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時をかける俺以外
5
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:34:13 ID:/OZyJZx20
学校の屋上は案外汚いものだ。
舞い込んできた砂埃や落ち葉などは掃除もされずに散らばって混ざり合っている。鳥の糞もいくつもある。
こんなところに踏み込むのは、長期期間中に天体観測をする天文部くらいしかいなかった。
('A`)「俺は天文部じゃ無いんだけどな」
ξ゚⊿゚)ξ「なによ、文句あるわけ」
鏡筒を片付けながらこっそり言ったつもりなのに、ツンには聞こえていたらしい。
ξ゚⊿゚)ξ「どうせ休みの暇な時間を寝てばっかりで過ごしているんでしょう。不健康きわまりないわね」
('A`)「決めつけるなよ。まあ、そのとおりだけど」
ξ゚⊿゚)ξ「だったら、こうして運動の機会を与えてやった幼馴染みに感謝してもらいたいものだわ」
ツンの言葉に生返事をしながら、片付けを続ける。
鏡筒の載っていた、斜めに向いた台座がすっかり冷たくなっていた。
赤道儀という部品だ。
台の水平面を天の赤道に合わせ、鏡筒を載せれば、円を描くようにして目当ての星の軌道を追うことが出来るようになる。
太陽を追うあの花がヒマワリというのだから、こちらはさながらホシマワリ、ツキマワリといったところか。
6
:
名無しさん
:2016/03/27(日) 22:34:29 ID:u2MvXLZI0
なんかわろた
7
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:35:13 ID:/OZyJZx20
望遠鏡が設置されたのは休みが始まってすぐのことであり、顧問に頼めば部員はいつでも好きな時間に空を観測できた。
('A`)「横着な部活だな。雨が降りそうになって慌てて片付けるなんて。観測が終わるたびにすぐにしまえばいいだろ」
ξ゚⊿゚)ξ「帰りが遅い時間にならないように、って先生が先に帰してくれてるのよ。いい人なの。もうおじいちゃんだけど」
歳を言い訳にして、顧問の先生も望遠鏡を放ったらかしにしているということらしい。
話している間にも、空には黒ずんだ雲が広がりつつあった。
カラスの群れの鳴き声に混じって、不穏な遠雷も微かに聞こえる。
急がなきゃ、とツンが慌てて校舎の中へと入っていき、扉を音を立てて閉めた。
後を追って立ち上がろうとして、ふと街へ目を向けた。
屋上から、街の全景が見渡せる。翻って言えばそれくらい屋根の低い街だ。
四方を囲む山々を越えたらさらなる田舎が広がっていると聞く。
都会と呼べる場所に出るには、私鉄に乗って、両手で数え切れないくらいの駅を越えなければならない。
視線を下げれば野球部が練習していた。
小さなフィールドに散らばった白いユニフォームの部員たちがなにやら騒いでいる。
8
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:36:14 ID:/OZyJZx20
俺の頬に冷たい滴が当たって、雨が降り始めたとわかった。
瞬く間に雨の勢いが強くなる。校庭には誰もいなくなった。水たまりができあがり、視界がより一層暗くなる。
さらに視線を下げると、校庭と校舎との境目に伸びる花壇が見えた。刈り込まれた低木の葉にみっしりとクチナシの花が咲いている。
ふらふらと足を進めて、屋上の縁まで歩んでいった。
フェンスはあるが、乗り越えるのは簡単だった。
落ちれば、あっという間に死ねる。
金網に手をかけた。
ξ゚⊿゚)ξ「ドクオ」
声はすぐ左横から聞こえた。
9
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:37:14 ID:/OZyJZx20
(;'A`)「う、うわ」
ξ゚⊿゚)ξ「なに驚いているのよ。びしょ濡れだし」
指摘を受けながら、俺はまじまじとツンを見つめた。かくいうツンは折り畳み傘をさしている。
いつから隣にいたのだろうか。
('A`)「お前、いつの間にそこに来たんだ」
冗談ではなく、本気で尋ねていた。
屋上へと続く扉が閉じる音を俺は確かに聞いていた。錆びついたドアは、開くとき必ず音を発する。
('A`)「扉が開く音、しなかったと思うんだが」
ξ゚⊿゚)ξ「はあ? 何言ってんの。扉は開けておいたわよ」
('A`)「……え?」
お前こそ何を言っているんだ、と言い返そうとして、俺は口を噤んだ。
扉の閉まる光景を確かに目にしていたし、音も聞いた。
その一方で、扉が開けっ放しになった光景も、俺は覚えている。
記憶が入り交じっている。どちらが勘違いなのか、はっきりしない。
10
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:38:21 ID:/OZyJZx20
ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫?」
二の句が継げないでいる俺の顔を、ツンが下から覗き込んできた。
ξ゚⊿゚)ξ「顔色悪いよ。雨に当たりすぎたんじゃない? 早く入りなよ」
ツンは俺の服の袖を掴み、有無を言わさず引っ張った。
よろめきながらもツンの後ろについて行く。
扉が開かれた。軋んだ音が響く。
この音をさっき俺は聞いただろうか。思い出せない。
本当に俺の思い違いだろうか。
ξ゚⊿゚)ξ「ほら、早く」
先に入ったツンが俺を手招きする。
ふと、気づいた。
('A`)「望遠鏡は?」
振り返れば、屋上には何も転がっていなかった。
11
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:39:14 ID:/OZyJZx20
ξ゚⊿゚)ξ「もう全部仕舞ったわよ」
言葉を失っている俺の脇で、ツンが屋上への扉を閉めた。
途端に雨が強く扉に打ち付け始めた。
∞∞§
雨が止むまで校舎の中にいた。
文化祭の準備に勤しむ同級生と話しているうちに、雨音が遠くなり、赤い夕焼けが雲間から差し込んだ。ほんの通り雨だったらしい。
帰る方向が同じだからと、ツンは俺と一緒に学校から出た。
ξ゚⊿゚)ξ「二人で帰るのは久しぶりね」
('A`)「ツンはいつも勉強して帰るものな」
ξ゚⊿゚)ξ「あんたがいつも速攻で帰るからよ」
国道沿いの歩道を進んだ。
平日の夕方ということもあり、道行く人の数は比較的多い。それでも横断歩道を渡って脇道に逸れれば、静けさが増していった。
12
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:40:21 ID:/OZyJZx20
小さな商店街の入り口でバス停に辿り着いた。
すでに三人ほどのおばさんが並んでお喋りをしていた。
俺とツンはその横に並んで腰掛けた。それだけで待合室はいっぱいになった。
バスが来るまであと一〇分程だ。のんびり走っているものだからいつも五分は遅れて来る。長すぎるわけでもないが、手持ちぶさたが身に染みた。
ξ゚⊿゚)ξ「そういえば、新学期には転校生が来るんだって」
屋上の鍵を返すときに担任の先生と雑談して、その話をきいたという。
ξ゚⊿゚)ξ「全体の数が四で割り切れるから、来年の修学旅行の班分け人数が綺麗に揃いそうだよ、って先生喜んでいたな。さすが数学の先生」
('A`)「そうかい」
ξ゚⊿゚)ξ ・・・
ξ-⊿-)ξ=3「少しは興味を示しなさいよ。あんたも同じクラスじゃない」
('A`)「俺が同級生のあれこれに興味を抱くと思うか」
ξ-⊿-)ξ「うわ、中二病? 高校生にもなって」
('A`)「……」
溜息をついて、口を閉じていた。顔を伏せもした。
それでもツンが俺の方を向いていて、何も言わないものだから気が散った。
13
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:42:05 ID:/OZyJZx20
('A`)「人付き合い、苦手なんだよ」
ξ-⊿-)ξ「知ってる」
('A`)「中学校ですらサボり気味だったし」
ξ-⊿-)ξ「うん」
('A`)「……反応、薄いな」
ξ゚⊿゚)ξ「中学校時代の話しなんてどうだっていいじゃない。今は高校生なんだし、関係ない」
はっきりと言い張るツンに、俺は言葉を詰まらせた。
ツンとしては真っ当なことを言っているつもりなのだろう。
実際、相手が俺でなかったら、それは一般的な応援のメッセージとなりうる。
でも、俺の場合は事情が違う。
どうしてツンは顔色ひとつ変えずにいられるのだろう。
14
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:43:22 ID:/OZyJZx20
('A`)「あの頃は、ブーンがいたからだ」
呟き声は低く重く垂れ込めた。
ほんの三ヶ月前まで俺のそばにいて、もうこの世にいない友人の名前。
彼が亡くなったときの景色や騒動が思い浮かんで、一挙に脳裏に広がった。
('A`)「あいつはもういないのに、どうして高校の奴らと仲良くなんかできるか」
抑えていたつもりだったのに、言葉の尻尾が波打った。
前に並んでたおばさんたちの会話が止んだ。
俺が大きな声を出したせいで傾聴しているらしい。
何だか急に恥ずかしくなって、耳が熱くなってくる。
腰が浮きかけていたのをゆっくり降ろした。
前を自動車が次々と通り過ぎていく。もう街灯が点されている。おばさんたちはいつの間にかまた話を始めていた。
ツンは目を見開いていた。しまった、と顔に書いてある。
俺がブーンの名前を口にしたからだろうか。
ツンは彼のことを忘れようとしているみたいだ。
15
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:44:14 ID:/OZyJZx20
様々な言葉が胸の内に湧いてくる。悔恨や痛罵、そして怒り。
何も無かったかのように振る舞うツンが許せなくて、意地でもブーンを思い浮かべ続けた。
目に力を込めて、彼の名を出そうとした。
その途端、大きな影が俺たちを囲んだ。
気がつかないうちに緑色の巡回バスの大柄な姿がバス停に横付けされていた。
あら早いのね、とおばさんの誰かが言っている。
バス停の横の時計を見ると、俺たちが待合室に来てから八分しか経っていない。
ξ゚⊿゚)ξ「いつも遅れているけれど、早く着いたんだ。こういうこともあるのね」
おばさんたちの後にツンが続いてバスへと乗り込んだ。
ξ゚ー゚)ξ「ほら、早く」
数時間前に屋上でしたときと同じように、ツンが俺へと手を伸ばしてくる。
('A`)「……手はいらねえよ」
乗り込むとすぐにバスは出発した。
乗客はとても少なく、待合室にいたメンバーから全く変わっていなかった。
∞§∞
16
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:45:12 ID:/OZyJZx20
ξ゚ー゚)ξノシ「それじゃあね、ドクオ」
バスを降りてしばらく歩いて、十字路の手前でツンが手を振った。
ξ゚⊿゚)ξノシ「休み中、寝てばっかりいるんじゃないよ」
('A`)「うるせえ」
賑やかなツンが右に曲がり、俺は真っ直ぐ進んで、塀に挟まれながら初夏の夜の湿気を感じていた。
やがて橋に辿り着いた。行きと帰りの道路と、歩道があるだけの質素な橋だ。
ブーンはこの橋の上から飛び降りて亡くなっていた。
橋の途中で足を止めた。
足下では川がごうごうと流れている。夕方の雨のせいか、水かさがいつもより増していた。
今落ちれば確実に急流に巻き込まれる。街中といえども、頭を砕く障害物は川の中にいくつもある。
ツンはもう側にいない。
元来た道を見てみても、誰もいない道を街灯がじっと照らしているだけだった。
('A`)「まさかな」
17
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:46:13 ID:/OZyJZx20
頭を振って、鼻で笑う。
死にたかった。
死んで、彼の後を追いたかった。
ツンが俺の邪魔をしている。
最近、あまりにもタイミングよく彼女が現れるものだから、そんな想像が俺の頭の中に浮かぶようになっていた。
でも、今なら邪魔は入らないだろう。
魅入られたように、橋の欄干に手を触れる。
(´・ω・`)「当たっているよ」
聞こえてきたのは、ツンの声では無かった。
18
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:47:14 ID:/OZyJZx20
俺は飛び上がるほど驚いて、身を翻し、欄干にもたれかかった。
大人に注意されると思ってあわてて振り返った。すぐに謝ろうとした。否定しようと思った。
それなのに、折り曲げようとした腰が止まった。
目に飛び込んできたのは、俺とあまり歳の変わらない少年だ。
垂れた眉毛につぶらな瞳。体格は大柄で、そして何よりも奇妙なことに、全身を覆う銀色のタイツを着込んでいた。
('A`)「……は?」
初めて出てきた言葉がそれだった。
(´・ω・`)「君の考えは当たっている」
男はゆっくりのんびり頷いて、俺に一歩近いてきた。
(´・ω・`)「君はこう考えているんだろう。この欄干を飛び降りようとすれば、ツンが邪魔しに来るんじゃないか。
さっき学校の屋上から飛び降りようとしたときに邪魔されたときみたいに、ってね」
頭の中に浮かんでいた想像と寸分違わぬ内容だ。驚愕している俺をよそに、男はさらに説明を重ねてきた。
19
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:48:12 ID:/OZyJZx20
(´・ω・`)「そしてそれは正しい。彼女は時を遡って君の自殺を幾度となく邪魔している」
男の指先がまっすぐ俺に向けられた。
突っ込みたいことは多々あった。言動もおかしいし、格好からして意味がわからない。
質問しようにもどこから訊いていいのやら。
('A`)「幾度となく?」
考えた末にその問いを口にした。
(´・ω・`)「そう。幾度となく。君、今まで何回自殺しようとしたか覚えているか」
(;'A`)「自殺って……そりゃ、それなりにだよ」
突然の質問に面食らいつつも、そう答えた
。
胸を張って言うことではないが、死にたいと思ったことなどそれこそいっぱいある。
もちろん数えてなどいない。常日頃から、厭世観を抱えて今まで生きていた。
(´・ω・`)「それじゃ、ここ三ヶ月では?」
三、と口の中で思わず繰り返した。
20
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:49:13 ID:/OZyJZx20
(´・ω・`)「もっと正確に言おうか。三ヶ月前、四月一七日に、ブーンが投身自殺したのを知ったときから、いったい何回死のうと思った?」
(;'A`)「な、なにいきなり言ってるんだよお前!」
物騒を通り越して恐怖を感じ、強い口調で言いのけた。
だが、男は顔色一つ変えずに言葉を続けた。
(´・ω・`)「教えてやろう。たった今の飛び込み未遂を合わせて合計二五七回だ。そしてそのほとんど全てがツンの介入によって食い止められている」
銀色タイツの男は両手を広げ、空を仰いだ。雲が多いが、星がいくつか瞬いていた。
(´・ω・`)「上手くいったものは君に悟られずにかき消えただろうが、強引に改変したこともあったはずだ。身に覚えが、あるんじゃないかな」
疑問符とともに視線が俺にまた向けられる。
突然な話だ。かといって、思い当たらないわけでもなかった。
(;'A`)「今朝、ツンから突然電話が来たんだ。天体望遠鏡を片付けるのを手伝ってくれって。そのとき、俺、ちょうど駅のホームにいてさ」
何の道具も用意することなく、簡単に死ぬことが出来る場所。
言いにくくて、その先は口にしなかったが、多く言葉を繋げなくても銀色タイツの男は頷いてくれた。
(;'A`)「随分タイミングがいいな、ってたしかに思ったよ。死にたくなったのも久しぶりだったし。でも、あれがまさか」
21
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:50:13 ID:/OZyJZx20
(´・ω・`)「君は今朝の九時二六分に一度死んだ」
はっきりと言い渡されて、気温が少し下がった心地になった。
(;'A`)「でも、死んだなんて記憶にないぞ」
(´・ω・`)「忘れたんだよ。同じ時間に関して、二つも記憶は要らない。片方は残り香となってそのうち消える。勘違いとしてね」
そんな、と呟くも、しばらく続きが思い浮かばなかった。
どういうわけか、人知を超えた力がツンに芽生えて、俺の自殺を阻止している。納得しろと言う方が無茶だ。
(#'A`)「知るかよ、そんなの」
銀色タイツに詰寄って、胸ぐらを掴んだ。着るにはあまりに窮屈そうな服だ。引っ張ったら伸びて黒いインナーが僅かに見えた。
(#'A`)「見た目だけじゃなく言ってることまでふざけやがって。死ぬのを全部邪魔するだあ? 俺がいつ死のうが勝手だろうが」
何度も襟元を持ち上げたが、男は動じることなく突っ立っていた。身体が頑丈にできているし、体重も俺よりはるかにあるのだろう。
22
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:51:13 ID:/OZyJZx20
(´-ω-`)「路上で破廉恥なことをするんじゃないよ」
男は目を閉じて、俺の手を掴んだ。
(;'A`)「なにを・・・・・・うっ」
尋常で無い痛みが手首からせり上がってきた。どこかしらを思い切りよく抓られたようで、思わず手を離した。
そのすきに男が俺の胸を両手でつき、橋いっぱいに再び間隔が開いた。
(´・ω・`)「どんなに頑張っても君は死なない」
男の垂れがちな目の奥から、鋭い視線が俺を射貫いてきた。
(´・ω・`)「だからもう無駄なあがきは止めろ。大人しくして、ちゃんと生きろ。ツンを悲しませるな」
(;'A`)「う、うるせえ!」
渾身の力で、男に殴りかかった。
拳は空を切った。
男の姿は無い。どこにもいない。
確かにそこにいたのに、その記憶だけが頭の中にある。
23
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:52:12 ID:/OZyJZx20
(;'A`)「現実を変える、ってこういうことかよ」
アスファルト吐いた唾が染みとなり、ぽつぽつと、似たような水跡がそこかしこに現れた。
また雨が降ってきたようだ。
腕に妙な重さを感じて、目を向けると、傘を握っていた。
コンビニで売られているような、柄の無い小さな折りたたみ傘。
当然、持っていた覚えはない。
(; A )「俺は、死ななきゃいけないんだよ」
思いっきり叫んで、傘を川へと投げ捨てた。
黒い傘が放物線を描いて飛んでいく。雨落ちに紛れてはいたものの、水面に落ちる音が耳に届いた。
∞§§
24
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:53:13 ID:/OZyJZx20
ブーンの遺体が発見されたのは川の中州だった。
俺たちの暮らしていた街の隣の、そのまた隣の市だ。
当日は天気が荒れていて川の流れも速く、発見されたときにはすでに冷たくなっていたという。
自殺が判明すると、ブーンの家に捜査が入った。
警察が玄関に尋ねてくるのを近所の人たちも見かけていた。
ブーンの母親が最初に事情聴取され、夜になって父親も警察署に連れてこられた。仕事の都合を優先していたから遅くなったのだと噂されている。
ブーンが死を選んだ原因は、望んだ高校に入学できなかったからだとされた。
珍しい理由でも無い。春休みのあの時期、進路の悩みで死を選ぶ若者の話はニュース番組でも散々取り上げられていた。
だが、ブーンが当初から学業に熱心だったかというと、俺はそうは思わない。
昔のブーンがどれだけ無邪気に遊んでいたか、幼馴染みだからこそよく知っていた。
小学生の頃のブーンは俺の家にしょっちゅう遊びに来ていた。
毎日通っていた塾が始まる前の一時間程度だが、それでもブーンは毎回ゲームをやりたがった。
外に出るのを嫌がっていたのは、今思い返せば他の知り合いに見つかるような遊び方をして親に忠告されるのが嫌だったからだったんだろう。
俺も外で遊ぶタイプじゃなかったし、学校もよくサボっていたものだから、喜んでブーンのゲームの相手をした。
一番盛り上がったのは俺たちが小学校の頃に発売されたばかりだった某社の対戦格闘ゲームで、熱中しすぎてコントローラが汗まみれになった。
25
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:54:30 ID:/OZyJZx20
そのブーンも、中学生の半ばに差し掛かると俺の家に来なくなった。
学校で見るあいつの姿は日に日にやつれていった。
勉強はものすごくできた。
学校の授業で教えている内容を何項目も先取りして頭にたたき込んでいた。
その出来映えは同級生にも有名になって、ブーンのノートのコピーは怠惰な生徒の間で出回った。
このことには俺も憤ったし、ツンはそれ以上に怒っていたが、ブーンは曖昧に笑うだけであり、むしろ喜んでいる節さえあった。
(ヽ^ω^)「僕は勉強しかしていないから、人の役に立てるようなことはこれくらいなんだお」
中学校の行事でさえ、ブーンは欠席がちだった。
三年生の初めに行われた修学旅行でさえ休んでいた。
後で体調を伺ったら、突然俯いて、目を潤ませていた。ずっと家に籠もって勉強をしていたのだという。
こうして高校生になった今になって、ブーンの行動を思い返してみるが、共感なんてできやしない。
まるで独裁政権下の住民の私生活を覗いているようだ。理にかなっているとはとても思えない。
中学生の自我ってのはそれくらい不安定なものなのだろうか。自分の親も厳格だったら、似たように従属していたのかもしれない。
26
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:55:36 ID:/OZyJZx20
('A`)「待てよ」
高校受験が迫っていた冬のある日、授業が終わって帰宅しようとするブーンを引き留めた。
(ヽ^ω^)「僕、今日は夜に家庭教師が」
('A`)「あと一時間くらいは余裕あるだろ。息抜きしようぜ」
視聴覚室にブーンを連れ込むと、先に待機していたツンがプロジェクターのスイッチを押した。
着想元は秋の初めに潜り込んだ近所の高校の文化祭だ。
土曜日ということもあり、お祭りムードの校内はどこもかしこも混み合っていた。
特に盛況だったのは体育館だ。そこではステージ一面に引いたスクリーンに、プロジェクターでゲームの画面を投影して観客にプレイさせていた。
中学三年生ともなれば、ハードとコネクタとの繋がりも理解できるようになっていた。
ツンと協力して設置した視聴覚室のスクリーンに、画面が浮かび、軽快な音楽が流れる。
その頃はもう懐かしのゲーム扱いを受けていた、例の格闘ゲームが表示された。
ξ^⊿^)ξ「ほら」
ツンがブーンにコントローラを手渡した。
27
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:56:37 ID:/OZyJZx20
ブーンがどんな顔をしていたのかは、暗くてよく見えなかった。
臨場感を出すために室内の照明を消していたのが、案外ブーンにとって好都合だったかも知れない。
試合は三回続けて行い、全て最後にはブーンが勝った。正直むちゃくちゃ強かった。そこは小学生の頃からひとつとして変わっていなかった。
時間が来るとブーンはすぐに視聴覚室を後にして自宅へ向かった。機材はすぐに俺とツンが片付けた。
その後ゲームについて先生から指摘を受けたことはない。
俺たちは誰にもばれなかったし、ブーンも家庭教師の時間には無事に間に合った。波風は一切立たなかった。
だけど、ブーンは受験に失敗した。
滑り止めに選んでいたのは、俺とツンが今通っている、中程度のレベルの私立高校だ。
ブーンが入学することになるなんて、多分誰も考えもしなかった。
28
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:57:41 ID:/OZyJZx20
受験の結果を噂で聞いてから、ブーンと連絡を取ろうとした。
結果は残念だったけど、ともに同じ学校へ通えることを嬉しく思うと伝えたかった。
だけど、ブーンが電話口に出ることも、メールで返事が送られてくることも一切無かった。
高校の入学式にもブーンは顔を出さなかった。俺とツンは偶然にもブーンと同じクラスになったのだが、それをメールで知らせても反応は無かった。
それから三週間後の土曜日にブーンは川へ飛び込んだ。
葬式会場には高校の同級生が全員入った。
一度も顔を見たことがない同級生を弔えというのも無茶な話で、ほとんど全員が困り顔のまま焼香を上げていた。
俺とツンだけが涙目で、特にツンは大声を上げて泣いていた。
他の奴らが泣かない分を背負って、棺の中のブーンに聞かせようとでもしているかのようだった。
29
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:58:36 ID:/OZyJZx20
俺も悲しかった。だがその前に、喪主であるブーンの両親に気を削がれた。
ブーンの両親は二人とも顔を揃えて喪主の席に座り、目を閉じ顔を俯かせて、焼香の終わるのをじっと待っていた。
泣いてはいなかったと思う。泣き顔を想像することもできないようなのっぺりとした顔つきだった。
息子が死んだにしては大人しすぎるんじゃないか。
違和感を抱いたまま、会食の席についた。
俺とツン以外の同級生はとうに帰っていた。
仕事が終わって駆けつけてきた俺の母を保護者として、ブーンの親戚たちに囲まれてしょっぱい料理を味わった。
焼香が終わると大半の参列者が固い雰囲気を解し始める。
人が死んで悲しい場ではあるが、ずっと重苦しい気分ではいられない。アルコールも手伝って、少しずつ声が大きくなり、会食若干おとなしめの宴会になっていく。
('、`*川「あなたがドクオさんね」
不意に横から声をかけられた。振り向けばブーンの母親がいた。声を聞くのも姿を見るのも初めてだった。
背が高く、肉が薄い綺麗な女性だ。どちらかというとふくよかな体型だったブーンとは似ても似つかなかった。
('、`*川「うちのブーンと仲良くしてくれてありがとう」
30
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 22:59:34 ID:/OZyJZx20
ブーンの母親は手に持っていたオレンジジュースを俺の空っぽのグラスに注いだ。了解を得ようとはしなかった。
甘ったるそうな濃いオレンジ色のジュースに、不格好に広がった俺の顔が映っていた。
('、`*川「あの子、友達思いの子だったでしょう。貴方たちのことをよく話してくれていたわ。特に最近はね」
折悪しくブーンの母親が親戚に呼ばれ、会話は断ち切られた。
俺に会釈して立ち去っていく背中を見送りながら、俺は最後の言葉を反芻していた。
友達思いだった、と母親は知っていた。ブーンが俺とツンの話しをしたこともあったという。
いったいどんなことを話したのだろう。最近なんて、それこそ俺たちとは連絡を取ることも無かったのに。
そもそも、どうしてブーンは俺たちと同じ高校を滑り止めとして選んだのだろう。
田舎町にある寂れた私立高校だ。大学進学実績なんてせいぜいが都内の中堅私立大学。
ブーンが良い環境を望んでいれば、滑り止めと言えどももっと条件の良い高校を選べたはずだ。
いや、それを言うなら、そもそもブーンはどうして志望校を落ちたのか。
ブーンが目指していたのは確かにハイレベルな都会の高校だった。
でも、ブーンの成績だってずば抜けていた。よほどの失敗をしない限りは落ちはしないと誰もが予想していた。先生だって、両親だって、ツンや俺だって。
31
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:00:36 ID:/OZyJZx20
ブーンが落ちたことを、彼の両親はどのように受け止めたのか。それ以前に、ブーンはどう感じたのか。
友達思い。
リフレインされた言葉が想像をかき立て、やがてたった一つの嫌な想像へと帰着する。
もしかして、ブーンはわざと試験を落ちたのではないか。
想像が正しければ、それはブーンのささやかな反抗だったに違いない。
ずっとブーンを勉強に縛り付けていた両親への怒りを、自分にできうる限りの方法で示したのだ。
俺とツンという、幼い頃からの友達が待っていることも彼の背中を後押ししたのかもしれない。
32
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:01:36 ID:/OZyJZx20
だが、その反抗が両親の逆鱗に触れたとしたら。何か身のすくむような酷いことを言われ、怒られ、罵られたとしたら。
一時は抱いた反抗の意志。それを貫き通せるほどの強さをブーンは持ち合わせていただろうか。
残念ながら、とてもそうは思えなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫?」
隣の席に座っていたツンが、いつからか俺を見つめていた。
ξ゚⊿゚)ξ「顔色悪いわよ。無理して食べなくていいんだから、少し外へ行って休んだら?」
(;'A`)「・・・・・・いや、ここにいる」
箸を置いて、前を見つめた。並々と注がれたオレンジジュースは一滴も減っていなかった。
33
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:02:37 ID:/OZyJZx20
葬式が終わり、さらに数日が経った五月の始めに、ブーンの両親が離婚したとの噂を聞いた。
試しに確認しに行ったら、ブーンの家は既に蛻の殻だった。
元々壊れ気味の夫婦だったらしい、と後になって親から教えてもらった。
春から誰も座らなかった窓際の机もゴールデンウィークの後に撤去された。
ブーンが生きていた痕跡は、クラス名簿の二重線の下にのみひっそりと残された。
それから先の高校生活を楽しむ余裕は俺には無かった。
言葉少なく日常を過ごしながら、頭の中で同じ反省を繰り返した。
俺たちが仲良くなんてしなければ、ブーンは今も生きていただろうか。
たとえ友達関係を続けていたとしても、遊びに誘うのではなく彼を応援する形で付き合っていればよかったのだろうか。
遊びたければ、高校受験が終わってからでも良かったはずだ。
あるいはその先の大学、社会人になってからでも良かった。
連絡先さえ交換していれば、これからさきの人生でいつまでだって生きているあいつに会えただろう。
悔やんでも悔やんでも、悔やみきれなかった。
34
:
名無しさん
:2016/03/27(日) 23:03:10 ID:1Vgj2yJs0
ふむ
35
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:03:36 ID:/OZyJZx20
死にたくなったのはその頃からだ。
自分が生きていることに価値が見いだせなかった。
何よりも、ブーンだけを死なせて俺だけ生きていることが心苦しくてならなかった。
死ぬことは決して怖くなかった。むしろ死は俺にとっての償いだった。
だが今、俺が死ぬことをツンが許さないという。
タイムリープとかいう、わけのわからない力を授かった彼女が俺の試みを何百回と阻止している。
そんなふざけた話、納得できるわけがなかった。
だから、俺は。
( A )「諦めねえよ」
考えていたことが、思わず口からこぼれ落ちた。
薄暗い自分の部屋の中。誰にも見られないように、窓にはカーテンをひき、扉には鍵をかけてある。
画面には掲示板が表示されている。黒い背景の中に、薄緑色の投稿フォームが浮かんでいる。
「参加します」との文字のあとに連絡先を添付して、俺は静かに返事を待った。
∞§§
36
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:04:38 ID:/OZyJZx20
( ><)「子どもをね、殺したんですよ」
俺の真向かいで胡座をかいていた男が、床の一点を見つめながらぼそぼそと呟いていた。
( ><)「三人、いや、四人、五人かな。もっとかな。二人目を殺してからよく覚えていないんです。死んだ子たちに申し訳ないですね。
そうです。全員、健康そうな男の子でした。
僕、男と女なら男の方が好きだったんですけど、殺すとしたら小さい子でなくてはダメだったんですよ。大きくなってしまうとすぐ暴れますからね。
声変わりすると悲鳴も汚くなるし、そうなると聞くに堪えません。
子どもはね、おどろかすとすぐに固まるんです。
逃げるよりも先に、目の前の状況をしっかり見つめて理解しようとしちゃうんです。それだけ動物に近いんですよね、頭が。
それから、声を張り上げるんですが、このときの声はどの子も澄んでいてとてもかわいらしかった・・・・・・まるで天使の歌のようで」
同じ内容の身の上話が小一時間は続いている。
話し始めの頃に小屋の窓から差し込んでいた陽光も、すっかり移動して男の顔を照らしているが、男はまぶしがることもなく唇を動かしていた。
自殺志願者の集まりの中、喋っている男以外の者は俺も含めてみんな黙っていた。
顔を膝の間に挟んでじっとしている人もいれば、ひたすら腕立て伏せを続けている人や、正座をして目を閉じている人もいる。誰もが思い思いに時間を潰していた。
俺たちの入っているところは木製の小さな小屋だ。
元々はハイキングコースの休憩所として使われていたものだが、観光業も衰退した今となっては誰も使っていない。蔦が絡まり古びているが、枠組みはまだ確固としていた。
37
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:05:43 ID:/OZyJZx20
小屋の真ん中にある火鉢から煙が上がり、あたりを薄く白で染めつつある。練炭だ。
このまま煙が充満すれば肺に酸素が送られなくなり、俺たちは眠るように死ぬだろう。
( ><)「一番楽な殺し方は薬ですよ。手を汚さないで済みますからね。でも薬は高いし、監視の目も強い。
だからといって凶器を使うのはダメです。一番いけません。返り血を浴びてしまいますから。
第一、刺してしまうと五月蠅くなるんですよ。いくら子どもといえども、痛みから発する悲鳴は耳障りです。必死になっちゃいますからね。よろしくない。
一番手頃でしかも綺麗に済ます方法としてお薦めなのは眠っているときにそっと首を締めることです。
声が聞こえないとつまらないので、ちゃんと鳴ける程度に気道を空けてあげるんです。
そうするとやがて呼吸に呻きが混じってくる。子どもが起き始めているんですね。実際目を開いてしまった子もいます。
もしそうなってしまったら、暴れる前に喉の真ん中を押してください。喉仏の種みたいなものがありますから、
それを、こきゅって。それで死にます。痛みはたぶん、ありません。すぐですし。
とはいえ酷いことしますでしょう。殺しですからね。
もちろん自分の立場はわきまえています。普通じゃないでしょう。だから死ぬんですよ。
わざわざ警察の助力なんて得る必要はありません。自分で自分に手を下せば良いんです。
わかっているんです。自分がおかしいって。だから死ぬんです。だから、死ぬんで、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから」
男の言葉は、「だから」から先へは進まなくなった。百何回目かの「だから」の後に、ようやく静かになった。
頭が回らなくなったのか。言葉が紡げなくなるくらいになると、すぐに眠くなるだろう。息が詰まってやがて死ぬ。
38
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:06:37 ID:/OZyJZx20
静寂の中、俺は目を閉じた。練炭の燃える音がする。誰も物音を立てないでいる。呼吸音はあるが、少しずつ薄らいでいく。
死が近づいている。ブーンが先に逝った世界が待っている。そう考えると気持ちが安らぐようだった。
途端。
(=゚ω゚)「サツだ!」
目を開ければ、微動だにしなかったはずの正座の男が立ち上がって喚いている。
遠くから、サイレンの音が聞こえ始めていた。
(=゚ω゚)「ちくしょう、誰かがばらしやがったな! おい、お前か!」
正座の男が隣にいた腕立て伏せの男を殴りつけた。腕立て伏せの男の方も逆上して、わけのわからないことを女声で喚いて殴りかかっている。
防具も何もつけない拳がお互いの顔とぶつかって血飛沫をはじけさせた。
ほんの数秒の間に、小屋の中は鉄臭い地獄絵図となった。
39
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:07:36 ID:/OZyJZx20
(-_-)「君は逃げた方がいい」
膝から顔をあげないでいる男が、俺を指差して言った。
(-_-)「君は若いんだろう。警察につかまって一番ぐちぐち言われるのが君だ。嫌だろう? そういうの。
マスコミが嗅ぎつければ家族にも食いついてくる。君は大衆の玩具になる。君とは関わりないけれど、そういうの僕は嫌いなんだ。
だから、君は裏口から抜け出して山を下りろ。街に辿り着かず奴らに捕まっても、遭難したと言い張れ。今ならまだ誤魔化せるから。とりあえず生きておけ。いいな」
男に見えているのかわからない頷きを返して、言われたとおりに裏口へ向かった。
(#><)「警察、警察! 冗談じゃ無い! わたしは捕まりたくない。誰にも迷惑をかけたくないんです!」
しゃべりっぱなしだった男が起き上がった姿を横目に見ながら、俺は扉を閉めた。
緑の豊かな山を走った。傾斜があれば下へ向かう。それだけを考えて駆け抜けた。
ハイキングコースの名残はあったが、概ね土と石に覆われていた。
走っていると素足の皮がむけ、血が滲んできた。やむなくなんども立ち止まった。
サイレンの音は聞こえ続けていたが、ちかづいてくることはなく、走るうちに小さくなっていった。
40
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:08:35 ID:/OZyJZx20
あの警察を呼んだのはきっとツンなのだろう。全くどこまでも俺の邪魔をする。
生きろ、と小屋で言われたことを思い出し、鼻で笑った。逃げたのは、生きるためでも家族のためでも自己の名誉のためでもない。
山の中なら、誰にも見られずいくらでも死ねる。
日が暮れ始めた頃に、地面の傾きが消えた。
右も左も薄暗く、どちらが下りなのかわからない。
もとより降りるつもりの無い俺は、ほくそ笑んで立ち止まった。
手持ちのリュックに手を入れ、ロープがあるのを確認する。手頃な枝を見つけ、その端っこを放り投げた。
垂れ落ちてきたロープの端を、二重に巻いて、弧を通す。簡易なリングが俺の顔の位置で揺れる。調整して、頭の上に漂わせた。
('A`)「よし」
勢い込んでロープにぶらさがった。
同時に、何かの折れる音がする。
ロープの張りが無くなり、目の前に枝の端が落ちてきた。
41
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:09:36 ID:/OZyJZx20
運が悪いと思い、別の枝を探そうとして、脚を止めた。
枝を掴んで確認する。
断面が半分真っ平らだ。まるで途中まで刃物で斬りつけたかのように。
もしかして、ここにある枝全てこうなっているのか。
予感して背筋が寒くなる。
(#'A`)「んなもん、知るか!」
やけくそになって、ロープを放り投げ続けた。何度も、何度も。
ロープの掛かる枝もあったが、その前に落ちてくる枝もあった。あたり一面の枝をためしているうちに、体力が尽きていった。
やがて日が落ち、山に夜が訪れた。街灯も何も無い森の中だ。枝は全く見えなくなり、否が応でもロープを手放さなければならなくなった。
歯軋りしながら横になり、草の間から空を見上げた。
天の川が見えている。雲一つない星空だ。
耳を澄ませば、虫のさざめきや、猛禽類の鳴き声がする。
普段人の声の裏に隠れて聞こえないような、小さな声が俺の耳に突き刺さってくる。
42
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:10:36 ID:/OZyJZx20
いっその事、このまま獣に食われてしまえばいい。
そんなことを思いながら、横になって目を閉じた。
音はする。鼠だとか、鼬だとか、自然の中に潜んでいる動物が確かにいるのだろう。だがそのうちの一匹として、俺のそばには現れなかった。
意識は次第に遠くなっていった。
心地よい微睡みの中、ふと大きな物音を聞いた。
首に違和感を覚え、薄めを開く。
星空が半分翳っている。雲が出たのだろうかと思ったが、よく見るとそれは人の顔をしていた。
( ><)「こうね、締めるんですよ。そうすれば痛みを感じません」
小屋の中で話していた男だ。警察からは逃げおおせたらしい。
男の手は俺の首元へと伸びていた。俺ののど仏に親指がかかっているのが感覚でわかった。
43
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:12:19 ID:/OZyJZx20
( ><)「君はね、正直に言うと私の好みではありません。大きすぎますから、暴れたりしないか怖いんですよ。
でも私、頑張ります。わかっていますよ。小屋にいたときから、いや、ここに集まったときから、見えていましたよ。
君が最も死にたがっていること、感じていました。だから殺します。殺してあげます。
妙な横やりが入ってさぞやお辛かったでしょう。痛みのないように殺してあげますよ。私の得意技なんですから」
間違いだ、と叫びたかった。
この殺し方は、めちゃくちゃ痛い。呼吸がわずかにできているから、なおのこと、自分の首の骨が圧迫されていくのがわかる。
声が出せないし、力も入らない。思い切って首を横に振りたかったが、それすらも固められていてできやしない。
月明かりに照らされて、男の顔がありありと浮かんだ。
唇が張り裂けそうなほどの満面の笑みを浮かべている。
のど仏が、こきゅっと小さく鳴った。
(*><)「はぁぁ……」
男の熱い吐息が顔に掛かる。あまりの臭さに噎せかえりそうになるが、身体が逸らせない。息も吐き出せない。怒鳴れもしない。
喉がきりきり悲鳴を上げる。
(; A )「もうダメだ」
と、声が出た。
俺の声だ。
44
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:13:25 ID:/OZyJZx20
(;'A`)「え?」
呟いたときには既に、喉が痛くなくなっていた。身体にのしかかっていた重みも無い。
怖々、目を開いた。
月が見える。
だが人影は無い。
いなくなったわけではない。存在自体がその場から掻き消されている。
人がひとり、跡形も無く。
(;'A`)「う、うわああ!」
鳥肌が立つのを感じながら、木々の間へと飛び込んだ。足下はふらついたが止まる気にはなれなかった。
足の裏に石が食い込む。枝葉に皮膚を切り裂かれた。盛り上がった土に脚をとられ、転び、這うようにしながらも前へと進んだ。
向かう先が山の上なのか下なのかもわからなかった。
45
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:14:25 ID:/OZyJZx20
川の音が聞こえてきた。街へと流れる川の上流だ。音を信じて脚を進めた。
川の途中には滝もある。岩場もあったはずだ。何もせずに無心で流れていたら、運良く頭を打ってどこかで死ねるかもしれない。
痛いだろうがこの際案じてもいられない。これ以上、邪魔などさせるものか。
水音は大きくなってくる。
開けた場所に出た途端、清涼な空気が肌を振わせた。
星空を反射させた川が目の前をさらさらと流れている。
一声叫び、飛び込んだ。
思ったより深い。身体全体が水の中へと入り込む。水は冷たいし、流れも速い。
やった、これで・・・・・・これで。
身体が流れていくのを感じ、俺は心中で高らかに笑った。森の中を笑い声が響き渡る。
流れはますます速くなる。
目を閉じて、愉悦に浸った。
まぶたの向こう側で強い光を感じたが、目を開こうとはしなかった。
§∞∞
46
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:15:26 ID:/OZyJZx20
穏やかな鳥の声が聞こえた。
薄く目を開くと、周囲が乳白色で染まっていた。薄いシーツが身体に掛かっている。払いのけようとしたが、震える手ではうまくできなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「暑い?」
応える間もなく、脇に座っていたツンにシーツを払われた。
頭に二つ束ねた髪が胸元に垂れ下がる。垣間見えた口元はゆるやかな微笑みを湛えていた。
ξ゚⊿゚)ξ「すごい偶然。たった今目覚めるだなんて。あたし、今来たばかりなのよ」
丸二日は眠っていた、とツンが教えてくれた。
救助隊に発見されたときには衰弱状態で、身体にも無数の擦り傷が出来ていたらしい。
幸いにも致命傷は無く、麓の病院に救急搬送されて治療を受け、病室に運ばれたのだという。
ξ^⊿^)ξ「今お医者さんに連絡するね。お母さんも、呼べばすぐ来てくれるから」
ツンが俺の枕元にあるナースコールに手を伸ばした。
('A`)「待ってくれ」
掠れた声で呼び止めると、ツンは身体を伸ばしたまま、目を見開いて俺を見つめた。
47
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:16:25 ID:/OZyJZx20
('A`)「頼むから、俺をもう助けないでくれ」
ξ゚⊿゚)ξ ・・・
ξ゚ー゚)ξ「何言ってるのよ」
椅子に座り直して、ツンが冗談めかして笑った。
('A`)「お前、タイムリープしてるだろ」
なるべく口早に、斬り込むように言ってやった。
海の波が引くように、ツンの顔から表情が消えていった。
ξ゚⊿゚)ξ「え?」
('A`)「知ってるんだよ、全部」
48
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:17:25 ID:/OZyJZx20
ξ゚⊿゚)ξ「何馬鹿なこと言ってるのよ。長く寝ていたから、おかしな夢でも見たんじゃないの」
('A`)「それは……」
正直に言えば、自信は持てなかった。
修正された過去は記憶の奥底に封じ込められ、勘違いとして始末される。
そのことを教えてくれたのは、不可解な姿をした男ただ一人。
思い返しても奇妙な記憶だ。むしろあれこそ勘違いかもしれない。信憑性は、本当はかなり低いだろう。
ξ゚ー゚)ξ「ドクオって意外と子どもっぽいのね。そんな話をするなんて」
ツンの口がまるく弧を描く。慈しみに嘲笑を鏤めたような、こそばゆい視線が送られてくる。
俺は騙されているのだろうか。
一瞬、心が揺らぐ。
49
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:18:16 ID:/OZyJZx20
だがその一方で、心のもう一端がにわかに抗い立つ。
('A`)「お前が俺の自殺を食い止めようとしていたのは確かなはずだ。
学校の屋上から飛び降りようとしたときも、橋の上から川に落ちようとしたときも、
ネットで知り合った連中と一緒に山で練炭を焚いていたときも、お前は必ず俺の邪魔をしていた」
薄れた記憶を依り代にした曖昧な憤りが、俺の口を動かしていた。
ξ゚⊿゚)ξ「どれもこれも偶然の成り行きで助かっただけじゃないの」
ツンの顔色はなおも変わらない。
('A`)「そう思うか?」
ξ゚ー゚)ξ「ええ」
('A`)「なら、おかしいぜ」
ξ゚⊿゚)ξ「何がよ」
('A`)「俺は、橋から落ちようとしていないし、橋でお前を見てもいない」
50
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:19:26 ID:/OZyJZx20
薄ら笑いを浮かべていたツンの顔が、さっと歪んだ。
何か言うか少しまって、また俺から話し始めた。
('A`)「当然助けられた記憶も、今の俺には無い。なのに、お前に邪魔されたと言われたのにも関わらず、お前は顔色一つ変えなかった」
ξ゚⊿゚)ξ「勘違いしただけよ」
と言いながらも、ツンの眦がつり上がっていった。
('A`)「どうだか」
俺とツンとは、しばらく黙っていた。睨み合っていたと言ってもいい。
外からは相変わらず鳥の声が聞こえてきている。賑やかな雛の声だ。
すぐ近くにツバメの巣でもあるのだろう。差し込んでくる陽光は暖かく俺とツンとを照らしていた。
タイムリープに関して、言葉だけではどうしても平行線になる。
俺は溜息をついて、今一度ツンに語り掛けた。
51
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:20:25 ID:/OZyJZx20
('A`)「俺に構わないでくれ。俺は、命を絶つと決めたんだ。亡くなったブーンに対して、死んで償いたいんだよ」
ξ#゚⊿゚)ξ「償いですって?」
ツンが声を張り上げた。
ξ#゚⊿゚)ξ「死ぬことは償いじゃないわ。ただの逃亡よ。あなたはちゃんと、ブーンの分も生きなきゃならないのよ」
荒々しい口調となるツンに対し、俺も力を振り絞った。
(#'A`)「決めつけるんじゃねえ」
声はだいぶ強くなった。痛んだ喉を振り絞ったものだから、唾が四方に飛んでいった。
おそらく顔にかかったはずだ。それなのに、ツンはまったく顔を動かさなかった。
(#'A`)「生きなきゃならないだと? ブーンは俺のせいで死んだんだぞ。
俺があいつと仲良くしたばっかりに、親から見放されて、耐えきれなくなって死んだんだ。
それなのにどうして無頓着でいられるんだよ。可哀想だと思わねえのか」
52
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:21:25 ID:/OZyJZx20
ξ;゚⊿゚)ξ「ブーンが何を考えていたかなんて、わからないわよ」
(#'A`)「想像くらいつくだろう。あいつはずっと悩んで、苦しんでいたんだ。
これはあいつへの弔いなんだよ。わからなくても、構わない。だけど、もう邪魔をするな」
ξ;゚⊿゚)ξ「どうしてよ・・・・・・」
ツンの表情が、崩れた。目元がすぼまり、唇が歪み、両手で頭を抱え持って俯いた。
ξ; ⊿ )ξ「どうして死ぬなんて言うのよ。やめてよ」
ベッドの上に肘をついたツンは、嗚咽混じりに、同じことを何度も呟いた。
泣き声を聞きながら、俺は横になった。枕元に手を伸ばし、ナースコールのボタンを押した。
遠くで呼び鈴が鳴った。もうすぐ看護師が来るだろう。
('A`)「ほら、早く起きろよ」
ツンに呼びかけるが、彼女の方は首を横に振った。
53
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:22:26 ID:/OZyJZx20
ξ; ⊿ )ξ「こんなことなら、話さなきゃ良かった。ブーンのことなんて、やっぱり口にしちゃいけなかったのよ」
ただの愚痴だ、すぐ収まる。そう思って、俺は黙って仰向けでいた。
それがいけなかった。
ベッドの傾きが無くなる。
はっとしたときにはもう遅く、ツンの姿はいなくなっていた。
そもそも最初からいたのかどうか。
('A`)「あいつ、タイムリープを」
54
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:23:26 ID:/OZyJZx20
俺がツンに何を言ったのか。
記憶が、靄の中へと消えていく。
(#'A`)「くそったれ! 消すんじゃねえよ」
( 'A`)「畜生……」
何でもかんでも消されるのなら、ツンはもう止められない。
俺が死ぬことも叶わない。
歯を噛みしめて低く呻いた。
看護師の駆けてくる音が容赦なく迫っていた。
§∞§
55
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:24:27 ID:/OZyJZx20
頬を撫でる風を感じた。窓は空けていない。病室にいたはずなのに変だ、とは思った。
目を開いたら星空が見えた。何者にも邪魔されない広い空だが、縁が白んで見えていた。おそらく街の明かりだろう。
(´・ω・`)「おはよう」
寝ている俺の前に逆さまの大きな顔が現れた。相変わらずの銀色タイツで全身と顔の周りを覆っている。
勘違いではなかったらしい。
('A`)「よう、未来人」
そう返事をするだけの気力はあった。眠気も、外の空気のせいで掻き消えていた。
見覚えの無い屋上にいた。ライトに照らされた看板の後ろ側に、俺の入院していた病院の名前が左右逆さまに浮かんでいた。
(´・ω・`)「ひどい寝顔だったね。悪夢を見ていたようだ」
('A`)「ああ。俺も看護師からも聞いたよ。目が覚めて以来、夜ごとに呻いているらしい」
56
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:25:28 ID:/OZyJZx20
入院してから、日が経っていた。身体は快方に向かっている。
脚を降ろして立ってみた。防水シートでふわふわとしている。
「お疲れ様だね」といいながら、銀色タイツの男がどこからともなくマグカップを差し出してきた。
暖かいココアの香りがする。タイミング良く、俺の腹がぐう、と鳴った。
('A`)「何しに出てきたんだ」
(´・ω・`)「君を労いに。よく今まで頑張ったね」
('A`)「はあ?」
(´・ω・`)「当分は、落ち着けそうだよ」
何を言っているのかわからなかった。問い返そうとしたが、その前に男の口が開いた。
(´・ω・`)「タイムリープをすれば人間は時を超えて移動する。肉体もその時代の自分に戻る。自分自身に取り憑くようなものだね。
でも、その精神だけは時間移動後も共通している。使いすぎれば、磨り減っていく。だからタイムリープだって無限にできるわけじゃない」
男はココアを啜り、吐息を吐いた。夏の夜だが、漂う湯気がはっきりと見えた。
57
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:26:25 ID:/OZyJZx20
(´・ω・`)「ツンにもそのことは説明していたんだ。だけど、抑えきれなかったんだろうね。限界の限界までタイムリープを繰り返してしまった」
サイレンの音が聞こえていることに、今更ながら気がついた。
初めは遠くで鳴っていたものが、次第に近づいてきている。病院へ向かう救急車のサイレンだ。
('A`)「ツンの精神は限界なのか」
答える代わりに、男は小さく項垂れる。
(´・ω・`)「彼女はもうタイムリープできない。良かったね。これでもう君は心置きなく死ねる」
(#'A`)「何言ってやがる」
マグカップを持つ手に力が籠もった。
(;'A`)「どうしてそんなことになるまでツンはタイムリープしたんだよ」
(´・ω・`)「それだけ死んで欲しくなかったのさ」
(;'A`)「そんな強情な……俺は死にたいって言ってたのに」
58
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:27:25 ID:/OZyJZx20
カップを静かに、膝の上に降ろした。まだ一口も飲んでいないココアに映る星空が揺れている。
(;'A`)「わかんねえ。どうしてあいつが死ぬんだよ」
(´・ω・`)「君は、ツンには死んで欲しくないのか」
(#'A`)「当たり前だろ!」
マグカップを投げつけたくなるのを寸でのところで堪えた。
(;'A`)「あいつは、何も悪くないんだから」
と呟くように答えると、男は呆れ顔で肩を竦めた。
(´-ω-`)「ツンも同じ事を言っていたよ」
(;'A`)「同じこと?」
(´-ω-`)「わからないのか。君がブーンに抱いた罪悪感と、同じものを彼女も感じていたんだ」
59
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:28:26 ID:/OZyJZx20
サイレンの音が一際近づき、止まった。
騒がしい音が階下から、微かだが聞こえてくる。
精神を磨り減らした者が病院で回復するものだろうか。結果を俺はまだ知らない。
(´・ω・`)「あの子にタイムリープの力を授けたのは僕だ」
男の言葉が俺の耳に突き当たり、何度もしつこく反響した。
状況は、ゆっくりと飲み込めた。それと同時に憤りが胸の内にわき起こった。
('A`)「どうしてそんなことをしたんだ」
(´・ω・`)「あの子が望んでいたからさ。君を止めることを」
('A`)「お前はツンとは無関係だろ」
男は何も言わずにやりと笑みを浮かべた。
(´・ω・`)「ああ、そうとも。無関係だ。今となっては」
引っかかる物言いだったが、男は言葉を切った。
俺と男は睨み合い、そのうち男の方から先に視線を逸らせた。
60
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:29:26 ID:/OZyJZx20
(´・ω・`)「もう一度聞く。ツンは死なせたくないか」
('A`)「……ああ」
(´・ω・`)「なら、チャンスをやろう」
そういうと、男は胸もとに手を当てた。黒い手袋をしている。甲の方に妙な四角い膨らみがあった。
見つめているうちに、掌の方が輝き始めた。
(´・ω・`)「ツンはもう助からない。だから、そうなる事実を消す」
('A`)「どういうことだよ」
(´・ω・`)「私が過去に戻り、分岐を変える。僕はツンと会わないことにするよ。そうすれば、ツンはタイムリープを授からない。
時間としては、ちょうど君が自殺をするかしまいか迷っている最中だよ」
やっぱり初めからこうすれば良かったんだよね、と男は小さく口添えした。
61
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:31:39 ID:/OZyJZx20
(;'A`)「待てよ。まだよくわからねえ。どうしてそんなことをするんだ。タイムリープは精神を削るんだろ。てことは、お前にとって危険なんじゃないのか」
(´・ω・`)「うん」
銀色タイツは素っ気なく返事をする。
(;'A`)「ならどうして、無関係な俺たちのために命を削るような真似をするんだ」
(´・ω・`)「そういう変わり者なのさ」
そう言うと、男は眦を下げ、口元に大きな笑みを浮かべた。
こんなにも人らしくない笑い方があるだろうか。
('A`)「……なあ、タイムリープって、いつごろできるようになるんだ」
ふと頭の中に浮かんだ疑問を投げかけてみた。
62
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:32:39 ID:/OZyJZx20
(´・ω・`)「君が思っているよりも、結構近いうちだよ」
銀色タイツが朗らかに答えてくる。その胸に当てた手はいまや煌々と光を放っていた。
(´・ω・`)「さあ、エネルギーの充填は終わった。もう時間だ。最後に一つ言っておく」
彼の光で俺の目が眩む。
指を向けられているのが微かに見て取れた。
(´・ω・`)「いいか、覚えておくんだ。君が今覚えていることを、断片でも良いから、決して忘れるな。
ツンは何度も君を救おうとした。君は生きることを望まれているんだ。
決して死ぬな。死んだら、必ず彼女が悲しむ。そんな未来を僕が許さない。彼女のそばにいるべきは君なんだ」
僕じゃなく、ね。
最後に零したその一言が耳に残った。
63
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:33:40 ID:/OZyJZx20
目を開いたら、もう空は見えなくなっていた。
俺は病室の中にいて、あたりは患者たちの掠れた寝息で満ちていた。
俺は誰と会っていたのだろう。
記憶は薄れ始めている。
頭を抑えながら、脇机の抽斗からメモ帳を取り出し、ペンを握って走り書きをする。
死ぬな、決して。忘れるな。
そのあとに続く言葉は全て、既に思い出せなくなっていた。
§∞§
ΛΛΛ
64
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:34:38 ID:/OZyJZx20
シャンデリアを見ていたら目がチカチカし始めた。
ただでさえ酔いが回っているのに、さらに頭痛が酷くなる。取り皿を置いて、椅子に腰掛けていた。
高校の同級生から同窓会の葉書が来た、と母親から連絡を受けたのは一ヶ月前のことだった。
大学生になると同時に離れた田舎では、駅前の大きなホテルだけが新しくなっていた。
その一室を貸し切って、今日の同窓会は執り行われている。
仲の良い奴が多いわけでも無かったが、断る理由も無かったし、なにより幹事が熱心なものだから、脚を運んでみた。
案の定話す相手も少なかったし、その分余計に酒を煽ってしまった。
頭の中が揺れている。随分と酔ってしまったみたいだ。気分はあまり良くはない。それでも居心地は不思議と良かった。
たとえわずかでも昔見かけた人たちの、その後の姿を見るのは思いの外楽しくもあった。
ステージの上が賑やかになっている。
_
(*゚∀゚)「やあやあ皆様、ご盛況何よりです。こうしてみんなで落ち合うのは、成人式のとき以来ですかね。
あれから四年? 五年? まあ、どうでもいいですか。
大人になると自分の歳に無頓着になるなんて昔からよく言われていますが、あれって本当なんですね。私今日実感しましたよ。
心はいつでも高校生ですけどね! 仕事なんてしたくねえ!」
65
:
名無しさん
:2016/03/27(日) 23:34:46 ID:o07hU7Ug0
記号……カウンター……?
支援
66
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:36:17 ID:/OZyJZx20
_
(*゚∀゚)「何はともあれ、元三年四組一同、二七名!
一人も欠けることなくこの同窓会に集まれたことをこの場で祝します。皆さんどうもありがとー!」
幹事がほとんど怒鳴るように言い放ち、その場で倒れた。
顔もかなり赤かったし、酔いが回っていたのだろう。「早速一人欠けたぞ!」なんて誰かが叫んでいた。
ξ゚⊿゚)ξ「お疲れさん」
突然、頭の上にコップが置かれた。振り向けばそばに見知った顔が会った。
(*'A`)「ああ、いたのか」
ξ゚⊿゚)ξ「欠席者無しって幹事が言ってたじゃない」
まったく、とぼやきながら、ツンは俺の手を引いた。
ξ゚⊿゚)ξ「辛いならじっとしないで、夜風に当たった方がいいわよ」
(*'A`)「でも、会はまだ続いてるし」
ξ^⊿^)ξ「あの様子じゃまだまだ終わらないわよ」
67
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:37:40 ID:/OZyJZx20
有無を言わさず、ツンは俺の腕を掴んだ。
小さな指が俺の手首に絡まる。俺も立ち上がって、彼女の後ろについていった。
ホテルの自動ドアを潜った途端、晩夏の涼しい風が吹いた。
ξ゚⊿゚)ξ「寒いわねえ、今年は」
(*'A`)「セミの声は聞こえるんだけどな」
ホテルの敷地内をぐるぐると歩いた。
ちいさな庭園や、刈り込まれた低木、石像などを二人で眺めた。
やがて見るものもなくなって、並んでベンチに腰掛けた。
星空はホテルの灯に邪魔されてほとんど見えなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「どうよ、久しぶりの田舎は」
('A`)「空気が綺麗だ」
ξ゚⊿゚)ξ「やっぱり違う?」
('A`)「都会は煤まみれだから」
68
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:38:40 ID:/OZyJZx20
高校を卒業して、都会の大学に入り、就職も都会で行った。
反対にツンはずっと地元に残っていた。実家の生花店を継ぐと言っていたのを覚えていた。
近況報告は軽くすませた。
大事なことはメール等で連絡を取り合っていたし、会社勤めが始まって以降の日々からは、共有できるような話題もめっきり少なくなってしまっていた。
住む世界が変わっていくにつれて、友達だった人たちと世間話さえもしにくくなる。どこの誰にでもありうることだ。
「それから」の話題が尽きると、自然と「それまで」の話に移っていった。
ξ゚ー゚)ξ「小学生の頃からドクオはゲームばっかりだったね」
('A`)「外で遊ぶのは性に合わなかったんだよ」
ξ゚⊿゚)ξ「田舎でそれは致命的よ」
('A`)「そりゃあな。だから友達も少なかった」
他愛ないことを少しずつ二人で掘り起こしていった。
小学校のときのクラス、行事、日々の生活。中学時代の俺が引きこもっていたこと。そして、その俺と一緒に遊んでくれた人がいたこと。
避けることはできなかった。俺たちは八年ぶりにブーンの名前を口にした。
69
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:39:41 ID:/OZyJZx20
('A`)「ブーンはさ、本当にゲームが好きだったよな」
当時はなんとも思っていなかった光景が熱を帯びてまぶたの裏に浮かんでいた。
引きこもり生活の鬱憤を晴らす、ただの遊びの時間だというのに、今までの人生で一二を争うくらい楽しかった気がしてくる。
記憶なんて、曖昧なものだな。
口元は自然と綻んだ。
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンのお墓参り、する?」
('A`)「起きられたら、朝のうちに済ませるよ」
ξ゚⊿゚)ξ「寝ちゃったら?」
('A`)「ブーンには悪いけど、昼過ぎには帰らなきゃならない」
ξ゚ー゚)ξ「じゃ、起こすわ。六時に」
(;'A`)「早くない?」
ξ゚⊿゚)ξ「寝てたら乗り込んで叩き起こすからね」
70
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:40:38 ID:/OZyJZx20
ツンは笑いながら俺の背中を二回ほど叩いた。
むせ込む俺を見て「ますます身体弱くなったんじゃない?」などと言ってくる。図星だから文句も言いにくい。
ξ゚⊿゚)ξ「懐かしいわねえ」
ツンは、ほっと一息ついた。
ξ゚⊿゚)ξ ・・・
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンが死んでからしばらくの間、ドクオのことが怖かったわ」
('A`)「そうなのか」
ξ゚⊿゚)ξ「うん。目つきが鋭くて、人を殺すか、さもなきゃ自殺でもしそうだったわ」
これもまた、図星。胸の鼓動がちょっと大きくなった。
('A`)「……考えなかった、とは言えないな」
少し考えて、小さな声で打ち明けた。その方がいいと思った。
ツンがわずかに息を呑むのがわかり、慌てて首を横に振った。
('A`)「でも、死ぬわけにはいかないって思ってたんだ」
71
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:41:46 ID:/OZyJZx20
ξ゚⊿゚)ξ「そうなの? どうして」
(;'A`)「それは……直感というか、なんというか」
ξ゚ー゚)ξ「何よそれ」
ツンは不服そうに言い、俺は曖昧に口を濁した。
ξ゚⊿゚)ξ「でも、死ななくて良かった」
言葉が途切れた。
見れば、ツンはわずかに顔を俯かせていた。
ξ ⊿ )ξ「ブーンがいなくなって、ドクオまでいなくなったら、きっとあたし、どうにかなっちゃっていたよ。
ひょっとしたら私まで、後を追っていたかもしれない。驚くかも知れないけれど、追い詰められていたんだよ、あたしも」
細く小さくなりながらも、ツンはゆっくりと打ち明けてくれた。
('A`)「全く気づかなかった」
ξ ⊿ )ξ「酷いなあ」
72
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:42:47 ID:/OZyJZx20
ツンの頭が俺の肩に寄りかかる。髪の束が俺の胸もとで垂れた。
ξ ⊿ )ξ「あたしたちが付き合ったのって、どれくらいの間だったっけ」
('A`)「……一年弱」
高校二年の頭から、三年生になる直前まで。
ξ ⊿ )ξ「そっか。そんなもんだったんだ」
('A`)「大したことはしてないよな」
ξ ⊿ )ξ「あたしも、された覚えはない」
最初に告白したのが俺だったのか、ツンだったのか、はっきりとは覚えていない。
ブーンが自殺してから、携帯電話のメールでツンとやりとりをすることが多くなった。
共通の幼馴染みが亡くなったのに、彼のことを直接には書かなかった。
わざわざ口に出さなくても、お互い同じ喪失感を埋め合っていることは明白だった。
73
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:43:40 ID:/OZyJZx20
携帯の画面越しに、どうでもいいことを夜遅くまで語り合った。
そのうち通学時には隣を歩くようになり、天文部の特権を使って屋上で二人で落ち合ったりもした。
恋愛だとは、思ってない。その考えは当時も、今でも同じだ。
慰め合うための接触が、いつしか快くなって、つい長居をしてしまっていた。
ξ ⊿ )ξ「酷いことをしたよね、あたしたち。ブーンがいないことにかこつけて、二人で手を繋いで歩いたりなんかして」
('A`)「もう昔のことだ。今更気にすることでもない」
ξ ⊿ )ξ「それでも、ブーンをほったらかしにしちゃったんだよ」
ツンの頬が俺の肩に接しているからこそ、彼女が震えているのがわかった。
ξ ⊿ )ξ「もっとちゃんと弔ってあげれば良かった。傷の舐め合いなんかして、逃げてばかりで。ごめんね、ドクオ」
('A`)「俺に謝るなよ」
咄嗟に言い返して、それから言葉を探した。
('A`)「俺だって同じなんだから。俺に謝られても困る」
74
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:44:43 ID:/OZyJZx20
ξ ー )ξ「……そうだね」
ツンが顔を上げた。
肩の重荷が軽くなる。
庭園を見つめるツンの真面目そうな横顔が、ホテルの灯に照らされてよく見えた。
ξ゚ー゚)ξ「ねえ、ドクオ。約束しよう。もうずっと、絶対に、ブーンのことを忘れないし、逃げもしない、って」
ツンは言い終わるとともに、澄んだ双眸で俺を真っ直ぐに捉えた。あまりにも力強くて、とても逃げられそうにない。
('A`)「もちろん」
本心から、そう答えていた。
死のうとしたことも、幾度もあった。ブーンの死を乗り越えること自体が罪だと、そう固く信じていた。
でも、それは結局逃げでしかない。
75
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:45:39 ID:/OZyJZx20
('A`)「俺はブーンという友達がいた。それは一生忘れない。抱えもしない。話題にするし、子どもができたら話して聞かせる。いなかったことになんか、絶対にしない」
ホテルの入り口から、呼び声が聞こえてきた。俺とツンを呼んでいる。
随分と長く外で話し込んでしまっていたらしい。集合写真を撮るから、と声が聞こえてきた。
('A`)「ほら」
立ち上がって、ツンに手をさしのべた。
ξ゚⊿゚)ξ「あたし、酔ってないよ」
('A`)「関係ない。掴まれよ」
ξ゚ー゚)ξ「ふらつかない?」
('A`)「いいから早く。いつもお前に引っ張ってもらっていたんだから」
ξ゚⊿゚)ξ「……気にしてたの?」
('A`)「うるせえ」
俺が舌打ちをするのと、ツンが吹き出したは同時だった。
同級生たちが俺たちを呼ぶ声がする。何度も何度も、遠くから。
ΛΛΛ
76
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:48:05 ID:/OZyJZx20
月日の流れっていうのはあっという間だ。
特に社会人になってからは、同じ事の繰り返しの毎日の中で為す術もなく時は消費されていく。
俺は仕事をいくつも始め、いくつもやめた。勤めても勤めても長く続かなかった。
都会の空気が合わないのかも知れない、と思って帰郷したのはつい最近だ。
久しぶりに見る田舎の山の緑は昔と変わっていなかったが、駅前は驚嘆すべき発展を遂げていた。
故郷では、特に観光業がめざましい発展と遂げていた。
数年前に地元の高校の地学の先生が発表した天体観測の入門本が口コミで評判となり全国的に大ヒットを飛ばし、
その中で紹介されていたこの田舎の山からの景色を一目見ようと大勢の観光客が訪れたのだという。
それに加えて、古い地層の中から新種の生物の痕跡が発見されたとも言われている。
一部では宇宙人の骨だ、などと騒がれているらしい。
とにかく様々な注目があり、国内国外の人々がお金を使い込んでいった。
その結果、駅前には高層ビル群とおしゃれな家が建ち並んだ。
世の中本当に、何が起こるかわからない。
77
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:49:12 ID:/OZyJZx20
('A`)「本当に、何でこんなことやってるんだかな」
商店街の軒下で、看板を持ったまま立ち尽くしていた。ぼやいた言葉が花の香りに紛れて漂った。
ξ゚⊿゚)ξ「文句言わないの。それ、この街のシンボルにするんだから」
店の中からツンが言われ、重い溜息をこぼした。
帰郷したその日に、ツンに捕まった。
どうせ暇でしょ、と押し切られ、生花店のアルバイト契約にいつの間にか押印させられていた。
反対しようと思ったが、仕事がないのは事実なので、強くは言い出せなかった。
その初日、ただ花を売ればいいと思っていた俺は、店の奥に案内され、正座したツンに出迎えられた。
ξ゚⊿゚)ξ「いい? この商店街は死に体よ。原因はわかる?」
('A`)「昔から寂れていただろ」
ξ゚⊿゚)ξ「いいえ、昔以上よ」
('A`)「そうかなあ」
78
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:50:22 ID:/OZyJZx20
ξ゚⊿゚)ξσ「原因は、駅前の異常な発展にあるわ」
ツンは駅のある方をびしっと指差して堂々と宣言した。
ξ゚⊿゚)ξσ「あの駅前に街のみんなが行っちゃって、こっちに客がこないのよ」
('A`)「しかたないだろ。駅前の方が集客力強いし、振興のための補助金だってたんまり貰っているんだから」
ξ#゚⊿゚)ξ「そうやってあきらめるのはよくないわ。必ず再起の道があるはずよ」
私たち振興会は長いこと話し合った・・・・・・とツンは続けた。
商店街の振興会。ツンの父親が所属していたものだが、今ではツンもそのメンバーであるらしかった。
会議のやりとりを口で説明されても、イメージがわくものではない。
俺は眉をひそめるのをそのうちやめて、ぼんやりとツンを見つめていた。
頭の中が白んでいく。帰宅疲れもでていたし、精神的な疲労もあった。話しなど、ほとんど聞いちゃいなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「必要なのは、インパクトのあるキャラクターの創設よ。私が中心となって考案したの。ほら、これよ」
79
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:51:20 ID:/OZyJZx20
抱えていた風呂敷から、ツンが怪しげなものを取り出した。
蛍光灯の光を受けて全体から輝きを放っている。
ひからびた銀色の、人型の袋のようなもの。
ξ゚⊿゚)ξ「これを着て店の前に立って」
('A`) ・・・
('A`)「何これ」
ξ゚⊿゚)ξ「宇宙人の皮」
商店街のキャラクターだから。何をいってもその一点張りだった。
そして今まで、一応仕事だからといって着用し、店先に立ち続けている。
心の内ではとっくに何度も後悔をしていた。
80
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:52:13 ID:/OZyJZx20
(;'A`)「まったくよお、暑苦しい」
汗ばむ胸もとを引っ張って、外気を無理矢理取り入れた。お手製と言うこともあり、着心地は最悪だ。
ξ゚⊿゚)ξ「本当はもう少しがっちりした体格の方が見栄えが良いのかもね」
生花店のカウンターで、ツンが笑いながら言った。
きらきらと、胸もとが光っている。俺の身体そのものが発光しているかのようだ。
ξ゚ー゚)ξ「でも細くてもいいか。その方が宇宙人っぽいし」
星空で有名な街のマスコット、だから宇宙人。
そんな案が通ったというのだから、この商店街もいよいよ危うい。
ξ゚ー゚)ξ「どう? そろそろ交代する?」
(;'A`)「お前、着るの?」
ξ゚ー゚)ξ「は! 冗談でしょ」
反駁したい気持ちを、ぐっと堪えて飲み込んだ。
81
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:53:16 ID:/OZyJZx20
(;'A`)「給料は出るんだろ」
ξ゚ー゚)ξ「もちろん」
(;'A`)「じゃ、あと一時間は粘る」
背筋を伸ばして、今一度気合いを入れる。
(;'A`)ノシ「いらっしゃいませーい」
商店街の片隅は往来も貧相だ。それでも声をあげたことで、振り向いている人がいた。
近所で暮らすおばちゃんだとか、学校帰りの中学生だとか。どんな連中であろうとも、来てくれればお客になる。
服装の突飛さも、着心地の悪さも、汗を流して声を出しているうちに気にならなくなった。
どんなものだろうと、時間が経てば馴れてくるようだ。
自分で自分に感心をしていた、そのとき。
「すいません」
と、声がした。
82
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:55:34 ID:/OZyJZx20
('A`)「ああ、いらっしゃい。お探しものですか」
「ええ、探している花がありまして」
大人だが、それほど歳はとっていない。俺と同じくらいだろう。大柄な体型が、薄手の服からよくわかる。
夏だというのに目深に帽子を被っていて、それが少し気になったが、危険だとは思わなかった。
むしろ、好感が胸の内にわいた。どうしてなのかは、わからなかったが。
('A`)「どんな花ですかね。俺、アルバイトなんで、あんまりコアな花だと店の人に聞かないとわからないかもしれないですが」
「ええ、それじゃ」
男が心持ちわずかに、帽子を持ち上げる。
思ったよりもつぶらな瞳があらわになって、俺を見た。
(´・ω・`)「ヒマワリなんてどうでしょう」
太陽をずっと追い続ける花。流石の俺にもすぐにわかった。
83
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:56:36 ID:/OZyJZx20
店先から引っ張り出したその黄色い花を手渡すと、男は俺を見つめてきた。顔から、胸元、足の先まで。
(;'A`)「な、何か」
(´・ω・`)「いや」
店先にずっと立っているから、この変な姿も当然最初から男の目に入っていただろう。
しかしそれでも、全身をすっぽり包まれている銀色タイツだ。
どんなタイミングだろうと、気になるのは別に不思議じゃない。
ツンに隠れて愚痴のひとつでも零そうか、と口を開きかけたとき、男がにやっと笑みを浮かべた。
まるでいたずらをした子どものような笑い方。
(´・ω・`)「素敵な服だろ、それ。絶対似合うと思っていたよ」
言葉は聞こえた。
でも、男はもういない。
ΛΛ∨
84
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/27(日) 23:59:06 ID:/OZyJZx20
('A`) ?
淡く黄色いヒマワリが地面に優しく音を立てて落ちる。
今、ここにいたのは誰だ。
ξ゚⊿゚)ξ「どうしたの」
ツンが声をかけてくる。
俺は答えなかった。
動悸が激しくなる。
息を呑み、庇の内側へと飛び入った。
(;'A`)「ペンをくれ、紙も!」
85
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/28(月) 00:00:50 ID:MqF3YIYs0
ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと、どうしたのよ」
答える余裕もなく、カウンターの脇からボールペンとメモ帳を引っ張り出した。
書き留めるんだ。
心のどこかで、俺が叫んでいる。
忘れる前に、あいつのことを。
まぶたの裏に景色が浮かんだ。
ずっと昔、あいつと出会った。
病院の屋上で。橋の上で。
それから、もっと、別の場所。ヒグラシの鳴く、初秋の駅のホーム。
86
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/03/28(月) 00:02:09 ID:MqF3YIYs0
(;A;)「馬鹿野郎」
言いながら、俺は泣いていた。
どうして涙が出るのかもわからないまま、歯を噛みしめて、嗚咽を漏した。
お前は誰だ。
俺を、俺たちを、救ってくれたお前の名は。
紙を持つ手が大きく震える。
ペンは未だ動き出せずにいる。
―――了
87
:
名無しさん
:2016/03/28(月) 00:05:21 ID:/7uEkTTc0
乙乙
88
:
名無しさん
:2016/03/28(月) 00:06:09 ID:R9A.nUSA0
掴みが強烈すぎてどうなるかと思ったけど、良い意味で裏切られた。
話の進め方が実に心地いいし、余韻もあって。
好きです、本当に。
89
:
名無しさん
:2016/03/28(月) 00:10:52 ID:vx0R6k/U0
乙!!
自分がループしない側という視点が面白かった!
けど、 ここで終わりなのか……!!
余韻があって良いかもしれんが、やっぱ続き読みたいと思ってしまうよ
ともかく、乙でした
90
:
名無しさん
:2016/03/28(月) 00:26:48 ID:e.acJNpo0
乙!!良かった!
91
:
名無しさん
:2016/03/28(月) 02:25:53 ID:rjm7I/H20
スレタイだけ見ればクソッスレかとも思ったが内容は裏切られた
よかった乙
92
:
名無しさん
:2016/03/28(月) 04:15:01 ID:qN/550WY0
凄い後味だ……乙!
93
:
名無しさん
:2016/03/28(月) 10:59:44 ID:Dkbv8veU0
めっちゃええやん……!めっちゃ……!
94
:
名無しさん
:2016/03/28(月) 12:08:27 ID:mY8v6lgg0
ビロードの語りが生々しくて良かった
95
:
名無しさん
:2016/03/28(月) 18:12:00 ID:WRhg2YaM0
乙
以下感想、ネタバレあり。
採用されてる時間跳躍が精神のみの跳躍であるタイムリープというのなら、
未来のいつかの時間でツンが工作するはずの銀の一張羅を着て、ショボンが現在のドクオの前に姿を現す事は不可能だと思う。
ショボンが真性タイムトラベラーでもなければ。それとも、ショボンがそいつを痛く気に入って現代において複製しない限り。
まま、それはさておき、ラストは美しい。
けれど、沢山の自殺未遂の下りはどうかなと思う。
冒頭でタイムリープが明かされてしまっているから、防がれるとわかりきった筋でしかないし、
ビロードが何のために演説してるのかもよく分からない、彼は必要だったのかなとも思う。
後、一人称語りって時点でドクオが死ぬ展開がほぼないってことが明らかなのも勿体無い。
ループで助けられている側の視点って発想は面白いけど、うまく料理できなかった感はある。
そこに引きずられてドクオは作中でほとんどキャラが変化しない、
もっとも変化したのは多分ショボン、しかし彼はあまりに描写が少ない。
そういった意味で、語り口と感情移入に足るキャラの変化、描写が噛み合わなかったのは勿体無いと感じる。
ラストの余韻は好き。
96
:
名無しさん
:2016/03/29(火) 00:29:19 ID:/DT0qGko0
おつ
ループしない人物の視点から攻めていくの好き
ラストに謎が残るのがむしろ良いね、ありきたりな締めじゃないところがワクワクさせられた。
ビロードの件に関してはずるずる引っ張らずに首の伏線だけをいれて、他の自殺者のセリフをちりばめれば良かったかもな。たぶん警察が来るまで時間があったということなのだろうけどビロードだけが喋っているから何か意味があるのだろうと穿って読んでしまう。
ドクオが自殺に成功していた最初のルートではツンとショボンが未来で何かしら関係を築いていたのだろうか
わざと謎を残したようにみえるし、読者の想像にお任せするのも小説の醍醐味ってことだな
97
:
名無しさん
:2016/04/01(金) 00:02:32 ID:1EJ.Eg.YO
乙ー、タイトル秀逸やなあ!終わり方、というか終盤が好きだ
98
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/04/02(土) 22:30:10 ID:JUjYJa420
¶
バイナリー
……データが「0」と「1」で表現されているデータ形式のこと
000=0
001=1
010=2
011=3
100=4
・
・
・
¶
99
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/04/02(土) 22:31:12 ID:JUjYJa420
Λ
∨
Λ
∞
∽
8
A ∀
y
∃
E
λ
・
・
・
〇〇〇
100
:
名無しさん
:2016/04/02(土) 22:31:55 ID:0Mh3MvOI0
まさか続きあるとは
しえ
101
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/04/02(土) 22:32:26 ID:JUjYJa420
時をかける俺以外
2nd Track
.
102
:
◆QS3NN9GBLM
:2016/04/02(土) 22:33:26 ID:JUjYJa420
夏休みは終わったばかりだというのに陽射しは依然として強い。
誰もが気怠げに道を歩いているのは、実は少し羨ましい。
長期休暇が愛おしいのは、その期間を充実して過ごす証拠だからだ。
その一方で僕には、休みの度にある種の喪失感が湧く慣例となっていた。
僕の両親は夏が来るとしょっちゅう引っ越しをした。
一所に留まるのがとても嫌いな人たちだったのだ。
子どもである僕が学校に通っていても、お構いなしに訪れる季節病のようなものだった。
旅人みたいだろう、と両親は気軽な言い訳をよく僕にしてくれた。
それが誇らしく感じてもいたのだろう。
僕がもう少し友情に厚く、義理を重んじる性格だったらきっと耐えられなかっただろう。もっと悲惨な家庭になったんじゃないかな。
電車に乗って駅を数駅またぐ程度の距離ならば、僕は我慢して学校に通った。
引っ越した後の方がむしろ学校に近くなった、なんてことさえあった。
直線距離が100kmを超えると、体力的に限界が来る。
そうなると、住み慣れた街にも潔くさよならを言わなければならない。
あちこちの学校を行き来するものだから、僕は自然となるべく周りに無頓着でいるようになった。
いちいち他人に情をかけていては、心が疲れてしまうのだ。
なるべく遠く、同級生を離れてみて、ほどほどな付き合いをする。
それが僕に相応しい人生観であり、これから先もずっと続く価値観だと信じていた。
103
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◆QS3NN9GBLM
:2016/04/02(土) 22:34:35 ID:JUjYJa420
県を跨ぐほどの大引っ越しが、中学生に上がってすぐのときに起こった。
通い始めたばかりの中学校や、出会ったばかりの友達たちに慌ただしい別れを告げて、引っ越し用のトラックに家族とともに乗った。
揺られながら辿り着いたのは、山間にひっそりと広がる田舎町。四方を囲む高い山は僕たちを威圧して見下ろしていた。
転入学試験を受けて、一休みしていたら、夏休みは終わってしまった。
九月。セミの声はまだまだ五月蠅く、蒸し暑い空は青く晴れ渡っている。
にぎやかな語り声の聞こえていたクラスに一歩足を踏み入れると、静寂と奇異の目線が降りかかってきた。
いつものことだ、と心の中でやり過ごす。
(´・_ゝ・`)「ほらお前ら、自分の席にちゃんと着け。新学期だぞ。転校生も来てるんだから、みっともないなあ」
担任の先デミタス生が教壇の上で指をたたく。
開かれた名簿を眺めて、僕に顔を向けてくる。
(´・_ゝ・`)「自己紹介を、ショボンくん」
(´・ω・`)「はい」
転校し慣れていたものだから、自己紹介もうまくなる。
無難な言葉を織り交ぜて自分を語り、「がんばります」と最後に添えた。
嫌悪感のある瞳は見受けられない。それなりの好奇心と、それなりの面白がり。そして半数は無関心。
まずまずの環境だ、と一人胸のうちで安堵した。
104
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◆QS3NN9GBLM
:2016/04/02(土) 22:35:43 ID:JUjYJa420
(´・_ゝ・`)「君の席はそこね」
指をさされてた先にあったのは、教室の奥、窓際の席。
歩き出そうとした、その瞬間。
(´・ω・`) ?
初めて受ける違和感。
クラス中に、さざ波が立ったような。
「あそこって」と、誰かが口にして、ほかの誰かが「シーッ」と言う。
どうも良い類いのひそひそ話ではないらしい。
(´・_ゝ・`)「どうした」
先生が僕を急かすように声をかけてきた。
(´・ω・`)「あ、いえ」
一歩、二歩、ぎこちなく動かし、なるべく早めに進んでいく。
座り込んだ座席は窓枠の陰にあったがために少し冷たくなっている。
誰もいないその席がひとつ、初めから用意されていた。
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