[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
| |
ζ(゚ー゚*ζ 燐光を仰ぐようです
1
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 17:08:50 ID:X1pjkefQ0
願い紡ぐは 青の燐光
夜を彷徨う 愛し仔よ
さあさ 手を取って歌いなさい
さあさ 瞼を閉じて願いなさい
祈りを手放さないように
自らを見失わないように
永遠の果てにて 交じり合うまで
.
2
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 17:15:50 ID:aDXGe.Y.0
零
夜の底から見上げた星空は、遠く遠く、どこまでも小さな輝きが満たしていた。
なにだか空に落ちていくような心地がして、ふらりと足がよろける。
しんと冷えた夏草がふくらはぎに触れた。
「おねえちゃん」
まだ幼い妹が興奮を瞳に滲ませて、きらきらとした声を出した。
見れば、少しでも空に近づきたいのか、私の身体を支えにしてめいっぱいに背伸びをしている。
夏休みも終わりがけ。
天体観測の宿題を忘れていたと泣きつくデレを連れて、私たち姉妹は星見の丘まで来ていた。
本当はあまり、夜に外へは出かけたくなかったのだけれど、どうしても最後にこの愛しい妹と思い出を作りたかったのだ。
「星ってね、歌うのよ」
デレの細い髪を撫でる。
不思議そうにこちらを見上げて、首をかしげる。
「お歌が好きなのかな?」
「そうかもしれない」
ジッと空を見つめる。
いつだか話題になった話だ。
「あんなに遠くで、あんなにきらきらして歌ってるの、すてきだね」
「そうね」
デレは素直に感心した素振りで、しばらくぽかんと星空を見上げていた。
「流れ星、ないねえ」
やがて、ほとんど一人言のように声をこぼす。
「なにかお願いごとでもあったの?」
「ある!」
元気いっぱいにそう返すデレに、果たしてどんな願いなのか、ついぞ私は聞けなかった。
組み立ててやった望遠鏡を覗いては一生懸命に鉛筆を走らせる姿を静かに見つめているばかり。
ごめんなさい。許さなくってもいいの。
どうか、これからは、きっと幸せに生きてね。
伸ばしかけた手を一度引っ込めて、けれども諦めずにもう一度ゆっくりと伸ばした。
そのまま優しく頭を撫でてやると、一連の流れに一切気付かずにいたデレは、ただ猫のように目を細めて心地よさそうにしていた。
3
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 17:19:32 ID:aDXGe.Y.0
キィンと遠く星の音が聴こえる。
叶えてあげようか、と声をかけられたような気がした。
.
4
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 17:30:07 ID:aDXGe.Y.0
一.
はあ。
吐き出した息が自分の思っていたのよりずっと重苦しく落っこちていくのを、九檀(くだん)デレは呆れて眺めた。
早起きして丁寧に巻いたふわふわのショートヘアも心なしかぐったりとして元気がない。
(お母さんもお母さんよ。
もう少し粘るとか、なにか、言ってくれたっていいじゃない)
刺々した言葉は外に出ることなく、くるりと返して九檀自身に突き刺さる。
なにだか無性にささくれ立って仕方なかった。
家族のグループラインからポコポコ鳴る通知を無視して、既読を付けずに放置する。
数年前に上京した姉は、どうやら今年も帰ってこないらしい。
スマホから目を逸らしたくて、つい窓に視線を向けかけて──慌てて逸らす。
視界の端でチラと光が弾けて、ギョッとした。
未だに慣れない。
九檀はうるさく鳴る心臓を抑えようと、胸の上からギュウと握る。
癖のようにそうしてしまうから、制服のブラウスはもうすっかりシワが取れなくなってしまっていた。
ゆっくりと拳から力を抜く。
手汗でじっとりと柔くなった布が気持ち悪い。
ミセ*゚ー゚)リ「不機嫌だねえ。彼氏と喧嘩でもした?」
惰性で黒板消しを動かしていた添樹(そえぎ)ミセリが悪戯っぽく声をかける。
ちょっと。
窘めるように返事を返す。
添樹は九檀からのお叱りなど慣れたもので、笑いを堪えている。
いないの知ってるでしょ、もう。
ミセ*゚、゚)リ「わかんないじゃん。秘密にしてるだけかもしれないし?」
できたら一番に言うわよ。
ミセ*゚ヮ゚)リ「え、なになに、嬉しいじゃんそれは!」
ピッと振り返り、その場で飛び跳ねて大袈裟に喜んで見せた。
その反動でチョークの粉が舞って、途端に周囲が真っ白になる。
5
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 18:03:46 ID:vKIZsHU.0
ミセ*xヮx)リ「ぎゃあ」
なにやってんの。
添樹が慌てて両手を振り回し、そのたび粉が余計に舞う様子がやたらに可笑しくて、二人してきゃらきゃら笑い合う。
西陽の差し込む空っぽの教室は秘密基地を思わせた。
不意に。
間伸びした時間を裂くように、教室の扉がからりと開いた。
その途端である。
──キィン。
頭の中、遠く遠く、奥の方で音が鳴った。
いつもの、だ。
九檀は直感する。
即ち、〝いつもの異様である〟と。
ズキリと痛むこめかみを抑え、瞼を閉じると、世界から音が消えている。
やがて、閉じたはずの瞼の裏にハッキリとした景色が映った。
教室ではない。
足元の、敷き詰められた煉瓦。
こじんまりとした白いテーブル、頭上には同様に真っ白なガーデンパラソル。
どうやらカフェのテラス席のようだ。
見覚えがある。
通学路の脇道にある店だった。
誰かの視界をそのまま見せられているような、ホームビデオを思わせる映像。
相変わらず、一切の音がしない。
ただそれだけのことが一見日常の景色であるにも関わらず、強烈な違和感を抱かせる。
テーブルの上には空になった皿が積まれていた。
店員がそこへさらにケーキを持ってこようとすると、がくりと姿勢を大きく崩した。
躓いたのだ。
6
:
名無しさん
:2023/08/28(月) 18:05:10 ID:yaxJVddw0
なんて秀麗な文章なんだ……!
支援
7
:
名無しさん
:2023/08/28(月) 18:06:09 ID:zlE7eaIs0
支援支援
8
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 18:07:53 ID:vKIZsHU.0
ケーキは皿ごと目の前の青年に向かって落下していく──。
·
9
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 18:23:13 ID:vKIZsHU.0
(,,^Д^)「見つけた」
ハッとする。
ぼんやりと拡散していた意識がいっぺんに教室に引き戻された。
同時に音もまた戻ってくる。
それは、金縛りから解かれるような安心感があった。
教室の扉に手をかけて、どこか嘘くさい笑顔を浮かべる彼は、まさに今、九檀の視た映像の中に居た青年そのものであった。
けれど。
(知らない男の子だ)
右頬から首にかけてに酷い火傷の痕があり、それがにこやかな表情と奇妙にハマっている。
一度見たら忘れられない、どこか危うげな印象を受ける青年。
だが、ともすれば教室の入口に頭をぶつけてしまいそうなほどすらりと背の高い彼を、少なくとも九檀は知らなかった。
〝映像〟の中には居たけれど、それは過去や記憶のフラッシュバックとは違うのだ。
ちらりと添樹に視線を送ったが、彼女もまた不思議そうに首を傾げるのみ。
そも、教室はとうに空っぽで、添樹が日直の仕事を片付けるのを九檀が待っているだけの放課後である。
二人して顔を見合わせる。
ただ彼だけが迷いなく、真っ直ぐに九檀を見つめていた。
(,,^Д^)「ね、今からデートしない?」
かくして、ニッコリと貼り付けたような笑顔でそう言ってのけたのである。
……私?
素っ頓狂な声ではあったが、辛うじてそれだけ返すと、彼は「ウン」と軽やかに頷く。
ミセ;*゚ワ゚)リ「やっぱりいるじゃん! ねえ、デレ、ちょっと!!」
誤解だわ、知らないもの。
ねえ、誰なの、あなた。
九檀は肩を掴んで揺らすミセリのわざとらしい動揺には取り合わず、そっと青年に声をかけた。
彼は「ン」と容姿にそぐわない可愛らしい(それでいて非常にわざとらしい)声を出すと、やがて目を細めて答えた。
(,,^Д^)「誰でもよくない?」
九檀はその不誠実な回答にカチンときて、真っ当に声をかけてしまったことが途端に阿呆らしくなる。
10
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 18:26:38 ID:vKIZsHU.0
いいわ、もう。
ミセリ、相手する価値ないわよ。
ミセ*゚、゚)リ「えー、でもカッコよくない?」
どうでもいい。
は、とため息にするのもばかばかしくて軽く息を吐き出した。
どうせ、罰ゲームか何かで来たのだろう。
なにせ意味がわからない。
見たことのない顔だし、よく見れば上履きの色で上級生だとわかる。
ミセ*゚ー゚)リ「デレ、ほら三年生だよ」
添樹も気が付いたようで小声で耳打ちする。
何かを期待するような、ドラマを愉しむような響きだった。
他人事だと思って。
ミセ*^ー^)リ「友人ごと、友人ごと」
適当ばっかり。
そんなことより、ミセリ、今日はこの後部活よね?
ミセ*゚、゚)リ「行くよお。え、てか本当に先輩無視しちゃうの?」
どうでもいいって言ったじゃない。
ね、だから帰ってくれませんか。
もう目線もやらなかった。
九檀は爪を見ながら適当に言う。
(,,^Д^)「ええと」
困ってる風を装うような、曖昧な返事だった。
さっきからやたらに軽薄なのだ。本当に気に入らない。
九檀はいよいよ不快に思い、絡まれたことの気持ち悪さが後からせぐりあがってきて、顔をしかめた。
なにより、こんなことで腹を立てること自体が嫌だった。
もう無視してとっとと帰ってもらおうと添樹に声をかける。
ねえ、そんなことより。
ミセリ、今日の帰り……高架橋の下、通らない方がいいわよ。
ミセ*゚ヮ゚)リ「そんなことよりって! 私の帰り道より、先輩のナンパじゃない?」
九檀が敢えて返事をせずに緩慢な動きで添樹の顔を見遣ると、さすがにぎくりとしたらしい。
フラフラと視線を泳がせると、やがて気まずそうに頬をかいた。
11
:
名無しさん
:2023/08/28(月) 18:37:46 ID:X0ZT3i6k0
綺麗な地の文だ…支援
12
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 18:38:09 ID:vKIZsHU.0
ミセ;*゚ー゚)リ「ごめぇん……」
別にそこまで怒っていないのだが、そんなに怖い顔をしていたのだろうか。
九檀には確かめようがない。
窓は、相変わらず見られない。
立ち上がり、添樹の頭を撫でるとそのまま教室を出る。
もう埒が明かないので帰ろうと思ったのだ。
(,,^Д^)「あれ?」
キョト、と間の抜けた声。
いやに上背の高い影が足元を引っ付いてくる。
本当にしつこい。
怒りを奥歯ですり潰すように口を噤み、九檀は足早に下駄箱に向かう。
(,,^Д^)「ねえねえ、ちょっと」
今日は忙しいの。
ぴしゃりと言う。
がらんどうの廊下で、小声で返したはずの言葉は思いのほかハッキリと響いた。
(,,^Д^)「いけず」
ため息を堪えて無視をする。
こういう手合いは相手にしてはならないのだ。
面白い玩具扱いでもされたら、目も当てられない。
13
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 18:39:38 ID:vKIZsHU.0
階段を降る。
後ろから、いよいよ焦った声がかかる。
(,,^Д^)「待って、これだけ」
無視。
(,,^Д^)「君さ」
昇降口。
手早く上靴を脱ぐ。
(,,^Д^)「どうして光ってんの?」
心臓が止まるというのはきっと、今のような心地のことを言うのだろう。
足元でどさりと音がした。
遅れて、鞄が肩からずり落ちたことに気付く。
そばにはこれも取り落としたのか、ローファーが転がっていた。
九檀はその場に固まって、一度彼の言葉を反芻する。
〝どうして光ってんの〟
間違いない。
彼は確かにそう言ったのだ。
ζ( *ζ「……見えるの?」
怖々振り返り、思わず後退った。
ニッコリと笑みを返す彼にやられた、という言葉が九檀の脳裏を突き抜ける。
(,,^Д^)「俺、巴祀屋(はじや)タカラ。よろしく」
両手を軽くあげて、降参のような、動物をどうどうと宥めるようなポーズを取る巴祀屋に、ふつふつと怒りが込み上げた。
この男は。
初めから、キラーカードを持っていたのだ。
やたらに薄っぺらな焦りはやはりフリで、九檀が一人になる瞬間を待っていたのである。
14
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 18:44:19 ID:vKIZsHU.0
一旦ここまで
また後で書きに来ます
15
:
名無しさん
:2023/08/28(月) 21:45:54 ID:FowmI76w0
オツ
16
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 22:17:14 ID:vKIZsHU.0
二.
数日前のこと。
その日はうまく寝付けず、ただなにとなく眠れぬ夜だった。
九檀はそういうとき、決まって自室のベランダから星を眺める習慣があった。
本当はバスに乗ってすぐの場所におあつらえ向きの丘があるのだが、年頃の娘という手前、両親に見つからないよう一人こっそりと出ていくのは手間だった。
……人並みに、親に余計な心配をかけたくないという気持ちはあるのだ。
それに、別にベランダでも構わない。
夜空を見ていると落ち着くというだけの話である。
惰性で握っていたスマホは連絡先を開いていた。
カーソルは姉のところで止まっている。
無意識だった。
ほんの少しだけ顔をゆがめると、画面を消してベッドに投げる。
そのまま部屋に背を向け、手狭なベランダの欄干にもたれ掛かった。
意外に高さがあり、組んだ腕に頬を乗せると具合が良い。
布団にくるまっているとあっという間に流れていく月も、一緒になって夜風に肌を晒すと穏やかに時を食むような気がした。
そうしてぼんやり呆けていると、件の音がしたのである。
──キィン。
それはなにとも例えがたい、細く眩い光を紡いだ弦(つる)を爪弾くような、よく透き通る音だった。
それも不思議と〝うたごえ〟に聴こえるのである。
響いてくるのは遙かに遠く、それこそ気の所為かもわからないが、天上とも思えるほどに高く、高く、宙の果てから。
つられて見上げると流れ星が一筋、煌めいた。
.
17
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 22:49:56 ID:vKIZsHU.0
瞬間、身体の中身がざあっと流されたかのような、まっさらとしか言いようのない不可思議な心地が九檀を満たした。
刹那の浮遊感。
肌がぶわりと粟立つ。
それはほとんど殴られるかのような、烈しい焦燥だった。
・ ・
落ちてしまう、堕ちてしまう、あの星が!
願いを。願いごとを、早く。
突き動かされるままに手を合わせて、目を瞑る。
・・・・・・
声が聞こえる。
遠く、深く、滲んだ記憶の向こうから。
──ぱしゃん。
合わせた手の間が熱い何かで満たされる。
指の隙間から、淡く光が漏れていた。
両手の上で青白く揺らめく燐光。
こぼさないようにゆっくりと引き寄せて、器のようにして口に寄せる。
そうしなければと思ったのだ。
九檀はそうして、手のひらの水面を飲み干したのである。
18
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 23:21:34 ID:vKIZsHU.0
(,,^Д^)「ふうん。随分思い切ったね」
巴祀屋に連れられて入った帰路のカフェで、彼はなんでもないことのようにそう言った。
卓上には所狭しとデザートが並んでいる。
どれも巴祀屋が注文したものだ。
九檀は目の前に冷たい紅茶を一杯置くのみである。
ζ( *ζ「……信じるの?」
おずおずとそう言うと、巴祀屋はキョトとフォークを差す手を止めてから、ニッコリと九檀の顔を見つめて言う。
(,,^Д^)「まあねえ」
ふはっと噴き出す。
その態度に九檀は頬がカッと熱くなり、この人は相手のことを小馬鹿にしないと息ができないのかと思う。
落ち着こうと目線を落とせば、ルビーに透き通った水面が揺れた。
日差しに溶けてカランと沈む滑らかな氷に、九檀の〝顔〟が反射する。
ζ( *ζ「そもそも、どうして見えるの」
グラスを掴んで問う。
・・
それは、突如として九檀の身を襲った異様。
流れ星の夜に仰いだ、燐光の水。
あれ以来、九檀の顔はあたかも深い霧の中にあるように、あるいは高く空の彼方にあるように、青白い燐光に包まれて、その相貌が見えない状態にあったのだ。
加えて。
ζ( *ζ「この光は、私にしか見えなかったのに」
その異様に気付くものは誰一人としていなかったのである。
19
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/29(火) 07:11:08 ID:0vBGDMVM0
燐光を仰いだ夜、九檀は夢現に眠りについた。
正確には、気付いたときにはベッドの上で朝を迎えていたのである。
昨夜の記憶などほとんどあやふやで、当然ながら現実味はなく、おかしな夢を見たと考えていた。
洗面所で自身の顔を見るまでは。
鏡に映っていたのは、寝癖で所々跳ねた栗色の髪を内側から照らす青白い光。
そこに九檀の顔は見えず、ただ淡く、それでいて白く発光する空間があるのみである。
絶句した。
本当に驚くと声も出ないのだ。
遅れて、さあっと血の気が引いた。
恐る恐る顔に触れると、たしかに形が分かる。
無くなった訳ではない。
ただ、見えない。
どう考えたって昨夜の出来事が原因としか思えなかった。
どうしよう。
こんなこと、誰に相談すれば。
薄黒い煙のような不安が一気に湧き上がり、胸中を満たす。
息が苦しい。
冷や汗が、じわりと頬に浮かぶ。
たしかにその感覚があるのに、燐光に隠されて見えない。
思わずその場に座り込む。
途端に、勢いよく扉が開いた。
ζ(ぅ∩*;ζ「きゃあ!」
('、`*川 「え? あら、ごめんなさい。驚かしちゃった?」
母が空になった洗濯物のかごを持って入ってきたのである。
慌てて九檀は顔を隠し、俯く。
腕の隙間から漏れる淡い光が塞いだ視界の隙間からちらと目に入る。
ツンと鼻の奥が痛んだ。
戸惑いに感情が着いてこないまま、涙ばかり先に押し寄せる。
……もはや、隠せそうになかった。
20
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/29(火) 08:32:01 ID:gYyQ7C7w0
ζ(ぅ∩*ζ「あの、これっ、お母さん」
('ー`*川 「なにを慌ててるのこの子は」
けれども母はテキパキと片付けを済ますと、そのまま出ていこうとする。
そこでアレッと思った。
ζ( *ζ「お母さん」
そっと顔を上げる。
('、`*川 「しおらしい顔してどうしたの」
('ー`*川 「もう、いきなり開けちゃってごめんなさいね」
愕然とした。
年甲斐もなくぼうっと頭を撫でられるまま、九檀はしばらく上の空だった。
母には、何の異常もなく見えているのだ。
リビングに居た父も同様だった。
恐る恐る学校に行くも、やはり誰も触れてこない。
気付いていないのだ。
しかし、手洗いの鏡に、水場の蛇口に、暗がりの窓に。
九檀は幾度も現実を突きつけられた。
顔がない。
相貌は燐光に隠されて見えず、己の顔の代わりにのっぺりとした白き光面がジッとこちらを向いている。
何度となく声をあげかけ、慣れずにざわりと総毛立ち、そのたび酷く心臓を冷やした。
一生このままだったらどうしよう。
誰にも相談できない不安はいつしか煙から、どろりとした質感を持って着実に心を蝕んでいった。
そこへ急に現れたのだ。
九檀の異様に、気付く人物が。
21
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/29(火) 18:16:36 ID:gYyQ7C7w0
ζ( *ζ「思えばあの夜は……頭がぼんやりして、ヘンな感覚だった」
突拍子もない出来事が、これ以上自らを置いてけぼりにしないように。
九檀はひとつひとつ出来うる限り言葉を選びながら、ぽつぽつと話を続ける。
ζ( *ζ「在り来りな表現だけれど、自分の身体が自分のものじゃないような、感じ」
(,,^Д^)「あは。魅入られたんだね」
九檀は手をギュッと握る。
不安を閉じ込めて、表に出てこないように。
ζ( *ζ「……気付いたら朝だったわ。おかしな夢、と思って。でも、鏡を見たら」
(,,^Д^)「〝おかしなコト〟になってたと」
俯く。
肯定の沈黙だった。
ζ( *ζ「でも、誰も気付かないの」
ζ( *ζ「私にしか、この光は見えなかった。それなのに、あなたは」
巴祀屋(はじや)はタルトにがつり、とフォークを刺して割りながら、九檀の顔を見やる。
(,,^Д^)「ああ、それで。なんで見えるの、か」
粉々になったタルトをフォークでしつこく刺しながら、あるいは掬い上げて口に運ぶ。
おかげで皿の上はポロポロとした食いかすだらけだ。
何故だか先ほどからずっと、デザートナイフは手をつけらないまま卓の端に追いやられているのである。
運ばれてきたとき、巴祀屋はご丁寧にも紙ナプキンを掛けていたので、存在に気付いていないはずはないのだが。
テーブルマナーが得意でないのだろうか。
……ナイフも見たくないほど?
九檀は内心、巴祀屋の行儀の悪さに呆れながら話を続ける。
ζ( *ζ「……あなただけだもの」
ζ( *ζ「この光は私の顔を隠すだけじゃなくて、淡く、周囲も照らしているのに。……それすら誰も気付かない」
口に出すと改めて恐ろしくなった。
握った手の内側に、いやな汗が滲む。
22
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/29(火) 18:37:47 ID:gYyQ7C7w0
巴祀屋はそんな九檀をちらりと見て、なんでもないことのように口を開いた。
(,,^Д^)「俺の眼、蛇に呪われてるからさ」
思わず、九檀は胡乱な目で彼を見返す。
しかし巴祀屋にだけはその表情が伝わらないのだと気付き、咄嗟にため息をつきかけるのを無理くり堪えた。
(,,^Д^)「だから見えるの。君のぴかぴか」
そう言うと巴祀屋は九檀の燐光が反射する卓の端を、こつこつと軽く叩いてみせる。
間違いない。
やはり、見えている。
だからこそ煙に巻こうとする態度が余計に気に食わなかった。
ζ( *ζ「適当なこと言わないで、私は」
(,,゚Д゚)「ン?」
言いかけて止まる。
彼の目がジッと九檀を見つめていた。
真っ黒な瞳の奥が一瞬、チリと赤く光る。
今のは。
何故か分からない。けれど、とにかく 怖 か っ た 。
気の所為だと、思う。
咄嗟に目を逸らしてしまったし。
ζ( *ζ(わからないけれど)
頭ではきっと見間違いだと思うのに、心臓がばくばく鳴るのを抑えられない。
九檀は自分の心がバラバラになりそうな気持ちだった。
理解の範疇を超えている。
なにもかも。
23
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/29(火) 18:54:46 ID:gYyQ7C7w0
ζ( *ζ「もうなんなの、どうして、こんな……っ」
パニックになりかける九檀を知ってか知らずか、巴祀屋は向かいでやけに寛いでいた。
いつの間にかテーブルの上のデザート群(本当にすごい量だったのだ)はすっかり平げられている。
(,,^Д^)「事故だよ」
そうして、座ったままぐーっと伸びをすると、相変わらずなんでもないことを呟くようにさらりと言った。
(,,^Д^)「理不尽で防ぐ手立てもない。そういうもの」
ζ( *ζ「でも!!」
(,,^Д^)「んー?」
巴祀屋は頬杖をついてスマホをいじっている。
九檀の声はもはや、どうでも良さそうに見えた。
(,,^Д^)「なんだっていいでしょ。原因なんて」
画面から目を離さずにそう言う。
(,,^Д^)「まあでも。強いて言うなら、君がそう願ったからかな」
(,,^Д^)「流れ星ってのはそういうものじゃない?」
ζ( *ζ「どういう、」
(,,^Д^)「だから、〝願いを叶えるもの〟。そうでしょ?」
24
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/29(火) 19:15:42 ID:gYyQ7C7w0
あまりにもパッキリと言い切るので、九檀は思わず言葉を失った。
呆れて、同じぐらい驚いて、何にも言えなかったのだ。
毒気を抜かれるような心地だった。
(,,^Д^)「ね。明日の夜、空けておいて」
巴祀屋はそう言うといじくっていた自分のスマホを九檀に渡した。
見れば、数日前からにわかに話題になっている流星群の予報ページである。
綺麗に見られるのはちょうど明日の夜らしい。
ζ( *ζ「……?」
意味がわからず固まっていると、巴祀屋は身を乗り出して九檀の手元に預けたままのスマホに触れた。
存外に大きく骨ばった手がトップの画像を大きく拡大する。
雨のごとく降り注ぐ流星群の写真だ。
(,,^Д^)「──だからさ、俺が願ってあげる。君のソレが治りますようにって」
事もなげにそう言い切る。
自信というよりは、どこか確信に満ちた声だった。
・・・・・
彼はそれで、九檀の異様が収まると知っている。
そういう声だった。
となればもう、こちらとて腹を括るしかないと思わせるような。
何より、出会ってからひたすらに軽薄だった巴祀屋の態度が、確かにいま、しゃんとしたのだ。
ζ( *ζ「……君、君ってさっきから言うけれど」
そっとスマホを返す。
ζ( *ζ「九檀よ。漢数字の九に白檀の檀。それで、九檀デレ」
巴祀屋はふ、と含み笑いを返すと悪戯っぽく言った。
(,,^Д^)「デレって呼んでいい?」
ζ( *ζ「好きにして」
わかった、と小さくはにかむ。
幼子のような無邪気な笑みだった。
25
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/29(火) 19:31:18 ID:gYyQ7C7w0
そういえば三年生だったな、と頭のすみで思う。
ニコ上だ。
本当に先輩らしくない人。
というより、シンプルに変な人なのかもしれない。
取り留めなく失礼なことを考えていると、巴祀屋が不意に口を開いた。
(,,^Д^)「ねえ、デレ」
(,,^Д^)「まだ俺に話してないことあるでしょ」
思わず目を見開く。……それが答えだった。
とけた氷がからんとグラスの底に落ちる。
手元でチカ、とスマホの画面が光った。
ネットニュースの通知。
〔 【速報】高架橋の横転事故。幸いにも重傷者はなし 〕
ζ( *ζ「……」
(,,^Д^)「それ、治したいんだろ」
ζ( *ζ「きっと信じないわ」
(,,^Д^)「信じるさ。今さらだろ」
もっともだ。
通知を消した暗い画面に、のっぺりとした光面を貼り付けた己の顔が映り込む。
目を逸らし、そのままひっくり返して置きなおした。
未だ、ひとりでは受け止めきれない。
ζ( *ζ「……」
けれど、やはり、言い淀む。
巴祀屋は急かすでもなく、夜明けを見つめる鴉のようにただ、静かに待っていた。
それに少しだけ安心する。
氷がもうひとつ溶け落ちる。
やがて、九檀はぽつりと口を開いた。
26
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/29(火) 19:35:28 ID:gYyQ7C7w0
ζ( *ζ「私、未来が視えるの。それも〝よくない出来事〟だけ」
次の瞬間。
最後に注文したケーキが巴祀屋の上に落下した。
つまづいた店員は顔を真っ青にしてほとんど飛び上がるように立ち上がると、叫び声さながら謝罪している。
それは確かに。
九檀が先ほど視た映像の続き、そのものであった。
.
27
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/29(火) 19:36:53 ID:gYyQ7C7w0
次から「三」になります
短いお話なので、最後まで楽しんでもらえたら嬉しいです
28
:
名無しさん
:2023/08/29(火) 20:24:14 ID:TyrSs2Nk0
乙!文章がすごく綺麗で引き込まれる
続きも楽しみ!
29
:
名無しさん
:2023/08/30(水) 12:11:16 ID:e9f6RS3w0
乙です
30
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/01(金) 17:07:43 ID:1hbedq7A0
三.
ズキリとこめかみが痛む。
何をしていたのだったか。
思考がぼんやりとして覚束(おぼつか)ない。
緩慢ながらも、視界にピントを合わせようと意識を向ければ、途端に目の眩むような満天の星空が広がった。
蒸した夏草の匂いが立ち込める。
不思議と静かだった。
それは、自分の息遣いも聞こえないほど。
あたりを見回そうとするも、カメラが固定されたかのように〝見えているものしか見られない〟。
その強烈な違和感が九檀のぼやけた意識を夢現から引き戻した。
ζ( *ζ(これは、何)
視線は空から、やがて目の前の青年──巴祀屋に移っていた。
あまりに近くにいるのでギョッとする。息もかかりそうな距離だ。
けれど、深く俯いた表情は前髪に隠れてよく見えない。
ζ( *ζ(えっ)
今、手元に、なにか。
見間違いだろうか、刃物が見えたような──。
九檀が慄(おのの)くのとは裏腹に、視線は巴祀屋の顔へと移る。
(,, Д )「─、──。────」
相変わらず声は聞こえない。
音だけが抜き取られた世界は、耳が凍ったかのような静寂が満たしている。
巴祀屋の口はしばらく、僅かに開いたり、閉じたりを繰り返していた。
それがこちらに語りかけているのか、あるいは独り言を呟いているのか、九檀には判断がつかない。
ただ、端々でケタケタと笑う様子に昨日の嘘くさい笑みとは違う、何かを懸命に押さえつけるような悲痛さを感じる。
やがて、少しの沈黙。
それはどこかぐったりと重たい間だった。
(,,゚Д゚)「─、─────」
バチりと目が合う。
感情の読めない真っ黒な瞳に息を呑んだ。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板