■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
o川*゚ー゚)o 沈む西陽の迎えようです
-
ふわりと香った甘い匂い。
刺すような寒さの中で、
艶やかに咲いていた幾つもの黄色。
思わず、素敵なお花ですね、と声をかけた。
ほころぶように笑ったその顔は、
それこそ、花が咲いたように愛らしかった。
── 今、思えば。
あの日、あのとき、私はきっと。
彼女と〝縁(えにし)〟が結ばれたのだ。
.
-
o川*゚ー゚)o 沈む西陽の迎えようです
.
-
( ^Д^)「顔のない人影が出る、ねぇ」
箸を動かす手を止めて、青梨(あおなし)プギャーは神妙に相槌を打った。
明かりをつけてなお、やや薄暗い放送室で、
今月の当番である「昼食時の放送」開始時間を待ちながらのことだ。
うん、と頷いたのは隣に座る少女 ── 葵凪(あいなぎ)キュートである。
o川*゚ー゚)o「それも決まって、家に私一人のとき」
o川*´ー`)o「家族にはなーんか言いだしづらいし、んでも、やっぱし、
ひとりの時間はどうしたって出来ちゃうわけで、もー参っちゃって」
落としたため息は深く、連日の不眠の爪痕か目の下のクマが色濃い。
思い返すのは数日前。
黄昏時の、不可解な出来事である。
-
.
.
.
西陽の眩しさに障子を閉める。
葵凪家のそれは雪見硝子になっており、
下半分の硝子越しにきらきらと橙に照らされる庭の様子が窺えた。
o川*゚ー゚)o「んー、さっぱりわからん」
葵凪は和室の中からカメラを構えて、シャッターを下ろす。
ぱしゃり。
小気味いい音と共に写されたそれは、
笑えるぐらいにピントが合っておらず、緑にぼやけた庭の様子が切り取られていた。
-
_,
o川*゚ー゚)o「むむむ」
カメラは先日、写真部に入部を決めた折りに思い切って奮発したものだ。
つい先ほど学校から帰宅して、がちりと玄関の鍵を閉めると直ぐに、
葵凪は2階の自室へ駆け登り、先日箱から出したばかりのそれを抱き上げた。
そうして、そのまま共にうきうきと、1階の和室に降りてきたところだった。
これから長い付き合いになるであろうそいつと、
少しでも触れ合おうとしてのことである。
テーブルの上に広げた説明書と睨めっこする。
が、葵凪の頭では理解が追い付かない。
文字の多さに、ただただ頭がクラクラする。
-
……結局。
悲しいかな。
とにかく触っていくしかないらしい、と結論づけられるに終わった。
o川*´ー`)o「ぬーん。これから仲良くしようなぁ」
まあ、明日にでも、先輩に聞いてみよう。
そう考えてケースに仕舞おうとすると、何かが視界に引っ掛かる。
o川*゚ー゚)o「……うん?」
庭先。
がさり、と揺れた草。
ともに動いたのは、人影に見えた。
o川*゚ヮ゚)o「もうそんな時間かっ」
立ち上がる。
ストラップを首にかけたままでいたので、カメラがそのまま着いてきた。
-
葵凪の家は共働きだ。
両親はどちらも朝が早く、夜は遅い。
そのために、幼いころから父方の実家で親子三人、
それに加えて祖父母と共に、家族五人で暮らしてきた。
葵凪が高校生になった現在もなお、父母が帰ってくるのはどっぷり日が沈んだその後だ。
それに比べて祖父母は昼過ぎに畑仕事に出掛けると、
夕飯前には帰ってくるのが常だった。
-
かくして葵凪はぐらりと揺れたカメラを慌てて手で支えると、
帰ってきたであろう祖父母を迎えに出ようと、和室の襖に手をかけた。
しっかり息を吸い込んで、
玄関の外にも聞こえるように、
祖父母の帰宅を予感して、
愛をたっぷり声に乗せ、
その〝言葉〟を音にした。
o川*^ー^)o「おかえりなさい!」
.
-
まず、はじめに。
藍凪は目を疑った。
よくないと知りつつ、ごしごしと手で擦った後に
再び眼差しを「ソレ」に向けた。
o川;*゚ー゚)o「……え、と」
、、、、
廊下の先、一段下がった玄関のたたきに、誰かいる。
それは分かる。
誰かいるのは文字通り目に見えて分かる、のだが。
── 顔が見えない。
.
-
「ソレ」は人だ。
認識できるけれど、目を凝らすほどによく見えない。
視界にはっきり映り込んでいるのに、体型から背丈までおぼろげだ。
こんなことは初めてで、葵凪はじり、と後退る。
o川;*゚ー゚)o「……」
特に異様なのはその頭だった。
まるで黒いモヤでもかかったかのように、顔の部分だけがぽっかりと闇を抱いている。
体の方がピントの合っていない状態だとすれば、
頭の方は本来見えないはずの盲点が暗闇を伴い、重なってしまったかのようだ。
o川;*゚ー゚)o「(ピントが、合わない)」
それならば。
葵凪がカメラを手に取ったのは、ほとんど反射のようなものだった。
-
o川*゚ー゚)o「────あれ?」
覗き込んだレンズの中は、しかし。
普段通り、何の変哲もない玄関だけを映していた。
カメラを下ろす。
何事も無かったかのように、そこには誰の人影もありはしない。
葵凪はおそるおそる玄関に近付いてみるが、やはり、何の痕跡もない。
確かに、誰かが、居たはずなのに。
つと、背筋を寒気が駆け抜けた。
o川;*-ー-)o「マジかぁ」
、、、
玄関の鍵が開いている。
葵凪は、覚えていた。 、、、
帰宅してすぐ、自分は鍵を閉めていたことを。
-
何か、顔の見えない何かが、入ってきてしまった。
それは、嫌な確信だった。
はっきりと目に映り、玄関の鍵を開けた何かが、家に、入り込んだ。
じっとりと額に汗が滲む。
o川;*゚、゚)o
葵凪は知っていた。
自らの目は、時折、「妙なもの」を映すことを。
……それがレンズを通さないのは、今日、初めて知ったのだが。
-
この日を堺に、葵凪は顔のない人影と、
冷や汗を感じるほどの居心地の悪さに悩まされることになる。
きっかけがあるとすれば、間違いなくあのときだろう。
得体の知れない何かに間違えて、けれども確かに掛けてしまった、
「おかえりなさい」に他ならない。
.
.
.
-
( ^Д^)「てぇかさ」
o川*゚〜゚)o「むえ?」
放送を終えて、かちりとスイッチを落とした青梨が口を開く。
藍凪はなおも食べ続けていたが、彼の弁当箱は既に空だ。
( ^Д^)「変なモンが見えるってだけじゃねぇのな、最近の、何だ? 困りごと」
o川*-ー-)o「んぐっ、うん。
そー、家に居るのに落ち着かない、居心地がとにかく悪い…というか」
o川*゚ー゚)o「なんて言うんだろな。
ある朝登校してきたら、自分の机だけ無くなってる、とか」
( ^Д^)「きっついわ」
o川*゚ー゚)o「でも、それに気付いているのは自分だけで、
いつも通り授業が始まっちゃうというか」
o川;*-ー-)o「周囲は当たり前なの、日常で、でも私は居心地が悪くて、悪くて」
-
葵凪は言葉を詰まらせる。
結局、箸がまだ半分も進んでいないまま、弁当箱の蓋を閉じた。
横目に、重症だな、と青梨は思う。
細身のわりに健啖家、
それでいて一人でも十二分に姦しいのが葵凪キュートという人だ。
……あくまで、傍目に見た印象でしかないが。
二人の間にはクラスの放送委員という繋がりしかなかったが、
それでも不安を零してしまうほどなのだ。
相当、堪えているのだろう。
( ^Д^)「あー……」
何か、気休めでも、力になれないか。
無い頭を絞ってみると、一つ思い出すものがあった。
-
( ^Д^)「〝根無しの有草〟って、聞いたことあるか?」
o川*゚ー゚)o「根無しの、ありくさ……?」
葵凪はきょとんと首を傾げる。
一つ頷くと、青梨は言葉を繋げた。
( ^Д^)「どの部活動にも委員会にも所属してない、
だけど並外れた運動能力で、桁外れの知識量で」
( ^Д^)「いつもどこかで人助けしている……そういう先輩がいる、らしい」
o川*゚、゚)o「ウチの高校に?」
( ^Д^)「ああ」
-
有草(ありくさ)は名前、
根無しというのは「所属がない」というところから来た通称らしい。
青梨はあくまで噂話なんだけど、と笑って付け足す。
( ^Д^)「俺なんかに相談するより、よっぽど力になってくれると思うぜ」
o川*゚ o゚)o「ほぁー」
o川*゚、゚)o゛「根無しの、ありくさ…有草先輩……」
葵凪は口で確かめるように呟いてから、名前を書き留める。
改めて書いてみると無いんだか有るんだかわからない通り名だな、と少し可笑しくなった。
-
o川*^ー^)o「ありがとう!探してみるっ」
( ^Д^)「あーいよ」
がちゃん、と。
やや立て付けの悪くなった放送室の鍵を閉めつつ、青梨は返事をする。
葵凪はおつかれ、と手を振ると先に教室の方へと歩き始めた。
鍵を職員室へ返しに行くのは青梨の仕事であるためだ。
さらりと流れる艶やかな黒髪。
下ろした髪の隙間から、校則違反のイヤリングが見え隠れする。
スカートは切っているのだろう、わずかにだが、他の生徒よりも短いように見える。
角を曲がって、後ろ姿が見えなくなる。
そうしてようやく青梨は自分が葵凪を見つめていたことに気が付いて、
何となくばつの悪い気持ちになった。
誰もいない廊下は昼の陽光が差し込んで、きらきらと光って見えた。
-
おわはじ祭のやつです
短い話だけど続きはあとで
-
しえん
-
wktk
-
続き気になるー!
-
続きをはよ…!
-
* * * * *
ずり落ちた通学鞄の紐をかけ直すと、葵凪はふわ、と欠伸をする。
今日は短縮時間割だ。
活動日ではないので、部活もない。
というわけで、帰宅部よろしく葵凪もまた帰路に着いていた。
何気なく見やった腕時計は15時前を指していたが、
肌に吹き付ける風は冷たく、どことなく夕暮れの気配を感じさせた。
o川*゚ー゚)o「12月入ってから、なーんか急に冬になったにゃー」
ねー、と声をかけたのは茂みの野良猫だ。
生憎と返事は貰えないまま、奥へと駆けて行ってしまった。
-
o川*゚、゚)o「あり、振られちった」
走り去っていく小さな後ろ姿に手を振っていると、とんとん、と2回小さく肩を叩かれる。
包み込むようにしっとりと甘く香ったアプリコットの匂いに、覚えがあった。
香りの主は顔を見ずともすぐにわかる。
葵凪は勢いづけて振り向くと、背に立つ人物に思い切り抱きついた。
o川*>ー<)o゛「── デレ先輩っ!」
果たして、見上げた顔は予想の通り。
すべすべとした白い肌に、生まれつき色素が薄いという髪色とその瞳。
ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、お転婆さんだこと」
デレと呼ばれた香り立つ少女 ── 杏藤デレは、葵凪の動きは予想の範疇であったのか、
その細い身体で難なく受け止めると、ゆるりと柔らかに微笑んだ。
-
o川*´ー`)o「部活もないのにデレ先輩に会えるなんて、ラッキーです」
ζ(゚ー゚*ζ「うふふ、嬉しいことを言ってくれるのね」
葵凪は頬をすっかり弛めて杏藤の隣を歩く。
手を取り腕を取り、有難そうに撫でさすっては丁寧に離し、
また手に取っては揺らしてみたり、とその姿はさながら親猫にじゃれる仔猫のようである。
杏藤デレは、葵凪の所属する写真部の2年生だ。
もともと帰宅部を謳歌していた葵凪が
1年も終わりの今頃に中途入部を決めたのは、
杏藤の存在に拠るところが大きい。
-
きっかけは文化祭だったはずだ。
どこもかしこも賑わう中で、
そこだけ音が途切れたようにしんと静まった角の教室。
ふらりと足を踏み入れば、鮮やかにも繊細な写真がぽつりぽつりと展示され、
思わず見入っていると声をかけられたのだ。
ζ(゚ー゚*ζ『良かったら、入っていかない?』
頭が痺れたのは、そのしっとりと甘いアプリコットか、はたまたやわらかな声の音か。
ひと目で神秘と感じられたあの瞳かもしれなければ、あるいはその全てであったのだろう。
……見ていかないか、と聞かないあたり。
あの台詞には騙されたとも取れなくもないが、それはそれ。
二つ返事で頷いた葵凪は、確かに魅入られていたのだ。
あの静謐とも言える空間を生み出していた、
幾枚かの写真たちに。
.
-
ζ(゚ー゚*ζ「ああ、そう言えば」
じゃれあいながらの取り留めのない雑談の中、もうじき帰路の別れ道という頃合いで、
杏藤がはたと思い出したようにそう差し込んだ。
o川*゚ー゚)o「そう言えば、ですか?」
ζ(゚ー゚*ζ「キューちゃんのこと、頼れる友人に頼んでおいたわ。
近いうちに会いに行くと言っていたから、頭の片隅にでも覚えておいて」
葵凪のことと言えば、それは。
ここ最近の困りごとに他ならない。
杏藤は葵凪の入部以来、カメラのことから授業のことまで細かやかに面倒を見てくれていた。
今回の奇怪な困りごともまた、同じように気にかけてくれていたのである。
-
o川;*-ー-)o「うぅぅ…いつもほんとにありがとうございます……」
ζ(゚、゚*ζ「いやだわ、縮こまっちゃって」
杏藤はもう、と少しだけわざとらしく拗ねてみせると、小さく笑って、
今度はぽんぽん、と優しく葵凪の頭を撫でる。
ζ(゚ー゚*ζ「私、可愛い後輩ができて嬉しいのよ。
嫌がったってそうはいきません、沢山お節介焼いちゃうんだから」
o川*´ー`)o「デレ先輩ぃぃ………!」
葵凪は合流したときほどの勢いはないにしろ、同じようにぎゅうと抱きつくと
杏藤の胸に顔を埋めて、いやいやをする子どものように頭を揺らした。
-
ζ(-ー-*ζ「あらあら。こんなところで、しょうがない子ね?」
o川*´ー`)o「だってーこの分かれ道でデレ先輩とお別れじゃないですかーーー」
ζ(゚ー゚*ζ「もう、可笑しい。
次の活動日は来週の頭じゃない、すぐ会えるわよ」
o川*゚ー゚)o「そういう問題じゃないんですっ」
ζ(゚、゚*ζ「あらそうなの?」
o川*>ー<)o「気持ちの問題なんですっ!」
ζ(^ー^*ζ「んふふ、それは大変失礼いたしました」
-
こうして、帰る、帰らないのやり取りを幾度か繰り返したあとで、
ようやく葵凪は杏藤の後ろ姿に手を振った。
見えなくなるまで手を振り続けて、
よし、と切り替えた意識の端に、ちらりと映る白黒がある。
それはもはや、馴染みあるモノ。
o川*゚ー゚)o「ご近所さんにいたっけかな」
と、声に出してからその不謹慎さに思い至って、思わず口に手を当てる。
葵凪が見ていたのは、葬式の案内看板だった。
-
葵凪らの通う高校近くに比較的大きめの葬儀場がある。
そのために、こうした案内看板が立てられているのは常日頃のことだった。
少し歩いていけば、はためく別の白黒も見受けられる。
案内看板と比べて、良く言えば力強く、
ともすれば怨嗟すらこもって見える文字のそれらは、葬儀場反対の旗である。
白地に赤い文字のものもある分、こちらの方が何となく、目につく。
o川*-、゚)o「なんだかなー」
葵凪はそれらに対しては、特に、何も思わない。
強いて言うならいつからあるかも知らない葬儀場に、
未だに反対の旗がはためいているのに対して、少しの違和感を覚えるくらいだ。
葬儀の案内看板も、反対旗も、どちらも見慣れた風景のひとつに過ぎない。
-
それでも、今、目に止まったのは。
o川;*゚ー゚)o「……あ」
そこまで考えたところで、はたと杏藤から相談してくれたという友人の名前を
聞きそびれたことに気が付いた。
o川;*゚ー゚)o「うっかりまるだ。ぐぬぬ……」
o川;*-、-)o「えーーーーー。でもまぁ、
会いに来てくれるんなら適当に待ってればいいのかな」
o川;*-、-)o
考えて、考えて。
そうして結局、頭を使うのが不得意なことを思い出して、思考停止。
-
o川*゚ー゚)o「んや、どちらにしろデレ先輩には次の部活で会えるわけだし、
そこで聞いたらいっかぁ。よし」
o川*^ー^)o「よし、よし、オールおっけい!
楽しみだっ」
葵凪はぐい、と両腕を空に伸ばして喜びを表現する。
そうして、再びずり落ちた鞄の紐をかけ直すと改めて帰路に着いた。
時刻は未だ、15時台。
西陽は照らせど、沈み始める黄昏までには猶予が少し。
歩いていく葵凪の背を見送るのは、
【椎名家葬儀式場】の文字が書かれた、案内看板ただ一つ。
-
この日もまた、帰宅して少し経ったあと。
葵凪は「顔のない人影」を見てしまう。
初めこそ玄関にいた彼の人影は、今や和室を徘徊するに至っていた。
.
-
wktk
-
続きをはよ…!
-
* * * * *
o川;*゚ー゚)o「ぎゃひー、ここにもいないのかぁ」
翌日の放課後。
葵凪は学校の部室棟を駆け回っていた。
その目的はただ一つ、「根無しの有草」を見付けるためである。
それが解決に即繋がるとは限らない。
けれど、それでも何もせずにはいられないほどに葵凪は焦りを覚えていた。
それと言うのもよもや一刻の猶予もないと、
昨夜、思い知らされてのことだった。
-
.
.
.
o川*゚ー゚)o「ただいまー!」
玄関をからりと開けて、そう放つ。
とはいえ家族のうちで一番帰宅が早いのが葵凪だ。
空っぽの家の中から返事がないのは分かっていたが、
それでも帰ったらまず挨拶、という習慣が身に染み付いているのである。
無意味と言われればそれまでだが、
単純に声を出して帰ってくるのは気持ちがいい。
だが、最近は。
o川;*゚ー゚)o「……」
しん、と。
返ってきた沈黙に冷や汗が伝う。
それは、この頃の異変だった。
、、、
誰も居ないはずの家内から、沈黙が返ってくるのだ。
-
沈黙とは返事だ。
声なき、言葉なき、返答。
人影を見るようになって以来、葵凪が帰宅すると、
あたかも元から家に居た誰かが、すっと息をひそめるような気がするのだ。
それだけならまだいい。
けれど、この、ちりちりと肌が粟立つ感覚は。
o川;*-ー-)o「私の家、なんだけどなぁ」
、、
明確な非難の視線を向けられている、気がするのである。
人の家に土足で上がるなと言わんばかりの、
ある種、敵意とも取れる視線を。
-
葵凪はその視線から逃れるように自室へ駆け上がろうと、して。
抜けようとした廊下で必死に声を押し殺した。
──「ソレ」はこちらを見ていたのだ。
ぽっかりと抱えた顔の闇。
ピントの合わないぼやけた体。
和室の奥でじいっとこちらに体を向ける、顔のない人影、その姿を。
-
o川;* ー )o「(ヤバいヤバいヤバいヤバい……っ!)」
一瞬、体が止まりかけるのを気持ちで押し動かして、
今度こそ2階の自室に駆け込んだ。
ベッドに潜ると、人影の姿がフラッシュバックして息を呑む。
心臓はあまりにもうるさく早鐘を打ち、
酸欠にでもなったのか、きりきりと頭が痛んだ。
怖い。
得体のしれないものが家にいる。
その事実がただただ怖い。
葵凪は震える体を抱きしめると、半ば気絶するように眠り込む。
目が覚めたのは夕飯を告げる母の声を聞いたときだった。
-
o川;*゚ -゚)o「(嘘でしょ)」
1階に降りて、絶句した。
葵凪が座るはずのダイニングの席に、その椅子の後ろに、
和室にいたはずの「顔のない人影」が立っている。
当然、座れるわけはない。
そしてまた当然の如く、家族の誰も気付いてはいない。
廊下で立ち尽くす葵凪に、母がどうしたの、と声をかける。
首を振って、絞り出すように夕飯はいらないとだけ告げて、再び自室に戻った。
-
o川;* - )o「あいつ…どんどん入ってきてる……」
ドアを閉めると、そのまま寄りかかってずるずると腰を下ろす。
精神的な疲れからか、身体は鉛のように重い。
鎌首をもたげた不安が、鈍痛を伴って胸の内に広がっていく。
それは、確信めいた予感だった。
もしかして、このままでは、近いうちに。
自分の居場所は、奪い取られてしまうのではないだろうか。
.
.
.
-
o川;*゚ー゚)o「くぅぅぅ…!
根無しの通称、伊達じゃないなー!」
もー、と叫ぶ葵凪に、
校舎を外周している陸上部の集団が視線を投げては走り去っていく。
時刻は18時も半ばを回っていた。
部室棟を端から端まで聞き込みしてみたが、ついぞ本人には出会えなかった。
どこにも所属していないとはどうやら噂の通りらしい。
本人には出会えなかったが、
その代わりに面白いぐらいの武勇伝の数々を耳にした。
運動部であればピンチヒッターで大会に出場し、
そのままチームを優勝に導くというお決まりのパターン。
変わったものだと個人で勝ち進みトロフィーを持ち帰って部活動の名を上げると、
生徒を呼び込み、廃部の危機から救うなどというものまであった。
文化部では美術部の話が面白かった。
資金難から画材の調達もままなっていないところに、仮入部と称して
何週間も部室に通い詰めたかと思えば巨大な絵画を仕上げ、公募コンペに出品。
見事に受賞を果たすと賞金まるごと部に寄付し、そのまま辞めてしまったらしい。
-
o川*-、-)o「そんなの、漫画の主人公じゃないんだから」
まだ見ぬ「根無しの有草」に対し、
葵凪の中で下された評価は、胡散臭いの一言となった。
たとえば自分が一度助けられただけならば、抱く感情はきっと感謝に尊敬だろう。
事実、有草の話をする部員たちの目はきらきらとした憧れに濡れていた。
けれどもあまりに助けられた者の多さに、葵凪が抱いたのは疑念だった。
有草の武勇伝には共通するものがある。
どれもこれも〝偶然〟なのだ。
-
たとえば〝偶然〟知り合いがいた。
たとえば〝偶然〟怪我をした現場に居合わせた。
たとえば〝偶然〟話を聞いてしまった。
どうしてそうなったのか問えば、
どの部員も不思議そうに「偶然」と口にするのである。
o川*゚ー゚)o「どれもこれも、助ける理由としては弱い…気がするんだけど……」
引っかかりを覚えたのは、その動機の弱さにあった。
-
相当なお人好しなのか、
巻き込まれ体質なのか、あるいは別に理由があるのか。
直接会って聞ければいいが、ここまで胡散臭く感じる人物に
自ら頼るというのもまた、それはそれで新たな問題を呼びそうで。
とにかく、葵凪は探し回って疲れ切り、
そのモチベーションも疑念によって下火になった。
見れば夕陽もほとんど暮れかけている。
とりあえず今日のところは帰ってしまおう。
その判断にたどり着くのは、当然の帰結だった。
-
あと半分ぐらいです
よければ最後までお付き合いください
-
乙です
-
イイヨーイイヨー
-
おつです
次も楽しみです
-
面白いぞ
-
* * * * *
帰り道は誰にも会わなかった。
ただ、真っ直ぐ家に帰りついた。
駆け回った分の疲労もあって、ぐったりと玄関の戸に手を掛ける。
からから、と音が鳴って。
後ろ手にまた、からりと閉めて。
普段なら靴を脱ぐより先に、ただいまと言う自分の口が、
代わりに吐き出したのが音の無いため息だったのは、幸であったか不幸であったか。
気付けば、葵凪は固まっていた。
ため息を吐き出したそばから凍りだしてしまいそうなほどの冷気に。
体の芯が震えるほどの悪寒に、身動きが取れなくなっていた。
-
o川;* ー゚)o「(………………………いる)」
視線だけを上げて、廊下を見る。
身体は玄関に縫い付けられたかのように動かない。
果たして。
廊下の奥に「ソレ」は居た。
、、、、、、
顔のない人影はこちらに背を向けたまま、ただ、立っていた。
相変わらずピントは合わない。
見ようとすればするほど、車酔いが激しくなったような気持ち悪さが胸を濁す。
頭部の闇を抱いた空白は後ろ姿でも変わらない。
-
ふと、気付く。
o川;* ー゚)o「(目が離せない……)」
廊下の奥の人影から意識を外すことが出来ない。
これまでは気を抜いた一瞬のうちに消えていたり、
あるいは葵凪が自室に籠ることで距離を取っていたが、それが出来ない。
廊下の奥にいるということは、
葵凪の部屋へ向かう階段が塞がれている、ということなのだから。
いや、そもそも。
ほんの少しも身体が動かせないのだ。
足も。手も。首も── 気付けば、視線さえ。
じりじりと肌を焼く緊張感。
いやな汗が背中を伝う。
このままでは、いや、このままだと。
何が起きてしまうのか。
-
o川;* ー゚)o「……」
息が、苦しい。
呼吸が浅いのだ。
吸えない、吐けない。
意識が、遠くに、とんで、しま、いそう。
顔のない人影が、ゆっくりと揺れた。
それは、こちらへ振り向こうとする仕草に見えた。
闇が滲む。
視界がグラつく。
目を覆いたい。動かない。
耳を塞ぎたい。動かない。
逃げ出したい。動かない。
顔が、こちらに、向いてしまう── 直前に。
-
間の抜けたチャイムの音がした。
o川*づд )o「──── ゲホッ、ハッ、ぁ、ゲホゲホッ」
空気が急に奥まで入って噎せ込む。
もう一度、チャイムが鳴った。
「すいませーん」
知らない声だ。
よく分からないまま胸を撫で下ろす。
妙な緊張感は消え失せていた。
ちらりと目をやると、人影もまた消えていた。
-
o川;*ぅ-゚)o「…ぁい」
葵凪はけほ、ともう一度咳をして喉の調子を確かめる。
大丈夫。もう、大丈夫そうだ。
o川*゚ー゚)o「はーい。どちらさまですか?」
声をかけながら、からりと戸を開ける。
最初に見えたのは見覚えのある制服だった。
「すいません、変な時間に。葵凪さん…じゃ、みんなそうか!」
(,,^Д^)「えっと、葵凪キュートさんに用があって来ました。有草という者です」
葵凪より頭一つか、それ以上に背の高いその男
── 有草(ありくさ)タカラは、黒いキャップを外すと人懐こく、にっと笑った。
-
(*,,-Д-)「あったかーい、あったまるー」
ずず、と葵凪の淹れたお茶に口を付けると有草はほうっと息をつく。
横に置いたリュックサックは、重ねたキャップと同じ黒。
短いと思った髪はどうやら後ろで括っていただけらしい。
男子の髪型には明るくないが、
女子で例えるなら、ミディアムショートぐらいはあるのではないだろうか。
前髪はやや、長め。
細い目のわりにまつ毛も長く、ばさりと音が聞こえてきそうだ。
-
o川*゚ー゚)o「(えーと、なんだ、この状況)」
目の前でお茶を啜る有草をじろじろと観察した後で、
葵凪は急速に頭が冷えていくのを感じた。
立ち話もなんなので、と声を掛けたのは有草だ。
あまりにも自然すぎて立場が逆だと突っ込むタイミングを見失った。
聞けば、後輩が困っていると頼まれて訪ねたのだとか。
誰だよ軽率に住所教えちゃうやつ。
すぐにわかった。杏藤だった。
葵凪は口を噤んだ。
目の前でにこにこと笑みを浮かべる有草。
沈黙に耐えきれずお茶を入れたのが葵凪。
そして、今に至る。
-
o川*゚ー゚)o「って言うか、有草先輩ってあの、〝根無しの有草〟ですよね?」
(,,-Д-)「う?」
(,,^Д^)「ああ、うん。そう呼んでる人もいるよね」
何ともなくうなずく有草に葵凪はがくりと肩を落とす。
放課後に探し回っていたのは何だったのか。
自明の理である。完全に徒労だった。
(;,,-Д-)「なんか、残念そうじゃなぁい?」
その反応をどう受け取ったのか、有草が肩をすくめる。
テーブルに置かれたお茶はほとんど中身が減っておらず、
あれっと思いつつ、葵凪は慌てて首を振る。
o川;*゚、゚)o「はへ。いや、そういうわけじゃなくて!ええと──」
そうして放課後探し回っていたことを告げると、
何故だか有草はたいそう可笑しそうに笑い声をあげた。
-
再び、あれっと思う。
何だか、さっきから、妙な違和感が付きまとう。
(,,^Д^)「何だ、そんなこと残念がってたの」
o川*゚ー゚)o「そ、そんなこと……?」
、、、、
(,,^Д^)「むしろラッキーだったでしょ、高校で時間潰せてさ!」
ぱん、と手を叩く。
思わず後ろに腰が引ける。
(,,^Д^)「昼間に探し回ったのは飛んだ骨折り損だった?
ねえ、それ、本当に?」
o川*゚ー゚)o「ぇ、だって、結局こうして有草先輩会いにきてくれて」
(,,^Д^)「違うんじゃなぁい?」
-
違う、とは。
葵凪の思考が停止する。
その上で違和感の正体が少しずつ、わかってくる。
(,,゚Д゚)「もし昼間に探し回っていなかったらさぁ、キミはそそくさ帰宅していて、
きっと俺、間に合わなかったと思うんだよねぇ」
何に、とは聞けなかった。
、、
その、細められていただけの、ほんの少しも笑っていない瞳に。
、、、、、、
違和感の正体に。
葵凪は、気が付いてしまったから。
-
o川*゚ー゚)o「……有草先輩、その」
(,,^Д^)「ああ、それ。有草っての、いいよ。タカラって呼んで」
o川*゚ー゚)o「……………………タカラ先輩」
(,,^Д^)「いいね、グッドだ。それでいこう!」
有草は相も変わらずにこにこと笑う。
葵凪は一つ、結論づけた。
o川*゚ー゚)o「めんどい」
(,,^Д^)「……うーん?」
o川*゚ー゚)o「タカラ、嘘つき」
(,,^Д^)「なんで急にカタコトに。てか呼び捨て…」
o川*゚ー゚)o「嘘くさい相手にいちいち敬意、払ってらんないでしょ」
有草タカラは、嘘くさい。
行動、言動に心(なかみ)がどうにも伴っていない、そう感じるのだ。
-
一瞬の間。
ふ、と吹き出したのは有草だった。
(,,^Д^)「ギコハハハ!そーりゃそう、その通りだね」
(,,^Д^)「いやあ舐めてた、お見逸れしました。
可愛いだけのお馬鹿さん…じゃ、なかったんだねぇ、キューちゃん」
o川*゚ー゚)o「うわぁ……」
(,,^Д^)「あからさまに気持ち悪いって反応すんの、やめなぁい?」
o川*゚ー゚)o「キューちゃんはちょっと」
(,,^Д^)「デレがそう呼ぶから移っちゃった」
有草はテヘペロとでも言いたげに頬を掻いてみせる。
葵凪は黙殺した。
-
o川*゚ー゚)o「まあいいや、それは。そんなことより」
(,,^Д^)「どうしてわかったか、でしょ?」
葵凪はこくりとうなずく。
有草が口にした、「間に合わなかったと思う」という言葉は、
明らかに先程の怪現象もとい、顔のない人影のことを指していた。
(,,^Д^)「ま、デレから多少話を聞いていたというのもあるけど」
(,,^Д^)「──どちらかと言えば口から出任せ的な?」
o川*゚ー゚)o「なにそれキレそう」
(,,^Д^)「やだー怒んないでよぉ」
_,
o川*゚ー゚)o「……」
葵凪は眉間のしわを揉みほぐす。
ダメだ、こいつ。
まともに相手していたら話がさっぱり進まない。
-
(,,^Д^)「こらこら、睨まない睨まない。
まあでもシャイなやつで助かったね、これはほんと」
o川*゚、゚)o「シャイ……なんで?」
(,,^Д^)「俺が来たから引っ込んだだろ?
そうでなかったらほら、今だって後ろに」
有草が葵凪の後ろ、宙を見てにたりと笑う。
その視線を追って藍凪は思い切り振り向く。
何もいない。
(,,^Д^)「ばっかだなーシャイなやつだって言ったろ? いるわけないじゃん」
o川*゚ー゚)o「殺す」
やっぱ殺そう。生きては帰さん。
葵凪はかたく決意する。
有草はそんな葵凪の決意(ことば)など気にも留めずに、しれっと話を続ける。
-
(,,^Д^)「で、いないの? シャイな知り合い」
o川;*゚ー゚)o「えぇー…その知り合いって、故人でってことでしょ」
(,,^Д^)「そらぁそう。生きてるやつがあんな姿になるとでも?」
あんな姿。
顔のない人影。
有草の言葉にほんの少し引っ掛かりを覚えた気がしたが、気のせいかと首を捻る。
o川*゚ー゚)o「……生霊、とか」
(,,^Д^)「あんなんになるまで恨まれるような、
もしくは愛されるような覚えが身にあるワケ?」
o川*゚ -゚)o「愛され……うぅ、ないけど」
(,,^Д^)「なにその反応。可愛いなー(笑)」
o川*゚ー゚)o「かっこわら、て口に出して言うのやめろや」
(,,^Д^)「ま、今のはちょっとした意地悪だけど」
o川*゚ー゚)o「今の」
-
全部だろ、とはあえて言わなかった。
それすらも拾って馬鹿にされる予感がしたのだ。
有草の言葉を待つ。
ふぅん、とでも言いたげに見られたけれどきちんと無視した。
(,,^Д^)「生霊はちゃんとわかってる。
自分が誰だか、ちゃんと知ってるんだよねぇ」
o川*゚ー゚)o「自分が誰だか……知ってる?」
(,,^Д^)「そう。だから姿がハッキリしてる」
(,,^Д^)「キューちゃんみたいにくっきり視える人でなくても、
その姿が見えちゃうことがあるぐらいにはね」
o川*゚ー゚)o「そっか。……じゃあ、違うんだ、やっぱり」
(,,^Д^)「やっぱり、死んでる人?」
葵凪はこくりとうなずく。
あのぼやけた姿。
何より頭の意味不明な暗闇。
とてもではないが、ハッキリした姿とは言えない。
-
o川*゚ー゚)o「というか、なんで?」
(,,^Д^)「今度は何が?」
o川*゚ー゚)o「……私が、視えるって話」
(,,^Д^)「なーんだ、そんなこと」
わかるよ、と有草は言う。
そもそもこんな風に、おかしなことに巻き込まれるのは、
そういう〝妙な眼〟を持つ人だから、と。
(,,゚Д゚)「見えなくていいものが視えるんだ。
結ばなくていい縁(えにし)まで結んでしまうのは、道理だろ?」
その言葉には、何故だか、説得力があった。
ある種、実感と……諦念のこもった言葉に聞こえたのだ。
-
o川*゚ー゚)o「タカラは」
(,,^Д^)「ギコハハ。俺の話はいいよ、いま困ってるのはキューちゃんでしょ」
o川*゚ー゚)o「……うん。そうだね、わかった」
(,,^Д^)「えらいえらい。そういう物わかりの良いところ、美点だね」
o川*-、-)o「はいはい、そやって適当ばっか返す。もう真に受けないよーだ」
本音なんだけどなぁ、と言うのを聞き流しながら、葵凪は考えてみる。
シャイな知り合い。それも故人で、となると。
o川*゚ー゚)o「ねえ、タカラ。言いづらいんだけど、いないよ」
(,,^Д^)「いない?」
o川*゚ー゚)o「うん。シャイな知り合い、なんて」
-
o川*-ー-)o「一番近くて父方のおばあちゃんだけど、亡くなったのは私が小学生のときだもん。
今更こんなこと、してこないと思う」
o川*゚、゚)o「というか、おばあちゃんならどんなにぼやけてても、
顔がわかんなくても、私わかるよ。大好きだったし」
(,,^Д^)「他は?」
o川*゚、゚)o「だからいないって」
(,,^Д^)「別に、血筋に拘らなくていい。
縁(えにし)があれは、それが充分理由になる」
o川*゚ー゚)o「さっきからえにし、えにしって何なの、それ」
(,,^Д^)「縁って何、か。
そうだなぁ……言い換えるなら〝きっかけ〟かな」
想定外の疑問だったのか、有草は空を見つめて言葉を探す。
少しの間があって、うん、うん、と呟きながらゆっくりと答えを口にした。
-
(,,^Д^)「何かが起こるきっかけ。
良いことにしろ、悪いことにしろ、独りじゃ何にも起こらない」
(,,^Д^)「誰であれ、何であれ、誰かと、何かと、縁を繋いで生きてるんだ」
そう言った後で「俺らはちょっとだけ、余分に繋いでしまうみたいだけど」と付け足す。
浮かべたのはどこか、照れくさそうな笑いに見えた。
o川*゚ー゚)o「(〝俺ら〟……)」
その言葉にあっと思ったけれど、
葵凪は口には出さずに、どこか共犯者めいた視線だけを交わした。
(,,^Д^)「……とにかく、だ。キューちゃんは身近で亡くなった、
シャイな知り合いを探しておいて。そいつの名前が必要だ」
有草は立ち上がり、キャップを片手にリュックを背負う。
窓の外はいつの間にか、暗い。
夕暮れの橙は随分とか細くなっていた。
-
葵凪が玄関まで送ると、有草はそっと顔を近付けて耳打ちした。
たたきに降りてなお上から近付いてくる口元に、背、高いんだなぁと葵凪はぼんやり思う。
そいつに顔がないのは、と声が響いて。
思いのほか近い距離に少しだけ、ほんの少しだけどきりとする。
(,,^Д^)「誰も、誰だとわからないから。だから空っぽなんだ。
自分が誰かも覚えていない。その証拠に、顔がない」
じっと息をひそめる。
有草の声に耳を傾ける。
はたと視線を感じて前を見ると、至近距離で目が合った。
とん、と額を指で小突かれる。
細い目の奥、笑っていないその瞳は、深く深く澄んだ黒色をしていた。
(,,^Д^)「ここは自分の居場所でないと気付かせるにはまず、
〝自分〟のことを思い出してもらわなくちゃね」
-
続きは日付が変わったら
失格になるかなぁと心配していたのですが、主催の優しさに感謝
-
一旦乙です
-
乙!
続きが気になる………。
-
* * * * *
o川*゚、゚)o「……そんなこと言われてもなー」
ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、ひとりごと?」
有草が訪れてから、数日後。
葵凪は部活動に顔を出していた。
週に一度の活動日と言えど部室の顔ぶれは少ない。
具体的に言えば葵凪と杏藤、二人だけだ。
しっとりと甘いアプリコットの匂いは、
相変わらず、手狭な部室を満たすように香っている。
活動日とはいえ部室に顔を出すか否かは本人の自由という緩さのおかげだろう、
葵凪は入部してひと月経った今でもなお、杏藤の顔しか見ていない。
-
o川;*-ー-)o「うー…はい、ちょっと厄介な謎掛け……? を、解いてます」
ヾζ(゚ー゚*ζ「ふぅん? 難し顔して、珍しい」
o川;*´ー`>゛「あうぅ〜ほっぺた、引っぱらないでくらさぁい〜〜」
ζ(^ー^*ζ「んふふふ。可愛い」
o川;*゚ー゚)o「あ、あほ面褒められても嬉しくないですっ」
首を横に振って抵抗をみせる葵凪の頬をなおも弄びつつ、
杏藤はところで、と口を開いた。
ζ(゚ー゚*ζ「キューちゃん、来週が初めての部内交歓会だけど写真は撮れた?」
o川*゚ー゚)o「ぎく」
ζ(-ー-*ζ「その調子だと、まだみたいね」
-
杏藤はくすくすと笑う。
すっかり交歓会のことを忘れていた葵凪は来週、という期限の近さに慄いていた。
o川;*゚ー゚)o「まだも何も、す、すっかり忘れてました!」
葵凪が写真部に加入してから、今日で3回目の活動日。
加えてそのうちの1回である前回は都合が合わずに顔を出せていない。
このことから。
葵凪が部室で未だ杏藤の顔しか見ていないのは、他の部員が
交歓会に備えて写真を撮りに出ていたからだ、と思い至るのに時間はかからなかった。
ζ(゚ー゚*ζ「あらまあ。テーマは覚えてる?」
o川;*゚ー゚)o「えと、えと〝香り〟ですよね」
o川;*-ー-)o「そもそも写真で香りっておかしくないですか」
ζ(゚、゚*ζ「おかしいの?」
-
o川;*゚ー゚)o「だってそんなの、カメラで写し取れるものじゃなきゃ」
ζ(゚ー゚*ζ「あら、カメラでも充分、香りは写し取れるわよ」
o川;*゚、゚)o「えぇー…? 私、全然イメージ出来なくて」
ζ(゚ー゚*ζ「考えるの、やめちゃった?」
o川;*-ー-)o「……はい」
ζ(^ー^*ζ「んふふ。正直でよろしい」
杏藤は焦る葵凪を落ち着かせるように、よしよし、と頭をゆっくり撫でる。
葵凪はすっかりされるがままだ。
ζ(-ー-*ζ「そうやってぴったり考えるのをやめちゃうの、
キューちゃんの悪くて良いところね」
o川*゚ー゚)o「……デレ先輩が言うことは、たまに少し、難しいです」
ζ(゚、゚*ζ「そうかしら」
-
杏藤は唇に指をあて、考える仕草をする。
けれどもすぐに首を横に振った。
ζ(゚ー゚*ζ「だめね、自分じゃわからないわ」
ζ(^ー^*ζ「ああ、でも待って。私にもひとつ、わかることがあるの」
o川*゚ー゚)o「わかること……」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ」
杏藤は鞄を探ると薄いファイルを取り出した。
見れば、何枚か写真が入っている。
ζ(-ー-*ζ「私にもわかること……それはね、カメラでも充分香りが写し取れるってこと」
杏藤はそのうちの一枚を引き出すと、そっと葵凪に手渡した。
ζ(゚ー゚*ζ「特別よ、キューちゃんには見せてあげる」
-
それは、赤ちゃんの写真だった。
おくるみですやすやと眠っている、赤ちゃんの写真。
まるで目の前にいるような、
自分が抱いているかのような、そんな写り方。
o川*゚ー゚)o「この、写真は」
ζ(゚ー゚*ζ「交歓会に向けて撮らせてもらったものよ。
ふふ、ちょっとだけ早いお披露目ね」
悪戯っぽく笑う杏藤の声が、水面の向こうにあるような、
どこか遠くで聞こえるような気がする。
代わりに聴こえたのは小さな、微かな、それでいて確かな息遣い。
腕の中の、熱いぐらいの柔らかさ。
すん、と息を吸ってみれば。
-
o川*゚ー゚)o「……ぁ」
ζ(-ー-*ζ「どう?」
o川*゚ー゚)o「優しい、ミルクみたいに温かくて…あまい……」
ζ(゚ー゚*ζ「そう、それが香り。
この写真、赤ちゃんの香りが写し取れているかしら」
o川*゚ー゚)o「…………はい」
ζ(゚ー゚*ζ「ならもう大丈夫ね。イメージ、出来たでしょう?」
o川;*-ー-)o「正直、難しさを実感しただけのような気がしますっ」
ζ(^ー^*ζ「キューちゃんったら面白い子」
o川;*゚ー゚)o「別に今の冗談でも何でもなく、本音ですからね!」
-
口ではきゃいきゃいと騒ぎながら、
葵凪はもう一度、手の中の写真を見つめる。
腕の中に赤子を抱きしめていたような、
そんな感覚を覚えた写真を。
これが、香りを、写し取るということ。
来週までに、自分は収められるのだろうか。
この小さな画面の中に。
その手触りすら感じられるほどの、豊かな香りを。
-
あと少し、3場面ほどで終わりです。めでたく遅刻組ですいません
本祭おつかれさまでした
-
おつ
遅刻でもなんでも完結してくれよ
-
0時から、完結まで投下しきります
-
待ってたぞ!楽しみにしてる!
-
* * * * *
o川*゚ー゚)o「香り、香り…なんだろ……。
夕飯の写真でも撮ってみようかなー……」
葵凪は首に提げたカメラを弄る。
近付いていくのは、黒い影。
(,,^Д^)「香りで連想するのが夕飯って、色気なさすぎでしょ」
o川;*゚Д゚)oそ「うわっ出た!」
(,,^Д^)「その反応は酷くなぁい?」
部活動終わって帰り道。
反射的に飛び退いた葵凪を横目に、有草は黒キャップを被り直した。
相変わらず黒いリュックを背負っており、加えてこの長身。
突如として真横に現れようものなら、
驚くなという方が無理な話だ── と、葵凪は心中で毒づく。
(,,-Д-)「ほんと、幽霊でも見たような反応しちゃってさぁ。
もう少し可愛くなんないの?」
o川*゚ー゚)o「あ゛?」
(,,^Д^)「全くもって失礼だよね!」
o川#*゚Д゚)o「失礼なのはお前じゃボケェっ!!」
-
ここ数日、返り道でよく有草に会う。
特に約束しているわけでもないのだが、
こうして声をかけられては何かと理由をつけ、家まで送ってくれていた。
o川*゚ー゚)o「(たぶん、気を使ってくれてるんだろうけど)」
そのおかげもあってか、はたまた偶然なのか。
有草が送ってくれるようになってからというもの、顔のない人影を見ていない。
相変わらずの居心地の悪さが続いているあたり
解決したから現れなくなった、とは勿論考えていない。
それでも、久しぶりに。
ゆっくりと眠れる日々が続いているのもまた確かなことだった。
-
(,,^Д^)「どしたの、ぼーっとこっち見ちゃってさ。
恋でもした?」
o川*゚ー゚)o「それはない」
(,,^Д^)「一蹴が早くなぁい?」
o川*-ー-)o「胡散臭い。黒い。デカい。願い下げ」
(,,^Д^)「いくらなんでも酷くなぁい??」
泣くよ、泣いちゃうよ、と既に少し涙ぐみながら言う有草に、
そういうところが胡散臭いと切り返す。
それでもやはり葵凪がちらと横顔を伺えば、いつもの細目にしたり顔。
(,,^Д^)「やっぱり心配してくれた?」
_,
o川*-ー-)o「ほんと嫌いだわ」
そういうところは可愛いのに、と有草が言い終えるか終えないかのうちに
葵凪は片手の鞄を勢いづけて叩きつけた。
-
なんだかんだと一悶着ありつつも、気付けば今日もまた
自然と隣を歩いて、着いてきてくれる。
o川*゚ー゚)o「……優しいんだか、不器用なんだか」
話に聞いた「根無しの有草」武勇伝。
その数々も、お人好しと呼ぶには癖があまりにもありすぎるこの男が、
ある種、不器用な優しさからこうして手を貸し続けてきた結果なのだろうか。
(,,^Д^)「うん?」
o川*-、゚)o「いや、タカラって沢山人助けしてきてるわけでしょ」
o川*゚ー゚)o「なんでかなーって、ちょっと考え、て」
葵凪の言葉がそこで途切れたのは。
(,,^Д^)「……あぁ、そうだね」
有草の浮かべた笑顔が。
細めた瞳のその奥が。
あまりにも、酷薄な光を湛えていたから。
.
-
葵凪は思わず足を止める。
少し考えて、改めて聞き直した。
o川*゚ー゚)o「疑問だったんだ」
それは、「根無しの有草」の話に付きまとう〝偶然〟の多さ── ではなく。
あの日感じた、有草本人に対する疑念。
o川*゚ー゚)o「言ってたよね、この間。
〝妙な眼〟が縁を繋ぎすぎてしまうって」
o川*゚ー゚)o「でもさ、そうやって繋がれたトラブルを
全部こぼさずに解決していくのは、どうして?」
例えば、葵凪の話。
こんな奇怪な話など信じられない、
気の所為だと一蹴してしまってもおかしくない。
、、、、
よしんばそういう事情に詳しかったとしても、
面倒ならばわからない体を装って、断ってしまえばよかったのだ。
-
葵凪からすれば、有草の繋ぐ縁は自分のものとは違って見える。
葵凪が〝巻き込まれる縁〟だとすれば、
有草のものは、その手前。
(,,-Д-)「あぁ、わかるよ……気になるよね。
俺の縁(これ)は回避しようと思えばできるのに、
どうしてそうしないのかって話だろ」
簡単な話だ、と有草は言う。
(,,^Д^)「責任を取っている。それだけだよ」
o川*゚、゚)o「責任?」
(,,^Д^)「そ。俺は確かにキミとは違う。
言うなればこれは〝引きつける縁〟」
(,,-Д-)「良いモノならそれでよし。
だが、俺が呼ぶのは不幸で、困難で、災難だ」
-
有草は大儀そうにため息を吐くと、
重ねてまたわざとらしく肩を落として見せた。
そのふざけた態度からつい聞き流しそうになるが、つまり、それは。
葵凪は震撼する。
有草は要するに、こう言っているのだ。
o川;*゚ー゚)o「そんなの、そんなのは」
、、、、、、、、
o川;*゚ー゚)o「なんの理由もないのと同じだよ!」
良心ならばまだよかった。
気まぐれ続きでも理解は出来た。
けれども事実は異なっていた。
日が昇れば沈むように。
雨が降れば止むように。
言うなればそれは── 始まれば終わるように。
(,,^Д^)「俺が引き付けた面倒事。
なら、俺が始末を付けることこそ道理だろ?」
有草はいつものように人懐こく笑ってみせる。
嘘くさく感じられる彼の言動は、事実その通りであったのだ。
心なく、理由なく、その行為は誠実の先では決してなく。
ただ、当然の上に成り立っていたのである。
-
o川;*゚ー゚)o「……正直、引く」
(,,;Д;)「ギコハハハ!今度こそほんとに泣きそう!!
え、もう泣いてる?ギッコーン!視界が滲んでわかんないや!!!」
o川*゚ー゚)o「うるさ」
(,,^Д^)「真顔にならないで心がつらい」
o川*゚ー゚)o「なんていうか、タカラって悪い人じゃないけど
……うん、気持ち悪い人なんだね。納得した」
(,,^Д^)「どうしてそんなに辛辣なの?ねぇ??」
o川*゚ー゚)o「そう言えばさ」
(,,^Д^)「あぁ…女の子特有の話題転換の早さを目の当たりにしてる……」
o川*゚、゚)o「私の家に出る人影の目的ってなんなのかな」
(,,^Д^)「え?」
-
有草の動きが一瞬止まる。
表情こそ笑顔だが、その瞳が言っていた。
── そんなこともわかってなかったの?
o川;*゚ー゚)o「だ、だって」
(,,-Д-)「問題です」
o川;*゚ー゚)o「ほぇ」
(,,^Д^)「林檎が4つ入った箱があります。
蓋をしめるとそのヘタが上部にあたるぐらいのみっちり、ぴったりサイズです」
(,,^Д^)「さて、そこに新たにもうひとつ林檎をしまい込むにはどうすればいい?」
o川;*゚ー゚)o「どうって……だってもう箱の中身はいっぱいなら、
そんなの、入れようがないじゃん」
(,,^Д^)「ああ、そうだ。
でもね、どこかの誰かさんは入れちゃったんだろ?」
(,,゚Д゚)「入りもしない箱に入りもしない林檎をさ」
.
-
o川;*゚ -゚)o「……っ」
(,,^Д^)「ま、言ってしまえば人影に目的はないよ。
キューちゃんの言う避難の視線だとか、そういうのは結果に過ぎない」
(,,-Д-)「ただ、帳尻合わせが起きようとしてるってだけ」
o川;*゚ -゚)o「帳尻、合わせ」
(,,-Д゚)「ね、新たなもうひとつをしまうためには
〝元から入ってるもの〟を取り去ってしまうしか、ないでしょ?」
眇めた視線に蔑みの色。
有草は優しげな声音からは到底想像できない、冷たい視線を差し向ける。
o川*-ー-)o「なんだ、怒ってるわけじゃないんだね」
けれども葵凪は目もくれず。
ただ、静かに胸を撫で下ろした。
-
o川*゚ー゚)o「私が間違って家に招いて…それが、閉じ込めるのにも等しいことで……」
o川*゚ -゚)o「それが苦しくて、困惑してる……て、ことなんだよね?」
(,,^Д^)「間違ってはない、かな」
o川*-、-)o「うん、じゃあ、そうだ。確かに名前を、元の箱を早く見つけないと。
……それが私のすることで、責任だ」
ぽん、ぽんと。
言い聞かせるように、葵凪は片手で胸元を叩く。
有草は唖然とその様子を眺めていたが、
やがて呆れたように頬を掻いた。
(,,^Д^)「……馬鹿なんだか、大物なんだか」
こぼした言葉は、戸惑いは、本物だったのかどうか。
少なくとも葵凪の耳には届いていなかった。
-
o川*゚ー゚)o「あっ、見て!」
つと、葵凪が駆け寄ったのは民家の石垣。
ふわりと香った甘い匂いに、見上げた視線を有草も追う。
思わず、目を見張った。
両手を広げた艶やかな暖色。
枝の先を彩っているのは光を透かす黄色の花。
(,,^Д^)「へぇ。見事だね」
o川*^ー^)o「でしょでしょ!
ここの樹、毎年冬に咲かせるから楽しみにしてるんだ」
相当お気に入りなのだろう、
葵凪はそう言うと自慢げに笑ってみせた。
-
o川*゚ー゚)o「とか言って、名前は知らないんだけど」
(,,^Д^)「これ、蝋梅」
o川*゚ー゚)o「ロウバイ?」
(,,^Д^)「うん。きちんと手入れしてやらないと花付きも悪くなるし、
樹形も崩れる……やや手のかかるやつだよ」
o川*゚〜゚)o「そうなんだ。よく知ってるねぇ」
(,,^Д^)「まぁ、小学生のとき図鑑を読むのが好きだったからね。
植物とか、魚とかのそれ」
o川*゚ー゚)o「あー!私も眺めるの好きだったっ」
o川*゚、゚)o「……んでも、それがどうして?」
(,,^Д^)「どうしてって、読めば覚えるでしょ」
o川;*゚、゚)o「えぇ」
-
葵凪は青梨の話を思い出す。
並外れた運動能力に、
桁外れの知識量で助っ人してまわるとか、なんとか。
o川;*゚、゚)o「(あながち眉唾じゃないのかも)」
この男なら有り得る。
葵凪は改めてそう感じた。
(,,^Д^)「なんか固まってる?」
o川*゚ー゚)o「タカラって運動得意だったりする?」
(,,^Д^)「ええと、それなり」
-
o川*゚ー゚)o「何かのトロフィーとか持ってる……?」
(,,^Д^)「質問がふわっとしすぎじゃなぁい?」
そう言いつつ、有草は首を横に振る。
葵凪はもしやと思わないにしても、
口を挟まず続きを待つ。
(,,^Д^)「でも、ううん。
手元には置かないよね、嵩張るし」
o川*゚ー゚)o「この話はやめよ、タカラの胡散臭さが加速する」
(;,,-Д-)「自分で振ったくせに理不尽だ!」
-
蝋梅から香る優しい匂いに、葵凪はすんすんと鼻を鳴らす。
それから思い出したように、きょろきょろと。
石垣越しに民家の庭を見回した。
o川*゚、゚)o「んー、今日もいないなぁ」
(,,^Д^)「いない?」
o川*゚ー゚)o「あ、うん」
葵凪は垂れた枝に腕を伸ばすと、あえて触れないところで手を止めた。
愛らしく咲く艶やかな花に目を細める。
うん、今年も綺麗に咲いている。
o川*-ー-)o「ここのお花ね、いつも孫でも見るようにお手入れしてるおばあちゃんがいて。
私、その人とお話するのが好きなんだ」
o川*゚ー゚)o「最近は見掛けないんだけどね」
(,,^Д^)「え? じゃあその人なんじゃないの」
o川*゚、゚)o「ほへ、何が?」
(,,^Д^)「何がって奴だよ、キミの家の人影」
-
有草の言葉に一瞬ぽかんとして。
けれどもその意味を飲み込むと、
葵凪は心の底から腹が立つ、というのを久々に感じた。
o川#*゚ー゚)o「言っていいことと悪いことがあると思うんだけど!」
(,,^Д^)「え〜」
o川#*゚、゚)o「不謹慎すぎる、信じらんない!
もうっサイテーだよ、サイテー!!」
o川#*-ー-)o「冗談でも勝手に殺すとか!笑えないからっ」
(,,^Д^)「あながち冗談でもないんだけどなぁ」
有草との温度差に既に呆れを覚えつつ。
ぎゃあぎゃあと文句を付けながら通り過ぎようとした軒先で、
不意に何かが引っかかった。
-
思わず足を止める。
ソレに気が付くと、背筋がキンと凍りつく。
o川;*゚ -゚)o「……」
葵凪は思い出していた。
いつか見た、白黒の看板を。
(,,^Д^)「だから言ったじゃん」
確証は何一つ得ていないのに、後ろで有草が言う。
郵便受けの上、表札。
そこには、この間立てられていた葬儀の案内看板と
同じ苗字で「椎名ディ」の名があった。
-
* * * * *
玄関の戸に手をかける。
日は、すっかり傾いていた。
西陽が差し込む廊下の先で、ゆらりと、影が振り返る。
「おかえりなさい」
優しい声がした。
小柄な体躯には見覚えがあった。
ほころぶように笑うその〝顔〟は、
確かに葵凪の記憶の中に咲いていたそれと、同じもの。
-
.
.
.
(,,^Д^)「キューちゃんが彼女を思い出したなら、
向こうも君を、自分を、思い出しているはずだ」
o川* - )o「……」
表札に気付いてからというもの、葵凪はずっと口を噤んでいた。
有草の言うことは正しい。
顔のない人影と椎名はきっと、同一人物だ。
頭ではわかっている。
それでも心が駄目だった。
いまもなお恐ろしいあの人影と、暖かな記憶が。
どうでもよかった白黒の看板と、目の前の死が。
果たさなければならない責任と、有草の言葉が。
どうしても、上手く、繋げられないでいた。
.
-
(,,^Д^)「キューちゃん」
有草は語りかける。
けれどもそれは、あくまでも独り言のように。
(,,^Д^)「キミと縁を結んだその人は、どうしてキミのもとを訪れたんだろうね?」
自分のことも曖昧なまま、辿った縁の糸の先。
苦しくなって忘れてしまったその目的は、
果たしていったい何だったのか。
葵凪は考える。
けれども、わからない。
有草の言葉はなおも続く。
-
(,,^Д^)「俺が思うに、と話してしまうのは簡単だ。でも、これは」
一旦、途切れて。
葵凪は話題が転換したのを感じ取る。
(,,^Д^)「……キミが家人と誤って迎え入れた客人は、やっぱりキミが送り出してやるべきだ」
葵凪の返答は求めておらず、
とはいえ突き放すような言い方でもなく。
ただ落ち着いて、横で呟く。
聞こえてさえいれば重畳と、そのような調子で。
(,,^Д^)「大事なのは、ただ一言」
── と、伝えることだよ。
有草はやけにゆっくりと、そう言った。
それが大事な言葉であるのは、
ぐるぐると心がまとまらなくなっている葵凪にも理解できた。
-
玄関を目の前にして思ったことは、
うちってこんなに近かったっけ、とか、そんなどうでもいいことで。
うまく働かない頭でもわかったことは、
今見るべきは足元ではなく目の前だ、とか、そんな些細なことで。
後ろに有草が立っている。
今なおくすぶる恐怖を抑え込むには、
きっと、それで十分だった。
o川*゚ー゚)o「ただいま」
西陽が、葵凪の背中を照らす。
.
.
.
-
整えられた着物姿。
少し、居心地が悪そうに、
申し訳なさそうにする姿にも、葵凪はやはり覚えがあった。
(#゚;;-゚)
目の前に立つ人物は何の間違いもなく、椎名ディ── その人であった。
o川*゚ー゚)o「お久し、ぶりです」
掠れた声がそう言った。
一歩遅れて、葵凪はそれが自分の声だと気が付いた。
言葉は、思いは、喉に込み上げてくるばかり。
はくはくと口だけが動いて、
頭が白くなりそうで、有草がそっと葵凪の背に手を触れた。
-
それでようやく、今にもくず折れてしまいそうなほどに
身体が震えているのを自覚した。
ぐ、と足に力を込める。
お腹をぎゅうと抱きしめる。
椎名は、じっと葵凪の言葉を待っていた。
(,,^Д^)「ほら」
有草が耳元で囁く。
息がかかってくすぐったいのが、逆に意識をしゃんとさせた。
小さく、息を吸う。
-
o川*゚ー゚)o「椎名さん。どうぞ、お気をつけて〝お帰りください〟」
.
-
瞬間。
空気がふっと軽くなった。
急に開けた心地がして、あんなに居心地の悪かった家が嘘のように身に馴染む。
o川*゚ー゚)o「あっ」
思わず瞬きをしたその隙に、椎名の姿が消えていた。
思わず戸を振り返るか、振り返らないかのうちにりんと小さく、
──お邪魔しました。
声が、聞こえた。
甘い香りが鼻を掠めて、何故だか目頭が熱くなっていた。
-
(,,^Д^)「……逝ったね」
有草がよく出来ました、と背を叩く。
葵凪は目元を擦るのに精一杯で、上手く言葉を返せない。
o川*ぅ -;)o「……」
香りは、薄い霧のように漂っていた。
それは葵凪の記憶に残る、椎名のそれと同じもの。
匂いのもとを追って廊下の奥に視線をやると、
艶やかな黄色をつけた枝が、落ちていた。
葵凪の頭をひとつの確信が突き抜ける。
ああ、椎名は元々このために。
今年も綺麗な蝋梅が咲いたのだ、と。
きっと、それを伝えるためだけに、
自分のもとを訪れたのだ。
-
その後の話。
有草は葵凪が泣き止むまでずっと、帰りもせずに隣にいた。
慰めるでもなく、頭を撫でるわけでもなく。
寂しさに泣く葵凪を独りにしないがためだけに、
ただただ、隣に座っていた。
o川*ぅ- )o「(この人はきっと、自分が優しいなんてことは、
ほんの少しも思ってないんだろうな)」
自らが引き寄せた災いだからと、それだけで他人を救ってみせる有草は、
自分自身に優しさなんてないと語るのだろう。
それは不器用でもなんでもなく、当然の事実として受け止めているのだろう。
葵凪は思う。
、、、、、
それこそがこの人の優しさなのだ、と。
-
(,,^Д^)『じゃあ、またね』
もう大丈夫、と葵凪が口に出す直前。
有草はそう言って帰っていった。
o川*゚、゚)o「なんかほんっと、こっちに罪悪感とか申し訳なさとか……
そういう感情を持たせないというか」
思えば、初めて家に訪れたとき。
大切な先輩の友人ともあれば畏まって然るべきであるのに、
気付けば自然体で関わっていた。
それ以後、数日間に渡って送ってくれていたのもそうだ。
あんなことがあれば怖くて家に帰りづらくなっていただろうに、
頼まずとも有草は葵凪を気遣ってくれていた。
気遣っていることを気取らせないままに、そうしてくれていたのだ。
-
o川*-"、-)o「あれ、わざとやってんのかなぁ。
それとも、そういう癖?」
o川*゚ー゚)o「誠実さは微塵もないのに、
変なとこ真面目というかほんと…なんか、変なひと……」
西陽も暮れに差し掛かっていたが、
廊下は未だ橙の色に照らされていた。
葵凪は、はたと首にかけたままのカメラを思い出す。
最低限の扱い方は杏藤に教えてもらっていた。
ピントぐらいなら、もう、合わせられる。
ぱしゃり。
o川*-ー-)o「……よし」
葵凪はデータを確認すると満足げにカメラを下ろした。
収めたのは廊下に残されたままの、光を返す蝋梅の枝。
それは、確かに。
霧のように立ち込める、優しげな甘い香りを写し取っていた、ように思う。
-
* * * * *
これは、それから数日後。
待ちに待った交歓会の日の出来事である。
まず、葵凪は二つ悲鳴をあげた。
o川;*゚ー゚)o「これで全員なんですか!!?」
ζ(-ー-*ζ「そうよ」
ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった葵凪に、杏藤は当然と返事をする。
初の交歓会。
そう、いつもがらがらの部室は
皆が写真を取りに出かけているからそうであるのだと思っていた。
思って、いたのだが。
机を突き合わせて並んだ顔、実に三人。
要するに、写真部はそもそも三人しかいないという事実を知ったこと。
初の交歓会というのは葵凪が初めて参加する、ということではなく
写真部発足から初めて行う、という意味だったらしい。
-
そして、なにより。
(,,^Д^)「家の中撮ってきたって、そんなん手抜きじゃなぁい?」
o川#*゚Д゚)o「むきー!めちゃくちゃ香ってるから!
ほら、奥の蝋梅が見えないのかなぁー!!?」
(,,^Д^)「蝋梅?」
o川#*゚ー゚)o「この存在感が感じられないなんて、
どんだけ貧相な感受性で生きてきたのっ」
── その三人目が、有草タカラその人である、ということである。
-
o川#*゚ー゚)o「ていうかタカラって写真部だったの? ねえ、ほんとに!?」
(,,^Д^)「そうだけど」
o川;*-Д-)o「めちゃくちゃ〝根あり〟じゃん!!!
何が根無しの有草なのっ!?」
部活も委員会も無所属の、という方が
眉唾だったということである。
聞けば保険委員らしい。
全くもって噂話はアテにならない。
(,,^Д^)「通称なんて周りが勝手に言ってるだけだしぃー。
噂話をすぐ信じ込んじゃうの、俺、よくないと思うなぁ」
o川#*゚ー゚)o「きいぃぃぃぃ」
-
o川;*゚ー゚)o「ていうか、そもそもっ」
o川;*゚ー゚)o「どうしてこの少人数で部活として認められているんですか!」
解答しまーす、と声を上げたのは有草である。
ぎぎぎ、と音でも鳴りそうな風に
葵凪は再び、いやいやそちらへ顔を向ける。
(,,^Д^)ノ「俺の持ち前の人脈もとい人当たりの良さで、
かき集めた幽霊部員がそれなりにいるからでーす!」
_,
o川*゚ー゚)o「人当たりの良さ……?」
(,,^Д^)「そこに疑問を感じないで?」
葵凪が半信半疑でいると、
杏藤が生徒会に提出する活動報告書を見せてくれた。
紙面の上では17人もいることになっている。
とんだ嘘っぱち報告を見た。
-
ζ(゚ー゚*ζ「タカラ、こう見えて老若男女問わずウケがいいのよ」
(,,^Д^)「デレまでこう見えてとか言う」
o川;*゚ー゚)o「ゆ、幽霊の方が多いじゃないですかこの部活……」
(,,^Д^)「いやぁ、いない幽霊よりいる幽霊でしょ」
o川*゚ー゚)o「言い方に悪意を感じるな?」
(,,^Д^)「まあ自分で招き入れた幽霊に居場所奪われかけましたって、
実際面白すぎるよね!」
o川#*゚ー゚)o「ぎぃぃいいいいいいいいいいいい」
ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、二人ともいつからそんなに仲良くなったの?」
o川;*゚Д゚)o「ど、どこがですかデレ先輩!!?」
(,,^Д^)「ギコハハハ。やっぱり後輩って可愛いよね」
o川;*゚ー゚)o「おおおおお思ってもないこと言わないでったら!」
(,,^Д^)「バレちゃあ仕方がない」
_,,
o川#*゚皿゚)o「ぎぃいいいいいいいいいぃぃいぃいい」
ζ(-ー-*ζ「タカラもあんまりからかわないの」
-
o川;*゚ー゚)o「だ、だいたい!
この写真はなんですか!?」
(,,^Д^)「え? デレだけど」
ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ、私ねぇ」
葵凪が指したのは有草が写した一枚だ。
杏藤の後ろ姿もとい後頭部……そのうなじを息でもかかりそうな程に、
ごく近くから見下ろす(ちょうど、上からのぞき込むような)構図の写真。
結われた髪の後れ毛と、
白くすべすべな肌との対照が非常に映えている。
映えている、のだが。
-
o川;*゚ー゚)o「あの、今回のテーマって香りなんですけどっ」
(,,^Д^)「知ってるよ?」
有草は心底不思議そうに首を傾ける。
あざとく可愛げのある仕草。
けれど、続けた言葉が問題だった。
(,,^Д^)「デレ、いい匂いだからさ」
o川;*゚Д゚)o「はぁぁあぁあぁああ!!?」
ζ(-ー-*ζ「……今のはタカラが悪いわね」
杏藤が小さく嘆息する。
それが合図だった。
(;,,^Д^)「えぇ、どうしって痛い!いたっ、ちょっ、待って待って何!!?」
o川#*゚Д゚)o「うるさーい!えっち!すけべ!変態!!!!! 」
-
葵凪が筆箱の中身を引っ掴んで投げつける。
有草にあたって机に落ち、床に落ち。
かしゃん、がしゃ、こん、がんと騒がしく音が鳴り響く。
ζ(゚ー゚*ζ「うん、でも、やっぱり楽しいわね。
みんなで同じテーマの写真を撮る、というのは」
ゆるりと椅子に腰掛けたまま、杏藤が楽しそうにそう言うと
葵凪の投げつける手はぱたりと止まった。
ζ(^ー^*ζ「定期的に行いましょうか」
そうして杏藤がにっこりと笑うと、
そのやわやわとした表情に、葵凪は全部がどうでもよくなってしまう。
o川*゚ー゚)o「はいっやります!楽しみです!!」
(,,^Д^)「単純すぎない?」
机の下で、葵凪は有草の上履きを踏みつける。
ぎり、とやや、力強く。
(,,;Д;)「理不尽だ……」
-
ζ(゚、゚*ζ「うんと、そうね」
杏藤はつと、窓の外を見やった。
この部室の窓は位置関係から、西付きだ。
正午を過ぎてようやく陽が差し込んで、
そこから一気に明るくなると、そのままあっという間沈んでいく。
ζ(゚ー゚*ζ「そろそろ日も傾くころですし、
今日のところはお開きにしましょうか」
そうだね、と追従したのは有草だった。
(,,^Д^)「もうそろ黄昏どきって頃合か」
ζ(゚ー゚*ζ「あら、どうしたの? 急にそんな風流になって」
(,,^Д^)「うちには騙されやすいお嬢さんがいるからさ、
気を付けなくっちゃと思ってね」
o川;*゚Д゚)o「な、だ、騙されやすいってなんで!」
ζ(゚ー゚*ζ「それはー…そうね、ちょっと否めないわね」
o川;*゚ー゚)o「デレ先輩までひどいっ」
-
(,,^Д^)「……ね、帰りにさ。あの蝋梅でも見て帰ろうよ」
葵凪はそれで、はたと気が付いた。
有草は先程から誘っているのだ。
三人、一緒に帰ろうと。
それはうんと遠回しに。
それは少し、押し付けがましく。
不器用に、けれども、丁寧に。
ζ(゚ー゚*ζ「ローバイ?」
o川*^ー^)o「んふふ、ロウバイです、デレ先輩!
冬咲きの綺麗なお花があるんですよ」
葵凪はまず杏藤の腕を取り、続いて有草にも手を伸ばす。
-
o川*゚ー゚)o「てなわけで、その提案乗った!」
有草は照れ隠しか、はたまた手癖なのか。
頬を軽く掻いて「参ったな」と小さく零す。
けれども、葵凪の手を拒みはしなかった。
(,,^Д^)「帰ろうか」
ζ(-ー-*ζ「ええ」
o川*゚ー゚)o「はいっ」
三人で並んで廊下を歩くのはすこしだけ気恥しいような気もしたけれど、
どうせ誰も見ていない、と葵凪は胸中で結論付ける。
何より、今のこの幸福を。
少しでも長く感じていたかった。
o川*゚ー゚)o 沈む西陽の迎えようです 終わり
-
テーマは終わりの方から「死」「日暮れ」「冬」を借りました
沈む西陽は以上にて完結です
最後までお付き合い下さりありがとうございました
-
心からの乙を申し上げます
-
乙!綺麗な終わり方で良かった
-
乙でした〜
-
乙でした!
-
読んでよかった、心が安らぎました
乙です
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■