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川 ゚ -゚)フェアウェルキスのようです

1 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 14:42:41 ID:BSJtsC2.0
ラノブンピック参加作品です。
使用イラストはNo.91。
よろしくお願いします。

2 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 14:45:39 ID:BSJtsC2.0
社会人3年目を迎えたクーは、ついに生まれた家を出て一人暮らしをしようと決意した。
何か差し迫った理由があるというわけでもなかったが、強いて上げるのならば通勤の不便さだろうか。
クーの生まれ育った土地は田舎とまではいかないが、都心からは少し離れたところに位置していた。
また交通手段が限られているということもあり、通勤には複数の交通機関を乗り継がなければならず、それなりの時間を要する。
とはいうものの、それも何か決定的な理由というわけではなかったが、数年働いてきたことで経済的な基盤も出来てきていたし、新しい環境に身を置いてみるのも悪くないかなと考えていた。

3 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 14:46:32 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「ん、ここか。」
クーは目的地に着いたことを知らせる音声案内に足を止める。
彼女が目を向けた一階建てのこじんまりとした家、それが彼女の新しい住まいだ。

クーが一人暮らしを決めて物件を探し始めた時、彼女の母親がある提案をしてきた。
昔母の叔母が住んでいた家が長く空き家の状態なので、そこに住んでみてはどうかということだった。
母の叔母、つまりクーにとっての大叔母は若くして病気で亡くなっており、更に独身だったため家を引き継ぐような人もいなかった。
クーが生まれる前に亡くなった人なので当然面識もないし、姪である母でさえそれほど交流はなかったらしいが、巡り巡って物件の所有権がクーの母にあるということだった。
そ物件は一軒家だが家族で暮らすにはちょっと小さめで、クーの母も権利を持っているというだけでほとんど行ったこともないらしかった。
細かい状況を把握できていない状態ではあるものの、場所はクーの働く会社の最寄駅から2駅の距離でオフィス街から少し離れた閑静な住宅街。
様々な管理費も大叔母の財産で賄われているため家賃もかからない。条件としては申し分無いものだった。

4 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 14:48:00 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「しかし…ずいぶん長く空き家だった家なんて大丈夫なのか?」
クーはそれほど住居に特別なこだわりを持っていなかったが、綺麗好きなこともあり元々築浅の物件を希望していた。
聞けば大叔母が亡くなったのは40年ほど前の話。
長く人の住まない家は劣化が早いと聞くので、クーはあまり気乗りしていなかった。
しかしそれについては全く問題ないという母の説明を受け、大叔母の家への引越しを決めた。

5 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 14:50:41 ID:BSJtsC2.0

('A`)

その人はまさに、目を向けた先の庭にいた。
『人』という表現は正確ではない。
この家には、長い間『人』は住んでいなかった。
彼はロボットだ。
庭に置いてあるプランターに水をあげているところだった。

川 ゚ -゚)「君がドクオか?」

クーの問いかける声に反応し、ドクオが玄関の方を振り返る。

('A`)「あ、はい。そうです。」

彼はそう答えると、手に持っていたジョウロを近くに置いてクーの方に近づいていく。
クーの前に来ると、彼はヒョロリと縦に長く横幅のない体をぺこりと折り曲げてお辞儀をした。
彼は生前、大叔母に作られたロボットだ。
彼女が亡くなった後もずっとこの家で暮らし、管理してきた。

6 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 14:53:11 ID:BSJtsC2.0
ここ10年ほどで爆発的に普及し、今となってはなんら珍しいものではなくなった
家庭用のお手伝いロボット。
しかし40年近く前はまだそれほど普及していなかったはずだ。
しかしクーの大叔母、ハイン博士はロボット開発の第一人者と呼ばれる人だった。
ドクオはハイン博士が個人で開発し研究をしていたロボットで、
実に長い時間をここで過ごしてきたということだ。

川 ゚ -゚)「今日からここで暮らすことになった、素直クーだ。よろしく頼む。」

事前にクーの情報は送信してあったため、手短に自己紹介を口にして右手を差し出す。

('A`)「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

ドクオはぎこちなく笑顔を作り、差し出されたクーの手を握る。
その様子にクーは小さな違和感を抱いた。

('A`)「届いた荷物は全ていただいたデータの通りに配置してあります。部屋の中をご案内しますね。」

ドクオはそう言ってクーを玄関へと促す。
クーはふっと湧き出た違和感を一旦頭の片隅へ追いやり、家の中へ入ることにした。

7 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 14:54:48 ID:BSJtsC2.0
各部屋を回り設置してもらった家財道具の確認、
備え付けの家電についての説明等を聞く。
そして最後に、廊下の奥にある地下へと続く階段を下っていく。
その先には一つだけ部屋があった。

('A`)「多分ここはあんまり使わないと思いますけど、一応説明しますね。」

ドクオが扉を開けた先にはこじんまりとした空間があり、
そこには本や機械が所狭しと置かれていた。
そこはかつて、ハイン博士の研究室として使われていた場所だった。

川 ゚ -゚)「おお…すごくメカメカしいな…!!」

部屋のどこをみても、何に使うのか見当もつかないような機械や道具ばかり。
本はタイトルを見ただけで頭痛を起こしそうな、到底理解できそうにない言葉がずらりと並んでいる。

地下なのでジメジメと埃っぽいのかと思えばそうでもなく、天井には窓がついていた。
どうやらこの部屋は庭の方に少し飛び出した位置にあるらしい。

川 ゚ -゚)「私が理解できそうなものは何一つないが、なんだかかっこいいな。」

('A`)「そうですか。」

クーが子供のような感想を述べつつドクオに向き直ると、
また先ほどのぎこちない笑みを浮かべてそう答えた。

8 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 14:57:24 ID:BSJtsC2.0
家の中を一通り見て回った二人はリビングへ戻り、
クーはソファーに腰を下ろして一つ息をついた。

('A`)「コーヒーでも淹れてきますね。」

ドクオはそう言うと、キッチンへと向かって行った。
心地よい良い柔らかさのソファーに身を預けてリラックスしながら、
クーは南向きの大きな窓を眺める。
窓からは庭が見え、ドクオが先ほど水をあげていた花達が太陽の光でキラキラと光って見えた。
外からは車の行き交う音もほとんどなく静かで、
ここは環境の良い場所だなとクーは安堵した。
最初は少々不安もあったものの、この家に住むことにして良かったかなとクーは考えていた。
家は一人で暮らすには申し分ないほどの広さだし、
思いがけずお手伝いロボットもついていた。
想像していたよりも快適に暮らせそうだと感じていた。

9 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 14:58:36 ID:BSJtsC2.0
少しすると、マグカップやシュガーポットなどをのせたお盆を持ってドクオがキッチンから戻ってきた。
クーが座るソファーの前にある低めのテーブルに、静かにマグカップを置く。

('A`)「どうぞ。」

続けてミルクやシュガーポットもテーブルに置かれる。
マグカップからはふわりと白い湯気が立ち上り、コーヒーのいい香りがリビングを満たしていた。

川 ゚ -゚)「ありがとう。いただきます。」

クーはミルクや砂糖を使うことなく、ブラックのままコーヒーを飲み始める。
するとドクオはちょっと意外そうな表情をしてクーを見た。

('A`)「あ、ブラック派なんですね。」

ドクオはそう言いながら部屋の端に寄せられていた座布団を持ってくると、
テーブルの近くに置いて腰を下ろす。

川 ゚ -゚)「ん、ああ、甘くしたコーヒーはあまり得意ではなくてな。」

ドクオは自分のコーヒーにミルクと砂糖を多めに入れながら、
その言葉を聞いて少し恥ずかしそうにしているように見えた。

10 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:01:17 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「それにしても、このコーヒー美味しいな。」

その言葉を聞いたドクオの表情がパッと明るくなる。

('A`)「近所に豆の専門店があって、そこは店の中で焙煎もやってるんですよ。豆のブレンドも絶妙で。」

ドクオはクーの方に視線を向けないまま、少し早口になりつつ嬉しそうな様子でそう話した。
口の端が少しにやけている。
そんな彼を見て、クーは先ほどから何度も感じていた違和感について尋ねてみることにした。

川 ゚ -゚)「ちょっと聞いても良いかな。」

('A`)「なんでしょう。」

川 ゚ -゚)「ちょっと失礼なことかもしれないんだが…」

ロボットに対して失礼というのも少し妙な話ではあるが、
しかしまさにそんな風に思わせてしまう彼の様子がとても気になった。

11 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:02:35 ID:BSJtsC2.0
言葉を思案するクーの姿を見て、
ドクオは少し緊張したような面持ちで言葉を待つ。

川 ゚ -゚)「君は随分とその、感情が豊かなんだな。」

ロボットなのに、という言葉は飲み込んだ。

それを言ってしまえば気分を害してしまうかもと思わせるほど、
彼はあまりに人間らしく思えた。

('A`)「あ、そのことですか。」

ドクオはクーの言葉を聞き、緊張感を解いた。

川 ゚ -゚)「もしも気分を悪くしたらすまない。
ただ、実家にいたロボットはもっと表情が固かくて、
反応ももう少し一定のものだったなと思って気になったんだ。」

12 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:03:52 ID:BSJtsC2.0
世の中に普及している所謂一般的なロボット、
例えばクーの家にいたロボットなんかがそれにあたるが、
もちろん人とのコミュニケーションができるようには作られている。

ロボットの仕事は単純作業のみではなく、人とのやりとりを通して
人間らしく物事を進めることが重視されているからだ。
だから子供の面倒を見ることや、人との直接的なやりとりが多く発生するような
仕事で使われることも少なくない。

それにしても、このドクオのように照れたり緊張するといった
細やかな感情を示すロボットをクーは見たことがなかった。

('A`)「失礼なんてこと全然ないですよ。」

クーが少し気まずそうに質問の意図を話す姿を見て、
彼はふわりと優しく笑って見せた。
その表情を見たクーは少しほっとしたと同時に、
その表情の柔らかさにまた人間らしさを感じ驚きを覚えた。

13 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:05:51 ID:BSJtsC2.0
('A`)「僕は感情を研究するために作られたロボットなんです。」

彼は砂糖とミルクをやっぷり加えたコーヒーを
スプーンでくるくるとかき混ぜながらそう答える。

('A`)「ハイン博士が僕を作った頃、お手伝いロボはまだ人の形をしていなかったんです。」

バラエティ番組でやっていた懐かしい家電を紹介するコーナーを、クーは思い出した。

床を勝手に掃除してくれる掃除機、
家の電気を音声認識で点けたり消したりしてくれるスピーカー、
胸についたタブレットを使って注文を聞いてくれる白いロボット。
少し前はそれぞれの作業に特化したロボットが作業をこなしていた。

14 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:07:07 ID:BSJtsC2.0
('A`)「世の中は大抵人間の形に合うようにデザインされている、
だからロボットも人の形をしていなければ効率的ではない。
ハイン博士がよく言ってました。」

彼は綺麗なパステルの茶色になったコーヒーに口をつけて、また少し表情をゆるませる。
彼はどこを見ているのかよくわからない目をして、懐かしそうに話し続ける。

('A`)「ロボットが仕事をこなすためになぜ感情が必要なのか、
それは何事も定型に当てはめてインプットすることが難しいからだ。
とも言ってました。」

ロボットにして欲しいことをロボットに理解できる形でインプットする、
そのやり方では結局型にはまったことしかできないということ。
だからロボットも人間と同じように感情や考えをもち、学習し、
時に間違えたとしても人間の感情に寄り添うことで、できることの幅は広がる。

命令ではなく意図を汲み取る、ハイン博士はそう言った考えの下ドクオを作り、
今日の世の中に普及してるお手伝いロボットの研究の基礎にしたと言う。

15 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:08:43 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「んー、その話ちょっとおかしくないか?」

一通り話を聞いたクーは訝しげに声を上げた。

('A`)「そう思います?」

ドクオはクーの言葉に、「さすがハイン博士の血筋」
と小さくつぶやいた。

川 ゚ -゚)「君はいわばプロトタイプとして作られたのに、
現代のロボットの方が感情表現の幅が狭められている。」

その理論でいけば現在の世の中のロボットもドクオのように、
もしくはそれ以上に人間らしい感情で動いてるはずだとクーは疑問を抱いた。

('A`)「それはですね、研究の結果一番効率よく仕事が進むように感情を絞られているからです。」

仕事をこなす上で必要な感情を精査し寄り分けたことで、
例えば仕事のミスで反省し学習することはしても、心底落ち込むようなことはない。

16 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:10:19 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「なるほどな。」

納得のいく答えを得たクーは、再びコーヒーに口をつける。

目の前のドクオというロボットは、現代のロボットにとっては
不要であるとされた感情をたくさん持っているということだ。

興味深いな、と思った。

クーはロボットやそれにまつわる研究といったものに特段興味を持ったこともなかったが、
その存在は生まれた時から当たり前にそこにあった。
子供の頃から家で働くロボットと接してきたし、
人と同じようにとまではいかないがそれなりにコミュニケーションをとって生きてきた。
ロボットが笑顔を見せてくればこちらも笑顔を返したし、
泣いてる自分慰めてくれた時には胸を借りたこともあった。

そんな風に接してきたにも関わらず、無意識にロボットと人間との間に
明確な線を引いていたことに、クーはドクオを見ていて気づいた。

17 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:11:25 ID:BSJtsC2.0
人間とロボットを比べれば、ロボットに人間らしさが欠けていることは当たり前のことだ。
しかし今まで、それを意識したことはなかった。
それはきっと「ロボットはロボットである」という認識しかなかったからだ。
でも今目の前にいる人間のようなドクオはロボットだ。
今まで見てきた他のロボットとドクオを比較すると、
圧倒的にロボットがロボットらしかったことに気づいたのだ。

川 ゚ -゚)「ゲシュタルト崩壊してきた…。」

('A`)「?」

川 ゚ -゚)「いや、なんでもない。」

新居にお手伝いロボットいてそれをそのまま使っても良いと聞いた時、
クーは「ラッキー」くらいにしか思っていなかった。
元々購入しようと思っていたのでその分のお金が浮いた、
とそのくらいの気持ちだった。
だけど今は、普通とは少し違うこのドクオと暮らしていくことが非常に興味深く、
とてもワクワクしていた。

18 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:12:44 ID:BSJtsC2.0
新しい生活が始まり、クーの日々は充実していた。

会社が近くなって通勤時間が減ったので朝は起きるのが遅くて良くなったし、
長い時間電車やバスに乗らなくても良い。
当然帰りも早くなったので自分の自由な時間が増えたし、
一人暮らしなので家族に気を使うこともない。
両親は割と放任主義でそれほど締め付けを感じたこともなかったが、
何をしても親に気を使わないというのはやはり快適なものだった。

そしてドクオについては、家事が完璧、というわけでもなかった。

掃除はそれなりに綺麗にできるものの、衣類の扱い方が下手くそだった。
洗濯物の干し方が雑でシワがちゃんと伸びておらず、
アイロンをかけるのも苦手なようで綺麗なシャツにならない。

19 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:13:48 ID:BSJtsC2.0
なぜその家事が不得手なのかとクーが尋ねると、
ドクオはしょんぼりとこう答えた。

('A`)「ハイン博士は着るものに無頓着で、その辺をちゃんと教えてくれなかったんです。」

衣類は分けることもネットに入れることもせず洗濯機に放り込み、
干したら干しっぱなしにしていたそうだ。

現代にはシワにならずに洗える便利な洗濯機や、
入れておくだけで衣類のシワが伸びるクロゼットなどもあるが、
この家には旧式の家電が多く自分の手でやるしかなかった。

20 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:14:15 ID:BSJtsC2.0
また、料理はそれなりにできたが味にはムラがあった。
しょっぱすぎたり、味が薄すぎたり。

そういったこともまたロボットらしくない、
そもそもお手伝いロボットとしての仕事ができていない困った部分ではあった。

しかしクーはこのことに対して特に不満を持っていなかった。
この不器用なドクオに、やり方を教えつつ
一緒に家事を進めていくことに楽しさを感じていたからだ。

21 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:15:43 ID:BSJtsC2.0
クーがこの家へ引っ越してきた時にはまだ蕾だった桜の花もとっくに散り、
季節は夏に差し掛かっていた。

クーはこの生活にもすっかり慣れ、自由な時間が増えたことから
仕事関係の資格試験の勉強を始めた。
真面目に勉強をするというのは実に学生の時以来で苦戦したが、
毎日継続して机へ向かった。

ある休日、外は雨が降っていて出かけるのには億劫な天気。
クーがリビングで参考書を読んでいると、いつものように
ドクオがコーヒーをテーブルに置いた。

('A`)「一息入れたらどうですか。」

コーヒーが差し出されたことにも気づかないほど集中していたクーは、
その声ではっと顔を上げる。

22 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:16:12 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「ああ、もうそんな時間か。」

時計を見ると短い針は3を指していて、
随分長い時間本を読んでいたことに少々驚いた。

('A`)「今日は随分集中してましたね。」

川 ゚ -゚)「なんか、雨の音って集中力を高める気がする。」

テーブルに置かれたアイスコーヒーを勢いよく飲むと、
氷のカラカラという涼やかな音が鳴った。

一気に喉を潤し小さく息を吐くと、
ドクオが視線をよくわからないところに向け、口の端がニヤけている。

23 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:17:35 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「どうした。」

('A`)「いや、ハイン博士も同じようなことを言っていたなぁって思い出して。」

ドクオがこういう反応をする時は
ハイン博士のことを思い出している時だと、クーは知っていた。

('A`)「研究室の天窓にあたる雨の音を聞くのが好きだったんですよね、ハイン博士。」

テーブルに置いたカフェラテに両手を添えて、穏やかな声でドクオは語る。

24 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:18:20 ID:BSJtsC2.0
ドクオはよくハイン博士の話をした。

ふと思い出した時だったり、クーの行動がハイン博士と重なった時に。

クーはいつもその様子を見て、
こんなに優しい声で話す人がいるものだろうか、
これほど愛情深い表情をすることが自分の人生にもあるものだろうかと考えた。

ハイン博士の話をするドクオを見ることが、クーはとても好きだった。

25 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:19:47 ID:BSJtsC2.0
しかし、気になることもあった。

ドクオがハイン博士の話をする時、酷く辛そうに、
苦しそうにしていると感じることがあった。
思い出を語ることで、彼女が今ここにいないという
寂しさを感じるからなのかもしれない。

でもクーには、それだけじゃない何か暗いものを感じていた。

ドクオにとってハイン博士は生みの親で、一緒に暮らしてきた大切な人で、
きっと特別な感情を抱いた人なのだろう。
だとしても、彼が見せる表情は寂しさや喪失感だけでは
説明のつかない何かを秘めている気がした。

クーはドクオと共に過ごしていく中で、彼が抱える痛みや闇の大きさを
見て見ぬふりすることが苦しく感じるようになっていった。
しかし同時に、触れれば彼を失ってしまうかもしれないという恐怖もそこにはあった。

26 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:20:53 ID:BSJtsC2.0
様々な思いを抱えながら、ドクオとクーの生活は続いていく。



熱帯夜が続く暑い真夏。
いくらなんでもクーラーの設定温度が低すぎるとドクオが怒って喧嘩になった。
寒がりなドクオと暑がりなクーは体感温度が大分違っていた。

加えてドクオはクーの体を心配していた。

('A`)「クーラーで冷やしすぎると自律神経が狂って良くないですから…。」

1週間の冷戦を経て二人は仲直りをした。
仲直りの折には庭で流しそうめんをした。

27 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:21:29 ID:BSJtsC2.0
クーが資格試験を受けた秋の終わり、
合格発表を受けてドクオはお赤飯を炊いた。
手順を少し間違えてしまったらしく、ちょっと硬いお赤飯だった。

川 ゚ -゚)「硬めだけど美味しいよ。塩気がちょうどいいし。」

失敗にしょんぼりするドクオにそう伝えると、
涙をぐしぐしと拭ってへらりと笑った。

ドクオは泣き虫で、失敗したり喧嘩をするとよく泣いた。

クーは泣き止んだドクオと一緒にご馳走を平らげた。
そしたら最後にケーキが出てきて、お腹がはちきれそうになった。

28 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:22:01 ID:BSJtsC2.0
元旦を迎えた朝、昨夜から降り続いた雪が積もって庭は銀世界となった。

ドクオは地下研究室の天窓部分を除雪し、ついでにかまくらを作った。
促されたクーが入ってみると、思いの外しっかりした作りで快適だった。
かまくらの中にいると、マグカップを持ったドクオの手が入ってくる。

川 ゚ -゚)「ドクオも入ってくればいい。」

あたたかいコーヒーの入ったマグカップを受け取りながらクーが誘う。

('A`)「いや、二人だと狭いですから。」

入り口から顔を覗かせたドクオがそう答える。

川 ゚ -゚)「じゃあ二人入る広さに増築してくれ。」

('A`)「えぇ〜…」

29 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:22:50 ID:BSJtsC2.0
クーがドクオと暮らし始めて、2度目の桜が咲く季節を迎えたある日の晩。

('A`)「クー、明日ちょっとお客さんが来ます。」

待ちに待った華の金曜日、クーがハイボールを片手に
リクエストした唐揚げを頬張っていると、ドクオがそう切り出した。

川 ゚ -゚)「お客さん?珍しいな。」

珍しいどころかドクオが家に誰かを招いたことはこの1年なかったし、
むしろドクオに知人がいることに驚いた。

ロボットであっても外に出れば誰かと交友関係ぐらいはあるものだが、
ドクオはそれほど社交的なタイプではなかった。

30 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:23:49 ID:BSJtsC2.0
('A`)「急にすみません。ハイン博士の関係者で、僕のメンテナーなんです。」

ドクオはざく切りのキャベツを塩ダレで和えたものを頬張り、ビールを飲む。

川 ゚ -゚)「めんてなー。」

聞きなれない言葉に、クーはおうむ返しで応える。

('A`)「まぁ、健康診断をしてくれる人みたいなもんです。
僕は少し特殊なので、一般のロボットが行くようなロボット病院には行けないので。」

川 ゚ -゚)「あ、健康診断か。なるほど。」

そういえば実家にいたロボットも数年に一度、
病院の健康診断を受けていたなとクーは思い出した。

31 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:24:14 ID:BSJtsC2.0
('A`)「僕がそいつのとこに行くって言ったんですけど、
新しい持ち主にも挨拶しときたいからーとかなんとか言われちゃって…。」

その時の会話のことを思い出しているのか、
珍しく少しイラついたような様子でドクオは説明した。

('A`)「急な話だしクーが嫌だったら断ります。お休みの日にすみません。」

川 ゚ -゚)「いや、構わないさ。ドクオのことをよく知ってる人なんだろう。
私も挨拶しておきたい。」

クーは大皿から大きな唐揚げを自分の皿に移し、
大きな口を開けてかぶりつく。
咀嚼すると溢れ出てくる肉汁を味わい、
至福の表情でハイボールを煽る。

ドクオがなんとも浮かない表情をしていることに、
酔いが回りつつあったクーは気付けなかった。

32 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:27:31 ID:BSJtsC2.0
( ^ω^)「おいすー!ドクオーーー!!」

翌日、ドクオのメンテナーであるブーンが家にやってきた。

('A`)「声がでかい。うるさい。」

ブーンは非常にテンションが高い人で、
とてもロボット研究者の権威とは思われないようなフランクさだった。
聞くところによるとブーンはハイン博士の数少ない弟子の一人で、
現代のロボット開発においても重要な役割を担っているということだ。

人は見かけによらないと、クーはしみじみ思った。

ブーンは一見すると、ただの陽気な肥満気味のおじさんにしか見えなかった。

33 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:28:01 ID:BSJtsC2.0
( ^ω^)「おっ、あなたがクーさんですね!お噂はかねがね!」

ブーンを迎えた玄関先、対応するドクオの横で
挨拶のタイミングを伺っていたクーにそう声をかけた。

川 ゚ -゚)「初めましてブーン博士。ドクオの今の主人、クーです。」

( ^ω^)「そーんな堅苦しい!ブーンって呼んでくれお!」

おっおっおっ、と朗らかに笑いながらブーンはそう言った。

34 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:29:14 ID:BSJtsC2.0
軽い挨拶を済ませ、ドクオとブーンが地下の研究室に降りていく。

( ^ω^)「クーさん、可愛い子だおね。」

その言葉にはドクオは同意せざるを得ない心境だったが、
気恥ずかしくてわざと無視をした。

ブーンは部屋の中で一番大きな機械の前に椅子を持ってきて腰掛け、
認証カメラに右目を向ける。
虹彩認証でロックが解除され、
ターミナル画面とキーボードが空間に投影される。
コマンドを打ち込みログのチェックを開始する。

( ^ω^)「簡易ログのアラートは定期的に確認してるけど、一応メインデータも見ておかんとね。」

ドクオは少し離れたところで椅子に腰掛け、ブーンの背中を眺める。
数分もするとログのチェックが終わり、目立ったエラーがないとことの確認が終わる。

( ^ω^)「よし、次は本体のチェックをするお。」

35 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:29:44 ID:BSJtsC2.0
ドクオ本体にアクセスするコードを打ち込み、様々な機能のチェックが始まる。

( ^ω^)「何度か再起動が走るから、意識がブツブツ途切れるお。」

('A`)「ずっとやってることなんだから、いちいち説明されなくても知ってる。」

大きな処理がドクオの中を駆け巡り、徐々に動作が鈍くなっていく。

( ^ω^)「少し、ハイン博士に似てるおね。クーさん。」

今までのテンションとは異なるトーンで、少しためらいがちにドクオに語りかけた。

('A`)「…血が繋がってるんだ、そういうこともあるだろう。」

ブーンがドクオの方に向き直ると、ドクオは苦しげな表情でそう言った。

('A`)「ブー…ン……」

段々と途切れる時間が長くなっていく意識の中、ドクオはブーンの目を見据える。

('A`)「余、計なこ…と………言、、う。………な。。。。。よ……ーーーーーーー。」

36 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:30:48 ID:BSJtsC2.0
コンコン

ドクオが再起動を繰り返し意識が途切れた状態が長くなる頃、
研究室にノックの音が響いた。

川 ゚ -゚)「ブーンさん。」

そっとドアが開かれクーがひょこっと顔を出す。

( ^ω^)「おっおっ、クーさんどうしたんだお。」

ブーンは表情を整えてクーの方を振り向く。

川 ゚ -゚)「入ってもいいかな。」

( ^ω^)「どうぞどうぞ!ってかここはクーさんの家だお。」

ブーンの答えを聞いてクーが研究室に足を踏み入れる。

37 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:31:30 ID:BSJtsC2.0
手に持ったお盆には紅茶の入ったマグが3つと、
お皿には山盛りのクッキーがのっていた。

川 ゚ -゚)「お菓子でも食べないかなと思って。」

( ^ω^)「おーーーーーーっ!!!!!食べるおーーーーーーー!!!!!」

ブーンは勢いよく頭上に両手を上げてバンザイをして、まるで子供のように喜んでいる。

川 ゚ -゚)「あ、でもこんな機械のたくさんあるところで飲み食いしていいのかな?」

( ^ω^)「気にすることないお!ハイン博士もいつもここでコーヒーとか飲みまくってたお!」

ブーンはキラキラさせた熱い視線をクッキーに送りながら、
その辺に畳んで立てかけてあった小さなテーブルをいそいそと用意し始める。

川 ゚ -゚)「そうか、ならよかった。」

クーはブーンが用意したテーブルにお盆を置き、近くにあった椅子を引き寄せ座った。

38 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:32:31 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「ドクオは?」

ドクオの方を見る。
椅子に座って目を閉じ、眠っているように見える。
時折頭や腕がピクリと動くが、それ以上大きく動くことはない。

( ^ω^)「今ドクオの体を動かしているプログラムのチェックをしているんだお。」

それほど小さくもない大きさのクッキーを同時に2枚、3枚と口に放り込みながら
ブーンはそう説明する。

( ^ω^)「不要な情報の削除、更新の必要なデータの収集とか色んな処理が動いていて、
今は断続的に意識が途切れてる状態なんだお。」

そこにある全てを食べ尽くさんばかりの勢いで、みるみるとクッキーの山は消えていく。

39 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:33:28 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「(ドクオの言った通りだ)」

ドクオは今朝急に買い物に出かけていったかと思えば、
この大量のクッキーを買って帰ってきた。
そんなにどうするのかとクーが聞くと、
ブーンの好物なのだと教えてくれた。

ドクオはブーンに対して悪態ばかりついているように見えたが、
仲がいいんだなとクーは微笑ましく感じた。

クーの考えていることを察知したのか、ドクオはぷいと顔を背けて言い訳をした。

('A`)「あいつはただでさえやかましいやつなんで、
お菓子があれば少しは大人しくしてくれると思っただけですよ。」

40 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:34:54 ID:BSJtsC2.0
( ^ω^)「クーさんどうしたんだお?なんかニヤニヤしてるお。」

ブーンに指摘されてはっと我に帰る。
思い出し笑いを顔に出してしまったと、クーは少し恥ずかしく思った。

川 ゚ -゚)「な、なんでもない。」

手に持っていたマグカップに口をつける。
紅茶の華やかな香りで気持ちを落ち着かせる。

( ^ω^)「この紅茶おいしいお。クーさん紅茶入れるの上手だおね。」

川 ゚ -゚)「ありがとう、そういってもらえると嬉しいよ。」

クーは真ん中に赤いゼリーの乗った可愛らしいクッキーを手に取り一口かじる。

川 ゚ -゚)「紅茶は得意なんだが、私はコーヒーを淹れるのが下手でな。
だからコーヒーを入れるのはドクオの担当なんだ。」

微かに、普段は耳にしないカシャカシャという機械っぽい音がするドクオの方に目を向ける。

41 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:36:10 ID:BSJtsC2.0
クーが引っ越してきた日にドクオが入れてくれたコーヒーの味を思い出していた。

本当は、クーが実家にいる時はコーヒーを飲む習慣がなかった。
時々出先で甘いカフェオレなんかを飲んでみたこともあったが、どうも口に合わず。
ブラックの方がましだと思えたが、好んでコーヒーを飲むことはなかった。
でも、ドクオの淹れてくれるコーヒーはとても美味しかった。
淹れ方を教えてもらったけど、なぜかドクオと同じようにはならない。

つい思い出にふけってしまったとクーが意識をブーンに戻すと、
ブーンはニコニコと微笑んでいる。

クーは気付く、これはよくドクオがしている表情に似ていると。
誰かを懐かしく思う時のものだ。
ただ、ドクオがいつもしている表情ほど愛情深いものには感じられなかった。

42 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:36:48 ID:BSJtsC2.0
( ^ω^)「…ハイン博士も、コーヒー淹れるの下手くそだったんだお。」

そう言いながら、ブーンが少し遠くを見るような目をする。

( ^ω^)「博士はコーヒーが好きだったんだけど、
自分で淹れたのは薄い泥水みたいで不味いっていつも言ってて。」

ブーンは思い出を愛でるような懐かしい声でそれを語る。

( ^ω^)「ドクオに美味しいコーヒーの淹れ方を学習させて、コーヒー担当にしたんだお。」

数十年前のこの場所で、3人でコーヒーを飲んでいたその映像を思い浮かべるように。

43 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:37:31 ID:BSJtsC2.0
マグカップが空になり、クーはおかわりの紅茶を入れにキッチンへと向かった。

一時、一人になったブーンは手元に幾つかの画面を投影し確認する。

ドクオの感情にまつわるログを確認する。

( ^ω^)「ドクオ…」

44 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:39:06 ID:BSJtsC2.0
ドクオが抱えている問題について、
ブーンが手出しできないことは既にわかっていた。

ハイン博士の作った最高傑作であるドクオは、
ロボットに定められたあらゆる原則を破る存在。
例えば普通のロボットは、自分自身のプログラムに触れることができないように
制約が課せられている。

しかしドクオにはそれがない。
それはハイン博士の思想によるものだ。

「ロボットは人間に従属するためにあるわけでは無い。」

ロボットは人間は平等であり、
人間と並び立つ一つの個体として共に生活することを望んでいた。

45 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:40:06 ID:BSJtsC2.0
ドクオが感情の面で大きなエラーを抱えているということは間違い無いが、
その内容は完璧に秘匿されている。
ドクオ自身がエラーの出力レベルを不正に改竄し、
他者に感知されないように細工を施しているからだ。
ブーンもそれに対し改修パッチを適用するなど様々な策を講じてきた。
しかしドクオの技術は常にそれを上回るものだった。

世間ではブーンがハイン博士の一番弟子だと認識されているが、
それは事実とは異なる。
ハイン博士の作品であるドクオこそが、
彼女の最も優秀な一番弟子だった。

46 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:40:57 ID:BSJtsC2.0
( ^ω^)「お前は、一体どうしたいんだお。」

意識の途切れた彼に語りかけるが、もちろん答えはない。

( ^ω^)「僕にできることはないのかお。」

何かエラーが起こっているという事実だけがわかったとしても、
内容がわからなければ対処のしようがない。

( ^ω^)「僕たちは…友達じゃ無いのかお…。」

寂しさに包まれた小さな呟きが、研究室にポツンと浮かび上がる。

その声が全ての感覚を遮断したドクオに届くことはなく、
研究室の床に落ちて転がった。

47 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:41:32 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「お待たせ、ブーンさん。」

紅茶のポットを持ったクーが、今度はノックなしに研究室に入ってくる。
完全に自分の思考の中に沈んでいたブーンは、その声で意識を引き戻された。

( ^ω^)「おっおっ!クーさん行き来させちゃって悪いおね。紅茶ありがとうだお!」

ブーンはちょっと大げさすぎるほどに元気な声を出してみる。

川 ゚ -゚)「そんな大したことじゃないさ。どうぞ。」

クーはブーンの様子に気づかなかったようで、マグカップに紅茶を注いで差し出した。

川 ゚ -゚)「ドクオはまだ止まってるんだな。」

再び椅子に座ったクーが、先ほどと変わらない様子のドクオに目を向けてそう呟く。

48 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:41:58 ID:BSJtsC2.0
( ^ω^)「ドクオは学習する処理が普通よりも多い分高スペックだから、
チェックにも結構時間がかかるんだお。」

ブーンのその言葉を聞いて、クーは少し何かを考えているような態度を見せた。
止まったドクオを眺めながら、まるで何かが引っかかっているような表情をする。

川 ゚ -゚)「ブーンさん、聞いてもいいかな。」

( ^ω^)「なんだお?」

川 ゚ -゚)「…ハイン博士のことを聞きたいんだ。」

ブーンは、クーにはわからないように小さく息を飲んだ。

49 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:42:28 ID:BSJtsC2.0
『余計なことを言うな』という、停止する前のドクオの言葉。
彼の言う『余計なこと』はどんな内容を意味するのか。
そもそも、それを言わないことは彼にとって正しいことなのか。
彼がそれを望んだとしても、ブーンの気持ちとしてどうなのか。

ブーンは、クーに対して感じている何か特別なものを信じたいと思い始めていた。

50 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:43:50 ID:BSJtsC2.0
( ^ω^)「どんなことが聞きたいんだお?」

川 ゚ -゚)「ん、そうだな…」

何が聞きたいのか、あまり深く考えずに口にしてしまったクーは改めて考える。

ドクオがよく話していたハイン博士のこと。

彼の思い出話はいつだって愛情深く、
彼女を大切に思っている気持ちに満ちたものだ。
ハイン博士の好きなもの、癖、よく口にしていた言葉、
ドクオはそういうことをよく語っていた。

川 ゚ -゚)「どんな人だったんだろうか、ハイン博士は。」

曖昧な問いがクーの口からこぼれた。

結局断片的な思い出を聞くにとどまっていて、
彼女がどんな人なのかよくわかっていない気がした。

51 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:44:46 ID:BSJtsC2.0
( ^ω^)「そうだおね…」

クーの漠然とした言葉に、ブーンは何から話せばいいかと考える。

結局のところ、この状況にどう対応することが正解なのか、
答えを出すことは困難に思われた。

( ^ω^)「じゃあ、僕の知るハイン博士について話をするお。」

52 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:45:40 ID:BSJtsC2.0
ハイン博士は、ロボット開発に携わる研究者の男と
名家のお嬢様との間に生まれた一人目の子供だった。

研究者の父は自分の子を優秀な研究者として
育てることを決めていたため、男の子を欲しがっていた。
研究分野において女性の脳は役不足だと考えていたのだ。

そのため長女として生まれたハイン博士に対して毛ほどの興味も持たず、
すぐにまた次の子を作った。
しかし2人目もまた女の子だったので、仕方なく先に生まれたハイン博士に
研究者としての教育を施すことにした。

53 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:46:50 ID:BSJtsC2.0
それはほとんど虐待に近いもので、生きるのに必要最低限のこと以外は全て
研究者になるための学習時間に充てられた。

睡眠は頭の活動に影響のないギリギリの時間、
食事は必要な栄養素を摂るのみ。
学習を怠れば容赦ない体罰が与えられ、
時には脳に影響を及ぼすような実験も行われた。

ハイン博士の父が行なっていた研究は、
限りなく人間に近い思考のロボットを作り、
その上で人間に従属する完璧に都合のいい存在を作ることだった。

それ故に、ハイン博士はそれを作るための実験材料でもあり、
それを作る研究者としても育てられていた。

54 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:47:41 ID:BSJtsC2.0
そんな幼少期を過ごしたハイン博士が、
普通の人間として育つはずもなかった。

彼女は、研究のせいかその身に受けた様々な仕打ちの影響なのか、
感情の一部が欠落してしまった。
それは主に、恐怖、怒り、悲しみ、愛情といった、
人の持つ感情の中で特段激しいもの。
彼女はそういった大切な感情を失って、
父親の操り人形として生きることになるように思われた。

しかし幸いなことにそうはならなかった。

ハイン博士は憎しみ怒りといった激しい感情こそ持たなかったが、
自分の意思を強く持つ人間になっていった。

父親への反抗という気持ちではなかったが、
父親と自分の考えが全く違うことに気づき、
自分の思うように生きることにした。

55 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:48:38 ID:BSJtsC2.0
从 ゚∀从「父さん、オレはアンタの考えるような道で生きたいとは思えないよ。」

父親は怒り狂った。自分に従属する子供が作れる気でいたのだから当然だ。
だけど恐怖という感情を持たないハイン博士にとって、
父親の怒りなんて何の意味も持たなかった。

ハイン博士は研究者として非常に優秀に成長したし、
界隈でも一目置かれるような存在となった。

( ^ω^)「ハイン博士は色んな意味で特別な人だったんだお。」

彼女は愛情を知らない。
だけど命を尊び、困っている人がいればなんでもないような顔をして助ける。
そんな人だった。
愛がわからないのに博愛主義、そんな矛盾を抱えた人だった。

56 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:49:11 ID:BSJtsC2.0
川 ゚ -゚)「不思議な人だったんだな、ハイン博士は。」

想像以上の重い話に、クーは表情を硬くしていた。

( ^ω^)「クーさん、急にこんなヘビーな話をしてしまってごめんお。」

川 ゚ -゚)「いや、私が聞きたがったんだから気にしないでくれ。」

クーはだいぶぬるくなってしまった紅茶に口をつける。
詰まった息を軽く吐いて肩から力を抜く。

川 ゚ -゚)「ブーンさん、続けてくれ。」

57 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:50:31 ID:BSJtsC2.0
父と決別したハインは、
父とは違う思想でロボット研究を続けていくことを決意する。

人に従属するロボットではなく、人と共に生きるロボット。

感情を共有し、学習し、人間を助ける存在。
そういうものを作りたいと思った。
またそれを作るために感情の研究をすることで、
感情を制御する発明ができたらと考えた。

ハイン博士は激しい感情が欠けているからこそ、
客観的に感情と向き合うことができた。
感情を解析し人為的な電気信号を作用させることで制御できるとすれば、
自分のような感情を失った人や、逆に激しい感情に捕らわれて
自らのコントロールを手放してしまう人の救いになるのではと考えた。

58 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:51:01 ID:BSJtsC2.0
( ^ω^)「ハイン博士は感情の研究のためにドクオを作ったんだお。」

ブーンが座って目を閉じたままのドクオに目を向ける。

( ^ω^)「ドクオが人間らしい、むしろそれ以上の感情を持ってるのはそういうことだお。」

59 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:52:29 ID:BSJtsC2.0
椅子に座るドクオが、ゆっくりと目を開ける。

从 ゚∀从「よお、おはようドクオ。」

視界や色調の調整が整い、ドクオの目に
薄汚れた白衣を着た銀髪の女性の姿が映る。

('A`)「あ…お、おはよう、ございます…ハイン博士。」

从 ゚∀从「おーーーーーやっとちゃんと起動したよーーーー!」

ドクオが全て言い終わるか終わらないかの内に、
ハイン博士はその場に勢いよく座り込んだ。
その勢いで白衣の裾がふわりと舞い上がり、
風圧で周辺の埃が舞った。

('A`)「あっ、え…えっと」

从 ゚∀从「もーさーーー起動に20回くらい失敗してたんだよーーーー。
めっちゃ疲れたーーーー。」

('A`)「それは、え、えと、すみません…。」

ドクオはどうしていいのかわからなくなり、
不安が胸いっぱいに広がり涙目になる。

60 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:53:38 ID:BSJtsC2.0
それを見たハイン博士は跳ねるように立ち上がり、
ドクオの顔を両手で挟み込んでまじまじと見つめる。

从 ゚∀从「おおっ、涙!感情がしっかり作用してるな!」

('A`)「ひぃっ」

ハイン博士の急な動きに驚き、ドクオは思わずボロボロと泣き始めてしまった。

从 ゚∀从「あーごめんごめん、びっくりさせちゃったな。」

きょろきょろと辺りを見渡し、近くのカゴに無造作に突っ込まれていた布を引っ掴むと、
ハイン博士はドクオの顔を拭った。

从 ゚∀从「これもオレの研究の証だな。」

彼女の優しい表情を見て、ドクオは涙に濡れた顔で情けなくへにゃりと笑った。

从 ゚∀从「これでやっとスタートラインだ。よろしくな、ドクオ。」

('A`)「は、はい。よろしくお願いします。」

61 ◆vsB9FT5GvI:2020/05/06(水) 15:54:14 ID:BSJtsC2.0
( ^ω^)「ハイン博士は嬉しいとか楽しいとか、プラス感情は結構出す人だったんだお。」

川 ゚ -゚)「ふむ。なんかちょっと意外だ。」

感情が欠けていると聞くと、もっと無気力とか冷たい雰囲気の人をクーはイメージしていた。

( ^ω^)「むしろ破天荒すぎるところもあったぐらいで、まるで子供みたいだったんだお。」


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