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翡翠先生作品集(復刻版)
1
:
マタコさんを遠くから見守る会会員No.774
:2015/01/09(金) 20:19:20 ID:DXWQcJB.
処分しようと思った昔のPCにデータが残ってたので備忘録がわりにカキコ
例のアレのパイロット版は多分最初の部分が抜けてる予感
2
:
アンダーグラウンド 其の二
:2015/01/09(金) 20:21:35 ID:DXWQcJB.
『フィクション』というクラブで、ゆかりと待ち合わせしていたから、あたしは急ぐ。いつもなら、3時間程度で切り上げて来るの だが、今日の男、冴えない見かけとは裏腹にセックスが上手くて、あたしは時間を忘れていた。
真夏の時期で、太陽の熱をアスファルトは、まだしつこく、そこに留めていた。
ホテルでは、クーラーをきかせていただけに、余計に汗が出る。
メイクが崩れないか心配だったが、あたしは走った。
フィクションのドアを開けると階下には、薄暗い中に、色々なカラーの光がぐるぐると廻っていた。いつものこの光景に、ホッとする。音の洪水があたしの存在をかき消す。この店は、地下にあって、どっかの倉庫を改造したような創りで、なんともアーティスティックだった。
そして、ちゃんと、クーラーも効いていて、あたしの汗をすっと蒸発させる。
螺旋階段を降りていくあたしの目にカウンターの隅で、ちびちびとウイスキーを啜っている
ゆかりが見えた。
あたしは、彼女を、暫し見つめていた。
ゆかりは、年齢を聞かれても、いつも
『三十代半ばよ。』
と、答えていたが、どう見ても三十代には見えなかった。
あたしの、見たところでは、十歳は、さばを読んでいるはずだ。多分。
首元の皺、顎のたるみ、かさかさと音のしそうな手。
けれど、それでも彼女は、美しかった。
むっちりとした肢体に、浅黒く焼けた肌。瞳は、猫目で異様に大きい。そして、案外大きな鼻。ぽってりとした唇には、淫靡さが前 面に出ていた。大きくカールをかけ、所々、金髪になっている痛んだ髪の毛。退廃的な彼女は、そのまんま『娼婦』であった。
3
:
アンダーグラウンド 其の二
:2015/01/09(金) 20:22:45 ID:DXWQcJB.
そんな、ゆかりが、娼婦の仲間として選んだのが、あたし翡翠だった。『翡翠』という名前は自分でつけた。決して、源氏名ではない。両親につけてもらった名前は戸籍上だけのもので、あたしの中で、あたしの本名は『翡翠』だった。
あたしは、ミスコンで優勝した事もあるし、水商売の世界に何年も浸かっていて、ナンバーの座を、ずっと維持していた。
元々色素が薄いあたしは、色が真っ白で、目は切れ長のちょっとたれ目。瞳の色も薄茶色。すっとした鼻筋には、感謝している。睫毛も、多くはないがとても長い。
そして、ヘアスタイルは、ウィッグやエクステでしょっちゅう変えているから、
あまり、決まったスタイルをしていない。ゆかりみたいに、大きなカールのヘアスタイルに固執しない。
ちなみに、今はミルクティー色のショートボブ。
この、スタイルとカラーは、あたしの年齢をとても幼く見せるらしい。
あたしも、けっきょくゆかりと同じで十歳さばをよんで、娼婦をやっているのだ。
身体は、どちらかといえば細いが、線が丸みを帯びている。そして、胸がでかい。
自分で自分の、乳首を吸う事だってできる。
あたしは、他人の目を引く。
それは、あたしが、ちょっと美人だからというのもあるかもしれないが、この体中に埋め込まれている、冷たい金属と、鮮やかすぎ て、毒々しささえ感じるTattoのせいだと思う。
顔面や耳に無数のボディピアスをして、見えるところには、隙間なく、美しい薔薇やら、蓮の花が、刻まれているのだ。
それでも、あたしの美しさは、損なわれない。むしろ、これらの、あたしをデコレートするもの達があってこそ、あたしは、本当に 夜の闇に光輝いているのだ。
香水ジャンキーで、たくさんのお花畑の香りを持っているが、娼婦のあたしには、やっぱりシャネルの五番が、良く似合っていると 思う。
4
:
アンダーグラウンド 其の二
:2015/01/09(金) 20:23:57 ID:DXWQcJB.
あたしは、ゆかりに、近づく。
『ごめん。遅くなった。』
ゆかりは、唇の端をあげ、
『いいよ。時間なんてたくさんあるし。』
と、言ってまた、グラスに口を付ける。
ゆかりの横に座り、
『マジー、バーボンソーダ。』
と、オーダーする。
マジーは、ここのオーナーであり、バーテンだ。
あたし達に、客の斡旋もしてくれる。しかも、きちんとした身元の奴ばかり。マージンは、男から取っているから、あたし達はなんの損もしない仕組みだ。
だけど、あたしは、ふらりと自分で男を拾ってしまう時があって、マジーには、散々怒られていた。
『翡翠―。あんた、またどっかの男とやっちゃったんでしょう?あたしが、紹介してやる男達で、三六五日、食っていけるでしょ う?あんまり、危ない橋は渡らない方がいいわよ!』
マジーは、おかまでも、ホモでもない。二丁目で男を買っていたとか、ラブホから男と出てきたとか、いろいろな憶測が彼の言葉遣 いによって、飛び交っていたが、違うようだった。
いわゆる、今流行りの『オネエ言葉』が、使いやすくて使っているだけだと言っていた。
マジーは、身長が高く、顔も怖いくらいに整っている。ノーブルな顔立ち。服装は、その時々で、全く異なる。細身のスーツでモッズを気取ったり、グランジな装いで気だるさを演じたり、
時にはUK PUNXのように、どこもかしこも破れまくった、ガーゼTシャツや、デニムを穿いていたりした。そして、そのどれもが様になっていて、かっこよかった。
5
:
アンダーグラウンド 其の二
:2015/01/09(金) 20:25:35 ID:DXWQcJB.
『マジー。無駄無駄。んな事言ったって、この子は寝たい時に男がいたら、それで間にあわしちゃうじゃないさ。あんたも、よー く知ってるはずだよ。で、きっちり金は、貰ってくる。
あたしに言わせりゃ、いいよなー、とか思うけどさ。』
『まあ、あんた達みたいに似たもの同士で娼婦やってんのもいいんじゃない』
マジーが、ちょっと話を逸らす。それから、
『でさ、急な話なんだけど、あんた達、明日予定空いてる?』
と、カウンターから身を乗り出して聞いてくる。
あたしも、ゆかりも明日は特に客を入れてはいなかった。
『んーー・・・・なんか、ゆかりの事を知ってるっぽかったけど?この名刺出してきた男が、【ゆかりさんと、あともう1人ゆか りさんが、組んでいる方とをお願いします。この男性が、そう、ご所望ですので。】とかって言ってたわよ。
なんてゆーの?いわゆ る秘書?みたいな感じの男が、この名刺持ってきたのよねー。・・・・ねっ、ゆかり、知り合い?それとも、訳あり?
・・・・訳ありだったら、断っていいからさー。どうする?』
ゆかりの知り合いかもしれない男と、かー。あたし達は今までも、何回だって複数の相手をしてきた。その代わり値段を1人七万に 跳ね上げていた。
ゆかりを、そっと横目で盗み見ると、小さな小さな声で、
『まさか・・。』
と、呟いていた。音楽やざわめく人々の声にかき消されそうな声だったから恐らく、マジーには聞こえていなかっただろう。
あたしもゆかりも、明日の予定はなかった。
『一応、予定は入ってないけど・・・。どうする?』
ここは、ゆかりに判断を委ねようと、あたしは思った。
ゆかりはあたしを見て、いつもの下品な笑顔を見せてから、マジーに、
『やるよ。その仕事、引き受けた。』
と、言った。
マジーも、何か感じるものがあるのだろう。
『本当にぃ?無理しなくても客なんか、他にもいるわよ。ただこれは、あんた達をずばりご指名してきたからさー、言っただけよ?』
マジーが、そう言ってもゆかりは、頑として譲らなかった。抑揚のない声で、
『あたしは、やる。』
と、だけ言った。
ゆかりがやるのなら、勿論あたしもやるに決まってる。
『マジー、あたしもOK。』
そう告げるとマジーは、一枚の名刺を出してきた。
6
:
アンダーグラウンド 其の二
:2015/01/09(金) 20:26:25 ID:DXWQcJB.
その名刺には有名銀行頭取の肩書きがついていて、名刺の素材自体も安っぽいものではなかった。
『坂崎 篤』
と、記されていた。
この、坂崎氏は自分と、あたし、ゆかりとの3Pのギャランティを、1人拾万、と言っているそうだ。
悪い話ではなかった。
だけど、ゆかりにとっては、どうなんだろう。SO BAD?SO GOOD?
・・・その答えを聞くまでもなかった。ゆかりはその名刺を見て、真っ青になっていたからだ。
あたしはもう一度、やっぱりさ断って、明日は買い物行こうよ、って、おちゃらけたふりしてゆかりにそう言ったが、ゆかりは、
『1人、拾万棒に振ったら、娼婦の名が廃るね。』
と、笑顔になっていない笑顔を作った。
ゆかりは、グラスをあけると、
『マティーニ。めちゃくちゃドライにしてよ』
と、叫ぶ。マジーは、
『判ったわ。あんたの顔が歪む位、ドライなマティーニ作ってやるわよ。』
そう、静かに言った。
ゆかりの態度はおかしい。いつものゆかりではない。そしてゆかりは確かに、あの名刺を見た瞬間に顔色が、変わった。
さっきまで、ピストルズが流れていたのに、今度はロシア民謡が流れている。
確か廃盤になった、加藤登紀子の『黒い瞳の』だったと思う。
フロアから波が引き、そこここのテーブルに人々が散らばる。壊れて行き場を失くした星屑のように。
あたしも、バーボンソーダのお代わりをお願いした。
『ゆかり・・・。』
『うん?』
『あのさ・・・本当に嫌だったら、断ってもいいよ?あたし、金困ってねーしさ。』
ゆかりは、ふと淋しげな横顔を見せながら、
『嫌じゃないよ。いいじゃん。ギャラいいし。おいしいって。』
と、つまらなさそうに、口の中にピーナッツを放り込む。
『あたしに、嘘つかないでよ。』
『ついてないわよ。本当に、大丈夫つってんの。』
ゆかりは、ようやく、あたしを見て、微笑んだ。
心に引っかかりはあったが、ゆかりがそう言うのなら、仕方ない。引き下がるしかない。
7
:
アンダーグラウンド 其の二
:2015/01/09(金) 20:27:04 ID:DXWQcJB.
哀愁漂うロシア民謡は、まだ店内に流れている。
気を抜くと、この切ないメロディに飲み込まれそうに、なる。
マジーがやって来て
『はーい。ドリンクお待たせ。で、あんた達ご飯食べてないでしょ?残りもんでチャーハン作ったから、それ食べて明日の鋭気を養うのよー。』
と、ほかほかの湯気の立つチャーハンと、スープをあたしと、ゆかりの前に置いた。
『美味しそう!いただきまーす!』
私は、早速、スープに口を付ける。コンソメスープで味は濃い目だけどいける。
チャーハンもとても美味しかった。男の無骨な料理って感じが、なかなか良かった。
あたしは数回のドリンクのお代わりを注文して、それらを平らげた。
しかしゆかりは、食が進んでいないようだった。ゆっくりゆっくり無理して噛み砕いて、必死になって飲み込んでいる様子が痛々しかった。
マジーも私もゆかりがどこか悪いんじゃないかと思って、心配したが、
『あたしはね、健康には自信があるのさ。』
と、言ってわざとのように、チャーハンをがっつき始めた。
あたしは、ゆかりが何を隠しているのか、全く、判らなかった。
こんなに、近くにいるというのに。
続く
8
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:28:52 ID:DXWQcJB.
【まえがき】
私の実体験を、織り交ぜて書いています。
結構、アダルトな作品かもしれないので一応R15で。
やりきれない現実も、美しい現実もないまぜに書いていきます。フィクションでもあり、ノンフィクションでもあります。
9
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:30:46 ID:DXWQcJB.
【拾った男。】
薄暗い部屋で、あたしは嗚咽にも似た声を洩らす。荒い息遣いが、虚しく空中で消える。
広いベッドで、あたしの上にいる男は、この高級ホテルのバーで声をかけてきた男。退屈しのぎに男としゃべっていたら、男が名刺を出してきた。
その名刺の肩書きや、社名は男自身の100倍は魅力的だった。
男の身につけている細身のアルマーニのスーツや、クラークスのぴかぴかの靴よりも。
男は、さりげなくあたしに聞いた。
『いくらで交渉成立?』 少しだけ考えてから、あたしはぶっきらぼうに答えた。
『5万。』
世間の一般的な相場としては高いのだろうけど、あたしはプロの高級娼婦だから、あたしにとっては大安売りみたいなもんだった。
その値段を聞いても男は動じず、
『じゃあ、部屋を取ってくる。』
と、言った。
そして…あたしは、あたしを買った男と寝ている。
あたしに言わせれば、あたしが拾った男なんだけど。
10
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:31:42 ID:DXWQcJB.
この男は、女と寝る事に長けていた。
あたしは、何度も波にのまれ、『其処』に打ち上がる。
そうして、暫くすると男は、無言で果てた。
あたしに、体重を押し付ける。
あたしは、すっかり忘れていた。今日、彼女と約束していた事を。
男の下から、滑るように抜けシャワーを急いで浴びる。
シャワーから出てきたあたしを見て、男は、
『連絡先教えてくれる?君、すごく良かったからまた逢いたいんだ。』
と、言った。
けれど、あたしはただの拾い物に、自分の連絡先を教える程、馬鹿ではない。 あたしは、男に向かって
『また、偶然を待ってたら逢えるんじゃない?』
微笑みながら、そう言い、前金で貰っていたお金と共に、部屋を後にした。
男は、まだ何か言っていたようだけど、もうあたしにはなんの関係もない。
肩書きも社名も、セックスがうまかった事も。もう、全てが過去でしかなかった。
バイバイ。あたしが拾った男。
11
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:32:42 ID:DXWQcJB.
【クラブノンフィクション】
12センチのジミーチュウのヒールをカツカツ言わせて、あたしはクラブノンフィクションへと急ぐ。
約束の時間は既に30分以上過ぎていた。
ノンフィクションは、細く入り組んだ路地にあるから、車は入れない。あたしは、ホテルから近くの大通りまで、タクシーに乗ってきた。
そして、そこから数百メートル先の、ノンフィクションを目指して、こうして走っているのだ。
外灯は、そんなにないから道は、暗い。
照り返す夏の太陽は、もうとっくに沈んだと言うのに、むっとする暑さがあたしを覆う。
身体がじっとりと湿ってきた頃、ようやくあたしは、ノンフィクションのドアに手をかけた。
12
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:33:18 ID:DXWQcJB.
ドアを開けると、途端に音の洪水がいつものように、やってくる。
螺旋階段の上から、音に身を任せている人々を見る。疲れているのか、いないのか。人々は、のっぺらぼうに見えた。
今日は、珍しく80年代のディスコ曲が流れていた。 この店は、パンクだろうが、クラシックだろうが、カントリーだろうが、サイケだろうが、なんの節操もなく音楽を流す。流行りの音とレゲエ以外は。
昔懐かしい、ディスコ曲を聞くと自然に身体が動く。昔、まだあたしが、水商売だった頃の事を思い出す。
たくさんいる、どうでもいい人間達を押し退けながら、あたしはカウンターへと向かう。男達から次々とかかる声は、完全スルー。あんた達と話す事なんて、あたしには、ないのだから。
カウンターに、1人でバーボンを飲んでいる女が見えた。
それは、あたしが気を許せる数少ない人間の1人であり、今日約束してる女。
そう。彼女との始まりも此処だったっけ。
クラブノンフィクションが、あたしと、その女、ゆかりとの本当の出逢いの場所だった。
あたしは、ゆかりの元へと歩いて行く。
汗ばんでいた身体も、ノンフィクションのクーラーのおかげで、もうさらさらになっていた。
13
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:34:01 ID:DXWQcJB.
ゆかりの元へと、歩いて行くあたしに、クラブノンフィクションのマスター、マギーがあたしに声をかける。
『翡翠(ひすい)遅いんじゃあなぁい?どっかで、やってたんじゃないのー?』 と、ケラケラ笑う。
マギーは、女言葉を使うが、ゲイではない。ノーマルだ。
だが、お喋りが好きな蝶々達は、
『マギーが二丁目で立ちんぼしてた。』
『男とホテルに入っていくとこを見た。』
なんて、羽をパタパタさせながら、そんな話をしていた。
あたしは、マギーに、バイとかホモに間違われるから、その言葉使い考えた方が良くない? と、言った時、
『いーのよ。言わせたい奴には、なんとでも言わせとけば。だって、あたしの内は、そんな事で揺らがないのよ。』
と、真顔で言ってから、いつもの、ただの笑顔を見せて、
『それに、お姉言葉って、喋りやすいのよねー!』 と、言った。
マギーは、そうやって女言葉を使う男だったけど、かなり、目立って格好の良い男だった。
身長は多分180はあったし、スレンダーで手足が長い。肩にかかる位の金髪を、オールバックにしているか、無造作に下ろしていた。
今日は、多分ポールスミスのうんと細身のピンストライプのスーツを着ている。尖った革靴は、スタンダードなフェラガモだろう。蒼い目、すっと伸びた鼻筋。薄く薄情そうな口元。病人かと思うぐらいに、白い肌。
以前、冗談めかして
『あたし、ほら、母親がロシア人だから。』
と、マギーは言っていたが、恐らくそれは、真実だ。
とにかく、彼は美しかった。
今日は、スーツをすっと着こなしているが、所々破れたガーゼTシャツに、ボロボロのデニムの時もあった。
だが、どんな格好をしても、彼はそれを、うまく着こなしていたし、彼の容姿の美しさは、いつでも変わらなかった。
あたしは、マギーに友情を感じていた。
嘘がなく、人を傷つける無神経なジョークを言わないから。
14
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:35:29 ID:DXWQcJB.
この、クラブノンフィクションは、あたしとゆかりの、大切な場所だった。
プライヴェートな場所としても、ビジネスの場所としても。
だから、あたしとゆかりは、此処に来る。
ここ、クラブノンフィクションのマギーのもう1つの仕事を、あたし達はやっていた。
あの頃では、考えられなかったこの仕事を、あたしは今、なんなくこなしている。
そうして、あたしはあの頃より、全てにおいて自由に、正直に生きている。
あたしとゆかりの居場所は、このクラブノンフィクションとオーナーのマギーと言っていいだろう。
15
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:37:52 ID:DXWQcJB.
【あの頃のあたし達は。】
あの頃、あたし達は銀座の中でも超一流のクラブで働いていた。どんな金持ちでも、名誉や地位が付属しなければ、足を踏み入れる事のできない店。
其処が、あたしとゆかりの職場だった。
あたしは、たまたまスカウトされて、入店して間もなくナンバー1の座にいた。
その店で、使っていた名前が『翡翠〜ひすい〜』だった。
海の底から、ぷうかり浮かんできた涙を溜めているような宝石、翡翠。
あたしは、この名前を本名にした。かつて、家族と呼ばれていた人間がつけた名前を捨てたかった。
翡翠になったあたしは、いくつもの新聞、経済誌を読み漁り、客の話にはいつも、きちんとついていった。
美しいドレスに身を包み、笑顔を絶やさず、同伴もアフターもした。
ただ、それらにSEXがついてくるのは予想外だったが、若く美しい女を、思いのままにできるという事は、彼らのステータスでもあった。
あたしは、色々な人間に磨かれて誰もが振り替えるような、匂いたつような美しさを兼ね備えていた。
そんな、あたしを抱く事を彼らは競うかのように、していた覚えがある。
その見返りは、高価な宝石だったり、高級マンションの最上階の部屋だったり、外車だったりと、様々だった。現金を100万、ポンと出す男もたくさんいた。
あたしは、ナンバー1の翡翠だった。
ゆかりはと言えば…。全然やる気のない女で、ある意味清々しささえ感じた。 愛想笑いの1つもするわけでもなく、年下の若い女の子のヘルプによくついていた。つまらなさそうに、座っていたので、目立っていた。
いや、あたしがゆかりを意識していたから、目立っていたように感じたのかもしれない。
流行遅れの安っぽいドレスで、出勤していた。
よく、ママはこんな女を雇ったよな、とあたしは思った。
それでも、今と変わらず髪の毛は丁寧に大きくカールされていた。
あたしは、彼女に興味を持った。
16
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:43:14 ID:DXWQcJB.
※コピペミス(´・ω・`)
>>15
と前後します
ノンフィクションのスツールに、慣れたように座っているゆかりの横に、クロエの新作のバッグをカウンターテーブルに無造作に置き、あたしも、その細いスツールに座った。
『ゆかり。ごめん!忘れてた。』
あたしは、素直に謝った。すると、ゆかりはあたしを笑顔で見て、
『あんたの遅刻には、もう慣れた。今日なんて早い方じゃない?』
と、声をあげて笑った。
その、笑顔の横顔を見つめる。ゆかりは、誰に年齢を聞かれても
『40よ。』
と、言っていたが、全くのでたらめだ。
たるんだ、頬。完全に二重になっている顎。そして、手入れを怠っている肌。 でも、だからと言って、ゆかりは醜い女ではなかった。むしろ美しい女の部類に入るだろう。
肉感的な身体つきは、男達の目を引き付けるに十分だったし、皺はあるものの、目が大きく、ぽってりとした唇を持っていた。
大きく波打つカールした髪は、あの頃と変わらない。
あたしは、ハイボールをバーテンダーにオーダーし、暫し昔を思い出していた。
17
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:45:04 ID:DXWQcJB.
上品な装飾の成された店内で、ぼんやりとしているゆかり。
影が薄く…と言うか自分で自分を目立たせないようにしているとしか、あたしには見えなかった。
だけど、ごくたまに彼女のはすっぱな笑い声や、潜めて何を言っているか判らない声が聞こえてきたりして、驚いた。
『彼女にも、客はいるんだ。』
あたしは、そう思った。
18
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 20:45:41 ID:DXWQcJB.
その頃から、既に常連だったノンフィクションに、あたしはアフターがない時は必ず足を運んだ。
ナンバー1になって、もう2年になっていたあたしは、これから、という不安材料に怯えていたのかもしれない。
客は、あくまであたし達ホステスより上の立場で、選ぶ立場にいる。
今は、選ばれているあたしもいつかは、選ばれなくなる。
それは、ナンバー1になったホステスなら、誰もが考える事だろう。
ふと、ゆかりの顔が浮かんだ。
19
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 23:55:59 ID:DXWQcJB.
【思いがけない誘い。】
あたしは、顔には絶対に出さなかったし、誰にも相談なんてしなかったけれど、心には暗雲が立ちこめていた。
ホステス、特に銀座の高級クラブなんかになると、あまり年齢は影響しない。
若くて、美しいだけで中身のないホステスを客は嫌うからだ。
けれど、さすがにこの店にいる子達は、若くて美しいだけの子ではなく、知性や品性を兼ね備えていて、日々、あたしを脅かしていた。
あたしは、まだまだ美しかったし、年齢よりも若く見られた。
でも、この地位がいつまで続くのか?
いつ、此処から転げ堕ちるのかを考えると、憂鬱だった。
そして、あたし自身が、このホステスという仕事に疑問を感じ始めていた。
選ばれるのを、待つしかないあたし。
うちのクラブは、永久指名制ではなかったから、もう次には、選ばれないかもしれないあたし。
あたしは、そんなのは柄じゃないような気がして、仕方なかった。
相変わらず、ノンフィクションで答えの出ない不安スパイラルに巻き込まれていると、今と殆んど容姿の変わらない、マギーが声をかけてきた。
『翡翠さぁ、最近お悩みモードじゃあなぁい?あたしは、詮索する程野望じゃないから、聞かないけど、そんな萎れたあんたを見るのは、いいもんじゃないわね。』
と、頭をそっと撫でてくれた。そして、マギーはこう続けた。
『多分、彼女の話であんたは楽になるわ。そして、元の翡翠になって、暗く鈍く輝るのよ。』
彼女?その彼女が誰かと聞こうと思った時、あたしの隣に、誰かが座った。
あたしは、ゆっくりとそっちを向いた。
20
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 23:56:32 ID:DXWQcJB.
そこには、ゆかりがニコニコ笑って座っていた。
そんなゆかりは見た事がない。
あたしの知ってるゆかりは、店のヘルプで嫌々ドリンクを作っている女だったから。
呆気に取られていると、ゆかりはつらつらとあたしに話し始めた。
『翡翠ちゃん、ナンバー1の場所から何が見えた?何も見えないでしょ?あたしは、判ってる。あんたは、人の言うことで満足できる女じゃない。その事に不満さえ抱いている。そうでしょう?』
あまりにも、的確なゆかりの言葉にあたしは困惑し、無言とポーカーフェイスを貫いた。
ゆかりは続けた。
『ね、翡翠ちゃん。あたしとあんたは同類だよ。獣の勘で判るんだ。だから、あたしと一緒に仕事しない?男に媚びなくていい。自分が思い通りにできる仕事。素敵じゃない?』
興味を捨てきれない自分がいる。
その日は、パンクナイトでフェイクのシド&ナンシーで店内は溢れ返っていた。
21
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 23:58:12 ID:DXWQcJB.
『今じゃ、指名客もほとんどいない、あたしでも、もっと若い頃は、翡翠ちゃん、あんたと同じナンバー1だった。長い間。それが、年月が経つうちにこれよ。でも、あたしはやめなかった。あたしには、もう1つの仕事があったし、仲間を探していたから。』
『もう1つの仕事?』
『そうよ。あたしは、そっちで儲けているのよ。』
ゆかりは、ウインクをした。
ゆかりは、懐かしそうに喋る。
『翡翠ちゃんが、店に入ってきた時、あたしはこの子だ!って思ったの。あんたは、なんにも満足していない。美しい姿の中には、孤独がたくさん詰まってる、って。』
あたしは、ゆかりの言う事全てが、真実なのを自覚していたが、あえて反論した。
『それは、あんたの妄想よ。あたしはナンバー1でいろんな男達が、あたしを指名して、たくさんのプレゼントをくれるわ。あたしは、孤独なんか、これっぽっちも感じてないわ!!』
思わず、私は怒鳴っていた。
そんなあたしを、ゆかりは、なだめるように肩を叩いた。良い香りがした。
あたしは、少しだけ落ち着いて、
『つまりは、どういう事なの?』
と、聞いた。
ゆかりは、お茶目な笑顔を作って、
『つまり、あたしは高級娼婦にあんたをスカウトしに来たのよ。翡翠ちゃん。』
ゆかりは、
『映画でも行こうよ』
みたいに、そう気軽に口にした。
いつものあたしなら、そんな誘いは、鼻で笑って、このスツールから降りて何も言わず、この場を去っただろう。
けれど、あたしはそうしなかった。
ゆかりが、あたしの全てを理解してくれていたから。
ゆかりからは、相変わらず良い香りがし、聖母マリアのように神々しく、微笑んでいた。
あたしは、ゆかりの事を殆んど何も、知らないけれど、既にゆかりを信じていた。ゆかりは、あたしに1つも嘘をついていない事は、判っていたから。
22
:
ノンフィクション
:2015/01/09(金) 23:59:17 ID:DXWQcJB.
【高級娼婦】
よくよく聞くと、お客は、マギーが紹介してくれるという。
マージンは、男から貰うからあたし達は、抱かれた男からの報酬を、そっくりそのまま貰える。
高級娼婦になるには、一通りの上流社会のマナーや、情報を蓄えておかなければならない。
あたしは、マナー教室や喋り方教室、茶道、ジム、モデルウォーキングのレッスン等を始めた。
マギーが持ってくる客は、只者ではない人物ばかりだった。
政財界は勿論の事、海外からの要人が何人もいた。
クラブのお客も大したメンバーだったが、マギーの持ってくる客には到底、及ばない。
あたしは、R&Bの流れる店内で、グラスを弄びながらマギーに聞いてみた。
マギーは、今日はギャングスター気取りのスーツを着ていた。勿論ダブルの。靴と共にアルマーニか、ヴェルサーチってとこか。
『ねー。マギーはなんで、あんなにめちゃくちゃ大物ばっかり知ってるのー?』
マギーは、鼻歌まじりに
『それ、聞いたら翡翠ちゃん殺さないといけなくなるから』
と、さらっと言って、
『うっそよー。情報ソースは秘密って、お決まりじゃなぁ〜い。』
と、言った。
あたしは、なんとなくマギーが嘘を言っているのではないと思った。だから、
『殺されたら適わないから、聞かないよ。』と返事をした。
マギーは、笑って頷いた。
23
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:00:18 ID:MEMoqnno
あたしの、初仕事は海外からの大物で、新聞にもよく載っているNという人物だった。
シェラトンのスイートが仕事場だった。
ノックの音がし、あたしは確認してからドアを開けた。
彼は、私にプレゼントだと言い、ハリーウインストンの流線を描くようなダイヤのネックレスをくれた。
ちなみに、銀座のクラブで働いているあたしとゆかりは英語は、ペラペラだ。だがゆかりは昔、留学した事がある、と言っていた。実家がお金持ちなのかな?と、その時思った。
あたしは、彼にお礼を言い、ソファに座った。
彼は、ルームサーヴィスを頼んでいる。
そして、オーダーし終わると、あたしの横に座ってあたしの全てに賛辞を捧げた。それは、外国の男性や、ハイソサエティな環境の中で育ってきた男達の、共通点でもあった。 そして、あたしは皮肉で誉められる以外なら、誉められるのは大歓迎だ。
ノックの音。
シャンパンにキャビアを乗せたクラッカー、チーズ、カルパッチョ、フルーツ等の前菜もある。シャンパンは、ドンペリゴールド。まあ、そつのない選択だろう。
あたし達は、ひとしきり飲み、しゃべり、食べて時間を過ごした。
いきなり、彼があたしの唇に吸い付く。ねっとりとした、熱帯雨林のような、濃厚なキス。柔らかい舌は、あたしの口の中をまさぐる。彼の息遣いが、荒くなる頃、あたしは身体を離し、
『先にシャワーを浴びさせてもらうわ。』
と、返事も聞かないうちにバスルームに入る。
これは、ゆかりがあたしに教えた事だ。
プレゼントを貰っても、軽く礼を言うだけ。どんなに高価な物でも。
そして、主導権は自分が握る。
それから…ゆかりは、クスリと笑って、ベッドでの事は翡翠に任せるわ。攻めて欲しければ、どこまでも、攻めたければ、いつまでも。お好きにどうぞ、と言っていたっけ。
あたしは、シャワーを浴びながら彼との情事を考えていた。
24
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:00:57 ID:MEMoqnno
シャワーを、わざとゆっくり浴び、肌にふわふわの泡を塗る。私は、身体は手で洗う。たまに、オーガニックコットンの心地よいタオルを使う時もある。肌に傷をつけたくないから。
そうして、ようやくバスルームを出て、洗面所にある大きな鏡で、自分の身体を見る。
滑らかで、ピンク味を帯びた肌。細くくびれたウエスト。きゅっと上がった小ぶりなヒップ。そこから、なだらかにレッグラインに流れていく。 太ももは、適度に肉がついていて、足首はきゅっとしまっている。背は、高い方ではなく、華奢な印象だが、バストは、はち切れんばかりに、主張している。
身体のチェックを隅々まで終え、今度は手鏡で、入念に顔を見る。
真っ白く、シミ1つない肌。たるみも、皺もなく、コスメカウンターでは、必ず『どちらの基礎化粧品お使いですか?』と、こっそり聞かれた。 顔の造作は、目は余り大きくなく、切れ長。鼻筋は通っていて、唇はぽってりとしている。実年齢より、大体10歳は若く見られる。睫毛は、エクステや付け睫毛いらずで、俯けば影を落とすほど長く、ふさふさだ。ヘアスタイルは、胸下までのロングで天然パーマで、軽くフワフワしていた。淡いベージュにカラーリングをしている髪は月に2回、サロンにトリートメントに行っているから、艶を保っている。よく、YOUに似ていると言われる。
完璧とは言えないが、まぁ、美しい女と言っていいだろう。
私は、満足して、やっと彼のいる部屋に行った。
25
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:01:49 ID:MEMoqnno
バスローブを、羽織ったあたしを、きつく抱き締める。あたしは、
『貴方もシャワーをどうぞ?』
と、微笑みながら言った。
彼は、にこやかにバスルームに消えていった。
彼がバスタイムを堪能している間、シャンパンを飲み干してしまったので、ルームサーヴィスに追加オーダーした。
あたしは、シャンパンが大好きで水のように、飲む。
新しいシャンパンを恭しく、ボーイが運んできて、去っていく。
あたしは、早速シャンパンに手をつける。
3杯も飲んだ頃、彼は良い香りをさせて、バスルームから出てきた。
背が高く、少し恰幅はいいが、その容姿はお金をたくさん持っている者の、それだった。
彼にもシャンパンを渡し、乾杯する。
グラスが空になり、彼が慣れたように、あたしをベッドへとエスコートする。
照明を落とし、ベッドサイドの、薄明かりだけを、彼は残した。
高級娼婦、初の仕事。
ゆかりは、あたしが向いている、と言ったが果たしてどうなんだろう?
けれど、私は動揺も何もせず、この仕事に手慣れたプロの高級娼婦のように振る舞っていた。
彼が、あたしを大切な宝物のように、ベッドに横たえる。そして、また、Kiss。その時に彼が口移しで、あたしに何かを飲ませた。
なんだろう?と思っていたら、あたしの身体や、あたしの目に映るものに変化が現れた。
あたしは、お花がたくさんある、天国みたいな、まだ少し早い、クリスマスカロルが聞こえてくるようなところに、浮いていた。
さっきまで、人間の形をした彼が、あたしに愛撫を始めると、舌や、腕がいくつもある軟体動物のようにぐんにゃりと、姿を変えた。
軟体動物の王様だ。
あたしは、王様の一晩だけの素敵な花嫁になった。
そこら中ねっとりとした感触がする。
あたしの感じる、敏感なスポットを全て知っているかのように、王様があたしを舐め回す。
これでもか、これでもか、と責め立てる。
そして、王様があたしの凹みに自分のそれをいれた。
中で、うねうねと蠢いているのが判る。
私は、それがうねる度に絶頂に達し、それはあたしが、へとへとになって、意識を失うまで続いた。
26
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:03:25 ID:MEMoqnno
朝、まだ現つか現実か戸惑っているあたし。
昨夜のあの感じは何だったんだろう?やはり薬だと考えるのが妥当だろう。
あたしは、薬にはまるほど、馬鹿じゃないけどこれからは、気を付けよう。相手の気分を害ねる事なく。
部屋には誰もいない。
が、テーブルの上に 流れるような英字のメモがあった。
彼は、あたしは素晴らしかったと絶賛し、またあたしを指名すると書いていた。そして、報酬はバッグの中にある、とも。
上品なカルティエの飴色のハンドバッグの中に、100万入っていた。
あたしは、このお金を、ぼんやりと見つめて、 ルームサービスで、またシャンパンを頼んだ。
高級娼婦として、成功したらしかったあたしに、1人で乾杯をするために。
あたしをスカウトしたゆかりは、間違っていなかった。
ホテルを出て、ゆかりに電話をした。
ゆかりの方も、うまく行ったようで、今から買い物に行こうと言う。
そう言えばもう、秋物があちこちで、出ている。
あたしは、マロノブラニクの美しいなめしのヒールとmiumiuのワンピースとバッグが欲しかったので、ゆかりの誘いにのった。
一時間後に、銀座のホテルのロビーで待ち合わせた。
27
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:04:45 ID:MEMoqnno
珍しく予定より早く着いた。あたしの住んでいるマンションは、このホテルの近くだ。あたしは、昨夜貰ったバッグとネックレスをそれぞれのクローゼットに入れ、扉を閉じた。今日は買い物だから、比較的カジュアルな服装にしよう。greenの赤と黒のボーダータンクトップに、atoのJKそして、黒のだぼっとしたラインがお気に入りのユナイテッドバンブーのパンツを穿いた。
歩く事を予想して、ヒール5センチの黒のハードコアな雰囲気の靴を選んだ。それからザクザク物が入るサンローランの白のミューズバッグに、昨日のあたしの『あがり』を持って、マンションを出たのだ。
このホテルは外国人が社用でよく使っているホテルだ。
ウエイターがレモンを浮かべた水と一緒にオーダーを取りに来る。
あたしは、ホットココアをオーダーした。
冷たい身体の女は魅力的だが、身体を冷やすのは嫌い。
ココアを静かに飲んでいると、ゆかりがやってきた。
ウエイターがオーダーを取りに来る前に、既に彼女は質問の嵐を巻き起こしている。
しずしずと、かしこまって、テーブルに来たウエイターを見もせずに、
『アイスコーヒー!』
と、だけ言い、またあたしに質問。
彼女の気持ちも判らないでもないので、あたしは、順を追って、昨夜の仕事をなぞった。
ゆかりは、この上品なホテルに不似合いな位の大声で、ひとしきり笑い、あたしの頬にキスをし、
『翡翠なら、やってくれると思ったよ!』
と、言ってくれた。
あたしの初仕事は、うまくいった。
チェックしようと、ウエイターを呼んだら、
『先程いらしていたお客様が一緒にお支払い下さいました。』
と言った。
美しい女は、男にかしずかれなければいけない。
あたし達は、余計テンションが上がり、ホテルを飛び出した。
28
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:05:56 ID:MEMoqnno
【ゆかり。】
高級娼婦デビューをした、あの日からどれ位経ったのだろう。あたしは、あれ以来仕事をそつなくこなしてきた。
後ろの蕾を要求された時は、さすがにぎょっとしたが、その要求をさらりと流せる術も、その時のあたしはもう、知っていた。
あたしと、ゆかりはクラブを、もうだいぶ前にやめていた。ママは、引き止めとても悲しんでいたが、あたしの気が変わらないと判ると、これ、気持ちだから、と10万を包んでくれた。あたしは、ありがとうございますと、深々と頭を下げた。ゆかりが、なんの施しを受けたのか、受けなかったのかは、知らない。あたしの、預かり知る事ではないし。―とにかく、ナンバー1の翡翠は消え去り、今は堂々と高級娼婦として、金だけではなく、とんでもない地位や名誉のある男達に、身体と貴重な時間を売っている。
あたし達は今日、あの日のように馬鹿みたいにたくさん買い物をした。ゆかりは、フォーマルか、セレブ的な洋服が好きで、シャネルや、サンローランが好きみたいだった。
今日も、勿論行ってきた。 あたしは、cherの毎年買っているカシミアのストールを色違いで5枚買い、嫌がるゆかりに頼み込んで、09のマウジーとスライに行ってもらい、その2ブランドで、デニムを7枚、カットソーを6枚、ニットを10枚、ニット帽を3つ買った。それから、やっぱりクロエでツイードの紫とピンクが混じったような色のツイードジャケットと、それにあうブーツ、トップス、スカートを買った。どれも可愛くて、うきうきする。
荷物をたくさん抱えながら、個室のある、あたしの昔のお客様の伊藤さんのお店に言った。おまかせで、たらふく食べた。伊藤さんが、久しぶりにあたしを見たからって、ただにしてくれた。あたしとゆかりは伊藤さんの頬っぺたに軽くキスをし、お礼をきちんと言って、マギーの店に向かった。
ノンフィクションに到着する。荷物を抱えてるから、いつもよりドアが開けにくい。
やっと開けると、やっぱり音が耳をおかしくする。今日のメインミュージックは、どうやらニルヴァーナのようだ。
カウンターにやっとの思いで座る。
マギーがやってきて
『まぁ!あんた達すごい量の買い物ね!そうよ。女は美しく着飾ってこそ、愛でられる価値があるんだから、ドンドン買いなさいよー。』
楽しそうに言った。
ゆかりは、マギーに超レアなクロエの可愛らしいお花のついているヒールやら、買った物を色々見せていた。
あたしは、少し笑いながらその光景を見て、ふと感じた。
29
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:07:48 ID:MEMoqnno
今日のゆかりは、とても美しい。シャルルジョルダンの12センチの白のヒールを履いて、ジバンシーの白のタイトなスーツを着ている。生地にはラメが織り込んであるのだろう。キラキラと光っている。
そして、髪の毛はやはり、綺麗にカールされていて、歩く度にそのカールが、揺れるのを、見ていた。
ゆかりの素性は、何もと言っていい程知らないけど、もしかして育ちの良い女なのではないかと、何とはなしに感じた。
いつも、背筋を伸ばしていて、それが身についている。
そして、お箸の使い方が、見惚れる程に美しい。
クラブで働いている時は着てこなかったような、豪華ブランドの洋服。生地や、着心地、縫製にも、ものすごい拘る。ちなみに、今の彼女のお気に入りは、ジョンガリアーノの、新作のデコルテが、美しく見えるジョーゼットの上下だ。SKはいつもの事だが、少し長めの丈で、実は美しいゆかりの脚を隠していた。
彼女は、英語だけではなく、スペイン語、韓国語、中国語、イタリア、フランス語等、色々な外国語を喋った。
それらは、幼い時から習っていたという。
いわゆる、英才教育だ。
私はゆかりを見ていると、はすっぱな女のはずなのに、何故か、高貴な人間がだぶる。
以前、ゆかりに聞いた事がある。
『実はゆかりって、お嬢様じゃない?!』
と。ゆかりは、何も言わず、口の端を歪めた。笑ったつもりだったのだろう。
もし、あたしの問いが間違いであれば、ゆかりは間違いなく否定してくるはずだ。だけど、ゆかりは何も言わなかった。沈黙が答えのような気がしてならない。
30
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:09:03 ID:MEMoqnno
一度、ゆかりに
『ゆかりって、実はすげーお嬢様だったりして。』
と言ってみたことがある。
その時、ゆかりは否定も、肯定もしなかった。
ただ、皮肉屋のように、口の端を歪めただけだった。
ゆかりは、もしあたしの言ってる事が違うのなら、子供のように、頬をふくらませて、否定するはずだ。
それを、しなかった、と言うのはあたしの勘も強ち、的外れではないはずだ。
お嬢様である、あったはずのゆかりが、何故、高級娼婦に?
あたしは、彼女の告白を待ち望んでいたが、彼女から、それを語る日はこないだろう、と思っていた。
彼女は、自分の過去を捨てたいのだ。
だから、その捨てたい過去なんか、話したくもないのだろう。
それでも…あたしは、やっぱり聞きたい。ゆかりの口から。
今、目の前のゆかりの艶やかにカールする髪は、昔の名残だろうか。
31
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:09:50 ID:MEMoqnno
ゆかりが、急に振り向く。
『あの、シャネルのスーツも買えば良かった〜!』
今日、試着したシャネルのスーツは、ゆかりに似合ってはいたのだけど、あたしは、なんだか地味な気がして、奨めなかった。
Vの字に小さくカットされて、ウエストがシェイプされているトップス。皆が、憧れるシャネル模様の型押しのボタン。 スカートは、至って普通のタイトスカート。それでも、さすがお高い洋服はラインが違う。 淡いピンクの、そのスーツは、なんだか入学式に出席する母親のようだった。
地味ではあったが、クラブで着ていた安物の露出の多いドレスより、ゆかりには似合っていた。
店が忙しくなってきた。
マギーは、あたし達に
『また、後で来るからね!』
と、言い残して、すっとステージのモデルのように去って行った。
ゆかりが、ロマネコンティをオーダーしたので、あたしもそうした。
ゆっくりと、グラスを廻す手つきが、様になっているゆかり。
あたしは、ゆかりに少しだけ迷いながら、聞いてみた。
『ねぇ。前から聞きたかった事があるんだけど?』
32
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:10:36 ID:MEMoqnno
ニルヴァーナの悲痛な叫びのような音の中、ゆかりは、ロマネをくるくるしながら、
『何よー!改まって!照れ臭いじゃないのさ。言ってみなよ。』
と、照れながら言った。
『ゆかり。あたしは、ゆかりが好きだよ。だからこそ、聞きたいんだ。ゆかりが、訳ありなのは、判ってる。あたしだってそう。でも、ゆかり。ゆかりはあたしに、重大な何かを言ってくれてないよね?前にも聞いたけど、ゆかりは、本当は、いいとこのお嬢さんなんじゃないの?なら、なんで、こんな商売してるの?!…あたしが、十分、野暮な事聞いてるのは判ってる。それでも、ゆかりはあたしの初めての友達だから、真実を聞きたいんだ!』
あたしは、一挙にしゃべった。うっすらと汗が出て、香水と、あたしの体臭が混ざった香りが立ち上る。
33
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:11:17 ID:MEMoqnno
長い沈黙。じっと、グラスを見つめているゆかり。 音楽や、人々の騒めきは、微かにしか聞こえなくなっていた。それ程、ゆかりには、緊張感が漂っていた。
ゆかりの迷いが、手に取るように判る。
あたしは、我慢強く待った。
ようやく、ゆかりが静かに口を開いた。
『翡翠…。あたしも、あんたが初めての友達だよ。あたしが長い間待ち望んでいた人間なんだ。…。だから、だからこそ、翡翠にあたしの過去を知られるのが、怖いんだよ。…あたしは、失ってばかりだった。だから、もう失うのは御免なんだ。…翡翠…それでも知りたかったら、お願いだよ。もう少し、待ってくれないかい?必ず、話す。約束する。』
声が震えているゆかりを見て、堪らない気持ちになった。
『待つよ。ババアになるまで待ってやるよ!』
あたしは、笑いながらそう言った。
ゆかりも、笑っていた。
一筋の涙を流して。
あたしは、決めた。
ゆかりが、自分から話す気になるまで、ずっと、待つって。
34
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:11:54 ID:MEMoqnno
【翡翠。】
あたしは、ソニアリキエルの赤のシガレットケースから、メンソールの細い煙草を出し、口にくわえて、ゴールドのジバンシーのライターで火を点けた。
ゴールドのライターは、もう、すっかりあたしの手に馴染み、あたしの手の形に、すり減ってきた。
いつか、この、ゴールドのライターも、すり減って、消滅してしまうのだろうか?
知らない間に、音楽が、ビートルズになっている。定番だが、やはり上等な音は、人々から忘れられないのだろう。
ゆかりも、煙草を吸っていた。何故か、シガレットケースを嫌うゆかりの煙草は、いつも、なんだか萎れていたし、ライターを探すのに、いつだって、バッグをごそごそしていた。
『ね、ロマネボトルでオーダーして、思い切り飲もうよ!』
ゆかりが、そう言ったし、あたしも飲みたい気分だったし、そうする事にした。
人々は、少しずつ何処かに、消えていき、店内には数える程の、人間しかいなかった。
照明も、落とし気味だ。
『綺麗なお兄さん!ロマネボトルでちょうだい!』
ゆかりが、ふざけてマギーに言った。
マギーは薄い唇の口角を見事な角度で上げ、完璧な笑顔を作って、頷いた。
『ゆかり…。あたしは、あんたにあたしの、話を聞いて欲しい。つまらないよくある話なんだろうけど…』
35
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:12:48 ID:MEMoqnno
『翡翠。よくある話なんかじゃないよ、絶対。あんたが、話そうとしている事は、あんただけの大事な話なんだよ。』
ゆかりの、優しい言葉は、あたしの心を潤わせた。
ボトルを持ってきていたマギーが、
『俺にも、聞かせてもらえるか?翡翠。』
と、言った。
あたしは驚いた。 こんなに、長くここに通っていて、マギーのお姉言葉以外の言葉を聞くのは、初めてだったから。
『マギー…。言葉が男だよ?』
あたしが、そう言うとマギーは、目を柔らかに細めて言った。
あたしが、そう言うとマギーは、目を柔らかに細めて言った。
『こっちが、本物。まぢで、あっちかと思った?』
ゆかりが、笑って我慢できないように、言う。
『誰かさんは、ずーっと普通の綺麗な男で、お姉言葉の、現在より100倍は、もててたよねー。だけど、ある日、お姫様に恋に堕ちてから、少しでも女を遠ざけるように、お姉言葉にしたんだもんねーっっっ!!』
マギーが、気のせいか少し顔を赤らめながら、
『ゆかり、うるせーよ。しゃべり過ぎ。』
と、照れ臭そうに言った。
『マギーって、好きな女いるんだぁ?』
あたしが、聞くと
『ま、一応。』
と、既に冷静さを取り戻して、答えた。
『閑話休題!翡翠の話、聞かせてくれよ。』
マギーが言う。
『そうだね…。マギーも座って。あ、マギーのグラスも、お願い。』
マギーが、そっとグラスを置く。あたしは、皆のグラスに琥珀色の液体を注いだ。
『話し終わるまで、飲んでくれる?』
あたしは、ゆかりとマギーを見た。
二人は、あたしを真っ直ぐに見て頷き、微笑んだ。大天使のように。
あたしは、ようやく話し始めた。
36
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:13:54 ID:MEMoqnno
『あたしの家庭は、貧乏だった。今のあたしが嘘みたいにね。…父親も母親も、芸能人が来るような有名な喫茶店に勤めていたんだ。だけど、母親が、よく働く女だと判った父親は、働かずに、毎晩飲み歩き始めた。…母親はそのおかげで、夜もその喫茶店のシフトに入って、夜は小さな弟と二人きりだった…。』
あたしは、ロマネに口をつけ、話を続けた。
『あたしは、その頃5歳で弟は2歳だった。夜が怖くて怖くてたまらなかったよ。だけど、無理してるのが、子供にも判るような母親には、何も言えなかった。明け方、酔い潰れて帰ってくる父親には、嫌悪感さえ抱いた。…。そんな生活が続き、いつまでも貧乏だったあたし達は、近くのパン屋んで、あたしと弟の分の、パンのミミをくれていた。。近くの肉屋のおばちゃんも、コロッケや、ミンチカツをよく、くれたよ。』
あの頃の思い出が、色付きで、鮮明に思い出されてくる。
あたしは、無意識の内に涙を流していたらしく、ゆかりとマギーから無理に話さなくていい、と諭されていた。
けれど、あたしは話さなければならなかった。過去を乗り越えるために。
…ゆかりと、マギーに本当のあたしを知ってもらうために。
37
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:14:31 ID:MEMoqnno
『あたし達兄弟に、暴力こそふるわなかった父親だけど、‘お前達がいなけりゃ、もっといい生活できたのによ’と、幾度となく言われたね。あたしと弟は、その言葉に傷ついたけれど、小さなあたし達には、何もできなかったよ。』
マギーが、あたしの頭を、大きな手で撫でる。
あたしは、幼い頃、手に入れる事のできなかった、父親の愛に、少し触れたような気がした。
『マギー、ありがとう。』
あたしは、きっとブスな顔して笑って言ったのだろう。
『…母親は三年間、毎日三時間しか睡眠を取らず、働き続けたよ。当たり前だけど、ぶっ倒れた。強制入院させられて、あたし達は、できる限り母親の傍に立っていた。弟の小さい手を握って。―でも、信じられない事が起こったんだ。』
38
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:15:12 ID:MEMoqnno
『点滴をしている母親の病室に、父親が、酔っ払って入ってきたんだ。優しいナースさん達と父親は、口論していたよ。‘退院なんて、まだ無理ですよ!’と、止めたけど、父親は暴れるしで、母親はそれに従って退院したよ。それからも、あたし達は、父親のおかげで、たくさんのしなくていい苦労をさせられたよ。』 ゆかりが、煙草をゆっくりふかしながら、聞く。
『お母さんさぁ、離婚とか考えなかったのかなぁー?』
あたしも、それは思っていた。
『ずっと後になって聞いた事なんだけど、弟は小学生の頃から、祖父母のコネで地元の大きい企業に就職決まってたから、片親じゃ不利だと思ってたらしいよ。所詮、田舎の人だからさ。』
ゆかりは、
『そういう時代だったんだよ。』
と、言ってくれたが、母親は本当に田舎の人だった。美しい、その容貌とは裏腹に。
長くなびく艶やかな髪の毛、ぱっちりとした目元には、びっしりと長い長い睫毛。通った鼻筋に、ちょこんと可愛らしい唇。バンビのような愛らしさも、兼ね備えていた。
彼女は、もっと幸せになれるはずだった。だったのに…。
『ゆかり、あたしの母親は従順すぎて、正直すぎたんだよ。…無理矢理、退院させられても、文句も言わず働いていたよ。そこで、転機がきたんだ。馬鹿親父の気まぐれのね。』
あの気まぐれの思いつきを、鼻高々に語っていた、父親の顔が、今でも、あたしを憂鬱にさせる。
39
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:16:08 ID:MEMoqnno
『新宿で料亭やるからな。』
母親は、慌てて
『お金はどうするの?!』
と、しごく当然の事を尋ねた。
すると、父親は、
『金持ちのお前の親に言えばなんとかなるだろう!』
確かに、不幸にも母親の実家はとても裕福だった。
けれど、一回りも違う父親との結婚を反対され、それでも結局は許してくれた、自分の親に母親は当然、金の無心などしたくはなかっただろう。
母親は、色々と言い訳やらなだめたり、すかしたり、していたが、結局はお金を母親の両親から、借りる事になった。
一千万、借りた。
当時の一千万なら、今の億だ。
当時、小学校一年生の弟には、あまり意味が判っていないようだったが、四年生の小さな大人にならざるを得なかった私には、十分、意味が判っていた。
何をやっても飽き性な父親の経営する店の顛末なんて、分かり切っていた。
祖父母は娘可愛さに、一千万を貸したのだろうが、この事が、全ての悪夢の新たな始まりとなった。
40
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:16:58 ID:MEMoqnno
その頃は、珍しかった高級料亭で、たくさんのマスメディアが取材に訪れた。
外面のとても良い父親は、今にも手をこすらんばかりに、マスコミに最もらしい事を言って、あたしを白けさせた。
新宿の一等地に建てられた料亭は、確かに美しく、破格の値段で引き抜いた、板前さんも、さすがに腕が良かった。 彼の当時の月給は30万だったと言う。
店は、待ちが入るほどの大盛況で、母親もほっとしていた事だろう。
だが、そのうち、父親は知り合いからはお金を取らなくなった。
『いーよいーよ。ここは、俺の奢りだからさ!!』
知り合いは、払うと何回も言ったが見栄をはって、人に恩を売るのが大好きな父親は、ひかなかった。
そういう、やり方をしていると、わざとたかりにくる人間達も出てくる。
店の売り上げは、父親の見栄のために、悪くなり、また母親は朝から夕方まで、喫茶店、夕方からは料亭という、過酷なスケジュールをこなし始めた。
父親は、初めはおもしろがって行っていた河岸にも行かなくなり、電話で注文をするようになった。
そうすると、河岸の方は高いものばかりを持ってくる。
悪い方に転がり始める。 転がり始めたら、そこに着くまでに、大して時間はかからない。もうとことん行くまで、止まらなくなる。
たった一人の人間のために、私達の人間らしい生活は奪われていた。
41
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:17:32 ID:MEMoqnno
父親は、とうとう店に出なくなり、静かに店は死んでいった。
板前さんは、引き抜きされ、店を去る時、母親に
『奥さん、あの旦那さんとは別れた方がいいですよ。』
と、言って去った。
店の借金とは別に、父親が消費者金融から、お金を借りていた事が発覚した。
週に一度、見かけは怖いけど、優しいおじさんが、借金の回収に来ていた。
おじさんは、いつもなんだか、すまなさそうに、私達に、ケーキやチョコやクッキーをお土産に持ってきてくれた。
だが、父親は相変わらず働かずにいたし、母親の給料ではどうもできなくなり、母親は、再度自分の両親に理由を話した。
総額3000万の借金は、綺麗に消えた。
借金取りのおじさんは、最後の支払いの時、
『奥さん、もうこんな所で金借りたら駄目だよ。』
と、言い、私達には
いつもの切ったケーキではなく丸いケーキをくれた。
『お祝いだから、いっぱい食べるんだよ。負けちゃ駄目だよ。』
と、初めて安らいだ笑顔を見せてくれた。
私と弟はおじちゃんにお礼を言って、
『おじちゃん、ばいばい!』
と、手を振った。おじちゃんも、ばいばいと言っていなくなり、その後、姿を見かけた事はない。
42
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:18:21 ID:MEMoqnno
『ねぇ、翡翠んとこの親父、今何してんの?』
ゆかりが、グラスの氷をがりがり噛みながら言う。
『知らない。借金返して、母親の地元に引っ越したんだけど、ついてきてさぁ。でも、母親は弟が地元の大手企業に入った途端、離婚したよ。でも、かなりもめてたけどね。』
『往生際の悪い男だねぇ。』
『…あの人のせいで、弟は3歳まで一言もしゃべらなかったし、夜中に三輪車で街を徘徊する癖がついてね。…あたしは、あたしで自律神経失調症になって、今じゃ、パニック障害や、躁鬱、色んな病名がついてる。不眠症だし。だから、薬がないと、生きていけないんだ。』
ゆかりは、あたしの手を握り、
『なんでも苦しい事はあたしに言いなよ!』
と、励ましてくれた。 マギーも
『俺にも、なんでも話してくれよ。いつだって、飛んでくからさ。』
と、目を細めた。
『でさ、親父がいなくなってハッピーエンド?』
ゆかりの問いに、あたしは重い口を開く。
『スケープゴートは、標的がいなくなれば、新しい標的を探す。父親がいなくなり、残ったのは、企業に勤める立派な息子、心の病でやる気のない娘。…今度は、あたしが邪魔者になったみたいだったよ。』
確かに、あんなに一致団結して頑張って、励まし合ってきたのに、どうしてだったのだろう。あたしの病気が人様には、その時代言えないような病気だったから?弟は、大企業に勤め、前途洋々だったから?―でも、なんにせよ彼女を責める事は、あたしには到底できなかった。要は、ポンコツになった、あたしのせいなんだ。
『はぁ??誰のせいで、そんな事になったか判ってないわけ?!一生懸命頑張ってた翡翠に、そんな仕打ちするなんて…許せないよ!』
43
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:19:20 ID:MEMoqnno
【マギー。】
ゆかりの怒りの炎が目前でゆらゆらしてるけど、火傷しないかしら?
『ゆかり、大丈夫だったよ。あたしは、棄てられる前に、自分から家族であった人達を棄てたから。』
そう。あたしは、祖父に頼んで50万を持って、家を去った。だから、あたしには、もう家族はいない。
『翡翠、ゆかりと俺と翡翠は血は繋がっていないけど、家族だよ。家族なんだよ。』
マギーの優しい言葉は、あたしを震わせ、嗚咽が漏れてしまう。
『そうして頑張ってきて、今じゃ誰もが憧れるセレブ娼婦の翡翠チャン!いつも頑張ってるご褒美に、マギーが1日あんたに付き合ってくれるってさ!』
ゆかりの唐突な言葉に驚き、マギーを見ると、
『初デートだな。』
と、俯き加減に言った。ゆかりは、事の他、喜んでいた。
あたしは、あたしの今までの事を、話して、過去が離れていくのが見える気がした。
悪い夢は、もう見ないでいいんだ。
あたしは、昨夜の過去との決別から一転して、マンションで着ていく洋服を、必死になって探していた。
マギーが言うには
『デニムで、動きやすい格好。ノーヒール。』
どちらかと言うと、機能性よりも、形重視のあたしにはなかなか難しい注文だった。
とりあえず、ナラカミーチェの白いシャツを選び、薄手のウンガロの黒のロングカーデを羽織る。デニムは、ドルガバの細身ストレートの黒デニムにした。アクセントに、腰にシャネルのロングストールをベルト代わりに使う。
靴は、やはり黒にした。ノーヒールで歩きやすいフェラガモにした。
長い髪の毛をふんわりと、シニョンにする。
香水は、カジュアルな格好にあう、シャネルのCHANCE。
これで、用意はできた。
それにしても、マギーとノンフィクション以外の場所で会うのは、初めてだし、お客様ではない男性と、デートするなんて久しぶりだ。
あたしは、なんだか心のどこかを、羽でなぞられているような気分になった。
マギーは、可哀想なあたしを楽しませたいのだろう。
とても、優しい人だから。
そんな事を考えていたら、表で、派手なクラクションの音がした。
窓を、急いであけると、 でかい黄色のアメ車がバーンと停まっていた。
そして、その車に寄りかかって、顔の小さい、美しいモデルのような、マギーが笑顔で、いた。
44
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:20:00 ID:MEMoqnno
午前10時。もう秋めいているというのに、日差しが強い。
あたしは、マギーに手を振って、
『今すぐ降りていくからー!』
と、叫んだ。マギーが手を挙げた。
あたしは、エレベーターが到着するのを、待って、やっときた四角い箱に飛び乗った。
『おはよう!』
マギーが、その少し低い声であたしに言う。
マギーは、リーバイスの少しダボッとしたデニムに、一目で上質なものだと判る、黒の形の綺麗なカットソーを着ていた。そして、深い深い赤のショールを首からさらっとおろしていた。ボロボロの黒のコンバースが、汚く見えないのは、彼の上品さと美しさなのだろう。
『マギー、おはよ!』
あたしは、思わず大きい声を出してしまい、恥ずかしかった。
『今日は、思い切り楽しくて、明日死んでもいいやって思える位素敵な日を過ごそう。』
あー、相変わらずあたしはマギーの言葉の言い回しが好きだ。
私は、満面の笑みで頷く。
今、この瞬間ですらテンションあがりまくりだ!。
マギーが助手席をあけてくれる。いつもより、マギーの香水の香りが近い。
『今日のデートプランは決めてきたから、ついてきてくれる?』
『勿論!』
アメ車の、エンジンの大きな音を皮切りに、マギーとあたしのデートは、始まった。
45
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:20:49 ID:MEMoqnno
車内には、あたしの好きなKENZIがかかっていて、更に、あたしをご機嫌にさせた。
『デートと言って思い浮かぶ場所は?翡翠?』
『えー、たくさんありすぎて判らない!ショッピングとか?』
『商売の客と一緒にしてねーか?』
マギーが、笑う。
あたしも、つい客と会う事を無意識に想像していたので、笑ってしまった。
『定番の夢の国。ディズニーに行くよ。』
ディズニー!あたしみたいな女には、一生縁がないと思っていたのに!
『あたし、初めて!』
『翡翠のディズニーヴァージン頂きか。』
『何、それ。つまんねー。』
マギーは、あたしの様子を見て楽しんでいるようだった。
あたしも、まるで初めてデートするうぶな女みたいで、照れ臭かった。
46
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:21:26 ID:MEMoqnno
夢の国に到着し、初めて味わう気持ちが、あたしの心を占める。
平日だというのに、たくさんの人間がいて驚いた。
制服を着た、まだ垢抜けない中学生らしき団体が何組もいる。恐らく、修学旅行だろう。
そういった団体と、すれ違う度に、彼らは、マギーとあたしに芸能人かと聞いてきた。
マギーは、髪の毛をあげる仕草をしてみせ
『モデルやってるんだ。』
と、言う。
おぼこい彼らは、マギーの嘘を本気にし、
『やっぱり!二人とも人形みたいで、綺麗で目立ってるから普通の人じゃないと思ってた!』
と、興奮気味にまくしたてた。
彼らの願いで、一緒に写真を撮り、握手までした。
これが、スター気取りってやつだね!とマギーが鼻歌まじりに言っている。
あたし達は何に乗ろうか迷ったが、どの乗り物も恐ろしく並んでいる。でも、せっかく来たのだし、乗り物に乗りたい。
手始めに、ビッグサンダーマウンテン1時間15分待ちというのに、並んでみた。
並んでいる間、マギーはあたしが退屈しないように、今まで出会ってきた面白い人の話や、危ない目にあった事なんかを話してくれた。あたしは、全く退屈せずに、1時間15分を過ごす事が、できた。
順番が来て、マギーとビッグサンダーマウンテンとやらに乗り込む。動きだす乗り物。
順番が来て、マギーとビッグサンダーマウンテンとやらに乗り込む。動きだす乗り物。
何がどうなっているんだろう?私の内臓が揺れて、脳髄がどっかから、ぴゅっと出そうだ。私の身体は今、どこを向いているんだろう?怖くて声も出ないまま、私の初乗り物体験は、終わった。
降りてなお、ふらふらするあたしの腰を抱えて、マギーが
『お前、酔っぱらいみたい。』
と言ったが、半分は当たっていた。あたしは頭の中がくるくると廻っていたから。
とりあえず、いったん休憩所?みたいな所に入って座った。
マギーが、声を出さずに笑っている。くやしー!
47
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:22:08 ID:MEMoqnno
マギーが、ジュースを買ってきてくれて、それを飲む。
なんとなく、くるくるが落ち着いてきた。
あたしは、
『マギー、今度はくるくるしたり、怖いのはやめようよ。』
と、言い、このランドでは定番らしい、『イッツアスモールワールド』に行った。ここは、待ちが少なく、割りとすんなり乗れた。
が、何が面白いのかさっぱり判らず、
『これの何がおもしろいのよ?』
と、聞いてみると、マギーも肩をすくめていた。
つまり、あたし達は夢の国なんか信じてなくて、あのはりぼてに、滑稽さすら感じてしまう、ひねくれた人間なのだ。
ちょっとお腹が減ったので、ちょうど行き掛けにあった、チュロスを買って、マギーと半分こした。
異様に甘い。
『ね、これってめちゃくちゃ甘くない?』
『間違いなく砂糖の量を間違えてる。』
『えー!本当?』
そんな馬鹿な話をしていると、前方に人が集まり、騒がしい。
パレードとやらをしているらしい。
背の低いあたしは中々見る事ができず、飛んだり跳ねたりしていた。
すると、マギーが
『俺の肩、使えよ。肩車してやる。』
あたしは、咄嗟に、
『ちっちゃい子ぢゃないんだから、恥ずかしいよ!』
と、言うと、マギーがちょっと、意地悪な笑顔で、
『翡翠姫は、ちっちゃい子と同じ。早くしないと、パレード行っちまうぞー。』
なんて言う。
あたしは、恥ずかしかったけど、マギーに肩車してもらって、華やかなパレードを、しっかりと見た。パレードの人気者達が、あたしの方を向いて、手をふる。あたしは、有頂天になって、必死になって、手をふっていた。
みんな、子供の頃、こうやって遊園地とか来てたのかな、と少しだけ思った。
48
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:22:48 ID:MEMoqnno
日が、だいぶやわらいで、そこ、ここに木陰ができる。木の葉も、もうすぐ色づき始めるだろう。
こんな事を当たり前に思っていたけど、本当は、とても愛しい事なんだ。
『翡翠〜。俺からのお願い。今から一緒にパーティーに出てくれるぅ〜?』
『こんな昼間から、パーティーなんてあるの?』
『まだ始まってはないけどね。もうすぐ幕開けだ。とびきり楽しい舞台だ、よ。』
マギーは、あたしの手を握り、
『翡翠チャン、お願い〜。』
と、言う。あたしは、
『いいけどさ。あたし、洋服とか着替えに行かないと。』
と、このカジュアルな格好を眺めながら言った。
マギーだって、着替えなければいけないだろう。
すると、マギーは、
『んじゃ、これから二人で着せ替えごっこしよーぜ!』
楽しげに、そう言った。
『着せ替えごっこ?って何?』
『言葉の通りだよ。翡翠も嫌いじゃないゲーム。』
まぁ、マギーがあたしの嫌がる事をするなんて、絶対にないし、あたしは、その『着せ替えごっこ』とやらをする事にした。
駐車場に行きがてら、マギーが小さく呟いた。
『小さな翡翠チャンは、楽しい夢の国で遊びました。』
小さなあたしは、現在のあたしと一緒になって、楽しんだに違いない。
普通の家庭に生まれてきた子のように。
『マギー、今度の作文には今日の事書くわ。』
『先生は、花丸をつけて、返してくれるよ。もしかしたら、皆の前で読み上げてくれるかもしれないな。』
『あたし、作文は得意だからさ。』
『翡翠はなんだって得意で、なんだって不器用だよ。』
あたし達は、絵空事を口にしながら、夢の国を後にした。
49
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:23:19 ID:MEMoqnno
ド派手で、目立つ黄色いアメ車の行き先は、サンローランの路面店だった。
店の前に車を置き、マギーが入っていくと、
『池内様、いらっしゃいませ。すぐにマネージャーを呼んで参りますわ。奥のVIPルームにお茶をお運び致しますので、おかけになってお待ち下さいませ。おつれ様も、どうぞ。』
明らかにVIP扱いされているマギーがいた。
よっぽどの上客なのだろう。
芳ばしいコーヒーが運ばれてきた。マギーがショッポに火を点ける。ライターは、あたしも好きな、ローリーロドキンだ。
マギーに、話し掛けようとした瞬間に、マネージャーらしき人が入ってきて、マギーに挨拶をしていた。あたしは関係ないや、と思って、部屋の中を観察していた。
すると、突然
『それではお嬢様、ご試着頂けますか?』
と、マネージャーさんが言ったので、部屋の奥のもう一つの部屋で着替える事になった。
渡されたのは、目にも鮮やかなセルリアンブルーのソワレだった。
着てみると、肌の美しさが冴え渡り、まるで貴婦人のようだった。
胸元のV字のカッティングに、裾は真ん中が割れている。裾と袖には、チュールがふんだんに使われていた。
私が出ていくとマネージャーさんは、あたしを褒めまくってたけど、それは商売なんだから、彼も売りたいに決まっている。
あたしは、マネージャーさんの言葉をスルーして、マギーに聞いた。
『どうかな?』
『翡翠の美しさで熱を出して、バターになりそうだ。』
と、言ってくれた。
ソワレは、ふわふわと優雅に揺れる。あたしの心のように、ふわふわ揺れる。
50
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:23:58 ID:MEMoqnno
『それじゃ、後は頼んでいたヘアメイクの方々を呼んで来てもらえますか?』
マギーがそう言うと、マネージャーさんは、かしこまりました、と本当にかしこまって言った。
ちょっと面白かった。
ただ…こんなに隙なく装うなんて、どんなパーティーなんだろうかと考えた。
『ねぇ。マギー。あたし、自分でヘアメイクできるよー。大袈裟だよー。あたしなんかにヘアメイクさんなんて。』
マギーは、私の傍までやってきて、言った。
『今日は、翡翠はお姫様なんだから。召使になんでも、任せてりゃ、いいんだよ。』
『あたし、いつもお姫様だもん。』
あたしは言い返してやった。
マギーは、
『知ってるよ。だけど今日は、王子様つきのお姫様で、特別なんだよ。判る?』
『自分で王子様って、言った分マイナスでーす!』
なんだか、あたしは柄にもなく照れているらしい。
いかにも、業界人ですーっ!て感じのヘアメイクさん達が来て、あたしを大きなドレッサーの前に座らせた。猫脚の、アンティークなドレッサーは、とても素敵だった。
マギーは、ヘアメイクの人達に、
『彼女の透明感と無垢さ、そしてイノセントな中のエロティックな一面を引き出すようなヘアメイクにして欲しい。』
と、全くの無理難題を言っている。あたしのような、あばずれに無垢なんて表情は、できないはずだ。
愛してもいない男に、金で買われ、それを嫌がるわけでもなく、むしろ自分から貪欲に快楽を求めている、こんなろくでなしのあたしに。
ヘアメイクさん達は、
『精一杯、池内様のご期待に添えるように致します。』
と、頭を下げた。
さっきから思ってたけど、マギーって偉いの?どっかの社長?やくざ?殺し屋?
一番似合うのは殺し屋だけどね。
ま、いいか。あたしは皆の手で綺麗にして貰う事に集中するとしよう。
51
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:24:32 ID:MEMoqnno
『じゃ、翡翠、いい子にして、綺麗にしてもらうんだよ。』
マギーは鏡越しにあたしを見てそう言った。
あたしは、とっさに
『ねぇ!マギーは何処に行くの?』
と、聞いていた。
そう言っているあたしの顔がよほど、情けなかったのだろう。マギーはあたしのほっぺに手をあてて、
『お姫様に相応しい身なりに変身するんだ。翡翠姫に気に入ってもらえるようなね。』
と、優しく言って、そっと手を離した。
あたしは、当たり前の事なのに、何故か
『帰ってくるよね?置いてかないよね?』
と、聞いていた。
そんな、子供がするような質問にも、マギーは、笑顔で
『すぐに迎えにくるから、翡翠はお姫様になった自分を想像して、遊んでな』
と、言ってくれた。
あたしは、ようやく、わけの判らない不安から解放され、
『判った。』
と、小さくマギーに、しばしお別れのバイバイをした。
そうして始まるヘアメイク。数人のプロ達が、真剣に話し合っている。イラストを書いて、イメージをふくらまし、やっと、作業にとりかかるようだ。あたしは、一体どんなあたしになるのだろう。マギーの望みどおりの女になっているのだろうか。
あたしは、そう言えばと思い、スタッフの1人にある事を聞いてみた。
『あのー…。』
『はい。なんでございましょうか。お嬢様?』
『マギーって、池内なんて名前なんですか?』
こんなに親しげにしているあたしが、マギーの本名を知らない事にスタッフは、とても驚いていた。
鳩が豆鉄砲をくらう、ってこういう事なのかなぁ、なんてあたしは考えながら答えを、待っていた。
52
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:25:12 ID:MEMoqnno
しばしの沈黙の後、若くてお洒落なスタッフさんは、とまどいながらも、なんとか笑顔を作り(いかにも、作り笑顔で、あたしは気の毒な気すらした。)
『池内様のお名前は、理央(りお)様とおっしゃいます。ちなみに漢字では、理科の理に中央の央でございますよ。』
『そうなんですか?随分、女性っぽい名前なんですねー。えー。びっくり!』
『池内様は、お美しくていらっしゃいますから、お似合いですよね。』
『そうですね〜。…。』
あたしは、曖昧に返事をして、心の中で理央って言うんだー。マギーじゃないとは思っていたけど。
池内理央は、何者なんだろう。どうして、あたしに優しくしてくれるんだろう。
あたしが池内理央について、知っている事と言えば、マギーという、ニックネームで、クラブノンフィクションを経営し、あたし達に素晴らしい男達をあてがう。そして、今日知った事だが、相当な金持ちらしい。
後で、マギーに白状させてやろう。
ゆかりは、本当のマギーを知ってつるんでるのかな?
あたしの終わらない思考の円環が遮られる。
ドレッサーに座ったまま、ハイヒールをあわせているようだ。話を聞いていると、何足かを、既にマギーがチョイスしていたらしい。
目だけ下に動かすと、エナメルの真っ赤なピカピカのハイヒールが、何足も並んでいた。
何足も脱ぎ穿きしながら、あたしが一番しっくりきたのは、ボッテガのサイドに切り込みが入り、余り目立たないように、黒の薔薇が装飾されているものだった。
プロの人達に意見を言うのもなんだけど、あたしは
『この、ボッテガのが履きたいです。』
と、身のほど知らずという武器を盾に言ってみた。
すると、恐らくこのチームのチーフだろう。あたしに、そのヒールを履かせて、姿見の方に連れていった。
何も言わず、真剣にあたし、ドレス、ヒールを見ている。そして、他の赤のヒールも全て履いた上で、
『お嬢様、こちらのボッテガがこのドレスにはお似合いですね。さすが、目が肥えていらっしゃる。では、こちらのボッテガで、ご用意致します。』
チーフさんに誉められ、嬉しくなったあたしは、ふかふかの絨毯の上を、スキップしながら歩いていたけど、やんわりと、また、ドレッサーに連れ戻された。
鏡の中のあたしが、どんどんあたしじゃなくなっていくところを見るのも、面白い。ゆかりも、来ればよかったのに。
53
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:25:44 ID:MEMoqnno
手早い仕事と、素晴らしいチームワークで、いつもと違うあたしが出来上がってきている。
暫くすると、
『お嬢様、一通りできましたので、池内様をお呼びします。』
と、言われた。あたしは、一体どんなあたしになっているのだろう。マギーの望みどおりの女になっているだろうか。
この人達はあたしを、ちゃんと綺麗にしてくれたのだろうか。
マギーが来るまで、あたしも鏡を見ないで楽しみに取っておこうっと!
程なくして、マギーが現れた。
マギーは、
『君はいつも素敵だけど、今日は特別に美しいよ。』
と、言ってくれた。
あたしは、早く自分を見たくなり、スタッフさんにお願いして、姿見を見に行った。
ヘアスタイルは徹底したアンシンメトリー。右側がおろしてあって、編み込みを少しして、耳をだす形になっている。
お花畑で、白い花を摘んでいる少女のようだっ。 完璧に可憐な少女にあたしはなっていた。
逆の左側は、娼婦がよく結う髪の結い方で大きくラフに、少し下の方に髪の毛を束ね、後れ毛をわざと何本かたらし、少し大きめの黒薔薇の香りがほのかに漂う生花を刺していた。
まさに、マギーが言っていた無垢さの中のエロスだ。
香水をシャネルの5番にする。
メイクは、極力カラーレスにしてあり、フォギーな肌を作っていた。まるで、桃のような肌だった。
目元は軽く陰影をつけて、少しのゴールドをスパイスにする。睫毛にはブラウンのマスカラをひとはけ。チークは、本当に薄いピンクのチークをニュアンス的にいれた。そして、口元は、ラインをとらずマットな質感の真っ赤なルージュを子供が遊ぶように、適当に塗ってできあがった。
ヒールも履いたし、もうこれで作業も終わりだろうと思っていたら、彼らに言わせれば、『とても重要な作業』があるらしい。
54
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:26:26 ID:MEMoqnno
それはジュエリー選びだったんだけど、あたしの横に並べられたルビーを見ると、(アクセサリーは、ドレスの反対色のルビーが多かった。)家も車も思いのまま買えます!というような、誰が見たって高級なジュエリー達が、我先にとその、美しさを誇っている。
マギーを初め、皆がその宝石達を見ていた。
あたしはなんだか、自分が値踏みされているようで、早くこの場所から立ち去りたかった。
だけどもし、あたしが
『マギーごめん!ちょっと約束入っちゃった。』
と彼に言ったなら、一点の曇りもない笑顔で、
『判った。送っていくよ。』
と、言うに決っていたから、負けず嫌いのあたしは、絶対に、そんな事を口にするまいと、思っていた。
ジュエリーを胸元に当てていく。意外にも、あたしが気にいったのは、シンプルな普通の形のダイヤとルビーのコンビのネックレスだった。デコラティブなものが多い、ポンテヴェキオの物だった。
マギーや、チーフさんやスタッフさん皆が、
『これ位シンプルな方が、高級に見えるし、翡翠の身体の色とあっている』
と、皆が話し合っている。それにしても、話し合い長い気がするんだけど。あたしは、うっかり、あくびをしそいになり、それを、ぐっとかみ殺した。
そう言えば自分のコーデに夢中になっていたけど、マギーは、どんな洋服を着ているのだろう。
『 理央!』
と、ふざけて呼んだら恐る恐るマギーがこちらを振り向いた。
あたしは、選んだポンテヴェキオのネックレスと対になった長い、ピアスを耳から下げている所だった。。
55
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:27:02 ID:MEMoqnno
理央と、あたしに呼ばれたマギーは、カツカツと、真っ黒い皮の靴を鳴らしながら、あたしに近づいてきた。
『聞いたな?』
あたしの鼻をぶた鼻にしながら、マギーが聞く。
あたしは負けじと、マギーの頬っぺたを思い切り、引っ張って
『聞いたよー!』
と、言った。
二人で、同時に手を離し、げらげら笑った。
『池内様、よろしければ、お飲み物等如何でしょう?』
マネージャーさんは、ひたすら気遣いの人だ。
マギーは、
『ありがとうございます。ですが、今は大丈夫ですので。』
と、風格のある声を出した。
『ねぇねぇ。マギーの着てる服ちゃんと見たいから、あたしの前に立って!』
マギーは、あたしの前に黒百合のように、姿勢正しく立った。
全身真っ黒のタイトなスーツは、裾が燕尾がかっていて、モード感を見ている者に与える。
ネクタイは光沢のある黒だが、他はシャツもスーツも全て、光沢のないマットな生地が使われている。
胸元に刺さる一輪の、珍しく美しい蒼い薔薇が、あたしのドレスと呼応していた。 マギーが、どれだけ細いかスタイルがいいか、思い知らされる。
ヘアスタイルは、いつものストレートではなく、ふわくちゃにしてエアリー感を出し、後ろでゆるく束ねていた。
この世のなかに完璧と言える何かがあるとすれば、マギーだ。あたしは、そう思った。
『姫、今夜のお相手はわたくしでよろしいでしょうか?』
『そうね。及第点ってとこだけど、貴方で我慢しておくわ。』
マギーが、真っ白なセーブルの毛皮のショールを、肩にかけてくれた。
パーティーの始まりだ。
56
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:34:31 ID:MEMoqnno
【秘密の人との出会い】
車は、つつがなくフォーシーズンズホテルのエントランスに到着した。
マギーは、車を降りると、やってきたボーイに車のキーを渡していた。
あたし側のドアを開け、手を差し伸べてくれた。
ロビーには、たくさんのおじさんと美しく上品な女達がわんさかいた。
ロビーに入る前、ホテルスタッフに
『入場券を頂いてよろしいでしょうか?』
と言われたが、ホテルスタッフではない、スーツを着た恰幅の良い男の人が、慌ててやってきて、
『お坊ちゃん、すいません。どうぞ、中にお入り下さい。』
と、あたし達を促した。 マギーは、一言も言わずに、当然のようにあたしの手をひき、ロビーに入ってていった。
そして、あたしはあたしがこの場所には、不似合いな人間ではないだろうかと落ち着かない。
自信過剰ではなく、皆がちらちらあたしとマギーを見ているのだ。
あたしは、耐えかねてマギーに言った。
『ねえ、マギー。みんながこっちを見てるよ。マギーに恥かかせたくないんだよ。』
すると、マギーは、俺達を見るのは、俺達が余りに美しく、そしてこの場所で、俺達が特別な立場だからさ、と皮肉な笑顔を浮かべた。
あたし達が特別な立場?いや。きっと、マギーが特別な立場に違いない。
マギーは、とある一角を長い指でさす。
そこには、大きく
■池内涼内閣総理大臣祝賀会■
と、書いてあった。
あたしは、確かマギーも池内だったよね、って考えてた。なのに、思考がうまく繋がらない。パチパチときなくさくショートしそうだ。
※初稿は■池内涼内閣総理大臣発足パーティー■でした
57
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:37:14 ID:MEMoqnno
ショート寸前。この際、当たり前だけど、マギーに聞いた方が早い。
『ねぇ。マギーも池内って言うんでしょ?この、総理大臣も、池内じゃん?』
『だね。』
『この人の親戚なの?』
『…んあー…とりあえず、会場入ってドリンク飲もうぜ。喉、乾いた。』
半ば、強引に会場内へと入れられる。
シャンデリアが、たくさんあり、花々が隙間なく、置かれている。
テーブルは、いくつかあって、色んな種類のオードブルがひしめきあってる。
『はい、翡翠。翡翠の好きなモエはなかったけど、ドンペリでごめんな。』
と、渡される。淡いピンクのドンペリは、気泡をプクプクと出していた。
あたしは、なんだか腑に落ちないまま、マギーとグラスをあわせた。
すると、
『いらしてたんですか!これは気が付きませんで…。』
と、脂ぎったおじさんがマギーに声をかけ、名刺を渡している。
マギーは、飲みかけのシャンパンを小さな丸いテーブルに置き、
『こちらこそ、ご挨拶が遅れまして。申し訳ありませんが、名刺は持ち合わせていないんです。』
と、初めから用意していたような笑顔を作った。
おじさんは、脂ぎっていて、マギーにペコペコしていたけど、身なりが良く、地位とか名誉と言う、あたしからかけ離れているものを持っているのが、言わずとも判った。
けれど、それを言えばここにいる、全てのおじさん達、勿論給仕は除いてだけど、全てがこのおじさんと同じ匂いがした。
あたしには、絶対に纏えない香り。そして、纏おうとも、思えない香り。
入れ代わり立ち変わり人がやってくるので、あたしはマギーと話ができない。
だから、行儀が悪いのは承知の上で、壁によりかかり、シャンパンを何杯も飲んでいた。
この、小さいテーブルは、もはやあたし専用みたいなもんだった。オードブルは、大好きなカルパッチョと、少し重いけど、挽肉のパイ包みがあったので、その2品をつまみに飲んでいた。
なんで、マギーは総理大臣なんかの祝賀会に来てるのだろう。
なんで、こんなにも色んな人にちやほやされているのだろう。
あたしには、ある予感があった。それは、外れてはいないはずだ。
けれど、マギーの口から聞くまでは、あたしはわざとらしく、知らないふりをする。
58
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:38:35 ID:MEMoqnno
『綺麗だね。』
と、いう声があたしの上から聞こえてきた。
この会場?シャンデリア?花?どれが綺麗なの?と聞いてみた。
すると、その背の高い男は、とても楽しそうに笑い、
『君だよ。』
と、あたしの髪に触れた。プライドの塊のようなあたしは、初対面の男に、そんな事をされたら、絶対に、侮蔑の表情で、その人間が立ち直れないような毒を吐くはずだ。
ただ、あたしは、マギーやゆかりやあたしのような、匂いをこの男から感じとっていた。
だから、攻撃をしなかったのだと思う。
男は、身長はマギーより少し高い位で、細身ではあるがかなり鍛えているようだった。浅黒い肌。切れ長の美しい瞳に、薄すぎないちょうど良い加減の唇。鼻は、高く、横顔も綺麗だった。漆黒の濡れたような髪は、オールバックにしている。前髪にはらりと、髪がたれている。顎程度まであるみたいだった。顎もすっと尖って、鋭利な雰囲気を纏っていた。
マギーと同じく、黒のスーツを着ていたが、そんなにタイトではなく、余裕を持たせていた。真っ赤なシャツは、彼がピストルで、撃たれて、吹き出た血のようだった。
まるで、マギーとは正反対なのに、彼がいると、マギーといるような安心感があった。
『ね、名前教えてよ。』
男が、笑顔のまま聞く。あたしは、正直少し迷ったけど、
『翡翠。』
と、だけ言った。
そして、自分だけ名前を知られているのも嫌だから、男にも聞いた。
『人に名前聞く時は自分から言うんじゃなかったっけ?』
『ああ、失礼。俺は、池内礼央(レオ)。』
と、礼央は名刺を出してきた。
池内涼の第三秘書という肩書きだった。
だけど、そんな肩書きよりも、あたしは名前に釘付けになっていた。
これは…。
59
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:39:44 ID:MEMoqnno
池内理央と礼央。どこをどうやって、ぐるぐる考えたって、兄弟であるのは、ほぼ間違いないだろう。
容姿は、あまり似ていない。マギーが柔らかい風なら、この目の前の人は、すべてを破壊する嵐のようだった。
あまりにも、あたしが黙っていたからか、礼央は、
『君のパートナーとの関係、知りたいでしょ?』
と、にやにやしながら言ってきた。
既に始まっていた総理の演説に静まり返った 会場の中にも関わらず、思わず、カッとして礼央の頬を打つ。
マギーは、何故か総理大臣の舞台袖にいて、こちらを見ている。
そういえば、さっき、 マギーが少し怒りながら
『ちょっ…なんですか…』
と、怒っているにも関わらず、まあ、ここは坊ちゃんがいませんと・・・・とかなんとか言いながら、ににこにこして、マギーを連れて行った。
あたしは、そいつ達を ぶん殴ってやりたかったけど、結局は何も言えず、マギーが連れて行かれるのを、ただぼんやりと、阿呆のように見つめていた。
マギー、そんな所にいないで、あたしの傍にいてよ。あたしとしゃべってよ。笑いかけてよ。
そんな事を、胸がはりさけんばかりに、考えていると、マギーとよく似た長い指の手があたしを会場から連れ出した。
あたしは、抵抗したかったけれど、何故か抵抗できず、しかもマギーの事すら見る事が出来なかった。
礼央とあたしは、まるでかけおちする二人のように、会場から走り出た。
60
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ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:41:28 ID:MEMoqnno
ホテルの庭園のベンチに座る。薄暗くライトアップされた、この場所は、作り物として完璧だった。
『悪かった!』
いきなり、礼央があたしに頭を下げた。
『ちょっと、からかってやろうと思っただけなんだ。悪気はないんだ。』
『悪気がないのが一番悪いよ。』
それは、私の持論だった。無意識に人を傷つける無粋な人間は、好きではない。
『だな。悪気がないのは悪いよな。すまん。』
本気で謝っているようだった。これが、演技で騙されたとしても、誰もが仕方ないとあきらめるだろう。
最初の嫌みな感じや、刺々しい感じは、もう感じられなかった。
あの、嵐を巻き起こす雰囲気も消えていた。
本当は、いい奴なのかもしれない。マギーと血縁みたいだし。
あ、そうだ。マギーとの関係をちゃんと聞いてみよう。
『礼央って呼んでいい?あたしの事も、翡翠って呼んでいいからさ。』
礼央は、俯いていた顔をゆっくりと上げて、
『ありがとう。翡翠。』と、笑顔になった。その笑顔が、マギーと重なる。
あたしは、無言で促すように礼央を見ていた。自分の目が、ビーダマのようになっているのが判る。そして、静かに静かに、礼央は、話始めた。
『もう、気が付いているかもしれないが、俺とマギーは兄弟だ。腹違いのな。俺は、理央と同じく正妻の子供ということになっているが、妾の子だよ。本当なら、理央が政治に携わって、親父の秘書になればいいのに、あいつはガンとして嫌がり、断った。その代わり、親父の大切な客に美しい女をエスコートさせる仕事を始めて、それで、なんとか親父を説き伏せたんだ。…で、俺は兄貴の代わりとなって、こうして第三秘書をやっている。…第三だから、あんまりやる事もないし、お飾りみたいなもんだ。いや、お飾りそのものだ。』
61
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:42:21 ID:MEMoqnno
そこまで言うと、礼央が、急に立ち上がり
『ちょっと、待ってて。』
と、言ってホテル内に走って行った。
あたしは、考えていた。考えたって仕方の無いことを。マギーが、総理の息子…。しかも、こんなに公然と息子として紹介されている。マスコミシャットアウトの会合だから?それにしても、マギーは、相当父親に愛されているようだ。
そんな事を考えていると、ボーイがやってきて、てきぱきと、小さな硝子のテーブルに綺麗なオードブルと、シャンパン、そしてグラスを2つのせた。
氷を敷き詰めた、クーラーに入っているシャンパンに汗がうっすらかきはじめた時に、やっと礼央が戻ってきた。息切れをして、息をはずませている。
後ろ手に持っているものを、あたしに差し出す。
可愛くまぁるくブーケのように、形つくられた、色とりどりのガーベラだった。 偶然にも、ガーベラはあたしの大好きな花だった。
ぶっきらぼうに、差し出された花々の花弁が震えている。
『これ…やるよ。…なんか翡翠見てたらガーベラ想い出したから。』
かなり、照れているのだろう、俯きながら、そう言った。
『すっごく嬉しいよ!礼央!ありがとう。』
その言葉で、やっと礼央が顔をあげた。
マギーが黒百合なら、この人は、真っ白いガーベラだ、となんとなく思った。愛らしいところがあるから、そう思ったのかもしれない。
周りの手入れされた木々、薄暗くライトアップされている、あたし達。空にはぷっりと、月が船のように浮かんでいる。星達は、あたしのメイクに施されているラメよりも、もっと白く綺麗だった。
『乾杯しよ。あたし。あの会場の中にいるの、嫌。』
『何も聞かないの?』
『さっき、聞いたよ。それに、聞くより見て知るほうが確かだからね。』
『俺、翡翠の事みくびってた。』
『いいよ。どんだけ見くびられようが、見下されようが、あたしは変わらない。胸を張って、いつでも笑顔で命懸けだよ。』
そうして、あたし達は、あたし達の出会いなんかじゃなく、この美しい空に乾杯をした。
62
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 00:43:07 ID:MEMoqnno
あたし達は、これまでの話をしていた。あたしがマギーのとこの高級娼婦だと知ると、
『じゃ、俺今度、翡翠指名する!』
『冗談じゃねー!あたしは、マナーのなっていない男とSEXの下手な男と金を持ってない男はお断りだよ。』
煙草を口にすると、さっと礼央が火をつけてくれた。若いのに、デュポンのライターだった。
『ありがと。―ね、なんで、デュポン?』
と聞いてみた。そしたら、礼央は、ぶっきらぼうに
『親父のお下がりだよ。』
と、言った。ああ。彼は愛されたいのだ。自分の父親に愛され、信頼され、任せて欲しいのだ。
『可愛いとこあるじゃん!』
わざと、おどけてみた。本当の、あたしが今思った気持ちを言えば、この男は必ず傷つくだろうから。
『…翡翠ー…』
遠くで、マギーがあたしを呼んでいる。PARTY IS OVER。
『行かないと。』
『うん…。』
礼央が、あまりにもがっかりしているように見えたので、あたしは、サンローランのバッグからヴィトンの手帳を取出し、携帯番号と、メルアドを書いた。彼も、あたしの手帳に自分の携帯番号とメルアドを書いてくれた。
あたし達の短いかけおちは、終わった。礼央とは、今度会えるかどうか、判らないけど、あたしは、心を込めて
『またね。』
と、手を振った。月影で礼央の表情は見えなかった。
あたしは、どうしてだか、うっすらと涙らしき水分を瞳に感じ、それをポタリ、とそっと落とした。
あたしの落とした水分は、朝露のように美しく光っただろうか。
暗くて、確認できなかった。
63
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:03:46 ID:MEMoqnno
【マギーとの、夜。】
さっきは、遠かった声が段々と、こちらに近づいてくる。
薄闇の中でも、色白のマギーは、ほのかに発光しているかのようだった。
硝子のテーブル、2つのシャンパングラスを見て、
『楽しかったかい?』
と、聞く。
あたしは、
『楽しかったし、とても興味深かったわ。』
と、有体に答えた。
マギーは、悲しそうな笑顔を浮かべ、
『翡翠は、礼央に興味を持った?』
と、心を雑巾をぎゅっと絞るように聞いてきた。
『持った、のかもしれない。それがマギーの弟としてなのか、1人の男性としてなのかは、自分でも判らない。あたしは、彼から殆んどの事を聞いたけど、マギー、あんたからは何も聞いてないよ。あんたと礼央の関係。そして、何故、総理の舞台横に立っていたかもね。あたしは、あの会場が、なんだか嫌な雰囲気に包まれていたから、逃げ出して、あれから、会場でマギーが何をしたか、しゃべったか、全然判らない。』
マギーは、どこから話したらいいのか、またどんな言葉を選べばいいのか彷徨っていた。 そして、
『信じてくれるなら…。部屋で話したい。』
と、やっとのことで言葉を繋げた。
64
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ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:04:21 ID:MEMoqnno
あたしは、月も星も振り落ちてきそうな、庭園で、
『あたしは、いつだって、マギーを信じてるよ。』
と、答えた。
マギーがスゥイートを取り、庭園のテーブルを片付けてくれるように言っていた。
そして、ルームキーを持ったマギーは、あたしの腰に手をあて、エレベーターへと促した。あたしは、されるままについていった。
部屋に入ると、ウェルカムドリンクのシャンパンが1本と、たくさんの新鮮なフルーツが盛られていた。どう考えても過剰なサーヴィスだ。
『ねぇ、先にお風呂入ったり、メイク落としたりしたいけどいい?』
と、聞いた。あたしは、部屋に帰ったらすぐメイクを落とすから、泊まる所でも、その癖が抜けない。
『好きにしていいよ。』
マギーは、窓の外を見ながら言った。
あたしはまず洗面所で手を洗い、うがいをした。 お湯は、まだたまらない。
『乾杯だけでもしとく?』
と、聞いてみた。
マギーは、乾杯もするし、フードをルームサーヴィスで頼むという。殆んど、何も食べられなかったようだ。
可哀想。
あたしは、マギーに、チャーハンとスープ頼めば?と、冗談を言った。
結局、マギーが頼んだのは、シェアしやすい、チーズサンドイッチと、サラダと、ピザだった。
お湯が、ちょうど良い感じにたまってる。あたしは、
『覗いたら、ぶっ殺す。』
と、マギーに言ったら、言われないでも覗く気なんか、到底ないね、と鼻であしらわれた。ちぇっ。
65
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:05:10 ID:MEMoqnno
ここのお湯は柔らかく、高級なバスボムまで用意してあった。泡泡泡泡泡…。 我ながら、子供じみているとは思ったが、遊んでみた。
なんだか、マギーとこうして過ごす時間は、あたしにとって、とても楽しい事のようだった。
髪をおろし、丁寧にブラッシングしてから、洗う。ここのバスグッズは一流品ばかりだ。二流、三流のお客様が、そうと気が付かないように、気配りしている、大変素敵なホテルだ。
マギーと寝るわけでもないが、身体を丁寧に洗う。 …ひょっとしたら、あたしとマギーの間に性愛が、関係してくるのだろうか?…判らないや。
浴槽を出て、髪をよく吹き、お肌のケア。ラプレリーをアメニティ品として置いてるなんて、すごい!
髪には、ちゃんとケアオイルをつける。アヴェダのものだ。ドライヤーは、ナノケアだの、イオンケアだの書いてある。どうやら、サロン専売品らしい。
あ、あたしがここを占領したらいけない!
と、思い、急いでバスルームから出た。
すると、マギーがおかしそうに、バスルームのすぐ横に置いてあった、高級リネンの肌触りのいい、バスローブを渡してくれた。
しまった!私は、バスタオルを巻いて出てきてしまった。全く優雅じゃない!
自分に腹を立てているとマギーが、笑いを抑える声で、
『じゃ、入ってくる。』
と、格好よくバスルームに消えていった。マギーの香水の、残り香だけが、した。
66
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ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:07:00 ID:MEMoqnno
お行儀が悪いと、判っていたけど、あたしは、ベッドサイドに、フルーツとシャンパンを持ってきて、寝転がったりして、それらを食べ、シャンパンを飲んでいた。
ルームサーヴィスは、まだ来ていないようだった。多分、用意周到なマギーが時間を指定したのだろう。自分で、時間を予測して。
どれ位してからか判らないけど、マギーはバスルームから戻ってきて、あたしを見て
『翡翠姫は行儀がいいなぁ。』
と、皮肉を言って、くっくっと笑っていた。
それから、あたしの横のベッドサイドに座り、自分もシャンパンを注いだ。
『喉、乾いてたから、いつもより、美味しい。…ねぇ。翡翠、こういうのって幸せだと思わないかい?』
『あたしは、正直本当の幸せなんて、判らない。だけど…今、マギーがいて、こうして酒飲んで、喋っている事は、とても素敵な事だと思うんだ。』
『翡翠、それが一般的に言う、幸せというものだ。今までの、翡翠の幸福の認識が低かったから、翡翠はそれに気がつかないんだ。』
それって、いいホテル泊まってシャンパンとフルーツかっ食らう事?とは、さすがに聞かなかった。
マギーは、あくまで親切心であたしに、幸福とやらを教えてくれようとしているのだから。
チャイムの音がする。ルームサーヴィスだ。あたしはお腹すいてないや、なんて思ってたけど、あまりのいい香りに、あたしも食べる事にした。
二人で、食事している最中ではあったけど、あたしは言った。
『もう、話してくれてもいいでしょう。』
一瞬、マギーの動きが止まったように見えたのは、気のせいだろうか?
『そうだな。もう、話さないといけない。』
と、妙に神妙な顔つきで言った。
あたしは、こんな時でも、苦悩するマギーの顔は美しいと、うっとり眺めていた。
67
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ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:08:19 ID:MEMoqnno
お互いに、決まっていたかのように、煙草に火を点す。顔を見合せて、ちょっと微笑んだ。
白い煙は、何か今まで見てきたもののような、形を作り、すっと消えていった。
『翡翠も、もう気が付いてる、シナリオ通りだ。俺は、総理大臣の正妻の不肖の息子。そして、礼央は、俺の腹違いの弟だ。
本来なら、俺が政界に入るべきだったんだが、俺は嫌だった。父親は好きだったが、総理は嫌いだった。政界も、好きになれそうになかった。初めは、俺を無理に政界にひきずりこもうとした親父だったけど…。母親の説得もあり、俺は政界入りを免れ、有り余る金で、儲けにもならないクラブをやってるわけだ。』
あたしは、口を挟んだ。
『娼婦の方で稼いでるじゃんよ!』
『ま、そうだけどね。おいしい仕事だと感謝してるよ。』それから、『たくさんの癒されたい人間達の待ちがたくさん入っているよ。ありがたい事にね。』と続けた。
なんだか、淋しげにマギーが言うから、あたしはわざとがめつい娼婦のように
『そういえば、仕事頂戴!お金欲しい。』
と、喚いてみた。
『あー、判ったよ。とびきりの上客を用意するよ。』
『その言葉、信じたからね。頼みますよ!社長!』
お互いに、なんだか確信からは、遠ざかっているように感じた。
と、言うか、まだ何かある、彼は何かをあたしに言っていないと思ったが、言わないと、判断した彼の気持ちを、あたしは尊重した。
68
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:2015/01/10(土) 01:09:02 ID:MEMoqnno
『じゃ、そろそろ、本題に。えーっと、政界入りを免れた俺は、おかげで自由に飛び回っている。…だけど、礼央にあんな風に、とばっちりがいくとは、俺は考えていなかった。』
マギーは、悔しそうに、
『礼央は、母親から引き離されて、親父の屋敷の一室で色んな政治のやり方や、理論を一日中、たたき込まれていた…。』
『月に一度だけ母親に会わせてもらっていたよ。偶然、見かけたんだが、礼央の母親は、小柄でひっそりと生きているような女性だった。礼央は、妾をないがしろにする親父に代わって、いつも母親に、小遣いをやっていたようだ。親父は、俺と礼央にはたっぷりと小遣いをくれていたけど、変なとこで吝嗇だったよ。』
そして、一息置いてから、
『よく言うだろう。金持ちがなんで、金持ちかと言うと、金を使わないからだ、と。』
そして、それからも、マギーは、何かがプツンと切れたように、喋り続けた。怖い位に。
マギーは昔から礼央との接触を阻止されていた。礼央の家庭は、総理の出す、たかが知れている金と、礼央の援助で成り立っている事。そして、妾である、礼央の母親も、昔は、輝きに満ちていて誰をも魅了した事。礼央によく似てる事。等を、息継ぎを忘れたように、話していた。そして、何故か、自分もそろそろ礼央に逢わなければいけない、と言ったのがなんとなく、引っ掛かった。
あたしは、少しマギーの気を紛らわせるために、
『なんで、マギーは、高級娼婦をあてがう、なんて非人道的な商売を始めたのさ。』
と、前々から聞きたかった事をついでのように、聞いてみた。
『贖罪だよ。』
は?贖罪?冒涜の間違いじゃない?
『俺のマージンの全てを、礼央の母親に渡している。最も、顔を見られずに、ポストに入れておくんだけどな。』
マギーが、そんな事をしていたなんて!自分の選択で、他人の家の内情をぐちゃぐちゃにしてしまった、償いだろうか?それとも、礼央の母親に美しさを取り戻して欲しかったのだろうか?
そこまでは、聞く必要は、ない。
69
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ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:09:32 ID:MEMoqnno
それにしても不思議なのは、第三秘書の礼央が舞台にいなくて、マギーがいた事だ。政界に縁がないマギーが、あの仰々しい薄っぺらい舞台に立つなんて!
『そもさん。』
思い切り、不機嫌な声をだすあたし。
『せっぱ。…って、懐かしすぎて、おかしいんだけど。』
と、マギーお得意の口に手をあてて、前側から、腰を持つポーズを取った。
畜生。こんな時だってのに、様になってやがる。
『今日、舞台に立っていたのが、何故、秘書の礼央ではなく、汝であったのか答えよ。』
マギーの、笑いが止んだ。 そこだけ、スローモーションになる。
『父親は、母親を溺愛していた。愛人がいながら、愛人を疎かにし、母親に、愛を注いだ。母親は、今、病気で入院している。だから、母親の代わりに俺を紹介して、自慢するんだ。俺は、その時だけの人形だ。』
あたしは、全てをすっ飛ばして、
『こんなダセー、シナリオ書いた奴らが悪いんだ。』
と、言った。妾の面倒をてめーで見れない総理大臣。マギーの代わりにされ、自由を奪われた礼央。それは、全て、マギーのせいじゃない。ないのに。
『翡翠、もうそろそろ納得してもらえたかい?なんだか、変な汗をかいて、またシャワーを浴びる羽目になりそうだ。』
あたしは、全てのパズルのピースがバチッとはまったようで、気持ち良かった。
『そうね。また、なんかあったらその度に尋問するわ。』
『そりゃ、大変そうだな。』
マギーが、笑った。
70
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ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:10:04 ID:MEMoqnno
あたし達は、全てを聞き、全てを話し、なんだかほっとした。
ただ、あたしには、礼央の事が気になっていた。 好きでもない事をやっている礼央は、マギーの言う所の『幸福』ではない。
明日にでも、礼央に連絡してみようか?でも、何故かマギーに悪い気がして、少しの迷いがあたしの中に生じる。
マギーとあたしは、バスローブのままで、ピザをかじり、サンドイッチを頬張った。
寝転がりながら、笑いながらシャンパンを口にする。 笑っているから、うっかりとシャンパンを零してしまった。その、零れたシャンパンは、私の鎖骨に小さな小さな、水溜まりを作った。
拭かないと、ベッド汚すな、と思っていたら、マギーが、その小さな水溜まりになったシャンパンをそっと、啜った。
あたしは、びっくりして動けないままベッドの上で寝転がっていた。
マギーは、無言で、灯りをおとしてゆく。そうすると、不思議な事に、たくさんあるアロマに次々と火が灯り、ゆらゆら揺れていた。 それは、とても幻想的だった。
マギーが一瞬姿を消したと思ったら、大きな籠を手に表れ、あたしの寝ているベッド全体に、薔薇の花びらを降り注ぎ始めた。
それは、夢のように美しく、芳しかった。
あたしは、うっとりと、その演出に寄っていた。
たくさんの薔薇の花びらに覆われた頃、マギーが
『気に入ってくれた?』
と、聞いてきた。
あたしは、満面の笑みで
『勿論だよ!どきどきする位気に入ったよ!』
と、本当にどきどきしながら言った。
71
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ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:10:36 ID:MEMoqnno
『そっか。良かった。…本当ならもっと素敵なデートにしたかったんだけど、親父の祝賀会に来たのが間違いだったな。もっと、めちゃくちゃにして楽しんでやるつもりだったけど…なんか、できなくてさ。悪かったな。』
残念そうなマギー。
『マギーは、今日のお父さんの祝賀会に、なんであたしを連れていったの?めちゃめちゃに楽しむ相棒?』
あたしは、聞いてみた。
『翡翠を…。親父に見せたかったんだ。母親を溺愛しているように、俺も溺愛している翡翠を親父に見せたかったんだ。子供っぽくて、言えなかったけど。』
あたしは、言葉を失った。マギーがあたしを愛しているのは知っていた。あたしも、マギーを愛しているし。でも、それは親密な友情をもっと煮詰めたようなものであると、あたしは考えていた。
『シャンパン飲むかい?翡翠?』
思考を駆け巡らせているあたしに、平気でマギーはそう言った。でも、確かにあたしは、喉が乾いていた。もしかしたら、思いがけないマギーの告白のせいかもしれない。
『喉、乾いた。』
それだけ言うと、マギーは、その隙のない美しい顔をあたしに近付け、口移しで、シャンパンを流し込んだ。
こくん、とあたしの喉が鳴る。
72
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:11:20 ID:MEMoqnno
全くもって、サプライズの連続で、あたしはなんだか、身体の芯がふにゃふにゃになってしまっているようだ。
『信用させて、部屋に来たのに、びっくりだよな。正直、俺もびっくりしてるんだ。ここに来るまでは、本当にそんな気はなかった。信じてくれ。…なのに…こうして、二人でいたら、翡翠の事が欲しくて、自分のものにしたくて、たまらなくなったんだ。…ごめん。翡翠、男には気を付けろよ(笑)』
作り笑いのマギーを、あたしは苦しい気持ちで見ていた。
あたしは、ここでマギーを受け入れたらいいのだろうか?それとも、拒否した方がいいのだろうか?
混乱していた。
こんな時はゆかりだ。
あたしは、ショールを羽織り、スパンコールのクラッチバッグを持って、
『煙草買ってくる。』
と、逃げるように部屋を出た。
そして、ゆったりとした喫煙室に急いで入り…幸い誰もいなかった…ゆかりに電話した。
コール音が、もどかしい。
お願い、ゆかり、出て!
『は〜い!かわいこチャン。今頃マギーと、ベットかと思ってたわよー。』
呑気なゆかりに、事の概要を話す。あたしは、今、どうするべきか。逃げ出すべきか。受け入れるべきか。
ゆかりは、呆れたように言う。
『あんたは、何を迷っているわけ?翡翠にはマギー、マギーには翡翠だと、あたしはずっと思っていたんだけど。』
『判らない。怖いんだよ。ヴァージンみたいに、震えるんだよ。』
そう言うと、ゆかりは、でかい声で、あはははは!と大笑いした。
あたしは、少しむっとして
『何がそんなにおかしいのよ!』
と、言った。ゆかりは、まだ笑いながら、
『あんたも、子供じみたとこが、あるのは知ってるけどさ。まさか、ここまでとはねー。』
73
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:13:08 ID:MEMoqnno
まだ、笑いは続いてる。
『ヴァージンみたいな気持ちって、好きだから、そう思うんじゃないの?』
『あ……。』
あたしは、ゆかりの言葉に、はっ、とさせられる。
『だから、あんたは今からマギーと、素敵な夜を過ごせばいいんだよ。…難しい事は、後で考えたらいいさ。あたしも、フォローするから、翡翠は翡翠のままで、気持ちのままに、マギーにぶつかりな!』
あたしは、なんてたくさんいらないものをくっつけて、ゴテゴテデコレーションして、考えていたんだろう。
男と女はシンプルでいいんだ。あたしが、いつも思ってた事じゃないか!
『…ゆかり。ありがとう。あたし、大事な事忘れてたよ。ゆかりに言われて思い出した。』
『あたしなんかが、役に立てて光栄だわ!…じゃ、素敵に熱い夜を過ごしてね。なんかあったら、いつでもあたしに連絡してよ。また、明日ノンフィクションで飲もう。』
『ありがとう、ゆかり。ゆかりに電話して良かった。明日、ノンフィクションで、飲もうね!』
と、言って切った。
そして、あたしは凛とした気持ちで、部屋へと急いだ。待たせては、いけない。この熱を、そのまま彼に伝えたい。
部屋のチャイムを鳴らす。 暫くしてから、ドアが開いた。
74
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:14:11 ID:MEMoqnno
『おかえり。』
あたしは、何も言わずに、シャンパンをくーっと飲み干し、ベッドサイドに座って、何気ない感じを装い、バスローブの紐を外した。
はらりとバスローブの前が開き、そこ、ここの白い肌が垣間見える。
『マギー、今はエスコートしてくれないの?ヴァージンのお嬢さんが待ってるんだけど。』
マギーは、信じられないという言葉を、大袈裟に言い、外国人のような、オーバーリアクションを見せた。
クスクスと、あたしが笑っていると、ようやく落ち着いたのか、マギーが少し緊張した笑顔でやってきた。
あたしは、さっきのお返しに、マギーにシャンパンは口移しで飲ませてあげた。
マギーの白い喉が動く。
そして、また魔法のようにアロマの灯りが消えた。
マギーがあたしのバスローブをそっと脱がす。
そして、自分のバスローブも、床下に落とした。
薔薇のベッドに潜り込み、息ができない位激しく、切ないキスをした。
マギーは、あたしの身体の隅々までキスの祝福を降らし、あたしの身体の形を確かめるように、なぞっていた。
あたしは、身体をなぞられれるだけで、熱い吐息を吐いた。
マギーは、大胆になっていき、あたしを色々な形で愛した。時にはあたしが、上になり、彼を見下ろし、時には、彼があたしをバックから、抱き締めるように愛してくれた。
あたし達は、お互いの気持ちの良いところを、鼻のよい豚がトリュフを探すように、探り当て、その部分を刺激した。
主に、マギーがあたしを快感に誘った。 『翡翠は何もしなくていいから。』 と、囁いた。
マギーの長い睫毛に影が落ちる。そして、いつもはつめたく見える絶対零度の唇が、あたしの身体に押しつけられ、あたしも熱く熱くなる。
マギーがあたしに入ったり、出たりと焦らされる度に、あたしの甘い密は、はしたなくとめどなく流れる。それを、マギーが綺麗に舐めとる。
静かな部屋の中に、ペチャッ、クチュッ、という卑猥な音が響き渡る。だけど、あたしにはその音は、二人の愛のようなものの音に聞こえた。
75
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:15:16 ID:MEMoqnno
マギーは、とても丁寧にあたしを愛した。激しいのに、壊れ物を扱うような。大切な宝物を、手に初めて持ったような。
あたしは、マギーの愛撫を全身全霊で受けていた。
焦らしに焦らされている為に、あたしは、どこを触れられても、身体がビクッと反応してしまう。
順番なんて、順序なんて、彼には関係が無く。そして、それがまた、あたしに火をつける。
少しだけ、少しずつあたしの 中に入っていたものが、あたしの中の奥の奥まで入ってくる。
快楽と、嬉しさに溢れるセックスをあたしは、初めてしたと思う。
その、気の遠くなりそうな快楽の中で、ふと、礼央の顔が浮かんだ。あたしは、気のせいだと思うことにして、行為に集中した。
マギーは、果ててもあたしに愛撫する事を決してやめなかった。
なめて、触って、くすぐり、永遠に続くかのように。あたしの身体に触れていた。
あたしは、また欲しくなり、何度もねだった。
愛おしそうに何度も、あたしの中に入ってきてくれる彼を、とても可愛いと思った。
この夜が永遠に続けばいいと、2人とも思っていたはずだ。
けれど、何度も何度も愛し合い、果て、また愛し合いと繰り返していた2人に、とうとう朝と言う、すこぶる嬉しくないものがやってきた。
しかも、清々しく。
76
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:16:02 ID:MEMoqnno
最後にマギーとあたしが果てた時には、日は昇り始めていた。
あたし達は、名残惜しさに何回も何回もキスを交わした。
『殺したいほど、愛してる翡翠。』
マギーは本気で言っている。あたしは、
『マギーになら殺されてもいいよ。』
と、本音を言った。
マギーは、聞いてきた。
『仕事は?』
あたしは、マギーと寝る覚悟を決めてから、思っていたことを言う。
『仕事は続ける。あたしは、自分の仕事にプライドを持っているからね。』
『判った。翡翠らしい理由だ。』
すると、マギーは、あたしを抱き寄せ、
『俺も仕事はきちんとまわす。』
規則正しい鼓動を聞きながら、あたしは頷いた。
あたし達は、一夜を共にした。そうして愛し合っている。
けれど、どちらからも、付き合う、という言葉は出なかった。
付き合う事は、簡単だったし、そうすれば楽しい日々が待ってるのも、お互い知っていた。 けれど、そうしない事を、きっと二人は選んでいたのだ。
触れ合ったとしても、お互いを縛り付けないのが、得策だ。
でないと、マギーもあたしも嫉妬に狂いながら、仕事をしなければいけなくなるだろう。
そんなのは、ごめんだ。
あたし達は、きっとこの先も、快楽を貪りあう。
だけど、恋人にはならない。なれない。
それは、少し悲しいけれど、切なくて悪い気はしなかった。
マギーも、きっとあたしと同じ気持ちだろう。
マギーはあたしをきつく抱き締めながら、
『忘れない。』
を、繰り返していた。
それが、なんなのかは、あたしにはさっぱり判らなかった。
77
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:17:09 ID:MEMoqnno
あたし達はそう決めて、2人のお守りのリングを買いに行こうという話しを始めた。
意外にもマギーからの提案だった。
マギーはそんなにも愛に、餓えていたのだろうか。そんなにも、あたしを愛していたのだろうか。
あたし達は、散らかしっぱなしの部屋を後に、普段着の方に着替えて、リングを買いに行く事にした。
マギーには、今日用事がある、と昨日聞いていたから、
『用事いいの?』と聞いたのだが、
『大した用事じゃないから構わないよ。俺にとっては、目の前の、翡翠との買い物の方が大切だ。』
と、言うので言われるがままに、マギーの車に乗って、フォーシーズンズホテルを後にした。でも、マギーはそうそう他人との約束を反古にする男ではない。本当に大した用事ではなかったのだろうか。あたしは、その用事とやらから、マギーが逃げている様に思えた。
けれど、こんな楽しい気持ちを抑えられるわけもなく…あたし達はリングを探しにでかけた。
支配人は、あたしがあまりにも昨夜、シャンパンをオーダーしたからだろうか、お土産にシャンパン1ダースをマギーの車に積んでくれた。
ラッキー!と、思いつつも、マギーはよっぽどの上客なんだろうと改めて思った。
総理大臣の息子って、やっぱりすげー。 そんな風にしか思えないあたしは、やっぱりお馬鹿。
ま、いいか。
その時のあたしは、お揃いのリングという初めての体験に浮かれていた。
車のスピードが「あがる。あたしは、窓を開けて、風を身体に感じていた。
78
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:18:02 ID:MEMoqnno
ショップが開くには、まだ早い時間で、あたしとマギーはお腹がすいていたし、適当に近くにあったお洒落なカフェに入った。
オープンカフェで、よくよく名前を見ると、結構な有名店で、雑誌でも名前を見たりもした覚えがある。
あたし達は、何故か道路に面する席に案内された。店内は、ガラガラだというのに。
あたしは、
『あの、あたし達、中の方がいいんですけど・・・。』
と、スタッフに言ってみた。すると、彼女は、にっこり満面の笑顔で
『こんなにお綺麗なお2人がうちのお店にいらして下さったんですもの!!通りの皆さんにもアピールさせて下さいよ!お願いします!!きっと、ここを通って、お二方を見た方は、’この店はお洒落な店なんだなーとお思いになって、いらっしゃってくれますから!!ご協力お願いします!!』
さすがにそこまで言われると、あたし達も断る気がなくなる。
彼女は、元気に
『ドリンク、サーヴィスしますから!』
と、陽気な声で言った。
その、元気なスタッフの彼女の思惑は大当たりで、続々と人が入ってきた。道を通る人々や、店内の人々が、私たちに見惚れている。
見られることに慣れているあたし達は、人々の視線を受け流し、お喋りしながら軽い朝食を済ませ、店を出ることにした。
スタッフが、
『すいません!!写メ撮らせて貰っていいですか?』
と、言って来た。あたし達はそれに、応じ、気持ちよく店を後にした。
こういった事は、あたし1人でいてもよくある事だったし、恐らくマギーもそうだったのだろう。
お互いに、特別な出来事とは、捉えていなかった。
さすが、マギーとあたし。
79
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:19:11 ID:MEMoqnno
【疑惑。】
結局、その後、ヴァンクリに行ったり、カルティエに行ったりと、右往左往したが、結局、最初に行ったヴァンクリのカーブがとても綺麗で、更にダイヤのクラリティが、とても良いものを選んだ。元々カルティエのラブリングのような、誰しもがしている愛の記号があたし達は嫌いなのだ。ヴァンクリのリングは、ラッキー7にちなんで、流星のように、ダイヤが7つ並んでいる。その、ダイヤのリングの素材はレディスはピンクゴールド、メンズは、マットなゴールドだった。
あたしの指が、余りにも細いので、お直しに1ヶ月かかると言う。
あたしは、
『えーっ。1ヶ月もかかってたら、他の欲しくなっちゃうかも。』
と、わざと駄々をこねてみた。
すると、スタッフとチーフ(偉そうにしてたから、多分そう思う。)が、こそこそっと、耳打ちして、
『池内様は、お得意様ですから、二週間で仕上げさせて頂きます。勿論、丁寧に、お取り扱い致しますので、ご心配なさらないで下さいませ。』
と、にこにことってつけて笑っていた。
『池内様、お届けに致しますか?』
『いや。とりあえず仕上がったら連絡をくれ。この、美しいレディとのデートの口実になる。』
なんて、目の前で恥ずかしい事を言ってしまっている。畜生。マギーの奴、あたしを赤面させやがって。
けれど、それは裏返しの心理で、あたしの心は弾んでいた。ぼんぼんぼんと。
チーフが、『刻印はどうされますか?せっかくですし、何か刻まれては?』
と、ナイスな提案をしてきて、あたし達はそれにのった。だけど、普通でない二人は普通の刻印が嫌で、かなり悩んだ。
あたしは、
『ね、これぢゃ、ダメ?』
と、マギーに聞いてみた。 予め渡されていたメモ用紙に、*HiMe&oH!Ji* と、書いてみせた。マギーは、殊の外喜んで、刻印は決定した。チーフに、刻印の文字を書いたメモを渡す。すると、捻巻き人形のように、
『さすがに、お二人がお考えになった刻印ですね。とても、ハイセンスです。今迄、このようなハイセンスな文字を彫らせて頂いた事はございません!わたくし共も、このような、刻印を彫らせて頂きまして光栄でございます』
と、まくしたてた。これ以上チーフの戯言を聞く気が全くなかったあたし達は、チーフが一呼吸、置いたのを見計らって、
『それでは、仕上がりましたら、ご連絡下さい。』
80
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:19:44 ID:MEMoqnno
と、素敵な館のヴァンクリを後にして、あたし達は、これからどうしようか、と派手なオープンカーで街を流しながら、話していた。
マギーがふいに
『俺、ヴァンクリにリングを翡翠と、取りに行くって言ったよな?』
と、聞いてきた。あたしは、『?』と思いながらも、さっきそう言ってたよ、と教えてあげた。
マギーは、ぼそっ、と
『だよな。』
と、呟いた。それから、急に車を道の脇に寄せ、何かを書いていた。
そういえば、マギーは前から、よくメモをする人だった。
マギーは、仕事絡みで人と逢う事も多いし、Wブッキングさせないためだろう。
そんな、マギーの配慮にあたしは、喜んでいた。内心。
二人で、昼からの楽しい時間の事を考える。
マギーは、電話がかかってきて、口パクで、
『ちょっと、ごめん。』
と、言って、車から少し離れたところに行った。神妙な顔つきが、なんだかあたし達の幸せって気分に黒い影を落とす。
あたしは、それを振り払うように、自分の携帯もチェックした。気が付けば、昨日から私の携帯は、バレンシアガのバッグの奥にしまいっぱなしだった。
画面を見ると、着信と、メールの履歴のマークがあった。どうせ、ゆかりが、あたし達をちゃかしたメールをいれているのだろうと思った。
が、着信履歴を見ると、見たこともないナンバーの羅列だ。新手の詐欺かぁ?!とか思いながら、あたしは、今度はメール画面を開く。
そこにも、たくさんのメールが入っていて気持ち悪いと言うより、なんなんだこれは!という気持ちの方が大きかった。
あたしは、急いでメールを開いた。何十件も、入っているメール。携帯ナンバーと同じで、知らないアドレスだ。
ひとつ、ひとつ、メールを開いて読んでいく。
81
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:21:56 ID:MEMoqnno
『翡翠と遇えてよかった。ありがとう。』
『翡翠は、今どこにいるんだろう。』
『翡翠が理央といると思うと、なんだか苦しい。』
と、女性なら誰しもがくらくらくるような台詞のオンパレードだ。しかも、相手はマギーとは、また違う美しさを持った男。漆黒のかみの色と、ややつり目の鋭い目付きが思い出される。
あたしは、そっと、マギーを盗み見る。なんだか、話が難航しているようだ。車の通りが結構あるので、はっきりとした会話は、ほとんど聞こえなかったが、一度、珍しくマギーが怒鳴った時だけ、声が聞こえた。
『先生!判ってます。でも…なんとかなりませんか?!』
と、言っていた。
きっと、政治家の大先生にでも、何かお願い事をしているのだろう。
あたしは、今の隙に礼央に連絡をしておこうと思った。マギーは、あたしと礼央が電話で喋っていたって、怒らないだろうが、あたしが嫌だった。礼央とあたしが喋っているのをみられるのは。
あたしは、慌ててバックコールする。こんな時のようなセオリーのように礼央は出ない。
あたしが諦めかけた時やっと、礼央が出た。 そして、出た途端、
『翡翠!翡翠!逢いたいよ。昨日のかけおちの続きをしたいよ!』
と、周りに人がいないのか、嬉しそうに叫んでる。
あたしは、携帯を耳から少し離し、こう、言った。
82
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:35:56 ID:MEMoqnno
『礼央、ごめんなさい。今はちょっと時間がないのよ。夕方位まで待てる?』
礼央は、
『本当は待てないけど、待つよ。翡翠は、だって理央といるんだろう。』
まるで、子供が拗ねているようで可愛かった。
『でも、夕方からは、あなたと一緒よ。あなたが思う分だけ、一緒よ。』
そういうと、礼央は、 やっと、落ち着いて、
『判ったよ。夕方まで静かに待つさ。ドレスコードは特にないから、翡翠の普段着ている服を見せてくれ。』
と、言ってきた。
『OK!ご主人様。待ち合わせ場所はどこにする?』
『翡翠が決めてくれていーよ。』
『じゃあ、どちらかが待っても退屈しない新宿伊勢丹がいいかなー。』
『それって、自分が退屈しない場所だろ?』
『私はこれでも、気を使ってるの!着いたら、お互いにメールしましょう。』
『ああ。』
楽しくてマギーの方を見るのを忘れていた。マギーは、ちょうど電話が終わったらしかった。
『じゃ、あとでね!』
『あとで。』
私は、急いで電話を切り、また、そっとバッグに戻した。
マギーが、空を見つめている。何かあったのかと思い、あたしも、車から降り、マギーに駆け寄った。
マギーがあたしを見る。 いつもより、明らかに顔が青白い。死人を想像させるような…。
あたしは、驚き、マギーに病院へ行こうと言ったが、マギーは華麗に微笑んで、ただの貧血だから大丈夫、と言って、頑なに病院に行く事を拒否した。
大の大人に、これ以上、何が言えるのだろうか。
あたしは、マギーに
『とりあえず、今日のデートは切り上げて、次のデートのお誘いを待つことにするわ。』
と、ウインクをした。
『やめてくれ!そんな魅惑的なウインクをされたら、離れたくなくなる!』
そして、続けざまに空を仰ぎ、道行く人々なんか、目に入らないかのように、
『OH!ジーザス!』
と、ふざけて叫んだ。
周りの人間が、異形のものを見る目で、通り過ぎて行く。
ふっ。美しくないあなた達には、所詮こんなふざけたお遊び判らないでしょう。心に錆がいっぱいついて、そんなに醜くなった事も、知らないで。
可哀想だね。
あたし達は車へと戻った。
83
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:36:58 ID:MEMoqnno
マギーに、運転は私がすると言ったが、ナイト気質の強いマギーには受け付けてもらえず、結局、マギーの運転で家まで送って貰った。
『ねぇ、マギー。病院行くのがそんなに嫌ならもう、無理に行けって言わないから、ノンフィクションの方、スタッフの子達に任せて、今日は寝たら?』
と、反抗される事を前提に言ってみたが、よほど具合が悪いのだろう。一言、
『そうする。』
と、言った。
『あたし、マギーんち行って、看病しようか?』
と、聞いてみたが、
『俺は、翡翠の前では、なるだけかっこよくいたいんだ。だから、ありがたいけど看病してもらうのはやめとく。これ以上、醜態を晒すのは、耐えられない。』
と、とても悔しそうに言った。
あたしも、そうだから判る。それは、あたし達の美学のようなものだった。 愛しい人間の前で美しくない自分でいるのは耐えられない。
『あんまり、ひどいようだったら電話して。すぐ行くから。』
今のあたしに言えるのは、これ位のものだ。
マギーは、しゃがみこみ、
『判った。もうどうしてもの時は、渋々連絡をする。』
と、言った。とりあえず、さっきよりも顔色も体調も悪いマギーは、私のマンションの駐車場に車を入れ、タクシーを呼んで、帰る事になった。
84
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:37:50 ID:MEMoqnno
マギーをコンクリートに座らせ、タクシーを待つ間、
『あたし、今日ノンフィクション行くよ。』
と、とりあえずは報告した。マギーは小さな声で、
『ゆかりと?』
と、聞いてきた。
一瞬鼓動が波打つ。が、ゆかりもいるのだから、間違いでも、嘘でもない。
『そ。ゆかりと。』
『そっか。残念だけど、俺は今日は、顔出しできなさそうだから、ゆっくり飲めよ。』
と、弱々しく笑い、あたしの頭ごと引き寄せ、熱いキスをした。なんだか、悲しいキスだった。
タクシーがやって来るのが見えた。あたしは、マギーを立たせ、タクシーに乗り込ませた。
マギーもあたしも名残惜しかったが、これ位の名残惜しさがあった方が、愛は長生きする。
あたしは、
『本当に具合それ以上悪くなったら、連絡してね。』
と、マギーに言った。彼は少し笑顔であたしに軽くキスをし、手をあげて去って行った。
あたしは、タクシーが見えなくなるまでその場所に立ち尽くしていた。
それから、あたしは罪悪感とともに、次の約束の用意をする。
あたしは、こういう女なのだ。好きな男がいて、その男に好かれていたとしても、もっともっとと、求めてしまうのだ。
そして、あたしはその気持ちに嘘はつかない。例え、罪悪感で胸がいっぱいであろうとも。
礼央は、確か普段着でいいと言っていたっけ。こないだゆかりと09で買った洋服を着ていこう。
黒の袖がバルーンになっているニットは、デイシーで買ったもの。それにアーガイルのベストをあわす。ネイビーと赤のコンビだ。これは、スライで買った。プラチナムマウジーで買った濃いインディゴのダメージデニムを履き、エゴイストで買った大判の赤と黒のチェックのストールを三角に腰に巻く。ストールの面積を狭くすれば、柄物同士でも喧嘩をしない。
そして、スナッチで買ったブラウンのハットを被り、ナイキとミルクフェドの白いシューズをあわせる事にした。
大人のスクールガールだ。
メイクは…。そうだ。RMKのクリームファンデが気になっていたし、フルメイクをお願いしよう!
時間は4時を少し過ぎたところ。4時半には伊勢丹に着くだろう。
85
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:38:20 ID:MEMoqnno
あたしは、そう踏んで、髪の毛だけを丁寧にブラッシングし、エスティローダーのビューティフルという香水をふりかけ、フォピッシュの赤い猫の書いてある大きなバッグに入れた。
街中を1人で歩く時程、うざい時はない。
ナンパや、スカウトの嵐。あたしは、それらをスルーして、電車に飛び乗るのだけど、車内にも、そう行った連中がたくさんいる。あたしは、iポッドを聞いてご機嫌だというのに。
あたしは、なんとか新宿で降り、走るように伊勢丹に向かった。
驚異的な早さで、伊勢丹についたあたしは、さっきまでのいらつきは、どこへやら、楽しい気分が膨れ上がってくる。目指すは、RMKのカウンター。すっ、すっ、と歩くあたしを羨望と嫉妬がない交ぜになった瞳であたしを見る。
カウンターにつくなり、BAさんを捕まえる。
『すいません。ファンデーションの色合わせお願いできるかしら?クリームファンデがいいわ。』
と、いうと、少し筋肉質でばっちりメイクのBAさんは、にっこりと笑い
『では、こちらにおかけになって下さい。』
と、言い、荷物も預かってくれた。
彼女は、あたしの顔を見て、
『とても色がお白いので一番白い色がいいですね。』
と、言い
『それでも、まだお肌のお色の方がお白いので、コントロールカラーのブルーと、透明感を与えるシルバーのベースも使いましょう。』
と、言った。
あたしも、それに異存はなかったので、一言、
『全てお任せしますわ。』
と、言った。
クリームファンデは、とても伸びがよく、そばかす等はかくれないだろうが、素肌が綺麗な人に見えた。
フィニッシングパウダーは、てかりやすい部分にしかつけなかった。お主、なかなかやるな、等とふざけていたら、
『こんな、仕上がりになりますが、如何でしょう?』
と、楕円の大きい鏡を見せてくれた。
本当に薄づきのファンデーションで艶があり、あたしはとても気に入った。
『とってもいいです!』
あたしが本心から、そう言うと、彼女はあたしに礼を言い、フルメイクをするかどうかと聞いてきた。
答えは勿論YESだ。
相談しながら、シャドーや、チーク、グロスの色を決めていく。
結局、少し遊びをいれるメイクにした。
大人のスクールガールのイメージを壊さずに。
86
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:38:52 ID:MEMoqnno
シャドーは全体にまず、バナナ色を。これで色がくすまないで、この上にのせるシャドーの色が引き立つ。そして、うすいネイビーを目尻を避け全体にいれていく。そして、二重の幅より少し、はみ出す程度に濃い、ラメ感のあるネイビーを入れる。これは、少し長めに。それから黒のラメラメのライナーで目元をしめ、シルバーのシャドーを、星屑のように散らす。そして、赤いシャドーを目尻にすっと入れる。そうすると、とてもガーリーな印象になるし、ありきたりではない。
目元に、重点を置いたので、あとは薄いベージュピンクのチークをハートを描くようにいれ、桃色のルージュの上から、クリアでラメが入っているグロスを重ねた。
アイブロウは、パウダーで眉毛が薄いところを埋めていく程度にしてみた。
もう一度、BAさんが大きな鏡を見せてくれた。
自分で言うのもなんだが、とても可愛い!
あたしのメイクとは全然違う!まぁ、プロにしてもらっという事もあるのだろうけど。
BAさんが訪ねてくる。
『こんな感じで如何でしょうか?』
あたしは、如何も何も!という言葉を、ぐっと抑え
『すごく素敵!これから、あなたを指名するわ!今日、使ったもの全て頂くわ。』
と、言ったら、周りで聞き耳を立てていたのか、ぎすぎすした身体の女達に睨み付けられた。
BAさんは、名前を三崎さんという。名刺ももらった。三崎さんは商品の用意をするのでお待ち下さいませ、と行って、商品を出しまくっていた。
あたしは、そんなに急がないでも、いいですよ、と声をかけようと思ったが、きっと大きなお世話に違いない、と思いやめておいた。暫くして、三崎さんはそのがっちりした腕に商品を抱えてやってきた。
そして、一つ一つの商品の確認をして、支払いをした。RMKの顧客カードは絶対に持っていたはずなのだが、あたしの財布の中でカードが消える事は多々ある。今回もそれだ。あたしは、三崎さんに、カードを所持していたが失くした旨伝えると、そんなのどって事ありません!みたいな笑顔で、カードを再発行してくれた。
あたしは、お礼を言い、三崎さんはあたしのその倍礼を言い、あたしはカウンターから移動した。
87
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:39:35 ID:MEMoqnno
久しぶりに伊勢丹に来たあたしは嬉しくて、いつも買い物するシャネルのカウンターにでも、寄ろうと思った。ここの、多分お偉いさんなんだろう坂巻さんというマダムがあたしの、担当だ。
ふくよかな柔らかそうな身体にミディアムヘアをいつも綺麗に巻いて、素肌なんか絶対に見えないメイク。
彼女は、一流のBAだ。
坂巻さんは、あたしを見つけると、
『田中様ー。』
と、あたしの偽名を猫撫で声で呼び、(顧客カードを作る時のあたしの偽名の名字。名前は翡翠のままだ。翡翠という名前はとても、とても気に入っているから。)
『お久しぶりじゃないですかー。さっ、おかけ下さい。』
と、さっさとあたしの荷物を預かり、カウンターの一番広く使える所に座らせる。そして、あたくしの一押しを、もう少しでも早く田中様にお見せしたくって、といつもの、必殺の台詞を並べながら、あたしの前に、彼女のいう一押しとやらの商品が置かれる。
今日の彼女の一押しは、ブラシでつけるリキッドファンデーションらしかった。リフティング効果のあるもので、乾燥もしないし崩れない優れものだと言う。
あたしも、コスメは大好きなので、そこまで言われては、と思い、坂巻女史の思うがまま、タッチアップされる事になった。下地をつけながら、蘊蓄を言っているが既に知っている事だったのでスルー。そして、実際にブラシで顔の皮膚をひきあげながら、ファンデーションを塗ると、確かに引き締まった印象に見える。RMKがカジュアル時のファンデとしたら、シャネルは、すこおし美しく装う夜のためのもののように思われた。半顔だけシャネルのファンデーションもおかしいので、全顔シャネルのファンデーションを塗ってもらった。
さすがに、気品満ち溢れる肌になる。
そして、あたしの肌色にもあっている。
88
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:40:33 ID:MEMoqnno
それから、坂巻女史は、可憐な桜色の口紅、アリュールを出してきた。それと、それより少し大人気があって、色気のあるピンクベージュも。そして、その両方にあう、薄いピンクのラメなしのグロスを出してきた。
あーあ、仕方ないなぁー。と思い、あたしは彼女のされるがままになっていた。が、あたしはシャネルでシャドーは絶対に買わないから、目元はいじられる心配はない。
シャネルは大好きだが、シャネルのシャドーの発色があまり好みではないのだ。
坂巻女史は、迷った末に、ピンクベージュの口紅をブラシで塗り、その上に、ラメのないピンクのグロスをたっぷり塗った。
なんだか、不仁子ちゃーん、みたいに色っぽくて、坂巻女史に
『素敵だわ!!』
と、言い、何故か握手を交わした。
あたしは、また、出してもらったもの全てを購入する事にした。すると、坂巻女史が、悪代官のように耳打ちしてきた。
『サンプル品の使っていない口紅がありますのでおいれしときますわ。』
と、言ってきた。
あたしは、感激したふりをして、
『坂巻さん、大好きだわ!これからも坂巻さんを指名させて頂くわ。』
と、言ったら大喜びしていた。それはそれは、本気で喜んでいて、あたしは彼女達のノルマやなんかを色々考えていたが、あたしがそんな事考えたって仕方ない。
あたしは、
『田中様ありがとうございましたぁーっ。』
とエレガントに言う女史に挨拶をし、その場を去った。
ってか、すげー荷物だ!
89
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ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:41:20 ID:MEMoqnno
ソファがある所まで行って、荷物を置いて座る。限定の赤のスウォッチを見ると、時間は、もう6時半を過ぎていた。案の定、礼央から着信がある。しかも留守電まで!
『誰かさんは、まだ誰かさんと一緒ですかぁー。』
と、入っていた。
あたしは、慌てて礼央に電話をする。
コール3回で、礼央は出た。それだけ待ち望んでいたと思うのは、自惚れだろうか?
第一声は、
『翡翠、おせーっ。』
だった。あたしは、RMKでフルメイクしてもらった事や、坂巻女史の事を喋った。礼央は、無言で聞いているようだったが、急にソフアに座っているあたしに、後ろから手をかけて、優しく抱き締める手が伸びてきた。あたしは、その香りで、それが礼央だとすぐに判った。バナナリパブリックのクラシック。礼央が選びそうな香り。
『もう、いいや。こうして翡翠に無事会えたからさ。』
礼央が微笑む。
そして、あたしの荷物を見て、
『車できて、本当に良かった。』
と、しみじみ言っていたのがおかしかった。
礼央は、受付に行って車をまわすよう言っていたが、あたしはそれを遮り、受付の花々に『大丈夫ですからーっ』と、満面の笑顔を作った。
『駐車場なんか、すぐでしょう。』
『面倒じゃん。』
『そんな事を面倒という人間とは時間を共にしたくないけど?』
あたしが、そう言うと、礼央は完全降伏するしかなかった。
いざ、駐車場に行くと思ったより寒い。
上着着てくればよかった…。ってか、今買えばいいんじゃん!
『ね、礼央。駐車場にきてそうそう悪いんだけど。外、寒いからコート買うからついてきて?』
『俺、今迄も女の買い物なんかついてった事ない。』
『じゃ、車で待ってて。すぐ来るから!』
あたしは荷物だけ置いて、駆け出そうとすると、あたしの細い右腕をがっちりとした、手が掴んだ。勿論、礼央だ。
礼央は、
『俺は少しでも、翡翠と離れていたくないからいく!』
と、宣言した。可愛いなぁ。礼央は。マギーだったら、こうはいかないはずだ。 そうだ。マギーは大丈夫だろうか?後で、トイレに行くふりをして、コールしてみよう。
90
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:42:27 ID:MEMoqnno
まずは、コートが欲しい。 ダウンでもいいけど、そうすると、子供っぽくなってしまう。
礼央が、
『ブランド決まってるのか?』
と、聞いてきたので、
『大体ね。』
と、答えた。私は、まず本命のヒスに行った。ミリタリーのかっこいいコートがあったけど、試着すると、今日のファッションと全くそぐわない。
コムサにも、超かっこいい黒のロングコートがあったけど、トータルで見ると、やはりちぐはぐだ。だけど、このコートのCOOLさは、あたしにとても似合っていたから、買っておいた。そして、コムサの向かいにあった、ビバユーに何気なく入った。すると、スエット生地でグレーのロングのダッフルコートが目についた。
今迄無言だった礼央すら、
『それ、いいじゃん!』
と、なんだか友達のように言ってくれた。
友達…ただの男友達…。
結局、そのビバユーのダッフルを着用し、あたし達は車の中で、何を食べに行くかを考えていた。
イタリアンや、フレンチ、会席、料亭の類はもう、あたし達はどちらも食べ飽きている。
『礼央、個室のあるいい店がいい。』
と、あたしが言うと礼央は、
『美味い韓国料理屋がある。勿論個室は抑えられる。』
と、自信ありげに答えた。そして礼央は、携帯で、その韓国料理屋に個室で予約をしていた。2名という事で、個室は、ちょっと…という声が聞こえた。すると、礼央は、なんの躊躇もなく、池内だが。と言った。すると、相手は態度を一変させて、ははーっお殿様な勢いで、礼央の予約を受け入れた。
恐るべし!池内家!あたしも、なんか困った事あったら、この遣り方もらっちゃおうかな、なんて思ったけど、絶対にやんない。
車内で、礼央は上機嫌で今日は総理にあー言われた。こー言われた等と必死に言っていたが、あたしは、それを聞き流していた。
マギーといる時は礼央を思い、礼央といる時はマギーを思い出す。あたしは、本当に勝手な女だ。
いつか、どちらかと幸せに暮らす日がくるのだろうか。それとも…。
今は考えていないけど、いえ、考えないようにしているけれど、そうせざるべき日がくるのは、きっと誰しもが分かっていた。
だから、その日まで何も知らないまま、楽しみを快楽だけを追及しよう。
そして、誰しもが別れゆく運命にあるかも知れない事を、皆、判っていた。
91
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:43:14 ID:MEMoqnno
韓国料理屋は、こじんまりとしていて、隠れ家的、と称されるに相応しいところだった。
礼央に、エスコートされ、店内に入り、礼央が低く短く、
『池内だ。』
と、いうと急に店内が慌ただしくなった雰囲気がした。笑顔で、店主のおば様が、こちらにどうぞ、と言い、あたし達は、案内されるがままに着いていった。
案内された部屋は、冗談かと思う位、大きい部屋で、あたしは、笑いをこらえる事ができず、ゲラゲラと笑った。
たった2人なのに50人は入りそうな奥座敷に案内されたのだ。
ゲラゲラ笑うあたしを、不思議そうに眺める女将。
さすがの礼央も、笑いを噛み殺しながら、
『女将、悪いがこの美しいレディと、密着できるような部屋が良いのだが。』
『誠に申し訳ありません。今すぐ、別のお部屋にご案内致しますわ。』
と、言い、スタッフ全員が韓国人なのだろう。韓国語で、女将が何かを言い、あたし達は違う部屋に通された。そこは、少し狭くて二人が確かにくっつくような部屋だった。薄暗い灯りがあたし達を包んでいる。
メニューは、適当に礼央にオーダーしてもらい、マッコルリを、二人で、ものすごい勢いで飲んだ。辛いものが好きなあたしは、数々の辛い、しかも美味しい料理に喜んだ。そんな、あたしを見て
『翡翠は、なんか食ってる時と飲んでる時が一番幸せそうだよなー。』
と、言った。
『そんな事ないわよ!買い物と、友達といる時と…あとは、好きな人といる時。…あたしは、この上なく、幸せだよ。』
『好きな人って、理央の事?』
不意をつかれて、あたしは思わず、黙ってしまった。
92
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:43:47 ID:MEMoqnno
礼央は、なおも続ける。
『アイツがかっこいいから?金持ってるから?自分の商売に欠かせない人物だから?』
あたしは、考えた。確かに、それらの事もあるかもしれない。でも、
『理屈じゃねーよ!』
と、指の形をファックにして答えた。
礼央は、笑って
『そうだな。人を好きになるのに、きっかけはあっても、理由はないよな。』
と、引き下がってくれた。礼央の甘い香水の香りが、あたしを酔わす。心も…。身体も…。
『あ、もう少ししたら、マギーの店行くから。』
あたしは、思い出して言った。
『俺が行ってまずくないのか?』
と、神妙な顔つきで聞いてきた。あたしは、
『今日は、マギーは体調不良でお休みなの。』
普通に言っただけなのに、礼央が過剰に反応する。
『体調不良って…どんな風にだ?!』
礼央の顔色さえも、変わっているように見えた。
『貧血起こして、気分が良くないって言ってたけど…。顔色、真っ青だったし、看病しようか?って言ったけど、断られたよ。―何?!マギーは、何か病気なの?礼央の反応、尋常じゃないよ。』
すると、礼央は、はっ、と我に返って、
『いや、兄貴が体調悪いって急に言われたから、ちょっと慌てただけだ。俺も、ブラコンなのかな?』
と、笑った。けど、その完璧すぎる笑顔が、あたしにはなんだか不安で、黒い雲が、もくもくと立ちこめた。あたしが、もっと突っ込もうとした時、偶然だろうか?礼央が、俺、兄貴の店早く見たいから、もう出よう、と言った。
あたしは、なんだか飲み込めない何かを口の中に残したまま、店を出た。
女将の
『また、いらっしゃいませね。』
と、言う笑顔ですらも、疑心暗鬼で眺めていた。
今、礼央が話したくないなら仕方ない。けど、次、もし次に何かあったら、何がなんでも、吐いてもらうからね、とあたしは、心の中で、呟いた。
93
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:45:18 ID:MEMoqnno
そして、マギーの店であたしの友達、そして商売仲間のゆかりと落ち合う事を伝えた。
礼央は、翡翠と二人っきりが良かっただの、まだこの後のプランがあったのだのと、駄々をこねていたが、結局は、着いてきた。
マギーの店の近くに来る。有料駐車場に、車をいれ、歩き出す。
礼央が、当たり前のように片腕を差し出すので、おとなしく、腕を組んだ。あたしは身長の高い彼のきりっとした横顔を、こっそり眺めていた。脚が長いから、早足になるのをわざとゆっくり歩いてくれているのが、判る。
『礼央もマギーもジェントルマンね。』
と、言うと、理央は生まれつきジェントルマンで、自分は躾られたジェントルマンだという。
あたしは、礼央の腕をぎゅっと掴んで、
『そんなの関係ないよ。礼央は礼央だし、こんなにジェントルマンでいい男なんだから。』
と、言って、礼央の顔を見上げた。すると、礼央は、
『姫、光栄でございます。』
と、あたしの手の甲に冷たい唇を押しつけた。
あたしは、礼央とキスしたいという感情を抑えて、抑えて、なんとかいつもの、あたしらしい事を喋って、やっとノンフィクションの前まで来た。
礼央が、ドアを開けてくれる。あたしがマギーに頼んでいたように、PETが流れている。ヨッコイのヴォーカルは、いつ聞いても挑発的で優しい。螺旋階段を登っていくと、ゆかりが、座っているのが見えた。
94
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:48:40 ID:MEMoqnno
あたしが、礼央と現われると、ゆかりは、
『マギーの血縁?』
と、すぐさま聞いてきた。 あたしは驚いて、ゆかりに抱きつき、
『すごぉい!ゆかりって、やっぱやるじゃん!!』
と、頬にすりすりしてやった。ゆかりは、されるがままになりながらも、
『だって、雰囲気と佇まいがそっくりじゃん。』
と、言った。
ゆかりは、笑顔になり、あたし達に早く座れと、促した。
あたしは、シャンパン、礼央は、スコッチのストレートを頼んでいた。格好の良い男が口にするであろうスコッチに、あたしは少しドキドキした。
そして、まるで冴えない合コンのように、ゆかりを紹介した。
『礼央、この生きのいい女がゆかり。あたしの親友。』
ゆかりは、わざわざ席から一度立ち上がり、深々とゆかりです、と挨拶をした。
ゆかりは、今日は、珍しくベッツィジョンソンのドレスを着ている。真っ黒で胸元と背中が大きく開いていて、そこにレースが施されている。ロングのタイトなドレスで、ゆかりの身体の線が手に取るように判る。
足元は、可愛らしく、マギーに自慢していたクロエのヒールを履いていた。その、ミスマッチが、なんとも言えず似合っている。
ゆかりも、シャンパンを飲むというので、グラスを変えてもらい、礼央を挟んで3人で、3人の出会いに乾杯した。
95
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:57:05 ID:MEMoqnno
ゆかりは、礼央にたくさんの質問をぶつけていた。礼央はそれに、おっかなびっくり答えていたので、あたしはクスリと笑った。
ひとしきり、質問が終わり、シャンパンをもう一本頼む頃、ゆかりは、
『ねー。礼央。あんたは翡翠が好きなんでしょ?マギーから奪わないわけ?!』
と、場が凍り付く質問をした。
あたしは、くそぅ、ゆかりの奴め、と思ったが、彼女が質問したいと思ったなら、それは仕方のない事だ。逆の立場でも、きっと質問してるもんな。
でも、可哀想なのは礼央だ。困った顔をしている。いつもの、つんと澄ました美しい顔ではなく、餌をずっとお預けにされて困っている子犬のようだった。
礼央は、あたしを全く見ずに、ゆかりに、
『勝負は、まだ始まったばかりだ。しかも負け試合ではないと思ってる。だから、いくら時間をかけてでも、翡翠を独り占めしてやるんだ。誰に何を言われようと。…今迄、誰かの言いなりになってきた人生と選択だったけど、翡翠は、俺が自分で選択した道なんだ。女なんだよ。』
と、一気に言ってのけた。ゆかりが、昔ながらの輩みたいに、ぴゅーっと口笛を吹く。
そして、
『覚悟できてるじゃん。あんた、かっこいいよ。』
と、またグラスをあわせた。
礼央は、あたしに向き直って、
『って事だから、よろしく。相手が兄貴でも、今、翡翠が兄貴を好きだとしても、俺はひかない。翡翠を手に入れるまでは。』
と、言い、さっきゆかりとそうしたように、グラスをあわせた。あたしは、複雑な心境を身体の奥底に押し込めて、優雅に微笑み、シャンパンを飲んだ。
考えるのは、1人になってからでいい。今は、精一杯楽しまないと駄目だ。
96
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:59:13 ID:MEMoqnno
『どう?マギーの城は?いかしてない?』
あたしは聞いてみた。さっき、車の中で、礼央は、マギーの店にまだ、一回も行った事がないと言っていた。
礼央は、辺りを見回し、
『こんな上等の酒を出す店なのに、パンキッシュで、―アンダーグラウンドだな。』
と、言って
『翡翠とゆかり、そして理央からも、アンダーグラウンドな匂いがするんだよな。』
と、続ける。
そう。あたしもゆかりも本来なら華やかな席にいるべきではない人間なのだ。地下にもぐって、下水まみれになるのが、関の山だった。
けれど、マギーが、あたしとゆかりを日の当たる温かい場所へと、導いてくれたのだ。
『アンダーグラウンドね。かっこいいね。』
あたしは、それだけ言って煙草をくわえた。すると、すっ、と見たことのある、ライターがあたしの煙草に火を灯す。
あたしは、ありがと、と言い、マギーの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。マギーは、これでもか、という位嫌がっていた。
ゆかりと、マギーが話している間に、お手洗いに立つ。ここの手洗いは、人が10人位入れそうで、鏡ばりで、全く落ち着かなかった。
バッグの中から、携帯を取出しマギーに、電話をする。…なかなか出ない。あたしは、寝ているのかと思い、電話を切ろうとした瞬間、だるそうな甘い声が、聞こえてきた。
『…はい…。』
やはり、だいぶ調子が悪そうだ。あたしは、心配になる。
『マギー。あたし。翡翠よ。…ね、看病行かなくて本当に大丈夫なの?!』
心配の余り声が少し大きくなってしまった。
『翡翠…。なんで俺が調子悪い事知ってるんだ―。』
思いがけない言葉に、あたしは、今日デート中に気分が悪くて帰ったじゃない!まさか、覚えてなわけないでしょ? と、聞いてみた。そう、ついさっきの事だもの。いくら、具合が悪くたって、忘れるわけがない。
97
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 01:59:50 ID:MEMoqnno
マギーは、少し黙って小さな声で何かを言って、
『病人だから、許しておくれよ。マイスイートハニー。ちょっと、頭がいつものように、しゃきしゃき働いてくれないでね。色んな事が、いっしょくたになってしまったんだ。そうさ。翡翠。俺は、今日もお前と酒を交わし、お前を味わうはずだったのに、このざまだ。』
記憶が混乱する程、体調が悪かったのね、とあたしは思い、
『やっぱり、今から看病しに行く。』
と、言ったが、マギーは、
『魅惑的な翡翠を見たら、また抱きたくなるに決まってる。そうしたら、体力を消耗して、余計に体調が悪化しそうだ。目の毒だよ。翡翠は。すぐ治るから、治ったら、うちにおいで。』
と、言ってくれたもんだから、私は嬉しくて、判った!ゆっくり寝てね、なんて言って、電話を切った。こういう状態を、丸め込まれた、というのね、とトイレから出ながら思った。
98
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:00:51 ID:MEMoqnno
トイレから出ると、礼央がいない。1人陽気に、シャンパンを飲んでいるゆかりに訪ねる。
『もしかして、礼央帰った?』
ゆかりは、にんまりして
『マギーに電話かけてきといて、今度はこっちの男が気になるのかい?』
と、ねっとりとした言い回しで聞いてきた。
『さすが、売女だよ!こうでなくちゃ、面白くない!』
ゆかりは、ハイになっているようだった。 そして、やっと、あたしの質問に答えてくれた。
『礼央は、なんだか重要な電話をかけるのを忘れていたから、少し席を外す、って、外に行ったわよ。どうやら、あたし達には、聞かれたくない話みたいな気がしたけどねぇ。』
なんだろう?総理に何か伝え忘れかな?まぁ、国のトップとの電話なんて、誰にも聞かれてはいけないんだろう。
あたしには、よく判らないけど。
ゆかりが、あたしの髪を撫でながら聞く。
『翡翠は、マギーと礼央どっちに魅かれてる?魅力を感じるの?』
白い煙りを吹き出す、ぽってりとしたゆかりの、セクシーな口から出た、いかにもの質問だ。
『正直、判らない。たまたまマギーと先に寝ただけで、もし礼央と先に寝ていたら、もっと違う感情を持っていたかもしれないし…。黒か白、どっちも今のあたしには、選べないよ。』
本当の気持ちだった。似て非なる、二人の美しい男達。
ゆかりは、
『あたしはさ、どんな結論を出しても翡翠を嫌いになんかならないから、ゆっくり考えな。どちらがより、自分にとって大切な人か。―大切な人はね、翡翠。失くしてから、その大切さが判るんだよ。…だから、翡翠には、大切な人を見分けて欲しいんだよ。』と、真剣な表情で言った。
あたしは、その言葉を胸に刻み込んで、頷いた。
『けどね、もしあんたがより幸せになる確率が高い人を選びたきゃ、礼央にしときな。』
と、言い、煙草をくちゃくちゃにして消していた。
あたしは、納得が行かず、その理由を聞いたが、ゆかりは静かに首を振り、あんたにも、嫌でも判る時がくると言った。
あたしの手のなかは、今日、拾い集めたキーワードでいっぱいになっていた。
99
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:01:56 ID:MEMoqnno
この、キーワードが何を意味するのか、その内判ってくるはずだ。大切に身体に刻んでおかなければ。
ゆかりは、バッグを持って立ち上がり、
『今日のあんた達がどうなるか楽しみにしてる。…それと、仕事はマギーじゃなく、あたしから行くから。翡翠チャンには上玉回すから、よろしくね!』
と、あたしが、もうちょっていてー!と引き止めたにも関わらず、にこやかに、帰ってしまった。あたしは、ここでゆかりが酔いつぶれるまで飲んで、それでお開きにするつもりだったのに。
あの、悪戯好きな妖精は高見の見物を決め込んでいる。
ゆかりが帰って少し後、礼央が、なんだか難しい顔で帰ってきたので、
『総理との話し合いは交渉決裂?』
と、聞いてみたが、少し笑いながら、礼央はスコッチに口をつけ、あたしは何も聞けなくなる。
そろそろ店も閉めたい時間だろう。あたしが、そう思ってると、タイミングよく、礼央が
『出よう。』
と、あたしの目を見据えて言った。
その目は、いつもより、目の色が沈んではいたが、美しかった。掛け値なしに。
礼央があたしのマンションまで送ってくれると言い、それに従うあたし。マンションの一角の広場に車を止めて、あたしの荷物を、持ってきてくれるという、相変わらずジェントルマンな礼央。駐車場のマギーの車に気がつかないわけがないのに、気が付かない振りをする。
彼の美学なんだろう。 あたしは、その美学を 全うさせてあげたかった。
100
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:02:42 ID:MEMoqnno
エレベーターが、最上階につき、あたしの部屋の前まで、けなげにも礼央は荷物を運んでくれた。
このまま、帰らす事なんか、あたしにはできなかった。
だって、礼央はあんなにも、あたしに逢いたがってくれていたのだから。
部屋の前で、黙ってキーを差し込む。礼央は、あたしの様子を伺っているようだ。
ドアが開く、あたしはやっと、礼央に、
『中まで荷物お願いできる?』
と、言い、彼を部屋に招き入れた。
そういえば、マギーすら、まだ入った事のない、この部屋に。
礼央が部屋の隅に、丁寧にあたしの荷物を置いてくれている。
あたしは、礼央に聞いた。
『コーヒーとアルコールどっちがいい?』
すると、礼央は、
『翡翠の部屋に二人きりでいて、素面でいられるかよ!アルコールにしてくれ。』
さっき、スコッチを飲んでいたのを思い出し、
『スコッチで構わない?』
そう聞くと、礼央は、
『翡翠以外で俺を酔わせてくれるものなら、なんでもいいよ。』
と、言った。やっぱり兄弟。気障な台詞が、まるで内蔵されてるかねように、すらすらと出てくる。
あたしは、美しい男が口にする気障な言葉は、大好物だ。
あたしは、礼央にソファに座ってもらい、あたしの大好きな『シザーハンズ』のDVDを流した。灯りは、少しほの暗くする。できれば、アロマだけの光がいいのだけど、礼央に誘っているのかと、思われるのは、死んでも嫌だった。
礼央にスコッチと、ミックスナッツを出し、あたしはシャンパンを抜いて、シャンパンバケツ(それは、あたしが勝手に名前をつけた。)に氷をたくさんぶっこんで、華奢で、美しいグラスを持って、礼央の隣に座った。礼央がシャンパンを注いでくれる。ホストになったら、ナンバーは確実だ。
そして、礼央は既にスコッチに口をつけていたが、改めて、乾杯をした。
あたしは、乾杯をするのが好きだった。グラスをあわせる小さな美しい音色が、幸せを運んでくるような気がして。
二人で乾杯をし、今日1日を振り返った。楽しかったね、うん。そんな他愛もない話をしていた。
だけど、爆弾かもしれない言葉は、用意していた。さっき、飲み込んだ疑惑。いや、まだ疑惑と言うには早すぎる。
あたしは、礼央に聞く。
101
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:03:26 ID:MEMoqnno
『ねぇ、礼央。正直に答えて。…マギーは…何かの病気なの?』
それまで、リラックスしていた礼央が急に固まる。表情も、あっという間に、強ばっていく。
あたしは、その礼央の様子を見て、
『やっぱり何かあるのね?』
と、あくまで優しく聞いた。すると、
『理央から、何も聞いてないのか?』
と、逆に質問されてしまった。
あたしは、
『何も聞かされてないわ。全くね。』
と、答えた。
隣で、礼央は難しい顔をしている。迷いや色々な葛藤が、見てとれる。
あたしは、あえて黙っていた。急かすのは、美しい遣り方ではないし、もういいわ、なんて思ってない事も言えない。
あたしが、2杯目のシャンパンに手を伸ばすと、あたしの手を制して、礼央がシャンパンを注いでくれる。
あたしは、素知らぬ顔で、礼央にお礼を言った。
礼央は、やっと心を決めたのだろう。スコッチを、一気に飲んで、自分でまた、スコッチを注いだ。
あたしは言う。
『もう、だいぶ待ってるわ。』
と、天使の微笑みを作る。
『…俺は、さっきお前が兄貴が体調を崩した話をしてた時に思っていた。翡翠は、まだ何も知らないんだ、ってね。』
礼央はあたしを急に抱き締め、
『俺から言ったら、理央はどうなる?あいつは、あいつの強い美意識で、翡翠お前に伝えてないんだよ。きっと…。だから、俺からは、言えない。すまない。匂わすような事を言っておいてなんだが理央が、お前にカミングアウトするまで待ってくれないか?』
あたしを抱き締める、礼央の身体が震えている。泣いているのかもしれない。
『判った。礼央。本人が言ってくれた時にショックを受けるとするわ。あたしも、マギーも、美意識、自分にしか判らない美意識が強いからね。なんとなく、気持ちは判るよ。』
そう、あたしが言うと、礼央はありがとう。と、あたしにお礼を言った。疑惑の玉子は、もう、割れる寸前だ。
102
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:05:14 ID:MEMoqnno
【しなやかなる吐息】
あたしは、礼央の気が済むまで、彼を抱きしめ、彼の背中を柔らかくさすっていた。
いつか、この役目は、全く、反対になるのだろう。礼央があたしを抱きしめ、背中を撫でる姿が、容易に想像できる。
少し落ち着いた礼央は、あたしにありがとう、と、照れ笑いをしながら言った。生意気で美しい彼のそんな表情は、とても可憐で、あたしもにこやかに、頷いた。
礼央を抱き締めていた手を離すのを、なんだか勿体ない、と思っているあたしがいた。
が、礼央はそんなあたしの気持ちも知らずに、またスコッチを飲みだした。
あたしは、うがいと手洗いはしたが、まだメイクを落としていない。シャワーも浴びたい。 一応、ここの家主はあたしだけど、礼央に聞いてみた。礼央は、酔っているのかいないのか、
『翡翠姫のお好きなように。』
と、恭しく言った。
あたしは、その言葉を聞き、バスルームに入って行った。
メイクは薄い方だけど、クレンジングすると、すっきりする。あたしは、念入りに自分のパーツを磨いていった。かかとが、かさかさしているなんて、あたしにはあり得ない。
バスルームから出て、大きな洗面台の前に立ち、髪にスプレーをし、マッサージ。それから、髪にサロンで奨められたオイルを万遍なくていねいに塗り、クレイツのドライヤーで髪を乾かす。熱をとるために、最後は冷風をあてる。
それから、あたしは小さなシルクの肌触りのよいパンティに脚を通す。シックなパープルにした。バスローブは、艶やかな、シルクの黒のバスローブにした。コットンのふかふかのバスローブも持っているが、せっかく礼央がいるのだから、少しでも、美しいあたしを見せたかった。肌の手入れも、完璧て、あたしはもうクライマックスになっているシザーハンズを見ている、礼央の横に素知らぬ素振りで座ってやった。
103
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:06:04 ID:MEMoqnno
礼央は、DVDから目を離し、あたしを見ていた。熱を帯びた目付きで。
『翡翠は、メイクなんかしなくても綺麗だ。素晴らしい!』
と、言った。
あたしは、ウフフと笑ってみせて、礼央の肩に頭をもたせかけた。
そしてDVDに目をやる。ラストのあの、有名な雪を降らすシーンだ。どんな気持ちで、この雪を降らさなければなかったかと思うと、毎回涙が出る。 すーっと涙が頭をもたせかけている、礼央の方に流れていく。
初めは気が付かなかった礼央も、さすがに気付き、そっと、あたしをソファにもたせかけ、自分のスーツのポケットから、大判のハンカチーフを出し、丁寧にあたしの涙を拭いてくれた。あたしの目の前にひざまずき、彼はぷわっとあふれ出る涙を、押さえてくれていた。
あたしが泣いていたのは、この雪のシーンの白さと、マギーが重なったからだ。 けれど、あたしは今違う男と一緒にいて、グラグラと揺れる橋にいるようなものだった。
『礼央、ありがとう。もう、大丈夫。このシーンになると、ついつい泣いてしまうのよ。』
礼央は、哀しそうな声で、
『理央と、重なるからだろう。それで、余計に涙が出たんだろう。』
と、言う。
何も、言えないあたしは、飾ってあった生花の、真っ赤な毒のような薔薇をきりりとくわえた。
これで、何も言えまい。
暫しの沈黙。シザーハンズが悲しいハッピーエンドで終わり、あたしは薔薇を口にしたまま、次のDVDをかける。少し前に上映し、見に行き大好きになった映画だ。DVDを何回見たか判らない。プラダを着た悪魔が、始まる。
礼央の横に座る。他の場所に座るのは不自然な気がして。
礼央が、あたしがくわえている薔薇の茎を噛む。そして、薔薇の花に、そっと口付けた。
あたしは、思わず、薔薇の花を口から落としてしまった。
礼央の遣り方に、美と情熱を感じた。
104
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:06:39 ID:MEMoqnno
あたしの口から薔薇が落ちると、あたしの頭を押さえて、礼央があたしにキスをしかけてきた。柔らかい下で全てをなめとり、たまに固くした舌先で、あたしの舌先をつついたりした。
マギーと寝たばかりのあたし。マギーの事を愛しているあたし。そして、マギーがなんらかの病気である事を知っているあたし。
だからこそ、他の男とは寝れても、礼央とは寝れない。
身体に力を入れて、礼央から逃れようとしているのに、それが全く出来ない。
どうしても、快楽の方が勝ってしまうのだ。
快感が余りにも身体を突き抜け、あたしの身体からは、力がどんどんと抜けていく。
礼央の表情は固い。
広いソファにあたしをそっと寝かす。あたしは、身体をよじるが、すぐに礼央の力で戻されてしまう。
あたしの上に、礼央が馬乗りになってタイやかシャツやらを脱いでいる。
あたしは、やっとの事で、
『ねぇ。やっぱり駄目だよ。だって…。』
そこまで言うと口を礼央の手でふさがれた。
そして、礼央は、
『翡翠、ごめん。』
と、言って、さっき優しく涙を拭ってくれた大判のハンカチであたしの口をぐるっと覆って結んだ。
『許してくれ。俺はお前が好きで好きで、頭がいかれちまったんだ。どんな手段を使ってでも、たった一時の事でも、お前を俺のものにしたいんだよ。ごめん。本当にごめん。』
105
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:07:58 ID:MEMoqnno
礼央は、それだけ言うと、あたしの身体に没頭していった。
あたしだって、本当はこういう展開を期待していたんだ。マギーを愛しながら、なんて汚い女なのだろう。そして、女と男というのは、なんて簡単で複雑なんだろう。
礼央があたしの髪を上にあげると、あたしの白い、細い首が姿を現す。
礼央は、そのあたしの首に、自分の唇を押しあてたり、吸ったり、なめたりした。吸われた部分はかなり強く吸われたので、きっと後が残るだろう。
コンシーラーで隠さなければ。
柔らかく耳を噛まれて、思わず、ハンカチの間から甘い声が漏れてしまった。
あたしの耳を舐め回し、あたし自身が、もう限界だった。
抱かれないと気が済まなかった。
マギーを愛してる。心から。なのに、今は、礼央に抱かれる事を願っている。
そんなあたしは不埒でしょうか?
自分から、積極的に動き始めたあたしに、ご褒美に礼央は口のハンカチを取ってくれた。
礼央が、あたしのバスローブに手を入れる。ブラジャーをつけていない、あたしの胸は、すぐに敏感な場所を、礼央に見つけられてしまった。
『あっ…。』
その声を聞くと礼央は、あたしのバスローブを肩から落とし、バスト部分が見えるようにした。
そして、赤子のように吸ったり、なめたりしていた。礼央は、あたしの気持ちの良い触り方も何故か知っていて、あたしのピンクのそれは、固く、屹立していた。
106
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:08:35 ID:MEMoqnno
あたしは、
『礼央…こ…こまで…なら…ゆ…るさ…れ…る。』
と、快感を必死におしのけて言った。
すると、礼央は、
『許されなくてもいい。なじられてもいい。俺、もう我慢できない。』
あたしも、礼央の答えは判っていたのに、聞いていた。これが、マギーが言っていた贖罪というものなのだろうか。
礼央の手があたしのあちこちを触る。そして、遂には、あたしの甘い密の場所を見つけられてしまった。礼央は、脚をそっと押し開き、ごくごくと水を飲むように、あたしの密を舌先で全て絡め取った。けれど、密は止まることを知らない。
礼央の手がそこに入る。羽根のようなソフトなタッチに声が漏れる。
あたしが、その快感に溺れている間中、カチャカチャと、礼央がスーツのパンツを脱ぎ、とうとう、覚悟を決めたのだと思った。
いや、最初から覚悟は決まっていたのかもしれない。
あたしの身体に礼央が息も絶え絶えに溺れる。
礼央があたしの腰を浮かし、少しずつ、様子をみるように入ってきた。
礼央は、そうして静かに入ってきたのに、あたしを激しく揺さ振った。快感、快楽、悦楽、全てのそうしたものが、身体をかけぬけては、また、やってくる。あたしは、知らない内に礼央にしがみつき、彼の名前を、呼んでいた。彼は、その度に、深く深くあたしを貫き、キスをした。
もう、あたしには罪悪感も何もなかった。
いけない事が気持ちいいって、きっとこの事。
107
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:09:21 ID:MEMoqnno
『もう…あたし駄目かもしれない…。』
礼央の愛撫と、あたしの中でうねるモノに、あたしは快楽の悲鳴をあげていた。
『何回でもいけよ。世界中の快感を貪れよ。』
礼央の挑発の言葉に、あたしは、低く、溜め息をつくように、辿り着く場所に辿り着いた。
それでも、なお、礼央はあたしを貫いている。
その事とあたしが愛しいかのように。
礼央の腰の動きにあわす。なんだか、二人でフラメンコを踊っているような、変な錯覚に陥る。
さっき、辿り着いたばかりのあたしは、全身がピリピリしている。
礼央があたしのピンクの屹立したものを口に含むだけで、
『あっ…ああぁ…。』
と、声を漏らしてしまう。自制しようとしてもできなかった。
いっそう、礼央の動きが早くなり、よりあたしの奥をまさぐった。
あたしは、あぁ、あぁ、と喘ぎ声をあげ続け、礼央があたしの耳元で、
『愛している。翡翠だけだ。』
と、言いあたしのお腹に彼の生暖かい愛情がとんできた。
彼は無言で、それをテイッシュで、拭き、バスルームにあたしをつれていき、髪の毛を結わせた。そして、ボディソープを十分に泡立てて、手であたしの身体を丁寧に洗ってくれた。ふわふわの泡の感触は、とても気持ち良く、あたしを包むこの泡は、礼央自身なのだろうかと、考えていた。
あたしは、礼央に綺麗にしてもらい、リネンのバスタオルで丁寧に水滴を取り、今度はクリーム色のシルクのパンティと、同じくクリーム色のバスローブを羽織った。
礼央が出てきた時のために、メンズの黒のシルクのバスローブと、大判のリネンのバスタオルを置いて、部屋に戻る。
寝ると寝ないとでは大違いだ。あたしは、寝るまで、その最中も、何も判らなかった。行為に夢中になりすぎて。けれど、礼央と寝て、初めて判った。
あたしがきがついてる事を礼央もきっと、勘づいている事だろう。
たまには、ビールを飲もうと思い、冷蔵庫から飛び切り冷えたビールを取り出す。
冷蔵庫に冷やしてあるグラスを取ろうとした時、礼央がバスルームから出てきた。
108
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:11:16 ID:MEMoqnno
『ビールが飲みたい気分なの。どう?付き合ってくれない?』
『俺が君の嬉しい誘いを断る可能性は、地球滅亡の可能性より低いよ。』
『相変わらずね。』
あたしは、冷えたグラス2つと瓶のビールをトレーに乗せて、テーブルに置いた。そして、
『やっぱりビールにはこれでしょ!』
と、ポテトチップスをお皿に入れて出した。
礼央も、
『やっぱそうだよな!』
と、微笑んだ。
ビアグラスだけど、シャンパングラスのような形のビアグラスを、あたしは使っていた。
その、洒落たグラスにお互い、ギリギリまでビールを注ぐ。
『乾杯!ただの、乾杯。』
と、あたしが言うと、礼央も、あわせてくれて、
『ただの乾杯に乾杯』
と、グラスをあわし、二人とも喉が乾いていたので、一気に飲んでしまった。 熱く火照る身体に、しゃわしゅわと跳ねるような炭酸と、少しの苦味が、ちょうどいい。
『礼央、飲むの早いから!』
と、あたしがからかって言うと、礼央はむきになって、
『翡翠と同じペースだ!』
と、最もな事を言った。二杯目を飲み始める。
さっきかけていたプラダを着た悪魔が当然終わっていたので、再度、再生をする。
暫く二人でビールを飲み、たまにポテトチップスを食べながらDVDを見ていると、礼央が、
『君の御用達のブランドばかりじゃないか!』
と、言う。あたしは、まさにその通りなので、何も言えない。
隣に座っている男は、ピンと背筋を伸ばし、カラスの濡れば色の綺麗な髪の毛を、時たま、かき揚げながら、DVDを見ている。切れ長で一見冷たそうなアイスアイ。すーっと、通った鼻筋。マギーよりは薄くないけれど、厚くはない唇。黒い、バスローブが、とてもよく似合っている。政界の大物になれば、彼のファンと称した輩がたくさん、犇めくだろう。
あたしが、そんなとめどない事を、吸い込まれるように考えている内にDVDは、爽やかなエンディングを迎えていた。
『翡翠、これ面白いな!』
と、無邪気に笑う礼央。 あたしも、笑い返す。
ビールがなくなったので、取りに行った時、礼央が言った。
『そろそろ、本音を話そう。』
と。あたしは、
『そうね。』
と言い、ビールを持ってテーブルに置き、礼央の横に改まるように座った。
109
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:12:10 ID:MEMoqnno
【あたし達の決断。】
『俺は、変わらず翡翠が好きだ。だけど翡翠の心が、どこにあるのかは、正直判らない。解けないなぞなぞをしている気分だ。その気分も、勿論愉しいけど。』
それだけ言って礼央は、またビールを流し込む。
余りにも、真剣な話し合いは正直苦手なあたしは、また、大好きな『腑抜けども、本当の愛を見ろ。』をかけた。
DVDを見もしないで、礼央は、きちんとした答え、つまりは自分と付き合うのか、仕事はやめるのか、と聞いてきた。
彼からは、確かにあたし達と同じ匂いがしたのに、彼は、第三秘書であれ、やはり、政治家なのだ。約束という、不自然で不確かなものを欲しているのだ。 本当に、あたしは間抜けだ。寝る男を間違っている。仕事で寝る男ではなく、プライヴェートであたしと寝る資格のある男。
あたしは、ゆっくりと言葉を発した。余裕を見せて。
『礼央、あたしはあなたの事が大好きよ。だけどね、あたし達の生きる世界は全く違う。それに、あたしは約束なんて嫌いだから、あなただけのものになる、という約束はできないのよ…あなたの思い通りになる女じゃなくて、本当に悪いと思ってるわ。ごめんね?』
あたしの言葉を聞いて、何を思ったのか礼央は、最後にあたしを抱き締めさせてくれ、と言って、立ち上がった。マギーもそうだが、この二人の男達の容姿は素晴らしく美しかった。
いつか、二人をレンズに収めてみよう。
あたしは、礼央の言う通り彼の前に立った。
これで、首を絞められても構わないと思いつつ。
110
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:12:48 ID:MEMoqnno
礼央は、本当にあたしの首を締めた。
でも、そこら辺の変態に殺されるよりは、よっぽどましだ…って礼央に悪いか。
頭に酸素が廻ってこなくなる。
いいや。あたしの人生、礼央にあげるよ。あたし自身は、あげられなかったからさ。
急に、手の力が緩み、あたしはソファに、どすん!と横になってしまった。
まずは、息を整える事が大事。
すーはー。すーはー。
何回か繰り返すと、やっと普段の息遣いに近いものになってきた。
ソファの前で、礼央が俯いて、天使の雫をぽたり、ぽたり、と落としている。
ああ!なんてもったいないんだろう。あの天使の涙は、きっとどんなアルコオルよりも、あたしを酔わせてくれるはずなのに。
『翡翠、ごめん。』
礼央が、相変わらず泣きながら言う。バッグを探したが、ハンカチがみつからないので、ベッドのシーツをひっぺがし、ずるずると持ってきて、礼央に渡した。
礼央は、泣き顔から一転して、大笑いをしている。
『お前は、やっぱり特別な女だよ、翡翠。』
と、言って、洗面所に行ってしまった。
おおかた、顔でも洗っているのだろう。
彼の、マギーの、あたしの美意識はよく似ていた。 だからこそ、よく判った。
暫くして、マギーが洗面所から出てきた。
黒髪の貴公子、ってとこか。
あ、貴公子は人を殺そうとなんてしないんだっけ。
礼央は、バスローブを纏って、再びあたしの前に現れた。
『もう、乱暴はしないよ。』
と、手を挙げる。
『いいわよ。あたしも本気になったら本気のおもちゃ位出せるのよ。』と、太股のガーターベルトから黒光りするガンを取り出した。
でも、何度礼央があたしを殺そうとしても、絶対にあたしはあらがわない。このガンは、ただの見せ物だ。
111
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:13:47 ID:MEMoqnno
どんな形にせよ、あたしは礼央を愛しているから。 マギーの事は、もっと愛している。そんな人間を殺せないでしょう。そんな事を、もしあたしがしたら、あたしは後追い自殺をして、マギーに侘びをいれる。
目の前の礼央は、突然登場したガンに初めは驚いていたけど、
『姫には、似合わねーよ。』
と、言った。あたしも、勿論使う気もなく、ガーターに、ガンをまた閉まった。
『なんだったんだ?!一体、俺達は?』
礼央があたしに問い掛ける。あたしは、正直に答える。
『ごめんなさい。不覚にも、わたくし翡翠めが欲情ぶっかましちまいました。なので、いい感じに持ち込んで、いい事やっちゃいました。気持ち良かった!』
ふ…と、礼央は短く笑う。
『翡翠は潔いよなぁー。すげーよ。まぢで。』
あたしは、深々と頭を下げて、王宮のお姫様がするように、バスローブを両手で少し、持ち上げ、
『ありがとうございます。』
と、言ったら、いつの間にか、日当たりの良いベッドに移動していた、マギーから、枕が飛んできた。
ふかふかのベッドは気持ち良さそうで、あたしも寝転がった。
今日は、珍しくぽかぽかと良い陽気で、なんだかどこかに行きたくなる。
『着替えてよ!』
『なんだよ急に。』
『海が見たいの!ほんとうは、白浜に行きたかったけど湘南で勘弁してあげる。』
『海か…たまにはいいな!今日は携帯ブッチだな。』
『だな。』
と、言って、あたし達は、海へ行くべく支度を始めた。
あたしも、今日は携帯電源オフだ。
誰かに追い掛けられないこの心地よさ!
最高だ。
日焼け止めもしっかり塗ろう。
お弁当は、素早く礼央が手配をし、ホテル側に頼んだそうだ。しかも、至急で。こんな客いらねー!と思いながらも、あたしはお弁当に海老フライが入ってたら最高だ!と思っていた。
今日こそ、がちでピクニックだ!
112
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:14:18 ID:MEMoqnno
こんな季節に、わんさか人がいるわけでもなく…。詩的なカップルと、けだるそうな母親と、妙に元気な子供達。そして、老夫婦が波打ち際で海を見ていた。
あたし達は、途中ドラッグストアで敷物や、ビールやお茶やお菓子と、おしぼり用のタオルを買った。
こんな、一般庶民が買うものなんか、久しぶりに買ったわ!
あたしは、益々うきうきしてきた。
買い物が終わるとメーターぶっちで湘南まできて、人間観察までしてる。もしかして、あたし余裕?
あたしはお腹が空いた。朝食抜かしてるし。
ビールをあけて、空きっ腹に2本たて続けて飲むと、更に気分はアップする。
思わず、でっかい声で、
『ビール片手に未成年♪』
なんて、歌ってしまった。すると、カップルは何事もなかったかのように、明後日の方向に歩き、けだるそうな母親は最後の力をふりしぼって、子供達をどこかに連れていった。変質者と勘違いされたのだろうか?
『酔っぱらい!準備できたぞ。』
と、礼央が、敷物を引き、弁当を整え、お茶とビールを置いてくれている。
本当に、礼央はいい奴だ。あたしは、甘えられる人間には、とことん甘える。だから、礼央はまるで、あたしの召使のようだった。
さぁ、いざいただきますの段になったら、高校生の集団、えーと1、2、3、4…数えるのめんどくせぇ。とにかく10人程度はいた。
そいつらは、
可愛い姉ちゃんと飲めていいね、だの、ビールくれだの、そしてしまいにはあたしの胸ぐらを掴んだ。だてに、修羅場くぐってないよ? 礼央を見ると礼央も臨戦態勢に入っている。
すると、小さな老夫婦が高校生達をなだめていた。
113
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:30:10 ID:MEMoqnno
『不粋な真似は、やめときなさい。高校生だ。花も身もあるだろう。
この二人が、素人だと思うかね?
…引く事も、勇気だぞ。―佐々木さんちのユウ君に、林さんちのケンチャンもいるじゃないか。…君達のご両親は、確かとても厳しかった。もめ事、しかも負け戦をして、どうする。
今なら、この人達も知らないふりをしてくれるぞ。早く、ここから帰りなさい。』
老人は臆せず、堂々と高校生達に、言い放った。
高校生、全員が、口々に、
『爺いがいたら、邪魔だしな。』
『あー、白けた。』
『ゲーセンでも行こうぜ。』
と、言って、さっきの事が夢のように、まさに、『煙のように』いなくなった。
あたしと礼央は、老夫婦に深々と頭を下げ、礼を言った。
ひとすじの風が、あたし達の間をさあっと抜けていったが、日はまだ高く、温度を保ってくれている。
あたしは、
『あの、初対面で失礼にあたるかもしれませんが、もしよかったら、お食事ご一緒して下さいませんか?』
と、断れるのを覚悟で言ってみた。
礼央も、
『よかったら、是非お願いします。』
と、再度頭を下げている。
すると、お爺さんの方が
『酒もありますかね?』
と、聞いてきた。
華やかな笑い声が、この広大な海に吸い込まれてゆく。
老夫婦の席を作り、寒いといけないと思い、シャネルの大判のストールも用意した。
日本酒は、生憎なかったので、ビールかシャンパンになります。と言ったら、迷わずシャンパンと言ったのには、こちらが驚いてしまう。
でも、素敵!年齢を重ねてもシャンパンで乾杯なんて、洒落ている。
老夫婦は、姓を語らず、重春と、好美と名乗った。 姓を名乗らないのには、何かあると思い、あたし達も、礼央です。翡翠です。と、挨拶をした。
重春さんも、好美さんも、翡翠という名前にとても興味をもってくれた。親御さんは、素晴らしい名前をあなたに与えた、ご両親に感謝しなきゃね。と、笑顔で本音を言われるのは辛い。
いや、この名前はですね、家族に棄てられそうになったから、先に棄ててやったあたしがつけた名前ですから、等とは口が裂けても言えなかった。彼らの幸福な空想の翡翠でいればいい。
114
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:30:50 ID:MEMoqnno
シャンパンをクーラーに10本程冷やしていたのでとりあえず、みんなで乾杯。高々とあげたグラスに写る碧は、海の碧とは、異なるが美しい。
好美さんはにこにこしながら、飲んで食べていた。
あたし達はビールが飲みたかった事を二人に伝え、シャンパンを一気に飲んで、ビールに切り替えた。
この、爽快な空のもと、飲むビールは、確実にいつもより美味しく、あたしは、喉をごくごく鳴らしながら飲む。ぷはぁーっ。
こんなん初めてやったわ。まぢで。
重春さんと、礼央は話があうらしく、話に夢中だった。
だから、あたしは、好美さんに話しかけたが、にこにこはしているのだが、返事がない。返事が返ってきても、質問とまるきり違う『この、人参は美味しいですね。』と、言う。
はて?と、あたしが考えていると、重春さんが
『すいません。最初に申し上げておくべきでした。妻の好美は、アルツハイマーなんです…。今日は天気もいいし、と思って海岸に来たら、絵画から抜け出てきたようなお美しいお二人がいらっしゃったので、つい好奇心が…。今すぐ、私共は、帰りますので。』
と、言ってきた。あたしはわけが判らなかった。
『重春さん。アルツハイマーだと、なんで帰宅しなきゃいけないの?』
『お二人にご迷惑をおかけするかもしれませんし…。』
『例えばぁ?』
『その、素敵なお洋服を汚してしまうかもしれません。』
あたしは、礼央に目をやった。礼央は勘がいいから助かる。
そして、シャンパンを思い切り振って開け、あたしに贅沢なシャンパンシャワーの雨を、もたらせてくれた。
あたしの服は適度に濡れ、それがとても心地よく感じた。
『重春…重さん!―これで洋服は汚れた。まだ何かリクエストはある。』
重さんは、
『よく冷えたシャンパンをもう一本頂けますか?』
と、にっ、と笑った。あたしも、笑い返してやった。
あたしは、重春さんを重チャンと呼び、好美さんを好美チャンと呼んだ。
それのが、二人にお似合いの気がして。
重チャンが、好美チャンに、
『好美さん、寒くはないですか?』
と、聞いている。好美さんは、いきなり、
『私も重春さんも、ワルツが得意ですのよ。』
と、言い、決して足元の良い場所ではないけれど、華麗な脚さばきと優雅な踊り方が、昔の好美チャンを想いださせる。
しばらく踊ると、重チャンが、
『好美さん、あまり急にお動きになると、お身体に障るので、続きは明日にしましょう。』
と、諭すように言うと好美さんは判ったわと言うような仕草で自分の席に座り、また食べ始めた。あたしと、礼央は美しい踊りを見せてもらい、心から感動し、拍手をした。
拍手をしながら、あたしはさっきから引っ掛かっていた事を聞いた。
『重チャンさ、なんで好美チャンの事、さん付けなの?しかも会話が、他人行儀だよ?』
あたしが余りにも、プライヴェートな質問をしているから、礼央が
『翡翠!人には色々ある事位判ってるだろう』
声を荒げる礼央には知らん顔してやった。
そして、
重チャンがぽつりぽつりと語り始めた。
『好美さんは、わたくしの家内ではございません。市議会議員をしている兄の妻です。ですが、アルツハイマーになってしまった好美さんを放っておくわけにはいかない。兄は、なかなか好美さんの面倒を見れない。そして、考えたのが私に好美さの面倒を任せる事です。…今迄わたくしは、兄の秘書として働いていたのですが、すぐに好美さんづきの世話役になりました。寝室も一緒ですし、お風呂にいれるのも、わたくしです。…兄は、薄々わたくしが、好美さんに想いを寄せていたのを判っていたのでしょう。
…お風呂で好美さんの身体を洗う時等、欲情は無論致しますが兄の伴侶なんです。だから、抱きたい気持ちを精一杯押さえるんです…すると、その激情を我慢するという行為が、素晴らしく新しい快感を僕に与えてくれるんですよ。』
重チャンは、恍惚の表情を浮かべていた。
重箱の残ったものをつめて、重チャンと好美チャンにあげた。シャンパンも何本か。
もう、日が暮れてきて闇将軍が空を支配していた。
115
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:31:27 ID:MEMoqnno
そろそろこの宴も終わりかと思うと、心淋しかったけど、老体にこの夕刻の冷えは、きついだろう。
片付けをしていたら、BMWが近くに停まった。
そして、中から執事のような人間が現れ、
『重春様、好美様、もう、今日はお戻りになった方がよいかと思いまして…。―失礼ですが、こちらのお二方は?』
重チャンは、
『今日、こんな老人と時間を共にしてくれた、大切な方々です。』
と、言ってくれた。
礼央が執事に、頭を下げ、
『本日、助けられた者です。わたくしは、こういう者です。』
と、名刺を出した。
すると、とても驚き、
『池内総理の息子さんでしたか!…これは、お忙しい所、誠に申し訳ありません。』
と、見るからに恐縮していた。
重チャンと好美チャンに、礼央は、
『隠していたわけではないんです。すいません。』
と、言った。
重チャンと好美チャンは、ただニコニコと、子供のような顔で笑った。
そして、重チャンが礼央に、
『あなたは、辛い実らない恋をしているように見える。けれど、それも悪くない。見守っていく恋愛だってあるんだからね。身体が欲しいとか、そんな事を超越して愛する愛があるという事を、知って欲しい。…私は、そうやって一生好美さんを愛していくつもりだよ。』
そう言い、好美さんの肩に手をかけ、お辞儀をして去って行った。
執事も、お辞儀をして二人の後を追っていった。
あたし達は、その二人の後ろ姿をなんだか、童話の終わりを見ている気持ちで見ていた。
『いっちゃったねー。』
あたしは、少し淋しい風を感じて、礼央に、ぽそりと呟いた。
『いっちゃったね。』
礼央も、淋しそうだった。
あの二人と一緒の時は、なんだか、あっかかった。ぽろり。ぽろり。と涙が出そうな位に。
116
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 02:51:45 ID:MEMoqnno
【■密】
ざわざわとした1日の終わりは童話だった。
あたしは達は、あの後、
『またね。』
と言って帰った。
これからは、特別な友達だ。あたしに選ばれた友達。
それは、とても未練がある決断だったけれど、あたしの決断は、いや、あたし達の決断はそれしかなかった。
泣きたいけど、泣いてしまったらこの美しい決断を汚す事になる。
だからあたしは、涙を流さない。
携帯の電源をオンにする。着信2件と、メール1件。着信は、ゆかりとマギーだった。ゆかりは、今日、ノンフィクションで飲もうと入っていた。 マギーからは、今日は素敵な夜を過ごしているのかい?、と入っていた。
着信もマギーで、
『今日あたりは、ゆかりと飲みに来いよ。』
と、微笑んでいるような声で、留守録が入っていた。
今日は、ノンフィクションかぁ。その前に、シャワーでも浴びよう。
何を着ていこうかな? 仕事でもないから、ラフなスタイルでいいか。
ホテルスライの総スパンコールのトップスに、NINEのスパンコールのアーガイル柄でピンクのミニスカ。
そして、ブロンディののきら糸仕込みでフレアのニットカーディガン。
足元は、優しいピンクにビジューが施されたリュクスな一足、マリコオイカワのものにしよう。
シャワーを浴びる。
そこで、あたしは考えた。礼央も同席させてみたら…?
あたしは、メイク前に礼央に携帯をかける。
『チャーミングなお嬢さん?昨日、あ、今日も、とても素晴らしい時間を僕にありがとう。』
『こちらこそ、嬉しかったわ。あなたは最高よ。』
あたしは一息置いて
『ねぇ。義兄君に会ってみたいと思わない?勿論、無理にとは言わない。』
礼央は、一泊置いて、
『俺は兄貴に会いたいと思ってるよ。ずっと…。だけど、怖くて、いつもあの店の前に行っても、ターンしてしまうんだ。』
『それなら、今日一緒に行きましょう。私の連れも一緒に。…ゲームのラストは誰にもわからないけど。』
そう言うと、礼央は、真剣なゲームに乗ると言う。
どうなるかは、暗闇だ。
マギーがどう言うかは、判らない。ゆかりは、面白がるに決まってる。
マギーに、先手を売って連絡しない方がいい。
ここは、奇襲作戦だ。
117
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:14:05 ID:MEMoqnno
あたしは、あの二人に仲良くして欲しいと、勝手に思ってる。
傲慢極まりない。けれど、本心は隠せないし、それ位の画策なら、いくらでもやってやる。
天国が見えるのか、 地獄に堕ちるのかは、あたしには判らないが。
できるなら、あの黒と白の貴公子の談笑を見てみたい。
きっと、二人が並べば、キラキラと光って眩しいんだろう。
あたしは、美しいもの全てが大好きだ。
シャワーから、出て、裸体で部屋をうろうろする。
そして、ゆかりに電話してみた。
『かわいこちゃ〜ん♪今日は、あたくしとデートで良くて?』
『あのさ…。マギーの弟連れていってもいいかなぁ?』
あたしは、当然ゆかりが驚くと思っていた。
兄弟や、家族の影を消していたマギーだから。
すると…
『礼央に会ったの?』
と、以外な答えが返ってきた。
あたしは驚いて、
『ゆかり、礼央の事知ってるの!?』
と、聞いた。
ゆかりは、ぼそっと、
『まぁ、あんたよりマギーとは付き合い長いしね…。』
と、なんだか今にも泣きそうな声で言った。
あたしは続ける。
『礼央はマギーに会いたがってる。だから、奇襲をかけるつもりなんだ。』
『翡翠は、礼央とも寝たんだね。』
あたしは、無言の返事をした。
ゆかりは、なんだかピリピリしていた空気を解いて
『そだね。面白そう。乗ったよ。そのジェットコースターに。』
よかった。一瞬緊張感が走ったのは、ゆかりが何かを知っているということだろう。
けれど、あたしは聞けない。
だから、今日あたしは、皆が共通する秘密めいたものを、目の前で、見たい。
いや、絶対に見る。全てを。
※
>>94-99
のエピソードは何だったのか
118
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:18:28 ID:MEMoqnno
洋服と同じように、ラメ感を重視したメイクにしてみた。
アルマーニの下地に、リキッドファンデーション。そして、限定で購入したケサランパサランのゴールドとシルバーが混じったパウダーを顔の要所、要所にほどこしていく。
シャドーはキラキラのルナソルにした。ピンクベージュを全体に。際には、ボルドーを。アイライナーはアナスイの黒のラメ入りのもので、目尻を跳ねさせ、猫目に見えるようにした。
チークは、艶が欲しくて、ヘレナのピーチラテを。
唇はソニアリキエルのリップライナーでオーバーリップ気味に描く。 そして、ジルスチュアートのコーラルピンクの口紅の上から、ラメピンクのグロスを、たっぷりと塗った。
眉毛はいつものMACのアイブロウ。
マスカラは、とても迷ったがボルドーがとても美しいフォルスラッシュをチョイスした。 そして、限定で出たジバンシーのブラシタイプのラメを、ちょんちょん、と睫毛の先につけた。
メイクも着替えも終わり、今日の香水を考えた。
妖艶な女から香る、少女のような、甘い香り。アナイスアナイスにした。甘ったるい香りがあたしを、部屋を包む。
用意ができたあたしは、ゆかりと礼央にメールをした。礼央は、少し遅れるとの事だったが、ゆかりは、用意万全だよ!と元気な返事が返ってきた。
あたしは、カシミアの黒とグレーのチェックのストールを持ち、忘れ物がないかを確認して、ノンフィクションに向かった。
119
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:19:08 ID:MEMoqnno
大通りがすぐそこなので、容易にタクシーを捕まえられる。本来なら、歩いてでもいける距離だが美しい靴を、すり減らすのは御免だった。
タクシーで2メーター。あたしは、5000円札を出し、
『お釣はいらないわ。』
と、言った。運転手さんは、そんな!とんでもないとか言っていたけど、あたしはドアから、すっと抜け出て、路地に消えていった。あたしって、サンタクロースじゃん、なんて自分で考えてしまった。あ、そういえばクリスマスも後、3ヶ月もしたらやってくる。その日は仕事を取らないで、マギーと礼央とゆかりとあたしの4人で、partyをしよう。きっと楽しいはずだ。
ノンフィクションの思いドアには、いつまでたっても慣れない。
ラッキー。今日のミュージックはルースターズだ。大江、最高!
あがった気分のまま、ゆかりを見つけ、隣に座る。
『お待たせ。』
『あたしは、生まれてこの方誰も待った事ないね。翡翠の勘違い。』
そう言ってあははと大きな口で笑う。
相変わらず陽気な女だ。
今日のゆかりは、黄色いチェックのシャツ、かなりボタンが全開に、フレアの光沢が美しい、洋服を着ていた。靴はヴィトン。
メイクは、パープルをメインにし、陰影をきちんとつけている。チークテクニックで、頬のたるみも、ほとんど目立たない。すごいよなあー。女のプロだよなー。
なんて、数秒の空白を作ってしまった。
『ゆかり、何飲んでるの?』
『今日はFOURローゼスのレアボトルが入ったから、それ飲んでる。』
『あたしは何にしよっかなぁー。』
と、迷っていると、いつもと変わらないマギーがやってきて、赤ワインの私好みの苦味の少ない、フルーティーなものが入ったという。
マギーのお薦めもあり、あたしは赤ワインにした。
『そう言えば…。もう1人誰か来るんじゃなかったっけ?とっておきのシャンパンを冷やしてるから、その人が来たら、シャンパン開けて騒ごうか』
と、天使の微笑みを讃えている。
最悪、喧嘩だけはしなければいいと思っている。 そして、マギーの礼央に関する気持ちの情報が全くないというのは痛い。
けれど、このどこに行くかも判らない不確かな船に、ゆかりと礼央は乗ってくれたんだ。
転覆させちゃ、女がすたる。
あたしは、いつも通りのあたしのまま、ゆかりやマギーと喋り、ジョークを言い合って笑っていた。
上品とはかけ離れたジョークも、たまにだったら面白いな。
120
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:19:45 ID:MEMoqnno
あたしは、いつものように、
『適当に食べられるもの作ってー。』
と、マギーにお願いした。マギーは腰を曲げ、手を前に持ってきて、まるで家心が主にするような仕草をした。
あたしは、素知らぬ顔して、マギーに美味しく作ってよ、早くね、熱々のね、等と注文をつけにつけた。
『あたしは、まだ礼央が来る事は言ってないよ。』
白い煙を空に揺らしながらゆかりが言った。
『ありがと。あたし、誰が来るかをマギーに伝えないつもり。変に構えられても嫌だし。』
『あたしも、それのがいいと思うよ。礼央についてどう思っているかは、はっきりとはしてないしさ。』
ゆかりが、また白い煙を空に出す。そして消える。ああ、あたしもああやって、消えていなくなればいいのに。なんて、恵まれた者の言葉だ。そんな事いったら、あたしの株が堕ちる。
ノンフィクションのドアが開いた。そこには、たわわな黒髪を持つ、美青年が入ってきた。身長の高さが、余計に彼を目立たせる。
ラフなネイビーのセーターにデニムを履いてきている。彼らしい。
あたし達の場所が見えないらしく、…なんせ、ここは増築を重ねて変わった形になっている。…あたしは、螺旋階段を走り、礼央のセーターをちょんちょん、とした。
礼央は、
『理央はどんな感じ?』
と聞いてきたので、あたしは
『奇襲をかけるのよ。』
と、言い捨てた。
121
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:22:19 ID:MEMoqnno
『翡翠は相変わらず、強気だな。俺はいつでも、翡翠の前だと臆病者の気がしてならない。理央に、拒絶されたら、と思うと、とても怖いんだ。』
『礼央、それは臆病者とは言わないわ。あなたの今の感情は、あなたの立場なら当然よ。もし、拒絶されたら、あたしが一晩中あんたの頭を撫でてあげるから、心配しないで。』
『翡翠…本当に感謝するよ。そのサーヴィス、受けてもいいんだけど。』
なんて言いやがるから、軽くエルボーをかましといた。
『用意はいいかしら?』
『ああ。そう言わないと一生ここから動けない。』
『行くわよ。いつものように美しく振る舞ってね。』
礼央は、やっと笑顔を見せ、
『ああ。美しくなければいけないんだ。危うく、忘れる所だった。ありがとう。翡翠。』
そして、その長い指をあたしに差し出し、あたしをエスコートして、螺旋階段を、優雅にゆっくりと上がって行った。
そして、ゆかりに挨拶をした。
『大変、ご無沙汰しております。』
と、頭を下げると、ゆかりは、タバコをもみ消し、礼央に向かって、
『あたしは堅いのは好きぢゃないんだよ。』
と、笑いながら言った。
礼央は、
『それじゃ、俺もくだけていこうか。』
と、少し緊張や強ばりが、身体から離れていっている。
ゆかりにかかると、誰しもが楽しい気分になれる。
マギーは、厨房から出てこない。役者が揃わねぇと、芝居が始まりませんぜ。
スタッフの子にグラスをもう1つ貰い、あたしがお奨めされた真っ赤なワインをつぐ。どくどくどくどくと。
皆が厨房の出口を見た。フードを運びながら、こちらに今夜の役者の一人、マギーが近づいてくる。
122
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:23:41 ID:MEMoqnno
正直、ゆかりもあたしも礼央も、皆緊張した。 どう、出るのか。
賽子は転がり続ける。
『うまいから、全部食えよ。』
そう言ってマギーはボルシチとフランスパンを添えたものを皆に出した。
1人、1人の前に置いていく。一番、奥にいる礼央が、最後に、マギーから湯気の立った美味しいボルシチを置かれるはずだ。
ゆかり、あたし、そして礼央。それまで俯いて料理を見ていたマギーが顔をゆっくりとあげる。
そして、
『こないだは、ちゃんと顔も見れなかったから…。お前、かっこいいんだな。』
と、マギーが悔しそうに言った。
そっか、マギーの中では、礼央はずっと、自分の弟だったんだ。
『今日は、おしゃべりになりそうだな。ま、まず腹ごしらえだ。食え。』
あたしは、熱いボルシチをフーフーいいながら食べた。こぼさないように。
ゆかりは、すっとスプーンでスープをすくい、そのまま飲んだ。
とても美しいたべ方だった。
礼央は、感激しながら食べているようだった。
『翡翠、まじうめーよ。理央は、料理の天才じゃねーか!』と言っている。
そこに、こんな声が聞こえてきた。
『オーナー、すいません。さっきもオーダー通したんすけど、ピザお願いできますか?』
すると、マギーは
『わりぃ!すぐ作る。』
と返事をしていた。忙しいと、オーダーも忘れるもんな。と思っていたあたしだったけど、ゆかりと礼央が素早く視線を交わしたのを見逃さなかった。
あたしは、素っ気なく、本当は別にどっちでもいいんだけど、みたいな風を装って、
『何?今のマギーのオーダー忘れになんかあんのー?』
と、聞いてみた。すると、ゆかりが、
『今日は、この兄弟の再会の日であり、翡翠に真実を知ってもらう日でもあるんだよ。』
と、言った。
『何それ。』
自分でも声が震えるのが判る。
『翡翠、理央に言わせてやってくれ。』
と、言う。
あたしは、判ったと言って、よくない予感の欠片を胸に挿したまま、食事を続けた。
人間こんな時でも、美味しいものを美味しいと感じるなんて、すごい。
こりゃ、すんなり死ねねーな。
123
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:24:43 ID:MEMoqnno
今日は、店を2時に閉めてくれた。こんな大事な時に限ってスタッフは休み、店は忙しい。そんなもんだ。
あたし達は、この美味しい赤ワインを、3人でもう3本も飲んでいたが、いっこうに酔わない。まぁ、酔わずにこのふくよかな味わいを感じる事ができるのは、ラッキーな事なのかもしれない。
あんなに、緊張していたのに、マギーと礼央は普通の兄弟のように、楽しそうに話している。あたしと、ゆかりはわざと二人の会話には入っていかなかった。こんなにも、あっさりとわだかまりのようなものが、なくなって、あたしは本当によかった、と思う。
『翡翠。』
ゆかりがあたしを呼ぶ。
『悪いんだけど、近々時間取ってくれる。ゆっくり食事でもしながら、話ししたいんだ。』
ゆかりが、そう言うなら勿論時間を取る。
あたしは、心の中でゆかりが、
『ごめんね。トラブルメーカーばっかでさ。』
なんて、呟いていたのを知るよしもない。
兄弟はたっぷり一時間は喋っていただろう。けれど、この二人のあったはずだった膨大な時間は、誰にも取り戻せないと思うと、胸が苦しくなる。
マギーと礼央があたし達に礼を言ってきた。柄じゃないよ、やめておくれよ、とあたしも、ゆかりも珍しく照れて言った。
あたしは、そう言えばと思い出し、
『マギー、あたしに話があるんでしょ?』
と、言った。なのに無言のマギー。
ゆかりが、
『翡翠に言わないで、誰に言うんだよ。』
と、マギーに声をかける。
『そうだな…。』
と、低い声でマギーが言うと、ゆかりは、
『あたし達はフロア席で飲んでるわ。話が終わったら、迎えにきてちょうだい、翡翠。』
淋しい笑顔だった。
礼央は、
『こんな時に、気障な台詞の1つも浮かばねーよ。ごめんな、翡翠』
と、口惜しそうに身体を震わせていた。
そうして、二人はフロア席にと降りていった。
勿論、ワインは忘れずに。
124
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:26:13 ID:MEMoqnno
マギーのグラスにも赤ワインをつぐ。
『お前ら、ばかばか飲みやがって。あのワイン10本しかないんだぜ。』
『だって、美味しいって出してくれたのはマギーじゃん。』
『遠慮は美徳だぞ。』
『遠慮は三文の得にならず。』
あたし達は、笑いながらそんな話をしていた。
笑い話をしている最中に、くすくすと笑っているマギーに
『…秘密を教えて。』
と、切り出した。
マギーの笑いが止まる。ヴィヴアンの赤と黒のアヴァンギャルドなマギーは、やっぱり素敵だ。
困った顔させちゃってごめんね。
『どうしても言いたくないならもう、いいから。』
あたしは、知らずの内にそう言っていた。
聞きたくない自分もここにいる。
けれど、マギーは首をふって、ああ、髪の毛が透き通って美しい、
『翡翠には言っておかないといけない。どうしても。』
と、自分の額に手を置いた。まるで、自分を落ち着かせるように。
『これから話す事は全て実話だ。そして、どうしてそうなったか、治る見込みはあるのか、全く判らない。誰にも』
『治るとかって、なんかの病気なの?』
『病気…なんだろうな。』
あたしは、焦れったくなってきて、聞いた。
『一体どんな症状がマギーの身体を蝕んでいるの?!』
『身体…というか記憶だよ。』
『記憶…?』
『ゆっくりと、何もかもを忘れていくんだ。その症状が顕著に出始めた。だから、翡翠には、言わなければいけなかったんだ。マギーもゆかりも知っていた。』 マギーは、タバコをくわえ、
『脳内の異常らしくてな。小さい頃は、なんともなかったけど、たまに、忘れる事が出てきて、今はそれが頻繁になってきている。―親父が俺を政界に入れるのを諦めたのも、この、忘れるって事が原因だ』
あたしは、泣きながらマギーに質問する。
125
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:26:51 ID:MEMoqnno
『あたしは、泣いてない。泣いてないよ。ねぇ、マギー。…あたしの事も忘れちゃうの?』
マギーは苦しそうに、
『何もかもが本当に判らないんだ。前頭葉の異常であるのは間違いないらしいんだが。そして―年々ひどくなっていくらしい。』
こくこくと頷くあたし。泣き声を漏らしたくない。
そっか、少し前からの忘れ癖は、病気だったんだね。気が付いてあげられなくて、ごめん。
マギーが続ける。
『これ以上、何かをわすれる事がひどくなったら、俺はある施設に行く。そこで、治療と研究を施すそうだ。』
『マギーが、なんでもかんでも忘れたとしても、あたしがマギーの面倒を見る!一生見るから』
マギーがあたしの手を握る。あたしは、マギーの薄い色の瞳を見た。
『翡翠、俺は最後までお前達の思い出の中では、美しくありたいんだ。翡翠、それは判ってくれるだろう?』
そうだ。あたし達は格好をつけて生きていく事をとても大切にしていた。
格好をつけて生きるというのは容易じゃない。けれど、だからこそ周りが良く見え、優しくもなれた。
あたしは、恋の心に負けそうになって、マギーのプライドをズタズタにして血まみれにしてしまうとこだった。
いつまでたっても、あたしは愚かだ。けれど、あたしはもっともっと成長してやる。
126
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:27:51 ID:MEMoqnno
心配したマギーがあたしに声をかける。
『翡翠…。』
あたしは、この場面で泣いてはいけなかったんだ。だから、もう、涙を流さない事にした。
『マギー、その施設とやらに行く日は決まってるの?』
『…恐らく12月26日だ』
12月26日って、随分中途半端じゃないか?
あたしがそう思っていると見透かした様に、真っ白な肌のマギーが、
『CHRISTMASPARTYがあるだろう?…華やかに去りたいんだ。』
判る。さっきまではショックで何もかもを絶望的に考えていたけど、今なら判る。去りぎわを美しく。
『最高のPARTYにしましょう。』
悲しさは、勿論あったが、あたしはそれを隠して、粋な女を装った。
装った?違う。あたしはいつでも粋でいい女だ。 だからこそ、笑顔で涙を隠すのだ。
CHRISTMASまで、あと3ヶ月弱。時間は、まだある。あたしは、できるだけ、マギーの傍にいるつもりだ。
あたしは、
『仕事と、マギーとのデートで忙しくなりそうだわ。』
と、不敵な笑みを浮かべて、マギーにキスをした。
相変わらず、熱いキスだった。
マギーが言う。
『俺、中学生みたいだな。』
と、言ってから
『今、翡翠としたいんだ!』
と言った。
あたしは臆せず
『何処で?』
と、聞くと、
『VIPルーム!』
と言い、
フロアにいる、ゆかりと礼央にも、
『翡翠とVIP行くから!』
と、言った。ゆかりと礼央は、散々卑猥な野次を飛ばし、冷やかしていた。
127
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:29:29 ID:MEMoqnno
いつもは冷たいはずのマギーの熱い手に引っ張られ、半ば走るようにVIPルームへと走る。この階の一番奥にある、秘密の部屋。
ドアをあける。
部屋に押し込まれるようにして、キスをされる。
そして、手早くあたしの洋服を脱がせ、自分も洋服を脱ぐのがもどかしいように、脱いでいる。
この、彼の必死なまでのひた向きさに、あたしは、改めてこの、美しく気高い男を愛してると思った。
服を脱ぎ終え、あたしに後ろを向かす。自然と壁に手をつく形となる。
彼は、あたしの2つの乳房を揉みしだき、力強くその先端をねじった。
『…っあ…』
と、あたしが声を漏らすと、彼の手がすっとその場所に動く。十分に濡れているのを確認してから、彼は、あたしの背中を下げ、お尻をあげて、そのまま、きた。するっと入った彼のものを彼は思い切り、あたしに打ち付ける。
あたしを愛してるという甘い言葉のように。
礼央と寝たあたしを許さないとでも言うように。
彼はただただ、あたしの中を出入りした。
あたしに大きな波がやってくる。飲まれてしまう。
『マギー、…もう…あたし―っく。』
あたしがその快感を貪っている内に、彼にもその時がきた。
温かい彼の体液を感じた。
128
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:30:29 ID:MEMoqnno
あたしの背中に排出した液体を、マギーは綺麗にふいてくれた。
そして、あたしに前を向かせた。耳を軽く齧る。身体のあちこちを、撫でるように刺激する。首筋に思い切り、証を残す。乳房にも。ちゅうちゅうとあたしの乳房を吸うマギーは赤ちゃんみたいに清らかだった。あたしは、そうして愛撫され続け、脚には甘い密がつたっている。マギーがあたしに思い切りキスをしながら、片足をあげさす。あたしは、もうマギーに逆らう事などできない。マギーがまた、あたしに入ってくる。ソフトな動きとハードな動きを混ぜてくる。その間にも、乳房や身体中への愛撫はおさまらない。どれ位そうしていたかは判らないが、今度は彼が、短く、
『…んっ…』
と言って果て、今度はあたしの、お腹に愛情の記しを放出した。
これで終わりだと思っていたあたしが甘かった。 マギーはソファーで、洗面台で、そして浴室であたしを抱いた。この人には、限界がないのだろうかと思った。
無言で行為を行っていたが、一言、
『礼央とは、もう二度と寝ないでくれ。こんな、格好悪い事は言いたくないんだけど。』
と、言った。マギーは、あたしの身体から礼央の痕跡を全て消したいんだ。それで、こんなにやっきになっているんだ。
あたしは、マギーの言葉に、
『もう、一生礼央とは寝ない。』
と、誓った。
129
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:31:28 ID:MEMoqnno
【哀しまないから哀しまないで。】
あたし達はお互いに軽く身体中にキスをし、唇にも、幾度となく、キスをした。
そして、お互いに満足がいき、着替え始めた。
あの、気分屋の二人はもう帰ってるだろうね、なんて言いながら。
そして、部屋を出る前にもう一度熱い抱擁とキスを交わし、部屋を出た。
今、思えば赤面するような格好もさせられ、そこら辺が痛い。
あたし達がだらだらと愛のような事を語って歩いていたら、フロアから、東京桃尻テレビジョンの、でたらめで豪快な音が流れ始めた。
『激しかったみたいだねー。マギー中学生みてーじゃん。』
と、めちゃくちゃに踊りながらゆかりが笑う。
礼央は、
『兄貴、心配するな。翡翠は兄貴を愛しているよ。この世界の中で一番。光栄だと思えよ。』
と、やはり笑顔で言う。
マギーは、頷くだけだった。にこやかに、華やかに。でないと、涙がこぼれそうだったんだろう。
ゆかりが言う。
『ま、翡翠さんは浮気性ですけどねー。』
と、舌をぺろっと出して言う。
あたしは、
『浮気性の翡翠はいなくなりました。これから新生翡翠だから、よろしくね!』
と、柄にもなく弾む笑顔なんて作って言ってしまった。
あたし達は、バカ騒ぎをし、解散した。
衝撃的な事実を知ったにも関わらず、あたしはもう動揺していない。
素晴らしいCHRISTMASPARTYにしようという事と、マギーの病気の進行の速さを考えていた。
PARTYまでは、いつものマギーでいますようにと、願わずにはいられない。
130
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:32:42 ID:MEMoqnno
あたしは、ゆかりと礼央にもPARTYの話をした。 そして、マギーがいつ、施設に行くかも。
施設は面会自由らしいが、あたしは今の颯爽とした彼を覚えていたかった。忘れる事がひどくなると、車椅子に乗せられることもあるそうだ。
あたしは、あの美的感覚とプライドを持った男がそれを望むとは考えていない。醜悪な姿を見せるのなんて、あたしだって嫌だ。
だから、あたし達は彼が施設に行く日に終わるのだ。いや、始まるのかもしれない。恋心は熱くあたしを燃やしてくれるだろう。
PARTYの招待客は、かなり選りすぐった。この店のスタッフと、あたし達と気の合う貴重な人間を30人ほど呼んだ。これで、あたし達をいれて38人だ。少ないだろうか?いや、人数じゃないだろ、と言ったのは礼央だった。俺らと同じラインの人間でないと、理央は喜ばない。とも、言った。
確かにそうだ。
しかも、今回のメンバーは、PARTY慣れしているからエンターテイメントに溢れている。
心配する事はない。
PARTYの表向きは、CHRISTMASPARTY&閉店PARTYとしている。
この場所がなくなるのは痛かったが、仕方ない。娼婦の仕事も今度は、礼央がツールになってくれている。
以前と遜色のないハイソサエティな人物に次々と高価なプレゼントを頂き、抱かれる。それは、変わらない。
131
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:33:23 ID:MEMoqnno
そして、たまにはマギーとも、寝た。彼の行為はいつも、あたしを未知の世界に連れていってくれた。
ねぇ。神様。この人本当に病気なの?
心の中ではいつもそう思っていた。
溶けてゆく身体でぼんやりと。目と目があう。
あたしは、泣きそうになるけど泣かない。彼も本当は泣きたいだろうに、泣かないし、弱音なんか吐かない。
彼の気高く崇高な魂を思う。哀しいけど泣かないよ。
そんな毎日が続く中、あたし達は、PARTYに向けて演出を考えていた。
皆で踊ったり、食べたりしよう。モデルばりのルックスね人間たちばかりだから、ファッションショーもいいね。
ゆかりは、
『あたしは、無理だねぇ。』
と、ケラケラ笑ったが、あたしはゆかりの衣装は、もう決めていた。
『翡翠さぁー、気使ってくれなくていいからさぁ。』
『駄目です!ゆかりにはぴったりの衣装があるの!』
そう、びしっと言うとゆかりは、
『判ったわよ。それまでにせいぜいダイエットでもしておくわ。』
と、やっと納得した。
この、ショーのラストは勿論、礼央とマギーだ。本来の黒王子はマギーだが、ここは、見た目を優先しようという事になった。マギーには天使の姿を。そして、礼央には悪魔の姿を。
なんせ、招待客に、デザイナー、メイク、プランナーがいるのだ。彼らの意見を聞きつつ、あたし達は、順番や洋服、メイクを決めていった。
幸い、招待状を出した人間で断った人は誰もいなかった。皆、選ばれた事が、光栄極まりないようで、ノリノリで準備やレセプションが決まっていく。
あたし達は、皆、充足していた。
PARTY内容はマギーには秘密にしていた。
サプライズだ。
ちょこちょこ、何かを忘れたりはしているようだが、許容範囲内だ。
マギーが、全てを忘れてしまっても、なんかの拍子に、ふと思い出してもらえればいいな、と、あたしは思う。
132
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:44:41 ID:MEMoqnno
前日には、勿論リハーサルを行う予定なので、それまでに全ての衣装や小物を用意しときたかった。
が、思ったよりゆかりの衣装に時間がかかった。この衣装は、デザイナー本人に頼んだのだ。とても、時間のかかるデザインだと、判っていた。けれど、彼はそれを受けてくれたし、間に合わすべく必死になっている。なので、アシスタントの子と、他の衣装を決めた。吉祥天女、クレオパトラ、オスカル、アンドレ、そして、ゆかりの衣装、マリーアントワネット。彼女にぴったりだ。あの、カールされたヘアスタイルを見る度に、思い出していた。それから、トリの美しい天使と悪魔。 ちなみに、吉祥天女とクレオパトラを演ずるのは男性だ。天女は歌舞伎界で活躍している女形。本当の女性とみまごうほどだ。そして、クレオパトラを演じるのは、ロスから遊びに来ている、この店の常連客。本国では、本当にモデルをしているという。浅黒い肌に高い鼻。メイクをして衣装を着れば、誰も男性とは思わないはずだ。
リハーサルまでに、ゆかりの衣装ができる事を願うまでだ。
133
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:45:21 ID:MEMoqnno
もう、お品書き、という名のPARTY進行の皆に配るメニューもできあがった。
フェルトでサンタとトナカイとお星様を張り付けた可愛らしいものだ。
ゆかり以外の衣装あわせは全員済んで、サイズのあわない場所も、もう直した。
当日は、礼央の顔ききで、某有名フレンチのケータリング。勿論、七面鳥と、ストロベリーショートケーキも、忘れていない。
飲み物は、バーだけにたくさんある。
ただ、シャンパンはモエのピンクを飲みたかったから、注文しといた。
自分の衣装も、決めなければならない。せっかくのCHRISTMASPARTYだし、ドレスコードを設けてある。
『女性はできるだけ艶やかなドレスで。男性はブランド物のスーツ着用。』
私は、何を着よう。色々なドレスを彼に見せてきたけれど…。とびきりかっこよくて美しいあたしを見てもらいたい。
刻々と、時間は容赦なく刻まれていく。
あたしは、きっとマギーを一生忘れられない。
マギーがあたしを忘れる?そんな事ない、って言いたいけど…。
医学の進歩は目覚ましい。それにかけるしかない。
あ、そうだ。あのドレスならマギーはきっと喜ぶはずだ。あたしは、さっ、とメイクをして、着替えてそのSHOPに行った。
ラッキーな事に店長さんがいた。
『翡翠ちゃーん。お久しぶりじゃないのよー。』
『すいません。エロエロ忙しくて。』
『でたよ、翡翠ちゃんの親父ギャグ!』
と、たわごとをしゃべってから、 店長さんが聞いてきた。
『今日は、どんな感じの物をお探しー?』
『スペシャルなPARTYに出るんです。だから、コレクション物の方でお願いしまーす。』
『コレクション物いいの、こないだたくさん入ってきたんだよねー。別室に展示してあるから行こう!』
134
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:45:53 ID:MEMoqnno
店長さんの明るい声に、密かに勝手に幾分か慰められて、部屋に入る。
デコラティーブ!!
ヴィヴィアンファンの子なら、涙ものだね。勿論あたしも、不覚にま、涙ぐんじまったけど。
『翡翠ちゃーん。』
鼻にかかったような特有の声をしている店長に呼ばれて行ってみる。今日の店長は青チェックのシャツに細い黒いネクタイをし、ピッタピタのダメージデニムを履いていた。そのデニムのハートのアップリケがヴィヴィアンらしくて可愛い。
『ね、これどう〜?』
首までフリルのシャツに、前下がりの赤いチェックのジャケット。シャツが後ろから出ていてそこにも、フリル。燕尾服のようになっている。ボトムはタイトな赤いチェックのロングスカート。裾を引きずるタイプ。そして、そのひきずるあたりからも、フリルがだーっと入っている。ロッキンホースも買った。この洋服と同じで赤いチェックだ。そして、斜めに被る小さな淑女のヘッドドレス。
これは、マギーに喜ばれるだろう。
試着してみる。
『だから、翡翠ちゃん、うちのコレクションに出てってゆってるじゃん!トレビアン!最高!』
あはは、と笑いながら鑑を見る。完璧だ。
『じゃ、店長さん、これ全部ねー。』
と言うと、
『出たよ、翡翠ちゃんのバカ買い。…ありがとうございまーす!』
包装してもらっている間、店内を物色していたら、近未来的な形をした、男女ペアの腕時計を、発見した。どどんとある、ヴィヴィアンのロゴがかっこいい!そうだ。これをプレゼントにしよーっと。
あたしはレジに行き店長さんに、
『プレゼント用でーっ。』
と、渡した。店長さんは、
『ありがとでーす!でもこれレア物で狙ってたのにー。』
あたしは、キャッキャと笑い、
『残念でした。』
と、金髪のベリーショートヘアを撫でてあげた。
優しいぞ!あたし(笑)
135
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:46:28 ID:MEMoqnno
準備は着々と進んでいく。ゆかりも、忙しい礼央さえも、暇を作って手伝いに来てくれる。
常連客の何人かも呼んだ。きっと、マギーが喜ぶんぢゃないかと思って。
ケータリングや、室内の装飾、全てに抜かりはなかった。
―けれど、クリスマスが近づくという事は、あたしとマギーの別れが近づいているという事だ。
あたしは、1人になるとよく泣いた。でも、すぐに泣き止むように、自分を制した。
今、一番辛いのはマギーなのだから。
あたしが、笑っていなくてどうする?
暗い顔をして、マギーを更に哀しませる?
そんな事は、あたし自身が許さなかった。
マギーは帰ってくる。
いつになるかは判らないけど、絶対に。
あたしは、それを信じて、マギーとの一時の別れと、めでたいらしいクリスマスパーティーの用意をする。
ゆかりは、ほぼ毎日来てくれた。
そして、あたしを笑わそうと必死だった。
こんなんじゃ、いけない。誰かに、あたしの涙の尻拭いをさせちゃ、いけないんだ。
礼央だってそうだ。自分だって、悲しいくせに、そんな素振りも見せないで、あたしを構う。
もう、十分だよ。
二人とも。
あたしは、もう泣かないから。
貴方達が、あたしの代わりに泣かないで。
パーティーは楽しくなくっちゃね。
最高のパーティーにしよう。 皆の心に一生、残るような。
136
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:47:59 ID:MEMoqnno
【クリスマスパーティー】
とうとう、その日がやってきた。
やってきて欲しかったけど、やってきて欲しくなかった日。
ヴィヴィアンを着込むあたしは、今日は念入りに綺麗にしなくちゃ、と思っていた。
もしかしたら、皆がそのまま、部屋に泊まろうという事も、なきにしもあらずなので、シルクのネグリジェと、シルクのバスローブを用意した。
今日は、メイクは薄めにして、真っ赤な唇だけを強調した。クリスマスらしい色だし、マギーへの熱い思いだ。 チークもシャドーもほぼ、色みをつけずに、艶を強調した。
香水は、ヒプノティックプワゾンで飾る事にした。この個性的な出で立ちと、きっとあうだろう。煌びやかな香り。女の、香り。
表でプップーと鳴るが早いがゆかりが叫んでる。
『ひーすーいちゃん!クリスマスパーティーに行きましょう!』
ふふ。相変わらずあたしの相棒は、のりがいいなぁ。
負けじと礼央が、
『姫!執事がお迎えに参りました!』
と、叫ぶ。
同じマンションに住んでる人には、馬鹿と思われてるかな?でも、いーや。
馬鹿でもなんでも、楽しんだもん勝ちなんだから。
あたしは、今、心から楽しいよ。ありがとう。
少しの荷物と、皆へのプレゼント、そして、マギーへのプレゼントを持って、ロッキンホースを履く。歩きにくくて可愛いところがたまらない。
降りていくと、レクサスがきちんとエンジンを止めて待っていてくれた。
『わーお!翡翠ヴィヴィアンのモデルになれるよ!』
ゆかりが良い香りをさせて、抱きついてくる。
礼央も、
『めちゃめちゃ、素敵だ!素晴らしい!』
と、言ってくれた。
見ると、二人も、かなりお洒落している。
オフショルダーになっていて、胸元はいつものように深く開いている。そして全てがシフォン素材でシフォンが重なりあってできているようなドレスだ。珍しく短い丈の、そのドレスから見える脚は、やはり美しかった。乳白色のその、ドレスは真珠を、あたしに思い出させた。ヒールも、同じような色の乳白色で、わざと艶を消している。
礼央は、白いシャツに、バーバリーのジャケットを羽織り、細いタイをしていた。高級な漆黒のパンツがより脚を長く見せる。ファッションが、正統派なので、髪の毛をオールバックにしている。
顔の小ささが引き立つ。
あたし達は、お互いを褒めあい、からかいあいながら、会場に向かった。
137
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:50:07 ID:MEMoqnno
会場につくと、用意は完璧にできていた。
コーディネイターに頼んだのだ。
フード以外の会場のセッティングを。
ポインセチアがちらほらと可愛くあり、メインの花は、真っ白な百合にしてもらった。 色々な花瓶に、背を高く切ってもらった百合が会場のいたるところにある。
大人のクリスマスを演出するために、それはあたしが考えた。
フードは、フレンチのシェフを特別に呼んだ。
都内でも、この店の値段の高さと、味の美味しさは、評判だった。
あたしも、何回か行ったが、とても美味しく、味にぶれがない。
礼央のルートで、レンタルしてもらった。
ゆかりが、
『かっこいい、演出だね!』
と、子供みたいに会場中を見て廻る。
『百合の香りと翡翠にやられそうだ。』
そう言う、礼央の顔は少しだけ、哀愁を帯びていた。礼央が、あたしをまだ、愛しているのは、その瞳を見れば、明らかだったが、どうする事もできない。
ごめんね、礼央。
『皆さん、お揃いで!』
入り口から、理央が声をかけてきた。
ベルベットシルクの美しい光沢のシャツ。ジャケットは、礼央のものより、細身でコンパクトだ。それに赤いタイ。赤の細いパンツ。フォーマルとパンクの融合のようだった。
そろそろ、時間だ。
あたしは、シェフに
『もうすぐ、時間ですので、よろしくおねがいします。』
と、声をかけた。
シェフは、よく通る声で、
『かしこまりました。』
と、言った。
ゲストへのプレゼント―、女性には、サンローランの素晴らしい模様のカシミアのストール。男性には、ルビーがついたルイヴィトンのタイピンにした。
後は、皆が来るのを待つばかりだ。
あたし達は、終演に向かって今、懸命に美しく、全てを駆け抜けている。
★キャプ不明
時間を少し過ぎると、ゲスト達が次々と、プレゼント片手にやってきた。
『メリークリスマス!』
と、口々に言いながら、外の香りを、運んでくる。
あたし達は、笑顔でゲストを迎える。
一流ホテルのボーイも、礼央の顔で、何人か貸してもらった。そつなく、ゲストのコートを受け取っている。
立ったまま、話していると、タイミングよく、
『お席にご案内します。』
と、手際よく誘ってくれる。
20席全てがうまり、シェフと一緒にレンタルしたソムリエが、皆のグラスに、モエを注いでいく。気泡がぷくぷくと、たっては消えるのを、なんだか切ない気持ちで、見ていた。
皆のグラスに、モエが注ぎ終わり、
一斉に、メリークリスマス!
と、声高に言った。
前菜が、運ばれてくる。貝と野菜を使ったマリネや、ソースのかかった人参もあった。前菜は、種類を多くしてもらった。
お酒好きな人間ばかりだから。
ゲストのみんなは、きちんとドレスコードを守ってくれていた。
女性は皆、孔雀が羽根を広げたように美しかったし、男性は、皆ギャングのようにきまっていた。
皆で、喋りながら食べ、笑いあう。
ソムリエがグラスがあいたゲストに、ワインがある事を告げている。
その内、ワインを飲んでいる人間が多くなっていた。
138
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:51:51 ID:MEMoqnno
マギーが、
『翡翠、ありがとうな。』
と、あたしの横の席で言う。
『礼なら、礼央に言ってよ。礼央の力なしでは、このパーティーは成立しなかったんだから。』
急な、“ありがとう”は、たまに涙を誘う事がある。あたしは、ぐっときた気持ちを、いつものように飼い慣らし、そう言った。
『…みんなに、感謝だ。』
マギーは、会場中の皆を、ゆっくり1人、1人見ていた。
まるで、絶対忘れはしないとでも言うように。
あたしも、今日のマギーを忘れない。絶対に。
マギーは、よく食べ、よくしゃべり、よく飲んだ。
七面鳥が出てきた時には、
『クリスマス気分絶好調だ!』
と、誰かが騒いだ。
なんだか、子供みたいで、可愛かった。
七面鳥は、皆に切り分けられ、グレービーソースが、その上にかけられた。
誰しもが、美味しい!と喜んでいた。
人が、喜ぶ姿を見るのは、とてもいいものだ。
一通りのコースを終え、シェフやソムリエ、ボーイ達には24時で帰って貰った。彼らにも、プレゼントを用意していたので、渡すと、皆嬉しそうな笑顔で、メリークリスマス!と帰っていった。
シェフは、気をきかせて、サラダや、ポトフ、簡単な前菜を作っておいてくれた。
ゆかりも、礼央も楽しそうに色んな人と談笑している。あたしも、マギーと楽しく話し、そうして酒宴は続いて行った。
午前4時頃から、ゲスト達は、それぞれにハイヤーを手配し、帰る準備をしていた。
皆が、
『こんなに楽しくて、ゴージャスなパーティー初めてだった。』
と、さざめきあい、笑う。
あたし、ゆかり、礼央、マギーは、ゲスト達を見送る際、プレゼントを渡した。
彼らは、一応に一瞬、子供にかえったかのような笑顔を見せ、礼をいい帰っていった。
139
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 03:59:45 ID:MEMoqnno
あたし達4人は、今日のパーティーのささやかな打ち上げをした。
ゆかりの美しいドレスと、その笑顔。
造形の完璧な、それぞれ異なったオーラを放つ、兄弟。
そして、あたし。
しかも、あたしは、あたしの愛する弟と寝た。
その弟は、未だにあたしを愛している。
けれど、その全てを各々が、飲み込み、美しい流れを作ってゆく。
例え、欺瞞と言われようと。
あたし達の美学には、誰も入れなかったし、計り知れぬものが、きっと、あるのだろう。
ゆかりが、マギーに、
『明日の夜…今日の夜か、もう。出発だったよね?』
と、聞く。
穏やかな笑顔で頷くマギー。
いきなり、ゆかりはなんでそんな事を聞くのだろう?
皆が、きっとそう思っていたに違いない。
すると、ゆかりは、いつものように、煙草を吹かし、なんとはなしに言った。
『じゃあ、あたしの方がマギーより、先にいなくなるんだね。』
一瞬、耳を疑った。
ずっと一緒で、あたしをいつも支えてくれた彼女がいなくなる…?
礼央が、席を立ち、
『なんだよ、それ!』
と、怒号にも近い声で尋ねた。
ゆかりは、あたし達の方を見ないまま、話し始めた。
140
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:01:25 ID:MEMoqnno
『…昔の話しだよ。ちょっと長くなるかもしれないけど、聞いておくれ。―幼稚園から大学まで、エスカレーター式の学校に通っていたあたしには、大金持ちで、とても可愛らしい女の子の友達がいたんだ。…大きな手入れの行き届いた邸内、ダンディで俳優みたいな父親に、その友達とそっくりの、そしてもっと成熟した美しさを持っている母親。とても、仲の良い親子だったよ。』
『その友達の話しと、ゆかりの話しは―』
と、礼央が言い掛けたのをマギーが制した。
『ゆかりは、聞いてくれ、と言った。だから、今は聞こう、な?』
『ありがとう。マギー。礼央悪いね。…。その子は幸せの全てを手にしていたんだ。だけど…。その愛らしさが全てを狂わせたのかもしれない。…幼稚園の頃から、お風呂は父親と入っていた。身体を、父親が全て手で洗う。それは、ずっと続けられた。少女は、違和感を感じながらも、自分の父親を愛していたから、何も言えなかった。』
カランと、液体の入っていないグラスの中の小さな氷が鳴った。
やけに、響いた。
『小学校4年生になった時、深夜に自室のドアが静かに開き、そっと誰かが入ってくる気配に少女は、思わず目を開けた。…そこには、いつもと変わらずに鷹揚な笑顔の父親だった。少女は、固まって何も言えなかった。すると、父親が、“これは、愛する者同士誰しもがしてることなんだよ”と言った。その言葉が何を意味するか、判らなかった。すると、父親は、少女のパジャマを脱がし、丸裸にして、自分もそうした。…そして、布団に入ってきて、少女のまだ平らな胸や、ウブな、そこに手を割り入れたり、身体中を舐めまくっていた。―中学、高校と関係は続いた。母親は、庭園の薔薇の手入れや、なんとかの会なんていうとこのランチや、ディナーに大忙しだった。』
喉が乾いたのだろう。グラスの氷をカリリと噛んだ。
あたしは、そのグラスに氷をいれ、ペリエを注いだ。
『翡翠、ありがとう。』
ごくごくとペリエを飲み干す。
あたしは、またペリエを注ぐ。
『翡翠、悪い。』
『これ位なんてことないよ。ゆかりのためなら。』
あたしは、お茶目にウィンクをして見せた。
141
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:02:48 ID:MEMoqnno
『少女が初めて、父親を本当の意味で受け入れたのが中学生になって、すぐ。少女は少女の仮面をかぶった女になったんだよ
初めは、複雑な気持ちでいた少女も、父親との情事を重ねる度に、深夜の父親の訪問を待つようになった。…昼間に、母親がいない時はリビングでスリルを楽しんだり…。――その日は突然やってきた。父親と少女が獣のような声を出し、まぐわっている、少女の部屋に母親が、包丁を持って入ってきたわ。
“あんた達が、そうやって、している事をずっと知っていたわ…。”そして、母親は、真っ直ぐに娘を見て、“この売女!”と、血走った瞳で言い、包丁で襲いかかってきた。少女はなんとかパジャマだけを抱え、その家から逃げ出したの。――ずっと連絡を取っていなくて、居場所も知らせていなかった、今では娼婦のその女に父親から、連絡がきたんだ。母親が死んだ、とね。…女は、父親をやっぱり愛しているから、帰るんだって。…あたしは、その付き添いさ。』
誰もが判る嘘を、ゆかりは言っていた。
今の話しは、間違いなくゆかりの身の上に起こった事だ。
けれど、誰にそれを暴く事ができるのだろう。
ゆかりにとっては、死ぬ思いの告白だったに違いない。
142
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:04:31 ID:MEMoqnno
ゆかりが、
『やっぱり…』
と、言った瞬間、礼央が、
『帰ってくるの待ってるからな?約束しろよ。』
と、言った。
ゆかりは、泣き笑いの顔で、
『必ず、役目が終わったら、帰ってくるよ。』
『約束だからな。』
礼央も、泣き顔になっている。
ゆかりが、
『じゃあ、礼央も約束してよ。…総理大臣になる、って。』
あたしも、マギーも、頷いた。
『いいよ!なってやるよ!頑張ってやるよ!―じゃ、理央と翡翠は何約束すんだよ?』
マギーが、
『俺は、病気を治して、また、ここに帰ってくる。翡翠は、この店、ノンフィクションを守る、ってのはどうだ?』
あたしが?この店を?
『ちょっ、それ無理。あたし経営なんて無理だよ。』
すると、マギーは
『お願いだ。皆の帰る場所を守ってくれ。そして、笑顔で迎えてくれよ。約束してくれよ。』
『―マギーが絶対に帰ってくるってゆうなら、約束してもいいよ。』
マギーは、なんだか透き通って見えて、透き通る笑顔で、
『約束するよ。』
と、言った。
今日、このクリスマスに4つの約束が、かわされた。
朝がやってきた。
パーティーの終わりを告げる朝日が、まばゆく輝いていた。
143
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:06:04 ID:MEMoqnno
朝日が昇りきる前に、ゆかりが、
『見送るのは嫌だから、あたしは一番に行くよ。』
あたしは、ゆかりには別のプレゼントを用意していた。揺れるカールした髪の毛から見えるダイヤのピアスが、きっと似合うだろうと常々思っていた。ブルガリの2カラットのものを買っていた。
『これ、あたしから。』
おずおずと、ゆかりにプレゼントを差し出すと、
『開けていい?!』
と言ってきたので、勿論、と頷いた。
手早く包装を綺麗にとき、中身のダイヤを確認するやいなや、ゆかりは抱きついてきた。泣いている。でも、その顔を見られたくないのだろう。
やっと、顔をあげてメイクの崩れた顔で、ゆかりは、またバッグを、ごそごそと漁り、
『あった!』
と、可愛いラッピングされている箱を出してきた。
あたしも、ゆかりの了承を得て、中身をあける。
すると、以前欲しいと言っていた、ポンテヴェキオのお花のリングが入っていた。
『ありがとう。ゆかり。覚えてくれてたんだ!』
あたしが泣きそうになるのを、悟り、ゆかりは、
あんたの事は、なんだって覚えているさ…。…さ、もう行くよ。
口早に言い、さっさと店を出ようとする。
皆が、追い掛ける。
ゆかりは、逃げるように走り、
『帰ってきてやるからなー!』
と、朝靄の中に、あっけなく消えて行った。
見事だった。
ゆかりは、これからどうするんだろう。
また、父親との情事に溺れるのだろうか、月日が経ち、普通の父親と娘になるのだろうか。
けれど、信じている。 帰ってくる、って約束を。
マギーと、礼央もそう思ってるはずだ。
144
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:06:57 ID:MEMoqnno
あたし達は、暫くそのまま立ち尽くしていた。
中に入ろう、というマギーの声で中に入った。
『貴重な1日の邪魔する程、野望じゃねーから。俺も行くわ。次にここに来る時は、総理大臣だぜ!』
そういう、礼央にもプレゼントを渡した。
皆のは、ルビーのタイピンだが、特別に作ってもらったジバンシーの翡翠の石がついているものだ。艶やかに鈍く光っている。
『ありがとう!嬉しいよ!…ってか、俺プレゼントなんて気が付かなかったから…。でも、翡翠が高級娼婦の仕事にどんな形であれ、携わるのであれば、絶対上客回す。力になる。』
『あたしは、現役引退して、高級娼婦に相応しい子を、どっかからスカウトしてくるわ。だから、よろしくね!』
あたしと礼央、礼央とマギーは握手をかわし、
『またな!』
と、出ていった。
礼央とは、会おうと思えばすぐ、会える。
彼とは違うのだ。
彼とは違うのだ。
泣けてくる現実は、墓にまで持っていこう。
いや、海にでも骨の粉をまいてもらおうか。
店内の後片付けは業者に頼んである。
あたしと、マギーはあたしの家に行った。
『暫く、来れなくなるなぁー。』
マギーの何気ない一言が胸の鉛を重くする。
『翡翠、礼央だったらいいよ。』
なんて、言うから
『あたしの恋人は、これから先マギーだけなの。』
『でも…。』
『約束したでしょ?ちゃんと。』
145
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:07:37 ID:MEMoqnno
知らず知らずに、涙が流れていた。
大きな腕が、あたしを包む。
『そうだな。約束したんだな、俺。守るよ。約束守るから。大丈夫。心配ないさ。なるようにしかならないなら、俺が自分でどうにかするから。』
『…その言葉を待っていたよ。』
そして、あたし達は、ランチをしにカフェに入った。
『前にカフェで、人寄せパンダにされたよねー。』
あたしがそう言うと、マギーは考えこんでいた。
忘れたのかもしれない。 悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。
でも、それは病気のせいであって、彼のせいではない。
あたしは、マギーの頬をつねり、
『忘れんぼー。』
と、言ってやった。
マギーも、何かを察したのだろう。
笑顔で、返した。
それから、マギーの家に向かった。
ランチの味が、判らなかった。動揺してはいけない。
マギーのマンションの部屋は、ほとんど何もなかった。ドルガバとヴィトンのキャリーバックがあった。
時間は刻々と過ぎてゆく。これが、無情ってやつかぁー。
あたしは、マギーにプレゼントを渡し忘れていて慌てて、
『これ。これ。プレゼント!私忘れるとこだった。』
ショーメで見かけたダイヤの細いブレスレット。
開けてみて、マギーはそのブレスレットをすぐにつけてくれて、
『一生、外さないよ。』
と言ってから、あたしに
目を閉じて、左手を出せと言う。
?、と思いながら言われた通りにした。指に冷たい感触がした。
目を開けて見る。
以前ヴァンクリで買ったリングだった。お互い忙しく、なかなか取りに行けなかったんだった。
リングはマギーの左手の薬指にも、填まっていた。
あたしは、
『マギー、本当にありがとう。…一生つけてやるからな!』
そして、二人で帰ってきたら、あれをしよう、あそこに行こう、と言う話しをしていたら、夕闇がだんだんと意地悪く迫ってきた。
マギーが、
『家まで送ってくよ。』
と、言ってくれた。
あたしは、その言葉に従った。
闇は、別れを侘しくさせる。だから、その前に、次に会うまでのさようならをしたかった。
146
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:08:20 ID:MEMoqnno
車内でも、笑い話ばかりしていた。
昔の事や、へまをした事。
車が、あたしのマンションについた。
『ねぇ。いつもみたいにバイバイしようよ。普通にさ。』
『俺もそれがいいな。そうしよう。』
あたしは車をゆっくりと降りて、マギーに
『またねー!』
と、手を振った。
マギーも、ウインドウを下げ、
『またなー!』
と、言って去っていった。
風に吹かれた皺枯れた葉っぱが、かさかさと音を立てていた。
あたしは、リングを見て、泣き笑いをした。
147
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:09:52 ID:MEMoqnno
【数年後】
あたしは、高級娼婦に相応しい女の子を3人スカウトして、徹底的に仕込んだ。
今では、総理大臣となった、池内礼央から、上客を紹介してもらえる。
お忍びで、礼央もたまに、飲みに来る。
貫禄が出てきて、自分に余裕がある。娘が二人いると、言っていた。
妻も、愛していると。
けれど、翡翠のネクタイピンを彼はいつでも、使ってくれていた。
そう。それでいいんだ。
店も、順調だ。相変わらずのミュージックセレクションだが、客は来る。
あたしは、客達にマダムなんて呼ばれている。
今はもう、昔みたいに飲めないが、たまには若者に付き合って飲む。
そうして、日々は流れてきたし、これからも流れていくのだろう。
幾度目かの、クリスマスの日、礼央からプレゼントが届いた。ドレスだった。高級娼婦の頃は、毎日着ていた…。懐かしい。
あたしは、礼央にお礼のメールを送っておいた。
クリスマスで、人はひっきりなしに入ってくる。皆、キラキラと楽しそうに談笑している。
あの時の、あたし達を思い出す…。
ゆかりは、楽しく過ごしているのだろうか。
携帯を解約してしまっているので、所在は、全く判らない。調べようと思えば調べられるのだけど、それは彼女の望む事でないだろう。
けれど、幸せな聖夜を送っていて欲しいと思った。 あの、クリスマスの日に笑い転げていたゆかり。
感傷的な気分になって、スタンドバイミーを流してみる。
あの主人公4人が、自分達に重なる。
あたし達は、冒険をしていた、恋をしていた、ただただ楽しかった…。
また、ドアの開く音がした。
何故かざわざわと胸が騒いだ。
そして、、以前に親しんでいた懐かしい香りが鼻孔をくすぐる。
まさか!とあたしは、思った。
ざわざわが、ドキドキに変わる。
その人物は、確実にあたしに近づいてきている。
あたしは、ゆっくり、ゆっくり、振り向いた。
そこには…!
終
148
:
ノンフィクション
:2015/01/10(土) 04:13:38 ID:MEMoqnno
【あとがき】
最後まで、読んで頂きまして、ありがとうございました。
長編を書いた事がないので、とても大変でした。
けれど、頑張ってなんとか書く事ができたのは、読者の皆様が、いらっしゃったからです。
心より、お礼を申し上げます。
ちなみに、私のクリエイターハンネと、主人公が同じ名前ですが、容姿は全く違います(笑)
ただ、この小説には私の実体験も、そこここに、ちりばめられて書いています。 どこが、実体験かは、永遠に内緒です。
海に骨の粉を流す時に、一緒に流してしまいます。
翡翠、ゆかり、マギー、礼央の4人で、はっきりと現在が判っているのは、翡翠と礼央だけです。
翡翠とマギーを完全なる恋人同士にして、普通にハッピーエンドにしたかったのですが…。
エンディング、翡翠の元に歩み寄ったのが、誰なのか一番知りたいのは、実は、作者自身だったりします。
エンディングは、皆様の思うがままに…。
ありがとうございました。
皆様に感謝の花束を!
翡翠
149
:
マタコさんを遠くから見守る会会員No.774
:2015/01/12(月) 01:23:46 ID:rlmKZg46
読み返して発見したコピペミス(´・ω・`)
申し訳ありません
以下の2ヶ所は原本では繰り返していません
>>35
あたしが、そう言うとマギーは、目を柔らかに細めて言った。
>>46
順番が来て、マギーとビッグサンダーマウンテンとやらに乗り込む。動きだす乗り物。
>>137
★キャプ不明 の一文は消し忘れです
半角文字、表記ゆれ、誤字脱字謎変換、意味があるかどうか不明の改行や多用されるスペース、オリジナリティあふれる記号の使用法等はそのまんまです
神出鬼没のマギーや多発する健忘症、突如出現する黒いガンと赤い薔薇、どう見てもド変態な重チャソ……
翡翠先生のドリーミンな想像力とアンビリバボーな知識力に驚きを禁じ得ません
150
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:25:45 ID:rlmKZg46
【マカニへ】
貴女と、過ごした 短い日々は、とても 濃厚で、毎日が熱かった。灼熱地獄のようだった。
けれど、幸せで幸せで、いつ、なくしてしまうかも判らない幸せを噛み締めていたよ。
結局、エキセントリックな二人じゃ、やっていけなかったけど。
あの日の、私達が完璧な幸せを見いだした時を、記録しとくね。
151
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:27:21 ID:rlmKZg46
【今夜は満月】
ダーリンと買い物にでかけ、荷物を降ろしていた時、妙に空が明るく感じたから、見上げてみた。
『今夜は満月だよ!』
私は、思い出し嬉しくなって、ダーリンに声をかけた。
ダーリンも、空を見上げ、
『本当だ。綺麗だね。翡翠は、満月が好きだね。』
と、しばし眺めて、荷物を両手に持ち、家の中に入った。
私の名前は、翡翠(ひすい)という。この名前を私は、とても気に入っていた。美しく、何かを連想させるような名前。
… ダーリンが、夕食の用意をしてくれる。
元イタリアンシェフのダーリンの作る料理は、私が作る料理の何十倍も美味しい。
ダーリンが、作る料理が美味しいから、私が料理をしないわけではない。
私は、見かけによらず、料理は得意なのだ。
けれど、作れない。
何故なら、私は生きる屍だから。
なーんて。かっこつけてみて言ったけど、私はただの精神病患者です。
薬がないと、発作が起きたり、死のうのしたりする厄介な女です。
でも、薬を飲んでも私の、この無気力さは、変わらなかった。
薬が効いてるか?なんて、愚問だ。
なので、この何もできない木偶の坊に変わって、優しいダーリンがなんでもやってくれる。
ご飯を食べて、テレビを見る部屋で、私は本を読みながら、夕食ができるのを待つ。
今日の夕食は、プッタネスカというパスタ。プッタネスカは、娼婦という意味。
なんて、私に相応しい食べ物なんだろう。
満月にプッタネスカ、できすぎなモティーフ。
152
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:29:08 ID:rlmKZg46
【ふと…。】
とても美味しいプッタネスカを食べながら、ワインをがぶ飲みしていた。
私は、最近連絡の途絶えてしまった恋人マカニの事を考えていた。
私もマカニも、バイセクシャルだから、お互いダーリンもいる。けれど、このラインは別物で平行線を保つから、交わらない。この世の中には、ないとされている。
マカニ…と言えばクラブを思い出す。最初に彼女に会った場所だから。
プッタネスカは美味しい。
マカニは美しい。
そういえば、今日イベントがあったような気がする。私は、なんでも入りそうな、バッグをがさがさあさって、フライヤーを見つけだす。もしかしたら、彼女がくるかもしれない。
あたしは、そう思ったらどうしても、イベントに行きたくなり、ダーリンにさり気なく
『今日、イベントあるよ。』
と、言ってみた。ダーリンは、
『そうなんだ?』
と、言っただけだった。
私は、ダーリンが大好きだけど、この時この瞬間彼を憎んだ。気が付けよ!私がクラブで踊るの大好きなの、知ってるだろ。踊ってる時は、苦しんでないのも。
プッタネスカを半分ほど残し、時間を見た。21時30分過ぎ。
ダーリンはテレビを見ている。
私は、押し黙っていた。
153
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:34:45 ID:rlmKZg46
どんどんと、憎たらしく進む時間。
私は、天の邪鬼だから、ダーリンに素直にイベントに行きたいと伝えられない。そのくせ、気が付いて欲しいと思っている。全く、虫のいい話だ。
私の不機嫌さが部屋中を覆う頃、ダーリンが
『イベント行くんでしょ?用意しなよ。』
と、やっと私の欲しい言葉をくれた。
私は、内心やっとかよ、とか思いながら、用意を始める。
いつもより、濃いメイクは、ラメで更にドレスアップ。
目元に泣いているように、ラメをつける。
何を着るか迷ったけど、ぐちゃぐちゃにイラストが書いてある裾がアンシンメトリーかになっている、インポートのワンピにした。胸元が、がばっとあいていて、裾が短い方が太股ぎりぎりなのが、ビッチな私にお似合いだ。そして、それに、ビリビリになっている網タイツをあわせて、パンキッシュさを加える。
用意はできた。
ダーリンに、
『できたぁー!』
と、叫び、ダーリンがまだ用意しているのに、ラバーソールに足を突っ込んだ。
154
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:35:31 ID:rlmKZg46
私には、身体中に鮮やかな装飾が施してある。
それらは、世間一般ではタトゥーと言って、一部良識のあるとされている人達には、かっこうの批判の的だ。
私は、そんな奴らを見ると、余計に非常識な行動を取りたくなってくる。
だけど、薄暗いクラブでは、この装飾は皆の注目の的となり、羨望に値するようだ。
ダーリンと行き掛けの車の中で、他愛もないジョークを交わしながら、私達はクラブへと、入っていく。
155
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:36:26 ID:rlmKZg46
【箱の中。】
クラブのドアの前で、いつものメンバーがいて、さりげなく挨拶をする。にこやかに。
私は、人と接するのはとても苦手なのだが、外面はとても良い。
出入り自由のパスポートのスタンプを手の甲に押してもらう。 だけど、私の両手の甲には、がっつりタトゥーが入っているので、スタンプを押す、黒いニット帽を被った長い髪のお姉ちゃんと、目をあわせて、笑った。
とりあえず、判らなくても、私自身がスタンプのようなもんだったので、中に入っていった。
相変わらずの大音響に、一瞬、むかっとする。
ダーリンが
『ドリンク何する?』
と、聞いてきた。暑がりのダーリンはかなり薄手の半袖のシャツを着ていて、なんだか判らないけど、やるなぁ、と思った。
それから、私は
『ブラッディメアリーにして。』
と、頼んだ。
ダーリンが人ごみの中に消えていき、ドリンクバーに、また姿を見せる。
7歳年下の私のダーリンは、近くで見ても、遠くで見ても素敵だ。
それは、『身内贔屓』という、初めから所持している点数のようなものを、入れないとしても、文句なく、かっこいい。
156
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:38:40 ID:rlmKZg46
暫し、ダーリンを待ちながら、暇潰しに煙草を吸う。本当は、煙草なんて嫌いなんだけど、演出は嫌いじゃない。
一人でいると、いつものように、可愛い坊や達が声をかけてくる。
私は、その声を拒否したりしない。だって暇潰しにちょうどいい。
かなり、若い。20歳そこそこってとこだろう。ロンTとTシャツの重ね着に、だぼいデニム。声をかけてくるのは、皆そんな奴らだ。あ、そしてもう1つ。
『お金がなさそう。』
という、共通点もあったっけ。
坊やと、喋っていたらダーリンがドリンクを両手に持ってやって来た。
坊やは、何故か
『あっ、すいません。』
と、物凄く恐縮しながら去って行った。恐縮するような事でもないのに。
バイバイ。
少し飲んで、気分もよくなってきたので、ダーリンに、フロアに出ようと誘ったけど、まだいい、と言うので、 私はまた少し機嫌を損ね、のろのろとフロアに出た。
157
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:39:34 ID:rlmKZg46
フロアは、もういい時間だと言うのに、人が少なく、壁の花ばかりだった。
壁の花は、アゲ嬢みたいな子達ばかりで、この空間に異様な空気を作っていた。これは、これでありだな。
フロアで踊ってる人間は、お洒落と無個性をごっちゃにしている人間が多くて、いつもいつも腹が立つ。 まぁ、そうやって何かを勘違いして生きていく人生や時間もありでしょうが。凡庸を嫌う私は、そっち側にはいけないわ。いつでも、個性の強い人間でいたい。今までが、そうであったように。
そんな事を考えながら踊っていると、段々と意識が集中されてゆく。
私は邪悪で呪術のような踊りを踊っていた。
ブードゥー教の神に、彼女に会えるよう、祈りながら。
音が激しくなっていく。 私の願いとともに。
満月の、この日に今日会えなければ、もう会えないと判っていた。
だから、いつもは信じていない神に、柄にもない祈りを捧げているのだ。
ブードゥーの神に祈りながら、今度はカルメンのように踊る。今、私はきっと、なんにでもなれるはずだ。
踊りは、激しさを増すばかり。最初はうざかった周りの視線すら、今は感じない。
今、私が感じているのは私自身。
こんなに大音響で激しく踊っているというのに、心の内側が、どんどんと静かになってゆく。
満月が、心に浮かんでいる。誰しもに、平等に輝きを与える満月。
私も、いつか、そんな風に言われたいなんて、ちょっと思ってしまった。
ダサイ。でも崇高だ。
158
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:40:56 ID:rlmKZg46
踊り続け、汗がうっすら浮かんできた時、ほのかに、忘れられない香りランコムのトレゾァの香りが、私の鼻を、心をくすぐった。
まさか…と半信半疑でゆっくりと目を開けると、願いが嘘みたいに叶っていた。これ、ドッキリじゃないよね?たまには、願ってみるものだ、と真剣に思った。そして、真剣に願ったからこそ、届いたのだとも。
とにかく、私のマカニが、目の前ににこやかに立っていたのだ。
私は、胸が一杯になり、彼女に抱きついた。
― 出会いは一年以上前で、ネットで知り合った。現代人らしい出会い。そして、やり取りをしていたら、偶然にも、このクラブで彼女に出会ったのだ。
二人とも、お互いに一目惚れだった。
あんなに、誰かに触れたい、抱き合いたいと思った事は未だかつて、なかった。それ位、私は一瞬で彼女に魅きつけられた。
159
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:47:35 ID:rlmKZg46
※
>>158
の章タイトルは【 とどいた。】
【彼女の色々。】
最初に、か細い声で私を呼んだのは、マカニだった。私は、マカニの顔を知らなかったが、マカニは私を知っていたらしい。
『翡翠さんですよね?』
『はい…えーと…?』
『マカニです!初めまして!』
『ああ〜!判らなくてごめんね。初めまして!』
今でも覚えている。あの時の事を。
その先に甘美な事もあるけれど、苦しい事の方がたくさんあると判っている今でも、あの場面に戻ったら、そっくりそのままの会話を交わすのだろう。
恋愛は人を賢者にしないのか?
私達は、出会ってからもメールのやり取りをしていた。
ある時、冗談ぽく、だけど本気で
『私と付き合わない?』
と、メールしたら、あっさりと
『いいよ。あたし、翡翠好きだから。寝たいとか思うし。』
と、いう返事がいとも簡単に入ってきた。私は、こうして、私の美しい恋人を手に入れた。遂に最後まで、寝る事はなかったけれど。悔やまれる。なんとか、一回位お願いしとけばよかった?
彼女にも、夫がいたが、私達は、その事は別のエリアで考えていたし、お互いの夫も、きっと、おままごと感覚だと思ったのだろう、一応、公認だった。
夫公認の美しい恋人。
私達は、甘い甘いメールを何回も交わしたが、会う事は決してなかった。会ったのは、たったの一回だけ。あの、出会いの日だ。まだ、お互いをほんの少ししか知らず、しかもほんの少しだけ、喋ったあの日だけ。
彼女も、私と同じく精神が安定していなかった。エキセントリックな上に、精神が安定しない。
だから、他人と会うという事を極端に嫌った。
恋人である、私ですら。 だから、あの日以来会う事ができなかったのだ。クラブで会った時を最後に、彼女は最小最低限の外出しかしていなかった。
私は、パジャマ姿のマカニでもいいと思ったけど、美しく装って人前に出ることこそが、生き甲斐の彼女に、それは酷な話だ。
それでも、彼女のエキセントリックで独りよがりの思想、悪魔のような美しさは、私を捉えて離さなかった。
会わない恋人の私達は、うまくいっていた。
メールでいつも、小難しい理論のような、愛の言葉を綴ってくれていた。彼女は、彼女の傲慢さで私を美しいと認めていた。
悪魔と天使、と彼女はよく言っていた。
160
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:49:07 ID:rlmKZg46
【彼女の色々。】
最初に、か細い声で私を呼んだのは、マカニだった。私は、マカニの顔を知らなかったが、マカニは私を知っていたらしい。
『翡翠さんですよね?』
『はい…えーと…?』
『マカニです!初めまして!』
『ああ〜!判らなくてごめんね。初めまして!』
今でも覚えている。あの時の事を。
その先に甘美な事もあるけれど、苦しい事の方がたくさんあると判っている今でも、あの場面に戻ったら、そっくりそのままの会話を交わすのだろう。
恋愛は人を賢者にしないのか?
私達は、出会ってからもメールのやり取りをしていた。
ある時、冗談ぽく、だけど本気で
『私と付き合わない?』
と、メールしたら、あっさりと
『いいよ。あたし、翡翠好きだから。寝たいとか思うし。』
と、いう返事がいとも簡単に入ってきた。私は、こうして、私の美しい恋人を手に入れた。遂に最後まで、寝る事はなかったけれど。悔やまれる。なんとか、一回位お願いしとけばよかった?
彼女にも、夫がいたが、私達は、その事は別のエリアで考えていたし、お互いの夫も、きっと、おままごと感覚だと思ったのだろう、一応、公認だった。
夫公認の美しい恋人。
私達は、甘い甘いメールを何回も交わしたが、会う事は決してなかった。会ったのは、たったの一回だけ。あの、出会いの日だ。まだ、お互いをほんの少ししか知らず、しかもほんの少しだけ、喋ったあの日だけ。
彼女も、私と同じく精神が安定していなかった。エキセントリックな上に、精神が安定しない。
だから、他人と会うという事を極端に嫌った。
恋人である、私ですら。 だから、あの日以来会う事ができなかったのだ。クラブで会った時を最後に、彼女は最小最低限の外出しかしていなかった。
私は、パジャマ姿のマカニでもいいと思ったけど、美しく装って人前に出ることこそが、生き甲斐の彼女に、それは酷な話だ。
それでも、彼女のエキセントリックで独りよがりの思想、悪魔のような美しさは、私を捉えて離さなかった。
会わない恋人の私達は、うまくいっていた。
メールでいつも、小難しい理論のような、愛の言葉を綴ってくれていた。彼女は、彼女の傲慢さで私を美しいと認めていた。
悪魔と天使、と彼女はよく言っていた。
161
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:50:24 ID:rlmKZg46
悪魔と悪魔だと、どっちかが気が付けたら良かったのにね。
嗚呼、でもそうしたら貴女はきっとがっかりしただろう。自分を悪女に見せる事に、尽力を注いでいたから。
マカニは、美しい悪女で男をたぶらかす自分に酔い痴れていたから。
私とは会えなくても、外出できる日は、そうやって若い男の子を、てっとり早く調達していた。
女の子だったら、嫌だっただろうけど、男の子だったら、いいやー、って私は思ってた。
ただ、少しだけ、外にいるなら会いたいと、思ったけどね。
私達の、付き合いや恋愛の遣り方は、普通の人達のそれとは、全く違ったけど、私達は間違いなく幸せだったのだ。幸せに形はない。
『今日も、綺麗に咲いてる?レフア?』
と、あるメールに書いてあった。
レフアとは、彼女マカニがつけた私のミドルネームのようなものだ。花という意味らしい。
マカニの、由来は聞きそびれていた。聞いていたらよかったと、今でも後悔している。辞書や、ネット検索で調べる意味とは、絶対に違う意味をもって、彼女は自身に『マカニ』という、もう1つの名前をつけていただろうから。
―彼女は、他人(特に初対面の人間)には、とても物腰が低く、丁寧でかつ親切でフレンドリーで、『美しいのに、気さくな人物』を装っていた。
けれど、生身の彼女は、高飛車で高慢ちきで、他人なんかに興味がなくそのくせ、他人の評価を異様に気にして、自己の世界に入り込み、自分の美しさを誇示する人間だった。
私は、彼女の両面を知っていたけれど、尚、愛していた。
何故なら、私も彼女と同じ考えを持つ、傲慢な人種だから。
おまけに、ビッチで男にだらしないところまで、同じだった。
愛するダーリンがいても、美しい恋人がいても、圧倒的に、愛情が足りないのだ。いつも、いつでも注目され、愛されなければ気が済まないのだ。
嘘つきな私達は、愛する男達を、何回騙したのだろうか?
162
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:51:18 ID:rlmKZg46
そうやって、私達は、うまくバランスを取りながら、小さな愛のようなものを、二人で築いていた。
『レフアの身体はとても気持ち良さそう。』
『マカニの身体は、きつく抱き締めると折れそう。でも、折りたい位抱き締めたいよ。』
『レフアになら、粉々にされたっていいよ。ううん。粉々にして。そしてあたしの骨を高い高いビルから、世界中に振りまいて。』
私も、かなり細かったが、マカニは度を越していた。身長があって、あちこちが骨張っていた。
私は、細くともバストは大きく、太ももにも適度にお肉がついていて、よくピンナップガールみたい、なんてジョークで言われていた。
あの頃、確かウェーブのついたロングのエクステをつけていたっけ。
それに比べ、マカニには肉なんて全くついていないようだった。バストも、勿論ないし、立っているとただの棒切れのように見えた。
彼女は言わなかったが、拒食症だったのだろう。
髪の毛は、真っ黒いワンレンストレート。病気のように真っ白く、透き通る肌。
外見は異なれど、私達はお互い、魅かれあった。
ストイックすぎるマカニの考えに、反論したりもしたが、それすらも私達には楽しいゲームのようだった。
私達は、楽園にいるようだった。会わないからこそ、成り立っている恋愛。よく似た二人。
だけどよく似た性格の二人は、本来なら磁石のNとNのように、反発しあうものだ。もしかしたら、マカニには少しでも、私に嫌悪する気持ちがあったのかもしれない。憶測だけでしか、ないけれど。
それでもいい。私は彼女を愛していたのだから。傲慢な考え方は、やっぱり同じだね。
163
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:52:13 ID:rlmKZg46
私達は、うまくいっていたはずだった。
けれど、お互いに悪い波がやってきてしまった。
『今度二人で出かける時、思いっきりお洒落して、思いっきり目立ってやろうぜ!』
という、メールがきた。完全に躁状態になっているのが、判る。自分もそういう時があるから、よく判る。
『皆が、ひくぐらい目立って洒落て綺麗にして闊歩しよ!』
と、返事をした。
それ以来、メールの返事がこなくなったのだ。
躁状態から、欝に入ったのだろう。
私は、またマカニが連絡をくれると呑気に構えていたが、さすがに1ヶ月がすぎると、うろたえ、ダーリンにまで相談した。
そして、私は私まで、欝状態になるのは適わないと思い、私の癒しの場所であるサロンに行った。カラーでも、エクステでも、カットでもなんでも、いいのだ。私は何故かサロンに身を置いていると安心できたし、美しくなる自分を創造して、うっとりできた。
けれど、その、うっとりも長くは続かず、やはりマカニの事が気に掛かり長いメールを彼女あてに送った。
きっと、私の魂みたいなものが入る位に、真剣に。
彼女から返事が来たのは、私がもう死にたくなっていた時だった。
死のう。私は彼女に捨てられたのだ。なんの別れの言葉もなく。と、悲劇のヒロインの最中にいる時だった。
164
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:52:52 ID:rlmKZg46
『愛するレフアを悲しませているのも、傷つけているのも判ってる。だけど、今は、あなただけではなく、誰とも連絡をしたくない。このメールは、レフアあなただけに送ってる。だから、あなたは特別な人だという事を忘れないで。
変わらぬ愛をレフアに。マカニより。』
彼女は、私なんかよりも躁鬱が激しいし、注目されるのが大好きなのに、少しでも、中傷めいた事を言われたら、それだけで世界の終わりと信じてやまない人だった。もしかしたら、今回も、マカニの美しさや色々な才能に(彼女は、音楽やアートに長けていた。すごく。)嫉妬をした奴らが、彼女の耳に入るようにこれみよがしに、何かを言ったのかもしれなかった。
実際、彼女の本性を知っている人間はたくさんいて、彼女はすこぶる評判がよくなかった。そして、またそれらの人間は、彼女の全てを嫌っていた。まぁ、確かに私も嫌いな人間には、1ミリも良いところを見いだせないから、偉そうな事は言えないが。
けれど、私はマカニに、そんな悪意を持った奴らに笑って仕返しする位の気概が欲しかった。全く、勝手だけれど。
そこが、私とマカニの違いだったかもしれない。私は仕返ししてしまうタイプだったから。けれど、仕返しをできないんじゃなく、もししてなかったとしたら、やはり、マカニは大人だ。
私がマカニについて知っている事、そして私達の日々は、振り替えるとみじんこみたいなもんで、だけどみじんこでもいいや、って思える日々であり、人であった。
彼女は、一言で言うと、 『毒々しい食チュウ植物』 のような女性だった。
けれど、本当は言いきれない。世界中全ての言葉を使っても、彼女を表現しきれないだろう。
そう。それが、彼女か。
165
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:53:53 ID:rlmKZg46
【月光。】
そんな昔の事を回想していた私は、フロアのど真ん中でマカニに抱きついている。 私をそっと、官能的に撫でるマカニ。
そして、私は、マカニから少し離れて彼女を観察する。
以前より、疲れているようで、生気のようなものが感じられない。
真っ黒いコートと、つばの広い帽子、大きなサングラス。そのために、彼女の様子は判らなかったが、加減が悪そうなのは、一目瞭然だった。そして、その格好は彼女の加減の悪さを隠すものだろう。
猥雜なフロアで、マカニが私の首筋に何度も、キスをした。 そのたびに、『チュッ』と鳴る音が、なんとも淫美で、気持ち良く、私は、私のパンティを濡らした。
私達は、観客達の前で愛し合ったのだ。臆することなく。
騒めき、ひそひそとなんだか嫌な感じのフロア。いいじゃん。こんなに場所があいてるんだから。キス位であーだこーだ言うなよ。
マカニが、
『ちょっと、外行かない?』
と、身体と同じ可愛く細い声で言う。
私は、ダーリンにマカニと喋ってくる、と言うとダーリンは、
『ずっと、見てたけどさ。二人とも、派手好きだ、やっぱ』
と、笑って核心をついた。そう、この貴重な再会も、私達は、ついつい演出を施してしまう。つまりは、目立ちたがり屋なんだ。でも、人生目立ってなんぼの私達には、とても良い再会場所だった。オーディエンスの反応には、不満が残ったけど。
マカニと私は手を繋いで外に出た。
166
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:54:50 ID:rlmKZg46
外に出ると少し寒かったけど、私はそんなのは、気にならなかった。
だって、今日が今がどんなに大事な時かって、もう判ってるから。
道端に、座り込む。
マカニが、
『あたしの事、恨んだでしょ?勝手だって?』
『恨んでないよ。ただ、マカニを心配してただけ。』
月光に照らされて、浄化されてゆくような気持ちになる。ありがちな幻想。 あたりは、静寂を保ち、私達の会話に耳を澄ませているようだった。
『マカニはさ、やっぱり自由にしてるのが一番だと思うよ?』
『レフアにそう言われると救われるね。今日、久しぶりにクラブ来た甲斐があったよ。ありがとう。』
『マカニ、1つのありがとうより、100のキスだよ』
ほんのジョークのつもりだったけど、マカニの冷たい手が私の頬を引き寄せ、幾度となく唇に、キスの雨を降らした。私は、うっとりと、今、死ねたら本望かも、あ、でもダーリンいないと駄目だ、と思っていた。
長い長い、二人の女のキスを満月だけが見ていた。
柔らかい光を私達に注いでいた。
満月は、悪魔二人のキスをどんな風に見ていたんだろう。
167
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:55:35 ID:rlmKZg46
マカニは、サングラス越しに私を見て、
『レフアはやっぱり綺麗だね。神様に愛されてるよ。』
と、なんだかしみじみ言った。
私は、
『よく言うよ!文章だろうが音楽だろうがなんでもできて、神様に愛されてるのは、マカニだよー!』
マカニは、そんな事ない、って何回も言っていたなぁ。その、『そんな事』をもっと、ちゃんと聞いておけば良かったと悔やまれる。
『でも、いいじゃん。こうして会えたから全部チャラ。』
『チャラかぁー…あたしの人生全部チャラになんないかなぁー。』
そう。そこここに、きちんとサインは出ていたのに。私だって、今日がとても大切な日だって、判ってたのに…。なんて、私は愚鈍だったのだろう。
そして彼女と同じく傲慢だったのだろう。
もしかしたらどうにかできたかもしれない、という事を後悔と言うのではないだろうか。
168
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:56:54 ID:rlmKZg46
冷えが身体の芯を突き抜ける。限界だ。
私とマカニは、戻ろうか、と言って、また手を繋いで、クラブの中へと入っていった。
すると、マカニの本名を呼ぶ男の人がやってきた。 私達の手は、繋がれたままなのに、
『うちの相方。』
と、マカニが紹介してくれて、旦那さんと自己紹介しあった。
彼は、愛想がよくて、礼儀正しかった。
お互いに自己紹介を終えると、マカニが帰ると言う。
私は、またダーリンの所に行き、マカニ見送ってくるねー、と言い残して、マカニ達がクラブの前に置いた車まで行った。
マカニが、窓を開け、その小さい顔を見せる。
マカニは、
『今度こそ、ちゃんと連絡して遊ぼう!』
と言って、素早く唇に、濃厚なキスを残し、またねー!と去っていった。
私は知っている。もし、このまま彼女と付き合えば極上の幸福感を味わえるかもしれないが、その反対に、『待つ』ことしかできないどん底の地獄を見る事も。
彼女は、覚えていなかったけど、初めて会った夜も今夜のような素晴らしい満月だった。
彼女と夫を乗せた車が見えなくなると、私は、携帯を取出し、彼女を電話帳から削除し、メアドを変えた。
勘の良い、彼女なら必ず、気が付くはず。
さよなら、私の愛したマカニ。もう、二度と会わないよ。あなたを愛しているから。
そして、私自身を壊したくないから。
ごめん。愛してるのに…。私は、逃げる卑怯者だ。
169
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:57:58 ID:rlmKZg46
【ラストステージ。】
それから、ダーリンと仲良くする平凡な日々に戻った。浮気もしていない。
私は相変わらず精神病を患っているが、とりあえず低いところで安定している。
あれから、大好きなクラブには行っていない。マカニに会うのが怖いからだ。
勿論、マカニからの連絡もない。電話番号は、そのままだったから、彼女はかける事もできたろうけど、そんな事はしなかった。私は、彼女のプライドに感謝する。
決別しといて、またヨリを戻すなんて、昼ドラみたいで、真っ平ごめんだ。
私も彼女も、自分の
『かっこいいやり方』
を貫きたいのだ。だから、もう暫くは、クラブに行く事もないだろう。
そして、彼女もそう思っているだろう。
私は、でも、やはり喪失感が大きく、毎日を息をつめてやり過ごした。
そんな時だった。あの噂が流れてきたのは。
私の耳に入ってきた時には、一週間は経ってたけど。初めは、誰かが面白がって流している噂だとしか思ってなかった。
『マカニが手首を切って、死んだらしい。』
と…。
170
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:58:50 ID:rlmKZg46
けれど、何故かは判らないが、数日もすると、足元から、『本当に噂なのか?』ていう疑問が、ざわざわと泡だってきた。
確かめる術は、いくらでもあった。
だけど、現実を知るのが何より怖い。
私はその噂を聞いてから、ずっとマカニとのメールのやり取りを見ていた。
そうだ!人を介さないでも、ここにアドレスがあったんだ!今更だけど、素知らぬ顔して、メアド変えたよー!ってメールしてみようか?
いや、もし彼女が生きていたら、それは彼女の美意識にも、私の美意識にも反する。
万が一、死んでいた場合…あの、礼儀正しい旦那様から代理で返答がくるのか?それとも、放置なのか…。
私には、何も判らなかった。ただ、涙がとまらなくて困った。
彼女の望むラストステージは、こんなものではないはずだ。
派手好きで、人から同情されるのが大嫌いな彼女だったから。
171
:
黒い太陽
:2015/01/12(月) 01:59:32 ID:rlmKZg46
【私の黒い太陽。】
結局、あれから一年経つが、彼女の生死は判らないまま。
誰も、真相を知らない。家族も、引っ越したらしい。
あの、旦那さんはどうしてるのだろう?
私の1000倍以上ショックを受けて泣いているか、違う土地でマカニと笑いあってるか。
もう、それは判らない。 私も、もう真相を探らないよ。
マカニ、この文章全てをあたなにあげる。
あなたは、嫌がるかもしれないけれど。
私があなたにあげられる最後のプレゼント。
大好きだよ、マカニ。
どんなマカニでも。
もう、会う事はないし、会っても絶対他人のふりをするような私達だから、この小説だけの繋がりだね。 でも、それってすごいんだよ?あなたへの愛を綴ったこの世の中で1つの物語なんだよ。いつもの皮肉な笑顔で笑ってよ。
愛してる。愛してる。
鈍く光る私の黒い太陽。 あなたが、生きていると信じて書き上げたよ。
永遠なんて、ないのかもしれないけど、永遠に愛してる。この言葉を最後に、あなたへ。どこかで、あなたが、この物語を読んでいるよう、願ってる。
終
172
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 03:42:01 ID:rlmKZg46
テキスポ執筆分の一冊
ハンドルネーム(ペンネーム)
翡翠
プロフィール
翡翠です。女としての才能はあるかもしれない、ただのあばずれです。
文章は、文才がありません。なのに、書き連ねてしまう、業の深い奴です。
どうぞ、よろしくお願い致します。
概要らしきもの
他サイトで紹介したものを集めたいろいろな要素の話たち。
ショートショート。
私の書きたいテーマはいつでもたった1つなのです。
173
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 03:51:09 ID:rlmKZg46
【***ガーベラの想ひ出*** 】
其の日、彼は30分の寝坊をした。寒い朝というのは、なんでこんなに起きる事が
困難なのか?そんな事を考えながら、ばたばたとクローゼットを開け、
身支度を始める。
今日は、彼にとって大切な日。
大好きな彼女が、自分の住む町にやって来る日なのだ。
楽しみすぎて、遠足前の子供のように眠れなくて、それで結局
寝坊をしてしまった。
『そうだ・・。』
彼は、身支度を整える手を止めて、携帯を見る。
*着信あり。*
の文字。履歴を見ると、彼女から3回ほど電話が、かかっていた。
急いで、折り返し電話をかける。
首と肩の間に携帯を挟み、そう広くない部屋の中をあちこち移動して今日着ていく
洋服たちを、ベッドに放り出す。
携帯からは、今流行のアーティストの曲が流れてくる。
だが、彼女は出ない。
その曲をしばし聞いて、もうこうなったら、駅まで急ぐしかない!
と、彼はそう決めた。
174
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 03:51:43 ID:rlmKZg46
2階から、だだっと、駆け下りる。
誰もいない日曜日の、シンとした静寂の居間を通り過ぎ、
彼は、リーボックの真っ白いシューズを履き、かちゃかちゃと鍵を閉め、
弾丸BOYとなって、走る。
走る彼の口元から、白い息が規則的に流れる。
そして、それは冬の空気に取り込まれ、一体となって何処かへと消えて行った。
家から、駅まで走って10分程度。
いくつか信号があるから、それさえ、うまく繋がっていけば
時間は、そうかからない。
走り行く彼の視界に、小さな可愛らしい幸福の香り漂う花屋が、入る。
咄嗟の思いつきに彼は、花屋に、まさにダイブをするかのように飛び込む。ザブーン。
たくさんの花々が可憐に、美しく咲いている。
彼は、花屋の女店員の、いらっしゃいませ〜、と軽やかな声を聞き終えない内に、
『色とりどりのガーベラばっかりの花束を作って下さい!いっぱいのガーベラを使って。まぁるく。』
女店員は、にこっと微笑み、
『かしこまりました。少々、お待ち下さいね。』
と、言った。
その間にも、彼は彼女に電話をするが出ない。なんでだろ?不思議に思いながらも
『ごめん!寝坊した!電話してくれ!』
175
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 03:52:37 ID:rlmKZg46
と、短いメールを送信した。
けれど、彼女からの返信は、
ない。
『お待たせしました!この様な雰囲気でよろしいですか?』
ふいに、女店員の声が耳に入る。
慌てて、そちらを見ると、赤やピンクや黄色や白のガーベラたちがこんもり,真ん丸く
大きな花束になっている。
英字新聞をアレンジし、リボンもブラウン系を使っていて、更にガーベラの色味が引き立っている。
『いい感じです!!思った以上です!ありがとうございます。』
彼は、会計を済ませ、そっとその花束を受け取ると、もう1度、女店員に
『どうもありがとう!』
と、言った。
女店員は、
『こちらこそ!』
と、ふんわりと笑った。
そして・・・・・
彼は、また走り始める。花束を抱えるようにして。
彼女の大好きなガーベラ。
僕のガーベラは、君だ、なんて気障かな〜と、彼は考えて一人、
走りながら、照れていた。
176
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 03:53:22 ID:rlmKZg46
目前の信号が、点滅を始めた。
いけね!急がないと!!
彼は、横断歩道に飛び込む。車の影すら、感じなかった。
**************************
ポーンと、飛んだのはガーベラのまあるい花束。
そして、彼の身体。
一瞬を、スローモーションの様に彼は、捕らえていた。
そして、自分に降り注ぐガーベラの花びらが見えた。
祝福の様に、彼の身体に降り注ぐ花びらたち。
自分が冷たいアスファルトに、横たわっている事に気がついた彼は
ふと、横を向いてアスファルトに流れる、自分の真紅の血を見た。
『ふふっ。僕の血も、ガーベラに負けない位綺麗だな。ああ、それよりも、彼女に・・・・。』
******************************
ガーベラ達は、見ていた。
彼の最期を。
さっきまで、自分達を見て喜び、大切に抱えていた腕を想い出していた。
彼を想って、ガーベラ達は、その花びらをはらはらと散らし、泣いた。
彼のために、はらり、はらり、と。哀しみに花弁を揺らし。
それが、ガーベラ達の最期の想い出。
誰も、知らないガーベラ達の、想い出。
***************************
177
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 03:57:53 ID:rlmKZg46
【 甘い雨 】
いつもの店で待ち合わせ。彼が、まるで来たくもなかったかのように
30分遅れて、入ってくる。
彼の洋服は濡れていた。
『雨、降ってるの?』
さっきまで、そんな気配すら感じなかったのに。
彼は、ハンカチで、自分の洋服のあちこちを、
せわしげに拭きながら、
『ああ。急に、降ってきてさ。』
と、答えた。
そして、私の隣に座り、バーボンソーダを注文する。
私は、グラスに少し残っているジントニックを飲み干し、
『同じものを。』
と、新たに注文した。
飲み物が、二人の前に置かれ、
『今日も、ハードワークを乗り切った二人に。』
と、私は、笑顔で言って、グラスをあわせた。
だが、彼の表情は、曇っている。
最近は、逢う時に、彼の心からの笑顔を見ていない。
いつも、少し、途惑って笑うか、
口の端を微妙にあげるか、だった。
彼が、唐突に切り出す。
『ちょっと、言いたいことがあって・・・。』
バッドニュースなら、いらないわ。
バッドニュースは、ごめんよ。
と、心で呟く。
178
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 03:58:26 ID:rlmKZg46
『何?何?』
わざと、気丈に振舞う。でないと、この場から逃げ出してしまいそうだったから。
『・・・・・・・・好きな女(ひと)が、できたんだ。』
落ち着け、落ち着け。
『それで?』
私は。悪あがきと判っていても、そう言わずにはいられなかった。
『だから・・・・・別れたいんだ。・・・・・・』
優しい彼のことだから、きっと、今苦しんでいるんだろう。
私は、言うべき言葉を探すことができない。
できない?違う。言うべき言葉は、1つしかないのだ。
『・・・・・・もう、付き合ってるの?』
自分を苦しめるためだけの、切ない質問。
『・・・・・・・一ヶ月前から・・・・。』
フラッシュバックする。急な残業があって、上司に飲みに誘われて
断れなくて・・。そういえば、そうやって、デートのキャンセルが
何回か、あったことを。
『そう。・・・・・・ズルイのね。最低よ。私には、あなただけが
特別なのに。』
責めたところで、どうしようもないことを、知っていても
私の口からは、彼を責める言葉ばかりが、
容赦なく、機械的に出てくる。
彼は、小さな声で
『ごめん。本当にごめん。』
と、言う。
179
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 03:58:56 ID:rlmKZg46
ピアノの音が、やけに遠くに聞こえる。
その優しい旋律すら、今は私の心に届かずにいる。
恋愛は、対等であって、彼に他に好きな女性が出来たことを
責めるのは、絶対に、間違っている。
彼の、心から、私ははじき出され、今は違う女性が
その心を占めている。
そう、それは、仕方のないこと。
沈黙で、押し黙る2人。ピアノの音も、囁くように話す、
人々の声も、全てが、なんだか作られたもののように感じる
私は、これ以上、卑屈になりたくなかった。
彼との別れをを受け入れるしかないのだから。
ならば、最後は、毅然としていよう。
『ごめんなさい。私、あなたのこと、本当に愛しているの。
特別に想っているの。それなのに、あなたばかりを
責めてしまって・・。』
彼は、無言で俯きながら、私の言葉を聞いてくれている。
『ありがとう、なんて言う気には、まだなれない。
だけど、私は、あなたの前で涙を見せたくないわ。
・・・・・・・・・・・さよなら。・・・・・・・・』
そして、急いで席を立ち、店を出る。
嗚呼、そう言えば雨が降っている、って言ってたっけ。
雨は、私に容赦なく降り注ぐ。
私の涙を、隠すように。
今日の雨は、悲しみでできているけれど、
いつか、甘い雨の中を、笑顔で歩こう。
甘い雨が、私に降り注ぐのを待とう。
泣きながら、そう願っていた。
180
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 04:05:01 ID:rlmKZg46
【 さよならまでの距離 】
偶然だった。ううん、仕掛けたのは、私だったのかもしれない。
あなたは、ずっと、私を好きだった、と言った。
私も、彼のことが大好きだった。
あれから、もう10年も経つというのにね。
あの時は、あなたが結婚をしていて、今は私が結婚をしている。
それでも・・・・・
ゆっくりと、昔の時間が流れ出した。それは、どうしようもなくて、
私にも、あなたにもどうすることもできなかった。
ゆったりと、静かな音楽の流れるお店で、
少し、はしゃぎ気味に、しゃべる二人。
しゃべることは、昔話と、仕事の話ばかりで、
近づきすぎるのが、怖かった。
だけど、その時間は、きてしまった。
甘い蜜を二人で味わった。
何時間も、何時間も。
二人は、それの虜になった。
秘密の部屋で、秘密の行為を行うことが、悪いことだと
思えなかった。
愛する人と、一緒に持つ秘密は、キラキラと眩かった。
眩かったのに・・・・・。
あなたは、罪悪感に耐えられなくなる。
罪悪感が、あなたを支配していたことを知っていたけど、
この秘密を、あなたを、この手から離すのが
出来なかった。
そ知らぬ顔をして、禁断のジューシィーなフルーツを
貪っていたの。
ごめんね。知っていたのに。ごめんね。
もうすぐ、あなたは、いなくなる。
容易に逢えない場所。、私ではない、女の人を連れて行く、と
言った。
でも、それでいい。それしかない。
私達の進む道は、別れ道しかなかったのだから。
あなたとの、秘密の宝物を宝箱にしまい、鍵をかける。
そして、土深く埋めて、葬り去ろう。
明日から、また何食わぬ顔して、笑っていよう。
あなたと、あなたが選んだ女性のことは、
綺麗さっぱり、忘れよう。
最後まで、私を愛してくれたままの、あなたで行って欲しかった、
なんてことは、私は、言わない。
心の中で、叫ぶだけ。
ありがとうは、まだ言えない。
言える時には、もうあなたはきっといない。
だから、永遠にあなたにありがとうは、言えない。
さようなら、としか言えない。
181
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 04:10:26 ID:rlmKZg46
【 神様のお帰り。】
その日の彼女はとても落ち込んでいた。
ざわめくキャンパスのたくさんの人間のさざめく声、笑い声
そんな中、2人は無言で歩いていた。
彼女の落ち込んでいる理由は、僕にしたらそんなに大したこととは
思えなかったが、真っ直ぐで純粋な彼女を黙らせるには、十分な
理由となるのだろう。
なんて言っていいのか判らない。
僕らは、とぼとぼと大学を後にし雑踏の中に出た。
街は賑わい、そして急かすように、もうクリスマスの飾り付けを
している店もある。
猥雑な人々の声のノイズを聞き流し、もう夕方ともなると
めっきり寒くて、僕は首をすくめる。
横にいる彼女も、やはり寒そうだ。
どこか店に入って夕食を取ろうか、と彼女に言いかけた時
夕焼けの赤さがなんだか妙に、気になって空を見上げた。
『あ、神様のお帰りだ!』
思わず言ってしまった。なんて、懐かしい響きだろう。
昔は毎日のように、空を見上げ神様のお帰りを
見つけるのに、必死だったというのに。
何故か、今日、僕はそれを偶然に目にし、その懐かしい
言葉を発した。
さっきまで押し黙っていた彼女が、僕に訊ねる。
『神様のお帰り、って何?』
それはね・・・・・と僕は彼女に説明を始める。
夕暮れ時の、もう少しで、日が落ちるという時に
たまに、雲の途切れたところがあって、そこから
キラキラと光が射している。
その光は神様が天に帰る時のもので、それを
『神様のお帰り』と言うんだよ。
その僕の説明を彼女は無邪気に喜んだ。
『素敵だわ!じゃあ、私達は、今神様が天国に帰るところを
眺めているのね!!』
『そうだね。僕らは今、一緒に神様のお帰りを見ているんだ。』
『でも・・・・・』
躊躇いがちに彼女は言う。
182
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 04:10:57 ID:rlmKZg46
『たまにしか見えないって事は、神様は毎日お家に帰れないのかしら?』
そうか。そう言われてみればそうだ。美しく一条の光が雲の隙間から
見えるのは、稀な事だ。
僕も、彼女もそのことについて考え込む。
光はもう短くなっていて、神様はもうすぐ家路に着くのだろう。
『これは、あくまで僕の考えなんだけど・・・。』
本当に我ながら、稚拙だと思うような考えだったが
そうとしか考えられなかった。
『何?どんなことでもいから、教えて?』
よかった。彼女はすっかり、いつもの調子を取り戻し、
笑みさえ浮かべている。
『神様はね、あちこちでいろんな人を助けたり、なんらかの形で
導いたりしてて忙しいんだよ。だから、一生懸命働いて、働いて
くたくたになるんだ。それがどれ位の期間でくたくたになるかは
僕にも判らない。だけど、疲れすぎたら皆に幸せを振りまく力が
弱くなってしまうから、たまーに帰って休息を取るんだよ。
そして、休息が終わったら、また地上に降りてきて
君や僕や、この雑踏で足早に歩いてる人達、みんなに
幸せを振りまくんだ。』
彼女は僕のその、まるで小さな子供が考え付くような事を
真剣に聞いていた。
そして、また空を見上げた。
神様は、もうお帰りになられたようで、夕闇が迫っていた。
僕らは、今日神様のお帰りを偶然目にして、
こんなにも幸せな気分になっている。
『ゆっくり休んで下さいね。神様。』
僕と彼女は、人々が行き交う雑踏の中で神様に感謝していた。
今日、神様のお帰りを見た人間は何人いるのだろう。
携帯を片手に取引先だろうか、頭を下げながらしゃべっている
中年太りの男性。
タイトなスーツに身を包み、ヒールをこつこつと言わせ、
どこかに急いでいるキャリアウーマン風の若い女性。
集団で、声高くしゃべりながら通り過ぎて行く制服の女の子達。
たくさんのたくさんの人々。
全ての人々に、神様の幸せが届けばいいな、と僕は
いつになくそんな気持ちになった。
だから・・・・・これからは前ばかりを見るだけでなく、たまには
空を見上げようと思う。
彼女と一緒に、空を見上げて少しばかりの時間を
空想に使うとういのは、とっても贅沢で素敵な事だと
僕は思う。そう彼女に伝えると
『それ、すごくいい。』
彼女のぴかぴかの笑顔が光った。僕らは幸福に包まれていた。
神様に感謝するのも、悪くない。
183
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 19:52:47 ID:rlmKZg46
【 からっぽ 】
その日は、日曜で彼女は昼前に、けだるい身体をベッドから起こした。 彼女の部屋は、ひどく散乱していた。
1人暮らしで2LDK、という広い部屋に住んでいる彼女は
商社に勤め、給料も良く、眺めの良い、このマンションの
一室に暮らしていた。
けれども、彼女は、お給料を全て買い物につぎ込んでしまい、
毎月、何枚かのカードの請求の支払い、家賃、光熱費を
支払うために、またキャッシングして・・・という
自転車操業的な事を続けていた。
表参道、銀座、青山、なんて魅惑的で、刺激的な街なのだろう!
と、彼女はいつも、感嘆にむせぶ。
彼女の好物のブランドショップやセレクトショップに入ると
もう、手ぶらでは出てくることができない。
ショップ店員の巧みな話術と、その高級な場所で試着する
高級な洋服は、彼女をも、とても高級に見せた。
まるで、ちょっとしたお金持ちの女になった気分で、
ついつい、カードで購入してしまうのだ。
初めは、良かった。給料の範囲内で、カードの支払いは
スムーズにできたし、家賃や公共料金を支払わずに
溜める人間を信じられない!と思っていた。
ところが、どうだろう。
1年もすると、家賃は溜めずとも、公共料金の支払いが、
遅れがちになっている。支払いたくても、お金をキャッシング
しても、追いつかなくなってきている。
彼女は、とても焦っていた。じりじり、じりじりと。
初め、セレクトショップで選んだ洋服を着ていった時に
周りからとても好評で、それがとても嬉しかった。
ただ、それだけだった。
どんどんエスカレートしていき、1年も立たないうちに
会社でも『お洒落な女性』と誰もが、彼女を認めていた。
彼女自身もそれを知っていたので、皆の抱く偶像の
『お洒落な自分』を守るために、カードを何枚も駆使して
頑張ってきたのだ。
洋服ばかりではなく、メイク用品も新作が出れば購入し、
トイレで皆でメイク直しの時にさりげなく、それを出す。
そうすると、皆が
『わーーーっ!それ○○の新色ですよねーーー!』
と、騒ぐ。彼女は、自慢げにならないよう、用心しながら
『これとこれと、あーっと、これと、これも、予約して
買ったんだけど、すごいいいわよ。』
と、他のアイテムも皆に見せる。
肌も週1のエステに通い、高級基礎化粧品をラインで
使っている。
努力をすればするほど、お金がかかり、でも、それと
比例して、彼女は拍車が掛かるように垢抜けていった。
184
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 19:53:25 ID:rlmKZg46
でも・・・・ それが・・・・・・・・このざまだ。
収納には洋服が全部入りきらず、あちこちに山積みになって
、 もしくは、カーテンレールに高級な洋服がかかっている。
メイクアイテムは、もうぐちゃぐちゃで、毎朝アイテムを探すのに
必死だ。新製品だけは、全部会社に持って行く、ポーチに
収まっていたが。それでも、まだ新品といえるものが、
たくさんあった。
彼女は、モノが、ごちゃごちゃと氾濫している部屋に佇んで
自分の足元に目を落とす。
どこも、ここも、洋服だらけだ。
彼女は、考える。無理せず、楽しく買い物していた頃は
とうの昔に過ぎ去ったことを。
途中からは、周りの評価にあわせるために、周りのために
買い物をしていた自分。おだてられ、毎月、必死になって
返済に追われる自分・・・。
こんな女性になりたいわけじゃない。
身の丈を無視して楽しくもなく買い物をし、周りの声に左右され、せっかくの綺麗な部屋を
乱雑にして・・・・。確かに、自分は外見は綺麗になり、そして垢抜けた、と我ながら思う。だけど・・・・これが、本当に望んでいた自分なんだろうか?
彼女は、ぎゅっと唇を噛み締める。
私は、こんなにモノがあっても、からっぽだ。
モノがあれば、ある程、私でなくなっていく。
からっぽになっていく。モノによって、綺麗になっているだけで、
一皮向けば、カードやいろいろな支払い・返済に追われているだけの女だ。こんなの、本当の綺麗じゃない。薄々は感づいていたのだけど、
知らないふりをしてきた。でも、限界だった。何もかもが。
こんなのは、嫌だ。
彼女は、もう1度声に出して半ば、叫ぶように言う。
『こんなのは、嫌だ!』
乱雑な部屋を、まず、どうにかしよう。
日の良く当たるこの部屋に、もっと光を、美しい、空気を!
彼女は、この休日、乱雑な部屋を汗まみれになって綺麗にし、乱雑な洋服を、着る物、着ない物に分け、要らないものはどこかに売りに行こう!最低限、いるもの、気に入ってるものだけに囲まれて、身に着けて生きよう! 彼女は、乱雑な部屋を何時間もかけて、綺麗にした。
たくさんの、いらなかったもの、洋服、靴、バッグが合った事に、
そこで初めて気がつく。
彼女の、この決意が、彼女が部屋を片付けるという行為が、
彼女を変えた。彼女の心の止まっていた流れを、再度
動かした。彼女の中の澄んだ水が、流れ始める。
そして、彼女は、今度こそ、楽しくショッピングができる、
本物の大人の女性になっていく。要る物とそうでない物を自分で判断し、無駄な買い物をせず、毎月の月末を
余裕を持って過ごせるようになるのだ。
からっぽの彼女は、もうどこにもいない。
綺麗な光いっぱいの美しい部屋で、くつろぐ彼女の微笑みは
十分に、満たされた者のそれであった。
185
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 19:54:37 ID:rlmKZg46
【 美しい私の彼女 】
彼女のことを形容する時、誰もが
『美しい』 『綺麗』という表現をする。
確かに、彼女は美しいけれど、それだけではない。
彼女は、長い手足と、形の良い胸と、甘い香りのする
『それ』を持っている。
知っているのは、今は、私だけだ。
私と彼女は、現代的すぎるネットの世界で出会った。
たまたま近くに住んでいて、今度逢おう、等とメールで
やり取りをしていた。
それが、偶然にも、とあるイベントで出遭ってしまったのだ。
彼女が、私の名前を呼ぶまで、私は彼女に気がつかなかったのに、
彼女は気がついてくれ、そして、私の名前を、高く細い声で
呼んだ。
一目で、恋に落ちた。 ・・・・・彼女も幸い、同じ気持ちでいてくれたようで、私達は、頻繁に逢うようになり、
彼女から
『付き合いましょう』
と、言われた時、私は、それが当たり前かのように頷いた。
そして、闇に乗じて、そっと、お互いの唇に唇を重ねた。
小鳥が、そうするように。
お互いの部屋を行き来するようになり、私達は
たくさんの秘密を共有するようになった。
秘密というのは、なんで、こんなに楽しいのだろう。
美しい彼女とは、部屋でゆっくりする時も、ショッピングを
楽しむ時も、美味しいものを食べる時も、いつも一緒にいた。
笑っても、泣いても、怒っても、彼女がいればそれは全て薔薇色だ。
彼女は、たまに
『いつまで、こうして一緒にいられるのかしらね?』
と、微笑みながら、私に聞く。私は決まって
『ずっと一緒に決まってんじゃん。』
と、言う。 けれど、お互いに知っているのだ。
こんなに完璧に幸せな日々が永遠に続くことがないことを。
そして、完璧に幸せなまま、終わりたい、と
願っていることも。
だから、1日1日を祈るように、今、美しい彼女と過ごす。
私の美しい彼女は、きっと、永遠に美しい。
186
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 19:56:46 ID:rlmKZg46
【 *** あたしについて *** 】
あたしについて。
あたしの母親は、あたしが小さい頃、とても美しい女だった。
艶やかなロングの髪をなびかせ、小さな顔の中のパーツは
それぞれが整っていた。
父親は、ろくでもない男で、母親と結婚するまでは、
母親と同じ職場の、チーフという立場にいて、
母親を優しくフォローしていたらしいが、結婚してからは
本性を丸出しにし、ろくに働かない男に成り下がった。
そんな2人から、あたしは産まれた。
そうして、暫くすると、弟が産まれ、あたしは、
嬉しかったのを覚えている。
あたしの家は父親がろくろく働かず、毎晩飲み歩いていたので
子供のため、自分の夫のため、母親はぶっ倒れるほど
働いていた。
なので、物心つく、3歳の頃から、あたしは、いつも夜は
1人だった。
自分はだらしないくせに、他人には厳しい父親は
あたしの躾にも厳しく、夜21時以降テレビをつけておくのを
禁止した。 冷蔵庫のモノを勝手に食べるのも禁止されていたが
そちらは、問題がなかった。
何故なら、うちには盗み食いする余分な食べ物なんてなかったから。
そんな生活の中でも父親と母親はSEXをしていたらしく
弟ができた。
これで、夜1人じゃない!と、5歳のあたしは喜んだ。
が、今、思えば当たり前だが、夜、よく泣いた。
5歳のあたしは、何もできず、ただただ
『早く、泣くのが終わりますように』
と、神様にお願いしていた。
きっと、弟は、おむつをぐしょり濡らしていた夜も
お腹がすいてどうしようもなかった時も
そうやって、泣きながら、泣き疲れて眠りに
ついていたのかもしれない・・・。
弟は4歳になっても、しゃべらなかったが、
あたし達はたった2人の、恐ろしい夜を共有する仲間として
とても仲がよかった。
************************
そうやって、過ごしてきたがとうとう、父親が借金を膨らまし、
母親の実家に、結婚をとても反対していた実家に、
金の無心をし、精算した。
残念な事に母親の実家は、金持ちだった。
それを機に、母親の田舎に引っ越すことになったが、
当然、父親はついて来ないと思っていたが、厚顔無恥な彼は
何食わぬ顔をして、ついてきた。
187
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 19:57:27 ID:rlmKZg46
*********************
田舎での生活も、そう変わる事はなかったが、あたしは、もう
1人でも気楽に過ごせるようになっていったし、父親のご機嫌を
伺う生活に、飽き飽きして、彼に横柄な態度を取るようになっていた。
**********************
高校卒業と同時にあたしは、大阪に出た。
もう、父親のいる生活なんて、まっぴらだった。
大阪ではやり放題で、彼氏を何人も作り、毎晩ミナミに
友達と、繰り出しては酒や食べ物奢ってもらい、
今更、処女でもなかったし、タイプの男とSEXしたりを
繰り返していた。
楽しい毎日だった。 ・・・・・・・だが、あたしにはあたしが幼い頃から
まとわりついてる、厄介な病気があった。
精神的な病気で、不安神経症、パニック障害、買い物依存症、躁鬱、
アルコール依存症、等など。年々、病名は増えていった。
しかも、あたしは、何故かだらしない男ばかりを好きになり、
身体を売って、男を養うようになっていた。
これでは、駄目になる、と心配した同郷の友達が母親に
あたしには内緒で電話をし、あたしは、結局実家に
連れ戻された。
それからも、あたしは、出鱈目に結婚したり、浮気を何回もし、
当たり前だが、離婚をされた。
それでも、あたしは、男とやりまくっていたし、毎晩取り巻きを
連れて、散々遊びまわっていた。
********************
そんな、壊れたあたしなのに、10歳年下のとても、格好の良い
男性にプロポーズをされ、再婚にいたった。
が、入籍はせずに、式だけあげた。いわゆる事実婚だ。
離婚するときに、面倒な事がたくさんあるのを
知っているあたしは、入籍はごめんだった。
それでも、彼はあたしと結婚をした。
穏やかな生活が続く中、あたしは、毎日病気による
自分の心の変化を、なんんとかするのに必死で、
彼もあたしを、一生懸命、守ってくれている。
*************************
彼を愛している。それは、もう揺るぎようがない真実だ。
でも、あたしは知っている。 また、彼ではない、他の男と
寝ることを。それは、もう、きっと決まっている事のようで、
あたしは、待っている。
その時を。
これが、あたしなのだ。ろくでもない女。
結局、あたしは、あんなに嫌っていた父親の血をしっかり
受け継いでいる、と自覚せざるを得ない。
あたしという女は、だらしのないろくでもない女だ、
という事を、1番知っているのは、きっと、あたしだ。
あたしは、このまま、ゆらゆらゆれ続けるだけなのだろう。
188
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 19:58:38 ID:rlmKZg46
【 硝子の靴。〜シンデレラはいなくなった。〜 】
その夜、僕はすごく酔っ払っていて、でもまだ家に帰りたくなくて、
繁華街の、路地を徘徊していた。
次は何処の店に行こうか・・・。
と、悩んでいるとゴミため場で、座り込んで何かを
しているらしい、人間の姿が、見えた。
酔っ払っているからか?幻想か?
そう思いつつ、少しの恐怖心、と少しの野次馬根性で
そこに、ふらふらと近寄って行った。
近寄って見てみると、その『人間』は、まだ若い、20代前半だろうか?? やけに着飾った女だった。 まるで、どこかの
貴族のパーティーにでも行くような格好をしていた。
薄明かりに、ぼんやりと見える横顔は、とても整っていて
明るい所で見ても、きっと美しい女なのだろうと僕は思った。
酔っ払っている僕は、彼女の美しさと、その余りにも豪奢な衣装に
驚き、見とれ、ぼーっと彼女を見ていた。
彼女と僕の距離はいつの間にか、近づいていた。
と、いうか僕が近づいて行ったからだろう。
彼女、暫く無言だったが、急にイラついた声で
『ぼっとしてないで、一緒に探しなさいよ!』
と、怒鳴った。僕は驚いて、慌てて彼女に聞いた。
『一体、こんな所で君は、俺に何を探せと言うんだ。大体、その格好はなんだ?こんな所に何かを落とすって、なんなんだ?!僕はただの
通りすがりで君とは何も関係ないのに、何かを探せと言うのか?』
僕は酔っ払っているはずなのに、勝手に口が動き始めた。
ちょっとイカレタ女なのか?
だけど、僕は、気がつくと、その場に座り込んで
彼女と一緒にゴミを漁っていた。
また、唐突に
『硝子の靴よ。』
と、彼女は今度は、笑顔になって言った。
益々、僕の中で疑問は深まった。
硝子の靴?こんな場所に?
『こんなゴミために、硝子の靴を落としたのかい?』
『・・・・・・ここじゃないかもしれない。でも、ここかもしれない。だから、
探すの。』
いつの間にか手は真っ黒で洋服も勿論、生臭い香りといろんな
何か考えたくもないようなモノが張り付いていた。
彼女も同じようなモノだった。
それでも僕らは、無言で探し続けた。
だけど、僕は酔っ払っていたからかもしれない。
必死に頭の中で
『硝子の靴、硝子の靴、硝子の靴・・・・・・』
と、唱えながら、いつの間にかゴミために
身を沈めて、意識が遠のいていった。
気がつくと、朝で、豪奢で美しい昨夜の彼女の姿はなかった。
夢だったのか?僕は、酔っ払って、ここで眠ってしまい、
夢を見ていただけだったのか?
手の中に何かがあるのを感じた。握り締めた手を
まだ、覚めやらぬ頭の中、開いてみた。
そこには、紙を適当にちぎったようなものがあり、
何か、小さく細い字で書かれている。
僕は、それに顔を近づけ、その文字を読んでみる。
『本当は、硝子の靴なんて、ないのにね・・・・・・ありがとう。』
僕は、その紙に書かれている、彼女の言葉に
心が痛くなった。彼女の文字からは、どうしようもない淋しさが、
発せられていた。
**************************
彼女の硝子の靴、とは何を意味するのか、今でも僕は
考えている。
何処にもない硝子の靴を彼女は今夜も何処かで
探しているのだろうか。
僕は、彼女と硝子の靴の事を考えて、少しだけ、泣いた。
189
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 19:59:40 ID:rlmKZg46
【 想ひ出と、想ひ。 】
昔、私が中学生の頃から、ひょっとしたら、もっと前からかも
しれないが、夕飯の食卓には、いつも父親のためにだけ
作られる小鍋があった。
それは、ただの湯豆腐の時もあったし、鳥鍋や、寄せ鍋の時も
あり、様々だった。
私も、弟も口には出さなかったけれど、鍋は大好物で
父親にだけ出される鍋が、とても羨ましかった。
父親は、おかずにうるさく、他の家族とおかずに差をつけることで
父親の威厳みたいなものを、象徴したかったみたいだった。
それは、おかずだけではなく、何かにつけては威張り散らしていた。
なのに、外では、異様に人に頭を下げ、ぺこぺこして、お辞儀ばかりしていて、その嘘くささは、絶対に相手にばれていたと思う。
父は上辺を取り繕って、自分を良く見せることに専念していた。
外面が良い人は内弁慶である・・・・ということが多いが
父親も、まさにその通りの人間だった。
自分の子供だろうが、容赦はなかった。
だけど、父は、いつもその小鍋の豆腐や鶏肉等を、
ほんの少しだけ、私達、姉弟に分けてくれた。
父はその小鍋の中身を『分け与える自分』が、好きだったのだ。
いつも、『やるぞ。ほら。』と、優越感に浸った声で言っていた。
何年間も、父の小鍋は夕飯の食卓にあがった。
そして、私達は、それを分けてもらって食べていた。
けれど、月日は流れ、高校を卒業し、就職した私は
自分で、好きな日に鍋を、食べられるようになった。
時には、彼氏と一緒に。時には、友達数人と賑やかに。
それは、小さいことだけど、私が自由を手に入れた証でもあった。
それから、数年。私は、田舎に戻ってきた。
父と母は、離婚をしていた。
私は、父を少なからず、いろいろな事で憎んでいたので、
なんとも思わなかった。
だけど、母親に、大皿を出して欲しいと頼まれて
食器棚を、探していたら、父の使っていた、あの小鍋が、
出てきたのだ。
あの時、あんなにこの小鍋の中身を欲しがっていた
自分を思い出す。
そして、たかが、小鍋でしか父親の威厳を表すことの
出来なかった父を、少しだけ可哀想に思った。
家族にまで、見栄をはっていた彼を。
今、父がどうしているかは知らないが、
この小鍋を持って行かずに困っていないのだろうか、
と、考える。
190
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 20:02:12 ID:rlmKZg46
【 蜜月・秘密・蜜の味 】
10年という長い年月、愛しながらすれ違い続けた人がいたわ・・・・・・。
星空が180度、あたし達を囲む、小高い丘で、
彼の車の中で、清潔で無臭な彼の香りを
感じながら、KISSをしたの。
そして、彼はそのまま、あたしの座席のシートを倒し、
あたしの真上に、来たわ。
星達は、見ていた。あたし達が折り重なる姿を。
彼は、それに飢えていたのではなく、愛に飢えているのが
あたしに、伝わってきた。
彼の吐息と、あたしの小さな喘ぐ声は、1つになっては
消えていった。
あたしを、揺さぶる彼は、悲しいほど美しかった。
男と女である限り、これに辿り着くしかなかった。
あたし達は、逢うたびに、ホテルに行ったわ。
彼の、どんな要求も、あたしは、受け入れた。
それで、彼の心が少しでも満たされるのなら。
一時の、玩具に、あたしは、なった。
ある日、それは突然で、悲しむ間も、憎む間も無く
彼は、結婚をした。
それは、もう、何年も前から決まっていた事で、
家柄の固い、彼に課せられていた使命だった。
あてつけのように、あたしは、その数ヵ月後、彼の友達の男と
結婚したの。
馬鹿な女、って言葉がこんなに、しっくりくるのも珍しいわよ?
なのに、彼はたった数ヶ月で離婚したの。
そして、あたしが、結婚しているのを知っていながら
あたしを呼び出す。
誰にも、知られてはいけないあたし達の関係を
なんて、呼べば良かったのだろう。
彼は、以前よりも、あたしを求めた。
何度も、何度も、深く、深く。
あたしと彼は、そうやってしかお互いの気持ちを
確認できなかったわ。
愛、なんて言葉は薄っぺらくて使えなかった。
出鱈目に結婚したあたしも、数年後、離婚した。
それでも、彼とはそのまま続いていた。
お互いの、悲しみを快楽に変換することを、やめはしなかった。
けれど・・・・・あたしも、彼も、逢うことをやめたの。
それは、どちらが言い出したわけでもなく。
そうして、あたし達の10年は、幕を下ろしたわ・・・・・。
あたしは、今度はちゃんと『愛している』という言葉を
使える、優しくて、可愛い人と結婚をした。
そして、甘ったるいミルクのような生活を送っている。
彼も、再婚したと、知り合いから聞いた。
彼の、新しい妻の名前は、あたしと同じ名前だった。
ただの、偶然に決まっている、と思いながらも
あたしは、切なくてただ、あの星空を、あの時の彼を
思い出していた。
蜜の味を、二人で共有していた彼との想い出は
一生、あたしから離れていくことは、ないの。
191
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 20:02:56 ID:rlmKZg46
【 あとがき 】
☆あとがき☆
以前から発表していた作品を短編集として
まとめてみました。
拙い文章で、申し訳ありません。(-_-;)
それでも、読んでくださった皆様、ありがとうございました。
とびきりの愛を込めて。 LovE Ya!!
192
:
たんぺんしゅう
:2015/01/12(月) 20:14:05 ID:rlmKZg46
※補足※
>>2-7
アンダーグラウンド(2008?)
モバゲー発表以前の未完の作品です
同じく未完の作品(高級娼婦・花びらを探す、元スーパーモデルなロシアンハーフ・カートさんが主人公の探偵モノ)は保管していません
>>8-148
ノンフィクション(2008)
>>150-171
黒い太陽(2008)
モバゲーで発表されたケータイ小説です
>>172-191
たんぺんしゅう(2007)
テキスポで発表された小説です
193
:
マタコさんを遠くから見守る会会員No.774
:2015/01/13(火) 01:47:05 ID:LDbLp6/I
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
私小説とフィクションを織り交ぜた私小説。
※マリア名義で執筆されたブログ小説
画像掲示板に一部キャプションあり
ttp://ip1.imgbbs.jp/read4/niya/2/22/
194
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 01:48:39 ID:LDbLp6/I
【不倫恋愛】
出会わなければ、良かった、出会うのが遅すぎた。
そんな事はいくらでも言える。
だけど、そんな陳腐な言葉を使うほどには、あたしは、腐ってない。
好きだから、好き。
理屈もいらないし、いつの間にか恋に落ちたなんて、言ってみる。
*****************
あたしは、未入籍だけど一応、夫、という立場の人間がいる。
勿論愛している。尊敬している。
そして、あたしは、精神の病気を患っている。
リスカは常習犯だし、薬の乱用も、日常茶飯事。
夫は献身的に、あたしのケアをしてくれる。
だけど、男性としての魅力で愛している、と言うより身内として愛している。
もう1年以上はSEXはしていない。する気なれない。
する気になれない事をあたしはできない。
**************
そんな日々の中、昔の彼氏に出合った。
食事を一緒にしたり、カラオケ行ったり。
先日、カラオケの後、夫が迎えに来てくれる間
表で人目から隠れるように、2人で隣同士で座っていろいろ話した。
そして、その話の延長のように自然にKISSをした。
それは、とても甘く罪の味がしてあたしを興奮させた。
そのままベッドにいってやりまくりたい、と口には出さねど
2人ともそう思った。彼の柔らかい舌があたしに差し込まれて、あたしは
身体の芯から痺れた。受け入れて、あたしも彼の下にあたしの舌を絡めた。
だけど、時間がなさすぎた。
だから、あたし達は例えそれが一時のものだとしても、何回も
KISSを交わした。
2人の煙草の味が混じって、とても美味しかった。
バターになってとろけるような切なくて素敵なKISSに
あたし達は夢中になった。そのまま、たったまま挿れて欲しかった。
彼の硬いものをこの、柔らかい身体に感じていた。
***********
でも、如何せん彼は忙しすぎて、なかなか逢えない。
逢いたいのに逢えない。
あたしは欲張りだから夫も愛しているし、彼も愛している。
それは、比べようがない。
そして、あたしにはもう1人彼がいる。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
195
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 01:50:44 ID:LDbLp6/I
【Kとあたし。】
昨夜の電話の内容をやっぱりあたしは、あんまり覚えていなくて
でも、なんだか良いこと聞いたような、幸福感の余韻があった。
昨夜はKとも、メールのやり取りをした。
やっぱり、うろ覚えだったけど、メールチェックをして読み返した。
Kとも、Dとも、あたしはSEXしていない。
SEXしてしまうと、何故だか気持ちが萎える事が多いから。
でも、その場になったら、きっとお互いを貪りあうのだと思う。
何度も何度も、求め合うのだと思う。
SEXしていない今は、恋人達とSEXをしたい、と思うあたしがいる。
それが、いつ来るのかあたしにも、判らない。
**********************************
Kは、いわゆる『S』だ。それは、初めて逢った時に感じた。
初めて逢ったときは、仕事関係だったのに、彼をそんな目で見ていた
あたしは淫乱なのだろうか。
付き合い始めて、KISSもしない、それどころか手すら握ったこともないのに、
Kは、写メで、あたしにいやらしいポーズを送ることを要求してきた。
あたしは、断った。
だけど、次にきたメールが命令口調で、あたしは、M女だから、
その言葉だけで、いってしまいそうで、彼の要求通りの
恥かしいポーズの写メを言われるがまま何枚も送った。
開いて、舐めて、服従するあたしを、何枚も。
彼は
『良い子だ。すごい可愛いよ。』
と、褒めてくれた。嬉しかった。
あたしは彼との擬似SEXに溺れている。
でも、それだって、いつ、あたしが、彼が飽きるか判らない。
それに、もうこれ以上、送るべきいやらしいポーズが、ない。
彼は、あたしの身体の全てを見ている。
彼の声を聞くだけで、あたしは濡れた。
その内、テレフォンSEXでもするのだろうか。
遠距離のあたし達には、実際に交わることが難しい。
でも、彼はきっと、『それ』をしにくるはずだ。
彼の欲求も、きっと限界に近い。
あたし達は、お互いに求め合っている。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
196
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 01:56:50 ID:LDbLp6/I
【もう1人の彼と、やるせない出来事。】
あたしには、もう1人の彼がいる。
だけど、その彼は、また、とっても忙しい人で、会う暇が全くない。
あたし達を繋ぐ細い線は、メールと電話。
彼が、どれだけあたしを彼なりに愛しているかをあたしは知っているし、
どれだけ彼が忙しいかも、勿論十分に知っている。
だけど、お互いの身体を触れ合いもせずに、続けていく自信が
あたしには、ない。
なぜなら、あたしは躁鬱でパニック障害を患っている女だから
躁の時はいいけれど、鬱の時は、もう自分でもどうしようもない。
心に広がる闇と不安があたしを覆い尽くす。
あたしは、その闇の住人になり、闇に服従姿勢。
だけど、2人の恋人達は、そんなあたしの状況を知らず終いで、
傍にいてくれる事なんてない。
彼達の名前は、Dと、Kと称しておく。
全くプラトニックな彼をD。
甘いKISSを交わした彼はK。
けれど、あたしを最も愛してくれているのは、この2人ではない。
あたしを心から愛してくれているのは、夫だけだ。
恋人達にとって、あたしは、彼らなりにあたしを愛してくれていると
理解しているが、心は曇るばかりだ。
なんで、こなにも慈悲深い夫だけで、あたしは満足できないのだろう。
罪悪感が募るばかりなのに、恋人達と切れることもしない。
恋人達と切れると思うと胸が苦しくなるからだ。
だけど、これは擬似恋愛だと知っているあたしがいる。
2人とも、恋愛至上主義ではないし、
あたしの求めているものや、言葉や、行動全てが彼らは判っていない。
こうなってくると、恋人でも、なんでもないような気にさえなってくる。
リスカ常習犯のあたしが、久しぶりにリスカをしてしまい、
『やってしまった。』
と、2人の恋人達にメールを入れたが、Dからは怒られ、Kからは真夜中
短いメールが1通届いただけだった。
Dには、前々から
『なんかあったらなんでも言え。辛かったらなんでも言え。』
と、言われていたから言ったのに、物凄い勢いで怒られてそれがあまりにも
傷つく言葉の羅列だったから
『優しいのは逢ってる時だけなんだね。』
と、メールを返したら、
『俺にはもう無理だ。さいなら。』的なメールが入ってきた。
あたしは、それを見て何回もメールをし、何回も電話をしたが、
Dがそれに応えることはなかった。
やるせない気分があたしを襲って、睡眠薬をたくさん飲んだ。
だけど、あたしの貰っている睡眠薬では死ねないのだ。
病院のドクターが、睡眠薬自殺を図ろうとしたあたしに
『死ねない』睡眠薬を処方したからだ。
次の日、目覚めたらだるくて、何をする気も起こらずメールチェックだけはしてみた。
Dからメールが入っていて
『昨日は無視じゃなく、寝てただけ。まあ、なんでも、ほどほどにしよう。
なるようになる。』
と・・・・。これって、都合のいい女でいてくれって、思ったあたしは
勘繰りすぎなのか?
とりあえず、夫がいなかったので電話をした。
少し話して、あたしはあたしの言いたい事があったから
話しかけていたら
『今、パチンコしててかかってるから後で電話する。』
と、言ったまま5時間すぎてもかかってこない。
あたしの恋人は、あたしの話より、パチンコが大事らしい。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
197
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:04:06 ID:LDbLp6/I
【Dとの電話】
Dからの電話はなかなかなく、あたしは、もうかかってこないのだろうと
思った。
淋しいけど、もう仕方ない、という気持ちになっていた。
夫がが帰ってきて夕飯のしたくをしてくれる出来上がったおかずをつまみながら、
ビールをやけくそに流し込む。
アルコールが入るとあたしは元気になれるのだ。
すると、いきなり携帯が鳴った。そして、すぐ切れた。
履歴を見てみるとDからだった。
付き合うときの約束で、電話をする前に、メールで電話ができる状態か
確認してから電話を、という事だったのを、 彼はきっと忘れていて
かけてしまってから、気がついたのだろう。
アルコールが入って上機嫌なあたしは、
『まりに電話してくるから。』
と、夫に言って2階へと軽い足取りでとんとんとん・・・。
Dに電話すると、Dもアルコールが入っているようだった。
『悪い、悪い、思わずかけてしまって。すぐ切ったからセーフ?』
『セーフだよ』笑いながら、答えた。
Dの言い分は、あたしを都合のいい女にするつもりなんかなく、
長く続けていきたいからこそ、『なんでもほどほどに』という表現を
使ったらしい。
がーーーっ、となってしまうと、ばれる可能性も高くなるし、
お互いに疲れてしまうかもしれない、そんな事で、別れるのは
嫌だ、と。
そうだ。忘れていたが、彼は昔からメールでは言葉足らずだった。
そして、絵文字を使うがらじゃないので、
落ちてたあたしには、とても嫌な言葉に感じたのだった。
Dは、
『今週は肉でも食べよう。』と、言った。
そして、
『俺は付き合ったら、一生モンだと思ってる。俺が結婚したとしても
お前と一生付き合う。だから、お前も、もっと広く考えろ。』
とも。とりあえず、パチンコよりは大事みたいだ。
『一緒にいて楽しいし、癒されるし、お前は可愛いし、俺は
お前が大事だ。だから、手首を切るなんて事を考えるんだったら
俺に電話しろ。そのとき、出られなくても必ず折り返すから、待っとけ。』
あたしは、Dに愛されていることをやっと理解できたような気がする。
でも、酔っ払いのあたしは、明日になったらきっと、この言葉の
半分も覚えていないのだろう。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
198
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:05:57 ID:LDbLp6/I
【あたしについて】
あたしは、あたしで、名前は、みきや、舞、香織、静香、と、たくさんある。
性別は、雌。いつでも何かに飢えてる雌。
夫が1人いて、だけど未入籍でいる。離婚歴のあるあたしには
入籍なんて、面倒なだけだ。それについて夫は何も言わない。
あたしが、嫌がることを夫は絶対に強要しない。
それが、ありがたくもあり、疎ましくも感じる。
優しすぎる夫に、苛立ちを感じてしまうのは、何故なのか判らない。
そして、そんな事は誰にも聞けやしない・・・・。
恋人が2人。2人とも、愛しているし、でも時には憎しみも感じる。
愛するが故、彼らにどうしようもない感情が湧き出てくる。
精神病のせいだ、と言ってしまえばそれまでなんだろうが、
果たして、本当にそれだけだろうか。
躁鬱、パニック障害、不安神経症、不眠症、おまけに、アルコール依存症と
買い物依存症。インフォマニアでもあるのかもしれないと
思っているが、いつでも誰とでもというわけではないから、そうではないのだろう。
だけどドクターには、買い物依存とアルコール依存は内緒にしている。
だって、それを話しても治る薬はないのだから。
話しても仕方ない。
あたしは、たまに自分の身体を売る。
今時、女子高生だって、2万が相場だと言うけれど、あたしは3万でしか売らない。
安売りしたくない、なんて言ってられる立場でも、年でもないけれど
あたしは、変にプライドが高いから、安売りをしない。
身体を売る人間は決まっていて、ここら辺では名前の通っている社長3人。
愛人契約の話を持ちかけられるけれど、あたしは契約なんかで
縛られるのは、まっぴらごめんだ。
おっさん達とのSEXは、とっても気持ちがいい。
若くない彼らはそれぞれ巧みに、舌や、指や、言葉を使って
あたしを絶頂へと導く。快感が体中を突き抜けて、あたしは
何回も、そこへ、辿りつかされる。
それで3万。いいお小遣い稼ぎで、罪悪感は全くない。
利害関係が一致しているから?
そうやって、あたしは身体を、おっさん達に差し出す。
あたしの容姿は、中の上,位だと、自己採点。
スタイルも悪くない。バストが大きくて、細身なのに、Eカップある。
だからあたしはバストを強調する服を着る。
その方が、美しい女に見えるから。
男には、むやみにモテル。だけど、自分が好きでもない男から
好かれたって、そこにはなんの意味もない。
友達は普通にいる。だけど女は敵対意識が強いから、本物の友達は
小学校からの友達と、大人になってからは数える程。
あたしは、女に嫌われる女らしい。
でも、たまに波長の合う女性がいて、バイでもあるあたしは、その何人かの女性と
付き合ったりもした。どの女性も、美しく、繊細で、あたしなんかの恋人に
なってくれたことを今でも感謝している。
最後に付き合った彼女とは、自然消滅になってしまったが
本当に美しく、頭の良い女性だった。
せめて、KISS位しとけばよかった。
あたしについては、きっとこんなもんだろう。
あたしは、やっぱり、SEXで人と繋がっているのかもしれない。
それでも、あたしは、あたしだ。
次にSEXをする相手はおっさんだ。お小遣いが今月は少ないから、
ふっかけようと思ってる。
お金が介在しているSEXでも、あたしは感じて、動物じみたうめき声をあげ
されるがままに、濡れすぎる程濡れて、するりとおっさんのモノを受け入れる。
受け入れて、突き上げられる度に、あたしはもう何も考えられなくなっていく。
それが、誰に対しても悪いことだと思わないあたしは、
欠陥品なのかもしれない。
結論。あたしは、インフォマニア予備軍の欠陥品だ。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
199
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:06:34 ID:LDbLp6/I
【いつか、する。】
2人の恋人達とあたしとが、性的関係を持っていないのには
理由がある。
まず、逢える時間が限られている。
Kとは、遠距離である。
そして、これが第一だが、あたしが、もっと彼らを焦らしたいのだ。
焦らして焦らして、そこがパンパンになる程あたしに欲情をして欲しいのだ。
あたしだって、恋人達と、したい。
何度も何度もお互いの、汁や汗まみれになって、部屋に篭って
呻き声をあげ、恥かしい格好をさせられ、穴という穴に挿れて欲しい。
だけど、こうやって想像する事は、我慢することは
実際にそれをするより甘美で、いやらしい事だとあたしはどこかで知っている。
だから、あたしは彼らに恥かしい、淫乱極まりない写メを送り、挑発して
欲望をかきたてさせる。
だけど、それを考えていると、あたしは自分の火照りに我慢できず
指で1人で、自分のそれを触る。
すっかり濡れているそれをなぞり、こすり、1番敏感な部分をそっと
刺激する。
彼らとの情事を思い浮かべながら、1人でそこを弄んでいると、すぐに快感の波が
あたしを飲み込もうとする。
あたしは、それがくると、すぐに手を止める。自分でも自分を焦らすのが
好きなのだ。
少し息を整えて、Kと、Dとの情事を考える。
Kとの情事は、きっと縛られて、目隠しをされて、開いて自分で自分を
弄ぶ事を要求されるはずだ。
Dは、ねちこく、これ以上我慢ができないと悲鳴をあげても
執拗に舐め続け、耳元でいやらしい言葉を囁かれるはずだ。
嗚呼・・・・・・・・・
もう、自分で自分の指の速度を緩める事ができないあたしは、
その妄想にどっぷりと浸かり、くちゅくちゅという音を聞きながら
胸を揉みしだき、乳首をぎゅっと抓み上げ、
絶頂に達した。
なんという快感なのだろう。
あたしは、焦らして、そして焦らされている事に気がつく。
彼らと交わる日は、きっとそう遠くない。
あたしは、それまで、こうやって、1人で指でやりながら、
それを待っているのかもしれない。
焦らして焦らされた分、ぐちゃぐちゃのべちょべちょになって
お互いの肉を啜りあうのを・・・・・。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
200
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:36:08 ID:LDbLp6/I
【あたしの生い立ち〜幼少編〜】
あたしの生い立ちなんて誰も興味がないだろうけど。
あたしだって、本当は覚えていたくない位なのだから。
あたしは、美奈子という名前を不本意ながらつけられた。
子、なんて、つく名前は腐るほどあって、物心つく頃には
あたしは、あたしで自分の名前をつけた。
それを誰にも言わなかったけれど。
3歳の頃、弟、という存在ができた。
とても嬉しかった事を覚えている。
あたしの家はとても、貧乏で、というのも後で判った事だが
父親が、とある、芸能人御用達の大きなサテンのチーフで、人事に
言って、給料明細を誤魔化して書かせていたからだ。
なんと、当時10万も誤魔化していて、偽の明細とそれにあわせた金しか
家に入れなかったからだ。
それだけでも、糞みたいな男なのに、自分の小遣いを少なくした
給料から更に、取っていたのだ。
そんなわけで、母親も父親と同じサテンで夜も昼も働いていた。
母親は田舎娘の典型みたいな女で、初めてSEXした男と結婚しなければ
いけないと思っていたらしく、そして母親はミス○○という栄冠をいくつも
持っているような美しい女だったので、父親は、母親と結婚した。
田舎娘のままでいた母親は、家のため、子供のため、自分の夫のために
1日中働いていた。
なので、あたしが、ロングの艶やかな髪を持つ、美しい母親と過ごせるのは
1日、4時間あるかないかだった。
小さなあたしの記憶は3歳頃からはっきりと覚えている。
父親も、母親もいない夜、3歳のあたしはとても闇が恐ろしかった。
父親は自分はだらしないくせに、あたしの躾には厳しくテレビは、
21時までと決められ、冷蔵庫のものを勝手に食べてはいけなかった。
と、言っても冷蔵庫には食べるもの等、ほとんど入っていなかったから
開けてもしょうがなかった。
弟を産む寸前まで母親は夜も昼も働いていて、妊娠してから病院に
初めて行ったのが八ヶ月の時だったらしい。
話が前後するが、あたしには姉がいた。・・・・・・いた、という表現が
正しいかどうかは判らない。
何せ、彼女は生後23日でこの世を去ったからだ。
母親は、自分の初めての娘が死んだことを
葬式も何もかもが済んでから知らされたそうだ。
せめて、亡くなった時には言って欲しかった・・・と珍しく父親に言ったら
(これでも母親なりの抗議だった。)父親は
『死んだもんをとやかく言ってもしょうがないだろう!』
と、心も身体をも傷ついている母親に怒鳴ったと聞いた。
だから、あたしには本当は、姉がいるはずだった。
あたしが出来た時も、弟が出来たときも、悪阻がひどくて
仕事を休みがちになった母親に向かって
『そんなに働くのが嫌ならおろせばいいだろう!!!』
と、何度も母親を怒鳴りつけた。
が、母親は姉を亡くしたこともあって、あたしたちを半ば強引に産んだ。
産んでくれなくてもよかったあたしですら。
201
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:37:13 ID:LDbLp6/I
弟ができて、闇を怖がることが少なくなった代わりに
弟の夜泣きに、毎晩起こされ、どうしたら良いかも3歳のあたしには
判らず、ただただ泣き止んでくれるのを待った。
今、思えば小さな赤ん坊だった弟は、おむつをぐっしょり濡らしていたり
お腹が減っていたり、だったのだと思う。
そのせいかどうかは判らないが弟は4歳近くまで一言も喋らなかった。
病弱でひきつけを何回も起こし、その度あたしは、
母親の勤め先に電話を入れた。
弟は大きな病院で、何回も脳波の検査や、いろんな検査を受けていた。
けれど、普通に元気な時もたくさんあったので、あたし達兄弟は、
とても仲が良かった。仲良くせざるをえなかった、とも言うかもしれない。
弟とあたしは家が貧乏なのを幼いながらに肌で感じていたから、
お風呂のお湯を少しだけしか使わずにいかにして入るか、
トイレもなるべく公園でしたり、とかいろんな事にいろんな工夫を凝らした。
晩御飯時、お金だけが置かれているテーブルを見て
わざと、晩御飯時に大家さんや、近所の良くしてくれる大人達の所に行った。
そうすれば、必ず、彼らはあたし達を不憫に思い、晩御飯を
食べさせてくれ、テーブルのお金を使わずに済むからだ。
でも、あまりにも頻繁に、他人の家でご馳走になるわけにもいかなかったので
パン屋さんで、今と違って、ただだった、パンの耳を貰って食べたりもした。
***********************************
母親は、テーブルに残っているお金に不信感を抱いていたようだったが
何も言わなかった。
彼女には、余裕がなかったのだ。
稼いでも、稼いでも、見栄っ張りの父親が、従業員達を引き連れ飲み歩くので
お金は、一瞬の泡のように消えてなくなった。なので、彼女はひたすら働いていた。
********************************************************
202
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:37:55 ID:LDbLp6/I
私生活とは裏腹に友達は幼稚園の頃から絶えなかった。それがあたしの救いでもあった。
とても印象に残っている友達がいる。幼稚園の時にできた友達、名前を今でも覚えてる。圭子ちゃん。
妙に色気のある女の子で、なんだか一緒にいるとドキドキした。
その子は、いつもあたしと2人きりになりたがり、よく、彼女の家に幼稚園帰りに
遊びに行った。 圭子ちゃんは、
『美奈子ちゃん、大好き!』と、よく言ってくれて、可愛い圭子ちゃんに、そう
言われて、悪い気はしなかった。
いつものように圭子ちゃんの家に遊びに行った時に、突然それは起きた。
圭子ちゃんが、
『美奈子ちゃんは、ずっと圭子と友達でいてね』
と、言うのであたしは、答えた。
『うん。ずっと友達だよ。』
と。 すると、彼女はあたしの手を、まだ小さい幼い手を握って
自分の、まだまっ平らな胸に誘い、半ば自分で動かすように、あたしの手を使って
平らな胸を弄らさせた。あたしは、なんだか甘酸っぱい気分でされるままになっていた。
すると、彼女はあたしにキスをして、布団に行こう、と誘った。
それが、どういう事を意味するかは判らなかったし、あたしは断って、急いで
誰もいない家に帰った。
それが、あたしのファーストキスで、この事件?が起因してか、
バイになっているあたし。
今、思い返すと圭子ちゃんの家にはいつも、誰もいなかったな。
小学校では、そんな事もなく、たくさんの友達と遊んだが
皆、極端に裕福な家庭が多く、誕生日会に呼ばれるのが
何より、辛かった。
それさえなければ、あたしはなんの引け目も感じる事はなかった。
**********************************
父親が自分の店を持ちたい、と言い出した。
残念な事に母親の実家は、とても裕福だった。
一回りも違う母親と、父親の結婚に反対していた母親の両親に、
母親は、きっと不本意だったろうけど、実家に金の無心をし、当時2千万という
借金をして、店を出した。絶対に金は返すという約束で。
当時にしては、大規模な高級割烹店をとても高い土地に出した。
そのお店には、有名店から引き抜きした料理人がいた。
彼の給料は、その当時にしては、破格の30万だったらしい。
初めは店も流行り、黒字続きで一時的に収入を得たがそれは、全部今まで
貯めていた家賃やらなんやらに消えていき、まだまだ貧乏だった。
そのまま店を父親がきちんとやっていれば問題はなく、
あたし達の生活は、もっと楽しく、楽になるはずだった、と今でも思う。
目の前の金が全ての父親は、次第に開店中に、知り合いが来れば
自分の奢りで飲み食いさせ、挙句には、開店中でも自分の知り合いが来ると
よその店に行って、朝まで飲み明かして、河岸に行かなくなった。
電話で河岸に注文するもんだから、向こうはふっかけた値段のものを
じゃんじゃん入れてくる。
もう、店が潰れるな・・・・・という頃に、板前さんが母親に
『奥さん、あの旦那さんは駄目です。お子さんを連れて田舎にお帰りなさい。』
と、言い、その板前さんは父親の店を去っていった。
そして、店は当然だが、潰れた。
しかも、まずい事に父親は母親の知らないところで、借金をし、
消費者金融で、今みたいにきちんと法律がなされてなく、
取り立て屋が、なんども家に来た。
仕方なく、母親は、実家に帰ることを条件に、また自分の両親から
金を借り、精算した。
あたし達は、父親抜きで田舎に引っ込む予定だったのに、
厚顔無恥な父親は、普通に当たり前のようについてきて、
母親の実家に、あたし達一家は同居することとなった。
急な事で、友達の皆はとても悲しんでくれて、泣きながら
学校を後にした。
反面、夏休みや、春休みだけ行けた田舎で暮らせるというあたしの喜びは、
並大抵ではなかったが、たまに行くからこそ・・・・・・という事を
あたしが知るのは、もうすぐだった。
あたしは、小学校4年生だった。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
203
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:41:08 ID:LDbLp6/I
【あたしの生い立ち〜小中高編〜】
田舎に引越し、大好きだった祖父母と暮らせるのが嬉しかった。
転校先の学校では、散々、標準語である事や、東京から来たくせに真っ黒かった肌の
あたしを皆がひやかした。
だけれど、次第に田舎の純朴な少年少女は、あたしを受け入れてくれた。
暫くは、新しい環境に身を置いていて、目まぐるしく廻る毎日についていくのに
精一杯だったあたしも、ようやく落ち着いてきた頃、
祖母の態度が変わって来た。
実は祖母はかなりの守銭奴で、こちらから電話を使うのを極端に嫌がり、
3分も話していると、まるで昼ドラに出てくる意地悪姑みたいに、
大きな声で
『あー、今月も電話代がかかるなーーーーー。』
等と言ったりした。
掃除をしていても、わざと、あたしについてまわって、ここが綺麗になってない、
ここは、こうやってするもんだ、等と嫌味を言って廻った。
祖父は相変わらず、穏やかで優しい人でお小遣いもくれて、
大好きだった。だけど、祖母のことは父親の次に嫌いになった。
母親と父親は、母親の実家の店を手伝っていた。
給料は2人合わせて15万だった。家賃もきちんと払っていて
朝10時から夜7時まで働き、休みはほとんどなかったけど、
15万だった。
父親は相変わらず、嫌な男で、なんだかんだと言っては、また店をサボり始め
母親1人が忙しく立ち働いていた。
母親は、毎朝早く、あたしと弟の弁当を作り、朝食を作り、
祖母に嫌味を言われながら仕事をし、仕事が終わったら父親の晩酌の用意をし、
あたし達の晩御飯を作った。父親は、威張るのが大好きで、
いつも、おかずの質や品数をチェックし、あたし達と完璧に差をつけたものを
食べていた。 晩酌はだらだらと続き、母親は、晩酌が終わり父親が
寝るまで待たなければいけなかった。 なぜなら、母親には
毎晩『父親の身体をマッサージする』という仕事があったからだ。
あたしは、母親に同情する気持ちはあったが、余りにも従順すぎる所は
反吐が出るほど嫌いだった。
中学校になって、やっと、祖父母の家から引っ越すことができた。
ぼろぼろのあばら家の一軒家で、長ーーーーーーーーい廊下の先にある
奥の部屋に大家の婆さんが住んでいるような所だったが、
ねちねち嫌味を言う祖母がいないだけで、あたしには天国に感じた。
************************************
204
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:41:45 ID:LDbLp6/I
そこのあばら家は、さすが、あばら家で雨漏りがして、そこ、ここにボールや桶を置いた。
ムカデやゴキブリもよく出て、外にいるような家だった。
ある日、知人がビーグル犬の子犬を貰ってくれないか?と、言ってきた。
あたし達は当然、断るものだと思っていたし、母親もそう思っていた。
けれど、気まぐれで気分屋な父親は
『俺が面倒を見るから、絶対に飼う。』
と、言い放った。誰も、父親には意見できなかった。
そして、ビーグルはやってきた。
最初は面白がって、名前を、『ロージー』とつけた犬の世話や散歩をしていた父親だが
家族の予想通り、すぐにロージーに飽きて世話はほとんどしなくなり、結局母とあたしが
ロージーの世話をした。
父親を更に、憎むことにはなったが、ロージーは可愛く、あたしは
毎日、散歩をしてやった。
******************************
中学生になったあたしは、急に音楽に夢中になっていった。
当時のインディーズバンド、テレビにはあまり出ないコアなアーティストに
主に溺れていき、音楽雑誌の『売ります』の欄を見ては、少ない小遣いから
ソノシートやレコードを買った。
あたしは、余りにも音楽に夢中になりすぎて、成績は常に1位だったのに、
どんどん落ちていき、志望校を1ランク下げる結果になり、
父親に散々ねちねち言われ(怒鳴ったりはせず、ねちねち言うのが彼の
常套手段だった。)、更に母親に、
『お前の育て方が悪いからだ!』
と、逃げ言葉に最適な言葉を母親に浴びせかけ、母親をねちこく責めていた。
それも、彼の酒の肴であり、楽しみだったのだ。
母親に偉そうに説教する事が。
友達に家の内情を相談する、という気持ちは何故か毛頭もなく、
あたしは、4人グループの1人となり、ヤンキーの子や、その先輩からも
可愛がられ、皆から、羨ましがられる位置にいた。
しかも、サッカー部の人気者の男子から告白され、付き合っていた。
段々と、あたしは父親の機嫌を取るのが馬鹿馬鹿しくなり、
彼に横柄な態度を取るようになった。母親は、いつもそれをはらはらと眺めていて、
あたしは、初めて彼女に軽蔑という感情を覚えた。
あたしには、その頃、怖いものはなかった。
ただ、小学校の時から急に身体に異変が起こり始め、
何も食べられなくなり、一ヶ月で体重が10キロも減ったり、
頭髪が一部分抜け始め、円形脱毛症のかなり、大きいものができたり、
通ってもいないトラックの音が1日中聞こえたりしていた。
さすがに心配した母親が病院にあたしを連れて行った。
『自律神経失調症』 という病名で、ここからあたしの病気は
始まったのだった。
あたしは、高校でも常に、勉強ができ、首位をずっと確保していた。
生徒会長も、何回もやった。
授業をさぼってばかりの、良い生徒とは言えなかったあたしだが、先生には好かれていて
大学進学を薦められていた。けれど、あたしは、もう親の保護の元の生活をしたくなくって、
彼氏と一緒に、大阪に出て行く事にした。
彼は某大手車メーカーに。あたしは、木材屋のただの事務員になった。
卒業式の日には、後輩の女の子達からたくさん花束を貰った。
知らない女の子もたくさんいて、写真を一緒に撮ったりもした。
ここまでが、あたしの主な生い立ちだ。
あたしは、なんて運のない生活を送ってきたのだろうか?
それとも、皆、言わないだけで、これが普通の生活だったのだろうか?
*************************************
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
205
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:44:55 ID:LDbLp6/I
【2人の愛人 1〜社長と会長〜】
そんなろくでもない生活を送ってきたあたしは、そのまんま、ろくでもない
女になっていった。
勿論、環境のせいだけではなく、元々のあたしの資質の中に
それが潜んでいたのだろう。
あたしは、大阪から、結局数年で帰ってきた。
当時、同棲していた男の子供を孕み、産むつもりだったが
流産してしまい、親にもばれて、連れ戻されたのだ。
同棲していた男も、父親と同じようなもので、ろくに働かない男だったから、
あたしが、身体を売っている事を、知っているくせに
見て見ぬふりをしていた。
その、同棲していた男は、SEXがとても長い男で、あたしのおまんこは
いつも、コトを終えると中があちこち切れる具合だった。
前戯で、いくら、ぐっしょり濡らされたとしても、
2時間は、果てない男にインサートされ、突き動かされていれば
誰だって、そうなるだろう。
だが、男は、日に何度も何度も求めてきた。
あたしは、痛いおまんこを擦りあげられる度に
『痛い、もう無理。やめて!』
と、小さな悲鳴のギブアップの声をあげたが、更に強くあたしに打ち付けてきた。
それは、身体を売っていたあたしへの、復讐だったのかもしれない。
実家に帰ってきて、昼は、病院の事務職をし、夜は、友達に誘われて
スナックで働いていた。
元々、酒と男は大好きだったあたしは、あっという間に人気者になり、
地元では、高級とされる類の会員制のクラブに引き抜かれた。
そこでも、あっという間にナンバーになって、あたしは、たくさんの男達と
しゃべり、話を聞き、酒を飲んでいた。
そこは、高級なだけ、カラオケがなかったので、毎日、新鮮な話題を
客に提供するために、あたしは、本を読み、新聞を読んだりした。
元々、活字中毒なので、あたしは、お客を飽きさせる事なく、
しゃべることができたし、男達は優雅に、艶然と微笑むあたしに、すぐ
心を許し、いろんな事をあたしにしゃべった。
その内、何人かの大手企業の会長や、社長から愛人になってくれ、と
頼まれた。
あたしは、その何人かの内でも、店のママと相談して、金持ちで、けちではなく
束縛をするような性格でない男を2人選び、愛人になった。
ママにとっても、店の売り上げに大いに貢献してくれる2人だったので
喜んでもらえた。あたしは、ろくでもない女だけど、
『他人様に喜んで貰える』
ことが大好きだったので、とても嬉しかった。
1人はSという会社の会長で、本社は大阪にあった。会長は
元々、こちらの人間で、何かにつけては 数時間かけて地元に来た。会長、という肩書きの割りにとても、若く50前だったはずだ。だけれど、やっぱり会長の風格が備わっていて、一見近寄りがたい雰囲気を持っていた。
もう1人は、地元大手企業の社長で、40歳だったが、35歳位にしか
見えず、見目麗しい男だった。この社長の女好きは有名だったし、
とても、たくさんの女達にちやほやされていたからあたしの他にも女はいたのだと思う。
206
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:45:41 ID:LDbLp6/I
彼らとの契約内容は、
*月50万。
*SEX専用にマンションを借りること。
*月1で必ず、私の欲しいものをお小遣いとは別に、プレゼントすること。
*週に1回以上は、同伴。
*プライベートの詮索はお互いにしない。
だった気がする。ひょっとしたら、もっとたくさんあったのかも
知れないが、もう覚えていない。
SEX専用に・・・・と言うのは、こんな田舎には、赤プリもなければ、ワシントンホテルもない。
でも、そこらの清掃がきちんとなされているかどうかも、判らない
ラブホで、やるのは嫌だったからだ。
ラブホを使うのは、ナンパしてきた男や彼氏だけで、十分だったから。
そして、2人の男はおかしな偶然もあるもので、同じマンションを選んだ。
そのマンションがその町では、1番高級だったからだろう。
あたしは、愛人2人に、後々のトラブルを回避するために、お互いの存在を
伝えていたので、2人の男は静かに争っていたのだろう。
最上階の2部屋が、あたし名義のものになった。
賃貸なんて、けちくさい事はできない、と彼らは言い、あたしは
高級マンションを2部屋持つ事になった。
そして、あたしなんかでは、到底買えないであろう、高級な寝具やちょっとした
家具や、食器、インテリアが次々と運ばれてきた。
お金は、やっぱりあるところにはあるんだなー、と
まざまざと見せ付けられた出来事だった。
貧乏生活しかしていなかったあたしは、初めはすごくとまどった。
彼らが、あたし名義に買ってくれたマンションに彼らが来ない日は
女友達と、いわゆる『パジャマパーティー』なんかを、やったりもした。
あたしだって、普通の20代の、若い女がするような事は好きだったし、
誰にも愛人契約の事は話さず知り合いが、この部屋を借りているのだけれど、
出張ばかりでほぼ使わないから、好きにしていい、と言われていると、言った。
皆、あたしがナンバーなのを知っているから、日向の香りがする彼女らは
それを信じ、楽しくパーティーをやった。
パーティーの事は一応事前に社長に言っておく。社長の買ってくれた部屋でないとできない事情があったからだ。会長の買ってくれた部屋には、高級なインテリアとは不釣合いな『道具』達があったから。
社長は必ず、その日には、高級割烹の料理や寿司、フランス料理、大量のむせ返るような薔薇、あたしの好きなシャンパン、モエでも1番高級なものが
ケータリングで届くように手配をしてくれる。
料理を運んでくる所は、普通の客が、まず行けないところだし、ケータリングなんか、絶対に
お断りなはずだ。 だけど、金は不可能を可能にしているみたいだった。
定期的にハウスクリーニングを入れて貰い、ぴかぴかのマンションで
美味しいシャンパンと美味しい料理、美しい花々に囲まれ、
あたし達は多いに満足をしていた。
素直な彼女達は
『いいお客さんだね!よかったね!』
と、飾っている薔薇よりも美しい笑顔であたしに、よくそう言っていた。
その、無邪気さを羨ましいと、あたしは思っていたのかもしれない。
*******************************
207
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:52:36 ID:LDbLp6/I
最初に、寝たのは会長だった。だが、会長はある病気でインポだったので、
インサートはなかった。
が、その分、彼には、欲求がたまっていたのであろう。
いろいろな事を、あたしにした。
まず、会長と寝る前日から風呂は禁止だ。
冬は、なんとか我慢ができるが、夏は我慢ができず、1回シャワーを浴びてしまい、
全裸になり、ベッドの上で身体を点検されている時に気がつかれ、
散々、怒られた事がある。その日はいつもより執拗に身体を舐めまくられ、黒くて大きな
バイブを、アナルに、何も塗らずに、入れられた。思い切り。
勿論、あたしの小さなアナルからは血が出て、痛くてたまらなかったはずなのに、
あたしは、何故か、喘いでいた。
会長の表情は判らない。
四つんばいになって、後ろからおまんこに会長の手が伸び、巧みな刺激が始まると
もう、あたしは、すぐに、いきそうになった。
『あ、いく・・・・・』
と、呻いた瞬間、会長はバイブをアナルから抜き取り、おまんこへの刺激を
やめた。
あたしは、もうすぐいくとこで、じんじんとする自分のあそこを意識しながら
会長にやめないで、と懇願したが、会長は約束を破ったお前がいけない、
今日はここまでだ、と、うすら笑いを浮かべた。
あんな気持ちを、もう味わうのは、あたしは嫌だったから、それ以降
会長と逢う前日からの風呂禁止命令は守った。
あたしは、彼によって、どんどんとMの気質を磨かれていったように思う。
会長は、インサートできないが、ふにゃふにゃの自分のモノを舐めさせた。
ふにゃふにゃのモノを舐めるのは初めてだったが、会長は
とても気持ちよさそうで
『もっと、咬むように。』
『舌を、先っぽの穴にぐっと入れてかき回すように舐めるんだ』
と、いろいろと注文をつけた。
だけど、断然いじくり廻されるのは、あたしだった。
会長は、縛るのも得意で、ちゃんと痕が残らないように縛って、
あたしの自由を奪い、口には拘束具をはめられた。
涎をだらだらたらしているあたしを、会長は、舐めて舐めて舐めて飽きることなく
舐めていた。耳の穴や目の玉が性感帯だなんて、知って驚いた。
舐めが終わると今度は、各パーツを弄りだす。あたしは、ぐったりと、快感のみに
支配される。乳首とおまんこは特に集中的に弄られた。
そして、それが済んだらやっと、バイブをインサートしてもらえる。
ごろんとうつ伏せにされ、顔のみの力で四つんばいにさせられ、おまんこにも
アナルにも、同時にバイブが突っ込まれる。アナルには、たっぷりと
ローションを塗られる。それだけで、あたしは、もう次の展開を予測して
濡れる。あたしの汁でシーツはいつもびしょびしょになってしまう。
インサートされると、同時に会長はあたしのお尻を平手で叩く。
『お前は、淫乱だ。お仕置きしてやる。お仕置きしてやる。』
と。思い切り叩かれて痛いはずなのに、あたしの身体は、それすらも快感に変換してしまう。
絶頂に達すると、あたしはおしっこを漏らしてしまうのだが、会長は
あたしが、もう絶頂に達するとき、それを素早く察知し、おまんこに顔をあてがい
あたしのおしっこをごくごくと飲む。
暗い部屋の中では、あたしは完全に彼の奴隷と化していた。
そして、それを欲していた。愛がなくとも、こんなに感じるSEXができるのは
どうしてなんだろう?
若いあたしは、そう思った。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
208
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 02:56:46 ID:LDbLp6/I
【2人の愛人 2】
それに比べると、社長とのSEXは、もっとノーマルなものだった。
何を以ってノーマルかノーマルでないかとの判断をするのは
難しいが、今まで、してきたようなSEXというカテゴリーにあった。
きちんと、お風呂に湯を張る。バブルバスにするのが、社長は好きだった。
社長はまめな男で、それらを自分でする。
そして、一緒にお風呂に入る。
社長は、あたしを後ろから包み込むように抱っこしながら湯船に浸かるのが
好きで、あたしも、それは、なんとなく気に入っていた。
楽しくしゃべっていると、柔らかく、社長があたしの身体を触り始める。
あたしは、すぐに感じてしまい、社長は
『もう、感じてるのか?美奈は、本当に感じやすいな。可愛いよ。』
と、耳元で囁く。そして、暫く愛撫をされて、今度は身体を社長は手で丁寧に
洗ってくれる。だけれど、それは、洗うというより、もう愛撫だ。
後ろから、胸を揉みしだき、もう片手でおまんこの中に手をいれ、優しく振るわせる。
『はぁっ』
と、短く快感の吐息を吐くと、社長はあたしに壁に手をつかせ、身体を
折り曲げさせる。 そして、固くなったものを挿入して、何回も入れては抜き、
入れては抜きを、 繰り返す。
あたしが、
『もっと、続けて』
と言うと、今度は、巧みに角度を変えながら何回もあたしを突き上げる。
そして、お互い感じあったままの身体で、身体を拭くのももどかしく、ベッドに
滑り込む。 ベッドに入ると、もうすぐにでも挿れて欲しいあたしなのに、社長は
また愛撫から始める。
あくまで、柔らかいタッチで、羽で体中を撫でられているようで、
会長とするSEXとは、また異なった快感を得ることが出来る。
その羽のようなタッチで、あたしを徐々に濡らしていき、
腿にその、汁がつたうまで、彼は、続ける。
汁があたしのおまんこから、大量に溢れ出すと彼は、興奮したような声で
『すごいよ。ほら、こんなになってるよ。』
と、指でくちゅくちゅ音を出してみたり、じゅうじゅうと吸った。
それが終わって、彼も我慢が仕切れず、正常位で、あたしの脚を大きく開かせ
あたしの中に、さっきまでのソフトなタッチとは全く別人のように
ずん!と、激しく挿れてくる。突いて突いて突きまくるのが彼のやり方だ。
彼は立膝をついたまま、あたしを彼の固くなったもので、攻め立てる。
そして、
『美奈、自分でおまんこの1番気持ちいいところを触ってご覧。』
と、息がはずんだ声で言う。あたしが恥かしがって、戸惑っていると、
社長はあたしの手を彼自身がよく知っている、あたしを天国へと導く
その場所に誘う。そして、あたしの手を動かす。
知らない間に、社長の手は離れているのに、あたしは、もう自分の意思で
そこを刺激していた。撫ぜたり、強くつまんだり、教えられてもいないのに、
そうしていた。
『もう、我慢出来ない。』
と、あたしが言うと、社長はピストン運動を更に早める。
あたしが、行く時の声をあげると社長は、それを見届け、自分のモノを抜いて
精液を、あたしの顔にかけるのだった。
あたし達は、いつもそうやって、SEXを楽しんでいた。
あたしは、ただの契約愛人で、彼らの玩具の1つに過ぎなかったが
それでも、あたしは満足していた。
お金も性欲も、満足させてくれる愛人達に。
彼らとの関係は、あたしが初めての結婚をするまで続いた。
結婚しても、続けようと彼らは言ったが、あたしは、初めての結婚に
浮き足立ち、やっぱり、夫がいるのに、それは、できない、と断った。
マンションもくれると2人の愛人は言ったが、契約を放棄するわけだから
いらない、と、その時のあたしは言った。
お店も、惜しまれながら円満にやめることができた。
ママは
『いつでも戻ってきてね』
なんて、縁起の悪いことをさらっと言った。そして、それが本当の事になるとは!
だけど、あたしには、たった1つだけ心残りがあった。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
209
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 03:00:04 ID:LDbLp6/I
【あたしのたった1人】
お金でも、ナンバーの地位でもなんでもない。
あたしの心残りは、今、現在、あたしの恋人になっているDの事だった。
あたしとDは、こんなにも昔からの知り合いだったのだ。
あたしは、ナンバーだったけれど、気楽に過ごせるスナック勤めも好きで
その店のママさん同士も、仲が良かったので、週に2回は、
スナックの方へと出勤した。
そこで、いつも来ていたのがDだった。
その頃、若い男がスナックに来る、となると、何人かでわいわいがやがやと
騒ぎに来るものだと決まっていた。
が、Dは違った。Dは、いつでも、気まぐれに1人でふらっと来て
どろ酔いする前に帰るのが常であった。
あたしが、入っている時は大抵、来てくれた。
歌のうまい男で、口では乱暴な言葉を使うが、心根の優しい男だった。
そして、今よりもとんがっていて、彼の周りの空気はどんなに笑いが
絶えなくても、ぴりぴりしていた気がする。
若さ、というやつだったのか。
彼のそういうとんがった雰囲気も、隠れた優しさもあたしには、とても
好ましかった。
何回かDが通ううちに仲良くなり、まだ、飲酒飲酒、と騒いでいない頃だったので
よくDに家まで車で送ってもらった。
でも、2人共直帰せずに、寄り道をした。
それは、いつも同じ海岸だった。誰も来ずに星空が果てしなく広がる
美しい海岸だった。
いつも月が出ていたような覚えがあるのは、なんでなんだろう??
あたし達は、その海岸の波打ち際に、いつも歩いて行った。
車では、そこまでは行けなかったから。
あたしは、目が悪く、頼りない月明かりでなかなか進めず、いつも
Dがあたしに手を差し伸べてくれた。
あたし達の接触は、その海岸での行き返りだけだった。
ただ、手を引いてもらうだけだった。 海岸に行き着いて、波内際に腰を下ろし、そのまんま、ごろんとなる。
ごろんとなると、夜空が、まるで、私達を取り巻いているようで
全然、現実味のない世界になった。
そこで、あたし達はいつも1時間程度、くだらない話や、どうでもいい話、
将来の話、いろんな事を、とりとめもなく話をした。
話をすることに意味があるのではなく、2人が2人でいられる場所と時間が
あたし達は、欲しかったのだ。
あたし達は、悲しい位にお互いを愛していた。
Dが不誠実な男だったら、どんなにか良かったろう。
残念な事に、Dは、結婚していた。
そして、男らしいDは、奥さんや子供の事を考えると、とても
あたしと恋愛なんてできるような男ではなかった。
210
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 03:01:05 ID:LDbLp6/I
だから、あたし達は、そのひっそりとした美しい場所で
お互いを感じあいながら、おしゃべりをしていた。
あたしも、彼も、手を繋ぐ以上の事を欲していたけれど、それは、
願ったって、絶対に叶わない、夢に終わった。
彼は、その内、仕事関係で大きな変化があり、姿を見せなくなった。
その前に、あたしが無理矢理、晩御飯に連れて行ってくれるようDに
しつこくお願いした。約束の時間に、約束の場所に行ったがDは来なかった。
携帯も電源を切っていて、あたしは、とてもがっかりして、家に帰った。
あの時のDへの憎しみや、Dの立場を考えると辛いし、でも何も言わずに
キャンセルという、酷い仕打ち・・・。あたしは、もううこれで、完全に
終わった、と思っていた。
そして、間も無く、あたしは、出遭ってすぐの若い社長の、顔がタイプだった人と
付き合って、すぐプロポーズをされ、浮き足だっただけの
出鱈目な結婚をした。
その元夫という肩書きを持つ人間を愛している、と思っていたが
スピード結婚故に、見えていなかった嫌な面がたくさん出てきた。
食事に執着がない、あたしに、特に興味があるわけでもなさそうとすら
感じる事もあったし、テレビも見るものが全然違ったので、2台のテレビを
食事時にそれぞれ見た。
元夫は、とてもSEXが下手であたしは、自分をその波に乗せるのに
どれだけ苦労したことだろう。
子供が1人できたが、子供ができてからは益々性欲がなくなったあたしは
元夫の求めに応じることは決してなかった。
まさか
『気持ちよくないからできない。』
なんて云うほど、あたしは、デリカシーのない女ではない。
子供が1歳になった頃、それは唐突にやってきた感情だった。
また、水商売の世界に戻りたい!と。
元夫も、特に反対もしなかったので、あたしは、また元の店で働き始めた。
そして、どうでもいいような不倫を何度も繰り返し、狭いこの街ではすぐに
噂になり、あたしと、元夫は、当然の如く離婚した。
元夫にも、彼女がいたようだったが、あたしは、なんの証拠も、持っていなかったので
慰謝料を取られた。
あたしは、実家に、あたしの子供と戻り、母親と暮らす事になった。
あの、忌々しい父親は、とうとう母親に離婚されたのだった。
そうして、出て行ったのだ。
大嫌いで、今でも憎んでいるが、なんとなく淋しい気持ちがあったのは、
嘘でも、気のせいでもない。
実家に戻ると同時に、水商売も、やめざるをえなかった。
それは残念だったが、まだ小さい子供を母親に預けて・・・・というのには
抵抗があった。 彼女には、彼女の生活があるのだから。
そうして、あたしは、いつの間にか飲食店を経営することになっていた。
それまで、弟がやっていた店をあたしにやれ、という話だった。
特に、異存があるわけもなく、あたしは、引継ぎに、育児に忙しい毎日を送っていった。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
211
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 03:03:15 ID:LDbLp6/I
【その男。】
店を開店させると、それまで以上に忙しい日々があたしを待っていた。
あたしは、毎日、死ぬほど働いた。一生懸命、これまでよりも働いた。
くたくたになり、店が閉店をすると、とりあえず、外に出て煙草を一服。
それから、片付け、明日のいろいろな用意をした。
その頃、あたしは、離婚時に付き合っていた、とても姿・形の良い
目を引く男と付き合っていた。
もう3年にも付き合いはなっていて、再婚も考えていた。
だが、彼には、いくつかの致命的な欠点があった。
まず、すぐ判るような嘘をつくこと。ギャンブルに依存していた事。その依存している
ギャンブルのために、いつも金が無く、あたしに金の無心をしていた事。
その男には、総額200万は貸しただろうか。
幸い、私が弟から引き継いだ店は、そこそこ流行り、私もそこそこの金を持っていた。
男は、それを知っていたので、いつも外食に行こう、カラオケに行こう、飲みに行こう、
と、様々な誘いをしてきた。
そして、勿論、誘った方が払う、もしくは割り勘だと思っていたが
男はいつも、なんらかの言い訳をして、総ての支払いは、あたしがした。
『あいつに5万貸して、今日は持ち合わせないんだよねー。』
『けつポケに財布入れてたら、財布落として金なくて・・・・。』
等と見え透いた嘘をついたが、あたしは、もうその男になんの期待もしていなかったので
そのまま、嘘つきの男と付き合っていた。
が、あたしが遂にその男と別れる決意をする日がやってきた。
それは、あたしの大好きだった叔父が亡くなった時だった。
まだ50歳で、これから、という人間だった。
叔父は豪快でとてもカリスマ性のある人間でとある会社の社長をしていた。
自分の子供に、女の子がいなかったせいか、あたしには、とても優しく、世話を焼いてくれた。
叔父は、病気をいくつか持っていて、酒も煙草もドクターストップがかかっているのにも
関わらず全てを守らなかった。
だが、太く短い人生は不謹慎だが、叔父にはぴったりだったような
気がしてならない。
212
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 03:03:49 ID:LDbLp6/I
叔父が亡くなって、あたしは明らかに気分が凹んでいた。
だけど、店頭では、笑顔を振りまかなくてはいけず、相当のパワーを使っていた。
叔父を亡くした事を知っていた、男は
『今日は、気分転換に食事にでも行こう』
と、電話をかけてきた。あたしも、気分転換になればいいな。なんて気軽な気持ちで
迎えに来た男の車に乗り込んだ。 ところが、どうだろう。車に乗り込んでも、男は沈黙のままだった。
水商売歴が長いあたしは、誰かといて無言、というのには耐えられない。
なので、必死になって、男の近況や、男の家族の話、仕事で最近
変わった事はないか、等と必死になって聞いたりした。
だが、男は生返事をするばかりで、あたしを慰めたり、あたしに気分転換を
させようなんて気持ちは、全く感じられなかった。
男は、終始元気がなく、食事が終わって(勿論、あたしの奢りだが)また送ってもらう車中でも
益々無口になっていった。
あたしは、いぶかしげに思いながらも、
『じゃ、今日はありがとう』
と、家の中に入ろうとした。すると、初めて、男は自主的に口を開いた。
『10万都合できない?』
と。
あたしは、無性に腹が立ったし、胃の底からさっき食べた食べ物を
全部、吐き出してしまいたかった。
あたしは、
『ちょっと待って。』
と、言い、缶の中にちょくちょく貯めていた金の中から1万円札10枚を
抜き取り、男の車に戻り、その金を男に渡した。
男は、その日初めての笑顔をあたしに向け、来月には返すから、と、まるで
スキップしそうな勢いで言って、帰っていった。
さすがのあたしも、こんなに打ちひしがれている人間を、言葉巧みに
誘い出し、気を使わせるだけ使わせて、最終的には金の無心をする
男に愛想が尽き、すぐさまメールで別れよう、と送った。
が、男はしつこく、口八丁にあたしを自分の元に置いておく努力をしたが
あたしは、取り合わなかった。
もう、男の嘘や、何もかもに嫌気がさしていた。
返す、と言っていた金だけはこっちも返して欲しかったので、
最後に貸した10万だけを請求した。200万全額請求したところで
返ってくるわけがなかったから。
だけど、男は10万を返さなかった。来月には、必ず、と借金をしている人間が
誰でも言う台詞を言った。あたしは、腹がたっていたけれど、少し、笑ってしまった。
結局、10万は業を煮やしたあたしの友達が、あの手この手で男を脅して
正月に、返って来た。 店に、直接金を返しに来ると、言っていたのらしいが
小心者の男は、現金書留で、10万を送ってきた。
あたしは、現金書留なんて、何年ぶりに見るんだろう・・・・。と思いつつ
宛名等、全てが女文字なのに、気がついた。
この10万は、宛名を書いた几帳面な文字の女が、きっと、出したものなのだろう。
男は、あたしの代わりの女をまんまと見つけ出したようだった。
あたしは、200万というお金と、その男は、初めから無かったことにした。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
213
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 03:05:29 ID:LDbLp6/I
【Tだったっけ・・・。】
暫くあたしは、特定の男を作らず適当に知り合った男達と、
自分の友達とで、よく飲み会をした。
合コンと呼ぶには、余りにもそういった駆け引きやどきどきするものがなさすぎるもので
本当に、飲み会だった。
それはそれなりに楽しかったし、あつぃはこうやって適当に遊んでいるうちに
いつか、自分の彼氏と呼べる存在が出来ると思っていた。
飲み友達になった男達に、次の男達を紹介してもらう。
手っ取り早いし、その飲み友達の男達に
『あくまで、あんた達は飲み友達よ。』
ということを確認させるのにはちょうどよかった。
何回か、紹介紹介と続けていてHITな男がきた。
背が高く、顔が小さい。全体のタイルのバランスもよかった。
切れ長の目がセクシーともとれたし、とにかくあたしは、その男を気に入った。
逢った次の日に早速、その男Tだったっけ?
多分、そんな名前だったような気がする・・。
Tから電話がかかってきて、Tはあたしを食事に誘った。
断る理由はなかった。
Tが連れて行ってくれた店は、私もよく行く隠れ家的な創作韓国料理の店だった。
その店は、とっても辺鄙な場所にあったけど美味しかったし、値段も手ごろだったから
流行っていた。
照明が間接照明になっていて、韓国料理屋だけれど、低くジャズが流れている。
客達も、そのひっそりとした空間を楽しむように声をひそめてしゃべっていた。
あたし達も、その低いジャズの音と同じく、静かに話した。
オーダーはTに任せた。Tはその店の1番人気の味噌味の持つ鍋と
海鮮サラダ、チジミ、チャンジャをオーダーした。
飲み物は最初から、マッコルリにしたのには、ちょっと待て、と思ったが
飲んでしまえば一緒なんだしいちいち言うのも面倒なので
そのままにした。
最初に鍋がきて、Tはその中身を箸であちこちに動かしていた。
『なんで、そんなに鍋ん中かきまわすの?』
不思議に思って、あたしは聞いた。
『具にまんべんなく火が通るようにね。』
ふーん、意外と細かいんだなーとあたしは感心した。
でも、実はあたしも友達と鍋をする時は、仕切るほうなのだ。
ついつい、張り切ってしまう。
だけど、今日はあたしの出る幕はなさそうだ。ま、いいか。
鍋の中のものがくつくつと煮えている中、他の料理が運ばれてくる。
あたし達は、乾杯をしてマッコルリを飲んだ。
チャンジャの辛さと、マッコルリの甘さが絶妙にマッチして、とても美味しかった。
Tは、鍋の世話をし、あたしにかいがいしく、料理を取り分け、
気さくな笑顔で、自分の仕事の話を面白おかしく話してくれた。
マッコルリを5回目に注文した時には、Tの話はあたしについての賛辞ばかりだった。
むやみやたらと、人を褒める人間なんて、これっぽっちも信用してなかったけど
酒も入っていたあたしは、それをジャズの音楽の一部のように
心地よく、耳にしていた。
214
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 03:07:44 ID:LDbLp6/I
もう、お腹がいっぱいで酒も入らない状態で、あたし達は
その店を出ることにした。勿論、Tが支払いをしてくれる。
あたしは、短くでもちゃんと心を込めて
『ありがとう』を言った。こんなあたしでも、ありがとうやごめんなさいは
心を込めて言うのだ。
辺鄙な場所で、他に飲みに行くところもなかったので、お開きだなと
考えていたら、Tは自分の部屋に寄っていけと熱心に誘う。
Tは、自分の家はここから近いし酔い覚ましに、コーヒーを飲もうと言うのだ。
あたしは、断った。Tがあたしとやりたいのかどうかは判断しかねたが、
今日はあたしはSEXする気はなかった。お腹いっぱいだったから。
だけど、余りにも熱心にTが誘うし、そういえば見たいテレビがあった事を
思い出し、あたしはテレビを見せてくれるなら、という余りにも 容易な理由で
昨日と今日、逢っただけのTの部屋に行った。
Tの部屋というのは、自宅だった。が、自宅には誰もいないから全然遠慮しないで、
と言ってスリッパを出してくれた。この大きな自宅に スリッパを客に自然に出す仕草から見て
Tの家は裕福なんだろう。
通されたTの部屋は、だだっ広く寒い外から帰ってきたあたしの身体は
更に凍った。寒いとあたしが言うと暖房と、ストーブをつけてくれた。
大きなテレビや仰々しいいステレオがある部屋で、このストーブは似つかわしくなかった。
早速、テレビをつけてもらう。もう始まっている。こんな事ならもっと早くTの部屋に
来ることを承諾しとけばよかった、っとちょっと悔やんだ。
Tが熱いコーヒーを運んでくる。急いで口をつける。その熱いコーヒーを
テレビを見ているうちに何度か口に運んでいる内に、身体も部屋も暖まってきた。
あたしは、Tと2人でそ、のドラマをあまりしゃべらずに(というかあたしが余りにも
必死に見ていたので話しかけられなかったのかもしれない。)見ていた。
テレビが終わると、さっさと帰ろうと思っていたのだが、Tがテレビを消音にし、それから
立派なステレオから、あたしの知らない洋楽を流した。名前を聞いたらボブディランだと言った。
さすがのあたしもその名前を知っていた。
215
:
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
:2015/01/13(火) 03:08:39 ID:LDbLp6/I
テーブルにはTのアルバムがあって、アメリカに3年間留学していたのだと言う。
あんまり興味がなかったが、そこにはホストファミリーと一緒に笑っているTや
馬に乗っているTが写っていた。Tは、これはねと写真の説明をしてくれたりしたが
あたしは、そんな事はどうでもよかった。
コーヒーを飲み干して帰ろうとするとちょっと待ってて、とTが言い部屋を出た。
足音が遠ざかり、そしてすぐにまた足音が近づいてきた。その瞬間、部屋を煌々と
照らしていた電気が消えた。急だったので、思わず
『キャッ』と、小さな悲鳴を上げた。
テレビの明かりだけの中Tがあたしに近づいてきた。ねえ、電気が消えたよ
どうしたの?とTに聞くけどそれには、返事をせず、
『本当に綺麗だ。セクシーだ・・・・・。』と言ってあたしの唇に自分の唇を
押し付けた。
『ん・・んっ・・・・・・・・』
Tは唇を一旦離し、あたしをその広い部屋のふかふかの絨毯の飢えに押し倒した。
ちょっと、やめてよ、あたしの言うことなんかは全然聞いていない。
Tにキスで口を塞がれ、苦しい程であたしはもうなんだか、それだけで
頭がぼうっとしていた。するすると手馴れているような手つきでTは、あたしの洋服を
全て剥ぎ取った。あたしは、抵抗が出来なかった。Tがあたしの乳首を触ったり
舐めたり、そっと指を挿れたりしてる内に気持ちよくなってしまったから。
あたしは、おいで、とTに言われ胡坐をかいているTの上に座る。
勿論、Tのペニスを自分の穴で飲み込んで。
そして、あたしはTの肩に手をかけて、上下運動を始めた。
Tは絶え間なく、あたしの乳房や乳首をまさぐり、気持ちいいよ、もっと早く動かして、
もう少し奥に挿れる感じで、上手だ、綺麗だ、と言っていた。
Tは、もうイキそうだと言うので、あたしはTに乳首を咬んで・・・・と囁いた。
その通りにしてくれてあたしは自分の気持ちいい場所にペニスがあたるように
腰を動かし『イク・・・・・・』と、短く漏らした。Tは、その言葉を聞くと
あたしを手で払うようにしペニス抜いて、その高級そうな絨毯の上に出した。
結局、やってしまったなーなんて考えて、そう言えばボブディランはまだ流れているなー
とか思いつつ、パンティを穿き洋服を着た。
Tは玄関でまたねと言い、キスをしてくれた。
だけど、あたしはそれ以来Tと逢っていない。何故ならTは明らかに態度が変わり
なんだか尊大な喋り方を電話でした。
そんなTにあたしは萎えた。結局やりたかっただけだったのか。
でも、気持ちよかったからいーや。あたしは、気持ちよかったらそれでよかった。
*この文章の著作権は私マリアに属します。*
216
:
マタコさんを遠くから見守る会会員No.774
:2015/01/13(火) 23:38:30 ID:LDbLp6/I
>>193-215
憂鬱な不倫恋愛〜精神患者のあたしと誰か〜
ヤプログ(ID:badcrazy)で2007.10.14-11.2にエントリーされたものです
コピペミスで
>>196
と
>>195
の順序が逆になっています(´・ω・`)
さらなる発掘ができたのでモバゲー時代の他2作品も投下します
217
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/13(火) 23:43:57 ID:LDbLp6/I
初めまして。翡翠です。翡翠の、あたしの事について、ちょこっと?書かせて貰います(^-^)
あたしは、昔、劣悪な家庭環境のもと、育ちました。 どんなに劣悪だったかは省きますが、とりあえずご飯が毎日食べられるかどうか、3歳の頃から心配していたりしました。
そんな中、小学生の頃に『自律神経失調症』と、いうものにかかりました。 具体的な症状としては、“走ってもいないトラックの音が聞こえる”
という、いたってシンプルなものでした(笑)
それが、自然に治って母親も、安心していた覚えがあります。
が、そんなに甘くないのが、この病気(´ω`)
218
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/13(火) 23:48:47 ID:LDbLp6/I
中学生の頃に、突然!! “円形脱毛症”
と、いうものになり、小児科で診て貰ったら、精神的なものからくるもの、との診断。
不細工なりに可愛く装いたい時期に、かなり大きい円形脱毛症…(T_T)それが、頭のど真ん中にだーん!とできる。―これが、どんなに辛かった事か。
円形脱毛症は、治ったり、また、できたり(´`)
幸いにも、友達には恵まれて皆が励ましてくれたのだけが、救いでしたねー。
友よ、ありがとう!
219
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/13(火) 23:52:38 ID:LDbLp6/I
高校にあがる頃には、病気なんて嘘のようでした。たまに、幻聴が聞こえる程度で、気にもなりませんでした。
無事に高校も卒業し、就職。大阪で、遊びまくりましたねー(笑)
高校デビューは、勢いありすぎて怖いです(笑)
就職先から、地元に帰ってきて、色々な仕事をしました。固い仕事から、夜のクラブ、スナックなんかを転々としておりました。
幸いな事に、容姿は人並みだったので、夜のお仕事では大人気!嘘みたいな本当の話^ロ^;
昼の仕事をしながら、夜の仕事をし、ちやほやされながら過ごした黄金時代でしたね。
もてまくって、二又、三又上等!と、上せまくっていました。
あの頃の皆さん、ごめんなさいねφ(.. ;)
たくさん、色んな物買ってもらって、車や、マンションまで頂きましたー。
毎月10万お小遣いくれる方なんかもいたなぁ。
でも、騙したわけじゃないですからね!
あくまで、その方達のご好意ですよー!
今、思い出しても楽しかったなぁ、と思える日々でした。
バブリーな日々と言っていいでしょうね。
220
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/13(火) 23:54:20 ID:LDbLp6/I
その頃は、気が付かなかったけれど、完璧アルコール依存性でしたね。
女友達と、サテン入ってもビールしか頼みませんでしたからね(笑)
今だから言いますが、出勤前に我慢できず、予め、冷蔵庫に用意していた、缶ビールを一気飲みして、何食わぬ顔して、出勤していたんですよ、この女は(笑)
休みの日なんかは、お客様と一緒に知り合いの店を開けてもらい、昼から朝まで、飲みっぱなし!
はっきり言って、異常に飲んでいましたね。
夜の世界を離れてから、自営業をする事になり、なんとか昼間はアルコールを我慢しました。
けれど、夜になると、誘われるまま飲みに行き、ボトル2人で一本空けるなんて、当然でしたね。
ですが、お酒から、離れる出来事が起こりました。
221
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/13(火) 23:59:04 ID:LDbLp6/I
それは…。
『パソコン購入』
お店の役に立つかもしれない!と思ったのが、落とし穴。
役に立ったのは、立ったけど、自分の仕事ではなく…。
『ネットショッピング』
に、存分にその威力を発揮してくれました!(泣)
元々、洋服やコスメ、アクセサリー等、いわゆるショッピング全般が大好きな私にとって、パソコンは、家にいながらにしてショッピングができる、魔法の機械でした。
それが、後々、どうなるかも知らずに…(;´∩`)
222
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/14(水) 00:00:36 ID:Niha.nl.
ネットショッピングサイトは、楽天と決めて、ポイントを貯める事も楽しかったし、今までデパートに電話して、購入していた商品が、電話もせずに、しかも安く買える!
はまらない方がおかしいと、思っていたあたしがおかしいですから(苦笑)
ネット通販をし始めてから、“ブログ”というものに、興味を持ち、自分でもやってみる事に!
それが、また買い物依存に加速をつける事に…。
私がアップする、購入した品物を褒めてくれる顔も知らない人々。
私は、それが嬉しいのもあって、気になったものは、片っ端から買って、ブログアップ!
その話題で持ちきりになって、嬉々として返事をしていたあたし。
豚もおだてりゃ、木に登ってしまったわけです。
223
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/14(水) 00:01:21 ID:Niha.nl.
そして、また質が悪い事に、リアルショッピングも大好き!で。
近くにお気に入りのSHOPが何軒かあり、そこでも買い物してしまうんですね。これが。
買い物依存によくある、“何かを買った時の高揚感”が忘れられないのも、要因の1つでしたね。
気が付いた時には、自分のお小遣いなんてものは、なくなっていましたから。
それでも、欲しいものがあると、どうにかすると買えてしまう現代。
あたしも、どうにか買っていました。
買い物依存は、現在も苦しんでいますが、全盛期に比べれば、全然可愛いもので、なんとか遣り繰りしています。
全盛期のまま、買い物していたら、自己破産してますよ。大変です(οдО;)
224
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/14(水) 00:02:52 ID:Niha.nl.
買い物依存の話は、これ位にして、後は躁鬱とパニック障害ですが、これらは、急激にくるもんなんですね。
自律神経を患った事のあるあたしですから、当然、結構繊細だったりします。
初めの?は、仕事でした。
行っていましたが、なんとなーく行きたくない感がじわじわと、心の中に広がっていったのです。
その頃、あたしは結婚をしていて、後に離婚する事になる当時の旦那さんとうちの母親(何故か、話し合いにはいつも、うちの母親が混じっていました。)に、
『なんだか、心の様子がおかしいから、精神科に行きたい。』
旨を話しましたが、あえなく却下(´`)
二人共、あんな所は、もっと騒いだり、喚いたりする頭のおかしな人が行く所だ、と言いました。
あたしは、反論できませんでした。
でも、↑のように思っている人って、まだまだいるんじゃないですかね?
それこそ、偏見ですよ。
225
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/14(水) 00:06:51 ID:Niha.nl.
静かに、しずかーに、なんだかおかしくなっていく人達が、たくさんいるんです。
ま、この辺は後々詳しく書いていきますね。
で、ですね。
病院を却下されたあたしは、とりあえず、近所の内科の医師に相談してみました。
よくある話しですが、こちらの顔もよくよく見ず、質問もしないで、
『ちょっとした欝みたいなもんでしょ。お薬出しときます。』
と、なりました。
お薬は、確かに妙な不安感や仕事行きたくなーい!という気持ちを打ち消してくれましたが、いかんせん、なんだか気持ちが、いつも平坦になってしまったんです。
ロボトミー手術を受けたらこうなるのかな?って感じでした。
不安感もないけど、喜び、感動もない。
あたしは、薬を飲むのをやめました。
226
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/14(水) 00:07:43 ID:Niha.nl.
薬をやめたあたしは、なんだか元気を取り戻していて、その間に、なんとなく結婚した人と性格の不一致という、よくある理由で離婚。
当時3歳の子供がいたので、管理者はあたしになり、子供と共に、母親宅に同居と相成りました。
そして、病気は買い物依存が、ちょいちょい顔を出す程度に治まっていました。
離婚して、自分が子供を食べさせないといけないという、緊張感も多分にあったんだとは、思いますが。
ちなみに、子供は自由に父親に会えるようにしております。
あたしに、子供から親に会う権利を剥奪するなんて事は、できませんから。
離婚して、3年後に新しく結婚を前提にして、つきあう彼氏ができました。
今の相方です。
彼は、東京の人だったので、一年間、遠距離恋愛をして、事実婚に至ります。
事実婚とは、籍はいれないで、式だけして一緒に住む、もしくは式もなしで親の承諾を得て、一緒に住む事らしいです。
幅が広い言葉なので、特定はできませんが(^o^;
子供も、彼に懐き、全て順調でした。
ここまでで、今までのあたしのこと、とさせてもらいます。
現在は、相方とあたし二人が一緒に住んでいます。
子供は?と思われた方、病院は?今はどうしてるの?と思われた方、焦らないで下さいね(^-^)
順を追って、お話してゆきます(^-^)
この、章で書いた事についての捕捉もしていきますね。
227
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/14(水) 00:13:58 ID:Niha.nl.
【ブログ。】
私は、某コスメサイトで、頻繁に口コミをしていました。
買い物依存性でしたので、口コミする商品には事かきませんでしたし。
それを、少し皆とは違うように自分の昔の事や、遭遇した事等を、織り交ぜて書いていました。
すると、モバで言う『友希』が、たくさん来始めて、最終的には300という数になっていました。
おバカなあたしは、単純に喜んでいましたが、その実状を知らされた時には、カナリびっくりしました。
その実状については、もう少し待ってね(^O^)
そして、その300人の友達の中から、ブログをやって欲しい、という声があがってきました。
機械音痴のあたしは、ずっと断っていましたが、友達のブログを見たり、他の人のブログを見たりする内に、段々とその気になり…。
ブログ始めてみよう!
と、いう気になりました。
228
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/14(水) 00:14:55 ID:Niha.nl.
ブログを始めてから、自分の顔の露出をしたり、買った物をお披露目したり…。
すると、常連さんやお友達、通りすがりの方等から、賛辞を受けて、満足していました。
その頃、某コスメサイトとの口コミとブログを平行してやっていたので、さすがに疲れる←まだまだパソコン初心者の域だったので。 し、時間も取られるので、某コスメサイトの口コミをやめる宣言しました。
すると、私が辞めるのを惜しんで下さる皆様から、サイト内でのメールがたくさん届き…。
正直、感動しましたね。
ですが、その中の何通かは、嫌がらせ的な内容でした。そして、ある一通のメールに、さっき書いた、『実状』とやらが、書いてあったのです。
それは、どびっくり!な内容でした。
229
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/14(水) 00:20:30 ID:Niha.nl.
【 えーっ!!】
その、メール自体にではなく、メールに添付されたURLで、実状が明らかになったんです。
送り主は、善意を装っていましたが、きっとあたしに知らせたかったんだと思います。
添付されたURLをコピペし、どんなサイトかも判らずに、飛んでみました。
すると…そこは見たこともないサイト。
皆が、
『名無しさん』
という、ハンネになっていて、雑談をしているように、一瞬見えました。
ですが、実際には、雑談なんて、可愛いものではなく…。
僻み、妬みがバンバンに感じられる『悪口』を言いあう場所でした。
しかも、悪口を言われているのは、誰でもないこの、あたし。
思わず、
『えー!』
と、叫びました。
あたしのプライベートを憶測で話していたり、幼児虐待をしていると言われていたり―。
とにかく、あたしの悪口を言いたいんだな、と言うのは、もう物凄く伝わってきました。
230
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/14(水) 00:21:38 ID:Niha.nl.
そのサイトとは、悪名高き、◇2ちゃんねる◇
あたしは、それまで2ちゃんねるという、サイトがあって、芸能人が悪口を書かれたりしている、というのは聞いた事がありましたが、まさかあたしが、この一般ピープルなあたしが、このサイトでスレッドを立てられて、書かれるとは、思ってもみませんでした。
最初は、2ちゃんの様子が気になり、今の相方と一緒になるまでは、何を書かれているか、必死になって読んでいました。
ですが、相方が
『そんなバカでネクラなオタッキーの書く事は気にしない方がいいよ!見なかったら、ない事になるんだから。』
と、ナイスな発言をしてくれました。
そして、ようやく、あたしは2ちゃんを見る行為をやめる事ができました。
でも、この2ちゃんを見る行為は、あたしの心の中に、鉛を置いていったのでした。
あたしも、気が付かない内に…。
この2ちゃんのお話は後に、また出てくる事になります。
231
:
それでもあたしは生きている。
:2015/01/14(水) 00:25:19 ID:Niha.nl.
【 いきなり、それは、やってきた。】
あたしは、それからもブログ更新していました。
正直、あんな低俗な野次に負けたくない気持ちもあり。
けれど、あたしをブログ内で応援してくれている人にも、裏切り者がいる事は、既に判っていました。
それでも、割り切ってブログを続けていたある日…。
寝る時に、急に不安感が襲ってきました。
自分でも、わけが判らず、その不安感のために、ろくろく眠れず、次の日の朝を迎えました。
相方と子供とあたしの三人で暮らしていた頃です。
いつものパターンだと、相方が先に、会社に出かけ、あたしが子供を保育園に送り、それから出勤していました。
なのに!
いつもは、平気で相方を見送っていたのに、何故か、その日は、涙がぼろぼろ出て、どうしようもない。相方に、仕事に行かれるのが、辛くて泣きまくり、相方は、尋常ではないあたしの様子を察してくれて、その日は、会社を休んでくれ、子供をあたしの代わりに、保育園に送ってくれました。
相方が仕事を休むと、決めてくれたら、涙が止まりました。
あれは、一体なんだったんだろう?
と、軽く考えていましたが、相方が家にいる喜びに、あたしは有頂天でした。
むろん、自分のお店も休みました。
昼間、相方に謝ったら、
『いーよ!いーよ!』
と、快く受けとめてくれ、あたしも
『もう大丈夫だから!』
と、言っていました。
…が!
232
:
マタコさんを遠くから見守る会会員No.774
:2015/01/15(木) 01:04:02 ID:g9OPccms
>>217-231
それでもあたしは生きている。(2008)
モバゲーで発表されたケータイ小説です
コメント
躁鬱、パニック障害etcなあたしのエッセー
まえがき
それが始まるきっかけは、もう20数年前の事。自律神経失調症から、躁鬱病、パニック障害、買い物・アルコール依存、自傷行為へと…。そんなあたしの事を赤裸々に書いていきます。
判って欲しいとは思ってませんただ、こういった心の病気を知って欲しいかなぁ
堅苦しくなく、フラットに書いていきまぁす(^-^)
ぼちぼち書いていくけど、楽しみにしてるよレビューがたくさんあれば、頑張ります(笑)
2008/11/29更新分まで
>>217-226
章タイトル抜け 【あたしのこと。】
233
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:10:07 ID:g9OPccms
【人間消滅】
語彙のない豚ども。
猿真似言葉の人々。
ああ、もう嫌だ。
適当にどうでもいい
話をし、笑顔を交わす。 そんな日々の中、僕は すり減っていく。
だから。
だから。
明日、僕は失踪する。
234
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:11:03 ID:g9OPccms
いつものように、
どうでもいい、話をし もう慣れてしまった
作り笑いを浮かべ。
誰にも悟られないように、明日、忽然といなくなる。
皆、口を揃えて
『昨日は、いつもと変わりがなかったのに…。』
とでも、決まり切った 台詞を言うだろう。
反吐が出る。
暫くは、僕の話題でもちきりで、無神経な彼らは憶測で色々な事を言うはずだ。
だが、やがて、人々は忙しさやどうでもいい事に追い回され、僕の事なんか忘れる。
それは、なんて素敵な 事なんだろう。
235
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:13:16 ID:g9OPccms
忘れられる僕は、美しい。
僕の事なんか、ひとかけらでも、想い出さないでくれ。お願いだから。
僕は、僕の不幸に気が付いてしまった。
でも、果たしてそれは不幸なのだろうか?
部屋をそのまんまにして、僕だけがいなくなる。 ぱっ、と消える。
何処に行くのか、
何処に辿り着くのか
判らない。
口数少ない人間達が
住む、おさびし島か、 それとも乾いた笑顔の 洪水のネオン街か。
僕の次の居場所は、
僕自身知らない。
けれど、このまま、 此処にいて、心まで 腐敗するのは嫌なんだ。
だから、僕は、明日
失踪する。
さようなら、豚ども。 さようなら、どうでもいい誰か達。
もう、二度と会う事はないのです。
さようなら。
さようなら。
僕は、本当の笑顔を作って、消えるのだ。
終
236
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:15:51 ID:g9OPccms
【灰かぶりは…。】
ハッピーエンドで終わった物語。
素敵な王子様と白い馬に乗る。
微笑みあう二人。
そこで、終わる物語。
温かい気持ちになる
単純で純粋な人々。
237
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:17:00 ID:g9OPccms
だけど。
だけど。
灰かぶりは、幸せになれたのか?
一生を王子と、愛し合い暮らしたのか?
環境の違いすぎる二人は、本当に幸せになれたのかを考える。
238
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:20:22 ID:g9OPccms
もしかしたら…。
王子の気が変わり、元の灰かぶりに戻っているかもしれない。
そうして、何処へ行くあてもなく彷徨っているかもしれない。
あなたは、考えた事がない?
童話の中の幸せになった、プリンセス達の事を。
239
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:21:01 ID:g9OPccms
物語は、終わってから始まる。
そこからが、本当の始まり。
物語の終わりの真実を、私は知りたい。
彼女達の、その後を知りたい。
幸せでありますよう。
そう、願うだけ。
灰かぶりは…
どうしているのだろう。
240
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:22:39 ID:g9OPccms
【幻想】
細ひ月夜の晩は、
貴方との逢瀬の夜。
細ひ道を二人で歩く。
とぼとぼとぼとぼ。
少し前を歩く貴方の
影を、踏まぬやう、
気を付けて歩む。
早足の貴方は、わたくしの
前で何を考えているのか。いないのか。
241
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:24:10 ID:g9OPccms
数分無言で、二人で
歩ひてゆくと、
その先にあるのは、
鄙びた宿。
貴方が、そっと、
すっと入ってゆく。
わたくしは、貴方を
追ふやうに歩を早める。
薄暗く、細い月夜の光が入る部屋で、貴方はやはり、無言でわたくしを促す。
促されるまま、貴方の 言ふ通りにするわたくしは、愚かな女なのでせうか。
242
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:24:48 ID:g9OPccms
わたくし達の関係は、
なんでもありません。
ただの情事と貴方は、ゆふのでせう。
けれども、わたくしは…。
一時の幻想に、現つを抜かし、次の月夜を待つのです。
細い月夜を待つのでござひます。
貴方との逢瀬だけを、考へて。
貴方との情事だけを、考へて。
もう、動けないのです、貴方。
たとい、幻想だとしても、わたくしは愛があると思つているのでござひます。
243
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:27:37 ID:g9OPccms
【踊り続けろ!】
蟻の行列。
蟻の行列。
鳩のタンゴ。
鳩のタンゴ。
豚の笑い。
豚の笑い。
そう。それだけで
もう虚しくて、また
あの場所から、
キラキラ光るナイフを取り出す。
244
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:28:40 ID:g9OPccms
僕は、右利きだから、 嗚呼、こんなとこまで 凡庸極まりない。
左手首にナイフをあてる。
儀式にも程遠い、
子供の遊び。
何回も、あてては、ひき ひいては、あてる。
僕の血も、やっぱり
赤いんだ。
弱者の僕の血も、
真っ赤なんだよ。
その嬉しさに、
手を掲げる。
245
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:29:43 ID:g9OPccms
そうすると、
ポタリポタリと僕の
顔の上に、血が
降り注ぐ。
生臭い鉄の匂い。
君達が、僕を詰っても、 凌辱しても、
僕は、構わない。
だって、僕は
死すらできるんだから。
君らは、僕を支配して いると思っているけれど 、本当の支配者は、
僕なんだ。
そんな事も知らないくせに。
くせにね。
246
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/15(木) 01:31:17 ID:g9OPccms
僕の周りの、僕より
凡庸で、低能な奴ら。
一生、そこで
踊り続けろ!
何も知らないまま
踊り続けろ!
僕のナイフがギラッと光る。
歪んだ僕の笑顔は、
醜くて、滑稽で
美しい。
蟻もダンス。
鳩もダンス。
豚もダンス。
お前らもダンス。
僕は、それを遠くから 楽しげに眺める。
口元には、ほんの少しの 笑み。
手首から流れるこの、 僕の血の行く末を、
僕は知っている。
247
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 00:42:46 ID:EH7mrJwg
【 テロリスト】
緑が覆い茂り、
子供連れの母親達が
たくさんいる、
清々しい公園。
青空は、どこまでも
広がっていき、
私の知らない所まで
続いてゆくのだろう。
太陽の光りは、
眩しすぎて
目がくらむ。
少し離れたベンチから
楽しそうな、家族連れを 観察する。
笑顔。笑顔。笑顔。
そう、今は。
248
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 00:47:07 ID:EH7mrJwg
柔和な笑顔で、ベンチに座る私の正体を、誰も
知らない。
私は、ある物を隠し持っている。
バッグにも、
心の中にも。
後少しで、起こるであろう出来事を思い浮かべる。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
血まみれの人々から
消える笑顔。
その、素敵な想像に
胸が踊る。
そろそろ、時間。
249
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 00:48:10 ID:EH7mrJwg
ゆうっくりと
立ち上がり、
静かに、人々に
近寄っていく。
母親の腕の中の
柔らかそうな
赤ん坊が、
にこにこしている。
私も、微笑み返す。
そして、私は、
バッグの中に手を入れた。
終
250
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 00:52:12 ID:EH7mrJwg
【 シュール エリア】
上手な人真似で、 危うい綱渡り。
墜ちたら、消えてなくなる。
無個性は、凡庸極まりなく、残せるものは、何もない。
人真似。猿真似。
どうぞ、お気の済むまで。
けれど、その綱が細く細く、足元が危うい事に、気が付かぬ、愚か者。
愚鈍と陽気を履き違え、 どこまでも行くあなたを 笑いながら見つめている。
鏡を見てご覧?
のっぺらぼうが、 其処にいるから。
個性を捨て、人真似に 走る、その知性の 欠片のなさに、知らないふりをする。
251
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 00:54:52 ID:EH7mrJwg
【 おうち】
家に籠もって何しよう。 家に籠もって何しよう。
何か楽しい事しよう。 何か楽しい事しよう。
楽しい事はなんだろう? 楽しい事はなんだろう?
考えてみた。
考えてみた。
ルルルル♪ルンルル♪
爆弾作ってみようかな。 爆弾作ってみようかな。
僕はこの家の透明人間。 僕はこの家の透明人間。
僕以外は仲良し家族。 僕がいなけりゃ、理想の 家族。
そう思っているあいつら を、驚かしてやる。
僕は爆弾を作る。 僕は爆弾を作る。
僕を透明人間にした あいつらの前に、 爆弾を見せ付けてやろう 。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
楽しいな。
楽しいな。
フフッ。ウフッ。ウフフフ。
252
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 00:59:30 ID:EH7mrJwg
【 ビス】
まちゃとのコラボ
はやすけに感謝の心を込めて゚+。(*′∇`)。+゚
253
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 01:00:30 ID:EH7mrJwg
小粋で、ジョークがうまくて、無神経でない。
そんな大人になりたかった。
そんな大人が現れた。
颯爽と。
ふざけている言葉の中に見える、沼のような孤独感は、知らないふりをしてあげる。お城の中の淋しい目をした王子。
それが、あたしが貴方に対しての尊敬の表し方。
悲しい時こそ、笑っている心は、ビスがたくさん刺さって、血が流れ出る。 ビスがびっしりと、突き刺さっているよ?
ビスだらけの心の中に、 そうっと入っていって、 あたしが抜いてあげるから。1つ、1つゆっくりと気が付かれぬよう。
怖い夢は、あたしが全部食べてあげるから。
安心して、深く眠って。
流した血は、あたしが綺麗に、舐めとってあげる。
だから、もう大丈夫だよ。心配しなくて、いいんだよ。
254
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 01:06:58 ID:EH7mrJwg
【 天使の分け前】
私の敬愛する、大切なsisterに贈ります。
255
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 01:07:51 ID:EH7mrJwg
天使の分け前 彼女は、私の天使だ。
難しい事を話そうと、 何をしていようと、 それは一生変わらない。
偶然の幸福で、彼女に出会う。それだけで、心に身体に、幸福の雨がやまぬ。
友情でもあり、愛情でもある。
報われなくとも、細い糸で、奇抜な感性で繋がっていれば、それでいい。
彼女は、天使だから、素敵な分け前を持っている。
私は、そんな彼女をひっそりと見ているだけで幸せだ。
彼女の冷たい手を、温めてあげたい。
彼女の笑顔を守ってあげたい。
心から、そう願っている。 あなたが、幸せでありますようにと、子供のように、お祈りする。
256
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 01:11:07 ID:EH7mrJwg
【蜜月 秘密 密の味】
とても気のあう、はやすけとの、違う世界での、彼とあたしの物語。
257
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 01:12:27 ID:EH7mrJwg
『蜜月 秘密 密の味』
今日も、彼の言葉を待っている私がいる。
遠慮がちな彼の言葉は、私の心に波を起こす。
足元から、あわ立つような、この気持ちをなんて言ったらいいのだろう。
彼の笑顔を夢見て、その腕の中に抱かれたいと思う刹那。
この、秘密は甘くて、甘くて歯が痛くなる。
だから、この痛みには、もっと甘く、密やかなKissを。
私も、貴方も、もっと自由になって、お互いの密を舐めとりながら、蜜月を過ごそう。
戯れながら、何もかも忘れて、とろけるような蜜月を、過ごそうよ。
私達は、誰からも自由なのだから。
愛する気持ちは、自由なのだから…ね。
258
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 01:15:17 ID:EH7mrJwg
【 あやかしの夜】
10年間という、月日の間、私達は、ずっと愛し合っていた。
誰かと結婚しても、心は、お互いを求めていた。
機会は、運良く私達に巡ってきて、私は、一人住まいの彼の家を、そっと訪れた。
彼は、何もかも知っていたかのように、私を家にあげた。
布団の中に入ると、彼の香りで、身体がいっぱいになる。
熱い愛し方をする彼に、しがみつき、その舌をまさぐる。
私達は、夢中だった。
これは、今夜だけの夢。 何者かが見せたあやかし。
私は、そう決めて、なおいっそう、彼を求めた。
これきり、彼に会う事は、なかろうと、心に刻みつつ。
259
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 01:21:57 ID:EH7mrJwg
【終焉には、まだ早い。】
黄色くて、少しおおぶりの、私のカッター。
いつも、どこかでひっそり眠らせている。
たまに、出番を作ってあげる。
思い切り、刃をひくと、ねっとりとした血と、さらさらの血が混じって珠のように、ぷっくり膨らんで、流れる。
誰に、なんと思われたって私は構わない。
私の、この濃い色の血を眺める度に、私は生きている事を実感できるのだから。
もっと、深く。
もっと、長く。
もっと、たくさん。
私の金臭い血液の匂いが、部屋中に漂う。
誰にも、見られないで行う、私の大切な儀式。
神聖で美しい、尊い儀式。
生きるために、血を出す事を、誰も知らない。
260
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 01:26:05 ID:EH7mrJwg
【 妄想家族】
いつも優しいお母さん。 何かと私と、一緒にいたがるから、これも親孝行だなんて、思って彼女と行動を、共にする。
鷹揚で私に甘いお父さん。お母さんに内緒で、こっそりお小遣いをくれる。 ダンディで、自慢のお父さん。
家は、都内の一等地にあって、周りには芸能人が、たくさん住んでいる。
乗っている車は、ベンツとレクサス。2台あった方が便利だから、ってお父さんがキャッシュで買った。
私の洋服は、クロエや、ドルガバ、マルタンマルジェラなんかが多い。
ブランドバッグなんて、もう飽きた。
毎日お母さんとお買い物に行って、何かしら買ってもらう。今日は、ショーメのペンダント。ダイヤが揺れる。キラキラ揺れる。
そんな事を思いながら、家族に棄てられたあたしはボロイアパートの一室で幸福に浸る。
虚構でも構わない。 だって、あの家族といると楽しいんだもん。
棄てられた事なんて、 忘れちゃうよ?
ゴミみたいに、ポイッと 棄てられた事、
忘れさせてよ。
261
:
情緒不安定テロリスト
:2015/01/17(土) 01:28:05 ID:EH7mrJwg
【 逃げ続ける。】
僕がこんな凡庸で 人目につかないような 人間なのは、
そんな風に僕を生んだ 両親のせいだ。
僕のださい自転車を
思わず隠したくなるような、あいつの最新の自転車。
僕の家が金持ちだったら、僕だって、あの自転車を手に入れられるんだ。
僕の成績が普通なのも、 女の子にもてないのも、 友達がいないのも、
全て、僕のせいじゃない。
僕のせいじゃない。
僕のせいじゃない。
僕のせいじゃない。
僕のせいじゃないだろう?誰か、そう言ってくれ。
さもなくば、僕に生きる価値はない。
価値がなければ、後は…。
どこまで凡庸なんだ。
誰かのせいになんかしていないんだ。
いないんだ。
262
:
マタコさんを遠くから見守る会会員No.774
:2015/01/17(土) 01:39:15 ID:EH7mrJwg
>>233-261
情緒不安定テロリスト(2008)
モバゲーで発表されたケータイ小説です
(後にエブリスタへ移動)
コメント
稚拙な文章で、すいません(@_@;)
まえがき
色々なシチュエーションの人々を綴りたいと思います。どんな形の作品にせよ、あたしの言いたい事は、いつでもたった1つです。丸ごと、あたしです。
2008/10/24更新分まで
>>255
一部削除し忘れ
× 天使の分け前 彼女は、私の天使だ。
○ 彼女は、私の天使だ。
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