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さよなら、そしてまた会おう

1名無しさん:2018/11/10(土) 19:00:02 ID:Pxf6q6QM0



And the LORD said unto him,

Therefore whosoever slayeth Cain, vengeance shall be taken on him sevenfold.

And the LORD set a mark upon Cain, lest any finding him should kill him.



主はカインに言われた、

「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」

そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。



――――「創世記4章15節」より



.

124名無しさん:2018/11/17(土) 20:02:06 ID:FqQ/FLjg0
中学二年生の秋、俺は続き物の本を段ボールハウスに置き忘れたことに気がついた。
放っておくことがどうしてもできず、寒いとわかっていながら、久しぶりの川へ赴いた。

秋雨前線の影響か、水かさが増し、勢いも強かった。
川に流されるなんて馬鹿なことにならないよう注意しながら、橋を目指した。

高架下、日陰になった場所に人影が見えた。
俺は物陰に隠れて、その人がいなくなるのを待つことにした。

例えばそれが男女の影だったら、うざったい発情シーンでも始まるのではと焦ったが、
近くで見てみるとどうみても、たったひとりしかいなかった。

125名無しさん:2018/11/17(土) 20:03:06 ID:FqQ/FLjg0


ζ(゚-゚*ζ

豊かな髪の女だった。
見た目は華やかなのに、顔だけが異様に無表情で、浮き上がってみえた。

女ひとりくらいなら、怒鳴ればどくかもしれない。
そう考えた俺は、物陰から出ていこうとした。

ζ(゚ο゚*ζ

そのとき、女が口を開いた。
俺の方ではなく、川へ向かってだ。

昔、どこかで聞いたことがある。
どこかの国の教会では、聖歌が、天井に反響して、ある一点に音が集中するという話だ。
それがまるで神の歌であるかのように耳に届くのだという。

126名無しさん:2018/11/17(土) 20:04:04 ID:FqQ/FLjg0
このときの俺は、似たようなものを経験したように思われる。

高架下の、鉄の柱を反響して、川の雑音を潜り抜けて、
女の歌声が俺の鼓膜を震わせた。

駆け出そうとした格好のまま、俺は固まって、
女が振り向いていることに気づいても、動けなかった。

ζ(゚-゚*ζ「……誰」

女は俺と同じように制服姿だったが、学校は異なっていた。
当時の彼女は隣り合った学区の中学校に通っていた。

127名無しさん:2018/11/17(土) 20:05:03 ID:FqQ/FLjg0
突然、女は俺に駆け寄ってきた。

ζ(゚-゚*ζ「……言わないで」

消え入るような声を、息を切らせながら発していた。

ζ(゚-゚*ζ「誰にも言わないで。わたし、誰かに聴かせるつもりなかったから」

女はそう言って、俺に背を向けようとした。

――まてよ。

咄嗟に、俺は彼女を呼び止めた。

128名無しさん:2018/11/17(土) 20:06:05 ID:FqQ/FLjg0
――名前は。

返事はなかった。
流し目で睨まれて、変な誤解をされているんじゃないかと思った。

俺は最初は、彼女の見た目に惹かれたわけじゃない。
もちろん、綺麗な人だった。だけど、初期衝動は歌にこそあった。

彼女の歌は切実で、胸に迫る種類のものだった。
後に様々な彼女の歌を聴いて、俺はそれを確信する。

俺は、彼女の歌をまた聴きたいと思い、そのとおりに伝えた。

129名無しさん:2018/11/17(土) 20:07:03 ID:FqQ/FLjg0


ζ(゚-゚*ζ「……」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう」

そして俺が真に彼女自身に惹かれたのは、
その微笑みを垣間見たときからだったように思う。


     +++

130名無しさん:2018/11/17(土) 20:08:04 ID:FqQ/FLjg0


第三話


   慰めの歌声



     +++

131名無しさん:2018/11/17(土) 20:10:54 ID:FqQ/FLjg0
(´・ω・`)「借りパクの常習犯みたいな口ぶりだな」

モララーがオサムと会う一時間前、
県警察署のロビーにて、ショボンは嘆息を漏らした。
他の人に見咎められないように、視線を飛ばしまくりながら。

( ・∀・)「仕方ねえじゃん、あと一時間で会う、なんて突然言うんだから。
      動画は絶対に必要なんだ。あとで必ず返すから」

(´・ω・`)「そうしてもらわないと困る。
       トソンも怒るだろうからな」


少しの間、スマホを借りる。
ショボンは一応、その旨をトソンに伝えておいた。

仕事で忙しくしていたトソンは
頷いて、流されるようにどこかへ行ってしまっていた。

132名無しさん:2018/11/17(土) 20:12:02 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「パスワードは××××だな」

迷うことなく指が動き、丸っこいウサギの画が現れた。

(´・ω・`)「こわっ、きもっ」

( ・∀・)「前に操作してたのを見ていたんだよ」

起動できることを確認したモララーは
スマホを鞄にしまい、ショボンに礼を言った。

( ・∀・)「それと、もう二、三確認したいことがある」

133名無しさん:2018/11/17(土) 20:13:05 ID:FqQ/FLjg0
(´・ω・`)「あんまりここでは話したくないがな」

好き好んで警察署のロビーを選んだわけではなかった。
仕事の手が空かないため、署から離れられなかったのだ。

( ・∀・)「はいかいいえで十分だよ。
      首を縦に振るか、横に振るかだけでいい。
      俺も気をつけるから」

捜査情報を民間人に教えることは、通常なら御法度だ。
たとえ私的な契約関係でも、周りにはあまり見られていいものではない。

モララーが事情を弁えていると、ショボンにもわかり、渋々頷いた。

( ・∀・)「じゃあ、まずは」

モララーはいつものメモを左手に持ち替えた。


     +++

134名無しさん:2018/11/17(土) 20:14:03 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「あんたの腕の傷は、右手の内側、
      親指の根元から、5センチほど離れた位置から始まり、
      手首を半分巻くような形で延びていたそうだな」

テーブルの上に右手を差し出す形にして、
モララーはオサムの負った傷跡を指でなぞった。

( ゚ゞ゚)「そうだが、現場にいなかったにしては詳しいな」

( -∀-)「しつこすぎるって怒られたよ」

( ゚ゞ゚)「?」

135名無しさん:2018/11/17(土) 20:15:47 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「ああいや、こっちの話だ。
      その傷には、もう治ったらしいな」

オサムの右手には、包帯もすでにない。

( ゚ゞ゚)「血管の集中する場所だったせいで、勢いよく血が出たんだ。
    こちらも慌てたが、実際にはほとんど掠り傷だったよ」

( ・∀・)「そりゃ結構。
      で、その傷はいったいどうやってついたんだ?」

136名無しさん:2018/11/17(土) 20:17:45 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「……ナイフから身を守ったに決まっているだろう」

あからさまに見下した様子でオサムは答えた。

( ・∀・)「ですから、どんな格好で」

( ゚ゞ゚)「はあ、興奮していたからちょっと曖昧だが
    普通に考えれば、こんな具合だろうな」

オサムは右手を目の上の辺りまで持ってきた。
傷痕の位置はちょうどオサムの目の高さ、モララーの正面だ。

137名無しさん:2018/11/17(土) 20:19:03 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「……ふうん」

モララーはしげしげと眺め、顎をさすった。

( ゚ゞ゚)「なんだ、その顔は。不満か?」

( ・∀・)「まあそうだな、気になる」

そう言って、モララーは自分の鞄を開き、
ピンクのカバーのついたスマホを取りだした。

( ・∀・)「知り合いのだ。私の趣味じゃないよ」

( ゚ゞ゚)「そんなことは気にしてない」

138名無しさん:2018/11/17(土) 20:20:03 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「で、もう用意はしてあるから」

モララーがキーを入力すると、すぐに動画の再生画面になった。
ここに来る前から仕込んでおいたものだろう。

映像は、昨日の事件の様子を観客の誰かが撮影したものだ。
静止画面では、ナイフ男が壇上に登っている。

再生ボタンを押し、動画が映像が動き出す。
壇上で尻込みするデレに向かって、ナイフ男は躙り寄る。

( ・∀・)「このナイフ、ずっと腰高にあるんだよね」

139名無しさん:2018/11/17(土) 20:21:04 ID:FqQ/FLjg0
言われて、オサムは無表情のうち、眉だけをつり上げた。

ナイフ男は歩き出す。
ナイフは常に、高さが変わらない。

( ・∀・)「そもそもナイフって、竹刀みたいに構えるものじゃない。
      振り下ろすよりは、突き刺すか、横向きに振って使う方が都合が良い」

モララーが解説している間に、映像ではバンドメンバーがナイフ男に接近する。
組み伏せようとした瞬間、ナイフ男は凶器を振り回し、それを許さなかった。
その斬撃も、すべて横に振り回す形だ。

( ・∀・)「そして男は消えていく」

デレが舞台袖に消えるとともに、ナイフ男は追いかける。
やや時間を置いて、観客席からはひょろりとした青年、ドクオが登場した。

140名無しさん:2018/11/17(土) 20:22:17 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「この青年はたまたま俺の知り合いでしてね、背丈は俺より少し高いくらいだ。
      そして舞台袖の幕を見た限りでは、青年よりもナイフ男の方が高い。
      ちょうど、あなたと同じくらいに」

返事はなかった。

映像は、ドクオがいなくなったところで終わりを迎えた。

( ・∀・)「腕の傷、おかしいだろ?」

モララーはにやりをし、それでいて視線を真っ直ぐオサムにぶつけた。

141名無しさん:2018/11/17(土) 20:23:06 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「は? なにが」

( ・∀・)「あんたの言ってた体勢じゃ、相手に向けて腹ががら空きなんだよ。
      腰高から迫るナイフを防ぐのに、それじゃガードにならねえよ」

飄々とした声色が、一転して鋭さを帯びた。
二人の間は拳一つ分しかない。

(;゚ゞ゚)

( ゚ゞ゚) スゥッ

( ゚ゞ゚)「勘違いだ」

オサムは真面目な顔で、端的に答えてきた。

142名無しさん:2018/11/17(土) 20:24:02 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「さっきも言ったように、俺は興奮していたんだ。
    俺はナイフを取り押さえようとして、手を下に向けた。
    そのときに反撃に遭い、切りつけられたんだ」

( ・∀・)「やってみろ」

間髪入れずにモララーは返した。
オサムは身をひきながら、おもむろに立ち上がった。

( ゚ゞ゚)「だから、こうやって」

腰を落とし、腕を前へ伸ばしていく。
その途中で、オサムの動きは止まった。

(;゚ゞ゚)

開かれた指が微かに震えている。

143名無しさん:2018/11/17(土) 20:25:04 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「そうだな、ナイフをつかもうとするなら、普通、親指は上側になる。
      ナイフが相手の腰の位置にあるとすれば、その刃からもっとも離れた場所だな。
      ましてその内側となると、なおさら遠い。よほど変な体勢にならない限り、相手には向かねえよ」

(;゚ゞ゚)

( ゚ゞ゚)「……些末なことだろう。こんな掠り傷」

( ・∀・)「いや、傷跡は確かに存在している。それは否定できない。
      "できないはずの傷"ができている、これはおおごとだろ?
      だってさ――」

――もしも"ナイフによる傷"が嘘ならば、
"ナイフによって襲われた事実"そのものが嘘になる。

144名無しさん:2018/11/17(土) 20:26:03 ID:FqQ/FLjg0
オサムは動きを固めた。
青白い顔が、僅かに、だが確実に、苦々しく歪んでいる。
静かにテーブルに戻ろうとした、その途端、

( ゚ゞ゚)「な、なにを……!?」

モララーはカップを握りしめた。

(  ∀ )

飛びかかってきたモララーにたいし、オサムは、
座る姿勢から、慌てて腕を前にしてガードする。

目をきつく閉じた、その耳にモララーの声が届いた。

( ・∀・)「もしも、取り押さえようとした、ってのも勘違いで、
      本当に腕を上にして防いでいた、っていうんなら、
      それがありえないことを先に説明しておいてやるよ」

145名無しさん:2018/11/17(土) 20:27:05 ID:FqQ/FLjg0
振り下ろす直前に止めたカップをモララーが指で弾く。
オサムは怖々といった様子で目を開いた。

( ・∀・)「上から下への打撃は必然的に強力なものとある。
      筋力に加え、物体の重さ、腕の重さ、全てが加味されるからだ。
      大きすぎる力は、その分コントロールも難しくなる」

( ・∀・)「もしも俺が本気でこのカップをお前に振りかぶっていたら、
      このカップがお前の頭をかち割るか、カップが先に壊れるか、
      いずれにしても、意図しない限りは必ず衝撃を与えていたはずだ」

( ・∀・)「もしもお前が今みたいに、腕を目の上にして防いだっていうなら、逆に教えてほしい。
      犯人はどうして、お前の腕にかすり傷だけを残す、なんて妙なことをやったんだ?」

146名無しさん:2018/11/17(土) 20:28:05 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「それは」

オサムが口を開いた直後、モララーは「まだだ」と声を挟んだ。

( ・∀・)「現場は防犯カメラの死角だった。
      これは俺も、コンサート会場で確認している。
      舞台側から倉庫への入り口には防犯カメラはない。
      そして、警備員を含め、スタッフが駆けつけたとき、
      すでに犯人は窓から逃走していた」

( ・∀・)「あんたは犯人ともみ合った、しかし、それを証明できるのは
      その腕の傷と、あんたと久城デレの証言だけだ」

( ・∀・)「それが嘘だとすれば、真実はただひとつ」

147名無しさん:2018/11/17(土) 20:29:03 ID:FqQ/FLjg0
モララーはそこまで話すと、一呼吸置いた。

周りには客はいない。

それを確認したうえで、なお一層モララーは声を落とした。

( ・∀・)「ナイフ男は、お前だ」

モララーの言葉はオサムの耳朶を打った。
無表情が崩れ去り、苦い顔つきになったと思いきや
次の瞬間には、はっきりと敵意を込めた睥睨に変わった。

(#゚ゞ゚)「お前の言っていることは証拠がひとつもない。
    すべて机上の空論だ。まして、私を疑うなど……
    こちらは被害者なんだぞ!」

148名無しさん:2018/11/17(土) 20:30:03 ID:FqQ/FLjg0
オサムは掌でテーブルを叩いた。
遠くで店主が、いびきを途切れさせる。
モララーは一瞥するが、店主はふたたび、大人しく眠りについた。

( ・∀・)「葉書だ」

( ゚ゞ゚)「は?」

( ・∀・)「脅迫状として送られてきたあれだ。
      ファンサイトの会員に配られた、特製の葉書らしいな」

( ゚ゞ゚)「……そのはずだ」

149名無しさん:2018/11/17(土) 20:31:12 ID:FqQ/FLjg0
――ファイナルプロ 久城デレ様


   過去の痛みをこの場所で、私は今も忘れない。


   12月のコンサート会場にて、あなたを殺す――


( ・∀・)「一文ごとに、三行に分かれて書かれていたらしいな。
      新聞の切り抜きを使って、一文字ずつ」

オサムがじっとしているのを、肯定とうけとめてモララーは話を進めた。

( ・∀・)「あの特製の葉書は透かし文字が入っていた。
      長辺にはカミツレの花畑。そこにはサインが隠れていた。
      葉書を使用するときは普通、真ん中の何もない空間を使っていたらしいな」

150名無しさん:2018/11/17(土) 20:32:07 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「はは、だから葉書の文字はおかしいってか?
    バカバカしい、犯人がそんな飾りを気にするわけないだろう」

オサムは不意に、唾が跳ぶほど鋭く罵倒した。
敵意は明らかだ。それに対し、モララーは笑みを絶やさなかった。

( ・∀・)「さっきの葉書の文章、最初の一文を思い出してみろ」


――ファイナルプロ 久城デレ様――


( ・∀・)「宛名は表面に書いてあるのに、わざわざ書くのはなんでだ?」

151名無しさん:2018/11/17(土) 20:33:07 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「だからそんなのわかるわけが」

( ・∀・)「次、真ん中の文章」

(;゚ゞ゚)「……」


――過去の痛みをこの場所で、私は今も忘れない――


( ・∀・)「この文章だけだとしたら、脅迫状とは読まれなかっただろうな。
      脅迫状として読み取れたのは、最後の一文のせいだ」

152名無しさん:2018/11/17(土) 20:34:03 ID:FqQ/FLjg0
――12月のコンサート会場にて、あなたを殺す――


( ・∀・)「この葉書が脅迫状であるかのように感じられる。
      だが、新聞の切り抜きなんて、後からいくらでも付け足せる。
      だから、こうも考えられるんじゃないか」

( ・∀・)「最初に貼られていたのは、真ん中の一文だけだった。
      その後、最後の一文が加えられ、
      バランスを取るために、最初の一文が添えられた」

( ゚ゞ゚)「……この期に及んで、まだ推測を並べ立てるとは恐れいったよ。
    お前の言いたいことはつまりこうだろ? あの葉書は元々怪文書だった。
    それを俺が利用して、脅迫状に偽造した。わざわざ本当の犯人を演じたりまでしてな」

153名無しさん:2018/11/17(土) 20:35:03 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「動機もわからなければ根拠の欠片もない。
    俺から言えることはただひとつ、ノーだ。俺は何も案じちゃいない」

( ゚ゞ゚)「くくく、どうだ、これでお前が頭の中で必死に妄想したお話は、
    全て無駄になった! そうだろ? ざまあ」



( ・∀・)「お前なに勝手に話変えてんの?」



( ゚ゞ゚)「は、変えて……?」

( ・∀・)「誰も動機の話なんかしてねえよ。
      お前がないって言っていた証拠の話、まだその途中だ」

154名無しさん:2018/11/17(土) 20:36:09 ID:FqQ/FLjg0
いいか、とモララーは付け加えた。

( ・∀・)「新聞紙って、新聞社の特注品なんだぜ?」

( ;゚ゞ゚)「――ッ」

オサムは開きかけた口を片手で隠した。
しかし、滲み出ている汗だけは、どうにも拭いきれなかった。

( ・∀・)「一般の紙とは違い、超軽量かつ、一方向へのひっぱりに強い紙質だ。
      最低限の規格はあるが、例えばページ数の多い新聞社ではさらに薄かったり
      逆に地方紙などでは地元産の紙を進んで採用したりする」

155名無しさん:2018/11/17(土) 20:37:04 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「もっとも、この国に新聞社は大小合わせて約100社。
      どこの新聞かを調べるのは、難しいかも知れない。
      だけど、真ん中の行だけが上下の行と紙質が違うってことは調べればわかるんだよ」

( ・∀・)「俺は警察じゃない。だから捜査の状況は知らない。
      でもな、これは言える。警察はその違いに気づかないほど愚かじゃない」

( ・∀・)「お前が俺の妄想だと言い張ったストーリーを警察はやがて本筋と考え始める。
      あの脅迫状が後付けのものであるとすれば、コンサート会場に登場したナイフ男は何者だ?
      それに襲われたっていう奴がいる、だがその傷をよく見てみれば――」

156名無しさん:2018/11/17(土) 20:38:13 ID:FqQ/FLjg0


( ・∀・)


( -∀-)「――ここまでの全てを俺の妄想だと、思いたければ思うが良いさ。
      最初の新聞が全く同じ新聞の切り抜きであればそもそも疑う余地もないしな」


( ;゚ゞ゚)「ぐ……」

歯噛みして、オサムは呻いた。

( ;゚ゞ゚)「それがどうした。調べれば証拠になる?
     つまり結局、今はまだ証拠はないってことだろうが。
     私に嫌疑が掛かっていないのに、私を疑う理由はない」

( ゚ゞ゚)「貴様のくだらない推理に付き合うのもここまでだ。
     気分が悪い。今日のところはもう帰らせてもらう」

157名無しさん:2018/11/17(土) 20:39:15 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「軽犯罪法第1条第16号」

コートを手に、席を離れようとしたオサムに向けて、モララーは呼びかけた。

( ・∀・)「虚構を公務員に申し出た者は、これに従い罰せられる。
      ただし、その嘘で警察が出動していたら、
      それは偽計業務妨害罪に繰り上げだ。より重い罪になる。
      いずれにしろ、警察への虚偽申告は裁かれる」

( ・∀・)「つまり、嘘は立派な犯罪行為で、捜査対象だ。
      あんたがどうして嘘をついたのか、警察はやがて調べるだろう」
      行き着く先は久城デレだ」

158名無しさん:2018/11/17(土) 20:40:20 ID:FqQ/FLjg0
モララーはオサムに目を向けた。

( ・∀・)「それが一番困るんだろ?
       久城のために、狂言を仕込んだことがバレてしまうから」

言い放った言葉が、店内に広がっていく。

オサムは目を見開いていた。
固まっている身体が、軋んだような音を立てて、ゆっくりと席に戻った。

(;゚ゞ゚)「……なぜ、デレのためだとわかった」

159名無しさん:2018/11/17(土) 20:41:36 ID:FqQ/FLjg0
コートを手に持ったまま、抱えるようにして座る。
ぎょろついた目は、もはや憤りはなく、純粋に驚いているようだった。

モララーは追求のときの真面目な顔を、一挙に綻ばせた。



( ・∀・)「ごめん、勘」


(;゚ゞ゚)「な、――ああッ!?」

愕然としたオサムの悲鳴に、店長が弾けるように顔を上げた。


     +++

160名無しさん:2018/11/17(土) 20:43:18 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「全部嘘にしてしまえば、葉書の意味が軽くなると思ったんだ」

店長に頼んだ、二杯目のコーヒーに、オサムは手をつけた。
出来たての薫り高い湯気が二人の間を揺れ動いていた。

( ゚ゞ゚)「最初に届いた葉書は確かに真ん中の一文だけだ。
    過去への糾弾、その意味は私にはわからなかったが、
    嘘にしろ、真実にしろ、久城デレに後ろ暗い過去があると
    他人に悟らせるのは避けたかった」

蹴落とし合いの業界、とオサムが評していたことをモララーは思い出した。

161名無しさん:2018/11/17(土) 20:44:06 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「だから、葉書のことは警察に伝えず、
      まんまと事件が起きてしまったかのように見せかけた?」

( ゚ゞ゚)「ああ。殺人未遂が起きて、その相手に全く心当たりがないと言い張れば、
    世間の目からは、葉書の内容は悪質なファンのイタズラとして見える。
    そうすれば、内容自体への注目が薄れるだろうと思ってな」

久城デレと、オサムだけで描いた、言ってみれば狂言殺人未遂。
何も邪魔が入らなければ、ナイフ男は見つからず、事件は迷宮入りしたかもしれない。

( ・∀・)「つまり実際には、久城デレの過去に追求した奴がいるってわけだ。
      その文字を見たとき、久城はどんな反応をしてたんだ?」

162名無しさん:2018/11/17(土) 20:45:06 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「固まっていたようにも思えたが、どうかな。
    彼女は普段は表情豊かなのに、
    自分のことを全く明かさないからな」

( ゚ゞ゚)「他人に干渉されるのが極端に嫌いなのだろう。
     仕事のときも、意地のように自分の車で通い詰めるくらいだ。
     それくらい、久城デレは謎めいている」

( ゚ゞ゚)「とはいえ、何かしらあったのだろう。
    そして、それを誰にも知られたくないと思っている。
    私にも、結局教えてはくれなかった」

オサムの嘆息が終わるまで待ってから、モララーは質問を続けた。

( ・∀・)「葉書の主に心当たりは、本当にないんだな?」

163名無しさん:2018/11/17(土) 20:46:03 ID:FqQ/FLjg0
ノートにペンを軽く押しつけながら、モララーはオサムに尋ねた。
オサムは申し訳ないと言わんばかりに目を伏せた。

( ゚ゞ゚)「言ったとおりだ、久城のプライベートまでは知らない。
    久城自身が知らないと言うならば、信じる他なかったよ」


( ・∀・)「それなら、久城デレは、いったい何者なんだ?
      音楽業界は、素性のわからない一般人が、
      易々とデビューできるほど楽なものじゃないでしょう?」

164名無しさん:2018/11/17(土) 20:47:03 ID:FqQ/FLjg0
モララーの問い掛けに、オサムは首肯する。
やや時間を置いてから、オサムは話し始めた。

( ゚ゞ゚)「5年ほど前、私の担当していたひとりの歌手が引退をした」

( ゚ゞ゚)「表向きには一身上の都合として、円満に退職したことになっている。
    だが、実体は大荒れだった。言い訳じゃないが、精神的にも弱い人だったんだ。
    人前に出るのは嫌だと散々言っていたのに、私は聞く耳を持たなかった」

( ゚ゞ゚)「ライブも成功していたし、評判も上々。
    私はすっかり、金脈を掘り当てた気になっていた。
    そうしたら、最後にはその歌手が事務所に直接乗り込んで俺を殴ってきた」

痛みが残っているはずもないのに、オサムは頬を自然と擦った。

165名無しさん:2018/11/17(土) 20:48:14 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「事務所全体に知れ渡った末に、引退。俺はしばらく閑職として倉庫番になった。
    他の歌手への衣装や、スタジオに搬送されるセット部品を眺めながら、
    自分の過ちをひたすら後悔する毎日だった」

( ゚ゞ゚)「事務所としては、俺が辞表を出すのを待っていたんだろうな。
    引退騒ぎの前まで持っていた、上昇志向のようなものはすでに潰えていた」

( ゚ゞ゚)「だが、たまたまそのとき、他の奴らが俺のことを話しているのを聞いたんだ。
    あんなふうにはなりたくないと、ただそれだけのことを、豊富な嘲り言葉とともに繰り返していた」

( ゚ゞ゚)「初めはその同僚を憎むようになった。それが、友人や上司にまで広がり、
    最後には社員全体が俺を蔑んでいるような気がしてきた。
    私は反省するどころか、恨みばかりを胸に溜め込むようになった」

166名無しさん:2018/11/17(土) 20:49:09 ID:FqQ/FLjg0
オサムは心持ち首を上げ、コーヒー混じりの吐息をついた。

( ゚ゞ゚)「ある日、私はナイフを持って街を何度も練り歩いた。目的地はない。
    誰かが肩にでもぶつかってくれたら、難癖をつけて刺そうと思っていた。
    鞄の中には会社への恨み言を連ねた手紙を入れてあった。
    それが自動的に、私の動機として認められるだろうと思ってな」

( ゚ゞ゚)「寒い冬の晩だった。歩いていると、歌がきこえてきた。
    駅前にアコギを手にした少女がいた。その声は冷えと、
    緊張に震えきっていて、弱々しく、だけど耳に染みいってきた」

それが久城デレだった、とオサムは繋げた。

167名無しさん:2018/11/17(土) 20:50:03 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「不思議な気分だったよ。歌詞も聴き取れないくらい繊細で、
    歌い方も、決して巧いとは言い切れなかった。
    それなのに、耳をついて離れなかったんだ」

( ゚ゞ゚)「歌を最後まで聞き終えたら、すぐに久城の元に駆け寄った。
    職場を恨んでいたはずなのに、気がつけば私は、彼女を育てる気になっていた」

それからの日々のことを、オサムは詳しくは話さなかった。
ただ、峻厳な顔つきに浮かぶ笑顔が、その内容を物語っていた。

( ゚ゞ゚)「無駄話だったな、すまん」

モララーは首を横に振った。
話を聞くことは、むしろ好きなことだった。

168名無しさん:2018/11/17(土) 20:51:08 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「人を魅了する歌声だった、それがデレのデビューの経緯か」

( ゚ゞ゚)「魅了……魅了か」

オサムは言葉を口の中でいくらか転がした。

( ゚ゞ゚)「むしろ、許し、あるいは、慰めかもしれない。
    統計をとっているわけじゃないが、彼女のファン層を見ているとな。
    聴くことに救いを求めている、そんな気がしてくるんだ」

( ・∀・)「なるほど」

モララーは相槌を打ちながら、頭の中でドクオの顔を思い出していた。

169名無しさん:2018/11/17(土) 20:52:03 ID:FqQ/FLjg0
数年前の、都内某所でのライブのことだ、とオサムは話し出した。
立ち上がり掛けた身体を、モララーは再び席に戻す。

( ゚ゞ゚)「ライブが始まって数分後に、入り口付近に不審な男がいると、連絡が入った。
    時間に遅れたファンかと思い、警備員が声を掛けたが、
    なぜかすぐに逃げ、それでいて木蔭に隠れて離れなかった」

( ゚ゞ゚)「久城デレのような女性歌手には、特に変な虫がつきやすい。
    今後のことも考えて、私はそいつを取り押さえるつもりで現場へ向かった。
    しかし、向こうも私を見ると、事情をすぐに察したらしく、あっという間に逃げ出した」

( ゚ゞ゚)「だが、実は遠くから顔だけは撮影しておいたんだ。
    今後、どこかの会場で現れたときにしょっ引くための理由付けとしてな」

( ・∀・)「その、写真は」

答える代わりに、オサムは自分の鞄からスマホを取りだした。
画面をスライドさせ、時系列に並べられた写真を遡り、一枚を拡大する。

170名無しさん:2018/11/17(土) 20:53:15 ID:FqQ/FLjg0


(   ν)


望遠のため、画質は悪い。
それでも、特徴的な口元ははっきりと見て取れた。

( ゚ゞ゚)「名前も、素性もわからない。
    だが、調べてみる価値はあるだろう。
    助力というには、あまりにもわずかだが」

( ・∀・)「十分だ」

そう言って、モララーは立ち上がった。
オサムは会釈をする。ところが、モララーはすぐには去らなかった。

171名無しさん:2018/11/17(土) 20:54:06 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「お礼というと誤解を招きそうだが、この電話番号を控えておくといい」

モララーは、ピンクのスマホに登録されていた番号を表示させた。

( ・∀・)「あのとき現場にいた警部、ショボンに繋がる。
      事情を話せば、聞いてくれるはずだ。厳しいけれど、甘い男だから」

オサムは目を丸くして番号を眺めた。

( ゚ゞ゚)「いいのか? 私は、罪を犯したのに」

172名無しさん:2018/11/17(土) 20:55:03 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「俺は警察じゃない、探偵だ。
      ルールや秩序が守ってくれない人々を
      地道に救い上げるのが俺の仕事さ」

モララーの言い回しに、オサムは口角をつり上げた。

( ゚ゞ゚)「言い方次第か……いや、まあいい。恩に着る」



数分後、モララーは店の外に出ていた。
すでにオサムとは別れ、その姿は見えなくなっていた。

173名無しさん:2018/11/17(土) 20:56:03 ID:FqQ/FLjg0
久城デレについて、わかったことは少ない。
不鮮明な彼女の半生は未だに謎めいたままだ。

そして失踪したドクオについて。
シュールの家を尋ねたは、彼の行方についての
ヒントを探すはずだったが、めぼしいものは何も無かった。

ドクオと久城デレとの間に、ただのファン以上の関係があるのだろうか。
ドクオを舐めているわけではないが、モララーにはどうしても、そのイメージが湧かなかった。

174名無しさん:2018/11/17(土) 20:57:04 ID:FqQ/FLjg0
しかし、現実問題として、二人は同時に消えた。
ただの偶然だとして、未だに連絡を寄越さないのはどうしてだろう。
まさか俺に怪しまれないとは思っていまい、とモララーは推測する。

デレからファイナルプロあてに電話があり、事件性は消えた。
だが、ドクオはいまだ行方不明。電話を掛けても返事はない。
あからさまに避けられている、その理由は――

( ・∀・)「!!」

不意に、携帯電話が鳴った。
ショボンから借りたスマホではなく、自分のガラケーからだ。

175名無しさん:2018/11/17(土) 20:58:04 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「ドクオ?」

出るとすぐに、モララーは尋ねた。

返事はない。だが吐息はきこえてくる。
相手には繋がっている。

( ;・∀・)「ドクオか? でなきゃだれだ、返事をしろ」

可能性はいくらでもあった。
ドクオ本人、久城デレ、全くの第三者。
最悪の場合も想定して、情報を引き出したいところだった。

「……モララーか」

相手が言う。

176名無しさん:2018/11/17(土) 20:59:13 ID:FqQ/FLjg0
ドクオではない、女声だった。

( ;・∀・)「……久城、いや」

歌に聞いていた彼女の声ではない。
それなのに、引っかかりがある。

すぐには思い出せない。
心の奥底に、その声色が仕舞い込んである気がする。


「モララーだな」

声が、再確認する。

177名無しさん:2018/11/17(土) 21:00:03 ID:FqQ/FLjg0
聞き覚えのある、懐かしい声。

記憶の中にあるそれと、符合する。

( ;・∀・)「そんな、まさか」

言葉にはならなかった。
息をのんで、電話を両手に持ち、顔の前に持ってくる。
もはや、迷いはなかった。




( ;・∀・)「……ハイン?」

178名無しさん:2018/11/17(土) 21:01:04 ID:FqQ/FLjg0
「おう」


从 ゚∀从「久しぶり」



何年ぶりに、その名前を口にしたのだろう。


焦りながらモララーは、そんなことを考えていた。


     +++

179名無しさん:2018/11/17(土) 21:02:04 ID:FqQ/FLjg0



   Next>第四話 話すわけにはいかない彼ら


.

180名無しさん:2018/11/17(土) 21:03:07 ID:FqQ/FLjg0
今日はここまで。

続きは11月24日。

181名無しさん:2018/11/17(土) 22:37:32 ID:MF.dZJLg0
乙!

182名無しさん:2018/11/20(火) 21:00:29 ID:Ly1rcdEs0
あれこれ2作ほど関連作品あるやつ?

183名無しさん:2018/11/24(土) 19:58:07 ID:r04Hoi3o0
>>182

>>13

184名無しさん:2018/11/24(土) 20:00:06 ID:r04Hoi3o0
     +++


俺の家は街中からやや外れた、小高い場所にあった。
家の周囲は、大人でも見上げるほどの塀に囲われていて、
内側は父の趣味でちょっとした庭園が造られていた。

今では、管理する人もいなくなり、荒れ地になってしまったらしいが、
自分で言うのも難だが、当時では目を引く場所だった。

周りの民家からは離れていたため、夜になると、とても静かだった。
人の話し声や車の走る音なども、みんな庭木が遮ってしまった。

俺は夜が嫌いだった。

静かなのが怖いわけじゃない。
耳をすますと必ずと言って良いほど、
得体の知れない音が混じるのが嫌だったのだ。

185名無しさん:2018/11/24(土) 20:01:06 ID:r04Hoi3o0
それは梁の軋むような音と、誰かの呻いているような声だった。
途切れ途切れに、低く聞こえてくるその音はまるで、
誰かが今にも死のうとしているかのような印象をもたらした。

その音について、俺は母に何度も尋ねたことがあったが、
母はいつも、お化けが出ているから寝ようとか、そんなはぐらかし方をしていた。

そんな嘘がいつまでも通じるわけはない。
嘘を吐き続ける母に向けて、俺はいつしか憤りを覚えていた。
だが、今にして思えば、母の気持ちそのものに思い至らなかったことが悔やまれる。

俺はいったいいつ頃から察していただろうか。
中学生に上がって、周りが急に色めきだして
成人向けの雑誌を便所で回し読みしてくだらない遊びに興じていた頃に、ようやくわかった。

くぐもったあのうめき声は、抑え込んだ嬌声だってことに。

186名無しさん:2018/11/24(土) 20:02:07 ID:r04Hoi3o0
当時、俺の父は地域の権力者で、多くの人がその威光に預かろうとしていた。
余裕のアル奴は率直に金をくれた。
そうでないものは、別の角度から父の欲望を満たすしかなかった。

今でも、俺は不思議に思う。
どうしてあの父から俺が生まれてきたのかと。

年端もいかないようなガキの身体のどこに情欲を掻き立てられるのか、
気色が悪すぎて、そのような感性の人間がいると考えるだけでも吐き気がする。

あの男が、権力者としてのさばるこの世界も、等しく狂っている。
この思いは今でもまったく変わっていない。

187名無しさん:2018/11/24(土) 20:03:03 ID:r04Hoi3o0
時折、知っている声が混じる声もあった。
俺と同じクラスの中に、貢ぎ物にされた奴がいたのだ。

次の日に、その女子に話しかけたこともあったが、
名前を言い切る前に、その子はすぐに逃げてしまった。
決して目を合わせてくれなかった。

思い返せば、それが普通の反応だ。
俺はあの醜い生き物の息子なのだ。
誰が会いたいなどと思うものか。

俺は次第に、父と距離を置きたいと思うようになった。
昔は俺を守ってくれた、あの力は、ルールを外れた、おぞましいものでしかなかったのだ。

ある晩のこと、いつものようにうめき声がきこえてきた。
呆れ果てて、自前の耳栓をつけようとした俺は、ふと手を止めた。

188名無しさん:2018/11/24(土) 20:04:05 ID:r04Hoi3o0
声は、長く響いた。
か細く震えつつも、伸びゆく歌声、
それは、特に聞き覚えのあるものだった。

胸の鼓動が速まり、いてもたってもいられなくなった。
寝惚けている母の制止をものともせず、俺は寝室を飛び出した。
毎日歩いているはずの廊下が薄暗く、遠くにほのかな灯りが漏れていた。

父の書斎。そこがいつものうめき声の発生源だと、俺は初めて知った。
板張りの床を踏みならし、わざと音を立ててやった。
反応はない。嬌声も消えた。俺はほとんど突っ込む形で扉を開けた。

白い靄があがる。
やがてそれが、俺の口から漏れる吐息だと気づいた。

189名無しさん:2018/11/24(土) 20:06:06 ID:r04Hoi3o0
靄の先に裸の姿があった。
間抜け面の父の下に、冷めた顔があった。


ζ(   *ζ


河原の女だった。
覆い被さった影の下で、一糸まとわぬ姿でいる。
脇にある服はどう見ても制服だった。

父が喚いている。
怒声だとはっきりわかった。
空気を震わせるようなそれを聞いて、
どうしてか、俺の胸の内は逆に冷え込んでいった。

190名無しさん:2018/11/24(土) 20:07:05 ID:r04Hoi3o0
幼稚園児のときの、父の暴力を目にしたときから、
漠然と、父に刃向かったら悪いことが起こると思っていた。

父に対する、そうした恐怖が、一瞬の後に消えていた。

俺は父の名を呼んだ。
父が睨みを利かせてきた。
それが癪に障り、唾を吐き飛ばしながら蹴り飛ばしてやった。

お洒落を気取った虫みたいな蛍光灯に向けて
父の差し歯が放物線を描いて飛んでいった。

191名無しさん:2018/11/24(土) 20:08:05 ID:r04Hoi3o0
口元を片手で押さえて、父は血を垂れ流していた。
赤い瀟洒なカーペットにしたたり落ちて広がっていく。

俺は父を見下ろしていた。
彼女、後にデレという名前を知るその少女を俺の後ろに庇った。

知っているはずもないのに、
デレが俺の名を呼んでいるような気がした。

父は涙目になって、俺に尋ねてきた。
どうしてこんなことをするのか、とかなんとか。


( ^ν^)「こいつは俺の女だ。手を出したらてめえを殺す」

192名無しさん:2018/11/24(土) 20:09:04 ID:r04Hoi3o0
全身が火照って、思考が定まらなかった。
ただ、目の前に横たわる男が、俺の親であることを
憎んで、その気持ちが頭の中を満たしていた。

その後、どうしたのかは憶えていない。
気がついたら俺は家の裏口で、デレを送り出していた。

さよなら、と一言告げると、デレは潤んだ瞳を向けてきた。

( ^ν^)「また会おう」

言わざるを得なかった。
それで彼女が満足するならば、いいと思った。

そうして俺は、後戻りできなくなったんだ。


     +++

193名無しさん:2018/11/24(土) 20:10:03 ID:r04Hoi3o0


第四話


   話すわけにはいかない彼ら



     +++

194名無しさん:2018/11/24(土) 20:11:07 ID:r04Hoi3o0
('A`)「もしかして、久城デレさんですか」

そこは都内某所の、駅から若干離れた場所にある大型書店だった。

12月の初旬、
事件のあったコンサートが始まる、およそ2週間前のことだった。

ζ(▼▼*ζ「えっ、あ」

細長い指の合間から、薄いハードカバーの本が滑り落ちる。
背表紙は床に落ち、静かな店内に水を打つような音を立てた。

195名無しさん:2018/11/24(土) 20:12:06 ID:r04Hoi3o0
ζ(▼▼*ζ「……」

デレは慌てて身を屈めようとする。
ドクオはそれを制し、自分で本を拾った。

('A`)「どうぞ」

ζ(▼▼*ζ「……」

本を受け取ったデレは、口元に手を添え、声を潜めた。

ζ(▼▼*ζ「ありがとう。ファンの方、かな。よくわかったね」

('A`)「そのサングラス、この前のライブで見ましたから。
    会場に少し遅れて、慌ててやってきたとき、
    つけていたやつですよね」

196名無しさん:2018/11/24(土) 20:13:04 ID:r04Hoi3o0
言われてデレは、自然とサングラスに触れた。
エッジのきいたサングラスは、目立つと言えば目立つ代物だ。

ζ(▼▼*ζ「……これでもわかっちゃうのか。怖いなあ」

呟くデレに、ドクオは慌てて首を振る。

(;'A`)「あ、で、でも普通の人はそんなのわからないと思います。
     俺、ライブの映像とかここ最近ずっと見ていたからってだけで」

しーっ、とデレは口に指を当てた。

ζ(▼▼*ζ「あんまり話すと、目を引くから」

197名無しさん:2018/11/24(土) 20:14:14 ID:r04Hoi3o0
ドクオがわざわざ掌で顎を覆うのを見て、デレは微笑した。

ζ(▼▼*ζ「本を拾ってくれたお礼に何かしてあげたいところだけど
        サインとかは事務所を介さなきゃって言われているんだよね。
        ごめんね、素っ気なくて。これからもよろしくね」

あくまで声を抑えながら、デレは会釈して、会計に向かおうとした。

(;'A`)「あ、あの」

ドクオはその背に声を掛けた。

('A`)「もしもお時間あれば、でいいんですけど」

――いくつか質問をしてもいいですか?

使い古したノートをドクオはすでに手にしていた。

198名無しさん:2018/11/24(土) 20:15:17 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚*ζ「……ねえ、君」

('A`)「はい、なんで、しょう、か」

ペンを動かしながら、ドクオじゃ途切れ途切れに言葉を返した。

二人は書店から場所を移して、
価格帯の高い、チェーンの閑静な喫茶店に入っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「私からも質問していい?」

('A`)「ああ、はい。どうぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「君、私のファンじゃないでしょ」

199名無しさん:2018/11/24(土) 20:16:03 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「……え?」

愕然としながら、ドクオはノートから顔をあげた。

ζ(゚ー゚*ζ「違うっていうなら、最近出た私のアルバムの名前を言ってみてよ」

(;'A`)「最近、か」

冷や汗をかきながら、いくつか名前を口にする。
訝り顔でいたデレは、突然堪えきれなくなったように笑い出した。

ζ(゚ー゚*ζ「それはシングルの曲名ね。
       私、まだアルバム出したことはないよ」

(;'A`)「なんですと!?」

200名無しさん:2018/11/24(土) 20:17:03 ID:r04Hoi3o0
素っ頓狂な声が店内に響いて、怪訝そうな視線がドクオに刺さった。
一瞬静まりかえった店内は、少しずつざわめきを取り戻していった。

(;'A`)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「不思議だなあ、どうしてファンでもない人が
       私のことを知りたがるんだろう」

ζ(゚ー゚*ζ「それに質問も、好きな食べ物とか、嫌いな動物とかだったし」

(;'A`)「い、嫌でした? すいません」

ζ(゚ー゚*ζ「別に嫌ってワケじゃないけど、なんでこんなこと訊くのかなって。
       素朴すぎて、毒にも薬にもならない感じ」

201名無しさん:2018/11/24(土) 20:18:03 ID:r04Hoi3o0
質問のことを思い出したのか、デレは声を立てずに笑った。
弧を描いた瞼を片方だけ薄く開き、小さな溜息をついた。

ζ(゚ー゚*ζ「で、どうして訊いたの?」

顎を引いたドクオを、デレは覗き込んでくる。

(;'A`)「それは」

冷や汗は未だに、ドクオの頬を伝っていた。
膝の上に載せられた拳に視線を落とした後、首を横に振った。

('A`)「ごめんなさい、それは秘密にしたいです」

202名無しさん:2018/11/24(土) 20:19:03 ID:r04Hoi3o0
顔を上げると、視線がデレのと鉢合わせした。
ドクオは慌てて首ごと横に向けた。

('A`)「気分を害しましたよね、すいません。
    俺のことは忘れてください。あの、これからも活動を」

ζ(゚ー゚*ζ「口が堅いんだねえ」

立ち上がって、早口で捲し立てていたドクオの耳に、間延びしたデレの声が届いた。

ζ(゚ー゚*ζ「ねえ、座ってよ」

(;'A`)「……」

困惑したまま、ドクオは促されるままに席に着いた。

203名無しさん:2018/11/24(土) 20:20:05 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚*ζ「実はね、私、命を狙われてるかも知れないの」

(;'A`)「ゴフッ」

冷めたコーヒーに手を伸ばしていた、ドクオの言葉を待つまでもなく、話は唐突に始まった。

ζ(゚ー゚*ζ「つい1週間前、私の事務所に手紙が届けられたの」

犯行声明文。
一段と低い声でデレは言う。

ζ(゚ー゚*ζ「私のことを殺すってはっきり書いてあった。
       でも、プロデューサーは大事にしたくないからって黙っている」

204名無しさん:2018/11/24(土) 20:21:03 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「そんな、隠すなんて!」

ζ(゚ー゚*ζ「世知辛いんだよ、芸能界は。
       でもね、もうひとつ理由があると思っているの。
       あの手紙、多分芸能関係者が出したんだと思うんだよね」

デレは流暢に、それでいてちいさな声で話を続けた。
自然とドクオはデレの方に顔を寄せた。

ζ(゚ー゚*ζ「だから、芸能界の人は頼れない。そしてファンを巻き込んだら
       プロデューサーの言うように大事になってしまうかもしれない」

ζ(゚ー゚*ζ「そこで、あなたよ」

デレは指の先をドクオの鼻の真ん前に向けた。

205名無しさん:2018/11/24(土) 20:22:04 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「僕う?」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、私から見ればまったくの赤の他人。名前も知らない。
       たまたまオフの日に話したことがあるだけの人」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、コンサートは来てくれるんでしょ?」

('A`)「ええ、まあ。とりあえず次のコンサートはチケットを取りましたよ」

ζ(゚ー゚*ζ「上々」

デレは居住まいを正し、深々と頭を下げた。

206名無しさん:2018/11/24(土) 20:23:03 ID:r04Hoi3o0
ζ(-ー-*ζ「お願いします、私のボディーガードになってください。
       何も無かったらそのままでいいです。
       何か起きたら、とにかく私を追いかけてほしいのです」

ドクオは半ば放心した様子で聞き終えると、顔の前で腕を振るった。

(;'A`)「か! 顔あげてください! 目立ちます」

ζ(-ー-*ζつ▼▼τ

ζ(▼▼*ζ「サングラス、新調するから」

デレはにやりとしてみせた。
ドクオはその姿をしげしげと眺めたのち、「あの」と声を掛けた。

207名無しさん:2018/11/24(土) 20:24:07 ID:r04Hoi3o0
('A`)「……髪も結構目立ちますよ」

ζ(▼▼*ζ「そう?」

自分の髪に手を当ててる。
豊かな栗毛がふわりと揺れた。

ζ(▼▼*ζ「切るか」

(;'A`)「え、ちょ、それはダメです!
     せめてなにか、ニット帽とかで」

それが二人の、初めて出会った日だった。


     +++

208名無しさん:2018/11/24(土) 20:25:05 ID:r04Hoi3o0
目の前で何が起きているのか、ドクオには咄嗟にわからなかった。
デレと出会って2週間後のコンサート。
観客でごった返す会場からフード姿の何者かが突然壇上に現れた。

叫び声があがったのは、男がナイフを持っているからだ。

男を見て、デレは後退った。
視線がドクオを一瞥した。

ドクオはようやく動こうとした。
震えている足を何度も拳で叩いた。
歩き出せた頃には、すでにデレは舞台袖に隠れていた。

フード男が、デレの後を追いかけていくのが見えた。

209名無しさん:2018/11/24(土) 20:26:03 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「あ……あ」

あれを見逃したら、約束が果たせなくなる。
動き出すなら今しかない。

(#'A`)「――!」

ふと、足が軽くなった。

跳び上がるようにして、ステージに上る。
悲鳴の音が遠くなった気がした。

観客を後ろに、バンドマンや関係者の制止も全て無視をして
ドクオは舞台袖へと掛けていった。

210名無しさん:2018/11/24(土) 20:27:02 ID:r04Hoi3o0
扉を抜けると通路になり、楽屋や打ち合わせ室が続いていた。
騒音は、ステージから遠ざかるにつれて小さくなり、
代わりに足音がはっきりと耳にきこえてきた。

音を頼りに突き進み、角を曲がって、
突き当たりの先にある倉庫の入り口に男がいるのを見た。

(#'A`)「まてこら!」

タックルするつもりで、扉に激突する。
すんでのところで閉められてしまい、代わりに痛みが全身に跳ね返ってきた。

カーペットの上に転がって悶絶した。
頭も変な形で打ったらしく、視界が明滅した。

211名無しさん:2018/11/24(土) 20:28:03 ID:r04Hoi3o0
数分、ドクオは悶えていた。

ζ(゚ー゚;ζ「君!」

やがてデレの声がして、ドクオは顔から手を離した。

(;'A`)「あ、デレさん……ナイフの男は」

ζ(゚ー゚*ζ「あの人なら大丈夫、もういないよ。逃げたから。
       でも、もしかしたら仲間が潜んでいるかも知れない」

一瞬安堵したドクオは、デレの言葉に真顔になる。

腕を引っ張られて、ドクオは呻きながらそれに従う。
その途中で、掌に冷たい金属の感触があった。

212名無しさん:2018/11/24(土) 20:29:04 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚*ζ「私の車の鍵」

口早に言うと、デレはおおよその駐車場所を教えてくれた。

ζ(゚ー゚*ζ「いい? この通路脇の窓から外に出ることができる。
       それで、駐車場についたら私の車に乗って、待っていて。
       私もすぐに君に追いつくから」

(;'A`)「ほんとに、逃げるの?」

ζ(゚ー゚*ζ「期待してるよ、ボディーガードくん」

率直に言えば、ドクオはこのとき前後不覚になっていた。

それでもデレを守らなければならない。
痛む身体と頭を庇いながら、ドクオは彼女の指示どおりに窓を抜けた。

213名無しさん:2018/11/24(土) 20:30:03 ID:r04Hoi3o0
垣根がクッションになって、まるで建物から吐き出されたかのように横になり、
芸能関係者の車の中からデレの車を見つけ出した。

鍵を何度か確かめて、ようやく入ることができ、
シートに腰掛けるとしばらく目を閉じた。

どくどくと脈打っていた頭が、多少なり休めたからか、次第に落ちついてきた。

痛みは引いた。
ポケットのスマホで時間を確認すると、
コンサートが始まってまだ三〇分も経っていなかった。
休めていたのはほんの一〇分といったところか。

(;'A`)「連絡を」

214名無しさん:2018/11/24(土) 20:31:05 ID:r04Hoi3o0
と、スマホを操作した瞬間、扉が開いた。

ζ(゚ー゚*ζ「お待たせ」

('A`)「デレさん!」

ζ(゚ー゚*ζ「よかった、顔色はだいぶ良くなったね」

デレは微笑んで、運転席側に座る。

ζ(゚ー゚;ζ「あ、やば」

シートベルトを締める途中で、デレは目を見開いた。
視線を追えば、駐車場の入り口に黒服の男が立っていた。

215名無しさん:2018/11/24(土) 20:32:03 ID:r04Hoi3o0
('A`)「警察、通報されて来た巡査ですかね。まずいんですか?」

ζ(゚ー゚;ζ「それは」

言い淀むデレを、ドクオは数秒見つめた。

('A`)「……デレさん、後ろに寝てください」

ドクオは咄嗟に指示を出す。

ζ(゚ー゚;ζ「え、でも」

('A`)「見られたくないんでしょう?
    事情はわからないけど、大丈夫です、巧くやります」

デレはドクオの顔と警備員の影を見比べて、こくりと頷き、後部座席に座った。

216名無しさん:2018/11/24(土) 20:33:03 ID:r04Hoi3o0
('A`)「顔を隠すものは」

ζ(▼▼ζ「あるよ」

(;'A`)「……同じ型じゃないですか。それに髪」

言いながら、デレの手ぶらを確認し、
ドクオは自分の頭に手をやった。

('A`)「これ、使ってください」

自分が使っていたニット帽を、ドクオはデレに投げて寄越した。

車を発進させると、警察がすぐに気づいた。
寄ってきた彼らに向けて、ドクオは窓を開けた。

217名無しさん:2018/11/24(土) 20:34:04 ID:r04Hoi3o0
('A`)「すいません、急病人なんです」

タイミング良く、デレが咳をしてみせる。

警察官は、まだ初動に来て間もないらしく、お互いに顔を見合わせている。
検問と思ったが、どうもその前段階の準備だったらしい。
上司はまだ来ていないと踏み、ドクオは強気で応じた。

('A`)「コンサートに入る前からトイレに籠もっていたのをようやく連れ出したんです。
    なんで警察が来ているのかはわかりませんけど、関係ないでしょう?」

まごつく警察は、見た目にもドクオと年が変わらなかった。
ドクオはずいと身を乗り出して、声を荒げた。

(#'A`)「これで病気が手遅れになったらあんたらのせいっすよ」

218名無しさん:2018/11/24(土) 20:35:03 ID:r04Hoi3o0
最後の上ずった怒鳴りが予想以上に効いたらしく、
警察官たちは苦い顔をして身をひいた。

ζ(゚ー゚*ζ「……すご」

遠ざかる会場を見て、デレがぼそりと呟いた。

ζ(゚ー゚*ζ「警察怖くないの?」

('A`)「うーん、慣れ、かな」

ζ(゚ー゚*ζ「え……?」

緩やかに走っていた車は、車道に出るとスピードを上げた。
すっかり日の落ちていた都内の道は、光が多くて目に痛い。

('A`)「とにかく、今は警察署ですよね。
    事件の証言をしなきゃいけないわけだし」

219名無しさん:2018/11/24(土) 20:36:03 ID:r04Hoi3o0
相も変わらず渋滞気味の道を見て、若干苛立ちながらドクオは尋ねた。

('A`)「デレさん?」

返事がないのに対し、ドクオは今一度呼びかけた。
だが、デレは何も言わない。
バックミラーで確認すると、デレは俯いていた。

ニット帽を既に外し、それを口元に抱えている。

(;'A`)「まさか、本当に気分悪くなったんじゃ」

言いかけたドクオの言葉は、デレの声に掻き消された。
笑い声、それも哄笑といえるような、振りきった笑い方だ。
下手したら車の外にまできこえていたのかもしれない。

220名無しさん:2018/11/24(土) 20:37:05 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「デレさん!?」

半ば真面目に、ドクオはデレの体調を心配していた。
次の瞬間、顔を上げたデレが思いっきり笑っているのを見るまでは。

ζ(゚ー゚*ζ「ごめん、こんなにうまくいくと思っていなかったの!」

言葉の意味がわかるまで、しばらくかかり、
その間に車は渋滞に捕まって、微動だにしなくなった。


     +++

221名無しさん:2018/11/24(土) 20:38:04 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「狂……言?」

灯りが遠く、三色に輝いている。
郊外の、やたらと広いコンビニの駐車場で
ドクオは背もたれにずり落ちかけていた。

ファイナルプロあてに届いた、妙な葉書のこと。
その葉書を見てプロデューサーが狂言を思いついたこと。

(;'A`)「あ……浅はかな」

普段から警察に触れているドクオは、その実効性の低さに愕然としていた。

ドクオの様子をどう誤解したのか、デレは手を合わせて頭を下げた。

ζ(゚ー゚*ζ「うん、ごめんね。巻き込んじゃって」

222名無しさん:2018/11/24(土) 20:39:04 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「いやごめんねじゃないっすよ。どうするんですかこれから」

言いながら、ドクオはスマホの電源を入れた。
着信履歴がたくさん届いていることはわかっていた。
全てモララーのものだ。約束していたのだから、
いなくなったことに気づかないはずがない。

だが、今は履歴を無視してニュースアプリを開く。
デレのコンサートの件はトップニュースに上がっていた。

('A`)「ばっちり報道されてますよ」

ナイフを持った男の乱入と、デレの失踪。
今日話題のニュースとして、会場で撮られた映像が取り上げられていた。

223名無しさん:2018/11/24(土) 20:40:04 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚;ζ「え? 私の方も?」

デレはドクオの傍に寄り添う形で、スマホの画面を覗き込んでくる。
合わせてドクオが素っ頓狂な声を上げた。

ζ(゚ー゚;ζ「おっかしいな。家出人は家族しか捜索願だせないってミステリーで読んだのに」

('A`)「ミステリーって……」

ζ(゚ー゚;ζ「ファイナルプロも事件にはしたくないはずだし、大々的に報道されるとは思わなかったな」

('A`)「ナイフ男と絡めて、事件との関係性が高いって思われたんじゃないですかね。
    その、イタズラ? で届いたっていう犯行予告の葉書も、
    事件が計画的なものであると裏付ける証拠になっているし」

ドクオは言いながら、自分についてはニュースで言及されていないことに安心し、また不思議に思った。


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