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翡翠先生作品集(復刻版)
59
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:39:44 ID:MEMoqnno
池内理央と礼央。どこをどうやって、ぐるぐる考えたって、兄弟であるのは、ほぼ間違いないだろう。
容姿は、あまり似ていない。マギーが柔らかい風なら、この目の前の人は、すべてを破壊する嵐のようだった。
あまりにも、あたしが黙っていたからか、礼央は、
『君のパートナーとの関係、知りたいでしょ?』
と、にやにやしながら言ってきた。
既に始まっていた総理の演説に静まり返った 会場の中にも関わらず、思わず、カッとして礼央の頬を打つ。
マギーは、何故か総理大臣の舞台袖にいて、こちらを見ている。
そういえば、さっき、 マギーが少し怒りながら
『ちょっ…なんですか…』
と、怒っているにも関わらず、まあ、ここは坊ちゃんがいませんと・・・・とかなんとか言いながら、ににこにこして、マギーを連れて行った。
あたしは、そいつ達を ぶん殴ってやりたかったけど、結局は何も言えず、マギーが連れて行かれるのを、ただぼんやりと、阿呆のように見つめていた。
マギー、そんな所にいないで、あたしの傍にいてよ。あたしとしゃべってよ。笑いかけてよ。
そんな事を、胸がはりさけんばかりに、考えていると、マギーとよく似た長い指の手があたしを会場から連れ出した。
あたしは、抵抗したかったけれど、何故か抵抗できず、しかもマギーの事すら見る事が出来なかった。
礼央とあたしは、まるでかけおちする二人のように、会場から走り出た。
60
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:41:28 ID:MEMoqnno
ホテルの庭園のベンチに座る。薄暗くライトアップされた、この場所は、作り物として完璧だった。
『悪かった!』
いきなり、礼央があたしに頭を下げた。
『ちょっと、からかってやろうと思っただけなんだ。悪気はないんだ。』
『悪気がないのが一番悪いよ。』
それは、私の持論だった。無意識に人を傷つける無粋な人間は、好きではない。
『だな。悪気がないのは悪いよな。すまん。』
本気で謝っているようだった。これが、演技で騙されたとしても、誰もが仕方ないとあきらめるだろう。
最初の嫌みな感じや、刺々しい感じは、もう感じられなかった。
あの、嵐を巻き起こす雰囲気も消えていた。
本当は、いい奴なのかもしれない。マギーと血縁みたいだし。
あ、そうだ。マギーとの関係をちゃんと聞いてみよう。
『礼央って呼んでいい?あたしの事も、翡翠って呼んでいいからさ。』
礼央は、俯いていた顔をゆっくりと上げて、
『ありがとう。翡翠。』と、笑顔になった。その笑顔が、マギーと重なる。
あたしは、無言で促すように礼央を見ていた。自分の目が、ビーダマのようになっているのが判る。そして、静かに静かに、礼央は、話始めた。
『もう、気が付いているかもしれないが、俺とマギーは兄弟だ。腹違いのな。俺は、理央と同じく正妻の子供ということになっているが、妾の子だよ。本当なら、理央が政治に携わって、親父の秘書になればいいのに、あいつはガンとして嫌がり、断った。その代わり、親父の大切な客に美しい女をエスコートさせる仕事を始めて、それで、なんとか親父を説き伏せたんだ。…で、俺は兄貴の代わりとなって、こうして第三秘書をやっている。…第三だから、あんまりやる事もないし、お飾りみたいなもんだ。いや、お飾りそのものだ。』
61
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:42:21 ID:MEMoqnno
そこまで言うと、礼央が、急に立ち上がり
『ちょっと、待ってて。』
と、言ってホテル内に走って行った。
あたしは、考えていた。考えたって仕方の無いことを。マギーが、総理の息子…。しかも、こんなに公然と息子として紹介されている。マスコミシャットアウトの会合だから?それにしても、マギーは、相当父親に愛されているようだ。
そんな事を考えていると、ボーイがやってきて、てきぱきと、小さな硝子のテーブルに綺麗なオードブルと、シャンパン、そしてグラスを2つのせた。
氷を敷き詰めた、クーラーに入っているシャンパンに汗がうっすらかきはじめた時に、やっと礼央が戻ってきた。息切れをして、息をはずませている。
後ろ手に持っているものを、あたしに差し出す。
可愛くまぁるくブーケのように、形つくられた、色とりどりのガーベラだった。 偶然にも、ガーベラはあたしの大好きな花だった。
ぶっきらぼうに、差し出された花々の花弁が震えている。
『これ…やるよ。…なんか翡翠見てたらガーベラ想い出したから。』
かなり、照れているのだろう、俯きながら、そう言った。
『すっごく嬉しいよ!礼央!ありがとう。』
その言葉で、やっと礼央が顔をあげた。
マギーが黒百合なら、この人は、真っ白いガーベラだ、となんとなく思った。愛らしいところがあるから、そう思ったのかもしれない。
周りの手入れされた木々、薄暗くライトアップされている、あたし達。空にはぷっりと、月が船のように浮かんでいる。星達は、あたしのメイクに施されているラメよりも、もっと白く綺麗だった。
『乾杯しよ。あたし。あの会場の中にいるの、嫌。』
『何も聞かないの?』
『さっき、聞いたよ。それに、聞くより見て知るほうが確かだからね。』
『俺、翡翠の事みくびってた。』
『いいよ。どんだけ見くびられようが、見下されようが、あたしは変わらない。胸を張って、いつでも笑顔で命懸けだよ。』
そうして、あたし達は、あたし達の出会いなんかじゃなく、この美しい空に乾杯をした。
62
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:43:07 ID:MEMoqnno
あたし達は、これまでの話をしていた。あたしがマギーのとこの高級娼婦だと知ると、
『じゃ、俺今度、翡翠指名する!』
『冗談じゃねー!あたしは、マナーのなっていない男とSEXの下手な男と金を持ってない男はお断りだよ。』
煙草を口にすると、さっと礼央が火をつけてくれた。若いのに、デュポンのライターだった。
『ありがと。―ね、なんで、デュポン?』
と聞いてみた。そしたら、礼央は、ぶっきらぼうに
『親父のお下がりだよ。』
と、言った。ああ。彼は愛されたいのだ。自分の父親に愛され、信頼され、任せて欲しいのだ。
『可愛いとこあるじゃん!』
わざと、おどけてみた。本当の、あたしが今思った気持ちを言えば、この男は必ず傷つくだろうから。
『…翡翠ー…』
遠くで、マギーがあたしを呼んでいる。PARTY IS OVER。
『行かないと。』
『うん…。』
礼央が、あまりにもがっかりしているように見えたので、あたしは、サンローランのバッグからヴィトンの手帳を取出し、携帯番号と、メルアドを書いた。彼も、あたしの手帳に自分の携帯番号とメルアドを書いてくれた。
あたし達の短いかけおちは、終わった。礼央とは、今度会えるかどうか、判らないけど、あたしは、心を込めて
『またね。』
と、手を振った。月影で礼央の表情は見えなかった。
あたしは、どうしてだか、うっすらと涙らしき水分を瞳に感じ、それをポタリ、とそっと落とした。
あたしの落とした水分は、朝露のように美しく光っただろうか。
暗くて、確認できなかった。
63
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:03:46 ID:MEMoqnno
【マギーとの、夜。】
さっきは、遠かった声が段々と、こちらに近づいてくる。
薄闇の中でも、色白のマギーは、ほのかに発光しているかのようだった。
硝子のテーブル、2つのシャンパングラスを見て、
『楽しかったかい?』
と、聞く。
あたしは、
『楽しかったし、とても興味深かったわ。』
と、有体に答えた。
マギーは、悲しそうな笑顔を浮かべ、
『翡翠は、礼央に興味を持った?』
と、心を雑巾をぎゅっと絞るように聞いてきた。
『持った、のかもしれない。それがマギーの弟としてなのか、1人の男性としてなのかは、自分でも判らない。あたしは、彼から殆んどの事を聞いたけど、マギー、あんたからは何も聞いてないよ。あんたと礼央の関係。そして、何故、総理の舞台横に立っていたかもね。あたしは、あの会場が、なんだか嫌な雰囲気に包まれていたから、逃げ出して、あれから、会場でマギーが何をしたか、しゃべったか、全然判らない。』
マギーは、どこから話したらいいのか、またどんな言葉を選べばいいのか彷徨っていた。 そして、
『信じてくれるなら…。部屋で話したい。』
と、やっとのことで言葉を繋げた。
64
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:04:21 ID:MEMoqnno
あたしは、月も星も振り落ちてきそうな、庭園で、
『あたしは、いつだって、マギーを信じてるよ。』
と、答えた。
マギーがスゥイートを取り、庭園のテーブルを片付けてくれるように言っていた。
そして、ルームキーを持ったマギーは、あたしの腰に手をあて、エレベーターへと促した。あたしは、されるままについていった。
部屋に入ると、ウェルカムドリンクのシャンパンが1本と、たくさんの新鮮なフルーツが盛られていた。どう考えても過剰なサーヴィスだ。
『ねぇ、先にお風呂入ったり、メイク落としたりしたいけどいい?』
と、聞いた。あたしは、部屋に帰ったらすぐメイクを落とすから、泊まる所でも、その癖が抜けない。
『好きにしていいよ。』
マギーは、窓の外を見ながら言った。
あたしはまず洗面所で手を洗い、うがいをした。 お湯は、まだたまらない。
『乾杯だけでもしとく?』
と、聞いてみた。
マギーは、乾杯もするし、フードをルームサーヴィスで頼むという。殆んど、何も食べられなかったようだ。
可哀想。
あたしは、マギーに、チャーハンとスープ頼めば?と、冗談を言った。
結局、マギーが頼んだのは、シェアしやすい、チーズサンドイッチと、サラダと、ピザだった。
お湯が、ちょうど良い感じにたまってる。あたしは、
『覗いたら、ぶっ殺す。』
と、マギーに言ったら、言われないでも覗く気なんか、到底ないね、と鼻であしらわれた。ちぇっ。
65
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:05:10 ID:MEMoqnno
ここのお湯は柔らかく、高級なバスボムまで用意してあった。泡泡泡泡泡…。 我ながら、子供じみているとは思ったが、遊んでみた。
なんだか、マギーとこうして過ごす時間は、あたしにとって、とても楽しい事のようだった。
髪をおろし、丁寧にブラッシングしてから、洗う。ここのバスグッズは一流品ばかりだ。二流、三流のお客様が、そうと気が付かないように、気配りしている、大変素敵なホテルだ。
マギーと寝るわけでもないが、身体を丁寧に洗う。 …ひょっとしたら、あたしとマギーの間に性愛が、関係してくるのだろうか?…判らないや。
浴槽を出て、髪をよく吹き、お肌のケア。ラプレリーをアメニティ品として置いてるなんて、すごい!
髪には、ちゃんとケアオイルをつける。アヴェダのものだ。ドライヤーは、ナノケアだの、イオンケアだの書いてある。どうやら、サロン専売品らしい。
あ、あたしがここを占領したらいけない!
と、思い、急いでバスルームから出た。
すると、マギーがおかしそうに、バスルームのすぐ横に置いてあった、高級リネンの肌触りのいい、バスローブを渡してくれた。
しまった!私は、バスタオルを巻いて出てきてしまった。全く優雅じゃない!
自分に腹を立てているとマギーが、笑いを抑える声で、
『じゃ、入ってくる。』
と、格好よくバスルームに消えていった。マギーの香水の、残り香だけが、した。
66
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:07:00 ID:MEMoqnno
お行儀が悪いと、判っていたけど、あたしは、ベッドサイドに、フルーツとシャンパンを持ってきて、寝転がったりして、それらを食べ、シャンパンを飲んでいた。
ルームサーヴィスは、まだ来ていないようだった。多分、用意周到なマギーが時間を指定したのだろう。自分で、時間を予測して。
どれ位してからか判らないけど、マギーはバスルームから戻ってきて、あたしを見て
『翡翠姫は行儀がいいなぁ。』
と、皮肉を言って、くっくっと笑っていた。
それから、あたしの横のベッドサイドに座り、自分もシャンパンを注いだ。
『喉、乾いてたから、いつもより、美味しい。…ねぇ。翡翠、こういうのって幸せだと思わないかい?』
『あたしは、正直本当の幸せなんて、判らない。だけど…今、マギーがいて、こうして酒飲んで、喋っている事は、とても素敵な事だと思うんだ。』
『翡翠、それが一般的に言う、幸せというものだ。今までの、翡翠の幸福の認識が低かったから、翡翠はそれに気がつかないんだ。』
それって、いいホテル泊まってシャンパンとフルーツかっ食らう事?とは、さすがに聞かなかった。
マギーは、あくまで親切心であたしに、幸福とやらを教えてくれようとしているのだから。
チャイムの音がする。ルームサーヴィスだ。あたしはお腹すいてないや、なんて思ってたけど、あまりのいい香りに、あたしも食べる事にした。
二人で、食事している最中ではあったけど、あたしは言った。
『もう、話してくれてもいいでしょう。』
一瞬、マギーの動きが止まったように見えたのは、気のせいだろうか?
『そうだな。もう、話さないといけない。』
と、妙に神妙な顔つきで言った。
あたしは、こんな時でも、苦悩するマギーの顔は美しいと、うっとり眺めていた。
67
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:08:19 ID:MEMoqnno
お互いに、決まっていたかのように、煙草に火を点す。顔を見合せて、ちょっと微笑んだ。
白い煙は、何か今まで見てきたもののような、形を作り、すっと消えていった。
『翡翠も、もう気が付いてる、シナリオ通りだ。俺は、総理大臣の正妻の不肖の息子。そして、礼央は、俺の腹違いの弟だ。
本来なら、俺が政界に入るべきだったんだが、俺は嫌だった。父親は好きだったが、総理は嫌いだった。政界も、好きになれそうになかった。初めは、俺を無理に政界にひきずりこもうとした親父だったけど…。母親の説得もあり、俺は政界入りを免れ、有り余る金で、儲けにもならないクラブをやってるわけだ。』
あたしは、口を挟んだ。
『娼婦の方で稼いでるじゃんよ!』
『ま、そうだけどね。おいしい仕事だと感謝してるよ。』それから、『たくさんの癒されたい人間達の待ちがたくさん入っているよ。ありがたい事にね。』と続けた。
なんだか、淋しげにマギーが言うから、あたしはわざとがめつい娼婦のように
『そういえば、仕事頂戴!お金欲しい。』
と、喚いてみた。
『あー、判ったよ。とびきりの上客を用意するよ。』
『その言葉、信じたからね。頼みますよ!社長!』
お互いに、なんだか確信からは、遠ざかっているように感じた。
と、言うか、まだ何かある、彼は何かをあたしに言っていないと思ったが、言わないと、判断した彼の気持ちを、あたしは尊重した。
68
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:09:02 ID:MEMoqnno
『じゃ、そろそろ、本題に。えーっと、政界入りを免れた俺は、おかげで自由に飛び回っている。…だけど、礼央にあんな風に、とばっちりがいくとは、俺は考えていなかった。』
マギーは、悔しそうに、
『礼央は、母親から引き離されて、親父の屋敷の一室で色んな政治のやり方や、理論を一日中、たたき込まれていた…。』
『月に一度だけ母親に会わせてもらっていたよ。偶然、見かけたんだが、礼央の母親は、小柄でひっそりと生きているような女性だった。礼央は、妾をないがしろにする親父に代わって、いつも母親に、小遣いをやっていたようだ。親父は、俺と礼央にはたっぷりと小遣いをくれていたけど、変なとこで吝嗇だったよ。』
そして、一息置いてから、
『よく言うだろう。金持ちがなんで、金持ちかと言うと、金を使わないからだ、と。』
そして、それからも、マギーは、何かがプツンと切れたように、喋り続けた。怖い位に。
マギーは昔から礼央との接触を阻止されていた。礼央の家庭は、総理の出す、たかが知れている金と、礼央の援助で成り立っている事。そして、妾である、礼央の母親も、昔は、輝きに満ちていて誰をも魅了した事。礼央によく似てる事。等を、息継ぎを忘れたように、話していた。そして、何故か、自分もそろそろ礼央に逢わなければいけない、と言ったのがなんとなく、引っ掛かった。
あたしは、少しマギーの気を紛らわせるために、
『なんで、マギーは、高級娼婦をあてがう、なんて非人道的な商売を始めたのさ。』
と、前々から聞きたかった事をついでのように、聞いてみた。
『贖罪だよ。』
は?贖罪?冒涜の間違いじゃない?
『俺のマージンの全てを、礼央の母親に渡している。最も、顔を見られずに、ポストに入れておくんだけどな。』
マギーが、そんな事をしていたなんて!自分の選択で、他人の家の内情をぐちゃぐちゃにしてしまった、償いだろうか?それとも、礼央の母親に美しさを取り戻して欲しかったのだろうか?
そこまでは、聞く必要は、ない。
69
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:09:32 ID:MEMoqnno
それにしても不思議なのは、第三秘書の礼央が舞台にいなくて、マギーがいた事だ。政界に縁がないマギーが、あの仰々しい薄っぺらい舞台に立つなんて!
『そもさん。』
思い切り、不機嫌な声をだすあたし。
『せっぱ。…って、懐かしすぎて、おかしいんだけど。』
と、マギーお得意の口に手をあてて、前側から、腰を持つポーズを取った。
畜生。こんな時だってのに、様になってやがる。
『今日、舞台に立っていたのが、何故、秘書の礼央ではなく、汝であったのか答えよ。』
マギーの、笑いが止んだ。 そこだけ、スローモーションになる。
『父親は、母親を溺愛していた。愛人がいながら、愛人を疎かにし、母親に、愛を注いだ。母親は、今、病気で入院している。だから、母親の代わりに俺を紹介して、自慢するんだ。俺は、その時だけの人形だ。』
あたしは、全てをすっ飛ばして、
『こんなダセー、シナリオ書いた奴らが悪いんだ。』
と、言った。妾の面倒をてめーで見れない総理大臣。マギーの代わりにされ、自由を奪われた礼央。それは、全て、マギーのせいじゃない。ないのに。
『翡翠、もうそろそろ納得してもらえたかい?なんだか、変な汗をかいて、またシャワーを浴びる羽目になりそうだ。』
あたしは、全てのパズルのピースがバチッとはまったようで、気持ち良かった。
『そうね。また、なんかあったらその度に尋問するわ。』
『そりゃ、大変そうだな。』
マギーが、笑った。
70
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:10:04 ID:MEMoqnno
あたし達は、全てを聞き、全てを話し、なんだかほっとした。
ただ、あたしには、礼央の事が気になっていた。 好きでもない事をやっている礼央は、マギーの言う所の『幸福』ではない。
明日にでも、礼央に連絡してみようか?でも、何故かマギーに悪い気がして、少しの迷いがあたしの中に生じる。
マギーとあたしは、バスローブのままで、ピザをかじり、サンドイッチを頬張った。
寝転がりながら、笑いながらシャンパンを口にする。 笑っているから、うっかりとシャンパンを零してしまった。その、零れたシャンパンは、私の鎖骨に小さな小さな、水溜まりを作った。
拭かないと、ベッド汚すな、と思っていたら、マギーが、その小さな水溜まりになったシャンパンをそっと、啜った。
あたしは、びっくりして動けないままベッドの上で寝転がっていた。
マギーは、無言で、灯りをおとしてゆく。そうすると、不思議な事に、たくさんあるアロマに次々と火が灯り、ゆらゆら揺れていた。 それは、とても幻想的だった。
マギーが一瞬姿を消したと思ったら、大きな籠を手に表れ、あたしの寝ているベッド全体に、薔薇の花びらを降り注ぎ始めた。
それは、夢のように美しく、芳しかった。
あたしは、うっとりと、その演出に寄っていた。
たくさんの薔薇の花びらに覆われた頃、マギーが
『気に入ってくれた?』
と、聞いてきた。
あたしは、満面の笑みで
『勿論だよ!どきどきする位気に入ったよ!』
と、本当にどきどきしながら言った。
71
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:10:36 ID:MEMoqnno
『そっか。良かった。…本当ならもっと素敵なデートにしたかったんだけど、親父の祝賀会に来たのが間違いだったな。もっと、めちゃくちゃにして楽しんでやるつもりだったけど…なんか、できなくてさ。悪かったな。』
残念そうなマギー。
『マギーは、今日のお父さんの祝賀会に、なんであたしを連れていったの?めちゃめちゃに楽しむ相棒?』
あたしは、聞いてみた。
『翡翠を…。親父に見せたかったんだ。母親を溺愛しているように、俺も溺愛している翡翠を親父に見せたかったんだ。子供っぽくて、言えなかったけど。』
あたしは、言葉を失った。マギーがあたしを愛しているのは知っていた。あたしも、マギーを愛しているし。でも、それは親密な友情をもっと煮詰めたようなものであると、あたしは考えていた。
『シャンパン飲むかい?翡翠?』
思考を駆け巡らせているあたしに、平気でマギーはそう言った。でも、確かにあたしは、喉が乾いていた。もしかしたら、思いがけないマギーの告白のせいかもしれない。
『喉、乾いた。』
それだけ言うと、マギーは、その隙のない美しい顔をあたしに近付け、口移しで、シャンパンを流し込んだ。
こくん、とあたしの喉が鳴る。
72
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:11:20 ID:MEMoqnno
全くもって、サプライズの連続で、あたしはなんだか、身体の芯がふにゃふにゃになってしまっているようだ。
『信用させて、部屋に来たのに、びっくりだよな。正直、俺もびっくりしてるんだ。ここに来るまでは、本当にそんな気はなかった。信じてくれ。…なのに…こうして、二人でいたら、翡翠の事が欲しくて、自分のものにしたくて、たまらなくなったんだ。…ごめん。翡翠、男には気を付けろよ(笑)』
作り笑いのマギーを、あたしは苦しい気持ちで見ていた。
あたしは、ここでマギーを受け入れたらいいのだろうか?それとも、拒否した方がいいのだろうか?
混乱していた。
こんな時はゆかりだ。
あたしは、ショールを羽織り、スパンコールのクラッチバッグを持って、
『煙草買ってくる。』
と、逃げるように部屋を出た。
そして、ゆったりとした喫煙室に急いで入り…幸い誰もいなかった…ゆかりに電話した。
コール音が、もどかしい。
お願い、ゆかり、出て!
『は〜い!かわいこチャン。今頃マギーと、ベットかと思ってたわよー。』
呑気なゆかりに、事の概要を話す。あたしは、今、どうするべきか。逃げ出すべきか。受け入れるべきか。
ゆかりは、呆れたように言う。
『あんたは、何を迷っているわけ?翡翠にはマギー、マギーには翡翠だと、あたしはずっと思っていたんだけど。』
『判らない。怖いんだよ。ヴァージンみたいに、震えるんだよ。』
そう言うと、ゆかりは、でかい声で、あはははは!と大笑いした。
あたしは、少しむっとして
『何がそんなにおかしいのよ!』
と、言った。ゆかりは、まだ笑いながら、
『あんたも、子供じみたとこが、あるのは知ってるけどさ。まさか、ここまでとはねー。』
73
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:13:08 ID:MEMoqnno
まだ、笑いは続いてる。
『ヴァージンみたいな気持ちって、好きだから、そう思うんじゃないの?』
『あ……。』
あたしは、ゆかりの言葉に、はっ、とさせられる。
『だから、あんたは今からマギーと、素敵な夜を過ごせばいいんだよ。…難しい事は、後で考えたらいいさ。あたしも、フォローするから、翡翠は翡翠のままで、気持ちのままに、マギーにぶつかりな!』
あたしは、なんてたくさんいらないものをくっつけて、ゴテゴテデコレーションして、考えていたんだろう。
男と女はシンプルでいいんだ。あたしが、いつも思ってた事じゃないか!
『…ゆかり。ありがとう。あたし、大事な事忘れてたよ。ゆかりに言われて思い出した。』
『あたしなんかが、役に立てて光栄だわ!…じゃ、素敵に熱い夜を過ごしてね。なんかあったら、いつでもあたしに連絡してよ。また、明日ノンフィクションで飲もう。』
『ありがとう、ゆかり。ゆかりに電話して良かった。明日、ノンフィクションで、飲もうね!』
と、言って切った。
そして、あたしは凛とした気持ちで、部屋へと急いだ。待たせては、いけない。この熱を、そのまま彼に伝えたい。
部屋のチャイムを鳴らす。 暫くしてから、ドアが開いた。
74
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:14:11 ID:MEMoqnno
『おかえり。』
あたしは、何も言わずに、シャンパンをくーっと飲み干し、ベッドサイドに座って、何気ない感じを装い、バスローブの紐を外した。
はらりとバスローブの前が開き、そこ、ここの白い肌が垣間見える。
『マギー、今はエスコートしてくれないの?ヴァージンのお嬢さんが待ってるんだけど。』
マギーは、信じられないという言葉を、大袈裟に言い、外国人のような、オーバーリアクションを見せた。
クスクスと、あたしが笑っていると、ようやく落ち着いたのか、マギーが少し緊張した笑顔でやってきた。
あたしは、さっきのお返しに、マギーにシャンパンは口移しで飲ませてあげた。
マギーの白い喉が動く。
そして、また魔法のようにアロマの灯りが消えた。
マギーがあたしのバスローブをそっと脱がす。
そして、自分のバスローブも、床下に落とした。
薔薇のベッドに潜り込み、息ができない位激しく、切ないキスをした。
マギーは、あたしの身体の隅々までキスの祝福を降らし、あたしの身体の形を確かめるように、なぞっていた。
あたしは、身体をなぞられれるだけで、熱い吐息を吐いた。
マギーは、大胆になっていき、あたしを色々な形で愛した。時にはあたしが、上になり、彼を見下ろし、時には、彼があたしをバックから、抱き締めるように愛してくれた。
あたし達は、お互いの気持ちの良いところを、鼻のよい豚がトリュフを探すように、探り当て、その部分を刺激した。
主に、マギーがあたしを快感に誘った。 『翡翠は何もしなくていいから。』 と、囁いた。
マギーの長い睫毛に影が落ちる。そして、いつもはつめたく見える絶対零度の唇が、あたしの身体に押しつけられ、あたしも熱く熱くなる。
マギーがあたしに入ったり、出たりと焦らされる度に、あたしの甘い密は、はしたなくとめどなく流れる。それを、マギーが綺麗に舐めとる。
静かな部屋の中に、ペチャッ、クチュッ、という卑猥な音が響き渡る。だけど、あたしにはその音は、二人の愛のようなものの音に聞こえた。
75
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:15:16 ID:MEMoqnno
マギーは、とても丁寧にあたしを愛した。激しいのに、壊れ物を扱うような。大切な宝物を、手に初めて持ったような。
あたしは、マギーの愛撫を全身全霊で受けていた。
焦らしに焦らされている為に、あたしは、どこを触れられても、身体がビクッと反応してしまう。
順番なんて、順序なんて、彼には関係が無く。そして、それがまた、あたしに火をつける。
少しだけ、少しずつあたしの 中に入っていたものが、あたしの中の奥の奥まで入ってくる。
快楽と、嬉しさに溢れるセックスをあたしは、初めてしたと思う。
その、気の遠くなりそうな快楽の中で、ふと、礼央の顔が浮かんだ。あたしは、気のせいだと思うことにして、行為に集中した。
マギーは、果ててもあたしに愛撫する事を決してやめなかった。
なめて、触って、くすぐり、永遠に続くかのように。あたしの身体に触れていた。
あたしは、また欲しくなり、何度もねだった。
愛おしそうに何度も、あたしの中に入ってきてくれる彼を、とても可愛いと思った。
この夜が永遠に続けばいいと、2人とも思っていたはずだ。
けれど、何度も何度も愛し合い、果て、また愛し合いと繰り返していた2人に、とうとう朝と言う、すこぶる嬉しくないものがやってきた。
しかも、清々しく。
76
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:16:02 ID:MEMoqnno
最後にマギーとあたしが果てた時には、日は昇り始めていた。
あたし達は、名残惜しさに何回も何回もキスを交わした。
『殺したいほど、愛してる翡翠。』
マギーは本気で言っている。あたしは、
『マギーになら殺されてもいいよ。』
と、本音を言った。
マギーは、聞いてきた。
『仕事は?』
あたしは、マギーと寝る覚悟を決めてから、思っていたことを言う。
『仕事は続ける。あたしは、自分の仕事にプライドを持っているからね。』
『判った。翡翠らしい理由だ。』
すると、マギーは、あたしを抱き寄せ、
『俺も仕事はきちんとまわす。』
規則正しい鼓動を聞きながら、あたしは頷いた。
あたし達は、一夜を共にした。そうして愛し合っている。
けれど、どちらからも、付き合う、という言葉は出なかった。
付き合う事は、簡単だったし、そうすれば楽しい日々が待ってるのも、お互い知っていた。 けれど、そうしない事を、きっと二人は選んでいたのだ。
触れ合ったとしても、お互いを縛り付けないのが、得策だ。
でないと、マギーもあたしも嫉妬に狂いながら、仕事をしなければいけなくなるだろう。
そんなのは、ごめんだ。
あたし達は、きっとこの先も、快楽を貪りあう。
だけど、恋人にはならない。なれない。
それは、少し悲しいけれど、切なくて悪い気はしなかった。
マギーも、きっとあたしと同じ気持ちだろう。
マギーはあたしをきつく抱き締めながら、
『忘れない。』
を、繰り返していた。
それが、なんなのかは、あたしにはさっぱり判らなかった。
77
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:17:09 ID:MEMoqnno
あたし達はそう決めて、2人のお守りのリングを買いに行こうという話しを始めた。
意外にもマギーからの提案だった。
マギーはそんなにも愛に、餓えていたのだろうか。そんなにも、あたしを愛していたのだろうか。
あたし達は、散らかしっぱなしの部屋を後に、普段着の方に着替えて、リングを買いに行く事にした。
マギーには、今日用事がある、と昨日聞いていたから、
『用事いいの?』と聞いたのだが、
『大した用事じゃないから構わないよ。俺にとっては、目の前の、翡翠との買い物の方が大切だ。』
と、言うので言われるがままに、マギーの車に乗って、フォーシーズンズホテルを後にした。でも、マギーはそうそう他人との約束を反古にする男ではない。本当に大した用事ではなかったのだろうか。あたしは、その用事とやらから、マギーが逃げている様に思えた。
けれど、こんな楽しい気持ちを抑えられるわけもなく…あたし達はリングを探しにでかけた。
支配人は、あたしがあまりにも昨夜、シャンパンをオーダーしたからだろうか、お土産にシャンパン1ダースをマギーの車に積んでくれた。
ラッキー!と、思いつつも、マギーはよっぽどの上客なんだろうと改めて思った。
総理大臣の息子って、やっぱりすげー。 そんな風にしか思えないあたしは、やっぱりお馬鹿。
ま、いいか。
その時のあたしは、お揃いのリングという初めての体験に浮かれていた。
車のスピードが「あがる。あたしは、窓を開けて、風を身体に感じていた。
78
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:18:02 ID:MEMoqnno
ショップが開くには、まだ早い時間で、あたしとマギーはお腹がすいていたし、適当に近くにあったお洒落なカフェに入った。
オープンカフェで、よくよく名前を見ると、結構な有名店で、雑誌でも名前を見たりもした覚えがある。
あたし達は、何故か道路に面する席に案内された。店内は、ガラガラだというのに。
あたしは、
『あの、あたし達、中の方がいいんですけど・・・。』
と、スタッフに言ってみた。すると、彼女は、にっこり満面の笑顔で
『こんなにお綺麗なお2人がうちのお店にいらして下さったんですもの!!通りの皆さんにもアピールさせて下さいよ!お願いします!!きっと、ここを通って、お二方を見た方は、’この店はお洒落な店なんだなーとお思いになって、いらっしゃってくれますから!!ご協力お願いします!!』
さすがにそこまで言われると、あたし達も断る気がなくなる。
彼女は、元気に
『ドリンク、サーヴィスしますから!』
と、陽気な声で言った。
その、元気なスタッフの彼女の思惑は大当たりで、続々と人が入ってきた。道を通る人々や、店内の人々が、私たちに見惚れている。
見られることに慣れているあたし達は、人々の視線を受け流し、お喋りしながら軽い朝食を済ませ、店を出ることにした。
スタッフが、
『すいません!!写メ撮らせて貰っていいですか?』
と、言って来た。あたし達はそれに、応じ、気持ちよく店を後にした。
こういった事は、あたし1人でいてもよくある事だったし、恐らくマギーもそうだったのだろう。
お互いに、特別な出来事とは、捉えていなかった。
さすが、マギーとあたし。
79
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:19:11 ID:MEMoqnno
【疑惑。】
結局、その後、ヴァンクリに行ったり、カルティエに行ったりと、右往左往したが、結局、最初に行ったヴァンクリのカーブがとても綺麗で、更にダイヤのクラリティが、とても良いものを選んだ。元々カルティエのラブリングのような、誰しもがしている愛の記号があたし達は嫌いなのだ。ヴァンクリのリングは、ラッキー7にちなんで、流星のように、ダイヤが7つ並んでいる。その、ダイヤのリングの素材はレディスはピンクゴールド、メンズは、マットなゴールドだった。
あたしの指が、余りにも細いので、お直しに1ヶ月かかると言う。
あたしは、
『えーっ。1ヶ月もかかってたら、他の欲しくなっちゃうかも。』
と、わざと駄々をこねてみた。
すると、スタッフとチーフ(偉そうにしてたから、多分そう思う。)が、こそこそっと、耳打ちして、
『池内様は、お得意様ですから、二週間で仕上げさせて頂きます。勿論、丁寧に、お取り扱い致しますので、ご心配なさらないで下さいませ。』
と、にこにことってつけて笑っていた。
『池内様、お届けに致しますか?』
『いや。とりあえず仕上がったら連絡をくれ。この、美しいレディとのデートの口実になる。』
なんて、目の前で恥ずかしい事を言ってしまっている。畜生。マギーの奴、あたしを赤面させやがって。
けれど、それは裏返しの心理で、あたしの心は弾んでいた。ぼんぼんぼんと。
チーフが、『刻印はどうされますか?せっかくですし、何か刻まれては?』
と、ナイスな提案をしてきて、あたし達はそれにのった。だけど、普通でない二人は普通の刻印が嫌で、かなり悩んだ。
あたしは、
『ね、これぢゃ、ダメ?』
と、マギーに聞いてみた。 予め渡されていたメモ用紙に、*HiMe&oH!Ji* と、書いてみせた。マギーは、殊の外喜んで、刻印は決定した。チーフに、刻印の文字を書いたメモを渡す。すると、捻巻き人形のように、
『さすがに、お二人がお考えになった刻印ですね。とても、ハイセンスです。今迄、このようなハイセンスな文字を彫らせて頂いた事はございません!わたくし共も、このような、刻印を彫らせて頂きまして光栄でございます』
と、まくしたてた。これ以上チーフの戯言を聞く気が全くなかったあたし達は、チーフが一呼吸、置いたのを見計らって、
『それでは、仕上がりましたら、ご連絡下さい。』
80
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:19:44 ID:MEMoqnno
と、素敵な館のヴァンクリを後にして、あたし達は、これからどうしようか、と派手なオープンカーで街を流しながら、話していた。
マギーがふいに
『俺、ヴァンクリにリングを翡翠と、取りに行くって言ったよな?』
と、聞いてきた。あたしは、『?』と思いながらも、さっきそう言ってたよ、と教えてあげた。
マギーは、ぼそっ、と
『だよな。』
と、呟いた。それから、急に車を道の脇に寄せ、何かを書いていた。
そういえば、マギーは前から、よくメモをする人だった。
マギーは、仕事絡みで人と逢う事も多いし、Wブッキングさせないためだろう。
そんな、マギーの配慮にあたしは、喜んでいた。内心。
二人で、昼からの楽しい時間の事を考える。
マギーは、電話がかかってきて、口パクで、
『ちょっと、ごめん。』
と、言って、車から少し離れたところに行った。神妙な顔つきが、なんだかあたし達の幸せって気分に黒い影を落とす。
あたしは、それを振り払うように、自分の携帯もチェックした。気が付けば、昨日から私の携帯は、バレンシアガのバッグの奥にしまいっぱなしだった。
画面を見ると、着信と、メールの履歴のマークがあった。どうせ、ゆかりが、あたし達をちゃかしたメールをいれているのだろうと思った。
が、着信履歴を見ると、見たこともないナンバーの羅列だ。新手の詐欺かぁ?!とか思いながら、あたしは、今度はメール画面を開く。
そこにも、たくさんのメールが入っていて気持ち悪いと言うより、なんなんだこれは!という気持ちの方が大きかった。
あたしは、急いでメールを開いた。何十件も、入っているメール。携帯ナンバーと同じで、知らないアドレスだ。
ひとつ、ひとつ、メールを開いて読んでいく。
81
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:21:56 ID:MEMoqnno
『翡翠と遇えてよかった。ありがとう。』
『翡翠は、今どこにいるんだろう。』
『翡翠が理央といると思うと、なんだか苦しい。』
と、女性なら誰しもがくらくらくるような台詞のオンパレードだ。しかも、相手はマギーとは、また違う美しさを持った男。漆黒のかみの色と、ややつり目の鋭い目付きが思い出される。
あたしは、そっと、マギーを盗み見る。なんだか、話が難航しているようだ。車の通りが結構あるので、はっきりとした会話は、ほとんど聞こえなかったが、一度、珍しくマギーが怒鳴った時だけ、声が聞こえた。
『先生!判ってます。でも…なんとかなりませんか?!』
と、言っていた。
きっと、政治家の大先生にでも、何かお願い事をしているのだろう。
あたしは、今の隙に礼央に連絡をしておこうと思った。マギーは、あたしと礼央が電話で喋っていたって、怒らないだろうが、あたしが嫌だった。礼央とあたしが喋っているのをみられるのは。
あたしは、慌ててバックコールする。こんな時のようなセオリーのように礼央は出ない。
あたしが諦めかけた時やっと、礼央が出た。 そして、出た途端、
『翡翠!翡翠!逢いたいよ。昨日のかけおちの続きをしたいよ!』
と、周りに人がいないのか、嬉しそうに叫んでる。
あたしは、携帯を耳から少し離し、こう、言った。
82
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:35:56 ID:MEMoqnno
『礼央、ごめんなさい。今はちょっと時間がないのよ。夕方位まで待てる?』
礼央は、
『本当は待てないけど、待つよ。翡翠は、だって理央といるんだろう。』
まるで、子供が拗ねているようで可愛かった。
『でも、夕方からは、あなたと一緒よ。あなたが思う分だけ、一緒よ。』
そういうと、礼央は、 やっと、落ち着いて、
『判ったよ。夕方まで静かに待つさ。ドレスコードは特にないから、翡翠の普段着ている服を見せてくれ。』
と、言ってきた。
『OK!ご主人様。待ち合わせ場所はどこにする?』
『翡翠が決めてくれていーよ。』
『じゃあ、どちらかが待っても退屈しない新宿伊勢丹がいいかなー。』
『それって、自分が退屈しない場所だろ?』
『私はこれでも、気を使ってるの!着いたら、お互いにメールしましょう。』
『ああ。』
楽しくてマギーの方を見るのを忘れていた。マギーは、ちょうど電話が終わったらしかった。
『じゃ、あとでね!』
『あとで。』
私は、急いで電話を切り、また、そっとバッグに戻した。
マギーが、空を見つめている。何かあったのかと思い、あたしも、車から降り、マギーに駆け寄った。
マギーがあたしを見る。 いつもより、明らかに顔が青白い。死人を想像させるような…。
あたしは、驚き、マギーに病院へ行こうと言ったが、マギーは華麗に微笑んで、ただの貧血だから大丈夫、と言って、頑なに病院に行く事を拒否した。
大の大人に、これ以上、何が言えるのだろうか。
あたしは、マギーに
『とりあえず、今日のデートは切り上げて、次のデートのお誘いを待つことにするわ。』
と、ウインクをした。
『やめてくれ!そんな魅惑的なウインクをされたら、離れたくなくなる!』
そして、続けざまに空を仰ぎ、道行く人々なんか、目に入らないかのように、
『OH!ジーザス!』
と、ふざけて叫んだ。
周りの人間が、異形のものを見る目で、通り過ぎて行く。
ふっ。美しくないあなた達には、所詮こんなふざけたお遊び判らないでしょう。心に錆がいっぱいついて、そんなに醜くなった事も、知らないで。
可哀想だね。
あたし達は車へと戻った。
83
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:36:58 ID:MEMoqnno
マギーに、運転は私がすると言ったが、ナイト気質の強いマギーには受け付けてもらえず、結局、マギーの運転で家まで送って貰った。
『ねぇ、マギー。病院行くのがそんなに嫌ならもう、無理に行けって言わないから、ノンフィクションの方、スタッフの子達に任せて、今日は寝たら?』
と、反抗される事を前提に言ってみたが、よほど具合が悪いのだろう。一言、
『そうする。』
と、言った。
『あたし、マギーんち行って、看病しようか?』
と、聞いてみたが、
『俺は、翡翠の前では、なるだけかっこよくいたいんだ。だから、ありがたいけど看病してもらうのはやめとく。これ以上、醜態を晒すのは、耐えられない。』
と、とても悔しそうに言った。
あたしも、そうだから判る。それは、あたし達の美学のようなものだった。 愛しい人間の前で美しくない自分でいるのは耐えられない。
『あんまり、ひどいようだったら電話して。すぐ行くから。』
今のあたしに言えるのは、これ位のものだ。
マギーは、しゃがみこみ、
『判った。もうどうしてもの時は、渋々連絡をする。』
と、言った。とりあえず、さっきよりも顔色も体調も悪いマギーは、私のマンションの駐車場に車を入れ、タクシーを呼んで、帰る事になった。
84
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:37:50 ID:MEMoqnno
マギーをコンクリートに座らせ、タクシーを待つ間、
『あたし、今日ノンフィクション行くよ。』
と、とりあえずは報告した。マギーは小さな声で、
『ゆかりと?』
と、聞いてきた。
一瞬鼓動が波打つ。が、ゆかりもいるのだから、間違いでも、嘘でもない。
『そ。ゆかりと。』
『そっか。残念だけど、俺は今日は、顔出しできなさそうだから、ゆっくり飲めよ。』
と、弱々しく笑い、あたしの頭ごと引き寄せ、熱いキスをした。なんだか、悲しいキスだった。
タクシーがやって来るのが見えた。あたしは、マギーを立たせ、タクシーに乗り込ませた。
マギーもあたしも名残惜しかったが、これ位の名残惜しさがあった方が、愛は長生きする。
あたしは、
『本当に具合それ以上悪くなったら、連絡してね。』
と、マギーに言った。彼は少し笑顔であたしに軽くキスをし、手をあげて去って行った。
あたしは、タクシーが見えなくなるまでその場所に立ち尽くしていた。
それから、あたしは罪悪感とともに、次の約束の用意をする。
あたしは、こういう女なのだ。好きな男がいて、その男に好かれていたとしても、もっともっとと、求めてしまうのだ。
そして、あたしはその気持ちに嘘はつかない。例え、罪悪感で胸がいっぱいであろうとも。
礼央は、確か普段着でいいと言っていたっけ。こないだゆかりと09で買った洋服を着ていこう。
黒の袖がバルーンになっているニットは、デイシーで買ったもの。それにアーガイルのベストをあわす。ネイビーと赤のコンビだ。これは、スライで買った。プラチナムマウジーで買った濃いインディゴのダメージデニムを履き、エゴイストで買った大判の赤と黒のチェックのストールを三角に腰に巻く。ストールの面積を狭くすれば、柄物同士でも喧嘩をしない。
そして、スナッチで買ったブラウンのハットを被り、ナイキとミルクフェドの白いシューズをあわせる事にした。
大人のスクールガールだ。
メイクは…。そうだ。RMKのクリームファンデが気になっていたし、フルメイクをお願いしよう!
時間は4時を少し過ぎたところ。4時半には伊勢丹に着くだろう。
85
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:38:20 ID:MEMoqnno
あたしは、そう踏んで、髪の毛だけを丁寧にブラッシングし、エスティローダーのビューティフルという香水をふりかけ、フォピッシュの赤い猫の書いてある大きなバッグに入れた。
街中を1人で歩く時程、うざい時はない。
ナンパや、スカウトの嵐。あたしは、それらをスルーして、電車に飛び乗るのだけど、車内にも、そう行った連中がたくさんいる。あたしは、iポッドを聞いてご機嫌だというのに。
あたしは、なんとか新宿で降り、走るように伊勢丹に向かった。
驚異的な早さで、伊勢丹についたあたしは、さっきまでのいらつきは、どこへやら、楽しい気分が膨れ上がってくる。目指すは、RMKのカウンター。すっ、すっ、と歩くあたしを羨望と嫉妬がない交ぜになった瞳であたしを見る。
カウンターにつくなり、BAさんを捕まえる。
『すいません。ファンデーションの色合わせお願いできるかしら?クリームファンデがいいわ。』
と、いうと、少し筋肉質でばっちりメイクのBAさんは、にっこりと笑い
『では、こちらにおかけになって下さい。』
と、言い、荷物も預かってくれた。
彼女は、あたしの顔を見て、
『とても色がお白いので一番白い色がいいですね。』
と、言い
『それでも、まだお肌のお色の方がお白いので、コントロールカラーのブルーと、透明感を与えるシルバーのベースも使いましょう。』
と、言った。
あたしも、それに異存はなかったので、一言、
『全てお任せしますわ。』
と、言った。
クリームファンデは、とても伸びがよく、そばかす等はかくれないだろうが、素肌が綺麗な人に見えた。
フィニッシングパウダーは、てかりやすい部分にしかつけなかった。お主、なかなかやるな、等とふざけていたら、
『こんな、仕上がりになりますが、如何でしょう?』
と、楕円の大きい鏡を見せてくれた。
本当に薄づきのファンデーションで艶があり、あたしはとても気に入った。
『とってもいいです!』
あたしが本心から、そう言うと、彼女はあたしに礼を言い、フルメイクをするかどうかと聞いてきた。
答えは勿論YESだ。
相談しながら、シャドーや、チーク、グロスの色を決めていく。
結局、少し遊びをいれるメイクにした。
大人のスクールガールのイメージを壊さずに。
86
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:38:52 ID:MEMoqnno
シャドーは全体にまず、バナナ色を。これで色がくすまないで、この上にのせるシャドーの色が引き立つ。そして、うすいネイビーを目尻を避け全体にいれていく。そして、二重の幅より少し、はみ出す程度に濃い、ラメ感のあるネイビーを入れる。これは、少し長めに。それから黒のラメラメのライナーで目元をしめ、シルバーのシャドーを、星屑のように散らす。そして、赤いシャドーを目尻にすっと入れる。そうすると、とてもガーリーな印象になるし、ありきたりではない。
目元に、重点を置いたので、あとは薄いベージュピンクのチークをハートを描くようにいれ、桃色のルージュの上から、クリアでラメが入っているグロスを重ねた。
アイブロウは、パウダーで眉毛が薄いところを埋めていく程度にしてみた。
もう一度、BAさんが大きな鏡を見せてくれた。
自分で言うのもなんだが、とても可愛い!
あたしのメイクとは全然違う!まぁ、プロにしてもらっという事もあるのだろうけど。
BAさんが訪ねてくる。
『こんな感じで如何でしょうか?』
あたしは、如何も何も!という言葉を、ぐっと抑え
『すごく素敵!これから、あなたを指名するわ!今日、使ったもの全て頂くわ。』
と、言ったら、周りで聞き耳を立てていたのか、ぎすぎすした身体の女達に睨み付けられた。
BAさんは、名前を三崎さんという。名刺ももらった。三崎さんは商品の用意をするのでお待ち下さいませ、と行って、商品を出しまくっていた。
あたしは、そんなに急がないでも、いいですよ、と声をかけようと思ったが、きっと大きなお世話に違いない、と思いやめておいた。暫くして、三崎さんはそのがっちりした腕に商品を抱えてやってきた。
そして、一つ一つの商品の確認をして、支払いをした。RMKの顧客カードは絶対に持っていたはずなのだが、あたしの財布の中でカードが消える事は多々ある。今回もそれだ。あたしは、三崎さんに、カードを所持していたが失くした旨伝えると、そんなのどって事ありません!みたいな笑顔で、カードを再発行してくれた。
あたしは、お礼を言い、三崎さんはあたしのその倍礼を言い、あたしはカウンターから移動した。
87
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:39:35 ID:MEMoqnno
久しぶりに伊勢丹に来たあたしは嬉しくて、いつも買い物するシャネルのカウンターにでも、寄ろうと思った。ここの、多分お偉いさんなんだろう坂巻さんというマダムがあたしの、担当だ。
ふくよかな柔らかそうな身体にミディアムヘアをいつも綺麗に巻いて、素肌なんか絶対に見えないメイク。
彼女は、一流のBAだ。
坂巻さんは、あたしを見つけると、
『田中様ー。』
と、あたしの偽名を猫撫で声で呼び、(顧客カードを作る時のあたしの偽名の名字。名前は翡翠のままだ。翡翠という名前はとても、とても気に入っているから。)
『お久しぶりじゃないですかー。さっ、おかけ下さい。』
と、さっさとあたしの荷物を預かり、カウンターの一番広く使える所に座らせる。そして、あたくしの一押しを、もう少しでも早く田中様にお見せしたくって、といつもの、必殺の台詞を並べながら、あたしの前に、彼女のいう一押しとやらの商品が置かれる。
今日の彼女の一押しは、ブラシでつけるリキッドファンデーションらしかった。リフティング効果のあるもので、乾燥もしないし崩れない優れものだと言う。
あたしも、コスメは大好きなので、そこまで言われては、と思い、坂巻女史の思うがまま、タッチアップされる事になった。下地をつけながら、蘊蓄を言っているが既に知っている事だったのでスルー。そして、実際にブラシで顔の皮膚をひきあげながら、ファンデーションを塗ると、確かに引き締まった印象に見える。RMKがカジュアル時のファンデとしたら、シャネルは、すこおし美しく装う夜のためのもののように思われた。半顔だけシャネルのファンデーションもおかしいので、全顔シャネルのファンデーションを塗ってもらった。
さすがに、気品満ち溢れる肌になる。
そして、あたしの肌色にもあっている。
88
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:40:33 ID:MEMoqnno
それから、坂巻女史は、可憐な桜色の口紅、アリュールを出してきた。それと、それより少し大人気があって、色気のあるピンクベージュも。そして、その両方にあう、薄いピンクのラメなしのグロスを出してきた。
あーあ、仕方ないなぁー。と思い、あたしは彼女のされるがままになっていた。が、あたしはシャネルでシャドーは絶対に買わないから、目元はいじられる心配はない。
シャネルは大好きだが、シャネルのシャドーの発色があまり好みではないのだ。
坂巻女史は、迷った末に、ピンクベージュの口紅をブラシで塗り、その上に、ラメのないピンクのグロスをたっぷり塗った。
なんだか、不仁子ちゃーん、みたいに色っぽくて、坂巻女史に
『素敵だわ!!』
と、言い、何故か握手を交わした。
あたしは、また、出してもらったもの全てを購入する事にした。すると、坂巻女史が、悪代官のように耳打ちしてきた。
『サンプル品の使っていない口紅がありますのでおいれしときますわ。』
と、言ってきた。
あたしは、感激したふりをして、
『坂巻さん、大好きだわ!これからも坂巻さんを指名させて頂くわ。』
と、言ったら大喜びしていた。それはそれは、本気で喜んでいて、あたしは彼女達のノルマやなんかを色々考えていたが、あたしがそんな事考えたって仕方ない。
あたしは、
『田中様ありがとうございましたぁーっ。』
とエレガントに言う女史に挨拶をし、その場を去った。
ってか、すげー荷物だ!
89
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:41:20 ID:MEMoqnno
ソファがある所まで行って、荷物を置いて座る。限定の赤のスウォッチを見ると、時間は、もう6時半を過ぎていた。案の定、礼央から着信がある。しかも留守電まで!
『誰かさんは、まだ誰かさんと一緒ですかぁー。』
と、入っていた。
あたしは、慌てて礼央に電話をする。
コール3回で、礼央は出た。それだけ待ち望んでいたと思うのは、自惚れだろうか?
第一声は、
『翡翠、おせーっ。』
だった。あたしは、RMKでフルメイクしてもらった事や、坂巻女史の事を喋った。礼央は、無言で聞いているようだったが、急にソフアに座っているあたしに、後ろから手をかけて、優しく抱き締める手が伸びてきた。あたしは、その香りで、それが礼央だとすぐに判った。バナナリパブリックのクラシック。礼央が選びそうな香り。
『もう、いいや。こうして翡翠に無事会えたからさ。』
礼央が微笑む。
そして、あたしの荷物を見て、
『車できて、本当に良かった。』
と、しみじみ言っていたのがおかしかった。
礼央は、受付に行って車をまわすよう言っていたが、あたしはそれを遮り、受付の花々に『大丈夫ですからーっ』と、満面の笑顔を作った。
『駐車場なんか、すぐでしょう。』
『面倒じゃん。』
『そんな事を面倒という人間とは時間を共にしたくないけど?』
あたしが、そう言うと、礼央は完全降伏するしかなかった。
いざ、駐車場に行くと思ったより寒い。
上着着てくればよかった…。ってか、今買えばいいんじゃん!
『ね、礼央。駐車場にきてそうそう悪いんだけど。外、寒いからコート買うからついてきて?』
『俺、今迄も女の買い物なんかついてった事ない。』
『じゃ、車で待ってて。すぐ来るから!』
あたしは荷物だけ置いて、駆け出そうとすると、あたしの細い右腕をがっちりとした、手が掴んだ。勿論、礼央だ。
礼央は、
『俺は少しでも、翡翠と離れていたくないからいく!』
と、宣言した。可愛いなぁ。礼央は。マギーだったら、こうはいかないはずだ。 そうだ。マギーは大丈夫だろうか?後で、トイレに行くふりをして、コールしてみよう。
90
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:42:27 ID:MEMoqnno
まずは、コートが欲しい。 ダウンでもいいけど、そうすると、子供っぽくなってしまう。
礼央が、
『ブランド決まってるのか?』
と、聞いてきたので、
『大体ね。』
と、答えた。私は、まず本命のヒスに行った。ミリタリーのかっこいいコートがあったけど、試着すると、今日のファッションと全くそぐわない。
コムサにも、超かっこいい黒のロングコートがあったけど、トータルで見ると、やはりちぐはぐだ。だけど、このコートのCOOLさは、あたしにとても似合っていたから、買っておいた。そして、コムサの向かいにあった、ビバユーに何気なく入った。すると、スエット生地でグレーのロングのダッフルコートが目についた。
今迄無言だった礼央すら、
『それ、いいじゃん!』
と、なんだか友達のように言ってくれた。
友達…ただの男友達…。
結局、そのビバユーのダッフルを着用し、あたし達は車の中で、何を食べに行くかを考えていた。
イタリアンや、フレンチ、会席、料亭の類はもう、あたし達はどちらも食べ飽きている。
『礼央、個室のあるいい店がいい。』
と、あたしが言うと礼央は、
『美味い韓国料理屋がある。勿論個室は抑えられる。』
と、自信ありげに答えた。そして礼央は、携帯で、その韓国料理屋に個室で予約をしていた。2名という事で、個室は、ちょっと…という声が聞こえた。すると、礼央は、なんの躊躇もなく、池内だが。と言った。すると、相手は態度を一変させて、ははーっお殿様な勢いで、礼央の予約を受け入れた。
恐るべし!池内家!あたしも、なんか困った事あったら、この遣り方もらっちゃおうかな、なんて思ったけど、絶対にやんない。
車内で、礼央は上機嫌で今日は総理にあー言われた。こー言われた等と必死に言っていたが、あたしは、それを聞き流していた。
マギーといる時は礼央を思い、礼央といる時はマギーを思い出す。あたしは、本当に勝手な女だ。
いつか、どちらかと幸せに暮らす日がくるのだろうか。それとも…。
今は考えていないけど、いえ、考えないようにしているけれど、そうせざるべき日がくるのは、きっと誰しもが分かっていた。
だから、その日まで何も知らないまま、楽しみを快楽だけを追及しよう。
そして、誰しもが別れゆく運命にあるかも知れない事を、皆、判っていた。
91
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:43:14 ID:MEMoqnno
韓国料理屋は、こじんまりとしていて、隠れ家的、と称されるに相応しいところだった。
礼央に、エスコートされ、店内に入り、礼央が低く短く、
『池内だ。』
と、いうと急に店内が慌ただしくなった雰囲気がした。笑顔で、店主のおば様が、こちらにどうぞ、と言い、あたし達は、案内されるがままに着いていった。
案内された部屋は、冗談かと思う位、大きい部屋で、あたしは、笑いをこらえる事ができず、ゲラゲラと笑った。
たった2人なのに50人は入りそうな奥座敷に案内されたのだ。
ゲラゲラ笑うあたしを、不思議そうに眺める女将。
さすがの礼央も、笑いを噛み殺しながら、
『女将、悪いがこの美しいレディと、密着できるような部屋が良いのだが。』
『誠に申し訳ありません。今すぐ、別のお部屋にご案内致しますわ。』
と、言い、スタッフ全員が韓国人なのだろう。韓国語で、女将が何かを言い、あたし達は違う部屋に通された。そこは、少し狭くて二人が確かにくっつくような部屋だった。薄暗い灯りがあたし達を包んでいる。
メニューは、適当に礼央にオーダーしてもらい、マッコルリを、二人で、ものすごい勢いで飲んだ。辛いものが好きなあたしは、数々の辛い、しかも美味しい料理に喜んだ。そんな、あたしを見て
『翡翠は、なんか食ってる時と飲んでる時が一番幸せそうだよなー。』
と、言った。
『そんな事ないわよ!買い物と、友達といる時と…あとは、好きな人といる時。…あたしは、この上なく、幸せだよ。』
『好きな人って、理央の事?』
不意をつかれて、あたしは思わず、黙ってしまった。
92
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:43:47 ID:MEMoqnno
礼央は、なおも続ける。
『アイツがかっこいいから?金持ってるから?自分の商売に欠かせない人物だから?』
あたしは、考えた。確かに、それらの事もあるかもしれない。でも、
『理屈じゃねーよ!』
と、指の形をファックにして答えた。
礼央は、笑って
『そうだな。人を好きになるのに、きっかけはあっても、理由はないよな。』
と、引き下がってくれた。礼央の甘い香水の香りが、あたしを酔わす。心も…。身体も…。
『あ、もう少ししたら、マギーの店行くから。』
あたしは、思い出して言った。
『俺が行ってまずくないのか?』
と、神妙な顔つきで聞いてきた。あたしは、
『今日は、マギーは体調不良でお休みなの。』
普通に言っただけなのに、礼央が過剰に反応する。
『体調不良って…どんな風にだ?!』
礼央の顔色さえも、変わっているように見えた。
『貧血起こして、気分が良くないって言ってたけど…。顔色、真っ青だったし、看病しようか?って言ったけど、断られたよ。―何?!マギーは、何か病気なの?礼央の反応、尋常じゃないよ。』
すると、礼央は、はっ、と我に返って、
『いや、兄貴が体調悪いって急に言われたから、ちょっと慌てただけだ。俺も、ブラコンなのかな?』
と、笑った。けど、その完璧すぎる笑顔が、あたしにはなんだか不安で、黒い雲が、もくもくと立ちこめた。あたしが、もっと突っ込もうとした時、偶然だろうか?礼央が、俺、兄貴の店早く見たいから、もう出よう、と言った。
あたしは、なんだか飲み込めない何かを口の中に残したまま、店を出た。
女将の
『また、いらっしゃいませね。』
と、言う笑顔ですらも、疑心暗鬼で眺めていた。
今、礼央が話したくないなら仕方ない。けど、次、もし次に何かあったら、何がなんでも、吐いてもらうからね、とあたしは、心の中で、呟いた。
93
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:45:18 ID:MEMoqnno
そして、マギーの店であたしの友達、そして商売仲間のゆかりと落ち合う事を伝えた。
礼央は、翡翠と二人っきりが良かっただの、まだこの後のプランがあったのだのと、駄々をこねていたが、結局は、着いてきた。
マギーの店の近くに来る。有料駐車場に、車をいれ、歩き出す。
礼央が、当たり前のように片腕を差し出すので、おとなしく、腕を組んだ。あたしは身長の高い彼のきりっとした横顔を、こっそり眺めていた。脚が長いから、早足になるのをわざとゆっくり歩いてくれているのが、判る。
『礼央もマギーもジェントルマンね。』
と、言うと、理央は生まれつきジェントルマンで、自分は躾られたジェントルマンだという。
あたしは、礼央の腕をぎゅっと掴んで、
『そんなの関係ないよ。礼央は礼央だし、こんなにジェントルマンでいい男なんだから。』
と、言って、礼央の顔を見上げた。すると、礼央は、
『姫、光栄でございます。』
と、あたしの手の甲に冷たい唇を押しつけた。
あたしは、礼央とキスしたいという感情を抑えて、抑えて、なんとかいつもの、あたしらしい事を喋って、やっとノンフィクションの前まで来た。
礼央が、ドアを開けてくれる。あたしがマギーに頼んでいたように、PETが流れている。ヨッコイのヴォーカルは、いつ聞いても挑発的で優しい。螺旋階段を登っていくと、ゆかりが、座っているのが見えた。
94
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:48:40 ID:MEMoqnno
あたしが、礼央と現われると、ゆかりは、
『マギーの血縁?』
と、すぐさま聞いてきた。 あたしは驚いて、ゆかりに抱きつき、
『すごぉい!ゆかりって、やっぱやるじゃん!!』
と、頬にすりすりしてやった。ゆかりは、されるがままになりながらも、
『だって、雰囲気と佇まいがそっくりじゃん。』
と、言った。
ゆかりは、笑顔になり、あたし達に早く座れと、促した。
あたしは、シャンパン、礼央は、スコッチのストレートを頼んでいた。格好の良い男が口にするであろうスコッチに、あたしは少しドキドキした。
そして、まるで冴えない合コンのように、ゆかりを紹介した。
『礼央、この生きのいい女がゆかり。あたしの親友。』
ゆかりは、わざわざ席から一度立ち上がり、深々とゆかりです、と挨拶をした。
ゆかりは、今日は、珍しくベッツィジョンソンのドレスを着ている。真っ黒で胸元と背中が大きく開いていて、そこにレースが施されている。ロングのタイトなドレスで、ゆかりの身体の線が手に取るように判る。
足元は、可愛らしく、マギーに自慢していたクロエのヒールを履いていた。その、ミスマッチが、なんとも言えず似合っている。
ゆかりも、シャンパンを飲むというので、グラスを変えてもらい、礼央を挟んで3人で、3人の出会いに乾杯した。
95
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:57:05 ID:MEMoqnno
ゆかりは、礼央にたくさんの質問をぶつけていた。礼央はそれに、おっかなびっくり答えていたので、あたしはクスリと笑った。
ひとしきり、質問が終わり、シャンパンをもう一本頼む頃、ゆかりは、
『ねー。礼央。あんたは翡翠が好きなんでしょ?マギーから奪わないわけ?!』
と、場が凍り付く質問をした。
あたしは、くそぅ、ゆかりの奴め、と思ったが、彼女が質問したいと思ったなら、それは仕方のない事だ。逆の立場でも、きっと質問してるもんな。
でも、可哀想なのは礼央だ。困った顔をしている。いつもの、つんと澄ました美しい顔ではなく、餌をずっとお預けにされて困っている子犬のようだった。
礼央は、あたしを全く見ずに、ゆかりに、
『勝負は、まだ始まったばかりだ。しかも負け試合ではないと思ってる。だから、いくら時間をかけてでも、翡翠を独り占めしてやるんだ。誰に何を言われようと。…今迄、誰かの言いなりになってきた人生と選択だったけど、翡翠は、俺が自分で選択した道なんだ。女なんだよ。』
と、一気に言ってのけた。ゆかりが、昔ながらの輩みたいに、ぴゅーっと口笛を吹く。
そして、
『覚悟できてるじゃん。あんた、かっこいいよ。』
と、またグラスをあわせた。
礼央は、あたしに向き直って、
『って事だから、よろしく。相手が兄貴でも、今、翡翠が兄貴を好きだとしても、俺はひかない。翡翠を手に入れるまでは。』
と、言い、さっきゆかりとそうしたように、グラスをあわせた。あたしは、複雑な心境を身体の奥底に押し込めて、優雅に微笑み、シャンパンを飲んだ。
考えるのは、1人になってからでいい。今は、精一杯楽しまないと駄目だ。
96
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:59:13 ID:MEMoqnno
『どう?マギーの城は?いかしてない?』
あたしは聞いてみた。さっき、車の中で、礼央は、マギーの店にまだ、一回も行った事がないと言っていた。
礼央は、辺りを見回し、
『こんな上等の酒を出す店なのに、パンキッシュで、―アンダーグラウンドだな。』
と、言って
『翡翠とゆかり、そして理央からも、アンダーグラウンドな匂いがするんだよな。』
と、続ける。
そう。あたしもゆかりも本来なら華やかな席にいるべきではない人間なのだ。地下にもぐって、下水まみれになるのが、関の山だった。
けれど、マギーが、あたしとゆかりを日の当たる温かい場所へと、導いてくれたのだ。
『アンダーグラウンドね。かっこいいね。』
あたしは、それだけ言って煙草をくわえた。すると、すっ、と見たことのある、ライターがあたしの煙草に火を灯す。
あたしは、ありがと、と言い、マギーの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。マギーは、これでもか、という位嫌がっていた。
ゆかりと、マギーが話している間に、お手洗いに立つ。ここの手洗いは、人が10人位入れそうで、鏡ばりで、全く落ち着かなかった。
バッグの中から、携帯を取出しマギーに、電話をする。…なかなか出ない。あたしは、寝ているのかと思い、電話を切ろうとした瞬間、だるそうな甘い声が、聞こえてきた。
『…はい…。』
やはり、だいぶ調子が悪そうだ。あたしは、心配になる。
『マギー。あたし。翡翠よ。…ね、看病行かなくて本当に大丈夫なの?!』
心配の余り声が少し大きくなってしまった。
『翡翠…。なんで俺が調子悪い事知ってるんだ―。』
思いがけない言葉に、あたしは、今日デート中に気分が悪くて帰ったじゃない!まさか、覚えてなわけないでしょ? と、聞いてみた。そう、ついさっきの事だもの。いくら、具合が悪くたって、忘れるわけがない。
97
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:59:50 ID:MEMoqnno
マギーは、少し黙って小さな声で何かを言って、
『病人だから、許しておくれよ。マイスイートハニー。ちょっと、頭がいつものように、しゃきしゃき働いてくれないでね。色んな事が、いっしょくたになってしまったんだ。そうさ。翡翠。俺は、今日もお前と酒を交わし、お前を味わうはずだったのに、このざまだ。』
記憶が混乱する程、体調が悪かったのね、とあたしは思い、
『やっぱり、今から看病しに行く。』
と、言ったが、マギーは、
『魅惑的な翡翠を見たら、また抱きたくなるに決まってる。そうしたら、体力を消耗して、余計に体調が悪化しそうだ。目の毒だよ。翡翠は。すぐ治るから、治ったら、うちにおいで。』
と、言ってくれたもんだから、私は嬉しくて、判った!ゆっくり寝てね、なんて言って、電話を切った。こういう状態を、丸め込まれた、というのね、とトイレから出ながら思った。
98
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:00:51 ID:MEMoqnno
トイレから出ると、礼央がいない。1人陽気に、シャンパンを飲んでいるゆかりに訪ねる。
『もしかして、礼央帰った?』
ゆかりは、にんまりして
『マギーに電話かけてきといて、今度はこっちの男が気になるのかい?』
と、ねっとりとした言い回しで聞いてきた。
『さすが、売女だよ!こうでなくちゃ、面白くない!』
ゆかりは、ハイになっているようだった。 そして、やっと、あたしの質問に答えてくれた。
『礼央は、なんだか重要な電話をかけるのを忘れていたから、少し席を外す、って、外に行ったわよ。どうやら、あたし達には、聞かれたくない話みたいな気がしたけどねぇ。』
なんだろう?総理に何か伝え忘れかな?まぁ、国のトップとの電話なんて、誰にも聞かれてはいけないんだろう。
あたしには、よく判らないけど。
ゆかりが、あたしの髪を撫でながら聞く。
『翡翠は、マギーと礼央どっちに魅かれてる?魅力を感じるの?』
白い煙りを吹き出す、ぽってりとしたゆかりの、セクシーな口から出た、いかにもの質問だ。
『正直、判らない。たまたまマギーと先に寝ただけで、もし礼央と先に寝ていたら、もっと違う感情を持っていたかもしれないし…。黒か白、どっちも今のあたしには、選べないよ。』
本当の気持ちだった。似て非なる、二人の美しい男達。
ゆかりは、
『あたしはさ、どんな結論を出しても翡翠を嫌いになんかならないから、ゆっくり考えな。どちらがより、自分にとって大切な人か。―大切な人はね、翡翠。失くしてから、その大切さが判るんだよ。…だから、翡翠には、大切な人を見分けて欲しいんだよ。』と、真剣な表情で言った。
あたしは、その言葉を胸に刻み込んで、頷いた。
『けどね、もしあんたがより幸せになる確率が高い人を選びたきゃ、礼央にしときな。』
と、言い、煙草をくちゃくちゃにして消していた。
あたしは、納得が行かず、その理由を聞いたが、ゆかりは静かに首を振り、あんたにも、嫌でも判る時がくると言った。
あたしの手のなかは、今日、拾い集めたキーワードでいっぱいになっていた。
99
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:01:56 ID:MEMoqnno
この、キーワードが何を意味するのか、その内判ってくるはずだ。大切に身体に刻んでおかなければ。
ゆかりは、バッグを持って立ち上がり、
『今日のあんた達がどうなるか楽しみにしてる。…それと、仕事はマギーじゃなく、あたしから行くから。翡翠チャンには上玉回すから、よろしくね!』
と、あたしが、もうちょっていてー!と引き止めたにも関わらず、にこやかに、帰ってしまった。あたしは、ここでゆかりが酔いつぶれるまで飲んで、それでお開きにするつもりだったのに。
あの、悪戯好きな妖精は高見の見物を決め込んでいる。
ゆかりが帰って少し後、礼央が、なんだか難しい顔で帰ってきたので、
『総理との話し合いは交渉決裂?』
と、聞いてみたが、少し笑いながら、礼央はスコッチに口をつけ、あたしは何も聞けなくなる。
そろそろ店も閉めたい時間だろう。あたしが、そう思ってると、タイミングよく、礼央が
『出よう。』
と、あたしの目を見据えて言った。
その目は、いつもより、目の色が沈んではいたが、美しかった。掛け値なしに。
礼央があたしのマンションまで送ってくれると言い、それに従うあたし。マンションの一角の広場に車を止めて、あたしの荷物を、持ってきてくれるという、相変わらずジェントルマンな礼央。駐車場のマギーの車に気がつかないわけがないのに、気が付かない振りをする。
彼の美学なんだろう。 あたしは、その美学を 全うさせてあげたかった。
100
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:02:42 ID:MEMoqnno
エレベーターが、最上階につき、あたしの部屋の前まで、けなげにも礼央は荷物を運んでくれた。
このまま、帰らす事なんか、あたしにはできなかった。
だって、礼央はあんなにも、あたしに逢いたがってくれていたのだから。
部屋の前で、黙ってキーを差し込む。礼央は、あたしの様子を伺っているようだ。
ドアが開く、あたしはやっと、礼央に、
『中まで荷物お願いできる?』
と、言い、彼を部屋に招き入れた。
そういえば、マギーすら、まだ入った事のない、この部屋に。
礼央が部屋の隅に、丁寧にあたしの荷物を置いてくれている。
あたしは、礼央に聞いた。
『コーヒーとアルコールどっちがいい?』
すると、礼央は、
『翡翠の部屋に二人きりでいて、素面でいられるかよ!アルコールにしてくれ。』
さっき、スコッチを飲んでいたのを思い出し、
『スコッチで構わない?』
そう聞くと、礼央は、
『翡翠以外で俺を酔わせてくれるものなら、なんでもいいよ。』
と、言った。やっぱり兄弟。気障な台詞が、まるで内蔵されてるかねように、すらすらと出てくる。
あたしは、美しい男が口にする気障な言葉は、大好物だ。
あたしは、礼央にソファに座ってもらい、あたしの大好きな『シザーハンズ』のDVDを流した。灯りは、少しほの暗くする。できれば、アロマだけの光がいいのだけど、礼央に誘っているのかと、思われるのは、死んでも嫌だった。
礼央にスコッチと、ミックスナッツを出し、あたしはシャンパンを抜いて、シャンパンバケツ(それは、あたしが勝手に名前をつけた。)に氷をたくさんぶっこんで、華奢で、美しいグラスを持って、礼央の隣に座った。礼央がシャンパンを注いでくれる。ホストになったら、ナンバーは確実だ。
そして、礼央は既にスコッチに口をつけていたが、改めて、乾杯をした。
あたしは、乾杯をするのが好きだった。グラスをあわせる小さな美しい音色が、幸せを運んでくるような気がして。
二人で乾杯をし、今日1日を振り返った。楽しかったね、うん。そんな他愛もない話をしていた。
だけど、爆弾かもしれない言葉は、用意していた。さっき、飲み込んだ疑惑。いや、まだ疑惑と言うには早すぎる。
あたしは、礼央に聞く。
101
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:03:26 ID:MEMoqnno
『ねぇ、礼央。正直に答えて。…マギーは…何かの病気なの?』
それまで、リラックスしていた礼央が急に固まる。表情も、あっという間に、強ばっていく。
あたしは、その礼央の様子を見て、
『やっぱり何かあるのね?』
と、あくまで優しく聞いた。すると、
『理央から、何も聞いてないのか?』
と、逆に質問されてしまった。
あたしは、
『何も聞かされてないわ。全くね。』
と、答えた。
隣で、礼央は難しい顔をしている。迷いや色々な葛藤が、見てとれる。
あたしは、あえて黙っていた。急かすのは、美しい遣り方ではないし、もういいわ、なんて思ってない事も言えない。
あたしが、2杯目のシャンパンに手を伸ばすと、あたしの手を制して、礼央がシャンパンを注いでくれる。
あたしは、素知らぬ顔で、礼央にお礼を言った。
礼央は、やっと心を決めたのだろう。スコッチを、一気に飲んで、自分でまた、スコッチを注いだ。
あたしは言う。
『もう、だいぶ待ってるわ。』
と、天使の微笑みを作る。
『…俺は、さっきお前が兄貴が体調を崩した話をしてた時に思っていた。翡翠は、まだ何も知らないんだ、ってね。』
礼央はあたしを急に抱き締め、
『俺から言ったら、理央はどうなる?あいつは、あいつの強い美意識で、翡翠お前に伝えてないんだよ。きっと…。だから、俺からは、言えない。すまない。匂わすような事を言っておいてなんだが理央が、お前にカミングアウトするまで待ってくれないか?』
あたしを抱き締める、礼央の身体が震えている。泣いているのかもしれない。
『判った。礼央。本人が言ってくれた時にショックを受けるとするわ。あたしも、マギーも、美意識、自分にしか判らない美意識が強いからね。なんとなく、気持ちは判るよ。』
そう、あたしが言うと、礼央はありがとう。と、あたしにお礼を言った。疑惑の玉子は、もう、割れる寸前だ。
102
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:05:14 ID:MEMoqnno
【しなやかなる吐息】
あたしは、礼央の気が済むまで、彼を抱きしめ、彼の背中を柔らかくさすっていた。
いつか、この役目は、全く、反対になるのだろう。礼央があたしを抱きしめ、背中を撫でる姿が、容易に想像できる。
少し落ち着いた礼央は、あたしにありがとう、と、照れ笑いをしながら言った。生意気で美しい彼のそんな表情は、とても可憐で、あたしもにこやかに、頷いた。
礼央を抱き締めていた手を離すのを、なんだか勿体ない、と思っているあたしがいた。
が、礼央はそんなあたしの気持ちも知らずに、またスコッチを飲みだした。
あたしは、うがいと手洗いはしたが、まだメイクを落としていない。シャワーも浴びたい。 一応、ここの家主はあたしだけど、礼央に聞いてみた。礼央は、酔っているのかいないのか、
『翡翠姫のお好きなように。』
と、恭しく言った。
あたしは、その言葉を聞き、バスルームに入って行った。
メイクは薄い方だけど、クレンジングすると、すっきりする。あたしは、念入りに自分のパーツを磨いていった。かかとが、かさかさしているなんて、あたしにはあり得ない。
バスルームから出て、大きな洗面台の前に立ち、髪にスプレーをし、マッサージ。それから、髪にサロンで奨められたオイルを万遍なくていねいに塗り、クレイツのドライヤーで髪を乾かす。熱をとるために、最後は冷風をあてる。
それから、あたしは小さなシルクの肌触りのよいパンティに脚を通す。シックなパープルにした。バスローブは、艶やかな、シルクの黒のバスローブにした。コットンのふかふかのバスローブも持っているが、せっかく礼央がいるのだから、少しでも、美しいあたしを見せたかった。肌の手入れも、完璧て、あたしはもうクライマックスになっているシザーハンズを見ている、礼央の横に素知らぬ素振りで座ってやった。
103
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:06:04 ID:MEMoqnno
礼央は、DVDから目を離し、あたしを見ていた。熱を帯びた目付きで。
『翡翠は、メイクなんかしなくても綺麗だ。素晴らしい!』
と、言った。
あたしは、ウフフと笑ってみせて、礼央の肩に頭をもたせかけた。
そしてDVDに目をやる。ラストのあの、有名な雪を降らすシーンだ。どんな気持ちで、この雪を降らさなければなかったかと思うと、毎回涙が出る。 すーっと涙が頭をもたせかけている、礼央の方に流れていく。
初めは気が付かなかった礼央も、さすがに気付き、そっと、あたしをソファにもたせかけ、自分のスーツのポケットから、大判のハンカチーフを出し、丁寧にあたしの涙を拭いてくれた。あたしの目の前にひざまずき、彼はぷわっとあふれ出る涙を、押さえてくれていた。
あたしが泣いていたのは、この雪のシーンの白さと、マギーが重なったからだ。 けれど、あたしは今違う男と一緒にいて、グラグラと揺れる橋にいるようなものだった。
『礼央、ありがとう。もう、大丈夫。このシーンになると、ついつい泣いてしまうのよ。』
礼央は、哀しそうな声で、
『理央と、重なるからだろう。それで、余計に涙が出たんだろう。』
と、言う。
何も、言えないあたしは、飾ってあった生花の、真っ赤な毒のような薔薇をきりりとくわえた。
これで、何も言えまい。
暫しの沈黙。シザーハンズが悲しいハッピーエンドで終わり、あたしは薔薇を口にしたまま、次のDVDをかける。少し前に上映し、見に行き大好きになった映画だ。DVDを何回見たか判らない。プラダを着た悪魔が、始まる。
礼央の横に座る。他の場所に座るのは不自然な気がして。
礼央が、あたしがくわえている薔薇の茎を噛む。そして、薔薇の花に、そっと口付けた。
あたしは、思わず、薔薇の花を口から落としてしまった。
礼央の遣り方に、美と情熱を感じた。
104
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:06:39 ID:MEMoqnno
あたしの口から薔薇が落ちると、あたしの頭を押さえて、礼央があたしにキスをしかけてきた。柔らかい下で全てをなめとり、たまに固くした舌先で、あたしの舌先をつついたりした。
マギーと寝たばかりのあたし。マギーの事を愛しているあたし。そして、マギーがなんらかの病気である事を知っているあたし。
だからこそ、他の男とは寝れても、礼央とは寝れない。
身体に力を入れて、礼央から逃れようとしているのに、それが全く出来ない。
どうしても、快楽の方が勝ってしまうのだ。
快感が余りにも身体を突き抜け、あたしの身体からは、力がどんどんと抜けていく。
礼央の表情は固い。
広いソファにあたしをそっと寝かす。あたしは、身体をよじるが、すぐに礼央の力で戻されてしまう。
あたしの上に、礼央が馬乗りになってタイやかシャツやらを脱いでいる。
あたしは、やっとの事で、
『ねぇ。やっぱり駄目だよ。だって…。』
そこまで言うと口を礼央の手でふさがれた。
そして、礼央は、
『翡翠、ごめん。』
と、言って、さっき優しく涙を拭ってくれた大判のハンカチであたしの口をぐるっと覆って結んだ。
『許してくれ。俺はお前が好きで好きで、頭がいかれちまったんだ。どんな手段を使ってでも、たった一時の事でも、お前を俺のものにしたいんだよ。ごめん。本当にごめん。』
105
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:07:58 ID:MEMoqnno
礼央は、それだけ言うと、あたしの身体に没頭していった。
あたしだって、本当はこういう展開を期待していたんだ。マギーを愛しながら、なんて汚い女なのだろう。そして、女と男というのは、なんて簡単で複雑なんだろう。
礼央があたしの髪を上にあげると、あたしの白い、細い首が姿を現す。
礼央は、そのあたしの首に、自分の唇を押しあてたり、吸ったり、なめたりした。吸われた部分はかなり強く吸われたので、きっと後が残るだろう。
コンシーラーで隠さなければ。
柔らかく耳を噛まれて、思わず、ハンカチの間から甘い声が漏れてしまった。
あたしの耳を舐め回し、あたし自身が、もう限界だった。
抱かれないと気が済まなかった。
マギーを愛してる。心から。なのに、今は、礼央に抱かれる事を願っている。
そんなあたしは不埒でしょうか?
自分から、積極的に動き始めたあたしに、ご褒美に礼央は口のハンカチを取ってくれた。
礼央が、あたしのバスローブに手を入れる。ブラジャーをつけていない、あたしの胸は、すぐに敏感な場所を、礼央に見つけられてしまった。
『あっ…。』
その声を聞くと礼央は、あたしのバスローブを肩から落とし、バスト部分が見えるようにした。
そして、赤子のように吸ったり、なめたりしていた。礼央は、あたしの気持ちの良い触り方も何故か知っていて、あたしのピンクのそれは、固く、屹立していた。
106
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:08:35 ID:MEMoqnno
あたしは、
『礼央…こ…こまで…なら…ゆ…るさ…れ…る。』
と、快感を必死におしのけて言った。
すると、礼央は、
『許されなくてもいい。なじられてもいい。俺、もう我慢できない。』
あたしも、礼央の答えは判っていたのに、聞いていた。これが、マギーが言っていた贖罪というものなのだろうか。
礼央の手があたしのあちこちを触る。そして、遂には、あたしの甘い密の場所を見つけられてしまった。礼央は、脚をそっと押し開き、ごくごくと水を飲むように、あたしの密を舌先で全て絡め取った。けれど、密は止まることを知らない。
礼央の手がそこに入る。羽根のようなソフトなタッチに声が漏れる。
あたしが、その快感に溺れている間中、カチャカチャと、礼央がスーツのパンツを脱ぎ、とうとう、覚悟を決めたのだと思った。
いや、最初から覚悟は決まっていたのかもしれない。
あたしの身体に礼央が息も絶え絶えに溺れる。
礼央があたしの腰を浮かし、少しずつ、様子をみるように入ってきた。
礼央は、そうして静かに入ってきたのに、あたしを激しく揺さ振った。快感、快楽、悦楽、全てのそうしたものが、身体をかけぬけては、また、やってくる。あたしは、知らない内に礼央にしがみつき、彼の名前を、呼んでいた。彼は、その度に、深く深くあたしを貫き、キスをした。
もう、あたしには罪悪感も何もなかった。
いけない事が気持ちいいって、きっとこの事。
107
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:09:21 ID:MEMoqnno
『もう…あたし駄目かもしれない…。』
礼央の愛撫と、あたしの中でうねるモノに、あたしは快楽の悲鳴をあげていた。
『何回でもいけよ。世界中の快感を貪れよ。』
礼央の挑発の言葉に、あたしは、低く、溜め息をつくように、辿り着く場所に辿り着いた。
それでも、なお、礼央はあたしを貫いている。
その事とあたしが愛しいかのように。
礼央の腰の動きにあわす。なんだか、二人でフラメンコを踊っているような、変な錯覚に陥る。
さっき、辿り着いたばかりのあたしは、全身がピリピリしている。
礼央があたしのピンクの屹立したものを口に含むだけで、
『あっ…ああぁ…。』
と、声を漏らしてしまう。自制しようとしてもできなかった。
いっそう、礼央の動きが早くなり、よりあたしの奥をまさぐった。
あたしは、あぁ、あぁ、と喘ぎ声をあげ続け、礼央があたしの耳元で、
『愛している。翡翠だけだ。』
と、言いあたしのお腹に彼の生暖かい愛情がとんできた。
彼は無言で、それをテイッシュで、拭き、バスルームにあたしをつれていき、髪の毛を結わせた。そして、ボディソープを十分に泡立てて、手であたしの身体を丁寧に洗ってくれた。ふわふわの泡の感触は、とても気持ち良く、あたしを包むこの泡は、礼央自身なのだろうかと、考えていた。
あたしは、礼央に綺麗にしてもらい、リネンのバスタオルで丁寧に水滴を取り、今度はクリーム色のシルクのパンティと、同じくクリーム色のバスローブを羽織った。
礼央が出てきた時のために、メンズの黒のシルクのバスローブと、大判のリネンのバスタオルを置いて、部屋に戻る。
寝ると寝ないとでは大違いだ。あたしは、寝るまで、その最中も、何も判らなかった。行為に夢中になりすぎて。けれど、礼央と寝て、初めて判った。
あたしがきがついてる事を礼央もきっと、勘づいている事だろう。
たまには、ビールを飲もうと思い、冷蔵庫から飛び切り冷えたビールを取り出す。
冷蔵庫に冷やしてあるグラスを取ろうとした時、礼央がバスルームから出てきた。
108
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:11:16 ID:MEMoqnno
『ビールが飲みたい気分なの。どう?付き合ってくれない?』
『俺が君の嬉しい誘いを断る可能性は、地球滅亡の可能性より低いよ。』
『相変わらずね。』
あたしは、冷えたグラス2つと瓶のビールをトレーに乗せて、テーブルに置いた。そして、
『やっぱりビールにはこれでしょ!』
と、ポテトチップスをお皿に入れて出した。
礼央も、
『やっぱそうだよな!』
と、微笑んだ。
ビアグラスだけど、シャンパングラスのような形のビアグラスを、あたしは使っていた。
その、洒落たグラスにお互い、ギリギリまでビールを注ぐ。
『乾杯!ただの、乾杯。』
と、あたしが言うと、礼央も、あわせてくれて、
『ただの乾杯に乾杯』
と、グラスをあわし、二人とも喉が乾いていたので、一気に飲んでしまった。 熱く火照る身体に、しゃわしゅわと跳ねるような炭酸と、少しの苦味が、ちょうどいい。
『礼央、飲むの早いから!』
と、あたしがからかって言うと、礼央はむきになって、
『翡翠と同じペースだ!』
と、最もな事を言った。二杯目を飲み始める。
さっきかけていたプラダを着た悪魔が当然終わっていたので、再度、再生をする。
暫く二人でビールを飲み、たまにポテトチップスを食べながらDVDを見ていると、礼央が、
『君の御用達のブランドばかりじゃないか!』
と、言う。あたしは、まさにその通りなので、何も言えない。
隣に座っている男は、ピンと背筋を伸ばし、カラスの濡れば色の綺麗な髪の毛を、時たま、かき揚げながら、DVDを見ている。切れ長で一見冷たそうなアイスアイ。すーっと、通った鼻筋。マギーよりは薄くないけれど、厚くはない唇。黒い、バスローブが、とてもよく似合っている。政界の大物になれば、彼のファンと称した輩がたくさん、犇めくだろう。
あたしが、そんなとめどない事を、吸い込まれるように考えている内にDVDは、爽やかなエンディングを迎えていた。
『翡翠、これ面白いな!』
と、無邪気に笑う礼央。 あたしも、笑い返す。
ビールがなくなったので、取りに行った時、礼央が言った。
『そろそろ、本音を話そう。』
と。あたしは、
『そうね。』
と言い、ビールを持ってテーブルに置き、礼央の横に改まるように座った。
109
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ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:12:10 ID:MEMoqnno
【あたし達の決断。】
『俺は、変わらず翡翠が好きだ。だけど翡翠の心が、どこにあるのかは、正直判らない。解けないなぞなぞをしている気分だ。その気分も、勿論愉しいけど。』
それだけ言って礼央は、またビールを流し込む。
余りにも、真剣な話し合いは正直苦手なあたしは、また、大好きな『腑抜けども、本当の愛を見ろ。』をかけた。
DVDを見もしないで、礼央は、きちんとした答え、つまりは自分と付き合うのか、仕事はやめるのか、と聞いてきた。
彼からは、確かにあたし達と同じ匂いがしたのに、彼は、第三秘書であれ、やはり、政治家なのだ。約束という、不自然で不確かなものを欲しているのだ。 本当に、あたしは間抜けだ。寝る男を間違っている。仕事で寝る男ではなく、プライヴェートであたしと寝る資格のある男。
あたしは、ゆっくりと言葉を発した。余裕を見せて。
『礼央、あたしはあなたの事が大好きよ。だけどね、あたし達の生きる世界は全く違う。それに、あたしは約束なんて嫌いだから、あなただけのものになる、という約束はできないのよ…あなたの思い通りになる女じゃなくて、本当に悪いと思ってるわ。ごめんね?』
あたしの言葉を聞いて、何を思ったのか礼央は、最後にあたしを抱き締めさせてくれ、と言って、立ち上がった。マギーもそうだが、この二人の男達の容姿は素晴らしく美しかった。
いつか、二人をレンズに収めてみよう。
あたしは、礼央の言う通り彼の前に立った。
これで、首を絞められても構わないと思いつつ。
110
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:12:48 ID:MEMoqnno
礼央は、本当にあたしの首を締めた。
でも、そこら辺の変態に殺されるよりは、よっぽどましだ…って礼央に悪いか。
頭に酸素が廻ってこなくなる。
いいや。あたしの人生、礼央にあげるよ。あたし自身は、あげられなかったからさ。
急に、手の力が緩み、あたしはソファに、どすん!と横になってしまった。
まずは、息を整える事が大事。
すーはー。すーはー。
何回か繰り返すと、やっと普段の息遣いに近いものになってきた。
ソファの前で、礼央が俯いて、天使の雫をぽたり、ぽたり、と落としている。
ああ!なんてもったいないんだろう。あの天使の涙は、きっとどんなアルコオルよりも、あたしを酔わせてくれるはずなのに。
『翡翠、ごめん。』
礼央が、相変わらず泣きながら言う。バッグを探したが、ハンカチがみつからないので、ベッドのシーツをひっぺがし、ずるずると持ってきて、礼央に渡した。
礼央は、泣き顔から一転して、大笑いをしている。
『お前は、やっぱり特別な女だよ、翡翠。』
と、言って、洗面所に行ってしまった。
おおかた、顔でも洗っているのだろう。
彼の、マギーの、あたしの美意識はよく似ていた。 だからこそ、よく判った。
暫くして、マギーが洗面所から出てきた。
黒髪の貴公子、ってとこか。
あ、貴公子は人を殺そうとなんてしないんだっけ。
礼央は、バスローブを纏って、再びあたしの前に現れた。
『もう、乱暴はしないよ。』
と、手を挙げる。
『いいわよ。あたしも本気になったら本気のおもちゃ位出せるのよ。』と、太股のガーターベルトから黒光りするガンを取り出した。
でも、何度礼央があたしを殺そうとしても、絶対にあたしはあらがわない。このガンは、ただの見せ物だ。
111
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:13:47 ID:MEMoqnno
どんな形にせよ、あたしは礼央を愛しているから。 マギーの事は、もっと愛している。そんな人間を殺せないでしょう。そんな事を、もしあたしがしたら、あたしは後追い自殺をして、マギーに侘びをいれる。
目の前の礼央は、突然登場したガンに初めは驚いていたけど、
『姫には、似合わねーよ。』
と、言った。あたしも、勿論使う気もなく、ガーターに、ガンをまた閉まった。
『なんだったんだ?!一体、俺達は?』
礼央があたしに問い掛ける。あたしは、正直に答える。
『ごめんなさい。不覚にも、わたくし翡翠めが欲情ぶっかましちまいました。なので、いい感じに持ち込んで、いい事やっちゃいました。気持ち良かった!』
ふ…と、礼央は短く笑う。
『翡翠は潔いよなぁー。すげーよ。まぢで。』
あたしは、深々と頭を下げて、王宮のお姫様がするように、バスローブを両手で少し、持ち上げ、
『ありがとうございます。』
と、言ったら、いつの間にか、日当たりの良いベッドに移動していた、マギーから、枕が飛んできた。
ふかふかのベッドは気持ち良さそうで、あたしも寝転がった。
今日は、珍しくぽかぽかと良い陽気で、なんだかどこかに行きたくなる。
『着替えてよ!』
『なんだよ急に。』
『海が見たいの!ほんとうは、白浜に行きたかったけど湘南で勘弁してあげる。』
『海か…たまにはいいな!今日は携帯ブッチだな。』
『だな。』
と、言って、あたし達は、海へ行くべく支度を始めた。
あたしも、今日は携帯電源オフだ。
誰かに追い掛けられないこの心地よさ!
最高だ。
日焼け止めもしっかり塗ろう。
お弁当は、素早く礼央が手配をし、ホテル側に頼んだそうだ。しかも、至急で。こんな客いらねー!と思いながらも、あたしはお弁当に海老フライが入ってたら最高だ!と思っていた。
今日こそ、がちでピクニックだ!
112
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:14:18 ID:MEMoqnno
こんな季節に、わんさか人がいるわけでもなく…。詩的なカップルと、けだるそうな母親と、妙に元気な子供達。そして、老夫婦が波打ち際で海を見ていた。
あたし達は、途中ドラッグストアで敷物や、ビールやお茶やお菓子と、おしぼり用のタオルを買った。
こんな、一般庶民が買うものなんか、久しぶりに買ったわ!
あたしは、益々うきうきしてきた。
買い物が終わるとメーターぶっちで湘南まできて、人間観察までしてる。もしかして、あたし余裕?
あたしはお腹が空いた。朝食抜かしてるし。
ビールをあけて、空きっ腹に2本たて続けて飲むと、更に気分はアップする。
思わず、でっかい声で、
『ビール片手に未成年♪』
なんて、歌ってしまった。すると、カップルは何事もなかったかのように、明後日の方向に歩き、けだるそうな母親は最後の力をふりしぼって、子供達をどこかに連れていった。変質者と勘違いされたのだろうか?
『酔っぱらい!準備できたぞ。』
と、礼央が、敷物を引き、弁当を整え、お茶とビールを置いてくれている。
本当に、礼央はいい奴だ。あたしは、甘えられる人間には、とことん甘える。だから、礼央はまるで、あたしの召使のようだった。
さぁ、いざいただきますの段になったら、高校生の集団、えーと1、2、3、4…数えるのめんどくせぇ。とにかく10人程度はいた。
そいつらは、
可愛い姉ちゃんと飲めていいね、だの、ビールくれだの、そしてしまいにはあたしの胸ぐらを掴んだ。だてに、修羅場くぐってないよ? 礼央を見ると礼央も臨戦態勢に入っている。
すると、小さな老夫婦が高校生達をなだめていた。
113
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:30:10 ID:MEMoqnno
『不粋な真似は、やめときなさい。高校生だ。花も身もあるだろう。
この二人が、素人だと思うかね?
…引く事も、勇気だぞ。―佐々木さんちのユウ君に、林さんちのケンチャンもいるじゃないか。…君達のご両親は、確かとても厳しかった。もめ事、しかも負け戦をして、どうする。
今なら、この人達も知らないふりをしてくれるぞ。早く、ここから帰りなさい。』
老人は臆せず、堂々と高校生達に、言い放った。
高校生、全員が、口々に、
『爺いがいたら、邪魔だしな。』
『あー、白けた。』
『ゲーセンでも行こうぜ。』
と、言って、さっきの事が夢のように、まさに、『煙のように』いなくなった。
あたしと礼央は、老夫婦に深々と頭を下げ、礼を言った。
ひとすじの風が、あたし達の間をさあっと抜けていったが、日はまだ高く、温度を保ってくれている。
あたしは、
『あの、初対面で失礼にあたるかもしれませんが、もしよかったら、お食事ご一緒して下さいませんか?』
と、断れるのを覚悟で言ってみた。
礼央も、
『よかったら、是非お願いします。』
と、再度頭を下げている。
すると、お爺さんの方が
『酒もありますかね?』
と、聞いてきた。
華やかな笑い声が、この広大な海に吸い込まれてゆく。
老夫婦の席を作り、寒いといけないと思い、シャネルの大判のストールも用意した。
日本酒は、生憎なかったので、ビールかシャンパンになります。と言ったら、迷わずシャンパンと言ったのには、こちらが驚いてしまう。
でも、素敵!年齢を重ねてもシャンパンで乾杯なんて、洒落ている。
老夫婦は、姓を語らず、重春と、好美と名乗った。 姓を名乗らないのには、何かあると思い、あたし達も、礼央です。翡翠です。と、挨拶をした。
重春さんも、好美さんも、翡翠という名前にとても興味をもってくれた。親御さんは、素晴らしい名前をあなたに与えた、ご両親に感謝しなきゃね。と、笑顔で本音を言われるのは辛い。
いや、この名前はですね、家族に棄てられそうになったから、先に棄ててやったあたしがつけた名前ですから、等とは口が裂けても言えなかった。彼らの幸福な空想の翡翠でいればいい。
114
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:30:50 ID:MEMoqnno
シャンパンをクーラーに10本程冷やしていたのでとりあえず、みんなで乾杯。高々とあげたグラスに写る碧は、海の碧とは、異なるが美しい。
好美さんはにこにこしながら、飲んで食べていた。
あたし達はビールが飲みたかった事を二人に伝え、シャンパンを一気に飲んで、ビールに切り替えた。
この、爽快な空のもと、飲むビールは、確実にいつもより美味しく、あたしは、喉をごくごく鳴らしながら飲む。ぷはぁーっ。
こんなん初めてやったわ。まぢで。
重春さんと、礼央は話があうらしく、話に夢中だった。
だから、あたしは、好美さんに話しかけたが、にこにこはしているのだが、返事がない。返事が返ってきても、質問とまるきり違う『この、人参は美味しいですね。』と、言う。
はて?と、あたしが考えていると、重春さんが
『すいません。最初に申し上げておくべきでした。妻の好美は、アルツハイマーなんです…。今日は天気もいいし、と思って海岸に来たら、絵画から抜け出てきたようなお美しいお二人がいらっしゃったので、つい好奇心が…。今すぐ、私共は、帰りますので。』
と、言ってきた。あたしはわけが判らなかった。
『重春さん。アルツハイマーだと、なんで帰宅しなきゃいけないの?』
『お二人にご迷惑をおかけするかもしれませんし…。』
『例えばぁ?』
『その、素敵なお洋服を汚してしまうかもしれません。』
あたしは、礼央に目をやった。礼央は勘がいいから助かる。
そして、シャンパンを思い切り振って開け、あたしに贅沢なシャンパンシャワーの雨を、もたらせてくれた。
あたしの服は適度に濡れ、それがとても心地よく感じた。
『重春…重さん!―これで洋服は汚れた。まだ何かリクエストはある。』
重さんは、
『よく冷えたシャンパンをもう一本頂けますか?』
と、にっ、と笑った。あたしも、笑い返してやった。
あたしは、重春さんを重チャンと呼び、好美さんを好美チャンと呼んだ。
それのが、二人にお似合いの気がして。
重チャンが、好美チャンに、
『好美さん、寒くはないですか?』
と、聞いている。好美さんは、いきなり、
『私も重春さんも、ワルツが得意ですのよ。』
と、言い、決して足元の良い場所ではないけれど、華麗な脚さばきと優雅な踊り方が、昔の好美チャンを想いださせる。
しばらく踊ると、重チャンが、
『好美さん、あまり急にお動きになると、お身体に障るので、続きは明日にしましょう。』
と、諭すように言うと好美さんは判ったわと言うような仕草で自分の席に座り、また食べ始めた。あたしと、礼央は美しい踊りを見せてもらい、心から感動し、拍手をした。
拍手をしながら、あたしはさっきから引っ掛かっていた事を聞いた。
『重チャンさ、なんで好美チャンの事、さん付けなの?しかも会話が、他人行儀だよ?』
あたしが余りにも、プライヴェートな質問をしているから、礼央が
『翡翠!人には色々ある事位判ってるだろう』
声を荒げる礼央には知らん顔してやった。
そして、
重チャンがぽつりぽつりと語り始めた。
『好美さんは、わたくしの家内ではございません。市議会議員をしている兄の妻です。ですが、アルツハイマーになってしまった好美さんを放っておくわけにはいかない。兄は、なかなか好美さんの面倒を見れない。そして、考えたのが私に好美さの面倒を任せる事です。…今迄わたくしは、兄の秘書として働いていたのですが、すぐに好美さんづきの世話役になりました。寝室も一緒ですし、お風呂にいれるのも、わたくしです。…兄は、薄々わたくしが、好美さんに想いを寄せていたのを判っていたのでしょう。
…お風呂で好美さんの身体を洗う時等、欲情は無論致しますが兄の伴侶なんです。だから、抱きたい気持ちを精一杯押さえるんです…すると、その激情を我慢するという行為が、素晴らしく新しい快感を僕に与えてくれるんですよ。』
重チャンは、恍惚の表情を浮かべていた。
重箱の残ったものをつめて、重チャンと好美チャンにあげた。シャンパンも何本か。
もう、日が暮れてきて闇将軍が空を支配していた。
115
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:31:27 ID:MEMoqnno
そろそろこの宴も終わりかと思うと、心淋しかったけど、老体にこの夕刻の冷えは、きついだろう。
片付けをしていたら、BMWが近くに停まった。
そして、中から執事のような人間が現れ、
『重春様、好美様、もう、今日はお戻りになった方がよいかと思いまして…。―失礼ですが、こちらのお二方は?』
重チャンは、
『今日、こんな老人と時間を共にしてくれた、大切な方々です。』
と、言ってくれた。
礼央が執事に、頭を下げ、
『本日、助けられた者です。わたくしは、こういう者です。』
と、名刺を出した。
すると、とても驚き、
『池内総理の息子さんでしたか!…これは、お忙しい所、誠に申し訳ありません。』
と、見るからに恐縮していた。
重チャンと好美チャンに、礼央は、
『隠していたわけではないんです。すいません。』
と、言った。
重チャンと好美チャンは、ただニコニコと、子供のような顔で笑った。
そして、重チャンが礼央に、
『あなたは、辛い実らない恋をしているように見える。けれど、それも悪くない。見守っていく恋愛だってあるんだからね。身体が欲しいとか、そんな事を超越して愛する愛があるという事を、知って欲しい。…私は、そうやって一生好美さんを愛していくつもりだよ。』
そう言い、好美さんの肩に手をかけ、お辞儀をして去って行った。
執事も、お辞儀をして二人の後を追っていった。
あたし達は、その二人の後ろ姿をなんだか、童話の終わりを見ている気持ちで見ていた。
『いっちゃったねー。』
あたしは、少し淋しい風を感じて、礼央に、ぽそりと呟いた。
『いっちゃったね。』
礼央も、淋しそうだった。
あの二人と一緒の時は、なんだか、あっかかった。ぽろり。ぽろり。と涙が出そうな位に。
116
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:51:45 ID:MEMoqnno
【■密】
ざわざわとした1日の終わりは童話だった。
あたしは達は、あの後、
『またね。』
と言って帰った。
これからは、特別な友達だ。あたしに選ばれた友達。
それは、とても未練がある決断だったけれど、あたしの決断は、いや、あたし達の決断はそれしかなかった。
泣きたいけど、泣いてしまったらこの美しい決断を汚す事になる。
だからあたしは、涙を流さない。
携帯の電源をオンにする。着信2件と、メール1件。着信は、ゆかりとマギーだった。ゆかりは、今日、ノンフィクションで飲もうと入っていた。 マギーからは、今日は素敵な夜を過ごしているのかい?、と入っていた。
着信もマギーで、
『今日あたりは、ゆかりと飲みに来いよ。』
と、微笑んでいるような声で、留守録が入っていた。
今日は、ノンフィクションかぁ。その前に、シャワーでも浴びよう。
何を着ていこうかな? 仕事でもないから、ラフなスタイルでいいか。
ホテルスライの総スパンコールのトップスに、NINEのスパンコールのアーガイル柄でピンクのミニスカ。
そして、ブロンディののきら糸仕込みでフレアのニットカーディガン。
足元は、優しいピンクにビジューが施されたリュクスな一足、マリコオイカワのものにしよう。
シャワーを浴びる。
そこで、あたしは考えた。礼央も同席させてみたら…?
あたしは、メイク前に礼央に携帯をかける。
『チャーミングなお嬢さん?昨日、あ、今日も、とても素晴らしい時間を僕にありがとう。』
『こちらこそ、嬉しかったわ。あなたは最高よ。』
あたしは一息置いて
『ねぇ。義兄君に会ってみたいと思わない?勿論、無理にとは言わない。』
礼央は、一泊置いて、
『俺は兄貴に会いたいと思ってるよ。ずっと…。だけど、怖くて、いつもあの店の前に行っても、ターンしてしまうんだ。』
『それなら、今日一緒に行きましょう。私の連れも一緒に。…ゲームのラストは誰にもわからないけど。』
そう言うと、礼央は、真剣なゲームに乗ると言う。
どうなるかは、暗闇だ。
マギーがどう言うかは、判らない。ゆかりは、面白がるに決まってる。
マギーに、先手を売って連絡しない方がいい。
ここは、奇襲作戦だ。
117
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:14:05 ID:MEMoqnno
あたしは、あの二人に仲良くして欲しいと、勝手に思ってる。
傲慢極まりない。けれど、本心は隠せないし、それ位の画策なら、いくらでもやってやる。
天国が見えるのか、 地獄に堕ちるのかは、あたしには判らないが。
できるなら、あの黒と白の貴公子の談笑を見てみたい。
きっと、二人が並べば、キラキラと光って眩しいんだろう。
あたしは、美しいもの全てが大好きだ。
シャワーから、出て、裸体で部屋をうろうろする。
そして、ゆかりに電話してみた。
『かわいこちゃ〜ん♪今日は、あたくしとデートで良くて?』
『あのさ…。マギーの弟連れていってもいいかなぁ?』
あたしは、当然ゆかりが驚くと思っていた。
兄弟や、家族の影を消していたマギーだから。
すると…
『礼央に会ったの?』
と、以外な答えが返ってきた。
あたしは驚いて、
『ゆかり、礼央の事知ってるの!?』
と、聞いた。
ゆかりは、ぼそっと、
『まぁ、あんたよりマギーとは付き合い長いしね…。』
と、なんだか今にも泣きそうな声で言った。
あたしは続ける。
『礼央はマギーに会いたがってる。だから、奇襲をかけるつもりなんだ。』
『翡翠は、礼央とも寝たんだね。』
あたしは、無言の返事をした。
ゆかりは、なんだかピリピリしていた空気を解いて
『そだね。面白そう。乗ったよ。そのジェットコースターに。』
よかった。一瞬緊張感が走ったのは、ゆかりが何かを知っているということだろう。
けれど、あたしは聞けない。
だから、今日あたしは、皆が共通する秘密めいたものを、目の前で、見たい。
いや、絶対に見る。全てを。
※
>>94-99
のエピソードは何だったのか
118
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:18:28 ID:MEMoqnno
洋服と同じように、ラメ感を重視したメイクにしてみた。
アルマーニの下地に、リキッドファンデーション。そして、限定で購入したケサランパサランのゴールドとシルバーが混じったパウダーを顔の要所、要所にほどこしていく。
シャドーはキラキラのルナソルにした。ピンクベージュを全体に。際には、ボルドーを。アイライナーはアナスイの黒のラメ入りのもので、目尻を跳ねさせ、猫目に見えるようにした。
チークは、艶が欲しくて、ヘレナのピーチラテを。
唇はソニアリキエルのリップライナーでオーバーリップ気味に描く。 そして、ジルスチュアートのコーラルピンクの口紅の上から、ラメピンクのグロスを、たっぷりと塗った。
眉毛はいつものMACのアイブロウ。
マスカラは、とても迷ったがボルドーがとても美しいフォルスラッシュをチョイスした。 そして、限定で出たジバンシーのブラシタイプのラメを、ちょんちょん、と睫毛の先につけた。
メイクも着替えも終わり、今日の香水を考えた。
妖艶な女から香る、少女のような、甘い香り。アナイスアナイスにした。甘ったるい香りがあたしを、部屋を包む。
用意ができたあたしは、ゆかりと礼央にメールをした。礼央は、少し遅れるとの事だったが、ゆかりは、用意万全だよ!と元気な返事が返ってきた。
あたしは、カシミアの黒とグレーのチェックのストールを持ち、忘れ物がないかを確認して、ノンフィクションに向かった。
119
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:19:08 ID:MEMoqnno
大通りがすぐそこなので、容易にタクシーを捕まえられる。本来なら、歩いてでもいける距離だが美しい靴を、すり減らすのは御免だった。
タクシーで2メーター。あたしは、5000円札を出し、
『お釣はいらないわ。』
と、言った。運転手さんは、そんな!とんでもないとか言っていたけど、あたしはドアから、すっと抜け出て、路地に消えていった。あたしって、サンタクロースじゃん、なんて自分で考えてしまった。あ、そういえばクリスマスも後、3ヶ月もしたらやってくる。その日は仕事を取らないで、マギーと礼央とゆかりとあたしの4人で、partyをしよう。きっと楽しいはずだ。
ノンフィクションの思いドアには、いつまでたっても慣れない。
ラッキー。今日のミュージックはルースターズだ。大江、最高!
あがった気分のまま、ゆかりを見つけ、隣に座る。
『お待たせ。』
『あたしは、生まれてこの方誰も待った事ないね。翡翠の勘違い。』
そう言ってあははと大きな口で笑う。
相変わらず陽気な女だ。
今日のゆかりは、黄色いチェックのシャツ、かなりボタンが全開に、フレアの光沢が美しい、洋服を着ていた。靴はヴィトン。
メイクは、パープルをメインにし、陰影をきちんとつけている。チークテクニックで、頬のたるみも、ほとんど目立たない。すごいよなあー。女のプロだよなー。
なんて、数秒の空白を作ってしまった。
『ゆかり、何飲んでるの?』
『今日はFOURローゼスのレアボトルが入ったから、それ飲んでる。』
『あたしは何にしよっかなぁー。』
と、迷っていると、いつもと変わらないマギーがやってきて、赤ワインの私好みの苦味の少ない、フルーティーなものが入ったという。
マギーのお薦めもあり、あたしは赤ワインにした。
『そう言えば…。もう1人誰か来るんじゃなかったっけ?とっておきのシャンパンを冷やしてるから、その人が来たら、シャンパン開けて騒ごうか』
と、天使の微笑みを讃えている。
最悪、喧嘩だけはしなければいいと思っている。 そして、マギーの礼央に関する気持ちの情報が全くないというのは痛い。
けれど、このどこに行くかも判らない不確かな船に、ゆかりと礼央は乗ってくれたんだ。
転覆させちゃ、女がすたる。
あたしは、いつも通りのあたしのまま、ゆかりやマギーと喋り、ジョークを言い合って笑っていた。
上品とはかけ離れたジョークも、たまにだったら面白いな。
120
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:19:45 ID:MEMoqnno
あたしは、いつものように、
『適当に食べられるもの作ってー。』
と、マギーにお願いした。マギーは腰を曲げ、手を前に持ってきて、まるで家心が主にするような仕草をした。
あたしは、素知らぬ顔して、マギーに美味しく作ってよ、早くね、熱々のね、等と注文をつけにつけた。
『あたしは、まだ礼央が来る事は言ってないよ。』
白い煙を空に揺らしながらゆかりが言った。
『ありがと。あたし、誰が来るかをマギーに伝えないつもり。変に構えられても嫌だし。』
『あたしも、それのがいいと思うよ。礼央についてどう思っているかは、はっきりとはしてないしさ。』
ゆかりが、また白い煙を空に出す。そして消える。ああ、あたしもああやって、消えていなくなればいいのに。なんて、恵まれた者の言葉だ。そんな事いったら、あたしの株が堕ちる。
ノンフィクションのドアが開いた。そこには、たわわな黒髪を持つ、美青年が入ってきた。身長の高さが、余計に彼を目立たせる。
ラフなネイビーのセーターにデニムを履いてきている。彼らしい。
あたし達の場所が見えないらしく、…なんせ、ここは増築を重ねて変わった形になっている。…あたしは、螺旋階段を走り、礼央のセーターをちょんちょん、とした。
礼央は、
『理央はどんな感じ?』
と聞いてきたので、あたしは
『奇襲をかけるのよ。』
と、言い捨てた。
121
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:22:19 ID:MEMoqnno
『翡翠は相変わらず、強気だな。俺はいつでも、翡翠の前だと臆病者の気がしてならない。理央に、拒絶されたら、と思うと、とても怖いんだ。』
『礼央、それは臆病者とは言わないわ。あなたの今の感情は、あなたの立場なら当然よ。もし、拒絶されたら、あたしが一晩中あんたの頭を撫でてあげるから、心配しないで。』
『翡翠…本当に感謝するよ。そのサーヴィス、受けてもいいんだけど。』
なんて言いやがるから、軽くエルボーをかましといた。
『用意はいいかしら?』
『ああ。そう言わないと一生ここから動けない。』
『行くわよ。いつものように美しく振る舞ってね。』
礼央は、やっと笑顔を見せ、
『ああ。美しくなければいけないんだ。危うく、忘れる所だった。ありがとう。翡翠。』
そして、その長い指をあたしに差し出し、あたしをエスコートして、螺旋階段を、優雅にゆっくりと上がって行った。
そして、ゆかりに挨拶をした。
『大変、ご無沙汰しております。』
と、頭を下げると、ゆかりは、タバコをもみ消し、礼央に向かって、
『あたしは堅いのは好きぢゃないんだよ。』
と、笑いながら言った。
礼央は、
『それじゃ、俺もくだけていこうか。』
と、少し緊張や強ばりが、身体から離れていっている。
ゆかりにかかると、誰しもが楽しい気分になれる。
マギーは、厨房から出てこない。役者が揃わねぇと、芝居が始まりませんぜ。
スタッフの子にグラスをもう1つ貰い、あたしがお奨めされた真っ赤なワインをつぐ。どくどくどくどくと。
皆が厨房の出口を見た。フードを運びながら、こちらに今夜の役者の一人、マギーが近づいてくる。
122
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:23:41 ID:MEMoqnno
正直、ゆかりもあたしも礼央も、皆緊張した。 どう、出るのか。
賽子は転がり続ける。
『うまいから、全部食えよ。』
そう言ってマギーはボルシチとフランスパンを添えたものを皆に出した。
1人、1人の前に置いていく。一番、奥にいる礼央が、最後に、マギーから湯気の立った美味しいボルシチを置かれるはずだ。
ゆかり、あたし、そして礼央。それまで俯いて料理を見ていたマギーが顔をゆっくりとあげる。
そして、
『こないだは、ちゃんと顔も見れなかったから…。お前、かっこいいんだな。』
と、マギーが悔しそうに言った。
そっか、マギーの中では、礼央はずっと、自分の弟だったんだ。
『今日は、おしゃべりになりそうだな。ま、まず腹ごしらえだ。食え。』
あたしは、熱いボルシチをフーフーいいながら食べた。こぼさないように。
ゆかりは、すっとスプーンでスープをすくい、そのまま飲んだ。
とても美しいたべ方だった。
礼央は、感激しながら食べているようだった。
『翡翠、まじうめーよ。理央は、料理の天才じゃねーか!』と言っている。
そこに、こんな声が聞こえてきた。
『オーナー、すいません。さっきもオーダー通したんすけど、ピザお願いできますか?』
すると、マギーは
『わりぃ!すぐ作る。』
と返事をしていた。忙しいと、オーダーも忘れるもんな。と思っていたあたしだったけど、ゆかりと礼央が素早く視線を交わしたのを見逃さなかった。
あたしは、素っ気なく、本当は別にどっちでもいいんだけど、みたいな風を装って、
『何?今のマギーのオーダー忘れになんかあんのー?』
と、聞いてみた。すると、ゆかりが、
『今日は、この兄弟の再会の日であり、翡翠に真実を知ってもらう日でもあるんだよ。』
と、言った。
『何それ。』
自分でも声が震えるのが判る。
『翡翠、理央に言わせてやってくれ。』
と、言う。
あたしは、判ったと言って、よくない予感の欠片を胸に挿したまま、食事を続けた。
人間こんな時でも、美味しいものを美味しいと感じるなんて、すごい。
こりゃ、すんなり死ねねーな。
123
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:24:43 ID:MEMoqnno
今日は、店を2時に閉めてくれた。こんな大事な時に限ってスタッフは休み、店は忙しい。そんなもんだ。
あたし達は、この美味しい赤ワインを、3人でもう3本も飲んでいたが、いっこうに酔わない。まぁ、酔わずにこのふくよかな味わいを感じる事ができるのは、ラッキーな事なのかもしれない。
あんなに、緊張していたのに、マギーと礼央は普通の兄弟のように、楽しそうに話している。あたしと、ゆかりはわざと二人の会話には入っていかなかった。こんなにも、あっさりとわだかまりのようなものが、なくなって、あたしは本当によかった、と思う。
『翡翠。』
ゆかりがあたしを呼ぶ。
『悪いんだけど、近々時間取ってくれる。ゆっくり食事でもしながら、話ししたいんだ。』
ゆかりが、そう言うなら勿論時間を取る。
あたしは、心の中でゆかりが、
『ごめんね。トラブルメーカーばっかでさ。』
なんて、呟いていたのを知るよしもない。
兄弟はたっぷり一時間は喋っていただろう。けれど、この二人のあったはずだった膨大な時間は、誰にも取り戻せないと思うと、胸が苦しくなる。
マギーと礼央があたし達に礼を言ってきた。柄じゃないよ、やめておくれよ、とあたしも、ゆかりも珍しく照れて言った。
あたしは、そう言えばと思い出し、
『マギー、あたしに話があるんでしょ?』
と、言った。なのに無言のマギー。
ゆかりが、
『翡翠に言わないで、誰に言うんだよ。』
と、マギーに声をかける。
『そうだな…。』
と、低い声でマギーが言うと、ゆかりは、
『あたし達はフロア席で飲んでるわ。話が終わったら、迎えにきてちょうだい、翡翠。』
淋しい笑顔だった。
礼央は、
『こんな時に、気障な台詞の1つも浮かばねーよ。ごめんな、翡翠』
と、口惜しそうに身体を震わせていた。
そうして、二人はフロア席にと降りていった。
勿論、ワインは忘れずに。
124
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:26:13 ID:MEMoqnno
マギーのグラスにも赤ワインをつぐ。
『お前ら、ばかばか飲みやがって。あのワイン10本しかないんだぜ。』
『だって、美味しいって出してくれたのはマギーじゃん。』
『遠慮は美徳だぞ。』
『遠慮は三文の得にならず。』
あたし達は、笑いながらそんな話をしていた。
笑い話をしている最中に、くすくすと笑っているマギーに
『…秘密を教えて。』
と、切り出した。
マギーの笑いが止まる。ヴィヴアンの赤と黒のアヴァンギャルドなマギーは、やっぱり素敵だ。
困った顔させちゃってごめんね。
『どうしても言いたくないならもう、いいから。』
あたしは、知らずの内にそう言っていた。
聞きたくない自分もここにいる。
けれど、マギーは首をふって、ああ、髪の毛が透き通って美しい、
『翡翠には言っておかないといけない。どうしても。』
と、自分の額に手を置いた。まるで、自分を落ち着かせるように。
『これから話す事は全て実話だ。そして、どうしてそうなったか、治る見込みはあるのか、全く判らない。誰にも』
『治るとかって、なんかの病気なの?』
『病気…なんだろうな。』
あたしは、焦れったくなってきて、聞いた。
『一体どんな症状がマギーの身体を蝕んでいるの?!』
『身体…というか記憶だよ。』
『記憶…?』
『ゆっくりと、何もかもを忘れていくんだ。その症状が顕著に出始めた。だから、翡翠には、言わなければいけなかったんだ。マギーもゆかりも知っていた。』 マギーは、タバコをくわえ、
『脳内の異常らしくてな。小さい頃は、なんともなかったけど、たまに、忘れる事が出てきて、今はそれが頻繁になってきている。―親父が俺を政界に入れるのを諦めたのも、この、忘れるって事が原因だ』
あたしは、泣きながらマギーに質問する。
125
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:26:51 ID:MEMoqnno
『あたしは、泣いてない。泣いてないよ。ねぇ、マギー。…あたしの事も忘れちゃうの?』
マギーは苦しそうに、
『何もかもが本当に判らないんだ。前頭葉の異常であるのは間違いないらしいんだが。そして―年々ひどくなっていくらしい。』
こくこくと頷くあたし。泣き声を漏らしたくない。
そっか、少し前からの忘れ癖は、病気だったんだね。気が付いてあげられなくて、ごめん。
マギーが続ける。
『これ以上、何かをわすれる事がひどくなったら、俺はある施設に行く。そこで、治療と研究を施すそうだ。』
『マギーが、なんでもかんでも忘れたとしても、あたしがマギーの面倒を見る!一生見るから』
マギーがあたしの手を握る。あたしは、マギーの薄い色の瞳を見た。
『翡翠、俺は最後までお前達の思い出の中では、美しくありたいんだ。翡翠、それは判ってくれるだろう?』
そうだ。あたし達は格好をつけて生きていく事をとても大切にしていた。
格好をつけて生きるというのは容易じゃない。けれど、だからこそ周りが良く見え、優しくもなれた。
あたしは、恋の心に負けそうになって、マギーのプライドをズタズタにして血まみれにしてしまうとこだった。
いつまでたっても、あたしは愚かだ。けれど、あたしはもっともっと成長してやる。
126
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:27:51 ID:MEMoqnno
心配したマギーがあたしに声をかける。
『翡翠…。』
あたしは、この場面で泣いてはいけなかったんだ。だから、もう、涙を流さない事にした。
『マギー、その施設とやらに行く日は決まってるの?』
『…恐らく12月26日だ』
12月26日って、随分中途半端じゃないか?
あたしがそう思っていると見透かした様に、真っ白な肌のマギーが、
『CHRISTMASPARTYがあるだろう?…華やかに去りたいんだ。』
判る。さっきまではショックで何もかもを絶望的に考えていたけど、今なら判る。去りぎわを美しく。
『最高のPARTYにしましょう。』
悲しさは、勿論あったが、あたしはそれを隠して、粋な女を装った。
装った?違う。あたしはいつでも粋でいい女だ。 だからこそ、笑顔で涙を隠すのだ。
CHRISTMASまで、あと3ヶ月弱。時間は、まだある。あたしは、できるだけ、マギーの傍にいるつもりだ。
あたしは、
『仕事と、マギーとのデートで忙しくなりそうだわ。』
と、不敵な笑みを浮かべて、マギーにキスをした。
相変わらず、熱いキスだった。
マギーが言う。
『俺、中学生みたいだな。』
と、言ってから
『今、翡翠としたいんだ!』
と言った。
あたしは臆せず
『何処で?』
と、聞くと、
『VIPルーム!』
と言い、
フロアにいる、ゆかりと礼央にも、
『翡翠とVIP行くから!』
と、言った。ゆかりと礼央は、散々卑猥な野次を飛ばし、冷やかしていた。
127
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:29:29 ID:MEMoqnno
いつもは冷たいはずのマギーの熱い手に引っ張られ、半ば走るようにVIPルームへと走る。この階の一番奥にある、秘密の部屋。
ドアをあける。
部屋に押し込まれるようにして、キスをされる。
そして、手早くあたしの洋服を脱がせ、自分も洋服を脱ぐのがもどかしいように、脱いでいる。
この、彼の必死なまでのひた向きさに、あたしは、改めてこの、美しく気高い男を愛してると思った。
服を脱ぎ終え、あたしに後ろを向かす。自然と壁に手をつく形となる。
彼は、あたしの2つの乳房を揉みしだき、力強くその先端をねじった。
『…っあ…』
と、あたしが声を漏らすと、彼の手がすっとその場所に動く。十分に濡れているのを確認してから、彼は、あたしの背中を下げ、お尻をあげて、そのまま、きた。するっと入った彼のものを彼は思い切り、あたしに打ち付ける。
あたしを愛してるという甘い言葉のように。
礼央と寝たあたしを許さないとでも言うように。
彼はただただ、あたしの中を出入りした。
あたしに大きな波がやってくる。飲まれてしまう。
『マギー、…もう…あたし―っく。』
あたしがその快感を貪っている内に、彼にもその時がきた。
温かい彼の体液を感じた。
128
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:30:29 ID:MEMoqnno
あたしの背中に排出した液体を、マギーは綺麗にふいてくれた。
そして、あたしに前を向かせた。耳を軽く齧る。身体のあちこちを、撫でるように刺激する。首筋に思い切り、証を残す。乳房にも。ちゅうちゅうとあたしの乳房を吸うマギーは赤ちゃんみたいに清らかだった。あたしは、そうして愛撫され続け、脚には甘い密がつたっている。マギーがあたしに思い切りキスをしながら、片足をあげさす。あたしは、もうマギーに逆らう事などできない。マギーがまた、あたしに入ってくる。ソフトな動きとハードな動きを混ぜてくる。その間にも、乳房や身体中への愛撫はおさまらない。どれ位そうしていたかは判らないが、今度は彼が、短く、
『…んっ…』
と言って果て、今度はあたしの、お腹に愛情の記しを放出した。
これで終わりだと思っていたあたしが甘かった。 マギーはソファーで、洗面台で、そして浴室であたしを抱いた。この人には、限界がないのだろうかと思った。
無言で行為を行っていたが、一言、
『礼央とは、もう二度と寝ないでくれ。こんな、格好悪い事は言いたくないんだけど。』
と、言った。マギーは、あたしの身体から礼央の痕跡を全て消したいんだ。それで、こんなにやっきになっているんだ。
あたしは、マギーの言葉に、
『もう、一生礼央とは寝ない。』
と、誓った。
129
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:31:28 ID:MEMoqnno
【哀しまないから哀しまないで。】
あたし達はお互いに軽く身体中にキスをし、唇にも、幾度となく、キスをした。
そして、お互いに満足がいき、着替え始めた。
あの、気分屋の二人はもう帰ってるだろうね、なんて言いながら。
そして、部屋を出る前にもう一度熱い抱擁とキスを交わし、部屋を出た。
今、思えば赤面するような格好もさせられ、そこら辺が痛い。
あたし達がだらだらと愛のような事を語って歩いていたら、フロアから、東京桃尻テレビジョンの、でたらめで豪快な音が流れ始めた。
『激しかったみたいだねー。マギー中学生みてーじゃん。』
と、めちゃくちゃに踊りながらゆかりが笑う。
礼央は、
『兄貴、心配するな。翡翠は兄貴を愛しているよ。この世界の中で一番。光栄だと思えよ。』
と、やはり笑顔で言う。
マギーは、頷くだけだった。にこやかに、華やかに。でないと、涙がこぼれそうだったんだろう。
ゆかりが言う。
『ま、翡翠さんは浮気性ですけどねー。』
と、舌をぺろっと出して言う。
あたしは、
『浮気性の翡翠はいなくなりました。これから新生翡翠だから、よろしくね!』
と、柄にもなく弾む笑顔なんて作って言ってしまった。
あたし達は、バカ騒ぎをし、解散した。
衝撃的な事実を知ったにも関わらず、あたしはもう動揺していない。
素晴らしいCHRISTMASPARTYにしようという事と、マギーの病気の進行の速さを考えていた。
PARTYまでは、いつものマギーでいますようにと、願わずにはいられない。
130
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:32:42 ID:MEMoqnno
あたしは、ゆかりと礼央にもPARTYの話をした。 そして、マギーがいつ、施設に行くかも。
施設は面会自由らしいが、あたしは今の颯爽とした彼を覚えていたかった。忘れる事がひどくなると、車椅子に乗せられることもあるそうだ。
あたしは、あの美的感覚とプライドを持った男がそれを望むとは考えていない。醜悪な姿を見せるのなんて、あたしだって嫌だ。
だから、あたし達は彼が施設に行く日に終わるのだ。いや、始まるのかもしれない。恋心は熱くあたしを燃やしてくれるだろう。
PARTYの招待客は、かなり選りすぐった。この店のスタッフと、あたし達と気の合う貴重な人間を30人ほど呼んだ。これで、あたし達をいれて38人だ。少ないだろうか?いや、人数じゃないだろ、と言ったのは礼央だった。俺らと同じラインの人間でないと、理央は喜ばない。とも、言った。
確かにそうだ。
しかも、今回のメンバーは、PARTY慣れしているからエンターテイメントに溢れている。
心配する事はない。
PARTYの表向きは、CHRISTMASPARTY&閉店PARTYとしている。
この場所がなくなるのは痛かったが、仕方ない。娼婦の仕事も今度は、礼央がツールになってくれている。
以前と遜色のないハイソサエティな人物に次々と高価なプレゼントを頂き、抱かれる。それは、変わらない。
131
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:33:23 ID:MEMoqnno
そして、たまにはマギーとも、寝た。彼の行為はいつも、あたしを未知の世界に連れていってくれた。
ねぇ。神様。この人本当に病気なの?
心の中ではいつもそう思っていた。
溶けてゆく身体でぼんやりと。目と目があう。
あたしは、泣きそうになるけど泣かない。彼も本当は泣きたいだろうに、泣かないし、弱音なんか吐かない。
彼の気高く崇高な魂を思う。哀しいけど泣かないよ。
そんな毎日が続く中、あたし達は、PARTYに向けて演出を考えていた。
皆で踊ったり、食べたりしよう。モデルばりのルックスね人間たちばかりだから、ファッションショーもいいね。
ゆかりは、
『あたしは、無理だねぇ。』
と、ケラケラ笑ったが、あたしはゆかりの衣装は、もう決めていた。
『翡翠さぁー、気使ってくれなくていいからさぁ。』
『駄目です!ゆかりにはぴったりの衣装があるの!』
そう、びしっと言うとゆかりは、
『判ったわよ。それまでにせいぜいダイエットでもしておくわ。』
と、やっと納得した。
この、ショーのラストは勿論、礼央とマギーだ。本来の黒王子はマギーだが、ここは、見た目を優先しようという事になった。マギーには天使の姿を。そして、礼央には悪魔の姿を。
なんせ、招待客に、デザイナー、メイク、プランナーがいるのだ。彼らの意見を聞きつつ、あたし達は、順番や洋服、メイクを決めていった。
幸い、招待状を出した人間で断った人は誰もいなかった。皆、選ばれた事が、光栄極まりないようで、ノリノリで準備やレセプションが決まっていく。
あたし達は、皆、充足していた。
PARTY内容はマギーには秘密にしていた。
サプライズだ。
ちょこちょこ、何かを忘れたりはしているようだが、許容範囲内だ。
マギーが、全てを忘れてしまっても、なんかの拍子に、ふと思い出してもらえればいいな、と、あたしは思う。
132
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:44:41 ID:MEMoqnno
前日には、勿論リハーサルを行う予定なので、それまでに全ての衣装や小物を用意しときたかった。
が、思ったよりゆかりの衣装に時間がかかった。この衣装は、デザイナー本人に頼んだのだ。とても、時間のかかるデザインだと、判っていた。けれど、彼はそれを受けてくれたし、間に合わすべく必死になっている。なので、アシスタントの子と、他の衣装を決めた。吉祥天女、クレオパトラ、オスカル、アンドレ、そして、ゆかりの衣装、マリーアントワネット。彼女にぴったりだ。あの、カールされたヘアスタイルを見る度に、思い出していた。それから、トリの美しい天使と悪魔。 ちなみに、吉祥天女とクレオパトラを演ずるのは男性だ。天女は歌舞伎界で活躍している女形。本当の女性とみまごうほどだ。そして、クレオパトラを演じるのは、ロスから遊びに来ている、この店の常連客。本国では、本当にモデルをしているという。浅黒い肌に高い鼻。メイクをして衣装を着れば、誰も男性とは思わないはずだ。
リハーサルまでに、ゆかりの衣装ができる事を願うまでだ。
133
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:45:21 ID:MEMoqnno
もう、お品書き、という名のPARTY進行の皆に配るメニューもできあがった。
フェルトでサンタとトナカイとお星様を張り付けた可愛らしいものだ。
ゆかり以外の衣装あわせは全員済んで、サイズのあわない場所も、もう直した。
当日は、礼央の顔ききで、某有名フレンチのケータリング。勿論、七面鳥と、ストロベリーショートケーキも、忘れていない。
飲み物は、バーだけにたくさんある。
ただ、シャンパンはモエのピンクを飲みたかったから、注文しといた。
自分の衣装も、決めなければならない。せっかくのCHRISTMASPARTYだし、ドレスコードを設けてある。
『女性はできるだけ艶やかなドレスで。男性はブランド物のスーツ着用。』
私は、何を着よう。色々なドレスを彼に見せてきたけれど…。とびきりかっこよくて美しいあたしを見てもらいたい。
刻々と、時間は容赦なく刻まれていく。
あたしは、きっとマギーを一生忘れられない。
マギーがあたしを忘れる?そんな事ない、って言いたいけど…。
医学の進歩は目覚ましい。それにかけるしかない。
あ、そうだ。あのドレスならマギーはきっと喜ぶはずだ。あたしは、さっ、とメイクをして、着替えてそのSHOPに行った。
ラッキーな事に店長さんがいた。
『翡翠ちゃーん。お久しぶりじゃないのよー。』
『すいません。エロエロ忙しくて。』
『でたよ、翡翠ちゃんの親父ギャグ!』
と、たわごとをしゃべってから、 店長さんが聞いてきた。
『今日は、どんな感じの物をお探しー?』
『スペシャルなPARTYに出るんです。だから、コレクション物の方でお願いしまーす。』
『コレクション物いいの、こないだたくさん入ってきたんだよねー。別室に展示してあるから行こう!』
134
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:45:53 ID:MEMoqnno
店長さんの明るい声に、密かに勝手に幾分か慰められて、部屋に入る。
デコラティーブ!!
ヴィヴィアンファンの子なら、涙ものだね。勿論あたしも、不覚にま、涙ぐんじまったけど。
『翡翠ちゃーん。』
鼻にかかったような特有の声をしている店長に呼ばれて行ってみる。今日の店長は青チェックのシャツに細い黒いネクタイをし、ピッタピタのダメージデニムを履いていた。そのデニムのハートのアップリケがヴィヴィアンらしくて可愛い。
『ね、これどう〜?』
首までフリルのシャツに、前下がりの赤いチェックのジャケット。シャツが後ろから出ていてそこにも、フリル。燕尾服のようになっている。ボトムはタイトな赤いチェックのロングスカート。裾を引きずるタイプ。そして、そのひきずるあたりからも、フリルがだーっと入っている。ロッキンホースも買った。この洋服と同じで赤いチェックだ。そして、斜めに被る小さな淑女のヘッドドレス。
これは、マギーに喜ばれるだろう。
試着してみる。
『だから、翡翠ちゃん、うちのコレクションに出てってゆってるじゃん!トレビアン!最高!』
あはは、と笑いながら鑑を見る。完璧だ。
『じゃ、店長さん、これ全部ねー。』
と言うと、
『出たよ、翡翠ちゃんのバカ買い。…ありがとうございまーす!』
包装してもらっている間、店内を物色していたら、近未来的な形をした、男女ペアの腕時計を、発見した。どどんとある、ヴィヴィアンのロゴがかっこいい!そうだ。これをプレゼントにしよーっと。
あたしはレジに行き店長さんに、
『プレゼント用でーっ。』
と、渡した。店長さんは、
『ありがとでーす!でもこれレア物で狙ってたのにー。』
あたしは、キャッキャと笑い、
『残念でした。』
と、金髪のベリーショートヘアを撫でてあげた。
優しいぞ!あたし(笑)
135
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:46:28 ID:MEMoqnno
準備は着々と進んでいく。ゆかりも、忙しい礼央さえも、暇を作って手伝いに来てくれる。
常連客の何人かも呼んだ。きっと、マギーが喜ぶんぢゃないかと思って。
ケータリングや、室内の装飾、全てに抜かりはなかった。
―けれど、クリスマスが近づくという事は、あたしとマギーの別れが近づいているという事だ。
あたしは、1人になるとよく泣いた。でも、すぐに泣き止むように、自分を制した。
今、一番辛いのはマギーなのだから。
あたしが、笑っていなくてどうする?
暗い顔をして、マギーを更に哀しませる?
そんな事は、あたし自身が許さなかった。
マギーは帰ってくる。
いつになるかは判らないけど、絶対に。
あたしは、それを信じて、マギーとの一時の別れと、めでたいらしいクリスマスパーティーの用意をする。
ゆかりは、ほぼ毎日来てくれた。
そして、あたしを笑わそうと必死だった。
こんなんじゃ、いけない。誰かに、あたしの涙の尻拭いをさせちゃ、いけないんだ。
礼央だってそうだ。自分だって、悲しいくせに、そんな素振りも見せないで、あたしを構う。
もう、十分だよ。
二人とも。
あたしは、もう泣かないから。
貴方達が、あたしの代わりに泣かないで。
パーティーは楽しくなくっちゃね。
最高のパーティーにしよう。 皆の心に一生、残るような。
136
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:47:59 ID:MEMoqnno
【クリスマスパーティー】
とうとう、その日がやってきた。
やってきて欲しかったけど、やってきて欲しくなかった日。
ヴィヴィアンを着込むあたしは、今日は念入りに綺麗にしなくちゃ、と思っていた。
もしかしたら、皆がそのまま、部屋に泊まろうという事も、なきにしもあらずなので、シルクのネグリジェと、シルクのバスローブを用意した。
今日は、メイクは薄めにして、真っ赤な唇だけを強調した。クリスマスらしい色だし、マギーへの熱い思いだ。 チークもシャドーもほぼ、色みをつけずに、艶を強調した。
香水は、ヒプノティックプワゾンで飾る事にした。この個性的な出で立ちと、きっとあうだろう。煌びやかな香り。女の、香り。
表でプップーと鳴るが早いがゆかりが叫んでる。
『ひーすーいちゃん!クリスマスパーティーに行きましょう!』
ふふ。相変わらずあたしの相棒は、のりがいいなぁ。
負けじと礼央が、
『姫!執事がお迎えに参りました!』
と、叫ぶ。
同じマンションに住んでる人には、馬鹿と思われてるかな?でも、いーや。
馬鹿でもなんでも、楽しんだもん勝ちなんだから。
あたしは、今、心から楽しいよ。ありがとう。
少しの荷物と、皆へのプレゼント、そして、マギーへのプレゼントを持って、ロッキンホースを履く。歩きにくくて可愛いところがたまらない。
降りていくと、レクサスがきちんとエンジンを止めて待っていてくれた。
『わーお!翡翠ヴィヴィアンのモデルになれるよ!』
ゆかりが良い香りをさせて、抱きついてくる。
礼央も、
『めちゃめちゃ、素敵だ!素晴らしい!』
と、言ってくれた。
見ると、二人も、かなりお洒落している。
オフショルダーになっていて、胸元はいつものように深く開いている。そして全てがシフォン素材でシフォンが重なりあってできているようなドレスだ。珍しく短い丈の、そのドレスから見える脚は、やはり美しかった。乳白色のその、ドレスは真珠を、あたしに思い出させた。ヒールも、同じような色の乳白色で、わざと艶を消している。
礼央は、白いシャツに、バーバリーのジャケットを羽織り、細いタイをしていた。高級な漆黒のパンツがより脚を長く見せる。ファッションが、正統派なので、髪の毛をオールバックにしている。
顔の小ささが引き立つ。
あたし達は、お互いを褒めあい、からかいあいながら、会場に向かった。
137
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:50:07 ID:MEMoqnno
会場につくと、用意は完璧にできていた。
コーディネイターに頼んだのだ。
フード以外の会場のセッティングを。
ポインセチアがちらほらと可愛くあり、メインの花は、真っ白な百合にしてもらった。 色々な花瓶に、背を高く切ってもらった百合が会場のいたるところにある。
大人のクリスマスを演出するために、それはあたしが考えた。
フードは、フレンチのシェフを特別に呼んだ。
都内でも、この店の値段の高さと、味の美味しさは、評判だった。
あたしも、何回か行ったが、とても美味しく、味にぶれがない。
礼央のルートで、レンタルしてもらった。
ゆかりが、
『かっこいい、演出だね!』
と、子供みたいに会場中を見て廻る。
『百合の香りと翡翠にやられそうだ。』
そう言う、礼央の顔は少しだけ、哀愁を帯びていた。礼央が、あたしをまだ、愛しているのは、その瞳を見れば、明らかだったが、どうする事もできない。
ごめんね、礼央。
『皆さん、お揃いで!』
入り口から、理央が声をかけてきた。
ベルベットシルクの美しい光沢のシャツ。ジャケットは、礼央のものより、細身でコンパクトだ。それに赤いタイ。赤の細いパンツ。フォーマルとパンクの融合のようだった。
そろそろ、時間だ。
あたしは、シェフに
『もうすぐ、時間ですので、よろしくおねがいします。』
と、声をかけた。
シェフは、よく通る声で、
『かしこまりました。』
と、言った。
ゲストへのプレゼント―、女性には、サンローランの素晴らしい模様のカシミアのストール。男性には、ルビーがついたルイヴィトンのタイピンにした。
後は、皆が来るのを待つばかりだ。
あたし達は、終演に向かって今、懸命に美しく、全てを駆け抜けている。
★キャプ不明
時間を少し過ぎると、ゲスト達が次々と、プレゼント片手にやってきた。
『メリークリスマス!』
と、口々に言いながら、外の香りを、運んでくる。
あたし達は、笑顔でゲストを迎える。
一流ホテルのボーイも、礼央の顔で、何人か貸してもらった。そつなく、ゲストのコートを受け取っている。
立ったまま、話していると、タイミングよく、
『お席にご案内します。』
と、手際よく誘ってくれる。
20席全てがうまり、シェフと一緒にレンタルしたソムリエが、皆のグラスに、モエを注いでいく。気泡がぷくぷくと、たっては消えるのを、なんだか切ない気持ちで、見ていた。
皆のグラスに、モエが注ぎ終わり、
一斉に、メリークリスマス!
と、声高に言った。
前菜が、運ばれてくる。貝と野菜を使ったマリネや、ソースのかかった人参もあった。前菜は、種類を多くしてもらった。
お酒好きな人間ばかりだから。
ゲストのみんなは、きちんとドレスコードを守ってくれていた。
女性は皆、孔雀が羽根を広げたように美しかったし、男性は、皆ギャングのようにきまっていた。
皆で、喋りながら食べ、笑いあう。
ソムリエがグラスがあいたゲストに、ワインがある事を告げている。
その内、ワインを飲んでいる人間が多くなっていた。
138
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:51:51 ID:MEMoqnno
マギーが、
『翡翠、ありがとうな。』
と、あたしの横の席で言う。
『礼なら、礼央に言ってよ。礼央の力なしでは、このパーティーは成立しなかったんだから。』
急な、“ありがとう”は、たまに涙を誘う事がある。あたしは、ぐっときた気持ちを、いつものように飼い慣らし、そう言った。
『…みんなに、感謝だ。』
マギーは、会場中の皆を、ゆっくり1人、1人見ていた。
まるで、絶対忘れはしないとでも言うように。
あたしも、今日のマギーを忘れない。絶対に。
マギーは、よく食べ、よくしゃべり、よく飲んだ。
七面鳥が出てきた時には、
『クリスマス気分絶好調だ!』
と、誰かが騒いだ。
なんだか、子供みたいで、可愛かった。
七面鳥は、皆に切り分けられ、グレービーソースが、その上にかけられた。
誰しもが、美味しい!と喜んでいた。
人が、喜ぶ姿を見るのは、とてもいいものだ。
一通りのコースを終え、シェフやソムリエ、ボーイ達には24時で帰って貰った。彼らにも、プレゼントを用意していたので、渡すと、皆嬉しそうな笑顔で、メリークリスマス!と帰っていった。
シェフは、気をきかせて、サラダや、ポトフ、簡単な前菜を作っておいてくれた。
ゆかりも、礼央も楽しそうに色んな人と談笑している。あたしも、マギーと楽しく話し、そうして酒宴は続いて行った。
午前4時頃から、ゲスト達は、それぞれにハイヤーを手配し、帰る準備をしていた。
皆が、
『こんなに楽しくて、ゴージャスなパーティー初めてだった。』
と、さざめきあい、笑う。
あたし、ゆかり、礼央、マギーは、ゲスト達を見送る際、プレゼントを渡した。
彼らは、一応に一瞬、子供にかえったかのような笑顔を見せ、礼をいい帰っていった。
139
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:59:45 ID:MEMoqnno
あたし達4人は、今日のパーティーのささやかな打ち上げをした。
ゆかりの美しいドレスと、その笑顔。
造形の完璧な、それぞれ異なったオーラを放つ、兄弟。
そして、あたし。
しかも、あたしは、あたしの愛する弟と寝た。
その弟は、未だにあたしを愛している。
けれど、その全てを各々が、飲み込み、美しい流れを作ってゆく。
例え、欺瞞と言われようと。
あたし達の美学には、誰も入れなかったし、計り知れぬものが、きっと、あるのだろう。
ゆかりが、マギーに、
『明日の夜…今日の夜か、もう。出発だったよね?』
と、聞く。
穏やかな笑顔で頷くマギー。
いきなり、ゆかりはなんでそんな事を聞くのだろう?
皆が、きっとそう思っていたに違いない。
すると、ゆかりは、いつものように、煙草を吹かし、なんとはなしに言った。
『じゃあ、あたしの方がマギーより、先にいなくなるんだね。』
一瞬、耳を疑った。
ずっと一緒で、あたしをいつも支えてくれた彼女がいなくなる…?
礼央が、席を立ち、
『なんだよ、それ!』
と、怒号にも近い声で尋ねた。
ゆかりは、あたし達の方を見ないまま、話し始めた。
140
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:01:25 ID:MEMoqnno
『…昔の話しだよ。ちょっと長くなるかもしれないけど、聞いておくれ。―幼稚園から大学まで、エスカレーター式の学校に通っていたあたしには、大金持ちで、とても可愛らしい女の子の友達がいたんだ。…大きな手入れの行き届いた邸内、ダンディで俳優みたいな父親に、その友達とそっくりの、そしてもっと成熟した美しさを持っている母親。とても、仲の良い親子だったよ。』
『その友達の話しと、ゆかりの話しは―』
と、礼央が言い掛けたのをマギーが制した。
『ゆかりは、聞いてくれ、と言った。だから、今は聞こう、な?』
『ありがとう。マギー。礼央悪いね。…。その子は幸せの全てを手にしていたんだ。だけど…。その愛らしさが全てを狂わせたのかもしれない。…幼稚園の頃から、お風呂は父親と入っていた。身体を、父親が全て手で洗う。それは、ずっと続けられた。少女は、違和感を感じながらも、自分の父親を愛していたから、何も言えなかった。』
カランと、液体の入っていないグラスの中の小さな氷が鳴った。
やけに、響いた。
『小学校4年生になった時、深夜に自室のドアが静かに開き、そっと誰かが入ってくる気配に少女は、思わず目を開けた。…そこには、いつもと変わらずに鷹揚な笑顔の父親だった。少女は、固まって何も言えなかった。すると、父親が、“これは、愛する者同士誰しもがしてることなんだよ”と言った。その言葉が何を意味するか、判らなかった。すると、父親は、少女のパジャマを脱がし、丸裸にして、自分もそうした。…そして、布団に入ってきて、少女のまだ平らな胸や、ウブな、そこに手を割り入れたり、身体中を舐めまくっていた。―中学、高校と関係は続いた。母親は、庭園の薔薇の手入れや、なんとかの会なんていうとこのランチや、ディナーに大忙しだった。』
喉が乾いたのだろう。グラスの氷をカリリと噛んだ。
あたしは、そのグラスに氷をいれ、ペリエを注いだ。
『翡翠、ありがとう。』
ごくごくとペリエを飲み干す。
あたしは、またペリエを注ぐ。
『翡翠、悪い。』
『これ位なんてことないよ。ゆかりのためなら。』
あたしは、お茶目にウィンクをして見せた。
141
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:02:48 ID:MEMoqnno
『少女が初めて、父親を本当の意味で受け入れたのが中学生になって、すぐ。少女は少女の仮面をかぶった女になったんだよ
初めは、複雑な気持ちでいた少女も、父親との情事を重ねる度に、深夜の父親の訪問を待つようになった。…昼間に、母親がいない時はリビングでスリルを楽しんだり…。――その日は突然やってきた。父親と少女が獣のような声を出し、まぐわっている、少女の部屋に母親が、包丁を持って入ってきたわ。
“あんた達が、そうやって、している事をずっと知っていたわ…。”そして、母親は、真っ直ぐに娘を見て、“この売女!”と、血走った瞳で言い、包丁で襲いかかってきた。少女はなんとかパジャマだけを抱え、その家から逃げ出したの。――ずっと連絡を取っていなくて、居場所も知らせていなかった、今では娼婦のその女に父親から、連絡がきたんだ。母親が死んだ、とね。…女は、父親をやっぱり愛しているから、帰るんだって。…あたしは、その付き添いさ。』
誰もが判る嘘を、ゆかりは言っていた。
今の話しは、間違いなくゆかりの身の上に起こった事だ。
けれど、誰にそれを暴く事ができるのだろう。
ゆかりにとっては、死ぬ思いの告白だったに違いない。
142
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:04:31 ID:MEMoqnno
ゆかりが、
『やっぱり…』
と、言った瞬間、礼央が、
『帰ってくるの待ってるからな?約束しろよ。』
と、言った。
ゆかりは、泣き笑いの顔で、
『必ず、役目が終わったら、帰ってくるよ。』
『約束だからな。』
礼央も、泣き顔になっている。
ゆかりが、
『じゃあ、礼央も約束してよ。…総理大臣になる、って。』
あたしも、マギーも、頷いた。
『いいよ!なってやるよ!頑張ってやるよ!―じゃ、理央と翡翠は何約束すんだよ?』
マギーが、
『俺は、病気を治して、また、ここに帰ってくる。翡翠は、この店、ノンフィクションを守る、ってのはどうだ?』
あたしが?この店を?
『ちょっ、それ無理。あたし経営なんて無理だよ。』
すると、マギーは
『お願いだ。皆の帰る場所を守ってくれ。そして、笑顔で迎えてくれよ。約束してくれよ。』
『―マギーが絶対に帰ってくるってゆうなら、約束してもいいよ。』
マギーは、なんだか透き通って見えて、透き通る笑顔で、
『約束するよ。』
と、言った。
今日、このクリスマスに4つの約束が、かわされた。
朝がやってきた。
パーティーの終わりを告げる朝日が、まばゆく輝いていた。
143
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:06:04 ID:MEMoqnno
朝日が昇りきる前に、ゆかりが、
『見送るのは嫌だから、あたしは一番に行くよ。』
あたしは、ゆかりには別のプレゼントを用意していた。揺れるカールした髪の毛から見えるダイヤのピアスが、きっと似合うだろうと常々思っていた。ブルガリの2カラットのものを買っていた。
『これ、あたしから。』
おずおずと、ゆかりにプレゼントを差し出すと、
『開けていい?!』
と言ってきたので、勿論、と頷いた。
手早く包装を綺麗にとき、中身のダイヤを確認するやいなや、ゆかりは抱きついてきた。泣いている。でも、その顔を見られたくないのだろう。
やっと、顔をあげてメイクの崩れた顔で、ゆかりは、またバッグを、ごそごそと漁り、
『あった!』
と、可愛いラッピングされている箱を出してきた。
あたしも、ゆかりの了承を得て、中身をあける。
すると、以前欲しいと言っていた、ポンテヴェキオのお花のリングが入っていた。
『ありがとう。ゆかり。覚えてくれてたんだ!』
あたしが泣きそうになるのを、悟り、ゆかりは、
あんたの事は、なんだって覚えているさ…。…さ、もう行くよ。
口早に言い、さっさと店を出ようとする。
皆が、追い掛ける。
ゆかりは、逃げるように走り、
『帰ってきてやるからなー!』
と、朝靄の中に、あっけなく消えて行った。
見事だった。
ゆかりは、これからどうするんだろう。
また、父親との情事に溺れるのだろうか、月日が経ち、普通の父親と娘になるのだろうか。
けれど、信じている。 帰ってくる、って約束を。
マギーと、礼央もそう思ってるはずだ。
144
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:06:57 ID:MEMoqnno
あたし達は、暫くそのまま立ち尽くしていた。
中に入ろう、というマギーの声で中に入った。
『貴重な1日の邪魔する程、野望じゃねーから。俺も行くわ。次にここに来る時は、総理大臣だぜ!』
そういう、礼央にもプレゼントを渡した。
皆のは、ルビーのタイピンだが、特別に作ってもらったジバンシーの翡翠の石がついているものだ。艶やかに鈍く光っている。
『ありがとう!嬉しいよ!…ってか、俺プレゼントなんて気が付かなかったから…。でも、翡翠が高級娼婦の仕事にどんな形であれ、携わるのであれば、絶対上客回す。力になる。』
『あたしは、現役引退して、高級娼婦に相応しい子を、どっかからスカウトしてくるわ。だから、よろしくね!』
あたしと礼央、礼央とマギーは握手をかわし、
『またな!』
と、出ていった。
礼央とは、会おうと思えばすぐ、会える。
彼とは違うのだ。
彼とは違うのだ。
泣けてくる現実は、墓にまで持っていこう。
いや、海にでも骨の粉をまいてもらおうか。
店内の後片付けは業者に頼んである。
あたしと、マギーはあたしの家に行った。
『暫く、来れなくなるなぁー。』
マギーの何気ない一言が胸の鉛を重くする。
『翡翠、礼央だったらいいよ。』
なんて、言うから
『あたしの恋人は、これから先マギーだけなの。』
『でも…。』
『約束したでしょ?ちゃんと。』
145
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:07:37 ID:MEMoqnno
知らず知らずに、涙が流れていた。
大きな腕が、あたしを包む。
『そうだな。約束したんだな、俺。守るよ。約束守るから。大丈夫。心配ないさ。なるようにしかならないなら、俺が自分でどうにかするから。』
『…その言葉を待っていたよ。』
そして、あたし達は、ランチをしにカフェに入った。
『前にカフェで、人寄せパンダにされたよねー。』
あたしがそう言うと、マギーは考えこんでいた。
忘れたのかもしれない。 悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。
でも、それは病気のせいであって、彼のせいではない。
あたしは、マギーの頬をつねり、
『忘れんぼー。』
と、言ってやった。
マギーも、何かを察したのだろう。
笑顔で、返した。
それから、マギーの家に向かった。
ランチの味が、判らなかった。動揺してはいけない。
マギーのマンションの部屋は、ほとんど何もなかった。ドルガバとヴィトンのキャリーバックがあった。
時間は刻々と過ぎてゆく。これが、無情ってやつかぁー。
あたしは、マギーにプレゼントを渡し忘れていて慌てて、
『これ。これ。プレゼント!私忘れるとこだった。』
ショーメで見かけたダイヤの細いブレスレット。
開けてみて、マギーはそのブレスレットをすぐにつけてくれて、
『一生、外さないよ。』
と言ってから、あたしに
目を閉じて、左手を出せと言う。
?、と思いながら言われた通りにした。指に冷たい感触がした。
目を開けて見る。
以前ヴァンクリで買ったリングだった。お互い忙しく、なかなか取りに行けなかったんだった。
リングはマギーの左手の薬指にも、填まっていた。
あたしは、
『マギー、本当にありがとう。…一生つけてやるからな!』
そして、二人で帰ってきたら、あれをしよう、あそこに行こう、と言う話しをしていたら、夕闇がだんだんと意地悪く迫ってきた。
マギーが、
『家まで送ってくよ。』
と、言ってくれた。
あたしは、その言葉に従った。
闇は、別れを侘しくさせる。だから、その前に、次に会うまでのさようならをしたかった。
146
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:08:20 ID:MEMoqnno
車内でも、笑い話ばかりしていた。
昔の事や、へまをした事。
車が、あたしのマンションについた。
『ねぇ。いつもみたいにバイバイしようよ。普通にさ。』
『俺もそれがいいな。そうしよう。』
あたしは車をゆっくりと降りて、マギーに
『またねー!』
と、手を振った。
マギーも、ウインドウを下げ、
『またなー!』
と、言って去っていった。
風に吹かれた皺枯れた葉っぱが、かさかさと音を立てていた。
あたしは、リングを見て、泣き笑いをした。
147
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:09:52 ID:MEMoqnno
【数年後】
あたしは、高級娼婦に相応しい女の子を3人スカウトして、徹底的に仕込んだ。
今では、総理大臣となった、池内礼央から、上客を紹介してもらえる。
お忍びで、礼央もたまに、飲みに来る。
貫禄が出てきて、自分に余裕がある。娘が二人いると、言っていた。
妻も、愛していると。
けれど、翡翠のネクタイピンを彼はいつでも、使ってくれていた。
そう。それでいいんだ。
店も、順調だ。相変わらずのミュージックセレクションだが、客は来る。
あたしは、客達にマダムなんて呼ばれている。
今はもう、昔みたいに飲めないが、たまには若者に付き合って飲む。
そうして、日々は流れてきたし、これからも流れていくのだろう。
幾度目かの、クリスマスの日、礼央からプレゼントが届いた。ドレスだった。高級娼婦の頃は、毎日着ていた…。懐かしい。
あたしは、礼央にお礼のメールを送っておいた。
クリスマスで、人はひっきりなしに入ってくる。皆、キラキラと楽しそうに談笑している。
あの時の、あたし達を思い出す…。
ゆかりは、楽しく過ごしているのだろうか。
携帯を解約してしまっているので、所在は、全く判らない。調べようと思えば調べられるのだけど、それは彼女の望む事でないだろう。
けれど、幸せな聖夜を送っていて欲しいと思った。 あの、クリスマスの日に笑い転げていたゆかり。
感傷的な気分になって、スタンドバイミーを流してみる。
あの主人公4人が、自分達に重なる。
あたし達は、冒険をしていた、恋をしていた、ただただ楽しかった…。
また、ドアの開く音がした。
何故かざわざわと胸が騒いだ。
そして、、以前に親しんでいた懐かしい香りが鼻孔をくすぐる。
まさか!とあたしは、思った。
ざわざわが、ドキドキに変わる。
その人物は、確実にあたしに近づいてきている。
あたしは、ゆっくり、ゆっくり、振り向いた。
そこには…!
終
148
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:13:38 ID:MEMoqnno
【あとがき】
最後まで、読んで頂きまして、ありがとうございました。
長編を書いた事がないので、とても大変でした。
けれど、頑張ってなんとか書く事ができたのは、読者の皆様が、いらっしゃったからです。
心より、お礼を申し上げます。
ちなみに、私のクリエイターハンネと、主人公が同じ名前ですが、容姿は全く違います(笑)
ただ、この小説には私の実体験も、そこここに、ちりばめられて書いています。 どこが、実体験かは、永遠に内緒です。
海に骨の粉を流す時に、一緒に流してしまいます。
翡翠、ゆかり、マギー、礼央の4人で、はっきりと現在が判っているのは、翡翠と礼央だけです。
翡翠とマギーを完全なる恋人同士にして、普通にハッピーエンドにしたかったのですが…。
エンディング、翡翠の元に歩み寄ったのが、誰なのか一番知りたいのは、実は、作者自身だったりします。
エンディングは、皆様の思うがままに…。
ありがとうございました。
皆様に感謝の花束を!
翡翠
149
:
マタコさんを遠くから見守る会会員No.774
:2015/01/12(月) 01:23:46 ID:rlmKZg46
読み返して発見したコピペミス(´・ω・`)
申し訳ありません
以下の2ヶ所は原本では繰り返していません
>>35
あたしが、そう言うとマギーは、目を柔らかに細めて言った。
>>46
順番が来て、マギーとビッグサンダーマウンテンとやらに乗り込む。動きだす乗り物。
>>137
★キャプ不明 の一文は消し忘れです
半角文字、表記ゆれ、誤字脱字謎変換、意味があるかどうか不明の改行や多用されるスペース、オリジナリティあふれる記号の使用法等はそのまんまです
神出鬼没のマギーや多発する健忘症、突如出現する黒いガンと赤い薔薇、どう見てもド変態な重チャソ……
翡翠先生のドリーミンな想像力とアンビリバボーな知識力に驚きを禁じ得ません
150
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:25:45 ID:rlmKZg46
【マカニへ】
貴女と、過ごした 短い日々は、とても 濃厚で、毎日が熱かった。灼熱地獄のようだった。
けれど、幸せで幸せで、いつ、なくしてしまうかも判らない幸せを噛み締めていたよ。
結局、エキセントリックな二人じゃ、やっていけなかったけど。
あの日の、私達が完璧な幸せを見いだした時を、記録しとくね。
151
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:27:21 ID:rlmKZg46
【今夜は満月】
ダーリンと買い物にでかけ、荷物を降ろしていた時、妙に空が明るく感じたから、見上げてみた。
『今夜は満月だよ!』
私は、思い出し嬉しくなって、ダーリンに声をかけた。
ダーリンも、空を見上げ、
『本当だ。綺麗だね。翡翠は、満月が好きだね。』
と、しばし眺めて、荷物を両手に持ち、家の中に入った。
私の名前は、翡翠(ひすい)という。この名前を私は、とても気に入っていた。美しく、何かを連想させるような名前。
… ダーリンが、夕食の用意をしてくれる。
元イタリアンシェフのダーリンの作る料理は、私が作る料理の何十倍も美味しい。
ダーリンが、作る料理が美味しいから、私が料理をしないわけではない。
私は、見かけによらず、料理は得意なのだ。
けれど、作れない。
何故なら、私は生きる屍だから。
なーんて。かっこつけてみて言ったけど、私はただの精神病患者です。
薬がないと、発作が起きたり、死のうのしたりする厄介な女です。
でも、薬を飲んでも私の、この無気力さは、変わらなかった。
薬が効いてるか?なんて、愚問だ。
なので、この何もできない木偶の坊に変わって、優しいダーリンがなんでもやってくれる。
ご飯を食べて、テレビを見る部屋で、私は本を読みながら、夕食ができるのを待つ。
今日の夕食は、プッタネスカというパスタ。プッタネスカは、娼婦という意味。
なんて、私に相応しい食べ物なんだろう。
満月にプッタネスカ、できすぎなモティーフ。
152
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:29:08 ID:rlmKZg46
【ふと…。】
とても美味しいプッタネスカを食べながら、ワインをがぶ飲みしていた。
私は、最近連絡の途絶えてしまった恋人マカニの事を考えていた。
私もマカニも、バイセクシャルだから、お互いダーリンもいる。けれど、このラインは別物で平行線を保つから、交わらない。この世の中には、ないとされている。
マカニ…と言えばクラブを思い出す。最初に彼女に会った場所だから。
プッタネスカは美味しい。
マカニは美しい。
そういえば、今日イベントがあったような気がする。私は、なんでも入りそうな、バッグをがさがさあさって、フライヤーを見つけだす。もしかしたら、彼女がくるかもしれない。
あたしは、そう思ったらどうしても、イベントに行きたくなり、ダーリンにさり気なく
『今日、イベントあるよ。』
と、言ってみた。ダーリンは、
『そうなんだ?』
と、言っただけだった。
私は、ダーリンが大好きだけど、この時この瞬間彼を憎んだ。気が付けよ!私がクラブで踊るの大好きなの、知ってるだろ。踊ってる時は、苦しんでないのも。
プッタネスカを半分ほど残し、時間を見た。21時30分過ぎ。
ダーリンはテレビを見ている。
私は、押し黙っていた。
153
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:34:45 ID:rlmKZg46
どんどんと、憎たらしく進む時間。
私は、天の邪鬼だから、ダーリンに素直にイベントに行きたいと伝えられない。そのくせ、気が付いて欲しいと思っている。全く、虫のいい話だ。
私の不機嫌さが部屋中を覆う頃、ダーリンが
『イベント行くんでしょ?用意しなよ。』
と、やっと私の欲しい言葉をくれた。
私は、内心やっとかよ、とか思いながら、用意を始める。
いつもより、濃いメイクは、ラメで更にドレスアップ。
目元に泣いているように、ラメをつける。
何を着るか迷ったけど、ぐちゃぐちゃにイラストが書いてある裾がアンシンメトリーかになっている、インポートのワンピにした。胸元が、がばっとあいていて、裾が短い方が太股ぎりぎりなのが、ビッチな私にお似合いだ。そして、それに、ビリビリになっている網タイツをあわせて、パンキッシュさを加える。
用意はできた。
ダーリンに、
『できたぁー!』
と、叫び、ダーリンがまだ用意しているのに、ラバーソールに足を突っ込んだ。
154
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:35:31 ID:rlmKZg46
私には、身体中に鮮やかな装飾が施してある。
それらは、世間一般ではタトゥーと言って、一部良識のあるとされている人達には、かっこうの批判の的だ。
私は、そんな奴らを見ると、余計に非常識な行動を取りたくなってくる。
だけど、薄暗いクラブでは、この装飾は皆の注目の的となり、羨望に値するようだ。
ダーリンと行き掛けの車の中で、他愛もないジョークを交わしながら、私達はクラブへと、入っていく。
155
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:36:26 ID:rlmKZg46
【箱の中。】
クラブのドアの前で、いつものメンバーがいて、さりげなく挨拶をする。にこやかに。
私は、人と接するのはとても苦手なのだが、外面はとても良い。
出入り自由のパスポートのスタンプを手の甲に押してもらう。 だけど、私の両手の甲には、がっつりタトゥーが入っているので、スタンプを押す、黒いニット帽を被った長い髪のお姉ちゃんと、目をあわせて、笑った。
とりあえず、判らなくても、私自身がスタンプのようなもんだったので、中に入っていった。
相変わらずの大音響に、一瞬、むかっとする。
ダーリンが
『ドリンク何する?』
と、聞いてきた。暑がりのダーリンはかなり薄手の半袖のシャツを着ていて、なんだか判らないけど、やるなぁ、と思った。
それから、私は
『ブラッディメアリーにして。』
と、頼んだ。
ダーリンが人ごみの中に消えていき、ドリンクバーに、また姿を見せる。
7歳年下の私のダーリンは、近くで見ても、遠くで見ても素敵だ。
それは、『身内贔屓』という、初めから所持している点数のようなものを、入れないとしても、文句なく、かっこいい。
156
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:38:40 ID:rlmKZg46
暫し、ダーリンを待ちながら、暇潰しに煙草を吸う。本当は、煙草なんて嫌いなんだけど、演出は嫌いじゃない。
一人でいると、いつものように、可愛い坊や達が声をかけてくる。
私は、その声を拒否したりしない。だって暇潰しにちょうどいい。
かなり、若い。20歳そこそこってとこだろう。ロンTとTシャツの重ね着に、だぼいデニム。声をかけてくるのは、皆そんな奴らだ。あ、そしてもう1つ。
『お金がなさそう。』
という、共通点もあったっけ。
坊やと、喋っていたらダーリンがドリンクを両手に持ってやって来た。
坊やは、何故か
『あっ、すいません。』
と、物凄く恐縮しながら去って行った。恐縮するような事でもないのに。
バイバイ。
少し飲んで、気分もよくなってきたので、ダーリンに、フロアに出ようと誘ったけど、まだいい、と言うので、 私はまた少し機嫌を損ね、のろのろとフロアに出た。
157
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:39:34 ID:rlmKZg46
フロアは、もういい時間だと言うのに、人が少なく、壁の花ばかりだった。
壁の花は、アゲ嬢みたいな子達ばかりで、この空間に異様な空気を作っていた。これは、これでありだな。
フロアで踊ってる人間は、お洒落と無個性をごっちゃにしている人間が多くて、いつもいつも腹が立つ。 まぁ、そうやって何かを勘違いして生きていく人生や時間もありでしょうが。凡庸を嫌う私は、そっち側にはいけないわ。いつでも、個性の強い人間でいたい。今までが、そうであったように。
そんな事を考えながら踊っていると、段々と意識が集中されてゆく。
私は邪悪で呪術のような踊りを踊っていた。
ブードゥー教の神に、彼女に会えるよう、祈りながら。
音が激しくなっていく。 私の願いとともに。
満月の、この日に今日会えなければ、もう会えないと判っていた。
だから、いつもは信じていない神に、柄にもない祈りを捧げているのだ。
ブードゥーの神に祈りながら、今度はカルメンのように踊る。今、私はきっと、なんにでもなれるはずだ。
踊りは、激しさを増すばかり。最初はうざかった周りの視線すら、今は感じない。
今、私が感じているのは私自身。
こんなに大音響で激しく踊っているというのに、心の内側が、どんどんと静かになってゆく。
満月が、心に浮かんでいる。誰しもに、平等に輝きを与える満月。
私も、いつか、そんな風に言われたいなんて、ちょっと思ってしまった。
ダサイ。でも崇高だ。
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:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:40:56 ID:rlmKZg46
踊り続け、汗がうっすら浮かんできた時、ほのかに、忘れられない香りランコムのトレゾァの香りが、私の鼻を、心をくすぐった。
まさか…と半信半疑でゆっくりと目を開けると、願いが嘘みたいに叶っていた。これ、ドッキリじゃないよね?たまには、願ってみるものだ、と真剣に思った。そして、真剣に願ったからこそ、届いたのだとも。
とにかく、私のマカニが、目の前ににこやかに立っていたのだ。
私は、胸が一杯になり、彼女に抱きついた。
― 出会いは一年以上前で、ネットで知り合った。現代人らしい出会い。そして、やり取りをしていたら、偶然にも、このクラブで彼女に出会ったのだ。
二人とも、お互いに一目惚れだった。
あんなに、誰かに触れたい、抱き合いたいと思った事は未だかつて、なかった。それ位、私は一瞬で彼女に魅きつけられた。
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