、ここに映画チケットがあります」
〇〇「はい」
永琳「…ぺ、ペアチケットです」
〇〇「はい」
永琳「…」
〇〇「…?」
永琳「以上のことから導き出される解を求めよ」
〇〇「!?」
てゐ「どうしても相手から誘って欲しいらしい」
ごめんなさい誤爆
>>772
天狗があることないこと書いてくれる副業やってそう
一体いつから今のような状況になっていたのだろうか。重い記憶を思い起こせど明白な時機すら分からない。
最初はほんの小さな気持ちであったはずだ。どうしても上手くいきたい時の神頼み。その程度の筈であった。
それがしばらく続いていた…ような気がする。酷く曖昧な、カラメル色の記憶。それが常にうまくいくように
なって来た頃、彼女の力を借りる頻度はほぼ毎日になっていた。何かが成功すれば次はより大きなモノに挑戦
することになる。失敗を恐れるあまりに僕は彼女に頼り過ぎていたのかもしれない。ここで少し痛い目にあって
いれば……どうしようもない空想のもしもの世界。この世界に「もしも」はなく、ただ思考を曇らせる空想
として脳のメモリーを食い潰していく。あるいはこれすらわざとなのかもしれない。少なくとも、空想に浸る
間は今の状況に直面しなくてもいいのだから。
しかしながら頭は次第に働き出し記憶が呼び覚まされる。まるで彼女が現実に向かって僕の背中を押していく
ように。天人たる彼女の力を常に借りるようになってから、すでに随分と時間が経っていることに気が付き、
今更ながらに愕然とした。それは数ヶ月前のように感じていたのだが、手繰り寄せて確かめるといつの間にか
年単位で過去の物となっていた。
今の状況に後悔は無い。たとえ常に彼女の力を借りていなければ、まともに行動することすらできないのだと
しても。確かめて見る勇気は消えていた。過去に一度だけ彼女をぞんざいに扱ったときに、素晴らしい返事が返って
きたのだから。あれでもきっと彼女は優しいのだろう。きっと、彼女は僕に手厚く手厚く、外界の嵐から遮断
するために纏わせていた加護を、一気に消しただけなのだろうから。
そして息も絶え絶えとなって、彼女に縋り付いた僕を再びすくい上げてくれたのだから…。確実に破滅する未来を
追求するのは、きっと勇気ではなく蛮勇と呼ばれる類いのものだろう。生物として、生きていく上で本能的に
避けられる、体が選ぶことを許さないそういった枷。彼女に覆われるかのように、導かれるかのように生きて
いる中で、きっと他の人には彼女は見えないのだろうけれども、僕は彼女をしっかりと現実に感じていた。
下品だとは分かっていても、○○を取られるぐらいなら
家名も戦闘力もお金も、全部ぶちまけるように見せつけてくるのは
レミリア様が似合ってると思う
指輪
「そういえば、最近幻想郷も西洋かぶれになってきたようだ。」
目の前の当主の椅子に座る友人が語る。暖炉の火は赤々と燃えて紅魔館の一室を暖かにしていた。薪が申し訳程度に
添えられているが、恐らくは館にいる魔法使いの作品だろう。数時間前に見たときから燃えている箇所と灰の様子が
一向に変わりが見えないのだから。それに第一あれだけの大きさでこの部屋全部を暖めるのは、普通の暖炉ならば困難だろう。
「どういう趣旨だい?吸血鬼の館に収っていながら、西洋化について一言述べるなんて。」
まるで、外来人を辞めてしまったみたいだ、という言葉を飲み込んで僕は彼に言った。まあ、赤き月の伴侶となって
いた以上、昔の外来人なんていう立場は消えて無くなってしまっているだろうことは容易に想像がついていた。
僕の懸念を素知らぬ風に、彼は利き手の逆を使って僕の指を差した。
「それ、流行っているようだね…。」
僕の薬指に鈍く輝く輪っか。何の金属で作られているかは彼女に聞いていなかった。
「別に欲しいと言った訳じゃないさ。むしろ逆に押しつけられた位だ。」
彼に言葉を発しながら、ふと閃きが走った。理性を押しのけるようにして自分の頭脳が勝手に働いていく。
「おい、そっちの手を見せろ。違う、右だ。」
諦めたような彼の笑み。椅子から立ち上がり彼の手を無理にテーブルの上に載せた。
「酷いな…。従者か?」
「違うよ。」
それは別の指という意味なのか、そう問いかける衝動が自分の中で沸き起こる。それを無理にねじ伏せながら、
彼を勇気づけるように声をかける。
「流石にそっちは無事だった様だな。」
「……まあね、持つべきは器用な魔女様という訳さ。」
机の上に銀色の指輪を付けた、彼の綺麗な指が転がっていた。
混入
夕食のラストに差し出されたのはデザートだった。スプーンで突けばフルフルと揺れる緑色のゼリー。
赤色のサクランボが綺麗に上に飾られていた。慎重にスプーンを差し入れて掬えば、一部が欠けたゼリー
が残されていた。甲斐甲斐しく食事の世話をしていたさとりが僕の横に座る。彼女が僕の手に代わり
スプーンを持った。
「はい、○○さんどうぞ。」
彼女に差し出されたものを食べる。甘い味を舌に残して喉をゼリーが滑るように通っていった。
たちまち最後にサクランボが残される。
「あーん。」
彼女の手がサクランボを掴み僕の前に出てくる。まるで彼女の目に見つめられているみたいだった。
「ねえ、さとり。」
僕は彼女に意を決して声を掛けた。
「食事前に、注射器に何を入れてたの。」
「なーんでしょうねぇ、○○さん…。」
いつものように甘いさとりの声が僕の横から聞こえてきた。
また投稿させていただきます
今回の作品もまとめ及びスレにて連載いたしました
八意永琳(狂言)誘拐事件
日中うつろな男(フランドール物)
まだらに隠した愉悦(正邪物)
懐の中身に対する疑念(阿求物)
権力が遊ぶ時(一輪物)
これらと同じ世界観による、続きとなります
上白沢の旦那は、教卓の上に両手を乗せて仁王立ちの様な格好をしながら、それでいながら彼の目の前には誰もいなかった。
生徒はもちろん、妻である上白沢慧音の姿も無かった。この教室には
酷く悩んでいた。
出来れば自分の力だけで終わらせたいと、そう思っていたが。
友人の。そう、稗田○○の力を借りるのが賢明なのではと、そういう考えも同時に、そしてその考えは時を経るごとに強くなっていくのであった。
そして上白沢の旦那が見ていた場所は、ある一点のみであった。その場所は、教卓から見える場所と言えば生徒が座る勉強机以外には、教室と言う場所においてはそれ以外の可能性はほぼ無いと言った方が良いだろう。
寺子屋内部での事象や出来事と言う物は、ほぼ間違いなく生徒の方向にと直結してしまう。良いも悪いも、どちらもひっくるめてもそうなってしまう。
上白沢の旦那は教卓のある場所から離れていき、ついにはとある生徒のいつも座っている場所にたどり着いて。その席にと着席した。
そして彼は、今度は教卓からではなくてとある生徒の席から、教卓を見つめだした。
この席から見る自分の顔は、果たして、どのようにあの子の目に映っているのか。それを考えながら座っていると、教卓の前に立っていた時からそうだったが、更に険しい顔へと変化した。
顔つきを険しくし過ぎたために、頭痛のような物を感じてしまい、思わずこめかみに手を当てた。
しかし上白沢の旦那は、そんな小さな不調であれども、確かに自覚したとしても。この席から、教卓の方向を見るのを止めなかった。
なぜ、不調を抱いてでも止めないのかと言われたならば。それはこの不調など、まだ懸念や推測の段階でしかないものの、本命であるものと比べてしまった場合、この程度と言った言葉で片付ける事が出来てしまえるからだ。
不調を確かに自覚してしまった、上白沢の旦那ですら、当の本人ですら自分程度の不調を大したこと無いと思えてしまうのだ。
それぐらいにまで、今、上白沢の旦那が抱えている懸念は根が深くて大きなものであるのだ。
それぐらい上白沢の旦那はまじめに、そして必死になって考え事を続けていた。
そう、あまりにも必死過ぎた。自分のやっている事を、慧音の真似事だと、時折におては自虐しているけれどもその性根は、まっすぐとしていて非の打ちどころは存在していない、だから上白沢慧音も惚れてしまい……一線の向こう側となってしまったのであるけれども。
しかしながら一線の向こう側を嫁にすると言う事は、場合によってはしてしまった等と思われたり、自分でも思ってしまう事はあるけれども。
自分自身の今の状態が、それが幸せな事であるのは、論に及ばないと言うのが基本的な認識であるし。それ故に、だれかの為に……自分の立場、寺子屋で教鞭をとっていればなおのこと、子供たちが平穏無事であるようにと言う方向にと言うのが、基本的な考えとなるし。
その為ならば、自分が幸せであるのだから誰かが幸せであるようにと、そうで合って欲しいと言う考えは、考えれば考えるほど強くなり、その為ならば何でもやりたいと言うのが本音であった。
そして何でもやりたいと言う考えに巡った際に、確かに、○○の顔が思い浮かんだ。
彼ならば、友達である以前にそのたしなみに対しては表情をゆがめる事も、確かにあるけれども。依頼人に対しての動きには、誠意が存在しているのは、やや悔しいが事実である。
……それに、○○本人はこのことを言われたら嫌がるだろうけれども、○○はあの稗田家の入り婿であるどころか。当主である稗田阿求からの全身全霊の愛を、全力で惚れられている。
だから○○からの協力を得られると言う事は、名探偵である彼の支援を得られると言う事は、稗田家の支援を受けられると言う事に変わりないのである。
しかも名探偵として○○が活動することを、稗田阿求は望んでいるどころか、彼女からして○○が名探偵だと思われるように、周りを整備している。
そして自分はそんな○○と、幸いにも友人の関係を営んでいる。
少し嫌らしい話になってしまうけれども……この状況、伝手(つて)、コネと言う物を利用しない手はないのではという考えになる。
感情における部分を無視した、損得勘定だけで言えば○○に話を持っていくのが……いや、感情に置いての話にも拡大したとしても、これは自分一人だけのちょっとした良い顔と言う奴だ。
それに、慧音にこのことを相談、○○に依頼してしまおうと言ったとしても――稗田阿求の事は随分馬鹿にしているようだが、それとこれとは違う話だ。慧音もこの考えには、賛同してくれると信じてる。
「どうした?かなり難しい顔をして……」
そして何の因果であろうか、慧音の事を考えていたら当の慧音がこの教室にやってきて、自信の難しい顔を心配してくれた。
心配されて当然であろう、今、慧音は教卓の側にいる。と言う事は、この教室に入るためには扉を開けて入らねばならないのだが……その扉が開く音、それにすら上白沢の旦那はまったく気づかなかった。それでは心配されて当然であろう。
「ああ、いやね」
少し上白沢の旦那は歯切れの悪い口調になったが、すぐに考え直した。自分の気にしていることなど、とてつもなく小さなことだと。
「あの子の事を考えていたのだが、それについて少し思いついたことがある」
「……なんだ?」
あの子の事、と言われた慧音は心配そうな顔からとたんに、真面目な顔に変わった。その真面目な顔を見られたならば、上白沢の旦那にとってはそれで十分な、前に出る状況や証拠であった。
「あの子の状況がどうなっているか、○○に依頼して調べてもらう事にしようと思うんだ。教師が生徒の家庭状況を調べるよりも、角が立ちにくい」
上白沢の旦那は、前に出る事をためらわなかったので、素直に思っている事を言い切る事が出来た。
「……そうだな」
慧音はやや考え事をしながら、この男、つまりは慧音にとっての夫からの言葉を心中で何度も思い返しているようであった。
「稗田阿求の事は、この話とは関係ないはずだ。ましてやあの子の身に関わる事なら」
上白沢の旦那にとって、唯一の懸念は慧音が稗田阿求の事を完全に馬鹿にし始めた事だ。なので先に、慧音が何かを言う前に機先を制するかのようにして、言葉を重ねた。
「……そうだな。稗田○○ならば懇意にしているし、性格も良いから、親身になってくれるだろう」
「決まりだな」
上白沢の旦那は、慧音の考えがこれ以上変化を見せる前に、この話を決してしまう方向に持っていこうとした。
けれども、まだ心配ではあったので口をついてさらに言葉が出てきた。
「気になるなら稗田邸には俺1人で行く……いっその事、今から行く。話は急すぎて無理でも、会う約束は取り付けられるだろう」
そう言いながら、上白沢の旦那は立ち上がった。それに、どうせ自分が言い出した話なのだ。ならば自分が先んじて行動する方が良い。
そちらの方がうんうんと唸っているよりも、よっぽど格好の付く話になってくれる。
意識していたわけではなかったが、なかなかいい落着を見せてくれたと、上白沢の旦那は自画自賛すらした。
そう思いながら立ち上がった上白沢の旦那は、横目などではなくてしっかりと、妻である上白沢慧音の事を見た。
しかし慧音はいまだに難しい顔をしていた、いきなり話を切り上げたことに対する何らかの違和感……いや、違う。こういう時に違うと言い切れるぐらいには、自分は慧音の顔をよく見ている。
やはり稗田阿求の事は、慧音にとっては火をつける条件の一つなのだろうか。
「稗田阿求の事?」
聞くべきかどうか迷ったが、ここで聞いてしまったとしてもおかしな事にはならない程度には、自信があったので。気になっている以上は、聞いてしまう方が良いと判断した。
「ふふっ……」
慧音の顔がいやらしい笑みに変わった。やはり、思った通りであった。嫌な物である、悪い予想が当たると言うのは。
なお嫌な事と言えば、慧音のこの顔が非常に色っぽいと言う事だろう。こんな状況であろうとも、慧音がやるとなると大体何でもそう言う風な評価を得るのは、容易いのだから。
それを嫁にしているのだから、自分は果報者なのだと思えるのだけれども。
「まぁ、稗田阿求に対するちょっとした感情が、無いとは言わない。けれどもそれだけじゃないのも確かだ、過剰反応しそうでな……稗田阿求は外との交流は少ないいが、あれで中々、子供が好きだから」
やや良かったことと言えば、いやらしさと真面目さが、今の慧音からは半々の割合で見えた事だろうか。
ならばもう、慧音の感情の中に真面目さがあるのならば、行ってしまうべきだろうと上白沢の旦那は決断した。
決断した理由の中には、自分が果報者であるからと言う部分と……慧音の色気にほだされそうだからと言うのが半々であった。
前者はともかく、後者はかっこうが悪いと言う事ぐらい、上白沢の旦那はよくわかっている。
「帰りに何か、買って来てほしいものはある?」
なのでこういいながら、外出用の上着に袖を通して、誤魔化していたが。慧音の方が一線の向こう側であるからだけれども、一枚上手であった。
「いや、私も出るよ。よく○○と行く喫茶店があるだろう?私がそこで待っているから、○○と話がついたら来てくれ。今日はもう、この後デートをしないか?」
慧音は、夫である彼が。慧音の見せた少しばかりいやらしい笑みに対して、情欲と言う物を抱いたことをしっかりと見抜いていた。
だが上白沢の旦那にとって幸いと言うか、果報者である事の証明としては、慧音が決してそれに対して不快感を示さないどころか。
一緒にデートをしてくれて、先に感じた情欲を肯定してくれた事であろう。
「――ああ、良いね。確かに」
やや間延びした後に、上白沢の旦那は答えを出したが。若干ふわふわしたような、頷いてこそいるが面食らったような対応であったけれども。
そんな面食らった様子も含めて、慧音は夫の事を、かわいいなぁと言う様ないつくしむ様な面持ちで見てくれていた。
上白沢の旦那は思わず恥ずかしくなって、急いで外に出た。慧音がもっと、旦那のそんな姿を見たくて追いかけてくるかなと思ったが。
振り返って見えたのは、慧音が自分に向かって手をひらひらとふりながら、見送ってくれる様子だけであったが。
恥ずかしさよりも、慧音に対してキレイだなと思う様な感情の方がよっぽど強かった。
「よぉ、珍しいな。こんな急に来るなんて」
急な訪問であったが、○○と一緒に名探偵としての活動にいそしんでいるのは、阿求がそう言う見聞をばらまいている事もあり、稗田邸への訪問には何の支障もなかった。
本当は、こんな急に来ても稗田邸の門をくぐれると言うのは、とんでもない事ではあるのだけれども。
周りからの反応は今、上白沢の旦那をいつもの部屋で出迎えてくれた、○○と同じようなもので。
珍しいねと言う感想ぐらいではあるのだが。
同時に、もしかして真面目な話なのでは……と言う少しばかりの緊張感も併せ持っていた。
「どっちだ?本当に散歩のついでに俺の顔を見に来てくれただけでも、構わないんだが。もしかしてと思って」
○○は上白沢の旦那との日ごろからの付き合いもあるし、ただ単に寄っただけならばそれでも構わないし。
普段は自分が振り回している方だからと言う若干の罪悪感も込めながら、上白沢の旦那からの真意を、この際においては素直にそして真っ先に聞いてしまおうとした。
「真面目な話だ……」
だがここまで来たのならば、上白沢の旦那の腹はもう決まっている。
「○○、君に依頼したい事がある。急に来たのは失礼なことぐらいわかっているから、今すぐ聞いてくれとはさすがに言わないけれども……それでも早ければ早いほどいい」
「うん」
やや嘆願するように、上白沢の旦那は以来の存在を○○に伝えた。○○も、その表情を見れば彼が上白沢の旦那からの依頼に対して、何とか聞こうとしている様子がしっかりと見える、そんな真剣なまなざしであった。
万に一つだって、○○が依頼を断ると言う事はないと。それぐらいには上白沢の旦那と○○との友人関係については、自信があったけれども。
そうだとしてもやはり、いざ頼みに来れば緊張してしまうし、頼みが受け入れられた時のホッとした感情は掛値なく本物だ。
「急だから、阿求と一回話してくるよ?まぁ大丈夫だろうけれども」
そう言いながら○○は立ち上がって、阿求の執務室にでも行こうとしているが。少なくとも○○の中ではもう、上白沢の旦那からの依頼を受ける気どころか、受ける事は決定していると言っても過言ではなかった。
稗田阿求に一言告げるのも、話が急すぎるからとしか上白沢の旦那としては思っていなかった。
そのまま○○は阿求の所に向かったが、すぐに戻ってきてくれた。
「明日は、寺子屋が終わった後にすぐこれるか?」
「ああ、もちろん」
上白沢の旦那は二つ返事で答えたが。
「それから……どうする?1人で来るか、それとも上白沢慧音と一緒に来るか?」
○○の歯切れが少し悪かった。けれどもなぜ悪いかは、よくわかっている。
「……一人で来るよ」
本来ならば夫妻で来た方が良い気はするのだが、上白沢の旦那は1人で来ると答えた。
その答えを聞いたとき、○○は明らかにホッとしたような表情を見せたし、その上で。
「ああ……その方が良い」
何故その方が良いかとは言わなかったが、お互いに一線の向こう側を嫁にしてしまったから。どうしても敏感にならざるを得ないし、何ならこうやって旦那同士での会話でさえ、軽々しく口に出す事すらはばかられる、あるいは恐怖すらする。
増してやこの二人の嫁は、人里の最高権力と最高戦力なのだから。
その二つが、実は互いに互いを優越感と悪意にまみれた感情で、相手の事を見ているなど。
そんな事実、一片たりとも漏らすわけにはいかないのだ。せめてこのいさかいは、両夫妻の中だけで完結させなければならない、そんな決意を二人の旦那は全くの相談抜きに持つ事が出来ていた。
「……じゃあ、急にきて長々といるのも悪いから。それに」
少なくとも依頼の話は、明日にする事が出来るとの確約を○○からもらっているし。○○も引き受けることを決めているので、今日はもう立ち去ろうとしたが。最後に、今度は上白沢の旦那の方が歯切れの悪い言葉を出してしまった。
だが○○は、何かピンと来たような顔を浮かべた。
「上白沢慧音と、奥さんとデートか?」
やや茶化しながら、○○は聞いて来た。上白沢の旦那はその質問に対して、うんともすんとも言わなかったが、表情は言葉よりもずっとおしゃべりであった。
完全に、図星を当てられた時の顔と言う物を完全に浮かべていたからだ。
これでは、返事をしてしまったような物である。
「そうか、楽しんで来い」
恥ずかしそうな上白沢の旦那の表情を見た○○は、完全にわかってしまったが、相手は友人夫妻の事だ。あまり笑ってやらずに、すぐに送り出してやるのが、一番優しい対応であろう。
上白沢の旦那は、やや気恥ずかしそうにしながら稗田邸を後にした。
奉公人たちは、急に来たと思ったら急に帰るのか、と少しばかり疑問に思うような顔をしていたが。
「明日、彼が俺に依頼をしたいと言ってきた」
それだけ言ったら、奉公人たちは急に真面目になってこの話をしないようにと、気を使ってくれた。
名探偵の領分には、軽々しく踏み入れてはならないと言う、阿求の教育が行き届いているようだ。
増してや今回の依頼人は、名探偵の相棒からなのだから。その真剣度は普段の比ではないようである。
上白沢の旦那がその妻である上白沢慧音とのデートに向かったので、○○は、自分も阿求と一緒の部屋に行くかと歩を向けたが。
「あら、依頼の話は明日とはいえ。彼、思った以上に速いお帰りだったんですね」
○○が入ってきて、即座にこう言った阿求に対して、すぐに返答が出来なかった。
正直に言ってしまって良いのかどうか、いや、そもそも上白沢慧音が性格的に夫とのデートを、隠すはずが無いから。で、あるならば、せめて○○の口から知っておいた方が衝撃は小さくなるのではないかと。
阿求がついには、肉体的な事を発端に嫉妬と悪意を上白沢慧音にぶつけ始めた。そんな事を考えながら、言うべきか言わざるべきかをぐるぐると考えていたら。
「まぁ、どうせあの牛女が旦那と一緒に歩き回りたかったんでしょうね」
しかし結局の所で阿求は、○○に対して声をかけた段階でもう、ほとんど推理は終わっていたのであるけれども。
推理の最後の部分に関しては、○○が言ってもいいかどうかと悩む様な間を作ってしまった事で、答えを教えてしまったような物だ。
「どこに行くって言ってましたか?旦那さんは」
「さぁ、そこまでは聞かなかった」
いっそ聞かなかったと言う幸運を、神仏に感謝したい位の物であった。嘘はついていない、本当に何も知らないのだから。
「何となく予想は出来ますけれどもね、牛女のやる事ですから、デカい体を活用するのが趣味のようなところもありますから」
胃に穴が開きそうな気持ちとは、まさに今のこの状況の事を言う以外の何だと言うのだ。
さすがに友人夫妻がけなされているのは、○○としても放っておくわけにはいかないけれども。それを言っているのは、○○が愛してしまった阿求なのだけれども。
その上、醜いぐらいの嫉妬と悪意を、阿求が上白沢慧音に振りまいている今のこの状況でさえ、○○は阿求に対する愛情が目減りすると言う事は、有り得なかったのである。
……○○は、阿求が持つ業に寄り添いたいのだ。最期まで。
「まぁまぁ、阿求」
そう言いながら○○は、阿求を小膝に乗せてやるようにして抱きかかえた。
阿求は体が弱い、それも生来から。だから残酷な事に、成長に対しても影響を及ぼしていた。○○が少し力を入れるだけで、阿求の事は簡単に持ち上げる事が出来てしまえるのだ。
ほんの一瞬、○○は阿求の事が哀れになってしまったが。すぐにその感情は飲み込んでしまって、阿求の見えないようにした。
今、それは、あまり関係のない事だと考えたからだ。
「上白沢の旦那さんが、これをやろうとしたら。きっと押しつぶされちゃいますよ、あの女は体がデカいから」
「他の夫婦の話はしないでくれ。今、俺は、阿求と話がしたいんだ」
特に他人の話は、もっと関係ないはずだ。だから○○は阿求の口から、他の、特に悪意と嫉妬が飛び出すのだけは防いでおいた。
続く
ご感想などありますと大変うれしいです
よろしくお願いします
>>785
もう新章!?
貴方にはネタ切れってもんが無いんですかい!?
まるで化け物だ…(褒め言葉
これから誰がどのように病むのか楽しみに読まさせていただきます
ホラーゲームや映画でよくかくれんぼ描写があるが
ヤンデレは本気で相手の事を愛しているから逃げられる理由が及びもつかなくて
泣きながら探してそう
何だったら探してる時に泣きすぎて何回か吐きそう
ホラーゲームや映画でよくかくれんぼ描写があるが
ヤンデレは本気で相手の事を愛しているから逃げられる理由が及びもつかなくて
泣きながら探してそう
何だったら探してる時に泣きすぎて何回か吐きそう
>>785 の続きとなります
朝と言うのは慌ただしいものだ、それは寺子屋でも例外ではない。上白沢の旦那はやや心苦しいながらも、寺子屋に登校する子供たちは妻である慧音に任せて、自分は少しばかり奥の方で今日使う教材やら課題用紙やらの用意をしていたら。
「こけた!?いつ、どこで、どんな風にこけたらそう言う状況になるんだ。いや、怒ってなんかはいない、けれども分からないことだらけで気になる、ただそれだけの話だ」
慧音の詰問するような、しかしながらそれよりも困惑するような声が聞こえてきたのだ。
確かに寺子屋と言う空間は、多くの存在が一か所に集まる。性格に同じものなんて存在はしない、それらが同じ屋根の下に集まるのだから、揉め事と言うのは日常茶飯事とまでは言わないが、全くもって珍しいものではないのだが。
この時に聞いた慧音の詰問よりも困惑の色が濃い声には、、今までにこんな経験は無かったと断言出来た。
それと同時に、上白沢の旦那の心中には恐れていたことが自分や妻の予想よりも、はるかに早い段階でやってきているどころか、あるいはもうそれよりも先の段階にとまでも言えたかもしれなかった。
そんな心中のざわめき、恐れに対して、上白沢の旦那の動きは直情的になってしまった。
用意していた今日の分の教材を、机の上に放り投げて彼は妻である慧音の下へと、かける以外の選択肢は無かった。
「慧音!」
恐れが心中にある上白沢の旦那は、思わず大きな声を出してしまった。
いや、確かに大きな声にはなってしまっているけれども、怒りなどのこもった物ではない、あくまでもまだまだ心配げに思ったりする、それがこの声の中心であったが。
「いや、違う違う。だれも怒ってなんかいない、私も夫も、どっちも心配しているんだ」
慧音があわてて何かを訂正するような声、それも無理に出した穏やかな声、相手をどうにかしてなだめるかのような声を出した。
上白沢の旦那は、慧音の目線と声の先を見て打ちひしがれる様な気持ちに陥った。やはり、自分の感じていた、事態は自分の想像よりもはやい速度で悪化しつつあると断言せざるを得ないからだ。
慧音が、怯えさせてしまったがために、必死になってなだめすかせようとしているのは二人の生徒、この二人は兄弟であった。
怯えてしまっているのは兄弟の両方ともであったけれども、兄の方がより問題であった。
その子の腕は、明らかに骨が折れたような曲がり方をしていたからだ。
「その腕、どうしたんだ?」
上白沢の旦那は先ほど、大きな声を出してしまった反省として。出来る限り声色を抑えて、優しい声と言う物を作ろうとした。
けれども普段、自然に出てくる優しさと違い上白沢の旦那自身も、今の自分が見せるわざとらしさと言う物に毒づきたくなるが、それも押しとどめるのが優しさを作るためだと、言い聞かせていた。
「……」
腕が明らかに折れている兄は、何も言わなかった。慧音が先ほど言っていた言葉はまだ覚えてる、この子はこけたと言っているようだが……信じる事は出来なかった。
上白沢の旦那は、○○の影響されたかのように、返事をしてくれないのならばこの兄弟の動きや表情を、返事の代わりとして観察する事にした。今回ばかりは○○の影響と言う奴を、上白沢の旦那も有難がっていた。
この兄は口を真一文字に結びながらも、傍らに付き添っている弟に対して、折れていない腕で押しとどめるかのような動きを見せていた。
弟の方は、兄の顔と上白沢夫妻の顔、これらを見比べるようにしながら迷っているようであった。気にするような顔でもあったが……気にしている対象は兄や上白沢夫妻だけではなさそうだなと、上白沢の旦那にはわかっていた。
この弟の顔、いや兄弟両方の表情に対して、恐怖と言う感情も交じっていたのを確かに、理解してしまった。
教師と言う立場ゆえに、かしこまられる事はあっても、恐怖されることはないとしている自分の評価に対しては、うぬぼれと言う部分も無いとは言わないが。
だが、どれほど自己評価を考え直して低く見積もりなおしたとしても。恐怖はされないはずだと、自分たち夫妻に対する評価、これに対する自信はあった。
どれほど考えようとも、自分たちはそこまで傍若無人な存在ではないはずだ。――妻である慧音と阿求の間に転がる感情のどす黒さは、稗田と上白沢両夫妻のみの話だ。他者には関係はない、そのはずなのだから。
「何を怖がってるの?」
慧音と稗田阿求の間に転がるどす黒い感情を、今は忘れたくて、次なる質問を上白沢の旦那は行ったが。
その際に、気を付けていたはずなのに酷くぶっきらぼうな声色を作ってしまった。
言ってからしまったと思ったが、もう遅かった。
幸いにもこの兄弟は、確かに見せていた怯えがこちら側、上白沢夫妻の方にまで波及しなかったのは、せめてもの幸いではあるけれども。
その幸いがいつまでも続くと思えるほど、お気楽な思考は出来るはずがない。
そうでなくとも、今のこの兄弟が見せている、いたたまれない様な申し訳ない様な、そんな表情を見るだけでも辛いのに。
明らかに腕の骨が折れているのに、なぜこの兄は申し訳なさそうにしていて……弟に至っては許しすらをも請う様な目で見ているのだろうか。
思わず、上白沢の旦那はため息が出そうになったが。
もしもそんな音を、ため息などと言う物を出してしまったら。間違いなくこの子たちはいわれもないはずだと言うのに、また、怯えてしまうであろう。
とはいえ歯を食いしばる様子も、果たして、とはこの兄弟の様子を見れば決して良く等は無いと言わざるを得なかった。
「慧音」
だがこの兄弟のおびえた様子を見るに至っては、一つの決意と言うか決定事項が出てきた。
「今から○○に会いに行く。寺子屋が終わるまで、待ってられん。早ければ早い方が良い」
朝早くから予定や約束も無しに、稗田邸の門をくぐると言う事に慧音は一瞬、大丈夫かと言う様な考えを巡らせたけれども。
「異常事態だ」
旦那からの付け加えられた言葉には、何も反論と言う物が浮かんでこなかった。
「行ってくる、少しの間頼む」
反論がない事を肯定の意思と上白沢の旦那は受け取り、疑問形でもなくはっきりとした口調で言った。妻である慧音からの言葉はまだ無かった。
反論する気はない物の、少し迷う様な、でも行った方が良いだろう。そんな相反する考えが慧音の中には存在していた。
けれども最後には、慧音は小さく手を振りながら夫である彼を、見送ってくれた。
そこから先の上白沢の旦那は、走るの見であった。とにかく一秒でも早く、○○と会って依頼の内容を話して、動いてもらいたかった。
「状況が悪くなった、○○とすぐに会いたい」
息を切らせながらやってきた上白沢の旦那の姿に、門前を掃き掃除していた奉公人も、すぐにこれは並々ならぬ事態だなと考えてくれて、門を通してくれた。
「その、先生。非常にお急ぎで不安なのはお顔を見れば分かるのですが……今九代目様と旦那様は、お客人と話をしておりまして、しばらく待っていただくことに……」
通された客間には誰もいなかった、待つのか……と言う様な上白沢の旦那の見せたある程度の落胆に対して、ここまで案内してくれた奉公人は訳を、それも非常に申し訳ない様な面持ちで伝えてくれた。
そんな様子を見ると、この奉公人にとってもこんな事を上白沢の旦那に伝えるのは、非常に辛いのだなとはすぐに理解できたので。
「そうか、いや、仕方ないな。約束は今日の寺子屋が終わった後だからな」
そう言って待つ事にした、口数が妙に多いのはそうでもしないと不安で押しつぶされそうだから、仕方なくと言うよりは口を勢いによってついて出た、と言った方が正しかった。
この奉公人は、上白沢の旦那がそうは言っても無理をしている、焦っている、と言うのにはとっくに気づいているので。
それでもなお、待たせてしまう事に対する心苦しさがあるのだなと言うのは、この奉公人の場合は表情や声色を確認すれば、上白沢の旦那は分かってくれた。
「分かっていますよ……ええ、もちろん。私の方が失礼だと言う事ぐらいは、本来の約束の時間から考えても、あまりにも早すぎますから」
そう言って奉公人に対して、気にしないで下さいというような態度を取るけれども。その実際では、上白沢の旦那は気にし続けていた、待つことに焦れていた。奉公人の顔をまともに見ないで、手や足が不用意に動き続けているけれども、上白沢の旦那はそれを御することが出来ていなかった。
「失礼いたします……」
奉公人はうやうやしく、と言うよりは非常に済まなさそうな顔をしながら、奥に下がって行ったが。
上白沢の旦那は、そんな様子を見せた奉公人に対して、、優しい言葉をかけることはおろか……そもそも、奉公人が表情では謝罪の意を示していた事にすら、気づいておらず。落ち着きなく手先を指先を動かしていた。
この様子を見た奉公人は、むしろ上白沢の旦那の方に、とてつもない同情の遺志を向けてしまっていた。
せめて客人が早く帰ってくれない物か、とすら考えてしまった。
相手が元々は、里に下りてはこない存在なだけに。そんな、失礼な事を考えてしまった。
上白沢の旦那が依頼人となって、今日に稗田邸にやってくること自体は、話題や噂話なんぞにこそしないけれども奉公人達はみんな、上白沢の旦那が何事かの依頼を持ってくるのは皆が知っていた。
けれども、約束の時間よりもずっと早くに息を切らせながらやってくるとは、どの奉公人も考えてはいなかった、既に上白沢の旦那があまりにも早くやって来たのは、門から堂々と入ったから全ての奉公人が見るか知った。
稀代の名探偵である稗田○○の、その名探偵の相棒様に何があったのか。奉公人たちは、心配そうに見やっていたが。
さりとて、これ以上は名探偵の領分であるし依頼人として来た人間が内容を離すのは、名探偵である稗田○○以外では相棒である上白沢の旦那か、百歩譲ってもその妻である阿求か慧音である。
それをしっかりと理解している奉公人は、何も言わないと言うよりは聞けないでいたけれども。
それでも上白沢の旦那への心配から、オロオロ交じりのお辞儀をしながらお茶を勧めた、もっともその程度して出来なかったのだけれども。
見たところで変わるはずはないのに、上白沢の旦那はチラチラと。壁にかかっている時計と奉公人が出て行ったふすま、つまりは○○が入ってくるときに空けるはずのふすま、この二つを何度も何度も見ていた。
結局お茶も、ついでに気を利かせて持ってきてくれたお茶菓子も、どちらも上白沢の旦那は手を付ける気になれなかった。
食べる気にも飲む気にもなれないからだ、思えば自分は浅はかであるとすら、そういう自己嫌悪すら湧いて来た。
○○にせよ慧音にせよ、だれに聞いたにしたって。こんなにも急激に、状況が悪くなるだなんてきっと、だれにも予想は出来ないよと、話を聞いた人間は慰めてくれるだろうなとは思う。特に妻である慧音は、何が何でも慰めてくれるだろう、そこは信じ切っている。
だが明らかに腕を負った兄と、何故か怯える弟の兄弟を見て何も感じないはずはない。
増してや昨日は、結局、慧音からの誘いがあったとはいえ、何の疑問や考えなども浮かべずに慧音とのデートに向かう事を楽しみにしていた。今日、寺子屋が終わった後すぐに、話を聞いてくれると言う約束も浮かれてしまった原因だ。
今は、自分の事だから余計に、浮かれていた自分と言うのに腹立ちを感じていた。
握りこぶしを作りながら、上白沢の旦那はもう一度壁の時計を見る。
当たり前だが、時間はほとんど動いていない。
ため息が大きく漏れた。
○○に対する、まだ来ないのかと言う、明らかにお門違いな考えが浮かんできたので、急いでそれを頭の外に追いやる為に頭を何度もふった。
約束の時間よりもはるかに早いのに、いきなり来た自分の方こそ礼を失しているのだから。
奉公人達が心配そうにしてくれたり、客間に通してくれただけでも、向こうはずいぶんこちらに寄り添ってくれているのだから。
そう、ちょうど上白沢の旦那の目についた、お茶とお菓子もその気遣いや心配の一部だ。
少なくとも悪く思われていないどころか、まだまだ心配をしてもらっている。お茶とお菓子を見たら、少しだけ感情が落ち着いてくれた。
相変わらずお茶やお菓子に対する食欲と言う物は湧いてこないけれども、全く手を付けないのも悪いと言う事ぐらいは分かっている。
礼儀としてお茶だけでも飲んでおこうと、口をつけた。
そのまま、また待つだけの時間がやってきたが。お茶にうつる自分自身の輪郭と沸き立つお茶の香りを意識することで、出来るだけ感情を落ち着けた。
こういう時、自分自身をあえて見つめると言うのは、なるほど良いやり方だと上白沢の旦那は自虐的にうなずいた。
けれども、やや落ち着いたとはいえ。やはり上白沢の旦那は、焦れている事に変わりはなかった。
外から歩行音が聞こえてきた、いやそれぐらいであるならば、まだ朝方であるから稗田家の奉公人達は慌ただしく、あれやこれやの仕事に奔走している。
だが、この歩行音は全く違った。なぜならばこの音は、上白沢の旦那が待っている子の客間の前で止まったからだ。
ようやく来てくれたと言う嬉しさからつい、神白砂の旦那の口からは声が漏れた。
「○○!?すまない、約束よりずっと……」
けれども、違った。これがもしも奉公人の誰かだったら、お門違いも良いところだけれども上白沢の旦那はつい、機嫌の悪い所を見せてしまいかねなかったが。
「残念だったわね、稗田○○じゃなくて」
やってきたのは、驚くことに博麗霊夢であった。あの博麗の巫女だ。
そうか、○○がと言うか稗田夫妻が面会していた客とは、博麗霊夢だったのか……さすがは稗田家だと、上白沢の旦那は気が動転して全く普通の事を考えてしまった。
「多分、あんたが稗田○○に依頼したいって言ってる事と。私が今日、稗田夫妻に伝えたと言うか……まぁ、阿求の認識では稗田○○への依頼か。だから阿求の認識で言うわ。私の依頼と貴方の依頼は、多分、似ていると言うか被っている部分がある」
けれども博麗霊夢からのこの言葉、しかも断言する調子の言葉には。動転して普通の事を考えてしまった、そんな感情や感覚も、○○へ依頼しなければと言う物に戻ってきたが。
それと同時に、博麗霊夢に対する疑問も浮かぶのは必然であった。
「どういう事だ?俺が○○に依頼をしようとしているのは、この際知っていても構わん。何の根拠があって博麗霊夢の依頼と俺の依頼に、被っている部分があると?」
けれども博麗霊夢から出てきた答えは。
「勘よ」
酷いものであった。
「はぁ!?」
思わず、上白沢の旦那は柄にもない大きな声を、それも荒っぽい声を出した。何となくあたりの空気が張り詰めたように、上白沢の旦那には感じられた、ここには奉公人も多いから誰かが聞いたはずだ。
けれども、博麗霊夢は全く動じていなかった。
「私は博麗の巫女よ、博麗霊夢よ。勘が良くないと務まらないの。今回は、異変程大きくはなさそうだけれども、何かめんどくさいなぁ……と思ったから。それを阿求に言ったら、半ば無理矢理に稗田○○に依頼しなさいと言われちゃって。まぁ、博麗の巫女の依頼もこなすって言う、箔が欲しかったのね」
ここまで自信満々に、自分の正しさを信じている存在が目の前にいては、呆れから口がぽかんと開いてしまう。
納得は出来ないが議論は無駄そうだ、と言う考えしか浮かんではこなかった。
「ああ、そうか」
決して友好的ではない口調であったが、さすがは博麗霊夢であるから動じた気配はない、それよりも。
「上白沢慧音は大事にしなさい。あんたの性格は、唯物論的価値観と思想と哲学が、幻想郷とは合わない事はもうわかっているはずだから、大きなお世話かもしれないけれども」
友好的でない事をさっさと理解して、どこかに行って欲しかった。
「今更な話をするな」
上白沢の旦那は、目線をそらしてそう言い放つのみであった。
「まぁ、それでも、私の勘でよければ今回の一件のヒントと言うか突破口みたいなものは伝えられる。本命は純狐で次点はクラウンピース、あるいは両方。ヘカーティア・ラピスラズリは黙認してる状況ね……まぁ、死にそうになったら博麗神社に来なさい。その時はこらしめておくから」
会話にならないなと、博麗霊夢はようやく思ってくれたらしくて帰るような気配を見せてくれたが。付け加えてくれた言葉には失笑しか出てこなかった。
それも、博麗の巫女ご自慢の勘と言う奴か?と言おうとしたが。これ以上会話を繰り広げたくはなかったので、失笑を浮かべるだけで済ませておく事にした。
この話が正しいかどうかは、○○に聞けばいい。客人が、博麗霊夢がもう帰るのであれば、すぐに○○とも話をする事が出来るだろうから。
続く
お手すきでしたらご感想などいただけますと、大変うれしく思います
病みナズ 監禁編
…起きた?おはよう、〇〇。
…あぁ、あまり動かない方がいいよ。
…と言ってもその鎖がある限りは人間である君には無理な話か…
…あぁ、うん、私の家だよ。
お昼、君とさ、お寺で話してる時ちょっとね…気づいちゃったんだ…
…君に他の雌の匂いがついてる事に…さ…
…それでつい…君をここまで連れて来ちゃったんだ…ふふっ…君の温もりを私の家でも感じられるだなんて…ふふふっ…暖かいなぁ…
…いや、今それよりも確認する事があったね…
…何してたの?アイツと。ねぇ、気付かれないとでも思ったの?私は嗅覚と聴覚と視覚は人一倍、いや、妖怪一倍鋭いと自負してるんだよ。そんな私が君の少しの違いに気付かないとでも?
…アイツが君の近くを通るたびに君はアイツを目で追ってたね…
…アイツと話してる時だって…呼吸がいつもより少し早くなってたし…
…はぁ、気のせいだと思ってたんだけどなぁ…
…まさか君が浮気するだなんて…
…ん?そもそも付き合ってない?私と?…ははは、君にしては面白い冗談だ。
…ほんと、最低で最悪な冗談だよ…
…私がこんなに好きなんだから君も私の事が好きに決まってる。そうじゃなきゃおかしい…おかしいよ…?おかしい…おかしいはずだよ…だって…私は…ずっと…
…ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと…ずっと!ずっと好きだったのにッ!いつまでもッ!気付かないフリばっかりしてッ!そんなに楽しいか!?私をおちょくるのがさっ!ねぇ!答えなよ!ほら!早く!!!〇〇!〇〇!!!
…ねぇ、君も私の事が好きなんだよね?
…ねぇ…なんとか言ってよ…
…あ、また逃げようとした?今逃げようとしたよね?
ねぇ、ねぇねぇねぇ!なんで逃げようとするの!?
…はぁ、仕方ないよね。
…君が拒絶するからいけないんだよ?私はこんなに好きなのに…なんで分かってくれないのかなぁ…
…足、切っちゃうね。もう要らないよね。私から逃げようとなんかする悪い足は必要ないよね。
…ねぇ、暴れないでよ。うまく切れないじゃないか。
…ごめんなさい?なんで謝ってるの?
…あれ?君、泣いてるのかい?
…やめてよ、まるで私が泣かせたみたいじゃないか…
…分かった、分かったから泣くのをやめてよ。君には笑顔でいて欲しいんだ。ねぇ、ほら、取り敢えずナイフ置くからさ…
…ふふふっ、君に感謝されるのは嬉しいなぁ…私も幸せだよ…
…じゃあもう私から離れないでね?ずっと私だけの事を好きでいてね?
…分かったら…ほら、もっと私の近くに来て…君の方から…キス…して欲しいな…
…んぅっ…えへへ…〇〇にキスされちゃった…♡
嬉しいなぁ…やっぱり私の事が好きなんだよね…
知ってたさ…大丈夫…〇〇は私の事が好きなんだ…大丈夫…大丈夫…知ってる…
…ふふ、安心したら眠くなっちゃったな…
…今日も一緒に寝ようね…ふふ…おやすみ…私の〇〇…♡
>>792
長編さんの新章来てたの今気づいた…不覚
霊夢の勘を信じるなら純狐モノ……それだけで今回も一筋縄ではいかないと、剣呑な空気がひしひし伝わってきます。
今作も期待しているので頑張ってください。
>>792 の続きです
「ああ、お友達が来たわね。じゃあ私は、もう帰るわね」
上白沢の旦那は博麗霊夢の相手をまともにやりたくなくて、あからさまに目線をそらしていたのだけれども、博麗の巫女の中でも様々な意味で、特に、等ととも言われている博麗霊夢がその程度の拒絶の感情で怖気づくはずはなかった。
なので結局、霊夢が言う所のお友達……つまりは稗田○○が上白沢の旦那の近くに来るまでは、博麗霊夢はその場にとどまり続けた。
決してその、留まり続けた理由は、1人っきりにしては等と言う殊勝だったり優しい理由でないのは、明らかであった。
上白沢の旦那は確かに、博麗霊夢から視線をもらい続けていたからだ。明らかに、彼を見定めるような値踏みするような、はっきり言って不愉快極まる視線を注がれ続けていた。
二つの足音、遠ざかる足音と近づく足音、博麗霊夢が立ち去って稗田○○が近づいてくる足音が聞こえてきても、上白沢の旦那は万が一にでも再び博麗霊夢の表情を見る事が無いようにと、顔をそらし続けていた。
結局その、顔をそらし続けると言う意地を張り続ける状況は、
「何か変な事を言われたのか?」
こうやって、○○が声をかけてくれるまで上白沢の旦那は、続けることとなってしまった。
この時、上白沢の旦那に声をかけてくれた○○の声色に、稗田の冠は無かったと言ってよかった。
そんな、気心知れた存在から声をかけられたことによって、上白沢の旦那はようやくホッとした息を漏らす事が出来た。
「ご自慢の勘を披露されたよ」
若干どころではなく、博麗の巫女をけなすような言葉が上白沢の旦那の口からは湧いて出てきた。
その言葉に対して、○○は少し驚いたような怯えたような気配を見せて、博麗霊夢が歩いて行った方向に目線をやって、ひどく気にしていた。
どうやら妻があの、稗田阿求であろうとも、博麗霊夢の機嫌は気になってしまうようであったが。失礼な事をやられた後だからか、上白沢の旦那の感情は少し以上に荒れていた。
事実、博麗霊夢が聞いていないかどうかを気にする、○○の姿を見ても上白沢の旦那は鼻で笑うぐらいの物であった。
「博麗霊夢は気にしないだろう、あの性格ならば」
いつもなら○○はすぐに返事をくれるのだけれども、今回ばかりはゆっくりとした様子で辺りを伺いながらであった。
「そうだな、博麗霊夢は、気にしないだろうね」
含みのある言葉であった。博麗霊夢は、と言う部分を妙に強調した話し方をしていた。
上白沢の旦那は、いまだに憮然としていたが。
「それより」
○○がこの場を仕切り直しに、違う話をしようと言う風に言葉をつむいだ。
「ずっと早くに来たのには、かなり差し迫った理由があるとは想像できるんだが。依頼の話をする約束をしていたとしてもだ、悪い状況なのだろう?」
君が俺にしてくれると言う、依頼の話をしようと、○○は求めてきた。きっとその方がお互いにとって、危なく無くて済むと、○○は考えたのだろうけれども。
「そう、そうだ!!頼む聞いてくれ、○○!!」
博麗霊夢からの失礼な態度と、勘だと言うのに自信満々にヒントを賜った事で、少し以上に思考が途切れていたが、○○からの促しによって、上白沢の旦那は息を吹き返した。
「まぁ、まぁ……慌てて喋り出しても言いたい事の1割だって伝えれないなんてことはよくある。ああ、丁度良かった!お茶のお代わりと、私の分のお茶菓子も用意してほしい」
運良くなのか、あるいは博麗霊夢と何かもめたのではと心配したのか。どちらにせよ○○は、近くを通りがかった奉公人に自分の分も含めて、お茶とお茶菓子を持ってきてくれるように頼んだ。
奉公人は指示を貰って立ち去る際、チラリとだけれどもしっかりと上白沢の旦那を見た、いつもよりも気にかけるような表情であった。
そしてその気にかけるような表情は、一番の友人である○○が当然のことながら最も色濃く見せていた。
「ああ……そうだな、ありがとう、落ち着かせてくれて」
友人からの気にかけてくれるような表情を見て、上白沢の旦那は苛立ちと焦り、これらの感情から全く解放はされてはいない物の、さりとて制御する事は可能になった。
少し落ち着いて、更に落ち着きを取り戻すために座りなおして残っているお茶を飲み干した。
その後、上白沢の旦那は○○と、○○が奉公人に頼んだお茶とお茶菓子がやってきた後も取り留めのない話をした。
天気の事、あるいは○○の飼っている犬の事。全部○○の方から話を振ってくれて、上白沢の旦那がそれに対して答えたり話を膨らませると言った具合だ。
けれども奇妙な事に、寺子屋に関わる話だけは全くなかったが……なぜそうなのかは、上白沢の旦那だって気づける。○○が推理したのだ、と。
上白沢の旦那が稗田邸に駆け込んだ時間は、寺子屋がちょうど始まった頃だ。
だと言うのに彼は、寺子屋の事も放り投げて稗田邸に、名探偵である○○の所へ駈け込んで来た。
それだけ考えれば、寺子屋の中で何かが合ったのだと、そう考えてしまうには強い合理性があるだろう。だから○○は、上白沢の旦那が完全に落ち着いたなと言う事を確認するまでは、寺子屋の話を振らなかった。
それぐらいは、上白沢の旦那だって推理できる。
そして、上白沢の旦那が目の前にあるお茶菓子を食べ終えた、そこを見計らって○○は姿勢を正した。
「それで」
先ほどの天気だとか飼い犬の事を話す時と、明らかに違った落ち着いた声を出した。
「ああ」
お茶とお菓子のおかげで、上白沢の旦那が見せていた興奮も完全に落ち着いてくれていた。今ならば話せる、どちらともがそう思う事が出来た。
「長くなるかも」
「構わない」
初めにそう断りを入れたら、長くなってもいいようにと○○は自分と相手の、空になった湯飲みにお茶のお代わりを注いでくれた。
「さっきの談笑で、○○、お前は寺子屋の話題をしなかったと言うよりは避けていたから、その時点できっと寺子屋の絡みで何かが合ったと気づいてくれてたんだろう。そう、実際にその通りではある、正確にはとある生徒の、とある兄弟に関わる事だ。実は、今日の朝に登校してきてくれた時に、その兄弟のうちの兄の方が、その……信じられない事なんだが腕を折って登校してきたんだ」
ここで○○が、少し質問を挟んできた。
「その兄弟は衛生的な格好をしているか?」
ただ質問の意図よりも質問してくるときの調子、声色、目の色。○○を構成するすべてが……友人にこんなことを思うのは失礼だとは思ったが、怖いと思った。それが事実であった。
「ああ……」
「大事な事だ!!思い出してくれ!!その兄弟の衛生状況、更には栄養状態は!?」
怖さすら思わせる○○の様子に、上白沢の旦那はまことに珍しい事に○○の前だと言うのに、言葉を詰まらせてしまったが。
「服は!?ほかの子と比べて発育状況は!?ちゃんと風呂に入っているか!?」
もっと珍しい事に、最初は上白沢の旦那を落ち着かせるために少し、お茶を飲んだりして回り道をしていたはずなのに。今度は○○の方が、上白沢の旦那よりも興奮して落ち着きを失っていた。
幸いにも奉公人達は誰も、この客間へとは入ってこなかったが。ここまでの声量でまくし立てるようにすれば、だれの耳にも聞こえていないなんてことはあり得ない。
バタバタとした音が、朝ゆえのあわただしさとは明らかに違う足音が聞こえてきた。あの様子、奉公人達の何人かが集まったのは推理するまでもない。
「○○、心配されてるぞ。外に待機されている」
上白沢の旦那は何とかこの言葉だけを紡いだ、幸いにも○○は目の前にいるのが自分の友人であり、自分が荒れてしまえば友人にも迷惑をかけてしまう事がギリギリの所ではあるが、思い至ってくれたようだ。
「ああ……すまない」
○○はそう言って、客間の入り口前にてふすまを開けずに待機している奉公人達の方に、まずは何ともないからと言う風に伝えに行ってくれた。
「すまない、騒がせてしまって……彼から聞いた依頼の話が、予想以上に深刻だった」
けれども、奉公人たちがすわ大ごとか言わんばかりに、この客間へとなだれ込む事態だけは避けられたが。○○の中では最悪の予想ですらどんどん悪化しているのか、とりつくろう余裕がなくなっていたように見受けられた。
奉公人達は、○○が解散するようにと言ったからすぐに、部屋の前から遠ざかってくれたが。
稗田阿求の教育により、○○の事を稀代の名探偵だと信じている奉公人達は、まさか○○から物凄く悪い状況であると伝えられた衝撃、あるいは恐怖は、○○よりも酷くざわめいてしまった。
「……」
奉公人達が完全に立ち去るまで、歩行音を注意深く聞き取りながら○○はずっと黙っていいたけれども。何も考えていない、そんなはずはなかった。少なくとも上白沢の旦那にだって、○○の今の感情ぐらいは推察する事が出来る。
怒りと嘆きであった、そして怒りと嘆きに振り回されないように冷静さを取り戻そうとする、そんな努力も見えた。
そして○○の耳に、奉公人たちが完全に立ち去ってくれた事を確認したら、○○は口を開いてくれたが。それは独り言で、自分自身に対してのもので、考えをまとめるがため。
「予想通りのクソ親ならば……純狐とクラウンピースにぶん投げてしまっても良いかもなぁ。どちらも子供は好きそうだ、もちろん真っ当な意味で」
あるいは、決断せよと言わんばかりに、自分自身の背中を押すかのような物であった。その独り言の最中に上白沢の旦那の存在は無かった、代わりに明らかな敵意があった……むしろその敵意が向いていないと言う事で、上白沢の旦那の存在が無かったことは良かったのかもしれなかったけれども。
博麗霊夢が口に出した名前が、○○の口からも出てきた。
その一致を、偶然として片づけてしまう事は上白沢の旦那にはできなかった。明らかな引っ掛かりを覚える。
ゆっくりとした動作で、○○は上白沢の旦那の方向を向いた。わざとらしかった、けれどもそうしないとならなかったのは、理解できた。
「阿求に少し、何、一言か二言程度だが、伝えておくことがある。それが終わったらすぐに寺子屋に行く、その兄弟を永遠亭に連れて行こう。あそこが一番邪魔が入らない」
○○は上白沢の旦那がはいともいいえともいう前に、部屋を出て行ってしまった。
○○がいなくなった部屋は重苦しかった。
待たされることは今までにも何回かあったが、こんなにも重い空気が漂う稗田邸は、初めてであった。
――もしかしたら自分はとてつもなくお気楽だったのかもしれない。これは、ちょっとした不良だとかそう言う問題ではないのかもしれない。
○○がここまで荒れる原因にはまだ、思い当たらないが……完全に深刻な物として考えている。
博麗霊夢の勘とやらを、あんなものを肯定する気は無いけれども。依頼がかぶった事よりも○○も純狐とクラウンピースを気にした事の方が、重大な物として。
あの二つの存在が、この幻想郷に置いて強大な物であるのは、最高戦力であるのと同じぐらいに歴史家として稗田の次に名高い上白沢慧音を妻としているのだから、資料の閲覧も許されている。
純狐とクラウンピースの名前は、確かに見たことがある。強いと言う事も、知っている。
この両名が、自分の依頼にどう関わってくるのか全く分からなかった、おおざっぱな予測すら建てられないのは実に苛まれたけれども。
○○の方は苛まれるを通り越して大きな怒りすら抱いている、そんな状態の彼に色々と質問を投げかけるのは二の足どころではなく、ためらいの感情が前に出てきてしまう。
だが上白沢の旦那が、○○が戻ってきたら質問を何とかしてみようと言う、そのための心の準備と言う物が雀の涙ほどしか出来上がらないうちに○○は戻ってきた。
妻である稗田阿求を連れている事も、雀の涙ほどの心の準備が消え去った事もあるが、○○が相変わらず怒りを溜めながら、外出用の上着を羽織ろうとしていたことも、やばいなと思うには十分であった。
普段であるならば、どんな状況であろうとも、○○が外に出るときは稗田阿求が○○の側によってかいがいしく、上着を羽織らせてやっているはずなのに、今回はその手間すら惜しいと言う事らしい。
「上白沢の旦那さん」
阿求が声をかけた、○○はまだ急いで上着のボタンをかけている。
「何かあったらすぐに声をかけてください。人でも物でも金でも、援助します」
究極の後押しを貰った。けれどもまったく、上白沢の旦那は嬉しくなかった。むしろ怖さがより大きくなった。
この事件、明らかに稗田夫妻の虎の尾を踏んでしまっていた。
踏んでしまったことに対して、いくらなんでも上白沢の旦那に対しての怒りや責任云々は、一切考えてはいない位の正気さはあったが……。
何か原因があった場合――いや、ある。あの骨折は自己とは思えない――その原因に対して、いったい、稗田夫妻はどのような処遇を与えてしまうのだろうか。
もっと恐ろしいのは、稗田夫妻が両方とも頭に血を上らせてしまったら、だれも止めれない事だ。
一瞬、頭の端っこに酷いぐらいに自信家の博麗霊夢が見えた。あるいは、頼れるか?勘を自信満々に振り回すのは、上白沢の旦那の思考の基本から逸脱はしているが、権力者であり戦力としても高い事は認めなければならない。
最悪の場合は…………上白沢の旦那は黙って博麗霊夢の事を、名簿の一番上に移動させた。
「行こう」
○○は、上白沢の旦那が実は阿求の言葉もほとんど聞かないで、何かあった場合の歯止め役として、博麗霊夢の事を考えていたなんてことには……気づくどころか、何か別の事を考えているなと言う、そんな事にも気付かずに急ぐばかりであった。
「あ。ああ……」
上白沢の旦那は、稗田夫妻の虎の尾が踏まれてしまった事に、だからこそ必死で動いてくれるだろうと言う、いわゆる良かった探しでそう悪くない状況ではないか?と自分で自分をごまかしていたが。
○○はドスドスと歩いて行って上白沢の旦那が付いてきていない事にすら、気づいておらず。
そして……これが一番怖かった。
稗田阿求も怒りを溜めていて、上白沢の旦那に対して。
「早く来い、この依頼は私の気持ちが収まらない。全力で支援してやるんだから本気で解決に動け」
わなわなと震えながらつぶやいた。
怒りの矛先は、原因だけに向けているはずなのだけれども。原因究明に対する動きに、稗田阿求からの及第点すら得られなければ、原因の一部とみなされかねなかった。
「……分かった」
今更逃げる気などは、最初から無かったけれども。逃げれないと言う事実は、中々に上白沢の旦那の恐怖心をあおっていた。
増してやその恐怖を与えている相手が、人里の最高権力者である稗田阿求なのだから。
基本的に稗田○○は、自分が入り婿で逆玉だからと言う、後ろめたさと立場の低さがあるから、出来る限り穏やかな存在であろうとしているし。
別に演じる必要もなく、○○は生来の人格からして穏やかである。
その甲斐もあるし、そもそも稗田阿求が実に強く惚れているから、奉公人はもちろんだがほとんどの人間も○○の事を好意的に見てくれている。
だが今の○○は、焦りと怒りとで鬼気迫る表情をしながら、上白沢の旦那が走って寺子屋から稗田邸に向かったのと同じように、今度はその逆を行ってその走っている人物は稗田○○であった。
既に上白沢の旦那が、明らかに不味い事が起こったような面持ちで必死になって、稗田邸に走って行ったことは、里の住人の間にはもう知れ渡ってしまった。隠す気も無いどころかそんな発想も出てこなかったとはいえ、こういう時に有名人はつらかった。
「急げ!」
そして今は○○が、上白沢の旦那の時よりも酷くなった状態であった。走りながら大きな声を出して、上白沢の旦那に急ぐようにと、必死になっていた。
もうこれは、隠せないどころではない。里の隅々、下手をしなくとも天狗やそれ以外の勢力にも、何らかの話が耳に飛び込むだろう。
隠す気はあまり無かったとはいえ……不味い線をなんの注意も払わずに踏みしめながら走り抜けている、そんな気がしたが。
稗田阿求の怒りにまみれた表情を思い出すに、自らの安全を考えれば実はその線とやらが一番、安全なのが気がかりであり皮肉な気配ですらある。
そして隠さなかった結果はすぐに表れた。
上白沢の旦那も稗田○○も、まだ気づいていなかったが、緑色の巫女が、東風谷早苗が空を飛んでいた。
早苗は眼下に、鬼気迫る形相で走り続けている稗田○○の事を見て、追いかけていた。
続く
お手すきでしたら、感想がありますと嬉しいです
病みナズ ほのぼのヤンデレ編
ナズーリン「なんでそんなに震えてるんだい?」
ナズーリン「…あぁ、分かった、寒いんだよね、大丈夫、大丈夫だから…」
ナズーリン「…私の小鼠達の中で…ずっと一緒にいようね…」
(沢山の小鼠が一斉に〇〇の身体にまとわりつく)
〇〇「(;゚Д゚)こ、こんなに沢山…ウワアアアアアアアア!」
〇〇「あ〜…暖かい…めっちゃモフモフだし…癒されるぅ〜…」
ナズーリン「くふふ、もう逃げられないだろう。これでずっと私と一緒だよ…」
〇〇「あぁ…動けない…動きたくない…はーもふもふ…」
ナズーリン「…おい、聞いてるのか?〇〇?」
〇〇「ほんとに…あったかぁ…このまま寝てしまいそうだ…」
ナズーリン「ねーえ!〇〇ー!〇〇ーー!!!」
〇〇「(_ _).。o○…zzZ…」
ナズーリン「ううぅ…私も入れろー!」
顔文字様のほのぼのヤンデレが本当に好きでオマーjy…パクらせて頂きました。問題があればすぐ消します。生憎名前は存じ上げませんが素晴らしいSSをありがとうございます!
彼女の独占欲と言うか精神性が間違いなくヤバイんだが
○○の穏やかな精神でなんとか中和できてる危うさが好きだな
>>798 の続きです
上白沢の旦那と稗田○○が寺子屋にたどり着いたときになって、上白沢の旦那は自分が想像以上に迂闊な事をしていたことに、ようやく気付かされてしまった。
ざわめいている人たちが何人か、寺子屋の正門前にて既に待機の列が作られてしまっていた。
○○の頭に完全に血が上ってしまっているから、遅かれ早かれ、と言う部分は間違いなくあるけれども、少なくとも寺子屋からいきり立って飛び出したのは間違いだった。
あれで騒動の発端が、寺子屋にあると言う答えをばらまいてしまった。○○と上白沢の旦那が走り回っているだけならば、これはいつもの事だしどこからどこに向かっているのかは、それだけでは分からない。
けれども今回は、上白沢の旦那は寺子屋から飛び出してしまった。近隣の住民に不安感を与えてしまい、気になってしまい、寺子屋に集めてしまう理由としては十分だ。その上帰ってきたときには、稗田○○を連れ帰ってしまった。
「まずいな……この話、大きくしてしまった」
上白沢の旦那は自分の不用意な行動を、現状の騒ぎを見て後悔するが。
「大きくした方が良い、退路を塞いでやる」
○○の方はこれで良いと、上白沢の旦那を慰めるように言ってくれた。
少しばかり心が楽にはなったが、それとはまた別に○○に対する不安が育ってくる。今までに見たことがない程に、○○は腹を立てながら動いているからだ。
少しでも更に腹を立てるような事態に、怒りを招く様な堪忍袋の緒が切れるようなことを、誰かがやってしまえば、稗田阿求を唯一抑える事が出来る存在である○○が我を忘れてしまわないか、それが上白沢の旦那にとっては酷く心配であった。
稗田○○が我を忘れると言う事は、人里への甚大な被害と紐づけられてしまう。とてつもなく簡単な予測だ、なお悪い事に上白沢の旦那はそんな薄氷に、今回に限らず乗る事を強いられているのだけれども。今回は特にひどい薄氷であった。
上白沢の旦那は○○に対して、ざわめいている人達を避けてせめて裏口を使おうと提案しようとしたが。○○の足は、焦りがあるからこちらの予想以上に早かった。
「説明は後にしてくれ」
○○は幸いにも、何かを話しかけられる前に、集まってきた人たちに対して言葉をかけたが。後とはいえ、関わる必要が出来たのは若干、心が重かった。どうやって関われば良いのかがよく分からなかったからだ。
いっそ○○に丸投げしてしまっても、とも考えたが。稗田家の怒りを自分の怒りとまで考えるような住民は、奉公人に限らず案外多いから、やっぱり自分が前に出る必要は必ず存在してしまっている。
これは不味いなと思いながら○○の後ろをついていると、○○が少し気を利かせてくれた。
「派手好みじゃないのは分かっている、けれどもこの話は派手にばらまいた方がこっちにとって有利なものになりやすいと、そう確信している」
けれども○○が見せた気づかいは、上白沢の旦那が思っていたものとはピントが残念ながらずれていた。
あまり派手な物が好みでは無いと言うのは、実はも何も○○だって同じであるのだ。
稗田阿求が用意した舞台の上を踊るのも、実は案外と阿求からの演出にすべてを任せているから派手に見えるだけで、○○本人は勝手に考えて勝手に動いているだけだ、その勝手さのせいで目立つのは稗田阿求の演出とは、また別の話だ。
けれども今の○○は、自らの考えで派手に動いて、宣伝を続ける腹積もりだ。
その、いつもとは違う行動を選んでいるというだけでも、不安材料としては十分だが。思慮の末に、普段とは違うやり方をせざるを得ないとなっているのであれば、不安材料はそこまで大きくないが。
今の○○は明らかに、頭が血が上った末で派手に動く事をなし崩し的に選んでしまっているし、なし崩しに対して気づくそぶりもない。
それがたまらなく不安なのだ。
そして不安を増強する材料としてまた一つ、○○は派手な動きと音で、授業中の教室へと乱入した。
上白沢の旦那の、その妻である慧音も戸口を派手に乱暴に開けるその音に、中々に気が強い部分があるから明らかに苛立った顔を見せながら、戸口へと顔を向けたが。
明らかに冷静さを欠いているとしか言えない○○の顔が、教室の出入口に立っているのを見れば。苛立つ顔も鳩が豆鉄砲を食らったような顔に移り変わり。
「骨を折ったと言う子はどこにいるんだ!?」
○○は上白沢慧音の唖然とした顔にも一切気付かずに、教室の内部へと乗り込んだのを見るに至っては。
言葉からは、異常事態に対して骨を明らかに事故以外で折ったような気配を持つ、生徒に対して寄り添っているけれども。
異常事態への寄り添い方と対応に、また別の異常事態、稗田○○の精神状況が明らかに悪い事に、まだ冷静な上白沢慧音は気づかざるを得なかった。
上白沢慧音は持っていた教科書を教卓に置いて、せめてこれ以上は荒れないようにと前に出てきたが。
「この話は出来るだけ大きくした方が良い」
相変わらず○○のピントはずれていた、お前の考え方じゃなくてお前そのもの、そちらの方が明らかに危険だと思われているのが、それに気づけていなかった。
普段の○○ならば、もう少し冷静と言うか、裏側に隠れながらある程度以上の準備をしてから表に出る、その程度の思慮は存在していた。名探偵として踊る事に楽しさを見出してしまっている、そんな状態であってもだ。
「助けに来たぞ!誰が骨を折ったんだ!!」
完全に切れている状態を見て、前に出て止めたほうが良いだろうか逡巡していた上白沢慧音も、頭に血が上っているうえに義憤と言う奴、それに突き動かされているような姿の○○を見るに至っては、前に出ようとした足を引っ込めたのが、上白沢の旦那の目には確かに確認できた。
「この依頼、堪忍袋の緒を切ってしまう物だったよ……○○だけじゃない、夫妻そろって緒が切れてしまった」
止めようとした足を引っ込めた慧音を見て、上白沢の旦那は謝罪交じりに慧音に対して、小さく言葉を紡いだ。
「いや……遅かれ早かれこうなるのであれば、早い方がいいかもしれない。少なくとも遅くする利点が見当たらない……稗田夫妻にとって子供はあこがれの対象だからな」
上白沢の旦那は、妻である慧音の言葉が向いている方向、あるいはピントと言うのにいまいち心当たりと言う物を付けれないでいたが。
――いずれその、いわゆるお気楽さをこの旦那が、自分で自分を呪う事になるのだが。
少なくとも今の時点においては、方向やピントを完全に理解できていなくとも、稗田夫妻がともに子供が好きだから、と言う様な軽い認識しかまだ上白沢の旦那は持っていなかった。
○○は助けに来たと言ったとはいえ、やはり、大きな声でしかもほとんど乱入しながらやってきたと言う事だったので、生徒たちは完全にあっけに取られていた。
幸いな事は、子供たちが決して怯えてなどはいなかったことか。○○は阿求の演出のおかげで、大層な有名人となっていたので、子供たちも彼の事は知っている。
むしろ、今日○○を見たと言う事を自慢すら出来るぐらいいは、もう既に○○は真っ当な意味で有名人となっていた。
けれども、その、子供たちが怯えていないと言うのが全員と言うわけではなかったのが、上白沢の旦那が覚えた違和感の中では、もっとも初期の物であった。
何せ怯えている子供は、あの、不明な理由で骨を折った子であったし。その不明な理由で骨を折った子を、その子が怯えているのを見たときの○○が、身を震わせて様々な感情に耐えているのが見えたからだ。
「ああ、君か……骨を折ったと言うのは」
しばらく○○は自分の感情と戦った後、そうとうに無理をしながらと言うのが誰の目にも分かるぐらいに、優しい声を何とか作り出そうとしていた。
「――だ」
しかしその、骨を折った子は。相変わらずで怯えたような様子を見せながら、ついでに横合いにいた弟もやっぱり、怯えていた。
「大丈夫です」
その怯えた様子のまま、その腕の骨が折れた子は近づいてくる○○の事を、遠慮と言うよりは拒絶した。
上白沢の旦那が覚えた最初期の違和感の中でも、これは、状況の悪さを理解、あるいは感知する最初の物であった。
骨が折れているはずなのに、何がどう大丈夫だと言うのだ。しかしまだ、そこで思考は止まっていた。
この時点で○○、と言うよりは稗田夫妻は、最悪の可能性を既に考慮して動いていたのだが。
後から知る事になるが、既に稗田夫妻は慧音以上に深刻でどす黒い未来が訪れる可能性を、懸念ではなくて最もあり得る可能性としてとらえていた。
稗田夫妻にとっては、慧音が言う通り子供と言う存在は憧れであったのだ。だからこんなにも、触発性の高い動きを取る事になったのだ。
最も上白沢の旦那を責める事も出来ない。
なまじ頭の良さが道徳心につながり、最悪の可能性と言う奴をいくらなんでもそこまでは、と言う考え方に無意識に矯正されてしまった結果とも言えた。
「大丈夫とは思えん、永遠亭に行くぞ。治療が必要だ……何ならしばらく永遠亭にいたほうが良いかもな」
○○の中では筋道がもう立ってしまっているのか、更には今この瞬間にも立てて行っているのか、目の前にいる骨を折った子と相対しながらも、会話しながらも、常にではないがどこか別の場所を見ている事があった。
しかしながら、○○の視線が定まっていないのははっきり言って気持ち悪いぐらいであったけれども。
骨折が未治療と言うのは確かに問題しかない、○○のやり方はいまだに上白沢の旦那にとっては、筋道が見えていないけれども何もかもが理解できないと言うわけではない。
「良い……です……が、我慢、できます」
だが視線が定まっていないとはいえ、かなり優しく永遠亭への移動を提案した○○に対して、年齢に見合わないような遠慮を、この子は見せていた。
「ああ……」
○○には何かが見えていると言うか、感じ取れてしまったようで。露骨に落胆したような、そして焦りの感情も見えた。
「そうだな……無理強いは不味いか。君の、いや」
○○はここで、骨を折った子の弟、横合いにいる子にも意識を向けた。
「君たちのトラウマを刺激したくない……最も大人がこんなに圧力をかけている時点で、と言う話かもしれないが」
○○がよく分からない横文字を口走ったが、それがはっきり言って悪い意味である事ぐらいは、さすがに上白沢夫妻にも理解できた。
それは明らかに怯えているこの兄弟を見れば、明らかであった。○○が名探偵として活動しているのは、子供ですら知っているし、その解決と調査の為に色々な所に神出鬼没的に訪れるのも、稗田阿求が宣伝している。
だから今回のこれも、はっきり言って突拍子も無さ過ぎて呆れの感情も、無くはないが。こういう事もあるんだなと、理解をすることは可能である、事実他の子供たちはキョトンとしてたり、何かあるなとワクワクするような心持のどちらかぐらいしか、上白沢の旦那の中での予想はなかった。
だから、この怯える兄弟、しかも兄の方は骨が折れていると言う事態は上白沢の旦那にとっては意識の外からの出来事であった。
○○は怯える兄弟を、苦渋の表情で見ながらいくらかの時間が経ち、ようやく考えがまとまったのか上白沢の旦那の方に目を向けた。
「永遠亭から誰か呼んでくる。あそこなら移動式のレントゲンもありそうだ」
「そこまでやるのか?」
上白沢の旦那は何の悪意や他意もなく、疑問に感じたことをそのまま口に出したに過ぎなかったし、今まではそれでいても何も問題はなかった。
けれども上白沢の旦那が疑問を口にしたとき、○○は明らかに苛立った表情を見せた。考えの至らない、あるいは遅い者を前にしたときに、品のない話だが上白沢の旦那も何度かやったことがあるはずの、そんな表情であった。。
「そこまでやるしかないんだ、時間がない」
そう言って○○は寺子屋の外に出ていき、案の定で付いてきていた稗田家からの護衛に○○は色々と指示をしていた。
そしてそのまま、○○は護衛を全員連れて永遠亭の方向に歩いて行った。
また鈴仙さんやてゐさんが苛むだろうな、とは考えたが。あの様子では、そんな発想はまるでないだろう、相手が何を考えているかに思いを馳せる、その余裕すら無いと見るしかなかった。
そして相手が何を考えているかと言う、そこを考える余裕がない事は○○の考えている事を稗田家の力を全面的に使う事にも、ためらいを見せなかったのか。
○○が永遠亭から人員を、しかも八意永琳を連れて戻ってきたのは、予想以上に早かった。
○○は戻ってきたとき、また肩で息をしていたのでやっぱり走ったのだろう。その上、稗田家の力自慢たちが護衛として付いていてくれたお陰か、上白沢の旦那が見たこともない様な機械を移送していた。
「隣の部屋は、すぐに使う予定はないか?」
○○は一応、上白沢の旦那に対してそう聞くけれども、答えは聞いていないと言う動き方であった。
隣の部屋に特に、何より機械を安置させられる広さを見て取るや、○○は上白沢の旦那に聞きながらも手の方では、機械を持ち運んでいる者たちに対してここに持って行けと指示をしていた。
骨を折った子とその弟は、オロオロしていたが○○から優しく促されて八意永琳が機械を動かして待っている、部屋の方へと移動していった。
結局、上白沢の旦那はこの兄の方をこの後で見る事はなかった。
昼前になって、○○はまた上白沢の旦那の所に、まだ授業中なのだが呼びつけてきた。
「話がある、それから依頼の手伝いもしてくれ」
せめてこの授業が終わるまでは待ってくれればな、と思ったが。
「行った方が良い」
妻である慧音からそう促されたこともあり、しぶしぶではあるが上白沢の旦那は○○の方向へ向かった。
「ますは博麗霊夢からの依頼を説明しておく」
○○はイスに座って話を始めたが、まるで落ち着いたり楽にしている様子はなかった、むしろ苛立ちや焦りは朝の時より酷くなっていた。
「待て○○、あの兄弟は?」
上白沢の旦那は見当たらないあの兄弟の事を聞いたが、○○は。
「永遠亭に保護させた」
○○は相談もなしに、勝手な事を始めていた。
「おい!?」
思わず上白沢の旦那は大きな声で、問いかけると言うより詰問したが。
「全部つながっているんだ!」
○○の見せた怒りの方が、より鮮烈で確固たるものであり、上白沢の旦那は押し込まれてしまった。
そして○○は、上白沢の旦那がストンと座ったのをしっかりと確認してから、話を始めた。
「博麗霊夢からの依頼はこうだ……最近、純狐とクラウンピースがあるお菓子屋。子供たちが放課後にお小遣いを握りしめて遊びもかねてやってくるような、そういう場所で度々見かけられるようになった。それだけならば、まぁ、人里にも人間以外は買い物に来たり遊びに来たりしている、それだけならばいいお客だ、洩矢諏訪子のような太い客になる可能性もあるからことさら話題にする必要も恐れる必要もない。けれども純狐とクラウンピースは、特に純狐の方がどこかからの時点で明らかに怒りながら、子供たちから何かを聞き取り始めていて……段々とある子供に執着を見せるようになったんだ。博麗霊夢の依頼は、純狐の目的となぜとある子供に執着するのか、場合によってはその子供を保護するべきかもしれないと言う物だ……まぁその子供は保護するべきだろうな、ただし純狐からじゃない、実の親からだ」
話の結論を告げた時、○○は吐き捨てるような態度でとある子供の実の親に対して、ことさら酷い感情をぶつけていた。
けれども上白沢の旦那の理解が遅くなっては不味いとも、同時に思っているのか○○自身の横に置いていたカバンから、冊子を取り出した。
手書きの文字が多い、しかも達筆な字であった。
「阿求の直筆だ、純狐に対する調査書とでも言おうか」
とんでもない物まで、○○は持ち出していた。稗田阿求は達筆である事でも、評価は高い。直筆の書状は神棚にでも飾りかねない程の人間は、人里に多い。
それをざっくばらんに使える○○の、立場に驚くべきか周りが見えていない事に懸念を感じるべきか、上白沢の旦那は少し迷いながら読み進め始めた。
「純狐に関しては、決定稿ではないがその調査書を読めばおおよその性格や……いわゆる触れてはならない部分を理解できる」
なるほど確かに、○○の言う通りであった。その中でも特にと言う部分は、赤いインクで稗田阿求が丸で囲んでくれていたが、その内容に思わず息をのんだ。
「彼女……子供を亡くしているどころか」
「ああ、病などでは無くて、よりにもよって夫の手により亡き者にされた」
上白沢の旦那は寺子屋で教鞭をとっているだけあり、子供の不幸に息をのんでしまい。
○○の方は、怒りをにじませていた。
「おそらく、純狐が執着している子供とはあの兄弟。兄の方はなぜかいきなり、骨折してしまったあの兄弟に対しての物だと俺は確信している。その生涯を考えれば、不幸な子供に対する執着と不幸にしてしまった存在への敵意は、あって当然だ」
上白沢の旦那が文書を読み終えたのを、しっかりと確認してからまた○○は言葉を続けた。
もっとよく説明してくれと言おうとしたら、○○はもう準備を整えていたようで、八意永琳が部屋に入ってきた。
そのままつかつかとやってきて、何枚かの写真を、はっきり言ってグロテスクな写真を見せてきた。
「八意先生、医療的な話はお願いいたします」
「ええ」
八意永琳の声からも、重々しいものがあった。その立場や強さを考えれば、○○に影響を受けるような弱い存在とは思えない。
と言う事は、このグロテスクな写真に何か意味が?と思う物の、分からないので両名の顔を見て、説明を求めた。
「これはレントゲン写真よ、幻想郷じゃそんなに見かけないから顔をしかめるのも無理はないだろうけれども、これは体内にある骨や内臓の状態を見るのに役立つのよ。今回は骨を見たの、あの骨を折られた子の骨をね、典型的な螺旋(らせん)骨折で笑えて来たぐらい」
「え?」
八意永琳の言葉遣いに違和感を覚えて、思わず聞き返したが。
「少し質問がしたいの、あの子は球技をやっている?」
八意永琳はその聞き返した言葉を無視して、彼女の方が話を続けた。
「いや……やっていない。どちらかと言えば本を読んだりで大人しい子だ、いつも隅の方で読書をしているな」
上白沢の旦那は記憶を手繰り寄せて、説明したが。
「そうしないとうるさいと言われて、殴り飛ばされるんだろうな」
○○は相変わらず、吐き捨てるような感情を見せていた。
「いや待て、○○!お前何か勘違いしてないか!?」
上白沢の旦那は、自分が疑われているのかと思い込み、そう弁明するが。
「分かってる」
けれども上白沢の旦那の理解が遅くなっては不味いとも、同時に思っているのか○○自身の横に置いていたカバンから、冊子を取り出した。
手書きの文字が多い、しかも達筆な字であった。
「阿求の直筆だ、純狐に対する調査書とでも言おうか」
とんでもない物まで、○○は持ち出していた。稗田阿求は達筆である事でも、評価は高い。直筆の書状は神棚にでも飾りかねない程の人間は、人里に多い。
それをざっくばらんに使える○○の、立場に驚くべきか周りが見えていない事に懸念を感じるべきか、上白沢の旦那は少し迷いながら読み進め始めた。
「純狐に関しては、決定稿ではないがその調査書を読めばおおよその性格や……いわゆる触れてはならない部分を理解できる」
なるほど確かに、○○の言う通りであった。その中でも特にと言う部分は、赤いインクで稗田阿求が丸で囲んでくれていたが、その内容に思わず息をのんだ。
「彼女……子供を亡くしているどころか」
「ああ、病などでは無くて、よりにもよって夫の手により亡き者にされた」
上白沢の旦那は寺子屋で教鞭をとっているだけあり、子供の不幸に息をのんでしまい。
○○の方は、怒りをにじませていた。
「おそらく、純狐が執着している子供とはあの兄弟。兄の方はなぜかいきなり、骨折してしまったあの兄弟に対しての物だと俺は確信している。その生涯を考えれば、不幸な子供に対する執着と不幸にしてしまった存在への敵意は、あって当然だ」
上白沢の旦那が文書を読み終えたのを、しっかりと確認してからまた○○は言葉を続けた。
もっとよく説明してくれと言おうとしたら、○○はもう準備を整えていたようで、八意永琳が部屋に入ってきた。
そのままつかつかとやってきて、何枚かの写真を、はっきり言ってグロテスクな写真を見せてきた。
「八意先生、医療的な話はお願いいたします」
「ええ」
八意永琳の声からも、重々しいものがあった。その立場や強さを考えれば、○○に影響を受けるような弱い存在とは思えない。
と言う事は、このグロテスクな写真に何か意味が?と思う物の、分からないので両名の顔を見て、説明を求めた。
「これはレントゲン写真よ、幻想郷じゃそんなに見かけないから顔をしかめるのも無理はないだろうけれども、これは体内にある骨や内臓の状態を見るのに役立つのよ。今回は骨を見たの、あの骨を折られた子の骨をね、典型的な螺旋(らせん)骨折で笑えて来たぐらい」
「え?」
八意永琳の言葉遣いに違和感を覚えて、思わず聞き返したが。
「少し質問がしたいの、あの子は球技をやっている?」
八意永琳はその聞き返した言葉を無視して、彼女の方が話を続けた。
「いや……やっていない。どちらかと言えば本を読んだりで大人しい子だ、いつも隅の方で読書をしているな」
上白沢の旦那は記憶を手繰り寄せて、説明したが。
「そうしないとうるさいと言われて、殴り飛ばされるんだろうな」
○○は相変わらず、吐き捨てるような感情を見せていた。
「いや待て、○○!お前何か勘違いしてないか!?」
上白沢の旦那は、自分が疑われているのかと思い込み、そう弁明するが。
「分かってる」
続く
お手すきでしたら感想の方、お願いいたします
幸い○○の敵意は上白沢の旦那に対してはなかったが、けれども、分かっていないことに対するいら立ちは見えた。
「稗田○○」
八意永琳は、その状況をまずいと思ったようだが。○○の立場、妻があの稗田阿求、そして八意永琳は美女と言う事で、阿求の嫉妬をかき乱す可能性を考えて思ったように止めてやる事は出来なかった。
しかし○○は、決して頭が悪いわけではないので、名前をそれも稗田姓もつけて呼ばれれば、言わんとする事は理解してくれて黙る事に専念してくれた。
「ここからは、私が説明するわ」
八意永琳がそう○○に言ったら、○○は首を縦に振ってくれた。少なくとも、まだ、冷静なようだ。
そして八意永琳が上白沢の旦那に対して、説明を始めてくれた。
「旦那さん、私がさっき球技をあの子がやっていないかを聞いたのはね。螺旋(らせん)骨折の原因としてまともな理由で一番多いのは、”自分の意思で”手首や腕をひねる動作を繰り返す、球技によるものが典型的なの。けれどもね……球技をやっていないのに螺旋骨折を起こす理由としてもう一つあるの、こっちは最悪の理由よ」
何かを想像した八意永琳が、言葉を詰まらせたが。頭を振って、気力を復活させた。
「自分の意志によらない、ひねるような動作を食らわされてしまう。暴行や虐待によるものによる骨折が、球技以外での典型的な螺旋骨折の理由なの。はっきり言うわ、あの子は虐待を受けている」
八意永琳が説明を言い終えた後、上白沢の旦那は絶句してしまい言葉が何も出てこなかったが。
「俺は最初から、その可能性を最も心配していた。理由不明で骨を折る、しかも子供がそんな状態に陥るだなんて。運動中を除けば、それが一番、最悪な話だが典型的な理由なんだ。虐待が!」
○○は上白沢の旦那が絶句している分の感情を、爆発させていた。
続く
最後の部分をミスってしまった……二重投稿してしまった
「悲しい熱帯」
東の空が紫色に染まり始めたのを皮切りに、森には宵闇がみるみると立ちこめた。木の間木の間が暗くなるや否や、あっという間に自分の影さえ闇に融けてしまった○○は、諦観と緊張とが頭の裏を突き上げるのを感じた。
○○は旅行先で少々山道を昇り、折り返しに入った時、道を見失った。振り向けば木の間木の間にしっかりと確認できたはずコンクリート道路が、折り返しに入って振り向いたその瞬間、消えたのである。登ってきたのは山道にありがちな丸太組みの階段であるが、これさえも消えた。ただ、急勾配の坂が一本、あたかも廃城の堀切のように下へ続いている。その先は暗く、どこへ続いているのか見えない。縮みあがった○○は携帯を手に取るが、電波が入っていない。やむなく○○は震えながらこの切通を下り、時折携帯を確認しながら10分ほど歩いていた。残る電池残量が3%であることは、○○の精神状態を更に追い詰めていた。
或る時、勾配が穏やかになり、向こうに何体かの地蔵が立っているのを彼は見た。地蔵の辺りに差し掛かると、道の先に水の流れる音が聞こえた。小川の音である。○○は救いを得た気でそちらへ走るが、すぐに立ち止まった。地蔵の後ろに何かがいた。確かにいた。森の闇に紛れ、何か牛馬のように巨大な影が動いたのである。
熊だと思った○○は、そこで一旦歩くのを辞め、地蔵の後ろを凝視しながら死について考えた。しかし緊張故に目が泳いでしまい、地蔵の顔やら杉の陰影やらをちらと見ていることしかできなかった。時局がわずかでも動くのは、○○が地蔵の下に彫り込まれた松紋を目に留めたときである。それは、この状況を○○が理解するに決定的な手掛かりであった。
○○の知る限り、この松紋は、飛騨のとある一氏族以外に使用されていない。その家は滅んでおり、今では城館の位置さえ不明である。何より、○○が旅行しに来たのは飛騨ではない。そもそも○○がいたのは近畿でさえない。つまり常識で考えて、ここでこの松紋を見かけること自体、あり得ないのである。であるからこそ、○○は決定的に状況を理解できた。もはや神隠しであると以外考えられないと。
○○は解放感で身軽になっていた。自分でどうこう出来る話ではない。もはや何か頑張る必要もない。ただツアー観光のようにこれから起こることに受け身であればいい。それに、無力で虚無で、堪らない悲しい自由があった。今の○○にはそれがよく合っていた。綿毛のブランコに乗って夕日の向こうに浮き上がり、人生を終えられると思うと神隠しの主犯に感謝したくなった。
そんな○○の少し悲しい目は、向こうに人影をとらえる。それはリュックを背負った奇抜な子供で、こちらへ走ってきている。その時○○の頬の火照りは止み、現実へ帰った。すこし間をおいて、神隠しの恐怖が○○に迫ってきていた。こんな時間の、こんな山深くで、暗がりから、子供が出てくるはずがない。
常識と現状との矛盾に、あるいは夢幻の揺らぎに狼狽えている○○の方に対し、彼女はいかなる迷いもなさそうに、「にんげーん!」と叫びながら、さも身軽そうに走ってきている。彼女の背に見え隠れするリュックは、主の激しい跳躍に応え切れず怠惰に浮かび上がっている。彼女の体格では背負っていられないはずの重量が、なすがまま引っ張りまわされているのがよく見て取れた。彼女は○○の近くで速度を落とし、やや仰向けに恍惚めいた溜息をついた。
「はぁ……にんげん。ねえ、にんげんだよね?にんげんだよね?」
言葉に詰まった。自分で自分を物怖じしない人間だと念じて生きてきた○○であるが、今や明確に怖気づいていた。大人になってからの神秘的体験はそのほとんどが恐怖である。
「えっ、……と……」
「ねえ。にんげん、だよね?」
「……はい、……まあ、はい」
「こんな山の深いとこなんで人間が歩いてんだい?」
「……え、あ、いやあまあ、ちょっとまあ、野暮用……というか」
○○は相手の話を聞きながら、相手の出方を伺おうとしていた。この場所もこの子供も、状況からして普通ではないとよくわかっていた以上、するべきなのは状況の把握である。それと同時に、この相手が普通ではないという確信は○○に緊張と警戒を齎していた。この相手が全うな人間だという確信が一つでもあれば、すぐ半べそで縋りたいほど心細い緊張であった。
「あのね、あんたのその、胸ポケットのもんさ。それが気になって気になって。さっきそれ光ったよね?」
「はあ」
「実はあんたさ、土蜘蛛につけられてたんだ。さっきまであんたの周りに十匹はいたよ。でも私、あんたが気になってさ、それ全部追っ払ったんだよ」
「ああ、……ええ、助けてくださって、ほんとありがとうございます」
頭の中には妙な納得感が渦巻いてきていた。”そうか。土蜘蛛か。そうか。そうか。そうか……”から、”そうか”という言葉が消えそうで消えず、永遠の山彦のように鳴り渡っている。それは殆ど思考停止を告げる鐘であった。
「だからさ、ほら、見返りにさ、うちにおいでよ。見たいし、触りたいんだよ、その胸のもんをさ。……いいだろ?助けてあげたろ?それの話きかせてよ」
「いやいやいや。まあ待ってくださいよ。……えっと、この辺の方ですか?」
「え?そりゃそうだよ見りゃ分かるだろ」
「いやまあ、すいません、地元じゃないんで、わからないす」
「わたしが谷河童のにとりだよ」
「たにかっぱ……?」
「そう谷河童」
「……えっと、たにかっぱさん?それとも何、ホントに河童って言ってんすか?」
「いや、いや……河城にとりだよ……あんたどこの人だよ調子狂うなぁ」
お互いに要領を得ないこのコミュニケーションが終わるのは、遠くで鈴の音が聞こえた時であった。鈴生りめいたじゃらじゃらという音が、上り坂の遥か彼方から少しずつ近づいてきていた。
「あーあー!んもう!めんどうなことになっちゃったよ……」
「は、はぁ……」
状況を読めない○○の生返事を聞くと、ほどなく”谷河童のにとり”の面持ちに明らかな憤怒が浮かんだ。
「あのねえ!最期くらいねえ!一緒に楽しめばいいじゃないか!黙ってついてきてくれれば良かったじゃないか!いけず!」
「あ、いや、えっと、それで、あれ何ですか?行者とかですか?」
「はああ?! あんたホントどこの人っ……あっ!あんた、もしかして、……」
「はい?」
「もしかしてだけどさ、……幻想郷の人じゃあない?」
「え?」
「……まあいいや、ここで待っててよ。また恩売ってあげる。そしたらついてきよね?人間はホントに久しぶりなんだよ、頼むよ。面白そうなもん持ってるしさ。色々聞かせてよ」
鈴の音の主が見えた。口ぶりの不審な”にとり”に対して、向こうから走ってくる者はそれ以上に不審であった。全身白づくめの女で、先ほどのにとり以上に俊足である。彼女は何か棒きれを持っているようで、それは棒きれらしからぬ赤銅色の光沢を放っている。やがてその棒切れが抜き身の柳葉刀であると分かった時、護身にかこつけて意地を張るのは自分にはもう無理だと○○は悟った。
襲いに来る白い女の方へにとりが走っていく間、非常識に頭を揺さぶられ脳震盪を起こしつつあった○○は何の口も挟まなかった。そんな受け身でいるしかない○○に対し、めくるめく非常識はまた襲い掛かるのである。
にとりと白い女との間で走りが緩み、両者が何かを話し始めるのを遠目に見ていた○○は、急に羽音を聞いた。それも、今まで聞いたどんな羽音よりも太い、低い、大きな羽音であった。音の方へ振り向いた○○が見たものは、黒い翼を生やした女である。行者姿と言うには何かがおかしく、人間だと思うにも翼をはじめあらゆる違和感が見て取れた。夕日に輝く彼女の目は○○を一直線に見据えて下から上へ、舐め上げるように物色している。
「なんの騒ぎですかぁ? あやや? あやややや?」
「いや、どうも……」
「ええ少し小耳にはさみましてね。外来人なんですか? 外の世界からいらっしゃったんですか?」
「そう、みたいすね。少なくともこの世界で暮らしたことはないですね」
「申し遅れました私、清く正しい射命丸文です!あなたのお名前は?」
「あ、○○です……」
※ここで一区切り。年末までにあげようと思ってた処女作を二ヶ月もずれ込ませたバカです。
テンプレ使わないとどれ程大変か身をもって味わいました。次また書くときは流石にテンプレ使う気です。
かなり長編になりそうです。取り急ぎ……
病むのはにとりか射命丸か
既に、にとりが少し執着を見せてるような気もして危なっかしくて好き
吉弔八千慧や驪駒早鬼の近くには高いウィスキーとかあるんだろうなとふと思った
ただ、雑に飲むチューハイなんかの方が気楽だったりもするんだよな
たとえ組長を唯一なだめられるお人と目されていようとも
パチェ「最近のさぁ、チマタの」
アリス「うん」
パチェ「『〇〇共有』って知ってる?」
アリス「二人ぐらいで〇〇をシェアする交際??」
パチェ「何人かでグループ作って調べた〇〇の情報とか物を共有するんだって」
アリス「え、なにそれ…〇〇自身を共有するんじゃないの?」
パチェ「私もよくわかんないけど、別グループにスパイ送り込んで情報盗って行くグループとかいるらしいよ」
アリス「え、コワ」
パチェ「こわいよね」
アリス「今のコってそんなことするんだ」
パチェ「私たちの頃の〇〇争奪戦とは時代が変わったわねぇ」
アリス「アタック合戦だったよね」
パチェ「確かに私たちの時代にも〇〇を共有するみたいなのあったけどさ」
アリス「二人組になれば交代で〇〇拘束できるし、他のコが襲ってきても二人だから楽に勝てるようにはなるんだけど」
パチェ「結局取り合いになって潰し合うから悪手なのよね」
アリス「私たちみたいに人形とかホムンクルスでコピーすればよかったのにね」
パチェ「ね、その反動でオリジナル〇〇消えちゃったけどしかたないよね。盗られる前で良かったよね」
アリス「ね」
パチェ「ね」
アリス「私たちより上の世代ってさぁ」
パチェ「その頃はヤバかったらしいわね、なまじ力のある人ばっかりだから」
アリス「流血とか生温い時代だったんだって?」
パチェ「でもそのせいで〇〇からドン引きされて嫌われたからあんまり暴力ヒロインとか流行らなくなったのよ」
アリス「あー、だからなの?スペカルール」
パチェ「らしいわね」
パチェ「でもほら、その時の〇〇手に入れた先代のさ」
アリス「巫女?」
パチェ「その計算の上で神社に〇〇匿ってたって噂」
アリス「…わざと皆をぶつけ合わせたってこと?」
パチェ「噂だけどね」
アリス「噂と言えば、その巫女なんだけどさ。結局ほら、早めに墓に入っちゃったじゃない?」
パチェ「うん」
アリス「噂なんだけど」
パチェ「うん?」
アリス「……霊夢がさ」
パチェ「えっ?」
パチェ「まさか父親手に入れる為に母親手にかけたってこと?」
アリス「いやでも噂よ?噂。先代の巫女の没年的にどう考えても霊夢がそんなことできる年齢じゃないし……」
パチェ「じゃあどうやって」
アリス「さぁ……」
父親を、唆したとか?
グループで共有みたいなのを書きたかったんだけど全然話作れなかった…
さらっとオリジナル○○もどうにかなっちゃってるのが恐ろしい
>>807 の続きです
「行こう」
○○は、上白沢の旦那の方にこそ向いていないが、確かに苛立ちを内包しながら立ち上がった。
まだ授業中なのだがな、と言う感想は存在しているが。感情が荒くなっている様子を隠そうともせず、態度や所作にもその荒々しさがにじみ出ている○○を見るに至っては。
これは、放っておくことはできないなついて行かねば、と言う結論に達するのにさほどの時間も迷いも必要ではなかった。
こういう時に決まって上白沢の旦那は、自分が結局は○○の事を大事な友人として思っているし、その生業、名探偵としての活動に巻き込まれてしまう事にも悪い感情を抱いていないのが、よく理解できた。
ちょっとした懸念としては、八意永琳が放っておかれた形ではあるが。向こうからすればそっちの方が良さそうなのは、態度を見れば理解できた。当たり前だ、こちら側の嫁は、あの稗田阿求と上白沢慧音であるのだから、一線の向こう側の中でも特にと言う評価に一切の文句を付けれない。
最もそれは八意永琳だって同じのはずなのだがなと、例の狂言誘拐事件の主犯である事を思い出しながら横目にしながら部屋を後にした。
しかし八意永琳は、放っておいても勝手に帰るし、むしろ強すぎるぐらいなので心配する必要は、むしろするだけ無駄だし八意永琳も邪魔だと思いそうだ。
しかし件の兄弟の場合は、全く違う。特に骨を折った方のあの兄に関しては、心配しかない。
兄と言っても、まだ寺子屋に通う程の年齢であるならば年端もいかない、身を守るすべはないせいぜいが走って逃げれるかどうか。
弟に関してはそこに輪をかけて、か弱い存在だと認識するべきだ。幻想郷一の薬師で矢の名手としても覚えが高い――そんなのをよく狂言とはいえ誘拐被害者にしたな、彼氏に対して猫をかぶっていたとはいえ――八意永琳よりも、保護すべき対象としての認識を強く持つべきだ。
そんな事を考えながら○○と上白沢の旦那は外に出た、今日は人力車は無しで歩くようだと言うのは、○○の動きで何となくわかった。
最も、人力車は目立つのでこっちの方が上白沢の旦那としては、有難いぐらいであった。
「まずは純狐が最近、よく現れるお菓子屋に行ってみよう。あとは周辺への聞き込み」
けれども上白沢の旦那は、○○があの兄弟の事をしっかりと考えているとは信じているが、どうして純狐にこだわるのかがあまり分からなかった。
けれどもこういう場合の対処は、もう上白沢の旦那も理解している。
「なぜ純狐にこだわる?」
素直に聞いてしまえばいい。結局、これが一番早いし簡単で、自分たちの仲もこじれにくい。
「怒るかもしれないが、博麗霊夢の勘だ。俺が純狐とその周りを調べるのが良いだろうと、そう言っていた」
「探偵らしくないなぁ!ましてや名探偵の行動とは思えん」
けれども今回に限っては、素直に聞かない方が良かったかもしれない。そんな雑な答えを○○は上白沢の旦那に与えてきた。
上白沢の旦那は思わず、かなり感情的になってしまった。冗談含みの突っ込みと言うには、あまりにもとげとげしい言葉尻をしていた。
幸いにも○○は、上白沢の旦那からのそのようなとげのある反応を、どうやら最初から予期していたようで、そこまで辛そうな顔はしていなかった。
少し困ったような、そんな表情で済んでいた。
「うん、まぁ。今のは半分冗談なのだけれどもね」
上白沢の旦那は、半分冗談であったことにホッとするべきか、それとも半分とはいえ本気の部分があるじゃないかと、心配するべきか。少々、判断をつきかねていたが。
○○はその、判断をつきかねている状態をこれ幸いとばかりに、次の話題を上白沢の旦那がまた熱っぽくなる前に出してきた。
「純狐の様子が、ここ最近明らかにおかしく。頭に血を上らせているような状況であることは、事前の情報でこちらも知っている。それと共に、誰かと話し込む様子やどこかの家に来訪する様子も。純狐は明らかに何かを知っている。そして純狐がよく見かけられる場所は、子供たちの多い場所、最初にも言ったけれども子供たちがお小遣いを握りしめてやってくるお菓子屋の近辺が最も多い。そして純狐が怒りを溜めだしたのと時を同じくして、あの子が骨を折った。純狐はその生涯を紐解けば、子供に執着を見せるのは自然の成り行きだ……これはちょっと偶然とは思えない。だから純狐と接触してみようと思うんだ」
全部話し終わった辺りで、上白沢の旦那は少し考えてみた。純狐と言う存在が強者であることは、博麗の巫女と言う物にあまり興味がない上白沢の旦那だって分かっている。
「まさか純狐が犯人?」
ふっと、思ったことを口に出したが、○○からは落胆したような表情を向けられてしまった。
「絶対に無い」
そして○○が上白沢の旦那の思い付きを否定する声は、表情よりも突き刺さるものを持っていた。
「純狐に関する調査書は見ただろう?彼女は子供をよりにもよって身内の手、旦那の手により亡き者にされている。復讐心に走るのは当然だが、同時に子供に対する愛情からの執着がある、間違いなく愛情がある、純狐は子供の事になると弱いが、同時に子供を守るためなら何をやるか分からない。だから子供に手を挙げる事は、可能性として考えるべくもないことだ。悪ガキが純狐にちょっかい出して、ケガさせたと言う方がまだあり得る話だ」
全否定された形ではあるが。しかし上白沢の旦那は、自分の思い付きを全否定されたことよりも、気になる事が出てきた。
「なぁ○○。妙に純狐の肩を持つな……不用意じゃないか?」
上白沢の旦那は○○から渡された、純狐に関する調査書をもう一度パラパラとめくりながら、彼女の姿が掲載されている場所を開いて、○○に対して見せてきた。
写真はどうやら隠し撮りのようであるので、ほとんどは似顔絵であるが……それでも彼女の美貌が、たとえ隠し撮りだけの写真でも彼女が先ほど置いて来た八意永琳のような、置いてくるのが自分たちが嫁にした一線の向こう側を刺激しないためには、下手に近づくべきではない程の美貌を純狐は携えていた。
「その……言いにくい事だが、稗田阿求が嫉妬する相手と言うのは、多分この手の美人だと考えるが?」
「そうだな」
○○は確かに認めた、だからこそ余計にわからなくなった。○○が妙に純狐の肩を持つことが。
「上白沢先生の場合は、体で取られたら体で取り返す、そんな自信を常に持っているから大丈夫だけれどもな。健康的な身体だから」
だが○○からの明確な、納得のいく答えは出てこなかった。
「え?」
上白沢の旦那は○○に対して、恐怖のような物を感じ取り、それを否定したくて聞き直してしまった。確かに聞こえていたはずなのに、その時の○○が見せる感情が、前回にナズーリンさんからの依頼で駆けまわった時に何度も見てしまった、稗田阿求が上白沢慧音に抱いている嫉妬心や敵意と似たような物が、確かにあったのに。上白沢の旦那は気づかなかったことにしてしまった。
そして○○も、上白沢の旦那が思わず気づかなかったことにしてしまった、その見ようによっては優しさに対して、○○は決して鈍感ではなかった。
○○は目を閉じて、やってしまった事を後悔するような顔をした。上白沢の旦那にとっては、それだけでも先ほどの気づかなかったふりが、無意味ではなかったと確認出来て良かったぐらいであった。上白沢の旦那にとっては○○は、最も大事な友達だから。
「稗田阿求は純狐の事をどう思ってるんだ?」
だから、上白沢の旦那は聞き直した、○○に対して。さっきの事を、無かったことにしたのであった、悪い気と言うのは誰にだっておこるものだから。
「……ああ」
ややあって、○○の精神は回復してくれた。
「うん」
上白沢の旦那は優しく、一言だけ添えた。気にしなくていいと言おうとしたが、かえってやりすぎの様な気もしたし、話を蒸し返したくもなかった。
「阿求は生まれつき身体が弱い。その影響で阿求は、子供が出来ない体だから、子供の事になると少し我を忘れやすくなる。そして純狐は子供をよりにもよって、身内の手によって亡き者にされた。その事に対する大きな同情心が、今回は特例として機能しているんだ」
「なるほど」
先ほどの○○が放り出してしまった暴言が、○○自身にもまだ後悔の念が強いのか。ぽつぽつとした形ではあるが、それでも○○の説明の内容は理解できた。
「そう言う理由だったのか……」
それと同時に、もしかしたら知らない方が良かったのではないのかと言う稗田夫妻にとっての弱点も聞こえてしまったが。
この事は、上白沢の旦那が努めて話題に上らないように、避ければいいだけだ。友人との仲を維持することを考えれば、その程度、苦痛だとは思わなかったし。
稗田阿求の身体が弱い事は、内緒でも何でもないので、その推測にはいずれ到達するだろうから。
「行こう。なるほど、この種の偶然は確かに気に食わない。純狐との接触は必要だろうな」
少なくとも今の上白沢の旦那がやるべきことは、○○の背中を押してやる事であり、○○と一緒に今回の案件に対して解決の糸口を探す事である。
けれども。
「こんばんはぁ〜○○さん」
上白沢の旦那の脳裏で思い描いていた、今回の一件に対する対処を続ける状況に、東風谷早苗の姿は無かった。
だけれども、東風谷早苗は上白沢の旦那が感じた動揺なんぞどこ吹く風で、空からふよふよと降りてきた。
その姿はさながら、強者が目的地の手前で主人公たちを妨害するかのような、そんな雰囲気すらまとっていた。
少なくとも、早苗はどれほど無視されようが絡んでくる、そんな硬い意志を見せていた。
「ああ……」
○○もこの状況をすぐに察知したので、かなり、悪態含みで落胆するような声を出した。
少なくとも東風谷早苗には、純狐のような稗田阿求ですら同情してしまう様な特異な事例は存在していないはずだ。だから○○は、あえて悪態をついているのだと上白沢の旦那には理解できた。
何よりも稗田阿求の癪(しゃく)と言う奴を刺激しないように、何より今回の一件は阿求が持ちたくても持てない子供の安否と言うのが絡んで、阿求は○○に対しては常に甘いはずなのにその○○ですら、今回の阿求は我を忘れかねないとまで表現している。
これ以上の懸念は絶対に避けるべきであるけれども、東風谷早苗は悲しそうな顔を浮かべるのみで、○○からの悪態に対してはさしたる影響を受けてはいなかった。
「一途ですね、ほんとに」
東風谷早苗の言葉は、どう考えても○○の稗田阿求に対する考えに対して、あまり良い風には捕えていなかった。
「お前、命が惜しくないのか?何か刺激的な遊びがしたいなら、洩矢諏訪子に頼めばいいだろう」
上白沢の旦那は思わず、東風谷早苗に対してそう言ったが。早苗は上白沢の旦那の方をチラリとすらも見ずに、むしろお前の方など見てやるものかと言う様な意思すらをも感じ取れるぐらいに、○○の方だけを早苗は見ていた、もしかしたら洩矢諏訪子の名前を出したのは、不味かったかもしれない。
「何かお手伝いしましょうか?私なら方々飛び回れますから、役に立ちますよ」
少し、いやらしい声をどこかに対して――○○の方向ではない事だけは上白沢の旦那にはわかった、けれども上白沢の旦那の方ですら無かった、もっと言えばここ以外のどこかであった――飛ばしながら、東風谷早苗は○○に対して助力を提案してきた。
○○が早苗からの提案に対して、はいともいいえとも言わない間、明らかに深く悩んでいる間も早苗は○○の事を見つめ続けていた。
そしてその、○○が悩んでいる時間と言うのは非常に長いものであった。
上白沢の旦那は後ろを向いて、間違いなくいるはずの稗田家からつかわされた護衛兼監視役が、どのような感情を抱いているかを確認した。
あの人たちが背負っている任務のうちで、最も重大で恐らくは崇高とすら思っているのは、稗田夫妻がこのまま夫妻のままでいる事のはずだから。
案の定、稗田家からの護衛兼監視役の者たちは、動揺を隠せていなかった。
○○が難しい顔で早苗からの提案を、受けるか受けないかをこめかみを抑えながら考えている様子、それ以前に今回の依頼と言うか案件が、今までにない程に稗田夫妻を苛立たたせて焦らせているのも、無関係ではないだろうし、子供絡みと言うのだってもちろんの事で理由の一部だろう。今回は何から何まで、今までの依頼とは毛色が違っているのんが、あの人たちの狼狽にもつながっているのは想像に難くはない。
しかしまだ、東風谷早苗に対する敵意は見えていない、これは幸いな事だと思うしかなかった。
この状況が悪くならないうちに、東風谷早苗を帰らせる、その役目はおそらくは自分が行うべきだと、上白沢の旦那は考えた。
いやらしい話だが、上白沢の旦那の、その妻である慧音は良い女だしそれを自覚してもいる。東風谷早苗の出すちょっかいが、たとえこちらに向いたとしても、慧音は早苗以上にいい女だと固く信じている自分が前に出て、取り返しに動いてくれるだろう。
最もそんな事がなくとも、自分は慧音から離れるつもりなどはみじんも存在はしていないけれども。
だとしても肉体的魅力の低さを気にし続けている稗田阿求、彼女を刺激してしまうよりかはマシなはずだ。
「○○、東風谷早苗は俺が説得しよう」
そう思いながら、上白沢の旦那は○○の前に出ようとしたが。とてつもなく意外な事に、○○はそんな上白沢の旦那の動きを止めた。
「○○?」
意外な動きに、上白沢の旦那は不安から声が上ずった。
「今回の一件は、普通じゃない」
果たして普通の依頼や案件が、これまでに一回でもあったのか?と上白沢の旦那は思ったが、言わないで置いた。
「手数は多い方が良い」
重々しい姿の○○と、狼狽している様子の稗田阿求がつかわした護衛兼監視役。このどちらも、刺激するのは得策ではないからだ、そもそもの稗田阿求からしておかしくなりかけているのだから、余計に。そう思って上白沢の旦那は神妙に○○の言葉を聞いていたのだが。
「やった!私、○○さんの中で少なくとも手数の一人には数えてくれてるんですね!?」
肝心の東風谷早苗が妙に浮ついていた、これには上白沢の旦那は肝が冷えたけれども。
「ははははは!」
なぜかつられて笑いだす○○の姿は不気味極まりなかった。彼の真意と言う物が分からないからだ。
「お前の役柄がすっかり分からなくなった!どの役でもそれっぽいから、全く悩んでしまう」
そして早苗に対して好悪入り混じったような感想を漏らした。
それを聞いている時の早苗は、先の○○の口ぶりは邪険にこそ扱っていない物の、決して友好的な物ではなかった。
しかしながら早苗は、キャッキャウフフと言った様子を見せながらゆらゆらと揺れていた。その際に早苗の胸のあたりの部分も一緒に、揺れていたのは上白沢の旦那は印象深く思っていたが。○○は上白沢の旦那が早苗の胸のあたりの揺れ具合を、印象深く思ったのとほぼ同じころに目を閉じて何も見ないようにした。
○○は東風谷早苗に対して、敵意こそないが明らかに避けているのは明らかであった。
しかし東風谷早苗は、そんな防御防衛に徹し続けている○○を見て、悲しそうな顔をふっと浮かべたが。
本当に、少しだけであった。すぐにまたキャッキャウフフとした様子に戻った、その姿の方が鮮烈で扇情的で。先の様子がかき消された。
相変わらず、胸のあたりの揺れが目についた。
「物の数にいれてくれていると言うだけでも、箸にも棒にもかからないなんて事が無いだけ、少なくとも私はホッとしましたよ。カードゲームで言う所のジョーカーのような、厄介な奴だと言う様な扱いや印象だとしてもね。無関心でいられるよりは、まだ、希望もありますよ」
そして東風谷早苗はよく分からない事を言ったが、○○に対してついて行くと言う意思だけは見えた。
「単独行動すら止めはしないが、俺とのバディ(相棒)を組もうとは思わないでくれ。少なくとも上白沢の旦那を連れてくるおからな……阿求は連れてこないでおいてやる」
東風谷早苗に対して○○は、明らかに釘を刺していた。稗田阿求を連れてこない事は、優しさと受け取れない事もないが、彼女の体の弱さを考えればそうなるしかない、と言う悲しい事実も存在していた。
「バディ!相棒!良い響きですよねぇ!!やっぱりワトソン役がいないと探偵小説は締まりませんものね!ポワロは好きですが、ヘイスティングス大尉が思ったより出てこないのは不満でしたね!やっぱり探偵役にはバディがいないと!」
バディについて相棒についてワトソン役について、探偵には必要だと言う事を東風谷早苗は感情を昂らせながら、熱弁していた。
その際において、チラチラと早苗は上白沢の旦那の方を見ていた。
含みのある目線だと言うのはすぐに理解できた、いっそその事について聞こうかと思ったが。
「行こう」
○○は上白沢の旦那の手を取って、足早に立ち去る事を決めた。最も、ついて来るなとは○○もはっきりと明言しなかったから、東風谷早苗は自分たちの後ろからついて来た。
非常に危うい格好だと言うのは、上白沢の旦那もすぐに理解できたけれども。触れるのにも勇気がいるのは事実だ、増してや東風谷早苗は決して弱くない。
現人神と言う呼称を使っているのには、中々、思い切りが良いと言うか向こう見ずと言うか、言葉が大きいきらいはあるが。
強いか弱いかで言えば、東風谷早苗は強い。だから触れないでいるのは、さほど悪手とも言えないのが辛かった。
稗田家からの護衛兼監視役の男も、似たような気分でいるのかそわそわとしていたのはよく目についた。
そして○○に腕を引かれる上白沢の旦那を先頭に、その後ろに東風谷早苗、さらに後ろに稗田家からの護衛兼監視役を引き連れる、奇妙な行列は目的地まで続いた。
目的地であるお菓子屋は、稗田家が使う様な高級な店とは違って、○○が言うように子供たちがお小遣いを握りしめてやってくる、そんなのどかな店であった。
「ああ、この店なら知ってるよ。おばあさんとおじさんが二人でやってる店だと言うぐらいしか知らないが」
道中では全くの無言であったので、ついに上白沢の旦那はその緊張感に耐えきれずに、取り留めのない言葉を出した。
「ここが悪の源泉だとは思いたくないね……違うとは考えているが、それでもそんな事は思ってしまう」
○○も自分の考えや感情を口に出してくれて、少しほっとした。相変わらず東風谷早苗は、自分たちの近くでちょろちょろしながら件の店を覗き見たりしているが、これに関してはもう触れない事にした。
下手に触れてとっかかりと言う物を与えたくはなかったから。
その店は、子供たちがお小遣いを握りしめてくるような店だから。まだ寺子屋で授業が行われているぐらいには早かったから、表の戸口こそ開いているが営業をしているような雰囲気はなかった。まだ準備中と言うのが正しい認識であろう。
「入るのか?」
少し上白沢の旦那は物怖じをしながら、○○に問いかけたが。
「ああ、もちろん。この店の近辺で純狐がウロウロしているのは確認済みだ、店の者と話す必要がある」
○○の腹はもう決まっていたし、○○の言う通りこの店の近辺から聞き込みを始めるのが最良であると言う考えに、そこに異論はない。
東風谷早苗も、さすがに自分がいきなり入るのは不味いと思ったのか、○○が来るのを待ってくれていた。
○○の方を見る早苗の顔は、相変わらず楽しそうだったが。
「失礼する!」
そんな妙に楽しそうな早苗の事を、半ば以上に無視しながら、○○は件の店に声を出しながら入って行った。
「誰かおりませんか?お聞きしたい事がありまして」
早苗の事を無視しようと努めているからか、○○の声は上白沢の旦那が想定していたよりも大きなものになってしまっていた。
ちょっとまずいかな、と思った。奥の方からどたどたとした音が、きっと店の人間がやってきたのだ。あんなに慌てさせて、申し訳ないなと言う思いが込みあがった。
「稗田○○様!?」
ましてや声をかけてきたのはあの稗田○○なのだから……奥からやってきた高齢にさしかかっている男性は、慌てるのも無理は無いと思っていたが。
「お気づきになられてくれたのですね!!」
その高齢に近い男性は、感極まったように涙を流しながら、○○の手を取って嬉しさを見せてきた。
「あの2人を、あの兄弟をお救いになられに来たのですね!?あんな鬼ども親である視覚はございません!!稗田様がどのような処置を施しても、あの兄弟にとっては今よりも良い状況になると、私は固く信じております!!純狐様にもそのようにお伝えしております!!」
○○も上白沢の旦那も、そして勝手について来た東風谷早苗ですら。
今の状況が呑み込めずに、完全に黙ってしまったが。純狐と言う名前が出てきたのを、上白沢の旦那は聞き逃さなかったし、それは○○も同じであった。
チラリと、上白沢の旦那は○○の方を見た。ちょうど○○の方も、旦那の方を見てくれていた。
そして感極まりながら○○の手を握る、この男の方をもう一度、二人は見た。
熱烈な信者、そんな言葉がこの男に向けるのには正しかった。そして間違いなく出てきた純狐の名前。
この男、少しまずい領域に達しているかもしれなかった。
続く
お手すきでしたら、感想などがありますととても嬉しく思います
>>810
にとりが○○を守った風に見えた
もうこの時点で何らかの執着を見せてしまったのか
射命丸はただの野次馬なのかそうじゃなくなるのか
楽しみにしております
>>812
アリスとパチュリーがさらっと○○を消し去ってることも恐ろしいが
2人よりも上の世代の血みどろの争奪戦も気になる
鬼とかすさまじい愛の表現をしそうだな
しかし時代を計算した結果たどり着く幼少霊夢に対する疑いが
何となく嫦娥(じょうが)を思い出してしまった
>>819 の続きです
「うん」
○○はこの、高齢に差し掛かった男性からの熱い握手に対して、特に動じることなく握手を続けていたが。
上白沢の旦那にはこの時の少しゆらゆらしている、そして言葉数が不自然に少ない○○には、あまり良い予感と言うのは持つ事が出来なかった。
上白沢の旦那は○○の知能を、確かにそれを高いものだと思っているし信じてもいるけれども。毎回毎回、真っ当な意味で使っているとまでは信じ切れていなかった。
特に今回の場合、○○の頭脳はどこか黒々とした部分の思考を伴っているのではないか。
はっきりと純狐の名前を出したこの男性も、明らかに警戒心を持ちながら相手するべき存在ではあるが、この状況でも緊張感に表情を固まらせることなく、何故か微笑を携えながら握手を続けていたし。この男性も男性で、妙に長い握手が時間稼ぎではなくて、○○の精神性に対する高尚さだと思い込んでいた。
まだ冷静と言うか、外野で眺めているような立場が許されている上白沢の旦那にとっては、この両方共が怖かった。
もうそろそろ、止めると言うか、せめて○○に動きを求めるべきかと、○○に声をかけようかといくらかの考えは浮かんでくるけれども。
少しばかりゆらゆらとした様子で、○○が自分の周りをつぶさに、抜け目なく観察を続けているのを見ると、少し声をかける事に気後れと言う物が出てきた。
普段ならば○○の後ろには絶対に存在している、稗田阿求の存在も彼女が見える場所にいなければそこまで怖くはないのだが。それぐらいの友人関係を維持できていると、上白沢の旦那は自信を持っているけれども。
今回の案件に関しては、一線の向こう側である稗田阿求の様子がおかしいのはともかく、いつもならば阿求の暴走やあるいはやりすぎと言う物を防いで、最悪でも小さくしてくれているはずの○○ですら、明らかに動き方が雑と言うか荒々しい。
今の○○のそこはかとない、愁いを帯びているような微笑も、上白沢の旦那にとっては恐怖の対象として機能していた。
そこはかとない、攻撃性を感じた。たとえその攻撃性が、上白沢の旦那や固い握手をしているこの初老の男性には向いていないとしてもだ。
めったに攻撃性を見せない○○がそれを見せる事と、そんな物であっても全力で支援することが決まっている稗田阿求と言う、後ろ盾の存在。
上白沢の旦那は自分が感じる恐怖の源泉は、やはり○○が抱いている攻撃性そのものに対してだろうと、推測するしかなかった。
もっと言えば攻撃性を持つ原因についても、おぼろげでしか分からないからだろう。
……やはり子供が被害者であることが原因か?
少し考えて、上白沢の旦那はそう考えをまとめた。
○○はボソリとしかつぶやいてくれなかったが、少し予想すればわかる事とは言え、やはり稗田阿求はその生来の体の弱さが原因で、子供を成す事が出来ない体であった。
上白沢の旦那にとっては――妻である上白沢慧音が魅力的で健康的な体を持つから余計に――どこか他人事であるのだけれども、とうの稗田夫妻からすれば重くのしかかる事実なのかもしれない。
○○はさほど気にしないだろうけれども、阿求が気にするだろう。そして阿求が気にし続けている事を、○○が気にする。
立派な悪循環である。
しかし上白沢の旦那が、友人である○○の内面について色々と、考えを巡らせている間。○○は抜け目なく、周りの観察をつぶさに続けて。
「お稲荷様を祭っておられるのですね」
ひとつ、会話のきっかけを、○○の場合はどうしても捜査に関する何らかの意味と言う物を、彼の場合は見出しているのが常である。
「ええ、そうでございます!」
その事をきっと知らない、この初老の男性は、自分の信仰心が褒められたと思ったらしく、ますます顔をほころばせていた。
少しばかり上白沢の旦那には罪悪感のような物が浮かんだが、ここで突っつくのはかえってこの初老の男性を傷つける事になりそうなので、黙っておくことしかできなかった。
「ご利益は商売繁盛に五穀豊穣ですから、お店にはピッタリな神棚かもしれませんね」
腹の底はともかく、○○は当たり障りのない事を言いながら、相変わらず抜け目なく辺りを見回している。
「それに安産祈願。無事に生まれてこれるようにと、子供に寄り添ってくれる神様でもありますよ」
けれどもこの初老の男性がつぶやいた言葉、決しておかしな事は言っていないが。
○○はその言葉に対して、何を思ったのか。急に動きが止まってしまったし。
何故かその言葉を言った、当の本人であるこの初老の男性ですら、自分で自分の言葉に動きを止められてしまった。
(……なんだ?)
上白沢の旦那にとっては、疑問符の付く光景であるのは言うまでもなかった。
初老の男性が口走った言葉は、お稲荷様には安産祈願のご利益もあると言うのは、別におかしなことは何も言っていないはずなのに。
○○は何とか抑え込もうとはしているけれども、狼狽したような様子は隠しきれておらず。かと言ってお稲荷様が安産祈願のご利益も持っていると言った、とうの本人である初老の男性ですら、どこか愕然としたような、悲しさを携えてしまっていた。
これは上白沢の旦那も疑問符ばかりが出てきてしまう。
「だれか、お客様が来ているのかい……?」
2人の男が、愕然としていたり狼狽していると、奥からしわがれた声が、明らかに老婆の声が聞こえた。
「ああ!」
初老の男性はその老婆の声に対して、息を吹き返したように奥へと引っ込もうとしたが。
もう奥の方へ向かうための、一段上がった場所には老婆が立っていた。
どうやらこのお菓子屋は、表の方は店であるけれども、奥の方は住宅として機能しているようであった。
事実この老婆は、寝巻のような楽な服装をしていた。
「……まさか、稗田様!?」
老婆は、年齢もあるのかもしれないが、少し息苦しそうな声を出していた。そこに稗田○○と言うこの人里では最大級に重要な、お偉いさんの登場は、少し体の弱そうな老婆にとっては毒ともなりえる驚きになりかねなかった。
○○もすぐにそれに気づいたらしく、狼狽からはとっくに回復して、即座にこの老婆の身体をおもんばかるべきだと考えてくれて。
稗田○○の姿に驚いて、ヘナヘナと座りこんでしまった老婆に対して、初老の男性の次に駆け寄ったが。
「ああ、ああ。お気づきになられてくれたのですね、稗田様。あの哀れな兄弟の事を、見ていてくださったのですね」
老婆の方は、少し気になる事を喋っていた。初老の男性と同じような事を、感極まったように、この極まった感じは少し恐ろしさを感じる。
「ああ、そうなんだ!純狐様と同じように!!」
そして初老の男性も、この老婆の感極まった様子をおかしいと思わず、むしろまだ健康な分明らかに鼻息を荒くして……再び純狐の名前を出した。
再び出た純狐の名前に、○○はピクリと反応したが。すぐに老婆の方に顔を戻した、少し息遣いがおかしいように感じたからだ。
「何か飲み物を、水かお茶を飲んだ方がよさそうだ」
○○は老婆の背中に手をやって、さすりながら優しい声をかけた。
○○からの指摘に初老の男性は、はっとしたような顔を浮かべて事実を理解した。
「お茶を持ってくる、その、稗田様……」
「ああ、大丈夫だから」
○○は努めて穏やかで優しい声を出して、飲み物を持ってこようとする初老の男性に、気にしないで行くようにと言う態度を取った。
「純狐はよく来るのかい?」
初老の男性や少し感極まりすぎて、息を切らしたような老婆に対する態度は、優しさは間違いなく存在するけれども。
だが○○の思惑は上白沢の旦那は、すぐに理解した、出来るだけ一対一で会話したいのだ。余計な茶々や、あるいは口裏を合わせると言う行為を防ぐことが出来る。
上白沢の旦那は、○○の計算高さに少し身震いしたが、優しさの存在も事実であるから困る。
結局上白沢の旦那は、黙るしかなかった。また稗田阿求からは、相棒っぽい顔してるだけでも良いから、○○の横にいる事を上白沢の旦那は求められている。
稗田阿求の考える舞台に、ハリやサマと言う物をもたらすために。
きっとここで手帳を出さずにボーっとしていても、何も言われないだろうが。癪なのは確かなので、懐から手帳を取り出して、少しは動く事にした。
そう言えばと思って、東風谷早苗の方も確認しておいた。
彼女はゆらゆらと揺れながら、辺りに積まれたお菓子に対して、わー懐かしい感じーと言ったような顔を浮かべながらも、○○の方をしっかりと観察していた。
厄介な奴め、と言う言葉が真っ先に振って湧いたが。今は観察以上の行動を、東風谷早苗からは感じない。
で、あるならば。こちらからちょっかいを出すと言うのは、あまり良い手段とは上白沢の旦那には思えなかった。
また東風谷早苗と下手に接触を持つことそのものが、妻である上白沢慧音のかんの虫と言うのを刺激しかねない危険性も認識していた。
幸いなのか不幸なのか、どちらとも取れるけれども、東風谷早苗は上白沢の旦那にはあまり興味を抱いていない。
となれば、触れないのが上策か。ややもすれば呆れや諦めの感情もあるが、まぁ、良い。
それに上白沢の旦那としても、○○が何をやるかの方が気になるし、素直な気持ちで見守る事が出来る。
それにちょうど、この老婆が話始めようとしていた。
「はい……純狐様は哀れなお方です。大昔に実のお子さんを、よりにもよって身内に亡き者にされたと言うのに……いえ、だからこそ小さな子供に良くしようと思われたのかもしれませんが。だとしてもあんな目に合っておきながら、他人の子供や……さらには私どもにもお優しく」
「そう……純狐はいろんな子供と、よく話したりしてたの?」
「はい……ですが最近は、とある兄弟の事ばかり心配しておりました」
「その兄弟ってのは……」
そこで○○が上白沢の旦那に目配せした。名前を言ってくれと言う事だと、理解できた。
子供たちに関することは、ましてや寺子屋の生徒だからと言う事もあり、○○だけが差配をするのはと感じたようだ。
上白沢の旦那は○○の、この、確かに優しさなのだが旦那はこれをお情けのようにも感じ取ってしまった、それに罪悪感を抱きながらも、二人の生徒の名前を伝えた。
今朝がた、兄の方が骨を折って寺子屋にやってきた、あの兄弟の名前だ。
「そう!その兄弟にございます」
老婆はハッっとしたような顔を浮かべて、その後に急に心配を深めた顔をした。
「何かあったんだな?」
後ろには、飲み物を持って戻ってきた初老の男性がいた。老婆もこの初老の男性も、何かに気づいたようだ。
そもそも、何もなければ自分たちの店には、稗田○○が来ない事ぐらいは2人とも理解していた。
「隠すのも悪手か」
○○はぼそりとつぶやいたが、そこに迷いと言うのが無かった。やはり今の○○は、頭に血が上っている。
「兄の方が腕の骨を折った状態で、今日寺子屋にやってきたんだ……それで、気になってね。調べる事にした」
この事実を述べるときの○○は明らかに、落ちた声になっていた。劇場的な感情にふたをして、少なくともこの場では出さないようにと言う、強い配慮が見えた。
けれども、もしかしたらその配慮はいらないかもしれなかった。
「ああ!なんてことを!!」
件の老婆が、明らかに激昂を始めて。
「鬼でも子供は可愛がるぞ!!」
飲み物を老婆の為に持ってきた初老の男性は、老婆よりは壮健であるからか、怒るための気力や体力も十分であるから、○○が押さえていた分の感情までをも引き取ったような気配すら見せていた。
特にこの初老の男性の怒りぶりたるやすさまじく、せっかく持ってきた飲み物をこぶしの荒ぶる動きによって、全てこぼしてしまっただけではない、そこそこ冷たいはずなのにそれが引っかかってもまだ、自分が飲み物をこぼしたことに気づいていなかった。
少し、恐怖すら上白沢の旦那は感じてしまい、あとずさりを見せてしまった。
けれども東風谷早苗は、やはり強者であるが故の余裕と言うか物怖じしない部分があるのだろう。
激昂に激昂を重ねるこの初老の男性から見える圧力に、まるで負ける事はなくスッとした動作で、表情には若干の警戒心や心配と言ったものを携えながら、○○の側に寄ろうとした。
○○を守ろうと動いているのだろうか?そう思ったとき、何となくイラっとした感情が上白沢の旦那には出てきた。
この舞台に稗田阿求の要望により上らされている事に、確かにいくばくかの呆れや、勘弁してくれと言う感情はあるけれども……厄介な奴めと感じている東風谷早苗に、この舞台を取られるのは、やはり、腹が立つと言うのが正直なところだ。
そう思うと上白沢の旦那は、物怖じしていたはずの感情が消えて東風谷早苗の前に出る事が出来た。
「間違いなく私の方が強いですよ?と言う過去の中なら私が一番強い」
思うなどでは無くて、自信満々に東風谷早苗は言った。事実だから余計に腹が立つが、そういう問題でもない。東風谷早苗が相棒と言う物にこだわりを見せているのは、分かっている、だけれどもこの席に自分以外の者がいることに耐えられない、今更ながら上白沢の旦那は、この舞台に対する愛着のような物が芽生えてしまった。
「だとしてもだ。稗田阿求が指名しているのは俺だ」
上白沢の旦那は、はっきりと、自分がこの席を明け渡さない事を稗田阿求の名前まで使って主張した。
虎の威を借りる狐のような気分になってしまったが、やはりこの席を取られたくないと言う気持ちの方が強かった。
「ちっ、まぁそうですよね」
幸い、東風谷早苗は稗田阿求の名前を出されたら、彼女は退いた。しかし舌打ちの剥いた方向が気になる、上白沢の旦那に対してはこの舌打ちが一切向いていなかったのは、気になった。
自分を軽く思っているのか、それとも稗田阿求に対する敵意の方が上回っているのか。
(どっちでも嫌だな)
上白沢の旦那の感想は、これしかなかった。どう転んでもロクな事にならない、そもそも東風谷早苗が出しゃばってきた時点で、そうなる事は運命づけられているのだろうけれども。
しかし今は、目の前の事件に集中するべきだろう。骨を折ったあの兄が、残った弟も含めて、心配なのだから。
「この件は任せてほしい。純狐にも会いに行こう、まぁここら辺で俺たちが動いていたら、向こうから会いに来てくれるだろう」
○○は激昂を迎えてしまったこの二人を抑えるように、立ち上がって老婆を初老の男性に任せた。
「この次はあの兄弟の家に向かおう……その前に、あの兄弟について知っている事があれば教えて欲しい。特に知りたいのは、あの兄弟の暮らしぶりかな」
○○からの最後の質問に、激昂の中で件の二人は息を吹き返した。
○○の表情が一瞬のうちに、まずい時に聞いてしまった、と言う物に変わったのを、上白沢の旦那は見逃さなかったが、激昂している二人は気づかなかった。
件の二人は、老婆は初老の男性に興奮しすぎてもたれかかり、初老の男性はそんな老婆をしっかりと抱きかかえていたが、激昂と怒りと……そして何よりも○○に対する信仰心が気力を維持させているのか二人ともしっかりと○○の方を見てくれていた。
「我々が食事を与えていなければ、もっと酷い事になっていたでしょう!」
初老の男性は、はっきりと断言した。○○は少し思い返すようなしぐさをしたが、あの兄弟は寺子屋の生徒であるから、上白沢の旦那の方が早くに反応できた。
「二人とも小柄だなとは思っていたが……そのう、その口ぶりだと。あんまり考えたくはありませんが、食事をまともに?」
「取らせてもらえていなかった!!」
今度は老婆の方が激昂して叫んだ。○○はその様子を聞いてばかりだったが、こめかみに指をあてて……二人に影響されたように怒りを溜めていた。
「まぁ、結論は調べてから出すが……はっ!」
全てを調べてから、結論を出すまでは推論をあまり表に出さないで思い込みに支配されないようにと、○○は気を付けているが、今回ばかりはもう完全に当たりをつけてしまっている。
今回の調べる作業は、ただの確認作業に近いものを感じた。
だがワナワナと震えだした○○を見て、寺子屋の生徒の為に本気で取り組んでいる事に対する感謝の念は存在しているけれども。
激昂を抑え込もうとしてくれているが、漏れ出している様子に、危ういものを感じ取ってしまうのも事実であった。
この危うさをどうすれば、もう少しは抑える事が出来るかを考えた時、○○は急に話し出した。
「繰り返しになるが、この件はこの稗田○○に任せてほしい……あなた方ご夫妻は、ここで、今日も子供たちの様子を見守ってください」
「え?」
○○が場を引き取ろうとしたとき、上白沢の旦那似は気づかなかったことを○○は口に出したので、上白沢の旦那は思わず疑問の声を○○に対して向けた。
「どうしてそう思った?」
○○にそう聞いたとき、○○は気恥ずかしそうな顔を浮かべた。
「自分を鑑みれば、そう動くだろうなと言う行動ばかりを彼はしていた。この老婆、つまり奥さんは体が弱い、その事を旦那さんはとても気にしているんだ。もしかしたらと思ったが、今のお互いに抱き合うようにしながらも、旦那さんの方が奥さんが不意に転んだりしないように必死で体を抱えるようにしている……その抱き方は体の弱い人間をおもんばかる時の抱き方だ。俺もよくそのような動きを、阿求が立ち上がったりするときにやる、必ずやる。もしかしたら仲のいい姉と弟と言う可能性も考えたが、今の熱っぽい感じは夫婦のそれだ」
○○の朗々とした解説が、これが正しいかどうかの答え合わせは、この二人、つまりは夫妻の少し気恥しそうな表情を見れば、答え合わせはもう完了していた。
「どうぞお幸せに」
○○は夫妻に対して、満足そうに声をかけ。
「行こう!時間が惜しい!!」
そして○○は急に動き出した。
慌てて上白沢の旦那は○○を追いかけた、途中で同じように追いかけだした東風谷早苗と肩がぶつかった、上白沢の旦那は東風谷早苗が対抗意識を抱いているように感じたが。
件の二人は、つまり夫妻は、きれいな所作でお辞儀をしながら稗田○○を見送っていた、上白沢の旦那と東風谷佐那の間に出来た溝(みぞ)には、幸いにも気づいていなかった。
続く
お手すきでしたら、感想などありますと大変うれしく思います
人生はクソゲーだ、というコピペでヤンデレ書けそうだな
『人生なんてクソゲーだ』
コピペパロディ
突然だが、このコピペを聞いたことのある者はいるだろうか。
私は〇〇、この居酒屋で従業員をしている者だ。
この居酒屋では外来人の男たちが主にやってきており、諸事情でほとんど女性はやってこない。
とはいえ来客はそんな状況でも不満を漏らすことはなく、むしろ安心して酒盛りをしている。
それは彼等の恋人達の独占欲の高さゆえであるが。
「お待たせしました、ご注文のねぎまでございます」
今私が商品を渡した男は△△、彼も同じ外来人であり長屋で働いていたがとある縁から鴉天狗に痛く気に入られてしまい、職業を彼女のアシスタントに強制かつ永遠に決定されてしまったのだ。
最初は拒否して逃走したのだが、天狗の圧倒的な性能の差に敗れて敢えなく彼女の下につくことになってしまった。
才能と言う名のゲーム開始時点での圧倒的な性能差に嫌気がさして社会から逃げようとしたら、天狗の生まれ持ってのアクション性能の差で相手にもならないのは気の毒としか言いようがない。
「おい〇〇、次の料理が完成したからあの客に渡してくれ」
「はいただいま」
店長から渡された皿を渡されて注文を出した客の方へと歩いていく。
「こちら、ご注文の唐揚げ定食でございます」
ゲッソリとした男性の□□に多めの量の料理を渡す。
彼は紅魔館で執事をしており、やつれ様からその気に入られている程が察せるだろう。
よほど激しく絞られているのだろう、いたたまれなくて私は声をかけられなかった。
大きな集団で自分にほとんど興味を示さない事と、小さな集団で全員が過剰な愛情表現をする事はどちらがの方がいいのだろう。
攻略キャラが全員ヤンデレのハーレムゲーはクソゲーだろうか、それとも神ゲーなのだろうか。
私が答えを出すことなど到底不可能であった。
「すみません、サラダのお代わりをお願いします」
「承りました」
この店に来てからずっとサラダばかりを食べている青年★★、何でも彼は蓬莱人の肝臓を食べさせられたことがあるようでそれ以来食肉がトラウマのようであった。
蓬莱人の肉とは、それを食べた者を食べさせた者と同じ不老不死にさせてしまう恐ろしい食べ物だ。
普通の人間なら残機は一つで制限時間も80年くらいである事を考えれば、残機無限で制限時間も撤廃という修正はとても魅力的な物に見えるかもしれない。
しかし、夏休みも新鮮な事がなければ退屈なだけになる、
外の世界ならまだしも、この閉塞的な幻想郷で新しい事がこれからずっと起こるなどという機会がどれほどあるだろうか。
制限時間もなく同じ事の繰り返し、などというゲームもまたクソゲーではないだろうか。
私は店長に★★のオーダーを伝えると、店長から命じられた皿洗いの作業に入る。
1人皿を洗いながら物思いに耽る。
先人は、このゲームのクリアの鍵は樹海にあると言っていた……そして私はそれを実行した。
しかし実際はクリアどころか、ステージが変わり難易度が上がってしまっている……ゲームは、リアルはまだ続いている。
「攻略サイトもあてにならないなぁ……」
誰にも聞かれないように小声で呟く。
これは不正にゲームをクリアしようとした事へのペナルティなのだろうか。
『にゃーん』
あ、窓の外に猫が。
やっぱりめっちゃ可愛いな
粗が多いかもしれませんが……
>>>826
面白かったです!◯◯もすぐにあちらへ行くんでしょうね…
わんわん泣く場面が好きなんだが
ヤクザの組長である早鬼や吉弔がそうなったらとこのスレ的に考えると
庭渡さんが治安維持に出動しかねない騒動になりそう
都会の夜であっても深夜になると辺りは静まっていた。夜になると騒々しく足を踏みならす上の階の住人も
今は動きを止めているようだった。ガラス越しに部屋に浸透してくる春の夜の冷気を年代物のクーラーで
誤魔化しながら、照明を落とした部屋の中で僕は一人、パソコンの光に向かい合っていた。
キーの音だけが僅かに響く。無機質な軽い音を立てて、文字が画面に次々と映し出されていった。
小説というには単純で、然りとて文章と断じるには長すぎる。とりとめの無い意思の羅列が行列を作って
いった。
「具合はどう?」
声が僕の中に響く。いつものように、いつもの彼女が、以前のように僕に声を掛けていた。
-まあまあかな-
声を出さずに彼女に答える。目では見えない、そしてそこに存在しない筈の彼女に向かって、
僕は会話をしていた。普通に考えれば単なる狂人なのであろう。誰もが少しは心の隅に持っている、
存在しない神仏の存在を宗教的に信じているという程度ではなく、僕はそこに彼女が居ると信じて、
あまつさえ見えない彼女と会話をしているのだから。
「流石に書いてくれたね。」
「まあね。」
何故だか夜に眠れなくなり夢うつうの状態になった僕の前に、彼女が現れて特注のお願いをされたのならば
断る訳にはいかないだろう。あどけなさが残ると評されるであろう彼女の恐ろしげな顔は、それでもやはり
美しかった。決して僕の目が狂っている訳ではないだろう。頭の方は若干自信が無いが。
「今日は大丈夫だね。」
「そうだね。」
彼女のお墨付きが出た作品を掲示板に放り込む。玉石混交のネットの激しい渦の中に飲み込まれた作品が、
反応を波立たせて海底の奥底に沈んでいった。
「やっぱりこんな作品は天界では味わえないわね。」
彼女の嬉しそうな声がした。無味乾燥の世界に天の世界の住人である彼女によってもたらされる蜜。
毒にも似た感情が、また一つ僕の心に溜まっていく気がした。
「ああ、そうそう○○…。」
彼女が唐突に僕の真横に姿を現した。
「貴方の頭は正常よ。目と同じ様にね。」
いよいよ起きている時にも彼女が見えるようになったことに、僕は感謝をするべきなのかもしれなかった。
>>826
ハーレムが成立すれば大成功といかない世界は難しいですね。
>>824
純狐さんは生い立ちからして凄まじくリミッターが切れた行動を取りそうですね。
連作乙です。
病みナズ 催眠編
この前たまたま聖様に頼まれてナズーリンと一緒に人里へ買い物に出かけた時の事、隣を歩くナズは不機嫌そうだった。当然だ、ナズは人間が嫌いなのだ。しかし運悪く人間である俺と出掛けることになってしまった。これほど居心地の悪いお使いはあるだろうか、しかし頼まれ事を断るわけにもいかず会話らしい会話もないまま人里まで行き、なんとか役目を果たして帰路につく途中の事。どう接したら良いものかと考えていると突然服の端をつままれて引っ張られた。どうしたのかとついていくと人気のない長屋の裏に連れ込まれた。すると次の瞬間壁に押し付けられナズの顔がどアップになって柔らかい感触を口元で感じた。びっくりして声も出ないでいると既にナズはそっぽを向いて通りに出ようとしていた。あれは一体何だったのか、今考え直しても分からない。もしあれがキスだとしても何故俺みたいな奴にしたのか…ああいうのは恋人同士でするものであっt「何を書いているんだい?〇〇」
うわっ!…あぁナズか、びっくりした…
「ふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃないか、それとも見られたくないような内容のモノだったのかい?」
いや、ただの日記だよ、こっちに来てからは毎日が新鮮だからね、少しでも書き留めておこうかなって思ってさ
「ふーん…そうなのか…だが、二つほど間違っているな…」
え?どこ?
「一つ目はここ、私は確かに人間は好ましくないとは思っているが、別に君の事は嫌いではないよ」
そ、そうなのか…ごめん…
「いやいや、別に君が謝る事はないさ、不機嫌に見えてしまうような行動をした私のせいさ。
それともう一つ、ちょうど今書いていたところだよ、ほら、ここ」
?恋人同士でするものであって…?
「?間違ってるじゃないか、私達は元から"恋人"だろう?」
っ!?一体何を…!
「いいからいいから、ほら、これを見たまえ」
?それは宝塔…?
「…君は"私の恋人"だよね?」
そんな…?…?あれ…?俺は…ナズの…?
「そう、私の恋人だよ…」
…あ、あれ…?…そうだったかな…
「そうに決まってる…私はこんなにも君の事が好きなんだから…君も私の事が好きに決まってるよ…」
…そ、そうだった…よね…ごめん、なんかぼーっとしちゃって…
「…あぁ、大事な大事な彼女の事を忘れてしまうなんて…流石の私も傷ついたよ…」
ごっごめん!ごめんね!俺が悪かった!
「…本当にそう思っているのかい?…なら私を抱き締めてよ。私達は恋人同士なんだから別段変な事でもないだろう?」
あ、あぁ、ごめんね、ナズ…
「ん…くふふ、いい具合だ。こう寒いと君の体温がとても恋しいのでね…こうしていると君の心臓の音がよく聞こえるよ…」
そ、そっか、それは…良かった…のかな?
…もう怒ってない?
「うん、許してあげるよ。だから…これからもずっと私だけの〇〇でいてね…?」
>>830
どう考えても健全じゃないのに純愛だと思えるから、これで良いのかなと言う考えになってしまう
>>832
たぶん正攻法でも上手くいったぞこれとなる状況なのに、ヤンデレ幻想郷少女が無茶やるのは
もういっそ美しさすら感じる
「おや……これは、面白い」
件の兄弟の家に向かう道すがら、○○はとある人物を見つけて愉快そうに――ただし黒々としながら――声を上げた。
この依頼のどこに愉快な要素があるんだと思っている上白沢の旦那には、この、愉快そうな○○には普段であるならば、苛立ちの言葉の一つ、もう少し極まればわき腹を小突いてやる事もしたけれども。
恐らくも何も、初めて見る○○からの攻撃性に、○○の個人資産が横領されていた時ですら阿求がやりすぎるからと犯人の安否を心配していた○○には、全くもって似つかわしくない攻撃性に上白沢の旦那は戸惑い続けていたし、これとはまた別種の厄介事、東風谷早苗がどう言うわけだか○○に執着を見せ始めた事も重なり、上白沢の旦那は二か所どころかいきなり骨を折ったあの生徒とその弟の事を加味しないわけにはいかないので、三か所から同時に厄介事をぶつけられている計算になってしまう。
一か所でも多分上白沢の旦那にとっては、てんてこ舞いになってしまうぐらいの厄介事だと言うのに……
それでもと、意を決して○○の顔と、○○の視線の先を見る事にした。相変わらず○○の表情はこの先に起こる何かを、不健全な形で楽しみにしている攻撃性があった。
そして○○の視線の先にいる人物も、幻想郷土着の存在である上白沢の旦那にとっては、奇妙を通り越して少し寒気すら感じるぐらいの勢いであった。
目の前にいるのは女の子であったが、服装が問題であった。赤と白と青を基調としており、星がちりばめられている服を着ていて、被っている帽子は三本の細い棒のような形状が奇妙にねじれていた。
これを理解できる幻想郷土着の存在は、博麗霊夢のような超然とした存在でもない限りは、理解の外にある服装と言っても差支えが無いとしか表現できないけれども。
「クラウンピース!君の事は知っているよ、阿求の資料で見た時、幻想郷で星条旗を模した何かを見れるとは思わなかったから、びっくりしたよ!だからよく覚えている」
稗田○○である以前に、外からの流入者である○○にとっては、クラウンピースと呼ばれる少女の見た目をした存在が身にまとっている衣服も、理解できる対象であり何を意識したものなのかしっかりと分かっていたようであった。
「せいじょうきって、何だ?」
けれども返す返すも残念な事に、幻想郷土着の存在である上白沢の旦那は、○○が自然と口に出す事の出来る単語、星条旗と言う物を知らなかった。初めて聞く言葉であるので、たどたどしい言葉で○○に聞くしかなかったが。
「知らないなら黙ってくれませんか?今、ここで説明したところで理解できるとも思えない」
少し後ろにいた東風谷早苗が、ぼそりと呟いた、その声には苛立ちすら乗せられていなかった。ハナから、お前には理解できないと決めつけている、そもそも最初から期待などしていないから苛立つと言う発展すら存在しない、そんな雰囲気を東風谷早苗から感じた。
「何様だ?」
上白沢の旦那はなんとか、激昂して怒鳴る事こそ抑える事が出来たが、怒気は隠せなかった。
「外の知識なんで……必要ないでしょう?」
だが早苗はまったく、上白沢の旦那からの怒気には気づいていても意に等は解さなかった。そもそもの段階で彼女との言い争いには利益がないと、上白沢の旦那は何とか気づくことが出来た、それぐらいの冷静さはまだ彼にも残っていた。
冷静だから、東風谷早苗が残念ながら強い事、もしかしたら目の前にいる珍奇な、“せいじょうき”とやらを模した服を着ている、クラウンピースとやらよりも強い事は、認めなければならなかった。
「……」
結局上白沢の旦那としては、黙るしかなかったが。上白沢の旦那にとって一番恐ろしいのは、この時に東風谷早苗がまったく上白沢の旦那に対して、いやらしい態度を取ると言った興味すら無かった事だろう。
どうでもいと言う感情すら、東風谷早苗からは見えてこなかった、これは実に恐ろしい事ではないのか?上白沢の旦那は胸騒ぎの様な物を覚えざるを得なかったが……
「クラウンピース!君が俺達の前に現れたのは、これは偶然とは思えない!俺達に何か用があるんじゃ!?」
感情が高ぶりすぎて明らかに声色も表情も何もかもが、おかしくなっている○○の側にいる事が先決であるし、今回の事件は寺子屋の生徒が明らかに被害者であるし……
まだ片方の意見しか聞いていないが……いや、立場的に限りなく中立的な永遠亭の八意永琳ですら、あの骨折は運動中などによる不慮の事故は考えにくいと、かなり直接的に故意による犯行であるとの見立てを立てていた。
あの兄弟は虐待に合っていると言う、そんな偏見や凝り固まった認識をあの老夫婦は持っているのではと言う少しばかりの疑問も、永遠亭からの診断が強力な裏打ちを与えているのは、上白沢の旦那でなくとも幻想郷の者であるならばそれを肯定するしかない。
「まぁね」
クラウンピースは○○とは違ってやや落ち着いていたが……それでも怒気をはらんでいたのは理解できた。
「友人様……ああ、純狐様の事だけれども。あの方がいきなり突っ込んでくるのは不味いと思ったから、ご主人様、ヘカーティア・ラピスラズリと相談して私がとりあえず、最初に出てくる事にした」
クラウンピースがいきなり○○の目の前に現れてきた事の説明としては要点を得ているが。この話を聞く限り、純狐は今の状況をどうやら理解しているようだ、いったいどこでどうやって知ったのだろうか。
「耳が早いな」
上白沢の旦那の抱いた疑問と同じものは、○○も抱いていたようで雑談の形を用いてはいるけれども何故知る事が出来たかを、クラウンピースから聞き出そうとした。
現状では純狐とその一派に関しては、まだ悪だとは考えていないので○○としても穏やかでいようと努力しているのがうかがえた。
クラウンピースも○○とその一派については悪く思っていないようなので、○○からの質問にも出来る限り答えようとしてくれていたが。
どのように表現すればいいのかと、そう考えているのかいくらか口ごもっていた。答える気はあるようなので、○○はまだ耐えていたが、時間がないと感じているので明らかに焦れているぞと言う表情を、少しやりすぎるぐらいにクラウンピースに対して見せて催促していた。
「ああ……これが答えになるかどうかは分からないけれども、友人様、純狐様は神霊だから。神に近い存在だから……状況を見る方法はいくらでもある…………答えになってないのは認めるけれども、何となく察してよ、じゃあ駄目?」
あまり待たせすぎても不味いなと思ったクラウンピースは口を開いてくれたが……ロクな言葉が思い浮かんでいなかったようで、それはクラウンピース本人が最も自覚していて、気にかけるような懇願するような形でいた。この話はこれで頼む、と言った様子だ。
「さすがに友人様も、純狐様も弁えてはいるよ。場所とか相手の立場とか。今回は子供絡みだから相当無茶して、博麗霊夢に目を付けられかけているけれど……」
いくらかの補足も付け加えているが、クラウンピースの心配顔をよそに博麗霊夢の名前が出た時、○○は珍しく笑みをこぼしてくれた。
「心配はない、博麗霊夢もこの案件が異変と言うには……腹立たしいがな…………異変と言うには小さい事を分かっているから、自分が動けば話が大きくなりすぎる事を懸念して、この稗田○○に依頼をすると言う形で、この案件の処理を任されている」
それを聞いたとき、クラウンピースの中にも少しどころではなくて黒い感情が、激しさを求める感情が見えた。
「そうなんだ!博麗霊夢は手を引いたんだね!!稗田家に任せるって事は!!」
「その通りだ」
クラウンピースは大きな声で、彼女自身はもちろんだが周りにまで被害が及ばないか、それが心配になるほどに大きな声でおかしくなったのではないかと疑う程に荒ぶる感情で喜んでいた。
けれども相変わらず黒々とした様子の○○が一番怖かった。怒気を隠せていない物の、冷静さを失っているわけではないからだ。
「クラウンピース、君も付いてきてくれると嬉しい。数は多い方が色々とやりやすくなる」
「うん……それから、ぶしつけなんだけれども一つ頼みごとをしても良い?」
「なんだ?」
○○は実に軽い気持ちでクラウンピースのお願いを、返答の軽さから考えて聞く前から承諾する、そんな様子でしかなかった。
不味い気がするなと感じて、同じように考えられるであろう東風谷早苗の方を、上白沢の旦那は見たけれども。
確かに東風谷早苗は、○○の軽くて聞く前から承諾する様子に、不味いものを感じている表情を浮かべていたが。
上白沢の旦那の方はまったく見ていなかった、こんなにも近くで東風谷早苗の方向を見ていると言う事は、視線を感じ取れるはずなのだが、一向だにしていなかった。
眼中にない、物の数にも数えられていない。そんな腹立たしい現実を突きつけられてしまった。
状況と場所が良くないので、荒れるわけにもいかず、上白沢の旦那は唇をかみしめながら○○とクラウンピースの方向に、視線を戻す以外にはできなかった。
「友人様を、純狐様を連れてきて良い?」
「構わんぞ。むしろ純狐との会談は、早ければ早い程良いと思っている」
案の定、○○はクラウンピースからの頼みごとを、その言葉を反芻(はんすう)することも一切なくすぐにうなずいた。
この素早さには頼んだ本人であるクラウンピースもややあっけに取られていたが。
○○の目の中にある血走った物を見て取ったクラウンピースは、とてつもなく大きな納得を見せた。
「怒ってるんだね」
クラウンピースが○○の感情に気づいてそう言うと、○○はまた獰猛な表情をしながら。
「とてもね。阿求はもっとだよ、妻は体が弱くて…………子供は諦めろと八意女史からの診断を受けている、だから、とても怒っている、今回の事件には」
稗田阿求も怒りを溜めている理由を伝えると、クラウンピースは目をつぶって神妙な態度で何度か、コクコクとうなずいた。
「じゃあ大丈夫か。友人様は美人だからヤバいかなとは思っていたけれども、そっちの奥さんの考えがそれなら、友人様である純狐様とは思考的にもぶつかる可能性は無いと言っていいね」
そう言うとクラウンピースは、何か妙な動きを見せた。何らかの取り決め、仲間内にだけ分かる合図なのだろうなと思ったら。
「そこから来ますよ」
東風谷早苗は何かが起こる前に、ある地点を指さしたが、それを理解するよりも減少の変化の方が早かった。
ぬるりという様な形で、気配も音も何もなしにいきなり、上白沢の旦那の横を何かが通り過ぎた。
「は!?」
思わず上白沢の旦那は大きな声を上げて、状況の変化に驚きの声を上げて。
近くにいる稗田家からの護衛兼監視の男も、いきなり何かが何もないはずの場所から姿を現したことで、息を詰まらせて驚いているし、○○も声を上げてこそいないが目を見開いて驚愕の感情を浮かべていた。
少し落ち着いた辺りで○○は、東風谷早苗が相変わらず指さしている方向を見やった。
それで○○は何らかの心当たりをつけた。
「最初からいたのか?見ていたし、聞いていた?」
「ええ」
純狐と呼ばれる存在は、悪びれる事も無く答えた。
純狐、彼女の背景と言うか背中のあたりには狐のしっぽに似ているが、ゆらゆらとした陽炎(かげろう)のような物が動いていた。
それだけで彼女が、幻想郷では珍しくない物の人間以外の存在ではあるが、その中でも特に強者の部類であると理解しなければならなかった。
「くくく」
しかしそんな明らかな強者を目の前にしても、○○は面白そうに――そして攻撃的に――笑っていた。
「反則じみているなと思ったが……いや、でも、この状況では最高の戦力だ」
「思ったより制約もあるのよ?特に貴方のおうちである稗田邸とか、近づくだけでも感知されるでしょうね」
「まぁ、そこまで縦横無尽に動けるわけではないとしても……あの兄弟の家ぐらいには?」
「いくらでも」
その答えを純狐から聞いたとき、○○は嬉しそうに笑ったが、上白沢の旦那が知っているいつもの○○の笑い方ではなかった。
「で?討ち入りはいつかしら?今すぐでも構わないのよ、私は」
純狐は神経質にそして攻撃的に笑う○○に、全く影響されずにいつ行動するのかと問うてきた。
討ち入りはいつなどと、随分と物騒な事を言っているが一番物騒なのは、そもそも純狐が最も、一時でも早い討ち入りを求めている事だろうと、上白沢の旦那にはそれ以外の理解は出来なかった。
幻想郷内での、特に人里内での力関係や取り決めと言う物はまだ理解しているようで、独断で動くことは無かったけれども。
それでも心配なので純狐の仲間であるクラウンピースの方を見たら、彼女は純狐の方だけをずっと見ていた。
どうやらこの場では彼女が一番、人里内でのふるまい方と言うのを気にしてくれているようだ。
もう一度純狐の方を上白沢の旦那は確認した、彼女は相変わらずゆらゆらと陽炎(かげろう)のように動く狐のしっぽのような形を背負いながら……そもそも純狐自身も揺れ動いていた。
○○は○○でクラウンピースと純狐が付いてくることに、戦力の大きさに気をよくしすぎているきらいが存在していて、ややどころではなく危うかった。
このまま純狐の勢いに乗せられて、討ち入りに向かいかねないぐらいには、危ういと言えた。
「明確な証拠を連中の鼻っ面に叩きつけてからだ。それに、これでも人里の生業には敏感でないと、やっていけないと言う事情も汲んでほしい。今は、我々が乗り込んで話を聞く、それだけで十分すぎるほどの圧力をかけられる……どうかそれで勘弁してほしい」
純狐とクラウンピースと言う、明らかに人知を超えた存在を連れて行く時点で……過剰な圧力なのではと上白沢の旦那は感じていたが、この剣呑さに口をはさむ勇気が出てこなかったのと。
やはり、脳裏において確かに浮かんだあの兄弟の事が大きかった。何よりも今日は兄の方はいきなり骨を折ってやってきた。
徐々にであるが、上白沢の旦那も剣呑さに呑まれつつあったが。意識していなかったし、意識できたとしても進んだであろう。
攻撃性が大きくなっているのは上白沢の旦那も同じであった。
続く
>>838 の続きです
「私に案内させて」
そう言いながら純狐はゆらゆらしながらも、確実に歩を進めて行ってしまった。
恐らくは一番冷静であろうクラウンピースが、彼女の主人からも頼むぞを言われているのもあるのだろうけれども、彼女自身の危機感と、純狐に対する親愛の感情もあるのか、○○たちの事をある程度は気にしつつも一番の心配は純狐であると理解しているのか、○○たちの事を何度も見やりつつも申し訳なさそうな顔を浮かべた後は、純狐の方に急いで追い付き彼女の手を取った。
その生涯から、子供と言う物に執着を見せている純狐は、少なくとも見た目は幼い存在であるクラウンピースから手を握られたことにより、激情と言う部分こそはそのままであるものの、今ここでそれを噴出してしまっては、クラウンピースの迷惑になると理解しているのか。
ゆらゆらはしているが、発露される荒々しい部分は先ほどよりはマシになったと言ってよかった。
上白沢の旦那は思わず、大きなため息をついてしまったけれども。
○○は面白くないと思っているのか、奥歯を強く噛み締めている姿を見せていた。
その横合いとまではいかないが、やや奥の方で東風谷早苗は、こんな場面に似つかわしくない若干の微笑を携えながら、○○の方をずっと見ていた。
相変わらず上白沢の旦那はおろか、純狐やクラウンピースにすら興味を抱いていなかった。あくまでも彼女の興味は○○にしかなかった。
ここで一番可哀そうな存在は、稗田阿求の命令によって○○の護衛兼周辺の監視を担っている、稗田家の奉公人でもある屈強な者たちであろう。何かが起こった場合、いったいどうやって対応しろとお言うのだ、純狐にせよクラウンピースにせよ東風谷早苗にせよ、これらと正面切ってどうやって戦えと。
もっとも、そのどうやって戦えと言う部分は上白沢の旦那にだって当てはまるのだけれども。
その事に気が付いたら、急に彼も悲しくなってしまったので……やれることと言ったら、○○について行くだけであった。
悲しくなった、例えそれのみを稗田阿求が箔付けに求めていたとしてもだ。
とはいえ、悲しさを内包しつつも上白沢の旦那は付いて行くだけであった。
「あの家」
ゆらゆらと揺れる純狐を引き連れながら、○○たちはとある家屋にたどり着いた。
初めの頃に比べて、純狐が背中に背負っている、狐の形をした陽炎の揺れ動く様子が荒々しくなっているのは上白沢の旦那にも分かった。
これは……よくない兆候だと、すぐに理解できた。それに気が付くと東風谷早苗がじっとこちらを見ている、そこには苛立ちと嘲笑が均等に混ざり合ったような表情があった。
どうやら東風谷早苗も、今の純狐の様子が明らかにおかしいと言うか、危ない事を言いたくて仕方がないようである。
「ねぇ、相棒さん。何か思いません?」
少し声がいやらしく上ずったような形で、東風谷早苗は上白沢の旦那に声をかけた。何かを求めている、行動を示せと言われているのだとはすぐにわかった。
「分かってる……なぁ、○○」
上白沢の旦那としても、この状況におけるよくない部分はもう見つけている。
東風谷早苗から背中を押されたと言うのが、若干の腹立たしさを感じるが……自分と言う緩衝材を使わねばならないと言う危険な部分には思いを至らせることが出来るのは、まだ安心できる。
稗田阿求にとっては今回の東風谷早苗は、どこまでも異物のはずだからだ。
それでも、自分と言う緩衝材を使わねばならないと言う部分に、上白沢の旦那はどこか○○の側にいられることに対する優越感を抱いてしまった。
上白沢の旦那は自分自身に対して、浅ましい男めと言った感情が、無いわけではなかったが。今は目の前の悪い可能性を摘み取る事の方が、先決であろう。
「○○、今の状況なんだが、少し物々しすぎないか?」
上ずりそうな声を何とか抑えながら、上白沢の旦那は○○に……要するに純狐を何とかしてから行くべきではないか?と提案した。
この言葉を言った後、上白沢の旦那は自分の背中を、押すと言うよりは早くやれと言わんばかりに蹴り飛ばした、そんな感触すらある東風谷早苗の方を見たが。
見た瞬間、これは悪手であったと後悔した。東風谷早苗には、上白沢の旦那がいくばくか以上の優越感をもってして、○○に声をかけたことを見抜かれていた。
東風谷早苗の顔は、しらけるような白眼視するような、あるいは軽蔑するような、これらのいずれだとしても東風谷早苗が上白沢の旦那の事を評価しているはずがない、そんな見下した目を浮かべていた。
浮かれ過ぎたか、何にせよ東風谷早苗の感情を確認したのは不味いやり方だったと、上白沢の旦那は自分で自分の感情に舌を打ったけれども。
「そうだな……なぁ、純狐よ。せめてその背中にある陽炎だけは収めておいてくれないか?人里の外ならともかく、なのだけれどもね。それにまだ話を聞く段階なんだ、今はまだね」
しかし、この場の空気は和らいでくれた。○○が純狐に対して、矛を収めろとまではいわない物の、せめて相手から話を聞く態度ぐらいは作っておいてくれと、そう要求したら。
「悠長な事。聞くけれども、あの兄弟は大丈夫なの?」
「大丈夫だ、永遠手に預けた」
「あら、そうなの。鈴仙ちゃんのいる場所ね、手回しが良いわね。まぁ、だったら、時間をかけて苛ませると言う楽しみ方も、理解できないわけじゃないわよ」
件の兄弟が、既に永遠亭の保護下にあると知った純狐は、パッと明るい顔を見せてくれて陽炎のようにゆらめく狐のしっぽを収めてくれたが。
長引かせると言うのが実は残酷な趣のある遊びだと言うのには、思いを至らせることは出来たが、思うだけで限界であった。
「さぁ行こう」
元より、稗田阿求から全面的に権力を与えられている○○が、そもそも稗田阿求も今回の一件に関しては、ひたずらに残酷になり続けている。
稗田夫妻にこの人里の構成員が、いったい何を言えると言うのだ。
上白沢の旦那は次に、付いてきてくれている稗田家からの護衛兼監視役に少しうんざりとしたような表情で目をやった。
彼らとしても考えている事は上白沢の旦那と同じか、妻が人里の最高戦力である上白沢慧音ではない彼らの方が、上白沢の旦那よりも立場は弱いので。ただただ、困ったような笑みで誤魔化すぐらいしかできなかった。
「……すまない、残酷だった」
困ったような護衛兼監視からの笑みに、この人たちの方がつらい立場であるのにようやく思い至る事が出来た。
上白沢の旦那は力なく謝罪する事しかできなかった。
「稗田○○だ、開けなければ開ける方法はいくらでもある」
開けろとは言ってないし、戸口を叩く強さも穏やかではあるが、むしろ荒々しくない分怖さが増している。
しかしながら家人は胆力が強いのか、単に頭が悪いのか、中からはうんともすんとも声が返ってこなかった。
「いない可能性は?」
「無い」
一応上白沢の旦那が○○に、留守である可能性を聞いてみたが。純狐が無いと横から言い放った、○○はその判断を全面的に信頼しているようであったし。
「永遠亭にあの兄弟を預ける前に、色々と聞き取った。その時に阿求から預かっている手の者も使った、いないはずがない」
○○の方も○○の方で、抜け目なく下準備の調査を行っていたようであった。
そして○○は荒々しく、懐から取り出した金具や工具を戸口のカギ穴に突っ込んだ。
以前にも見たことがあるけれども、その時に比べてがちゃがちゃとした雑音が多かった、普段ならばもっと静かに開けてしまうはずなのに。
結局○○は、カギ穴を半分破壊したのでは?と言う様な異音とともに戸口をあけ放った。
そのままずかずかと、○○はもちろん、後ろに純狐や既にこの騒動で憔悴している様子のクラウンピースを連れて家屋に入り込んでいき、その奥で縮こまって許しを請う様な女性を見つけた。
「ははは!」
○○はそれを見つけて笑ったが、純狐は陽炎の様な狐のしっぽこそ出していないが、出している時と怖さに関してさしたる違いはなかった。
ただクラウンピースも、この騒動に憔悴こそしているけれども、憔悴に原因を目の前の女性に……と言うよりは兄弟を除いたこの一家そのものに見ているような気配すらあった。
少なくとも今のクラウンピースの、目の前の縮こまっている女性に対する視線は、およそ敵対的であるとしか言いようがなかった。
「まぁ、この場は私に。戦争をしに来たわけじゃないんだ」
○○はそう言いながら、純狐の前に手の平を出してこの場は自分が取り仕切るとの旨を出しながら、心配している手の者も外で待つように求めた。
少なくとも純狐の敵意は旦那様である稗田○○に向いていないし、そもそもの旦那様がこの場は少人数でやりたいと求めている。
「何かあれば、すぐに」
そう言って手の者たちは家屋の外で待ってくれた。
しかし上白沢の旦那には、○○が使った戦争と言う言葉が引っかかった、今のこの状況は戦争と言うよりは酷く一方的だと言うのに。
最も○○の場合、分かっていて気づいていて、何か皮肉気な感情を込めながら優しい感じがしないでもない、そんな言葉を使っているのだろうけれども。
「居留守を使ったことは何も言いません……ただ、お伝えしたい事と聞きたい事がありましてね」
今はまだ、少なくとも荒っぽい事は何もやる気は無いようであり、笑顔を携えているがそれが偽物の笑顔である事は誰の目にも明らかであった。
ただ、上白沢の旦那が最もうんざりしたのは、目の前の縮こまっていた女性からの表情が、明らかに権力と言う物に媚びたそれに変わっていたことである。
どう猛さを攻撃性を隠しきれていない顔よりも、見ていられない醜い表情と感情を感じ取ってしまう事しかできなかった。
○○も自分に媚びているこの表情が、権力も手の者も資金も何もかもが、稗田阿求からの借り物であると強く自覚している○○にとっては、阿求に泥を投げつけられたような気分すら起こったのか、隠しきれていない攻撃性をともなった笑顔が、急になりをひそめてしまった。
これならばさっきの笑顔らしき表情の方が、まだマシだったなと上白沢の旦那は思った。
「あの兄弟の、兄の方が骨折していたので永遠亭で『保護』することに決めた」
表情が無くなった○○はそれに見合ったように、淡々と出来事を報告していたが、やはりそんな声色でも保護と言う言葉を使ったのは、気になる。
まるでそうしなければ、何者かからの危害を加えられる恐れがあると言っているような物ではあるが。
ただ、そんな言葉を使いたくなってしまうのも理解できた。
この家は、酷いの一言であった。
目につく範囲に酒瓶やら、乾物のつまみやら、何やらと言った物が放置されているのはこの家の環境が悪いことを示す一例としては、十分すぎるぐらいのものであろう。
○○はそれをチラリと見ただけで鼻で笑って、自分の考えが正しかったことの証明を得て少しばかりいい気になっていいたが。
この一件に関しては、純狐の方が入り込んでいると言ってよかったため、自らの考えが正しかった証明を得たのは、かえって苛立ちを溜める原因となっていた。
純狐は相変わらずゆらゆらとした動きをもってして、家屋内を歩き回って、目についた戸棚を荒々しく開けたかと思えば、憎しみの感情をこめたため息、あるいは咆哮一歩手前の息遣いを見せながら、戸棚の中身をぶちまけ始めた。
○○はそれをいやらしく横目で見やっていたが、想像以上だなと言わんばかりに口がぽかんと開き始めた。
純狐が戸棚からぶちまけたのは、案の定で酒だとかおつまみの類がほとんどではあるが……いかがわしい物、要するに遊郭ぐらいでしか手に入れる事が出来ないような書物や物品もゴロゴロ転がってきた。
戸棚の位置と高さから考えて、子供でも、様するにあの兄弟ぐらいでも簡単に手に取れるような場所に、そんな、遊郭を強くにおわせる物品が転がっていたと言う事になる。
○○は妻である、一線の向こう側である稗田阿求の事を思いやって、確認だけ出来たらもう見ないように努めていたが。
同じように一線の向こう側を妻としているのは上白沢の旦那もそうなのであるけれども、彼の場合は妻である上白沢慧音と言う存在が極上であるから、まだ、苦渋や苦悶にまみれた顔こそしているが、遊郭絡みの情報を参照できる余裕があった。上白沢慧音は自分の身体で奪い返すだけの、気概と能力を有しているからだ。
「○○さん、可哀そう」
しかし、上白沢の旦那が遊郭絡みの物品を苦渋にまみれた表情とはいえ眺めていたら、不意に東風谷早苗が○○の事をおもんばかる言葉をつぶやいた。
この言葉だけならば、まぁ、少し危なっかしい部分は感じる物の無視できなくはないけれども、東風谷早苗の言葉は上白沢の旦那にもある程度以上は向いていたと、ぶつけられた以上は気づかざるを得なかった。
「どういう意味だ?」
手の者を○○が遠ざけている事を、上白沢の旦那は感謝するほかなかった。東風谷早苗と少しばかり、喧嘩が出来るそんな余裕が生まれているからだ。
目の前にいる、びくびくしているようで媚びた様な顔をした女……あの兄弟の母親のようではあるが…………
ここまで考えて、どうでもよくなった。あの骨折は事故ではなくて故意の物ではあると言うのは、もう疑いようのない事実である。
永遠亭の八意女史が嘘を言う利益は無く、聞き込みを行ったあの菓子屋の夫婦の怒りが嘘や演技とは思えない。
となればこの、目の前の女性の、増してや媚びたような表情には腹立ちが出てくる。上白沢の旦那が東風谷早苗とのちょっとした喧嘩を優先するには、十分な理由と言えよう。
「はぁ」
たとえいくばくかの気になると言った感情が残っていようとも、どこか間延びしたような下に見た様な、この声はそのいくばくを消し去ってしまうには十分であった。
「どういう意味だと聞いている」
純狐はいまだ戸棚の中身をばかすかとぶちまけていき、○○は相変わらず微笑をもってして一応の母親をさげすんでおり、純狐の手を握り続けてなんとか落ち着けようとしているクラウンピースは、上白沢の旦那と東風谷早苗の間に険悪な空気が走っているのを見て、驚愕したが関係ないとしてそっぽを向いていた。
一番この状況、特にクラウンピースのいたたまれなさに気づいてくれそうなのは東風谷早苗であったが……。
「だから、○○さんが可哀そうだなと言っているんですよ」
彼女は、それでもなお○○の事を思いやる方を優先するであろう。クラウンピースは人知れず、腹を決めた。
「可哀そう?抽象的でよく分からんな」
怒鳴りあいや暴言が飛び交っているわけではないけれども、冷静な怒気ゆえに怖い場合と言うのは多いであろう。
「貴方は多分どころか間違いなく、人里で二番目に幸せなはずなのに。○○さんの為になっているとは思えない。あなたがもう少し活動的だったらなと、思っただけで……稗田阿求のこだわりと言うか地雷が多すぎるし強すぎるのに、○○さんは常に神経を張り詰めているのに」
東風谷早苗からは悲しさと怒りが湧いてきたが、その向かう先は上白沢の旦那ではなかった、それどころか彼を素通りしているような気配があったが……
問題はどこに向かっているかであろう。そしてそのどこにと言う部分、気づけない程上白沢の旦那は頭が悪くない。
と言うよりは、頭が決して悪くないゆえに、活動的になる事の恐ろしさを理解してしまったともいえる。
上白沢の旦那の脳裏には、稗田阿求の顔が浮かんだ。それを、東風谷早苗は。
……触れるべきではない。瞬時にそう理解した上白沢の旦那は、視線を東風谷早苗から外した、つまり逃げたのである・
「そういう所、私が言いたいのは。どいつもこいつも、あいつを」
「それ以上は言うな、腹の底に収めておくんだ」
ただ稗田阿求の名前を言いかけた時だけは、上白沢の旦那は声をかけるしかなかった。
戦争など、ごめんである。
「まぁ、今はまだその時ではない、ですかね。神奈子様に迷惑をかけたくもありませんし」
ただ東風谷早苗の腹は、もはや決まりつつあったのだけは確かであった。
○○は目の前の犯人への怒りで、東風谷早苗の声を聞いてはいないけれども。怖くて、報告する気にはなれなかった。
また、これを○○が知る事によって○○が苛む様な気もしたからだ。
続く
病みナズ エイプリルフール編 ルート2
…分かった分かった、そこまで言うんなら君を自由にしてやってもいい。ただし条件がある。なぁに、ちょっとした簡単な事さ。
半日私と人里でデートをしてもらう。もちろん君は私の恋人という事でだ。君にもそのつもりで接してもらう。私の気分を損なうようなことも禁止だよ?それと、私の命令は絶対だ。私がして欲しくなったことはすぐにしてもらう。抱き締めてもらったりキスしてもらったり…くふふ、夢が広がるなぁ…
たったそれだけの事さ。半日やってくれるだけですぐに君を解放してやろう。終わった後は私の子鼠もつけない。元の世界へ帰るなり、他の雌と仲良くするのも自由だ。どうだい?悪い条件じゃないだろう?
…くっふふふ、決まりだ。では…ほら、行こうか、私の旦・那・様♡
…くふふ、君の腕はとても抱き心地がいい…それに、こうしてると君の温もりがよく分かるよ…
…ほら、〇〇も私の手を握ってくれ。
…いや、そうじゃない、もっと絡めてくれ。恋人みたいに指を一本一本交差させて…ふふふ、そうそう、あぁ、幸せだなぁ…♡
「あれ?ナズじゃない、隣に居るのは…えっ、〇、〇〇!?」
おやおや、村紗、寺の買い出しかい?
「ちょっちょっちょっ!そんなことより!なんで〇〇がここに居るの!?突然いなくなったからみんな心配してたのよ!?」
ははは、実はね、〇〇はずっと私の家にいたんだ。
「えっ!?ど、どうして黙ってたのよ!」
〇〇に「ここに自分がいる事は秘密にしてほしい」って言われてしまってね。仕方なかったんだ。
「は?…なんで?」
それがね…どうやら〇〇は私の事が好きだったそうなんだ。
「っ!?はっ、まっ、待って、なん…、え…?
だっだって、アンタ達全く接点無かったじゃないのよ!寺でも二人で話してるとこなんか全然見たことないし!」
くふふ、人間って不思議なものだねぇ、好きな人と接した時、緊張してしまって声も出なくなる時があるんだとさ、実に興味深いものだ…
「はっ、はぁ?…ね、ねぇ!〇〇!ホントなの?ホントにコイツの事が好きなの?」
そうだよね、〇〇?私たちは相思相愛の関係なんだよね?今日だって私の家から出たがらない〇〇を無理やり外に連れてきたぐらいだからね。こうやって腕を掴んでおかなければすぐに家に帰りたがるんだから、全く、困ったものだよ。
「…そ、そんなに…うぅ…
…あ!分かった!そう!そうよね!二人して私を騙そうとしてるのね!だって今日は」
おや、そろそろ時間か。では帰るとしようか、ね、〇〇。
「え、あっ、ちょっ、まだ話は!〇〇!〇〇ーっ!」
ふふふっ…見たかい?あの驚いた顔。実に気持ちがいい。これで君と私は恋人だって事が分かっただろう。くふ、くふふふふ…
…ん?約束?なんの話だい?
…君を解放する?そんな約束したかなぁ?
あぁ!なるほどねぇ、君、すっかり私のこと信じきってくれたんだね。ふふふ、そんなに信用されてるなんて嬉しいなぁ…
あ、ほら、君の大好きな家が見えてきたよ。くふふ、おかえり、〇〇。
…え?騙したのか、って?うん、嘘だよ?あはは、何をそんなに怒ってるんだい?だって今日はー
ーエイプリルフール、だろう?
外堀埋める系と自分以外の女を敵視系
どっちが厄介だろうか
>>841 の続きです遅くなって申し訳ない
東風谷早苗が明らかに稗田阿求を敵視し始めているのに気づいてしまった、その恐怖に比べれば。
「どういう事!?」
純狐がいきなり大声を出しても、さして驚きや恐怖は無かった。
上白沢の旦那は、自身でも驚くほどに冷静な感情のままで、激昂している純狐を見ている事が出来た。
「この家、酒かツマミかいかがわしい物ばかりで!子供の為に用意したものが何もないじゃない!!」
それに純狐が激昂する理由を聞けば、彼女がそうなってしまう理由としては十分に理解をすることが可能であったし。
純狐が家探しかと思うぐらいの勢いでひっくり返したものを見れば、純狐の怒りがお門違いなどではない事の証明でもあった。
酷いものであった。
別に上白沢の旦那は、一線の向こう側を妻としているから、遊郭絡みの話題は極力、可能であるならば完全に避けるべきであるとしているけれども。
実を言えば上白沢の旦那個人としては、誰それが遊郭でよく遊んでいるなどとのうわさを聞こうとも、商売女ごときに破綻をきたすような本気になりすぎるような事さえなければ、そうなんだ程度の認識でいることがまだ、可能であった。それは妻出る上白沢慧音の持つ抜群の魅力による事と、慧音本人も酷く挑発的になりながらも泥棒ネコを相手に戦える、自らの体に対する自信から来る胆力があるからだ、神白砂ら慧音には。
だからこの場で、上白沢の旦那が○○よりも先に言葉を発したのは、実に自然な事であるしまた合理的でもあるのだ。
今回の事件は、依頼人が上白沢の旦那であるしどうやら寺子屋の生徒がロクな目にあっていないと言う、深入りする最もな事情や理由があるとはいえ○○よりは妙な事になりにくかった。
上白沢の旦那は純狐がぶちまけた物品を見回しながら、わざとらしくその周辺を歩いた。
この際、酒とツマミの量に関しては目をつぶったとしても、純狐の言う所のいかがわしい書物の量があまりにも多い事に関しては、やはり、上白沢の旦那は問題視していた。
「家庭環境が悪すぎる……酒好きでツマミも多いなら、まぁ、目はつぶれてもね……」
上白沢の旦那は思った通りの事を口走ったが、純狐にとっては上白沢の旦那のその言葉がえらく気に障ってしまったようであった。
「今更?」
どう考えても気が立っている純狐は、上白沢の旦那に対しての言葉にも荒々しさがあった。
「友人様、友人様。ご主人様も言ってたじゃないですか、稗田○○が動き出したら基本的に、彼よりも動いちゃならないって。稗田○○よりも先に直接的な行動はダメだって、そこだけは約束しましたよね?」
上白沢の旦那が純狐に対して何事かを発する前に、クラウンピースは急いで口を回し始めた。
クラウンピースの主人である存在も、今の純狐がそうとうにまずい状態と言うのは気づいていたし、何より純狐がクラウンピースの事を気に入っている様子なのも見れた。
純狐の体を揺らすクラウンピースの事を、純狐はその頭をなでたり肩を抱いてやったりしていた。
「ヘカーティア・ラピスラズリとも接触しておく必要があるかもな……クラウンピースの主人だよ」
上白沢の旦那の横合いから、○○が耳打ちをしてくれた。しかし○○の本意は、上白沢の旦那に細かい知識を伝える事ではなかった、○○は彼の腰や背中辺りを軽く何度か叩いてやって落ち着くようにとの考えを示していた。
「ああ、ありがとう」
上白沢の旦那もやはり、○○には迷惑をかけたくはないのでトゲを明らかに飛ばし始めている純狐へ、目線を飛ばし続けてはいるけれどもそれ以上は歯をきしませるのみで耐えていた。
とはいえ純狐はそこまで冷静ではなかった、あるいは彼女は強いからこういう時も我を押し通すことに慣れているとも言えた。
「今更なの?って聞いているの」
クラウンピースの頑張りの影響は、純狐の声色が若干大人しくなったのを聞けば、まったくないわけではなかったけれども……上白沢の旦那へのいら立ちが無くなったわけではなかった。
クラウンピースは相変わらず純狐の体を揺らして、落ち着くようにと懸命に伝えているが、純狐はクラウンピースにこそ優しく肩を抱いたりしているけれども、純狐の苛立ちを完全に沈める事は叶わなかった。
と言うよりは、と○○は純狐の顔を見て少し考えた。止めようとしているクラウンピースの明らかに子供に近い性格や立場や見た目が、純狐から退くと言う選択肢をなくしているような気がした。
純狐の基礎的な性格や思考は、子供と言う物を好くようになっている。過去の、実子に対する非道な仕打ちを受けられたことを考えれば、無理はないのだけれども。
「つまり?」
しかし上白沢の旦那が、純狐からの鞘(さや)当てを我慢しきれることはなかった。
上白沢の旦那は相変わらず、○○から腰や背中やついには肩のあたりを軽く掴まれて、勢い任せに突っ込んでいかないようにとの警戒心を、それ以上に警告を○○は上白沢の旦那に対して与えていた。
「今更と言う言葉にそれ以外の意味は無いわよ。あの兄弟が苛まれている、虐げられている事に気づいたのが、今更なの?と言う意味よ。何十人も見ているから、と言いたいかもしれないけれどもここに来る前に事情を聞いていた、あのお菓子屋の夫婦だって似たような数をさばいているのにとっくに気づいていたわよ?遅くない?」
言いたい事を全部言い終わっても純狐は、まるで清々したような顔はしていなかった。これは手始めに過ぎないと言わんばかりだ。
「私に、昨日に依頼をしに来てくれたんだよ上白沢の旦那は。あの兄弟の事は気にかけていたよ」
ここで○○が助け舟をだしてくれた、正確には依頼の内容を話したのは今日なのだけれども、その部分は純狐を落ち着かせるためや上白沢の旦那の立場が悪くならないようにと、ぼかしていた。
嘘はついていない、依頼をしたいと言ったのは確かに昨日なのだから。
「友人様、友人様!向こうの立場も考えましょう!アタイ達だって思いっきり動いたのは今日が初めてなんですから」
ついにクラウンピースは純狐に対して抱き着く様な形まで見せた、それだけ純狐の事を警戒していると言う事だろう。
「…………そうね、ピースちゃん。悪かったわね許してちょうだい」
クラウンピースの方をじっと見た純狐は、表情をいくらか変化させて脳裏で色々な事を考えてるなと周りにも分かりやすい姿を見せた後、やや悲し気に矛を収めてくれた。
○○は純狐がクラウンピースに対して、特に悲しそうな目線や気配や言葉を用いながら、あまつさえ許しまで乞うたのが強く印象付けられていたし。
「まぁ純狐も、彼女も考えてくれているし。クラウンピースに対する振る舞いを見れば純粋な物だと理解できるだろう……クラウンピースも頑張ってくれているようだ」
この場で暴れる事に関しては、実はそれhそれで程度に○○は考えていたけれども。上白沢の旦那と純狐の間でひと悶着ある事はいくら何でも、避けたい事象であった。
○○は上白沢の旦那の肩に手を置いて、揉む様な力具合まで見せて落ち着くようにと示しながらも。
「クラウンピース、こんな場所にまで付き合ってくれて本当に感謝している。なぁ、そう思わないか?君だってそう思うはずだ」
○○はいつもの事ではあるのだが、少し以上に演技がかった動きでクラウンピースに謝辞を述べながらも上白沢の旦那に対して無理やりにでも目線を合わせようとしていた。
この場においてはクラウンピースが最も、厄介な立場と言うか状況に置かれることを、主人であるヘカーティア・ラピスラズリから命じられたという部分は大いにあるだろうけれども、この場が何とか大荒れの模様にならないようにと気を配っている存在への謝辞は忘れないでおいたし。クラウンピースぐらいに冷静ならば、この謝辞とその後に○○が見せている動きは、自分は上白沢の旦那の方を抑えておくので、そちらは純狐を抑えておいてくださいと言う言外による意思表示である事は、すぐに気づくことが出来た。
「少なくとも稗田○○の事は信頼してもよさそうだと思いますよ?友人様」
やはりクラウンピースは気づいてくれたようで、純狐に対する抱き着きはなおも継続されていた。
その表情には必死さも現れていた。人里のど真ん中で、純狐ほどの存在が暴れる事が何を意味するか、博麗霊夢がどう思うかについてはクラウンピースが分からないはずはない。
しかしたとえ、純狐が自らの強さが種々の場合に置いて良い悪い両面での影響を与える事に対しては、今現在においては無自覚であったとしても。
気に入っているクラウンピースの困った顔は見たくないと言う思いの方が強そうなのは、まだある程度は人里の規範にのっとった形でこの件を解決しようと考えている○○にとっては、まだ良かった部分として機能していた。
最終兵器にしたって、純狐の力は強すぎる。抑止力以上の実戦は……そう考えたいのだけれども。しかし、そうなっても面白いなと言う考えは、○○としても否定はできないでいた。抑えつけているはずの本気のいさかい、増してや純狐が暴れるのは不味いと言う考えなのだけれども、同時にこんな連中にそんなお上品な考えを持たなくても良いという考えも、強く存在していた。
阿求が子供を設ける事の出来ない、それほどまでに弱い体である事が、この実子の骨を叩き折るような鬼にすら劣る悪辣な連中に対しての、苛烈さを容認するような気配は……阿求ですら持っているのだから。
「……○○?」
上白沢の旦那はいきなり黙りだした○○を心配したが。
「危ないね全く……この状況全部が、登場人物全員が。俺や阿求ですらどこかしらで花火を求めている」
○○は上白沢の旦那に対して返答を見せるような独り言を呟いているような、そんなどっちつかずの動きを見せていた。上白沢の旦那の心配するという感情はつのる。
クラウンピースもあからまさにヤバそうな気配を感じたことで、嗚咽と言うか嘔吐感のようなものを感じていたが。
しかしそれでも、逃げようと言う感情は見えなかった。○○はその心意気に舌を巻く様な表情を見せて、クラウンピースはと言うと早くこいつらを何とかしてくれと言う様な表情で、縮こまっている女の方をあごでしゃくった。
「分かっている、なんとかする」
○○はクラウンピースが見せた、嫌悪感に対して前向きな返答を見せた。
「あの兄弟さえ無事なら、割とどうでもいい」
「それならいくらでも、手はある」
「じゃあ、やってよ。稗田様」
クラウンピースからの様付の呼び方は明らかに皮肉のそれだったが、○○はそれに対して怒ったりすることはなく神妙な面持ちでうなずいていた。
「クラウンピース、君はあの兄弟とは?」
「遊び仲間。お菓子屋の近くでよく遊んでるの……まぁ、こんな環境だから、他の親にとってもあの兄弟って、ちょっとねって感じだから……でもあたいなら大丈夫だから。巫女でもない人間なら、ほとんどの場合はだから」
「クラウンピース、多分君が一番冷静だ。不味いと思ったら俺が相手でも止めてくれ」
「止めないよ、その方が面白い。あたいが気にしているのは友人様が不味い事にならないようにってぐらい」
○○はクラウンピースからのややもすれば獰猛な考えに対して、ヒステリックに笑った。どう考えても攻撃性の強い笑い方だけれども、クラウンピースはその様子を見て静かに冷たく笑うのみであった。しかし楽しそうなのは、間違いがなかった。
「あのう」
しかし○○のヒステリックで攻撃的な笑い声はある人物の声で、ぴたりと止められた。東風谷早苗だ。
「ああ……失礼した」
○○はそういえばそうだった、と言う様な面持ちで東風谷早苗に対して謝罪の様な気持ちで声をかけた。
実際問題、東風谷早苗が声をかけてくれなかったらいつまでも○○は笑いかねなかった。
「誰も声をかけなかったので、私がね……調査が進まないなと思ったので、差し出がましいとは思いましたが」
東風谷早苗はそう言いながらちらりと、上白沢の旦那の方を見やった。
「ああ…………そうだな、なぁ」
東風谷早苗の意味深な見やり方に呼応して、と言うよりは対応を必死で考えるようにしながら、○○は上白沢の旦那に声をかけた。
「これが終わったら家庭訪問の制度を寺子屋に作れ、しょっちゅうでなくても良いから生徒の家を確認しておくのは、悪い案じゃないはずだ」
○○が急いで上白沢の旦那に声をかけた様子を見ながら早苗は、鼻を鳴らして不機嫌そうにしていた。
「東風谷早苗の事は気にするな、俺も気にしていない」
○○は上白沢の旦那に対して耳打ちしながら、調査を再開させるように歩を、この家の奥さんであろう女性、そしてあの兄弟の母親であろう女性の前に立ちなおした。
○○が何かを喋る前に、純狐が荒らした部屋の中をもう一度見直した。
「まだ寺子屋で勉学を学ぶような兄弟が、子供がいるような家庭環境とは思えないが……まぁ良い、まぁ良いが……いや今はそれより先に」
独り言のように○○はごちるが、それは明らかに目の前の女性に一応は母親であるはずの者に聞かせるような、そんな大きさの声であった。これは放ってはおかないぞと言う予告と言えよう。
けれども○○の中にも順番があって、それを優先していた。
「旦那さんはどちらに?ここの旦那ですよ、あの兄弟の…………」
あの兄弟の事と言った瞬間、○○は言葉を詰まらせた何かを考えているかのようであった。
「あの兄弟の……父親で良いんだよな?」
ほぼほぼ間違いないのだけれども、○○は怒りや苛立ちを必死に抑えながらつぶやくように言った。
しかしながら、○○から質問を敵意全開でぶん投げられている目の前の女性はと言うと、ヘラヘラおどおどとした態度であった。
ヘラヘラはこびるような、おどおどは恐怖だと分かったがよくこびれるなと上白沢の旦那は思った。
「ええ、まぁ……」
「じゃあその旦那はどこにいる?」
「……さぁ?」
この言葉に○○は目を向いた、無論の事だが悪い意味でだ。
「……旦那の仕事も知らないのか?」
「力仕事をするようなって事ぐらいしか」
「力ね……」
力と言う言葉に少し○○は引っ掛かりを感じるような、それでいて疑う様な事を隠そうともしなかった。
上白沢の旦那にも○○の懸念は、何となく理解できた。力をまともな意味で使うとは、少し思えなかった。
「こっちで探しましょうよ、その男の事は」
苛立ちと皮肉気な笑みを混ぜ合わせた様な○○の姿を見ながら、東風谷早苗はまた言葉をかけた。
「……」
○○は早苗の事を全く無視するわけにもいかず、無言で彼女の方を見た。
しかし早苗は無言であろうとも、○○から認識されている事が楽しいようで見られただけで笑顔がはじけて、家屋内であるから大した距離でもないと言うのに、手をひらひらと振って精いっぱいに東風谷早苗は自分の事を○○に対してアピールしていた。しかしその早苗からのアピールが完全い終わる前に、○○はサッと顔を上白沢の旦那の方に向けた。
「お、おう」
「行こう、ここにいてもあまり情報が手に入るとは思えん」
上白沢の旦那はいきなり顔を向けられた事で、驚いたように短い言葉しか出せなかったが、○○はもう動くつもりだったので上白沢の旦那からの返答は大して重要ではなかった。
けれども東風谷早苗は、完全に無視と言うかむしろ避けられた形なのだけれども、ご満悦な顔をしていた。
「あの!」
○○はバタバタとここでの情報収集を手仕舞いにしてしまおうと、もっと言えば東風谷早苗を振り回してできる事なら撒いてしまおう、そんな気配も見えてきたころ。
非常に間の悪いことに、ここの奥さんが声をかけてきた。
それも相変わらずヘラヘラと、はっきりと言ってこびを売る様な顔である。○○と最も付き合いのある上白沢の旦那ならば分かるが、○○が最も嫌がる表情だ。
ただでさえ○○は、自分が阿求と比べて随分とそう言った力がない事を気にしている。こうやって媚を売られると言う事は自分の後ろにいる阿求を汚されたような感覚に、○○は陥ってしまう事を分かっていない、あわれな存在の末路を考えて上白沢の旦那は身震いしたが。
「なんだ?」
酷く不機嫌そうな声であるけれども、こう言ったときに無視して突っ走っていかないという優しさが、○○の良い所だと思っているのだが今回に置いては足を引っ張っているような気配しかない。
「付いてきてくれている人にやらせていいと思うぞ」
東風谷早苗を振り切るためとはいえ、この現場に対する嫌悪感を抱いているのは上白沢の旦那も理解していたので、二種類の理由があるだけに○○に対してこんな奴は無視しても構わんだろうと言ったが。
「いや、まぁ……気になる」
若干の皮肉気な笑みを浮かべながらではあるが、○○はその女の言い分を聞いてやろうと思ったようだ。喜劇でも見るかのような気分だと本人は思おうとしているのだろうけれども……無理をしているのは明らかであった。
「○○さんかわいそう……本当に、本当にかわいそう」
上白沢の旦那は良くないなと思って苦悶の表情を浮かべているが、東風谷早苗はもう少し踏み込んでいた、はっきりとした言葉を用いて○○に優しくしようとしていた。
「…………」
少し○○は固まってしまった、思考を作り直しているかのような目線の動きが上白沢の旦那には見えた。
「早く言え」
組み直した思考で○○は、相変わらずへらへらとこびた顔をしている女に対して、先ほどよりも明らかに強く命じた。
上白沢の旦那はそんな姿をする○○に心痛を覚えるのと同時に、場の状況を考えないこの女にもイライラし始めた。
あの兄弟の母親がこんなのとはな…・・あの兄弟はそれなり以上に頭が良いはずなのだがな、その親がこんなのとは、上白沢の旦那はやはりこの世界には神も仏もいない、いたとしても随分と自分勝手な連中だと言う考えを更に強くした、そう思うには十分な感情を見る事が出来た。
「あのお菓子屋と、言いますと……婆さん嫁にしている変な男がいるお菓子屋の事ですか?子供がよくワラワラしている妙にうるさい店」
この女は、嫌な感触しかない言葉を並べ立てていた。上白沢の旦那は何とかこらえたが、こびを売られている○○はと言うと耐えられるはずもなく目をカッと見開いていた。むしろこうやって耐えようとしている気配もあった。
「なんか変な服を着た、子供もいると聞いて及んでいます」
けれどもこの女はこびを売るのに精いっぱいで、周りの、特に○○の変化には気づく余地も無かった。
「あんな店ですから、夫の方も変な噂が……キツネつきなのではと言う噂も」
えへえへ等と言う様な具合で、変な笑い方を見せながら○○に対して懸命に気に入られようとしていたが。残念ながら○○はそう言うのを思いっきり嫌がる性格であった、むしろちょっとばかし能が無いぐらいの方が、やれやれと思いながら手を貸してやれるぐらいだ。
しかしながらこれは……上白沢の旦那も嫌になってきた。
「キツネつきねぇ……まぁ、覚えておくよその証言は、聞いてよかったよお前から色々と聞いておいて。行こう、次だ」
くっくっくと言う様な笑みを見せながら○○は背中を見せて……この家屋を後にする事にした。
上白沢の旦那は無論であるが急いで○○の後を追いかけるが、東風谷早苗も○○を追いかけた。
あまつさえその時に、上白沢の旦那は早苗と肩がぶつかった。もちろんそのぶつかり方に、甘い何かと言う物を感じ取る事は出来なかった。
東風谷早苗は別に、ぶつかっても良いと思いながら突っ込んできた、そんな気配があった。わざとぶつかりにこそは来ていないけれども……。
そう思っていたら○○はこの場面を見ていたようで、彼は上白沢の旦那の腕を引っ張って自分の隣に置いてくれた。
上白沢の旦那の耳には、東風谷早苗からの悔しそうな息遣いが聞こえた。
目の前の事件、それも上白沢の旦那自身が持ってきた依頼だからこれを最優先にしているけれども。
後々、東風谷早苗が原因であるいは中心に据えられて、何かが起こるだろうなと言う予測は、強く持たざるを得なかった。
続く
>>848 の続きです
「俺達であの野郎の旦那を探すのは良いが、どうするんだ?」
上白沢の旦那は自然と、先ほど聞き取りを行った女性の事を普段の口調とは全く変わって、あの野郎等と表現した。
「似顔絵が得意な者を、うちから呼んでくるよ」
だが○○は、上白沢の旦那の疑問にも答える形であるいはその疑問を彼は抱くだろうと思っていたのだろうか、するりと返答をしてくれた。
○○が上白沢の旦那に堪えた言葉は少しばかり大きな声だったので、稗田阿求が用意している護衛兼監視の者達にもすぐに届いてくれて説明の手間が省けた。
手の者達の中から1人が恭しくお辞儀をしてくれたと思ったら、すぐに走って行ってしまった。
稗田邸に戻って、似顔絵の上手い奉公人を連れてきてくれるのだろう。
「色々いるんだな、稗田邸には」
上白沢の旦那はこれからやってくる似顔絵の上手い奉公人の存在に、少し笑いながら○○に呟いた、けれどもその呟きはあくまでも大した意味は無かった、すぐに消えてなくなる軽い言葉だったのだが。
「ああ。色々とやれる昼用があるからな、稗田家は。家格を守るためにも」
○○からの返答は、自嘲気味ではあったが少し、けれども確実にどう猛さと攻撃性の存在する黒々とした物であった。
「……そうか」
別に上白沢の旦那も、稗田家が実はそんなに清廉な存在ではないと言う事ぐらいは、もうとっくに知っている。
市中の清いとは言えない情報や情勢を手に入れるために、高利貸しまで営んでいる事はおろか。
○○は自分の財産が横領された時に阿求に陣頭指揮を取らせては血の雨どころじゃなくなると危惧して、拳銃を使って何人かを始末したことまであるが。
特に○○が拳銃を使った一件は、永遠亭まで抱き込んでよくある事故や病気にまで話が小さくされてしまった。
その事を急に思い出した上白沢の旦那は、ただただ黙るしかなかった。
「まぁ、あの連中がロクな評判を得ているとは思えん。適当に近所の人間に話を聞くだけでも、色々と情報は手に入りそうだ」
稗田家の暗部を不意に思い出した○○は、不機嫌では無いのだけれどもやや怖い雰囲気を出しながら歩きだした。
上白沢の旦那は、意図していないとはいえ彼が不意にこの状況を作ってしまった以上は、黙って○○の後ろを歩くしかなかった。
彼はこの雰囲気を直視したくなくて、そういえばと言う思いもあるけれども、東風谷早苗の方向を見た。彼女は相変わらずついて来るだろうとは思っていたけれども……。
始めから妙に楽しそうだったから、まだそんな様子であった方が、さっきと同じだから上白沢の旦那としてもうんざりとはするが、それだけで終わってくれたのだけれども。
東風谷早苗は○○から醸し出された、明らかに怖い雰囲気を見ながら…………あってほしくない事だったが、どこかうっとりとした顔つきで○○の事を、東風谷早苗は見ていた。
間違いない、東風谷早苗は――人里どころか幻想郷を割りかねない事をしでかしかねない。
上白沢の旦那は見て取ってしまった、○○に対してうっとりした様な東風谷早苗の姿に息を詰まらせてしまった。
「行くよ」
そこに○○がまた、上白沢の旦那に対して……今度は先ほどよりも強く、痛いぐらいの力で引っ張ってきた。
「○○、伝えておきたい事がある」
幸運にも○○に近づけた事で、上白沢の旦那は自分の感じた懸念と言うにはあまりにも大きな問題を、○○に伝える機会と言う物に恵まれた。
気と言う物は、はっきり言って重いけれども。だからと言って言わないわけにはいかなかった、自分も○○も一線の向こう側を確かに妻としてしまったのだから。そしてその恩恵も受けている。
「分かっている……」
○○は重々しく分かっているとだけ言ったが、さとり妖怪ではない彼には本当に分かっているかを理解するまでは、そしてやはり何度でも思い出さねばならない事であるが、一線の向こう側を妻としている以上は、万に一つであろうともこの事は○○の耳にしっかりと入れておきたかった。
「東風谷早苗の事だ、彼女は○○、お前の事を……あの様子だと好きになってしまった可能性があるぞ。あれはファンと言うには熱っぽ過ぎる」
「だから無視しているんだ、君も気づいているのだったら丁度いい。出来る限り横にいてくれ、この席を空けないでくれ」
上白沢の旦那はすべてを言い終えたけれども、○○も先に言った重々しくも分かっているとつぶやいた言葉に間違った部分は無かったけれども。
事態はまだ始まってすらいない事は明らかであった。
「今は東風谷早苗を無視し続けろ、君からのこの依頼が何とかなってからこの件については考える。この依頼は子供絡みと言う部分で阿求が暴走しやすい」
確かに○○の言う事は道理ではあるが。
けれどもこの一件を片付けた後の一件も、同じように稗田阿求の暴走を招きやすいのである、その上東風谷早苗は健康無事な存在であるから……
下手をすれば、解決の見込みがないかもしれない。上白沢の旦那は身震いした。
「ねぇ」
○○が重々しい顔を解けず、上白沢の旦那は終わりのない対応に身震いした折に。
東風谷早苗ほど勝手ではないが、付いてきている純狐が声を出した。
上白沢の旦那はびくっとしたけれども。
「何でしょう?」
○○への横恋慕の可能性が無い純狐の方が、○○からすれば怖くない相手であった。
○○の置かれている状況は特殊過ぎて、本来ならば恐れるべき相手の方が恐れずに済むという状況に陥っていた。
だけれどもそれは上白沢の旦那にしたってまったく同じであった。
「そのクソッタレ男の顔なんだけれども、私がしっかり覚えているから。私が稗田邸に行きましょうか?その似顔絵が得意な人に描いてもらうの」
「名案だ、手間をいくつかはぶけそうだ」
○○は二つ返事で純狐の提案に賛同して、懐から筆記具を取り出して紙片にさらさらと何かを記し始めた。
「門番にこいつを渡してくれれば入れてくれる」
「ありがとう」
純狐は自分の提案に○○がとても乗り気であった事に、この場で初めて笑顔を見せた。
ため息が出るほどにきれいな笑顔、そんな表現ですら生ぬるいのではと思わせるのが純狐の持っている怪しい魅力であった。
クラウンピースは自分の主人の友人である純狐が、稗田邸の旦那様である○○からの賛同があるとはいえ、いきなりここまで立ち入っても大丈夫だろうかと言う不安げな顔をしていたが。
「大丈夫だよ、クラウンピース。阿求の妖精嫌いは、八割がた完成していた書類にインクをぶちまけられた恨みで昂りやすいだけなんだ。本気と言えば本気だが、憎しみがあると言うわけではない」
けれども○○は、上白沢の旦那にも分かるほどに明らかにずれた答えをクラウンピースに提供していた。
クラウンピースの口元も、表情を見ればわかるようにそうじゃないんだけどな……と言う事を言いたがっていたが。
「じゃあ、また後でね」
純狐はこの一件を一秒でも早くに解決したいという思いしかなかったので、○○の出した明らかにずれた答えに対しても、お義理の笑顔すら向けずにふらっと歩き出してしまった。
クラウンピースは慌てて純狐を追いかけて行ったし、残った稗田家からの手の者である監視兼護衛の者たちも、あたふたしながらも二手に分かれて純狐を追いかける物と残って○○たちを警護するものに分かれた。
ただ間の悪いことに、最初に似顔絵かきを呼びに走ったのが1人いるしこの場で二手に分かれてしまえば、監視と護衛を担ってくれる手の者たちはぐんっと少なくなってしまった。
○○も上白沢の旦那も少し心もとないなと言う、本来ならば贅沢な感情を抱いてしまったけれども、東風谷早苗はこの一気に少なくなった人手に心を良くしていた。
「大丈夫ですよ」
うきうきした様子の早苗の声に残った者たちは少し、ぎょっとした顔を浮かべて彼女の方を見る事となった。
「私、強いですから。とっても」
この自信満々の言葉に残っていた護衛兼監視の者はと言うと、確かにその通りですけれどもね……と言う様な苦笑を浮かべていたけれども。
ふいに、早苗から見えているうきうきとしたような雰囲気に真面目で少しばかり戦慄したような顔を浮かべ始めた。
気づき始めている、と言う事だ。東風谷早苗が何を考えているかと言う事に。
いやそもそも、東風谷早苗からは隠そうという気配が見えないからこれは時間の問題所か、ようやくとすら言っても良かった。
しかし○○は如才なく、この空気の変容にも気づいてくれていた。○○は残った稗田家の手の者たちに近づいて、ゆっくりとながらもしっかりと言い含めるように。
「今何かを東風谷早苗から感じ取ったはずだけれども、この一件も俺と阿求が何とかする。よほどの事をしない限りは、東風谷早苗の事は放っておいた方が良いから、どうかそうしてくれ」
そう言って東風谷早苗からは、警戒心はこのまま抱くべきだけれども手を出さないようにと、残った者たちに命じていた。
稗田家からの手の者たちは恐々と、早苗の事をちらちらと見ていたけれども。そもそもの段階で、東風谷早苗を止めれる存在は、実はそんなに多くない。
東風谷早苗が、彼女の所属している勢力である守矢神社が妖怪からの信仰も得ているものの、どちらかと言えば人間の側に立っているから分かりにくくなっているだけで。
本来ならば東風谷早苗は、巫女に魔法使いに悪魔の館のメイドや冥界の剣士兼庭師、これらと同列の存在であることをいまさらながらに思い出した、そんな様子で○○から命じられた遠巻きにしながら警戒したままを維持、と言う言葉を有難く受け取ったような気配であった。
稗田家からの手の者たちが、そもそも本来は自分よりも阿求の命令を優先する存在達が、○○からの言葉を聞いてくれた事で。
○○が綱渡りに成功したことに、○○自身が最も安堵していた。ただしその顔は、上白沢の旦那にしか見えない、そういう位置でしか見せていなかった。
そのまま○○は……相変わらず上白沢の旦那の手を、子供でも連れるかのように引っ張って連れて行ってくれた。
意図はすぐにわかった、東風谷早苗が入り込んでこないためだ。一片も隙を与えてはならないのだ。
○○のためと言うよりは、何よりも○○以外の為にだ。
一線の向こう側のどうしようもない習性、あるいは特徴なのだけれども。例えば阿求が○○に、上白沢慧音がその旦那に対しての場合、好いている相手にはめっぽう甘いのに。
自分とすいている相手との仲に関して、邪魔や障害と思ったならば周りへの被害をまるで考ええずに動くことが往々にしてあるのだ。
……特に稗田阿求は人里の最高権力者だ。そんな存在が○○以外を気にしなくなったとすれば、想像するだけでも恐ろしい。
東風谷早苗は少しイライラし始めているのが、雰囲気や気配で何となく察したけれども。稗田阿求をイライラさせるよりは絶対にマシである。
「……阿求を苛むよりは、悪くない判断のはずなんだ。しかし……いや、東風谷早苗の事は放っておくが邪魔はしないでおこう、今はこれが限界のはずなんだ」
しかし……本当にマシなのか?と上白沢の旦那は思っていたら、どうやら○○も同じように考えていたらしく独り言を呟いた。
綱渡りはまだ続いていると言う事だ、しかもさっきよりもその綱は細くてもろかった。
しかし東風谷早苗が不味い領域に達しているのは、これを知っているのはまだまだごく一部の人間だでけあった。
少なくとも今はまだ、そして願わくばもうしばらくは、東風谷早苗の姿には間違いなく神通力が存在していてほしかった。
それが穏当であるのだから。
「失礼、少し聞きたい事があるのですが」
実際、○○が横に上白沢の旦那を連れながら、真っ先に目にした近隣住民と思しき男に話賭けた時も、その男は人里の住人らしく○○と上白沢の旦那が連れ立って歩いている事に、2人の役割を知っていてくれて驚きと興奮を抱きつつも。
東風谷早苗の姿に今日は良いものを見れたという、恍惚とした表情を合ったが。
それを通り越して、涙まで流していた。
「ようやく助けが来たんですね」
そして意味深な事をつぶやいた。
「お詳しそうだ」
○○は当たりを引いたはずなのだけれども、他に考える事が多すぎてあまり喜んだ風を出す事が出来なかったが、むしろそっちの方が威厳のある姿と言うのが運のいい奴めと言う思いを上白沢の旦那に……普段ならばもっと強く感じたであろう。
「あの兄弟の悲鳴に何も出来なかった自分が憎くて仕方がなかった」
だが目の前の男はどうやら大人しいけれども、内面は興奮しきっているせいなのか抽象的な言葉を呟くのみであった。
「抽象的過ぎる」
案の定○○もそう、はっきりと言ってくれた。
「自分の子供を殴ったり蹴ったりするものなど、鬼ですらありません」
「鬼ですら自分の子供はずいぶん大事にする、鬼子母神のようにな……そうだろうなとは思っていたが、確かか?」
男に問い返してる○○は歯をギリギリとやっていた。
子供を持つことを諦めている○○には、子供が、それも実の子を苛んでいる親と言う物にまた苛立ちがぶり返してきたようであった。
そもそもこの一件、始まったのは今日の朝からだけれども始まってからはずっと、○○は落ち着きを奪われ続けていた。
イライラしていたり青ざめていたりなど、感情の面では色々だけれども落ち着いているとは程遠いのは明らかであった。
「私以外にも大勢が聞いていますよ。同じような答えを返してくれるでしょう」
男は自信をもって、○○の目を見て答えてくれた。○○の性格から言って少なくともあと一人か二人ぐらいは聞くだろうけれども、疑問をさしはさむ余地はなさそうであった。
「男の方について聞きたい……あの兄弟の父親らしい男についてだ」
だが○○が次の質問に、あの兄弟の父親について聞き始めたら質問に答えてくれる男は、急に辺りを見回し始めた。
「恐れているようだな」
○○はそう言ったが、だれの目にも質問を受けている男は何かに怯えた風であった。
「ずいぶんな乱暴者のようだな……その男は」
○○からの質問に、男はコクリとだけ頷いた。
「筋者なのか?」
「本物はあんなに自慢しませんよ、遊郭とかかわりがあると自慢していますが……ああ、そのう」
口走ってから、稗田阿求が遊郭をはっきり言って嫌っている事を思い出して男はしどろもどろになってしまった。
さすがに可愛そうだと○○は思ったようで。
「本物はもっと立ち振る舞いに気を付けるな。忘八たちのお頭のように、むしろ品良くして腹の底を隠す。腕っぷしは、あっても別に損はしないし手に入るならそれに越したことはない物の、それしか自慢しないのは三流も良い所だ」
「ええ、まったく」
○○の方から遊郭の、それも遊女を使っている忘八たちのさらにお頭の話題を出したことで。
目の前の男は不用意に遊郭の話を出した事への罪悪感が無くなったどころか、忘八たちのお頭の話を出したことでそこまでの人物ともあった事があるのかと言う、羨望のまなざしを注いでいた。
だが○○はと言うとそう言う羨望のまなざしは、今回の場合は少し嫌がっていた。
「いいから、話の続きを」
「は、はい。それでまぁ、あの男は遊郭をしょってたつ風な自慢話、そこまで行かなくともゆうかの守りての様な話をよくしますよ……飲み屋でアイツの顔を見かけたり、あるいは後から来たりしたら本当にうんざりします」
「ああ……気取っているな」
○○は皮肉気な笑みでうんざりとした感情を少しでも打ち消しながら、この男に対して聞き取りに協力してくれた事への礼をていねいに述べながら、次の聞き取りに協力してくれる人間を探した。
その後も○○と上白沢の旦那……そして東風谷早苗の姿が持つ神通力が抜群に役立って、聞き取りは順調に進んでくれた。
だが聞き取れた内容は、最初の男が喋ってくれた事とほぼ同じであった。
特にあの兄弟を身も心も虐げている事、遊郭が好きだという話は、どの者も口をそろえてくれた。
「決まりだな」
どの者も同じような証言をしてくれた事で、○○は結論づける事が出来たけれども。
聞けた話は酷い物ばかりなので、○○の表情は彼らしくも無く獰猛に歪んでいたし、上白沢の旦那はうんざりしすぎて感情が希薄となり、東風谷早苗は涙まで流している。
○○たちのそばで護衛と監視を担ってくれている稗田家の手の者たちも、イライラと悲しさを同時に感じていた。
だが、○○の言葉尻からいったん稗田邸に戻るのだろうと上白沢の旦那は思ったのだけれども。
はたと、○○は立ち止まって何かを考え始めてから、東風谷早苗の方を向いた。
その時の○○の顔には絶望に近い印象を、上白沢の旦那は受けてしまった。
すぐに上白沢の旦那も○○の覚えた、絶望的な考えに気づいた。東風谷早苗が付いてきたらどうしよう、である。
既に東風谷早苗が○○に興味や執着、程度であれば良いのだけれども、どうやら好きになり始めている事実は疑いようがない。
少なく見積もるにしても、一線の向こう側の中でも特に危険な、稗田阿求を嫁にしている○○に東風谷早苗は近づこうとしている、これだけは間違いがなかった。
どう考えても稗田阿求よりも肉体的魅力のある、東風谷早苗がである。こうなるとチラチラと見える腋も恨めしく思えてくる。魅力を感じるから恨めしいのだ。
「ああ、ああ……うん」
○○は人差し指を中空でくるくる回しながら、取り留めのない言葉を繰り返していたが。明らかに何かを考えている顔だ、そして指をくるくる回す妙な動きも時間稼ぎだと、上白沢の旦那には理解できた。
だがそれは東風谷早苗だって理解していた。理解して、少し悲しそうな顔をしていた。
だがまだ部外者である上白沢の旦那にはそれを見て、理解が出来たけれども。渦中で難しい判断を連続で迫られている○○は、東風谷早苗から発せられる悲しそうな同情をしていそうな目線、それに気づく余裕はなかった。
「そうだな、東風谷早苗!」
そうしているうちに、○○の中ではいい案が浮かんでくれたようだ。ただ、上白沢の旦那からすればもうこの際に置いてははっきりと、突き放しても良かったのではないかと強く思っていた。
「東風谷早苗!純狐が協力して作った似顔絵を一枚持って行ってくれ!!たぶんアイツは遊郭街にいる可能性が高いから、君なら洩矢諏訪子にも話を通しやすい!」
言っている事は最もだけれども、声の調子が明らかに今の○○はおかしかった。
そんな○○を見て東風谷早苗は、ますます悲しそうな感情を○○に向けていたが。少しばかり思い直して、ほんの少しだけれども笑顔を向けた。
「ついて行っていいんですか?」
「…………」
また○○から長い沈黙が現れた。しかし早苗は、これは予想の範囲内であったらしく悲しそうだけれども愛おしそうに、コクコクとうなずくだけであった。
その間も○○は目線を右往左往とさせて、考えを巡らせた結果。
「門の前で待っていてくれ」
ようやく距離を取れる答えをひねり出す事が出来た。
そして○○は不格好な振り向き方を上白沢の旦那に見せながら。
「よし!いったん帰るぞ!!」
相変わらずおかしな調子で、上白沢の旦那の腕を引っ張りながら歩き……と言うよりは駆け足であった。
続く
>>853 の続きです
稗田阿求からの寵愛を受けているうえに、稗田家に対する信仰心の恩恵を受けている稗田○○であるならば、たとえ婿養子と言う身分であっても正門を使うのに何のはばかりや遠慮と言う物は必要ないし。
事実稗田○○は、何らかの理由がない限り普段は――そうした方が阿求が喜ぶから――正門を利用して出入りしている。
けれども今日の○○は、裏門を使って自宅であるはずの稗田邸に帰ってきた。
そう、今日はその何らかの理由が……やや大所帯という部分なんかよりもずっと、東風谷早苗と言う存在が特殊な事例として機能していた。
「……じゃあ、東風谷早苗。少し待っていてくれ」
裏門から稗田邸への敷居をまたぐ際にも、東風谷早苗に待っているようにと伝える際に○○は明らかに時間と言う物を作って、慎重に行動していたし、どこか距離感もあった上にいつもはそんなことしないのに上白沢の旦那の服の袖を握り続けていた。
そして早苗に待つようにと伝えた後、行こうと等とは言っていないけれども○○は上白沢の旦那の服の袖を引っ張って、やや急ぎながらそして強引に連れて行った。これも○○からの視点で物を見れば、東風谷早苗から離れたがったと言えるだろう。
けれども東風谷早苗はどこ吹く風、あるいは蛙の面に小便でもかけた様な面持ちであった。
彼女はただ笑って、稗田邸の奥に消えていく○○に手を振っていた。
この場で1人残されることに対して、本当に何とも思っていないような顔しか浮かべてはいなかった。
「勘違いさせちゃ駄目なんだ」
上白沢の旦那を引っ張りながらも、○○は独り言のようにして呟いた。状況的に上白沢の旦那には聞かせたがったのだろうけれども、返答は無くても構わないという具合だろう。
もう勘違いしている気はするが、上白沢の旦那は何も言わなかった。少なくとも○○の行動に間違った部分は存在していない。
上白沢の旦那にとって○○は、同郷ではないけれども同じ立場に立たざるを得ない戦友のような存在なのである。
だから、優しくしたいし優しいからこそ危険な部分に入り込みそうになった場合は、忠告を与えなければという自負心が出てくる。
「それに東風谷早苗と稗田阿求を合わせるべきではないし……○○、1人で歩くのはしばらくやめろ」
だからこの言葉も、友人であるからこそ戦友であるからこその、強い言葉を使っていた。
「分かっている。阿求の事は何をやるか怖い部分が確かにあるが、それ以上にやっぱり俺は阿求を愛しているから」
○○は上白沢の旦那からの言葉に重々しくつぶやいたし、彼の目をしっかりと見ていた。
上白沢の旦那としてはこの目を見れば満足出来たし、それと共に戦友とも言える相手への優しさを出したくなった。
「何かあったら俺が付き合う、出来る限り時間を作る。今まで通り、人力車で寺子屋に乗り付けてくれても構わんよ……稗田阿求の場合は、体の弱さの方も心配だがやっぱり、お前の言う通り怖さという部分があるはずだから」
上白沢の旦那の口からはするりと、○○の都合に合わせると言うような言葉が出てきた。
それを聞いたときの○○の顔は、緊張と予測の不可能さに対して張り詰めた様な表情をしていたのが、間近で見ている上白沢の旦那にはその表情が確かに柔らかくなったと、それを確認できて上白沢の旦那の表情も柔らかくなった。
「あと腕が痛い」
このような冗談を言えるぐらいには、○○の気持ちが和らいだことで上白沢の旦那も言えるようになった。
○○はようやく自分が緊張で張り詰めていて、上白沢の旦那にすらどう考えても無礼なふるまいをしていた事に気づいて、慌ててその手を離してくれた。
「くくく、まぁ頼ってくれよ。その方が俺も安心できる」
上白沢の旦那は先ほどまでのお返しだと言わんばかりに、○○の背中を笑いながらバシバシと叩く事にした。
実にほぐれた様な場の空気が醸成された。
何のいわれや罪もない子供が、無意味にさいなまれているようだと言う最悪としか言いようのない状況に、張り詰めたり苛立ちを抱えていた護衛兼監視役の屈強な者たちも、○○と上白沢の旦那が見せる仲のいい友人どうしの姿を見て、少しばかり笑みを見せてくれた。
その笑みが巡り巡って、○○と上白沢の旦那に対しても良い影響を与えてくれていた。
ただ、こういう穏やかな状況と言うのはあまり長く続かないのが世の常なのかもしれない。
特に今回の事件はどす黒いものがある。ならばかかわった人物の中に、頭に血が一気に登ってしまっている者がいるのも、それは仕方のない事なのだろうけれども。
「あら○○、お帰りなさい」
阿求の私室に○○が入った時に、阿求が○○に嬉しそうにあいさつをしたのは全くもって予想はたやすい。
純狐がやや血走った雰囲気をまとっているのも、覚悟していた。横にいるクラウンピースがげんなりとしつつも、まだ目に光が残っている事で、帳尻が合うとまでは行かないけれども冷静な光を宿している存在を確認できることは、絶望したり衝撃を受けたりせずに済む。
……そこまでならすべては予想の範囲内であるから、それでよかったのだ。純狐がここにいるのは、○○がそう言う風に差配したから、その記憶がまだ残っているので心の準備と言うのがいつの間にか完了していた。
けれども、○○が最初に聞き取りを行ったお菓子屋の夫婦が、稗田阿求の前にいたのには面食らってしまい、上白沢の旦那はおろか○○までもが『ただいま』と言ったような言葉も出せずに口を半端に開けて……結局閉めてしまった。
そして最初に声を出すという、いわゆる機先と言う奴も○○はその手からこぼれ落してしまう事となってしまった。
「○○様!稗田○○様!!」
お菓子屋の老夫婦――男の方は老人と言うにはやや早いが――が○○の姿を見たことで即座にハッとなって、大きな声で姿勢を正して○○に挨拶をしてくれた。
「あ、ああ……」
○○はこれはまずいという様な顔を浮かべたけれども、浮かべるだけで何をすればいいのかがとっさに思いつかなかったうえに。
「色々、ええ色々と興味深い話を聞けました……この事件、私の方が本気になりそう所ではありません、なります。本気にね」
今度は稗田阿求が、実にキレイな所作であるけれどもそのキレイさがむしろわざとらしく感じるぐらいに、そのような雰囲気を出しつつも、お菓子屋の老夫婦に対して阿求は、あの稗田家の九代目様である阿求が自ら、老夫婦に対して湯飲みにお茶のお替りをいれてやっていた。
老夫婦はあわあわと言った様子を見せながら、今度は九代目様である阿求に対してお辞儀をしていたけれども。そんな喜劇的な様子を見せている老夫婦の事は、そこまで重要ではない。
問題は阿求が、その言葉の通りで本気になってしまった事だ。
○○は目を閉じてしまいたいという様な、そんな逃避の感情を抱いたけれども最後に残った一線。
阿求に自由にさせては血の雨が降りかねないという、懸念などでは無くて事実を懸命に思い出して何とか食いしばっていた。
そして食いしばった結果に出てきた、ひとかけらの思考回路で言葉を発した。
「似顔絵は出来たか?」
種々の事を無視しているような言葉だけれども、下手に付き合うよりはあるいは良いのかもしれない。
何と無しに対症療法で根治は見込めない気もしたが、だからと言って神白砂らの旦那もこれ以上の案があるのかと問われたならば、無いとしか答えられないのが実に辛かった。
そもそも、この一件において○○が目指すべき終着点にはあの兄弟の平穏無事を勝ち取るという部分があるのだけれども、それはとどのつまりあの鬼にすら劣る様な、残念ながら実の両親をどうにかすることが含まれてしまっている。
今更、義憤もあるし○○の性格も加味すればこの一件から手を引くなどあり得ない。つまり本気になってしまった阿求をいなす事も、○○からすれば義務の様な物なのだ。
「こちらに」
似顔絵の存在自体は、阿求も武器になると思っているからだろう特に裏などを探ったりせずに、○○に一枚渡してくれた。
「うん」
だがその後にまた、奇妙な間が出来てしまった。
はたから見れば、○○は出来上がった似顔絵をじっと見ているのだけれども、一番の友人であるとの自負心が存在している上白沢の旦那には何か、それこそ次の穏当なふるまい方を考えているのだなと理解できた。
……最も、上白沢の旦那ですら分かる事が○○の事を溺愛して権力も金も人員も、何もかもを与える事によって自分との差と言うか溝を埋めようと努力している稗田阿求が、気づかないとも思えないと言う残念であるが強力な予測もすぐに出てきたけれども。
「ああ、まぁ。似顔絵とにらめっこしていても何も起こらんか。悪いがこいつを裏門で待っている…………洩矢神社にも協力を得よう。せっかく興味本位とはいえ手伝うと言ってくれているのだから、あの人に渡せば諏訪子さんにも渡るだろう」
たっぷりの時間を使って○○は考えた末、似顔絵の一枚を上白沢の旦那に渡した。
その際に○○は極めて慎重に言葉を選んでいた、特に東風谷早苗の名前は絶対に出さずに洩矢神社と組織名だけを出していた。
これぐらいの配慮と言うか警戒心は、同じように一線の向こう側である上白沢慧音を嫁にしているこの旦那からすれば、即座に気づくことが出来る。
「洩矢諏訪子!」
だが稗田阿求と言うのは、どうしても上白沢の旦那はおろか○○の想像の上までをも行くような存在であった。
阿求は○○の出した諏訪子と言う名前に、やたらと反応していた。
○○は目線を右往左往とさせながら、自分は何か不味いときに不味い事をやってしまったのだろうか?と記憶をさぐるけれども何も見つからなかった。
「洩矢諏訪子さんならば、適任ですよ!その似顔絵の男は遊郭にもふけっているようですから、遊郭街の事を見張ってくださる諏訪子さんにご助力いただけるのでしたら、百人力なんてものじゃありませんよ!」
けれども阿求から出てくる言葉はと言うと、喜色にまみれた言葉であった。しかしながらその喜色、場にそぐわないと言うしかなかった。
やはり稗田阿求はこの一件に対して本気になった以上に興奮している、それも質の悪い興奮であるとしか言いようがない。
「まぁ確かに、大物ですからね洩矢諏訪子は」
上白沢の旦那は似顔絵を手に取りながら、ちらりと稗田阿求の顔を見た。
しかし阿求はもういつもの顔に戻ってしまっていた、クスクスと笑うばかりの微笑を携えた顔しか見えなかった。けれどもそれは、腹の底を知られないための顔とも言える。いわばよそ向けの顔だ、○○以外の者がいるこの場ではいつもそう言う顔だ。
上白沢の旦那に言える事は一つだけであった。何もわからない!それが悔しくてしかたがなかった。
「じゃあ、渡してくるよ……○○、後でまた会えないか?」
完全に気落ちしながら上白沢の旦那は、似顔絵を一枚だけ持ちながら一旦その場を後にしようとした。
上白沢の旦那からすれば、ひらひらと揺れるこの似顔絵の髪が恨めしかった。今の自分のように揺れてばかりの様な気がして。
だから上白沢の旦那は○○を求めたとも言える。表向きは情報の共有だけれども、上白沢の旦那はただひたすらに心細かったからとしか言いようがない。
「ああ、また後でな」
○○は上白沢の旦那からの、後でもう一回会いたいと言う言葉を拒否することは無かった、それこそ○○だって心細かったからとも言えよう。
ただ上白沢の旦那は、身勝手な感情だけれども余計に自分が情けなくなった。
似顔絵を東風谷早苗に持っていくだけだなんて、子供のお使いですらない程に難易度の低い仕事だ。
なのに自分と違って○○は、一触即発ですら生ぬるい存在であろう今の稗田阿求とサシで話す必要があるのだから。仕事の難易度が段違いすぎて、上白沢の旦那は稗田邸の廊下を歩いている最中に、涙が出てきてしまった。
(さて……しばらくは俺1人で何とかしないと)
上白沢の旦那が廊下を歩いて行く音が聞こえなくなるにつれて、○○は自分一人でこの場を取り仕切る事に覚悟を決めて行った。
今回の阿求は間違いなく煽る側だ、どうしても心配は募るがやるしかない。
そのためにはまず、この場の登場人物を減らす必要がある。出来る事ならば阿求と自分の一対一の対応にまで持っていきたい、出来る事ならば今すぐに。
「さて純狐さん、一応洩矢神社に協力は取り付けていますが……どうします?何かあるでしょう、腹積もりと言うかやりたい事と言うか」
まずは一番危険な存在である純狐を追い出したかったので声をかける、その際にクラウンピースが何となく目配せを寄こしてくれた。
「友人様」
そうクラウンピースは純狐の事を呼ぶけれども、クラウンピースからの目配せはまだチラチラと続いていた。
「とりあえず似顔絵はばらまかれるでしょうから、何かやりに行きましょうよ。まぁ何かってほんとふわっふわな言葉ですけれども。稗田邸でお茶飲んでるよりは、動いてた方があたいも何か良いかな程度なんですけれども」
クラウンピースはたくさんの言葉を用いながら、行動の方でも純狐をゆさゆさと揺らして立ち上がるようにと促していた。
クラウンピースと完全に意思の疎通が出来たかと言われたら、○○はそこまでの自信は持てていないけれども。
けれどもクラウンピースは、この場に純狐を置いておくことはまずいぐらいには考えてくれていた。それだけでも○○からすれば非常にありがたい物であった、この場で一番稗田と言う物を無視できる、あるいは縛られないような存在がいなくなってくれるのは、気の持ちようが大いに違ってくる。
「そうね」
クラウンピースからゆさゆさと揺らされた純狐は、しばらく彼女から揺らされたままでと言うか揺らされる感触を多めに楽しんだ後、優し気な声を出して立ち上がった。
純狐が立ち上がった時、お菓子屋の老夫婦はもちろんで阿求すらも明らかに見惚れるような顔をしてため息をついたけれども。
○○は純狐の持つ美貌だとかため息が出るほどにきれいだと言うのとはまったく別の意味で、ため息をついてしまった。
幸いにもこの、ため息の意味が違う事に気づいたのはクラウンピースだけであった。彼女だけはまだこちらにチラチラと目配せをして、言葉は使えないけれども何とかしようと言う意思の交換には成功している。
「遊郭街をぶらっと歩いたら、またそっちに戻るわね。色々と情報も仕入れる事が出来るだろうから、待っててね」
うろん気であるがそれがまた却って美しさを際立たせているような姿の純狐が、お菓子屋の老夫婦にそう言いながら歩きだした時、老夫婦はハッと我に返って頭を深々と下げて純狐の事を見送った。○○と阿求には必要の無い動作であったので、○○が道を空けているだけで済んだ。
「あ、一銭焼き食べたいから用意しといて〜!」
クラウンピースはそんな、はっきりと言ってお気楽な事をお菓子屋の老夫婦に頼んでいたが、それが何らかの時間稼ぎであることは明らか出った。
事実○○はクラウンピースと、その際に置いてしっかりと目配せが出来たからだ。
言葉がつかえない以上は、だからどうしたんだと言われる様な事であるけれども。こういう時に同じような考えを持っている存在と言うのは、何度確認してもやり足りない物である。心細さを埋めたいのだ。
続く
>>857
早苗さんが入ってくる事で、かなり複雑になりそうな感じがしました。
次より暫くスレお借りします。
彼女の言葉
彼は今困っていた。普通の人でも時には悩む事があるだろう。人生の大きな事柄はもちろんのことながら、
その他の小さな選択ですらどちらの言い方にしようかと、あるいはどっちの苦痛を選びたくないのかを、
自分の判断に従ってその時々の選択肢を選んでいく。そこには自分だけの基準があるだろう。あっちの方が
いいだの、こっちの方は好きでないだのそういった諸々の感覚がその人独特の個性を作っている。
一心にスマホの画面を見つめる彼。何か重大な問題でも起きているのだろうか。オフィスを歩く人の視線に
入らないように、周囲に気を配りながら画面に目をしきりに遣っていた。初夏の部屋は空調を効かさなくとも
大きく開けた窓から爽やかな外からの風が入っていた。薄らと彼の額に汗が浮かび上がる。パソコンのキーボ
ードを叩く音が僅かに鳴り響くこの場所で、彼は只ひたすらに誰かからの返事を待っていた。
軽快な着信音と共に画面に文字が流れた。弾かれたかのようにスマホをタップし、返信の文字を表示させる
彼。一秒にも満たないわずかな時間だけ映った宛先が、彼女からのものだったのを彼の目は逃さずに捉えていた。
彼女からの返信はわずか一行であった。例え親しい友人からのものであったとしても少々簡潔に過ぎる、もっと
いえば短すぎるのではないかという文面であっても、彼にとっては天啓に等しいものであった。弾かれたように
彼が動き出す。少し前までは一ミリも進んでいなかった仕事が、あっという間に進み出していた。
夕方になり周囲の人々が退勤した後、彼はオフィスの中でただ一人自席に座っていた。機械のわずかな音だけが
響く部屋。先程まで部屋に入り込んでいた夕暮れの光が途切れていき、辺りは蛍光灯の光で照らされていた。
「○○さん。」
誰もいなかった筈の場所から声がした。後ろから白い手が伸びて彼の首にかかる。僅かな体重が彼に感じられ、
座っていた椅子が鈍い音を立てて少しだけ傾いた。
「帰りましょうか。」
しばらくの間彼に体を預けていた彼女が言う。彼女の腕をくぐるようにして無言で立ち上がる彼。彼の言葉が
無いことを気にも留めずに彼女が浮かせていた足を付けた。男物の革靴の横に少女の履いたカジュアルなシューズ
が場違いのように並んでいた。男の腕を取るようにして歩く少女。無言の彼に色々と話し掛けていくが、
彼は一言も言葉を口に出すことなく彼女と共に歩いて行く。時々周囲の人が一瞬、不釣り合いの様子の二人に
奇異の目を向けるも直ぐに都会の人波に流れていった。
ふとスーパーの前で男が立ち止まった。男の家の近くにある二軒の内、昔からよく行く方の店であった。
彼女に顔を向ける男。まるで何かを訴えかけるような顔であったが、言葉を忘れてしまったかのように、彼の
口は開かなかった。ニコニコと彼を見つめる少女。そこに悪意は浮かんでいなかった。
「ふふふ・・・。大丈夫ですよ○○さん。ここに入っても大丈夫ですよ。あなたに悪意は降りかかりませんよ。」
ホッとした顔をして入っていく彼。その心を読んだかのように少女が連れだって入っていった。
以上になります。携帯から投稿失礼いたしました。
手の鳴る方へ
息が荒い。自分の肺が動き振動が体を伝わり、吐いた呼吸が耳の鼓膜を体内から揺らしていく。
乱れた呼吸を整えるように深く息を吐きそしてゆっくりと吸い込むと、少しずつ自分の中で乱れていた感覚が
戻ってくる感覚がした。あと少し、もう少しで自分の心が落ち着く。そう思った時だった。
「○○さん。」
彼女の声が聞こえた。意識せずに-反射的に心臓が跳ねた。姿は見えないのに耳にかかるほど近く頭の骨を
突き破って入ってくる彼女の声。落ち着こうとしていた鼓動が再び唸りを上げて動き出す。生存本能に突き動か
されて圧倒的な強者に怯えるように。まるで不思議の国に迷い込んでしまい自分が小さな兎にでもなって
しまったかのように。辺りに素早く視線を巡らせて周囲を探る。闇に沈んだ都市は人の発する光はほぼ途絶え、
孤独に光る電灯だけが僅かにこの辺りを照らしていた。ゾクリと背中に走る悪寒。背中を伝わり全身を駆け巡り
そして指先に至るまで、いない筈の彼女の視線が僕を舐めるように射すくめていき恐怖に手足が痺れていく。
逃げなければ、そう思考が焦り考えようと方法を探すも強烈なプレッシャーによって体が動かない。
息が短く口から漏れるように吐き出されていき、足が震えて最早立って居られなくなり、そこにあった電柱を
掴もうと手を伸ばした。
「どうぞ○○さん」
後ろから伸びた彼女の手が僕の体を掴んだ。柱に伸ばした手は空を切りバランスを崩した僕の体は重力に従って
冷えたアスファルトの方へ傾くが、そのまま彼女の体が僕の体重を支えていく。片手を加えて僕を後ろから持ち
上げるようにする彼女は、明らかに自然の釣り合いを無視した影を地面に写し出してていた。
彼女の体の柔らかな感触が感じられた。彼女が僕の胸に手を持っていくと、全身の震えがとまり暴れている鼓動が
穏やかになっていた。僕の体を撫でるように手を動かしていく彼女。それは一種、獲物を手に入れた猛獣を思わせるものだった。
ならば彼女によるこの落ち着きは、さしずめ喉に食らいつかれて窒息していく過程なのかもしれない。
たっぷり時間を掛けて僕を撫で終えた彼女が、僕の横に立ち手を握った。首筋に彼女から伸びた赤いコードが巻き付き
服の下に音も無く隠れていく。彼女は何ともいえない笑みを浮かべていた。
「ねえ、○○さん。やっぱり○○さんは私の方に来るんですよ。こうやって手の鳴る方へ」
心を読める彼女は僕に言い聞かせるように、そう言った。
>>861
さとり最高ですね
さとり様の読心と
小鈴が行う未知の言語に対する翻訳
これに反証や反論ってほぼ不可能なんじゃ
あっやべ
こいしの日のことすっかり忘れちゃってたわ
>>857 の続きです
東風谷早苗とはまだ比較的に相手をすることが可能な上白沢の旦那が外に出て、純狐はクラウンピースの機転によってこの場を後にさせる事に成功したことにより、○○はと言うと。
「ふぅ……」
今ある案件以外にも種々の意味を持たせた、腹の底から出てくるため息をつきながら阿求の隣へといわゆるいつもの位置に座った。
阿求は即座に飲み物を、稗田阿求が寒さと冷たさを身体の毒としているため○○に用意された飲み物はぬるい物であった。これが稗田邸でいただく事のできる、もっとも温度の低い飲み物である。
けれども熱くはないため、○○は疲れをいやすためにその飲み物を一気に流し込むことが出来た。
空になった湯飲みを阿求はそのままにしておくことなどはするはずもなく、すぐに持って行ってまたお茶を、お代わりをすぐに入れてくれたし、今度はせっせと茶菓子も用意してくれた、あの稗田阿求がこんなにも、言ってしまえば女中やら小姓やらにやらせるような仕事をせっせとこなしているけれども、稗田阿求は夫である○○の事を実に愛しているから、そう言った細々としたことも夫の側によりいられると言う事で実に楽しそうに行っていた。
稗田○○の事は、妻である阿求が大層と言う言葉ですら生ぬるい程に愛してしまっているため、当然のことで○○の名声もより高めようと常に考えて動いてくれているため、一般的な人里……と言うにはいささか苛烈な部分が見えなくもない件の、子供他達が集う様なお菓子屋の老夫婦は次に○○が何を言うか、それこそ拝聴せんとしてやや恍惚そうな気配まで見えた。
(少しめんどくさい)
しかし○○はと言うと、まったくもって酷い話だけれども目の前のこのお菓子屋の老夫婦の拝聴せんとする姿を目の当たりにしての感想は、めんどくさい以外に出てこなかった。
ずっと思っていたことだけれども、この場における登場人物は少なければ少ない程、○○自身の労力は減ると彼はそう考えていた。。
最もどれだけ努力しようとも、稗田阿求の存在はここが稗田邸である事もあるけれども、一番の理由はそれこそ○○の魂にまで浸食同化している気配まであるので、絶対に登場人物の表から漏れる事はないし、また○○も阿求だけはその表から漏らそうとはしない。
たとえ阿求の存在が最も重くて苛烈で、悪い場合には要するに今回の事だけれども、行動の予測すらどこか難しい場合があるのだけれども。
それでも○○はその事実すら、冷や汗をどれだけ感じようとも仕方ないという答えしか出てこなかった。
どれだけ冷や汗をかき、悪い場合には綱渡りを強いられたとしても、やはり、○○の中では阿求に対する愛の方がはるかに勝っていた。
稗田阿求への愛を、○○は折々に触れて自覚するけれども今回もこの場でそれを感じた。
その瞬間、登場人物を少なくして○○自身への負担を減らそうというどこか狡猾な計算高さよりも。
愛する妻である稗田阿求と二人っきりになりたい、そう言う中々に純粋で愛にまみれた――あふれたという表現は○○の中にあるどこか皮肉気な心がそれを避けた――感情でいっぱいになってしまった。
「クラウンピースの言う事を聞いてやってくれ。たぶん彼女は機微にあふれた存在だよ、彼女の考え方にそう悪くなりそうな部分は無いから」
しかしどこか狡猾なまでの計算かそれとも稗田阿求への○○の愛か、そのどちらの感情を重く強くしたとしても、このお菓子屋の老夫婦には申し訳ないけれどもしばらくの間は、退場してほしかった。
老夫婦も○○からの声に、あるいは○○が阿求の事をチラチラと見るような目つきに、この老夫婦もどちらともが愛情にあふれた夫婦であるがゆえに、○○の考えている事に心当たりと言う奴をつける事が出来たしそうでなくとも既に、稗田阿求へ何もかも喋った後である、この場における役目と言うのは一旦なくなってしまったような物で、事実少しばかり雑談の割合が多くなってすらしまっていたぐらいである、そろそろ一般のご家庭でも遠慮と言った物が出てくるころ合いであるし……ましてやここはあの稗田邸であるし、更には稗田夫婦まで目の前にいる。
状況の大きさと言う奴に、老夫婦は恍惚とした感情が一周回って更にはあの稗田○○の私的な場面が見えたことで、この老夫婦にはゴシップを好むような趣味はやはりなかったようで、緊張感と言う奴が出てきた、最もあの射命丸文ですら○○絡みの時の稗田阿求は近づきたくないどれだけ高給であろうとも案件すら回してもらいたくない、と言うの素直な気持ちなのだけれども。
「あ、あなた……」
老婆の方が夫の腕を引っ張っているし、もうこの夫の方も気づいていた。
「そ、そうですね稗田様!九代目様!お茶とお茶菓子、おいしゅうございました!」
「クラウンピースが戻ってきそうなころ合いにまたそっちに向かうかもしれませんので……まぁ純狐の方から接触してくるかもですね。まぁしかし近いうちにまた会うでしょう、もしかしたら今日中かな」
お菓子屋の老夫婦がおいとましてくれそうなので、楽になりそうだし阿求と一緒になれそうなので朗らかな笑顔を自然とこの老夫婦にむける事が出来た、○○はこの老夫婦の緊張やいくばくかの申し訳なさを少しでも緩和する方向に○○も自然と動く事が出来ていた。
だとしても、あるいはだからこそこの老夫婦はなおさらいくばくかの申し訳なさ等の感情が大きくなってペコペコとしながら稗田邸を後にして、きっとクラウンピースがそれっぽい返事を出す時にとっさに出した、一線焼きを用意しておいてと言う頼みを聞くための準備をあの子供たちが集うとても牧歌的なお菓子屋で行うのだろうと言うのが、○○には容易に想像できた。
「ふぅ」
○○は件の老夫婦を見送った後、二回目のため息をつきながら阿求の横に座ったけれども今度のため息に疲れたとかそう言う後ろ向きな理由は存在していなかった。
「あなた」
阿求もやや、○○に対してしなだれかかるようにしながら近寄ってきて、そして細々としているけれどもせっせと○○の為にお茶をまた持ってきてくれた、いつもより甘くて締まりのない顔と言っても良かったけれどもそうなるのは必然と言ってよかった、今この部屋には稗田夫妻しかいない。
――それに。
稗田阿求は自分の肉体的魅力が低い事と、更には体力の低さから愉しみや愉悦と言う物を与えられないことをひどく気にしていた。
けれども取られたり自分以外の女の影が近づくのも酷く嫌がる、その上稗田阿求の肉体的魅力では上白沢慧音のように――阿求はついに彼女の事を牛女とまで呼んでいるが――体で取られたら体で取り返す事もおよそ不可能であった。
だから遊郭を一歩間違えば破壊するために動きかねない感情を抱えつつも、一線の向こう側以外のおよそ一般的な存在を妻にした一般的な男にとっては、遊郭と言うのは必要であった。
また遊郭と言う場所でひとまとめにしておかねば、管理しておかねば、野放図に遊女が人里で歩き回る事になりかねなかった、そちらの方が稗田阿求にとって厄介で不利な事態である事は、憎々しくて悔しい物の稗田阿求としても理解して認めなければならなかった。
全くもって一握りの冷静さで遊郭はいまだなお存続を許されているといってよかった。
だから遊郭の支配者である、遊郭宿の忘八たちのそのお頭である彼は稗田阿求にだけは絶対に逆らわず、商いの拡大をもくろむ勢力の首を眉根一つ動かさずに『処理』してしまえて。
女の体であるけれども神様であるためにそこは些末な洩矢諏訪子は、遊郭で大手を振って遊びながら忘八たちのお頭の側につく事で、彼に協力することで、遊郭のケツ持ちとなって権勢を拡大することに成功していた、きっと今日も諏訪子は遊郭で遊んでいるだろう、この昼間からも。ゆえにやや真面目な東風谷早苗は苛立たしさを常に抱えているのだけれども。
――けれども東風谷早苗には悪いけれども、彼女は○○の味方だけれども○○は彼女の味方を続ける事は出来なかった。
東風谷早苗には○○の事は、諦めてもらいたいというのが○○自身の考えであった。
――――扇情的な女は遠ざけておかねばならなかった。本当に何で幻想郷の巫女服はあんなにも、腋を見せて飛び回っているんだ。
おまけに東風谷早苗程の美人がそんな恰好をするものだから、様になってしまっている、○○はいっそ記憶から消したかったけれども消したいと思えば思う程に脳裏にこびりついてしまうのが厄介であった。
「ああ」
○○は自分の脳裏にあるものを打ち消したくても打ち消せなくて、けれども何とかしたくて。
彼は最愛の妻である阿求を招き寄せるようにして、彼の小膝に乗せた。
この体勢は稗田夫妻がよくやる、まぁ、夫妻の営みの中でも特によくある物である。
けれども今の○○には罪悪感があった、阿求を使って東風谷早苗の事を脳裏から追い出そうとしているのだから。
○○はその罪悪感にやや耐えきれずに、せめて阿求の側にいようと思い阿求の事をギュッと抱きしめた。脳裏で起こっている事は別として、自分は確かに阿求が好きなのだから、愛しているのだから。
だけれども実は阿求の方も、罪悪感を抱いていた。
「ねぇ○○」
「なんだ」
「ごめんなさい」
「……なぜ謝る」
○○は突然出てきた阿求からの謝罪に、何故そんな言葉が出てきたのかわからずに困惑と……東風谷早苗の事がまたしても出てきた、あれのせいで阿求はやらなくていい謝罪を見せているのではないかと言う恐れが出てきたけれども、同時に早苗の存在がまた○○の脳裏に色濃く出てきて罪悪感も濃くなる。
「私が子供を成せない体だからですよ、さきの謝罪の理由は」
だが幸いにも、東風谷早苗の事は全く関係なかった。けれども東風谷早苗のこと以上に、○○が阿求には責任を感じて欲しくな部分を謝っていたのが辛かった。
「最初から知ってる、全て納得して今ここにいる。契約と言う言葉は俺達の夫婦としての関係にその言葉を使うのは嫌だと、阿求がそう考えているのは知っているけれども、契約条項の上から下まで俺は把握している。俺だって阿求に我慢させている、何かを出させている。同じだ」
同じでは無いのだがなと言うのは、○○の気持ちの中にあった。どう考えても阿求の方が多く出している、稗田と言う家格まで○○は使えるのだから阿求の方が上だと言う思いは同じだと言う言葉を口から出しながらも○○には存在していたけれども、今は方便だと言い聞かせながらその言葉を使った。
「私がやりたいと思いながら、それこそ楽しくてやってるから良いんですよそれは」
実際に阿求は○○の為に何かをすることに、躊躇と言う物は存在していない。楽しいから、やりたくてやっていると言う言葉に嘘も偽りも存在はしていない。
「あの夫婦お話をしていて、そして見ていたら思ったんですよ」
何をと○○は思ったが。
「いい夫婦だ」
心の底からの感想であるけれども、他愛のない事を言った。あの夫婦が良い夫婦である事が事実なのは、少し助かった。
「あのおばあさんも、お言葉は濁していましたし私も突っ込んで話を聞こうとは思いませんが、子供を成せない身体のようなのです、私と同じで」
「……そうだったのか」
今回の一件に置いて、あの夫婦が明らかに頭に血を上らせている理由が分かった。純狐と仲良くなれた理由も合わせて、と言うべきだろう。
「それでもあの旦那さんはやりたい事をやれている。こじんまりとしていても良いから、子供が見える何かをやりたいと言う意思を全部」
「俺だってやらせてもらっているよ、阿求」
○○は心の底から好きにやっていると思っている、と言うよりは稗田阿求と一緒にならなければこんなにも良い暮らしは出来ていないと確信していた。
外と違ってインターネットも無ければ電化製品すらあったりなかったり、スマートフォンは無論のことだいまだに井戸を使っている場所もあるぐらいなのだから。
けれども○○はそれでよかった、稗田を名乗る前はつまり旧姓は何だったかも微妙に忘れかけているのだけれども幸せだと思っていた。
「百年後も二百年後も、俺の英雄譚が残るようにそれこそ人々の言の葉(ことのは)にも上る様な事績を遺してくれると約束してくれたじゃないか。俺は阿求の言葉を信じているし、仮に何かがあったとしても今現在に置いて、○○は間違いなく人里一番の名探偵であり場合によっては妖や神様ですら依頼者であり、懇意にできている。
それで十分と言えば十分なのだ、○○にとっては。酔いしれる事を許されているのだから。
ワトソン役が必要だと言ったら阿求がじゃあ彼だと言って、巻き込まれるように差配してしまっているので、半ば以上に強制的に相棒をやらされている上白沢の旦那に関しては、彼には申し訳ないとは○○もちゃんと考えている、埋め合わせも考えているが……今すぐでは無いのはありがたかった。
「けれども私は必ず、最後の最期にあなたの邪魔をすることを運命づけられている」
阿求が何かを気にしている事に対して○○は、まぁ確かに今日明日ではなさそうだけれどもいつになるのが分からないのは、おっかなびっくりの気配がないと言えばうそになるが。
「些末(さまつ)だよ」
○○の答えはもう決まっているのだ、阿求の方に付く。付き続けるのだ。
「むしろ心待ちにすらしている、どこか華々しくなるはずだからな」
ふっと○○の口を付いて出てきたこの言葉も、阿求を落ち着けたり安心させたりするための言葉などでは無くて、全くもっての心の底から出てきた真意なのである。
ただその際に少しばかりのいたずらっ気も出てきた、先の言葉が真意であるからこその心の余裕がそうさせた。
「最も……上白沢の旦那は荒れるかもしれないな。最後の最期まで振り回してしまったから。埋め合わせはまぁ、考えているが。素直に受け取ってくれるかなぁ。そこは少し心配だ」
「ああ……」
阿求は稗田の家格と九代目である事により手に入れた権力を全て、それこそ強権的にまでなって行使して対象を従わせている、その自覚は幸いにもあったようなので、阿求は皮肉っぽく笑ったが、同時にいたずらっ気も存在していた。
「でも、私たちの最後の最期の事で上白沢の旦那さんが荒れるのは予想出来ますし、何だったらちょっと見たいかも」
この時の阿求に上白沢慧音や遊郭を相手にしている時の、あのようなバチバチと火花が散る様な嫌な感触や圧力は存在していなかった、上白沢と言う言葉を使っているというのに。
女性の影と言うのが無いからだ、やはり東風谷早苗の事は○○としては徹底的に避けるべきだ、○○がそう、何度目かの決意を決めるには十分な彼の中で起こった心象風景であった。
「入っちゃダメですか?」
「駄目だ……分かるだろう、東風谷早苗。俺ですらどこかいっぱいいっぱいなんだ」
「大丈夫ですよ、上白沢の旦那さん。貴方のお嫁さんは、上白沢慧音は抜群の体持ってますから。体で迷ったなら身体で取り戻す気概も、上白沢慧音ならありますし」
○○がやはり東風谷早苗は危険だとの考えをまとめた時、稗田邸の裏門では上白沢の旦那と東風谷早苗の間では押し問答と言う程ではないけれども、やや揉めているような会話をしていた。
しかしながらこの近くに、稗田の奉公人は誰もいなかった。
上白沢の旦那がそうしたのだ、多分に妻である慧音の威光と稗田○○の相棒と言う立場のお陰であると分かりつつも、それとなく会話を聞かれたくないと言う考えを口にしたら、サッと引いてくれた。
「俺が稗田の奉公人を近寄らせなかった理由、分からないのか?」
「分かってますよ。まぁまだ一気に出るときじゃないかなと言う思いと神奈子様には迷惑かけたくないなって考えもありますので、積極的な宣伝はやらないですけれども……隠す気もあんまりない」
「隠せ!」
東風谷早苗は○○への執着を見せつつあるが、洩矢諏訪子はともかくもう一柱、八坂神奈子の事を気にしていたのでそれに乗じて強く、隠せと迫った。
「……やっぱり○○さんの迷惑になりますかね?」
少し間を使った後、東風谷早苗は○○の事に話題を変えた。
「なる」
本当は上白沢の旦那にとっても迷惑になるのだけれども、その事は伏せておいた。東風谷早苗の口ぶりに置いては、貴方は上白沢慧音がいるから良いじゃないですかとなるだろう、実際にさっきもそう言っていたしかもきわどい表現を使いながら。
何がどうかかって上白沢慧音がいるから大丈夫だろうと、彼に言うかは分からないが、そうなってしまうだろうなとは強く思えたので上白沢の旦那は黙っているしかできなかったのだ。
「なるかー……」
上白沢の旦那自身の事を伏せておいたお陰か、話が二転三転せずに済んだ
「でもこれを諏訪子様に届けたら、そう諏訪子様からの協力取り付けたら○○さんは助かりますかね?」
けれども同時に、○○への執着を見せられることになってしまった。
「……ああ、今回の一件に置いては助かるな俺達は」
○○だけの事を考えさせるわけにはいかないと、咄嗟に思った上白沢の旦那は『俺達』と言う言葉を強調して使った。
稗田阿求の事も出来れば、その影が存在がある事を伝えたかったが……劇薬を使いたくはなかったし、早苗に対しての挑発ととられかねなかった。
と言うよりは、やはり、彼の稗田阿求に対する恐怖の方が上だったと言ってよかった。
「助かってくれますかー」
けれども早苗の脳裏には、稗田阿求の事は全くないといってよかった。
「ああ、稗田○○も俺も……やはり遊郭は嫁の事があるから近づけないんだ」
あまりにも朗らかで嬉しそうだったので、やはり稗田の名前を出してしまった。
けれども。
「じゃあまぁ、○○さんのためなら小間使いも良いかな」
まるで、稗田と言う言葉を聞いていなかった。
不味いな。
○○が、扇情的過ぎて困るとまで思っている幻想郷特有の巫女服を着て遊郭の方向へ飛んでいく早苗を見ながら、上白沢の旦那は頭を抱えた。
続く
貸し借り
「これで丁度だ。」
そう彼女に言って彼は机の上に物を置いた。何でもないように置かれているが、置かれた時に放たれた音が
しっかりと、それの重みと価値をこの部屋の住人に伝えていた。おそらくは貴金属なのだろう。或いはひょっと
すれば、金なのかもしれない。その重量は卑金属とは比べ物にならない価値を生み出している。かつて外界で
数多の権力者をその輝きで惑わしていたそれは、この幻想郷でも同様の働きをするように彼には思えていた。
「君に借りたもの耳を揃えて返すよ。」
気怠げにページを捲る魔女に向けて言う彼。図書館から少し離れたサロンで話されるにはやや生臭さすら漂う、
そんな話しをするために彼は口火を切っていた。彼女が紅茶を口に含む。喉を潤すよりもむしろ、唇を湿らせる
ために口元に運ばれたカップが下ろされ彼女が口を開いた。
「…どういう積もりかしら。」
言葉少なげに言う彼女であるが果たして内心はいかがなのだろうか。彼はポーカーフェイスを装いながら、
彼女の方を伺う。なにせ一世一代の大勝負ならば、絶対にここで引く訳にはいかないのだから。
「外界に帰るんだよ。」
彼女に向かって彼が言う。何か彼女の方から、陶器が割れる音がした。カップを白い指で撫でながら彼女が
顔を彼の方に向けた。心なしか彼女は機嫌が悪いように見えた。
「……それで?」
続きを促す彼女。彼は話しを続けた。
「外界に帰ることにしたんだよ。ここでの暮らしは終わりにするんだよ。」
「……どうしてかしら。」
「僕は外来人だ。元の世界に戻るのは当然じゃないか。」
「違う。」
言葉少なげだが明確な反論に対して、彼が気分を害したように答える。
「違わないさ。」
「そんな事ない。」
「どういう意味なんだよ。」
「…………。」
無言を貫く彼女。内心の心の揺れを表すかのように指が机の上を叩いた。
「……とにかく僕は帰るんだよ。」
議論を打ち切るように彼が言った。これ以上の議論は無駄と言わんばかりに、彼は彼女に背を向けた。
「一つ、あなたは思い違いをしている。」
「ああそうかい。」
投げやりに言う彼。もはや彼女の方に振り返りもせずに答えた。
「それだけじゃ足りない。」
「…………。」
「私の名前は安くない。」
「………。」
「行かないで…。」
「イヤダ」
歩みを留めない彼。机に手を付いて勢い良く彼女が立ち上がった。
「なんて分からず屋……。」
「魔女の名において○○へ命じる。 止まれ。」
彼女がそう唱えると、突然に彼の動きがピタリと止まった。彼の腕は忙しなく動くのに足は絨毯に接着剤で
留められたかのようにピッタリと張り付いている。
「おい、ちょっと待ってくれ。どういう事だ。対価は払ったじゃないか。」
契約違反だと言わんばかりの彼。幻想郷を出るために綿密に練った予想では十分過ぎる程の物だった筈だ。
それが今まさに、風前の灯火となっていた。
「関係無い…あなたは私の物。」
机の上で引きちぎられんばかりに魔法書が開かれて、ページから光の文字が溢れ出していく。渦を巻きながら
ルーン文字が部屋の中に流れを作り、やがて複雑な魔方陣が描かれた。
「魔女が契約を破るのか?しかも人間相手に?」
追い詰められた彼が言う。外界の知識ではこういった類いの人間は、世間の常識に囚われない代わりに
そういう独自の基準やルールに執着している場合が大半であった。
「それを決めるのは私…。そんな物では足りない、足りない。全くの不足。あなたの全てもお釣りがくる位。」
彼を追い詰めている彼女は、追い詰められているかのように言った。
>>868
事件の最中に別の悪い知らせが来るのは、中々に二人にとって大変ですね。
乙でした。
>>869
そもそも用意できるような金額ではないと思っていたし、用意できるような隙を与えていると言う事は
決して拘束したりなどはしていないから非常に緩い契約だから自分といてくれた方が心地いと思ってくれる
パチュリーはそう考えたのだろうけれども……手切れ金を用意されてしまったのは心理的に大ダメージだろうな
>>868 の続きです
「お?おー……」
洩矢諏訪子は遊郭街の一番奥、あの忘八たちのお頭が経営している遊郭宿においていつも通りに、遊女の中でも高級な部類に膝枕などを貰いながら文章を読んでいたが。
そんな事が出来る諏訪子であったが、その時の諏訪子の振る舞いはおそらくは遊女たちにとっては初めて見る姿であるけれども、しかしこの時に置いて遊女たちがやや狼狽を示したのは決して自分たちのケツ持ちである洩矢諏訪子がおかしな様子を示したのが理由ではない。
「珍しいね早苗……ここに来るなんて」
東風谷早苗がやってきたことそれ自体が、狼狽の原因であった。
こういう珍しさにロクな意味は存在しない、だから諏訪子ほどの存在が遊べる高級な遊女たちでさえどこか狼狽を抱いてしまったのだ。
「……何も理由がないと言うわけでもないだろう」
諏訪子は即座に立ち上がり、狼狽を見せつつある遊女たちの前に立って東風谷早苗の前に立ちはだかる、盾のような役割を持ち始めた。
仮に諏訪子にそのような考えがなかったとしても、諏訪子が前に立つ事で突然のそして予想だにしていなかった存在である東風谷早苗から距離を、何よりも精神的に距離を取れることに遊女たちは狼狽から明らかに回復を見せていた。
この部屋に出入り口は一つしかないというのにだ、遊女たちは先ほどよりも安堵した顔を見せていたし、その安堵感の一助には前に立ちながらあも遊女たちを気にしている諏訪子の目配せは間違いなく関係があった。
いや、これぐらいは早苗としても予測していたから……腹は立つけれども予測のお陰で苛立ちを抑える事にやや成功していた。
だがあくまでもやや、であった。他に苛立つような要素が出てきた場合、早苗は我慢できなくなってしまうだろうと言う事ぐらいは、幸いにも早苗は気づいていた。
この仕事はさっさと終わらせるべきだ、遊郭街の事は好きでも嫌いでもないしそう言う施設が必要な事ぐらいは理解している。
けれどもその中心部分に身内が絡んでいるというのが、酷く不快だし腹も立ってくるのだ。
「これ、似顔絵です。この顔と同じ奴を探してくださいよ諏訪子様。遊郭にも出入りしているようなので……はっ、諏訪子様向きの案件かなと思いまして」
「そう……」
早苗は明らかにギスギスした空気を出しながらも、○○の仕事の役に立つからという部分を心の中で前面に出して思いっきり我慢しながら、諏訪子へ似顔絵を渡した。
諏訪子も出来れば、何も聞かずに終わらせようかと思ったけれども似顔絵を見て気が変わった、正確に言うならば似顔絵の絵柄を見て聞かなければならない事に思い至ってしまった。
「稗田の仕事なのか?」
諏訪子は早苗に対して質問をしたけれども、早苗はと言うと憮然とした態度を全く崩さなかった。
「ええ、そうですよ。その似顔絵の男を○○さんが探しているので、私も探す事にしました」
早苗は諏訪子からの質問に対して、稗田と言う名前は全く使わず、と言うか避けるような気配すら見せながら○○と言う名前を強調した。
「稗田○○のね……」
諏訪子は嫌な感触、予測が脳裏によぎってしまったので早苗にわからせるような意味を持たせながらも『稗田○○』と訂正するようにつぶやいた。
けれども早苗は、そんな諏訪子の様子にくっくっくと言った感じで笑みを浮かべて。
「ようやく少しは焦ってくれましたね、諏訪子様」
「お前分かっててやってるんだよな?いや、と言うよりは、私に嫌がらせをしたいだけなんだよな?」
諏訪子の心証の変化に良い気を見せた早苗に対して諏訪子は、せめてこの程度で抑えてくれればと言う様な願望を持たずにはいられなかった。
「稗田○○の事は、私を動かすあるいは焦らせるための、エサでしかないんだよな?そう、あくまでも……本気ではないんだろうな早苗よ?」
「さぁどうでしょう。けれども諏訪子様はともかく、神奈子様には迷惑をかけたくないという部分はありますよ?ええ、それに関しては全くの本心です」
「……じゃあ神奈子のことだけ考えてくれればいい。私は私で、こっちで何とかしておくから。早苗が私のやり方にあまりいい顔をしていないのは理解はしている」
「まぁ良いです。今回は挑発含みとはいえ、本気で何かやるつもりはないですし……ああ、でも喉が渇いたのでお茶ぐらいは貰いますね」
理解と言う言葉を使った諏訪子に、早苗は鼻で大きな嘲笑を作って勝手に湯飲みや急須を扱いだしてお茶を飲む準備を始めた。
遊女の誰かが「あっ……」と言う様な気配を作ろうとしたが、諏訪子の『いいんだ』と言う様な表情を見て、持ち上げかけた腰を下ろした。
実は早苗が扱っていた急須と湯飲みは、まだ誰の口もついていなさそうだから早苗も手を振れたのだけれどもそれもそのはずで、今早苗が扱って飲もうとしているお茶はあの忘八たちのお頭が気に入っている湯飲みだから誰も使えていなかっただけなのだ。
諏訪子もそれなり以上に気に入っている、それこそ抱いたり抱かれても構わないと思っている忘八たちのお頭のお気に入りを早苗が使おうとしているのはどうしようかと諏訪子も一瞬思ったが。
しかしあの男が、その程度で機嫌を悪くしたりするような小さい器ではないし、そもそも今回は使っている相手が東風谷早苗だと知れば何も言わないし思おうともしないだろう。
「無駄に美味しいですね、このお茶」
ズズズとややわざとらしく音を立てながら、早苗はあの忘八たちのお頭が愛用している湯飲みでお茶を飲み始めた。
「そりゃね。あの男が私相手だから色々と、世話を焼いてくれてるんだ」
諏訪子は何となく、意味がないと思いながらもあの男の事を忘八たちのお頭の事を褒めるような言葉を使った。
「ふぅん」
ただ案の定、諏訪子の言葉は早苗のかんの虫と言う奴を刺激してしまった。
「それはただ単に、諏訪子様が馬鹿みたいにここで遊んでいるから多少は特別扱いしてるだけじゃないんですかね?」
しかしまだ、諏訪子の方に苛立ちが向いている事に諏訪子は実に……ホッとしてしまった。
けれども早苗は決してバカではないし、むしろ直感だとかそう言うのは強い方である、そうでなかったら幻想郷で巫女なんてものは続けられない。
だけれども少しばかり、自分がこの遊郭街においての客以上の立場であると言う事を早苗には示したかった。
「そりゃ黒字額を膨らませたんだから、特別扱いもしてくれるさ……言っとくけれども早苗、私が投資した分はもうとっくに回収してるんだよ?」
「守矢神社を遊郭の出先機関にはしないのではなかったんじゃ?」
笑顔なのだけれども確実な苛立ちを表情に乗せながら、早苗は手に持っている湯飲みをいじって遊びながら、とはいってもこれまでもう何度も聞いたようなことを早苗は諏訪子に聞いた。
この早苗の質問のような物が、話合いだとかそう言う意味を持つものではなくてごくごく単純に、うっぷんを晴らすための口喧嘩以上の問題は存在していないのは明らかであった。
けれども諏訪子は、この早苗のいやらしい質問のような話題に対して原則論やいつもの答えとはいっても何も言わないわけにはいかなかった。
それを言う事は、結局は洩矢諏訪子と言う存在が遊郭よりは上に立っていると言う事を示す、そんな重要な意味も持っているからだ。
何よりも遊郭を拡大するような勢力の影すらも、まだ掴めてすらいないというのが現状なのだ、処断できたのはまだまだ小物である、いわゆるトカゲのしっぽしかまだ集めることが出来ていなかった。
故に稗田阿求と言う最大級の遊郭否定論者の動きを観測してくれる、洩矢諏訪子のような存在は絶対に必要であった。
ただそれを全部言ったところで、早苗は余計にイライラするだろうしそれを全部説明するのにも酷く時間がかかる。
「会談場所を提供するフィクサーとたかが出先機関じゃ、まるで立場が違うじゃないか早苗。私は稗田阿求の動きを遊郭の誰よりも近くで観察できて、不味い事態が起こる何歩か前に警告することが出来る貴重な人材何だ。そりゃあの男、忘八たちのお頭も私には目をかけてくれるよ」
自画自賛の気配は強いなと諏訪子も十二分に自覚しているけれども、今はそれでよかったとも考えた早苗からの苛立ちと言うか意識を諏訪子だけに向けておきたいからだ。
「ふぅん」
早苗は返事の上では、軽くて浅い物を使っているけれども自画自賛の気配が強い諏訪子に思う所はあるのか、相変わらず行儀悪く音を出しながらお茶を飲みながらも諏訪子の方だけを見ていた。
少なくとも遊女に対する何やらと言った感情は、あったとしても希薄そうなのが諏訪子としては良かった点の一つであった。
そして次に諏訪子が思ったのは、早苗の持っているあの忘八たちのお頭が気に入っている湯飲みを回収したいという思いだ、急須は振り回すのには向いていないが湯飲みは違うし、急須よりも湯飲みの方に愛着を強く持つのは自然な事だ、諏訪子も急須よりも湯飲みの方の色あせ等をよく覚えてしまえる。
何かの間違いで早苗が、この湯飲みを諏訪子やら壁やらにぶん投げないなどとは、それはまったく無い等とは言えない事であった。
別にここで早苗が暴れたとしても、それで諏訪子の権勢に影響が、今更出てくることなどは無いけれども……そうは言っても可愛がっている男の持ち物が無駄になってしまうのは諏訪子としても避けられるのであれば避けたいというのが、気に入っている男に対する諏訪子でなくとも出てくる感情であろう。
若干以上にハラハラとした感情を出しながら、それでいて表に出さないように早苗には気取られないようにと気を配りながら諏訪子は。
早苗がグイっと飲み干したのをしっかりと確認したら。
「ああ……飲み干したのならば、持ったままだと面倒くさいだろう」
と言って早苗から湯飲みを回収、あの忘八たちのお頭の……諏訪子からすれば可愛い男の子のお気に入りの持ち物を確保して守ってやりたいと、そうとまで思っていた。
だが早苗は決して頭が悪いわけでは無いし、むしろ直感だとかそう言うのにも恵まれている存在だ。
諏訪子もこの時、と言うか遊郭街にいる間はシラフであるはずがないし遊郭に出入りするようになってからはシラフである時間の方が少ない。
この時も遊女からしこたま、鬼程ではないけれども神様だからそんじょそこらの存在よりは多くの酒を飲んでいたと言うか、飲んでしまっていた。
その事実は早苗に何か妙なものを気づきやすくさせてしまうには、十分な物であった。
「ふぅん……」
早苗は思わせぶりな態度を取りながら、手に持っている湯飲みを諏訪子の顔を見比べていた。
諏訪子はこの時点で、早苗がいくらかは気づいてしまったことに『ほぞ』と言う物を噛むそんな感情を抱いたけれども。
「高いんですか?これってもしかして」
せせら笑うように湯飲みを扱う早苗の姿を見て、一番知られたくない部分はまだ知られていないと諏訪子はホッとした。
「じゃあ返しますね」
けれども投げつけてくるのは、シラフではない諏訪子には予測するのは中々瞬時に行うことが出来なかった。
「うわぁ!?」
珍しい声が諏訪子から出てきた、甲高くて焦っていて必死な表情だった。好いているとまで言えるかどうかは分からないけれども、可愛がっている男の持ち物それもお気に入りの持ち物を壊してしまうかどうかの瀬戸際であるのは、聞し召している諏訪子の頭でも理解できた。
しかし理解するのが酒で聞し召している今の諏訪子の限界であった、しっかりと握りしめて受け止めるのは至難の業であるけれども壊したくないと言う思いが勝っており、身体全体で抱え込んだけれどもそれが限界と言えた、諏訪子は忘八たちのお頭のお気に入りが壊れないように抱えたまますっ転げてしまった。
転がった後の諏訪子は、湯飲みの全体を丹念に見まわして傷などがないかを確認した後は早苗に何か文句を言おうかと思ったけれども、感情が乗りすぎると諏訪子は自分で自分の状況を理解してしまったので、黙って立ち上がって湯飲みをいつもの場所に安置しに動いた。
その際に、急須の方も回収しようとしたけれども早苗はスッと動いて諏訪子から遠ざけた。
諏訪子が身を乗り出したりすれば、取りに行ける程度だけれども……無理に取りに行くのも必死さから何かを見て取られるかもしれないと思って中々できなかったが。
早苗はこの、諏訪子がどうするかと逡巡している間に諏訪子以外の方をつぶさに観察していた。
「これ諏訪子様の持ち物じゃありませんね?」
「…………早苗」
諏訪子は何も言わずに早苗に対して、急須を渡すように静かながらも確かに迫ったけれども。
「諏訪子様のカバンを含めた持ち物は向こうに、窓際に新しく作られたと思しき棚にまとめられています。酒瓶やら酒器やら、あるいは書類と言った私物と思しき持ち物も一緒に。でもこの、諏訪子様が守った湯飲みも取り戻そうとしている急須の安置されている場所は……ちょっと違う。前々から作られていた棚に置かれていますし、棚の使い方も贅沢です。他の器を全く置かずに、この急須と湯飲みだけの為に棚が一段使われている…………ここにいる遊女は諏訪子様ほどの存在が遊んでいるんですから高級な遊女ですからそれらの持ち物かなとも思いましたが、だったら他の湯飲み以上に贅沢な安置のしかたが解せません、これだけ遊女がいればそれらの私物はどうしてもひとまとめにしてしまう、なのにそれが成されていない、諏訪子様の持ち物は向こうに置かれているからこれは諏訪子様の持ち物でもなさそう……諏訪子様、誰かに熱上げてますね?具体的にはこの湯飲みと急須の持ち主に」
「…………」
諏訪子は何も申し開きをせずに、黙って早苗が持っている急須を取り戻そうと動いたが。
もう半分答えを言っているような物であった、この道具の持ち主に熱を上げていると言う早苗の指摘……あるいは、稗田○○のような推理に対してだ。
諏訪子が前に出れば早苗も一歩後ろに行って、そんな形で早苗は諏訪子との急須の取り合いに面白さを感じて興じていた。
「さっきの推理に対して、答え合わせできますか?諏訪子様」
そして早苗は楽しそうに諏訪子からの答えを求めていたが。
「容疑者がそう簡単に推理の答え合わせしてくれると思うか?それは中々手に入らない物なんだよ、よしんば私の物でなかったとしても高級な物品が危ない目に合っているのを、座したままでいるわけにはいかないだろう?」
「ああ、まぁ……そうですね。じゃあまぁこれの答え合わせは今度で構いません、でも答え合わせは絶対にやりたいので……これは持って帰りますね。似顔絵の男、探しておいてくださいね諏訪子様」
そのまま早苗は急須を持ったままで、諏訪子がいる部屋を後にしようとした。
「待て早苗!!」
可愛がっている男のお気に入りの持ち物を、持って帰ろうとする早苗にはついに諏訪子も思い切った行動を取らざるを得なかった。
「答え合わせできたら返すって言ってるじゃないですか〜」
けれども早苗はまだまだ、と言うか諏訪子を苛ませることだけがほとんど目的なので実に楽しそうな気配をまるで崩していなかった。
「返せ!」
諏訪子は必死になるけれども、その姿こそが早苗は見たいので諏訪子からすれば必死になればなるほど彼女にとっては不利であった。
「洩矢様!?洩矢諏訪子様!?」
奥からも誰かがやってきた……あの忘八たちのお頭である。ここはあの男の経営している遊郭宿であるから彼がいる事自体は不思議でも何でもないのだけれども。
「ああ、大丈夫大丈夫!早苗の事は私が何とかするから……それよりこの似顔絵の男を探してくれないか?こっちの仕事で悪いのだけれども」
「ああ……」
忘八たちのお頭は、諏訪子から似顔絵を受け取りながらも彼ほどの忘八たちのお頭と言う立場に座れている彼が、早苗が遊ぶように持っている急須をしかもそれが自分のお気に入りの逸品である事にはすぐに気づいた。
それ以前に今の早苗に注目をしない物が、えらくなれるはずはなかった。
「大丈夫、大丈夫、早苗の事は持っている物も私が何とかするから……ええっと、あんたも何かあるのかい?」
何とか忘八たちのお頭を下げようと諏訪子は努力したけれども、彼は中々帰らずに手に持っている書類の方を気にした。ここで言う事は出来ないなと思いつつも、どうやら何事か持ち上がったらしい。
次から次へと、諏訪子は心中でそう毒づくしか出来なかった。
「…………ああ、なるほど」
だが早苗は、諏訪子と忘八たちのお頭の間の目配せを見て気づいてしまった。
「これ、忘八たちのお頭さんの持ち物なんですね。だったら納得、諏訪子様の部屋は貴方もしょっちゅう入るでしょうから私物を置いてあっても不思議ではない……きっと高いんでしょうね」
けらけらとしたような雰囲気を出しながら早苗は急須を取り回しながら、なおも遊んでいた。
「ああ……東風谷様。そうですね、高いですね。それ以上の意味も無いとは言いませんが」
「あっそ」
早苗は軽い返事をしたと思ったら。
「じゃ返します」
今度は忘八たちのお頭に対して、急須を投げてよこした!
「うわぁ!!」
お気に入りの一品であるものが中空を舞えば、忘八たちのお頭ほどの存在でも声を上げてしまうし。
「熱!?」
急須にはまだ不幸な事に、お茶が少し残っていた。熱湯ではなかったがまだ十分な温度が残っていた。
「あっはっはっはっは!!」
早苗は大層笑いながら、諏訪子や忘八たちのお頭から離れていった。
だがある程度歩いたところで、くるりと振り向いた。その時の早苗の視界には、熱湯とまでは行かないが熱いものを被った忘八たちのお頭をせっせと介抱する諏訪子の姿があった。
「あ〜やっぱり」
早苗はただ一言そう言ったのち。
「さっきから諏訪子様、乙女の顔してたから。そうじゃないかなと思ってたんですよ。やっぱり諏訪子様、この男に熱上げてたんですね」
そして明確な事実を早苗は、諏訪子に対して指摘した。
続く
非現実的な人形劇
「やめておけよ。所詮あいつは**だ。」
どこか呆れたように彼女が言う。道で顔見知りの顔見知りに会って暫く話す内に、気が付かない間に話しが
長くなっていたようだ。おそらく意識が勝手に音を飛ばしていたのだろう。初夏の幻想郷は快適な気温を
ここに住む住民に提供していた。彼女が目線をこちらに向けながら、トレードマークの帽子をクルリと回すと
フリルが風に乗って揺れていた。もう一つのトレードマークである霧雨印の箒はさっきから近くの木に立て
かけている。やれやれと、まるでどこかの小説の主人公のような溜息をつきながら彼女は僕に言った。
大仰に手を広げてクルリと回転する姿に金色の髪が木漏れ日と共に零れる。
-そういえば彼女も金髪だった-
「お前は只の外来人で、あいつは人外でmjndkl……。」
夏にはまだ少々早いが日差しに当てられたのだろうか。僕の耳に聞こえてくる言葉が意識の上を滑り、意味を
成さなくなっていた。自分の存在している空間がガラスで他の空間と区切られ、向こうの世界と自分の世界
との間で何も音を通さなくなる。高熱に似た不安定な感触を抑える為に自分の腕を爪を立てて掴むと、
薄らと血がにじんでいるのが揺れる視界に映し出されていた。
「-----そうか、手遅れか。」
帽子を被った魔理沙が漏らした最後の言葉が、浮かされた僕の耳に聞こえた。諦めを帯びた目を隠すかのように
帽子を深く被る彼女。まるで僕を見たくないかのように、あるいは僕に見られたくないかのように。視界が
ぼやけ彼女が去って行く。光を反射する銀色の糸が視界に舞い、僕の体は崩れ落ちた。
ふっと意識が生じ僕は体を起こした。外にいた筈なのに落ち着いた色合いの部屋のベットに、僕は寝かさ
れていた。白色の服は無地ながら、僕が幻想郷で着ていた服よりもずっと柔らかく、ここに来る前にいた
外の世界の服よりも軽かった。昼前だった空の色はすっかり夜の色を窓ガラスに映し出していた。
「大丈夫?」
横から声がした。まさか…僕の予想が脳にあの女性の姿を映し出す。以前に一目見て、心を奪われて、
ずっと虜になっていた彼女。押さえがきかないように首を声の方に向かせる。もしも違う人だったらという
恐怖心を胸に感じながら。
果たしてそこに彼女はいた。人形を操る彼女は人形のような美しさをたたえていた。
「あっあ、あり、ありが……。」
喉が渇き声が詰まる。白い手が差し出されて僕の手を柔らかく握る。彼女のこちらを見る優しい顔に
胸がつっかえて何も言えなくなった。憧れていた彼女がそこにいて僕が彼女に触れている。心臓が鼓動を打ち
頭に衝撃が走る。全身の刺激が目の涙腺を抓り頬がいつの間にか濡れていた。慌てて不格好に涙を何かで拭おうと
する僕を見た彼女は、いつの間にか持っていたハンカチで丁寧に僕の顔を拭いた。
「…………。」
声が出ない。感動で脳が麻痺してしまったかのように。まるで悪い魔女に魔法を掛けられてしまったかのように。
「○○」
彼女の声が耳に染みる。綺麗な声が僕の体を駆け巡り全身の力が抜けていく。そういえばどうして彼女は僕の
名前を知っているのだろうか。ただ、僕が一方的に彼女を街角の人形劇で見ていただけなのに。
「**へ行ってくれるよね。私と一緒に。」
僕が元いた世界とは別の世界である幻想郷ですらない、人間には聞こえず理解できないどこか別の、
彼女が生まれた場所の名前を聞きながら、僕はただ彼女の声に頷いていた。
>>875
狂いながらも冷静な早苗さんはいいですね。ギリギリでラインを超えずに
強かで強そうな印象です。
>>876
○○に忠告していた人物は、口は悪いが優しかったんだろうないわゆる兄貴分や大将と言えるような感じ
だから○○の魔理沙やアリスとの接触に危機感を持っていたのだろうが……対応の仕方を間違ったって所ですね
問題は一回のミスで命が散るところなんだけれども
今回の場合はアリスがやらかしたな
>>875 の続きです
「……ああ、どうぞお話続けてください」
早苗は、諏訪子が実はも何も間違いなくあの忘八たちのお頭に対して熱を上げていると、そのもはや明確な事実を指摘した後も立ち去ろうとはしなかった。
イライラはしているような気配はあるけれども、それ以上に諏訪子の歯をきしませる様な表情と忘八たちのお頭の諏訪子と早苗を交互に何度も落ち着きなく見やっている時に出している焦りや混乱、これらを早苗はその眼に映すことによって間違いなく感じているし無視は出来ないはずのイライラがあるけれども、イライラの原因である諏訪子と、諏訪子が気に入っているを通り越して熱を上げているとしか言いようのない忘八たちのお頭のパニックとも言えるような感情を見る事によって、許容範囲内にまで抑えることに成功していた。
「早苗、お前が私のやり方に意見の違いからイライラを感じているのは十分に理解している。理解しているからさ、もう何も言わないでおいてあげるからこの場は立ち去った方が賢明じゃないか?」
諏訪子は明らかにこの場に居座る気が満々の早苗に対して、優しいような横暴なような言葉を出して立ち去る事を勧めたけれども。
早苗にとっては諏訪子の子の提案は悪い方向に、横暴であると映るしかなかった。
「まぁ……気が向いたり飽きたりしたら」
早苗は諏訪子からの、早苗の視点からすれば諏訪子の横暴な提案に対抗するかのようにまともには取りあわない様子で、諏訪子が熱を上げている忘八たちのお頭の近くを鬱陶しくなるようにちょろちょろと動いていた。
ただし、諏訪子の事を本気で怒らせないように、早苗は彼の体には絶対に触れずに彼の持っている書類のみに注意を向けていた。
確かに諏訪子の事を完全に怒らせてしまっては、それはそれで早苗にとっては負けであると理解していたからというのはあるけれども。
実態や、早苗の考えている都合の方が酷かった。諏訪子がこれを知れば触らないのは諏訪子を怒らせないためと言う、ちょっかいの中にもある冷静な思考と違って……早苗の指摘した所によれば忘八たちのお頭の前ではどうにも、乙女の顔をしている諏訪子はこっちの考えの方が怒り狂うだろうなと早苗はヘラヘラニヤニヤした顔の裏でも冷静にあるいは冷徹なまでに考えていた。
東風谷早苗にとっては今自分の目の前にいる、忘八たちのお頭に対しては全く何の魅力も感じていなかった。顔立ちに関しては中々、整っているじゃないかとぐらいには思う事は出来るけれども、別に早苗はアイドルにうつつやおかしくなったように応援してしまう様な、そんな浮ついた性格は持っていなかった。
だから東風谷早苗は、はっきりと忘八たちのお頭に対して魅力を感じないと心中では断言していたけれども、諏訪子を怒らせてしまうのは得策ではないのでニヤニヤヘラヘラとしながらちょろちょろしつつも。
「なんか私の追いかけてる案件と、もしかしたら関係あるかもしれないんですよね〜」
そうわざとらしく言いながら、忘八たちのお頭の顔は全く見ようとはせずに、彼の持っている書類の中身ばかりを気にするような動きだけをしていたし、実際早苗が今抱いている興味は本当に書類の中身ぐらいだ。
忘八たちのお頭は、最初はちょろちょろ動く早苗を避けるようにぐるぐると動いていたが、不意に何か思い直す考え直すような部分が出てきたのか、早苗の事を思案気にその顔を見てきた。
忘八たちのお頭に一切の男性的魅力を感じていない早苗は、決してこの男が早苗に対して何らかの魅力を感じてなどはおらずに忘八という生き様らしく何らかの策謀を企てているのは、早苗としても十分に理解してはいたけれども。
いたけれどもだ、たとえ策謀以外の事をこの男が考えてなどはいなくとも、この男とは目線を合わせたくは無かった、早苗はこの忘八たちのお頭にちょっかいをかけているというのにだ。それは嫌というか、そもそも最初から目は合わせるというちょっかいだけは避けていた、軽々しく他の男に気を許すというのだけはやりたくなかった。
「はん!」
早苗の様子を見た諏訪子は、お返しだと言わんばかりに彼女の事を鼻で笑った。
「早苗、お前も私と同じだ。お前は私がこの男を相手にしている時に、乙女の顔をしていると言って笑ったが、お前の今の行動だって乙女のそれだ!誰かへの操(みさお)を立てたくて他の男との仲を、あまり強めないようにしているんだろう!?」
喋っているうちに指摘しているうちに、嘲笑よりも腹立ちなどの燃え盛る感情の方が勝ったのか、言い終える時には諏訪子はかなり強い調子と表情で早苗に言い迫った。
「…………っ」
早苗は諏訪子からの強い調子の、というよりは怒りすらをもにじませる調子の指摘に対して、何も思わない訳ではなかったけれどもこの状態の諏訪子との喧嘩が、とてつもなく不利と言うのはさすがに早苗も理解していたので舌を打つ程度で、心中に関してはそんな程度では絶対に無いが何とか早苗は抑えていた。
忘八たちのお頭はと言うと、相変わらず早苗の顔を――幸い、策謀を巡らせているような顔だった。気に入ったわけでは無さそうなのはまだ早苗としては救いだった――見ながら思案を重ねていたが、諏訪子の怒気に対してこちらの方がやや以上に不味いなと思ったようで最初よりも諏訪子に対する目配せの方がよっぽど大きくなった。
そして諏訪子を落ち着ける意味もあるのだろうけれども、忘八たちのお頭はスッとした、いやに洗練された動きで諏訪子の横合いに移動して、彼女に対して自然な動作で耳打ちを行おうと動いていた。
諏訪子も忘八たちのお頭からの耳打ちに対しては、慣れているというか何度味わっても飽きる事がない、甘美な魅力を持っているとでも感じているのだろうか……。
とにかく諏訪子は、先ほどまではちょっかいをかけに来た早苗に対して非常な怒気をはらんでいる表情をしていたが、忘八たちのお頭が近づいてきたら明らかにその表情が和らいでいたし。
諏訪子の動きにも、特筆すべき点と言うのを嫌でも早苗は見つけてしまった。
諏訪子は近づいて来た忘八たちのお頭のゆっくりとした、うかがう様な動きにそんな必要は無いとでも言わんばかりに、彼の腰に対して諏訪子自ら手を回してやって近づけてやり、その耳を近づけてやってと言うよりは好物を前にして飛び掛かる様な、そんな勢いすら早苗には見えてしまうぐらいの勢いで諏訪子は忘八たちのお頭に、彼が自分に耳打ちをしやすいようにと諏訪子は急いでそんな形を作っていた。
早苗はその姿を見て、諏訪子が耳を差し出す勢いにせよ忘八たちのお頭の腰つきに対して手を回すその様子にせよ、何より先ほどに早苗が指摘して諏訪子にはお前も同じような顔だぞを反論された乙女の表情、それらすべてに対して早苗は洩矢の二柱の一つであるはずの洩矢諏訪子に対してはっきりと。
声こそ出さないがはっきりと、早苗は諏訪子に対して気持ち悪いと思った。
そう思ってしまった事に対する罪悪感だとか忌避する感情は、早苗は一片たりとも抱く事は無かった。
「ああ……悪くない。そうは言ってもただの人間の力しかないあんたが相対するには、ちょっとどころじゃなくてしんどいからねそれは……うん、使えばいいよ」
諏訪子は忘八たちのお頭にカッコつけたいという気持ちも、無論の事ではあるのだろうけれども最後に呟いた『使えばいい』と言う言葉には邪悪で嫌悪感を早苗が催すには、十分な歪んだ笑みであった。
早苗は諏訪子とも同じ屋根の下で暮らしているから、度々忘れてしまう事があるけれども諏訪子が祟り神であるということを思い出させるには、実に十分な攻撃性とあるいはいやらしい感情を見て取る事の出来る諏訪子の歪んだ笑みであった。
「ほら、気になるんだろう?実際こいつは早苗向きの案件だ」
反撃の機会を得れた事に、諏訪子は大いに気を良くして書類を早苗の前にピラピラと広げてきた。
こうなると急に、そもそもがちょっかいをかけると言う事を主軸にしていたので諏訪子の方から見せてやるなどと言う態度を取られてしまっては、興味と言うのがまったく無くなってしまったのだけれども。
早苗がそうなる事は諏訪子も十二分に理解していたから、書類を見せつける方向や方法に工夫が存在していた。
諏訪子が持っていた忘八たちのお頭の書類は、裏側ではなくて表側を晒しながら早苗に見せつけていたし、忘八たちのお頭に運と言うのが向いているからなのか文字の大きさにも諏訪子にとって有利な部分が存在していた。
忘八たちのお頭は誰かからの報告を受けて、メモ書きを記した際に余白の大きな部分を占めるように『純狐!?』と書いたのだ。
小さな文字をキレイに書く精神的余裕も無かったのかもしれないが、早苗に一発で中人人物の名前を知らせるその役には、大いに立ったとしか言いようがない。
「純狐……」
実際に早苗も、純狐の名前には無視をできずに反応を見せてしまった。
釣られたような形の早苗の姿に、諏訪子はわざとらしく眉毛を動かして嬉しそうな表情を作って見せつけていた。
仮にここで早苗がやっぱり諏訪子の思い通りにはしたくないと考え、それによって飛び出してしまったとしても、その時はその時で当初の予定通りに諏訪子が前に出ればいい。
諏訪子が前に出れば熱を上げている男にカッコをつける事ができるし、早苗が結局は自分の興味に抗うことが出来なかったとしても、諏訪子は熱を上げている男と密談が出来る、今の状況はどうあがいても諏訪子の得にしかならなかった。
「ちっ……」
早苗は諏訪子が今の状況を、どう転んでも楽しむことが出来る事に気づいて、大きく舌を打つ事しかできなかった。
そのまま早苗はふるふると首を何度か降って、色々と考え事をするための時間を作った。
ちょっかいを描けている愉悦はとうに消え去り、イライラしているので早苗自身もこの思考が果たしてまともだったり、いわゆるいい考えなのかは自信が持てなかったけれども。
それでも、諏訪子がどう転んでも今の状況に損と言う感情を抱かないのは認めなければならない、ならばもう少し長期的視点に立つ必要があった。
――具体的には○○さんの事だ。
今回の一件に置いて、純狐が中心的存在なのは明らかである。ならばその動向は○○さんもつぶさに知っておきたいはず、増してや遊郭内部に情報網こそあるだろうが立場的に稗田阿求のせいで遊郭内部に、○○さんの性格的に絶対に現地調査がしたいはずなのに出来ていない現状においては……
東風谷早苗はこう思った、比較的近しい自分からの証言や報告はきっと有用だろうと、強く思った。
東風谷早苗は自画自賛の気配を感じつつも、それを内省したり増してや否定等はしなかった。
東風谷早苗の口元に少しばかり、笑みがこぼれた。
(乙女の顔だ)
早苗は自分が笑みを浮かべている事に、気づいていないようで諏訪子の警戒する顔に気づかなかった。
「じゃあ、まぁ。首を突っ込んでいいとおっしゃるのであれば、不肖ながらこの東風谷早苗、思いっきりかかわってやりますよ」
そのまま早苗は、諏訪子に対して乙女の顔だなという印象を持たせてしまった表情のままで、諏訪子の持っている書類を受け取った。
「……はぁ」
諏訪子はなぜだか急に機嫌を直した様子で、書類を受け取ってウキウキとして首を突っ込み始めた早苗の後姿を見ながらため息をついたが……とても重々しかった、警戒心の表れだからだ。
「悪いが、少し席を外すよ。まさか遊郭じゃなくてこっちの身内から火種を見つけてしまうとは」
「洩矢様?」
忘八たちのお頭が心配そうに諏訪子の名前を、形式に則った呼び方をしたが。
「諏訪子で良いと言ってるだろ。あんたからならそっちの方が良い」
早苗が見たら今日一番の腹立ちや、あるいは口汚く罵りそうなほどに乙女の顔をしていた。
「ええっと……そうですね諏訪子様」
忘八たちのお頭が諏訪子の言う通り、下の名前で呼んだが様付は彼の立場や洩矢諏訪子に対する敬わねばと言う幻想郷らしい思考からそうしたが、皮肉にもそれは早苗の考えと同じで呼び方も早苗と同じになってしまった。
諏訪子は、早苗が聞いたら烈火のごとくなるだろうなとなって笑ってしまったが、すぐに身内の厄介事の方に思考が向かざるを得なかった。
「稗田阿求にちょっと危ないかもしれないと伝えておかないと……まさかうちの早苗がね…………一線の向こう側は同じような存在を作る力もあるのかね……帰ってきたら酒飲むから用意しといて、あんたと飲みたいから」帰ってくるまではシラフでいておくれ
諏訪子は忘八たちのお頭の背中を、親しそうにポンポンと叩きながらも落ち込んだ様子であった。
(相手が稗田○○じゃなかったら多分応援した)
……早苗の予想は、ここに早苗はいないけれども外れたと言う事だ。今の洩矢諏訪子は、考えてもいなかった部分に話が転がって、沈痛な感情を抱えなければならなかった。
「友人様ぁ……」
クラウンピースが落ち込んだような疲れたような声を、主からの命令でもあるが個人的にも心配過ぎて、近くにいるしかないから監視と歯止めとして動いているけれども。
「東風谷早苗になんか嫌がられる事やりましたかぁ……?」
主の友人であり、更にはクラウンピースも仲良くしている純狐だけならばともかく、いつだかの騒動の時に相対したこともある東風谷早苗の相手までするのは……いや、いざとなったら主の命令以上の意味を気持ちを純狐に対して持っているので、戦う事はそうなってしまったのならばやるだけの覚悟は決まっているけれども。
だけれどもしんどいと言う思いは体を重くしてしまうし、無いならばそれに越したことは無いじゃないかと言う考えは万人が強く抱く考えであろう、あくまでも純狐の周りをウロウロしだした東風谷早苗の事は、対処できると言うだけで避けれるならば避けたい存在なのだ。
「別に……何もやってないとは思うけれども。まぁでも、今は他の事をあんまり気にしてないからやっちゃったかもね」
純狐は何とも自身のない言葉を出して、クラウンピースの事を落胆させたが、そもそも興味が無いから何かがあろうとも、覚えていないのは当然の事なのだ。
「ああ……まぁ、そうですよね」
クラウンピースは溜息を大きく出したけれども、今の純狐があの兄弟を助けると言う事以外に、無論東風谷早苗の事だって何の興味も抱いていないのに疑いの余地はない。
「何とかしてきます」
結局こうなるのかと思いながら、クラウンピースは東風谷早苗の下に向かっていった。はっきり言って嫌だが、早苗を放っておくことの方がより嫌な事になるのは明白な事であるからだ。
「あの、東風谷早苗」
「何かしら?ピースちゃん」
東風谷早苗は妙に機嫌よく、クラウンピースの事をピースちゃんとまで呼んだ。
なれなれしいなコイツ、と思いつつも東風谷早苗と言う存在がどちらかと言えば厄介に分類される、そんな性格を持っているのも結構有名な事だ。
となれば、なれなれしさに少しムッとしたとしても、その事は無視が最善の手段であるのだった。
「友人様が何かやっちゃったんじゃと思いまして、ここに来たのは。もしそうなら私から謝りますし、今すぐではありませんがご主人様のヘカーティア様にも連絡して、何か埋め合わせしますから。その……こっちはこっちでやれますんで」
クラウンピースは要するに、関わってこないでくれと言う感情や考えを出来る限り丁寧に示したが。
「大丈夫よ」
早苗にこの場を立ち去る気は一切なかった。
「貴女たちの事、特に純狐の動向は気になるけれども、そこに他意や敵意は無いわ。ただ純狐の動向は、○○さんの調査の役に立つだろうからと思ったからウロウロしてるだけ。気にしなくて良いわ」
敵意は無いかもしれないが他意はあるじゃないか!クラウンピースはそう叫びたかったけれども、そもそもが稗田○○に接触を果たした時点でこの手の他意の存在は許容するべきなのかもしれなかった、今現在に置いては稗田だとかその周辺の存在から敵意だけは持たれていないだけでも十分な状況かもしれなかった。
「……こっちはこっちでやれるから。見てるだけにして」
クラウンピースは頼むから接触だけはやめてくれと、早苗に懇願した。
「まぁ、それは安心してよ。嫌がる事はしないから、ただ気になるだけ。○○さんもここでの同行は気になるだろうから」
ニコニコと笑いながら、早苗はまた○○の名前を出した。この時にはクラウンピースも、早苗はこの後において○○に報告に向かうのだろうかと考えた。
違和感はクラウンピースも覚えたが、その違和感がたとえ正しくともクラウンピースは自分たちには関係なさそうだと思えた。
「そう、そっちはそっちで目的はあるけれども私や友人様がメインではないんだね」
「ええ、そうよ」
「・・・…じゃあ見てるだけなら、まぁ」
そう言ってクラウンピースは、どうやら東風谷早苗はウロウロしているだけで無視しても良さそうだと考えることが出来たので、純狐の下へ戻ろうとした。
「いねぇ……」
姿を見つけることが出来なかった、どうやら一人で気になる場所を見るために歩き回っているようである。
純狐の事は別に心配するような、そんなやわな存在ではないが。
今回の場合は本人よりも本人の周りに、何か起こりそうだ。しかも場所は一応は、遊郭の内部とはいえ人里と言う更に大きな場所の内部だ、遊郭を嫌う稗田阿求や上白沢慧音が遊郭内部の事件は事件と扱わずに、博麗霊夢への報告もせずに握りつぶしてくれるかもしれないが、そうだとしても止めない理由にはならない。
何よりもクラウンピースには、自らの主人であるヘカーティア・ラピスラズリに対する責任が存在している。
そして男の悲鳴が聞こえてきた。
あまり遠くからではなかった、つまりはほとんど間違いなく自分が監視して面倒を起こさないように気を配るべきであった、純狐が何かやった。
クラウンピースは「ああ!もう!!F×××」幻想郷の存在がほとんど知らない、Fから始まる非常に汚い言葉を叫びながら走り出してしまった。
通常ならばクラウンピースがいわゆるFワードを使ってしまった事は、それを理解できる者がほとんど存在しないからまるで、問題にならないのだが。
東風谷早苗は例外であった。
早苗はクラウンピースを追いかけながらも、耳に聞こえてきたいっそ懐かしいぐらいのFワードを聞いて微笑んでいた。
「○○さんシャーロック・ホームズが好きだからミステリードラマもたくさん見てそうだし、Fワードに私と同じような懐かしさを感じるかな」
戻るつもりはないが、かつての住処への郷愁、あるいは思い出話を早苗は想像していた。
続く
>>883 の続きです
純狐がこの遊郭街において、何かをやらかしたのは主人の友人だから以上に認めているし気に入っているし、大事に思っているクラウンピースにとっては怒りや焦りを募らせるには十分な出来事である。
確かにこの遊郭街は人里の最高権力者である稗田阿求や最高戦力の上白沢慧音の、それらの完全なる統制下にあるとはいえ、それでも一般的な人里からすれば遊郭を構成する存在とはおおよそ堅気とは言えない連中しかいない。
それらが集まり、管理している場所での騒動乱暴狼藉が何を意味するのか純狐は分かっているのか……。
そうクラウンピースは思ったが、純狐にはそんな微妙だったりあるいは騒動を恐れるような心配りや感情は必要ないのだと、すぐに彼女は自嘲交じりの気持ちで頭を振るしかなかった。
あの月をもして、徹底抗戦を諦めさせて遷都を選ばせる存在である純狐が、たかが人間の作った組織相手に何を恐れる必要がある。
博麗の巫女でも出てくれば、純狐も少しはやり過ぎたなぐらいには考えてくれるかもしれないが、今回の場合は場所がそこまでの事態を未然に防いでしまった。
人里の二大巨頭である稗田阿求も上白沢慧音も、遊郭街の事は大層嫌っている。いわゆる一線の向こう側が、旦那に変心や乱心を起こさせる可能性を持った組織何ぞ、それ以外が大多数でもない限りは今すぐにでも潰したいと思っている、それぐらいに人里の二大巨頭は過激なのだ。
結局は人里と言う組織の安定と、厄介な連中は一か所にまとまってほしいという多分後から出てきた実利的な面で、阿求も慧音も遊郭の存在をギリギリのところでお目こぼしを与えている。
となれば純狐が少々暴れたところで、あの二人は純狐の味方に付くどころかそもそも騒動があった事を、そんなものは存在しないという態度を平然と取るだろう。
また筋ものが集まり、管理している場所でしかない遊郭街を果たして博麗の巫女が一般的な人里と同じように扱ってくれるかもやや疑問であった。
結局自分がやるしかない、クラウンピースは大きなため息をつきながら走る速度をグンと上げるしかなかった。
何が起こった。
どこの遊女だ?
そもそもあれは遊女なのか?もっと別の……
クラウンピースが懸命に走って騒動の中心地、純狐のいる場所に向かおうとしている折に、明らかに筋もの遊郭の構成員達の慌てるような鼻息の荒い様な声が聞こえたけれども、クラウンピースの着ている珍妙な道化師の姿を見るに至っては、純狐の事をどこの遊女だといぶかしんでいた連中ですら、どんなに鈍感な物であろうとも首を振ったり目を閉じたりして、騒ぎを起こしている存在が純狐だとは知らない者でも今この騒ぎの中心にいるこの女が、いわゆる一線の向こう側だと言う事にはもう既に、嫌と言う程気づいていた。
それにクラウンピースの後ろからは東風谷早苗が面白そうな顔を浮かべながら、追いかけてきた。
遊郭の構成員となるためには、近場の有力者権力者、あるいは強者といった存在の事は知っておかねばならないし。
何よりもそれら特筆すべき人物と言うのは、基本的に一線の向こう側か、そうなる可能性を強く持っている予備軍でしかないというのが、これは遊郭街に限らず人里全体における大方の見方であった。
そして……純狐に追い付き、純狐がある男の腕をひねり上げている光景をクラウンピースが見た時、これは穏やかに収めることが出来るのかと言う疑問がクラウンピースに出てきた。
純狐が腕をひねり上げている男は、今純狐が執着している兄弟の、その上で兄の方に至っては今朝がたこの男から腕の骨を折られているだけでなく……
この男はとんでもないことにあの兄弟の実の父親なのだ。
子供を亡くした純狐にとっては、実子を苛む親と言うのは、そして純狐の子供はよりにもよって旦那によってその命を取られた。そして今回、父親が子供の腕を事故などでは無くてへし折るという事件に巡り合ってしまった。
純狐にとっては自らの痛ましい記憶とダブり、暴走するには十分な案件の原因が目の前にいる。
どうにもならないかもしれない、クラウンピースはそう考えてしまったがそれでも主であるヘカーティアの友人様である以上に、純狐として気をかけているクラウンピースにとっては、歩を進めるのみであった。
「友人様、友人様」
クラウンピースが純狐に近づいたとき、ああやっぱりという程度の補強であろうけれども。幻想郷においては明らかに――早苗からすれば外でもだいぶ、という具合であるが――珍奇な服装を身に着けているクラウンピースが純狐に、騒動の原因に対してとても友好的に話しかけているのを見れば、今いる場所から何歩か後ろに下がって傍観を決め込むには十分な光景である。
それに何人かの筋もの、遊郭の関係者はそれこそ遊女ですら、今この光景に対して純狐がある男の腕をひねり上げている光景を見て、ほくそ笑む様な姿をクラウンピースは確認できた。
……どうやらこの、純狐が痛めつけているこの男。あまり遊郭関係者から良い風には思われていなかったようである、だから純狐がこの男を痛めつけていても、何だ何だと言って周りに集う事こそするけれども、それ以上の事をやらなかったのだなとクラウンピースは苛立ちを覚えながらも理解できた。
しかし、クラウンピースは歯をきしませながらも後ろにいる東風谷早苗が何をしてこない事を確認しつつも「ここは任せてよ、頼むから」そう言って抑えつつも純狐の方に歩を進めた。
「友人様」
先ほどと同じようにクラウンピースは穏やかな声色を純狐に対して用いているけれども、行動に関してはもう少し積極的なものとなり、純狐の背中を触って自身の存在を出来る限り純狐に対して示した。
「ああ、ピースちゃん」
純狐はクラウンピースの事に気づいて、優し気な言葉もかけてくれたけれども、男をひねり上げる手は相変わらずで強いままであった。
「こいつ、私にいやらしい目を使ってきた」
そして純狐は、クラウンピースに自分が怒り狂っている理由を説明したけれども、クラウンピースはため息だとかそう言う批判的な動きはおろか雰囲気すら出さなかったけれども、内心では呆れの感情が色濃く出てきた。
「友人様、ここは遊郭ですよ?ぶっちゃけた話をしますね友人様。友人様はぶっちゃけた話めちゃくちゃ美人です、太夫(最高位の遊女)でも通るぐらいの見た目を持ってます、そんなのがキレイな服を着て遊郭を歩き回ってりゃ、そりゃ好奇の目の一つや二つ飛んできます。だから明らかにおかしい様子を作る為に、私が近くにいる事に決めたんです」
クラウンピースは出来る限りに穏やかな口調を使っていたが、事実を指摘するとなるとどうしても、表現が強くなってひとりでにフラフラと歩きまわっている純狐の事を非難するような、そんな言葉しか述べることが出来なかった。
この程度でクラウンピースに対して怒り狂う様な、そんな小さな器を持っていない事ぐらいは信じているしそもそもの付き合いも、結構と言えるぐらいにはあるとクラウンピースは信じているけれどもいつもの様子とは完全に違った、下手と言うよりはへりくだったような態度をクラウンピースは作らざるをえなかった。
「こんな場所でこんな奴が原因で心を砕かなくて良いのよ、ピースちゃん。いやそもそもいやらしい目を使ったのはまだ我慢できるの、あの兄弟の実子の腕を折ってるのにこんなところでお酒を飲んだり女を買ってるのが許せないのよ」
事実、純狐は必死で言葉を選び口調を整えているクラウンピースに対して、相変わらず男の腕をひねり上げ続けている方とは違う方の手で、クラウンピースの頭を優しく撫でてくれた。
もう片方の、男の腕をひねり上げている方と比べてしまうと、落差によってクラウンピースは盛大なため息が持ち上がってくる思いであった。
しかしそのため息は寸での所で何とか止めた、仮にため息をついたとしても純狐がクラウンピースに対して苛立ちだとかを向ける事は無いと、それぐらいの事は彼女も信じているけれどもそれ以外となると分からないし、そもそもの部分で純狐を刺激する事に利益をまるで見いだせない。
チラリと、クラウンピースは早苗の事を見やった。
予想の範囲内なのであろうけれども、早苗は純狐が荒々しくなっている様子を見て意味ありげな笑顔を浮かべながら、しかしながら野次馬以上の動きを早苗は見せていなかった。
思う所はある、我慢ならないとなる感覚も無いわけでは無い。
だが、クラウンピースは外野であろう早苗からは目線を外す事にした。外野は外野だ、それに早苗も手出ししないという約束はしてくれているし、面白がっている風こそあるが確かに手を出さないでいてはくれるようだ。
……それに東風谷早苗が外野だと言う事は、残念ながら純狐を含めた自分たちは渦中の存在だ、クランピースは心中で毒づいた、渦中である以上は、これは焦らなければならないからだ。
「……友人様、人が集まってきましたよ?『コレ』に関して思う所があるのは、まぁ理解しますし私もぶっちゃけあの兄弟の父親が『こんなん』だとはなとも思います。何もしないわけにはいかないという友人様の気持ちも、考えも、最大限尊重します。でも今ではない、ぐらいは理解していただかないと。今この場では、不味いかと」
とにかくクラウンピースは、純狐と一緒に一旦この場を立ち去り体勢を整えたかった。今の状況はいくらなんでも、観客の数が多すぎる。
純狐が腕をひねり上げているこの男、残念ながらあの兄弟の父親であるこんな男の事は、クラウンピースも好きになれるはずがないし、どうなろうとも構わないと思っているけれどもその余波で純狐がどうにか、厄介だったり不味い状況に陥るのは決してクラウンピースとしても純粋な思いとして望んでなどはいない。
けれども純狐は変な所でまだ、頭が回っていた。
「私が暴れている事が遊郭街にとって、本当に不味いのであるならば……負けることは無いから全然かまわないけれども、とっくに私たちはもっと厳しい視線や空気の中にいるわ、それが無いと言う事はこの男、はっきり言ってよくは思われていない事の証拠よ。行き当たりばったりに確かめたことは、まぁ、ピースちゃんには謝るけれども」
……クラウンピースは全くもって、主人の友人である以上に敬愛しているはずの純狐に対して、実に珍しい事だが腹立たしさを覚えざるを得なかった。
「友人様、あんまり遊ばないで。『コレ』に関しては、そりゃ私もロクな印象は持ってません、何かひどい目に合うべきですけれども……場所を考えて」
穏やかに、そして言葉は選んでもいるけれどもクラウンピースの態度はかたくなであった。
今は止めろ、純狐がクラウンピースに何を言おうとも彼女の根底にあるこの意見は、変わる事は無さそうであった、たとえこの男が遊郭の関係者からあまりよく思われていなくて、それこそ純狐に腕を捻られている今この場面においても、ざまぁみろとまで思われていようともだ。
クラウンピースは奇抜な服装を着ているけれどもだからこそ、良い目立ち方と悪い目立ち方ぐらいは心得ている。
「……ここじゃ嫌?ピースちゃん」
純狐はクラウンピースが嫌がっているのは理解しつつも、せっかくここで捕まえたことに対する惜しいという考えは中々捨てることが出来なかった。
「別にいつでも何とかなるはずでしょう?行動範囲はほとんど分かってますし、待つのも苦手じゃないでしょう友人様、私も付き合いますから。とにかく友人様、周り見て」
クラウンピースと目を合わせて話をすることが出来ている純狐は、彼女からの忠告通りに周りを見渡し始めた。
何人かは純狐と目を合わせてしまった事に、不味い物を純狐の眼かあるいは純狐そのものから感じ取ったのだろう、何人かが逃げ出したけれども。
逃げたのは大体が男で、遊女の方が胆力は合った。と言うよりは嫌な奴と一番、それこそ肌を合わせてしまう可能性があるのは遊女たちに他ならない。
そう、まさしく当事者である遊女達にとってはこの光景も、身に詰まる物がある為に一部始終を見たいという欲求が純狐への畏怖よりも勝っていたし、それに純狐は同じ女であるから危険だともあまり思わないのかもしれなかった。
どちらにせよ純狐の目的はこの、腕をひねり上げている男ただ一人なので誰に見られようとも構わないと言えば構わないのだけれども、好奇の視線や逃げていく野郎に嫌なものを感じるぐらいは、まだ純狐にも出来た
「そうねぇ……いやらしい目つきが多いわねぇ」
まだ迷っている風ではあったが、純狐はクラウンピースの様子を気にしてくれていた。
「ちょっとね、嫌ですねこれは。あの兄弟をこんな客の見世物にはしたくもありません」
「ああ……」
件の兄弟の事を、クラウンピースはいやらしい方法かなと思わせつつも純狐にはっきりと思い出させることにした。
「うん」
クラウンピースはホッとしかけたが。
「あのクソガキどもとお前たちは何の関係があるんだ!おいクソメスガキ!お前あの二人の何なんだよ!?」
この男は痛みになれたのか、それとも純狐がクラウンピースに意識を向けていたおかげで少し力が緩んだのかは分からないが、憎まれ口をぶちまける余裕が生まれていた。
(あ……)
クラウンピースは一瞬の静寂を、あるいは野次馬達のこれは何か起こるぞと言う好奇の空気に対して、嘆く様なしくじってしまったという様な感情を抱いた。
何よりもあの兄弟やクラウンピースを罵倒したのが一番まずい、罵倒したのが純狐だけであるならば純狐は耐えたかも……いや、それならそれで今度はクラウンピースが我慢できなかったかもしれない。
汚い言葉をこの男が辺り構わずにぶちまけた時点で、命運だとか結末と言う物は決まってしまったのかもしれなかった。
案の定で、純狐はこの男の事を精いっぱいの力でひねり上げ始めた。
とうぜん男は叫ぶ、だが純狐はその叫び声に機嫌を更に悪くしてのど輪を掴むようにしてこの男が息を吸えないつまり叫べないようにしてしまった。
「友人様、ここで命までは取らないでくださいよ」
最期の一線を踏み越えるなとだけは、クラウンピースも純狐と無理にでも目を合わせて忠告した。純狐はコクリと、クラウンピースに微笑みかけながらうなずいてくれた。
ひとまずクラウンピースは自分の存在と言葉を伝えただけで、それで済ませる事にした。
「お前はお日様の高いうちから酔っぱらいながら何をやっているのかしら?家業は実子の腕を折る事だから、今日の分はもう済んだとでも!?」
のど輪を純狐が押さえているから、この男は何も言えるはずは無いのだけれども、そもそも実施の腕を折る様な輩に申し開きなど何を言ったとしても意味があるのか、あったとしても火に油なのでどうにもならないだろうから無くても構わないかぐらいにしか、クラウンピースは感じなかった。
それよりも実子の腕を折ったという事実が、遊郭内部に知られるのは……遅いか早いかの差でしか無いのだろうけれどもこの場所でそれは、不味かったのではぐらいにはクラウンピースは思った。
事実クラウンピースは、サッと周りを見た時に遊女の内の一人がキセルの吸い口を明らかに噛み潰して震えていたり、他の野次馬も好奇の視線から不快感を覚える表情に大なり小なりの差はあるが変化していた。
別にこの野次馬たちは、調査したりしていないけれども純狐の言葉を頭から信じていた。その時点でこの男の評判は、もう推して知るべしであった。
「お兄ちゃんの折れた腕……右だったかしら?それとも左だったかしら?」
純狐は男の腕を、ひねり上げていないもう片方の腕にも狙いを定めて左右同時に痛めつけるのではなくて、交互に遊びながらと言った様子でひねったり解放したりを繰り返していた。
「友人様」
純狐が遊びだした様子を見てクラウンピースは咄嗟に、真面目で重々しい声を出した。
「もうちょっと」
「良くないです」
クラウンピースは純狐の袖を引っ張るが、愉悦をそう簡単に手放せないのは神霊である純狐にとっても同じであった。
「ああ、くそ……」
クラウンピースは純狐の袖を引っ張りつつ、少なくとも今日は立ち去りましょうこいつの顔はしっかりと確認できたので良いじゃないですか、と言ったような文章を頭の中で作って言おうとしていたが、それは不幸にもかなわなかった。
クラウンピースが毒づきながら見ている先に、人力車が一台止まった。豪奢な装飾が成されている、どう考えても偉い人やお大尽が乗っていると分かるし……この遊郭街においてはそんな抽象的な表現で済まない人物が降りてきた。
「ボスのボスかよ……こんな小さい騒動に出張るなよ」
この遊郭街の事実上の頂点に立つ、遊女を道具として扱う忘八たちのそのお頭が降りてきたからである。
思わずクラウンピースは自分たちのまき起こした騒動を、発端である自分たちを棚に上げて矮小化したくなった。質の悪い客が一人、ボコボコにされた程度では済ませられないのかと言った気分だ。
そしてなお不味いことに。
「ああ……アイツか」
忘八たちのお頭は、ボスのボスが現れたことに野次馬達が、彼に対して我先にと一礼して頭を垂れている光景よりも、純狐がひねり上げている男の方、もっと言えばこの男が純狐にひねり上げられている事に面白そうな顔を浮かべていた。
運が向いているのか、いないのか。全くもってクラウンピースにはわからなかった。
続く
アリス「あのさ」
パチェ「うん」
アリス「昔『○○のパチモン』ってあったじゃない?」
パチェ「あったわね」
アリス「あれつかまされたことあった?」
パチェ「いや、だって明らかに偽者の○○だったし……まさかあなたあんなもの買ってたんじゃないでしょうね」
アリス「ないない、ないけど。ないけどさ、でもあーいう粗悪〇〇っていうか、〇〇のパチモン見抜けなくて買ってたコって結構いたよね」
パチェ「まぁホンモノの〇〇はちょっとやそっとじゃ手に入らないし」
アリス「その点私たちは人形とかホムンクルスで本物をコピーしといてよかったよね」
パチェ「ね、その頃はまだ『コピー○○』に厳しくない時代だったし」
アリス「あんな堂々とコピーする為の魔導書みたいなの売っといて『違法○○』になるのずるいよね」
パチェ「元々『コピー○○』は違法よ」
アリス「バレたら私たち捕まったりする?」
パチェ「バレたら、ね。見抜ける人がいたらの話だけど。私たちの代の〇〇はもう『いない』し」
アリス「あれやっぱり私たちが一気に『引っこ抜いた』せいかしら」
パチェ「もう今となっては些末な問題よ。運良くホムンクルスにも人形にも100%を『入れ込めた』んだからいいじゃない」
アリス「まぁ、うん」
パチェ「『脱法○○』って流行ったわよね」
アリス「あれよくわからないんだけど結局脱法ってなに?」
パチェ「混ぜるのよ、半分くらい。別のを。そしたら一応法律上〇〇じゃなくなるから違法にならないのよ便宜上、いやほぼ違法だけど」
アリス「……?……でもそれもう〇〇じゃないじゃなくない?」
パチェ「〇〇じゃないけど半分くらい〇〇なのよ」
アリス「……理解できない世界だわ」
パチェ「で、なんでまたそんな話」
アリス「あー、そうそう。ほら、なんて名前だっけ、団子屋の兎の…青い方」
パチェ「なんだっけ、片方がダンゴなのは覚えてるけど……あ、せい、せいらん。清蘭」
アリス「その子がほら、月から来たばっかりの頃パチモン〇〇つかまされたらしくて」
パチェ「ふんふん」
アリス「でもいまだに偽者って気づいてないらしいの」
パチェ「えっ?」
アリス「近々結婚するって」
パチェ「へぇーッ……」
パチェ「……それさぁ、ほんとに『気づいてない』の?」
アリス「気づいてたら〇〇じゃない人と結婚なんかするはずないでしょ?」
パチェ「……」
パチェ「その子が『どっち』かわからないけど」
パチェ「たまにいるのよね」
呪いが解ける人
>>888
この世界の○○って最初期からずっと増殖『させられて』そうだな……
あるいは○○は愛されてほしいから呪いを振りまいたのだろうかアリスとパチェが……
>>887 の続きです
「似顔絵を見た時はまさかと思ったが……やはり同一人物か。遊郭としては運が良かったかな」
クランピースからはボスのボスかよと思われた通り、忘八たちのお頭はこんな状況でもまだ余裕と言うのを見つけることが出来てしまえるようで、辺りで我先にと彼に頭を下げる遊郭の構成員を片手で『はいはい』と言うようにいなしながらも、彼は純狐とクラウンピースに対して近づいてきていた。
純狐にせよクラウンピースにせよ、確かに旦那を持って男を愛しすぎておかしくなっている、いわゆる一線の向こう側とは確かに違うかもしれないがだからと言って基本的な強さだとかにはまるで変わりはない、ただの人間にとっては神経を使って相手をしなければならない存在なのだけれども、忘八たちのお頭からはそう言う雰囲気はまるでなかった。
……もちろんクラウンピースはさとり妖怪などでは無いので、この男の腹の底までは分からない、もしかしたら余裕そうなのは見た目だけで物凄く怯えているのかもしれないが……彼女だって幻想郷へのいわゆる武者修行のお陰で少しは目端と言う物を効かせることを、クラウンピースも出来るようになっていた。
クラウンピースが辺りを見渡すと、忘八たちのお頭に恭しく頭を下げている連中が明らかにホッとしたような雰囲気を出した者が、それが何名もいた。
この男が、その内容に状況は極めて特殊とはいえ商いをやっているくせに商い拡大に対して、消極的であるどころかその気配を出した者を見つけ次第に叩き潰すほどの事をやっているが。
それでもこの男がボスのボスを続けられる理由が、クラウンピースにはホッとした野次馬や取り巻きを見てよく分かった。
打算はこの男にだってあるかもしれないけれども、こういう場面で真っ先に前に出れるこの男は、そりゃボスのボスになれるし座り続けられると。
遊郭街を維持するために最も神経を使う仕事であるはずの、稗田阿求や上白沢慧音との折衝や交渉もこの男は行っている。
偉くなれる権利と言うのがこの男に存在しているし、遊郭街の大半がそれを認めているし望んですらいる事をクラウンピースは如実に感じ取った。
「どうも……直にお話しするのは初めてではございますが……」
「ボスのボスが出てくるとは思わなかったよ。この一件、そこまで大ごとになるとはね……」
クラウンピースはそう言いながらも、稗田○○がそして稗田阿求ですら意地と本気と言う物を出してしまえば、大きくならざるを得ないかとも考えた。
「ボス?ああ、頭と言う意味ですね、ええまぁいわゆる頂点に座らせてもらっていますね私は、お陰様で」
「殊勝ぶらなくて良いよ、頂点取るために色々考えてることぐらいは分かるから……今回も厄介中の厄介である私と純狐と言う存在に、落ち着けるために前に出たことで点数稼げてよかったじゃないの」
柔和そうな笑顔を携えながら、穏やかそうな声を出しつつもこちらの事を計ってきているこの忘八たちのお頭の事が、その胆力やボスのボスになれる才覚に関しては素直に称賛する事はクラウンピースも出来るけれども。
点数稼ぎに利用されている部分に関しては、嫌みの一つも言いたくはなった。
「これは手厳しい、まぁ否定はしませんが」
けれどもボスのボスである忘八たちのお頭は、この嫌味にも対して堪えたような様子は一切なかった、むしろ実に楽しそうであった、本当にちょっとした会話を楽しんでいるような具合だ。
クラウンピースはこれを彼流の挑発とみるべきなのか、それともこんな形でしか楽しみを見出せない彼の立場故の業と思ってやるべきか少し迷ったが、クラウンピースからすればこの忘八たちのお頭の立場や事情には、一切何の関係は無かったことを思い出した、これ以上首を突っ込むのは良いも利益も無い。
「で、何の用?何も考えずに前に出るわけないじゃないあんたが」
クラウンピースは突然に会話を切り上げて、事務的な調子を作った。
忘八たちのお頭は、やはりこのちょっとした鞘当てと言う程ではないがやや厳しい空気の中にも楽しさのような物を見出していたようで、突然に事務的な調子で相手をしだしたクラウンピースに対して寂しそうな顔を浮かべた。
やはりこの男、少し楽しんでいたようである。
けれどもこれ以上は、付き合う気は無かった。
「ご随意に、とだけお伝えしようと思いまして」
クラウンピースからの頑なな態度を見て、これ以上は付き合ってくれそうにないと判断した忘八たちのお頭は、本題に対して素直に入って行ってくれた。
ただし忘八たちのお頭にとって、本題と言うのは本当に一言か二言で済んでしまうのである、だから少しばかり遊びたいと思ったのかもしれない。
「その男に関しましては、純狐様のお好きになさっていただければ、我々遊郭街としましてもいっそ助かります」
あるいは、純狐が今腕を捻り上げているどころかついに右だか左の腕の骨をぶち折ったこの男、案の定ではあるけれども評判のほどは良くないの一言でしかないようであった。
「ふぅん……もうちょっと抵抗するかなとも思ったけれども。一応客みたいだし」
「客がいるのは大前提ではございますが、他の客への影響を考えたりあるいは最大の売り物である存在である遊女は生物(ナマモノ)でございます。それらを保護する義務が、私には存在するのでございますよ」
そう言いながら忘八たちのお頭は、懐から帳面を一冊取り出してあるページを開いて渡してくれた。
「ああ、それはすぐに返してくださいね。私は少しだけ話したいお方がここにいますので」
そう言いながら彼は、クラウンピースに対してくるりと背を向けて東風谷早苗の方向に歩いて行った。
早苗はあからさまに嫌そうな、腹立ちのような顔も浮かべていた。東風谷早苗の主とも言える洩矢諏訪子はここ最近において急速に、遊郭内部での存在感を増しているし、忘八たちのお頭のケツを持つような形で稗田家とも交流がある。
早苗もその事は理解しているはずだが、どうやらあまり良くは思ってい無いようだけれどもその事はクラウンピースには関係がなかった。
それよりも忘八たちのお頭が渡してくれた帳面のメモ書きの方が、よっぽどクラウンピースにとっては意味も興味もあった。
……あの男に対する苦情ばかりであった。そう言うのだけをまとめてる項目なのかもしれないけれども、だとしても帳面を黒く染め上げてしまえる時点で、この男はやはりそう言うロクでもない輩であると言うのを結論付けるには十分であった。
「なるほど」
呆れを内包しながら、クラウンピースは相変わらず男を捻り上げ続ける純狐を眺めつつも、納得と理解を急速にクラウンピースは深めた。
忘八たちのお頭が、ご随意にと言ってそれこそ客を売るような真似をするはずだと。
そもそも彼の場合は、純狐やそれこそ稗田家や上白沢慧音に突き出したとしても、売ったとは認識されないそれぐらいに厄介な乱暴者なのだこいつは。
「少しはやりやすくなったのかな」
クラウンピースはぼそりと、そうつぶやいた。余り真っ当なやり方に方法とは思えないけれども、少なくとも、協力者もいれば邪魔をしてくる者もほとんどいないのは確かであるから。
悪くないどころかむしろ良いぐらいであるのだ、思う所はあるけれどもあの兄弟の事を優先するのならば、お行儀よくする意味や必要も実はさほど無いのかもしれなかった。
まぁ良いか、そう思いながらクラウンピースは純狐の側に戻った。
「やぁ、東風谷さん」
クラウンピースが純狐の下に戻った、つまりは自分たちに対する興味はない事を確認した忘八たちのお頭は、わざとらしい笑顔で東風谷早苗に挨拶をしつつ横に立った。
「はぁ……」
早苗はもう、○○以外の男とは仲良くはしたくないと考えているのであったけれども、お頭の出すわざとらしすぎる笑顔には、仲良くしようと言う気配を感じなかったので思ったよりも嫌悪感を抱かずには住んでいた。
「ほんと不思議な人」
むしろ違う事を早苗は感じていた。
「遊郭の一番の中央、あるいは頂点にいるしかも男なのに、貴方って権力志向こそはありますが気持ち悪くないんですよね、遊郭の男なのに」
「あははは」
忘八たちのお頭は、まるで友好的とはいいがたい早苗の言葉に対して笑っていただけであった。
しかしこの男が何も考えていないはずはなかった。
(一線の向こう側か……誰が言い出した表現かは知らんが、実に的確な表現だ)
早苗の事を見ながら、色々と俯瞰(ふかん)して物を考えていた。
(洩矢様との仲以前にこの女は危険だな……摩多羅様も私がこの女に近づくことは嫌がるはずだ、遊郭などと言う苦界を後戸の世界へと救い出すための障害になりかねん、東風谷早苗と仲を深めるのは。最も私の事は東風谷早苗は良く思っていないから、近づかずに済ませる事はそんなに難しくないか、事務的関係だけで済ませられる)
ジッと、忘八たちのお頭は東風谷早苗を見ながら色々な事を考えていた。
「気持ち悪くは無いけれども」
見定められているような視線は、無論の事で早苗は強く感じ取らざるをえなかった。
けれども早苗ですら不思議だったが、気持ち悪さやいやらしさは感じ取れなかった。
「敵意だとかそこまでは行かなくても私に対する、厄介そうな奴めと言う感情は見えましたね」
しかしながら真っ当な、友好的な印象を持つはずも無かった。
どうせ仲良くするつもりなど、○○さんの事が無くてもする気は無かったからこの際では近づいてこないようにとはっきり伝える事にしたけれども。
「ええ、それで構いませんよ。そもそも洩矢様のご息女とも言える関係であられる貴女は、厄介と言う言葉が実に的確な表現になってしまいますので……だからと言って無視するわけにもいかない」
「ふん」
早苗はつらつらと述べつつも、腹の底を徹底的に隠している忘八たちのお頭に対する敵対的感情は存在していたし、隠す必要も無いと感じていたので鼻で荒く息をして返事の代わりにした。
無論、その程度で忘八たちのお頭が傷つくはずはないと言う妙な信頼や安心感があった。
その妙な信頼に安心の派生だろう、早苗が言葉をつい口に出したのは。
「普通遊郭の人間って、もっといやらしい奴だと思ってたんですけれどもね。貴方の場合は腹の底はほんと分かりませんけれども、腹の底で思ってることを実行あるいは守ろうとする何かはあるんですよね」
褒めているような気配は無いけれども、妙な信頼や安心から来るやっぱり妙な評価と言う物は存在していた。
「ははは」
少なくとも敵意がそこまではない事をきちんと感じ取っている忘八たちのお頭は、お義理などではなくて中々どうして、嬉しそうに笑ってくれていいた。
「食えない奴」
早苗はただ一言、そう言うのみであった。
「それが取り得ですから。往々に悪い意味の言葉でありますが、それでも、いやらしく思われるよりはマシにございます。遊郭などと言う稼業は、遊女と言う生物(なまもの)を扱いますから反物や呉服屋などと違って、商品である遊女たちは飯も食えば病を患う事もございます、だからと言って放っておくわけには行きません。中には放っておく者もいますが、私は違います!私にだって信心がございますが、世の中は忘八忘八と、人が守るべき八つの道徳全てを忘れた者と蔑みます。まことに、遊郭とは苦界にございますよ。しかし客には苦界だとはっきりと思わせずにいなければなりませぬ」
早苗から悪くは思われている物のそれは決定的ではなく、妙な信頼に安心や評価の存在に気を良くしたのか、忘八たちのお頭はつい話し過ぎたのを急に自覚した。
ハッとなった彼は、口を真一文字に結んでコクコクとうなずいて気持ちを落ち着けていた。
「洩矢様が貴女の事を気にしていましたよ」
だから明白な事実だけを伝えた。
「はん!」
早苗は苛立ちにまみれた言葉を出しながら、その場を後にした。
早苗の進行方向にいる野次馬は、慌てながら道を譲った。
忘八たちのお頭はそれを、早苗が完全にどこかに行ってしまったのを確認した後で視線を純狐とクラウンピースの方に戻した。
野次馬たちは、この騒動よりも忘八たちのお頭がやって来たことに対する空気の変容や重くなったことに耐えきれずに、もうほとんどがいなくなっていた。
そのため、純狐があの男の事を足で蹴ったりしてボコボコにしているのがよく分かった。
ご随意に、とクラウンピースに伝えたお陰で彼女もあまり周りを気にする必要性を感じなくなったようで、純狐に付き合っていた。
忘八たちのお頭は、稗田家で作られた似顔絵の後ろに書かれた細かい情報を見直した。
それはまだ○○が動き始めたから量としては大したことは無いけれども、実子の腕を事故などでは無くて故意に折った、と言う情報だけで十分であった。
歯を軋ませながら、忘八たちのお頭は似顔絵の主を見た。
場合によっては、自分が奴を処断したいとそこまで思っていた。稗田○○はそう言うのになれていないだろうから……恩を売ると言う感情は無かった、ただただ目の前の男が許せないだけなのだ。
それだけ彼は遊女の事を考えていたとも言える。
遊女と言うのはその生業の影響で、子供を成せない場合が酷く多いから。
そしてもっと大きく考えてもいた、遊郭街はまるごと後戸の国へ招かれるのにふさわしいとすらそう思っていた。
続く
まとめWIKI更新作業
ありがとうございます
>>893 の続きです
(恨むぞぉ、洩矢諏訪子。少しは予告が欲しいよ)
○○は自室で上等なお茶をすすりながらも、その心持はまるでもってして穏やかさとは程遠かった。
○○は本当に突然、何の予告も予定もなしにやってきた洩矢諏訪子の登場に、彼女が求めた阿求との会談に苛立ちとまではいかないけれども、深いため息にやるせなさと言う物を感じていて身体が重いとまで考えていた。
「東風谷早苗の事だろうな」
美味しいお茶を飲んでも落ち着かない心で、酷く肩どころか身体を大きく落としながら声をかけた。
分かり切った事を聞いているなと○○は本人ですら、声を出しながら気づいたのだろうすぐに力なくだが笑いだしてしまった。
「……彼女も、洩矢諏訪子も洩矢諏訪子で、自らの勢力や権力の事を考えれば身内から、東風谷早苗が何か怪しい行動をしているのならば、すぐに人里の最高権力に伝える事が最も危なくならずに済むと考えての事だろう。その考えにおかしな点は無いのが…・…全く無いのがつらいよな」
上白沢の旦那も分かり切った事しか言えなかった。
○○も上白沢の旦那も、お互いに蚊帳の外に置かれている状態であった。
けれどもまだ、完全な部外者で客分でしかない上白沢の旦那よりも、稗田阿求に全身全霊で愛されていて稗田家の信者である奉公人にも、彼を○○を信仰することを義務付けている、その恩恵を強く、望むと望まざるに限らずに受けている○○の方がまだ許される動きの幅は大きかった。
○○はお茶を飲み干した後、おもむろに立ち上がったそこに上白沢の旦那が稗田邸で感じるような、そうは言ってもここは他人の土地という部分は存在していなかった。
すこし、○○の持っている余裕が上白沢の旦那には羨ましかった。
「……いっその事、洩矢諏訪子が何を阿求に伝えているか、聞き取る?いや違うな、俺にも教えろと迫ってみるか。洩矢諏訪子ならこっちが本気じゃなくて少しカマをかけているぐらいは分かってくれるし」
そもそもが○○は活動的な存在だ。前に出れるならば出ていく、いくらでも。
「行くのか……?」
上白沢の旦那も○○に影響される形で立ち上がった。
「うん」
○○の返事は非常に短い物であった、そして荒っぽい部分は一つも無かった、これはもう完全にその気であると言う事だ。
「そもそも自分の家で黙って待つと言うのが我慢ならなくなってきたし……東風谷早苗がいない今のうちに、洩矢諏訪子に対してその気はない阿求だけを愛しているから心配しないでくれと伝えるのは、決して悪くはないはずだ。お互いに懸念事項は洗い出しておくべきだし共有するべきだ」
そう言って○○は朗らかさすら存在する様子で、歩を進めた。
上白沢の旦那は、今ここで自分がストンと座り直すことに大きな罪悪感と恥と言う概念を抱いた。
稗田阿求によって無理やりに相棒役にさせられてしまっているが、それ以前に自分は○○の友人なのだと言う部分を、上白沢の旦那は大事にしたかったし彼の味方であり続けたかった。
「ああ、でも。……付いて来てほしいけれども、東風谷早苗が来たらその……やっぱり、俺が相手するよりは君の方が」
上白沢の旦那は勝手について来たが、その事に関してはむしろ○○はありがたいと言った感情を出していたが、懸念事項への協力を申し出るときの○○の表情には申し訳なさが出ていた。
懸念事項への憂慮等よりも友人を使ってしまう事に対する、申し訳なさの方が色濃かった。
「分かってる。その……君よりは俺の方が動きやすい気はする」
上白沢の旦那はこの言葉遣いに上から目線でやってしまったと感じたが。
稗田○○は、実に嬉しそうに上白沢の旦那の肩をバシバシと叩いてくれた。
「安心した」
そして完全に立ち止まって○○は上白沢の旦に対してそう言った。
けれどもその後に、罪悪感のような物は決して忘れてはいないと言う雰囲気は○○からこびりついていた。
気にするなと言っても気にするだろうから、上白沢の旦那は返礼と言わんばかりに○○の背中をバシッと叩く事で済ませた。
こういう時は下手に言葉を重ねるのは実はかえって、逆効果の様な気がしたから快活に済ませようとするのが、上白沢の旦那としても湿っぽくなくてよかった。
どうせ他の部分でしめっぽいを通り越してドロドロとした物を感じ取らざるを得ないのだから、まさか自分たちまでジメジメとしたくはなかった。
「そうだな」
○○はやや、まだ上白沢の旦那の顔を見ていたが彼からの力強い頷きや目線に対して。
「そうだな」
月並みな言葉ではあるけれども、それでも一番分かりやすい言葉を使ってもう一度、○○は上白沢の旦那に対して返答を見せた。
彼からすればそれだけで十分に、一番の友人からの心中や考えている事に思いを馳せることが出来た、
「分かってる、俺達は似たような存在だからな」
随分と突っ込んだ言葉だけれども、○○は上白沢の旦那に対して穏やかでありつつも、満足そうな顔を浮かべてくれた。
一番の友人を自認している上白沢の旦那としてはこの、突っ込みながらも穏やかな顔が実に心地よかった。
「なぁに……そっちの方が辛い状況なのは分かっているよ」
上白沢の旦那はそう言って、この話を終わらせるために動いた。
「うん」
○○も、素直にこの話は終わらせてくれた。
「やぁ!洩矢さん」
○○の姿形は、全くもって作っていた。
その場にいるのが阿求だけならば、作る必要は無かったのだろうけれども、今回に関しては阿求の目の前にはあの洩矢諏訪子がいる。
打算や利益を目当てにしているとはいえ、遊郭のケツ持ちを相手にすると言うのは○○としても大きな危険性をはらんでいる。
けれども同じぐらいに大きな、利益と言うのも転がっているのだ。
一線の向こう側を嫁としてめとっている以上、たとえ調査のためとはいえそれこそ護衛を――つまり監視――を真横に置いても良いと○○が阿求に対して言ったとしても土台無理な話であろう。
それぐらいに根が深くなっているのだ、一線の向こう側の見せる伴侶に対する執着心と言うのは、けれども○○はその執着心に耐える以上の事をもうもらっているし、これからも確約されていると信じているから耐えられるのだ。
……確かに耐えられるから、遊郭に赴く事はたとえ調査のためであろうとも無しにしているけれども。
絡め手、あるいは遠回りなやり方で遊郭への情報収集の手段は持っておきたいと言うのが、○○の本音であった。
幸いにもまだ○○が敢えて面倒な方法を、阿求の心中の安定のために使っている事は阿求も理解していてくれた。
「洩矢さん、神経戦や腹の探り合いはやめましょう」
○○は、まだ阿求が思ってくれる理解の範囲内におさめれるようにと努力をしていた。
少なくとも阿求の横で、曲者とはいえ○○に好意らしきものすら抱いていない洩矢諏訪子が相手であるならば、阿求はまだ十分に耐える事が出来る。
「洩矢さん、貴女の安定は巡り巡ってこちらの安定にもつながるんです。だからまぁ、私にもしっかりと阿求に伝えたものと同じ内容を一言一句たがわずににお伝え願えませんかね?もちろん、横に立っている私の友人である上白沢の旦那にも同じようにお話しいただける事を願います」
阿求の隣にどかっと座った○○は、息をつく暇もなく自分の考えている事を全て、叩きつけるようにして洩矢諏訪子に対して突きつけた。
○○の言った通り、座りこそはしないが確かな存在感を示しながら上白沢の旦那も、その場に直立不動の形をとったままで微動だにしなかった。
頑なで、決意を感じるには十分な姿であった。
稗田阿求の方は……そもそも彼女はどう考えても○○のやりたいようにやらせてしまう。ましてや自分の横から動こうと言う気配を見せないのであれば、悪い可能性と言う物にも心当たりをつけずに済ませられるだろう。
洩矢諏訪子は、諦めたようにため息を一つ付いた。
それに○○の言う通り、洩矢諏訪子の安定は○○の安定にもつながると言うのは、かなりの部分で当てはまっている。
身内の事、東風谷早苗の真意について話す際におっかなびっくりで中々本題に入れなかったことを思うと、今の方がやりやすいのは諏訪子としても認めねばならなかった。
「東風谷早苗の事だが」
「熱烈なファンの一人だと……少なくとも今はそう認識しています」
○○は待ってましたと言わんばかりに、さらには最初から用意していた答えを、もっと言えばそうあるべきだと言うような答えを洩矢諏訪子に提示した。
実態や現実に関しては、もうこの際に置いてはかなりどうでもいい。
東風谷早苗は熱烈なファンの一人以上には、○○としても発展させたくは無かった。
「ファンね……」
洩矢諏訪子も○○の収めようとしている世界に範囲に、そんなはずがあるかよと言う様な気持ちがわいて来たけれども、もしそれで済むのであれば実態はともかくとしても中心人物であるはずの○○の方が、それ以上の展開を防ぐと言ってくれているのであれば。
洩矢諏訪子としては、実はこれは願ったりかなったりとも言える展開なのかもしれない。
早苗がどう動くかはまだまだ未知数であるとしか言いようがない、確かに本気なのかもしれないが、しかしながら単に遊び歩いている方が多い諏訪子へのいやがらせの範囲なのかもしれない。
「一人娘みたいなもんだからね早苗は……どんな神様でも親の気分と言うのは他の種族とは変わりがないよ」
正直いやがらせの範囲と言うのを、その実でまだ早苗ですら計りかねているだけなのであるならば、諏訪子としてはそっちのが遥かに良いし全部受け止めてやる気はもちろんだが、胆力だってあるぐらいの自信が存在していた。
「まぁ諏訪子が嫌がるようなやり方で、こっちがと言うか神社が流行るようなやり方してるのは、うん、自覚しているが」
ここで諏訪子はお義理と言うか手心を求めるかのような、そんな半端な笑顔を見せた。
「神様もずいぶんと、人間臭い表情をするんですね」
上白沢の旦那は、立ったままで喋らなくても良いやと思っていたが神様がふと見せた人間臭さに、皮肉なようなあるいは嘲笑するような気持ちが出てきた。
「ああ……まぁ、神様ってのは人間からの信仰ありきだから影響されもするさ」
「そうですか」
短い言葉だけれども、上白沢の旦那の声には鼻で笑う様な印象がどうしてもぬぐえなかった。
諏訪子はそんな彼を見て、まさか幻想郷にもこんな外っぽい人間がいるとはなと思ったが……だから上白沢慧音が彼と結婚して、あるいは守っているのかなと瞬時に諏訪子はそう考えた。
「上白沢さん」
上白沢の旦那の、はっきり言っておかしい姿に稗田阿求が声をかけてきた。
まだまだ穏やかではあるけれども、その言葉に黙ってくださいと言う意思が存在しているのにはこの場にいる全員が気づいた。
「ああ……そうですね」
場所が場所であるし稗田阿求からともなれば上白沢の旦那は、ぶっきらぼうな声を出すだけであったけれども、素直に引き下がってくれた。
しかしながら洩矢諏訪子を見る目が、はっきりと言って面白く無い物を見る目なのはしっかりと認識できた。
どうやらこの男、神様と言う物があまり好きではないようだ。
これが幻想郷で生きていくのは辛いだろう。だから上白沢慧音がいるのかもしれなかったが。
あるいは上白沢慧音が一線の向こう側となってしまった理由は、彼のこのあまりにも幻想郷となじんでいない性格が原因なのかもしれなかった。
○○はこの不意に緊張感の出てきた空気に、だまって急須を手に取って新しい湯のみを、上白沢の旦那の分のお茶を淹れ始めた。
「まぁ……飲みなよ。洩矢さんもお茶のお代わりはいかがですか?お茶菓子の代えもございますが」
そして○○は友人の分だけでは無くて諏訪子の分のお茶にも気を配った。
外出身であるはずの○○の方が、ずっと、幻想郷での生き方に馴染んでいた。
……中々皮肉気な面白さのある光景だなと諏訪子は思ったが、同時にこれは深入りすべきでもないと思った。たまにこういった光景が見れるだけで、部外者としては十分だろうとしか思わなかった。
「うん……」
上白沢の旦那も友人からの勧めであるから、素直に湯呑を受け取ってお茶を口に含んでくれた。
暖かい飲み物と言うのは存在するだけで、気持ちを若干以上に落ち着けてくれる。
「東風谷早苗は少なくとも八坂神奈子に対する迷惑だけは考えていた……八坂神奈子との仲だけは拗らせないようにしてくださいとしか、言葉は思いつかない。多分東風谷早苗にとって八坂神奈子の存在と言うのは、最後の一線だ」
お茶を飲んだ後に出てきた上白沢の旦那の言葉に、先ほどまでの皮肉気だったり面白がっているような様子は無かった。
「分かってる。最初は面白がっていたが、身内が火遊び始めてるのを見ても、同じような感覚でいられるほど安穏とは出来ないよ」
少なくとも洩矢諏訪子からの危機感は、この場にいる全員が認識することが出来たし。
何よりも稗田阿求がさほど、重大視をしていなかった。
「まあ身体以外じゃ私の圧勝でしょう」
何よりも酷い自信を稗田阿求は持っていた。
収まりかけていた皮肉気な感情が、上白沢の旦那は再び出てきた。お前は私の嫁である上白沢慧音の健康的な肉体に、どれほどの嫉妬で場をかき乱したと思っているのだとしか思えなかったが。
熱狂的なファンはあくまでもファン止まり、嫁仲間である以上に同じ一線の向こう側仲間とは、また違ったものの見方を東風谷早苗に対しては出来るのかもしれなかった。少なくとも稗田阿求にとっては。
ちらりと上白沢の旦那は○○の方を見た、こめかみに手を当てているけれどもまだ苦し紛れながらも笑えていた。
「何かあったら呼んでくれ」
「あのー……」
そして頃合いを見計らったかのように、声が割って入ってきた。
この稗田家の女中であった。
何となしに上白沢の旦那は、勘が働いた。
「東風谷早苗か?」
やや言葉を抑えて稗田阿求にあまり聞こえないようにしながら――結局怖い物は怖いのだ――、上白沢の旦那は女中に聞いた。
「……はい。何か雰囲気が妙でしたので九代目様や旦那様にお聞きしますと私の方で止め置いてしまいました」
女中も何かを察してくれたのか、こちらも言葉を大きく抑えてくれた。
けれども本気で密談をするわけではなかったので、稗田阿求にはもちろん聞こえていた。
「ああ!」
けれども稗田阿求は、いやらしい語尾の伸び方で笑っている事は気になるけれども、不機嫌な様子を浮かべてはいなかった。
それはそれでまた別種の怖さや、面倒と言う物をどうしても想像してしまうのだけれども。
「ああ、うん」
稗田家の奉公人が気にするのはただただ、九代目様のご機嫌とその少し後に旦那様である○○のご様子なのだ。
今回は阿求が実にいやらしく笑っているからこの女中は、少し以上に緊張感を走らせているけれども。
「まぁ予想の範囲内」
旦那様である○○が苦笑を大きく混じらせながらとはいえ、そこまで荒れてはおらずに○○が阿求の背中にそっと手をやるだけで落ち着いてくれたので、良くはないがまだまだ慌てたりする必要はなさそうで大人しくしてくれていた。
「上白沢、頼んでいいかな?君の方がおかしくなりにくい」
ややため息交じりに、○○は上白沢の旦那に声をかけた。
「そうだな、分かってるよ。俺が行こう」
初めの、○○からの求められた通り東風谷早苗の相手は上白沢の旦那が受け持とうと、旦那自信がすぐにそう考える事が出来た。
「お茶ありがとう」
そう言いながらも上白沢の旦那は、稗田夫妻と洩矢諏訪子の間に用意されていたお菓子を1つ掴んで口に放り込んでしまった。
これぐらいは駄賃として求めても、まだまだ安いぐらいだと思ったからだ。
「ああ、うん……ありがとう」
○○も分かっているから、決して問題にはしなかった。
稗田阿求はまだまだ、いやらしいながらも余裕があった。やはり正妻の余裕は、ファン相手では崩せないと言う事か。
ここで一番可愛そうなのは洩矢諏訪子だろう、いたたまれずと言った気持ちで何もしないと言うわけにはいかない。
「私も出るよ……可能なら連れ帰る」
上白沢の旦那は横目で諏訪子の事を見て「神様と一緒か……」と小さく小さくつぶやいた。女中にも聞こえていないような小ささだが、横を歩く諏訪子には聞こえた。
あまりいい意味が込められていないのは、丸わかりであった。何とも現代的な人間がいる物である、ここは幻想郷なのに。
「あれ?」
稗田邸の門前にて、立ち入りを許されずに待ちぼうけを食らっている早苗だったが実に楽しそうに待っていたし、お屋敷の向こう側から諏訪子と上白沢の旦那がやってきたのを見れば、珍しい組み合わせに面白そうな顔を浮かべていた。
早苗のこの好奇心に満ちた顔を見るに至っては、諏訪子も上白沢の旦那も両名ともが厄介だなとそう思いながら、目線を交わしあうだけであった。
「付き合ってるんですか?お二人」
けれども早苗のこの言葉には、上白沢の旦那が強く、拒絶反応を示した。
「冗談じゃない!誰が神様何かと!?」
上白沢慧音と言う、妻の存在以上に神様と言う物に拒絶反応を示しているかのような姿を上白沢の旦那は見せていた。
「……まぁ、そう言う人間もいるだろう」
諏訪子はただ一言そう言うのみで済ませた。あまり関わらない方がいいと言う様な、そのような態度も見受けられた。
「へぇ、神様相手なのに珍しい反応」
「神様だからだよ!」
早苗も諏訪子と同じような反応を見せるだけで、それ以上は踏み込まなかった。本題ではない程度の軽さではあったが、あまり掘っても面白くないとも思っていたのかもしれない。
ちょっかいをかけるにはこの時の上白沢の旦那の態度は、少し以上に必死さと荒々しさに、拒絶反応と言う物を見せていた。
嫌がる部分に面白さと言う物を確かに早苗は見ていたけれども、同じ嫌がるでも諏訪子が忘八たちのお頭に対して必死になるようなのとは、彼の嫌がり方は性格の根っこだとかそう言うのに関わりそうな部分であった。
好奇心を刺激されないかと言われたならば、早苗としてもウソになってしまうけれども……。
「まぁ良いです」
本題でない以上は、早苗にとってはこの程度の扱いである。
「純狐さんが遊郭街で色々とやっていたので……まぁ○○さんの興味を抱くには十分かなと思いまして」
「書面に記せ。稗田○○と直に合う必要はない」
へらへらとしながらの早苗に対して、諏訪子は事務的でありながらも圧迫感を持った声で早苗に対して、もはやこれは命令していた。
「ふぅん」
早苗はそう、いやらしく言いながらも次には上白沢の旦那に対して目線をやった。彼からの意見も聞きたいようだ。
「もっと手間を省けるぞ、俺が聞けばいい。記憶力には自信があるし、筆記具は持ち歩いているからこの場で書きとっても良い」
上白沢の旦那の言葉も全くもって、洩矢諏訪子の言っている事を少し踏み込ませただけで根っこは変わっていなかった。
「ああ……まぁ確かに、上白沢慧音ならば私のような小娘相手でも、身体でやられたなら身体で取り戻す自信があるだろうから、確かに上白沢の旦那さんの方が、そう言う意味では、余裕があるのかもしれませんね」
そう言う意味。この言葉を使う時の東風谷早苗は非常に、と言うよりは明らかに強調して、いやらしさと言う物を出していた。
「ちょっかいなら私にだけかけろ」
諏訪子はまだ、東風谷早苗の真意がどこまで深い物なのか、○○に対してどこまで迫っているものなのかは分からないけれども。
稗田阿求に関わるのはまずいと言うのはどの段階であろうとも同じ意見であるから、諏訪子はどうか自分だけにちょっかいをかけてくれと頼んできた。
らしくない姿であるなと思った、ともすればより嫌がる事として早苗は諏訪子のこの願いを無視するだろうけれども。
「…………ああ、そうですね」
上白沢の旦那がさっと見た東風谷早苗の姿に、愉悦だとか言う部分は見えなかった。
ある程度の段階までは洩矢諏訪子に対してのちょっかいも、目的の1つだけれども。どうやらとある段階からは洩矢諏訪子の存在は鬱陶しいのかもしれない。
東風谷早苗からは遊びと本気が入り混じっている様子を、上白沢の旦那は見て取ったし、目くばせをした洩矢諏訪子もその点には気づいてはいそうであった。
「東風谷早苗」
上白沢の旦那はもう一度、早苗に対して向かった。
「八坂神奈子の事だけを考えてくれれば、貴女に関してはそれで良い」
「何の関係が?神奈子様は私がここにいる事とは、何の関係も無いでしょう。私は神奈子と様とは上手くやれてますからご心配なく」
少し早苗はムキになった顔を浮かべた。やはり八坂神奈子の存在が、彼女の事は大事に思っているのが迷惑をかけたくないと言う思考になっている。
「極端な事を言えば、君がここにいる時点で八坂神奈子は心を砕いて心配してしまう。場所が場所だから、遊郭街で洩矢諏訪子を相手にちょっかいをかけているのとは、訳が違う」
「……」
早苗はすっかり黙りこくってしまった。
(やはりここが、親とも言える八坂神奈子の存在が、彼女にかかる迷惑が東風谷早苗にとっての弁慶の泣き所か)
「東風谷早苗」
八坂神奈子の事を考えているであろう東風谷早苗に対して、上白沢の旦那は目の前に現れた隙と言うのを見逃すはずは無かった。
やや高圧的に上白沢の旦那は筆記用具を懐から取り出した。
「聞き取ろう、何があった?○○には俺から伝える」
東風谷早苗は舌打ちを一つ立てたけれども、洩矢諏訪子の方だけを見ていたので上白沢の旦那としては悪い状況とは思わなかった。
続く
>>899 の続きです
「……なるほど」
上白沢の旦那は東風谷早苗からの、彼女が遊郭で洩矢諏訪子にちょっかいをかけに行ったついでに、今回の事件の中心人物である純狐の周りで生じた事、そして早苗自身が観察したことをつぶさに聞き取ったあと、上白沢の旦那は出来る限りにおいて感情の変化を出さずに東風谷早苗に対して優位と言うほどではないけれども、付け入られないようにと努力したけれども。
「あの男がまた出てくるのか」
忘八たちのお頭も今回の事件に関して興味を示していると言う事実には、大物がまた一人増えたことに対する重量の増大を感じ取り、ため息を付かざるを得なかった。
「でも大丈夫だと思いますよ?」
しかし早苗は実にあっけらかんとしていた。上白沢の旦那は彼女の目を見た、言葉には出さなかったがこのあっけらかんとした様子に、所詮は部外者ゆえのお気楽な姿であると上白沢の旦那の目には映ってしまったからだ。
洩矢諏訪子も少し気になったのか、一歩前に出てきたが、それよりも上白沢の旦那は早苗から聞き取る事を優先したかった。
「何がどう大丈夫だと?」
明らかに――最初からそんなものはないが――友好的態度がまるで無い様子で上白沢の旦那は聞いて来たが、東風谷早苗は意にも介さずに話を続けてくれた。
まだ彼女は、事態をかき回せている事に楽しさを見出しているのかもしれなかった。
(あるいは○○への執着も、野次馬根性や洩矢諏訪子へのちょっかいの延長線程度で済んでくれればな)
早苗の姿はあまりにも挑発的だけれども、楽しそうである事には変わりがないのでこれ以上の悪化は、あるいは、防げるのではないかと言う一縷(いちる)の望みは上白沢の旦那としても、そんな希望にすがらざるを得なかった。
「どう大丈夫かと言いますとね、あの忘八さんたちのお頭さん、明らかに今回○○さんたちが犯人だと思っている男を、純狐さんたちに売ったんですよ。会話の全部を詳細に聞いたわけじゃありませんけれどもね、どうぞどうぞと言う様な態度でしたから、あのお頭さん。あの男は遊郭街としても厄介と言うか、迷惑な客だったんじゃないですかね」
上白沢の旦那はその事実も、帳面に対してしっかりと記したが。
東風谷早苗の言葉を信じないわけではないが、○○ならば遊郭街でのあの男の評判と言う奴を、悪評であるならばその悪評が自分が知った物と大差ない事を確認したがるだろうなと、○○の一番の友人を自認する上白沢の旦那としては、そんな○○の基本的な行動原理はすぐに思い至った。
そんな事を考えていたら、ごくごく自然に上白沢の旦那は帳面に対して『○○は確認したがるだろう……一か所だけからの情報を信頼しない』と言った懸念あるいは付帯事項と言う物を書き込んだ
しかしながら遊郭街への調査など、たとえこちらからの一方的な聞き取りだとしても、慧音は嫌がるだろうなという事もごくごく自然な成り行きであるのだ。
しかしながら東風谷早苗とはそんな、いわゆる突っ込んだ会話や議論と言う物は、間違ってもやりたくなかったしそんな会話や議論がそもそも、成立するとも思ってはいなかった。
「まぁ……だろうなとは思うが裏は取っておく」
なのでよくある言葉、きわめて事務的な言葉を上白沢の旦那は出してこの場をおしまいにしてしまいたいと考えたけれども。
その言葉の節のどこかに、特に裏を取ると言う部分に対して早苗はカチンと来てしまったのだろう。
確かに裏どり作業も、必要だとは思っているけれどもそれを行うのは別に彼ではなかった。
「お前が動くわけじゃないのに。指示すら出さないでしょう、それで相棒?」
東風谷早苗にとっては彼が、それでも相棒と言うのが、稗田阿求のようにただ○○の横でイエスマンをやっていればいいと言う風には見てはくれなかった。
「出来ないでしょう、上白沢慧音の夫であるあなたには。しようと言う発想すら存在しない。上白沢慧音を気にしすぎて遊郭とは極力関わらないようにしている」
何かの一線により、明るい声は作ろうと努めているけれども、この時の早苗の声には友好的であるかはもちろんではあるけれども、冗談であると言う部分すら存在はしなかった。
遊びでは無くて明らかに早苗は上白沢の旦那の事を批判していた、演じようとしていても怒りは消えないだけでは無くて隠すことすら出来なくなっているのだ、感情の昂ぶりが非常に強い事をうかがわせる。
本人すらもはや制御が難しくなっている。
「おい!?」
不味いと思った諏訪子は、早苗に対して 掴みかかるように向かっていったが、どこかの段階あるいは最初から早苗は、もうここまで来れば諏訪子が来ることを予想していたらしく、ひらりとかわしてしまった。
そのまま早苗はどこかに行ってしまった。
上白沢の旦那は黙って、彼は飛ぶことが出来ないので、黙ってその光景を見ながら横合いにいる洩矢諏訪子の事を見るしかできなかった。
「何とかしてくださいよ」
しかし、何も言わないなんてことは無いはずもなく。
「洩矢諏訪子、さっきの東風谷早苗は明らかに私に批判的であった……もう決定的だろう。○○は東風谷早苗の事を、あくまでも、熱狂的なファンの一人と言う事にして穏当な部分を見つけようとしているようだけれども……そう出来るかどうかは洩矢諏訪子、貴女次第と言っても良いかもしれない」
ここまで喋った後、上白沢の旦那は急に殊勝なと言うよりは悲しげな顔を作った。
「……あれでも東風谷早苗は随分とまだ、言葉を選んでくれている。もっと酷い言葉を使おうと思えば使えたのに、例えば、俺はあくまでも上白沢慧音の夫である以上の意味がないことぐらい……当の本人である俺が既に分かっているんだから……」
「良い、もう何も言うな」
殊勝と言うよりは悔やむような恥じるような声を出した上白沢の旦那に対して、洩矢諏訪子は黙ってくれと言わんばかりに声をかけたが。
身体に触れようとした際、果たしてそれはやり過ぎなのではと思ってしまい、急に彼女の動きが止まった。
今ここにいない存在を、諏訪子は明らかに、恐れたとまでは言わないけれども後々の事を考えて面倒と言う物を避けようと、あからさまにそう動いてしまった。
「ははは」
この諏訪子からのあからさまな気遣いに対して、上白沢の旦那は投げやりな笑顔を見せるだけで、手を振ってこの話題はもう別に、とにかくやらないでくれと言う様な態度をとった。
「東風谷早苗の事は頼んだ。あの女が言う通り、俺は遊郭の人間から何かを聞き出す様な事すら実は出来ないが、同じぐらいに東風谷早苗との接触にもどこか警戒心を持ちながらやる必要があるぐらいはご理解いただけるかと。今回は、保護者同伴でしたからまだ何とかなっているだけだと言う事は分かっていますよ」
喋っているうちに段々と、自嘲の裏に苛立ちも出てきたのか投げやりな態度も見て取れるようになってきてしまった。
「待て」
諏訪子は相変わらず、ここにはいない上白沢慧音の事を気にしてしまって身体には触れないけれども。
前に立って、落ち着かせるための時間やらは何とか作ろうと諏訪子は努力していた。
努力と警戒、相反する気持ちの存在にはこの男ならば気がづいてくれた。
「お気になさらずに、ちょっとお手洗いに寄ってから稗田夫妻のところに戻りますよ……貴女は?洩矢諏訪子」
少し諏訪子は考えた、優先順位を付ける必要があったからだ。
その際に置いて
あの忘八たちのお頭の顔が諏訪子の脳裏には、確かに出てきた、早くアイツのところに戻ってもう一度飲み直したいと、強烈に諏訪子はそう考えた。
(ああでも、その前にさすがに早苗がどこに行ったかぐらいの把握は必要か……神奈子に頭下げるのも1つの手段か。ええい、面倒くさい)
いくらか考えをまとめあげた後、諏訪子は大きなため息をつきながらも足を前に出した。
「頼む、早苗の方は私が見張るから」
「ああ」
大きくホッとした声を上白沢の旦那は出したと言うか、出さざるを得なかった。
「助かると言うか……そうしてもらわないと困る。身内じゃない俺が出来る事じゃない」
それだけを伝えたら上白沢の旦那は、まだ洩矢諏訪子が見える範囲にいると言うのに、神様が相手だと言うのに、神様などさして重要視をしていないと言う風にくるりと動いて稗田邸の中に戻っていった。
(あの男もあの男で、早苗とはまた別の意味で危なっかしい存在だな。まぁ関係が無いと言えば無いのは、助かっていると言うかあるいは、ありがたい事だけれども)
稗田阿求と言う存在が特級特大の爆弾である事には変わりがないけれども、一線の向こう側でも特に恐ろしい存在である阿求の周りには、やはり、普通ではない厄介の種が集うそんな力場のような物が形成されているのかもしれない。
(あるいはうちの早苗や……あるいは私も?)
上白沢の旦那の力強い歩き方を見れば、彼が心変わりしてやっぱりこちらを見る可能性は一考する必要すらないので、諏訪子も素直に歩みを再開した。
けれどもその際に一瞬考えた事は、諏訪子からすれば言ってみれば最悪の可能性であった。
(そんなはずがあるか!私は冷静だ!!少なくとも早苗よりは!!)
背筋に寒気すら覚えた諏訪子は、顔を横に何度も降ってその考えを遠くにやりながら、ひとまずは早苗の後を追う事にした。
「……遅かったな」
○○は特に何も言わずに戻ってきた上白沢の旦那に対して、他愛もない言葉をかけた。
しかしながらその言葉が出てくる前に、○○は上白沢の旦那に対してジッと、非難を意味するような部分は一切存在してはいないけれどもジッと見ていた。
ただただ心配してくれているのだ。
「ああ……お手洗いに寄っていたんだ」
嘘は言っていない、けれどもお手洗いに向かった理由は決して普通の意味ではない、不意にやってきた自己嫌悪を抱えたままで稗田夫妻の前に戻るのはあまりにも危険だし、そうでなくても厄介の種でしかないから時間を作りたかっただけなのだ。
多分に自分勝手な理由で、自分は稗田夫妻を特に○○の事を待たせてしまった。
まぁ、そこは良い。この自分勝手な理由で時間をいくらか作ってしまった事に対しても、お手洗いで座りながら気持ちの整理は付けた。
だが別にもうちょっと時間を作ってしまっても、そんなに不都合は無かったなというしか無かった。
稗田阿求が実にご満悦な笑顔を見せながら、最愛の夫である○○の小膝に座って、完全にではないけれども少々イチャついていた。
稗田阿求にとっては、こんな近しい関係と言うのは熱烈とはいえたかがファンにはできない行動だと、そんな風に自慢したい攻撃的な意思も上白沢の旦那は稗田阿求から若干以上に見て取らざるを得なかった。
「はは」
上白沢の旦那は少しばかり、目の前の光景に対して乾いた笑いを出してしまった。
「ああ……」
今度は○○の方が少しばかり言葉に詰まってしまった。
「何も考えていないわけではないんだよ……あの兄弟は今も永遠亭にいるし、永遠亭に対してはあの兄弟を保護してくれと頼んでいるから……となればただの人間に奪還だなんて、考えられるか?そんな可能性が」
なるほど、筋道の通ったちゃんとした理由であるなと上白沢の旦那は頷いた。
けれどもどこか呆れたような、乾いたような笑いはいまだなお出てきたままであった。
その理由として最も大きいのは、やはり稗田阿求が○○のように悪びれていない事だろう。
ただこれに関しては、呆れつつも何をいまさらと言う思考も同時に出てくるのだ。
そう、稗田阿求のこう言った行為、○○に対する執着心に対して呆れると言うのはとうに通り過ぎた感情だろうと言われたならば、その通りだと言うべきなのだ。
今更この部分を引きずっても、何にもならない。特に今現在は幸いなことに、阿求が誰かや何かにこの執着心が原因で他害を加えているわけではない。
「ほら、色々分かったと言うか……まぁ、放っておいても何とかなりそうとも思えるかもしれない」
とは言え、上白沢の旦那も東風谷早苗の名前を出せるほどに胆力と言うか向こう見ずな性格はしていない。
誰から聞いたかと言う部分を言わないで――どうせ稗田阿求は分かっている――上白沢の旦那は帳面のある部分を開いて渡した。
純狐が遊郭にてくだんの兄弟の……あの法の骨を折った犯人、しかも残念ながら実の父親であると言うのに。その男の事を捕まえてボコボコにしたこと。
遊郭にとってあの男が、はっきりと言って性質の悪い客であった事。
忘八たちのお頭にまでその性質の悪さは報告として挙がってきているようで、あるいはそこまでの人間にまで目を付けられているようなのが父親であることを嘆くべきなのか。
とにかく遊郭街はこの男の事を、純狐がたとえどのように扱おうとも問題にすると言う様な姿勢は見えないし、何だったら差し出す用意すらあるような口ぶりを、上白沢の旦那が聞き取った相手――つまり東風谷早苗――は遊郭街でその空気を感じたと言っている。
「なるほど」
○○は阿求と一緒に、相変わらずイチャつきながら軽く帳面の中身を確認していたら。
どうやら阿求の方がこの事態の収拾に対して、一定以上の絵図と言うか、成果すらをもこの状況で見つけたような、解決に至るまでの見込みと言う物まで見つけたかのような楽な姿勢を取っていた。
この状況での稗田阿求にとっての楽な姿勢とは、より最愛の夫である○○とイチャイチャすると言う事である。
「なんかもう、純狐に対して任せっきりでも良いような気がしてきた」
珍しく○○も、あるいは阿求が自分にイチャついてきてくれているからなのかも知れないが、雑な言葉を口に出した。
ただその雑な言葉、あるいは態度が許されるのはやはり純狐の存在は大きいだろう。あれは生半可ではないのは、少し資料を調べるだけで十分にわかる。
「まぁでも、あともう一回は会おう。聞いておきたい事もあるから」
「あら、お出になりますか?」
○○が窓から少しばかり外を見たら、阿求は即座に反応した。
「ああ、例の老夫婦がやってるお菓子屋に行ってくるよ。もう一回は会った方が良いだろう、その後は純狐に全部丸投げしてもまぁ、構わないと言えば構わないが」
○○の投げやりと言うわけでもないが、手を引くような言葉に阿求は面白くないような顔を浮かべた。やはり最愛の夫である○○の偉業を喧伝し続けたいのだろう。
「まぁオチぐらいは見届けよう」
阿求の事をおもんばかった、と言うのも無いとは言わないけれども、○○の言葉はそれよりももう少しばかり自らの欲求に正直であった。
実際オチと言うか結末を見届けたいのは、上白沢の旦那にとっても同意見であった。
上白沢の旦那もオチや結末が気になると言う、○○の言葉に肯定的な雰囲気を見て取った○○は「じゃあ行くか」と言って立ち上がった。
「ゴシップ好きでは無かったはずなんだがな」
上白沢の旦那は少し自嘲気味に笑って、歩き出した○○に付いて行った。
けれどもその際に、さっと、稗田阿求が○○の一番近くを奪取するような動きをした。
身体が弱いと言うけれども、この程度ならと言うべきかあるいはやはり、執念がそうさせたと言うべきか。
「それに気分転換をするべきだろうとも思った」
○○は稗田阿求から恭しく、外出の際の見送りとお辞儀をもらいながらいくらか歩いたところで話始めた、相変わらず稗田家からの護衛は見える範囲にいるが――いい加減に上白沢の旦那にだって誰がそうなのかは分かるようになってきた――ちゃんと聞こえないぐらいの距離感は取っていた。
「気分転換?」
「そう、君にとっての。特に理由や目的は無くても、散歩は良い物だよ。特に天気のいい日は」
何もかもを知られているわけではないだろうけれども、○○は上白沢の旦那が落ち込んでいる事を見抜いていた。
「ああ……まぁ、うん。ありがとう」
自分が所詮は上白沢慧音の夫でしかない、重要なのは上白沢慧音の方であることを再び考えてしまったが、上白沢の旦那は素直に○○に対して気にかけてくれた事に対して礼を言うのが最も良い判断であるし道義にも則っているはずだと考えることにした。
「うん、良いんだ」
○○は短くそう言うだけだが、横に立って相変わらず一番の友人である○○は上白沢の旦那の事を気にかけてくれていた。
気恥ずかしい気はするけれども、嬉しい事ではあった。
ただやっぱり気恥ずかしくて、妙な笑顔が出てきてしまうけれども。そんな笑顔が出せるぐらいには、マシになったとも言える。
「ああ、やっぱり来たね。友人様ー!あの二人が来ましたよー!」
例の老夫婦が営んでいるお菓子やにたどり着いたとき、店先でもぐもぐと、いかにも子供が好みそうなお菓子を食べながら周りを見まわしていたクラウンピースが、○○と上白沢の旦那を見つけるとすぐに、友人様を、つまりは純狐の事を呼びに店の中に入っていった。
純狐はクラウンピースの事は、やはり大事に思っているらしくて彼女が呼びに言ってすぐに純狐は店先に出てきた。
純狐の方も、クラウンピースと同じように子供向けのお菓子を食べていた。
不思議なのはこの光景に対して上白沢の旦那は、奔放な印象が強いはずのクラウンピースよりも大人びているどころではないキレイさを持っている純狐の方が、子供っぽいなと思ってしまった事だ。
ただそれが、純狐の美しさを意味しているのかもしれないけれども、同時に恐ろしさに厄介さの原因なのだろうなと言う妙な納得を上白沢の旦那は覚えてしまった。
「首尾は?」
純狐は口の中でお菓子を食べつつ、○○たちに向かって今の状況を聞いて来たが、それに対して○○は思わず吹き出してしまった。
「貴女の方がよっぽど動き回ったはずだ……まぁ、遊郭街では中心人物を見つけてくれたようなので、それに向こうも今回に関してはむしろ厄介者を排除してくれると言う実利の方が上回っているとなると……」
ここで○○は純狐の表情を確認するように目線をやった。
純狐は相変わらずお菓子をもしゃもしゃと食べ続けていたが、その目つきは少し笑っていた、少なくとも最初のどこを見ているのか何を考えているのかよく分からない印象は薄くなっていた。
「じゃあもう少し好きに動いていい?」
そして純狐は、少し笑っていたから穏やかな声色だけれども、物騒な印象がどうしても拭えない言葉を出した。
○○はすぐには答えを出そうとしなかったけれども、決して後ろ向きではないのは純狐と同じく薄く笑っている表情でうかがい知る事が出来たが。
この薄い笑い方に不気味なものを上白沢の旦那は覚えたが、その感覚は決して間違ってはいないだろう。
第一、今回の中心人物にたいしては○○も純狐も、助けようと言う意思がまるでないどころかくたばってしまえとすら思っている。
ある意味ではこの事件が、○○が扱ってきた事件の中で最もひどい物だろう。
○○は自分の資産を横領された時ですら、犯人たちを助ける事は出来ないと思いつつも妻である稗田阿求に知られる前に、自分で始末して、少しでも苦しめないようにしようと言う慈悲や情けは存在していたが。
今回の事件にはそれすら存在していないのだから。
残念ながらあの兄弟の実の父親なのだが、なのに兄の骨折の原因、犯人がどうなろうと○○も純狐も、それどころか上白沢の旦那ですら割とどうでもよかった。
「まぁ……正直なところ、今の状況をさほど悪いとは思っていないんだ。どうでもいいと言うわけではないし、結末を見届けさせてはもらうけれども……まぁなるようになるでも、正直なところ、全然構わないんですよね……あの兄弟はもう永遠亭にいますし」
相変わらず○○は薄い笑いを浮かべながら話を続けていた、○○からの白紙委任のような物をもらえたと認識した純狐はと言うと薄い笑いは相変わらずだがその笑顔は、明らかに獰猛(どうもう)な物に変化していた。
上白沢の旦那はやや困ったように○○と純狐を互いに見比べるが、ふと思った、自分も似たような物だと言う事をだ、止めない時点でさしたる違いは存在していないのだ。
「じゃあ、不都合が合ったらその時言ってくれないかしら、すぐに止めるし稗田○○の都合に合わせるから」
「ええ、それで構いませんよ」
酷い会話だ、上白沢の旦那は困ったような顔を浮かべている物の結局最後まで特に止める事はおろか、苦言のような物を出すことすら無かった。
不意に、純狐の後ろでものすごくかしこまっている、あのお菓子屋を営んでいる老夫婦と目線があった。
上白沢の旦那はむろん軽く会釈をした。
するとそれに反応をして、老夫婦は慌ててやりすぎなぐらいのお辞儀を見せてくれた。
…………また上白沢の旦那には自己嫌悪がやってきた。
このお辞儀は自分に対してだろうか、自分の後ろにいる上白沢慧音に対してだろうか。
しかしこの話題は、ここでは全く関係がないので、何とかニコニコした顔を維持してこの場を乗り切ろうと言う事だけを考えるようにした。
もう今日は慧音に抱いてもらいながら過ごそうかなとまで、上白沢の旦那は勝手な事を考え始めていたが。
ぶらぶらと視線を左右に散らせている時に、向こう側から因幡てゐがこちらに駆けてくるのが見えた。
彼女は幸運のウサギとも伝えられるけれども、何てことだ今回は真逆の報告だとすぐに理解できた。
「すまない!」
因幡てゐがそう叫んだ時、純狐と○○の様子は明らかに怖くなり、クラウンピースは飲み込みかけていたお菓子がノドにつっかえたような動きを見せた。
「あの兄弟がいなくなった!!」
その時の純狐と○○からは、殺意のような物が因幡てゐに向かって飛んで行っているのが、何となくわかった。
続く
>>905 の続きです
「戻ったんだ!あの兄弟、精神すら支配されているから、何もわからずに戻ってしまったんだ!!」
○○が殺意のような物をまだまき散らしながら、てゐの方を向いたり向かなかったりしながら叫んだ。
「まさか」
てゐは疑問と言うよりは完全に信じられないよ、と言った顔を浮かべていた。
○○はそんなてゐの、はっきりと言って強者の表情を見て明らかにカチンと来ていた
「そりゃ貴女は独立独歩の精神が強いですし、実際強いから一人でも生きていけるでしょうが。あるいは見下してもいるのですかね?けれどもあの兄弟は、まだ弱いから、精神を支配されてしまって立ち去ったり逃げると言う選択肢をとるその概念がまだない、あるいは奪われている」
○○としては、全くらしくない皮肉と言うかほとんど罵倒をてゐに向って投げかけていた。
「……あてがあるならそっちに行こう」
てゐは、彼女が強者だからだろうけれども、懸命にも○○からのほとんど罵倒じみた言葉を無視してくれた。
てゐの懸命な行動には、○○も一拍遅れて気づいてくれたようであるけれども、気づいたならば気づいたで、顔を赤くしてー―これもらしくない姿だ、今回の一件は何もかもが○○らしくない――自らの不用意ではっきりと言って頭の悪い行動に酷く狼狽と言うべきか、あるいは恥の概念によって苦しんでいるのは明らかであった。
てゐはやや狼狽と恥を感じている○○を前にして、何も言わずにただただ上白沢の旦那の方に目くばせをした。
……確かにこの状況は、てゐが何を言おうともそれが正しければ正しいほど、○○に対してはますます狼狽と恥じ入る感情を来してしまうだけだろう。
「○○」
とは言っても上白沢の旦那にだって、そんなに気の利いたことが言えるわけではなかった。てゐと同じことを言いたかったけれども、それが○○をまた傷つけてしまうのは自明の理であったからだ。
「お前に似合うのは行動だ」
少し臭いと言うか、演技と言うかケレン味の強いセリフだなとは上白沢の旦那も言いながら小さな笑みを浮かべてしまったが、この言葉は皮肉でもなんでもなく○○に似合った言葉だとはしっかりと思っていた、だから小さな笑みも皮肉げな部分は何もなかった。それが良かった。
「……そうだな」
○○の顔には笑みこそなかったが、正気には戻ってくれたのが分かる顔はしていた。
「貴方が行かなきゃ私が行くわよ、アイツの家ででしょ?アイツらの家に、あの兄弟は戻ってしまったと言う事よね?何となくわかるわ……」
ただこの場に置いて、この一件のもう一個の中心とも言える純狐は○○と上白沢の旦那が見せる友情なんぞ、はっきりと言ってどうでもいいと言う雰囲気しかまとっていなかった。
「まーまー友人様……命がどうのこうのは、稗田家が今回はアテになるとはいえ私らの立場でそれは不味いですから」
傍らでは主であるヘカーティアから友人を、危なくないように見張っていてくれと言われているのであろうクラウンピースが、必死でなだめにかかっているけれども。
「つまり命さえ残っていれば、そこまで問題にはならないのよね?」
純狐の意気と言う物はまるで衰えないどころか、ここにきて○○に対して言質と言うものを取りに来る抜け目のなさまで存在していた。
「……ああ」
○○はさすがに少し迷っていたが、殺意に殺気と言う物が純狐からの質問でよみがえってしまった。
「基本的には、死んでさえいなければまぁどうとでも……」
○○は純狐に対してだけではなく、この場にいるてゐと上白沢の旦那以外の全員を見やるようにして、その言葉を出して言質を……あるいは火薬庫に着火をしてしまった。
純狐はその○○からの言葉に、免状を与えられたと言う事で薄くそして冷たく笑っていた。
だがこの火薬庫に着火をしてしまうような言葉に、真っ先に反応したのは以外にも純狐ではなかった。
純狐はまだこの状況を黒々とした意味でしかないが、笑って楽しめる程度には余裕があったと言う事だ。
あのお菓子屋の主である初老の男性が走り出してしまった。
「あ……」
○○はしくじったか?と言う様な声を出したけれども、その気持ちは反射的に出た以上の意味は無かった。
たとえ純狐が慌てて追いかけてそれをクラウンピースが遅れてついて行ってもだ。
「まぁ良いか……ここまで来たら彼も主要人物だ、連れて行こう」
○○は急に落ち着きを取り戻して、走り出した彼の妻である老婆の方を見た。
「どうします?貴女も別に、まったく構わないのですけれども」
来たければどうぞと言ったような様子だ、しかしそれ以上に冷たい声や態度であった、もちろんその冷たさが目の前の老婆に向いていない事は確かではあるのだけれども、上白沢の旦那は○○が子の一件をどう考えても穏やかに落着させる気がない事を目に取ってしまった。
そしてその空気は、○○からの意思は、件の老婆もしっかりと認識してしまい。
ただ恭しく、この老婆は○○に向かって頭を下げてくれて。
「あの人をよろしくお願いいたします」
とだけ言うのみであった、上白沢の旦那は本音を言うと少しばかりホッとしたこの老婆の年も年だからとは、感じていたからだ。
「ええ、もちろん。それは稗田が責任をもって」
しかし○○はまた冷たい印象を携えながら、老婆に向かって会釈をすると同時に恐らく人里に置いては最上級の担保を与えていた。
……相変わらず冷たい印象が拭えないのは、上白沢の旦那としては怖い限りであったが。
「あの人はかわいそうな子供の事になると、頭に血が上りやすくて……私が子供を成せない体であるばかりに」
それを老婆が言ったとき、○○の顔がまた赤くなったがこの赤くなり方は恥じ入っている時とは明らかに違う物であったが。
「違う!それは絶対に関係がない!!」
あまりにも必死で、大きな声を使っていた。必死過ぎてこの老婆の為だけではないなと、上白沢の旦那は感じた。
(あるいは自分の為の言葉か……?)
上白沢の旦那はふとそう思った。
「彼の事は任せてくれ」
そして○○は何かから逃げるように、○○の方も随分と遅れて走り出したが、遅れを取り戻せそうなほどに早かった……無理をしているような気配がどうしても見えてしまった。
一番最後に残された上白沢の旦那は、この一件にあの哀れな兄弟の事もあるけれども、それ以上に稗田夫妻までもがこの事件がきっかけで変化を来しそうで、それが上白沢の旦那には怖かったが。
それでも上白沢の旦那にできる事と言えば、老婆に向かってお辞儀をして○○たちのあとを追いかけるのみであった。
「一応止めといてあげたわよ、貴方たちがいるといないとでは正当性と言う物に影響があるかと思って」
上白沢の旦那が追いついた先で、純狐がそう語ってくれたが皮肉げな雰囲気は全く見えなかった、これはどうやら皮肉と言うよりは面倒を避けると言う意味合いの方が強いんだなとすぐに分かった。
無論の事ではあるけれども既に到着している例のお菓子屋の主人である彼と、純狐にクラウンピース、そして○○から一斉に見られるのは出迎えられるのは、少々所ではなく気おされてしまった。
何せクラウンピース以外の全員が、今のこの状況に対して殺気立っているのだから。
「因幡てゐは?」
「ああ……そう言えばいないな、いや向こうから来たぞ」
上白沢の旦那は辺りを見回して、てゐがいない事に初めて気が付いたけれどもそんなに大きな事だとは思っていなかった。
なので向こうの方から、歩くよりは早いけれどもゆっくりとしてやってくる姿にも上白沢の旦那は、軽い様子でついて来てくれているだけで十分と思っていたが、○○と純狐の様子は違っていて、どこか所か明らかに遠巻きにしているてゐに対して腹を立てていたのは明らかであった。
「……そもそも因幡てゐがあの兄弟をしっかりと見張っていれば」
○○は中々以上に物騒な言葉を呟いていたが、とある方向ばかりを見やっていた――あの兄弟の家だ――お菓子屋の主人である彼は、目をむいて驚いていたが同じように効いていた純狐は、違うだろうと言う様な反応が表情に現れていた。
「囚人じゃあるまいし……あのウサギさんが目を離したのは確かに腹立たしいけれども、監視するべきはあの子たちでは無くてその…………両親と思うのも嫌だけれどもあんなのがあんなにいい子達の両親だなんてね、でも監視するべきはあの両親の方よ」
強い嫌悪感と言えるものを吐き出しながら、純狐は○○の考えを訂正しようとしていた。
「……確かに道理だな」
○○は存外にも純狐の指摘に対して、素直に聞き入れたけれども。だからと言って、との表現が最も的確だろう、だからと言って大人しくなったわけではないのだ。
「だったらやっぱり、あのクソ両親どもをとっちめに行きますか」
この時の○○は、その言葉遣いがいつものそれとはあまりにもかけ離れていると言うのもあったが、獰猛(どうもう)な意味しか感じ取れない薄笑いを浮かべていた。
ただ一番まずいのは、いきりたって真っ先に走り出していたお菓子屋の主人である彼が、○○が見せた獰猛な意味しか感じ取れない薄い笑いに対して、彼の方もそのどう猛さにあてられた上に
。
「行ってもよろしいか?」
一番槍というものを欲した上に。
「ああ」
○○が実に快く背中を押したことだろう。
上白沢の旦那は、そして間違いなくクラウンピースも手の動きから見て、せめてもう少しと言う様な事は考えたけれども。
いの一番に走っていった彼が、純狐に稗田○○と言う存在があるからとはいえ一度でも止まってくれたのが、上白沢の旦那が来るまで待ってくれた事がまず奇跡なのだ、多分○○が煮え切らない言葉を使ってくれたとしても今度は純狐が背中を押すし、過程の話だが純狐の事も無視できたとしても、あの様子の男が止まれるものか。大体そんな感想に、上白沢の旦那もクラウンピースも行きつくほかは無かった。
「ああ……ははは」
○○は短く笑って、雄々しく走り去っていく彼の姿を笑いながら――そこに皮肉げな感情がないのが厄介、評価しているからだ――ゆっくりと歩みを再開した。
上白沢の旦那は急いで○○の横に並び立ったけれども彼が持っている懸念の存在は、一番の友人である○○はもうとっくに理解していた。
「この依頼は、と言うより事件は。もう俺が、稗田○○の事件になった。申し訳ないがたとえ依頼人が君であろうとも、懸念の存在には十分気が付いているけれども、無視させてもらう」
丁寧な物腰で○○は一番の友人である上白沢の旦那に相対したけれども、その言葉には絶対に譲歩はしないと言う確固たる決意が見えていた。
そして○○が、自分の名前を口に出すときに『稗田』の名前を使うとき、本気であると言う事を上白沢の旦那は十分に知っていた。
幻想郷の外の出身のはずなのに、○○は下手をすれば上白沢の旦那以上に稗田と言う物の、その言葉が持つ重さを理解していた。
「ああ……」
○○がはっきりと『稗田』として動くと宣言したのを聞くに至っては、上白沢の旦那は怖気づいたようになってしまい、言葉を繋げることが出来なかった。
「お前やっぱり狐がついてるだろう!?博麗神社にでも行って来いよ!!」
「悪鬼ですら自分の子供は大事にする!それにすら劣るお前と比べたら、狐様についてもらっとる俺の方が上だぁ!!」
上白沢の旦那はそうはいっても○○は友人と言う部分を大事にしたくて、狼狽をしながらも歩くのだけは○○と歩調を合わせていたが、状況は上白沢の旦那が回復するのを待ってはくれなかった。
件の彼、お菓子屋の主人の完全に開き直った怒声を聞けば、収まりかけていた狼狽もまた、狼狽とまではいかないまでも脱力や諦めのような感情が出てきて機敏な思考と言う物は妨げられてしまった。
「あはははは……ざまぁみろ」
極めつけは純狐の見せたこの、実に楽しそうな声であろう。いや人里の構成員である上白沢の旦那にとってもっと不味いのは、この純狐の楽しそうな声に、○○もつられて笑いだしたことか。
「ねぇ、稗田○○。私ね、もういっそあの兄弟のお母さんになりたいのだけれども、構わないわよね?」
そして機嫌をよくし過ぎた純狐は、そのまま、きっと彼女からすればとてもいい思い付きとやらをそのまま勢いで喋りだした。
「ああ……」
さすがにこの話は、大きすぎるから○○も冷静さを取り戻してくれるかなと上白沢の旦那は期待したけれども。
「まぁ、阿求には言っときますね」
実に軽い言葉であった、稗田阿求との相談では無くて事後承諾をもらいに行くと言った具合だ。
こつこつと、機嫌よくだけれども獰猛に歩みを進めている間に、あの兄弟の家にたどり着いた。
「あの兄弟はどこにいる!?」
中からはお菓子屋の主人である彼の、怒鳴りながら詰問する声がなおも聞こえていた。
さすがに家の周りに、辺りの住人が遠巻きにではあるが、しかし興味をどうしても引き付けられてしまって様子を見るために集まってきていた。
その集まってきた人間の中には、○○の聞き取り調査に協力してくれた者も何名かいた。
この家の夫婦の事を罵り、よりにもよってあんなにいい子の親があんなのだなんてと、そう嘆いていたような者も何人だっていた。
その、○○の聞き取り調査に協力してくれた者たちはと言うと、○○が上白沢の旦那や純狐にクラウンピースを引き連れて歩いているのを見ると、急に合点が行ったような顔を浮かべてくれた。
上白沢の旦那は、純狐やクラウンピースの存在はともすれば、ちんどん屋見たいだなと思わなくも無かったが、稗田がいればそんな物もかき消せるかという結論に達した。
「やぁ」
○○は相も変わらずに獰猛な表情を携えながら、例の兄弟の両親の家に、だれかれ構わずに入っていった。何にも、臆すると言う必要は無かった。
「ああ!稗田様!」
そう言いながら件のお菓子屋の主人である彼は、入ってきた○○たちに対して平身低頭以上に恍惚な、信仰心すら感じ取らざるを得ないそんな表情をしていた。
「ふん」
ただ、今の○○の興味と言うか思考において優先されていたのは目の前でボコボコにされている男の方であった。
その男は、どかどかと入ってきた稗田○○よりもその後ろ側で憮然としている純狐の方にこそ、この男はようやく凍り付いたような表情や感情と言うのを出してくれた、やはり雲の上に近い稗田○○よりもついさっきに腕をひねりあげてきた相手である純狐の方に、彼は大きく動揺してきた。
「何の用だ!!」
口調に関しては大きな声量で、罵倒するようにしているけれども、無理をしているがゆえに出している言葉なのは明らかであった。
「何って……お前の子供たちの無事を確認しに来たのよ」
純狐の存在は、やはり彼女の事をよく知らないこんな男であっても彼女が相当に高位なる存在であること、はっきりと言って相当に恐ろしい相手であることは教養等がなくとも……
教養などがなくとも怖さは分かってもらわないと困る、そう思いながら○○は純狐の方をチラリと見たけれども。
「うわ……」
思わず声に出して、純狐への引いてしまったと言う感情を出した。なぜなら彼女は、今までずっと隠していたはずなのに陽炎のような狐のしっぽをゆらゆらと出していたから。
「止めてくれ、クラウンピースよこれは止めてくれ」
そのままほとんど考える必要もなく○○はクラウンピースに助けを求めた。
「友人様、友人様!!」
クラウンピースもすぐに動いてくれたが、純狐はクラウンピースの頭を、実に優しくなでなでとするだけで殺意の塊とも言えるゆらめく陽炎のような狐のしっぽは、絶対に収めなかった。
純狐の気持ちは分かるし、多分この家屋を一件ぐらいならば吹き飛ばしても阿求が味方すると言っている以上、方々に手をまわして問題にはならないようにしてしまうだろうけれども。
問題にならなかったからと言って、不問になったとはいえ、起こしていいと言うわけでは決してない。
男の方はさすがに、そろそろ本当に不味いと思い始めたのか、純狐にひねりあげられて件のお菓子屋の主人にもボコられたはずなのに、やはり恐怖が勝ったか急に追い詰められた小動物のようにキョロキョロとしながら、辺りをうろつき始めた。
とは言ってもこの家屋の中身はもうほとんど、○○たちが制圧してしまったから、何か目的があるのだろうけれども――あるいは全く無い、それぐらいはコイツの事を○○は見下していた――コイツの目線をずっと見ていた○○は、その目線が外に向いているのは気が付いた。
「まったく」
○○は呆れ果てながら数歩移動して、開けっ放しになっている扉を閉めた。ついでに窓なんかもしめてやって、退路は出来る限りにおいてふさいでやった。
「で?」
○○は残酷に男に対して、問いかけるようにして声をかけたが、彼は案の定ではあるけれども何も言わなかった。
「ガキ見たいな態度だな」
また○○にしては非常に珍しい、とてつもなく汚い言葉を使った。
「ダメな事、怒られること、そうとは分かっているのに。もっと言えば隠している方が悪手だと、一番、理解しているのに。隠そうとしてしまう、嵐が過ぎ去るのを待ってしまう。そんなガキの行動だ、お前みたいなのがあの兄弟の父親とはなぁ……もったいないの一言だ」
全くもって○○らしくも無い、相手の事をなじって全てを否定するような言葉遣いである。けれども目の前の男はと言うと、何を思っているかは知らないけれども何も言わずに、目線を誰とも合わせずにそらしていた。
「アル中の遊郭好きか……正直な話ね、私はこの件に関してはあの兄弟を保護することが出来たら、お前たち夫婦の事なんて何もかもがどうでも良いんだ。もしも兄弟の居場所を知っているのならば正直に話せ、こっちで保護する。そしたらもう関わらないと約束するし……そうだな、謝礼も払おう」
鼻で笑いながら○○は懐から財布を取り出して、これ見よがしに高額紙幣をピラピラと何枚も取り出してきた。
「ふん!初めてこっちの話に食いついたな」
やはりと言うべきか、見下げ果てたと言うべきか、この男は○○の取り出してきた紙幣に目線が分かりやすいぐらいに移動した。
○○は相変わらずいやらしくなじるが、男は紙幣を見ながら何かを考えていた、上白沢の旦那はクソガキと言う言葉は嫌いだけれどもそんな気配のある子供が、自分のやった悪い事を言おうか言うまいか、言うにしてもどう表現すれば自分のやった事を小さくできてあまり怒られずに済むかを考えている者の顔であった。そんな表情を見ていたら、上白沢の旦那はついにため息が出てきた、○○の言う通りガキ見たいな態度をこいつは繰り返している。
その姿を見て○○は、やっぱり何かを知っているとの確証を得たと言ってもよかった。
「手付金が欲しいか?」
しかし、何も言わないコイツに○○は苛立ちを強めていきその行動がさらにいやらしく、そして歌劇とも言える動きになっていった。
○○は舌を打ちながら、高額紙幣を何枚か投げつけた。
「やっぱり返せ等と言うみみっちい事は言わないよ」
そう言って○○は、この男に対して知っている事を喋れと迫るが男は何も言わなかった。それよりも床に落ちた紙幣の方に目線がくぎ付けであった。
浅ましい奴だ……上白沢の旦那は再びのため息だけではなく、呆れや苛立ちも同時に出てきた。
それと同時に、こんなにも浅ましい男が目の前の中々な量の金に対して、興味をひかれているはずなのに何故喋らないのか……こんな男ならば実の子供を売る事にも躊躇が無いのではと言う疑問も出てきたが。
その疑問はすぐに、最悪の予想と言う奴を上白沢の旦那に到来させた。
「生きているよな?」
この場ではようやく声を出した上白沢の旦那ではあるけれども、今回の一件に置ける核心と言うか譲れぬ一線を提示したような形でもあった。
「まー!まー!まー!!友人様も店主も!!まだ懸念と言うか……そう質問!質問の段階で暴れてたらきりないですって!!」
上白沢の旦那の、クラウンピースが表現するところの質問に対して純狐とお菓子屋の主人は一気に頭に血を上らせたが、面識の決して少なくはないクラウンピースからの必死な声に、何とか踏みとどまってくれた。
上白沢の旦那はクラウンピースのとっさの機転に感謝しつつ、自分は○○を抑えようと言う返礼のような行動にすぐに思い立った。
「最悪の可能性が持ち上がったぞ、おい」
○○はそう言うけれども、その声は上白沢の旦那に対してでは無くて相変わらず目の前の男に対して、よりにもよってあの兄弟の父親に対しての物であった。
「弁明しろ」
○○は上白沢の旦那が抑えていなければ、きっと飛びかかっていただろう。
そのまま何分も時間がたった、○○はこの件に蹴りを付けない限りは動かないぞと言う意思はもう十分と、○○からは見えている、けれどもこの男は何も言わなかった。
「○○、もうこちらで探そう」
いい加減上白沢の旦那の方が、ついにしびれを切らせた。
「時間の無駄だ……」
そう言いながらふと、上白沢の旦那は○○が投げつけた紙幣を見た、こんなのに渡すのに何というかもったいないと言うか喜ばせたくないと言う気持ちがわいた。
「君の言う通りだ……それから足元のそれはもう良い」
○○は上白沢の旦那の言葉に賛同を示しながら、紙幣の方はもう良いと言って背を向けた。
それを待ってましたと言わんばかりに、男は腰をかがめようとしたがどうやら○○はその光景が見たかったようだ、急に立ち止まってさっきまで見ていた方向を確認して、○○は自然な反応で嘲笑を浮かべて、それから表に出た。
純狐とお菓子屋の主人も、無駄だと分かっているしクラウンピースが必死になって表に出してくれた。
「しかし……どこから調べる?」
表に出てから上白沢の旦那は、申し訳なさそうに声を出した。
「永遠亭からこの家までの道を、特に人里に入ってからは横道も含めてしらみつぶしにするしかない」
だが○○の腹はもう決まっていた、自分でも動くし稗田家の人員もフルに使うだろう。
要するに力技なのだけれども、分かりやすい方法は上白沢の旦那としても嫌いではなかった、今回ばかりは自分も手伝う決心はもうついている。
ひとまずは稗田邸に戻ると言うのを、特に会話も無かったが人員が必要な以上は自然と皆がそう思った。
だが、稗田邸に帰る途上で向こう側から豪華そうな人力車が――稗田邸の持ち物だ――全速力でこちらに向かってきた。
人力車の引手は、○○たちの姿を認めると探していた人物が見つかったらしく急減速してその勢いを制御しきれずに、こけてしまったが。
中から飛び降りた稗田阿求と、そして件のお菓子屋の主人の妻である老婆、この二人にとってはそれよりも重要な、と言うよりは酷い報告をしなければならなかった、
こけた人力車の引手の事は、哀れではあるがこけたケガはいずれ治る。だからこの話よりは酷くないのだ。
「○○!子供の死体がひとつ見つかったの!!永遠亭にも確認させたけれども、あの子だったわ!!兄の方だった!!」
阿求のこの報告によって、○○の中での容赦が無くなった瞬間と言えよう。
続く
>>911 の続きです
この事件が、他の事件とは明らかに一線を画してしまった瞬間がどこにあるかと問われたら、上白沢の旦那は間違いなく子供の死体が一つ見つかった瞬間だと答えるだろう。
それはてゐにとっても同様であったようである、遅まきながらもてゐにだって稗田阿求の叫ぶような報告は衝撃的の一言でしか無かった為に、彼女にしては珍しく誰かと目線を合わせたがっていた。
そしてこの場において、衝撃やあるいは怒りを抱きつつもより大きな感情の濁流を抱いているうえに下手をすれば支配されることもいとわない、○○たちの事を考えたがゆえに、上白沢の旦那は少しだけ自分は冷静さを保持すべきだと思いながら、話し相手を探すようにしながら目線をさまよわせていたてゐと、上白沢の旦那は目線を合わせた。
「ああ……」
上白沢の旦那と目線を合わせる事が出来たてゐは、色々な感情が入っている声を出した。
衝撃や危機感、緊迫感はもちろんの事で存在はしているけれども、上白沢の旦那がまだ冷静さを投げ捨てないでいてくれている、その事に対する安堵感が最もてゐの中では大きかった。
「あんたで良かった、冷静で良かったよ」
そうてゐは、思わず口走ったけれども上白沢の旦那はその事に対しての返答は与えなかった。上白沢の旦那だって、慧音の後ろについてそれっぽい顔をしているだけだと言う自嘲はあるが、それでも教師の端くれぐらいには思っていた。
「想像の遥かに外に行ってしまった事は、はなはだ残念だ……だからこそもう、手を引くと言う部分は無くなってしまった。それはそちらも理解してもらわないと困る」
上白沢の旦那は、自分は慧音のおまけだからと思っている彼にしては珍しく永遠亭の構成員であるてゐに対して、てゐだけでは無くて永遠亭と言う組織に対して、手を引くなと口調は穏やかだけれども迫っていた。
「……分かってるよ」
てゐの返事は重々しかった、さすがに子供の死と言うのはどれほどの年長者であろうとも堪えるものがあると言う事だ。
「ましてや今回は、状況を考えれば病気でもなければ事故でもないからな……」
「あいつとうとうやりやがった!!」
事故でも病気でもない、そして下手人は恐らく……そう考えていても口に出すことすらはばかられるような気持でいたら件のお菓子屋の主人が怒声を張り上げながら元来た道を、つまりはあの男の家に戻っていった。
彼が何をやるつもりなのかは、一目見れば誰でも理解できるだろう。口を割らせるのは確かだろうけれども、問題なのはその方法である、およそ平和的だったり交渉によって成されるような雰囲気はあのお菓子屋の主人からは一切感じられなかった。
「ええ……考えなくても分かるわ」
そして不味い事に、純狐も同調したように動き出した。
その際に純狐は、気品があるからなのかそれとも自らの気品を守る事を、やはりいくらかは意識しているからなのか件の彼のようには走り出さずに浮き上がって、先ほどの場所に戻っていったが。
それはそれで、もっと不味い、そんな気が上白沢の旦那にはそう思えてならなかった。
あんな強者に上を取られることの意味ぐらい、武道に覚えのない上白沢の旦那にも広範な被害につながりかねないと言うその懸念と言うか恐怖のような物を感じ取れてしまった。
だが同時に、ほの暗い事も考えてしまったのは事実であった、被害があの虐待をしていたあの男だけで済むのであれば、それはそれで悪くはないんじゃないかと言う感情が出てきたのも、また事実であった。
「じゃ行って来ますね!?私は友人様を少しは止めないと!!」
だがそんなほの暗い感情は、クラウンピースがわざとらしく出した大声によってハッとして現実に戻されることになった。
ハッとなった意識だからこそ、上白沢の旦那の目に見えたクラウンピースの目線からは、責めるような物こそないが嘆願するような部分をどうしても感じ取らざるを得なかった。
そしてその嘆願するようなクラウンピースの意識はてゐの方向にも向いていた。味方と言う所までは持っていけなくとも、冷静な存在には近くにいて欲しいと言う意思が垣間見えた。
「ああ……」
しかしながらてゐは、クラウンピースの状況に同情を寄せつつも、それこそ永遠亭が公式に首を突っ込まない限りはてゐとして自発的にかかわる事は恐らく無さそうであった。
「……まぁ良いよ」
クラウンピースはやや以上に気落ちしていたが、てゐに対してこの件に関わってくれと言うのも好意を強要しているぐらいは、彼女も理解していたので大人しく引き下がり、純狐同様に空へ浮き上がって追いかけて行ったが、純狐のような雄々しさはまるでなかった。
となれば自分が少しは、動いてやるべきかと上白沢の旦那は思った。
少なくともてゐのように、つかず離れずで観察することが許されるような楽な立場だとは、全く思っていない。
寺子屋の生徒が死んだとなれば、それも殺されたと言う事ならば妻である慧音も絶対に関わってくるし、何よりも今は目の前にいる○○が心配であった。
感情の激変に身体を壊しかねない、と言うような部分はもちろんだけれどもそうなる前に、身体の前に今回の場合は辺り一帯をどうにかしかねなかった。
自らの財産が横領されたあの時のような、犯人をかえって哀れむような感情は期待できないし、持っても欲しくは無かった。けれども○○には冷静であってほしかった、そうじゃないと困る様な事態があまりにも多すぎる。
「○○」
こういう時、上白沢の旦那は自分の立場を有難いとは特に思ってしまう。稗田阿求に無理やり指名されて、上白沢慧音の旦那であることの恩恵をありありと感じてしまう。
「何もしないなんてことはあり得ないし、何かするべきだとも思っている、何をやろうとも止める事はまずないが……冷静さだけは持ったままでいてくれ。それさえあれば俺は安心できる」
かなり大きく言ってしまったな、と思わなくも無かった。○○は既に、事故的ではあるしそもそもの発端が向こう側にあるとはいえ、何名かの命を処断する決断を下さざるを得なかった。
そしてその決断を下させたことにより、上白沢の旦那はある事を懸念していた。
○○の中での血を見る事に対する、その心理的障壁を著しく低くしてしまっていないかと言う部分だ。俗な言い方をすれば癖になってしまっていないか、そこを上白沢の旦那は気にしていた。
だけれどもそれを今、口に出すことは出来なかった。出すべきでもないとすら思ってもいた。
それを話題に出す雰囲気ではないと言えばそうなのだけれども、チラリと上白沢の旦那は稗田阿求の方を見た。
阿求は、九代目であることを強く自覚しているがゆえに常に超然とした姿を、意識して作ろうとしてはいるけれども、今回の事件に対して稗田阿求は完全にのめり込んでしまっている。
子供が生来の身体の弱さから出来ないと言うだけでも、それが○○への数少ない負い目となっているから、気を入れやすくなってしまっていると言うのはあるけれども。
そこに自分と同じように子供が出来ない事できっと、色々と、嫌な事も言われたりやられたりしたであろう事も想像に難くない、今は稗田阿求の横で子供の死と言う事実に生気をなくしかけている老婆と言う存在が湧いて出てきた。
稗田阿求はしきりに、この老婆の肩もゆすってやって生気がこれ以上落ち込まないようにと気を配っていた、こんな状況であっても。
それはつまり、稗田阿求にとってこの老婆の存在が大きい事を意味する、自分と同じように子供が成せないと言う事を、稗田阿求はその一点によって完全にこの老婆に肩入れしてしまった。
それは老婆とその夫ぐるみでこの事件が事件となる前から、関わっていたこの一件に関しても首を突っ込めるだけ突っ込むことを意味していたし、状況的に稗田がその夫で名探偵である○○も含めて首を突っ込むことを、称賛や有難いと思いこそすれども、逆はないだろうし白眼視されるようなことだと言うのは明らかであった。
「分かるよな、○○。稗田阿求を見ればわかるはずだ。この状況は一触即発所か、もうケツに火が付いたと言っても構わない。そして稗田阿求をどうにか抑えられるのは、人里ではお前だけだ」
事故でも病気でもない理由での子供の死と言う悲劇的事象が、稗田阿求から確実にタガを外しつつある、それを上白沢の旦那は非常に危惧していたが……残念ながら彼一人ではどうにもできない事は彼自身がよく分かっていた。
稗田○○、彼の協力なしではどうにもならなかった、ゆえに○○だけは何としても確保して、冷静なままでいてもらわなければ上白沢の旦那は匙を投げてしまいそうであった。
「……ああ、でも」
実際、○○はと言うと上白沢の旦那の抱いている危機感に関しては、これまでの仲も存在しているから、穏やかに受け入れてくれたけれども。
「確実な証拠が見つかったらの条件付きだが、見つかり次第俺は奴らをどうにかする」
穏やかに受け入れてくれながら、そして穏やかな表情で○○は上白沢の旦那に断罪者としてふるまうことを宣言してきた。
熱や興奮あるいは嘆きに浮かされていない状況でのこの言葉は、上白沢の旦那にかえって恐怖と言う物を呼び起させてしまったが……それに対して何もできる事は無かったし、言う事も出来なかった。
「阿求」
落ち着いた姿と声で、稗田○○は老婆を落ち着けようとしつつもとうの本人ですらどこか落ち着いていない、自らの愛妻である稗田阿求に声をかけた。
「ひとまず現場が見たい。うちの人たちが保存してくれているだろうけれども、他には誰がいる?」
その落ち着いた○○の姿は、阿求にの心中の奥底から熱を与えて艶と言う物を呼び起こし、老婆にとってはまるで神仏にでも出会ったかのような恍惚な感情を与えた。
上白沢の旦那の目に映る今の状況は、決して何かが変わっているわけではないし、むしろかえって悪くすらなっている印象すら上白沢の旦那は感じてしまった。
○○の見せる、相手を落ち着けるための微笑に無理に出した部分と言うのは一切なかった。つまり○○は冷静なのだ、落ち着いているのだ、確かにそれは上白沢の旦那の求めたとおりだから何も言えなかった。
けれども、落ち着いて冷静に、躊躇なく、今の○○は何かをやれた。
もしかしたら自分は、○○の背中を不用意に押してしまったのではないかとすらまで上白沢の旦那は考え始めてしまった。
タガを外しかねない稗田阿求を止めてくれと頼んだ相手、稗田○○がもうとっくにタガを外していたのならば……最悪としか言えない。
そのまま○○が求めた通り、死体が見つかった現場へと移動していった。現場はとても……とてもうっそうとした場所であった。人里の端っこで、こんな場所で遊ぶ何てことは無謀がカッコいいと思っている悪ガキでも、少し考えられない。
「あの子はこんな所歩かないだろう」
上白沢の旦那は思わずそう呟いた。
「奴らは自分を抜け目ないと思っているのだろうが、自分の子供の性格すらよく分かっていないんだ……証拠隠滅や工作にしたって稚拙に過ぎるな。まぁ夫婦ともに輩だからしかたがないのかもしれんが……だからこそ何であんなのに、あそこまで良さそうな子供が」
○○の目つきが明らかに変わった瞬間を、上白沢の旦那は見逃さなかった。
落ち着けるために、どれぐらい落ち着いてくれるかもわからないがそれでも、上白沢の旦那は○○の背中に手をやって自分の存在を忘れないでくれとだけは、主張した。
「ああ……」
短いが○○は声を出してくれたから、まだ最後の一線は大丈夫だと信じたい。
明らかな異常事態だからか、それとも阿求が最初から気をまわしていたからか、この現場に人数分の人力車がやってきた時には少しばかり辟易とするような感情が湧いて来たのは、上白沢の旦那はもちろんだがてゐも口を開けて少しばかりの驚きを禁じ得なかったが。どちらともがその事は欠片だって言葉で表現しない方が良いとは、分かっていたので黙って用意された人力車に乗った。
てゐだけは、私飛べるんだけれどもなと思っていたがここで反論じみたものを出すのはもちろんだけれども、飛んでしまったらそのまま逃げかねないから連れて行ってもらった方が多分良さそうだとも考えてしまっていた。
現場は○○の思った通り、稗田家の手の物が辺りを、現場保存も兼ねて○○たちの到着を待っていた。
降り立った○○たちにその者たちは恭しく、そして今回は状況が状況であるから緊張感も併せ持ちながら、頭を下げてくれた。
上白沢の旦那にとっては、慣れたような光景だけれどもてゐにとっては知識はあろうとも見るのは、もしかしたら初めてかもしれなかったので、気圧されるような様子を見せた。
「てゐ!こっちに来て!!」
けれども更にてゐの事を、言ってみれば本当の意味で威圧できる存在がてゐの事を呼んだ。
八意永琳である。
てゐは最初こそはやっぱりいるよな、程度の事は考えていただろうけれどもこういう状況ではたとえ上役であろうとも知っている存在が近くにいる事は、精神的に実にホッとする事が出来る。
「まぁ良い」
けれども○○が、上白沢の旦那の横にふっと立ってつぶやいた言葉は怖かった。
てゐは確かに、逃げたのだろう。上白沢の旦那としても確かに、あいつ逃げやがったと言う腹立ちは無いとは言わないが、問題にするにしても小さいと言うのも確かであるけれども。
いや確かに上白沢の旦那と同じような気持ちを、○○だって持っていてくれていると信じているけれども、○○のこのことに対する話題の振り方が恐怖を想起させたのも事実であるのだ。
稗田○○の魂は確実に、稗田阿求と、同化しつつある。上白沢の旦那は不意にだけれども強烈にそう感じざるをえなかった。
幸いな事は、○○はこの件に一分一秒でも長くかかわりたいと思ってくれていたので、一番の友人である上白沢の旦那に対して『君は違うよね?』と言うような圧力をかけなかったことである、もしかしたら彼が○○の後ろを追いかけてくれた時点で○○からすれば、それで十分だったのかもしれない……○○は優しいから。
「やぁ、八意先生」
○○は所作正しく、現場を先に入って調べてくれていた八意永琳に挨拶をしたが。
「他殺ですよね?」
やはり今回の一件に置いて○○は、おかしくなっている。他殺で無ければ困ると言う意思が、明らかに今の○○からは見えていた。
調査して、そこで手に入った材料を証拠をもとに、判断を下す、そのいつものやり方を○○自ら忘れ去っていた、あるいは意識的にそうしてたのかもしれないが。
「……そうね」
八意永琳も今の○○に何か思った事があったのか、少し言葉に間と言う物を持たせたけれども。
「他殺よ」
目線を少し上にやって考え事を、短くだけやってから○○の期待通りの言葉を出した。やはりこちらか関わらない方が良いと思ったのだろう。
「一応言っておくけれども、貴方好みの答えを言ってやったわけじゃないのだからね」
それでも幻想郷一番の医者としての誇りは、八意永琳に言わせたいことを言わせた。
「詳細な報告書は今晩にでも稗田邸に寄こすけれども、死因は間違いなく後頭部を強打したことによるものよ。鼻っ柱にも殴られた跡があるから、後ろに向かって受け身を取る事も出来ずにこけたのね」
「そうですか……ええ信じますよ、もちろん」
どこか○○の返答は宙をさまよった物であった、連中を処断できる最初の足固めが出来たとの気持ちなのだろうか。
「その割には……この周辺が妙に散らかっていませんか?」
「隠蔽工作でしょうね……低級の妖怪の仕業にでも仕立て上げたかったのでしょうけれども、低級ならそもそも、ここには入り込めないのを知らないのはお笑い種ね」
○○がやはり、やや落ち着いていないので上白沢の旦那が辺りを見て思いついたことを言ってみたら、八意永琳はその事実を鼻で笑った。そして皮肉な事に、八意永琳が鼻で笑った事実は、○○に更なる推測に対する補強を与えた。
実際抜け目なく○○は、八意永琳の言葉に呼応して笑っていた。いや、○○なら見たときから気づいてたかもしれないが、八意永琳からの証言による補強は、この幻想郷では特に強力なのは誰にだって分かる。
けれどもそれを嬉しがるのはともかく、やはり今の○○の笑顔は、獰猛であった。依頼や事件を前にした少しばかり不謹慎な楽しみ方とは明らかに、違っていた。
続く
みんなも何か書こうぜ創作って楽しいですよ
スレ書いてみたいんですけど自信がないんですよね…
俺も最近ずっと駄目だよ、まじめなの書けなくなった…
最強カード(手書き) '、 彡 彡ノ / /ヽ
========= . ノ彡≡ 彡彡 _..:ン ノ′
|| ■ ■ ■■■∥丿 彡 _,,..-'彡ニ--‐'´
||■■■■■■■■∥.| 彡 τ;;;" _,,、
||>.───ゝ.ノ─.<∥| ミ ノ::::;_,..-イ 、 ,| ;1 _,,-ナヾ
|| 2500. __|_. . .∥''彡 ミ;|:;;/__;--二`ー-'; レ";∠'';;-
|| / :::\::::/\ ∥ヽ、ミ |:::;;;´ー≠;-ヾ/=ミ,>ヾ゙-=;
|| / < ●>:::<●>\.| >¶ |、;; 彡.》{ |;巛ミ
|| | (__人_) |.| ' 、ミ |、;; ' .}、 .|:j ヽ
|| \ ` ⌒´ /∥ ヽ.._ミ;| ;;;;;;;; r';;j ^ゝ、
||>ン⌒l.────<∥ `゙'l ;;;;;;; 〆ゝ、_,,...-' ;;ゞ、
/ ; 丿■ ■ ■∥ l、;;;;;,!!!i||||illlllllli||||lll|||l
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;/ / / ;`-.;;|′`゙''‐‐'''´ |
>>915 の続きです
「旦那様」
○○が明らかに獰猛(どうもう)な顔で彼らしくもない、それこそ暴力的な計画を絵図を描いていて、八意永琳は必要以上に関わりたくなくて目線をそらして、彼女に呼びつけられたてゐに至っても同じくで合った時。
○○の後方から稗田家の奉公人、力仕事に限らず荒事も含めた対処を求められている、屈強な者の内の一人が稗田○○に対して恭しくではあるが、今回に限ってはやや困りながら恐れながら、そんな様子で声をかけてきた。
○○は決して暴君ではない、なのに今のこの奉公人はと言うと頭を必要以上に下げながら、そのご機嫌が悪くならないように懸命であった。
「どんな話だ?あまりいい話でないのは、まぁ、分かるよ。そしてその厄介そうな話がどれだけ厄介だとしても、君に責任と言うのがない事も、ちゃんとわかっている」
○○は相手の事をちゃんとおもんばかっていた、上白沢の旦那だけではなくこの状況の言ってみればど真ん中に飛び込まなければならなかった、件の奉公人も明らかにホッとした顔を浮かべていた。
けれども奉公人は、ホッとした後でその所作を明らかに急いで立て直していた。そして何かを言う前にぺこりと、今度は恭しくと言うよりは失礼を承知で何かを言いますと言った様子を出していた。
「ご遺体の母親が……お話がしたいと言い張っておりまして」
言葉尻に、件の奉公人も例の夫妻に対する見下したような感情を抱いているのが上白沢の旦那にもよく分かった。特に最後の言い張っていると言う言葉もそうだけれども、何よりその口調が一番、この奉公人の感情を表現していた。
「ふぅん……」
○○は奉公人からの報告を聞いて、少し笑っていたが、普段○○が見せるような笑みでないのは確かであった。相変わらず冷たくて、獰猛な笑みだ。
その冷たさと獰猛さを見た奉公人は息を詰まらせた、やはり○○は相当に演じていると言うのもあるだろうけれども、稗田家中で信頼されるように努力を重ねていたと言うのが、この光景だけでも分かった。
それは普段のふるまいにも表れていたはずだ、稗田阿求はどう思うか分からないけれども決して○○は阿求より上に位置したり目立とうとはしなかったのは、同じような立場である上白沢の旦那にはよく分かっていた。
その○○が今回は、自らの怒りの消化を最優先にして動いているのだけれども……既に稗田阿求と稗田○○の魂は、並々ならぬほどに同化を見せていると感じてしまった上白沢の旦那にとっては、まるで問題のない事なのだろうなと諦めとよく似た感情で問題はないと考えてしまった。
「犯人は現場に戻ってくると言うが……あれは多分本当なんだろうな」
○○は他意など無くぼそりとつぶやいたけれども、目の前にいる奉公人にとっては中々以上に大きな意味を持っているつぶやきであった。
「……やっぱり、そうなのですか?こんな場所、確かに寂しくて人目はありませんが、まだ里の内部なら、その、やっぱり人間がやった事件以外には考えられなくて」
奉公人は恐々とではあるけれどもそう聞いた。稗田阿求が明らかに荒れているから、何らかの予測や推測は家中の人間も、否が応でもやってしまうであろう。
○○は何も言わずにチラリと目の前にいる奉公人の方を、いつもとは明らかに違う何物も寄せ付けない雰囲気、怒りも含ませながら見た。
「あっ、その……申し訳ありません、立ち入り過ぎました」
奉公人は自分が、特にこの事件は既に稗田○○が自分の事件として捜査を開始しているので、それを外野である、あるいは九代目様の手足以上の意味はない――つまり阿求が愛している○○にとっても――自分が立ち入るべきでは無い所まで、推測を話してしまった事を謝罪したが。
「状況を考えればまぁ、ほぼほぼ……確証を探している段階だよ今は。けれども俺がアイツを疑っていると言うか犯人だろうなと、そう考えている事はまだバレたくない」
なおも○○の雰囲気には怒りのそれがまとわりついているけれども、あくまでもそれはこの事件、そして犯人に対してだと言うのはちゃんと示していた。
「まぁ良い、ぼろを出すかもしれない。話を聞いてやろうじゃないか……良いよ、連れてきて」
奉公人が安堵したのは明らかであった、そして安堵してすぐに○○は声を、今度は意識的に優しくかけてやった。
優しい声で仕事を与える事で、後々に、尾を引くと言う様な事を無くすことを○○は意図していた。
こういう所が、上白沢の旦那の感じた、家中の奉公人達に気に入られるようにする努力の1つであった。
とはいえ、優しさの中にどう猛さも相変わらず○○の中には存在していた。
けれどもそのどう猛さが自分には決して向かない、あくまでも事件に対する憤りと怒りが出ているだけであると理解した奉公人は……やはり自分には向かないと言うのが一番大きいのだろう、なぜだかこの奉公人までもが少しばかりどう猛な雰囲気を宿し始めたのを、上白沢の旦那の目にはそれが無視は出来なかった。
「旦那様がお話を聞いてくださる、くれぐれも粗相のないように」
確かに、もともとこの母親の事を信用できないとか厄介そうなやつだなと、奉公人は思っていただろうけれども。
だけれども、今、この奉公人がこの母親の事を扱う雰囲気と言うのはほとんど下手人のそれであった。
いや確かに、下卑た部分は無視できないから高圧的な態度を誘発してしまうのは分かるが。けれどもやっぱり、上白沢の旦那にとっては心配であった。
……確かにこの女も、その夫も、まとめて筆頭容疑者ではあるが、危ういなと上白沢の旦那は感じてしまった。
いつかこれが原因で○○の足元をすくわれないか、そんな心配が自然と出てきた。
「……」
目の前にやってきた女を前にして、○○の眉毛は明らかに不機嫌そうにピクピクと動いていた。そこに無言が重なる物だから、○○が周りに発していた不機嫌さの波動とでも言えるものは、眼に見える物ではないはずなのに、辺りの景色をゆがめそうな程の威力を上白沢の旦那はふと考えてしまった。
「えっと、あは、その……あはは旦那様、その、本日は……」
目の前の女は敬語と言う物を、相手を敬うと言うような行為に慣れていないようで……何よりも上白沢の旦那を苛立たせたのは実子の亡骸の近くで、よくお前はヘラヘラと媚びた笑みを出せるなと言う部分であった。
「……ああ」
苛立ちを上白沢の旦那が抱えて、いっそ何か言おうかと思っていたら○○が人差し指を立てながらいわゆるシーッとするような仕草、黙っててもらえるようにと言う仕草を見せてきながらこちらに近づいてきた。
「ぼろを出させたい、好きに喋らせてやれ」
言っている事は理解できるが、○○の表情には上白沢の旦那は息をのんだ。
依頼を事件を楽しむ姿と言うのは、○○がたびたび見せる姿だけれどもこの時の○○の姿は明らかに異なっていた、獲物を犯人を騒動の中心人物を見つけてそれを前にしているちょっとした高揚感とは明らかに違う、いたぶって楽しんでいるような目つきを○○はしていた。
自分の友人がこんな顔を浮かべる事が出来たことに、上白沢の旦那は恐れおののいた気持ちは確かにあったけれども、今回の場合は犯人が犯人だから、あまりにも特殊な事例だからそうなっているだけだと言う友人に対する甘い評価、と言うべきなのか、あるいは自分も相手を今回の場合は、その中心人物の事を、おもんばかる気がないのかもしれなかった。
「ありがとう」
○○は素直にそう例を言った、それを聞いた上白沢の旦那は恐れおののき息をのんでしまったと言う事実に、彼は友人に対する怖がってしまった事に対する恥じ入る気持ちと言う物を、はっきりと覚えた。
「ああ、で、本題を」
○○は上白沢の旦那の時とは打って変わって、また雑な対応に戻った、しかしながらその心中においては獰猛さと残酷さと、そして冷静さが併せ持たれているのは明らかであった。
ただ単に、お前を狙っていると言う意思さえ隠せれば良いだけであった。それにこいつと長話をしたいともまるで考えていないので、とはいえぼろは出させたい、その妥協案がただただコイツの話を見下したような微笑で聞き取り続ける事だったのだろう。
「ああ……」
目の前の女は目線が右往左往としていた、何かと言うか、自分から疑いの目や追及の手をそらしたいと思っているのだろうけれども、正直に話せばぼろを出すことは分かっているのか、話したいことはあるのだけれども下手に話せば自分たちの悪事が、それが露見するので話せる内容を必死で選んでいる素振りが見えた。
○○の言う通り、ガキ、それも悪ガキの見せる悪あがきのようにしか見えなくなってしまった。
「…………」
○○は相変わらず、いつもとは明らかに違う嫌な感触を持つ微笑のままでたたずんでいた、助け船を出すつもりも一切なく、ただただこいつに喋らせるのみであった。
残酷な事をやっているけれども、状況を考えれば確かにコイツが犯人なのだろうけれども、確証がまだ無いのも確かだ、ならば○○のやっている事は残酷かもしれないが相手の悪辣さを考えればこれぐらいで良いのかもしれない。
……愉悦の存在は、あるだろうけれども、肯定はしないけれども責めたりもしないでおこうと上白沢の旦那は考えた。
「その、お菓子屋の店主はキツネにでも憑かれているいるのではと言う事は、ご存じかと思いますが……」
「ああ」
○○の返事からは、だからどうしたと言う苛立ちが間違いなく存在していた。
「アレも、なぜかあの男と仲良くしていましたので」
「アレ?今お前、アレって、どれの事を言ったんだ?まさか自分の子供の事を?」
この女は目線を奥にやって、亡骸本体には布がかぶせられているが八意永琳とそれに呼びつけられたてゐが、周りで作業をしている場面を見ながら、アレとかなり雑に表現したがそれは明らかに○○の『かん』と言う物に触る言葉尻であるし、上白沢の旦那としても○○からは相手からのぼろを出したいので任せてくれと言う言葉を覚えていても、辟易とした感情を表情に出すのを止める事は出来なかった。
「ああ……」
女の目線が明らかに泳ぎ始めた。
詰問をされているからと言うのはあるだろうけれども、それでも、実子の死を前にしている割には妙に冷静なのはやはりどうしても悪印象と共に気になってしまう事柄であった。
「あの子はお前の実子なのだよな?」
そして○○はそもそもの段階にまでをも、疑問と言うのを抱き始めていた。実子でなければ構わないなどと言う、そんな酷い考え方は○○だって持っていないけれども、だけれどもまだ、酷い話ではあるのだが何となく分かってもしまえるのだ、嫌なものだけれども。
「失礼な」
けれどもどうやら、残念な事に、実子だったようだ。そこを疑われた時は、いったい何の自負心があるのか全くもって謎ではあるけれども、心外だと言うような気配を確かに見せた。
「私は産めますよ、産める身体ですよ」
ただし子供に対する愛情と言うのは、感じられなかった、自分の身体が持っているある特性の存在をそれを有している事のみに対する、自負心であると上白沢の旦那は理解してしまったが、そんな醜悪な自負心があってたまるかと言う思いも同時に出てきた。
「あの老婆と違って」
だが目の前の女の言葉は証明と言う作業を向こうから行ってくれた、上白沢の旦那が思った通りだったのだ、その自負心は醜悪でしかなかったのだ。
「あの老婆ね……」
○○の反芻した言葉にはもう、明らかな怒りが込められていた。
「ええ、だからキツネなんかが憑いたと考えているんですよ、あの男に」
だが目の前の女のその、理論と話の展開方法は本人は意図していないだろうけれども、実は○○の方向にも強烈な威力の流れ弾を飛ばしていた。
稗田阿求も、阿礼乙女が持つ短命の業と言う特性故に身体が弱い、それつまり妊娠と主産に耐えられる身体ではないと言う意味があった。
上白沢の旦那はすぐにその事を思い出して、先の言葉が実は阿求を妻とする○○をも馬鹿にしたような理論と発言であることに気づき、戦慄したが。
○○は目をカッと見開いて目の前の女を、にらみつけるとは違うけれども凝視していた。
「あるいは俺もか?」
「はい……?」
そしてそのままの表情を浮かべながら、○○は自分の事を話そうとしていた。
目の前の女はまだ気づかない、これはもう教えてやらないと気付かないだろうけれども、こんなのに教えてやろうと思えなかった。
それに上白沢の旦那が憮然としたままで黙っていても、この展開ならば○○の方が乱暴にでも気づかせてくれると思っていた。
それに気付かせるのならばそれは、○○の方が適しているだろうとも考えた。
「あるいは俺もかと聞いているんだ…………私の妻、あ、あきゅ、あ……阿求の持つ、じじ、事実が……あ、あきゅ、う、は。いや違う、俺は気にしていないが」
けれどもここにきて○○の、稗田阿求に対する愛情が○○から言葉を紡がせると言う能力を一時的ではあるけれども奪ってしまった。
稗田阿求はきっと、いや間違いなく、自分の身体が妊娠と出産に耐えられないゆえに○○に子供の存在を諦めさせたことを気にしている。
○○は努めてその事を気にしていないように振舞うどころか、いっそ考えないようにすらしていたのではないか、稗田阿求が不意に気を病まないためにも。
だがここにきて、カチンを通り越した怒りを覚えた○○は、目の前のこの女に対して子供を成せない身体を持っている阿求を妻にした○○もまた、お前の言う所のおかしな人間なのか?と問いただしたかったはずなのだが、それをやれば不意に○○が妻である稗田阿求を傷つけてしまう、その事こそを○○は嫌がったのは、付き合いの深い上白沢の旦那にはすぐに分かった。
そして同時に、助けねばとも自然に思えた。
「○○」
上白沢の旦那は○○の横に立って、その肩を支えてやった。
○○は病など一つも患っていない、健康無事な物の中でも特にそうだと思えるぐらいの男だが、その時の彼の顔は蒼白となっていた。
○○はそこまで、阿求の事を傷つけたくないと思っているのは明らかであった。
「こんなのに気を病む必要はない」
上白沢の旦那は目の前にいる、あの子の、死んだあの子の残念ながら実の母親、それに聞かれないように耳打ちをしたけれども。
眼には見下す打とかそう言う感情を抱きながら、横目でそいつの事を見ざるを得なかった。
「……子供欲しいのにいないから、そもそもできないから、おかしくなったんですよあの男は」
だけれども本当に、何もこの女は分かっていなかった。
上白沢の旦那はいっそのこと、今回ばかりは暴力で解決してやろうかと言う激しい感情すら湧き上がってきた。
けれどもそれよりも、いまだに蒼白な顔をしながら上白沢の旦那の腕を持っている、明らかに支えを必要としている○○の方が上白沢の旦那としてはより深刻でより重要で大事な存在であった。
(運の良い奴め)
上白沢の旦那はそう思いながら○○の腕を取りながらこの場を後にした。
稗田家中の奉公人が、先ほどあいつの到来を申し訳なさそうに伝えに来てくれた彼が後ろから心配そうについて来てくれた。
「何があったんです?」
当然の疑問をその奉公人は聞いてきた。
ふと上白沢の旦那はあの女に敵を増やしたくなった。
「あの女、稗田阿求を侮った。身体の弱さとそこからくる子供が出来ないと言う事実をもってして、侮った。その悪意に○○があてられて、気を病んでしまった」
衝動的な思いが、特に考えもせずに事実を全部ぶちまけてしまった。
無論この事実は、知られるのは時間の問題だったかもしれない、稗田阿求が○○の不調を気にしないはずはない、そこから絶対に稗田阿求には知られるだろうけれども……。
もしかしたら、その時には○○は不調からだいぶ回復を見せており、稗田家の奉公人が持つ信仰心をともすれば危ういと感じている○○が、奉公人には知られないように立ち回ったかもしれないが。
上白沢の旦那はその可能性を、今この瞬間にゼロにしてしまった。
だがこれも、結局は、真っ当ゆえからの怒りがそうしたのだ。言った瞬間は上白沢の旦那も大きく動いてしまった事に、何かを思う事はあったけれども、真っ当な怒りがこの行動を結局は正当化してしまった。
「そっちはお願いします、こっちはとりあえず○○を阿求の近くに戻してきます」
その上、場の状況をある程度以上に動かす権限のあるような存在が両方とも、いなくなった。
上白沢の旦那は、ざまぁみろとしか思わなかったけれども。
続く
大まかな流れこそ作れたものの細部が詰めきれてないけどとりあえず序盤だけ投稿しちまえ
萃香です
-
こりゃあやっちまったね。
「おはようございます?」
傍らには若い男が一人。さっき森の中で行き倒れてたのを攫ってきてしまった。理由なんてものはないが、強いて言うなら一目惚れだろうか。
これがバレたら霊夢あたりにはどやされるだろう。それでどうにかなるわけではないが、あまり気分は良くない。
いや、服装をよく見てみれば外来人のようであるし辛うじて問題ないのかもしれない。
「あんたは自分の状況がどんななのか分かっているかい?」
「山奥で車がエンストして助けを求めて彷徨ってました。助けてくださったんですよね?ありがとうございます」
「えんすと?が何かは知らないけど、こりゃ分かってないね」
さてどうしたものか。外来人なら霊夢か里の守護者に引き渡すのが一番穏当なのだろうが、それは少しもったいないように感じる。なかなか良い男だ。外来人は里の人間とは違ってどう料理しようと問題にはならないのだし……
「あんたは私に攫われたのさ。もう二度と人里には戻れないよ」
「えっと、それはどういう──」
戸惑う彼を押し倒して黙らせる。
「ここは幻想郷、忘れ去られた妖怪達の行き着くところさ。私らみたいな人攫いの鬼に出会っちまった運命を恨むんだね」
小さな私の体からは想像もつかない怪力に彼は怖じ気付いたらしい。抵抗しないわけではないがその力は明らかに弱かった。
「物分かりの良い人間は好きだよ」
私は彼の足に枷をはめた。これで彼はここから動けない。
「そんなに怖がるないでくれよ、一緒に酒でも飲もうじゃないか」
その日から私の塒での○○との生活が始まった。
>>923
続き楽しみに待ってます!
>>923
鬼に横道は無しの矜持がどうぶれるか、あるいは守りながら病むか
>>922 の続きです
(やっちまった……と思うべきなんだろうけれどもな)
あの女の醜いとしか言いようのない悪意に対して○○が気を一時的とはいえ病んでしまい、落ち着けるためにも彼をその妻である稗田阿求のもとに、ひとまず戻した後、上白沢の旦那は稗田夫妻が中に入っている人力車を、遠慮からやや遠巻きにしながら眺めていたが。
上白沢の旦那の心中にあった考えは、あの女がどう考えても酷い状況に置かれること、あの女がその夫と奇跡的に協力できたとしても挽回は望めない、そんな状況に叩き込んだことに対しての後ろめたいながらも確かな愉悦とやってやったと言う小さな達成感を感じていた。
「あの……上白沢の旦那様」
少し悪い笑顔を浮かべていたら、後ろから件のお菓子屋の老婆に声をかけられたので、彼は慌てて表情をいつもの、出来る限り真面目な面持ちを繕った。
「その……差し出がましいとは思いながらも、何も分からないのは落ち着かなくて……それに、何か出来る事は無いのかと言う考えも、勝手ながら」
しかし老婆は単に、今の状況がどうなっているかを気にしているだけであった。
隠すようなことは何もないと、上白沢の旦那はそう考えた。そもそも、もう遅いとも表現できる、もう隠せないと言う状況であると考えた方がより、今の状況に即している表現であろう。
この老婆の耳にも、いずれは届くはずだけれども、その際に人づてともなると尾ひれと言う物がどうしてもついて回ってしまうので、それにちょうど事情を本人以外では一番知っている自分がいるのだから、ここで話すのが一番効率的だろうと思って話をしたが。
「ああ!何という!!」
結果の予想は出来ていたとはいえ、この老婆もやはり義憤と言う物に燃えたぎってしまったし。
……それに、子供を成せない身体ゆえに色々と、考えてしまうと言った部分は、この老婆と稗田阿求はまったく同じような立ち位置にもいるのであった。
上白沢の旦那は目の前にいる老婆をつぶさに観察しているうちに、義憤と一緒に自らに関しても尊厳を傷つけられたような面持ちも出てきた。
稗田阿求の事をおいたわしやと思うだけならば、怒り顔よりも悲し気な顔の方がずっと色濃いはずなのに、悲しさと怒りが半々というか、どちらかがやってきたらもう片方も、先に来た方を増幅させながらやってくると言った様子であった。
「あの女はどうせ私の事も何か言ったでしょう」
子供向けのお菓子屋と言う事もあり、この老婆は品はもちろんだが何よりも優しさのある印象が強いのだけれども、やっぱり上白沢の旦那の中にはこの老婆が烈火のように怒ると言う、そんな発想や想像と言う物がなかったから少しばかりおののいてしまった。
それに、彼女からの質問に対して素直に言ってしまっても良いかどうか、やや迷った。何をするか分からないと思ったからだけれども……それを言わない理由にするのであれば、既に最も何をやるか分からない稗田阿求に事実を隠そうとしなかった時点で、今更何を?と言う理由でしかない。
「ああ……えっと」
また上白沢の旦那の言い淀んだ態度も、言外に答えを提示しているような物であった。
「やはり……まぁ、そういう輩ですからね。良いのですよ、お気を使われなくても」
とは言うけれども、気を使わざるを得ない状況と言える。怒り狂う一歩手前、どう考えても平静とは言えない老婆を前にして何もしないでいられるほど、上白沢の旦那は冷血でもなければ豪胆と言うわけでもないのだから。
だからと言ってどのような言葉をかければいいのか、実に悩ましいと言うか、果たしてまともな答えなどあるのかと言う苛立ちと似たような気持ちまで持ち上がるが、その苛立ちとよく似た感情だけは、この老婆には罪もいわれも無いのだからそれだけは何とか隠した。
「稗田阿求もその気だ。あの夫妻がどうにかしてくれる……夫妻ともに、貴女だけでなく旦那さんの事も考えてくれていますし。ええ、特に○○があの旦那さんと、他人のように思えないぐらいには考えるだろうな……」
上白沢の旦那があの女の言葉を思い出しながら、○○の様子も考えながら喋っているとふいに上白沢の旦那は近視眼的になってしまった。要するに一番の友人である○○の事を何よりも考えてしまった。それその物は友人思いの、とても良い心であるのだけれどもそうは言っても部外者を目の前に、彼はしゃべり過ぎた。
「あの女は夫の事も、何か……?」
この老婆は、上白沢の旦那が口を滑らした以上に彼の仕草や様子に違和感を覚えた。
あるいはこの老婆は子供を成せない身体と言う、本人には何のいわれも無い事で苦労したがゆえに言外の何かを感じ取る能力に、優れざるを得なかったのかもしれない。
どちらにせよこの老婆、一番まずい部分を気づいてしまったと言うべきだろう。また上白沢の旦那も、口を滑らせたかと思いつつも、あの女に対しては手心なんぞもったいないだろうと言う粗雑な、あるいは乱暴な意思しか、上白沢の旦那には出てこなかった。
「まぁ……かなりね。酷い事を」
とはいえどのような事を言ったのか、それを詳細に喋るのは上白沢の旦那の中の良心や道徳心と言う物が、そっくりそのまま言うのを躊躇させた。
自分が言ってないとしても、喋る事だけで自分の魂だとか人品といった部分を汚してしまうような、そんな気すら覚えたからだ。
いっその事、あんなに酷い連中の始末は自分たちに任せてくれと言う様な事を伝えようとしたけれども。
老婆からじっと見つめられると、年季もあるがやはりこれまでの生涯ゆえなのだろうかその力に抗うのが難しかった。
「慣れております、色々と、言われましたから」
それにこんな悲壮な事を言われてしまったら、隠している自分の方が悪い奴のような気がしてしまう。
「ああ……あの女、貴女の事で色々言ったあと、貴女のせいで旦那さんが狐つきになったのではと……」
上白沢の旦那は聞き知った事の全部を言えなかった。やはり、それを口に出すことで自らの人品をも汚してしまうと言う不安が、どうしても拭えなかったからだ。
けれども老婆はその事実を、鼻で笑った。強がっている風にも見えたけれども、似たような暴言をこれまでの生涯において既に出会った事があるのかもしれなかったから、鼻で笑ったのかもしれなかった。
「狐ね」
しかし鼻で笑うような、それはそれで余裕と言えるような感情はあるのだろうけれども、やはり老婆の声は怒りからか、強い声色をしていた。
「まぁお稲荷様は祭っておりますし」
皮肉で返している言葉も、攻撃性が強かった。
「あの女は?」
直接文句が言いたいのだろうか、老婆は張本人の所在を気にした。
言うのは別にいい、たださすがに年齢差を考えれば直接ぶつけるのは、さすがに上白沢の旦那も良くないと、最悪の可能性と言う物をどうしても考えてしまったが。
それ以前の話が存在していた、あの女の顔も見たくなかったのであれからどうなったのか、どこにいるのか、それを全く上白沢の旦那は把握していなかった。
気にはなるのは上白沢の旦那としても同じであった、どこにいるか把握しておいて損はないだろう。
だから上白沢の旦那はさっき、あの場で起きたことを、あの女からの悪意で○○がおかしくなってしまった事を包み隠さずに話したあの奉公人を探した。
幸いすぐに見つかった。
「はぁ……帰ったと言うか帰らせたと言うか。やや迷いましたが役に立つ話が聞けるとも思えませんし、姿を見てまた旦那様が気を病まれたら大変ですので。帰りたそうにしていたので、そのまま……」
「そうですか」
老婆は妙に嬉しそうな声を出した、上白沢の旦那は特にあの女への興味なんぞ持っていなかったから、最初は何も思わなかったが……よくよく考えたらこの老婆の旦那が、子供の死に怒り狂いながらあの女の夫のところ、その家に走って戻っていった。
その上純狐と言う後ろ盾を、あるいは援護を得ながらである。クラウンピースは本人は止めに入るつもりで付いて行ってくれたけれども、どこまでやれるかは非常に疑問である。そもそも本人が段々と疲労からこの件への介入に対して、消極的とまでは言わないが効果的な介入が、それが少なくなっていたとしても仕方がない現象であろう。
……つまりそうとう乱暴な状況が巻き起こっていたとしても、不思議ではなかったしむしろこの老婆はそんな状況を、望んでもいたであろう。
もっと言えば上白沢の旦那ですら。
「私は夫のところに戻ります。ここでの作業は永遠亭もおりますし、考えるべきことは稗田の旦那様、○○様がおりますから」
少しばかり獰猛(どうもう)な笑みを、自分の夫が義憤から暴れてくれているだろうと言う事を想像してか、老婆は所作正しく品よくお辞儀もしていたが、獰猛さは少々隠せていなかった。
最もその獰猛さがどこに向いているかは、上白沢の旦那も奉公人も分かっているので、特段問題にしなかった、それでも奉公人はいっそ面白そうだと言う雰囲気を持ちつつも。
「一人で大丈夫ですか?」
老婆とその旦那だけで乗り込むと言うのに、いくばく等ではない不安を持ったけれども。
「純狐様がお味方してくれております」
晴れ晴れと、そして誇らしそうに口に出してくれた老婆の言葉に奉公人は少しばかり驚いた。
「ジュンコ?もしや、あの純狐の事で?資料でしか見た事はありませんが……」
誇らしすぎて冷静さを少しばかり失った老婆にでは無くて、奉公人は上白沢の旦那の方を見やった。
「ああ、あの純狐の事だ」
上白沢の旦那の答えには呆れのような物があった、純狐と言う存在が強大すぎるがゆえにどうにも想像や発想が漠然とした物にしかならないのだから。
「だから大丈夫だろうな、まぁ、純狐は強いから」
けれども漠然としたなかでも確実な部分がある、純狐の強さだ。
輩の夫婦を制圧するぐらい、純狐にとってはあまりにも簡単であるのは言うまでもないので、心配と言うのはほとんど上白沢の旦那はしていなかった。
クラウンピースと言う歯止め役もいるのだから、最も彼女も疲労と呆れからどこまでやってくれるかは若干疑問であったが、相手があの輩の夫婦であるのならば、特に問題は無かった。
とはいえ、上白沢の旦那にも思う所はあった。
いや、あの女やその旦那の事はかなりどうでも良い。弟の方は、その安否は気になるけれども裏を返せばそれしか気にしていない、せめて弟の方を保護さえできればあの夫婦の事は欠片も気にならなかった。
それよりも自分の事であった。私は何か物になる様な事をやっているのかと言う、根源的な部分に対する疑問であった。
そんな根源的疑問について考えていると、老婆は丁寧に会釈をして歩き出してしまった。
向かう先には旦那と、後ろ盾である純狐に、やり過ぎないように気を配ってくれているクラウンピースもいるけれどもだからと言ったって奉公人だって人間だ、気にならないなんてことは無い。
「俺から○○か稗田阿求に伝えておこうか?」
上白沢の旦那が気を使ってそう言うと、その奉公人は明らかに安堵したような表情を出した。
「そうしていただけると、非常に助かります。やはり里の人間がついていた方が、色々と……純狐を信じないと言うわけではありませんが」
そうは言っても、と言う態度や気配の存在は上白沢の旦那としても理解できる事柄であった。
「ああ、伝えておくよ」
上白沢の旦那は言葉を繰り返して、心配しないようにしてくれるように気を配り続けた。
上白沢慧音の旦那であると言う立場もあり、奉公人は大きく安堵しながらくだんの老婆の後を追いかけて行った。
(伝言だけとは、子供のお使いじゃあるまいし)
あの老婆を守ると言う、言ってみれば役目を得たあの奉公人は意気揚々とは全く違うけれども、それでも小さいながらも使命感と言った物を得て力強く行ってしまった。
となると簡単な言伝だけを持っていく、自分自身に対する情けなさが上白沢の旦那としては募った。
そして折り合い悪く、奥から自分の妻である上白沢慧音が、少なくとも死人がしかも寺子屋の生徒がと言う事情は知っているのだろう、後ろには僧服姿でいる聖白蓮の姿もあった。
聖白蓮とは、雲居一輪絡みの一件以来か……こっちはどっちでも良いが、向こうからしたら出来る限り会いたくないだろうなと言う事を考えたが。
それでもこの事情が事情である、少なくとも上白沢慧音からも聖白蓮からも、以前の醜聞に関する何かは欠片も見当たらなかった。
(……まさか以前の事を気にしているのは自分だけか?だとしたら相当に恥ずかしい事だぞ、痴情のもつれと人死にを同列に扱うなど……)
上白沢の旦那は頭をよぎった発想に、そんな事を頭によぎらせてしまったこと自体に急激に恥ずかしさを覚えたし。
(……そもそも俺は○○のケツを追いかけていただけじゃないか。絶対に必要な葬送の準備だって、結局、慧音がやってくれたし)
上白沢の旦那はさっきからだけれども、ここに来て急速な自己嫌悪の念に襲われて、その表情は苦痛に近い物に変わって言った。
もちろん死んだあの子に対する、どこか忘れていたような事に対する申し訳なさや罪悪感は存在するものの。
上白沢の旦那が覚えていた自己嫌悪の根っこにあるのは、結局のところでは自分が突っ立っているだけであると言う事実をどう取り繕おうとも、解消できないと言う部分であった。
だが幸いな事に――そこに気づけば自己嫌悪はまだもう一段階深まるが――今、上白沢の旦那が苦悶にゆがんだ表情を浮かべているのは状況に合致した表情ではあった。
「ああ、良かった。やっぱりここにいたか!」
夫の姿を見つけた慧音が、彼の方向に向かってとても、本当に悲しいと思っている声を出しながら駆け寄ってくれて、抱きしめてもくれた。
「ああ」
上白沢の旦那は言葉少なげにそう答える事しかできなかった、自分の恵まれっぷりを思いながらも、ガキの使いのような事しかやっていない事に自己嫌悪を覚えながら慧音から抱きしめてもらっていた。
「旦那さん」
少し遅れて、聖白蓮もしずしずと、そしてやっぱり悲し気な表情に雰囲気をまとってくれながら歩いて来てくれた。
少し周りを気にしているのは、同じ女性として魅力を認めつつも勝てないゆえに苛立っている、稗田阿求の事を気にしているのだろうぐらいは分かった。
「少し嫌な事があってな、稗田夫妻ならすぐ後ろにある人力車の中にいるよ」
上白沢の旦那が事実を伝えてくれたら、聖白蓮はやや恐れを見せながらも後ろにある人力車に向かって、今の状態では稗田夫妻が見てくれているかどうか分からないものの、それでも聖白蓮は深々とお辞儀をして言葉こそないがそれでも礼儀正しく挨拶をした。
その時の聖白蓮の姿は、距離が近いからよく見えている上白沢の旦那にとっては少し震えているように見えた。
それでも、彼女は目的を早く済ませようとするような意思や態度は見えなかった。
「ご遺体はどちらに?それから、ご両親にも挨拶をしたいと思いまして。微力ながら、御霊の弔いに命蓮寺も協力いたしますので」
時間をかけて、あくまでも丁寧に行おうと言う態度がしっかりと聖白蓮から見る事が出来た。
「周辺の調査をまだ永遠亭がやっているが……亡骸は向こうにあるが……両親に関しては、その」
ここでようやく、上白沢の旦那は自己嫌悪以外の感情が出てきた。けれどもそれだって、他の物に対する嫌悪と言うおよそキレイではない感情なのだけれども。
「さっき母親の方が、○○に言い訳をしたくてやってきたよ。遺体には興味が無いようで、言いたいことを○○に言い終えたら帰ってしまったよ」
母親の方が○○に言い訳のつもりでぶつけてしまった悪意については、まだ慧音にも聖白蓮にも言わなかったが。
全部を知っている上白沢の旦那は苛立ちの発露をどうしても抑えられなかった。
「帰った?自分の子供が亡くなったのにか!?」
自分の夫が見せる苛立ちの理由に、慧音は幸いにもと言うか不幸にもと言うか理解してくれた。あるいは信じられないと言う気持ちの方が上か、彼女の言う通り母親の行動としては異常である、気持ちは分かるが現場調査の邪魔だからと追い出されたわけでもなく、帰ってしまったと言う事実に慧音は驚いていた。
その信じられないと言う驚きは、聖白蓮の方も同じであったが……同時に嫌な物を察してしまったようでもあった。
「いい親に見えましたか?」
そして何かを確認するように聖白蓮は、上白沢の旦那に質問をした。
「……全然。そもそも今朝がたに、向こうで死んでしまっている兄の方が骨折して寺子屋にやってきたから、明らかに状況が悪いと思って○○に調査を前日に会う約束を取り付けてはいたが、前倒しで今すぐ調査してくれと頼んだ」
「……いい結果ではなかったのですね」
聖白蓮のこの言葉に、上白沢慧音も苦悶の表情を浮かべた。診断結果は慧音にだって、当然八意永琳は渡しているのだから。
「つまり骨折は」
聖白蓮がもう一度、言葉を出した。彼女はもう気づいているような物であったけれども、それでも上白沢夫妻のどちらからでもいいから、ちゃんと聞いておきたかった。
「明らかに故意だ、事故ではない」
ついに慧音が観念したように言葉を出した。
「ああ……」
聖白蓮は、やっぱり等とは言わなかったけれども態度と雰囲気でそう言ったような物であった。
悲しさは聖白蓮から十分に感じられるが、やはり、怒りはあった。
「ご遺体、命蓮寺で預かっても?」
そして少しばかりの、上白沢夫妻に対する非難めいた感情も続く言葉に乗せられていたように上白沢の旦那は感じたが、間違いではないだろう。
「ああ……あの夫妻がまともにどこかの檀家をやっているとは思えんからな」
慧音がそう言ってから、夫である彼の方を見て良いか?と言うような事を目配せで問いかけてきたが、反対するような理由はどこにもない。
「ああ。八意先生の調査が終わったら、そうしてくれ。その方が弔いもまともにされるだろうから」
上白沢の旦那も短く、そう答えた。
「そんな年齢じゃありませんけれどもね」
聖白蓮は相変わらず所作正しく、礼儀もよかったが。上白沢夫妻の横を通り過ぎて、あの子の遺体へと向かう際に、明らかな嫌味を叩きつけてから向かって行った。
後に残された上白沢夫妻には、いたたまれない気持ちと悔しさや罪悪感が募るばかりであった。
だが上白沢の旦那はいたたまれなさと悔しさと罪悪感と一緒に、鮮烈な感情もあった。
気づけなかったことが帳消しになるわけではないが、自らのケツを自らで拭きたいと言う。
調本にたちへの処断を、自らの手で行いたいと言う欲求が上白沢の旦那には出てきた。
それは自分がもう少しまともになるためにも必要な、そんな気すらしてきたのだから。
続く
>>923 続き
日の出と夕暮れ時に塒に帰って○○と食事をとり、夕暮れ時には酒盛りをする。その繰り返しの日々がしばらく続いた。
数日が経過した頃に○○が「昼間が暇で暇で死にそうだ」と言ってきたので何冊か本を渡した。彼はその中でも幻想郷縁起がお気に入りのようで、そのことが私を苛つかせた。
「そんなにこの塒の外のことが気になるのかい?
ここは森の奥だから、人間の足じゃ人里までは最短距離でも丸一日はかかるだろう。しかも道中には言葉も通じないような妖怪がたくさんいる。余計な気を起こすんじゃないよ」
彼が一から十までちゃんと縁起を読んでいればこれが警告として機能するが、外の世界を想像するために縁起を読んでいるのであればそういう都合の悪いところは読み飛ばしているだろう。ただただ心配だった。
私が本を数冊買って帰ったことは極一部で話題になったらしい。私は普段本を読むような妖怪ではないし、何かあったと推測するのは簡単だろう。
話題にするだけなら勝手にすればいいが、天狗が尾行してきたのにはさすがに閉口した。
「射命丸、そこに居るんだろ?」
「やはり誘い込まれていましたか。萃香さんなら尾行を受け付けない移動方法をお持ちですし、妙だとは思ったんです」
「天狗が鬼を尾行しようだなんて随分と思い上がったものだね。明日の一面に私を載せるつもりかい?」
「いやいやいやいや、記事にはしませんって。さすがの私だって喧嘩を売っていい相手ぐらい弁えてます」
こいつは馬鹿ではないし、天狗にしては私と親しい方だ。嘘は吐かないだろう。
「それなら尾行なんてやめることだね。記事にもするな。
いいかい?もし記事が出回るようなら、それがお前の新聞じゃなくてもお前の羽をへし折りに行くからな」
「は、はい。それじゃあはたてに釘を差してきます。念写するつもりかもしれないので」
射命丸は一目散に飛び立っていった。少し脅しすぎたか。
「ま、こればっかりは譲れないね」
素直に答えてやっても良かったが、○○のことが広まるのは、なんというか、気に食わない。彼は私の物だ。私だけが彼のことを知っていればいいのだ。
「しかし、天狗なら脅せばいいが、他の奴が来たら厄介だな。
○○はもう少し人里から遠ざけないと駄目かな」
>>932
むしろ自慢する方向に行く性格の方が萃香の心中を楽にできたかもしれないなと感じた
>>930 の続きです
手持無沙汰でなおかつ、やるようなことに役割も何もない事に上白沢の旦那は鬱々たる気分を抱いていたし、何よりも先ほど聖白蓮から食らった嫌味、あの子は弔われるにはいくら何でも若すぎると言う言葉が、やはり、聖白蓮ほどのいわゆる良い人から皮肉を食らってしまえばその余波と言うか、打撃と言うのはどうしても長引いてしまう。
どんなにこの尾を引く精神的打撃から回復するまでを早く見積もったとしても、この一件が片付かなければならない、すなわち二人の犯人――そう、上白沢の旦那は自然と『二人の犯人』と心の中で思っていた、どうせ下手人はあの夫婦だ――に相応の罰を受けさせた後だ。
つまり上白沢の旦那がこのまま、特に何もせずに――その間だって妻である上白沢慧音は手をギュッとつないで彼を慰めてくれている――突っ立っているだけでは、この精神的打撃からの回復が早まることなどありえなかった。いわれのない罵倒を受けたがために夫婦ごと、一時的だとは信じたいがたとえ一時的であろうともふさぎ込んだことは、上白沢の旦那の精神的打撃の回復に役立つ事態の収拾が進まない事を意味していた。
上白沢の旦那は何度目かに、ふさぎ込んだ稗田夫妻がこもっている人力車を見たとき、ようやくと言った具合には時間がたっていたのだけれども、自分が結局は○○をこの期に及んでも頼っているですら無く依存していると、上白沢の旦那は気づいてしまった。
やはり自分が、動かなければならない。
上白沢の旦那は再びそう考えた。
じっと、上白沢の旦那は押し黙ったままであった。
妻の上白沢慧音はそんな夫の姿に対して、酷く傷ついてしまったからだと考えて、彼の手をただ優しく、それでも自らの存在感を確かに主張するように強く握りしめていた。実に優しかった、上白沢慧音は。
確かに上白沢慧音の考えた通り夫である彼は酷く傷ついていた、けれどもそれは惨たらしいこの事件だけが理由ではなかった。
自分一人では何も、全くもって状況と言う物に対して寄与をする事が出来ない事に対してこそ上白沢の旦那は傷ついていた。
別に妻である慧音は、一線の向こう側であるからと言うのも理由ではあるけれども、優しいからそんな旦那が気にしている事をやや困りながらも、気にはしていないから大丈夫だと答えてくれる。実際の所で本当に気にはしていないし。それ以上に心配すらしてくれる、気を使ってくれているなどでは無くて本気で心配してくれる。
多分であるけれども、稗田○○だって同じような事を言うであろう。
けれども当の本人が気にしている以上、妻や親友と言ったどれだけ近しい存在が気になどしていないと声をかけて呉れようとも、意味と言う物は無い。
ふつふつと、上白沢の旦那は青年時代以来より忘れていた、あるいは慧音の迷惑になりかねないと自覚しているから忘れようと努めていた、一角の存在となる野心が義憤と共に噴出してきた。
そして厄介な事に、今回はあのクソッタレな、よりにもよって実子を亡き者にした上に父親は酒を飲みながら遊郭で管を巻き、母親の方は○○の心証を良くしようとして却って逆効果だとも分からずに件のお菓子屋の夫婦を罵り。
あまつさえその罵り方は、老婆の方に子供を成せないからだ出る事をあげつらうと言うやり方は、実は稗田夫妻すらも馬鹿にしていると言う事に気付かずに、実子の遺体にも興味を示さずに、帰ってしまった。
そんな連中なんぞ、いやそんな連中は何としてでもどうにかしなければならない。
野心交じりの義憤ではあるけれども、上白沢の旦那は動かねばと言う気持ちが固まりつつあった。
悪い気である、けれどもその悪い気と言う奴は今はまだそこまで大きくもなく、そして不幸な事に上白沢の旦那にはそんな感情を隠すだけの技量は持ち合わせており、折り合いも悪く○○も引きこもっていた人力車から降りてきた。
○○の姿はいつもとは明らかに違っていた、良くも悪くも好奇心が旺盛なはずなのに今回の○○からはそう言った気配が見えず、言い方は悪いが、性も根も尽きている無趣味の老人のような気配すら見えた。
○○はまだまだ若いと言うのに。
「すまない」
それに○○が真っ先に謝罪するかのような気配を見せたのだって、上白沢の旦那にとっては○○らしくなくて、もっと言えばこんな○○の姿は見たくなかった。いざその姿を見れば呆れたり苦言を呈する癖に、上白沢の旦那は、彼は○○には傍若無人であって欲しかった。
そんな傍若無人な○○を何とかする、あるいは押さえるような役割に上白沢の旦那は自分自身の存在意義と言う奴を見ていたのだと、はっきりとこの場で自覚した。
「どうした?○○、お前らしくない……ああそうだ、奉公人が一人いないけれども、件のお菓子屋の老婆が心配だからついて行ったよ」
○○に対して、どうか元に戻ってくれと言うような気持ちも込めながら、上白沢の旦那は優しく声をかけた。
けれどもお前らしくないと言う言葉に、○○はちょっとした笑みすらこぼすことは無かった。本当に○○が参っているのだと理解するにはもう、十分であった。そもそもが稗田阿求の身体の事で魅力以外の部分で否定されるのは、逆にしてみれば上白沢の旦那が上白沢慧音の事を様々な意味で否定されるのと同じである。
○○と上白沢の旦那は、その点においては同志とまで言ってしまってもよかった。
一線の向こう側を嫁にしてしまって向こう側が想像以上に危なっかしい精神世界である事は理解しつつも、また振り回されることがあっても、それでもやはり嫁の事を、○○の場合は稗田阿求で彼の場合は上白沢慧音の事を、もはや他の女性など考えられないと言うぐらいには、愛してしまっている。
だから○○と上白沢の旦那はその点では同志とまで言っても良かった。
「……俺も阿求もあの悪意にやられてしまった。少なくとも今日はもう動けない……長引くかもしれない、どうにかしたいのに俺の身体の問題ではないから、どうする事も出来ない」
そんな上白沢の旦那にとっての同志である○○が、まことに彼らしくもなく弱々しくつぶやいてそのまま一番の友人であるはずの上白沢の旦那からの、彼からの言葉も効かずに踵(きびす)を返してさっきまでいた人力車の方向に戻っていった。
少しばかりふらついていた、全くもって異常事態だ。
少しばかりふらついている様子の○○に、辺りの歩哨に立っている奉公人達は様子のおかしさに気づいてざわめきだしたが○○は手を振って大丈夫だと言う風に指示したけれども、辺りに声をかけてやる余裕は無かった。
そのまま○○は、妻である阿求と一緒に人力車で帰って行ってしまった。
「何があったんだ?」
慧音がいぶかしみながら、帰って行く人力車とそれについて行く何人かの奉公人の姿を見ながら、夫である上白沢の旦那に声をかけた。
状況が状況であるから、肩に手を置いたりして慧音がその魅力を上白沢の旦那に与えようとはしなかったが、それでもやっぱり手先の方はそれとなく触れてきて慧音は自分と言う存在を彼に与えてくれていた。
そしてそれに対して、上白沢の旦那だって決して無反応と言うわけにはいかない、なぜなら彼は結局のところで妻である上白沢慧音を愛しているのだから。
「稗田阿求が生来の身体の弱さから子を成せない身体なのは、まぁ、暗黙の了解でありつつも有名だが……あの女、つまりあの兄弟の母親の方が……」
みなまでは言わなかったが、これだけ説明すればもう説明したも同然だろう。
「死んだなあいつら」
慧音は冷たく、そう言い放った。
「私だってわきまえているさ、私と比べれば稗田阿求は貧相な身体ではあるが、ネタにするのは肉体的魅力で止める分別はある」
稗田阿求の事を、その肉体的魅力の低さから慧音の方が優越感を抱き、あまつさえ隠してはいるけれども馬鹿にすることはあっても、そこまでは一線の向こう側ゆえに時におかしくなる慧音ですら、触れない部分であった。
そんな一線の向こう側ですら、恐れて触れない部分を奴は簡単に触れてしまった、その恐ろしさと言うかともすれば相手の余りにも想像力だとか、そう言う物が欠如した姿にこそ恐れを抱いてしまっていた。
ともあれ最高権力への無礼は、最高戦力をもってしても用語が不可能な状況になってしまった。
(これはこれで、やりやすくなったのかな)
最高権力である稗田阿求はもちろんであるが、最高戦力である上白沢慧音すなわち彼の妻も匙を今この瞬間に投げた。
免状とまでは行かないかもしれないが……それでも、動くための壁は無いも同然と言えた。そもそも彼は、あの上白沢慧音の夫だ、ただそうであるだけで色々な特典が付きまとっている。
今回はその付きまとっている特典に対して、前後関係が逆かもしれないが、正当性を与えたいと上白沢の旦那は、もはや完全にそう思っていた。
上白沢の旦那の心中には青年以来の、野心が今完全によみがえった形であった。
「なぁ」
しかし妻である慧音は、やはり自分の事を愛してくれているからだろう、上白沢の旦那が覚えてしまった青年以来のいわゆる野心に気づいてしまったし、すくなくとも妻である慧音は彼のそう言う部分を好きだとか嫌いではなくて不安視していた。
「私を嫁にしたんだ、それでどうか野心を収めてくれないか。中々驕った言葉だと言うのは分かっているが、人里の最高戦力を嫁にすると言うのは伊達ではないはずだ」
完全に、はっきりと、上白沢慧音は自分の夫に同化その野心の向かう先を自分だけにしてくれと願った。
少しばかり上白沢の旦那が反応したのを、妻である慧音の眼は彼の口角の端っこがピクピクと動くのを見て、行けるかなと言う希望を抱きながら……こんな状況だと言うのに慧音は彼の手をしっかりとした力で、そして艶めかしく指を絡ませながら握ってくれた。
「私は君を守りたいんだ、義務感だとかではないよ愛を持って守りたい。君は私の受け持った生徒の中で一番危なっかしいが、一番他とは違う思想があった。だから気に入ったし、守りたいと、本気で思っている」
真っ直ぐとした視線をもってして慧音は、自らの夫である彼の事を見つめていた。無論の事で指はなおも艶めかしく動いて、彼の指や手に絡みついてくれていた。
彼女は夫の野心を自らに対する情欲へと変換しようと、努力を重ねていた。
悪くないと思ってしまったが、真似事とはいえ上白沢慧音と一緒に寺子屋で教鞭を振るう事が出来る上白沢の旦那は、そうは言っても冷静な部分が多かった、情欲で野心を覆い隠すよりも野心に対して完全ではなくとも満足感を与えた後の情欲の方が、たぎるのではないかと。上白沢の旦那はそう考えた。
ただそれは幻想郷の重鎮が警戒心を抱く唯物論的価値観が、上白沢の旦那にそのような思考をもたらしていたのかもしれない。
「慧音」
握られていない方の手を使って上白沢の旦那は、慧音が握ってくれている手から慧音の指を一本一本、しかしながら出来る限り丁重に外していった。
「野心交じりの義憤だけれども、俺は今回の下手人を処断してやる。子供は特に教育はこちらの専権事項ぐらいに思っているのに、それを邪魔された!」
そして上白沢の旦那は、この時はっきりと野心を口にした、野心交じりの義憤と言う風に表現したのは自分の行いが決して純粋ではないと言う事に対する、ある程度の罪悪感を示した形ではあったけれども、やはり野心の方がはるかに大きかった。どうにも罪悪感は、そして義憤ですらも、もしかしたら秒単位で薄まっているかもしれなかった。
「何をイチャイチャと」
そして義憤の薄さは、この場合では部外者からの特に今は聖白蓮からの心証に大きな悪影響を与えるものでしか無かった。
聖白蓮の後ろには、布にくるまれた一つの大きな……つまりはあの兄の方の亡骸が入っているのが明らかな一つの大きな物体が横たわっていて、てゐがそれを運ぼうとしていた。
聖白蓮が申し出た通り、あの夫妻がまともにどこかの檀家やあるいは宗教施設に帰依しているとは思えないので、聖白蓮を首魁としている命蓮寺が丁重に弔ってくれるのだろう。
けれども子供が不条理に死んだのと、どこか感情が宙をさまよっている上白沢夫妻に対して苛立ちを聖白蓮は感じたけれども、けれども彼女は雲居一輪の一件でスネに傷がある上に、稗田阿求と上白沢慧音の醜いとしか言いようのない嫉妬心と優越感のぶつかり合いを見ていた。
「……もう好きにしてください」
苛立ちと一緒に出てきた幻想郷の、特に人里の権力者の深淵で理解しがたい精神構造と火薬庫としか言いようのない性格に、聖白蓮は苛立ちよりも厄介ごとを回避したいと言う思いの方が勝った。
最初のしずしずと言うたたずまいでは無く、この時の聖白蓮は非常に足早であった。
そして聖と同じことをてゐも考えていたのか、てゐに至っては上白沢夫妻の方向を全く見ずに亡骸を運んで聖白蓮について行った。
「ああ」
上白沢の旦那は、はっきりと言って逃げるような姿を見せた聖白蓮に対して心外そうな声を出した。
「できればもっと批判してほしかった、この野心のせいであるはずの義憤だって疑われて当然なのだから。聖白蓮の目には見えていたはずだ、俺が、はっきりと言ってヘラヘラしていた事は、なのに何も言わなかった。無視された」
上白沢の旦那、慧音の夫の言う通りであった。そして自分自身よりも周りの方を謗(そし)られた方が効くと言うのは、慧音にとっても同じであった、そしてましてや彼女は一線の向こう側である。
これが慧音に対して、夫の野心を肯定するような感情を作ってしまった。
聖白蓮に認めさせたいと思った、私の夫はかなりやれるのだぞと。
「そうだな、お前はかつては野心と唯物論価値観の喧伝と人間はやれるのだぞと言う証明の為に、私の命を狙おうと計画出来るぐらいに、結局実行はしなかったとはいえその計画をいくつも作れる程度には頭がいい……確かに、腹が立って来たよ聖白蓮の態度には」
上白沢慧音の言葉には物騒な言葉が並んでいた、しかもその物騒さが自分に向いていると言うのに楽しそうであった嬉しそうであった。
上白沢の旦那は少し恥ずかしそうにしていたが、物騒さとは相いれない感情であるのは言うまでも無かった。
「今から思えば実行しなくて本当に良かったよ、最高戦力の価値をあの時の自分は過小評価していた」
やめてくれと手を振る上白沢の旦那の顔は、笑っていたが剣呑であった。
しかし今度は上白沢慧音も、夫の手を握って止めなかった。
彼女の表情は、そして態度と言う物は、送り出すような物であった。
「行ってこい」
慧音はそう言ってしまった。
「ありがとう、けれども○○に挨拶だけはしてくるよ、ちょっと俺が動くと教えておいた方がケジメは付けれるだろうから」
上白沢の旦那は満足そうに歩き出した。
上白沢の旦那が稗田邸に赴いた時、確かにいつも通りにその敷居を通る事は出来たし、○○の私室に案内もしてくれた。折悪く私室に○○はいなかったが、すぐに来てくれるとのことだ。
けれども、いつもよりも時間がかかっているなと街ながら思った物のしかたがないとしか思えなかった。
やはり、あの悪意にさらされた事により稗田夫妻のどちらともが不調を抱いてしまったようで、その事実は奉公人達にも右往左往とさせるのには十分であった。
奉公人の一人に至っては、阿求が冷たさや寒さを体の毒にしていると忘れて、冷たい飲み物を用意してしまって年かさの奉公人に、ご夫妻に何か飲み物をと言う思いは汲んでやるが冷たい物は厳禁だと、注意されているのを見かけもした。
それを見たとき、○○は決して身体は弱くは無いのを思った、なのに○○は阿求に合わせて他の奉公人と同様に自分も冷たい物を避けてぬるいか熱いものを飲んでいる。
○○から財産を横領していた犯人達を、稗田阿求にバレる前に動き出す前に始末するために、そして始末した後の半ば呆然とした状況で、手を下したと言う事実を何よりも血の匂いを上書きするために酒を飲んでいた時に、ビールを飲んでいたぐらいか。
そんな例外中の例外を除けば、常日頃から○○は気をやって冷たい物は飲んでいない、細かい気配りや気遣いの存在を思わせるには十分であった。
……ここに来てまた上白沢の旦那は自分が慧音と比べて小さい存在だと、それを気にしてしまった。
無論慧音は気にしない、むしろこちらが色々と気にしている事を不安視する立場だ。今回は聖白蓮に侮られた事を発端に、そして事件が寺子屋の領域にも食い込むことを理由に見送ってくれたが、果たしてそれがいつまで続くか分からない、○○が調子を戻せばやっぱりと言う感じで慧音が自分を止めに来るかもしれない。
再び慧音から、がっしりと手を握られたとすれば自分はそれを振りほどけるだろうか、そう自問自答したが多分無理と言う答えしか出てこなかった。
どうしても振りほどいて、この野心を実現して落ち着かせるために再び動く自分を想像できなかった。きっと慧音は野心の代わりに慧音自身を与えてくれるだろう、いつも通りの事だし、彼が慧音を受け入れてしまってもやっぱりいつも通りなのだ。
……それでは駄目だ。○○の友人であり名探偵でもある○○の相棒の立場に、特に相棒の方は稗田阿求から無理にそうさせられたとはいえ、○○の近くにいる事を悪い風には思っていないが。
自分に功績の一つも無いのはやはり、我慢ならなかった。
「すまない、待たせたな」
上白沢の旦那は己の内側にある野心について、じっくりと見つめ直して肯定した辺りで、ようやく○○がやってきた。
その第一声は無論の事で、待たせたことに対する謝罪であったが気にはしていなかった。
「いや、いい。あの女の出した悪意は間近で聞いていたから、体調がおかしくなっても不思議ではないが……お前よりも稗田阿求の方が心配だな」
上白沢の旦那がそう言うと、○○は目をパチパチとさせながら少しばかり狼狽、そんな気配を見せた。
「ああ……まぁ君なら大丈夫か。今の阿求は興奮しすぎているからあんまり良くない、俺みたいに一次的に気力を失ってしまって何もできないよりは、マシなのかもしれないが……それでも身体の弱い阿求の事を考えれば、暴れすぎるのも体力を無駄に消費してしまって良くないから……寝かせたよ」
寝かせたと言う言葉に、中々剣呑な物を上白沢の旦那は感じ取ったが、剣呑さを彼が感じたことを○○は打ち消したがっていた。
「薬は使っていない、ただ休んだ方が良い横になった方が良いよと、何とかそう言い聞かせてあきゅには休んでもらった……薬を使わずに済んだのは本当に良かった、本当に良かったよ、本当に」
やはり○○はまだまだ、本調子ではないと上白沢の旦那はこの短い会話で断言できた、○○は会話のような事をやりつつも、どこか、上白沢の旦那の事を見ていなかった。
いまだって本当に良かったと言っている時、いや実際にその通りなのだろうけれども、だけれども本当に良かったとうわ言のように何度もつぶやいている○○は、まだ精神的な疲弊から回復したとは上白沢の旦那にはとても言えなかった。
「○○」
上白沢の旦那は、これは自分が動く余地が想像以上に大きそうだと、そう思ってしまった事による喜びを必死になって抑え込みつつも、○○に伝えようとした。
「こっちもこっちで稗田阿求の事が心配だ……○○、君は稗田阿求の横についてやった方が良いと考えるよ」
おかしなことは何も言っていない、どの奉公人がこれを聞いたとしても――上白沢慧音の夫だからと言う事もあるが――おかしいと思ったり言う事そのものがおかしいとなるだろう。
けれどもその内実は、上白沢の旦那が一番よく分かっているけれども、○○に大人しくしてほしい動かないでいてほしい、今回ばかりは自分が目立ちたいかその邪魔にならないでと言う何とも自分勝手な理由であった。
だからこそ上白沢の旦那は落ち着いて、慎重に言葉を重ねたのだけれども……体のちょっとした震えや○○からの返答をまだかまだかと、上白沢の旦那は焦ってそのような姿を見せてしまっていた。
「…………」
宙をややさまよっていた○○の目線が上白沢の旦那に向いた時、○○は彼の眼を表情をそして雰囲気を見るために全体を、時間をかけて見ていた。
上白沢の旦那は、はやり過ぎたかと己の心を
「そうだな、心配だよ」
どっちに対して?と上白沢の旦那は思ったが口の端っこを動かすことなく、耐えられたことを彼は自分で自分を褒めたかった。
「…・・・阿求のそばについていたいのは全くもって、本音だからね」
○○はそう言うと、また少し考え始めた。余計な事を言いかねないと上白沢の旦那は分かっていたので、ずっと○○の方だけを見ていた。
「ああ……」
ずっと見つめられている事に○○が気づいて、短く返事のような声を出した。
「そうだな……現状、俺はあんまり動けない。阿求が興奮している事もあるけれども、俺だって精神的な痛手から回復したとはちょっとまだ言えない」
だからしかたがない、と言うような雰囲気を○○から感じたが上白沢の旦那は何も言わなかった、大丈夫そうだからだ、自分が動けそうだからだ。
「頼むよ」
重々しい言葉であったが、○○からある種の免状をもらった瞬間でもあった。
「ああ!任せてくれ!!」
上白沢の旦那は少し我慢しきれなかった、大きな声であった。○○の表情に怪訝な物が出てきたが、先の言葉を撤回はしなかった。
「うちの奉公人に何人か、付いてもらうように頼むよ……一人でやるのは色々と、大変だろうし。俺もあの人たちの手は借りているから」
それを言う時の○○は、上白沢の旦那に対して一歩寄った。圧をかているのだと言うのは明らかであったが、○○も友人が相手となるとやはり弱くなってしまいかけられた圧力はこれ一回のみであった。
「大丈夫だとは思うが」
どういう意味で?と思ったが、心配の向きがどのような物であるのかは、もう○○は気づいていると見てよいだろうから、自嘲気な笑みを思わず上白沢の旦那は出してしまった。
「ああ…………」
少し長めのため息のような物が○○から見えたが。
「目立つのは好きなのか?」
○○から思ってもいなかった質問をもらった、けれども今更この質問をはぐらかす必要性は感じなかった。
「ああ、求めている。野心、あるいは名声のような物が欲しい」
なので上白沢の旦那は正直に答えたら、○○は少しだけ笑ってくれた。悪い意味のない、ちょっとした微笑であった。
「そうだな、それを批判する権利は俺には無いだろう。分かった……心配と言えば心配だが、阿求の方が心配だから頼むよ」
「ありがとう」
ある意味でもなんでもなく、確かな免状を○○から得た上白沢の旦那は素直に礼を述べるのみであった。
続く
>>929 の続きです
「大丈夫だとは思うが」
どういう意味で?と思ったが、心配の向きがどのような物であるのかは、もう○○は気づいていると見てよいだろうから、自嘲気な笑みを思わず上白沢の旦那は出してしまった。
「ああ…………」
少し長めのため息のような物が○○から見えたが。
「目立つのは好きなのか?」
○○から思ってもいなかった質問をもらった、けれども今更この質問をはぐらかす必要性は感じなかった。
「ああ、求めている。野心、あるいは名声のような物が欲しい」
なので上白沢の旦那は正直に答えたら、○○は少しだけ笑ってくれた。悪い意味のない、ちょっとした微笑であった。
「そうだな、それを批判する権利は俺には無いだろう。分かった……心配と言えば心配だが、阿求の方が心配だから頼むよ」
「ありがとう」
ある意味でもなんでもなく、確かな免状を○○から得た上白沢の旦那は素直に礼を述べるのみであった。
○○は妻である阿求の事が心配だからと言うのが最大の理由ではあるが、上白沢の旦那がついに表に出した自分もやはり目立ちたい、と言う正直な欲求に対して、ならば自分の代わりに動いてくれと比較的以上に快く免状を与えた。
けれども免状を与えた瞬間に、もっと言えば上白沢の旦那もどうやら名声と言うのに飢えていたような表情を見せてくれた時に、最初は○○も自分だって名声依存症だと分かっているから、たとえ依存と言う渇きを満たすために振舞う事がその実では、嫁である稗田阿求ですら許しているを通り越して、振舞うための舞台すら用意してくれている。
○○はその事に対してとてつもなく、自分は幸運だと思っているしもし他の人物が、ましてや妻以外では最も近い存在である上白沢の旦那が実は自分も名声と言う物に飢えていると告白されたならば、協力こそすれども邪魔をするだなんてことは、絶対にありえないのだけれども。
だとしても、協力をすると言う感情と不安に思うと言う感情、これらは決して矛盾や二律背反と言った動きは見せないどころか、むしろ不安にすら思うから協力してしまうと言っても構わなかった。
正しく今この時、○○は悪意にあてられた阿求の事が心配なので動けない代わりに、上白沢の旦那に種々の調査や……場合によっては直接的な行動をやってもらうために、その手伝いとなる稗田家の奉公人達を、○○のように分かっている人間が先頭を歩いている訳ではないからと言う事で、奉公人達が誰がついて行けばいいかを慎重に吟味している際、○○は案外とこういう場合でもと言うよりも、そもそもの段階で待つと言う事になれていた。
稗田家と言うのは中々所では無くて大きな組織だ、そんな組織がいつもの動きならばともかく普段とは違う動きの場合は、それがちょっとした事でも――上白沢の旦那が野心を満たしに行くのが、ちょっとした事かどうかはこの際においては棚上げしておく――少しばかり相談と言う作業が必要になってしまうし。
ちょっとした相談のすべてに、あの稗田阿求の夫である○○が、旦那様が、首を突っ込むと言うのも慎まれるべきだと言うのも○○は理解している。
だから○○は待っている間も、ソワソワとはせずにお茶をもう一杯飲もうかと言う程度の心持でしか無かったのだけれども。
肝心の上白沢の旦那の方が、明らかに落ち着いていなかった。
「……まぁ、お茶でも飲んでいようよ。幸いにも俺達は、そうしている事を許されているのだからね」
「うん?ああ、まぁでも、待つと言うのは落ち着かなくて。その間の時間に、何かやれるんじゃと考えてしまってね」
せっかく○○が、お茶のお代わりを用意しているのに上白沢の旦那はと言うと、用意されたお茶の方にはまったく意識はおろか視線すら向けずに、○○の私室内でウロウロとしていた。
さすがは稗田邸の内部にある部屋だけあって、広々としていて動き回るのに何不自由は無いけれども、この私室の主であるはずの○○が客をもてなそうとしてお茶まで入れてくれていると比較すれば、あまりにも落ち着きのない上白沢の旦那の姿には、一番の友人が相手であるから柔和な態度を維持したままで微笑を携えて彼の事を見つめ続けていたが、○○が上白沢の旦那の事を見つめれば見つめるほどに、彼の方が○○をまるっきり見ていないのには残酷なぐらいに、○○は知る事が出来た。
けれども○○はその事実に対して、無視されたと言うわけではないから怒りや悲しみは無いけれども、不安と比べればそれらはまだ、マシな感情かも知れないと○○は思った。不安と言うのはどうしても長引く。
「急いては事を仕損じるよ?君が持っている、そして否定しようがないほどに気づいてしまった野心の存在を、決して俺は問題だとは思わないけれども。野心を満たすために性急な動きをすることには、はっきりと危ないよと言わせてもらう」
○○は相変わらずニコニコとしながら穏やかに、一番の友人である上白沢の旦那に対して、出来る限り優しい言葉をかけていたけれども。
内心においては、○○はそれが一番の友人に関わる事であるから気が気ではなかった。
決して○○は、上白沢の旦那の気を害したくはないのでその事は言わなかったけれども。
何と無しに彼の野心と言うか、求めている名声に関しては○○が追い求めている物よりも短期的な利益を求めている、そんな気配をどうしても感じ取ってしまった。
一口に言えば上白沢の旦那は明らかに、焦っているという風に○○の目にはそう見えていた。
一瞬、彼が焦っているのはまだ見つかっていない弟の方を生きていると信じて早く見つけたいと、そう思っているのかなと考えたと言うか、思おうとしてやりたかったのだけれども。
顔つきから見える感情が、心配とは真逆なのでそう思ってやってわざと自分自身を錯誤に置く事も、○○はかなわなかった。
○○は、彼がこんなにも焦っている理由は何故だろうかと考える事はもちろんの事で行ったけれども、同時に現実的な事も考えていたこの短時間で彼の内面を全て理解するのは不可能である事ぐらい、○○は理解していたからだ。
○○は友人である上白沢の旦那の事を考えながら、稗田家の奉公人達の事を、その人たちの中で今回において、上白沢の旦那の随行員として動くであろう人たちの事を考えていた。
この人たちにどのような言葉を用いて、今の上白沢の旦那が名声と言う物を欲してしまい、野心と言う物を抱いてしまった上に、どうにも焦りと言う物を抱いてしまったかを。
これらを、上白沢の旦那への評価を傷つけずに下がらせずに、どのようにして伝えればいいか……友人が焦りだした事よりもこちらの方が、直近ゆえに重大な事柄のように○○には思えてきた。
「慧音は褒めてくれるだろうか、慧音ともう少し並び立てるだろうか。俺の今の立場は慧音が全部、用意してくれているような物だから少しは自分の用意した何かが欲しい」
ああ、くそ、なるほどそう言う事か。○○は思わず心中に置いて毒づいた。結局のところで、上白沢の旦那が焦っているのは劣等感が原因なのだ。
……これは実のところでは、○○にとっては縁のない感情であった。そんな感情、抱く必要のない契約を○○は阿求と交わしているから。
むしろその事で阿求の方が気にしていた、今日や明日と言う超短期的な話ではないとはいえ阿求は自らの都合だけで、○○の身も心もそして生命すらも、阿求が好き勝手にしなければならないからだ。
最も○○は、それだけの価値があるし阿求がそうすることによってのみ、稗田○○と言う名前の価値を最高点に到達させられる事が出来ると、○○はそう判断しているからだ。
けれども、同じ一線の向こう側とはいえ稗田阿求と上白沢慧音のその旦那に対する愛し方と言うのは、実は若干以上の差異と言う物が存在していた。
それは上白沢慧音が健康面においても肉体的魅力に置いても、非常に高い水準である事はとても大きな関係があるとも分かっていたし。
……友人だからこそ、詳しく調べていないけれども。上白沢の旦那とその妻である慧音、この両名の間に何かがあって上白沢慧音がいっその事で過保護とも言えるぐらいに、甘い事にも○○は気づいていた。
その、上白沢慧音が彼に対して、過保護なぐらいに甘い事がその実で彼に名性欲や野心と言う物を抱かせたと言う、皮肉気な推測も無論の事で○○は、行う事が出来たけれども。
それはあくまでも枝葉でしか無かったし、こちらが触れるべきことでない事も明らかであった。
「上白沢先生は気にはしていないと思うよ。今、気にしているのは、行方不明の弟の事だろう」
だからあくまでも○○は、喫緊の事柄でありなおかつ、どのような場合に置いたって子供の身の安全と言う、ずっと重大な事のみを気にしている事を口に出して、上白沢の旦那に対してもどうかそっちの方向に思考を傾けてくれないかと、そんなことは言わないけれども誘導するような言葉を○○は口に出したが。
「ああ」
上白沢の旦那の返事は、上の空とまでは行かないけれどもあんまり、声に力がこもっていなかった。
全くの上の空ではないのは、目の前にいるのが声をかけたのが友人であるからと言う以上の意味は、恐らくは存在していなかった。
やや、上白沢の旦那は恍惚としたような雰囲気すら携えていた。さすがにこの雰囲気は、外に出れば隠せるし、仮に見られても彼の評判を考えれば悪い風には思わないで、事件に対する意気込みと思ってくれるだろうけれども。
だろうけれども、不安が募ってしまう。少なくとも○○は気づいてしまっているからだ、彼の妻である上白沢慧音に対する劣等感の存在に。こういうのはこじれやすいし、何だったらもうこじれてしまっているとすら考えても良かったかもしれない。
「上白沢慧音はそれで良いと思っているし、寺子屋の副担任だかと言った地位にいる事を、周りの人たちだって好意的にこそ受け入れてはいれども、悪い風には思っていないはずだ」
今のままで良い、と言うような事を○○は上白沢の旦那に伝えたかった。もちろんそこに他意はないのだけれども、他意や悪い意味の存在が無いといくら発言した本人が言ったとしても、受け取った方の感情が方向性を決定してしまう。
「『だか』ね……」
そして寺子屋の教師らしく、上白沢の旦那はちょっとした言葉遣いに対して、鋭敏に反応した。これには文章を歴史の編纂を生業としている、稗田阿求を妻としているはずの○○は、奥歯でしくじった事を悔しさと一緒にかみしめる事しかできなかった。
幸いなのは、○○のちょっとした言葉遣いに対して決して上白沢の旦那は、怒りだしたりしなかったことだけれども、忸怩たる思いであるのは震える彼の姿を見ればわかった。
ますます不味い事になってきた、としか○○には思えなかった。何か、とにかく大きな仕事を成し遂げたいと言う気持ちを上白沢の旦那から、あまりにも強く感じ取ってしまった、この強さは暴走と言い換えても大差は無さそうであった。
「うん、その……」
上白沢の旦那を何とか落ち着けたかったが、○○は何かよさげな言葉をおためごかしですら出てこなかった。
「良いんだ、自覚している」
殊勝すぎても却って不安を抱いてしまう物でしか無かった。
「旦那様」
結局何も、○○は上白沢の旦那に対して慰めたりするような言葉をひねり出すことも出来ずに、結局で奉公人達が上白沢の旦那の為について行く、手の者を集め終わり編成も済んだと言うような事を伝える、その声がついにやって来てしまった。
「ああ……」
○○も動かないわけにはいかないが、後ろ髪を引かれる思いであるのは言うまでも無く、稗田家で奉公人をしかもちょっとした以上の荒っぽい事も望まれている者ともなれば、こういう機微と言うのには聡くなければやっていけない。
「ご用意が出来たのでお伝えに上がりましたが。何か、あったので……?」
丁度近づいてきた○○に奉公人は○○にだけ聞こえるように声をかけ、それに○○の方も上白沢の旦那に気を使ってくれと伝えたかったので、渡りに船とはこの事である。
こういった小さな事の積み重ねで、○○は稗田家と言う組織を絶対に侮ってはならないと、そう考えるに至るまでの時間は決して長くは無かった。
つまり目の前の奉公人を、能力はもちろんであるけれども信頼するに足ると言う事でもある。
「上白沢の旦那の事だが……名を立てたがっているのかな……?いや、それは良いんだけれども……そのう、性急に過ぎるかなと言う部分が見えて」
この時○○は決して、彼に劣等感が植わっている等と言う言葉は使わなかった、友人の事を悪く言いたくも無いし、名声と言う物に実は飢えていると言うのはその実で○○だって同じだからまさか悪く言えるはずがないとも言える。とはいえ言葉に困るのは事実だから、厄介極まりない。
ものすごく言葉を選ぶので、○○の喋りは途切れ途切れになってしまったけれども、奉公人の方はもうとっくに気づいてくれていた。
「焦って、その結果にやり過ぎないように、注目しておいてほしいと言う事ですか?」
「ああ、そうだ」
「了解しました」
○○の肩の荷がすべて降りたわけではないが、あの阿礼乙女の九代目である阿求の夫の彼に報告などを持ってくる奉公人は、基本的に高位の物が来てくれる。
今回も彼に、○○は自分が抱いている懸念を伝えることに成功したと言うか、彼の方が即座に何かに気づいてくれた、○○はやや以上に助けられたと言う気分を抱いたけれども、助からないよりはずっと良い方向なので○○はこの、何と無しに感じた自身への力不足を飲み込むのみであった。
「用意が出来たよ」
「ああ!そうか!!」
ソワソワとしていた上白沢の旦那であるけれども、○○からの言葉に更に強い様子を浮かべたけれども、事件の内容を考えればこのワクワクとした様子は奇妙の一言でしかなかったし、友人だから奇妙で済ませているけれども他から見れば、不快感すら想起させる可能性はとても高かった。
「うん、まぁでも……いや、はっきり言おう。この一件をこなす事で名声を得られるかもと言う部分において、そう考える事には、俺だって名声依存症だから何も言わないが。名声を欲している事を、腹の底に隠しておく腹芸は必要だよと、ほんとうに強く助言させてくれ」
○○は人差し指を立てながら、言い含めるようにしていたが。その姿はさながら、教師のようであった、悪い子ではないし評価もしているが、少しばかり動きに不安を抱いてしまう子を相手にしているかのような、今の○○はそんな皮肉な姿をしているなと自覚してしまったが。
「あ、ああ……なるほど確かに、○○、君の言う通りだ」
出来る事ならば上白沢の旦那には、この皮肉な状況に気づいてほしかったけれども、その欠片すら見当たらなかった。
○○のこの言葉だって、助言と言って表現を柔らかくしているけれども、完全に忠告と言っても良いのでそちらにだって気づいてほしかった。
○○からの助言と言うよりはほとんど、それは忠告だと言う言葉たちの意味にも気づく素振りも無く、上白沢の旦那は、とはいえ一応は表の意味である意気揚々とした姿は隠せと言う言葉を何とか実行しようとしてくれながら、上白沢の旦那は用意された奉公人達をぞろぞろ連れながら、件の父親の家に。
今は、例のお菓子屋の店主夫妻と純狐と、歯止め役として何とかしようとしてくれているクラウンピースの来訪と言うよりは襲撃を受けている、あの家に向かった。
事態の大規模化と悪化を食い止めようとする、クラウンピースには本当に申し訳ないが○○は図らずともクラウンピースの努力を不意にしてしまう動きをしてしまったが、彼女にはただただ平謝りするしか出来ないとしか○○は考えなかった。今の上白沢の旦那には、少し気にかけてくれる人たちの目と言う物が必要だ、と言うのも事実であるのだから。
ただそれは上白沢の旦那の名誉にかかわるから、クラウンピースには伝えないが。仮に彼女が優秀だとしてもだ、○○は友情を優先する。
そして上白沢の旦那と彼の後ろをついて行く、と言うよりは○○からの懸念をもう知っているからやり過ぎないように監視――この表現は心中に置いても使いたくないが、監視と言うのが適切だからどうしようもなかった――している奉公人達も全員が、○○の視界から見えなくなってしまったら。
出てくるのはやはり、愛妻である阿求の事であった。
あのクソ女め……!よりにもよって阿求の身体の弱さをあげつらうとはな!!
○○はその性格と似合わない、激情と汚い言葉がその心中に対して自然と湧き上がってきたが。
意外な事に自分であいつらをどうにかしようとは思わなかった、それよりも阿求のそばにいて彼女を慰めてやりたかった。
阿求は、自分の身体が弱い事が原因で子を成せない身体である事を、ものすごく気にしている。
その心配によって阿求は、根も葉もない心配事だと○○はその度に思っているけれども、やはり○○が阿求のそばを離れるのではないかと言う、そんな恐怖を大きい小さいはあるけれども常に抱いている。
たとえ笑顔の時であろうとも、その不安は絶対に阿求の奥底に存在しているのだ。見えないだけでしか無かった。
既に○○は動き出していた、行先は無論の事で阿求の私室である。
すれ違う奉公人達に会釈の一つも、○○は行う余裕が無かったけれども。既に阿求がとんでもない悪意を受けて、そのせいで気を病んでしまった事は、奉公人達の間では周知の事実であったのでむしろ奉公人達の方が道を急いで譲るぐらいの物であった。
「阿求」
真っ直ぐと、脇目を振らずに阿求の私室に入った○○は妻である阿求の隣に、大急ぎでやってきた。
幸いと言うべきかは分からないが阿求は少しばかり気を取り直したのか、横にはなっておらずにちょこんと座った状態であった。
……○○は今の阿求の様子を見てまったく自然と『ちょこん』と言う表現が出てきた。
身体が弱い事もそうだけれども、身体が小さい事も無論の事で阿求は気にしている。○○は自分で自分に毒づきながら、ごく自然に出てきた自分自身の感情と言葉に苛立ってしまった。
「あなた」
阿求の隣に座り、○○は自身の苛立ちを押し込めるのに必死で言葉を出せなかった、最初の言葉は阿求が出してしまった。
「妻が子供を成せない身体で申し訳ありません」
阿求にそれを言わせてしまった上に頭を下げようとした阿求であったが、何とか頭を下げる事だけは、○○が彼女の肩を力強く持つことでそれだけは阻止したし。
「名声依存症の旦那で本当に済まない、俺は間違いなく阿求を利用している」
○○にだってスネに傷はある、それを阿求に分かってもらいたかった。
「存じていますが、結局私は最終的に私の都合であなたの絵図を台無しにします。臥竜点睛(がりゅうてんせい)を欠く、肝心な部分を私は○○にさせる事無く、私の都合だけで、付き合ってもらう事が決定しています」
阿求は本当に申し訳なさそうな表情を浮かべて、○○に対して許しを乞うような姿であった。
○○が肩を抑えているから何とかなっているが、力を抜いたり手を離せば間違いなく、阿求は頭を下げてしまうだろう。
それだけはさせたくなかった。
「歴史的な評価は本人には下せない、後世の者が下すそれこそ専権事項だ。けれども予測は立てられる、もう今の時点で、後世が下してくれる評価が好意的な物であることは、もう疑っていない」
「なるほど確かに、そうかもしれませんね」
○○からの言葉に、歴史編纂こそが阿礼乙女の最大の使命である阿求であるからこそ、○○からの言葉にさしたる異論は挟まなかった。
「今回俺は、稗田家の力を最大限に使わせてもらう。今までもそうだったかもしれないが、それを超える勢いで使う」
○○の言葉に阿求が同調してくれたのを機と見て、○○は話の内容をその向かう先を変更してきたが。
むしろこちらの方が本題ですらある。
「どの様にになさるおつもりで?」
「俺が直に行くかどうかは分からないが、それでも処断以外の結末を考えていないが……」
一応、阿求に対して流血である事に構わないかと言うような事を聞いたが。
阿求が答えを出す前に、彼女は口元をクスリとした風にしていた。
「ご随意に」
阿求が○○に対して、しとやかに会釈してくれる前に口元のほころびを○○は見ていたので、その答えを聞く前に○○も口元をほこらばせて。
つまり夫妻ともに、笑っていた。
続く
意味を通じて
彼女に通じた言葉はいつもこうだった。僕の肯定、賛成、同意といった言葉を聞く彼女は穏やかで優しい。
しかし、その反対の言葉、そういった感情がわずかでも入っているものを聞いた瞬間、彼女の笑みは別の
意味を放つ。
「違うんじゃない?」
薄っすらと犬歯を見せながら笑みを浮かべる彼女。手に持った硝子製のグラスが中に入った液体の曇りなき
色を伝える。血のような赤い色。高級なワインなのか、それとも人間の・・・。
彼女の心情を伝えるかのようにグラスが回されて荒波を立てる。薄いナイトドレスを着た彼女は正に夜の
女王と呼ぶべき存在だった。大きめに作られた衣装から見える白い肩が僕の方へゆっくりと近づいてくる。
僕の前まで来た彼女が指を伸ばす。白い指が僕の頬に触れた。
「○○……。」
グラスが僕の口に添えられて、中の液体が注ぎ込まれる。今回は幸いに葡萄から作られたものであった。
安物にはある渋みは感じさせずに、ワインが僕の口を通り赤い液体が体に流れていく。丁度注ぎ終わると、
彼女がソファの横に腰かけた。
姉といえども小さい彼女の姿は自分の横に座るとよく感じ取れた。細く折れそうなと文豪ならば表現するで
あろう彼女の腕。それが人はおろか、妖怪すらも粘土細工のようにあっさりと引き裂いているのを
僕は既に知ってしまっていた。グラスを置いた彼女の手が僕の首筋を撫でる。指の腹が僕の血管をなぞり
脈打つ場所を探り当てる。僕に彼女の体重がかかり、そしてよじ登るように彼女の手が僕の肩を掴んだ。
舌が僕の首筋を這う。二人の間で沈黙の時間が過ぎた。
「----!!」
僕が言葉を口にしようとした瞬間、器用に彼女が僕を倒して上に乗った。猫のようにしなやかに小柄な体格
が動く。そのまま僕の口を唇で塞ぐ彼女。反対の言葉を言わせまいとするかのように。
僕は結局、彼女を退かせることができなかった。
一先ず短編のみ投下
落ちたモノ
「動かない方がいいって、言ったのに…。」
天子が僕の方へ歩いてくる。ゆっくりとした歩みにも関わらず僕との距離が縮まっていくのは、
僕が身動きが取れないせいである。地面の割れ目に上手い具合に足が挟まり、僕は彼女を見上げる
ような格好になっていた。地を震わせることができる彼女にとっては、この程度のことは朝飯前なの
かもしれなかった。あれだけの力を使った筈なのに、天子は疲れた様子も見せずにこちらへ向かってくる。
体重を感じさせない、天を歩むような足取り。地を這う人間とは異なり、天に住む住人である天子。
そんな彼女が僕に手を差し伸べた。地面に倒れ込む僕に向かって。
「はい。」
彼女の細い、綺麗な手が日の光を浴びて輝く。
「………。」
彼女の手を取るべきだと理性では分かっているのだが、いざ手が動かない。何が問題なのか。意地、怒り
拒絶、あるいは畏れ。まぜこぜになった感情が僕の体の中を荒れ狂い、溢れ出る直前でギリギリに押しとどめ
られていた。コップの水が零れそうで膨れあがったまま、そのまま零れずに留まっている。今までの自分の
行いを見透かされているようで、そんなちっぽけな感情に囚われている自分が矮小に思え、そして人間の
力を超える彼女の存在に嫉妬すらしているようで。激情の色がついた細い息が、僕の口から僅かに漏れ出して
いた。
「○○は助けてあげたんだから。ほら。」
周囲の物が崩れ去った中、周りで動いているのは僕と彼女だけに思えた。他の人よりも特段に神様に
認められるような良い事をしていた記憶がない以上、僕がいまここで無事でいられるのは、天子がそう
望んだからに他なかった。そんな犠牲を払ってでも僕は彼女の手を掴むべきなのか。神の怒りによって
滅ぼされた旧約聖書に名前が残る都市。そんな中でも僅かながら神が掬い上げた人はいたように、外界の
朧気な記憶が引っ張り出されてきた。僅かに笑みさえ浮かべている彼女。神の慈愛と怒りは矛盾なく同居
できることを、僕は知ってしまった。
「……。うん…。」
「よろしい、○○。」
彼女の手を掴んだ拍子に僕の視界は曇ってきた。あっさりと僕を引きずり出す天子。一センチも動かなかった
僕の足は、スポンジに挟まれていたかのように抵抗無く地上に現れた。涙が溢れ僕はひたすらに泣いていた。
天子の肩に顔を埋めながら。
>>944
負い目のある阿求がそう思っているのは一生終わらない以上、
二人の関係もきしみ続けるのかもしれませんね。
>>923
鬼に囚われた○○がどうなるのかが楽しみです。
行く末に
「こちらが刀になります。」
男の側で控えていた妖夢が手に持ってた小さな刀を手渡した。鞘には覆われていれども、武器として使う
には少々小さすぎるであろうその刀は、明らかに護身用であることが見て取れた。刀を受けて唾を飲む男。
男は緊張のためか、手の平が少し湿ってきたように感じていた。周囲を見渡す男。この後の目的を考えれば、
なるべく万全の状態で臨んでおきたかった。なにせ一世一代の大行事であるのだから。
男の視線と手の動きに気が付いたのだろう。妖夢が手ぬぐいを男に手渡した。本当に勿体ないぐらいの
従者であった。少なくとも男が生きている間には。
普段は風流な石が敷き詰められていた白玉楼の庭は、今日は白い布が敷かれていた。白く何物にも
侵されないその色は、本日は別の意味を如実に表していた。例えそれが、この屋敷にいる僅かな人にとって
であったとしても。それは明確な事実を告げていた。
男が布の上に乗せられている座布団に正座をした。彼女の計らいであろう。この場にはそぐわないような
柔らかな感触であった。姿勢を整え、幽々子に向かって顔を向ける男。桃色の衣装を着ている彼女とは
相対するように男の衣装は白色であった。
暫く、沈黙が流れた。風が流れ、桜の花片が庭に舞い込む。まるで彼女がかつてこの形になった時のように
男が刀を抜いた。短い刃を自分の腹に突き立てる。しかし、その手が動かない。僅かに布きれ一枚で遮られ
ている生と死の境目が、あまりにも男にとっては大きすぎた。男の全身から汗が浮かびたちまちに肌の上を
流れていった。荒い息が口から漏れる。逡巡する時間。男にとっては走馬燈すら浮かばずにただひたすらに
動かなくなった己の手を動かそうとしていた。
男の戸惑いを見て取った妖夢が、後ろで構えていた刀を鞘に入れようと刃先を返した。彼女の主は未だに
視線を男から外していなかったが、最早彼女からすれば見ていられなかった。一旦場を仕切り直すために、
男に声を掛けようと踏み出した妖夢の足を、低い声が止めた。
それは声と呼ぶには少しばかり低すぎた。獣の唸り声のような、言葉にもならない程の低い声。地を這う
ように命の底から突き上げる、音とも評される声にならぬもの。しかしそれは、男の明確な意思が乗せられ
ていたのだから、やはり声と表現するべきなのであろう。それは彼女へ見せる男の意地なのか、あるいは
苦悶が漏れ出ていたのか。それとも生き物が最後の時に叫ぶ生理的な反応なのか。いずれにしても男は声を
発し------そして刃を突き刺した。
妖夢が刀を再度抜き、男の方へ一閃を走らせた。鞘に収め中断しかけた格好から、まるで居合いのような
形になりながらも確実に男の生命を断ち切った刀は、余りの鋭利さに血飛沫一つ飛ばさずに再び鞘に収め
こまれた。崩れる男の体を支える妖夢。徐々に男の魂魄が体より抜け出していく。一歩、一歩、男の幽体が
足を進めていく。死の世界へと新しく生まれ変わった男が幽々子の面前まで進んだ。幽々子が体を返し、
襖を開け、部屋の奥へ進んでいった。昼間にもかかわらず日の光に照らされていないその部屋へ、
男は彼女に従い進んでいった。
>>944 の続きです
意気揚々と、こんな状況だと言うのに上白沢の旦那の状況を心中を言い表す言葉となると、本当にそのような前向きで楽し気な言葉をどうしても使わなければならなかった。
一応、一番の友人である○○からの忠告通り、名を上げる絶好の機会にたかぶった気持ちを押さえるべきだと言う言葉には、確かに従っていると言うよりは従おうとはしていたけれども。
九代目様の夫で、旦那様である○○から注意して見て置いて欲しいと言う懸念を伝えられている、後ろをついて歩いている奉公人達は全員が大なり小なりではあるが、同じように思った、なるほどこれは少し心配になるなと言う思いだ。
それでも上白沢の旦那は、あの上白沢慧音の夫を、妻である上白沢慧音の方が大分に置いて甘いとはいえ人里の最高戦力の夫を続けられることは彼が決して並みの存在ではない事は、間違いは無かった。
懸念を○○から、この奉公人は知らされているがために色々な所作を見て『ああ……あれがそうか』となる事はあるが、それは近くで観察しなければ中々分からない事なのは彼にとっての幸運な事であった。
付き合っている相手があの稗田夫妻であるから、分かりにくいのかもしれないが上白沢慧音の持つ神通力だってかなりの物である、ましてやここは人里の内部であるし……何よりも子供が死んだと言う、今回の事件の話はもう人里の隅々にまでめぐっているそれこそ表の世界からは離されていたり、意図して離れている遊郭にだってこの話は段々と浸透していた。
もうすこしすればあの、一応は実の母親の方が稗田阿求の身体の弱さを子供を成せない身体である事をあげつらったと言う事実も、浸透してしまうだろう。
そして射命丸をはじめとした天狗のブンヤの面々が、今回に限っては話題も話題であるからあまり飛び回っている様子が無かった。
いつもと違って上白沢の旦那が、稗田家の奉公人を後ろに引き連れて往来を堂々とそれこそ喜びと言う、この事件においては似つかわしくない感情を持ちながら歩いているとはいえ、まだほとんどの里人に上白沢の旦那の名声欲と名を上げたいと言う依存症にも近い考えを気づかれていないのは、この事件の特異さが彼の事を助けていた。
件の、あの兄弟の残念ながら実の両親の家にたどり着いた時、やはりあの両親は評判が相当に悪いと○○がにらんだ通りであった。
件の両親の家の戸口は、さすがに蹴破られてこそいないけれども大工ではない上白沢の旦那ですら、一目見てちょっと歪んでるなとすぐに思う事が出来るぐらいに曲がっていた。
中々に暴力的で衝動的な勢いのまま、あのお菓子屋の主人がこの家屋に突入したのは火を見るよりも明らかな、そんな雰囲気が大きく出されていた。
しかしながらそんな暴力的で勢いのみの行動が、きっと大音響と一緒にやってきたはずなのに恐怖だとか不快感と言った感情が周りには無かった。
この家屋の周りで野次馬のようにしてややまとわりついている者たちはと言うと、ようやく状況が好転してくれたと言うような清々しい、そんな空気が明らかに存在していたし。
上白沢の旦那、あの上白沢慧音の夫である彼が明らかに稗田家の手の者と一緒にやってきたのを見て、沸き立つとまでは行かないけれども野次馬たちは興奮の度合いと言うのを確かに高めていた。
その中には○○が聞き込みを行った男性の姿もあった、彼の表情もこの家屋にて住んでいるあの夫婦に対する、ざまぁみろと言うような意識が強くその顔に出ていた。
稗田家の奉公人の一人は、目ざとくこの場に漂っている空気感と言う物をかぎ取っていた。
この空気感は、上白沢の旦那にとってあんまり良くないとすぐにそう思った、名を上げたがっているのはともかく焦っている者にとって、周りからの何と無しに与えられてしまう後押しは少しどころではなく危ないと考えざるを得なかった。
奉公人の一人はスッと、それとない動きで上白沢の旦那の横について彼がキョロキョロと周りを見やっても、その視界に一番見えるのは自分だと言う状況を何とかして、ある程度でも良いから作ろうと努力した。
幸いにも上白沢の旦那は、中途半端な位置で開けっ放しになっている戸口を最後まで開けるかしようとしていたが、歪み過ぎていてうんともすんとも言わない様子に、ちょっとした呆れた笑いを浮かべながら中に入っていった。
上白沢の旦那に気づかれないようには、最大限に気を配ったが辺りの役者がやってきたと言う空気をそれに上白沢の旦那が気付かずに済んだ、その幸運を目ざとい奉公人はかみしめていた。
「ああ!」
しかしながら幸運は長く続かなかったと言うか、結局は上白沢の旦那の心理状態を薄氷と言える危ない状況になるのは、運命だったのかもしれない。
先にここに突っ込んできた件のお菓子屋の老夫妻がいるのだから、この二人は間違いなく信心深い存在である。
純狐とそれの抑え役のクラウンピースもいたが、クラウンピースは純狐を抑えるのが限界であったし、純狐がこの状況を止めるはずはない。
「あら、来たのね」
純狐はユラユラとしながら、そう言うのみであった。しかしユラユラしているだけのはずなのに、圧はすさまじかった。純狐が本気になればたかが人間なんぞ、そこまでの存在だ。
そんな存在が今はこの老夫婦の肩と言うか、完全な後ろ盾となっている。
純狐、稗田家、そして上白沢の旦那、信仰している対象が完全に味方していると言うのは心地いいを通り越した感覚を味わわせてしまうだろう。
稗田夫妻に対してはもちろんであるけれども、人里の最高戦力である上白沢慧音に対する畏怖や信仰だって存在しており、半自動的にその夫に対する敬意や信仰に類するものも有していた。
「お出でになってくださったのですね!」
仰々しいとまで言えるほどに恭しく頭を下げる、件のお菓子屋の主人だ。その後ろには彼よりも少しばかり年上の老婆、彼の妻もいたがその彼女だって信仰の態度と言うのは夫である彼と大差はないどころか、むしろこの短時間でより深まった可能性もある。
稗田阿求は明確に彼女の肩を持っているからだ、仲間意識まで阿求は彼女に持っていた。子供を成せない身体と言う生来からのどうしようもない部分を理由として。
信仰心のある存在にとって、稗田阿求から肩を持たれると言うのは恍惚になってそれこそ人格の変化すら与えてしまうだろう。熱狂的になってしまうには十分な材料である。
今回来たのは○○では無くて上白沢の旦那であるけれども、それでも信仰心がある存在が熱狂的になるには十分だ。
稗田○○は既に、阿求が可能な限り手を尽くして名探偵であると言う事を喧伝している。その余波によって上白沢の旦那の名声も高まっている、上白沢慧音の夫であることも加えて道すがらで会釈を何度も受けるような立場に立つ事が出来ている。
とはいえ本人は今の状況に対して、まるで満足はしていなかった。
彼の中では、今の名声はあくまでも友人である○○と妻である上白沢慧音の、そのおこぼれであるとしか思っていなかった。
だから、思わぬ悪意をぶつけられて稗田夫妻がともに、一時的に動けなくなった今、彼は動き出してしまったのだ。
○○は優しいし阿求はそんな状況ではないから、悪い風には思わないけれども皆が皆、上白沢の旦那の名を上げたいと思う気持ちに好意的と言うわけではなかった。どんなにマシでも不安に思う者はいるとしか言いようがない。
○○から懸念を伝えられているこの奉公人達は、表情こそ稗田家で奉公を行えるだけあってましてや裏の仕事も頼まれる事があるから、こういう熱狂的な感情からは実は信仰心が最も高い集団であると言うのに、遠いどころか遠ざかろうと言う努力すらしていた。
ああ……○○様の、旦那様の懸念が当たりそうだ。
今の状況を見て奉公人達はみんな、そのような事を思わざるをえなかった。熱狂と言うのはどうしても短絡的な動きや思考になりやすい、この奉公人達はそれを十分に理解している者たちばかりであった。
「ああ……○○の代わりで済まないが、まぁ会いたくないだろう○○も、あんまり。だから私が来た」
言葉の上とそして行動でも上白沢の旦那は、熱狂的な姿を見せる老夫婦の事を落ち着けるようにそして謙遜するような言葉を出したけれども、その内心における興奮に関してはどうしても否定できなかった、本人だけでなくこの場にいる者全員がである。
その事実は件の、あの兄弟のどうやら実の父親も気づいていた。この男は、件のお菓子屋の主人が勢いのまま突っ込んでいっただけあり、はっきりと言ってボロボロであった、この男の方が若いはずなのだけれども酒と遊郭におぼれている男よりは、毎日において子供の相手を行っているお菓子屋の主人であるこっちの方が、老境に差し掛かっているとはいえ体力に関してはずっと上だったと言う事だろう。
とはいえここでの問題はと言うと、この酒と遊郭におぼれているこの男ですら、上白沢の旦那が内心で抱えている興奮と言う奴に気づいてしまった事だ。
「なんだよ、楽しそうだな」
一番まずいのは、憎まれ口を叩いた事だ。稗田家そのものではないとは言え、その旦那様の盟友を相手に、よくもまぁとはついて来ている奉公人達も思ったが。
怒りよりも前に頭の悪さに対する呆れと言うのがあった、あるいはもうこの男、ある程度の部分では諦めてもいるのかもしれなかった。
「お前みたいなクソッタレを殴るのは、まぁ確かに楽しいな!」
とはいえ頭に血が上っている状態の、このお菓子屋の主人は我慢と言うのも中々出来なくて直情的であった。
「弟の方はどこだ」
お菓子屋の主人の方が、またしてもこの男をぶん殴ったのを見て上白沢の旦那は一応止めたが、それは会話に支障が出るからと言うだけでぶん殴ったこと自体は、問題にしている風は無かった。
会話が終われば、聞きたいことが聞ければ、間違いなく何があっても上白沢の旦那は止めなかったであろう。
だからなのかもしれない、この男がさっきは憎まれ口を叩いたのにいきなり黙ってしまったのは。
目的としている情報や状況を得る事が出来れば、最後の一線を踏み越えてくるかもしれないと言う恐れが、どうやらこの男にはあるようであった。
裏を返せば自分のやっている事が、世間一般においては決して受け入れられない事である、そこに関しては理解しているのにあの兄弟を肉体的にも精神的にも苛んでいるのは、驚きではあるけれども。
子供の事が好きではなくとも、世間から責められないように腹の底を隠して、何もしないでいたり遠ざかっておくと言う事すら出来ないこの男は、いや妻の方は今のところここにはいなくて見えないけれどもこの夫婦は、欠陥があるのかもしれなかった。
「はぁ……」
何分か経った折に、駄目だこいつは何も言わないなと判断した上白沢の旦那は諦めた声を出した。
「そもそも○○が最初に来てたんだ……焼き直しだったな」
そう言いながら上白沢の旦那は純狐の方を見やった。
「一応○○も、あからさまにヤバいと言うか荒っぽい動きが大っぴらに起るのは、良くないと思っている」
「そうね」
頭に血が上っているのは純狐も同じはずなのだが、以外にも彼女は上白沢の旦那の言葉に対して、理解を示した。
「白昼堂々は、不味いわよね」
しかしながら純狐が続けた言葉と、表情に浮かんだ獰猛さを携えた微笑を見れば、理解の程度はあまり深くは無かった。
けれどもこの際、たとえ浅くともまったく理解してくれないよりはマシと思うべきだし。
「ここに見るべき物はないわね」
そう言いながら純狐は、相変わらずユラユラとしていたが純狐程の美人となると何をやっていても様になるのは、良くも悪くも目を引いてしまう。
ただ純狐は慣れているのか、それか些末と思って問題にしていないのか稗田家の奉公人達や上白沢の旦那ですら少し以上に見とれた様子を見せても、一切の反応が無かったけれども。
唯一の例外はお菓子屋の主人にボコボコにされた、この男だろう。何かまた、遊郭で見られた時と同じようないやらしさを感じたのか。
手も足も出ていないが、この男は部屋の端まで吹き飛ばされた。それは純狐がちらりと見ただけで、そうなった。
「○○は大っぴらには嫌がっていたが……時間の問題かも」
その様子を一部始終見ていた上白沢の旦那は、思わずそう呟いた。
奉公人達の考えも同じで、底が抜けるまでの時間はそう長くないだろうとしか思わなかったが。
さっさと底を抜いてほしいと思う者だっている、お菓子屋の夫婦だ。この夫妻の目つきは、態度は、焦れているようであったから。
続く
「海神のはしたない断片」
※○○はショタ
奇跡の「幻想郷海開き」のお祭り騒ぎの翌日。昨日賑わった屋台が一日で見違えるほど廃墟めいて並んでるサッパリ晴れた磯。まだ幼い○○と一緒に昨日余ったトウモロコシ食べてる村紗。すぐに忘れそうな世間話をしばらく続けたところで、会話の間に沈黙が通る。
村紗は鼻下に間近のトウモロコシをちらとみる。粒が小さくてかわいい、そして食べると異様なほどボロボロになっていくトウモロコシ。まるで水死。膨らんでぎっちりした後、弾けてボロボロに。しかし村紗がトウモロコシにかこつけて思いかけているのは、本当は隣のたまらない○○のことである。
会話の間の沈黙がもっとおそろしい静寂でなければならない筈が、この時二人の耳には、言葉をやると壊れる恐怖など無いで、むしろ同じ海鳴りを聞いて全てに納得したような確信を捨てられない。
村紗は海を睨む。自身を構成する色々な部分のうち、少し嫌いな自分―というより嫌わなければ現在の自分との矛盾で死んでしまいそうな部分が海から帰ってきつつあるのを感じた。磯の向こうは、青みの重い憂鬱な盛夏の海である。
村紗は思う。この小さくてたまらない○○と自分とがどれほど遠く離れ、かつ近づき合おうとしているのか。それを今二人は自然に話そうとしたのではないか。沈黙の瞬間、二人は言葉もいらないほど海鳴りで心を聞き合ったのではないか。
そして村紗は、どの自分が言ったのか分からない言葉を脳裏に何度も再生する。海から聞こえてきた「今、隣の子が死んだわ」。舟幽霊の自分がおかえりの代わりに言った海への挨拶である。村紗はそれを拒まず、ぼうっと受け止める。
海が来てしまったのだから後はもう狂うしかできない。そういう諦観である。
村紗は元来柔軟で、情熱と人間との齟齬を見ても決して心が燃えてこない。この舟幽霊としての名残が、今村紗に復活の猶予を与える。隣の子を横目でちらと目配せする村紗の瞳に何の焦りも宿っていないのは、看取ることを司る海神のみつかいたる証である。実際、○○が見ていたのは村紗の胸だった。村紗はもうダメだと思った。
あー。いーけないんだーいけなぃんだー。そんなに。あー。ああーー。あああーーーーー。あああああぁぁぁぁーーーー。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ゴオオ―――。
「……で?それで??」
一輪が会話の間の沈黙をすぐ突き破ったのは、この村紗の話が気に障ったからではない。○○が自分の胸を見ていたと言ったきり、村紗は話を打ち止めてしまった。しかも、話し終わってもいないのに村紗は目を瞑ってもう余韻に浸っている。
「それで、どうなのッ!触らせてあげちゃったの??」
目を丸く見開いて一輪がまた問いただす。村紗は間を開けて一度頷く。
「その後は??」
すると村紗は海の微睡みから覚めて、恍惚の目つきで言う。
「もとめたことすべてに応えてあげたわ。もう、……たまらなかった。それで今は、あたしのおなかの中にいるよ」
一輪はウウッと低い声を上げて身震いした。羨ましかった。せめてその名残をもっと分けて欲しかった。妖怪が妖怪的である瞬間ほど、妖怪を性的に興奮させるものはないのである。羨望と嫉妬と絶頂と憤怒と暴力と無我と愛と存在と……こういうものが一点に凝集したグロテスクな気絶感。強い酒はその余韻を鳴り渡らせてくれる。
たまらない一輪はおちょぼを逆さに飲み干した。この頃地底に流行る度数六割の白酒である。
「一輪って強い酒好きよね」
「アヤカシっぽいじゃない」
「ウワバミじゃなくて?」
「フッフッ!……ゲフッ!そういえば村紗は大抵どぶろくよね」
「あのねぇー、船の上にいた頃ね、桶一杯のどぶろくをそのまま吞んだのよね、んもうッ一番気持ちよかったわ。あの目が回って、身体が吹っ飛ぶ感じ。おちょぼとかは、あの溺れ感が足りないのよ」
「妖怪はなんだかんだ妖怪よね」
村紗は粗悪でも濁酒を好んだ。それも、大枡にたっぷりのを一気に飲み干す自爆的飲み方なら尚良かった。それはやかんで麦茶を直飲みする気持ち良さによく似ている。だが村紗にとって、間髪入れず酒がだくだく流れ込む快感はそれ以上の特別な理由がある。大きな力によって沈められ、溺れさせられること。その苦しみの中で、村紗は恍惚の表情を浮かべている恋人を見るのである。
「それにいい酒が吞める妖怪よね」
「こっそりと、がっつりと」
「二人でね」
「えへ、えへえ」
その時、何所かも何時かも分からない暗い水底に、生の名残の泡がパッツリと弾けた。その音を聞き取る為に村紗には酒が必要であった。あるいは涙が。
>>951 の続きです
その内容に関しては黒々とした物ではあるけれども、阿求は○○に対して『ご随意に』と言って笑ってくれた。
その光景を見た○○は、まだある程度以上に心配な部分が残っているから、彼は相変わらず阿求の私室にいたけれども、稗田阿求からのほとんど無条件の愛情と言うのは、はっきりと言って色々な場面で役に立つ武器であるし、そのための人員や道具だって、ほぼ無条件に手に入ってしまう。
そうだ彼女は、稗田阿求は人里の最高権力者なのだから。
今回も、○○がやろうと思えばいくらでも、その場から動かない安楽椅子探偵を決め込む事が出来るぐらいには、調査のための人出がその手中に存在していた。
だからそんな阿求と――阿求は末路を負い目としているけれども、いやだからこそ○○には何不自由させたくないのだ――婚姻を結ぶ事が出来た○○は阿求の私室で座りながらでも色々な事がやれる。
だけれども○○だって、自分が地縁も血縁も存在しない全くの木っ端であることを自覚しながら、阿求から授かっている武器や道具や権力を行使している。
そして今回はそれらを行使する大義名分は大いに備わっていた、子供が一人死んで弟の方がいまだに行方不明なのだから。
しかし○○の力の行使のしかたは、もう少し変化球であった。
「そう、彼は埒が明かないと言った感じで行方不明の子供の方を探しに行ったんだね」
上白沢の旦那に、○○が阿求の事が心配で中々離れられないので人員を貸し与えているが、無論の事でその動向はほとんど逐一○○の元に伝えられてくる。
そうなると、ただ座っているだけと言うのは○○の性格的にも、それを嫌がるのが普通であったし横にいる阿求としても○○が自分を気にしすぎて動かないのでいるのではないかと、またいらぬ気をまわしてしまう。
「じゃあ、こっちはいなくなった弟の所在以外で気になる事を調べようか」
○○がそう言ったとき、報告を持ってきてくれた奉公人はその隣に阿求がいるから余計に、うやうやしく頭を下げてくれた。
……○○としても、これが阿求の興奮を呼び起こすのだと、考えなかったと言えばウソになる。
結局のところ阿求の中にある、後ろめたい部分や脛にある傷と言う物を慰める最大の物と言えば、○○が自分の権力を使ってさらにはうやうやしく対応を受けるだけでなく、その場面を見る事であった。
慰めるどころか、生来の身体の弱さから夜を諦めなければならない阿求にとっては、興奮の原動力ですらあった。
(四季映姫・ヤマザナドゥがこれを見たら、果たして何を言ってくるか)
阿求が興奮を感じている事を如実に感じ取った○○は、その背中に手をまわして落ち着くようにと言外に伝えたけれども、実は自分も落ち着いていないのは○○だって理解していた。
そしてそれが……そもそも稗田夫妻と言う物の成り立ちとその決定づけられた最後、それを四季映姫・ヤマザナドゥが問題にしないとは、さすがに○○だって考えていなかった。
(分かってるよ)
○○は独り言として呟く事も無く、ただ心の中で悪態をついていた。とはいえ悪態をつくと言う事は、○○としてはその事を悪いとはまるで思っていなかった。
稗田夫妻が幸せになるには、阿求と婚約を結ぶ際に二人きりの時に言われた契約の最終的な結末こそが、実は唯一の方法であり次善策すら存在しないと、少なくとも稗田○○は信じていた。
後はたまに迷ってしまう稗田阿求を○○はがんばって、彼女の考えが唯一無二の方法であると信じさせてやる事であった。
「俺の名前は幻想郷のすべての存在が、知らずにはいられなくなる」
この言葉も、全く疑わずに稗田○○は口走っていた。結局のところで、自らの一番の友人である上白沢の旦那に言った通りで、○○は名声依存症なのである。
「阿求、君と出会えて本当に良かった」
愛は、確かにある。夫妻がともに相手に対して最大級の愛とそれに伴う行動をせねばと考えている。
やや以上に○○の方が、圧倒的に権勢が無いので果たして阿求に何かを与えられているかどうかと、気にはしているが。
阿求にとっては、身体の弱い自分に付き合ってくれるだけで十分なのだ。最後まで最期まで付き合ってくれると、信じているからもうそれで十分だと本気で考えていた。
思った以上に今の阿求は、やり返すと言う黒々とした感情のお陰で悪意をぶつけられた割には元気だけれども、『割には』と言う部分はやはり加味すべき状況であった。
今日の気温は、決して寒いと言うほどではないのだけれども冬の足音が、チルノやらレティ・ホワイトロックやらが嬉しそうに元気そうにしているような、つまりは寒さが体に毒な阿求が気にするような状況ではまだないはずなのだけれども……今の阿求は厚手の羽織ものをまとっていて、手先は神経質に淹れたての温かいお茶を求めていた。
無論、○○はそんなこまごまとした作業を阿求に、ましてやこんな時にさせるべきでは無いと即座に考えて気が付く端から、お茶とお茶菓子くらいはこっちで面倒を見させてくれと言って、器やらそこに入れるべき中身だとかの面倒を見ていた、まさか阿求程の人物に○○が彼女を愛しているからと言うのは理由としては十分にあるけれども、箱に入ったお菓子をそのまま渡すなんてことはやりたくなかった。
阿求はいわゆる世間一般のお決まりとは違っていて、塩気のある物が好みに合っていた。
なので今回、器に盛られるお菓子たちもアラレだとかせんべいだとか、そう言った物がほとんどであった。
どこからどのような経緯を経て幻想郷に製法がやってきたかは分からないが、やや幻想郷の風土とは似つかわしくないコーンチップスも何故か入り込んでいた。
しかし○○は、一瞥するのみ話題には出さなかった。外の知識は、○○は阿求の前ではとにかく外でなければ手に入りそうにない知識は、使わないと決めていた、その考えはもはや決意や覚悟とまで言ってしまっても良かった。
もちろん阿求は、幻想郷の歴史編纂を一手に任されるほどの才女が、その機微に気づかないと言うわけが、毎回もあるはずは無いのだけれども阿求の方だって気づいても言うはずは無かった。まさか無碍にする訳にもいくまい、この夫妻の関係性はこういう細かい所に現れていた。
「旦那様」
そして稗田家の奉公人達は、この稗田夫妻が見せる細かい部分での信頼と愛情の存在を、しっかりと把握してなおかつ邪魔をしないように気を配っていた。
今回も○○が阿求の事を気にしてかいがいしく世話を焼くのが、心配もあるけれどもそれが楽しいからやっている事と、阿求も阿求で申し訳なさも無いとは言わないが○○に――○○にと言う部分は絶対に重要であるから抜かしてはならない――かいがいしく世話をされていて、嬉しくないはずはない。嬉しすぎていつもの、凛とした様子が明らかに減っていた。
だから余計に、奉公人達はこの空気に部外者である自分たちが入るわけにはいかないと、そう考えるのだ。
「お頼みになられていました事、調べがつきましたので」
所作正しく、奉公人は報告書を何枚か○○に渡してそのまま下がっていった。
もらった報告書を読んでいる○○は、少し思案した後に阿求の方に目線をやった、今の真面目と言うか阿求が演出している部分が多いとはいえそれは○○の事が好きだからである、だから名探偵然とした今の○○の横顔を見ていないはずは無かった。なので目線が合うのは極めて自然な事である。
「上白沢の旦那は、まぁ純狐が何かやらかさないか気になるし不安だからが本意とはいえ、頑として口を割らんあの男に呆れと失望とも言えるかな?自分たちで探してやることにした、これで見つかれば上等中の上等だ……」
「でも」
○○が言葉を区切った時、阿求は合いの手を入れてくれた、とても好意的な様子で。
「あなたも何かお考えがあるのでしょう?」
じゃあおやりなさい、と言った風であった阿求の言葉は。
それ自体はとても嬉しいのだけれども、○○は少しばかりばつの悪い顔を浮かべながら。
「実を言うと半分以上、あの女に対する、純狐がボコボコにした男の妻であるあの女、あいつに対する嫌がらせでしか無いんだけれどもね」
素直に○○はそう言いながら、さらにいたたまれないような感情を作ったが……阿求はキャッキャとしたような雰囲気を出していた。
「あはは」
阿求の嬉しそうな顔を見たら、○○は自然と顔がほころんで。
「まぁ、じゃあ行ってくるか。聞きたいことは一応あるが……」
やや後を引くような言葉を出しながら、○○は報告書の中の一枚に対してもう一度目をやった。
○○がことさら問題にしたくなる内容が書かれているのは、これは明らかであったので阿求も横から覗き込むようにしていたが、○○はやはりこの内容を阿求にも知って置いてほしいと思ったのか、紙面をすべらせながら阿求の方に寄こしてくれた。
「あら……」
○○と同様に、阿求もその内容には眉根を寄せた。
「男ね」
紙面の内容は、阿求のこの一言でほとんどが説明できてしまえた。
「そう、男の存在があるとは思わなかったよ……顔見知りとかだとも思ってやれそうにないぐらいに、親密そうな仲だって」
○○は紙面を見ながらだと、また苛立ちがぶり返してきたからなのかさっと目を伏せて違う場所を右往左往と見やって結局は阿求の顔に視線が戻ったけれども。
けれどもだ、今は紙面の内容をひどく、○○と同様に阿求も問題にしているからその表情は、苛立ちと怒りでしか無かった。
「……ッ!」
結局阿求は、その紙面が持つ最も重要な意味である、あの女に男の存在があると言う部分のみを確認できれば十分として、紙を舌打ちと共に裏返した。
「嫌がらせが本意と言う意味が分かってくれたと思う……嫌な話だが、母親の方も実子に苛烈だったのって、邪魔だから身を軽くして愛人と……いや、いや、いや!」
○○はうんざりとしながら立ち上がった、そうしながら阿求は先ほどご随意にと言っていたしその考えを反故にする事など、絶対にないのだけれども。
阿求の意思と言うのは、強く悪い方向に固まった形でとても所作正しくてしとやかに、外に向かう○○を、出陣をしようとする武将を見送るかのように頭を下げてくれた。
こんな状況で、愛人と会っているのかと言う事実が稗田夫妻の思考や感情を苛烈にしてしまっていたし、○○が一瞬口走ったが結局は良い淀んだ懸念も、ここまで悪い事が続いているとこの手の懸念はもはやほぼ事実となってしまうのが常であるし。
阿求はもう、○○の良い淀んだ懸念を(ああ……その考えがあったか)と言う具合に、事実として扱っていた。
部屋を出る際に○○は阿求の様子を、もう一度確認しておいた。
寒さ冷たさは身体が弱い阿求にとっては大敵であるから、稗田邸のどこにいようとも温かく出来るようにはしているから、この部屋もそうなのだけれども、寒さの次かあるいは同じぐらいに身体に悪そうな感情を今の阿求が抱えていると、○○の目にはそう映っていた。
(あるいは……もうこの場合は、即処断してしまっても……?)
阿求の身体に毒となりそうな感情を見て取った○○は、急ぐべきなのではと思った。
とはいえ、いつかだかに使った回転式拳銃を、求めれば阿求は嬉々として渡してくれるだろうし何だったらずっと持ったままにしても、阿求はそれで良いと思ってくれるだろうけれども。
まさか日中の往来であんな物騒な物を使う気にはなれなかったので、頭の中には出てきたが求める事は無かった。
それに今回は一人ではない、何かあったら集団で取り囲めば……とも思ったが、それもあまりよい方法とは思えなかった。
「俺がやるか」
○○は廊下を歩きながら、独り言をつぶやきながら。あきらめとも取れなくもない決断を、固めようとしていた。
またか、とは思わなかった。もう自分の手は血で汚れている、たとえ阿求がそれを全面的に擁護してくれようとも、それが違いを生んでしまうのは○○としても理解していた。
続く
いつも大作ご苦労様です
阿求と○○の運命がどう転ぶか…
千亦「○○…貴方の身体も心も誰にも渡さない…所有権は私にあるのだから」
千亦の能力を見てヤンデレを連想したので
蓮子と菫子
どっちが『別れだぐない!』と叫ぶのが似合うか
>>957 の続きです
いくらかの監視兼護衛達と一緒に、報告書にあった場所に○○はほとんど変装をせずに向かった。
上白沢の旦那と喫茶店にでもお茶をしにいくのならばともかく、○○には普段から変装と言う物が、どうしても必要であった、特に調査に赴く際には。
これは阿求の持っている、興奮を促すツボの存在がどうしても理由として存在していた、有名人である名探偵の稗田○○と言うその肩書を○○には良くも悪くも使っていてほしかったのだ。
何となくこの肩書の存在に、○○ですら振り回されているような気はしないでもないけれども、実際に振り回されているのならばそれはそれで阿求は喜ぶ、阿求だって阿礼乙女の九代目と言う看板には辟易とする場合が間々あるのだから、自分と似たような存在に○○がなってくれていると阿求ならばそう考えてしまう。
それぐらいの事、阿求の夫である○○は妻の琴線がどこにあるかぐらいは、もう、把握していた。
そして今回は事件が事件だから、子供の生死がかかっている所か既に1人は落命してしまっているから、せめてもう1人は助けたいと言う考えが詰まっているのだろう今回に置いて○○に阿求がつけてくれた監視兼護衛の人たちの数は、いつもよりも明らかに多かった。もしかしたら平時の倍近い数なのではないか?
1人や2人多い程度ならばともかく、ここまで多くなると隠すのはほぼ不可能である。
「しかし雑多と言うか、猥雑な区画だな」
ならばもう、隠さない方が却っていい結果を招いてくれそうだと考えた○○は、一応程度に被っていた帽子を取り払い、つまりは変装することを止めて稗田○○が来ている事を姿だけではなく、ややわざとらしく発したこの少し大きな声によっても周りに対して大いに伝える事にした。
帽子を取り払った瞬間に、また阿求が喜びそうなことをやってしまったなと思ったが、それが
決して悪いとは思っていなかった。
ただ、四季映姫・ヤマザナドゥはこういうのを嫌うだろうな程度にしか、○○は考えていなかった。
屈強な監視兼護衛の集団が、○○の表現するところの雑多で猥雑な地域に大挙してやってきた時からそうであったけれども。
○○がその姿をさらしたことによって、本能的にこの場を立ち去った物もいれば、楽観的なのかそれとも本当に脛に傷が見当たらないからなのか○○とその手の者である稗田家の屈強な奉公人を見て、遠巻きにしながらも何が起こるのか楽しみにしているのはともかくだが口笛のような物を鳴らして見物する者には、あんな下世話な音は稗田邸では聞く事が無いので一瞬○○は眉根を寄せて奥歯にも力を入れて耐えるような表情を浮かべた。
それは稗田家の、この屈強な奉公人達にしたって同じことであるから、それに今回の事件においては、子供の命と言うのがかかっているからこの人たちも気と言う物が立ってしまっている。
多分、○○が手をこの人たちの前にだして抑えていなかったら、甲高い口笛を吹いたものはそこまで酷い目にあう事は無いとしても、首根っこを摑まえられて○○たちの見えないところへ連れていかれて解放されるときも放り投げられていただろう。
それはそれで、胸がすくような感情はあるけれども本質的な部分からは程遠い、眉根は寄るけれどもこの程度の下世話な連中に付き合ってやれるほど今の○○には余裕と言う物はなかった。
弟の方の身の安全を気にしていると言うのもあるけれども、阿求の感情に強烈な暗雲と言う物を感じ取ってしまった以上は、そんなどす黒い感情に精神が阿求の、はっきりと言って弱い体に良い影響を与えるとは間違っても思えない。
二重の意味で、この事件は一刻も早くに解決する必要性を○○は得てしまった。
父親の方はもう期待できない、上白沢の旦那も分かっていたとはいえ純狐を止めるついでに近くにいたから一応聞いたが案の定であった、だから上白沢の旦那は独自に探し始めてくれた。
あの母親も、父親同様に期待は出来ないしやりたくも無かったけれども。それでもこっちの可能性はまだ、試していなかった以上は試さないと言うのは許されざることだとも○○は思っていた。
可能性が無いと確認できれば、それはそれであの母親の方面に断罪や処断をそれだけやりやすくもなってくれる。
「この店?」
報告書を一枚、○○は手に持って読みながらとある店の前で足を止めた。
「はい」
奉公人の一人が短いけれども覇気のある声で答えてくれた。
そして中からも稗田家の奉公人の一人が出てきて「まだいます、店にはもう話を通しておりますので、どうぞ旦那様」
あの母親に話を聞きに行くと○○が決めたのは、稗田家の奉公人に対して秘密でも何でもないとはいえ、そしてここまでの事を○○も求めているからそうしてくれとまで命じたとはいえ。
手の速さには助かると同時にこれが敵でなくて良かったと言う、表裏一体の感情を○○は抱いていた。
無論、あの母親とついでに巻き込んだ愛人に対して、冗談めかした感じでの『ご愁傷様』と言う感情すら、今の○○には無かった。
死なないだけマシだと思えと、本気で○○はそう思っていた。
ただ、○○は一思いに店内には入らなかった。
入れなかったと言う方が正しかった、第三の懸念と言うか事象を前にして思考回路が一時的に固まってしまったからだ。
○○がふと視線をやった先には、いや視線は間違いなく誘導されていた自分たち稗田家がやってきた時のざわめきとはまた別種の下卑たざわめきが聞こえたからだ。ちょうどいい女が中々に扇情的な格好で歩いている場面において、出てきそうな下卑た感じであった。
何だよと思いながら○○はその方向に目線をやったら……東風谷早苗がいたからだ。
『ああ、なんてことだ』と言う言葉すら。その時の○○の脳裏には浮かんでこなかった、先回りされたこともそうだが東風谷早苗の態度が一番の問題なのだ、早苗は○○が自分に気づいたことをしっかりと確認したら、とても好感を持ったそしいて色っぽい表情で○○の方向に手を振ってくれた。
早苗はもう隠さなくなってきている、自分が○○に惚れていると言う事実を。
そんな早苗の隣には八坂神奈子が、早苗が不味い領域に入っている事を幸いにも彼女は気づいてくれているようで、何か流行の飲み物やら食べ物やらを持ってきて、懸命に早苗の気を引こうと八坂神奈子は努力していた。
そして東風谷早苗の方も、遊郭で猥雑に好き勝手やっているうえに利益も一緒に持ってくるがゆえに、大きく言えない洩矢諏訪子と違って八坂神奈子には迷惑をかけたくないし無碍にはしたくないと考えているようで、困ったような顔は浮かべていたが嫌そうな顔は一瞬たりとも浮かばせなかった。
東風谷早苗も分かっているのだ、八坂神奈子が一体何を、つまりは稗田家の稗田阿求の怒りを買ってしまわないかと言う部分に、大きな心配をしている上に、早苗の事も大事したいから頭ごなしにやめろと言わないでおいてくれている事を。
○○は、八坂神奈子の相手を罪悪感からやっている早苗が、一瞬○○から目を離したすきに○○もここしかないと即座に判断して、店内へと一気に入っていった。
彼女の事は○○はチラリとも
東風谷早苗の事は意図的に考えなかった。とにかく考えないように努力していた、それが結局は東風谷早苗から離れる事の出来る態度だと、そう○○は信じていたからだ。
店内に入った○○は、雑多で猥雑な地域の店はやっぱりなんだか品がないなと言う思いを抱きながら、その歩みをずんずんと進めていた。
これならばただただ酒を飲むための空間である、立ち飲みやらの界隈の方が、よっぽど潔い店なのではと言う考えがふと浮かんでまで来た。
この場所は遊郭とは若干ではあるが離れてくれているから、阿求は○○がここで活動することを許容はしてくれているものの、『してくれているものの』と言うような表現はどうしてもついて回るそんな空気感は○○としても如実に感じ取らざるを得なかった。
ついて来てくれている奉公人達も、まだ耐えてくれているけれどもはっきりと言ってピリピリしたりして機嫌が悪くなりつつある、稗田家で働ける存在ともなれば品だってそれなり以上に求められるが故の現象だろうこれは。
○○としても、愛人とはいえこんなところで男女が会うのかと言う感想はもちろんだけれども、さっさと終わらせなければならない理由がまた増えてしまった、その事の方がより重大な事項として機能していた。
後ろからついて来てくれている奉公人の一人が、いつの間にか椅子を一脚持ち歩いて来てくれたいた。
そのままその奉公人は○○を追い抜いて、そしてある机の前に椅子を置いてくれて「どうぞ、旦那様」そう言って場を整えてくれた。
既に○○の前後左右には奉公人が誰かしら見えると言った状況が出来上がっていたし、客の方も追い出されたのかほとんどいなくなっていたし、ちらほらと残ったのも泥酔気味だったので奉公人がしかたなく担ぎだしていた姿が見えた。
檻のような物、それが出来上がったのは明らかであったが、普段と違ってこの檻が閉じ込めているのは○○ではなかった。
……ふいに○○は自分が檻にとらわれている事を自覚してしまって、いやな気分を覚えてしまったが、自分が檻に飛び込むことが阿求の心を最も慰める事が出来るのだからしかたがないと頭を振った、
第一、もっと大きな檻に阿求は囚われている、短命の業という檻に。
檻の存在を考えながら、そしてその考えを気づかれないように気を配っていたら案の定ではあるけれども、○○の機嫌は少し以上に悪くなってしまったが。
詰問を通り越した尋問を行うのであれば、これぐらいの方が丁度良かったのは少しばかりの皮肉と言えよう。
第一この事件、何から何まで嫌なことだらけなので機嫌を整えろと言うのも無理な話であると言えばそうなのだけれども。
「やぁ、さっきぶりだね。君の息子の死体が見つかった場所で、別れて以来か」
椅子にドカッと座って話始めた○○の言の葉には、隠す気の全くないトゲと言うかもはやこれは刃の切っ先を突き付けているのと変わらないぐらいの、そんな敵対的な行動を○○はとっていた。
○○をイライラさせるのは子供が死んだこともあるし、弟の方が行方不明なのもあるし、こんな状況で母親の方は愛人と会っている事もあるが。
目の前にやってきたらやはり、苛立ちの種と言うのは増えてしまった、母親の方は完全にめかしこんでいるし愛人の男は、はっきりと言って軽薄な印象が強くて嫌な物であった。
「もうね、俺はお前たちと議論だとか話し合いをするつもりはない」
阿求の身体と精神の為にも時間をかけずに、早く終わらせるべきだとは思っていたが、それは阿求の為はもちろんだけれどもここに来て急速に、○○自身の為と言う部分も出てきた。
こいつらとこれ以上関わりたくない。
○○は少し迷ったが、時間を買うと言う考えで懐から高額紙幣を目の前の机に、叩きつけるようにして置いた。
「弟の居場所を知っているなら今すぐ言うんだ、そうしたらこの札束は黙ってここに置いて行ってやる」
○○がそう言い放つと、愛人である軽薄そうな男の方が女の方に目線をやりつつも、完全にもの欲しそうな顔をして○○が机にたたきつけた札束を凝視していた。
「まぁ、たぶんその女次第だな。君がこれを受け取れるかどうかは」
○○はくすくすとしていたが獰猛な顔をしていた、けれど愛人の男は高額紙幣に夢中で○○の獰猛さに気づいていないのか、気付きたくないのか。
けれども女の方は気づいていた。だけれども気付きながらも、○○がこいつらの目の前にたたきつけた高額紙幣に対して、どうにか入手できないかと言うような色目と言う物を○○はずっとこいつらの顔を見ていたので把握できた。
「俺はあの弟の方を見つけたいだけなんだ」
再び○○は、自分がこの場所に来たそもそもの目的を、伝えるような自分に言い聞かせるような形で口に出した。
○○がそもそもの目的を口に出したら、女の方がやや以上に狼狽をしたのが○○の目には確認できた。
「知ってるのか?」
○○は間髪入れずに、けれども淡々と女に対して聞いたが女からの反応と言うか返答は何もなかった。
「ふん」
○○は少し以上の失望を表したかのような雰囲気で、鼻を鳴らした。
「お前、今日どこにいた?俺や阿求に強がりに来た以前の話だよ」
ふと思い立った○○はこの女の今日の動向を聞いてみる事にした。
女の方は○○の質問に、答えるはずは無かったが目線が右往左往と泳ぎ始めたのには、まぁ予想はしていたけれどもやはりの所で、ロクな事をしていなかったのは確認できた。
「調べればわかる事だぞ、稗田をあんまり侮るなよ」
いつもならば○○は借り物だと強く自覚しているから、稗田の名前はその権勢は極力出さないように気を使っていた――それでも○○と言う人物が生きているだけで稗田阿求の力はその身にまとってしまう――けれども、今回は全く別であった。
やはり稗田の名が持つ威力は素晴らしいの一言で、その名前を出して明らかに苛立ちながら侮るなよ言ったのは少なくとも人里ではこの恫喝に、勝るはおろか耐えられる勢力や存在はいないと言う事であった。
「私といましたよ!!」
軽薄そうでは無くて間違いなく、軽薄なこの女の愛人である男の方がたまらずに言葉を出した。
「へぇ」
たぶんこの男は本当のことを言っている、それは○○としても分かったけれども分かったからこそ余計にこいつらに対する評価を下げる要因にしかならなかった。
最も、どのように状況が展開しようとも評価を押し下げる以外に展開のしようがあるのかと言う根本的な問題はあるけれども。
とはいえ、男の方は○○が呆れたように言葉を出さなくなったのを傾聴と受け取ってしまったようで、聞いてもいないのに更にべらべらと。
と言うよりはこの男からすれば不安で仕方がないから、多弁にならざるを得ないとも言えよう。
「朝からずっと僕はこの方と一緒にいました!」
「ふん、まぁ信じるよ」
通俗的な表現をするならば、『あーマジかよと』言った感情を出しながらも稗田阿求の夫らしくあんまり砕けた様子だけは出さなかった。
しかしながら、この女は多分兄の方を――殺してはいないけれども、死んでしまう理由の何割かは間違いなく担ってしまっていると言う評価は固定化されてしまった。
「何時ごろから?」
一応は、正確な時間を知って置きたかったから○○も聞いて置いたが。
「九時!朝の九時には間違いなく僕はこの人と会っていました!!」
「寺子屋の朝礼は八時四十五分からだな……つまりこの女は朝の九時に『めかしこんで』この男と会うためには、何時ごろからお化粧をする必要があったのかなぁ……」
とつとつと、別に誰にも聞かせる様子も無く呟いた。それと一緒に上白沢の旦那が兄の方の骨折を見つけて、大慌てでこちらにやってきた時間も思い出していた。
あれは確か、本当に、九時になるかどうかだから。もうその時には、この女は子供を放ったらかして
愛人の所に行っていたと言う事になってしまう、お化粧の時間も含めればそれより以前から意識の外に子供を置いておかねばならない。
「もちろん!」
○○がこいつら本当に……救えない……と思いながら機嫌を悪くしていたら、やはり不安は誰しもをも多弁にさせる、黙ってりゃ酷くはならないかも知れなかったのに。
「あの酷いお話を聞いた時、この人はちゃんと家に戻りました!!」
それが免罪符、あるいはこの女の善性を担保もしくは喧伝できる何かだと思っていたらしい、この軽薄な男は。
この男は、○○が第一報から関わっている事にまるで気づいていない。
思わず、○○はこの軽薄な男をぶん殴ってしまった。
許せなかったのだ、まず初めにこの女は確かに産んだかも知れないが母親のように扱っていい女ではない事と、愛人であるこの軽薄な男はそれに気づいていないにしても、あるいは隠しているにしても、その事に及びをつかせるようなことは何も言わなかった、隠しているのならば純粋に気づいていないのならばその軽薄すぎる様子に○○は腹が立ち続けてしかたが無かった。
○○がぶん殴ってしまった事で、軽薄そうな男はそのニヤケ面が完全に醜悪な物に代わってしまった。
馬脚を現したとは、まさしくこの事だろうしなお面白い事にその男は醜悪な顔を浮かべながらも瞬間的に、○○が机に叩きつけるようにして置いた大量の紙幣を目にして、表情がコロコロ移り変わる様子を間近で見る事が出来た。
中々面白い見せ物とも思えたが、今の○○にそれを見てたとえ皮肉げであろうとも笑ってやる余裕は無かった。
「欲しいか?」
代わりに敵意を向けながらそう質問した。
愛人である軽薄な男の顔に少し以上の、媚びと言う物が見えた。
「弟の方の居場所を教えろ」
だが媚びられると余計に、○○は敵意をむき出しにしつつも、それでも目的は忘れてはいなかった。
軽薄な男はさすがにその事を、知っているはずは無かったので女の方にヘラヘラとしたような顔だが圧力を加えていた、やはり○○が目の前にたたきつけた高額紙幣の束は魅力的であったようだ。
脛に傷しかないこの女の方ですら、札束をチラチラと見ていた。
○○は金に目が完全にくらんでいるこいつらに苛立つし、そもそもこいつらに何かを話させる道具として持って来た札束は稗田家の金なので自分の物ではないと言う、その部分にも苛立つだけなので○○はまるで心が落ち着かなかった。
「正直に言えばくれるの?」
ついに女の方が、こんなのが母親なのだがそいつが口を開いた。そしてこの言葉には○○も、こめかみに苛立ちを超えた怒りから力が込みあがってきたが、話が進まないのが一番よくないので○○は黙って首を縦に振ってやった。
「知らないのよ……何も」
けれども出てきた言葉は、まぁ酷いの一言だ。
「もういい!」
○○はついに腹を立てて、叩きつけた札束も机を殴りつけるようにして回収して、この場を後にしようとしたが。
「え、待って!」
女の方はやはり札束を諦めきれないようで、すがってきてしまったが。
裏話や取引を持ち掛ける以外はあり得ないぐらいにくせ者な洩矢諏訪子ならばともかく、もはや今の○○はこの一件以前の話として阿求以外からの女性に触られることを拒絶してしまう、そんな身体が出来上がってしまっていた。
そして話をこの一件に戻せば、先の阿求以外の女性へ拒絶反応を起こす云々を抜きにしても、こんな女に媚びられても○○は嫌悪感しか出てこなかった。
「触るな!?」
突然の事であったが何があったかを理解できた○○は、裏返った声で手を振り回した。
とはいえ裏返った声を出してしまうような、そのような状況ではこの女との距離を離す事だけしか気をまわすことは出来なかった。
手に持っていた札束は握りしめら続けることは無くなって、どこかの段階で空中に放り投げらてしまった。
ヒラヒラと、何枚もの高額紙幣が宙を舞ってしまった。
「ああ!?」
もの欲しそうな顔をしていた、この軽薄な男は急に立ち上がって舞い落ちるお札を捕まえようとしたし、それは女の方だって全く同じであった。
二人の浅ましい物が宙に舞うお札を欲して、どちらともが完全に自分本位で他者を考えていない動きを行ってしまった。
「うわ!?」
○○の事など見えているはずは無いし、反射的に拒絶反応を出したばかりであったから思わず身体の均衡を崩してしまったが、活動的な事が幸いしてまだ大丈夫だったが。
「死にたいのか!?」
いっそこけていた方がまだマシだったかもしれない、○○はさっきよりも強烈に男の方をぶん殴ってしまったが、そうは言っても店内で暴れるのは外よりも狭いましてや身体の均衡を崩したばかりでぶん殴るなど。
一応この軽薄な男はぶん殴れたが、そのまま○○は身体を一回転させながら地面に転がってしまった。これは間違いなく、先ほど素直に転がっておいた方が勢いはマシであったろう。
嫌な音、何かが折れる音と一緒に○○は地面に転がってしまった。
唯一の幸いは、頭はぶつけていない事かもしれないけれども、稗田○○がケガをしたと言う事実が稗田阿求にどのような状況をもたらすか、奉公人達はもはや本能でそれを考えてしまい、青ざめてしまった。
「痛いが」
しかし○○は完全に宙を浮いた感情であった、片方の腕は完全に動かなくなっているけれども、何かを見つけてしまって全くもってお面白そうであった。
「おまえの息子が折れていたのと同じ場所だ!」
偶然の一致と言われたならば全くもってその通りなのだけれども、今の○○はその偶然すらをも天啓として扱っていた。
「そうか!お前たちはあんな小さな子供に、大人でも顔をしかめるような激痛を!?」
そうは言うけれどもその時の○○の、しかめっ面は激痛以外の部分から来ているのは明らかであった。
初め○○は、阿求の精神に悪い影響しか及ば差ないだろうからと言う事で、今回の首謀者と言うか犯人と言うか……愚か者を処した方が良いのではと考えていたが。
その考えに少しの変化が出た、阿求の為と言う部分は同じくであるけれども、○○の自発的意思としてもこいつらを処したいと、そんな望みと言う物が生まれてしまった。
続く
>>964 の続きです
上白沢の旦那は、行方不明の弟を捜索中に稗田家の奉公人のうちの誰か一人が走り寄ってくるのを見た時、一瞬だけれども見つかったのかと思って希望にあふれたけれどもすぐにその感じた希望が徒労と言うか幻を見ていただけなのには、その奉公人の絶望と必死さの現れた顔を見ればわかった。
良い便りを持ってきてくれる者の顔ではなかったからだ、残念ながら。
「……何があったの?」
これ以上悪い事があってたまるかと言う気持ちを、何とか抑えながらもうんざりとしたような面持ちは隠せずに、上白沢の旦那は走ってきてくれた奉公人に聞いた。
「旦那様が……気を悪い方向に」
けれども○○が感情の底を抜いて、悪い部分に落ちてしまったと短い言葉ながらも理解させられてしまったときに、上白沢の旦那は何とか踏ん張りこそはしたが立ちくらみのような感覚を覚えてしまった。
「どうしたの?」
だけれども、何だかんだで付いて来た純狐はと言うと――信頼と思う事にしていた――純狐はと言うと奉公人の不味い事になったと言う危機感や、上白沢の旦那の感じためまいとよく似た精神的打撃、そんな状況をみたお菓子屋の老夫婦も目線を右往左往とさせていたが。
「これ以上何の悪い話があると?」
純狐は全くもって超然としていた。
たかが人間の組織が抱える厄介ごとなんぞ、純狐にとっては何もかも些末なのだろう、ただ気にしているのはまだ生きていると信じたい弟の方を見つけたい、本当にただこの一点のみしか純狐から見える感情は無かった。
「まーまーまー、友人様。先方には先方の都合とか理屈とか、色々と、あるはずですから!」
比較的以上に可愛がってもらっていると、その自覚があるからこそでそれを利用しているクラウンピースが唯一、今の純狐に軌道変更を与えられる可能性を持った存在なのかもしれないが、クラウンピースですら純狐の事は自分が可愛がってもらっているがゆえに好感を抱いているけれども。
されどもだ、自らの主であるヘカーティア・ラピスラズリの友人だからと言う部分は確かにあるけれども、やはり、それ以前の問題としてのこのお方は強者だからと言う部分がどうしても、クラウンピースの覚える最も強い懸念や恐怖であるから。彼女はどうしてもどこか戯曲的で道化的なふるまいを続けざるを得なかった。
あるいは純狐が、クラウンピースを気に入っている理由の一つがその道化的な部分なのかもしれなかった、クラウンピースが他意を全開にしながら抱き着いたのにはともすれば嫌悪感を抱くなどで純狐の態度を悪化させる要素となりえるけれども、彼女の表情を見た純狐は困ったような悲しそうな表情を浮かべるのみ、この一連の流れだけでもこの両名の仲の良さと言うのは簡単に推し量れる。
「弟の方を探しましょう!両方助けれられなかったのは……その」
純狐に対して更にダメ押しを図ろうとしたクラウンピースだけrども、ここに来て初めて彼女がつまづきと言うのを見せた。
そのつまづきの中身は、最悪を想像してしまい思わずと言うのが適切と言うかそれ以外には無いとまで言っても構わないだろう。
「私も仲良くしてましたから」
しばらくの無言の後に、結局純狐に対して特に何かを言い切る事も出来ずにたまらず、もっと重要なのは時間が惜しくなった、主人であるヘカーティアから命じられているはずの純狐を頼むと言う部分も瞬間的ではあるけれども忘れた、そんな動きを今のクラウンピースは見せていた。
「あ、ピースちゃん待って」
けれどもクラウンピースの主人であるヘカーティアの思惑と言うか、算段はまだ望んだ範囲内に収まっていた。
不意にかけだしたクラウンピースを、純狐は追いかけたからだ。
「とはいえ」
だけれども上白沢の旦那は力無くつぶやき始めた。
「どこを探すべきなのか」
連中が何も言わないと言うのが最大の問題とはいえ、今こうやって弟君を捜索している彼らに当て所と言うのは実は全く無かったのであった。
上白沢の旦那は自分にだけ、自問自答する形で呟いたけれどもクラウンピースの見せた変調はこちらの心を打つには十分で、恐らくはこの場で最も厄介な存在である純狐もいなくなったことで嫌な静寂が出来上がってしまい、自問自答に留めるつもりだったはずの上白沢の旦那のつぶやきはびっくりするほど色々な人間に聞こえてしまった。
不味ったと思ったときにはもう遅かった、今のつぶやきが誰かに聞かれてしまった以上はこれの伝播をもう止める手段はなくなった。
そもそも初めから呟いてはならなかったのだ。
「あっ……」
上白沢の旦那は口の中身をからっからにしながら狼狽するのみであった、ここでもまた自分は大したことはないと言う事実を突きつけられた形であった。
少しばかり、奉公人の誰かが上白沢の旦那に対して哀れむかのような表情を作りながら、彼の元に近づいてきてくれた。
お情けの存在にますます上白沢の旦那は嫌な気分と自分の軽さを、否応なく味わう事となった。
「永遠亭から人里への動線は決まっています。こういう場合は常に、基本に立ち返るべきでしょう。人里の者が基本的に使う道を中心に、そこから広げていくしかありませんよ」
「……そうだな」
反論の余地など無い、そもそもの段階で反論する気力がないとも言えるけれども。
「たぶん○○もそうするだろう」
何よりも気力を奪うのは、上白沢の旦那がその心中でするりと、○○もそうしている場面を簡単に想像する事が出来てしまったからだ。
ややフラフラとしながら、上白沢の旦那は奉公人から言われたとおりに、基本に立ち返った動きをするしか無かった。
気力がなくなり、そもそもの精神的部分にも打撃を食らってしまっている今となっては、彼が役に立っているとは言いづらかった。
けれどもそれをあえて指摘するほど、稗田家の奉公人は心の無い存在ではなかった、たとえ屈強な者たちに至ってもである。
ひとまずは永遠亭の側から初めて、もう一度人里までの道を調べる事となった。
人里の方はこの状況が津々浦々、それこそ遊郭にまで知れ渡っているので目と言うか無自覚の内に捜索に参加している人たちが大勢いる、だからもし人里にいるのならばもう見つかっているはずだと言う――どちらの状況に陥っていたとしても――考えで、稗田の奉公人達と上白沢の旦那は人里の外、と言っても比較的安全な永遠亭までの道を重点的に捜索していた。
……無論、誰しもが考えてしまっている事はある、もしも道をそれてしまっていたらと言う可能性だが、もしそうならばもう無理と言う事になってしまう、ただの人間しかも子供にはあまりにも苛烈な場所がひとたび安全とされる道をそれたら、そんな場所ばかりなのだ。
それぐらいはあの子も分かっているはずだから、道はそれていないだろう、ただそれを希望としていたのだけれども。
よりにもよって、と言うべきだろう。前から博麗霊夢がやってきた時、自分たちはまだ彼女から一言も貰ってはいないのだけれども自分たちがどうやら間違っているらしい、それを瞬間的に理解してしまった。
大なり小なりの差はあるかもしれないが、完全に浮かない顔を――彼女は浮けるのに――している表情を見れば、たとえ嫌だとしてもその理解を受け入れなければならなかった。
「外にはいないわよ、多分だけれども」
多分等と言う、実にあやふやな言葉を使っているけれども、博麗霊夢は腹が立つほどに毅然とした態度でこっちは望み薄だから他を当たれと、そう迫っていた。
「多分?」
上白沢の旦那が、毅然とした態度のくせにあやふやな言葉を使っている博麗霊夢に、かみつくとまでは行かないが、腹立ちを抑えきれずに迫った。
「ええ、多分だけれどね。でもいないのは結構確信しているは、ざわざわしているのがあんたたちだけだから、空からずっと見てたけれども、ざわついてるのがあんたらだけってのは、これはたぶんと言う言葉を使わずにはっきりと言えるわ」
「空から?」
上白沢の旦那が何か引っかかりを覚えて、もう一度博麗霊夢に質問をした。
ここで博麗霊夢が『じゃあ』等と言って飛んで行ってしまえば、上白沢の旦那に追いかける術はないし、まさか博麗神社まで追いかけるほどの執着は無かったのだけれども。
「ええ、見てたわ」
さも当然のふるまいのように、博麗霊夢はそう言ってのけた。
上白沢の旦那はカッとなる心中に必死に抗いつつも、その目は見開かれてしまってはっきりと言って尋常ではない雰囲気の男が一人、誕生してしまった。
「良いから貴方は、上白沢慧音に可愛がられてなさい、間違いなく良い女よあれは。稗田○○も自分の立場を理解して、稗田阿求に可愛がられ続けているのだから」
そして博麗霊夢は……彼女が強者を通り越したともすれば幻想郷の安定が服を着て歩いているような存在だからだろうか、口を慎むと言う発想が欠如すらしていたのかもしれない。
上白沢の旦那に対してあんたでは無くて貴方と呼んだのは、珍しいと見る向きもあるけれども、上白沢の旦那はそこに気づきつつもそれは妻である慧音の威光が大いに関係していると、そこに気づけないほど鈍感では……いやこの際においては鈍感だった方が良かったかもしれない、鋭敏すぎて却って物事は動かなかったり悪くなったりする。
ようやく霊夢も、刺激しすぎたかと思ったらしくて「じゃあね」と言って空を飛んでどこかへ、まぁ、博麗神社に帰って行ったのだろうけれども。
それを上白沢の旦那は、卑屈になってきている彼は霊夢がめんどくさいと思ったのではなくて、お目こぼしを与えてくれたとそう考えてしまっていた。
「また慧音のお陰か」
上白沢の旦那はぶつぶつと呟きながら、踵を返すしか無かった。
とはいえ、このまま人里に帰ってどうする?どこを調べればいい?
言ってみれば心配だからついて来てくれている奉公人もそうだが、また大して価値のない事を繰り返していると思っている、上白沢の旦那が最も焦燥感と言う物を抱えていた。
「やぁ、博麗霊夢から聞いたよ。外は望み薄だとかで」
人里に戻ってきた時、出迎えてくれたのは稗田○○であった。
上白沢の旦那との仲の良さを考えれば、それは不思議でも何でもないのだけれども、今回はどうしても固定された片腕が異形を放っていて、明るい感じで応対する○○の姿が矛盾を大きくして異形であることを更に加速させていた。
「ああ……」
○○は上白沢の旦那や奉公人達が息をのむ姿に、やっぱりこうなったか程度の気持ちでしかなかった。
「大丈夫だ、八意女史が来てくれたから」
来てくれたではなく、稗田阿求が呼びつけたの間違いだろうと一瞬、上白沢の旦那は思ったけれどもそこは今回における本筋ではないので上白沢の旦那はすぐに考えを変えた。
「大丈夫なのか?」
すぐに彼は○○の事をおもんばかったが。
「もっと大丈夫じゃない子がいる」
微笑はそのままと言うより、不自然に固まってそんな当然の事を言った。
「……その通りだな」
上白沢の旦那は、さっきから自分は誰かに行く道を示されてばかりのような気がして、そして○○にすら対等ではなくそんな状態でいる事が、ただただ心苦しかった。
「博麗霊夢と会ったよ、正確には向こうから乗り込んできたと言うべきなのだろうけれども」
○○も何か思う所を上白沢の旦那から見たのか、話題を急激に変えてくれた。
「……それで?あの巫女の事だから重要なのだろうけれども厄介な事を伝えてそうだな」
「まぁ……そうだよな、実を言うと真意をまだ測りかねている」
○○ですら分からないのならば、俺にはもっと分からないじゃないかと上白沢の旦那は卑屈な事を考えてしまった。
「ヘカーティア・ラピスラズリの事は知っているか?」
「資料で読んだぐらいだ……いくつかの地獄の神様なんだってな、クラウンピースの主人」
「うん、それが一番表面にある情報だな」
その後○○は急に考え込むような顔を少しばかり作った、いつもの事だと言えばその通りなのだけれども、考え込んでいる内容を教えてくれないのかなとまたしても卑屈な気分に上白沢の旦那は至ってしまった。
短時間の内に二回も、そんな気分を作ってともすれば○○や下手をすれば妻である慧音にも迷惑をかけかねないので、思うだけでなんとか済ませようと上白沢の旦那は努力していた。
「歩き回っているそうだ、ヘカーティア・ラピスラズリが。そう、その事を博麗霊夢から聞いた。と言ってもまだまだ異変と言うには弱いが、面倒そうなのは確かだから情報をくれたと言う事か」
重要あるいは貴重な情報だとは○○も態度で示しているけれども、それだけじゃあなぁと言う気持ちがどうしても○○には出てきていた。
「あるいはクラウンピースを主人であるヘカーティア・ラピスラズリと引き合わせたらどうだ?主従の仲は良いようだし、純狐との友人関係も良好だから、結果的にそうなる程度かもしれんが今の一触即発とも言える状況に、せめてもの歯止めを与える事は……どうだ?」
上白沢の旦那がふと思いついたことを○○に喋ったが、○○は浮かない表情をしていた。なので最後の方は上白沢の旦那も語勢が弱くなってしまった。
けれども上白沢の旦那に対する後ろ向きな表情と言うか、感情は一切作らずに、きっとそこだけは○○の中にある上白沢の旦那との友情を大事したいと言う思いから、強く気を配っていたのだろうとすぐに察する事が出来た。
「備えておいてくれ」
上白沢の旦那の本当に近くに寄った○○は、そう伝えてきた。この言葉は小さくて、本当に上白沢の旦那にしか聞こえていないと確信できるものであった。
「……備えるって?」
ここで上白沢の旦那がしくじるわけにはいかない、特に慎重を期しながら彼は○○に一体何事かと問うてきた。
「博麗霊夢にはっきりとは聞かなかったし、聞いたとしてもお決まりの勘何だけれどもね……それでもやっぱり、この予想にたどり着いてしまった」
辺りを警戒では無くて、○○のため息から察するに言うのすら本当に嫌なのだと分かっただけではない、ここまで来れば○○ほどではない上白沢の旦那だって分かってしまった。
「弟の方も、多分もう死んでいる。だから何も言わないんだよ、どっちともが。金を出しても言おうとしなかった理由も、これで説明がつく。今更あいつらが、子供を捨てた事で悪口を言われても傷つくとは思えんが、死んだとなれば厳罰が課される事ぐらいはいやらしい事に理解しているんだ」
この事実――まだ事実だと確定したわけではないが――はいつ衆目に出てきたとしても、ロクな事にはならないだろう。
「クラウンピースはもう当てにならないかもしれん」
不意に上白沢の旦那は呟いた、彼女はあの兄弟とどうやら結構いい友達だったようだから。
「ヘカーティア・ラピスラズリも頼りになるかどうか。純狐ぐらいは抑えて欲しいが。いや、これは直接『お願い』すれば何とかなるだろうか」
○○はもっと先の事を見据えていたが、それもあんまり捗々しくは無さそうなのが辛い所だった。
ヘカーティア・ラピスラズリだって結局は、主従仲の良さと友人との仲の良さを考えれば、あの兄弟の仕打ちに同じように怒っていると考えた方が自然である。
○○は一気に徒労を覚えた表情を浮かべた、無理もないが。
ただそんな友人の表情を見ていると、今度は何とかして自分が支えるべきだと言う。
真っ当な感情なのに欲のような物が出てきた。
続く
>>967 の続きです
「それで?」
上白沢の旦那は○○に問うてきた。
「それで、とは?」
わざとなのだろうけれども、○○は友人からの質問に対してのれんに腕押しをしているような印象を与えながら、逆に問いかけてきた。
何か操作されているような、いやな物を感ずるけれどもはっきりしたことを言わなかった自分の方に落ち度があると上白沢の旦那は殊勝にもそう考えておくことにした。
「これからの処置と言うか……対処だ。何もしないと言うわけにもいかないだろう」
立ち話とはいえ、上白沢の旦那は有り余る気力の向かわせる先を見失ってしまって、走り出したいのを懸命に抑えているような気配すら存在していた。
「ああ……」
そんな友人の姿を見た○○はまた回答を、保留とまでは行かないけれどもたっぷりの時間をかけていた、明らかに言葉を選んでいた。
「申し訳ないが」
何故謝る必要があると、気力に溢れすぎている上白沢の旦那は苛立ちにも近い感情を抱きながらも、○○からの次の言葉を待つのみであった。
「あの両親のどちらともに、もう監視の目は付けている……それに、外部協力者の存在もある」
外部協力者の事を口に出した時、○○の表情が曇った。その曇り方は肉体的な、骨折によるものではない事ぐらいは理解できた。
そのまま○○は独り言を呟いていたが、上白沢の旦那が聞き取る事の出来たのは『一線の向こう側』と言う単語のみであった。
「東風谷早苗が協力してくれている、俺が骨折した話を阿求に真っ先に知らせたのも彼女だった。そう言う目端は利くんだ、真っ直ぐ永遠亭には行かなかった」
○○は観念したと言うか、情報の共有の方がより重要であるとの答えにたどり着いたからか、例の山の上の巫女も出張ってきている事を口に出してくれた。
「役には?」
上白沢の旦那は疑問のような物を口に出したけれども、○○にとっては東風谷早苗が自分に近づこうとしている事の方がより重大で危険な事なので、事件捜査の役に立つかどうかは実のところで物凄くどうでも良かったが。
もしかしたら役に立たせずに終わらせた方が阿求の心証と言うか溜飲を下げる事が出来るのではと、確かに考えてしまったが事件の重大性がそんな姑息な手段を数秒で却下させてしまった。
「立つだろう。あるいは……彼女の持つ奇跡の力が作用する可能性も否めないね」
解決の芽が出てきたと言う事なのだけれども、○○は明らかに皮肉気な声を浮かべていた。
「そうか……」
てっきり上白沢の旦那はその皮肉気な部分を批判してくれる、○○としてはそれを望んですらいたのだけれども。
上白沢の旦那は落ち着かない様子でいながら、右往左往所か、ここが幻想郷だからだろう空をロべる物が珍しくはないからだろう、上すら見ていた。
「待つのは苦手か?」
思わず○○がそう声をかけた。
「役に立っていないような気がして」
上白沢の旦那の友人である○○が相手だからこそ素直な言葉には、素直ゆえに○○は重症だなと思わず感じてしまった。
「俺達は有名人だ。それが前に出れば、連中にあらぬ憶測と、下手をすれば雲隠れをされてしまう」
「稗田の力を使えば、雲隠れなんてできないだろう、追い立てればいい!」
上白沢の旦那は思わずと言った様子で、相手が○○だと言うのに強い言葉を使った。
「……そうだな」
○○は頭に血が上っている姿の上白沢の旦那に対して、なだめるかのように困った笑顔を、見せてくれたが、この穏やかな姿が却って火に油だろうなと言うのは○○からしても、微笑を浮かべてからようやく気付いた。
恐らくだが、骨折の痛みを抑えるための痛み止めによって、○○の思考能力にも幾ばくかの停滞を見せていたのかもしれない。
「ああ……」
考えている事――万に一つだってあり得ないのは何となく所でなく分かっているが――を伝えて宥恕(ゆうじょ)を乞おうと○○はしたが、痛み止めはあくまでも根治のための薬ではない、ある程度の限界を超えればまた痛くなる。
友人である上白沢の旦那に一歩ほど近づこうとしたら、その限界点と言う奴を不意に踏み越えてしまったらしく、○○の表情は友人に宥恕を乞う物から一気に、痛みをこらえる苦悶の表情に変わった。
この○○の姿に、友人である上白沢の旦那はますます頭に血を上らせてしまった。
「極刑以外にもはやありえん。○○、お前だって許す気は雀の涙ほどにだって持ち合わせてはいないはずだ」
○○は上白沢の旦那からの更なる質問というか、もはや追及にも近い言葉にうんともすんとも言えなかったが、実際問題で上白沢の旦那の言う通りとは言え、ここで何も言葉を出せずにいたのは少しどころではなく不味かった、彼に対して勢いと言う物を与えてしまった。
ほとんど唯一の抑え役である○○が骨折から来る痛みによる苦悶の表情のみであるのは、事態の緊迫性を過剰に上白沢の旦那に対して伝えてしまいかねなかった……
もう遅いのだろうけれども。
「稗田家の人間が、陰に陽に動いてくれているよ。目を逃れる事は出来ない」
痛みをこらえながら、何とかひねり出す事の出来た言葉を使って上白沢の旦那に対してはやり過ぎないようにとしか伝える事は出来なかった。
「……だったら良いんだが」
まだ、不満と言う物はあるのかもしれない。だけれども稗田家がすでに動いているのであれば、不足と言う物は無いだろうと言うのは上白沢の旦那としても直感的に分かってしまう。
少しばかり、上白沢の旦那は語気を抑えて引き下がらなければならなくなった。
だがホッとしたのも束の間であった。
少し視線を何もない、青空の方向に向けて落ち着こうとしたらもっと落ち着かなくなってしまった。
東風谷早苗が見えたからだ、その上今回はお目付け役の八坂神奈子もいなかった、撒いたのだろうか?
○○は別に口から何か恨み言やうめき声などは全く上げていなかったけれども、友人が急に見せた悪い方向への変化には、さすがに上白沢の旦那としても今回の事件の次かあるいは同じぐらいに敏感になってくれた。
「……ああ」
○○と同じ方向を見た時に、上白沢の旦那も一瞬ではあるけれども今回の事件によって感じている義憤と頭に上った血の事を忘れてくれた。
「厄介だな」
何がどう厄介だとかは、上白沢の旦那はそれを言うともっと厄介になると思って言わなかったけれども。
目の前の光景を見れば、厄介の内容については論ずるまでも無かった。
東風谷早苗は○○に向かって嬉しそうに手を振っていた光景を見れば、彼女が○○に対して単純なファン感情以上の、好意と言う物を持っている事ぐらいは誰だって気づけるしもっと言えば気付くべきであった。
「調べてきましたよ」
降り立った時の早苗は、今回の事件があまりにも凄惨でいち早く解決すべきではあるけれども楽しむ余地など無いと、それを思い出したのか急に真面目な顔を作ってくれたけれども。
彼女が地上に降り立った時の、その様子はと言うと稗田阿求が見れば機嫌を悪くするだろうなと言うのが○○にも上白沢の旦那にも、どちらともがすぐに思い至る事が出来てしまった。
稗田阿求には無い物が、東風谷早苗には存在していて、それが地上に降り立つときに胸の辺りでゆっさゆっさと揺れていたからだ。
上白沢の旦那はまだ、妻である慧音がなるほど確かに博麗霊夢の言う通りで良い女だから、少しばかり引いたような苦笑するような気分にこそなるがその程度でいられるが、稗田○○の場合は全く違った。
彼の妻である稗田阿求は、その嫉妬心が暴走してついには人里の最高戦力である慧音に対してさえも牛女!等と言って罵りだす所まで行ってしまった。
ここ最近は、この二人を妻としている二人の旦那である彼らが間を図ったり相談したりして、かち合わないようにしていたからどうにかなっているけれども、東風谷早苗に関してはどうにもならないと言うのが現実であった。
稗田○○の脳裏には、色鮮やかに想像が出来てしまった。
自分の妻である稗田阿求が、東風谷早苗の胸を見て肉塊だの贅肉だの、上白沢慧音に対していったのと同じかあるいはもっと酷い言葉を使うに違いないと言う、そんな予想はすんなりと行えてしまった。
「調べてきたとは、何を?」
○○はいっその事追い返そうかとも思ったが、今の骨折を抱えているこの腕では中々。
それ以前に○○は、自分の妻以外の女性とは出来る限り会話などはしないようにしている、触るなどはもってのほかである、ましてや東風谷早苗は依頼人だったり信仰してくれる老婆と言ったような微笑ましい存在ではない。
○○にできる事と言えば、目を閉じて早苗からの言葉を待つだけであった。実を言うとこれだってかなり穏やかな対応であるのだけれども、少なくとも稗田阿求がやりそうな事と比べれば。
「なんか怪しくないですか?あの奥さんの方が買ったものを調べたのですが」
東風谷早苗はそう言いながら、紙片を一枚取り出してきただけであった、読んではくれなかった。どうやら○○に手渡さないと気が済まないようである。
「あー……」
不味いなと思った上白沢の旦那が、自分が代わりに受け取ろうとしたけれども、案の定であると言えばよかったのかもしれないが、東風谷早苗はその紙片をさっと引っ込めてしまった、あくまでも○○に受け取らせたいと言う事であった。
「貴方は上白沢慧音がいるから、私は必要じゃないでしょう?」
少し挑発的な態度の早苗の言葉が、上白沢の旦那はもちろんであるけれども、目を閉じている○○の方もピクリと身体を動かして反応した。やはりどうしても気になる、危険だと思う程度には、今の東風谷早苗の姿にはそれが存在していた。
今の言葉に、上白沢慧音の事は認めていると言うか敵だとは思っていないようではあるけれども、○○の妻であるはずの稗田阿求の事となると?
甚だしく剣呑であるとしか言いようが無かった。
とはいえ、あえてそれを話題にはしなかった。東風谷早苗の内心を無視すると言うのは、対症療法かもしれない根治は望めないかもしれないが、少なくとも今この瞬間においては決して悪い方法ではないはずだからだ。
「○○」
とはいえ声色の方は、特に上白沢の旦那の場合は正直になれるだけの余裕があった、やや以上に諦めがちの声ではあるがそこには苦笑を混じらせるぐらいの余裕が存在していた。
「ああ」
少し○○の声は不機嫌であった。
しかしながらようやく目を開けて、早苗の方を見てくれた○○の姿に対して、東風谷早苗は明らかに乙女と言える表情を浮かべていた。
こいつ、○○の嫁が誰でどんな性格をしているのか分かっているのか?思わず上白沢の旦那はそう考えたけれども、一番それに対して危機感を抱いているのは間違いなく稗田○○の方であった。
「人里でうちの奉公人達を出し抜けるとも思えないのですがね」
○○は自分が稗田阿求から愛されていると言う、ただそれ一点のみで存在することを許されているのをしっかりと自覚しているから、いきなり笑顔だけでなく女と言う物を振りまいている東風谷早苗に対しては、嫌味とはまでは行かないけれども友好的な態度は取らなかったし、そもそもで取りようと言う物が無かったのが実際の所である。
「適材適所ですよ」
しかしながら早苗には、堪えたような姿は無かった。そもそもでこの程度で傷つくようなら、こんな事にはなっていないと言うのが実際の所であろう。
○○は鼻を鳴らしたけれども、早苗の言葉を邪魔したりそもそもで聞こうともしない態度と言う物はとらなかった。
聞いてやろう、と言う事らしいけれどもそれが実のところでは東風谷早苗に対する隙のような物を作りだしてもいるのではないか、憮然とした態度ではある物の聞いて『あげて』くれていると早苗は感じているようで……良い顔で笑ってくれていた、そこに他意と言う物がさしはさまれる余地はないほどに、良い笑顔を早苗は浮かべていた。
「そりゃぁ……あの奉公人さんたちと比べたら、数も練度も組織力も違いますけれども。品が良すぎるから割と警戒されやすいんですよね、うらぶれた地区に行けば行くほどに」
「ああ……」
○○も思い当たる節があるのか、早苗嬉しそうな言葉には軽く流すだけで済ませてくれた。
「私ならもう少し奥にも入り込めますから」
「それに飛べる」
そっちの方が重要じゃないのか?と言わんばかりの○○の態度であった、実際問題でそうであろう、知識としては知っていても中々空を飛べる存在をしかも人間を、警戒すると言うのは本能にあらがうような思考であるので難しい所であった。
「……妙に大きなゴミ箱を買っていたんですよね。そりゃあの夫婦がゴミの仕分けなんて出来るような高級な思考回路を持っているとも思えませんが。だからと言って、二人で出すゴミの量にしては、少し、多いかなと」
飛べることは早苗としてもそれなりに自慢だったのか、○○からその事を揶揄された際にようやく意気が落ちたけれども。
「あのゴミ箱、人一人ぐらいなら簡単に入りそうだなとも……」
実に嫌な想像力を東風谷早苗は与えてくれてしまった。
「まさか」
○○の言葉には二種類の意味が存在していた、死体を隠すためにそんな残酷な事があり得て欲しくないと言う意味と、あいつらにそんな頭は無いだろうと言う見下した態度であったが。
それでも、○○は上白沢の旦那に少し目線をやった。
それは彼にも、自分の考えを追認してほしいと言うちょっとした狼狽の表れでもあったけれども。
上白沢の旦那は○○の願いもむなしく、若干、嫌悪感をこらえるような顔をしていた。
「そこに本当に亡骸が入っているかどうかは分からないが……ロクにゴミを片付けずにある程度まとまったら何もかもぶち込んで、燃やせるところに持っていくと言うのはある事はある。あまり性質のいい方法ではないから、寺子屋では絶対にやらないが」
その時の○○の顔はぽかんとしていて、通俗的な表現を用いるならば『マジで?』と言う様な顔をしていた。
「どう考えても夫婦二人で出せるごみの量ではないんですよ、あの桶」
○○の中に迷いが見えてきた、このまま強行突入するべきか、あるいは否か。
そして残酷な事に、場の決定権は○○に、持たされていたとも言えた。そうなる事が稗田阿求の望みだから、いつだってこういう時には○○が何かを言って今後の方針を決めると言うよりは……もはや奉公人達にとっても決めてくれるぐらいの考えを持っていた。
「まさか……」
とは言うけれども、最初の時よりもその語調に勢いはなかった。あり得るかもと思い始めている何よりもの、兆候とも言えよう。
そして○○が決めあぐねいていると、○○以上に場をかき乱せる存在が出てきたと言うか、帰ってきた。
クラウンピースと純狐……だけであればまだ良かった。
この二人の傍らにヘカーティア・ラピスラズリもいて、明らかに自分以外の二人を慰めるような姿を取っていたのには、○○は思わず歯を食いしばりながら天を仰いだ。
「誰かに会ったか?」
しかし最後の最後で、と言えよう。○○は力を振り絞ってこの三名に声をかけた。
クラウンピースと純狐は、聞こえていたけれども無視と言うよりは、気力が無かったようで全部をヘカーティアに任せたような格好であった。
ヘカーティア・ラピスラズリはいくつかの地獄の管理するほどの立場であるゆえに、彼女がそこまで友好的でない以上は、『なによ?』と言う態度にはほとばしる物が大いに存在していた。
傲慢とも言える自信かもしれないけれども、彼女は実際問題で強い以上は、その自信や今の態度は全くもって許容されてしまうのであったのだけれども。
○○にだって、責任と言う物は存在している、たとえその責任感でさえも稗田阿求から与えられた贈り物であったとしても、受け取った以上は無為にすることは○○の中の生来から備わっている人格が許さなかった。
「ヘカーティア・ラピスラズリ、聞きたいことがある。その向こうから出てきたけれども、誰かと会ったかと聞いている。あるいは、貴女が何かを話したのでは?クラウンピースと純狐がいきなり捜索を……打ち切って、戻ってきたのにはそれ相応の訳が無ければならないはずだから。いくら貴女がクラウンピースの上司であり、純狐さんの親友であろうとも今の二人を動かせるとなると……」
淡々としている物の○○は冷や汗でいっぱいであった。むしろ、淡々としていないと自分自身の冷や汗によって溺れてしまいかねなかった。
とはいえ、内心はどうであれ――もっと言うと稗田阿求の庇護が大いにあるとは言え――ヘカーティア・ラピスラズリに事実関係の確認だけとはいえ、前に立つ事が出来た○○の事を、少しは認めてくれたのだろうか、彼女は少しだけため息をついたが先の顔よりはまだ、友好的な物が出てきていた。
「博麗霊夢と会ったのよ。直接純狐やピースちゃんに話すよりも、私を介した方がと考えたのね。まぁ私も、気付いちゃったことを話したけれども……けど悪いけれども、何を話したのかは、今は言えないわねん」
妙な語尾で、おちゃらけている訳ではないが場の状況を自分に有利にするような態度であった。
事実、目はしっかりと○○の方を見続けていた、一切脇によることはなく目線が会い続けているのは間違いなく、まだまだ弱いながらも威嚇と言って差支えは無かった。
要するに、関わるなと言う事なのだ。
しかしながら○○は関わらざる、話を続けざるを得なかった。
「博麗霊夢と何を話したのですか?」
ヘカーティア・ラピスラズリが歩を、○○を避けて『くれて』進もうとしたその進路に対して、○○は身体を横にずらして移動させて彼女の進路を妨害した。
「真面目なのねん」
少々の苛立ちを彼女も感じたようだけれども、まだまだ、彼女は○○の立場と言う奴に配慮や理解と言う物を示してくれていた。
だけれども何事にも限界はある、仏ですら三度目はないのだから。一度目があっただけでもめっけものと考えるべきであった。
「今は話せないの、けれども……貴方も博麗霊夢と会ったのならば、予想は出来ると思うのだけれどもね」
去り際に彼女が残してくれた言葉に、特徴的な語尾は存在していなかった。
これ以上は危険と判断した○○は、彼女が去る事の妨害を二度目はやらなかった。
しかし、話しかけるぐらいならばまだ出来るはずだ。
「貴女も気づいたのですか?博麗霊夢と同様に」
「……ええ、残念だけれども。私は死んだ後の世界を管理している立場だから、どうしても、気付きやすいのよね」
非常にあいまいで、抽象的なやり取りではあるけれども。
博麗霊夢とヘカーティア・ラピスラズリの意見が一致を見せたことが確認できればもはや十分であった、そもそも○○の方も博麗霊夢とは会っている、正確には彼女の方から乗り込んで来て話をされてしまったのだけれども。
生きていると信じたかった弟の方も、もはや既に…………
もうこうなってしまっては、こちらの都合も考えずに色々な場所に出没した博麗霊夢の事など、どうでも良くなる。
そもそも彼女は、幻想郷の秩序が服を着て歩いたり空を飛んでいるような存在だ。こちらが何を言っても腹を立てたとしても、博麗霊夢は博麗霊夢自信を押し通すだろう。
それにこうなってしまっては、もう……
○○の心中にはいつかの時に、自分の財布の中身を横領していた連中の事が思い起こされたが。
あの時も処したが、あれは阿求に苦しめられる前にスパッと終わらせただけだ、何と言われようとも自分は慈悲を持って行動した。
しかし今回は処することになっても慈悲は無かった。
続く
>>932 続き
「住処を変えるよ」
帰宅してすぐ、私は足枷を外しながら○○に告げた。
「どうしたんです、藪から棒に」
「私の周りを嗅ぎ回ってる奴が居るのさ」
○○は呆れたように息を吐く。
「僕の存在が知られて何か不都合があるんですか?」
「お前が他の奴と会うかもしれないのが気にくわないだけさ」
「てっきり、鬼が人間に懸想しているとなると体面が悪いのかと」
思いがけない○○の言葉に、私は固まってしまった。
「否定しないんですか?」
嘘は、吐けなかった。その気持ちも少なからずあったのは否定できない。
「萃香さんがどのくらい僕のことを好きなのか、分かんなくなってしまいました」
消え入りそうな声で○○は言う。
「人間が人間を攫ったら犯罪なんですよ。でも、鬼が人間を攫うのは当たり前なんですよね。
萃香さんは犯罪的な手段に及ぶほど、恥も外聞も投げ捨てるほど僕に恋してるわけではなかったんだ。鬼として当たり前のことをしただけだったんだ」
まさかそんな方向から○○の心が傷つけられているとは思いもしていなかった。
「なんで勘違いしてたんだろう。萃香さんが、僕みたいな平凡な人間をそこまで好きになってくれているって」
「○○は私のこと、嫌ってないのか?」
「最初はショックも受けましたけど萃香さんが良い人?妖怪?なのは数日間いっしょに過ごしていればわかります。嫌いにはなれません。
萃香さんは僕が萃香さんのことを嫌ってると思ってたんですか?」
「……思ってた」
沈黙がその場を支配した。
頭の中を嬉しいやら哀しいやら、よく分からない感情がぐるぐるしている。
最初に口火を切ったのは○○だった。
「すみません、ちょっと混乱させてしまったみたいですね。
少しで良いので、久しぶりに外の空気を吸わせて貰ってもいいですか?僕は逃げも隠れもしませんよ。逃げたところで、萃香さんなら僕のことを簡単に見つけてしまうでしょうし。
落ち着いたら僕を連れ戻しに来てください。待ってますから」
○○を物理的にこの部屋に繋ぎ止めていた足枷はちょうど外していたところだ。申し訳なさそうに少しこちらを見て、○○は外へと歩いていった。
私は、すぐに○○を追いかけることが出来なかった。
>>974
面白かったです!続き楽しみにしてます!
あけましておめでとうございます
>>973 の続きです
もはや一秒ごとに精神力や気力が削れて行っているのは、○○だけでは無くて稗田の奉公人達も同じであった。
「旦那様」
何人かの奉公人を代表して、一番年季が、年齢にせよ奉公人になってからの年月でも両方の意味で一番大きな物が、稗田○○の前に歩み出た。
「ご下知を」
まだまだ恭(うやうや)しく扱ってはくれているけれども、その根っこにおいては、もはや○○に決断を迫っていた。
――先ほどのヘカーティア・ラピスラズリと○○との会話は、隠すような物でもないしそもそもがヘカーティアに隠そうと言う意思が無かったので、全員が聞いていた。
もはや猶予と言う物は、無くなってしまったと見るべきだろうここまで来てしまっては。
「出来る限りの人出を集めて、あの二人の、連中の動向をつぶさに調べ続けろ。実力行使はまだだ…・・・やるとしても俺か上白沢の旦那だろう、先鞭を切るのは」
何もやらないわけにはいかない、そしてあの連中を放っておくべきではないのは無論の事であった。
最後の一線と言うか気になる点として、この奉公人達が暴走をしてしまわないかだけが、○○としては気がかりであった。
それゆえに自分と上白沢の旦那の存在を暗に所か、完全に前に出しておいた……最も○○としても処断の引き金を引かせるのを、友人である上白沢の旦那にやらせる気はなかった、あくまでも自分が背負うべきだとすら考えていた。
だが少なくとも、事実の確認が先ではあるが分かり切った事実の確認さえ終われば、もうやってしまうと言う部分は隠さなかった。
それがあったから良かったのだろう、奉公人は先ほどよりも明らかに期待に満ちた様子で、恭しく礼をしてくれてすぐに何人かが向かってくれた。
こういう場合の事も、最低限残る人員と言うのは初めから決まっているから、動きは非常に速やかに行われてくれた。
唯一の上手くいかない点としては、今回ばかりは奉公人達も前へ前へと出たがっていたから、初めの取り決め通り残った奉公人達は少しばかり残念そうな顔を浮かべていた事か。
だけれども無理はない、この者たちだって子供がいると言う場合も珍しくない所か普通とまで言い切れる、それは残ってくれた中の者たちに関しても同じであった。
とはいえ、○○は覚悟を決めつつあったし上白沢の旦那もどうやら二人ともダメらしいと言う事実をようやく飲み込み始めて沈鬱な様子を浮かべていた。
「何もできなかった」
里へ戻る道すがらに、上白沢の旦那がぼそりと呟いた。
道理であったし、その言葉に異論や批判をさしはさむような事も出来なかった。ただ、上白沢の抱いていた無力感と悔しさと、あるいは暴発しかけている感情、それが感染したのは間違いは無いと○○は気づいた。
「まだ早い」
月並みな言葉だがそう言って、○○は上白沢の旦那を抑える事にした。
「分かってる」
上白沢の旦那はそう言ってくれたけれども、果たしてどこまで理解したり同調したりしてくれているかは、怪しいなとしか○○としても思わざるを得なかった。
そのまま無言のまま重苦しい雰囲気をどうする事も出来ずに、○○たちは歩いていた……ただ○○からすれば東風谷早苗が相変わらず、列からはある程度外れているけれども物の見事に○○の視界の端にチラチラと映るように、巧みに動き回りながらついて来ている事であった。
東風谷早苗も状況を、ヘカーティアとの会話はしっかりと聞こえていたから状況が一気に悪化、ないしは考えたくなかった最悪の場面まで向かってしまった、それにはさすがに気づいていたから、手を振ったりして愛想を振りまくような事こそなかったが……しかし○○に対して自分の存在を主張したいと言う思考回路は、それまでをも我慢することは出来なかったと言う葛藤が○○の目にはよく分かってしまった。
早苗は少しばかり小走りをしたりして、○○との距離を出来るだけ一定に保つ努力をしていた。
その努力を少し強めに発揮するたびに、○○の視界には早苗の事がチラチラと、どうしても映り込んでしまうし、○○が早苗の事を意識したり見た瞬間に、そもそもが彼女は育ちが良いからそのたびに会釈をしてくれるのが……丁寧なのだけれども、やりにくいと言うか厄介と言うか。
「ああ……」
○○の方もほだされている、とは考えたくなかったが早苗が何度か会釈をしてくれているうちに、反応らしきものを早苗に対してあげてしまった。
「あはは」
すると早苗は笑顔を浮かべて反応をさらに返してくれた、状況が状況故にあからさまな明るさは無いけれども――
いや、ここから先は○○が意識していただけであった。
○○のいるところに追いつこうと、空も飛ばずに早足で時には何秒かとはいえ走る事を繰り返している早苗は、まだまだ元気とはいえ明らかに心拍数が上がっており息も早くなっていた。
そのうえ幻想郷の巫女服は腋が丸出しで扇情的な上に……それを着ているのが東風谷早苗であるのが一番の問題であった、美人なのは阿求も同じなのだが早苗は比べてしまえばどう考えても健康で胸も大きくて――
――つまり、妻である稗田阿求の持っていない物を、彼女にとってはそれが無い事を強い劣等感としてしまっている物を、東風谷早苗は全部持っていた。
○○の中にある男性的な部分が、どうしても東風谷早苗の事を意識してしまった、ついでに何故か友人の妻である上白沢慧音の事も脳裏に浮かんでしまった。いや彼女はその旦那である自分の友人に対して、何があったかは知らないけれどもべた惚れしているから、婚姻を結んでいるから大丈夫なのだけれども。
東風谷早苗はどこからどう見ても考えても、独り身であった。それが一番危険なのだ、その上多分彼女も一線の向こう側なのだから。
○○は息を大きく吸い込みながら、気を張った様子を見せながら歩みをさらに早くした。
その様子を見た奉公人達は、○○が今回の事件でまた感情が荒々しい物にぶり返したのかと思って、とはいえ○○は――そもそもが地縁も血縁も無い外来人であるから気を付けているのだけれども――横柄だったり乱暴な旦那様ではないから、今回の事件で感情がおかしくなったと奉公人達も思ってくれて、慌てこそしたがなおも親身になって付き従ってくれた。
何と無しに気付いているのは、一線の向こう側を○○と同じように妻としてしまった上白沢の旦那ぐらいであったけれども……東風谷早苗は上白沢の旦那と目があった時、明らかに彼に対して避難ほどではないけれども呆れたようなため息を漏らしたのが、上白沢の旦那には見えてしまった。
そのまま早苗も走って行ってしまって、ついに上白沢の旦那がこの列の一番後ろに位置してしまった。
「まるで今の自分を象徴しているじゃないか、何もしてない男め」
上白沢の旦那は置いて行かれてしまい、一番遅れて走り出す寸前に、自らを酷く非難する言葉を自然と出してしまった。
何かを成し遂げたいと言えば聞こえはいい、野心と言い換えても決して悪くは思われにくいけれども。
今の彼の心中にある物を例えるのに、最も適切な言葉は欲求不満と言う、はっきりと言って身勝手な気持ちであった。
けれども今の上白沢の旦那はその事に気づいていなかった。
「ああ……」
走るとまでは行かないが、随分速い速度で歩き出した○○であったがその歩みは止められる事となってしまった。
「何の用だと言うのだ、博麗霊夢」
また素敵な巫女が出張ってきたのであった、帰ったのだと思っただけに○○としては意識の外からの攻撃に近かった。
東風谷早苗に対する情欲を確かに感じてしまって、嫁である稗田阿求への申し訳なさを感じている稗田○○は苛立ちから、人里を通り越して幻想郷の要石とまで言えるような存在に雑な対応を取ってしまった。
「まぁ、まぁ、まぁ」
さすがに霊夢に対してこれ以上の雑な対応は、早苗としても肝が冷えるので○○と霊夢の間に割って入った。
「あんた……」
霊夢は少し早苗の様子を見て何事かを言いそうになったけれども。
「まぁ良いわ、めんどくさい。今回のこれと同じね」
異変ほどの何かを感じない以上は、霊夢としては下手に首を突っ込む方が厄介な事になりやすいと瞬時に判断してしまった。
それは幸なのか不幸なのか。
「稗田○○、お前は今すぐ件の夫妻の所に行きなさい。稗田家の奉公人達がクラウンピースに追いついたけれども、いつまで持つか分からないの」
「ああ……」
だけれども今度は○○が、博麗霊夢が○○の前に来た理由を知って一気にやる気をなくした。
はっきり言って、あの夫妻がどうなっても構わないからだ。
「里の構成員どうしの殺し合いなら、私は首を突っ込まないの。でもクラウンピースは違うから、めんどくさい事になりやすいのよ。たとえ○○、お前がやったとしても嫁の稗田阿求と色々とこねくり回してしまっても何も言わないわ」
稗田○○は何も言わなかった、博麗霊夢の感じている懸念にも理解は及ばせていたけれども、だとしてもなぁと言う気分しか出てこないのだ。
とはいえ「真実を知ってからでも遅くは無いか」寸での所で○○の性格が幸いした。
○○は博麗霊夢を置いていく形で走り出した「あ、待って!」それについて行く東風谷早苗の声は……間違いなく乙女であった。
博麗霊夢は目を見開いて驚くでも、かといって不安そうにするでもなく、ただただ表情を変えずに○○を追いかける東風谷早苗や稗田の奉公人を見ていたのだけれども。
「ああ」
すぐに目線に気づいて、その主である上白沢の旦那の方向を見た。
「殺し合い、あると思うか?」
上白沢の旦那は博麗霊夢に質問をした。
「たとえ一方的でも人里内部で収めて」
霊夢は先ほどと比べてほとんど同じことを言うのみであった。
「約束しよう」
上白沢の旦那はなぜか笑いながら博麗霊夢と約束を交わした。ただしその約束は一方的であった、博麗霊夢は何も言わずに飛んで行ってしまったからだ。
(多分、上白沢慧音が世話を焼くわね。まぁ、慧音はあの男にぞっこんだから好きでやってくれるのがせめてもの幸いかしら)
心中にある、この先のちょっとした動きを霊夢は予測すらしていたのだけれども、何も言わずに飛んで帰ってしまった。
「私と一緒の方が早いですよ」
○○はこう見えて随分活動的であるから、その為に思ったよりも健脚ではあったのだけれども。
しかしながら東風谷早苗のような存在から見れば、飛ぶことのできない○○は彼がいくら健脚であろうともそこには限界がある。つまり東風谷早苗にとってはじれったい速度にしかならないのであった。
なので早苗は自然と、そもそも男性の手を握ること自体が早苗にとっては、前向きにそうしたい思えない限りはあり得ない事であったのは言うまでも無かった。
だからむしろ早苗は、○○と手をつなぐ大義名分を得て非常に嬉しそうにしていた。
○○は『あっ!?』とも言う事が出来ずに早苗から手を握られてしまった、それだけ早苗がその行動をとりたかったから前のめりであったと言えたし、何よりも確かに早苗に手を握られていたら非常に素早く移動できた、それこそ浮き上がる様な感覚を味わっていた。
当然だ、早苗からすればそれは空を飛ぶことの力を少しばかり、加減して使っているだけだ、お手の物と言える。
○○が何も言わない、つまり嫌がる事もしなかったから早苗は少しばかり勢いを増してしまって、そのうちにふわりと本当に浮き上がってしまい、屋根から屋根へどころか家屋の上側を浮き上がりながら通って本当の意味での最短距離を通ってしまった。
完全に浮き上がった時、○○が怖がっていないかどうかここに来て初めて早苗が気にした、それだけ興奮していたのだけれども。
けれどもここで○○は、少しでも居心地悪そうにしておくべきだった。
その時の○○は、喜びの感情こそなかったけれども初めての感覚に対して、興味津々と言った様子で早苗の事を見ていた。
「あはっ!」
少なくとも自分への違和感だとかそう言う物は感じていない、それを見て取った早苗は○○に対してとても感情的だけれども、好意を前面に出した表情を浮かべた。
ようやく○○は自分が不味った事を悟り、せめてと思って早苗から目線を完全に逸らしたが……もう遅かった、それはもう完全に遅かった。
続く
どうにも長くて申し訳ない結局年を越してしまった
>>979 の続きです
ほとんど空を飛んでいたから、言って見れば上空と言うのはほとんどの存在にとっては意識の外である、それは稗田の奉公人にとっても例外ではなかった。
クラウンピースや純狐に、一応付き添っているヘカーティアは別としても、稗田の奉公人はこの里で特に尊い仕事とはいえ持っている力は常人のそれから大きく逸脱はしていない。
そのため九代目様である阿求様の旦那様である○○が、この意識の外である上空から降りてきた時に、奉公人達は――友人を殺されて憤っている――クラウンピースを止めようとしつつも内心を理解してしまえるから、やりにくいと言う意識をいくばくかの間忘れさせる効果としては十分であった。
これによって九代目様の信仰心から来る、阿求が意識してそうなるように仕向けていた夫である○○への忠誠と信仰、それが阿求以外の手によって高まる事となってしまった。
……これが○○の機転のみで為されたものであったら、阿求はきっとでも何でもなく間違いなくもろ手を挙げて喜んでくれるのだけれども、今回は他人の手の中でも、よりにもよって東風谷早苗の手が入り込んでしまっている。
だからと言って阿求は、高まった信心を反故には絶対に出来なかった。稗田○○を愛しているのだから、最後まで最期まで付き合ってくれる存在は手に入らないと思っていたから、反故に等出来ようはずも無いしその概念も無かった。
だからこそ、この先に置いて稗田阿求は苦しむのだけれども。
「クラウンピース」
そして今現在において○○が出来る事と言えば、あくまでも東風谷早苗の事を話題にしない、ただそれだけであった。
そして○○に声をかけられたクラウンピースは、明らかに爆発一歩手前かそれよりも近い距離にいた、これには東風谷早苗も何かをやると言うのは、少なくともそれは今では無いと思えるだけの状況は理解してくれた。
「止めるの?」
○○に声をかけられたクラウンピースは非常に機嫌の悪い部分を全く隠さなかったが、むしろそっちの方がやりやすかった。
腹の底をさらけ出しながら話せると言うのは、決して悪くは無い事なのだから。
「止める、人里の構成員どうしだったら多分止めなかったが」
やや含みを持たせた言い方を○○は行おうと思ったが、今のクラウンピースにはそう言うのは逆効果であろうからすぐに考えを改めた。
「最悪、俺がやる」
クラウンピースは○○からのこの言葉に、やや複雑そうな表情をしていたが……好感とまではいわないものの、決して悪い様子は彼女からは見えなかった。
「それは……稗田阿求の夫として言ってるんだよね?稗田家の言葉として受け取って良いんだよね、貴方個人の見解では無くて」
クラウンピースは慎重ながらも確実に、確認を求めてきた。
「構わない」
○○は言い淀まなかった。
「……そう」
溜飲が下がるとまでは、まだまだクラウンピースもそんな気分に等なりっこはないが人里内部における――稗田阿求に愛されてしまった○○の言葉がどれぐらい重いかぐらいは、クラウンピースも幻想郷に武者修行のような物をヘカーティアから命ぜられて動き回ったから、嫌でも理解は及んでいた。
その理解の途上で、寺子屋の事も知った。だからこそ、子供がこんな無残な最期を遂げていると言うのに、と言う気持ちも同時に湧いて出てきた。
これは稗田からの色よい返事をもらえたと言う、安心感とはまた違った感情と言うか求めであった。
「あんたの友達は?後ろからチラホラ、稗田家の人間が追いついているけれども、あんたの寺子屋で先生やってる友達からも、いい返事がもらえたらなと思ってたんだけれども」
「え?」
○○は後ろを振り返って、次々と、何とか追いついた者たちを見た。
……確かに、自分の友人である上白沢の旦那の姿は無かった。
(何やってるんだ……?)
少し、苛立ちとはまだ言い難い物のあると思ったはずの物や誰かがない事は、○○としてもほぞをかむような気分にならざるを得ない。
そのうちに、哀れなあの兄弟のよりにもよって実の両親――どう考えても下手人だ――が辺りの様子を気にして外を覗き始めた。
○○は自分と目線があった瞬間、こいつらの笑顔と会釈が非常に癪に障った。あれはどう考えても自分より後ろ側の阿求を見ていた顔だ。
何よりも阿求にちょっかいを出されたような気分に、○○としてもならざるをえず、すぐに目線をそらしてしまった、それもあからさまな動きでそうしてしまった。
少し○○の後ろ側で悶着する声が聞こえてきたが、もう連中が何を言っているかは精神を守るために、意識的に真面目に聞かないようにしてそれを助長するために、クラウンピースの方ばかりを見ていた。
「あんたの友達、遅いね」
○○はクラウンピースの方ばかりを見ていたので、彼女の方が何見ているのよと言う代わりではあるが、やっぱりあまり友好的だったり好感を感じる事は出来なかった。
「うん」
○○も焦りと一緒にやってくる苛立ちを何とか抑え付けながら、向こう側を奉公人達が追いついて来てくれている方向を振り返った。
もうすでに、置いてきてしまった奉公人は全員追いついてくれていたが、彼の姿はいまだに無かった。
「彼だって何も考えていないわけではない」
不意に出した○○の言葉に説得力はなかったが、クラウンピースは別方面への説得力を見て取ってくれた。○○の友人に対する温かい感情だ。
「そうだよね、あの男は稗田○○あんたにとっては友達だからね。何かやっていたとしても、待たされていたとしても、よく思いたいよね」
クラウンピースの言葉には明らかなトゲが存在していた、そして友達と言う言葉には明らか過ぎる含みが持たされていたが。
「私もあの兄弟の友達だから、気持ちわかるよね?あの男に何かあったら、稗田○○、あんた我慢できる?」
友人への怒りを、クラウンピースは向こう側を見ている○○の眼前に立って、はっきりと示した。
今この時に、道化師を気取っているクラウンピースの姿は無かった。いや、道化師と言うのはそもそもが馬鹿には出来ない職業のはずだから、今の子の決意を圧として○○にぶつけているクラウンピースの姿は、彼女が普段は笑わせられないから見せない本当の姿かもしれなかった。
「……出来ないな」
○○はどうしても、クラウンピースからのこの質問には真面目に答えてやりたかった。ここにあいまいな答えを用いる事は、どうにも、友人に対する不義理にもつながる様な気がしてならなかったのだ。
ここで○○は、クラウンピースに対しても不義理を嫌がった。少なくとも知っている事は全部教えたかった。
「博麗霊夢が君の動向を非常に気にしていた。結局の所で彼女は、幻想郷の秩序が服を着て飛び回っているような存在だからね、ましてや人里の中で外部勢力が人間を殺すのは、非常に、不味いとしか言いようが無くてね。向こうがそう考えている以上、こっちも合わせないとならん。博麗霊夢が相手となるとね」
「そう……」
極めて真面目に、知っている事をすべてクラウンピースには伝えた。
「博麗霊夢かぁ……」
ここに来て初めて彼女が、弱気と言うわけではないけれども面倒だと言う感情を出した。猛進する意気込みに陰りと言う物が、初めて見えた。
そのまま懇願するような雰囲気で、彼女は自らの主人であるヘカーティア・ラピスラズリの方向を見た。
けれどもクラウンピースは、ヘカーティアからの答えを聞く前に彼女がどのような答えを出すか、理解を終えてしまった。
ヘカーティア・ラピスラズリは、純狐の肩を優しく抱きながらも絶対に離そうとはしなかった、ヘカーティアから純狐やクラウンピースに対して、抑えろと言う事を言うのだとはすぐに理解できた。
「ええ、そうね。分が悪いわね…………人里の中では」
しかし、ヘカーティアは純狐とクラウンピースを抑えてはくれていたが、抜け道やらはまだ明らかに探していた、稗田○○に目線を合わせたのがその何よりの証拠だろう。
○○も何を言われるのか、あるいはヘカーティアから懇願されるのかはすぐに分かった。
「そうは言ってもな、こちらにも面子がある事ぐらいは理解してほしい。第一、阿求もそうだが上白沢夫妻の憤りもある。その両方を俺が、稗田の入り婿が無視しろと?」
不思議でも何でもない、自分が入り婿だからと言ういわゆる立場の弱さを逆手にとって、交渉できるような立場にないと引き下がっても、○○は全く悲しくも悔しくも無かった。
「真っ直ぐな目で言っちゃって……」
ヘカーティアからも、○○は関心とも呆れとも取れるような表情をいただいてしまったが、それでも○○はむしろ笑えてしまえるぐらいであった。
「阿求を信じているからな。そこだけは疑う余地が無い、阿求は間違いなく俺を愛している。だから俺も阿求には最後の最後まで、どこへなりともついて行くのさ。その覚悟はもうできている、俺はもう阿求から十分に、対価を受け取っているからその義務すら俺には存在している。俺は阿求を裏切ってはならないんだ。名探偵として俺が活動できているのが、阿求の確かな愛情と贈り物だ!」
○○はわざとらしく腕を広げてそうのたまった、腕を広げた姿こそ過剰な演技の雰囲気が強かったけれども、言葉の方は自信にまみれている物であった。
自分は愛されているからと言うのは傲慢であるはずなのに、その後に続く○○の言葉は完全に殉教者のそれであった。
「お前……」
殉教者のような姿すら見せだした○○の姿に、ヘカーティアは口を動かしかけたけれども。
「いや良いわ……愛が強すぎて頑なだもの、貴方って」
面倒だと感じたのか、結局ヘカーティアは引いてしまった。
ただしそんなヘカーティアからの、呆れと面倒だなと言う感情が確かに内包されている表情や声色を見ても、○○は丁寧に会釈をするだけであった。
むしろ○○からすれば、ヘカーティアが自分の阿求に向ける愛情を分かってくれた、それぐらいに考えていたのかもしれなかった、それぐらいに恭(うやうや)しくて感情に淀んだものや荒れたものが存在していなかった、強がっているならばもう少し歪んでいたり震えている姿を見せるはずなのに、今の○○からはそれが全く無かったのだ。
「まぁこっちはこっちで考えるわ……要するに人里の中だとまずいのよね?」
だがヘカーティアからは、○○からの姿に引きはしたけれどもそれは、○○に頼らずに何かやる事を示唆していた。
「ああー……」
どうしようかと一瞬思ったが、本当に一瞬であった。
「こっちに気付かれない様にはやってほしいね」
譲歩と言う程ではないが、それだけのお目こぼしがあればヘカーティアとしては十分だと言うような顔をしていた。
その後、○○はヘカーティアとのやり取りがひと段落したこともあって、稗田の奉公人を集めて状況の確認と知識の共有を図っていたら。
「お友達、追いついて来たよ」
クラウンピースからそう、後ろから声をかけられた。乾いた笑い声が気になる、そんな彼女の態度であった。
「あーくそ……」
そして○○はクラウンピースほど笑えなかった、飽くまでも相手は、上白沢の旦那は○○にとって数少ない友人なのだから、絶対に大切にしたかった。
「○○、いつやる?あの夫妻の事だよ、もう構わんだろ?いつやる、俺がやろうか?」
今の上白沢の旦那が見せている、笑みを隠しきれない上に暴力的な様子すら見える姿を見れば、何とかしなければならないのは友人だから余計に感じてしまう、むしろ他の者にやらせれば不用意に傷つけかねなかった。
やはり友人である○○自身の、出番を必須としていた。
「上白沢」
○○は友人相手に珍しく、かなり真面目な口調を用いざるを得なかった。
ただしまだ、怒ったり憤ったりはしていなかった。ゆえに○○はまだまだ、優しいのであった。
「ああ、○○……もう良いだろう、連中の事は。いつやるかの段階に入っていると俺は考えるよ、何だったら今すぐでも良いんじゃないか?」
上白沢の旦那は自分がどう思われているのか、どんな表情をしているのか寸での所で理解してはくれて、○○と密談を行えるぐらいに小さな声を出してくれた。
周りには稗田の奉公人がいるので、声が聞こえないぐらいの効果しか無いのだけれども。
そして多分、上白沢の旦那が酷い暴力性に支配されてしまったのは、○○だけでなくて稗田の奉公人達も気づいている。
問題はどうして、上白沢の旦那がいきなりこんな暴力性を、あの兄弟を――殺した――夫妻が相手とはいえ、そんな状態になってしまったのかがどうしても気になる。
「寺子屋は俺の領域だ。奴らを追い詰めてくれたこと自体は、とても感謝しているけれども、どうか最後の始末は俺にやらせてくれ」
上白沢の旦那は○○が質問をする前から、今の自分の状況を教えてくれたがやはりどうしてもその様子は、前のめりであるとしか言いようが無かった。
自分の正当性を確保しているかのような動きであった、それも慌てて。
会話は難しそうだ、○○はただただ残念に思いながら、なぜこうなったかは気になるが――上白沢慧音の姿はなぜか真っ先に思いついた、結局根っこはそこだろうと言う断言を○○は既に行っていた、彼女は一線の向こう側だ――今はそこに思いをはせている余裕はなかった。
「まだ真実のすべてを理解できていない……何よりも、弟の方の、その――
弟の方がどうやらもう死んでいる事を話題にしようとした際、○○の喉は張り付いてしまい、舌が動かなくなってしまった。
「ああ……」
上白沢の旦那も○○の蒼白とした姿を見て、ようやく自分との対比を行う事が出来たようで……○○の心中には悪い影響しか無いけれども、そこに関しては良かったのだけれども。
「分かった」
言った上白沢の旦那は、何をどう分かったと言うのだろうか。
(今すぐでは無いにしても、上白沢慧音に聞くしかないな)
ただ○○は、まだ、危なっかしい止まりで今の上白沢の旦那の事を考えていた。
続く
選択肢
何かを選ぶときに、人は何を選択肢として選んでいるのだろうか。殆どの人にとっては自分が損に
なるのか、あるいは得になるのかを考えるだろう。あるいは罰や悪いことを避ける場合もあるかも
しれないだろう。そしてそれが後々に振り返ってみたときに結果を考えてみれば、最善とは言いがたく
あるいはいっその事、悪いとすら言ってしまえることすらあるのではないのかと、そう僕には思える
のだ。しかしそれを悔いてはいけないのかもしれない。なぜならば、それを選んだときには過去の僕は
最善と思って選んだのであろうからだ。
・・・要はここまで色々と心の中で弁護をしてまで僕が言いたいのは、過去の自分が何かひどい
事をしていたとしても、それにはれっきとして何か選んだ理由があるからなのだろう。なので昔やって
しまったことを責めるなんてことはしたくはないのである。・・・そう、したくはないのであるが
言わずには居られない、なんであんな事を言ってしまったのか、と。
「○○さん、今日は私とご一緒して下さる日、・・・・ですよね。」
クラスメイトの古明地さんが声を掛けてくる。おしとやかで美人な彼女に声を掛けられてあまつさえ
同行を求められるのは普段はとても光栄なのだが、そうは言っていられない理屈がある。
「○○、今日も一緒に帰ろうか!」
反対側から元気に声を掛けてくるのは隣のクラスの比那名居さんだ。ああ、そうだ、そうなのだ。
これが僕のジレンマであり、そして周囲の冷たい目線が僕の心を削ってくる原因である。
「ハニー、部活動へ行きましょうか。咲夜、○○の鞄を持ってあげてね。」
更に爆弾がここに投下された。かの有名な大作家ヴィクトル・ユゴーならばこう言うであろう。
ああ無情、と。
>>983
事態の動きと共に最後の一線が現れてきますね。
各々に綱渡りの糸が切れそうで切れない緊張があります。
>>984
こういう感じ大好きです
>>983 の続きです
「一度、この場を立ち去ってほしい。勘違いされると困るから言っておくが、二度と戻ってこれないと言うわけではない」
クラウンピースではなくて、純狐にでも無くて、○○はヘカーティアの方だけを見て淡々と伝えた。
「まぁ……貴方からの注文である、最低限でも気付かれない様にはしてあげるわ。頑張るじゃ貴方は心もとないなと思うだろうから」
「助かるよ……本当にね」
○○はヘカーティアからの、こちらの立場に則った気遣いや行動の確約を得た事で、心の底から礼を述べるしか無かった。
しかしながら気になる事はある、ヘカーティアは丁寧に礼を述べた○○の事は少しだけ、社交辞令として会釈を返してやる程度で、その後はずっと○○の友人である上白沢の旦那の方を見ていた。
「応援してるわよ、貴方の方こそ立場的に、寺子屋の教師と言う部分で頑張らないとならないって分かっているようだし」
更にはこの言葉である、別れの挨拶にしては妙に立ち入り過ぎていてはっきりと言って不穏であるとしか言いようが無かった。
「向こうを警戒させ過ぎた。今はいったん、引いたフリをしておくぞ」
○○は上白沢の旦那が何かを言う前に、ヘカーティアからこれ以上の刺激を受け取る前に彼の手をやや強く、友人が相手であると考えればはっきりと言って乱暴なぐらいの勢いで、引いて行ってしまった。
その際に○○は上白沢の旦那の目を、表情を、それらを目ざとくつぶさに観察した。
……ヘカーティアから応援された、背中を押されたのが良くなかったのは、全くもって明らかであった。
情欲とは違うけれども――いっその事、そっちのが良かったんじゃとすら思う――興奮を覚えている者の顔とは、間違いなく今の上白沢の旦那の顔がそれであった。
「極刑しかありえないとしてもだ、お互いの立場を考えろ」
○○は上白沢の旦那からの返答は全く聞こうとせずに、ただそれだけを一方的に伝えて、奉公人達を呼び寄せた。
「あまりにも物々しくなってしまった、このままでは連中、亀のように首をひっこめたままだろう。俺と上白沢の旦那はいったん離れるが、監視は継続してくれ。ただし、監視をしている事は気付かれないようにしてほしい……何か動きがあったらすぐに俺達に伝えろ。特に、大きな荷物を持っていたらかなり怪しい」
これだけ伝えれば、阿求があてがってくれた者たちは優秀だから、○○の求めや計画をすぐに実行に移してくれる。
そして件の、もはや下手人以外にはありえない夫妻に与えてしまった警戒心をいったん少なくして、あまつさえ隙を見出そうとしている事にも気づいてくれた。
「もう夜も更けてきている、旦那様と上白沢の旦那様はお帰りになられる。護衛を付けよ」
付いて来た奉公人の中で一番の年長者、すなわちこの場では差配を行ってくれる者が周りにも聞こえるようにそんな声を出した。
他の奉公人は、指示を飛ばしている奉公人の方を向きつつも目線だけは目玉の向く方向だけは、しっかりと件の夫妻の方向を向いているのは見事の一言であったし。
「見ない方がよろしいかと、また媚びていますよ、連中ときたら」
奉公人の一人がそれとなく横にを通る際に、こんなことを伝えてくれた。
唯一良かった点があるとすれば、あの夫妻の頭が思ったよりも良くない事であろう、この期に及んでも媚びれば何とかなると思っている辺りが特にそうだし、そもそも頭が良ければこんな事件は起こさない。
「いったん戻るぞ、俺達もずっと外にいるわけにもいかん」
唯一の懸念は後ろ髪をひかれて、もっと言うならば事を起こすつもりが出来上がってしまったとしか言いようがない、上白沢の旦那の事である。
今日は稗田邸に留め置かせてしまおうかとも思ったが……そうなると上白沢慧音も来かねない、何がどうなってこの男と上白沢慧音が一緒になったかは、実は○○ですら知らないのだけれども、上白沢慧音が彼の事を随分と言う表現ですら生ぬるいほどに愛してしまっているから、離れ離れなどたとえ一日でも耐えられるものかと、○○はその結論へとすぐに到達した。
下手をしなくとも上白沢慧音は、自分も稗田邸で旦那と一緒に夜を明かせるようにやってきてしまうだろう。
そもそもが上白沢慧音だって自分の妻、稗田阿求と同じく一線の向こう側だ、程度と言う物は同じか場合によってはもっと酷いの認識以外にはあり得ない。
――爆発したのは阿求が最初とはいえ、上白沢慧音も肉体的魅力の低い阿求に対して、醜悪とも言える優越感を抱いてしまっている。
「明日は、こっちから寺子屋の方に迎えに行くよ」
互いの妻を同じ屋根の下に置いておく訳には行かない、それ以外の考えは俎上(そじょう)にすら上がる事無く、それゆえに極めてするりと迷うことなく先の言葉は○○の口から出てきた。
「ああ……そうしてくれると助かる。俺も慧音とここまで離れるのは随分久しぶりなような気がする」
幸いにも上白沢の旦那も妻である慧音の事を思い出したら、少しばかり落ち着いてくれた。
「慰めになるかどうかは分からないが、明日の朝までは家でゆっくりとしていよう。せめて身体だけでも休めないと……」
その言葉はどちらかと言えば、○○自身の為に与えているような言葉であった。
何よりもだ。
○○はやや意を決して、とある方向に……東風谷早苗がいると思われる方向に目をやった。確か最後に見た時は、あの場所にいたはず……とはいえ移動している可能性は十分にあると言うか、移動してほしかったのだけれども。
東風谷早苗はやや、ユラユラとしていたけれども全く同じ場所にいたと言うか、いてくれたと言うか。
何にせよ彼女は○○が自分を見失わないように、それを気にかけてくれていたのは全くもって間違いは無かった。
(見なければよかった)
○○は早苗の気遣いに気付いてしまった瞬間にサッと目線をそらしたけれども、見たと言う時点でもう遅かったのだった。
○○の目には確かに、自分を見てくれたと言う事実をもとに笑ってくれた早苗の姿が、それをはっきりと脳裏に刻んでしまったのだから。
「帰ろう」
上白沢の旦那は既に、一旦帰る事を本人もその気でいるから、○○の言葉はいくらかどころでは無くてちぐはぐな物であったが。
その言葉は○○自身に向けられていたのだから、傍から聞けばちぐはぐであって当然であった。
「おかえりなさい、あなた」
稗田邸に帰ってきた○○、入り婿と自らを嘲っているとはいえ稗田○○は妻である阿求からの確かな愛を受けている。その証拠が、何分前からいたのか定かではないが阿求がとてつもなくきれいな所作で正座をして、○○が帰ってきたら頭を下げてくれた事である。
「ああ……阿求。こんな場所で座ってたら、身体が冷えてしまうよ」
寒さ冷たさが大敵であるはずの阿求の身体で、玄関先で待つことが決して楽な作業でない事は明らかである。
傍には、奉公人の誰かが持って来たのだろう火鉢がパチパチと音を立てていた。風情のある音も今この状況ではどうにも、緊張感を醸し出す神経に障る音でしかなかったが……寒さが大敵の阿求の事を考えれば、暖がちゃんとある事をまずは喜ぶべきであった。
とはいえ、暖があるとは言っても玄関先ではましてや火鉢一つでは急場しのぎ以上にはなってはくれない。
「部屋に戻ろう、阿求。俺も今日はもう、外に出る気力が出てこないし……俺の予測では、何かあったとしても早朝だろう。まさかこんな時間に動き出すほど、連中もそこまで頭が悪いはずは無いだろう……」
「出来ればそうあってほしいですね」
消沈して休息を求めている○○の姿に、阿求も件の夫妻に対する腹立ちが蒸し返ってきたのだろう、今の一言にはかなりの毒とトゲが存在していた。
せめてものまどろみすら邪魔されたとなったら、阿求の怒りは天を衝く勢いとなるのは火を見るよりも明らかであったが……
(悪い予想ほど当たる物だ)
口にこそ出さなかったが、○○はひそかに覚悟と言う物を決めていた。
仮に外れても良いのだ、この予想と覚悟は。その時はその時で、運が良かったとしてもうしばらく横になれる時間が増えたと、そう考えればいい本当にそれだけで済むのだから。
けれども、○○が密やかに心の準備を決めていたのに、彼の妻である阿求が気付かないはずは無かった。
風呂にせよ夕飯にせよ、就寝のための布団の準備にせよが、いつもよりもずっと輪をかけて素早くなされていたのには、○○も気付かざるを得なかった。
風呂上がりに阿求が身体を拭く物を抱えて、脱衣場に来てくれた事に関しては最初こそ驚いたけれども……そもそもが阿求が真っ先に気付いていてしかるべきなのだから、急いでいる気配のある○○の近くにいて、せめてもの雑談やらを出来るのが、この時ぐらいしか無いと考えたのだろう。
それでも、阿求はせめて自分が○○の風呂上がりの身体を拭いている時ぐらいは、軽い話に終始しようと努力していたのだけれども。
軽い話題を行う事に努力が要すると言う時点で、根本的なところで場の空気が和らぐことなどあり得ないと言う残酷な現実が存在していた。
結局のところで、阿求も途中から軽い話題を探すのを諦めてただただ、○○の身体に風呂上がりで付いた水滴を、これを出来るだけ優しく拭い取る事に集中していた。
もちろん出来るだけたおやかに、柔らかい手つきでありつつも丹念に阿求は○○の身体についた水滴を拭っていた。
結論を言えばそれで良かったのだった、下手に会話を取り繕うよりもずっと、今の阿求の行動の方に愛情と言う物は大いに現れてくれていた。
「今日初めて安堵出来た」
阿求に身体を拭いてもらっている最中に、○○がボソリとつぶやいたこの言葉に全てが凝縮されていたと、もうそう考えても全く過言ではなかった。
人里と言うのは、極端な事を言ってしまえば人里の最高権力者である稗田阿求の庭である。
そこを舞台にして下手をすれば人里の外にまで無理やりに、名探偵である稗田○○の活躍する舞台をこしらえてくれている。
であるのならば、人里の外に今日は出ていない○○は、阿求からすれば○○も自分の庭を駆け回るかのように行動してほしかった。
けれども今日はそうではなかった、この事件があまりにも、子供が不条理に殺されたと言う事実が名探偵と言う役柄を楽しんでいる○○でさえも、今回ばかりはいつものように動こうと言う気を全く起こさせなかった。
それが自宅である稗田邸に戻って来て、ようやく安堵のため息を漏らす事が出来たのは、いつもの阿求ならば入り婿である事に心のどこかで確実に引っ掛かりを持っている○○からのこの言葉に、キャッキャと子供のように喜ぶはずであったが。
「良かった……事件は全く良くは無いけれども……この家の中ならせめて、楽になってくれて本当に、良かった……」
今日の阿求は小さな声でそう呟きながら、まだ湿り気のある○○の身体にひしとしがみついて来ただけであった。
「ああ、阿求……」
○○も小さく笑みを、力や元気はない物の阿求の事を優しく迎えたいと言う感情を出しながらも。
「ああ、でも……俺の身体はまだ濡れているから……冷えると阿求には良くないよ」
そう言いながらも○○は阿求の身体を一思いに、遠ざける事はしなかったと言うか出来なかった。
阿求の愛情を無下にしたくないと言う思いはもちろんあるのだが、いまはこの、阿求からの確かな愛情を感じていたいと言う甘えたいと言う気持ちが非常に、強かったからだ。
そのまま食事をして、朝まで眠る事が出来たらどれだけ良かっただろうか。
いや、○○自身はもう何時にたたき起こされることになろうとも別に良いのだ、問題は阿求だ。
阿求の身体が弱いと言う事も確かに、○○が思う心配の理由の一つではあるのだけれども。
「旦那様、阿求様……!」
奉公人が火急の知らせを届けに、ふすまの向こう側から声をかけてきた時にまったく同時に○○と阿求は起き上がったが。
○○はため息交じりとはいえ諦め交じりの心の準備をしていたが、いや阿求だって似たような心持だったはずなのだが。
それでも阿求はやはり、自らの命数が少ないがゆえに邪魔されたと言う感情が○○よりもずっと激しいもので、声にも出さずに奉公人にも気付かれないように配慮はしていたのだけれども。
頭を思いっきりかきむしっている阿求の姿は、布団が敷かれていて常夜灯のみの薄暗い部屋の中でも、いや暗いからこそ阿求の憤怒にゆがむ表情は○○ですらビクッと背筋に走る、恐怖や衝撃から来る物が存在していた。
「――――はい、お入りなさい」
たっぷりの間を使って、かきむしったから乱れた頭髪をそれ以上に表情を落ち着けてから、阿求は知らせを届けに来てくれた奉公人に入室を許した。
この時には○○はもう、枕元に事前に用意しておいた外出用の衣服に着替え始めていた。
どうせ、奉公人がこんな常識外れの時間にやってくる理由と言えば、今の段階ではたった一つしか思い浮かばないからだ。
「奴ら動いたか?だとすれば本当に頭が悪いな……いやそもそも頭が悪いからこんな状況を招いたとも言えるか」
奉公人が入ってきた時には、もう○○は着替えを半分ほど以上に終わらせて質問すらかけるほどに事態の中に再び入り込んでいた。
ただこの時、いくらかの覚悟と心の準備をしていたとはいえ阿求と同様に○○だって機嫌は悪かった。奉公人に対して初めて見せるm、明らかに雑でトゲのある姿であった、たとえ奉公人に対しての物では無いとは言えども、一瞬返事を躊躇するには十分であった。
「早く」
ただ一番機嫌が悪いのは稗田阿求であった。今回の事件は嫌なところだらけだ、無理も無いのだけれども。
生来の身体の弱さから子を成す事が出来ない阿求に、この事件を突きつける事がどのような反応を引き起こすか何も考えなかったのだろうか。
子供を二人も殺して、あの夫妻は阿求の堪忍袋の緒を切るどころかずたずたに引き裂いてしまった、最も本人はまだ気づいていないだろう。
ただ……気付ける程度の知能があればそもそもこんな事にはならないとは断言できた。
「は、はい!旦那様のおっしゃられた通りで、あの夫婦が動き出しました。旦那様が予測された通りで……大荷物を持っていなければまだ、監視に留めておいたのですが――」
恭しくもそれ以上に無礼を詫びるようにしながら、奉公人は状況を説明してくれた。
「何かを捨てに行くような感じか?」
○○が明らかに吐き捨てるように言った。
「……そう表現せざるを得ません。連中の向かっている先も、あまり性質の良くない連中がゴミを焼き捨てている場所でございますし」
奉公人にとっても嫌な物が出てきたのか、○○ほどではないが悪い感情を吐き出していた。
チラリと○○は壁にかかった時計を見やる、日の出まではまだまだ時間があって早朝と言う事の出来ない時間であった。
「こんな時間にゴミ捨てね」
もはやこのあまりにも早すぎる時間が、連中の後ろめたさを象徴していた。
「現場を抑えてくる。阿求はそのままでいいよ、温かくしておくんだ」
○○は阿求にそのまま寝ていていいから、とも言おうと思ったが……多分寝ないだろうとしか思えなかった。寝ていなさいと言えば却って気を病ませそうな気すら、○○は瞬時にそう考えてしまった。
どの道で阿求は自分のやりたいようにしかやらない、起きて待っていたとしてもそれは純然たる阿求の意思である、それを邪魔する事や考えを曲げさせることは、○○にすら出来ない。
「とにかく、まだまだ寒いんだから。温かくしなさいね」
結局○○は繰り返し、阿求にはせめて暖かくしておきなさいとそれしか言う事は出来なかった。
だけれども出来る限りの事はやりたい、行きしなに○○が使っていた寝間着を阿求の肩にかけてやった。
どれぐらい意味があるかは分からないが、少なくとも寒々しい玄関まで○○を見送りに行くことは防げた。
――できればそれすら負担になると○○は思っているから、やらなくて良いとすら思っているが。阿求は相変わらず所作正しく座ってお辞儀をしながら、向かっていく○○の事を見送ってくれた。
「ええ……」
外を出た際に、奉公人が何人か○○の事を待ってくれているのはとても頼もしく思える光景のはずなのだけれども。
頼もしいはずの奉公人以外に、見える姿が、東風谷早苗の姿があったのには深夜ゆえの、またこんな深夜に起き上がる羽目になった事の苛立ちが多少なりとも、○○に辟易としている感情を表に出すことになってしまった。
もちろん奉公人達だって、東風谷早苗が相変わらず首を突っ込み続けている事に何も思っていないはずは無いのだけれども。
この人里の中でも特に精鋭と言えるのだけれども、飛べない存在と飛べてしまえる東風谷早苗を比べるのはやや酷と言える物であった。
「間違いなく強いでしょうから……」
奉公人の一人が、○○に宥恕(ゆうじょ)を希う様にそっと言葉を出してきた。実際問題でこの奉公人の言った通りなのだから、だいぶ困ってしまう。
「まぁな……まぁ良い。損にはならないはずだ」
何か言いたいことは言いたいのだけれども、特に東風谷早苗本人に。だけれども○○は短い言葉で、東風谷早苗がまだついて来ている事を無視することに決めた、何よりも時間があまりにも惜しいのであったから。
文句を言われると思っていた奉公人達は、大きく安堵のため息を……漏らすことはしなかった、それだけは何とか堪えるようにと言う心配りぐらいは出来て当たり前であった。
だからこそ稗田家の奉公人として選ばれたのである、第一今回の事件では稗田夫妻のどちらともが苛立ちをためている。
その事は東風谷早苗も気づいていた、だから○○についていけて嬉しいと言う気持ちは表に出さずに努力していたが……。
努力すればするほどに、東風谷早苗はその内面に置いて、○○のそばを動き回れることの嬉しさを強く認識してしまうのであった。
物々しさは指揮する存在の感情に大きく影響を受けているのは、明らかであった。
さすがに稗田家ほどの者たちが動いているのだから、野蛮なやり方、たいまつを掲げておかしな念仏を唱えるなんてことは無かったが。
懐中電灯を振り回しながらも整然と動く様は、より狂信的な物を感じるには十分な威圧感が存在していたし。
その後ろ側で必死に喜びの感情を隠しているが、どうにも浮かれている東風谷早苗の姿も合わさると、いよいよこの集団の物々しさ以外の恐ろしさが、感情的な部分つまりは不気味さが際立ってしまうのであったが。
状況をいくらか以上に知っている者たちは、稗田○○を先頭にして物々しく動き回る様子を見ても、頼もしさを感じてしまうぐらいであった。
それゆえに人里は稗田阿求にとっての庭なのである。
そして稗田家の恐ろしさと威光と言うのは、人里とは違う経済圏ともなれるはずである遊郭を支配している点からも、上品な世界だけの上品な話以外も存分に可能な事を意味していた。
稗田家の目から見れば、ゴミがたまったらうらぶれていて人気のない場所に持って行って、全部焼いてしまう何て乱暴なやり方は、乱暴すぎて白眼視すらするのだけれども……そんな世界にすら稗田家の力を行使することは可能であった。
性質の悪い者たちがゴミを焼きに来る場所に、既に先回りさせていた稗田家中の者ではないが、色々と弱みを握っていたりまたは直接的に金を渡して、協力させられる者たちはいつだって確保していた。
だから今日この時だって、何かあったらここに捨てに来るだろうとは、嫌な物だが予測していたから、連中が何か持ち込んでも中々焼けない状況を作るのはたやすかった。
○○たちがやってきた時、案の定と言うか手はず通りと言うべきかは分からないが、件の下手人夫妻は事前に配置されていた者たちと、早く順番をまわせと言いながら押し問答をしていた。
うらぶれた場所なだけあり、またゴミを焼くための場所でもあるから……煙以外の臭いも鼻を突いて来て普段は稗田家と言う、この人里で最も上品な場所にいる○○は表情が歪みに歪んでしまったし、それは付いて来てくれている奉公人達だって同じであった。
「残念だったな」
○○は勝ち誇った気持など、まるで浮かべる事も出来るはずは無く、ただただ怒り心頭と言った様子で「この桶の中身を全部調べろ!」奉公人達にそう命ずるのみであった。
「ふん。子供一人隠すには十分な大きさじゃないか?」
奉公人達が桶の中身をぶちまけながら、そしてその量が桶の大きさの割に入っているゴミの量が少ない事も、傍証ではあるがここまで来ればダメ押しに近い印象を辺りの者に与えるのみであったけれども。
「……何もありません」
嫌な言葉が聞こえた。
「なんだって……」
○○はうわ言のように、めまいのような物も感じながら立ち尽くしてしまった。
「今日の今日だぞ……明らかに急いでいる、何かあるだろう」
○○のうわ言はまだ続くが。
「分かってます!子供の持ち物まで今日の今日に焼こうとしている連中が、何も隠していないだなんて思っていないのは私達も同じです!!」
○○にとって幸いな事と言えば、奉公人達もこいつらが何も隠していないはずは無いと、そう考えてくれている事であったが。
大きな桶――子供一人隠せそうなぐらいに大きな――を奉公人達がゴロゴロと、何度も裏向けたり元に戻したりしているが、ごみの中に子供の本や持ち物まで乱雑にぶち込まれていたのに、何も見つける事が出来なかった。
「何か隠しているでしょう?」
東風谷早苗も、○○の姿を見れたら――それも成功する姿――十分と考えていたのに、まさかこんな状況に陥るとは思っておらず、見ているだけで良いやと言うような態度だったはずなのに思わず件の夫妻に対して声を出したが。
それで分かった事もあった。
「何ニヤケてるんですか!?」
傍証に次ぐ傍証であるけれども、早苗が気づいてくれた事でこいつらが無実のはずは無いと、○○からすれば勇気のような物を得る事が出来た。
……問題があるとすれば○○に勇気を与えたのが、稗田阿求では無くて外の女である事なのだが、今はまだそれが問題になる事は無かった。
東風谷早苗からニヤケている事を指摘された夫妻は、何とか取り繕おうとしたけれども普段からそこまで真面目ではないこいつらが簡単に真面目そうな顔を取り繕えるはずは無かった。
早苗の言葉でサッと○○は件の夫妻の事を見やったら、嫌なニヤケ面は案の定で隠し切れてはいなかった。
「何かあるはずなんだ」
○○は相変わらずうわ言のように、そして奉公人の中に加わるようにして自分も大きな桶を調べ始めた。
早苗は自分も加わろかと思いつつ、もう一度だけ夫妻の方を見たら『探せるものなら探してみろ』と言わんばかりの、嫌な表情をまた見る事となってしまった。
早苗も最初の○○について回る事が出来る嬉しさは、もう霧散してしまってこいつ等が余計な事をしないようににらみ付け続ける事にしてやった。
しかしながら早苗としては、それはそれで嫌な物であった。
余計な事をしないように抑える役割の存在が必要な事は理解しつつも、ショックからフラフラとしている○○の横に付いてやれない事は全くもって辛かった。
早苗はそんな二律背反を抱えながら、早苗はフラフラと大きな桶を転がすように調べている○○を、せめてこいつらの目に見えにくくすることを考えて立ち位置を調節した。
本当なら眼前に立ちはだかってやりたかったのだが……あんな下卑た連中に自分の、そうは言っても顔も体も自信があるその姿を、間近に晒したくなかったのだ。こんなやつら、ましてや男の方に対してであった。
――○○ならばともかく。
早苗は自然と○○なら別に構わないのだがと、考えてもいた。
「――二重底?」
だが、○○は見つけてくれた。少なくともこの時の早苗や、奉公人達はそう考えていた。
「二重底だ!!」
○○がそう大音量で叫んだ時、奉公人達と早苗は色めき立ったのはもちろんだけれども、件の夫妻が動揺していたのを早苗も奉公人達も、見逃さなかった。
これはもはや傍証では無くて、確実な証拠と言えた。
「底をこじ開けろ!!」
○○からそう言われなくとも、あの夫妻の動揺した姿を見た奉公人の一部はもう既に作業を開始していた。
やはり底をこじ開けられるとまずいようだ、オロオロとしながら何か声をかけようとしていたのだけれども、早苗はあんな人間が○○の近くに寄るのを許せなくて、思わず蹴り飛ばしてしまったが……それを指摘したり非難する者は、最初にここに稗田家によって配置された筋者らしき人間ですら、何も言わずむしろざまぁみろとすら思っていた、そんな表情を浮かべていた。
「――――いました」
合ったでは無くて、いたと奉公人の誰かがそう表現してくれた。品の良さを垣間見させる一言であった。
「旦那様」
奉公人の中で最も年齢を感じさせる、明らかに場を取り仕切る物が恭しく○○に声をかけてきた。
この時にはもう、他の奉公人達だけではなく最初に時間稼ぎをしてくれた、稗田家に使われている筋者ですら、件の夫妻を取り囲んでくれていた。
「あの連中、どうしましょうか」
○○はその時、地面にへたり込むように座りながら両手で頭を抱えていた、最も無理は無いと皆が思っていたけれども。
それでも、奉公人に声をかけられた際には意識が覚醒して、こちらを向いてくれた。
○○の目には、奉公人の一人が弟の方の死体に哀れだと思ったのだろう、持っている手拭いで汚れをせめて少しでも取ろうと懸命に作業してくれていた。
「見える場所に置いておきたい。稗田邸の離れに突っ込んでおいてくれ……今すぐやってくれ!!」
最初は静かに呟いていたけれども、それは決して穏やかだから静かなのではなかった、急に感情の激流がやってきたのか最後の方で○○は、感情を堪え切れずに叫んでしまったが、それがむしろ奉公人達の正義感や義憤を刺激して、件の夫妻を実に乱暴に扱わせる事となった。
ただその時、奉公人達と一緒に筋者もあの夫妻を収容するために向かっていこうとしている時に。
○○は蒼白とした表情ではあるが、じっと早苗の事を見ていた。
もちろん、早苗にだって思慮はあるしこんな状況で○○が何か乙女心やロマンスを刺激してくれるような、そんな言葉をかけてくれるとは思わなかった。
むしろ緊迫した様子しか、早苗はこの時の○○から感じる事は出来なかった。
そしてほとんどの人物がこの場を離れて、あの夫妻を連れて行ったのを皮切りにしたように○○はある場所を指さした。
「見てくれ東風谷早苗、これの意味は君にしか分からない」
○○に言われた通り、早苗は指さされた場所を見れば……案の定であった。
そこは桶の木片の一部で、文字が書かれていた。
その文字は――幻想郷にはそれも人里には似つかわしくないアルファベットであり。
Frances Carfax(フランシス・カーファックス)と書かれていた。
文字の周りにはお仕着せのように何か、まじないを感じさせる模様が描かれていたけれども、それはまったく意味が無い。
むしろ文字を見つけて欲しくて描いているのではないかと言う疑惑まである、はっきりと言って神秘性も荘厳さも感じさせられない、派手な物であった。
「え!?あり得ない!!何でこのキャラクター名が書かれてるんです!?」
「……裏がある。そもそも連中に、二重底を使うような知恵があるとは――それ以前に置けに隠す知恵も怪しいな」
○○は嘲笑しているつもりなのだが、裏の存在に対して○○は素直に嘲笑すら出来なかった。
フランシス・カーファックス。
もちろんこの名前には、外の出身だからこそ衝撃を受ける、それも○○と早苗の趣味が無ければ分からない部分が存在していた。
それは二人ともが好きなシャーロック・ホームズの物語に起因する部分であった。
レディ・フランシス・カーファックスの失踪と言う短編がホームズ譚には存在する。そのお話のトリックと言うか結末は、悪党が金を持っているフランシスを二重底の棺桶に閉じ込めて埋めてしまおうと言う、そんな物語であった。
これ自体が問題なのではない、問題は幻想郷でその話を知っている人間が果たしてどれだけいるかと言う問題だ。
少なくともミステリーや探偵小説が好きな○○と早苗は、そのキャラクター名の持つ意味を理解できるが……この二人がこの事件の裏似ることはあり得ない、ならば他の者だと自動的にそうなってしまう。
そしてその裏側は、あの夫妻に対してこれは見つかりにくくするためのおまじないですよとでも言って、上手く書かせたのだろうけれども。
――この裏側は間違いなく、○○に対して挑戦している事が最大の問題であった。
「どうするんですか?」
早苗は○○に、この裏側の存在をどうするか質問してきたが。
その質問に対して○○は再び、頭を抱えてしまった。その姿は先ほど、座り込みながら頭を抱えている時と似ていた、ただ単に座っているか立っているかの違いしか存在はしていなかった。
「まだ話せない……調べはするが、黙って調べる。こんなあからさまな敵意と挑戦状、阿求を刺激してしまう。こんな刺激、身体の弱い阿求には間違いなく毒となってしまう」
「――そうですね」
○○は半分泣いたような声と言葉で、今はまだこの事実を表には出さないで密やかに調べる事にすると言って、早苗も同意したような言葉を出してくれたが。
「奥さんの身体、とっても弱いですからね」
○○はまだ気づいていなかったが、気付けるような精神状態でもないが、早苗の反復した言葉をそれ以上に声色を誰も聞いていないのは、幸運と不運の両方を内包していた。
ただ、今の早苗にはまだ、八坂神奈子には迷惑をかけたくないと言う部分があった。
(あ……神奈子様、神社を抜け出したの気付いてたら心配するな)
いやらしく反復しつつも、まだ、正気な部分が早苗には存在していた。
続く
次スレ立てて良い?
お願いし魔理沙!!
ttps://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/22651/1644033529/
幻想郷の女の子に愛されて眠れない(東方ヤンデレ)スレ26夜
建てた
不備あったら申し訳ない
>>997
スレ立て乙
埋めネタ
「さて、これでいいわ・・・。」
闇の中蝋燭の僅かな光りに灯されて少女が言う。まるでこれから起こることに絶対の自信があるかのように。
「お嬢様、よろしかったのでしょうか。」
側に控えるメイド服を着た女性が少女へ問いかけた。あたかも既に起こった事に対して、今からでも何か
出来てしまえるような声音で。それに少女が答える。血のように赤い液体をグラスに馴染むように回しながら。
「ええ勿論よ。咲夜…。」
彼女の唇が赤い舌によって舐められる。猛獣が獲物を狙うかのように赤い目が光った。テーブルに艶やかな
音が響きガラスの器が真っ直ぐに置かれた。水面がさざ波を立ててやがて収まった。
「○○にはもっと楽しんで貰おうと思ったのよ。この夜だけじゃなくって、ね……。」
「ですが…。」
「咲夜。私の能力を忘れたのかしら?」
少女の声が響く。口元から白い牙が零れた。高貴なる夜の女王、死人の王たる彼女が宣言する。
これから起こることは絶対の事だと。運命の女神を司るのは自分だと。
「……失礼しました。」
「○○が例え25番目の夜から抜け出そうとして、そうして次の朝を迎えたとしても…」
部屋の空気が粘ついた音を立てるかのように、一瞬の内に変化をした。少女から溢れた妖気が部屋を
侵していく。人間ならば即座に昏倒するような、例え館にいるメイド妖精の選りすぐりの親衛隊ですら
まともに息が出来なくなる力場の中で、平然と女性は横に立っていた。時が止まったかのように。
「やがてまた夜はやって来る。」
少女が立ち上がりグラスを虚空へ突き出す。この場に居ない愛しい人へ、最上の愛を込めながら。
「乾杯しましょう○○。そしてまた…」
空間へ赤い滴が零れていき、赤い霧となって消えていった。
「会いましょう○○。次のお話で。」
その夜、幻想に迷い込んだ一人の運命が動いた。
埋めネタ2
ねえ○○…。一体どこに行こうっていうんだ?こんなに狭い幻想郷、そんなに急いでコソコソと黙って
行くことはないんじゃないのか?これじゃあまるで私から逃げようとしているような格好じゃないか・・・。
うんうん分かっているよ。○○が私のところから居なくなるなんてそんなことないもんな?
なあ、○○……。一体 ほ ん と は ど う な ん だ … … ?
うんうん、そうそう!分かっているじゃないか○○!本当ならば地を這うしかない人間のところへ
こうやってわざわざ天人がやってきているんだからな。こんな幸運は本当にないんだぞ。本当だぞ?
なにせ○○を放って置いたら他の妖怪に食べられてしまうんだから。でも大丈夫。この私がいれば
どんな事があろうとも安心だ。私が○○を守っているんだから、○○も私と居ないといけないんだから…。
あんな奴らと一緒に行ってしまってはいけないんだから…。
あっ、そっか…。そうだったんだね………。うんうん。そうだよ、そうだったんだ!これまで○○が
そうやってきたのはこういう事だったんだね!そうかそうか、それならこうしないといけないな…。
こうしてこれをこうやって…。もう、暴れないで…。うんはい、できあがり!!上手くいったね。
○○と私を「結び」つけたんだよ!二人はこれで一蓮托生なんだから、一心同体だよ。文字通りにね。
これでずっと○○は私に付いてこないといけないね!ん、私から離れたら…?
うん、それ無理だから。絶対におきないんだから、そんなこと全然心配しなくていいよ…
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