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沼男はいないようです
39
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:42:21 ID:jK9Wh.Rc0
(;・∀・)「嘘だ!!」
/ ,' 3「嘘はつかんと約束しただろう」
(;・∀・)「そんな、だって、一体どれほどの情報量に――」
コトッ。
戻ってきた荒巻が、机の上に何かを置く。
今、引き出しから取り出してきたものだろう。
/ ,' 3「1人分の情報につき、この記憶装置たった1つで事足りる」
思わず3人全員が息を呑む。
見たところ、タバコの箱程度のサイズにも満たないこの小さな黒い物体。
こんなものの中に、人間の精神は収まるというのか。
/ ,' 3「これはあくまで、視覚的に捉えやすいようにと出しただけだ。実際には、マザーコンピュータが一元管理している」
40
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:43:24 ID:jK9Wh.Rc0
荒巻の台詞に食ってかかるかのように、茂羅が発言する。
(;・∀・)「それじゃあ、今この街にいる人間は殆ど――!!」
/ ,' 3「殆ど?」
(;・∀・)「…………」
(;*゚ー゚)「…………」
(;・∀・)「…………ニセ、モノ…………だらけ…………じゃないか…………」
荒巻は言い返す。
/ ,' 3「ニセモノなんかじゃない。本人そのものだ」
(;・∀・)「……失礼を承知で言わせてもらいます。それは、荒巻博士の作り物だ」
41
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:44:24 ID:jK9Wh.Rc0
/ ,' 3「では君にも、ついさっき猫田くんにぶつけた質問をしよう。一体、何がどう違うのだね?」
茂羅は少し言葉に詰まる。
だがすぐに自分の意見を纏めたようで、荒巻に食らいつく。
(;・∀・)「……A地点で、オリジナルは一度殺されている。B地点で生成されているのは、本人なんかじゃない。クローン人間だ」
(;*゚ー゚)「そ、そうです!! A地点で分子レベルに分解されたそのオリジナルの意識は、そこで途絶える!! やっぱり別人です!!」
/ ,' 3「その反論は、確かに一理ある」
すんなりと認める。
しかし、荒巻の表情は変わらない。
/ ,' 3「君たちの言う通り、A地点でオリジナルは生物学的な意味での死を迎えている」
(;*゚ー゚)「!?」
/ ,' 3「だが、そのことには誰も気が付かない」
42
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:46:39 ID:jK9Wh.Rc0
/ ,' 3「本人は自分が死ぬということを認識せず、君たちの言うところのクローンだって、自分が既に一度死んだということに気付いていない。それでもそれを、死と呼べるのかね?」
(;・∀・)「そんなの……」
茂羅は反射的に言葉を紡ごうとした。
が、後に続けるべき言葉がないことに気付く。
荒巻はそれを見透かしたかのように、追撃を放つ。
/ ,' 3「少し聞き方を変えてみよう。一体、誰が困る?」
(;*゚ー゚)「…………」
(;・∀・)「…………」
たっぷり、10秒。
この場を沈黙が覆い尽くす。
/ ,' 3「そう、誰も困っていない。誰にも迷惑をかけていないんだ。むしろテレポート装置によって、人間は圧倒的な利を得ているじゃないか」
43
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:48:02 ID:jK9Wh.Rc0
違う。そうじゃない。
そう言いたげな表情だが、何も反論を思いつかない様子だ。
荒巻の論理は、一貫して筋が通っている。
反論しようにも、糸口が掴めない。
話がひと段落ついたからか、荒巻は腕時計にチラリと目をやる。
/ ,' 3「さて、本来ならここでもう少し君たちと語り明かしても良いのだがね。生憎、まだ実験の本質に触れていない」
/ ,' 3「……今のところ、誰も気付いていないようだ。少し話を進めさせてもらうよ」
44
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:48:38 ID:j55wpHwA0
スワンプマンな時点で不穏だったがこわいこわい
45
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:49:04 ID:jK9Wh.Rc0
気付いてない?
一体、何に?
衝撃の事実により頭が混乱しているのか、荒巻が一体何のことを言ってるのかまるで分からないといった様子だ。
勿体をつけるつもりは無いのだろう。荒巻は続ける。
/ ,' 3「津出ツン。埴輪ギコ。都村トソン」
.
46
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:49:59 ID:jK9Wh.Rc0
3つ、列挙された名前。
3人とも、どれかしらに心当たりがあったのだろう。
何故この場でその名前が出てくるのかと、困惑しているようだ。
/ ,' 3「君たちの恋人で、間違い無いね?」
誰も否定しない。首を縦にふる。
そして数瞬後、全員が同時に気付く。
構わず、荒巻は告げる。
/ ,' 3「君たちの恋人は、テレポート装置を利用したことがある」
.
47
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:51:13 ID:jK9Wh.Rc0
実験、開始
.
48
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:53:15 ID:jK9Wh.Rc0
case.A 内藤ホライゾン
.
49
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:54:36 ID:jK9Wh.Rc0
静寂。
荒巻博士のその言葉から、誰も何も喋らない。
猫田は何か喋ろうと、口をわなわなとさせている。
茂羅に至っては、目を見開いたまま動かない。
その一方、僕はというと、比較的落ち着いて情報を整理することが出来ていた。
( ^ω^)「これが、例の条件ですかお」
教授に知らされなかった、他の選抜条件。
偶然にしては出来過ぎているし、それに博士が僕たち全員の恋人の名前をフルネームで知っていることが何よりの証拠だろう。
/ ,' 3「その通りだ。今回の実験の対象者は、『テレポート装置を利用したことが無く、かつ親しい人間がテレポート装置を利用したことがある人間』だ」
50
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:56:41 ID:jK9Wh.Rc0
今更隠す気もないのか、博士は肯定した。
/ ,' 3「恋人だけじゃない。例えば、内藤君。きみのご両親も、テレポート装置を利用したことがあるそうだね」
( ^ω^)「そうですおね。なにぶん、ミーハーなもので」
僕の両親は、テレポート装置見たさにわざわざVIPタワーまで行ったことがある。
珍しいものや流行りものが大好きなうちの両親は、わざわざ並んでまでテレポート装置に乗りに行った。
帰ってきた時はもう酷く興奮して、テレポート装置を利用した感想やらを僕に目一杯伝えてくれたものだった。
もっとも、表現力が乏し過ぎて何を言っているのかよく分からなかったが。
ちなみに、僕はその日、友人のドクオの家で一緒に遊んでいた。
/ ,' 3「内藤君だけじゃない。茂羅君も猫田君も、身内や友人でテレポート装置を使ったことがある人間がいるだろう。それも、1人や2人ではないはずだ」
51
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:58:47 ID:jK9Wh.Rc0
言われて、2人がビクリと体を跳ねる。
どうやら心当たりがあるようだ。
まぁ、当然だろう。
むしろ今、テレポート装置を使ったことのない僕らの方が異端なのだから。
/ ,' 3「この実験は、とある思考実験が基となっている。『スワンプマン』というものを聞いたことはあるかね?」
僕は知らない。首を横にふる。
猫田と茂羅も、虚ろな目をしながら軽く首を横に振っている。
/ ,' 3「ふむ、誰も知らないか。これは所謂、人格の同一性問題を考えるための思考実験でね」
52
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 15:59:58 ID:jK9Wh.Rc0
博士は語り始める。
ある男が沼にハイキングに出かける。
この男は不運にも沼の傍で突然雷に打たれて死んでしまう。
その時、もうひとつ別の雷がすぐ傍に落ち、沼の汚泥に不思議な化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一形状の人物を生み出してしまう。
この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマンと言う。
スワンプマンは原子レベルまで死んだ瞬間の男と同一の構造をしており、見かけも全く同一である。
もちろん脳の状態も完全なるコピーであることから、記憶も知識も全く同一である。
沼を後にしたスワンプマンは死んだ男が住んでいた家に帰り、死んだ男の家族と話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みながら眠りにつく。
そして翌朝、死んだ男が通っていた職場へと出勤していく。
53
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:01:23 ID:jK9Wh.Rc0
語り終えて、一息つく。
一気に喋って、少し疲れた様子だ。
/ ,' 3「これが、スワンプマンだ。これより、テレポート装置を使ったことの無い人間を『オリジナル』。使ったことのある人間を『スワンプマン』と呼ばせてもらう」
一々呼び分けるのも面倒だからね、と加える。
/ ,' 3「正直、スワンプマン問題についてなんて、これまでにあちこちで語り尽くされている。私は既に自分の意見を持っているし、別に君たちとそのことについて議論をしたいわけじゃない」
博士はぐいっと、残ったお茶を飲み干す。
そしてコップを机の上に叩きつけるように置き、僕たちに言い放った。
.
54
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:02:14 ID:jK9Wh.Rc0
/ ,' 3「愛するものが、スワンプマンだと知った今。君たちは、その人を愛し続けることが出来るかい?」
.
55
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:03:12 ID:jK9Wh.Rc0
はは。
趣味の悪い実験だ。
* * *
56
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:06:52 ID:jK9Wh.Rc0
今からちょうど1ヶ月後、もう一度荒巻博士の元を訪れる約束だ。
しかもご丁寧に、レポートの宿題付きで、だ。
/ ,' 3『この話を聞いてから、今までと変わった行動があったら書き込んで提出して欲しい。些細なことでも構わない。形式とかも特に凝らなくていいし、何なら箇条書きで1枚だけでも問題ないよ』
( ^ω^)「はぁ……」
今いるのは、電車の中。
夕暮れが窓から顔を出している。思ったより時間が経っていたようだ。
ガタンガタンと揺られながら、先ほどの「実験内容」を思い返す。
白昼夢だったのではないかと思うほどに、突拍子も無い話の連続だった。
あれが夢じゃなくて現実だという証拠は、ポケットに入っている荒巻博士の名刺で十分だろう。
( ・∀・)「……」
隣に座っているのは、茂羅だけだ。
猫田はどうやら別方面らしい。
あれから一言も喋ってこない。
なんとなく空気が気まずいので、なんとかコミュニケーションを図ろうと試みる。
57
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:08:36 ID:jK9Wh.Rc0
(;^ω^)「……」
何も思いつかない。
あぁ、しっかりしろ僕。
いやしかし、例えどんなことを言ったとしても、この状況は簡単には好転しないだろう。
だが、何も言わないよりは話し掛ける努力をすべきか――
( ・∀・)「……あのさ」
(;^ω^)「お! な、なんだお?」
答えのない迷路をぐるぐると彷徨っていると、意外にも茂羅の方から僕に話し掛けてきた。
目は前を向いたままであるが。
( ・∀・)「……内藤は、俺や猫田ほど驚いてないように見えるけど……どうしてだ?」
(;^ω^)「おー……」
難しい質問だ。僕が2人よりバカだから、まだ事の重大さに気付けてないだけだ、とも言い辛い。
58
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:10:02 ID:jK9Wh.Rc0
ここは僕なりの考えを、正直に述べよう。
( ^ω^)「……さっきも言った通り、僕は博士の考えにそこまで否定的ではないお」
茂羅はピクリと反応する。視線を少し、こちらに傾けた。
( ・∀・)「……なんで?」
( ^ω^)「なんでって……僕には見分けが付かないからだお」
僕なりの論理を頭で組み立てながら、なんとか言葉を紡いでいく。
( ^ω^)「荒巻博士が言ってた、えーっと……スワンプマン? が、街に溢れかえったとしても、正直、そこまで気にならないと思うお。だって、そのことに誰も気付けるわけがないんだから」
( ・∀・)「……」
59
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:11:21 ID:jK9Wh.Rc0
茂羅は黙って聞いている。
いや、聞いているというより、聞き流しているように見える。
恐らく、求めている答えと違ったのだろう。
( ・∀・)「……そうか」
それっきり、また黙り込んでしまった。
再び沈黙が支配する。
バックが奏でる音色は、リズミカルに揺れる電車の音だけ。
他に乗客は少なく、片手で数えるほどしか見当たらない。
ああ、この中に一体何人のスワンプマンが紛れているのだろう。
もしかしたら全員オリジナルなのかもしれないし、或いは僕たち以外全員がスワンプマンなのかもしれない。
確率的には後者の方が十分あり得るだろう。
考えれば考えるほど、眩暈がしてくる。全く、とんでもない実験だ。
世の中には、知らなければ良い事実がたくさんある。
小説などで飽きるほど見たことのある陳腐な言い回しだが、これ以上に今の状況に合った台詞は無いだろう。
60
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:12:37 ID:jK9Wh.Rc0
ふと、スマホで時間を確認する。僕の降りる駅まで、あと5分程度か。
すると、ツンから連絡が数件来ていたことに気付く。
ああ、そういえば本来、今日はデートの予定だったなぁ。
杉浦教授に頼まれた時、予定があるとちゃんと断っておけばよかったと今更ながらに後悔する。
そうしていれば、こんな事実を知ることも、お怒りのお姫様を宥めることも無かったのだ。
今度必ず埋め合わせをする、といった趣旨の返事をササっと書き上げ、送信。
ふう、とため息をついてスマホを仕舞ったところで、茂羅が再度話し掛けてくる。
( ・∀・)「そういえば内藤ってさ、なんでテレポート装置使ったことないの?」
( ^ω^)
61
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:13:35 ID:jK9Wh.Rc0
(;^ω^)「……」
(;^ω^)「……テレポートの瞬間、もしも痛かったりしたら嫌だなーって思ってて……」
( ・∀・)
( ・∀・)「……なーんだ、それww」
軽く笑われた。
なんだろう、馬鹿にされてるのだろうか。
言ったことが子供っぽくて少し恥ずかしくなったが、これで茂羅が元気になってくれたなら安いだろう。
そう自分に言い聞かせる。
ああ、そろそろ目的地に到着だ。
最後が明るい雰囲気で終わって良かった。
* * *
62
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:15:07 ID:jK9Wh.Rc0
家に帰ると、両親はもう夕食を用意して待っていた。
急いで手を洗って、食卓に着く。
2人とも待っていてくれたようで、申し訳ない反面、嬉しく感じる。
今日の夕食は、デミグラスソースのハンバーグ。
小さい頃から僕の大好物だ。
特に母の作るハンバーグは絶品で、どうも先祖代々に伝わる秘伝のレシピがあるらしい。
配合や調理法は全て、頭の中だそうだ。
僕が知っているのは、牛と豚の合挽き肉を使用しているということくらいである。
今まで一度たりとも、味が変わった事はない。
それなのに何度食べても飽きない。
まさに魔法のハンバーグだ。
そう、一度たりとも。
( ^ω^)「……」
嫌な考えが頭をよぎったが、すぐに揉み消す。
美味しいものを食べている時、嫌なことは忘れるに限る。
63
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:17:10 ID:jK9Wh.Rc0
いただきますの合図とともに、箸を構える。
さて、どれから食べようか。
まずは付け合わせのジャガイモを、ハンバーグから溢れたデミグラスソースに浸す。
まだ微かに湯気が見える一口サイズの芋を、ぱくり。
ほろほろと崩れるような食感。
熱々の芋を冷ますようにホフホフと口内に空気を送り込むと、じわっと味が伝わってくる。
芋本来の甘みが、ソースによってより一層際立つ。
様々な野菜を含んでいるこのソースは、複雑ながらも綺麗に纏め上げられている。
独特の酸味は、きっと何か隠し味のせいだろう。
口の中が少し濃い味に占拠されたところで、ご飯を一口含む。
じんわりと、優しい甘みが広がる。
内藤家のご飯は他所の家より若干硬めだ。
噛みしめるほどに、米の旨味が湧き出てくる。
64
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:18:08 ID:jK9Wh.Rc0
さぁ、そろそろメインのハンバーグに移ろう。
ぐっと力を込め、箸を入れる。
すると、刺した所から肉汁が洪水を引き起こす。
それを一旦無視して、一口大サイズに割っていく。
下にはどんどんと肉汁が溜まる。
このハンバーグの肉汁とデミグラスソースを軽く箸でかき混ぜ、それにハンバーグを浸し、がぶりと食す。
少し大きく切り分け過ぎたか。口中で熱々の肉が暴れ回る。
獰猛なハンバーグを抑えるように、歯で捕捉。
噛むごとに野性的な旨味が溢れ出る。
時折自己主張してくるシャキッとした玉ねぎの食感も、良いアクセントとなっているようだ。
この特製デミグラスソースは、組み合わせ次第で色々な顔を見せる。
野菜と合わせたら、野菜の甘みを最大限に引き出すサポート役。
一方ハンバーグと合わさったら、とても攻撃的な顔を前面に出してくる。
大喧嘩になりそうなほどの旨味の戦いも、どういうわけかしっかりと調和してしまう。
あぁ、いつもの味だ。いつもの母のハンバーグの味だ。
何故か軽く感動を覚えながら、次々と食べ進めていく。
65
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:18:50 ID:jK9Wh.Rc0
ふと、父と母の方に目をやった。
2人とも、とても美味しそうに食べている。
一口一口食べるごとに、ころころと表情が変わっていく。
すると父が視線に気付いたのか、「どうした?」と尋ねてきた。
( ^ω^)「おっ、なんでもないお」
そう言い、またハンバーグをつつく。
「変なやつだな」と一蹴されてしまった。
父もすぐに、意識は食事の方へと向き直ったようだ。
これをニセモノだなんて、認めない。
この人たちは間違いなく、僕の家族だ。
* * *
66
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:20:18 ID:jK9Wh.Rc0
('A`)「そういえば、この前教授に呼ばれてたのって結局なんだったんだ?」
ガチャガチャとゲームコントローラーを操作しながら、尋ねられた。
中学からの友人である鬱田ドクオは、大学生になってから一人暮らしをしている。
大学から歩いて行ける距離のため、講義が終わったらよく遊びに寄る。
下手にゲーセンやカラオケで遊ぶより経済的だし、何より楽しい。
いつもは僕とドクオの2人で遊ぶことが多いのだが、今日は珍しいことに、もう1人居る。
(´・ω・`)「呼び出し? ブーンなにかやらかしたの?」
垂眉ショボン。
こいつもまた、中学からの付き合いだ。
彼は僕やドクオとは違う学部に進学したのだが、今でも付き合いがある。
たまに時間が合うと、こうして一緒に遊んだりしている。
67
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:22:00 ID:jK9Wh.Rc0
最後に3人で遊んだのは、確か2ヶ月前だったか。
僕のかけがえのない、親友の2人だ。
( ^ω^)「おっ、ゼミのことだったお。また杉浦教授の手伝いさせられただけだお」
(´・ω・`)「杉浦教授って、あの怖い人だよね確か。お疲れ様」
('A`)「そりゃご苦労なこった、っと……よっしゃ! アイテム貰い!」
(;^ω^)「あー!! ズルいお!!」
('A`)「勝負にズルいもクソもあるか!」
今日は3人で、昔懐かしのアクションゲームをやっていた。
僕も何個かソフトを持ち寄っている。
68
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:23:15 ID:jK9Wh.Rc0
中学時代、よくドクオの家でこれやってたっけ。
実家の方だけど。
年齢や場所が変わっても、やってることは変わらない様子を見ると、思わず笑えてくる。
(´・ω・`)「相変わらず、ドクオはコレ強いねぇ」
('A`)「もう5年以上前に買ったゲームだしな。ブーンには目を瞑ってでも勝てるぜ」
(;^ω^)「ぐぬぬ、悔しい……もう一回だお!」
躍起になり、次のゲームを探す。僕がドクオに勝てるゲームなんて、あっただろうか。
(´・ω・`)「あ、そうそう。僕からブーンにプレゼントがあるんだ」
( ^ω^)「お?」
69
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:24:35 ID:jK9Wh.Rc0
不意に思い出したように、ショボンは鞄からガサゴソと何かを漁り始める。
中から取り出したクリアファイルに入っているのは、何やら小さな青い紙だ。
クリアファイルに手を入れて、それを掴み取り、僕に差し出す。
その正体は、したらば水族館のペアチケットだった。
(´・ω・`)「これ、あげる」
( ^ω^)「いいのかお? このチケット、手に入れるの大変だったんじゃ無いかお?」
(´・ω・`)「別に。親父が仕事の付き合いで貰ったらしいんだ。母さんと行く暇が無いからって僕にくれたんだよね」
('A`)「彼女と別れた直後の息子にペアチケット渡すとか、お前の親父さん鬼畜かよ」
(´・ω・`)「おう、ケツ出せ。忘れようとしてるのに、ぶち殺すぞ」
70
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:25:30 ID:jK9Wh.Rc0
ショボンはつい最近、彼女に振られたそうだ。
理由は知らない。
確かまだ付き合って3ヶ月くらいだったか。
前回この3人で遊んだ時は、ショボンの惚気が鬱陶しかった覚えがある。
余談だが、ドクオは生まれてこの方、一度も恋人が出来たことがない。
なのでショボンに新しい彼女が出来る度に妬み、別れる度に傷を抉ってくる。
しかし、随分とまぁ早いことだ。
そのショボンの元彼女さんは既に新しい男を作っているとのことらしい。
高校時代からツンとしか付き合った事のない僕には、とても信じ難いことだ。
学生の恋愛なんて、所詮そんなものなのだろうか。
とにかく、と少し大きな声で呼び掛けられる。
涙目に見えるのは気のせいだろう。そういうことにしておいてやろう。
(´・ω・`)「今日のブーン、なんか浮かない顔してるからさ」
71
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:26:23 ID:jK9Wh.Rc0
(´・ω・`)「ツンと何があったか知らないけど、取り敢えずコレでデートでもしてきなよ」
( ^ω^)「お……」
どうやら少し、勘違いされているようだ。
僕の気分が優れないのは、別にツンのせいではない。
荒巻博士の実験のせいである。
いや、ある意味ツンも関わってはいるが。
この2人に博士の実験のことは勿論伝えていない。
というか、誰にも喋っていない。
分かる術がないのだから、勘違いは仕方のないことだろう。
それにしても、驚いた。
自分も大変だろうに、僕の些細な感情の変化まで感じ取って、しかも気遣ってくれるとは。
まったく、良い友人を持ったものだ。
( ^ω^)「ありがたくいただくお。今度何か奢るお」
(´・ω・`)「期待せずに待ってるよ」
('A`)「俺には?」
(´・ω・`)「ペアチケットなんだけど、僕と行く?」
('A`)「お断りします」
72
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:27:30 ID:jK9Wh.Rc0
そこでふと、何かを思い出したように、ドクオが尋ねる。
('A`)「でもよ、確かしたらば水族館って、アレだろ? ブーン良いのか?」
( ^ω^)「お? ……あぁ、そういえばそうだったおね」
(´・ω・`)「げ、そうか。テレポート装置のこと忘れてた。ブーンあれ嫌いなんだっけ」
露骨にしまった、という顔をされる。
貰った手前、むしろこちらの方が申し訳なくなってくる。
しかし、あんな話を聞かされた後では、行き辛いのも事実だ。
( ^ω^)「……まぁ、考えておくお。ショボンありがとうだお」
('A`)「何回も言ってるけどよー。別にあれ、痛くもなんともなかったぜ?」
(´・ω・`)「僕はちょっとクラッとしたけどね。でもまぁ、大したことないよ」
73
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:28:35 ID:jK9Wh.Rc0
( ^ω^)「そうらしいおね」
そのことについては、開発者本人から直々に聞くことが出来た。
* * *
/ ,' 3「――最後に、質問があれば答えるよ。答えられる範囲内で、だがね」
実験の詳細について語り終えた後、荒巻博士は僕たちに質問が無いか尋ねてきた。
その時僕は、せっかくの機会なので、どうしても気になっていたことを質問させてもらった。
( ^ω^)「じゃあ、僕から1つ」
/ ,' 3「言ってみなさい」
( ^ω^)「単刀直入に聞きますお。テレポート装置に、健康上の被害はありますかお?」
/ ,' 3「正常に作動した場合、それは全くない、と断言させて貰おう。A地点のオリジナルの人間は、痛みすら感じることはない」
/ ,' 3「構造上、分子分解される前に意識を失うことになるのだ。本人が痛みを認識したりすることは絶対に無い」
74
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:29:57 ID:jK9Wh.Rc0
ちなみに、と続ける。
/ ,' 3「到達点で少し眩暈を感じたという報告もあるが、立ち眩み程度の微々たるものだそうだ。個人差はあるだろうが、そこまで酷い不調を訴えた者はいない。安心して良いよ」
他に質問は?
荒巻が、猫田と茂羅の方を見て促す。
黙り込んでいる2人。見た感じ、特に茂羅の顔色が悪い。
しかし、何か聞きたいことがあったようだ。
額に汗を浮かべながら、博士に問う。
(;・∀・)「『素材』――」
(;・∀・)「転送先の、スワンプマンの身体を構成している、『素材』というのは……一体何なんですか?」
何故、そこまで顔色が悪いのだろう。先程の話を聞いてしまったからだろうか。
いや、違う。
きっと、それだけじゃない。
これはまるで、何か気付いてはいけないことに気付いてしまったかのような――
75
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:31:11 ID:jK9Wh.Rc0
荒巻が、少し目を見開いた。感心したように、応える。
/ ,' 3「君はやはり、頭の回転が速いようだね。先程といい、反論するべきポイントを的確に突いてくる。ただの学生には、到底思えない」
(;・∀・)「そんなことはどうだっていい!! まさか――!!」
/ ,' 3「――君の想像通りだ」
一言。
たったその一言で、茂羅の表情が一変する。いや、余計に悪化したとでも言うべきか。
残念ながら、僕には2人が何の話をしているのか理解出来ていない。
猫田も虚ろな目で、2人を見ているだけだ。
/ ,' 3「スワンプマンの話で登場した、汚泥。これは所詮、空想だ。素材には適さない。仮に実現出来たとて、不完全要素が多過ぎる」
76
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:32:29 ID:jK9Wh.Rc0
茂羅の様子を気に留めることもなく、博士は語り始める。
/ ,' 3「人間の構成物質を馬鹿正直に揃えて、それを素材とするのも悪くないのだがね。一つ、問題があった」
左手の人差し指を1本、見せつけるように立ててくる。
すると今になって、薬指に嵌められている指輪を視界に捉えた。
既婚者だったのか。
/ ,' 3「それは、コストだ。装置を動かすエネルギーに加え、素材のコストが丸々と上乗せされてしまう」
思わず意識が他に逸れた。
博士の説明に集中し直す。
/ ,' 3「人間1人分だけとかなら、まだ何とかなるのだがね。将来的に、世界中の人間が利用することになるのなら、そのコストは馬鹿にならない」
77
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:33:38 ID:jK9Wh.Rc0
(; ∀ )「……」
/ ,' 3「他にも数点問題はあったが、一番の問題はそれだ。そこで、それを解決する手段が――」
(;*゚ー゚)「――っ!?」
( ^ω^)「……っ!」
ああ、そういうことか。
なるほど、確かに合理的だ。
/ ,' 3「――君たちも気付いたようだね。そう、リサイクルだ」
/ ,' 3「A地点で分子分解されたものを、そのままA地点でスワンプマンが再構成される時用の素材として使用する」
/ ,' 3「人間の死体を、素材にしているのだ」
* * *
78
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:34:59 ID:jK9Wh.Rc0
結局、ドクオの家で夕飯を済ませた。今日はオムライスを作ってくれた。
ドクオの作るオムライスは、巷で流行っている半熟トロトロのアレではない。
昔ながらの、薄焼きの卵で包んだものだ。
我が家はとろふわ卵に秘伝デミグラスソースのオムライスが主流なのだが、ドクオ流のケチャップオムライスも文句無しに美味しい。
なんとも甲乙つけ難い。
チキンライスには、微塵切りにされた野菜がたくさん入っている。
しかも食感を楽しめるように、火の入れ方まで拘っているらしい。
肉はその時の気分で変更するそうだ。
今日は切ったウィンナーが入っていた。
このチキンライスを、バターの風味が香る卵と一緒に食べることで、数段階上のランクにレベルアップする。
卵の上にかかったケチャップもくど過ぎることなく、飽きずに最後まで楽しめるオムライスだ。
余談だが、ショボンの分のオムライスにはケチャップでハートマークが描かれていた。普通に殴られていた。
79
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:37:02 ID:jK9Wh.Rc0
ああ見えて、ドクオは料理が得意だったりする。
中学2年生の夏休みに、料理男子はモテるという情報を信じて修行した結果、料理の腕前が上達した。
料理を披露する相手が僕らしかいないということに気付いたのは、それから1年ほど経った後である。
僕とショボンは最初から気付いていたが、敢えて黙っていた。
しかしまさか、1年間も気付かないとは思わなかった。
料理を始めたての頃は、とても食べられるものではなかった。
一応ちゃんと食べたが。
ショボンもなんやかんや文句を言いつつ、きちんと完食してから味の批評をしてあげていた。
はじめは辛口コメントばかりだったが、夏が終わる頃にはそれもほとんど無くなっていた。
良いところ、悪いところをしっかりと指摘して、どうすれば改善されるか等もきっちりと言う。
自分でも分からないことは、ちゃんと調べてからドクオに話していたことを僕は知っている。
ショボンの口から美味しかった、という言葉が出たのは10月になってからだった。
あの時はドクオも感極まって泣きだしそうになって、大変だったものだ。
きっとショボンが居なかったら、ドクオの料理の腕前がここまで上達することは無かっただろう。
間違いない。
80
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:39:19 ID:jK9Wh.Rc0
それから少し経って、高校の頃だったか。
僕らは相変わらず、休みの日はドクオに材料費と少しの手間賃を払い、昼食をご馳走になっていた。
そんなある日、ちょっとした事件が起きる。
当時のショボンの彼女が、ショボンに手料理を振舞ったらしい。
するとその手料理を食べたショボンが、
(´・ω・`)『ドクオの飯の方が美味い』
と、漏らしてしまったのだ。
当然速攻で振られたとのこと。
あれからショボンとドクオのホモ疑惑が後を絶たなかった。
しかも本人が面白がって否定しないせいで、ドクオに余計女子が寄り付かないという事態が巻き起こっていた。
そのことをドクオはまだ知らない。
いつの日か、彼に彼女が出来た時にでも教えてやるとしよう。
( ^ω^)「おっおっwww」
そんな来るかも分からない未来のことに思いを馳せながら、帰り道を歩く。
ショボンとは先程別れたので、今は1人だ。
81
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:40:32 ID:jK9Wh.Rc0
辺りはもうすっかりと夜の帳が下りているが、まだまだ暑い。
夏特有のじめっとした空気が、身体に纏わりついてくる。
汗で張り付いてしまいそうなシャツを手で摘み、パタパタと乾かす。
額から滴る汗は、既に湿ってしまったハンカチで拭き取る。
あまり良い気分ではない。
こんなじめじめした空気の中にいると、つい自然と思考まで湿っぽくなってきてしまう。
( ^ω^)「……」
今、存在しているドクオは、ショボンは、荒巻博士の言うところの「オリジナル」では無い。
彼らは既に、テレポート装置を利用したことが何度かある。
所謂、「スワンプマン」だ。
中学の頃、ワイワイと遊んでいた彼らとは別人だと言うのか。
( ^ω^)
頭の中で、即座に否定する。
別人のわけがない。
ドクオはドクオ。ショボンはショボンだ。
82
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:42:08 ID:jK9Wh.Rc0
そもそも、「オリジナル」とは一体何なんだ。
たとえばドクオの分子構造は、昨日と今日で全く同じということはない。
もっと細かい区切りで見ても、全く同じ状態なんて存在しない。
例を挙げるなら、オムライスを食べる前のドクオと、オムライスを食べた後のドクオ。
この2つを比較すると、当然ドクオを構成するものは異なる。
ドクオの胃の中にはオムライスが入っているし、食後のプリンだって体内に吸収されている。
食事中に飲んでたお茶だって、今ではドクオを構成する物質の一つだ。
極論、1秒前の自分と今の自分だって、別人だとさえ言えるだろう。
しかし、本当に別人であろうか?
たった今、瞬きした瞬間、僕が僕でなくなるというなら。
一体、僕とは何なのか。
僕という物質は、どの状態のことを言うのか。
83
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:43:00 ID:jK9Wh.Rc0
つまり、「オリジナル」なんてものは存在しないのだ。
人間の身体は、決して不変的なものなどではない。
昨日の僕と今日の僕が、同じ僕であるという証明なんて、他の誰にも出来やしない。
それを唯一証明出来るのは、自分の意識だ。
ドクオはスワンプマンになっても、5年以上前に買ったゲームのことだって覚えているし、美味しい料理を作ることが出来るし、彼女が出来ないし、内藤ホライゾンと友達だ。
ショボンはスワンプマンになっても、優しいし、ホモ臭いし、彼女に振られ続けるし、内藤ホライゾンと友達だ。
彼ら自身の意識が、記憶が、体験が、心が。
自分を自分だと証明している。
84
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:43:43 ID:jK9Wh.Rc0
しかし。
その意識すら、記憶すら、体験すら。
機械によって、0と1で構成された「ツクリモノ」だったら。
果たしてそれは、「ホンモノ」と言えるだろうか。
唯一、自分を自分と証明できる、彼ら自身の「心」でさえも。
他人によって作られた、「ニセモノ」だっていうのなら。
僕は、彼らをちゃんと、受け入れることが出来るだろうか。
.
85
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:44:52 ID:jK9Wh.Rc0
「――ちょっと!!」
( ^ω^)「!!」
唐突に後ろから突き刺さる、聞き慣れた女性の声。
そのたった一言が、泥沼のような深い深い思考から、僕を掬い上げてくれる。
ξ゚⊿゚)ξ
津出ツン。
僕の、恋人だ。
まさかこんなところで出会うとは思っても無かったので、驚いた。
(;^ω^)「どうしてこんなところにいるんだお? 夜も遅いし、危ないお」
ξ゚⊿゚)ξ「バイトが長引いちゃったのよ。そんで帰ろうとしたら、偶然あんたを見かけたの」
ほら、と紙袋を見せてくる。
きっと中に、バイト用の制服でも入っているのだろう。
そういえばツンのバイト先の飲食店は、ここからすぐ近くだった気がする。
86
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:46:17 ID:jK9Wh.Rc0
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンこそ、どうしたのよ。まさか他の女の子と遊んでたんじゃないでしょうね?」
( ^ω^)「おっおっ、バレちゃったお。実はドク美とショボ子っていう2人と遊んでたんだお」
ξ゚⊿゚)ξ「まーたあいつらか……友達付き合いが良いのは分かるけど、たまには私にも構ってよね」
そう言い、少し頬を膨らませる。
確かに、最近ツンに構ってやれてない。
そもそもそれは、ツンとデートの行き先について喧嘩になったからだ。
あれから少し気まずかったので、意識的にこちらから連絡を控えていた。
どうやらもう、機嫌はなおったようだ。
ギスギスした雰囲気は得意でないので、ありがたい。
( ^ω^)「……夜も遅いし、家まで送るお。ほら、それ貸すお」
ξ゚⊿゚)ξ「あら、珍しく紳士的ね。せっかくだし、お言葉に甘えようかしら」
87
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:47:26 ID:jK9Wh.Rc0
彼女から紙袋を受け取る。
やはり中身は制服だったようで、それほど重くない。
そのまま横に並んで、2人で歩を進める。
ツンの家は、途中まで僕の家と同じ方向だ。
喋ることも思いつかないので、暫くは無言でいる。
だが不思議と、気まずい無言ではない。
先に口を開いたのは、ツンの方だった。
ξ゚⊿゚)ξ「……最近、ごめんね。ちょっとキツく当たってたでしょ」
今日の彼女は、やけにしおらしい。
こんなことを言うと、照れ隠しに1発貰ってしまうことが目に見えているので、心の中に仕舞っておく。
代わりに僕の口から出たのは、謝罪。
( ^ω^)「こちらこそ、ごめんだお。ほら、VIPタワーの件」
88
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:48:36 ID:jK9Wh.Rc0
ツンとはこの間、デート先について一悶着あった。
彼女はVIPタワーの夜景を観に行きたいと主張していたのだが、僕は得体の知れないテレポート装置を使うことを頑なに拒んでいた。
するとツンは、せっかくVIPタワーに行くのに、なんでわざわざ長時間エレベーターで寿司詰めにされねばならないのか。
そう反対し、僕と意見が食い違った。
流石にデートで別行動は避けたいので、僕がVIPタワーへ行くこと自体を渋っていたら、次第にエスカレートして行き、喧嘩になったのだ。
こうして思い返してみると、なんとも下らない喧嘩だったなぁ。
きっかけは些細なものだったが、お互い引くに引けなくなり、どんどんヒートアップしていった結果である。
ξ゚⊿゚)ξ「いいのよ。私の方こそ、あんたのこと考えてあげられなくてごめんね」
僕のこと。
そう、元はと言えば、僕が頑なにテレポート装置を拒んだことが原因なのだ。
89
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:51:06 ID:jK9Wh.Rc0
だが、得体の知れないという理由だけで毛嫌いしていたテレポート装置は、実際健康上の被害が皆無だと言う。
無知は罪なり、とはよく言ったものだ。
ただ、その代償により得た知は、空虚どころでは済まされないものだったが。
ツンの横顔を盗み見る。相変わらず綺麗だ。何年見続けていても飽きない。
しかし、そう。
彼女もまた、スワンプマンなのだ。
一度張り付いた嫌な考えを上書きするように、次の話題を探す。
( ^ω^)「それより、埋め合わせの件だお。前の土曜日の」
90
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:52:23 ID:jK9Wh.Rc0
ξ゚⊿゚)ξ「ああ、あれ。そういえば結局、何をさせられたの?」
( ^ω^)「ゼミのことだったお」
ξ゚⊿゚)ξ「ふーん」
適当な相槌をうたれる。あまり興味が無いようだ。
杉浦教授には、荒巻博士の実験について他言無用だと事前に告げられていた。
漠然と、有名人だから仕方ないと考えていたが、そんなレベルの問題ではなかった。
今思うと、当然だろう。
こんな情報がむやみやたらと広まったら、大パニックどころでは済まない。
というか、発表から3年経った今でも表面化してないのが不思議なくらいだ。
取り敢えずツンには、教授に呼ばれたということだけ伝えておいた。
そのおかげでデートの予定が先延ばしになってしまったわけだが、あまり根に持っていないらしい。
91
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:54:36 ID:jK9Wh.Rc0
ξ゚⊿゚)ξ「……別に、ね。私は無理してデートがしたいわけじゃないんだ」
声のトーンを少し落とし、ツンは話す。
ξ゚⊿゚)ξ「でもほら、なんていうか、さ。周りの子とかの話を聞くと、みんなもっと、恋愛にこう、……精力的、なんだよね。うん」
言いたいことが纏まってないのか、途切れ途切れに言葉を紡いでいる。
周りの音が小さくなったように感じた。
( ^ω^)「……精力的?」
ξ゚⊿゚)ξ「そう……ほら、話題のお店に並んだり、旅行に行ったり、そういう感じがさ」
ツンの交友関係を熟知しているわけでは無いので詳しくは分からないが、ツンの周りではそういった人間が多いらしい。
92
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:55:16 ID:jK9Wh.Rc0
そういえば、ツンがやけにデートに拘り始めたのは、今年に入ってからだったか。
ξ゚ -゚)ξ「けど私たちは、なんかもう、そういうことする感じじゃなくなってると言うか……少し、冷めてる気がするんだよね」
言われてみると、そうだろうか。
僕は特に気にしてなかったが、確かにそうかもしれない。
ξ゚ -゚)ξ「それが、その……そろそろ振られちゃうんじゃないかって、不安になってきて」
思わず目を見開き、歩幅がズレる。
僕が、ツンと、別れる?
頭の片隅にもなかった考えを、唐突に目の前に突き出され、思わず動揺する。
しかし、そんな僕の様子の変化に気付いていないのか、ツンは続ける。
93
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:56:45 ID:jK9Wh.Rc0
ξ゚ -゚)ξ「だから、今までに行ったことのない場所に行ったりして、新鮮さを取り戻そうかと思ったんだけど……」
ξ゚ー゚)ξ「……私ってば、空回りばっかしちゃって。逆に喧嘩は増えちゃうし、ダメダメだったね」
泣き笑いみたいな表情を、こちらに向ける。
心なしか、声が震えているように聞こえるのは、気のせいだろうか。
そしてこの時、理解した。
僕の、本当の気持ちを。
安心してくれ、ツン。
君のそんな心配は、全て杞憂なのだ。
だってそうだろう?
荒巻博士のあんな実験に付き合わされても、ツンと別れるという発想に今まで至らなかったことが、何よりの証拠じゃないか。
僕は君を、手放したりなんかしない。
手放してやるもんか。
( ^ω^)「……僕は、昔の関係も、今の関係も、両方好きだお。どっちが良いとか、選べないお」
94
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:58:13 ID:jK9Wh.Rc0
( ^ω^)「それでも、ツンが以前のような関係を望むと言うなら。僕は全力で、それに応えるお」
改めて言葉にするのは、とても恥ずかしい。
でも、今言わなければいけない気がする。
この言葉は、ツンだけにじゃない。
僕にも伝えなければならないものだ。
だから、告げよう。
( ^ω^)「――だって、僕は、ツンが好きだから」
( ^ω^)「どんな形であろうと、ツンのことが大好きだから」
思いの丈を、拙い言葉ながら、ぶつける。
そして、自分で再確認する。
きっと、難しく考え過ぎていたのだろう。
「オリジナル」だとか。
「スワンプマン」だとか。
そんなことは、関係ない。
僕はツンのことが好き。
ただそれだけだ。
本当に、たったそれだけのことだった。
95
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:59:39 ID:ZRYoA5Q.0
いや面白いなこれ。
96
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 16:59:41 ID:jK9Wh.Rc0
ξ*゚⊿゚)ξ「……ばーか。勘違いしないでよね」
ξ*゚ー゚)ξ「私は、ブーンと一緒に居られるだけで、十分幸せなんだよ」
こんなに可愛い笑顔を浮かべる彼女が。
こんなに可愛い笑顔を作れる心を持った彼女が。
ニセモノのわけがない。
ツクリモノのはずがない。
今、僕の隣にいる彼女は。
僕の右手に、そっと指を絡めてきた彼女は。
赤面しながらも、満面の笑みを浮かべている彼女は。
紛れもなく、津出ツンだ。
そんな当たり前のことに、やっと気付く。
97
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:00:28 ID:jK9Wh.Rc0
久しぶりに見た、恋人の笑顔。
何故かそれだけで、全てが救われたような気になった。
* * *
98
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:02:19 ID:jK9Wh.Rc0
彼女のマンションのエントランスホールまでたどりつく。
時刻はもう、夜の10時を回っていることだろう。
辺りには誰もいない。
繋いだ左手を名残惜しそうに手放し、僕にそっと告げる。
ξ゚⊿゚)ξ「……ここまでで良いわ。今日は本当にありがとう」
左手をスカートの横まで下ろし、ぎゅっと握りしめている。
代わりに差し出された右手が、僕の目の前に留まる。
( ^ω^)「……?」
ξ゚⊿゚)ξ「か、み、ぶ、く、ろ!」
(;^ω^)「おっ!」
99
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:03:17 ID:jK9Wh.Rc0
すっかり忘れていた。
あやうくこのまま持って帰るところだった。
左手に持っていた紙袋を、ツンに手渡す。
ξ゚⊿゚)ξ「持ち帰って何をする気だったのよ! この変態!」
(;^ω^)「ひっでぇ誤解だお」
ξ゚ー゚)ξ「……ふふっ」
こんな軽口を言い合える関係が、僕は好きだ。
いや、「好き」では収まらないかもしれない。
きっと、僕はツンを――
100
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:03:51 ID:j55wpHwA0
食テロがいい味だしてる
101
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:03:58 ID:kMxSUOw.0
まだ読んでないけどスワンプマン?
102
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:04:38 ID:jK9Wh.Rc0
ふわり、と
視界が唐突に遮られる。
僕の唇に、柔らかいものが当たる。
嗅ぎ慣れたシャンプーの香りが、僕の鼻腔を擽る。
突然起きたその事態に対し、いつまでもこの感覚に浸っていたい、と本能が訴えかけてくる。
しかしそれは、1秒も経たずに終わりを告げた。
視界が開けた時、僕に残っていたのは、少し湿った唇。
それと、微笑みを浮かべたツンの姿だった。
ξ゚ー゚)ξ「またね」
103
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:05:44 ID:jK9Wh.Rc0
ああ、ツン。
どうしてこうも愛おしい。
これじゃあもう、君のこと以外考えられないじゃないか。
「オリジナル」と「スワンプマン」の垣根なんて、君の前では無に等しい。
この気持ちは。感情は。想いは。
決してハリボテなんかじゃない。
紛れもない、本物の「愛」と呼んで良いだろう。
104
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:06:44 ID:jK9Wh.Rc0
それを、証明してみせよう。
( ^ω^)「ツン」
「一緒に、行きたいところがあるお」
僕なりの、覚悟だ。
* * *
105
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:07:46 ID:QHfdNIxk0
やべえ今ぞくっとした
106
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:08:19 ID:jK9Wh.Rc0
「ねぇ、本当に良いの?」
「良いんだお」
「でも、今まで凄く嫌がってたのに……」
「おっおっ、吹っ切れたんだお」
「なら良いけど……」
「そんなことより、ここ。前から行きたいって言ってたおね?」
「そうね、凄く楽しみ。あのしょぼくれには感謝しないとね」
「僕はお昼ご飯が楽しみだおー」
「まったく。いつも食べることばっかりなんだから」
『次の方々どうぞー。チケットとテレポートカードの準備をお願いしまーす』
「あ、そういえば。あんたは初めてだから、カードまだ無いんだっけ」
「ちゃんと事前に作っておいたお」
「なら良かった。これでお願いします」
『……はい! 確認しました!』
『それでは、海底300メートルの旅を、どうぞお楽しみください!』
.
107
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:09:41 ID:jK9Wh.Rc0
旧い自分に、さよならを交わそうか。
いや、必要ない。
「ツン」
「なぁに、ブーン」
「――愛してるお」
返事を聞く前に、意識が途絶える。
しばらく、おやすみ。僕。
.
108
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:10:41 ID:jK9Wh.Rc0
case.A 内藤ホライゾン
実験終了
109
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:11:57 ID:jK9Wh.Rc0
今日はここまで
今から続きの書き溜めを進める作業に戻ります
間に合わなかったらごめん
ありがとうございました
110
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:15:06 ID:kMxSUOw.0
乙んこ
スワンプマン物は深いなぁ
111
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:15:42 ID:b6XXvZik0
有名な思考実験を題材に読めると思ってなかった、楽しい
ぜひとも間に合ってくれ
112
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:27:10 ID:j55wpHwA0
おつ
不穏な流れに食テロや日常会話があるから安心してゆっくり読めたわ
ブーンはテレポートしちゃうのかー、その場合報酬は無しになるのか?
当人達が幸せなら良いよね。ブーンが前の自分を旧い、今の自分を新しい自分だと思えればいいな
113
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 17:54:16 ID:Ew2neXTo0
乙
こうやって三者三様の結論を出していくことになるのかな
残り二人のケースとこの話自体の結末が早く読みたい
あと途中のオムライスにハートケチャップで笑ってしまった
それくらい入りこめてた 面白かったです
114
:
名無しさん
:2016/03/30(水) 20:33:04 ID:HoVUdGr.0
切ないなぁ
三者三様の答えが楽しみだ
乙
115
:
◆qRAFc2g8TE
:2016/04/03(日) 15:24:54 ID:gxLDXQXc0
取り敢えずしぃパートは完成したので、今からその分を投下します。
完結してから読みたいという方は、もう少しお待ちください。
次回投下分で完結です。
なんとか今日中に書き上げてみせます。
116
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:25:24 ID:gxLDXQXc0
前回の訂正
>>75
/ ,' 3「スワンプマンの話で登場した、汚泥。これは所詮、空想だ。素材には適さない。仮に実現出来たとて、不完全要素が多過ぎる」
↓
/ ,' 3「スワンプマンの話で登場した、汚泥。これは所詮、空想だ。素材には適さない。仮に実現出来たとて、不確定要素が多過ぎる」
117
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:26:19 ID:gxLDXQXc0
嘘だ。
嘘だ。
嘘だと言って。
お母さんが、お父さんが、お姉ちゃんが、ギコくんが。
ニセモノだなんて。
.
118
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:26:56 ID:gxLDXQXc0
case.B 猫田しぃ
.
119
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:28:09 ID:gxLDXQXc0
気がついたら、もう家に着いていた。
帰り道、内藤くんに何か言われた気がするけど、記憶に残ってない。
それくらい、博士に伝えられた内容は衝撃的過ぎた。
鍵を開けて家に入る。
すると、パタパタと足音がこちらに近付いてくる。
(#゚;;-゚)「おかえり、しぃ。遅くまでお疲れ様」
猫田でぃ。
1つ違いの、私の姉。
実家暮らしなので、いつもなら家に両親も居るのだが、今は居ない。
確か朝に、2人で野球の試合を観に行くと言っていたはず。
今、この家に居るのは、私と姉の2人だけだ。
(* ー )「……」
いつもはちゃんと「ただいま」と返すのだが、残念ながら今の私にそんな余裕はない。
無言で靴を脱ぎ始める。
120
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:29:22 ID:gxLDXQXc0
(#゚;;-゚)「……今日はお姉ちゃん、クリームシチュー作ったよ。一緒に食べよう?」
私の様子がおかしいことを悟ったのか、幾分か声音が柔らかくなる。
どうやら心配してくれているみたい。
ありがたいのだが、今はその優しささえも逆効果だ。
(* ー )「……うん」
(#゚;;-゚)「ほら、早く手洗っておいで」
そう言い残し、台所に戻っていく。
ちょっとドジだけど、優しくて、頼りになる、本当に自慢の姉だ。
でも、なんでだろうな。
いつもみたいに「お姉ちゃん」って呼べないや。
121
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:32:06 ID:gxLDXQXc0
手を洗い、食卓に着く。
目の前には湯気が立ったシチューと、焼き直されたパンが並べられている。
両手を合わせて、一緒にいただきます。
スプーンを持ち上げることすら、億劫に感じてしまう。
姉の作るシチューは、具材がいびつな形でゴロゴロしている。
真っ先に目を惹くのは、鮮やかな人参。
少し不恰好なそれは、白い世界に彩りを添えている。
中まで火が通っているか不安になるが、時間をかけてじっくりと煮込まれているのでほくほくだ。
次に目に留まるのは、透明な大根。我が家では定番の具材。
お店とか他の家だと大根を入れてなくてびっくりした覚えがある。
母が作ったシチューはもっとしっかりした歯応えだが、こちらは少し溶け過ぎているようだ。
こちらも嫌いではないが、比べたらやはり母の方が美味しい。
122
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:34:01 ID:gxLDXQXc0
お肉は鶏肉。
こちらはちゃんと、食べ易い大きさに切り分けられている。
鶏から滲み出た出汁が、より一層シチューに深みとコクを与えている。
たまにベーコンの時もあるが、私は鶏肉の方が好きだ。
他には玉ねぎやジャガイモが入っていたのだろうが、形が無くなるくらいに溶け出してしまっている。
いつもなら文句無しに美味しいと感じるシチューだが、どこか味気ない。
(#゚;;-゚)「……しぃ、何かあったの? お姉ちゃんに相談してもいいよ?」
毎回料理を自分で作った時はいそいそと味の感想を聞いてくるのに、今日はそれもない。
きっと本気で心配されているのだろう。
123
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:34:39 ID:gxLDXQXc0
(* ー )「ごめんね……大丈夫だから……ごめんね……」
それでも私は、応えられない。
うわ言のように、ごめんねと繰り返す。
涙で滲んだ目にも、シチューの色は白く映った。
* * *
124
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:35:46 ID:gxLDXQXc0
夕飯が終わり、2階の自分の部屋に向かう。
結局パンまで行き着かず、夕飯はシチューだけで済ませた。
不思議ともうお腹は空いていない。
いや、元から空いていたかすら分からない。
食事を作ってもらった手前、洗い物くらいは私がやろうと思ったのだが
(#゚;;-゚)『いいよ。今日は私に任せて』
と、言われた。
本当に出来た姉だ。
誇りにすら思える。
だからこそ、苦しい。
彼女がニセモノだなんて。
125
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:36:44 ID:gxLDXQXc0
スワンプマンはニセモノだ。
人間じゃない。
いくら人間に似ていても、それはあくまで人間のフリをした「何か」に過ぎない。
何故違う?
何が違う?
どこが違う?
わからない。何が違うんだろう。
だが、絶対そんなの同じじゃない。
荒巻博士の理論は、間違っている。
駄々っ子のような反論だ。
いや、まるで反論にすらなっていない。
X=YだからXとYは同じ、というのは数学の世界の話だ。
イコールの記号は、そこまで万能なものではない。
そもそもこの世界に、イコールで結べるものなんか存在しないんだ。
XとYの値が同じだろうが、XはX。YはYじゃないか。
126
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:37:35 ID:gxLDXQXc0
だって、博士の理論を認めてしまったら。
死んでしまった、オリジナルの気持ちはどうなる。
天国で、自分と同じ存在が自分に成り代わっているのを見て。
彼らは、彼女らは、一体何を思うだろうか。
自分なら嫌だ。絶対に嫌だ。
自分の愛する家族が、自分に似た形のナニカと共に生活するのを見て。
自分の愛する友人が、自分に似た形のナニカと共に日常を送るのを見て。
自分の愛する恋人が、自分に似た形のナニカと共に愛を語らうその姿を見るだけで。
きっと私は狂ってしまう。絶対に狂ってしまう。
死んでも死にきれないことだろう。
ニセモノなんかに、私の代わりは務めさせられない。
私はスワンプマンを、許容できない。
.
127
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:38:58 ID:gxLDXQXc0
ピロリン、と。
場違いな電子音が部屋に響く。
ポケットから鳴ったそれは、私の元に連絡が来たことを知らせる合図だ。
スマートフォンを手に取り、確認する。
差出人はミセリ。
私の友人の1人。
確か彼女は、テレポート装置を使ったことのない、オリジナルの人間だったはず。
先月のいつか、その話題で少し盛り上がったことを覚えている。
内容は、ディナーのお誘いだった。
そういえば、この前は何か話をしたがっていたような。
あれから今日まで忙しくて、つい忘れてしまっていた。
私もミセリと話をしたかったので、承諾する。
3日後の火曜日に約束を取り付け、メール画面を閉じた。
するとディスプレイに、ポップアップが現れる。
ソフトウェア・アップデートのお知らせだ。
特に何も考えることなく、更新を選択した。
明日になったら終わっていることだろう。
128
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:40:02 ID:gxLDXQXc0
その時。
ガチャリ。
階下から、扉の開く音。
我が家に誰かが入ってきた。
ただいま、と聞き慣れた声。
おかえり、と聞き慣れた声。
やめて。
これ以上、私の周りをニセモノで埋め尽くさないで。
* * *
129
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:49:11 ID:gxLDXQXc0
火曜日、夕方の6時過ぎ。
私は大学近くの喫茶店に居た。
向かいの席の主は、まだ来ない。
少し早く着き過ぎただろうか。
彼女は少し、時間にルーズな節がある。
カランカラン
喫茶店の扉が開く。
私が振り向いて確認する前に、こちらに声を飛ばしてくる。
ミセ*゚ー゚)リ「しぃー! お待たせー!」
芹澤ミセリ。
近寄ってきた店員をかわして、こちらに向かって来る。
(*゚ー゚)「相変わらず遅いね。約束は6時だよ」
ミセ;゚ー゚)リ「相変わらず細かいね。まだ10分だけじゃん」
(*゚ー゚)「そっちから呼び出したんだから、それくらい合わせてくれてもいいと思うけどー?」
130
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:50:07 ID:gxLDXQXc0
ミセ;゚д゚)リ「だーもう! うっさい! あ、店員さん私はミートソーススパゲティとアイスコーヒーで!」
(*゚ー゚)「ったく……私もそれでお願いします」
「かしこまりました」
ウェイトレスの復唱を聞き流し、了承の意を伝える。
可愛い子だったな。
見覚えがある気がするけど、誰かに似てたっけ。
ミセ*゚ー゚)リ「にしても、どーしたのよあんた。ちょっと痩せたんじゃない?」
(*゚ー゚)「そう? ダイエットの賜物かな?」
へらりと笑って答える。
痩せた、か。
言われてみればそうかもしれない。
最近食事もマトモに喉を通っていない。
今日だって食べたのはパン1つだけだ。
131
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:51:22 ID:gxLDXQXc0
ミセ*゚ー゚)リ「もー、ダイエットなんかしないでちゃんと食べな! ただでさえ痩せてるんだから!」
(*゚ー゚)「ごめんごめん。今日はちゃんと食べるから、ね?」
_,
ミセ*゚ー゚)リ「むー……」
(*゚ー゚)「それより、話があるんでしょ?」
ミセ*゚ー゚)リ「あーそれ!! 聞いて!!」
話題を無理矢理変える。
どうやらちゃんと、意識を逸らせたようだ。
それにしても、少し声が大きい。
もう少し静かに喋って欲しい。
ミセ*゚ー゚)リ「この前、高校時代の友達と久々に遊びに行ったわけよ。あ、勿論女子ね?」
(*゚ー゚)「あー、この前言ってた人? なんかすっごい真面目な人だって」
ミセ*゚ー゚)リ「そーそーそれそれ」
132
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:53:55 ID:gxLDXQXc0
私とミセリは大学に入ってからの仲だ。
流石にお互いの高校時代の交友関係までは把握していない。
ミセ*゚ー゚)リ「そいつは私と違う学部に進学したから、今まであんまり会う機会が無くてさ。丸々1年振りくらいに、遊びに行ったのよ」
ミセ*゚д゚)リ「そしたらそいつってば!! なんか服はオシャレになってたし、化粧なんか覚えちゃって!! もう纏うオーラが変わってたのよ!!」
(;*゚ー゚)「へ、へぇ」
オーラて。なんじゃそりゃ。
言いたいことは分からなくもないけど、もう少し言い方があるだろう。
あと、もっと声を抑えて欲しい。
話に熱が入るほど、ミセリの声のボリュームが上がっている。
隣のお客さんも、さっき来た向こうの店員さんも、こっちをチラチラ見てる。
恥ずかしいったらありゃしない。
133
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:54:47 ID:gxLDXQXc0
ミセ*゚Д゚)リ「高校の頃は『委員長』とかいうあだ名が付いてたようなやつがだよ!? あれは間違いないね!! 男だよ!! 男が出来たんだよ!!」
(;*゚ー゚)「別にそうとは限らないと思うけど……ていうか、それでもべつにいいじゃん。素直におめでとうで」
_,
ミセ*゚д゚)リ「ちーがーうーのー!! 確かにおめでとうだけど、私を置いてったのが許せないの!!」
本日2回目のなんじゃそりゃ。
理不尽にも程がある。
発言からも分かるよう、ミセリには彼氏が居ない。
ルックスは悪くないはずなのだが、ご覧の通りこの喧しい性格のせいで、中々男が寄って来ないようだ。
ミセ*゚ー゚)リ「あーあー。イイ男でも空から降って来ないかなー」
(*゚ー゚)「あはは……」
134
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:55:41 ID:gxLDXQXc0
私の把握している中で、唯一と言っても過言ではない「オリジナル」の友人。
彼女と話しているだけで、一時的に嫌な事から離れられる。
いつもみたいに馬鹿な話を交わし合うだけで、日常を実感することが出来る。
ミセ*゚ー゚)リ「あんたはギコくんとどーなのよー?」
(*゚ー゚)「……どう、って?」
ミセ*゚ー゚)リ「ほらー、なんか今度飲みに行くとか言ってたじゃん?
(*゚ー゚)「……うん」
ミセ*゚ー゚)リ「ありゃ、何かあったの? 喧嘩でもした?」
そんな時間も、長くは続かない。
彼の名前を出されたら、嫌でも現実に引き戻されてしまう。
135
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:57:05 ID:gxLDXQXc0
この質問は、答えづらい。
ギコくんとは喧嘩もしてないし、むしろ関係は良好だ。
ミセリの言う通り彼の家で一緒に飲む約束もしたし、おそらくは泊まりになることだろう。
ギコくん性欲強いし。
でも、ギコくんはギコくんじゃない。
彼はずっと前に、テレポート装置を使ったことがあるらしい。
「オリジナル」じゃない。
「スワンプマン」だ。
そこに無視出来ない、壁がある。
(*゚ー゚)「……別れようかな、って思ってるんだよね」
ミセ;゚ー゚)リ「……へ、はぁ!? 急にどうしたの!?」
136
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 15:58:32 ID:gxLDXQXc0
確かに急な話だ。
事実、3日前の土曜日までは、こんな考え全く無かった。
博士のあんな話を聞くまでは。
だが、ニセモノだと知ってしまった。
ニセモノだと知らされてしまった。
あの話を全て嘘だと跳ね除けることは、私にはとても出来なかった。
別にギコくんはニセモノであっても、変わらず優しいし、頼りになるし、私のことを愛してくれているだろう。
でも。それでも。
私はそれを、黙って見過ごせない。
ホンモノのギコくんに失礼だからだ。
だから、ケジメとして別れる。
そう心に決めた。
私には、ニセモノを認めて今までと変わらず付き合っていくことなんか出来ない。
137
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 16:00:29 ID:gxLDXQXc0
「お待たせ致しました」
ミセリからの質問攻撃を懸命に受け流すこと数分。
気が付くと、ウェイトレスさんが割って入ってきた。
運ばれてきたのは、大皿のスパゲティとアイスコーヒー。
濃縮されたトマトの香りと仄かなチーズの香りが、食欲を刺激する。
大皿の中央に盛り付けられたパスタが、薄い黄色と赤茶色と淡い白色のコントラストを描いており、とても綺麗だ。
会話よりも食事の方に興味が移動したらしく、ミセリのお腹がぐぅと鳴る。
ミセ*゚ー゚)リ「……とにかく、一度話し合った方が良いって絶対! 一時の気の迷いでそんなこと決めたら、ずっと後悔しちゃうよ?」
話し合い。
ニセモノのギコくんと話し合って、一体どうなるのだろう。
138
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 16:01:47 ID:gxLDXQXc0
(*゚ー゚)「……うん。そうしてみる」
取り敢えずは肯定しておく。
確か約束は、明後日だったっけ。
どうするにしろ、一度話し合わないといけないか。
一先ず会話は中断。食事タイムだ。
フォークとスプーンを構え、ミートソースを崩そうとしたその時。
ふと、気になることがあった。
(*゚ー゚)「そういえばミセリ、その友達とは何処に行ったの?」
ミセ*゚ー゚)リ「むー?」
少しタイミングが悪かったようだ。
ミセリはもう口いっぱいにスパゲティを頬張っている途中だった。
ゴクン、とこちらにまで聞こえてきそうな勢いで飲み込み、私の質問に答える。
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