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( ^ω^)向日葵畑に埋めたようです

32名無しさん:2020/07/05(日) 12:25:13 ID:tO4zj84g0
( ^ω^)「治すのに後悔する理由が無い」

リハ*゚ー゚リ「…気付いて無いのね」

と含みを持たせて独りごちる清水。

( ^ω^) ?

リハ*゚ー゚リ「ズンは今、捩れから解放されてるのよ? 
それをわざわざ取り戻そうとする人なんて、滅多にいないわ」

( ^"ω^)

こいつの意味有り気で中身の無い言葉を吐く癖は昔から気に食わなかった。
具体的な表現を敢えて避けることで発言内容に重厚性を出そうとしている魂胆が見え透いているからだ。

実際言わんとしている事は含蓄に乏しいのに、深い話をしている風な素振りを見せる。
阿呆が転じて滑稽だ。

折角顔が良いんだから、もう少し取り繕って生きれば良いのに。
そうすれば婚期も逃さず、行き遅れの醜態を晒さずに済んだだろう。哀れな女だ。

33名無しさん:2020/07/05(日) 12:26:22 ID:tO4zj84g0
リハ*゚ー゚リ「さっきから私に対して、すごく失礼なこと考えてない?」

( ^ω^)「そんなことないぞ、冷静に分析してただけだ」

リハ*゚ー゚リ「…」

歪に曲がりくねった眉間の皺を指で無理矢理伸ばす。
職場で気に食わない上司と相対した時と同じように顔色を瞬時に入れ替えられるのは、年の功ゆえか。
果ては些細な苛立ちに業を煮やす己の性格を熟知しているからか。

節榑立った空気が解けたと勘違いしたのか、斯くして清水は顛末をぼちぼち語り始める。

リハ*゚ー゚リ「3週間前のあの日、ズン酔っ払った拍子に愚痴を垂れ流してたじゃない?」

( ^ω^)「記憶に無い」

リハ*゚ー゚リ「大学の友達がどうのこうのって言ってたのよ。
その時の惨めな面構えと来たら、思わず母性に目覚めるところだったわ」

( ^ω^)「大学の友達」

リハ*゚ー゚リ「それが余りにも哀れだったから、私の力で解決してあげたのよ。
感謝こそされど、悪態付かれる筋合いは無いわ」

( ^ω^)「大学の友達…」

34名無しさん:2020/07/05(日) 12:28:38 ID:tO4zj84g0
大学、つまり美大時代の友人。
清水と麻日以外に友達だと感じていた人間。

少なくとも、話を聴いた清水が俺とそいつらとの関係性を友人だと思った連中か。

頭に浮かぶのは、この二人以外でよく顔を合わせていた面々。
美大とかなら必ず存在するイラストサークルのメンバー。
イラストと一括りされているだけで、実際は好きな絵を好きな画材を用いて描く倶楽部活動。

俺と瓜二つな男、性格の尖った女、卑屈な男、淡々とした女、垂れ眉の男。

(-@∀@)「あれー、ズンって大学で僕達以外に友達いたっけ?」

( ^ω^)「いねーよ、必要無い」

リハ*゚ー゚リ「寂しい人よね、ほんっと」

( ^ω^)「人間関係なんて量より質だろ。
下らない知り合いが山程いたところで邪魔になるのがオチだ」

(-@∀@)「食い物については、質より量のクセに〜」

リハ*゚ー゚リ「だから太るのよ」

( ^ω^)「おい清水、はぐらかそうとするな。
解決ってなんだよ」 

こいつらは油断すると直ぐに会話を茶化す。
いや、油断してようとしてまいと、自分達が楽しいと思える風に空気を己好みに変質させ、次から次へと話の論点を流転させるのが得意なのだ。

軽妙洒脱で和気藹々とした会話が楽しい事は十分に共感できるし、こうしてる間にも全員少しずつ呑んでいるのだから、お喋りの内容に一貫性を保つのは難しいのだろう。

しかしそれを今やられると、こいつらを態々呼び付けた理由を失うことになる。
軸を戻すべく詰問すると、清水は何故か神妙な面構え。

嫌な予感がする。

35名無しさん:2020/07/05(日) 12:29:13 ID:tO4zj84g0




リハ*゚ー゚リ「恨みと憎しみを埋たの、向日葵畑に」


.

36名無しさん:2020/07/05(日) 12:30:52 ID:tO4zj84g0
( ^ω^)「…」

( ; ∩∀ )つ-@-@「…」

リハ*゚ー゚リ「…」

清水は相変わらず面白い、未だに自分には第六感が備わっていると思い込んでいる。
こいつと一緒にいると全く退屈しない。

俺なら耳まで赤くなるほど恥ずかしい、口にも出来ないような発言。
清水は言い切った自分に酔いしれているのか、恍惚とした表情を浮かべている。

サングラスを外し目を伏せて、苦々しく額を抑えている朝日が不憫だった。
こちらまで息苦しくなりそうだ。

漸く本性を曝け出した清水に嘲笑を浴びせ掛けたい気持ちが、沸々と湧き立っている。
頬が緩んで、笑顔に俺の下卑た本性が出てしまいそうだ。

遂に玉姫様の本領発揮か。

麻日の純粋に軽蔑している素振りも久々に見た。
こいつとは高校からの付き合いだが、殴られようと蹴られようと表情を崩さないやつだった。

罵詈雑言を並べ立てられても、抉るような悪態をつかれても、不敵な笑みを保ち続けるやつだった。
そんな強かな麻日が清水の言葉で顔を曇らせているのは、なかなか興味深く面白い光景だった。

37名無しさん:2020/07/05(日) 12:32:08 ID:tO4zj84g0
絵空事と言うのは飽くまで空想だから笑えるんだと思う。
現実には起こり得ないような出来事に心躍る気持ちと一緒だ。
だから、その妙な出来事をさも当たり前かのように発言されると一気に冷める。

白けるんだ。
言ってる本人だけが面白いと思っている言葉ってのは。

リハ*゚ー゚リ「仕事の愚痴と一緒に、大学時代のイヤーな思い出を駄弁ってたわ。
不遇繋がりで思い出したんでしょうね」

リハ*゚ー゚リ「可哀想なズン。私がイイ女だったら、頭をヨシヨシって撫でてあげたいくらいだったわ」

リハ*゚ー゚リ「でも、悩みを知ってて何もしないのって、良心が痛むのよね。
それが私に根付いて不安の種が芽を出すのも、うざったらしい」

リハ*゚ー゚リ「だからね、ズンの恨みと憎しみを抜きとってあげたのよ。
ショップで話してイイ人だなーって思った人達にするのと同じようにね」

38名無しさん:2020/07/05(日) 12:33:32 ID:tO4zj84g0
( ^ω^)「…」

(-@ベ@)「……」

何を言ってやがるんだろう、この女。
空想の世界に髄鞘が侵され、脳機能が壊死しているんじゃないか。
若しくは少量しか呑んでいない酒に絆されていて、頭蓋が水膨れを起こしているのか。

いずれにしても、馬鹿げた妄想だとしか思えない。
いや、こんな阿呆話を信じ込むような奴は詐欺師のカモくらいだろう。

架空の出来事を信じて貰いたいのなら、説得力のある論を展開するとか、根拠に基づいて説き伏せるとか、或いは具体的な行動を起こすなりしてくれないと困る。

口だけなら何とでも言える。
だからお前は酒の肴止まりなんだ。

隣の麻日は酷い顰めっ面を浮かべていた。
清水の妄言なんて、耳にたこができるほど聴き通しているだろうに。

仕事以外の、プライベートな時間の麻日は本当に不自由な性格をしている。
もう少し気楽に考えれば楽なのに。

39名無しさん:2020/07/05(日) 12:34:23 ID:tO4zj84g0
( ^ω^)「恨みと憎しみを抜き取ったって…何だよ、それ。
意味分かんねーぞ」

リハ*゚ー゚リ「あら? 私はありのままの事実を語ったまでのことよ?」

(-@ベ@)「最近ナリを潜めてたからって、調子に乗ってホラ吹いてんじゃねえよ。
君の不思議発言には慣れた気でいたけど、そんなの酒の席で言う話題じゃないだろ」

リハ;*゚ー゚リ「え…。はぐらかすなって言われたから、本当の事を仕方無く話したのに…」

( ^ω^)「まーまー麻日、カッカすんな。
ほら、お前の好きなメーカーズマークだ。
ダブルで注いどいたから、グッとイけ」

(-@∀@)つ凵

(*-@∀@)=3

(-@∀@)「…言い過ぎた」

リハ*゚ー゚リ「ううん、いきなりこんなこと聞かされたって、信じてもらえると思ってなかったから、気にしてないわ」

40名無しさん:2020/07/05(日) 12:35:37 ID:tO4zj84g0
( ^ω^)「それはそうとして、どういうことなんだ?」

はぐらかされないように凄みながら清水に詰め寄る。
自分の味覚がどうのという疑問よりも、その原因が恨みや憎しみにあると宣言した真意が気になった。

いや嘘、普通に原因と結果が結び付かないから気になってる。
味と創作と恨みと憎しみの関連って何だ?

意図も意思も推し量れない電波発言を誇らしげに口に出す態度は昔から気に食わなかったが、「自分がやってのけた」と言うからには、納得に足りるだけの説明をしてもらいたい。

人を食った発言を仮に本当だとするなら、俺は清水に実態を問うべきだ。
言の通りなら、こいつと俺のせいで、この状況が生まれたのだから。

麻日はそんな俺と清水の空漠とした表情を、熱に浮かされた蕩けた表情で眺めている。
呆けた口から、何本か抜けた歯の穴が顔を覗かせていた。

41名無しさん:2020/07/05(日) 12:37:40 ID:tO4zj84g0
リハ*゚ー゚リ「やって見せたほうが早いわね」

唐突に清水が身を乗り出し、向かいに座る麻日の頭をむんずと掴む。
フワッとした緑のカーリーヘアーがクシャリと沈む様が、ブロッコリーが潰れるみたいに映る。

俺は笑わない。

麻日はサングラスの奥から粘っこい害意を発散させながら、コンタクトの三白眼越しに上目遣いで清水を睨み付ける。

(#-@∀@)「…おい」

リハ*゚ー゚リ つ「本質と意識とのズレを抜き取るのよ、こんな風にね」

発言の意味を考える前に清水が実行に移す。

清水の握られた手が頭から離れたかと思うと、その手中には半透明な麻日の顔が掴み上げられていた。
ぬるりとした表面は別珍のような艶があり、窓から差し込む陽光に照らされ、その不快な光沢を一層強く反射している。

( ;^ω^)「!?」

(;-@∀@)「!?」

鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは、まさに今の俺たちみたいな顔を言うのだろう。
突然現実味が欠如した光景を見せつけられて、俺の頭は何処か上の空になっていた。
清水は嘆息しながら囁く。

リハ*゚ー゚リ つ( 3∀3)「その人の性質と表出してる感情の齟齬が大きければ大きいほど、意思が抜き易くなるのよ。
これはね、唐突な出来事に怒り心頭になったアサピーの憤慨を引っ張り出したのよ」

( ^"ω^)「わあ!」

(-@∀@)「なんか、心が軽くなったような」

麻日は先程までの苛立ちなど消え失せたかのように落ち着いた表情。
額に浮かんだ青筋も治まっていた。
弛んだ顔色は周囲で太平楽を並べる客と同様、人畜無害な家畜前としていた。

意味の分からない現象だった。

42名無しさん:2020/07/05(日) 12:39:04 ID:tO4zj84g0
リハ*゚ー゚リ つ( 3∀3)「これをできるのは私を信頼しているか、よっぽど意識が撓んでいるかの二択なんだけどね」

( ^ω^)「麻日の顔、メガネ外したのび太みたいに間抜け面だな」

(-@∀@)「うるせーやい」

俺は無いユーモアを精一杯捻り出して場の空気を濁す。
酒に酔っていないと、馬鹿みたいにふざけていないと、脳が蒸発してしまいそうだったから。
素面じゃ耐えられなかった。

リハ*゚ー゚リ つ( 3∀3)「当人がその感情を捨てたいと思っている時だけ引っこ抜いて、それを家の向日葵畑に埋めてるのよ」

清水は憮然とした表情のまま、透けた麻日の顔を元に戻す。
異物が体に入り込むような拒絶感や違和感も無く、すんなりと頭の中へ溶け消えていった。

リハ*゚ー゚リ「ご先祖様がスペイン旅行で見た向日葵畑に感化されて作ったの」

取れる油が美味しいって近所で評判なのよ、と誇らしげに胸を張る清水。
訊きたいのは向日葵畑の起源じゃない。
この妙な力について説明して欲しかった。

( ^ω^)「…お前、ただの行き遅れた電波だと思っていたが…」

(-@∀@)「まさか魔法使いだったとわね!
その歳で未経験とか恥ずかしくないの?」

リハ;*゚ー゚リ「しょ、処女ちゃうわ! なんなら試してみるか?」

( ^ω^)「そういう展開は望んでない」

(-@∀@)「妻が家で待ってるんで」

43名無しさん:2020/07/05(日) 12:40:39 ID:tO4zj84g0
しかし本当に奇天烈な力を持ってるとは思いもしなかった。
普段通りの妄想癖を膨らませ、哀れな醜態を晒すのがオチだと思っていたのに。
酒の肴が消えるのは寂しい物だ。

今の麻日みたいに清々しい気持ちになるのはまだ理解できる。
けれど、その奇妙な能力を駆使して俺の感情を抜き取ったんなら、何で味覚やら創造力やらに支障を来す事態になってるんだ?

等価交換とでも言いたいのだろうか。
関連性が無い、往々の行いに共通点が見出せない。

俺の恨みと憎しみ。
大学時代のサークル仲間に対する愚痴。
清水が俺に感情を戻す行為を避けている理由。

ううむ、分からん。

俺の脳内は疑問符で一杯だ。

( ^ω^)「お前のヘンテコな力がモノホンだってのは分かったが、俺の味覚が損なわれてんのはなんでだよ」

リハ*゚ー゚リ「よく噛んで無いからじゃない? しっかり3、40回くらい噛めば、少なからず味を感じられるはずよ」

(-@∀@)「やーいやーい、デブやーい」

( ^ω^)「俺は! 舌に乗った瞬間に! 味を楽しみたいの! 舌鼓を打ちたいの!」

リハ*゚ー゚リ「腹太鼓を打つの間違いでしょ」

( ^ω^)「拉致が開かねえ」

44名無しさん:2020/07/05(日) 12:42:31 ID:tO4zj84g0
いい加減にしてくれ、俺は怒るのが苦手なんだ。
怒りの感情を気儘に発散させて他人に実害を出す醜態を晒したくないんだ。

もう人に暴力を振るう俺になりたくないんだ。
戻りたくないんだ。

というか大前提として、感情を波立てたくないんだよ。

リハ*゚ー゚リ「そんなに恨みが恋しいの?」

( ^ω^)「戻って欲しいのは味覚や創造力だ」

リハ*゚ー゚リ「否が応でも、恨みが必要になるわよ」

( ^ω^)「なんでだよ」

リハ*゚ー゚リ「埋めた感情を食べれば分かるわ」

(-@∀@)「え? さっきの僕みたいにすんなり入っていくんじゃないの?」

アサピーの投げかけた疑問は尤もな意見だった。
そもそも根底からおかしな話だと返答されればそれまでの事であったが、一連の不思議体験が一貫性を保っているのなら、仮初でも清水を信用しなければ成り立たない。

リハ*゚ー゚リ「ああ、それはね」

差し込む日光がジョッキを通して光線をズラし、清水の顔を照らし上げる。

リハ*゚ー゚リ「大地に埋められた感情は根を張り巡らせ、実体を得てしまうからよ。
噛み砕かないと、吸収できないの」

真昼から飲酒するしか能のない老人達の喧騒が飛び交う中、清水の言葉は異国の言語のような響きを醸し出していた。

光が反射し照らしたその顔は、一瞬黄色い太陽を模倣した向日葵みたいに見えた気がした。

45名無しさん:2020/07/05(日) 12:43:52 ID:tO4zj84g0






( ;^ω^)「うーん…」

( ^ω^)「おっおっ、なかなか煮詰まってるおね」

( ;^ω^)「あー、ホライゾン部長…」

( ^ω^)「ブーンでいいお。それより何を悩んでるんだお?」

( ;^ω^)「いや、ここをどう描き出せばいいか分からなくて…」

( ^ω^)「ちょっと見せてみるお…」

(* ゚ω゚)「おお! この短時間でここまで完成度の高いラフ画を描けるなんて!
ズンは天才だお!」

ξ゚⊿゚)ξ「どれどれ…」

ξ*゚⊿゚)ξ「あら! 本当に上手いじゃない!
あなたやるわね! ブーンには負けるけども」

( ;^ω^)「いや…マジで全然進まなくて」

( *^ω^)「おっおっ、ズンはその調子でいいと思うお」

('A`)「どれどれ…良いな、コレ。
線の書き方が綺麗だ」

川 ゚ -゚)「それに筆運びが非常に丁寧だ、単純にクオリティが高い。
しかしこれ…ふむ、そういうことか」

46名無しさん:2020/07/05(日) 12:45:29 ID:tO4zj84g0
( ^ω^)「どうかしたのかお?」

('A`)「これ、ラフだろ。いわば下書きの状態だ」

ξ゚⊿゚)ξ「ああ、そういうことね」

( ;^ω^)「?」

( ^ω^)「みんな、何を言いたいんだお?
ブーンにも分かるように説明して欲しいお」

川 ゚ -゚)「下書きなのだから、そこまで角度や描写を精密に描く必要は無い。
質感を際立たせるための線の引き方を実践するのは、本書きの状態からで良い」

('A`)「つまりそういうこった。
ズンの絵は着色する前の段階で完成を狙っている様なモンなんだ」

ξ゚⊿゚)ξ「悩んでるのも、これ以上どう書き込めば良いか分からないからよね」

( ;^ω^)「あー、そうなのかな…よく分からないが」

( ^ω^)「なるほどお。そういう事情だったんだおね」

( ^ω^)「ズンは次のステップに行っても大丈夫だお」

( ;^ω^)「え、でも」

('A`)「確かに自分が納得していないのに次へ進むのは抵抗があると思う。
合点がいってから書きたい気持ちも分からなくない」

('A`)「だが、時には葛藤を乗り越える決断力も必要だぞ」

( ;^ω^)「それは…」

( ^ω^)「まあ、色んな意見があるから、決めるのはズン自身だお。
僕らがとやかく言うべきではないお」

( ^ω^)「ただ僕個人としては、次の段階で書き込みして欲しいってだけだお」

( ^ω^)「ブーン…」

ξ゚⊿゚)ξ「ワタシ達が言いたいのはそんな感じのことよ。
ほら、分かったならさっさと描きなさい!」

( ^ω^)「……」

47名無しさん:2020/07/05(日) 12:46:02 ID:tO4zj84g0
続きは夜です

48名無しさん:2020/07/05(日) 14:50:45 ID:iO3uOEPI0
おつ

49名無しさん:2020/07/05(日) 20:14:48 ID:tO4zj84g0






綺麗な光景だと思った。
蒼く霞む雲一つない空の下、白いワンピースの女の子が向日葵畑を背に立っている写真。
裏に記載された撮影日は約20年の日付けだった。

小さな写真に象られた、鮮烈を極める色彩の洪水。
咽せ返るほどの黄。
向日葵の花弁が太陽を写した鏡のようだった。

鮮やかに広がる黄色い海が風にそよいで波打っている。
手のひらに収まる程度の大きさしかない写真から、夏への扉が開いているかの如く荘厳で強かな景色がこぼれ出ていた。

逆光で情景が暗く濁らない様に太陽は写真内に収まっていないが、その威厳は撮影者の後ろから如実に伝わってきていた。
写真いっぱいに溢れんばかりの黄金色が、その全てが太陽に顔を向けていたから。

見果てぬ黄金の夢。
波の上で踊る少女。

琥珀色の小さな花弁の集合体が人の顔に見えた。
そんな気がした。

彷徨く幽美は俺の抱く不穏をひた隠しに、圧倒的な力を誇示している。

この下に、無数に恨みが根を張っている。

写真の少女、清水アイシスはそう呟いていた。
これは幼い頃、祖父に撮ってもらった一枚らしい。

清水のご先祖様が遠い昔、大和に無い鮮黄を求めアンダルシアを訪れた際に持ち帰った熱。

50名無しさん:2020/07/05(日) 20:17:58 ID:tO4zj84g0
素晴らしい景色を眺めていると、それをスケッチしたい欲に駆られる。
納得いくまで書き込んで、何度も修正を繰り返して、完成度に満足出来る段階まで絵筆を運ぶ作業は、ある種の幸福感を味わえる。
自身の手により情景を絵の中に落とし込めたという充足感が多幸を齎してくれるからだ。

絵を描く過程で、俺は何度も壁にぶち当たる。
試行錯誤を重ね己の持てる最大限の技術を注ぎ込み、時にはそこまで至った全行程を消し去って加筆と修正を繰り返す煮詰まった日々は、まさに忘我の極みだった。

一枚のイラストの中に自身を投影してゆく感覚。
描けば描くほど、時間が掛かれば掛かるほど、俺と絵が一体化して混ぜ合わさってゆくんだ。

そこには流れる時間に囚われる小さな自我など存在しない。
徹底的に一つへ意識を向ける、言うなればただの感情が腕を得ている様な物だ。

ある意味、極限状態とも言えるだろう。
集中の末にある、吾を忘れる素晴らしさに触れてしまうと、その時の感動と恍惚を持続せんとして、常に描き続けていたくなってしまうのだ。

たった一本の線を描くために幾度と無く失敗を重ねた。
技術力の乏しさに苦しみ喘ぎ、安易なトレースに逃げ惑った。
他人に白い目で見られ、嘲笑に晒される日々もあった。

それが全て自分のせいだと認めるのが怖くて、小さな両腕で自らを抱きしめ、個性が拡散してしまう恐れに塗れていた。

絵を描く事は俺にとって、耽美であり恐怖だった。

『ほんの少しの才能しかお前は持っていない』

『努力は価値はあれど実を結ぶとは限らない』

全てが泡沫へと消えたのは、自分の可能性の限界を知った時だった。

51名無しさん:2020/07/05(日) 20:19:58 ID:tO4zj84g0
何年も一つの壁を越えれなかった。
俺はその前に平伏し、降伏した。

挫折。

食事が喉を通らなくなり、感情の一切が抜け落ちた。

意識が空気に溶けて絵と一体になる感覚は恐怖以外の何者でもなくなり、そのまま現世に帰って来れなくなるのでは無いかと危惧した。

味が分からなくなった。

昔から食事は好きだったし、胃袋が満ちてゆく充足は自分が裕福であると証明してくれているみたいで心地が良かった。
あまりの満腹に息苦しくなり横にすらなれなくても、それすら気持ちが良かったのだ。

あの時、それが失われた。

苦しくも辛くも無い。
ただ、悔しかった。
弱い自分を厭い、悩むことすら忌避していた。

小さな挫折は幾度と無く経験してきた。
周囲の絵描き達への羨望と嫉妬、追い付けない自分の能力不足に散々苦しんだ。

自分の中で諦めた力は数知れずある。
線の書き方、仕上げる速度、即興力、配色センス、緩急、個性、ラフ画の完成度、精密さ、角度の正確性…。

自身への諦観は何よりも苦痛だった。
精神を擦り減らし、自らの肉を、骨を、乱雑に刻んで削ってゆく過程。
その中で自分にしか出来ない事を見つけられればまだ救いがあるが、解決に結び付かない取り止めもない愚行は、己の根底を揺るがすほどに衝撃的な事実を突きつける。

それでも
それでもまだ、踏ん切りを付けられていた。
付けられていたのに。

いや、付けられていたからこそ、か。

52名無しさん:2020/07/05(日) 20:21:18 ID:tO4zj84g0

だが、それでも。
そんな事があった後でも、
結局俺は。

現実、俺は矜持を取り戻せている。
三十路を越え、絵師の道を諦めた末に、インターネットを通じてイラスト創作への意欲を取り戻せている。

あの時の絶望的な挫折体験も、結局のところ時間と共に薄れていくだけの記憶に過ぎなかったんだろう。
喉元過ぎれば熱さを忘れるのと同じように、今思い返せば良くも悪くも大切な経験だったのだろう。

イラストレーターになりたかった。
絵を描く職に就きたかった。
しかし俺の力は何処にも認められなかった。
俺には他人から認められる絵の才能が乏しかった。

たったそれだけのシンプルな事実。


.

53名無しさん:2020/07/05(日) 20:22:40 ID:tO4zj84g0
実際俺は、本当に絵師になりたかったのだろうか。
それを生業に生きて行こうと、本気で考えていたのだろうか。

当時大学生の俺は自分の描いた絵が褒められても全く嬉しくなかった。
上手い、上手だと持て囃されても、機微は微動だにしなかった。

他でも無い俺自身が、自分の描いた物を素晴らしいと認めていなかった。
描き出した産物に満足していなかったから。
出来栄えに納得できなかったから。

それに他人から受ける賛美の言葉は、ただそれと同じ事を自分にも言って欲しいから発言しているとしか思えなくて、素直な気持ちで是認出来なかったのだ。
発言者が『自分も褒めて!』と言っているみたいに聴こえたから。

そんなことないのに。
報いを求めない優しさだってあるのに。
あいつらみたいに。

俺は面倒臭い奴だったのだと思う。

54名無しさん:2020/07/05(日) 20:25:01 ID:tO4zj84g0
そんな捻くれた性格が少しだけマシになったのは、挫折を乗り越えたからではない。
流れる時間がいつの間にか解決してくれただけだ。
ありきたりで分かりやすい捻れた人間性はそのままで、抜本的な解決が期待できる程ドラマチックに生きてない。
視点の位置が少し変わっただけなんだろう。

もしかしたら今の職場も少なからず関係しているのかもしれない。
俺より何十年も長く生きている老人共との些細な対話やら交流やらを通じて、いつの間にか感化されてしまったのかも。

人生の先輩達が往々に気儘な生活をしている姿を見て、
老い先短いのにまだまだこれからだと言わんばかりにリハビリする姿を見て、
新たな趣味に没頭している姿を見て、
いつの間にやら影響されてしまったのかも。

平均寿命をとっくに過ぎているのに、彼らは生き生きとしている。
一日一日を噛み締めて生きているみたいな強さは、俺が真似しようにもできないことだ。
過ごした時代が違うのもあるのだろうが、素直に敬愛する気持ちが大きい。

年寄りは好きじゃないが嫌いじゃない、蔑ろにもしない。

他人目線で俺の対応がどう写るか知らないが、少なくとも俺は努めて親密に接してきたつもりだ。
何れ俺も年老いて他人の世話にならざる負えなくなるのに、未来の自分みたいな人達に不親切な態度をとってるとバチが当たりそうだからだ。

保身のためだと認めている。
自戒するつもりも無い。

職場の同僚連中から見れば、舐めた態度をとってるように見られているかもしれない。
人によってはタメ口で話すし、スキンシップも意識して密にしているから。

55名無しさん:2020/07/05(日) 20:27:04 ID:tO4zj84g0


清水から俺の恨みと憎しみを返して貰う算段になった。
あの日は結局休みを堪能して、三人とも酩酊するまで呑んで喰ってを繰り返した。

清水の実家はここから電車で2時間半くらいかかるド田舎だったし、折角の休日を別の予定で埋めたくなかったから。

というのは建前で、本音で言えば今すぐにでも行ってしまいたかった。
食事が味気ない生活は俺にとって苦痛でしかない。
早急に解決したい問題だ。

ならなんで行かなかったのかというと、清水も麻日も翌日が出勤日だったからだ。

態々貴重な休暇を浪費してまで行動したくないと。
ふざけた悪友共だ、俺にとっては事態は一刻を争うってのに。

ただ、味覚に関しては清水の言った通り、何度も咀嚼すると本当に味が感じられた。
以前までのように口に入れた瞬間の楽しみは無くなったままだが、味わって食べるというのもこれはこれで悪くない。
まあ、良くもないわけだが。

施設の爺婆共も、きっとこんな気持ちで飯を食ってるんだろう。
遠い未来を先取りで体験しているわけだが、ハッキリ言って全く嬉しくなかった。

56名無しさん:2020/07/05(日) 20:28:52 ID:tO4zj84g0
別れ際、清水に向日葵畑について尋ねると一枚の写真を貸してくれた。
口で説明するより見た方が早いと。

描きたい。
見た瞬間、そう思った。

胸の底から湧き起こる感動と衝動とを自覚した。
想像力を刺激される写真だったから。

その熱を持って創作画を描こうと試みたものの、やはり願いは叶わない。
想像力の源泉は枯れてしまっていた。
楽しみが無いというのは、生きていないのと同じなのではないかとすら思った。

劇的な苦しみでない分、真綿で首を絞められるような辛苦だった。
時間と共に取り戻せた矜持が、再三失われたのと同義だったから。

清水は俺の愚痴を聴き助けたいと思ったと話していた。
俺はどうして今更大学時代の思い出を話したのだろう。

清水は仕事での不遇と大学時代の思い出が繋がりあったのだと考えていた。
美大での不遇な経験なんて、サークル活動以外思い浮かばない。

ブーン、ツン、クー、ドクオ。

悪い奴じゃなかったんだろう、きっと。
挫折は自身の能力不足ゆえだ。
あいつらは関係無い。
力不足を他人のせいにしたら、それこそおしまいだ。
そこまで落ちぶれたつもりは無い。

57名無しさん:2020/07/05(日) 20:30:14 ID:tO4zj84g0


ブーンは明るいやつだった。
体型は俺と同じく小太りだが、あいつの見せる屈託の無い笑顔は人を惹きつけた。
柔和で温かい態度も、少し間の抜けた性格も評判が良かった。

豊かな人間性を育んできたんだと思う。
得意の頬笑みは見る者の心を溶かして、優しい気持ちにさせる。

たぶん、良い家の出身だったのだろう。
良家特有の育ちの良さやお坊ちゃん気質が嫌味にならなかった。

絵も上手かったし人望も厚い。
おまけにモテた。デブなのに、なぜか。

体型からは意外だと思われるだろうが、素晴らしく魅力的な性格だったのだろう。
男の俺ですら彼の前では、感情が絆される場面が多々あった。
.

58名無しさん:2020/07/05(日) 20:31:29 ID:tO4zj84g0



ツンは態度のデカいやつだった。
いつも人を見下したような物言いと不遜な言葉使い。
おまけに高飛車な性格で、常に近寄り難い空気を醸していた。

こいつもたぶん、金持ちなんだろう。
幼少期から甘やかされて育ち、ストレスやら負担やらに滅法弱い気質。
それを八つ当たりのように態度や口調に反映していた。

パッと見は嫌味なやつだった。
実際ブーンとの惚気は鬱陶しかった。

尖った性格だが、それも保身からでなく心配性が起因していた。
相手を思いやりすぎた結果が冷たい対応に結び付いていたらしい。

実際俺がサークルに馴染んでからは口調も柔らかかった。
そういう部分はブーンにそっくりだった。


.

59名無しさん:2020/07/05(日) 20:32:51 ID:tO4zj84g0



クー冷たいやつだった。
素っ気なくて呆気からんとした性格と、歯に物着せぬ発言が目立つ人物像。
率直な感想、苦手なタイプだった。

上から目線の偉そうな口調と、真理を穿つような正論を得意とする性格。
描く絵も写実的なだけで味気無かった。

ただ、ポイントを抑えた精密な描写と同様、的確なアドバイスは誰よりも優秀だった。
嘘も滅多に言わない。
信用出来る誠実で大人びた人間性。

それに美人だった。
スタイルも良かった。
ドクオと付き合ってる理由が憐憫からだと思えてしまうほど不釣り合いだったが、本心から愛していると恥ずかしげも無く話していた。

意外と熱血で男勝りなの性格をしていた。
まさに姉御肌というやつだろうか。

.

60名無しさん:2020/07/05(日) 20:34:02 ID:tO4zj84g0



ドクオは俺に似たやつだった。
捻くれた性格も斜に構えた言動も、基本的に根暗な性格も、自分に近しい存在だった。

人の前で極力目立とうとしないくせにプライドばかり高くて、人を見下した態度を常に取っていた。
言葉使いも発言内容もいつも上から目線で、粘っこくて嫌味ったらしい表情ばかり浮かべていた。

そんな暗い側面がある一方で、自分が実力を認めた相手に対しては全力で応えていた。
嘘や戯言で誤魔化すことをせず、誰もが思っている言いづらい内容を果敢に発言する。

自分の力を示すに値する存在に対しては誠意を持って正直に話す性格。

根は真面目で熱い部分は、クーとそっくりだった。


.

61名無しさん:2020/07/05(日) 20:35:26 ID:tO4zj84g0


みんないいやつらだったよ。
楽しかったし、退屈しなかった。
仲も良かった。
俺の笑顔も張り付いた物じゃなくて、本心から出せていた。


(( ^ω^)『健気おね』

(ξ゚⊿゚)ξ『努力が美しいとでも思っているのかしら』

(('A`)『才能がモノ言う世界なのになぁ』

(川 ゚ -゚)『時代遅れの亀みたいな奴だ』


( ^ω^)「。」


その日はバイトがあるからサークルに顔を出せないと予め伝えていた。
前々からみんな知っていた。

だがちょうど台風がバイト先に直撃し、仕事が休みになった。
客が来ないからとか、機材が停電でイカれたからとか、電車が止まって社員が来れなくなったからとかで、バイト自体が無くなったのだ。

62名無しさん:2020/07/05(日) 20:37:23 ID:tO4zj84g0
あと少し。

もう少し描き込めば完成するって絵があった。

まだ構内にいた俺はサークルが貸し切っている一室に向かった。

もう既に俺以外のメンバーは室内にいた。
電車の運休目処が立たないとか、親に迎えを頼んでまだ来ないからとか、そんな理由だったんだろう。

もしかしたら俺と同じように、絵を描き込みたかったから残っていたやつもいたかもしれない。

本当に、酷い豪雨だった。

校舎全体に雨音が木霊し、風が吹くたび地響きが如くキャンパス内が揺れ動くほどに、強い嵐だったんだ。

それなのに。

それなのに俺の鋭敏な聴覚は、平常通り機能していて。

機能してしまって。

扉越しに聞こえたんだ、声が。

冷たい声が。

63名無しさん:2020/07/05(日) 20:39:20 ID:tO4zj84g0


柄にもなく取り乱した記憶は無い。
後日それを問いただしたというわけでもない。

「今回もダメだったか」という諦観。
それと、硬い物を殴り付けた時の、拳の熱。

それだけだった。

人は信用しないに限る。
根っこで何を考えているかなんて分からない。
上部だけの言葉を取り繕っているだけで、きっと頭の中は悪態のオンパレードだ。

俺が基本他人に無関心な様に、他人も他人に無関心だと考えるなんて虫が良い解釈だ。

或いは生きやすい楽な方法か。

表面的に良いやつは、少なくとも話していて悪い気にはならない。
心が笑っていなくても顔が笑っていれば、内情なんて推し量れない。
たとえ邪な考えを抱いていたとしても、それが表在していなければ害は無い。

優しい態度が必ずしも優しさ故とは限らないのだ。
俺はあの時、それを改めて理解した。
約20年余抱き続けていた懐疑主義が解決された瞬間だった。

強がりではなく、俺は別に傷付いていない。
蟠りが解決した爽快感とまでは行かないまでも、何処か晴れやかな心持ちだった。
人を殴り付けた時と同じ気持ちだ。

安寧な夢から醒めたような物。

月が出るから太陽が沈む。
草花が枯れるから種が残る。
雨が降るから雲が晴れる。
闇があるから光がある。

世界を捉えていた視点がズレたに過ぎない。
主語が少し暗くなった、それだけ。

あの日から青空を見ていない気がする。

64名無しさん:2020/07/05(日) 20:43:37 ID:tO4zj84g0






リハ*゚ー゚リ「ここよ、素敵でしょ?」

( ^ω^)「暑い」

(*-@∀@)「わぁ!」

次の日曜、清水の実家を訪ねた。
というより、実家の裏に広がる向日葵畑に来ていた。

これは…なんと言い表せばいいのか。

地平線の果てまで一面の向日葵畑だった。

俺たちがいる丘から見下ろす景色は、黄金色の海岸に立っているような物だ。
なだらかな丘陵に沿って際限無く広がる黄色は地面の高低差に従い潮がうねっていた。

背高い花は風に揺蕩い、揺れて流されるたびに黄色、黄土色、褐色、金色へと姿を変える。

檳榔度の様に毛並みを変えて、光を曲げて、目に焼き付く情景は一瞬とて同じ物は無い。
黄金を散りばめてキラキラと輝いている。

サラサラと、耳に優しい音が鼓膜を擽る。
穏やかで牧歌的。
花弁が風を縫い吹かれ流れてゆく。

地平線で、空の瑠璃色と大地の黄金色が交わる。
隔てるのは白く聳える山脈のような入道雲。

いつかこの丘からスケッチがしてみたい。
彼女の先祖が恋焦がれた、古来からの情景を訪れたい。


リハ*゚ー゚リ「この下には、無数の恨みが根を張っているわ。
ズン以外にも、たっくさんの人たちの恨みと憎しみが」


( ^ω^)「…」

(-@∀@)「…」

65名無しさん:2020/07/05(日) 20:45:51 ID:tO4zj84g0
リハ*゚ー゚リ「うちの畑のひまわり油、味が良いって評判なのよ。
きっと、私の愛情と日光の優しさが育んだ味ね」

(-@∀@)「…なーんで恨みから芽が出てるのに、油は美味しいんだろうね」

( ^ω^)「さあな」

この下に、負の感情が埋まっている。
改めて考えるべきではないのだろうが、馬鹿げた話だった。

リハ*゚ー゚リ「ほら、そこの赤い糸が巻いてある一本を掘ってみて。
それがズンの恨みと憎しみの花よ」

(;-@∀@)「え! 掘り返しちゃって大丈夫なの? 枯れちゃわない?」

リハ*゚ー゚リ「ちゃんと根を張り巡らせてるから大丈夫よ。
それにここの花、畑全部で根の一部を共有しているから」

( ^ω^)「きのこみたいだな」

いつの間に納屋から取り出したのか、清水の両手には俺の腰ほどまで高さのあるスコップが2本握られている。
それをさも当たり前かのように、俺と麻日二人に渡す。
どうやらハナから手伝う気は無いらしい。

(-@∀@)「……」

リハ;*゚ー゚リ「な、なによジッと見て」

(-@∀@)「僕とズンは掘るのに、清水は手伝ってくれないんだね」

リハ;*゚ー゚リ「肉体労働は苦手なのよ。
掘ってる間、別の用もあるし…」

(-@∀@)「ふーん…」

清水は分かりやすく俯き麻日から目を逸らしている。
俺とも頑なに視線を合わせようとしない。

…まあ、俺としては知らぬうちにストレスを軽減してもらってたり、これから感情を返してもらえるわけだから、不服を感じつつも咎める権利は無いわけだが。

66名無しさん:2020/07/05(日) 20:47:39 ID:tO4zj84g0
( ^ω^)「さっさと掘っちまおうぜ。
麻日、頼む」

(-@∀@)「…わかったよ」

太陽燦々。
ギンギラのエネルギーが噛み付いてくる。
あまりの熱に意識が解けそうだ。
隣の麻日は頭をグワングワンと不自然に揺らしていた。

大地は硬かった。
スコップを軽く地に刺そうとしても、刃がまるで通らない。
まるで硬いコンクリートを叩いているかのようだ。

スコップを何度も突き刺していると、少しずつ土が抉れる。
この時点でかなりの重労働だ。否が応でも年齢を自覚してしまう。
僅かな土の裂け目から白い網目が覗く。

根だ。白くて細い根がそれぞれ螺旋を巻きながら絡みつき、あり得ないような頑強さを誇っている。
一本一本の強度は大したこと無いにしても、数え切れない糸が手繰られ織重なっているから、大の大人二人がかりでも苦戦せざるを得ないのだろう。

67名無しさん:2020/07/05(日) 20:48:48 ID:tO4zj84g0


ザクザク


ザクザク


こんなに腕を酷使したのはいつ以来だろう。
運動習慣は身に付いていないにしても普段から年寄りの介助をしているから、それなりに筋力には自信があったのだが。
まさかここまで疲れるとは思いもしなかった。

一堀毎に意識が撓む。
顎、眉間、側頭から汗が滴る。
まるで熱したフライパンの上にいる気分だ。
白い蒸気が人の形に見えてくる。

心綺楼?

鼻孔を僅かに霞める芳香が辺りに漂っていた。
清水から貰ったディフューザーと同じ匂い。
眠気を誘う香り。

熱い。

暑い。

68名無しさん:2020/07/05(日) 20:50:45 ID:tO4zj84g0






( ^ω^)「ふぃ〜、一番乗り…」

( ^ω^)「お、ズン、今日は早いおね!」

( ^ω^)「…じゃなかった。ブーンこそ、いっつもここにいるよな」

( ^ω^)「僕はここが好きなんだお」

( ^ω^)「ふーん」

( ;^ω^)「お?」

( ^ω^)「変わってるな、こんな油臭い部屋が好きなんて」

( ^ω^)「おっおっ。慣れると気楽なモンだお」

( ^ω^)「…俺はお前の気が知れねえよ」

( ^ω^)「ここはいいお、空気が澄んでるお」

( ^ω^)「澱んでるの間違いだろ」

( ´ω`)「おー…落ち着くのにおー…」

( ^ω^)「なあ」

( ^ω^)「お」

( ^ω^)「なんでお前はこの状況で、まだ笑ってられるんだ?
正確には、俺と二人きりのこの状況で」

( ^ω^)「…」

69名無しさん:2020/07/05(日) 20:52:11 ID:tO4zj84g0
( ^ω^)「クーが辞めて、ドクオが消えて、とうとうツンまで来なくなった」

( ^ω^)「おー…」

( ^ω^)「残ってるのは、もう…」

( ^ω^)「西川」

( ^ω^)「?」

( ^ω^)「僕はもう、全部知ってるお」

( ;^ω^)「?!」

( ^ω^)「事の発端は、紛れもない僕だお」

( ;^ω^)「ブーン…」

( ^ω^)「僕が償うべきなんだお、全部知ってたのに無力でいた僕がだお」

( ;^ω^)「…」

( ^ω^)「僕はここが好きだお」

( ^ω^)「クーがいて、ドクオがいて、ツンがいて、ズンがいて…」

( ^ω^)「互いに高め合って、認めあって、支え合ってきたここが好きだお」

70名無しさん:2020/07/05(日) 20:53:39 ID:tO4zj84g0
( ;^ω^)「なんで…お前は何も…」

( ^ω^)「部長としての責任ももちろんあるお」

( ;^ω^)「責任って!」

( ^ω^)「証拠も動機も見当たらなかったんだお。
それに疑いたくないんだお、大切な仲間を」

( ^ω^)「…」

( ^ω^)「クーが最初だとすると、スパンは二週間毎だお」

( ^ω^)「ブーン…お前そこまで…」

( ^ω^)「荷物があるのに急にいなくなるなんて変だお、疑問に思うのは当然だお」

( ^ω^)「…分かってるよ、それくらい」

( ^ω^)「その荷物がいつの間にか消えてるのに、持ち主の本人が音信不通になるなんて、怪しさ満点だお」

( ^ω^)「…そうだな」

( ^ω^)「たぶん、気づいてほしかったんだおね」

( ^ω^)「……」

( ^ω^)「僕はここにいるって、僕がやってるって、知って欲しかったんだおね」

( ^ω^)「…いや」

( ^ω^)「お?」

( ^ω^)「それは違う」

71名無しさん:2020/07/05(日) 20:55:07 ID:tO4zj84g0





ブーンはいいやつだった。
いつもニコニコ笑ってて、
ガウディとゴヤが好きで、
旅行が趣味の、柔らかいやつだった。
嫌いじゃなかった。



.

72名無しさん:2020/07/05(日) 20:56:53 ID:tO4zj84g0






(;-@∀@)「…」

( ;^ω^)「…」

リハ*゚ー゚リ「二人ともー、ビール持って来たよー…あら?」

(;-@∀@)「…ねえ」

( ;^ω^)「なんだよ、これ」

ひまわりの根本にくっついていたのは、俺の頭だった。
眼球が飛び出んばかりに身開かれていて、まるで浅瀬に打ち上げられた深海魚のようだ。
口は醜く歪んでいて、惚けた形に開いている。
顔中に青筋が立つかの如く根が絡みついている、真っ白な俺の生首。

清水が麻日から取り出した顔を、より生々しく仕立てた感じの印象だ。
気味が悪い。

リハ*゚ー゚リ「あらあら、こんな短期間でここまで大きくなるなんて…」

(;-@∀@)「オエ」

( ;^ω^)「ってことは、これが…」

清水が俺たち二人の頬にビールの缶を押し当てる。
思わず飛び上がりそうなまでに、キンキンに冷えていた。

(;-@∀@)「うひゃあっ!」

( ;^ω^)「うっ」

リハ*゚ー゚リ「そ、ズンの怨恨」

清水は事も無げに呟く。
さもそれが自然の摂理だと言わんばかりに。

73名無しさん:2020/07/05(日) 20:58:55 ID:tO4zj84g0
リハ*゚ー゚リ「二人が掘ってる間にテーブルと食器を準備しといたわ。
さ、丘の上に戻りましょう」

( ;^ω^)「テーブルと食器って…」

(;-@∀@)「食べるの?! あの生首を?!」

驚嘆の感情は麻日が代弁してくれた。
俺はこれから自分の頭をボリボリ齧って食わなければならない。
ナイフとフォークで小さく細切れにしながら、アレを咀嚼しなければならない。
分かってはいたが改めて考えると、狂気の沙汰だった。

リハ*゚ー゚リ「この前言ったじゃない。食べないと味覚は元に戻らないわよ」

( ;^ω^)「…味くらい、たくさん噛めば…」

リハ*゚ー゚リ「創作意欲も、戻らないわよ」

( ;^ω^)「うっ」

リハ*゚ー゚リ「さあ、どうするの?
食べるも食べないもズンの自由よ」

(;-@∀@)「清水…」

清水がニヤニヤ笑いながら眺めてくる。
口元と目元を自然な形に曲げているものの、奥の瞳は死んだ魚のようだった。
こいつは今、どうしてこんなに複雑な表情をしているんだろう。


丘の上には白いテーブルと木製の椅子があった。
机上には頭ひとつ分くらいの大きさを持つ銀の皿と、その両脇に銀のナイフとフォークが添えられていた。
清水は平然と俺の白い頭を皿に乗せる。

リハ*゚ー゚リ「味も食感も私は知らないわ。
自身の感情を埋めた事も、食べた事もないもの」

(;-@∀@)「そんな得体の知れないものを食わそうとしているのか…」

リハ*゚ー゚リ「勧めてはないじゃない、寧ろ否定したわ」

(;-@∀@)「魔女だなあ」

74名無しさん:2020/07/05(日) 21:00:59 ID:tO4zj84g0
清水はこの炎天下、写真の少女と似通った格好をしていた。
もう三十路を一年超しているというのに、その肌はシミひとつなく透き通っている。
出るとこは出て、締まるところは締まっている身体付きを見ていると、麻日の言った通り本当に魔女みたいだった。

皿の上を見る。
虚な俺と目が合った。
アレが俺から抜き出た恨みと憎しみだと思うと吐き気がする。
俺はあんなにも醜悪な感情を持っていたんだと知らしめられているような気持ちになる。

己が醜さに自覚はあれど、それを双眸に写したことなどなかったから。

アレを食べないと、味覚は戻らない。
味だけだったなら、まだ諦めていたとも思う。

だが、創作意欲まで失うわけにはいかないんだ。

絵を描く事は俺の生き方そのものだった。
自己満足で描いた物が不特定多数の他者に認められ、自分の力が人に根差して生きていたのは紛れもない事実だ。
俺の絵が持つ力なんて高が知れているが、フォロアーが4桁いるのだから、少なからずの人々が支持してくれているのは確かだ。

その実感が、俺に再び絵を描く勇気をくれたんだ。

就職活動で何処にも認められなかった俺の絵が、10年越しに認められた。
そのおかげで挫折を、乗り越えることができたんだ。

高校の、或いは大学最期の俺に退化するわけにはいかないんだ。
力を基準にした暴力の法が基底にあった、あの時の俺に戻りたくない。

迷うわけには、いかない。

75名無しさん:2020/07/05(日) 21:02:24 ID:tO4zj84g0
( ^ω^)「…食うよ、勿論」

(;-@∀@)「……」

リハ*゚ー゚リ「そ」

( ^ω^)「ナイフとフォークで切り分けて、食えばいいんだな?」

リハ*゚ー゚リ「そうね、ごゆるりと召し上がれ」

(-∩∀∩)「ぼくは見ないからね」

清水はさっきまで浮かべていた不気味な笑みを消し、麻日はこちらを見ず向日葵畑を眺めていた。

二人はそのままスコップを納屋に戻すべく、何処かへ歩いて行ってしまった。

俺は一人、黄色い海の見渡せる丘の上で、自分の感情と向き合う羽目になった。

( ;^ω^)「……」

( ;^ω^)「……」

( ;^ω^)「……」

( ;^ω^)「……」

( ;^ω^)「…くぅ…」

( ;^ω^)「食ってやる!」

顔にフォークを突き立てると、思った以上に抵抗が無い。
ナイフの刃もすんなりと入ってゆく。
火の通った大根みたいに柔らかい。
先程までの大地の硬さが嘘のようだった。

顔を真っ二つに切り分けた断面も色は無く、真っ白だった。
これで肝心の味も質素だったら、と淡い願いを込めて…。

( ;^ω^)「…いただきます」

76名無しさん:2020/07/06(月) 22:10:18 ID:RkhRMpe.0






( ^ω^)「よし、しっかりその缶噛んどけよ」

(,,^Д^)「カンだけに、カンどけってか!」

( ^ω^)「次、お前な」

(,,;^Д^)「ウ、ウソウソ! 冗談ですって西川の兄貴!」

( ^ω^)「…」

(; ∀ )「…」

僕にはどうして彼らが笑っているのか分からなかった。

彼らの気に触るような事をした覚えは無い。
話した事もなければ目線を合わせたことすらなかった。
クラスも違うから接点も皆無。
なのに、どうして、僕は空き缶を噛まされた状態で、廊下に這いつくばっているのだろう。

( ^ω^)「ちゃんと噛み締めてないと、余計に痛むからな」

(; ∀ )「…」

目の前で不適に笑う男、西川ホライズン。
この学校を統べる悪の頂点。
彼の前では何人も弱者となる、絶対的な暴力の化身。

その彼が右脚を上げた瞬間、頭を突き抜ける電流が迸った。

77名無しさん:2020/07/06(月) 22:11:40 ID:RkhRMpe.0
(; ∀ )「ガァ…!」

神経を直接殴りつける超常的な痛み。
突き抜ける灼熱の電流が全身に轟く。

僕の体は不随意に痙攣し、打ち上げられた魚の様に撥ねた。
僕はその滑稽な姿を上から見下ろしていた。

一瞬、意識が飛んでいたのだ。

(,,゚Д゚)「おいおい、だから言ったじゃねーか。
しっかり噛まないと余計痛いってな!」

ミ ゚Д゚彡「うわ、こいつこんな状況なのに笑ってやがるよ。
トんでんのか?」

僕は笑うしかなかった。
理不尽な状況とそれを引き起こした原因に対して、憎しみの眼差しを向ける余裕すら無かった。

目の前に神経の根がこびり付いた僕の歯が何本か転がっていたから。
その光景があまりにも現実離れしていて、つい笑ってしまったのだ。

( ^ω^)「オイ、なにヘラヘラしてんだ」

声と同時に彼の脚が靡く。
鞭のようなしなやかさで打たれた一撃は芸術の域に達しているのではないかと、下らない思考を浮かべた。

その瞬間、身体中に数え切れないほどの痛みが突き刺さる。
僕の視力では一撃にしか見えなかったのに、既に数十発の打撃を受けていたらしい。

こんなの、笑うしかないだろ。

78名無しさん:2020/07/06(月) 22:12:48 ID:RkhRMpe.0
その日から僕の体は痛みに塗れてしまった。

ある時は校舎の三階から落とされて。
ある時は顔をバケツの水に沈められて。
ある時は校舎裏でリンチにされて。
ある時は燻る煙草を眼球に突き立てられて。

ある時は
ある時は…

僕は笑った。
笑いを絶やさなかった。
絶やせなかった。

あまりにも馬鹿馬鹿しくて。
理不尽で。
暴虐且つ残忍で。
力そのもので。

面白かったのだ。

そんな彼の目が笑っていなかったから。
自ら進んで残酷な暴力を振り翳すのに、口元だけはニヤけた笑みを貼り付けているのに、取り巻きの不良は楽しそうにしているのに。

彼だけは。
王であり力の権化である西川ホライズンだけは。

真意が全く笑っていなかったから。

79名無しさん:2020/07/06(月) 22:14:12 ID:RkhRMpe.0
変化の日は唐突だった。
普段通りに彼の拳が鳩尾を抉り、蹴りで肩が脱臼したあの日。

僕はなんとなく、本当に理由なく、漫画を一冊学校に持っていった。
僕に勇気を与えてくれたヒーロー達が活躍する物語。
僕はあの本が特別好きだった。

(,,゚Д゚)「ゴルァ!!」

(; ∀ )「カッ…!」

(,,゚Д゚)「兄貴〜、こいつ全然素面にならねーよ。
どんだけ屠っても笑いっぱなしだよ。
殴り甲斐がねーし、つまんねえよ〜」

( ^ω^)「ならお前がサンドバッグになればいいだろ」

(;,,゚Д゚)「ヒェ…じょ、冗談に決まってるじゃないスか〜」

( ^ω^)「お前は俺が冗談を言ってるって言いやがるのか」

(,,゚Д゚)「…」

(,,^Д^)「オイ! こいつなんか落としたぞ!
なんだこりゃ?」

僕は学ランの内ポケットに忍ばせておいた一冊を落としてしまった。
勇気の源が溢れてしまった。

駄目だ、それだけは、それだけは…。

(;-@∀@)「あっ…それ、ダメ…」

( ・∀・)「おーい、だーれが喋っていいっつた? オラァ!」

80名無しさん:2020/07/06(月) 22:15:31 ID:RkhRMpe.0
伸ばした腕のちょうど肘に打撃が直撃し、逆関節に捻じ曲がった。
既に知っている痛みでも、順応する事は決して無い。
僕の意思は空を切る。

例の男、西川が近づいてくる。

やめてくれ、それは僕なんだ。
僕の中での一等賞なんだ。
頼むから、頼むから…それを返してくれ。

( ^ω^)「ん…なんだこれ」

(,,゚Д゚)「漫画っスかね!
この眼鏡、ガキくせえ野郎だな!」

( ^ω^)「俺は漫画が好きだ」

(,,゚Д゚)「…」

( ^ω^)「お前、リボルバーな」

西川の腕が本へと伸びる。
僕が伸ばしても届かなかった場所へ、彼の腕が無慈悲に伸ばされ、それを掴み上げた。

ブックカバーで表紙が隠れている一冊を、西川がパラパラと目を通す。

彼の張り付いた偽物の笑顔が一瞬、本物に変わった気がした。
目の奥に明るい色が灯ったんだ。

僕はその瞬間を忘れない。

81名無しさん:2020/07/06(月) 22:16:44 ID:RkhRMpe.0
( ^ω^)「……」

(;-@∀@)「……」

( ^ω^)「…」

(;-@∀@)「…」

( ^ω^)「……ドラゴン、カッコいいよな」

(;-@∀@)「…」

( ^ω^)「…」

(-@∀@)「…」

( ;^ω^)「…」

(-@∀@)「……僕は、アクマが好きだよ」

( ^ω^)「…」

(-@∀@)「…」

( *^ω^)「…フッ」

(*-@∀@)「…ふふ」

下らないとか、有り得ないとか、ふざけてるとか言われそうだけどもね。

彼、その時から本当に笑う様になったんだよ。

つい今し方まで僕を路傍の石の如く蹴っていた存在とは思えないくらいに親近感が湧いたんだ。
圧倒的な力と暴力の化身として、恐怖の権化として君臨していた存在が、まるで少年のように笑ったんだ。

一冊。

たった一冊の漫画が、僕とズンとのファーストコンタクトだったんだ。

82名無しさん:2020/07/06(月) 22:18:48 ID:RkhRMpe.0
それからの日々は、それまでと大きく変化した。
まず僕に、ズンが腕を上げる事は無くなった。
次にズンが、僕とよく話すようになった。

たぶん変だって思われるだろうけど、別に僕はズンを恨んでないんだ。
憎しみやらの感情をズンに抱いた事は無いんだよ。

自分でも変わってると思う。
毎日毎日彼から無数の悪態と暴行を受けていたのに、その発生源である彼を怨む気持ちが皆無なんてね。

ただね。
理由を上げるとするなら、
僕に力を振りかざしていた彼と漫画が好きなズンは別人に見えたんだ。

拳を打ち付け、脚を振り上げていた彼はただの力そのもので、西川ホライズンという男は不器用なだけの少年だったんだ。

根拠は無いけど、そう感じたんだ。

( ^ω^)「ゼロ良いよな…生まれついての力同士、葛藤の中で闘う生き様…惚れ惚れする」

(-@∀@)「壊れないおもちゃってセリフ、僕は好きだな」

( ^ω^)「同じ頃だと、アキラとかも俺は好きだ。
鉄雄の歪な強さと弱さは、色々と考えさせられる」

(-@∀@)「あの人の漫画だと、『童夢』が僕は好きだったなあ…ズンはアキラ好き?」

( *^ω^)「好きっ」

(-@∀@)「…もし良かったらだけどさ、アキラのTシャツ、いる?」

( ^ω^)「んん?」

(-@∀@)「親父からのお下がりなんだけどさ、僕にはサイズが大きすぎて…
ズンにはちょうどいい大きさだと思うから」

( *^ω^)「マジで! いいの?」

(-@∀@)「全然良いよ! 寧ろ願ったり叶ったりだよ。
服は人が着てこそなんだし…あっ」

83名無しさん:2020/07/06(月) 22:20:29 ID:RkhRMpe.0
(,,゚Д゚)「おいゴルァ西川、てめー何腑抜けたツラしてんだあ?」

(,,^Д^)「最近付き合いわりーと思ったら、お前そんな陰キャとツルんでたのかよ!」

( ・∀・)「うへ〜キモチワリイ、引くわ〜」

( ^ω^)「…」

(;-@∀@)「…」

でもやっぱり、西川は他の不良共から見れば、やっぱり彼も同じ俗だと思われてるらしい。
すんなりと前線から立ち退いて、穏やかに過ごすのは許されないほど、彼は悪行を重ね過ぎてしまっていたんだ。

不器用な人なんだよ、西川ホライズンは。

( ^ω^)「…アサピー」

(;-@∀@)「…なに?」

( ^ω^)「俺は…悪い人間だ」

(;-@∀@)「…」

( ^ω^)「不器用だとか、仕方なかったとか、分からなかったと言い訳するつもりは毛頭無い。
生まれ持った力で己の気の向くままに生きてきた」

(;-@∀@)「ズン…」

( ^ω^)「今更赦してもらおうとは思っていない。
罰せられないのは余りにも虫が良すぎるし、これから然るべき報いを受けるつもりだ」

(;-@∀@)「えっ…でも、それは…」

( ^ω^)「いつになるか分からないが…その、もし帰ってこれた時、俺が少しでも"ズン"として生きていたら…」

(;-@∀@)「…」

( ;^ω^)「その……悪友でもいいから、友達に、なってくれないか………?」

84名無しさん:2020/07/06(月) 22:22:28 ID:RkhRMpe.0
僕は彼が好きだ。
男として、人間として。

側から見れば歪な生き方を自覚しつつ努力を重ねる悪漢だ。
虐められていた人からすれば、余りにも後味の悪い結末なんだろう。

まるで生まれ持った力のせいで悪に染まらざるを得なくなったと弁解しているように聞こえるかもしれない。
悪党が改心したのちに幸せな家庭を築いているような胸糞悪い展開は、ハッキリ言って僕も嫌いだ。
まさに虫唾が走る、唾棄すべき物語だと胸を張って宣言したいくらいだ。

悪は悪として散るべきだし、救われてはならないとすら思う。
凶悪がいくら心を改めたところで、虐げられた者達が納得するとは思えない。

ただ。

ただ、なんだろう。

僕にもよく分からないんだ、この感情が。

暴力を振るう彼は少年のような無知さと無邪気さで人を貶めているようには見えなくて。

純粋な、生粋な悪そのものの化身とは思えなくて。

まるで一人ぼっちの子供が、心の中だけで泣いているように見えたんだ。

だから、僕は。


(-@∀@)「待つよ、いつまでも」


不良だった肉の山に立つ彼に、そう告げた。

85名無しさん:2020/07/06(月) 22:23:11 ID:RkhRMpe.0






( ;^ω^)「…」モグモグ

( ;^ω^)「うううっ」

( ;^ω^) (何という奇妙な………)

( ;^ω^) (苦さでも辛さでもない)

( ;^ω^) (悔しさや)

( ;^ω^) (歯軋りや)

( ;^ω^) (涙…憎しみの混じり合った…)

( ;^ω^) (えぐみの味)

( ;^ω^)「ううううっ」

( ;^ω^) (くそっ…食ってやる…)


.

86名無しさん:2020/07/06(月) 22:24:16 ID:RkhRMpe.0






(;-@∀@)「ううーん、ズン大丈夫かなぁ…」

リハ*゚ー゚リ「大丈夫でしょ、ああ見えて頑丈な人よ。
心配には及ばないわ」

(;-@∀@)「恨み、憎しみかぁ…一体どんな味なんだろうね」

リハ*゚ー゚リ「さあね、出来る事なら知りたくないわ」

(;-@∀@)「ほんと、その通りだよ」

(-@∀@)「…にしても、あのズンが愚痴かあ…。
イヤーな思い出、ねぇ…」

リハ*゚ー゚リ「うーん…」

(-@∀@)「?」

リハ*゚ー゚リ「あれは愚痴って言うよりも、何と言うか……」

(-@∀@)「大学時代がどうのこうのってやつ?」

リハ*゚ー゚リ「うん。あの感情を言い表すなら、他人に対しての怨恨と言うよりも……」

(-@∀@)「…」

リハ*゚ー゚リ「アレは、後悔に近いわ。
不甲斐無い自分に対しての恨み、憎しみ」

(-@∀@)「大学時代…か」

リハ*゚ー゚リ「まるで懺悔の様な言葉だったわ」

87名無しさん:2020/07/06(月) 22:25:42 ID:RkhRMpe.0
(-@∀@)「大学といえば、僕らの美大で起きたあの事件についてかな?」

リハ*゚ー゚リ「そう…なのかな。正直よく分からないの」

(-@∀@)「?」

リハ*゚ー゚リ「ズンね、あの日ほんっとうに酔っ払ってて、呂律も回ってなければ会話の一貫性も無かった」

リハ*゚ー゚リ「まるで別人みたいに」

(-@∀@)「…彼、酔うと本性が出るからね」

リハ*゚ー゚リ「アサピーの言う事件って、やっぱりあのこと?」

(-@∀@)「僕らの在籍時代で起きた事件なんて、それしかないでしょ」

リハ*゚ー゚リ「凄惨だったわよね、ウチの生徒が立て続けに殺害されたなんて」

(-@∀@)「死傷者5名、ズン以外のサークルメンバーが半年以内に全員亡くなるなんてね」

リハ*゚ー゚リ「しかも時期が、彼が入って間もない頃だったのも悪かったよね」

(-@∀@)「犯行の疑いかけられて、何ヶ月か留置所に抑留されてたんだっけ…
昔の悪行とかも…色々と掘り返されてたし」

リハ*゚ー゚リ「正当防衛だって処理されたから疑いは晴れたものの、連日報道されまくったせいで不名誉が付いてしまった。
…あの頃のズン、荒れてたわ」

(-@∀@)「…彼とは高校からの付き合いだけど……まるでその時に戻ったみたいに病んでいたよ。
幸い暴力に訴えるようなことはしでかさなかったけどね」

リハ*゚ー゚リ「あのせいでズン、イラストレーターになれなかったのよね」

(-@∀@)「本人は頑なに自分の力不足だって言うけどね」

88名無しさん:2020/07/06(月) 22:26:59 ID:RkhRMpe.0
リハ*゚ー゚リ「あの愚痴…懺悔は、やっぱりその事だったのかなぁ」

(-@∀@)「彼は大人だよ。
…いや、大人になったんだよ。心身ともに強い人だ」

リハ*゚ー゚リ「私たちにすらなかなか吐露しないものね」

(-@∀@)「そんな素直じゃないズンが好きだから、過去のあれこれ全部チャラにして、この歳になってもツルんでるのにね」

リハ*゚ー゚リ「本当にねえ、さっさと私の気持ちにも気付いて欲しいわ」

(-@∀@)「…事件といえば、ホライゾン君だよね。
…惜しい人を亡くしたよ」

リハ*゚ー゚リ「……」

(-@∀@)「彼の最期は…カッコ良かったらしいね」

リハ*゚ー゚リ「聴いた話だから、想像にすぎないわ」

(-@∀@)「…」

リハ*゚ー゚リ「…」

(-@∀@)「…ああ、そういえばなんだけど」

リハ*゚ー゚リ「?」

(-@∀@)「清水、最近香水変えたよね」

リハ;*゚ー゚リ「?!」

(-@∀@)「何? なんで照れてんの?」

リハ;*゚ー゚リ「い、いや…誰にも言ってないのに、どうして分かったのかなって…」

(;-@∀@)「おいおい、僕だって10年以上接客業してるんだから、流石に匂いには敏感になるよ。
香りは大事だからね」

リハ;*゚ー゚リ「あっ…そ、そうね、そりゃそうよね。
お客さんの付けてる香水を話題にすることとかあるし…」

89名無しさん:2020/07/06(月) 22:28:10 ID:RkhRMpe.0
(-@∀@)=3

リハ*゚ー゚リ「で、でも、どうしていきなり…」

(-@∀@)「良い香りだなって思ったのが一番の理由なんだけども、最近ズンからも同じ匂いがしたからさ」

リハ*゚ー゚リ「あー…」

(-@∀@)「ついにくっ付いたかと思ったけど、今の感じだと違うっぽいし」

リハ*゚ー゚リ「…」

(-@∀@)「ねえ、それどこのやつ? ジルサンダー? マルジェラ? 欲しいから教えてよ」

リハ*゚ー゚リ「これね、ディフューザーなの」

(-@∀@)「へー!」

リハ*゚ー゚リ「ブランドじゃないんだけど、最近上司が仕入れでメキシコに行って、そのお土産で貰った物なの」

(*-@∀@)「うわ〜羨ましい〜」

リハ*゚ー゚リ「ペヨーテってサボテンを原料にしてる珍しいやつだって言ってたわ。
まだ何箱かあるから、アサピーにも後であげるわ」

(*-@∀@)「流石姫さま、太っ腹〜」

リハ*゚ー゚リ「ついでに変な酒も貰ったから、3人で飲みましょう」

(*-@∀@)「おっ、イイねイイね!」

リハ*゚ー゚リ「私一人で呑む勇気無いから、楽しみにしときなさい」

(;-@∀@)「え…呑む勇気無いって…え?」

リハ*゚ー゚リ「メスカルって名前の、メキシコのテキーラらしいわ」

90名無しさん:2020/07/06(月) 22:29:11 ID:RkhRMpe.0






( ;^ω^)「…オエッ」

どうにか食い終わった。
口の中にはザリザリとした砂の様な感覚が未だに残っている。
濾した灰汁を味わった様な不快感がしっかりとこびりついている。
気分が悪い、気持ちが悪い。

それでも、漸く、平らげた。
ほんの数分間の食事なのに、体感時間はその倍近くに感じる。
食事で疲労感を味わうなんて初めてだ。

だが。
これで元に戻るはずだ。

味気無い生活から。
躍動の無い日常から。
絵の描けない俺から。

戻れるはずだ。

( ;^ω^)「んっ…」

( ;^ω^)「…?」

なんだ、これ。

太陽を見つめる向日葵の花弁が歪んでいる。
グネグネと蠕動して、花が姿を変えてゆく。

鼻に着くのは清水の香り。
あいつから貰ったディフューザーの芳香。

( ;^ω^)「ぬあァ!」

91名無しさん:2020/07/06(月) 22:29:52 ID:RkhRMpe.0
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92名無しさん:2020/07/06(月) 22:31:40 ID:RkhRMpe.0

一面に咲き誇る向日葵の花弁。
琥珀色の花弁の集合体に無数の崩れた人の顔が浮かんでいた。

清水が言っていた言葉を思い出す。


「この下には、無数の恨みが根を張っているわ。
ズン以外にも、たっくさんの人たちの恨み辛みが」


この畑の向日葵の下には、大勢の者たちが抱えていた恨みが眠っている。
その恨みをぎっしりと吸い込んで、花が咲く。

向日葵は日の照らす方角へ常に顔を向ける。
太陽の炎を呪うように、四六時中ジッと見つめている。

大地に埋めた恨みを喰らってしまった俺は、数多の憎しみが絡まりあっていた根を取り込んでしまった俺には。

見えてしまった。
聞こえてしまった。
分かってしまった。


(#´;;-゙)「あのバカのせいで! あいつのせいで俺は!」

(#´;;-゙)「私だって一生懸命頑張ったじゃない! 報われるべきじゃない!」

(#´;;-゙)「苦しい…痛い…心が痛い…誰か…」

(#´;;-゙)「大事に大事に育ててやったと言うのに…恩知らずな餓鬼など死んでしまえ!」

(#´;;-゙)「わたし努力したよ。お母さんに認めてもらおうと、見えないところで耐えてきたよ。
なのな、どうして…」

(#´;;-゙)「買い被りだ…僕の方が上だ…あんな奴が僕以上に評価されるなんてありえない! ありえてはならない!」

(#´;;-゙)「敗北は死だ。恨みと憎しみを力に変えるのだ」

(#´;;-゙)「アアあああぁアアァあぁあアア!」

(#´;;-゙)「くらい、くらい……助けて、助けてよぉ…」

(#´;;-゙)「なんでよォ…! なんでアイツなのよオ!」

(#´;;-゙)「憎いのじゃ…ワシの金に寄生したウスノロ共が幸せな家庭を築いているのが…恨めしいのじゃ…」

93名無しさん:2020/07/06(月) 22:32:31 ID:RkhRMpe.0
ああ、狂ってしまいそうだ。
怨嗟の声が俺の心と共鳴してくるんだ。
混ぜ合わさった怨恨が、津波になって押し寄せてくるんだ。

( ;^ω^)「うっ…」

恨みが、俺の失くしていた憎しみが、戻ってくる。
怨恨は腹から体へ吸収され、俺の血となり肉となり全身を隈なく環る。

あの日から。
ブーン達が無惨に殺されたあの日から。
一時たりとも忘れたことなど無かった恨み、憎しみが。


ああ!
俺はなんて思い違いをしていたんだ!

衝動と絶望、焦燥と負荷で記憶が混濁していたとはいえ、なんだって俺はアイツらを憎んでいたんだ!


ブーンは明るいやつだった。

ツンは態度のデカいやつだった。

クーは冷たいやつだった。

ドクオは俺に似たやつだった。

みんないいやつだった。

だがあいつは。
アイツだけは…


(( ^ω^)『健気おね』

(´・ξ゚⊿゚)ξ『努力することが美しいとでも思っているのかしら』

(´・ω・('A`)『才能がモノ言う世界なのになぁ』

(´・ω・`)川 ゚ -゚)『時代遅れの亀みたいな奴だ』

(´・ω・`)


( ^ω^)「。」

94名無しさん:2020/07/06(月) 22:33:59 ID:RkhRMpe.0
黒い服ばかり着ていた男。
垂れ眉の男。
今なお俺の中で生き続けている男。

ショボンは。


(´・ω・`)「健気だね」

(´・ω・`)「努力することが美しいとでも思っているのかな」

(´・ω・`)「才能がモノ言う世界なのに」

(´・ω・`)「時代遅れの亀みたいな奴」


( ^ω^)「。」


俺はこいつが嫌いだ。
いつも斜に構えて的確な悪態を吐くこいつが嫌いだった。


(´・ω・`)『僕は君の絵、嫌いだな』

( ;^ω^)『あ…ショボン…』

(´・ω・`)『先輩だよ、馴れ馴れしく呼び捨てにするな。虫唾が走る』

( ;^ω^)『…ショボン先輩』

(´・ω・`)『君の絵には個性が無い。写実性もハッキリ言って微妙だし、筆運びだって歪んでる』

( ;^ω^)『…自覚はあります』

(´・ω・`)『分かってるのに直さないのは、まさか己の力を過信しているからかな?
模倣しかしてないのに、自分には才能があるとでも思い込んでるのかな?』

( ;^ω^)『…』

(´・ω・`)『見た通りを真似て書くくらい猿にだってできる。
自惚れるなよ、年少戻りの屑が』

( ^ω^)『……』

95名無しさん:2020/07/06(月) 22:35:43 ID:RkhRMpe.0
あいつは決まって俺が一人で描いているときに限って話しかけてくる。
サークルに誰もいない時間帯を見計らって、いちいち茶々を入れてくる。
態々言う必要の無い発言をする辺り、アドバイスのつもりは本人にも毛頭無いのだろう。

背がひょろ長くて色白で美顔で八方美人。
表情豊かで運動神経も良く頭脳明晰。
女にはモテたし男にもある意味モテた。
そして何より絵が上手かった。

猛悪な性格は余程観察眼のある人間か、直接見せつけられている対象以外は気づけないほど演技が上手かった。
「◯◯さ」とか「◯◯かな」という話し方が素なのだろうが、ブーンやドクオ達と話している場面では快活に笑う好青年口調だった。

俺はこいつが嫌いだった。
何度この顔面を殴り付け、凹ませてやろうとしたか思い出せない。

昔から腕っぷしだけは強かった。
喧嘩は常に勝ち続け、再起不能にした人間も少なくない。
善悪関係無く暴力を奮い続け、少年院に入っていた時期もあった。

高校で麻日と仲良くなってから、そんな生き方が間違っていると悟ってから、俺は決して他人に手を上げる行為はしてこなかった。
今後もするつもりは無かったのに。

結局、後にも先にもこの拳は、ショボンだけに沈めることになったのだ。

96名無しさん:2020/07/06(月) 22:37:19 ID:RkhRMpe.0
アイツの悪態は痛い所を突いてくる。
俺自身にも身に覚えのある箇所や思考を指摘してくるから、直情的に怒れない。
自身の短所を責め立てられるのは苦痛だ。

それに、アイツの本性を俺だけが知っていると言う優越感もあった。
いざとなったら地に伏せて仕舞えばいい。
腕力に訴えてくるような事態があれば痛まない程度に伸して仕舞えばいい。
俺にはそれだけの力があった。

ストレスは絵に昇華させた。
耐えられなくなれば跳ね退ければいい。
そう思って過ごしていた。

こいつの言葉は楽しくないし不愉快だ。
集中して絵を描くことすらできやしない。
だがこの程度で作成に支障を来すのなら、俺はその程度の人間だったと自ら認めてしまう。
そんな無様な真似、御免だ。

実害が出れば迎え打てるのだから、全て知ってる俺は余裕で構えていたのだ。
もしもの時に頼りになるのは己の拳。
こいつの強さは誰よりも知っている。
振るうつもりは最初から無かったが、

サークルに入って、みんなと気兼ねなく話せるようになった頃。

最初にクーが来なくなった。
それを追うかのようにドクオが消えて、間もなくツンも消息を経った。
ブーンの狼狽えっぷりには、見ていて辛くなった。

まさかショボンの仕業とまでは考えていなかったが、俺は見てしまったんだ。

頭を抱え嘆き苦しんでいるブーンに寄り添う傍ら、彼が背を向けた瞬間、瞬きほどの一瞬だけほくそ笑んだショボンの顔を。

97名無しさん:2020/07/06(月) 22:43:13 ID:RkhRMpe.0






( ^ω^)「お、お、お、お」

(´・ω・`)「ブーン…」

( ;^ω^)「…」

( ^ω^)「…なんだお、ショボン」

(´・ω・`)「お前、どうしちまったんだよ…本当に」

( ^ω^)「お…」

( ´ω`)「…なんで、みんな来なくなっちゃったんだお。
いくら連絡しても返事が無いなんて、初めてだお…」

( ;^ω^)「…」

(´・ω・`)「…みんな、きっとすぐ戻ってくるだろうよ。
俺達、幼稚園の頃からの幼馴染みだろ?
アイツらのことは、俺達が互いに誰よりも理解してるじゃねえか」

( ´ω`)「…それでも、辛いんだお。
みんなに会えなくなって、心が枯れてしまったみたいに痛いんだお…」

(´・ω・`)「元気出せよ、消息不明ってだけだろ?
きっと何かサプライズでも計画してるんだろうよ」

( ´ω`)「…ショボンは、辛くないのかお?
楽しかった思い出の中でしか元気な姿が見れないのに、寂しくないのかお?」

(´^ω^`)「なーに言ってんだ、アイツらは俺たちの心の中にいつまでも生きてるってことだろ?
アイツらがいきなり消えたのにも、何か理由があるに決まってるじゃねえか」

( ;^ω^) (心の中で生きている)

( ´ω`)「…ショボンは強いおね。
そういうところは昔から、変わらないお」

(´・ω・`)「俺は俺だってだけさ。
ブーンこそ、いつまでもメソメソしてんじゃねえぞ?
アイツらが帰ってきたときに、そんなひでえ面で出迎える気か?」

98名無しさん:2020/07/06(月) 22:45:55 ID:RkhRMpe.0
( ´ω`)「おっ…」

( ´ω`)「……」

( ^ω^)「…そうだおね、部長である僕がみんなを信じて、笑顔で待つべきだおね」

(´^ω^`)「そうだともよ!
お前が折れそうになったら、俺が支えてやる!
お前が挫けそうになったら、俺が助けてやる!」

( ;^ω^) (こいつ…演技なのか…? 本心で話してるようにしか見えねえ…)

(´・ω・`)「俺だけじゃねえ、クーもドクオもツンも、もちろんズンだってそうだ。
お前が辛いと俺たちも苦しい。
それは紛れもない事実だからな」

( ^ω^)「……おっお、僕は幸福者だお」

( ;^ω^) (こいつは本心から話してる…間違い無い! だが、それならさっきの表情はなんだ? あの笑顔の真意は何だ!?)

( ^ω^)「お? ズン、どうかしたかお?
顔が真っ青だお」

(´・ω・`)「…なんだってそんなに冷や汗かいてんだよ。
風邪でも引いたか?」

( ;^ω^)「…ブーン、ショボン……俺は…」

( ^ω^)「?」

(´・ω・`)「……」

99名無しさん:2020/07/06(月) 22:46:32 ID:RkhRMpe.0
( ;^ω^)「……」

( ^ω^)「…いや、なんでもない。
早くアイツら、帰ってくればいいな」

( ^ω^)「……」

(´^ω^`)「な? ブーン。
ズンだって、俺たちほど長い仲じゃないにしても心配してんだよ」

( ^ω^)「ズン…」

( ^ω^)「…」

俺とブーンに血の繋がりは無い。
出身地も違ければ性格も真反対だし、体型だって似て非なる。
好みも合わなければ好き嫌いも完全に一致しなかった。
奇妙なまでに真逆な性格の二人なのに、何故か呼吸と思考だけは揃うんだ。

まるで生まれる前から双子であったかのように。

一つを二つに分けたみたいに。

気持ち悪いほど表裏一体だったんだ。

俺がブーンを黙って見たとき、アイツの眼球に玉虫色の兆しが映った気がした。

根拠は無いが確信を持って言える。
ブーンに俺の心理が伝わったと。

100名無しさん:2020/07/06(月) 22:47:31 ID:RkhRMpe.0






( ^ω^)「たぶん、気づいてほしかったんだおね」

( ^ω^)「……」

( ^ω^)「僕はここにいるって、僕がやってるって、知って欲しかったんだおね」

( ^ω^)「…いや」

( ^ω^)「お?」

( ^ω^)「それは違う」

( ^ω^)「…ズン?」

( ^ω^)「ただ気づいて欲しいだけなら、最初からもっと分かりやすくやればいい」

俺が高校までしていたように。
無害も有害も、老若男女関係無く暴力を振るったように。
気の向くままに不良を極めたように。

( ^ω^)「…」

( ^ω^)「他人に自分を知ってもらうためには、言葉と態度が必要だ」

口に出して、素直に「悪友でも良いから、友達になってくれ」と頼むとか。

力で人を苦しめてきた自分を戒めるために、気に入らない奴から好き勝手に扱われるとか。

( ^ω^)「あいつは…言ったじゃないか。
言葉で、ちゃんと」

( ^ω^)「…僕もそれを聞いた時、違和感を抱いたお。
たぶん、ズンと同じものだお」

( ^ω^)「なあ…変なんだよな、話し振りが」

( ^ω^)「…まるで、もういない人を語るみたいに話したんだお」

101名無しさん:2020/07/06(月) 22:48:29 ID:RkhRMpe.0
( ^ω^)「『アイツらは俺たちの心の中にいつまでも生きてるってことだろ?』」

( ^ω^)「……」

( ^ω^)「あいつは気持ちが悪い」

( ^ω^)「綺麗な花壇みたいに」

( ^ω^)「心の友のように」

( ^ω^)「まるで純粋な本心かのように」

(( ^ω^)「取り繕った言葉が、嘘に聞こえないんだ」

( ^ω^)「…彼の」

( ^ω^)「ショボンの本当に言いたかった言葉って…」

(´・ω・`( ^ω^)「──それは、きっと…」

( ; ゚ω゚)「!? ズン! 危ないお!!」

( ^ω^)「え?」

(´・ω・`)

102名無しさん:2020/07/06(月) 22:50:00 ID:RkhRMpe.0
俺がつい今し方いた場所に、ブーンがいた。
その後ろには、黒くてひょろ長い男が呆と立っていた。

たぶん一番の失敗は、油断していたことだと思う。

二週間ごとのスパンと行方不明という情報から、秘密裏に殺害されている可能性を考えていたから。

だから、まさかこんな白昼堂々と、大学の一部屋で襲われるとは思ってもみなかったのだ。

最も単純で、最も致命的なミス。
少し前の俺なら、あり得ない失敗。

最初にブーンの首が真っ赤に染まった。
あの位置は頸動脈だ。
喉元の太い血管をナイフで横一文字に切り裂かれていた。

冴えた殺り方。
苦しまない殺し方。

少し遅れて、床が水浸しになった。
粘り気のあるどろっとした赤い血液で。

ブーンの腕は既にダラリと重力に従って垂れ下がっていた。
この時点で、既に事切れていたのだ。

( ´-ω-`)「あー、ブーンが先だったか…」

( ´-ω-`)「…」

(´・ω・`)「でも別に、順番はどっちでもいいんだよね」

ショボンがこちらを見やる。
右手にはつい今し方、ブーンを死に染めた赤いナイフが握られていた。

恐怖は無かった。
なんだか非現実的で、反射で自己防衛に専念してしまうのが、鬱陶しかった。

一瞬だけ、現在の吾を見失った。
昔に戻った。

103名無しさん:2020/07/06(月) 22:51:19 ID:RkhRMpe.0

瞬きすると、黒い塊に馬乗りになっていた。
下から、か細く断裂的な空気の抜ける音がした。

それが死前喘鳴と呼ばれる類鼾音だと、俺は知っていた。
過去に痛めつけた連中と同じ喘ぎ。

ショボンだった。
身体のあちこちが陥没しており、原型を留めた状態で最大限苦痛が長引くように、しかし確実に死に至るように蹂躙した。

舌と歯は残した。
理由を聞くために。

( ^ω^)「…なあ、ショボン先輩」

(´・ω・`)「…」

( ^ω^)「なんで殺したんだ」

(´・ω・`)「…」

( ^ω^)「あんたらは幼稚園の頃からの幼馴染みなんだろ?」

( ^ω^)「小さい頃から大人になるまで、共に育った親友同士だったんだろ?」

( ^ω^)「自分以上に相手を大切にする、美しい絆で結ばれていたんだろ?」

( ^ω^)「…なんでだよ」

俺の力じゃ手に入れられなかったものを捨てたショボン。
そんな憧れの関係を自ら断った理由が知りたかった。

( ^ω^)「なんで、みんなを殺した」

104名無しさん:2020/07/06(月) 22:52:35 ID:RkhRMpe.0
(´・ω・`)「…み」

(´・ω・`)「みんな、いきてる、よ」

(´・ω・`)「みんな、ぼくに、ころされることで」

(´・ω・`)「ぼくのなかで、みんなが、いきてるんだ」

(´・ω・`)「いきて、いるんだ」

( ^ω^)「…もういい」

俺にはショボンが何を言いたいのか分からなかった。
不明瞭な言葉使いや、あやふやな表現が理由ではない。
発言した言葉の意味が、まるで理解できなかった。

人は死んだら終わりだ。
死が生に繋がるとは限らない。
もし仮に、死と生が直結していたとしても、俺達がそれを証明するのは不可能だ。

(´・ω・`)「僕は君の中で生き続ける。
僕の中で、僕に殺されたみんなが生きているように、君を守る。
君を救う」

ショボンが事切れる直前、今まで痰が絡んでごぼごぼと音を立てていた喉から声がした。
極めて清澄、好天のように明瞭とした声だった。


晴れて、俺は恨みと憎しみを取り戻したのだ。

105名無しさん:2020/07/06(月) 22:53:52 ID:RkhRMpe.0
立ち向かえなかった。

腕力も脚力も膂力も筋力も敵わなかった。

喧嘩の強さも、恫喝も。

全部意味が無かった。

俺は弱い。

友達の作り方すらわからない。

何を持って友と呼ぶのかすらわからない。

高校、殴っても折れない奴に頭を下げた。

大学、ひとりぼっちで声の小さい奴と馬が合った。

信頼できる人にそばにいて欲しくて。

分かっている、間違っていることくらい。

回りくどいやり方だってことくらい。

生きる目標を失うよりも辛かった。

夢が敗れるより苦しかった。

忘れられなかった挫折よりも。

俺が抱えていた恨みとは、憎しみとは。

清水にぶちまけた醜い心情の正体は。

俺が、本当に恨んでいたのは。

心の弱い俺自身が。
器の小さな俺が許せなかったんだ。

106名無しさん:2020/07/06(月) 22:55:11 ID:RkhRMpe.0


みんな、ごめんな

俺、守ったことなんて無かったんだ

奪い方しか知らなかったんだ

…言い訳に過ぎないな

お前達と同じ時を過ごせて、俺は幸せだった

下らない会話も意味のないやり取りも、初めての体験だったんだ

全部が新鮮で、鮮やかで、燦爛と輝いて見えたんだ

硬いクーの話し方と素直な優しさが好きだった

卑屈なドクオの骨のある言葉が好きだった

冷めたツンのたまに見せる微笑みが好きだった

朗らかなブーンの柔和な笑顔が好きだった

…きっと、きっとショボンも…


.

107名無しさん:2020/07/06(月) 22:56:28 ID:RkhRMpe.0




(  ω )「…不味い」

(  ; ω ; )「恨みは、不味いなあ…」




.

108名無しさん:2020/07/06(月) 22:57:57 ID:RkhRMpe.0






何分間か、舌に残る砂のようなザリザリとした感触と吐き出したくなるえぐみを堪能しながら、俺は向日葵畑を眺めていた。
浮世離れした、荘厳な光景。
ここが日本であることに疑問を感じてしまうほど、異国情緒が溢れている。

呪詛はもう聴こえない。
既に感情を消化してしまったからだろう。
俺の心が重くなった実感があった。

清水はこの畑で取れる食用油は、近所で評判の味だと言っていた。
あいつは自分の愛情と太陽が育てた賜物だって言ってたが、味覚を無くして再度取り戻した俺は、清水の言葉が間違いだと気付いてしまった。

恨みを亡くして、俺は味覚を失ったから。
憎しみを亡くして、俺は矜持を失ったから。

ここの油が美味しい理由は。
味が凝縮されている理由は。

恨みや憎しみこそが、生きているという「味」
を深くさせているからだ。

熱風に晒され、凪いだ向日葵の海が水飛沫を上げる。
寄せては返って、寄せては返って。
怨恨から芽を出した、恨みと憎しみの花が咲いている。

悲しみを、苦しみを、魂を燃やして叫んでいた。

太陽の焔に向かい続け、琥珀色に焼けた眼を炎天下に曝け出しながら。

見果てぬ黄金の夢。

地平線の彼方に、白いワンピースを着た珠のようなお姫様が見えた気がした。

109名無しさん:2020/07/06(月) 22:59:11 ID:RkhRMpe.0






(゚、゚トソン「では、今日のホームルームはここまでです。
明日から授業が始まるので、皆さんしっかり準備して登校してくるように」

大学生活一日目にして、私は失敗した。
なんとか自己紹介は卒なく済ませたものの、余りにも中身の無い紹介になってしまった。
人から良い意味で注目されるような発言が出来なかった。

加えて、持ち前の気の弱さが発露したせいで声が非常に小さくか細いものしか出せなかった。
また、友達、作れないのかなぁ。
寂しい、寂しいよ。

(゚、゚トソン「では当番の方々、掃除お願いします」

ミセ*゚ー゚)リ「ハーイ」

( ´_ゝ`)「う〜っす」

リハ;*゚ー゚リ「…ハイ」

( ゚∋゚)「……」

( ^ω^)「…」

えっと、あの人達、なんて名前だっけ。
マズい、ついさっき自己紹介したばかりなのに名前が思い出せないなんて…。

110名無しさん:2020/07/06(月) 23:00:31 ID:RkhRMpe.0
( ´_ゝ`)「うへー初日から掃除当番とかマジだりい」

ミセ*゚ー゚)リ「ホントですよねー。
用務員の人達が全部やってくれればいいのに」

( ゚∋゚)「……」

リハ*゚ー゚リ「そ、そうで…」

( ´_ゝ`)「面倒なんで分割しましょーよ。
俺右前からやるんで」

( ^ω^)「わかりました」

ミセ*゚ー゚)リ「じゃ私、真ん中の列から後ろやります」

リハ*゚ー゚リ「あ、なら私、左前から…」

( ´_ゝ`)「とっとと片付けちまいましょ。
だりい、早く帰りてーなー」

ミセ*゚ー゚)リ「ええと、鳥塚さんですよね?
左前からお願いしてもいいですか?」

( ゚∋゚)「りょうかーい」

リハ*゚ー゚リ「……」

あれ、なんでみんな私のこと無視するんだろ。
普段通りに声出してるのに、どうして誰も返事してくれないんだろ。

きっと、声が小さいからだよね。

故意に無視してるんじゃなくて、聴こえてないだけだよね。
だって私、別に変なこと言った覚えないし、クラス内で悪目立ちするようなブスでもないし。

なのになんで、こんな些細なことで私、泣きそうになってるの?

111名無しさん:2020/07/06(月) 23:02:50 ID:RkhRMpe.0
( ´_ゝ`)「うーっす、今日もおつかれーっす」

ミセ*゚ー゚)リ「おつかれさま〜!」

リハ;*゚ー゚リ「あ…お、おつか…」

( ´_ゝ`)「授業むずくないっすか?
あそこせんせーパパパ〜って描くのに、早すぎて全然追いつけないっすよ」

ミセ*゚ー゚)リ「わっかるー、上手すぎて引くレベルー」

( ´_ゝ`)「あれ、そういやミセリさんって、どこから来てるんすか?」

ミセ*゚ー゚)リ「学校の寮だよー」

( ´_ゝ`)「えー、めっちゃ近いっすねー。
うらやまー」

リハ*゚ー゚リ「あ、わ、私も…寮から…」

( ゚∋゚)「おつかれー」

( ´_ゝ`)「おークックル。花金だし、この後どっか行かね?」

( ゚∋゚)「お、イイねー行く行くー」

112名無しさん:2020/07/06(月) 23:03:30 ID:RkhRMpe.0
ミセ*゚ー゚)リ「今日二丁目のクラブが朝までやってるらしいよ! みんなで行こうよ!」

( ´_ゝ`)「イイっすねー。
西川さんも行きますー?」

( ^ω^)「電車逆方向なんで」

( ´_ゝ`)「あー、そっすかー。
じゃ3人で行きますかー」

リハ*゚ー゚リ「……」

なんでなんだろ。
どうしてここまで徹底して、居ない存在として扱われるんだろ。

私が気色悪いから?
お洒落じゃないから?
声が小さいから?
影が薄いから?

……。

クラブには別に行きたくなかった。
うるさいだけだしお金も掛かるし、変な男性に詰め寄られたら断る自信も無かったから。

誘われないのが寂しかった。
無視されて蔑ろにされて、そんな態度が卑下してるみたいに見えて。
むしゃくしゃ腹を立てるよりも、寂寥感が心を締めた。

( ^ω^)「……」

113名無しさん:2020/07/06(月) 23:05:22 ID:RkhRMpe.0
一ヶ月経っても、二ヶ月経っても、私には友達らしい友達が出来なかった。
クラス内でのヒエラルキーもある程度固定されてきて、怠そうな口調で色白な流石さんと、明るくて誰にでも優しい芹沢さんが頂点に君臨していた。

最下層は私。
クラスメイトの名前は目立つ人以外ほとんど覚えてなかった。

隣の席は西川ホライズンって名前の男性で、私たちより一つ歳上。
悪い噂の絶えない人で、高校生の頃は名の通った不良として有名だったとか、死体の山を築いたとか、少年院戻りとか、弱い者イジメが得意な下衆だとか。
そんな感じの悪評が影でコソコソ囁かれている人。

西川さんはいつもニコニコ笑ってて、その表情には特段おかしな様子や違和感も無かった。
私からだと、とても優しそうな男の人に見える。

よく上級生の麻日先輩と漫画の話とかで盛り上がってて、私は陰ながらそんな関係性を羨ましく思っていた。
私にも、あんな風に気兼ね無く話せる友達が欲しかった。

リハ*゚ー゚リ「……」

( ^ω^)「……」

リハ*゚ー゚リ「……」

( ;^ω^)「……」

リハ*゚ー゚リ「……」

( ;^ω^)「……あの」

リハ*゚ー゚リ「…」

( ;^ω^)「あの、清水アイシスさん…ですよね?」

リハ*゚ー゚リ「…え? 私?」

114名無しさん:2020/07/06(月) 23:06:37 ID:RkhRMpe.0
話しかけてくれたのはズンからだった。
余りにも唐突で、タイミングやら辻褄やらが合わなかったから、少々面食らった記憶がある。

( ;^ω^)「あ、や…その服、オシャレだなった思って」

リハ;*゚ー゚リ「え? あっ…これですか?」

私の服のレパートリーなんて、殆ど母からのお下がりだ。
50年代から80年代に掛けての古い服ばかりで、新鮮さの欠片も無いボロ布のような物ばかり。
それでも私はヴィンテージな雰囲気が好きだったから、殆どいつも同じような衣類ばかり着ていたような気がする。

時代を経た古着を着ると、それだけの年代を生き抜いてきた強さを纏っているような気持ちになれたから。

( ^ω^)「それって、まさかA.A.の服ですか?」

リハ;*゚ー゚リ「?!」

A.A.
とあるブランドの頭文字。
私がいつも着ているブランドのイニシャルで間違い無かった。

リハ;*゚ー゚リ「…ど、どうして、分かったんですか…」

( ^ω^)「俺、その人の作った服、好きなんです。
レディースだから着れないんですけど、彼の生み出した潮流、伝説だと思ってるんです」

リハ;*゚ー゚リ「……」

( ;^ω^)「あ、すいません俺、自分ばっか盛り上がってしまって…」

リハ*゚ー゚リ「…ボディコンシャス、ですよね」

( *^ω^)「!」

リハ*゚ー゚リ「私、彼の作る服、すっごく好きなんです!
このブランド当てられたの、本当に初めてで…!」

115名無しさん:2020/07/06(月) 23:08:13 ID:RkhRMpe.0
私は多分、その時熱に浮かされてたんだと思う。
後々思い返すと、あんなに大きな声を出してしまったのが恥ずかしくなるくらいだった。
でもどうやら、私が大きいと思っていた声量はクラスの皆にとっては適正だったらしくて、誰一人として私を咎める人はいなかった。

彼は、ズンは私に声の出し方を教えてくれた。
好きな事を話す喜びを教えてくれた。
友達の意味を教えてくれた。

ズンはただ話しかけただけなんだと思う。
偶然趣味が合って、それを偶々話題にしただけだったのだろう。

でも。

本当に、そんな些細な切れっ端からだったけど。

少なくとも私は、ズンに救われたんだよ。

あの時、本当に、これ以上無いってくらいに嬉しくて。
あなたと徐々にたくさん話すようになって、麻日とも仲良くなって。
でもズンと話してる時間だけは、何物にも替え難い喜びで。

あなたのことが好きで。

だからあなたの心に根差した負担を、負荷を、少しでも和らげたくて。
あなたの力になりたくて。
だから、私は──。


恨みと憎しみを埋たの、向日葵畑に。

116名無しさん:2020/07/06(月) 23:09:57 ID:RkhRMpe.0


(-@∀@)「ただいま〜…って、ずいぶん綺麗に平らげたね」

リハ*゚ー゚リ「その様子だと、色々取り戻せたっぽいわね」

( ^ω^)「…おう、アサピーにアイシスか」

声に振り向くと二人が立っていた。

綺麗な緑に染めたカーリーヘアーの男。
第六感の冴えた女。
麻日と清水、俺の悪友。

(;-@∀@)「…いきなり下の名前で呼ぶなよ。
言われ慣れてない分、違和感がすごい」

リハ;*゚ー゚リ「…何かあったの?」

指摘されて気付いた。
こいつらを下の名前で呼んだのなんて、出会った時以来じゃないか?
俺は二人の名前をそんなに長い間呼んでいなかったのか。

( ^ω^)「ん」

(-@∀@)「まあ、言われて悪い気はしないけどね」

リハ;*゚ー゚リ「…」

麻日はやれやれといった具合に腕を広げ、清水は頬を紅潮させていた。

反応が分かりやすい女は好きだ。

( ^ω^)「とりあえず腹が減った。
飯にしようぜ」

(*-@∀@)「賛成ー!」

リハ*゚ー゚リ「…そうね。美味しい酒も用意してあるから、軽く摘みでも作ってくるわ。
昼食にしましょっ」

俺たちは向日葵畑を後にする。

俺は恨みと憎しみを、もう二度と大地に埋めないだろう。
取り返した矜持を再び捨てる事の無いように、怨恨の光輝を背にして前を向く。

頭上高く、太陽がその威厳を目一杯に示していた。

117名無しさん:2020/07/06(月) 23:11:45 ID:RkhRMpe.0



( ^ω^)「…ペヨーテ?」

(-@∀@)「最近、清水からディフューザー貰ったでしょ。
その主成分になってるサボテンのことだよ」

( ^ω^)「それがどうかしたか?」

(-@∀@)「あれね、幻覚作用あるから気を付けなよ」

( ;^ω^)「…」

(-@∀@)「インディアンとかシャーマンが好き好んで常用する薬さ。
匂いが良いからって日常的に吸ってると、涅槃から戻れなくなるよ」

( ;^ω^)「…気を付ける」

清水の家の居間で、彼女が例の酒を取りに行っている間に麻日から忠告された。
唐突な馬鹿げた内容で、俺の頭は上の空だったが言いたいことだけは伝わった。

( ;^ω^)「…通りで変なことばかり起きると思ったよ」

(-@∀@)「まー、全てが幻覚だとは思わないけどね。
…やっぱり、ホライゾン君関連だったんだね」

( ^ω^)「……」

俺が恨みを咀嚼している間、麻日は清水から事の顛末を聞いたらしい。

俺が清水に吐いた愚痴は、自分への後悔だった事。

俺から俺への情けない泣き言の数々。

酔った俺は、それら全てを捨て去りたいと本気で言っていたらしい。
忘れたくても忘れられないのだから、いっそ奪い取って欲しいと。

大の大人が、本当に情けない。
身の上話を交えた愚痴を清水や麻日に聴かせるなんて、本当に初めてじゃないだろうか。

だから清水も、大っぴらにしてこなかった自身の力を示したのかもしれない。

俺は自分の過去を麻日に話した。
包み隠さず、事の顛末を詳らかに伝えた。

118名無しさん:2020/07/06(月) 23:13:59 ID:RkhRMpe.0
(-@∀@)「…」

( ^ω^)「…まあ、こんな感じだ」

麻日は静かに聴いていた。

俺はあの事件で数多く理解出来ない場面や思考に遭遇した。

それまで二週間のスパンを開けていたのに、なぜ唐突に襲われたのか。
なんでショボンは俺にだけ素を見せたのか。
どうしてあいつは無抵抗に殴殺されたのか。

分からなかった。

(-@∀@)「僕は少しだけ、分かる気がするよ。殺人という手段は、断じて肯定しないけども」

( ^ω^)「?」

119名無しさん:2020/07/06(月) 23:14:43 ID:RkhRMpe.0
(-@∀@)「僕は白紙な自分が嫌いだったから、こうやって個性を追加して生きてる」

綺麗な緑に染めたカーリーヘアー。
赤いサングラスに三白眼のカラーコンタクト。
耳から垂れる手錠を模した円で巨大なリングピアス。

穴の空いた男が、一人で喋っている。

( ^ω^)「…」

(-@∀@)「きっとズンに殺されることで完成したんだよ、彼の絵は」

( ^ω^)「…よく分からないな」

(-@∀@)「それが正解だと思うよ。
『殺される事で相手の中で生き続ける』なんて、常人には理解し得ない考え方だし」

( ^ω^)「…俺の思い出の中でブーン達が生きているように、ショボンも俺の心に巣食っているってことか」

(-@∀@)「…彼は、悲しい人だね。
他人の中でしか生きられなかったんだ」

ショボンが最期に残した言葉を思い出す。
その部分だけ、ハッキリと刮目して口に出した言葉を。


(´・ω・`)「僕は君の中で生き続ける。
僕の中で、僕に殺されたみんなが生きているように、君を守る。
君を救う」


(-@∀@)「あまり深く考え込まないことだよ。
疑問の先に答えがあるとは限らないからね」

( ^ω^)「……」

120名無しさん:2020/07/06(月) 23:16:06 ID:RkhRMpe.0
リハ*゚ー゚リ「なーに湿っぽい話してるのー?」

会話が途切れたタイミングで、清水が戸口から顔を出す。
手にはなかなか大きな瓶が一本。

ボトルの中身は黄を帯びた半透明の液体。
紙のラベルにはデフォルメされた赤いイモムシが描かれていた。
目だけが歪に大きくて、可愛らしさを狙っているのだろうが転じて気持ち悪さが目立つ。

(-@∀@)「あっ」

(´・ω・( ^ω^)「清水」

(^ω^ )

リハ*゚ー゚リ「?」

(-@∀@)「?」

(^ω^ )「いや」

( ^ω^)「なんでもない」

今、後ろに誰かいたような。

リハ*゚ー゚リ「それよりほら、酒よ」

清水が腕に持っていたボトルを突き出してくる。
やめろ、その不快な瓶を俺の顔に近づけるな。

(-@∀@)「あれ? ツマミは?」

リハ*゚ー゚リ「煮込み中。時間がもうちょっと掛かるから、先に開けちゃおうと思って。
複雑な味のお酒らしいわ」

ラベルの文字は「Mezcal」
こじんまりとした度数表記は38。

( ;^ω^)「…底の方に、虫みたいな黒い影が見えるんだが」

リハ*゚ー゚リ「そ、芋虫よ。 幸運を呼ぶグサーノ」

(;-@∀@)「?!」

リハ*゚ー゚リ「最期にグラスへ注いだ時、この虫が瓶から出てくれば、その人に幸運を齎してくれるって言われてるの」

121名無しさん:2020/07/06(月) 23:17:42 ID:RkhRMpe.0
リハ*゚ー゚リ「…残った分は、ズンにあげるわ」

( ^ω^)「は? なんでだよ」

(-@∀@)ヒュー

( ^ω^)「?」

リハ*゚ー゚リ「あなたのこれからに、幸がありますように、ね」

先刻まで赤みを帯びていた清水の顔はやはり青白く血色が悪い。
隣の麻日は変わらない笑顔で俺たち二人を眺めていた。

高校時代、悪として存在していた俺を受け入れてくれた麻日。
こいつには本当に悪い事をした。
弁解の余地もないほどに暴虐の限りを打ち尽くしてしまった。
口で謝ろうとするたびに、こいつは話を遮ってきた。

まるでそんな謝罪文なんかいらないとでも言いたいかのように。

こいつが待ってくれていて本当に良かった。

大学時代、隣席の女は不遇だった。
可哀想だと思ったのは間違い無いが、それを理由に話しかけたつもりはない。
哀れみで被る人間関係なんて阿呆らしい。
俺は単純に、こいつの人間性が気になっただけだ。

たった独り、大学生になるまで孤独に生きてきたとしか思えないような振る舞いの清水。
苦心を顔に出さない女。
そんな強かさが気に入ったんだ。

偉そうに言える立場じゃないのは百も承知だ。

ただ俺は、清水アイシスと仲良くなりたかった。
それだけの事。

今度ここに訪れる時は、しっかり準備して赴こう。

使い古したスケッチブックと色褪せたペンを手にして。

向日葵畑の玉姫様を描きに行こう。

122名無しさん:2020/07/06(月) 23:19:39 ID:RkhRMpe.0






ピッ,ピッ,ピッ,ピッ

( ^ω^)「グー、グー」

ピッピッピッピッ

( ^ω^)「ぐ〜、ぐ〜…」

ピピピピッ,ピピピピッ,ピピピピッ

( ^ω^)「………」

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ

( ^ω^)「…」

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ

( ^ω^)「…」

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ

( ^ω^)「うるせー……」

( ^ω^)「ねみー…」

(^ω^ )

(^ω^ )「あー」

( ^ω^)「もうこんな時間かよ」

123名無しさん:2020/07/06(月) 23:20:23 ID:RkhRMpe.0


( ^ω^)「…」

( ^ω^)「って今日は休みか」

( *^ω^)「……」

( *^ω^)「…スケッチ、描きに行くか」

( *^ω^)「アイシスの家に」

( ^ω^)「……」

( ^ω^)「……」


.

124名無しさん:2020/07/06(月) 23:21:07 ID:RkhRMpe.0



( ^ω^)「ひまわりを眺めに行こう」



.

125mu:2020/07/06(月) 23:22:12 ID:RkhRMpe.0



( ^ω^)向日葵畑に埋めたようです 終




.

126mu:2020/07/06(月) 23:23:21 ID:RkhRMpe.0
以上、たまねぎでした。
長々と失礼致しました。

127名無しさん:2020/07/06(月) 23:32:34 ID:NbSPISl.0
乙んんんんんアアア

128名無しさん:2020/07/07(火) 06:34:38 ID:DyyjUpOo0

なんだろうなこの不思議な読了感は

129名無しさん:2020/07/07(火) 11:50:18 ID:yUxZ6E8g0
おつ
西川のブーン達に対する感情がどうにもちぐはぐだな、と思っていたが
そういうことか

130名無しさん:2020/07/07(火) 11:57:52 ID:yUxZ6E8g0
違った 「感情」じゃなくて「思い出の中の描写」だ

131名無しさん:2020/07/07(火) 23:24:31 ID:vbBKFLh60
乙。不思議な感動で満たされる。


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