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SSスレ「マーサー王物語-ベリーズと拳士たち」第二部②

162 ◆V9ncA8v9YI:2021/03/31(水) 12:50:53
絶体絶命、そう思ったホマタンだったが骨を折られる痛みは無かった。
ユメ・オクトピックによる攻撃がホマタンに当たる直前で何者かが防いだのだ。
それは同期のリオでもメイチャンでもない。
なんとユメの味方であるはずのリアイが妨害したのである。

「……?」
「私の獲物なんやけど」

次の瞬間、リアイがユメの腹を強く蹴り飛ばしたのを見てホマタンは驚いた。
新人銃士の2人はチームのはず。何故、仲間割れをしているのか全くもって分からない。

「……」

蹴られたユメは反論するでもなく、ほっぺを膨らませながら口をへの字に曲げている。
実はこの2人、絶賛喧嘩中なのだ。
数ヶ月前に仲違いをしてから一切口を聞いていないと言う。

(なんだかよく分からないけど、これはチャンス?)

2人の強者に襲われてピンチだったが、向こうが協力しないのであれば勝機があるかもしれない。
そう思ったホマタンはリアイに後ろから斬りかかったが、
すぐに気付かれてしまう。

「邪魔されないうちに仕留める!」

ホマタンに仕掛けるリアイだが、ユメはそれを放っておかなかった。
腹を蹴られたお返しとばかりに、リアイの背中に模擬刀を叩きつけていく。

「痛っ……!このっ!」

怒ったリアイはユメに反撃の斬撃を繰り出したが、タコのようなクネクネした動きで避けられてしまった。
だがそれも折り込み済みだったのか、リアイは次の手を打っていた。
回避されると同時に足下の石を蹴り上げて、ユメのヒタイ目掛けてシュートする。

「あっ!!!」
「邪魔すんなや!タコ焼きにしたろか!?」
(な、なんなのこの2人!?)

163 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/02(金) 12:36:36
銃士の2人が仲間割れするのはこの上ないチャンスのように思えるかもしれないが、
ホマタンはそんな気分には全くと言っていいほどなれなかった。
高い水準にあるユメとリアイが競って自分を倒しにかかってきているのだ。
負傷して上手く動けないホマタンにとって、これ以上無い程のプレッシャーだろう。

(あと一撃でも良いのを貰ったらどうなるか分からない!はやく体勢を整えないと!)

しかし銃士による足の引っ張り合いもそう長くは続かなかった。
ユメがニョロニョロとした、捉えどころない動きでリアイの攻撃を避けたかと思えば、
タコの触手のように腕をしならせてホマタンに模擬刀を当てにきたのである。
斬撃は今にもヒットする。このままではホマタンの骨が砕けて軟体動物の仲間入りだ。

「Panda-san power ...19 percent !!!」
「!?」「「!」」

謎の言語と共にユメの刃が弾かれたのだから、リアイは驚いた。
色白で、ホマタン同様に身長の割には幼く見える少女が突如現れてユメに対抗したのだ。
驚くべきはその細身だ。
ユメの攻撃は骨をも砕くはず。そんなか細い腕でどうやって防いだというのか?
リアイには分からなかったが、ひとつだけハッキリしたことがある。

「この子がモーニング帝国新人剣士の、北出身か……」

「メイチャン!」
「危なかったねホマタン。パンダさんパワーのおかげで助かったよ。」

敵軍に加勢がきたため緊迫すべきシーンなのだが、この状況でもリアイはどうしても突っ込まずにはいられなかった。

「っていつかパンダってなに!?タコとか、肉食獣とか、ここは動物園なの!?」
「ムッ」

大声で突っ込んだリアイに対して、このメイチャンなる少女が納得いかないといった表情で反論を返す。

「パンダじゃない!パンダさん!」
「は!?」

164 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/04(日) 21:57:49
「パンダさんには敬意を払ってるから”さん”を付けるの。」
「めんどくさ……」
「パンダさんって言わないと怒っちゃうから、パンダさんでお願いします!」
「はいはいパンダさんね。そんなに好きならパンダさんには会ったことあるの?」
「ううん。パンダさんには会ったことないよ。」
「は?」
「パンダさんに会うには準備が必要なの。グッズを用意したり、心の準備も必要だし。」

リアイは「責任取れよ」と言いたげな顔でホマタンを睨みつけた。
これにはホマタンも申し訳なさそうな顔をしている。
それを見てリアイは察した。この子も自分と同じように色々と大変なんだろうなと。
すると、これまでテコでも口をきかなかったユメ・オクトピックが怒鳴り出した。

「リアイ!ちょっと物申させて!気になっタコとがあるんだけど!」
「なんやねん」
「タコは動物園にいないわ!いるのは水・族・館!」
「ほんまに黙っとけや」

そのやり取りを見てホマタンは察した。この子も自分と同じように色々と大変なんだろうなと。

165 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/05(月) 22:58:17
銃士のユメとリアイが口論をしている隙に、メイチャンはホマタンの手をとった。

「今のうちだよ。ホマタン、あっちに行っちゃおう!」
「えっ、でも……」

それは”逃げ”ではないかとホマタンは思った。
確かに状況は芳しくない。敵の2人はかなりの実力者だ。
こっちだってメイチャンは対抗出来るかもしれないが、負傷中のホマタンは戦力になれるか怪しい。

「メイチャン、でもね、先輩たちだったら絶対逃げないと思うの。どんなに不利でも、ここで戦わなきゃ」
「逃げてなんかないよ!」
「え?……」

理解が追いついてないホマタンに対して、メイチャンは言葉を続けていく。

「あっちに行って、リオちゃんを探そう!そして、3人揃ったらまた銃士の2人に挑もうよ!
 タコ大好きなユメちゃんはああ見えて結構強いし、もう1人の子も強かったんでしょ?
 だけどね、リオちゃんとホマタンと私が揃ったら無敵だよ!
 3人で勝って、先輩たちに自慢しちゃおうよ!」

166 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/15(木) 00:12:12
目の前にいる銃士の2人は確かに強い。
それでも、モーニング帝国新人剣士のリオ、ホマタン、メイが揃えば敵無しだと信じている。
メイの言葉に胸を打たれたホマタンは、こくりと頷いた。

「探しに行こう!リオちゃんを!」
「うん!」

笑顔で承諾したメイはホマタンを背負いだした。
細身のメイがホマタンを担げるかと思うかもしれないが、心配はない。
彼女にはパンダさんの力がついているのだ。

「Panda-san power ...19 percent...20 percent !!!」

2割の力を解放したメイは長身のホマタンを軽々と持ち上げる。
そして強化された脚力であっという間に駆けて行ったのだ。
それに気づいたユメとリアイの2人は青ざめた。

「「逃げられた!!」」

追いかけようにも2人にはあれほどの脚は無い。
遠く離れていくメイ達を指をくわえて見ていることしか出来なかった。

「あわわわわ……」
「このままだと……」
「「国に帰ったら叱られる!!」」

ユメもリアイも、超スパルタなとある先輩をイメージしていた。
優勝候補筆頭の新人銃士が優勝を逃すどころか、誰一人撃破できないなんてことがあった日にゃ、
どんな仕打ちを受けるか分かったもんじゃない。
その先輩と付き合いの長いユメ・オクトピックなんて今にも死にそうな顔をしている。

「ね、ねぇリアイ!仲直りしようよ!」
「そうだね!ていうかそもそも喧嘩なんてしてなかったし!」
「そうよね!」

167 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/16(金) 00:50:45
(そう言えば私とリアイって……)
(なんで喧嘩してたんだっけ?……)

ここ最近、口すらも聞いていなかったユメとリアイだが、
その原因はとてもくだらないものだった。
事の発端は数か月前。

「ねぇ〜リアイリアイ〜」
「……なに?」
「好きだよ〜」
「……」

ダル絡みにウンザリしたリアイは無視を決め込もうとしたが、
ユメはめげなかった。

「リアイ聞こえてる〜?好きだよ〜好き好き〜」
「……はいはい、ありがと」
「ちょっとリアイ!好きって言ったら"ありがと"じゃなく
 好きって言ってよ!同じ温度で!」
「うざ」
「もう!!」

これがきっかけで2人は大喧嘩をしたのだが、
日常茶飯事なので先輩の銃士たちもさほど心配をしていなかった。
唯一、スパルタな先輩が叱り飛ばそうともしたが、銃士のリーダー格であるトモ・フェアリークォーツがそれを制する。

「全くあの子たちは……そろそろ合同演習が始まるってのに……ちょっと叱ってきます。」
「まぁまぁ、ユメちゃんもリアイちゃんも後輩が入ってきたら変わるでしょ。あと数日で合流だっけ?」
「後輩って言っても元ファクトリーですよ!?」

168 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/17(土) 01:05:58
場面は変わり、冷たい水の流れる川沿い。
そこには新人剣士の残る1人、リオ・キタガワ・サンツケンがいた。
同期のホマタンやメイチャンより年上だが、2人と比べるとずっと小柄だ。

「この水は飲めそう……!」

川の水を手ですくって、ゴクリと飲んだ。
彼女の目的は飲み水の獲得。
このサバイバル生活が長期化すると予測し、ライフラインを確保しようとしているのだ。
いくら戦闘力が高くても水と食料が無ければ長くは持たない。
そう考えるとリオの行動は正しいように思える。

「うん!美味しい!ここを拠点にすれば私たちモーニング帝国剣士が優位に立てる!もっと飲もう!もっと!」

数分後、リオはお腹を壊した。

「ううぅ……失敗した……」

リオ・キタガワ・サンツケンは自称利き水の達人。
だが、実際は水の良し悪しをほとんど見抜くことが出来なかった。
そこまで多量に飲まなかったので最悪の事態は免れたが、しばらくは満足に動けそうにない。
そんな中、招かざる客人が現れた。

「ひゃっ!人がいる!」
「!?」

リオはすぐに模擬刀を構えようとした。
しかし様子がおかしい。
目の前に出現した謎の女性は、不意を打ってくるどころか怯えた顔でブルブルと震えているのだ。

(なにこの人……本当に戦士?)

この女性は果実の国の銃士や、アンジュ王国の番長ではない。
可愛い女の子探しが趣味のリオは有名どころを押さえているが、まったく見覚えが無いのである。
それに、今回の演習プログラムの参加者の中ではリオは年長のほうだと思っていたが、
怯える女性はそれよりも年上に見える。リオより1歳上といったところだろうか?

(いったい、誰なの?)

169 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/18(日) 00:54:48
「き、き、斬らないでください!戦う意思とか全然無いのでっ!」
「へっ?……」

弱気なお姉さんは今にも泣きそうな顔で懇願してきた。
膝までついて土下座でもする勢いだ。
リオは容赦なく切り捨てることも出来たのだが、そうはしなかった。
現在のリオは絶賛体調不良中(腹痛)。交戦せずに済むのであればそうするにこしたことはない。
ただし、それは目の前の人物が信じられる場合の話だ。

「あなたはいったい誰なの?……どこの所属?」
「そんなっ!おこがましいです!」
「おこがましい?どういうこと?」
「私の所属するユニットはモーニング帝国剣士様と比べたら弱小も弱小なんです!
 本っ当〜に名乗るほどでも無いんですよ!」
「……」

この合同演習プログラムに参加しているのはモーニング帝国、アンジュ王国、果実の国といった大国だけではない。
割と門戸は開かれていて、
友好的な近隣国ならば自由に参加できる仕組みになっているのだ。
驕りではないが、向こうがリオを知っていて、リオが向こうを知らないなんてケースは十二分にありえる。

「でも、そんな弱小でも私には仲間がいるんです。だけど仲間がいないと不安で不安で……
 なので、せめて、ユニットの仲間と合流するまでは戦わずに仲良くしてもらえませんか?……」
「そんなこと言って、油断した隙に寝首をかく気なんじゃ?」
「いえいえいえっ!嘘じゃないです!私上手く嘘なんかつけないんですってば!
 仲間がいないと本当にダメダメなんです!ねぇはやくはやく会いたいよ〜!」
(本気……で言ってるのかな?)

演技にしては真に迫っているので、このお姉さんは嘘偽りのない姿を見せているのではないかと思えてきた。
しかし、まだ鵜呑みにするのは危険だ。なのでリオ・キタガワ・サンツケンは一つの質問を投げかける。
この回答次第で判断しようと決めたのだ。

「分かった。信じてあげる。ただし、この水を飲めたらね。」
「えっ?」

そう言ってリオは川の水をコップですくい、差し出した。

「私が汲んだこの水を疑わずに飲むことが出来る?
 もしかしたら今の一瞬のうちに毒を盛ったかもしれないよ?もしくは、飲んでる隙に斬りかかるかもね。」
「!」
「しばらく一緒に過ごすんだから信頼関係は重要だよ。でもね、ここで私を信じない人を、私は信じることなんて出来ない。
 さぁ!飲むの?飲まないの!?」
「……飲めません。」
「ふふっ、やっぱり飲めないんだ。だったらこの話は決裂……」
「だって川の水なんか飲んだらお腹壊しますよ。綺麗な水とは限らないから迂闊に飲んだりしないほうが……」
「あ、うん、そうだね、うん、知ってたけど、えっと、分かってて言ってたの。本当だよ。」

リオはお姉さんと一緒に過ごすことになった。

170 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/19(月) 01:48:55
またもや場面は代わり、木々の深いエリア。
そこではアンジュ王国の新人番長、シオンヌ・タメ・ハサミサンが走っていた。
今回、アンジュ王国からは4人の新人が参加しているのだが、
まだ戦闘に慣れていない同期2人が心配で、一秒でも早く合流せねばと焦っているのだ。

(あれ?何か聞こえる……)

そんな自分を狙う影の存在にシオンヌは気づいた。
そいつは木から木へと移って移動をしている。
動きが素早く、目視で捉えることは困難だ。

(まさか……)

シオンヌにはこの動きの主に心当たりがあった。
認識通りであるならば、このまま超スピードで攪乱し続けて、良きタイミングで斬りかかってくるはずだ。
言わば暗殺者スタイル。
基本は物陰に隠れて、一瞬の隙を見て仕掛けてくるのだから、対応は容易ではない。

「だったら隠れられなくすれば良い!」

そう言うとシオンヌは目の前の木を抱きしめた。
そして、強大なパワーでメキメキと圧迫させていったのだった。
シオンヌは小柄に見えるが、その身には常人以上の筋力が備わっている。
大木は流石に厳しいが、そこらの木程度であれば軽々と折ることが出来るのだ。
辺り一帯の木を全て折ってしまえば奴はもう隠れられなくなる。
しかし、暗殺者はシオンヌがそう来ることを予測していたようだ。

「余裕っすよ。」

シオンヌが木を折る隙に背後へと回り込み、模擬刀を振り下ろす。

171 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/20(火) 01:01:33
「そう来ると思いましたよっ!」
「!」

シオンヌは背後にあえて隙を作ることで、相手の攻め筋を限定させたのだ。
どんなに超スピードだろうと来ると分かれば受け止めることが出来る。
すぐさま後ろを振り返り、斬撃を模擬刀で防いでみせた。

「あっ!くっそ〜!」
「さて……どういうつもりか説明してもらいましょうか。ハシサコさん。」

シオンヌに襲い掛かったのは番長の1期先輩のリン・ハシサコ・ランチマインドだった。
先輩とは言ってもシオンヌより2歳ほど年下であり、
戦士であることを知らなければただの幼い子供に見える。

「ふふふ、番長は仮の姿。実は私は他国のスパイだったのだ。」
「そういうのいいんで。」
「というのは嘘で、戦場の緊迫感を教えるためにわざと敵のフリをしてたんだよ。先輩としてね。」
「ただフザけたかっただけだろクソガキ(そうだったんですね!流石です!)」
「心の中とセリフが逆じゃない!?」

番長の中で2番目に年が若いリンは遊びたい盛り。
特にリアクションの面白いシオンヌをからかうのが楽しくて仕方ないのだ。

「まったく……ここで仲間割れなんかして、他のチームに狙われたらどうするつもりなんですか」
「ま、大丈夫でしょ。私もシオンヌも強いもん。」
「……それは同感ですけどね。」

172 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/21(水) 01:22:17
場面はまたリオのいる川沿いに戻る。
一次的な停戦協定を結んだリオと弱気なお姉さんは、地べたに座りながら会話をしていた。
リオの体調もあと少しで良くなるので、回復まではそうして凌ごうとしているのである。

「そういえば自己紹介がまだだったね。
 知ってるかもしれないけど、私はモーニング帝国のリオ・キタガワ・サンツケン。
 あなたは?」
「えっ!?私……ですか?ですから名乗るほどの者では……」
「名前くらい教えてくれたっていいでしょ。」
「う〜ん……まぁ、名前だけなら……」

これだけ渋るのだからひょっとしたら大物なのかもしれないと、リオは少し期待したが、
出てきた名前は結局聞いたこともないものだった。

「"マドカ"、です。」
「マドカちゃんかぁ……ごめん、聞いたことないかも。」
「だから名乗るほどじゃないって言ったじゃないですか〜!」

リオは笑いながらペコリと頭を下げた。
どうやらマドカおよび、彼女が属するユニットとやらが無名というのは真実のようだ。
心配するだけ損だなと思っていたところで、マドカの表情が変わったことに気づく。
リオの後ろを見て目が点になっていたのだ。

「あ……」
「どうしたの?マドカちゃん?」

何が起きたのかと不審に思ったリオは、マドカの見つめている方に振り向いた。

(誰かいる?……)

リオの視線の先3,40メートルほど先に人影があった。
少女の姿をしている。もしかしなくても合同演習プログラムの参加者の一人だ。
いったい誰だろうと目を凝らそうとしたところで、
突如、ガンッ!と言った音と共にリオの後頭部に激痛が走る。

「!?」
「リオさんごめんなさい。仲良しごっこはもう終わりです。」

頭を殴られたことにリオはすぐ気づいた。
誰にやられたか?疑いようがない。マドカに攻撃を受けたのだ。
驚くべきは今現在のマドカの表情からは不安や怯えが一切消え去っているということ。
冷たい目で、うずくまるリオを見下しているように見える。

「……裏切ったのね。」
「えっ?最初からそういう約束だったじゃないですか?」

数十メートル先にいる少女からもこの光景は見えていたようだ。
その少女がメイチャンかホマタンのどちらかであれば良かったのだが、
生憎にもマドカ属するユニットの一員だった。

「マドカったらまた何かしたのね……本当に"悪いヒト"なんだから。」

173 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/22(木) 08:48:46
頭がひどく響いているが、リオはこの状況でもすぐに動き出さなくてはならなかった。
目の前の敵マドカを早く倒さないと味方と合流されてしまう。
2対1では流石に分が悪いので、この数秒が正念場だ。

「これでも喰らえ!」

リオはグラスに入った水をマドカの顔にぶっかけた。
咄嗟のことに驚いたマドカは避けられずに受けてしまう。

「なに!?」

毒水かもしれないと警戒したが、なんてことはない。ただの汚い川の水だ。
だが、水をかけられた瞬間はどうしても目をつぶってしまう。
リオはその隙にマドカの背後に回り込み、お返しと言わんばかりに後頭部に模擬刀を叩きつける。

「うっ!!」

腹痛に加えて不意打ちを受けたばかりのため、リオは攻撃に満足な力を込めることが出来なかったが、
それでもマドカの脳を響かせることには成功したようだ。

(やっぱり帝国剣士は強い……下手を打ったら瞬殺されちゃうかも。
 ここはキララさんが到着するまで守りに徹するべき?)

マドカが痛む頭であれこれ考えようとしたら、突然、大量の水が横からかかってきた。
リオが川に刃を強く当て、水飛沫がマドカに飛ぶように仕向けたのだ。

「な、何を!?」
「攻めてこないのは勝手だけど、だったら私は貴女に水をかけ続けるよ。
 今日は寒いからあっという間に体温を奪われちゃうよねぇ。
 水を吸った服は重くなるから、仲間と合流する頃には連携も取れないくらい動けなくなっちゃうかもねぇ。」
「!!!」
 
正直言ってマドカの戦闘能力は高い方ではない。
味方とのチームワークのみが勝ち筋と考えていたが、このまま水をかけられたらその可能性が潰えてしまう。
焦ったマドカは強打でリオの腕を痛めてやろうと斬撃を繰り出したが、それも通じなかった。
リオが刀の腹で川水を叩くことで巻き起こした水の柱により、剣の勢いを殺されたのだ。

(これが帝国剣士の実力!……)

リオ・キタガワ・サンツケンはモーニング帝国剣士の中でも二本の指に入る「水の使い手」。
利き水はサッパリだが水を扱う術には長けている。
本調子で無かろうと、本来の武器で無かろうと、大量の水が側にある限りはリオを崩すことは困難だ。

174 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/23(金) 13:29:11
流れはリオが掴んでいた。
はじめの不意打ちこそ驚いたが、それ以外の戦いっぷりは恐れるに足りない。
このままマドカを圧倒できると思ったその時、リオの刃が何者かに弾かれた。
そう、マドカの仲間が到着したのだ。

「何!?……」
「そろそろやめてもらえる?」
「キララさん!」

キララと呼ばれたそのお仲間は、幼い顔なうえに目もパッチリと大きく、いかにも少女といった感じだ。
どう見てもマドカより年下なので、マドカが敬語を使うのに違和感を覚えたが
よくよく考えたらリオもホマタンやメイチャンにタメ口を使われているのでよしとした。
それより気になることは、リオの斬撃をキララの脚で止められたことだ。
刃の鈍い模擬刀とは言え、斬撃をキックで弾かれるのは剣士として悔しすぎる。
ただ、これでキララが浮かれてくれれば良いのだが……

「貴女のことは格上として見てる。気を引き締めさせてもらうわ」
「!」

幼い見た目とは対照的に、相対しているキララは非常に冷静だった。
確実にダメージを与えるべく、蹴りあげた脚を地に落とすと同時にグッと前に出て、
その勢いのまま模擬刀をリオの腹へと当てていく。

「うっ……」
「行け行けキララさん!やっちゃえ!GO!GO! 」
「いや、ここは退くわ」
「へ?」
「踏み込みすぎたら帝国剣士のテリトリーに入っちゃう……そうでしょ?」

そう言ってキララはバックステップで後方に下がった。
リオは水際に立っていたので、キララが寄ってくれば水を有効活用できたのだが、
あそこまで退かれたらそれも難しくなる。
騙して不意を打つマドカほどの大胆さは無いが、非常にやりにくい相手だとリオは感じた。

「ほらマドカ、貴女も下がって」
「は〜い、でも私思うんですよ。」
「何を?」
「キララさんの戦闘スタイルはリオさんに相性抜群だと思うんですよね。だって水とか平気じゃないですか。」
「それは私も感じてる。今から見せてあげるからフォローよろしくね。」
「はい!」

175 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/24(土) 17:27:53
「水が平気?……」

ユニット達の言いっぷりにリオはムッとした。
自分の戦術を低くみられたのだから、その怒りももっともだろう。
そこまで言うのならば水の強みを見せつけるしかない。

「距離をとれば安全とでも思った!?」

リオは川の水をすくっては、両手でグッと圧縮した。
これはモーニング帝国剣士の先輩の技を真似たもの。
水を強く圧縮することで勢いよく飛ばしている。要は水鉄砲だ。
だが威力は子供のおもちゃとは比較にならない。

「喰らえ!」
「「!」」

狙いはキララの顔面だった。
リオの本気の水鉄砲は石をも弾く。
まともに受ければひとたまりも無いだろうし、目に当たりでもすれば一大事だろう。
とは言え避けられないスピードではない。
水鉄砲を慌てて避けさせることでキララの余裕を奪いたいとリオは考えていた。
そして、「水は平気」という発言を撤回してほしいとも思っていたのだ。
しかし、キララはそうはしなかった。
微動だにせず、顔で全部受け止めたのである。

「えっ!?」

平気な顔して受けたことにも驚いたが、
それ以上に、水を受けた顔面がシュウウと言う音と共に多量の蒸気を発していることにも驚愕した。
いったいこれはどういうことなのだろうか。

「ごめんなさいね。私、特異体質なの。」
「特異体質?……」
「本気を出すと体温がどんどん上がっちゃってね、水を浴びるとすぐ蒸発しちゃうんだ。
 今の私の体温は、そう、"43℃"ってとこかな?」
「!?」
(さすがキララさん!水は43℃じゃ蒸発しないけど本気でそう思い込んでるのが凄い!)

176 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/25(日) 23:31:54
自慢の技が通用しなくなったため、リオはひどく狼狽した。
そしてその隙をキララは見逃さない。
すぐさまリオの懐に入り込み、握り拳のラッシュを腹へと叩きこむ。

(素手!?……いや、それよりも熱い!)

キララはいつの間にか模擬刀を投げ捨てていて、己の拳を武器にしていた。
これは手加減などでは決してない。自称43℃の発熱により高熱のパンチを実現しているのだ。
激しい苦痛に耐えきれなくなったリオは、水場を踏んづけて水しぶきをあげたが、
その程度ではキララの目隠しにも、妨害にもならなかった。
水はキララの肌に触れた瞬間蒸発するため、このような行為は全くの無意味なのだ。

(違う、本当に怖いのは高熱なんかじゃない。
 特異体質とは言ってもせいぜい人間の出す熱なんだから、我慢できない熱さじゃない。
 この子の本当に恐ろしいのは基礎力の高さ……攻撃、防御、立ち回り、その全てがしっかりしている。
 きっと、ずっと前から訓練を積んできたんだ……このままじゃ私はこの子を崩せない)

リオやホマタンは戦士になってから日が浅い。
水を利用したり、肉食化することで帝国剣士の名に恥じぬ強さを実現してきたわけだが、
絶対的な訓練量が足りていないため基礎が身についているとは言えないのだ。
そんな状況で唯一のストロングポイントとも言える水まで奪われたのだから、絶望的な状況だ。
だが、ここで一筋の光明が差し込んできた。
なんとキララが体勢を崩し、膝をついたのだ。

「うっ……」
「!」

そのようになった理由は明らかだ。熱を出しすぎた結果、頭がクラクラしたのである。
熱に浮かされれば身体がフラつくのは当然のこと。至極当たり前だ。

(チャンスだ!可哀想だけどここで追い打ちをかける!)

リオはキララに対して容赦なく模擬刀を振り下ろした。
体調不良の相手に対して攻撃するのは気が引けるが仕方がない。
このキララさえ倒せば勝利を掴めるとリオ・キタガワ・サンツケンは本気で信じているのだから。
だが、その判断こそが"ミステイク"だった。

「だめね」

突如聞こえたマドカの声と共に、剣を持つリオの右腕に激痛が走った。
その痛みは非常に耐え難く、声にならない声を発しながらリオは模擬刀を地に落としてしまった。
たった今、マドカは目にも見えない鋭い斬撃をリオに喰らわせていた。その一撃で折られてしまったのかもしれない。

「あ……あぁ……」
「リオさん、貴女はキララさんだけが相手だと思ってました?
 ユニットは全員がこの"クリティカルヒット"を使えるんですよ。
 私以外の4人と同じように、私マドカも、戦力なんです。」

177名無し募集中。。。:2021/04/26(月) 16:28:59
>>157
ほまたん優勝

178 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/26(月) 23:54:59
>>177
ホマタンの名前の由来はその通りですw
他の由来はおいおい説明しますね

179 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/27(火) 01:19:27

キララが頭を抱えながらゆっくりと立ち上がる。
短時間のクールダウンにより体温が下がり、高熱から微熱程度になったのだ。

「キララさん見てましたか?帝国剣士を1人倒しましたよ!」
「うん、よくやったねマドカ。でもまだ決着はついてないよ。」
「え?」

折れた腕をだらりとぶら下げながらも、リオは目の前の敵たちを鋭く睨みつけていた。
状況は圧倒的不利。それでもリオ・キタガワ・サンツケンはここで寝っ転がってなんかいられないのである。
モーニング帝国剣士としての誇りが彼女をそうさせている。

「まだ、心は折れてないってことですか。」

マドカは両手で二本の模擬刀を構えてリオを睨み返した。
もともとマドカが持っていた剣と、キララが落とした剣、その二振りでリオを叩きのめすつもりだろう。

「だったら腕と脚を折ってあげますよ!私たちのクリティカルヒットが決まればそれくらい簡単に……」
「マドカ!」
「止めないでくださいキララさん!ここは攻めるべきです!」
「違う!来てる!後ろからっ!」
「え?」
「Panda-san power ...21 percent !」

マドカの背中に強烈な飛び蹴りがブチ込まれる。
その光景を見たリオは歓喜した。本当の光明がやっと見えたのだ。

「メイチャン!ホマタンまで!」

マドカを蹴り飛ばしたのは、リオと同じ新人剣士のメイチャンだった。
その背中にはホマタンを背負っており、2人分の体重でマドカを蹴ったことになる。

「リオちゃん大丈夫?」
「ひょっとして危ないところだった?……」
「ううん、全然大丈夫。3人揃ったんだからこんなに力強いことはないよ。」

リオ・キタガワ・サンツケン
ホマタン・ウィナー
メイチャン・リコテキー
モーニング帝国剣士の新人3人がここで揃った。
ここから先はどんな敵が相手だろうとも負ける気はしない。

180 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/27(火) 22:06:54
同時刻、新人番長のリン・ハシサコ・ランチマインドとシオンヌ・タメ・ハサミサンは味方を求めて歩き回っていた。
この合同演習プログラムには厄介な北の出身が何名も参戦している。
まだ戦歴の浅い仲間がそいつらとマッチアップする前に見つけようとしているのだ。

「"北の出身"……強さと異常性を兼ね揃えた人たちでしたっけ」
「そう。ハーチャンさんもなかなかヤバかったよ。」
「私、入れ替わりだからハーチャンさんとはあまりお話したこと無いんですよね。」

ハーチャン・キュリーはリンの1期先輩の番長であり、
モーニング帝国の新人剣士メイチャン、果実の国の新人銃士ユメと同様に北の出身だった。
とある事情で今はもう番長を辞めているが、その強烈な印象はリンの脳裏に焼き付いている。

「新人剣士と新人銃士に北出身がいるのは話題になっていましたよね。
 ということは、この演習には合計2名参加しているってことですか?」
「いや、違うよ。」
「えっ?」
「ハーチャンさんの話ではもう1人ヤバい奴がいるらしいの。」

ユメとメイチャンは特殊な技能を上手く活用して強さを実現しているが、
もう1人の北出身はただただ純粋に強かったという。
まさに熊のように強いその人物が今も戦士として戦っているかどうかは定かではないが……

「そんなに強いんだったらさ、参加しているでしょ。この企画に。」
「……そうですね。心してかからないといけませんね。」
「そいつが既にケロンヌちゃんやワカナちゃんと出くわしてたら、もう笑うしかないよね。」
「縁起でも無いこと言わないでくださいっ!」

181 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/28(水) 23:34:54
そこから少し離れた場所では、
番長の1人、リン・ケロンヌ・ラブオデンが窮地に陥っていた。
蛇に睨まれた蛙、もとい、熊に睨まれた蛙のような顔をしている。

(ど、どうしよう……)

仲間と出会うより先に敵に出会ってしまったのだが、
その敵が強者のオーラをガンガン放っていたので、恐ろしくてたまらないのだ。

(せめてシオンヌちゃんとワカナちゃんがいれば……)

アンジュ王国の新人番長3人の連携は高いレベルにあり、
そのチームワークには先輩のレラピやリン(ハシサコ)も敵わなかったという。
特に、特定の条件下でのみ発揮できるケロンヌの特殊技能が決まりさえすれば、
どんな強敵が相手だろうと優位に立てるのだが、
こんな1対1の緊迫した状況下ではそれさえも出来ない。

「そろそろ終わらせようか。もう貴女は逃げられないよ。」
「!……逃げたりなんかしません!だって私たち番長ですから!」

ケロンヌは模擬刀を力強く握って斬りかかった。
白兵戦には自信は無いが、ここで退いてはならないと心で感じたのだ。

「そっか、だったらこっちも本気で仕留めるよ!」

その強者は、非礼を詫びるようにペコリと会釈すると同時に、高速の鋭いケロンヌの胸へとぶつけていく。
それはマドカがリオに放った技と非常に似ていた。

「"クリティカルヒット"!!」
「!!!」

一瞬で意識を持ってかれそうなくらいに強烈な一撃だった。
だが、タダで負けるワケには行かないと感じたケロンヌは、
気を失う前にたった一言だけ声を発することが出来た。

「あなたは……どこの誰なんですか?……」

返答の義務は無いし、対戦相手が気絶した以上、回答は無意味でしか無いのだが
力の差に気づきながらも前のめりでかかってきたケロンヌに対し、彼女は敬意を払いたくなったようだ。
ケロンヌの行動は成果に繋がらなかったかもしれないが、"ミステイク"では無かったのである。

「私は"イシグリ"、北の出身で今は"ユニット"に属しているの。」

182 ◆V9ncA8v9YI:2021/04/30(金) 02:37:27
ケロンヌが倒されたとはつゆ知らず、リンとシオンヌは引き続き森を駆けている。
すると突然シオンヌがピタリと止まりだした。

「どーしたの?疲れちゃった?」
「いえ……リンさんだけ先に向かってもらえますか?」
「?」
「ここは私が引き受けます。リンさんは2人を探してください!」
「あー、アイツか」

シオンヌの視線の先には、1人の少女が立っていた。
華奢な身体にツインテールと、戦場には似つかない恰好をしているが、例によって彼女も戦士なのだ。
演習の参加者の証である模造刀を右手に持ち、シオンヌを見つめている。

「見た感じ帝国剣士でも銃士でも無さそうだね。2人がかりでパパっと終わらせたほうが良くない?」
「……彼女は強いです。負けないにしても足止めされてしまいます。」
「なるほど、知り合いなんだ。」
「はい。」

強いのであればなおさら二人がかりで確実に仕留めるべきではあるが、
シオンヌが1対1で戦いたがっているのを察したリンは、望みの通りにしてあげることにした。

「そういうことならここは任せるよ。」
「有難う御座います。」
「……負けないでよ、番長になったんだからさ。」
「心得てます。」

シオンヌの覚悟をしかと確認したリンは、木々を伝ってあっという間に姿を消してしまった。
一人残されたシオンヌの元に少女が駆け寄ってきた。

「シオンヌ、話には聞いてたけど本当に番長になったんだね。
 でも、やっぱりシオンヌは私たちと一緒に……」
「クボタ、私は"ユニット"には入らないよ。」
「!」
「勘違いしないで。私は貴女たち5人のことは尊敬している。キララさんも、イシグリさんも、クボタも、マドカちゃんも、そしてカネ……」
「だったら今からでも遅くないよ!私たちは勢力を広げる必要があるの!1人でも強い仲間が……」
「ううん。何回も言うけど"ユニット"には入らない。だって私たち番長ですから。」

シオンヌはスゥッと深呼吸をし、強く握った模擬刀をクボタと呼ばれた少女の方へと突き付けた。

(リンさんが"北出身"がもう一人いるかもしれないと言った時点でこの展開は覚悟していた……
 相手がイシグリさんじゃないのは幸いだったけど、クボタだって決して楽な相手じゃない。
 番長として強くなった私を、しっかりと見せつけないと。)

183 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/01(土) 01:45:21
場面はまた、モーニング帝国新人剣士3人が揃う川辺に戻る。
リオは、自身のピンチに駆けつけてくれたホマタンとメイチャンへの感謝がまだ止まないようだ。

「二人とも本当にありがとう。でもなんでここにいるって分かったの?」
「メイチャンと2人で相談したんだけどね、リオちゃんのことだからどうせ川の近くにいるって思ったの。」
「うん。リオちゃんは水を見つけたら意地でも離れなさそうって話してたんだよ。」
「そ、そうなんだ……」

対して、メイチャンに蹴り飛ばされたマドカが不思議そうな顔をしている。
細身のメイチャンに与えられたダメージが想像以上に大きいことに驚いているのだ。

「えっ?……どういうこと?……」
「なんらかの方法で身体能力を飛躍的に向上させているのよ。おそらくは筋力操作ってところかな。」
「なるほど、キララさんの体温上昇と同じような能力ってことですね。だとしたら何かしらのデメリットが……」
「うん、そうなんだけど敵の前でバラすのやめてね。」

キララの推察通り、メイチャン・リコテキーは短時間だけ己の肉体を強化することが出来る。
これをメイチャンは"パンダさんからパワーを借りた"と表現しており、
その気になればパンダさんと同等の膂力を再現することが可能だという。
もっとも、それだけ筋肉に重い負担をかける形になるため、100%の力を引き出せばすぐに反動で動けなくなってしまう。
そのためメイチャンは常にパンダさんの20%前後の力だけを使用するように心掛けている。

「ど、どうしよう、メイのパンダさんパワーの秘密がバレちゃってる。」
「大丈夫だよ。メイチャンのパンダは対策しようとして出来るものじゃないから」
「パンダさん!」
「それよりホマタン、脚、怪我してるの?」
「うん……でも、少しは歩けると思う。」

ホマタンの右足と、リオの右腕は満足に機能しないと言っていいだろう。
となれば新人剣士らの作戦の軸はおのずとメイチャンになる。

「メイチャンはあのキララって人を死ぬ気で押さえて。私とホマタンはフォローに回るから。」
「うん!分かった!」
「ただ、もう1人のマドカ……あのお姉さんにも油断しないでね。
 少しでも隙を見せたら私のように腕を持ってかれると思っといて。」
「「うん!」」

184名無し募集中。。。:2021/05/01(土) 04:07:07
ワンフォーオールか

185 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/02(日) 00:23:48
確かにヒロアカのワンフォーオールに近い能力になってますね。
最大出力はあれほどではありませんがw

186 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/02(日) 00:57:19
「Panda-san power ...21 percent !」
「!」

リオの指示通り、メイチャンはキララに飛び掛かった。
パンダさんは動きが遅いイメージだが、実際はかなり機敏に走ることが出来る。
メイチャンは自身の脚力を強化することで通常より速く走ってみせたのだ。

「速く動けるのはこっちも同じ。」

キララは己の心拍数を爆発的に上げることで血液の巡るスピードを速めている。
それにより急激な発熱(自称43℃)と共に運動パフォーマンスの向上を可能としているのだ。
模擬刀への拳の乱打により、21%パンダさんパワーの腕力からなる斬撃の勢いをみるみる低下させていく。

「えっ!?パンダさんパワーは無敵なのに!」
「無敵なんてこの世に存在しないわっ!」

キララはメイチャンの攻撃を見事にいなしたかと思えば、
すぐさま後ろに回り込んで後頭部に殴りかかった。
いくらメイチャンが筋力を強化しようとも後頭部への一撃はダメージが大きすぎる。
それだけは避けるべきと判断したリオ・キタガワ・サンツケンが、左手に持った剣で川を叩いて水を飛ばしていく。
その行き先はキララの目だ。
キララの体温であれば水なんてすぐに蒸発させてしまうのは先ほどの通りだが、
蒸発する際に一瞬だが白い湯気を発するため、それがキララの視界を奪うことになる。

「メイチャン避けて!」
「うん!」
「くっ……」

結果的にキララは回避したメイチャンの居場所を捉えることが出来ず、攻撃に失敗してしまう。

「よくもキララさんの邪魔をっ!」

リオの存在が目の上のたんこぶだと考えたマドカは、もう一本の腕を折ってやろうと斬りかかった。
両腕が折れればもう水を操ることは出来ないと判断したのだ。
しかし新人剣士はメイチャン、リオ以外にもう一人残っている。
リオだけは狙わせまいと、ホマタン・ウィナーが肉食獣の如き鋭い牙でマドカのももに噛みついたのだ。

(させないっ!)
「痛っ……!やめてくださいよっ!」

とは言え今のホマタンはマドカにとって格好の餌食。狙いやすすぎる的だ。
マドカはすぐ下のホマタンに向けて模擬刀を振り下ろす。

187 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/03(月) 01:44:46
ホマタンが斬られる直前に、リオは左手の模擬刀をわざと落としていた。
重量のある剣が川に落ちたため、当然のように水飛沫が上がっていく。
リオはそのようにして舞い上がった水を左手でキャッチし、
握り潰すように圧縮することでマドカの顔面に水鉄砲を放ったのだ。

「わっ!」

両手での水鉄砲と比べると威力が各段に落ちるが、一瞬怯ませることには成功する。
その隙にホマタンは起き上がり、マドカの胸に素早く斬撃を放つ。

「リオちゃんありがと!えいっ!」
「!!!」

ノーガードで受けたのでマドカは息が出来ないほどに苦しんでしまう。
このままリオとホマタンに袋叩きにされたらそこでリタイアだろう。
それだけは避けたいキララは、更に熱量を上げてメイチャンを凌ぐ速度でダッシュする。

「今ハッキリしたわ。貴女を水から引き離さないと勝てないようね!」

リオの元へと向かうキララを阻止しようとすぐに追いかけるメイチャンだったが、
脚の筋肉からブチブチといった音が鳴り、出血してしまう。
ホマタンを背負ってリオを探している間、ずっとパンダさんパワーを借り続けた代償がここで来たのだ。
まだ動ける。まだ動けるのだが、しばらくはパンダさんパワーを充電しないと今度こそ筋繊維が全て千切れてしまう。
そのためメイチャンは高熱高速で移動するキララの首を掴むことが出来なかった。

「リオちゃん!来るよ!」
「大丈夫、大丈夫だよホマタン。あの子はもうじき自分の熱で参っちゃうはずだから!」

キララの狙いがリオと川を引き離すことなのはハッキリしている。
だがリオはテコでもここから動くつもりはない。
強烈な蹴りをもらってこの場から吹っ飛ばされることもあるかもしれないが、
今の発熱ペースならキララはまたすぐに耐えきれず、うずくまるに違いない。
その隙を付けば良いだけなのだ。

「舐められたものね……要は"水から引き離すこと"と"体温を下げること"を同時にやればいいんでしょ?」

キララのとった行動、それはリオの足元にヘッドスライディングで突っ込むことだった。
高熱を持ったキララは水に触れるだけで一瞬で蒸発させることが出来る。
川の水全てを……とは流石にいかないが、浅瀬に立っていたリオの半径数メートル程度は干上がらせることに成功したのだ。
そしてこれらの水による冷却効果によりキララの頭もクールに冷えている。

「熱っ……ま、まずい!」

水に浸かっていた足が火傷しそうなくらいに痛むが、リオはここからすぐに移動せねばならなかった。
今のリオは手ぶらも同然。すぐに水を確保しようと川の奥の方に走っていく。
だが、キララに背を向けたのが"ミステイク"だった。

「だめよ」

足を痛めたリオよりも、キララの移動速度の方が圧倒的に速い。
キララはリオの背中に懇親のパンチをお見舞いした。

「ああ゛っ!!」
「"クリティカルヒット"……貴女は既に身をもって経験したはずだけど?」

188 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/04(火) 01:05:26
ユニットによるクリティカルヒットを2度も受けたリオの身体はもうボロボロだった。
血反吐を吐き、今にも倒れてしまいそうだ。

「「リオちゃん!」」

同期のピンチに反応したホマタンとメイチャンがすぐさま駆けようとしたが、
メイチャンは模擬刀を二本持ったマドカに阻まれてしまった。

「邪魔しないでっ!」
「貴女こそキララさんの邪魔をしないでください!」

焦ったメイチャンは目の前のマドカを瞬殺すべく、剣を持った右腕にパワーを集中させる。

「Panda-san power 70 percent!! 80 percent!! 90 percent!!」

しかし筋力の増強が急すぎるあまり、その反動も大きかった。
一回も攻撃を仕掛けていないというのに、両脚同様に右腕の筋繊維が千切れて出血してしまう。
そしてマドカは見える弱点をみすみす放っておくほど甘い女ではない。
メイチャンの右腕に対して二本の剣を容赦なく叩きつける。

「ここで!寝てて!ください!」
「あああああああああああ!!」

メイチャンの悲痛な叫びを聞きながらもホマタンは足を止めなかった。
どちらかと言えばリオの方がより窮地に立たされていると判断したのだ。

(メイチごめん!あのキララって人を倒さなきゃリオちゃんがヤバいの!)

キララは刺し違えるつもりでキララを倒さんと向かっていった。
もっとも、当のキララはやられるつもりは毛頭無い。更に体温を上げて迎撃しようとしている。
そんな中、フラつくリオから指示が飛んできた。

「ホマタン!その人とは戦おうとしちゃ駄目!」
「リオちゃん!?で、でも!」
「動きを止めることに徹して……私が責任を持って仕留めるから」
「!」

満身創痍のリオの言葉に不思議な重みを感じたホマタンは、素直に従うことにした。
模擬刀を捨てて、タックルをするかのようにキララの脚に抱き着いていく。
だがキララの身体は既に高温。触れるだけでも苦しいはずだ。

「あ、熱い!!……でもリオちゃんの言うことを聞かなきゃ……」
(確かに動けないけど、いったい何がしたいというの?……もう水に頼れない貴女がどうやって私を仕留めると?)

189 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/05(水) 01:55:36
事実、今現在のリオの周囲には水が無い。
少し歩けば川の水に触れることが出来るが、ホマタンを振り払ったキララに殴られる方が速いだろう。
ならば今この場で確保可能な水分で攻撃を仕掛ければ良い。

(先輩の技……お借りします。)

リオ・キタガワ・サンツケンはキララ目掛けて水鉄砲を発射した。
それもいつものシーブルーではなく、真っ赤な紅色の水滴を放っている。

(血液!?)

キララの大きな目に向かって飛んできたのは血液だった。
リオはクリティカルヒットで損傷した背中に手を伸ばし、水鉄砲一杯分の赤い水を掴み取ったのである。
当然、血液もキララに触れれば蒸発するが、それは血液中の水分のみ。
それ以外の成分は凝固……つまりは血が固まっていく。
真っ赤な目隠しが瞳にベッタリと貼りついたため、流石のキララも取り乱してしまう。

「み、見えない!」

水が無ければ狼狽えるリオはもういない。彼女は既に次の段階に進んでいる。
もう ね Next Door。
いくらでも検証していいよとばかりに、キララの目にエビデンスを残したげたのだ。
生意気でしょ。

(今の錯乱したではホマタンを振りほどけない!そして……私の攻撃を避けることも出来ない!)

リオは己の模擬刀を左手で拾い上げて、斬撃をキララの右腕にブチ当てた。
刃の鈍い剣とは言え、生身に強く当てられれば血も流れる。
しかもキララの特異体質は血の巡りを異常促進させることで高熱を実現しているため、出血の勢いが常人以上だった。
このまま血を失い続ければそれこそ立っていられなくなるだろう。

「あっ!あああああっ!!!」

必死になって傷口を手で押さえるキララはまさに隙だらけだ。
しかし、相対するリオも2度もクリティカルヒットを受けた身であるため、チャンスにもかかわらず膝をついている。
このままではトドメをさせそうにない。
ここで、キララにしがみついていたホマタンが決意する。

(リオちゃんもメイチも苦しんでるのに、私だけ楽をさせてもらってる!
 こんなのアンフェア アンフェア アンフェアベイビーだ!)

ホマタンは長い腕をキララの頭に伸ばして、そのまま思いっきり地面へと叩きつけた。
そして恵まれた体躯を活かして、キララの上から覆いかぶさっていく。
興奮状態でますます高熱化したキララを抱くのは身体が焼けるほどに熱いが、
"変わらなきゃ!"と心で思ったホマタンは、相手が失血で失神するまでは何があろうとも付き合うつもりだ。

「放して!放して放して放して!」
「放さない!!」

もはやキララが自力で脱出することは不可能。
となればマドカの援護を期待したいところではあるが、マドカもマドカでそんな余裕は一切なかった。
メイチャンの腕を何度も何度も叩いたはずだし、メイチャン自身も苦しそうな叫びをあげていたのだが、
肝心の腕がまったくもって折れやしないのだ。
パンダさんパワーによって強化された筋肉の硬度が、マドカの斬撃をとうに上回っていたのである。

(そっか……この人もイシグリさんと同じ"北の出身"だったっけ……
 結局、まともに相手しちゃいけない"化け物"だったんだなぁ……)

決着よりも先にマドカの心が折れてしまった。
対して、メイチャンはパンダさんパワーの反動でいくら痛もうとも、血が流れようとも、決して折れたりしない。

「Panda-san power 100 percent!!!!!!!!!!」

パンダさんそのものと化したメイチャンの斬撃は、一撃でマドカの意識を断ち切った。

190名無し募集中。。。:2021/05/05(水) 12:55:29
パンダさんパワーつえー

りおちゃんもさんつけよう

191 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/06(木) 02:30:04
>>190
作中でパンダさんと呼ぶことは無いと思いますw
分かっているとは思いますが、リオ・キタガワ・サンツケンの由来はパンダさんと呼ばない(=さん付けしない)とこからきてます。

192 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/06(木) 03:14:59
数分後、キララは目が覚めると同時に絶望した。
合同演習プログラムの敗北条件は気絶と定められており、睡眠以外で意識を失うことは負けを意味する。
審判がいるわけではないため参加者の良心に頼っているところはあるが、
自分に嘘をついてまで負けを認めようとしない者は1人たりともいなかった。

(そうか……血を失いすぎて倒れちゃったのか……)

キララは最後まで本気で勝つ気でいたが、やはり3人揃った帝国剣士は強かった。
ユニットの他の3人のうち、せめてもう1人と合流できていれば結果は変わっていたかもしれないだけに、悔しくて泣けてくる。

「あれ?……貴女、何を?」

そんなキララの右腕をリオ・キタガワ・サンツケンが布で縛っていた。
自分もかなりの重傷だと言うのにわざわざ敵の止血をしているのだ。

「何をって……このままじゃ出血多量で死んじゃうでしょ?」
「あっ……」
「狼煙はあげておいたからすぐにサポート班が来るはず。それまで耐えてね。」

優秀な戦士たちの集うプログラムなのだから、相手を瀕死に追いやってしまうことも十分にありえる。
そのため、参加者とは別に医療班とサポート班が常に待機をしているのだ。
医療班は果実の国のユカニャ王を中心とした優秀なスタッフで構成されており、1人も死者を出さないことが約束されている。
そして負傷者の運送を主に行うサポート班はなんと、現役の帝国剣士・番長・銃士らが努めていた。
要救護者アリのメッセージである狼煙が上がれば彼女らはすぐに駆けつける。
各国はそれだけ未来の戦士たちを重要視しているのだろう。

「ちょっと待って!狼煙なんて上げたら他の参加者に居場所がバレちゃう!そんなリスクを負ってまで……」
「だから、あなたが死にそうだからほっとけないって言ってるの。」
「う……本当に申し訳ないと思ってるわ……」
「それにこっちのホマタンも今すぐに治療してもらいたいし、何も気にすることはないよ。」
「!」

キララのすぐそばではホマタンが目をつぶって寝ころんでいた。
高熱にやられて手と腹部が火傷してしまっているのだ。
彼女もまた苦痛に耐えきれず気絶……つまりは敗北したのである。
今回の戦いは新人剣士の快勝というワケではない。キララとマドカを倒す代わりにホマタンが戦線離脱という形となった。

「メイチャン、この人の手当ても終わっしそろそろ行こうよ。」
「うん!リオちゃんをおぶってあげるよ。メイのパンダさんパワーなら速く走れる。」
「駄目。ゆっくり移動するの。メイチャンはなるべく筋肉を休ませなさい。」
「は〜い……」

リオとメイチャンが去ったところでマドカが声を発した。
100%のパンダさんパワーの直撃を受けてひどく損傷しているが、キララと話さずにはいられなかったのだ。

「キララさん……」
「起きてたの。貴女も安静にしなさい。」
「私、悔しいです。今のは勝てる戦いでした。帝国剣士が揃う前にリオさんを倒していれば……」
「たらればは無意味よ。」
「はい……」
「それに、まだ私たちが負けたって決まったワケじゃないわ。イシグリがいるしクボタだって実力を伸ばしている。それに……」

キララが話している途中ではあるが、ここでサポート班の登場だ。
参加者を護るために秒速で駆けつけてきた。

「帝国剣士団長エリポン見参!……ってホマタンーーーー!!!大丈夫ーーーーー!!!???」
「エリポンさん、重傷者の前で大声は控えたほうが良いかと。」
「わ、分かってるっちゃ。じゃあホマタンとその小さい子はエリが連れてくからカエディーは大きい子をお願い。」
「はい。急ぎましょう。」

193 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/07(金) 02:37:19
場面は代わり、シオンヌとクボタのいる森林。
ユニットの誘いを断ったシオンヌと、断られたクボタがこれからすべきことは1つしか無かった。
"少女たちの決断"……それは決闘だ。

「悲しいけど、やるしか無いんだねっ……!」

クボタはすぐさまシオンヌに飛び掛かり、高速で剣先を突き出していく。
2人はかつて同じ環境で切磋琢磨してきたため、シオンヌもクボタのスタイルを理解していたつもりだったが、
剣速がこれほど速いとは思っていなかったので肝を冷やした。
以前のクボタはどちらかと言えば重量のある一撃を放つパワータイプであったのだが、
今現在は身体つきもスリムになり、動きが非常に軽やかになっている。
まさに別人だ。

(私が番長として成長したように、クボタもユニットとして成長したってことか……)

なんとか受け太刀するシオンヌだったが、剣と剣のぶつかる衝撃が大きいため火花が散っていた。
只の軽い斬撃を受けるだけではこうはならない。
つまりクボタはかつての筋力を残しつつ、スピードまでも手に入れたのだろう。

「受け身じゃ勝てないよ!ほら!ほらほら!」

クボタはフェンシングをするかのように、繰り返し剣を突いていった。
それが牽制などではなく、全ての攻撃が相手を仕留めるために繰り出されているというのは、
受け止めたシオンヌの模擬刀が火花でスパークしていることからも明らかだ。

「スピード勝負なら私が困ると思った?」
「え?」
「リンさんに比べたら蚊が止まっているようだよ!」

シオンヌはただ攻撃を受け続けていたワケではない。クボタの攻撃のリズムを感じ取っていたのだ。
シオンヌ・タメ・ハサミサンは筋トレ以外にもドラムという楽器を好んで演奏しており、
リズムやテンポ、ビートを感じ取る能力は人一倍優れている。
その技能を応用してクボタの攻撃のウラのタイミングで反撃の一撃を返したのだ。

「今だっ!」
「!!」

新人番長ながらもアンジュ王国トップクラスの筋力を誇るシオンヌの攻撃は、痛いでは済まなかった。
まともに胸で受けたクボタは、激痛のあまりよろけてしまう。

「くっ……」
(よし!このまま追撃を……)

渾身の一撃を喰らわせようとして剣を振り上げたシオンヌだったが、ここで違和感に気づいた。
手に持つ模擬刀が何故か異様に軽くなっている。

「え?……」
「ハァ……ハァ……その剣、もう使い物にならないと思うよ……」

それもそのはず。
シオンヌの模擬刀は刃こぼれが酷く、剣としての体を成さない程に刀身が崩れ落ちていたのだ。

(まさか……クボタの狙いは武器破壊!?)

194 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/08(土) 04:09:33
合同演習プログラムの全参加者に支給された模擬刀はとても頑丈に出来ており、
通常の刀剣と比べると軽いため、非常に扱いやすい。
よほどおかしな使い方をしない限りは、ちょっとやそっとでは壊れないはずなのだが……

「そう、私がシオンヌの剣を壊したの。」

クボタは魔法のようなものを使ったのではない。
シオンヌの剣の刀身に対して、クボタの剣の切っ先を、力強く且つ高速にぶつけていっただけだ。
その様はまるで掘削でもしているかのよう。削り取るようにしてシオンヌの剣をボロボロにしたのである。
衝突する度にスパークが散っていたことからも、剣に相当な負荷がかかっていたことが分かるだろう。

(そして、私の剣には情熱が乗っている!)

クボタは他のユニットのメンバーと比較して、自身に強みが無いことを長らく気にしていた。
キララのような冷静さも、イシグリのような実力も、マドカのような行動力も過去の彼女には備わっていなかった。
信頼する仲間たちの役に立ちたい一心で、燃えるような情熱を胸に、日々鍛錬を積んでいった末に修得したのがこの武器破壊という技能だ。
クボタは唯一無二のこのスキルを"情熱スパークル"と呼んでいる。

「だからシオンヌ、もう私の攻撃を剣で受けることは出来ないよ。」
「……」

シオンヌは模擬刀を使わずに戦う方法をあれこれと思索した。
真っ先に思いついたのは素手での戦闘だが、これは没だ。
筋力量こそ多いが格闘術を学んだワケではないシオンヌは、クボタのスパークを捌けず大怪我を負ってしまうだろう。
ではそこらの木の枝を折って武器にするのはどうか?いっそのこと細い木を引っこ抜いてクボタに叩きつけるのはどうだろうか?
いや、それも駄目だ。
クボタは金属の剣さえも削るのだから、木なんて簡単にオシャカにするに違いない。
じゃあいったいどうすればまともに戦えると言うのか?

(あれ?そう言えばどうしてクボタの剣は壊れないの?……)

同じ素材の剣と剣が衝突しているのだから、どちらも同じだけ損傷していなければおかしい。
切っ先を当てることによりぶつかる面積を極力狭くしているとは言え、
火花が飛び出すほどの勢いで打てば、クボタの剣も同じように削れるはずだ。

「どうしたの?……全然攻めてこないようだけど……」
「ねぇ、クボタ、1つ聞いていい?」
「……私とシオンヌは敵同士。答える義務は無いって分かってるよね?」
「クボタって剣を2本、いや、3,4本持ってたりする?」
「ひゃっ!?」

どうやら図星だったようだ。
ここからはシオンヌの推測になるが、クボタは持ち前のスピードで己の剣をすり替えているのだろう。
どのようにしてシオンヌの目を盗んでいるのかは分からないが、
情熱スパークルで消耗した剣を次々と交換しているのとしたら、クボタの剣だけ綺麗な理由がつく。

「参加者に支給される模擬刀は1本だけど、他の参加者から貰ったり奪ったりするのは禁止されていないよね。
 そうか、クボタは他の参加者を何人か倒して、剣の数を増やしていったんだ。」
「な、な、何を言っているのか分からないんだけど!」だ

そうと分かればやりようはある。
先ほどシオンヌが言った通り、武器を他の参加者から奪う行為は禁止されていない。
そう、クボタから予備の剣を奪い取ってしまえば良いのだ。

195 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/09(日) 09:33:50
何本隠されているのかは分からないが、余った剣は十中八九クボタの衣服の中にある。
それさえ奪えばクボタを弱体化しながらシオンヌ自身も強化できるはずだ。
そのためには隙を見て懐に潜り込む必要があるのだが、シオンヌはその手段を持ち合わせていた。

「えいっ!!」

フルパワーで地面をぶん殴り、小石や砂、土を吹き飛ばしたのだ。
いくら素早く動けるクボタでも飛んでくる砂利を避けきることは難しく、目をつぶってしまう。

「うっ……」
(今だ!)

シオンヌは急いでクボタに近づき、強く握った拳で胸と腹をぶん殴った。
そこに剣が隠されていればラッキーだし、そうでなくてもダメージを与えることが出来る。
パンチの打ち先が肉の感触だったことからハズレと分かったが、シオンヌのパワーで殴られたクボタは苦悶の表情を浮かべていた。

(ということは、剣は背中か!)

立て続けに攻撃を受け続けた今のクボタは隙だらけ。
となればシオンヌが背後に回り込むのは容易いことだった。
後は先ほど同様にクボタの背中を殴って剣の在処を確定させれば良いだけ。そう考えていた。
だが、この時のシオンヌは気づいていなかったのだ。
リン・ハシサコ・ランチマインド相手にあえて隙を作って攻め筋を限定させた時のように、
自分自身もクボタに視野を狭められていたことを。
術中にハマっていることも知らずにクボタの背中に攻撃を仕掛けたのは"ミステイク"だったのだ。

「だめね」

クボタはくるりと振り返り、パンチが当たるより先にシオンヌの胸に切っ先を突き付ける。
ここで放ったのは、ユニットの他のメンバーも得意とする"クリティカルヒット"だ。
武器破壊が得意なクボタではあるが、対人間となるとユニットの他のメンバーにはいくらか劣ってしまう。
だからこそクボタは決め技であるクリティカルヒットを効果的に放つタイミングを常にうかがっていたのだ。
今この瞬間こそが最も綺麗に決まるタイミング。
剣の切っ先とシオンヌの肋骨が激しく衝突し、血しぶきとともに火花が散ったことからも、これ以上無い有効打であったことが分かる。
今までシオンヌから強烈な打撃を受けていたが、これで帳消しだ。

「上手く決まって良かった……これで勝てる。私個人も、ユニットも。」
「そ、そんな……」
「番長で怖いのはシオンヌとさっきのリンって人だけ。そのリンさんも仲間が絶対に倒してくれると私は信じてるの。
 だから残念だけど、番長チームはもうお終いだよ。」

クボタはこの戦いでは精一杯演技をしようと決めていた。
剣が複数あると指摘されて必要以上に焦ったのはシオンヌの攻め筋を限定させるため。
そして柄にもなく挑発したのはシオンヌの頭に血を上らせるため。
マドカだったら何食わぬ顔で騙せるのだろうが、クボタは頭をフル回転させながら言葉を選んでいた。
これでシオンヌが激怒することを期待していたのだが……

「ふふっ、ケロンヌちゃんとワカナちゃんは怖くないと思ってるんだ。」
「えっ?……」
「あの2人の強さは私以上。私なんて弾避けの壁にしかならないくらい。甘く見たら火傷するよ。」
「えっ?えっ?何を言って……そんな馬鹿なことが……だってシオンヌもリンさんに2人を探せって言ってたじゃない!」
「うん。あの2人は自分たちを守る術を知らないから護ってあげないといけないの。
 さて……私もいい加減クボタを倒して、2人を護りにいかなきゃ!」

196 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/10(月) 03:19:04
アンジュ王国の番長予備軍である舎弟になるまでは、シオンヌはユニットの面々と行動を共にしていた。
なかでもクボタは加入時期も近かったため、助け合い、教え合い、困難を乗り越えてきたのである。
そして、シオンヌもクボタも互いを好敵手だと考えている。
ユニットとして、番長として、それぞれ戦ってきた彼女らのどちらが強いのか、白黒つけたくないと言えば嘘になる。

「クボタ……"はっきりしようぜ"!」
「うん!」

決着をつけようと2人が構えたその時、バリバリバリと言った雷のような轟音が聞こえてきた。
その音の正体にシオンヌはすぐに気づく。
手の平ほどの大きさの石が木の枝を次々とへし折りながら、高速で飛んできたのである。

「ま、まさか!」
「えっ?えっ?」

その石は全く勢いを落とすことなくクボタの胸へと撃ち込まれた。
シオンヌに痛めつけられたところにピンポイントで時速200kmを超えるスピードの投石を受けたため、
クボタは一瞬で意識を失ってしまう。

「あぐっ……」
「クボタ!クボターーーー!!」

シオンヌはなんて顔をすれば良いのか分からなかった。
何故か?それは今まさにライバルのクボタを射抜いた人物こそが、新人番長の同期、ワカナ・シタクマッハだったからだ。

「タメちゃーーーん!大丈夫だったーーー!?」

ととととっと駆けてくるワカナの見た目はまさに子供と言った感じだった。
これまでもリンやホマタン、メイチャンのように幼い戦士は多数いたが、ワカナは群を抜いて幼い。
同期とは言え、シオンヌやケロンヌより5歳も年下なのだからそう感じるのも当然だろう。

「わ、ワカナちゃん……無事、だったんだね……」
「うん!他の戦士は全員近寄ってくる前に撃ち落としたんだ!その人みたいにねっ!」
「そ、そっか、それは頼もしいな……」

シオンヌの感情はグチャグチャだった。
ライバルのクボタと本気の決着をつけたいという思いはあったが、
同期のワカナが無事だという事実にも安堵している。
まぁ、プラスかマイナスで言えばぎりぎりプラスといったところだろうか。

「でもね、ワカナの模擬刀がもう折れちゃったんだ。酷使しすぎちゃったかなぁ……どうしよう。」
「あ、それなら大丈夫。あのお姉さんの背中を見てみようよ。」
「わっ!剣がいっぱい!なんでこのお姉さんは背中に剣を入れてるの?……」
「さぁ……そういう趣味なんじゃない?」
「変な人もいるもんだねぇ。お借りしまーす。」

197 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/10(月) 03:22:11
あ、年齢差は4歳でしたね。高3と中2なので。
訂正します。

198 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/11(火) 14:52:42

シオンヌとワカナが合流出来たのは喜ばしいことだが、
ワカナが放った投石の音は非常に大きく、周囲の戦士に居場所をバラすようなものだった。
自信の無い者や、大きく負傷している者であれば、音の出所に近寄ったりはしないだろう。
しかし、とある戦士は積極的に接近してきていた。。
草木をかき分け、シオンヌとワカナを発見したのだ。

「クボタ!……やられちゃったの?……」

その声を聞いたシオンヌの背筋が凍った。
今回の戦いで最も会いたくない相手に出会ったため、ひどいショックを受けているのだ。
クボタも十分強かった。だが、彼女の強さはそれ以上だ。

「イシグリ……さん……」
「シオンヌ、久しぶり。そうか……クボタは番長にやられたんだね。」

相対する短髪の少女、それはクボタと同じユニットに属するイシグリだった。
ユメやメイチャン同様に北の出身ではあるが、彼女には特殊能力は一切無い。
ただ、ただ、強いのである。

「ワカナちゃんは下がって!私が壁になる!」
「う、うん!」

シオンヌは両手を広げてイシグリを同期の方へ向かわせまいとした。
まだ身体の出来上がっていないワカナがイシグリの攻撃を受けたら一撃KOも有り得ると判断したのだ。

「ただ、私も弱いからすぐやられちゃうかもしれない……その時はワカナちゃん、すぐ逃げて!」
「う、うん!」
「弱い?逃げる?……シオンヌ、それは無いよね。」
「「!?」」

"傷だらけのシオンヌ"、"見るからに子供なワカナ"の組み合わせに油断してくれればと内心期待していた。
だが、そのような慢心はイシグリには全く存在しない。

「さっき、もう一人の新人番長と戦ったよ。」
「「ケロンヌちゃん!?」」
「とても強い意志を感じたし、どんなに不利な状況でも逃げたりしなかった。
 同期であるあなた達が弱かったり、逃げたりするはずが無いと思ってる。」

シオンヌの心は大きく揺さぶられた。
同期のケロンヌを護れなかった事実を突き付けられて、ハンマーで殴られたような衝撃を感じているのだ。
ただでさえ不利な状況だと言うのに、ここで冷静さまでも失ったら勝率は限りなくゼロになる。
そう感じていた時、周囲の草がザワザワと鳴りだした。

(誰かこちらに向かっている!?)

シオンヌは、それが先輩番長のリンであることを強く願った。
あの人が来てくれれば何かしら空気を変えてくれる。そう信じていたのだ。
ところが願いは神に届かなかった。

「いたいたいたーーー!ほら!獲物が3人もいる!ユメ!今度こそ強力して敵を倒すよ!」
「そうだねリアイ!ラブラブ仲良しな私たちがタッグを組めば無敵だもんね!」

もはや絶望でしかなかった。
イシグリだけでも厳しいのに、優勝候補の新人銃士が揃って襲ってくるなんて、運が無さすぎる。

199 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/12(水) 00:47:57
「あっ!イシグリちゃん!?」
「ユメ!」

新人銃士ユメは、ターゲットの中に旧知の仲がいたことに気づいた。
2人は師を同じくした友人同士。出会った場が戦場で無ければ一緒にお食事でもしたいところだが、
合同演習プログラムゆえに2人とも緊張感を切らさなかった。

「ユメの知り合い……じゃあその子は"北の出身"ってことか。」

これから倒すべき相手が弱者ではないと理解したリアイは気を引き締めた。
そしてシオンヌとワカナの方にもメンチを切っていく。

「ふ〜ん……」
「し、シオンヌちゃん!あの人怖いよ!きっとヤンキーっていう人種だよ!」
「ワカナちゃん!そういう人にそういうこと言っちゃダメ!っていうか番長がヤンキー怖がったらおかしいでしょ!」
「そういう人ってなんやねん、おい。」

自分への反応に多少イラついたリアイだったが、この2人が番長だと知れたのは収穫だ。
番長が2人に、所属不明の"北の出身"が1人。全員ぶちのめせば間違いなく怖い先輩に叱られずに済むだろう。
そして、この状況であればリアイの能力を惜しみなく使うことが出来る。

「ユメ……私は耳を使うよ……」
「リアイ!本気だねっ!」

リアイ・ザワラギリ・バーミーはホマタン相手にも使用しかけた異常聴覚を完全開放する。
日に数分という時限付きではあるが、銃士のとある先輩と同等に聴覚が強化される。
これによりリアイは周囲の動きを全て耳で捉えることが出来るようになるのだ。

(うん。よく聞こえる。聴こえすぎるくらい。最初に私が狙うべきは……)

リアイはなんとイシグリに向かって斬りかかっていた。
この場にいる戦士らの戦力を見誤っているのではない。イシグリが強者であることを理解しての行動だ。
異常聴覚は長時間使用することが出来ない。
つまりリアイは自分の強みが最大限に発揮できる今こそが、イシグリと有利に戦える時間であると判断したのである。

(速い!そして躊躇が無い!……でもやられてたまるか!)

イシグリはリアイを迎撃すべく剣を振り下ろした。
そんなイシグリの筋肉の音をリアイは全てキャッチしている。どこを狙おうとしているのか丸わかりだ。
リアイはヘッドスライディングでもするかのように体勢を低くし、イシグリの攻撃を潜り抜ける。
そしてそのままの勢いでイシグリのスネを斬りつけた。

「うっ……!」

イシグリも、シオンヌも、ワカナも、リアイをナメていたワケではなかった。
ただ、"北出身"のユメと比べたら実力が落ちるのではないかと勝手に決めつけていたのだ。
この場でリアイの強さを変わらず信じていたのはたったの2名のみ。
1人はリアイ・ザワラギリ・バーミー、そしてもう1人は同志ユメ・オクトピックだ。

200 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/13(木) 02:46:03

(あれ?……これって上手いこと潰し合ってくれるんじゃ……)

イシグリと銃士2人がやってきた時は絶望を感じていたシオンヌだったが、案外悪い話ではないなと思い始める。
強者同士がぶつかっている現状、上手く立ち回れれば漁夫の利も狙えそうだ。

「リアイ!私も助太刀するよ!」

新人銃士ユメ・オクトピックまでもリアイとイシグリの方へ走り出したので、シオンヌは一安心した。
後は呼吸を整えて、落ち着いて策を練れば良いだけだ。
そう思ってたところで、リアイが強く声を上げだした。

「ユメ!こっちじゃない!あいつらを逃がすな!!」

リアイが出した指示。それはユメによる番長2人の殲滅だ。
2人がかりでイシグリを倒すという手堅い(?)一勝など眼中になく、この場の全員に銃士が勝利する絵を描いていたのである。
これは驕りなどではない。果実の国の銃士としての矜持だ。
リアイの考えを理解したユメは、方向を番長らの方へと切り替える。

「分かった!こっちの2人は任せて!」
(し、しまった、こっちに来る!)

クボタに負わされた傷がまだ痛むが、シオンヌは覚悟を決めるしかなかった。
パワーは自分の方が上なはずなので捕まえて首でも絞めてやろうとしたが、
ユメが軟体動物のようなクネクネとした動きでかわすため、掴むことが出来なかった。
それどころか、ユメはワカナ目掛けて一直線に走っていったのである。

「待って!そっちはダメ!」
「手負いのあなたは後回し。まずはあの小っちゃい子を折るの。」

ユメの狙いはシオンヌとワカナの両方の運動パフォーマンスを下げること。
1対2という不利な状況をイーブンに持っていくには、相手を満足に動けなくさせる必要がある。
ユメの得意技は折り紙のように骨を折ることなので、まさにうってつけなのだ。

「骨の1本や2本折ればうずくまってくれるでしょ?」

ユメの恐ろしい発言を聞いてシオンヌはゾッとした。
すぐにユメを止めてやりたいが、必死で追いかけようにも相変わらず掴むことが出来ない。
これではやや離れたところにいるワカナのもとに辿り着くのも時間の問題だろう。

「シオンヌちゃん焦らなくてもいいよ。要はその人を近寄らせなければいいんだよね?」

ワカナの右手に手の平サイズの石が握られているのをユメは確認した。
おそらくは石を投げつけてユメを攻撃するつもりなのだろうと推測する。

(でも石を1個しか持ってないよね?来ると分かる投石を避けられない私じゃないよ。
 すぐに骨を折って、タコみたいに軟らかくしてあげるからね。」

201 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/15(土) 01:39:27
ユメが迫ってきているにも係わらず、ワカナ・シタクマッハは落ち着いていた。
左手に持った石をポーンと上に投げたかと思った次の瞬間、
その場で跳びあがり、模擬刀を強く降って石を打ち抜いていく。
その様はまるで、アンジュ王国で流行中の競技"テニス"をプレイしているかのようだった。
石をボールに、剣をラケットに見立てて、強烈なサーブを繰り出したのである。
若くしてテニスのトッププレイヤーであるワカナのサーブは時速200kmを超える。
これほど速いとは予想していなかったユメは、無抵抗で左腕に受けてしまう。

「あ゛あっ!!」

激しい痛みにユメは足を止めてしまう。
クボタを失神させた実績のある殺人サーブはそれはもう痛かっただろう。
この気の遠くなるような感じは久々だ。肩が外れているのは間違いないし、骨も折れているかもしれない。
いや、骨折しているかどうかなんて関係ないのだ。
何故ならば、ワカナのお仲間がこれから骨折を確定させてくれるからだ。

「捕まえたっ!」

シオンヌは投石を受けて腫れあがった二の腕を鷲掴みにし、一気に握り潰していく。
筋トレ大好きシオンヌの握力は常人の比ではない。
その気になれば金属だって握りつぶすことの出来る程だ。
ただでさえ弱っていた骨が一瞬にしてバラバラになる。

「ああああああああっ!!」

ユメ・オクトピックの悲鳴には同期のリアイだけでなく、旧友イシグリも驚愕していた。
2人がかりとは言えユメの腕をこうも簡単にへし折ってしまうなんて思いもしていなかったのである。
これは番長の強さの認識を改める必要があるだろう。

(でもまぁ……ユメはあれくらいじゃリタイアせぇへんしな。)
(骨折なんかしてもユメには関係ないか。)
((今は目の前の敵に集中!!))

202 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/16(日) 08:06:12
どんな戦士だろうと骨が折れてしまえば満足には戦えなくなる。
銃士の1人、ユメ・オクトピックの腕をそうして破壊したシオンヌは舞い上がっていた。

(いける!私たち、銃士相手に戦えてる!)

気の緩みに連動して握力も弱まったのか、左腕を掴んでいた手をユメに振り解かれてしまった。
とは言え二の腕の骨が砕けたユメの左腕は使い物にならない……そう思っていたのだが、

「ありがとう!あなたのおかげで私はタコに近づけたわっ!」

ユメは腕を鞭のようにしならせて、お返しと言わんばかりにシオンヌの顎へとぶつけていった。
いや、これはむしろ感謝からなる行動だ。
シオンヌとワカナの連携によって、骨が折れてタコのような軟体動物に近づくことが出来たため、
激痛よりも嬉しさの方が勝っているのである。

(な、なんなのこの人!?)

顎への打撃により脳を揺さぶられたシオンヌはフラついたが、タコの愛はまだまだ止まなかった。

「見て見て!こうすると足が8本あるみたいでしょ!!」

ユメは左腕を更にブン回して、四方八方からシオンヌの身体に打ち込んで行く。
1,2,3……合計8回の攻撃があらゆる方向から飛んでくるため、先読みが難しく、シオンヌはその全てを受けてしまう。

「シオンヌちゃん!今助ける!!」

シオンヌのピンチを打破しようとしたのはワカナだ。
左腕なんて中途半端な場所を狙ったからこうなったのだ。
今度はユメの脳天を撃ち抜く。そうすれば倒せる。そう考えた。

(……だめ!今サーブしたらシオンヌちゃんにあたっちゃう!)

今現在、ユメが折れた左腕をシオンヌの首に巻きつけている真っ最中だった。
このまま絞め落とそうとしているのは明確なので今すぐにでも助けなくてはならないのだが、
ここまで接近されればワカナの打った石がシオンヌを傷つけるリスクがある。

(そんな……私はどうすればいいの?……)

テニス技術で石を打ち飛ばすか、それとも危険を承知で接近戦を挑むか、
ワカナはどちらかを選ぶことが出来なかった。

203 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/17(月) 13:57:02
リアイとイシグリは一心不乱に斬り合っていた。
番長とユメの戦いが気にならないと言えば嘘になるが、
少しでも気を緩めれば目の前の敵に喰われてしまうと、互いに思っているのだ。
強者同士の決闘で一歩リードしているのはリアイだ。
異常聴覚が大きなアドバンテージになっているのだろう。

「次は左か!」

イシグリの斬撃は鋭い。剣速で言えばクボタに負けず劣らないレベルだ。
だが、いくらスピードが速かろうとも、その初動を音速で捉えるリアイには通用しない。
左から襲いくる斬撃に対して、勢いがつく前、即ち、腕が伸びきる前に刃を当てていく。
イシグリの攻撃は全てが必殺級であるにもかかわらず、リアイは例外なくいなすことが出来るのである。

(この人、耳が良いだけじゃない。戦闘センスそのものがズバ抜けているんだ。
 私の攻撃を全部不発に終わらせているのがその証拠。
 なるほど……確かに。ユメと肩を並べるだけある。)

この状況ではイシグリも簡単にクリティカルヒットを繰り出すことは出来ない。
そして、リアイの優れた点は防御面だけでなく、攻撃面にもあった。

「さぁ!行くよVa-Va-Voom!!」

リアイは3連撃の細かな斬撃を放つが、これがまた厄介だ。
イシグリの筋肉から発せられる音をキャッチし、最も音の小さい部位、言い換えれば油断しているところを目掛けて一撃目を繰り出す。
今回のケースで言えばその箇所は右脇腹なのだが、当然、イシグリは刃を引いて防ぐだろう。
その音を聞いていたリアイは間髪入れずに反対側の左脇腹に二撃目を放つ。
とは言えイシグリも並の戦士ではない。鍛え抜かれた反射神経でリアイのワンツーを弾くことは可能だ。
しかし、その急激な対応のせいで二の腕の筋肉が一時的に酷使されてしまう。
その疲弊さえも聴くことの出来るリアイは、三撃目を右の二の腕に当てたのだ。
そして、攻撃はまだ終わらない。

「もっと強くVa-Va-Voom!!」

お次に取った行動は聴力なんて関係ない。
剣を握る強さを高めただけのシンプルな斬撃を二の腕に三連続でぶつけるだけだった。
もちろんイシグリは急いで剣で防ごうとするが、
リアイがまた他の箇所を攻撃することを心配して、全神経を防御に注ぐことが出来なかった。
「かもしれない」と思うだけで人間は備えようとしてしまうのである。
腕が使い物にならなくなるようなダメージでは決してないが、イシグリは一方的に負担を強いられる結果に終わってしまう。

(強い!分かってはいたけど強い!私はどうすればこの人に勝つことが出来る?
 おそらくこの強さは一時的なもの。キララさんみたいに条件付きで強化しているのであれば持久戦に持ち込むか?
 いや、元々のセンスが馬鹿に出来ない。パワーアップが終わっても強いことには変わらないはず。
 だったらいっそのこと、スタミナを全部使い切るつもりで短期決戦を……ん?)

その時、目の前のリアイが精彩を欠いたような顔をしたのでイシグリは不審に思った。
リアイがすぐにバックステップで退却したのと同時に、バチィン!という大きな音が鳴った。
音の発生源はイシグリの背中だ。

(!!!?……これは、これはまさか!)

イシグリはすぐに後ろを振り向いた。
その10数メートル先には、今まさに剣を振り下ろしたばかりのワカナ・シタクマッハが立っている。
つまり、ワカナがイシグリの背中目掛けて石を撃ち飛ばしたのである。

(な、ぜ?……番長たちはユメと戦っていたはずじゃ?……)

204 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/18(火) 16:09:34
ワカナがサーブを放つ音を、リアイは当たる直前に聞いていた。
この石の投げ先は明確に決められていたわけではない。リアイとイシグリのどちらかに当たれば良いと撃ったものだ。
それに気づいたリアイは当たるより先に後方に退いたのである。

「シオンヌちゃん……これで良かったんだよね?」

ワカナの視線の先では、今もシオンヌがユメに首を絞められていた。
実を言うとワカナにサーブの指示を出したのはシオンヌだったのだ。
ユメにここまで接近されているため、ワカナの攻撃がシオンヌに当たるリスクはかなり大きかった。
なのでシオンヌは、己を助けてもらうよりも、リアイかイシグリにダメージを与えてもらうことを優先したのである。
声に出せばバレるため、指によるサインでワカナに連絡し、見事強敵イシグリにヒット出来たのだ。
そして、この行動は副産物をも産んでいた。

「え?……なにが起きたの?……え?え?」

ユメは番長を倒すためにリアイとイシグリを一旦意識の外においていた。
そんな2人の様子が何やらおかしいため、ユメも狼狽えてしまったのである。
不安と連動するように腕の力も弱まり、シオンヌが束縛から容易に抜け出せる程になっている。

「さっきはよくも……お返しっ!!」

シオンヌはユメの頭を鷲掴みにし、一気に地面へと叩きつけた。
いくら軟体動物のように動けようとも頭は硬いまま。ユメは額から多量に出血してしまう。

「い、痛い!?」
「ワカナちゃん!今がチャンスだよ!この場をメチャクチャにしちゃおう!!私に続いて爆音をあげて!」
「え?うん!わかった!」

次に番長たちがとった行動を見て、イシグリは困惑してしまった。
シオンヌは持ち前のパワーで細い木を引っこ抜いたかと思えば、他の木々に強く叩きつけているし、
ワカナもテニス技術の殺人サーブを連発して数十単位の枝をバキバキとへし折っている。
それだけの攻撃力があれば負傷中のイシグリやユメに追撃すれば良いのに、いったい何をしているのだろうか?

「あああああああ!!!!うるっっっさいなぁあああああ!!なんやねん!!」

そんな中、異常聴覚を持つリアイだけは番長たちの発する音に必要以上に不快感を感じていた。
イシグリ戦で酷使したのもあってか耳から出血までしており、怒りで頭も上手くまわっていないように見える。

「リアイ!こういう時は耳をふさぐのよ!」
「アホか!ユメ!聴覚を失ってどうやってそこの"北出身"に勝つんや!
 ダベってないでさっさとソイツら止めて!!」
「そのね、思ったより頭と腕が痛くて……身体が思うように動かないの……」
「それでも銃士か!腕がもげても動けや!」
「リアイだって耳が痛いだけで動こうとしてないじゃん!」
「デリケートなことくらい分かるやろ!!あ゛あ!?」

このやり取りを聞いてイシグリはリアイの特殊技能が"耳の良さ"であると確信した。
ところどころにヒントが散りばめられていたが、やはり推測した通りだったのだ。

(ということは、番長たちはそれを見抜いてわざと大きな音を立てている!?)

結果的に爆音でリアイを弱体化することが出来たが、実はシオンヌの思惑はそれではない。
彼女の狙いはただ一つだけ。

(ハシサコさん聞こえますか!?私たち、ここで戦ってますよ!!)

205 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/20(木) 14:09:51
攻撃を放棄して大きな音を出すのに注力している番長は隙だらけだった。
シオンヌも、ワカナも、背後から強烈な一撃をお見舞いすれば簡単に倒すことが出来るだろう。

(違う、今狙うべきは……)

イシグリはリアイの側頭部目掛けて鋭い蹴りを繰り出した。
全てを音で捉えるリアイにフェイントは無意味。
駆け引き一切なしの直線的な動きでキックをお見舞いする。

(なんやと……!)

先ほどまでのリアイであれば簡単に避けることが出来ただろう。
だが、今は状況が最悪だ。
長時間酷使して耳が弱っているところに、アンジュの番長らが五月蠅い音を発しているのだから、
音に対する反応速度が著しく鈍ってしまったのである。
結果、イシグリの蹴りはリアイの左耳に綺麗に決まってしまう。

「ぐっ……」

熊をも退治するイシグリの蹴りをまともに受けたのだから、リアイの脳は激しく揺さぶられた。
三半規管もイカれて天と地がひっくり返ったような思いになる。
耳さえ回復すれば対抗出来るようになるかもしれないが、
イシグリはそんな猶予を与えず、リアイの胸に強烈な斬撃をぶつけていった。
今のリアイに耐えうるだけの体力は無く、その場で倒れこんでしまう。
最後まで苦戦を強いられたリアイに対して、イシグリは心の中で感謝の言葉を述べた。

(フェアな勝負だったら私は勝てていなかったのかもしれない。それだけ強い人だった。
 今度、果実の国に寄らせてください。出来ればその時に、1対1の再戦をしましょう。)

この展開を許せなかったのはユメだ。
勝者であるイシグリに怒声を飛ばしていく。

「イシグリちゃん!卑怯だよ!リアイが弱ってる隙を狙うなんて!!」
「ユメ……やめろや……恥ずかしい……」
「リアイ!?でも!」
「本気の勝負に……卑怯も何も無いやろ……同じ立場やったら私もそうしたわ……」
「リアイ……」
「それより……警戒せえや……新手が来てる。」
「!?」

新手という言葉を聞いて、ユメだけでなくシオンヌも驚いていた。
この場にわざわざやってくる人物はリン・ハシサコ・ランチマインドに違いない。
つまりは自分たちの出した音が届いたのだ。

「ワカナちゃん!勝てる!この勝負、勝てるよ!!」

206 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/22(土) 01:35:52
「あ……」

浮かれていたシオンヌだったが、すぐに立場が危ういことに気づいた。
リアイが倒れた今、イシグリを抑える者が誰もいなくなってしまったのだ。
イシグリは早速、次の獲物の品定めをしている。

(ユメとシオンヌは手負い……今、一番厄介なのは無傷で射程持ちのあの子か。)

ターゲットをワカナに定めたイシグリはすぐさま駆けだした。
全参加者の中でも特別幼く、戦士になりたてのワカナはまだ防御の基礎を修得していない。
そのため、イシグリの攻撃を受ければ一撃でノックアウトだろう。
敵の接近に気づいたワカナはすぐに爆音行動を取りやめたが、
サーブで応戦するには既に近づかれすぎていた。
テニス技術で攻撃するにはある程度の距離を確保する必要があるのだ。

(今から撃とうとしても、構えている隙にやられちゃうなぁ……)

強者であるイシグリが迫ってきているのだから、怖くないはずがなかった。
小さな身体が小刻みに震えている。その様はまるで「寒いね。」とでも思っているようだ。
それでもワカナは泣き喚いたりすることなく、落ち着いていた。
何にも惑わされずに
どんな時代にも流されずに
次の最適手を打つことだけを考えている。

(よし!決めた!)

イシグリを撃つことは無駄だと理解しているはずのワカナだったが、
いつものようにサーブを放とうとして石をポーンと投げ上げていた。
その構えは隙だらけ。狙ってくれと言わんばかりだ。

「抵抗は無駄だよ!その石は私には当たらない!」

イシグリは剣を持たぬ側の掌を、ワカナの胸に勢いよく衝突させた。いわゆる掌底打ちだ。
武器を使わずとも幼子の意識を断ち切るには十分な威力。
狙い通りにワカナはその場に倒れてしまう。
ただ、ワカナは一点だけイシグリの思惑通りには動いていなかった。
下に倒れこむ時の勢いで、空中に飛んだ石に剣を当てて、最後のサーブを撃ち込んだのだ。
その撃ち込み先はイシグリではない。少し離れた位置にいるユメ・オクトピックだ。

「ぴぎゃっ!?」

鋭い弾道で飛んだ石は、ユメの壊れていない方の腕にブチ込まれた。
ワカナの大胆な行動に驚愕したシオンヌだったが、その決意を無駄にしまいとすぐに続いていく。
持ち前の握力で石を受けたばかりのユメの腕を強く握り締めたのである。

「ワカナちゃん凄いよ……後は私とハシサコさんに任せて!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

これでユメは両腕骨折。模擬刀すら握れない状態だ。これではまともに戦えないだろう。
後は強敵のイシグリが控えているが、リアイの言う新手……つまりはハシサコが駆けつけてくれれば善戦出来る。
そしてそう思っていたタイミングで丁度良く新たな戦士がこの場に現れることとなった。
完全に流れが自分たち番長に来ているとシオンヌは確信していた。

「ハシサコさん!……って、あれ?」

実を言うと、リアイはユメに言い忘れたまま気を失っていた。
それは、新手は2人組のチームということだった。

「ユメちゃん!イシグリちゃんもいる!!」
「うわ、メイチャンの知り合いってことは北の人じゃん……」

新手の正体はモーニング帝国剣士のリオ・キタガワ・サンツケンとメイチャン・リコテキー。
またも強大な敵が現れたため、シオンヌはショックで頭がクラクラしてしまう。

207 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/23(日) 14:36:32
番長と銃士にユニット、そして帝国剣士らが対峙したその時、
どこか遠いところから拡声器による音声が聞こえてきた。
これはサポート班による定時連絡。
演習の最新状況を参加者に教えてくれるのだ。

<<定時連絡、定時連絡ぜよ。残り人数は7人やき、頑張りよ〜>>

近隣諸国を含め数十人いた参加者が残り7人と聞いて現場はピリついた。
ここにはリオ、メイチャン、シオンヌ、ユメ、イシグリの5人がいる。
しかも各陣営の強者が揃っているため、ここでの勝者が演習プログラム全体の優勝に大きく近づくだろう。

「メイチャン、北出身が多いのは分かったけど、じゃああの人は誰?」
「えっと……分からない。」
「ふ〜ん。そっか。」

リオとメイチャンが自分のことを話しているのにシオンヌは気づいた。
そして、連戦続きで疲弊している自分から狙われてるのではないかとも感じていた。
特にユメ・オクトピックなんて今まさにシオンヌに骨を折られたのだから、すぐにでも報復に来るだろう。

(ヤバい……どうやって凌ぐ?)

ところが、戦士たちの次のアクションは想像とは違っていた。
北出身のユメとメイチャンが示し合わせたかのように、同じ北出身であるイシグリに攻撃を仕掛けたのだ。

「「イシグリちゃん!!」」
「ユメ!メイチャン!」

折れた両腕を鞭のようにしならせるユメ、20%のパンダさんパワーで斬撃を放つメイチャン、
両者の攻撃を凌ぐのは至難の技だがイシグリは少しも臆さなかった。
瞬間的にしゃがみこんで両者の攻撃をかわしたかと思えば、そのままの勢いでメイチャンに足払いをして転倒させる。

「あっ!やったな!もう!!」

怒ったメイチャンは余ったパワーで地面をブン殴り、辺りの小石群を吹き飛ばした。
細かな破片は回避が困難。イシグリもユメも散弾銃のような勢いで炸裂する石をまともに受けてしまった。
このような攻防の渦中にいないシオンヌはホッとしているようで、悔しい思いもしていた。

(手負いの私なんかいつでも仕留められるってことか……そりゃ、先にイシグリさんを潰すよね……)

そんなシオンヌに対してもう1人の戦士、リオ・キタガワ・サンツケンが話しかけてきた。

「はぁ、上手い具合に北の人たちがカチ合ってくれて良かったね。
 あっちはもう異常者達に任せて、こっちは普通の私たちで戦おっか。」
「(普通……)あなたは帝国剣士の?」
「そう。帝国剣士のリオ。ここまで生き残っているってことはあなたは番長なの?
 それとも、マドカちゃんと同じ”ユニット”の所属?」
「!」

動揺を顔に見せたシオンヌに対してリオは更に言葉を続けていく。

「ユニットだったらちょっと嫌だなぁ……さっき帝国剣士でその2人を倒したんだけど、2人とも強くて、かなりキツかったし。
 ねーメイチャン!マドカちゃんもキララって人もメチャクチャ強かったよねーーー?
 だから、あなたがユニットじゃなくて番長とかだったらとても助かるんだけど。」
「…………」

208 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/24(月) 19:20:09
リオには二つの意図があった。
シオンヌが番長であった場合は単純な挑発になるし、
番長でなくユニットだったとしても、キララとマドカの脱落を知らせて動揺させることが出来る。
そして、その思惑通りにシオンヌは激怒しているし、
離れたところで戦うイシグリも、味方2人が負けた事実を知りショックを受けている。

「キララさんとマドカちゃんが?……」
「そうだよ!帝国剣士のみんなで倒したのっ!」

メイチャンは起き上がり、30%のパンダさんパワーでイシグリに殴りかかった。
この一撃を貰うのは致命傷だと理解しているので必死に剣で受けたが、
動揺で足腰に力が入り切っていなかったのか、勢いに負けて転ばされてしまう。

「くっ……」

もちろんこの程度でやられるイシグリではないが、いつも通りの動きが出来なくなっているのは事実だ。
キララ、クボタ、マドカ……と、仲間のほとんどが知らぬところで負けていったのは相当堪えるのだろう。
このように、イシグリへの精神攻撃は上手くいったようだが、
肝心の目の前にいるシオンヌへの対応はどうやら間違えてしまっていたようだ。

「……馬鹿にしてくれる。」
「ん?」
「私は、いや!私たち番長は弱くないっ!
 ハシサコさんも!ケロンヌちゃんも!ワカナちゃんも!そして私だって!!!」

シオンヌはパンダさんのパワーを借りたメイチャン以上の怪力で地面をブン殴った。
その拳には怒りが込められており、誇張ではなく、地割れを起こす程だった。

「な、なにこれ!?あなたも異常者だったの?」

焦ったリオは後方に下がって地割れに巻き込まれないようにした。
もっとも、リオだって強敵相手に口先だけで対抗できるとははなから思っていない。
まともに動かぬ右腕を鋭い爪でピッと切り裂き、自ら血液を吹き出させたかと思えば、
その血を左手ですくってシオンヌの目へと投げつけた。

(うっ!見えない!!……自分の血を武器にするなんて、この人も頭のネジが飛んでいる!)

209 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/26(水) 02:10:05
目元に付着した血液を拭うために、シオンヌは両手を使ってしまった。
これでは攻撃が来ても防ぐことは出来ない。
隙だらけのシオンヌの胸に目掛けて、リオは模擬刀をぶつけていく。

「うっ!……」
(決まった!けどこの程度じゃやられないか……)

利き腕ではない方の腕で放った斬撃は、鍛え抜かれたシオンヌ胸筋を打ち破ることは出来なかった。
ならば追撃を喰らわせれば良いと思うかもしれないが、そうもいかない。
近距離はシオンヌの射程圏内。
地も割るシオンヌに掴まれでもしたら、リオは左腕でも剣を握れなくなってしまうのだ。

「悪いけど、これでもかぶってて!」
「!」

リオは水筒に手を伸ばして、中の水をシオンヌの顔面にぶっかけた。
咄嗟のこと故に調整がきかず、想定より水をかけすぎてしまったが、
敵を怯ませ、その隙に後方へと下がる事には成功した。
一撃が怖い相手と戦うにはヒット&アウェイの戦法をとるのが最適だと判断したのだ。

(うん、このやり方なら私は勝てる。さて、メイチャンの方は……)

リオはチラっと北出身の者たちの戦いに目をやった。
レベルの高い攻防が繰り広げられているようだが、メイチャンは善戦している。

(パンダの力も使いすぎていないようだし、任せても大丈夫そうだね。
 それにしてもあのイシグリって人、強そうだし実際強いんだろうけど、それほどでも無いような?……)

北出身と聞いていたのだから規格外の強者を想像していたのだが、
イシグリはスタンダードな戦法を取る優等生タイプだった。
パンダさんパワーにより筋力を自在に強化出来るメイチャンや、
両腕の骨が折れてたとしてもタコ足のように扱うユメの化け物ぷりっと比べるとどこか物足りない。
同じユニット所属者と比較しても、特殊技能を持つキララや、何をしでかすか分からないマドカの方がよっぽど怖かった。

(あの程度ならメイチャンも余裕だよね。となれば一番怖いのはあのタコさんか……)

リオがあれこれ考えているところで怒声が飛び込んできた。
その声の主は、リオと今まさにマッチアップしているはずのシオンヌだった。

「余所見なんかしないでよっ!」

血や水をかけられるのはまだいい。それがリオの戦法だと理解できるからだ。
だが、まだ戦闘が終わってもいないのに意識を別のところに向けられるのは我慢ならない。
とは言っても、シオンヌの状況は最悪だ。
クボタ、ユメとの連戦で大きく負傷したうえに、多量の水をぶっかけられている。
今のシオンヌはさしずめズブ濡れの泳げないMermaid
彼女が選ぶべきルート A or Bは以下の通りだ。
 A ハシサコが助けに来るまで耐え忍ぶ
 B 番長として目の前の強敵に打ち勝つ。
答えはもう、「はっきりしようぜ」と言われるまでもなくはっきりしている。

「私はアンジュ王国のシオンヌ・タメ・ハサミサン。番長としての誇りを持ってあなたを倒す!」

210名無し募集中。。。:2021/05/26(水) 08:34:26
C 倒せない。現実は非情である。

211 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/27(木) 01:47:10
ポルナレフですねw
確かに書いててちょっと思いました。

212 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/27(木) 02:34:40
前にも触れたが、このプログラムには現役の帝国剣士・番長・銃士らがサポート班として参加している。
彼女たちは参加者に気づかれぬように気配を消してあちらこちらに潜んでいるのだ。
戦いも終盤になったため、多くの先輩戦士たちがリオ、メイチャン、シオンヌ、ユメ、イシグリら5人の近くに集まってきている。
参加者のピンチに迅速に緊急搬送できるように……という名目があるが、大半は若い戦士たちの戦いっぷりを好んで観察しているのだ。
特に、これまで消極的だったシオンヌがリオ対して啖呵を切ったシーンには沸いたようだった。
ルールとして声援は全面禁止となっているが、ついつい手拍子・クラップで応援したくなる程にエキサイティングしている。

「な?ウチのシオンヌちゃんなかなか魅せるやろ?」
「べ、別にリオちゃんも負けてないもん……」

一部のサポート班らが小声で会話をしていた。
この身長が小さいミニーズ。な2人は"番長"と"帝国剣士"と立場は違うようだが、師が同じため今も親しくしているらしい。

「いやぁ正直リオちゃんは厳しいと思うわ。ここは森やんか。水使いがどうやって戦うねん。
 こんなのどっかの誰かさんが陸地で焦ってアタフタしとるようなもんやで。」
「……前から思ってたけど私のこと舐めてる?」
「舐めてないぞっ?」
「舐めてる」

帝国剣士は怒り爆発寸前というところまで来たが、静かにせねばならないのでグッと堪えた。
だというのに番長の方は更に煽っていく。

「自分の血を武器にする方法をせっかく教えたと思うけどな、」
「教えたつもりはない。リオちゃんが勝手にやってるだけ。」
「まぁそれはどっちでもええわ。"水が無いから血を使う"、その発想はとてもええ。
 でもな、水鉄砲の水流も温度も本家と比べたら段違いに低レベルやわ。あんなの目くらまし程度にしかならん。
 あれじゃあシオンヌちゃんの筋肉の鎧は貫けんわ。」
「分かってないなぁ」
「あ?」
「水鉄砲が得意なだけじゃ帝国剣士にはなれないんだよ?リオちゃんの凄いのは、ここから。」
「え〜?でもどっかの誰かさんは水遊びだけで帝国剣士に受かったやんか。」
「舐めてる」

213 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/28(金) 02:42:03

シオンヌもリオも前の戦いで大きく傷ついているため、2人の決着は早々につくと予測される。
そんな中、先手必勝とばかりにシオンヌが飛び掛かった。
2人のパワー差は大きい。掴まれた瞬間、リオはアウトと言ってよいだろう。

(また水か血を飛ばして目隠してくるんでしょ?それさえ分かっていれば私は怯まない!!)

思った通りにリオが水筒に手を伸ばしたのでシオンヌはニヤリとした。
いくら水をかけてきようとも分かっている攻撃ならば怖くない。
カッと目を見開いて水を打ち破り、逆にリオの度肝を抜いてやろうと思っている。

(水筒の中の水をかける……と思うでしょ?)

ところが、リオが次にとったアクションはシオンヌのイメージ通りではなかった。
なんと水ではなく、水筒そのものをシオンヌの顔に投げつけたのだ。
実はもう水のストックが殆ど無く、残り少ない水を入れ物ごと飛ばしたのである。

(わっ、そう来たか、でも!!)

多少計画のズレはあったが、シオンヌの取るべき行動は変わらない。
何が飛んできても恐れずに目を開いて前進するのみ。
ここで戸惑ったり手こずったりしなければターゲットのリオはすぐそこなのだ。
覚悟を決めたシオンヌはヒタイに硬い水筒が当たろうとも目を閉じたりしない。

「これで終わり!!」

シオンヌはリオの腕を掴んでやろうと大きく手を伸ばした。
水筒を投げ捨てたリオは攻撃手段を失ったも同然。これで何にも邪魔されることなく目的を達成することが出来る。
……そうは問屋が卸さなかった。

「忘れたの?私は血も操るんだよっ!!」

リオは左手の爪で、今にも掴まれようとしている腕の手首を素早く切り裂いた。
手首の血管を深く傷つけた結果、大量の血液が間欠泉のように一気にプシュウと噴出する。
全神経をリオの腕に集中していたシオンヌは一瞬にして顔面を赤く染められてしまう。
シオンヌの快進撃もここまでかと、周囲で見ていたサポート班の大半は思っていた。
だが、それはシオンヌの覚悟を甘く見ているとしか言えないだろう。

「終わり!って言ったでしょっ!!!」

今のシオンヌはどんな状況でも決して動じたりしない。
顔中が真っ赤な血で染まって前が見えなくても、彼女の前進を止める理由にはならないのだ。
シオンヌは勢いよく手を伸ばし、とうとうリオの右腕を掴み取ってみせる。

(やっと掴んだ!!このまま折ってあげる!!)

全く見えてはいないが、手首から血を垂れ流し続けているこの感触。リオの腕に間違いは無い。
この瞬間、シオンヌは腕がはちきれんばかりの力を込めてリオの手首を握りつぶした。
ユメ・オクトピックの腕を破壊したように、リオ・キタガワ・サンツケンの腕も壊してみせたのだ。
だがおかしい。骨が折れるほどの激痛だというのに悲鳴が聞こえてこない。
聞こえてくるのはシオンヌ同様に覚悟を決めた戦士の声だけだ。

「腕くらいっ……くれてあげるっ!!」

リオは自身の右腕をオトリにしていた。初めからシオンヌに壊されることを念頭に置いていたのだ。
前の戦いでマドカにクリティカルヒットを貰った時からリオの右腕は使い物にならなくなっていた。
元々折れていた腕が折られようが、戦力的には全くマイナスにならないのである。
それどころか、腕を掴んだ瞬間のシオンヌは勝利を確信して隙だらけだ。
リオは折られる激痛に耐えながらも、背にさした模擬刀のグリップを左手で掴み、
剣を勢いよく抜いてシオンヌの脳天へと叩きつけていく。

「倒れろっっっっ!!」

214 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/29(土) 02:55:13
視界を奪われている状態で頭が割れるような痛みに襲われたため、シオンヌは思わず気を失いそうになった。
いや、"割れるような"ではない。実際に割れてしまっているのだ。
シオンヌの頭からはリオにかけられた以上の血液が溢れ出ており、非常におどろおどろしい姿になっている。

(痛い!痛い痛い痛い痛い!!どういうこと!?)

確かにリオの腕を握りつぶしたはずなのだが、勝利するどころかむしろ自分が大打撃を受けている。
何もかも全く見えず、事態をまるで把握することが出来ないので、シオンヌの混乱は止まらない。
相手がパニック状態なのでさぞかしリオは喜んでいるだろと思うかもしれないが、
実際は苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。

(なんで倒れてくれないのっ!?)

脳天への攻撃は綺麗に決まったはず。なのにシオンヌは両方の足で地面をしっかりと踏みしめている。
これは頭まで筋肉が詰まっているから……という理由などではない。
リオが利き腕ではない左腕で剣を握っただけでなく、
シオンヌに腕を破壊された際の激痛に苦しまされた結果、斬撃に力を上手く乗せることが出来ていなかったのだ。

(一発じゃ弱かったってこと!?だったら二発三発!)

すぐに追撃を喰らわせてやろうとしたリオだったが、そうはいかなくなってしまう。
なんとシオンヌがリオを掴んでいない方の腕でパンチを繰り出してきたのだ。
シオンヌは依然変わらずパニック状態にある。頭も割れているしこのままぶっ倒れても恥ずかしくない状況だ。
それでも、シオンヌは立ち止まることなど出来なかったのである。
何がなんだか分かっていないが、目の前に敵がいるのであれば攻撃あるのみ。
ギュっと固めた握り拳をリオの胸に叩きつけようとする。

(これくらい止められない私じゃないっっ!!)

パンチに気づいた瞬間、リオは模擬刀を引いてガードをした。
今のシオンヌと違ってリオには視力の優位がある。腕が伸びきるより先に防ぐなんて容易だ。
その結果として思惑通りに、シオンヌの拳に刀身を当てることが出来た。
これでシオンヌの攻撃は不発に終わる。
……そのはずだった。

「まだ!まだ!まだまだまだまだ!!!」
「っ!?」

これまで何回も書いてきたが、覚悟の決まった今のシオンヌは何者にも止めることは出来ない。
パンチが剣でガードされたようだがそれがいったいどうしたというのだ。
彼女の腕はまだ伸びきっていない。阻まれようが、邪魔されようが、ストレートパンチを最後まで送り届けるのが使命だ。

「こ!れ!で!本当の本当の終わり!!!」
「あっ、あ、あああああああああああああ!」

力強く押し込まれてくる握り拳をはねのけてやりたいところだが、
キララとマドカら、ユニットの連中に2度も受けたクリティカルヒットがここにきて響いてきた。
この場に来る前からリオ・キタガワ・サンツケンの身体はもう戦えぬほどにボロボロだったのである。
更に、目潰しのために深く傷つけた手首からの大量出血も、体内の酸素循環を正常ではないものにしている。
これらの要素が絡み合った結果、リオは刃で拳を押し返すことが出来なくなってしまっていた。
このまま押し負けて転倒し、後頭部を地面に強く叩きつける。

「うっ………………」

限界を迎えたリオはショックと痛みに耐えきれず意識を飛ばしてしまう。
それとほぼ同時に、サポート班による残り参加者数の連絡放送が流れてきた。
ここからは定期連絡ではなくリアルタイムで最新状況を伝えるつもりなのである。

<<残り人数は6人やき〜>>

放送の通り、先ほどは7人だった人数が6人に書き換えられていた。

215 ◆V9ncA8v9YI:2021/05/31(月) 02:44:59
「勝っ……た?……」

前が見えないシオンヌは、放送の声を聞いてはじめて自身の勝利に気づいた。
とは言っても彼女も十分すぎる程に重症。
自重を支えるのも辛くなり、その場に寝転がってしまう。

(ダメ……意識を失うのは、もうちょっとだけ待って……)

リオには勝てたものの、この場に敵はまだ3人も残っている。
モーニング帝国の帝国剣士メイチャン・リコテキー
果実の国の銃士ユメ・オクトピック
そしてユニットに属するイシグリと、いずれも"北出身"の強者揃いだ。
勝てるのであればこの際方法は問わない。漁夫の利だって狙ってやろうと思っている。
だから今は意識だけは保ちつつ、身体を休めることに専念しようとシオンヌは考えている。
もっとも、そのようなシオンヌの状況は3人にバレバレだったようだ。

「あっち、終わったみたいだねっ!メイチャンも私と同じ、独りで寂しいよねっ!」

ユメは鞭と化した腕を振るいながらメイチャンに話しかけた。
パンダさんパワーで強化した脚で攻撃を弾き、メイチャンは返事を返す。

「寂しくなんか無いよっ!メイはもう大人だもんっ!!」

蹴りのために伸ばした脚を戻すや否や、メイチャンはイシグリに飛び掛かった。
この瞬間のメイチャンは脚と腕の両方にパワーを込めている。
地を蹴る勢いで加速をつけ、強化した腕力で力強い斬撃を当てようとしているのだ。
イシグリは咄嗟に剣でガードするものの力負けしてしまい、後ろに吹っ飛ばされる。

「うっ……!」

イシグリが失態を見せるのはこれで何度目かも分からない。
先ほどからユメの連打とメイチャンの強打に押されっぱなしなのだ。
これには相対している2人も若干不思議に思っている。

(イシグリちゃん……昔はもっと強かったような?……)
(いや!違う!メイが強くなったんだ。パンダさんに感謝しよう。)

ユメとメイチャンは無意識のうちにイシグリを上から見ていた。
そのような視線に関してはイシグリは全く気にしていない。どう見られようが痛くも痒くもない。
むしろ、このまま不甲斐ない戦いを続けてユニットの目的を果たせなくなることの方がよっぽど辛いと思っている。
リオの発言が真実であれば同士は少なくとも3人も戦線離脱していることになる。
ここで目が覚めなきゃ嘘だ。イシグリは心からそう思った。

(キララさん、クボタ、マドカちゃん……ごめん、私、クールな女を演じ魅せようとしちゃってたよ……)

ユニットで活動を始めたイシグリは、模範的な人物になって皆を引っ張らなくてならないと日々思っていた。
心技体を兼ね揃えた、周囲に尊敬されるような人物像を常にイメージして戦ってきていたのである。
実際ここ数年はそのように振る舞えていたし、大抵の相手はそのスタイルでも余裕で勝つことが出来ていた。
だが、今の相手はどうだ。
帝国剣士、番長、銃士らは偽りの自分で対抗できる相手ではないことを痛いほどに思い知らされたのだ。

「全部さらけだしたらきっと嫌われちゃうね、みんなが思う私でないと指さされ……」

瞬間、ユメとメイチャンは背筋が凍るのを感じた。
2人の野生の勘が言っている。今すぐイシグリを仕留めないと恐ろしい事になる。
すぐに動き出したのはメイチャンだ。パンダさんパワーを50%まで引き上げてイシグリにタックルを仕掛けていく。
だが、既にイシグリは動き出していた。
悪童がプロレス技を真似するかのように、勢いよく跳びあがってメイチャンの顔面にドロップキックを容赦なくぶつけたのだ。
そう、今のイシグリは

「悪い子だべ〜!!」
「!?」

強烈な蹴りを受けて鼻血を出すメイチャンの顔を踏み台にして、イシグリはユメの元へと跳んで行った。
これでユメは確信する。今のイシグリは昔のイシグリだ。
特殊技能は持たぬ代わりに一切の慈悲を見せぬ戦闘狂の悪ガキに戻ってしまったのだ。
焦ったユメは鞭の乱打で寄せ付けまいとするが、イシグリは超スピードで背後に回り込み、
ヘッドロックでユメの首を絞めにかかった。

「わやたのしい〜!!!」
(く、苦しい!)

216 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/01(火) 01:48:13

周囲で見守っているサポート班はイシグリの変貌っぷりに驚愕していた。
ただでさえ"ユニット"のデータは不足しているのに、突然キャラ変までしたのだから驚いて当然だろう。
もっとも、今の悪い子状態の方が"北出身"という肩書きに見合った強さのようなので、先輩たちの納得度は高かった。
そんな中でただ一人だけがイシグリに向けて鋭い殺気を放っていた。

「なんて乱暴な攻撃……ユメちゃんを殺しでもしたら逆に命(タマ)とったるんじゃ……!」

この発言はユメの先輩にあたる、果実の国の銃士によるものだった。
今のユメは手加減一切なしのヘッドロックを受けているため、このままでは首をキめられてしまう。
場合によっては首の骨が折れて死ぬこともあるだろう。
万が一でもそうなった場合はすぐにでも飛び掛かって斬り捨ててやろうと先輩銃士は思っているのである。
だが、そんな行為はもちろん御法度。サポート班失格だ。
そもそも、それ以前に殺気を参加者に届けてパフォーマンスに何らかの影響与えること事態がNG行為であるため、
同じ銃士であるアーリーが更に強い圧を放ち、彼女の殺気を強引に押し潰していく。

「ハッ!……アーリーさん!?」
「ダメよ〜?抑えて抑えて」
「……すいません、未熟じゃった。」
「うん、うん、分かればいーの。今は心の中でユメちゃんを応援してあげましょ。
 あの子は頑張り屋さんだからなんとかなるでしょ。」

とは言えユメは両方の腕をシオンヌとワカナに折られてしまっているため、暴れて抵抗することも出来ない。
ぷらんと垂れたこの腕を鞭のように扱うには勢いをつけなくてはならないので、
今のようにガッチリとホールドされたら、もはやなす術が無いのだ。

(ヤバ……い……落とされ……ちゃう……)

首を圧迫される痛みだけでも辛いのに、その上、酸素まで回らないのだから苦しくないワケがない。
せめてもの抵抗でイシグリの足の甲を踏んづけるユメだったが、その程度の攻撃では解放してもらえなかった。
段々と意識が朦朧としてくる。
「がんばれないよ これ以上は」
そう思った時、メイチャンの声が聞こえていた。

「Panda-san power ...70 percent !!!」
「!」

使いすぎ厳禁なはずのパンダさんパワーを更に強化したメイチャンがイシグリの背中に体当たりをする。
その衝撃は実物のパンダさんにぶつかるのとほぼ同等であるため、イシグリはたまらずユメを放してしまう。

「ぷはっ!……メイチャン、ありがとう!」
「どういたしまして!でもありがとうの言葉はいらないよ!」

メイチャンはユメを助けたかったワケではない。
敵であるユメと共同戦線を張らないと、今のイシグリを倒すことは出来ないと判断しての行動なのだ。
そしてそれはユメもよく分かっている。

「メイチャン!……パンダさんのパワー、100%は何秒間もつ?」
「えっ……ちゃんと数えたことないけど、ほんのちょっとだよ。」
「……分かった、私がイシグリちゃんを死ぬ気で抑えるから、確実に当ててね。」

217 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/02(水) 01:15:34

ユメ・オクトピックはイシグリに向かって駆けだした。
両腕を壊した自分では今のイシグリに決定打を与えることは難しい。
この状況を打破するのはメイチャンの100%パンダさんパワーのみ。
だからユメはそれをサポートするために何がなんでもイシグリを止めなくてはならないのだ。

「止めてみなよっ!!」

走ってくるユメに対してイシグリは超低空のタックルを仕掛けた。
ユメの膝下を強く抱きしめて、折れた両腕同様に脚までも壊してやろうとしているのだ。
実際、イシグリによる強烈なタックルを受けたら骨が折れるどころでは済まないだろう。
だが、ユメの強みは軟体動物のような動きによる回避術にある。
奇妙なステップで素早く地面を蹴りだし、あたかも足が8本あるかのように見せていった。
このように高速で脚を動かし続ければイシグリに簡単に掴まれることは無いだろう。
しかし、イシグリはこの状況でも全く動揺を見せなかった。

「面白い!流石ユメ!でも私が勝つよ!!」
「!」

イシグリは突進の勢いを全く変えずに、両手を大きく開きだした。
こうすることでユメの脚に当たる面積を広げたのだ。
8本足になろうが、16本足になろうが、腕のどこかに一か所にでも当たってくれれば十分。
そうすればユメは体勢を崩すし、そこに追い打ちをかければ良いのである。

「ユメちゃん!気を付けて!」
「メイチャン心配ありがと。でもね、私が演じているのはタコじゃないんだよっ!」
「「!?」」

イシグリに衝突する直前にユメは地面を3回、Po Po Poと強く蹴りだした。
そして水生生物のタコではなく、空を飛翔する鳥の如く跳躍したのである。

「鳩!?」

帝国剣士のリオが先輩の血鉄砲を真似したように、
ユメも恩師にならって鳥のような振る舞いを魅せたのだ。
ユメはイシグリの頭上を跳びあがり、背後をとることに成功する。

(後ろがガラ空きだよ!このまま抱きしめて動けなくしてあげるっ!)

イシグリさえ掴んでやれば、後はメイチャンが100%のパンダさんパワーで仕留めてくれる。
そしてメイチャン自身も急激な身体強化の反動に耐えきれず弱るはず。
つまりはユメ・オクトピック、そして銃士チームの優勝-Top-は目前なのである。
Top Top Topってゆうかぶっちゃけ聞くけどトップってどんなフィーリング?
その感覚をすぐにでも味わえると思うと、ユメは嬉しくて嬉しくて仕方なくなってくる。

218 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/04(金) 01:09:46
今の折れた腕ではイシグリを掴むことが出来ない。
ユメがイシグリを止める唯一の方法、それはハグをするかのように抱きしめることだ。
「私が言う前に抱きしめなきゃね」とも「イジワルしないで抱きしめてよ」とも言われていないが、
全身を使ってイシグリの腕や脚の動きを妨害すればメイチャンが攻撃するだけの時間を稼げると考えたのである。
言わばクリンチ。
特別な技能は要らない。背後からイシグリに抱き着けば、それだけで優勝は目前だ。

(やった!プログラムの勝者は私たち銃士だ!)

今すぐにでもイシグリを抱けると言ったところで、ユメはおかしなことに気づく。
自分は鳩のように跳躍してイシグリの後ろに回り込んだはず。
だと言うのに、何故にイシグリと目が合っているのか。

「気が合うね。」

なんとイシグリも同様にユメを抱きしめようと両手を広げていたのだ。
ユメの行動を完全に読み切ったというワケではない。事実、鳩のような動きに驚愕していた。
では何故このようなことになっているのか?野生の勘でピンと来たのか?
いや、そうではない。
今のイシグリは純粋に楽しんでいて、たった今、頭に過ぎった技を使いたいだけの動機で動いているのだろう。
かつて熊をも倒した技をユメに試したくてしょうがないのだ。

「ま、まずい!」
「逃がさないよ〜!」

ユメは逆にイシグリに抱きしめられてしまった。
イシグリは両腕に力を込めて、ユメの胴体を強く圧迫していく。
腕を使えぬユメは抵抗しようにも抵抗できず、段階的に強まるイシグリの抱擁に肋骨を折られることとなる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!」

これはプロレス技の「ベアハッグ」。
獰猛な熊をも退治する力を持つイシグリは、もはや熊そのものと言っていいだろう。
つまりユメは熊にひねり潰されているも同然。
やがて背骨や内臓までも圧迫され、血反吐を吐いてしまう。

219 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/05(土) 01:26:14

「なんてムゴい……」

地に寝そべっているシオンヌが顔面の血を拭って見た光景は、ひどいものだった。
ユメにはもうイシグリのベアハッグから抜け出す手段は残されていない。
このまま失神するまで悲痛な叫び声をあげ続けるのだろう。

「あああああああああああっ!!」

そんなユメの悲鳴に重なるようにサポート班の放送が流れていく。
リオが倒れた時のようにリアルタイムで最新状況を伝えてくれる。

<<残り人数は5人やき〜>>

それを聞いたシオンヌは「あれ?」と思った。
確かに今のユメ・オクトピックは敗北必至な状態ではあるが、まだ負けてはいない。
ユメが負けると決めつけて、フライングで残り人数を減らすのはあまりに失礼ではないだろうか。
実際、その放送から数秒ほどでユメが本当に気絶してしまうのだが、せめてその後に放送すべきだとシオンヌは憤った。
そのすぐ後に、焦った風に訂正らしき言葉が発信される。

<<あ、4人になったんですか?残り人数は4人、4人やき〜>>
(なんなの?……サポート班の間で連携とれてないのかな……)

色々と言いたいことはあるが、今のシオンヌには呆れている暇もない。
ここから先の展開は一秒も見逃すことが出来ないと考えているからだ。
ユメが倒れた今、この場で生き残っている(=気を失わずにいる)のはシオンヌとイシグリとメイチャンの3人しかいない。
そしてそのメイチャンが、今まさにイシグリの背後から殴りかかろうとしているのだ。
今現在のメイチャンは普段の細身からは想像できないほどに全身が屈強になっている。
腕も脚も筋肉がパンパンに膨れ上がって、もはやパンダさんとは別物の生命体だ。
ユメ自身は敗北してしまったが、おかげでメイチャンはパンダさんパワーをMAXにまで引き上げる時間を稼ぐことが出来たのである。
これだけのパワーをもって不意打ちをすれば一方的に勝利できたのかもしれないが……

「Panda-san power 100 percent!! 100 percent!! 100 percent!! 100 perrrrrrrrcennnnnnnnnt!!!!!」
(うるさっ!黙っておけばいいのに……)

シオンヌはそう言うが、100%のパンダさんパワーを実現したメイチャンのテンションが高くないワケがない。
パンダさんに近づけたことを身体いっぱい喜ぶことこそがメイチャンらしさなのである。
そして、対するイシグリも最大限にテンションが上がっていた。

「それ!100%のパンダさんとやりたかったんだ!!」

いつの間にかメイチャンもイシグリも模擬刀をそこらに投げ捨てていた。
メイチャンとイシグリが普段から使用している肌に馴染んだ武器ならともかく、
全参加者に支給されるような既製品では、これから起きる衝突には耐えられないと判断したのだろう。
2人とも拳を強く握っている。素手と素手、意地と意地のぶつかり合いだ。

「Panda-san! Panda-san! Panda-san! Panda-saaaaaaaaaaaaan! Poooooooowwwwwwwwwweeeeeeeeeerrrrrrrrrrrrrrrr!!!」
「そっちがパンダさんパワーならこっちは木彫りの熊さんパワーだよ!!
熊と!大熊猫!どっちが強いか決着をつける時だ!!!!」

220 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/07(月) 02:13:50
イシグリの属するユニットは、今回の合同演習プログラムで大きく名を上げることを目標としていた。
帝国剣士、番長、銃士らが本命とされている中で、
無名の自分たちが優勝をすれば近隣諸国に大きなインパクトを残せると考えていたのだ。
イシグリも仲間の4名も全員が異なる国の出身であり、"ユニット"は小規模な多国籍軍であると言える。
大々的に宣伝をして新規加入希望者を募り、今後の活動を大きく拡げるためにも、彼女らは優勝しなくてはならないのである。

「だから」

100%のパンダさんパワーで殴りかかってくるメイチャンに対して、イシグリは渾身のストレートパンチで返した。
メイチャンは完全なるパンダさんと化した自分なら無敵と考えているのかもしれないが、
だとしたらそれは大きな"ミステイク"だ。
たった今イシグリが放った攻撃は、ユニットが得意とする"クリティカルヒット"なのである。
キララとマドカがリオを、クボタがシオンヌを、そしてイシグリ自身もケロンヌを苦しめた強烈かつ高速の攻撃法。
この技をもって拳と拳を衝突させることで、メイチャンの腕を破壊するつもりなのだ。

「Panda-saaaaaaaaaaaaaan!!!Poweeeeeeeeeeeeeeeeerrrrrrrrr!!!」
「"クリティカルヒット"!!!」

バチン!と言った大音量の破裂音が周囲に響いた。
これは強大な力同士がぶつかりあった結果として発された音だ。
この時、イシグリは確かに目撃している。
100%パンダさんパンチが弾かれて、大きく体勢を崩しているメイチャンの姿を。

(やった!!私の力がパンダさんに押し勝ったんだっ!!)

後は無防備なメイチャンに拳をブチ当てるだけ。
そう思っていたのだが、何やら様子がおかしい。
いくら腕を動かそうと頑張っても、一向にパンチを前方に繰り出すことが出来ない。
それもそのはず。
イシグリの右腕は今の衝突で折れてしまい、だらんとしていたのだ。

(えっ……!?)

拳と拳のぶつかり合いで両者のパンチが等しく弾かれていた。
異なる点、それはメイチャンは無事なのに対し、イシグリの腕は衝撃でグシャグシャになってしまったところにある。
イシグリの放った"クリティカルヒット"は見事だった。文句の付け所のない一撃だと言える。
ただ、己の身体を犠牲にして強化した100%パンダさんパワーはそれさえも上回っていたのだ。
そして、メイチャンはまだまだ満足していなかった。

「100%!!! 110%!!! 120%!!! 130%!!!...」
(もっと強くなる気だ!その前に早く仕留めないと!!)

100%でも筋肉に大きな負担をかけると言うのに、メイチャンはお構いなしに負荷をかけ続けていっていた。
同時に筋繊維がブチブチと千切れて出血しているため、まともにやり合わずに放置すればメイチャンは勝手に自滅してくれるだろう。
だが、イシグリはそんな選択肢を決して選びはしなかった。
真っ向勝負で勝つからこそ気分が良い。理由はそれだけだ。

221 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/08(火) 02:27:05
イシグリは高く跳躍し、宙でグルリと1回転した。
そしてその勢いのままメイチャンの右肩にカカト落としを喰らわせる。

「うあっ!……」

パンダさんの力を借りすぎた今のメイチャンの身体は非常に不安定な状態にある。
蹴りの一発を貰うだけで損傷が大きく、右肩どころか右腕全体のあちらこちらから血液が噴き出てしまう。
これではもうメイチャンの右腕はイシグリ同様に使い物にならない。
マイナスの状況をイーブンにまで引き上げたイシグリを見て、シオンヌは唾をゴクリと飲んだ。

(やっぱりイシグリさんは強い……このまま押し切るつもりなの?)

しかしイシグリの好調も長くは続かなかった。
蹴りを終えて着地した際に、地面がぬかるんでいたために顔面から転倒してしまったのだ。

「!?」

その付近には、先ほどリオがシオンヌに投げた水筒が転がっていた。
つまりはこの地面のぬかるみはリオが作りあげたものだったのだ。
同期によってもたらされたこのチャンスをメイチャンは逃さない。

「Pa!・n!・Da!・Sa!・n!」
「!」

メイチャンは転んだイシグリ目掛けて左拳を振り下ろした。
今のメイチャンのパンダさんパワーは150%まで上昇しているため、
この攻撃をまともに喰らえば骨までもバラバラに砕けてしまうだろう。

(これは避けるしかない!可哀想だけど地面を殴って自滅して!)

喰らえば恐ろしいが、ゴロリと転がれば比較的容易に回避することが出来る。
そうすればメイチャンのパンチは地面に跳ね返されて、右腕同様に左腕を壊すことだろう。
しかし、イシグリが半回転した時点で耐え難い激痛が走っていた。
ワカナにサーブで撃ち抜かれた背中と、リアイにVa-Va-Voomと斬られた二の腕が地面に触れることで酷く痛んだのである。
これでは回避のための回転速度が鈍ってしまう。
即ち、メイチャンの攻撃を避けきることが出来くなるということ。

「PoooooooooooWeeeeeeeeeeeeeeeeeerrrrrrrrrrrrrr!!!」
「!!!」

身体の芯で受ける事だけはなんとか避けることが出来た。
だが、残念なことに片足だけは逃げ遅れてしまう。
メイチャンの強烈な振り下ろしをイシグリは左脚で受けることになる。

「あああああああああああああああああっ!!!!」

222 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/09(水) 02:09:34
メイチャンのパンチの直撃を受けて、イシグリの脚は破壊されてしまった。
それでもイシグリはただでは転ばなかった。
咄嗟に脚を曲げて、メイチャンの拳が膝にぶつかるように仕向けたのである。
硬い膝を殴ってしまったメイチャンの左腕は、手痛い反動を受けて骨が砕けてしまう。

「う゛うっ!!……ハァッ……ハァッ……」

これによりメイチャンは右腕も左腕もまともに使うことが出来なくなった。
それどころか、100%を超えるパンダさんパワーを使いすぎたせいか呼吸も乱れている。
いくら筋力を強化したところで、骨や心肺が弱ってしまえば戦うことは出来ない。
つまり今のメイチャンは限界近い状態にあると言えるのだ。

(痛い!苦しい!……このままイシグリちゃんに負けちゃうの?……
 いや、いや、嫌!嫌!嫌!嫌!メイが負けたら帝国剣士の負けになっちゃう!!」

メイチャンは無理矢理にでも両腕を持ち上げて、
手の骨が折れてしまいそうになる程の力で拳を握り締めた。
今のイシグリは下半身を負傷しているため簡単に動くことが出来ない。
そんなイシグリに両腕のパンチを叩きつけることで倒そうとしているのだ。
最大の強敵イシグリさえ倒せばもう怖いものはない。帝国剣士の勝利だとメイチャンは信じている。

「最後の!最後の!これが最後のPanda-san!!!!Power!!!」

この攻撃を受ければ終わりだと分かっていても、今のイシグリの機動力で避けることは絶望的だった。
回避も防御も出来ず、このままジ・エンドだろう。
そう思っていたところで、メイチャンの身体に異変が起きる。
なんと両腕からこれまで以上に激しく血が噴き出したのだ。

「えっ?ええっ!?」

前の戦いで、両手に模造刀を持ったマドカがメイチャンの両腕を叩きまくったことを覚えているだろうか。
その時はメイチャンが強化した筋肉で耐えたように見えていたが、
実際はダメージが蓄積して残っていたのだ。
その後、パンダさんパワーの使いすぎや、イシグリの攻撃を受けることで負荷がかかりすぎてしまい、
今この瞬間に筋繊維も血管も全て破裂してしまったのである。
こうなったらもう両腕は使い物にならない。突然の出来事に頭もパニックになっている。
とは言え全く戦えないというワケではない。はやく頭を切り替えて、足技主体で戦うべきなのだ。

「させるかっ!!!」
「!?」

イシグリは残った右足で地面を強く蹴り、勢いよく起き上がった。
そしてメイチャンが正気を取り戻すより先に、強烈な頭突きを喰らわせたのだ。
メイチャンの脳は、肉体面でも頭脳面でも負荷がかかりまくっているこの状況で自身を守るために、
頭突きのショックをキッカケとし、意識を完全に遮断することを選択する。

「あっ…………………」
「メイチャン?……私、勝ったの?……」

その後すぐにサポート班による放送が聞こえてきた。
これによってイシグリvsユメvsメイチャンの北出身対決は、イシグリの勝利であることが確定する。


<<残り人数は3人やき〜>>

223 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/10(木) 01:17:44
イシグリがメイチャンを打ち破る様をシオンヌはしっかりと目撃していた。
どんな状況でもきっちりと勝ち星を上げる姿は尊敬に値するが、いつまでも憧れ気分ではいられない。
この場で意識があるのはシオンヌとイシグリの2名のみ。
否が応でも2人は戦わなくてはならないのだ。

「シオンヌ、行くよ。」
「……はい。」

シオンヌもイシグリも互いに身体はボロボロだ。
あちこちから血は流れるし、吐き気だってする。
だが、そんなのは言い訳にはならなかった。
イシグリはメイチャンに壊された左脚を引きずって、シオンヌに接近してきた。
こうなればシオンヌももう寝ているワケにはいかない。
己の身体にムチ打って必死で起き上がっていく。

(苦しい!……でも、それはイシグリさんも同じはず!)
(少しでも気を抜くと意識を失っちゃいそう……シオンヌもそうでしょ!)

どちらも風が吹けば倒れてしまいそうな程の重傷だ。
ゆえに決着はすぐにつくことが予想される。
アンジュ王国の番長、シオンヌのパワーが勝るか、
はたまたユニット所属のイシグリの強さが勝るか。
それを証明するために両者は互いに攻撃を仕掛けようとした。
……その時、

「余裕っすよ。」

シオンヌのものでもイシグリのものでもない、軽薄で幼い声が聞こえてきた。
そして次の瞬間、イシグリの背中に耐え難い痛みが襲ってくる。

「なっ?……え?……」

イシグリは目の前のシオンヌに集中をしていた。
言い換えれば、それ以外に注意を払えていなかったのだ。
そしてそれはシオンヌも同じ。
急に現れた先輩に驚きを隠せずにいる。

「ハ、ハ、ハシ……」
「あはは、シオンヌ変な顔。ウケる。」
「ハシサコさん-ーーー!?」

イシグリに後ろから襲い掛かったのはもう1人の生存者、リン・ハシサコ・ランチマインドだった。
リンによる斬撃を無防備な背中で受けたイシグリは、あまりのショックに意識を飛ばされてしまう。

「いぇーい!大勝利!シオンヌも私が来るのを待ってたんでしょ?」
「いや、今来るんかいっ!」

イシグリが倒れることにより、サポート班は最後の放送を伝達した。

<<残り人数は2人やき〜。え、残りは番長だけ?……ひゃー!リンちゃんもシオンヌちゃんも凄い!
 あ、失礼しました……優勝はアンジュ王国の番長チーム。番長チームやき〜。>>

224 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/11(金) 01:36:35
優勝が決まった瞬間、あちらこちらに潜んでいたサポート班が次々続々と顔を出した。
ハシサコとシオンヌを祝福したいという理由ではない。
負傷者たちをすぐに医療班のもとへ運ぶために登場したのだ。
その早業に番長の2人は目を丸くする。

「改めて見てみると強そうな人ばっかり倒れてるじゃん。シオンヌよく生き残れたね。」
「こっちは本当に大変だったんですよ……ハシサコさんはお気軽だったみたいですけど」

なかなか助けにきてくれなかったので、シオンヌはちょっとだけスネた顔をした。

「いやいや、こっちも結構たいへんだったんだからね。」
「ここより大変な現場があります!?帝国剣士と銃士とユニットがウジャウジャで……」

ここでシオンヌは眩暈がするのを感じた。
テンションの上昇で忘れていたが、シオンヌもかなりの重傷なのだ。
体力の限界を迎えているため意識を保つのも困難になる。

「うぅ……私はもうダメみたいです……」
「はいはい。医療班の人にちゃんと診てもらいな。」
「はい……」

シオンヌが目を閉じたところでハシサコはフゥと息を吐いた。
そして力なく、その場に倒れこんでしまう。

「はぁ……これでやっと寝れる。先輩でいるのも大変だよ……」

同時刻、医療班の設営したテントの中ではユニット所属のキララとマドカが身体を休めていた。
良質な治療を受けたので身体の方は全く問題ないのだが、
番長チーム優勝の放送を聞いていたので、2人とも明るく振る舞うことは出来ていなかった。

「キララさん……私、まだ信じられないんですけど」
「私たちが帝国剣士に負けたことが信じられないの?もう受け入れなさい。」
「いえ、信じられないのは私たちユニットが優勝できなかったことです。
 だって!あの2人が負けるなんて思わないじゃないですか!」
「……強国の力が想像以上だったのよ。あの2人でも敵わないくらいにね。」

ユニットは全員が実力者ではあるが、2枚看板の強さは特に異常だった。
1人はイシグリだ。その実力は今更語る必要は無いだろう。
そしてもう1人は……

「え?……キララさん、今運び込まれたのって……」
「カネミツ!?」

ユニットは4人ではない。
キララ、イシグリ、クボタ、マドカ、そしてこのカネミツを含めた5人組なのだ。
そしてカネミツは2枚看板のうちの1人。即ち、イシグリと並ぶ強者として扱われている。

「あ……キララさん、マドカちゃん……ごめんなさい、負けちゃいました……」
「貴女ほどの人がどうしてここまで酷い怪我を!?」
「ひょっとして複数を同時に相手してたんですか!?」

カネミツは手脚どころか全身から流血をしていた。
医療班により止血を施されていたが、それでも巻かれた包帯に血が痛々しく滲んでいる。

「複数?……いや、1人にやられたんですよ……あはは、本当に自信無くしちゃいますよね。」
「「1人!?」」
「番長のリンって人に1対1で負けました……あの強さは人間じゃないです。」

225 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/12(土) 03:08:53
イシグリと帝国剣士・番長・銃士らが戦っている裏で、
ハシサコとカネミツは一騎打ちをしていたのである。
戦いのペースは終始ハシサコが握っていた。
スピードが速いだけでなく、相手をおちょくるような動きで攪乱し、
カネミツの強みや見せ場をことごとく潰すような戦い方をしていたのだ。
場をSHAKA SHAKAとかき乱しながら要所要所で斬りつけることにより、
時刻で言うと、ユメ・オクトピックがイシグリに倒される少し前のあたりには、
ハシサコはカネミツを倒したというわけだ。

「私たちは強い。それは間違いない。
 それでも、上には上がいるということを思い知らされたわね……」

キララの言葉に、ユニットらは暗くなってしまった。
優勝することで名を挙げて、活動規模を増やすという計画がパーになったどころか、
強国の戦士たちの実力が想像以上だったことを痛感したので、無理もないだろう。
だが、この時の彼女らは気づいていなかったのだ。
今回の合同演習プログラムでのユニットの活躍を見て、
自分たちも共に戦いたいと心から思った戦士が決して少なくないことを。

226 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/12(土) 03:10:39
話はまだもう少しだけ続きますが、戦闘自体は終わりです。
なので合同演習プログラムの撃破数ランキングを書きますね。
実際には他の参加者もいて、クボタやワカナは数名倒したりしていますが名前有りキャラだけでカウントします。

・5勝
 イシグリ(ケロンヌ、リアイ、ワカナ、ユメ、メイチャンに勝利)

・2勝
 ハシサコ(イシグリ、カネミツに勝利)

・1勝
 メイチャン(マドカに勝利)
 ホマタン(キララに勝利)
 キララ(ホマタンに勝利)
 ワカナ(クボタに勝利)
 シオンヌ(リオに勝利)

・0勝
 ケロンヌ、マドカ、クボタ、リアイ、リオ、ユメ、カネミツ


あれ、リアイやリオって0勝だったんですね……
自分で書いてて把握してませんでした。

227 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/13(日) 00:52:43
合同演習プログラムの閉会式は翌日に執り行われた。
ハシサコとシオンヌを除いた全員が前日に倒れているわけなので、
肉体的あるいは精神的に辛い場合は無理せず欠席しても良いとされているが、
参加者の大多数は休まずに出席していた。
式にはサポート班として働いていた現役の帝国剣士、番長、銃士らも参加するので、
人気ある彼女らを目当てに、疲労した身体にムチ打ってやってくる戦士も少なくなかったらしい。
そんな中、新人銃士チームの2人は非常に暗い顔をしていた。

「ユメ……何人倒した?」
「0人……リアイは?」
「……0人や」

優勝候補の本命だったユメとリアイは不甲斐ない結果にひどく落ち込んでいた。
戦いの内容自体は決して恥ずかしがるようなものでは無かったのだが、
撃破数0人という数字をかなり気にしているようだ。

「2人とも前より仲良しさんになったんじゃない?」
「「ひっ!?」」

2人の教育・指導を担当している先輩銃士が突然声を掛けてきたものだから、ユメもリアイも飛び上がった。
これからキツい叱責を受けると思うと震えあがってくる。

「あの、罰は全部わたしが受けます!リアイはイシグリちゃん相手に健闘したから見逃してください!」
「いやいや!ユメは骨がグチャグチャになるくらい頑張ったんです!お仕置きなら私が!」
「私のイメージどうなっちゃってるのよ……」

先輩は怯える2人を一旦落ち着かせて、今回の演習の評価を伝え始めた。
ユメとリアイの戦績はサポート班の知り合いから聞いていたらしい。

「えっと、序盤は最悪ね。2人で足を引っ張り合った結果ホマタンちゃんを逃がしちゃった、と。
 あの子も帝国剣士なんだからそりゃ強いんだろうけど、2人で協力すれば難なく倒せる相手よね?」
「はい……」
「反省してます……」
「その代わり、仲直りしてからの展開は悪くなかったわ。」
「「!」」
「強敵揃いの現場だったけど、コミュニケーションを取り合ってお互いの役割を決めたらしいね。
 結果的に負けはしたけども最後まで勝ちを諦めてなかったってアーリーさんもルルちゃんも褒めてたよ。
 立派になったね、2人とも」

嬉しさが極まったのか、ユメもリアイも泣き出してしまった。
周囲から強者として一目置かれてはいるが、ティーンの女子であることには変わりないのだ。
そんな銃士たちの光景を、ユニットのキララ、イシグリ、クボタ、マドカが遠くから見ていた。
クボタがイシグリに話しかける。

「挨拶しなくてもいいんですか?あの人は確かイシグリさんの師匠じゃ……」

親切心からなる言葉ではあったが、イシグリは首を横に振った。

「まだその時期じゃないよ。私は未熟。昨日はそれを痛感したんだ。
 いつか胸を張れるようになった日に、しっかりと挨拶できたらいいな。」
「そうですか!その日はきっとすぐ来ますよ!」
「だと良いね。……そういえばさっきから気になってるんだけど。」
「はい?」
「カネミツはどこにいるんだろう。クボタ知ってる?」
「重傷のようだからホテルで休んでるんですかね?キララさんやマドカちゃんは知ってます?」
「「……」」

昨日カネミツと会話していたキララとマドカは、この件については何も語らなかった。

228 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/14(月) 02:17:39

「えっ!パンダさん禁止ですか!?」
「あっ、そんな悲しい顔しないで、1か月よ?1か月だけパンダさんを控えてくれればそれでいいの。」

包帯でグルグル巻きになったメイチャンと会話しているのは帝国剣士団長のアユミンだった。
肉体を酷使しすぎて重傷になったメイチャンにパンダさんパワーの禁止を命じたのだが、
とても辛そうな顔をするので、アユミンは扱いに困ってしまう。
その様子を見ていたリオが呆れた風に言葉をかけた。

「アユミンさん甘すぎですよ。半年くらいパンダ禁止にしてもバチは当たらないんじゃないですか?」
「パンダさん!」
「キタガワ!メイチャンが怒ってるでしょ!パンダさんにはさんを付けて!」
「私には厳しすぎません!?」

そう言うリオだって、昨日は出血多量でなかなかに危険な状況だった。
同期のホマタンも大火傷を負ったため、3人そろって大怪我で敗退したことになる。
善戦はしたものの優勝を逃したので、リオもホマタンもメイチャンも暗くなってしまった。
それを見て焦ったアユミンが近くにいたオダに助けを求める。

「お、おいオダ!昔、合同演習プログラムに参加したことあったんでしょ!
 私は未経験だからさ、だからオダが良い感じに励ましてやってよ!」
「私……ですか?そうですねぇ……私も当時は納得いく結果を残せなかったんですよね……」
「ん?その始まりで励ましに繋げられる?」
「そんな私でも今は帝国剣士随一の天才剣士。それは3人も知っての通りでしょ?だから演習の結果で一喜一憂する必要はないのよ?」
「「「はい!」」」
「う〜ん、なんかムカつくんだよな。」

229 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/15(火) 01:11:35

時間が経過し、閉会式が始まった。
一番の目玉はやはり優勝チームの紹介だろう。
特設されたステージの袖では、ケロンヌ、シオンヌ、ワカナの3人が緊張で固くなっていた。
彼女たちは番長になったばかりなので、大勢の前で話す経験がほとんど無かったのだ。

「ど、どうしよう手が震えてきちゃった……」
「国内でもこんな機会は無かったのに……」
「スピーチ何を話せばいいんだろう……」

そんな中、一期先輩のリン・ハシサコ・ランチマインドは落ち着いていた。
用意された椅子に座りながらどっしりと構えている。

「まったくしょうがないなぁ〜ここは先輩の私がスピーチを引き受けてあげる。」
「「「えっ!?」」」
「ていうか緊張しすぎだよ。ウケる。番長は優勝したんだから堂々としてればいーの。」

態度こそふてぶてしいが、やっぱり頼りになる先輩だなとシオンヌは思った。
ここはお言葉に甘えて先輩に全部任せることにして、4人はステージへと上がっていった。

「あれ!?タケさんがいる!」

アンジュ王国の二代目表番長であるタケが立っていたから、番長らは驚いた。
タケの手には立派な賞状が握られている。
実はこの賞状、「煌舞」という雅号を持つ書道の達人・タケによる直筆なのだ。

「いや〜まさかウチの子たちに賞状を渡すことになるとはな〜
 本当におめでと!リンちゃん!ケロンヌ!シオンヌ!ワカナちゃん!頑張ったね!」

ケロンヌもシオンヌもワカナも感極まって涙を流してしまった。
これではスピーチなんて出来やしないが、先輩ハシサコにお任せしたのだから安心だ。

(ハシサコさん頼りにしてますよ!渾身のスピーチをバシッと決めてください!)

シオンヌは心の中でそう思ったが、すぐにあることを思い出した。
このままではまずいと、血の気が一気に引いてしまう。

「よーしリンちゃん!参加者の皆に優勝スピーチを聞かせてやってくれよ!」
「ハ、ハイ……アノ、エット……」
「おいおい、リンちゃんは相変わらず無口だな」

リン・ハシサコ・ランチマインドは極度の内弁慶だったのだ。
特に、尊敬するタケと話すときは人が変わったかのように静かになってしまう。
「本当に、肝心な時に頼りにならない人だな」と、シオンヌは頭を抱える。



リハビリOMAKE更新「STEP BY STEP」 おわり

230 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/15(火) 01:12:45
これでOMAKE更新はお終いです。
近日中に本編の更新を再開しますね。

231名無し募集中。。。:2021/06/15(火) 08:33:40
乙です
てゆーかもうこの新世代からの話でリブートしても良いと思う
もう本編が現実に追いつくのムリでしょ
ほとんどのメンバー卒業しちゃったし

232名無し募集中。。。:2021/06/15(火) 12:51:14
面白かった
本編も待ってる

233 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/16(水) 00:43:35
コメントありがとうございます!

リブート案は発想になかったです!
ただ、新世代の話はまったく思いついてないので、やっぱり元々想定していた話を書こうと思います。
思いつきさえすればいつかまた続きを書くかもしれませんね。

234 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/16(水) 03:06:18

今夜はリハビリOMAKE更新のキャラクター紹介を書きます。

■モーニング帝国剣士
チームでフォーメーション組んで戦うシーンを多めにすることを意識しました。

【名前】リオ・キタガワ・サンツケン
【名前の由来】決してパンダさんと呼ばない=さんを付けない。
【コメント】早々に水使いに決まりましたが水の使い方のバリエーションが少ないのが悔やまれます。

【名前】ホマタン・ウィナー
【名前の由来】ほまたん優勝
【コメント】主人公の予定でした。お肉好きから着想した肉食獣化はちょっと地味でしたね……

【名前】メイチャン・リコテキー
【名前の由来】youtubeの白黒パンダゲーム動画で小田が「利己的な企画だね」と発言
【コメント】「メイ」ではなく「メイチャン」なのは番長のメイとの名前被りを避けるためでした。

■番長
シオンヌの思い通りに動いてくれない人たちの集まりです。

【名前】リン・ハシサコ・ランチマインド
【名前の由来】為永のブログで「食べ終わった後のお弁当はその人の心の中を読める」と発言
【コメント】リン(ハシサコ)とリン(ケロンヌ)の名前被りを最初は回避しようとしましたが、諦めて同名にしちゃいました。

【名前】リン・ケロンヌ・ラブオデン
【名前の由来】BLTのインタビューで「おでんが大好きです」と発言
【コメント】実は戦闘スタイルを全く考えてません。今後の活躍を見て考えようと思います。

【名前】シオンヌ・タメ・ハサミサン
【名前の由来】橋迫・川名のブログで、ハサミさんにお願いすれば無くし物が見つかると発言。
【コメント】実質的な主人公。連戦続きのスーパー苦労人だけど扱いは良かったですね。

【名前】ワカナ・シタクマッハ
【名前の由来】川名・為永に帰り支度が早いとブログに書かれたエピソード。
【コメント】攻撃力100、防御力0という極端な能力設定にしました。歩く兵器みたいなイメージ。

■銃士
KASTはカリン・アーリー・サユキ・トモの略ですが、新人が増えてもこの名前なのはおかしいので銃士に変えました。

【名前】ユメ・オクトピック
【名前の由来】Juiceのライブタイトル+オクトパス
【コメント】身体が軟らかく骨が折れても戦い続けるタコ少女。最初の方で出たサイコパス感をもっと出したかったです。

【名前】リアイ・ザワラギリ・バーミー
【名前の由来】かなざわらさん、たかぎりさん、ゆめんばーみー
【コメント】戦闘よりも会話パートを書くのが楽しかったです。メイチャンとのパンダさんトークは金スマの中居さんをイメージしてます。

■ユニット
ユニットのフルネームは決めてません。今の時点で決めると後々後悔しそうだったので。その代わり1人1人とイメージ楽曲を設定しました。

【名前】キララ
【イメージ楽曲】43度
【コメント】自称43度は自称176cmみたいなもんです。ぶっちゃけ熱を帯びないほうが強いですね。

【名前】イシグリ
【イメージ楽曲】リアル☆リトル☆ガール
【コメント】今作の化け物枠。「北出身は3人いる」と「ユニットが参戦している」の2つの情報をどのように出せばインパクトを与えられるかずっと考えてました。

【名前】クボタ
【イメージ楽曲】情熱スパークル
【コメント】実力はシオンヌとほぼ互角。作中に出てきた「少女たちの決断」は為永や窪田が出演したabemaのオーディション番組です。

【名前】マドカ
【イメージ楽曲】悪いヒト
【コメント】ついつい性格を悪くしちゃいました。ごめんなさい。でも書いててとても楽しかったです。(リオとの水トークが特に好き)

【名前】カネミツ
【イメージ楽曲】なし
【コメント】後付けではなく最初からユニットは5人出そうと考えていました。作中でも人数については気を付けて書いています。

235 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/16(水) 03:09:48
その他の出演キャラクター(抜けてたら指摘ください。)

■モーニング帝国剣士
・エリポン。ホマタンが大好き。キララも好み。
・アユミン。オダには厳しいけどホマタンとメイチャンにはめちゃくちゃ甘い。
・オダ。過去はアヤノ、タグ、レナコという名の戦士とチームを組んで合同演習プログラムに参加し、悔しい思いをしたらしい。
・カエディーと呼ばれたサポート班。実家は温泉宿をやってるそうです。
・リオを応援するサポート班。元カントリーでしたが今は帝国剣士をやってるそうです。水鉄砲はもともとこの人の技。

■番長
・タケ。最近の書道ネタ(煌舞)を使わせてもらいました。
・シオンヌを応援するサポート班。元カントリーでしたが今は番長をやってるそうです。引退を考えているとのこと。
・定時連絡をする放送担当。高知弁に似た方言を使います。
・ハーチャン・キュリー。名前の由来はきゅうりです。
・レラピ・ツクシ・ヤーテンナー。名前の由来はYoutubeのナイトルーティン動画です。「つくし水」と「やってんな」

■銃士
・ユカニャ。リケ女で医療班の代表。死者0人で済んだのは大体この人のおかげ。
・トモ。昔よりかなり穏やかになったようです。
・リアイに尊敬されている異常聴覚を持つ先輩。まぁ、サユキです。
・アーリー。昔よりかなり落ち着いたようです。
・ユメを心配したサポート班。広島弁に似た方言を使います。
・ユメとリアイの教育担当のスパルタな先輩。後輩指導は大変だけど今日もがんばりまなかん。
・元ファクトリーと言われた後輩。ボイパとか得意そうですね。

改めて見ると銃士めっちゃ出てるな……
ちなみにつばきやBEYOOOOONSにあたるキャラは意図的に出しませんでした。

236 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/18(金) 02:13:41
本編は明日から再開予定です。
クマイチャンvs番長戦の続きですね。
おさらいをしたい方は以下を見てください。
https://masastory.web.fc2.com/s04.html

237 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/19(土) 02:38:40

カナナンはリカコの背中をトントンと叩いた。
これがサトタを追うための合図。
対象をコマ送りのように捉える"眼"の情報を伝えるには、言葉では間に合わない。
そのためにカナナンはリカコの背中を叩くことで次に動くべき方向を指示しているのだ。

(わ、分かりました!(><))

カナナンに示された先には何も居ないようにリカコには見えていた。
そこに向かって飛び込むのは恐ろしいが、信じないという選択肢は無い。
リカコは、滑る地面と転がるソロバンの合わせ技で高速移動を実現し、
何も見えぬ宙を目掛けて突進していく。

「うりゃあああああああああ!(;`皿´)」

リカコが勇気を出して突っ込んだおかげで、カナナンの計算が正解を導き出すことに成功した。
コマ送りの眼によって、サトタの行動パターンは十分に把握出来ている。
そして、次にどう動くかまでも予測していたのだ。
サトタの移動先にリカコを突進させることで両者を激しく衝突させることが狙いだったのである。
だが、サトタはおバカと呼ばれてはいたが馬鹿ではなかった。
リカコとぶつかりそうになることにいち早く気づき、咄嗟に方向転換をしようとする。

(伝説の名馬なんやから動体視力も規格外に決まっとるわな。
 せやけど、もう間に合わんで!!)

サトタが避けようとしたその時、リカコが大袈裟にすっ転びだした。
石鹸水で非常にすべりやすくした地面の上で、ソロバンを足に乗せて移動をしていたため、
不安定すぎるあまり派手にバランスを崩してしまったのである。
そして、リカコが転倒することまでも含めてカナナンの計算通りだった。
サトタの横っ腹にリカコが頭から飛び込んでくる。

(!!!!)

まさに人間砲台。
これをまともに受けたサトタはその場でぶっ倒れてしまう。
脇腹がひどく痛む。おそらくは骨が折れたのかもしれない。
それでもサトタは立ち上がった。
このまま寝てたら狙い撃ちされるという理由もあるが、名馬としての誇りが彼女をそうさせたのだ。
もう決してヘマはしない。今度こそカナナンとリカコの2人をはね飛ばしてやる。
……そう思っていたのだが、地面に這いつくばるリカコはともかく、肝心の頭脳であるカナナンがどこにも見当たらなかった。
右を向いても、左を向いても、カナナンは影も形もいやしない。

「身体がズッシリ重くなったやろ?それ、疲労のせいやないで。」
(!?)

カナナンの居場所、それはサトタの背中だった。
リカコがすっ転んだ際に上空へと放り投げられて、そのままサトタの背に着地したのである。
サトタはゾッとした。いったいカナナンは何手先まで見えていると言うのだろうか。
こうなったら思いっきり振り回してから落馬させてやろうと思ったが、カナナンのとった捨て身の行動の方が速かった。

「カナを落とすんか?ええで。その代わり、一緒に堕ちてもらうけどな!!」

カナナンはサトタの首に精一杯しがみついていた。
そんなカナナンを無理矢理にでも降り落とそうとしたものだから、逆にサトタの首の骨が折れてしまう。
急激なショックを受けたサトタは立っていられなくなり、カナナンもろとも硬い地面に頭をぶつけることとなる。

「カ、カナナンさーーーーーーん!!(*○*)」

238 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/20(日) 02:02:39

カナナン&リカコがサトタと戦っていたのと同時刻、
タケ、リナプー、マホの3人は手負いの獣と化したクマイチャンと対峙していた。
これまでの番長らの攻撃のおかげで、クマイチャンの右脚はひどく損傷しているし、
左手にいたっては腱が切れているためまるで使い物にならない。
それでも、クマイチャンから発せられる重力のようなオーラは建材だ。

「くっ……リナプー、マホ、行けるか?」
「私の恰好を見てよ、行けると思う?」

リナプーの身体はもうボロボロだった。
不完全ながらもクマイチャンの必殺技「ロングライトニングポール」を受けたうえに、
地面へと強く叩きつけられたために全身の骨がボロボロになっているのだ。
おかげで起立することもままならず、地べたに転がっている。
そんな状況でも冷笑を浮かべるリナプーを見て、タケはニコッと笑う。

「うん、行けそうだな。安心したよ。」
「人使い荒いなぁ……」

2人の会話にもう一人の番長、マホ・タタンが割って入ってきた。

「あの、私、試してみたいことがあります。」
「試したいこと?いいじゃん、やってみなよ!」

この状況でクマイチャンをしっかりと見つめるマホを見て、何かやってくれるとタケは確信した。
作戦会議をしている暇は無い。ここはマホを信じて送り出すべきだ。
しかしスナイパーであるマホは接近されると弱い。
右脚が壊れたとは言えクマイチャンの一歩はとても大きい。すぐに詰められてしまうことだろう。
ということは、ここがリナプー・コワオールドの働きどころなのだ。

「1撃だけなら止めてやるよ、マホ!思いっきりやりな!」
「はい!!」

番長らが会話をしている間にもクマイチャンは迫っていた。
メイに折られて長刀の長さが半分になったが、それでも剣は剣。
そんな半長刀を右手で掴み、マホが構えるよりも先に叩っ斬る。

「させないよっ!」
「学習しないなぁ……その"させないよ"を"させないよ"っての。」

リナプーの言葉通り、クマイチャンの斬撃の軌道は無理矢理に捻じ曲げられてしまった。
マホを斬るはずが、思惑に反してリナプー目掛けて半長刀を振り下ろしている。
これはリナプーのとっておきのオシャレである血化粧がクマイチャンの脳に直接作用し、攻撃を引き付けるというもの。

(またこれか!だったらもういい!リナプーの首を斬り落とす!!)

クマイチャンは剣を握る力を緩めなかった。マホは一旦諦めて、リナプーを倒すことで敵の駒数を減らそうとしているのだ。
少しも動けぬリナプーはこれでお陀仏。
そのはずなのだが、斬撃はリナプーに当たらなかった。
姿を見え難くした愛犬ププとクランがリナプーに噛みつき、主人を素早く引き摺ることで回避したのである。
だが、クマイチャンはそれでも狼狽えたりはしなかった。

「だったら!こうしてやるっ!!!!」

第一候補のマホも、第二候補のリナプーも斬れなかったクマイチャンは、第三候補「地面」に半長刀を強く叩きつけた。
これは『ロングライトニングポール"派生・枝(ブランチ)"』
地面に亀裂を生じさせ、枝分かれするかのように地がどんどん裂けていく。
こうして起きた衝撃を至近距離で受けたため、リナプー・ププ・クランの3者は一瞬にして意識を断たれてしまう。
結果的にクマイチャンは番長の頭数の削減に成功したことになる。
ただ、この被害はまだマシな方だった。
もしもクマイチャンが両手で剣を握っていたのであれば、破壊力が凄まじすぎるあまり、本物の地割れが起きていたところだったのだから。

239名無し募集中。。。:2021/06/20(日) 14:07:00
めいちゃんが先輩になったらパンダさん先輩になるのか(笑)

ゴリラモード強そう

240 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/21(月) 01:57:44
呪術廻戦ですね。
先輩になるのはまだまだ先になりそうですがw

241 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/21(月) 03:08:00
リナプーを倒すことにより、クマイチャンは右腕一本だけでも強いことが明らかになった。
得物が折れた半長刀だろうが関係ない。番長を一人残らず潰すつもりだろう。
そんな時、銃声が聞こえると共にクマイチャンの右肩が爆ぜだした。

「!?」

この場で銃を扱うのはマホ・タタンのみ。
リナプーが1手分の時間を稼いだおかげで、狙い通りに狙撃をすることが出来たのだ。
その狙いとは、クマイチャンの肩に埋め込まれた銃弾に新たな銃弾をヒットさせるというもの。
これまでの戦いでマホは計2発もの弾丸をクマイチャンの右肩にブチ込んでいたのだ。
そこに対して0ズレの銃撃を喰らわせたのだから、弾と弾同士が炸裂し、クマイチャンの肩は内部から爆破される。
その時の苦痛はクマイチャンであろうとも耐え難いものであったし、
腕と身体を繋げる神経までも大きく損傷してしまっていた。

「ぐっ……くそっ……剣が……」

刀が地面に落ちる音が無慈悲に響く。
クマイチャンにはもう愛刀を握る力さえも残っていなかった。
左腕をリナプーに、右腕をマホに破壊された結果、どちらの腕にも力を入れることが出来なくなってしまったのだ。
だが、それでもクマイチャンは戦いを止めたりしない。
発射後で無防備になったマホに対して巨体からなる体当たりを繰り出していく。

「よくもっ!お返しは高くつくよっ!!!」

この時クマイチャンが発した最大出力の殺気は非常に純度が高く、加減一切なしの殺意のみで構成されていた。
マホは巨人に押し潰されて圧死するビジョンを先行で見せつけられて、
まだ衝突してもいないのに一瞬で気を失ってしまう。
ベリーズ討伐ツアーに不参加だったマホには、殺人オーラから身を護る精神力は完全には出来上がっていなかったのだろう。
このまま本当に物理的にも押し潰されてしまうかもしれないといったところで、クマイチャンの顔面に強烈な蹴りが入った。
タケ・ガキダナーの飛び蹴りが決まったのだ。

「マホ!大丈夫か!!」

クマイチャンが後ろにのけ反ったため、衝突だけはなんとか食い止めた。
気絶こそしたが、マホ・タタンの身体に及ぶ危険を排除することが出来たのだ。
しかし、リナプーもマホも倒れた今、タケはクマイチャンを1人で相手することになるワケだが……

「タケさん!!助太刀します!!(TT)」
「リカコ!」

訂正する。タケは1人ではない。
タケとリカコの2人で力を合わせてクマイチャンにトドメを刺すことが最重要ミッションだ。

242 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/22(火) 03:37:18

「サトタを倒したのか……凄いじゃん!」

リカコの周りでサトタとカナナンが倒れているのをタケは目撃した。
同期のメイとリナプーに続いてカナナンまでやられたのは悔しいが、
ムロタン、マホを含め全員が活躍してくれたからこそ今の状況がある。
今のクマイチャンは両腕が使えず、脚も大きく負傷している。サトタが味方につくこともない。
まさに千載一遇のチャンスと言えるだろう。

「"勝てる"……とか思ってないよね!?」

クマイチャンはタケとリカコを威嚇するかのように大きく立ち上がった。
176cmとは全く思えない程に巨大な176cm。それを見たリカコの身体はブルブルと震えだしている。
これまでは番長全員で起き上がらせないことを徹底していたが、高さの優位を取り戻されてしまった。
ここからは位置エネルギーを最大限に活かした高層からの攻撃が次々と降り注がれることだろう。

「リカコ、何も怖がることは無いよ」
「えっ?(゚_゚)?」
「"高い壁ならたったか登れちゃガッカリじゃないか"
 "手の届かないハードルだなんて存在しないさ"
 つまりさ、私たちは一番強いクマイチャンを倒すチャンスを手に入れたんだ!
 ワクワクするだろ?むしろ頭上を超えてやろうぜ!」
「はい!(><)」

この状況でも威勢のよさを見せる番長2人を前に、逆クマイチャンの方が押されていた。
これは良くない。しっかりと分からせてやる必要がある。
タケとリカコの2人を睨みつけながら、クマイチャンはこう言い放った。

「ロングライトニングポール、"派生・シューティングスター"!!」
「「!」」

後輩を黙らせるには自らが流星と化して、偉大なまでの破壊力を見せつけるべきと考えたのだ。
クマイチャンはまだかろうじて動く左足を高くあげて、ドスンと地面を踏んづけた。
そうして生じたパワーの全てを推進力へと変換し、上空へと高く高く飛翔する。
そして武道館のてっぺんと同じ高さまで辿り着いたかと思えば、頭を下に向けて一気に落下していった。
今のクマイチャンは武器を持たないが、これだけの勢いがあれば身体1つで殺傷能力は十分だ。
さぁ、タケとリカコのどちらに向かって落ちてやろうか。

(あれ?タケだけ?……リカコがいない!)

地上にタケ・ガキダナーしかいないことをおかしく思った。
ではリカコ・シッツレイはいったいどこに行ったというのか?
走って遠くまで逃げたか?それとも地面に潜ったか?
その答えはすぐに分かることになる。

「タケさん!私はっ!今!クマイチャンの頭上を超えます!!(`〇´) 」
「!?」

リカコはなんとクマイチャンの背中にしがみついていた。
カナナンがサトタに乗ったのを参考に、自分もやってみせたのである。
いつもは泣き虫のリカコだが、今は自分がクマイチャンを倒すとばかりに勇敢に努めている。
"涙は蝶に変わる"
この戦いがリカコ・シッツレイを強くし、羽ばたく蝶のように飛躍させたのだ。

243 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/23(水) 03:34:40

クマイチャンはこれまでの人生で相手を見上げたことは殆どなかった。
それが今はどうか
リカコが自分の身体をよじ登り、更なる高みに立とうとしている。
そして空中という不安定な状況にも係わらず、クマイチャンの脳天にかかと落としを喰らわせる。

「ドンデンガエシだああああああ!!(*○*)」

壮大などんでん返し
圧巻のどんでん返し
運命の大逆転劇だ
リカコの蹴り自体は大したダメージを与えることは出来ない。
だが、今は自称176cmをゆうに超える上空にある。
このまま地面へと落ちればどんな巨人であろうとも参ってしまうことだろう。

(いやいや!耐えてみせる!)

クマイチャンは高所からの着地はお手の物。
リカコのかかと落としで空中でのバランスが乱れたが、歯を食いしばれば堪えることが出来る。
無事に地面に降り立った後にリカコを地面に叩きつければ良いだけだ。
しかし、もう一人の番長がそうさせてくれなかった。

「リカコよくやった!下は任せろ!!」

高速で落ちてくるクマイチャン目掛けて、タケ・ガキダナーが跳躍してきた。
そして手に握る鉄球をクマイチャンの腹に思いっきり当てたのだ。
野球で言うところのタッチアウトだが、
遥か上空から落ちてきたところに鉄球を当たられたのだから、その衝撃は並大抵ではなかった。
リカコによる下方向への力と、タケによる上方向への力がクマイチャンに体内でぶつかり合い、
内臓を著しく損傷してしまう。

「う、うわああああああああああああああああああ!!」

極度の痛みで空を制する余裕が無くなったクマイチャンはそのまま地面に衝突した。
高さを活かして常に優位を保ってきた巨人戦士が、
今回ばかりは逆に高さを利用されてしまったというワケだ。
「もう、勝てない」と感じたクマイチャンはそのまま目を瞑り、意識を失っていく。

「勝った?……勝った!?タケさん!私たち、勝ったんですか!?(TT)」
「ああ!番長の勝利だ!みんなが強いからクマイチャンに勝てたんだよ!」

リカコは地面に到達する寸前に粘着性のある大きなシャボン玉を膨らまし、
落下の衝撃から自分とタケを守っていた。
つまりは番長たちの完全勝利だ。
同格のキュートを欠いてベリーズを倒すのは、近年では考えられない程の偉業。
後にアンジュ王国の番長たちはその成果を大きく称えられることになるのだが、
タケとリカコは既に次を見ていた。

「リカコ、武道館に入ろう!」
「はい!(`〇´)」

連合軍の使命はマーサー王とサユの救出だ。
門番クマイチャンを倒した今、道を阻む者は存在しない。
倒れた仲間に最低限の応急処置のみを施し、全ての戦士が憧れる武道館へと走り出す。

244 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/24(木) 01:40:28
今日からはVSミヤビの続きを書きます。
おさらいをしたい方は以下を見てください。
https://masastory.web.fc2.com/s03.html

245 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/24(木) 01:41:17

ミヤビにやられてしまったが、ハルはオダとトモに大切なことを教えてくれた。
それは、自分たちの必殺技がベリーズに有効であるということ。
敵は化け物ではあるが、決して届かない程ではないのだ。

「トモ、私が行くわ。サポートをお願い。」
「サポート?そんなのしないよ。」
「えっ」
「だって、サポートはオカール様にしていただけるんでしょ!」

トモは恐怖を振り切ってミヤビに飛び掛かった。
弓使いの遠距離ファイターにも係わらず、近接の殴り合いもこなせるのがトモの強みだ。
アイリから一時的に譲り受けた眼を使うまでもなく、
ハルの必殺技によってえぐられた右脇腹が弱点であるのは明白だ。
そこを目掛けてボウを思いっきり叩きつけようとする。

「狙いは良いが隙だらけだよ!必殺!"猟奇的殺人"……」
「させるかっ!」
「!!」

ミヤビがトモを斬り捨てようとしたその時、オカールが右腕に噛みついてきた。
これでは鋭い斬撃を繰り出すことは敵わないため、トモを諦めてオカールを蹴り飛ばす。
どうやら後輩をサポートするというのは本気のようだ。

「有難う御座います!」
「礼はいらねぇっつってんだろ!」
「本当にどんな状況でもサポートしてくれるんですね。ということはもっと危険なやり方もいけるな……」
「お、おい、トモ、お前なんか嫌な後輩だな」

今の一連の光景を見て、オダ・プロジドリは視界が晴れたような思いになった。
彼女が頭に思い浮かべていた必殺技はノンストレスの状況でしか繰り出すことが出来ない。
そのため、恐ろしいミヤビの前ではなかなか見せることが出来なかったのだが、
オカールが全ての攻撃から護ってくれるのであれば、話は別だ。

「オカール様、改めて、私が行きます。サポートをお願いします。」
「ったく、俺をアゴで使うんだから勝算はあるんだろうな!?」
「はい。私、天才なので。」
「……なんか嫌な後輩ばっかりだな。」

オダはこの状況でもにこやかな顔をし、スタスタとミヤビの方へと歩いて行った。
そして愛用するブロードソード「レフ」でミヤビに斬りつける。
その斬撃は太刀筋が美しく、且つ、殺気もしっかりと乗っていた。
だが、ミヤビを倒すにはあまりにもお利巧すぎる。
こんなのは必殺技とは言わない。ただの単発の斬撃だ。

(なんだ?……これくらい簡単に受け止められるが……
 いや、ここは反撃させてもらおう。オカールのサポートがいつまで続くかな!?)

ミヤビは脇差を振るって、オダの数倍も鋭い斬撃を放った。
これはオダを攻撃しているのではない。オダを護るオカールにダメージを与えるための一撃だ。
案の定、オカールは刃の軌道上に立ちふさがった。
ミヤビは少しも腕の力を緩めず、オカールの胸を切り裂いてく。

246 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/25(金) 02:24:03

「ド……"弩級のゴーサイン"」

自分をかばったオカールが傷ついたというのに、
マイペースによく分からない言葉を発するオダを見て、ミヤビもオカールもキョトンとしてしまった。
「守られて当然。私は好きなように斬りますよ」とでも言いたげだ。
そしてオダは更に奇妙な言葉を発しながら二撃目を繰り出していく。

「レ……"レモン色とミルクティ"」

その攻撃も、初撃同様に行儀の良すぎる太刀筋だった。
時々口ずさむ言葉は意味不明だが、斬撃自体はミヤビにとっては取るに足らないもの。

(剣で弾いてやってもいいけど……ここはまた利用させてもらおう。)

ミヤビは先ほどと同様にオダの攻撃を避けてから反撃を返そうとした。
後は勝手にオカールがかばってくれるので、ミヤビはノーリスクで強敵オカールを斬れると踏んだのだ。
しかし、そう思ってたところでオダの剣が急加速を始める。
ミヤビは二撃目を避けきれずに腰を斬られてしまった。

「!?」
「ミ……"みかん"、ファ……"Fantasyが始まる"」

オダが三撃目と四撃目を連続で放ってきたので、ミヤビは脇差で受け太刀をした。
ここでミヤビはやっと気づく。オダの刃は段々と強く、そして速くなっているのだ。
それはまるでミヤビが前に放った『猟奇的殺人鋸(キラーソー)、"派生・堕祖(だそ)"』のよう。
音楽記号の「だんだん強く」を意味する「CRES.(クレッシェンド)」のように、打てば打つほど強まる技だったが、
今のオダの必殺技はそれに近い考えで成り立っているのだ。
どこかの怪盗のように、オダはミヤビの技を盗んだのである。

(まずい!このまま強化され続けると……)
「ソ……"SONGS"、ラ……"Loveイノベーション"」

五撃目と六撃目ははじめとは比較にならないくらい鋭かった。
ノリにノった彼女の斬撃は一時的にベリーズやキュートと同等のキレを見せている。
現在のオダ・プロジドリの頭の中には、戦闘中だというのに自作の曲が高速でグルグルと流れていた。
そして曲が切り替わるたびに、音階が上がるように身体のギアも1段階ずつ上げていっていたのだ。
最後の7段階目ともなれば、瞬間的に、食卓の騎士をも超える水準に到達する。

「シ……"自由な国だから"!」

オダの七撃目は脇差をも真っ二つに折り、ミヤビの腹を深く傷つけた。
これがオダ・プロジドリの必殺技「さくらのしらべ」
彼女のソロコンサートは敵をも跪かせる。

247名無し募集中。。。:2021/06/25(金) 12:31:54
>>229
久しぶりに来てみたらOMAKE更新が…自分のリクエスト答えて貰ってありがとうございます!そして相変わらずネーミングセンスと技の曲の選択安心しますw
ここ最近ハロ追えてなかったんでアンジュ新メンと新ユニットを知れて良かった
てか、ツッコミどころ多すぎて全部かけねーw

248 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/26(土) 01:07:28
おお、リクエストしてくださった方なんですね。
アンジュルムも研修生ユニットも期待できるので追い続けることをおススメしますよ。
Juiceとつばきの新メンバーもきっと期待できます。

249 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/26(土) 03:21:39

ハルの純潔歌劇で脇腹を負傷したところに
オダの「さくらのしらべ」で腹を斬られたのだからミヤビのダメージが小さいワケがなかった。
同じベリーズとは言え、クマイチャンほどのタフネスは持ち合わせていない。
そのため少しでも気を緩めれば倒れてしまいそうだ。

(まだだ!まだここでやられる訳にはいかない!)

オダを調子付かせてはまずいと判断したミヤビは、必殺の剣で一気に仕留めることにした。
キッとオダを睨んで最大限の殺気を剣へと込めていく。

「"猟奇的殺人"……」
「させねぇーっての!!」

ミヤビとオダの間にオカールが割り込んできた。
なんとかしてでもミヤビの必殺技を止めて、オダを護ろうとしているのだろう。
だが、そう来ることはミヤビの想定内。
ミヤビは剣を振るう前に勢いよく前進し、オカールを突き飛ばす。

「なっ!?」

シバ公園の戦いで足腰を負傷したオカールは突然の衝突に踏んばることが出来ない。
簡単に転ばされてミヤビに道を譲ることになるのだ。
そしてオダと対面したところで、ミヤビは心置きなく抜刀をした。
ミヤビの必殺剣を遮るも者はいやしない。

「”猟奇的殺人鋸(キラーソー)”!!」
「っ!!」

ハル・チェ・ドゥーを倒した時と同様に、派生無しの必殺技をミヤビは繰り出した。
シンプルだが相手を倒すにはこれがベスト。
オダは胸から血を吹き出しながら地に倒れてしまう。

「さて……トモ・フェアリークォーツ、仲間のピンチだというのに手出しをしなかった理由は?」

オダを斬り捨てるなり、ミヤビは少し離れた場所にいるトモに声をかけた。
射程持ちのトモならいくらでも矢を射るチャンスはあったはず。
だというのにトモは、オダがやられるまで黙って見ていたのだ。

「ははっ、どうせ矢を飛ばしても全部弾いちゃうんでしょ?高感度で殺気を感知できるみたいだし。」
「なるほど。矢を無駄にしたくなかったのか。じゃあ、次に私が誰を狙うか分かる?」
「ハルさんもオダさんもやられたし、順番的には私ですかね〜」
「正解。ハルもオダも意表をついてきたから、トモも何かしてくると思ってる。早々に潰さないとね。」
「買いかぶりすぎな気はするけどなあ〜」
「この状況でも、矢を無駄にしたくないとか言っていられるかな?」

余裕ぶってはいるが、トモは心の中で大汗をかいていた。
アイリから譲り受けた眼までもが自身の内心を弱点として見抜いている程だ。
状況的に、ハルとオダが必殺技でミヤビを痛めつけたのだから、トモもそこに続くべきなのは明らか。
一応、トモの頭の中には必殺技として考えている技法が有るには有るのだが、
ミヤビには通用しない絶対的な理由が存在するため、使っても良いのか迷っているのである。

(いやいや!ここで何もしなかったら殺されちゃう!ダメモトでもやらなきゃ!!)

250 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/27(日) 03:06:35

トモは3本の矢を取り出して構えた。
頭に思い描いている必殺技を実現するには、これだけの数の矢が必要なのだ。
ミヤビがこちらに迫ってくるよりも先に、3本のうちの2本の矢を放つ。
狙いはミヤビの身体ではない。直接狙っても避けられるのがオチなのは分かっている。
だからこそトモは矢を上空に飛ばしたのだ。

「空……か」

もちろんヤケクソでぶっ飛ばしたのではない。
ちゃんと軌道を計算し、放物線を描くように落下してミヤビに当たるように射っている。
しかしそんなことをしたら矢が到達するまでの時間が長引くため、余計に回避しやすくなるのではないか?
もちろんトモだってそれは分かっている。
避けさせないために、トモは3本目の矢を用意していたのだ。

「これが私の必殺技!」

3本目の矢を射る時、トモは弦を非常に強く引いていた。
こうして放たれた矢は放物線ではなく綺麗な直線をトップスピードで描いていく。
今回も狙いはミヤビではない。
先に放った2本の矢のうち、片方に衝突させることが目的だったのだ。
鉄で出来た矢尻と矢尻が速いスピードでぶつかったため、一瞬だが火花を巻き起こす。
そしてミヤビもその火花を直視している。
矢が自分目掛けて飛んできたのだから、どうしても目で追ってしまっていたのだ。
オダの操る太陽光と比べたら微弱ではあるが、発火と共に起きた眩い光がミヤビの目に入り込む。

「うっ、眩しい……」

オダもトモも、ハルが発足した"怪盗セクシーキャット"の一員だ。
先ほどオダがミヤビの派生技『猟奇的殺人鋸(キラーソー)、"派生・堕祖(だそ)"』を盗んだのに対して、
トモはなんと味方のオダの得意技を盗んだのである。
現在の時刻は18:00過ぎではあるが、今のミヤビは正午の天高い太陽を直視したような思いだろう。
そう、トモは矢と矢の衝突によって"正午"、つまりは"noon"を疑似的に作りあげたのである。
こうしてミヤビの目を潰したところに、もう1本の矢は依然変わらず迫ってきている。
常人であれば目が見えない状況で正確に回避することは困難だろう。

「その名も"noon(ぬん)"。どうですか?」
「駄目だね。こんなものは必殺技とは呼べない。」
「!」

ミヤビは目を瞑ったまま、落ちてくる矢を素手でキャッチする。
トモは驚いたような顔をしたが、内心はこうなることを理解していた。
どんな殺気も感知するミヤビには通用しないことは、はじめから分かっていたのである。
目が見えなかろうが、本命の矢にはドス黒い殺気が込められている。
その殺気の動きが手に取るように分かるため、ミヤビは簡単に掴むことが出来たというワケだ。
そもそも先ほどもまぶたを切って、あえて己の視界を奪うような行動を取ったりもしていたので、
今更、疑似太陽で目を潰されようが痛くもかゆくもないのである。

「必殺技はね、"必ず殺す"から必殺技なんだよ。
 ハルやオダの必殺技は実際、私を傷つけたし、強烈な殺意もヒシヒシと感じられたけど、
 この矢にはそれはが無いね。」
「……」

絶体絶命のトモを、遠くからリュック、クール、ガールの3名が覗いていた。
そしてリュックはガールに向かって厳しい言葉を言い放つ。

「ねぇ、さっきなんて言ったっけ?
 ハル、オダ、トモの誰かがミヤビ様にトドメをさしたらどうのこうのって言ってなかった!?」
「……言いました。」
「ハルとオダには驚いたけど、トモはもう駄目でしょ。万策尽きたって感じ。」
「まだ分からないじゃないですか」
「なんでそんなにトモをひいきしてるの?あ、そっか、レイちゃんって果実の国の出身だったけ。郷土愛ってやつか」
「そんなのじゃありません!」

ガール自身もどうしてここまで連合軍を応援しているのか、自分でも分からなくなっていた。
言語化は出来ないが、ただただ手を握って、トモの勝利を祈っている。

251 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/28(月) 02:29:03

トモが意気消沈していくのは火を見るよりも明らかだ。
これ以上の上がり目も期待出来そうにない。
そう判断したミヤビは、容赦なく斬り捨てることにした。

「おととい、私の胸を射抜いた時の方が何倍も恐ろしかったよ?
 あの時の強さは、やっぱりアイリのサポートによるものが大きかったのかな」

ミヤビがトモに斬りかかろうとしたところで、オカールが横から突進してきた。
オカールの場合は殺気と行動がほぼ同時にやってくるので事前察知が難しいが、
ミヤビはオカールのジャマダハルを剣で受け止めることに成功した。

「おいおい!それだと俺のサポートがイマイチみたいじゃねーかよ!」
「そうだよ。」
「!」
「そんな足腰じゃ、トモの命も護れないよね。」

ミヤビはオカールに対して足払いを喰らわせた。
軽く払っただけだというのに、足腰の弱っているオカールには必要以上に効き、
簡単にすっ転ばされてしまう。
そして更に追い打ちをかけるかのように刃で太ももをスパッと裂いていく。

「ぐっ……!」
「トモの次に思う存分相手してあげるから、今は大人しくしてよ。」

オカールを蹴り飛ばすや否や、ミヤビはトモへの攻撃を再開しようとした。
おそらくはハルとオダを倒した時のように必殺技の一閃でトモを斬るつもりなのだろう。

(このままだとやられちゃう!どうすればいい!?)

頭の中で必死に考えたが名案は浮かばなかった。
近接戦では勝ち目はない。クリンチも二度は通用しない。矢を放てば避けられる。必殺技と思っていた技は認めてもらえない。
こんな状況を打破する起死回生の一手はそう簡単には出てこないのである。

「ジタバタしなくていい、もう終わりにしよう。」

決着をつけるためにミヤビが一歩踏み出した時、不思議なことが起こった。
なんとミヤビとトモの間に光が迸ったのだ。
一瞬で見えにくかったが、光の線が現れたように見えていた。

「なんだ!?この黄色い線は!」
「えっ?」

警戒したミヤビは数歩だけ後ろに下がった。
ピカッとした光はまるで電気のよう。オカールはそんな技を使わないのだからトモの仕業に違いない。
そして電気と言えばアイリが放つオーラが連想される。

「まさか、弱点を見抜く眼と一緒に雷のオーラまで譲り受けた?……」
「え?え?」

真剣な顔のミヤビに対して、トモはキョトンとしていた。

(いや、今の黄色い線はオーラなんかじゃなくて……)

252 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/29(火) 02:35:15

オカールは"黄色い線"がアイリが放つようなオーラでは無いことには気づいていた。
ミヤビの勘違いは、前にマイミが連合軍の若手らと戦った時にした誤解と全く一緒。
あの時のマイミはオダが太陽光を反射して起こした光を、トモの仕業だと思い込んでいた。
今回も全く同じことが起きているのだ。

(光の出所は……アレか)

必殺技になれなかった技「noon(ぬん)」を放つ時に、トモは3本の矢を上空に放っていた。
本命の1本はミヤビに簡単にキャッチされてしまっていたが、
発光用の2本は衝突の影響でより高くに飛ばされていたのだ。
そしてそのうちの1本がオダのブロードソード「レフ」に落ち、剣を少しだけズラしたのである。
その時、剣に反射された太陽光が地面に注ぎこまれて、微かな雷光が発されたように見えたのだ。
全ては偶然の産物。
だが、その偶然のおかげでミヤビの心は揺さぶられている。

「私は微弱なオーラくらい簡単に掻き消せるはず……
 なのにどうして、今の電気はハッキリと目に見えたんだ?……」

段々と自体を把握してきたトモはこれを利用しない手は無いと考えた。

「ふぅ……やっとアイリ様からいただいたオーラを具現化できたか。」
「やっと?……」
「そう、私の"雷のオーラ"はまだ受け継いだばかりだから微弱も微弱。
 例えるなら生まれたてのBaby Loveみたいなもの。
 本来ならベリーズを前にして本領発揮なんて出来るワケが無い。」
「だったらどうして!」
「え?そんなの決まってるじゃないですか。
 ミヤビ……アンタのオーラが見る影もないくらい弱体化してるんだよ。」
「!!」

トモの発するプレッシャーに気圧されたのか、ミヤビはまたも一歩退いてしまった。

(私が圧迫されてる?……ベリーズで最も鋭く殺人的なオーラを放つ、この私が!?)

信じたくはないが、思い当たるフシはあった。
ミヤビはこれまでハルとオダの必殺技によって痛手を負っている。
そのような実績ひとつひとつが若手への恐怖に繋がっているのではないかと考えたのだ。
そして、ここでトモがダメ押しの一手を仕掛ける。
ミヤビに気づかれぬように足元の小石を蹴飛ばして、その先にあるオダの剣をまたズラしたのだ。
つまり、トモは意図的に偽物の雷光を起こしたのである。

「また!」

得体の知れぬ光にまたもミヤビは驚いてしまう。
地面に描かれた"黄色い線"に触れたくないあまり、無意識に2歩3歩退いていく。

「ふふふ、どうぞどうぞ、何歩でも下がっていいんですよ。その方が安全ですからね〜。
 "黄色い線の内側で並んでお待ちください"……死にたくなければね。」

この時、ミヤビの心が弱点と化したのをトモの眼は見落とさなかった。
そして次の瞬間、ミヤビは全身を無数のケダモノに噛みちぎられるような思いをする。
これはオカールの殺気によるものだ。
これまではミヤビの刃物のオーラと、オカールのケダモノのオーラの力が拮抗していたのだが、
トモの話術によってミヤビの心が弱まった結果、押し負けてしまったのである。

(ははっ!トモのヤツたいしたタマだな!あのミヤビちゃんにハッタリをぶっこむなんてよ!!)

オカールは嬉々としてミヤビに飛び掛かった。

「サポートはもうヤメだ!トドメは俺が刺すぜ!!」

253 ◆V9ncA8v9YI:2021/06/30(水) 03:09:04

オカールは真正面からミヤビを数回切り裂いた。
弱っている今がチャンスとばかりに猛攻を仕掛けているのだ。
血飛沫を多量に撒き散らしたところで、ミヤビはやっと自分が呆けていたことに気づく。
トモ相手にいったい何を恐れているというのか。オカールに好き放題させて何故黙っているのか。
正気に戻ったミヤビは剣を持つ手に力を込めて、反撃を仕掛けていく。

「猟奇的殺人鋸(キラーソー)、"派生・堕祖(だそ)"!!!」

オカールは守りを一切考えずに斬りかかっていたので、ミヤビの斬撃をまともに受けてしまった。
そしてこの派生技はたった1撃では終わらない。
オダがこの技を真似たように、
「CRES.(クレッシェンド)」、つまりはだんだん強くなる斬撃を計4発も打ち込んだのである。

「いや!CRES.に終わりはないんだ!!」

ミヤビは4発では満足しなかった。5発、6発、7発と追撃を加えていく。
互いにノーガードでの斬り合いとなったが、一撃ごとに威力を増していくミヤビの方がより高火力。
オカールは耐えきれずにその場に倒れこんでしまう。

「ちくしょう……ここまでかよ……」

ミヤビと真剣勝負でここまでバチバチやれたのはとても嬉しかったが、
勝てなかったのが残念で仕方ないようで、オカールは哀しい顔をしてしまう。
ただ、勘違いしないでほしい。オカールは自分の敗北は認めているものの、
"チームオカール"としては負けたとは思っていない。

「おい……トモ……悔しいけど、見せ場はくれてやるぜ……」

オカールは後輩のトモ・フェアリークォーツに思いを託して目を閉じた。
あのオカールがそんな言動を取ることにミヤビは驚いたが、
すぐに次の相手であるトモを睨みつける。

「さっきは恥ずかしいところを見せたね……でも、トモも気づいているはず。
 今の斬り合いのおかげで私の殺気は全盛期のレベルに戻っている。
 もう二度と弱みなんて見せないよ。」

何回も斬られて血だらけだと言うのに、威圧感はむしろこれまで以上に感じられた。
また、オカールがいなくなったことでミヤビのオーラを打ち消すものが無くなってしまった。
つまりトモはミヤビが発する鋭い刃物のオーラを全身で浴びているのだ。
首を、胸を、腹を、腕を、脚を、あらゆるところを切断されるかのような錯覚を感じている。
イメージだというのにリアルな痛みまでしてくるのだから、今にも気が狂いそうだ。正気を失いそうになる。

(いや!オカール様にあそこまで言わせて、簡単にやられてたまるものか!)

トモの強い思いが刃のイメージを全て吹き飛ばした。
一時的ではあるが、トモ・フェアリークォーツの圧がミヤビを上回ったのだ。

(驚いた。さっきのような黄色い線は出ていないようだけど、なかなか雰囲気あるじゃないか……)

相手にとって不足なしと考えたミヤビは剣を構えた。
負傷が大きいため長引かせたくない。すぐにケリをつけようとしている。

「若手離れした威圧感だけど、それだけじゃ私には勝てないことくらい理解しているよね?」
「もちろん。だから私は"必殺技"でアンタを仕留める。」
「必殺技?あの"noon(ぬん)"とかいう不発に終わった技で?」
「半分正解。」
「?」
「今から私が出すのは本当の意味での必殺技。だから、"必ず殺す"。」

254 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/01(木) 05:33:05

1回目に"noon(ぬん)"を放った時のようにトモは上空に矢を放った。
疑似的な正午の太陽を作りあげて目を眩ませたところで射抜くという技だが、
この技は既にミヤビに破られている。
本命の矢はどうしても殺気が込められるために、鋭敏なミヤビにはバレてしまうのだ。
だからトモは、同時に25本もの矢を飛ばすことにした。

「数を増やしてどうにかなるとでも?……何本あろうと本命は1つなのに。」

ミヤビの言葉を無視してトモは26本目の矢を後から発射した。
たくさん飛ばした矢のうちの1つとぶつからせ、その衝撃で発光させるのは以前と同じだ。
ミヤビの目を潰すことにも成功する。

「トモも分かっているんでしょ?視力に頼らなくても殺気を感知すれば……」

本命を見抜いて回避すればそれで終わりのはずだった。
ところがミヤビにはその本命の矢を知覚することが出来なかったのだ。

(何故!?どんな達人であろうと攻撃には殺意が込められるはず!隠し通すことなんて出来ない!
 だというのにトモが放った矢からは少しの殺気も感じられない……)

通常ではありえない事が起きたためにミヤビは狼狽えてしまった。
トモがシミハムに並ぶ実力者か、あるいはミヤビの殺気感知能力が衰えたか、どちらであろうと一大事だ。
だが、正解は大したことではなかった。

「まさか……私を殺す気が無い?……」
「あ、そうですよ。今のはただの遊びです。」

ミヤビは愕然とした。"必ず殺す"とタンカを切ったのはブラフだったのだ。
この状況でそんな行動をとるなんて、どんな胆力だと言うのか。
殺す気が全くないのであれば殺気が無くて当然。
視力を一時的に失い、殺気のみで判断しようとしていたミヤビは逆に動くことができなかった。
そして、正解に辿り着くのが遅かったために降り注ぐ矢からも逃れられない。
1本、2本、3本4本5本……複数の矢が雨のように落ちてきてミヤビの肉体を傷つけていく。

「!!?」
「いやぁ〜、殺す気は無かったけどたまたま当たっちゃったなら仕方ないですね〜」
「たまたま……だと?」
「運ですよ運。完全な運任せ。これが私の必殺技"noonと運(ぬんとうん)"なんですから。」

殺気でバレてしまうという弱点を、トモは一切の殺気を排除するという策でカバーした。
運が悪ければ一本も当たらないという自体に陥ってしまうが、運も実力のうち。風はトモに吹いていたのだ。
かなりの数の矢を無防備に受けたため今のミヤビは相当に弱っている。
矢だけでなく、ハルやオダの必殺技や、オカールの猛攻があったからこそミヤビをここまでフラつかせることが出来たのである。
そんなミヤビの胸を目掛けて、トモが至近距離で弓を構える。
狙いは先日あけた胸の鉄板の穴だ。

「今の私の殺気は……どんな感じですかね?」
「……これ以上無いくらいに強くて恐ろしい殺気だ……でも、私はもう……」

ドスッ!といった音と共にミヤビは血を吹いて倒れた。
ガッツポーズを取りたくなるところが、トモにはそんな余裕は無い。
本来の目的を果たすために武道館へと足を踏み入れていく。

「オカール様、先に武道館に立ちたかったようだけどすいません。もう、行きます!」

トモが1人で駆けていくのを遠くから見ていたリュック、クールは驚いた顔をしていた。
ガールの言った通り、オカール以外の若手がミヤビにトドメをさしたことが今でも信じられないのだ。

「ほんとうにたおしちゃった……」
「リュック、クール、さっき言った通り……」
「レイちゃん、もう言わないで」
「リュック……」
「分かったよ、もう諦めたりはしないよ。可能性はめちゃくちゃ低いだろうけど、私たちが人間に戻れるように祈るくらいはしてあげる!」
「わたしもがんばる!」
「リュック!クール!」

255 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/01(木) 05:38:36
VSミヤビはお終いです。

次からはVSチナミを書きます。
おさらいをしたい方は以下を見てください。
https://masastory.web.fc2.com/s01.html

256名無し募集中。。。:2021/07/01(木) 14:31:49
>>254
まさかの運!?矢が10本で『ぬんとぅ』と単純に考えてた自分が恥ずかしいw
偶然か必然か次期リーダーが決着をつけてるんだねぇ

>>248
各ユニットの新メンバーも決まったみたいですね発表が楽しみです
でも今の研修生どんな子がいるか分からない汗なぜハロドリ観るの挫折してしまったのかw

257 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/02(金) 00:30:54
>>256
次期リーダについてはひとまずノーコメントで……

新メンバーは発表されてからチェックしても全然遅くないと思いますよ。
為永幸音だってアンジュルム加入後に新たな魅力がどんどん出てきましたしね。

研修生をさらっとチェックしたいのであれば
ハロドリ#379,#380の診断テストのダイジェストを見たり、
研修生チャンネルの「ハロプロ研修生ってどんな人やろかぁ?」(全6本)を見るのをオススメします。

258 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/02(金) 00:37:16
こんなところで誤記を……

ハロドリ#379,#380
ではなく
ハロステ#379,#380
でした。

259 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/02(金) 03:13:36

最高傑作の戦車が破壊されてしまったが、チナミは敗北者の顔などしていなかった。
チナミの作品は兵器だけではない。
剣や弓、銃といった人が手に持つ武器らも多く取り揃えているのだ。

「トンファーにヌンチャク?それはまるで……」
「そうだよ、これは"KYASTシフト"。マイミに体術で対抗するための布陣なんだ!」

チナミは一瞬にしてマイミの背後へと回り込んだ。
カリンが行うような針治療による筋力の活性化により、チナミの身体能力は超強化されている。
ただでさえ長い脚を持つチナミの走力は韋駄天の如きものとなり、
マイミの動体視力をもってしても捉えることは出来なかった。
無防備の背中に対して、両手で持ったトンファーとヌンチャクで攻撃を仕掛けていく。

「せいやっ!」

トンファーとヌンチャクはそれぞれKASTのアーリーとサユキが扱う武器だ。
ただし武器の質は大きく違っている。世界屈指の名工チナミがこしらえたのだから当然だろう。
そして針のドーピングで身体能力を向上させた状態で打ち込んだため、威力はオリジナルの何倍にも跳ね上がっていた。

「どうだ!クリーンヒット!これで流石のマイミも……」
「何かしたか?チナミ」
「ははっ!効いてないか!」

もちろん効いていないはずがなかった。マイミだって人間だ。良いのを貰えば激痛だって感じる。
ただ、当たる直前に背中の筋力を一時的に硬化させたためダメージを最小限に抑えられたのだ。
目では負えなかったが、ギラギラ刺す太陽のような殺気は常に感じていたためガード出来たのである。

「だったらこれはどう!?」

チナミはカリンが扱うような釵(さい)を両手で持って、マイミに乱打を喰らわせた。
一撃一撃は大した事ないが数十も喰らえばマイミの背中は穴だらけになる。
筋肉をいくら固めようとも、鋭く細い針の侵入までは防げなかったのである。

「それがどうした!さっきの大砲と比べたら痛くも痒くもないぞっ!!」

マイミはすぐに振り返り、素早いワンツーパンチを当てていった。
たった2つのパンチでチナミの釵を2本ともぶっ壊したのだ。

「まだ終わりじゃないよっ!これでも喰らいなっ!!」

そう言うとチナミは背中からボウを取り出した。これはトモが得意とする弓道だ。
こんな至近距離でマイミの心臓目掛けて矢を射出していく。

「そう来ると思ったぞ!その矢は届かないっ!!」

アーリー、サユキ、カリンと来たのだから、次にトモのボウを持ち出すことはマイミにも予測出来ていた。
心臓だけは阻止するためにすぐさま腕でガードする。
結果、二本の腕を矢で貫かれてしまったが、胸に当たるのだけはギリギリのところで止めることが出来た。

「愚かだなチナミ!KASTシフトなんて宣言したら次の手がバレバレだぞ!」
「KAST?いやいや違うよマイミ、私は"KYASTシフト"って言ったんだよ。」
「?……」
「次に私が何をするのか、マイミには分からないでしょっ!!」

チナミの右肩にはいつの間にか大袈裟な肩パッドが装着されていた。
これよりチナミはマイミに突進をしようとしているのだ。
それはかつて、まだ勇敢さを失う前のユカニャが得意としていた"ぶつかり稽古"のようだった。

260 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/03(土) 02:31:00

果実の国のユカニャ王はかつてはKYASTの一員として前線で立っていた。
ピーチジュースの効力により恐怖心を消し去って勇敢に戦っていたその時は、
"ぶつかり稽古"という名のタックルで幾多もの敵を葬ってきたのだ。
マイミはKASTは知っていてもその時のユカニャの戦い方は知らない。
故に肩パッドによる突進を予測できず、まともに受けてしまったのだ。

「くっ……」
「まだ終わりじゃないよ!」

タックルは有効だったが決定打と言うにはまだ弱い。
相対するマイミを死に至らせるためには完全に肉体を破壊してやる必要があるのだ。
だからこそチナミはマイミに極限まで接近したのである。

「アーリーちゃんがね、私の可愛い機械兵たちをこうやって壊してたんだよっ!」

チナミはマイミを抱きしめたかと思えば一気に圧迫をしていった。
通常時であればまるでダメージを与えられないかもしれないが、今は別だ。
チナミの筋力は針治療によって一時的に超強化されているし、
ここまでの一連の流れでマイミの背中は大きく傷ついている。
また、腕が矢で貫かれているために抵抗も満足に行うことが出来ない。
これだけの条件が揃えばアーリーばりの締め付けによって背骨を折ることも可能と考えたのだ。

「私の!勝ちだあああああああああああああ!」

チナミが力を込めるたびにマイミの骨がミシッと軋む音が聞こえる。
効いていることを確信したチナミは、早々に仕留めるために更に力を加えていった。
だが様子がおかしい。いくら絞めつけてもマイミの骨が折れる気配がしないのだ。

「そんなものか?チナミ」
「まだ……まだ足りないっていうの?……」

マイミが倒れない理由はシンプル。
"抱きしめても壊れないくらい強くなりすぎたから"だ。
先ほど戦車を破壊する際に『ビューティフルダンス、"派生・夢幻クライマックス"』を放っていたが、
身体に高負荷がかかるこの派生技を使いこなすために、マイミは更なる鍛錬をしていたのである。
チナミの抱きしめが効いていないワケではないが、折られる程でも無かったのだ。

「ならばお返しだ!たあっ!!」

マイミはブリッジでもするかのように勢いよく反り返った。
そうしてチナミの脳天を地面に叩きつけていく。
あまりの痛みにチナミはマイミを抱きしめていた腕を放してしまう。

「ああ!くそっ!」

肉弾戦では分が悪いと判断したチナミは後方へと下がった。
ここで押し切りたい思いがあったので非常に悔しいが、勝つためには仕方ない。
戦略を変えねばマイミには勝てないのだ。

「次はなんだ?帝国剣士か番長の武器でも使うと言うのか?」
「それはさっきやったでしょ……」

チナミは戦車に乗っている間も、何回も連合軍の武器を使用してはマイミに攻撃を仕掛けていた。
言わば総力戦を仕掛けたつもりでいたのだがそれでもマイミを倒すには至っていない。
ここで"帝国剣士シフト"や"番長シフト"に改めて切り替えたところで意味は無いだろう。

「ならば、食卓の騎士の武器か?」
「扱えないことも無いんだけどね……」

そう言うとチナミはクマイチャンの長刀と全く同じ代物を取り出した。
こんなに大きな剣を一瞬で出し入れするなんてまるで手品のようだ。

「ベリーズの武器も、キュートの武器も、私が作ったんだからそりゃ普通に使えるよ。
 でもね、本来の持ち主ほどの強さを引き出すことなんて出来ない。
 だったらマイミを倒すなんて夢のまた夢だよね。」
「そうか……だったらどうする?」

チナミは深呼吸をした後に、両手にそれぞれ小型大砲を構えていった。
どうやら次の戦い方が決まったようだ。

「やっぱり、なんだかんだで本来のスタイルが一番だと思うんだよね。
 私の大砲でマイミを吹き飛ばしてあげる!」

銃火器で大暴れするチナミは「天下無双女子」と呼ばれている。
「霊長類最強女子」のマイミと決着をつけるべく、トリガーを引いていく。

261 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/04(日) 03:29:39
("本来のスタイル"か……確かに、それが最も恐ろしい。)

放たれた砲弾にはチナミの殺気がしっかりと乗っていた。
灼熱の太陽のような殺気は触れずとも火傷してしまいそうな程に熱い。
そんな高熱の物体が飛んでくるのだから、他のどんな武器よりも厄介この上なかった。

(避けられないスピードでは無い、だが、ここで避けたら負けも同然だ!)

マイミは砲弾をブン殴って叩き落した。
もちろんただ殴っただけではない。嵐のオーラを拳に纏って思いっきりぶつけてやったのだ。
太陽を大雨で相殺することにより通常の砲弾に戻したのである。
こうすれば身を焼かれる思いをして消耗することもない。

「上手くいったな!どんな砲弾だろうと私が鎮火してみせる!
 ただの砲弾なら容易く迎撃できるからな!」
「普通はただの砲弾でもそう簡単に撃ち落とせないんだよ……
 でも、そっちがリクエストするならいくらでも撃ってあげるよ!」

チナミは両手に小型大砲を構えている。
それはつまり左右同時に発射できるということ。
しかもそれぞれが再装填なしで3発ずつ連射することが出来る。
右2発、左3発の灼熱砲撃が一斉にマイミに襲い掛かる。

「それでも全弾撃ち落とす!」

マイミも突きの速さには自身があった。
高速のラッシュを繰り出して、迫りくる砲弾を次々と叩き落していく。
ところが、4発目までは順調だったのだが、
5発目を叩こうとしたところで右腕に激痛が走ってしまう。

(くっ……矢に貫かれた痛みがここで……)

マイミが健康体なら5発くらい簡単に迎撃したことだろう。
しかし、今のマイミは戦車やKYASTシフトのチナミを相手したせいで疲弊しているのだ。
そのために突きの速度が追い付かず、灼熱の砲弾を腹で受けてしまう。

「う、うああああああああ!」

マイミの腹筋はシックスパックだったのでギリギリのところで耐えることが出来た。
常人なら即死だが、なんとか内臓破裂で済んだのだ。
だが、義足を失ったマイミの下半身では、砲弾の爆発を受けて踏んばることなどできなかった。
数十メートル吹き飛ばされて、背中から倒れこんでしまう。

「ま、負けてたまるものか……!」
「まだ心が折れてないのは流石としか言いようが無いね。
 でも、こっちだって負けてられないんだ。容赦はしないよ。」

マイミが爆風に飛ばされている隙にチナミはリロードを終えていた。
今度こそ引導を渡すために6発の砲弾を一斉に仕掛けていく。

262 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/06(火) 01:40:42
ユニットのメンバー決まりましたね。今後が楽しみです。
ハロステでのJuiceつばき新メンバーも楽しみ。

263 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/06(火) 02:40:21
今日は本編を一旦休んでOMAKE更新をします。
新世代の合同演習プログラムの後日談を書きます。

研修生ユニットの新メンバーがガッツリ出てきますので、
ハロドリのネタバレを見たくない方はご注意を。




OMAKE更新「ユニットのこれから」

カネミツの脱退を受け入れたユニット達は、今後の活動に関して頭を抱えていた。
今の自分たちに必要なのは勢力を拡大すること。
当初の想定ではプログラムで優勝して、大々的に名を売り、加入希望者を多く募るはずだったのだが、
惜しくもあと一歩のところでそれは叶わなかった。

クボタ「私がワカナちゃんにやられていなければイシグリさんをサポート出来たのに……う〜ん悔しい!」
イシグリ「シオンヌに深手を負わせた時点でクボタは十分仕事をしてたよ。」
マドカ「でも私たちこれからどうなるんですかね。4人だと活動の幅も狭まりますし……」
イシグリ「地道に成果を上げていくしかないんじゃないかな。いつの日かきっと同志も増えていくはずだよ!」
キララ「ふふっ」
イシグリ「キララさん?」
キララ「その日は案外近いかもしれないわよ?」
イシグリ・クボタ・マドカ「「「?」」」

キララはホテルの扉を開いて4名の客を招き入れた。
いや、その4人はもう客ではない。この日から新たな同志になるのだ。

キララ「この子たちが私たちのユニットに入りたいんだって!」
イシグリ・クボタ・マドカ「「「!!!」」」
キララ「4人とも合同演習プログラムにチームではなく個人で参加していたらしいの。」
クボタ「あ!本当だ!個人2位と個人3位の人がいる!」
マドカ「あわわわ、ひょっとして私より強いんじゃ……」

合同演習プログラムには個人での参加も認められていた。言わばアマチュア参加のようなものだ。
そして成績優秀者には賞が与えられている。
2位と3位であればかなりの実力者と言えるだろう。他の2名も実力は未知数だが期待大だ。

イシグリ「とても心強いね。賞とかは関係なく、志を共にしてくれる事が本当に嬉しい。これからもよろしくね。」

イシグリが握手のために右手を差し出したその時、3位の戦士が妙な行動をとった。
急に懐に入り込んだかと思えば、手に持ったナイフをイシグリの首に当てたのだ。
あまりにも大胆すぎる行動を目撃して、他の3名とクボタ、マドカは驚愕した。

イシグリ「何を?……」
3位「私の目標を教えてあげますよ。それはTOPになることです。」
イシグリ「TOP?ユニットのTOPってこと?」
3位「いいえ、モーニング、アンジュ、果実の国を含めた近隣諸国の頂点に立つことです。
  そのためにはまずこの中で最強にならないといけませんよね。
  イシグリさん、私はあなたを必ず追い越します。絶対に。」
イシグリ「近隣諸国の頂点、か……本当に心強いね。」

不穏な空気にクボタとマドカは泣きそうになるが、キララは相変わらず平然としていた。

キララ「いつ何時でもイシグリを暗殺する許可をその子に与えたから後はよろしくね。」
イシグリ「キララさん、またそういうことを勝手に決めて……」
キララ「それがユニット加入の条件って言い張るんだからしょうがないでしょ。」
イシグリ「分かりましたよ。これから当分は退屈しなさそうですね。」

おしまい

264 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/07(水) 02:11:51
マイミは絶体絶命だった。
義足が壊れているうえに腕もほとんど使い物にならなくなっている。
仰向けに倒れてしまっているが、これまでの消耗が大きすぎるために起き上がるのも困難だ。
こんな状況でチナミは燃え盛る殺気が込められた砲弾を6発も飛ばしている。
まともに喰らえば今度こそお終いだろう。
だが、こんな状況でどうやって防げば良いというのか?

「マイミ!これで決着だよ!もう連合軍を助けにはいけないねっ!!!」
(連合軍を……助けに?……)

チナミの叫びでマイミは思い出した。
モーニング帝国剣士、番長、KASTら連合軍から戦車を引き離すために、自分はチナミを引き受けたのだ。
そして、チナミを倒した後はベリーズと戦う後輩たちを助けるために駆けつけるつもりでもあった。

(そうか……私は気づかぬうちに余力を残そうとしていたんだな……)

なんて愚かだ、とマイミは己を呪った。
後輩を助ける名目で己の力量をセーブしていたなんて、全力が聞いて呆れる。

「チナミ!!!」
「……なに?」
「私は!もう!連合軍を助けないと決めたぞっ!!!!」

その瞬間、これまでに無い規模の瞬間最高風速の暴風雨が到来した。
台風の目はマイミ自身。全身全霊の嵐のオーラを全開にしたのである。
"突然の稲光 土砂降りな気分が押し寄せ もう歯止めきかない空模様"
集中豪雨のイメージは燃え盛る砲弾を一瞬にして鎮火し、それどころか、強風で吹き飛ばしてしまう。

「なに!?ヤケクソ!?ここで全部出し尽くして死ぬ気なの!?連合軍の子たちを見捨ててさっ!」
「い〜やっ!それは違うぞチナミ!」
「何がよっ!」
「彼女らは強くなった。私が駆けつけなくてもきっとベリーズを倒してくれるはずさ!」
「なっ……」
「だから、私はここで本当の全力を出し切る。そしてチナミ!お前を倒してみせるんだっ!!!ここでサヨナラだ!!」

マイミはジェット気流のような暴風雨を追い風にして自らの身体を飛ばしていった。
終着点はチナミだ。台風のオーラを最大限に利用してチナミをぶん殴ろうとしている。

サヨナラ ただその言葉
かき消すほどに降り続けて
背中押してくれるようなファイナルスコール
キュートな花散ったとしても
強く育ったその枝には
必ずまた綺麗な花
咲き乱れるから
咲き乱れるから

「ここまで、ここまで来たんだ……絶対に負けてやんないっ!!!」

チナミは小型大砲を組みあわせて合体大砲「大爆発(オードン)」を作りあげた。
マイミの豪雨に負けないほどの灼熱の太陽を背負って、砲弾をぶっ放す。

「マイミ!私は!」
「チナミ!私は!」
「「絶対に負けない!!!!」」

マイミのナックルダスターとチナミの砲弾が勢いよく衝突した。
当然のように大爆発が起こるが、最後の力を絞りだしたマイミの嵐は爆風をも吹き飛ばす。
そしてチナミの元へと到達し、渾身の右ストレートを繰り出すのだった。

「うおおおおおおおおおおおおおお!」
「あああああああああああああああ!」

2人の叫び声が止むと同時に、あれだけ強かった台風と太陽が一瞬で消え失せた。
両者とも力を全て使い果たした結果、殺気を放つことが出来なくなったのだ。
決着だ。勝負の結果は引き分け。
2人はお互いに重なるように倒れこんでしまう。
そして、武道館には綺麗な虹がかけられていた。

265 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/07(水) 02:14:06
これでマイミvsチナミは終わりです。
次はマイマイvsリシャコを書いていきます。
おさらいしたい方は以下を見てください。
https://masastory.web.fc2.com/s05.html

266 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/07(水) 02:14:58
と、言いながら
多分明日はJuice関連のOMAKE更新でもするんじゃないかな〜って思ってます。

267名無し募集中。。。:2021/07/07(水) 08:18:30
目頭が熱くなった

268 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/08(木) 00:20:11

>>267
感想ありがとうございます。
最後は勢いで書ききった感じなので、そう言っていただけると嬉しいです。



昨日言った通り今日はOMAKE更新です。
新世代の合同演習プログラムが始まるちょっと前の話を書きます。

例によって新メンバーが登場してくるので、
ハロステのネタバレを見たくない方はご注意を。






OMAKE更新「プログラム参加者ってどんな人やろかぁ?」

合同演習プログラムが始まる数十分前、
ここではとあるリポーターが参加者にインタビューをしていた。

リポーター「それでは意気込みをどうぞ!」
参加者「おしり拭きをたくさん持ってきたから頑張れます!」
リポーター「お、おしり拭き!?」

彼女のインタビューは面白おかしく、戦闘前の緊張をほぐしてくれると評判だった。
そんなリポーターに対して1人の少女が声を掛ける。

「ふ〜ん、こういうのやってんだ。じゃあ優勝候補の私にもインタビューしてよ。」
「ぎゃー!リ、リ、リアイ様!?」

リポーターは驚愕した。
果実の国では神様のような存在の銃士が話しかけてきたのだから挙動不審にもなる。

「ん?その驚きっぷり……ひょっとして果実の国の出身?」
「は、はいぃ!そうなんです!あ、さっきのおしり拭きの子も同郷で……」

この子は自分のファンなんだなと思ったリアイは、愛想よく振る舞ってやろうとしたが、、
すぐにその考えを取りやめた。

「なんやその手のタコは……アンタ、実は戦士やろ?」
「えっ、あ、はい、流石銃士様。なんでもお見通しですね……」
「何しとんねん。」
「え?」
「エントリーもしやんで何しとんねん。アホか。」
「ヒッ!?」

怖い顔で睨みつけてくるリアイにリポーターは完全にビビってしまった。

「わ、私なんかが参加しても活躍できませんって!すぐボコボコにされて終わります!」
「分からんやろ。」
「前に国から打診された時も怖すぎて断ったんです!」
(国から打診?……その時点で有望やないの?……)
「そしたらあのトモ様にお声をかけていただいて、エントリーしなくても良いからリポーターをしろと言ってくださって……」
「トモさん?ふ〜ん」

何かにピンときたリアイはリポーターの手首を引っ張って、当日エントリー受付へと無理矢理つれていった。
リポーターは必死で抵抗するが、銃士の力には敵わない。

「ちょ!ちょっと待ってくださいよっ!本当にダメですって!恥かきたくないんですってばっ!」
「知るか。ええからさっさとエントリーせぇや。」
「あっ!ひょっとしてリアイ様が一緒のチームになってくれるんですか!?銃士様に護っていただけるなら……」
「アホ!個人参加に決まっとるやろ!私の相方はたった一人や!」
「ひぇ〜!ですよねぇ〜!」

個人1位〜3位には入れなかったものの、
果実の国出身のリポーターが賞を取ることになったのはまた別のお話。

おしまい

269 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/08(木) 00:38:26

研修生ユニットとJuiceだけだとおさまりが悪いのでもう1個OMAKE更新を書きます。
書けるギリギリの範囲を書いてますので、抽象的で分かりにくいのはご勘弁ください。


OMAKE更新「個人1位」

1位「プログラムで良い成績だったのは嬉しいけど……なんだろう、最近、とても変な感じ。」

1位「力が漲りすぎて、自分が自分じゃないみたい……」

????「あなたが1位の子ね。きみの登場を待ってたよ。」

1位「え?だ、誰ですか?……」

????「そういう目で見るのやめてもらえませんか?……私もあなたと同じ、マーサー王国出身の兵士なんだから。」

1位(こんな人いたっけ?……)

????「今、救ってあげるからね。」

1位「え、ええ!?」

270 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/09(金) 02:34:49

リシャコの負傷は小さくなかった。
無抵抗なところをサヤシの必殺技「斬り注意」で何発も斬られたのだから当然だ。
だが、そのサヤシももう気を失っている。
残りはさっきから震え続けているマイマイのみ。
押しきれない相手ではない。

「ふぅ……まさかここで終わりなんて言わないよね?
 このサヤシって子のためにも、私たちは最後まで戦い続けるべきだと思うんだけど。」
「……」
「マイマイ?聞いてる?」
「終わりにしよう。」
「は?本気で言ってるの?サヤシの犠牲をバカにしてるの?……だったらちょっと本気で許せないんだけど。」
「ううん、私の勝利で、終わりにしよう。」
「!」

マイマイが放つ雰囲気が変わったのをリシャコは感じ取った。
そして次の瞬間、マイマイが床に斧を思いっきり叩きつける。
マイマイの斧は破壊力抜群。砕けた床が弾け飛んでリシャコの顔面へと突き進んでいく。

(まずい!このままだと私は……)

不本意ながらもリシャコのオートカウンターである「暴暴暴暴暴(あばばばば)」が発動してしまった。
このカウンターはどんな攻撃に対しても自動で行われ、0.1秒意識を失う代わりに鋭い槍撃を繰り出していく。
そう、対象が人間ではなくただの瓦礫であろうとも反撃をしてしまうのだ。
0.1秒後の世界で目覚めたリシャコは、槍に瓦礫が突き刺さっているのを確認した。
そしてその代わりにマイマイの姿が視界から消え去っていることにも気づいていく。

(今の一瞬で姿を隠したか!……だったら、後ろだ!)

リシャコはノールックで後方に槍を突き付けた。
そしてそこには案の定マイマイが存在していたようで、斧で槍を防ぐ音がすぐに聞こえてきた。

「なに!?急にやる気だしたっていうの!?さっきまで怯えてたくせにっ!」

今の僅かな攻防だけでもマイマイが別人のようになったことがよく分かる。
いや、これが本来のマイマイの戦い方なのだ。
キュートの誰よりも肝が据わっていて、怖いもの知らずの働きを見せてくれている。
どちらかと言えばさっきまで冷や汗ダラダラでビクビクしていた方がおかしかったのである。
サヤシは先ほど、マイマイはリシャコが恐ろしくて怖がっているのではないかと予測していたのだが、
このタイマンの状況で平然と振る舞えているのだから、予想はハズレと言っていいだろう。
では何故マイマイは急変したのか?リシャコはそれが分からず混乱してしまう。

(さっきまでと今とで何が違うと言うの!?
 シミハムがいないこと?それともナカサキがいないこと?後輩がいないこと?
 私がサヤシに傷つけられて大怪我を負ったこと?
 そう言えばさっきシミハムが砂埃を起こした時も、一瞬だけマイマイは強かったっけ……
 いったい、何がマイマイを変えたの?……)

271名無し募集中。。。:2021/07/10(土) 11:31:33
>>264
マイミのファイナルスコールで鳥肌たった…龍神のオーラ付きで脳内再生w

>>269
悔しいなぁハロステ観たのにどの子のネタなのか分からないorz
マーサー王読み始めた時もベリキューネタ分からないのが悔しくて動画やラジオを手当たり次第あさった時の気持ちを思い出すw

272名無し募集中。。。:2021/07/10(土) 17:18:42
放送担当の人の武器が決まったようだな

273 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/11(日) 01:18:31
>>271
直接的な答えは求めて無さそうなのでヒントだけ……
合同演習プログラムの個人参加は実力診断テストをイメージして書いてます。
今年の実力診断テストの2位と3位は中山・北原でしたね。

????と伏字にしている人は第三部で登場予定です。
第二部までで未登場のグループってことですね。

>>272
鮪包丁……と言いたいところですが、既に武器は決まっていますw
第三部の割と早い段階で登場すると思うので、ご期待ください。
まずは第二部をしっかりと終わらせます。

274 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/11(日) 02:21:22

武道館の天井上では、走るナカサキとサユキをシミハムが全力で追いかけていた。
このペースなら全然追い付ける。すぐにでも仕留められるはずだ。
だが、そんなシミハムにも心配事が一点あった。
それはリシャコを1人残したことだった。

「……」

リシャコの実力を疑っているのではない。非常に心強い仲間であると一目も二目も置いている。
シミハムはむしろ、マイマイの様子がおかしいことを懸念していたのだ。
本日はじめに出くわした時点で本調子では無いようだったし、
サヤシと本格的な共闘を始めた時には最大限に不安そうな顔をしていた。
リシャコやサヤシは「リシャコが怖い」からマイマイが怯えたのではないかと思ったが、
シミハムはそうではないと考えていた。
推測が正しければ、サヤシさえ生かし続ければリシャコは優位に振る舞えたのだが……

「マイマイが強さを取り戻したのは……サヤシが倒れたから?……」

リシャコは目の前のマイマイに対してボソッと言い放った。
点と点が繋がったのでそう言ってみただけなのだが、
マイマイが図星をつかれたような顔をしたのでリシャコは余計に混乱する。

「う……」
「えっ?んっ?……それってつまり……」

マイマイはシミハムにもリシャコにも恐怖していなかった。
では誰に恐怖していたのか?
答えはサヤシだ。
いや、正確に言えばサヤシだけでなく、アユミンにサユキにカリンに……

「後輩が怖かったってこと?……えっ?」
「……そう、だよ」

本人も認めている通り、マイマイは後輩たちのプレッシャーに押されて本来の力を発揮出来ずにいたのだ。
リシャコからしてみれば非常に理解し難いことではあるが、マイマイにとってはこれが大問題。
キュートだけ、あるいはベリーズとキュートだけで戦っている時は最年少らしく大胆に振る舞っていたが、
帝国剣士、番長、KASTら後輩も加わるとなると、マイマイの立場は一気に女性中間管理職と化してしまう。
未来ある若手に見られると思うと緊張で手脚が震えるし、喉もカラカラになる。頭だって全然働かない。
このツアーの序盤でマイマイが仮病で休んでいたのも、情けない姿を見せたくないからに他なかった。

「今は後輩が誰もいないよっ!だから全力を出せるってこと!」
「いや、誇らしく言われても……」

思い返してみれば砂埃が舞い上がった時に一瞬だけマイマイが強くなったのも、
視界が著しく悪くなることによって「後輩に見られなかった」からだ。
リシャコは色々と合点がいったが、相変わらずマイマイの性質が理解出来ずに苦しんでいる。

「う〜ん、そういうことなの?……シミハムがこの子らをさっさと倒さなかったのもマイマイを弱らせるため?……」
「リシャコはまどろっこしいと思うかもしれないけど、シミハムはそういう考えだったんだろうね。
 どう?サヤシを先に倒して私を強くしたこと、後悔してる?」
「……そんなワケないでしょ。」

リシャコは三叉槍を強く握った。
マイマイが元のマイマイに戻ろうが、負けるつもりは毛頭無いのだ。

275 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/12(月) 02:04:35

リシャコはマイマイ目掛けて勢いよく槍を突き出した。
カウンター頼りだと逆に利用されてしまう恐れがあるため、
積極的に攻めることでペースを掴んでやろうとしているのだ。

(元に戻ったところでマイマイより私が強い!押し切ってやる!)

これはリシャコの驕りではない。
過去の訓練実績から見ても、リシャコはマイマイに勝ち越していたのだ。
まともにやり合えばリシャコが勝つ確率の方が圧倒的に高いのである。

「まともにやり合うことが出来れば……ね。」
「!」

腕を伸ばし切るといったところで、リシャコは腹から出血をしてしまった。
サヤシから受けた切り傷から血液が多量に噴き出たのだ。
今のリシャコはサヤシの必殺技「斬り注意」をまともに受けたおかげで、
2,3箇所ほどは深くまで傷づけられている。
痛み自体は耐えられるものの、出血によるパフォーマンスの低下はどうしても避けられない。

(私の槍が……こんなにも遅い!)

もちろん、重傷な割には鋭い槍撃を繰り出している方ではあるのだが、
これが食卓の騎士同士の戦いとなると、多少の遅延が大きく影響していた。
結果としてリシャコの一撃は、マイマイの斧によって簡単に防がれてしまう。

「そんなヘナチョコじゃ私を貫くことは出来ないよ。」
「くっ……」

マイマイと対等に戦うにはリシャコは傷つきすぎていた。
サヤシによる捨て身の攻撃を受けたことで、取返しのつかない事態に陥ってしまったのだ。
ガチンコ勝負では分が悪いと判断したリシャコは数歩退き、戦い方を変えることを決意する。

「あっ!逃げるの!?」
「逃げないよ……これから私は、エレガントに戦うんだから。」
「!」
「『暴暴暴暴暴(あばばばば)、"派生・イブ"』!」

276名無し募集中。。。:2021/07/13(火) 14:45:51
イブ様きた!

277 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/15(木) 06:30:39
すいません!仕事が忙しくて更新止まってます!
土日の復帰を目指しますね。

278名無し募集中。。。:2021/07/16(金) 21:39:14
お待ちしています

279 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/19(月) 00:40:48
遅くなりました。今日は書きます。

280 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/19(月) 02:30:08

リシャコはカウンター時に一瞬だけ意識を飛ばす。
マイマイはその特性を利用して一方的に攻めてやろうと思っていたが、そうもいかなくなってしまった。

「あの状態は……」

長年の訓練によってリシャコは気を失う時間を限りなく短くすることに成功したが、
この『暴暴暴暴暴(あばばばば)、"派生・イブ"』はその逆。
かつてのように、相手を殲滅するまで暴走し続けるのである。
だが、暴走とは言っても怒り狂ったように暴れまくるのではない。
イブとなったリシャコはエレガントに舞う。
マイマイの肺のある位置をその眼で見抜き、必要最小限の動きで槍で貫こうとしてくるのだ。
機械のように効率的な動きには一切の無駄が無く、非常に美しい。

(本当に正確だから狙いは分かりやすいけど……)

エレガントなリシャコの槍撃をマイマイは斧で受け止めた。
機械的な動きということは行動予測がし易いということ。
なので、槍の軌道に斧を入れてやれば簡単に防げる。
ただ、それはリシャコの突きが弱かった場合の話だ。
今のリシャコは暴走体ゆえに相手をただただ打ちのめすことしか行わない。
つまりは、サヤシに斬られた怪我を全く気にせずに攻撃を行うことが出来るのだ。
通常、負傷した人間は知らず知らずのうちに怪我をかばうものだが、"イブ"はそんなことはしない。
全身全霊でマイマイを突くのみ。

(一撃が重い!ガードしきれる!?)

槍を防がれたリシャコは、更なる突きを2発3発4発と繰り出していく。
狙いはマイマイの斧。
攻撃を防ぐ遮断物とみなし、斧が壊れるまで槍をぶつけようとしているのだ。
連撃とは言え一撃一撃が重く鋭いため、マイマイは防戦一方になってしまう。
そして5発目を貰うことには斧にヒビが入ることとなる。

(まずい!このまま受け続けたら本当に斧が壊されちゃう!)

281 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/21(水) 02:25:21

マイマイが"面"で防いでいるのに対して、リシャコは"点"で攻撃を仕掛けている。
槍の方が力を一点集中できるため両者がぶつかれば斧が先に砕けてしまうだろう。
また、ベリーズとキュートが扱う特別性の武器は製作者であるチナミにしか整備を行うことが出来ない。
マイマイの斧は長らく研がれていないというのに、
リシャコの槍はメンテナンスがしっかりと行き届いている。
こうも条件が違えば斧が破壊されるのはもはや時間の問題だった。

(ここで武器を壊されるワケにはいかない……だったら!)

マイマイは斧を床に投げ捨てた。
投げやりな態度に見えるかもしれないがそうではない。
リシャコを倒すには斧による斬撃が必要不可欠。
勝利のピースを失わないために、一時的に斧を捨てたにすぎないのだ。
それに武器を手放すのは決して悪いことだけではない。
重量感たっぷりの斧が無いおかげで、今のマイマイは通常より素早く動くことが出来る。
当然リシャコは肺を目掛けて槍の一閃をお見舞いするだろうが、
マイマイは持ち前の瞬発力で回避してみせた。
彼女もキュートの一員。厳しいキューティーサーキットをこなすだけの運動神経は当然持ち合わせているのだ。
武器が無いからと言って黙って貫かれるようではキュートは勤まらない。

(でもすぐに追撃が来る。のんびりしてられない!)

マイマイはすぐさま、その場から移動した。
一撃でももらえばアウトな槍撃を回避し続けるためには走って逃げるのが最適だと判断したのだ。
しかしリシャコも当然追ってくる。
こう見えてリシャコはベリーズの中では高い走力を誇るため、考えなしに逃げるだけではすぐに追い付かれてしまうだろう。

(うん。普通に走れば追い付かれる。だから工夫しなきゃ。)

マイマイにはアテがあった。
それを利用することを想像するとまたも心に冷や汗をかいてしまいそうだが、今の自分はやれる。
暴走状態のリシャコに致命傷を与える"君の戦法"を今にも見せてくるはずだ。

282 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/22(木) 10:37:00
マイマイは武道館の外を目掛けて走り出した。
当然リシャコも追ってくるがそれも織り込み済み。
あるポイントに誘導することが狙いなのだ。

(この床のこと、リシャコは知らないでしょっ!)

門の前のあたりでマイマイはピョンと小さくJAUPをした。
一瞬とは言え跳躍することは余計な動作であるため、ただ走るだけに比べるとロスがある。
それに対してリシャコは一直線に全速力で走っている。
となれば距離を一気に詰められて、リシャコの槍がマイマイに届くはずだった。
ところが、ここでリシャコは派手に転倒してしまう。
ツルッツルに磨かれた床を思いっきり踏んだ結果、すっ転んだのだ。

「えっ!?なに!?」

急激なショックを受けたリシャコはイブ状態を強制的に解除されて、我に返る。
とは言え床にぶっ倒れている状態で起きたのだから混乱は必至だ。
状況を掴むのに苦労をしている。
そして、マイマイはリシャコが落ち着くのを待ってはくれない。

(うん。アユミンちゃんが均してくれた床は想像以上に滑りやすかった。
 だとしたら私はリシャコにもっと追い打ちをかけられる!)

後輩を恐れているマイマイだが、後輩が嫌いなワケでは決してなかった。
もっと心に余裕が持てたのであればしっかりと共同戦線をはりたいとも思っている。
だからこそマイマイは、アユミンが残した置き土産であるツルツルの床を利用したのだ。
アユミンは必殺技「キャンディ・クラッシュ」を発動するために武道館の門の前の床を極限まで滑りやすくしていた。
今、リシャコはその床にいる。
ならばちょっと押してやればリシャコは摩擦ゼロの世界を滑り続けてくれるだろう。

「リシャコ、あなたはさっきアユミンちゃんを下に突き落としたよね!
 同じ思いを味合わせてあげる!!」
「!!」

マイマイはリシャコの顔面を思いっきり蹴飛ばした。
滑る床で踏んばりのきかないリシャコはそのまま武道館の敷地外へと吹っ飛ばされてしまう。
武道館の門は2階にある。即ち、リシャコはわけもわからぬまま1階へと突き落とされたのだ。

「マイマイ!よくも!!あああああ!」
「これで終わりなら楽なんだけど……」

アユミンはリシャコに突き落とされて気を失ったが、リシャコはそうはいかないだろう。
すぐに上がってくるはず。
マイマイは与えられた僅か猶予でそれに備えなくてはならない。

283 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/23(金) 03:22:43

"リシャコはすぐに上がってくる"、それが既に勘違いだった。
ドォンと言った衝撃音と共にマイマイの足場が崩壊していく。

「これはっ!」

もちろんリシャコの仕業。
武道館そのものに槍を強く突き刺すことで、マイマイの立つ床を下から破壊したのである。
サヤシの必殺技で大怪我を負わされたうえに、2階から地面に突き落とされたというのに、
これだけの力がまだ残っているのは驚きだ。
そしてリシャコは落下してきたマイマイの頭を鷲掴みにし、地面へと強く叩きつける。

「ううっ!!」
「なに痛がってるの。これくらいでやられるマイマイじゃないでしょ。
 私たちは選ばれし食卓の騎士なんだからっ!!」

リシャコは己がベリーズであることを人一倍誇りに思っていた。
そして、キュートを含めた"食卓の騎士"が他の戦士より圧倒的に優れていると強く信じている。
自分たちの代わりは今後、二度と現れない。それがリシャコの考えだ。

「……やっぱり、私は今回の作戦は反対だよ。」
「リシャコ?……」
「ベリーズとキュートがいつまでも戦士として戦えば全部解決でしょ!
 ほら見てみなよ!帝国剣士のアユミンって子は2階から落ちるだけで気を失っちゃってる。
 でも、私とマイマイはそんなヤワじゃないんだよ。今こうして話していることが証明になっているよね?」
「リシャコも知ってるでしょ!私たちには時間が……」
「うん、分かってる、私たちはもう"大人なのよ”。でもまだ全然余裕はあるでしょ。
 確かにシミハム団長やモモコ、マイミのタイムリミットは近いのかもしれない。
 それでも私やアイリ、オカール、そしてまだ20歳にもなってないマイマイはまだまだ先の話じゃない!」
「……」
「いや、タイムリミットが来たとしても今の若い子たちには負ける気がしない。
 私に深手を負わせたサヤシみたいに、見どころがある子がいるのは認めるけど、それでも私たちには敵わない。
 近隣諸国の全ての軍を解体したとしても、私たち食卓の騎士だけが活動し続ければ、この世は安泰だよ。」

とんでもないことを口走っているが、リシャコの目は真剣そのものだった。

「作戦に反対してるんだったら……リシャコはどうして、今、戦っているの?……」
「簡単だよ。ベリーズとキュートだけで十分だということを思い知らせるため。」
「!」
「マイマイ、そろそろ決着をつけようよ。
 私は若い子たちを全滅させないといけないんだ。」

284 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/24(土) 10:57:09

地に転がるマイマイ目掛けてリシャコは槍を落としていった。
このまま肺を貫かれれば深海にいるかのような苦しみを味わうことになる。
いや、この状況だから肺ではなくどこをやられたとしても致命傷だろう。
それだけは避けたいマイマイは必死で転がり、回避した。

(斧は2階だ……取りにいく余裕、ある?)

槍の切っ先があたっただけで地面が炸裂したことからも、リシャコが仕留めにかかっているのは明らかだ。
クマイチャンのように地割れを起こすとまではいかないが、地を砕いて吹き飛ばしている。
このようなことを平気で行えるのもリシャコが若手より数段高い実力を持つからだろう。

「上手く避けたね。でもそれもいつまで続くかな!」

リシャコの言う通り、武器を持たぬマイマイは圧倒的不利な状況にあった。
斧が無ければリシャコの槍を受けることは出来ない。
一撃でも喰らえば大怪我は必至なので神経をすり減らしてでも避け続けるしかないのだ。

「これで閉幕だよ!マイマイ!」

リシャコは深海の如きオーラを己の三叉槍にブチ込んだ。
マイマイからは大海原が一気に迫ってくるように見えることだろう。
気を抜けばその瞬間、深い深い海に沈められて溺れてしまう。
こんな窮地では並の戦士はビビってしまい萎縮するに違いない。
だが、今回はそうはならなかった。
後輩に見られた時のプレッシャーに比べれば、知った顔のリシャコの殺気なんて少しも息苦しくなんかない。

「閉幕?……ううん、終わりなんかじゃないよ。」

マイマイは素手で地面をブン殴った。
単純な腕力だけで言えば彼女はキュートで2番目に位置している。
そんなマイマイが殴ったのだから、リシャコが先ほど行なった以上に地面は炸裂した。
辺りの石は四方八方に吹き飛び、更に煙幕のような砂埃が巻き起こった。

(何も見えない……さてはマイマイ、この隙に武器を取りに行くつもり!?)

リシャコの発想は至極当然のものだ。
誰もが不利な状況をイーブンまで持っていきたいと思うだろう。
しかしマイマイはそうはしなかった。
リシャコが2階へと続く階段に意識を向けているところに、渾身の右ストレートパンチをぶち込んだのだ。
頬をやられたリシャコはその場で転倒してしまう。

「!?」
「その眼で見えてなければカウンターも発動しないんだったね。安全に攻撃させてもらったよ。」
「マイマイ……!」
「それにリシャコ、さっきも言ったけど閉幕なんて言わないでよね。」
「……なに?」
「これからは若い子たちの時代が始まるの。閉幕じゃない。幕が開けるんだよ。
 野暮は言いっこなし。水差さないで。」

Curtain Rises.
これから新たな舞台が始まることをマイマイは確信している。

285 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/25(日) 16:31:50


マイマイの発言にリシャコは激怒した。
だが怒りに任せて大暴れするなんてことはしない。

「意見が割れちゃったか……だったら叩きのめすまで!!」

ここで口論をしてもしょうがないことをリシャコとマイマイは理解していた。
我を通すには力が必要。
己が正しいことを証明するためには勝てば良いだけの話だ。

(一瞬で決めてみせる!)

リシャコは起き上がると同時にマイマイへと突っ込んでいった。
その手には当然のように槍が握られている。素早くマイマイを刺そうとしているのだ。
かなりの速攻だ。これでは地面を殴って砂埃を巻き起こす暇はない。

(だったら避ければいい!)

マイマイは迫りくる槍をギリギリまで引きつけてから、右方向に転がった。
斧が無いため槍を受け止められないが、その分だけ身軽に動くことが出来る。
一旦回避をしてその後からリシャコに反撃をしようと思っていたのだが……

「逃がさないよ。」
「!」

リシャコはマイマイが転んだ方向に槍を向けていた。
まるで相手がこう動くことを全て分かっていたのかのような攻撃だ。
流石のマイマイもこれ以上は避けきることが出来ず、リシャコの槍撃を胸で受けてしまう。

「ま、まさか……その眼で見抜いて?……」
「そうだよ。」

リシャコの眼は、相手を溺れさせるための一点を知覚する眼だ。
つまりは肺を傷つけるポイントが手に取るように分かるのである。
マイマイが右に転んで避けようとしたことも、リシャコの眼はしっかりと捉えていた。
故にリシャコは槍の軌道を曲げて、新たな回避先に突き刺すことが出来るたのだ。

(く、苦しい!!)

マイマイの肺に少量の血液が入り込む。
これによりマイマイは深海に沈められたかのような苦しみを味わうこととなる。
これまでリシャコはマイマイとサヤシに何度も痛めつけられてきたが、
溺れさせさえすればイーブンだ。
それどころか状況は大きくリシャコに傾く。

「苦しいでしょ?血を吐かないとずっと苦しいままだよ……その前に仕留めるけどね。」

286 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/27(火) 02:15:01

深海の底にいるような思いのマイマイは、今にも意識が薄れてしまいそうだった。
だがここで幕引きにするワケにはいかない。
そう考えたマイマイはリシャコが槍を引くより先に、槍の柄を両手でガッチリと掴んだ。

「何を!?」
「私は武器を持ってないんだからさ……素手で戦い合おうよ……」

マイマイは槍を無理矢理奪い取って地面へと突き刺した。その様はまるで地からポールが生えているかのようだ。
愛用する三叉槍を手放すなんて、リシャコもサヤシに斬られて相当疲弊しているに違いない。

「よくも私の槍を……!」

怒ったリシャコは溺れて苦しむマイマイを殴り飛ばそうとした。
それに対してマイマイは元々槍だったポールに飛びつくことで回避する。
そしてポールにしがみついたまま脚をピンと伸ばし、リシャコの顔面に蹴りを入れる。

「!」

宙に浮いたような姿勢で蹴りだしてきたので、リシャコは驚き、モロに受けてしまった。
弱ったマイマイからの攻撃なので威力はそれほどでもなかったが、体勢を崩してその場で尻もちをついてしまう。

「奇妙な動き……でもそんな攻撃、全然効かないよ。引きずり落としてあげる!」

手を伸ばして相手の身体を掴もうとするリシャコだったが、ここからがマイマイのポールダンスの見せどころ。
脳に酸素が殆どいっていない状態であるにもかかわらず、更にポールの上へと上昇していく。
リシャコに決定打を与えるためには重力の力を借りる必要があることに気づいているのだ。
木に成ったリンゴが落ちるかのように、マイマイもリシャコの元へと落ちていく。

「DEATH刻印……"派生・アダム"……!」

今のマイマイには武器は握られていない。
だが、戦士としては裸同然の彼女も手刀を繰り出すことは出来る。
落下により得た勢いでマイマイはリシャコの額に手刀を思いっきり叩きつける。

「!!!」

その瞬間、リシャコの額からは多量の血液が吹き出した。
それだけじゃない、サヤシの斬り注意を受けた傷口からも大袈裟に出血している。
マイマイの必殺技だけがこうしたのではない。今までの蓄積により、リシャコはもう限界を迎えていたのだ。

「決まったね……思った通り、カウンターも……発動しない……」

リシャコの超反応カウンター「暴暴暴暴暴(あばばばば)」は槍を持っている時にしか使えない。
その武器が地面に突き刺さるポールと化した今、マイマイが攻めようとも発動できないのである。

「カウンター?……そんなのは要らないっ!……」

リシャコは右腕を思いっきり突きあげて、マイマイの胸に叩きつけた。
オートのカウンターこそ発動しないが、自分の意思での反撃は好きに行うことが出来る。
肺に穴をあけた箇所をブン殴ることで、ただでさえ苦しむマイマイの意識を完全に断ち切ることに成功する。

「!!!……」
「勝った……いや……こんなの、勝ちとは言えない……か」

マイマイが寝転ぶとほぼ同時にリシャコは吐血した。
意識を保つために必要な血液が圧倒的に足りていない。
"人魚姫(マーメイド)"リシャコは、皮肉にも深海の底でブラックアウトするかの如く意識を飛ばしてしまう。
リシャコとマイマイはこうして両者とも倒れてしまった。勝敗の結果はドロー。引き分けだ。
これでは2人の意見は割れたまま。
どちらが正しいかは、未来を担う後輩たちがその身をもって証明してくれるだろう。

287 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/27(火) 02:24:36

これでマイマイVSリシャコはお終いです。
次からはシミハムとの戦いを書いていきます。

今現在、生き残っているメンバーをおさらいしますね。



■武道館西口
ハルナン
ノナカ
マリア

■武道館西南口
トモ

■武道館南口
タケ
リカコ

■武道館の天井
シミハム
ナカサキ
サユキ

288 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/28(水) 01:53:57

「これが……武道館……」

トモ・フェアリークォーツは武道館の厳かな雰囲気に気圧されていた。
1万を超える席が高くまでびっしりと設置されている。
今はもちろん無人だが、満席の状態でセンターステージに立てたなら、いったいどんな気分になるのだろうか。
想像するだけで気分が高揚するし、震えてもくる。

「いや、そんな事を考えている暇はない。速くマーサー王とサユ様を見つけないと……
 ミヤビ以外のベリーズが襲ってくる可能性だってあるんだ……」

トモは辺りを見渡した。
武道館の内部はかなりの広さだが、無観客なので向こうの方まで視認することが出来る。
そして、自分以外の誰かが入り込んでいることに気づいた。

「あれは……!」

南口付近に番長のタケとリカコ、
そして西口付近に帝国剣士のハルナンと、その後輩らしき2人が立っている。
同じタイミングで彼女らも互いの存在に気づいたらしく、一同は武道館の中心へと駆けて行った。

「あれ?(><)タケさんタケさん、KASTのトモさんは分かるけど、他の人は誰ですか???」
「帝国剣士のハルナンとノナカ、マリアだよ。ほら、私やムロタン、マホみたいな援軍って言えば分かりやすいかな。」
「なるほど〜!(^〇^)」

合流した連合軍の生き残り達は互いの近況を報告し合った。
モモコ、ミヤビ、クマイチャンを撃破したこと、
そしてチナミはマイミが抑えているから武道館までには入ってこないであろうことを共有する。

「なるほどね。じゃあマリア、私たちがこれから戦う可能性のあるベリーズは誰なのか言ってみて。」
「ハルナンさん分かりました!残りはシミハムとリシャコです!」
「その通りよ。お次はノナカに聞こうかしら。今、私たちが心配すべきことは何?」
「um...サユ様とマーサー王様の安否ですか?」
「それは確かにそう。でも、他にもあるでしょ?」
「はい……East exit、東口の人と合流できていないことだと思います。」
「そうね。」

ナカサキ、マイマイ、サヤシ、アユミン、サユキ、カリン、その誰もがこの場にはいなかった。
元々は西口、西南口、南口の面々が時間を稼いでいる隙に、東口メンバーが王を救うと言う作戦だったが、
未だに誰も武道館に入っていないというのはおかしな話である。
苦戦していればまだ良い方。
残るベリーズのシミハムとリシャコに全滅させられていたら自体は最悪だ。

「だったらさ、皆で助けにいこうぜ!」
「同感。これだけのメンバーが揃えば絶対に負けないよ。」

タケ・ガキダナーとトモ・フェアリークォーツが勇敢さを見せつける。
どちらも強敵であるベリーズを倒した実績から、自信が満ち溢れているのだ。
頼れるアイリとオカールはもう戦線離脱してしまったが、自分たちだけでもやれると強く信じている。

「そうですね。そうしましょう。サユ様とマーサー王も心配だけど、戦力は分散させずに集中した方が良いですしね。」

289 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/29(木) 01:45:18

一同が東口に向かおうとしたその時、武道館の天井から音が聞こえてきた。
かなり高い位置ではあるが確かに感じる。しかもその物音はどんどん移動しているのだ。

「なにこの音?……この大きさ、ネズミなんかじゃ無いよね……」

トモも、他のメンバーも気づいていた。何者かが武道館の上を駆けていることを。
そしてその予想は大当たりだ。
今現在、武道館の天井ではナカサキがサユキを背負ってダッシュをしていた。
そしてそれをシミハムも追いかけている。

「ナカサキ様!攻撃が来ます!」
「!」

シミハムは三節棍の存在を"無"にしてナカサキに叩きつけた。
目には見えないその攻撃を知覚できるのはサユキの耳だけ。
聞こえた時点でサユキは伝達したが、当のナカサキには避けられるだけの体力は残っていなかった。
走力を得るために無理な確変をしすぎたおかげで酷く疲弊していたのである。
シミハムの棍をまともに受けたナカサキは血反吐を吐いて転倒してしまう。
背負われていたサユキも落とされて、武道館の緑青色の天井に身体を強く叩きつけられる。

「うっ!」「ああっ!」

サユキの耳で突き止めたマーサー王とサユの居場所に武道館の上から辿り着くという作戦だったが、
頼みの綱であるナカサキがこうなってしまえば、もうどうすることも出来やしない。
シミハムの攻撃もサユキなら避けることが出来るが、
体力にも限界があるのでいつまで避け続けられるかは分からない。
もはや絶体絶命だ。

「サユキちゃん……私がシミハムを止めるから、ここは逃げて……」
「ナカサキ様……」

とは言えボロボロの状態であり、その上シミハムの攻撃が見えないナカサキでは何秒持つかも分からない。
この調子ではシミハムはすぐにナカサキを倒し、お次はサユキを仕留めにくるだろう。
非常に困り果てたその時、サユキ・サルベの耳が新たな音を捉えはじめる。

(えっ?……武道館の中に人が?……しかも、この声は……)

この状況を打破する希望は武道館の中にあった。
サユキとナカサキは天井をブチ破ってでも彼女らと合流しなくてはならない。
だが、現在の2人の破壊力ではいくら頑張ってもそれは叶わない。
シミハムに邪魔されてブン殴られるのがオチだろう。

(だったら!)

サユキは下方向に向かって大声で叫んだ。
頼れる仲間に声が届くことを願って、喉が千切れんばかりの声量でこの言葉を叫ぶ。

「こ こ だ よ ト モ !」

290名無し募集中。。。:2021/07/29(木) 08:30:57
良い使い方!

291 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/31(土) 02:01:22
>>290
コメント有難う御座います。
このシーンはかなり前から決めていたので嬉しいですね。

292 ◆V9ncA8v9YI:2021/07/31(土) 02:59:26

(上から声が!?)

微かではあるがトモの耳には確かに聞こえた。
天井から聞こえてくるのは盟友サユキの叫び声だ。
となればやることは1つしかない。
矢を天高くまで飛ばして天井をブチ破るのみ。

「そこにいるんだねっ!サユキっ!!」

トモはミヤビを倒した時のように数本の矢を上空目掛けて飛ばしていった。
ただし今回の矢は放物線を描かない。一直線に天井へと突き刺さる。

「トモ!?」「いったい何を……」

周りのメンバーはトモが何をしているのか分からなかった。
天井を破壊したいという意図は理解できるが、ボウの矢程度では壊せるはずがないのだ。
正気を疑う者も出始めるが、1人だけはトモを完全に信じ切っていた。
それは上にいるサユキ・サルベだ。
覚醒した耳で矢の音を聞き取り、天井に突き刺さったタイミングで鉄製のヌンチャクを叩きつけた。
上方向と下方向の両方から衝撃を与えた結果、天井に穴を開けることに成功する。

「やった!」

その穴は想定より大きく、サユキだけでなくナカサキとシミハムまでも落下することとなった。
これで下の仲間たちと合流できる。
それは良かったのだが、これだけの高さから落ちればまず無事では済まない。
空中戦が得意なサユキではあるが骨の一本や二本は犠牲にしないと着地できないだろう。

「被害を最小限に抑えるには……」
「サユキちゃん、そんなことは考えなくていいよ」
「ナカサキ様!?」

次の瞬間、ナカサキはサユキを抱きかかえた。
そして自分の背中を下に向けて床へと落下したのである。
確変により背を硬化したため命は失わずに済んだが、損傷が大きすぎるためもう動けない。

「ナカサキ様!どうして!」
「良かった……サユキちゃんは無事だったんだね。」
「私は助かっても、ナカサキ様が……」
「ううん、どっちみち私はもう限界だったよ。それより、ほら、前を見て」

サユキの視線の先にはシミハムが立っていた。
落下する直前で床を三節棍で叩くことで、落下時の衝撃を和らげたのだろう。
とは言え武道館の天井から落ちたことには変わりない。骨にヒビでも入ったのかフラついている。

「サユキ……これはいったいどういう……」

トモの声を聞いて、サユキはいつまでも泣き言を言ってはならないと理解した。
その場で立ち上がり、状況を把握していない仲間たちに情報を与えていく。

「カリンとアユミン……そしてナカサキ様は戦線離脱したわ。
 マイマイ様とサヤシがリシャコと交戦中だけど、ギリギリの戦いだと思う。こちらへの援軍は期待できない。
 私たちのやるべき事はただ一つ。ここにいる皆で目の前のシミハムを倒す。それだけだよ。」

293 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/01(日) 02:49:30

これが最終局面。そう思うと一同に緊張が走った。
相対するはベリーズの総大将シミハム。
対してこちらはキュートを欠いた新世代の戦士のみ。
ハルナン、ノナカ、マリア、タケ、リカコ、トモ、サユキの7名で倒さなくてはならない。
ベリーズを1人倒すことの苦労を知っているだけに、ハルナンとタケ、リカコ、トモの4名は特に覚悟を決めている。
そんな中、マリアは違った感想を抱いていた。

(えっ、みんなどうして怖がってるんだろう。目の前のシミハムって人、モモコに比べると全然……)

モモコは周囲を凍てつかせる冷気のような殺気を発していたが、シミハムはそうではない。
他のベリーズと違って天変地異のようなオーラを出していないのだ。
それどころか武器すらも持っていない。これでは「自由に攻撃してください」と言わんばかりだ。

(だったらマリアがいってやる!)

マリアは剣を握ってシミハムへと斬りかかった。
敵は小柄。攻撃がまともに当たれば大きく損傷させることが出来るだろう。
だがその時、マリアに対して番長のリカコが横から飛び蹴りを繰り出してきた。

「何やってるの!危ないっ!!(`〇´;)」
「えっ!?」

蹴りを喰らったマリアは数メートル吹っ飛ばされる。
いったい何事かと憤激したマリアだったが、
今まで自分がいた位置の床が轟音と共に破裂したのを見て驚愕する。

「え?……え?……」

耳の良いサユキ以外はその現象の正体に気づくことは出来なかった。
だが、シミハムが何らかの攻撃をしたことは理解出来る。

「ひょっとして、蹴られてなかったらマリアは今頃……」

泣きそうになるマリアの頭をリカコがポンポンと叩く。
自分も今すぐにでも泣きそうな顔をしているが、同世代の仲間を勇気づけようとしているのだ。

「蹴ってごめんね。でも相手はベリーズなの。迂闊に攻めちゃだめだよ。(;;)」
「うん、うん、ごめんちゃいマリア……」

"シミハムは無のオーラを操る"
その情報を忘れて突っ込んだマリアを怒鳴りつけようとしたハルナンだったが、反省が見えたので取り止めた。
代わりにサユキから新情報を聞き出そうとする。

「あの攻撃は?……」
「シミハムが消せるのは人間だけじゃない。自分の武器の存在だって消せるんだ。
 どんな武器かは私にも思い出せないんだけど、硬くて伸びる武器が、姿も見せずに襲い掛かってくると理解して。」

294 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/02(月) 01:23:20

武器の存在を消せるなんてにわかには信じられないが、
これまでもミヤビやクマイチャンを消したと聞いていたので、なんとか理解はできていた。
ではそんな魔法使いのような敵をどう倒せば良いのか。
ここでタケとトモが同時にハルナンの方に視線を向けていった。

「二人とも?……」
「何ボーッとしてるんだよ。指示ちょうだいよ指示。」「私たちの総大将はアンタでしょ?」
「!」

タケとトモの二人が自分を信頼するのを見て、ハルナンは驚いた。
過去にモーニング帝国での選挙戦を行った際には、
タケの属する番長は早々に裏切ってフク・アパトゥーマについていたし、
トモの属するKASTはハルナンの側に残った結果、耐え難い屈辱を味わっていた。
そんな過去があったのだから、両者がハルナンに指示を仰ぐ日が来るなんて思いもしていなかった。

「分かりました。今度は間違えません。シミハムを倒すための道筋を照らしてみせます!」

随分勝手なことを言うものだな、とシミハムは思った。
サユキの報告のおかげで手の内が晒されてしまったのは確かに痛い。
だが、だからなんだと言うのだ。
自分の攻撃を知覚出来るのはサユキのみ。それは揺るがぬ事実である。
意識の外から攻撃を仕掛けて1人1人倒していけばそれでお終い。
そう考えたシミハムは三節棍による攻撃を"総大将"ハルナンに仕掛けていく。

「マリア!シミハムにナイフを投げて!!」
「は、はい!」

シミハムが攻撃のモーションをとりだしたところでハルナンはマリアに指示を出した。
その指示はキッカ仕込みのナイフ投げ。
つまりは異なる球種で飛んでいくナイフを9本同時に投げろという指示だ。
シミハムの棍はこれくらいのナイフは簡単に弾き飛ばすことは出来るが、
ハルナンはそんなことも全部分かった上で指示していた。

(ナイフがこっちに弾かれたということは、シミハムの攻撃は私狙いねっ!)

ハルナンは右側に倒れこむことで棍を避けた。
これはただの回避ではない。
サユキのような異常聴覚を持たずとも、視覚情報を駆使すればシミハムの攻撃を避けられることを証明してみせたのだ。

「みんな!何でも良いから宙に舞わして!攻撃の方向を突き止めるためにっ!!」

295 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/03(火) 03:00:42

まさかの方法で対処したハルナンにシミハムは驚かされた。
とは言え、自分の攻撃手段が完全に破られたとは思っていない。
マリアが投げたナイフで棍の方向を見破るのは良い案だが、同じ方法を取り続けることは難しいだろう。
連合軍の飛び道具と言えばマリアのナイフの他に、タケの鉄球やトモの矢が思いつくが、
数には限りがあるため、いつまでも飛ばし続けるワケにはいかない。
必ず隙が生じるのでそれを待てば良いだけなのだ。
そう思ってたところで、タケが後輩リカコに指示を出し始める。

「なるほどね……そういうことならリカコの出番だな!武道館中をシャボン玉で埋めちまいな!」
「はい!(<_<)」

リカコはすぅーっと息を吸い込んだかと思えば、右手に持ったストローに向けて一気に空気を吐き出した。
そして溢れんばかりの細かなシャボン玉を創り出していったのだ。

「!」

見渡す限りがシャボン玉。
もしもこの状況でシミハムが三節棍を用いた攻撃をしようものならば、
シャボン玉の割れっぷりで攻撃の方向を気づかれてしまうだろう。
しかも自分一人しか知覚できないサユキと違って、リカコのシャボンは連合軍全員にシミハムの攻撃を教えてくれる。

「……」

この状況で最も厄介な相手はリカコであるとシミハムは認識した。
ならば先手必勝。シャボン玉が埋まりきる前にリカコをぶっ叩けば良い。
そう思い、一直線に棍の先をリカコに飛ばしたのだが、
それを妨害するために両手剣を握ったマリアが突っ込んできた。

「その投球はコースが丸見えだよ!ホームランっ!!」

マリアは野球ボールを打つかのように、三節棍をかっ飛ばしてみせた。
自分を護ってくれたマリアに対してリカコが感謝の言葉を伝える。

「あああ、ありがとう!(;o;)」
「えへへ、さっきのお返しだよ。」

そして、マリアの行動のおかげでハルナンは次の策を思いつくことが出来た。
シミハムはマリアに武器を飛ばされたので、しばらくは防御が困難になるはず。

「みんな!一斉射撃を喰らわせましょう!」

ハルナンの号令と共にタケとトモはそれぞれの武器をシミハムに飛ばしていった。
鉄球による剛速球と、無数の矢。どちらも避けるのは一苦労だ。
普段ならこれくらいの攻撃は弾き飛ばせるのだが、マリアに飛ばされた棍の先を引き寄せている時間はない。
しかし忘れてはならない。
シミハムはチームダンス部の誰にも負けないほど身のこなしが優れているのだ。
タケとトモの攻撃くらい無傷でかわしてみせる。

296 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/04(水) 02:21:31

シミハムの身軽さはベリーズ随一。
持ち前のフットワークでタケの鉄球もトモの矢も回避した。
これくらいは朝飯前だと言わんばかりだ。
ところが、シミハムの気が若干緩んだところに新たな武器が飛んでくる。
それは新人剣士ノナカ・チェルシー・マキコマレルによる忍刀だった。

「yah!」

ノナカの忍方にはヒモが括りつけられている。
そのヒモを掴み、刀身を飛ばすことによって、飛ぶ刃を実現しているのだ。
新人剣士のデータは乏しかったため、シミハムは一瞬だけ面食らってしまう。
だがそこはベリーズの団長。ギリギリながらも咄嗟にしゃがむことで回避する。
多少焦ったがこれで飛び道具による一斉射撃は終わりだ。
ホッと一息つきたい気分だが、相手はそうはさせてくれなかった。

「相当キツそうな体勢ですねっ!」

なんと連合軍の総大将ハルナンが正面から斬りかかってきたのだ。
彼女がリスクを承知で真っ向勝負で挑んでくるのは想定外。
安全圏ではなく超至近距離からフランベルジュを振り下ろしたのが意外で、シミハムは一瞬フリーズしてしまった。
そして同時に気づいた。タケ、トモ、ノナカの攻撃は、このハルナンの一撃のためのものだったのだ。
連続の遠距離攻撃で余裕を奪い、確実に斬撃を当てるつもりで仲間に一斉射撃を指示したのだろうとシミハムは予測する。
ならば期待に応えてやる必要はない。
シミハムはしゃがんだ状態から跳びあがることでハルナンの振り下ろしを回避した。
武道館の天井から落下した時のダメージが残存しているため足腰がかなりキツいが、相手の作戦にハマるよりマシだ。
そう思っていたのだが……

「あ〜あ、空中に逃げたらもう避けられないのに」

ハルナンがボソッと呟いた次の瞬間、シミハムは背と両方の太ももに激痛が走るのを感じた。
この攻撃はハルナンによるものではない。
サユキ・サルベが背後から飛び掛かってきていたのだ。

「喰らえ!私の必殺"三重奏(トリプレット)"!」

飛び蹴りで背中を蹴り飛ばすと同時に、両手に持った鉄製ヌンチャクでシミハムの太ももに叩きつける。
この三連同時攻撃は、昨日マイミにも喰らわせたことのある技だ。
完全に意表をつかれた攻撃に、シミハムは数メートル吹っ飛ばされてしまう。

「!」

喰らったものはしょうがない。対応に追われて余裕がほとんど無かったのでサユキの必殺技は受けるしかなかった。
だがここで不思議なのは、「一斉射撃」という指示なのにサユキが近接攻撃を仕掛けてきたことだ。
サユキが命令と異なる動きをしたにもかかわらず、チームワークを崩さずに見事に連携したことが不可解でならない。
そしてそれは連合軍の他のメンバーも同じ疑問を抱いていたようだった。
タケらの頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かんでいるのに気づいたようで、ハルナンは仕方なく種明かしをする。

「簡単な話ですよ。私は小声で指示を出しているだけです。」
「そうそう、私にしか聞こえないくらい小さな声でね。」

サユキの異常聴覚はボソボソ声も正確にキャッチする。
そのため、ハルナンはシミハムに知られることなく、安全にサユキと意思疎通をはかることが出来るのだ。

297 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/05(木) 02:30:34

シミハムは深く深呼吸をした。
そして次にやるべき事を冷静に考える。
厄介なサユキかリカコを倒すべきか?それとも総対象ハルナンを仕留めるべきか?
いや、違う。
そういうスケールの小さい考えをしているから連合軍に目に物を食わされたのだ。
せっかく武道館に立っているのだから、スケール大きく行こうじゃないか。

「ハルナンさん!シミハムがescape...逃げます!」

急に走り出したのだから確かに逃げ出したように見えるかもしれない。
だが答えはNOだ。
これは大きく飛翔するための助走。
シミハムは走力を跳躍力へと変換し、高く跳びあがる。

「何を!?」

シミハムが二階席に着地した意図を一同は掴めなかった。
二階とは言えかなり高い位置にあり、シミハムからは連合軍の動きをよく見渡すことが出来る。
そして、これだけ離れているのだから三節棍を好きなだけ振り回すことが可能になった。
グイングインと強く振り回すことによって突風が巻き起こり、
リカコのシャボン玉を一つ残らず吹き飛ばしてしまう。

「ああっ!(*〇*)」

連合軍らはこれではシミハムの攻撃を感知できないと慌てたが、
気づけば、いつの間にか、シミハムの持つ三節棍がハッキリとその目に見えていた。
シミハムは二階席に跳びあがったタイミングで己の武器を消すのを止めたのだろう。
そう、もはや棍の存在を消す必要も無くなったのだ。
嫌な予感を感じたタケがハルナンに問いかける。

「ねぇ、さっきからブン回し続けてるんだけど、アレ何が狙いなの?……」
「おそらくは遠心力を利用して力を貯めこんでるんでしょうね……
 でも、リーチはせいぜい2,3メートルのはずです。距離さえとり続ければ安全ですよね。」

ここで怖いのはシミハムが己自身を消して、一方的に接近してくることだ。
シミハムの存在を忘れたら、もちろんガードを行うことも出来なくなる。
蓄積したパワーをノーガードで受けたらひとたまりもないだろう。

「なるほどね……じゃあみんな、絶対にシミハムから目を離さないようにしよう。
 そうすれば奴は自分の存在を消せなくなる。」
「サユキ!」

サユキは耳が覚醒する前もシミハムを見失わずにいた。
シミハムが己を消せるのは、誰にも見られていなかったり、触られていなかったりする時のみ。
常時見張り続ければ忘れずにいられるのだ。

「サユキ名案じゃん!よし!それでいこう!」
「トモ!」
「で……誰から目を離さないんだっけ?……」
「え?……えっと……誰だっけ?……」

298 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/06(金) 01:25:41

シミハムが行ったことは1つだけ。
その場でしゃがみこみ、観客席の後ろ側に隠れたのだ。
これにより連合軍らの視線を切ることが出来る。
それは即ち、己の存在を消す条件が満たされたということ。
絶対に見逃さないと意気込んだサユキでさえも記憶から無くしてしまう。

「えっと……そうだ!王たちを助けないといけないんだった!みんなついてきて!」

すっかりシミハムのことを忘れた一同は、マーサー王とサユの救助を優先することにした。
サユキの耳は2人の位置を正確に捉えている。
観客席の方から妙な雑音が聞こえはするが、そんな事よりも王たちを助けなくてはならない。
みんなを先導して2人の居場所へと駆けていく。

「武道館は広いのに、本当にどこにいるか分かるの?サユキ」
「まぁ任せてよ。今ならどんな音でも聞こえる自信があるんだから。」

そう。今の彼女なら万物の音を聞くことが出来る。
二階席を沿って段々と接近してくる音も当然聞こえていて、
その音はもはや無視できないくらいに大きくなっていた。

(なんなの?何かをブンブン回しているようなこの音は……)

耐えられなくなったサユキはついに音の方向に視線をやった。
だが、もう何もかもが遅かった。
シミハムは既に、攻撃を仕掛けるために二階席から飛び掛かってきていたのだ。

「あっ!?シミハム!」

敵を視認して全てを思い出したサユキだったが、
リラックスしきった状態から臨戦態勢に移るための時間的余裕は無かった。
サユキがヌンチャクを構えるよりもシミハムが棍を振り下ろす方がずっと速い。
遠心力によるパワーが十分に蓄積された棍による打撃を、サユキはノーガードで受けてしまう。

「うわああああああああああああ!」

凶撃を叩きつけられたサユキは血を吐いて倒れてしまった。
リシャコとの戦いで溺れさせられたのもあって、体力が限界を迎えていたのだ。
攻撃に気づいた連合軍が一斉に驚くが、もう取返しはつかない。
シミハムの行動を唯一知覚可能なサユキが戦線離脱したのだから、ここからは非常に厳しい戦いになるだろう。

299名無し募集中。。。:2021/08/07(土) 08:48:18
認識阻害は強すぎる

300 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/09(月) 02:01:48
>>299
そうですよね。どう倒せば良いのか考えるのに苦労しましたw

前に話したかどうか覚えていませんが、当初はリシャコをラスボスにするつもりでした。
よくよく考えたらやっぱりシミハムの方が強いなとなって、今に至ります。

301 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/09(月) 03:06:05

シミハムは武道館全体を利用したヒット&アウェイ戦法を取ろうとしていた。
二階には溢れるほど数の客席が設置してある。
身体の小さいシミハムはそこに紛れ込めばいくらでも相手の視線を切れるというワケだ。
目の上のタンコブであるサユキを撃破したことだし、
シミハムはまたも客席に紛れ込もうと二階席にジャンプする。

「STOP! 逃がしませんよ!」

ここで行動を起こしたのは新人剣士のノナカだった。
紐付きの忍刀を勢いよく投げて、シミハムの三節棍に巻き付けたのである。
このままシミハムを見失えばまた存在を忘れてしまう。
ならば逃がさなければ良い。シミハムと唯一繋がるこの紐をノナカは決して放さない。

「……」

シミハムにとって、対処すること自体は簡単だった。
紐は身体には括りつけられていないので、棍を手放せばすぐに自由になれる。
しかしそれでは攻撃力が大幅にダウンしてしまい、連合軍を有利にしてしまう。
そんなのはダメだ。
それよりも、武器を失わず、さらに相手に損失まで与える良い手段がある。

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!?」

シミハムはいつもやっているように三節棍をぐるぐると高速で回していった。
ノナカと棍は紐で繋がっているため、ノナカは強い力で引っ張られてしまう。
そう、シミハムはノナカごと棍を回転させたのである。

「ノナカ!今すぐ紐を放して!」

このまま壁か床に叩きつけられるのがオチだと気づいたハルナンはすぐにノナカに指示をだしたが、
ノナカは紐から手を離さなかった。
シミハムを逃がすくらいなら自分が犠牲になった方がずっとマシだと思っているのだ。

「ノナカ……!」
「おいおいハルナン、聞き分けの悪い後輩をもったな!……だったらこっちを止めてやるっ!」

タケはシミハムに殴りかかった。
同じベリーズとは言えクマイチャンほどの耐久力は無いはず。そうじゃなきゃ困る。
思いっきりブン殴れば行動停止させられると考えての行動だ。
しかし相手がそう来ることもシミハムはよく分かっている。
棍を巧みに操り、突進するタケにノナカの身体を叩きつけた。

「うわっ!」
「opps!!」

衝突時の衝撃で紐が千切れてしまったのか、タケとノナカは数十メートル先まで仲良く吹っ飛ばされてしまう。
かなりの勢いでぶつかったものだから、二人を心配したリカコとマリアが同時に叫んだ。

「タケさん!(;〇;)」「ノナカちゃん!」
「おいおいリカコ、あんまり大声出すなよ……大丈夫大丈夫、これくらいじゃくたばらねーよ。
 ただ、この子はもう限界かもな……」

親戚譲りの生命力か、タケ・ガキダナーは頭から血を流しながらも立ち上がった。
だが、タケの言う通りノナカはショックが強すぎるあまり完全に気を失っていた。
先のリサ・ロードリソースとの戦いにて受けたダメージがここで効いてきたのだろう。

302 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/10(火) 01:20:49
「マリア!リカコちゃん!絶対に逃がさないで!」

タケとノナカを吹っ飛ばしたシミハムは今度こそ姿を消そうとしたが、
ハルナンの指示で突撃してきたマリアとリカコに阻まれた。
マリアは両手剣の大振りで、リカコは強烈な蹴りでシミハムに攻撃を仕掛ける。
しかし敵はベリーズ。その程度の攻撃を避けるなんて朝飯前だ。
サユキの必殺技のせいで身体が軋むが、新人2人の強打を回避するくらい容易い。
体勢を低くすると同時に足払いでマリアとリカコを転ばせて、
そのうえ更に2人の顔面に掌底を叩きつける。

「「!!」」

新人とは言え帝国剣士・番長に選ばれた者なので、この程度で気を失ったりはしないが、
激痛のあまり、しばらくは動けなくなってしまう。
そんな時に入れ替わりで剣を打ちつけてきたのがハルナンだ。
先ほどもそうだが、今回ばかりは彼女も接近戦を選ばざるを得ない。
シミハムの首に斬りつけようと、フランベルジュを振るっていく。

(いや、ダメだ!)

シミハムの攻撃が当たるギリギリのところで上半身を後方へ引いた。
ハルナンの斬撃は空振りに終わり、隙だらけになったところでシミハムに腹を思いっきり蹴られてしまう。
綺麗に鳩尾に入ったためハルナンは苦悶の表情でうずくまる。

「ううっ!……」

これでシミハムの行動を邪魔する者はいなくなった。
サユキとノナカは戦線離脱しているし、ハルナンとマリアとリカコは簡単にあしらわれてしまった。
タケが猛ダッシュで向かっているが、シミハムが2階に姿を消すほうが速いだろう。
そう思ったその時、残る連合軍のトモ・ローズクォーツがハルナンに声をかけた。

「らしくないね総大将さん。化け物に真正面からぶつかるなんてさ」
「!?」
「こういう時こそ大胆な作戦を思いつくのがアンタなんじゃなかったの?こういう風にさ!」

そう言うとトモは二階席を指さした。
なんとその一角にはボウの矢が何本も突き刺さっていたのだ。
連合軍がシミハムと応対している隙に幾多もの矢を放っていたのだろう。
しかしその行動が意味するところをハルナンもシミハムも理解することが出来なかった。
そこでトモはこちらに走ってくるタケにお願いをする。

「ねぇねぇちょっとちょっと、あそこに刺さった私の矢に鉄球をブン投げてくれない?」
「はっ?……よく分かんないけど、分かったぜ!」

タケはダッシュの勢いのまま全力投球で鉄球を投げつけた。
剛速球が矢羽に当たったかと思えば、そのパワーが矢尻の突き刺さった床内部に伝播し、
周囲の座席ごと木っ端みじんに吹き飛ばしてしまう。
更地のようになった一角を見て、シミハムもハルナンもタケも驚愕する。

「いったい何を!?」「あわわわ、壊しちゃったの鉄球のせい!?」

周りが慌てている中、トモだけは落ち着きながら他のエリアにも矢を放ち続けた。

「いっそのことさぁ、武道館をぶっ壊しちゃえばいいんじゃない?
 そしたらもう逃げ場なんて無くなるでしょ。」

303 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/13(金) 02:42:36

トモの過激な発言に一同は驚きを隠せなかった。
武道館と言えば誰もが立つことを夢見る神聖な場所。
あらゆる者が憧れる武道館を破壊するだなんて想像をしたこともない。

(あの目は……本気だ……)

覚悟の決まったトモの面構えを見て、冗談やハッタリではないことをハルナンは理解した。
そもそもKAST達は特に武道館に対する憧れが強い戦士たちだ。
そのリーダー格のトモが半端な気持ちでこんなことを言うはずがないのは明白である。

「姿さえ見えればこっちのモノだよ。ベリーズだって倒してみせる。
 だって、私の矢はミヤビを貫いたんだから!」
「!」

表情こそ変わらないが、トモの発言はシミハムの胸を大きく揺さぶった。
なるべく考えないようにしていたが、トモがここにいるということは、即ちミヤビを打ち破ったということ。
至極当たり前の事実がシミハムから冷静さを奪い取る。
そして更に追い打ちをかけるようにタケとハルナンも続いていく。

「こっちもクマイチャンを倒したんだ!なぁリカコ!」
「私だってモモコを倒しました。そこのマリアが証人です!」

お前たちだけの力じゃないだろうと、シミハムは言えるものなら言ってやりたかった。
どんな戦いが繰り広げられたのかは分からないが、
倒れたキュートや他の仲間と共に戦ってやっと掴んだ勝利であるに違いない。
だと言うのに、ベリーズを容易く撃破したかのように言い放つのはもはや侮辱だ。
もう容赦ならない。
まずは今のペースを作りあげたトモ・フェアリークォーツから打ちのめしてやろうとシミハムは考えた。
その時、トモは全員に聞こえるように大声を出す。

「さぁさぁ!武道館をぶっ壊してソイツの逃げ道を無くしてやろうよ!
 こんな風にさっ!!」

トモは上空目掛けて一本の矢をぶっ放した。
突然のことだったのでシミハムも、他の連合軍の皆もその矢を目で追ってしまう。
これがトモの狙い。
武道館の天井にはサユキの思いに応えるために先ほど放った矢が何本も突き刺さったままであり、
その刺さった矢に今しがた撃った矢が衝突し、火花が散って眩い光を放った。
そう、トモはミヤビを倒した時のように正午(noon)の太陽を作りあげたのだ。
その様を直視した戦士たちの目が一瞬眩んでしまう。

「なんちゃって。今のは嘘。」
「!?」

次の瞬間、トモは一時的に目の見えぬシミハムを担いで武道館の中央へと駆けだした。
シミハムはベリーズ最軽量。持ち上げて走るくらいは容易い。
意図がまるで分からないがシミハムは必死で抵抗した。
超至近距離ゆえに棍で叩くことは出来ぬため、トモの背中を拳で何度も叩きつける。
小柄だろうがシミハムはベリーズだ。その一撃一撃が骨を砕き、トモに血反吐を吐かせた。
だがそれでもトモは止まらない。目的の場所までは死んでも走り切ると決めているのである。
そして武道館中央に到着するや否や、ラグビーのトライをするかのように床にシミハムを叩きつける。

「!」

ドォンと言った大袈裟な音が鳴ったが、パワー型ではないトモの威力はたかが知れていた。
センターステージまで来させられたので二階席からはかなり遠くなってしまったが、
目の前にいるトモを叩きのめすには己の存在を消すまでも無いとシミハムは考えた。
すぐに倒してやろうと棍を構えたところで、血だらけのトモが声を出す。

「あ〜言い忘れてた。」
「?」
「必殺技、"noonと運(ぬんとうん)"……これでよし、っと」
「!」

トモが放った矢は火花を散らせるだけではない。
衝撃を与えて、天井に突きささっていた矢を丸ごと下に落とすことが真の目的だったのだ。
今にも落ちそうになっていた大量の矢は、シミハムをトライしたタイミングで一斉に落下していった。
落下位置は武道館の中央部。
シミハムとトモに向かって、雨のように降り注がれていく。

304 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/14(土) 04:11:09

ただ落ちてくるだけの矢には殺気は込められていない。
故にシミハムは事前に感知することが出来ず、空から降る矢を無防備にも浴びてしまった。
シミハムの身体は小さいため大量には受けずに済んだが、確実にダメージは蓄積している。
ミヤビほどの達人がトモにやられたという事実を受け入れらずにいたシミハムだったが、
なるほどこの攻撃法ならば出し抜けるな、と謎が解けた気分になっていた。
これ以上好きにさせるものかと、身体に鞭打って起き上がろうとしたところで、
シミハムは反撃すべき相手を見て驚いてしまった。

「……!」

なんと、トモはシミハム以上の数の矢を受けて気を失っていたのだ。
天井から降る矢の行先はトモにもコントロール出来ない。
完全に運であるため、多量の矢をその身に受けて倒れてしまったのである。
その様を見て、シミハムはマヌケだとは決して思わなかった。
むしろこのような結果さえも覚悟してなお、シミハムを道連れにしようとしたトモに畏怖を感じる。

「やばいぞハルナン!トモを助けないと!」

タケは急いでセンターに向かおうとするが、ハルナンがそれを制する。

「いいえ!ここは武道館の破壊を優先すべきです!」
「はっ!?正気か?」
「トモが死ぬ気でシミハムの動きを止めたんですよ……その期待に応えないでどうするんですか!」
「!……そうだな!わかった!」

気づけば武道館の客席のあちらこちらにトモの矢が突き刺さっていた。
東西南北、既にトモは武道館を破壊するための仕込みを済ませていたのだ。
後はタケが剛速球を何度も何度もブチこめば良いだけ。

「マリア!あなたも手伝いなさい!マリアのパワーなら力になれるはずよ!」
「はい!!」

マリアは両手剣「翔」を力強く握って、ハンマーを振るうかのように刺さった矢に叩きつけた。
その破壊力は矢尻の刺さった床の内部に伝わり、一帯をあっという間に粉砕させていく。
自分にも劣らないマリアのパワーを見たタケはひどく感心する。

「やるなぁ!これならこの辺の座席はさっさと吹っ飛ばせそうだ!
 ただ、逆方向の席は遠すぎてすぐには壊せないかもな……」
「番長のタケさん!マリアにその鉄球を投げてください!」
「え?」
「マリアはバッターなんです!」
「そうか!」

野球を好む2人だからこそ、すぐに通じ合った。
タケはマリア目掛けて容赦なく剛速球を放り込んでいく。
並の戦士ならばビビるだろうが、マリアはホームラン王だ。
美しく、且つ、力強いスイングでタケのボールを反対側のスタンドへと打ち返す。
力と力がぶつかり合った結果、ホームランボールの持つパワーは何十倍にも膨れ上がった。
大砲と化した鉄球は刺さった矢に衝突し、半径20メートルを一瞬にして更地にする。

「すげえええええ!特大ホームランじゃん!」
「えへへ。褒められちゃいマリア。もっともっと投げてください!」
「でも予備の鉄球はもう無いんだけど、どーすりゃいいの?」
「あっ」

305名無し募集中。。。:2021/08/14(土) 14:54:16
ウォーズマン理論w

306 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/15(日) 00:55:19
いつもの3倍の回転も加えておきますねw

307 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/15(日) 02:55:44

タケとマリアの活躍を見たリカコは、自分もすぐに手伝わねばと強く感じた。
ところが総大将ハルナンの指示はそれとは異なるものだった。

「武道館の破壊はあの2人に任せましょう。リカコちゃんは私についてきて。」
「は、はい!何をするんですか(?_?) 」
「シミハムを直接叩くのよ。」
「(*o*)!?」

トモを助けるより破壊活動が優先とは言ったが、それは強力な攻撃手段を持つタケとマリアに限った話だ。
シミハムは満身創痍ながらも必ず立ち上がって2人を阻止するはず。
それを更に阻止してやるのがハルナンとリカコの役目なのである。
ハルナンのフランベルジュとリカコの水鉄砲では武道館は壊せないが、
シミハムの行動を邪魔することなら出来るのだ。

「リカコちゃん!シミハムの周囲に石鹸水をぶちまけちゃって!」

走って武道館のセンターに辿り着いたハルナンはすぐにリカコに指示を出した。
床を石鹸で滑りやすくすればシミハムは素早く動くことが出来なくなる。
セコいように思えるかもしれないが、タケとマリアが武道館を壊す時間を少しでも稼げれば御の字なのだ。
だが、シミハムだって指をくわえて見ているはずがない。
身体に突き刺さった矢を抜き取り、激痛に耐えながらリカコに飛び掛かった。
石鹸でぬかるむ床は確かに走りにくいが、
鍛え抜かれた身体バランスのおかげで、シミハムは一度も転倒せずにリカコの位置まで辿り着くことが出来た。
後はリカコの細身に三節棍による一撃をブチ込んでノックアウトさせてやれば良い。

「私は!簡単にはやられないから!(;〇;)」
「!?」

リカコは咄嗟に身体を捻ってシミハムの棍を回避した。
字面だけ見れば簡単なように思えるが、避けられること自体がシミハムには衝撃的だった。
武道館から落下したり、サユキやトモの必殺を受けたりした影響によって攻撃のキレが鈍ったのは否めないが、
それでもちょっとやそっと反射神経が優れた程度では避けられない鋭さの打撃を放ったはず。
それをリカコは、ダンスを踊るかのように軽やかに交わしたのである。

「……」

リカコという戦士の認識を改めねばならない、とシミハムは感じた。
前にクマイチャンも同様の勘違いをしていたが、石鹸を扱う特殊戦士ゆえに身体能力は並以下と思っていた。
実際は身体能力が非常に高く、身のこなしも美しい。
幼さゆえにまだ線が細いが、手脚は十分に長い。これから筋力がしっかりとつけば屈強な戦士になり得るだろう。
更に、リカコにダンス技術を大真面目に叩きこめばどれほど恐ろしい存在になるのだろうか。
想像もつかない。が、是非とも想像をしてみたい。
だが、その時は今ではない。
シミハムは放った棍をすぐに引き寄せてリカコにぶつけていった。
先ほどの回避で神経をすり減らしたリカコに2回目を避ける余裕はなく、後頭部への強打を受けて失神する。

「あっ……」

既に多量の石鹸水を撒かれてしまったが、リカコが倒れた今、これ以上滑りやすくされることはない。
後は目の前に立ちはだかったハルナンを秒殺するだけだ。

(はぁ……一騎打ちか……トモが言ったように、こういうのは私らしくないんだけどなぁ……)

308 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/18(水) 00:45:51
すいません、次の更新は木曜の夜(金曜AMごろ)になりそうです。

309名無し募集中。。。:2021/08/18(水) 01:03:28
どうぞどうぞ

310名無し募集中。。。:2021/08/19(木) 23:34:45
>>287
ベリキュー最年少対決は引き分けかぁマイマイだけはキュートでこの戦いの意味に気付いていた…いや、仕掛け人の一人だったのかな?

てか舞ちゃん結婚したんだよなぁ、あと梅さんも…なかなか感慨深いw

311 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/20(金) 03:03:59

ハルナンはシミハムがどれだけ傷ついているのかを把握していた。
天井からの落下、サユキの必殺技「トリプレット」、トモの必殺技「noonと運(ぬんとうん)」。
これらをまともに受けたのだから、ベリーズと言えどもシミハムの身体はもうボロボロのはずだ。

(ここで決定打でも与えられたらカッコつくんだけど……)

生憎、ハルナンには高火力の技は備わっていなかった。
この状況をひっくり返すような超パワーがあれば、そもそも今みたいな生き方はしていない。

(無いものねだりをしてもしょうがないよね。トドメはあの2人に任せよう。
 そして、私は私に出来ることをしなくちゃ。)

武道館を絶賛破壊中のタケとマリアの攻撃力ならシミハムを倒しきることが出来るに違いない。
ならばハルナンの役割は「つなぎ」だ。
シミハムはこれまでの戦いで確実に疲弊している。
もしもここでシミハムを逃がしてしまえば、休まれて体力を回復されてしまう。
更に自分の存在を消すことが出来るので、残るタケとマリアを一方的に攻撃し、撃破することだろう。
それだけはあってはならない。
逃がさず、この武道館のセンターに縛り付けること。
それがハルナンの使命だ。

(私にはそれが出来る!)

意気込むハルナンだが、相対するシミハムは秒殺する気マンマンだ。
三節棍を伸ばしても絶妙に届かない位置取りをされているため、シミハムは前進する。
辺りにはリカコの石鹸水がバラまかれているが、その上での移動も少しずつ慣れてきた。
数歩ダッシュしてハルナンの脳天を叩けばそれで終いだ。

「あっ、注意した方が良いですよ。今の床はちょっとだけ滑りやすいので」
「!?」

気づけばシミハムは転倒し、頭から地面に衝突していた。
ダンス技術に関してはマスター級のシミハムの足さばきであればシャボンの上でも滑らずに動けるはず。
なのに何故転んだのか。不思議に思ったがその謎はすぐに解けた。
顔面が床に近づくことで、ハルナンの手首から流れる血液がシャボン液の上に乗っていることに気づけたのだ。
液体が変われば踏み込む時の力の入れ方も変わる。故にシミハムのボディバランスをもってしても転んでしまったのである。

「私のフランベルジュで手首を斬ったんですよ。どれほどの切れ味なのか……すぐに教えてあげますね。」

ハルナンはわざと転んですぐ下にいるシミハムに覆いかぶさった。
そして自分を斬った時のように、愛刀フランベルジュ「ウェーブヘアー」でシミハムの手首を裂いたのだ。
この攻撃自体のダメージは大した事ないが、手首からは大袈裟に出血している。
はやく止血しないと失血死は必至。
だが、波打つ刃のフランベルジュは肉を引き裂くため、応急処置も困難だ。

「……!」
「結構効いてるみたいですね……じゃあ……これを私の必殺技にしちゃいましょうか……」

ハルナンは新人剣士がキッカに修行をつけてもらった日のことを思い出した。
あの時はマリアがしつこくキッカに喰らいついて、休む暇を与えず、最終的に新人剣士が勝利していた。
今のハルナンとシミハムはそれと同じだ。
手首からの出血というタイムリミットを強制的に課すことで、休む暇を与えない。
絶対に体力を回復させてやらないという強い意思がこの技には込められている。

「必殺技の名前は、"いやせません"なんてどうですかね……」
「……」
「どうせ私はここでくたばるので……もう1つだけ喋らせてください。」
「?」
「自分の存在を無にするオーラは凄いけど……流れ落ちた血液までは消せるんですかね?……流石に消せないんじゃないかなぁ……」
「!!」

312 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/20(金) 03:07:02
>>310
残りのメンバーはタケ、マリア、シミハムのみになったので
誰が仕掛け人だったのか、目的はなんだったのか、種明かしをする日も近いと思います。

ベリキュー世代の次はスマイレージあたりが結婚していくかもしれませんねw

313 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/21(土) 02:46:25

流れ落ちた血液は単なる物体であり、それはもう"シミハム"とは呼べない。
そのため自分自身を消そうとした場合、血液は消えずに残ってしまう。

「血液が残ったら、自分を消しても居場所はバレちゃいますよねぇ」
「……!」

シミハムはハルナンの腹部をブン殴り、意識を奪うことで黙らせた。
自身の能力の欠点を指摘されて頭に血が登ったのか、らしくない振る舞いだ。
とは言え全く消せないワケではなかった。
「自分」と「血液」の両方を消そうと念じれば、結果的にどちらも消すことが出来る。
ただ、それだと消耗が大きすぎるのだ。
連戦続きで苦しんでいる今、そんなことはしていられない。

「……」

本音を言えばゆっくり休んで体勢を立て直したいところだ。
だがそうは出来ない理由が2点ある。
1つは手首の出血。このまま血が流れ続ければ、遠くない未来にシミハムは倒れてしまう。
もう1つはタケとマリアによる武道館の破壊活動。隠れ場所が順調に潰されて行っている。
このような状況であれば速攻で2人を倒すしかない。

「おっ、リカコとハルナンがやられたみたいだ。」
「はい……!」

武道館センターステージの動きにタケとマリアは気づいた。
かなりの数の座席を壊してきたが、まだ完全には更地にし切れていない。
ここで隠れられたら厄介だったが、予想に反しシミハムは一直線にこちらに向かってきていた。
意図は掴めないが真っ向勝負を挑むのであれば好都合。

「よし……マリア、さっき決めた通りに動いてくれ。」
「タケさん!分かりました!」

314 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/23(月) 03:16:56

シミハムが迫ってくるというのに、タケとマリアは二手に分かれる道を選んでいた。
マリアが向かった先は逆側のスタンドだ。
二階席をグルリと周り、先ほどホームランボールを打ち込んだ地点に辿りつこうとしているのである。
2対1という好条件を捨ててでもこうすべきだとタケは判断したのだ。

「よっしゃこい!タイマンでぶっ倒してやる!」

このままタケと戦うか、それともマリアを追うか、シミハムは一瞬迷った。
だが迷う時間がもったいないとすぐに気づく。
ハルナンのせいで己には血液のタイムリミットが設けられてしまっている。
ならばすぐにタケを倒して、その後にマリアを追うのが最適解だ。
シミハムは自分ではなく三節棍の存在を無にして、タケに叩きつけた。
今はもうサユキもリカコもいない。タケはノーガードで脳天に受けてしまう。

「ぐっ……!」

激痛。しかし耐えられないほどでは無かった。
シミハムも大きく疲弊しているため棍に上手く力を込められていない。
故に打撃が一撃必殺級の威力では無くなってきているのだ。

(どうやって攻撃したのか全っ然分からない!けど!これくらいなら押し切れる!)

タケは右手に持つ鉄球を力強く握りだした。
それを見たシミハムは投球を始める気だと判断し、回避の準備を始めようとしたが、
対するタケの行動はピッチングではなく、ボールを持ったままでの飛び掛かりだった。

「!」

鉄球を鈍器のように振り下ろすのはなかなかの脅威。
今のボロボロの状態のシミハムであれば、当たるだけでかなりの痛手だろう。
だが、剛速球と比べたらそのスピードはかなり落ちる。
そのためシミハムは楽にかわして、お返しにタケの腹に蹴りまで入れることが出来た。

「うっ!」

しかし何故タケは鉄球を投げなかったのか?
その答えにシミハムはすぐに気づくことが出来た。
タケは常に複数個の鉄球ストックしているが、これまでの連戦でそれらを使い切ってしまったのだ。
手元に残るはたった一球のみ。
だから簡単には投げられなかったのである。
となれば、その一球までも取り上げてしまえばタケを完全に無力化できるとシミハムは考えた。

315 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/24(火) 02:27:17

シミハムは一定の距離を保って戦うことを意識した。
タケの打撃は届かず、且つ、シミハムの棍は届く位置をキープすることにより、一方的に攻め込んでいる。
タケは懐に入り込もうと何度もタックルをしたが、その度にシミハムに阻まれてしまった。
今、この場はシミハムが完全に制している。
タケが鉄球を投げない限りはリーチの差を埋めることは出来ないだろう。

(くっそ〜、でも、今この球を投げるワケには……)

残るは一球。簡単には放り投げられない。
シミハムは投球を最大限に警戒しているため、投げられれば即座に避けるつもりだ。
そうなればタケの球数はゼロ。武器を失うためすぐにKOだろう。
だからと言って投げなければ、タケはいつまでもシミハムにいたぶられるだけだ。
左肩、右脛、腹、いたるところに強烈な打撃が叩きこまれていく。
いくらシミハムが弱っているとは言え、そして、いくらタケが強靭な肉体を持つとは言え、
これだけやられれば本当にまいってしまう。

「あーもう!分かったよ!投げてやるよっ!!」

タケがいきなり癇癪を起こしたのでシミハムは驚いたが、すぐにニヤリとした。
ここで上手く回避すればタケを完全に無力化できるのだから笑いもするだろう。
だがタケはちょっとやそっとでは避けられない球を放るつもりのようだ。

「必殺技を見せてやるっ!!!」

タケは地面を強く蹴りあげ、シミハムの頭上へと跳びあがった。
この必殺技は空から鉄球を全力投球する技。
クマイチャンほどの巨人の頭上はとれないが、シミハムなら高さの確保は十分だ。
剛速球に重力の加速度が加わることで、球速は人知を超える。
超高スピードで放たれた鉄球は空気の層を無理矢理ブチ破り、バリバリといった雷鳴にも似た音を轟かせる。

「必殺技"バリバリ"を喰らえ!!」

球種自体はシンプルなストレート。ただし速度と重量はレギュレーション違反だ。
まともに受ければベリーズであろうと無事では済まないだろう。
実際、この必殺技をクマイチャンに放てたものならもっと楽に撃破できたに違いない。
だが、この場にいるのはベリーズの団長シミハムなのだ。
しかもこれまでタケの投球には最大限の警戒をしてきている。
だからこそタケが投球フォームを見せた段階で回避行動をとれていたのである。

「うわっ!避けられたっ!!」

鉄球はシミハムに避けられ、激しい勢いで武道館の床に衝突していった。
その際にガレキが吹っ飛んだが、シミハムは棍を振ることによる風圧でそれさえもガードする。
そしてそのまま三節棍を鉄球にぶつけて、遥か遠くへと飛ばしてしまう。

「お、おい!最後の鉄球なのに〜〜〜〜っ!」

残念無念。
タケは必殺技が不発に終わったどころか、武器さえも失うことになったのだ。

316 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/25(水) 04:01:36

無抵抗のタケを打ちのめしてやろうとした、その時。
シミハムは後方から刺すような殺気が発せられるのを感じた。
その出所は遥か後方。逆側スタンド。
なんとマリアが鉄球を右手で掴み、投げようとしていたのだ。

「!」

その鉄球は先ほどマリアがカッ飛ばしたホームランボールだ。
タケとマリアが二手に分かれた理由はただ一つ。
この鉄球の回収に他ならない。

「タケさんの鉄球で!シミハム!あなたを刺します!」

"刺す"とは野球用語で、ボールをランナーに当ててアウトにするということ。
もっとも、そんな用語が分からなくてもやりたいことは十分に伝わっていた。
要するに、マリアは鉄球を投げてシミハムに当ててやろうとしているのだ。
だが、それを実現可能かどうかは怪しいとシミハムは考える。
マリアの現在地は逆側のスタンド。
両手剣を軽々振るう剛腕から、球を届かせる肩があるのは信じてもいいだろう。
ここで問題視しているのは「コントロール」だ。
マリアはつい最近までイップスのようなスランプに陥っていたと聞いている。
武道館内での戦いっぷりを見る限り、ナイフを綺麗に投げていたので、ある程度は克服したのだろうが
これだけ距離が離れている中で、ピンポイントにシミハムに当てることが出来るだろうか?
そもそもシミハムだって動くのだ。
動く的に見事に当てるなんて不可能ではないか?
そういった疑いの目を全て吹っ飛ばすかのような勢いで、マリアは剛速球をブン投げる。

「もう!!!あんな悔しい思いはしたくないっっっ!!!」

マリアはモモコがサユをさらった日のことを思い出していた。
あの時マリアがナイフを真っすぐ飛ばしていれば阻止できたいたかもしれなかったが、
不覚にも大きく反れたためにサユを奪われてしまった。
もうあんな思いはごめゴメンだ。
だからマリアはキッカとの苦しい特訓に耐えてきた。
マイ・セロリサラサ・オゼキングとの戦いで、実戦でも制球が乱れないことを確かめた。
そう。今はもう始球式なんかではないのだ。
9回裏満塁のギリギリの場面。
全ての思いを込めたマリアのボールは、キャッチャーがどんなに遠かろうと、
まっすぐ、まっすぐに突き走っていく。

「!」

この差し迫った状況でまったく乱れない投球をするマリアに、シミハムは正直驚かされた。
若いのにこれほどの胆力を見せつけてくれるなんて、感心までもしてしまう。
だが、所詮はまっすぐ飛ぶだけだ。
シミハムがちょっと横にズレるだけで鉄球は当たらない。
マリアの全身全霊は虚しくも無駄に終わるのだ。

317 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/26(木) 03:02:00

「いいや!良い球だぜ!」

シミハムが鉄球を避けた先にはタケ・ガキダナーが待ち受けていた。
マリアが投球するのは分かっていたかのようにそこに構えて、そして捕球する。

「!!」

ここでシミハムは全てを理解した。
マリアはシミハムを撃ちぬくために投げたのではない。
鉄球を失ったタケに新たな鉄球を与えるために、パスをしていたのだ。
超ロングレンジのキャッチボール。それを2人は難なくやり遂げたというワケだ。

「よぉっし!これでもう一発投げれるぜっ!!」

ボールを捕るや否やタケは跳びあがった。
次にタケが取る行動は言うまでもない。必殺技「バリバリ」だ。
先ほどはシミハムに避けられてしまったが、今は状況が違う。
不測の事態の連続で焦っているし、タケの投球への警戒も切らしていた。
僅かでも戸惑いを覚える者に回避されるほど、タケの球はノロくはない。

「これで終わりだ!!"バリバリ"!!!」

シミハムの頭上をとったタケは、腕が千切れるほどの勢いで剛速球を繰り出した。
バリバリといった轟音と共に鉄球は下へ下へと突き進んでいく。
この調子ならすぐにシミハムに衝突し、KOすることが出来るだろう。
しかし、不意を打たれたとは言えベリーズ戦士団の団長だ。
身に危険が迫れば、勝手に身体が動く。

「なっ!?」

シミハムは三節棍を振り、上から落ちる鉄球を叩き飛ばしてやろうとしていた。
奇しくもその姿は剛速球に挑むバッターに似ている。
狙いはピッチャー返し。
強大なエネルギーを持った鉄球を打ち抜いて、全部タケに跳ね返そうとしているのだ。
もしもそうなってしまえば、今度こそタケはお終いだ。

「タケさんの鉄球は負けません!だって!その球にはマリアの思いも詰まっているんだから!
 進め〜!ファイターズ!ひと〜すじに〜!!」

連合軍というファイターズ(闘士達)に向けてマリアは応援歌を叫んだ。
そう、タケが放った球にはみんなの思いがギッシリと込められているのだ。
そんな投球が簡単に打たれるほど軽いワケが無い。

「そうだ!これでゲームセットなんだよっっっっ!!!!」

鉄球はシミハムの棍に衝突しても決して負けなかった。
木製バットを折るかのように、三節棍を真っ二つに折ってやったのだ。
そしてそのままシミハムの胴体へと突き刺さっていく。

「!!!!」

瞬間、シミハムは口から多量の血を吐いた。
タケの必殺技「バリバリ」をまともに受けたのだから、内臓が破裂したに違いない。
そんなシミハムが投球の勢いに打ち勝つことが出来るはずもなく、
ドォンといった大音量を響かせながら背中を床で強打してしまう。
その様子を見たタケとマリアは勝利を確信した。

「やった……やった!勝った!シミハムに勝ったんだ!!」
「タケさん!凄い!凄いです!本当に本当に本当に凄いです!!!」

2人は両手を挙げて歓喜した。
ベリーズという化け物の親玉を自分たちの手で倒したのだから、それはもう嬉しいだろう。
しかし、喜ぶには少しだけ早かったようだ。
キャプテンはこの程度では屈さない。

「え?……ま、マジかよ……」
「どうして!?あんなに強い必殺技を受けたのに、どうして立ってられるの!?」

シミハムは今回の戦いにて、
サユキ・サルベの必殺技「トリプレット」を受けた。
トモ・フェアリークォーツの必殺技「noonと運(ぬんとうん)」を受けた。
ハルナン・シスター・ドラムホールドの必殺技「いやせません」を受けた。
タケ・ガキダナーの必殺技「バリバリ」を受けた。
どれも強力な技だが、
ベリーズの戦士団長、シミハムを倒すには足りなかったようだ。

「……」
「ほ、本当の化け物かよ!いったいどうすれば倒せるって言うんだよっ!」

318 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/27(金) 02:28:37

連合軍の猛攻を受け続けたシミハムはもはや満身創痍だ。
少しでも気を抜けば意識が飛んでしまいそうになる。
だが、ここで倒れるワケにはいかない。
使命を完全に果たすには、負けを認めて楽になってはならないのだ。
戦うだけの力がまだ残っている限り、強大な壁として立ちはだかる必要がある。

「……負け……られ……ない……」

シミハムは潰れた声帯を無理矢理にでも震わせて、血を吐きながらも、思いを声に乗せて発した。
蚊の鳴くようなか細い声ではあるが、それだけでタケはかなりのプレッシャーを感じていた。
ある種、クマイチャンと対峙した時以上の重圧だ。
シミハムはもう全身ボロボロだと言うのに、
手に持つ武器だって普段の半分以下の長さの棒きれだと言うのに、
勝利のイメージが全く浮かばなくなってしまう。

(ちくしょう……どうすりゃいいってんだよ……)

これからどんな攻撃を仕掛けようと立ち上がるであろうシミハムを前に、タケは諦めかけていた。
そんな中、残る最後の仲間であるマリア・ハムス・アルトイネの大声が聞こえてくる。

「タケさーーーーん!!すぐに!今すぐに!鉄球を探して渡しますね!
 きっとどこかに転がっています!マリア必死で見つけます!!」
「お、おい!マリア!お前まだ勝つ気でいるのか?……」
「当たり前です!じゃないと、サユ様を助けられないんですからっ!!!」

タケはハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。
新人中の新人がまだやる気だと言うのに、自分はいったい何をしているのだろうか。
己は何者か
アンジュ王国の番長、タケ・ガキダナーだ。
番長は常に攻めて攻めて攻めるのみ。前進しか許されない!

「そうだなマリア!最後まで挑み続けなきゃな!!」

タケの手には鉄球は無い。
だが、それがどうしたと言うのだ。
武器が無ければ、己の拳で殴り飛ばせばいいじゃないか。

「シミハム!今度こそ決着をつけようぜ!」

319 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/27(金) 02:33:58

タケが大きい一歩を踏み出した時、異変が起こった。
なんと武道館中がガタガタと震えだしたのだ。
タケの足踏みがそうさせたのではない。
武道館ももう、戦士たちのように限界が近かったのである。
例えば、武道館の外では天変地異のようなオーラが常時、迸っていた。
例えば、二階へと続く階段や、中に入るための扉を幾度も破壊されていた。
例えば、天井にポッカリと穴をあけられていた。
例えば、トモ、タケ、マリアの3人によって二階席の殆どを更地にさせられていた。
例えば、タケの必殺技「バリバリ」によって二度も武道館内部に強い衝撃を与えられていた。
武道館は雄大ではあるが、これだけの攻撃を受ければ流石にもたなかったのだ。
基礎こそしっかりしているため完全崩壊とはいかなかったが、
武道館の最大のシンボルとも言える物体を支えられなくなり、天井の穴から転げ落ちてしまう。

「な、なんだありゃ!でっかい金色のタマネギ!?」
「!?」

タケが指さしたもの、それは武道館の屋根上にあったはずの擬宝珠だった。
通称タマネギと呼ばれている巨大な物体が武道館のセンターステージに落ちてきているのだ。
これにはシミハムも、タケも、マリアも目を丸くした。
直径5メートルもあるタマネギが落ちてきたのだから、驚かないワケがないだろう。
誰もが恐れて動きを止めてしまうはずだ。
ところが、タケだけは違った感情を抱いていた。
そしてすぐそこまで迫ってきているタマネギに向かって、自らジャンプし、嬉々として近づいていったのである。

「あった!武器!武器だよ!これ!!」

タケの行動はシミハムの理解を遥かに超えていた。
自分からぶつかりにいくだなんて自殺行為。
ところがタケは両手を伸ばして、黄金のタマネギに両の掌で触れていったのだ。
そう、タケはこのタマネギを鉄球の代わりにしようとしているのである。

「うおおおおおおおお!!!!これで最後だ!!!!3球目の!!!!"バリバリ"!!!!!!!」

無論、タケの両腕には激痛が走る。もしかすると明日からはまともに動かせなくなるかもしれない。
だがそんなことは関係ない。
"明日のことよりも今日が大事"。
勝利の女神が目の前を通るのであれば、それを掴むためになんだってしてみせる。

「おりゃああああああああああああああ!!タマネギ!!!落ちろぉおおおおお!!!!」

武道館のシンボル、それも巨大な物体を人間一人の力で動かそうだなんておこがましいにも程がある。
実際、今回タケが触れたことによる影響はほぼゼロだったと言っていいだろう。
しかし、この行動によってシミハムはその場に縛り付けられてしまっていた。
そう、タケ・ガキダナーの行動に見惚れてしまったのだ。

(凄い……それが、君の出した答えなんだね……)

ベリーズは強い。
特にベリーズの戦士団長、キャプテンは若手の必殺技なんかには決して屈さない。
だが、相手が武道館そのものであればどうだろうか。
連合軍の根性と、武道館の力強さ。
それが組み合わさったのであれば、敵がどんな傑物であろうと打ち勝つことが出来る。

(これには、流石に、勝てないな……)

三度目の正直。
タケの必殺技「バリバリ」は敵の総大将シミハムを押し潰す。

320 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/27(金) 02:36:03
長くなったので2レス(>>318 >>319)に分割しました。
これで決着です。
第二部はもうちょっとだけ続くのでもう少しお付き合いください。

321名無し募集中。。。:2021/08/27(金) 17:36:25
たかが石ころひとつ!
シミハムが押し出してやる!

322 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/28(土) 01:28:17
>>321
調べてみたらガンダムのセリフなんですね。
ガンダムは未履修でした……

323 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/28(土) 02:56:24

シミハムに勝利したものの、タケにはもう喜ぶ気力も残っていなかった。
必殺技を放つために高く跳躍していたが、受け身も取れずに落下して気を失ってしまう。
ベリーズの脅威は去ったのでこのまま眠りにつくのも悪くないかもしれない。
だが、武道館の崩壊はまだ続いているのだ。
天井の瓦礫が今まさにタケのところへと落ちていく。

「タケさん!!!起きてください!!!!」

このままではタケの命が危ないと感じたマリアは必死で走った。
しかし距離が遠すぎるために到底間に合うようには思えない。
このまま瓦礫に潰されてしまうのかといったその時、何者かが現れた。

「みんなよく頑張ったね、後は任せて。」
「サ、サ、サユ様!?」

タケのピンチに登場したのはモーニング帝国の前帝王のサユだった。
手に持ったレイピアで高速の突き技を繰り出し、振ってきた瓦礫を一つ残らず吹き飛ばしてしまう。
タケが無事で済んだのは良かったが、マリアはいよいよパニックになった。
ベリーズに捕まっていたはずのサユが自由に動けていることの理由が分からないのだから無理もない。

「え?え?え?……」

混乱しているマリアに更に追い打ちをかけるかのように、もう一人の人物が登場する。
それはマーサー王だった。こちらも囚われの身……のはず。
下敷きになっているシミハムを救うために巨大な黄金のタマネギを片手で持ち上げて、
どこか遠くに投げ捨てた。

「ふぅ、これで一安心だとゆいたい。」
「相変わらず、化け物みたいなパワー……」
「ふふふ、中に化け物を飼っているのだから仕方あるまい。」

常人離れした力を見せつけたマーサー王を前にして、マリアはいよいよ言葉を失ってしまった。
あらゆることが起きすぎて、脳がオーバーヒートしている。
サユはそんなマリアの背後に回り込み、首筋に鋭いチョップを当てて強制的に気を失わせた。

「ごめんね。ちょっと休んでて。」
「あっ、サユ様っ………………」

マリアが失神したタイミングで大勢の人間が武道館の内部に入り込んできた。
彼らはマーサー王国所属の医療班だ。
武道館を舞台に激しい戦いを繰り広げた戦士たちを、次々と外に運んでいく。

「さーて、みんなが起きたらちゃんと説明しないとですね。」
「そうだな。さて、若い戦士たちは我々を許してくれるかどうか……」
「怒られちゃうかも」
「ううむ、気が重いな……」

324 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/29(日) 04:04:23

シミハムを撃破してから5,6時間は経ったころ、
気を失っていたタケ・ガキダナーが目を覚ました。

「あれ……ここはどこだ?……」

見覚えの無い大型テントの中にいたのだからタケは寝起き早々驚いた。
よく見れば周りには連合軍の仲間も横たわっている。
他にも医者と思わしき人物が何人もいることから、戦士たちを治療しているのだと分かる。
自分の身体にも包帯が巻かれているので、寝ているうちに診られたのだろう。

「タケちゃん!起きたのね!」
「カリン!」

声をかけてきたのはKASTのカリンだ。
寝起きに耳元で大声を出されたのでタケは頭が痛くなったが、
ベリーズとの死闘の後なので叱る体力は残されていなかった。
カリンもカリンで久々の再開なので勢いあまって抱き着きたいところではあるのだが、
必殺技を多用した反動で全身が痙攣し、身動きがとれなくなっている。
カリンだけが特別ではない。この場で治療を受けているほとんどの戦士が重傷なのだ。
若手だけではない。キュートのナカサキ、アイリ、オカール、マイマイも辛そうな顔をしている。
特にモーニング帝国剣士のサヤシとカノン、番長のメイは負傷の度合いがひどく、
別のテントで集中的に治療を受けているとのことだ。
今回の戦いはそれだけ厳しいものだったということだろう。
ただし、1名だけはほぼ全快で走り回っていた。

「聞いたぞ〜!シミハムを倒して王とサユを助けたんだってな!」
「げっ、マイちゃん……じゃなかった、マイミ様……」

数時間前まで戦車と死闘を繰り広げていたはずなのだが、
マイミは持ち前の生命力で元気を取り戻していた。
今の体調でマイミの相手をするのはしんどいなとタケは感じる。

「ん?……あれ?……確かにシミハムは皆で倒しましたけど、マーサー王とサユ様は助けてなんか……」
「何を言ってるんだ。だったらどうして2人がそこにいると言うんだ。」
「えっ!?」

タケだけでなく、ほぼ全ての戦士たちが驚いた。
自分たちが療養しているテントに、今回の目的であるマーサー王とサユが2人とも入ってきたのだから無理もないだろう。
更に、モーニング帝国の現帝王のフク・アパトゥーマと、果実の国の王ユカニャ・アザート・コマテンテまで入ってきている。

「なんだなんだ?……いったい何が起きてるんだ?……」

325 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/31(火) 03:23:36

マーサー王、サユ、フク王、ユカニャ王。そうそうたる顔ぶれが揃ったものだ。
しばらく気まずい時間が流れたが、サユが口火を切りだした。
これからの話は謝罪から始まるため、ただ一人、王ではないサユから話すのが適切だと考えたのだろう。

「ごめんなさい。私とマーサー王がベリーズにさらわれたというのは嘘だったの。」
「「「!?」」」

突然の告白に一同は驚愕した。
若手たちはもちろん、キュート戦士団団長のマイミまで信じられないといった顔をしている。
それもそうだろう。今回のツアーの最大の目的が崩れたのだから驚くなという方が無理な話だ。
しかし何故そのような嘘をついたのだろうか?目的がまったくもって分からない。

「ベリーズと……いや、ベリーズ様たちと戦わせて、私たちを強くするためですか?」

騒然とする中、冷静に返事をしたのはオダ・プロジドリだった。
ミヤビに斬られて痛む胸を抑えながら、サユの目をじっと見ている。

「そうよ。オダ、よく分かったわね。」
「はい。過去にサユ様が使われた手口だったので。」
「う……」

サユとオダのやり取りにより、今回の騒動は大規模な「強化トレーニング」だということが判明した。
ベリーズという強大な存在を敵に回すことによる効果はこの場にいる誰もが理解しており、
モーニング帝国剣士、番長、KASTらは二段階も三段階も強くなっている。
しかし、命をかけてまで行うべきトレーニングであったかは疑問だ。
頭に包帯を巻いたカナナン・サイタチープが訴える。

「確かにみんな強くなりました。ベリーズ様たちと死ぬ気でやりあった結果ですね。
 でも、その結果、同期のメイは今も生死を彷徨っています。
 理由を聞かせてください。こんな無茶をしてまでするべきことだったんですか?」

カナナンの発言にエリポン・ノーリーダーが続いた。腹の傷口が開くのもお構いなしに大声で叫ぶ。

「サヤシとカノンちゃんも本気で死ぬかもしれん!万が一があったらエリは同期を2人も失うっちゃん!
 ねぇフク!こんな酷い状況になるまで黙って見とったん!?」
「……」

フク・アパトゥーマが言葉に困った時、テントの入口が勢いよく開かれた。
登場したのはベリーズ戦士団の面々だ。
シミハム、モモコ、チナミ、ミヤビ、クマイチャン、リシャコ。全員が重傷だと言うのに一切の治療を受けないまま立っていた。
恐怖の存在だったはずのベリーズが現れたので連合軍らは戸惑ったが、
そんな雰囲気も全く気にせずチナミが叫んでいく。

「君たちの仲間は絶対に死なせないよ!!最も信頼できる名医がつきっきりで見てるの!
 嘘をついた私たちの言うことなんて信じられないかもしれないけど、本当、本当なんだ。
 あの子に任せれば絶対に大丈夫。
 もしものことがあれば、私たちベリーズが責任を取る。全員の首を差し出す覚悟だよ。」

涙を流しながら嘆願するチナミに、エリポンとカナナンは圧倒されてしまった。
そんな2人の肩をマイミがポンと叩く。

「長い付き合いだから分かるがあの目は本気だ。
 名医の腕が確かなのも知っているし、どうか信じてもらえないだろうか?
 ベリーズが首をかけるというのならば、そこに私の首を足したっていい。」
「「……」」

326 ◆V9ncA8v9YI:2021/08/31(火) 03:24:08
エリポンとカナナンはコクリと頷いた。
2人も誰かを責めたいわけではないのだ。仲間が助かるのであればそれで良い。
その様子を見てホッとしたマイミは自分の心持ちを話しだす。

「いや、しかし驚いたな。ベリーズが裏切ってなどいなかったとは全く気付いていなかった。
 流石の演技力だ。我々キュート全員騙されてしまったよ。」
「「「「……」」」」
「ん?ナカサキ、アイリ、オカール、マイマイ、その顔はなんだ?」
「いや、その、なんつーかさ……アンタ以外知ってたんだよ。」
「は?」
「オカールの言う通り。知らないのは団長だけだったってこと。」
「え???」

マイミがパニックになったところでマーサー王が前に出た。
騒動の責任の大部分はマーサー王国にある。
ここでしっかりと説明責任を果たさなければ、筋が通らないというものだ。

「今回の件について順を追って説明をさせてほしい。
 まずは、あえてこのような表現を使うが、"共犯者"が誰なのかを明確にしたい。
 マーサー王国からは私マーサーと、ベリーズ全員、そしてマイミ以外のキュート4人だ。
 モーニング帝国は……フク王、説明をお願いできるか?」
「はい。モーニング帝国ではサユ様と私フク、そしてハルナンが全てを知っていました。」
「「「「「えっ!?」」」」

周囲の視線がハルナンへと注がれる。
ハルナンと言えば今回の戦いでモモコやシミハムと死闘を繰り広げたはず。
だというのに、共犯者だったなんて理解ができない。
みなが疑問を持った状態のまま、ユカニャが言葉を続けていった。

「果実の国の共犯者は私一人だけです。KASTの子たちは何も知りません。
 アンジュ王国は、アヤチョ王とマロさんが該当しますよね。」

アヤチョ王とマロ、そう聞いてタケが反応した。

「あ〜確かにマロはそういうの知ってそうだもんな〜……
 そう言えば他の国は王様が来てるのになんでアヤチョ王は来てないんだろ?」
「あ、特に理由はないようですよ。多分面倒だったんじゃないですかね。」
「あんにゃろ……」

327 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/01(水) 02:21:22

「what's!? ハルナンさんは全部知ってたんですか!?」
「そうよ。ノナカ。」
「umm...いったい何故ですか?……」
「アンジュ王国も今回の作戦に引き入れるためよ。
 アヤチョ王と交渉するなら王より私の方がスムーズだからね。」

「ナカサキ!アイリ!オカール!マイマイ!どうして私に黙ってたんだ!」
「どうしても何も……団長は顔に出ちゃうじゃないですか……」
「団長は人を騙せる人間じゃないでしょ。だから逆に騙されてもらうことにしたの。」
「アイリ……マイマイ……確かにそうだが……仲間外れは哀しいんだぞ……」

説明により以下の人物が共犯者であることが明かされた。
・マーサー王国:マーサー王、ベリーズ全員、ナカサキ、アイリ、オカール、マイマイ
・モーニング帝国:サユ、フク王、ハルナン
・アンジュ王国:アヤチョ王、マロ
・果実の国:ユカニャ王
ここでKASTのトモは一つの疑問を抱く。
数本の矢に貫かれた後なので、寝たままの姿勢で質問を投げかけた。

「人数足りなくないですか?あのカントリーとかいう子たちもソッチの仲間のはずじゃ?」

リサ、マナカ、チサキ、マイの4名のことをトモは指している。
問いかけに答えたのは彼女らの面倒を見ているモモコだ。
全身ボロボロだというのに涼しい顔をして言葉を返していく。

「言うならばあの子たちも騙された側なのよ。
 ベリーズとキュートがズブズブだってことは、私の判断で教えなかったの。
 あの子たちの正体はマーサー王国所属の新人戦士。ただし、未公表のね。
 素質と将来性はピカイチの逸材よ。あなた達と本気で戦わせることで強くなってほしかったってワケ。」
「はぁ……なるほど」

トモが納得したところで、同郷のユカニャ王が喋りだした。

「さて、話を次の段階に進めましょうか。
 共犯者の名前があがりましたが……その中でも首謀者は私、ユカニャ・アザート・コマテンテなんです。」
「「「「!?」」」」

ユカニャがそんなことを言うものだから一同はまたも驚いた。
特にKASTの4名が受けた衝撃は尋常ではなかった。

「皆さんご存知の通り、数年前と比べると現代の世は平和です。
 マーサー王国も、モーニング帝国も、アンジュ王国も、そして果実の国だって、
 今現在の戦力があれば十分に国を護れることでしょう。」

ユカニャの言う通り、国の存亡が脅かされるような危機はしばらく起きていなかった。
これら4か国が親しいため、攻め入るような巨悪など登場しようが無いのである。

「ですが、事態は大きく変わりました。"ファクトリー"が現れたのです。」
「ファクトリー?」

"ファクトリー"。ここにいる大多数の者には耳馴染みの無い言葉だった。

「知りませんよね。だから私が教えてあげます。
 ファクトリーは"ばい菌"です。放っておけば国そのものを潰しかねない悪の権化なんですよ。
 誇張なんかではありません。ヤツらは厄介で忌々しいことに、それを成すだけの力を持っています。
 1匹残らず滅菌消毒してこの世から消し去ってやらない限りは、私たちに明日は無いと思ってください。」

328 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/02(木) 02:37:56

ユカニャが何のことを言っているのか、連合軍は全く理解できていなかった。
その言いっぷりが真実であるならば、ファクトリーは怪物か何かなのだろうか。

「ピンと来ていないようだから、実際に会わせた方が良さそうだね。」

ミヤビはそう言うと、8人の少女たちをテントの中に招き入れた。
おそらく彼女らが"ファクトリー"なのだろうが、どう見ても普通の人間だ。
ユカニャが言うような"ばい菌"、"悪の権化"のイメージは全くない。
そんな中、連合軍の中に驚く者が現れだした。

「アヤノ!?……タグに、レナコまで!」
「ラーメン大好きなタイサさん……!?」

真っ先に反応したのはオダとトモだ。
よく知っている人物がファクトリーの中にいたので衝撃を受けている。
そして、マリアにも見覚えのある人物がいたようだった。

「ロッカーと、お友達の女の子!」

マリアは打倒キッカの練習に付き合ってくれた2人を覚えていた。
感動の再開なのでハグでもしたいところだが、
当の2人は暗く、浮かない表情をしている。
そしてそれは"ロッカー"と"ガール"のみでなく、8人全員の表情が曇っていた。
そんな8人の前にユカニャが立ち、連合軍にこう告げる。

「百聞は一見にしかず。ファクトリーは戦闘によってその醜い姿を現します。
 見ててください。私が自ら戦うことで醜悪な化け物を引き出してあげますよ!!」

ユカニャが妖しい桃色のジュースを飲もうとしたその時、オダ・プロジドリが大きな声を出した。

「待ってください!」
「……なに?」
「理由はよく分かりませんが、戦うというのなら私にやらせてください。」
「えっ?」
「この私にアヤノと戦わせてくださいっ!!」

先ほどのミヤビ戦で身体はボロボロだと言うのに、オダは剣を握って立ち上がった。
本来であれば有無を言わさずドクターストップをかけるところではあるが、
オダの真剣な眼差しを前にして、ユカニャはノーとは言えなかった。

「オダ……今のオダが私と戦ったら死ぬよ。」
「馬鹿を言わないで。私が誰だか分かっているの?」
「……モーニング帝国剣士」
「そう。私はモーニング帝国剣士。じゃあアヤノは何者なの?」
「私は……」
「ううん、答えなくていい。戦えばその先に答えが見えてくるんでしょ?
 やり合おうよ、真剣勝負。さぁ、早く武器を持って。」

アヤノと呼ばれた少女は怖くてしょうがなかった。
オダにやられることが怖いのではない。オダを傷つけてしまうことが怖いのだ。
だが、同時にハートが燃え上がっている感覚も覚えている。
戦士として戦えるなんていつ以来のことだろうか。

「私に、いや、私たちに武器は無いよ!」
「えっ!?」
「強いて言うなら……"拳(こぶし)"、それが私たちの武器!」
「!!!」

アヤノは瞬時にオダとの距離を詰め、高速のパンチを繰り出した。

329名無し募集中。。。:2021/09/02(木) 15:51:48
スタートから早6年…
ようやく話の本題に入るか

330 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/04(土) 03:19:36
戦闘開始の合図もなしにアヤノが先制攻撃を仕掛けてきたが、
オダは咄嗟にブロードソードの面でパンチを防いでいた。
これはオダが自分からけしかけた勝負だ。不意打ちで一発KOという恥を晒す気はさらさらない。

(それにしてもなんて鋭いパンチ……ボクシングのような格闘技を修得しているの?)

アヤノの戦闘スタイルは、かつてチームを組んでいた時とは大きく変わっていた。
だがボクシングが得意と分かれば対策を練ることが出来る。
立ち技の打撃に注意すれば優位に立てるはずだ。
……そう思った矢先にアヤノが姿勢をグッと低くして飛び掛かってきた。

「足元がガラ空きだよっ!!」
「!」

アヤノはオダの下半身にタックルして転ばせて、己の長い脚をオダの脚に器用に絡めてきた。
これはボクシングに無いはずの足関節技だ。
無慈悲に極めにかかってくるアヤノの攻めに対して、オダは苦悶の表情を浮かべていた。

「う……うぐぐ……」

今のオダに出来る行動は、剣でアヤノを斬ることのみ。
自由に出来る両腕を思いっきり振って、アヤノに斬撃を当てていった。
苦し紛れの攻撃なので刃はパンチで簡単に防がれてしまうが、
剣と拳がぶつかり合った瞬間だけ、足の絞めが若干だけ緩みだした。
その隙にオダはアヤノのホールドから抜け出していく。

「んっ……!」
「あっ、逃がしたか……」
「ハァッ……ハァッ……ボクシングなのに……関節技?」
「ボクシング?違うよ、私が得意とするのは"コマンドサンボ"。」

軍隊式格闘術コマンドサンボ。
それがアヤノが得意とするスタイルの名称だ。
打撃技のみでなく、関節技や投げ技を駆使することで、相手の肉体を破壊する格闘技である。
8人の少女たちはそれぞれ異なる格闘技を極めている。
武器を持たず、拳(こぶし)のみで戦うために日夜鍛えているのだ。

「コマンドサンボ?……どんな格闘技か知らないけど、私の剣技に勝てるって言うの!?」

オダは一瞬のうちに斬撃を4連続で繰り出した。
先ほどミヤビにやられたばかりなので、己の身体に負担をかける高速剣技はさぞかし辛いことだろう。
だが、目の前のアヤノに勝つためには鞭打ってでも攻め続けるしか無いのだ。
しかしその4連撃までもアヤノのパンチのラッシュで防がれてしまう。

「遊びで格闘技をかじってるワケじゃないんだよ……
 武器を持った相手にも対抗できるからこそ、軍隊式格闘術なんだ!」

331 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/04(土) 03:20:14
ここでオダは力のこもった一撃を繰り出したが、
それさえもアヤノの拳(こぶし)で弾かれてしまった。
思えばアヤノの手脚は数年前と比べて非常に長くなっている。
つまりはリーチが段違いなのだ。
全ての攻撃が有効打になる前にアヤノの拳で封じられてしまう。

「もう終わらせよう。ミヤビ様と戦って傷ついたオダは私の敵じゃないよ。」

アヤノは長い脚で蹴りを入れて、オダをまたも転ばせた。
ベリーズとの死闘で全力を使い果たしたオダには、もう踏んばる力も残されていないのだろう。
そうやって無様に転んだオダの両ももを、アヤノは自らの右ひざ、左ひざで力強く踏んづける。

「1点!そして2点!」
「!?」

アヤノが謎の点数を数えるのを見てレナコとタグが騒ぎ出した。

「たいへん!あのままだとまずいよ!」
「アヤノ、必殺技でオダを仕留めるつもりだね……ほら、すぐに3点目だよ。」

アヤノはお次は右手でオダの左肩を抑えつけた。
右もも、左もも、左肩に体重をかけられているため、オダは殆ど身動きが取れなくなっていた。
ここでオダはやっと、アヤノの数えている数だけの箇所を封じられていることに気づく。

(両脚と、左腕がまったく動かない……)
「3点!そして次は……!」

次の一手でアヤノの必殺技が完成する。
この必殺技が決まると同時にオダは一切の抵抗が出来なくなるのだ。
アヤノが歓喜したその時、オダの右手から斬撃が飛んでくる。
その一撃は片手だというのに、これまでのどの太刀筋よりも鋭いものだった。
アヤノはその刃に反応し切れず、平坦な胸でモロに受けてしまう。

「えっ?……」
「ふぅ、やっと決まったようね……私の必殺技。」

周囲が驚く中、オダの必殺技を身をもって受けたことのあるミヤビは冷静な目で見ていた。

「みんな気づいてた?彼女の斬撃は一撃ごとにキレを増していたんだよ。
 最高潮に乗った最後の一撃は、ベリーズやキュートでも防ぐことは出来ないかもしれない……」

オダ・プロジドリがアヤノに放った斬撃は計7回。
ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シと音階が上がるかのようにオダは自身のギアを上げてきていた。
序盤の攻撃を防がれたとしても、更に強くなりゆく攻撃が通らないとは限らない。
ノればノるほど強くなる必殺技「さくらのしらべ」でオダはアヤノに逆転してみせたのだ。
後輩の見事な勝利にアユミンが大喜びする。

「やったああああああ!ねぇハル!マーチャン!見てた!?オダが勝ったよ!」
「アユミンうっせぇなぁ……こっちは怪我人だってのに……」
「ねぇ、あのアヤノって人なんだか変だよ。なんか、真っ黒のよく分からないオーラが出てるみたい」
「「え?」」

332 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/04(土) 03:21:29
>>329
開始からもう6年も経つんですねw
長期休養から復帰できたので、なんとかペースを上げたいところですね。

333 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/05(日) 04:29:39

オダ・プロジドリは違和感を覚えていた。
目の前のアヤノは確かに強い。一手遅ければオダの方が負けていた可能性もある。
だがいくら強いとは言っても帝国剣士や番長、KASTらと同レベルだ。

(ベリーズ様やキュート様が大騒ぎする程とは思えないのよね……)

オダがそう感じていたその時、アヤノの身体に異変が起きた。
禍々しいオーラが威圧するかのように発せられたかと思えば、
細身なはずのアヤノの筋肉量が一気に膨れ上がったのだ。
更に、信じられないことにオダが斬った傷口がみるみる塞がっていっている。
筋力増強くらいならナカサキにも行うことが出来るが、
傷まで塞ぐなんて、人間の範疇を超えているとしか言いようが無い。

「え?……」
「あ゛あ゛!ああああああああ!」

アヤノは苦しみ、もがきながらオダのブロードソードに左手を伸ばした。
そして刃を鷲掴みにし、一瞬にしてへし折ってしまう。

「!?」

一切の血を流すことなくに刀身を握りつぶすなんて考えられない。
何が起きたのか分からないが、目の前のアヤノはさっきまでのアヤノとは別人だ。
いや、別人どころか他の生命体に置き換わったと言っても良いだろう。
達人のベリーズとはまた違った、得体の知れない強さにオダは心から恐怖した。
アヤノが泣き叫びながらオダの顔面をぶん殴ろうとした時点で、死を覚悟する。

「そこまでだ!」

瞬間、ミヤビとクマイチャン、そしてシミハムがアヤノを蹴り飛ばした。
ベリーズ3人からなる蹴りの衝撃には耐えられなかったのか、アヤノは血を吐いて失神してしまう。
九死に一生を得たオダは気が抜けて、しばらく立ち上がれなくなる。

「アヤノ?……いったいこれはどういう……」

オダだけでなく、この場のほぼ全員がアヤノに起きた異変を理解できずにいた。
その疑問にユカニャが答えていく。

「皆さん見ましたか?今のがファクトリーなんですよ。
 ファクトリー(工房)はその名の通り、少女の身体を作り変えてしまうのです。」
「作り変える?……アヤノが自分の身体を作り変えたんですか?……」
「アヤノちゃんが?いいえ、アヤノちゃんは普通の女の子。そんな力はありません。」
「え?……」
「皆さん、抹消すべき敵を見誤らないでください。
 諸悪の根源はアヤノちゃん達の体内に潜んだ未知の病原菌、"ファクトリー"です。
 8人の少女を苦しめる"ばい菌"こそがこの世から消し去るべき対象なんですよ!」

そう言うとユカニャは倒れたアヤノの元に駆け寄った。
そして、涙を流しながらグッタリとしているアヤノを優しく抱きしめる。

「アヤノちゃん、助けられなくてごめんね……絶対に、絶対にファクトリーを滅菌してみせるからね。」

334 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/07(火) 02:14:12

アヤノの肉体の変化を目撃し、ユカニャの説明を聞いた一同は唖然としていた。
人体そのものを作り変える病原菌があるだなんて信じられないが、
実際にその目で見たのだから受け止めるしかなかった。

「ベリーズ様とユカニャ様には感謝の言葉も見つかりません。」

8人の少女のうちの1人が前に出て話し始めた。
彼女のコードネームは「ドグラ」。本名をアヤパンと言う。

「この呪われた身体は、意思とは関係なく暴走してしまいます。
 なので、私たちに居場所など有るはずもなく、自然と人里離れたところで暮らすようになりました。
 そんな私たちを保護してくださったのがベリーズ様なんです。」

ファクトリーを患った8人は引き寄せられるように集まったらしいが、
爆弾を抱えている者同士が上手くいくはずもなく、日に日に疲弊していったという。
ベリーズは彼女らを救うために医学の権威であるユカニャに声をかけたのである。

「残念ながら"ファクトリー"を駆除する方法はまだ見つかっていません。
 そこで、何かヒントを得られないかとマーサー王とサユさんをお呼びしたのです。
 彼女たちに近い境遇なので、何かお話を聞かせてもらえればと……」

ユカニャが"近い境遇"という言葉を使ったが、番長やKASTらには何の事なのか分からなかった。

「帝国剣士の子はほとんど知ってるんだけど、私サユの中にはもう1人の私(マリコ)がいるの。
 いつ暴走するか分からないって意味じゃその子たちと同じ。
 まぁ、病気とは違うからあまりお役には立てないかもね〜……」
「私の身体はもう暴走しないから、なおさら参考にならないかもしれないとゆいたい。
 だが、当時の余波で超人的なパワーは未だに残っている。
 力を制御するコツなら教えられるかもしれないな。」

ここまで聞いて、連合軍は2点を理解した。
1つは「ファクトリーが暴走すると食卓の騎士クラスでないと止められないこと」
もう1つは「ファクトリーはすぐに治るような病気では無いということ」だ。
それを踏まえてユカニャは今一度お願いをする。

「皆さんを騙すような真似をして、本当に申し訳無いと思っています。
 でも、暴走した彼女たちを止めるには、各国の戦士がベリーズ様、キュート様のように強くなる以外に道が無いんです!
 ファクトリーの特効薬が見つかるまで……どうか彼女たちを抑えてあげてください……」

ベリーズを敵に回すという無茶苦茶なツアーではあったが、一同はその真意をやっと知ることが出来た。
ファクトリーを患う8人の少女たちを放置すれば一般市民にまでも襲い掛かるかもしれない。
それを阻止するために、死ぬ気で強くなる必要があったのだ。
意図をほぼ掴みかけたところで、アンジュ王国の新人番長ムロタンが喋りだした。

「あれ?ベリーズ様やキュート様だけで十分抑えられるんですよね?
 なんで私たちまで強くなる必要があるんですか?いや、強くなるのは全然いいんですけど」

ムロタンの発言で周囲は静まり返ってしまった。
特にユカニャは信じられないといった顔をしている。
タケが慌ててムロタンの頭をポカリと殴った。

「バカ!何バカなこと言ってるんだよ!このバカ!」
「ちょ、ちょっとタケさんバカって言い過ぎですよ!だってそうじゃないですか〜!」
「ムロタン……お前、本気で知らないのか?」
「へ?何をですか?」
「……"25歳定年説"をだよ。」

335 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/08(水) 02:36:15

この世界では、異常に強い少女の存在が十数年前から確認されてきていた。
見た目は可憐だと言うのに、彼女らは大の大人の何倍も強かった。
厳しい訓練を受ければ受けるだけ肉体は強靭になるし、
実戦での閃きや勘の良さだって通常の兵士とは比べ物にはならない。
まるで挨拶をするかのように簡単に敵を薙ぎ倒すことから、
そのような特別強い少女らのことをハロメン(意:挨拶をする者たち)と呼ぶ者も増えているらしい。

強国は例外なくハロメンを国防の最前線に置いていた。
それがマーサー王国の食卓の騎士(ベリーズ戦士団とキュート戦士団)や、
モーニング帝国の帝国剣士、アンジュ王国の番長、果実の国のKASTなのだ。
しかし全ての少女が必ずハロメンになれるワケではない。
特別な才能を見出された者が、地獄のような鍛錬に耐え抜くことでようやく成れるのである。
近年では才能を持った少女を効率的に集めるために研修生制度を取り入れている国も多いとのことだ。

ハロメンになれれば一生安泰のように思うかもしれないが、彼女らには唯一の弱点があった。
それが"25歳定年説"だ。
まだ正式に確立されたというワケではないのだが、彼女らは25歳前後で力を失う傾向にある。
それより高い年齢でも十分強いケースも存在するため、そのセオリーが絶対とは言えない。
しかし、データが集まれば集まるほど25歳という数字の信憑性がより高くなっていっているのだ。
25歳を超えれば殆どのハロメンは普通の女性になる。
あれだけ鍛えた圧倒的な筋力量も、剣の腕前も、並の女性程度になってしまうのである。
そしてその"25歳定年説"は、化け物のように強いベリーズやキュートにも容赦なく襲い掛かるに違いない。
年齢の高いシミハムやマイミから弱体化していくことが予測される。
あるいは個人差が思わぬ方向に働き、年少のリシャコやマイマイから影響を受けるかもしれない。
どちらにせよ、ベリーズもキュートももう良い大人だ。
近い将来には今ほどの戦闘力を維持することが出来なくなるだろう。

「そっか……じゃあ、ファクトリーを治す薬がいつまでも出来なかったら……」

ムロタンはやっと気づいた。
ベリーズとキュートの強さは永遠ではない。
そして、ファクトリーを患った少女たちは10代半ば。まだまだ若いのだ。
今現在はファクトリーを抑えることが出来たとしても、いつかは逆転する。
帝国剣士、番長、KASTがこのまま強くならなかった場合、
ファクトリーを止める者がこの世に存在しなくなるため、世界が滅ぼされる可能性も考えられる。

「もちろん、そんな事は許されません。
 私ユカニャは医師としてあの子たちを治す方法を早急に見つけ出してみせます。
 ただ、それが叶わなかった時のためにも若い皆さんには強くなってほしいんです。
 ムロタンちゃん、分かりましたか?」
「はい……分かりました……」

336名無し募集中。。。:2021/09/08(水) 12:25:17
その時点で軽めのファクトリーな気もするが…w

337 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/09(木) 03:08:23

ユカニャによる説明がひとしきり終わったところで、各陣営らによる話し合いの場が設けられた。
"ファクトリーを抑えるために強くなる"ということの意味は全員が理解できたのだが、
組織としてどう振る舞うのかを改めて考える必要があると判断したのだ。

「テントの外に出ていますね。私たちがいたら話し合いも、し難いでしょうし……」

コードネーム:ドグラはそう言って、倒れたアヤノを含む少女たちを外に連れて行った。
自分たちを憐れむ目に晒され続けるのが嫌だったという理由もあるが、
それ以前に、自分たちも今後の振る舞いを話さなければならないと考えたのだ。

「さて……みんな、どう思った?」
「どうって?アヤパン」

曖昧過ぎる質問にコードネーム:リュックが返した。
それに対して、コードネーム:マジメが叱るように怒鳴りつける。

「また本名で呼んでる!コードネームで呼び合うって決めたでしょ!」
「はぁ……ぶっちゃけさ、それって意味あるの?」
「えっ」
「私たちのためにシミハム様が名づけてくださったのは有難いけどさ、もう私たちがファクトリーだってバレてんじゃん。
 だったらもう本名で呼び合おうよ。今更化け物になったところでもう驚かれないでしょ」

少女たちの中にいるファクトリーは肉体を全て自分のモノにしてやろうと虎視眈々と狙っている。
そんな体内のTEKIを騙すために、本名とは異なるコードネームで呼び合うことで惑わしていたのだ。
ウィルスに意識や感情があるかどうかは定かではないが、
異なる名前を使う肉体は、本来自分が奪うべき肉体ではないと誤認したかのように大人しくなったという。

「化け物になったらみんな困るでしょ!」
「そんな時はさっきのアヤノみたいにぶっ倒せばいいじゃん。てか、今までもそうしてきたし。」

2人がヒートアップしてきたところでコードネーム:ドグラが割って入ってきた。
彼女は少女たちのリーダー格。方向性を示すのも仕事のうちだ。

「私ももうコードネームは使わなくて良いと思う。」
「え!?」「ほら〜」
「勘違いしないで。この身をファクトリーに奪われていいから言ってるんじゃないの。
 私はもう、暴走なんてゴメンだからね……
 むしろ身体を奪われないよう、気を強く持つために、積極的に本名を使っていこうよ。
 タイムリミットが来る前に行けるところまで行ってみよう。
 勢い付けた今の僕らならやれるはずさ!」

そういう事なら、と少女たちは頷いた。
直前まで睨みつけていたコードネーム:ロッカーも一転笑顔になる。

「よーし!それじゃあ今から皆でコードネームを捨てようぜ!こういう時は年齢順な!」

拳を前に突き出して宣言するコードネーム:ロッカーに、皆も続いていく。

「俺はもうロッカーじゃない!これからはフジーだ!」
「私はもうドグラじゃない!これからはアヤパンだ!」
「私はもうマジメじゃない!これからはノムだ!」
「わたしはもうクールじゃない!これからはレナコだ!」
「私はもうリュックじゃない!これからはタグだ!」
「私はもうウララじゃない!これからはサクラッコだ!」
「私はもうガールじゃない!これからはレイだ!」

そしてもう1名、倒れていたはずの少女が目を覚まし、拳を天高くあげていった。

「私はもう……タイサじゃない……これからは、アヤノだ!」

338 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/09(木) 03:13:16
>>336
「突然発症して桁違いに強くなる」という意味では確かにハロメンもファクトリーと似た症状ですねw
作中で名言することは無さそう(=私が深く考えなさそう)ですが、
暴走という副作用が無いだけで、ハロメンになるのも何らかの影響を受けているのかもしれません。

339 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/10(金) 03:25:01

それから小一時間がたった頃、
話し合いが終わった戦士たちはそれぞれの国に帰る準備を始めていた。
この場にいる者たちの方針はおおむね固まったのだが、
国としてどう動くかは、やはり国内で議論せねばならないということだろう。
特にアンジュ王国に関してはアヤチョ王もマロも国に残っているので、番長だけでは決められなかった。

「ねぇ、アヤノ」
「オダ!」

オダ・プロジドリが話しかけてきたのでアヤノは緊張してしまった。
一歩間違えばオダを殺すところだったので、どう話せばよいのか分からなくなる。

「あの……オダ、さっきはごめん……」
「いいのよ、私から志願したことだし。それに……」
「それに?」
「アヤノの今を知ることが出来たのが嬉しい。ううん、アヤノだけじゃない。タグも。レナコも。」
「オダ……」
「モーニング帝国としての結論はまだ出てないけど、少なくとも王と帝国剣士はファクトリーのみんなを護るつもりだよ。
 いや、ファクトリーじゃないか、ファクトリーを患ったみんな……うーん、ちょっと言いにくいわね。」
「拳士。」
「えっ?」
「私たちのことは拳士(こぶし)って呼んで!これもベリーズ様につけてもらったの!」
「うん。分かった!拳士のみんなを護れるように、働きかけてみるからね!」
「ありがとう!」

その光景を少し離れたところで、アヤパンとレイが見ていた。
いつもと違って無邪気にはしゃぐアヤノを見て、なんだか新鮮な気持ちになってくる。

「ふふ、アヤノもあんな風に笑う時があるんですね。」
「そうね……私たちには生意気な態度ばかりなのに。」
「いつか私たちの中のファクトリーを消すことが出来たら、みんなで笑い合えるのかな……」
「レイちゃん。」
「ん?」
「さっきは流されちゃったけどさ、レイちゃんはどう思った?」
「どう……って?」
「ユカニャ様のお話を聞いたでしょ?本当にファクトリーの治療を出来ると思う?」
「えっ……どういうことですか?……」
「ユカニャ様ほどの権威が四苦八苦しても未だに方法が見つからないんだよ。治療法なんてはなから存在しないんじゃないかな。」
「は!?」

340 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/10(金) 03:26:46

希望に満ち溢れた展開だというのに、突き落とすようなことを言うアヤパンの真意がレイには掴めなかった。

「いや、正確には1つだけ治療法が存在するか。ユカニャ様もベリーズ様も優しいから、あの方々の口からは絶対に出ないと思うけどね。」
「え?え?……それはいったい?……」
「死ぬことだよ。」
「!?」
「私たち拳士(こぶし)が死んだら、肉体も朽ち果てる。そうすればファクトリーは肉体を奪えない。
 暴走して罪の無い人たちに迷惑をかけるくらいなら、拳士みんなで、ね。」

レイは混乱しきってしまう。頭がクラクラするし、大汗だって流れてくる。
付き合いが長いため、目の前のアヤパンが冗談ではなく本気で言っていることが理解できる。それだけに辛いのだ。

「アヤパン!あなただって希望を抱いているはずです!その証拠にまだ死のうとしてないじゃないですか!!
 それは、治療法の可能性を信じているからでしょ?……」
「ううん、違うよ。私はまだ生きなきゃならないんだ。」
「生きなきゃ?……」
「ねぇレイちゃん。私たちが元々いたナイスガールは今どうなっていると思う?」
「どうって……アヤパンと私の2人が突然失踪したから、困っているんでじゃないですか?」
「違うよ。2人じゃなく、3人なんだよ。」
「!?」
「風のうわさで聞いたけど、ナイスガールの組織は3人の失踪者を出して壊滅寸前なんだってさ。」
「壊滅!?そんなはずがありません!強くて、頼もしい、彼女がいれば構成員が多少抜けたところで……あっ!……」
「もう1人の失踪者の正体に気づいたようだね。じゃあどうして突然いなくなったと思う?
 これはもう勘なんだけど、理由は私たちと同じなんじゃないかな……」
「そんな……そんなことが……」
「だから、まだ生きなきゃならないの。全部解決するまでは、ね。」

341 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/11(土) 03:47:08
2,3日が経ち、王や戦士、医師たちが帰国した中で、
ベリーズとキュートの面々だけが武道館に残っていた。
戦闘の影響で崩壊しかけた武道館の壁を撫でながら、チナミが話す。

「それにしても派手にやったもんだねぇ……修繕チームを手配しないとなぁ……
 ねぇ団長、若い子たちの破壊活動を上手いこと止められなかったの?」

シミハムはブンブンと首を横に振った。
あの時は必死だったので、武道館を護る余裕はまるで無かったのだ。
それはベリーズもキュートもよく分かっている。
まだ発展上ではあるが、帝国剣士も番長もKASTもベリーズを苦しめるほど成長したのは明確だ。
そんな中、マイミが元気なく肩を落としていた。

「彼女たちが強くなったのは喜ばしいし、ファクトリーの事情もよく分かったのだが、
 やっぱり……私に内緒だったのは寂しかったな……」

あまりにも落ち込みすぎたため、普段は暴風雨のようなオーラが梅雨時のようにジメジメしている。
ナカサキ、アイリ、オカール、マイマイが「またか……」と言った表情をしていることから、
ここ数日はこの調子だと言うのが伺える。

「おいおい団長。隠し事が苦手なことは自分でも分かってるんだろ?」
「いやオカール、私は演技は得意な方だと思ってるんだが……」
「見世物の演技とは違うっての。アンタは嘘ついたままベリーズと本気で殴り合えたか?」
「それは……」

怒りの込められた握り拳は出せなかったかもしれない、とマイミは感じた。
感情に左右される自分を恥じてまた落ち込みそうになったが、
そんなマイミとの直接勝負を経験したチナミがそうはさせなかった。

「私さ、マイミと本気でやれて嬉しかったんだよ。」
「チナミ……!」
「私だけじゃない、ベリーズもキュートも、久々に真剣勝負が出来て嬉しかったはずだよ!そうだよね?」

チナミの問いかけに全員が頷いた。
食卓の騎士はあまりにも強くなりすぎたために、満足に戦える相手がいなくなって久しかった。
訓練では味わうことのできない実戦での殴り合いが楽しくないと言えば嘘になる。
これまで静かにしていたリシャコも割って入ってきた。

「キュートとやり合えるの結構楽しみにしてたし、実際楽しかったよ。ただ……」
「ただ?」
「若い子と戦うのも、思ってたよりは楽しめた、かな。」

正直言って、ここにいる大半が若手の成長については半信半疑だった。
ベリーズとキュートでバチバチやり合って、それで終いになる可能性も十分あり得ると踏んでいた。
だが、結果は大きく違ったのだ。
最後まで死ぬ気で、殺す気で斬り合った結果、満足できる程に連合軍は強くなったのである。
楽しそうに話すみんなを見て目の輝きを取り戻しマイミに対し、モモコがデコピンをコツンと当てる。

「ぶっちゃけるとね、若手がもっともっと強くなる仕掛けを考えているワケよ。
 もちろん、私やシミハム、マイミが定年になる前に……ね。
 あの子たちと1対1で戦える日を思うと、ワクワクしてこない?」
「そんな未来が待っているのか……なるほど、ならばもう落ち込んでなんかいられないな!」

食卓の騎士が未来に希望を見出したところで、この物語は完結する。
そして、新たな物語が始まる。

第二部:berryz-side 完

342 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/11(土) 03:48:57
かな〜〜〜〜〜〜り長くなりましたが、やっと第二部終了です。
しばらくはOMAKE更新を続けて、準備が出来たら第三部をはじめますね。

343名無し募集中。。。:2021/09/11(土) 15:37:47
乙です
長かったね…

344名無し募集中。。。:2021/09/12(日) 10:18:38
お疲れ様でした!
OMAKE更新も三部も楽しみにしてます

345 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/13(月) 01:45:51
キャラ名+武器名+必殺技の元ネタを書いていきます。
第一部で出したものも再掲しますね。第二部初登場のものには★印をつけます。
まずはモーニングから

346 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/13(月) 01:48:11
■モーニング帝国剣士

フク・アパトゥーマ :団地妻
装飾剣「サイリウム」 :そのままサイリウム
装飾剣「キングブレード」 :複数色切り替え可能なサイリウム+王の剣
必殺技「Killer N」 :( ̄ー+ ̄*)キラーン

エリポン・ノーリーダー :空気読めない+リーダーではない+仮面ノリダー
打刀「一瞬」 :前作のガキの武器から。新垣里沙の写真集のタイトル
★必殺技「遅々不意不意(ちちぷいぷい)」:ちちんぷいぷい魔法にかーかれ

サヤシ・カレサス :植物を枯れさす
居合刀「赤鯉」 :広島カープのイメージ
★必殺技「斬り注意」:舞台トライアングルのキリ中尉

カノン・トイ・レマーネ :トイレのモノマネ
出刃包丁「血抜」 :食事のイメージ
★必殺技「泡沫」:泡沫サタデーナイト!

ハルナン・シスター・ドラムホールド :いもうと+太鼓持ちアイドル
フランベルジュ「ウェーブヘアー」 :ファッションのイメージ
★必殺技「いやせません」:ヤンタンのコーナー「いやせません」

アユミン・トルベント・トランワライ :れいなの好きな弁当を先にとったエピソード+すべりキャラ
大太刀「振分髪政宗」 :伊達政宗の愛刀+振分親方
★必殺技「キャンディ・クラッシュ」:石田がよく遊んだアプリ「キャンディークラッシュ」

マーチャン・エコーチーム :ヤッホータイ
木刀「カツオブシ」 :前作のレイニャの武器から。れいなの猫イメージ
★必殺技「蹂躙(じゅうりん)」:宮本佳林とのユニット「ジュリン」

ハル・チェ・ドゥー :ハルーチェ+どぅー
竹刀「タケゴロシ」 :タケちゃんとの因縁(やっちまったな等)
必殺技「再殺歌劇」 :ステーシーズ 少女再殺歌劇
★必殺技「再殺歌劇"派生・純潔歌劇"」:LILIUM-リリウム 少女純潔歌劇-

オダ・プロジドリ :自撮りのプロ
ブロードソード「レフ」 :レフ板
★必殺技「さくらのしらべ」:歌中心のファンクラブイベント「さくらのしらべ」

ハーチン・キャストマスター :素人時代にツイキャスのキャス主
スケート靴「アクセル」 :トリプルアクセル
必殺技なし

ノナカ・チェルシー・マキコマレル :チェル+巻き込まれる
忍刀「勝抜(かちぬき/かつぬき)」 :好物のカツ丼を我慢
必殺技なし

マリア・ハムス・アルトイネ :ハー娘。+明日も嬉しいこと&楽しいこと、いっぱいあるといいね
投げナイフ「有」 :元日ハム投手のダルビッシュ有
両手剣「翔」 :日ハム打者の中田翔。有と翔でユウショウ=優勝
必殺技なし

アカネチン・クールトーン :クルトンが好き
印刀「若木」 :あかねちんがブログに載せた習字
必殺技なし

347 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/14(火) 02:57:24
■アンジュ王国の番長

アヤチョ・スティーヌ・シューティンカラー:捨て犬+シューティングスター+唐揚げを投げたエピソード
七支刀「神の宿る剣」:博物館に飾ってそうな武器
必殺技「聖戦歌劇」:我らジャンヌ 少女聖戦歌劇

マロ・テスク:そのままマロテスク
小型銃「ベビーカノン」:前作のカノンの武器から。
必殺技「爆弾ツブログ」:前作のカノンの必殺技から。いちごのツブログ。

カナナン・サイタチープ:埼玉は安いイメージと発言したエピソード
ソロバン「ゴダン」:中西香菜がそろばん5段
必殺技なし

タケ・ガキダナー:親戚マイミのキャラ名+子供っぽい
鉄球「ブイナイン」:巨人が黄金時代にV9達成
★必殺技「バリバリ」:バリバリ財布

リナプー・コワオールド:ブログで昭和時代の人の名前に「子」が多いと発言
愛犬「ププ」:勝田里奈の愛犬
愛犬「クラン」:勝田里奈の愛犬
★必殺技「Back Warner(後ろの警告者)」:ばくわら

メイ・オールウェイズ・コーダー:スマイレージはいつもこうだ
ガラスの仮面「キタジマヤヤ」:ガラスの仮面に登場する北島マヤ+しゅごキャラミュージカルで芽実が演じた結木やや
★必殺技「1人ミュージカル」:田村が楽屋で1人ミュージカルをやったエピソード

★ムロタン・クロコ・コロコ:ワニ(→クロコダイル)好き+むろたんコロコロ
★透明盾「クリアファイル」:パントマイム+公式グッズのイメージ
必殺技なし

★マホ・タタン:
★スナイパーライフル「天体望遠鏡」:家に天体望遠鏡があるエピソード
★必殺技「eye-2(アイツ)」:相川がよく描くイラストのあいつ

★リカコ・シッツレイ:初写真集のインタビューで先輩に「お先に失礼します」と発言
★固形石鹸「ダイスキダー」:ブログで固形石鹸を大好きだーと書いたエピソード
必殺技なし



あ!カナナンの必殺技出してない!
第三部に出します……

348 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/14(火) 03:01:34
書き漏れがありました。

★マホ・タタン:ハロコンでひな壇のみんなが立っているのに一人だけ立たなかったエピソード

349 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/15(水) 01:30:57
■果実の国のK(Y)AST

ユカニャ・アザート・コマテンテ:あざとい+困り顔+石川県の方言「〜てんて」
武器未登場
必殺技なし

トモ・フェアリークォーツ:フェアリーズのファン+ローズクォーツ
ボウ「デコピン」:佳林にデコピンをよくする
★必殺技「noonと運(ぬんとうん)」:金澤の飼い猫ぬんとぅん

サユキ・サルベ:さるべぇ
ヌンチャク「シュガースポット」:バナナの甘い箇所
★必殺技「トリプレット」:岡井・工藤・高木の所属するSATOYAMAユニット

カリン・ダンソラブ・シャーミン:男装好き+wonderful worldの時の髪型が社民党党首っぽい
★釵「美顔針」:美容のため顔に針を刺したエピソード
★必殺技「早送りスタート」:ヘアアレンジ動画で自ら早送りスタートと宣言。

アーリー・ザマシラン:ハーモニーホール座間での公演に遅刻
トンファー「トジファー」:植村の育ててたトマトの名前
★必殺技「Full Squeeze!」:Juice=Juiceのライブタイトル



■カントリーガールズ

★リサ・ロードリソース:SATOYAMAイベで道資源を道重と聞き間違える
★両生類「カエルまんじゅう」:山木がお土産に買ってきたカエルまんじゅう
必殺技なし

★マナカ・ビッグハッピー:大福
★鳥類「PEACEFUL」:稲場が過去に所属していたアイドルユニット「PEACEFUL」
必殺技なし

★チサキ・ココロコ・レッドミミー:
★魚類「※名称未定」:
必殺技なし

★マイ・セロリサラサ・オゼキング:セロリが嫌い+シチューさらさらだね+ひなフェスのソロ名オゼキング
★哺乳類「マイ」:自分自身+本名の舞
必殺技なし



チサキの武器の名前つけてないですね!
こちらも第三部に持ち越しです……

350 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/16(木) 03:24:29
■食卓の騎士

シミハム
武器は三節棍
オーラ「無」:他のメンバーの個性が強すぎて相対的に影が薄いイメージ
必殺技「きよみず」:名前の清水を訓読み
必殺技「きよみず"派生・鶴の構え"」:よろセン!で清水が見せた焼肉のテクニック

モモコ
武器は暗器
オーラ「冷気」:血の通ってないアイドルサイボーグのイメージ
必殺技「ツグナガ拳法」:ツグナガ憲法
必殺技「ツグナガ拳法"派生・謝の構え"」:許してにゃん
必殺技「ツグナガ拳法"派生・貫の構え"」:ピンキードリル
必殺技「ツグナガ拳法"派生・閃の構え"」:こゆビーム

チナミ
武器は小型大砲と諸々の発明品
オーラ「太陽」:明るいキャラのイメージ+日焼け
必殺技「大爆発(オードン)」:おうどんをおーどんと言ってしまう。
必殺技「大爆発(オードン)"派生・ピストンベリーズ"」:イナズマイレブンに登場するBerryz工房とT-Pistonzをモデルにしたチーム
必殺技「大爆発(オードン)"派生・metamorphose"」:徳永の写真集
必殺技「大爆発(オードン)"派生・戦国自衛隊"」:劇団ゲキハロの舞台
必殺技「大爆発(オードン)"派生・Bomb Bomb Jump"」:Berryz工房の楽曲

ミヤビ
武器は脇差と仕込み刀
オーラ「斬撃」:尖った顎のイメージ+普段は見られない裏側を見せるGreen Room
必殺技「猟奇的殺人鋸」:キラーそー
必殺技「猟奇的殺人鋸"派生・愕運(がくうん)"」:アロハロで値下げ交渉時に夏焼が「マネー がく〜ん」と発言
必殺技「猟奇的殺人鋸"派生・美異夢(びいむ)"」:みやビーム
必殺技「猟奇的殺人鋸"派生・堕祖(だそ)"」:夏焼が描いた謎の4コマ漫画の擬音「だそ」
必殺技「猟奇的殺人鋸"派生・二並(にへい)"」:PINK CRES.の二瓶有加
必殺技「猟奇的殺人鋸"派生・光(ひかる)"」:PINK CRES.の小林ひかる

クマイチャン
武器は長刀
オーラ「重力」:高い所から下へと押さえつけるイメージ
必殺技「ロングライトニングポール」:電柱
必殺技「ロングライトニングポール"派生・シューティングスター"」:流星ボーイ
必殺技「ロングライトニングポール"派生・枝(ブランチ)"」:王様のブランチ

リシャコ
武器は三叉槍
オーラ「海」:前作の敵を溺れさせる特技から発想+レディマーメイド
必殺技「暴暴暴暴暴(あばばばば)」:菅谷が動揺した時の表現
必殺技「暴暴暴暴暴(あばばばば)"派生・イブ"」:極上!!めちゃモテ委員長の登場人物の衣舞様+マイマイのアダムと対比

マイミ
武器はナックルダスター
オーラ「嵐」:雨女のイメージ
必殺技「ビューティフルダンス」:舞美を英語に直訳
必殺技「ビューティフルダンス"派生・夢幻クライマックス"」:℃-uteの楽曲

ナカサキ
武器は曲刀
オーラ「怪獣」:ブースカ
必殺技「確変」:当時、中島が急に可愛くなったことを確変と表現
必殺技「確変"派生・海岸清掃"」:ユニットの海岸清掃男子
必殺技「確変"派生・ガーディアン"」:ユニットのガーディアンズ4
必殺技「確変"派生・JUMP"」:℃-uteの楽曲のJUMP
必殺技「確変"派生・Steady go!"」:℃-uteの楽曲のいざ、進め! Steady go!
必殺技「確変"派生・秩父鉄道"」:秩父観光農業Oh!園アンバサダー
必殺技「確変"派生・The Power"」:℃-uteの楽曲のThe Power

アイリ
武器は棍棒
オーラ「雷」:前作の敵を痺れさせる特技から発想+亨(とおる)と雷の神トールが似てる
必殺技「トゥー・カップ・ベクトル」:通学ベクトル+ゴルフのイメージ
必殺技「トゥー・カップ・ベクトル"派生・エース"」:℃-uteのエース+ホールインワンの別名エース

オカール
武器はジャマダハル
オーラ「獣」:犬を飼っている+本人も犬っぽい+全方位にかみつくイメージ
必殺技「リップスティック」:岡井家で飼っている犬の名前
必殺技「リップスティック"派生・パイン"」:岡井家で飼っている犬の名前
必殺技「リップスティック"派生・ぱんつ"」:岡井家で飼っている犬の名前
必殺技「リップスティック"派生・ぶら"」:岡井家で飼っている犬の名前

マイマイ
武器は斧
オーラ「巨大な目」:サングラスのイメージ
必殺技「DEATH刻印」:ディスコクイーン
必殺技「DEATH刻印"派生・JAUP"」:JUMPをJAUPと書き間違える。
必殺技「DEATH刻印"派生・アダム"」:アダムとイブのジレンマ+リシャコのイブと対比

351 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/17(金) 01:23:52

■拳士
※本名は第三部で出します。ここではコードネームの由来のみ。

ロッカー(フジー):ジップロッカー

ドグラ(アヤパン):ドグラ・マグラを読破

マジメ(ノム):さわやか五郎によく「真面目か」と突っ込まれる

クール(レナコ):クールビューティーを目指している

タイサ(アヤノ):はまちゃん大佐

リュック(タグ):ハロステ四字熟語講座に大きいリュックを背負って登場

ウララ(サクラッコ):舞台サバイバーの役名ウララ+ブログの裏ウララの楽屋裏情報

ガール(レイ):おはガール



他にもマーサー王、サユ、レイニャ、オカマリ、ウオズミ、マリン、キッカ等も登場しましたが、
フルネームは出ていないので説明を割愛します。

352 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/18(土) 22:27:31
恒例(?)の撃破数ランキングを書きます。
武道館での戦いに絞りますね。
トドメをさしたら1勝です。引き分けは両者1勝扱いです。
展開の都合上、ベリーズがかなり多くなってますね。

シミハム 8勝(ナカサキ、ハルナン、アユミン、ノナカ、リカコ、トモ、サユキ、カリン)
モモコ 5勝(アイリ、エリポン、カノン、マーチャン、アーリー)
クマイチャン 5勝(カナナン、リナプー、メイ、ムロタン、マホ)
ミヤビ 3勝(オカール、ハル、オダ)
リシャコ 2勝(マイマイ、サヤシ)
タケ 2勝(シミハム、クマイチャン)
チナミ 1勝(マイミ)
マイミ 1勝(チナミ)
マイマイ 1勝(リシャコ)
ハルナン 1勝(モモコ)
ハーチン 1勝(チサキ)
ノナカ 1勝(リサ)
マリア 1勝(マイ)
アカネチン 1勝(マナカ)
トモ 1勝(ミヤビ)
マナカ 1勝(アカネチン)
チサキ  1勝(ハーチン)

その他0勝
ナカサキ、アイリ、オカール、エリポン、サヤシ、カノン、アユミン、マーチャン、ハル、オダ
カナナン、リナプー、メイ、ムロタン、マホ、リカコ、サユキ、カリン、アーリー、リサ、マイ

353名無し募集中。。。:2021/09/21(火) 22:50:57
>>334

25歳永遠説はどうなるんだろ?

354 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/27(月) 03:21:24
25歳永遠説、そのワードは第三部に登場するかもしれませんね。

その第三部ですが、10/2(土)に新しいスレを立てて開始しようと思います。
9/27(月)〜10/1(金)の5日間はOMAKE更新をここで書きますね。

355 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/27(月) 03:22:06
OMAKE更新「ファーストリング -ノムの場合-」

ノムは数年前からマーサー王国の研修生として日々訓練に励んでいた。
あまり好戦的な性格では無いのでボーッとしていたり、得意な料理を仲間に振る舞ったりする時間の方が多かったが、
いつかベリーズやキュートのようになれたら良いな、と漠然と感じていたのだ。
しかし、いくら剣を振り続けても一向に強くなる気がしない。
そこでノムは、仲の良かった同期と2人で道場に通うことにした。
筋骨隆々な格闘家に揉まれることで肉体的にも精神的にも強化しようと考えたのである。

「ねぇノム、本当にこの道場に入るの?……」
「うん!ここで変わらないと、私たち一生弱いままだよ!」

その道場での訓練は非常に厳しかった。
体重の軽いノムは格闘家の蹴りを受けて簡単に吹っ飛んでしまい、
あまりに怖くて初日に泣いてしまった。
それでも同期と協力することで、苦しい日々をなんとか乗り越えることが出来ていた。
1日の終わりにノムが包丁を握り、同期と同じ釜の飯を食べれば、どんな疲れも全て吹っ飛んだのだ。

「ノムのご飯、本当に美味しいよね〜」
「ありがとう!明日も腕によりをかけるね!」

だが、そんなノムの身体に異変が起こった。
いつものように夕ご飯を作ろうとしたその時、手で握った包丁が腐るようにボロボロと崩れていったのだ。
おかしな点はそれだけじゃない。
いつもは温厚なノムの闘争心が尋常じゃない程に膨れあがり、誰でも良いから血祭りにしてやりたいと思うようになったのである。

(え!?どういうこと!?……このままだと、私、殺しちゃう……!」

誰よりも信頼する同期をその手にかけることだけは、なんとしても避けたかった。
だからノムは傷つけてしまう前に逃げるように遠くへと出ていったのだ。
護身用の剣を持っていこうとするが、その剣も握った瞬間に朽ち果ててしまう。
何もかもワケが分からず、大粒の涙を流しながら、ノムは走り続けていった。

356 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/28(火) 01:57:47

OMAKE更新「ファーストリング -フジーの場合-」

フジーは元々はアンジュ王国の出身だった。
番長になろうとオーディションを受けたものの、
カナナン、タケ、リナプー、メイには適わず、断念した過去があった。

「良い線行ってたと思うんだけどなー……
 しょうがない、心機一転、マーサー王国に引っ越すか!」

フジーはすぐに切り替えて、マーサー王国の研修生に転籍することにした。
数ある国の中でこの国を選んだ理由、それは憧れの人がいたからに他ならなかった。
キュート戦士団の団長マイミは強いだけでなく非常に美しい。フジーのようなファンがかなり多かったという。

「あぁ、お近づきになりたい……」

好いてはいるが話しかける勇気は無かったので、
マイミの使用済みの弁当の容器をジップロックに入れて持ち帰ったりする等の行為を繰り返したところ、
正体不明の危険人物がいると認識されてしまったらしい。
それほどにマイミに憧れているフジーは、戦闘スタイルをも真似しようと務めていた。
お揃いのナックルダスターを両手にハメて、パンチ主体の格闘術を修得しようと躍起になったのだ。
数日が経ち、スタイルがある程度サマになったところでアンジュ王国の番長が活躍するニュースを知ることになる。
悔しい思いも無くはなかったが、不思議と嫉妬はしなかった。
むしろ同期になるかもしれなかった番長たちを超えたいと、奮起するようになったのである。

「いつか番長よりも強くなって!そして、マイミ様に認められるようになるんだ!」

だが、その闘争心がアダになった。
隙を見せた身体に菌が入り込み、殺意を無尽蔵に膨らませていったのである。

「な……なんだ?……この変な感じは……!?」

装着していたナックルダスターが一瞬にして粉々に砕け散った。
どうやらフジーの中に入り込んだTEKIは、あらゆる武具を嫌うらしい。
正々堂々、"拳"で戦うことしか良しとしない。
この瞬間、マイミと同じ武器で戦うというフジーの夢は叶わぬものとなったのだ。

「うわああああああああああああああ!!」

情緒不安定となり、憧れの人さえも殴り飛ばしかねない状態になったフジーは、もうここにはいられなかった。
足が千切れんばかりの勢いで城から走り去っていく。

357 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/29(水) 02:41:13

OMAKE更新「ファーストリング -アヤパンとレイの場合-」

ロビンという名の戦士は、過去にナイスガールという組織を作りあげていた。
その組織は強力な兵士の育成を目的としており、
各国の研修生とは異なる"トレイニー"という制度で将来有望な少女たちを鍛えていたという。
中でも優秀な成績を収めていた者が合計3名おり、そのうちの2名がアヤパンとレイだった。
マーサー王国出身のアヤパンともう1人が早々にナイスガールに加入していたのに対して、
果実の国出身のレイは少し年が離れていたため、戦士を目指して門戸を叩いた時期もやや遅かった。
だが、3人で切磋琢磨していった結果、最終的には肩を並べるようになったのだ。

「レイちゃん強くなったね〜来年には追い抜かれちゃいそう。」
「ア、アヤパン!そんなことはないですよ……2人はいつまでも私の目標なんですから。」
「ふふっ、アヤパンだけレイちゃんに抜かされる図を想像したら笑えてきちゃった。」
「ちょっと!」

3人は来る日も来る日も訓練に明け暮れていた。
当のロビンは全く気にしていなかったようだが、
過去に憧れの恩人ロビンを傷つけた食卓の騎士や帝国剣士より強くなりたいと本気で思っていたのだ。
そして、ある日、
突然正気を失ったアヤパンとレイは殺し合うように殴り合っていた。
もちろん本人たちの意思では無い。ファクトリーに感染することで身体をまるごと奪われたのだ。

(やめて!私はレイちゃんを殺したくない!)
(こんな形でアヤパンに勝ちたくない!)

必死の思いで己を取り戻したアヤパンとレイだったが、
このままナイスガールに残り続ければ、やがて他のみんなを殺めてしまうと気づくのに時間はかからなかった。
ノムやフジーと同じように、いつまでもいたかった場所を捨てて旅立つことを決めたのだ。

「ねぇ、レイちゃん、その足につけているのは何?……」

レイの足首には囚人がつけるような鉄球が鎖で結びつけられている。
これは"足枷"。己の動きを制限するためのものだ。

「私……アヤパンとはちゃんとした形で戦いたいんです……
 化け物に身体を奪われた時にアヤパンを殺してしまわないように、枷を掛けました……」
「そっか……レイちゃんがそうしたいなら、すれば良いよ。」

358 ◆V9ncA8v9YI:2021/09/30(木) 02:14:30
OMAKE更新「ファーストリング -レナコとアヤノとタグの場合-」

数年前の合同演習プログラムでは、オダ、レナコ、アヤノ、タグの4人はチームを組んで参加していた。
ド新人で組んだチームであることを考えればなかなか善戦した方だったが、
フク、タケ、カリンを有するチームや、
ハル、リナプー、サユキの属するチームには流石に歯が立たなかった。
プログラムの結果は「惨敗」ではあったが、彼女たちは諦めずに前を向いていた。

「みんな聞いて」
「オダ?」
「私、もっと強くなってモーニング帝国剣士になってみせる。」

フク・アパトゥーマもまだ未加入の時代。
プラチナ剣士が現役のタイミングで「帝国剣士になる」と言い張るなんて無謀に聞こえるかもしれないが、
レナコも、アヤノも、タグも、オダならやれると信じている。

「モーニング帝国生まれのオダが帝国剣士なら、マーサー王国の私たち3人は食卓の騎士様に加入しないとね!」
「えっ!?アヤノ、ほんきでいってるの?」
「ベリーズ様やキュート様の凄さはアヤノが一番分かってるんでしょ。そんなこと言って大丈夫なの?」
「レナコもタグもうるさい!なるったらなるの!!」

1人と3人に別れてからも、彼女たちは文通でのやり取りを続けていた。
どんな経験を積み、どれだけ憧れの存在に近づいたのかを伝え合ったのだ。
だが、レナコ、アヤノ、タグからの手紙がある日を境にパタリと止まることになる。
例によってファクトリーに感染し、食卓の騎士のような戦士になる夢を果たせなくなったのである。
剣をも握れなくなった3人は、己の肉体をコントロールしきれず不本意にも殴り合っていた。
このまま死に向かっていくことだけは避けたいと考えたアヤノが、正気が少しでも残っているうちに提案をする。

「食卓の騎士様にお願いしようよ!」
「「!?」」
「モモコ様たちなら、私たちを救ってくれるはずだから!」

ファクトリーによって造り変えられて強靭になった自分たちの肉体は、場合によっては憧れの存在をも殺めてしまうかもしれない。
それでもアヤノは信じていた。
ベリーズも、キュートも、戦士として不完全な自分たちには絶対に負けないことを。

359 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/01(金) 02:58:12
OMAKE更新「ファーストリング -サクラッコの場合-」

これまでの皆は闘争心を見せつけたタイミングでファクトリーに感染したのに対して、
サクラッコは兵士でもなんでも無い町娘であるのにも係わらず、患うこととなった。
ファクトリーは闘志を燃やす戦士を宿主にしがちではあるが、
恵まれた肉体を奪えるのであれば何でも良いのかもしれない。

「ううっ……もう許して……」

サクラッコのハートは弱り切っていた。
正体不明のTEKIに蝕まれて今にも息絶えそうになっている。

ギブギブギブ
アップアップです。
良い子にするからもう許して
心を滅多切ってくる
見えないでっかい敵 敵

「こんな思いをしている人が、私以外にもいるっていうの?……」

ファクトリーの感染者は、自分と同じ症状の者が近くにいることを感じ取れていた。
この不思議な感覚に頼ることで後の拳士(こぶし)達は引き寄せられたのだ。
サクラッコが最初に出会ったのは、毎夜のように泣き続けて目を赤く腫らしたノムだった。
お互いにファクトリーに肉体を奪われかけて、たいへん危険な状態ではあったが、
見るからに辛そうな見た目をしているノムを見て、サクラッコは放っておけなかった。
力強くハグをして、安心感を与えていく。

「!?」
「私も、君と一緒だよ。1人なんかじゃない。」
「うっ、うっ、私っ、おかしくなって、料理したいのに包丁も握れなくなっちゃって」
「うん。分かるよ。分かる。見つけていこうよ。包丁を使わなくても料理をする方法を。」

互いに分かち合うことでサクラッコとノムは共に行動するようになった。
そしてフジー、アヤパン、レイ、レナコ、アヤノ、タグとも出会い、
人里離れたところで8人での共同生活を始めたのだ。
はじめのうちは同じ境遇の仲間なので上手く助け合うことが出来たのだが、
ファクトリーによる暴走の頻度が増えることで疲弊し、肉体的にも精神的にも限界が近くなっていた。

ギブギブギブ
おっつかっつな
みんなで仲良く襲われてる。
命を食いつぶしてくる
誰でも良いから助けてよ

8人全員が同時に暴走するという最悪な日。
丁度その日にベリーズ戦士団のシミハム、モモコ、ミヤビの3人が訪れた。
アヤノが根気強く送り続けた手紙を読み、異変に気づいて駆けつけてきたのである。
そして、ベリーズに出会うことで彼女ら8人の運命は大きく変わることになる。

終わり

360 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/01(金) 03:09:25
OMAKE更新はこれで終了です。
そして、明日は新スレを立てて第三部を開始しますね。

しばらく放置していた過去ログ置き場も更新しました。
https://masastory.web.fc2.com/
第二部は全てまとめています。(簡単な誤字訂正済み)
サブタイトルもちょっとしたこだわりで変えました。


改めて第二部を全話読み直したので
個人的に書いてて好きだった話をピックアップしますね。

1位:タケ&メイ vs ムロタン&マホ
(「02:乙女の逆襲」に収録)
→騙し合いの真剣バトルを書けたんじゃないかと思ってます。

2位:ハーチン vs チサキ
(「12:レディマーメイド」に収録)
→やる気無さげな二人が後半に死ぬ気でやり合うシーンが好きです。

3位:トモ vs タイサ(アヤノ)
(「05:ラーメン大好き」に収録)
→ラーメン二郎バトル。超ノリノリで書いてました。

361名無し募集中。。。:2021/10/01(金) 08:27:14
まとめ乙です

362 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/02(土) 02:01:39
新スレは夕方ごろになりそうです

363 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/02(土) 18:02:33
新スレ立てました。
第三部も宜しくお願いします。


SSスレ「マーサー王物語-拳士たち」第三部
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/20619/1633165194/


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